IS 進化のその先へ (小坂井)
しおりを挟む

プロローグ

どうも、みなさん初めまして!
小坂井です

初めての小説投稿ですが、マイペースにやっていこうと思います


女尊男卑

 

この4文字が意味していることは、女が男よりも優れていて優秀という意味がある。

この言葉が人々に受け入れられ、この世界に浸透していってしまったら、過去の偉人が言っていた『平等』という言葉は綺麗ごとや妄言に過ぎない理想論だ。

 

だが、人類など生物の一種に過ぎない。

70億以上の生物が社会を形成し、生きているこの地球の中で一種の生物の雄雌の優劣などつけたところでいったい何になるのだろうか。

 

 

今から10年前にISという宇宙空間での活動を想定して作られたマルチフォーム・スーツが開発された。

 

しかし本来の目的とは裏腹に「兵器」としての開発が進んでしまった。

それだけならまだ自分と関係ないと思えるかもしれないがISには致命的な欠点がありそのせいで、世界中の男たちは困惑した。

 

その欠点は『ISは女にしか使えない』というものだ。

 

そのせいで、世界中の国は優秀なIS操縦者を確保するために「女性優遇制度」は取り始めた。それが女尊男卑の始まりだった。昔、世界は男尊女卑だったが、いまは女尊男卑となっている現状を見ると人は同じ過ちを繰り返すのだろうか。

 

 

さらに、ISを動かすのに必要なコアが世界で467個しかない。これによって世界は467個のISのコアを分けて使っていくしかなくなった。

 

世界中の国々は少しでも優秀で1人でも多くのIS操縦者を手に入れるため様々な手段を使って女性を勧誘し始めた。それが、さらに男との差別や格差を生むとはしらずに。

 

 

「変わらない世界だな・・・・」

 

 

毎日飽きもせずに女性優遇制度に異議を唱える男たちがおこした事件の報道やIS関連の話し合いが放送されているテレビが置いてある部屋で高そうなソファーに腰かけながら私はつぶやいた。知らないと拒み、拒絶して全てを否定して、他者を蹴落として人は生きている。

 

だとすると、この世界は自分以上に歪んでいる。だとすると、この世界を歪ませているのは何だ。ISなどでは無い。この世界のルールを決めている存在。それは何だ。

 

「失礼します」

 

すると、白いスーツを着た10代前半らしき少女が部屋に入ってきた。多感な時期の少女とは思えないほどの沈黙した雰囲気を放つ少女だ。

 

「こちらのコンタクトに応じてくれてありがとうございます」

 

その機械的で感情の籠っていない感謝のセリフ。社交辞令とはわかっているが、こんな年下の少女に言われるとなると、なんだか複雑な心境だ。

だがまあ、今更形だけのお礼や謝礼など聞き飽きてしまったので別に不愉快感も感じない。

 

「今日、来てもらった用件はここについてです」

 

少女はソファーの前に置いてある机に3~4枚のカラフルなパンフレットを置いた。

それは・・・・・

 

「IS学園・・・・これまた面倒な場所だな」

 

IS学園のパンフレットが置かれていた。倍率が高く、ISの適応値が一定に達していなければ入学することができない超難関高等学校。

世界から注目を浴び、憧れている人間も数多くいる場所だが、私はどうにもこういう公共施設は嫌いだ。

 

「数か月後に、男のIS操縦者が入学することはしっていますよね?」

 

「もちろん」

 

「あなたも、この学園に入学してもらいたいのです」

 

「なぜ?」

 

「この場で聞くのは、この学園に入学するかしないかの返答だけです。これ以上話を聞くのなら、この話を受けてもらうことになりますよ」

 

正直めんどくさいことになった。

今年で16歳になるため、IS学園に入学することはできる。しかし国に関係していることや兵器関係の仕事はあまり関わりたくない。ISのようなよくわからない兵器ならなおさらだ。

 

「迷っているようですが、この話で得をするのは我々だけじゃありません。あなたにも得はあります。IS学園に入れば、我々の組織を含めた全世界が3年間、あなたが望まない限り接触できません」

 

「IS学園が襲われないという保証はどこにもない」

 

「『そのときはるーくんの持っている力でなんとかしてねー』と束様から伝言を預かっています」

 

「ああ、そうかよ・・・」

 

脳内に浮かぶのは、ウサ耳をつけていつも人をバカにするようなへらへらとした笑みを浮かべている1人の女の顔。想像しただけで胃が痛くなる。

 

「わたくしも、このような人が集まる場所はお嫌いなことは承知しています。ですが、この学園には、あなたが求めている物があるのかもしれませんよ?」

 

なるべく、このような話を持ちかけてきた張本人である篠ノ之束と話したかったところだが、それを目の前の少女に当たっても仕方がないだろう。

宇宙開発を目的に開発されたマルチパワードスーツISがほしい組織や軍は星の数ほどあるだろう。そのほしいものが沢山ある場所がIS学園なのだ。

 

無法者が条約を破ってISを手に入れるためにIS学園を襲撃しても何の不思議でもない。その場所にも放り込むとは随分と迷惑な話だ。

 

「少し考えさせてほしい」

 

そういって私は、机にあるIS学園のパンフレットを持ち、ソファーを立ち向かいにあるドアを開けて出ていった。

 

 

 

 

ISは日本で作られたため、世界中の国々は日本にIS操縦者育成機関を要求し、日本はそれに応じた。それによってIS学園は建てられた。

 

ISが開発されて10年たったが、ついこの間『ISは女にしか使えない』という常識を覆した男がいた。

その男の名前は『織斑一夏』。私はさっきの決断の返答をするためにポケットから携帯を取り出し電話をかける。

 

「~~ということにさせてもらう」

 

「わかりました、その選択が間違いでないことを祈っています」

 

そうして、私は携帯をしまい、手元にあったIS学園のパンフレットをビリビリに破り捨て、暗い路地へ入っていく。

その時、ビュゥゥと冬の強く冷たい風が吹き、髪を引っ張っていく。

 

「嫌な風だな・・・」

 

消えそうなほどの小さな声でそうつぶやくと、着ていたコートを着直す。そのまま、尾行されていないことを確認すると、暗い路地の闇へ消えていった。

 

 

申し遅れた、私の名前は小倉瑠奈(こくらるな)。 

今年からIS学園に通うことになった学生だ。

 




同時に1話も投稿しておきます

感想や評価、アドバイスをお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1話 小倉瑠奈

2か月に1話は投稿していきたいですね..


すごい光景だ。

 

IS学園で自分のクラスである1年1組に入ったときに、真っ先に思ったことがそれだ。

せっかく高校生となり、不器用ながら”普通の学生”となることが出来たのだ、他に思うことがあったのかもしれないが、生憎それしか思うことが見つからない。

 

なぜなら、クラスメイトが全員、真ん中の列の最前列の席を凝視しているのだから。

視線の先には、このクラスーーーいや、この学園で唯一の男子生徒の制服を着ている生徒がいる。

 

(あれが織斑一夏か・・・・)

 

最前列でつらそうな表情をしている男子生徒。

大体予想をしていたが、彼とは同じクラスとなっていた。この女子だらけの空間で嫌な汗をかいている。

 

(そんなに見てやるなよ、可愛そうだ)

 

何も知らない人間が見たらいじめの一種ではないかと思われるような光景だが、自分のクラスメイトが世界で唯一ISを使える男ならば、仕方がないことなのだろう。

 

 

 

「それではSHRをはじめますよー」

 

黒板の前で先ほど山田真耶と名乗った先生が声を上げたが1年1組の生徒は無反応だった。

ここで何かしらのリアクションをとってあげたいところだが、この学園であまり目立つような存在になることは望ましくない。

内心で軽く拍手を送り、『頑張れ』とエールを送っておく。

 

「そ、それじゃ自己紹介からはじめましょうか」

 

泣き出しそうな担任声で自己紹介と小倉瑠奈の学園生活は始まった。

どうあれ、今日から高校生活が始まる。大雑把で自堕落に、不真面目に暮らしていくとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(退屈だな・・・・・)

 

軽くあくびをしながら内心でそう呟く。

イケイケの女子高生であったのならこの教室は合コン前の顔合わせの時間のように楽しい時間のように感じるのかもしれないが、あいにく瑠奈は学校に通った経験が皆無のため、いまいち楽しい時間という感覚がない。

 

いっその事、互いに履歴書でも交換すれば手っ取り早く自己紹介が済むのではないだろうか?

ふと前を見てみると織斑一夏が1年1組担任である織斑千冬に出席簿で殴られていた。

織斑一夏に織斑千冬、この二人は世界中で知らない人間がいないほど有名人だが、瑠奈はそれほど興味はない。

 

というより、この唯一の男性操縦者が自分の立場を理解しているのか少し不安がある。

もし、彼がどこかの組織や国家に誘拐でもされて、解剖でもされたら、男でありながらISを扱える秘密でも判明する可能性がある。

それが公表でもされたら、世間の男たちのISへの反感に一気に火が点き、IS同士の内乱が起こるだろう。

それは日本という国の終焉を表している。織斑一夏、随分と物騒な存在だ。

 

そしてさらに物騒な存在が、目の前の教卓でもグリズリーのような鋭い視線を送っている初代ブリュンヒルデこと『織斑千冬』だ。

 

「諸君、私が織斑千冬だ。これから一年間担任することになった。君たちを1年間で使い物になるようにするのが、私の使命だ。私のいうことには従え、逆らってもいいがそれ相応の覚悟と犠牲が必要になることを覚えておけ」

 

ドイツもびっくり独裁宣言。もし彼女がピストルで自殺したヒトラーのかわりにドイツの政権を握っていたのならヨーロッパはどうなっていただろうか。

クラスもドン引きしているのかと思ったら

 

「きゃーーーーー!!」

 

「本物よーーーーーー!」

 

にぎやかな歓声が教室を包んだ。

相変わらず、その大きな態度と偉そうな口調は変わっていないらしい。

だが、千冬の元を離れて約半年、互いに何も変わっていないとは都合がいい。接し方に困らなくて済む。

 

「お会いできて光栄ですーーーーーー!!」

 

「ずっと、憧れていました!!」

 

「お姉さまのためなら死ねますーーーーー!!!」

 

すると、織斑千冬はため息をつきながら鬱陶しそうに見渡すと

 

「やれやれ、毎年毎年飽きもせずに世界中からこんなに馬鹿どもを集めてくるもんだ」

 

そう本心を暴露する。これは照れ隠しなどではなく、本当に本音から言ったような様子だった。

ここは本心ではそう思っていなくても社交辞令として『ありがとう』と言っておく場面ではないだろうか。年下相手だから言って無礼や不躾な発言をしていいなんてことはないはずだ。

 

「素敵なお言葉をありがとうございますーーー!!!」

 

「そのお言葉、一生忘れませんーーー!!!」

 

瑠奈のどうでもいい考えを他所に、クラスから黄色い歓声が上がっていく。どうでもいいが今の言葉のどこが素敵なお言葉なのだろうか・・・・

 

「それではSHRを続ける。織斑さっさと席に戻れ」

 

「はい・・・」

 

そそくさと一夏は席に戻っていった。

姉より優れた弟はいないというが、あんなに暴力的な姉に勝ったところで、恐ろしい報復が待っていそうだ。

 

「姉ね・・・」

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして

 

「小倉瑠奈さん、自己紹介をしてください」

 

「はい」

 

自分の名前を呼ばれたため、席を立ち黒板の前に立ち自己紹介を始めた。

 

「どうも初めまして、小倉瑠奈といいます」

 

「・・・・え、終わりですか」

 

「終わりです」

 

想像以上の短く簡潔な自己紹介に担任の真耶やクラスメイトが戸惑った表情を浮かべる。

 

「あのぉ・・・名前だけでなくもう少し小倉さんについて聞きたいというか・・・・」

 

「お見合いじゃないんだ。聞きたいことがあるなら直接私の席に来て質問したほうが効率がいい」

 

少し変わった人間である瑠奈が軽い自己紹介を終えたがクラスメイトは無反応だった。

聞いてなかったのではなく、クラスメイト全員が瑠奈の容姿に見とれていのだ。

 

身長は160㎝ほどで女子の中では高くもなければ低くもないが、腰まで伸びた黒くてきれいな髪に加え中性的な容姿のためにクラスメイトからは『お城の王子様』を想像させた。

 

織斑千冬のときは黄色い歓声が飛んでいたが、瑠奈の場合は歓声を出す余裕がないほどクラスメイトたちは見とれてしまっていた。そして、そのまま誰1人瑠奈の容姿を忘れることができないままSHRは終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜ、お前がここにいる」

 

SHRが終わって休み時間が始まったとたんに瑠奈は千冬に職員室に呼ばれ質問という名の尋問を受けていた。まぁ、教室で目があった時からこうなるとは薄々予想していたが。

 

「・・・・・」

 

ここで下手に情報を漏らしても瑠奈には得がないため、黙秘権を行使する。

だんまりを決め込んでいる瑠奈にはため息がを出すと手探りを入れていく。

 

「企業のスパイか?それとも組織の使いか?」

 

「・・・・・・・」

 

「束の使いか?」

 

「さあね」

 

「言葉で強く否定する辺りを見ると、あいつが事の発端か。何を考えているんだか・・・・」

 

できるだけ無表情を保ったつもりだったが、千冬は僅かな表情の変化を見逃さなかった。

というより、瑠奈の癖を見抜いて独自の読心術で見抜いてくる。

瑠奈はどちらかというと口で語るより、腕で語るほうが得意のためこういうタイプは苦手だ。

 

「束に何を頼まれた?」

 

「言えない」

 

「言えないということは、束に何かを頼まれたということだな?」

 

「・・・・・・」

 

思わぬ情報漏れに一瞬、瑠奈の思考が停止した。

これ以上語られるというのなら、入学して早々千冬を消す事も考えなくなるのかもしれない。下手すると返り討ちになるかもしれないが。

 

「束になにを頼まれた?」

 

「・・・・・・」

 

情報漏れの件を反省して、今度は何も話さなくなった。

さすがにこれ以上尋問されたら、めんどくさい事になる可能性が大だ。

 

(今日は、これ以上聞いても無駄か・・・・)

 

「瑠奈、教室に戻っていいぞ。教師は生徒のプライベートにずかずかと入るものでもないしな」

 

これだけプライベートの出来事を尋問しておいて入るものではないとは、随分と都合のよい頭をしている。

そういい、千冬は立ち上がり職員室を出ていった。

残された瑠奈は深いため息をはいた。1日目からIS学園に自分の素性を知る人物が現れてしまった。

 

「不安だ・・・・」

 

前途多難な日々が目に見えてくる。そんな予感を薄々感じながら、誰もいない職員室で瑠奈は1人つぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

泣きたくなる気持ちを抑え込んで職員室からでるために扉を開けると、扉の目の前にいた女子生徒と偶然ぶつかってしまった。どうやら女子生徒は職員室に入ろうとしたところを、偶然、職員室から瑠奈が出てきたためぶつかってしまったようだ。

 

勢いよくぶつかってしまったため女子生徒を思いっきり尻餅をつき、持っていた書類や文房具などを思いっきり地面に落としてしまった。

 

「ご、ごめん」

 

瑠奈は尻餅をついた女子生徒を起こそうと手を伸ばそうとしたときに、相手の顔を見た瞬間凍り付いた。

 

(この子は更識簪か・・・・?)

 

詳しくは知らないが、確か暗殺組織である更識家の現当主である更識楯無の妹だったはずだ。

更識家は現在瑠奈が敵に回したくない組織の1つだ。

 

瑠奈はそこら辺のISや組織が束になっても負けないほどの強さを持っている。しかし、それは正面から戦った場合だ。

 

更識家のような暗殺組織みたいに24時間狙われた場合は間違いなく隙ができ、そこを突かれ殺される。そのため、今まで暗殺組織を相手に戦ってきたときは、もう組織を立て直すことができないぐらいに徹底的につぶしてきた。

 

しかし、IS学園に入学した今、下手に行動することができない。だから、現生徒会長である更識楯無や更識簪との暗殺部隊との関わりを持つ人物とは極力、接触しないつもりでいたが、初日から接触してしまった。

ひとまず、ここは怪しまれないように普通に接しておくべきだろう。

 

「ごめんなさい、いきなり飛び出して」

 

「こちらこそ、ごめんなさい」

 

とりあえず、床に落ちた書類を拾い上げて、簪に手渡し素早く瑠奈はその場から去った。

残された簪はとりあえず職員室に書類を置き教室に戻るために廊下を歩いていった。

簪も教室に戻る途中で、先ほどぶつかってしまった女子生徒について考えていた。

 

長く黒くて綺麗な髪に加え中性的かつ凛々しくて魅力的な顔。

 

「綺麗なひとだったな・・・・」

 

そうつぶやくと足を早歩きにして教室に戻っていった。

 

これが簪と、その姉である楯無にとって運命の出会いであったことにまだ誰も知るよしはなかった。

 

 

 

 




次の話の投稿を頑張ります・・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話 無用な争い

感想や評価などをお願いします


1年1組の教室の前に来るといきなり怒鳴り声が聞こえた。

 

「この話は後にしますわ。逃げないことで!いいですわね!?」

 

とても怒った様子でクラスメイトであるセシリアなんとかさんが織斑一夏の席から自分の席に戻っていった。いきなりの状況転換に瑠奈には何があったのかさっぱり理解できない。

 

一瞬、一夏がセシリアなんとかさんにセクハラでもやったのかと思ったが、実姉のいる学校でそれはないだろう。ざわざわしている教室に千冬と真耶が入ってきて授業が始まった。

 

「授業を始める前に、再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者をきめるぞ」

 

めんどくさそうな単語が出てきたなと瑠奈は思ったがあえて口には出さない。

 

「クラス対抗戦に出たものは、クラス代表者になり、生徒会の会議や委員会の仕事をすることになる。自薦他薦は問わない、誰かいないのか?」

 

しばらくの間クラスが静かになり、しばらくして

 

「織斑君を推薦します」

 

「わたしも」

 

「賛成」

 

予想した通り、一夏に票が集まり始める。他人事だと思って随分と調子のいいクラスメイト達だ。

そうすると

 

「そんなの、納得できませんわ!!」

 

全クラスが賛成の流れになってきている中、一人だけ、その流れに異議を唱える人間が現れる。

どんなものであれ、全体の流れに逆らうという行為はいかなりな勇気を必要とするものだ。

 

「男がクラス代表だなんていい恥さらしです。クラス代表はこのわたくし、セシリア・オルコットがふさわしいですわ」

 

セシリアなんとかさん改めセシリア・オルコットが力強く言い放った。内容が正しい間違っているの判断はともかく、男である織斑一夏を『恥さらし』と言うのはいかがなものか。

 

「いいですか!?クラス代表は実力トップがなるべき、それはわたくしですわ。大体、物珍しいからという理由で極東の国の人間に私の所属するクラスのは代表になられては困ります!それに文化、技術面でも後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体わたくしにとっては屈辱なことですわ」

 

このIS学園が日本にあるということはパンフレットを見た時点でわかっているはずだし、本人もそれを了承して入学を決意したはずだ。

それなのに、この国にきて『極東の国』と暴言を放つ行為は明らかに日本という国を侮辱しているようにしか思えない。

 

(よく喋るな・・・・)

 

さすがにこれ以上いわせるのは問題があるためセシリアを黙らせるためにと瑠奈がセシリアに声をかけようとしたが

 

「イギリスだって大したお国自慢ないだろ、世界一まずい料理で何年覇者だよ」

 

一歩遅かった。自分の祖国を馬鹿にされて我慢できなくなったのか、織斑一夏が憤慨したかのように席を立つ。

瑠奈も日本人だが、別に腹が立ったりはしない。

今ここで自分が侮辱した存在に将来追い抜かれ、見下された時の顔を想像すれば、怒りなど吹き飛んでいく。

 

「あなた! わたくしの祖国をバカにするのですか!!」

 

「先にバカにしたのはそっちだろ」

 

これを台頭に二人の仁義なき口喧嘩が始まった。

 

 

 

 

 

どこまでこの2人は子供なのだろうか。

瑠奈は2人の口論を聞きながら思った。中学生のほうが、まだ大人の対応ができる。

 

この2人の口論を聞いているうちに、自分が教室に入ってきたときになぜセシリアが怒っていた大体わかった。

 

要するにセシリアは女尊男卑の世界がなくなってしまうことが怖いのだ。

女尊男卑の世界がなくなってしまうと、下等と思っていた男と同等の存在価値になってしまう。貴族としてのプライドや本人のプライドがそれを認めない。

 

別にプライドがあるのはいいことだが、それは他者を見下すのではなく、自分を高める材料として使ってほしいところだが、まあ、人間たるもの、慢心や油断せずに生きていけという話も難しい話だ。

 

(めんどくさくなってきたな)

 

口論を聞いているうちに、瑠奈は怒りや憤慨という感情より、憐れみや哀しみそう思った負の感情が心の底から出てくるように感じる。

 

 

結局一夏とセシリアはISで決着をつけることになった。

セシリアはイギリスの代表候補生であるため専用機をもっているだろうが、一夏はどうするつもりなのだろう。まさか、訓練機で戦うつもりなのだろうか。

 

さすがにそうなった場合、無謀を通り越して相手に対して失礼だろう。瑠奈が様々ことをおもっているときに、一夏がまた爆弾発言をした。

 

「ハンデはどのくらいつける?」

 

その言葉を聞いたとたん、一夏と瑠奈と担任である千冬と真耶以外の全クラスメイトが大声を出して笑った。

 

「織斑君、それ本気で言っているの?」

 

「男が女より強いなんて大昔の話だよ」

 

さっそく男を見下すような発言がクラス全体から聞こえてきた。ここまで言われるとさすがに腹が立つ。

 

”男として”

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

(ふふふふ・・・・)

 

セシリアはクラスメイトが自分と同じ女尊男卑の思考を持っていることに、大きな満足感と安心感を感じていた。人間は自分と同じ考えや行動をしている仲間がいると安心してしまう動物だ。

 

「やはり、男が女より優秀などあり得ないことですわ」

 

セシリアは気が付いていない。このクラスで自分より圧倒的に強く巨大な力を持っている”男”がいることを。

 

そんなことを知らないセシリアは、ぐるりと自分と同じ思想や考えをしている者たちでうめつくされている教室を見渡した。

 

教室が自分の色に染まっている。

そのキャンパスに1つの異物が発生する。

 

「Easily elated person」

 

流暢な発音の英語が教室に響く。

ほとんどのクラスメイトが意味がわからないといった様子だったが、英国人であるセシリアには言葉の意味がわかった。

 

「誰ですの!?今おっしゃった方は!?」

 

委員長や支配者を気取っているのか、遠慮のない声が教室に響く。だれもが、戸惑っている中、1人の生徒が立ち上がった。

 

「申し訳ない、心の中でつぶやいたつもりだったのだけれどいつの間にか声を上げてしまったらしい。”口は禍の元”とはよく言ったものだよね」

 

黒の長髪の美しい生徒、小倉瑠奈は薄笑いを浮かべながら席を立つ。

以外・・・・というより、予想外の人物の乱入にクラスメイトは固まってリアクションできない様子だ。

 

「素敵なスピーチをどうもありがとう。あれほど慢心に満ちた態度は初めて見たよ、色々と学ばせてもらった」

 

「そんなことはどうでもよろしいですわ!!あのお言葉はどういう意味ですの!?」

 

「もう一度言った方が良かった?君に向けた言葉だEasily(お調子者)

 

先程呟いた3つの単語。それぞれ意味は微妙に違うが、全て『お調子者』という意味の単語だ。

 

「あまり、できもしないことを大声で騒がないでほしい。見てるこっちが恥ずかしくなる」

 

その言葉は男をバカにしているようでもなければ、セシリアの意見に賛成しているようでもない。セシリアの女尊男卑主義を否定しているような表情をしていた。

 

「なんですの?その顔は?」

 

自分の主義を否定されたように感じたセシリアは、上機嫌モードから、一気に不機嫌モードに突入した。

 

「別に、だだつまらないことを気にする奴だとおもっただけだよ」

 

瑠奈が、自分の思っていることを口にする。ここで変にお茶を濁しても良かったのだが、今日は入学初日だ。

親睦の証に、胸の内を吐露させてもらおう。

 

「つまらないことですって・・・・」

 

怒った様子でセシリアがつぶやく。

 

「女尊男卑の世界でいい気になって調子に乗っている、君たちや、こんな世界にしたISをつまらないと言っているんだ」

 

「宇宙進出という未来の希望を持ったISや、それを扱えるわたくしたち、女をバカにするのですか!!」

 

顔を真っ赤にしてセシリアが怒鳴った。だが、それとは反対に、瑠奈は平常で冷静な様子だ。

 

「セシリア、君はニュースを見ないのか?。ISが世界に現れて10年経った。その10年のうちに女性優遇制度に不満を持つ人たちが毎日のようにデモや運動をしていることを知らないのか」

 

「知っていますわ、しかし、それは下等な男が勝手にやっていることでわたくしたちには関係ありませんわ」

 

セシリアはとことん男を見下しているようだ。

自分が良ければ、他の人間は関係ない。それは多くの人間が抱いている持論だ。

 

「ISは、世界をこのように歪めてしまった。男と女が争う世界にしたISを、君は未来の希望というのか?」

 

「それは、女が男より優れていたからこのような世界になっただけですわ!。それに、ISを扱えない男の存在が許されている時点で男どもは女であるわたくしたちに感謝するべきですわ」

 

「女もそんなに優れているとは思えないけどね・・・・」

 

「なんですって・・・・」

 

最後の瑠奈のつぶやきにセシリアの怒りに火が付いた。

かつて楽園(エデン)でアダムとイヴは永遠の命を持って暮らしていた。

しかし、ずる賢い蛇に騙され、禁断の果実を口にしてしまい、アダムには労働する苦痛を、イヴには子供を産む苦痛を与えられ、楽園(エデン)を追放された。

 

今となっては 真実かどうか疑わしい話だが、男女問わず、人間は大昔に罪を犯した。同じ罪人同士のどちらが強いかなどの話など、どんぐりの背比べのようなものだ。

 

「女が男などという下等な存在と同じというのですか!!」

 

「男性も女性も、等しく人間の本質なんだっ!!」

 

廊下まで響くような大きな声で瑠奈が叫ぶ。セシリアは一瞬怯んだが、すぐに持ち直し

 

「ならば、その意思と力をわたくしに見せてください。決闘ですわ!!」

 

瑠奈は少し目を細め、縦に頷く。

 

「瑠奈とオルコットの試合を来週の月曜日、織斑とオルコットの試合を来週の火曜日とする。授業を始めるぞ」

 

そういい、千冬は教材を取り出したため、一夏とセシリアは席に座り教材を取り出す。

クラス中が瑠奈には対して異物を見るような視線を向けているが、内心ではなんとも言えない喜びを感じていた。

 

ここ最近、派手に戦う事が出来ず、ずっと潜伏を繰り返していたが、どんな形であれこうして周りの被害を気にすることなく戦うことができる。

 

戦うために生まれた存在が、小倉瑠奈の存在意義を久しぶりに示すことができる機会が訪れたことに。

 




次の投稿も頑張ります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話 からかい

今回あんまり進展はないです

ゆっくりやっていきます


放課後

 

「どうするつもりだ?」

 

瑠奈は千冬に職員室に呼ばれ、本日2度目の尋問を受けていた。尋問の内容は当然の如く、来週のクラス代表決定戦についてだ。

 

「私、個人としては降りてほしいんだが」

 

「・・・・・無理だな」

 

「絶対にか?」

 

「絶対にだ」

 

千冬に一夏という譲れないものがあるように、瑠奈にも譲れないものがある。

世間では女尊男卑が浸透しているが、男女共に罪を犯した罪人なのだ。

その罪人同士で機械ごときに優劣をつけらてたまるものか。そんなの目糞鼻糞だ。

 

「・・・・・・・」

 

千冬は数秒間考えていたようだが、納得したらしくため息をはいた。

ここまで強情に反対されたら、説得するのにも時間がかかりそうだ。

 

「わかった・・・・詳しいことは試合が近くなったら教える。あとこれだ」

 

そういい、千冬は瑠奈に鍵を渡した。

 

「これは?」

 

「今日からおまえが住む部屋の鍵だ」

 

1年1組の人数は瑠奈を含めて31人だ。1部屋2人組なので1人余る計算になる。

 

「監視は?」

 

「当然つける、ちゃんと信用できる人物をな」

 

「そうですか・・・・」

 

瑠奈はそういい、鍵を受け取り職員室を出ていった。

どんな人間が監視に付くのであれ、これから仲良くしていくルームメイトなのだ。

変に気を遣わせて気まずい関係にはなりたくない。ここでは瑠奈もIS学園の1年生だ。

 

瑠奈の部屋に向かう途中で大きな人溜まりと穴だらけになったドアの前で一夏と木刀を持ったポニーテールの女子生徒が揉めていたが、自分には関係ないことだと割り切り部屋に向かっていった。

 

 

 

ーーーー

 

(広いな・・・・)

 

部屋の中はホテルと間違えるほどに広くてきれいだ。

別に貧困な生活を送っていたわけではないのだが、諸事情により、1ヶ月程の期間の間、山小屋に籠っていた時期があったたため、このような広い空間にいるとなんだか落ち着かない。

 

(まあいい、早く荷物を出してしまおう)

 

そう思い、持っている荷物から物を取り出そうとしたとき

 

ガチャ

 

後ろのドアが開き、人が入ってきた。

おそらく同居人だろう。

瑠奈はそう思い後ろに振り向き挨拶をしようとしたら今朝と同じように再び凍りつく。

 

「あ・・・あなたは今朝の・・・・」

 

更識簪がおどおどした様子で立っていた。

瑠奈は先ほど、千冬が言った”監視をつける”という言葉の意味を理解した。

確かに、瑠奈が今一番恐れている更識の人間を瑠奈の近くにおけば、それだけで抑止力となり瑠奈は大きな行動をすることはできない。

 

(悪くない手段だ、織斑千冬)

 

瑠奈は心の中で千冬に向かって称賛を送る。

 

「あ、あの時は助けてくれてありがとうございます」

 

そういい簪は頭を下げると

 

「気にしないで、こっちもぶつかって悪かった、ごめんね」

 

といい、簪に向かって微笑みかけた。ただ微笑まれただけなのに、その行動には妙な色気があるように感じられた。

 

「きっ、気にしないでください・・・・」

 

簪は不覚にも目の前にいる瑠奈の微笑みにドキッとしてしまう。

どうも、目の前にいる小倉瑠奈という人間には、性別関係なく、人を虜にする魅力のような物があふれているように感じる。

 

「に、荷物を出さないと」

 

その気持ちを誤魔化すように、簪は荷物から物を出し始めた。こんなに素敵な人がルームメイトとは、入学早々運が良い。

 

 

ーーーー

 

(やっと終わった)

 

互いに、自己紹介を終え、瑠奈と簪が物を出し終えた頃には、すっかり日は落ち、夕飯の時間だ。

 

「更識さん、私はこれから食堂に行って夕飯にするけど、更識さんはどうする?」

 

「わ、わたしも行く、あと、わたしのことは簪でいいです・・・・」

 

「そう、じゃあ私のことも瑠奈でいい、それより食堂に行こう」

 

エスコートらしく、差し出された手を戸惑いながら握る。そのまま、瑠奈と簪は部屋を出ていった。

 

 

 

「すごい人だね」

 

「うん・・・・」

 

瑠奈と簪は食堂にたどり着いたが、夕飯時なのかIS学園の生徒が集まり、食券機に行列を作っていた。

 

(とりあえず、並ぼうかな)

 

そう思い、食堂に入ろうとした瞬間、騒がしかった食堂が一気に静かになった。誰もが食事を止め、食堂の入り口を見ていた。

 

 

入り口に瑠奈が立っていたからだ。黒く長く美しい髪に中性的な容姿、凛々しくもカッコよさを失わない目に鮮やかで美しい唇。

 

 

1時間目に瑠奈が自己紹介したときに、1年1組の誰もが瑠奈の容姿を忘れることができなかったように食堂に集まった生徒も、その容姿に見とれてしまい自分のことを忘れてしまっていた。

 

食堂の生徒が一斉に自分を見ていることは、瑠奈も気が付いた。100人以上の人間が自分を見ているのは、なかなか緊張するものだが瑠奈は、他人の視線をあまり気にしないタイプの人間なので大丈夫だったが、隣にいた簪が重症だった。

 

簪は他人の視線や態度が気になってしまうタイプの人間らしく、周りの視線におびえている様子だ。この状態の簪を少しからかってやろうと思い、瑠奈は簪の正面で片膝立ちになり、片手を差し出し

 

「それでは、行きましょうか、お嬢様」

 

と女の子が一度は言われてみたい言葉を言い放つ

 

その言葉に周囲の生徒はショックを受け、開いた口がふさがらない状態になる。

瑠奈は中性的な容姿をしているため、「かっこいい男の子」にも「凛々しい女の子」にもなることができる。

 

今回、瑠奈は「かっこいい男の子」の容姿を使用した

 

簪を戸惑いながらも、瑠奈の手を取り、瑠奈にエスコートされる形で食券機に向かっていく。

 

途中、突き刺さるような目線を受けながら進んでいき食券機の最後尾に辿りついたが、並んでいた生徒が「どうぞ、どうぞ」と順番を譲ってもらい先に進んだが、その前の人も順番を譲ってももらった。

それを繰り返していったため、瑠奈と簪はすぐに食券機に辿り着くことができた。

 

「どれも、おいしそうですね、お嬢様」

 

と瑠奈は簪に話しかけたが、簪は顔を真っ赤にしながら俯いているだけだ。

 

「私は、好物であるカレーをいただきますね」

 

そういい、瑠奈はカレーの食券が出てくるボタンを押した

 

「お嬢様は、なににしますか?」

 

と瑠奈は簪のほうを向きながら聞くと

 

「じゃ、じゃあ、うどんで・・・・」

 

消えそうな声で簪が答えた

 

「承知しました」

 

そう言って、瑠奈はうどんの食券が出てくるボタンを押し、食券を受け取り、簪の手を引きながら食券渡し所へ進んでいく。

 

料理を受け取るときに、受付の女定員が、簪にしか聞こえ声で

 

「素敵な、彼氏ができたね」

 

といい、聞いた簪は

 

「ひゃっ・・・・」

 

と、かわいらしい悲鳴をあげ、さらに顔を赤くして俯いてしまう。

 

 

ーーーー

 

(空いているテーブルは・・・・・あった)

 

右手で簪の手を引き、左手で夕飯であるカレーとうどんのお盆を持った瑠奈は食事するためのテーブルを見つけ、簪と向き合う形で座った。

 

「それでは、いただきましょうか、お嬢様」

 

「う・・・・ん.」

 

そういい、瑠奈と簪は食事を始める。瑠奈は普通に食べていたが、簪は周りからの突き刺さる視線に耐えながら食事していた。なんせ、周りから

 

「羨ましい・・・・」

 

「何、あのカップル・・・」

 

「私も、あのテーブルで食事したい・・・・・」

 

「婿にほしいわ~」

 

などと妬むような視線や声が聞こえて、食事どころではなかった。

そんな、360度から監視されているような状態で食事は進んでいった。

 




感想や評価をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話 生徒会長 楯無

いろいろ、タグを追加しました

タイトルで確認してください


瑠奈と簪の夕飯は問題なく進んでいき、食べ終えようとしたとき

 

「あ~、かんちゃん、ここにいたんだ~」

 

眠たくなりそうな声が聞こえ、声がした方向をむいてみると、瑠奈のクラスメイトである布仏本音がいた。

瑠奈はクラスメイト全員の名前や顔はまだ覚えていないのだが、本音は個性的な人間であったため覚えていた。

 

「その呼び方やめて・・・・」

 

「え~なんで~?」

 

2人は親友らしく、他愛のない会話をしていると、本音が瑠奈の存在に気づき、眠たそうな目を向けてきた。

 

「あ~、ルナちょむもいる~」

 

「・・・・なぜ、ルナちょむ?」

 

「こくら るなっていう、名前でしょ~?だから、ルナちょむ~~」

 

なにが、だからなのだろうか。当然だが、教室では顔を合わせていても本音と話すのは今が初めてだ。

正直言って瑠奈は人に好まれるような性格や雰囲気はしていない。いや、むしろ人を遠ざける空気を纏っているのだが・・・・なぜか本音は親しく話しかけてくる。

自分と仲良くしてくれるのは嬉しいのだが、どうにも彼女のネーミングセンスというか思考が理解できない。

 

「ルナちょむ、今日はかっこよかったよ~」

 

「今日って、クラス代表決定戦のこと?」

 

「うん~」

 

「クラス代表決定戦?」

 

簪は別のクラスだったため、知らないため、瑠奈は簪に軽く今日のことを説明する。

 

セシリアというクラスメイトが男を見下していることや日本をバカにしたこと、お互いの議論をかけて来週、試合をすることになったことなどを説明した。

 

「あのときの、ルナちょむはかっこよかったよ~」

 

「ありがとう」

 

と瑠奈はそういい、苦笑いを返す。

 

「日本をバカにしたのは許せない・・・・・」

 

と簪は怒ったようにつぶやく。やはり、簪も日本人だからか、愛国心というものがあるらしい。

国にはそれぞれ文化や伝統、そして誇りがある。それを個人の偏見などで侮辱することなど許されない。

 

「簪が日本人だから?」

 

「それもあるけど・・・・私は日本の代表候補生だから・・・・・」

 

日本の代表候補生。なぜ、セシリアと同じ代表候補生なのに、簪は他人を見下したり、罵ったりなどしない。国籍や生まれがあるのだろうが、なぜここまで態度や言い方に違いが出るのだろうか。

 

「専用機はあるの?」

 

「もうすぐ完成する・・・・」

 

といい、簪は少し嬉しそうな表情をした。やはり、相棒というべき存在である専用機が手に入るのは嬉しくて、誇らしいことなのかもしれない。瑠奈も似たようなものを持っているが、あれは”力”というより”呪い”に近いものだ。自分の命が尽きるまで戦い続けなくてはいけない”呪い”。

 

「早く・・・・完成するといいね」

 

「うん・・・・」

 

初日らしく、互いの軽い探り合いといった感じで初日が終わり、小倉瑠奈という人間の波乱に満ちた学園生活は幕を開けた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

瑠奈は簪と一緒に部屋に戻ったあと、食後のコーヒーを買うため誰もいない廊下を歩いていた。そうすると瑠奈は、廊下の曲がり角の手前で足を止める。

 

「そこにいるのは誰?」

 

と瑠奈は低い声ではあったがはっきりとした声で言い放つ。数秒の沈黙が流れ・・・・

 

「よくわかったわね」

 

といい曲がり角から1人の女子生徒が出てきた。そして瑠奈は出てきた女子生徒に心当たりがある。

 

「更識楯無・・・・」

 

「あら、よく知っているわね」

 

出てきた人物は簪の姉にして、現更識家の当主である更識楯無だった。厄介・・・いや、天敵とも言える者の登場に体中から冷汗が出てくるが顔に出さないようにする。

 

「・・・なにか、御用ですか?」

 

「まあまあ、そう急かさない」

 

と瑠奈と対象的に楯無は余裕の表情をしている。

瑠奈もそれを真似するようにできるだけ余裕の表情を保っているが、その表情を保とうと努力していることが楯無の前ではバレバレだった。

 

「瑠奈ちゃんに少し聞きたいことがあるのよ」

 

「聞きたいこと?」

 

「今日、私は今年の入学生全員の願書を見たんだけど、いくら探してもあなたの入学願書が見つからないのよ」

 

瑠奈は束の力でIS学園にはいることができた。いわば裏口入学をしたため、願書など出しているはずがない。

違法入学と言われればそれまでだが、瑠奈にも瑠奈の事情があることを理解してほしい。

 

「それなのに、あなたは1年1組にいるということは、担任である織斑千冬先生も関係していると考えるべきでしょうね」

 

この時点で瑠奈は気絶しそうな気分だ。入学初日にして、面倒なことを暴かれた。別に楽観的になっていたわけでは無い。だが、ここまで周到に調べられる----いや、疑われれるのは予想外だ。

 

「さらに、あなたは代表候補生ではないけど専用ISを持っていることになっている。だけど、さっき世界中の国家や企業に連絡したけど、小倉瑠奈という人物は知らないという返答が来たわ。それじゃあ、あなたの機体は何なのかしらね?」

 

次々と突きつけられる質問の数々。ここがドラマの警察署で出てくる『容疑者がカツ丼を食べる部屋』だったら、さぞかし面倒なことになっていただろう。だが、今はそれより最悪な状況だ。

 

「あなた何者?代表候補じゃないわよね」

 

「よく喋る女だな」

 

楯無の鋭い目つきに怯むことなく、瑠奈は軽口を叩くが状況は依然変わりなくピンチのままだ。だが、瑠奈には名誉も地位も無く、裏の世界で生きてきた。『小倉瑠奈が女子校に裏口入学した』と世間で騒がれても別にどうということは無い。

 

まあ、せいぜい明日の朝刊の見出しが決まるぐらいだろう。

 

「・・・・・まあ、いいわ。これまでの質問に答えなくても。ただ、これだけ答えて」

 

歩みを進めて瑠奈の目の前に立つと、楯無は頬に手を添えて自分の顔を向かせる。そのまま、誰にも聞こえない音量で耳元で小さく囁いた。

 

 

 

 

 

 

「小倉瑠奈、あなたは男でしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

あなたは、男でしょ?

 

瑠奈は、その質問の意味を一瞬、理解できなかった。それから数秒してようやくと脳が活動を再開するが、かといって状況は変わらない。

 

「・・・・・・・・」

 

「沈黙は肯定と受け取っていいかしらね」

 

その獲物を追い詰めるかのような低く、鋭い目に睨まれ、体が凍り付く。こんな恐怖を感じたのはいつぶりだろうか。

 

「なんでわかったんですか?」

 

「正直いって、はじめはわからなかったわ。だけど、願書や専用ISのことを聞こうとあなたが食堂で夕食を食べているとき、ずっと遠くから監視していたのよ」

 

1人ぐらいの視線ならば瑠奈は気が付くことができたのだが、食堂では自分に向けられる視線が多すぎて気が付くことができなかった。

 

「そのとき、あなたの夕食の食べ方に違和感があったのよ。普通の女の子ならば日頃の行動や生活で男の子らしいことが1つや2つあるものなのよ。なのに、あなたは夕食の食べ方、礼儀、作法、全て女の子そのものだった。まるで”女の子”になろうとしているように・・・・それがわたしに違和感を与え、疑わせたのよ」

 

その回答に瑠奈は黙って聞いていることしかできない。

楯無の言い分だと、今日1日中監視にされていたようだが、随分と生徒会長という役職は暇らしい。普通はビデオなどに撮影するなどしてゆっくりと分析していくというのに。

 

「退学にするつもり?」

 

「そんなことはしないわよ」

 

この答えは瑠奈にとって予想外のものだった。退学とまではいかなくても脅されるぐらいは覚悟していたというのに。

 

「なぜ?」

 

「どんなことがあれ今のところ、あなたは男だとばれていないし、あなたが”強い”ということは見てわかるわ。その力をこれからのより良い学園生活に役立ててもらおうとおもってね」

 

まるで政治家の演説のように綺麗事をペラペラと並べていく。

どうにも、こういった義務や責務を背負っている人間は苦手だ。自分の中の目的をしっかりと把握しているため、はぐらかすことができない。

 

「単刀直入にいうわ、あなたには私と一緒にIS学園を守ってほしいのよ」

 

「この学園に入学したばかりの1年生に随分と無茶な要求をするもんですね。自分は門番でもなければガードマンでもありません」

 

と瑠奈は皮肉を込めた返答をする。

どんな形で入学したのであれ、そんなの難しい依頼をされても困る。

 

「この話を受けてくれたら、あなたがIS学園を卒業するまで更識家はあなたに手を出さないと約束するわ」

 

「ほう・・・」

 

この話を受けたら更識家の干渉をなくすことができる。それは魅力的だ。しかし、楯無の無茶ぶりに付き合わされる可能性がある。すこし、瑠奈は考えたが

 

「引き受けよう」

 

瑠奈は引き受けることにした。別に彼女を信用したわけでは無い。だが、更識家の当主とは関係なく、この学園の生徒会長とは仲良くしておいた方がいいだろう。

それでも関わりは最低限にしておきたいが。

 

「ありがとう、お姉さんとても嬉しいわ」

 

といい、さっきまでの鋭い目からの豹変し、おおらかな態度へ戻る。こういうオンオフの激しい人間は信用できない。

ひとまず、心の中で『注意』と記憶しておく。

 

「それでは、通させてもらいます」

 

「ああ、ちょっと待って」

 

瑠奈は楯無の隣を通ろうとしたところを呼び止めた。

 

「あなたの部屋のルームメイト、簪ちゃんでしょ?。あなたのことは信用しているけど万が一簪ちゃんにエッチなことなんてしたら・・・・わかっているわよね?」

 

といい、楯無は瑠奈を殺意と憎しみのこもった目で睨みつける。それでは信頼というより、脅迫といった感じだ。

 

「まあ、若い性衝動に流されて大事な妹さんをキズものにしないように努力します」

 

そう無難な返事すると、楯無の目から逃げるように廊下を進んでいく。

 




感想や評価をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話 不平等で差別的

みなさんお待たせしました。

バイトをこの冬にやったんですが6時間立ちっぱなしというのはつらいですね


瑠奈がコーヒーを買い終え、簪のいる自分の部屋に戻ると、簪の啜り声らしきものが聞こえてきた。

部屋に入ってみると、簪がベットの枕に顔を押し付けてプルプルと震えていた。

 

「どうしたの?」

 

と瑠奈が聞くと、簪は枕から泣いて真っ赤になった顔を上げ、泣いていた理由を話してくれた。

どうやら織斑一夏の専用ISを作るため、簪専用ISの制作を中断するという連絡を、さっき受けたらしい。

 

正直言って、製作者側の主張は正しい。

織斑一夏という突然現れたイレギュラーを調べるために、研究員が一体となって専用ISを作る。世間に聞いたら100人中100人が正しいと答えるだろう。

 

しかし、瑠奈は正しいと思っても納得はしていない。

 

日本代表候補生になるために努力をしてきた簪よりも先に、今までなんの努力をしてきていない一夏が甘やかされ、ISが与えられる。男女関係を除くと明らかにおかしい扱いだ。

しかし、関係者でもない瑠奈のできることは、簪が泣き止むまで近くにいてあげることだけだ。

自分の無力さを感じながら、簪のすすり泣きを聞き届けていた。

 

 

 

 

「昨日は、ありがとな」

 

次の日、朝、教室に入った瑠奈は一夏にお礼を言われた。昨日は、教室の女子だらけの空間に苦しんでいた様子だったが、表情はどこか嬉しそうな様子だ。

 

「あなたにお礼を言われるようなことをした覚えはない」

 

「昨日、クラスで笑われているところを、君だけ俺の味方をしてくれただろ?小倉瑠奈さんだったっけ?いい名前だな」

 

『いい名前だな』といわれて、普通の女子ならドキッとするところだが、瑠奈は男のためそうは感じない。

それどころかルームメイトのISを奪っておいて、そのようにヘラヘラしているところを見ているとなんとも言えない不快感を感じる。

 

「あなたの味方をした覚えはない。悪いけど通してくれる?邪魔」

 

その冷たく、冷淡な態度に隣にいた友人らしいポニーテールの女子生徒がギロリと睨みつけるが、軽く受け流し、瑠奈は席へ向かっていった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

「それでは、授業をはじめる」

 

そういい、千冬が教室に入ってくる。ざわざわと騒がしかった教室が静かになり、授業を受ける雰囲気になる。

 

「そうだ、織斑。おまえには特別に専用機が用意されるそうだ」

 

と千冬は一夏に言い放った。

 

「え、専用機・・・・」

 

「すごい・・・・」

 

「でまぁ、世界で、唯一ISが扱える男だもんね」

 

とクラスが騒がしくなる中で『専用機?』一夏だけがよくわからないような顔をする。どうにも心配だ。

何度も思うが、こういう無知な人間にそう簡単に”力”を与えていいものなのだろうか。

無知ということは、恐れを知らないということだ。そして、恐れを知らないものほど危険な存在はない。

 

「ISは世界に467機しかなく、専用機は本来、どこかの企業か国家に所属する人間にしか、与えられないんだけど 織斑君の場合、一夏君という個人にISがあたえられるんだよ」

 

「へー」

 

一夏の隣の席の生徒か詳しく説明していると、教室に愉快で楽しそうな高笑いが響く。瑠奈はどうにも、こういうやかましくてうるさい声は嫌いだ。頭が痛くなる。

 

「安心しましたわ、まさか専用機で対戦しようとは思っていなかったでしょうけど」

 

瑠奈の頭痛を知らぬ、セシリアが乱入しさらに高い声が脳内に響く。

いっそのこと、この金髪ロールの口を裁縫で縫い合わせてしまったらどうだろうか。

 

「まあ?一応勝負は見えていますけど?さすがにフェアではありませんからね」

 

と腰に手を当て一夏にそう言った。

 

「なんで?」

 

「無知なあなたに教えて差し上げましょう、このわたくしセシリア・オルコットはイギリスの代表候補生・・・つまり、現時点で専用機を持っていますの」

 

と勝ち誇った態度で言った。これは対戦相手である瑠奈と一夏に言った様だったが、2人ともいまいち専用機を持っている凄さがわからない。

一夏は乾いたリアクションをし、瑠奈はずっと無表情のままだ。

 

「とりあえずセシリア、席に座ってくれる?自慢話なら後でしてくれ」

 

名誉ある自分の話にヤジを飛ばされた様な感じがして、顔を歪めるが、代表候補生としての誇りを思い出してか、こほんと軽く咳をして冷静を装い、席に座り直す。

 

どうでもいいが、なぜこんなにも女はうるさいのだろうか。

瑠奈のルームメイトを見習ってほしいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

「織斑一夏」

 

「ん?」

 

瑠奈は授業の間の休み時間に一夏の席に行き

 

「あなたは、自分のことで誰かが不幸になっている自覚はある?」

 

と一夏に質問した。

頭上に?マークを浮かべていた

 

「何の話だ?わけがわからねぇよ」

 

と返答した。

まぁ、これが妥当な反応だろう。大抵の人間は今自分の目の前で起こっている出来事が、誰かを不幸にしているなどと想像もしないだろう。

仮にも気がついたとしても見て見ぬふりをして現実から目を逸らして現実逃避をする。

 

 

「そう・・・・」

 

と言い返し瑠奈は教室を出ていった。それ以来、セシリアとの対戦する日である来週の月曜日まで瑠奈の姿を見たものはいなかった。

 

 

ーーーー

 

 

「ん、もう朝・・・・」

 

瑠奈とセシリアの試合当日である月曜日の朝、簪はベットの上で目を覚ました。ここ1週間、瑠奈は授業に出席していないどころか簪のいるこの部屋にも帰って来なかった。

 

毎日のように千冬や真耶が『小倉瑠奈は帰って来ていないか?』と質問に来たが、簪には帰って来ていないとしか答えることができない。

 

瑠奈はここ1週間、完全に行方不明だ。

 

突然の自分専用ISの制作中止にルームメイトの失踪など、入学してまだ1か月も経っていないのに、さまざまな不安要素が簪を襲う。不安要素は次第に大きくなっていき、終いには

 

(なにか、嫌われるようなことをしちゃったのかなぁ・・・・)

 

と謎の罪悪感まで芽生え始めていた。

もしかすると・・・もしかするとだ、もしかすると自分に生理的嫌悪なことがあって彼女は居なくなってしまったのかもしれない。

 

この前寝る前に見ていたアニメが気に入らなかった?いや、もしかすると自分のどんくさい行動が彼女の怒りに触れたのかもしれない。

 

日本人特有の奥ゆかしさなのか、自分の行動をいくら分析しても思い当たることしかない。

入学早々、急な展開に簪の心の中はどんよりとした雲に覆われている。

 

(何がダメだったんだろう・・・)

 

いくらなんでも急すぎる別れだ。

確かに、自分なんかがルームメイトでいい気はしないのかもしれないが、せめて、一言言ってほしかった。

 

今更になって後の祭りなことを思いながら、簪は重い目をこすりながら顔を洗うために、重い体を起こそうと腕に力を込めようとしたとき

 

「あ、簪起きたんだ」

 

と隣から声がきこえた。その声を簪は聞き覚えがある。急いで顔を上げ、声のした方向をみると

 

長く黒い髪に、中性的な容姿をした、IS学園の制服を着た1人の女子生徒が床で脚を広げてストレッチをしている。その人物はここ1週間、簪が会いたかった人物であった。

 

「瑠奈!?」

 

「うっ・・・朝っぱらから大きな声は遠慮してほしいね」

 

「あ、ごめん・・・」

 

意外な人物の登場に、驚きのあまりさっきまでの眠気が一気に吹っ飛ぶ。一週間もいなくなっていたのだ、普通は退学したかと思うはずなのだが、こうして戻ってきたことは、衝撃的なことだ。

 

「いままで、どこに行っていたの?」

 

「まあ、家に帰省していたってところかな。ちょっと家に忘れ物をしてね」

 

「そんなに家が遠いの?」

 

「まぁ、距離はあるかな」

 

適当に回答を濁しつつ、瑠奈は立ち上がる。

個人的には、自分の詳細は探って欲しくはない。ここらへんで切り上げるとしよう。

 

「とりあえず、支度をしてきてくれる?」

 

「あ、うん・・・・」

 

さっきまで騒いでいた自分が恥ずかしくなったのか、顔を赤くしながら、簪は洗面台へ駆けていく。

 

 

 




感想や評価をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話 不名誉

今年最後の小説投稿です

みなさん年越しを.....(自分は年末年始バイトです...)


瑠奈と簪が食堂に到着したときには、すでに大勢の生徒が食堂に来ていた。

その中、瑠奈と簪は素早く食券機で食券を手に入れ、料理を受け取り空いているテーブルに座る。

 

「朝からそんなものを食べるの?」

 

と簪は瑠奈の朝食を見て質問した。簪は豆パンに牛乳という、少し食べごたえがない献立だが朝食と言えなくもない。

それに対して瑠奈の朝食は好物であるカレーにステーキという見ているだけで胃が重くなってくるような献立だ。

 

「昨日の昼からなにも食べてないんだよ」

 

「いったい、なにをしていたの?」

 

「そうだね・・・研究かな・・・」

 

「研究?」

 

「そう研究、危険なウイルスのようなものから、世界を守るための研究」

 

「・・・・?」

 

簪としては知りたいところなのだが、誰にも聞かれたくないものはあるだろう。

『仕方がない』と内心で納得し、食事を再開した。

 

 

 

 

 

朝食を食べている途中に瑠奈は周りに違和感を感じていた。なんだか、周りが自分に指をさされていたり、自分に対する悪口が聞こえてきたのだ。

 

「簪」

 

「なに?」

 

瑠奈は周囲の反応について簪に聞いてみた。そうすると簪は説明を始める。2~3日前から噂が立っているらしい。

 

その噂の内容は『小倉瑠奈は試合をせず、セシリア・オルコットに謝るつもりだ』

というものだった。なぜそのような噂がたったのかというと、織斑一夏と小倉瑠奈の行動の違いからたったらしい。

 

一夏は1週間前から毎日、来週の試合のために道場で剣道の特訓をしていたらしい、それに対して瑠奈は1週間近く授業にも出席せず、部屋にも戻らず完全に失踪状態だ。それを知った一部の生徒が噂をある噂を立てている。

 

『小倉瑠奈は試合に勝つ気などなく、試合で謝るつもりだ』という噂を。すでに、生徒の間ではどのような言葉で瑠奈が謝るか賭けがはじまっているらしく、完全にギャンブル化している。

 

確かに、努力していない人間はを見ていれば、そう思うのも無理はないが、それに対し一夏は剣道の特訓をしていただけだ。

剣道の特訓をしていれば勝てると言われてもまた別な気がしてくる。

 

「あ、あの・・・・」

 

「何?簪」

 

「瑠奈は試合で勝つ気はある?」

 

と簪は瑠奈に聞く。

決して瑠奈を疑っているわけではないが、この余裕そうな様子を見ていると、本当に勝つ気があるのか疑ってしまう。

 

「大丈夫、入手した情報が憶測や誤報だったっていう話は世界中でよくある話だし、それは”噂”であって”真実”じゃないでしょ?」

 

噂は噂、事実は事実だ。どんなに大雑把や悪い憶測が流れていたとしても、そんなもの事実の前では簡単にひっくり返る。

『全ては自分の目で確かめろ』ということだ。

 

「そ、そうだよね・・・」

 

と恥ずかしそうに答える。

少し、言葉が詰まっているところを見ると、どうにも簪は自分の考えを表に出すのは苦手なタイプらしい。

 

「でもまぁ、簡単に負ける気はないよ」

 

そんな後ろ向きな返答を返すが、無論、瑠奈に負ける気はない。

どんなに正義や正論を言おうと、それが力なき存在ならば、無力だ。瑠奈はそれを人一倍感じている。

 

いや、この身に刻み込んでいるといったほうが良いのかもしれない。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

「この1週間、なにをしていた?」

 

「自動ドアに挟まって怪我をしていたから入院していた」

 

「嘘をつくな」

 

朝の職員室で小学生でもわかる嘘を言われ、不機嫌そうに睨みつける。瑠奈の凄い所は鬼の教師である千冬を相手に一切の反省を抱いていないところだ。

恐れ知らずというか怖いもの知らずというか、とにかく瑠奈は恐れる心がない。

 

「まあいい、余計なことを聞いて口封じをされても面倒だしな」

 

そういい、千冬はため息をつく。

 

「今日の放課後の試合についてだが、相手のISを壊すようなことは絶対にするなよ」

 

と千冬が瑠奈に忠告すると

 

「わかってる」

 

と瑠奈が笑顔を返す。

この笑みを見せられたことによってさらに不安が増加してくるが、瑠奈がわかっていると言っているのなら、それを信じるしかない。

 

「授業の準備があるので失礼します」

 

そう言い、瑠奈は職員室を出ていった。瑠奈が職員室を出て出ていった後に千冬は

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらずお前は一夏以上に手のかかる()だよ」

 

 

 

と懐かしそうに優しく自傷気味に静かに呟いた。それと同時に少しの安堵も感じてくる。

瑠奈と別れて約半年間、どの様な事情があるにしろ、こうして千冬の元に戻ってきてくれた。

今度こそ、彼をーーーー瑠奈を幸せになれる道に導いてみせる。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

瑠奈は授業中にあくびをしながら放課後の試合について考えていた。生徒の間では瑠奈はセシリアに負けるという噂が流れているが、それは0%だ。

 

千冬もそのことを知っている。残念だがセシリアはISの技術面、精神面で未熟すぎる。

 

試合でセシリアのISのコアを潰し、二度とセシリアのISを動かすことを出来なくする事も出来るが、そんなことをすれば間違いなく、イギリスから苦情が来る。それはIS学園にとって良いことではない。

 

(さて、どうしようかね・・・・)

 

と瑠奈は授業中ずっと苦悩していた。

 

「~♪~♪~」

 

それに対してセシリアが勝った時のことを、想像して鼻歌を歌っている。

勝つことをイメージトレーニングすることは決して悪いことではないが、それは勝つ方法をイメージするのであって、勝った後の賞賛を受けている自分のことでは意味がないし、それは油断を生むことにしか繋がらない。

 

相手の技量や信念すら理解しようとせず、1人勝ちに溺れる。それがどれだけ愚かなことかしらずに授業中、ずっとセシリアの鼻声が教室で響いていた。

 

 

 

 

放課後

 

(いくか・・・・)

 

セシリアとの試合をするため、アリーナに行こうと教室のドアを開けるとそこに簪がいた。

どうも、1組でない人間がクラスに来たことでクラスメイトに視線が集まる。

 

「なにか用?」

 

「これから試合でしょ?」

 

「うん」

 

「一緒に行こうと思って・・・」

 

瑠奈としては別に困るようなことではないので簪と一緒にアリーナに行くことにするとしよう。

教室から出たとき、簪は瑠奈の左側に寄り、ぎゅっと左腕を抱きしめ始める。

 

「やっぱり、近すぎない?」

 

「そんなこと・・・ない」

 

 

他人が見たらガールズラブの2人組のように見える状態で2人はアリーナの控え室に向かっていく。

 

 

 

 

 

瑠奈と簪がアリーナのひかえ室に入ると

 

「遅いぞ!小倉!!」

 

と千冬の怒声が聞こえてきた。

時計を見ると試合開始10分前、確かに少しの遅い入場だ。

瑠奈と一緒にきた簪は千冬の怒声を聞いた途端、びくっと体が震えたが瑠奈は

 

「すいません。トイレに行っていまして」

 

といつものように返事をする。

 

「はやく、準備しろ!!」

 

「はいはい」

 

そういい、瑠奈は準備を始める。控え室には、千冬のほかに真耶と一夏と一夏の近くに知らない女子生徒がいる。

 

「よっ、ここ1週間どこにいたんだよ、心配したぞ」

 

と一夏は瑠奈に話かけてくる。

 

「心配させて申し訳ない、そちらの方は?」

 

「ああ、こいつの名前はしのの・・・・いってぇ!!」

 

一夏が紹介しようとしていた人物は一夏の足を思いっきり蹴った。

これが親友だとしたら随分と乱暴な親友がいたものだ。

 

「自己紹介ぐらい、自分でできる!!篠ノ之 箒だ」

 

條ノ之という名前に瑠奈は内心驚いていた。束には自分に妹がいるということは聞かされていたが、こんなところで会えるとは思っていなかった。

 

「準備はおわったか?ISを展開しろ」

 

「了解・・・」

 

少しの予想外な出来事があったが、瑠奈は千冬の指示に従い”極限”の力を展開しはじめた。瑠奈の心臓の位置から光が出始め、その光が瑠奈の体全体を包み込む。

 

あまりの光の強さに、控え室にいた一夏や千冬などは目を瞑ってしまう。光が収まったとき瑠奈は”極限”の力を身に着けていた。

 

「・・・・・」

 

控え室にいた人間は声を出せなかった。なぜなら、瑠奈が身に着けていたものは、ISというものとはかけ離れているものだったからだ。

 

瑠奈は黒いインナーのような服になっており、その上から胴体は赤色の装甲を包み、両腕と両足は白い装甲に包まれていた。

 

ただし、腕や足の関節の部分は装甲がつけられておらず、黒いインナーが顔を出し、頭には何もつけられていなかったが、瑠奈の左耳を平べったくて黒い装甲がついていた。

 

ISに”乗る”というのではなく”装備”する感じだった。

 

「かっこいい・・・・」

 

「ありがとう」

 

ひとまず、これで戦いの準備は整った。あとは実際に互いの全力を尽くしてぶつかり合うだけだ。

 

「小倉、カタパルトに乗れ」

 

そう千冬に言われ、カタパルトに乗ったとき、なんとも懐かしい空気と感覚が瑠奈を包む。

自分の中にある何かが、必死に自分を飲み込もうとする感覚が。

 

(やめろ・・・・出てくるな。大人しくしていろ・・・)

 

そう自分に言い聞かせて、心の静寂を保つ。

どうにも、大勢の前で戦うことにしか興奮している自分がいるようだ。

 

「試合がはじまります!」

 

と真耶が叫び、アリーナに通じる大きな扉が開き始める。

ISを圧倒的に超える力を持ち、”極限”の名前を持つ瑠奈の力・・・・その名は

 

 

「エクストリーム、出る!!」

 

 

そう叫ぶと、瑠奈はカタパルトでアリーナへ飛び立っていく。

 

 

 




来年もよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話 戦いの行方

おけましておめでとうございます

今年は失踪しないことが目標ですかね....(遠い目)


「やっと、来ましたわね。てっきり、勝負を諦めて逃げたのかと思いましたわ」

 

瑠奈がアリーナに出ると、青いISを身にまとい、大きな青と白色の銃を持ったセシリアが話しかけてくる。

 

「生憎、そのつもりはない」

 

「そうですか・・・瑠奈さん、私と取引をしませんか?」

 

「取引?」

 

試合開始のブザーは、もう鳴っており、いつ相手が攻撃してきても不思議ではないのになぜこんなにセシリアは余裕そうな態度をしていられるのだろうか?

 

「ええ、そうですわ。あなたとわたくしはクラスメイトである以前に、同じ女性です。同じ女性としてあなたと戦いたくはありません」

 

セシリアは瑠奈が男とは知らない。

瑠奈が男と知ったときセシリアはどのような反応をするのだろうか。

 

「なので取引をしましょう。1週間前、あなたに怒鳴ったことをお詫びしましょう。そのかわり、男女平等というあなたの意見を撤回してください」

 

「そうだそうだ!!」

 

「謝れ!!」

 

周りの観客席から瑠奈に対するブーイングや悪口が聞こえてきた。

一見すると、セシリアが皆の意見を代弁しているように見えるが、ただ単純に自分の意見を曲げたくないだけだろう。

 

「観客席もそれを望んでいますわよ」

 

瑠奈は少し考えるようなポーズをとり

 

「断る」

 

と返答した。瑠奈は女尊男卑や不平等という言葉が大っ嫌いだ。

その意志は変えるつもりもなければ、これからも変わることはない。

 

「そうですか・・・・・それならこれでお別れですわね!!!」

 

セシリアは持っていた銃を瑠奈に向け、引き金を引いた。何の前触れもなければ、予備動作もない、完全なる不意打ちだ。

 

「落ちなさい!!」

 

セシリアから放たれたレーザーは、的確に瑠奈の頭を狙われていたが

 

「おそいな・・・・」

 

と言い、瑠奈は頭を数センチ右にずらしかわす。

 

かわしたと同時に瑠奈の左耳についていた平べったい装甲が右にスライドし、瑠奈の左目を眼帯のように多い隠す、その瞬間、瑠奈の露わになっている右目が赤くひかり

 

「イギリスの代表候補生の力、学ばせてもらう!!」

 

瑠奈とエクストリームは戦闘モードに移行した。久しぶりの戦いだ、存分に楽しませてもらおう。

 

 

 

ーーーー

 

 

戦闘モードに移行した、瑠奈とエクストリームは相手の攻撃をかわしながら、左目についている眼帯型分析装置で相手のISの解析をはじめる。

 

(IS名 ブルー・ティアーズ

 イギリスの第三世代IS

 独立稼働ユニットであるビットを装備

 武装 スターライトmk-Ⅲ

    インターセプター

    レーザービットx4

    ミサイルビットx2)

 

わずか5秒ほどで相手のISの名前と武装を解析した瑠奈は、相手に有利である武装を展開し始める。

瑠奈が装備した武器、それは手に収まるほどのサイズである片手銃だった。

 

「なにあれ~」

 

「あんなので勝てるの~」

 

「謝れー!!」

 

観客も瑠奈と瑠奈が装備した片手銃をバカにし始めた。

 

「そんな、装備で勝てると思っていますの?いきなさい!」

 

そう叫び、セシリアは腰についてあるビットを飛ばし、攻撃の手をさらに強める

瑠奈はセシリアの撃ってくるレーザーやビットの攻撃をかわしながら片手銃を静かに構え、撃った。

 

セシリアは射撃後の硬直があり、瑠奈の撃った攻撃をかわせずにくらってしまうが

 

「ぜんぜん、効きませんことよ!]

 

瑠奈の攻撃はセシリアのシールドエネルギーを1削っただけだった。観客の中には1しか削れていないことに笑うものが出始める。

 

「このまま、決めて差し上げますわ」

 

セシリアは笑いながら自分の勝利を確信する。しかし瑠奈はそれでも銃を撃ち続ける

観客はその試合の違和感に誰も気が付かなかった。

 

 

ーーーー

 

千冬は控え室にあるモニターを見ながら試合の違和感に気が付いた。

 

その違和感とは瑠奈は”射撃をはずしていない”

 

セシリアは試合が始まって早々、第一撃を外しているのに対して瑠奈は30発ほど撃っているがすべてセシリアに命中していた。

 

本来なら必ず気が付いているのだが、瑠奈の攻撃力が低すぎて観客が気が付かないのだ。

現に瑠奈と戦っているセシリアさえそのことに気が付いていない。

 

モンド・グロッソの優勝者である千冬ですらも、1試合に剣を空振りすることはある。それと比べると、動き回るこの試合で命中率100%がどれだけ難しいことか・・・・

千冬の知らない間、彼がここまで強くなっているとは想像以上だ。

 

「なんて男だ・・・・」

 

驚きと恐怖が混ざった声で千冬は静かに呟いた。

選手の腕と相手の心理を掴んだ戦いが、ここまで残酷で一方的なものとは誰も知らない。

それに、違和感を感じさせないことが尚更不気味だ。

 

彼は戦い続ける。

自分は戦い、勝利することしか自分の存在が許されないと信じて。

 

 

 

ーーーー

 

 

(そろそろいくか・・・)

 

瑠奈はセシリアの周りを回るようにかわしていたが、突然セシリアに向かって接近し始める。

 

「くっ・・・・この!!」

 

セシリアは接近してくる瑠奈に撃ち落そうと火力を集中させるが当たらない。そのままの状況で瑠奈がセシリアとの距離が2~3mほどまで接近したところで、セシリアの口が歪んだ。

 

「かかりましたわね!!」

 

隠し武器である2つのミサイルビットからミサイルを瑠奈に向かって撃ちこんだ。しかし、瑠奈は冷静に撃ってきたミサイルを持っている片手銃で撃ち落しミサイルを爆発させる。

 

ミサイルが爆発したことによって大きな煙がセシリアと瑠奈を包んだ。

 

「め、目隠し!?下手な小細工を!!」

 

セシリアは腰にあるスラスターから強風を発生させ煙を吹き飛ばす。煙がなくなっていき、セシリアの視覚がはっきりしてきたとき、セシリアの思考が凍りついた。

 

なぜならセシリアの目の前に瑠奈の顔があったからだ。眼帯が包まれていない右目はセシリアに対して殺意のみを送り続けている。

 

「きゃ、きゃあああ!!」

 

敵が目と鼻の先まで接近していたという想像だにしていなかった状況に、セシリアの脳がパニックになり、叫びながら持っていたスターライトの銃身で瑠奈を殴って距離を取ろうとするがその前に

 

「甘い!!」

 

と瑠奈が叫びセシリアの腹部に蹴りを打ち込む。

 

セシリアは吹き飛ばされアリーナの防御壁である遮断シールドに叩きつけられてしまう。

蹴られる瞬間、セシリアは瑠奈の姿を見たが装備が違っていることに気が付く。

 

両脚の外側に赤い装甲が追加されており膝全体を覆っていた。さらに両手の手の甲の部分にも赤い装甲が追加され一段と攻撃性が増したように見える。

 

瑠奈の後ろにはパワーアップしたようなバックパックがついており、ところどころが赤くひかっていた。

 

 

 

 

ゼノン・フェース

セシリアのISが射撃特化であることをエクストリームが分析し、セシリアの苦手な相性である接近特化の機体に自ら変化させ進化した機体だ。

 

 

 

 

 

ゼノンは遮断シールドに叩きつけられたセシリアの頭をバスケットボールのようにわし掴みにし、アリーナの中央へ投げ飛ばした。

 

投げ飛ばされている途中でセシリアは、なんとか態勢を整え、瑠奈のいる方向へ銃口を向けるが

 

「い・・・いない!!」

 

「ここだ!!」

 

上から声がし、セシリアが見上げるよりも早く、上に上昇していた瑠奈にセシリアは頭にかかと落としをくらってしまう。

 

そのまま、地面に叩きつけられる。

観客は代表候補生であるセシリアが先制を取られたことに驚いていたが、『まだまだこれからだ』というポジティブな気持ちで試合に目を向ける。

しかし、肝心のセシリアがアリーナの中央で倒れたっきりなかなか起き上がらない。

 

これが意味していることはただ1つ。ISの絶対防御を発動させても、操縦者を気絶させるほどの衝撃がセシリアを襲ったのだ。

 

審判がこれ以上の試合続行は不可能と判断し、瑠奈の勝利という形で試合は終了した。観客や審判は、その時気が付かなかったが、瑠奈は被弾率0%に加え命中率100%という完全試合(パーフェクト・ゲーム)を完遂したのであった。

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話 ガラスの心

お待たせしました。続きです

突然ですけど瑠奈のイメージCVってなにがいいですかね?


アリーナの中央で気絶しているセシリアが運ばれていくところを見届けると瑠奈は控え室に戻っていった。ISの絶対防御を発動して、操縦者が気絶など本来はあり得ない。

 

さすがに、すこしやりすぎたか・・・・

 

IS学園にエクストリームの力を知らせないために、瑠奈は短期決戦かつ最低限の力でセシリアに勝つつもりでいたが気絶という不自然な形で終わってしまった。

これではこの学園で瑠奈の素性や存在を怪しんだり、危険視してくる人間も出てきてもおかしくない。

 

「お疲れ様でした」

 

控え室に戻ってきた瑠奈に真耶は声をかけてくる。

ひとまず、2人とも大きな怪我や事故が起こらずに終了したことに安心している様子だ。

 

「すごいですね瑠奈さん、セシリアさんに勝ってしまうなんて!」

 

「そんなことないですよ。すいません、今日は疲れたんで部屋で休ませてもらいます」

 

「わ、わたしも戻る・・・」

 

そう言い、瑠奈と簪は控え室から出て行った。

生憎、この試合に勝ったことに対して喜びや安堵はない。

勝てたという真実に見惚れ、努力を疎かにしないためだ。今回は勝てたからといって次も勝てるだなんて保証はどこにもない。

 

部屋に戻る途中

 

「ごめん、簪。控え室に忘れ物しちゃったから先に戻って」

 

「わたしもついていこうか?」

 

「大丈夫、先に戻っていて」

 

「わかった・・・」

 

簪が廊下を進んでいき見えなくなると

 

「いるなら、話しかけてくださいよ」

 

「簪ちゃんがいると話し難いじゃない」

 

後ろの曲がり角から楯無が現れた。

この楯無の視線を試合の控え室に向かうときから感じていた。用件があるならこんなストーキングのような行為をしないで、きちんと面と向かって話してほしいものだ。

 

「俺の試合はどうでしたか?」

 

「あなたの持っている力はとても恐ろしいものね。だけど、これから味方になると思うと頼もしく思うわ。あと、あなた自分のこと俺っていうの正直言って似合わないわよ」

 

昔、女と間違われて以来自分のことを俺と呼んできたが、そこまではっきり言われるとさすがに傷つく。

 

「そうですか・・・」

 

「あたしからも、質問いいかしら?」

 

「どうぞ・・・」

 

そうすると、楯無の目が鋭くなる。

これは前にも感じた、瑠奈のことを疑っているような目だ。

 

「あなたは、この1週間なにをやっていたの?」

 

「階段で転んで骨折したので入院してました」

 

「嘘言わないで、昨日、フランスで女性優遇制度を推し進めている女性保護団体が消滅したわ。これはあなたが消滅させたんでしょ?」

 

「さあ、妖怪の仕業かもしれませんよ」

 

そもそも骨折が1週間やそこらで治るはずがなため、瑠奈のアリバイは成立しない。

適当にお茶を濁し、瑠奈はなにも言わずにその場を去って行った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

瑠奈が部屋に戻るため道場の前を通ったとき

 

「ここまでにしよう、一夏」

 

「はあ・・・・はあ・・・わかった・・・箒・・・・」

 

道場の中から声が聞こえてきた。中を覗いてみると防具をつけた一夏と箒がいる。どうやら控え室から道場に移動し、明日のために最後の鍛錬をしていたようだ。

 

それにしてもISで勝つための訓練がなぜ剣道なのだろうか?。明日送られてくる専用ISのマニュアルを読んだり、ISの参考書を読んだりとできることはたくさんあるはずだ。

その中でなぜ剣道なのだろうか。正しい選択とは思えない、謎だ。

 

(まあ、関係ないことか)

 

正直、一夏がどんな訓練をしようが瑠奈には関係ないことだ。明日は頑張れとエールと送り、静かにその場を離れていった。

 

 

部屋に戻ると簪がお茶を入れて待っていてくれた。こういう風に他人に優しくすることができる人が近くにいるというのはとても嬉しい。

 

お茶を飲みながら、瑠奈はあしたの試合について考えていた。

 

正直言って一夏には勝ってほしい。

もし男である一夏が明日の試合に勝てば瑠奈の「男女平等」という意見がクラスメイトやIS学園に広まり、男という存在が見直されるかもしれない。そうなったらこの「つまらない世界」が少しはマシになるだろう。

 

しかしISをほとんど動かしたこともなく、相手が代表候補生では勝つことは難しいだろう。しかしあの千冬の弟だ、勝つ可能性も捨てきれない。勝つか負けるか、ひとまずは実力を見せて貰おう。

 

一夏は千冬をーーーー大切な人を守ってきたのか、守られてきたのか、どっちの人間なのかを。

 

 

 

 

次の日

 

瑠奈は起きると胸が締め付けられるような気分になっていた。

 

ああ、またこの感じか。エクストリームを使うといつも決まっているかのように大きな不安に襲われる。自分はエクストリームをあのとき使ってよかったのか?という大きな不安に。

 

この世にはたくさんの物事を動かす”源”がある。その”源”は正しく使えば”力”、間違って使えば”暴力”になってしまう。昨日セシリアに振るったのは”力”なのだろうか?そもそも力と暴力の違いはどのようにして決められるのだろうか?誰もわからない。

 

授業中もそのことを考えていた。

 

数日前に女性保護団体を潰したときもエクストリームを使ったが、あれでよかったのだろうか。

 

確かに保護団体がやっていたことはひどいことだが、彼女達にも己の正義や善意があり、その善意に従ってあのような行動を起こしたはずだ。

「男女平等」という思想しか持てない瑠奈が彼女たちを潰す権利があるのだろうか。

 

”力”か”暴力”かは神が決めていると思っていた時もあった。しかしそれは間違いだとすぐに気が付いた。束をこの世界に存在させISを開発させ、瑠奈の幸せを壊した。そんなことをした神を瑠奈は頼らない。

感謝や祈りも捧げたくない。

 

結局はこれが”源”を手にしたものの宿命だ。大きな不安や泣きそうになる虚しさとこれから一生戦っていかなくてはならない。それがエクストリームという”力”にも”暴力”にもなる”源”を手に入れた瑠奈の代償だ。

 

そんなことを考えていると

 

キーン コーン カーン コーン

 

授業が終了した。周りの生徒が立って友達や仲間のもとに向かっているなかで、一夏はISの参考書を見ていた。

どうやら最後にISの基礎知識だけでも頭のなかに詰め込むようだ。

周りの生徒たちが疲れたーやめんどくさいーなどの決まり文句や笑い声が聞こえ始めてきた。

 

それが人としての本来の姿だ。幸せを壊されることもなく、大きな不安や虚しさに襲われることもない。瑠奈はそんな姿をすることができる人間を心のどこかで羨ましく思っていた。しかしエクストリームに触った瞬間からそんな姿をすることは許されないし、できない。

 

 

瑠奈がそんなことを思っていると

 

「あれ~、ルナちょむどうしたの~。なにか悲しいことでもあった~?そんなに泣いちゃって」

 

気が付くと瑠奈は目から大粒の涙を流していた。

 

「だいじょうぶ~?」

 

本音は瑠奈を励ますように温かい笑顔を向けてくる。そういえば、私が最後に心から笑った日はいつだっただろうか。

 

 




評価や感想をおねがいします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話 戦いの行方

学校が始まるので更新ペースが落ちます

申し訳ありません


放課後

 

瑠奈は一夏とセシリアの試合を見るためにアリーナの観客席にいた。瑠奈はクラス代表の候補者ではないので関係ない試合なのだが見ておいて損はない。

 

アリーナの中央にはセシリアのブルー・ティアーズがすでにスタンバイしていた。

 

昨日、瑠奈がセシリアを気絶させておいたおかげで最低限のダメージで済んでいる。稼働に問題はないだろう。そうこうしていると白いISを装備した一夏が出てきた。

 

これで一夏はエクストリームほどではないが”源”を手にした。これから一夏は”源”が生む”力”と”暴力”と向き合っていかなくてはならない。それはとても悲しいことだがそういう宿命だ。

 

それからセシリアの射撃を合図に試合が始まった。

セシリアは昨日、瑠奈を油断する形で敗北している。

おそらく始めから全力で攻めてくるだろう、つまり一夏は小細工なしで正々堂々と戦わなくてはならない。

 

ISの経験面、技術面で負けている一夏には圧倒的に不利すぎる。実際のところ一夏にはセシリアの攻撃をよけ続けることが精一杯だった。

 

「27分。持ったほうですわね」

 

セシリアは息が切れている一夏を見ながら、自分の勝利を確信していた。試合が開始してから30分経ったが結果は予想通りだった。

 

セシリアのシールドエネルギーは満タンなのに対し、一夏のシールドエネルギーは3割を下回っていた。おそらく数発くらったら終わってしまうだろう。

 

「最後にもう一度チャンスをあげましょう、今ここで謝るのならここで引いて差し上げましょう。専用ISとの初戦が大敗だなんてかわいそうですからね」

 

「最初にも言っただろ..、その気はないって」

 

「そうですか...、ならばここでお別れですわね!!」

 

セシリアは一夏に銃口を向け、引き金を引こうとしたとき一夏の百式が激しい光に包まれる。セシリアや観客席が驚いているなかで千冬と瑠奈は何が起きたのか理解していた。

 

一次移行(ファースト・シフト)が来たのだと。

 

光が収まると百式は全く違う姿になっていた。所々に装甲が追加され、持っていた百式の武器である雪片は前とは比べ物にならないほどの出力を出していた。

 

一次移行(ファースト・シフト)!? このタイミングで!!」

 

セシリアは驚き、一瞬隙を見せた。その一瞬を一夏は見逃さない。一気に接近し雪片を叩き叩き込んだ。

 

やはり、威力は上がっているらしくセシリアは思いっきり吹き飛ばされる。観客は相手を吹き飛ばす雪片の威力にびっくりしたが、セシリアの削られたシールドエネルギーを見てさらに驚いた。

 

「い、一撃でこんなに!!」

 

満タンだったセシリアのシールドエネルギーが半分以上削られていたのだ。つまり、あと一撃くらえばセシリアは敗北する。イギリスの代表候補生として今日ISを動かしての初心者に負けるわけにはいかない。

 

「く、この!!」

 

セシリアは一夏の火力を集中させて落とそうとするが、スラスター性能も強化されているらしく攻撃をかわしながらセシリアに接近し雪片を当てようとするがそこで

 

ビビーーーー

 

試合終了を告げるブザーが鳴った。

 

「え?」

 

「え?」

 

一夏とセシリアは同時に困惑の表情を浮かべた。

 

ーーーー

 

まあ、こんなものだろう

 

瑠奈が試合結果を見てまず思った感想がそれだった。

一次移行をしたときは勝てると思ったが雪片の威力を見たときに勝てないことを確信した。確かに、雪片の威力は高いがその雪片のエネルギーはどこから持ってきているのだろうか?

 

機体に追加バッテリーのようなものが加わったようには見えなかった。

 

その答えは白式自身だ。白式のシールドエネルギーをエネルギーにし、攻撃する。

捨て身の攻撃もいいところだろう。しかし、一次移行(ファースト・シフト)というエクストリームにはない機能を見ることができた。

いろいろ問題はあるが試合結果がわかっただけ十分だ。

 

「男性IS操縦者の力、学ばせてもらった」

 

そういい、瑠奈はアリーナを出ていった。

 

 

 

 

 

 

「試合結果はどうだった?」

 

部屋の前まで行くと、楯無が瑠奈の部屋の前で待ち構えていた。

 

「一夏の負けでした。まあ、善戦した方でしょう」

 

初心者なのに、あんなに代表候補生を追い詰めたのだ。良くやった方だろう。

 

「ところで、なにかご用ですか?更識先輩」

 

「私のことは、楯無って呼んでいいわよ。それかたっちゃんでもいいし」

 

「なにかご用ですか?楯無先輩」

 

「つれないわねー。まあいいわ。ここでは何だから生徒会室に来ない?そこであなたにとって重大な話をしようと思うの」

 

瑠奈としては聞きたくないのだが、話を聞かずに現実から目をそらしているわけにもいかない。

 

「わかりました」

 

そう言い瑠奈は楯無と一緒に廊下を歩いて行った。

 

ーーーー

 

次の日

 

もうすぐ朝のSHRが始まる時間なのだが、瑠奈がいつまで経っても教室に入ってこなかった。

 

遅刻すると千冬に鬼よりも恐ろしい説教と体罰を受けさせられることは瑠奈も知っているはずだ。瑠奈はあの地獄を耐えることができるだろうか。一夏が心配していると

 

「それではSHRをはじめますよー」

 

真耶と千冬が教室に入ってきて瑠奈の地獄巡りが決定した。

 

「それでは、出席をとります」

 

真耶が出席簿を手に持ち、名前を読み上げようとしたとき

 

 

ガラガラガラ

 

 

 

瑠奈が教室にはいってきた。しかし誰がみても瑠奈の様子がおかしかった。

 

「小倉、遅刻だぞ」

 

「すいません・・・」

 

いつもなら千冬に皮肉の一言や二言ぐらい言ってから瑠奈は席につくはずの場面のはずが瑠奈はなにも言わずに黙って席についた。瑠奈は席に着いた途端、大きなため息つく。

 

なにか悲しいことか辛いことでもあったのだろうか?

 

それに対し、セシリアはなぜか朝から上機嫌だった。クラスメイトと目が合うとニッコリスマイル。まるで恋人が見つかったような反応だった。

 

本来ならセシリアは昨日、一夏に勝ったから気分が上機嫌なのはわかるとして、なぜセシリアに勝ったはずの瑠奈が落ち込んでいるのだろうか?

 

「それではSHRをはじめる」

 

クラス全員が頭に?マークを浮かべながら一日が始まった。

 

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話 救いと否定

お気に入りが100を突破しました!

ありがとうございます!


瑠奈が登校したときから少し時は遡る。

一夏の試合を見終わった瑠奈は楯無に連れられ生徒会に案内された。

 

「ここよ」

 

そう言い楯無は生徒会室のドアを開けると中には2人の生徒がいた。

 

「本音、起きなさい。お客さんよ」

 

「ごめん・・・あと・・・5分だ・・・け・・・」

 

「起きなさい!」

 

そういい、うつ伏せで寝ている生徒を、もうひとりの眼鏡をかけた生徒が持っていたボードの角で思いっきり頭を叩いた。

 

「いったぁ!!」

 

それは痛いだろう。痛さで飛び起きた生徒を瑠奈は知っていた。

 

「本音!?」

 

「あ~、ルナちょむだ~」

 

叩かれた生徒は瑠奈のクラスメイトである、布仏本音だった。相変わらず眠たくなる声だ。

 

「あら、2人は知り合いだったの?」

 

と言い、本音を叩き起こした、眼鏡をかけた生徒は笑みを浮かべた。

 

「お茶とお菓子の準備をして頂戴。瑠奈君は座っていて」

 

「わかりました。お嬢様」 

 

「わかった~」

 

瑠奈が座ると、眼鏡をかけた生徒はお茶を入れに行き、本音は酔っ払いのような千鳥足で冷蔵庫に向かい中から白い箱を持ってきた。本音が瑠奈の前で箱を開けると中身はバームクーヘンだった。

 

「へへ~、ルナちょむ。このバームクーヘンはね~すごくおいしんだよ~。いただきまーす」

 

「お前が食うんかい」

 

「本音、いい加減にしなさい」

 

といい、お茶を入れてきた眼鏡の生徒は拳をグーにして本音の後頭部に思いっきり打ち込んだ。これは痛いだろう。

 

「ごめんなさいね」

 

そういい、眼鏡の生徒は瑠奈の前にお茶を並べた。そうしている間に楯無も椅子に座った。

 

「えーと、まずは自己紹介からしましょうか。眼鏡をかけている子は布仏虚。わたしの使用人のようなもので、そこに寝ているのが布仏本音。虚の妹で簪ちゃんの使用人よ。2人ともあなたが男というのは知っているから安心してね」

 

なるほど使用人だから『お嬢様』と呼んだのか。どうやら楯無も面倒な関係を持っているようだ。

 

「はあ・・・ところで重大な話というのは?」

 

「あなたの今後についてよ」

 

「今後について?」

 

「あなた、いつまで女でいるつもり?」

 

「IS学園を卒業するまでですよ」

 

「騙し通せると思っているの?」

 

それは薄々感じていたものだ。楯無や千冬といった素性を知っている人間がいるとはいえ、いつも周りから監視されているような環境で3年間偽りの仮面を被り続けるなど不可能だ。

まあ、それ以前に精神が持たない。だが、無理は承知だ。

 

「騙し通してみせますよ」

 

「無理よ。少なくとも初日から私にばれているようではね。あなたは絶対に隠し通せない。それで提案なんだけど、男として入学し直さない?ISを扱える2人目の男として」

 

「は?」

 

瑠奈は頭に?マークを浮かべた。なにを言っているのだろうか、この女は。

 

「正確には転校してくることになるわね」

 

「そんなこと可能なんですか?」

 

「生徒会と織斑先生の力があったらできないことはないわよ」

 

普通の人間ならそこでその話に乗るところだが瑠奈はそれを思いとどまった。瑠奈は怖いのだ、男だとわかったときの周囲の反応が。

上級生やクラスメイトからの拒絶、そしてルームメイトである簪からの拒絶が。簪から拒絶されたときの想像をすると全身が震えてくる。

 

IS学園に入学する前までは他人から、悪口を言われたり嫌われたりすることなど平気だったのに。ここ最近、随分と臆病になったものだ。

 

(拒絶されるぐらいなら、このまま女でいたほうがいいのではないのか・・・)

 

そんなことを瑠奈が考えていると

 

「あなたは”嘘”をつくことに慣れ始めている」

 

楯無が口を開く

 

「嘘をつくのに慣れた人間というのは、自分の都合の良いことのみを受け入れ都合の悪いものは貶めて、目を逸らす。それが周りの人間を裏切っていることに気付かず」

 

「何が言いたいんですか?...」

 

「あなたがその姿でいるのは、わたしや簪ちゃん、そしてあなたを知っているすべての人を裏切っていることになるのよ」

 

「.......」

 

「あなたは今、大きな障害にぶつかっている。あなたはその障害を壊さなくては前に進めないのよ。答えは急がないわ、とりあえずゆっくり考えてね」

 

そう言われ瑠奈が部屋を出ていくとき

 

「瑠奈くん」

 

楯無に呼ばれ振り向くとカシャっと携帯のカメラ機能で写真をとられた。

 

「もうすぐその姿でなくなっちゃうのかもしれないのだから残しておかないとね」

 

「そうですか・・・」

 

急にからかわれて、さっきまで警戒していた自分が馬鹿らしくなる。再び生徒会室を出て行こうとすると

 

「瑠奈くん」

 

「なんですか?」

 

再び呼び止められる。

 

「あなたは今、臆病になっているわ。だけどそれが悪いことだなんて思わないで。人間、臆病なぐらいがちょうどいいのよ」

 

『人間臆病なぐらいがちょうどいい』それはどうにも反応に困る言葉だ。楯無の目の前にいる者は人間ではなく、人間の皮を被った化け物なのだから。

その言葉を聞き、瑠奈は今度こそ生徒会室から出て行った。

 

 

ーーーー

 

 

『僕と契約して魔法少女になってほしいんだ』

 

瑠奈が部屋のドアを開け、中に入ったとき明るい声が聞こえてきた。。奥に進んでいくと簪がテレビを食いつくように見ている。

 

「簪?」

 

「あ、瑠奈・・・」

 

テレビに夢中で気が付かなかったのか、話しかけると瑠奈の存在に気が付いた簪は大慌てでテレビの電源を消し、顔を赤くして俯いた。

 

「どうしたの?見ててもいいのに」

 

そうすると簪は

 

「その・・・子供っぽいとおもった?」

 

よくみてみると、簪の足元にたくさんの戦隊ものやアニメのDVDがあった。どうやらアニメを見ているところを見られて子供っぽいと思われていると簪は思っているようだ。

 

「全然、そんなことないよ」

 

プリOュアが大人にも見られているこの時代だ。そんなことはないだろう。というか、アニメも手品やダンスなどの人を楽しませるエンターテイメントの一つだろう。

 

「そう・・・ありがとう・・・」

 

簪は瑠奈に笑顔を返した。このとき瑠奈は楯無から裏切っていると言われたことを思い出した。

こんなに素直でいい人を私は裏切っていていいのだろうか。簪が悪人だったのならば良かったのだが、こんなにもいい人だと罪悪感を感じてしまう。

 

瑠奈は3年間IS学園で性別を捨て、女として生きるつもりだった。しかし楯無に『あなたは女として生きていけない』と宣言され、瑠奈の中で小さくはない不安が生まれ始めた。

 

やはり、心を持っている生き物はどんなに悪に染まろうと、完全なる悪役にはなれないのだろうか。

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話 放課後パーティー

12話も完成したので同時に出しておきます


瑠奈が悩んでいるのをよそにクラスメイト達の質問が始まる。

 

「瑠奈って強いの?」

 

「どうやって強くなったの?」

 

「毎日、なに食べているの?」

 

やはり、イギリス代表候補生であるセシリアを圧倒という真実はクラスメイトの好奇心を瑠奈に向けたようだ。瑠奈がクラスメイトの質問に答えていると

 

「いや~、この前は驚いたよ~。まさかせっしーに勝っちゃうなんてね」

 

せっしーとはセシリアのことなのだろうか?。いつも思うのだが本音のあだ名のつけ方の法則が瑠奈には理解できない。

 

それと本音は瑠奈を男ということを知っているはずなのだが、まったく変化なく付き合ってくれる。初めは本音に距離を置かれたらどうしようかと考えていたが、無用な心配だったようだ。こうゆう人間は頼りにしていきたい。

 

「偶然勝てたんだよ」

 

そんなことを言って場を和ませていると

 

「それにすごいね~。男なのにISが扱えるなんて~。」

 

前言撤回。排除しなくては。

楯無や虚から口止めされていないのだろうか。瑠奈はいままでの人生で一番の危機を迎えていることを自覚していた。

 

これまでに沢山の敵に囲まれて銃を突き付けられたことや暗殺部隊に狙われたことなど、一般で言う”やばい状況”にはいくつか直面したことはあったが、よりによって目の前にいる1人の少女の存在に『人生の危機』を突き付けられるとは思わなかった。

 

だれか本音を黙らせてくれ。

これはかなりまずい状況だ。男として転校してくるという話を楯無からされたが、これは『男としてばれていない』ということが前提の話だ。

これでは選択肢以前に男として転校してくる権利すらなくなってしまう。

 

そんな走馬灯に近い思考で瑠奈が考えていると

 

「本音、なにいってるの~?」

 

「瑠奈は女でしょ?」

 

「まだ寝ぼけているの?」

 

クラスメイトが味方をしてくれた。おそらく本音のおっとりさと瑠奈の容姿がうまい具合に利用され誤魔化せたようだ。

緊張で過呼吸になりそうな呼吸をしていた瑠奈は、ほっと安心した。

 

最初からこんなんでやっていけるのだろうか。そんなことで瑠奈が不安になっていると

 

キーン  コーン カーン  コーン

 

休み時間終了のチャイムがなり教室に真耶と千冬が入ってきた。

 

「授業を始めるぞ、席につけ」

 

その声を聞いたらクラスメイトは名残惜しそうに席に戻っていった。そんな危なっかしい感じで瑠奈の1日は始まっていった。

 

 

 

 

 

瑠奈がセシリアを圧倒するという出来事があったが、そのせいかクラスで変わったところが3つあった。

 

1つめ、クラスで男をバカにするような言論がなくなった。これは瑠奈にとっていいことだ。ISを扱える、扱えない関係なしに男と女はこれからも仲良くしていかなければいけない関係なのだ。

 

 

2つめ、これはセシリアについてだ。1週間前のときのように、自分のことをエリートや代表候補生などと思い上がるようなことを言わなくなった。これもいいことだ。自分を天才やエリートなどと完成された人間だと勘違いしていると、努力をしなくなり、やがて他人に追い抜かれていく。それこそウサギとカメのウサギのように。

 

 

3つめ、これが一番の謎だった。これもセシリアについてだが、なぜかセシリアが一夏に好意を持つようになったことだ。本音に聞いたところ、「昨日の試合でおりむーの男らしさにほれたんだよ~」と答えたが昨日の試合のどこで一夏に惚れるような要素があったのだろうか?。謎だ。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

「織斑一夏&小倉瑠奈、クラス代表おめでとーーーー!!」

 

放課後、食堂で1年1組の面子でクラス代表就任の打ち上げをやっていた。しかし瑠奈にとって突っ込みポイントが沢山ある打ち上げだ。

 

1、なぜ立候補してない自分の名前があるのだろうか?

 

2、昨日、試合して勝ったのはセシリアのはずなのになぜ一夏がクラス代表になっているのだろうか?

 

3、クラス代表は1クラス1人だったはずだ

 

瑠奈の3つの質問にクラスメイトはご丁寧に答えてくれた。

 

今日、クラス代表となるはずだったセシリアがなぜか代表を辞退し、一夏がクラス代表になるはずだったがそこで「小倉瑠奈」がクラス代表になるべきだというクラスメイト(瑠奈派)が登場した。

 

その一方で「織斑一夏」がクラス代表になるべきだというクラスメイト(一夏派)も現れ、争いはじめた。両者が戦いを始めるかと思われたとき、救世主(千冬)が現れ、言った。

 

「そんなに争うなら両者を代表にすればいいじゃないか」と。

 

その言葉で両者は平和になり、戦いに発展することはなかった。

 

ちなみに瑠奈は立候補者してないため、委員会などの表の仕事などは一夏がすることになるが当然、瑠奈にも仕事が入ってくる。

瑠奈がめんどくさい気分になっていると

 

「はいはーい、ごめんねー」

 

と眼鏡をかけた生徒が瑠奈に寄ってきた。リボンの色からすると2年生のようだ。

 

「どうも、はじめまして小倉瑠奈くん。わたしの名前は黛 薫子で新聞部の副部長をやっているんだけど、インタビューをいいかな?」

 

「はあ・・・どうぞ」

 

「じゃあまず、クラス代表になった感想をきかせて」

 

「えーと、その・・・」

 

急な無茶ぶりに言葉が詰まる。

花の女子高校生であったのなら、ここですらすらと胸の内を吐露できるものなのかもしれないが、男にはためらいを感じてしまう。

 

いっそのこと、心も女子生徒になりきるか?---いや、それはそれで大事なものを失いそうだ。

 

「遅ーい、しょうがないから適当に書いておくね」

 

瑠奈としては不安だったのだが他に手段がないので任せておくことにした。

 

「続いての質問。瑠奈くんのISはどういうIS?」

 

これは瑠奈がもっと聞いてほしくない質問だった。たしかに外見が変わっているISとして知りたい気持ちは理解できるが、料理の秘訣のようにペラペラと喋るわけにはいかない。

 

とりあえず、典型的で無難な返答をしておくとしよう。

 

「えーと、私のISはデータ収集が目的のISです。すみませんこれ以上は言えません」

 

本来ISは重要機密だ。そういえばクラスメイトは納得してくれる。そう言う風に、他人のプライバシーにズカズカと入ってこないのは嬉しいことだ。

 

「オッケー、答えてくれてありがとう。では最後の質問、これについてはどう思う」

 

そういい、黛はポケットから2~3枚の写真をとりだした。

 

「そ、それは・・・」

 

その写真を見たとき瑠奈は複雑な表情を浮かべる。なぜならその写真には瑠奈にとって黒歴史である女子の制服を着た瑠奈が写っていたからだ。いつの間に撮られていたのだろうか。

 

さっきはプライバシーにズカズカと入ってこないといったが、前言撤回。もろ、入ってきては荒らしてくる。

 

「いやー、この写真を今日売ってみたらすごい値段がついてね。いっそのこと学級新聞に出そうかとおもっているんだよ」

 

「いいアイデアだねー」

 

「写真はいくらで売る?」

 

「ポスターとか作っちゃう?」

 

瑠奈はクラスや学年のなかで『美しすぎる』と有名になっていた。

そのことを利用してクラスメイトは瑠奈を織斑一夏に次ぐ1年1組のマスコット計画が、瑠奈に無断で行われようとしていたのだ。

 

「はぁ・・・」

 

騒がしくクラスメイトが騒ぐ中で、瑠奈のため息が響く。

セシリアと戦っただけでここまで有名になるとは・・・・騙し通してみせると楯無に言ったのはいいが、こんなにも校内で注目される存在になるとは予想外だ。

 

「いっそのこと・・・タイで性転換でもしようかな・・・」

 

この現状に自棄になったのか、自分でもするつもりのないことを言ってしまう。

それほどまでに、小倉瑠奈の精神は追い詰められているのだ。

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話 躾と偽装

今回、あんまり進展はありません


 

昼休み

 

普通の生徒は食堂や教室で昼食を食べている中、瑠奈は生徒会室にいた。理由は先日、本音がした爆弾発言を虚に報告するためだ。

 

「虚先輩、お願いですから本音の口止めをしておいてください」

 

「ごめんなさい。話の内容から本音は話してはいけないことだと理解しているのかとおもっていたのよ」

 

「昨日、本音はバームクーヘンを食べるのに夢中で話の内容なんて聞いていなかったと思いますよ・・・・本当に心臓が止まりかけたんですからね・・・」

 

虚にいってもしょうがないことなのだが、やはり愚痴らずにはいられない。

それほど朝のやりとりは瑠奈にとって綱渡り状態だったのだ。一歩まちがえれば終わっていた。

 

「ほんとうにごめんなさい。とりあえず本音にはしっかりとお仕置きと躾をしておくから許してね」

 

虚は微笑みながら瑠奈にそういうが、顔がわらっていても虚は目が笑っていなかった。明日、本音は生きているだろうか。もしかしたら、心に消えない傷でも負わされてしまうかもしれない。

 

「本当にあぶなかったわね。わかっているとおもうけど、男とばれたらいくら生徒会や織斑先生の力であっても転校してくるのは難しいわよ。だから早く白状して楽になりなさいって」

 

向かいで楯無が昼食を食べながらけらけらとわらって話かけてきた。どうやらこの状況を楯無は楽しんでいるようだ。

 

「わかっていますよ・・・・」

 

現在の状況が瑠奈にとって危険だということは瑠奈が一番わかっている。

ただ楯無や千冬のように瑠奈のことをしっている人間がいるというのは不幸中の幸いだ。本音は頼りにならないのでこの際、除外。

 

その頼ることが出来る存在が瑠奈の決心をぐらつかせている。

 

とにかく転校するしないはこの際おいておいて、現在瑠奈は男だということを怪しまれない必要がある。そこで瑠奈が思いついたこと、それは

 

「楯無先輩」

 

「なに?」

 

「どうやったら、女になれますかね?」

 

虚と楯無は一瞬、瑠奈の言っていることが理解できなかった。

 

 

 

ーーーー

 

 

「なんだ、女っぽい外見になりたいっていう意味だったのね。びっくりしたわ、てっきりそっちの道にはいるのかとおもったわ」

 

「さすがにこの年齢で性転換はしたくないですよ」

 

瑠奈は楯無にすこしでも男とばれないようにするため、女っぽい外見になるために手伝いをしてほしいと頼んだ。

そのうち男として転校するかもしれないがそれまでに男だとばれたら元も子もない。

 

しかし、転校してきたときに、それはそれでいじられることになるかもしれないが、背に腹は変えられない。

その時はその時にだ。

 

「そんなこといっても、これ以上女になるっていってもねぇ・・・」

 

楯無と虚は頭を悩ませる。瑠奈にこれ以上女のような外見にするといってもどうすればいいにだろうか?。腕や脚はもう十分細いし、顔も美人というほど整っている。

これ以上、女っぽくしたら逆に美人すぎて周りから怪しまれる。

 

なんかないかと楯無と虚は瑠奈の全身を見たとき、楯無と虚は瑠奈のある場所に視線が集中した。その場所とは

 

「な、なんですか?そんなに胸をみて?」

 

瑠奈の胸だ。男としては当然のことだが、瑠奈には胸がない。それはもう絶壁などというレベルではなく、逆にえぐれているのではないかというぐらいに。

 

「せっかくだし、胸になにかつけてみたらどう?」

 

「ブラでもつければいいんですか?」

 

「つけるほどのものがないでしょ。なにかつけるとしたら・・・あっ、そうだ」

 

突然、楯無がなにか思い出したような表情をし、急いだ様子で生徒会室をでていった。

 

「虚先輩」

 

「なに?」

 

「いやな予感がするんですけど」

 

その言葉に虚は苦笑いを浮かべることしかできなかった。

同じ生徒同士だからまともな意見がもらえると思っていた瑠奈が間抜けだった。やはり、安全面を考慮して千冬に聞くべきだっただろうか。

 

 

 

数分後

 

楯無が大きな袋をもってかえってきた。袋の中身をみてみると

 

「こ、これは・・・」

 

中には大量のがパッドはいってた。なぜ楯無がこんなものを大量に持っているのかという疑問はこの際、置いておくとする。

 

「どれが一番似合うかしらね~」

 

なぜか楯無はノリノリで袋の中身を物色し始める。このとき、自分は間違いを起こしていたことを改めて自覚した。

 

「これとかいいんじゃない?」

 

楯無がとりだしたのは、女性のなかでは大きくもなければ小さくもないサイズであるCカップのパッドだった。

 

「とりあえず、試着したいから上を脱いでね~」

 

楯無とこの場の雰囲気にのまれたのか、虚もノリノリで選びはじめた。やはり千冬あたりに相談するべきだっただろうか。

 

この時、瑠奈の中にあった小さな後悔が大きな後悔に変わった瞬間であった。このあと瑠奈はいままで誰にも見せたことない素肌をパッドという奇妙な理由でさらすことになったのであった。

 

それからしばらく経ち

 

「うん、ぴったりね」

 

楯無は満足そうに瑠奈をみていた。目の前にはパッドの上にブラをつけた瑠奈が恥ずかしそうに立っていた。

 

「あぁ・・・もうやだ・・・」

 

男でありながら、パットとブラをつける。

これで何も感じない人間は恐らく心が壊れているか、ニューハーフぐらいだろう。とにかく。まともな精神状況では耐えられない。

 

それに、女子の中にはスキンシップで目的でなのか、突如胸を揉んでくるという伏兵顔負けの奇襲を仕掛けてくる輩もいるらしく、警戒しなくてはならない。

 

「いやー、楽しい時間だったわね」

 

「そうですね、お嬢様」

 

初めは、しょうがないといった感じでつきあっていた虚も後半はニコニコとと変わらない笑みで楯無と話していた。

 

「とりあえず、それは皮膚接着剤でくっつけておくから、お風呂などに入るときはいってね」

 

楯無は瑠奈に悪魔の言葉を言い放つ。

つまり、瑠奈はほぼ毎日、楯無の前で素肌をさらさなければいけないことになる。瑠奈はなにか大きな危機を感じたが口に出すことができなかった。

 

「あ、あの・・・これで失礼します・・・」

 

これ以上、ここにいると自我が崩壊するような気がしたため瑠奈は、急いで生徒会室からでていった。

 

なんというか、心が壊れそうなぐらい痛い。

 

 

ーーーー

 

 

教室に戻る途中

 

「あ、あの・・・・」

 

瑠奈は後ろから声をかけられた。振り返ってみると1人の女子生徒が立っていた。リボンの色からして、前に会った黛とかいう新聞部や楯無と同じ2年生のようだ。

 

「・・・何か用ですか?」

 

「いや・・・その・・・」

 

話しかけられたのはいいが、2年生のその生徒はもじもじと恥ずかしそうに頬を赤らめている。

これはもしかすると、さっき楯無から聞いた”胸揉み伏兵”だろうか。

 

確かに、自分を襲いに来ないという保証はどこにもない。だが、こんなにも急に来るとは。

限りなく本物に近いとはいえ、胸を揉まれたり、スカートをめくられたりしたら、性別がばれる可能性がある。

残念ながら、遊びやスキンシップであろうと、この胸部や局部を触られるわけにはいかないのだ。

 

目の前の先輩に気付かれないように静かに戦闘態勢に入って警戒する。だが、視線をぐらつかせながら、先輩らしき生徒は両手を瑠奈に突き出してきた。

 

「これ!受け取って!!」

 

そのまま、前に歩いて1枚の手紙を強引に瑠奈に握らせる。ピンク糸の便箋(びんせん)のいかにも女子ということを感じさせる可愛らしい手紙だ。

 

「あの・・・これは・・・」

 

「へ、返事は急がないから!!」

 

そう大声で叫ぶと、赤くなった顔を手で覆い隠すと、その生徒は廊下を駆けていった。

今のやりとりを見ていた周囲の生徒からは『ヒュ~』と煽りのような声を上げてくる。

 

「・・・何だったんだ・・・今の・・・・」

 

小さく呟き、強引に握らされたことによって少し皺が付いてしまった便箋を見つめた。

 

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話 運命の出会い

お待たせしました


午後

 

本来なら1年1組は授業でアリーナに向かっているのだが、瑠奈はさぼって、アリーナへ続く道にあるベンチに座って考え事をしていた。

それは今の自分の姿についてだ。

 

ほぼ女子しかいない学園で女子の制服をきて、パッドして生活している。

昔の自分がみたらどんな顔をするのだろうか。さっき千冬にもみせたら大笑いされて写真をとられたし楯無や虚にも笑われた。

 

この時点で瑠奈の心と自尊心はボロボロだ。まあ、そんなものがあったとしても何の役にも立たないのだろうが。

 

(ははは・・・)

 

この状況に自虐的な笑いを自分に向けていると、心地よい風が吹き、瑠奈を包みこんだ。

今日の天気は晴れで気温もポカポカしていて心地よい。昨日から楯無の転校の話で悩んで眠れなかったことや食後なのもあり、瑠奈の中で眠気が発生し瞼がおもくなってきた。

 

(少しぐらい、いいか・・・)

 

心の中でそうつぶやくと、瑠奈の意識はなくなっていき、寝息をたてはじめた。せめて夢の中ぐらい悩みや苦しみがないひと時を過ごせるようにと願いながら・・・

 

 

 

ーーーー

 

 

広い部屋でたくさんの子供がおもちゃで遊んでいる。

あるグループはおもちゃで遊び、あるグループは楽しそうにおしゃべりをしたりして年相応の笑顔や笑い声が部屋にはあった。

 

しかし、その中で異彩を放つ1人の少年が部屋の隅に座っている。

その表情からは、少年としての明るい表情や雰囲気は感じられない。そのせいで、周囲からは完全に浮いた存在、まさに”異色”といえる存在であろう。

 

周囲の子供たちも気味悪がって、その少年を見ては見ぬふりをして関わらないようにしている。

大人であったら、もう少しうまい対応をするのかもしれないが、ここにいるのはまだ1人では何もできない少年少女たちだ。

その態度は露骨に表へ出てしまう。

 

だが、そんな事は少年も分かっている。だが、それはしょうがないことなのだ。自分はこの世界で必要とされない。

自分の存在は、既にこの表世界から消えている、そこら辺の石ころのように。

 

人は、そこら辺の石ころが転がったところで気にも留めないだろう。だが、それでいい、この孤独は自ら望んだものなのだから。

だが、今日は違った。今日は珍しく、その石ころに興味を持つ物好きな人間が来たのだ。

 

「君は遊ばないの?」

 

1人の白髪の少女が明るい無邪気な声で声を掛けてきた。

人と関わることは面倒だ。少年は、少女を睨みつけ『失せろ』とアイコンタクトを送るが、伝わった様子はなく、図々しく隣に座り込む。

 

「体調でも悪いの?」

 

「・・・・・・・」

 

「シスターを呼んでこようか?」

 

「・・・・・・・」

 

「ねえ、聞いてる?」

 

「頼むから黙ってくれ」

 

このまま無視を決め込むつもりだったのだが、年相応の少女の騒がしさの前にあえなくギブアップ。

なんだか、このまま無視していたら、さらにうるさくされるような気がしてきた。

 

「よかった、聞こえていたんだね」

 

「こんな隣で耳元で話されたらいやでも聞こえてる」

 

訂正しよう。物好きな人間ではなく、ただ単純に面倒な少女だった。

その面倒な少女に目をつけられるとは、今日はとんだ厄日だ。

 

「なんか御用?」

 

「君、一緒に遊ぶ友達がいないんでしょ?私と一緒に遊ぼうよ」

 

「断る。悪いが君と戯れる気はない。他を当たってくれ」

 

「まあまあ、そんなことを言わずに、ね?」

 

動かない少年を説得するかのように、腕をグイグイと引っ張るが、少年は梃子でも動かぬといった様子だ。

だたじっと座り込んでいる。

 

「・・・・わかったよ、君に付き合う。だから腕を引っ張るのをやめてくれ」

 

慣れない少女のおねだりに心が折れたのか、ため息をつき、少年は腕を引っ張られながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

「私と遊んでくれるの!?ありがとう!!」

 

なぜ、こんな自分が一緒に遊ぶだけなのに、この少女は嬉しそうな顔をするのだろうか。

目の前にいるのは存在価値が石ころも同然の人間なのに。

 

「ほらほら、こっちに来て」

 

そのまま少年の腕を引っ張り、少女は少年を遊び場に連れていく。他者との関わりを持つ。孤独な少年にとっては不思議な気持ちになる。

 

「ああ、そういえば君の名前は?」

 

ここ(孤児院)に来てまだ日が浅いため、全員の名前と顔は知らないーーーまぁ、教えられても覚えようとしてたとは思えないが。

 

「私?私の名前はね・・・・」

 

目の前の白髪の少女はニッコリと笑い、名前を言う。自分を救い、変えてくれた人間。

 

君の名前はーーーーー

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、起きなさい!!」

 

ベンチに眠っていた瑠奈の耳元で大きな声が響く。そのせいで、寝ていたベンチから転げ落ちそうになるが、ギリギリのところで踏みとどまる。

 

「大きい声だ・・・・どこのバカだよ・・・女性海兵隊の鬼軍曹を呼んだのは・・・・」

 

「何ブツブツ言ってんのよ、それより道を聞きたいんだけどいい?」

 

「お願いだからあまり大きな声で喋らないでくれる?イラつきのあまり、大きな破壊衝動に襲われそうになるから」

 

寝起きの低血圧でイラついてるのか、目の前のツインテールで大きなボストンバックを持っている女子生徒をぎろりと睨みつける。

鋭利な刃物を彷彿とさせる鋭い目つきに恐怖したのか、目の前の女子生徒が数歩後ずさる。

 

「わ、悪かったわよ。ところで本校舎一階の総合事務受付ってどこ?」

 

「とんだ御門違いだね。こっから真逆の方向だよ」

 

ポリポリと頭を掻きながらそう短く答える。

ひとまず、口で説明するのも面倒なので、立体マップを展開すると、目的地である本校舎一階総合事務受付の場所にマーキングをつける。

 

そうすると、地面に光の線が道に沿って伸びていく。

 

「この線のルートに辿っていけば着ける。線は後で自動的に消えていくから気にしなくていい」

 

「へぇ、便利な機能ね。まあ、ありがとう」

 

先程より、声は抑えていたが、一般からすれば大きな方の声でそうお礼を言うと、地面に置いていた私物らしきボストンバックを担いで歩き始めるが

 

「ちょっと待って」

 

瑠奈が寝起きで痛む頭を押さえながら呼び止めた。

 

「当然で悪いけど、君って日本人(ジャパニーズ)?」

 

「日本人に見える?」

 

「質問を質問で返さないでもらえる?」

 

「悪かったわよ、そう怒んないでよ。日本に住んでいたこともあったけど、私は中国人(チャイニーズ)よ、それがどうかしたの?」

 

「いや、何でもない。私の個人的な興味だから気にしないで」

 

それだけ言い残すと、『ありがとねーー!!』と元気そうにお礼をいい、走り去っていった。

ツインテールは活発の証といわれるが、どうやら本当らしい。

 

空は既に日が沈んでおり、暗くなっている。

どうやら、かなり長い間昼寝をしていたらしく、午後の授業を完全にすっぽかしてしまった。

 

「はぁ・・・千冬に殺されるよ・・・・」

 

なんだか、入学早々担任にして世界最強の女(ブリュンヒルデ)の怒りを買いまくっているような気がしてくる。

 

教師としての面子があるのは知っているが、怒ったところで瑠奈が『はい、わかりました』と言って、すんなりと従うことは彼女も分かっているはずなのだが。

 

「さてと・・・・とりあえず帰りますか・・・・」

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

次の日

 

瑠奈にしては珍しくチャイムが鳴る前に教室についた。

これはクラスにとって珍しいことだ。いつもならSHRの時に来たり、1時間目や2時間目の授業の途中に教室に入ってくる。

 

ひどいときは6時間目の終わりの時間帯に教室に入ってきたりする。何度も千冬は瑠奈を叱っているが、本人は改善する気はないようだ。

 

欠伸をしながら瑠奈が席に座ったとき、クラスメイトのある噂話が聞こえてきた。

 

「今日、2組に転校生がくるらしいよ」

 

今は4月なのに、なぜこのタイミングでくるのだろうか。

さらに聞くと転校生は中国代表候補生らしい。中国代表候補生なら上の人間に無理を言って、このIS学園に転校してくることは可能だろう。

 

しかし、なぜIS学園に無理やり転校してくる必要があるんだろうか。それが瑠奈にはわからない、まあ、どうでもいいことだが。そんなことを考えていると

 

「やあ、一夏」

 

教室の前の方の扉で声がした。どうやら噂の転校生と一夏が前で話しているらしい。暇つぶし感覚で瑠奈が向かうと、意外な人物がそこにいた。

 

「あ、あんたは・・・」

 

「君は・・・」

 

瑠奈は目を開いて驚いた。新しい転校生というのは、昨日、瑠奈が道を教えたツインテールの少女だったからだ。

相変わらず元気な声が教室に響いている。

 

「昨日は道を教えてくれてありがとね、助かったわ」

 

「気にしなくていいよ」

 

瑠奈は転校生にむかって微笑む。

よく考えたら、中国代表候補生が来たというのであれば、中国人(チャイニーズ)であるこの少女が来ることは大体予想できたことか。

 

「あ、自己紹介が遅れたわね。私の名前は凰鈴音。鈴でいいわよ。一応、2組のクラス代表だから」

 

「小倉瑠奈。瑠奈でいい」

 

「そう、よろしくね、瑠奈」

 

「よろしく、鈴」

 

瑠奈と鈴は友情の証と言わんばかりに握手をする。

 

「なあ、2人は知り合いなのか?」

 

昨日の出来事を知らない一夏は2人に質問した。どうにも、周りのクラスメイトも気になっている様子だ。

 

「知り合いっていうより、昨日道に迷っていたところを助けてもらったのよ」

 

そんな感じで雑談を交わしていると

 

バンッ!

 

扉の前に立っていた鈴の頭が黒い板ーーー出席簿による強烈な打撃が入る。威力は強烈らしく、頭を押さえながら鈴がしゃがみ込む。

 

「ちょっと! 何するのよ!」

 

鈴が怒って振り返ると

 

「扉の前に立つな。邪魔だ」

 

みんなの天敵、千冬が立っていた。相変わらずの狼のように鋭く吊り上がった目線は圧巻の一言だ。

 

「ち、千冬さん・・・」

 

「織斑先生と呼べ。もうすぐSHRの時間だ。教室に戻れ」

 

「はい・・・」

 

流石の鈴でも、千冬相手には敵わないらしく、完全に怯えている様子だ。震えながらそう返事し、鈴は2組の教室に戻るが、その途中に

 

「話はまだあるからね。逃げんじゃないわよ一夏」

 

負け惜しみというか捨てセリフのような言葉を残していく。朝っぱらから騒がしいことだ。まあ、元気なのはいいことなのかもしれないが。

 

「おい、小倉。昨日の午後はどういうことなのか、後で職員室で説明してもらうぞ。わかっているな?」

 

「別に悪気があってすっぽかしたわけではありませんよ。それより、今日も恋人である出席簿と共に登校ですか、思いを向けるのは人間にしろとは言いませんが、恋愛相手はカエルやムカデと言った生物相手にしてもらえますかね。見てると痛々しいんで」

 

「あ゛ぁ!?」

 

まるで、『お前の相手はカエルやムカデがお似合いだ』というような千冬相手に恐れを知らぬ、皮肉をいうと、瑠奈も静かに席へ戻っていった。

 

 




評価や感想をお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話 世間の反応

1.2.3.4.5.6話あたりを少し編集しました


授業中、瑠奈は昨日見た夢のことを考えていた。夢の内容は”彼女”との初めての出会いだった。なぜ今になってこの夢を見るようになったのだろうか。

 

「では瑠奈、この問題を答えてみろ」

 

千冬が瑠奈を指定した。

 

「わかりません」

 

瑠奈は即答する。

その瞬間、千冬は瑠奈の顔面に向かって出席簿を投げつける。なんの予備動作もない鮮やかな動きだった。

 

周りの生徒には千冬の目の前から出席簿が発射されたよな摩訶不思議な光景に見えるだろうが、生憎銃は銃弾を放つとき、予備動作などない。

それに、出席簿の速度など、ライフル弾に比べて生ぬるい。

 

「はあ・・・」

 

瑠奈はまるで出席簿が飛んでくるのがわかっていたかのように、頭を僅か右に動かし、出席簿をかわしてため息をする。

 

「ちっ」

 

静かな教室に、出席簿が落ちる音と千冬の舌打ちが響くのであった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

キーン コーン カーン コーン

 

4時間目の授業終了のチャイムがなり、授業が終了する。周りの生徒は席を立ち、昼食をとるため食堂に向かい始める。瑠奈も食堂に向かおうと、席を立ったとき

 

「瑠奈、せっかくだし一緒に食事でもどうだ?」

 

一夏が瑠奈を昼食にさそった。昼食を誘うときのセリフが完全にナンパ男のセリフだ。

 

「喜んで」

 

特に昼に用事はないので話に乗ることにする。ただ食堂に向かう時に、瑠奈は1つの疑問を感じた。それは

 

「なぜ、箒とセシリアがついてくるの?」

 

なぜか、箒とセシリアが一夏に引っ付いてついてきたことだ。

 

「別にいいだろう・・・」

 

箒が瑠奈を睨みつける。まるで一夏を誰にも渡さないと周りに見せつけるように

 

瑠奈としては箒にそうゆう表情はしてほしくない。箒に睨まれて怖いからではなく、男に一夏を渡さないと威嚇している箒を見ててかわいそうになってくるからだ。そんな感じで一夏御一行は歩き出した。

 

 

 

 

食堂に入った瞬間

 

「遅いわよ! 一夏!!」

 

ラーメンを乗せたお盆を持ちながら、鈴が話かけてきた。それにしての鈴は気が付くのが早かった。まるで食堂の入り口を見張っていたかのように。一夏と鈴が楽しそうに話していると

 

「ごめん、鈴そこをどいてくれない?食券がとれない」

 

と瑠奈が鈴を注意すると

 

「うっさいわね! わかってるわよ」

 

なぜか鈴が怒った。なぜここで怒るのか疑問に思ったが、とりあえず瑠奈は食券機の前に行き、好物であるカレーを注文する。

瑠奈に続き、一夏やセシリアも昼食を受け取りテーブルに座る。そして瑠奈がカレーを食べようとすると

 

「一夏、そろそろどうゆう関係か説明してほしいのだが・・・」

 

我慢の限界というように箒が口を開く。それに続き

 

「そ、そうですわ!一夏さん、この方は誰なんですの!?ま、まさか恋人とか・・・」

 

セシリアも口を開く。なぜそこで友人ではなく恋人という単語が真っ先にでてくるのだろうか。

 

「べ、べつに付き合っているわけじゃ・・・・」

 

「そうだぞ。なにいっているんだよ?ただの幼馴染だよ」

 

一夏のその言葉で鈴は一気に不機嫌そうになった。それと反対に

 

「お、幼馴染・・・・」

 

箒とセシリアは安心するような表情になった。

 

どうやら鈴は一夏にとって2人目の幼馴染、セカンド幼馴染らしい。

ちなみにファースト幼馴染は箒と一夏は言っていたがいたが瑠奈はそこら辺も束から聞かされていたため知っていた。どうでもいいが幼馴染にファーストやセカンドがあるのだろうか。

 

このとき瑠奈はなぜ鈴がIS学園に転校してきたかわかった。おそらく幼馴染である一夏に会いにわざわざIS学園に転校してきた、というところだろう。

しかし、たかが幼馴染の関係でIS学園にくるだろうか?。そんなことを考えていると

 

「一夏、あんたクラス代表なんでしょ?」

 

「そうだけど..」

 

「ふ、ふーん。あ、あのさぁ、よかったらISをみてあげてもいいけど」

 

「え、本当か!」

 

一夏がそういったとき

 

バン!! 箒とセシリアが机を叩いたため、大きな音が食堂に響く。

 

「一夏を教えるのは私の役目だ。だいたい、鈴は2組だろう、敵の施しは受けん!」

 

「一夏さんのコーチは、イギリスの代表候補生であるこのセシリア・オルコットが努めます!!」

 

必至な表情で箒とセシリアは鈴の提案を却下した。その時

 

「静かにしてくれないか」

 

ずっと口を閉じていた瑠奈が男口調でいった。

 

「なんだと!」

 

「なんですって!」

 

箒とセシリアは怒った様子で瑠奈の方を向き反論しようとするが

 

「あ・・・う・・・」

 

2人とも瑠奈の目をみて言葉を失ってしまう。瑠奈が恐ろしい目で2人を睨みつけていたからだ。

瑠奈は騒がしい人間や場所は嫌いだ。別に常に静かにしていろと言うつもりではないが、時と場所を考えてほしい。

 

「周りには、ほかにも食事している人もいるんだ。静かにしてくれ」

 

瑠奈が怒ったような口調で二人を注意した。もう高校生なのだから静かに食事ぐらいできてあたりまえだろう。それにISを一夏に教えるという話も、コーチが増えて悪いことなど何もない。

敵だろうが味方だろうが、一夏のためを思っているのなら、人の手は借りるべきだろう。現に一夏は弱いのだから。

 

それなのに箒やセシリアは「自分がおしえたい」という私情を優先して一夏のことを何も考えていない。そんなことでは一夏にISを教えることはあろか、人に物事を教える資格すらない。

 

2人は瑠奈に注意に従い、静かに食事を再開した。

 

ーーーーーーー

 

昼食を終え、食休みをしていると

 

「そういえば、瑠奈って中国だと有名人になっているわよ」

 

鈴が驚きの言葉を口にした。

 

「どうゆう意味!?」

 

瑠奈が驚いた表情で鈴に聞いた。

 

「なんだっけ、イギリス代表候補生との戦闘の映像が世界で流れているのよ。ふつうだったら庶民はISのことなんて興味ないんだけど、瑠奈があまりにもかわいいっていう理由で有名になっているのよ」

 

瑠奈は完全に失念していた。瑠奈とセシリアの試合でどこかの生徒が試合を撮影していて、国に送り付けていたとしてもなんの不思議ではない。

 

「それで、かわいい外見をしているのに蹴りとかパンチとかえげつない攻撃をくりだしているから、巷では”超攻撃型プレイヤー”ってよばれていてファンクラブとかグッズとか売られているのよ」

 

「なんだそのプロレスラーみたいなあだ名は。あと、物販の話なんて持ちかけられたこともないんだけど」

 

中国で広まっているのなら、間違いなく、瑠奈の存在は全世界に知られている。時間帯的に考えると、早い奴はそろそろ動き始める頃合いか。

 

これはかなり危ない状況だ。瑠奈はIS学園にいるから手をだせない状況だがそのうち条約を破って襲ってくる人間もではじめるだろう。

厄介なことになったものだ。

 

「それでファンクラブとかできてー」

 

瑠奈の心境を知らない鈴は、次々と中国の状況を説明していった。

しかし、事態の危険性を知らないことが、鈴の唯一の幸いと言ったところだろうか。




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15話 猛然

遅くなってすみません


午後

 

いつものことだが瑠奈は授業をさぼって屋上にある芝生に寝っ転がっていた。いつも・・・といわれたら弱いが、なんとなく授業に受けるような気分ではない。

 

(自分の存在が世界にしられている・・・)

 

いままで、人に知られないように生きてきたのに、とんだアイドルデビューだ。

ある程度知られるのは覚悟していたが、ここまで世界の注目を浴びてしまうことになるとは。

 

なかには、自分のことを調べるような物好きも出始めるかもしれないが、無論、足跡は消し去っておいてある。

そう内心でわかっていても、モヤモヤとした暗い雲が心を覆い隠している。

 

「授業をさぼるのはよくないわよ」

 

寝転がっていた瑠奈の上から声がした。授業中というこの時間帯で出てくる者など1人しかいない。

 

「あなたもさぼっているじゃないですか。楯無先輩」

 

声の主は楯無だ。

生徒会の特権とやらなのだろうか、授業中でも楯無は普通に瑠奈の元へ訪れては、転入の話での説明や煽りをしてくる。まるで悪質なセールスマンだ。

 

「わたしは授業の見回りよ」

 

「あなたは先生ですか・・・・今、考え事をしてるんで邪魔しないでくれますか?」

 

「あなたの今後の学園生活について?」

 

「まあ、そんなところです」

 

瑠奈がIS学園にいるということが世界に知らされたということはIS学園が狙われる可能性が格段に高くなった。

 

ISの専用機持ち組は自分で身を守れるから大丈夫だろう。逆に自分の身ぐらい自分で守ってもらわなければ困る。それとは別に専用機を持っていない生徒はどうなってしまうのだろう。

 

箒や本音、簪などは襲われたら自分の身を守ることなどできない。

瑠奈とエクストリームでも全校生徒を守ることなど無理だ。その時は選ばなければならない。どの命を切り捨てるかを。だが、IS学園が狙われる可能性を大幅に下げる方法がある。

 

「あなたは・・・IS学園を出ていこうと考えているでしょ?」

 

「なんでわかるんですか?」

 

「女の勘よ」

 

「まあ、おっしゃる通り、それが今のところ最善の策ですかね・・・・」

 

狙われる原因である瑠奈が出ていけば何の問題はない。時間も具体的な対策も何も必要ない。

それが瑠奈が今すぐできるかつ最善で確実な方法だ。しかし楯無はそれを許してはくれない。

 

「私たちを裏切るだけでなく、約束まで破るつもり?そんなの許さないわよ」

 

「あなたは事態の危険性をわかっているのですか?私はここに居たら襲われる危険性が高まる発信機のようなものなんですよ?」

 

「そんなもの、自分で何とかしなさい。あなたが蒔いた種なんだから」

 

それを何とかできないから悩んでいるというのに・・・随分と無茶をいうものだ。その言い分だと、こっそりとこの学園を夜逃げして出ていったら、この生徒会長のどえらい報復が待ってそうだ。

 

そういう信念や決意といった人間らしいものはどうにも苦手だ。いや、純粋に慣れていないだけか。

 

「まぁ・・・何とかしましょう」

 

「そう、それでいいのよ。頑張ったら私からご褒美をあげるから」

 

そういい、パッチリとウインクをすると、スカートを持ち上げて黒いストッキングに包まれた太ももを露出させる。

しかし、この深刻な状況では全く色気を感じさせない。むしろ、楯無の腹黒さを少し知っているから不気味に感じる

 

「はぁ・・・わかりましたから今は1人にしてください」

 

今の会話で、少し本調子を取り戻した瑠奈を『ふふっ』と微笑むと、屋上を出ていった。

とりあえずは、策を練る必要がある。自分がこの学園に居続けるための策を。

 

 

ーーーー

 

放課後

 

いつもなら瑠奈は部屋にいるのだが、なぜかアリーナにいた。

理由は一夏に放課後の『放課後の特訓を手伝ってくれ』と頼まれたからだ。瑠奈としてはめんどくさいと感じているのだが、一応、クラス代表だ。特訓に付き合って損はないだろう。一夏と一緒にアリーナに入ると

 

「遅いぞ、一夏」

 

「遅刻ですわよ」

 

箒とセシリアが待ち構えていた。なぜ、いつも一夏の近くには箒やセシリアがいるのだろうか。セシリアはブルー・ティアーズをまとっていたが、箒は・・・

 

「お、訓練機を借りることができたのか?箒」

 

訓練機である打鉄をまとっていた。

接近ブレードにアサルトライフルという無駄のない武装に加え、高い防御力を誇る第2世代IS。

 

「まあな、特別使用許可がおりた」

 

箒が勝ち誇った表情をすると、箒の隣にいたセシリアがなぜか悔しそうな顔をした。

箒が笑えば、セシリアが悔しがり、箒が悔しがれば、セシリアが笑う。どうにも、この2人の感情は反比例しているようだ。

 

「とりあえず、特訓をはじめたら?」

 

瑠奈がそういうと、それに火が付いたのか箒とセシリアが一気にやる気を出し始める、

 

「よし! 行くぞ一夏!」

 

「いきますわよ!一夏さん!」

 

「え、2対1かよ!」

 

「当然だ」

 

「当然ですわ」

 

「えっと・・・瑠奈、助けてくれ!」

 

2人の威圧に圧倒されたのか、一夏が瑠奈に助けを求め始めた。

どうでもいいが、この3人はトレーニング内容も決めていないのだろうか。その短絡的な考えにため息をつくと、エクストリームを展開した。

 

「とりあえず、一夏かかっておいで」

 

「いきなりいいのか?」

 

「いいよ。一撃でも攻撃を当てることができたら、今日の特訓はおしまいでいい」

 

「なにを勝手に決めているんだ!」

 

勝手に話を進められたことで、箒やセシリアから文句がでるが、瑠奈は完全無視だ。

 

「とりあえず2人はアリーナからでてくれる?そこにいると邪魔になるから」

 

「なっ・・・」

 

自分たちを邪魔者のように扱っていることに、不満がでるが、今から試合が始まるようなのでおとなしく引きさがる。

 

「全力でいくからな」

 

「どうぞ、ご自由に」

 

瑠奈と一夏の特訓が始まった。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

30分後

 

「はあ・・・はあ・・・」

 

アリーナの中央では苦しそうに息切れをしている一夏と、それとは正反対に額に汗1つ流していない余裕で涼しい顔をした瑠奈が立っていた。

 

「もう終わり?情けない」

 

30分間、一夏は瑠奈を攻め続けていたが、攻撃を当てるどころかかすらせることすらできない。

瑠奈は基本的に一夏を攻撃せず、接近してくるまで待ち、攻撃をかわして再び一夏と距離をとるという行動を繰り返していた。

そこには、攻撃をするという意思は感じられない。現に、瑠奈は武器を取り出すこともなく、素手の状態だ。

 

「まだ・・・まだ・・・・」

 

一夏が雪片を構え、地面を蹴りかかってくるが

 

「甘い」

 

雪片の斬撃をかわし、隙だらけになった一夏の腹部に蹴りを食らわせ、一夏を吹き飛ばす。

 

「もう、特訓はおしまいにしよう」

 

「まだ・・・うぅぅ・・・終わってねぇ・・・」

 

「残念だけど、そんな単純で直線的な戦い方では、今の君は私に勝つことはおろか攻撃を当てることすらできない。絶対にだ」

 

体力は切れ、体の疲労により、集中力も完全に切れている。こんな状態で訓練を続けても、無理な運動で体を壊すだけだ。

それだけ言うと、瑠奈は機体を外し、アリーナの出口へ歩いて行く。

 

「ちょっとまってくれ!」

 

一夏の悲痛な叫び声に反応することもなく、箒とセシリアの元へ向かっていき

 

「私が出来るのはここまで。2人とも、あとはよろしく」

 

そう短く言うと、アリーナを出ていってしまった。その瞬間”くそっ!!”と悔しそうに声を上げる。自分が弱いことなどわかっていた。だが、ここまで惨敗して悔しさを感じない人間などいないだろう。

 

圧倒的な存在を目の前にして人間が出来ることは、己の無力さと悔しさを噛み締めることぐらいだ。

そのことを、この場にいる全員が感じていた。

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16話 襲撃者

文字数を増やしてみました


アリーナから寮に向かうため歩いていると『瑠奈!!』と後方から大きな声で自分の名前を呼ばれた。

後方に振り返るとそこには片手にバックを持った鈴が立っていた。

 

「瑠奈、どこに行くの?」

 

「どこに行くっていうか・・・アリーナの帰りかな」

 

「一夏の特訓に付き合っていたの?」

 

「そんなところ」

 

そう返事すると、鈴は持っていたバックに手を突っ込み、1本のスポーツドリンクを差し出してきた。

 

「これは?」

 

「あいつの特訓に付き合ってくれたんでしょ?これはお礼」

 

「ありがとう・・・受け取っておくよ」

 

あまり、激しく動いていないため喉は渇いていないのだが、気持ちは嬉しい。受け取ってポケットに入れる。

 

「ありがとう、一夏はまだ特訓していると思うから行ってあげるといい」

 

そういい、瑠奈は鈴を通り過ぎようとするが

 

「瑠奈・・・その・・・ちょっといい?」

 

深刻な表情をした鈴に呼び止められた。人間がそのような表情をするときは、何やら嫌な出来事が起きる前兆だ。

 

「あの、気を悪くしたら悪いけど・・・・瑠奈って本当に女?」

 

「・・・・どうゆう意味?」

 

「その・・・・今日、なんだか瑠奈が男のように見えることがあって・・・」

 

自分が失礼な質問をしていることはわかっている。それでも、この違和感は鈴の中ではぬぐえないものとなっていた。

そして、それは瑠奈も同じだ。心の中で『今は自分は女だ」という思い込みが大きな違和感となっている。

 

「・・・悪いけど私は女だよ。それとも私が男の方が良かった?」

 

「そ、そうよね!あんたが男なわけないわよね!!」

 

この暗い雰囲気を吹き飛ばすかのように、鈴が明るい声で笑い飛ばす。なんだか、急に友人にこんな質問をしている自分が馬鹿らしくなってきた。

 

「ほら、早く一夏のところへ行ってあげなよ」

 

「わかってるわよ!!それじゃあね!!」

 

そのまま、ツインテールを上下に振りながら鈴はアリーナ方面へ走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

寮の部屋にもどると、疲れた心を休めるために瑠奈はベットに横たわった。

 

(ほぼ初対面である鈴にすら疑われている・・・・)

 

楯無の言う通り、もう限界だ。仮に誤魔化し続けていけたとしても、このままでは男としての瑠奈ではなく女としての瑠奈が求められるようになってしまう。

それは瑠奈という人間が否定されているのと変わらない。

 

「瑠奈?」

 

扉から声がし、見てみると簪がいた。どうやら、放課後の専用機の組み立てを終え、部屋に戻ってきたようだ。

 

「お帰り、簪」

 

「ただいま、瑠奈。どうしたの・・・?考え事?」

 

「まあ、そんなところかな」

 

「最近、瑠奈・・・元気がないから心配・・・」

 

「気にしないで。悪いけど、君がいくら心配したところで私の悩みが解決するわけじゃない、だったら関わらないことが一番だよ」

 

確かに簪が頑張ったところで、出来ることなどたかが知れている。その否定しようのない現実を突きつけると、瑠奈は夕食をとるために部屋をでていった。

 

 

 

 

 

 

夕食後

 

瑠奈が部屋に戻るため、廊下を歩いていると

 

「ふざけるな!」

 

一夏の部屋の前から大きな怒声がきこえた。この声は最近、聞き慣れた少女の声だ。

そして、その声がするということは、大抵なにか面倒事が起こっている状況であることを表している。

頭を抱えたい気持ちで瑠奈が向かうと

 

「だから、部屋変わってあげるわよ」

 

「余計なお世話だ!」

 

一夏の部屋の前で箒と鈴が言い争っていた。それに加えて戸惑っているのか、止めずに、傍観している一夏もいて、修羅場となっている。

なぜ止めないのだろうか。

 

「なにやってるの?」

 

「あ、瑠奈!!」

 

鈴が瑠奈のもとに寄り、事情を説明した。

どうやら鈴は一夏のルームメイトである箒と部屋をかわってあげる。

という提案をした。箒は断ったが鈴がしつこく言ってきたため口論に発展したらしい。よくみると、鈴は大きなボストンバックをもっていた。どうやら引っ越す気は満々らしい。

 

「とにかく、今日から私もここで暮らすから」

 

「ふざけるな!!」

 

お互いひく気はなく、あーだこーだと口論を繰り広げており、話はいつまでたっても平行線だ。

これではキリがない。

 

「部屋はかわらない!さっさと部屋に戻れ!!」

 

「ところで一夏。昔の約束覚えてる?」

 

「な、無視!こうなったら力ずくで!」

 

そう叫び、箒は手に持っていた木刀を鈴にむかって振り下げる。鈴は両腕を部分展開し箒の木刀を受け止めようとするが

 

バンッ!!

 

大きな音がし、箒の持っていた木刀の半分がなくなっていた。みんなが瑠奈を見ると、瑠奈がエクストリームの片手銃を展開して構えていた。

 

「そこまでだ」

 

瑠奈が箒を注意した。外ならまだしも室内で木刀を振り回せば、ほかの人間にも迷惑がかかる。

それにしても高速で振り下ろされる木刀に弾を命中させた、瑠奈の射撃の腕はかなりのものだ。

 

「鈴、とりあえず箒が拒否しているのなら鈴はひくべきだ。」

 

「う、うん・・・」

 

「箒、いくら無視されたからといって暴力をふるうのはやりすぎだ」

 

「す、すまない・・・」

 

第3者の存在である瑠奈が介入したことで、2人の頭は冷やされたようだ。

とりあえず、これ以上騒ぎを大きくしないように注意して、瑠奈は部屋に戻っていった。

 

そう言えば、疲労と苛立ちのせいか、思いっきり男口調になってしまっていた。

やはり、限界なのだろうか。そんなことを考えていると

 

「最低!!犬にかまれて死ね!!」

 

後ろから鈴の怒声が聞こえた。あれだけ場を落ち着かせたのに、なにがあったのだろうか。

 

「はあ・・・・」

 

瑠奈のため息が静かな廊下に響いていった。

 

 

ーーーー

 

 

次の日の朝

 

瑠奈は朝食を食べるため、食堂にはいると

 

「はあ・・・」

 

昨日の騒ぎのせいで疲れたのか、朝食であるパンを食べながら鈴が暗い顔をしていた。とりあえず朝食をもらい、鈴のもとへ向かう。

 

「鈴、おはよ」

 

「お、おはよ」

 

「隣いい?」

 

「いいけど・・・」

 

ブツブツと何かを呟きながら、パンを食べている鈴の隣に、座る。

 

「鈴」

 

「なに?」

 

「君は一夏のことが好きなの?」

 

瑠奈が質問したとき、鈴は顔が赤くなった。やはり正解だったか。幼馴染はしょせん幼馴染だ、それ以上でもそれ以下でもない。

しかし昨日、鈴は一夏の部屋に進んで暮らすといっていた。まるで恋人と暮らすような楽しそうな様子で。

 

おそらく鈴の怒声が聞こえたのも、一夏が鈴の好意を踏みにじるようなことをしたからだろう。

ただ、一夏の人の良さからすると、そんなことをするのは考えにくい。だとすると一夏は鈴の恋心に気付いていない可能性が高い。

 

「いや・・・その・・・・」

 

図星を突かれて動揺しているのか、口から言葉になっていないつぶやきがでる。

 

「これ以上は聞かないよ」

 

残念ながら、瑠奈は他人の恋バナなど、これっぽっちも興味ないし、ペラペラと喋る趣味もない。

そういい、瑠奈は朝食が乗っているお盆をもって席を立ち、去ろうとすると

 

「瑠奈」

 

鈴が声をかけた。

 

「昨日は助けてくれてありがとう」

 

おそらく木刀から守った時のことをいっているのだろう。鈴としては防げたのだが、現場の仲裁をして落ち着かせてくれた。

 

「気にしないで。・・・ていうか、これ以上の騒ぎは勘弁してもらいたい」

 

「悪かったわよ、そう怒んないでよ」

 

昨晩の騒ぎはたくさんの人の迷惑になってしまったことは自覚している。

そんな苦笑いを向けた時、ちょうど瑠奈は朝食を食べ終え、食器が乗っているお盆を持って去っていった。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

「うぉぉぉぉ!!」

 

放課後のアリーナで一夏の声が響いていた。一夏は毎日、放課後に瑠奈と特訓をしている。

どうやら、前の特訓で瑠奈に一撃も当てられなかったことが一夏のなかで大きな悔しさになっているようだ。

しかし、現実は気持ちや気合いだけではどうにもならない。

 

「信じられないほど隙だらけだ」

 

攻撃を危なげもなくかわし、瑠奈は隙だらけの一夏に体を回転させて回し蹴りをくらわせる。

回し蹴りをくらった一夏は思いっきり吹き飛ばされ、アリーナの壁に激突する。

 

「1時間も動き回れる体力は評価しよう。しかし基本が全然できていない」

 

瑠奈の言う通り、一夏は1時間の間、休みもなしに瑠奈を攻撃し続けていた。それでも瑠奈に攻撃を当てることができない。

箒やセシリアもその特訓の風景を、複雑な心境で見つめている。

 

「もう終わりにしよう」

 

「はぁ・・・はぁ・・・まだ・・・だ・・」

 

「完全に集中力が切れている。そんな状態で攻撃を当てるなど無理だ」

 

そういって瑠奈はアリーナから出ていった。これがいつもの特訓の風景だ。一夏が瑠奈を攻撃し続けるが当てられず、瑠奈が終了を呼び掛けて終わる。

そんな訓練が何日も続いていた。

 

一応、箒やセシリアからISの訓練は受けているが、いくら頑張っても瑠奈に近づくことができない。

 

 

もうすぐクラス対抗戦があるのもあって一夏の中に焦りが生まれ始めた。

どうしても瑠奈に勝てない。

『どうしてあんなに瑠奈は強いのか?』これは一夏と箒とセシリアが抱いている大きな疑問だ。

一夏はともかく、箒は剣道日本一、セシリアはイギリス代表候補生という立場だ。

 

 

そんな2人がみても瑠奈は強いと思う。

強さだけでなく状況を分析する冷静な判断力も備えている。まさに完璧超人といった感じだ。

どのような環境で育ったらあのような強さが手に入るのか。それが箒とセシリアのなかで大きな疑問になっていた。

 

 

 

 

その後、瑠奈は

 

「だから、あいつはいつも私の気持ちに気付いてくれないのよ~」

 

食堂で鈴の話相手をさせられていた。話相手というより愚痴り相手だろうか。

瑠奈は鈴の一夏に対する恋心を知られた次の日から、夕食の時間で瑠奈に一夏に対する不安を毎日いっていた。

 

数週間にわたる話の内容でわかったことは一夏は恋心に疎いという誰得情報だった、明らかに時間と労力に釣り合っていない。

 

「そうか、それはつらいね」

 

とりあえず瑠奈は酔っぱらったOLにかけるようなことを連呼しておいた。

しばらくすると鈴は話疲れて眠ってしまうため、瑠奈は鈴を部屋に送り届けてから部屋に戻るという流れになる。

どうでもいいが鈴は将来、一夏に毎日酢豚を作るという約束をしていたらしい。

 

(愚痴なら一夏に直接言えばいいんじゃないか?)

 

瑠奈はそう思ったが口にはださない。余計めんどくさいことになるからだ。

 

 

 

 

 

次の日

 

1年1組のクラスがざわざわと騒がしくなっていることに、瑠奈は登校して教室に入った時に気が付いた。ちなみに瑠奈は13時に登校した。きいてみたところどうやらもうすぐ行われるクラス対抗のトーナメントが発表されたらしい。

 

そのトーナメント表をみてみたら、初戦の相手は

 

「これは偶然か・・・?」

 

2組だった。

 

 

 

 

その日の放課後

 

「瑠奈、特訓に付き合ってくれ!今日こそやってみる!!」

 

いつも以上に気合いの入った様子だったが、今日は別の用事がある。

悪いが、瑠奈も暇じゃない。たまにならまだしも、毎日、一夏の訓練に付き合うということは出来ない。

 

「私とよりほかの人とするべきだ」

 

「なんでだ?」

 

「君は自分の力はだいたいわかっただろう。今日から本番まで箒やセシリアにISの基本技術を学んでおくといい」

 

一夏とのあの一方的な訓練は、自分の能力の把握といったところだ。

自分を高めるために、目標を立てるのは重要だが、今の自分を把握しておくに越したことはない。

むしろ、自分を知ることは目標を立てる以上に重要なことだ。

 

「それではごゆっくり」

 

「あ、ちょっと・・・」

 

それだけ言い残すと、少し急いでいるらしく、早歩きで教室を出ていった。頼りになるコーチがいないとなると、少し不安な気持ちになってくる。

 

「一夏」

 

「なんだよ、箒」

 

「前から思っていたのだが、お前は瑠奈のようなタイプの女が好みなのか?」

 

「ん?何の話だ?」

 

「何でもない!!さっさと行くぞ!」

 

「いててて、腕を引っ張るなよ」

 

とりあえず、クラス対抗戦まで時間がない。

何とかして、勝てるようにならなくては。それが今の一夏を支配している心情だった。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

それから1週間後

 

クラス対抗戦、当日がやってきた。一夏はとりあえず真面目に特訓していたようで数週間よりはマシになっているだろう。それでもISを動かしてまだ間もない人間が中国の代表候補生にいどむのは無謀としかいいようがない。

 

ピットにて

 

「瑠奈はどうした?」

 

千冬が機嫌の悪そうな声で簪に質問した。

 

「その・・・自分には関係ないことだって言っていて・・・」

 

簪が弱弱しい声で返答する。

瑠奈は1年1組の生徒だから観客席で応援する義務があるのだが、『自分には関係ないことだ』といって部屋に閉じこもっていた。

 

無論、ルームメイトの簪も説得をしたが、適当にはぐらかされ、『ほら、もう時間でしょ?行ってきなよ』と見送られた。

あまりにも自分勝手な言い分に、千冬は怒りを覚えるがそれと同時に違和感を感じる。

 

(部屋から1歩もでてない・・・?)

 

いつもの瑠奈なら何か言ってくるはずなのだが、今日は部屋に引きこもって、ルームメイトに伝言まで頼む状況だ。

 

まるで警戒しているかのように部屋に閉じこもっていた。あの瑠奈が警戒しているとなると、何があったのだろうか。

 

「あ、あの・・・」

 

この緊張感に満ちているこの場所に耐えられなくなったのか、まるでこれから捕食される草食動物のように小さくて弱弱しい声を簪があげる。

 

「ああ、すまない。もう観客席にいっていいぞ」

 

そうして簪の1分間の及ぶ拷問は幕を閉じた。もうすぐ1組と2組の試合が始まる。気を引き締めなくてはそう思い、千冬は試合の準備を始めていた。

 

それからしばらく経ち、1組と2組のーーー一夏と鈴の試合が始まった。

 

 

ーーーー

 

 

クラス対抗戦で誰もいなくなった寮で瑠奈は部屋のベットの上に座り、目を閉じていた。

部屋のカーテンを完全に閉め、部屋は真っ暗な状態だ。遠くからはアリーナの歓声が微量ながらきこえる。

 

今日のクラス対抗戦は別に休まずに、観客席にいてもいいのだが、瑠奈のなかにはある『いやな可能性』があったため、あえて部屋の中で待機しているのだ。

瑠奈としてはこの可能性は外れてほしかったのだが

 

ドドーン

 

小さな物音と震動が瑠奈に伝わった。これは瑠奈の『いやな可能性』が当たった合図だ。

 

「きたか・・・・」

 

誰もいない真っ暗な部屋で瑠奈が小さくつぶやいた。

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17話 赤目の瑠奈

定期テストで投稿が遅れました。

すみません......。


アリーナでは生徒の悲鳴や叫び声で溢れかえり、大パニックになっていた。

一夏と鈴の試合中に謎の所属不明ISがアリーナの遮断シールドを突き破り乱入してきたからだ。

はじめは生徒たちはなにかのサプライズかと思っていたが、緊急事態を告げるサイレンが鳴った途端、一気にパニックとなる。

 

しかし、それは当然の反応だ。

避難訓練を受けているわけでもなく、緊急時のプリントも読んでいない生徒たちに冷静な判断や正しい行動ができるわけがない。皆、ISしか習ってないツケをここで払わされる形になった。

何者かによってドアもロックされていて生徒たちは外に出ることもできない。

 

まさにアリーナは悲鳴や泣き声で埋め尽くされていた。ピットでは

 

「くそ!」

 

千冬と真耶がロックされたドアの前で格闘していた。

 

「山田先生!なんとかならないのですか!?」

 

「何者かによってすべてのドアはロックされていてどうしようもありません!」

 

「くそ!」

 

千冬は顔を歪めながら、ピットにあるモニターをみて、アリーナの様子をみた。

そこのは所属不明ISが静かに立っている。顔がぐるりをアリーナを見渡ているところを見ると、どうやら観客席を見渡しているようだ。

しばらくすると敵ISが静かに動きはじめる。

 

アリーナの中央でISを装備している一夏と鈴は構えるが、意外なことに敵ISは2人に何もせずにまっすぐに歩いていき、向かいにある障壁シールドを突き破り出ていった。

アリーナ内には安心した雰囲気になるが、千冬は敵ISに不信感を抱いていた。

 

(何が目的だ?)

 

当然だが、あの機体が呑気にIS学園を見学しにきたのではないことは明白だ。

だが、IS学園のISを奪いにきたのなら、IS学園の地下にある格納庫にいけばいいのに、敵ISが進んでいったのは真逆の方向だ。

その方角には”寮”ぐらいしかない。寮にあるもの、それは・・・

 

「瑠奈か!?」

 

千冬が叫ぶと同時に敵ISが瑠奈のいる寮に辿り着いた。敵ISは寮の壁を壊し、寮内に侵入していった。

いくら瑠奈といっても突然のISの襲撃に、生身で立ち向かえるわけがない。

 

「瑠奈!!」

 

千冬が叫んだとき、激しい衝撃音と共に、敵ISが侵入した穴がらすごい勢いで吹き飛ばされてきた。

そして、吹き飛ばしてきた張本人らしい瑠奈がゆっくりと寮の破壊個所から出てきた。

 

「やっぱりきたか」

 

そのまま、余裕のある表情で襲撃者を睨みつける。

 

 

 

ーーーー

 

 

世界に存在がばれているため、そのうち自分を襲ってくるという連中が来るとは思っていたが、こんなに早く来るとは、熱心なことだ。

 

『瑠奈、無事か!?』

 

千冬から通信がきた。どうでもいいが、そんな慌てふためいている様子だが、相手が瑠奈だからだろうか、さっきとは違い、心の余裕というものを感じさせる。

 

「なんとかね、とりあえず私はどうしたらいい?指示をくれ」

 

「とりあえずアリーナに来い。まずはそれからだ」

 

「奴の目的は私だ。それなら、このまま私を引き離したほうがいいんじゃないか?」

 

「それで、お前が孤立してしまう方が危険だ。だから戦いやすく、一夏や鈴がいるアリーナに来い」

 

「了解」

 

そういい、瑠奈はアリーナに向かい始めると敵ISもおとなしくついてきてくれる。単純な思考をしていて助かった。

アリーナに入ると

 

「瑠奈!」

 

白式を纏った一夏と甲龍を纏った鈴が寄ってきた。

 

「おはよう」

 

「もう、11時だぜ」

 

一夏が苦笑を浮かべる。訓練であれほどコテンパンにされたあの瑠奈が加わってくれるとは心強い。

そうしている間に敵ISがアリーナに帰ってきた。

 

『瑠奈、おまえは生徒の避難をさせろ』

 

千冬から指示がでた。どうやら、敵ISの相手は一夏と鈴が引き受けてくれるらしい。

ともかくだ、早く終わらせて戦線に加わるとしよう。

 

「了解、一夏、鈴、しばらくの間、敵ISを引き付けておいて」

 

とりあえず瑠奈は1年1組の観客席から避難させていく。

 

「瑠奈!」

 

観客席についた途端、クラスメイトである相川や本音が不安そうな目を瑠奈にむけてきた。

やはり、このパニック状態では、瑠奈が救世主のように見えているらしい。

 

「もう大丈夫だよ」

 

そういい瑠奈はロックされた扉の前に立ち、剣の柄のようなものを取り出し、ビームの刃を発生させる。

瑠奈としてはロックを解除してもいいのだが面倒だし、時間がかかる。手っ取り早く、扉を破壊するとしよう。

 

「箒とセシリアは?」

 

「2人は作戦司令室にいるよ」

 

2人の姿が見えないことが、瑠奈としては心配だったが、扉がロックされているため、外に出るなんてことはないだろう。

そう思いながら瑠奈は持っている武器で扉をX状に斬り、扉を吹き飛ばした。

 

「ありがとう!」

 

クラスメイトがお礼をいい、去って行った。

 

 

 

”ありがとう”

 

 

 

シンプルだが、悪くない言葉だ。

 

「さて次は・・・」

 

まだまだ、破壊しなくてはいけない扉はある。そのまま、隣の組の観客席に向かい、飛び立った。

 

 

 

 

 

 

2組、3組の扉を破壊し、避難させて次は4組の観客席向かうと

 

「瑠奈!!」

 

簪が泣きながら瑠奈に力いっぱい抱き付いてきた。

頼れるルームメイトや有名人の登場に4組の生徒も安心しているようだ。

 

「ちょっと、動きにくい・・・・」

 

「ご、ごめん・・・・」

 

相変わらず年ごろの少女は元気だ。。

 

「じゃあ、みんな下がっていて・・・・」

 

瑠奈が扉を破壊しようとしたとき

 

「きゃぁぁぁ!!」

 

クラスメイトの1人が悲鳴をあげた。

瑠奈が振り返ってみると敵ISの流れ弾がこちらにむかってきた。遮断シールドを壊すほどの火力だ。

直撃したらシールドが破壊され、4組の生徒も無事ではすまないだろう。

 

「瑠奈!!」

 

簪が瑠奈に抱き付くと瑠奈は

 

「大丈夫だよ」

 

そういい、前に出て流れ弾を腕の甲ではじきかえした。あまりの機体性能に4組の生徒は皆、驚愕している様子だ。

 

「早く!!」

 

そう叫び、瑠奈は扉を斬り、破壊した。避難するとき4組の生徒が次々に”ありがとう”と瑠奈に大声でお礼を言って去っていく。

 

そのとき瑠奈は久しぶりに他人から必要とされていたことに喜びをかんじていた。そんなかんじで1年のフロアが終わり、2年生と3年生のフロアの避難も終了した。

3年生のフロアでは抱き付きという形で瑠奈にボディータッチし、においを嗅ぐ生徒が多数いたが・・・・

 

「瑠奈、避難は終わったか。一夏たちが苦戦している、援護に向かってくれ」

 

「了解」

 

そう返事し、瑠奈は敵ISに向かっていった。会場をこれだけパニック状態にしたのだ、もう十分に敵ISは頑張っただろう。せっかくだ、中古品の処分に精一杯協力してやる。

 

「土に還れ、ガラクタが」

 

 

ーーーー

 

 

「一夏、鈴、敵の狙いは私だから離れていたほうがいい」

 

敵はアリーナの遮断シールドを破壊してきた。つまりISのシールドを破壊できるほどの火力を有していることになる。

瑠奈のエクストリームは耐えられるかもしれないが、ISである一夏や鈴に直撃したら危険だ。

 

「わかった」

 

そういい、一夏と鈴は敵ISを3方向から囲むように広がった。

 

「くらいなさいよ!」

 

鈴は専用ISである甲龍の『衝撃砲』を敵ISに打ち込んだが敵ISは何ともなかったかのように立っている。

 

「やっぱり堅いわねぇ・・・」

 

「鈴、どうして最大出力で発射しないの?」

 

「だって、あのISには人が乗ってんのよ?痛めつけるならまだしも、本気で死なすようなことができるわけないじゃない」

 

「随分と優しいんだね、君は。せっかくだ、本当の闘いを学ばせてあげよう」

 

「ちょっと、瑠奈!なにやってんのよ!」

 

鈴の声を無視し、地面に着地して瑠奈は敵ISに向かって歩き始めた。そうすると敵ISも攻撃を止め、目的である瑠奈に向かって歩きだす。

 

「瑠奈、危ない!!」

 

そして瑠奈と敵ISはまるで西部劇のガンマンのように向かい合うような形となる。

当然だが、この状況では瑠奈がいつ攻撃されてもおかしくない危険な状況だ。それなのに瑠奈は普段と変わらず、涼しい表情をしてた。いやな沈黙が場を支配する。すると

 

「危ない!!」

 

突如、敵ISが瑠奈の頭をつかもうと右腕を猛スピードで出してきた。仮に認識できたとしても、そのときはつかまっている。予備動作もない動きだったため反応はできないはずだったが

 

「っ!!」

 

瑠奈は脚を少し曲げて頭の位置を下げる。すると、敵ISの腕が瑠奈の頭すれすれの位置を猛スピードで通過する。

そのまま、瑠奈は剣を持っていた腕を素早く振ってまるで侍のように、素早い剣筋で敵ISの巨大な腕を切断した。

 

「な・・・嘘だろ・・・」

 

「なんて切れ味よ・・・」

 

 

この圧倒的な攻撃力に2人は目を見開いて驚く。

威力を抑えていたとはいえ、ISの中でトップクラスの攻撃力をもつ雪片や衝撃砲では傷1つつけることできなかった敵ISの装甲を一撃で切断したのだ。

 

相手が巨大な腕を切り落とされてバランスを崩した隙に、後方に飛び退き、距離を取る。

 

「瑠奈、すげぇよ!」

 

「ありがとう、一夏。それより・・・・あれを見てごらん」

 

「あれは・・・機械!?」

 

瑠奈の視線の先には、切断した右腕の断面だった。普通なら人の腕が切断されて血が滴っているはずだが、断面からはバチバチと飛び出たコードから火花が散っている。

 

「あのISは無人機なんだよ」

 

「でも、無人機なんてどこの国でも開発できてないのよ?」

 

「そうかもしれない。・・・・だけど、目の前にいるのは人を必要としないIS。現実を受け入れないとね。それに、どこかの国が無人機を極秘開発していても不思議じゃない」

 

瑠奈も無人機を作れそうな国は知らないが、作れそうな人間を知っている。

それにしても、あの機体は無人機とは思えないほどの性能の高さだ。もしかすると、人間が不要となる時代もそう遠くないのかもしれない。

 

「そうか・・・人が乗っていないのなら容赦なく攻撃しても大丈夫だな。・・・・っていうかもし人が乗っていたらどうしていたんだよ?」

 

「もちろん、その時は取り押さえた後にまた繋げてあげるつもりだよ」

 

瑠奈だったら嘘をつくとはおもえないが、相変わらず後先考えないところが怖い。

そういい、鈴は肉食獣のような笑みを浮かべる。

 

「まあ、大丈夫。ゆっくり攻略していく。一夏、鈴、2人は敵ISに隙を作ってもらえる?」

 

「秘策があるのか?」

 

「幸いなことに、数はこっちが有利だから確実に攻めていく。焦ることはない」

 

どんな時も焦って良いことなどない。たとえ、ピンチな状況でも冷静に物事を見ることが出来る冷静な心が必要なのだ。

 

「わかった、任せたぜ。いくぞ、鈴!!」

 

一夏は安心したような笑みを浮かべ、そう叫ぶと、一夏と鈴が敵ISに向かおうとするとすが

 

『一夏ぁっ!!』

 

アリーナ内を大きなスピーカー音が包んだ。声のした方向をみると箒が観客席の中継室から叫んでいる。

 

『男なら・・・男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!』

 

たくましい大和魂を感じさせる力強い声。

テレビの青春ドラマだったら、さぞかし盛り上がる場面になるのかもしれないが、今この場での行動は愚行に満ちたものだ。

 

その声に反応したかのように敵ISが箒のいる観客室の中継室を向くと、瑠奈によって切断されていない左腕の砲口を箒にむける。

そのまま、超高圧密度圧縮熱線を放つために、手の平にパワーを溜め始める。

 

「何やってんだよ箒っ!!逃げろ!!」

 

今自分がどれだけ危険な状況なのか理解できていないのか、箒は中継室のスピーカーマイクを握ったまま敵ISを睨んでいる。

一夏や鈴が何度も『逃げろ!』と叫んでいるが、ここから箒とは距離が離れているため、聞こえていない様子だ。

 

ISを持っていない生身の状態で攻撃が直撃でもしたら、当然ながらひとたまりもないだろう。

今からでは一夏の鈴の攻撃も箒の救出も間に合わない。だとすると

 

「まずい!!っちぃ!!」

 

全身のスラスターとブースターをフル稼働させて、ゼノンは敵ISに突っ込む。

その機動性は凄ましく、その時に発生した風圧で一夏と鈴が吹き飛ばされるほどだ。

 

ISでは間に合わないかもしれないがゼノンなら・・・ゼノンと瑠奈のコンビならばまだ望みはある。

 

「やめろぉぉぉぉ!!」

 

圧倒的なスピードで敵ISに急接近する。そのまま、腕を思いっきり蹴り飛ばして射線を大きく逸らす。

吹き飛ばされた腕からは超高圧密度圧縮熱線が発射され、腕の方角にあるアリーナのシールドバリアーを破壊する。

 

「いい加減おとなしくしろぉぉ!!」

 

右腕の時と同じように、ビームを纏った剣の刀身で敵ISの左腕を切断する。

これで敵ISは両腕を切り取られたため何もすることができない。それなのに瑠奈は斬撃を続けていく。

 

目の前にいるIS、自分を壊すために生まれた機体。倒すべき敵、壊すべき相手、滅ぼすべき存在。

そんなものは

 

「ぶっ殺してやるっ!!」

 

獣のような瑠奈の声がアリーナに響いた。

 

両腕を切断され、攻撃手段や抵抗する術がない相手を瑠奈は一方的に破壊していく。そこには、相手に対する同情や情けなど一片も感じさせない。

『相手』と『自分』の存在を完全に区別している。

 

遠くでこの戦いを見ている一夏と鈴も、瑠奈の異常ともいえる戦い方に、言葉に出来ない恐怖を感じる。

いや、あれはもはや戦いではなく一方的な虐殺だ。抵抗できない相手を一方的に攻撃する。

これを虐殺以外のなんと呼ぶのだろうか。

瑠奈の斬撃以外に蹴るや殴りなどで敵ISの装甲はどんどん壊れていく。

 

 

そんな光景をみて一夏と鈴はぞくっと背筋が凍り付きそうになる。

もし・・・もしだ、もし、あそこに人が乗っていたらどうなっていたのだろうか?

 

両腕を切断され、そのまま一方的になぶり殺しにされていく。想像するだけで恐ろしくなる。

 

いままで瑠奈とは何日も特訓してきたが、その特訓相手がこれほどの圧倒的な強さを持っていたのならば、試合ならばどのくらい自分は持つのだろうか?

こんなにも、容赦のない戦い方をされてしまったら、誰が相手だろうと、逃げる暇もなく一方的につぶされてしまうかもしれない。

 

そんな恐怖を感じさせる虐殺劇にも早々決着がつく。

 

「ああぁぁぁぁ!!!」

 

野獣のような叫び声を上げて放たれた拳が、敵ISの腹部を貫く。そのまま、腕を右に振り回して、敵ISの左わき腹を引き裂いた。

自分の体を支える腰回りの破損。それによって、機体バランスが取れなくなり、敵ISは大きな轟音を立てて倒れる。

 

機体からはオイルのような液体が流れ、引き裂いた部分からはバチバチと火花やスパークなどの閃光が発する。

そのとき、機体から流れている液体に火花が引火して、大爆発が起きる。

 

「ははは・・・」

 

機体の爆発に包まれたアリーナ。赤い炎を発する赤み以上に、紅く濁った瞳をした瑠奈の空虚で乾いた笑みが炎の中で響いていった。

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18話 異常者の存意

いまさらですがつり乙2を買いました。


 

「篠ノ之箒、お前には独断行動と危険行動の罰として、1週間の自室謹慎と反省文を与える」

 

 

敵ISを無事撃破し、戻ってきた3人は千冬にアリーナのピットに呼び出された。そこで待っていたのは千冬の厳しい言葉と処分だった。

 

「ちょっと待ってくれよ!千冬姉!」

 

一夏は納得がいかないようで千冬に反論する。やはり幼馴染が罰をくらうのは情けや感情が邪魔をして、納得がいかないようだ。

それに一夏は千冬のことを『千冬姉』と呼んでいる。これは生徒としてはなく身内として頼んでいるということだろう。

 

悪いが、あの時の危険性が自覚すらできていないのでは話にならない。あの時がどれほど危険な状況だったのかは、一夏も十分わかっているはずだ。

 

そんな危険なことをした人間をどうして一夏は許していられるのだろうか?

同情する気持ち?幼馴染としての気持ち?違う。

それは一夏の感情と情けから来る甘さだ。

 

「箒は俺が守るから、罰を取り消してくれ!」

 

苦し紛れに一夏が言った言葉に瑠奈の堪忍袋がきれた。

 

「一夏」

 

「なんだよ!」

 

「現実性のない根性論をいうことはただの愚行だ」

 

その言葉に反応したのは一夏ではなく

 

「なんだと!!」

 

その言葉に反応したのは、箒だった。しかし当然の反応といえるだろう。

自分が思いを向けている幼馴染が、自分を守ることを愚行といわれて否定したのだ。それは怒るだろう。箒は怖い形相で瑠奈を睨むが、瑠奈にはきかない。

 

「一夏、君は今の自分の無力さをわかっていない。誰かを守る前に、まず、自分の身ぐらい自分で守れるようになれ。残念だが、今の君には自分以外を守る力はない」

 

否定できない真実を突き付ける。

これは『一夏は弱い』と遠回しで言っていることになる。だが、それは瑠奈に特訓で一撃も当てられなかった一夏には否定できない言葉だ。

 

「瑠奈、言い過ぎよ」

 

鈴は注意するが瑠奈はなにも言わずにピットをでていった。場には沈黙が流れる。

一夏も箒も純粋すぎるのだ。自分が頑張れば何でも出来ると信じて疑わない。

だが、どうしようもなく覆せないことが世の中にはある。

 

それに直面した時、彼らはどのような反応を見せるのか楽しみだ。

 

 

 

 

 

千冬の話が終わった一夏と箒と鈴の3人はその後、屋上の芝生である話をしていた。せっかく、説教から解放されたというのに、3人は深刻な表情をしている。

 

「敵ISを倒していた時の瑠奈の様子がおかしくなかったか?」

 

「そうよね」

 

「たしかにな」

 

戦いの最中の瑠奈の変貌についてだ。あの人間とは思えないほどの敵に対する容赦のなさや攻撃の手数。

それに加え、敵ISを破壊した時の乾いた笑い声を一夏と鈴は聞いていた。

 

「瑠奈の笑い顔がひどく不気味だった・・・」

 

まるで男のような濁った顔でわらっていた。そこには女として品性など欠片もない。悪女というより悪魔のようだった。

幸いにあそこにいたのは自分たち3人と瑠奈だけだったため、全校生徒に見られることはなかったのが幸いだが。

 

「あの顔は女が出せるようなものではないぞ・・・」

 

自己表現が苦手な箒さえもおかしいと思う。

そうしているとIS学園に来てからずっと鈴が瑠奈に向けていた疑問を一夏と箒に話した。

 

「もしかして、瑠奈って男じゃないの?」

 

「そんなのありえねぇよ・・・・」

 

鈴の意見を否定するが、一夏自身も瑠奈のことをよく知っているわけではないためわからない。

一夏が知っていることといえば、でたらめな強さがあるということだ。だが、よくわからないからこそ、『もしかして』の可能性を否定できない。

だが、いくら考えても理由がわからない。

 

「瑠奈が男だとしたらISをあつかえる2人目の男だということになるんだぜ。どうしてそんな人間が女装してはいってくんだよ?」

 

「わからないわ・・・」

 

男でISが扱えるというのならば、莫大な援助金や優遇が手に入るはずだ。それに、わざわざ高倍率の高校入試など受ける必要がない。

そんなメリットを捨ててまで、なぜ来た?

 

「結局・・・瑠奈って何者なのかしらね・・・・」

 

誰もわからないとわかっている質問が鈴の口から静かに出る。

 

 

ーーーー

 

「学園を守ってくれてありがとう」

 

「IS学園を守るのがあなたとの約束です」

 

「そういわずにお礼ぐらい言わせてよ」

 

生徒会室で楯無と虚は上機嫌そうにお礼を言ってきた。やはりこうして瑠奈が学園を去らずに、約束を守ってくれたのが嬉しいのだろうか。

 

「それはそうと・・・転校してくる気になった?」

 

「うっ・・・どうでしょうか・・・」

 

先程の襲撃事件を楯無も別で中継を見ていたのだが、あまりにも異常すぎる戦いだった。

というより、なぜこうして正体がばれていないのか不思議なぐらいだ。

 

「あんな声を聞かれてしまったら、女として生きていくなんて難しいわよ」

 

「確かに、すごい顔でしたよ。あんな顔を見られたら、私だったら自殺しますね」

 

「そこまで!?」

 

楯無だけでなく、虚まで瑠奈を楽しそうに責め立ててくる。確かにあんな戦い方や声を出していて『女です』というのは無理があるのかもしれない。

 

「さぁ、どうする?」

 

獲物を追い詰めた猫のような顔で詰め寄ってくる。おそらく楯無は瑠奈が追い詰められていくこの現状を楽しんでいるのだろう。

瑠奈が必死にこの学園生活を過ごしているというのに対し、楯無や虚は『女装した人間がどれだけの間、隠し通せるか』というゲーム感覚でしかないのだ。

 

それほどに傍観者に徹することができる2人の立場が羨ましく思える。

 

「でも心配しないで、もうすぐあなたの仲間が来るらしいから」

 

「へぇ・・・・」

 

「驚かないのね」

 

「大体、予想できていたので」

 

IS学園には一夏のほかに、未知の技術である瑠奈がいるのだ。そんな場所にスパイを送り込んでくるなど、予想の範囲内だ。十分に対策は考えている。

というより、逆にいままでそれがなかったのが不思議なぐらいだ。

 

だが、瑠奈の仲間が来るということは、だとすると男装した女子がくることになるのか。

 

男装させられる人間は気の毒に思うが、奪いに来るのならやることは決まっている。

一夏の場合、基本的に人が良いので同情してISのデータぐらいなら渡しそうで不安だが。

 

「また、なにか厄介事でも起こるのだろうか・・・・」

 

学園を守ったことで悩みが減るかと思ったが、意外な情報によって逆に悩みが1つ増えてしまった。

しかし、悩みが尽きないのが人間なのかもしれない。

 

 

ーーーー

 

 

青空が広がっている屋上。そこで少々歪な風景だったが、一般の人々が『青春』といわれて連想するイベントが起こっていた。

 

「小倉さん!私、あなたのことが好きです!!付き合ってください!!」

 

目の前にいるのは先日瑠奈に手紙を渡した2年生の先輩。

彼女が顔を真っ赤にして瑠奈に愛の告白をしてきた。当然ながら、今、瑠奈は皆と同じように女子生徒の制服を着ているし、目の前の先輩は瑠奈を男とは知らない。

 

つまり、目の前の先輩は同性に愛の告白を叫んでいるのだ。

 

「あの・・・・私は女なんですけど・・・・」

 

「それはわかっている!!わかっているわ。だけど小倉さんよく考えてみて?愛に性別って重要だと思う?」

 

確かに世界には様々な愛がある。

家族愛、隣人愛、恋人愛、そして同性愛。それが目の前の先輩が自分に向けている感情なのだろう。

 

「あの・・・失礼ですが、先輩は同性愛者・・・・レズビアン何ですか?」

 

「何を言っているの小倉さん!?」

 

目の前で頭を下げていた先輩が、急に声を上げると、決意が籠った目で瑠奈の肩をがっちりと掴む。

初めはこういう冗談やドッキリかと思ったが、目の前の先輩の目から本気の愛しか感じられない。

正直言って愛が重い。

 

「私は小倉さんの全てが好きなの。あなたの顔から胸、お腹に腰回り、太ももからつま先。全てが私の好みなのよ!!」

 

人から褒められて嬉しくない人間はいないと思っていたが、褒められて恐怖を感じさせる人間がいたとは予想外だ。

なにか、彼女から危険な香りがしてくるのは気のせいだと信じたい。

 

「私と付き合えたらいいことがいっぱいあるわよ!毎日お風呂で全身洗ってあげるし、寝るときなんかは、抱き合いながら同じベットに寝れるんだから」

 

「いや、そんなことを言われても・・・・」

 

「私処女よ!?」

 

「関係ないですよね、それ」

 

このような状況は稀だが、セシリアと戦ってからこのようなアプローチはたびたびあった。

おそらく、彼女達はセシリアとの戦いで惚れたようだが、今回『敵ISから全校生徒をまもった』という余計な勲章をいただいたため、瑠奈の人気はグイグイあがっていった。

 

一夏の場合、『世界で唯一のIS操縦者』という大きな勲章に加え異性という近寄りがたい雰囲気があるが、瑠奈の場合『美しい女の子』という感じだ。

彼女達からしても同性として近寄りやすいのだろう。瑠奈は男だが。

 

「大丈夫よ、私と付き合ったらあなたはすぐに病みつきになるわ。お互いホテルに行って、裸で寝るぐらいに求め合うようになるから大丈夫よ」

 

当然だが、仮にも交際相手など作って彼女と行動を共にする時間が多くなれば、瑠奈の本当の性別がばれる可能性は当然高くなる。

自分に好意を持ってくれるのは嬉しいが、今この状況で恋人を作ることなど、百害あって一利なしだ。

 

「すみません、やっぱり出来ません」

 

勿論、誰が相手でも告白は全て断るようにしている。というより、彼女の場合、状況に関係なく断りたい。

 

「どうしても・・・・ダメ・・・?」

 

「私は専用機を持っている立場ですので、あまり人と関われる立場ではないんです。申し訳ありません」

 

そうはっきり口にすると、瑠奈は急ぎ足で屋上を出ていった。

確かに彼女は変わっていると思うが、本気で瑠奈を愛そうとしてくれているいい人だ。

彼女ならば、全てを受け入れてくれる相手が見つかるだろう。それこそ、瑠奈なんかよりもいいずっといい相手が。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

暗い部屋の中、1枚の女性がパソコンを操作していた。

部屋が暗いため、パソコンを操作している女性の顔はわからない。しばらくすると、画面に数枚の画像が映し出される。

 

その画像は、前のクラス代表決定戦でイギリスの代表候補生と戦う瑠奈の姿や、日常で食事をする瑠奈瑠奈の姿、そして今日起こった、無人機ISの襲撃で戦う瑠奈の姿。

 

代表候補生との戦いは知られているが、食事をしている写真と無人機と戦う姿の写真は世間では出回っていない(・・・・・・・)

それなのにその彼女はその画像を持っていた。

 

それどころか世間は瑠奈がカレーが好きなことや、今日襲撃があったことすら知らないはずなのに、なぜかその彼女は知っていた。

さらに、操作すると瑠奈の顔がドアップで映し出された画像が表示される。

 

 

 

あぁ、()が愛おしい

 

あぁ、()が慈しく感じる

 

どんな手段を使っても()を自分の物にしたい

 

 

彼女が瑠奈に抱いていたものは、家族愛や恋愛などが混ざり、彼をどんなことがあっても決して放さないという覚悟がある。

そんな歪んだ愛だった。

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19話 月光の猫

「小倉瑠奈ぁぁっ!!勝ったら私と付き合ってもらうぞ!!」

 

放課後の道場で耳の鼓膜が破れるのではないのかというほどの大声が響いた。

今日も学校が終わり、寮に戻ろうとしたところで、強靭な肉体を持つ柔道部の部員に囲まれると、『ちょっと面貸せ』と言われ、返事をする間もなく、捕らえられて道場に強制連行される。

 

何が始まるのかと思ったが、道場についた瞬間、待ち構えていた主将らしき生徒からこうして愛の言葉を大声で叫ばれた。

 

(またか・・・)

 

前回の出来事が出来事なだけに、こういう状況になると、心に何とも言えないざわめきを感じてしまう。

確かに、皆恋や恋愛に憧れる年頃だということはわかる。だが、だからと言ってそこで恋人の欲しさに同性愛の道に入るのは、何か違う気がしてくる。

 

何度も言うようだが、彼女たちには女同士ではなく男と付き合ってもらいたいと思うのは、瑠奈のわがままだろうか?

やはり、99%が女子が占めるIS学園だからか、ここの生徒は倫理辺りでなにか大切なものが欠落している気がする。

そんなことを考えていると、瑠奈を道場に連行してきた柔道部員が瑠奈を囲んだ。

 

「私たちも相手よ。」

 

「逃がさないよ」

 

「すべては部長のために!!」

 

さらに、道場の入り口から部員が入ってきて、瑠奈は10人ほどの人間に囲まれた。

どうやら、この求愛行動はは柔道部総意ということらしい。

 

「おまえたち・・・」

 

部長は自分のためにここまでしてくれる部員たちに感激し涙を流していた。これが女同士の絆というものだろうか。

 

「部長、泣かないで!!」

 

「これが、あたしたちにできる精一杯のことよ!」

 

「あとで一杯おごれよ!」

 

この瞬間、柔道部の心は完全に1つとなる。1対10という卑怯な対決でなければさぞかし、感動のドラマとなっていただろう。

部長は柔道着の袖で涙をぬぐうとキッと鋭い目つきになる。

 

「いくぞ!おまえたち!!」

 

「「「おう!!!」」」

 

「かかれ!!」

 

その声を合図に瑠奈を囲っていた部員が一斉に瑠奈を襲い始める。誰が見ても絶体絶命なこの状況で、瑠奈は首をぐるりと回して1人微笑む。

 

 

 

「よし・・・やろうか・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10分後

 

 

「それではまた」

 

柔道部員10人が全員が地面の倒れているなか、息切れ1つ起こしていない瑠奈が道場を静かに出ていった。

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

「音楽室・・・・」

 

柔道から寮へ戻る途中で瑠奈は音楽室の前で立ち止まった。

放課後の音楽室はどうやら吹奏楽部の練習場所になってらしく、ドア越しからでも楽器の様々な音色が聞こえてくる。

なんとなく音楽室に入ってみると

 

「あ、瑠奈さん!」

 

3年生の部長らしき人物に話しかけられる。どうやら、学園の有名人が突如来てくれたことに、ほかの練習中の部員も驚いているようだ。

 

「瑠奈さんどうしたの?まさか、入部してくれるとか!?」

 

「いや・・・ただ立ち寄っただけですから気にしないでください」

 

「えぇ・・・じゃあ、せっかくだしなんか弾いて見せてよ」

 

急な注文に戸惑いながらも、弾ける楽器がないか、瑠奈は室内をぐるりと見渡す。金管楽器や木管楽器など、さまざまな楽器が目に付く中でお気に入りの楽器を見つける。

 

「あれをお借りしてもいいですか?」

 

そういい、指さしたのは大きなグランドピアノだった。

こうみえて瑠奈はピアノを弾くことができる。まぁ、”彼女”に喜んでもらおうと思って始めたことだが・・・・

 

「いいけど、何の曲を弾いてくれるの?」

 

「まあ、聞いててください」

 

ピアノの椅子に座ったとき、吹奏楽部の部員が練習を中断して瑠奈を注目する。やはり、あの小倉瑠奈の伴奏に皆興味津々な様子だ。

わずかな緊張感を感じつつ、瑠奈は深呼吸してゆっくりと演奏をはじめる。ピアノの音色が音楽室を包み込む。その曲名は

 

「これは・・・月光・・・?」

 

ベートーヴェンの月光だった。

神秘的な雰囲気を持つ瑠奈がその曲を弾くのはまったく違和感がなく、素晴らしい光景だろう。しかし瑠奈の『月光』を聞いていると吹奏楽部の部員にある変化があった。

 

(なに・・・この気持ち・・・)

 

曲を聞いていると、心が締め付けられるかのような苦しみを感じてくる。

なぜ、そのような気持ちになるのかは誰にもわからない。

音程を音階もなにも間違えていないのに、聞いていると、なにか大切なものや大切な人を亡くしてしまったような気分になり、心に大きな穴が開いたような空虚な風が吹いてくる。

 

部員のなかには、その悲しみに耐えられず、涙を流すものまでいた。だが、なぜ悲しくなるのかは弾いている瑠奈でさえも分からない。

 

結局はこれが瑠奈の能力なのだろう。なにをやっても、誰かを悲しませることしかできない。

なにをしても、人を傷つけることしかできない。

 

それで、一番つらいのは傷つけられた人間ではなく、傷つけることしかできない瑠奈なのかもしれない。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

その後、伴奏を終えた瑠奈は学園を出てとある廃墟の町の中を1人歩いていた。この地域はISが開発されたせいで地域開発が完全に破棄され、廃墟区域となってしまったため、周囲には人影1つない。

 

周りの寂しい景色のなか歩いていくと目的地に到達した。

その場所は古い孤児院だ。この廃墟区域のなかで、少し雰囲気を放っている建物。

 

「・・・・はぁ・・・・」

 

この場所に来ると、どうしても虚しい気持ちになってなってしまう。ここは、瑠奈と彼女の育ち場所であり、大切なものを手にした場所であり、そして・・・・大きな過ちを犯した場所である。

 

いくら、その過ちを忘れようとしてもここから逃げようとしても最終的にここに戻ってきてしまう。

まるでここに縛られているかのように・・・・

 

もし、あの瞬間に自分の人生の選択肢で正しい決断をしていたら、今の自分はどうなっていたのだろうか。

だが、いくら考えても時間は巻き戻らないし、彼女も生き返らない。

そして、そのことを思うとここで過ごした日々が愛おしく思ってしまうのは人間の本能なのだろうか?

 

「----」

 

ふと、悲しくなり”彼女”の名前を呼ぶと

 

ガタン

 

と瑠奈の声に反応するかのように、目の前で孤児院の中で、物音がした。ここは廃墟だ。人などいるはずがない。

 

(まさか!!)

 

そう思い、猛スピードで孤児院の中に入って物音のした部屋に向かうとそこには

 

  ニャー

 

「ね、猫・・・?」

 

一匹の白い子猫が部屋の真ん中で呑気に毛づくろをしていた。わかっていたことだが、こうして期待した分、なんだか拍子抜けだ。

立ち尽くしていると、子猫が毛づくろいを中断して、瑠奈の足元に何かをねだるかのように近寄ってきた。

どうやら、腹を空かせているようだ。

 

期待したところで、なにもないのだが・・・・とりあえず、偶然ポケットにあったクッキーを砕いて差し出すと

 

ミィィィ

 

嬉しそうに鳴き、食べ始めた。こうして見てみるとかわいいものだ。もっとこの子猫を観察していたいが辺りが暗くなってきたので、そろそろ帰るとしよう。それにしても、この子猫は”彼女”のように真っ白で綺麗な毛並みをしていた。

 

そんな妙な愛着を抱きながらも、瑠奈は孤児院を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

トコトコ

 

 

ニャー

 

 

トコトコ

 

 

ニャー

 

 

「なんでついてくるんだよ・・・」

 

 

ニャー

 

 

「ニャーじゃなくて・・・・」

 

 

孤児院を出てから、瑠奈はずっと白い子猫に後をつけられていた。

相当、気に入られたらしいが瑠奈としてはいつまでもつけられるのは気持ちの良いものではない。

 

すると、歩きから走りに移行した子猫が瑠奈に追いつき、足に頬をこすりつけてきた。

瑠奈を親と勘違いしているのだろうか?瑠奈としてはこのまま子猫を飼ってもいいのだが、IS学園の寮はペット禁制だ。

だが・・・まあ・・・寮長である千冬にお願いしたら何とかなるだろう。

 

(簪が許してくれるか・・・・)

 

だが、問題はルームメイトである簪だ。同じ部屋で暮らしている以上、彼女の許可なくして猫を飼うことはできない。

寮長である千冬よりも簪が最大の敵として立ちふさがるとは・・・奇妙な運命だ。

 

「はぁ・・・帰るか・・・」

 

とりあえずは、このまま帰るのが先決だ。足元をうろついている子猫を優しく抱っこして腕の中に収める。

慣れない抱っこに驚いているのか、手足をジタバタと暴れさせるが、しばらくすると疲れたのかおとなしくなってくれた。

 

「さて・・・なんて言おうかな・・・・」

 

まるでいたずらをした子供のように、簪を納得させる言い訳を考えながら瑠奈と1匹の子猫は歩いて行った。

 

 

 

ーーーー

 

 

夜8時、夕飯を終えた簪は部屋で地面に座ってアニメを見ていた。

 

見ていたアニメの内容は、電脳世界に囚われた一万人もの人々が元の世界に戻るため、大きな塔を攻略するというものだ。

 

もちろん、アニメを見ている簪としては、登場人物は全員好きなのだが、その中でも青髪で大きなスナイパーライフルをもった女性キャラクターがお気に入りだ。

 

凛々しく力強く戦うその姿は立派で、簪のあこがれだ。

しかし、気のせいだろうか?そのキャラクターの声と瑠奈の声が似ているような気がする。

 

「ただいまー」

 

すると、今日丸一日姿を消していた瑠奈が帰ってきた。

別に瑠奈が姿を消すことは珍しいことではないのだが、今日は無人機の襲撃があったため、少し心配していたが、無事なようだ。

 

「おかえり・・・・瑠奈、どこに行っていたの?」

 

「ちょっと、面倒なことがあってね」

 

「そうなんだ・・・ところで・・・その・・・なんでずっと両腕を後ろに回しているの?」

 

「まぁ・・・・ちょっとね・・・・」

 

嫌な汗を掻きながら苦笑いをしてる瑠奈に、簪が怪しむような目を向けていると”ニャー”と明るく低い変な声がした。

 

「え?瑠奈、今ニャーって・・・・・」

 

「私が言うはずないだろ・・・・・」

 

そういい、瑠奈が腕を前に出すとそこには白い猫がいた。白猫といってもまだ小さくて無垢な瞳が可愛らしい。

 

「可愛い、その子・・・・どうしたの?」

 

「ちょっと、拾ってね・・・・それで餌をあげたら懐かれちゃって・・・・」

 

そういい、瑠奈は悪戯のばれた子供のような顔をする。この猫の紹介はいい、問題は彼女の許しがもらえるかだ。

 

「それで・・・ここで飼いたいと思うんだけど・・・・ダメかな?」

 

「私はいいけど・・・寮の規則が・・・・」

 

「大丈夫、許可はとってあるから」

 

正確には、許可というより脅しといった方がいいだろう。寮長の千冬に言ったところ、どうしても首を縦に振らないため、『許可をくれなきゃ学園を守らない』脅す形で許可をもらった。

千冬としても規則という理由で瑠奈という切り札を失うわけにはいかないため、数秒間、瑠奈を睨んで、頷いてくれた。

 

一通り、説明し終えると、子猫が瑠奈の腕を抜け出して座っていた簪に膝の上に乗り、丸まった。

かなり人懐っこい猫だ。

 

「そういえば、この子の名前は?」

 

「それは決めてある」

 

そういい、簪の膝にいる猫に近づくと優しく頭をなでる。

 

「この子の名前はサイカ」

 

「さいか?」

 

「そう、オスだからそういう名前にしたけど・・・・ちょっと猫の名前には贅沢かな?」

 

「そんなことな・・・・いい名前だと思う・・・・」

 

「ありがとう。今日から、お前の名前はサイカだ」

 

ニャー

 

その声に反応するように、サイカが返事をした。

それから、瑠奈と簪はサイカを撫でながら他愛のない会話をしていると

 

「そういえば、サイカの日用品はどうするの?」

 

簪が質問してきた。

いくら、寮で飼う許可が出たとしても、当然、世話は自分たちでするという条件だ。

 

「明日、買に行く予定だけど」

 

「私も行っていい?」

 

「そんな悪いよ、この子を飼うと決めたのは私の我儘だし」

 

「明日は休みだし、私も付き合う・・・」

 

「いいの?」

 

「うん、大丈夫・・・」

 

「じゃあ、一緒に買いに行こう」

 

そういい、明日の買い物についての待ち合わせ場所や何時集合といった話をしていった。

今日、この部屋で猫という奇妙なルームメイトが加わったのであった。

 

 

ーーーーー

 

次の日

 

ショッピング街の中、簪は瑠奈との待ち合わせ場所である公園に向かっていた。瑠奈は午前に用事があるらしく、待ち合わせ時間は午後になった。

 

休日なので待ち合わせ場所である公園には多くの人がいた。

しかも、その多くはカップルだったのだが、その光景を見て変な劣等感を感じるのは気のせいだろうか。

 

変な気分になりながら公園にはいった瞬間、簪はふと、違和感に気が付いた。

なぜか、皆簪に背を向ける形で、ある一点を見ていた。視線の先には

 

(あれは・・・瑠奈?)

 

私服姿の瑠奈がいた。その姿は紺色のトレンチコートに黒のタイトデニムを着ており、ショートブーツをはいていた。その姿はまさに『かっこいい女の子』といった感じだ。思わず簪も見とれてしまう。

 

「あっ、簪?こっちこっち、ここだよ」

 

大きな声で瑠奈が手を振ってきたため、周りの人間の目線が一斉に簪に集中する。

内気な簪にはこの状況は地獄のようなものだ。恥ずかしさのあまり顔を俯かせていると、瑠奈が簪の近くまで歩いてきて手を握り、引っ張っていった。

 

「まず、どこからいこうか?」

 

「ま、まずは・・・」

 

周りからは、『眼鏡の子は友達?』『彼女じゃないの?』といった話し合いが聞こえてきて、さらに気恥ずかしい気分になってしまう。

 

簪と一緒に居るのが瑠奈とは皆気が付いていないようだが、注目を集めるのには十分すぎる状況だ。

しかし、瑠奈はそんなことを気にした様子もなく簪の手を引いて公園から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、遠くで黒いスーツを着た怪しい男たちがその光景を見ていることに簪は気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20話 横槍

瑠奈としては人と出かけるのは珍しいことではない。

 

1ヵ月ほど前に世界に自分の存在がばれてから、いろいろな企業が瑠奈を手に入れようとアプローチをはじめ、さまざまな場所に重要人物や関係者を連れて出かけることがたびたびあった。

 

しかし、それは仕事としてだ。簪のようにプライベートで大切な人と遊びとして出かけることは初めてだ。

 

「えっと、まずは・・・・」

 

瑠奈は昨日ネットで調べた猫の日用品やメーカーなどが書いてあるメモを広げた。

ちなみにサイカは部屋の中で1匹で置いておくわけにはいかないので、簪には内緒で生徒会室にいる楯無と虚に預けてある。

 

「初めに、キャリーバッグは買いに行こう」

 

「うん・・・」

 

「・・・・ところで簪、なんでさっきから私の手を握っているの?」

 

「迷惑・・・?」

 

「いや・・・そんなことないけど・・・・」

 

どうにも人の手の感触というものは慣れない。

それは瑠奈があまり人付き合いを得意としていないからなのかもしれないが、それ以前にあまりにも長い間人との関わりを断っていたからなのかもしれない。

 

そう考えると、不思議なものだ。いくら正体を偽っているとはいえ、この親友に過ぎない簪と共に大勢人がいる町に出かけているなど。

 

 

 

 

買い物は順調に進んでいった。

ただ1つ、簪が疑問に思ったことは、瑠奈の支払いがすべてブラックカードで行われていたことだ。

 

「この場所に送っておいてください」

 

サイカの住処であるベット・ハウスはさすがに大きすぎて持ち帰れないため、送ってもらうことにした。

住所を書いて郵送の手続きを済ませて店を出ると、さっきまであった簪の姿がない。

 

「あれ・・・簪?」

 

周りを見渡してみると、彼女は隣の宝石店でアクセサリーをみていた。どうやら年頃の女の子として宝石やアクセサリーに興味があるらしい。

男だからなのだろうか、どうにもこういう宝石やアクセサリーといった装飾品に対しての理解は苦しむ。

 

確かに持っていると、自分の裕福さは他人にアピールできるかもしれないが、所詮はそこまでだ。

それに、自分の懐の広さなど他人に見せびらかすようなものでもない。能ある鷹は爪を隠すという諺も存在するぐらいだ。

 

「なにかほしいものでもあったの?」

 

「べ、別になかった・・・よ・・・・?」

 

なぜ、あきらかに嘘だとわかる反応をするのだろうか。宝石店に名残押しそうな目を向けている簪を連れて、店を出てしばらく歩いていると

 

「ごめん、簪。ちょっとトイレに行ってくる」

 

そういい、さっきの店に瑠奈は戻っていった。

トイレなら近くの店あるというのに、なぜわざわざ店の中に戻っていくのだろうか?簪が不思議に思っていると

 

「すみません」

 

黒いスーツの男に話しかけられた。その男は身長が高く、がっちりとした体つきのため、なにかのスポーツの選手を連想させる。

 

「な、なんですか・・・・?」

 

大男に簪が怯えた表情になる。

 

「先ほど、あなたと一緒にいた人物は小倉瑠奈という方ですか?」

 

「はい・・・そうですけど・・・お知り合いですか?」

 

「いえ、そういうことでは。質問に返答してくれまして感謝します。」

 

「あ、ちょっと・・・」

 

簪の声に反応せず、黒服の大男はさっさと人混みのなかに消えていってしまった。

小倉瑠奈は世界でも有名な人間だ。先ほどの男は瑠奈のファンなのだろうか?

とても、そうには見えなかったが・・・・

それよりも、人見知りな自分が初対面の人間と話すことができた。そのことが、簪は地味に嬉しかった。

 

それから数十分後

 

「ごめん、待った?」

 

瑠奈がトイレから戻ってきた。しかし、手にはトイレに行くときにはなかった大きな袋が握られている。

 

「大丈夫・・・瑠奈、その袋は?」

 

「クラスメイトへのお土産だよ」

 

「そうなんだ・・・ところで、さっき知らない人に話しかけられたんだけど・・・・瑠奈は何か心当たりある?」

 

「どんな人?」

 

「なんか、黒い服を着ていて大きな人だった・・・・」

 

「へぇ・・・・」

 

奇妙な尋ね人とは、これまた奇妙な展開になってきた。その事態を楽しむかのように瑠奈の目が鋭くなる。

 

 

ーーーー

 

その後、歩いていると

 

「ねえ、そこの君」

 

「ん?」

 

「今、暇?ちょっと俺たちと遊ばないー?」

 

そういわれ、4人ほどの背の高い若い男たちに囲まれた。

これは俗にいうナンパというものだろう。

世界各国で女性優遇制度を取られ、女性の嫌がることなどしたら即、警察に御免になる時代だというのにこの男たちはなんて怖いもの知らずなのだろうか。

 

「っ・・・」

 

 

内気な簪はどうもこういう雰囲気の男たちは苦手だ。

いきなりフレンドリーなところや知らない人間に話しかけられることは人見知りである簪にとって恐怖そのものだ。

簪は瑠奈の背中に隠れ、怯える小動物のようになってしまう。

 

「2人とも暇でしょ?おいしいクレープ屋があるから俺らといこうよ」

 

この言葉に瑠奈は心の中で思いっきり顔を窄めた。

なにが、悲しくて友達でもない男たちとクレープを食べなくてはいけないのだろうか。

さらに、自分を女と勘違いしているところもさらに気に食わない。甘いもので釣ろうとしているところもだ。

 

「いこ、簪」

 

簪の手を引き、逃げようとするが

 

「まぁ、そういわずにさぁ」

 

男の1人が瑠奈の右肩を掴んだ。

どうやら、男たちは瑠奈達をどんな手段を使っても引き入れたいようだ。自分は男だと明かせば男たちはあきらめるだろうが、瑠奈としてはやりたくない。

 

過去にナンパされ、男とあかしたとき、瑠奈に対する好意の目から一気に汚物を見るような目に変わったことがあるからだ。あのことはいつまでたっても忘れられない。

 

この男たちも言えばあきらめるだろうが、男をナンパしたという一生かかっても消えない心の傷を負ってしまう可能性がある。知らない方が幸せなことも世の中ある。

 

「いっしょにいこうよ」

 

「眼鏡の子はどうでもいいから君だけでも来てよ。ぶっちゃけそっちの子は好みじゃないし」

 

どうやら男たちは瑠奈が目当てらしく簪のことはどうでも良いようだ。

さらに、相手が女だと思っているのをいいことに1人の男がなんと、瑠奈の尻を痴漢のようないやらしい手つきで触ってきた。

 

「瑠奈・・・・・」

 

簪が瑠奈に心配そうな目線を送る。

 

周囲の人間も瑠奈のことを見てはいるが、見て見ぬふりをしたり、素通りしたりして助けようとする人間はいない。

休日の午後で町のど真ん中にいるのだ、気が付かないということはないはずなのに。

 

「やめてください」

 

「そんなこといわずにさ」

 

どうやら、逃がしてくれる気はないようだ。警告はした。それでも解放しないなら正当防衛ということになるだろう。

はぁとため息をつき、瑠奈は右肘を思いっきり肩を掴んでいた男Aの腹部に打ち込んだ。

 

ドンという大きな音に続いて男のかすれた声が響く。

その光景に、簪や男たちは驚愕する。打たれた男はその場にうずくまり、かすれた声を出し始めた。

 

「こんのぉぉ!」

 

 

誰よりもはやく、我に返った男Bは拳を繰り出し、瑠奈の顔を殴ろうとするが

 

瑠奈は何の危なげもなくかわし、すれ違いざまに男の腹部に膝蹴りを食らわせる。

これによって男の肺の空気が放出され一時の呼吸困難になる。

しばらくは満足に動けないだろう。

 

「なんだ!こいつ!!」

 

更に男Cは瑠奈を掴もうとかかってくるが瑠奈は男Cの顔面を思いっきり蹴飛ばし、吹き飛ばした。

これは痛い。吹き飛ばされた男は動かなくなった。どうやら気絶したようだ。残りは

 

「あなたはどうする?」

 

瑠奈の睨みに怯えている男Dだ。

完全にナンパした時の余裕の表情はなくなっている。

念のため全滅させておくかと瑠奈が男Dにむかって歩き始めたとき

 

「こっちです!」

 

人混みの中で大きな声がした。どうやら騒ぎを聞きつけ誰かが警官を呼んだらしい。

警官は呼んでくれるのに、なぜ、ナンパされたときは助けてくれないのだろうか。

とりあえず、見つかると面倒なのでひとまず御暇させてもらう。

 

「いこ、簪」

 

瑠奈は簪の手を握り、人混みになかに消えていった。

こうゆう男がいるのならセシリアがいっていた「下等な存在」という言葉は否定できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方

 

瑠奈と簪は買い物を一通り終え、公園のベンチに座っていた。

あの後、買い物のついでに色々な店を見たりして楽しい時間を過ごして休んでいたところだ。

 

「楽しかったね、簪」

 

「うん・・・」

 

簪は瑠奈に向かって笑いかける。買い物の荷物は、ほとんど学園に送ってもらったため荷物は少しだけだ。

ふう、と息を吐き、空を見ていると夕焼け空を眺めていると

 

「あの・・・ありがとう。今日・・・話かけられたとき助けてくれて・・・」

 

「気にしなくていいよ。ああいう輩に話しかけられるのは慣れているからね」

 

「瑠奈・・・強いね。カッコいい・・・・」

 

「あんな格闘技を覚えるぐらいなら、もっと女子力を高めるための自分磨きをした方がいい。あんなの出来たとしても何の役にも立たないから」

 

世界がグローバル化しつつあるこの時代で、『喧嘩が強いです』と言ったところで何の自慢にもならないだろう。

今、自分が必要なことを高めることが自身への成長につながるのだから。

 

「ごめん簪、ちょっとトイレに行ってくる」

 

雑談を交えていると、そう言い瑠奈はベンチを去っていった。さっき瑠奈に『必要ない』と言われてしまったが、どうしても瑠奈のあの戦う姿が脳内でリプレイしている。

助けてくれた時の瑠奈は強くて、立派だった。

自分を守るために戦っていたときの瑠奈の姿。それは簪にとって・・・・

 

「ヒーロー・・・・」

 

 

ーーーー

 

 

 

瑠奈はトイレに行くといっていたが建物の間の狭い通路を歩いていた。理由はとある”獲物”を誘い込むためだ。その獲物とは

 

「来たか」

 

瑠奈の通路の前から黒服の巨漢男が歩いてきた。身長が瑠奈よりもずっと高く、体格の良い体を見れば誰もが圧巻してしまう。

 

「小倉瑠奈さんですね?」

 

「知っているくせに」

 

「失礼しました」

 

「あと、交渉相手にはすぐに名刺を渡せと上司から教わんなかった?」

 

名刺を渡すのは社会であれば、当然の行為だが、男たちは瑠奈の言葉を無視し話をつづけた。

 

「瑠奈様には我々と一緒に来てもらいたいのです」

 

「どこに?」

 

「言えません」

 

「いますぐ?」

 

「はい」

 

この男たちは何処かの誘拐犯の人間たちだろか?

だが、ターゲットの質問に『答えられません』と答えるのはいくらなんでも怪しすぎる。相手に『疑ってください』と思わせているようなものだ。

 

もし、プロならばこんな失態は起こさないというのに・・・何かが変だ。

 

「今日は気分がよくないからお断りかな。それに、今日ずっと私のことを尾行していたでしょう?」

 

「ばれてましたか」

 

「あんだけ違和感ある視線を向けてたらばれるでしょ。とりあえず、私は行かないよ」

 

「どうしてもですか?」

 

「ええ」

 

「そうですか・・・・なら仕方がありませんね」

 

そうゆうと、瑠奈の後ろからさらに2人の男が歩いてきて、男たちに囲まれた。

ここで大声をあげてもいいのだが、周囲はもう暗くなっているしここは狭い通路だ。

大声を上げたとして気が付く人間はいないだろう。・・・・やるしかない。

 

「骨を数本折るぐらいなら構わない。やれ」

 

その言葉を合図に、後ろの男2人が一斉に襲い掛かってくるが、瑠奈はひらりとかわし、隙だらけの男の脇に回し蹴りを食らわせ、吹き飛ばす。

 

「なっ!」

 

相手はたかが女子高校生と思って見くびっていたからなのか、瑠奈の素早い動きに黒服の男たちは驚く。

さらには瑠奈は地面を強く蹴り、隣にいた男の胴体をつま先で蹴り飛ばして気絶させた。

 

本来なら、瑠奈の程度の体格からでは男たちを吹き飛ばすことなどできないのだが、つま先に全体重を乗せて、男たちの胴体の肺に攻撃を集中させる。

そして、人間の急所である肺を麻痺させて呼吸困難で動けなくさせることができる。

 

「こいつ!!」

 

最後に、瑠奈に話しかけてきた男が懐からナイフを取り出し、襲い掛かってくるが手首を押さえつけさっきの男のように蹴り飛ばした。

戦闘時間は数十秒しかたっていなく、非常になめらかで鮮やかな動きだった。

 

「訓練して出直してきな」

 

そういい、瑠奈は来た道を引き返していった。

しかし、瑠奈の姿が見えなくなった後、気絶したと思われていた男の1人がフラフラと立ち上がった。

 

 

「くっ、・・・計画は失敗だ。やってくれ・・・ゲホッ、ゲホッ」

 

肺をやられたせいなのか激しい咳が出るが、ひとまずは別動隊の連中と合流するのが先決だ。

 

「大丈夫か?しっかりしろ」

 

近くで倒れている仲間の体をゆすり、ぎこちない様子で軽い手当てを始めた。

 

 

 

ーーーー

 

 

「瑠奈、遅い・・・」

 

簪は公園のベンチに座り、静かに瑠奈の帰りを待っていた。

瑠奈がトイレにいくと言って、居なくなってからもう15分は経過している。トイレにしては流石に遅すぎるだろう。

 

 

(なにか、事件にでも巻き込まれたのかな・・・)

 

今日はなんだか胸騒ぎを感じる日だ。そう思っていると、急に瑠奈のことが心配になり、瑠奈に電話しようと携帯を取り出したとき

 

「ふぐ!」

 

急に後ろから手が伸びてきて簪の口と目をふさがれた。抵抗しようとするが力が強くて振り払うことができない。

そうしていると鼻にハンカチが押し付けられ、なにかの薬品のような強い臭いが鼻腔をくすぐる。

その匂いをかいだ瞬間、簪の意識が遠のいていく。

 

(瑠・・・奈・・・)

 

そして簪の意識は途切れていった。

完全に動けなくなったことを確認すると、後ろで顔を抑えていた男が優しく簪の体を抱え上げる。

そのままキョロキョロと周囲に目撃者がいないことを確認すると、静かに連れ去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん簪。待たせた?」

 

 

それからしばらく経ち、瑠奈が帰ってきたとき、ベンチには今日買った買い物袋とアニメのカバーかつけてある簪の物らしき携帯がベンチの上に置いてあった。

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21話 存在価値

ゴールデンウイークはつり乙でもしますかね・・・・


(う・・・ん・・・?)

 

頭に鈍い痛みで簪は目を覚ました。

捕えられるときに嗅がされた薬品の影響なのか、頭にまだ痛みがのこっており、不愉快な嘔吐感がある。

 

そんな頭で周りを見渡してみると、自分の目線の横に床があった。

手足が縛られているところをみると、どうやら自分は手足を縛られて床に寝かせられていることがわかる。

 

まだ、痛みが残る頭で周りを見渡してみるとボロボロな壁や天井が見受けられる。

どうやらどこかの廃ビルの中の部屋のようだ。

窓がないため、外の様子わからない。

 

「うぐ!!」

 

声を出そうとしても、口の中に布のようなものがつめられて口もガムテープでふさがれているため、満足に声も出せない。

このような扱いされる理由は1つしかない。

 

(誘拐されたんだ・・・)

 

自分の不甲斐なさと無力さに自己嫌悪してしまう。

そして、自分が失敗した時いつもある人物が頭の中で浮かび上がる。

 

(楯無・・・姉さん・・・)

 

憧れであり、絶対に手が届かない目標である更識楯無。

優しい姉であり、優秀な人であり。魅力的な人であり、完全無欠。

 

ーーー自分はあの人には敵わない。

 

そう思ったときだっただろうか。姉の影に隠れて生きていくようになったのは。そのことを考えると涙が出てくる。

もし、あの人ならばこんな失態など犯さないだろう。それに対して自分は・・・・

 

「ぐすっ・・・うぅぅ・・・」

 

身近に潜んでいる圧倒的存在。その存在と自分を比べると、大きな劣等感が押し寄せてくる。

結局はいつも同じだ。現実のコンプレックスに捕えられたときに、自分が出来ることは惨めに泣くことだけだと。

 

 

ーーーー

 

 

 

 

「・・・はい・・・はい・・・・わかりました」

 

 

簪が囚われているビルの一階の出口付近で3人の男が集まっており、そのうちの1人が電話をかけていた。

彼らは会社に瑠奈を連れてこいと命令されたグループだ。

 

4人のうち、3人が瑠奈に接触し、それが無理だった場合は余った1人が瑠奈の近くにいた人物を拉致し、瑠奈との取引材料に使う。

それが今回の作戦だ。

 

電話を切ると、男は大きなため息をする。

 

「どうだった?」

 

「やはり、彼女は会社に連行して交渉材料に使うそうだ」

 

「そうか・・・」

 

男たちには、任務を遂行したという達成感でもなければ喜びもなかった。あるのは

 

「やはり、おかしい!!」

 

この任務に対する反感だ。

 

「子供を誘拐するなんて大人のすることじゃない!!」

 

「わかっている・・・俺だってこんなのしたくない。だが、誰かがやらなくてはいけないんだ・・・・」

 

実は男たちはただの会社員だ。誘拐犯でもなければ、人さらい業者でもない。

数日前、彼らの努めている会社で突然社長に呼び出され、小倉瑠奈の拉致を命令された。

 

なぜ、こんなことをしなくてはいけないのだと質問したらどうやら、この会社に投資している『資本家(・・・)』の命令らしい。

 

今回の任務を男たちは部下に押し付けることも出来たが、それをしなかった。

下の人間にこんな汚れ仕事を押し付けたくはなかったし、このような罪悪感を味わってひしくもない。

誰もこんなことしたくないが社長直々の命令となれば無視などできない。

 

「とりあえず、彼女を連れて帰ろう・・・」

 

「あ、ああ・・・」

 

自分たちとは別に、外で見張っている仲間を呼びに行こうとしたとき

 

『うあああああ!!』

 

外で、仲間らしき男の絶叫が聞こえた。

 

「どうした!?」

 

仲間が様子を見ようと出口にでたとき、一筋のビームが男の胴体に当たり吹き飛ばされた。

 

「な、なんだ・・・お前は・・・?」

 

陽が沈み、暗闇となったこの空間で明らかに異彩を放つ存在。

エクストリームの銃口を男たちに向け、うっすらとした笑みに目が赤く光った瑠奈がいた。

 

 

 

 

 

「どうもこんばんわ。また会いましたね」

 

瑠奈は礼儀正しくお辞儀をし、男たちに挨拶をする。今は空もすっかり暗くなった夜の8時だ、こんな廃ビル周囲に目撃者や通り人は当然いない。

 

普通の人間ならここで驚いたり、恐怖したりするところだが、男たちに恐怖の心はない。

誘拐だなんて危険な行為をしているのだ、殺されることや警察に捕まるぐらいの覚悟はある。

 

「我々を消しに来たのか?」

 

「いいえ、だた彼女を返してもらうだけです。あなた方に用はありません」

 

その返答は男たちにとっては予想外のものだった。普通なら殴られたり、殺されたりしても文句は言えないはずなのに。

 

自分たちのみを案じてくれているのは嬉しいが、それだとしてもターゲットである簪を渡すわけのはいかない。

 

「通してもらいますか?」

 

「・・・・・」

 

瑠奈の質問に誰も答えることなく沈黙の空間が続く。当然、瑠奈としてはこのまま簪を返してもらえるのが最善だ。

だが、なかなか分かり合えないのが人間という生き物だ。

 

突如、男の1人が懐から銃を抜き出して、瑠奈に警告もなしに発砲する。

辺りは明かりもなく、真っ暗な状態だ。

常人なら撃ちだされた弾はおろか、銃を向けられていることすらわからない。

だが、瑠奈はまるで予想していたかのようにかわし、一気に接近し男に強烈な蹴りを食らわせる。

 

「ゔぁ・・・あぐ・・・」

 

蹴りが直撃した男はその場で倒れ、地面にのたうちまわる。

そのまま、近くにいた男たちも、急所を一点集中で攻撃して動けなくさせる。

 

すると瑠奈は近くで気絶している男の上着をあさり始めた。別に知ってどうこうするつもりはないがこの男たちが雇われている会社を知っておこうと思ったからだ。

 

名刺を探すためにポケットをあさってみたが、奇妙なことに名刺はおろか、会員証すらでてこない。

これでは渡せないというより渡す気など初めからなかったことになる(・・・・・・・・・・・・・)

やはり何かがおかしい。

 

(どういうことだ・・・・・?)

 

いろいろ気になることはあるが、とりあえず入り口で2人気絶。ここで1人再起不能。残ったのは

 

「ひっ・・・・い・・・」

 

男の後ろで怯えたような表情で瑠奈に銃を向けるロン毛の男だけだ。

瑠奈は男に歩み寄ると持っていた銃を奪い取った。

 

「ひぃ!」

 

「怯えないでくださいよ・・・流石に傷つきます」

 

苦笑いを浮かべながら、瑠奈は奪い取った銃をじろじろとみる。黒光りした小さな拳銃だが、整備は行き届いている。

 

「うん、悪くない銃だ。ちょっと借りていく」

 

そういい、瑠奈は銃を片手にビルの中に消えていった。

 

 

ーーーー

 

 

 

コツコツ

 

簪のとらえられた部屋に何者かの足音が近づいてくる。

だんだん、足音が大きくなっているところを見ると、どうやらこの部屋に向かってきていることがわかる。

それから、しばらくして簪のいる部屋のドアがギィィと鈍い音を立てながら開いた。

そしてドアをあけた人物は

 

ふがーー(瑠奈ー)

 

簪のルームメイトであり、大親友である瑠奈だった。

意外な人物の登場に内心驚くが、この状況で考えてみたら自分を助けに来てくれたのだ。

 

「ごめん、待たせたね」

 

そういい、瑠奈は簪の手足を縛っている縄を解く。

助けに来てくれたのは嬉しい。だが、簪の気分は晴れない。

また助けられた。こんな自分を助けてくれた・・・・自分は助けられてばかりで、何も返すことが出来ない。

 

「傷は・・・なさそうだね・・・・」

 

あの男たちの簪の扱いが丁寧だったらしく、腕や脚を見渡すが、傷はなさそうだ。

よかった、報復する手間が省けた。

 

「う・・・うぅぅ・・・」

 

「え、簪!?どうしたの!?」

 

安心していると、突如簪が泣き出してしまった。

何か傷つくことをしたのかと思ったが、心当たりがない。・・・・どうするべきだろうか。

 

「・・・ごめんね、助けるのが遅くなって」

 

泣いている簪を静かに抱きしめる。

自分が守らなくてはいけない存在。そのはずなのに、自分はこうして失態を犯してしまった。

これは自分の甘さが招いた結果、瑠奈も人のことをあまり言えないものだ。

 

「ぐすっ・・・瑠奈・・・・」

 

「帰ろう、もう夜遅いしね」

 

抱きしめている状態から、優しく肩を掴むと、ゆっくりと立ち上がらせる。

簪の目元にある涙もハンカチでぬぐったが、目元は真っ赤になってしまった。

 

「うん・・・」

 

みっともない泣き顔を見せてしまったため、少し照れくさいがいつまでもここにいるわけにもいかない。

瑠奈が差し出した手を握ると、ゆっくりと2人は廃ビルの階段を下っていった。

 

 

 

ーーーー

 

 

「かぁぁぁぁんんんざぁぁぁぁしぃぃぃぃちゃぁぁぁんん!!」

 

「ぎゃっ!!」

 

IS学園の校門を入った瞬間、奇声を上げながら、何者のスペインの闘牛に劣らない突進が簪を直撃した。

 

近くで見ていた瑠奈も痛そうだ。流石にこれは簪に与えるダメージが大きいだろう。

突進した相手は

 

「お、おねえちゃん?」

 

生徒会長にして簪の姉の更識楯無だった。

それにしても、最近の女子高生の中では好意のある相手の腹部に突進することが流行っているのだろうか。

随分と過激なスキンシップをしてくるものだ。

 

「もー、お姉ちゃん心配したんだからね!あまりにも帰るのが遅くて・・・もしかしたら、誘拐とかされたかと思うと心配で心配で」

 

あながち間違っていない冗談に瑠奈と簪の心拍音が上がる。どうにも、その無駄に鋭い勘は侮れないものだ。

自分の妹の帰りが遅いことをよほど心配したのか、楯無は自分の頬を簪の顔面にこすりつける。

 

「お姉ちゃん・・・その・・・やめて・・・・」

 

隣で、がっつりと自分の姉のシスコンぶりを見られているのが恥ずかしいのか、簪は耳まで真っ赤にして楯無の顔を押しのけている。

しかし、わずかばかり口角が上がっているところを見ると、簪も楯無と無事に会えて嬉しいようだ。

 

それから、数分ほど感動の再会をすると、楯無は生徒会の仕事があるといって校舎のなかに消えていった。

あっという間に来て、あっという間に居なくなる。嵐のような人だ。

 

「あの・・・・瑠奈これは・・・・・」

 

自分の姉の恥ずかしいところを見られ、口ごもりながら言い訳を始めようとしている簪を、瑠奈はひどく悲しそうな表情で見つめてきた。

 

「いい家族だね。どんな人でも家族は大切にした方がいい」

 

「る、瑠奈・・・・どうしたの・・・」

 

自分を憐れんでの目ではない、むしろ自虐的で虚しい色をした目だ。

 

「私にはもう・・・待っている人も帰る場所もないから・・・・」

 

小さくそう言い残すと、静かな足取りで瑠奈は学園の寮に歩いて行った。




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22話 嘔吐の瑠奈

突然だが人が純潔を失った瞬間はどんな時だろうか?

 

一度でも穢れてしまった時だろうか?

 

穢れてしまった瞬間を他人に見られてしまった時だろうか?

 

 

瑠奈はこう考えている。

人間は穢れることに抵抗がなくなってしまった(・・・・・・・・・・・・)時が初めて純潔を失った瞬間だと

だから瑠奈はまだ穢れていないのだろう。

たとえ

 

 

 

 

男でブルマを着用していたとしても

 

 

 

「それでは、体育の授業を始める。整列しろ!」

 

晴れた日の午後、担任である千冬のこえがグラウンドに響く。

今日の午後の授業の一時間目はまさかの体育だった。

 

普通なら、さぼっているのだが今日は体力測定の日だったらしく休むわけにはいかない。

当然体育となるなら、体操着を着なくてはならないのだが今、瑠奈は女子生徒としてIS学園に通っている。

当然のごとく瑠奈は女子の体操着を着なくてはならない。

 

「いやー、小倉さんいい太ももしてるよね」

 

「白くてむちむちしてして、おいしそうだなー」

 

「誰か、肉焼きセットもってこい!」

 

クラスや学年で有名人である瑠奈にクラスメイトの視線が集中する。

せめて、一夏と同じ短パンがよかったのだが、女子の中で一人だけ短パンだというのもまた、怪しまれる。

 

「はぁ・・・」

 

スカートをはくだけでもまだ、抵抗があるというのにブルマも着るとなるとなにか自分が情けなくなる。

というか、最近女子の制服を着ることに違和感がなくなってきている自分が怖い。

 

「お前たち静かにしろ!!」

 

千冬の号令で一斉に静かになる。

 

「では、これより持久走を始める。各自スタート位置につけ」

 

その言葉を合図に皆動き始める。

皆、めんどくさいや疲れるといった弱音を吐いているが、このIS学園に入学できた生徒だ。

それなりの体力や気力があるから大丈夫だろう。

 

「そ、それでは、位置についてよーい、スタート!」

 

真耶の声で一斉にスタートする。

ちなみに、持久走の距離は一般的な1000mであるが男である一夏は1500mとなっている。

 

やはり、IS学園に入っているだけあって皆体力がある。

ほとんど、差を作ることなく1周目を終える。

 

「ところで、一夏よ」

 

「なんだ、箒」

 

「お前は本当に瑠奈のことをどうにも思っていないのだな?」

 

「何度も言っているだろ。なんにも思ってねぇよ。大体なんでそんなことを聞くんだよ?」

 

「それは・・・お前が・・・」

 

箒がしゃべろうとしたとき

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

大きな息切れのする声が聞こえた。

走っているとはいえ、まだ1周目だ。

多少は疲れることはあっても、息切れになるほどではないはずだ。

一夏が息切れをしている人物を見ると、そこには

 

「瑠奈ぁ!?」

 

顔色が悪く、息が切れ、へろへろになりながらも走り続けている瑠奈がいた。

あんなに強い瑠奈が持久走でこんなにへばっているのはかなり意外なことだ。

タイムを測定していた千冬や真耶を大きく目を見開いて驚いている。

 

 

動物食である野生のチーターは地上最速の動物とされ、動物界では最強の瞬発力を有しているが、その反面長い距離を走ることはできないため、約400mも走ったら全力疾走することができない。

 

瑠奈はこのチーターと同じような筋肉のつくりであり、長時間の激しい運動をすることができない。

まだいけるという気力があっても体が付いて行かないのだ。

長時間の運動に向かない瑠奈の体とこの持久走はまさに最悪の組み合わせだ。

 

「はぁ・・・はぁ・・・・・うぷ・・おぇぇぇぇ」

 

さらに、体が限界を迎えしゃがみ込むと嘔吐してしまう。

その姿は日頃の瑠奈では想像できないほど弱弱しくて情けない姿だ。

 

「おい!瑠奈大丈夫か!?」

 

一夏が寄ろうとすると

 

「お前たちは走ることに集中しろ!!すみません山田先生、担架と水をお願いします」

 

とりあえず放置しておくわけにはいかないので千冬と真耶は瑠奈を担架に乗せ、回収した。

 

「大丈夫か?」

 

「すみません、ミヒロさん・・・」

 

「だれが、ミヒロさんだ」

 

その後、数分休みまた走ったが3回嘔吐し、5回倒れ、20分かけ完走した瞬間6回目の失神が起きて倒れ、放課後までの数時間、地獄をさまよい、地獄の門番とかなり仲良くなることができた。

 

 

 

ーーーーー

 

放課後

 

アリーナで浮かぶ2つの人物があった。

片方は

 

「行きますわよ」

 

セシリアのブルー・ティアーズで、もう片方は

 

「いつでもどうぞ」

 

瑠奈のエクストリームだ。

放課後、瑠奈はよくセシリアの対戦相手をしていた。

といっても、お互いを高めあうような特訓ではなく、瑠奈がセシリアの戦い方を見てアドバイスをするというコーチのようなことだが。

 

「体調は大丈夫ですの?」

 

「大丈夫、だいぶ回復したから」

 

「そうですか・・・・・。それではいきますっ!」

 

そういい、セシリアは4つのビットを一気に切り離し、瑠奈を攻撃し始める。

 

「もっとだ!もっと弾幕を張って私を近づけないようにするんだ!」

 

そう叫びながら瑠奈はセシリアにちょくちょく攻撃を加えていく。

瑠奈はセシリアに数日前にある秘策を託した。

その秘策はビットの扱いについてだ。

 

セシリアは4つのビットをすべて敵に当てようとするため、どうしても個々のビットに操作の偏りが出てしまい、4つのビットの数の多さを生かし切れていない。

秘策とは敵を攻撃するビットを1つに絞るというものだ(・・・・・・・・・・・・・)

 

4つのビットで敵を狙おうとすれば1つ1つが単調な動きになってしまい、動きが読まれやすくなってしまう。

精度は上がるかもしれないが、根本的に敵に攻撃が当たらなくてはどうしようもない。

 

瑠奈の秘策の場合は4つのビットのうち、3つをけん制用としてつかい、敵を近づけないようにし、残り1つのビットで敵を攻撃する。

この作戦によって遠距離戦になるためブルー・ティアーズの性能を最大限に発揮できる。

もちろん、けん制用のビットの攻撃を当てることができたらなおさらいい。

 

無論、敵もただ黙ってやられるようなことはない。

弾幕をかいくぐって攻撃をしてくるだろう。

だから瑠奈は、ちょくちょくセシリアに攻撃をし、ビットの制御だけに意識を取られないようにする。

 

やはり、この戦法はかなり優秀なもので、前にセシリアは瑠奈に一撃だけ攻撃を当てたことがあった。

そのおきは、喜びと興奮のあまり、鼻をふんがふんがとならし、だらしのないにやけ顔になってしまっており、とてもじゃないが貴族とは思えない顔だった。

 

「セシリア!もういい!十分だ!」

 

瑠奈の静止の言葉でセシリアのビットの攻撃がやみ、降りてきた。

 

「基本はできてきたから、あとは敵の攻撃を避けることも意識するといい」

 

「わかりましたわ」

 

「あとはこの戦法の名前はどうするかだけど・・・」

 

「名前は決めてありますわ」

 

そうゆうとセシリアは胸を張ったため、形のいいバストがぷるんと揺れた。

 

「この戦法をセシリアスペシャルと名付けますわ!」

 

(だせぇ・・・・・)

 

「なにかいいまして?」

 

「いえ、なにも」

 

日本人は奥ゆかしいといわれているが、さすが外国人、自分の名前をつけるという豪快な性格をしている。

 

「それじゃあ、私はこれで」

 

「ええ、ありがとうございます」

 

そういい、瑠奈はアリーナを出ていった。

 

 

 

 

「ふぅ・・・・・・」

 

誰もいなくなったアリーナでセシリアは一人ため息をつく。

初めは、この時代で男女平等を掲げる変わった人間だと思っていたが、どうも最近彼女のことがわからなくなってきた。

本来、代表候補生同士は互いに特訓し合うことはあっても、相手を強くするようなアドバイスなどはしないのが普通だ。

 

 

ここで相手を一方的に強くなることを教えても将来、自分のライバルが強くなることしかない。

つまり、教える側の人間である瑠奈にはなにも得がないのだ。

なのに、瑠奈は自分を強くするために頑張ってくれている。

教えられる側になってみればわかるが、瑠奈が自分を教える時の目は本気で自分を強くしようとしている目だ。

 

 

 

なぜ、瑠奈は他人である自分のためにここまで頑張ってくれるのだろうか?

詳しいことはわからないが瑠奈の訓練を受けると確実に強くなっている。

セシリアにはその手ごたえを感じていた。

 

 

 

ーーーーー

 

次の日に朝

もうすぐSHRが始まるが瑠奈の姿はない。

しかし、これはいつものことだ。

それよりも1年1組では、ある噂でもちきりだった。

その噂は

 

「今日、転校生がくるんだってー」

 

「本当?」

 

「本当、本当。しかも2人だって!」

 

「へー」

 

というものだった。

IS学園は普通の高校とは違うのだからなにがあってもおかしくないのだが、明らかに転校してくるタイミングがおかしい、この前、鈴が転校してきたばかりだというのに。

しかも2人とも同じクラスというのもおかしい。

普通、別々の教室にするものではないのだろうか?。

生徒が転校生の噂をしていると

 

「SHRをはじめるぞ。さっさと席に座れ」

 

千冬が教室に入ってきたと同時に、真耶も教室に入ってきた。

 

「それでは山田先生、ホームルームをお願いします」

 

「は、はい。えっと今日は転校生を紹介します。しかも2人です。入ってきてください」

 

転校生が入ってきたとき、クラスがざわざわと騒がしくなる。

しかし、それは当然の反応だろう。

はいってきた2人の転校生の内、1人が一夏と同じ男子生徒の制服を着ていたのだから。

 

「それでは自己紹介をお願いします」

 

「はい!」

 

転校生の内、男子生徒の制服を着た生徒が元気にあいさつをする。

 

「みなさん、初めまして。僕の名前はーーー」

 

普段は姦しい女子たちだが男子生徒の挨拶であって不気味なほど静かに皆挨拶を聞いていた。

 

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23話 眼帯転校生と男装転校生

時間は8時50分

 

教室だとちょうどSHR中だろう。8時30分という遅刻確定の時間に起きた瑠奈は1年1組の教室に向かっていた。

ほぼ毎日瑠奈は遅刻していたが今日は比較的早めの時間帯に登校している。普通なら昼ぐらいの時間帯に部屋を出ているのだが、何故か今日は変な胸騒ぎがし、寝付けなかったのだ。

しばらく歩いている間に1年1組の教室の前に辿り着き、扉を開けようと手を出したとき・・・・

 

 

 

ぱぁん!!

 

 

教室の中からやけに大きな音が聞こえてきた。どのような音かというと・・・こう・・・・・手のひらでビンタをしたような音に似ている。

ビンタをする必要があることなんて、相撲かプロレスをする時ぐらいだろう。朝からハードな格闘技とは随分と元気のいい担任と生徒だ。

正直言って、ここで帰りたいと思ったが少なくとも顔ぐらいは出しといた方がいいだろう。

勇気を振り絞って扉を開けてみるとそこには

 

(どうゆう状況?)

 

クラスメイトが一夏の席を注目しており、その視線の中心人物である一夏は見知らぬ眼帯をした銀髪の少女といがみ合っていた。

そして教卓には男子生徒の制服を着た金髪の見知らぬ生徒が唖然とした表情で見守っていた。

 

「小倉、遅刻だぞ!」

 

「すみません」

 

そう対して反省してないような返事をし、自分の席に着こうとすると

 

「おい!貴様なんだ教官に対してその態度は」

 

一夏といがみ合ってきた眼帯銀髪の少女が瑠奈に絡んできた。どうやら、今の瑠奈の反省が感じられない態度が気に入らなかったらしい。

 

(きょ、教官?)

 

「えっと・・・・あなたの名前は・・・?」

 

「私の名前はラウラ・ボーデヴィッヒ!。今日から転校してきたドイツの代表候補生だ!」

 

そう自己紹介すると、ラウラは瑠奈に殺気の満ちた視線を向ける。

 

(ドイツの代表候補生・・・・・)

 

ドイツという単語を瑠奈は気になっていた。

数年前に理由はわからないが千冬がドイツ行き、ドイツ軍のIS部隊の指導をしてきたと聞いたがそれと関係しているのだろうか?

 

「おい!聞いているのか!!」

 

「ごめんごめん、えっと・・・・・夜十神 十香さんだっけ?」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ!!」

 

そう叫ぶとさらに瑠奈に向かって殺気の混じった視線をむける。ちょっとしたジョークで気を和めようとしたのだが、逆に油を注いでしまったらしい。

 

「そんな目を向けないで転校生なら私と仲良くしようよ」

 

「ふんっ、貴様と仲良くする気などない」

 

そういい、今度は見下すような態度をとってきた。

 

(はぁ・・・・)

 

瑠奈は内心ため息をつく。

 

(でたよ、こうゆうタイプの人間。強い=偉いの式が成り立っている人間が・・・・)

 

おそらく、このラウラという少女は昔、相当な訓練を積んできたのだろう。そうでなければ、このような他人を見下すような態度をとることなどできない。

そこは評価しよう。しかし所詮、訓練は訓練だ。失敗しても死ぬことがなければ内臓がはじけ飛び、肉ミンチになることもない。まあ、悪くて教官の拳骨が脳天に直撃するだけだろう。

 

 

それがしょぼいこととは言わないが、瑠奈だってこれまでそれなりの修羅場を潜り抜けてきた。周りが銃を構えた人間で囲まれたことや狙撃銃で狙われたこともあった。

訓練した時間は相手の方が長くても瑠奈とはくぐり抜けた戦場の数が違う。

 

それに、勉強ができる=優秀ではないと同じように強い=偉いという式は成立しない。それゆえに、本当の死の恐怖を知らない人間が「自分が強い」とうぬぼれた考えを持っていると自然と怒りがこみあげてくる。

 

ラウラは気が済んだらしく、教卓の前に戻っていった。

残るは

 

「あなたは?」

 

男子生徒の制服を着たもう一人の転校生だ。

 

「えっと・・・僕は・・・・その・・・・」

 

先ほどのラウラとの会話のせいか、クラスが恐縮しているようだ。

現に副担任である真耶は泣きそうな顔で瑠奈を見ていた。

 

「えっと・・僕は転校生で・・・・」

 

「そんなことはわかっている。私は名前を聞いている」

 

静かだか、高圧で機嫌が悪そうな声で転校生に瑠奈は話す。

 

「フ、フランスの代表・・候補生で・・・シャ、シャルル・デュノアです・・・」

 

「そう・・・・・よろしく。山田先生!!」

 

と、ここで瑠奈は怒りの矛先を真耶へとむけた。

 

「はっ、はい!」

 

「続きをどうぞ」

 

「はっ、はぃぃ・・・・」

 

泣き声のような声で真耶はSHRを続けていった。

のちに一夏に聞いたのだが、その時の瑠奈の顔は千冬に負けないほど悪鬼羅刹のごとく恐ろしい顔でクラスメイトが涙目だったらしい。

我ながら大人げなかっただろうか?

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

「なんなんだ?あのラウラという少女は?」

 

「あいつは、昔の私の教え子だ」

 

1時間目が2組とのISの模擬戦闘のため、誰もいなくなった教室で瑠奈と千冬が話していた。

 

「教え子というと、やはり昔ドイツにいっていたという・・・・」

 

「あいつは、その時教えたIS部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』の隊長だ」

 

千冬が昔、ドイツに言ったという話は、瑠奈も知っている。

ついでに本場のバームクーヘンやウインナーを食べすぎて、一時体重が2キロも増えたという話を体内にアルコールをいれ、リミッターが外れた状態の千冬から昔愚痴られた思い出がある。

 

「なんであんなに私のことを見下してくるんだ? たしかに彼女から好かれているとは思っていないが・・・・」

 

「あいつは昔は優秀だったのだが、ISが開発されたせいで出来損ないの烙印を押され落ち込んでいた時期があったんだ」

 

「なるほど・・・・」

 

元が優秀だっただけに、出来損ないといわれたり、周囲から失望の目で見られたときは本人にプライドや心が大きく傷ついただろう。

 

「そこで私があいつを立ち直らせ、ドイツの代表候補生になるなで訓練したんだが・・・・・前に見下されたり、馬鹿にされていたこともあってか今度は自分が周囲を見下し始めてな。隊からも浮いていたよ・・・・・」

 

これは人間であるなら仕方がないことなのだろう。『復讐』可愛くいえば『仕返し』見下される側から見下す側へ。

代表候補生になり専用機まで手に入れた。これで私はお前たちよりは『出来損ない』じゃない。

その気持ちはわからないことはない。

 

いままで散々、苦汁や辛酸を飲まされてきたきたのだから仕方がないのかも知れないが、そこで他人を拒み、人を不幸にするようなことをすればそれこそ『見下した』人間と同じなのではないのだろうか?

あと、千冬は『ISが開発されたせいで』といった。つまり、ラウラも瑠奈の同じISによって、束によって不幸にされた被害者だ。

 

ラウラと瑠奈の違いは、自分の不幸と戦い逃げ出したか、戦って勝利したかの違いだろう。

 

「あと、さっきはよく堪えたな」

 

「わかっていたか・・・・」

 

そう、瑠奈はさっきラウラと自席に近くで絡んだとき、隣の席であるセシリアの机の上に1本のシャーペンがあった。

それを、ラウラの動きより早くとり、眼帯をつけていない目である右目に突き刺すことができた。

そうしたら、失明とまではいかなくても、数週間は両目におそろいの眼帯が付くことになるのだろう。

両目が使えないのなら、代表候補生のラウラ・ボーデヴィッヒは死んだも同然だ。生憎戦いは心眼で勝てるほど甘いものではない。

 

 

IS学園の生徒はISがあれば男たちを生かすも殺すもできるという大きな支配感に酔いしれている人間もいるらしいが、人を殺すのに銃なんて使わないで両腕で首を絞め続ければ人を殺せる。

人を殺すのに銃なんて必要ないのと同じように、ISなんて必要ない。

 

まあ、それは置いておいて瑠奈にはもう1つ気になることがあった。

 

「シャルルという名前の男子生徒についてどう思う?」

 

「まぁ、間違いなく女だろうな・・・・」

 

千冬もやはりそう思うか。

 

ISは男には扱えない。これは大前提だ。

例外である一夏がなぜ、ISを扱えるのかは知らないし、正直言って興味もない。だが、男子生徒が転校してきたのなら、瑠奈の楯無から持ちかけられている『男として転校し直す』という話に少なからず影響を与えるかもしれない。

 

良い影響ならまだしも、悪い影響を与える場合は『彼女』には悪いが、全校生徒の前でパンツでも脱いでもらって性別を暴露し、学園を辞めてもらおう。

 

悪いが瑠奈も生きるのに必死だ。生きるためならなんでもする。

 

「なにか、恐ろしいことを考えているだろ?」

 

「そんなことはない」

 

それにシャルルはシャルル・デュノアと名乗った。千冬には報告していないが先日、簪が誘拐された件と何か関係があるのだろうか?。

 

それに『彼女』が、前に楯無が言っていた『あなたの仲間』ということなのだろう。

 

ともあれ、このことは詳しく調べる必要がありそうだ。

セシリアの件やラウラのこともそうだが、なぜ織斑家の人間は姉弟そろって面倒事や厄介事を持ってくるのだろうか。

 

「じゃあ、私はこれで・・・」

 

調べ事をするために瑠奈は今日の授業もさぼるつもりでいた。このことは千冬も分かっていたし、なにも言うつもりが、今日だけは予定予定が違った。

 

「まて、瑠奈。今日の1時間目の授業は専用機持ちの人間が必要になる。瑠奈、お前にも協力してもらう」

 

『協力してほしい』ではなく『協力してもらう』というすでに協力することが決定している口調だ。やはり、今日は午後辺りに登校した方が良かったかもしれない。

 

だが、いつもはさぼっている授業だ。たまには顔を出すのもいいかもしれない。

 

「まぁ、よろしくお願いしますよ。『教官』殿」

 

「織斑先生と呼べ」

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24話 存在理由

サブタイトルが話数ではなんだか寂しいので、ちゃんとした題名のサブタイトルをつけようかと考えています。


「あ、あんたねぇ・・・・・何面白いように先読まれてんのよ・・・・・・」

 

「鈴さんこそ!無駄にばかすかと衝撃砲を撃つからいけないのですわ!」

 

少し授業に遅刻して瑠奈がアリーナに着くと、ISを装備したセシリアと鈴が束になって地面に倒され、お互いの汚点を押し付けあっていた。

 

そして2人の上空にはリヴァイヴを装備した真耶がいる。

そのとき、遅れたことによって千冬からぎろりと睨まれたが、授業には出席するといっても時間通りに出るという約束をした覚えはない。

 

「なにがあったの?」

 

「ああ~、ルナちょむだ~」

 

とりあえず、近くにいた本音に状況説明を求める。

 

「ここでねぇ~負けられない女の戦いがあったんだよ~」

 

「余計わからない」

 

なにがあったら、専用機2体と訓練機が戦って専用機持ちがぼろ負けするのだろうか?仲間割れでもしたら訓練機が勝つとおもうが、いくら愚かなるグレーテル(セシリアと鈴)たちでもそこまでしないだろう。

 

「さて、これで諸君にもIS学園教員の実力は理解できただろう。以後は敬意をもって接するように」

 

千冬がパンパンを手を叩き、先に進もうとすると

 

「ちょっといいですか?」

 

瑠奈が手をあげた。

 

「なんだ、小倉?」

 

「彼女たちに再戦をお願いしたいんですけど」

 

「それは、構わないが・・・・・」

 

千冬やほかの生徒は瑠奈の発言に若干の戸惑いを表す。試合を直接見てないとしても、セシリアと鈴の2人が全力でかかっても勝てなかったのだ。

瑠奈も勝てないことは当然わかっているはずだ。

 

(瑠奈には勝算でもあるのか・・・・・?)

 

「山田先生はそのまま待機していてください」

 

そういうと、瑠奈は倒れているセシリアと鈴のもとに向かった。

 

「瑠奈!一つ言っておくけど、セシリアと一緒じゃなかったらあたしが勝っていたわよ!」

 

「なっ、わたくしも同じですわ!」

 

再びセシリアと鈴は醜い口論を始める。

 

「じゃあ、要望に応えよう。鈴、君は次の試合にでなくていい。セシリアだけ借りていく」

 

「「「えっ!?」」

 

2対1という大きなハンデを抱えても勝てなかった相手にわざわざハンデを破棄し、勝負するなんて自殺行為だ。

 

「あんた本気!?」

 

「鈴はセシリアのプライベートチャンネルを開いて待っていて」

 

そうゆうと、瑠奈はセシリアを起こし、耳元でごしょごしょを囁くと、セシリアを真耶の前に立たせた。これで勝負の準備は整った。

 

「織斑先生。開始の合図を!」

 

「試合開始!!」

 

そうゆうと、真耶はアサルトライフルを展開し、セシリアに向かって発砲する。

 

「くっ!」

 

セシリアはかわすが、真耶の絶妙な立ち回りで数発被弾してしまう。

セシリアも負けずと反撃したが、あっさりとかわされてしまう。

 

「どうゆうつもりだ?」

 

ハンデを破棄し、セシリアと真耶の再戦にこだわる瑠奈の心境が千冬は理解できない。

 

「彼女はビットの制御は未熟だが、射撃能力はかなり優秀だ。」

 

「だが、ISの試合は射撃大会ではないぞ。自分が撃てば当然相手は撃ちかえしてくる。立ち回りや相手の行動を先読みしなければ試合には勝てない」

 

「その時はこうすればいい」

 

そういうと、瑠奈はセシリアへプライベートチャンネルを開いている鈴へ近寄り

 

「Bのピットを相手の前5度の位置に設置。相手右5㎝に発射。Dのピットを頭上に設置。スターライトを6㎝下方に発射」

 

なんと、鈴のISのプライベートチャンネルを通じて、セシリアに指示を出し始めた。

当然、瑠奈が直接セシリアを操っているわけではないので、指示してから行動に移るまで若干のタイムロスが生じる。

瑠奈はそのタイムロスを理解して、確実にできる真耶の数少ない隙を確実に狙う。

そのため、すぐ攻撃できるように万全の準備を整える。

セシリアにはわかりやすいように細かい数字で指示をだしているところも瑠奈の優秀なところだ。

 

 

当然、公式の試合ではプライベートチャンネルで指示を出すなんてことをすれば即失格だが、これは練習試合だ。

失格になることもなければ退場させられることもない。瑠奈はなんの変哲もない『練習試合』というタグを最大限に活用し、セシリアを勝利させようとしている。

 

(なんて奴だ・・・・)

 

アリーナの生徒が全員が瑠奈の姿を見ていると、セシリアと真耶との試合の決着がついた。

 

「相手の右斜め1mにミサイルビットを発射!!」

 

瑠奈の指示通り、ミサイルピットからミサイルを発射すると、真耶のリヴァイヴが引き寄せられるように移動し、攻撃が直撃し地面に墜落した。

真耶のシールドエネルギーを全て削り取って勝ったわけではないが、ひとまず一勝一敗という形になった。

これでセシリアと真耶とは貸し借りが無いことになるのだろう。

 

「おぉぉ!!!」

 

「すごい!!」

 

アリーナが歓喜や驚きの声で溢れる。

目の前で高レベルの試合が行われたのだ、見ていた生徒にもなにか学べたものがあっただろう。

 

「ふぅ・・・・」

 

瑠奈が試合の結果に安心したのかため息をつくと、瑠奈は

 

「大丈夫ですか?」

 

墜落した真耶のもとに寄り、手を差し出した。

セシリアと真耶は殺し合いをしたわけではない。そのため、相手のことを思うのは当然のことだ。

 

「あ、ありがとうございます。小倉さん」

 

ここで、セシリアや鈴のように負け惜しみを言わないところを見ると、流石大人といったところだろう。

 

「すごいですね小倉さん。あんな方法でオルコットさんに指示をだすなんて」

 

「そんなことはない。あなたも十分に立派で優秀なIS操縦者だ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

瑠奈にほめてもらってうれしいのか顔が真っ赤になり俯いてしまう。

瑠奈がセシリアの方を見ると、多くの生徒に囲まれて賞賛の声をかけられていた。

これは、セシリアにとって完全勝利ではなく仮染の勝利だが、これは彼女にとって大きな一歩になるだろう。

 

ーーーーー

 

「専用機持ちをグループリーダーにして、実習を行う。1人の専用機持ちに8人集まって始めろ」

 

その台詞を合図に生徒が一斉に男子生徒である一夏とシャルルに集まり、瑠奈の元にも数人集まってきた。

 

「よろしくね!一夏君!」

 

「わからないことがあったら私に何でも聞いてね!シャルル君」

 

「小倉さん!私にも山田先生に勝てる秘策おしえてよ!」

 

突然、集まった女子たちに一夏とシャルルは戸惑いの表情を浮かべ、瑠奈は無表情になった。

 

「出席番号順にならんでやっていく!番号順に並べ!あと小倉は私のもとに来い」

 

千冬の声によってクラスメイトが一斉に番号順に並んでいく。瑠奈の元に来た生徒は『男子生徒』という称号がある一夏やシャルルのもとにいかず、純粋に強くなりたい生徒たちで断るのは少し心苦しかったが

 

「ごめんね」

 

それだけいい、千冬のもとに向かっていった。

 

 

「なにかご用ですか?」

 

「今は先生扱いしなくていい」

 

そういうと千冬は瑠奈を会話の聞こえないように、生徒が実習している場所から少し離れている場所に連れていった。

 

「とりあえず座れ」

 

千冬の指示通り瑠奈はアリーナの床に体育座りになった。

これから千冬が瑠奈にする話は瑠奈の傷口を抉ることだ。

 

「瑠奈、お前はまだ私のことを許していないか?」

 

「・・・・・・・」

 

「私はいつまでもお前とこんな関係でいたくはない」

 

「仲直りしようとでも?」

 

「仲直りとは喧嘩したときにするものだ。私とお前は喧嘩なんてしていない。ただ、私のことを許してほしい」

 

「許したところでなんになる・・・・・」

 

(織斑家)に来い。一夏は私が説得する」

 

その言葉に瑠奈はピクリと反応する。

 

「私のことを昔みたいに『千冬姉ちゃん』と呼んでくれてもいい。お前には家族が必要だ」

 

「ふざけたことを口にするな」

 

瑠奈のその声にはわずかばかり怒りが混じっていた。

 

「私はあなたのところなど行くつもりはない」

 

「だが・・・・・」

 

千冬がそこまで言いかけた時

 

「織斑先生!」

 

前からリヴァイヴを装備した真耶がきた。

 

「どうかしましたか?」

 

「実習が予定より少し遅れてまして・・・・・・。なにを話していたんですか?」

 

「なんでもないです。遅れているのでしたら小倉をサポートに回します」

 

そういうと、瑠奈は立ち上がり

 

「それでは失礼します。織斑先生(・・・・)

 

そういい、瑠奈は千冬に冷たい眼差しを向け、去っていった。

 

 

瑠奈がちらりと実習している方向をみると、当然だが生徒がISを実習している。

やはりISを見ていると心が締め付けられるような痛みを感じる。

瑠奈の忌まわしい過去に関係していることもあるのだが、ここはIS学園だ。

当然、ここにいる生徒全員がISを扱うことができ、あの本音ですらISに乗り、歩かせることぐらいはできる。

 

それに対して男である瑠奈はISを扱うことはできない。

個性でもなければ気質でもない『ISを扱えない』というのは瑠奈の中で大きな劣等感になっている。

 

 

 

 

 

 

ISが扱えないのなら、IS学園で『小倉瑠奈』という人間はいないも同然なのだろうか?

 

 

 

 

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25話 人の悪意と疑惑

このままラウラ戦へ行きたいところですが、少し寄り道をしていきます。


「よし、測定が終わったぞ」

 

ある日の朝、保健室で千冬の声が響いた。

今日は瑠奈の身体測定の日だった。

普通の生徒は入学時に測定をし、身長や体格に合わせたISスーツを業者に作成を依頼するというのが通常の流れなのだが、瑠奈は場合が場合だ。

 

他の生徒と一緒に測定すると男であることがばれる可能性があるためこっそりと測定している。

 

「身長と体重は・・・・・・相変わらずだな」

 

「知ってるだろ。私が変わらない(・・・・・)ということは」

 

「そういうな。少しは前向きに生きようとしたらどうだ?」

 

「そんなことが私にできるものか・・・・・」

 

今の瑠奈は自分が不幸に慣れすぎてしまっている。

どんなに不幸や悲しみが瑠奈に襲ったとしても『まだマシ』や『いつもよりいい方』と誤魔化してしまう。

おそらく、いま瑠奈の目の前に『幸せ』があったとしてもそれに気が付かず過ぎ去ってしまい、『幸せ』を掴みとるチャンスがあったことにも気が付かない。

それが『小倉瑠奈』という人間だ。

 

「それじゃあ、お疲れ様」

 

そういい、瑠奈が保健室から出ていこうとすると

 

「ちょっと待て」

 

千冬に呼び止められる。

 

「今日の午後は一夏と一緒に企業の技術の交渉にいってもらう。一夏の取引内容はこちらが決めるから安心しろ」

 

要は『弟が心配だから一緒について行ってあげてほしい』ということだ。

取引内容が決まっているなら瑠奈が付いていく必要なんてない。

当然といえば当然だが、取引は互いに信用があって成り立つものだ。瑠奈が簡単に人間を信用しないことは千冬が一番よく知っている。

 

「わかった」  (相変わらず弟に甘いな)

 

それだけ言い残し瑠奈は保健室をでた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

続いて瑠奈が言った場所は

 

「おはようございます」

 

生徒会室だった。

 

「あら、おはよう」

 

楯無が朝のニッコリスマイルで出迎えてきた。

 

「いつものください」

 

「えーー、また?」

 

楯無はそういい、生徒会室にある引き出しを開け、太田胃〇を取り出し瑠奈に渡した。

これは、瑠奈が入学してから続いている伝統のようなものだ。

周りが女子ばっかでいつ、自分の正体がわからないこの極限状態でストレスを感じない人間なんておそらくいないだろう。

 

というか、ストレスを感じない人間がどうにかしている。

なぜ太田胃〇かというと楯無の協力を得て、さまざまな胃薬を試したが太田胃〇が一番しっくりきたからだ。

 

 

「ふぅ~」

 

やはり、胃薬を飲むとなんか落ち着く。

ありがとう。いい薬です。

そんなことを考えていると楯無がこちらを凝視していた。

 

「あの・・・・なにか?」

 

「いやね、あなたって本当に男なのかなーっておもって」

 

「なにを今さら」

 

「だって、あなたの身長は高校生としては低いし、腕も男の中ではか細いじゃない。身長ってどの位?」

 

「・・・・・・155cm・・・」

 

少しためらった感じで瑠奈は答える。

 

「あら、私とほとんど変わらないのね。それにしても155cmって中学生じゃないの?」

 

楯無がアハハと笑うと

 

「中学生じゃないですっ!!!!」

 

 

ガタンを座っていた椅子を倒し、大声で瑠奈が叫んだ。

その顔はまるで苦虫を噛み潰したように歪んだ顔だった。

瑠奈が叫んだことでいやな沈黙が2人に流れる。

 

「す、すみません・・・・・」

 

それだけ言うと瑠奈は生徒会室を出ていき、それとすれ違う形で虚が生徒会室に入ってきた。

 

「あの・・・・・何かあったんですか?」

 

「何でもないわ・・・・・虚ちゃん。さぁ、今日も頑張りましょう」

 

なんで怒ったのか楯無には理解できないが『小倉瑠奈』という人間にはまだまだ秘密がありそうだ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

午後

 

「それではこの件はーーー」

 

千冬の頼みを受け瑠奈は一夏の付き人という名のガードマンをし、取引相手のいる会社の会議室にいた。

一夏のISはちゃんとした研究所で作られたため、こういう世間からの干渉は避けられないだろう。

それに対して瑠奈のエクストリームは誰の手も借りていないため、干渉は最低限で済んでいる。

 

「それではこれはこちらに任せてもらいます」

 

取引相手の女性はこういう仕事に慣れているらしく、コツコツと取引を進めていった。

この様子だと思っていたよりも早く帰れそうだ。正直いって外はあまり好きではない。

 

「ところで瑠奈さん」

 

「なんですか?」

 

一夏と取引していた女性がなぜか瑠奈に話しかけた。

 

「あなたがあの(・・)有名な小倉瑠奈さんですよね?」

 

「まぁ・・・・・そうですけど・・・・」

 

「ぜひ、わが社とも契約をー」

 

「お断りします」

 

 

女性が言葉を言い終える前に瑠奈が拒否の意を示す。

 

 

「まぁ、そういわずに・・・・・」

 

「お断りします」

 

「そこをなんとか・・・・」

 

「いやです」

 

「お願いします!上司から絶対に契約させて来いといわれているんです!」

 

「そんなの知りません」

 

女性が必死になって瑠奈を説得させようとするが瑠奈は冷徹に切り捨てる。仕舞には女性は泣き出してしまった。よっぽど上の人間からプレッシャーをかけられていたのだろう。

 

「おいおい、瑠奈・・・・。いくらなんでも契約内容や書類も見ないで断るのはひどくないか?」

 

泣いた女性に感化されたのか一夏が口を挟んできた。

 

「はぁ・・・・・。やはり一夏は一夏だったか・・・・・・」

 

「どういう意味だよ・・・・・・」

 

「とりあえず書類だけでも見てみます」

 

「ほん・・・・ぐす、・・・・ですか・・・・?」

 

「ええ、だから泣かないで」

 

いつの間にか元気になった女性が、うきうきな気分で書類を持ってきた鞄から取り出し、瑠奈のまえに開いた。

 

「こんな内容でどうですか?」

 

『契約してもらえるかも』という小さな希望が見えて嬉しいのか、まるで自信作の問題用紙を担任に見せるような顔でみせる。

 

それから3秒後

 

 

「お断りします」

 

「「ええぇ!!」」

 

 

書類の内容をまともに見ないで瑠奈は突き返した。これではまるではじめから契約する気などなかったような態度だ。

 

「瑠奈!!流石に失礼だぞ!!」

 

お人好しでおせっかいな一夏は瑠奈の態度に怒り、大声をあげた。

 

「怒鳴んないで。耳が痛くなる」

 

「だけど・・・・・瑠奈・・・・」

 

やはり、一夏は家族である千冬に守られてきた人間だ。そのため人間の悪意や裏切りについて触れてこなかったのだろう。

まぁ、知らないことが一番の幸せなのかもしれないが・・・・・。

 

「一夏、見てて」

 

そうゆうと瑠奈は契約書を手元に引き付けると書かれている文字の上に指を置き、こすると

 

「はがれた!?」

 

まるで、宝くじのスクラッチカードのように文字がはがれ、書類の内容が改ざんされた。

契約や取引において、書類が一番有効な証拠だ。

 

 

仮に一夏と瑠奈が契約書の内容を丸暗記し、偽装された書類にサインしたあと『サインした書類と内容が違う』と言い、裁判沙汰になり瑠奈が裁判で立ち、一夏が証人になったとしても一夏の『男』であることで裁判はかなり不利になるだろう。

 

「ちょっと!これってどうゆうことですか!?」

 

さっきまで瑠奈を責めていた一夏は怒りの矛先を女性に向ける。瑠奈に怒ったり女性に怒ったりして、忙しい人間だ。

 

「わ、わかりません・・・・・。私は上司にこの書類を契約させて来いと言われているだけで・・・・・。」

 

「じゃあ、上司の人を呼んでください!!」

 

「そんなことをしても無駄だよ」

 

 

一夏は怒りをぶつけているのに対し、瑠奈は冷静な態度を崩さない。

 

おそらく、女性のうろたえは演技ではなく本物だろう。

上の人間は瑠奈の技術を手に入れるため、偽造の書類をこの女性に渡した。

そのとき、瑠奈だったらこの書類が偽造されていることを絶対に伝えない。

教えるメリットがないし、教えたところで不自然な動作や心境で怪しまれる可能性があるからだ。

 

「はぁ・・・・・・」

 

やはり、いくら人間が進化してもこうゆう根本的な部分は変わらない。

他者を騙し、蔑み、踏みにじって生きている。それが『酷いこと』を人が気がづいたとき、人はどのくらい成長するのだろう?

 

本来なら明るいうちに帰れるはずだったが、一夏の怒りが収まるのに時間がかかってしまい、瑠奈と一夏が外に出たとき、太陽は完全に沈んでいた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「・・・・・・・」

 

「・・・・・・・」

 

 

暗い夜道を一夏と瑠奈は無言で歩いていた。

瑠奈としては別に気にしていないのだが、一夏の中では「友人を疑った」ということが心のなかで気にしているようだった。

 

「なぁ・・・・・・」

 

「なに?」

 

「疑ってごめんな」

 

「別に気にしてない」

 

そういわれても、やはり詫び言を言いたくなってしまう。

人を信じたことは後悔していないが、瑠奈に怒鳴ってしまったことや、己の感情のままに怒ってしまい瑠奈に迷惑をかけてしまった。

なんとかして償いをしたい。

 

 

「なぁ、瑠奈?。夕食って決めているか?」

 

「決めてないけど・・・・」

 

「なら、夕飯をおごらせてくれないか?うまい店を知っているんだ」

 

 

瑠奈がちらりと時計をみると、時刻は6時半を過ぎていた。たしかに夕飯にはちょうどいい時刻だろう。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

そういうと、瑠奈は笑顔になり元気に案内を始めた。

こうゆうシチュエーションはあまり体験したことはないが、一夏からしたら瑠奈は女性だ(そういうことになっている)

ならば、高級なレストランにでも案内してくれるのだろうか?

瑠奈としては、なにかを奢ることはあっても、されるということはあまりなかったので楽しみだ。

 

 

 

「ここなんだけどな」

 

それから少し経ち、案内された店は「五反田食堂」とのれんがかけられている古い定食屋だった。

そのとき、瑠奈は心の中で微笑していた。

よく考えたら、女性の心境や気持ちに疎い一夏だ。気持ちが読めない人間に雰囲気を読めというなんて、足し算ができない子供に掛け算をやれといっているようなものだ。

 

「この店は俺の中学生からの友達の親が経営しているんだぜ」

 

「へぇ・・・・」

 

どのようなリアクションをしていいかわからず、店に入ってみると

 

「おう、いらっしゃい」

 

店にはいった瑠奈を迎えたのは筋肉質な元気そうな老人だった。身長は瑠奈が見上げないと顔が見れないほど高く、料理人らしく鍋を持っている腕は瑠奈の腕より何倍も太く、大きな剛腕だった。正直いって怖い。

 

「どうも久しぶりです」

 

そういい、一夏はその老人に挨拶をする。

 

「その子は彼女かい?」

 

「彼女じゃないですよ」

 

「がっはっは、そうかそうか」

 

老人はがはははと大きな声でわらう。瑠奈がポカーンとその光景を眺めていると

 

「瑠奈。この人はこの五反田食堂を営んでいる五反田厳さんだ」

 

「は、初めまして!。小倉瑠奈です」

 

おうと返事をすると厳は廊下にでて母屋に大きな声をかけると、しばらくして2人分の足音が聞こえてきた。

 

「なんだよ、じいちゃん」

 

まず、はじめに顔を見せたのは赤いバンダナを頭に巻いている一夏と同じぐらいの少年だった。

 

「おう、弾」

 

「よう、一夏。来るならくるって連絡くれよ。で、そちらの方は・・・・・ってえええええ!!!」

 

一夏が弾と呼んだ少年は瑠奈の姿を見ると大声で叫んだ。幸い、瑠奈と一夏以外に客がいなかったため、誰も迷惑がかからなかったが。

 

「小倉瑠奈さんじゃないですか!」

 

「ど、どうも・・・・」

 

「まさか会える日が来るとは・・・・・。あっ、俺は五反田弾っていいます。一夏とは中学からの友人なんです」

 

「そ、そうなんですか・・・・」

 

どうにも、初対面の人間との会話は苦手だ。

 

「お兄!小倉さん嫌がってるよ!」

 

そういい、出てきたのは弾と同じように赤いバンダナを頭に巻いている少女だった。

 

「こんにちは一夏さん!」

 

「よう、蘭」

 

一夏に挨拶するとその少女は瑠奈の元に近寄り、挨拶をする。

 

「どうも初めまして。このバカ兄の妹の五反田蘭です」

 

「こ、小倉瑠奈です・・・・・・」

 

そんな、感じで互いに挨拶もそこそこに一夏と瑠奈は席に座ったが、なぜか弾と蘭も向かいの席に座る。

 

「いやぁ、小倉さんはお美しいですねぇ」

 

「瑠奈でいいですよ」

 

「本当ですか!!じゃ、じゃあ俺のことも弾でいいです!!」

 

「わかりました。弾君」

 

非常に心が痛むが彼は瑠奈のことは完全に『女』と認識している。

 

「俺の学校で瑠奈さんのファンクラブができていて部員に入部希望者が殺到しているんですよ」

 

「そうなんですか」

 

「中には小倉瑠奈と会ったことがあるって嘘を言っている奴まで現れてきて困っていましてね。あ、写真いいですか?」

 

弾の話を聞いているとやはり世間は『女の小倉瑠奈』を求めている。

それがこの『小倉瑠奈』に与えられた役なのだろうか。

それに男だとわかったら学園内で瑠奈を蔑んだりバカにしたりする人間がでてくるかもしれない。

その人間が自分と仲良くしていた人間だったらなおさらショックだ。

 

「あのー、瑠奈さん?」

 

瑠奈の心境をよそに弾の明るい声が食堂に響いた。

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26話 来訪者

いまさらですが、サブタイトルを付けました。



「ええとね、一夏がオルコットさんや凰さんに勝てないのは、単純に射撃武器の特性の特性を把握してないからだよ」

 

放課後のアリーナで一夏とシャルルがISの訓練をしていた。

今日は土曜日なので午後は自由時間のため一夏のためにといってシャルルは一夏の訓練に付き合ってくれていた。

 

「小倉さんもそう思うよね?」

 

「そうだね」

 

そしてなぜか瑠奈も訓練に付き合わされている。

 

「なんで私も訓練に付き合わなくちゃいけないの?」

 

「コーチは多いほうがいいだろ」

 

「だったら、ほかにもいると思うけど?」

 

瑠奈がちらりとシャルルの方を見ると、シャルルは気まずそうに眼をそらした。どうやら前のSHRでの出来事がまだ心に残っているようだ。

 

「シャルル・デュノア。一つアドバイスしておくけど一夏の白式は欠陥機だから、あまり常識的な考え方はしない方がいい」

 

「欠陥機って・・・・・・」

 

瑠奈の言葉に一夏が落ち込んだような顔をする。自分の専用ISを欠陥機と呼ばれてショックかもしれないが、これが現実だ。

 

「まぁ、とりあえず一回射撃武器の練習をしてみようか」

 

そういい、シャルルは持っていたアサルトライフルを一夏に手渡す。

 

「おっとっと。意外と重いな・・・・」

 

「あっ、構える時はもっと脇をしめて」

 

さすが代表候補生というべきか、一夏に銃の構え方や標準装備の使い方などをうまくレクチャー出来ている。

 

「じゃあ、狙って撃ってみて」

 

その言葉を合図に一夏が狙いを定め、引き金をひく

バンっと大きな音を立てて弾が発射され一夏がうおっと驚いたような声をだした。

初心者なら撃った時の反動で構えを崩してしまうのだがそれがないところをみるとそこそこのセンスはあるのかもしれない。

 

「そのまま、1マガジン使い切っていいよ」

 

「サンキュー。ところでマガジンはどうやって取り出せばいいんだ。

 

「それはー」

 

引き金についているボタンを押せばいいと瑠奈が言おうとしたとき

 

「ねぇ、ちょっとあれ・・・・」

 

「ウソ、ドイツの第三世代だ」

 

一夏とシャルルの練習をみていた観客がざわざわと騒ぎ出した。

注目の的に視線を移すとそこには

 

(また、めんどくさいのが来たよ・・・・・・)

 

もう一人の転校生ラウラ・ボーデヴィッヒがいた。

当然だが彼女は転校してきてから誰とも絡まず、独立していた。かっこよく言えば孤高、ダサく言えばぼっち。まぁ、瑠奈が言えることじゃないが・・・・。

 

「織斑一夏。私と戦え」

 

一夏の白式に底冷えしそうな声を送ってきてた。近くで聞いていた瑠奈もラウラの言っていることが本気だと感づく。

 

「いやだ。理由がねぇよ」

 

「ふん、そうか。ならば戦わざるを得ないようにしてやる」

 

そういい、ラウラは瞬時にISを展開すると右肩に装備していた大型のリボルバーカノンを発射した。

発射された弾丸はまっすぐ一夏や瑠奈に向かっていったが

 

ガガァァ

 

多いな爆発音がし、放たれた弾丸が爆発した。

 

「ドイツの人は随分と沸点が低いんだね」

 

「貴様・・・・」

 

爆煙がやむとそこにはアサルトライフを構えたシャルルが涼しい顔で立っていた。

この時ラウラは弾丸を撃ち落したシャルルの技術にも驚いたが、それよりも驚いたのは攻撃されたのに逃げないでISも展開しないで棒立ちしていた瑠奈だ。

 

普通なら急いでその場を離れようとするだろうに逃げようとする素振りも見せなかった。何か『奥の手』を隠していそうでラウラには不気味に思えた。

さらに、シャルルがけん制としてラウラの足元に数発発砲する。

しばらくのにらみ合いで沈黙が続いたが、その沈黙を破ったのは

 

「ちょっといい?」

 

瑠奈だった。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。ここは引いてくれないかな?」

 

「断る。織斑一夏、私と戦え」

 

「どうしても?」

 

「貴様に用はない。さっさとここから去れ、邪魔だ」

 

「・・・・警告はしたぞ」

 

瑠奈がゼノンを展開すると、思いっきり地面を蹴りラウラに向かっていった。

 

「小倉さん!!」

 

「シャルル・デュノア!君と一夏は下がって!」

 

猛スピードでラウラに向かって突っ込み、ゼノンの拳の装甲を展開し殴りつけようとするが

 

「な・・・・」

 

ラウラが左手を向けるとその拳が停止し、目の前で完全に固定された。

 

AIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)

対象物の周辺空間に慣性停止結界を発生させ、動きを封じることができる

 

いくらエクストリームでも、この世の性質まで覆すことはできない。

ラウラはまるでなぶり殺すように動けない瑠奈にゆっくりと大型のリボルバーカノンを向け、にやりと口を歪めると

 

「消えろ」

 

ゼロ距離で瑠奈に発射し直撃させた。周りを黒煙が包み込む。

 

「瑠奈!」

 

一夏が大声で叫ぶがしばらくたっても返事がない。

 

「ウソだろ・・・・」

 

あの瑠奈がこんなにもあっさりとやられるだなんて信じられない。

 

ラウラのISであるシュヴァルツェア・レーゲンのリボルバーカノンは大きな反動がある代わりに威力は折り紙つきだ。普通のISならゼロ距離で直撃したのなら大破とまではいかなくても数日は動かせないほどの損傷を負わせることはできる。

そう、普通のISなら

 

 

「ふん・・・・」

 

自分の周りを黒煙のなか、ラウラは勝利に酔いしれていた。

初めは何か隠し玉を持っているように見えたが、しょせんは自分と専用ISの敵ではない。

 

(次は織斑一夏の番だ・・・・)

 

自分の教官の名誉を穢し、汚点を残させた張本人。

絶対にあの男を許さない。どんな手段を使っても排除する。

 

先制攻撃を仕掛けようと黒煙が薄れていくなか、右肩のリボルバーカノンを構え、発射しようとしたとき

 

「シャイニングぅぅ・・・・・・」

 

「え?」

 

前から声が聞こえ、顔を前を向けると赤く光る手形と目が浮かび上がっていた。

 

「なっーー」

 

身の危険を感じ、後ろに引こうとしたその瞬間

 

「バンカぁアぁぁぁ!!」

 

右手と両目が赤く光ったエクストリームが飛び出し、構えていた大型のリボルバーカノンの銃口を粉砕した。

 

「こいつッ!!」

 

吹き飛ばされた体制を無理に立て直し、腕からプラズマ手刀を装備し斬りかかろうとするが腕ごと蹴られ、大きくバランスを崩した。

 

瑠奈は大きく後ろに跳び、ラウラと距離をとる。

 

「瑠奈!無事だったか!!」

 

「君が思っているよりは元気だよ」

 

一夏やシャルルにも安心の笑みが現れる。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。もう一度警告する。引いてくれ!!」

 

「ぐ・・・・ぅ・・・」

 

ラウラはうめき声のような声を出すと、警告に従い姿を消した。

 

「ふぅ・・・」

 

安心感からか瑠奈の脚から力か抜け、片膝をついてしまう。

そしてちらりと撃たれた右肩をみると、わずかばかり装甲が砕け、破損していた。

エクストリームの装甲にダメージを与えるとはかなりの高威力な武器だ。

 

(なんて威力だ。シュヴァルツェア・レーゲン(黒雨)の火力、学ばせてもらった)

 

観客席からは安息にため息や歓喜のこえが聞こえてくるなか、瑠奈だけはぼんやりとした不安が心の中にあった。

 

ーーーー

 

アリーナでの騒動が何とか収まり、一夏とシャルルと別れた後瑠奈は寮の廊下を歩きながら今日の出来事について考えていた。

 

(ラウラのISのあの武装・・・・)

 

シュヴァルツェア・レーゲンの武装であるAICによって、ゼノンの拳は完全に静止していた。

あの時、ラウラが油断してAICを解除したからよかったものの、次は完全に動きが止められたら完全に終わりだ。

しかし、けん制したシャルルのアサルトライフルの弾丸を止めてなかったところをみると、1度に多くの物は止められないのだろうか・・・・・。

 

とにかく新しい武器が必要だ。ゼノンのように格闘特化の機体ではなくセシリアやシャルル、ラウラのISのような射撃武器の使える機体が。

 

幸いにも射撃に関するデータはセシリアとシャルルから学んでいる。

それともう一つ。

 

一夏のISである白式がクラス代表決定戦で見せた一次移行(ファースト・シフト)のデータを使ってさらにエクストリームを強化できないかとかんがえていた。

 

進化状態からさらなる高みへ。

 

 

 

進化のその先へ。

 

 

だが、まだデータ不足だ。

今は格闘特化のゼノンに続く、射撃特化の機体の完成が最優先だろう。

 

そんな事を考えながら簪が待っている、寮の自室の部屋をあけると

 

「お、おかえりな・・さ・・・い。お風呂・・・にしま・・す? ごはん・・に・・・・します?そ、それとも・・わ、私?」

 

裸エプロンをした簪が顔を真っ赤にしながら瑠奈を出迎えてきた。

 

「えっと、・・・・何やってるの?」

 

「そ、その・・・瑠奈を・・・元気にするにはどう・・・したらいいかってお姉ちゃんに・・・相談したら・・・こうすると元気がでるって・・・いったから」

 

楯無は瑠奈が男だということを知っている。

おそらく、簪を利用して瑠奈をからかってきたのだろう。

瑠奈と簪は沈黙していたが、しばらくすると

 

「ふっ、ははは・・・・」

 

「瑠奈?」

 

「ははははっ、あはははは!!」

 

目を覆い隠しながら、瑠奈が大声で笑い始めた。

 

今思うと、自分はなんてつまらないことを考えていたのだろう。こんなのではこの世界を『つまらない世界』だなんて言えない。

 

「あっ、はははははははは!!」

 

部屋では顔が真っ赤になってる裸エプロン姿の簪と口を大きくあけて大声をあげている瑠奈の笑い声が響いていった。

 

 

 

 

「ねぇ、そんなに怒んないでよ」

 

「怒ってない・・・・」

 

あのあと、部屋には申し訳なさそうな顔をした瑠奈と、明らかに機嫌が悪い簪がいた。

確かに、笑ったのは悪いと思うが裸エプロンの服装になったのは簪自身なのだから、若干に理不尽さを感じる。

ちなみに、エプロンの下にはスクール水着を着ていた。一応の安全のためだろうか。

 

このまま、簪の機嫌が直るまで見守っていたいが、やるべきことがある。

とりあえず、バックから折りたたまれたノートパソコンを取り出すと電源を入れて、ほとんど使っていないベットの上でいじりだした。

 

瑠奈がバックからパソコンを出したとき、折りたたまれたキーボードと画面の間から挟まれていた一枚の紙か落ちた。

 

簪が拾ってみると、それは写真だった。

 

 

孤児院と思われる建物の正門の前で、昔の瑠奈らしき幼い子供が隣にいる少し年上らしき白髪の少女と手をつないでいる、ツーショット写真だった。

 

白髪の少女はカメラに向かって微笑んでいるが、幼い子供はカメラから目をそらしていた。

 

「ねぇ、これ落とした・・・」

 

「え? あぁ、ありがとう」

 

写真を受け取ると、瑠奈は懐かしむように写真を見始めた。

 

「その写真に写っているのって瑠奈なの?」

 

「うん。昔の私だよ。ひどい表情をしてるでしょ?」

 

「そんなことはないと思うけど・・・・」

 

口ではそういったが、確かに少しおかしい。

写真からは人間のような優しさは感じられず、まるで機械、マシーンのような冷たさを感じられる。

 

「誤魔化さなくていいよ。当時の私はそんな表情をするような子供だったんだ」

 

「そうなの?」

 

「うん。当時の私は何も信じられず、信用できずにただ動いて生きているだけのゾンビみたいな状況だったからね」

 

「隣にいる子は?」

 

その質問に少し瑠奈は頭を抱えてうーんと数秒うねると

 

「それ以上、質問しないなら答える」

 

「わかった、それ以上質問しない・・・・」

 

そして数秒深呼吸すると

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の大切な人」

 

それだけ答えると、写真をしまい何も言わなかった。

IS学園で有名人だが瑠奈はほとんど謎に包まれた人物だ。

出身地もわからないし、どこの中学に通っていたのかも不明だ。

 

その中で、簪は『小倉瑠奈』という人間を少し知ることができたことに、わずかな満足感を得ていた。

 

 

 

 

 

 

その日の深夜3時

 

1日の疲労感で、いい子も悪い子も夢の中の時間帯で照明が消え、真っ暗な廊下を1つの人物が歩いていた。

その足取りは足音を立てないように歩いているがぎこちなく、まるで初犯の泥棒を思い浮かばせる。

 

その人物はある1つの部屋の前で止まった。『1219』号室 瑠奈と簪の部屋だ。

少し扉を開けて中をのぞくと瑠奈と簪はベットの上ですやすやと寝息を立てて寝ていた。

 

安全だと判断すると、物音をたてないようにゆっくりと音を立てないように中に入ると目を凝らして『目的の物』を探し始める。

 

(あった・・・)

 

机の上にある瑠奈のノートパソコンのメモリーを抜き取ると、そのまま部屋の出口に向かう。

扉を開け、足を一歩外に出した瞬間

 

「ふぐぅぅっ!」

 

「動くな・・・。声を出したら殺す」

 

後ろから声がし、振り返ろうとするが起きた瑠奈はそれより早く手で口を塞ぎ、首元にヒヤリと冷たくてとがった大型のサバイバルナイフを突き付ける。

 

その時、廊下の照明が点灯し、メモリーを盗んだ犯人の顔が照らされる。

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ来ると思っていたよ、シャルル・デュノア。いや、シャルロット・デュノア」

 

犯人は金髪の髪に、寝間着であるジャージを着た一夏のルームメイトでフランスの代表候補生。シャルル・デュノアだった。

 

 




評価や感想をお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27話 reason

「それじゃ、話を聞かせてもらおうかな」

 

瑠奈はシャルルの首に大型のサバイバルナイフを突きつけながら、外に出ると近くにあったベンチに座れせ、自分も隣に座った。

 

「なぜ、こんなことをした?やっぱり社長の命令?」

 

「うん・・・・。社長である僕の父親であるそうしろって・・・ってなんで僕の本当の名前がシャルロット・デュノアって知ってるの!?」

 

「それだけじゃない。私は君が愛人の子であることも、君の母親がもうすでに亡くなっていることも知っている。さらに言うと、私は君が転校してしてくることは君が転校してくる前からしっていた」

 

その瑠奈の言葉にシャルルは驚いたような表情をする。当然だがデュノア社の中でもテストパイロットであるシャルルが愛人の子であることを知っている人間など、ほんの一握りの人間だけだ。

 

なぜ、社内の人間すら知らないことを瑠奈は知っているのだろうか?

 

「な、なんで・・・・知ってるの・・・・?」

 

世界は現在も様々な情報を集めている。コンピュータ、書類、人目。その中で情報を知られずに生きていくことなんて不可能だ。

 

前に、瑠奈はデュノア社のデータベースに侵入してシャルル・デュノアという人間について調べてみたが、出てきたのはシャルロット・デュノアという少女だけだった。

いくら詮索してもわからないということはわかることは1つしかない。

 

 

デュノア社のシャルル・デュノアははじめから存在しないことだ。

 

 

「2年まえにお母さんが死んでから、デュノア社に引き取られてね・・・・。はじめの頃はひどかったよ。本妻の人から殴られたり、家から追い出されかけたりしてね。ちょっとぐらい教えてくれていてもよかったのに」

 

シャルルはアハハと乾いた笑い声をだした。

 

「それで、いろいろと検査をしているとIS適正があることが判明し、デュノア社のテストパイロットをやり、フランスの代表候補生になったと・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

「大抵のことは知っている」

 

個人的に瑠奈は愛人という言葉は嫌いじゃない。愛する人と書いて愛人。普通にいい言葉だろう。

 

「話が逸れたね。なぜこんなことをした?」

 

「なぜって社長の命令で・・・・」

 

「わかった質問を変えよう。何をしにIS学園にきた(・・・・・・・・・・)?」

 

これが瑠奈にとってわからないことだ。

シャルロットは愛人との子とはいえ、デュノア社の社員だ。

自社の社員が男装してIS学園に忍び込んだなんて話が世間で騒がれたらデュノア社の信用は地に堕ちることになるだろう。

 

「デュノア社の技術の収集のためにきたんだよ。日本で登場したイレギュラーと使用機体のデータを取ってこいと言われたんだよ」

 

簡単に言うと一夏と白式の機体のデータを取ってこいと言うことなのだろう。

女だとばれたら一巻の終わりだというのに、随分と危険な橋を渡るものだ。

 

「それがすべて?」

 

シャルロットが瑠奈の質問にうん、と答えたがその時瑠奈は見逃さなかった。

シャルロットの顔に僅かな虚偽の表情が出たことを。

 

「次、嘘をついたら君が女だということを全校生徒に暴露する」

 

「え゛」

 

代表候補生としてISの訓練を受けているが対話術の訓練はうけていないのだろう。

今の反応で自分は女ですと自白しているようなものだというのに。

逆に瑠奈を相手にまだ自分は男だと誤魔化すことができると考えているなら、随分となめられたものだ。

 

「もう一度聞く。何をしにIS学園にきた?」

 

しばらくシャルロットは黙っていたが、観念したのか重い口を開いた。

なぜかシャルロットの顔が真っ赤になっているように見えるのは気のせいだろうか。

 

「じ、実はもう一つの目的がある人物との接触なんだ。その人物とはデータの収集というより・・・い、色事関係にあることなんだ。そして、その人物・・が君・・・」

 

「つまり?」

 

この時点でシャルロットの顔が耳まで真っ赤になっていた。

 

「き、君と恋人関係になって、デュノア社に引き入れて来いって・・・言われたんだ。ほら・・・今の僕は男だから・・・・」

 

「・・・・・・はぁ」

 

データを奪うのが難しいと判断したから、その人物と人脈をつなぐことにするとは・・・・。

 

その言葉に瑠奈は頭を抱えこんだ。

シャルロットのは瑠奈が男だと知らない。女だと思い込んでいる。

恋人関係ならキスぐらいはするだろう。

つまり瑠奈と恋人関係になった場合、シャルロットのファーストキス相手は同性にすることになる。

 

さらに、考えたくはないがシャルロットと入籍した場合、デュノア社長を御父さんと呼ばなくてはならない。そんなの死んでもごめんだ。

 

おそらく、シャルロットはそれがいやだから、危険を冒し、データを盗むような真似をしたのだろう。正直言って懸命な判断だ。

 

「はは・・・・こんなつまらない話なんてしてごめんね」

 

「確かにつまらない話だ。君は私と恋人になるより、社長にデータを渡して見返そうと考えていたのかもしれないが、君はいくら頑張っても愛人の子。忌むべき雌犬の娘なんだよ」

 

「僕のお母さんは雌犬なんかじゃないっ!!!」

 

シャルロットは大声で瑠奈に向かって叫んだ。ここが外であったからよかったものの、寮内だったら確実に騒ぎになっていただろう。

 

「今のは失言だった。気に障ったのなら謝る。さっきの話で君が頭に血が上りやすい正妻や父親から嫌われていることはわかった」

 

瑠奈はシャルロットに真剣な眼差しを向ける。

 

「だけど私にはわからないんだ。君は家族とどんな関係でいたい?」

 

「どんな関係って・・・・」

 

「父親と絶縁して自由を手に入れたいの?」

 

シャルロットは首を横に振った。

 

「復讐として会社を乗っ取り、家族を除名して放逐させたいのか?」

 

シャルロットは首を横に振った。

 

「じゃあ、どういう関係でいたい?」

 

いままで家族とほとんど会ったことがなく、会社から道具のように扱われていたシャルロットには、自分がどうしたいかなんて考えたことなんてなかった。

そして、その『考えていないこと』をいきなり考えたところで答えなど出るはずがない。

 

「まあ、答えは急がないよ」

 

そういい、瑠奈はベンチを立ち、歩き始めようとする。

 

「ちょ、ちょっと待って」

 

瑠奈が立ち去ろうとするとシャルロットはあわてた様子で止めた。

シャルロットは家族との関係よりも何倍も重大なことを瑠奈に聞き忘れていた。

 

「僕が女だということって誰かに話す?」

 

シャルロットは男という性別で転校してきた。もし、女だということがわかったら、退学は免れない。

別に男装して学園に通っている。当然だが、ばれて退学になる覚悟もある。

瑠奈にばれた今、退学になるだろうと覚悟していたが、その質問には以外の答えが返ってきた。

 

「そんなことは言わないよ」

 

「な、なんで?」

 

瑠奈は無駄なことはしない主義だ。

シャルロットが女だということを黙っていても瑠奈にはメリットがないし、下手をしたら共犯者扱いされてしまう。

 

「私は同類には優しいんだよ」

 

そういうと、瑠奈は上半身の着ていた服を脱ぎ始めた。

シャルロットははじめは頭に?マークを浮かべていたが、服を脱ぎ終わったとき、眼球が目から出るんではないかと思うほど、大きく見開いていた。

 

「ウソ・・・・・君、お、男だったの・・・・?」

 

「正解」

 

瑠奈の上半身には当然だが柔らかさなどない胸筋があった。シャルロットは初めはわからなかったが、瑠奈に言った『同類』という言葉でようやく意味がわかった。

 

 

瑠奈がこのことを話したのは、別にシャルロットのことを信頼していたからではない。

瑠奈だけがシャルロットの秘密を知っていると、いつばらされるのではないかと不安になって日常生活で支障がでる可能性があるからだ。

 

そうなら、シャルロットも瑠奈の秘密を知ればいい。

そうすれば、互いに貸し借りはなくなる。

というのは建前で、心の底ではシャルロットのような『同類』がでたことに安心している自分がいるのかもしれない。

 

「いっておくけど、このことはIS学園でも少数の人間しか知らないことだ。今日、この場であったことはお互い忘れよう。君が忘れられないのというのなら記憶がなくなるまで、便器に頭を突っ込ませてやる」

 

「こ、怖いこといわないでよ・・・・・」

 

瑠奈が冗談を言うとは思えない。彼には必ずやるといったらやる(・・・・・・・・・)『スゴ味』がある。

 

「それじゃあね。Bonnenuit(おやすみなさい)

 

それだけいい、瑠奈は暗い夜道を歩いていき、闇に消えていった。

残されたシャルロットは、今目の前で起こったことが理解できず呆然とすることしかできなかった。

 

 

ーーーー

 

「うーーーーーーーん」

 

放課後の整備室でラウラは頭を抱え込んでいた。

ラウラの前の壁には銃口が破壊されたシュヴァルツェア・レーゲンの装備である大型のリボルバーカノンがあった。

前に瑠奈によって破壊され、祖国に修理を出すべきは、整備課の生徒に直してもらうべきか悩んでいるのだ。

 

祖国に装備を送り、直した場合、早く修理されるかもしれないが輸送に時間がかかる。

修理の時間も考えれば、数週間は掛かり、とてもじゃないが、もうすぐ行われる学年別トーナメントに間に合わない。

 

整備課に任せたら、技術の情報が漏れる可能性があるし、なにより修理を頼むため、頭を下げるのはプライドが許さない。

 

「どうするべきか・・・・・・」

 

苦悩に悩まされていると

 

「やぁ」

 

後ろから声がし、振り返るとそこには

 

「何か手伝おうか?」

 

ラウラの苦悩の元凶の人物である瑠奈がいた。

 

「なんの用だ?」

 

「君の力になりたい」

 

そういうと、瑠奈は壁に掛けられているリボルバーカノンに近づき、じろじろと見始めた。

 

「ふむふむ、E-54のパーツが大破、I-987のヒューズが数本焼き切れていて、電子回路もショートしているね」

 

「わかるのかッ!?」

 

「大体はね」

 

ラウラは瑠奈をただの操縦者だとしか認識していなかったため、このような整備や技術のことがわかるのはかなり意外だ。

 

ラウラが唖然としていると、瑠奈はポケットからメモ帳とペンを取り出し、何かを書き始めた。

 

「電線は変えた方がいいかな・・・・。プラグの状態は・・・・・」

 

なにか、ぼそぼそと小声でいいながらメモにさらさらとペンを走らせていく。

そんな状態が数分続くと

 

「このメモのパーツを発注しておいて。あと、組み立てはこちらでやる」

 

「お前が直すのか!?」

 

「なにか問題でも?」

 

「それは・・・・・ないが・・・」

 

ここで組み立てればパーツの組変えだけで済むし、調整もすぐにできる。

だが

 

「なぜここまでする?」

 

この親切さには正直警戒心が出てくる。

瑠奈は金銭を要求もせず、祖国との取引もせずに、ボランティアでラウラのISを直してくれる。

普通は何か目的があると考えて警戒するのが普通だ。

 

「なにか要求があるならはっきりと言ったらどうだッ!?」

 

ラウラはあまり回りくどいことは嫌いな性格だ。

この世の優しさには何か裏がある。そう疑わざるを得ない。

 

「はぁ・・・・」

 

瑠奈はそんなラウラをめんどくさそうに見ると、破損したリボルバーカノンに目を向け

 

「この装備は私が壊したものだ。ならば、私が直すのが当然じゃない?」

 

あまりにも普通でありふれた返事を返した。

正直、ありふれた回答すぎて反応に困る。

しばらくの間沈黙が場を支配していたがしばらくすると

 

「ふふっ・・・・」

 

あまりにも普通な答えにラウラは噴き出してしまう。

瑠奈は他意などなく、ただ自分の尻ぬぐいをしているだけなのだ。それがわかると疑っていた今までの自分がなんだか馬鹿らしくなる。

 

「ほら、早く発注してきて。君がそれはやらないと何も始まらないんだから。あと、私のことが信用されなかったらパーツと一緒に誓約書も送ってくるといい」

 

「わ、わかった!」

 

警戒心が解けて安心したからか笑顔を瑠奈に見せると大急ぎで整備室を出ていった。

さっきまでは警戒していたのに今度は安心して、笑顔を見せる。実の喜怒哀楽が激しい少女だ。

 

「まあ、頑張れよ。若者」

 

誰もいない整備室でそうつぶやくと、壁に掛かっているリボルバーカノンに近づき

 

「こころぴょんぴょん待ち〜♪考えるふりして~」

 

うさぎが運ばれてきそうなメロディを口ずさみながら修理に取り掛かった

 

 




評価や感想をお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28話 遠い記憶

いつの間にかお気に入りが300件と突破していました!!
この調子でガンガン進んでいきたいと思います。


「あのぉ・・・・。小倉さん?」

 

「なにか?」

 

平日の授業風景はいつもと変わらない。

真耶が教卓に立ち、授業を行っている。

ただ一つ違うことといえば、いつもとは珍しく瑠奈が出席しているということだ。

ただ、ほかの生徒とは違い、瑠奈は授業中だというのに、ノートパソコンのキーボードをカタカタと鳴らしながら画面とにらめっこしている。

 

「久しぶりに授業に出てくれたんだから、ちゃんと話を聞いてほしいなぁ・・・なんて」

 

「私はあなたの授業を受けるためにこの授業に出席しているわけではない」

 

瑠奈は自分の共犯者であるシャルルこと、シャルロット・デュノアを監視するために、たまにだが授業に出ていた。

無論、見えないところでの監視も怠っていない。

 

「でも、ほら、ね?。授業を聞いてくれないと先生のやる気がなくなっちゃうし・・・・」

 

「やる気がないならやらなくていい。この世にはあなたの予備(スペア)などいくらでもいる」

 

「え・・・・・」

 

その言葉で真耶はいじめられた子供のように涙目になってしまう。普通は逆の立場ではないのだろうか。

教室がお通夜のように暗い雰囲気になっているなか、瑠奈が席を立ち

 

「お邪魔のようだから失礼する」

 

そういい、ノートパソコンを折りたたみ、『私の秘密をばらしたら、お前の穴にまがまがしい玩具を突っ込んでやるからな』という顔でシャルロットをひと睨みして教室を出ていった。

皆、分かっていたことだが、小倉瑠奈にはどうにも歪な部分がある。

たまにだが、人間とは思えないほどの憎悪や憎しみの片鱗を見せることがあるのだ。

まるで、人を、人間を恨んでいるような(・・・・・・・・・・・)歪な心を・・・・・。

 

 

ーーーーー

 

 

くだらない。

 

何が『スポーツとして使われている』だ、何が『アラスカ条約』だ。

どんなに法律や条約でISを規制しようと、ISは『兵器』だ。

人を不幸にし、不運にし、最終的には命を絶命させる。それがISという存在だ。

 

ISを扱えるというだけでろくな覚悟もない者が半端な暴力でこの世界を支配している。

こんな世界、『彼女』が望んだ世界とは、遠くかけ離れている。

それと同時に、このろくでもない世界で何も変えることができない自分の無力にも嫌気がさしてくる。

 

「くそ・・・・」

 

廊下を歩きながら自分の心に言い聞かすように小さくつぶやく。

結局はこの世は弱肉強食なのだろうか?

弱いものは強いものに食われていくしかないのか。

だとすると、いまの人間は獣となんにもかわらない。

そんなことをぼんやりと考えていると

 

「うっ・・・・あぁぁ・・・が・・・」

 

突然、心臓が握りつぶされるような苦しさが瑠奈をおそう。

苦しさのあまり、持っていたノートパソコンを落とし、地面にうずくまる。

パソコンを落としたときのガタッと大きな音が授業中で誰もいない廊下に響いた。

 

(ま、まずい・・・・。ここであれ(・・)がきたか・・・)

 

息ができないほどの苦しさの中、何とか立ち上がり、フラフラと力の入らない脚で部屋に向かって歩きはじめる。

 

(部屋にある()を・・・・」

 

僅かな距離のはずが永遠のように感じる道を歩きながら部屋に辿り着き、自分のバックを乱暴に漁ると

 

「あっ・・・た・・・」

 

カプセルが入った瓶を手に取ると大慌てで洗面所にいき、水をだし、瓶から乱暴にカプセルを取り出すと、口に放り込む。

しかし、症状は収まらない。薬を飲むのが遅かった。

自分の脚で立っていられなくなり、倒れ込んでしまう。

 

(だめだ・・・・・。力がはいらない・・・・)

 

薄れていく意識の中、最後の力を振り絞ってかすれる声をだしてつぶやく。

 

「お・・ねえ・・・・ちゃん・・・」

 

 

ーーーーー

 

 

授業中の見回りで、楯無はぼんやりと先日の瑠奈との会話について、かんがえていた。

『中学生じゃありませんっ!!』という言葉とあの歪めた顔。

自分はなにか彼の触れてはいけない部分にふれてしまったのだろうか。いくら考えても分からない。

だが、もしこれで彼に嫌われてしまったらとても悲しい。

 

(どんな理由であれ、瑠奈君に謝らないとね)

 

そんな、少し暗い気持ちで廊下を歩いていると。

 

ガコッ!

 

何か固いものを踏んづけた。

自分の足をみてみるとそこには

 

「パソコン?」

 

折りたたまれた白いノートパソコンが楯無の美脚に踏んづけられていた。

誰かの落とし物だろうか。

しかし、こんな貴重品を落として気が付かない人間などいない。

名前が書いてないかと拾い、くるくると回してみるが何も書いていない。

しょうがないが、パソコンを起動させる。

 

もしかして、ユーザーの名前が持ち主の名前になっている可能性があるためだ。

スイッチをいれ、しばらくすると画面色鮮やかな壁紙が映し出され、ユーザー名が表示されるとそこには

 

(これって瑠奈君の!?)

 

瑠奈のことだとわかって、楯無は少し焦る。

一般生徒の私物ならまだしも、小倉瑠奈はいろいろと危なげの出来事に首を突っ込んでいる人間だ。

なぜ、廊下のど真ん中に瑠奈のパソコンがあるのかは謎だが、そんな危険物は早く本人に返したほうがいいに決まっている。

だが、一つ問題がある。

 

(彼はどこかしら・・・・・)

 

小倉瑠奈は、例えるのなら猫のような人間だ。

少し目を離せばすぐにフラフラとどこかに行ってしまう。

楯無も毎日、瑠奈と話しているわけではない。

 

とりあえず一番確実なのは、瑠奈と簪の部屋である1219号室に置いておくことだろう。

そこが一番瑠奈が出現する可能性が高い場所だ。

正直、楯無はこのまま瑠奈のユーザーにログインして、ネットの履歴を見たい衝動に駆られたが、そんなことをしたら瑠奈に何をされるかわからないし、これ以上瑠奈に嫌われたくない。

 

(落ち着け・・・・落ち着くのよ、私の腕(マイハンド)

 

瑠奈も思春期の男子だ。

女性の裸体ぐらいは絶対に興味はあるだろう。

見るべきか、見ないべきか、この葛藤に襲われながら1219号室に辿り着き、部屋に入ると

 

「ん?水の音?」

 

洗面所から水が大きな音を立てて流れていた。

一瞬、わが妹である簪が流しっぱなしのまま、学校に行ってしまったのかとおもったが、あの可愛くて、美しくて、頭もよくて、体から『自分は素敵な女ですよー』というフェロモンを年中無休で放出し続けているマイプリティシスター簪だ。

違うことが予想できる。

では誰だろうか?

 

少し警戒しながら洗面所に行ってみるとそこには

 

「瑠奈君っ!?」

 

辺りにカプセルをぶちまけ、猫のサイカに心配そうに顔をなめられながら、洗面台のまえで倒れている瑠奈がいた。

 

「大丈夫っ!?、しっかりして!!」

 

なぜ瑠奈が倒れているのかはわからないが、なにか危険な感じがする。

保健室に連れていこうと瑠奈の半身を起こしたとき

 

「大丈夫です。放してください」

 

瑠奈は楯無の手を払い、部屋の出口に歩いていく。

口では「大丈夫」と言っているが、明らかにフラフラと不安定な歩き方で、お世辞にも大丈夫そうには見えない。

 

「ちょ、ちょっと!、そんな様子で大丈夫なわけないいでしょ!いいから保健室に・・・・」

 

「ほっといてください」

 

「でも・・・・」

 

「ほっておいてと言っているでしょ!余計なお世話だ!!」

 

大きな怒声を楯無にむかって出すと、ごほっと咳を2,3回だし、壁をつたりながらゆっくりと部屋をでていった。

 

 

 

 

その後、瑠奈は整備室に訪れ、シュヴァルツェア・レーゲンの大型のリボルバーカノンの修理をしていた。

まだ、苦痛が取れてなく、心苦しい。

そのため、何か痛みを忘れ、集中できることがしていたい。

 

「終わったか?」

 

後ろから声がし、振り返ってみると、そこには問題児であるラウラ譲が仁王立ちしていた。

 

「ああ、ひとまずこれで修理は完了した。すまないけど、武装の換装は自分でして・・・・」

 

低く、弱った声をだし、瑠奈はゆっくりと整備室をでていった。

それからしばらく経ち、1人となったラウラが

 

「くくく・・・・・」

 

と不気味な声と笑い声が、誰もいない整備室に響いた。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

「ほぉ、これが成功体(・・・)ですか?」

 

「はい、これこそが我々の研究の技術の結晶です」

 

白衣の男たちがガラスケース越しに私の体を見ている。

真っ白で何もない部屋で私は座っていた。

ここには何もない。 希望も、夢も

だけどその中で

 

「大丈夫」

 

彼女がいた。

 

「君は私が守る。だから堂々としていればいいんだ。大丈夫」

 

最愛の人が私を抱きしめてくれた。

 

(温かい・・・・)

 

心にそこから力が湧いてくるような気分になれる。

こんな世界でも守る価値のある尊いもの。

 

「ごめんね、こんなことになって・・・・・」

 

その言葉に反応するかのように彼女はさらに強く、私を優しく包み込む。

 

「私はいつもーーーーーしている。だからーーー。君は生きてくれ。」

 

 

 

 

 

 

「はッ!」

 

時間は深夜2時半。生徒や教員がほとんど寝静まった時間帯に、瑠奈は悪夢から目が覚めた。

いや、懐かしい思い出というべきだろうか。

 

相当うなされていたらしく、全身が汗ばんでいて、大変不快な感覚だ。

 

「はぁ・・・・・はぁ・・・・・」

 

息切れと頭痛が瑠奈を襲い、軽い吐き気にも襲われる。

 

(なんで・・・・・いまさらあんな夢を・・・・)

 

瑠奈の中にある忌まわしい思い出がよみがえってくる。

過去に瑠奈が犯してしまった大きな過ちを。

恐怖と激しい後悔が心に先から生みでてくる。だがそれと同時に

 

「う・・・・・うぅぅ・・・・・」

 

あの眩しき日々がよみがえってくる。あの日々に戻りたい。彼女に会いたい。

だが、その願いはもう叶わない。

自分で手放してしまったものだから。

 

「うっ・・・う・・・・」

 

そのことを思うと自然と涙が溢れ出る。

大きな涙がこぼれ落ちる。

 

「誰か・・・・・・助けて・・・・」

 

儚く、悲しく、低い声が外の(瑠奈)に照らされた部屋に、静かに響く。

 

 

 

 

 




評価や感想をお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29話 新たなる力

IS10巻を買ったんですが、簪って猫アレルギーだったんですね・・・・・


「「あ」」

 

放課後の第三アリーナで二つの奇声が響いた。声の持ち主はセシリアと鈴だった。

 

「奇遇ね。あたしはこれから学年別のトーナメントの訓練をするとこなんだけど」

 

「奇遇ですわね。私もですわ」

 

二人の間に火花が散る。当然のごとく、2人が狙っているのは優勝だ。

 

「せっかくだし、この際。どちらが上か白黒はっきりさせてみない?」

 

「言っておきますけど、わたくしは瑠奈さんに訓練を受けていますのよ」

 

『瑠奈から訓練を受けている』 そのセリフに鈴は少し顔をしかめる。小倉瑠奈のでたらめな実力は鈴も知っている。

だが

 

「い、いいじゃない。望むところよ」

 

鈴もただ時間を無駄に使ってきたわけでもない。それなりの訓練もしてきたし、努力もしてきた。

 

2人がメインウェポンを展開し、対峙した瞬間、

 

 

ピーーー!!

 

「「!?」」

 

ISの警告アラームが鳴り、2人から少し離れた場所に超大型の弾丸が直撃し、地面が吹き飛ばされる。

セシリアと鈴が弾丸が飛んできた方向を見るとそこには

 

「シュヴァルツェア・レーゲン・・・・・」

 

漆黒のISであるシュヴァルツェア・レーゲンとそれを操るラウラの姿があった。

 

「なによあんた・・・・?なんか用?」

 

セシリアは『スターライトmk-Ⅲ』を、鈴は大型ブレードの『双天牙月』を向けて警戒の色を濃くする。

 

「『甲龍』に『ブルーティアーズ』か、惰弱な機体だな」

 

「「あ!?」」

 

自分の機体が『惰弱』と言われて怒りがこみ上げてくる。代表候補生の証である専用機が馬鹿にされるのは許せない。

 

「いや、ルールも守れない常識知らずの手を借りなくては、まともに量産機にも勝つことしかできない人間と機体には『惰弱』という言葉ももったいないぐらいか」

 

この時点で、セシリアの額には血管が数本浮き出るのではないのかというほど、ひきつらせていた。

セシリアにとって真耶との試合は、瑠奈と初めて力を合わせて勝つことができた試合だ。

 

そのことはセシリアの中でも大きな自信と誇りになっている。

その誇りを自分につけさせてくれた人間の悪口を言われたのは許せない。

 

「鈴さん」

 

「な、なに?」

 

日頃のセシリアでは想像できないほどの低く、冷たい声に鈴が軽く緊張する。

 

「力を借してください」

 

鈴がセシリアの瞳を見る。

そこには、冷静で冷淡な怒りが宿っていた。まるで、戦っているときの瑠奈のように。

 

(伊達に瑠奈に戦いを教わってないわね・・・・・)

 

自分なら、確実に相手の口車に乗せられ、冷静さを失っていただろう。それでは相手の思うつぼだ。

 

「いいわよ。たまには共闘といこうじゃないの」

 

鈴がセシリアの闘志に答えるかのように、にっと笑った。

 

「なにをごちゃごちゃと言っている。さっさと来い。たかが2匹のメスごとに私が負けるものか」

 

「なんですって!!」

 

今の言葉に我慢できず、鈴がラウラに突っ込もうとしたとき

 

「鈴さん!!いけません!!」

 

セシリアが大声で抑制する。鈴も今のは挑発だとわかっていたのに感情を押し殺すことができなかった。これでは代表候補生失格だ。

 

「ご、ごめん・・・・」

 

「わたくしがビットを使って動きをおさえます。鈴さんはチャンスがあれば攻撃を」

 

「わかったわ。なんだか今日のあんた、とても頼りに見えるわよ」

 

「それは光栄ですわ」

 

セシリアがビットをまわりに展開し、スターライトmk-Ⅲを構え、引き金に指をかける。これで戦闘準備が整った。

 

「さあ、眠りなさい。ブルーティアーズの奏でる鎮魂曲(レクイエム)で!」

 

引き金を引く瞬間、セシリアの蒼い瞳がわずかに紅く光った。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

とある空き教室で瑠奈はくつろいでいた。

椅子に深く腰掛け、両脚を机の上に載せている番長スタイルだ。

女性のするべき作法ではないが、たまには気を抜きたい。

くつろいでいるといっても、瑠奈の顔は上をむいて、天井を見ているが、目の焦点はどこにもあっていなかった。

 

(なぜ・・・・・あの夢を・・・・・)

 

昨日見た夢を忘れられない。

普通の夢は一晩寝たら忘れてしまうものだが、瑠奈は夢の内容を細かく覚えていた。

 

あの出来事は『小倉瑠奈』となった時に忘れたつもりだった(・・・・・・・・・・・・・・・)

なのになぜ今になって・・・・・・。

 

だがいくら考えても分かるものでもない。

早々に諦め、空き教室をようと扉を開け、出ようとしたとき

 

「うわっ!」

 

「きゃぁっ!」

 

横から走ってきた生徒とぶつかり、大きく倒れてしまった。

その生徒もそこそこのスピードで走っていたらしく、瑠奈とその生徒は勢いよく吹き飛んだ。

 

「いった・・・・。どこを見て走って・・・・」

 

ぶつかった生徒に文句を言おうと、視線を向けるとそこには

 

「か、簪?」

 

ぜぇぜぇと息を切らし、くたくたになって地面に座り込む簪がいた。

その様子だと、かなりの時間、廊下を走っていたようだ。

 

「はぁはぁ・・・・る、瑠奈・・・・・ちょっときて・・・・」

 

「な、なぜ?」

 

「いいからッ!!」

 

それだけ言うと簪は瑠奈の右腕を掴むと力強く引っ張っていく。

どこに連れていかれるのかと思っていると、なぜか簪のクラスである1年4組に連れ込まれた。

クラスに入るとなぜか4組の生徒が窓に集まっており、ざわざわと騒いでいる。

頭に?を浮かべながら窓に集まっている人混みをかき分けていく。

 

「瑠奈!あれ!!」

 

簪の指さした方向を見るとそこには、第三アリーナ内でバチバチと大きな爆風が見える。

初めはアリーナ内でなにか事故が起きたのかと思ったが、違う。あれは戦いの爆発と爆風だ。

 

「なにがおこっているの・・・・・?」

 

「ちょっと待って」

 

瑠奈はゼノンの眼帯を左目に展開し、アリーナを拡大して様子をうかがう。

誰かが練習試合をしているのだろうか?。だとしても武器の威力や破壊力が大きすぎる。明らかに相手を倒そうとしている。

 

アリーナ内を見渡していると、戦っている機体が僅か一瞬だけ瑠奈の目に映る。その機体は

 

「ブルーティアーズ!?」

 

セシリアの乗っているブルーティアーズだった。そのほかに鈴の甲龍とラウラのシュヴァルツェア・レーゲンの姿も見える。

3機によるバトルロワイヤルという形式ではなく、セシリア&鈴VSラウラといった形で戦っているようだ。

詳しくはわからないが、大体の事情がなんとなく分かった。

 

「瑠奈どうなっているの?」

 

とりあえず、4組の生徒が不安そうなので、瑠奈の見ている光景をディスプレイに接続し、瑠奈の指先に大画面にして映し出す。

 

それを見た生徒たちは興奮や歓声の声をあげる。

どうやら彼女たちにとってこの戦いはスポーツの試合観戦のようなものらしく、「すごい」や「そこだー」といった声をあげている。

 

瑠奈の予想だが、おそらくセシリアと鈴は負ける。

セシリアは問題ないのだが、鈴がシュヴァルツェア・レーゲンの攻撃に追いついていない。

少し、口が悪いようだが、セシリアの足を引っ張っている状態だ。

 

セシリアとラウラで互角の状態に、鈴という荷物がセシリアに加わった分、不利になる。

現に、鈴はセシリアより攻撃をかなりくらってしまっており、シールドエネルギーも残り少ないだろう。

そして、鈴はさらなる被弾を恐れるあまり、セシリアが作った絶好のチャンスを攻めきれない。

 

「何とかしてあの戦いを止められないの?」

 

周りが熱狂している中、ただ一人事態の危険性を理解できている人間ーーー簪は瑠奈に尋ねる。

武器の威力が双方強い。これではシールドエネルギーが残り少ないときに攻撃をくらったら、防ぎきれないことになるかもしれない。

そのことを簪は4組の生徒の中でただ一人、理解していた。

 

「止める理由がない」

 

「だけど・・・・・・」

 

簪の弱弱しい反論に瑠奈は無視を貫く。

これはまだ(・・)練習試合だ。

互いを高めあうための稽古といったところだろう。

だが、ある一線を越えたら相手に対して無礼をはたらいたことになる。

その時までは瑠奈は何もできない。

鋭く、冷淡な瞳を瑠奈はアリーナに向かって放ち続ける。

 

ーーーー

 

「くっ!」

 

シュヴァルツェア・レーゲンの攻撃をかわしながら、セシリアは瑠奈から放課後に教わっていた内容を必死に思い出していた。

 

一機のビットで本命を狙い、それ以外のビットで相手をけん制する。

言葉にするのは簡単だが、敵の攻撃を避けながら操作するのは至難の業だ。

現に、よけることに集中しすぎて、相手にビットの攻撃を当てられていない。

それに、相手の装甲は対ビーム仕様らしく、相性が悪すぎる。

 

(どうしたら・・・・)

 

「どうした?隙だらけだぞ」

 

考えるのに夢中になっていて、ラウラが放ったワイヤーブレードが直撃してしまう。

 

「セシリアっ!」

 

「お前も人のことを心配している場合か!」

 

鈴には主武装である瑠奈が直した大型リボルバーが直撃し、アリーナの壁に思いっきり叩きつけられる。

一瞬、気が遠のくような感覚に襲われるが、何とか意識をつなぎとめる。

が、首と胴体にワイヤーブレードが巻き付き、身動きが取れない。

 

「鈴さんっ!きゃっ!」

 

空中で態勢を立て直したセシリアが鈴に巻き付いているワイヤーを破壊しようとするが、自分も同じように首とスターライトmk-Ⅲを握っている右手にワイヤーが巻き付き、そのまま地面に叩きつけられる。

 

この時点で勝負は着いた。

ラウラはISを収納し、アリーナを去るべきだった。鈴とセシリアにも負けを認めないほど、子供ではない。

だが、相手との圧倒的な差を見せつけたいラウラはさらに攻撃を続行する。

 

鈴に巻き付けてあるワイヤーを自分の方に寄せると鈴に蹴りや拳を食らわせ、相手を嬲り続ける。

セシリアにも巻いているワイヤーを大きく左右に揺らし、地面やアリーナのバリヤーなどに叩き続ける。

 

「あんたねぇ・・・・」

 

やられっぱなしで腹が立ったのか、至近距離で衝撃砲を放つが、思いっきり蹴り上げられ、大きく射線が逸れる。

それと同時に

 

ピーーーーー!!

 

シールドエネルギーが尽きた警告音が鈴に聞こえる。

鈴はセシリアと比べて多く被弾していてエネルギーが少なかったため、どうやら、いまの衝撃砲で完全にエネルギーが尽きたようだ。

 

ラウラにもその警告音が聞こえているはずだが攻撃を続ける。

このまま攻撃され続け、ダメージが蓄積されればISが強制解除され、命に関わってくるだろう。

 

セシリアの方はまだエネルギーは残っているがこのまま地面や壁に叩き続ければ、いずれ鈴と同じようにエネルギーが尽きてしまう。

さらに、首を絞め続けているワイヤーのせいで意識が持たなくなってきている。

これはかなりまずい状況だ。

 

鈴の状況もそうだが、自分たちの武装がラウラに全く効いていないし、ここからラウラを攻撃しようにも、大きく振り回されているせいで、照準が定まらない。

完全に消耗戦の状態だ。

 

情けない、多忙な身である小倉瑠奈に、貴重な時間を割いてもらってまで訓練を受けたのに、手も足もでず、結果も出せない自分がみじめに思える。

 

「どうしたら・・・・・いいのですか・・・・・?」

 

弱い自分に失望しながらも答えを求める。

鈴はもうISのエネルギーが完全になくなり、ISの展開が解けていた。

もうだめだ。完全敗北。自分の大切な人の汚名返上もできないまま、このまま自分は負ける。

そんな絶望に襲われ、意識が消えそうになった瞬間

 

「うおおおおおおお!!」

 

大きな男の声が響くと同時に白いISがアリーナに飛び込んでくる。

そのISは

 

「一夏さん・・・・?」

 

白式を身にまとった一夏だった。

一夏が飛び込んできた方向をみると、箒とシャルルが立っており、バリアーの一部が不自然に破壊されていた。

どうやら一夏は鈴とセシリアを助けるため、バリアーを破壊し、アリーナに侵入してきたようだ。

 

「鈴をはなせぇぇぇぇっ!!」

 

白式の武装である雪片を構え一夏は鈴を掴んでいるラウラに向かって突っ込む。

掴んでいる鈴を投げ捨て、ラウラは一夏に向かって笑みを浮かべる。獲物が罠にかかった時の笑みを。

 

雪片で攻撃しようと、ラウラに接近し、斬りかかろうとするが

 

「な、なんだ・・・?か、体が動かない・・・」

 

それよりも早くラウラがAICを発動させ、一夏の動きを完全に停止させる。

 

「やはり敵ではないな。この私とシュヴァルツェア・レーゲンの前では、貴様も有象無象の1つでしかない。--消えろ」

 

そういい、前に瑠奈にしたように、一夏の目の前に大型のリボルバーカノンを構え、引き金を引こうとしたとき

 

「一夏離れて!!」

 

上空からマシンガンの弾丸が降り注ぎ、ラウラのAICか解除され、一夏はラウラと距離をとる。

それに続き、シャルルが上空から現れる。

 

「つかまれ!!」

 

とりあえず、一夏は近くに倒れていた鈴を抱え上げ、安全地帯に連れていこうとするが

 

「逃がすか」

 

弾丸をかいくぐったラウラが一夏と抱えている鈴に向かって大型のリボルバーカノンを構える。

シャルルは上空からの攻撃で全弾撃ちきりリロード中だ。

もし、ラウラの攻撃が一夏と鈴に直撃したら当然二人は無事では済まない。

 

「くっ!」

 

セシリアはワイヤーに絡みながらも、何とかラウラの攻撃を阻止しようと、持っているスターライトmk-Ⅲを構える。

ブルーティアーズの射撃性能なら何とか攻撃の阻止だけはできるかもしれない。

ワイヤーに邪魔されながらも、照準を定める。

 

「お願いです。当たってください!!」

 

そう叫び、引き金を引く瞬間

 

ピーーーー!!

 

「え?」

 

ブルーティアーズから警告音が鳴り響く。セシリアはこの警告音が意味することを知っている。

ISのエネルギーが尽きたことを知らせる音だ。

つまり、ブルーティアーズはもう戦えない。

 

「そんな・・・・・」

 

顔が俯き、心の底から悲しみがこみ上げてくる。

結局はこれが自分の限界なのだろうか。

何もできず、ただ見ているしかない。

その程度の力しかないのだろうか。

 

悔しさのあまり、目から涙があふれてくる。

何もできない自分に、弱い自分に。

 

「私は・・・・こんなにも弱かったの・・・・?」

 

溢れた涙が頬をつたり、滴となってセシリアの顔から落ちそうになったとき

 

 

 

 

 

「そんなことはない。素晴らしい試合だった」

 

 

 

 

 

「え?」

 

セシリアを誰かが猛スピードで追い抜き、ラウラに元に向かっていった。

その人物は

 

「る、瑠奈さん?」

 

セシリアにとって大切な人である瑠奈だった。

だが

 

「瑠奈さんっ!いけません!危険です!」

 

その瑠奈はISをまとっておらず鈴と同じように完全な生身状態だった。

だが、瑠奈はにやりと口元を歪めると

 

「一夏。鈴をしっかりと掴んでいてくれよ」

 

大きくジャンプし、ぼそぼそを呪文のようなものを唱える。

そうすると、バチバチを赤い稲妻のようなものが瑠奈の周りに漂い始め

 

バンっ!!

 

という大きな音がすると同時に、瑠奈を中心に大きな衝撃波が発生し、一夏、シャルル、セシリア、そしてラウラを大きく吹き飛ばした。

幸いなことにセシリアは元々壁際におり、抱えられていた鈴は吹き飛ばされたとき、一夏がかばったため負傷はなかった。

 

「くっ」

 

態勢を立て直し、乱入してきた瑠奈に向かってラウラは砲口を向けるが

 

「なに・・・・?」

 

引き金を引く指が止まる。

ラウラは先日と同じように瑠奈はゼノンで戦ってくると予想していた。

だが視線の先には先日とは違う機体を身にまとった瑠奈の姿があった。

 

腕や脚に装甲が追加したゼノンとは違い。肩、胴体に分厚くて赤い装甲が追加され、両手には大きなバスターライフルが握られていた。

 

エクリプス・(フェース)

格闘特化のゼノンに続き、射撃に特化したエクストリームの新たな形態。

 

「どうゆうことか説明してもらおうかな。ラウラ」

 

右手で持っていたバスターライフルを構え、瑠奈はラウラに殺意のこもった目線を送る。

 

 

 




評価や感想をお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30話 天才の妹

「お前には関係ないだろう」

 

瑠奈に銃を向けられているというのに、ラウラは静かな声で答える。

 

「これは私とイギリスと中国の代表候補生との戦いだ。おまえは関係ない」

 

「そんなことはない。君のISの武装を直したのは私だ。それに君は大きな過ちを犯した」

 

「なんだそれは?」

 

少し、間を置き、瑠奈は怒りの混じった声で話す。

 

「君は戦えない人間を攻撃した(・・・・・・・・・・・)。ドイツ軍は戦争が起こった時、戦えない民間人まで攻撃するのか?」

 

もう戦えない人間を攻撃する。

FPSでいう「死体撃ち」。

無力な人間に攻撃するのは、もはや虐待だ。

それを見逃すことはできない。

 

「いい加減にしろ!!。お前はそんな甘い考えで生きていくことができると思っているのか?敵は倒せるときに徹底的に潰す。それの何が悪い!?」

 

「それじゃ戦争じゃないか!」

 

ISは兵器ではなく、スポーツとして使われている。

それを一番わかっていなくてはいけないはずのIS操縦者がこんな考え方ではいけない。

こんな人間ばかりではISによって世界が終わってしまう。

 

その言葉を聞かず、ラウラは砲口を瑠奈に向ける。

 

「やるか・・・・?」

 

エクリプスを使うのは今回が初めてのため、まだ、武装の整備は不完全な状態になっている。

持っているバスターライフルがどれほどの威力かわからないため、なるべく使いたくないが、ゼノンの場合、AICに捕まったらそれこそ終わりだ。

最悪、ラウラを負傷させることも考えなくてはならない。

 

引き金の指に力を入れた、その時

 

『両者、戦闘を中止しろ!!』

 

アリーナに大きな声が響き、瑠奈とラウラの間に影が入り込んでくる。その影は

 

「教官・・・?」

 

「・・・・やれやれ、これだからガキの相手は疲れる」

 

千冬だった。

しかし、普段と同じスーツ姿でISスーツすら着ていない。だが、その手にはIS用接近ブレードを握られていた。

 

「模擬戦をするのは構わん。--がアリーナのバリアーまで破壊するような事態になられては教師として黙認しかねる。決着は学年別トーナメントでつけろ」

 

「教官がそうおっしゃるのなら」

 

素直にうなずき、ラウラはISの装着状態を解除する。

ラウラが装着状態が解除されても瑠奈は銃口を向けていたが、非武装な少女相手に、自分だけが警戒しているというのもなんだか馬鹿らしい。

続いて瑠奈も、エクストリームを解除し

 

「大丈夫?」

 

アリーナの壁際で倒れているセシリアに駆け寄る。

 

「す、すいません・・・・。こんな無様な姿を見せてしまい・・・・・」

 

「そんなのいいから。肩を貸そう」

 

「だ、大丈夫です」

 

そういい、セシリアは少し危なげな様子で立ち上がる。

どうやらISのエネルギーがぎりぎり残っていたらしく、鈴と違い、軽症で済んだようだ。

 

遠くにいる一夏の方を見てみると、シャルルと一緒に負傷した鈴の手当てをしている。

鈴は意識があるらしく、命に別状はないだろう。

そんな光景を見ていると

 

「瑠奈」

 

千冬が瑠奈に近寄り

 

「よく戦いを止めてくれた」

 

と褒めるが、瑠奈は返事をせず、代わりに『来るの遅すぎ』と千冬をひと睨みし、ふらついているセシリアを支えながら、アリーナを出ていった。

 

 

ーーーー

 

「・・・・・・」

 

アリーナでの戦いから、しばらく経ち場所は保健室。

そのベットの上で体中に包帯を巻いた鈴がむっすーとした表情で寝っ転がっていた。

 

「別に助けてくれなくてもよかったのに・・・・・」

 

「そんなことを言うものではありませんよ」

 

と鈴の隣で椅子に座っていたが注意する。

セシリアは鈴と比べて怪我はなく、異常もなかった。

これも最後までブルーティアーズがセシリアを守り続けてくれたおかげだろう。

 

「あの時、助けてなかったら腕や脚一本ぐらいはなくなっていたかもよ」

 

セシリアと鈴に飲み物を買ってきていたシャルルと一夏に加え、職員室で事情聴取を受けていた瑠奈が保健室に入ってきた。

事情聴取といっても瑠奈は質問に対し、「知らん」「ラウラから聞け」の二者一択の返答を返していただけだが。

 

「ふんっ。別にあんたたちの助けなんていらなかったわよ!」

 

「まあまあ、ウーロン茶でも飲んで落ち着いて」

 

ラウラにあれだけコテンパンにやられて気が立っているのだろうか。

シャルルから差し出されたウーロン茶を鈴は乱暴に受け取る。

 

「ほら、セシリア。君には紅茶を」

 

「あ、ありがとうございます」

 

なぜか、セシリアに至っては顔を赤くしながら瑠奈から紅茶を受け取る。

顔が赤いことに瑠奈が?マークを浮かべていると

 

ドドドドドッ・・・・!

 

地鳴りのような音が聞こえてきた。

しかもその音がだんだん大きく、近づいてきているような気がする。

何か危険な気がし、保健室から出ていこうと扉に近づいた瞬間

 

ドカーン

 

「織斑君!!」

 

「デュノア君!!」

 

「小倉さん!!」

 

大きな音を立て、ドアを吹き飛ばされ、十数人の生徒が保健室に雪崩れ込んできた。

大人数で来るなとは言わないが、せめて静かに入ってきてほしい。

 

「な、なんだ!?」

 

「ちょ、みんな落ち着いて!?」

 

「「「これをみて!!」」」

 

状況が理解できていない一夏やシャルルに入ってきた生徒一同は持っていた学内の緊急告知を見せつける。

瑠奈も近くにいた生徒からプリントを借り、内容を見る。

 

『今月開催する学年別トーナメントでは、より実践的な模擬戦闘を行うため、二人組での参加を必須とする』

 

つまり、学年別トーナメントではペアでの参加が義務付けられたという意味だ。

 

「私と組もう、織斑君!」

 

「私と組んでデュノア君!」

 

「小倉さん、ぜひ私と!」

 

瑠奈と一夏とシャルルに、どこぞの小道のように、たくさんの腕が襲う。それはもう魂が持っていかれるのではないかと心配するほどに。

 

「え、ええっと・・・・・」

 

誰かと組まなくてはいけないということは女であるシャルロットにとってはかなりまずいことだろう。

ペア同士ということは、多くの時間を過ごすということになる。

つまり、性別がばれる危険が大きくなる。

シャルロットは自分と共犯者である瑠奈に「僕と組んでっ!!お願いだからーー」と視線を向けるが、瑠奈はぷいっと視線を逸らす。

 

シャルロットの表情がいい感じの絶望の色に染まり始めたとき

 

「悪いな。俺はシャルルと組むから」

 

その声で、一気に女子軍が沈黙する。

どうやら男同士(見た目は)のペアということで納得してくれたようだ。

 

「ちょっと待ちなさいよっ!!」

 

皆が沈黙している中、鈴がベットの上で傷ついている体に鞭を打つようにして起き上がる。

 

「一夏は、あたしと組みなさいよっ!」

 

「鈴さん、安静にしていてください」

 

怪我をしている体で、無理をしてほしくない。

切断とまではいかないが、リアルで1週間ほど笑ったり泣いたりできなくなるかもしれない。

 

「無理ですよ」

 

と声がし、振り返ると、扉の入り口に真耶が数枚の書類を持って立っていた。

 

「鈴さんのISはダメージレベルがCを超えています。この状態で出場したら、重大な欠陥や欠損を引き起こす可能性ができます。セシリアさんはエネルギーが尽きただけで大きな被害はありませんでしたが・・・・」

 

「うっ・・・・、ぐっう・・・・」

 

どうしようもない現実を突きつけられて、鈴はうなだれる。

やはり、ラウラにやられっぱなしというのは鈴の性に合わないのだろう。

みんなが鈴を慰める目線を向けていると

 

「あっ、そうだ!」

 

誰かが思い出したように声をあげる。

 

「小倉さんは誰と組むの!?よかったら私と・・・・」

 

そういい、瑠奈がいた場所に視線を向けると、なぜか瑠奈の姿はなく、代わりに保健室の窓が一つ、人が一人出られそうなぐらいの大きさで開いていた。

 

ーーーーー

 

さて、どうしよう。

廊下を歩きながら、瑠奈は学年別トーナメントのことを考えていた。

こうなった以上、普段からペアになろうと、しつこく付きまとわれるようになるだろう。

瑠奈はIS学園で屈指の実力者だ。

つまり、誰でも優勝を狙うことができる。イレギュラーであり、ジョーカー的存在だ。

それを狙う生徒は多くいるだろう。

勝負で重要なのは勝ち負けではないと思っているが・・・・・。

 

「瑠奈っ!!」

 

深刻な問題で頭を悩ましていると、背後から大きくて元気のいい声が響いた。

振り返るとそこには

 

「何か用かな?箒」

 

一夏の幼馴染である箒がいた。

背中には竹刀が収納されているリュックを背負っているところを見ると、一夏の訓練をしにいくところだったのだろうか?。

 

「聞いたのだが、ラウラのISをお前が直したというのは本当か!?」

 

一体どこから聞いたのだろうか。あのラウラがそんな情報を漏らすとは思えないが・・・・・。

 

「武装だけだけどね」

 

「やっぱりか!頼む、私に専用機を作ってくれ!!」

 

「断る」

 

なぜ、武装を直せるというだけで専用機が作れるという結論に達するのだろうか。

それに

 

「私は君に専用機を作る理由がない」

 

「待て!理由ならあるぞ!私は篠ノ之束の妹だ」

 

「だから何だ」

 

瑠奈のその一言で箒は凍り付く。

その表情は自分の目論見が外れたときの表情だ。

どうやら箒は「束の妹」という称号だけで自分の思い通りになると踏んでいたようだ。

 

「ここではその一言でたいていの人間は言いなりになるかもしれないが、私は違う」

 

そういい、箒につまらないものを見るような目を向ける。

いや、家族の権力に寄生している人間をみていればこのような目にもなる。

 

「頼む、私はどうしても一夏の力になりたいんだ。そのために、どうしても私には専用機が必要なんだ!」

 

ISのコアに、製作費、装甲の製造。いろいろ問題はあるが、一番疑問に思うことがある。それは

 

「もし、一夏の力になりきれず、一夏が死んだ場合(・・・・・・・・)、君はどうする?」

 

「そうなったら・・・・・・私はもうISに乗るのはやめる」

 

「甘ったれるなっ!!!」

 

瑠奈の怒声が廊下に響く。

放課後だけあった廊下にはそこそこの生徒がいたため、周囲にいた生徒たちは一斉に瑠奈や箒に視線を向けているが瑠奈はそんなことを気にせずに話し続ける。

 

「君はそうやってISを手放しただけで終わりかもしれないが、周囲の人間はどうなる。身勝手に力をつけた人間の身勝手な事件や事故に巻き込まれる。いい迷惑だろうね」

 

「なんだと・・・・・」

 

大切な人を守りたいという思いを『身勝手な力』と言われ、瑠奈に言いたい放題にされている箒の眉間にしわが寄せられる。

そして次の瑠奈の一言で箒の堪忍袋の緒が切れる。

 

「そんなに専用機がほしいなら、大好きなお姉さんにねだってみればいいじゃないか」

 

「うるさいっ!!」

 

気が付いたら箒は背負っていたリュックサックから竹刀を抜き取り、瑠奈の左頬を思いっきり叩いていた。

瑠奈としてはよけることができたのだが、自分の愚かさを自覚させるためには、罪を犯させるのが一番いい。

 

剣道日本一の実力を持つ箒の太刀筋はやはり鋭く、瑠奈の口角から血が流れていた。

この痛みだと歯の根元が数本吹き飛ばされただろう。

 

「あ・・・・す、すまないっ!」

 

冷静さを取り戻し、自分のおかしてしまった失態に気が付いた箒は治療しようと手を伸ばすが

 

「触るな」

 

冷たい言葉を放ち、箒の手を拒む。

口元を触ってみると、触った手が血で真っ赤になっていた。これは保健室に行った方がいいだろう。

 

「直情でいちいち怒りを顔に出す、単純、沸点が低い、感情抑制もできない、正直に言って論外」

 

普段の箒なら怒っていたが、図星を突かれていることと殴ってしまった後ろめたさからなのか黙って聞いていた。

 

「あと、自分は條ノ之束の妹だということをあまり公言しない方がいい」

 

「え・・・・なぜ?」

 

「わからないのか?束博士はISを作った張本人。この世を歪めた人間。君は女尊男卑の世界を作った元凶となる人間の妹だ。君は街中を歩いていて男たちに強姦されようが殴られようが犯されようが文句の言えない立場にある。夜道を歩く時は気をつけた方がいい」

 

直情的な人間の相手は疲れる。

それだけいうと瑠奈は何事もなかったかのように歩いて行った。

 

瑠奈には家族がいない。

そんな瑠奈でも『篠ノ之束の妹』と言っている箒にはいくつかの疑問がある。

前にクラスで箒が篠ノ之束の妹ということがばれたときがあった。

その時箒は確かに言った。『私は姉さんとは関係ない」と

 

だが今ではそれを瑠奈に自慢している仕様だ。

これでは『家族は自分にとって都合に良い存在』のように見える。

これは篠ノ之家の問題で瑠奈が口を出すようなことはしないが、箒は()と、家族と、どのような関係でいたいのだろうか?

 

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31話 ペア決め

やばい・・・・執筆が進まない・・・・・


箒に負わされた名誉な負傷の手当てをするために瑠奈は、保健室に戻ってきた。

保健室に入ってみると流石に、ペアの申請をする生徒たちは居なくなっていた。

 

「えっと・・・ガーゼはどこにあるかな・・・・?」

 

薬品棚や引き出しを空き巣の常習犯のように漁っていると

 

「ちょっと!!ガチャガチャうるさいわよ!けが人が寝てるんだからもう少し静かに・・・・って瑠奈!?」

 

ベッドルームから全身包帯だらけの鈴がフラフラと危なっかしい様子で出てきた。

さっき、いきなり消えた瑠奈が保健室に戻ってきたことに驚いた様子だったが、それよりも驚いたのは

 

「どうしたのよ!?その口!!」

 

今の瑠奈の口周りは、箒に竹刀で殴られたせいで歯茎から出血した血が口からあふれ出て血だらけになっていた。

まるでちょっと殺ってきたドラキュラ状態だ。

 

「ちょっと階段で転んで」

 

「すぐにわかる嘘をつくんじゃないわよ。とりあえず、血をふいてあげるからそこの引き出しにあるガーゼを濡らして持ってきて。あと少し頬がはれてるから氷も」

 

「ありがとう」

 

鈴が指さした引き出しからガーゼを数枚抜き取り、袋に氷を入れ、寝ているベットに椅子を寄せる。

 

「あんたも怪我とかするんだ」

 

「生まれて一度も怪我をしたことのない人間なんていないと思うけどね」

 

代表候補生はISの操縦のほかに、手当てや医療関係も学んでいるらしい。

最近の代表候補生は随分とハイスペックだ。

 

「ほら、動かない」

 

血をふき取り、氷を頬に当てて冷やす。

迅速に、丁寧に、そして優しく手当てをしていく。

 

「ありがとう、助かった」

 

「気にしないで。私にはこれしかできないから・・・・・」

 

そう時間もかからず、手当ては終了する。

手当てが終了すると、鈴は力尽きたようにベットに横たわる。

やはり、学年別トーナメントに参加できないのが心残りなのだろうか。

 

「やっぱり悔しい?」

 

「それは悔しいわよ。せっかく一夏と組めるチャンスだったのに・・・・・・」

 

そういい、鈴は苦笑いを浮かべる。鈴も代表候補生という立場の人間だ、それなりの意地やプライドがある。

 

「そう・・・・・・ごめん・・・・・」

 

「なんであんたが謝るの?」

 

「実はラウラのISを直したのは私なんだ。私がISを直さなければこんなことにはならなかった」

 

それを聞いて鈴は何とも言えない視線を瑠奈に向ける。

瑠奈はあまり人と関わらずに生きていたため、その視線が何を意味しているのかはわからない。

おそらく、なにか悪口や罵る言葉が出るのだろう。

そう思い、覚悟を決めて、歯を食いしばると

 

「すごい・・・・・」

 

「え?」

 

「あんた戦闘だけじゃなく、整備もできるの!?すごいじゃない!!」

 

目をキラキラさせた鈴が瑠奈に食いついてきた。

瑠奈としては、自分がけ怪我人ということを忘れないでほしい。

 

「怒らないの?」

 

「まぁ、ちょっと怒っているけど、一番の原因は力不足だったあたしだったわけだし・・・・・」

 

「てゆうか何でラウラと戦うことになったの?」

 

「まあ・・・・・ちょっとね・・・・・」

 

鈴は、顔を逸らし、お茶を濁す。

本当に何があったのだろうか?

別に瑠奈としてはどうでもいいことだが。

 

「お詫びとしてはなんだけど、今度ISの軽い整備をさせてもらってもいいかな?」

 

「本当?ありがとう。国からも小倉瑠奈の技術や能力を知りたがっているし。なんならこのまま中国に来てもいいわよ」

 

「まあ・・・・・考えておくよ・・・・」

 

ここで断固拒否をしても印象が悪くなるだけだ。

「じゃあね」と言い、椅子を立ち保健室を出ていった。

 

ーーーーー

 

「ミャァン」

 

「やあ、元気だった?」

 

部屋に戻ると、わが愛猫サイカが出迎えてきた。

瑠奈はあまり部屋に帰ってこない。

そのため、サイカとの交流が薄くなりがちなのだが、どうやら相手は瑠奈のことを覚えてくれていたようだ。

そこそこの遊びをして、瑠奈はベットに座り込み、パソコンを取り出し、電源を入れる。

 

目的はエクリプス・(フェース)の調整だ。

今日は緊急時であったため、不完全な形で出撃することになったが、エクストリームはまだまだこんなものではない。

 

バスターライフルに肩に装備するブラスターカノン、ビームサーベル、切り札の強襲用オプションパック。

まだまだやるべきことがある。

そのことを考えると軽く口角が上がってくる。

そんな自分に心の中で苦笑いしていると

 

トントン

 

ドアがノックされる。

一瞬、ルームメイトの簪かと思ったが。自分の部屋に入るのにノックをする人間などいないだろう。

 

「はい」

 

返事をし、ドアを開けるとそこに立っていたのは

 

「お取込み中でしたか?」

 

「そんなことはないけど・・・・・」

 

セシリアだった。

部屋には教師陣がくることは多々あったが、生徒としての来客は初めてかもしれない。

 

「ちょっとお時間をよろしいでしょうか?」

 

「いいけど・・・・・とりあえず中に入って」

 

部屋の中に入れ、適当なところにセシリアを座らせる。やはり、貴族でだけあって、セシリアは礼儀や作法ができている。

 

「何か用?」

 

「はい・・・・瑠奈さん、学年別トーナメントがもうすぐありますよね?」

 

「そうだね」

 

確か、今月の末にあるとプリントに書いてあったような記憶がある。

生徒たちはISの練習やペア探しなどで頑張っているようだが、瑠奈も出るようにと千冬から言われており、頭を悩ましていたところだ。

 

「お願いです!わたくしと組んでいただけませんか!?」

 

「なぜ?」

 

別にセシリアと組むことが嫌だとは感じていない。

ただ、何も理由もなくて「組もう」と言われては警戒心が出てくる。

 

「そ、それは・・・・・・言わなくてはいけませんか?」

 

「君と組むか組まないかは、その理由によるね」

 

この状況は受験や就職の面接と同じだ。

「相手が瑠奈だから」という相手側に立った回答ではなく、「自分が~だから、瑠奈と組みたい」という風に自分側からの回答をしなくてはならない。

 

瑠奈と組もうと言ってくる生徒のほとんどは「相手が瑠奈だから、優勝できる可能性がある」や「有名な小倉瑠奈と組んで自分も有名になりたい」といった理由がほとんどだ。

そんな人間に自分の背中を任せることなどできない。

それと同じように、セシリアはどんな滑稽な言い分を述べてくれるのだろうか。

期待しないで返答を待っていると

 

「る、瑠奈さんはわたくしに言ってくれましたよね?今日「素晴らしい試合だった」と」

 

「言ったね」

 

ラウラとの試合の時、潰れそうだったセシリアに言った言葉だ。

実際、セシリアはよく戦えてた。

対ビーム装甲のラウラのISを相手に互角以上の試合をしていた。

 

「その試合ができたのは瑠奈さんのおかげです。だからお礼がしたかったのですけど・・・・・・・わたくしでは瑠奈さんの望む物や事はできませんから・・・・せめて、学年別トーナメントでペアを組んで、優勝してISを教えてもらったお礼がしたいんです!」

 

後半は声のトーンが大きくなっていき、最後は半ば叫ぶような声の大きさになっていた。

この返答は瑠奈としては困る返答だ。

セシリアを放課後、ISを教えていたのは義務でもなければ責務でもない、ただの暇つぶしに過ぎなかった。

気まぐれで起こした行動に、真剣にお礼をされたら、なんか申し訳ない気分になる。

 

「はあ・・・・・・」

 

自分の予想していた返答とは180度違ったことに、軽いショックや戸惑いを受けながら、考える。

セシリアと組むべきだろうか。

返答は、相手側からではなく、自分側だった。

練習中、何度もセシリアの腕や動きは見ているから、コンビネーションを取りやすい。

代表候補生のため、実力は折り紙付きだ。

 

 

認めたくないが、断るメリットがない。

 

「わかった。ペアの申し出を受けよう」

 

「本当ですか!?それではこことここにサインを!」

 

ポケットからペア申請のプリントをだし、瑠奈に突き付ける。

別に今、サインをする必要はないと思うが、セシリアとしては確実に今ここで瑠奈をおさえておきたいらしい。

 

セシリアは自分と瑠奈のサインが書いてあるプリントを見て、満面の笑みを浮かべている。

瑠奈もこんな笑い方ができる頃があったのだろうか。

 

「あ・・・・・お客さん?」

 

瑠奈が思い老けていると、簪が部屋に帰ってきた。

 

「大丈夫、もう帰るから」

 

その言葉に同調するように、セシリアは立ち上がり、

 

「それでは、また明日に瑠奈さん♪」

 

気分がよく、ノリノリな感じで出ていった。

なんだが面倒なことになったような気がするがまあ、いいだろう。

 

その時、サイカが「にゃぁ」と腹が減ったと合図を出したので、瑠奈は近くにあったキャットフードの袋に手を伸ばした。

 

ーーーー

 

「小倉瑠奈!!」

 

最近、人と関わる機会が多い気がする。

やはり、学年別トーナメントという大きな行事があるからだろうか。

 

「なんだいラウラ?」

 

朝、朝食を食べようと食堂に向かうと、食堂の入り口で仁王立ちのラウラと遭遇した。

何とか人混みに紛れて、入ろうとしたのだが、あっけなくばれて入り口をふさがれる。

 

「私とドイツに来てもらうぞ!!」

 

そして、朝っぱらからラウラの我儘を聞かされる。

 

「話が見えないんだけど」

 

「先日、お前に修理してもらった私のISをわが祖国の技術者に見てもらったところ、好評でな。勧誘して来いと言われた」

 

今、ラウラがしていることは勧誘より、拉致に近い気がするが、本人はどうでもいいことなのだろう。

 

「だから、教官と一緒に私とドイツに来てもらう。そしてお前の血統をわが祖国に捧げてもらうぞ」

 

さあて、とうとうラウラが何を言っているのかわからなくなってきた。

会って数日の相手に、お見合いの話をするなど無礼者をこえて怖いもの知らずの領域に達している。

 

「ドイツで結婚相手を見つけろっていう意味?」

 

「そういうことになる。だが、心配しなくていい。わがドイツ軍の兵士は優秀だ。お前が気に入る相手もすぐに見つかるだろう。とりあえずこれを渡しておこう」

 

そういい、ラウラは数枚の書類を瑠奈に手渡す。

受け取り、見てみると

 

「あ、あの・・・・・・これは?」

 

「ドイツ兵の戦績プロフィールだ」

 

書類にはたくさんの男性の顔写真が載っており、その写真の下には、『---年入隊、射撃コンテスト~位』といった、プロフィールというより、戦績や履歴書のような内容だった。

 

「私個人としてはこいつがおすすめだ。軍籍は高いし、能力も悪くない。それに常に自分を高めようと努力も怠らない」

 

「あの・・・・冗談でしょ?」

 

最後の可能性を信じ、挽回の余地をラウラに与えるが、その可能性は消された。

ラウラは懐から一枚の紙を取り出すと、瑠奈に見せつける。

内容は

 

『ドイツとIS学園との人材取引の詳細』

 

細かく、その内容がその下に書かれてあったが、そんなこと頭に入ってこない。

ご丁寧にその書類にはクラリッサという、お偉いさんらしき人間の筆跡まであった。

この書類が表している真実はただ一つ。

 

この話はラウラ、ドイツ軍だけではなく、ドイツと日本にかけて大きな取引になっているということだ。

 

まずい。これはかなりまずい。

この話をなかったことにすることは簡単だ。

瑠奈が日本から姿を消せばいい。

 

だが、それほど日本に思い入れがあるというわけではないが、そんなことはしたくない。

それ以前に、取引をドタキャンされたら、一気に日本とドイツの関係が険悪になる。

同じ国家である以上、それは避けたい。

 

かといってやすやすとドイツに行ってドイツ兵の妻?になったら、それこそ修羅場になる。

これからも360度周りが敵だらけの状況で正体を隠し続けなくてはならないとしたら、困難以前に不可能だ。

しかも男だと正体がばれたときは、何をされるか想像もしたくない。

 

つまり、瑠奈はどちらをとってもジョーカー(間違い)しか待っていない。

 

(まずい・・・・どうしよう・・・・)

 

これほどまでに追い詰められたのはいつ以来だろうか。

ラウラは『なにを、迷っているんだ?』といった表情を瑠奈に向けている。

それほどまでに彼女は愛国心(パトリオット)があるらしい。

素晴らしいことだと思うが、今の瑠奈にとっては障害以外の何でもない。

 

「えっと・・・・あっ、そうだ!!」

 

焦るあまり、瑠奈はこの状況で最悪で大きな間違いの返答をしてしまう。

 

「私は同性愛者なんだ!」

 

「ほうぅ・・・・」

 

この話をうやむやにしようとした言い分だが、効果はあったようだ。驚いた様子で、大きく目を見開いている。

 

「だからこの話はなしで」

 

心の中でガッツポーズをし、食堂に向かおうとしたとき

 

「大丈夫だ。安心しろ」

 

再び、瑠奈を絶望が襲う。

 

「我がIS部隊、シュヴァルツェ・ハーゼの同士がお前の面倒をみよう。なんなら、私がお前をもらってもいい。お前には個人的に興味があるからな」

 

最後に言ったことは聞かなかったことにしよう。

どうやらこの話を消すことは不可能だ。

だったら

 

「わかった。その話を受けてもいい」

 

「ほんとうか!?」

 

「ただし、条件がある。今月下旬にある学年別トーナメントで私に勝つことだ」

 

「ほう、なかなかいいことを言うな」

 

ラウラは目を細め、鋭い目つきになる。

 

「もし、君が勝ったらドイツでもドイツ軍でも好きなところに連れていくといい。私が勝ったらこの話を考え直してもらう」

 

「その言葉に二言はないな?」

 

念押し、ラウラはその場を去った。

ドイツにいる同士にでも報告しに行ったのだろうか。

 

さて、これでラウラとの試合は負けられなくなった。

負ければ、無期限の地獄の花嫁修業が待っている。

そんなもの、死んでも受けたくない。

 

とりあえず、朝食を食べたい。

瑠奈はラウラが塞いでいた通路をゆっくりと歩き出した。

 

ーーーー

 

「小倉瑠奈の捕獲はどうなっている?」

 

暗い部屋での六人ほどの人間が会議用と思われる大きなテーブルを囲い話していた。

内容は『小倉瑠奈の捕獲、およびその機体の確保』

この人間たちは、世間の企業のように機体だけを求めているのではなく、瑠奈の身柄も確保するのも目的だ。

 

己の欲を満たすには、小倉瑠奈と世界最強の機体(エクストリーム)という二つの生贄が必要としていた。

 

「計画の実行はレポティッツァ(美女)が担当していたはずだが、どうなっている?」

 

「それはもうすぐ完了します」

 

話しているところに、部屋のドアが開き、名前に恥じぬ、可憐で美しいビジネススーツをきた女性が入ってきた。

レポティッツァーーーーそれが彼女のコードネームだ。

 

「今月の末に行われる学年別トーナメントで小倉瑠奈の身柄を確保します」

 

「今度こそ出来るのか?」

 

クラス対抗戦やプライベートの時間を使った作戦はすべて失敗している。

人員や予算的な問題はないが、あまりにも作戦が失敗しすぎると、向こう側が警戒し、作戦の成功はさらに困難になる。

 

「大丈夫です。今度こそ成功させて見せましょう。それよりもわかっていますよね」

 

「ああ、成功したら小倉瑠奈の身の管理はお前に一任するだったな」

 

「覚えておいででしたか。それでは私は作戦の準備があるので失礼します」

 

静かに扉を閉め、レポティッツァ(美女)は部屋から出ていった。

 

 

 

「はあ・・・・・」

 

歩きながらレポティッツァはため息をつく。

 

権力に寄生している人間の相手は疲れる。

自分にはまともな能力も才能もないのに、余計なプライドや我儘を突き通し、この世を不幸にしている害虫が。

だが、彼は違った。

 

あの黒くて暗い牢屋の中、周りの人間が絶望に染まり、枯れていく中、自分に殺意と闘志を向けてくる人間。

彼は今まであった人間の中では全く違う色を放っていた。

 

彼を知りたい。彼を手に入れたい。

そんな独占欲が自分の中で渦巻いてくる。

 

彼を手に入れたら、どうやって自分を求めるように教え込んでいこう。

そのことを思うと気持ちが高まってくる。

まるで明日、自分の誕生日を迎える子供のように。

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32話 試合開始

夏休みが終わってしまいましたが、グダグダとやっていきましょう。


「教官の授業をさぼるとはいい度胸だな」

 

午後、瑠奈が授業をさぼり、屋上の芝生で寝そべり、読書をしていたら、背後から苛立ちと怒りが混じった声が聞こえた。

 

「何をそんなに怒っているんだい?井上麻里奈さん」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ!何度も間違えるな!」

 

冗談でラウラの気をなだめようとしたんだが、どうやら火に油を注ぐ結果になってしまったらしい。

 

「まあ、そう怒んないで、座りなよ」

 

瑠奈は、自分の隣をパンパンを叩き、ラウラを自分と同じように座るように促す。

 

「教官からお前を連れ戻して来いと言われているのだが・・・・・・」

 

「私を連れ戻すことなんていつでもできる。私は君とはこうやって一度ゆっくり話してみたいんだ。君を知りたい。時間を無駄にはさせない。どうかな?」

 

「そ、そうか・・・・・じゃあ、失礼して・・・・・」

 

『君を知りたい』と言われ、少し戸惑った様子をしながら、ラウラは瑠奈の隣にゆっくりと腰を下ろした。

 

瑠奈はIS学園では『授業をさぼっていて、自分勝手な不良学生』と言われているが、ラウラには、そう思えない。

確かに、いい加減なところはあるが、人との約束は守るし、ISという大きな力を持っているのに、うぬぼれることもない。

 

不思議な人間だ。

 

「授業には出なくていいのか?」

 

「今日は久しぶりにこんなにいい天気なんだ。こんな日に教室なんかにこもってちゃもったいない」

 

「出席日数はどうなる?」

 

「何とかなるさ。それよりラウラ。君はどうして代表候補生になったの?」

 

「我が祖国の栄光のためだな」

 

考えるような間もなく、ラウラは答える。

それは、瑠奈も分かっていた。

代表候補生という立場からすると、国のことを思ってなる人間がほとんどだろう。

だが、鈴のように大切な人と会うためにわざわざIS学園に来る人間もいるぐらいだ。

一括にはできない。

 

「そんな顔も見えないもののために頑張れるの?」

 

「それもそうだな。言い方を変えよう。教官のためだな」

 

「君は本当に千冬がすきだな」

 

「私を救ってくれた方だからな。感謝もするし、何らかの形で礼もしたいと思うのは当然だろう。お前は何のために戦っているんだ?」

 

「それは・・・・・・・」

 

その質問に瑠奈は黙り込んでしまう。

瑠奈には戦う理由がない。

ラウラのように尽くす国もなければ、セシリアのように守りたい場所(オルコット家)のなく、鈴のように大切な(一夏)もいない。

ただこの世をさまよっている死人に過ぎないのかもしれない。

それでも、強いていうなら

 

「償いかな・・・・・・」

 

「え?」

 

「何でもない。そろそろ教室に戻らなくてはいけないんじゃない?」

 

それを言うと、瑠奈は呼んでいた本を持ち、ゆっくりと立ち上がり、近くにあった屋上の手すりに足をかけ

 

「なにをしている!!危ないっ!」

 

思いっきり足で地面を蹴り、屋上から飛び降りた(・・・・・・・・・)

ラウラがあわてて下をのぞき込むが、そこには血だまりの死体はおろか、血痕一つない綺麗なコンクリートが広がっている。

 

不思議がりながら教室に戻ったラウラだったが、『瑠奈を連れてくる』という肝心の任務を忘れていたラウラに最愛の人物である千冬が脳天チョップが炸裂するのだった。

 

ーーーーー

 

六月も最終日に入りIS学園は週初めから学年別トーナメント一色になる。

なんとか、今日行われる学年別トーナメントまでに、エクリプス・(フェース)の調整は何とか終わり、こうしてベストコンディションで挑むことができる。

それとはほかに、セシリアの特訓やISをねだる箒への対応があったが。

 

「それにしても・・・・・すごい人ですね・・・・・」

 

隣にいたセシリアが驚嘆したかのように声をあげる。

会場は企業や政府関係者の人間で埋め尽くされていて、IS学園の会場係の生徒たちが忙しそうに東奔西走しているが、瑠奈も同じような苦労があった。

 

政府の関係者とらしき、人間が瑠奈を自分の管轄下に置こうと勧誘して来たり、脅迫らしきことをしてくる人間がたびたびいるからだ。

もちろん、全てお帰り願っているが、中にはしつこく食いついてくる人間もいるから迷惑している。

 

「とりあえず、トーナメント表を見せてくれる?」

 

セシリアは当日に配布されたプリントをポケットから取り出し、瑠奈に見せつける。

このプリントは、今朝、教室で配られたものだが、瑠奈は出席していないため、まだプリントを見てないのだ。

 

「へぇ・・・・面白い組み合わせだね」

 

Aブロックに瑠奈・セシリアペアとラウラの名前があったが、そのラウラのペアに箒と書かれていた。

おそらく、瑠奈に専用機のねだりに夢中になり、肝心のペアを探す時間を亡くしてしまったのだろう。

浅ましく、愚かな末路だ。あの曲者のラウラのペアを担うことになるとは。

 

「初戦からラウラと戦うことになるとはね・・・・・」

 

瑠奈にとっては好都合だ、不安の種は早めに摘んでおきたい。

その一方、一夏・シャルロットはBブロックで瑠奈と当たるのは決勝になりそうだ。

 

『それでは、第一回戦を行います。選手は第三アリーナに出場してください』

 

代表候補生のプライドと瑠奈の純潔をかけた、大会が始まった。

 

 

 

 

 

「昨日、わが軍にお前が妻になった時の要望をランキング形式で聞いてきた」

 

「ドイツ人ってのは気が早いね」

 

瑠奈・セシリア対ラウラ・箒の試合開始まで、20分ほどになり、アリーナの中央で各々がISの最終調整をしているとき、ラウラが思い出したかのように瑠奈に話してきた。

口調からすると、ラウラ自身は勝つ気満々だ。

 

「三位から順次に言っていくぞ。三位、自分をお兄ちゃん呼びにさせる、二位、裸エプロンで朝食作り」

 

この時点で、吐き気を催すぐらいに気持ち悪く、今すぐラウラの舌をねじり切りたがったが、肝心の一位を聞いていない。

正直聞きたくなかったが、好奇心というものだろうか、自然と耳を傾けてしまう。

 

 

 

 

 

「一位はご奉仕(尻で)だ。これはどうゆう意味だ?」

 

それを聞いた瞬間、頭をハンマーで殴られたような衝撃を瑠奈が襲った。それはもういやになるほど。

近くで話を聞いていたセシリアと箒は顔を真っ赤になっていた。

それはもちろん、ただの人妻だったら、どんなに甘い日々を送ろうと構わないが、瑠奈のようにいわくつきで、訳ありの人間がご奉仕(尻で)なんてして、正体がばれたらどうなるか。

 

間違いなく心と体に消えない傷を負い、部屋に引きこもる。そんなので喜ぶのはゲイぐらいだろう。

それだけにとどまらず国際問題になるかもしれない。

とにかくこの話のおかげで瑠奈の中に一つの譲れない夢ができた。それは

 

「ラウラ」

 

「なんだ?」

 

「絶対に負けないからなっ!!」

 

 

 

 

 

「・・・・・・・」

 

「・・・・・・・」

 

試合が始まるまで、あと、数十秒。アリーナが静かな緊張感を包み込む。

セシリアや箒も決して小さくない緊張感を感じていたが、お互いのペアであるラウラと瑠奈が放つ闘志と殺気は異常だ。

近くにいる人間だけでなく、アリーナにいる人間の誰もがそれを感じていた。

 

一年生最強のIS操縦者(ラウラ)VS未知の機体の操縦者(瑠奈)

学園の中でもどちらが勝つかの予想が行われていたが、結局五分五分で結論が出なかった。それほどまでに、この2人の実力が未知数なのだ。

 

何が起こってもおかしくない。

 

「すぅぅ・・・・・はぁぁ」

 

アリーナの中央で立っている瑠奈が大きく深呼吸をする。

今、身にまとっているのはエクリプスではなく、原型のエクストリームだ。勝負前から、自分のISの姿を見せていいことなど一つもない。

 

試合開始まで五、四、三

 

「全力をだそう・・・・・」

 

二、一・・・・・

 

ビィーーーーー!!

『試合開始!!』

 

その言葉を合図に、ラウラは砲口を瑠奈に向け、箒は訓練用ISの『打鉄』のスラスターの最大出力で一気に前に飛び出し、セシリアは相手と距離をとるため後方に大きく下がり、浮上する。

瑠奈は

 

「エクストリームっ!!!」

 

エクリプス・(フェース)へのチェンジを始める。

胴体、腕、肩に赤い追加装甲が出現し、ゼノンの眼帯とは違い、目元に覆い隠すかのように黒い装甲が追加される。

 

「消えろっ!!」

 

砲口から弾丸が発射されると同時に

 

「進化発動・・・・」

 

目元を覆い隠した装甲の隙間から赤い光が発せられた。

 

 

ーーーー

 

先制攻撃を成功させたのはラウラのシュヴァルツェア・レーゲンだった。

試合開始の合図と同時に瑠奈に向けた砲口から、大火力の砲弾がされる。

 

これはかわせる攻撃だ。

 

会場の人間はおろか、攻撃した張本人であるラウラもそう思っていた。

世間は瑠奈の機体の性能を注目していたが、瑠奈の戦いを近くで見ていた人間は瑠奈の圧倒的な身体能力を危険視していた。

 

射撃特化のISを操るセシリア戦で、被弾率0%という偉業を成し遂げたこともあるが、状況把握に、戦術予報、戦況把握などを瞬時で行う思考力。

 

ラウラやそれを知っているだからこそ、戦術より戦略で瑠奈を倒そうとしている。だが

 

「え?」

 

次の瞬間、会場に大きなざわめきが起こる。

命中した。

先制でラウラが放った砲弾が瑠奈に命中し、爆発が起こった。

 

しかも、命中してから数秒経つが、一向に反撃がない。

それはつまり

 

「勝ったのか・・・・」

 

ラウラの右前方の位置で佇んでいる箒が小さくつぶやく。

確かに、これだけ経っても攻撃がないのは終わってしまったと考えるのが普通だ。

アリーナの観客席にも、そう感じているらしく、失望の目を向けてくるものや、ため息を放つ者もいる。だが

 

「まだ終わっていない」

 

「まだですわ」

 

ラウラとセシリアは周囲とは真逆の思考をしていた。

この2人は瑠奈と戦い、セシリアは戦いを教えてもらった、だからわかる。彼が何かすると。

そう思った、次の瞬間。

 

「あぶないっ!!」

 

黒煙の中から、一筋のビームがラウラに向かって発射されてきた。

 

「ちぃっ!!」

 

いきなりの不意打ちで、若干の反応が遅れ、右足にわずかながらかすれるが、何とか横に跳び、かわす。

警戒していたからかわせたものの、箒のように完全に油断していたら、間違いなく直撃していた。

 

「まだ勝ったというには早いんじゃない?」

 

煙がはれると主武装らしきバスターライフルを構えた瑠奈が何事もなかったかのように佇んでいた。

それと同時に

 

「なんだ・・・これは・・・・」

 

ラウラのISのシールドエネルギーがかすったにしては多すぎるほど減っていることに気が付く。

その時、兵士であるラウラは気が付いた、前回の装備と今回の装備の相違点を。

 

ゼノンの装備は脚や腕などを中心に装備され、接近戦と機動性の二つの能力を重点的にあげていたのに対し、エクリプスは真逆の遠距離攻撃と装甲の防御力が高められている。

 

現に、前回砲弾が直撃した装甲は、わずかばかり傷ついていたのに対し、エクリプスの装甲は傷一つついてなく、赤い綺麗な装甲が広がってた。

 

圧倒的な射撃性能と強固な装甲、一見して無敵のように思えるが、当然弱点はある。

それはその強固な装甲だ。

装甲が強固になり、厚くなれば、当然のごとく重量は増えていく。

 

先ほどの先制攻撃もゼノンなら必ずかわすことができたが、瑠奈は攻撃をくらった(・・・・・・・)

いや、くらう方を選んだ(・・・・・・・・)と言った方がいいのかもしれない。

エクリプスはゼノンほどの機動性はない。

かわしきれる可能性はあったのかもしれないが、かわそうと横に飛んだ瞬間に、攻撃が直撃したら、大きく後方に吹き飛ばされ、態勢を崩して、出遅れる。

 

一夏だったら『やってみなくちゃわからない』といい行動に移るか、反射的にかわすだろうが、瑠奈はしなかった。

この機体(エクストリーム)の性能を理解し、適切な状況判断を下したからだ。

けして見くびっていたわけではない。それでも

 

「相手にとって不足はないな・・・・・」

 

そう来なくては面白くない。

今までの愉悦で歪んだ笑みではなく、純粋に、瑠奈との戦いを楽しむ戦士としての笑みをラウラは浮かべ

 

「行くぞ!man of valour(猛者)!!」

 

「全力で来い!proud soldier(誇り高き戦士)!!」

 

手の甲からプラズマ手刀を装備し、ラウラは恐れず、猛者(瑠奈)に突っ込む。

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33話 学年別トーナメントⅠ

つり乙では、個人的にルナ様とルミネが好きです。


「恐れずに向かってくるとは・・・・・素晴らしい闘志だ。それともエクリプスが遠距離型だと見破ったうえでの行動か・・・・・」

 

アリーナの中央でバチバチと攻撃的な音が響く。

 

ラウラのプラズマ手刀と瑠奈のビームサーベルがぶつかった音だ。

瑠奈の武装のほとんどは遠距離用の射撃武器であるため、近距離での戦いは得意ではない。

それに比べ、ラウラのISの武装は、いま瑠奈を攻撃しているプラズマ手刀に大口径リボルバーカノン、ワイヤーブレード。

 

「これで終わりだ」

 

それに加え、1対1では無敵の強さを誇るAICがあるため、今の状況はラウラにとって絶好のチャンスだ。

一度結界でとらえてしまえばあとは好きなだけタコ殴りにできる。

ラウラが手のひらを瑠奈に向け、AICを発動させようとしたとき

 

「なにっ!?」

 

突然、足元から強烈な風が地面の砂のスモークが巻き起こり、ラウラの目を潰す。

ラウラは気が付けなかったが、その煙はエクストリームの足部のスラスターから風を発生させ、起こったものだった。

 

「戦場で目をやられることは死を意味するね」

 

「なっーーー」

 

前から瑠奈の余裕な声が聞こえ、反応しようとしたとき、

 

「ぐぅッ!」

 

突然、腹部に強烈な圧迫感が加わり、大きく後方に吹き飛ばされる。

体勢を立て直したとき、前方から多数のミサイルが飛んできたが、AICで難なく止め、回避する。

瑠奈のあのAICのかわし方にラウラの中で大きな疑問が浮かんでくる。

もしかすると、AICの致命的な弱点を知っている?。

 

もし、弱点が知られているとしたら、ラウラが大きく不利になってしまう。

だが逆に、AICの停止結界の中に閉じ込めることができれば、勝ちは確定だ。

そのためには

 

「お前からだ!!」

 

上空で箒の相手をしているセシリアに向かってワイヤーブレードを放つが

 

「お前の相手は私だ!!」

 

上空を飛び交っているワイヤーブレードをバスターライフルで撃ち墜とす。

やはり、パートナーのセシリアを倒してから瑠奈をゆっくりと追い詰めていこうと考えていた自分が甘かった。

この勝負、勝つためには

 

「まずはお前を倒さなくてはッ!!」

 

 

 

 

 

この試合のイレギュラー同士が中央で激闘演じているなか

 

「くっ・・・・」

 

そのパートナー同士も決して軽くはない大きな戦いがあった。

 

「そこですわッ!!」

 

箒の打鉄の四方をブルーティアーズのビットを囲んでいき、思い通りに行動することができない。

打鉄の武装は接近装備しかないことを踏んだうえでの戦術だろうか。

瑠奈に教えられた戦術を用いて、うまい具合に箒の動きをおさえている。

 

セシリアのこの試合での役目は、『瑠奈とラウラを1対1の状態を維持させる』というものだ。

『箒を倒す』というものではないため、危険な賭けに出て攻撃する必要もなく、セシリアには大きな負担はかからないが、瑠奈の戦い方は無謀そのものだ。

 

 

AICの発動条件は『操縦者の集中力次第』という弱点に気が付いた瑠奈は、試合前の作戦会議で『自分がAICに捕まっても助けなくていい』と衝撃的な発言をセシリアにした。

 

当然のごとく、反論し理由を聞いたが『私を無理に助けようとして、君までやられては困るから』といい一切聞き入れてもらえない。

 

決して自分に自信がないわけではないが、この試合(ラウラと箒)に対して、一番重要な存在は瑠奈だとセシリアは思っている。

この勝負、勝つためだったら、自分を使い捨ててもらっても、盾にしてもらっても構わないと思っていたが、それを話したら、『危なくなったら、箒も私が引き受ける』と180度違う返答を言われた。

 

(もう少し、わたくしを頼ってくださってもよろしいのに・・・・・)

 

だが、それより気になるのは無敵のAICをどうやって破るかだ。

一度ラウラと戦っている身としては、どうしても一人での攻略法が思いつかない。

だが、彼女なら、瑠奈ならなんとかしてくれる。

いままで自分の予想を超えてきた瑠奈なら、不思議とそう思っている自分がいるのだ。

 

 

ーーーー

 

AICの射程内に入らないように、ラウラと一定の距離を保ちながら戦うが、当然この戦い方にも限界がある。

 

「とうとう捕えたぞッ!!」

 

空中を飛び交う黒い蛇のようなワイヤーブレードが右腕に巻き付き、距離が取れなくなる。

 

「まだまだッ!!」

 

右腕が巻き付いてもエクリプスのバスターライフルは二丁銃だ。左腕のバスターライフルで構えようとするが

 

「おそいぞ!!」

 

もう片腕もワイヤーブレードに巻き付けられ、完全に身動きが取れなくなる。

そのままワイヤーを巻き取られ、徐々に距離がつめられていく。

 

「瑠奈さんッ!!」

 

「セシリア!!君は箒の相手だ!!」

 

「でも・・・・・」

 

「いいから!!」

 

ここでこの体制が崩れたら総崩れになる。

そう言い、セシリアを抑制したが、これはまずい状況だ。

ゼノンが破れなかったものをエクリプスで攻略できるとは当然、思っていない。

一応エクリプスにもビームサーベルがあるが接近戦は不得意だ。

 

「終わりだな」

 

AICの射程距離内に入ったことを確認すると、ラウラはゆっくりと手のひらを瑠奈に向けてAICを発動させる。

 

(勝った!!)

 

AICに捕まったらもう逃れる方法はない。

勝利を確信した笑みを浮かべ、AICが瑠奈の右腕を捕えたとき

 

「甘いぞッ!!」

 

突然、胴部の装甲を開くと、そこからミサイルが飛んだしラウラを吹き飛ばす。

 

「なにッ!?」

 

今AICを発動し、完全に動きを止めたはずだ。

それなのになぜ動ける?。

AICが発動しなかった?いや、今完全に発動を確認した。

 

(なぜ・・・・・、なぜだ・・・・・)

 

『AICを破られた』という今起こった確かな現実がラウラに突き付け、困惑する。

完全な武装、無敵な兵器

それが攻略された、こんなにもあっさりと。

 

会場の観客も信じられないというように、ざわざわと騒々しくなる。観客も無敵と思われていたAICを破られたことに驚嘆しているようだ。

 

 

AICと慣性停止結界を作り出し、対象の動きを完全に止める。一度捕まったら、操縦者がAICを解除するまで、指先一本動かすことができない。

これだけ聞くと無敵に聞こえるーーーいや、AICという武装は無敵かもしれない。

 

だが、操縦者に対しては弱点はある。

それは操縦者の集中力でAICが発動するということ。

やっと対象を捕まえたとしても、別の人間に攻撃を受けて集中力が切れたらAICが解除されてしまう。

 

普通の人間はこの弱点を突き、戦っていくだろう。

現にこの学年別トーナメントは2人組で出場する競技だ。捕えられたとしても、そのパートナーが攻撃すれば助けられる。

 

だが、瑠奈は一人でAICを発動しているラウラを攻撃し、打ち破った。

その方法は操縦者の弱点を突くのではなくAICの弱点を突くものだった(・・・・・・・・・・・・・・)

 

AICは操縦者の集中した部分から結界が発生し、そのまま対象の全体に広がっていき、動きを止める。

前回のゼノンの例をとってみれば、殴ろうとした拳にAICを発生させ、それから体全体に広がらせて動きを固定する。

 

それは裏返せば、AICを発生させてから対象を完全固定させるまでの『若干のタイムラグ』があるということだ。

ならば、その時間を使ってラウラを攻撃し、集中力を途切れさせればいい。

幸いなことに、AICの射程距離内からは、十分に命中させられるし、ラウラはAICを発動させている間は動くことができないため、いい的だ。

 

言葉にするのは簡単だが、誰にでもできる作戦ではない。

結界が広がるまでの『若干のタイムラグ』といっても時間とは言い表せないほどのコンマ数秒といったほどの瞬きをすれば終わってしまうほどのわずかな時間だ。

 

当然、捕まってから攻撃をするのでは間に合わないし、武器を構える時間もない。

攻撃のタイミングが早すぎた場合、十分に引きつけられず逃げられてしまい、遅すぎた場合はAICに捕まってしまい本末転倒になってしまう。

そのため瑠奈は、『ラウラはAICで自分を仕留めるつもりでいる』、これは裏返せば『接近したら必ずAICを使ってくる』ということを読み、胸部のミサイルハッチを自動発射にし、ラウラに近づいた。

 

 

これはISでもなくAICの弱点でもない、ラウラ・ボーデヴィッヒの『AICに頼りすぎている』弱点を突いた作戦でもある。

 

「ラウラ!何をしている!逃げろ!」

 

箒の叫びが耳に入ってこないほど、『AICが破られた』という真実はラウラの心に大きな衝撃を与えた。

そんな状態で試合に集中できるはずもなく

 

「隙だらけだッ!!」

 

あっさりと接近を許してしまう。

バスターライフルを投げ捨て、ビームサーベルの二刀流で瑠奈はラウラに斬りかかる。

 

「なぜだ・・・・・・、なぜだ・・・・・・」

 

なぜAICが破られたのかの理解もできないラウラは一方的に攻撃を受け続ける。

人間とは台本(シナリオ)があればいくらでも演技することができるが予想外の出来事が起こると素で反応してしまうという特性がある。

さっきの試合開始と同時に出現したエクリプスも『なにかしてくる』という予想があったから、冷静に対処することができた。

 

だがラウラはAICがやぶられるという予想をしなかったいや、できなかったという方が正しいだろう。

それほどまでにラウラはAICを無敵の力だと信じて疑わなかった。

その結果がこれだ。

自身の自信とプライドがへし折られ、何もできない自分。

 

「このままケリをつける!!」

 

放心状態のラウラを一方的に攻撃している瑠奈は一切の攻撃の手を緩めない。

 

ピーーー  ピーーーー

 

エネルギーの減少を伝える警告音がラウラの耳にも聞こえてくるが、プライドを打ち砕かれた今の状態ではなんの意味もなさない。

 

「落ちろッ!!」

 

エネルギーが微量の量まで減少し、とどめの一撃を食らわせようとビームサーベルをラウラに振りかざしたとき

 

ガキィ!!

 

「え?」

 

ラウラの右腕が瑠奈の手首をつかみ、斬撃を停止させる。

この状態で一瞬で自我を取り戻したのかと思ったが、なぜか攻撃を防いだラウラも驚くように目を見開いている。

不自然だった。

腕を動かしたというより、腕が自動的に動いた(・・・・・・・)というようにラウラは感じていた。

 

「なんだ・・・・これは・・・・・」

 

動いた右腕を不思議そうに見てみると、なぜか黒いプラスチック(・・・・・・・・)のような不自然な物体がへばりついていた。

プラスチックといってもうねうねと動いてるスライムのようなもので、明らかにシュヴァルツェア・レーゲンの装甲ではないことがわかる。

 

何かと手を伸ばし、取ろうとすると

 

「なっ、なんだ!!」

 

当然、その物質はブクブクと増量し、ラウラの腕に勢いよく広がっていく。

 

「くっ!」

 

何かの危機を感じ、瑠奈は掴まれている手首を振りほどくと、ラウラと距離をとる。ラウラの体を黒い物質は瞬く間にラウラの全身を覆い尽くしていく。

中からラウラらしき人物の悲鳴が聞こえてくるが、今何が起こっているのかわからないこの状況では手の付けようがない。

 

「なんですの・・・・あれは・・・・・」

 

瑠奈と同じように危険を感じ取った各々のパートナーである箒とセシリアが瑠奈の近くに駆けつけてきた。

2人も瑠奈と同じように驚嘆と戸惑いの表情を浮かべている。

 

「箒、このことについてラウラから何か聞かされてた?」

 

「い、いや・・・・・・私は知らないが・・・・・」

 

ラウラと箒は試合前に作戦会議すらしていない仲のため、何も知らなかった。

 

(どうするべきか・・・・・・)

 

この異常事態でどうすればいいか考える。

最悪、バスターライフルでこの黒い物質の破片一つ残さないように吹き飛ばせば解決するが、そんなことをすればラウラの命はない。

だが、最悪そうなることも覚悟しなくてはいけないと瑠奈の勘が告げている。

 

『非常事態発令!!トーナメントの試合は全試合中止!状況をレベルⅮと認定、鎮圧のため教師部隊を送り込む!』

 

そのアナウンスが放送されたと同時に観客席に一斉にシェルターが閉まり、リヴァイヴを装備した教師部隊が降下してきてラウラを囲む。

さすが千冬といったところだろう、対応が早い。

 

前を見ると、ラウラを覆っている黒い物質が少しずつ形を変えていき

 

「それは何の冗談だ?ラウラ」

 

ゼノンの形となって立っていた。

 

 




評価や感想をお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34話 学年別トーナメントⅡ

当然のことだがエクストリームのデータは誰にも渡していない。

瑠奈が人間を信用できないこともあるが、ISと違いエクストリームは男性でも女性でも操ることができる。

つまり、データが漏洩しどこかの企業が機体を完成させもしたら、それを巡って戦争が起こる可能性がある。

そのため瑠奈はデータの管理などは厳重に管理し、機密を保っていた。それなのに

 

「なんで・・・・君が・・・・・」

 

今、目の前に立っている黒い人型の機体はゼノンそのものだ。

体中に装甲を装着し、マネキンのような黒い顔らしき部分に眼帯がつけられて、瑠奈のゼノンとほぼ同一の形をしている。

 

「小倉瑠奈っ!!」

 

「え?」

 

目の前の光景が信じられなくて呆然としている瑠奈の耳に、ラウラを囲っていた教師部隊のリーダー格らしき教師の声が入ってくる。

 

「この機体はお前の機体だな!?」

 

「ああ・・・・間違いない・・・・・」

 

「それじゃあ、お前はこのドイツの代表候補生にデータを引き渡していたとみていいんだな?この件はのちに問題とさせてもらうぞ」

 

「私は渡していないッ!」

 

そう反論するが、目の前に写っている光景はなんだろう。

ゼノンとしか思えない機体は佇んでいる。

この状況なにをいっても無駄だろう。

 

だがそんなことはどうでもいい。

一番の問題は『ゼノンの機体が目の前で立っている』という現実だ。

 

仮にこの機体がどこかの国で完成させていたとしてなぜその国はエクストリームを他国に売りさばかない?

技術の独占?

だとしたらなぜ学年別トーナメントなんていう多くの人間の目がある場所で堂々と公表する?

他国へ脅すつもりならネットなり映像なりにして世界中に流せばいいことなのに。

なぜーーー

 

「瑠奈さんッ!!危ない!!」

 

考えを巡らせていた瑠奈に今まで棒立ちしていた黒いゼノンがいきなり攻撃を食らわし、吹き飛ばす。

やはり外見と同じからなのか驚異のスピードと破壊力だ、エクリプスの強固な装甲の上からでも響く。

 

「こいつッ!!いきなり!!」

 

いきなり攻撃されたため、教師部隊とセシリアが一斉にゼノンに向かって銃撃をするが、瑠奈にはわかる、それはこの状況で最悪の選択ということを。

 

「よせ!!攻撃するなッ!!逃げろ!!」

 

攻撃を受け、瑠奈しか攻撃対象としていなかったゼノンが教師部隊とセシリアに興味を持ったかのように目を向ける。

スピードとパワーが特化しているゼノンは確かに強力だが、遠距離攻撃を持たない近距離型の機体だ。

その弱点を突いて遠距離から十分に距離をとって遠距離攻撃をしていけば勝てる可能性があるが、当然のごとく簡単なことではない。

 

圧倒的なスピードで距離を詰められるし、リヴァイブのアサルトライフルごときでは傷どころか怯ませることすら難しい。

 

瑠奈の予想した通り、ゼノンは圧倒的なスピードで攻撃目標らしきセシリアに向かっていく。

セシリアは銃撃で迎え撃とうとするがあのスピードを初見でかわすことなどほぼ不可能だ。

弾幕をかいくぐって一気に距離を詰めていく。

 

さらにあの桁違いのパワーで攻撃されたらISを装備しているとしても無事ではすまないだろう。

 

「くっ・・・なんてスピードなんですの・・・・・・でもッ!!」

 

予想通りという笑みを浮かべると、ミサイルピットの砲口を接近中のゼノンにむけ

 

「もらいましたわッ!!」

 

ミサイル発射のスイッチを押そうとしたとき

 

「えっ」

 

なんとゼノンが加速し、セシリアとの距離を一気に詰める。

実はゼノンは足部の装甲にあるスラスターのリミットを外すことによって、短い距離だが驚異的なスピードで移動することができるという裏技がある。

だが、体にかかるGやエネルギーの消耗が激しいことに加え、それを使わなくてはいけないほどまでに追い詰められたことがないため、瑠奈は使っていなかった。

 

「セシリア!!危ないっ!!」

 

ゼノンと距離をとっていた箒が叫ぶが、もう間に合わない。

振りかざしたゼノンの拳がセシリアの頬に触れようとした瞬間

 

パンッと何かが発射される音がしたと同時に、ゼノンの拳が停止する。

よく見てみると、ゼノンの殴ろうとした右腕と左足に強固そうなワイヤーがエクリプスから伸ばされて、巻き付かれておりゼノンの動きを封じていた。

 

「セシリア!そいつから離れろっ!!」

 

そう声が聞こえると同時に、ゼノンは大きく左に振り回され、アリーナの壁に激突する。

エクリプスの装甲を見てみると、殴られた左肩の装甲が砕けて中破しており、これだけでゼノンのパワーの強力さがわかる。

 

「こいつは私が相手する。君たちは逃げろ!!」

 

「そんな・・・・・・わたくしたちもお手伝いします!!」

 

「いいから逃げろ!!邪魔だッ!!!」

 

『邪魔』という単語に教師部隊や箒はピクリと反応する。

自分より年下に邪魔と言われ腹の立たない人間などいないだろう。

だがセシリアにはわかった。

これは自分たちに対しての本気の警告ということを。

 

瑠奈はどんなピンチの状況だとしてもある一線を越えた余裕というものが常に感じることができる表情をしていたが、今はそんなものはなく、心の底からの危機感をにじみだしている。

だが感情的になりやすい箒は『状況』より『感情』を優先してしまう。

 

「ふざけるな!!私もできる」

 

壁にワイヤーを巻かれ、倒れている倒れているゼノンに斬りかかるため向かっていく。

ここでいいところを見せれば瑠奈に専用機を作ってくれるのではないかと淡い希望がまだ心の中に残っていたのだ。

瑠奈が求めていたのは『力を持つ意味』であって『力の強さ』ではないはずなのに。

 

「いけません!!箒さん!!」

 

「セシリア?」

 

「ここは瑠奈さんの指示に従いましょう」

 

「でも・・・・・・」

 

「瑠奈さんがわたくしたちのことを邪魔といったのなら、わたくしたちは邪魔な存在なのです」

 

瑠奈はゼノンの性能をよく知っていて詳しい。

その詳しい人間が『逃げろ』といったのなら、ゼノンはもう自分たちの手には負えないことなのだろう。

ここでその指示を無視するメリットはない。

 

「わ、わかった・・・・・」

 

箒の言葉に続いて、教師部隊のISも次々と後退していく。

これで自分たちのできるとこはもう何もない。

せいぜいできることは、ラウラも瑠奈も無事にこの事件を解決できるように祈ることぐらいだ。

 

(瑠奈さん・・・・・・)

 

何もできない自分の無力さを恨みながら、セシリアもアリーナを離脱した。

 

ーーーー

 

ワイヤーでゼノンを巻き付け、セシリア達の離脱の時間は稼ぐことができたが、当然のごとく長くは通じない。

それどころか逆にワイヤーを巻き付かせたままでは取れる距離が限られてくるため、素早く腕から発射してあるワイヤーを巻き取り距離をとりやすくする。

 

正直に言って状況は最悪だ。

相手は近距離型の機体に対し、こっちは遠距離型の機体のため接近されたら終わりだ。

最悪相手と心中も・・・・・・・

 

(私は何を考えている!?・・・・・ラウラは関係ないじゃないか)

 

とりあえず、相手の有利な間合いに詰まられる前にケリをつける。

投げ捨てたバスターライフルを拾い、ゼノンに向かって発射するが当然のごとく通じない。

まるでリングで相手のパンチをかわすボクサーのように、瑠奈と距離を詰めつつ素早く攻撃をよけていく。

決してまっすぐ向かってくるような直線的な動きではなく、前転したり横にスライド移動したりと複雑な動きのため照準にとらえにくい。

そのためあっという間に距離を詰められる。

 

「速い・・・・・だがッ!!」

 

射撃がかわされることは計算済みだ。

そのまま、右肩の装備であるブラスターカノンを起動させ、目の前まで迫ってきたゼノンに照準をさだめる。

ゼノンに遠距離の装備がない。

そのため攻撃するときは必ず接近しなくてはならなことを利用し、ゼロ距離で高火力のブラスターカノンを直撃させる。

 

「終わりだッ!」

 

トリガーを引こうとした瞬間、ビュンっと風が切り裂くような音がしたと同時に、右肩のブラスターカノンが細かい部品をまき散らして破壊されていた。

一瞬、何かの整備不良で弾詰まりが起こったかと思ったが、ゼノンの手にいつの間にか抜刀したのか刀が握られていたところを見ると、それによって破壊されたのだと瞬時に理解する。

 

このスピードといいパワーといいこの黒いゼノンの高い完成度には驚かされる。

 

そのまま腹部を思いっきり蹴りつけられ、大きく吹き飛ばされ、地面に仰向けに倒れこみ、身動きが取れなくなる。

そのまま追い打ちをかけるかのように瑠奈の首を掴み、エクリプスの重量をもろともせずに持ち上げる。

 

「くっ・・・・・うぅぅ・・・・」

 

苦しそうにうめき声をあげながら、瑠奈はまだ破壊されていない左肩のブラスターカノンを起動させ、目と鼻の先にいるゼノンに狙いをさだめる。

 

この距離なら大ダメージを与えることができるし、かわすにしても瑠奈の首を掴んでいる腕を離さなくてはならない。

 

(・・・・もらった)

 

苦しさに意識が消えそうな中、死力を振り絞ってトリガーを引こうとしたとき

 

グチュ

 

何か鈍い音がし、腹部に違和感を覚える。

 

ゆっくりと目を向けてみると、瑠奈の腹部にゼノンの刀が深く突き刺さっており、血がボタボタと出血していた。

 

「あ・・・・あぁぁ・・・・」

 

その光景を見たとき、瑠奈の中で何かが急速になくなっていく感覚が感じられる。

トリガーを引く気力もなくなり、目から光も消失していく。

 

 

人間は体重の1/2から1/3の血が失われると死に至る。

地面には既に瑠奈の血でできた水たまりができており、体には重体すぎるほどの出血多量が起こっていた。

さらに腹部に深く突き刺されているため、抜くにしてもまた大量の失血が起こる。

 

それを知っているかのようにゼノンは瑠奈の腹部から荒く刀を抜き、ゴミのように投げ捨てる。

そして戦意を消失したかのようにその場で静かに佇むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・暗い・・・・・寒い・・・・・・。

この冷たさや悲しみを過去に触れたことがある。

いつだっけ・・・・・思い出せない・・・・・・・・・。

 

私は・・・・・・死ぬのか・・・・・・・。

それもいいのかもしれない。

自分と同じような境遇の人間に殺されるのも一つの運命だ・・・。

もういい・・・・寝よう・・・・・このままどこまで広がっているのかわからない暗黒の世界に堕ちて静かに消え去ろう。

そう思いながら、意識が完全に消えそうになったとき

 

『生きてくれ』

 

誰かに言われたのだろうか・・・・・・そんな言葉が頭をよぎった。

 

『私はいつも見守っている。だからゆーーー。君は・・・・・』

 

だれだ・・・君は誰なんだ・・・・・・。

 

『君は生きてくれ』

 

・・・・・私にとって君が全てだった・・・・・・君が望むのなら私は生きる。

君がそうしろというのなら私はそうする。

 

わかった・・・・・・、わかったよ・・・・・。

君が生きろというのなら私は生きる。

 

だから・・・・・私を見守っていてくれ。

 

 

 

 

 

私を一人にしないで・・・・・・・瑠奈。

 

 

 

 

 

 

『?』

 

瑠奈を見張るように佇んでいたゼノンが異変に気付いたのか、警戒する。

一瞬だが、地面に倒れている瀕死の瑠奈がわずかばかり動いてた気がしたのだ。

 

念のためとどめを刺そうと瑠奈に近づいた瞬間、瀕死のはずの瑠奈が立ち上がったかと思うとゼノンを大きく吹き飛ばす。

 

その時動いたせいで体からさらに血が噴き出すがそんなことを気にした様子もなく追撃を繰り出していく。

抜刀した緊急装備のサーベルを乱暴にたたきつけ、ゼノンを吹き飛ばす。

 

『ッ!!』

 

これは予想外だというかのように地面に倒れたゼノンは瑠奈を見つめる。

互角であるのならまだしも、今のは完全に自分のテリトリーである格闘能力で圧倒されていた。

なぜ負けた?・・・・・・・なぜ勝てなかった?・・・・わからない・・・。

 

エクリプスは邪魔な装甲をパージし、原型のエクストリームの形態になる。

当然だが、原型のエクストリームの機体はエクリプスより装甲が薄く、壊れやすい。

そんな状態でゼノンの攻撃をまともにくらえば装甲が破壊され、その下の体の部位は確実に破壊される。

 

常人なら恐れてそんなことなどできないが、瑠奈はそれを当然のことのようにやってのけた。

この人間(瑠奈)は何かが狂っている。

ゼノンにも感情のようなものがあるらしく、ブルっ体が震える。

 

上半身を覆っている赤い装甲が次々とパージされていき、ついに目元を覆っている装甲もパージされ地面に落ちた。

 

『ッ!?』

 

憎しみや怒りを表現したかのように、瑠奈の赤い目がゼノンを睨みつけ、ゼノンは威嚇されたかのように数歩後ろに後ずさる。

 

「うあああ・・・・ぁぁぁ・・・・・・・・・・」

 

うめき声のような不気味な声を出し、サーベルを握っている手をギュっと力強く握ると、瑠奈は目の前の黒い物体(・・・・)に斬りかかる。

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

35話 学年別トーナメントⅢ

リアルで文化祭が終わり、いい感じに秋が深まってきた今日この頃です。


「アリーナに入れないってどうゆうことですかッ!?」

 

「現在、アリーナにはレベルⅮの警戒が出されており、生徒はおろか教師さえもアリーナへ入ることは禁止されている」

 

全校生徒がアリーナから退避してからしばらくたち、安全が確認された後に楯無は『アリーナの中で瑠奈が一人で戦っている』という話を聞き、援護に向かおうとしたところ千冬に止められ、もめていた。

 

「生徒が1人で戦っているのに見捨てろというんですか!?」

 

「そういう意味じゃない・・・・・・」

 

千冬は”危険”だから楯無を送り込むのをためらっているのではなく、『危険なことさえも分からない』からこの事態にどう手を付けていいのかわからないのだ。

 

「お姉ちゃん・・・・・」

 

必死に食い下がっている楯無の後ろで簪が心配そうにつぶやく。

無論簪も瑠奈のことが心配だが、専用機すらない自分にはどうすることができない。そのため生徒会長であり、専用ISを持っている姉に『瑠奈を助けてほしい』と頼んだのだ。

 

「もういいです!私1人で行きます!!」

 

「お、おい!!」

 

千冬の呼びかけを無視して楯無はアリーナの入り口に走っていく。

『生徒会長が教師の指示を無視した』ということが広がれば多少楯無の名前にヒビが入るかもしれないが、そんなことはどうでもいい。

とにかく瑠奈の身が心配だったのだ。

 

「瑠奈君・・・・・・無事でいて・・・・」

 

神にでも祈るかのように、小さくつぶやくとアリーナに向かう足をさらに早めた。

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃アリーナでは先ほどでは全く違う状況となっていた。

 

激しい金属音の音が響く中、攻撃力、防御力、速度すべてが劣っているエクストリームがゼノンを圧倒していた。

薙ぎ払うかのように拳を振り回すが、エクストリームは大きくゼノンの頭上を飛び越え、後方に立ち、吹き飛ばす。

 

相手はパワーはこちらが上だと思い、ゴリ押しで攻めてきているが生憎戦いはそんな単純なものではない。

パワーにはスピードで対抗する。

ゼノンには驚異的なスピードはあるが相手の手数と攻撃スピードが速すぎてさばききれない。

 

斬りかかろうと刀を振りかぶるが、振りかざされるよりも早く敵の懐に潜り込み、切り込む。

そのまま、ゼノンの首元を掴むと、指で右半分を抉り取り視界を狂わせる。

 

『ッ!!』

 

それに対抗するかのように、ゼノンも激しく踏み込むが、難なく受け流しカウンターを食らわす。

もはや、機体性能というよりパイロットの能力に差がありすぎる。

 

首元の右半分が抉り取られたことにより、内部から数本のコードが剥き出しになり、残った左半分の首元の部位では頭を支えられなくなり、頭がブラブラと壊れた人形の頭のように振り回される。

 

視界が乱脈もなく動いたことにより、平常時のような視界を見ることができなく、手あたり次第といった感じで刀をブンブンを振り回す。

 

そんなゼノンを恐れることもなく一気に接近し、ぐらぐらと動いている頭を蹴飛ばし、刀を握っている右腕をサーベルで切断し、蹴り飛ばす。

 

この時点で、もうゼノンの戦闘継続は不可能だ。それも瑠奈はわかっているはずなのに攻撃を続けていく。

 

サーベルで切り付け、蹴り飛ばし、次々と追撃されゼノンの装甲や身体がどんどん破壊されていく。

そして腹部を一刀両断され、その傷口が光り、中からラウラが姿を現し地面に倒れる。

 

ここまでだ。ここで瑠奈の役割は終わりだった。

だが、その時の瑠奈は正気を失っていた。なぜか戦えないラウラが『倒すべき敵』のように見え、異常なまでの敵意があった。

 

倒れたラウラを先ほどゼノンが瑠奈にしたかのように首を左腕で掴み、高く掲げる。

 

「ぐぅ・・・・・うぅ・・・・」

 

気を失っているラウラが苦しそうに顔を歪め、うめき声をあげたが今の瑠奈の耳には届かない。

反対側の右手にエネルギーを集中させ、指先に高温の殺傷装備を装備し、ラウラにとどめをとして腹部を貫こうとしたとき

 

「そこまでよ!!」

 

後方から声がし、振り返ってみるとロシアの第三世代ISであり楯無の専用機である『ミステリアス・レイディ』が立っていた。

 

「いますぐその子を放しなさい」

 

その警告に従うかのように、瑠奈は掴んでいたラウラを乱暴に投げ捨て、楯無を赤い目で睨みつける。

 

その目を楯無は前に見たことがある。クラス対抗戦で無人ISと戦っていた時の目だ。破壊や殺戮を楽しみ、この世に存在してはならない者の目。

 

今度は楯無に狙いをさだめたらしく、ゆっくりと楯無に歩いてくる。

 

「ッ・・・・・・・!」

 

身の危険を感じ、ミステリアス・レイディの装備である『蒼流旋』と名付けられているランスを構え、警戒する。

 

「止まりなさいッ!!」

 

楯無が最終警告として、そう叫んだと同時に瑠奈が楯無に襲い掛かる。

 

「まともな装備もなしで!!」

 

今のエクストリームはサーベルもバスターライフルもない完全な丸腰状態だ。そんな状態で楯無とその専用機に挑もうなど正直言って無謀としか言いようがない。

 

カウンターを狙ってランスで薙ぎ払って吹き飛ばそうとするが

 

「えっ!」

 

まるで攻撃を読んでいたかのようにランスの下方に滑り込み、楯無の懐に潜り込む。

その時楯無は気が付いた、瑠奈の口が歪んでいることに。そしてそのまま先ほどのラウラと同じように、首を掴み高く掲げる。

 

「ぐぅ・・・・・うあぁぁ・・・・」

 

ミシミシと骨が軋む音がし、激しい苦しみに襲われる。

瑠奈の手を振りほどくため、右手に持っているランスで攻撃しようとしてが、素早く楯無の右手首を瑠奈が反対の手で押さえつけられ、抵抗できなくなる。

 

ジタバタと無駄だとわかっている抵抗をする楯無をあざ笑うかのように、瑠奈はさらに首を掴んでいる手に力を込めて楯無を苦しめる。

 

「ぐ・・・・・あ・・・・ぁ・・・・」

 

悲鳴で肺の中の空気が絞り出され、意識が遠のく。とうとうもがく気力と力もなくなり視界がぼやけてくる。

それに続き、ぼやけてきた視界もかすんできた。

 

もうだめだ・・・・・・

 

そう思いながら意識が消えそうになったとき

 

「お姉ちゃん!!」

 

アリーナの入り口で大きな声がし、ラウラと同じように楯無を投げ捨て、瑠奈は視界を向ける。

そこには

 

「う・・・・ごほっ・・・・・か、簪ちゃん?」

 

はあはあと息を切らししている簪が立っていた。

どうやら楯無がアリーナに向かって、しばらくたっても楯無も瑠奈も帰ってこないことが心配になり、じっとしていられなくなり自分もアリーナに独断で入ってきたようだ。

 

「簪ちゃん!!逃げてッ!!」

 

楯無がそう叫ぶと同時にエクストリームは簪に向かって猛スピードで向かっていく。

今の簪は専用機を持っていない、そのため襲われたらひとたまりなく危険だ。

なんとかエクストリームを阻止したいが、首を力強く掴まれていたせいか、体に力が入らない。

 

簪に急接近したエクストリームは、楯無やラウラと同じように襲い掛かる。

頭を握りつぶそうと、手を伸ばし、簪の眼中いっぱいにエクストリームの手が写ったその瞬間

 

「もうやめて瑠奈ッ!!」

 

自分の大切な親友が自分の姉を傷つけている。

その光景に簪の悲しみや痛みを再現したかのような声を聞いた瞬間、瑠奈の動きがぴたりととまる。

 

ーーーー瑠奈

なんだ・・・・・・。

聞いたことがある名前だ(・・・・・・・・・・・)

私の大切な人になってくれた人の名前。

自分の罪によって消え去ってしまった儚い人。

そして・・・・・・・初恋の人。

 

「・・・る・・・・・な・・・・・」

 

瑠奈の口からかすれるような声が出た瞬間、簪の目の前で力なく両膝をつき、電池の切れた人形のように前かがみの態勢になり、戦う意思を消失するかのように瑠奈の赤い目とエクストリームの装甲が黒色に変わっていった。

 

ーーーーー

 

「ここは・・・・・・どこだ・・・・・・」

 

ラウラが目を覚めると青空が広がっていた。

おかしい・・・・・さっきまで自分はアリーナで戦っていたはずだが・・・・・。

身体を起こし、周囲を見渡すと近くには孤児院らしき建物が見え、遠くでは小さい子供たちがワアワアと遊んでいる姿が見えた。

その子供たちにここはどこかと聞こうと立ち上がった時

 

「目が覚めた?」

 

後ろから声がし振り返ってみると、後ろに生えていた大きな木の日蔭で白い髪のかわいらしい少女とその少女に膝枕をされて眠っている黒い髪の一人の子供がいた。

 

「誰だ!お前は!」

 

「しー、静かに。この子が起きちゃうでしょ?」

 

「この子?・・・・・え゛!?」

 

ラウラを注意し、少女は膝枕している子供の頬を優しくなでる。

初めは警戒していたラウラだが、自分に話しかけてきた少女に膝枕され眠っている子供の顔を見た途端、その警戒が吹き飛ぶほどの衝撃を受けた。

 

その少女に膝枕され、幸せそうに寝ている子供の顔はラウラの知り合いとあまりにも顔が似ていたのだ。

 

「かわいいでしょ?私の弟だ(・・・・)

 

「お、弟・・・?」

 

あまりにも目の前の光景を信じられない。

ラウラの知り合いは女だったはずだがこの少女は弟といった。

人違いというオチを信じたいがそういわれて納得できないほど、知り合いとその少年の顔が似すぎている。

 

「お前はーーーー」

 

「あ、ごめんね。もう時間だ」

 

そういうと少女は自分の膝元で寝ている少年の頭をそっと地面に優しく置いて立ち上がり、ラウラを見つめる。

 

この世界はこの子の心そのもの(・・・・・・・・・・・・・・)。ここでは彼の心だけを知り、彼の心のみ触れることができる。あなたもそれを知りたくてここに来たの?」

 

「お前は何の話をしているんだッ!?」

 

「なら見ていくといい」

 

そう少女がいうと同時に、青空が急に赤黒く染まっていき、それと同時にさっきまで少女と少年が日陰で涼んでいた木が時間を加速させたかのように葉と枝が急速に朽ちていく。

まるで世界が終わっていくような光景にラウラは目を見開いて驚愕する。

 

「お、お前何をーーー」

 

ラウラが少女に状況を説明させるため、近寄ろうとした瞬間、朽ちた木の根元から大きな地割れが起き、少年、少女、そしてラウラが巻き込まれ、落ちていく。

 

 

 

 

 

 

そして世界は終焉を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「う・・・・・うん・・・・・ここは・・・・・?」

 

地割れに巻き込まれたラウラは真っ暗な空間で目を覚ました。

周囲を見渡しても辺り一面は闇だ。

 

「おい!!誰かいないのか!!」

 

大声で叫ぶが、当然のごとく返事はない。

だが

 

「うっ・・・・・うぅぅ・・・・」

 

「誰だ!誰かいるのか!?」

 

闇の中で子供のすすり泣くような声が聞こえてくる。

だが、子供が買ってほしいおもちゃを買ってくれなかったときや、親に怒られて泣くような声ではなく、もっと暗く、悲しみに満ちた泣き声だ。

 

どこにいるのかとラウラが辺りを見渡していると、とある場所が不自然に明るく光っていた。

そこに歩みを進めるとそこには、一人の全身が血だらけの黒髪の少年と、その少年の腕の中には同じように血だらけの白髪の少女が力尽きたかのように横たわっていた。

 

「おいーーー」

 

「誰だ・・・・・・お前は・・・・・」

 

ラウラが声をかけたと同時に少年は黒く濁った声をだした。

その聞いたことがある声にラウラは驚いて立ち尽くす。

 

そして少年をゆっくりと顔をあげてラウラを睨みつけるが、ラウラは別の意味で動けなかった。

その顔を知っている。

ついさっきまでIS学園のアリーナで戦っていたものの顔。

 

「私だ!!ラウラ・ボーデヴィッヒだ。わからないのか!?るーーー」

 

「お前も俺の大切な人(・・・・・・)を苦しめるのか?」

 

「え・・・・・・」

 

『大切な人』というワードやさっきまで何の体調も悪そうじゃなかった少女がこうして血だらけで息だえている。

そして目の前にいる見知っている顔。

すべてが唐突で突然すぎて理解が追いつかない。

混乱し、動けないラウラから少年は視線を外し、自分の腕の中の少女に目を向ける。

 

自分の罪によって不幸になり、自分の存在のせいで輝かしい未来を失ってしまった人。

目から涙があふれ出る。

自らの存在が憎い。

 

「うあああああああああああァァァッ!!!!」

 

まるで獣の叫び声のような大きな咆哮を叫ぶと、その少年は腕の中の少女に覆いかぶさるようにして静かに力尽きた。

 

ーーーーー

 

「う・・・・・・うぅ・・・・」

 

ぺろぺろ

 

「あ・・・・・・あ、う・・・・・」

 

ぺろぺろ

 

「う・・・・・・ん?」

 

にゃ?

 

「・・・・・・・・・」

 

ラウラが目を覚めると目の前には白い光景が広がっていた。

絶〇したとき、女は視界が白く見えると聞いたことがあるが、そんな快感を味わった感覚はない。

それに何か顔に重量を感じる。

 

顔に手を伸ばすとなにかふわふわしたかのような柔らかい感触があった。

両手でどかしてみるとラウラの手には

 

ミィミィ

 

「なんだ・・・・・・お前は・・・・・・」

 

白い子猫がいた。

ペット禁制のIS学園になぜ猫がいるのだろうか。

おそらくさっきの白い視界は、この猫がラウラの顔に四肢を使ってマスクのように顔全体に張り付いていたから白い視界が広がっていたのだろう。

 

「サイカ?どこにいるんだ?」

 

すると隣のベットからこの猫の飼い主の声が聞こえてくる。そしてその声はラウラも知っている声だ。

 

仕切られているカーテンをめくるとそこには

 

「やあラウラ。無事そうだね」

 

拘束具で厳重に拘束され、ベッドに寝かされている瑠奈の姿があった。

福祉のことを知らないラウラでも厳重すぎる警戒で、まるで重犯罪者のような扱いだ。

 

「どうしたんだ!その恰好は!?」

 

「まあ・・・・ちょっとね。悪いけど机の上にある拘束解除ボタンを押してくれると嬉しいんだけど・・・・・」

 

「あ・・・・・・ああ・・・・」

 

ボタンを押した瞬間、カチャと音がし瑠奈を拘束していたベルトが外れる。

それと同時にラウラのベットに座っていたサイカが主人を自由にしてくれたラウラを感謝するかのように足元をうろつき始めた。

 

「気に入られたようだね。その猫の名前はサイカ。私が拾ってきた捨て猫だ」

 

あははと声を出して笑う瑠奈をラウラは不思議に見つめる。

あの暗い世界であった人間は間違いなく瑠奈だった。

それに『私の弟だ』とあの少女にも気になる。

もしかすると

 

「瑠奈」

 

「なに?」

 

「お前は男なのか?」

 

「そうだよ。よくわかったね」

 

なんの躊躇いもなく重要事実をいった。

これではっきりした。あの少女と一緒にいた少年は瑠奈だ。

 

「少しだけお前の心に触れた」

 

それを聞いた途端、瑠奈の顔から笑顔が消え、虚ろな表情になった。

どうやらこの話は瑠奈にとって触れてほしくないところらしい。

 

「お前はいったい・・・・・・・何者なんだ?」

 

僅かに触れただけで激しい怒りや深い悲しみが伝わってきた。

あんなものがあって『普通の学生』というのには無理がある。

 

わからない・・・・・。

ラウラもそれなりに複雑な事情があるが、瑠奈もそれと同等・・・・・・いやそれ以上の『何か』がある。

 

「悪いけど、このことは他言しないでもらえるかな?」

 

「ああ・・・・・」

 

他人の事情をベラベラしゃべる趣味はない。素直にうなずく。

すると足元にうろついていたサイカが抱っこをねだるように『にゃー』と泣いたため、ラウラは優しく抱っこし、瑠奈のベットに腰かける。

 

「それにしてもよく女と偽ってこられたな」

 

「まあ、私が男だと知っている人間は周りに少なからずいたからね。でも女の仕草や物腰をまねるには苦労したよ」

 

「そうか?私はお前に初めから女としての色気や魅力は感じなかったがな」

 

「それはつらいお言葉だな」

 

さっきまで殺しあっていた仲とは思えないほど、二人は仲良くしゃべる。

たとえどんな過去や事情があろうと彼と彼女は人間。

そう・・・・・人間なのだ。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

ラウラとひと時の雑談を交わした後、瑠奈は重大な話をするため生徒会に向かっていた。

やはり黒いゼノンにやられたダメージがひどい。

歩けないほどではないが、松葉杖を突かなくてはバランスを崩してしまう。

 

「あ・・・瑠奈・・・・・」

 

「やあ、シャルロッ・・・・・、シャルル・デュノア」

 

歩いていると湯上がりらしく、全身が濡れているシャルルに鉢合わせした。

どうでもいいことだが本日男湯が解禁されたとして、シャルルは一夏とどうやって性別をばらさずに仲良く背中を洗い流したのだろうか?

 

「体は大丈夫?なんか急に倒れたって聞いたから」

 

「大丈夫、体調は問題ない」

 

どうやら楯無は瑠奈が体調不良で倒れたということで辻褄を合わせてくれたらしい。

アリーナにいたのは気絶したラウラと楯無と簪。

つまりあの二人が黙っていてくれたら真実は闇の中だ、正直ありがたい。

 

「それじゃあ」

 

そういい、シャルロットの隣を通り過ぎようとしたとき

 

「ま、まって!」

 

そう叫び制服の袖を掴まれた。

 

「なにか?」

 

「その・・・・・余計なお世話かもしれないけど・・・・・瑠奈はいつまで女としてIS学園にいるつもり?」

 

「未定だね。けど自分を偽るのはもう疲れた」

 

「だ、だったら僕と一緒に転校し直さない?お互い本来の姿で」

 

その発案に眉を少しばかりあげ、驚く。1人で転校し直すのは勇気がいる行為だ。

そこに気を利かせ、シャルロットはこの提案を出してくれた。

 

男装してIS学園に来たとなれば、周りから異端の目で見られるかもしれない、差別されるかもしれない、蔑まれるかもしれない。

それでも彼女は『シャルロット・デュノア』としてこのIS学園で生きていくことを選んだ。

 

「まあ・・・・・考えておく」

 

それだけ聞くと掴まれた袖を強引に引き、瑠奈は歩いて行った。

 

 

 

シャルロット・デュノア。

君の勇気、学ばせてもらった

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコン

 

『はい』

 

「失礼します」

 

生徒会室のドアを規則正しくノックし中に入る。

 

「何か御用かしら?」

 

中に入ると当然のごとく楯無、書類を整理している虚、そして夕食後のデザートらしきケーキのホイールをべろべろとなめている本音がいた。

学年別トーナメントや被害状況など、いろいろ聞きたいことはあるがいきなり本題に入る。

 

「転校の話ってまだ生きてますか?」

 

「まだ生きているけど本日で閉め切ろうかしらね♪」

 

要するに『今この場で決めろ』という意味だ。

入学してから二か月経つがそのあいだグダグダと返答を先延ばししてきた自分に軽く嫌気がさしてくる。

 

「私は・・・・・小倉瑠奈は男として転校し直します」

 

その言葉に楯無は談笑を浮かべる。楯無や生徒会の人達も、瑠奈のことを応援してくれているらしい。

よく思えば楯無は生徒会長として瑠奈を守り続けてくれていた。

 

「それともう1人私と同じように転校させてあげたい人間がいます」

 

「わかってるわよ。明日には手続きが終わっているから明日の朝、生徒会室にきてね」

 

「わかりました」

 

必要最低限のことを放すと瑠奈は素早く退室する。

今日はいろいろなことがありすぎた、早めに寝るのが吉だろう。

 

 

ーーーー

 

 

次の日

 

朝のホームルームにはラウラと瑠奈に続きシャルルの姿がなかった。

瑠奈はいつものことでラウラは昨日の試合の事件に巻き込まれたということで、特にクラスメイトは気にしていなかったが、優等生であるシャルルの姿がないというのは珍しいことだ。

 

「え、えっと・・・・・それじゃあホームルームは始めますよぉ・・・・」

 

担任である真耶が疲れた表情で教室に入ってくる。やはり、昨日の事件の後処理や事情聴取などが原因なのだろうか。

 

「えっと・・・・今日は転校生を紹介します。というより・・・・紹介済みなんですけど・・・・」

 

真耶の言っていることが理解できず、生徒たちが頭に?マークを浮かべる。

 

「それじゃあ入ってきてください」

 

「失礼します」

 

そういい、女子生徒の制服を着た生徒が教室に入ってくる。その生徒を見た途端、クラスがざわっと騒がしくなった。

 

「シャルロット・デュノアです。みなさん改めてお願いします」

 

ぺこりとスカート姿のシャロットがお辞儀をする。

その光景に一夏を含める1組の生徒がぽかんを唖然する。

 

「え・・・・織斑君、ルームメイトだったんでしょ?気が付かなかったの!?」

 

「普通気が付かない?」

 

一夏を問い詰める発言がクラスで起こり始める。

だが一夏も皆と同じで知らなかったことなのだ、知らなかったことを次々と追及されても正直困る。

 

「えーーーーと・・・・・」

 

クラスメイトの返答に一夏が困っていると

 

「静かにしろ!!」

 

教卓前の扉を開け、千冬が入ってきたため、クラスが一斉に静かになる。

 

「今日は転校生を紹介する」

 

「え、あの織斑先生。デュノアさんはもう紹介しましたよ?」

 

「いえ、もう1人転校生がいます」

 

その話に真耶を含めるクラスメイトが再び頭に?マークを浮かべる。この話が本当だとしたらシャルロット、ラウラに続く3人目の転校生が存在することになる。

 

「入ってこい」

 

その言葉のあとに転校生が入ってくる。

その人物は、男子の制服を着ており、腰まで伸びている長い黒髪に凛々しい目元、そして右手に松葉杖をつき、体の左側はラウラに支えてもらっている。

その人間は

 

「どうも。小倉瑠奈だ。まあ・・・・引き続きよろしく」

 

 

 

ええええええぇぇぇぇ!!!

 

 

瑠奈が自己紹介した瞬間、クラスメイトがシャルロットの登場以上に大声をあげて驚く。

あれだけ学園でも世間でも有名人だった人間が急に性転換したなんてしたらスクープなどの話ではない、もっと大きなものがいまここで揺れ動いた気がした。

 

その様子を千冬は悪戯の成功した子供のような笑みを浮かべている。

 

「ねえ瑠奈」

 

「なんだい?シャルロット」

 

「やっぱり本来の姿っていいものだよね。本当の自分でいられる気がして」

 

「そうだね」

 

そういい、安心したかのような笑みを瑠奈に向けるがシャルロットは知らない。

 

 

 

 

瑠奈のかぶっている仮面の奥深くを。

 

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

36話 家族

定期テストが近いので、次の投稿が少し遅れるかもしれません


突然だが瑠奈は強い。

謎の多い機体エクストリームを操り、立ちふさがるものをなぎ倒していくその光景に学園内であこがれを抱いている者も多くいる。

そんな瑠奈が

 

「申し訳ございませんでした」

 

年上でもなければ、上司でもない簪に土下座しているというのも不思議な光景だ。

場所は簪と瑠奈の部屋である1219号室。

放課後、一日の授業が終わり、簪が部屋でくつろいでいると突然扉が大きな音を立て、男子生徒の制服を着た瑠奈が飛び出してきたと思うとダイナミック土下座を決め、今に至る。

 

その光景に簪が戸惑ったような表情を浮かべるが、それは当然の反応だ。

簪には他人をひれ伏させることに愉悦感も感じなければ屈服させて喜ぶ性癖もない。

 

「お詫びや謝罪ならいくらでもする。だから頼む。退学だけはちょっと・・・・・」

 

学園は男子生徒としての転校は許したが、ルームメイトの許しが無くてはIS学園で暮らしていくことはできない。

せめて、別の部屋に移ろうにも新たなルームメイトに無断で子猫のサイカを持ち込ませるわけにもいかず、かといって自分が拾ってきた子猫を簪に押し付けるわけにはいかない。

 

さらに根本的な問題として生徒会長である楯無が部屋替えを許してくれなかった。

「簪ちゃんの責任を取りなさい」と言われ、頑固に首を縦に振らなかったのだ。

 

「あの・・・・・わかったから・・・・・。お願いだから頭をあげて・・・・・」

 

「ほんと?」

 

「うん・・・・・。ここにいていいから」

 

「ありがとう簪!」

 

「きゃっ!」

 

そう叫び、瑠奈は簪の手を感謝するかのように握る。

目の前にいるのはあの有名な小倉瑠奈だ。

顔が良くて強く、世間でタレントや俳優と互角、いやそれ以上の人気があると予想されている。

そんな人間が目の前で自分の名前を呼び、手を握っている。

 

そんな現実が信じられない。

さらに学園内では瑠奈が男子だと知って、交流を持とうとする動きが一日目にして活発になってきている。

ならば、ルームメイトとして先手を打つとしよう。

 

「瑠奈。一つ頼みがあるんだけど・・・・・・」

 

「何?なんでも要望を聞こう」

 

「今月末に・・・・その・・・・・買い物に付き合ってほしいんだけど・・・・・・」

 

「もちろんいいよ」

 

そう迷った様子もなく受け答えする。

瑠奈としてはこういう「なんでもしてあげる」という相手が簪であってよかったと思っている。

企業や組織にこんなことを言えば、調子に乗って「お前の機体をよこせ」と十中八九いい、我が物顔で人の命を弄ぶ。

 

「それじゃあ・・・・出発時間は・・・・てええええぇぇ!?」

 

当然驚いたかのような声が簪から発せられる。

その表情はまるで初めて金閣寺をみた歴史マニアのように驚きと感動が混ざったようだ。

 

「どうしたの簪!?」

 

「あ・・・・あれ・・・・」

 

ぶるぶると震える指で瑠奈の後ろ側を指す。

あの仏頂面な簪が驚くとはいったい何があるのだろうか。

振り返った瞬間

 

「ええええええぇぇぇぇ!?」

 

瑠奈も驚いた声を出す。

視線の先には猫のサイカがいた。

しかし、ただのサイカではない。直立二足歩行しているサイカだ。

 

猫がハムスターのように直立しているならまだそれほど大きな驚きはないが、サイカは人間のように二足歩行でよちよちと歩いている。

サーカスでの動物のように訓練されているそれでギリギリ納得できないこともないが、サイカは訓練など受けてなく、おまけに子猫だ。

 

ニャァァァ

 

そして甘えるかのように瑠奈の懐に飛び込んでくる。

 

「お前ほんとに猫なのか?」

 

その質問にサイカはブンブンと尻尾を振り回すだけだった。

 

 

ーーーー

 

週末の日曜日の午後。

日頃の行いが良かったからかどうかはわからないが天気は快晴だ。

 

「買い物って何を買うの?」

 

「ほ、ほら、来週に臨海学校があるでしょ?だから水着を買いたいから・・・・・・」

 

そういえばそんなことを千冬が言っていた。

クラス対抗戦といい、この前の学年別トーナメントといい、事故やアクシデントには必ずと言っていいほど瑠奈が中心にいる。

本人もそれを自覚しており、これ以上厄介事を持ち込ませたくないため、参加を拒否したが千冬はどうしても参加を強制してくる。

 

まあ学園では千冬は教師、瑠奈は生徒という立場だ。

生徒は教師の言うことに従うのが普通だろう。

 

「ねえ瑠奈?私からも質問いい?」

 

「どうぞ」

 

「その恰好はなに?」

 

そういうと簪は呆れたような視線を瑠奈に向ける。

今の瑠奈の服装は初夏だというのに長袖シャツの上に厚いフードをかぶっており、この季節には暑すぎる服装だ。

 

「ほら、世間の目があるからさ・・・・・」

 

「小倉瑠奈が男だった」というスクープは世界中に知られ、有名になっていた。

多くの雑誌に取り上げられ、織斑一夏に次ぐ2人目のIS操縦者という名誉が付き、人気が急上昇している。

IS学園にも付き合ってくれという告白が止まない。

 

ルームメイトである簪もクラスメイトから「男だと気が付かなかったのか?」と質問攻めにあったがもちろん気が付かなかったどころか違和感すらも感じなかった。

 

だが瑠奈が「~よね」や「~だわよ」と女しゃべりをしているところや大浴場を使っているところを見たことがない。

その点を考えれば納得がいく。

それ以前に違和感を感じなかった自分を殴りたくなるが。

 

そんなことをしている間に水着売り場であるショッピングモールに着き、水着売り場である2階にエスカレーターを使って上がっていく。

 

「ねぇ。瑠奈は水着を買わないの?」

 

「え?んーーいらないかな」

 

「だったら・・・・その・・・水着を選んでくれない・・・・・?」

 

簪も瑠奈に対してあこがれというか妙な好意を寄せている。

誘拐されようと謎の乱入ISに襲われピンチな状況でも必ず助けてくれるその姿は簪の好きな「ヒーロー」を連想させた。

 

「まあ・・・・いいけど・・・」

 

正体を隠している立場のため、普通だったら断っているが今はフードで顔を上半分ほど隠している。

不審に思われることはあっても正体がばれることはないだろう。

 

「ありがとう・・・・瑠奈。ほらっ早く・・・・・」

 

「いてて、袖を引っ張らないでくれ」

 

簪は瑠奈の袖を引っ張り、まるでおもちゃ売り場に親を誘い込む子供のような目をし、水着売り場に突っ込んだ。

 

ーーーー

 

「この水着はどう?」

 

「だめ・・・・・恥ずかしい・・・・」

 

30分後瑠奈と簪は水着売り場をさまよっていたが、なかなか決まらない。

いくつか水着を選んでいるのだが、それを見せた途端露出が高いといって簪が顔を赤くして俯いてしまうのだ。

学校指定のスクール水着でいいんじゃないかといったのだが「負けてしまう」といい却下された。

負けてしまうとは「何」で「誰」に負けてしまうのだろうか?

 

頭を悩ませ、周囲を見渡しているとある水着が目についた。

 

白いビキニ形の水着に胸と腰にかわいらしいフリルが付いているものだ。

なんとなくかわいい形だなと少し見つめていると

 

「あ、あれにする・・・・」

 

そういい、瑠奈が見ていた白い水着を手に取る。

明らかにさっきまでの水着よりも露出が多く恥ずかしいと思うのだが、「どうしてもこれがいい」といって簪は譲らない。

まあ・・・・本人が気に入っているのならそれでいいだろう。

 

「じゃあ・・・・レジに行ってくるね・・・・」

 

「ああ・・・・・ちょっと待って」

 

そういい簪を呼び止めると、瑠奈は懐から黒いカードを取り出し、簪に渡す。

 

「これって・・・・・」

 

「ここは私が持つよ」

 

黒いカードはサイカの日用品を買ったときにも使ったブラックカードだ。

瑠奈としては今まで黙っていたお詫びとして、会計を受け持つことにした。

なにより男女で出かけて女性に払わせるのもなんだかかっこ悪い。

 

「でも・・・・・」

 

「いいからレジに行っておいで。私は向こう側で待っているから」

 

そういい、カードを簪に押し付け瑠奈はゆっくりと後方に歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ・・・・・」

 

フロア外で壁に寄りかかりながら静かにため息をつく。

素性を隠しながらの外出だが何とか無事に終えることができそうだ。

この前の誘拐事件は間違いなく、瑠奈の落ち度だ。

関係ない簪を変な事件に巻き込んでしまったことが瑠奈の心残りとなっていた。

 

磁石と磁石が引きあうように、「やばい人間」は「やばい人間」を引き寄せる、特に瑠奈のような訳あり人間は特に。

 

だがその心配はなさそうだ。

そう安堵していると

 

「そこのあなた」

 

「ん?」

 

水着が大量に入った買い物かごを持った女性に話しかけられた。

 

「この水着、片づけておきなさい」

 

そう命令口調でいうと持っていた買い物かごを瑠奈の足元に投げ捨てる。

ここで下手に反論してこの女性が騒ぎ出してもらっても困る。素直に従っておくのがいいだろう。

足元に投げ捨てられた水着が大量に入っている買い物かごを拾おうとした瞬間

 

「たっく・・・・小倉瑠奈みたいなのが出たからっていい気になってんじゃないわよ」

 

そう吐き捨てるそうなセリフを聞き、拾うとした腕がピクリと止まる。

 

「どうしたのよ?さっさと片付けなさい」

 

「----たからな」

 

「は?」

 

「覚えたからな、あなたの顔」

 

そういい、フードを捲り、顔を見せる。

顔を見た瞬間女性は心臓が止まるのではないかと思うほどの驚きに襲われた。

目の前にいる人間がさっき自分が口走って言った小倉瑠奈なのだから。

 

「今は従うけど、後で必ず探し出して事務所に監禁し、死ぬほど後悔させてやる」

 

無論、瑠奈には専属している事務所など存在しないが、今はこれで十分だ。

瑠奈の重圧な視線に女性は耐えきれず、「ひぃ」と声にならない悲鳴をだすと

 

「ご、ごめんなさい!わ、私が片付けますので!!」

 

足元の買い物かごをひったくると猛スピードで水着売り場に消えていった。

初めから自分で片づければいいものを余計な体力を使わせる。

 

「瑠奈!」

 

手に紙袋を持った簪が水着売り場から出てくる。

貸していたブラックカードを返してもらい、ここでの用事はすべて済んだ。

 

「じゃあ・・・・軽くお茶でもしていく?」

 

うまいスイーツが売っているカフェが近くであることを思いだした。

外は暑いし、そこで休憩していくとしよう。

 

簪を連れて下りエスカレーターに向かおうとしたとき

 

「おい、瑠奈」

 

後ろから声をかけられ、ゆっくり振り返ってみるとそこには王者のごとく仁王立ちした千冬が立っていた。

この瞬間、何やら嫌な予感がし

 

「人違いです」

 

そういい、早足で逃げだそうとするが

 

「ちょっとまて」

 

そういい、フード越しに首根っこを掴まれ、阻止される。

 

「私はさっきお前がフードをとったところを見た。反論は聞かん。いいからこい」

 

さっきの女性との会話を見られたといわれては言い訳のしようがない。

やはりさっきは素直に命令に従っておくべきだっただろうかーーーいや、店内でフードをかぶっている時点でかなり怪しいか。

 

「織斑先生どこに・・・・・あれ小倉さん?」

 

すると真耶を初め、一夏、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラが水着売り場から出てきて一年生の専用機持ちが勢ぞろいする。

 

なんでも皆で水着を買いに来たらしい。

 

「唯一の男子生徒が二人ともそろっているんだ。お前に私たちの水着を選んでもらうとするか」

 

千冬が瑠奈と一夏をからかうようににやりは口角を高める。

 

「一夏がいるんだし私は必要ないと思うけど」

 

「モニターは少しでも多い方がいいだろ?」

 

そう千冬は言うが、それではまるで水着が男に見せるために着用するかのような言い方だ。

男の目を引くために肌を露出させるのは、そこらへんの少年漫画に乗っているグラビアと体をくねらせ股を棒にこすり付け、エロテックな踊りをするストリッパーだけでいい。

 

千冬やほかの面子は水着を見始めている。

どうやら解放されるのには時間がかかりそうだ。

 

「簪、悪いけど先に帰れる?私はもう少し時間がかかりそうだからさ」

 

「う・・・うん・・・・」

 

「外は暑いからタクシーで帰った方がいいよ。これタクシー代」

 

瑠奈は再び簪にブラックカードを握らせると、歩いていく簪を見送った。

これだけの人数の買い物を無理やりつきあわせるわけにはいかない。

 

「さてと・・・・」

 

帰るのはもう少し先になりそうだ。

内心でため息をつき、水着を選んでいる千冬に向かって歩こうとしたとき

 

「ちょっといいか瑠奈?」

 

ラウラが前に立ちふさがる。

声のトーンからして少し真剣なものだ。

 

「この前のお前が我が祖国に嫁ぐという話なのだが」

 

「ああ、それね」

 

学年別トーナメントでの約束である「ラウラが勝ったら、瑠奈がドイツに行く」という話は瑠奈が男だったという緊急の事態が起こり、チャラになったはずなのだが。

 

「お前に会いたいという話がとある軍人系列の貴族から出てるんだが・・・・」

 

「どんな話だろうと断ってくれって言ったはずだけど」

 

「どんなに断ってもなかなか諦めてくれないんだ。とにかく「小倉瑠奈に会わせてくれ」といい続けてくる」

 

「うーーーーん・・・・・」

 

これは面倒な問題だ。

最悪、直接瑠奈がドイツに行き、話を付ける必要があるかもしれない。

本人が嫌だといったら諦めてくれるだろう。

 

「ちなみにその貴族の名前は?」

 

「ツヴァイゲルトという貴族だが・・・・」

 

知らない貴族の名前だ。

それほど有名でないところを見ると小さな家系の貴族なのかもしれない。

 

「おーい、瑠奈も水着選ぶの手伝ってくれよ!」

 

「ごめん一夏。すぐ行く」

 

よくわからないが、外交との関係も頭に入れておいた方がいいのかもしれない。

そんなことを記録し、瑠奈はラウラを連れて歩き出した。

 

 

ーーーー

 

 

「どっちの水着がいい?」

 

それから数時間経ち、ひとまず千冬以外の水着は買い終わった。

どうでもいいがなぜ女の買い物はこんなに長いのだろう?

 

そして目の前には専用ハンガーに掛けられた黒と白のビキニを持った千冬がいた。

ここで「どっちでもいい」と答えたら殺されるということを瑠奈はそこそこ長い付き合いで知っていた。

 

「白」

 

「黒い方」

 

瑠奈は黒と答えたが一夏は白を選び、意見が分かれた。

すると千冬が苦笑いを浮かべ

 

「黒い方か」

 

黒い水着がかかっているハンガーを少し上に掲げる。

 

「いや黒い方をーーー」

 

「嘘付け、お前は昔から気に入ったものを注視するくせがあるからな。お前が注目していていたのは黒い方だった。大体、お前はなんで嘘をついたんだ?」

 

「一夏は大事な姉をビーチで変な男たちに言い寄られるのが嫌なんだよ」

 

「う・・・・」

 

どうやら図星らしく、一夏は呻き声のような声を出す。

一夏はシスコンなのだろうか?

 

「はは、手間のかかる弟のくせに私の心配などするとは生意気な」

 

「うわっ・・・やめてくれよ!」

 

大切な弟に心配されて嬉しいのか、千冬は一夏の頭をくしゃくしゃと撫でまわす。

何の遠慮も壁もなく家族としてのなれ合っている光景。

瑠奈には家族はいないが愛すべき女性がいた、守りたい人がいた。

 

「瑠奈」

 

「え?」

 

「お前も私の心配をしているのか?生意気な」

 

一夏に続き、瑠奈も笑いながら頭を乱暴に撫でられる。

そのせいで長い髪がぼさぼさに乱れてしまった。

 

「いててて・・・・・ていうか、千冬姉は彼氏とか作らないのか?」

 

すると隣で瑠奈と同じように髪がぼさぼさになった一夏が髪を整えながら質問した。

瑠奈もその質問には興味がある。

今までの付き合いで千冬が男を連れて歩いているところなど見たことがなかったからだ。

 

「手間のかかる弟が自立したらすぐに作るさ」

 

「その口調だとすぐに作れるような言い方だね。私はもうヤケ酒に沈む千冬を見たくはないよ」

 

「うるさい」

 

今度は千冬が図星を突かれ、顔を歪めた。

男のことでいったい何度千冬が黄色い炭酸水を飲む光景を見たことだろう。

 

「とりあえず買い物は終わったみたいだから私はみんなのところに戻っているよ」

 

そういい瑠奈は一夏と千冬を残し、一人で歩いて行った。

その光景を一夏は不思議そうに見ている。

 

「なあ、千冬姉。瑠奈との付き合いって長いのか?」

 

「なんでそう思う?」

 

「いや・・・・・なんか瑠奈と千冬姉の間には変な親密感があるというか・・・・お互いの手の内を知っているような雰囲気がするんだ」

 

「・・・・・・・・」

 

正直言っていい線をいっている。

瑠奈と千冬はすべてとは言わないが、ある程度互いのことを知っている関係だ。

かといって恋人のような色っぽい関係でもない。

そんな関係より複雑で奇妙な関係だ。

 

「まあ・・・・・買い手といったところかな」

 

「は?」

 

「なんでもない。お前も山田先生のところに戻っていろ」

 

苦笑いを浮かべながら千冬は黒い水着を持ちながらレジの方に歩いて行った。

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

37話 天災

「ねえねえルナちょむ、お茶飲む?」

 

「ありがとう本音。もらうよ」

 

臨海学校初日のバス内で瑠奈は隣の座席にいる本音からお茶のペットボトルを受け取り、蓋を開けて飲むが、心の中にある不安やもやもやで味がわからない。

今日は朝からずっとこんな調子だ、何やら嫌な予感がしてならない。そして、その嫌な予感というものは、大抵当たるものなのだからタチが悪い。

 

「あ!海が見えた!!」

 

長いトンネルを抜けると大きな海が広がっていてバス内が騒がしくなる。天気が快晴のため日差しは強く、陽光を海面が反射し、瑠奈の心とは正反対にキラキラと輝いていた。

 

それからしばらくして、バスは宿泊先である花月莊という旅館に到着し、4台のバスから一年生がわらわらと降りてきて、部屋割りの班ごとに整列する。

 

「全員整列!!礼!」

 

「「「「よろしくお願いします!!!」」」」

 

旅館の方々に挨拶し、代表らしい着物姿の女将さんが会釈をかえす。

そうしているとその女将さんが興味を持ったように一夏と瑠奈のもとに近づいてきた。

 

「こちらが噂の・・・・・・」

 

「はい、今年は男子がいるせいで手間をかけさせます。挨拶をしろ」

 

そういい、千冬は一夏と瑠奈の頭を押し、無理やりお辞儀させる。

 

「お、織斑一夏です。お世話になります」

 

「小倉瑠奈です」

 

「どうも、清州景子と申します」

 

清州景子と名乗ったその女性はまた丁寧にお辞儀をする。

 

「それでは皆さん。お部屋へどうぞ。部屋の扉に班の名簿が置いてありますのでお間違えのないように」

 

その言葉を合図に生徒たちは旅館に入り始める。初日は完全に自由時間のため、すこしでも早く海に行きたいのだろう。

 

「なあ・・・・瑠奈。俺とお前の部屋って同じだよな?」

 

「なんでそう思う?」

 

「だってさ男子同士が同部屋にならないといろいろおかしいだろ」

 

「ところがどっこい。私と君は同部屋じゃない。いや、正確には私に部屋は必要ないというのが正解かな」

 

その返答に一夏は首をかしげる。部屋が必要ないとはどうゆうことなのだろうか?。寝るときはどうする?まさか床で寝るとでもいうのだろうか?そんな風に、頭に疑問を浮かべていると

 

「小倉さん!部屋が必要ないってどゆうことですか!?」

 

一夏と全く同じ疑問を持った人物ーーー真耶がやってきた。生徒の部屋がないというのは教員からして大事らしく慌てている様子だ。

瑠奈は千冬にこのことを他言しないように言っておいたのだが、いったいどこから漏れたのだろうか。

 

「いった通りです。私には部屋も夕食も必要ありません」

 

「そんなこと許可できません!せめて理由を言ってください!!」

 

「いえません」

 

生徒の一人の部屋がないなんて大問題だ。必要ないなら必要内で理由を聞かなくては納得できない。瑠奈は言えないといい、真耶は理由を求める、これではいつまでたっても平行線で話が進まない。

 

「はあ・・・・・・」

 

疲れた様子で軽くため息をつくと

 

「私に部屋は必要ないと言っている。同じことを何度も言わせるな」

 

まさかの逆切れモードに突入。瑠奈の千冬に劣らず鬼のような不機嫌で重圧な声と顔に真耶の体内時間が停止する。

なぜだろう、とてつもないほどの危機感が体の奥から生み出されていくことを感じた。

 

「わ、わかり・・・・ました・・・・」

 

瑠奈と敵対することを心身ともに恐れた真耶は逃げるように逃げ去っていく。恐喝や、脅迫のように見えるが、誤解しないでほしい。これは教師と生徒の会話だ。

 

「たっく・・・・・・」

 

吐き捨てるような目線で真耶を見送ると、瑠奈が旅館に入っていたので一夏も続く形で旅館の中に入っていった。

 

ーーーー

 

一通り荷物の整理を済まし、瑠奈は廊下の壁に背をつけ、恰好をつけていた。ちなみに瑠奈の荷物は一夏とルームメイトの千冬の部屋に置かせてもらっている。

不用心な荷物の扱いだが、あいにく中には見られて困るようなものは入ってないし、盗まれて困るものもない。

 

もっとも、瑠奈にはもう必要ないものなのかもしれないが・・・・・・・

 

「瑠奈?」

 

「ん?」

 

すると更衣室で水着に着替えるだろう簪に会う。タオルと水着を持っているが、やはり何度見ても簪がこの水着を選ぶ理由がわからない。

露出が多いし、水着のカットも他の商品より多いはずなのに、なぜ、彼女はよりにもよってこの水着を選んだのだろうか?まあ、いくら疑問に思っても、海に来た今ではもう遅いのだが。

 

「なにしてるの?」

 

「ちょっと考え事をしていたんだよ」

 

本音が『今朝からずっと様子がおかしかった』と言っていたが、何をそんなに思い悩んでいるのだろう?

大抵は、優れた頭脳や容姿で悩みができる前に、不安の種をロードローラーで踏みつぶしていくだろう瑠奈が悩みとは、珍しいこともあるものだ。

 

「あの・・・・・海に行かない?」

 

「え?」

 

「ほら・・・・その・・・・海で遊んだら何か解決策が・・・出るかもしれないし」

 

本心では瑠奈に自分の水着姿を見てほしかったのだが、ここまで悩んでいるとなってはなにかしらの形で力になってあげたい。

 

「まあ・・・そうしようかな・・・・」

 

苦笑いしながらそういうと、簪に並行して歩いていくが、そうしているとなぜか簪の頬が緩んできてしまう。

なんというか、隣にいると、妙な安心感がでてくる。そんな一方的で自分勝手信頼が、簪にはあった。

 

キィィィィン

 

すると突然不思議な音が聞こえ始める。

なんというか・・・・・これは・・・・何かが落下してくるような音だ。その瞬間

 

ドカーーーーーーン

 

大きな振動が聞こえた。この音を聞いた瞬間、瑠奈は瞬時に判断する。これは何かが地面に落下した音なのだと。

 

「この音は・・・・・」

 

目の前に歩いていた瑠奈も反応し、立ち止まる。だが、簪のように困惑した表情ではなく、怒りと恐れが混ざった影のある顔だ。

 

「・・・瑠奈?」

 

おそれながら尋ねると、突然瑠奈が向かうはずの更衣室とは真逆の方向へと走り始めた。その表情からは、日頃の冷静な雰囲気は感じられない。

 

「瑠奈!?どこに行くの!?」

 

「簪、先に行っててくれ!」

 

朝からの不安の原因がわかった。ここ最近、あの女が目の前に現れるということを体のどこかで感じていたからだ。

瑠奈という人間を作る原因と作った人間。

「天災」と呼ばれているあの女を。

 

 

 

 

「音がしたのは・・・・この辺りだが・・・・」

 

ぜえ、ぜぇと息を切らしながら音がした場所に行ってみるとなぜか巨大なにんじんが地面に刺さっていた。だが、これだけでわかる。ISに創造者である「篠ノ之束」が来ているということが。

 

「瑠奈!」

 

すると後ろから同じように息を切らした簪が来た。どうやら瑠奈を追ってきたようだ。

 

「簪、先に行っててっていったはずだ!」

 

「でも・・・・はあ・・・・はあ・・・・心配で・・・・」

 

まずい、簪を篠ノ之束と会わせたくはない・・・というよりあの女と合わせたい人間などこの世にいない。

 

「どこでもいい!早くどこかに逃げーーーー」

 

そこまで言いかけた時

 

「るー君っ!!」

 

突然、空からウサミミをつけ、青と白のワンピースを着ている女性が落ちてくる。

そしてそのまま地面を蹴り、瑠奈に抱き付いた。

 

「やあやあ!おひさーだね。元気していた?」

 

瑠奈とは正反対にその女性はテンションMaxの様子だ。

飛びつきの反動で後ろに押し倒されそうになるが

 

「やめろ!!」

 

それより前に振りほどき、地面に尻餅をつく。

 

「あれあれー大丈夫?るー君」

 

心配そうにする女性とは裏腹に人を殺すのではないのかと思うほどに怖い形相で瑠奈は睨み付ける。

 

目の前にいる女性の名前は篠ノ之束。

ISの創造者にして稀代の天才。

瑠奈の育て親にして、小倉瑠奈を殺した人間(・・・・・・・・・・)

 

「何しに来た?」

 

怒りと恐怖で震える体を押さえながらゆっくり立ちあがった。

そしてそのままわずかに後ずさる。

 

「まあちょっと送り物を届けにね。それよりも元気してた?久しぶりにあえて私はとてもうれしいよ!」

 

さっき瑠奈に振りほどかれたというのに束は再び抱き着く。

瑠奈がもがき抵抗するが、束の見かけによらず強靭な腕力で身動きがとれない。

 

「やめろ!やめてくれ!!」

 

抵抗できない悔しさに奥歯を強く噛み締めたとき

 

「や、やめてください!瑠奈が嫌がっているじゃないですか!!」

 

いままで黙り込んでいた簪が勇気を振り絞った様子で叫ぶ。

それに反応した束が抱きしめていた腕の力を弱めたため、瑠奈は腕から逃げ出すことができた。

 

「私とるー君の時間を邪魔するとはいい度胸だね。てか誰だよ君は」

 

「わ、私は・・・・・瑠奈とルームメイトの・・・・・・さ・・・・更識・・・・簪です」

 

束は久しぶりの再会に水をさされたことが気に入らないらしく、冷たい視線を簪に向ける。

 

「人様の子供をいきなり呼び捨てだなんて生意気だね。てゆうか劣等種なくせに私に意見するなんて馬鹿かな君は?」

 

劣等種という単語が心を突き刺す。簪は天才の分類に入る姉と自分との出来の違いに悩んでいた。

姉との問題にかかわらずここでも自分は「劣った存在」として扱われる。

自分の存在の小ささに目尻に涙が浮かんできた。

 

「るー君のルームメイトだからって君は友達にでもなったつもりなのかな?残念だっけど君とるー君とは釣り合ってないよ?」

 

反論できないことをいいことに束は簪に悪口や罵倒を浴びせていく。

口から嗚咽が出てきて心が壊れていくのを感じる。

 

「うっ・・・・・ぐすっ・・・・・」

 

心が苦しい。息が乱れる。

少しずつ心が壊れていくのを感じる。

 

「るー君の相手は私みたいな天才でスタイルもいい完璧なーーー」

 

ガァァァァン!!!

 

束が自分勝手な持論を語っていると突然大きな音と震動が響く。

音源に目を向けてみると

 

「それ以上彼女の悪口を言ったら本気で殺すぞ」

 

エクストリームの右腕部を展開し、拳を地面にめり込ませている瑠奈がいた。額には血管が浮き出ており、一目で彼が怒っていることがわかる。

だが、束はそんな瑠奈を心底理解できないように頭を悩ませている様子だ。

 

「はあーー、るー君はいつもそうだよね。私とは180度違う考えをしていて私の意見を真っ向から否定する」

 

「そうやって自分の価値観でしか物事を見ることしかできないから他人を壊して自分の意見を押し付ける。簪はあんたより何倍も素敵で魅力的な女性だ!!」

 

「素敵な女性」その言葉に簪の壊れかけていた心が反応した。

自分を素敵な女性と言ってくれた。

こんな暗くてスタイルもよくない自分を。そして

 

(怒ってくれた・・・・・)

 

天災と呼ばれている篠ノ之束を相手に本気で反論し怒ってくれた。

 

「ちぇ、なんだよるー君。急に怒っちゃって」

 

束は拗ねた子供のように頬を膨らませると、そのままどこかへ走り去っていった。

 

「大丈夫、簪?」

 

かけていた眼鏡を取り、涙目になっていた簪の目を持っていたハンカチで優しくぬぐう。泣いたせいか、心は落ち着いたが、目は真っ赤になってしまっている。

ひとまず近くにあった水道水でハンカチを濡らし、目に軽く押し当てる。

 

「本当にごめん。私の知り合いが迷惑をかけて」

 

「う・・・・うん。大丈夫・・・・・」

 

このままでいるわけにはいかないため、簪の班の部屋に案内してもらい、そこで休憩する。

幸い、簪の班員は全員海へ行っており、部屋には誰にもいなかった。

 

「ほら、とりあえず寝て」

 

指示に従い、畳の床に寝っ転がろうとした簪だが、瑠奈が簪の頭を両手で支えると、

 

「え?・・・え?・・・」

 

自然な動きで自分の太ももの上にのせる。

俗にいう膝枕というものだ。

 

「る、瑠奈!?何を!?」

 

突然のことに驚き、がばっと大慌てで起き上がる。

いきなりの状況に理解が追い付かない。更識家といえど簪だって年頃の乙女だ。異性と親しくなりたいと思っているし恋愛にも興味はある。

だが、普通は手を握るあたりから始まることを、なぜか膝枕という高レベルな技術を受けている。

 

「こら、簪!安静してないと」

 

まるで親のように注意すると、瑠奈は簪の後頭部を再び太ももの上にのせ、濡れたハンカチを簪の目に被せる。

さっきは痛みで心が壊れそうだったがこんどは緊張で心が壊れそうだ。

いきなりのシチュエーションで頭の整理が追い付かない。

 

(えっと・・・こ、これ・・・・どうしたら・・・・)

 

混乱のせいでうまく話題を切り出せず、瑠奈と簪の間で沈黙が続く。

なんか気まずくなり、なにか話そうと思ったとき

 

「うれしかったんだ」

 

脈拍もなく、瑠奈が簪に話す。

目をハンカチでおおわれていてわからなかったが、からかっているのか瑠奈はいま簪の眼鏡をかけていた。

だが、目を少し嬉しそうに笑っている。

 

「私は少しの間束と一緒に暮らしていたことがあったんだけどさ、ほら、束はああゆう性格というか・・・・・自分中心みたいなところがあってさ。人目も気にせずに抱きついて来たりすることが過去に何回かあったんだ」

 

「篠ノ之束と暮らしていた」それだけで常人は驚くが、不思議と簪の中で驚きはなかった。

なんというか・・・・・彼には納得させるほどの説得力がある。

 

「私が嫌がっていることをわかっていても、周りの人間は相手が天災と呼ばれている束を恐れてみて見ぬふりをして、助けてはくれなかった」

 

相手は天災と呼ばれている束を相手に下手な口出しをすれば、機嫌を損ねてしまうかもしれない。

普通の大人だったらそんなことはないのかもしれないが、人として何かが狂っている束なら気に入らない国1つや2つなんの躊躇いもなく潰すだろう。

そんな人間だとわかっていて、しかも自分は関係ない他人ごとに口を挟むなど百害あって一利なしだ。

 

瑠奈は束をよく思っていない・・・・いや、正直言って大っ嫌いだ。その嫌いな相手から一方的な愛情など押し付けられても、嬉しいはずがない。

 

「簪が初めてだよ。あの束を相手に立ち向かってくれた人間は」

 

束に罵倒されたときは落ち込んでいたが、瑠奈の「初めての人間」になれたこととこうして瑠奈に膝枕されて2人だけの時間を過ごすことができたと思うと、多少は得したような気がする。

せっかくだ、この雰囲気に便乗して我儘をいってみるのもいいかもしれない。

 

「る・・・・瑠奈・・・・・?」

 

「なに?」

 

「その・・・も・・・・もう少し・・・・こ、このままで・・・・いい?」

 

心臓が破裂するのではないかと思うほどの緊張で、言葉が途切れ途切れになりながらも、渾身の我儘を言ってみる。

もし断られたらどうしようかと大きな不安があったが

 

「もちろんいいよ」

 

瑠奈がそう即答し、大きな安心が心を包む。

その返事を聞けたことに安心すると、簪は体中の力を抜き、リラックスする。

 

 

束とのコンタクトやあの機体(エクストリーム)のこと。

そして先日の転校について。

瑠奈の実力はどこの企業や国も喉から手が出るほど欲しがっているはずだ。

 

そのはずなのに、なぜ彼は女装してまでIS学園に来たのだろうか?

 

結局その日の自由時間は簪の膝枕で終了した。

 

「そろそろいいんじゃない?」という瑠奈の呼びかけに簪は「まだ治っていない」という返答を繰り返しては延長していき、最終的には夕方に自由時間を終え、戻ってきた簪の班員たちの「瑠奈の膝枕」という行為の驚愕と嫉妬の声で、簪の夢の時間は終了した。

 




評価や感想をお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

38話 主人

自由時間が終わったら、次は入浴で食事になる。

 

「部屋と夕食はいらない」といっていた瑠奈は、入浴時も夕食時も姿を見せず、完全に行方不明状態だ。

彼がいないのは見慣れた光景だが、臨海学校でも姿をくらませている。

いったいどこで何をしているのだろうか?

 

「うわ・・・・随分と票に違いがあるね・・・・・」

 

目の前の紙を左右で二等分するように線を引き、左右で生徒たちの名前が書かれている。

簪のクラスである4組は、夜の自由時間を使い、一つのアンケートを行っていた。

 

それは「織斑一夏と小倉瑠奈の人気アンケート」だ

修学旅行で恋バナをするのは伝統になっているが、今回は2人いる男子生徒の内、どちらが好みかというアンケートを4組総勢でやっていた。

 

結果は一夏が瑠奈と3倍以上の差をつけて勝った。

 

瑠奈は学園では孤立した存在であるため、日頃はフレンドリーに接している一夏と違い、謎に包まれているため人によっては距離を感じてしまう。

だが、それがいいと言っている物好きもいるようだ。

 

「ねえ、更識さんはなんで小倉さんに票を入れたの?」

 

クラスメイトがふと思ったかのように部屋の隅で音楽を聴いていた簪に質問する。

瑠奈は一夏と3倍以上の差を付けられて負けたため、必然的に瑠奈に入っている票もすくない。

簪は瑠奈に票をいれた数少ない生徒だ。

 

「確かにそれ思った。てゆうかルームメイトだったらなにか知ってんじゃない?」

 

簪は瑠奈とはルームメイトなため、4組のなかでは小倉瑠奈という人間について詳しいと思っている人間がいるようだが、生憎簪も彼をよく知っているというわけではない。

その質問に簪は少し、考えるように頭を傾けると

 

「優しい・・・・・ところかな・・・・・」

 

そう答えるが、クラスメイトが難しい顔をする。

入学してから瑠奈には黒い噂が絶えない。

なんでも多数のセ〇レがいるとか、部屋に三脚木馬を持ち込んでルームメイトを調教しているなどといった変な噂が1人歩きしている。

ちなみに部屋のドアは三脚木馬が入れるほどの幅はないし、当然のごとく、ルームメイトの簪にも確認を取っている。

 

それでも噂話が好きな年頃だ。

あれこれと根も葉もない話をくっつけて広げていってしまう。

 

それでも簪は知っている。

小倉瑠奈という人間は皆がいうほど悪い人間ではないということを。

 

 

 

各班が部屋でハッピー青春を満喫している頃、瑠奈は一人で廊下を歩いていた。

目的地は一夏と千冬の部屋である。

少しの間外出する必要があったため、千冬に外出許可をもらいにいくのだ。

 

ところが

 

「「「・・・・・・・・・・」」」

 

目的の部屋の前で箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラの5人がドアに耳を張り付けていた。

 

「なにやってるの?」

 

「る、瑠奈・・・・・ちょっとこれを聞いて」

 

鈴に誘導され、瑠奈も他5人と同じようにドアに耳を張り付けてみる。

すると

 

『千冬姉、久しぶりだから緊張している?』

 

『そんなわけあるか、馬鹿者。---んっ!す、少しは加減をしろ・・・・・』

 

『すぐによくなるって。大分溜まっているみたいだし』

 

『ん・・・んぁ・・・・』

 

中から一夏の声と千冬の喘ぎ声が聞こえてくる。

 

これは非常事態だ。

普通は姉弟同士で生殖行為はしないものだが、この状況をみるとすでに我々人類のなかで遺伝子異常が始まっているらしい。

 

いや、そんな人類で解決するような問題だったらまだいい。

姉弟同士では結婚できないことをみると、これはお互いの体だけが目当てであり、一生を誓い合っての行為ではないだろう。

 

当然のごとく避妊はしていると思うが、もし・・・・運悪く破けて膣内射精をしてしまったら?

『やっちゃった』などど軽く済む問題ではないし、これが原因で妊娠してしまったら・・・・・・。

 

産むか中絶するか・・・・後者はともかく、前者の場合、千冬は半年以上の産休を取る必要がある。

その間、誰が学園内で瑠奈の要望に応える?

千冬は学園内で瑠奈の詳細を知っている唯一の存在だ。

 

その千冬が学園から一時とはいえ、離れるのは都合が悪い。

 

それに加え、場所から考えて布団か畳の上で生殖行為を行っているというが、それは最悪の状況だ。

 

布団の上だろうが、畳の上だろうが両者ともに人が踏んだり、寝転がっている物、つまり雑菌が溜まっている。

念入りに洗濯されていても雑菌を完全に除菌するなど不可能だ。

 

それが運悪く一夏や千冬の膣内から入ってしまい、性感染症などになったら人としての繁殖機能に大きな障害が引き起こされるかもしれない。

 

本来はビニールかガーゼの布などを敷いて行うというのに、これだから最近の若者の性意識の低下がゆゆしき問題となっているんだ。

 

「おい!!ビニールは敷いているか!避妊具はッ!?」

 

ほかの5人とはどこかずれた心配をしている瑠奈が勢いよく扉を開ける。

そのとき鈴が「ひっ」と小さな悲鳴が漏れたが、これは大きな問題だ。

だが、視線の先には

 

「うわっ、びっくりした・・・・・瑠奈かよ・・・・」

 

「ん?・・・・どうした?」

 

布団に寝そべる千冬とその背中に跨り、指を押し当てている一夏がいた。

一瞬、バックでやっていたのかと思ったが、生殖行為をしていた場合は部屋には独特のにおいがするものだ。

におい消しでも置いたら誤魔化せるが、それはそれで違和感を生む。

そのにおいもないとなると、どうやら一夏と千冬は完全に白だったようだ。

 

「ふぅ・・・・・」

 

安心したかのようにため息をつくと、ほかの5人も安心したかのように崩れ落ちた。

どうやら一夏と千冬はマッサージをしていたようだ。

 

「び、ビニール?なんの話をしてるんだ?」

 

突然現れた客に戸惑う一夏だが、寝っ転がっている千冬は状況が理解できたらしく、やらやれと困り顔をしている。

 

「なんでもない。そのことは忘れてくれ。織斑先生、お楽しみのところ悪いですけど、少しいいですか?」

 

「なんだ?」

 

ひとまず寝ていた体を起こし、千冬は瑠奈と向かい合う。

 

「しばらくの間、外出許可を貰いたい」

 

「いいだろう。許可する」

 

「どうも。これはお礼です」

 

「さすが、わかってるじゃないか」

 

懐から黒い缶ビールを取り出すと、それを千冬に投げ渡す。

千冬はその缶ビールを満足そうに眺めている。

 

「一夏、マッサージをして汗をかいているだろう。もう一度風呂に入ってこい」

 

「ん、そうする」

 

千冬の言葉に頷いた一夏はタオルと着替えをもって、瑠奈と一緒に出ていく。

 

「なあ、風呂一緒にどうだ?」

 

「さっき、外出するって言ったはずだけど」

 

「まあまあ、外に出る前の気分転換でさ」

 

「男と混浴する趣味はない」

 

そんな他愛のない会話をしている一夏と瑠奈が完全に見えなくなったことを確認すると

 

「とりあえず、全員好きなところに座れ」

 

扉の前で固まっている女子5人を部屋に引き入れる。

とりあえず、ベッドとチェアに座ったが、それからは誰も口を開かず、沈黙が続く。

 

「やれやれ、いつものバカ騒ぎはどうした・・・・」

 

呆れたような表情をすると、千冬は旅館に備え付けている冷蔵庫から5人分の飲み物を出すと手渡す。

全員が飲み物に口を付けたのを確認すると、千冬も瑠奈からもらった缶ビールを開けて一気に飲む。

ひと段落すんだところで

 

「で?何が知りたい」

 

「え?」

 

突然の話の切り出しに戸惑ったかのような声をあげる。

 

「な・・・・・なんの話ですか?」

 

「とぼけるな。顔に書いてあるぞ。「瑠奈のことが知りたい」と」

 

図星を突かれ、5人がぎくりとひきつった笑みを浮かべた。

実はこの5人は中学生の集団告白のように。おそらく瑠奈のことを一番理解しているだろう千冬に聞くために部屋に来た。

 

箒は専用機を作ってくれるにはどうしたらいいかとヒントを求め、ほかの4人は卒業後に祖国に引き入れるための情報収集が目的だ。

 

「だが、私は仮にも教師だ。生徒の個人情報をばらすわけにもいかない。だが・・・まあ・・・・あいつに迷惑が掛からないレベルでなら話してもいい」

 

酒を飲んで酔っているのか、千冬は赤い顔でにやける。

 

「じゃあ・・・・いいですか?」

 

恐れながら手をあげたのは

 

「なんだ?」

 

セシリアだった。

実はセシリアは卒業後に瑠奈をオルコット家に来てもらおうと考えていた。

彼が優秀だということは、技術を教わり、学年別トーナメントで共に戦ったセシリアが一番よく知っている。

オルコット家に来てもらったらそのまま・・・・・・なんてことも考えていたりする。

そのため、ここで情報で差をつけるのが得策だ。

 

「じゃあ・・・瑠奈さんはなんでIS学園に来たんですか?」

 

「どうゆう意味だ?」

 

「いや・・・・その・・・・彼は十分優秀ですし、学園なんか行かなくても今からでも企業に就職すればいいのでは?」

 

瑠奈は現在どこの国の代表候補生でもない。

それに加え、全てが未知数の機体(エクストリーム)に加え、独自でISを修理できるほどの頭脳。

なにを犠牲にしても手に入れたい人材だ。

勧誘の書類は届いていたが、瑠奈は封を開けずに、即焼却炉に捨てている。

 

「あいつはISを学ぶために学園に来たわけではないからな」

 

「「「「は?」」」」

 

千冬の意味不明な発言に全員が首を傾げる。

IS学園はその名の通り、ISを学ぶために建てられた学園だ。

それなのにISを学ばないとなると学園の存在自体を全否定することになる。

 

「奴は自分の主人(・・)を求めているのさ」

 

「「「「え?」」」」

 

再び千冬の意味不明な発言に5人は再び首を傾げる。

 

「主人?」

 

「ああ、そんなに難しく考えなくていい。主人とはその名の通り、自分の仕えるべき相手だ。あいつは自分の決めた主人を相手には何でも従うぞ。浮気もしない」

 

「彼にとって、主人はどれほどの価値があるのですか?」

 

「そうだな・・・・・おい、ラウラ」

 

「なんですか?」

 

「突然だが、軍がもっとも重視しているものはなんだ?」

 

軍人であるラウラにはその返答は簡単なものだ。

世界中の軍隊がもっとも重視している物は資金でもなく、兵力でもない。

 

「規則です」

 

「満点だ。(瑠奈)にとってその規則を破っても救うべき存在。その身が滅んででも守るべきものだ」

 

その主人というのは瑠奈のなかでかなり大きくて重要な存在らしい。

そうなれば話は早い。

 

「わたくし、セシリア・オルコットがその命を請け負いましょう!!」

 

オルコット家には大勢のメイドや執事がいる。

その中で一人、執事が増えたところでなんの問題もない。

それに、彼の実力からいってセシリアが教えを乞うには十分すぎる相手だ。

 

得意げな顔でいるセシリアだが、それを見て千冬は苦笑いを浮かべる。

 

「悪いが、今のお前では無理だな」

 

「え?」

 

鼻の緒を折られたかのように、抜けた声をあげてしまう。

 

「あいつもそこら辺の人間を自分の主にするほどお人好しじゃない。どうしても主になりたいというのなら、あいつに認められることだな」

 

その話を聞いた途端、セシリアの中で湧いていた希望が無くなっていくような消失感を感じる。

あの小倉瑠奈をどんなことであろうと認めさせるのは骨が折れそうだ。

 

「まあ、自分を磨くことだな」

 

そういい、千冬は瑠奈からもらった缶ビールを一気に飲み干す。

顔が赤くなっているところを見ると、かなり酔いが回っているようだ。

 

「僕からもいいですか?」

 

「なんだ?デュノア」

 

彼の本名はなんですか?(・・・・・・・・・・・)

 

さっきまで千冬の発言に首を傾けたが、今度はシャルロットの謎の意味不明な質問に首を傾ける。

 

「な、何言ってんのよ。瑠奈の本名は小倉瑠奈でしょ?」

 

「いや・・・・そういう意味じゃなくて、みんなおかしいと思わない?小倉瑠奈って女性の名前だよね?だけど彼は男性だった」

 

この疑問点は名前と性別を偽り、転校してきたシャルロットだからこそ気が付いたものだ。

シャルロットはシャルルと名乗っていたが、女子として転校し直す時に、本名になおして転校したのに対し、瑠奈は名前を変えずに転校してきた。

それほどまでに彼は本名を隠す必要があるのだろうか?

 

「ほう・・・・なかなか鋭いところを突いてくるな」

 

「織斑先生は本名を知っているんですか?」

 

「もちろん知っている。あいつの本名はゆーーーーっと、これは私の口からは言えないな」

 

「えーーー!!そこまで言ってですか?」

 

「主になったらあいつの方から話してくれるさ」

 

千冬は、無駄だとわかっていても瑠奈の本名についてあれこれ議論している5人を一瞥すると、2本目の缶ビールを取るため、冷蔵庫に歩いて行った。

 

ーーーー

 

「なにをしにきた?」

 

日が完全に沈み、辺りを月下が照らしている。

その中を歩きながら、瑠奈はある人物と会っていた。

 

「まあ、大事な家族である箒ちゃんにプレゼントを届けにね」

 

岬の柵に腰かけながら、ある人物ーーー束はにっと口角をあげる。

この2人は、会う約束していたわけではない。

だが、お互いの深い因縁ゆえなのだろうか?互いにひきつけあう宿命があった、運命があった。

 

「それはまさか・・・・・・」

 

「その通り、これが箒ちゃんの専用ISの『紅椿』だよ」

 

空中投影のディスプレイを浮かび上がらせ、おもちゃを自慢する子供のように、瑠奈に見せつける。

『紅椿』----篠ノ之束が開発した第四世代IS。

僅かしか見えなかったが、現代ISを大きく上回るスペックだ。

 

「だめだ!彼女はまだ自分の実力がわかっていない。そんな人間がISに乗ったら大参事が起こるぞ!」

 

自分を知らない人間がISに乗るなど、目隠しをして車を運転するようなものだ。

行く方向も分からず、現在地も分からず、ただひたすら進んでいき、いずれ壁にぶつかり事故が起きる。

 

「大丈夫だよ。私の妹なんだし」

 

「だがーーーー」

 

「そんなにISを渡したくないのなら」

 

柵に腰かけていた腰をくるりと反転し、瑠奈と向き合う。

 

「私の元に帰っておいで。くーちゃんも心配しているよ」

 

手を差し出し、微笑みかける。

普通に見たら優しい笑みを受けべている女性だと思うだろう。

だが、騙されてはいけない。

目の前の女性も瑠奈と同じように、何枚もの仮面をかぶっているということを。

 

「何度も言っているだろう、私はあんたの元に帰る気はない」

 

束がISを開発したせいで、瑠奈の大切な人はその残酷な運命に傷つき、弄ばれ、死んでいった。

瑠奈はその恨みを一生忘れない。

忘れたら彼女の死が無駄になってしまう。

 

「もしかして彼女のことを気にしているの?実に心外だな。彼女を殺したのは私じゃないのに」

 

「あんたが・・・・あんたがあんなもの(IS)を開発しなければ・・・・・・」

 

あのまま、2人寄り添って暮らしていくことができたかもしれない、生きていくことができたのかもしれない。

彼女が傷ついていくなか、何もできずに見ていることしかできなかった自分が憎い、無力だった自分が憎い。

『力があれば』と何度願ったことだろう。

 

「ぶぶーーー、あんなものなんてひどいなぁ」

 

ISは束が心血を注いで作ったものだ。

一般人が束の前でISをあんなもの呼ばわりなどしたらただでは済まないだろう。

だが、束は怒らない。

彼女にとって瑠奈のような同類がいること自体が喜びなのだ。

 

「まあ、待ってるよ。ゆーくん(・・・・)

 

すると、束は後ろに下がって後ろ向きの体勢で岬の崖に飛び降り、姿を消した。

崖は数十メートルはあり、落ちれば無事ではすまないだろうが、瑠奈は心配などしていない。

彼女がこんなことで死ぬなど思っていないからだ。

 

帰り道を歩いている途中、空を見上げてみると満月が光を放ち続けている。

 

瑠奈()---彼女は今の自分に何をしろというのだろう。

そして、なぜ己の存在を犠牲にしてでも自分を生かしたのだろうか・・・・・

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

39話 紅の力

テストが終わったのでバリバリ頑張っていきます!



 

「よし、専用機持ちは全員そろったな」

 

2日目は丸1日ISの装備試験とデータ収集をする予定だ。

専用機持ちは大量の装備を受け取るため、別に集合をかけられたが、その中には1人だけ場違いな人間が混ざっていた。

 

「あの・・・・箒は専用機を持っていないでしょう?」

 

そう、なぜか代表候補生でもなければ、専用機持ちでもない箒がいた。

その場にいる人間は疑問に思っていたが、千冬と瑠奈にはなぜ、箒も集められたかわかる。

結局、瑠奈は束の行動を止めることができなかった。

 

「ちゃんと説明する。篠ノ之、お前には今日からーー」

 

「ちーちゃん!!!」

 

そう大声が聞こえたと同時に、こちらに向かって何者かが猛スピードで走ってくる。

姿が見えなくても瑠奈にはわかる、『天災』が来たのだと。

 

「会いたかったよ!!、ちーちゃん。さあ、私に温かい抱擁を味わわせておくれ!!」

 

そのまま、千冬に抱き付こうとするが、千冬はその人物の顔面を片手で掴むと、思いっきり持ち上げ、反対側に叩きつける。

痛そうな攻撃に、「うわぁ・・・」とその場にいた人間の声が漏れるが、その人物は全く勢いが劣る様子はない。

 

「まったくもう!!ひどいなぁちーちゃんは」

 

「いいから自己紹介ぐらいしろ束」

 

地面に倒れていた束だが、即体を起き上がらせると千冬に言われた通り、自己紹介をする。

 

「私が天才の束さんだよ。そこの君!!かわいいねーーー私と一緒に来ない!?」

 

「断る。あと私の目の前に来なくても聞こえている」

 

束の顔を突きつけられて、視線いっぱいに束の顔がドアップで映し出されている瑠奈は迷惑そうに顔を歪める。

そしてそのまま、瑠奈の腹部に手をまわして、持ち上げる。

俗言いう高い高いというものだ。

 

「相変わらずるー君は軽いねぇ。ちゃんとご飯食べてる?」

 

脇腹をもまれたり、顔を擦り付けられたりされるが、瑠奈は何も言わす、抵抗もせず、人形のようにされるがままの状態を貫いていたが

 

「いい加減にしろ!!束」

 

千冬が束の後頭部に強烈な拳骨を食らわせた。

さすがに束も応えたらしく、抱き上げていた瑠奈を地面に落とすと、後頭部に手を当ててうずくまる。

 

「うう・・・・・ひどいよちーちゃん」

 

「いいからさっさと始めろ」

 

ぶぅーーと不満そうに頬を膨らませた後、束は立ち上がり、懐からリモコンのようなものを取り出すと

 

「さぁ!!大空をご覧あれ!!」

 

直上を指さし、手元のリモコンのボタンを押す。その瞬間、上空から金属の塊が落下してきた。

地面に落下したと同時に、その塊は光の粒子が全体を包み、姿を変えていく。

そして赤いISとなって姿を現した。

 

「これが箒ちゃん専用機こと『紅椿』!!束さんお手製の第4世代ISだよ!」

 

ーーー第4世代

世界各国がやっと第3世代ISの開発にごぎ付けたというのに、現代ISを大きく上回るスペックを有する最新鋭のIS

 

「紅椿・・・・・」

 

機体の前に立ち、箒は満足したかのような微笑を浮かべている。

ほかの専用機持ちも驚くような表情をしているが、そのなかで1人ーーーー瑠奈だけは嫌な予感を感じ取っていた。

 

 

 

箒が浮かべている表情は、力を持つことを自覚するものの笑みではなく、おもちゃをもってはしゃぐ子供のような笑みだったからだ。

 

 

 

 

上空で箒は紅椿の設定やOSの試験をしている中、瑠奈は地面に座り、エクストリームのとある装備の調整をしていた。

 

白式の一次移行(ファーストシフト)のデータから学ばせてもらい、瑠奈とエクストリームの同期を完全一致させるプログラム。

 

『極限進化』

 

とはいえ、これはまだ不完全だ。

4月から完成させようと努力はしているが、あと一つピースが足りない。

 

「どうするべきか・・・・・」

 

瑠奈が頭を悩ませていると

 

「あの・・・・瑠奈さん?」

 

さっきまで、上空で飛び交う第4世代IS『紅椿』を見ていたセシリアが声をかけてきた。

 

「私なんかに構っていていいの?貴重な篠ノ之束お手製のISを見る機会なんてそうそうないよ」

 

「いや・・・・・あの・・・・1つ質問がしたくて・・・」

 

「なに?」

 

「瑠奈さんは束さんとは仲がよろしいのですか?」

 

その質問を聞いた途端、投影ディスプレイの電子キーボードをいじっていた瑠奈の動きがぴたりと止まる。

 

「仲がよさそうに見えた?」

 

先ほどの束の喜びからすると、束本人は瑠奈とは良好な関係のように見える。

あの異常なまでの喜びは、まるで家族と久しぶりに再開した子供のような喜び方だった。

 

「束博士は瑠奈さんの主人だったのですか?」

 

その質問を聞いた瞬間、瑠奈の目つきが変わった。

憎しみ、悔しさ、怒り、悲しみなどの負の感情が混ざった顔つきに

 

「誰からその話を聞いた?」

 

低い声だったが、瑠奈はそういい、セシリアを睨みつける。

その顔に怯むがギリギリでとどまる。

 

「昨日の夜に・・・・・織斑先生から・・・・」

 

「千冬か・・・・・余計なことを・・・」

 

今度は負の顔から迷惑そうな顔に変わり、再び電子キーボードをいじり始める。

 

「残念だけど私と彼女はそんなに親密な関係じゃない。わかったらあっちに行ってくれ。邪魔だ」

 

そういい、しっしと犬を追っ払うかのような動作をし、セシリアを追い払うと、ふぅと静かにため息をついた。

 

 

 

 

「よーし、それじゃあ仕上げに移るよー」

 

その後、順調に箒と紅椿の調整は進んでいき、あとは武装試験運用だけになった。

紅椿の試験運用を見てきたが、流石束といったところだろうか、完成度と規格外の性能だ。

 

「じゃあ、これを撃ち落としてみてね」

 

束がほいっと腕を振るうと、隣に16連ミサイルポットを呼び出すと、上空にいる紅椿に撃ちこむ。

 

「やれる、この紅椿なら」

 

箒は腰に装備されていた刀を抜刀すると、一回転するように振るう。

そうすると、赤いレーザービームが発射され、ミサイルとすべて撃ち落した。

 

「すげぇ・・・・・」

 

圧倒的なスペックにその場にいた人間全員が言葉を失う。

そんな中で千冬と瑠奈は難しい表情で立っている。

まるで、近くに敵がいるかのような緊張した顔で・・・・・

 

「大変です!!織斑先生!!」

 

そんな状況を壊したのは、いつもとは比べられないほど慌てた表情で走ってきた真耶だった。

緊急事態かのような顔で千冬の元に駆け寄ると、持っていた小型端末を見せつけた途端、千冬の表情が険しいものへと変わる。

 

「現時刻をもってISのテスト稼働は中止。生徒を旅館に戻し、各自室内待機だ。専用機持ちは私について来い!」

 

常に冷静を保っていた千冬が怒号をだしている。

その光景を見ていた束の口角が上がったことを、瑠奈は見逃さなかった。

 

 

ーーーー

 

「それでは、状況を説明する」

 

その後、箒と瑠奈を含めた専用機持ちは旅館の最奥にある大広間に集められ、大型のディスプレイを見せられていた。

瑠奈たちのほかに、その大広間にはIS学園の教師たちが真剣な顔つきでパソコンに向かい合っている。

 

「2時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の軍用IS『福音』が制御下を離れて暴走し、監視空域を離脱した」

 

その説明に、一夏を除く専用機持ちは厳しい顔つきになるが、瑠奈だけは他人事のような表情は変わらない。

 

「その後、衛星による追跡の結果、50分後に福音はここから2キロ先の空域を通過することが判明した。学園上層部からの伝達により、我々がこの事態に対処することになった」

 

用は他国の軍用ISが手違いによって暴走した。偶然近くを通過するIS学園に尻拭いをしろということだ。

 

「それでは作戦会議を始める。意見があるものは挙手しろ」

 

事態を重く見たのか専用機持ちは真剣な顔つきで作戦会議を始めていく。

状況や事態を理解できていないのか、一夏が呆然としていたが、状況理解できてるであろう瑠奈までも会議には参加せず、黙り込んでいる。

 

「福音は現在も超音速飛行を続けている。アプローチは一回が限界だろう」

 

「だったらできるだけ一撃必殺の機体で・・・・・」

 

『一撃必殺』という単語で全員が一夏と瑠奈を見る。

白式には零落白夜という全ISの中でトップクラスの攻撃力を持つに加え、ゼノンのパワーも負けてはいない。

 

「問題は一夏と瑠奈をどうやって運ぶか、だね」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺と瑠奈がやるのか?」

 

「当たり前じゃない。ほかにできる機体なんてないわよ」

 

いつの間にか自分が話の中心にいることに困惑している一夏だが、瑠奈はそれでも黙り込んでいる。

 

「織斑、これは訓練ではなく実戦だ。大きな危険が伴うがこの事態を解決するために協力してほしい」

 

千冬の真剣な視線にしばらく一夏は考えるような表情をしていたが

 

「やります。俺がやってみます」

 

覚悟を決めたかのように千冬に頼もしい目つきで見つめ返す。

 

「よし、小倉も参加でいいな。それでは作戦の具体的な作戦内容にーーー」

 

「勝手に決めるな」

 

いままで何も言わなかった瑠奈が低い声でそう言った。

 

「なんだ?何か意見があるのか小倉?」

 

「急な呼び出しかと思っていたらそんな内容か。私は作戦には参加しない。部屋に戻らせてもらう」

 

立ち上がり、大広間を出ていこうとする瑠奈を

 

「ちょ、ちょっと待ってください!!」

 

慌てた様子の真耶が瑠奈の手首を掴んで阻止する。

 

「この作戦では小倉さんの力が必要なんです!!だから・・・・・その・・・抜けられるのは困るというか・・・・・」

 

そんな様子で親におねだりする子供のような真耶を一瞥すると、瑠奈はなぜかラウラの前に座り

 

「ラウラ、答えてくれ。いまの私たちは兵士(・・)と何が違う?」

 

そう質問した。

『兵士』という単語にその場にいた人間が凍り付いた。

それは質問されたラウラも同じだ。

 

IS学園の上層部の命令により、福音という敵に命を懸けて戦う。

世間ではこの役割を何と呼ぶのだろうか?挑戦者(チャレンジャー)?勇者?違う。

正解は上の人間の手駒になり、戦場で命を弄ばれていく兵士だ。

 

「だからなんだ?兵士として戦うことに関してお前に損得があるのか?」

 

瑠奈に反論するかのように、千冬がそういうが彼女も分かっている。

損しか存在しないことを。

 

「なんで私がボランティアで命を危険にさらさなくてはならない?」

 

考えてみれば当然のことだ。

この世に顔も名前も知らない人間を命を懸けてまで救おうとする人間がいるだろうか?それも無償で、自国の問題ではなく、外国の尻拭いなどに。

 

「ふ、ふざけんな!!」

 

瑠奈が正論を語る中で憤慨したかのように一夏が声をあげ、瑠奈の襟につかみかかる。

 

「ここで俺たちがあきらめたら福音の操縦者はどうなるんだよ!?」

 

「ISだなんていう物騒な兵器のテストパイロットをしているんだ。死ぬことだなんて覚悟の上だろ」

 

そう、ISという誰から見ても危険なものに関わっておいて、いざ事故になって『こうなるとは知りませんでした』などと虫が良すぎるし通らない。

覚悟が足りなかったとしか言いようがないだろう。

 

「千冬姉の立場はどうなるんだ!?」

 

「『学生を危険な目に合わせるわけにはいかなかった』と言えば上層部は納得しないかもしれないが、世論は認めるだろう。それで立場は守れる」

 

「だがーーー」

 

「織斑一夏」

 

襟を掴んでいた手を払うと、瑠奈は一夏を憐れむような目を向ける。

 

「君は本当にIS学園に入ることができてよかったね。そうじゃなかったら君は今頃世界中の研究所でモルモットにされていたところだ」

 

モルモットーーー実験台になっているなどという遠く離れているがあり得なくもない言葉に一夏の手がわずかに震える。

 

一夏はIS学園に入らなければ白式を手に入れることはできなかった。

そんな無力で後ろ盾がない状態で町に放せば、即研究所の人間に捕まり、実験体だ。

 

「解剖に薬物投与に加えて洗脳、だんだんと自分が自分でなくなっていくかのような消失感は死ぬほどつらいぞ・・・・・・」

 

世界は『男子生徒の織斑一夏』ではなく『ISを扱える織斑一夏』を求めている。

つまり、一夏がISを扱える原因がわかればそれでもう用済みだ。殺されようが、餓死しようがどうでもいい。

 

世界にとって織斑一夏はその程度の価値でしかない。

辛く、悲しいことだが、これは誰かが言わなくてはいけないことだ。

『お前は特別な人間ではない』と。

 

「まあ、それでもこのまま操縦者を見殺しというのは後味が悪い」

 

その言葉に全員の顔が明るくなる。だが、小倉瑠奈は残酷な人間だということを思い知らされることとなる。

 

「私が福音のISコアを暴走させて自爆させよう。これでこの事件は解決だ」

 

あまりにも冷徹で非人道的な提案にその場にいる全員が言葉を失った。

今のはまるで今夜の夕飯のメニューを思いついた主婦のような感じで恐ろしい作戦を立案する。

そんなことをすれば操縦者の命は100%助からない。

 

「あれ?みんなどうしたの?」

 

「あんた・・・・狂ってるわよ」

 

「実に心外だな鈴。これでも十分良心的だ。そもそも今回の作戦が暴走を止める(・・・・・・・・・・・・)ことが上層部の目的だとおもっているのかい?」

 

「え・・・・・」

 

今回の作戦は福音の操縦者の救出を考えていた面子は本心を否定されたかのような苦しい気分になる。

 

「上層部が防ぎたいのは福音の暴走による技術流出だ。操縦者の安否はどうでもいい」

 

簡単に言えば操縦者<福音ということだ。

いくらでも予備がいる操縦者よりも2か国で合同開発したISを上層部は取った。

そうでなくてはIS学園に迎撃を依頼したりなどしない。

 

これは世界の医療技術にでも言えることだ。

世界ではいまでも様々な難病がある。中には何万分の1という確率で発病するものなどもあるかもしれない。

全世界の医療機関が協力して薬を研究すればその難病を直す薬が作り出せるだろう。

でもなぜそうしないか?簡単だ、薬を開発したところで開発費で何億かけたのに対し、病人の『ありがとう』の一言。

到底釣り合わない。

 

これと同じように、何十億のISのデータ流出の阻止と操縦者の命。

 

正直言って瑠奈の言っていることは正論だ。

大を生かすために小を切り捨てる。それが人間であり、社会という物だろう。

反論できない自分に悔しさのあまり、一夏が奥歯をかみしめたとき

 

「小倉、来い!」

 

千冬が瑠奈の手首を強引に掴んで大広間を出ていった。

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

40話 出撃

遅くなりましたが、お気に入りが400件を超えていました。
たくさんの応援をありがとうございます!!


「ここなら誰も邪魔には入らないだろう・・・・・」

 

千冬に連れられた瑠奈は、作戦会議場である大広間から少し離れた客室に連れ込まれた。

出口に誰もいないことを確認すると、千冬は瑠奈を座布団に座らせ、自分も押しかける。

 

「今回のこの事件は恐らく束が絡んでいる」

 

「そんなことわかっている」

 

紅椿の試験運用をしていたら、偶然(・・)近くで行っていたISが暴走し、偶然(・・)この近くを通過する。

どう考えても出来すぎている。

これは束が紅椿のデータ収集が目的で引き起こした事件である可能性があるが、瑠奈には関係ないことだ。

 

「だったら話は早い。この事件を解決するために協力をーーー」

 

「じゃあ、あんたがやれよ」

 

必死に協力を仰ぐ千冬だが、話にならないと言わんばかりに軽くため息をする。

瑠奈の目には失望と嫌悪が混ざった黒い色をしている。

 

「織斑姉弟によるIS編成。なかなか絵になるじゃないか、初代ブリュンヒルデ。まあ、日頃から生徒に威張り散らしているんだ、たまには威厳というものを見せとかないとね」

 

餌をくれない飼い主に、犬は懐かない。

それと同じように、後衛で指示ばかり出してないで、たまには皆に背中を見せてやる必要もある。

とはいえ、訓練機で軍用ISに挑むなど、無謀を通り越して不可能だ。

瑠奈もそんなことはわかっている。

 

だが、これは命がけの任務だ。

当然、下手をしたら死ぬかもしれないが、瑠奈としては、別に死ぬことを恐れているわけではない。

自分のように人間の理を外れた存在などに幸せな人生が送れることなど期待していないし、そんな希望はとうの昔に捨てた。

だが、名前も顔も知らない相手のために死ぬよりも、自分を知ってくれている人間のために死にたい。

それくらいの我儘は言ってもいいだろう。

 

「お前の言っていることは正しいかもしれない・・・・・それでもだ」

 

「ん?」

 

瑠奈の吐き捨てるようなセリフに沈黙していたが、低く、小さな声だったが瑠奈を見つめながら口を動かす。

最後に希望だと言わんばかりの真剣な目つきで。

 

「それでも、お前は目の前にある助けられるかもしれない命を見捨てるのか?あの時のように(・・・・・・・)

 

「ッ!・・・・・・」

 

「あの時」---自分に力があったらこんなことにはならずに済んだかもしれない。

一生消えることのない瑠奈の中にある後悔、自分の無力さを憎んだあの瞬間。

それが、福音のパイロットと今の自分を照らし合わせていた。

 

福音のパイロットにも家族がいる、愛すべき人がいる。

もしかしたら恋人もいるのかもしれない。

今ここで見捨てたら、その人達を裏切ることになる。それでいいのだろうか?

 

「・・・・・いいわけないだろ」

 

客観的で合理的な考え方しかできない自分に嫌気を感じながら、そうつぶやいた。

瑠奈のような憎しみや後悔をほかの人間に体験させでもしたら、その人が次の『小倉瑠奈』となるだろう。

『自分にできることをしろ』いつかは忘れたが、彼女にもそういわれていたか・・・・・・。

 

「・・・・・報酬はもらうぞ」

 

それだけ言うと、瑠奈は作戦会議室である大広間に向かって歩き出した。

 

 

ーーーー

 

「小倉さん!!やはり、受けてくれるんですね!先生は信じてましたよ」

 

大広間に入ると笑顔の真耶のが出迎えてきた。

クラス対抗戦の無人ISに学年別トーナメントの黒いゼノン、瑠奈はこれまでの異常事態を解決してきた切り札だ。

その切り札が出てくれるとなれば、この事件は解決間違いなしと浅はかな考えを持っているのだろうか。

 

「おだてるな・・・・・」

 

笑顔の真耶をうっとおしそうに一瞥すると、再び自分の座布団に腰かけた。

 

「それでは会議を続ける。超音速飛行を続けている福音にどう接触するかだが・・・・」

 

当然だが、瑠奈を含む専用機持ちの中で、それを実現できる機体はない。

ゼノンの場合、接触はできるかもしれないが、超音速飛行をしゼノンが目標に追いついたとしても、これから戦おうとしたときにはガス欠だ。

 

IS学園に戻れば高速移動ユニットぐらいは作れるかもしれないが、福音がここを通過するのは35分後、到底間に合わない。

 

「どうするべきか・・・・・・」

 

手を打ちようもないこの状況に頭を悩ましていると

 

「ふっふっふ・・・・お困りのようだね!!」

 

妙に甘ったるい声が聞こえたと思うと、どうやって入ったのか、天井を突き破って束が侵入してきた。

束の姿を見た瞬間、瑠奈は顔をしかめる。

 

「今こそ、紅椿の展開装甲の出番だよっ!!」

 

展開装甲ーーー即時万能対応機(リアルタイム・マルチロール・アクトレス)によって攻撃・防御・起動と用途に応じた切り替えが可能な第4世代の理論。

 

「なるほど・・・・このスペックなら・・・・・」

 

紅椿のスペックデータをみた千冬が納得したかのように頷く。紅椿は第4世代に加え、束のお手製のISだ。その圧倒的なスペックならアプローチも可能かもしれない。

 

「よし、さっそく調整に移るぞ」

 

「最後に1ついいかな?」

 

紅椿の調整に移ろうと動き出そうとした瞬間、瑠奈は一夏と箒に声をかける。

 

「なんだよ瑠奈?」

 

「紅椿もこの作戦に参戦するとなると、私、一夏、箒の3人がこの作戦に参加することになると考えてもいいかな?」

 

「ああ・・・・」

 

「もし、危険と私が判断したらすぐに戦線を離脱してほしい」

 

「え?」

 

少し予想外の言葉にその場にいた人間が戸惑いを浮かべる。

あれだけ、作戦に否定的だった瑠奈が自分たちの身を案じていてくれていたのは以外と思える。

 

「この機会を逃したら、再びターゲットに接触するのは不可能だぞ?こちらが指示をしない限り許可はできない」

 

タブレットを手にした千冬が寄ってくる。

今回は、近くを通過するということで奇襲できるが、この機会を逃した場合、再び福音に追いつき、接触するには福音以上の速度を維持し続ける必要がある。

そんなことは不可能だ。

 

「こっちは何もせずに安全な場所にいて、結果が出たら、訳知り顔で難癖や文句を言うような卑怯者のために命を張ってやっているんだ。最後の砦である撤退命令は現場にて判断させてもらう」

 

要するに瑠奈は『お前たちを信用できない』と千冬や真耶などの教員や上層部に言っているようなものだ。

上層部は別として、千冬と真耶は4月から1年1組の担任をしてきたというのに、教え子から「信用できない」と言われるのは傷つく。

 

「あははは!!さすがるーくん!!いいこというね」

 

その中で束は面白そうに笑い声をあげている。彼女としては瑠奈のような人間が自分と同じような考えを持っていることを確認できたのが嬉しいのだ。

天才は孤独というが、束は孤独ではない、自分と同じ考えを持っている人間がこんなに近くにいるのだから。

 

「いやーそれにしてもあれだねぇ~、海というと『白騎士事件』を思いだすよね~」

 

「おい!!束!!」

 

千冬が束に注意するかのように大声を出すが、時すでに遅し。

 

「束ぇぇ!!!」

 

怒号をだして瑠奈が束の首を両手で掴む。

このまま絞殺すのではないかとおもっていたが、最後の理性が働き、なんとか両手に力を入れるところまでにとどまっている。

 

「瑠奈!!堪えろ!!」

 

両脇に腕を回し、千冬は強引に束から瑠奈を引きはがす。

千冬の腕に中で、興奮した獣のようにはあ、はあ、と荒い息をあげている。

 

白騎士事件ーーー『白騎士』というISの性能が世界に知らしめられた事件。これによってISは世界に認められた有名な事件だが、世間は知らない。

 

ISという物の誕生に伴い、多くの犠牲があったことを、そして瑠奈はそれを知っていることに。

 

「はあ~るーくん。君はまだ根に持っているのかい?その事件(・・)に私は関与していないのに」

 

「だれの・・・・だれのせいで・・・・」

 

悔しさのあまり、奥歯をかみしめ、唸り声を出す瑠奈。束や千冬との会話が理解できずに呆然としていたが

 

「作戦開始は30分後。各員、直ちに準備にかかれ!!」

 

と千冬の皮切りを初めに準備をするために散開していった。

束は紅椿の調整のために箒とともに退出し、専用機持ちも準備の手伝いのために出ていった。

 

瑠奈も息を荒立てていたが、頭をブンブンとふってけじめをつけると皆に続くようにして退出していったため、部屋には一夏と千冬だけが残された。

 

「織斑、お前も白式のセットアップを済ませておけ」

 

「は、はい。だけど・・・・その前にいいですか?」

 

「なんだ?」

 

「束さんと瑠奈の間に、昔何かあったんですか?」

 

その質問の返答に困るかのように、千冬は頭を抱える。無論、千冬は束と瑠奈の間にあった出来事を知っている。

だが、無許可で主人の存在はともかく、そんなことを話したら冗談抜きで殺されてしまうかもしれない。

 

「まぁ・・・・・ISが開発されたことによって篠ノ之がお前と別れる必要があったのと同じように、あいつ(瑠奈)にも犠牲になったものがあるのさ」

 

そう曖昧に言葉を濁し、千冬も準備のために部屋を出ていった。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

「これでいいかい?レスポンスは?」

 

「そうだね・・・・あと3マイクロあげていい。あと、左右のブースターの出力を5%あげてもらえるとバランスを取りやすくなる」

 

「了解~ いや~指摘が細かくて助かるよ」

 

それからしばらく経ち、砂浜で瑠奈は束の装備の確認を行っていた。

白式は紅椿のパワーユニットを利用し、背中に乗るような形で移動する、原始的だが効率的だ。

 

一方でゼノンはスカート状のブースターを脚と腰に装着し、超音速飛行をしているターゲットに接触する。

その追加装備を作ったのは束のため、性能は優秀だ。

 

「箒、機体の調子はどうだ?」

 

「あ、ああ、問題ない」

 

その隣では、紅椿の背中に乗っている一夏が最終調整を行っていた。

一夏は緊張している様子だが、その反面、箒は妙に機嫌がいいように見える。

 

『箒、わかっているかもしれないが、私が撤退命令を出したらすぐに退くんだ。わかった?』

 

「しつこいぞ!わかってる」

 

さっきから何度も確認を行っているが、どうも不安が心に残る。

この感じはーーーーそう、新兵を戦場に出す、教官のような気持ちだ。どんなに成績の良い奴でも戦場では一瞬で死ぬ。

あの場所(戦場)で死は皆平等に降り注ぐものなのだから。

 

「ねぇ・・・るーくん」

 

すると。束は低いトーンで話しかけてきた。いつものおちゃらけているような声とは違い、真面目で緊張感のある声を。

 

「君はいつまであの子を思い続けているんだい?いい加減死んだということを認めなよ」

 

「・・・・・・・」

 

束の正論で現実的な質問に口を閉ざしてしまう。人は過去には戻れない。

ならば未来を向いて生きていくのが正しい道かもしれない。だが、そう言って切り捨てられるような問題でもない。

だから、瑠奈は今でも忘れることができなくて、「彼女」を思い続けている、それが無駄なことだと知っていながら。

 

 

 

『瑠奈』

 

「ん?」

 

すると、一夏と箒まで聞こえるオープンチャンネルではなく、エクストリームだけに聞こえる個人通信回路を通じて千冬が話しかけてきた。

 

「どうした千冬?千冬の新品の膜をぶち破ってくれる男でも紹介してほしいのかい?」

 

『生憎、今のところその予定はない』

 

作戦前ということで緊張していると思ってジョークで和ませてやろうと思ったが、逆に気を立たせてしまったらしい。

 

『瑠奈』

 

すると、先ほどとは違い、真面目な声で話してきたため、瑠奈もからかうのを止める。

 

『一夏を頼んだ』

 

その声は、教員としてはなく、家族として、姉としての物だった。

ふっと笑みを漏らすと

 

「心配しなくていい。作戦を遂行し、皆無事で生還させて見せる」

 

『そうか・・・・・』

 

ぶつっと回線が切れる音がすると、続けてマルチ通信であるオープンチャンネルから通信が入る。作戦開始の合図といったところだろう。

 

『この作戦は一撃必殺(ワンアプローチ・ワンダウン)だ。短時間の決着を心掛けろ』

 

相手が軍用ISというだけで面倒だというのに、一端の高校生に随分と無茶な要求(オーダー)をするものだ。

 

 

『作戦開始のカウントダウンを開始する。5・・・・・」

 

 

 

 

 

『作戦開始』

 

その合図と同時に隣にいた箒の紅椿が一気に飛翔した。

一夏をのせているというのに尋常ではない機体スペックだ。

 

(味方だと思えば頼もしいのか・・・・・?)

 

とはいえ、ここはもう戦場だ。一瞬の迷いが命取りになる。

ならば迷いなど捨てるしかない。

 

ふぅーーー

 

身体の力を抜き、リラックスし、覚悟を決めると

 

「ゼノン、目標に奇襲を仕掛ける!!」

 

そう叫ぶと同時に下半身のブースターが一斉に起動し、強烈な突風を引き起こし、福音に劣らない超音速飛行しながら飛び立った。

 

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

41話 消失

あけましておめでとうございます。
今年も頑張っていきましょう。


『見えたぞ!!2人とも準備しろ!!』

 

前方を飛行していた箒が声を荒げると同時に、エクストリームのセンサーがその人影を探知する。

銀色の一対の翼が生えた人型の機体ーーーー福音の姿を。

 

『加速するぞ、一夏しっかり掴まっていろ』

 

「まて!早まるな!!」

 

瑠奈がそう叫ぶが、箒はその指示を無視し、スラスターと展開装甲の出力を上げ、さらに加速する。

向こうは本来の装備である展開装甲の性能に対し、こちらはブースターを取り付けただけの付け焼刃程度の装備だ。

 

当然ながら、向こうの方に利がある。

 

グイグイと差を開き、瑠奈を突き放し、福音に突っ込んでいく。

今の反応でわかった、箒は専用機を手に入れたことで浮かれているのだ。

 

力を手に入れた直後の人間というのは、その力を過信し、軽はずみな行動を取ることが多い。今の箒は紅椿の性能を過剰に見るあまり、『たぶん大丈夫』や『なんとかなる』といった根拠も証拠もない自信に満ち溢れているのだ。

大抵の人間は、そこで失敗をして、自分の無力さや無能さを再認識するのだが、この作戦ではその失敗が惨事になりかねない。

 

(ISを手に入れた途端、はしゃぎやがって・・・・・)

 

そう心の中で吐き捨てながら手元のディスプレイを操作し、腰部につけてある装備を素早く切り離して紅椿の後を追いかける。

 

 

 

 

 

 

最大出力で加速する紅椿はグイグイと福音との距離を縮めていく。そして

 

「うおおおおおお!!」

 

紅椿に乗っている一夏が雪片で切り裂こうとした瞬間

 

「なっ!?」

 

急に反転し、そのまま更に上空に方向転換し、飛び出した。

流石は軍用IS、反応が早い。

だが

 

「その動きは予想していた!!」

 

上空に先回りしていた瑠奈がゼノンのサーベルを抜刀し、福音に突っ込む。

ゼノンの強力な攻撃力を福音にぶつければ、なにかしらのダメージは通るはずだ。サーベルが福音に触れるその瞬間

 

「え?」

 

何故かサーベルは福音の前で止まる。

それは、当然だ、福音がゼノンの手首を強靭な力で掴んでいたのだから(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

通常なら、受け止めるか、かわすのが当たり前なはずなのに、福音は確実に攻撃を防げることに加え、ゼノンの動きを抑えることができる手段を取った。

 

この考えといい、行動と言い、まるで人間のような戦い方だ。

 

「くっ!!放せぇぇぇ!!」

 

掴まれた右手首を振りほどくため、左拳で福音を殴ろうとするがそれより早く、瑠奈を掴んでいる腕を振り上げると

 

「うわ!!」

 

「きゃっ!」

 

下から迫ってきている一夏を乗せた紅椿にぶつけて隊形を崩させる。そして追い打ちをかけるかのように背中から生えている翼の砲口から光の弾丸を撃ちだす。

 

弾速は速いがかわせないほどではない、弾丸の射線からギリギリ外れる角度で福音に迫るが、次の瞬間、自分がどれだけ軍用IS「福音」の性能を見くびっていたか思い知らされる。

 

「なにっ!!」

 

なんと光の弾丸がわずかに軌道をずらし、瑠奈に迫ってきた。

ブルー・ティアーズのように遠隔操作をしていないところを見るとこれは

 

自動追尾弾(オートマチック)かッ!?」

 

この距離ではかわしきれない、腕を構えて何とかこらえるが、その隙に瑠奈に迫ってきた福音が、逃げられないように左手首を掴むと

 

「おぐっ」

 

強烈な右ストレートを顔にお見舞いさせた。

そのまま何度も殴りつけていく。

 

「ちょ・・・・うしに・・・乗るな!」

 

苛立った声をあげ、掴まれていない右拳で福音を殴りつけようとするが

 

「なっ!」

 

まるで読んでいたかというようにかわすと、右ひざで瑠奈の腹部にめり込むぐらいの強烈な膝蹴りを食らわせ、前かがみの体勢になったことにより露わになった背中に強烈なかかと落としを食らわせて、下方に吹き飛ばす。

 

そのまま撃ち落すため、砲口を開けた瞬間

 

「はぁぁぁ!!」

 

後方から二刀流の刀、『空裂』と『雨月』を握った箒が福音に斬りかかる。

そしてそのまま動きを抑える。

 

「一夏!!いけ!!」

 

そう叫ぶと同時に、紅椿の後方から白式が迫る、このままいけば雪片を直撃させられるだろう。

しかし一夏は福音と真逆の、直下海面に向かった。

 

「何をしている!?」

 

そう叫んだと同時に押さえつけられていた福音が紅椿を振りほどき、距離を取る。

 

「何をしている一夏!!せっかくのチャンスを・・・・・」

 

「船がいるんだ!海上は封鎖されているはずなのに・・・・くそっ、密漁船か!!」

 

自暴自棄になったかのように、一夏が叫ぶ。箒も海面に目を向けて見ると、小型の漁船が船舶していた。せっかくのチャンスを・・・・・・いくらなんでもタイミングが悪すぎる。

このまま、戦闘を続けでもしたら危険が大きい、犯罪者といっても見殺しにはできない。

 

「馬鹿者!!犯罪者などにかばって・・・・・そんな奴らなど・・・・」

 

「箒ッ!!」

 

人の命を見捨てるような発言をする箒を、一夏は悲しい目で見つめる。自分が力を手に入れたら弱いものを下に見始める。

そんな事悲しすぎる。

 

「わ・・・私は・・・・・」

 

動揺を隠せない顔に浮かべ、それを隠すように箒は顔を両手で隠す。

任務の遂行が第一だ。----だがここで人の命を見捨てたら大切な人に失望されてしまう。

 

(どうしたらいい・・・・・)

 

大きな迷いと緊張が箒を包んでいく。箒は大切な人を守りたくて、そばにいたくて専用機を欲した。

だが、その大切な人がいなくなってしまっては意味がない。

 

「箒・・・・・」

 

顔を覆い、泣きじゃくる箒に向かって手を伸ばしたとき

 

ピーーーーー!!

 

高いアラームの音が紅椿と白式から同時に発せられた。原因はすぐにわかる、パワーダウン(エネルギー切れ)だ。

本来、この戦闘は短時間での決着を想定したものだ。そうでなくては常に展開装甲を纏っている紅椿と自身のエネルギーをパワーとする雪片を装備した白式がもたない。

 

それと同時に、目の前にいる福音が全身の砲口を箒の乗る紅椿に向ける。当然だが、シールドエネルギーのないISなどひどく脆い。それは第4世代だろうと変わらない。

 

「箒ぃぃぃぃっ!!」

 

福音の砲口から光の弾丸が放たれた瞬間、一夏は自分もエネルギーがないことも忘れ、福音と箒の間に割って入る。

 

「ぐあぁぁぁぁ!!」

 

箒を守るため、抱きしめた瞬間、一夏の背中に大量の弾丸が降りそそぎ、そのまま海面へ急降下していく。

 

「くっ!!はぁぁぁぁ!!」

 

なんとか一夏を抱えたままの状態で海面ぎりぎりのところで踏みとどまるが、福音はとどめを刺すため、腕にビームをまとわせて一夏と箒に迫る。

 

「う・・・・・あぁ・・・・・」

 

自分の失態に加え、一夏が自分の腕の中で傷ついている。さまざまなことが起こりすぎたせいで、頭の整理が追い付かない。

福音が腕部のビームソードで抱えられている一夏ごと、箒を貫こうとした瞬間

 

「やらせるかぁぁぁ!!」

 

間に瑠奈が入り込んで阻止する。だが、額からは殴られたせいなのか血が流れ、機体は機動性を極限まで上げるため、ゼノンの追加装備を外し、脚部にブースターをつけただけの原型のエクストリームだった。

 

バチバチッと大きな音をあげ、福音のビームソードとエクストリームの左腕部の装甲がぶつかり合う。

 

「箒ッ!!この作戦は失敗だ!!この空域から撤退しろ!!」

 

「瑠奈っ・・・・・一夏が・・・・一夏が・・・・・」

 

「そんなことは後回しだ!!撤退しろ!!」

 

『撤退する』言葉の意味は分かっている、そしてそれを今の自分がなさなくてはいけないことも知っている。だが・・・恐怖で体が動けない。

 

「早く逃げろ!!」

 

そう叫んだ瞬間、福音のビームソードを防いでいた左腕の装甲がビシッと砕ける音がしたと同時に破壊され

 

 

 

 

 

瑠奈の左腕を切断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前で赤いしぶきが飛び散っている。だが、絵の具のように真っ赤な色ではなく、少し赤黒い色だ。そしてそのしぶきは間違いなくーーーーー血だ。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

この世の物とは思えないほどの歪んだ顔と声を出して、死にかけの獣のように目の前のクラスメイトーーーーー小倉瑠奈は狂い悶える。

 

「あ・・・・あ・・・・」

 

そして当然ながら後方にいた箒にもその飛沫が当たり、自身の顔とたださえ赤い紅椿の装甲を赤く染めていく。

 

「瑠奈ぁぁぁッ!!」

 

一夏を左腕で抱え、箒は刀を抜刀し、瑠奈に組み付いてる福音を切り裂こうとするがそれよりも先にピピッと機械音が聞こえたと同時に、エクストリームの脚部に装備されていたブースターが切り落とされ(パージ)、まるで意思を持っているのではないかと思うほどの正確な動きで、紅椿の脚部に装備される。

 

「おい!!何をーーーー」

 

 

箒がそう言いかけた瞬間に『自動操縦』という文字が表示され、紅椿は白式を抱えたまま、急速に空域を撤退していく。

 

『La・・・・・』

 

逃げていく紅椿と白式を撃ち落そうと福音が全砲口を開こうとするが

 

「させ・・・・るかぁ!!」

 

左腕を切り捨てられた瑠奈が強烈な蹴りを頭に浴びせる。

そうされたことによって大きく照準がぶれ、攻撃は失敗する。この距離では紅椿は攻撃できない。だとすると残ったのは

 

「ぐ・・・・ぅぅぅ・・・・・」

 

左腕がなくなり、今にも失血多量で死にそうな瑠奈だけだ。

福音は全身の砲口を開け、瑠奈にとどめを刺すため、一斉射撃を放った。

 

いつもの瑠奈ならばかわせた攻撃なのかもしれない。しかし、今は失血で意識は朦朧し、まともな装備もない機体だーーーーーーーかわしきれない。

全身が見えなくなるほどの攻撃が瑠奈を包み込んだ。そしてそのままたっぷりと火力集中を食らわせていく。

 

「あ・・・・あ・・・・」

 

瑠奈は攻撃をかわそうとせず、ただ光の弾丸を受け続けている。

 

5秒ほど攻撃を受け続けただろうか?エクストリームの全身から青白いプラズマと煙が出始め、装甲が溶かした鉄のようにオレンジ色に変色していく。

 

その刹那、機体(エクストリーム)が大爆発を起こし、瑠奈とエクストリームは閃光の中に消えていった・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

福音との戦闘終了から数時間後、千冬のいる旅館の作戦会議室に小型端末を持った真耶が入ってきた。

 

「織斑先生、報告します」

 

「はい」

 

奥で、千冬は飲んでいたコーヒーを机の上に置き、報告を受ける姿勢を取る。

 

「本日行った作戦は失敗。上層部が我々に待機命令を指示しました。戦闘区域に侵入した密漁船は現在取り調べを行っており、密漁船の船員に戦闘による負傷者はいません。それと・・・・・小倉さんのことですが・・・・・」

 

声が弱弱しくなり、真耶の顔が俯く。正直報告したくない内容だが、それでも報告するのが真耶の仕事だ。

 

「戦闘終了後に墜落したと思われる海域を代表候補生に探索させましたが、は、発見できず・・・・・。夕暮れになり作業が困難になったため・・・・・・・・・数分前に・・・・・探索を中断させました・・・・・」

 

「そうですか・・・・・」

 

そう返事した千冬の重苦しい空気に耐えかねてか、真耶は「失礼します」といい、速やかに部屋を退出していった。

だれもいなくなった静寂の部屋で

 

「はぁ・・・・・」

 

重苦しい千冬のため息が静かに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくして、旅館のとある一室。

ベットに横たわった一夏は深い昏睡状態が続いている。その傍らで控えていた箒は自分の愚かさと自責の念に襲われていた。

 

(私のせいで・・・・・)

 

もし、自分が瑠奈の指示に従っていたら、今頃3人揃って無傷で生還し、祝勝のパーティーでもしていたかもしれない。

 

一夏が照れたかのような笑みを浮かべ、箒が素直じゃない態度と取り、瑠奈がつまらなそうな顔をしてその光景を眺めている。

そんな未来、あったかもしれない時間。だがそれはもう叶わない。自分のせいで。

 

「う・・・・うぅぅ・・・・・」

 

何度目かすらも分からない嗚咽と涙があふれてくる。そして決まってある映像が脳裏を掠める。

瑠奈の絶叫、斬り飛ぶ左腕、そして自分にかかる血しぶき。

 

「っ!!!うぁぁ・・・・・」

 

それを思いだした途端、吐き気がこみ上げてくる。

このままISを乗り続けていたら、自分もあんな死に方をするのだろうか?いやだ・・・・・死にたくない・・・・・。

 

警察の死体処理班でも大きな衝撃を受ける光景を、間近で見てしまった箒の心に一種のトラウマが刻み込まれる。

 

「はぁ・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・」

 

息が乱れ、体中を悪寒が駆け巡り、嫌な汗が出てくる。そのまま、体を両腕で抱きしめ、みっともなくその場に蹲ってしまう。

 

心のどこかで、自分は特別だと思っていた。稀代の天才である篠ノ之束を姉に持ち、世界で2人しかいないISの男性操縦者の1人である織斑一夏の幼馴染。

 

この世界でこれほど大きな人間関係を持っている人間がいるだろうか。それ故に思い上がっていた自分に彼は言った。『甘ったれるな』と。

 

だが今ではどうしろというのだろうか?わからない・・・・・・。

 

「うぁぁぁぁ・・・・・」

 

箒の心が自問自答の迷宮に迷いこもうとしたとき、バンッと大きな音を立て扉が開く。開けた人間は

 

「何やってんのよ・・・・・・」

 

鈴だった。そしてそのままズカズカと入り込み、箒の隣までやってくる。

 

「あんたさ・・・・もしかして瑠奈が死んだのは自分のせいだと思ってない?」

 

「え?」

 

自分の図星を突かれてなのか、箒は甲高い声をあげる。

 

「出撃前にあいつ(瑠奈)が言っていたのよ。『あの場所(戦場)では死は皆平等に降り注ぐ』って」

 

鈴は出撃前の瑠奈に『瑠奈は強いから必ず戻ってくる気がするわ』と冗談半分で言ったことなのだが、戦場では強さなど関係なく、運が強いものが生き残っていくものだ。

 

「だからなんだ・・・・・・私の命令無視で死んだことには変わりない」

 

箒の投げやりと自傷のような声に鈴がはぁーとため息をつく。しかし、そのため息は疲労を感じさせるものではなく、呆れるような反応だ。

 

「あたしの言ったことを何も分かってないわね。要はあいつは選んだのよ(・・・・・・・・・・・)、あんたと一夏が生き残る選択肢を」

 

「え?」

 

「あのまま福音と戦っていたらあんた()と一夏は間違いなく死んでいたわね。だから瑠奈は選んだ。自分1つの命が助かるのではなく、あんたと一夏の2つの命が助かる道を」

 

一夏と箒を逃がすために、自身の左腕を切り捨て、ブースターを箒に譲った。

瑠奈はどこまでも客観的な意見を持っている。それは福音の作戦会議での発言で箒も知っている。

 

しかし、客観的ということは自分の都合など関係なく、全体での都合を優先する。簡単な計算だ。1つの命よりも2つの命が助かる方がいい。

 

「・・・・・・瑠奈・・・・」

 

決して開き直ったということではなく、重い罪の意識が消え去ったわけではないが、少しだけ心が軽くなった。客観的で合理的で冷静で冷淡な判断だったかもしれない。

それでも

 

(・・・・・ありがとう)

 

自分と大切な人を助けてくれた恩人に感謝しよう。それが今の箒にできることだ。

 

「いいところ悪いけど、瑠奈はもう1つ面白いものを残していったわよ」

 

そう呆れ気味な声と同時に懐から1枚の電子パッドを取り出す。のぞき込んでみると、画面中央で赤い点が点滅していた。

 

「これは?」

 

「福音の現在位置よ」

 

この電子パッドは作戦開始まえに瑠奈が鈴に渡されたものだ。もし、この作戦が失敗することを読んで渡していたとしたらなんと巧妙な頭をしているのだろうか。

 

「これは瑠奈からの挑戦状よ。できるもんなら破壊してみろっていうね」

 

苦笑いを浮かべたとき、ドアが開き、ラウラが入ってきた。

 

「どう?場所はあってた?」

 

「ああ座標ぴったりだ。瑠奈のこの発信機は座標だけでなく、高度まで細かく表示しているから確認は容易だったぞ」

 

ラウラに続き、セシリア、シャルロットが部屋に入室し、1年生の専用機持ちが勢ぞろいする。

 

「皆、準備はいいか?」

 

「ええ、たった今完了しましたわ」

 

「準備オッケーだよ、いつでもいける」

 

「で、あんたはどうすんのよ?」

 

全員の専用機持ちは箒へ視線を向ける。その視線を受けた瞬間、箒の中で何かが固まり、闘志があふれ出してくる。

 

「私も・・・・私も行くッ!!!」

 

さっきまでは、瑠奈の惨劇が脳内で浮かび上がっていて、ISに乗ることが怖かった。恐れていた。だが、もう迷いはない。専用機を持った責任、そして一夏と瑠奈が命を命を賭してまで守ってくれた責務を果たさなくてはならない。

 

「一夏・・・・・いってくる」

 

目の前のベットで昏睡状態の一夏に軽く挨拶すると、箒たちは部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

数時間後、各国の代表候補生と紅椿に加え、復活した一夏と第二形態(セカンド・シフト)に移行した白式によって福音の暴走は停止され、事件は終息を迎えた。

 

ーーーー

 

深海

 

昼夜問わず、光が差し込むことのない暗黒の空間。その闇が支配する領域で

 

『進化発動・・・・・・』

 

人間味を感じられない声が響いた。

 

 




2016年も小坂井をよろしくお願いします。
評価や感想をお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

42話 降臨する翼

新年早々、学生証明書を紛失し、近くのコンビニがつぶれ、挙句の果てにソシャゲのガチャが爆死し、最悪のスタートダッシュを決めました。


臨海学校3日目

 

大半の生徒は久しぶりにIS学園に帰れると浮かれている中で、ただ1人、簪は大きな悲しみに襲われていた。原因は言うまでもなく、彼ーーー瑠奈についてだ。

 

昨日の夜遅くまで、IS学園の教師が、戦闘中に行方不明になった瑠奈の探索は行ったが、一向に見つからず、探索は打ち切りになった。福音によって左腕を切断され、さらに機体の大爆発に巻き込まれたとなると生還はおろか、生存の可能性など絶望的だ。

 

専用機持ちが軍用ISを阻止したとか、織斑一夏のISが二次移行(セカンド・シフト)しただとか、そんなことなどどうでもいい。

 

皆、専用機持ちの活躍に注目して瑠奈のことなど忘れてしまっている。それが簪にとって悲しみの要因となっていた。

バスの中でもその気持ちは変わらない。その気持ちが天にも伝わったのか、初日、2日目は快晴だったはずが、山中の道路を走っていると突然、空が曇り初めたと思うと激しい雷雨になる。

 

クラスメイトがワアワアと騒ぎ出すが、今の簪の耳には届かない。

ルームメイト(瑠奈)のいないIS学園に帰ると思うと、気持ちが減退してくる。

 

「・・・る・・・・な・・・・・」

 

口からその言葉が漏れた瞬間、目から一滴の涙がしたたり、落ちようとした瞬間

 

ドカァァァン!!

 

突然、先頭から大きな爆発音が聞こえ、その瞬間簪の乗るバスがキキィィーーと強烈なスリップ音をたてながら急停止する。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

最上部座席のフロント部に座っていた担任が運転手に問い詰めるが、運転手も状況理解をできていないらしく、唖然とした表情を浮かべている。

心配になった簪が自分の側面部分の窓を見てみると、先頭車である1組のバスから煙が立ち込めていた。

 

「な、なにが・・・・・」

 

簪がそうつぶやいたとき

 

「み、みんな!あれ見てッ!!」

 

誰かが声をあげ、簪がのぞいている窓とは反対の窓を指さす。そこには

 

「なに・・・・あれ・・・」

 

上空に3機のリヴァイブが佇んでいた。一瞬日本のIS部隊かと思ったが、国旗はおろか、機体番号すら機体に描かれていない。

だとすると考えられるのはただ1つ

 

「・・・・テロリスト」

 

専用機持ちを奪取するテロリストだ。昨日、白式の二次移行(セカンド・シフト)や束お手製の第4世代の紅椿を狙っている連中だろう。

 

だとすると、最悪の状況だ。専用機持ちは昨日の福音戦で大きな損傷を負い、起動させることなどできない。

 

「私とキングは専用機持ちのISの奪取をする、ジャック、お前は目撃者の排除だ」

 

「了解」

 

すると3機のリヴァイブは上空で2人と1人にわかれ、ジャックいうコードネームの操縦者が乗ったリヴァイブがアサルトライフルを装備し、簪の乗るバスに急接近してくる。

 

最後尾である簪の乗る4号車を破壊すれば、最上部で停車している1号車に挟まれ、中部である2号車と3号車は身動きを取ることはできない。

 

「あ・・・・あ・・・・」

 

やっと状況の確認ができた瞬間、バスの中で大きな混乱が起こる。

悲鳴や泣き声がバス内に充満しようとも敵には関係ない。

アサルトライフルの射程距離内に接近し、簪の乗るバスに照準を定める。

 

(もう・・・・だめ・・・・・)

 

死を覚悟し、爆発の衝撃に備えるように簪が目を閉じたとき

 

雨雲が立ち込める天空から一筋のビームが降り注ぎ、ジャックの持っていたアサルトライフルを撃ちぬく。

 

「な、なんだ!!」

 

突然の出来事に驚き、皆が上を見上げると同時に、空に立ち込める暗くて鬱鬱な雲を吹き飛ばし、『赤い翼の生えた鳥』が舞い降り、バスに背を向ける形でテロリストのリヴァイブの前に立ちふさがる。

 

その機体は体中に機動性をあげるためらしきブースターが装備され、左半身には黒いマントが取り付けられ、左半身を隠し、右手には細長いビームライフルらしきものが握られている。

そしてその機体の最大の特徴は背中に生えた一対の翼だ。赤く輝く翼からはキラキラと輝く金色の粒子らしきものが放出されている。

 

アイオス・(フェース)

紅椿の機動の展開装甲に福音の超音速飛行のデータを加えて完成させた、格闘特化のゼノン、射撃特化のエクリプスに次ぐ、機動特化のエクストリームの新たな形態。

 

『なんだッ!?あの機体はッ!!!』

 

『認識照合が反応しない!!未確認機体!?』

 

『他国の極秘開発機体の試作機か!?ならなぜこの戦闘に介入する!?』

 

テロリストたちがさっきとは180度違った狼狽えた表情を浮かべる。

本来なら、無力なバスを破壊し、専用機持ちのISを奪取するだけの簡単な作戦だったはずが、大きなイレギュラーが現れた。

それは簪の乗るバス内でも同じような反応だった。

 

いきなり教科書でも見たことのない機体が自分たちを助けたのだ、『あれは味方なのか?』や『どこの国に所属なの?』と質問の声で埋め尽くされている。

 

だが簪と千冬にはわかった。(瑠奈)が来てくれたと。

 

ーーーー

 

『作戦変更だ。直ちにあの所属不明機を撃破、可能ならば鹵獲する。攻撃を開始しろ』

 

それと同時に武器を破壊されたジャックが下がり、リーダーと思われるクイーンとその補佐についていたキングがアイオスに攻撃を仕掛ける。

 

『数では我々の方が有利だ。挟み込むぞ!!』

 

クイーンのその言葉に反応し、キングがアイオスに急接近するが、それよりも早く、アイオスは上空へ尋常ではない速さで羽ばたく。

 

「は、速い!奴は素早いぞ!!注意しろ」

 

天空へ急上昇したアイオスを追って2機のリヴァイブも後を追う。いくら速いと言っても追いつけないほどのスピードではない。

アサルトライフルを乱射しながら、側面装備(サブ・ウエポン)である9連ミサイルを撃ちこむ。そのミサイルをアイオスは左にカーブする形でかわすが

 

「それは読んでいた!!」

 

左にカーブした先に、先回りしていたキングが待ち構えていた。

そしてそのままミサイルポットを撃ち放つ。

正面からはミサイル、後ろからはアサルトライフルによる銃撃。これでは見事に挟み撃ちだ。

上下にかわそうとしてもそう判断した時点では攻撃が直撃している。それほどまでに素早く正確なコンビネーション攻撃だった。

 

誰もが直撃することを確信していたが、アイオスは背中から、白くて平らな飛行装備らしきものを数枚射出すると、それを身の回りにまとわせる。

 

その瞬間、その飛行装備からシールドらしき光源がアイオスの身をまとい、ミサイルとアサルトライフルの攻撃から身を守る。

 

「何っ!!!」

 

正面にいたキングが驚嘆の声をあげるが、もう遅い。

相手が接近装備を出すよりも早く、アイオスはキングに急接近するとバックパックからサーベルを抜刀すると、キングの胸部に突き刺した。

 

「・・・・・・え゛・・・・!?」

 

胸を突き刺されたことによって心臓が破壊され、集中していた血液がサーベルの熱によって蒸発する。それを感じることもなく、手足の感覚がなくなり、口から言葉になっていない濁った声が漏れる。そしてそのままゆっくりと意識がなくなっていった。

 

サーベルを引き抜くと、主を失ったリヴァイブは高高度から山中の木々の中に墜落していった。

 

「き・・・キング・・・・・」

 

その光景をクイーンが信じられないといった表情で同士が殺された光景を見ていた。

 

あの機体(アイオス)の機体性能は脅威だが、それ以上に恐れたのはパイロットの冷徹さだ。

常人には人を殺すなどと恐怖と自制心が働いてできないはずなのに、あのパイロットはまるで料理人が魚を解体するかのように、素早く、冷静に一点の狂いもなくキングの心臓を破壊した。

 

「あ・・・あ・・・・・ひっ!!」

 

恐怖で立ち尽くしていると、『次はお前だ』というように、圧倒的なスピードでクイーンの元に突っ込んでくる。

 

「うぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

半ばパニック状態になり、自らの命の危機を知らせるかのように悲鳴を叫びながら持っていたアサルトライフルをアイオスに向かって撃ち放つ。

しかし、その渾身の叫びも銃撃も虚しく、攻撃をかわしながら接近すると、手元のサーベルでクイーンの脳天を貫いた。

 

 

ーーーーー

 

「おい!!ジャック!!クイーン!!返事をしろ!!」

 

IS学園のバスを目の前にして、ジャックは苛立った声をあげていた。

数分まえにアイオスの迎撃へ向かった仲間との通信が途絶え、完全なる立ち往生状態だ。

せめて、目の前の目撃者の排除だけでもしたいところだが、独断行動は許されない。

 

「まったく・・・・いったい何があっーーーー」

 

グチュ

 

意味がないと分かっている愚痴を言おうとしたとき、自分の右足からなにかものがつぶれるような鈍い音がし、目を向けてみると

 

「え・・・・・」

 

右太ももから多量の血が流れ、出血していた。

ISには操縦者を守る絶対防御があるはずなのに、それを打ち破るほどの攻撃。

 

「そ・・・んな・・・・・・」

 

足を撃たれたせいでバランスが取れなくなり、真下の道路に落下する。

先ほどまで、雨が降っていたせいか、コンクリートからはセメントのにおいが鼻腔をくすぐる。

 

それに続き、狙撃したと思われるビームライフルを持ったアイオスが裁きを下すかのようにジャックの前に舞い降りた。

地面を芋虫のように這いつくばる姿に哀れさを感じることのなく、右足で背中を踏みつぶし、動けなくなった後頭部に右腕で持っているビームライフルが突き付けられる。

 

ライフルの威力は絶対防御などたやすく貫通するほどの威力を持っている。

そんな武器を頭部に撃たれたらひとたまりもない。

頭蓋骨と脳組織が破壊され、傷口からは脳汁がぶちまけられる。

 

「い・・・・やだ・・・・・た、助けて・・・・ああぁぁ・・」

 

目からは涙があふれ、鼻水を周囲に飛び散らせる。

死に直面した人間という物はここまで醜く、浅ましく、愚かになれるものなのだろうか。

だが、彼女(テロリスト達)は自らの意志で(IS)を持った。

 

ならば、殺されても文句は言えないだろう。

銃は因果応報だ。放った弾丸はいずれ自分に返ってくる。

 

泣き言に耳すら傾けず、引き金にかけてある指に力を入れようとした瞬間

 

「やめろぉぉぉぉぉ!!!」

 

白式をまとった一夏がアイオスに突っ込んで吹き飛ばす。

昨日の福音戦で専用機持ちのほとんどは大破していたが、二次移行(セカンド・シフト)した一夏の白式だけは辛うじて稼働可能状態だったのだ。

 

「相手はもう何もできない。無駄な殺戮はやめろ!!」

 

アイオスを押し倒し、必死に語り掛けるが、アイオスは無反応で力が抜けたかのようにぐったりしている。

 

「おい!!大丈夫か!?」

 

反応のなさに心配し、体をゆするがそれでも反応はない。

一瞬、無人機かと思い、1号車にいる千冬の判断を仰ぐべきかと、立ち上がった時、機体の装甲が光の粒子となって解除される。

 

その粒子の中で眠っていたのは

 

「る・・・・瑠奈・・・・・・?」

 

昨日の福音戦で行方不明となっていた小倉瑠奈だった。

だが、驚きはそれだけではない。

 

 

 

瑠奈の体には人間の四肢の内の2つ。

左腕と左足の膝下が欠損し、その傷口からは生々しい鮮血が流れていた。

 

ーーーーー

 

目を開けると少し見慣れた天井が広がっていた。

この場所には先月にも来た場所だからだ。

 

「目が覚めた?」

 

そして見慣れた場所で聞きなれた声が隣から聞こえる。それだけで不思議な安心感を感じる。

 

「私はどれくらい寝ていましたか?楯無先輩」

 

「約3日といったところかしらね」

 

瑠奈の寝ていた保健室のベットの隣で備え付けの椅子に座りながら読んでいたと思われる本を仕舞い、楯無は答える。

ここで体を起こしたいところだが、瑠奈はしない。自分の左手足がないことを知っているからだ。

 

「みんなは無事なんですか?」

 

「ええ、あなたが戦ってくれたおかげでテロリストによってバスは破壊されることはなく、みんな無事にここ(IS学園)に帰ってくることができたわ」

 

「そうですか・・・・・」

 

戦いの途中で記憶が消えかかっていて心配していたが、それを聞いて一安心だ。

 

「それにしても驚いたわよ。1年生のバスが臨海学校から帰ってきたと思うと、制服が血だらけの簪ちゃんが涙目で『お姉ちゃんお願い!瑠奈を助けて!!』て泣きついてきたんだもの」

 

その様子を聞くと、まだ塞がっていない傷口を簪は手当てをしてくれたらしい。感謝の極みだ。

 

「一応傷は塞いだけれど、今動くと開くから注意してね」

 

それだけ言うと、生徒会の仕事を片付けるため、保健室を出ていった。

保健室には瑠奈以外いないため、静寂が流れる。個人的に静かな場所は好きだが、静かすぎるのもそれはそれで不気味だ。

 

贅沢で我儘なことを言っているかもしれないが、何事もほどほどが一番ということなのだろうか?

ただ、今日は楯無のほかに、もう1人来客がきていた。

 

「扉の前にいるのは誰だ?出てこい」

 

扉越しにでも聞こえるように、保健室の扉に向かって少し大きめな声で言い放つ。

楯無がこの部屋(保健室)を出ていってからずっと気になっていたことだ。誰かが、保健室の前で立っているような気配がある。

だが、瑠奈の寝首をとるなどの物騒で殺気に満ちているようなものではない。

 

ここで瑠奈の大親友であるエア友達というオチを期待したいところだが、その期待とは正反対に保健室の扉が重々しく開かれる。そこにいたのは

 

「箒か・・・・・」

 

先日、めでたく専用機デビューをはたした篠ノ之箒だった。

苦手な姉の助力があったとはいえ、自分だけの専用機を手に入れたのだ、もっと嬉しそうにしてもいいはずなのに、箒の表情は暗いままだ。

 

「なにか用?」

 

「・・・・・・・・」

 

瑠奈の問いかけに何も答えず、箒は黙って瑠奈の左半身ーーー自分の罪を見つめていた。どうやら、自分から話を切り出すのは苦手らしい。ならば、瑠奈から切り出すのが吉だろう。

 

「一日専用機持ちの体験はどうだった?」

 

その皮肉に箒は体を震わせる。罪を犯した人間は心が極限にまで脆くなる性質がある。

瑠奈はそれをわかっていて傷口を抉った。

それに怯んだらしく、さらに数秒沈黙を続けていたが

 

「すまない!!私のせいでお前がそんな体に・・・・・」

 

勇気を振り絞り、頭を勢いよく下げる。今の箒にとっては謝ることさえも勇気のいる行為なのだ。たとえ瑠奈が許してくれないとしても謝らなくてはならない。

そんな箒にかけた言葉は怒りでもなく、慰めでもない言葉だった。

 

「これが専用機を持つということだ、篠ノ之箒」

 

『小倉瑠奈の左腕と左脚を自分のせいでなくした』ということを箒は一生忘れない、いや、忘れられないだろう。

自分の失態で起こってしまった悲劇は、本人の記憶の奥底へと刻み込まれ、一生消えない心の傷になる。

 

瑠奈のように数え切れないほどの罪を重ねてきた人間には、いまさら傷が一つや二つ増えようががなんてことはないが、箒のような純粋な人間などはこの一つの傷の苦しみを感じ続ける。

 

「その苦しみに耐えられないというのならーーーー」

 

そこまで言ったところで、唯一残った腕である右腕を箒に向けた。

 

「今ここで紅椿を渡すんだ。どうするかは言えないが悪用しないことは約束しよう」

 

これは一つの救済措置だ。

ここで紅椿を渡せば、これ以上自分が傷つくことはない。

 

箒もそれをわかっている。それでも

 

「・・・・・渡せない」

 

大切な人(一夏)の力になりたい。この思いは誰にも譲れない。

 

「そうか・・・・・。ならばその意思を貫き続けてみせろ」

 

その言葉に力強く頷く、その目には一人の人間としての決意が感じられた。その美しく、強い思いは瑠奈にはないものだ。

 

『やってほしいことがあったら私を呼んでくれ』と親切な言葉を残してそのまま箒は保健室を出ていった。

部屋に再び静寂が訪れる。

 

(それにしても不便な体になった・・・・・)

 

ちらりと自分の左半身を見てみると、当然だが左腕と左脚が膝下からない。

福音に左腕を切断され、撃墜されたその状況でまず第一に行ったのは止血であった。

しかし、左腕の断面図にあてる布などは当然ながらない。

そこで瑠奈は自分の左脚の膝下を切断し、その切断部位の皮膚を剥ぎ、左腕の断面図に覆い被せた。

 

とっさの判断だったため、気にしていなかったが、左脚を切り捨てるぐらいなら腹部の皮膚を移植した方が良かっただろうか?

 

そんな人間らしいような、そうでもないような後悔をしながら瑠奈は再び眠りについた。

 

 

 




評価や感想をお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

43話 姉の貞操概念

なんだか楯無がキャラ崩壊を起こしているような気がします


8月に入り、IS学園も他の高校と同じように夏休みを迎える。

皆、遊びに行ったり、宿題をやったりしてサマーバケーションを楽しんでいるが、今の瑠奈は学生の夏休みという存在から最も遠いところにいた。

 

ガチャガチャ・・・・・・

 

瑠奈と簪の部屋である1219号室のベットの上で何やら奇妙な機械音が響いている。

 

「簪、そこにあるドライバーとボルトキャップ取って」

 

「えっと・・・・ど、どれ?」

 

「あの黄色いドライバーと少し大きい黒いボルト」

 

先月の臨海学校で左腕と左脚の膝下を失ってしまった瑠奈は、代わりとなる腕と脚をルームメイトである簪と制作していた。

 

外の工場で発注注文(オーダーメイド)をしてもよかったのだが、完成まで時間がかかるし、高い完成度が期待できない。

 

ならば自分で作ればいいという結論に達し、数週間前から作業を開始していた。

といってもここには工場道具や重機械などは存在しないため、材料を集め、設計図を基にエクストリームのサーベルで切断していくというシンプルな手順だ。

 

そして切断した材料を質量反転能力で宙に浮かべるとくるくると回転させ、あっているかどうか比べていく。そこで僅かなミスがあるなら手元の超強力電動鋸で手を加えてパーツの完成だ。

 

そのパーツを必要な数を制作すると、あとはネジやチューブなどを使ってプラモデルのように組み立てていく。

初めは瑠奈をこんな体にした張本人である箒に協力してもらっていたのだが、あまりの機械音痴のせいで逆に手間が増えてしまい大きなタイムロスになってしまっていたため、気持ちは嬉しいが邪魔なので退場してもらった。

 

『私なんかでもできることがあったら呼んでくれ・・・・・』とがっくりとした背中を今でも覚えている。

そこで登場したのはルームメイトである簪だった。

箒より機械工業の知識があった簪は優秀な助手となり、義手、義足の制作に協力してもらっていた。

 

その簪の協力もあってか第一目標である義足が間もなく完成しつつあった。そして

 

「これで・・・・・終わりっと・・・・」

 

最後の部品であるネジを埋め込み、めでたく完成した。

さっそく、義足を装着しテストしてみる。

 

「簪、ちょっと手をとってくれる?」

 

そういい、差し出された手を握るとそのままベットを降り、おぼつかない様子で介護施設のリハビリテーションのように簪と瑠奈が向かい合ったまま歩きはじめる。

 

「瑠奈・・・・大丈夫?」

 

「ああ・・・・ゆっくり歩けば・・・・うわっ!」

 

「あ、危ない!!」

 

やはり、まだ慣れないせいか不意にバランスを崩し、前にのめり倒れそうになったところを簪が瑠奈の身体を抱きしめるような形で支える。

 

「ごめん簪、大丈夫?」

 

「う・・・・うん・・・・だ、だだ・・・大丈夫だから!!」

 

大丈夫だといったが、互いに抱きしめあう状況になっていることに加え、目の前に瑠奈の顔がドアップで映し出されていることで簪の心の中で大きな照れの嵐が吹き荒れる。

 

数センチ先にはあの有名な小倉瑠奈の顔がある。長い髪が綺麗で目も宝石のように艶やかに輝いており、男子にいう言葉ではないと思うが顔もかわいらしい。

 

「簪」

 

「な・・・・なに?」

 

互いが顔を合わせている状況で瑠奈が真顔で話しかけてきた。

もしかすると『離れてくれないか』と言ってくるのだろうか?確かにこの状況で言うセリフはそれしかないと思うが、それだとまるで簪のことを不快だと思っているような言い方で少し傷つく。

 

しかし、瑠奈の口から放たれた言葉は180度違ったものだった。

 

「よく見ると簪、君はかわいいね。好みだよ」

 

「え゛・・・・」

 

その言葉を聞いた途端、簪の中で何か止まってはいけないものが静止した。

『かわいい』---愛らしい魅力を持っている。主に若い女性や子供の対して使われる言葉。

言葉の意味がわかっていても頭が混乱して理解できない。顔も赤くなってきていることも感じる。

可愛い、好みそんな言葉を異性から言われたことなどないのに、こんな美男子から言ってくれた。

 

「あ・・・・あ・・・・・あ・・・・」

 

口からわけのわからない声が出たと同時に頭がくらくらとして周りの光景がぐらりと反転していき、そして

 

「ふにゅぅ・・・・・・」

 

そんな間抜けなこえが口から洩れ、簪の意識がどこか遠い場所へ飛び立っていった。

 

「ちょ、ちょっと簪!?」

 

瑠奈を支えていた簪が気絶したため、そのまま前に倒れてしまいちょうど瑠奈が簪を押し倒しているような状態になってしまう。

なんとか簪の上から退こうとするが、左腕がないのに加え、先ほど装着した義足になれていないため、身動きが取れない。

 

「どうするべきか・・・・・・」

 

瑠奈が悩んでいると

 

ニャッニャッ!!

 

猫のサイカが『任せろ!』というかのように、ベットの下から出現し、倒れた簪の頬をぺろぺろと舐める。

ここは我が忠実な愛猫サイカに任せるとしよう。

 

「いいかサイカよ。職員室にいる織斑千冬を連れてくるんだぞ?わかったか?」

 

それに返事をするかのように尻尾をブンブンと振り回し、ミィとかわいらしい甘声をだす。

 

「よし、では道中注意して行くんだぞ」

 

なんとか身体を起こし、閉まっている部屋のドアに向かって手を向けると、ガチャっという音がし半開き状態になる。

その隙間に体を押し込むような形でサイカが部屋を出ていく。

そして部屋には再び瑠奈と気絶した簪が残された。

今の状態は第三者がみたら完全に瑠奈が簪を押し倒しているようにしか見えない危険な状態だ。

 

そして目の前には気絶した簪の顔がある。さっきも言った通り改めて見てみると簪は美人だ。

姉と似て、整った顔立ちもそうだが、彼女には優しい心が感じられる。

 

今思えば、男として転校し直してきたときもそうだ。あの時、瑠奈は簪にパンチやビンタぐらいはくらう覚悟はしていたのだが、簪は文句や愚痴1つこぼさずに瑠奈を許してくれた。

 

「お人好しだな・・・・君は・・・・・」

 

気絶している簪の耳元で小さく呟くとぎこちない笑みを浮かべた。

 

 

その数分後、サイカが戻ってきたのはいいが、なぜか姉である楯無を連れてきており、大切な妹が押し倒されている光景を見た瞬間、大きな悲鳴が部屋にこだました。

 

 

ーーーー

 

「う・・・・・ん・・・・・」

 

それからしばらくして、ベットの上に寝かせられた簪が目を覚ます。

 

「あら、目が覚めた?」

 

すると、聞きなれた声がし、目を向けてみると瑠奈が使っているベットの上に姉である楯無が柔らかな笑みを浮かべて座っていた。

 

「お、お姉ちゃん・・・・・」

 

普通の姉妹であったなら、ここで他愛のない話でもするのかもしれないが、2人の間には気まずい雰囲気が流れる。

 

姉の楯無はスタイルもよくこのIS学園の生徒会長でもあり、ロシアの代表生というハイスペックなプロフィールを持っているのに対し、妹である簪は暗くてスタイルもよいとはいえない体形をしている。

 

その姉との出来の違いにコンプレックスを感じ、避けていたのだ。そんな関係であったのにいきなりこうして誰もいない部屋で対面するだなんて正直反応に困る。

 

「・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・」

 

互い、何も言葉は発せず、チクタクと時計の秒針を刻む音が部屋に響いていく、そんな状態が5分ほど進んだ頃だろうか?

 

ガチャッと部屋のドアが開く音がし、

 

「ただいま、いい感じに慣れてきたよ」

 

制作した義足になれ、無事二足歩行できるようになった瑠奈が入ってきた。

 

「大丈夫・・・・・?」

 

「ああ、簪が手伝ってくれたおかげで早く完成することができたよ」

 

お礼を言われ、簪は照れるかのように顔を逸らす。楯無もその様子を温かく見守っている。

 

「それで突然なんだけど、明日って空いてる」

 

「え?」

 

「いや、手伝ってくれたお礼もかねて明日簪と一緒に街に遊びに行きたいと思っているんだけど・・・・ダメかな?」

 

少し悲しいことを言うようだが、簪に友人と遊びに行く予定はない。夏休みの宿題が終わったら寝るか、アニメを見るかの予定しかないため

 

「うん、もちろんーーーー」

 

いいよと言おうとしたとき

 

「ダメよ」

 

黙秘を貫いていた楯無が、短く、はっきりとした声で答えた。

 

「簪ちゃん、もう忘れたの?さっき瑠奈君は気絶した簪ちゃんを押し倒していたのよ!?サイカが生徒会室に来て知らせにきてくれたからよかったものの、一歩遅かったら・・・・・」

 

サイカは瑠奈が助けを呼ぶために送ったものなのだが、楯無は簪が襲われていることを知らせるために生徒会室に来たと大きな勘違いをしているようだ。

 

「あのまま服の中に手を差し込み、簪ちゃんの無垢でかわいらしい裸体を堪能し、メインディッシュとして手を下半身に移動させて指を秘所に挿し込んで・・・・・あああああ・・・・」

 

そこまで言ったところで頭を抱え、その場に蹲る。

 

「簪ちゃん、絶対にその話を受けちゃダメ!どうせ明日も路地裏に誘い込むと『ぐへへへ・・・・小振りだがいい形してるじゃねぇかよ・・・・・』といやらしい口調で言い放ち、乳房を舐めまわすとそのまま乙女の純潔を奪って体に一生消えない傷を刻み込むつもりなんだから!!」

 

「そんなことするか!!」

 

そこまで言ったところでいよいよ我慢できない様子で瑠奈が叫ぶ。

流石にいきなりそんなありもしない冤罪を騒がれても困る。

 

「えっと・・・・とりあえず明日を楽しみにしているから・・・・」

 

「簪ちゃん!?」

 

ぎゃぁぎゃあと騒ぐ楯無を苦笑いすると『じゃあ、ちょっと用事があるから』といい、少し不自然な歩きで瑠奈が部屋を出ていった。

すると、さっきまで騒いでいた楯無がぴたりと静かになり、動かなくなった。

 

「お、お姉ちゃん・・・・・?」

 

なぜだろう、姉の背後に禍々しい何かが見える、人が見てはいけない何かが。

 

「簪ちゃん」

 

「な・・・・なに?」

 

 

 

 

 

「パンツを脱ぎなさい」

 

「え゛・・・・・・」

 

「パンツを脱ぎなさぁぁぁぁい!!!」

 

そう叫んだと同時に獣のような目をした楯無がベットで寝ている簪にとびかかり押し倒す。

 

「えっ!!?お姉ちゃん!?」

 

「明日簪ちゃんの純潔が奪われるというのならもういっそのこと私が今奪ってあげるわよ!!!」

 

荒々しく簪の来ている衣服を取り上げていき、あっという間に下着姿になってしまう。控えめな胸に加えて健康的な肉付きの太もも。それをなぜか実の姉の前に晒している。

 

「お、お姉ちゃん止めて・・・・」

 

涙目で抗議するが、今の暴走状態のシスコン姉の耳には届かない。ポケットからなぜかピンセットを取り出し、ゆっくりとした動きで簪に迫る。

 

「大丈夫、痛いのは最初だけでしばらくしたら体の違和感も感じなくなるわよ・・・・ハァ・・・ハァ・・・・」

 

そして、簪のパンツに手を掛けてずり下していく。次の瞬間

 

「い・・・・イヤァァァァーーーーー!!!」

 

簪の涙交じりの叫び声が部屋に響いた。

 

 

ーーーーー

 

 

 

瑠奈は綺麗な草原を歩いていた。

周りには人はおろか小屋一つない。澄んだ青空の下には綺麗な緑が広がっている。

 

手元には一束の綺麗な花束が握られており、花弁が風にそよがれて動いている。

道のない場所をしばらく歩いたところに『彼女』がいた。

 

「やぁ、久しぶりだね」

 

歩みを止め、目の前に現れた墓石の前にしゃがむと優しく花を添え、目を閉じ、静かに黙祷する。

その墓に刻まれていた名前は

 

 

 

 

『小倉瑠奈』

 

 

 

ーーーーー

 

 

墓参りが済み、瑠奈はIS学園に帰るため、夏の青空を飛んでいた。

やはり、夏ということもあってか、下の町からはざわざわとにぎやかな声が聞こえてくる。プールに花火に夏祭り。

今の季節はたくさんの行事がある。

だが、生憎普通という人生を歩んできたとは言えない瑠奈にとってはそれが楽しいのかはわからない。

そんな自分の異常な人生に内心苦笑いをしているとエクストリームがピーと警報が鳴り響く。

 

「これは・・・・二つのIS反応?なぜこんな街中に・・・・・」

 

その二つのIS反応とここからの距離はそんなに離れていない。IS関連の事件だとすると十中八九IS学園の生徒が引き起こしたものだと考えるのが普通だ。

 

「なにやってんだか・・・・・」

 

そう小さくつぶやくと瑠奈はIS反応のあった方向へ機体を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜらぁあ!」

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

とある大きなプールパークの上空で蒼いISと赤いISがぶつかり合っていた。

蒼いISはセシリアの専用機である『ブルー・ティアーズ』もう赤いISは鈴の専用機である『甲龍』互いが衝撃砲やピットのレーザーを撃ちあっている。

 

いきなりのISの戦いとなったため、ほかのプール客が下でパニックとなり、騒ぐ声が聞こえるが、今の二人には届かない。

 

「く、これではどうですか!!」

 

ブルー・ティアーズのビットが鈴を取り囲むように配置され、レーザーを撃ち放つ。

瑠奈に特訓を付き合ってもらうようになってからはセシリアの個人技術が著しく成長していっており、かなりの腕前となっている。

 

「くっ・・・なかなかやるじゃない!!けどね!!」

 

僅かなレーザーの死角を見つけた鈴がその部分を突き抜けてセシリアに向かっていく。

そのまま手に持った大型ブレードの『双天牙月』でセシリアを切り裂こうとしたとき

 

ガキィ!!

 

何者かが、鈴とセシリアの間に入り込み、その斬撃を受け止める。

その入り込んできた人物は

 

「何をしている?」

 

千冬に劣らず鬼のような形相の瑠奈だった。

この瞬間、二人の間で何かやばいことになったとそう勘が告げていた。

 

 

ーーーー

 

「いったぁ!!」

 

「ひんっ!!」

 

プールサイドでガンッと痛々しい音が響いた次の瞬間、鈴とセシリアの泣き声が発せられた。

瑠奈が二人の脳天に強烈な拳骨をくらわせたからだ。

 

「君たちの言い分もあるだろうからあえて理由は聞かない。けどこれだけは言わせてくれ、自分勝手な理由でISを使うとは何事か!!!馬鹿者がッ!!」

 

周りには大勢の客が瑠奈とセシリアと鈴を見ているというのに、大きな怒声はだして怒る。

今回のこの事件はISの無断使用にくわえ、一般客への被害。幸いなことに大きな事故は起きなかったが、一歩間違えていたら大惨事になっている。

 

「君たちが専用機持ちだというのなら自分たちが大きな力を持っていることを自覚しろ!!いちいち安っぽい感情で他人に力を行使するな!!わかったか!!」

 

今まで見たことがないほどに怒り狂った瑠奈の声と顔にセシリアと鈴の身体がびくっと震える。

 

「あの・・・・そ、それくらいで・・・・」

 

付き添いであるプールの関係者が瑠奈を止めに入ろうとするが

 

「じゃかしい!!今は取り込み中だ!!黙ってろッ!!」

 

額に青筋を立てて一喝して黙らせる。

すると、言われてばかりで癪に思ったのか鈴が必死な様子で自分勝手な言い訳をする。

 

「な、なによ!!甲龍はあたしの専用機ISなんだからどう使おうがあたしの勝手じゃない!」

 

「君の専用機じゃない。君の祖国の専用機(・・・・・・・・)だ!!」

 

ほとんどの専用機が理解してないようだが、専用ISを動かすエネルギーを初め、弾丸、整備代、輸送費。

そのすべてを国は国民の税金で賄っている。

このことは、学年別トーナメント前の演習で自分勝手な行動を取ったラウラにもきつく叱っておいてある。

 

「君は祖国の税金を使わせてもらっているんだ。その貴重な税金を無駄使いする資格など君にはない!!いいか?どうしても嫌いな奴がいるのならばISなんかに頼らないで、自分自身が土俵に上がって自分たちの拳で殴り合え‼︎その審判ならいつでも引き受けてやる」

 

完全に論破され、鈴はがっくりとうなだれる。

はぁ・・・とため息をつくと

 

「私の友人が迷惑をかけて申し訳ありません」

 

先ほどとは180度違ったニッコリした笑みでプール関係者に語り掛ける。

さっきとはあまりにも違う反応に相手も軽く戸惑っている様子だ。

 

「今回の被害はわたくしが全額弁償いたしますのでどうかお怒りを収めてはいけませんでしょうか?」

 

「は・・・はい・・・・」

 

「ご理解ありがとうございます。ほら、二人ともいつまでも落ち込んでないで帰るよ」

 

鈴は先ほどの正論を言われたせいで落ち込んでいるが、セシリアも叱られたせいでがっくりと項垂れている。

ここで鈴に勝ったら少しは自分を臨海学校で千冬が言っていた『主人』の候補生として見てくれると思っていたが、彼は結果を出せば喜ぶタイプではなかったようだ。

 

(うう・・・・・ついていませんわ・・・・・)

 

そんな鈴とセシリアに苦笑いすると

 

「鈴、セシリア」

 

内心で『少し言い過ぎたか』と反省する。

 

「今回のことはこれからの未来のために礎にすればいい。いつまでも落ち込んでいるんじゃない、代表候補生なんだろう?」

 

そういい、二人の頭を軽く撫でる。

 

「ほら、さっさと立つ。こんな時間だし帰りに何かおいしいものでも食べて帰ろう」

 

時刻は日が沈みかけている午後5時半。少し早いが帰りに夕飯でも食べていくとしよう。

 

「はい・・・・」

 

「わかったわよ・・・・」

 

ふてくされた様子で立ち上がるとトボトボと出口に向かって歩きはじめる。

2人はこれからもまだまだ成長できる存在だ。こんなことも人生の糧にして強くなっていけばいい。

 

「君たちはまだまだ強くなれるんだ。私と違ってね(・・・・・・)

 

「ん?何か言いましたか?」

 

「いや何も」

 

オレンジ色に染まった夕日に向かって3つの影が歩んでいった。

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

44話 アイドル少女

「~♪~♪~」

 

次の日、簪は待ち合わせ場所である街中の公園でアニメのBGMを口ずさみながら上機嫌に待っていた。

過去に何度か瑠奈と出かける事はあったが、彼と出かける時間は何とも言えない幸福感に包まれているのだ。

やはり、あの有名な小倉瑠奈と一緒に出掛けられることに満足感を感じているのだろうか?

 

「まだかな・・・・」

 

公園についてからしばらく経つが、彼の姿が見えない。

寮では『一緒に行こう』といったのだが、『急に先生たちに呼び出しがあって、少し遅れる』と返され、仕方がないため、先に待ち合わせ場所に来たのだ。

 

すると、簪の携帯にメールの着信音が鳴る。相手を見ると『小倉瑠奈』と表示されている。

何かのメッセージかとメールを開けた瞬間

 

「え゛・・・・」

 

口から潰れた牛蛙のような濁った声がでる。

そのメールには『ごめん、急用が入って今日は行けそうにない』と書かれていたからだ。

 

「そ・・・・そんな・・・・」

 

確かに瑠奈は多忙な身なのかもしれない。

だが、せっかくの約束をいきなりキャンセルされて悲しくない人間などいるのだろうか?しかし、ここで愚痴ってもどうしようもない。

 

今日は瑠奈と一日中遊ぶ予定だったため、今日は何の予定もない。

このまま、帰っても何もすることがないので、少し町をぶらついてから帰るとしよう。

 

「はぁ・・・・・」

 

そんな悲しいため息をつきながらトボトボと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのー・・・すみません」

 

「はい?」

 

その後、暇つぶし目的で簪が街中を歩いていると、当然後ろから声を掛けられ、振り返ってみるとそこにはビジネススーツを着た若い男性が立っていた。

彼は何処かの会社の会社員なのだろうか?

 

「あの・・・なにか用ですか?」

 

「あ、はい。わたくしはこうゆう者なのですが」

 

財布から名刺を取り出し、簪に手渡す。

そこには『インフィニット・アイドル事務所 スカウトマネージメント中田 幸木』と書かれていた。

 

「スカウト?」

 

「はい、ぜひあなたにお話をお伺いしてもらいたくて、少し時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

 

「は、はい・・・・」

 

「ありがとうございます。では立ち話ではなんですので近くのカフェでお話を」

 

そう言われ、簪はその中田幸木という若い男と共に近くのカフェに入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではご説明させていただきますね」

 

カフェの席に座ると目の前の男ーーーー中田幸木はニッコリと笑顔を浮かべると持っていたカバンから数枚の書類を出して説明を始めた。

 

「まず最初にですが、あなたはインフィニット・ストラトスをご存知ですか?」

 

「はい」

 

簪はIS学園の生徒だ。ISや詳しい資料など毎日見飽きている。

 

「そのISに近年とある問題が浮上してきました」

 

手元にある資料の内の一枚のプリントを取り出し、簪に差し出す。

そのプリントには隠匿名の人達にISの問題点や悪口などが書かれている。

 

「これはとある世論調査の結果なのですが、この調査の結果、多くの人々がISに対して決して良いイメージを抱いているとは言えない結果がでました」

 

国という存在は国民の働きが大きい。その重要な国民がISの受け入れなどを拒むような事態になるのは大問題だ。

アラスカ条約によってISはスポーツに使用されることになったが、どの場所にもルールを守らない無法者はいる。

現にこの前の臨海学校帰りに簪たちはISを使うテロリストに襲われたところを瑠奈に助けてもらった。

 

「そのイメージを覆すため、我々はとあるプロジェクトを始動させました。それがこのインフィニット・アイドルプロジェクトです」

 

さらにカバンから数枚の広告をだすと簪に見せる。

なるほど、ISに良いイメージを持たせるため、国民的アイドルとISを組み合わせてみるという計画。なかなか面白そうなものだ。

 

「それで・・・私に何か用ですか?」

 

「はい、それなのですが、是非あなたにこのアイドルメンバーになるためのオーディションを受けてもらいたいのです」

 

「え・・・」

 

自分がアイドル候補?いきなりの現実離れした発言と誘いに一瞬思考が停止する。初めは何かのドッキリなのかと思ったが、こんな詳しい話と資料を見せてドッキリはないだろう。

 

「でも・・・私はスタイルもよくないですし・・・・歌も得意じゃないし・・・・」

 

「大丈夫。我々の用意した練習やプロが組み立てたカリキュラムによって成長できる可能性は十分にあります。あなたは磨けば光るダイヤモンドなのですから」

 

とても魅力的な話だが、自分が衣装を着てステージで踊っている姿などとてもじゃないが想像できない。それに練習をするとなると今より簪が自由に使える時間は無くなっていくだろう。

 

(やっぱり・・・・無理だよね・・・・)

 

彼には悪いが、とても両立できそうな様子はない。この話を断ろうとしたとき

 

「これはここだけの話なのですがね・・・・」

 

小声で簪に囁く。

 

「我々の事務所にはあの小倉瑠奈が在籍しているんですよ」

 

「え!?」

 

突然の衝撃事実に声から驚嘆の声が出る。

 

「彼もあなたと同じように初めは無理だと言って断ろうとしてきたんですが、我々が何とか奮い立たせて続けた結果、彼は今のような人気を持つ有名人になることができたんですよ」

 

瑠奈はIS学園に所属している身だが、ほとんどの授業に出ていないことを不思議に思っていたが、この事務所に所属し、日々訓練に明け暮れていたのなら納得も行く。

 

「まぁ、今日は我々の存在をあなたに知ってもらいたくて失礼ながら声を掛けさせていただきました。この話に興味があるというのなら明日、14時にこのカフェにきてください。あ、あと言い忘れましたがこの話は極秘事項ですのでご内密でお願いします」

 

この後に何やらの用事があるらしく、簪に渡す数枚の書類と名刺を残してテーブル上にある書類をカバンにしまうと席を立つ。

 

「あ、あの!!」

 

すると、まだ迷いがある顔で簪が縋るような思いで声をかけた。

 

「わ、私なんかでも小倉瑠奈みたいになれるんですか?」

 

「それは、あなた次第ですよ」

 

そう典型的な言葉を残して中田幸木は去っていった。

 

「瑠奈と・・・同じアイドル・・・・・」

 

『小倉瑠奈と同じ事務所に専属する男』この言葉だけで目の前にいた中田という男に対する疑いはきれいさっぱり消え去っていた。

小倉瑠奈が事務所に専属しているという証拠も、確証もないのに。

 

そしてその浅はかな考えと思考が大きな悲劇を引き起こすことをその時の簪は知らなかった。

 

 

ーーーー

 

「で、何か御用?」

 

一方その頃、瑠奈はIS学園のとある会議室で千冬と対峙していた。

ルームメイトとの大切な予定をキャンセルしてきたのだ、よっぽど大事な用件であることなのがわかる。

 

「では単刀直入に聞こう。瑠奈、お前は何処かの組織や企業に属しているか?」

 

「ありえない」

 

その返答に千冬は納得したかのように頷く。

小倉瑠奈という人間が国や組織に忠誠を誓うことなど未来永劫あり得ない。

 

「それを踏まえて話すが、最近、10代女性の拉致や誘拐が頻繁に起こっていることが判明した」

 

「道端でナンパでもしてお持ち帰りされたとか?」

 

「いや、そのような類ではない。やり方はとあるアイドル事務所と名乗っている人間にアイドル勧誘をされて事務所に連れていかれる。そこで対象の身体検査と称して細かなデータを入手し、商品として売り出す。あとは簡単だ、練習所に連れていくと称して、買い手の元に連れていけばもうどうしようもない。身も心も屈服させられて買い手を満足させるための奴隷になるように調教されていくだけだ」

 

なるほど、このやり方だと対象の友人や家族に何の怪しさや不審さを感じさせることもなく、安全に事態を運ぶことができる。

確かに被害者は気の毒だ。

アイドルという女性にとって大きな夢を掴むことができると思ったはずなのに、待っていたのは上の人間を満足させるための生贄。見事なまでのあげて落とす作戦だ。

 

「確かに気の毒だが、私には関係ない話だろう。そのような話は警察に相談すべきじゃないのか?」

 

「確かにそうだが・・・・・誘拐犯は全員こう口走っているらしい、『我々の事務所には小倉瑠奈が所属している』と』

 

その言葉にピクリと瑠奈が反応する。どんな人間だろうと自分の名前をカモるための餌にされて嬉しい人間などいないだろう。特に瑠奈のような名前に特別な思い入れがある人間は。

 

それにあの国民的アイドル(本人は非公認)の小倉瑠奈という有名な名前が出されたら大抵の人間は信じるのが普通だ。

 

「あとこれも見ろ」

 

そういい、千冬に突き出された書類には近年の少年少女の誘拐および行方不明事件のグラフが記載されていた。

2、3年前は緩やかな肩下がりの傾向であったが、今年に入ってから事件件数が増加傾向になっている。

とくに今年の4月、小倉瑠奈という存在が世界に知れ渡ってしまった時期に。

 

「見てわかるように事件数はお前がIS学園に入学してから増加傾向にある。そのため、警察はお前にある容疑をかけている」

 

「それは?」

 

お前(瑠奈)が共犯者ではないかという容疑だ」

 

「馬鹿げてる・・・・・」

 

被害者はまともな証拠1つ残さずに失踪しているため、捜査が難航していた。

その行き場のない不安と焦りが関係者と思われる小倉瑠奈にあてられた結果、共犯者というかすりもしない結論にたどり着いたのだろう。

まったく、警察の上層部の頭にはスライムでも詰まっているのだろうか?

 

「そのため、上層部はお前に潔白を求めている。そのためーーー」

 

「ああ、もういい!!わかったよ!要するに私がその誘拐組織の尻尾を掴めばいいんだろう?回りくどいよ。とりあえず、私が独自で調査を進めておく。協力が必要になったら言うから」

 

やけになりながらそう叫ぶと、会議室の机に置かれていた資料をひったくるように取ると退室していった。

 

 

ーーーー

 

「はぁ・・・・・」

 

さて、面倒な出来事の中で一番面倒なことに巻き込まれた。

もし、神というものが存在しているというのなら、あなたは瑠奈を面倒なことに巻き込むのがお好きらしい。

学内の廊下を歩きながらそんな自傷気味なことを考えていると

 

「おーーーーい、小倉ーーーー!」

 

背後から聞きなれた元気いっぱいの大きな声が聞こえてきた。

 

「そんなに大きな声で叫ばなくても聞こえていますよ。主将(キャプテン)

 

そう言われ、声の主ーーーー柔道部3年の主将はニッコリと笑う。

4月に『試合で自分が勝ったら付き合ってもらう』という勝負し、見事に返り討ちにあった主将だが、その後に気まずい関係になることもなく、いまもこうしてたまにだが時間をともに過ごすことがある。

 

それでも彼女からのアプローチがたえることはないが。

 

「いま昼だしさ、一緒に昼食なんてどう?」

 

そういう主将の手元には2つの弁当箱がある。どうやら彼女は瑠奈の分まで昼食を作ってくれたらしい。

ちらりと壁に掛けられている時計を見てみると、12時すぎだ。そうやら会議室で千冬と随分と長い間くだらないことを話していたようだ。

 

「ええ、喜んで」

 

「おお、それはよかった」

 

そうすると善は急げというかのように瑠奈の手を取り、昼食を取れる屋上に向かっていく。

 

「メニューは何ですか?」

 

「今日は卵焼きと唐揚げが自信作だから期待していろよ」

 

「それは楽しみですね」

 

「お前が私の物になったら毎日私の料理が食べ放題だぞ~」

 

「まあ・・・考えておきます」

 

そう無難な返答をし、瑠奈と主将は屋上へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「いったいどうなっている!!レポティッツァはこの学年別トーナメントで確実に小倉瑠奈を捕獲できると言っていたではないか!?」

 

とある会議室で男の怒声が響く。

小倉瑠奈とその機体の貴重なデータを作ったプロトタイプ(黒いゼノン)の消失、これは大きな損害だ。

 

「我々の計画には小倉瑠奈の存在は必須だ。いったいどうする!?」

 

その怒りに似た問いに答えず、誰もが顔を逸らし、無言を装う。今回の作戦で小倉瑠奈を捕獲できると誰もが信じて疑わなかったはずなのに、プロトタイプは倒され、作戦も失敗した。

プロトタイプでも倒せなかったものを相手に1か月や2か月かけて作った兵器など相手にもならないだろう。

 

「なにをそんなにお怒りになさっているのですか?」

 

沈黙が続いていくなか、会議室の扉を開けてスーツで身を包んだ美女ーーーレポティッツァが入ってくる。

誰もが怒りや怯えを顔に浮かべている中で彼女はどこまでも余裕を感じられる表情をしている。

 

「貴様がそもそも事の発端だろう!!お前が立案した作戦が成功していれば我々も頭を悩ませずにすんだはずだ!この責任どのように償うつもりだ!!」

 

ドンッと怒りに任せた拳が机に叩きつけられた瞬間、周りの人間も「そーだ、そーだ」と便乗してレポティッツァを責め立てる。

自分への責任を避けるために、一人の人間をつるし上げるという、人間の浅ましく、醜く、悲しい感情。

 

「だが、そこが美しい・・・・」

 

帯びせられる暴言や悪口に怯んだ様子もなく、ポケットから一つのリモコンを取り出すとスイッチを押す。

そうすると会議室の照明が消え、天井にディスプレイが映し出され、学年別トーナメントでの小倉瑠奈とプロトタイプとの決闘の映像が流された。

 

機体性能が劣っているはずのエクストリームがプロトタイプを圧倒している。

 

「いまさらこんな映像を見せられたところでなんだ?」

 

「わからないのですか。この戦いでは小倉瑠奈の身体能力、戦闘能力、反射神経、状況把握力、空間認識力、全てが常人を大きく上回っておりました。小倉瑠奈の中で『彼』はいまだに失われていない(・・・・・・・・・・・)のです」

 

そう言うと同時にレポティッツァの秘書が男たちに資料を配る。その資料を見ていくにつれ、さっきまで怒り狂っていた人間たちが次第に落ち着いてゆく。

その光景をレポティッツァは満足そうに眺め、口角を上げる。

 

小倉瑠奈は必ず自分の元に来る。

なぜなら彼は自分の研究の最高傑作(・・・・・・・)なのだから。




表示や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

45話 夢の果て

深夜のテンションで書いたので、暴走気味な回ですね。
なんか恥ずかしいです。


「やはり来てくれましたか」

 

昨日のカフェに入ると既に男ーーー中田幸木が座って待っていた。流石は社会人といったところだろう、彼は人を待たせるより、待つ側の人間なのかもしれない。

 

「昨日の話を聞きに来てくれて嬉しいですよ」

 

「まぁ・・・・話だけなら・・・」

 

『そう、話を聞くだけ』と照れ隠しをしつつ、向かい合うようにして座ると、中田は持ってきた鞄から昨日より詳しい資料が記載されている書類を机の上に広げる。

 

「まず、オーディションが受かり、訓練生となった場合のスケジュールなのですが、平日は2時間、休日と祝日は3時間近くの練習をーーーー」

 

そう丁寧に説明する中田を簪は聞き流しながら、1人乙女の妄想に更けていた。

もし、瑠奈と同じアイドルになり、同じ事務所に所属することになったら・・・・・

 

 

 

事務所にて

 

『え!嘘、なんで簪がここにいるの!?」

 

『わ、私、瑠奈と同じアイドルになったんだ・・・・』

 

『すごいよ簪!君と一緒にステージで踊れるだなんて!!これから一緒に頑張っていこう』

 

『うん!』

 

 

 

 

練習後

 

『はあ・・・・はあ、あー疲れた・・・』

 

『瑠奈・・・これ・・・飲み物・・・・』

 

『ありがとう簪、気が利くね。ごく・・・ごく・・・・あー生き返る。ほら、簪もどう?」

 

そういい、飲んでいたペットボトルを突き出してくる。

 

『え・・・でも・・こ、これってか、か、間接・・・・』

 

『ほら、照れるなよ。アーン』

 

優しく、丁寧に飲み口を簪の唇に当て、飲ませてあげる瑠奈。

 

『んん・・・・あ。ありがとう・・・・うぅぅ・・・か、間接キスしちゃった・・・・・』

 

『ん、簪何か言った?」

 

『な、何でもない・・・・・えへへへ・・・・・』

 

 

 

 

ファーストライブ前にて

 

『うう・・・・緊張する・・・』

 

『大丈夫!ほら大きく深呼吸して、すーはーすーはー。どう、落ち着いた?』

 

『う、ううん・・・・まだ緊張する・・・・』

 

『まだダメか・・・・・だったらーーーーー』

 

『ひゃん!!』

 

突然、覆いかぶさるような形で簪に抱き付く。

 

『る、瑠奈?』

 

『こうしておけば人間は落ち着くんだよ。いいからもう少しこのままで・・・・』

 

『瑠奈・・・・ありがとう・・・・・』

 

 

 

 

コンサートライブ前にて

 

『やばい・・・・緊張する・・・・』

 

『瑠奈、しっかりして』

 

『ごめん簪・・・・まさかコンサートライブまでいけると思ってなかったからまだ現実味がないっていうか、信じられないっていうか・・・・こんな頼りないのがメンバーでごめんね』

 

『瑠奈・・・・あ、そうだ・・・』

 

『うわ、簪!』

 

ファーストライブの時に瑠奈が抱きしめてくれたように、簪が瑠奈に覆いかぶさるようにして抱きしめる。

 

『あの・・・・緊張が解けるまで・・・・・その・・・・・このままでいいから・・・・』

 

『・・・・・・・簪』

 

『なに・・・?』

 

『このコンサートライブが成功に終わったら君に伝えたいことがある。そのときは聞いてくれるかな?』

 

『うん、必ず聞くから今はライブに集中して』

 

『はは・・・・言うようになったなぁ・・・』

 

 

次の日の朝刊

『電撃!!あの人気アイドル、インフィニット・アイドル事務所の超人気アイドル更識簪と小倉瑠奈、衝撃の交際宣言。そして意外なことにもこの2人はあのIS学園のルームメイト同士であったことが判明』

 

 

 

「えへへへ・・・・・」

 

「---さん・・・・---さん!!」

 

「え・・・・」

 

「更識さん!?」

 

「えっ!!・・・えっ・・・・」

 

「ちゃんと私の話を聞いていますか!?」

 

目の前の男ーーー中田幸木の声によって簪の白昼夢世界から強制送還される。現実に戻されたことによって、今の自分の状況を認識し始めていく。

 

「以上で説明を終わります。ご理解できたのならこの契約書にサインと印鑑を」

 

「え、あ、はい!」

 

さっきまで意味の分からない妄想をしていた自分が恥ずかしくなり、誤魔化すように急いでサインと印鑑を押す。

中田幸木は契約書を確認すると

 

「では、次回はオーディション会場にご案内いたします。そこでは自己アピールの試験も行いますので、スピーチ内容を考えていてください」

 

「え、もうですか?いくらなんでも急すぎるんじゃ・・・・」

 

「いつもなら数回の面接を挟むのですが、勝手ながらあなたは私の一押しの方なので、一刻も早く上司にあなたを見せたいのです。それとも、指定の日は何か用事などがあったのですか?」

 

「い、いえ!大丈夫です!そっか・・・・一押し・・・・えへへへ・・・・」」

 

つまり自分が期待されているということなのだろう。

いよいよアイドルになるという話が軌道にのってきた。この調子だと瑠奈と並んでステージで踊る日も遠くないのかもしれない。そう思うだけで頬が緩んでくる。

 

「それでは次回の指定の場所に遅れないようにお願いします」

 

そう簪に営業スマイルを出すと契約書を鞄に仕舞い、カフェ代を机の上に置いて店を出ていった。心臓の鼓動が聞こえてくるのではないのかと思いほどに簪は高ぶっていた。

 

「もうすぐ・・・・だよね・・・・」

 

そうつぶやくと、目の前に置いてあるオレンジジュースのストローに口を付けた。

 

 

 

 

 

 

「うぐっ!!」

 

とある路地裏で苦しそうな男の声が響く。

 

「何度も言っているだろう、こちらが求めているのはテロ組織などの情報ではなく誘拐組織の詳細だ」

 

目の前で男の首を右腕で締め付けている背の低い男性らしき人間が機嫌悪そうに物言う。身長ではこちらが勝っているはずなのに目の前の男は抵抗ができないほどの大きな力で首を絞めつける。

 

「しる・・・かよ・・・・。どうしても・・・・知りたかったら・・・・警察に・・・ぐぐぅ・・・言えよ・・・・」

 

「それでは意味がないんだよ・・・・ちっ」

 

軽く舌打ちすると右腕を大きく右に振って男を投げ飛ばす。

 

ここ数日組織を調べまわっていたが、目新しい情報を手に入れることができなかった。なかなか尻尾を掴ませない狡猾な組織だ。やはり、このまま調べまわるのではなく潜入捜査のほうが確実で速いだろう。

 

正直これだけはやりたくなかったが、これ以上被害者を出すわけにはいかない。はぁ・・・・とため息をつくと携帯を取り出し

 

「千冬か・・・・・すまないが用意してもらいたいものがある」

 

急ぎ歩きで路地裏を走っていった。

 

ーーーー

 

数日後、簪はバスに揺られて中田の言っていたオーディション会場に移動していた。周りの座席にも簪と同じぐらいの少女たちが座って雑談をかわしている。

 

どうやら彼女たちにとっては楽観的な様子だが、簪は試験前の緊張感が心を包んでいた。

ここでダメだったら四六時中考えていたスピーチ内容や鏡に向かいながらしたウォーキング練習などがすべて水の泡になってしまう。

 

本音にも付き合ってもらったのだ、何としても勝利報告をしたい。

 

『まもなく、会場に到着いたします。完全に停車するまでシートベルトを外さないでください』

 

バスのアナウンスが流れ、会場の駐車場にバスが停車する。

 

(大丈夫、大丈夫、あれだけ練習したんだから・・・・)

 

自分を誤魔化すように内心思いつつ、バスを降りて案内についていくと体育館ほどの広さの建物の中に入っていった。

 

「ここでオーディションで使う衣装の採寸と顔写真を撮影します。顔写真を先に撮影する組と採寸する組に分かれてください。なお、両方が終わったのならオーディション会場に移動します」

 

説明を受けてぞろぞろと移動し始める。簪は先に顔写真を撮影する組に区分された。天井から降ろされた大きなカーテンを境に撮影組と採寸組に仕切られる。

 

「ではこちらへどうぞ」

 

案内についていくと、写真を取るためのカメラが設置されてある場所へたどり着いた。

『いよいよだ』と自分で気合いをいれるとカメラの前に立ち、撮影される。

 

「では撮影が終えた方はこちらへ来てください」

 

撮影が終了してからしばらく経ち、採寸する組も終わり、交代となるのだが、なぜか採寸組の少女たちの顔が赤くなっている。

なぜかという疑問はすぐに解消された。

 

「それではこれより採寸に移ります。みなさんは服を脱いで採寸を受けてください。あ、下着も外してくださいね」

 

『下着も脱ぐ』というとんでもない言葉にざわざわと騒がしくなる。今は真夏で寒いというわけではないが、建物内とはいえ、外で全裸になるのだ、抵抗がないはずがない。

 

「え・・・それはちょっと・・・・・」

 

「ここで・・・・?」

 

「下着も外さなきゃいけないの?」

 

ほかの少女たちも抵抗があるらしく、ざわざわと騒ぎ出すが

 

「ほらほら!!さっさと脱ぐ!!嫌ならここで帰ってもいいんだぞ!」

 

前に立っていた採寸係と思われる女性がそう大きな声で叫びと観念したらしく、各々服を脱いで目の前の籠にいれていく。

 

当然ながら簪にもとんでもないほどの羞恥心に襲われていたが、『周囲がやっている』という集団心理が働き、しょうがなく、服を脱ぎ始める。

最後の防壁(下着)には当然躊躇したが、仕方ないことだと思いながら腰から下着を抜き取る。

 

「それではこちらへ来てください」

 

全員が下着を抜き取り、全裸になったことを確認すると、少女たちをカーテンで仕切られた空間に案内した。そこには何やらボードを持った係員の女性が大勢立っていた。

 

「これからISスーツの採寸を行います。細かい採寸まで行いますので多少身体を弄らせてもらいますが、狼狽えることなく、じっとしていてください」

 

メジャーを持ち、案内人は簪の背後に立つ。簪もIS学園に入学するときにISスーツの採寸をしたが、さすがに全裸ではなく下着を身に着けた状態だった。何かがおかしい、頭の中に小さくはない疑問が浮かぶがその疑問はすぐに吹き飛ぶことになる。

 

「きゃっ!!」

 

背後で採寸をしていた係員が簪の胸の突起をつまみ上げたからだ。突然の知らない感覚とむずがゆい快楽に口から悲鳴のような声がでてしまう。

 

「あ、あの・・・・こ、これは・・・・?」

 

「ISスーツの採寸をしていますので、あなたは静かに動かないでいてください」

 

「で、でもこれは・・・・」

 

「もう一度言います。静かにしていてください」

 

無感情で圧力を感じさせる言葉に気弱な簪は黙り込んでしまう。不安になっている簪を尻目に、背後に立つ案内人の手つきはさらにエスカレートしていく。

 

小さな胸を揉んだり、持ち上げて揺れる胸部をいやらしい目で凝視している。下腹部を人差し指で撫でたり、健康的な肉付きの太もものを摩ったり、マッサージのように両手でもみ込んでいく。

 

「んんっ・・・・・っあ・・・・んく・・・・」

 

気恥ずかしい声を漏らしながら、少し変わった検査だと思っていたがこれではまるで簪の身体を吟味や品定めしているようだ。他人に自分の命運を決められているような恐怖と与えられる快楽を、必死に口を噤んで耐えていたが

 

「っ~~~~!!んんっ!!」

 

次の瞬間、その噤んでいた口から悲鳴が飛び出しそうになるほどの羞恥が簪を襲う。

主に上半身を採寸していた案内人の手が下に移動し、プリッとしたお尻をわしづかみする。それだけならまだしも、さらに両手でそのお尻の谷間を割り開いたからだ。

誰にも見せたことがない禁断の部分を、なぜか人に見せている。

 

「や、やめて・・・・く、ください・・・・・」

 

消えてしまいそうな声で必死に頼み込むが、まるで相手にしていないかのように、無視して『採寸』を続ける。

禁断の秘所に指を挿し込ませかけたり、周囲の溢れる粘膜を指先に濡らし、爪で秘部を優しく掻くなど、行為はどんどんエスカレートしていく。

 

「ふ~~」

 

「んぐっ!」

 

声を抑えて耐えている簪を責めるように、背後にいる係員が割り開いている菊の園に息を吹きかけてきた。いくら相手が女性だとしてもとてつもない羞恥心が襲ってくる。

 

周りの少女たちも全く同じ体験をしているらしく、熱っぽい息や抑えきれていない声が聞こえている。自分のされている行為はわかっているはずなのに、誰も異議や抵抗することなくされるがままの状態だ。

そんな異常と思える空間にもついに終わりを迎える。

 

「はい、それでは採寸を終わりにします。みなさんは衣服を着用し、私についてきてください」

 

ボードを持った別の案内人が入って、そう告げると簪を初めとする少女たちの身体を弄んでいた係員たちは離れ、部屋をでていった。

 

「ひんっ・・・」

 

その時、簪の『採寸』をしていた係員の女性が、簪のお尻から溢れている粘膜をグチュッと音を立てて、人差し指にこすり付けて指に尻部の粘膜を付着させる。そのまま、その指を銜えて味わうように舌を這わせると、簪の裸体を舐めまわすかのように、濁った笑みを向けて

 

「あの子は・・・・私がもらうわよ・・・・・」

 

誰にも聞こえないほどの音量で呟いた。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

その後、簪たちはさっきとは違う建物の中に案内された。

やはり、一大プロジェクトなのだからだろうか。かなりの手間がかかっている。

 

「では、先ほどお配りした番号札を胸につけてください」

 

手元には、少し前に配られた番号札がある。

先程は不可解な採寸があり、困惑していたが、今の簪はすごく晴れ晴れとした気分だった。先ほど、簪を含めた数人の少女に係員の女性に『あなたを雇いたいと言っている会社の人間がいる』と告げられたからだ。

 

つまり、自分はこの審査に合格したということだ。その証拠としてさっきまでいたライバルたちは、ほとんど帰らされている。

 

「番号札を付けた方は、その番号の部屋に入ってください。そこにあなたたちのこれからの説明をするわたくしたちの代表者がいます」

 

今いる通路には学園の寮のように、たくさんの個室が並んでいる。その中に自分たちの将来を告げる人間がいると思うと、今にも飛び込みたい衝動に襲われるが、ぐっとこらえる。

出来るだけ落ち着いて、大人っぽく。それを心の中で暗唱しつつ、中にはいると

 

「どうも、初めまして」

 

「あ、あなたは・・・・」

 

室内は1つの机は設置されており、2つの椅子が挟むように置かれているシンプルな部屋だ。

それよりも気になったのは、そこに座っていた女性だ。代表者と思われるその女性は、採寸のとき簪の身体をいじくりまわした係員だった。

 

だが、さっきまでその女性はスーツを着ていたのに対し、今は全身が赤の豪華なドレスを着ている。まるでどこかの富豪のようだ。

 

「どうぞ、座ってください」

 

「は、はい・・・」

 

先程の出来事が出来事なだけに、奇妙な気恥ずかしさを感じるが、気分を切り替えて、椅子に座る。

しかし、簪が座ったといのに、女性は何もせず、簪の身体を凝視している。

 

「あの・・・・どうしたんですか?」

 

「ああ、ごめんなさい。さっき見たあなたの身体がとても綺麗だったからね、見とれちゃったのよ」

 

「っ!・・・・その・・・・ありがとうございます」

 

「その身体がもうすぐで私の物になるなんて、本当に・・・・・いい買い物をしたわ・・・・」

 

簪に聞こえない音量でそうつぶやき、唇をペロリと舐める。それはまるで餌を前にして焦らされる肉食動物のようだ。

 

「それでは、あなたの未来(・・)を説明していくわね?」

 

女性は足元にあった高そうな鞄を手に取り、数枚の書類を取り出した。簪はてっきり、雇用届かなにかと思っていたが、その書類には簪の細かい身体データに加え、個人情報が載っていた。

 

「ああ、あとこれ」

 

追加で差し出された書類には、簪の顔写真が付いた商品カタログのようなのページのコピー。それと、領収書だ。何百万の小切手によって支払われた領収書。

 

「あの・・・・これは・・・・?」

 

「わからないの?あなたは私に買われたの、この値段でね」

 

領収書を突きつけて、無知な子供に向けるかのような、憐れみと同情が含まれている残酷な笑みを簪に向ける。しかし、憐れみがあると言っても自分が買主であることに対する罪悪感は片鱗も感じられない。

 

「さっきの採寸の時間は、私たち買主の商品の品定めの時間だったのよ。あのとき、私はあなたを見つけてね、直感で買おうって思っちゃったわ。これでも衝動買いを抑えようと努力はしているつもりなんだけどね」

 

ふふふっと反省するかのような笑いを浮かべるが、簪には現実味を感じられない。

自分が買われた? この人に買われた? そんなのあり得ない だが、この領収書は偽物とは思えないほど緻密によくできている。

 

「なにより、あなたのあのお尻はいいわよね。瑞々しくて、白くて柔らかいあの感触。あなた高校生なんでしょ?調教しがいのある身体をしているわよ、貴方」

 

この時点でやっと簪は気が付いた。自分の身体を淡々と語っているこの女性は異常なのだと。異性ならともかく、同性で、しかも自分の身体のことしか興味のないような口調だ。

そして何より恐ろしいのはこの人の濁りきった目だ。まっ黒に濁りきり、怖気を感じさせる。

 

「お尻からあふれ出たあの粘液は美味しかったわよ。あれが毎日飲めるだなんて、本当にお得な商品ねあなたは。そうだ、せっかくだし、ついでにあなたのお尻の穴も楽しませてーーーー」

 

「いい加減にしてください!!」

 

自分の恥ずかしい箇所を、楽しそうに語られていることに我慢がならなくなったのか、自分でもびっくりするほど大きな声で叫び、立ち上がる。

 

「もういいです!あなたの会社には勤めません。私は帰らせてもらいます」

 

流石に、これ以上は我慢ならない。一秒でも長くこの場には居たくない。早歩きで入ってきた扉に向かい、ドアノブを掴むが

 

「あ、開かない!?なんで・・・・」

 

外から鍵を掛けられたらしく、扉は開かない。何とか開けようと、ガチャガチャとドアノブをひねっていると

 

「いぎっ!」

 

背中に強烈な痛みを感じ、扉に寄りかかってしまう。後ろを向くと

 

「はあ・・・・今この場で自分の運命を受け止めればいいのに」

 

呆れたような表情で簪の買主となる女性がどこから取り出したのか、手元に長い鞭を持って立っていた。おそらく、先ほどのあの痛みは持っている鞭で叩かれたものだろう。

 

「あなたをここに呼んだのは、貴方に私が買主だというのを伝えるため。つまり、貴方はここで私の所有物になるのよ?反感なんてしたらどうなるかわかるでしょうに」

 

痛みに怯えている簪を楽しんでいるらしく、鞭を周囲に振るい恐怖を煽る。生き物を服従させるのにうってつけなのは痛みだ。

自分の身に大きな痛みを感じれば、その痛みを与えた者に逆らうことはなくなる。

 

「それじゃあ、鑑賞といきましょうか。服を脱ぎなさい」

 

「もうやめてください!いいから私を帰してーーーーひぎっ!!ああっ!」

 

話し終わらないうちに、鞭を振るい、簪に容赦のない鞭打ちを食らわせていく。慣れているらしく、その鞭の扱いは巧妙で服の覆われていない箇所の腕や顔などの皮膚が露出している場所を打っていく。

 

「きゃあっ!!」

 

放たれた鞭の1つが頬に直撃し、掛けていた眼鏡が飛ばされて地面に倒れる。視界の定まらない目でちらりと叩かれた箇所を見てみると、真っ赤な跡が残っている。

 

「ひぐっ・・・・うぅぅ・・・・」

 

痛さのあまり涙が流れ、口から嗚咽が漏れる。まともに抵抗できない自分の無力さ、そしてこんな事態を招いてしまった不甲斐なさが心を締め付けていく。

 

パンっ!!

 

泣いている簪の眼前の床に鞭が叩きつけられる。

 

「いつまで泣いているの?さっさと立ち上がって服を脱ぎなさい」

 

イラつきと怒りが混ざった強い口調に恐怖を感じて立ち上がると、今日のために精一杯のおしゃれをした服を脱いでいく。

 

自分の中ではあまり履かないミニスカートのチャックを下ろし、脚から抜き取る。続けて半袖のワイシャツのボタンも1つ1つゆっくりと外していき、脱ぎ捨てる。

今は夏で暑くてあまり重ね着はしていないため、これで簪が身に着けているのは白い靴下と水色のブラとパンツだけだ。

 

「うぅぅ・・・・」

 

他人に脱がされているのではなく、自分で衣服を脱ぎ捨てて人の前に自分の裸体を晒していることに大きな羞恥を覚える。

 

「うん・・・・・いい身体をしているわね。ほら、早く下着も脱ぎなさい」

 

「お、お願いします・・・・もう許してください・・・・」

 

嗚咽を堪えながら精一杯の願いを言うが無情にも鞭の一振るいによって却下される。

 

「ぐすっ・・・・ぐすっ・・・・」

 

涙を流しながら、ブラを外してパンツも脚から抜き取る。これで脚に履いている靴下以外は生まれたままの姿だ。

 

「ふーん、何度見ても可愛いお尻」

 

「み、見ないで・・・・下さい・・・」

 

腕を身体に回して、しゃがみ込みたい衝動になるが人に鞭を振るうことに一片の罪悪感も感じない人間だ。そんなことをしたら、全身に真っ赤な鞭打ちの跡が残るまで叩かれるだろう。

そう思うと、恐怖で身体が動かない。

 

「そのままよ」

 

そう言い、直立不動状態の簪の目の前に立つと懐から『カンザシ』とプレートの入った首輪を首に巻き付ける。

一瞬抵抗しようとしたが、『動くと、さっきの倍打つわよ』と殺気に満ちた言葉を耳元に囁かれて動けなくなる。

 

「じゃあ遊んであげましょう。お尻をこっちに向けなさい」

 

「い、嫌です・・・・・あぎっ!」

 

口答えした瞬間、剥き出しの太ももに鞭が直撃する。その時感じた痛みで抵抗する気力は一瞬で削がれた。

 

「もう一度言うわ。お尻を私の方に向けなさい」

 

ブンブンと鞭が空気を裂く音に震えながら、(ひざ)を曲げ、お尻を突き出すと、曲がっている膝に手をついて姿勢を固定する。

全裸で首輪を巻かれ、お尻を突き出すようなポーズになっている自分の姿に簪の自尊心はボロボロだ。

 

自分に真っ白なお尻を突き出す行為に歪んだ優越感と安心感を壁に寄りかかりながら感じている。次に鞭を打った時、自分の大好物であるこの少女は一体どのような声で啼いてくれるのだろうか。

 

鞭を持っている手を振りかぶり、突き出されている尻部に渾身の一撃を喰らわせようとした時

 

「な!? うぐっ!!」

 

突如、背後のもたれかかっていた壁から白い装甲を纏っていた腕が飛び出し、買主の首を締め上げる。突然の状況にパニックになりながらも、必死にもがくがどんどん締め上げる力は強くなっていく。

 

「がっ・・・・・あ・・・あっ・・・あ・・・・・」

 

その言葉を最後に、ガクッともがいていた身体が動かなくなる。それと同時に突き出した腕が壁を破壊し、その手の主が入ってた。その人物は

 

「人を鞭で叩くのは旦那相手と、SMクラブの時だけにしておきな、大富豪さん」

 

心底迷惑そうな顔を浮かべた瑠奈だった。意外な人物の登場に、自分が裸であることを忘れて佇む。そんな簪を一瞥すると、手元から携帯を取り出して作戦の合図を連絡した。

 

「こちら小倉瑠奈、作戦は成功しました。・・・・はい、はい、証拠は全て揃っています。この建物を包囲しつつ、警官隊を突撃させてください。関係者を1人も逃さないように注意して下さい」

 

そういった瞬間、外から慌ただしい音とパトカーのサイレンの音がかすかに聞こえて来た。

 

 

 

ーーーー

 

「いやぁー小倉さん。捜査協力ありがとうございます」

 

明るい声で目の前にいる20代ほどの婦警が声を上げる。

今回の事件で誘拐組織の関係者とそのスポンサーをまとめて逮捕することができた。その功績には瑠奈の働きが大きく、何度も礼を言われる。

 

「もうお礼はいいですからさっさと行ってください」

 

しっしっと手を払う瑠奈に苦笑いしながら婦警はパトカーに乗り、去っていった。この場に残されたのは

 

「で、なんで君がここにいたんだ?」

 

瑠奈と簪だ。何度も質問しているが、簪は俯き、無言を装っている。

だが、なぜここにいた理由など瑠奈には関係ないことだ。とりあえず、簪に言うべき用件だけ済ませてしまおう。

 

「簪、君宛だ」

 

持っていた茶封筒を簪に差し出す。ちなみに、瑠奈はこの封筒の中身を知っているが口で言うより実際に見た方が理解は早いだろう、百聞は一見に如かずだ。

丁寧に封を解き、中に入っている書類を取り出す。

 

「差出人は君が所属しているIS機関、倉持技研」

 

中にはいっていた書類を見た瞬間、大きな衝撃が簪を襲った。中にはいっていた書類は『解雇通知』

 

「な・・・・なんで・・・・」

 

「君がこのアイドルオーディションを受ける条件は現在所属している組織の脱退が条件だったはずだけど、君は契約書をみてないのか?」

 

簪は契約書にサインするとき、変な妄想していたことに気恥ずかしくなり文章をよく見ないでサインをしてしまった。

それ故に気が付かなかった、自分の焦りと不注意が大きな不幸を生んだことに。

 

「だ、だけど中田さんはそんなこと・・・・い、言ってなかったのに・・・・」

 

「当たり前だろ。どこの世界に自分にとって都合の悪いことを進んでベラベラしゃべる商人がいる。数十分まえに君の専用機は倉持技研が回収した知らせを受けた。残念だが君はもう日本の代表候補生でもなければ専用機持ちでもない」

 

その言葉を合図に簪は地面に蹲り、ぼろぼろと涙を流す。

残念だが、これは事故でもなければ事件でもない、更識 簪という少女自身が望んだ結果だ。

選択を行う者は苦痛を味わうように、無理に力を追い求めたものは大きい代価を背負う。

 

「う、うぅぅぅぅ・・・・・あ・・・あ・・・・・」

 

地面で泣きじゃくる簪を一瞥すると、瑠奈は1人歩き始めた。まだ暑さが厳しい8月の出来事だった。

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

46話 プロジェクト始動

最近、皆さんの感想が嬉しく、感想欄を見ると、にやけてしまう自分がいます。


突然だが昔とあるメイドが言った。

『面倒ごととは、後回しにすると何倍にもなって帰ってきます。なので面倒ごとは早めに済ましたほうが良いのです』と。

一見すると名言のように聞こえるが、本当の面倒ごとというものは何の前兆や伏線もなく、天災やどこぞの民族紛争の火種のようにどこからともなく発生するものだろう。

 

「ふぁぁ~・・・・・」

 

夏休みが終了し、誰もが倦怠感や消失感に襲われている中、瑠奈が大きな疲れを感じながら、あくびをし、学園の廊下を歩いていた。

真面目な優等生なら、夏休み最終日の夜ぐらいは明日に備えて早く就寝するものだが、瑠奈の場合はそうはいかない。

 

今の瑠奈は学園を歩くどころか、日本の大地を踏むこと事体が久しぶりだ。

8月上旬から9月1日の今日まで瑠奈はドイツにいた。

臨海学校前から話が出てきたツヴァイゲルト家という貴族の屋敷にここ1か月滞在していたからだ。

 

ラウラを通して『明日、ツヴァイゲルト家に来なければ今夜中にIS学園を爆撃する』というテロ予告をされ、ドイツに向かったところまでは良かったが、向こうでツヴァイゲルト家伝統のティーセットを割ってしまい、『責任を取れ』と言われ、約1か月間、ブラック企業張りの仕事でこき使われてきた。

 

ドイツは日本と比べて約6時間遅れているため、その時差を視野に入れて行動し、学園に戻ったのは朝の8時。寝ると体のリズムが狂い、朝食を食べるための食堂は開いていない。

もう何もやることがない状態でぼんやりと歩いていると

 

「っ!!」

 

突然殺気を感じ、素早く頭を下げ、身を屈める。その瞬間、背後からさっきまで頭があった場所に強烈な飛び膝蹴りが通過する。瑠奈だったからかわせたものの、常人なら後頭部に飛び膝蹴りが炸裂し、保健室に搬送されているだろう。

ちらりと上を除くとピンク色のパンツが一瞬顔をのぞかせる。それと同時に、素早く後ろにステップし、襲撃者と距離を取る。

瑠奈に不意打ちで蹴りを食らわせようとしてきた人物は

 

「そんなに取り乱してどうしたんですか?会長?」

 

顔を怒りで赤くし、ふーふーと息を荒々しく乱した楯無だった。

常に冷静を保っている楯無だが、今は闘牛のように怒り狂っている状態であるためすぐに爆発するような爆発物のような印象を受ける。

 

「あなたは・・・・・よくも・・・・よくもそんな涼しい顔をしてこの学園を歩けるわね・・・・・」

 

「ここはどこの国にも所属しないIS学園の廊下ですよ?生徒ならば誰でも使う権利がある」

 

「そういうことを言っているわけじゃないわよ!!」

 

そう叫んだと同時に廊下を蹴り、瑠奈に向かって攻撃を繰り出していく。初めは何かの手加減やみねうち程度の攻撃かと思っていたが、その手練からは慈悲は感じられない。

 

「確かに私はあなたに好かれているとは思いませんが、あなたに殺される程に何か怒りを買いましたっけ?うおっ!!あぶねぇ!!」

 

鼻先を蹴りが掠めたり、バランスが崩れそうなことはあるが、何とかぎりぎりのところでかわしていく。そんな一方的な攻撃が数分ほど続き、このままでは話が進まないと判断した瑠奈が、再び大きくステップし楯無と距離を取る。

 

「何か御用ですか?」

 

「あなたが・・・・・あなたが・・・・・」

 

「ん?」

 

この距離では楯無が何やら言っているのか聞き取れないため、数歩楯無に近づいた瞬間

 

「あなたが簪ちゃんの貞操を奪ったのね!?」

 

いきなり叫んだのち、身に覚えがない言葉が発せられる。当然だが、この夏休みの間に瑠奈はほとんど部屋はおろか、学園事体に滞在していなかったので簪に指一本触れることは不可能だ。

 

「ん?すいません、何の話ですか?」

 

「とぼけないで!!この間簪ちゃんとあなたの部屋に忍び込んで(・・・・・)みたら、簪ちゃんが1人髪と顔をくしゃくしゃにしてベットの上ですすり泣いていたのよ!!」

 

「部屋に忍び込んだという行動に罪の意識はないんですか?」

 

「私と簪ちゃんは姉妹だから何の問題もないわよ」

 

どうやらこのシスコン姉の脳内からは『不法侵入』という言葉がすっぽり抜き取られているらしい。随分と便利な頭をしている。

 

「いつかはやると思っていたわよ。瑠奈くんも思春期だし、簪ちゃんみたいに可愛い子がルームメイトだとエッチなこともしちゃうわよね・・・・・だけど・・・・だけど・・・・・」

 

そこまでいったところで楯無の体がプルプルと震え始める。というより世間では思春期の男子=エロいのが好きという方程式が成り立っているようだが、性欲は男女平等に存在するものだろう。人間の三大欲求は瞑想や我慢などでは耐えられない。

 

「よくも簪ちゃんの貞操をぉぉぉぉ!!」

 

そう叫んだと同時に彼女の中で何かリミッターのようなものが外れたらしく、さらに気性を激しくして瑠奈に迫る。

簪は夏休みの誘拐組織の件で専用ISと代表候補生の地位を失い、ただの少女になった。

確かにあの事件は短い時間で忘れることは出来ない出来事だが、あれから1か月近く経っているのだ。そろそろ新しい自分を見つけ始めてもいい頃ではないだろうか。

 

「そう怒らないで、サイカのキャットフードでよければ食べますか?」

 

「いらないわよ!!それよりあなた、覚悟しなさい。簪ちゃんに手を出したことを後悔させてあげるわ」

 

軽く冗談で場を和ますつもりだったが、火に油を注いでしまったらしく、さらに顔を真っ赤にして瑠奈に殺意を向ける。

もう少しからかってもいいのだが、このままでは確実に生徒会長に一生泣いたり笑ったりできない体にされそうな気がしてくる。

学年最強と言われる生徒会長が一般生徒、それも左腕がない障がい者の年下を本気でボコボコにしたとなれば、それはそれで問題になる気がするが、ひとまずここで話しておいた方がよさそうだ。

 

「落ち着いて下さい。簪が落ち込んでいる理由はあなたにも非はあるんですから」

 

「え?」

 

予想外の言葉に少し抜けた声が出てしまう。

 

「どういう意味?」

 

「とりあえず立ち話もなんですから、誰もいないところで話しましょう」

 

 

ーーーー

 

「はい、どうぞ」

 

ひとまず、誰もいない場所ということで生徒会室に案内された。いまは一般生徒は授業中のため、誰にも聞かれる心配はなく、2人っきりで話ができる。

 

「ふぅ・・・・」

 

差し出されたお茶を飲むと軽くため息をつき、場を落ち着かせる。

 

「それで?私にも非があるというのは?」

 

「あなたは知っていますか?この夏で私が解決した誘拐組織の事件を」

 

「ええ、あなたの名前を使ったアイドル事務の勧誘でしょ?私も一応目を通していたわ」

 

「その事件に簪が、あなたの妹が関わっていました」

 

「っ!!」

 

その衝撃的な真実に楯無の身体が震える。

IS学園の生徒が誘拐事件に巻き込まれたとなれば、明らかに社会問題になるため、この事実を知っているのは瑠奈をはじめとする数人の重要人物だけだ。

 

「結果だけ言えば、その事件で簪は専用ISと代表候補生の地位を失いました。『小倉瑠奈の名前を使ったから騙された』と訴訟してくる人間もいましたが、彼女達は自分の意志でこの話に乗ったんです、後始末ぐらいは自分でしてもらいたい」

 

瑠奈も組織を誰にも頼ることなく見つけ、解決したのだ。尻拭いぐらい自分でしてもらわなくては困る。

それに本来は、事件の諸事情により、簪は学園から去らなければいけない身なのだが、瑠奈がなんとか簪をはじめとする被害者達を擁護したため、こうして部屋で泣く程度の被害で済んでいる。

彼女達からは礼を言われる義理はあっても、文句を言われる筋合いはない。

 

「そこでいきなりで失礼ですけど、あなたは簪との関係は良好ですか?」

 

その質問を聞いた途端、楯無の胸の中でチクリと棘のようなもので刺される痛みを感じる。正直、これはあまり人には聞かれたくないものだ。

 

「・・・・・あまり良いとは言えないわ」

 

「でしょうね、関係が良好だったら簪はあなたにこの事件の出来事を相談している」

 

仲が良いとは言えなくても、相談事を持ちかけるほどの信頼関係が成り立っていれば、朝っぱらからあんな薬がまわった猿のように怒り狂った楯無を見ることなどなかったはずだ。

初めはこの更識姉妹の関係を身近な人物である布仏姉妹に聞こうと思っていたが、質問する気が失せるほど簪と楯無の良好とは言えない関係が明らかになった。

 

「私に言われても嬉しくないかもしれませんが、楯無先輩。あなたは美人だ」

 

「え・・・・え、ええ・・・」

 

いきなりの告白に戸惑いつつも、照れくさそうに頷く。どんな状況であれ、異性から『美人だ』と言われたのだ、嬉しくないはずがない。

 

「スタイルもよく、明るくて、家事もできる女性。そんなできた姉がいたらあんな風になるのもわかる」

 

楯無を責めるように、憎むように鋭い目線が楯無を貫く。

これだけしか言ってないが、頭が切れる楯無には十分瑠奈が伝えたいことが伝わった。

 

「簪ちゃんにとって・・・・・私は邪魔な存在なのかしらね・・・・」

 

「どうでしょう、どんな理由であれ、姉が嫌いな妹はいないと思いますよ」

 

「随分とわかったような口調ね」

 

「私にも姉がいましたから」

 

瑠奈の意外な事実に目を大きく見開いて驚く。

日頃、彼は自分の身内や事情を話したりしないため、その情報すら楯無にとって意外なものだった。

 

「姉は私と違って優しく、まっすぐでいい人でした。そんな彼女に嫉妬していた時もありましたが、あの人はその嫉妬すらも受け止め、さらに私を愛してくれた」

 

「その、あなたのお姉さんは今どうしているの?」

 

「死にました。ずっと前に・・・・」

 

その重たい事実を聞いた途端、彼の触れてはいけない部分に触れてしまったような気がして、気まずそうに顔を俯かせる。

誰にでも触れてほしくない部分は存在する。そこに不用心に踏み込んでしまった自分の不甲斐なさに軽く怒りがでてくる。

 

「そんなに落ち込まないでください。こっちが対応に困る」

 

「え・・・ええ・・・・ごめんなさい。その・・・・辛いことを思いださせちゃって」

 

「私のことを思っているなら、廊下でいきなり不意打ちを食らわせるような行為はやめてください。学園最強を意味する生徒会長とあろうお方が、貧弱な一般生徒なんかにね」

 

「あの不意打ちを避けた時点であなたは貧弱な一般生徒なんかじゃないわよ」

 

軽く会話を交わすが、楯無は瑠奈に、今最も聞きたいことを聞いていない。ここまで彼に説明してもらったのだ、教えてもらいたい。

 

「ねぇ・・・どうしたら簪ちゃんを元気にすることができるの?」

 

この質問をしてくることも瑠奈は予想していた。ここまで事情を知っている人間にその解決策を仰ぐのは当然の反応であるだろう。

だから瑠奈はここで用意していた返答をする。

 

「原因を言えば、自分と姉との出来の違いが簪の悩みの種です。原因がわかっているのならその根幹を絶てばいい」

 

「というと?」

 

「簪をこの学園から追い出して、どこか遠い町に隠居でもさせたら解決ですよ」

 

「そんなことできないわよ!!」

 

ドン!と強く机に手を突きながら、半ば叫ぶような声のボリュームで声を荒げる。そんなことをしても何の解決にならない。それどころか、そんなことをすれば、この姉妹の絆は2度と修復できないまでに壊れてしまう。

 

「ですが、それがもっとも簡単にできる解決方法だ。10年もすれば互いの存在自体が虚ろになっていきますよ」

 

「そんなやり方・・・・・」

 

「残念ですが、これが私のやり方です。ではあなたの意見を聞きましょう」

 

いきなりの意見の要求に少し戸惑ったような反応をする楯無だが、脳内では丸く収まる解決方法などとっくに思いついている。

しかし、この方法がある意味一番難しいものだ。

 

「簪ちゃんに・・・・・専用機をつくって・・・・・あげれば・・・・」

 

図々しさと卑怯さで言葉が途切れてしまうが、はっきりと口にする。

これは小学生でも思いつくような意見だが、ある意味その意見が一番実現が不可能に近い。

当然だが、世界で代表候補生でもない少女などに数少ないISのコアを分け与える国など存在しない。仮に、コアを入手したとしても製造費などでも莫大な費用が必要になるだろう。

 

常人には到底不可能な願い。

だが、目の前の人物(瑠奈)はその不可能を可能にすることができるかもしれない。

つまり楯無はこう言っているのだ『簪に専用機を作ってほしい』と。その思いを感じ取っていはいたが

 

「・・・・無理です。あの時、簪は危うく犯人たちによって出荷されかけていた。その時に私は簪の身を救いました。他にあなたは何を望むんですか?」

 

残念だが、この願いは聞き入れられない。

ISを作ることが無理なのではない、これが正式な依頼として成り立っていないため承諾できないのだ。

コアを別にして、装甲や人件費、成功報酬などで20億はかかるだろう。その資金は楯無は支払うことなどできない。

つまり、瑠奈には何のメリットも得もない。それは楯無も分かっている。

 

「どうしてもだめなの・・・・?」

 

「私に利益があれば引き受けていますけどね」

 

「利益・・・・・・」

 

瑠奈に得があれば専用機を作ってくれる。そのわずかな希望を無駄にすることは出来ない。

必死に彼の興味のありそうな話を考えるが、一向にアイデアが浮かんでこない。

当然ながら、費用を払うことなどできないし、彼に要望を聞いたところで楯無や布仏姉妹だけではその願いを叶えることなどできない。

残ったものは・・・・・・・。

 

「報酬・・・・・だったら・・・・・」

 

席を立ち、隣に少し歩み、瑠奈に楯無の全身を見ることができる位置に移動する。

そこでしばらく優柔不断になるが、勇気を振り絞って行動に移した。

まず、着ているカーディガンを脱ぎ捨て、それと同時に靴と靴下も脱ぎ捨てた。そしてそのまま、ワイシャツとスカートも脱ぎ捨ててピンクのブラとパンツだけの姿になる。

豊かに実った乳房と肉付きの良くてみずみずしい太ももが1人の男子生徒の前で晒していることに羞恥心が襲ってくる。

 

「っ!!」

 

恥ずかしさのあまり身もだえして体が震えたことによって、豊満な胸がぶるんと揺れる。

 

いきなり目の前の美女が脱衣し始めるという状況に、普通の男性だったらパニックになるところだが、瑠奈は表情1つ変えずに、楯無の下着姿を見つめている。

残念だが、女性の下着姿ならば、そこら辺に売ってあるグラビア雑誌やネットでいくらでも拝むことができるし、そこまで瑠奈が得するようなものでない。

だが、次に起こした楯無の行動に軽い驚きに襲われる。

 

なんと最後の防壁であるブラとパンツすらも脱ぎ捨て、瑠奈の前に完全なる裸体を晒した。

胸の突起や脚の付け根部分に存在する陰部すらも瑠奈の瞳に写り込んでいる。

恥ずかしさのあまり、楯無は体全体が真っ赤になってもがき苦しんでいたが、手で隠すことなく直立不動を貫いている。

 

流石にこのまま見ているのは楯無に悪いと思い、顔を逸らそうとするが

 

「ダメよ。私を見なさい」

 

楯無の両手が顔を挟むように動けなくする。そのまま瑠奈の顔に自分の顔を近づける。

これでは当然ながら顔を逸らせることはできないため、楯無の顔が目の前でドアップに広がっている。

 

「簪ちゃんの専用機を作ってくれたお礼は私の体でどう?売る、触る、つまむ、舐める。好きにしていいのよ?」

 

自分の前で全裸になるという行動には当然驚いたが、それ以上に度肝を抜かれたのはここまでする楯無の妹に対する愛だ。

いくら大切に思っていてもここまでできる姉も珍しい。

だが

 

「残念ですが、あなたの体に20億の価値はありません」

 

女の体がほしいのならば、人身売買の市場に行けば格安で手に入れることができる。一瞬動揺したような様子だったが、一瞬で冷静になり、楯無はここで最終策を切り出す。

 

「今ここでその条件を受け入れないというならこの姿(全裸)のまま、この部屋を飛び出してあなたに襲われたって先生たちに言うわよ?」

 

「それは・・・・・困りますね」

 

「そうよね?だったら私のエッチな体を手に入れるために、簪ちゃんの専用機を作りなさい」

 

目の前に広がる楯無の目からは冗談とは思えない。恐らく、この条件を断ったら楯無は本気でやるだろう。

 

「・・・・・・わかりました。簪の専用機を作りましょう」

 

若干騙されたような感じがするが、あの事件は瑠奈にも非はある。その償いぐらいはする必要があるだろう。

いろいろ不安があるが、目の前で喜ぶ楯無を見ているとどうでもよく思ってしまう。

 

「ひとまず、準備はこちらで進めておきますので助けが必要になったら言いますので」

 

「ええ、頑張ってね」

 

ひとまず、楯無が着替えるために、部屋を退出しようとするが、このまま脅されたままでは瑠奈の気が収まらない。ここは彼女に最大の恥辱を味合わせて退散するとしよう。

 

「無神経なことを言って申し訳ありませんが、あなたの陰部、濡れてますよ?」

 

「え!嘘!!」

 

慌てて手を当てると、ぬちゃぁぁと粘着質な体液が溢れ出て太ももにしたたり落ちていた。

 

「-------ッ!!」

 

それを見た瞬間、頭の中が恥ずかしさのあまりパニックになり地面に座り込んでしまう。

 

「ち、違うの・・・・・これは・・・・・その・・・・・」

 

必死に言い訳をしようにも、言い分自体が思いつかない。そんな年相応の反応を見せている楯無に軽く微笑むと

 

「まぁ、自慰行為はほどほどにね、淫乱生徒会長」

 

そう傷口を抉るような言葉を残して生徒会室を出ていった。

 

 

ーーーー

 

「さてどうしようか・・・・・」

 

授業中であるため、人気のない廊下を歩きながら、瑠奈は1人考え事で頭を悩ませていた。その内容は無論、先ほどの『簪の専用機を作る』という約束についてだ。

 

脅される形で承諾したこの約束だが、問題は山積み状態で装甲の製造に人員の確保。その中で一番の問題点はISのコアについてだ。

 

世界で467個しかないISのコアを分け与えてくれる国など存在しないし、どこかの国から奪取しようものならすぐに足が付く。

当然と言えば当然だが、瑠奈もISのコアを製造することなどできない。

 

(誰も使わないISのコア・・・・・)

 

難しい注文に数秒頭を悩ませていたが突如、頭の中でグッドアイデアが思いつく。

1つだけあった、誰も使わないISのコアが。

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

47話 すれ違っていく道

この小説を知人に見せたところ『あらすじww』と笑われたので変えてみました。
個人的に、あのあらすじは気に入っていたんですがね・・・・


学園地下50メートル。

そこにはレベル4の権限を持つものしか入ることのできない隠された空間がある。

 

深夜2時、そのレベル4の固く閉ざされた扉がピピっと音が鳴り、開く。

中にはいり、室内を見渡すと、多数のコードにつながれた、小さい球体の灰色の塊----ISのコアが目につく。

このISのコアはクラス対抗戦で瑠奈が破壊した無人機に搭載されていたものだ。不要だと思い、ほっておいていたが、急遽必要になったため、こうして回収に来た。

 

「セキュリティーは穴だらけ、まともに認証システムも搭載していない。脆いな・・・・」

 

繋がれているコードを強引に引き抜き、部屋に監視カメラがないことを確認すると、コアを持ち、素早く部屋をでる。

ひとまず、これでISのコアを確保することはできた。まだまだ問題点はあるが、根本的な問題は解消することは出来た。

 

暗闇に包まれた廊下をしばらく歩いていると、

 

「止まれ」

 

後ろから声を掛けられる。瑠奈にはこの声の主がわかっていた。この暗闇の空間で黒いスーツを着た人物ーーー織斑千冬の存在を。

 

「お前が持ちだそうとしているISのコアはこのIS学園の所有するものだ。勝手な持ち出しは許さん」

 

「これはどこの国にも登録されていないコア。これが搭載されている無人機を破壊し、取り出したのは私だ。ならば所有権は私にあるだろ。勝手に人の物を横取りしようとするな」

 

それに加えて、学年別トーナメントでの騒動や福音事件での謝礼と報酬。それを合わせたら、妥当なところだろう。どのみち誰も使わないISのコアなのだ。

 

「私は学生であるお前にそんな物騒なものなど預けられないと言っている。教師の言うことは聞くものだぞ。それをこっちに渡せ」

 

「『教師の言うことは聞くものだ』、その聖人ぶったセリフに吐き気がこみ上げてくるな。臨海学校で守るべき生徒を闘わせておいて何が教師だ」

 

瑠奈の左腕と左脚を奪っておいて、よくも今までと同じように、教師という立場で接せられるものだ。

 

「残念だが織斑千冬。あんたは私のような存在を生み出した(・・・・・)時点でブリュンヒルデでもなく、守るべき生徒を闘わせた時点で教師でもない」

 

自分の過去の話をすると、心の奥底でどす黒い感情がこみ上げてくる。その衝動を堪えるように、奥歯をかみしめて堪える。

 

「・・・・・ならば家族として」

 

「え?」

 

「家族としてお前を止めるのはどうだ?瑠奈、私たちの元に戻って来い。私と一夏の弟として3人一緒に暮らそう。そうなったらお前はもう戦い続ける必要なんてないだろ?」

 

これは瑠奈を止める建前として言ったものだが、千冬の目からは本当に瑠奈のことを思っていることが感じられた。

瑠奈を幸せにしたい、瑠奈と一緒に暮らしていきたい、一種の願いとも思えるような提案を必死に持ちかける。

 

「前にも言った通り、一夏には私が説得するし、お前が生きていくのに必要な生活費は私が稼ぐ。絶対にもうお前を戦わせないと誓う。だから」

 

瑠奈に手を差し出し、最後の願いを込めて優しく微笑み、そして

 

「私の弟になれ、必ずお前を幸せにしてみせる」

 

一種のプロポーズとも思えるような言葉を口にする。ここでその手を受け止めれば、間違いなく瑠奈は人としての最低限の道を歩んでいけるだろう。

家族ができ、頼れる人ができ、1人の人間として生きていく。それも1つの人生だ。

 

普通の高校で普通の学生として暮らし、家族で食卓を囲み、幸せに暮らしていく。難しい道なのかもしれないが、決して不可能なことではない。そして目の前に差し出されている手を取ることがその道を歩むための第一歩だ。

それでも

 

「残念だが千冬、私とあんたはもう一緒には生きていけない」

 

千冬とは大きく道を違えてしまった、その過ちをいまさら正すことは出来ない。

明確な拒絶、それを目の前に突き付けられて、大きな消失感が千冬を襲う。

 

「もう戦う必要なんてないだろう!お前はもう1人の人間として生きていいんだ。変なことで意固地になるな、いつまで過去を引きずって生きているつもりだ!」

 

「・・・・・もう私には戻る道なんてないんだ」

 

必死な問いかけを聞かされても、心が動くことはなく、もう話すことはないというばかりに再び千冬に背を向けて歩き出す。

昔は一緒に暮していた時期もあったというのに、いつから千冬と瑠奈との道がここまですれ違ってしまったのだろうか。

 

「一緒に生きていけないか・・・・これが親孝行される親の気持ちか・・・・」

 

そう自傷気味につぶやくと静かに瑠奈とは反対方向の廊下を歩きだした。

 

 

 

ーーーー

 

放課後

 

授業を終えた簪は寄り道することなく、まっすぐ寮に戻り、ベットの上で死体のように寝っ転がっていた。

前までは、放課後に整備室で専用機の組み立てをしていたのだが、夏休みの事件で専用機を失って以来、放課後は早く帰り、夕飯までベットの上で眠ることもなく、横になっている生活を送っている。

 

ミュッ ミュッ

 

ベット下にいるサイカが構ってくれというようにかわいらしい鳴き声を出しているが、反応することなく、虚ろな目で天井を見ている。

この時間を体験するたびに何度も思ってしまう、『どうしてあんなことになってしまったのか』と。

 

「う・・・・・ぐす・・・・」

 

そして激しい後悔の念に襲われて、目から自然と涙があふれ出てくる。

必死に顔を枕に顔を押し付けて、堪えようとするが、それとは反対にどんどんと涙が出てくる。

それを数回繰り返して、簪の目が真っ赤になった時

 

「あ、いたいた」

 

のんきな声を出しながら、とある人物が部屋に入ってきた。その人物は

 

「瑠・・・・奈・・・?」

 

ルームメイトの瑠奈だった。彼は事件以来、夏休み中1度も部屋に帰ってくることなく、完全に消息不明状態だったため、会うのは久しぶりだ。

ルームメイトの無事を確認できたことで、安堵が包むと同時に、少し気まずさを感じてしまう。

だが、瑠奈はそんなことを感じることなく、嬉しそうな様子で簪に近寄ってきた。

 

「突然だけど今暇?」

 

「え・・・・う、うん」

 

「なら来てくれ、君に見せたいものがある」

 

がしっと手首をつかむと、少し強引に手首を引っ張り、部屋を退出し、寮をでて、瑠奈は何を思っているのか学園の方向に向かっていく。

連れてこられたのは

 

「整備室・・・・・?」

 

以前まで専用機の組み立てを行っていた整備室だった。専用機を失って以来、近寄ることもなかった場所になぜかこうして連れてこられた。

 

「よく見ててよ」

 

そして部屋の一角に連れてこられて、そう言われるが、当然のごとく、目の前には何もないが

 

「迷彩解除」

 

懐から取り出したインカムでそうつぶやくと、前方の空間がポリゴンとなって崩れ落ち、姿を現したのは

 

「今日からこれが君の専用機だ」

 

細かい箇所は変わっていたが、簪の専用機ーーーー打鉄弐式だった。

数週間前に別れたはずの機体と再び巡り合えたことに大きな衝撃を感じる。

 

「な、なんで・・・・」

 

「君の専用機はもともと倉持技研が君専用にカスタマイズしたものだったが、肝心の君が居なくなったことで不要となったデータを私が買い、こうして組み立てた」

 

淡々と当然のように語っていくが、ISのデータ事体とてつもなく高価なものに加え、組み立てるための装甲を製造するための費用も決して安価なものではない。

それを何の苦労を感じさせることなくやってのける。

 

「言っておくけど、装甲の組み立ては完了しているが、内部データは一切合切手を付けていない。だから、基礎データと武装データは君が作るんだよ」

 

「瑠奈も一緒に作ってくれるの?」

 

「いや、残念だけど私はISについては疎くてね。正直言ってわからない」

 

簪はISのデータの完成で手間取っていた。それを初めから1人で組み立てろなど無理難題もいいところだ。

 

「そんな不安そうな顔をしないでくれ。そこで助手を雇った」

 

「助手?」

 

「そう、とても優秀で決してこのことを口外しないと信用できる者だ」

 

瑠奈は打鉄の近くに寄ると、空中ディスプレイを出現させて、ピコピコと指を走らせていく。すると、打鉄からプロテクターから何やら人型の映像が目の前に映し出される。

その人型の周りを、高速で複雑な英数字が包んでいく。

 

「よし、起動問題なし。簪、紹介するよ。彼女(・・)は君の専用機の組み立て、及びサポートを担当する自立型思考AIプログラム、通称『エスト』だ」

 

『初めましてご主人様(マイマスター)。このたびこの専用機のアシストを務めさせていただくことになりました。エストと申します。以後お見知りおきを』

 

目の前の人型のディスプレイから簪を同年代らしき女性の声が聞こえたと思うと、包まれていた複雑な英数字が人型の顔のパーツや服などに変わっていき、人間らしき外見に変わっていく。

 

目はヨーロッパ人らしい鮮やかな青緑色をしており、瑠奈と同じように腰辺りまで伸びた髪は綺麗な肌色をしており、黒いリボンがつけられている美しい少女だ。

 

「えっと・・・・更識 簪です・・・・」

 

今までの人生でAIと関わったことがないため、なんとなく、相手との距離感に困る。

どうにもエストは、ただのAIではなく、感情という物が備わっているらしい。

 

『そんなに固くならないでください。私は小倉瑠奈の人格データをコピーして作られたものなので、いつも通りルームメイトと話すように気軽に接してください』

 

「う、うん・・・・よろしく・・・・」

 

とりあえず、軽い自己紹介が済んだところで、本題に戻る。このエストと一緒にISを作っていくのであれば、彼女のスペックを知っておかなくてはできない。

ひとまず、軽い状況把握だけでもしようと打鉄弐式に近寄ろうとするが

 

「はいはい、ちょっとストップ」

 

目の前を、怪しい笑みを浮かべた瑠奈の腕に遮られる。

その時、簪の中で何やら嫌な予感がし、そしてその予感は残念ながら的中する。

 

「このISは私が莫大な費用をもって用意したものだ。別にそれは気にしていないが、このまま簪に『はい、どうぞ』と渡したら面白くない。そこで取引をしないかい?」

 

「と、取引?」

 

「そう、交換条件だ。フェアトレード」

 

条件とは別に、簪としては瑠奈が自分にどのような条件を出してくるのか興味があった。

だが、簪は所詮、普通の高校生だ。あまり大きな要求には応えられない。だが、条件を受け入れなければ、専用機を渡してくれない。

とりあえず、どんな条件なのか聞いてみないことには始まらない。

 

「どんな条件・・・・?」

 

その言葉ににっと口角を上げると、楽しそうに簪の周りをくるくると上機嫌そうに舞い始める。簪はどんな条件を言われるのかドキドキしているが、瑠奈はそんな様子の簪を楽しそうに観察している。

 

「それじゃあ言おう。私は条件は・・・・・」

 

そこまで言ったところで、簪の正面に立ち、手を差し伸べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私と付き合ってほしい」

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

次の日の朝

ほとんどの生徒が朝食を取るため、食堂に集まっていたが、その全員が手の前のテーブルにある料理を口元に運ぶ作業を疎かにし、ある一点を食い入るように見つめている。

視線の先には

 

「はい、簪、アーン」

 

「あ・・・・アーン」

 

朝食である卵焼きを箸で持ち上げ、差し出す瑠奈と、周りの嫉妬と羨ましさを感じながらも、気恥ずかしそうに差しだされている卵焼きをパクっと咀嚼している簪がいた。

 

昨日、整備室で専用機を渡されることと引き換えの条件、それは『小倉瑠奈と恋人関係』になることであった。

それを聞いた直後はパニックのあまり簪の頭の中がショートし、数秒間意識が戻らないようなことがあったが、そのあとに理由を聞かされた。

 

入学直後から、上級生たちによる瑠奈への告白が絶えず、軽い苦悩に襲われていた。

それは瑠奈が男として転校してからはさらに人気は沸騰し、中学生などでよくある集団告白が頻繁に起こっていた。

 

お断りしても『次こそは・・・』といった、女子高生のたくましいネバーギブアップ精神によって衰えることなく、日々を追うごとに告白の回数は増加していく。

このままではキリがないことに気が付いた瑠奈はこう考えた、『正式に恋人を作れば、諦めてくれるのではないか』と。

 

とはいえ、そこら辺の女子を恋人にしては、いきなりの彼女の出現によって周りから不審な目で見られる可能性がある。

いままで告白を断り続けてきた人間が、いきなり何の接点も持たない赤の他人を恋人にするのだ、余計な勘を持つ人間が怪しんできても不思議ではない。

 

その点、簪はルームメイトという関係上、『皆には黙っていたけど、私たちは付き合っていたんだ』と言えば、納得できないこともない。

表面上の恋人関係である援助交際紛いであることにがっかりした簪であったが、それを受け入れなければ、専用機は手に入らないし、ルームメイトである瑠奈と恋人関係になれることに大きな喜びを感じていたため、即答でイエスと答えた。

 

そのあとは、軽い恋人設定と専用機の説明でひとまずその日は終了した。

 

 

 

「は、恥ずかしい・・・・・」

 

「まあまあ、私たちは恋人同士なんだから恥ずかしがることもないでしょ?」

 

周りからの突き刺さるような視線に狂い悶えている簪を楽しそうに眺めている。

どうにも瑠奈は周りから聞こえてくる、嫉妬と呪いの言葉さえも心地よいBGMとして受け取っているようだ。

緊張しすぎて味が感じない朝食を食べて片づけを済ますと2人は食堂を出ていく。

 

そのとき、簪の左手の指の間に瑠奈の右指を合わせるつなぎ方ーーーー俗にいう恋人つなぎをして、周囲に恋人アピールも忘れない。

 

 




評価や感想をお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

48話 月の扉

今回、あまり進展はないです、申し訳ありません。


「はぁぁぁ!!」

 

「うおぉぉぉ!!」

 

二学期最初のISの実戦訓練は1組と2組の合同で始まった。

クラスメイトが見守っている中、アリーナの上空で3機(・・)の機体が宙を舞っていた。

 

1つは一夏の白式、もう1つは鈴の操る甲龍。この2機は互いに戦っているというわけではない。

むしろ逆、この2機は目の前の相手を倒すために、共闘関係にある。その相手は

 

「追い詰めたぞ!瑠奈」

 

翼の生えた機体ーーーアイオスを身に纏っている瑠奈だ。

初めは、白式と甲龍で戦う予定だったのだが、千冬が用意したゲストーーー瑠奈が相手となった。

瑠奈が相手と聞き、妙な緊張を感じていると同時に、大きな闘志が出てくるのを感じた。

 

IS学園の中でジョーカー的存在である小倉瑠奈。

その技術を学園の中ではトップクラスで、過去に多くの専用機が挑んでいるが、勝つことはおろか、まともに攻撃を当てる事すらできなかった人間。

 

練習中にセシリアが1回だけ、ビットによる攻撃で命中させることが出来たが、それは練習中での出来事であったため、瑠奈が本気を出していたかどうか疑わしい。

 

そのため、今度こそは瑠奈に攻撃を当ててみせると意気込んで挑んだのはいいが、状況はずっと平行線だった。

なぜなら瑠奈は手に握られているライフルで攻撃をすることなく、一夏と鈴の攻撃を避け続けていたからだ。

攻撃してこないことに若干の戸惑いがあったが、これは好機だ。攻撃されないのなら、負ける可能性はない。

 

そう強気になり、攻め続けるが、アイオスの驚異的な機動性で避けられる。

ちらりと、一夏が白式のシールドエネルギーを見てみると、多機能武装腕(アームド・アーム)『雪羅』の使い過ぎによって、エネルギー残量が微量となっていた。

 

それは当然の状況と言えるだろう、攻撃を続ければいつかはエネルギーが尽きる。この調子だと、鈴の甲龍もエネルギーは決して多いとはいえない量だろう。

このままではどのみち負けるのだ。

 

(こうなったら!!)

 

残り少ないエネルギーを振り絞り、白式がアイオスに急接近し、雪片弐型で切り裂こうとするが、素早くサーベルを引き抜き、受け止める。

だが、これでいい。強力なエネルギーを持つ雪片弐型を受け止めたことによって、高速で移動していたアイオスの脚が止まった。

 

「今だ、鈴!!」

 

「ナイスよ一夏!!」

 

行動が止まったチャンスを鈴は見逃さない。アイオスの真下から双天牙月を持った鈴が急接近する。

今の瑠奈は雪片弐型もはじき返すほどの力はなく、左腕を消失している。

若干卑怯な戦い方のような気がするが、このまま攻撃を当てさせて押し切ることが出来る。

 

『この攻撃は当たる』と誰もがそう予想していたが

 

「「え!?」」

 

試合を見ていたクラスメイトを含め、多くの人間が驚きのあまり間抜けな声を出してしまう。

普通はアイオスを切り裂くはずの双天牙月がアイオスの右脛に受け止められていたのだ。

鈴からは見えなかったが、アイオスの右脚のつま先から膝までビームの刃が出現しており、それで鈴の刃を受け止めていた。

 

「なんでよ!?」

 

至近距離で自分の刃が受け止められている光景を信じられないように叫ぶ。

自分が思い描いていた結果とは真逆の光景。それによって動揺していたため、2人は気が付かなかった。

エネルギーが残り少ない自分達の後方から、先端にビームの刃が発生しているアイオスから射出されたビームスパイクのビットが接近していたことに。

 

 

ーーーー

 

実習後、専用機持ちは昼食を取るために食堂にいた。

 

「だぁぁぁーーー!!今度こそ攻撃を当てられると思ったのに」

 

鈴の悔しそうな声が食堂で響く。

あの瞬間、一夏も鈴も絶対に攻撃が命中したと確信していたはずなのに、まるで想定内と言わんばかりの態度で軽くあしらわれ、逆転負けだ。

 

「まぁ、勝利を過信しすぎた結果かな」

 

そんな鈴を見ながら、向かいのテーブルで食事をしていた瑠奈が言う。

あの時、瑠奈の死角から攻撃して来たらまだ命中させる可能性があったはずだが、最後に詰めを誤り、正面から馬鹿正直に突っ込んでしまった。

慢心で負けた真実に鈴は『はぁ・・・』とため息をこぼす。

 

「それでわかったかな?セシリア」

 

すると、突然セシリアに瑠奈が話を振る。

 

「え・・・・あの・・・・なんの話でしょうか?」

 

「この前の実習で君と一夏が対戦した時があっただろう?あのとき、ほかの専用機持ちは一夏に勝っていたのに対し、君だけが負けていた」

 

そう言われ、セシリアは苦虫を噛み潰したような表情をする。

白式第二形態はエネルギーを無効化する盾を持っているのに対し、セシリアのブルー・ティアーズはビーム兵器を中心に組み込まれているISだ。当然、相性が悪い。

 

「さっき私がやっていたみたいに、敵に無駄撃ちをさせてエネルギーを消耗させればいい。そうしたらどんな機体だろうと勝機が見えてくるんじゃないかな?」

 

「あ・・・・そ、そうですわね!確かに瑠奈さんの言う通りです!」

 

その解説に、かすかな希望を見れたことに喜び、手元からメモ帳を取り出すと、メモしていく。

瑠奈はたまに試合を見て、アドバイスをしてくれることがある。

それは専用機に限らず、一般生徒の同級生から上級生まで幅広くやっている。

 

様々な感想があるが、その大半が好評で埋め尽くされており、一時『小倉瑠奈を実習の教師にするべきだ』と生徒の要望もあったほどだ。

しかし、肝心の瑠奈が『やる気がない』と拒否したため、却下となった。

 

「でも、相手のエネルギーが少ないとどうやって判断すればいいのでしょうか?こちらからは相手のエネルギー残量はわかりませんし・・・・・」

 

「当然ながら、相手は自分のエネルギーが少ないと知ったら攻撃の手を緩めるだろう。その瞬間を狙えばいいんだけど、まだ君にそれをするのは難しい。初めは試合の終盤辺りから攻めていったらどうかな?」

 

ふむふむと顔を頷かせながら、メモ帳にペンを走らせていく。

そんな勉強熱心はセシリアに微笑み、ちらりと時計を見てみると、昼休み終了の時間が迫っていた。

それに少し焦りつつ、瑠奈は目の前のラーメンを啜った。

 

 

ーーーーー

 

「なあ、1つ質問してもいいか?」

 

場所は移り、ロッカールーム。

授業のためにISスーツに着替えた一夏が目の前のロッカーに背を預けている瑠奈に声をかけた。

本来なら、瑠奈は午後の授業に出る予定ないのだが、昼食を終えた一夏に『ちょっと付き合ってくれ』と言われ、このロッカールームに連れてこられた。

 

このロッカールームは男子専用と言われているが、この学園では男子は瑠奈と一夏しかいないため、周囲は誰もいない。

そのため、聞かれたくない話をするにはうってつけの場所だ。

 

「なんで瑠奈は俺たちの特訓に付き合ってくれるんだ?」

 

瑠奈は専用機持ちを初めとする、IS学園の生徒たちに指導や特訓に不定期だが行っていた。

やはり瑠奈だからなのか、セシリアを初めとする生徒たちはどんどん腕を上げていっていることを感じているが、瑠奈をそれに対して一切の対価を求めない。

 

そんな瑠奈を一夏は不思議にーーーーーいや、後ろめたく思っていたのかもしれない。

なんの要求や取引を持ちかけずに、人々を助ける者。まるでヒーローだ。

 

「別に気にすることないんじゃないか?そんなこと」

 

「いや、このまま世話をかけっぱなしっていうのはなんか申し訳ない気持ちになるし」

 

「そう思うなら私に攻撃を当てられるぐらいには強くなってほしいよ」

 

それを言われては何も言えない。

確かに一夏は強くなっているが瑠奈に攻撃を直撃させたことは入学してから一度もないからだ。

 

「で、でもなんで俺たちの面倒を見てくれるんだよ?」

 

「まぁ・・・・強いて言えば保険かな」

 

「保険?」

 

「ああ、もし私がこの学園からいなくなった時のみんなを守るための保険」

 

『瑠奈がこの学園からいなくなる』という予想外の話になって、さっきまで冷静だった一夏の態度が急に慌ただしいものへ変わる。

瑠奈はこのIS学園の中でもトップクラスの実力を持っていることは練習試合をしている一夏たちーーー専用機持ちが一番よく知っている。

現に、瑠奈は一学期に起こった数々の事件を皆と協力して解決してきた。

 

「いなくなるってどういうことだよ!?」

 

「そのまんまの意味だ。もし私が死んだり、自主的にこの学園を退学したりしたら君たちがこの学園を守っていくんだ」

 

「そういう意味じゃなくて、なんでこの学園を出ていくんだよ!?」

 

「だから『もし』と言っているだろう。必ずいなくなるわけじゃない」

 

「だけど・・・・・」

 

あーだこーだとどうしようもない言い分を聞いて瑠奈は『やはり一夏は優しい世界で生きてきた人間』だということを改めて認識する。

守ってくれる存在があり、家族があり、友人がいる。

その存在があることはなんの間違いでもなければ過ちでもない、ごく普通のことだ。しかし、だからこそ、その優しい世界で生きてきた一夏には理解できない、小倉瑠奈という人間の心境を。

 

「残念だが一夏、君も私も明日生きている確証なんてどこにもないんだぞ?」

 

極論をいえば、一分、一秒後に生きている保証などどこにもない。

もしかするとこのロッカールームのどこかに爆弾が仕掛けてあって一分後に爆発して吹き飛ばされているかもしれない。

一般人なら『そんなことがあるはずない』と笑うかもしれないが、瑠奈はその可能性があることを踏まえて後悔しないように生きている。

 

簡単に言えば、瑠奈には明日生きている自分を想像することが出来ないのだ。

 

「それにこんな体で学園を守っていくだなんて無理難題もいいところじゃないか?」

 

あははと笑いながら、一生袖を通すことのない左袖を沈黙している一夏に見せつける。

どうやら日頃想像もしない日常のリアルを突きつけられて言葉を失っているようだ。

 

一夏にとって瑠奈と話すことはまるで動物と話すことと同じような感覚なのかもしれない。

普通の人間ならある程度納得のできる言葉を聞かされるものだが、瑠奈相手だと、どんな言葉を言われるのか想像できない。

まるで次に何をするのか予想できない犬を相手にしているように感じる。そしてその予測できない人間の心の扉の隙間を一夏はわずかに触れた。

 

「まあ、私の青臭い持論やヒューマニズムはどうでもいい。それより固まっているけど、時間は大丈夫なのか?」

 

「え?」

 

嫌な予感がして壁に掛けられている時計を見ると瑠奈と話しすぎたせいか、授業開始の時刻を大幅に10分近く過ぎていた。

当然ながら次の実習の担任は千冬だ。その千冬を相手に遅刻したなどいえばただでは済まない。

 

「うぁぁぁl!!やべぇ!!殺される!!」

 

「せっかくだし、途中までついていくよ」

 

準備を整えながら廊下を早足で歩く一夏の隣を駆け足をする瑠奈が並ぶ。

 

「時間のことをわかっていたのなら教えてくれよ!!」

 

「授業前にちょっと話がしたいと呼び出したのはそっちだろ」

 

「このままじゃ千冬姉に殺されるって!!」

 

「そのときは『あまり怒ると、眉間に皺ができて既に過ぎている婚期に影響が出る』って笑いながら言ってやればいい」

 

「そんなこと言ったら、それこそただじゃ済まねぇよ!!」

 

慌てている一夏とそれと反対に涼しい表情をした瑠奈の2人が昼下がりの午後の廊下を進んでいった。

 

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

49話 不吉な綻び

GWですねぇ・・・


翌日、一時間目のSHRの半分を使って全校集会が行われた。

その内容は今月の中程に行われる学園祭についてだ。

 

「ふぁぁ~・・・・・」

 

朝なのもあってか、列に並んでいる瑠奈が大きなあくびをする。

本来なら、こんな集まりなどサボってしまおうとしたのだが、一夏に『女子だらけの空間を一人でいるのはきつい』といわれ、付き添いという形で参加している。

 

「ねぇ、あれって小倉さんだよね?」

 

「やっぱり・・・・本当なのかな?・・・・」

 

「ちょっと誰か聞いてみてよ?」

 

列で並んでいると、周囲からごしょごしょと話し声が聞こえてくる。

やはり皆気になっているのだろう、あの()が本当かどうかを。しかし、互いに牽制し合っているせいか誰も真実を訪ねようとするものは現れない。すると

 

「ねぇねぇールナちょむ?」

 

この均衡状態を崩すものが現れた。声を聞いた瞬間分かる、この眠たくなるような声を出すものは1人しかいない。

 

「なんだい、本音?」

 

声の主はクラスメイトにして簪の幼馴染である本音だった。

 

「うい!かんちゃんと付き合っているってホント~?」

 

「ああ、本当だよ」

 

そう返答した瞬間、周囲の女子たちが大きな衝撃を受け、『うッ!!』と声にならない悲鳴を上げる。

あの孤高の存在である小倉瑠奈がとある女子生徒との交際を認めたのだ、瑠奈を狙っていた生徒にとっては衝撃的な出来事だろう。

 

周囲では哀しみのあまりにペタンと地面に座り込む生徒や、友人に慰めてもらっている生徒、新聞部に特ダネを売り込むために、手元のメモ用紙にガリガリとペンを走らせている生徒、様々な反応に軽く心の中で苦笑いをしていると

「それでは、生徒会長から説明させてもらいます」

 

生徒会役員らしき生徒がそう静かに告げると会場のざわざわが収まっていく。

 

「やあ、みんなおはよう」

 

そして生徒会長である楯無が登場してきた。

楯無を見た瞬間、少し気恥ずかしい気分になる。この間の生徒会室での露出プレイ以来、楯無のことを見ると何やら熱い感覚が体を巡っていくのを感じてしまう。

 

もともと、異性や性に対して疎い部分があったのは否めないが、先日に自分の目の前で全裸になった少女を目の前にして『意識するな』という方が無理難題だろう。

 

(落ち着け・・・・心を冷静に保て・・・・)

 

軽く、心の中でホイヘンスの原理を復唱して心の平穏を保つ。しかし、その行為はすぐに無意味に帰す。

 

「っ!!」

 

偶然、壇上で挨拶している楯無と目が合う。その瞬間先日の出来事が脳裏を掠めた。楯無の瑞々しい体、恥ずかしがる表情、ぷりっとしたマシュマロのように白くて肉付きいいお尻、そして豊かな胸。

 

普通の女性の体であったらここまで記憶に刻み込まれるようなことはなかったはずだ。

しかし、妹のためにあそこまでする彼女が大きな印象となっているため、忘れることが出来ない。自分の姉も全く同じような人だったのだから・・・・・・

 

目が合った楯無も瑠奈と同じような心境らしく、顔を赤くすると、恥ずかしそうに視線を逸らす。どうやらあの出来事を忘れるには互いに時間が必要だろう。

 

「ん?ねぇ~ルナちょむどうしたの~?」

 

「ごめん本音・・・・ちょっと外させてくれ・・・・」

 

「えぇ・・・でも始まったばかりだよ~」

 

「とにかく・・・・後は頼む・・・」

 

そう言い残すと、教師たちに気付かれないように静かに会場を出ていった。

 

 

 

ーーーー

 

「はぁ・・・・・」

 

全校集会が終了した後もこの心の波は収まることなく、瑠奈の心に渦巻いていた。一度簡易な身体検査もしてみたが異常なしの診断結果がでた。

肉体に異常がないとすると、これは精神的な問題だということだが、外傷が無い分、治療は難しいものだ。

 

「---なっ・・・おい、瑠奈!!」

 

すると、前方から自分の名を呼ばれて我に返る。

場所は放課後の教室、クラス委員である一夏が壇上から名を呼んでいた。副委員である瑠奈も本当は壇上に立たなくてはいけないのだが、生憎、瑠奈は左脚の義足を装着してから日が浅いため、こうして席に座らせてもらっている。

 

「瑠奈もなんか言ってくれよこの出し物に」

 

『織斑一夏のホストクラブ』 『織斑一夏とツイスターゲーム』 『織斑一夏とポッキー遊び』and more

これではクラスの出し物というより、合コンのゲームのようだ。

 

「そうだね・・・・『織斑一夏と野球拳』なんてどう?もちろん下着は最後に脱ぐというルールで」

 

「お!!いいアイデア!」

 

「流石小倉さん!!さらっとすごい案を出すよね!!」

 

「なるべく一枚も脱がずに、すべて脱がしたいところだけど・・・・・」

 

野球拳というお色気要素満々のゲームに熱が入ったのか、元気満々な女子達は次々に華を咲かせていく。

すこし悪乗りが過ぎたかと少し反省していると

 

「瑠奈・・・・ちょっといいか?」

 

頭を抱えた一夏が瑠奈の席までやってきた。

確かに今度の学園祭で自分が景品になっていては頭も抱えたくなるだろう。学園祭で1位になった部活に一夏を強制入部させるという本人の許可もとっていない強引で理不尽な出来事に気の毒だとは思うが、現実とはそういうものなのかもしれない。

 

「いまならまだ間に合うかもしれない、あの生徒会長に条件を取り下げてもらうように頼みに行きたいから付き合ってくれよ」

 

正直言ってあの楯無が説得に応じるかどうかは怪しいところだが、何事も行動してみなくては始まらない。このまま出し物の話もしばらく決着もつきそうもないし、ちょっとぐらいは席を外しても大丈夫だろう。

 

「わかった・・・・ひとまず生徒会室に行ってみよう」

 

熱論を繰り広げているクラスメイト達にばれないよう、静かに一夏と瑠奈は教室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

「えっと・・・・ここでいいんだよな?・・・」

 

「ああ、ここでいい」

 

目の前の『生徒会室』と札がかけられているドアをコンコンと数回ノックする。すると

 

『どうぞ』

 

ドア越しにそう返事が来たため、少し緊張している一夏と共にドアを開いた。

 

「来ると思っていたわよ、織斑一夏君」

 

部屋には朝の全校集会でみた楯無が椅子に座って生徒会の仕事をしていた。

集会でのことがあってか、動揺が走るが、顔に現れないように堪える。それに対して、楯無はいつものように涼しげな生徒会長としての態度を貫いている。

 

「ふふ、お姉さんに用があるっていうことは朝の全校集会についてかな?」

 

「そこまでわかっているのなら、一位になった部活動に俺を強制入部させるという条件を撤回してください!!」

 

ドンッと両手を手について、一夏は楯無に訴える。確かに部活動に興味がなかったと言えば嘘になるが、今の一夏には放課後の時間を部活動などに費やしている余裕などはない。

 

「確かに私も悪いなとは思ったわよ?だけど男子生徒で唯一部活動を行える立場にある織斑一夏君が何の部活もやっていないとなると色々と生徒会にも苦情が出てくるのよ」

 

一夏は五体満足な体に対し、瑠奈は左脚が義足で左腕消失の三体満足状態だ。片腕だけの人間でできることなどたかが知れてる。

 

「それにこの話は織斑一夏君にも得がある話なのよ」

 

「それとは?」

 

「交換条件として、私が学園祭までの間、君を鍛えてあげましょう」

 

「結構です」

 

コーチは専用機持ちに加え、最強(一夏の中で)の存在である瑠奈がいる。十分に教えを乞う相手はいるので必要ないと言い切った瞬間、意外な人物が口を挟んできた。

 

「いや、その話、受けるべきだ」

 

沈黙を貫いていた瑠奈が、顔の角度を変えずにはっきりと口にした。正直、瑠奈本人としては沈黙を貫き通す予定だったのだが、この話となれば話は別だ。

 

「え・・・でも、コーチはたくさんいるし大丈夫だろ?」

 

「私から見てもこの人(楯無)は強い。十分に特訓を受ける価値はある。それにロッカールームでの話をもう忘れたか?」

 

『君と私も明日生きている保証などどこにもない』『私がこの学園からいなくなったときは君たちがこの学園を守るんだ』一種の現実逃避のようなものだったのだろうか?心の中で『そんなわけはない』と否定していたが、目の前の瑠奈の目を見てわかった。

 

(瑠奈)の言っていることは本気だ。

そう自覚してくると、急に足元が冷えていくような恐怖を感じてきた。今の一夏にとってプライドや言い分など言い訳に過ぎない。

 

「わ、わかりました・・・・・」

 

それだけ言うと、一夏はクラス委員の仕事があるため、生徒会室を出ていった。部屋には瑠奈の楯無の2人だけが残される。

 

「あの・・・・とりあえず座って・・・・ね?」

 

「は、はい・・・・」

 

一夏が居なくなったことにより、場を引き締める第三者が居なくなったため、反応に困った楯無と瑠奈は急にしおらしくなる。

正直言ってここで一夏と一緒に教室に戻ればよかったと後悔したが、椅子に座った直後に『私はもう教室に戻ります』というのはおかしいだろう。

 

「瑠奈君、君は・・・・今朝の全校集会で途中で退出したけど、どうしたの?体調でも悪くなったの?」

 

「いえ・・・・そういうわけじゃありません」

 

あの胸の熱い波を思いだすだけで複雑な心境になる。一瞬、言おうかどうか迷ったが、このまま胸の内にため込んでいてもストレスの要因になるだけだ。

全てとはいかないが、この胸の内をさらけ出せる人間が必要だったのだろう。たとえ、相手が楯無であっても。

 

「・・・・あの時、壇上で楯無先輩を見た瞬間、なんだが・・・・・今まで体験したことのない奇妙な気持ちになったんです。その気持ちを言葉にするのは難しいですけど・・・・」

 

「そ、そうだったんだ・・・・」

 

瑠奈と話しているとどうしても考えてしまう、妹である簪の専用機が完成し、自分の体が瑠奈の物になった時、自分はどうなってしまうのかと・・・・・・

 

彼のことだから、売ったり売春させたりする人間ではないと思う。だとしたら残ったのはーーーー

 

「~~~~~ッ!!」

 

彼の性欲処理の道具となって体の隅々まで弄ばれてしまう自分を想像して顔が真っ赤になる。

いきなり暴力的に襲ったりはしないで、少しずついじくりまわし彼のことしか考えられない体に調教していくだろう。

 

そして長時間の(しつけ)に我慢できずに楯無が泣いて懇願するまで苛め抜き、そして最後の防壁が脆く崩れ去ってしまう時を見計らってベットに押し倒すと、優しくキスをして2人の体は1つになり、自分は『女』となる。

 

そのまま2人は本能に従ってひたすら互いを求めあう作業に没頭する。自分の豊満な胸を揉まれ、抱きつかれ、何度も何度も肉付きの良い身体に挿入を繰り返され、部屋には瑠奈の荒い息と楯無の喘ぎ声が響いていた。

 

全てが終わり、生まれたままの姿でベットで放心している自分に彼は『楯無、今日は頑張ったね』と優しく頭を撫でて子供のように微笑みを向けてくる。瑠奈に9割の鞭と1割の飴に喜んでしまう淫乱な身体にこのまま少しずつ・・・・少しずつ変容させられていってしまうのだ。

これから一生、彼を求めるためのペットとして・・・・

 

「んっ、へへへ・・・・はっ!」

 

太ももをこすり合わせて、ピンク色な乙女の妄想を膨らませていた楯無の目の前には、複雑な表情を浮かべた瑠奈が静かに座っていた。

それを見た瞬間、とてつもない羞恥心に襲われ、机に突っ伏した。なんていうことだろう・・・・・前の裸と言い、今回のだらしのない顔と言い、なぜこうも彼には自分の痴態を見られてしまうのだろうか。

 

「瑠奈君!!」

 

「えっ!な、何ですか・・・・」

 

「ちょっと立ちなさい!!」

 

いきなり命令のような勢いのある口調で立ち上がらせると、ゆっくりとした歩みで瑠奈を壁際に追い詰めてゆく。瑠奈も身の危険を感じ、逃げようとしたが、楯無の目が『逃げるなよ』と鋭いメッセージを送ってきている。

 

「ひっ!」

 

とうとう壁に背を付けるほどに追いつめられ、逃げ場を失う。これは楯無の癖だ。恥を感じたら、その恥を忘れるためにさらに大きなリアクションをして忘れようとする。しかし、頭がパニックを起こしている状態でリアクションを起こしてもいい方向に転ぶはずがない。

それどころか、思考が働かないせいで自分でも自分の行動が理解できない分、タチが悪い。完全なる暴走状態だ。

 

「瑠奈君、君は約束を覚えている?」

 

「や、約束ですか?・・・」

 

「ええ、簪ちゃんの専用機が完成したら私の体を好きにしていいっていう約束」

 

「もちろん・・・・覚えていますよ・・・うおっ!!」

 

すると、赤く熱を帯びた楯無の顔を突きつけられて、裏返った声が出る。瑠奈は男性の中では低身長の分類に入るため、年上の楯無と同じぐらいの身長だ。そのため、大きな高低差が無く、真正面にドアップで顔が映し出される。

 

「だったら話は早いわ、あなたのことだから、どうせもうすぐ専用機は完成するんでしょ?」

 

危機感を感じながらコクリと小さく頷く。次の行事であるキャノンボール・ファストには間に合わないが、その次の行事の全学年合同のダッグマッチには間に合う予定だ。

 

普通ならば、二、三か月ほどではISを完成させることなどできないが、AIのため疲れを知らないエストと驚異的なプログラミング能力を持つ瑠奈に簪という最強チームが結集したため、ハイスピードで完成へ進んでいっている。

 

「この生徒会室には私とあなたの2人だけ・・・・・・せっかくだから味見していかない?」

 

「な、なにをですか?・・・・」

 

「私の体を」

 

そうはっきり言うと、ドンッと瑠奈に壁ドンとして逃げ道を塞ぐと、もう片方の手でカーディガンのボタンを外し、さらにその下のワイシャツの胸のボタンをはずし始めた。

 

「た、楯無先輩・・・・・なにを・・・・」

 

突然の楯無の行動、壁ドンによって退路はない、そして目の前の熱を帯びている美しい女性の双眼、いつもの自分ならばパニックになっているはずだが、なぜか心は静寂を保っていた。

理由は簡単だ、瑠奈は見とれていたのだ、楯無に。

 

かわいらしい顔に、スタイルの良い体、そして家族を想う優しい心、そのすべてが瑠奈にとっては懐かしいものだった。

いまのように心身ともに穢れた存在になるまえに感じていた温かい心、それが楯無にはあった。

 

「楯無先輩・・・・・」

 

胸のボタンがブラジャーに包まれた谷間を強調するところまで外されたところで、瑠奈は楯無の頬に手を当てた。手の平から温かい体温を感じ、瑠奈の冷たい手を温めていく。

 

「私は・・・・・あなたのことが・・・・・」

 

呆けた顔で小さく、だが目の前にいる楯無にははっきり聞こえる声で今の自分の気持ちを伝えようとしたとき

 

「ぐっ・・・・・あ゛ぁぁ!!」

 

突如、かすれた声をあげ、胸を抑えて地面に蹲った。

 

「瑠奈君!?どうしたの!!」

 

突然の異常事態に楯無が声を荒上げる。そういえば一学期にこんなことがあった、部屋で薬剤のカプセルをぶちまけて倒れていることが。

 

「ぐぅぅぅ・・・がっ、あぁぁ!!」

 

「どうしたの!?しっかりして!!」

 

意識を確認しようと瑠奈の目を見た瞬間、楯無が凍り付いた。瑠奈の目が赤く濁った眼に変異していたのだ。楯無はその目を見たことがある、学年別トーナメントで自分の首を締めあげた冷徹で残忍な目だ。

 

「あ・・・・あぁ・・・」

 

そのことがトラウマとして刻まれているせいなのか、本能的な恐怖を感じ、地面に蹲っている瑠奈から数歩離れる。

楯無は怖い、なにやら自分が・・・・いや、人間が触れてはいけないものに接触しているようで。

 

「ぐぅ・・・・・ぐぅぅぁぁぁッ!!!!」

 

突如叫び声をあげたかと思うと、強引にドアを開け、生徒会室を出ていった。部屋には楯無だけが残される。

 

「どうしたのよ・・・・瑠奈君・・・・」

 

確かに互いに『信用しろ』などと言える立場ではないのかもしれない。瑠奈には瑠奈の、楯無には楯無の秘匿があり、テリトリーがあり、プライバシーがある。

それは従順承知だ、だが何か月もこの学園で暮らしているのだ、少しは『生徒会長』としての自分を頼ってくれてもいいのではないのだろうか?

 

しかし、それを彼に言うのは横暴な行為。結局は彼が自ら心を開いていくのを待つしかないのだ。

彼に頼られない自分と一瞬でも彼を恐れてしまった行為に対する無力感を感じ、楯無は静かに悔しさを噛み締めた。

 

 

ーーーー

 

真夜中

 

とあるアリーナの客席で前かがみの姿勢で静かに座っている人影があった。その人物はもう何時間もこの姿勢のまま身じろぎ1つせずに座り続けている。

 

「・・・・・・・・」

 

聞こえてくるのは僅かなせせらぎと風の音だけ。まるで自分だけがこの世界から切り落とされたような寂しい光景だ。だが、その光景に1つの人物が入り込んできた。

 

「ここにいたか・・・・」

 

寝間着らしいのか、軍服を着たラウラが静かに声をかけてきた。そのとき、夜空の雲がはれ、月明かりに、その人物が照らされる。

 

「教官たちがお前を探している。寮に戻るぞ瑠奈」

 

前かがみの姿勢になっているせいで、長い黒髪が前に下ろされ、顔が確認出来ないが、左腕のないところを見るとすぐに瑠奈だとわかる。

 

「ラ・・・・ウラ・・・・・」

 

かすれたような声でそう返事する。瑠奈は放課後の生徒会室を出ていったあと、ずっとこのアリーナの観客席で静かに何もせず、夕食もとらず、じっと座っていた。

 

そのせいでルームメイトである簪が瑠奈が夜中になっても帰ってこないと騒ぎ出したため、教師や生徒会といった生徒たちがこうして探索に乗り出したのだ。

 

「いきなりいなくなってどうしたんだ?夕食もとらないでずっと行方不明で心配したんだぞ。さあ、帰るぞ」

 

手を差し出すが、ピクリとも反応せずに前かがみの姿勢のまま観客席に座っている。強引にでも立ち上がらせようとさらに近寄った時、ラウラは気づいた。瑠奈の肩や頭がわずかながら震えていることに。

 

「どうしたんだ・・・・・・泣いているのか?・・・・・」

 

その質問にも反応することなく、静かに座り続けている。まるで体から魂が抜けだしてしまったようだ。

 

「隣・・・・・座るぞ・・・・」

 

ひとまず、様子を見ようと瑠奈の座っている隣の席に座り、ひとまず様子を見る。幸いにも周りには誰もいない。この場所にいるのは瑠奈とラウラの2人だけだ。

だが、座ったのはいいが、どんな会話をするべきなのか思いつかない、先ほどから声はかけているが、その反応は薄い。そんな状態でかけるべきことなど思いつかない。

 

「ラウラ・・・・・」

 

すると意外なことに瑠奈の方から声をかけてきた。顔を合わせることもなく、俯いたままの状態で1つラウラに問いかける。

 

「君は・・・・・人間なのか(・・・・・)?」

 

質問された瞬間、言葉にできない緊張感がラウラを包んだ。言われてみれば、普通の人間は左目が金色に輝いたりしない、遺伝子を人工合成されたりなどしない。

それはラウラの大きなコンプレックスであった。言われてみれば、確かに自分は普通とは呼べない存在なのかもしれない。だがーーーー

 

「私は人間だ」

 

「なぜ?」

 

「私がそう思うからだ」

 

理屈や理論など一欠片もないラウラらしいストレートな理由だ。この地球上で『お前は人間じゃない』と他人を差別する人間などいない。

仮にいたとしても、そいつは神紛いの行動をするペテン師に過ぎないだろう。神が人になれないのと同じように、人は神になどなれない。

 

「いくらほかの人間が私を否定したとしても、自分のことを決められるのは自分だけだ。他人の意見などその判断材料にすぎないと私は思うぞ」

 

瑠奈を勇気づけるかのように必死に自分の持論を語っていく。すると、指一本動かすことのなかった瑠奈の手がゆっくりと動き、ラウラの左目の眼帯へ向かっていった。

 

そのまま、眼帯を優しく外す。眼帯を外されたことによってラウラの左目の金色に輝く『超界の瞳(ヴォーダン・オマージュ)』が露出し、この暗いアリーナで小さく輝く。

 

ラウラにとってコンプレックスであるこの瞳は他人になど絶対に見られたくないものなのだが、不思議と瑠奈に見られたことに対しての不快感は感じなかった。

 

「綺麗な瞳だ・・・・・」

 

小さくつぶやき、左目の瞼を優しく、ゆっくりと撫でていく。

 

「ほ、ほらっ!!いつまでもこんなところにいないで寮に戻るぞ!!」

 

褒められて嬉しいのか、瑠奈の持っていた眼帯を強引に取り返すと、少し大げさな動作で席を立つ。

 

「夜間の無断外出で反省文を書かされるかもしれないが、少しは手伝ってやってもいい」

 

この暗い雰囲気を晴らそうと少し大きい声で瑠奈に寮に戻るように呼びかける。その言葉に影響されたのか、ずっと席に座っていた瑠奈が静かに立ち上がる。

 

「ラウラ・・・・」

 

だが、アリーナを出ていこうとするラウラを静かな声で呼び止めた。

 

「君は・・・・・さっき言ったよね?自分を決めるのは自分だと」

 

「ああ・・・・」

 

かすれた声ではなかったが、ラウラに向ける声は悲しく、冷たい空気をまとっているように感じる。そのせいだろうか?ラウラが体が冷えていくような感覚を感じる。

 

「だったら・・・・・もう私は・・・・・・戻れないのかもしれない(・・・・・・・・・・・)・・・・・・」

 

「え・・・・」

 

低く泣き声のような言葉が発せられたその瞬間、アリーナ全体に強い夜風が吹き荒れ、瑠奈の顔を覆い隠していた髪が大きく後頭部へ引っ張られる。その時ラウラは見てしまった。

 

 

 

瑠奈の両目の濁りきった赤い眼から大粒の涙があふれ出ていることに。

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

50話 目覚め

100話までには、この小説を完結させたいなと自分勝手な計画が建築されています。


「よし、今日はここまでにしましょう。いい?今日やったシューター・フローの感覚を忘れないように」

 

「わ、わかりました・・・・・」

 

夕陽が沈み、周囲が暗くなり始めた頃、アリーナの中央で息を切らして地面に座り込んでいる一夏とコーチである楯無がいた。

経験に乏しかった一夏の特訓内容は基本的に練習試合などではなく、一夏個人の技術を向上させるのが目的だ。そのため、同じ作業を何度も行う反復練習が中心になるため、特訓が終わったころには一夏はくたくただ。

 

そんな練習風景を同じアリーナの観客席で瑠奈は何もせずにじっと見ていた。

ISの技術面に疎い瑠奈には、これが何の特訓になるのかはわからないが、楯無のやることだ、なにかしらの意味があるのだろう。

 

瑠奈個人としては、一夏が楯無に教えを請いているこの状況に満足しているのだが、この状態を気に入らない人間がこの場にはいるらしい。

 

「おい、瑠奈ッ!!」

 

自分の名を呼ぶ、大きな怒声のような声が聞こえたと思うと、ISスーツを着た箒を初めとする専用機持ち達が瑠奈の座っている観客席の元に来た。

 

「瑠奈も一夏のコーチを降りるように、あの会長に言ってやってくれ!」

 

「何が君たちは不満なんだい?」

 

専用機持ちのを見ることなく、アリーナの中心にいる一夏と楯無を見ながら静かに箒たちに聞こえるほどの音量でつぶやいた。

 

「不満というわけじゃないけど・・・・・いままで僕たちが交代で一夏のコーチをしていたのに、そこにいきなり割り込んでくるなんて横暴過ぎない?」

 

箒の発言を援護するような形で、専用機が各々不満を言い合う。

どうやら、いきなり楯無が一夏のコーチをしていることによって不満や嫉妬が専用機持ちの間に溜まっているらしい。

 

しかし、この反応は前々から予想していた。政治の世界でも新しい法案や条約を作るときでも少なからず、批判や反対は生じるものだ。

たとえ、非の打ちどころがなかったとしてもなにかしらの形で文句や難癖をつけたがる人間は出てくる。

 

「瑠奈ならあの会長とも知り合いなのだろう?だったらコーチを辞めるように言ってくれ!」

 

「・・・・・黙れよ」

 

自分勝手な理屈を言いだす箒やほかの専用機持ちに静かだが、怒りの混じった声で黙らせる。

 

「君たちがそうしたいのならそうすればいい。君たちの自由だ。だが、万が一その特訓が身を結ばなかったら誰が責任を取る?『こんなはずではなかった』などの責任逃れが通じると思っているのか?」

 

学校は生徒の進路選択にあれこれ指図するくせに、生徒たちの将来に責任を持たない。

別にそのことに対しては異論はない。だが、自分が教えることを一夏に強制させておいて、責任逃れなど通じないだろう。

 

「できないのなら引っ込んでなよ」

 

正論を言われたせいなのか、それとも瑠奈としては珍しい怒りを感じたせいなのか、誰もが沈黙し、黙り込んでしまう。

そしてそのまま瑠奈から逃げるように立ち去っていった。

 

「はぁ・・・・・」

 

そしてそのまま小さくため息が口から洩れる。

自分の意志や本質を閉じ込めていくのに限界だ。いまもこうして、心の底からじわじわとどす黒い感情がしみだしてくる。

 

「もう無理か・・・・・」

 

小さくそうつぶやいたとき

 

「大丈夫か?」

 

心配している様子のラウラが声を掛けてきた。前に泣いている濁った赤い目を見た以来、ラウラは瑠奈に少しずつだが声を掛けるようにしている。

なんだかこうして彼のそばにいないと、壊れてしまうような儚くて脆い印象を最近感じてしまうのだ。

 

「最近様子がおかしいぞ?もし体に異変を感じるのならば、保健室に行ったらどうだ?もし、お前が望むのならドイツに来て診断を受けさせてもいい。体の隅々まで徹底的に診断してやる」

 

「結構だ・・・・私のことは気にしないでくれ・・・・」

 

自虐気味の笑みを向けると、再び黙り込んでしまう。

最近ずっとこんな調子だ。心配されて声をかけられても『大丈夫』や『心配しないでくれ』と言い、人の親切心に甘えることなく、ずっと1人でこうして座り込んでいる。

 

まるで瑠奈が日に日に弱っていくような感覚がしてくる。

 

「大丈夫なのか?もしよかったらこのIS学園に我が国の医療最先端チームを連れてきてやっても・・・」

 

「本当に大丈夫だ。頼むから同じことを何度も言わせないでくれ」

 

少し怒りが混じった声で言うと、席を立ち、立ち去っていった。

ラウラはその背中を心配そうにずっと見つめていた。

 

 

ーーーー

 

「順調に作業は進んでいるようだね」

 

その後、瑠奈は整備室でISの組み立てをしている簪とエストの元に訪れていた。

打鉄弐式を授けて数週間経つが、やはり、ISを組み立てるということは難しいらしく、放課後から夕飯の時間帯までこの整備室でずっと作業していた。

 

『順調とはいいがたいですね。やはり、私とマスターだけの2人だけでは人員不足は否めません』

 

「でも、少しずつ完成に近づいているから・・・・・いつかきっと・・・・・」

 

進んでいればいつかはゴールにたどり着く。それを実感しているのか、簪がふふっと微笑む。やはり、専用機がこうして出来上がっていく過程を見届けることができるのは喜ばしいことだ。

 

「エスト、簪、せっかくだしなんか手伝うよ」

 

『それは助かります。では私のAI設定プログラムのマルチタッチ視界モニターの微調整をお願いします。私の視界カメラと認証が僅かですが誤差が生じています」

 

「組み立て作業じゃないのか・・・・まぁ、いいや、それじゃあ、問題個所の詳細をディスプレイモニターに映してくれ」

 

『わかりました』

 

簪の隣に座り込むと、映し出された空中投影ディスプレイのキーボードに片腕だけで器用に効率よく作業を進めていく。

そんな風景を簪は横目でぼんやりとだが眺めていた。

 

こうしてみると、こんなに美しい人が自分の恋人とはいまいち信じられない。まぁ、世間体から自分の身を守るための偽物の恋人に過ぎないのだが、なぜ自分なんかを選んでくれたのだろう。

学園の中には自分なんかよりも魅力的な女子生徒がいっぱいいるはずなのに。

 

「ん?どうしたの簪、手が止まっているよ?」

 

「その・・・・聞きたいことがあるんだけど・・・・いい?」

 

「もちろん、答えられる範囲でなら」

 

「瑠奈は恋人とか作らないの・・・・・?」

 

質問された途端、キーボードのタイピングが止まり、少し照れくさそうな顔をする。この質問はどうにも返答に困るものだ。

 

「・・・・・今は作る気はないかな・・・・・」

 

「『今は』っていうことは前に恋人がいたの?」

 

「まあ・・・恋人というわけじゃないんだけど・・・・思いを向けていた人はいたかな・・・・っていうか随分と食いつくね」

 

「だって・・・・・気になるから・・・・」

 

簪も恋バナや恋愛事情のは興味津々の乙女だ。自分の親友、それも有名な小倉瑠奈の恋バナに興味がないはずがない。

 

「その人とはどうなったの?」

 

「私の一方通行で終わっちゃったかな・・・・なんだかその話を人に話すのは恥ずかしいよ」

 

学園で告白を断り続けている瑠奈が恋をしたというのも意外だが、さらに意外なのが、瑠奈を一方通行で終わらせたその思い相手だ。

あの瑠奈を一方通行で終わらせた猛者となると、相手はどこかの国のお姫様だろうか?

 

「ほら、私の恋愛事情はどうでもいいから手を動かす」

 

「あ、ご、ごめんなさい・・・・・」

 

そう指摘されて恥ずかしそうに作業を再開する。だが、簪の中ではさっき瑠奈の言っていた一方通行の相手がどうしても頭から離れなかった。

 

当然ながら簪もイケイケの女子高生だ。

誰かと恋愛して、彼氏のいるあこがれの高校生活という物を夢見ている。

 

前に本音に『かんちゃんはルナちょむに告白しないの~?』と言われたことがあったが、今の簪にはそんな危険な行為は出来る気力も度胸もない。

 

確かに、瑠奈はかっこいいし、かわいらしく、何でもできる簪の憧れだ。何度も助けられ、窮地を救われ、今はこうして専用機を作ってくれている。

そんな人物を相手に『惚れるな』という方が無理難題だ。一時は本気でこの思いを伝えようと思っていた時期もあったが、いざ告白するとなるととてつもないリスクを背負うことになる。

 

仮にお断りされたら、(瑠奈)自分()との関係はいったいどうなる?一気に気まずい関係へ急降下だ。

更に彼とはルームメイトの関係、そんな人物に告白するだなんてとてもじゃないができない。

 

今の偽物の恋人の関係に満足していないわけではないが、ここまで来たら本物の恋人になりたいという欲求が出てくるのは仕方がないことだ。

様々な思いに葛藤する簪の表情を、新しく調整された視界モニターで見ていたエストが小さく微笑んだ。

しかし、彼女はまだ知らない。

 

 

 

 

瑠奈の想い人がもうこの世にいないことを。

 

ーーーー

 

「う・・・んぁ・・・・」

 

その日の真夜中、ベットに寝ていた簪は妙な息苦しさを感じていた。腹部になにか圧迫感を感じ、息苦しい。

前に、寝ている簪の腹部にサイカが寝ていることがあったが、今回は違い、腹部全体に重みを感じる。何かと思い、目を開けたとき、簪の思考がフリーズした。

 

目を開けると、瑠奈が自分の腹部に跨っていたのだ。

 

「る・・・瑠奈・・・あっ!」

 

更に注意してみてみると、自分の着ているパジャマの前ボタンが外されていたのだ。それによって簪の大きくはない胸の谷間が瑠奈に見られてしまっている。

とっさに隠そうにも、両手首が何かに縛り上げられ、万歳をするかのような格好でベットの上部に持ち上げられている。

この状況から推測すると、間違いなく瑠奈は簪に夜這いを仕掛けてきたとしか思えない。

 

「瑠奈・・・・ど、どうしたの・・・・・?」

 

震える声で恐る恐るといった声で聞くが、腹部を跨っている瑠奈はなんの反応を見せずに静止している。

まるで銅像のように、何も身じろぎ1つせず。

 

そんな硬直状態がしばらく経った頃だろうか、外の窓から月明りが侵入し、部屋を明るく照らす。そのとき、簪は気が付いてしまった。

自分に跨っている人物ーーーー瑠奈の瞳が赤くこの部屋の中で輝いていることに。

 

その輝きはカラーコンタクトなどの人工的な色彩ではなく、まるで生まれ持っているかのような鮮やかで美しくて、華麗で、そして・・・・妖しかった。

 

その目に見とれていると

 

「きゃっ・・・・る、瑠奈?あんっ・・・・ダメ・・・・」

 

腕をパジャマの胸元に侵入させて、簪の大きくはない胸を丁寧に揉み始めた。ちょうど手のひらサイズで収まることが幸いしてなのか、手全体でまんべんなく、丁寧に丹念にゆっくりと揉み解されてゆく。

 

「んっ・・・・あぅ・・・んあっ・・・・んぅぅ・・・・」

 

隣の部屋に聞こえないように、必死に声を抑えるが、息遣いと快楽による喘ぎ声が瑠奈には聞こえる。

快楽に溺れているルームメイトに軽くほくそ笑むと口を簪の耳元に近づけ、甘い悪魔の言葉を囁く。

 

「美味しそうな体だ・・・・・」

 

その甘ったるく、魅力的な言葉は、このパニック状態の簪の思考にとどめを刺すには十分だったといえよう。湯気でも出たのかと思うほどにその言葉は簪の頭をかき乱した。

 

「や、やっぱり・・・・・だめっ・・・・・」

 

わずかに残った理性で必死の抵抗を試みるが、両手首を縛られて上に持ち上げられている状況では、何の抵抗もできず、ジタバタと体が暴れるだけに終わる。

 

「こら、暴れるな」

 

「ひんっ!」

 

そんな暴れる簪の体を扱いなれた飼い犬を躾けるかのように、右胸に侵入させている手で尖りはじめている乳房の突起を一瞬だけ強く抓りあげる。

その刺激は電流が流されたかのような、悩ましい快感となって体を駆け巡る。

 

「抓られたぐらいで感じているのか・・・・?学園では成績優秀の優等生なくせに淫乱な体をしているな・・・・こうゆうことには前から興味があったのかな?」

 

「そ、そんな・・・こと・・・ない・・・・」

 

自分の人には言えない痴態を指摘され、顔が真っ赤になって顔を逸らしてしまう。

 

「別に恥ずかしがることはない。君がどんなに淫乱な体をしていたとしても()にとっては開発しがいのある肉体なんだから、喘ぎながら乱れている君を見るのが楽しみだ」

 

『淫乱』『開発』言っている方が恥ずかしくなるような言葉を彼は耳元で囁くような声で囁く。今の瑠奈と簪の関係はまるで捕食者と獲物のような関係だ。

 

抵抗できず、(獲物)瑠奈(捕食者)の手の上で弄ばれ、運命をすべて相手に委ねられている状態。だが、そんな状態でも不思議と喜んでいる自分がいるのだ。

 

ここから先、自分がされることに対する妙な期待が簪の目にはあった。

 

「る・・・・瑠奈ぁ・・・・」

 

呆けた目で彼の名を呼ぶ。体を触られ、触れられ、女としての本性が少しずつ表に現れ始めている。

そんな簪に妖しい笑みを向け、ゆっくりと顔を彼女の顔に近づけると

 

「んぐっ! んん・・・じゅる・・・・」

 

瑞々しい唇に自分の唇を押し付け、熱いキスを交わす。さらに、簪の本能を刺激するかのように、舌で強引に歯をこじ開け、濃厚なディープキスをして、口内を激しくかき回していく。

 

「ん! んっ・・・・ぐちゅ・・・・・・んぁ、じゅる・・・・・だ、ダメ・・・」

 

抵抗できず、されるがままの状態が数分間続いたところで、口を離され、唾液でできた銀の橋が簪と瑠奈をつなぐ。

全てが未経験の刺激と体験に顔が真っ赤になり、すっかり簪は放心状態だ。

 

「うん・・・・いい味だ。いいか、君は()の獲物だ、絶対に誰にも渡さない。くくく・・・・」

 

低い笑い声をあげながら、ペロリと簪の首筋を舐め上げる。それが決定打となり、簪は意識が水平線の彼方へ飛んでいった。

 

ーーーー

 

「ん・・・・」

 

朝日が差し込む部屋で、体に妙な倦怠感を感じながら簪は目を目を覚ました。

 

(私ったら・・・・なんて夢を・・・・・・)

 

思いだすだけで顔が熱くなってくる。欲求不満だったとはいえ、彼に襲われる夢を見てしまうとはいよいよ末期だろうか。

改めて考えてみると、あの優しい瑠奈があんなドSなことを自分にするわけがない。あれは夢だったのだと割り切り、ベットから降りようとしたとき、自分の手首に妙な違和感を感じる。

目を向けた瞬間ーーー

 

「あ・・・・あぁぁ・・・・・・」

 

口から言葉にならない声が漏れる。

簪の両手首には、男子生徒の制服のネクタイが緩く絡まっていた。まるで、簪の両手首を縛っていたかのように。

 

それを見た瞬間、昨日の熱い夜の記憶が蘇ってきた。

自分の決して大きいとは言えない胸を揉みほぐすほんのり温かい手、口内をかき乱す熱い舌、そして自分を跨り、妖しい笑みを向ける瑠奈。

 

「ん・・・・・あ、簪おはよう」

 

隣のベットで寝ていた瑠奈が目をこすりながら体を起こすと、電池が切れかけているロボットのように、ゆっくりと顔を向けると

 

「瑠奈のエッチッ!!もう知らない!!」

 

普段の簪では想像できないほどの大きな声を出し、真っ赤な顔を覆い隠すように部屋を勢いよく出ていった。

 

「あれ・・・・・最近なにかやらかしたっけ・・・・・」

 

記憶の断片を探るが、最近簪になにか手を出したような覚えはない。だが、人間は知らぬ間に罪を犯している生き物だ。

記憶がないだけで簪の尻を揉んだことが1度や2度あったかもしれない。まぁ、よくわからないが、後で適当に謝っておこうかと自分の中で勝手に結論づけると、制服に着替えるために、クローゼットへ歩いて行った。

 

「あれ、ネクタイどこいった?」

 

 

 

 

本日は待ちに待った学園祭。

片腕しかない瑠奈では、クラスの出し物であるメイド喫茶を手伝えるか不安だが、できることをやらせてもらおう。

 

 

そしてこの日を境に小倉瑠奈の運命は動き始める。

 

 

 

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

51話 動き始める歯車

地味に物語も中盤に突入してしまいました。なんだが感慨深いです。


人間という生き物は不思議なものだ。

個々が別々の価値観や思考をもって生きているくせに、大きな障害や壁にぶち当たり、それを解決するために、各々が手を取り合い一丸となった瞬間、その障害を解決するための手段はどのようなものであっても正当化する。

 

どんな非道なやり方であっても、そこに大きな壁があった場合『仕方がない』や『これしか方法がない』と考え、どのような経緯があったとしても、最終的に人々はそのやり方を取る。

 

それが集団心理というものなのかも知れない。

 

 

 

 

学園祭当日、1組のラウラが提案した出し物である『ご奉仕喫茶』は朝から大忙しだった。

長蛇の列は外まで続き、並んでいる生徒たちは誰もが胸をときめかせ、楽しそうな様子だ。やはり、あの一夏と瑠奈が接客してくれる店に行くとなると多少の期待はしてしまう。

 

「いらっしゃいませ・・・・・お嬢様・・・・・」

 

そんな誰もが楽しそうな空間で不機嫌そうな瑠奈の声が響く。

 

瑠奈の体では厨房を担当することが出来ないため、一夏やセシリア、シャルロットと同じように接客を担当することになった。

そこまではいい、瑠奈もなにかしらの手伝いはしなくてはならない。

 

それは瑠奈も分かっている。

だが、だからと言って男である瑠奈がメイド服を着なくてはいけない道理はないはずだ。

 

「瑠奈さん、メイド服似合っていますわよ」

 

「褒めてないね」

 

上機嫌そうな笑みを浮かべたメイドのセシリアが嬉しそうに寄ってくる。男がメイド服を着るという非道な行為が今ここで行われているはずなのだが、クラスメイトはさも当然のように受け止めている。

 

開店前、瑠奈も接客をするのであれば、一夏が着ているのと同じ燕尾服が必要となるとクラスメイトに言ったはずなのだが、『ごめんねー、燕尾服は1着しか用意できなかったんだ』と笑顔で返され、こうしてメイド服で接客している。

 

だが、今思うと昨日、教室の床に燕尾服が2着ほど脱ぎ捨てられていたような気がしなくもない。

 

「はぁ・・・・結局こうなるのか・・・・」

 

メイド服を着て、しばらく経つが、今でも周囲の教室のテーブルに座っている客やクラスメイトがクスクスと笑っている。

 

男として転校して以来、女としての立ち振る舞いに気を遣う必要はなくなったのだが、女装していた時の名残なのか、たまに被服部からゴスロリ衣装の試着を頼まれることがあった。

 

女の衣装をきていると、女装していた時のストレスや緊張感がトラウマとなって蘇ってくる。しかも、その衣装が似合っているのだからタチが悪い。

 

「あっ!無理やり列に割り込まないでください」

 

「大丈夫です、必ず入れますから!!」

 

「お客様落ち着いて下さい!!」

 

廊下の長蛇の列を作っているスタッフの慌ただしい声が聞えてくる。やはり、何時間も待たされていることで客の不満が溜まっているようだ。

 

「悪いけどセシリア、少し外してもいいかな」

 

「え、ええ・・・・・」

 

そういい、廊下に出るとワアワアと列に並んでいる生徒が騒いでおり、列を整理しているスタッフが慌ただしく動いていた。

軽くため息をつくと、1度大きく深呼吸をして肺の中の空気を入れ替える。その動作を数回繰り返し、体の中に空気を充満させると

 

「ちゃんと並べッ!!」

 

その小さな体のどこからそんな大声が出るのかと思うほどの大きな声が瑠奈の口から発せられる。

 

「これ以上列を乱すんだったら、メニューであるオムライスにかける真っ赤なケチャップの代わりに君たちの真っ赤な血をかけるぞ!!」

 

瑠奈の大声と冗談に聞こえない殺人鬼が思いつきそうな恐ろしい発想に押されてか、乱れていた列が綺麗に整っていく。

冗談というより、瑠奈なら本気でやる可能性があるため、恐怖倍増だ。

 

「こらこら、お客さんに向かってなんてこと言うの」

 

呆れているような声が聞こえ、後ろから後頭部をコツンと小突かれる。

聞き覚えのある声に反応し、後ろを向くと、なぜかこのクラスでやっているメイド服を着ている楯無がいた。瑠奈も全く同じメイド服を着ているため、2人のメイドが向かい合っている少し不思議な状況だ。

 

「なんでそのメイド服着ているんですか?」

 

「まぁ、ちょっと拝借してね 」

 

学園祭なのもあってか、楯無も楽しそうな様子だ。

 

「ところで・・・・・体は大丈夫なの?」

 

上機嫌な声から、少し声のトーンが落ち、心配そうな表情をする。

先日の生徒会室での出来事から数週間経った。瑠奈はあの日以来、苦しむような動作はしていないようだが、あの濁った瞳をみた恐怖感は楯無の中では消えていなかった。

 

「楯無先輩は心配しすぎです、私の様子がおかしくなることなんて日常茶飯事じゃないですか」

 

「そうだけど・・・・・」

 

脆く、儚い物体を扱うように、両手で瑠奈の両頬を優しく挟むように触れ、目を見つめる。

あの日以来、こうして彼と触れることによって少しでも信用してもらおうと思っているのだが、なかなか心を開いてくれない。

それとは別に、こうしていると不思議な気分になる。なんだかあんなに強い瑠奈がとても脆く、小さな存在のように感じているのだ。

 

「あ・・・あの・・・・」

 

2人の美人メイドが頬を互いに見つめ合っている不思議な状況に申し訳なさそうな声が割り込んでいる。声の主は瑠奈と一緒に接客をしていたセシリアだ。

 

すぐに戻ってくるといっていたはずの瑠奈がなかなか戻ってこないため、様子を見に来たのだ。

 

「瑠奈さん、そろそろ接客に戻ってもらいたいのですが・・・・」

 

第三者であるセシリアが介入してきたことによって、瑠奈と楯無は一気に現実へ引き戻される。

 

「ほ、ほら!瑠奈君、いくらメイド服を着たお姉さんがかわいいからといって、いきなりキスしようとしないの!」

 

「そ、そんな事しませんよ!!」

 

互いに照れ隠しかのように、大げさなリアクションで誤魔化す。どうにも、最近楯無を特別な目で見てしまう自分がいる。

ちらりと時間を見ると、思いのほか時間が経っていた。

 

「時間を取っちゃってごめんなさいね、お詫びと言ってはなんだけど、お姉さんがしばらくお店を手伝ってあげるから君は少し校内を回ってきたら?」

 

「いいんですか?」

 

「いいの遠慮しないで、せっかくの学園祭なんだしね」

 

軽くウインクをし、店内に張りきった様子で教室へ入っていった。

校内を回ってこいと言われても行きたい場所などない、どうやって時間を潰そうかと考えていると

 

「あ、あの!」

 

少し大きめの声でセシリアが声を掛けてきた。

 

「も、もしよければわたくしと一緒に回りませんか?」

 

「別にいいけど・・・・・店は大丈夫かな?」

 

「少しの間ならば問題ないと思います。それでは行きましょう」

 

強引に瑠奈の腕を抱えると、2人のメイドは人混みの中を進んでいった。

 

 

ーーーー

 

瑠奈の腕を抱えたセシリアの歩みは『吹奏楽部の楽器体験コーナー』と書かれた教室の前で止まった。

 

「へぇ・・・・セシリアって音楽できたんだ」

 

「ええ、乙女のたしなみとして多少は、瑠奈さんは興味はおありで?」

 

「私はピアノしかできないな・・・・・」

 

正確には「ピアノもできないようになった」といったところだろう。

どこぞの手のかかる天災の妹のせいで右腕だけになってしまってはドレミの歌ぐらいしか弾くことができない。

 

自分の低スペックに呆れながら、扉を開くと中には客は1人もいなく、部長らしき人物が部屋の中心でぼ~と楽器の手入れをしていた。

 

「・・・・・・」

 

なんとなく声を掛けづらい雰囲気の中、立ち尽くしていると、瑠奈とセシリアの存在に気が付いた部長が嬉しそうに近寄ってくる。

 

「おお!おお!こんなに美人なメイドさんが2人も来てくれるなんて嬉しいよ!!」

 

暇なときに客が来てくれたからか、メイド服を着た瑠奈という一生見る機会のなさそうなものを見れたからなのか、部長のテンションが高い。

 

「ここにある楽器ならば何でも弾いてもいいよ。初心者でも私がサポートするから」

 

教室においてある椅子にはフルートやクラリネットといった管弦楽器からビオラやチェロといった弦楽器などが置かれている。

 

「それではあれをお借りしますわ」

 

その中でセシリアが選んだのは弦楽器のバイオリンだった。イギリス人であるセシリアと繊細な技術を必要とするバイオリンはある意味ナイスなチョイスと思えた。

左腕全体でボディを支え、軽く弓で弦を弾き、駒の微調整を行う。軽い準備運動を終えると

 

「瑠奈さん、聴いて下さい」

 

少し緊張した表情でバイオリンを持って立ち上がり、瑠奈の座っている椅子の前に立つ。

そのまま数回深呼吸をし、構えると

 

『~~♪~~♪』

 

静かに曲を奏で始めた。セシリアはあくまで代表候補生であり、プロのバイオリン演奏者というわけではないのだが、その腕前にミスはなく、滑らかな音響が教室に響く。

 

「ねぇ・・・小倉さん。これってなんて曲かわかる?」

 

瑠奈の隣で曲を聞いていた吹奏楽部の部長が気恥ずかしそうに小声で質問してきた。吹奏楽部なのに、この曲名をご存じないのはいかがなものだろうか?

 

「このなめらかな音程の曲はフォーレの『夢のあとに』です」

 

「へー、小倉さん音楽分かるんだ」

 

「ちょっとした趣味なんですよ」

 

音楽というものは不思議なものだ。歌詞や歌手の国籍や文化、宗教など関係なく、様々な人の心に変化を促す。

 

(いい曲だ・・・)

 

静かに目を閉じ、鑑賞に浸る。誰かが自分のために音楽を奏でてくれることなど久しぶりだ。傷ついていた自分の心が癒されていくことを感じる。

まるで母親の腕の中で安心する子供のように目を閉じたまま、わずかに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

場所は移り、4組の教室。4組も1組と同じようにカフェを営業していたのだが、1組にいる一夏と瑠奈の男子コンビに客を取られ、あまり繁盛しているとは言えなかった。

だが、そんなことはあまりクラスメイトは気にしていない様子らしく、普通に皆楽しそうだ。

 

簪は調理担当として厨房で注文のホットケーキを焼いていたのだが、持っているフライパンからはブスブスと煙が発せられ、ホットケーキの生地は炭の塊と化している。

だが、そんな事気にする余裕などなく、頭の中には昨日の夜の出来事がリピートしていた。

 

『美味しそうな体だ』あの時、瑠奈は簪にそう言った。あれは一種のプロポーズのようなものだろうか?改めて彼に聞いてみたいが、こちらから聞くとなると、とんだ羞恥プレイを強いられることになる。

さりげなく自然な流れで質問するのが望ましいが、はたしてそんなチャンスが来る時があるだろうか?

 

「美味し・・・そうな・・・・体・・・・」

 

彼に言われた褒め言葉(簪にとって)をつぶやき、顔が真っ赤になる。これはあれなのだろうか、『偽物の恋人っていう関係だったけど・・・・・私、もう我慢できないんだッ!!簪のすべてがほしい!!』というパターンなのだろうか?

 

もしそれが本当なのなら嬉しいが、流石に昨日の夜のようにいきなり来られてはびっくりしてしまう。そこらへんは彼とのちに話し合いたいものだ。

 

「へへへ・・・・」

 

「簪ちゃん~♪何を楽しそうにしているの~?」

 

「きゃっ!!」

 

突然、後ろから腕を回され、思いっきり体を抱きしめられる。危うく、持っていたフライパンを落としそうになるが、何とかバランスをとり、踏みとどまる。

 

「お、お姉ちゃん・・・・」

 

なぜメイド服を着ているかの疑問は置いておいて、4組に何か用だろうか?ひとまず、胴体に絡みついている腕を何とかほどくと、メイド姿の楯無と距離をとる。

 

「何か・・・用・・・?」

 

「そんなに警戒しないで。別になにもするつもりはないから。・・・・・ところで簪ちゃん?」

 

ニタリと妖しい笑みを受けべながら楯無は簪へ一歩ずつ歩み寄る。

 

「な、なに・・・?」

 

「簪ちゃんは瑠奈君と偽物の恋人関係ってお姉ちゃん聞いたけど・・・・・本当?」

 

「う、うん・・・・」

 

狭い厨房では逃げ場はなく、楯無から逃げるように退いていると、すぐに壁へ追い詰められてしまう。逃げ場がなくなってしまった以上、簪は楯無の言葉に耳を傾けるしかない。

 

「そう・・・・でも簪ちゃんはそれでいいの?」

 

「え?」

 

「瑠奈君の本当の恋人じゃなくて、世間体から守るだけの偽物の恋人、そんなので満足なの?」

 

「うん・・・・瑠奈の力になれるのなら・・・・・」

 

「本当に?瑠奈君と本物の恋人になりたいと思ったことは一度もないの?」

 

それはずっと思っていたことだ。偽物ではなく、本物の恋仲として人前に出たい。それはここ最近、ずっと思っていた願いだ。

飾りだからといって瑠奈は2人っきりの時でも自分に冷たくなることなく、仲良くしてくれた。だが、どんなに仲良くなっていても、『偽物の恋人』という言葉が簪の心の奥底で消えることなく存在している。

 

そんな関係を続けていれば、『瑠奈の本物の恋人になりたい』という願望が出てくるのも仕方がないことだろう。

 

「・・・・・なりたい」

 

「うん?」

 

「瑠奈の・・・・・恋人になりたいっ!」

 

半ば、やけくそになりながらも自分の気持ちを目の前の姉に伝える。だが、この言葉は目の前の姉ではなく、瑠奈本人に伝えるべき言葉だ。

いくらここで願望を叫ぼうが、どうしようもないはずなのだが、今日の楯無はその願いを叶えられる可能性があった。

 

「だったら私についてきて。うまくいったら簪ちゃんは瑠奈君と恋人になれるかもしれないわよ?」

 

「え・・・・本当?」

 

「あくまで可能性よ?いいから私についてきなさい」

 

強引に手を取ると、楯無は簪の手を引っ張ってクラスを抜け出し、夢のステージへ案内していった。その光景は舞踏会行きたいと願うシンデレラの願いを叶える魔女のようだった。

 

 

ーーーー

 

「素晴らしい演奏だったよ」

 

「ふふ・・・・ありがとうございます」

 

吹奏楽部の演奏の帰り道、瑠奈とセシリアは上機嫌に廊下を歩いていた。どんな形であってもこれで少しは彼にいいところを見せることができた。

これで少しは自分の評価も変わるだろう。

 

「ふふふ・・・・・」

 

笑みを受けべながら教室に戻ると、瑠奈とセシリアがいた時よりさらに繁盛しており、同じ接客業である一夏や箒、シャルロットなどが忙しそうに働いている。

やはり、一気に2人の欠員は痛かったらしい。

 

「あ、瑠奈にセシリア!どこ行ってたんだよ!」

 

「ごめんごめん、ちょっと用事があってね。すぐに手伝うよ、ほら、セシリアいこう」

 

簡単な状況説明を受け、瑠奈とセシリアの2人は復帰する。

状況が切羽詰まった多忙な状況のせいか、教室のあっちこっちうろつき、お菓子を運んだり、注文をうかがいに行ったりして仕事をしていく。

 

(これは・・・・辛いな・・・・)

 

まともな社会労働を体験したことが無かったせいなのか、体が慣れない労働に戸惑っているようで不愉快な感覚だ。

それを誤魔化すかのように、器用に口で右腕を腕まくりし、気合いを入れた時

 

「ちょっといいですか?」

 

近くのテーブルに座ったスーツを着ている女性に話しかけられた。

 

「あなたが小倉瑠奈さんですか?」

 

「はい、そうですが・・・・・あなたは?」

 

「失礼しました、私はこういうものです」

 

そういうと、スーツ女性は懐から名刺を取り出し、手渡してきた。

 

「IS装備開発企業『みつるぎ』渉外担当・巻紙玲子さん?」

 

目の前にいる女性の名前はともかく、知らない企業名だ。いや、単純に瑠奈がISの世界企業の対して無知なだけなのかもしれない。

 

「はい。突然なのですが、小倉さんがこのIS学園で独自に機体を開発しているというのは本当ですか?」

 

(ああ、打鉄弐式のことか・・・・・)

 

IS学園では瑠奈が簪のためにISを作っているという話は隠していない。隠したところでいずれは感づかれるし、ばれないようにコソコソと作業するのは性分に合わない。

おそらく、この巻紙玲子という女性はその打鉄弐式の存在を感じ取ったどこぞの企業の差し金といったところだろう。

 

「ええ、真実です」

 

「やっぱりですか!そのISの管理を私たちに任せてはいただけませんでしょうか!?」

 

ここぞとばかりに食いついた様子で瑠奈の手を逃がさないとばかりに握る。いきなり交渉相手に気安く触れられたことで軽く不愉快になるが、何とか顔には出ないように耐える。

 

「いや、この学園で十分設備は整っていますし、優秀な整備員(エスト)もいるので結構です」

 

「そういわずに」

 

握った手を自分の元に引き寄せ、食いついてくる。

 

「わたくしたちの設備ではスタッフが24時間体制の厳しい検査と監視を行っております。さらに、機体の武装までも研究しており、機体に合わせた装備を開発できます」

 

あれこれパンフレットをテーブルの上に出し、瑠奈の注意をひかせようとする。その必死な形相を歎賞したい気分だ。だが、そんな強引なキャッチセールス紛いの行動を追い払う方法を瑠奈は知っていた。

 

「わかりました・・・・・あなた方に機体を一任してもいいでしょう」

 

「本当ですか!?」

 

「ええ・・・・・ですが1つ質問があるんですが・・・・いいでしょうか?」

 

「はい、私にお答えできるものであるのならば」

 

念願の言葉を聞けてか、目の前の巻紙玲子という女性は嬉しそうに笑みを浮かべている。だが、その笑みは次の瞬間凍り付くことになる。

 

「あなたがこのIS学園の学園祭に入場したときに使ったチケットを見せてもらってもいいでしょうか?」

 

「え・・・・」

 

予想外の質問をされてなのか、口から間抜けな声が出てしまう。

 

「えっと・・・・どういう意味でしょうか・・・?」

 

「この学園は一般開放されていません。入場するためには生徒からもらった招待券、企業の人間ならばIS学園の理事長のサイン入りの招待書が必要です。学園に入るときに入場ゲートで係員の者に見せたでしょう?それを私に見せてくれるのであれば、あなたを企業の人間だと認めましょう」

 

普通の人間ならば、簡単なことだ。上司から渡された招待書を目の前の人物に見せればいいだけの話だ。だが、それはできない。初めから招待書など持っていないのだから(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「もう一度聞く、どうやって入った?」

 

低く、濁っている警戒心が露わになっている声が鼓膜を振動させる。その声に体が強張った時

 

「小倉さーん、なんかお客さんが来てるよーー!!」

 

クラスメイトの瑠奈を呼ぶ、明るい声が聞こえてきた。それがスイッチとなったかのように、顔に笑みを浮かべると

 

「それではお客様ごゆっくりどうぞ」

 

先程とは180度違った明るい声を出すと、クラスメイトのいる方向へ歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

「楯無お姉さん参上!」

 

「はぁ・・・・・」

 

「なによ、人にあった途端ため息なんて失礼ねぇ」

 

いかにも厄介事を持ち込んできそうな人間の登場により、体の中の疲労がどっと倍増するのを感じた。いや、実際今も疲労は蓄積し続けているかもしれない。

 

「なにかご用ですか?」

 

「そんなに警戒しないでよ。私は君を生徒会の出し物である演劇に招待しに来たのよ」

 

「え、演劇?どういうものですか?」

 

「まあまあ、詳しいことは来ればわかるから」

 

「え・・・でも店が・・・・」

 

「君のシフトはもう終わりでしょ?」

 

ちらりと時計を見ると数分ほど前に瑠奈のシフト時間は終了していた。教室をみてみても同じ時間帯の一夏や箒の姿はない。

 

「いいから来なさい」

 

強引に手を取ると、そのまま瑠奈を教室から連れ出していく。今日はよく女性にエスコートされる日だ。別に悪いこととは言わないが、こうして他人が自分の手を握っているのは、以前の自分では想像できないことだ。

 

「なんか嫌な予感しかしないんですけど・・・・・」

 

「大丈夫よ瑠奈君。・・・・・・人は恥ずかしすぎて死ぬことはないから」

 

その腹黒い笑みを見た瞬間、やっぱりその予感は的中していたと確信した。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

「ちっ、あのガキ・・・・こっちの弱点を突きやがって・・・・」

 

愚痴りながら1人の女性が人気のない廊下を降りていた。

本来ならば、あそこで交渉が成立し、今日中にISを持ち帰ることが出来た筈だというのに。しばらく階段を降りたところでポケットに仕舞っていた携帯が鳴り、ちっと舌打ちをして携帯に出る。

 

『オータムですか?交渉の方はどうなりましたか?』

 

「あのガキが意外と鋭くてな。失敗したよ。これからセカンドフェイスに移行する。てめぇもさっさと配置につきやがれ」

 

『はぁ・・・・ISばかりに頼っているからそういう技術面での弱点を突かれるんですよ、この愚か者が』

 

「あとでいくらでも説教は受けてやる。さっさと終わらせるぞスポンサー様」

 

強引に通話を終了して、IS学園の整備室に向かう。

 

(なんであの女は小倉瑠奈とかいうガキにあんな異常なまでの執念を持ってやがるんだ・・・・?)

 

何度も頭の中でその疑問が浮かんでくるが、戦闘員であるオータムなどでは答えにたどり着けない。

いや、あの女の考えがわかる人間など、この世にいるのだろうか。

 

亡国企業(ファントム・タスク)』最大のスポンサー企業の女社長にして対ISを想定した究極のデザインソルジャー計画、通称『ルットーレ(破壊者)』計画の研究責任者であるレポティッツァのことなど。

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

52話 NTR物語

お気に入りが500件を超えていましたッ!
この調子でどんどん行きたいです。


「2人とも着替え終わったー?」

 

「返事する前に扉を開けないで下さいよ」

 

第4アリーナの更衣室で王子の服装をした一夏が呆れた様子で立っていた。店のシフト終了した後、急に楯無に呼ばれ、行ってみると『生徒会の出し物に協力しなさい』と命令口調で言われてこの第4アリーナに押し込まれ、今に至る。

 

「はい、王冠」

 

「はぁ・・・・どうも」

 

急展開についていけないのか、一夏は気の進まない様子だ。だが、それ以上に嫌な気分なのは彼のはずなのだが、周囲を見渡しても彼の姿はない。

 

「瑠奈君は?どこにいるの?」

 

「はい、瑠奈だったら衣装に着替えた途端、顔を真っ赤してロッカールームの奥にこもっちゃいましたよ」

 

「なによ、あんなにかわいい衣装を着たんだから、もっと胸を張ってもいいのに」

 

「いや、あんな衣装を着たら誰でもああなりますよ」

 

着替えている途中、何度も『衣装を交換しないか?』と交渉を持ちかけられたが、一夏の衣装であるこの王子の服装と瑠奈の衣装ではサイズが合わないため、どうしようもない。

まあ、仮にサイズがあっていたとしても断っていたが。

 

「瑠奈君!観念して出てきなさーーーーい!」

 

楯無の笑いが含まれる声が広いロッカールームにこだます。しかし、返事はなく数秒沈黙が流れる。ここでならもう少しからかってもいいのだが、今は時間が押している。

 

「もういい加減諦めなさい」

 

最後通告に似た声が再びロッカールームに響く。すると観念したのかロッカーの影からぴょこりと瑠奈が顔を出す。

 

「絶対に笑いませんか?」

 

「ええ、笑わないわ。だから早く出てきなさい」

 

『はぁ・・・・』と諦めに似たため息をだすと、ゆっくりとロッカーから体を現していく。

 

瑠奈の来ている衣装は全身にフリルが付いたミニスカートのドレスだった。全身は赤色に統一され、ガラスの靴を履き、髪はポニーテールにしているため、大胆にカットの入った背中が露出している。

さらに、瑠奈の左腕の傷口を隠すため、左上半身を布が覆い隠し、脚も義足を隠すため、両脚ともニーソックスを身に着けている。

 

だが、一番驚くべき場所は腰を覆い隠しているそのミニスカートだ。なんとそのスカートは布が透けており、本来隠すべきはずの腰回りを露出している。そのため、腰の白い布が頭を出している。

もし瑠奈が女で、この格好で町を歩いていたら痴女間違いなしと思われるほどの服装だ。

 

「よく似合っているじゃない。服飾部の部員で頑張って作ってよかったわ」

 

「元凶はあなたか・・・」

 

「まあまあ・・・・似合ってるぜ」

 

慰めになっていない一夏の言葉を聞きながらがっくりと項垂れる。この話を断っておけばよかったと思ったが、もし、ここで断ったらあとで何を要求されるかわかったもんではない。

どのみち地獄だ。

 

「さて、そろそろ始まるわよ」

 

「あのー、脚本とか台本とか・・・・」

 

「大丈夫大丈夫、何とかなるから」

 

「え、でも・・・・」

 

「いいからいいから。あ、あと瑠奈くん手を出して?」

 

不思議がりながら手を出すと、金色に輝く指輪を指にはめられる。

そのまま、楯無に背中を押される形で舞台袖へ移動する。当然だが、一夏も瑠奈も演劇の経験など皆無だ。無様な大根役者になってしまい、観客からブーイングの嵐になるのは避けたいところだが。

 

「なあ・・・・ちょっと離れてくれても・・・・」

 

「いいから、私から離れたら足の骨をへし折るからな」

 

ステージに上がる前から瑠奈は警戒モードだ。一夏の背後に隠れ、自分の姿が正面の客席から見えないようにしている。

 

「さぁ、幕開けよ!!」

 

ブザーが鳴り響き、照明が落ちる。ステージ全体の幕が上がっていき、豪華な城セットがスポットに照らされていく。

 

『むかしむかしあるところに、王子とシンデレラがいました』

 

アナウンスで楯無の声がステージ全体に響く。楯無からシンデレラの劇をするというのは聞かされていたが、服装から推測すると一夏が王子、瑠奈がシンデレラの役になっているのだろうか?

 

『2人は夢の舞踏会で運命の出会いをし、豪華なお城で2人幸せに暮らしていました』

 

「ん・・・・・?完結してね?」

 

シンデレラという物語は、舞踏会を夢見る少女『シンデレラ』が魔女の魔法でかぼちゃを馬車に変えてもらい、それで王子のいる舞踏会に行くという話だったはずだ。

初めから王子とシンデレラが一緒にいては初めからハッピーエンドだ。

 

『しかし、舞踏会にいた人々は許さなかった!!美しいシンデレラとあの凛々しい王子の2人がくっつくことなど!彼女を自分の妻にしたい、彼を自分の夫にしたい、その恋心に似た嫉妬心が人々を支配していった!』

 

この時点で一夏と瑠奈の額に嫌な汗が流れる。やはり、あの楯無だ。この劇を普通に終わることなど彼女が許さなかった。

 

『ある日、人々は叛逆を起こした!!全ては惚れた相手を自分の物にするために。いつ、だれが裏切るか予測不能のサバイバルゲーム!!それがシンデレラ!!』

 

「おいおい・・・・なんだそりゃあ・・・・」

 

『それぞれの愛の証である王子の王冠と姫の指輪。それを守るために今日も2人は大勢の襲撃者と戦い続ける!!全ては2人で幸せを掴みとるために!!」

 

「は、はぁっ!?そんなの聞いてなーーー「一夏伏せろ!!」」

 

後ろにいた赤いドレスを身に纏った瑠奈が、突然一夏の頭を掴むと思いっきり押さえつけ、身を屈ませる。その瞬間、さっきまで一夏の頭があった場所へ、鋭い刃をした手裏剣が飛んできた。

 

「なんだよこれは・・・・」

 

素早く一夏の手首を掴み、近くにあったテーブルの影へ隠れる。全てが理解不能な状態だ。いきなりの襲撃、敵の目的も分からない。こうなったら瑠奈のやるべきことは1つ。

 

「一夏」

 

「な、なんだよ・・・」

 

「ここは戦場だ。運命は自ら切り開け」

 

「え!?ちょ、なーーーー」

 

その言葉が終わる前に、ガラスの靴を履いた瑠奈の足が一夏の肩を蹴飛ばし、障害物であるテーブルの外へと吹き飛ばす。

 

「ひっ!!死ぬ、死んでしまう!」

 

的となった一夏に容赦ない手裏剣が投げつけられ、ステージ上を逃げ惑う。そんな様子を確認すると、身を屈めながら静かに移動する。

ひとまず、先ほどの場所から離れ、逃げ切ったと安堵した時

 

「もらったぁぁぁっ!!」

 

王子の恰好をし、両手にタクティカルナイフが握られたラウラが出現し、斬撃を繰り出してくる。

 

「おいおい・・・・非武装な一般人相手にえげつないな」

 

「指輪を私に渡すのなら逃がしてやってもいい!!」

 

敵の目的が瑠奈の指にはめられている指輪とわかったのなら、今すぐにでも渡したいところだが、あの楯無のことだ、何か恐ろしい目論見が絶対にある。

 

「それは出来ないなっ!!」

 

二刀流のナイフ裁きを金属でできている左脚の義足で防ぎながら凌ぐ。瑠奈の義足はエクストリームの装甲を使ったお手製だ。ナイフや銃の攻撃程度では壊すことは出来ない。

 

「くっ!!なかなかやるな!!」

 

「私を仕留めたいのなら技量勝負じゃなくて持久戦に持ち込んでくるのが正解だ。そんなことではーーーーはっ!!」

 

そこまで言いかけたところで、素早く後ろに後転し、立っていた場所から離れる。その瞬間、バシュッと乾いた音が起こり、先ほど瑠奈が立っていた場所が吹き飛ぶ。

 

(この音はライフルでのサイレンサーの狙撃・・・・・セシリアか・・・・?)

 

狙撃手が自分を狙っている状況だというのに、冷静さを失うことなく、客観的な判断で行動する。その人並み外れた態度に驚くがそれ以上にラウラが驚いたのは

 

「瑠奈!お前狙撃がわかるのか!?」

 

「このステージであれほどの殺気を向けられれば気が付く。狙撃手に一番必要なのは殺気を押し殺し、冷静に目標を仕留める気力とどんな環境でも耐え凌ぐやせ我慢だ」

 

人間の殺気や気配を感じ取るなど、どんなに熟練の兵士でも難しい神業に等しい技だ。そのはずなのに、彼は自分の目の前でその技を披露した。

 

「すごい・・・・・」

 

無意識に両手のタクティカルナイフを握りしめていた。これで好敵手(ライバル)と向かい合った時の武者震いというものだろうか?

 

「ますますお前を手に入れたくなった」

 

「私は自分より弱い人間の下に就くつもりはない。どうしても私を服従させたいのならば力を示せ。この小倉瑠奈に!」

 

「面白い!!今日こそお前に勝ってみせるぞ!!」

 

互いに構え、戦闘態勢を保つ。久しぶりに純粋な戦いを楽しむことが出来る状況だ。奇妙な興奮を感じていると、なにやら地響きが起こり始める。

 

「ん?・・・・なんだ?」

 

『さあ!ただいまからフリーエントリー組の参加です!!みなさん、王子とシンデレラ、自分の手に入れたい商品目指して頑張ってください!!』

 

その声と同時に大量の王子とシンデレラが出現する。王子は瑠奈へ、シンデレラは一夏へ突き進んでいく。

ここで技量戦でもなければ持久戦でもない、物量戦で挑んでくるとは予想外だ。

 

「小倉瑠奈ぁぁぁ!!指輪よこせぇぇぇ!!」

 

時々昼食を御馳走してくれる柔道部の主将を初めとする、柔道部の部員たちが襲い掛かってくる。

 

「やばいな・・・・」

 

ひとまず、攻撃から逃げ続けるが、手数が多すぎる。かわすだけで精一杯だ。一瞬、エクストリームを展開しようと思ったが、非武装な生徒相手にそれはないだろう。

 

だが、このままではジリ貧だ。どうするべきか・・・・・

 

 

 

ーーーー

 

(もう少し・・・・もう少し・・・・・)

 

瑠奈を取り囲む王子の中で1人の王子が、他とは一味違った視線を瞳に宿していた。その正体は姉の楯無に誘われ、この観客参加型演劇に参加した簪だ。

 

彼女の瞳には瑠奈の指にはめられている指輪が映し出されている。

 

瑠奈の指輪を手に入れたものの報酬、それは『小倉瑠奈への絶対命令権』だ。たとえどんな命令だろうと、瑠奈は指輪を奪われたものの言うことを聞かなくてはならない。生徒会も全面協力のこの企画、逃すわけにはいかない。

 

目の前で瑠奈はたくさんの攻撃をかわしているが、いつかはスタミナは尽きる。息切れを起こし、動きが止まったところで、今持っている願いを叶える魔法のステッキ(スタンガン)を瑠奈の首元に押し当て、指輪を奪取する。

 

指輪を奪い取り、瑠奈と指輪を手に入れ、彼の本当の恋人としてたくさん愛してもらうのだ。失敗は許されない。

 

(あ、今だ!!)

 

偶然、周囲の人間を相手にしていた瑠奈が、簪に背を向け、隙を作る。その瞬間、全速力でダッシュし、瑠奈へ接近する。

いくら瑠奈とはいえ、後ろに目があるわけではない。その死角を責めることが出来れば、簪でも勝つことが出来る。

腕を伸ばし、スタンガンの先端が瑠奈のうなじに触れる瞬間

 

「うわッ!!きゃっ!!」

 

素早い動きで屈み、攻撃をかわすと、そのまま180度ターンをして簪に向き合うい、手首を押さえつけて持っていたスタンガンを手放させる。その手早さと精密さは精鋭部隊顔負けの腕前だ。

 

「相手が隙を見せたからってすぐに攻めるな。それは相手からの攻撃の誘いの可能性がーーーーって簪?」

 

「る、瑠奈・・・・・これは・・・・その・・・・・」

 

「まあいいや、ちょうどいい。面白いものを見せよう」

 

手首を掴んでいた腕を素早く、簪の胴体に抱えこむと、数歩下がり、周囲の人間と距離を取る。男装した王子を抱える女装したシンデレラ。

いろいろと立場や役が逆転している面白い光景だ。

 

「よし、簪、しっかり掴まっていてくれよ」

 

そうつぶやいた瞬間、履いていたハイヒールの靴底からわずかにプラズマらしきものが発生したと同時に8メートルほどの大ジャンプをし、城のセットへ飛び乗る。周囲の生徒からは瑠奈が簪を抱えて大ジャンプしたという、あり得ない光景に見えただろう。

 

ISの部分展開ならぬ、瞬間展開(・・・・)。ISのように体の一部だけ装甲を纏うのではなく、発揮したい性能を一瞬だけ起動させる機能だ。

常に展開する部分展開よりも、この瞬間展開の方が省エネな画期的なシステムだ。

 

『瑠奈、瑠奈』

 

すると、整備室で作業中のエストから通信が入る。

 

『整備室に不審人物が侵入しました。まっすぐ打鉄弐式(わたし)の方へ向かってきます』

 

「了解した。すぐそっちに向かう」

 

あのまま帰っていて欲しかったが、やはり彼女も手ぶらで帰るわけにはいかないのだろう。だが、こちらにも事情がある。このまま『はい、どうぞ』といって打鉄弐式とエストを渡すわけにはいかない。

 

「簪」

 

「え・・・・何?」

 

「これあげるよ」

 

先程の大ジャンプで腰が抜けてしまったのか、地面に座り込んでいる簪に右手にはめられていた指輪を投げ渡す。

 

「後はよろしく」

 

それだけ言い残すと、セットの裏側に飛び降り、姿を消した。残された簪は周囲に誰もいないことを確認すると、瑠奈に渡された指輪を左手の薬指に付けて、結婚指輪風にすると、『ふふ・・・』と小さく無邪気な笑みを浮かべるのであった。

 

 

ーーーー

 

整備室に誰もいないことを確認すると、なるべく足音を立てないよう、静かにターゲットを探し始める。やはり、今日は学園祭のため、不要な機材などが撤去されているからなのか、すぐに見つけることが出来た。

 

このIS学園でどこの企業の援助を受けることなく、独自開発されている小倉瑠奈のお手製のIS、打鉄弐式を。

 

「これか・・・・」

 

セキュリティなどがかけられていないことを確認し、懐から1枚のカードキーと携帯端末を取り出し、打鉄弐式へハッキングしていく。

 

「はんっ、脆いガードだな」

 

ハッキング率・・・・60%・・・・75%・・・・85%・・・・

次々に機能を制圧していく。そしてそのままハッキング率が100%に達しようとしたとき

 

ビーーー!!

 

アラームが鳴り響き、持っていた端末がエラーの表示を映し出すと、ブツっと音を立て、画面が真っ黒になりブラックアウトする。

 

「おいっ!なんでだよ!どうした!?動きやがれッ!!!」

 

端末を叩いたり、振ってみるが一切反応することなく、暗い画面のまんまだ。

 

『ん・・・いったい何事ですか?騒がしいですねーーーー?』

 

のんきで眠たそうな声が打鉄弐式からしたと思うと、目の前にIS学園の制服を着た少女の立体映像が映し出される。

 

「あ、お騒がせして申し訳ありません。わたくしはあなたの作り主である小倉瑠奈さんの任意でこのISを回収しに来たものです」

 

『そんな話聞いていませんよ』

 

「急遽決まった話なのでご存じないのかもしれません。ひとまず詳しい話をわが社でお話したいと思いますのでこのISのロックを外してはいただけないでしょうか?」

 

『我が創造主である瑠奈からは、私とこのISの操縦者以外の人間には絶対にロックを外すなと命令されています』

 

「いや、その小倉瑠奈さんがわたくしにあなたを回収するように言われたんですよ」

 

『ああーーーそういえばこんなことも言われていましたね。髪型がロングヘアーのもっさり頭でいつもニコニコと不愉快な作り笑顔を浮かべているビジネススーツを着た女の言ったことは、絶対に信用するなと』

 

嫌味っぽく言われたその言葉に体が凍り付く。エストの言っている外見的特徴はこれ以上ないくらいに自分に当てはまっていたからだ。ロングヘアーでビジネススーツを着た女性ーーーー巻紙玲子と。

 

「なにかの誤解です。きちんと話せばーーー「いい加減諦めろよ」」

 

呆れに似た声が後ろから聞こえたと同時に、後ろ襟を掴まれ、後方に吹き飛ばされる。

 

「あの時帰っておけばよかったものを・・・・・・」

 

「て、てめぇ・・・・」

 

赤いドレスを着た瑠奈を睨みつける。その表情にはさっきまでの余裕のある笑みはなく、憎しみや恨みが籠った気色悪いものだ。

 

「ちっ、しょうがねぇ。てめぇも一緒に仕留めてやる!!」

 

やけくそ気味に叫ぶと、全身が光り輝き、ISを展開する。全身が紫とオレンジ色の装甲に包まれ、背後から伸びた8つの装甲脚が特徴的な機体ーーーーアラクネを。

 

「ここだと打鉄弐式とエストが危険だ。外でやろう、おばさん」

 

 

ーーーー

 

「織斑先生、アリーナで未確認のIS反応を感知しました。現在、小倉さんと交戦中です」

 

「やはり来たか・・・・・・ただ今をもって学園祭を中止、生徒たちを避難。アリーナ方面を全面的に封鎖してください」

 

モニタールームで警備にあたっていた真耶が、緊張した様子で千冬に現状を伝える。多くの部外者が学園に入場する学園祭当日。やはり無法者が攻撃してくることは予想できたが、実際その状況に直面してみると緊張するものだ。

 

「専用機持ちを増援に向かわせます」

 

「いや、その必要はありません。専用機持ちも避難させるように」

 

「え!?小倉さんはあの体なんですよ!?流石に1人では無茶です!!」

 

「こちらで策は打っておきます。山田先生は生徒の避難を最優先に行ってください」

 

それだけ言い残すと、真耶を残してモニタールームを退出し、廊下を歩いていく。

どうにも最近、奇妙な胸騒ぎが収まらない。何か不吉なことが起きる前兆でなければいいのだが・・・・・

 

あいつの封印が解けかかっているのか(・・・・・・・・・・・・・・・・・)?)

 

ひとまずは手を打つ必要がある。大勢の人混みの中をかき分けて進んでいった。

 

 

ーーーー

 

大きな爆発音がアリーナで響く。大量のビームの弾丸が飛び交う戦場での死闘が続いていた。

 

「おらおらぁ!!どうした小倉瑠奈ぁ!?」

 

8本の蜘蛛の脚のような装甲脚から次々とビームが発射され、弾幕となってゼノンを襲い掛かる。さっきからずっとこんな戦況が続いている。

 

強力な弾幕で近寄らせずに、ゆっくりと相手が弱らせていく確実かつ隙のない戦術。これでは瑠奈は、まるで蜘蛛の巣にかかった獲物のようだ。

 

「くっ!!」

 

どうにかしてこの状況を覆したいが、簡単なものではないだろう。格闘特化のゼノンでは近寄れない。かといってエクリプスに換装したら機動性が落ちていい的だ。

アイオスにするべきかと考えたが、あのビットを完全制御できるだろうか?いや、そもそも換装する時間を相手が与えてくれるかも不明だ。

 

(こうなったら一か八か!)

 

腕で顔を覆い隠すように構えると、そのままビームの弾丸の中に突っ込んでいく。このままでは勝機は薄い。ならば、多少の被弾は覚悟で一気に接近するしかない。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

右拳に渾身の力を込め、敵ISに殴りかかる。敵に接近すること夢中になっていたせいだったからだろうか、その時瑠奈は気が付かなかった。敵の表情が歪んだことを。

 

「甘ぇぇぇ!!」

 

本体の両手を向けたかと思うと、指先から白い蜘蛛の糸のような粘着質のあるものを発射し、ゼノンの動きを封じ込める。

何とか抜け出そうとするが、その蜘蛛の糸は意外と強固でもがけばもがくほど機体を縛っていく。

 

「流石あの女(・・・)がチューニングした機体だなぁ?てめえの機体の弱点を完璧に把握していやがる」

 

ゲラゲラと笑い声をあげている相手を睨みつけながらなんとか逃げ出そうとするが、手首や両脚も完全に拘束され、身動きが取れない。せめて左腕があったら手はあったかもしれない。

 

「くっ、くそぉぉぉぉ!!」

 

「ぎゃははは!!残念だがてめえの負け(・・)だぁぁ!!悪いがちょっと眠っててもらうぜ。俺たちのことを知られても面倒だからな」

 

『負け』その言葉を聞いた瞬間、さっきまでもがいていた瑠奈の動きがぴたりと止まる。

 

負ける? 誰に? ISに?

ダメだ・・・・それだけはダメだ。自分は勝たなくてはならない。生きなければならない。自分は『ルットーレ(破壊者)』なのだから・・・・・

 

「おい・・・・・」

 

「あん?」

 

「あんた名前は?」

 

「秘密結社『亡国企業(ファントム・タスク)』の1人、オータム様っていえばわかるかぁ?クソガキが」

 

完全に勝ち誇っている様子で笑いながら瑠奈に自己紹介していく。この時、オータムは知らなかった。自分に大きな危機が迫っていることに。

 

「そうか・・・・オータム、あんたに1つ警告しておく。これから起こることに危険を感じたらすぐに逃げろ」

 

「はぁ?」

 

突然の意味不明な言動に眉を歪め、笑い声が止む。

 

「てめえ、負け惜しみか?いまさら遅いんだよ」

 

「・・・・・・警告はしたからな」

 

これでひとまずオータムの身は案じた。これでもう何もできることはない。

あとはシステムを起動させるだけだ。自分が、世界が変わってしまうかもしれない禁断のシステムを解き放つだけだ。

 

「極限・・・・進化・・・・・」

 

そうつぶやいた瞬間、瑠奈の周りをたくさんのディスプレイが出現し、複雑な英数字が映し始める。

 

system startup data file extreme evolution all systems are go

 

「くっ・・・ぐぅぅ・・・があっ!!」

 

段々と瑠奈の表情が曇り始め、縛られたまま狂い悶える。そのまま全身が赤く輝き始める。

 

「なんだよ・・・・これは・・・」

 

違和感を感じ、勝ち誇っていた優越感が消え、戸惑いと恐怖が心の底からにじみ始める。これは戦闘で感じる恐怖ではない。人間が、生物が古の時代から持ち続けてきた原始的な恐怖だ。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

突如、獣のように叫び声を上げた瞬間、バックパックが展開され、ゼノンを縛っていた蜘蛛の糸を衝撃波で吹き飛ばし、地面に降り立つ。

 

「なんだよ!!こいつはッ!?」

 

いきなりの機体の変異に戸惑いつつ、距離を取る。ゼノンの変化はとどまることを知らず、全身に次々と追加装甲が出現し、瑠奈の体を覆い隠していく。

さらに追加された装甲の所々が金色に輝き始め、ゼノンの全身からは光があふれる。システム自体が「格闘用」にバージョンアップされたのだ。

 

「が・・・・ぐぅぅ・・・・ぐがぁぁ・・・・」

 

全身が痙攣し、口からは言葉になっていないうめき声のようなものが漏らしながら、既に人間の理性が消失したかのように顔を俯かせていた瑠奈がゆっくりと顔をあげる。

 

「てめぇ・・・・人間じゃねえのか(・・・・・・・・)?」

 

目が赤く濁り、瞳孔が限界まで縦に裂けた異常者の姿。顔の下半分をマスクのように隠し、目元も装甲が追加され、完全に顔を覆い隠す。

全身が赤と金に輝く装甲に包まれたフルスキャンの姿。まるで神のような神々しさを感じさせる姿だ。

 

輝く全身の中でも一番強い光を発する右手には、パワーが集まっていた。脚部の輝く装甲が扇状に展開したと同時に、ゼノンは目の前の敵に突っ込む。

 

 

その瞬間、瑠奈の心の中で何かが崩れ落ちる音が聞こえた。

 

 

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

53話 本名

「がぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

獣のような雄叫びをあげ、ゼノンは猛スピードでオータムへ突っ込むが、それは相手にとっては最大の攻撃チャンスだ。

 

「馬鹿か!?正面から突っ込んできやがってよぉ!!」

 

猪突猛進とはまさにこういうこと。このまま真っすぐ向かってくるなどいい的だ。心の中であざ笑いながら、装甲脚の砲口ゼノンに向け、引き金を引こうとするがーーーーー

 

「なっ!?」

 

ゼノンの脚部から金色に輝く粒子が放出されたと同時に、明らかに尋常ではないほどの加速が起き、オータムに急接近する。そのまま避ける暇もなく、腹部に強烈な蹴りが炸裂し、後ろに吹き飛ばされる。

 

「あ・・・・・ぐっ・・・」

 

地面に這いつくばり、荒い呼吸をする。今は操縦者を守る絶対防御が働き、何とか耐えられたが、直接くらいでもしたら内臓が吹き飛ぶかもしれないと思うほどに強力な攻撃だった。

 

「てめぇぇぇぇ!!」

 

さっきまでの自分の慢心と油断に付け込まれ、逆上したのか、叫び、オータムは上空に高く飛び上がる。

 

「消し飛びやがれ!クソガキがぁぁ!!」

 

今度は油断しない、徹底的に潰す。全身の砲口を自分の下方にいるゼノンへ向け、ビームの弾丸を撃ち放つ。危機的状況であるはずなのに、ゼノンは微動だにせず、立ち尽くしている。そのまま、ゼノンの中心にビームの雨が降り注ぐ。

 

「やったか・・・・・」

 

爆風が収まり、消し飛んだ地面を見て小さく呟いた瞬間、後ろから金色に輝く腕が伸びてきたと思うと、オータムの顔面を輝く手でわしづかみにされる。

見えてなくてもわかる、この手は誰のものなのかを。

 

自分より何倍もの重量があるはずのISをその手は軽々と振り回し、地面に投げ飛ばして、オータムを這いつくばせる。

そのままオータムの後頭部を押し付け、地面に顔面を密接させると、そのままスラスターでアリーナを高速移動しして顔面を引きずり回し、頭部を覆っている装甲を破壊し始める。

 

ISは絶対防御があるが、エネルギーを消耗すればその効果は失われる。ピーとエネルギーの減少を警告するアラームを聞いた瞬間、オータムの堪忍袋の緒が切れる。

 

「調子にのんじゃねぇぞ!!ガキがぁぁ!!」

 

装甲脚をでたらめに振り回し、自分の顔面を掴んでいる手を振りほどくと、素早くゼノンと距離を取る。

 

(落ち着け・・・・相手は片腕しかない死にぞこないにすぎねぇ・・・・・)

 

バチっと装甲が砕ける音を聞きながら冷静に考える。あらかじめ戦闘データはあの女(・・・)から教えられている。このパワーアップ状態ではその性能が僅かに上がっただけだ。

幸いに手数ではこちらが圧倒的に勝っている。

 

「くらいやがれぇぇ!!」

 

8本の装甲脚の砲口を一斉にゼノンへ向け、撃ち放つ。さっきは中途半端な距離でいたため、接近されただけだ。だが、これほど離れていれば万が一接近されても対処することが出来る。放たれた大量の弾丸はまっすぐゼノンへ向かっていく。

 

その瞬間

 

「うがぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

顔を覆っている装甲の隙間から赤い光がうっすらと浮かび上がり、咆哮を叫ぶと、全身から金色に輝く粒子をまき散らしながら、弾幕の先にいるオータムへ突進していく。

当然ながら正面からはオータムの放った弾丸がまっすぐ向かってきている。その筈なのに、ゼノンは躊躇することも迷うこともなく、全速力で突撃する。

 

「っ!!ああぁぁ!!」

 

体中に弾丸が直撃し、痛覚を感じて声が出る。それでもスピードは一切緩めずにオータムへ向かっていく。そのまま弾幕空間を突破し、急接近していくが

 

「ふん!単純な野郎だなぁぁ!!」

 

両手に2丁のマシンガンを呼び出すと、オータムはゼノンへ容赦ない銃弾を浴びせていく。さすがのゼノンでも近距離での少なくはない銃弾には応えたのか、わずかに速度が落ちる。その瞬間をオータムは見落とさなかった。

 

至近距離まで接近したところで、自身のISであるアラクネの8本の装甲脚が一斉にゼノンへ襲い掛かる。そっちは腕一本に対して本体を入れて10本。手数では圧倒的だ。

自信に満ち溢れるオータムだが、その時彼女は知らなかった。今のゼノンの恐ろしさを。

 

向かってくる装甲脚を、蜘蛛の糸を吹き飛ばした時と同じように、体全体から衝撃波が発せられ、装甲脚をオータムごと吹き飛ばす。

 

「なぁっ!てめぇーーー」

 

さらに、吹き飛ばす瞬間、アラクネの装甲脚を掴むと、上下左右に揺らし、地面に叩きつけていく。巨大なものが小さきものに弄ばれる。その様は子供に遊ばれる大人のようだ。

 

アリーナに何回も叩きつけられ、周囲に砂埃が舞う。相手の抵抗がなくなってきたことを確認すると、オータムを引き寄せて、右腕で首を掴む。

 

「う、あ・・・・・あ・・・・」

 

振り回されていたせいで視界が定まらず、眩暈が起こり、目の焦点が合わない。操縦者を守る絶対防御と言っても、操縦者の体調管理まで出来るわけではない。

それに加えて、今は首を絞められているせいで、口から枯れた声が発せられる。

 

「弱いな」

 

片腕しかない自分にも勝てないくせに、自分の力を誇示したがる愚か者。井の中の蛙大海を知らずとはまさにこのことだろうか。

憐れみも感じず、吐き捨てると、腕を振り回して投げとばし、アリーナの障壁に叩きつける。

 

ぴくぴくと死にかけのカエルのように痙攣しているオータムに狙いを定め、腕にパワーを集中させる。

手が輝き、体中から排熱するための蒸気熱が発せられる。

 

せめてもの情けだ、痛みを感じさせることなく頭部を破壊して即死させる。

身を屈め、脚部のブースターからビュンっと風を切るような音が発せられた瞬間、猛スピードでオータムへ突っ込んでいく。

そのまま急接近し、光輝く手がオータムの頭を掴もうとしたとき、オータムの口が邪悪に歪む。

 

「ふん、いいのか私を殺して。あの女が悲しむぞ『ゆうせい』」

 

その言葉を聞いた瞬間、体が凍り付く。それは記憶の、心の奥底に封じ込めていた禁断の言葉だったはず。なのになぜこの女がその言葉を知っている。

 

「なんで・・・・・なんでそれを・・・・・・」

 

大きな恐怖と戸惑いを感じ、戦意消失したかのように、全体の輝きが失われていく。

それに続くように、ゼノンの脚部の追加装甲も粒子となって消えていく。

追加装甲が消え、今は戦いの最中だというのに、それを忘れたかのように瑠奈はオータムの至近距離で凍り付いたままだ。

 

「はっ!!しまっーーー」

 

「遅えよ、クソガキが」

 

数秒の硬直の末、やっと状況を認識した瑠奈を、オータムは無慈悲にも装甲脚で吹き飛ばす。

 

「う、く・・・・・うぅぅ・・・・」

 

頭が混乱しているせいか、体に力が入らない。今自分は何をしていた、何が目的だった、今はどんな状況だ。様々なことを思考しているが、なかなか頭を整理できない。

 

「はんっ、本当にこんな言葉1つでここまでの効果があるとはな、情けねぇな、『ゆうせい』」

 

地面に這いつくばり、狂え悶えている瑠奈の腕と両足を装甲脚で押さえつけ、身動きできないようにする。ジタバタともがいているが、今のゼノンには先ほどの輝いていた時の力はなかった。

 

「悪いがてめえも連れてくるようにあの女に言われているんでな、ちょっと眠っててもらうぜ」

 

「くっ!くそっ!!」

 

バチバチと電流が流れている手のひらを瑠奈の額に押し当てる。押し付けられて数秒はもがいていたが、段々と意識が遠くなっていき、体にも力が入らなくなっていく。

 

「くっ・・・・あ・・・あぁぁ・・・・」

 

瑠奈の戦闘不可能状態を認識のしたのか、ゼノンの追加装甲も消え去り、原型のエクストリームになってしまう。更に、そのエクストリームの装甲も黒に染まっていき、機体の機能が完全停止する。

『自分は負けた』という真実を確認したところで、消えかかっていた意識が完全に消え去り、瑠奈を纏っていた原型のエクストリームすらも粒子となって消え、完全なる生身の状態となる。

 

「ふんっ、手間かけやがって」

 

気絶した瑠奈を抱えると、オータムはアリーナを去っていった。

 

 

ーーーー

 

戦ったアリーナから数キロ離れたIS学園の校門。非常事態が発生し、この学園の来客者を含む全ての人間は学園内へ避難しており、人影1つない。

その殺風景な場所に1人の女性が立っていた。

 

「作戦通り、小倉瑠奈の捕獲は出来たようですね」

 

「てめえの渡したデータは役に立たなかったけどな、スポンサー様よぉ」

 

嫌気の混じった声を出しながら、担いでいた瑠奈を目の前にいる女性に投げ渡す。いくつかのイレギュラーはあったが、これで作戦はおおよそ終了だ。

 

「では、あとは追手の時間稼ぎをよろしくお願いします」

 

「ちっ、わかったよ」

 

正直言って、この女の有利になることをしたくないのだが、これも任務だ。あからさまに嫌な顔をして、オータムは飛び立っていった。

小倉瑠奈と2人だけのこの状況に、歪んだ優越感を感じ、腕の中で眠っている瑠奈の頬を撫でる。

 

ようやく手に入れた、この小倉瑠奈を。

これでようやく、このレポティッツァの計画を動かすことが出来る。

條ノ之束でもなければ、ISでもない。自分が支配する世界へ作り変えるための計画、『ルットーレ(破壊者)』計画を。

 

そのまま、IS学園の校門を抜けようとしたとき

 

「止まりなさい」

 

背後から声を掛けられる。

 

「はあ・・・・」

 

ため息をつきながら、背後を振り返ると、鋭い目つきをした楯無が立っていた。

 

「彼を返してもらうわよ。ついでと言ってはなんだけど、貴方には投降してもらうわ。色々と聞きたいこともあるしね」

 

さっき、アリーナで戦っていたISの操縦者と話しているところを、楯無は目撃している。その状況では言い逃れや言い訳など通じないだろう。

 

「貴方も『ゆうせい』を自分の物にしようと思っているんですか?やはり、人は皆強欲なのか・・・・」

 

突然の聞きなれない単語に楯無は頭を傾げる。

 

「ゆうせい?一体何を言っているの?」

 

「あら、あなたはこの子のことを何も知らないのですね。てっきりあなたがこの子の主人かと思っていたが・・・・・見込み違いだったか・・・・・」

 

失望したかのように、ため息を吐いた瞬間、遠くの方で、何かが爆発物らしき煙と音が聞こえてきた。微かな音であったが、この音はISによる爆発音だと瞬時に2人は判断する。

 

「どうする?あなたのお仲間はやられたみたいだけど」

 

「確かにそのようですね。だが、まあ、ISなんて言う機械に甘えているような連中だ。そこまでの期待はしていませんよ」

 

負け惜しみのようなセリフを吐き、持っていた瑠奈を楯無へ投げ渡す。

 

「また会いましょう、更識楯無、小倉『ゆうせい』」

 

そのまま、女性は校門を通り、学園を出ていった。一瞬追うべきかと思ったが、今は瑠奈の安全が最優先だ。

気を失っている瑠奈を抱きかかえ、楯無は学園内へ急いだ。

 

 

ーーーー

 

「う・・・・うぅぅ・・・・」

 

頭がズキズキと痛む、妙な頭痛を感じながら瑠奈は目を覚ました。どうやら今いる保健室のベットに、長い間寝ていたらしく、窓からは夕日の陽が染み出している。

 

「えっと・・・確か私はオータムとかいう気に入らないもっさり頭と戦って・・・・・っぅ!」

 

思いだそうとするが、頭がズキズキと痛み、思いだせない。なんだ、この記憶の曖昧さは、小学生の夏休みの日記の方がまだ詳しく出来事が綴られている。

そんな自分の低スペックに軽く苦笑いしていると

 

「あ、目が覚めた?」

 

ベットの仕切りのカーテンをずらし、楯無が入ってきた。ひとまず、状況説明してくれそうな人間が来てくれたことに軽く安堵する。

 

「えっと・・・・・とりあえず敵はどうなりましたか?」

 

「専用機持ち達が対処したけど、逃がしたわ」

 

「え、あのもっさり頭(オータム)ってそんなに強かったんですか?」

 

「本当は捕えられる一歩手前まで追い詰めたんだけどね、そこで仲間に合流されて逃げられたわ」

 

あの女にはいろいろ話してもらいたいことがあったのだが、逃げられてしまったのなら仕方がない。まあ、誰かがやられて逃げられるよりはマシなのだが。

 

「それと瑠奈君。1つ聞きたいことがあるのだけど・・・・いい?」

 

「どうぞ」

 

瑠奈の確認を取ると、この保健室に誰もいないことを確認して瑠奈の寝ているベットに腰かける。

 

「この学園を襲撃してきた人間の1人があなたを『ゆうせい』と呼んでいたわ。あれはどういう意味?」

 

その質問を聞いた瞬間、奥歯を噛み締める。どんな形であれ、その言葉をどう誤魔化そうか必死に模索するが、なかなかグッドアイディアが思いつかない。

いや、仮に嘘をついたところであの楯無に通じるだろうか。

 

「はぁ・・・・」

 

ここで嘘をついたところで誤魔化しきれる可能性はない。逆に、もっと怪しまれるだろう、万事休すだ。

 

「小倉雄星(ゆうせい)

 

「え?」

 

「小倉雄星(ゆうせい)。それが私の本名です」

 

声が強張ることなく、裏返ってもないその淡々としたその言葉には、底知れぬ感情が宿っていた。

それは自分の名前を知られたことによる、悲観でもなければ、歓喜でもない、奇妙な感情だ。

 

「それじゃあ・・・・小倉瑠奈という名前は?」

 

「小倉瑠奈は私の姉の名前です」

 

そう言えば、少し前に瑠奈にーーーいや、雄星に聞かされたことがあった。『私にも姉がいました』と。

 

「あなたのお姉さんの名前・・・・」

 

そう自覚すると、今まで呼んできた小倉瑠奈という名前が不思議のように思えてくる。というより、大切な姉の名前を気安く呼んできたことに対する罪悪感だろうか。

 

「そういえば・・・・あなたのご家族はどうしているの?お姉さんは亡くなっていると聞いたけど・・・・」

 

「いません。私は捨て子なんです」

 

「捨て子・・・・・あなたはお姉さんと一緒に捨てられたの?」

 

「いえ、私と瑠奈が出会ったのは預けられた孤児院です。だから、瑠奈と血が繋がっているわけではないんです」

 

それに姉と言っても、戸籍や義理関係があるわけではない。それこそ、子供の『ごっこ遊び』に近いものなのかもしれない。だが、瑠奈はこんな自分を愛してくれた、普通の家族のように、自分の弟のように。

 

「だったらなんでお姉さんの名前でこの学園に来たの?それこそ女装なんかして」

 

「・・・・・・・」

 

それ以上は、楯無は何を言っても返事することなく、ベットの上で座り込んでいるままだった。

 

「・・・・・申し訳ありませんが、この学園では雄星とは呼ばず、瑠奈と呼んでください。その名前は誰にも知られてはいけないものなんです」

 

ベットに掛けられている上着を取ると、そのまま瑠奈は保健室を出ていった。部屋には楯無だけが残される。

 

「小倉・・・・雄星・・・・」

 

日頃、強き力を感じさせる彼の瞳。そのはずなのに、自分を語るときにその瞳はひどく怯えるような感情を受ける。

まるで、無力で脆い少年のように。

彼の育ちに、姉の謎に包まれた死。過去にどのようなことがあるのか楯無にはわからない。

 

いや、わからないというより、彼はそのことを周囲の人間に悟られないようにしているからなのかもしれない。

 

 

 

 




オリ主の名前構成

小倉瑠奈=(つり乙シリーズより)小倉朝日+(つり乙シリーズより)桜小路ルナ

小倉雄星=(つり乙シリーズより)小倉朝日+(つり乙シリーズより)大倉遊星+(グリザイアシリーズより)風見雄二

評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

54話 未来への邂逅

乙女理論とその後の周辺を購入しました。
やはり、衣遠兄は魅力的ですね。もう、準主役と言っても過言ではないくらいのキャラをしています。


学園の地下深くの隠された空間。そこで千冬と真耶がディスプレイに表示された映像を真剣な眼差しで見ていた。

 

「すごいですね・・・・小倉さん・・・・・」

 

映し出されている映像は、先日の学園祭で起こった襲撃者と小倉瑠奈によるアリーナでの戦いの映像だ。

初めは劣勢だったゼノンが、リミッターが外れたような全身が光り輝く姿になると形勢逆転し、先ほどの動きが嘘だったかのように激しい手数で敵ISを圧倒し始める。

 

その時のゼノンはまるで、獣のように本能に従ってひたすら攻撃しているような戦い方だ。その動きや行動からは人としての恐れや恐怖はまるで感じられない。

 

まるで猟銃を突きつけられても、恐怖を感じない野生動物のように。

 

「すみませんが、山田先生。この映像は我々が閲覧後、完全消去をお願いします」

 

「え・・・・上層部に報告はしないんですか?」

 

「ああ、これは秘匿事項として処理する。お願いできますか?」

 

「はい、わかりました」

 

少し、もったいないような気がするが、指示なのならば仕方がない。手元のディスプレイを操作して、映像が収められているファイルを完全削除する。

 

「でも、少し安心しました」

 

「え?」

 

「こんなに強い小倉さんがこの学園にいてくれるのならば、とても心強いですね」

 

心配そうな千冬を励ますように明るい声でそう言うが、ここで思い通りにならないのが小倉瑠奈ーーーいや、小倉雄星という人間なのだということを千冬は知っている。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

「ふむ・・・・」

 

放課後のアリーナ。

普段ならば、大勢の生徒たちがISの自習をしているはずなのだが、今は僅かの人影しかない。

タブレットで流れている映像を見ている瑠奈と、その瑠奈を真剣そうな表情で見守っているISスーツを着たセシリアだ。

 

「で、こんな機密映像を私に見せてどうするんだい?」

 

持っていたタブレットをセシリアに返し、座っている観客席に深く腰掛ける。見せられた映像は、先日学園祭で現れた襲撃者のセシリアのISの戦闘映像だ。

 

黒いISが放ったビームが大きく弧を描いて曲がり、セシリアのミサイルを撃ち落して気に入らないもっさり頭(オータム)を連れ、撤退していった。

 

どうやら、その黒いISは『サイレント・ゼフィルス』別名『黒騎士』と呼ばれるブルー・ティアーズの試作二号機らしく、楯無から聞いた『亡国機業(ファントム・タスク)』とかいう組織が、イギリスから奪取し、運用しているらしい。

 

お前たち(イギリス)のつくった玩具(IS)ぐらい、ちゃんとおもちゃ箱に仕舞っておけ、このボケナスが』と殴りたい気分になるが、ひとまずは目の前にいるセシリアの相手が最優先だ。

軽くため息をつき、セシリアの顔を見る。

 

「この映像では、わたくしのブルー・ティアーズのミサイルビットをBT兵器の高稼働時に可能な偏向射撃(フレキシブル)で撃ち落しましたが、それは可能なのでしょうか?」

 

「可能も不可能も、君は目の前でその偏向射撃(フレキシブル)をしたところを見たんだろう?だったらそれは出来るということじゃないのか?」

 

「それはそうですが・・・・現在、わたくしがBT兵器に最も適応していると言われていますわ。そんなわたくしでもこのBT兵器による偏向射撃(フレキシブル)は成功していません。それなのに、いきなり目の前で見せられましても納得できないといいますか・・・・」

 

自分にできない困難なことを、平然とすることができる未知の存在に怯えている様子だ。

いや、怯えているというより、小さくはない劣等感だろうか。そんなモヤモヤしたものがセシリアの中で渦巻いている。

ここで事実を突きつけると、変にいじけて面倒なことになるかもしれない。少しオブラートに包んだ対応をするとしよう。

 

「まあ、そのよくわからないBT兵器の偏向射撃(フレキシブル)とやらは別として、戦闘中ビームを曲げるということはそこまで難しいことではないんだ」

 

「そうなのですか?」

 

「ああ、これは実際見せた方が早い。ちょっと来て」

 

そう言い、立ち上がると、セシリアを連れ、無人のアリーナの中央に立ち、周囲に障害物がないか確認する。

 

「ビームも結局は光の一種だ。ならば、入射角と反射角が等しくなるように、射線上に自由端反射の物体を設置しておけばいい。それか、屈折の法則を使うのもありかな」

 

よくわからない単語を言いながら、アイオスのビットを3つ上空に出現させ、舞わせる。3つの飛行物体が各々別に空を舞うこの状況はまるで何かのパレードのようだ。

 

「よし、準備いいかな」

 

続いて右腕に装甲を纏わせたと同時に、エクリプスの大型のバスターライフルを出現させる。そのまま、上空を舞っているアイオスのビットに狙いを定め、引き金を引く。

 

放たれたビームは、上空を舞っていたビットに直撃してバチバチと音を起こす。当然ながら、そのビームは反射し、あらぬ方向へ飛んでいくが

 

「アリス・ビットコントロール・・・・・」

 

そう小さく呟いた瞬間、そのあらぬ方向に飛んでいったビームの射線上に別のビットが入り込み、受け止める。そのビットも同じように、ビームを跳ね返すと、その跳ね返されたビームの射線上に別のビットが入り込み、跳ね返す。

 

まるで機械のように正確で計算された動きでビットを操っていく。

 

「すごい・・・・・」

 

アイオスビットに似た武装であるBT兵器を扱っているセシリアには、目の前で行われているのが、どれだけの神業なのかわかる。

迷いのないビットの動きに、射線を予測する判断力。全てが群を抜いている。

 

何度も反射したエクリプスのビームは、最終的に発射された真逆の方向に着弾するという、本来あり得ない現象を引き起こして消える。

 

「わかった?別に手段はいくらでもある。相手がビームを曲げたところで、それを偏向射撃(フレキシブル)と決めつけるのは早いんじゃないかな」

 

「は、はい・・・・・」

 

とんでもない技を見せられて、どう反応したらいいのか困る。それほどにさっきの技は衝撃的なものだった。

 

「あの・・・・瑠奈さん。1つ質問してもよろしいでしょうか?」

 

「なにかな?」

 

「瑠奈さんが扱っているその機体は、瑠奈さん以外でも使えるのでしょうか?」

 

「まあ・・・・・できないことはないけど・・・・・」

 

「そうですかッ!!」

 

それを聞いた瞬間、目を輝かせたセシリアが瑠奈に詰め寄る。

 

「お願いです!!一度だけでよろしいので、わたくしに使わせていただけないでしょうか!?」

 

「エクストリームを・・・・君が・・・・?」

 

「はい!!お願いします!!」

 

勢いよく頭を下げ、必死に瑠奈にお願いする。セシリアは貴族のはずなのに、そんな人間がこんなにも軽々と平民相手に頭を下げていいものなのだろうか。

 

「どうしてそんなに私の機体を使いたいんだ?」

 

「一度だけ・・・・・一度だけでいいんです。わたくしも瑠奈さんが見ている景色を見てみたい」

 

どうにも必死さを感じさせる声でそう言う。

勿論、返答はNOだ。大切な機体を一時とはいえ、他人に渡すわけにはいかない。それが機密性の高いエクストリームならばなおさらだ。

ここでエクストリームを渡すのは愚かな行為。そのはずなのにーーーーーー

 

「・・・・・わかった・・・・・一回だけなら」

 

「本当ですか!?」

 

そう考えていると、自然に口が動き、そう言葉を発した。なぜそんなことを言ったのか瑠奈自身もわからない。だが、目の前で様々な試練や困難と闘っているセシリアを見ると、何とかして力になりたいと思ったのかもしれない。

 

(何やってんだ・・・・・馬鹿か私は・・・・・)

 

自分が危険な行為をしようとしていることに自覚しながらも、目の前の少女に心動かされ、渋々承諾してしまう自分に呆れるが、目の前の目を輝かせているセシリアを見ると、どうでもよくなってしまう。

 

「ただし、いまこの場で一回だけの体験だ。今回は特別だが、次からは絶対に渡したりしない。いいかな?」

 

「はい!ありがとうございます」

 

少し離れた場所に粒子が集まり、無人状態のエクストリームが出現する。形態はセシリアにとって最も扱いやすそうなビットが装備されているアイオス・(フェース)にしてある。

 

「それではどうぞ。装着するときに、足元に気をつけて」

 

アイオスの正面までセシリアを連れていき、細かな設定をしていく。と言っても、機体の所有者をセシリアになるように書き換えるだけなのだが。

 

「えっと・・・・どうやって乗り込んだら・・・・」

 

「ISに乗るのと同じ感覚でいい。体を任せるようにすれば、あとは機体が君に装甲を纏わせてくれる」

 

ひとまず、機体の形状に合わせるように後ろ向きで身を預けると、ピピっと甲高い音が鳴り、セシリアの体に装甲が纏われていく。

腕、脚、腰、胸と次々に装甲を纏っていくこの感覚は、妙にむずがゆいと同時に、この機体は自分を守ってくれていると安心感を感じさせる。

 

そして顔も装甲が装着され、全身装甲でフルフェイスのアイオスの完成だ。ただ、いつもと違うところは、それを操っているのがセシリアで、瑠奈が傍観者という真逆の立ち位置であるということだ。

 

「っ・・・・・」

 

ISを使っているときとはまた違う闘志や自信がみなぎってくる。この機体は自分の声に応えようとしてくれているのかもしれない。

 

「とりあえず、君が動きたいように動いてくれていい。危ないと感じたらすぐに連絡してくれ」

 

「は、はい」

 

貴重な体験に若干緊張しながらも、上空に飛び立つために、体に力をいれる。すると、セシリアの思考を読み取ったのか、背中の一対の翼が一斉に展開し、空へ飛び立っていく。

 

「は、速い!!」

 

予想はしていたことだが、普段自分が体験しているものとは比べものにならないほどの圧倒的なスピードだ。

おまけに、体中にブースターが装備されているため、細かい小回りも行うことが出来る。まさに、強大なパワーと繊細なコントロールが出来る素晴らしい機体だ。

 

「はっ!今のわたくしならばあれをすることもできるのでは・・・・」

 

そう思った瞬間、目の前に使用可能な武装が表示される。

『ヴァリアブル・ライフル』 『エクストリーム・シールド』 『ビーム・サーベル』 『ビーム・ダガー』次々と表示されていく武装のなかで目当ての武装を発見する。

 

「ありましたわ!えっと・・・アリス・ファンネル?システム起動、射出!!」

 

叫ぶと同時に、背中の翼から一斉にブルー・ティアーズのビットのように飛行物体が飛び出していく。

だが、異なる点はブルー・ティアーズのビットとはくらべものにならないほどに素早い速度であることと、射出された物体がブルー・ティアーズの射出可能ビットが4つなのに対し、アイオスは8つということだ。

 

「す、すごい・・・・なんていう機体性能ですの・・・・・」

 

何もかもが未知の機体だ。今まで体験したことのない戦いや技術がこの機体に詰まっている。上空でその凄さに感動していると、突如瑠奈から通信が入る。

 

『セシリア、楽しんでいるところ悪いけど、今すぐ操縦を中断して降りてきたほうがいい。君の脳が機体の情報処理に耐えられずに、ブレインショックを起こしかけている』

 

「え、何の話ですか?」

 

『いいから降りてきて、まずはそれからだ』

 

もう少し機体を満喫したかったのだが、持ち主の指示なのならば従うしかない。渋々、アリーナに降り立ち、機体を降りる。

 

「残念、少し遅かったか」

 

「瑠奈さん何の話ですか?わたくしはもう少しこの機体をーーーーう、うぅぅ、あぁぁ!!」

 

そこまで言いかけたところで、強烈な頭痛がセシリアを襲う。人間が普段体験することのない強い頭痛に、頭が割れそうだ。

 

「くっ、い、痛い・・くぅぅ・・・・」

 

あまりの痛さに耐えられず、地面に頭を抱えて倒れ込んでしまう。

 

「あらら、やっぱりこうなったか」

 

「瑠奈さん・・・・うぅぅ・・・これはいったい・・・・・」

 

失神するのではないかと思うほどの苦痛の中、力を振り絞って言うが、瑠奈の対応は苦笑いの混ざった非情なものだった。

 

「私の機体はISと違って、操縦は全て操縦者の脳内でから発せられる脳波を読み取って動くんだ。だから、機体には操縦桿を握ったり、細かい機体調整をする必要はない」

 

そこまで言ったところで、エクストリームを光の粒子にして消すと、地面に倒れているセシリアを支えながら立ち上がらせると、肩を貸し、少しずつ歩いていく。

 

「だけど、操縦者の脳には情報処理や機体制御などによって大きな負担がかかる。もし、その負荷に耐えられないと、君のようにブレインショックが起こり、大きな苦痛が起こってしまう」

 

「うぅぅ・・・そんな・・・・」

 

「とりあえず、保健室にいこう。そこで治療をするから」

 

頭痛に魘され、脚を引きずっている手のかかるお嬢様を、瑠奈は保健室へ案内していった。

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

55話 砕けた日常

本格的に暑くなってきましたね。
こんな季節には、冷えた部屋でホラー映画鑑賞などいかがでしょうか?


「調子はどう?」

 

「うう・・・・・まだ頭痛が直りませんわ・・・・」

 

その後、瑠奈は保健室のベッドにセシリアを寝かし、脳内の情報処理を行っていた。

セシリアの額に心電図を図るときに用いられる電極吸盤のようなものが張り付けられ、コードの先には小さな携帯端末に繋げられており、そこからさらに瑠奈の額へと続いている。

 

セシリアの脳内で処理しきれない情報を瑠奈が代わりに情報処理しているのだ。

 

「随分とビット制御の情報が多いな。セシリア、君はアリス・ファンネルばっか使っていただろ」

 

「うっ・・・・それは・・・・」

 

確かに、アイオスのビットの操作感覚は素晴らしいものだった。

ブルー・ティアーズのビット操作は、操縦者が制御に集中する必要がある。なので、その間ビット以外の攻撃をすることができない。

 

その反面、アイオスは全ての情報処理は脳内で自動的に行うため、制御に集中する必要がない。つまり、攻撃の手を緩めずに攻め続けることが出来る。

その利便性というか、一時とはいえ、弱点を克服した優越感というものに夢中になってせいだったのか、セシリアは気が付かなかった。

 

機体に、操縦者の危険を知らせる警告が表示されていたことに。

 

「瑠奈さんは・・・・・いつも戦いの後こんな頭痛を経験していたのですか?」

 

「いや、私は情報処理を脳内で速やかに行っているから、戦いによる後遺症はない。さすがに毎回そんな強烈な頭痛を感じていたら戦えないって。まあ、何事もため込まないことだね」

 

課題や宿題のようにね、と冗談のようにいうが、戦闘中にそんな膨大な情報処理を行うなど不可能だ。

しかし、その不可能を可能にすることが出来ない者などに、あの機体(エクストリーム)を扱うことは許されない。

 

操縦者が機体を選ぶのではなく、機体が操縦者を選ぶ。そして目の前にいる小倉瑠奈はその選ばれた存在なのかもしれない。

この機体を使えば、サイレント・ゼフィルスにも勝てるのではないかと思っていたが、やはり現実は思い通りにいかないものだ。

 

「よし、処理完了。もう大丈夫だよ」

 

立ち上がり、セシリアの額に張り付けられている電極吸盤をはがす。これで頭痛が消え、自由に動けるようになったのだが、セシリアはベットから動こうとはしない。

ただじっと瑠奈の顔を見ている。

 

「瑠奈さん」

 

「ん、なにか?」

 

「1つ・・・・お話があるのですがよろしいでしょうか?」

 

「それは重大な話?」

 

「はい、それなりに」

 

そこまで聞くと、この保健室に誰もいないことを確認すると、近くの椅子に腰かける。

瑠奈と2人っきりのこの状況に少しばかりドキドキするが、瑠奈はそこまで意識している様子はない。

 

「余計なお世話だとは思いますが、瑠奈さんは進路はどう考えていますか?」

 

「それはこの間の進路希望調査に書いた通りだよ」

 

「IS学園に通っているのに進路が飛行機のパイロットだなんて、わたくしでも嘘だとわかります」

 

実際に進路希望用紙にそう書いて千冬に睨まれていたが、瑠奈は臆することなく提出し、後日職員室に呼び出されていた。

そもそも、飛行機のパイロットと書くなど、まるで小学生のような誤魔化し方だ。

 

「正直に答えてください。瑠奈さんは進路を決めていないんですか?」

 

「・・・・・そうだね、いまのところは未定だ」

 

未定という言い方も少し違う。正確には、進路を決める気はないという言い方が正しいだろう。

IS学園を卒業した後のことなど瑠奈自身もわからない。

 

皆、それぞれ帰る場所があるが、瑠奈には帰る場所も待っている人もいない。まるで居場所を転々と移り住んでいくモンゴルの遊牧民のようだ。

いや、遊牧民でも待ってくれている人はいるか。

 

「それならば卒業後、オルコット家に来てはくれませんか?わたくしやメイドであるチェルシーが来てほしいと思っています」

 

「無理だ。そんな場所、私なんかが行っていい場所じゃない」

 

自分でも驚くほどに、即答していた。だが、その通りなのかもしれない。こんな死にぞこないの人間がどこに行っても足手まといになるだけだ。

そんな確信に近い自覚を感じている。

 

「君やそのメイドさんが来てほしいと言ったところで、こんな極東にいる死にぞこないの黄色い猿(イエローモンキー)など君の両親が許さないだろう」

 

「・・・・それは大丈夫です。わたくしの両親は・・・・3年前に他界しています・・・・」

 

トーンが下がり、寂しげな声でそう告げる。

セシリアの両親は3年前に鉄道の横転事故で帰らぬ人となった。そして両親の死によって手元には莫大な資産が残った。

 

「もし、わたくしの元へ来ていただけるのならば、オルコット家の莫大な資金や資産を全てあなたに捧げてもよいと考えています。そしてわたくしの未来も・・・・・」

 

「セシリア、会って僅かの人間をやすやすと信頼しすぎだ。もし、私が金の亡者で君の財産を狙って接触してきていたのならどうする」

 

「それはありません」

 

先程までの弱弱しい様子が嘘だったように、ニッコリと自信満々に微笑む。

 

「わたくしが見た限り、瑠奈さんは悪い人ではないということは一目でわかります。たしかに、ずさんでいい加減な所はありますが、とても頼りになる人です」

 

「やめてくれ」

 

楽しそうに瑠奈について語っているセシリアに嫌気がさしたかのような声で静止させる。照れ隠しや反応に困っている様子ではなく、本気で嫌気がさしているようだ。

 

「こんな自分勝手で弱くて、傲慢で、高慢な私は誰とも一緒にいる資格も権利もない。頼むから、そんな期待を向けないでくれ」

 

「なぜ、瑠奈さんはそんなに幸福や幸せを拒絶するんですか!?人は誰もが幸せになりたいものでしょうに」

 

「悪いけど、将来の相手なら他を探してくれ」

 

これ以上、この話をしたくない。座っている椅子を立ち、保健室を出ていこうとするが、ベットに寝ていたセシリアに袖を掴まれ、引き止められる。

 

「わたくしの身体では・・・・・瑠奈さんを満足させられませんか・・・・?」

 

顔がほのかに赤くなり、恥ずかしそうな表情で上目で見てくるブロンド髪の美少女。普通の男ならば、一発でノックアウトするであろうその姿を見ても、瑠奈の考えは変わらない。

 

「逆だよ。私では君を満たすことは出来ない。すまないが諦めてくれ」

 

「ならばせめて理由を聞かせてはくれませんか?」

 

「理由?」

 

「はい、なぜ瑠奈さんがわたくしの申し出を断り続ける理由を」

 

正直、面倒な所を突かれた。ここで適当にはぐらかしてもいいのだが、目の前にいるセシリアの真剣な眼差しを見ると、妙な疑問がでてくる。

真剣に自分のことを心配してくれているこの人を騙していいのかという疑問が。

 

「・・・・・・・」

 

どうにも最近、自分の心の変化に戸惑っている。

自分のことを他人に語るなど、昔の自分ではありえなかったことだ。いや、そもそも感づく人間はいても、語る相手がいなかっただけか。

 

「私は・・・・・」

 

静かで低い声だったが、はっきりとセシリアに聞こえる声で言った。

 

「私は昔とある施設の実験体(モルモット)だったんだ」

 

僅かな言葉だったが、声が強張り、悲しみが混ざった声だった。哀しみ、怒り、憎しみ、恨み、人間のありとあらゆる負の感情が混ざっているかのように聞こえる。

 

「そこで行われていた実験は非人道的なものだった。毎日大勢の実験体となる子供たちが来ては、その日きた子供の数だけの死体が運び出される。全ては上の人間の欲望を満たすための場所となったそこは地獄だったな」

 

薬で正常な判断が出来なくなった者、度重なる実験で動けなくなった者、現実に耐えられなくなって自ら命を絶つもの。実験に参加した者の数だけの命の終焉があった。

だが、恐ろしいことに同じ死因はあっても、同じ死に方は1つもない。

 

1つ1つ違う人間の嘆きと絶望が頭の中で鮮明に脳内に刻み込まれていく。それがまだ小さかった瑠奈にとって恐ろしいものだった。

 

動けるものは一週間、動けないものは4日間、食事をとれないものは2日間、瞬きをしないものはその日のうちに死んでいくと言われている。

その残酷な死を瑠奈は誰よりも多く見てきた。

 

「私はたくさんの命の犠牲の上で生き残った存在だ。そんな者が人並みの幸せを掴もうだなんておこがましいものと思っている」

 

「だからこそわたくしとーーーー」

 

そこまで言ったところで校内放送が流れた。ひとまず、話を中断し、放送に耳を傾ける。

 

『1年1組小倉瑠奈、至急進路指導室に来るように。繰り返す、1年1組小倉瑠奈、至急ーーーー』

 

「呼んでいるようだから行くよ」

 

「え、ちょっと・・・・」

 

掴んでいた袖を振りほどかれ、瑠奈は保健室の扉へ向かっていく。何とかして呼び止めたいのだが、さっきの話のせいか、掛ける言葉が見つからない。

 

「セシリア」

 

すると、保健室の扉の目の前で振り返り、戸惑っている様子のセシリアを見つめた。

 

「君は家を遺していく道具じゃないだろう。自由に生きる権利がある。君は君の道を歩いていけばいい」

 

彼女には未来がある、帰るべき場所がある、待ってくれている人たちがいる。そんな人が周囲の人間を裏切り、自分なんかの為に道を踏み外す事などあってはならない。

それだけ言い残すと、瑠奈は保健室を出ていった。

 

 

ーーーー

 

「なんで呼ばれたかわかるな?」

 

進路指導室には怪訝そうな顔の進路指導の教師が座っていた。適当に誤魔化してこの教室を出ていきたいのだが、その様子だと簡単ではなさそうだ。

 

「はい、なんとなくは」

 

無表情でそう短く答える。

こういった呼び出しは今に始まったことではない。このように瑠奈の生活態度をよく思わない人間達に呼び出され、説教や自分勝手な持論を語られることは。

 

「なら話は早い。お前が所属しているこの学園は世界中の注目を浴びている場所だ。そしてお前は織斑一夏と並ぶ世界で稀な男性操縦者であることは自覚しているな?」

 

「ええ、もちろん」

 

正直言って、瑠奈の生活態度は良いとは言えない。

授業を無断欠席するし、学園からいなくなることなど毎度のことだ。だが、瑠奈はそれが悪いことだとは思っていない。

ここの教師には悪いが、瑠奈にはこの学園で『生徒ごっこ』に興じられるほど能天気にはなれない。

 

「ならば、なぜ生活態度を改めるように何度も注意しているのに改善しない?これ以上無視するというのならば、更生する気はないと見なし、相応の罰を与えるぞ」

 

「どうぞご自由に」

 

罰や懲罰など恐れないという様子で淡々と答える。

わざわざ招集をしてもらって申し訳ないが、馬鹿ばかしすぎて付き合っていられない。

 

クラス対抗戦、学年別トーナメント、臨海学校とその帰りの襲撃、そしてこの前の学園祭。この学園に入学して以来、様々な事件や事故が起こっている。

 

別にそのことに対しては何も言うつもりはない。ISを狙う連中は世界で星の数ほどいる。そしてIS学園はそのISがあるため狙われる。当然の流れだ。

 

だが、それに対しての教員の反応はどんなものだっただろうか。

皆、千冬のように指示を出して生徒に戦わせてばかりで、自分は戦おうとしない。ふざけるな、瑠奈もここにいる生徒たちもこの学園を守るための駒になるために入学したわけではない。

 

「ただ、生徒を盾にして逃げるような無能最低教師が私に罰を与える権利があるとは思いませんがね」

 

「ふざけるな!!教師に向かってその言い方はなんだッ!?」

 

「真実でしょ?」

 

生徒を闘わせている最低教師という図星を突かれたせいか、激しく激昂し、バンっと目の前の机を叩く。IS学園の教師には悪いが、瑠奈は『無能最低教師』を撤回することはない。

なぜならそれが真実であり、実績であり、功績に見合う称号なのだから。

 

教師陣もそれを薄々とわかっているが、現実を認められずに逆上し、瑠奈に向かって禁断の言葉を言ってしまう。

 

「ルールや規則すら守れないお前のような生徒はこの学園に不要だ!!更生する気がないのならば出ていけッ!!」

 

『この学園から出ていけ』その言葉が、瑠奈の中で何かを壊した。

別に分かっていたことだ、自分なんかが人と関わる資格すらないことなど。しかし、ここで過ごしていくうちに淡い希望や望みが脳内に浮かんできてしまったのかもしれない。

 

『自分はここに居ていい』という、甚だしい勘違いを。

 

「おい・・・・どうした?」

 

瑠奈のただ知れぬ雰囲気を感じ取ってか、目の前にいる教師が恐る恐る声を掛けてくる。

 

「・・・わかりました。それがお望みならば、その希望に応えましょう」

 

「おい!どこに行くつもりだ。話はまだ終わっていないぞ!」

 

「さようなら」

 

教師の言葉を無視して、瑠奈は進路指導室を出ていった。

 

 

ーーーー

 

次の日、天気のいい昼下がりの午後。

空には雲一つない快晴が広がっている。最近はずっとこんな天気が続いている。まるでこれからしようとすることを祝福してくれているかのように。

 

「いい天気だな」

 

学園の校門に1人佇んでいる瑠奈がぼそりと呟く。

今日は平日で、今は午後の授業の真っ最中なのだが、瑠奈は授業に出席することなく、こうして校門付近で空を見上げている。

 

別に瑠奈が授業を無断欠席することは珍しいことではないのだが、今日は少しだけ様子が違っている。

学園にいる間、瑠奈は基本的に制服を着ているのだが、今日は黒のジーンズに紺色のTシャツ、その上にパーカーを羽織っている普段着だった。

 

その服装のまま、学園外に出ようとしたとき

 

「瑠奈君ッ!!」

 

後方から自分の名前を叫びながら生徒会長である楯無が走ってきた。

なるべく、生徒が自由に動けない時間帯を狙ったのだが、この人は猫のように神出鬼没だ。

 

「これはいったいどういうこと!?説明しなさい!!」

 

息を切らした楯無が持っていた書類を突きつける。

出された書類は『退学届』。名前には小倉瑠奈と書かれ、印鑑欄には偽造制作した『小倉』の判が押されている。

 

「その書類の通りです。私はこの学園を去ります。僅かな間ですが世話になりました」

 

「なんで・・・・どうして・・・・」

 

現実を認められないといった様子で慌てふためく楯無に何も感じることなく、淡々と状況説明する。

 

「この学園には私のことを気に入らなかったり、厄介に思っている人々がいるようですのでね。元凶である私がこの学園を出ていけば問題解決ですよ」

 

「昨日の進路指導室でのことを気にしているの!?あの先生も『少し言い過ぎた』って謝っていたわ。だから考え直して・・・・」

 

「別にあの先生は間違ったことはしていません。あの人はこの学園の教師で、私のような不良生徒を処理するのが役職であり、役割であり、仕事です。ただあの人はこの学園での職務を全うしただけの話です」

 

この学園の教師は職務には忠実だ。

だが、その職務に忠実すぎて、本来の教師の役割を見失っている。昨日、それを指摘したが認めてもらえず反感を買った。

ならば、もうここに長居してこの学園を守る盾であり続ける理由も道理もない。

 

「あなたは簪ちゃんの彼氏なんでしょ!?あなたがいなくなったら間違いなく簪ちゃんは悲しむわよ!それでもいいの!?」

 

「私とは世間体を守るための関係であるということは彼女も承知しているはずです。それなのにその約束を忘れ、感情的になられても困る」

 

「この学園はどうなるの!?」

 

「生徒を守るのは、本来教師と生徒会長であるあなたの役目だ。その義務と責務を私が背負わなければならない道理はありません」

 

いくら言っても結局は一般生徒がこの学園を退学するだけの話に過ぎない。

そこにいくら楯無の感情や説得を加えても何も変えることは出来ないだろう。だが、今の楯無には切り札があった。

 

「ダメよ・・・」

 

「はい?」

 

「小倉瑠奈君、今すぐ学園に戻りなさい。これは生徒会長命令よ」

 

「従う義務はありませんね」

 

「あなたはこの学園の生徒よ。ここを見なさい」

 

持っていた瑠奈の退学届の一番下の承諾欄。そこには瑠奈の承諾欄の下に、生徒会の承諾欄があり、印鑑は押されていない。

 

「ここを承諾しない限り、あなたの退学は学園が認めないわ。つまり、あなたの居場所はこの3年間この学園。わかった?」

 

確かに、退学にはこの学園の生徒会の承諾が必要不可欠なのだが、困ったことに目の前にいる生徒会長はその判を押す気はないらしい。だが、こちらにも切り札がある。

 

「生徒会長はこのように言っているけど、あんたはどう思う?」

 

妖しい笑みを浮かべながら、学園側からこちらに歩いてくる人物に向かって声を掛ける。その人物は

 

「織斑先生・・・・」

 

今は授業中だからか、ISスーツを着た千冬だった。

 

「今は授業の真っ最中のはずなんだけど・・・・職務放棄かい?」

 

「授業は山田先生に任せてきた。それよりもお前のことが優先だ」

 

「そうか・・・・じゃあ簡単に言おう。私はこの学園から出ていく。私の退学届の書類に判をよろしく」

 

教師である千冬だったら彼の考えを変えることが出来るかもしれない。そんな微かな希望を宿った目を楯無は千冬に向ける。

 

「事を急ぐな。私個人としても、お前がこの学園を去ってほしくはない。考え直してはくれないだろうか?」

 

「愚問だな」

 

そう短く答えると口角が上がり、千冬に笑みを向かべる。しかし、その笑みは人を蔑むような冷たいものだった。

 

「生徒を闘わせるような学園に居たいと思う方がどうかしてるな、初代ブリュンヒルデ」

 

何の反論もできない意見に、千冬は固く閉ざす。ここで何を言っても、瑠奈の中で教師が生徒を闘わせたという真実が変わることはない。

だが、千冬が聞きたいのはそれではないのだ。

 

「雄星という名前を知られたことを気にしているのか?」

 

「・・・・・どんな形であれ、彼女は雄星という私の名前を知った。こうなった以上、私か彼女、どちらかが消えるしかない」

 

「そんな・・・・」

 

自分のせいで瑠奈ーーーいや、雄星がこの学園を去らなくてはいけない現実に、楯無の口から悲しげな声が出る。

偶然や、事故の類だったのかもしれないが楯無は踏み込んでしまった。彼の禁断の領域を。

 

「さよなら、約束だったあなたの身体は結構です。あえてお願いするのならば、もう私と関わらないでください」

 

その言葉と同時に、彼は学園外の外へ歩いていく。

 

「ダメッ!!」

 

その状況に耐えられず、楯無が走っていき、瑠奈の服を掴む。

 

「行かないで雄星君。私はーーーきゃっ!」

 

そこまで言ったところで、掴まれていた袖を勢いよく振りほどくと、そのまま楯無の胸倉をつかむ。

 

「私の名前は小倉瑠奈だ。二度とその名前で呼ぶな、あんたにその名を呼ぶ資格はない。わかったか?」

 

低く、小さな声だったが怒りを感じさせる声ではっきりという。そのまま、恐怖で硬直している楯無を突き飛ばして尻餅をつかせると、そのまま学園外へ歩いていき、校門を出たところでアイオスを展開して飛び去っていった。

 

「雄星君・・・・」

 

いくら名前を偽ったところで、何も変わらないというのになぜ彼はここまで人を拒絶するのだろう。

 

「大丈夫か?」

 

雄星の去っていく光景を見ていた千冬が寄り、手を差し出してくる。

 

「すみません・・・・」

 

暗い気分になりながらも、差し出された手を握り立ち上がる。すると、なにか心に大きな穴が空いたような空虚感が押し寄せてくる。

 

「そう落ち込むな。元々雄星はああいう奴だ。あいつが自分勝手なのは今に始まったことではないだろう」

 

「そうですが・・・・」

 

「とりあえず、今は授業中だ。お前も教室に戻れ」

 

それだけ言い残すと、千冬は学園へ戻っていった。その足取りからは悲しさや寂しさは感じられない。

彼がなぜそんなに自分の名前を偽るのかわからないし、過去に何があったのかも楯無はわからない。

 

しかし、なぜ彼はーーーー雄星はここまでこの世界で歪な存在なのだろうか。




評価や感想をお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

56話 心の傷跡

放課後、簪は整備室へ向かっていた。

整備室には、自分の専用機があり、それを日没まで組み立てていくのが日課になっている。一度は失ってしまった夢だったが、大切な恋人(仮)のおかげで取り戻すことができた。

 

しかし、整備室に入るが、中には誰もいない。いつもなら頼れる恋人が組み立て作業をしているというのに。

 

「っ・・・・・」

 

こみ上げてくる虚無感と寂しさを堪えながら、専用機の元へ向かっていく。自分の専用機には、まだまだやるべきことがある。

1日でも早く完成させるため、今日も頑張らなくては。

そうわかってはいるのだ。だが、どうしても作業する気になれない。ここ数日、ずっとこんな調子だ。

 

怠けているわけでもなければ、さぼっているわけでもない。やらなくてはいけないと自分に何度も言い聞かせている。

だが、どうしてもできないのだ。

 

『マスター』

 

簪の挙動不審な動きに反応したのか、目の前にある専用機からAIであるエストが映し出される。

 

『今日は私だけで大丈夫です。マスターは部屋に戻って休んでください』

 

「でも・・・昨日もそうだったから、今日こそ手伝わないと・・・・」

 

『あなたには心を整理する時間が必要です。私のことは心配せずに部屋へお戻りください』

 

機械的だが、どこか感情の入っている不思議な声で整備室を追い出され、自分の部屋へ向かっていく。もしかして彼が部屋にいるかもしれないと無駄だと分かっている希望を抱きながら。

 

部屋の前までたどり着くと、震える手でドアを開けていくが、部屋には誰もいない。

 

「はぁ・・・・」

 

重々しいため息を吐きながら、簪はベットに転がる。

簪のルームメイトである瑠奈ーーーーいや、雄星がこの学園が去ってから数日が過ぎた。初めは学園での噂程度であり、簪も信じていなかったが数日前の夜に突如、姉である楯無がこの部屋を訪れて、勢いよく頭を下げられた。

 

話を聞いたところ、『彼がこの学園を去っていったのは、彼の本名である雄星という名前を知ってしまった自分のせいだ』と泣きそうな声で告げられた。

初めは何かの冗談だと思っていたのだが、寮長である千冬が認めたことにより、一気に確信へと変わっていった。

 

自分に何も言わず、突然すぎる別れだ。いや、仮に知らされていたら、簪は間違いなく止めていただろう。それを見越しての行動だろうか。

その日から、心にぽっかりと大きな穴が空いたような気がして、専用機の作業にも集中できず、今日みたいにエストに追い出される仕様だ。

もしかすると、あれから何もかもが自暴自棄になっている自分がいるのかもしれない。

 

だがそれと同じぐらいに驚いたのは、部屋を訪れたあの時の姉の様子だ。勢いよく頭を下げ、本当に申し訳なさそうな声で自分に謝ってくれた『雄星君を止められなくて本当にごめんなさい』と。

 

結果はどうあれ、自分にあんなに謝ってくれたのは少しだけ嬉しかったが、現状は変わらない。アニメを見て忘れようとしたこともあったが、依然として心には大きな悲しみに埋め尽くされている。

 

ミャァァ、ミャァァーー

 

ベットで横になっている簪に寄り添うように、子猫のサイカが寄ってきた。

どうやら雄星は簪のためを思ってか、サイカは残していってくれたらしい。それとも、単純に邪魔と思ってだからだろうか。

 

ミィミィ・・・ニャ!

 

落ち込んでいる簪を慰めるかのように頬を擦り付けてくる。擦り付けられるたびに、可愛らしいひげがちょこちょこと当たってくすぐったい。

 

「ふふ・・・」

 

偉大な猫パワーをもらい、少し微笑んだ時、トントンとドアがノックされた。誰かと思い、ドアを開けるとそこには

 

「あ・・・・」

 

「簪ちゃん・・・・その・・・大丈夫?」

 

姉の楯無が立っていた。意外な来訪者に奇妙な緊張が簪を包み、楯無もバツが悪そうな顔をしている。

 

「・・・・何か・・・・用?」

 

「その・・・・雄星君のこと、ごめんなさい」

 

「大丈夫、気にしていないから・・・・」

 

口ではそう言うが、簪の顔には寂しさが感じられた。その顔を見ると、罪悪感や無力感からか、心になんと言えない痛みを感じてしまう。

 

「簪ちゃん心配しないで、雄星君は必ず帰ってくるわ」

 

「どうしてそう思うの?」

 

「勘・・・・かな?」

 

何の根拠もない推測に『ははは・・・』と乾いた笑みで笑う。やはりか、楯無もどこか寂しそうな様子をしている。

楯無も強がっているだけで、心は弱っているのだろう。だが生徒会長として、学園の長としてその弱みを人に見せるわけにはいかないのだ。

 

「お姉ちゃん・・・・」

 

「それで、ここからが本題なんだけど・・・・その・・・雄星君が戻ってくる間、私があなたの部屋に居てもいい?」

 

「え・・・」

 

急な話に戸惑いのような声が出る。今まで避けていた姉と同じ部屋で暮らしていくなど、展開が急すぎる。楯無も照れ隠しのような感じだ。

 

「どうして・・・・」

 

「私は雄星君が居なくなって寂しいわ。だけど、ルームメイトだった簪ちゃんはもっと寂しいと思うの。だから、せめて私がその寂しさを紛らわせてあげたいの」

 

優しい笑みで頭を撫でられると、なぜか涙があふれてくる。それは寂しさに耐えかねた心から溢れたものなのだろうか。

 

「ぐすっ・・・・ぅぅぅ・・・」

 

近くに自分を考えてくれている人がいる。それがこんなにも安心するとは、心に空いていた穴が少しずつ埋められていくような感覚がしてくる。

 

ニャッ! ニャッ!

 

更に、楯無を歓迎するようにサイカが部屋から飛び出すと、足元をうろつき始める。どうやら同居人の許可は取ることが出来たらしい。

 

「とりあえず・・・・ぐすっ・・・・入って・・・・」

 

「ありがとう・・・・お邪魔します」

 

楯無は、新たなルームメイトと共に部屋に入っていく。その後、部屋には楯無の荷物が持ちこまれ、その日のうちに楯無の引っ越しは完了するのであった。

 

ーーーー

 

次の日の放課後、昨日より少し心が軽くなったように感じながら、簪は整備室に向かっていった。

姉が一緒に居てくれたおかげか、寂しさが紛らわされ、前向きになることが出来たような気がする。ここ数日、専用機の作業が行えなかったため、今日から挽回していかなくては。

 

そんなことを思いながら、整備室前に近づいたとき

 

「だからなんども言っているだろう!なんでわからないのよッ!!」

 

大きな怒声が整備室から聞こえてきた。室内をのぞいてみると、数人の上級生が専用機である打鉄弐式を取り囲んでおり、その中心にエストの姿が見える。

なにやら上級生とエストが揉めていることは一目でわかった。

 

「なんで私に専用機を作ってくれないのよッ!!」

 

『我が創造主である瑠奈からは、あなた方に専用機を作る許可は下りていません。申し訳ありませんが、諦めてください』

 

淡々とマニュアル通りのような回答に、上級生たちは苛立ちが積もっていく。

このように、エストや瑠奈に専用機をねだるような連中は前々から存在していた。だが、瑠奈の怒りや怖さを恐れて直接来る者はいなかった。

 

だが、今こうして瑠奈が居なくなったこといいことに、AIのエストに来客が殺到している。

 

「じゃあ、なんで1年の更識っていう子には代表候補生でもないのに専用機持ちなのよ!おかしいじゃない!?」

 

『マスターへ専用機の贈呈は、マスターがこれまで行ってきた努力への相応の答えだと私は考えています。失礼ですが、あなた方は専用機を受け取るほどの努力をこれまでしてきたと胸を張って言えるのですか?』

 

人と同じ努力をして、他人より先に行こうなどおこがましい。結局、エストが言いたいのはそれなのだ。

誰にも負けないと思えるほどの努力をし、自分を高めることを忘れなかった人間に与えられるものが専用機。果たして、目の前にいる少女たちにそれを受け取る資格があるのだろうか?

 

「・・・・・」

 

何も言えない正論に、少女たちはぎりぃと歯を噛み締める。

そのまま、逃げるように部屋を退出していった。そのとき、リーダーと思われる生徒が、入り口にいた簪にぎろりと睨みつける。

 

その瞳に恐怖しながら、簪はエストの元へ向かっていく。

 

「・・・・大丈夫?なんか大変そうだったけど・・・・・」

 

『御心配には及びません。あのように困った方々に絡まれることは、前々から予想していたことです』

 

そう無感情のように言うエストには、雄星が居なくなったことに対しての悲しみや寂しさが感じられない。

そもそも、AIであるエストには、感情が備わっているかどうか不明だが、大切な人が居なくなってしまったのだ、なにか悲しい素振りの1つや2つしてもいいはずだ。

 

「ねえ、エスト」

 

『何でしょうか?マスター』

 

「エストは雄星が居なくなったことは悲しくないの?」

 

これは人間ではないエストには『悲しい』や『寂しい』という感覚は理解できないのかもしれないが、それでも聞いておきたいことだ。

 

『・・・・私には人間の感情という物は理解できません。人が感じる痛みや感触などは肉体を持たない私には未知の感覚です』

 

やはりというべきか、予想通りの返答が返ってくる。だが、返答時の表情は、どこか寂しさを感じさせた。

 

『それでも・・・・奇妙な物足りなさが私の中であります。もしかすると、これはバグや深刻なシステムエラーである可能性があるため、後程、私の管理プログラムを再確認します』

 

結局はエストも寂しさを感じているのだが、それを素直に言わない辺りが彼女らしいといえる。そこがなんだか可笑しくて、ふふっと簪の口から笑みがこぼれる。

なんだか、自分の気持ちを人に直接言えない不器用な所が、雄星に似ている気がする。まあ、エストの人格は雄星を基に作られているらしいので、似てる部分があっても不思議ではないか。

 

「少しいいか?」

 

すると、入り口から声が掛かる。この声は簪も聞いている声だった。

 

『何か御用でしょうか千冬様』

 

振り返ると、黒いスーツを着た千冬が立っていた。狼を思わせる鋭い吊り目にびくっと簪の体が震えるが、エストは平常通りに対応する。

 

「突然で悪いが、お前から雄星に連絡を取ることは出来るか?」

 

『はい、少し時間がかかりますが、雄星の機体にリンクすることは可能です』

 

「ならば話が早い。お前から学園に戻ってくるようにあいつに言ってやってほしい」

 

千冬としても雄星がこの学園に居てほしい。そう思ってのお願いなのだが

 

『申し訳ありませんが、その用件には対応できません。雄星からは、学園関係の通知を送ることを禁止されています』

 

学園の近況を知らされて、情が移ったり、恋しくならないようになのか、緊急時以外の報告をすることは出来ない。

だが、ここで『はい、そうですか』といって食い下がる訳にはいかない。

 

「お前は雄星がこの学園に戻ってきてほしくはないのか?私は何としてもあいつをこの学園に引き戻すつもりだ。そうするためにはお前(エスト)の協力が必要不可欠なのは、お前自身も理解しているだろう」

 

『あなたにそんなことを言う資格があるとは思えませんね』

 

「なんだと・・・・」

 

心外なことを言われてぎろりと睨むが、AIのため、恐怖を知らないエストは怯まない。

 

「お前も私に教師の資格がないというつもりか?」

 

『いえ、私が疑問を感じたのは、あなた方の雄星に対する対応です』

 

「対応だと・・・」

 

いまさらだが、千冬と雄星の仲は良好とは言えない。正確に言えば、千冬は雄星に歩み寄ろうとしているのだが、雄星は千冬が歩んできた分だけ、後ろに下がり、千冬を拒絶する。

そんな関係であっても、雄星を不憫に扱ったことはない。

 

『雄星はこの学園を守ってきました。それこそ自分の居場所を守るために命を賭けて。しかし、あなた方教師は雄星を都合の良い存在として扱っているように思えます』

 

地下深くに存在する解析室に、特別区画であるオペレーションルーム。別にすべてを話せと言っているわけではない。

だが、命を賭け、必死にこの学園を守ってきた雄星に、この学園の都合の悪いことを話さずに守ってもらおうなどと、都合が良すぎるのではないだろうか。

 

『申し訳ありませんが、雄星はあなた方上層部の為に戦う兵士ではありません。何度も言いますが、諦めてください』

 

何とも言えない正論を言われ、千冬の口が堅く閉ざされる。学園の秘密を言えなかったのは、雄星のことを信頼しきれていなかったからなのかもしれない。

そんな人間が雄星の生き方を指図する資格などない。

 

「ならば・・・・せめてこれをあいつに渡してやってほしい」

 

ポケットから1枚の紙きれを差し出す。肉体を持たないエストには受け取れないため、ぎこちない様子で待機状態の打鉄弐式の腕を動かし、受け取る。

 

『これは何ですか?』

 

「今月下旬に開催されるイベントの『キャノンボール・ファスト』のチケットだ。もし必要ないのなら、適当に破り捨てればいい」

 

『・・・・わかりました、渡しておきますが、当日に彼が来るかどうかは保証できませんよ』

 

「渡しておいてくれればいい」

 

ひとまず、チケットを粒子に分解して、収納する。すこし時間がかかるが、数日中には雄星に送ることが出来るだろう。

 

「用件はこれだけだ、邪魔した」

 

教師としての仕事があるからか、早々に千冬は整備室を退室していった。簪はドアに向かっていく千冬の背中が不思議と悲しいように感じた。




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

57話 揺らぐ心

何やかんだで学校が始まってしまいました。
夏休み最終日に過去にタイムスリップしたいと本気で思うのは私だけでしょうか?


人間には愛という感情がある。

それは一見素晴らしいように感じる感情だが、行き過ぎた愛からは嫉妬が生まれ、嫉妬から妬みが生まれてしまう。そして、その感情からは別に本人にその気が無くても、嫉妬や妬みは他者を蹴落とし、自分が一番であろうとする行動が生まれていだろう。

他人の不幸により、自分が幸福になるという略奪に似たこの行為は、対象が人であれ、物であれ、人間に愛という感情がある限り、免れられないものなのだろうか。

 

「あれ・・・なんでないの?」

 

朝、学園内にはいろうとしている簪だが、そこで大きな不安に襲われていた。

校内に入るための内履きが自分の下駄箱にないのだ。昨日、帰るときは間違いなくあった・・・・というより、簪本人が履いていたというのに。

 

必死に記憶の糸を辿ってみるが、どうしてもわからない。

というより、下駄箱で靴を履きかえるなどという習慣化している行動など、毎日意識など簪本人もしていない。

 

『どうしましたマスター?もうすぐ朝のHRが始まりますよ?』

 

行動の異常性を感じたのか、目の前にエストが映し出された。

つい最近まで、機体調整が不安定だった打鉄弐式だったが、エストと簪の努力によって基本的な組み立てはほぼ完了した。

それによって機体を小さな指輪状に収納できるようになり、こうしていつでもエストと話すことが出来るようになった。

 

「それが・・・私の靴が無くて・・・・」

 

『見間違いなどではなくて?』

 

そう言われて、下駄箱を何度も確認するが、やはり、ないものはない。再度、記憶の糸を辿るが、思いだせず、頭を悩ませていく。

だが、こうしている間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。

 

『マスター、当然のことを聞きますが、あなたは昨日、その靴を履いていたのですよね?』

 

「うん・・・なのになくて・・・」

 

すると、足元がぼんやりと光ると、モグラのホログラムが映し出された。周囲に鼻をピクピクト動かしていてとても可愛らしい。

 

『面倒なのであまり使いたくないのですが、この際仕方がありません。マスター、申し訳ありませんが、その映し出されているモグラの鼻に足の裏を(かざ)してくれますか?』

 

「何をするの?」

 

『モグラは嗅覚が発達している生き物です。その習性を基にして今作ったそのモグラのホログラムでマスターの足の臭いが付いている靴を探し当てます』

 

つまり、簪の足の臭いを嗅いで、犬のように探し当てようということだ。

頼りになるのはいいが、人(?)に足の裏の臭いをかがせるというのは、多少の羞恥が襲ってくる。

 

『ほら、早くしてください。時間がありません』

 

急かされ、遠慮しがちに足を差し出すが、少し引け腰になりながらのせいか、認識が甘い。

 

『もっと近づけてください。足の指と指の間も広げて。そう、そのまま、そこがいい位置です。エロいですよマスター』

 

「う、うん・・・・」

 

複雑な心境でいると、臭いを認識したモグラのホログラムがぴくっと反応し、猛スピードで駆けていった。

 

『マスター、追ってください。ホログラムの先に靴がある確率が高いです』

 

靴下のまま、廊下を走るのは若干の抵抗があったが、仕方がないと思い、モグラを追っていく。階段を上がっていき、たどり着いたのは・・・・

 

「と、トイレ・・・?」

 

生徒から教員まで幅広く使われている女子トイレだった。

この時点で嫌な想像が脳裏を掠めたが、それでも確認しなくてはいけない。震える手でドアを開けると、一番奥の個室トイレのドアの前で、モグラのホログラムが待機していた。

 

「っ・・・・・」

 

そしてその個室トイレの便器の中に、2つのシューズーーーー簪の両靴が突っ込まれていた。

この犯行は、恐らく、昨日整備室に来ていた生徒の仕業だろうか。

本来ならば、国家あるいは企業に属する人間にしか与えられない専用機。それを一度は代表候補生を辞任した簪が手にすることに、周囲の嫉妬や反感は前々からあった。

 

そして、今日ついにその感情がこうして実害になったわけだ。

 

『これは・・・・ひどいですね・・・・』

 

両靴とも完全に水浸しになっており、使用不可能の状態だ。この容赦のなさから、犯人の相当な憎しみが感じられる。

 

『別にマスターは犯人に何の迷惑もかけていないのに・・・・人間とは面倒な生き物ですね』

 

機械は、自分の障害となるものは排除しようとするのに対し、人間は何の迷惑もかけられていない人にもこうして感情で害を及ぼす。

どうにも人間は複雑で面倒なものを兼ね備えている。

 

『とりあえず、緊急処置を施すとしましょうか』

 

突っ込まれているシューズを浮遊させると、圧縮を加えてしみ込んでいる水を一気に絞り出す。

そのまま、軽く熱を加えて乾燥させる。乾燥機に入れているわけではないので、多少の皺は残ってしまうが、ひとまず履けるようにはなった。

 

『どうぞ、滅菌処置と消毒をしておいたので清潔ですよ』

 

「うん・・・・ありがとう・・・・」

 

彼が恋人になってからは、一緒に登校していたため、こうして陰湿な嫌がらせやいじめはなかった・・・・というより、報復を恐れてやる者はいなかった。

だからこそ、考えてしまう、『もし、彼が今自分の隣にいたらなんて言うか』と。

 

『大切な恋人を傷つけた愚かな罪人には裁きが必要だね』『犯人の家族に泣きながら防人(さきもり)の歌でも歌わせてやろうか』『さて、どうやって泣かせようかな・・・・』

 

「ふふっ・・・・」

 

自分のために行動してくれる彼を思い浮かべると、笑みが出てくる。

 

『ほら、にやけてないで早く教室に行きますよ』

 

「うん・・・・急ごう・・・・」

 

奇妙な元気をもらって、簪は教室へ歩きだしていった。

 

 

ーーーー

 

「これも失敗か・・・・」

 

ほのかな明かりが灯る部屋の中、苛立ちの混ざった声が響いた。

目の前の机には、見たこともない実験器具が並べられており、数え切れないほどの注射器やフラスコ、試験管などが置かれている。

 

「細胞変化なし・・・・この薬品も取り込まれたのか・・・・・」

 

小声でぶつぶつと呟きながら、また新たに得体の知れない液体を、目の前の机に置いてある高度な機械に入れ、手を加えていく。

それと同時に、手元にあるメモ帳に化学式を書き込んでいく。

 

「細胞は遺伝子とDNAの構造を覚えている。だったらその上から個々のDNAの記憶を上書きして、遺伝暗号表の突然変異を引き起こして、形質を組み替えることが出来れば・・・・・」

 

カリカリとペンを走らす音。それがこの部屋の唯一の音だったのだが、不意にその音が途切れる。

 

「もうここに来るなと言ったはずだ」

 

ペンと膝上に置いていたメモ帳を机に置いて立ち上がり、背後に振り向く。そこには、この薄暗い部屋で不自然に光る少女ーーーーエストの姿があった。

 

『雄星、千冬様があなたに贈り物を出しました。受け取ってください』

 

「いらない、今の私は学園ともお前とも何の関わりがない。無断に部屋に入ってきたことは見逃そう。さっさと出ていけ」

 

『そう言わずに受け取ってください。千冬様も「受け取った後は自由にしろ」とおっしゃられていました』

 

両手を胸前にあてると、目の前に光の粒子が集まり、1枚の紙きれが構築された。

 

「それはなんだ?」

 

『今月末に行われる行事のキャノンボール・ファストの会場の入場チケットです。千冬様が特別にあなたのために取ってくださいました』

 

チケットを受け取り、軽く目を通す。9月27日、もうすぐ行われるこの行事のチケットを渡してどうしようというのだろうか。

『私の弟が活躍するから見に来い』などという、のんきな理由ではなさそうだが。

 

「わかった・・・・確かに受け取った。これでもう用件は終わりか?」

 

『はい』

 

「だったら早く簪の元に帰れ。ISを完成させるんだろう?」

 

『わかっています、それでは私はここで失礼させてもらいます』

 

それだけ言い残すと、ブツッと何かが切れるような音を発して消え、再び部屋は元の状態に戻った。沈黙、静寂、閑静と微かな明かりが灯されている部屋に。

 

「はぁ・・・・」

 

妙な疲労感を感じ、近くの椅子に腰かける。

手元には先ほど受け取ったチケットが握られている。これがあれば、会場に入ることが出来るのだろう。

つまり、簪や楯無、一夏やセシリア達などの専用機持ちの面子に再び会うことが出来る可能性があるということだ。

 

「馬鹿か・・・・何を考えているんだ・・・・いまさら・・・・」

 

邪念を振り払うように頭を振るが、脳裏には学園を去るときに、自分の名前を呼んでいた楯無の顔が思い浮かんだ。あの悲しく、寂しげな少女を思うと、罪悪感を感じると同時に、自身の心にもあのにぎやかだった学園生活が蘇る。

 

専用機持ちとの訓練で、一夏の白式をゼノンの肉弾戦でボコボコにしたり、セシリアの4機のビット攻撃を、アイオスのアリス・ファンネルのシールド1つで全て防ぎ、へこませたこと。

千冬に職員室で怒鳴られると、『怒ってばっかりだから結婚できないんだよ処女が』と笑いながら言って、千冬の怒りに油を注いだこと。

 

そして簪と一緒に専用機を作ったこと。

学園に入学する前は、人との関わりを極力避けていたため、あんなに人との関わりを持ったのは初めてだった。そのことを思い浮かべると、心に空虚感が押し寄せてくる。

 

だが、今更どうしようというのだろうか。

今さら学園に戻って『寂しくなったから、もう1度学園に入れてくれ』と頭を下げるなど、いい恥さらしだ。

 

「本当に・・・どうしたらいいんだろうねぇ・・・・」

 

普通の人ならば、この胸の内を吐露し、友人や家族に相談しているのだろうか。

だが、自分にはそんな存在はいないし、自分なんかが人と関わる資格などない。結局は全て自分で決めるしかないのだ。

 

「行かないで・・・・か・・・・」

 

口から消えてしまいそうな声でそう言ったとき、夜が明け、部屋に備え付けられている窓からほのかな朝日の光が差し込んだ。

 

ーーーー

 

キャノンボール・ファスト当日。

会場は満員で、空にはポンポンと花火が上がっている。

 

「かんちゃん晴れてよかったね~」

 

隣から幼馴染である本音の声が聞こえてくるが、今の簪にはそれに答えている余裕はなかった。会場に入った途端、こうして会場の観客席をきょろきょろと見渡している。理由は当然、彼が原因だ。

 

「大丈夫、ルナちょむはきっと来てくれるよ~」

 

「そうかな・・・・」

 

もし、会場で見つけることが出来たのならば、どんな手段を使ってでも引き戻すつもりだ。

最悪、姉の手を借りてでも拉致し、考えが変わるまで部屋に監禁してまで学園に連れ戻して見せる。そんなストーカーや誘拐犯に近い考えが、簪の頭に渦巻いている。

 

「かんちゃん、顔が怖いよ~」

 

若干引き気味の様子の本音と共に、席に座る。ひとまず、彼を見つけるのは後回しにして、準備をするために、ディスプレイを呼び出し、指を走らせる。

すると、簪の顔の横に、手元にあるディスプレイとは、また別の空中投影のディスプレイが現れる。

 

「エスト、見える?」

 

『えっと・・・・もう少し右上で・・・・そう、その位置がベストです。その位置にモニターを固定してください』

 

ひとまず、競技場全体を見通せる視界にモニターを固定する。

このキャノンボール・ファストはISの追加装備の高速機動パッケージを使用する競技だ。その追加装備を実際に使った時のデータは、簪の専用機に役に立つので、こうしてエストの力を借りてデータ収集に来た。

 

まぁ、データ収集と言っても、簪の役割はエストの視界モニターの設定だけで、肝心なデータはエストが行ってくれる。

やれることがなくなると、ISの視界モニターを使って再び観客席にいるであろう、雄星の探索に戻る。

 

確かに、人は皆、誰にも言えない秘密を抱えているだろう。

だが、いくら大きな秘密だとしても、本名を知られただけで、学園を去る必要があるとは思えない。いったい、雄星という名前にはどのような秘密が隠されているのだろう。

 

知りたい欲求に襲われるが、もちろん簪は無理に聞き出そうとは思っていない。簪としては、雄星がこの学園に居てくれるだけいいのだ。

 

『マスター呆けているところ申し訳ありませんが、モニター角度に多少の誤差が生じました。1年生のレースが行われる前に、修正してくださいませんか?』

 

「えっ・・・あ、ごめん・・・」

 

なんだか最近、エストの言葉が辛辣になってきているような気がする。脳内を見透かされているような焦りが心の中から感じてた。

そんなことを考えていると、会場が『わぁぁぁぁ・・・・』と大きな歓声に包まれる。

 

見てみると、レースのスタート地点には、高速機動仕様のISを纏う専用機持ちのがいた。やはり、企業や学園から期待されている存在なのだろうか。

 

そんな簪の複雑な心境をよそに、1年の専用機持ちはスタート地点につき、一斉にスタートする。

どの機体が優勝するか気になるところだが、今はデータ収集が最優先だ。できるだけ、エストが作業しやすい環境を作っていく。

 

『イギリスの専用機は高速機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備。そのパッケージを装備した時の性能の差は・・・・』

 

エストの声に比例して、手元のディスプレイにも細かくデータが書き込まれていく。

簪や本音にはなんと書かれているのか理解できないが、きっと精密なデータを取っているのだろう。

 

1年生の専用機持ちによる白熱するレース。

それが2週目に入った時、突如レース会場に一筋のビームが降り注ぎ、襲撃者がこの会場に飛来した。

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

58話 悲劇の開幕

最近忙しくて執筆する時間がなくて困ります。
ですか、無事完結目指して頑張っていこうと思います。


日光が差し込み、温かい温度を纏った小さな部屋。誰もない無音の空間で雄星は椅子に腰かけ、本を読んでいた。

 

「・・・・・」

 

誰もいない部屋。そこには本のページをめくる音以外存在しなかった。そんな部屋に、再び見知った来訪者が訪れる。

 

「部屋にはノックをして入ってこい」

 

『私には肉体が存在しないので不可能です』

 

椅子の背後にいるエストに、怒りが混じった声で言うが、反省している様子はない。前回の実験室の来訪以来、エストは姿を現すことはなかったのだが、今日突如現れた。

突如と言っても、理由は大体わかるのだが。

 

『雄星、現在IS学園は『サイレント・ゼフィルス』率いる組織の襲撃を受けています。今の専用機持ちの装備は、戦闘用ではなく、レース用にカスタムされた高速機動パッケージ仕様です。彼らには負担が重すぎます』

 

「そうか、大変だな」

 

『雄星、至急学園へお戻りください。皆、あなたの帰りを待っています』

 

「関係ない。お前もこんなところにいるぐらいなら、現場に戻って避難用のマグライトでも送ってやれ」

 

エストの方に向くことなく、本に目を走らせながら非情に答える。

今の雄星は、学園に関係のない部外者だ。その部外者が学園に事情に首を突っ込むなどおかしいだろう。

 

『学園には、マスターや本音様、楯無様、千冬様、あなたのご友人が大勢おられます。あなたはその方々を見捨てるのですか?』

 

「静かにしてくれ、本に集中できない」

 

『あなたは理不尽な理由で傷つき、苦しんでいた瑠奈様を助ける(・・・)ため力を欲しました。結果、瑠奈様を救うことは出来ませんでしたが、今のあなたは大きな力を持っています』

 

「黙れ」

 

『学園にいる方々のほとんどは、今回の襲撃に無関係です。皆、巻き添えでこの襲撃に巻き込まれました。瑠奈様のように傷ついたり、苦しんでいる知人やご友人が今おられるというのに、見捨てるのですか?』

 

「っ!」

 

そこまで言ったところで、手元にあった本を後方にいるエストに向かって投げつける。しかし、エストは肉体を持たないホロアクターのため、当たることなくすり抜け、部屋にはゴンっと本が落ちる音が響く。

 

『私は皆さんを助けたいです。しかし、今の私には大切な人たちを守る力はありません。・・・学園に足を運んではいただけないでしょうか?』

 

「今の私に学園に戻る資格はない」

 

『確かに、学園に戻ることは出来ないかもしれませんが、学園に入ることは出来る(・・・・・・・・)でしょう?』

 

今の雄星のズボンのポケットには1枚のチケットが入っている。前に、エストに渡されたキャノンボール・ファストの入場チケットが。

破り捨てようと思っていたのだが、なかなか決心がつかず、今日までポケットに入れたままだった。

 

『是非、今からでも学園にお立ち寄りください』

 

思いと期待を込めた様子でそう言うと、エストは姿を消した。

当然だが、エストには自分の過去を教えていない。そのはずなのに、彼女はここまで自分の過去を感づき、説得しにきた。

 

「少し・・・余計な知恵を与えすぎたか・・・・」

 

反省するようにそうつぶやくと、投げた本を拾いに行く為に、静かに椅子を立った。

 

 

ーーーー

 

「きゃぁぁぁっ!」

 

誰かの悲鳴が聞こえる。その悲鳴が会場に響いた瞬間、パニックが客席全体に広がっていく。

運営側も突然の事態にどう対応したらいいのかわからない状況だ。

 

「落ち着いて!皆さん落ち着いて避難してください」

 

係員の声が響くが、誰も耳を貸すことなく、非常用出口に殺到している。会場全体がパニックになっている中、1人の生徒が他とは違った反応をしていた。

 

「エスト!エスト!」

 

観客席で座っている簪が、本音を庇う形でコースに出現した襲撃者である黒いISに解析用モニターを向けていた。

出入り口は生徒たちが殺到しており、すぐに出ることは出来ない。ならば、今自分が出来ることをするしかない。

 

『解析できました。あのISはサイレント・ゼフィルス。イギリスの第3世代の機体です』

 

そう告げられたと同時に、細かな外部データが送られてきた。装備されている武装はどれも強力で、組み立て段階である自分の機体では太刀打ちできそうにない。

今は専用機持ちが応戦しているが、お世辞にも良い状況とは言えない。

 

「エスト、打鉄弐式を起動させて!」

 

『ダメです!あの機体の武装データがまだ不完全です。武器を持たない状態で戦うおつもりですか!?』

 

「でも・・・このままじゃ・・・せめて避難の手伝いだけでも・・・」

 

『ここで下手にISを展開でもして襲撃者の注意を引くことになったら危険です。今のあなたは相手にとっていい的も同然であることを自覚してください!!』

 

反論のしようのない答えに立ち尽くす。

どうしたらいい・・・自分はISを使えない。出入口は人が殺到しており、今すぐ出ることは出来ない。かと言って、この客席で呑気に戦いを鑑賞しているわけにはいかない。

 

もし・・・もし、彼ならどうしている。勇敢に立ち向かっているのだろうか、それともこの客席内で安全地帯を探しているのだろうか。

 

「どうしたらいいの・・・」

 

「かんちゃんっ!」

 

懸命に考えていると、突如、隣にいた本音が声を上げた。それと同時に、周囲の人間も悲鳴を上げる。簪と本音のいる客席に、流れ弾と思われるビームが飛んできたのだ。

 

「エスト!シールドバリアーを・・・」

 

『ここでバリアーを展開したら、防御時の余波で周囲の客席が吹き飛びます!!』

 

傘というものは雨から人を守るが、雨粒を防いでいるわけではない。傘生地である傘布(カバー)に落ちた雨粒は、そのまま滴り落ちていくが、その雨粒は、降り注いでいる雨粒より大きな塊である、水滴となって滴り落ちる。

 

それと同じように、ここで下手に攻撃を防いだら余波によって周囲の客席にいる人々に大きな被害を及ぼしてしまう。その真実が簪の判断を遅らせた。

もはや、シールドバリアーを展開する余裕もないところまで攻撃が迫ってきた。

 

「本音っ!危ない!!」

 

防げないとわかったや否や、勇敢にも幼馴染の本音に覆いかぶさった瞬間、ビームと簪たちの間に、1人の人間がゆっくりと歩いて割り込んできた。

その人物はフードをかぶっており、顔が見えなかったが、簪と本音に背を向ける形で立つ。そして

 

バジィィィ!!

 

強烈な音を立て、向かってきたビームをかき消した。突然の謎の人物の乱入と、助かったことに対する安堵の声が観客の中で出る。

 

「あなたは・・・・」

 

本音に覆いかぶさり、倒れている状態でそう呟いた瞬間、頭にかぶっていたフードが落ち、乱入者の顔が瞳に写る。

小さな身長に長髪の黒髪。その人物はーーーーー

 

「やあ、簪。久しぶりだね」

 

久しぶりに会う恋人の小倉雄星だった。

 

 

ーーーー

 

「雄星・・・・」

 

「頼むからここでその名前で呼ぶのはやめてくれるかな?」

 

「あ・・・・ご、ごめん・・・・」

 

突然の再会に戸惑いながら倒れている簪と本音を立ち上がらせると、軽く微笑む。その表情はまぎれもなく雄星だ。

来てくれたことに対する安心感と再会の喜びが心からこみ上げてくる。

 

「ルナちょむ~~」

 

「やあ、本音も元気そうだね。少し見ない間に胸が大きくなったんじゃない?後で揉んでいい?」

 

「ええ~どうしようかな~~」

 

今は襲撃されている最中だというのに、呑気にセクハラ発言をする雄星。そのマイペースを見ていると、なんだか怖いもの知らずな気持ちになってくる。

 

「瑠奈・・・どうしたら・・・・」

 

「ああ、大丈夫だよ」

 

コースの中央で専用機持ち達と戦っている襲撃者であるサイレント・ゼフィルスに注意しながら、アイオスを展開し、バックパックの赤い翼からアリス・ファンネルを全機射出し、簪の周囲に纏わせる。

 

「このアリス・ファンネルは全機、防御陣営を取るように設定してある。これを使って避難の手伝いをしてくれ」

 

「瑠奈は・・・どうするの?」

 

「私は襲撃者の相手をしてくる。撃破とはいかなくても、撃退ぐらいはしときたいかな」

 

瑠奈の静かなる闘志を感じ取ったかのように、アイオスが熱を帯びていく。どうやら、やる気満々の様子だ。

 

「詳しい話はここを乗り切ってからだ。簪、あとは任せた」

 

それだけ言い残すと、ブースターが起動し、突風を起こしながら、サイレント・ゼフィルスへと突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

「くっ、機体の機動性能が早すぎる!!」

 

黒いISと白いISがぶつかり合う光景を、ラウラは砲口を向けながら、奥歯を噛み締めた。

コースの中央では、一夏の白式とサイレント・ゼフィルスが激突している。

サイレント・ゼフィルスにブースターをやられてしまったラウラは、高い機動性を持つ敵ISとは、直接戦闘に加われないため、砲撃をして後方支援をしていたのだが、中々姿を捉えられない。

 

「ラウラ!僕が相手の動きを止める。だから、その隙に攻撃して!」

 

近くでラウラの防御に回っていたシャルロットがそういい、武装を展開するが、シャルロットのリヴァイヴもラウラと同等のダメージを受けている。

 

「よせ、シャルロット。危険すぎる!」

 

「だけど・・・このままじゃみんなが・・・・」

 

現在、一夏、箒、セシリア、鈴が応戦しているが、良いとは言えない状況だ。『どうすれば・・・・』と呟いたとき

 

『今から一瞬だけ、サイレント・ゼフィルスの動きを止める。その瞬間を砲撃しろ』

 

「なんだ!?」

 

突然、ISのプライベートチャンネルから通信が届く。

しかし、その声は聞き覚えのある声だ。

 

「何者だ!?」

 

『5・・4・・3・・・』

 

ラウラの返答を無視し、カウントダウンを始めていく。

 

「っ・・・ちぃ!!」

 

若干自棄になりながら、再度砲撃するために、スコープに目をつける。

 

『・・2・・1・・』

 

そこまで言ったところで、スコープにとらえていたサイレント・ゼフィルスに黒い影が乱入し、ぶつかった。その黒い影はーーー

 

「瑠奈っ!!」

 

アイオスを纏った瑠奈が、サイレント・ゼフィルスにサーベルで切り込みを入れて、ぶつかり合いの状態になり、動きを封じ込める。

 

『今だ!!』

 

「分かっている!!」

 

そう叫ぶと同時に、構えていたリボルバーカノンが火花を噴き、発射される。その強力な弾丸は、まっすぐサイレント・ゼフィルスに向かっていくが、攻撃が直撃する直前に、パァァンと傘状にビットが展開し、防ぐ。

 

「やはり、シールドビットを・・・」

 

セシリアから大体のことは学園祭直後に聞いていたが、ここまで正確に操ることが出来るとは。

嫌な汗が流れたと同時に、思いっきり振りほどかれ、平衡感覚が取れなくなってしまい、地面に叩きつけられる。

 

「死ね・・・」

 

そんな瑠奈にサイレント・ゼフィルスは、持っていたBTライフルを構え、引き金をひく。

銃口からビームが発射され、まっすぐ瑠奈に向かっていくが

 

「うぉぉぉぉっ!!」

 

間に、雪羅をシールドモードに変えた白式が割り込み、防ぐ。

 

「大丈夫か!?瑠奈」

 

「すまない、助かった!!」

 

倒れたままの体勢で、お返しと言わんばかりに、ヴァリアブル・ライフルを展開したと同時に、数発撃ち放ち、サイレント・ゼフィルスを少し後退させる。

その隙に素早く立ち上がり、距離を取る。

 

「危ない危ない・・・」

 

「瑠奈、来てくれたんだな!!」

 

「おしゃべりは後でだ。今はとりあえずこの状況を乗り切る」

 

悔しいが、相手の方が機体性能、技量ともに利があるため、このままノコノコと持久戦を続けるのはよろしくない。最悪、全滅の危険もある。

 

「箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ。聞こえるか?」

 

『なんだ?』

 

『聞こえていますわ』

 

『何よ?』

 

『どうしたの?』

 

『何か策があるのか?』

 

瑠奈の声に呼応するかのように、懐かしい面子の顔が映し出される。

 

「1度だけでいい。5人の火力をサイレント・ゼフィルスに集中させてほしい」

 

『火力を集中させるって・・・どうするつもりよ?』

 

「隙を作り、一気に私と一夏で突っ込む」

 

てっきり、確実に攻めていく作戦でいくと思っていたのだが、あまりにも幼稚で単純な作戦に各々から驚嘆の声が出る。

 

『ちょっと、何よその作戦!?そんな滅茶苦茶な作戦で行くつもり!?』

 

「悪いが、戦闘用の装備ではない君たちと今の私には、堅実に勝つ方法などない。ならば一か八か賭けに出るしかないだろう」

 

『そうかもしれないけど・・・』

 

あまりにも無謀な作戦に何とも言えない気分になる。だが、その博打に出るしかないのは誰も分かっている。

不利なこの状況では、最大火力を持つ一夏と瑠奈をぶつけて一発逆転を狙うしかない。

 

『分かった・・・牽制程度でいいんだな?』

 

ラウラのその言葉を初めに、各々が覚悟を決めていく。

不安がないといったら嘘になるが、今は瑠奈がいるのだ。それだけで心強い。瑠奈も全員の覚悟を感じ取ったらしく、返答を聞かず、『準備はいい?』と通信を送る。

ちらりとサイレント・ゼフィルスを見ていると、何もすることなく、憎悪の満ちた目で瑠奈たちを見下している。

 

『行くぞ!!』

 

ラウラの叫び声を合図に、瑠奈と一夏以外の専用機持ちが、サイレント・ゼフィルスに向かって攻撃を集中していく。

高速機動パッケージ仕様のため火力は落ちてしまうが、それでも少なくはない攻撃が集中する。

 

「行くぞ、一夏っ!!」

 

「ああ!!」

 

シールドビットを展開し、攻撃を防いでいるサイレント・ゼフィルスに向かって瑠奈と一夏は突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ルナちょむ遅いね・・・・」

 

「うん・・・」

 

会場の外、簪と本音は瑠奈と専用機持ちの帰りを待っていた。

避難が完了し、全校生徒は待機状態だ。その状況でさっきから待っていたのだが、不思議なことに会場から一切の物音がしない。

完全に静まり返っている状態だ。それが一層不気味な雰囲気を醸し出している。

 

「本音は待っていて・・・・ちょっと様子を見てくるから・・・・」

 

「かんちゃん、危険だよ~~」

 

「大丈夫・・・エストがいるから・・・」

 

それだけ言い残すと、教員にばれないように、こっそりと列を抜け、会場の方へ走って行った。

 

 

 

ーーーー

 

 

重い扉をゆっくりと開き、会場の中にはいる。

やはり、一切の物音がしなかったからか、攻撃はない。

 

「雄星・・・どこ・・・」

 

心配そうにそう呟いた瞬間、簪から少し離れた場所に何かが墜落し、ドカァァァンと大きな物音を立てて吹き飛ぶ。

その正体は

 

「う・・・うぅぅぅ・・・」

 

右腕が血で真っ赤に染まり、口から苦しげな声を上げているブルー・ティアーズを纏ったセシリアだった。

よく見ると、会場の所々に、深刻なダメージを負い、行動不能になっている専用機持ちが地面に倒れている。

 

「な、なんで・・・・」

 

信じられない光景に、口から低い声が出る。その瞬間、会場上空から1つの機影が出現する。その機体は

 

「う・・・・そ・・・・・」

 

セシリアと同じように右腕から血が流れ、サイレント・ゼフィルスに顔をわしづかみされている完全敗北したアイオスだった。

雄星が負けたという余りにも現実離れした光景がそこにあった。

 

「雄星っ!!」

 

『マスター、ダメですッ!!』

 

大切な人を傷つけた怒りからか、先ほどのエストの警告を忘れ、不完全な打鉄弐式を展開し、サイレント・ゼフィルスに突っ込んでいく。

自分のISが不完全だとか、勝ち目がないとか、そんなのは関係ない。とにかく彼を助けなくては。

 

しかし、思いだけではどうにもならない。

無情にも、接近したところで、BTライフルの銃身にはじき返され、先ほどのセシリアと同じように地面に墜落する。

 

「消えろ・・・」

 

とどめを刺すように、サイレント・ゼフィルスは墜落した簪に向かってライフルを向け、撃ち放つ。

 

『緊急防御起動!!シールドエネルギーシステムを前方集中展開!!』

 

エストの叫び声に近い声を、地面に墜落したせいで、ぼんやりとした頭で聞いていく。

バチバチと目の前で、自分に向かって撃たれたビームとシールドエネルギーがぶつかり合う音を聞きながら、簪の意識は消えていった。

 




評価や感想をお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

59話 過去からの亡霊

10月となり、金木犀の香りが感じられてきました。
秋の金木犀の香りは昔から好きで、どこか安心するもののように個人的には感じます


「---ちゃん、---しちゃん!!」

 

「う・・・」

 

「簪ちゃん!!」

 

頭がズキズキと痛む。それと同時に聞き覚えのある声が聞こえ、目の前には青い髪が見える。だが簪は知っている、この声と髪の持ち主を。

 

「おねえ・・・ちゃん?」

 

「よかった・・・・目が覚めた!?」

 

場所は今までの簪とは無縁の場所であった保健室。

そこで、真っ白なベッドの上で寝かされていた。外を見ると、オレンジ色の夕焼け空が広がっている。いったいどのくらい寝ていたのだろうか。

 

「大丈夫?本当に心配したんだから」

 

ベットに寝ている簪の頭付近で、泣きそうな顔で名前を叫んでいた姉の楯無が優しく頭を撫でてくる。

 

「えっと・・・確か・・・うぅぅ!!」

 

体を起こし、記憶を思いだそうとしたとき強烈な頭痛が起こり、頭を抱えてしまう。

それと同時に、最後に自分が見た光景が頭の中でフラッシュバックする。地面に倒れる専用機持ち。そして、サイレント・ゼフィルスに頭を掴まれ、力尽きたアイオス。

その記憶が鮮明に思いだされた。

 

「雄星は・・・・?」

 

「簪ちゃん?」

 

「雄星はどこッ!?」

 

慌てふためながら、楯無に問い詰める。

ここで、『大丈夫、雄星君はみんなと一緒に別の医療室で治療中よ』と笑顔で答えてくれることを願ったが、非情にも現実は願いとは真逆の真実を少女に伝える。

 

「雄星君は・・・・その・・・・・行方不明なの・・・・」

 

そう伝えられた瞬間、頭をハンマーのようなもので叩かれたような衝撃を感じる。

そのせいでバランスを崩し、ベットから落ちそうになるが近くにいた楯無に支えられて持ち直す。

しかし、支えられた簪の顔は真っ青だ。それを心配しながら、楯無は再び簪の体をゆっくりとベットに寝かし、布団をかける。

 

「会場に教師部隊が突入した時、いたのは簪ちゃん達専用機持ちだけで既にサイレント・ゼフィルスと雄星君の姿はなかったの。襲撃者に連れ去られたと考えるのが妥当かしらね」

 

なるべく動揺を悟られないよう声を抑えたつもりだったのだが、近くで聞いていた簪にはバレバレだ。

 

「助けに・・・・行かなきゃ」

 

「無理よ。現状では、雄星君が何者に連れていかれたのかすらわかってないのよ?そんな手がかりがない現状では手のつけようがないの、わかって」

 

どうしようもない真実を突きつけられ、沈黙する。

それと同時に考えてしまう。もしあのとき、打鉄弐式が完成していたら雄星を助けることが出来たのではないかと。

撃破は無理かもしれないが、こっちには補助システムであるエストがいるのだ。ひょっとしたら致命傷を与えることもできたのかもしれない。

 

だが、時は巻き戻らない。自分がやられ、雄星が再び自分の前からいなくなってしまったのも真実なのだ。

やっとのことで再会できた雄星が、再び消えてしまったことに対する悲しさで心が押しつぶされそうだ。

 

「ぐすっ・・・うぅぅ・・・」

 

無意識に涙があふれてくる。それを誤魔化すように枕に顔を押し付けるが、聞こえてくる嗚咽や体の震えのせいで無意味だ。

 

今まで雄星はどんなピンチな場面を切り抜けてきた。

クラス対抗戦、学年別トーナメント、学園祭。夏休み前の臨海学校では、体の左半身を失いながらも簪たちのピンチに駆けつけて救ってくれた。

 

どんな状況でも最終的に勝利する存在。それは簪の思い描いているヒーロー像にそっくりだ。

だが、今回だけはダメだ。いくら雄星でも切り抜けられない状況になってしまった。いくら願ったところでどうにもならない。

 

「簪ちゃん・・・・」

 

枕に顔を押し付け、泣きじゃくっている大切な妹の頭を撫で、大切な家族が泣いている状況に何一つしてあげられない自分を悔やむように、静かに奥歯を噛み締めた。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

『ねえ、雄星の将来の夢はなに?』

 

いつだっただろうか、彼女と各々の夢と未来を語り合ったことがある。まだお互いに幼く、当たり前の日常が当たり前のように続いていくと思っていた頃だ。

 

『将来の夢・・・・考えたこともなかったな。君の将来の夢は?』

 

『雄星のお嫁さん!!』

 

『そ、そう・・・』

 

『何、その反応!?すごく傷つくんだけど!?』

 

怒っていることを表すように、彼女は雄星の左右のほっぺたを両手でつまむ。

別に痛くはないのだが、喋りにくい。

 

『目の前で私がプロポーズしているんだよ、そこで『大丈夫、僕も君を世界一愛している。大人になったら互いを求めて生きていこう』ってプロポーズ返しするところじゃない?』

 

『ドラマの見過ぎ。あと、普通プロポーズは男の方からするもんじゃないの?』

 

ほっぺたをつまんでいる手を振りほどき、的確なツッコミを入れる。

絵本や子供向けアニメの影響を受け、まだこの世の複雑な事情や仕組みを知らない少女だからか、彼女の言うことはどこか非現実的だ。

だが、それがこの世の冷たさや残酷さを知っている雄星にとってはどこか眩しく感じられた。

 

『ぶーー、じゃあ、雄星は私と結婚したくないの?』

 

『姉弟では結婚できないよ』

 

『何言ってるの雄星?私と君は血が繋がっていないでしょ?』

 

『君が僕を弟にするって言ってきたんじゃないか』

 

「まーまー、細かいことを気にしていると、私と結婚できないぞ』

 

そう言い、雄星にその少女は大胆に抱きつく。初めは恥ずかしくて振りほどいてたのだが、今は慣れっこだ。むしろ、抱きつかせてあげないと、後に面倒なことを言われるのを知っている。

 

『だから雄星。私とはずっと一緒に居てね、約束だよ』

 

『うん、僕も君とずっと一緒に居たい』

 

腕の中で優しく囁かれて安心したように、目を閉じる。雄星は彼女に抱きしめられることが好きだった。自分の大切な人の温かさが感じられ、心が和んでいく。

 

ありがとう、こんな自分を必要としてくれて。そして

 

 

 

ーーーー約束守れなくてごめんね、瑠奈

 

 

 

 

 

 

「ん・・・・」

 

妙に懐かしい思い出がそこで途切れ、目が覚める。既に忘れ、記憶から消え去ったはずの夢の断片。それをなぜ今更になって見るようになったのだろうか。

 

「ここは・・・・」

 

目の前には知らない空間が広がっていた。壁や天井、全てが白に統一された広い空間。まるで実験場のような場所だ。

動こうとしたが、右手首と両足首には鎖が巻かれ、背後の壁に押さえつけられるような状態1人拘束されている。おまけに身ぐるみは取られ、真っ裸の姿。

逃げられないために、捕虜や人質の身ぐるみを剥ぐのは当然の行動だ。つまり、相手はこの手の行為に慣れている。

 

「ご丁寧に義足の関節ボルトも外されている・・・・」

 

義足の膝と足首には、体重を支えるための重要な部品が全て外されていた。この状態では左脚は走ったり、蹴ったりなどの激しい動きをすることが出来ない。

見事なまでに行動が封じられた状態だ。

 

「はぁ・・・こうなったか・・・」

 

自分を捕えた連中がどこかの国の秘密機関とかならまだ交渉の余地があるが、相手があのサイレント・ゼフィルスを奪って学園を攻撃するような連中だ。

交渉はおろか意思疎通が出来るかすら怪しい。

 

この殺風景な空間に1人全裸で拘束されているような状態が続いていく。

別に寂しいというわけではないのだが、こうして何の抵抗をすることなく大人しくしているのだ。早く犯人側の要求や目的というものを聞いておきたい。

 

その要望が叶ったのかは定かではないが、しばらくして1人の若い女性がこの空間に入ってくる。尋問係かとおもったが、服装はどこにでもいるビジネススーツのような服装だった。

 

容姿は整っており、スタイルもよく、胸のふくよかなふくらみがスーツを押し上げている。髪は雄星と同じような黒の長髪で、枝毛が1本もなく、手入れが行き届いている。

 

なんというか、『美人』という言葉が似合う女性だ。

 

そんな美人に自分の裸を見られているこの状況。常人ならばとてつもないほどの羞恥が襲ってくるが、今の雄星には謎の疑問に駆られていた。

 

(この女・・・どこかで見たことがある(・・・・・・・・・・・)・・・・)

 

会った日も、状況も思いだせない。だが、この女にはどこかで会っている。そんなぼんやりとした面識があった。

 

「久しぶりですね、小倉雄星」

 

目の前の女性も覚えているらしく、やや親近感のある挨拶をしてくる。それよりも、驚いたのはこの女性が『雄星』という名前を知っていることだ。

 

「あんた・・・・誰だ?」

 

「ふふふっ・・・」

 

怪しげな笑い声を出しながら、その女性は臆することもなく、雄星に近づき、首筋を綺麗な指で撫でる。だが、その目は人を見るような目ではなく、まるで宝石や芸術品を見るような卑しく、欲深い目だ。

 

「ようやく手に入れた・・・・私の雄星・・・・」

 

「悪いが、あんたみたいな穴ポコポコ女の所有物になった覚えはないな。あと、指が臭う、早く離れてくれない?」

 

お得意の煽りや悪口で心を乱そうと思ったが、表情1つ変えることなく、ゆっくりと指を首筋から胸部へ走らせていく。

 

「聞こえなかったのかアバズレのケツ穴女。さっさと手をーーーうぶっ!」

 

そこまで言ったところで怒りに触れたのか、勢いよくビンタが飛んできて、先ほど懐かしい夢を見たせいか、涙でぬれている頬に直撃する。

 

「主人に対してその口の利き方はなんですか、奴隷風情が」

 

(ふんっ、いいぞ・・・もっと怒れ)

 

怒って冷静な判断が出来なくなれば、脱走のチャンスなどいくらでもある。この女の監視の目が緩んだところで、エクストリームを使ってこの部屋ごと吹き飛ばしてやる。

内心ほくそ笑みながら、さらに、怒らせようと侮辱や悪口を言うが、まるで聞こえていないかのように雄星の体を撫でまわしていく。

 

先程の言葉が気に触れたのならば、次々に暴力を振るってきてもいいはずなのに、あれ以来全くと言っていいほど反応がない。

 

(どうなってんだ・・・・この女・・・・)

 

予想外の状況に戸惑いながら、一通り雄星の体を堪能した女が、わずかに離れる。

 

「主人に暴言を吐くような奴隷は好ましくありません。少しあなたには躾が必要ですね」

 

「ああ、そうかよ。私もあんたのような女は好みのじゃないから、主人としては願い下げだな。ところで、いい加減名前を教えてくれないかな?」

 

若干嫌気が混じった声で再び問い詰める。相手の名前をさっきからずっと聞いているのに、それに答えることもなく、体を撫でまわしてくる対応だ。

これはあれだろうか、『私の手で名前を感じなさい』とかいうニューハーフ御用達の自己紹介だろうか。残念ながら、雄星はそっちの趣味はない。

 

「じゃあ、名乗らせてもらいましょうか。私の名前はレポティッツァ(美女)亡国企業(ファントム・タスク)のスポンサーにして、あなたの主人よ」

 

「噛みそうな名前だな。もう少し呼びやすい名前に改名して出直してきな」

 

敵に拘束されているこの状況でも、冷静な態度を崩さない。

ここで下手に怒り、冷静な判断が出来なくなれば、どんな形であれ自分を不利な状況に追い込むことになることを雄星は知っているからだ。

しかし、そのモットーは次の言葉を前にして脆く崩れ去った。

 

「そして、あの場所(・・・・)の実験施設の創造者よ」

 

「あの場所?」

 

「覚えてないの?あなたが生まれた場所(・・・・・・)ですよ、ルットーレ」

 

それを聞いた瞬間、雄星の心の底に押しとどめていた禁断の記憶が蘇った。子供の死体で埋まった空間、泣き叫ぶ自分の大切な人の姿、血まみれで立つ自分。

その中で自分に、艶めかしい笑みを向けてくる女の姿。

 

「そうか・・・・お前が・・・・お前が・・・・」

 

プルプルと震えながら呟く。

簡単な状況だ。目の前にいるこの女が・・・・・

 

お前が瑠奈を(・・・・・・)ーっ!!よくもっ!!」

 

さっきまでの冷静な態度が崩れ、怒りのままに、目の前にいるレポティッツァに向かって手を伸ばすが、繋がれている鎖のせいであとわずかに届かない。

 

「くぅぅ!!くそがぁぁ、ぶっ殺してやる!!エクストリームっ!!」

 

そう叫ぶが、機体が纏われることなく、虚しく叫び声がこの密閉された部屋で跳ね返りを繰り返す。

額には血管が浮かび、手足に巻かれている鎖が強く引っ張られたことによって皮膚が裂くが、そんなことを気にすることなく、目の前にいる大切な人の仇となる女に食らいつこうとする。

 

「はぁ・・・まるで獣だ。まだあんな少女を思っているの?もう小倉瑠奈は死んだのよ?」

 

「お前も同じ場所に送ってやるっ!!地獄で悔め、くそ野郎が!!」

 

日頃の雄星では想像もできないほどに乱れた様子で襲いかかるが、いくら頑張ったところで鎖は千切れない。

 

「エクストリームっ!!こいっ!!」

 

必死に何度も自分の機体を呼び込むが、何も起こらず、叫び声だけが響く。

 

「あなたの機体は既にこちらの手の内にあるわ。いくら頑張ったところであなたは逃げ出せない。まあ、逃がす気もありませんが」

 

それだけ言うと、用はすんだらしく、出入口まで自分を殺そうとしている獣の叫び声と雄叫びを聞きながらゆっくりと歩いていく。

 

「躾は明日から行いましょうか。今日はゆっくり眠りなさい」

 

「待てっ!!くっ、待てぇぇぇ!!」

 

しかし、その叫び虚しく、レポティッツァはこの実験室とも思える部屋から出ていった。それと同時に、壁の隙間から白いガスのようなものが発生し、部屋を白く染めていく。

 

「あ・・・あ・・・・あぁぁ・・・・」

 

そのガスは催涙ガスか何かだったのだろう。吸った途端、体の力が抜けてくる。

こんなにも仇が目の前にいるのに何もできない自分。そんな無力感を感じながら、静かに倒れ込み、意識を失った。




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

60話 帰るべき場所へ

部屋に目覚まし時計の甲高い金属音音が鳴り響く。

時刻は朝の6時。この時間は彼女の起床の時間だ。

 

「はぁ・・・」

 

豪華な装飾や家具で囲まれた寝室。そこに置かれているふかふかなマットレスと高価な羽毛のベットの中でレポティッツァは目を覚ましたと同時にため息をつく。

彼女は朝が苦手だ。一斉に人が活動を始めるこの時間帯で今日もまた、世界中で人間同士の醜い争いが起こると思うと、鬱になる。

 

レポティッツァの考えは自己中心的な考えをしているため、別に他人がどうとは思っていない。だが、自分の周りで争いが起こって嬉しい人間はいないだろう。

ずっと仲良くしろとは言わない。せめて1日ぐらい人間は静かにこの地球で生きていけないのだろうか。

 

「永遠に夜が明けなければいいのに・・・・」

 

あの何もかもが寝静まり、静かで暗黒に包まれた時間がずっと続いていけばいいのに。子供の頃からずっと思っていたが、結局夢は叶わなかった。

そんな懐かしい願望を思いだしながら、レポティッツァはベットから出る。

 

朝はシャワーを浴びるのが日課となっている。

浴室の脱衣所に入ると、寝巻を脱ぎ捨てて生まれたままの姿となってシャワーを浴びる。

 

目の前の鏡を見ると、当然だが自分の裸体が写っている。

ふくよかな胸に肉付きの良いお尻、そして美形で整っている顔。それに加えて、大資産家を両親に持つレポティッツァは、幼い頃から様々な人間から狙われてきた。

 

時には財産を狙って、時には自分の身体を狙われ、ある時にはその両方を。

レポティッツァと婚約さえすれば、莫大な資産と美人の妻が手に入るという一石二鳥の性質が、自分を様々な汚い大人に巡り合わさせた。

 

小汚い金の亡者に、自分には何をしてもよい権利があると勘違いして、人を傷つけることも躊躇わないクズ。

そんな現実に失望し、両親に泣きつけば、いつも同じ答えが返ってくる。『お前は人を踏みつぶす側の人間だ。そんな人間が甘えるな』と帝王学に似た答えが。

 

ガンッ

 

目の前の鏡には、両親の顔を彷彿とさせる自分の顔が映っている。それを憎むかのように、鏡に向かって拳が放たれる。

 

「くだらない・・・・」

 

ーーー人も、このISなんて言う機械に支配された世界も、全て何もかもがどうでもいい。そんな自分の考えに自己嫌悪するかのように、頭を振り、長い髪に付着した水滴を飛ばすと、シャワーのノズルを止め、湯気で真っ白になった浴室を出ていった。

 

 

 

 

 

「本日の予定は?」

 

その後、使用人に身体を拭いてもらいながら、本日のスケジュールを確認する。

 

「午前はわが社での予算決案会議。その後は、明日の社交パーティーの具体的なプログラム設定。及び、報告書の記入作業です」

 

「そうですか・・・・」

 

何も変わらない日々、何もない日常。こんなことが続いていくことは前の彼女は何とも思わなかっただろう。しかし、今は大きな楽しみがある。

 

「それと追加で本日中に彼の『調整』が終わると研究員からのご報告です」

 

それを聞いた途端、今まで変わることのなかったレポティッツァの表情が大きく変わった。口角が吊り上がり、目が細められ、歪んだ笑顔へと。

 

「それは間違いないのですね?」

 

「はい、間違いありません」

 

彼を捕えて数週間が経った。今か今かと待たされ、夜も寝られない日々を味わってきた。気が遠くなるほどの時間抱いてきた願望。それが叶う、今日、この日に。

 

「彼の警備と管理は常に注意しておいてください」

 

「かしこまりました」

 

レポティッツァが彼の存在価値を例えるならば、家畜といったところだろう。

牧場にいる牛は自分の都合や事情など関係なく、自分の命が消えるその瞬間まで飼い主のために富を生み続ける。それと同じように、彼は自分のために金の卵を産み続けてくれればいい。その命が途切れるその日まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼の様子はどうなっていますか?」

 

しばらくして、レポティッツァは自分が所有する研究室に立ち寄っていた。室内には大型の実験器具や得体の知らない生物がホルマリン漬けにされた不気味なカプセルが部屋に置かれていた。

この実験室を含めた実験器具は全て、実験体である彼のための用意したものだ。

 

「ああ、お嬢様、彼の体質どうなっているんですかッ!?」

 

入室した瞬間、研究員の代表者らしき人間が必死な形相で詰め寄ってくる。

他の研究員も、同じような様子で、部屋にあるパソコンやフラスコをいじっており、忙しそうな様子だ。

 

「なんのお話でしょうか?」

 

「とぼけないでください!!あんな生物が存在するんですか!?」

 

それと同時に、地面に散らばっているレポートをかき集めて、レポティッツァに突き出してくる。

生物学者ではないレポティッツァには、よくわからないが、書かれている心電図やグラフが用紙を突き抜け、用紙外へ突き抜けている。

 

これが示すことは、彼の身体能力は常人を超越していることだ。

 

「彼の常人とは異なる点は色々ありますが、私が驚いたのは、彼の細胞の異常なまでの”進化”です。おい、昨日やった実験結果をモニターに映してくれ!!」

 

モニターに映し出されたのは、2つの円型の気色の悪い物体が映し出されていた。

そのまま、2つは互いを引きあうように引き寄せ合う。そのまま、片方の物体がもう片方の物体を吸収し、消し去る。

 

「これがなんなんですか?何度も言っていますが、私は生物学者でも医者でもありません。あまり、専門知識を言われても困るのですが」

 

「あの映像の内、吸収した細胞は彼の体細胞。吸収されたのは『人食い』と言われる病原菌バクテリア。A群溶血性レンサ球菌です」

 

猛毒のバクテリアは、急激に増えた細胞を腐食し、体を侵食していく。本来は食われるはずの彼の細胞。そのはずなのに、バクテリアは逆に捕食された。

 

「恐ろしいことに、この細胞は取り込んだ細胞の性質を理解し、進化する。これほど恐ろしい生物がこの地球に存在すると思うと、恐ろしくて体が震えますよ」

 

一見すると、普通の少年にしか見えないが、その中身は自分の目的を達成するための生物兵器。そう、自分が作った最強の生物だ。

 

「お嬢様、答えてください。彼は何者なんですか!?」

 

研究員の問いかけを無視して、レポティッツァは実験結果のレポートを満足そうに眺めている。

 

「お嬢様!?」

 

「みなさん、もうすぐ昼食の時間です。ロビーに豪華なバイキングランチを用意しておきました。一旦研究は休憩し、お召し上がりください」

 

そう言うと、次々と室内にいる研究員が疲労困憊の様子で研究室を出ていく。缶詰状態になるこの仕事では、こういった雇用主であるレポティッツァが用意してくれる食事が数少ない楽しみとなっている。

 

「あなたもいったんお休みになったらどうでしょうか?」

 

「あっ、ちょーー」

 

研究員の声を無視して、レポティッツァは退出していく研究員達に紛れて部屋を出ていった。

 

 

 

ーーーー

 

「ねえねえ、この後の私らの仕事ってなんだっけ?」

 

豪華な装飾が飾られた廊下を歩いている2人のメイドの内、片方のメイドが呑気な声で質問した。

 

「あんた、今朝知らされたばっかよ。もう忘れたの?」

 

「仕方がないじゃない、面倒な仕事ばっかりなんだから」

 

「あんたと私は王子(・・)のお世話よ」

 

「お、ラッキー」

 

談笑をしながら、2人のメイドは階段を下り、薄暗い扉を開いた。

 

「お、いたいた。それじゃあ今日も楽しませてもらおうかなぁ」

 

そこには、体中にチューブや点滴が差し込まれ、前かがみの状態で拘束されている生まれたままの姿の1人の少年がいた。この少年ーーー小倉瑠奈がここに来たのは数週間前の話だ。

 

突然、バタバタと慌ただしく白衣を着た科学者らしき人物達が来たかと思うと、この奥深くの実験室を占拠し、引きこもっていった。

当時は何事だと思っていたが、原因はすぐに判明した。

 

自分の雇用主があの小倉瑠奈を捕獲し、この部屋に監禁状態にすることに成功したのだ。それを知られたときは大騒ぎとなり、一時はこの出来事を警察に言うべきだと意見する人間もいたが、それは自殺行為だ。

 

雇用主が絶大な権力を持っていることは当然知っていたし、もし、彼を逃がそうとしていることがばれて報復でもされたら、自分の人生など簡単に吹き飛ぶだろう。

それに、高収入であるこの仕事を辞めたいと思っている人間などいない。

 

それなら残された道はただ1つ。この事態を受け止め、楽しむことだ。

テレビで見た通り、美形で整った容姿に真っ白な肌。あまりにも可愛らしい外見をしているため、王子というあだ名がついたこの小倉瑠奈の世話係。

 

体を洗ったり、健康状態の検査という名の体の撫でまわし。どんなに文句を言われても、『検査の一環です』といえば大抵何とかなるセキュリティの甘さに加え、王子は普段は意識が消失している。

つまり自分が何しようが、文句を言うこともなく、他言することもない。そのため、一部のメイドたちから天職の状態になっている。

 

「ふふふ・・・・」

 

変な笑い声を漏らしながら、胸板を軽く撫でる。当然だが、女性とは違く、固い筋肉を感じさせるその感触を味わっただけで、そこら辺にいる処女ならば、股を濡らしていただろう。

それに続いて。腹部、下腹部と指を這わせていく。

 

「いい感触だねぇ」

 

「ちょ、ちょっと、私にも触らせてよ」

 

「うっさいわねぇ、あんたはお尻を揉んでいるからいいじゃない」

 

「お尻だと挿入されているチューブが邪魔で手の平全体で触れないのよ」

 

ワーギャーと騒ぎながらも、小倉瑠奈を弄る手は止めない。

メイドという苦労の絶えない仕事をしていれば、いろいろ欲求不満になる。小倉瑠奈を弄るのは、その欲求不満を解消する有効な手段の1つと言えるだろう。

 

「ジュル・・・・あむ・・・」

 

今、研究員は昼食中でいないことをいいことに行動はどんどんエスカレートしていき、しまいには首筋を舐める。舐めるたびに、体がビクッと震えるところがまた、興奮を高めていく。

 

「あーあー、こんな子を捕まえられてお嬢様はいいなぁ。どうせこの子とベットの上で抱き合っているんでしょう?この子に抱かれるならばいくら払ってもいいのにね~」

 

「ほら、変な妄想はいいからちゃっちゃと仕事しちゃおうよ。楽しむのはそのあと」

 

「へーい」

 

やる気のない返事をして、メイドたちは仕事に取り掛かる。

持ってきた生ぬるい水を小倉瑠奈の体にかけて濡らすと、タオルで体を洗っていく。小倉瑠奈の世話係というのは、簡単に言えば、簡易な入浴係といったところだろう。

 

「ふ~ん、ふ~ん~」

 

呑気に鼻歌を歌いながら、体を洗っていく。

普段ならば、何の問題もなく終わるこの作業だが、今日だけはちょっとしたハプニングがあった。

 

「ねえねえ、脚・・・どうする?」

 

上半身は洗い終えたが、下半身ーーー主に脚が正座のような体勢になっているため、洗いにくいのだ。

左脚は義足となっているため不要だが、もう右脚がいささか洗いにくい。

かといって、洗わなかったら怒られるのは自分達だ。

 

「どうしよっかなぁ・・・・面倒だし、手の鎖外しちゃう?」

 

そういい、手元から鍵の束を出す。小倉瑠奈の世話係は担当として、監禁部屋の鍵をよくわからない鍵の束と共に渡されていた。

 

「確かこの鍵が・・・あっ、外れた」

 

鍵を、腕の拘束されている手枷の鍵穴に差し込むと、カチャッという音をたてて外れる。

 

「よし、じゃあ仕事をーーーーおごぉ!!」

 

そう言った瞬間、昏睡状態であるはずの小倉瑠奈の目が開き、外れた腕がメイドの腹部に食い込み、吹き飛ばされる。

 

「え!?ちょっーーー」

 

もう片方のメイドも言い訳や抵抗する時間もなく、鎖につながれた左脚の容赦のない膝蹴りが腹部に食い込む。おまけに左脚は義足のため、尋常ではないほどの衝撃を受ける。

そのまま、肺の中の空気を吐き出し、吹っ飛んでいく。

 

「はぁ・・・はぁ・・・・」

 

自分以外いない空間で瑠奈の息切れが響く。通用しないと思っていたトラップがこんなに簡単に引っかかるとは。

ひとまず脱出だ。この機会を生かせずに捕まれば、さらに、警備の厳しい監視状態に追いやられるだろう。

そうなったら、それこそ詰みだ。

 

「はぁ・・・ううぅ・・・ごほっ、ごほっ!!」

 

激しい頭痛や咳に襲われながら、瑠奈は近くに落ちていた鍵の束を拾い上げ、残りの足首に付けられている拘束具を外すと、メイドたちが持っていたバスタオルらしきもので体を包む。

そのまま、フラフラとふらつきながら自分に挿入されている点滴やチューブを引きちぎり、部屋を出ていった。

 

 

ーーーー

 

 

「うっ・・・ごほっ!!・・・・あ・・・・ぐぁぁ・・・」

 

瑠奈の苦しげな声が誰もいない通路に響く。

視界が定まらない、バランスが取れない。目下には大きな隈があり、眼球がぐらぐらと回っている、典型的な不眠症だ。

おまけに体もやせ細り、少し動いただけで息切れが起こる。

 

ここに連れてこられて数週間。実験ばかりでまともに寝ることも許されなかったため、予想はしていたが、こうしてみるとつらいものだ。

おまけに激しい頭痛や、口から内臓が飛び出るのではないかと思うほどの吐き気と咳もある。

 

 

痛い、苦しい、助けて。

ここにいてはダメだ、帰らなきゃーーーーどこへ? 自分なんかがどこへ帰る? 誰が必要としてくれている?

 

「あ・・・・う・・・・」

 

誰も必要としてくれない。ならばここに居ればいい。幸いなことにあの女は自分を必要としてくれている。

 

「う・・・・うぅぅ・・・」

 

今すぐ通路を戻れ。今ならまだ間に合うぞ。まだ許してくれる。

 

ーーー黙れ。この世界には、自分を必要としてくれる人間がいる。あの場所に。

 

「行かなきゃ・・・・帰らなきゃ・・・・あの場所に・・・」

 

行き方も場所もわからない。だけど、あの少女の自分を必要としてくれている顔だけは覚えている。あの少女がいる場所へ行こう。

だが、体に力が入らない。

その時、不意に脚の力が抜け、通路のど真ん中で前にめり倒れてしまう。

 

「あ・・・あぁ・・・・」

 

激しい頭痛に襲われ、意識が途切れていった。

 

 

 

 

 

通路に倒れている瑠奈に1人の少女が近寄ってきた。

黒のワンピースに黒いジャケットを着ており、服装が見事なまでに黒で統一されている15、16ほどの少女だ。

 

「・・・・」

 

首筋の脈を触ってみると、かすかだが動いていた。まだ、彼は生きている。

 

「・・・・愚かな男だ・・・・」

 

そう吐き捨てるような口調で言うと、少女は倒れている瑠奈を抱きかかえ、暗い通路を歩いて行った。

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

61話 始まりの地

最近、エロゲーを買いすぎて金欠です。どうにか、この欲望を何とか出来ないものですかね。
将来が不安になってきます。


豪華な装飾と大きな本棚で囲まれた部屋にレポティッツァはいた。

彼女は騒がしいところは嫌いなため、この物静かな空間に1人でいるのが日課となっている。しかし、今日はその静寂な空間に怒鳴り声が響いていた。

 

「逃がしたとはどういうことですか!?彼の拘束は完璧だったはずでしょう!」

 

「それが・・・我々の知らない間に拘束から抜け出していたそうで・・・・・」

 

「言い訳は結構です。とにかく彼は遠くへは行けない体のはずです。今すぐ警備隊を展開して、捜索を開始しなさい!!」

 

「は、はい!!」

 

バタバタと足音を立てながら、数人の人間が部屋を出ていった。

実験体の逃走。その予想外な事態に頭が痛くなる。それを示すかのようにぎりっと歯を鳴らすと、近くにあった机をバンッと叩く。

 

「こんな時に・・・・」

 

計画が完成間近のこの時期に・・・・いくらなんでもタイミングが悪すぎる。常に冷静を保ち、寛大な心を持っている彼女だが、自分を裏切ることだけは許さない。

どんな手段を用いてでも、けじめと償いはさせる。そして、今度こそ彼の心と精神を徹底的に破壊し尽くして、自分の命令通りにしか動けない肉人形にしてやる。

そのまま、彼は一生自分に身と心を捧げていればいい。

 

(神を裏切るか・・・死にぞこないが・・・・)

 

救われ、敬うべき自分を裏切った代償には、どのような罰がお似合いだろうか。

己の行った罪に苦しみ、悲鳴を上げている彼の姿を想像していると、自然に笑みを浮かべてくる。今すぐに、自分が想像している拷問を使用人に試してみたい好奇心に襲われるが、今はダメだ。

 

それに、焦らなくても、彼は自ら自分の元へ帰ってくる。

 

「私はずっと待っている。早く私の元へ戻ってきなさい・・・・小倉雄星・・・・」

 

さっきまで怒り狂っていたのが嘘のように、物静かで落ち着いた声が部屋に響く。

彼のことも大切だが、今は学園への襲撃の準備が重要だ。数回深呼吸をすると、レポティッツァは再び椅子に腰かけ、読書に戻った。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

IS学園にある部屋番号1219号室。

その部屋のベットに2つの人影があった。

 

「・・・・・」

 

「簪ちゃん・・・・」

 

ベットの上に体育座りで俯いている簪に、寄り添うようにして隣に座っている楯無だ。

本来ならば、放課後のこの時間は、生徒会の仕事で生徒会室に居なければならないのだが、キャノンボール・ファスト以来、こうしてできる限り妹の傍にいるようにしている。

 

傍にいると言っても、励ましたり、元気を出すように説得などできるはずもなく、ただ、こうやって付き添ってあげているだけだ。

付き添ってただ近くにいることしかできない、そんな己の無力感に嫌気がさしてくる。

 

「簪ちゃん・・・?」

 

「・・・・・何?」

 

楯無の声に俯いていた顔がゆっくりと上がる。

今から言うことは場違いなことは重々承知しているが、どうしても、楯無は知っておきたい。

 

「簪ちゃんは・・・・雄星君のことが好き?」

 

その問いかけに体がピクリと動く。

大切な恋人の名前。恋人といっても、彼を世間体から守るための肩書にも満たないものだったが、簪は少しでも力になろうと、そして自分に振り向いてもらおうと頑張った。

結局、彼以上に『恋人ごっこ』に必死になっていたのかもしれない。

 

「私は・・・雄星君のことが好きなのかもしれないわ。まだ・・・どう言い表したらいいのかわからないけど・・・・」

 

日頃の明るい楯無とは想像もできないほど、小さく、弱弱しい声でそう告げる。不思議と顔も赤らめているように見える。

 

「雄星の・・・・どこが好きなの・・・・?」

 

「うーん・・・なんて言ったらいいかわからないけど、あの子の優しいところかしらね。現に、雄星君に私たちは何度も助けられてきたわ」

 

皮肉や悪口は言うし、やることも大雑把・・・・というより巧妙で抜け目ないと言った方がいいのかもしれない。

だが、人の為に尽くし、喜ばせようといつもしてくれている。

 

「自分がどんなにボロボロになっても雄星君は大切な人のことを思い、頑張ることが出来る。そういうところが好きになったのかもしれないわ・・・・」

 

普通は左半身を失ってでも、学園を守るために戦い続けることなどできない。楯無も何度も後方支援などを薦めたが、『自分は前線が似合っています』といい、断り続けていた。

今思えば、あれは自分たちの負担を少しでも減らすための処置だったのかもしれない。

 

それに、自分の身体と引き換えにISを作るなど、雄星にとっては不利益どころか、大損なはずだ。

彼自身もそんなことなどわかっている。それでも、彼は願いを聞き届けてくれた、楯無の大切な人の為の笑顔のために。

 

「私は雄星君のことが好き。簪ちゃんはどう思っているの?」

 

両頬を両手で包むと、目を合わせる。その真剣な眼差しに戸惑うが、姉は自分の心の内を吐露したのだ、自分だけが言わないというのは不公平だろう。

 

「わ、私は・・・・・」

 

弱弱しく、小さな声だったが、目の前の姉に聞こえる大きさで告げる。

 

「私は・・・・雄星のことが・・・・・」

 

そこまで言いかけたところで、机の上に置いてあった楯無の携帯が音を立ててなる。『ちょっと、ごめんね』と言って簪から離れると、携帯の着信にでる。

 

「私よ・・・・えっ!!・・・・それはどこ?・・・・わかったわ、すぐ向かうわ」

 

慌てた様子で携帯を切ると、再び簪の元へ向かっていく。

 

「どうしたの?」

 

「簪ちゃん・・・・落ち着いて聞いて。雄星君が見つかったわ」

 

それを聞いた瞬間、大きな衝撃が簪を襲う。

雄星が見つかった、ということはまた雄星に会えるかもしれないということだ。

 

「どこにいるのッ!?」

 

「ついてきて!!」

 

簪の手を握ると、2人は大急ぎで部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

向かった場所に意外なことに、外だった。

寮をでて、道を走って行く。そのまま、学園の方に行くと、なぜか、校門方面へ向かっていった。

日頃は人などいない校門付近。

だが、今日は不思議なことに、人混みがあった。

 

「どいて!お願い通して!!」

 

その人混みを通っていき、たどり着く。彼の元へ。

 

「瑠奈君!!」

 

人混みの中心には、体中が薄汚れ、静かに倒れている瑠奈(雄星)の姿があった。体は一糸纏わぬ姿に、汚れたバスタオルのようなものに包まれており、まるで道端に捨てられた捨て子のような状態だ。

左脚からは相変わらずの義足が顔を出しており、そこから雄星本人だということがわかる。

 

「瑠奈君!!」

 

必死に名を呼びながら、近寄り、体を起こさせるが、意識はない。

夏は過ぎ、秋となったこの冷たい気候にタオル1枚で放置されていたせいか、体は冷えており、手足も青白く変色している。

 

「っ!!」

 

嫌な想像が頭をよぎったが、『そんなわけない』と否定しつつ胸に耳を当てると、とくん、とくんと微妙ながら心臓の鼓動が聞こえてくる。

つまり、手遅れではない、まだ間に合う。

 

「よかった・・・・本当によかった・・・・」

 

涙がでるのではないのかと思うほどの安心感に包まれ、裏返った声でそうつぶやく。

彼に巻かれているタオルを巻きなおすと、抱きかかえ叫ぶ。

 

「早く!早く、この子を医療室へ!!」

 

放課後の人混みの中、楯無の涙目を浮かべた叫び声が響いた。

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

その後、彼と会うことができたのは数時間後のことだ。ひとまず検査が終わり、体には何の異常がないことがわかると、短時間だけだが見舞いが許された。

とはいえ、状況が状況だ。会うのに緊張しないと言えば嘘になる。

 

「お姉ちゃん・・・・」

 

「大丈夫よ、普段通りに接してあげれば」

 

急遽用意した見舞いのケーキが入った箱を片手に、静かに医療室のドアを開ける。中には、雄星以外いないらしく、物静かな機械音だけが響いていた。

数あるベットの中で、1つだけカーテンで囲まれてある空間。そこに、2人は静かに入っていく。

 

「雄星君?」

 

カーテンをスライドして入ると、ベットの上で痩せこけた黒い長髪の1人の少年が上半身を起こして顔を俯かせていた。

起きているはずなのだが、楯無と簪が入ってきたことに対する反応はない。

 

「大丈夫?急に居なくなって・・・・心配したんだから。その・・・・ケーキ持ってきたけど食べる?」

 

ケーキの入った箱を焦らすように見せるが、返事どころが、自分たちの方へ向くこともなく、視線の先にある点滴がさしてある手首を見るかのように、俯き続けている。

 

「ゆ、雄星・・・・大丈夫・・・・?痛いところとかない・・・・?」

 

恐る恐るといった様子で簪も声を掛けるが、やはり反応がない。人形のように動くこともなく、まるで魂が消え去ってしまったかのようだ。

 

「雄星君・・・・?」

 

このままでは埒が明かないと思った楯無が雄星へと近寄る。

 

「私たち心配したのよ?けれど、君が無事に戻ってきてくれてよかったわ」

 

この暗い雰囲気を吹き飛ばそうと、ベットの隣に椅子を置くと、腰かける。そのまま、両手で俯いている雄星の両頬を包み込むと、持ち上げる。

 

「こら、無視してないでそろそろ私たちの相手もしてくれてもいいんじゃない?」

 

おちょくるかのように雄星と目を合わした楯無だが、その瞬間体が凍り付いた。

彼の瞳に広がる瞳孔。そこから何とも言えない冷たい雰囲気が放たれていた。普通の人間ならば、温かな生気を感じさせるものが、冷たく、凍えるかのような"負"の印象があった。

 

さらに、胸元や手首からは大量の切り傷跡や注射針跡、そして痣が残されておりこの傷跡だけ見ても雄星がどんな扱いをされていたのか分かる。

 

「雄星君・・・・あ、あなた・・・・」

 

背筋に鳥肌が起こり、体が凍り付く。そんな楯無と簪をさらに追い詰めるかのように、衝撃的な言葉が雄星の口から放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・だ・・・・・・・れ・・・・・?」

 

 

「え・・・・」

 

一瞬、衝撃的すぎて、言葉の意味がわからなかったが、『だれ?』とかすれていて低い声だったが、彼は確かにそう言った。

 

「雄星君・・・・?」

 

信じられないと言った様子で楯無が手を差し出した瞬間、隣の機材がピーと甲高い音を出した。

 

「ゴホッ・・・・ゲホッ!!・・・」

 

それと同時に雄星が胸を抑え、激しく咳き込む。

 

「雄星君、どうしたの!?しっかりして!!」

 

激しい咳に加えて、喘息の発作、かすかだが熱もある。

事の重要さの知らせを受けたのか、医療室に大勢の看護師が入室し、雄星の体を取り押さえる。

 

「あなたたちは出ていきなさい!」

 

「でも・・・」

 

「いいから!邪魔よ!!」

 

大声で楯無と簪に怒鳴ると、苦しんでいる雄星に医療用マスクをつけ、機材を弄る。看護師は皆真剣な表情で、楯無と簪がとりつく隙が無い。

 

「脈と心拍数は?」

 

「大きく乱れています。血圧も不安定で、脳も興奮状態です。」

 

「・・・・仕方がないわね。麻酔で処置する。体を押さえて」

 

忙しそうに動く看護師の足音と、雄星の苦しげな声を聞きながら楯無と簪は医療室を追い出された。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

「ぐすっ・・・・うぅぅ・・・・」

 

「簪ちゃん・・・泣き止んで・・・・」

 

「だって・・・だって・・・」

 

雄星が戻ってきて、数日たったが事態は悪化し続けている。

激しい咳と喘息、それに加えて異常なまでの発汗と発熱、終いには重度の記憶障害らしきものも確認されている。何度も全身をくまなく検査したが、異常は見られず、手の施しようがない。

 

今は麻酔と点滴で凌いでいるが、麻酔が切れれば再び激しい苦しみに襲われる。

そのせいで、楯無と簪以来、一夏や千冬が医療室に訪れたが、面談どころか見舞いもできない状態だ。そして、医療室の前にいれば雄星の苦痛な声が聞こえてくる。

 

それが聞こえれば、簪は部屋の中で泣き続けている。

 

当然だが、麻酔と点滴では限界がある。

このまま健康的な食事や運動がしないでいると、体に様々な障害が起こる可能性がある。初めは『そんなことない』と否定していたが、数日たった今でも改善されないとなると、危険な状態だ。

 

「どうしたら・・・・」

 

このままでは雄星は弱っていってしまう。現に、限界が近いのか、咳の音が小さくなってきている。このままではダメだ。自分が・・・・自分が何とかしなくては。

 

「簪ちゃん・・・・?」

 

「ぐすっ・・・なに・・・?」

 

「簪ちゃんは雄星君を助けたい?」

 

「・・・・・うん、雄星を助けてあげたい」

 

いままで何度も自分たちは雄星に救われ、助けられてきた。ならば、今度は自分たちが彼を助けなくてはいけない。

そんな決意が簪に宿る。

 

「だったら話は早いわね。・・・・エストちゃん、いる?」

 

『私はいつでもマスターと共にいます』

 

部屋に明るい声が響き、エストの姿が部屋に映し出される。

今は打鉄弐式の組み立て作業をしているはずなのだが、流石はAIと言ったところだろうか。肉体を持たないエストは複数の場所に同時に出現することが出来る。

 

「単刀直入に聞くわ。雄星君を助けるにはどうしたらいいの?」

 

『私も雄星の体を検査しましたが、異常はありませんでした。なのに、あの激しい症状があるとなると・・・・原因は”身体”ではなく”心”にあると考えられます』

 

「雄星君の・・・・心が傷ついているの?」

 

『はい。たとえ体は健康でも心が直らなければ人は死んでいきます。今の雄星はその典型的なパターンと言えるでしょう』

 

簡単に言えば、生きる希望という物が今の雄星には欠けているのだ。生きる希望ーーーー言い換えれば、人生の目的というものが無ければ、人は生きていけない。

 

『あなた方は、今の雄星の欠損した”心の欠片”を見つけなければなりません』

 

「・・・・どうしたらいいの?」

 

『私の口からは言えません。しかし、千冬様ならあなた方の探し求めている答えをともに探してくれるでしょう。千冬様の元をお尋ねください』

 

それだけ言うと、エストは姿を消した。

よくわからないが、千冬ならば何かを知っているということをエストは伝えたかったのだろうか。

 

「とりあえず、簪ちゃん行きましょう」

 

「うん・・・・」

 

とにかくすぐに行動だ。雄星のことを知るキーマンである千冬を探すために、更識姉妹は部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

幸いなことに、千冬はすぐに見つけることができた。彼女は誰もいない屋上に1人手すりに手を掛け、外の景色を眺めていた。

 

「織斑先生・・・・」

 

その声に反応したのか、千冬はゆっくりと楯無と簪の方へ向く。

 

「まあ、お前たちが来るということは予想していた。この学園で、あいつが特に親しくしていたのはお前たちだからな」

 

「織斑先生は雄星君のことを知っているんですか?」

 

「ああ、一通り小倉雄星という人物のことは知っている。それを知りたくて来たんだろう?」

 

「はい、雄星君を助けたいです」

 

楯無の声に賛成するかのように、隣にいた簪もコクリと頷く。

こうしてあの雄星を知ろうとしている女が出来たと思うと、嬉しいものだ。雄星を近くで見てきた千冬としては、何とも言えない安心感が包む。

 

正直言って、小倉雄星という人間の記録は墓場まで持っていくつもりだったのだが、こうして救いの手を差し伸ばそうとしてくれている人間がいる。

 

彼女達は雄星という名前を知った運命だ、信じてみるのもいいのかもしれない。

 

「あいつを助けるとなると、お前たちはあいつの過去を知らなくてはならない。そこで1つ約束してほしい」

 

「なんですか?」

 

「あいつにどんな過去があったとしても、お前たちはこれからもあいつと変わらずに付き合っていくことができるか?」

 

意外な問いに体が固まる。それほどまでに、彼の過去は陰惨なものなのだろうか。だが、覚悟は決まっている。

 

「私と簪ちゃんは、彼の”主人”です。何があったとしても受け止めてみます」

 

「わ、私も・・・・・大丈夫です・・・・」

 

覚悟と決意の籠った意志を千冬に見せる。それに納得したのか、ふふっと千冬に笑みがこぼれる。

 

「わかった・・・・ここでは話せない。あいつの()で話そう」

 

3人は屋上を出て、全ての始まりの場所へ向かう。謎多き人物、小倉雄星が誕生した地へと。

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

62話 日月星辰Ⅰ

今回から過去編に突入します。
これまでの伏線を回収しきれているか不安ですが、頑張ります。


千冬は楯無たちを連れて廃墟の中を歩いていた。今は昼間のはずなのだが、周囲が高い建物に囲まれているせいで道は日蔭となっていて暗い。

その中で、アットホームな雰囲気を放つ建物があった。

 

「ここが、あいつの育ち場所だ」

 

この廃墟区域の中では珍しい、小さな教会のような場所で千冬は足を止めた。その建物も廃墟になっていてしまい、ひどく寂れていたが、人が住んでいたような雰囲気がある。

だが、長い間人が手入れをしていなかったようで、入り口や中庭の草木は伸び放題で、建物全体からも、植物のツタのようなものに張り巡らされている。

 

まるで、どこかの幽霊屋敷だ。

 

「ここ・・・・知ってる・・・」

 

「え・・・どういう意味?」

 

楯無も簪も無論この場所に訪れるのは初めてだ。だが、簪はこの場所を知っている。いや、見覚え(・・・)があった。

 

「更識妹、お前は雄星からこの写真を見せられたな?」

 

「は、はい・・・」

 

そう言い、千冬は持ってきた鞄の中から1枚の写真を取り出し、2人に見せた。

その写真には、この建物を背景に、2人の黒髪の少年と白髪の少女が写っていた。楯無はわからないといった様子だが、簪はこの写真を前に、雄星に見せてもらったことがある。

 

まだ、雄星が男性と知らなかった頃、部屋で雄星が鞄からノートパソコンを取り出したとき、一緒に出てきたものだ。

 

「・・・・この少年が・・・・雄星ですよね・・・・?」

 

「ああ、この黒髪の少年が小倉雄星。そして、隣に写っている白髪の少女が、姉の小倉瑠奈だ。これは記念写真のようなものだな」

 

小倉瑠奈、彼の義姉。こうして改めて彼女の顔を見てみると、なんだか不思議な気分になる。

 

「ともあれだ、詳しい話は建物内で話す。ついてこい」

 

「え、建物内で話すんですか?」

 

「学園やこんな廃墟のど真ん中で立ち話をするわけにはいかないだろう。安心しろ、中は意外ときれいだ」

 

植物のツタで絡まれている門を開け、ボロボロな玄関のドアのドアノブを回し、中にはいっていく。どうやら、千冬は何度かここに訪れているらしく、慣れている様子だ。

 

「大丈夫?簪ちゃん?」

 

「う、うん・・・・」

 

不気味な雰囲気を建物をゆっくりと、並んでいく。

どこか話が出来る広い場所に案内するのかと思ったが、意外なことに、千冬は奥に進んでいくと、地下に続くらしき階段を降りていく。

 

「っ・・・・」

 

「・・・・・・」

 

暗く狭い通路を進んでいくと、千冬は1つのドアの前で立ち止まる。

 

「突然だが、お前たちは疑問に思ったことはないか?住所不明、経歴不明。仕事もしていない小倉雄星がいつも何をしているのかと」

 

これは入学した当時からのことだが、雄星は頻繁に学園から姿を消していた。

生活指導の教師が何度も注意はしていたが、適当にはぐらかし、再び学園から姿を消す。皆、何をしていたのか興味がないといえば嘘になるが、それを聞かないことが暗黙のルールとなっていた。

まぁ、聞いたとしてもあの雄星が素直に話してくれていたとは思わないが。

 

「これが・・・・今まであいつがやっていたことだ」

 

目の前のドアを開けた途端、鼻が曲がるのではないかと思うほどの強烈な薬品の臭いが鼻腔をくっすぐった。

薬品といっても、何重にも薬品の臭いが混ざった得体の知れない臭いだ。そして、部屋には小倉雄星の狂気にも似た風景がそこにあった。

 

「っ・・・・!」

 

部屋の中には数え切れないほどのフラスコや試験管、注射器などが散乱していた。床にも複雑な化学式やよくわからない計算式が書かれたメモ帳が何枚も落ちており、しまいには書く場所がなかったのか、壁画のように壁や床にも隙間なく数式や化学式が書かれている。

 

なんというか、そこは”理学”という言葉に埋め尽くされた空間だった。

 

「っ・・・」

 

「・・・なに・・・これ・・・・」

 

「言葉にならないといった様子だな。・・・・はぁ、あいつめ、ちゃんと部屋の換気ぐらいはしておけとあれほど言っておいただろうが」

 

カチッとスイッチをおすと、ブィィィンと静かな音が部屋に響く。動けずにいる楯無と簪を横目で見つつ、千冬はテーブルの上の容器や器具をどかし、椅子を持ってきて3人が座れるスペースをつくる。

 

「汚くて狭い部屋ですまないが、とりあえず座れ」

 

あまりにも現実離れした光景に戸惑いながら、ゆっくりと楯無と簪は千冬と向かい合う形で座る。

 

「あの・・・・どうしてここに私たちを連れてきたんですか・・・・?」

 

「まあ、色々理由はあるが、ここでないと話を信じてもらえないからな」

 

「これは・・・全部雄星君がやったんですか?」

 

「ああ、ここはあいつの『研究室』といったところだな」

 

「研究室?ここで彼は何を研究していたんですか?」

 

「まあ、簡単に言うと、自分が人間になるため(・・・・・・・・・・)の研究だ」

 

「「?」」

 

普通に研究したいのであれば、学校や国に雇ってもらえればいいだけの話なのだが、この異常と執念を感じさせる研究状況をみると、どうにも普通の研究とは言えなそうだ。

 

今は戸惑いと未知の感覚に怯えている彼女達でも、雄星を思い、信頼できる者だ。それを確認すると、千冬は真実を語り始めた。

自分が救えなかった小倉雄星という少年の正体と過去を。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

ーー年前

 

「ねえ・・・なんでそんな目をするの?」

 

孤独を望んだ少年に少女はそう問いかけた。明らかに自分たちとは異なる雰囲気を放つ存在。少女が彼に近づいたのは、その真意を知りたかったからなのかもしれない。

 

「・・・・別にどうでもいいだろ。構うな」

 

小さく少女に聞こえるような音量で少年は呟くが、少女は去ることなく、じっと少年の顔を見つめている。どうやら、変な興味を持たれたらしい。

 

「・・・・なに?」

 

「いや、なんか・・・君って綺麗な顔をしているなって思って」

 

「・・・・そう、じゃあ、頼むからどこかに行ってくれ」

 

手を払って追い払う仕草をするが、少女はなぜか少年の隣に座り込み、肩に頭を乗せてきた。

ここで振りほどこうと思ったが、このまま何もせずにじっとしていればそのうち飽きて消えるだろう。

 

だが、現実とは予想外の出来事が起こるものだ。

次の日も、そのまた次の日もその少女はやってきた。来ては少年の肩に頭を乗せ、何も話しかけることもなく優しく安心するような笑みを浮かべている。

 

今日も変わらない日々が過ぎるのかと思ったが、面倒な人間が来た。

 

「おい、ハツカネズミ」

 

2人の元にリーダー格らしき少年と、お付き人らしき複数の少年が来る。この少年たちは、この孤児院で有名ないじめグループだ。

親や身内から暴行などを受け、ここ(孤児院)に送られた子供たち。その中で気性が激しい者たちだ。

その激しい目つきは少年に寄り添っている少女に向いていた。

 

「あそこにある道具、片づけておけよ」

 

指さした先には、さっき少年たちが遊んでいたらしき玩具が散らばっていた。年上で体格が良いことで調子に乗っているのか、上から目線で話しかけてくる。

 

「嫌だよ、自分で遊んだんだから自分で片づけなさいよ。あと、私をハツカネズミって呼ばないで!!」

 

「はぁ?普通は年下は年上に敬意を払う者だろ?年長の言うことは従えよ」

 

その自分勝手な言い分に便乗するようにお付きの少年たちも『そーだ』や『従え』とヤジを飛ばして騒がしくなる。

こうして数を揃えて多数決になれば、何でも思い通りになると考えているのは、子供故の浅知恵というものだろうか。

 

「っ・・・」

 

自分の周囲が騒がしくなることは、少年にとって苛立ち以外のなんでもない。だんだんと頭にイラつきが蓄積されていく。

 

「おら、さっさと立てよ!」

 

少女を怯えさせようと大声で叫び、腕を掴んだ瞬間、少年の堪忍袋の緒が切れた。

 

「失せろ・・・・」

 

「あん!?」

 

小さい声だったが、少年ははっきりとそう言い放った。

視線や顔も動かず、口も必要最低限でしか動いていないが、近くのいじめ少年たちにははっきりと聞こえた。

 

「なんだお前?新入りか?」

 

ターゲットが少女から少年へと移る。年上で鋭く迫力のある目つきで睨まれるが、少年は顔色1つ変えない。

自分の大きい声や体格だけで他人を従わせてきたそのリーダーの少年は、自分を恐れない存在に激しい嫌悪感と敵対心を向ける。

 

「自分で片づけもできないような無能で自堕落な人間が、他人に命令する資格があると思っているのか?こっちはあまり笑い慣れていないんだ、笑わせないでくれ」

 

「なんだとガキがっ!!」

 

少女を掴んでいた腕で少年の胸倉を掴むと、そのまま引っ張って立ち上がらせる。周囲の子供たちもこのハプニングには気づいてはいたが、皆怯えるあまり助けようとはしない。

 

「年下が俺の命令に逆らうんじゃねぇ!!殺すぞ!!」

 

感情的で単純な思考回路だ。

自分の考えていることを正義と信じ込み、自分にとって都合の悪いことや面倒なことを否定して生きていく。そんな人間との話し合いなど時間の無駄だ。

 

「言ったよな?失せろって」

 

「あーーー」

 

怯えさせようと出した声が突如、裏返る。

自分の胸倉を掴んでいた腕を振りほどくと、目の前の顔面を思いっきり掴んだと同時に、脚を振り払い、後方へバランスを崩させる。

そのまま、いじめグループのリーダー少年の後頭部を思いっきり床へ叩きつける。

 

鮮やかで無駄のない素早い動きだった。

 

「ああぁぁぁぁ!!痛てぇぇぇ!!」

 

後頭部に大きな衝撃が直撃し、大きな苦痛に襲われ、いじめグループのリーダー少年は床で狂い悶える。

相変わらず大きな声だ。せめて、痛がっている時ぐらい、静かにしてほしい。

 

「な、なんだこいつ!?」

 

「この野郎!!」

 

仲間も少年に敵意を向けるが、少年の異常ともいえる存在感と鋭い目つきに凍り付く。そんな子供たちに少年はこう言い放った。

 

「やるか?」

 

「ひっ!!」

 

その声はいつも聞いてる脅しや威厳だけの声と根本的に違い、本気の殺意とやる気を感じさせた。

目の前にいる人物は本気で自分たちに殺し合いを挑んでいる。つまり、相手がどんなに弱かろうと、負ければ自分は死ぬということだ。

 

「ちっ・・・つまんねぇな・・・」

 

目の前の闘志ややる気のない小僧共。その光景に失望したかのように、吐き捨てるような言葉を吐くと、少年は静かにこの遊び部屋を出ていった。

 

 

ーーーー

 

 

「はぁ・・・・」

 

その後、少年はベットに寝っ転がり、静かにため息を吐いた。

さっき、なんで自分はあんな行動をしたのだろうか?後悔しているわけではない。だが、どうにも自分の行動が理解できなかった。

 

あのまま、無言でいたほうが面倒事も争いも起きずに済んでいたはずだ。あの傲慢な少年たちが目障りだったから?それとも、自分の周囲が騒がしくなったから、その元凶を潰したかったから?

 

それとも、あの少女を助けたかったから?

 

いや、それはない。あの少女と関わりはあっても、話したこともない。そんな関係で情が移るなどあり得ないだろう。

 

「ねぇ・・・大丈夫?」

 

すると、噂をすればなんとやらだ。部屋の入り口に先ほどの少女が立っていた。

 

「・・・・何か用?」

 

「その・・・ちょっと話をしたくて来たんだけど・・・・いい?」

 

「ご自由に。とりあえず入りなよ」

 

隣をポンポンと叩いて誘う。

とりあえず、入り口では話が出来ないため、少女は気恥ずかしそうにして少年の隣に座る。

 

「あの・・・ありがとう。さっきは助けてくれて」

 

「さっきって?」

 

「ほら、遊び場できた子達。あの子たちはいつも私のことをハツカネズミって呼んできてからかってくるの。ありがとう、助けてくれて」

 

少女の髪や肌は眩しいほど白い。その身体的特徴からあの少年たちにからかわれていたらしい。

だが、自分のことを何一つできないくせに、人をバカにする人間の存在価値などハツカネズミ以下だ。自分なんかと比べたことを全世界のネズミ科の動物に焼き土下座をして詫びるべきだろう。

 

「別に君を助けたわけじゃない。ただ、あいつらがうるさかったからぶっ飛ばしただけだ」

 

「素直じゃないなぁ・・・・」

 

苦笑いしながら、少女はさっきと同じように少年の肩に頭を乗せる。なんだかこうやって肩に頭を乗せられ、恋人のような状態になるのが日常化してきているような気がする。

 

「ああ、そう言えば君の名前ってなんていうの?」

 

突如、思い出したかのように少女は頭を上げ、少年の正面に向かう。よく考えてみたら、2人はまだお互いの名前すら知らなかったのだ。それでは不便すぎる。

 

「・・・・・ない」

 

「ない君っていうの?変わった名前だね」

 

「違う、名前がないっていう意味だ。僕は親に捨てられたから名前なんてないんだよ。だからここでは『君』とか『お前』とか『新入り』っとかで呼ばれている」

 

少年はここにきて日が浅い。そのため、少年は周囲から『新入り』と勝手に名付けられていた。まぁ、何と呼ばれようがどうでもいい話しだが。

だが、少女は今までの人間とは違う反応を見せた。

 

「ええー、それじゃあ寂しいよ。そうだ、せっかくだし私が名前を決めてあげるよ。いいよね?」

 

「・・・・ご自由に」

 

「それじゃあ・・・『サイカ』なんていう名前はどう?私の好きな絵本に出てくる猫の名前」

 

「・・・馬鹿にしてんのか?」

 

猫と同等の扱いや立場としか見られていないような言われ方に、少年はギロリと睨みつける。

 

「そ、そんなに怒んないでよ。でも絵本の主人公だと『エスト』っていう女の子っぽい名前になっちゃうし・・・うーん・・・あ、そうだ!!」

 

何やらグッドアイディアが浮かんだのか、少女は目を輝かせる。どうせろくでもない予感がするが、ひとまず聞いてやる。

 

「『ユウセイ』、『ユウセイ』なんてどう?」

 

「ゆ、ユウセイ?」

 

「そう、『コクラ ユウセイ』いい名前でしょ!?」

 

相当この名前が気に入ったのか、机の上からメモ用紙とペンを持ってくると、”小倉雄星”と書いて見せつけてくる。

 

「まぁ・・・好きにしたら?」

 

「ありがとう!!あ、私の名前は小倉瑠奈、よろしくね」

 

ちゃっかりと自分の姓が目の前の少女と同じになっていることに疑問を持つが、これは互いを呼び合うあだ名のようなものに過ぎない。

そこまで気にすることはないだろう。所詮、遊びなのだから。

 

「ああ、よろしく瑠奈」

 

「ふふーん、雄星~~」

 

上機嫌そうに瑠奈は少年ーーー雄星に抱きつく。なんだか一気に瑠奈に気にいられたような気がする。やはり、このあだ名現象や瑠奈を助けたからだろうか。

 

「なんか・・・一気に状況が悪化したな・・・」

 

「ん、何か言った雄星?」

 

「いや、何でもない」

 

頭を傾げながら、瑠奈は再び雄星の隣に座ると、肩に頭を預けた。

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

63話 日月星辰Ⅱ

今年もよろしく残りわずかになりました。
来年で完結できる様に頑張っていきたいです。


この人類で男女間での友情は存在するのだろうか?

野生で仲の良い雄雌の動物は、大抵発情して交尾中か夫婦かのどちらだろう。それに夫婦では夫婦愛はあっても互いに友情愛はない。

 

だが、人類には複雑な友情表現があり、それと同じぐらいに複雑な愛情表現がある。

人類なら男女間での友情も成立させてくれるような気がするが、果たして目の前にいる少女は自分に友情表現と愛情表現のどちらを向けてきているのだろうか。

 

 

 

昼下がりの午後、少年はタブレットに向かって難しそうな表情をしていた。今少年がタブレットでしているアプリは、人工AIのレベルが最高難易度のチェスだ。

元は世界チャンピオンの戦い方を真似て作られたせいなのか、なかなか相手の行動が読めなくて一筋縄ではいかない。

 

だが、今はその人工AIとは別に、思い通りに動いてはくれない人物が隣にいた。

 

「うーん・・・ここで女王(クイーン)を動かすと、相手の騎士(ナイト)が上がってくるよな・・・」

 

「ねえ、雄星!」

 

「だが、こっちの僧正(ビショップ)をやらせるわけにはいかない・・・どうしたら・・・」

 

「ちょっと聞いてる雄星!?」

 

「ここで歩兵(ポーン)を出したらーーー」

 

「ゆ・う・せ・い!!」

 

「うるさいな!!何だよ!?」

 

さっきから隣で大きな声を出している少女ーーー瑠奈に雄星は怒りの混じった怒鳴りつける。

脳をフル回転させて集中していたのに、彼女の声で完全に途切れてしまった。なんだか集中だけでなく、やる気もなくなっていっているような気がする。

 

「そんなつまらなそうなゲームなんてしてないで私と遊ぼうよ」

 

「・・・はぁ・・・わかったよ・・・」

 

タブレットの電源を切って放ると、立ち上がる。

出会った当時は肩に頭を乗せて、互いに静かにしていただけだというのに、最近スキンシップが過激化してこうして、隣であだ名を大声で騒ぐようにまで発展した。

どうやら『雄星』というあだ名がつけたことによって瑠奈の中で一気に親密度が急接近したらしい。

 

「今日は何をするの?」

 

「外で遊ぼうよ、雄星はずっと室内でいるからね。そんなんだともやしみたいに細くなっちゃうよ?」

 

「余計なお世話だ。それにもやしを馬鹿にするなよ、あれほど飼育が容易で食べることが出来る万能作物もないぞ」

 

「まあまあ、うんちくはいいから早く行こうよ」

 

手を取ると瑠奈はそのまま雄星を外へ連れ出していく。

自分を連れまわしている少女。こうしてみると不思議なものだ、なぜこんな自分を見てくれるのだろうか。

 

 

 

ーーーー

 

 

「ふあぁぁ・・・・」

 

その日の深夜、時計の短針が右に傾いた時間帯で瑠奈は大きなあくびをした。

皆とっくに寝てしまい、瑠奈も寝なくてはいけないのだが、彼女はずっと玄関で静かに座り込んでいた。

 

(遅いなぁ・・・)

 

今夜、雄星と一緒に寝ようと思って彼の部屋に訪れたのだが、なぜか姿がなかった。

孤児院の管理人であるマザーらにも聞いてみたのだが、なんでも雄星はこうして夜に姿を消すことがあったらしい。

 

孤児院に姿はなく靴もなくなっていたため、どこかに出かけているらしいのだが、こうして夜遅くまで帰ってこないと心配になってくる。

警察に連絡するべきだとマザーらに言ったが、どうやら彼女としても大きな問題にはしたくないらしく、『そのうち帰ってくる』と投げやりな返答する。

 

よく考えてみると、瑠奈は雄星がいつも何をしているのか知らない。薄々とは感じていたが、雄星はこの孤児院では独立した一匹狼のような存在だ。

 

誰とも関わらず、誰にも心の内面を吐露せずにいつも1人でいる。

マザーらならば、何か知っていると思って聞いてみたのだが、彼女自身も雄星のことを知らないらしい。急に居なくなったとおもったら、いつの間にか戻っており、何をしていたのか聞いても何も話さない。

 

そして奇妙なことにその雄星の周りにはなぜか、新しい服や日用品が散乱している。

この孤児院では、大抵の服やおもちゃは皆で使いまわしているのだが、なぜか彼の周りには買ったと思える新品の服や日用品があった。

 

初めはどこから盗んできたのではないのかと思っていたが、そのような騒ぎを聞かないため黙認していたらしいが、こうして夜遅くまで出歩いていることと何か関係しているのだろうか。

なにやら嫌な予感を感じとっていると、目の前の玄関の扉を開けて雄星が帰ってきた。

 

「っ・・・瑠奈・・・」

 

「雄星!!」

 

玄関で瑠奈が待っているとは思っていなかったらしく、駆け寄ってきた瑠奈に戸惑いの表情を向ける。

 

「こんなに夜遅くまでどこに行ってきたの!?心配したのよ!!」

 

「・・・・・」

 

瑠奈の必死な表情とは反対に、雄星は無表情のまま沈黙を貫いている。だが、その沈黙こそが瑠奈の疑いをさらに深めることになってしまった。

 

「雄星っ!!いったいどこに・・・・ん?」

 

問い詰めようと近寄ったら、何やら嗅ぎ慣れない臭いが鼻腔をくすぐった。日常では嗅ぎ慣れない甘ったるくて臭いがきつく、嗅いでいると頭が痛くなってくる。

 

「まさか・・・雄星っ!!」

 

「っ!!やめろ!!」

 

上着のポケットに手を入れられそうに必死にもがくと、ズボンのポケットから数枚の万円札が落ちた。本来なら瑠奈や雄星のような子供が持っているはずのない高額の金額、それを見た途端疑いが確信に変わった。

 

「まさか・・・雄星・・・・あなた・・・」

 

こんなに夜遅くになって彼は何をしていたのか。

簡単な話だった。彼は体を売って稼いでいたのだ。自分の容姿を利用して小汚い金持ち女の相手をしてチップ()を手に入れる。

雄星はそのチップ()で日用品を買っていたのだ。服に付着していた臭いは、そこの客がつけていた香水の匂いなのだろう。

 

「・・・その金は君にあげるから、このことは黙っていてくれ。皆にばれたら面倒なことになる」

 

「雄星っ!!」

 

反省の色1つ見せずに通り過ぎようとする雄星の肩を掴むと、夜遅いというのに大きな声で語り掛ける。

 

「なんでこんなことをするの!?そんなに人を頼るのが嫌!?」

 

「関係ないだろう、君に僕の生活を指図する資格なんてあるのか?ほっといてくれ」

 

「雄星っ!!私の目を見なさい」

 

肩を掴んでいる手にさらに力を入れて瑠奈は雄星の顔を見つめる。

自分の大切な人がこんなことをしていたなんて悲しすぎる。なんでこんなに彼は人をーーーーそして自分を信じることができないのだろうか。

 

「そんなに自分が嫌いなの!?雄星を私は信じていたのに!?」

 

「・・・・・」

 

「雄星っ!?「うるせぇ!!」ーーきゃっ!!」

 

自分の肩を掴んでいた手を振りほどくと、瑠奈を思いっきり突き飛ばして離れさせる。明確な拒絶を突きつけられて、瑠奈は悲しげな表情を向けてくる。

 

「なんなんだよ!?いつもいつも僕の傍で図々しく付きまとって!君は僕に何をしてほしいんだよ!?」

 

「雄星・・・・」

 

「その名前で呼ぶな!!僕は雄星じゃない!こんな存在価値のないクソガキ相手に構うな!!」

 

日頃の静かな雄星とは想像できないほどに表情と声を荒々しく乱して目の前の少女に感情をぶつける。愛や大切に思われることに慣れていないからなのか、不愉快な感覚と感情が体中を巡ってくる。

 

「君も雄星とかいう名前も何もいらない!!もうーーーっ!?」

 

そこまで言ったところで、目の前で尻餅をついていた瑠奈が立ち上がると、力強く雄星に抱きついた。怒り・・・・というより必死さを感じさせる抱擁だ。

 

「雄星・・・・そんなことを言わないで・・・・お願いだから・・・・」

 

グスッと涙交じりの弱弱しく儚くて小さい声が聞こえてる。

この少女は泣いているーーーー自分なんかのために・・・・なんで・・・・?なぜ自分なんかのために泣いてくれている?

 

「雄星・・・・私を捨てないで・・・・お願い・・・お願い・・・」

 

「っ・・・・・ご、ごめんなさい・・・・・」

 

自分でもわからないだが、少年はーーーー雄星の口から目の前の少女への謝罪の言葉が小さく溢れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐすっ・・・うぅぅ・・・・」

 

その後、瑠奈と雄星は部屋のベットの上で座っていた。

この孤児院では2人1部屋が与えられるのだが、相部屋相手は雄星の得体の知れない存在感に耐えられずに出ていってしまった。

そのため、今は雄星が1人で使っている。とはいえ、二段ベットが部屋の半分を取るほどの小さい部屋なのでそこまで広々としているわけではないが。

 

時刻は深夜の2時を過ぎ、部屋も電気をつけていないため真っ暗だ。そんな暗い空間で瑠奈は雄星の隣でずっと泣き続けている。

先程までの怒りは既に消え、何とも言えない複雑な気持ちが体中を渦巻いている。

 

「・・・瑠奈」

 

「・・・・なに?」

 

「小倉雄星という名前って・・・・君にとってなんなの?」

 

瑠奈が雄星という名前を呼ぶとき、とても嬉しそうな顔をする。友達相手とは思わないほどの初々しく、楽しそうな顔を。

その笑顔にはなにか大きな秘密があるように思えてくるのだ。

 

「・・・・小倉雄星っていうのはね・・・・私の弟の名前なんだ・・・・」

 

「それじゃあ、僕にその名前は受け取れない。どっちが小倉雄星なのかわからなくなってしまう」

 

「大丈夫・・・・雄星は私がこの孤児院に来る前に死んでるから・・・・」

 

この小倉瑠奈とその弟の両親は暴力を振るう人間で、毎日死んではおかしくないほどのDVを受けていた。瑠奈と雄星は何度もこの家から出ていこうと思ったが、常に監視されている状態で子供の浅知恵では逃げ出せるわけもなく何度も失敗し、その数だけ激しい暴行を味わっていた。

 

「どんなにつらい状況だったとしても私と雄星は互いを支え合ってきた。どちらかが傷ついたらもう片方がその傷を癒えるまで傍にいてあげる・・・・それが私と雄星の姉弟としての愛だったの」

 

だが、別れの日は突如訪れた。

ある日の夜中に激しく興奮した両親が刃物を持って襲ってきた。普段は殴る蹴るなどの暴力、ひどいときはバットで殴られるといった暴行だったのだが、その日だけはいつもとは違く、全身から恐ろしいほどの殺気を2人に向けてきた。

 

「このままじゃ殺されるって思った雄星が私を窓から逃がしてくれたの・・・・・だけど、2人とも逃げたら追われて連れ戻される。だから、雄星は私が逃げる時間を稼ぐために家の中に残って両親に立ち向かっていった・・・」

 

それからしばらくして血まみれの両親が家から出てきて瑠奈を追ったが、既にその時瑠奈は近くの交番に保護されており捕まることはなかった。

瑠奈の証言を元に家に警察が踏み込んだが、その時すでに遅く、家の中で全身に刺し傷を追った弟の雄星が血まみれで歪んだ表情をして死んでいた。

 

それが家庭内のDVが発覚して両親は逮捕され、瑠奈は弟の雄星という大きな犠牲と引き換えに安全と自由を手に入れてこの孤児院に入ることが出来た。

だが、喜びはなく代わりに大きな後悔と苦しみを味わい続けていた。

 

”もし、あの時弟の代わりに自分が残ったら最愛の家族である雄星は死なずに済んだのではないか”と

 

「せめて両親に雄星を殺した償いを生きてするべきだと思っていたけど、なにか危ない薬を両親はやっていたらしくて・・・・刑務所に入ってしばらく経った頃に薬のショック症状で2人とも亡くなって・・・・何もなくなっちゃった」

 

『はは・・・』と自虐じみた乾いた笑みを向けてくるが、あまりにも虚しすぎる笑みだ。

結局はこの後悔に小倉瑠奈という少女は苦しんできた。誰にも理解されず、誰にも相談できず、時は巻き戻らないと分かっていたとしても、あの時一緒に逃げて自分と雄星が共に生きている未来を想像してしまう。

 

「僕は・・・君の弟の代わりなのか?」

 

「・・・・そう・・・なのかもね・・・・」

 

今の後悔や苦悩で苦しみ続けている瑠奈には、紛い物であっても雄星という存在が必要不可欠だった。

それほどまでに小倉瑠奈という少女の心は追い詰められていたのだ。そしてその行き場のない罪のはけ口が行きついたのは、目の前の美貌を持つ少年だった。

 

結局、目の前の少年に向けていたのは友情愛でもなければ愛情でもなく、罪の贖罪場所だった。

雄星という最愛の者の名前を名づけ、一方的な愛を向ける。それが、今の瑠奈にとって罪から解放されている時間なのだろう。

 

少年のように親の顔も思い出も知らないものならばまだいい。だが、瑠奈は親の顔も家族との思い出も覚えている。

それが瑠奈を苦しめるものとなった。

 

「・・・ごめんね・・・そんな気持ち悪い感情をあなたに向けちゃって・・・・」

 

後ろめたさを感じていたのか、小さな声で謝罪するが少年の反応はない。

結局はどうするべきなのだろうか。小倉雄星という名前が瑠奈にとって大切な名前なのはわかった。だが、そんなものを自分なんかがもらっていいのだろうか。

 

「・・・とりあえず・・・もう遅いし寝よ?」

 

「・・・・うん・・・」

 

2人はベットに横たわると、掛け布団を掛ける。この部屋のベットは二段ベットだが、今は2人とも一段目のベットに共に横たわっている。

 

「グスッ・・・・雄星・・・」

 

すると、目の前の少年に許しを請うかのように優しく胸元に抱きついてきた。

いつもならば振りほどいているかもしれないが、ここで拒絶したら瑠奈の心は壊れてしまうかもしれない。

 

「ごめんね・・・・ごめんね・・・・雄星・・・」

 

小声で瑠奈は許しを言い続けた。今までの苦悩を吐露するように、目の前の少年に縋るように。やがて疲れたのか、2人から静かな寝息が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

窓から朝日の日差しが差し込み、小鳥のさえずりが聞こえてきた。外は晴天で青空が広がっている。

 

「ん・・・・」

 

昨日、泣いていたせいなのか目は真っ赤で声もかすれ声だ。いや、まだ心が弱れば涙が出てしまうかもしれない。それほどまでに、昨晩の自分が嫌になってくる。

勝手に人に弟の名前を付け、一方的で迷惑な愛情を押し付けていた。自分が情けなくなると同時に彼には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

「あ・・・起きたんだ・・・」

 

顔を上げると、柔らかな慈愛に満ちた顔をしている少年がいた。昨日、自分が迷惑を掛けてしまった後ろめたさなのか、何と話しかけたらいいのかわからない。

 

「あの・・・その・・・・」

 

言葉に詰まっていると、目の前の少年が優しく自分を抱きしめる。昨晩、自分が彼にしたような弱弱しく儚いものではなく、柔らかく、温かく安心できるものだ。

 

「昨日はごめんね、お姉ちゃん(・・・・・)

 

「え・・・」

 

彼が発したのは自分にとって救いの言葉。自分が求めていたものだった。

 

「雄星・・・・?」

 

「何?お姉ちゃん」

 

「あぁ・・・雄星・・・雄星・・・・」

 

昨日泣き続け、もう出ないと思っていた目から涙があふれ出る。紛い物なのかもしれない、それでも彼は自分を受け止め、救ってくれるのだ。

 

「ほら、泣いてないで朝食を食べに行くよ」

 

「う、うん・・・・」

 

体を起こし、涙を拭うと瑠奈と雄星(・・)は食堂に向かっていく。

この2人は血が繋がっていない。だが、2人にとっては姉弟以上の絆と愛があるのだ。




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

64話 日月星辰Ⅲ

今日でこの小説の連載期間が2年になります。
正直言って失踪しようかと思ったことは何度かあったのですが、この小説も私もゴキブリ並みの生命力でダラダラとやってきちゃいました。

こうして続けてこれたのもこの小説を見てくれている皆様あってこそです。ここまできたら私も完結を目指して頑張っていくので応援よろしくお願いします。


親の再婚や養子の受け入れなどで、血の繋がっていない姉が出来るということは世の中珍しいことではない。

昔は血縁を持っていなければ家督や財産を引き継げないといった事情があったらしいが、急速に愛が失われつつあるこの時代ではそんなものなど関係なく、皆都合があることだし奇妙な関係を持って生きていくのも悪いことではないだろう。

 

たとえその関係が紛い物や偽りであったとしても。

 

 

 

「はい、雄星あーん」

 

「あ、あーん・・・・」

 

朝食の食堂。

そこで満面な笑みを浮かべた白髪の少女と、それとは正反対の黒髪の少年が苦笑いを浮かべながら少女の突き出されたスープが掬われているスプーンを咥えてた。

 

「ふふふ、美味しい?雄星」

 

「う、うん・・・美味しいよお姉ちゃん」

 

「もう、雄星は可愛いわね~」

 

可愛らしい笑い声をだすと、瑠奈は雄星の頭を優しく撫でる。当然だが、この孤児院の食堂には他の子供がいる。

周囲から異物を見るような視線が突き刺さるのだが、目の前の(瑠奈)はそんなこと気にしている様子はなく、ひたすら目の前の(雄星)を溺愛している。

 

この前に瑠奈の弟になってから瑠奈の雄星に対する愛情が一気に爆発し、周囲の視線を気にすることなく、部屋にいる時も公衆の面前でもこのような痛々しいまでのブラコンを見せつけるようになった。

 

まず手始めに雄星の部屋に引っ越してきては『今日からこの部屋は私たち姉弟の部屋よ』と高らかに宣言すると、頻繁に抱きついてくるようになってきた。

おまけに、雄星は普段寝るときは二段ベットの一段目のベットで寝ているのだが当然のように雄星と同じベットに潜り込んできては抱き枕のように抱きついて、一緒に寝てくる。

 

しかも、起床時は頬におはようのキス付きだ。別に嫌というわけではないが、姉弟の間でここまで頻繁にキスをするものなのだろうか?

それに加えて、瑠奈のキスは姉弟での愛やスキンシップ以上の深い何かを感じる。

 

「雄星?どうしたのぼーとして」

 

「え・・・いや、何でもないよ。気にしないで」

 

「調子でも悪いの?それとも今朝のおはようのチューが足りなかったかな?」

 

「大丈夫だから顔を近づけてこないでよ。皆見てる」

 

どうにも、今の現状を信じることが出来ない自分がいるのかもしれない。今までずっと1人だったのにこうして家族ができて、自分を愛してくれている人間がいる。

それがここまで温かくて安心するとは。

 

「家族か・・・いいな・・・・」

 

小さく呟くと、口角が僅かに上がり笑う。その笑顔は今までの得体の知れない不気味なものではなく、年相応の無邪気で可愛らしいものだった。

 

 

 

ーーーー

 

 

女性というものは気になる男性の前だと髪をかき上げる仕草をするという話を聞いたことがある。

これは異性の前で髪の臭いを嗅がせて誘惑しようとしているかららしく、少しでも自分の魅力を相手に伝えようとしているのだ。

 

だが、それは自分を”異性”として見ている相手に通じる手段だ。そのため、あまりにも身近すぎる存在だといくら自分が魅力的な動作や仕草をしても、伝えたいことやメッセージが届くことなく空振りしてしまうことがある。

 

自分の思いを伝えたい人が身近な人であれば、それだけ自分の思いを伝えるチャンスがあると思うかもしれないが、あまりにも身近すぎる存在だと思い通りにならないこともしばしばある。

 

 

 

 

「ただいま」

 

空が綺麗なオレンジ色に染まった夕方、自分と姉の部屋のドアを開けるが反応がない。いつもならば、ブラコンの姉が勢いよく飛びついてくるというのに。

部屋のベットには姉の瑠奈が体育座りをして本を読んでいたのだが、どうにも様子がおかしい。静か・・・というより雄星に反応しないようにしているようだ。

 

「お姉ちゃん?」

 

名前を呼んでみるが、やはり反応はない。これはかなり妙だ。今まで名前を呼ぶと嬉しそうに反応するというのに。

疑問に思いながらベットに腰かけて瑠奈の顔をのぞき込むが、雄星に反応することなく本の文字に目を走らせて雄星のことはガン無視だ。

 

瑠奈がこんな反応をしているときは十中八九怒っているときと決まっている。

人は怒った時、大声を出して怒りを忘れたり1回寝て怒りをリセットするなどの様々な怒りの解消方法があるが、瑠奈はその中で『怒りの相手をガン無視する』という特にめんどくさい対応をするタイプだ。

 

しかも余計なプライドがついてきており、絶対に『自分からは謝らない』というポリシーというかモットーのようなものを掲げている。

前に『今夜はお互い裸で抱き合って寝るわよ』という瑠奈のとんでもない思い付きを断った時に、本気でへそを曲げてしまったことがある。

 

それから雄星が謝るまでの3日ほどの期間、瑠奈は一言も発さずに雄星と生活していた。無口で雄星の世話をする瑠奈は冷え冷えとしており、まるで倦怠期の夫婦を感じさせた。

 

(何か悪いことしたかな・・・・?)

 

ここ最近の記憶を思い出すが、思い当たるものがない。となると・・・・怒っているのは自分ではなく他の人間ということなのだろうか?

そういうことなら、瑠奈とその人間との問題で雄星が口を出すことはないだろう。

 

そう勝手に結論づけると、入浴するためにタンスから着替えを取り出そうと瑠奈から離れたとき

 

「何か声を掛けてよ雄星!!」

 

読んでいた本を怒りに任せてベットに叩きつけると同時にベットから降りて雄星の肩を掴み睨みつける。だが、その眼差しは怒りなどではなく、どちらかというと悲しみや嫉妬が混ざったように感じる。

 

「お、お姉ちゃん?」

 

「そんなにあなたは年上の女性が好きなの!?私じゃ満足できないの!?」

 

「え?え?」

 

「私は雄星を信じていたのに・・・・こんな・・・こんな・・・・ひどい・・・・」

 

プルプルと震え、涙目になりながら瑠奈は何かを必死に語り掛けてくるが、さっぱり話の内容が理解できない。よくわからないが、どうやら今回も自分に非があるらしい。

 

いつもならば瑠奈は相手が謝るまで何も言わないのだが、そのモットーを崩すとは自分はいったい何をしてしまったのだろうか。

 

「悪いけど何を言っているのかわからないよ。ちゃんと説明して」

 

「うぅぅ・・・雄星、今日先輩の美津保(みずほ)さんと親しげに話していたじゃない・・・・私のことなんか捨ててあの人に乗り換えたんでしょ!?」

 

確かに今日、ちょっとした用件でこの孤児院の先輩である美津保という女性と話をした。

彼女は瑠奈や雄星より年上の『大人の女性』という魅力にあふれている人で、瑠奈も雄星を誘惑するために彼女の作法や礼儀を真似てみたりしていたのだが、運悪く彼女と最愛の雄星が廊下で親しげに話しているところを目撃してしまった。

 

そこから一番最悪の想像が脳裏をよぎり、こうしてベットでいじけていたのだ。

 

「乗り換えるって・・・・電車やバスじゃないんだから。大丈夫だよ、僕は瑠奈を捨てたりしない。ずっと君一筋だよお姉ちゃん」

 

「・・・・本当?」

 

「うん、本当だよ。僕は君が大好き。ずっと君と一緒に居たい」

 

「雄星・・・」

 

安心した表情を見せると、瑠奈が頭を撫でてくる。相変わらずこのように変な妄想や嫉妬を表に出してしまうところは、まだまだ子供なのだろうか。

そう思うと自分だけ騒いでいたことが恥ずかしくなってくる。

 

「それじゃあ、僕はお風呂に入ってくるよ」

 

「待って雄星。私も行くわ」

 

「・・・・ん?」

 

この孤児院は浴室が男女別に分かれておらず、1つの大きな浴室があるという構造になっている。

そのため、誰が入浴するかの時間帯を決めて交代で入るという体制なのだが、それで『私も行く』とはどういう意味なのだろうか?

 

「もしかしてお姉ちゃんが先に入るっていう意味?ならいいよ、お先にどうぞ」

 

「何言っているの雄星?私も一緒に入るっていう意味よ。変な勘違いをしないで」

 

当然だが、雄星の中で男女一緒に入浴するという文化はない。それに、自分は正しい常識を言ったはずなのだが、なぜ自分が間違っているという口調で言われるのだろうか。

 

「ほら、早くお風呂に入りましょう雄星」

 

「え、ちょーーー」

 

着替えを持つと、瑠奈は雄星の手を掴んで浴室へ向かっていく。こうなってしまった以上、いくら抵抗してももう遅い。これは瑠奈の中で決定事項なのだ。ローマ帝国の皇帝のように彼女が1度出した判決や意見を覆す方法はもうない。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

「ほら、早く脱ぎなさい」

 

「う、うぅぅ・・・」

 

脱衣所で既に裸となった瑠奈と、服を脱ぐことに躊躇し中々下着を脱げないでいる雄星の膠着状態が続いていた。

異性の前だというのに瑠奈はタオルで体を隠すことなく、雄星の前で発達途中の胸や局部の外性器などの全てを晒していた。

 

「は、恥ずかしいよ・・・・」

 

「私だって恥ずかしいわよ。だけど姉弟でお風呂に入るのは普通のことだし、もう2度と浮気をしないようにあなたに私の体の魅力を徹底的に教えなきゃいけないの」

 

「う、浮気なんかしてないよ・・・・」

 

「問答無用っ!もう勘弁しなさい!」

 

じれったさに我慢できなくなったのか勢いよく雄星に近づくと、パンツを強引にずり下して脚から引き抜かせ、手を取って浴室へ連れていく。

互いが裸という状況に興奮しているのか、瑠奈がかすかに笑みを浮かべながら、太ももを擦り合わせた。

 

 

 

 

 

 

少年ーーー今の雄星は瑠奈という姉がいるが、普通の姉弟関係というものを知らない。

そんな雄星に瑠奈は『私が姉弟関係を教えてあげるから安心して』と言ってくれたのだが、その姉弟関係を知らない雄星であっても『それって本当に姉弟関係でやることなのか?』と疑問に思うことが多々ある。

 

この孤児院にいる子供が少ないからなのか、浴室は一般家庭の浴室より少し大きめぐらいの広さしかない。それでも2人が入浴するには十分な広さだ。

 

「ほら、動かないで雄星」

 

「ご、ごめんなさい・・・」

 

自分の白髪とは正反対の色をしている雄星の長い黒髪をシャンプーで優しく丁寧に洗っていく。当然だが、今まで瑠奈と一緒に寝ることはあっても一緒に入浴したことなどない。

人に髪を洗われるという経験は皆無だったため、気恥ずかしさや嬉しさが混じった何とも言えない気分になる。

 

耳の裏も丁寧に洗い、泡をシャワーで洗い流す。

そのまま、雄星の背後に回って体を洗うためにボディソープを手に付けるが、なぜかその手をタオルではなく自身の体にこすりつける。

 

「ひゃっ・・・・」

 

そのまま、背中に体をこすりつけて背中を洗っていく。まだまだ未発達とはいえ、膨らみかけの胸の固くなっている先端の突起を当てられて裏返った声が出てしまう。

 

「る、瑠奈・・・・?」

 

「大丈夫、私に任せて」

 

耳元で優しくささやかれてボディソープを再び手のひらにつけると、わきの下に通して雄星の胸部に手を当てる。そのまま、体を上下にスライドして自身の胸で雄星の背中を洗っていく。

浴室で誰も入ってこない2人だけの状態で、大胆な気持ちになっているのかいつもより過激な動作をしてくる。

 

「んっ・・・んっ・・・あ・・・ぁ・・はぁ・・・ンぁ・・・・」

 

むずがゆい感覚を瑠奈も味わっているらしく口から途切れ途切れに声が聞こえてくる。それと同時に、妙に甘ったるい香りもしてきた。これが女の匂いというやつなのだろうか。

 

「はぁ・・・はぁ・・・ほら、綺麗になったわ・・・」

 

息を切らしながら小さく囁くと、雄星を湯船の中に座らせて彼の胸に背中を当てる形で瑠奈も座る。背中を胸に密着させたことにより雄星の心臓の鼓動が伝わってくる。

それは瑠奈が好きな感触だ。

 

「お姉ちゃん・・・さっきのは・・・・?」

 

「この前見た雑誌に載っていたの。気持ちよかった?」

 

「う、うん・・・」

 

恥ずかしそうに顔を逸らすと腕を瑠奈の腹部に回して抱きしめて互いを求め合う。瑠奈も雄星もお互いが大好きなのだ。

それを確認できるだけで2人は嬉しい。

 

「ねえ、雄星・・・」

 

「なに?」

 

「雄星は・・・将来結婚したいと思ったことはある?」

 

「け、結婚?」

 

「ええ、ずっと好きな人と一緒に居られるの。一緒に暮して子供を作って家族になる。とても素敵なことだと思わない?」

 

唐突な質問に暫し脳がフリーズする。

こんな名前も可愛げもない自分なんかが家族をもつ?あまりにも現実離れしていることだ。

 

「無理だよ・・・僕を好きになってくれる人なんかいるはずがない・・・・」

 

「・・・・私じゃダメ?」

 

腕を振りほどくと瑠奈は膝立ちになり、背後にいる雄星と向かい合う。膝立ちになったことによって顔から胸、腹部、下腹部、股と全てが彼の眼前に晒されている。

その体勢で必死な懇願を感じさせる瞳で見つめてくる

 

「私があなたの傍にいちゃダメ?」

 

「・・・・お姉ちゃん?」

 

恥ずかしいのか、それとも湯気でのぼせているのか顔が赤く呆けている。そのまま、雄星の首筋に指を這わせてきた。

目の前には芳紀ともいえる美貌の少年が自分の体を見ている。

 

初めは暗い印象で異彩を放つ存在だったが、今は自分を愛しき人として求めてきてくれている。

最近は雄星の美貌を他の女の子たちも気づいてきており、密かにアタックしてくるが雄星は既に自分の物なのだ。

自分と雄星の間に他の女が入り込む隙間などない。

 

「私は雄星のことが好き、弟としても異性としても。雄星は私のこと・・・好き?」

 

「僕も大好きだよ・・・・お姉ちゃんのことが大好き。君のためなら全てを捧げてもいい・・・・。僕の体と心は君の物だよ・・・・」

 

「雄星・・・・」

 

自分は弟を見捨て、彼に迷惑な愛情を押し付けていたのは知っているのに、こんなろくでもない小娘を彼は必要としてくれている。

彼に出会えて、触れ合うことができて良かった。そして背負った罪に負けずに今日まで生きていて本当によかった。

 

「雄星・・・動かないでね・・・・」

 

首筋に這わせていた手で顎を少し上に掬い上げて自分の顔に向かい合わせる。そのまま、赤い顔を近づけーーー

 

「じゅぷっ・・・・れろ・・・」

 

瑠奈の唇と雄星の唇を押し付けて濃厚なキスをする。

今まで頬や額にキスをすることはあっても、こうして唇と唇を合わせる大人のキスは初めてだ。これで、もはや姉弟間の遊びとは言い訳できない。

 

「ジュル・・・っ!ちゅぷっ、ぢゅちゅっ・・・んっ!・・・あぁ・・・」

 

唇だけでは物足りないと思ったのか、瑠奈が雄星の口内に舌を侵入させてきては激しくかき回してくる。

今まで味わったことのない快楽と興奮に背筋が震えてしまうが、意識が流されないように涙目になりながら必死に舌を絡ませて抵抗する。だが、今の瑠奈にとってその抵抗すらも愛おしさを感じさせるものだった。

 

「可愛い・・・雄星、あなたは本当に可愛いわ・・・」

 

雄星の口角から垂れているお湯が混じっている唾液を舌でなめとると、さっき自分がしたように雄星の手首を掴むと自分の首筋に指を這わせる。

 

「私の体・・・どう?」

 

「き、綺麗だと・・・思うよ・・・」

 

いつも一緒に居る瑠奈なのだが、ここまで間近で裸体を見たことがない。シミ1つない彼女の白髪に似た白い体は綺麗で可憐で美しいものだ。

自分の体に見とれている雄星の指を首筋から下に移動させていく。

 

首筋から膨らみかけの胸へ、胸から引き締まった腹部に指を這わせ、腹部から少し下の下腹部へ移動させて優しく撫でる。そして下腹部からーーーー

 

「ん・・・あっ・・・」

 

神聖な女性の証を指で擦られて、体がビクッと震え、口から色気のある声が出てしまう。恥ずかしさのあまり、自分の体を今すぐにでも隠したい衝動に襲われるが、彼はこれから生涯を共にする大切な伴侶。

雄星の前では自分の体も心も全てをさらけ出さなくてはならない。

 

「んっ・・・見て、こ、ここから将来私と雄星の赤ちゃんが生まれてくるのよ?・・・はぁ・・あっ・・・き、綺麗でしょ?」

 

「こんな狭い入り口から生まれてくるんだ・・・女性の体ってすごいんだね・・・・」

 

さらっと子供を産むという妊娠願望を言ってしまってるのだが、瑠奈の裸体に見とれている雄星には耳に入ってこない。ひたすら子供が生まれてくる入り口に指を這わせて、喘いでいる瑠奈の反応を見ている。

 

「きゃっ・・・そ、そこは違う穴よ。もう少し下を触って」

 

「ご、ごめんなさい・・・」

 

「ふふっ、いいのよ雄星、もっとたくさん触って私の体を知ってね。・・・・じゅるる・・・ぢゅっ、れろ・・・じゅるっ・・・・」

 

そして再び雄星に唇を合わせると、舌を侵入させて濃厚なディープキスを味わっていくのであった。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

彼ーーー雄星と出会ってどれだけの月日が経っただろうか。

大切な弟にして愛おしい恋人。これから一緒に生きていくと意識しては、互いを求めながら流れていく穏やかな日常。

だが、別れや終焉というものは突如訪れるものだ。

 

本来、必ず訪れるはずの終焉の日。だが、雄星とずっと一緒に居るために瑠奈はその宿命に抗い抵抗した。それが最悪の終焉に続く選択肢だということを知っていたら、こんな後悔など味わうことはなかったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「小倉瑠奈。君はこれから我々の主が養子として引き取ります。直ちに荷物をまとめるように」

 

突如、瑠奈を養子として引き取りたいという人間が現れたのだ。

孤児院は子供の保護施設であるが、家というわけではない。そのため、子供を引き取るという人間が現れたのならば、厄介払いとして子供を引き渡す。

 

いくら子供が『嫌だ』と拒否しても、『何を贅沢を言っている』と叱られて拒否権はない。

 

「雄星・・・」

 

当然だが、雄星は瑠奈の傍から離れたくないし、瑠奈も雄星が居なくなってしまうことなど耐えられない。だが、それでも従わなくてはいけないのだ。

 

「雄星・・・どうしよう・・・」

 

部屋で荷物のまとめを手伝っている雄星に瑠奈の泣きそうな声で縋りついてくる。何とかしてこの孤児院に残れる方法を模索するが、いくら考えてもこの状況を覆せるアイディアが思い浮かばない。

瑠奈の荷物が詰まったトランクの上で拳を力強く握りしめる。

 

「私は雄星と離れたくない・・・・どうしたらいいの?教えて・・・・」

 

「くそ・・・どうしたらいい・・・どうしたら・・・」

 

相手が悪人ならばまだ何とか出来たのかもしれないが、瑠奈を引き取るような絶大な権力を持っている人間が相手では瑠奈や雄星のような非力な子供が意見を覆すのはほぼ不可能だ。

 

いっそのこと、瑠奈を引き取ろうをする主と向かい合って『瑠奈を欲しかったら僕を倒してからにしろ』と宣戦布告でもするべきだろうか。

 

「こら、瑠奈。既にあなたの引き取り相手が来ています。はやく正面玄関に行きなさい」

 

まともな案が思い浮かばないまま、マザーが部屋にやってきて瑠奈を部屋に連れ出す。面倒な子供がいなくなってくれて少しでも維持費や経費が浮くのが嬉しいのか、顔には微笑が浮かんでいる。

そんなマザーを睨みつけながら、雄星も見送るために共に部屋を出ようとするがマザーに肩を掴まれる。

 

「雄星。あなたは部外者でしょう。関係ない人間は部屋の中でーーーーいたたたたっ!!」

 

雄星を部屋の中に押し戻そうとした瞬間、肩を掴んでいた腕の手首を強烈な握力で握りしめる。相手が女性だとか日頃世話になっているだとかなど関係なく、その痛みと行動からは『邪魔をするんじゃねぇ』と怒りと殺意が混じったメッセージが込められていた。

 

通路で蹲りながら痛む手首を押さえているマザーを置いて、瑠奈と雄星は玄関で靴を履いて正面玄関に出る。外には既に黒い車とガードマンらしき黒服の男たちがおり、瑠奈の受け入れの準備はできていた。

 

「っ・・・・お姉ちゃん・・・・その・・・元気でね・・・・」

 

近くにいる瑠奈にすら聞こえるかどうかの弱弱しい声で別れの言葉を口にする。それが聞こえたのか、繋いでいた手をギュッと握りしめる。

 

「小倉瑠奈さんですね?では車にお乗りください」

 

黒服の1人が車のドアを開けて中に瑠奈を誘う。荷物のトランクを車内に置き、そのまま足を掛けた時ーーー

 

「っ!!」

 

突如、体を反転させて雄星に向かって全速力で走ってくると、力強く抱きしめる。

 

「お、お姉ちゃん・・・?」

 

「お願いします!!この子も私と一緒に連れていってください。私の大切な弟なんです!!」

 

瑠奈が必死な懇願を叫んで、周囲が唖然とした反応をする。

この孤児院に残ることができないことはわかった。だったら、自分と一緒に雄星を連れていけないのかと瑠奈は考えた。

 

とはいえ、可能性は限りなく薄いだろう。

相手はペットの衝動買いなどではなく、1人でも手間や費用がかかる人間なのだ。1人引き取った時と、2人引き取った時では大きく費用も違う。

それでも、これが最後の望みなのだ。

 

「お願いします!!」

 

長い白髪を振り回して勢いよく頭を下げる。すると、このままでは埒が明かないと思ったのか、黒服の1人が『主に問い合わせてみますので、待っていてください』と言い、携帯電話を持って車内へ入っていく。

 

「瑠奈・・・・」

 

「大丈夫・・・大丈夫から・・・安心して・・・」

 

それから10分ほど経った頃だろうか。車内から携帯電話を持った男が出てきて瑠奈と雄星の前に立つ。

 

「主に問い合わせてみたところ、もう1人だけなら引き取ってもいいと返事をもらいました。あなたもすぐに準備をしてください」

 

「瑠奈っ!!やったぁ!!」

 

「雄星っ!!」

 

思いもよらない朗報に2人は笑顔を浮かべながら抱き合う。まだまだ2人は一緒に居られるのだ。そう思うと心の中が喜びと希望に満ち溢れてくる。

 

自分を引き取ってくれる者の家で2人仲良く暮らしていく。自分の幸福を雄星にも分け与えることができたと当時の瑠奈は思っていたが、非情にも現実は思惑とは真逆の結末を迎える。

 

 

 

 

 

この行動と選択を瑠奈と雄星は一生悔やんで行くことになることを、まだ誰も知らない。

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

65話 日月星辰Ⅳ

あけましておめでとうございます。
2017年もよろしくお願いします。


瑠奈と雄星を乗せた車は人気のない港のような場所で停車した。

てっきり、自分たちの身柄の引き取り相手と待ち合わせているのかと思っていたが、そのような雰囲気は感じられない。

 

「お降りください」

 

短くそう告げられ、車のドアを開けられると警戒しながら下車する。自分たちしかいない空虚な空間。なにか妙な不気味さを感じさせる場所だ。

 

「雄星・・・・何だかーーーむぐっ!!うぅぅっ!!」

 

不安を感じた瑠奈が雄星に近づこうとした瞬間、突然男の1人が背後から口元にハンカチを押し付けて動きを抑える。

 

「瑠奈っ!?彼女を離せ!!」

 

助けようとするが、それを妨害するかのように残りの男たちが雄星を取り囲む。この時、雄星は理解した。『自分たちは騙されてここに連れていかれた』のだと。

相手の目的はわからないが、今は瑠奈を連れて逃げるのが先決だ。だが、当然ながら簡単なことではない。

 

いくら喧嘩慣れしているとはいえ、非力な雄星1人ではこれだけの屈強な男たちを相手に勝てるとは思えないし、仮に瑠奈を助けることができたところで追跡を振り切ることは困難だろう。

だが、たとえそれでもやるしかない。

 

「抵抗するなよ。悪いがお前たちには眠っていてもらう」

 

威嚇するかのように、懐からスタンガンを取りだしてバチバチと電流を放出させるが、雄星は怯むことなく男たちを睨み付ける。

 

「・・・来い」

 

その挑発と同時に男たちは襲い掛かってくる。

相手は戦闘を短時間で終わらせたいのか、真っ先に持っているスタンガンを突き出してくるが、そんなことは雄星も予想していた。

 

スタンガンを押し付けられる体の部位の芯をわずかにずらして避ける。それと同時に手首を掴み、肘をつま先で素早く蹴り上げる。

腕の関節に突然強烈な負荷が加わったことにより手首の力が緩み、スタンガンを手放してしまう。その手放したスタンガンを空中でキャッチすると、手首を掴んでいる男の腹部を蹴り飛ばす。

 

数、技量ともに劣る相手には短期決戦しかない。相手がとっさに反応することのできない足元に滑り込んで自分をとり囲んでいる男たちの包囲網から脱出し、瑠奈を抑えている男へ全速力で突撃していく。

 

「彼女を放せぇぇぇぇ!!」

 

そのまま持っているスタンガンを突き出すが、相手は捕まえていた瑠奈を乱暴に放り投げると、さっき雄星がしたのと同じように素早く手首を掴む。

まるで動きを読んでいたかのように余裕のある笑みを浮かべると、雄星の腹部に容赦のない蹴りがめり込んだ。

 

「がっ・・・う・・・ぁぁ・・・」

 

腹部から感じる強烈な痛みで肺の空気が押し出され、コンクリートに蹲ってしまう。どうやら、相手は雄星の単純な動きを完璧に予測していたようだ。

 

「ガキ相手に何を手こずっている!?さっさと捕らえろ!!」

 

荒々しい声を上がると、蹲っている雄星の体を男たちは取り押さえる。必死に抵抗するが、体に力が入らず両手首に手錠をつけられてしまう。

 

「雄星っ!!」

 

放り投げられた瑠奈が雄星を助けようと突撃するが、当然ながら敵うはずはなく、あっさりと捕らえられてしまう。

 

「腕は悪くないが、所詮子供の喧嘩だ。プロ相手には通じない」

 

吐き捨てるように言うと同時に、得体のしれない液体が入った注射針を雄星の首筋に投入される。すると、尋常じゃないほどの眠気と痺れに襲われて、動けなくなる。

 

「う・・・あ・・・・」

 

愛しの人の自分の名前を呼ぶ声を聞きながら、意識は途切れていった。

 

 

 

ーーーー

 

 

その後、気絶した瑠奈と雄星が連れていかれたのは山奥の研究施設だった。ここが何処なのかわからない。だが、寒い場所だったことは覚えている。

こんな人目のつかない場所に建てられたのだから、何かやばい研究をしていることは想像していたが、やはりそこで行われていた研究は目を覆いたくなるようなものだった。

 

この世界を支配しているIS(インフィニット・ストラトス)を超える兵器と兵士の開発。通称『ルットーレ(破壊者)』計画と命名されたデザイン・ソルジャー計画。

 

瑠奈と雄星はその実験材料として孤児院から引き取られ、連れてこられたのだ。

 

当然ながら、瑠奈も雄星もISを知っている。

今から数年前に開発された宇宙開発を目的としたマルチフォーム・スーツ。だが、本来の目的である宇宙進出は一向に進まず、有り余るスペックを持て余した機械は『兵器』へと変わってしまう。

しかも、そのISは女性しか扱えないため各国は女性優遇制度をとり、優秀な操縦者を常時募集している。

 

孤児院にもその風潮に影響された子供がおり、男子に上から目線で命令してくる女の子がいた。雄星にも命令されたことが度々あったのだが、そのたびに同じ女子である瑠奈が庇ってくれていたことを覚えている。

『大丈夫、私はISなんかで雄星を嫌いになったりしないよ』と優しく言ってくれたのだが、こんな形でISという単語を聞くことになるとは。

 

 

 

まず瑠奈と雄星には最初に実験体番号を付けられて、牢屋のような冷たく汚い部屋に押し込まれる。そこで検査と称して浣腸液を入れられて検便をされた。

異常なしと診断されると、逃げられないようになのか赤いランプが点滅している白いブレスレットのような機械を付けられて放置される。

本格的な実験は明日から始めるらしい。

 

「う・・・うぅぅ・・・」

 

先程入れられた浣腸液が強力なものだったらしく、腸がズキズキと痛んでくる。薄汚れたシーツが敷いてあるベットの上で横になるが、なかなか痛みは治まらず、口からうめき声がでてくる。

 

「雄星・・・・うっ・・・大丈夫・・・?」

 

雄星と同じように腹痛を感じているのか、腹部を庇いながら瑠奈が同じベットに入って抱きしめてくる。いつもと変わらない笑顔を向けてくるが、腹痛やこの状況だからなのか、どこか虚しさを感じさせる。

 

「お、お腹が・・・・痛い・・・・痛いよ・・・」

 

「大丈夫・・・大丈夫だから・・・・うっ・・・うぅぅ・・」

 

2人とも強烈な腹痛に襲われているはずなのだが、お互い励まし合い、何とか前向きに考えていく。そうしなくては、不安で心が押しつぶされてしまうかもしれない。

そんな絶望的な状態でも瑠奈の温もりは変わらない。それがこの世界で信じられる唯一のものなのだから・・・

 

 

 

 

 

この施設で心と体が休まる時間帯などない。

瑠奈と雄星のいる部屋にはカレンダーや時計もない。まさに外の世界から途絶された空間といえるだろう。

 

毎日昨晩の薬物実験とデータ収集で疲れ果てて寝ていると、突然白衣を着ている人間が部屋に入ってきて瑠奈か雄星を連れていく。

そのたびに片方が『やめて!!』と必死にお願いするが、無情に突き放されて強制的に連行されていく。

 

その昼も夜も関係なく、真っ白の空間で毎回たくさんの注射を打たれる。それがどのような薬品なのかはわからない。

ただ、打たれたら体中が燃えるように熱く感じるものや、尋常じゃないほどの痒みを味わうもの。中には一時的に自分が誰なのかわからなくなったこともある。

そんな得体の知れないものを体の中にいくつも注入され、数時間の観察の末に部屋に連れ戻される。

 

この薬物実験も恐ろしいが、本当に恐ろしいのはこれから数時間後だ。打たれた薬物の後遺症が一斉に出始める時間帯。

疲れて寝ていると異常なまでの発熱と発汗、そして頭痛と吐き気で目が覚める。

 

瑠奈は薬物の後遺症や影響はあまり受け付けない体質らしく、声を上げて苦しむことはなかったが、雄星の苦痛の叫びを聞いていると『なんで自分は苦しんでいないんだろう』という自己嫌悪に陥る。

だが、いくら頑張っても瑠奈が雄星の痛みや苦しみを肩代わりすることなどできない。

 

今の瑠奈ができることなど、抱きしめてあげることと実験の影響で動けない雄星に食事を食べさせてあげるだけだ。

腕が麻痺して食器が持てないときは自分が食べさせ、食べ物を噛むことすらできない時は、自分が代わりに物を噛んで唾液で液状にして口移しで雄星の喉に流させる。

 

ここでは人の死に対する水準が低い。

実験中に死ぬことなんてざらだし、自分たちと同じ実験体同士での争いやトラブルで死んでしまうことなど日常茶飯事のことだ。

 

そのたびに死体袋が運び出され、知らない子供が入ってくる。たとえ、自分が死にそうであったとしても誰も助けてくれない。

雄星は自分が支えていくしかないのだ。そしていつか2人とも生きたままこの悪魔の施設から逃げてみせる。

 

だが、瑠奈のその夢とは反対に雄星の薬の後遺症は日に日に悪化していった。

体の麻痺や嘔吐といった症状が同時に起こり、日頃から胸が締め付けられるような苦しみと頭が割れるのではないのかと思うほどの頭痛も感じている。

 

「ぐぅぅぅ・・・あぁぁぁ・・・・」

 

「雄星・・・・雄星・・・・」

 

表情を歪め、口から低い唸り声がでる。だが、この時瑠奈は知らなかった。

この苦痛は雄星の体に薬が馴染んできている(・・・・・・・・・・・・)証拠だということを。そして、雄星の体に『破壊者(ルットーレ)』が宿りつつあることを。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

永遠に続くと思われていた地獄の日々。その日常に変化が起こったのはここにきて半年ほど経った頃だった。

この日もいつもと変わらずに、ベットの上で弱っている雄星を抱きしめていた。

すると、白衣を着た男が部屋のドアを開けて入ってくる。

 

「な、なに・・・・?」

 

いつも実験場に連れていかれるときは、複数の男たちが部屋に来るのだが、今日はなぜか1人だけだった。しかも、息を荒々しく乱しており、どろっと濁った眼は瑠奈を見ている。

 

「はぁ・・・はぁ・・・・うぁぁぁぁ!!」

 

「嫌っ!やめてぇぇ!!」

 

すると、突如、男は雄星を吹き飛ばして瑠奈に襲いかかる。

研究者がこのように被験者に手をだすという行為は前々からあったことだ。この刑務所のような施設に閉じ込められてストレスが溜まり、そのはけ口として被検体に手をだすことは。

 

殴る蹴るなどの暴行をされることもあれば、服を破りレイプ紛いのことをして犯すこともある。どうやら、この男はサディストらしく、まだ悲鳴や抵抗するほどの気力や元気がある瑠奈に目をつけたらしい。太い腕で首を絞め、苦しげな表情をしている瑠奈を満足そうに見ている。

 

そのまま着ていた病衣のような服を強引に破って、瑠奈の白い肌を露出させる。すると、さらに虐待心をくすぐられたのか、男はさらに息を荒々しく乱して襲いかかる。

 

「暴れるんじゃねぇ!!大人しくしろ!!」

 

「ぐっ・・・瑠奈を放せ・・・・やめろぉ・・・」

 

吹き飛ばされた雄星が痛む頭を押さえながら、瑠奈を掴んでいる男の腕に食らいつくが、所詮は子供の微力な力に過ぎない。

 

「邪魔すんじゃねぇクソガキが!!」

 

「ぐっ!!」

 

食らいついていた腕を振りほどくと、手首に付けていた金属の腕時計で思いっきり雄星の額を殴りつける。そのせいで再び吹き飛ばされて地面に這いつくばる。

その時、腕時計で思いっきり殴られたせいなのか、おでこから血が流れ、視界を赤く染め上げていく。

 

「やめて!!やめてぇぇ!!」

 

「ぐへへへ・・・・ふへへへ・・・」

 

服をはぎ取り、晒された白い裸体。それを愛でるかのように全身に手を這わせていく。いくら悲鳴を上げても男は体を撫でまわすのを止めない。

それどころか、瑠奈の頬をべろりと唾液の付いた舌で下劣に舐める。

 

「る、瑠奈ぁぁ・・・!」

 

「雄星!こっちに来ちゃダメ!!離れて!私は大丈夫だから!!」

 

床に這いつくばっている雄星に必死になって叫ぶがまともな抵抗もできておらず、されるがままの状態だ。

ボロボロに服を破られ、着ているというよりまとわりついているといった格好にされて首筋や胸、腹部を舐めまわされている。

 

「ふざけんじゃねぇ・・・」

 

目の前で大切な人が凌辱され、傷ついているというのに何もできない自分に怒りが出てくる。このまま瑠奈が苦しんでいるところを指をくわえて見ていろというのだろうか。

 

「ぐっ・・・・ぅぅぅ・・・・」

 

無力な自分、そして瑠奈を傷つけている研究員の男。それに対しての怒りで心が埋め尽くされたとき、脳内に声が響いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

『殺しちゃえよ』

 

 

 

 

 

 

どんな声なのかはわからない。男のような声でもあるし、女のような声のようにも感じられる。そんな得体の知れない声が悪魔の言葉を囁く。

 

 

 

『自分の大切な人を傷つける。ならば、あの男は”敵”だ。お前が倒すべき存在だ』

 

 

・・・・自分が倒すべき存在。殺すべき相手。

 

 

『あんな人間、生きていてもいなくても何も変わらない。そんな人間がお前の大切な人を傷つけているんだ。ならばやるべきことは決まっているだろ?何を迷っている』

 

 

・・・・自分のやるべきこと・・・・それは大切な人を助けることだ。瑠奈は今苦しんでいる、助けなくちゃ。

 

 

『そうだ。”敵”を滅ぼせ、倒せ、消せ、潰せ、壊せ、叩きのめせ。そしてーーーー』

 

 

そしてーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺せ」

 

 

その言葉を口にだした瞬間、雄星の中に植え付けられていた”種”が芽吹いた。

心の中で恐れや恐怖というものが消え去り、血のように紅くて残酷な殺意がまるで真っ白なパレットに絵の具を垂らしたように心を染め上げていく。

 

「がぁぁぁぁぁ!!」

 

目が紅く染まり、殺意に支配された雄星が獣のような雄叫びをあげて、瑠奈に体に覆いかぶさっている男の首を掴むと、子供とは思えないほどの強い怪力で引き離す。

そのまま、仰向けに倒れた男の腹部に跨ると細い腕で首を絞め上げる。

 

「がっ・・・あぁぁ・・・」

 

男の口から肺の空気が漏れて、目の瞳孔が開いてくる。自分を本気で殺しに来ていると理解した男は、自分の首を絞めてる雄星の腕を必死に引き離そうとする。

どんなに強い力で締め付けてこようと、子供と大人の力では勝てるはずがない。

 

それを表すかのように、ゆっくりと雄星の腕が首から離れていく。

 

「この・・・が、ガキがぁ・・・・」

 

ヒューヒューと荒く呼吸をしながら自分に跨っている雄星を睨みつける。自分を見つめるその紅い瞳は殺意以外感じられない。

 

このまま引き離すことが出来ると思った瞬間、突然雄星が掴まれていた両腕を振りほどくと、素早く男の着ていた白衣の胸ポケットに仕舞われていたポールペンを引き抜くと、そのまま男の喉に刺しこむ。

 

「ぐがっ・・・あっ・・・あぁぁぁ・・・」

 

突然、男は呼吸困難になり、脳が混乱する。

それと同時に体中に危険信号を送り、自分の喉にボールペンを刺している腕を強靭な握力で握って引き離そうとするが、雄星は更に力を込めてポールペンを侵入させていく。

 

男の握力で爪が腕に食い込み、血がでるが雄星は力を一切緩めない。ジタバタと乗っている体がもがき、抵抗されるがバランスを崩すことなく腕に力を込める。そして

 

「死ねぇぇぇぇっ!!!!」

 

その叫び声とともにボールペンが半分ほど埋め込まれ、完全に男の命を絶命させた。自分を腕を絞めていた男の握力もなくなり、ボールペンが刺しこんである喉から少量の血が噴き出す。

 

「はぁ・・・はぁ・・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 

荒く息を乱しながら雄星は紅き瞳でゆっくりと瑠奈を見る。

今の雄星は瞳が紅く輝き、額からは血が流れ、服も喉から噴き出した血で所々汚れている。それに雄星はさっき人を殺した。愛しき人の前で。

 

「雄星・・・・」

 

それでも瑠奈は雄星を抱きしめる。瑠奈の服はほとんど破られ、全裸に近い格好だ。そのせいか、瑠奈の体温がよく感じられる。

 

「ごめんね・・・・ごめんね・・・・雄星・・・」

 

ひたすら瑠奈は雄星の耳元で謝罪の言葉を言い続けた。

この地獄に雄星を招いてしまったこと、なにも力になれなかったこと、そして自分のせいで大きな悪と罪を背負わせてしまったこと。

 

「お、お姉ちゃん・・・・・ごめんなさい・・・」

 

2人は必死に謝罪の言葉を言い続けた。互いに自分の罪の贖罪と裁きを求めるように。その言葉の言い合いは異常事態を知らされ、研究員が来て瑠奈と雄星が引き離されるまで続いた。

 

不思議と普段感じていた頭痛と吐き気は収まっていた。

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

66話 日月星辰Ⅴ

実験体による惨劇から数時間後、部屋には数人の研究者とスーツを着た1人の若い女性が集まり、男の死体を囲んでいた。

 

「信じられない・・・首筋の細い頸神経(けいしんけい)をポールペンで一突きだ。本当に子供がやったのか・・・?」

 

「あまりにも殺傷位置が正確すぎる。これではまるで人間の急所をしっていたような殺し方だ」

 

「まさか・・・人体の構造を理解しているベテランの軍人ならまだしも、やったのはまともな戦闘経験もない子供だぞ?偶然じゃないのか?」

 

「だが、偶然にしては出来すぎている・・・・」

 

男の死体に触れながらあーだこーだと意見を言い合う。

その集団の中でスーツを着た若い女性ーーーこの『破壊者(ルットーレ)』計画の最高責任者であるレポティッツァは目を細めながら思考を張り巡らしていた。

 

この男を殺したのは実験番号427、確か名前は小倉雄星という実験体だったはずだ。

彼は薬物実験で優秀な結果を収めていたとは聞いていたが、勘や偶然でここまで鮮やかで正確な殺しをすることは出来るのだろうか?

奇跡と言ってしまえばそれまでだが、あまりにも出来すぎている。

だとするとーーー

 

破壊者(ルットーレ)計画が成功していた・・・?)

 

いや、正確には彼が唯一の成功体となったというべきなのかもしれない。

成功はしていたが、心の中で何かがストッパーとなって薬物の効果を十分に発揮することができなかった。だが、何らかの危機的状況で何かが覚醒し、対象を自分にとって最も適した方法で殺害した。

 

だが、彼が倒すべき相手はこんな男などではなく、ISとその操縦者たちの女なのだ。その敵に対して、彼は絶対的でぶれることのない敵対心と殺意を持ち続けなければ、この計画は成功とはいえない。

 

「彼を殺害した被検体は現在どうしていますか?」

 

「はい、427号は現在最も厳重な監禁室であるK-5室に24時間の監視で拘束状態にしています。なにか異常が起こった報告は受けていませんが・・・・」

 

「9日後、とある実験(・・)を行います。監禁室から彼を出す準備をお願いします」

 

「正気ですか!?427号の危険度は未知数です。外に出すのは危険が多すぎます。下手したら我々が殺される」

 

人間は未知の存在に大きな恐怖を感じる。わからないから恐ろしい、理解できないから恐怖する。

それに相手は自分たち人間を狩るものなのだ。反対するのも当然の反応といえるだろう。

 

「ご安心を。彼を外に連れ出すわけではありません。もう1度言いますが、ちょっとした実験をするだけです」

 

それだけ言うと、レポティッツァは部屋を出ていった。

残された研究者達は戸惑いの表情を浮かべたが、自分たちのいる施設の最高責任者直々の注文なのだ。無下に断るわけにもいかない。

 

「とりあえず、死体を解剖室に送るぞ。手伝ってくれ」

 

とりあえず詳しい死因の研究は解剖班の人間の仕事だ。

肩と脚を複数で死体を持ち上げると、研究室に籠っているせいで日頃あまり使わない筋力を使って、部屋から運び出していった。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

頭が割れるように痛い。体も所々が痛む。

今日は何日だ・・・・今は何時だ。わからない・・・・何もかもがわからない。自分は何者だ。なんていう名前だった。

 

ーーーいや、そもそも自分に名前などあるのだろうか。自分を肯定できるものなど何一つない。自分を提示できるものなど何もない。

 

 

 

 

『別にどうでもいいだろ、そんなこと』

 

 

ーーーどうでもいい?

 

 

『お前はただ戦うだけだ。自分の欲望を満たすために』

 

 

ーーー戦う・・・・

 

 

『そうだ、ただ戦え。自分の命が尽き果てる日まで、戦い続けろ』

 

 

ーーー誰だ・・・・お前は?

 

 

『俺か?俺はーーー』

 

その時、目の前に自分と瓜二つの顔が映し出された。だが、その表情は邪悪で悪に満ちていて自分だとは思えない。

だが、彼は言った。

 

 

俺はお前だ(・・・・・)・・・小倉雄星』

 

 

 

 

 

 

「目が覚めましたか?小倉雄星」

 

2度と覚めることのないと思っていた悪夢は、若い女の声で途切れた。

 

「ん・・・」

 

意識がぼんやりとして視点が合わない。だが、視界が白い閃光で満たされている所をみると、いつも連れていかれる実験室と同じような部屋に自分はいるようだ。

 

「こ・・・こ・・・・は・・・・?」

 

「この部屋はこの施設で最も厳重な警備と監視を兼ね備えているK-5の監視室です」

 

目の前のスーツを着ている黒の長髪の美女は淡々とした表情で手短に言っていく。

なんとか動こうとしたが、体中にベルトやバンドで拘束されており、動くことができない。

それにくわえて、近くに置いてある大型の機材から、コードの電極パッドのようなものが自分の額に張り付いている。

 

「とりあえず、ついてきてもらいましょうか」

 

懐からリモコンのようなものを取り出すと、ボタンに指を走らせる。すると、ピピっと甲高い音が鳴ると同時に全身の拘束具が外れて、自由になる。

だが、今のぼんやりとした意識では即座に体が対応できず、床に前のめりに倒れてしまう。

 

「なにをやっているのだか・・・・ほら、立ちなさい」

 

明らかに弱っている雄星の腕を持ち上げて、強引的に立たせると部屋を連れ出していく。

 

「う・・・うぅぅ・・・」

 

足を引きずりながら連れていかれるが、体の運動で脳が活動を再開したからなのか、目的地に着くときにはある程度意識がはっきりと目覚めており、視界も晴れてきた。

 

「ここです。入りなさい」

 

てっきり、また実験室に連れていかれると思っていたが、雄星とその美女は豪華な装飾に飾られている部屋の扉の前で止まった。

戸惑いと警戒を感じながらドアをゆっくりと開ける。

 

室内は扉の豪華な装飾が語っていたように、ホテルのスイートルームよりも豪勢な家具が設置されていた。

巨大なシャンデリアにいかにも高価そうな絨毯。そして雄星が4人は乗れる大きな天蓋ベット。今までの奴隷のような扱いから、いきなりVIP待遇のような扱いに変わったことに驚きだが、それよりも驚いたのはその部屋にいた人物だった。

 

巨大なベットに緊張した表情で座っていたのは、長い白髪に雪のように白い肌を持つ少女。

彼女はーーー

 

「お姉ちゃん・・・・」

 

今雄星が一番会いたかった人物。姉の小倉瑠奈だった。

 

「雄星・・・雄星なの・・・?」

 

信じられないといった様子で瑠奈がゆっくりと歩いてくるが、信じられないのは雄星も同じことだ。

自分はこの施設の研究員をこの手で殺したのだ。もう一生瑠奈と会えないことも覚悟していた。

 

「感動の再会・・・というところかしらね」

 

「うわっ!」

 

雄星をこの豪勢な部屋に連れてきたスーツを着た女性は、小馬鹿にするような口調で言うと、前にいた雄星の背中をバンッと思いっきり押して、瑠奈の胸もとの飛び込ませる。

 

「それではあとはごゆっくり」

 

それだけ言い残すと、女性は扉を開けて出ていった。退出すると同時に、扉からガチャリと外側から施錠される音が聞こえてきた。

どうやら相手はこの部屋から瑠奈と雄星を出す気はないらしいが、そんなことはどうでもいい。

 

「雄星・・・」

 

胸に飛び込んだ体勢のまま、瑠奈が優しく抱きしめてくる。いったいどれだけ自分が部屋に閉じ込められていたのかわからないが、こうして瑠奈に抱きしめられるのが懐かしく感じる。

 

「ほら、雄星こっちに行きましょう」

 

そのまま抱きしめながら2人は豪華な装飾が飾られている天蓋ベットに横たわる。恐怖も苦痛も感じずにこうして安心して瑠奈といられるのはいつ以来だろうか。

 

「大丈夫?痛い所とかはない?」

 

「うん・・・心配かけてごめんね・・・」

 

体にはどこにも外傷はないようだが、お互いしばらく入浴をしていなかったせいなのか、清潔とは言えない状態だ。もう少しこのままでいたいが、まずはスキンシップがてら入浴といこう。

 

「ねえ、雄星。お風呂に入りましょう?」

 

「え、この部屋に湯船があるの?」

 

「湯船まではないけど・・・さっき部屋を探索していたら大きなシャワー室ならあったの。一緒に入って綺麗になりましょう」

 

「・・・うん・・・」

 

ゆっくりと起き上がると、シャワー室へ向かう。やはり、この豪華な部屋に備え付けてあるだけあるのか、シャワー室は2人でも余裕で入ることが出来る広さだった。

 

「・・・お姉ちゃん、少し大きくなった?」

 

脱衣所で瑠奈の裸体を見て、そんな感想が出てくる。

成長期になったからなのか、いつの間にか身長が伸びて全身の肉付きが良くなったような気がしてくる。なんというか『女性の体』と思える体つきになっていた。

いや、成長はしていたのかもしれないが、日頃の苦痛や疲れで気が付かなかっただけなのかもしれない。

 

「そう?ここの部分も?」

 

そう言い、胸の膨らみを掬い上げて雄星に見せつける。胸部も身長と同様に大きくなり、はっきりとした大きさに育っていた。

 

「いや・・・その・・・」

 

「ほらほら、ちゃんと触って大きくなったか確かめてみてよ」

 

恥ずかしくなって顔を逸らす雄星を尻目に、接近して胸を突き出してくる。このまま強く拒否しては、瑠奈が落ち込んでしまうと思い、ゆっくりと手を伸ばす。

 

むにゅっ

 

胸に手の平が全体的に張り付く。まだ大きいとは言えないが、はっきりとした柔らかさが感じられた。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

ドライヤーの風の音が響く洗面台。そこでニコニコと笑顔を浮かべている瑠奈と、正反対に疲労困憊の表情を浮かべて、ドライヤーで髪を乾かされている雄星がいた。

 

「うぁぁ・・・・」

 

「どうしたの?そんなに疲れた声を出して」

 

「お姉ちゃんがシャワー室であんなことをするから・・・」

 

2人で仲良くシャワーと浴びていると、突如瑠奈が”胸って揉むと大きくなるっていうよね?”という思い付きが出た。

誰が胸を揉む役というのは、当然ながら雄星が担うことになる。

 

どんな無理難題だとしても、瑠奈から言われたのならば断われない。震える手で両腕を突き出すと、瑠奈の胸部をゆっくりと手の平で押し揉んでいく。

大切な人の胸を揉むという行為には、想像以上に精神が削られていく。

 

いくら瑠奈からの申し出とはいえ、胸を揉まれて出る喘ぎ声を聞いていると自分がいけないことをしているのではないかという罪悪感を感じる。

いや、いけないことをしているのは否定できないか。

 

「ほら、行きましょう雄星」

 

「あの・・・服は?」

 

シャワー上がりなのもあってか、瑠奈も雄星も全裸だ。さっき着ていた服を着ようとしたのだが、瑠奈が『そんな服を着たら、また臭いがついちゃうでしょ!』と叱られて取り上げられてしまった。

バスローブぐらいあるのかと思って探したが、見つからずこうして全裸でドライヤーで髪を乾かされている。

 

洗面台では裸でもなんとか耐えられるが、あの寝室や客室を兼ね備えられているあの広間を裸で歩くなど恥ずかしいーーーというより落ち着かない。

 

「この部屋には私と雄星しかいないから大丈夫よ。ほら、いらっしゃい」

 

「で、でも・・・」

 

雄星の反論を無視して、手を繋ぐと、強引に洗面台から連れ出していく。引っ張られて連れていかれることによって、瑠奈の肉付きのいいお尻の肉が歩くたびに左右に揺れているところが丸見えなのだが、顔を逸らして見ないようにする。

このままベットに連れていかれると思ったのだが、意外なことにふかふかのソファーに座らされた。

 

「雄星、お腹すいてるでしょ?ちょっと待ってね、確か冷蔵庫に・・・・」

 

ニコニコと笑みを浮かべながら大きな冷蔵庫を物色していく。その時、冷蔵庫に頭を突っ込む体勢になっているため、白くてムチムチなお尻が雄星に突き出されている状態だ。

自分に突き出されて、ふりふりと揺れている美尻に見とれてしまう。

 

「あったあった。おいしそうでしょ?」

 

冷蔵庫から大きな器に盛りつけられているフルーツを取り出すと、雄星の元へ持っていく。その時、雄星は気が付かなかったが、瑠奈も雄星の体をばれないように見ていた。

引き締まった体に、美貌な顔。その神秘的な組み合わせはいくら見ていても飽きない。

 

「ほら、雄星口を開けて。あーん」

 

「あ、あーん・・・・」

 

雄星の隣に座ると、盛り付けられていたパイナップルをつまんで孤児院で暮らしていた時と同じように、瑠奈が雄星に食べさせる。

今となってはもうあの日々には戻れないが、こうして食べさせ合うことぐらいは出来るだろう。戻らないと分かっている日常、だから2人は求めるのかもしれない。

 

「雄星、見ててね」

 

次に瑠奈が取り出したのは(いちご)だった。高級品らしく、形は整っており大粒だ。その苺を瑠奈は(へた)部分を咥えると、目をつぶって目の前の雄星に突き出す。

言わなくてもわかる、なにをすればいいのか。

 

「お姉ちゃん・・・・はむ・・・」

 

首筋に手を添えると、ゆっくりと顔を近づけていき、突き出されている苺の先端を咥える。そのまま進んでいき、瑠奈と唇を合わせる。

 

「れろ・・はむ・・・ぢゅゅっ・・・」

 

舌で転がし、互いの口内を苺が往復する。すると、どちらかが噛んだのか苺から甘酸っぱい果汁が溢れ、互いの口内を唾液と果汁で混ざった液体で満たしていく。

 

「じゅるっ・・・ぢゅうぅぅ・・・はむ・・・・・・」

 

いつの間にか、互いの舌を絡ませて求め合っていく。

全裸で濃厚なキスをする美少年と美少女。まるで楽園で暮らしているアダムとイヴのような光景だ。

いや、その例えは間違っていないのかもしれない。瑠奈は雄星が、雄星は瑠奈がいる場所が自分の居場所であり、家であり、楽園なのだから。

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

67話 日月星辰Ⅵ

最近アルバイトを始めようとWEB応募をして見たのですが、一向に応募先から連絡が来ません。これってよくあることなのですかね?


食事----といえるのかはわからないが、それが終わって2人はベットで横たわっていた。恰好は相変わらずお互い全裸のままだ。

この平和で静かな2人だけの空間にいつか終焉が訪れることはわかっている。だからこそ瑠奈は聞いておきたかった。

 

「ねぇ、雄星は・・・私のこと恨んでいる?」

 

「僕は君を憎いと感じたことなんてないよ・・・・」

 

「でも・・・私のせいで・・・・」

 

彼はーーー雄星は人を殺した。自分を助けるために人としての禁忌を破り、彼が罪深い悪を背負ってしまったことを瑠奈はずっと気にしていた。

自分は弟を見捨て、今度は大切な人の心に消えない傷を負わせてしまったのだ。そんな何もできない自分に嫌気がさしてくる。

 

「お姉ちゃん・・・・気にしないで」

 

明るい声で言うと、瑠奈の頬に自分の頬を擦り付ける。まるで親に甘える子猫のような仕草だ。

 

「僕があの時本当に怖かったのは、何もできずに君が傷ついていくのを黙ってみることしかできないことだよ。君を助けるためなら、僕はこの世のすべての悪を担うことになっても構わない」

 

「雄星・・・」

 

その返答に安心したかのように、ぎゅっと雄星抱きしめる。こんな絶望的な状況でも彼は希望をなくさず、前を向いている。

今日まで瑠奈も雄星も必死に生きてきたのだ、その喜びを繋がって分かち合いたい。

 

「ひゃ、ひゃぁ・・・」

 

「・・・ん?どうしたの?」

 

これからすることを想像して恥ずかしくなったが、変な声が出てしまう。それでも、自分を助けてくれた雄星にはどんな形であれ、お礼とご褒美をあげなければ。

 

「っ!!」

 

「きゃっ!る、瑠奈っ!?」

 

突如、雄星を抱きしめていた腕を振るって仰向けの状態にすると、素早く腹部に跨ぐ。突然の行動、そして瑠奈の裸体の全てが自分の眼前に映し出されてしまうことの驚きのあまり、女性のような声がでてしまう。

何度も見ている瑠奈の裸体だが、こうして見せられるというのは慣れないものだ。

 

「雄星・・・」

 

名前を呼ぶと、目の前の顔の両頬を押さえて顔を動けなくする。そのせいで、視線は瑠奈の裸体へ向いてしまう。目の前には、自分の体とは違う異性の体があるのだ。その光景に体が熱く火照り、興奮が高まっていく。

 

「今日・・・キスの先をしてみない?」

 

「え・・・?キスの先?」

 

「そう、私と雄星の体が・・・・1つになるの」

 

もしかしたら・・・・もしかしたら、また雄星は自分の元からいなくなってしまうかもしれない。そうしたら再び自分は独りぼっちだ。

1人は怖い、雄星が近くにいてほしい。だけど、現実は思い通りになどならないことはわかっている。

 

「雄星、私の体に大人の証を刻み込んで欲しい。そうしたら、私はまた頑張っていけるの」

 

「・・・初めてなんだよね?僕なんかでいいの?」

 

「雄星も・・・・初めてでしょ?雄星こそ・・・その・・・初体験が私なんかでいいの・・・・?」

 

「君はこれからもずっと一緒なんだ。君に捧げられて嬉しい」

 

頬を押さえつけられている両手を握ると、両腕を広げてお互いの体のすべてを見せ合う。それは互いにYESのサインだ。

これからする行為の前座として恍惚とした顔をしながら唇を合わせて、互いの唾液を交換し合う。そのまま互いの性器を擦り合わせて興奮を高めていく。まだ、前座の段階なので挿入はしていない。

 

「んっ、はぁ・・・・あん・・・・」

 

熱い物が自身の股に擦り付けられ、むず痒い感覚と興奮が身体中を巡っていく。それを表すかのように、瑠奈の性器から液が溢れ出て濡れており、部屋の明かりに照らされていやらしく光る。

 

「お姉ちゃん・・・・もうこんなに濡れているよ。すごくエッチな体をしているんだね、擦り合わせただけでこんなにヌルヌルになっちゃって」

 

「やっ・・・そんなに言わないで・・・・恥ずかしい・・・・。だけど・・・・雄星がもし満足できなかったら・・・その・・・もう1つの穴にも挿させてあげるわ」

 

「も、もう1つの穴?それってどこ?」

 

「もう・・・・鈍いんだから・・・・。こっちの穴よ」

 

呆れるような声を出して、雄星の腰を跨ぐ体勢から背中を見せると四つん這いになってムチムチな脂肪がついているヒップを見せる。

 

「んんっ・・・・」

 

そのまま、自分の左右の尻肉を割り開いて不浄の部分を雄星に見せつける。すると、窄んでいるその穴から、さっきシャワー室で注入させられたローションがドロッと染み出し、その液体に反応するかのようにパクパクと生き物の口のように蠢いている。

 

「さっきシャワーで洗浄しておいたから汚くなーーーきゃっ!?あぁぁ!!」

 

話している途中で、雄星が目の前にあるパクパクと開閉を繰り返している不思議な穴に人差し指を挿し込むと、グリグリと指を動かして穴をほぐしていく。瑠奈にとっては予想外で強烈な刺激に悲鳴がでて、下半身がガクガクと震えてしまう。

 

「も、もう、挿れるなら挿れるっていいなさい!びっくりしたじゃないの!」

 

「ご、ごめんなさい・・・あっ!」

 

「謝っている余裕があるなら、もっと指を動かしてお姉ちゃんのお尻の穴をほぐしなさい。そうしないと後で辛いのは雄星よ。ああ、くぅぅぅ・・・・」

 

雄星の手首を掴むと、再び自分のお尻へと指を挿し込ませる。そのまま、手首を動かしたり、指を動かせたりして、排泄口を適度にほぐしていく。まるで、雄星の手首を使ってお尻の穴で自慰行為をしているようだ。そんな愛しの姉のはしたなくて、あられもない光景に目の前がクラクラしてくる。

 

「お姉ちゃん、その・・・気持ちいい?」

 

「え、えぇ、気持ちいいわ!あんっ、くっ、あぁぁぁ!」

 

気持ちいいというのならば、もっと気持ちよくなってほしい。もっと乱れてほしい。ここにいるには自分達だけなのだから。さらに深く指を挿し込むと、指を激しく動かして腸壁と粘液に刺激を与えていく。

 

「きゃっ、雄星激しい!うっ、くぅぅぅぅ!ああぁぁぁ!駄目、壊れちゃう!お姉ちゃんのお尻が壊れちゃう!」

 

四つん這いの体勢を維持できなくなり、両腕を放り出し、ベットに上半身を押し付ける。シーツを握りしめ、口からは涎と荒々しい喘ぎ声が出てきても、雄星は指を動かすことは止めない。さらに激しく指を動かして瑠奈を乱していく。

 

体に力が入らず、まるで身体中の穴が限界まで広がったような感覚だ。いや、現に挿し込まれているお尻の下の割れ目からは、トロトロと透明な液体が流れ、お尻の刺激で、排泄口から何かがこみ上げてくる。もしかすると、我慢できずに粗相してしまい、とんでもない痴態を晒してしまうかもしれない。

 

だけど、そんな自分を雄星になら見せてもいい。むしろ、自分のありのままの姿を見てほしい。そう思うと、内部から何か大きいものが飛び出ようとしてくる。そして

 

「あぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

背中を反らし、叫び声をあげ、腰がブルブルと震えた瞬間、素早く指を引き抜く。すると、はしたない放屁の音とともにお尻の穴から飛沫が飛び出し、雄星の顔にかかる。それと同時に、その下の割れ目の小さな穴からも金色の液体がチョロロと流れ出て内股と雄星の体を濡らす。どうやら刺激と快楽で失禁してしまったらしい。

 

「あ・・・あああっ・・・ああぁぁぁ・・・・」」

 

「はぁ・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」

 

互いにゼーゼーと荒々しく息を吐き、呼吸を整える。身体中に張り付く涎や汗が鬱陶しい。今すぐにでも雄星と一緒にシャワー室に行きたいが、確認しなくてはいけないことがあることを思い出して、体を引きずりながら、再び雄星の目の前でお尻を割り開く。

 

「はぁ、はぁ・・・ねえ、お姉ちゃんのお尻・・・どうなってる?」

 

「えっと・・・大丈夫、ちゃんとほぐれて穴が空いてるよ。何だかいやらしい光景だね」

 

「そんなこと言わないの。後でこっちの穴にも入れるんだから・・・・あんっ!」

 

お仕置きと言わんばかりに、お尻を雄星の顔面に押し付けるが、再びポッカリと穴が空いた空洞に指を挿し込まれてうごけなくなってしまう。そのまま、指を動かして排泄口を刺激していくが、瑠奈もこのままやられているばかりではない。

 

「っ!!」

 

「うっ、くぅぅぅ・・・」

 

お尻に力を入れ、挿入されている雄星の指を肛門付近の筋肉を使って強烈な力で締め付ける。千切られそうなくらいに肉の壁が圧迫し、引き抜こうとしても、締め上げられているせいで動かすことができない。

 

「無理よ、雄星の力じゃ抜けないわ。それよりも、お互い全身がベタベタでしょう?もう1回シャワーを浴びましょう」

 

「わ、わかったからお姉ちゃんのお尻から指を引き抜かせて。き、きつい・・・・」

 

「駄目、弟のくせに調子に乗った罰よ。弟が姉に勝てるわけないじゃない。シャワーで体を洗ってあげるから、雄星は私のお尻を引き続きほぐしなさい。あ、シャワーを浴び終えたら、ローションをお尻に入れてのを手伝ってもらうからね」

 

「そ、そんなぁ・・・・」

 

口では怒った口調だが、顔はどこか恍惚とした表情をしており、説得力がない。雄星がお尻から指を引き抜かないように、手首を抑えつつ、ベットから降りる。そのまま瑠奈と雄星は再びシャワー室へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ、ほら、そんなに緊張しないで、力を抜きなさい」

 

シャワーを済ませ、再び雄星と瑠奈はベッドの上で横になる。体勢はさっきと同じように雄星の腰の上に瑠奈が跨ぐ形だ。

 

「その・・・緊張してて・・・・」

 

「今から緊張しててどうするのよ、大人になったら毎晩私とするのよ?」

 

「週末ぐらいは休ませてほしいかな・・・・」

 

「却下、お姉ちゃんに毎晩奉仕するのが旦那であり、弟の役目よ。月曜日から水曜日は前の穴で木曜日から土曜日は後ろの穴。日曜日は両方の穴に入れて気持ち良くしなさい。私が満足するまで終わらせないからね」

 

ベットの上で沢山交わって元気な子供を沢山産みたい。男の子か女の子か、顔は自分似か雄星似か。楽しみは沢山あるが、可愛らしい自分と雄星の愛の結晶が『ママ〜』と呼びながら自分に抱きついてくる姿を想像すると、頬が緩んでくる。

そんな将来設計を考えて恥ずかしいそうな顔をしながらお尻をフリフリと振っている瑠奈を優しく微笑んだ。そんな雑談をしているうちに、双方十分に準備が整う。

 

「雄星・・・いくね・・・」

 

雄星の腰の上にしゃがみ込み、狙いを定める。その時、お尻からシャワー室で注入したローションがドロリと溢れ出てそそり立つ棒にかかる。そのままゆっくりと腰を下げていき、2人の体が交わろうとした瞬間、異変が起こった。

 

「うぐっ!!がぁぁぁ!!」

 

突如、雄星が頭を抱えて苦しみだした。頭が割れるのではないかと思うほどの頭痛に、表情を歪め、ジタバタと苦しんでいる。

 

「雄星っ!?どうしたの!?ーーーきゃぁ!!」

 

暴れたことによって体がバランスを崩し、雄星の体から倒れてしまう。瑠奈が退いたことにより、体がビクビクと震え、蹲ってしまう。

尋常ではないほどの苦しみ方だったが、瑠奈にはどうすることもできない。怯えた表情をしながら雄星の苦しむ様子を遠くで見ている。

 

「ぐぅっ!!ううぅぅ!!あ・・・あ・・・・」

 

そんな状態が状態が数秒ほど続いただろうか、突然苦痛の声と体の震えが収まる。頭を押さえていた腕も脱力して顔が俯き、動かなくなる。

 

「ゆ、雄星・・・?」

 

少しずつ近づいていき、俯いている雄星の顔をのぞき込んだ瞬間

 

「がぁぁぁぁ!!」

 

「きゃ!雄星!?」

 

突如、目が紅く染まった雄星が瑠奈の肩を掴むと、強引に押し倒す。いきなりの行動に戸惑い、体を動かして抵抗しようとするが、強靭な力で身動きが取れない。

獣のように紅き瞳をした雄星は、口角からよだれを垂らし、息を荒々しく乱して瑠奈の顔に自分の顔を接近させる。

 

「はぁ・・・はぁ・・・うあぁぁ・・・」

 

「ひっ・・・・やめてっ!!」

 

底知れぬ恐怖を感じて両腕で雄星を引き離そうとするが、素早く両手首を掴むとベットに押さえつける。そしてーーー

 

「いぎぎぃぃぃ!!」

 

強引に股を開かせると、自身の体と瑠奈の体を強引に連結させる。初経験のため、雄星と瑠奈の体の接続部から破瓜の鮮血が流れる。瑠奈が悲痛の声を上げるが、雄星は構うことなく自身の欲望のままに体を動かしていく。

涙目になり、必死に痛みを訴えるが、さらに力強く体を押さえてジタバタと体を動かすことすらできなくなる。

 

「やめて・・・やめてぇぇ・・・雄星・・・グスッ・・・痛い・・・痛いよ・・・・」

 

自分を犯す雄星の紅い瞳を見た時、瑠奈は感じ取った。今の雄星は自分を姉でもなければ恋人としてでもなく、ただ自分の欲望をみたし、子を残すための道具としか見ていない。そこには自分が思い描いていた互いを愛し合う営み、そして自分が愛している雄星とは遠くかけ離れていた。

 

でも、これでいいのかもしれない。自分は彼をこの地獄に招き、人生を滅茶苦茶にした。そして彼は自分を悪魔(デビル)にした愚かな小娘に裁きを与える資格がある。

この強姦と凌辱は自分に与えられたの裁きの1つなのだ。

 

「はっ、はっ、はっ・・・はぁぁぁ・・・ふひひ・・・ははは・・・」

 

「んっ、んっ・・・あぁぁ・・・うっ・・・」

 

部屋に汗と獣の匂いが充満し始めたころ、瑠奈の体内に熱い液体が流し込まれる。全てが未知の痛みと快楽でかすんできた意識の中、瑠奈の目から一滴の涙がしたたり落ちた。それが裁きを与えられたことによる喜びの涙なのか、苦痛の涙なのかはわからない。

 

そのまま少年は獣のように少女を犯し続けた。その部屋で動くものは浅ましく動きをする一匹の獣、それだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん・・・・」

 

頭が痛い、体中も痛い。そんな苦痛と大きな疲労感で目が覚める。視界が霞み、焦点が合わない。ただ、何か温かいものの上にいるのはわかる。

 

「あ・・・う・・・・」

 

体を起こそうとするが力が入らない。薄目で見てみると真っ白な光景が広がっていた。

 

「ゆ・・・う・・・・せい・・・・」

 

すると、頭上からかすれた声が聞こえてくる。小さく弱弱しい声だったが雄星には声の主がわかった。上を向くと、弱った様子の瑠奈の顔があった。どうやら、雄星は瑠奈の胸部の上で寝てしまっていたらしい。

 

「瑠奈・・・・えっ・・・」

 

いつもと変わらない大好きな人の顔ががあると思って、ゆっくりと視線を向けた瞬間、雄星の顔が凍り付く。

そこには目が涙で充血して真っ赤になり、綺麗な白髪がボサボサに乱れた瑠奈がいた。さらに、周囲のシーツには真っ赤な血が付着し、瑠奈の白い体にも赤い筋ができている。

まるで何者かに暴行されたような有様だ。

 

「え・・・えっ・・・・え・・・・?」

 

頭が混乱し、思考がまとまらない。この部屋にいるのは自分と瑠奈の2人だけ。他の人間が入室した形跡はない。だとすると、彼女をこんな有様にしたのは・・・・・

 

「あ・・・あぁぁ・・・・」

 

それを自覚した瞬間、記憶の断片が脳内に映し出されてくる。泣け叫ぶ瑠奈を押さえつけ、下劣な笑みと声を上げて欲望を満たす自分の姿。醜悪で醜い獣の所業。

”自分が彼女を傷つけた”そう認識した途端、気が狂うほどの自己嫌悪が心の底からにじみ出てきた。

 

「そんな・・・そんな・・・・」

 

頭を抱え、涙が出てくる。後悔と悲しみで壊れそうだ。

 

「ゆう・・・せい・・・泣かないで?私は大丈夫だから・・・・」

 

明らかに空元気とわかる微笑みを浮かべながら雄星を抱きしめる。彼をこの地獄に招いたのは自分で、その裁きを受けた。それだけの話だ。だが、雄星が自分に何をしてもいい。彼がーーー弟が許してくれるのならば、償いをしてまた彼と生きていきたい。

 

そんな淡い希望を抱くが、その希望はすぐに消え去ることになる。この会話が瑠奈と雄星。この2人の生涯最後の会話となってしまうからだ。

 

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

68話 日月星辰Ⅶ

一応、今回で過去編は終わりです。今までの話で、この小説の主人公に対して少しでも理解を深めてくれたのならば、幸いです。


「これが被検体と対象を同室に入れた結果です。結論を言えば、非検体が対象を殺害することはありませんでした」

 

暗い部屋でプロジェクターが消え、明かりが灯されていく。部屋には無表情なスーツを着た男たちが、手元の資料を見ていた。

自分の作ったプレゼンに何の反応がないことに、レポティッツァ怪訝な顔を浮かべる。

 

「悪いが話にならないな。結局は自分の理性もコントロールできない猿のような動物になったということだろう?こんな資料映像に何の価値がある」

 

「我々が作りたいのは、ISを倒すことが出来る兵器と兵士だ。その人間1人殺せないのでは論外だな」

 

自分たちが見たのは、強姦映像だけだ。そう言い張る男たちがどれだけ低能な頭をしているのか軽く確認すると”切り札”を掲げた。

全てを超越する自分が創造した完璧な兵士の全てを。

 

「この映像で彼は豹変し、対象者に襲いかかりました。いままで穏やかな性格だった彼がなぜ、同室にいた少女に襲いかかったのだと思いますか?」

 

「豹変?あれはただの自分勝手な性行為だろ。ああやって、無理やり犯すのが実験体の性癖じゃなかったのか?」

 

「豹変して意識を失うまでの間、被検体の脳波、脈拍、血糖値、体温。全てが爆発的に跳ね上がり、対象を襲いかかりました。身体能力も限界まで跳ね上がり、攻撃的な性格の変化も見られます」

 

手元に配られた新たな資料に目を通した瞬間、全員目を見開いて驚きを表す。記されているグラフはどれも急上昇しており、人間が出来る体内環境変化とは思えない。

 

「ど、どういうことだ?」

 

「実は豹変した時、我々が被検体の脳波を通じてある命令を出しました。それは『目の前の少女を襲え』です。その命令通り、被検体は任務を遂行しました」

 

レポティッツァが掲げる最強の兵士の条件は3つ。

 

1つ目は圧倒的で最強の戦闘能力を有していること。

最強の戦闘兵器ISを倒すためには最強の兵器が必須だが、それを扱う操縦者にもそれなりのスペックが要求される。それも、ただ強ければいいという話ではない。判断力、運動性能、戦況把握。全てが人間を超越していなければならない。

 

2つ目はありとあらゆる環境に対応することが出来る状況及び環境対応力。

空中、水中、真空空間。優秀な兵士という者はありとあらゆる状況に対応し、どれほど過酷な環境でも変わらない戦闘能力を保ち続ける。

 

3つ目は変わらぬ高い士気と、司令官のどんな命令も実行する忠実さ。

さっき、被検体が愛しの者である少女に命令したら襲いかかったように、兵士が命令に『無理』や『できない』などは通じない。

優れた兵士という者はどんな命令だとしても遂行するものだ。たとえ、その結果命を落としたとしても、実行する狂気に似た思考を持ち合わせていなければ。

 

そして、その狂気の沙汰に満ちた士気を持つ軍隊に命令を下すのが自分だ。

 

先程の実験傾向を見ると、結果は上々だ。投入した薬がこの被検体と相性が良かったのか、それともただの偶然か。どちらにしても、この調子だと計画が完成する日もそう遠くないだろう。

1体でも試験体(サンプル)が完成すれば、一気にスケジュールをつめることができる。

 

確かな結果と事を詳細に説明することが出来る確実な証拠。これを突き出されたら、誰もが彼女を認めざるを得ない。偶然の類だったのかもしれないが、レポティッツァはISを超える存在を見出したのだ。

 

「ともあれ、この被検体は貴重です。そのため我々はーーーー「失礼しますっ!!」」

 

そのレポティッツァの〆の言葉を遮り、この会議室に顔面蒼白な顔をしている白衣を着た男が慌てた様子で入ってきた。

 

「なんですか?今は会議中です。用件なら後でーーーー」

 

実験番号427号(小倉雄星)に異常事態です!!各臓器で腐敗現象が急激に進行。危険状態に入りました!!」

 

「・・・・何とかして対処することは出来ないのですか?」

 

「恐らく、投与した薬物の副作用に体が耐えきれなくなったのでしょう。進行が早すぎます。それにここまで進んでいては手の施しようが・・・・」

 

ここで唯一ともいえる貴重な被検体を失っては、計画のどれだけ遅れるか想像できない。やっとのことで成功したのだ、ここで失うわけにはいけない。

事態の危機を感じ取ったのか、現場がざわざわと騒がしくなる。

 

だが、それでもレポティッツァは余裕の態度を崩さない。成功体を作り出すことに成功したのだ。もう、他の実験体もデータも必要ない。自分には彼さえいればいいのだ。

そして彼の生きていく希望も不要だ。持ち主に逆らうことのないように、徹底的に絶望の淵に貶めておかなくては。

 

「緊急移植手術を行います。直ちに被検体と例の臓器提供者を手術室に運び出してください」

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

悲しい夢を見た。大きな消失感と虚しさを感じる悲しい夢を。

 

「ねえ、雄星」

 

「ん、なに?」

 

いつもの孤児院の食堂。隣で食事をしていた彼女が話しかけてきた。いつもとは雰囲気が違い、真剣な声のトーンだ。

 

「雄星は私と出会えてよかったと思っている?」

 

「いきなりどうしたの?そんな真剣な顔になって」

 

「いいから答えて。どうしても聞きたいの」

 

「そうだね・・・・僕に親はいない。そんな世界で君は僕を愛してくれた、肯定して信じてくれた。そんな人に出会えてよかったと思っているよ」

 

「・・・・ありがとう、雄星・・・・」

 

持っていたフォークを置くと、雄星の肩に腕を回すと抱き寄せる。いつもならば安心するはずなのに、なぜか今は寂しさを感じる。

彼女も同じように寂しさを感じているらしく、涙目になっている。

 

「この後ちょっと用事があるの。行かなきゃ・・・・」

 

「どこに行くの?僕も一緒に行くよ」

 

「ごめんね、雄星を一緒に連れていけないの」

 

残念そうにいうと、席を立って歩み始める。後を追おうとするが、なぜか体が動かない。このままでは置き去りにされてしまう、追わなければ。

 

「ねぇ!?」

 

すると、口から大きな声が出て彼女を呼び止める。続いて席を立とうとしたが、それよりも先に言葉が出た。

 

「どれぐらいで帰ってこれる?」

 

「うーん・・・わからないなぁ。・・・・だけど、私は必ず帰ってくるから、待っていて」

 

「わかった。僕はずっと待っている。だから、絶対に帰ってきてね」

 

「うん、約束だね。必ず雄星に会いに行くから・・・迎えに行くから待っていてね・・・」

 

声が強張り、彼女の瞳から一滴の涙が滴り落ちる。彼女がいなくなるのは寂しいが、すぐに会える。それまでの暫しの別れだ。

 

「じゃあね、雄星」

 

「うん、気をつけてね」

 

軽く手を振ると、彼女は食堂を出ていった。大切な人がいないのは物寂しいが、しばらくの辛抱だ。そう心の中で励ますと、再び目の前の食事に手を付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う・・・・」

 

寂しく、悲しい夢で目が覚める。ぼやける視界が捕えたのは大きな照明器具だ。それと同時に強い消毒液の匂いも感じる。

なぜかひどく息苦しい、体も怠い。

 

「ここは・・・・」

 

視界を動かして見ると、真っ白な壁や天井が見える。ここは何処かの手術室のようで、手術台にのせられている。自分は何かの手術を受けたのだろうか?

 

「ゴホッ・・・・うぅぅ・・・」

 

手術台から下りて周囲を見渡すが、人影はない。ただ、手術道具が辺りに散乱している。だが、今はそんなことなどどうでもいい。

あの寂しい夢を見たせいか、愛しの人に会いたくなってきた。

 

「瑠奈?どこ・・・」

 

体と心に大きな空虚感が押し寄せてくる。まるで、内臓がなくなって剥製になったような感覚だ。その辛さにたえつつ、周囲を見渡していると、さっき自分が横たわっていたのと同じ手術台があった。

シーツのようなものが被せてあり、誰なのかはわからなかったが、台から見慣れている白髪が垂れ下がっている。

 

「瑠奈・・・・」

 

台に近寄り、被されているシーツを少しめくると愛しの人の寝顔があった。大切な人がいる安心感、愛しの人がいる安堵感。それを感じながらさらにめくった瞬間、体が凍り付く。

 

首から下からは赤色の塊が広がっていた。得体の知れない形の肉の塊、鼻がねじ曲がりそうなほどの強烈で生臭い死臭。不思議と、ハエも飛んできている。

彼女の首から下は人間の形をしていなかった。腹を切り開かれ、内臓を抜き取られ、まるでアジの開きのように体を切り開かれている状態だ。

 

「ひっ!!ああ・・・・あぁぁ・・・」

 

恐ろしさのあまり腰が引け、その場に座り込んでしまう。その拍子に足が台にあたり、その振動で頭部が台から落ちた。

落下の衝撃で白い髪が抜け落ち、辺りに散乱する。

 

見たくないと思っていても視界が釘付けになり、凝視してしまう。髪に隠れて目は見れない。だが、目の前にいあるのは彼女”だった”ものなのだ。

 

「あ・・・あぁ・・・あ・・あぁぁぁ・・・」

 

目の前の光景が理解できない。人が”物”になった。自分の大切な人が"物"になった。それに対して感じたのは悲しみでもなければ絶望でもなく、たた純粋な”恐怖”だった。

ふと、自分の腹部を見てみると、胸部から下腹部にわたって大きな縫い目があった。大きな傷跡、手術跡。

 

自分の臓器に腐敗が進んでいたのは知っていた。自分を助けるために、救うために彼女はーーーー

 

「うぁぁぁぁぁぁ!!」

 

確信した瞬間、頭を抱えて涙を流しながら雄星は泣き叫んだ。

『なんでこんなことになった?』『なぜ彼女が自分なんかのために彼女は犠牲にならなくてはならなかった?』頭の中をそんな疑問ばかりが渦巻く。

それと同時に、彼女の声が響いてきた。もう戻らないあの穏やかで暖かい日常の中で嬉しそうに自分の名前を呼んでいる。何度も何度も何度も。

 

結局自分が最後に返せたものは何だっただろうか。自分が最後にしたことは、感謝することもなく、礼を言うこともなく、獣のように彼女を犯し、傷つけ、凌辱したことだけだ。

 

「うぅぅぁぁぁ・・・・あぁぁ・・・・」

 

ドス黒い感情が心を染め上げてくる。自分は誰だ?自分は何者だ?何故存在している?全てがわからない。

人間ではなくなった少年がどんな心境になっていたのかはわからない。だが、心の中は大きな恐怖と"何か"が身を潜み始めた。自分を肯定できる術を無くした瞬間、心に大きな亀裂が入ったことを雄星”だった”ものは感じ取っていた。

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

69話 今へ

普段は半月のペースで投稿していますが、早く仕上がったので投稿したいと思います。あと今後投稿ペースを上げていきたいと思っています。


「これでわかっただろう、あいつーーー小倉雄星の正体は、対ISを目的としたデザイン・ソルジャー計画、通称『破壊者(ルットーレ)』計画の唯一の成功体だ」

 

長い説明を終えて喉が渇いたのか、千冬は持参していた缶コーヒーを懐から取り出して飲む。そんな千冬の余裕そうな態度とは反対に、話を聞いていた楯無と簪は凍り付き、声を出すことすらできない。

 

彼はISを倒し、滅ぼすために最愛の人を殺され、心を壊され、人として生きる人生を奪われた。当然、元凶であるISを恨み、憎んでいるはずだ。

彼のいたIS学園には当然だが、たくさんのISがあり、優秀な操縦者たちも大勢いる。楯無もその1人だ。ISが憎いーーーということはその操縦者も恨んでいることになる。

 

いままで楯無や簪は雄星と親しげに接してきた。ルームメイトとして、生徒会長として僅かな間だったが、共に過ごしてきた。だが、自分たちと親しげに接しているときの顔は偽りで、常に腹の底で自分たちに対して殺意を向けていたのだろうか?

自分の全てを奪った物を操る(かたき)として敵視していたのだろうか?

 

「っ・・・・」

 

「お姉ちゃん・・・?」

 

彼の正体を知った瞬間、大きな恐怖と怖気が心の中から染み出してきた。自分たちがいままでどれだけ危険な存在と一緒に居たのか。

自分たちを狩る存在と共に暮らしていた。ウサギが獅子と共に暮らしていた。

世界には467個のISのコアがある。もし・・・彼と機体(エクストリーム)が500機でも量産されていたとしたら、果たして自分たちは勝てるだろうか?血のように紅くて残酷な殺意に立ち向かえるだろうか?

 

「あっ・・・・・あぁぁ・・・」

 

それを自覚した瞬間、体中に鳥肌が立ち、震えてきた。体の震えを止めようと両腕で体を押さえつけるが、それでも恐怖や怖気は去ることなく、楯無の体の中で蠢いている。

 

「お姉ちゃん大丈夫・・・・?」

 

姉の異変を感じたのか、簪が安心させようと手首を握るが、簪の手も震えている。簪も楯無と同様に、恐怖を感じ取っているのはすぐに分かった。

 

「それが当然の反応だ。私もあいつの過去を知った時は、お前たちが今感じているような得体の知れない恐怖や戸惑いに襲われたな」

 

初めは千冬も信じることなどできなかったが、雄星の異常と言える戦闘能力や躊躇いのない殺意を見ていくうちに、それを真実だと納得していく自分がいた。だが、納得はしてもそれを受け入れていくにはそれなりの時間がかかったものだ。

 

「怖いか?」

 

「・・・・・はい」

 

小さい声だったが、楯無は確かにそう答えた。だが、こうして素直に答えてもらえただけで好感を持てるものだ。・・・・・だからこそ、これから伝えることに耐えられるか心配だ。だが、彼女達はその残酷な真実を知らなくてはならない。

 

「だが、そんな悪魔のような研究も小倉瑠奈が死んでほどなくして中止になった。最強の兵士(ルットーレ)を作り出すことができても、その生産効率の悪さに加え、ISと戦えるほどの兵器を作り出すことができる見込みがなかったからな」

 

「だったら・・・・それで雄星は自由になったんじゃ・・・・」

 

これで自由になれる、幸せになれる。そう思って安堵の笑顔を浮かべる簪だが、雄星の辛くて悲しい残酷な運命は終わらない。

 

「違う、あいつは研究が終わった後に売り出されたんだ・・・・・買い手の性欲処理用の奴隷としてな」

 

「そ、そんな・・・・」

 

「まあ、あいつは昔から見た目は良かったからな。研究の出資者の1人が少しでも損を取り戻そうとして買ったんだろう」

 

仮に解放されたとしても、暮らしていた孤児院は経営難で潰れてしまっていた。親もなく、家もない子供がこの世を生きていけるはずもない。大切な人を亡くして絶望しているというのに、それでも彼は利用され、弄ばれ、傷つけられる。それは一種の宿命というべきだろうか、生き残った者の終わりなき戦いの宿命。

 

「汚い人間に心と体を穢され、遊ばれ、弄ばれ、飽きられては別の人間に引き渡されてまた同じことの繰り返し。そんな負の連鎖が何回も繰り返されていくうちに、あいつのーーーー雄星の心は壊れていった。私があいつを保護した時は心身ともにボロボロだったな」

 

正確には束が保護した時と言った方がいいだろう。束は自らの創造物のISを倒す『破壊者(ルットーレ)』計画の存在を感じ取っており、その唯一の成功体である雄星に興味を持った。そのため、束は友人である千冬に雄星を買い取るように頼んだ。

千冬としても『破壊者(ルットーレ)』計画の成功体を放置するわけにはいかず、多大な苦労をして雄星を保護した。

 

「今ではあんな調子だが、当時のあいつは悲惨な状態だったぞ。体中やせ細っては傷だらけ、長い髪はボサボサに乱れて足首には逃げられないように拘束ボルトが埋め込まれて自分1人では立ち上がることすらできなかった。だが、保護したおかげでわかったよ、あいつの正体が」

 

「しょ、正体?」

 

「ああ、『破壊者(ルットーレ)』計画の全貌がな」

 

ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器をはるかに凌ぐ。それを『化け物』という人間もいるが、雄星はそれすらも超える『悪魔(デビル)』だった。

過去に誰かが言った、『人は自ら悪魔を作りだす』と。人の疑心や怒り、そして欲望が彼を『悪魔(デビル)』に変えてしまった。

 

「異常なまでの戦闘能力に、反応速度、普通の人間にはない黒く曇った瞳。そして・・・・あいつの老いることのない肉体(・・・・・・・・・・)

 

持っていた缶コーヒーを机に置くと、足元の鞄から一枚の書類を取り出し、楯無と簪に見せつけた。何かの棒グラフのようなものが描かれているが、線は横に直線となっており、一切の変化がない。

 

「あの・・・これは?」

 

「この棒グラフは小倉雄星の身長の変化を計測したものだ。見てわかるようにあいつの体に変化ーーー成長はない。あいつの体内にあるナノマシンが成長を阻害してしまっているんだ」

 

戦争というものは1ヵ月や2ヵ月で終わるものではない。相手が大きな存在であれば何年間にも渡って行われるものだ。

実際にヨーロッパでは100年戦争と言われるイギリスとフランスとの戦いがあった。

 

小国相手ならまだしも、世界を支配しているISと全面戦争となれば長期化は避けられない。そのため、雄星の体は最も戦闘能力が高い今の状態に固定され、縛られ続けている。

たとえ10年経とうが20年経とうが雄星の体は変わることはない。永遠にナノマシンという名の鎖から解き放たれることはないのだ。

 

今思えば奇妙だった。幼い顔立ちに小柄な体格、そして男性とは思えないほどに高い声。それを自在に使い、彼は学園に女子生徒として潜り込んでいた。

『そんなのあり得ない』と否定するのは簡単だ。しかし否定する材料よりも、その話を肯定する証拠がありすぎる。

 

「それでも雄星がどんなものだったとしても、あいつを私は育てていこうと決心した。あのまま恨みや憎しみを抱いたまま死んでいくなど悲しすぎる。・・・・・だが、あいつはそれほど私を頼りにしてはいなかった。私がISの性能を世に示した初代ブリュンヒルデだと知ると、あいつは私の元を去っていったよ」

 

結局、雄星は救いなど求めていなかった。彼が求めていたのは自分の死地、この世界から消え去る終焉の日なのだ。

そして愛しの人が殺されたことによって雄星は人をーーー人間を完全な別種として見るようになった。

 

『自分は人間じゃない。だから誰も頼らない、何も信じない』その自分への暗示に似た言い聞かせは他者と自分との間に大きな壁を作り、孤立していった。

近くで同じような人物であるのならば、ラウラも同じような経歴の持ち主だ。しかし、ラウラはISの適応性を向上することを目的に生み出されたのに比べ、雄星はそのISを滅ぼすために創り出された存在。

ISを肯定する存在と、ISを否定する存在。両者の間には大きな溝がある。

 

「・・・・それだったら・・・・なぜ彼はIS学園に来たんですか?そこまで何も信じられなくなった彼が・・・・どうして・・・・」

 

「他者との関わりを断ち、全てを拒絶したとしても・・・・たとえ人間でなくなったとしても、あいつも人の心を持っている。・・・・結局は寂しかったんだ、偽りでもいい、自分を知ってくれる者が欲しかった」

 

名前を偽り、自分を偽り、そこには『小倉雄星』という者の真実など一片もない。いや、もしかして彼は小倉瑠奈になろうとしていたのかもしれない。彼女を殺し、人でなくなった自分が自分らしく生きていく資格などない。死者の骸を背負って、この壊れ、歪み、狂ったやり方でしか生きていくのが相応しいと。

 

それをわかっていても、人の温もりに溺れたいという欲求には逆らうことができなかった。だから、あんな形で人間のコミュニティに入って来たのだろう。

 

「それなら、雄星君は人として生きていくことは出来ないんですか?」

 

「・・・・無理だ。たとえ、人間社会になじめたとしても、あいつの心がそれを許さないだろう。だからこそ、お前たちみたいな人間が必要なんだ。あいつを『ルットーレ』としてではなく、『小倉雄星』として見てやれる人間がな」

 

小倉雄星はもう自分のために生きていくことはできない、人と関わって生きていくには誰かに尽くして生きていくしかない。その尽くす相手が”主人”だ。獅子がウサギに尽くすというのも奇妙な話だが。

 

「私ではあいつを救えなかった。だから頼む、あいつをーーーー小倉雄星を救ってくれ。これはブリュンヒルデとしてでもなければ教師としてでもなく、織斑千冬としての願いだ」

 

そう言うと千冬は楯無と簪に向かって頭を下げる。

小倉雄星は本来、誰よりも寂しがり屋で甘えん坊なのだ。そんな少年を自分たち女性とISは変えてしまった。憎しみや恨みで満ち溢れた悲しい存在へ。

これから自分のすることは償いや罪滅ぼしなのかもしれない。それでもーーーーー

 

「わかりました。雄星君は私たちが責任を持って預かります」

 

彼を救いたい。その思いは変わることのない不動の意志だ。それを示すかのように手を力強く握りしめる。隣に座っている簪も同じ気持ちの様だ。

 

「・・・・すまない」

 

それだけ言い残すと、千冬は部屋を出ていった。部屋には楯無と簪のみが残される。

 

「『破壊者(ルットーレ)』計画・・・・・」

 

その言葉で楯無が思い出すのは、学園祭で雄星を連れていこうとしたあの女性だ。彼女は雄星という名前を知っていた。

つまり、十中八九『ルットーレ』計画の関係者だろう。

 

本来は中止したはずの計画。だが、雄星とISを打破できる可能性を持った機体(エクストリーム)の登場で再び『ルットーレ』計画は動き出した。

その計画で重要な材料である雄星をそう簡単に手放すとは思えない。恐らく何かの手違いがあったのだろう。だとすると、彼女は来る。必ず、どんな手を使っても雄星を奪い返しにくるだろう。

 

だが、彼は渡さない。必ず守り抜く。

 

「お姉ちゃん?・・・・どうしたの・・・・?」

 

ぎろりと鋭い視線をしている楯無に怯えた様子で声を掛けてくる。どうにも秘めていた決意や闘志が簪に感じ取られてしまったようだ。

だが、今から力んでも仕方がないことだ。それよりも今の雄星の状態を解決するのが先決だろう。

 

「ふふっ、何でもないわ。ほら、急いで学園に戻りましょう。雄星君が待っているわ」

 

笑って誤魔化すと、立ち上がって簪の手を取り、部屋を出ていく。

その時、ちらりと自分たちがいた薬品が散乱している部屋を見つめた。雄星は何として自分の体を元に戻したかった。

しかし、その夢は叶わずこうして虚しい結果だけが残っている。だが、それでも彼は人間だ。理由や根拠などない。だが、学園での彼の顔を思い浮かべると不思議とそう思ってしまう自分がいるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

医療室には看護師らの姿はなく、静かな機械音だけが響いていた。誰もいないことを確認すると、静かに楯無が部屋に入る。

そのまま、唯一この部屋でカーテンに囲まれているベットに静かに近づいていく。

 

「はぁ・・・あぁ・・・・ううぅ、あぁ・・・」

 

カーテンをめくると、苦しげな表情をしている雄星がベットで横になっていた。

点滴で凌いでいたせいか体中がやせ細り、眠れていないのか目の下には大きなくまが出来ている。ぜえぜえと息切れも起きていて体力が限界なのは一目でわかる。

それに加え、激しい発作や暴れることを見越してか、手首や足首にバンドやベルトが巻かれており、まるで捕虜のような扱いだ。

 

「・・・・雄星君・・・・」

 

小さく彼の名前を呟くと、手首や足首に巻かれている拘束具を外して自由にさせる。これから自分がすることが正しいことなのかはわからない。だが、今の自分にはこれしかできない。

両腕を横たわっている雄星の背中に回し、そしてーーーー

 

「大丈夫、大丈夫だから・・・・・」

 

優しく抱きつく。体を密着させたことで楯無の温もりが伝わってくる。体に籠っている熱とは違って、温かく、柔らかく、優しい感覚が心身を包んでいく。

 

「・・・あ・・・・うぅ・・・・」

 

妙な心地よさを感じ、口からうめき声が漏れる。そのまま楯無の体に包まれたまま、静かに眠りについた。いままでの高熱や咳などにうなされるような苦しい眠りなどではない。優しい温もりの中で就く安心できる眠りだ。

 

「もう大丈夫よ、雄星君。もう苦しまなくていいの・・・・」

 

言い聞かせるように雄星の耳元で囁くと、布団を掛け直し静かに部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う・・・・ん・・・・」

 

奇妙な感覚を感じながら目が覚める。なんだか右手が温かく、柔らかい感触がする。目を向けてみると、水色の髪をした美しい少女が自分の右手を握りながら静かに寝息を立てて眠っていた。

少女の顔を見ていると、自分が眠りにつく瞬間に聞こえた彼女の優しくて安心する声が脳内に響いてくる。

 

「・・・・」

 

無意識に握られている手を握り返す。自分の手と違って細く柔らかい手の感触が伝わってくる。

 

「ん・・・あ、起きたの?」

 

手を握り返されたせいか、少女が欠伸をしながらゆっくりと起き上がる。

 

「ちゃんと眠れた?」

 

「・・・・はい」

 

悪い人・・・・というわけではなさそうだが、なんだか不思議な人だ。妙な親近感というか、フレンドリーな気持ちで自分と接してくる。

 

「あの・・・・あなたは誰ですか?」

 

「私?私は更識楯無。このIS学園の生徒会長にして、あなたの主人よ」

 

「主人・・・・ですか?」

 

なんだか訳のわからないことだらけだ。状況の把握に頭を悩ましていると、グゥゥゥーーと腹が大きな音を立てる。よく考えたら、栄養補給は点滴ばかりで、ここ数日まともなものを食べていない。

 

「お腹減ったの?ちょっと待ってね」

 

体を起こすと、足元に準備してあった弁当箱を持ち、開封する。そこからピーマンの肉詰めをスプーンで掬うと差し出してくる。

 

「はい、あーん」

 

「あの・・・1人で食べられますから・・・・」

 

「ダメよ。ほら、食べなさい」

 

「いや、だから1人で・・・・」

 

「食べなさい」

 

気迫のある目力をしながらスプーンを差し出してくる。この年で食べさせられるのは恥ずかしいが、断ったら断ったでひどい目に合う気がしてくる。

周囲に誰もいないことを確認すると、ゆっくりとスプーンを咥えこむ。

 

「美味しい?」

 

「は、はい・・・・美味しいです・・・・」

 

ピーマンの苦さと肉の歯ごたえが見事にマッチしている。ここ数日まともなものを食べていないからなのか、とても美味しく感じられる。

 

「はい、次は五目御飯よ。口を開けて」

 

「あ、あーん」

 

美味しい料理を食べさせてもらったからか、すっかりはじめの頃の警戒心はなくなり、餌をねだるひな鳥のように口を開けて食べ物をねだる。

そんな年相応の可愛らしい光景に楯無は笑みを浮かべた。

 

 

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

70話 私たちを信じて

まだ2月ですが、私の家の近くで桜が咲いていました。
桜はいいですね、なんだか心が浄化していくような感覚がしてきます。まあ、桜と言ったら桜小路、桜小路といったら『あの人』を想像するからかもしれませんが。


「♪~♪~」

 

昼、楯無と簪は弁当箱を持ち医療室へ向かっていった。無論、目的は瑠奈(雄星)と昼食を取ることだ。先日以来、楯無と簪の介護や献身のおかげか少しずつ瑠奈の容態は回復へ向かっていっており、今ではこうして点滴ではなくちゃんとした食事をとれるようになった。

それでも、日頃の生活にはある程度の助けが必要だが。

 

「今日も瑠奈君は残さず食べてくれるかしらね~」

 

「・・・・・」

 

いつも通りの呑気で楽しそうな様子の楯無とは反対に、隣に歩いている簪は緊張している様子だ。今簪が持っているのは自分の弁当箱とは別に、数少ない得意である抹茶のカップケーキが入っている袋だ。実は昨日の夜、瑠奈に食べてもらおうと思って焼いておいたのだ。

 

(た、食べてもらえるかな・・・・)

 

今思えば、瑠奈と恋人関係になっても、自分の手料理1つ振る舞ったことがなかった。せっかく恋人関係になったのだ、なにか手料理でも食べさせてあげていたら自分の魅力をもっと伝えられていたのかもしれない、そんな乙女心を抱きつつ、瑠奈のいる医療室の前に立った瞬間

 

『食えっ!!』

 

室内から大きな怒声が聞こえてくる。ドア越しでも耳に響く声に怯みつつ、中にはいるとベットで寝ている瑠奈の腹部に千冬が跨り、持っているおかゆが掬われているスプーンを突き出していた。

 

「お前の体を回復させるためにはたくさん食べなくてはいけないんだぞ!!いつまで甘ったれているつもりだ!!」

 

「・・・・・」

 

腹部の上で世界最強の女(ブリュンヒルデ)の鬼のような形相で睨まれていても瑠奈は取り乱すことなく、腹部を跨いでいる千冬を睨みながら、自分に差し出されているおかゆを拒むように口を固く閉じている。

まるで梃子でも動かぬといった様子だ。その無表情で反抗的な瑠奈を見て千冬の苛立ちが募っていく。

 

「もういい加減にーーー「もうやめてください!!織斑先生ッ!!」」

 

強引過ぎるやり方に我慢できなくなったのか、楯無が持っていた弁当箱を簪に預けると、千冬が持っていたおかゆの入っている器とスプーンを取り上げると、2人の間に割り込む。

 

「なんで織斑先生は強引に言うことを利かせることしかできないんですか!?少しは彼に優しくしてあげてください!!」

 

「っ!・・・す、すまない・・・」

 

瑠奈の腹部から千冬をどかせると、ゆっくりと起き上がらせる。

 

「大丈夫?痛いところとかない?」

 

「・・・・・はい」

 

瑠奈はこうして誰の言うことも聞かず、誰にも従わず、無反応な態度を貫いている。そんな瑠奈が唯一反応を見せているのが楯無とその妹である簪だ。もしかすると、この2人がいなかったら食事もとらず、餓死してしまうかもしれない。

千冬としてはいつまでも更識姉妹に頼るわけにはいかず、こうして自分1人でも食べさせようとしていたのだが、結果はさらに瑠奈との溝を深めることになってしまった。

 

なかなか思い通りにいかない現実に内心ため息が出てくる。

 

「ごめんなさいね手荒なことをして。気分直しにご飯を食べましょう、ほら、簪ちゃん来て」

 

入り口に立っていた簪を呼んで弁当箱を受け取ると、開封して食事を開始する。楯無、簪、そして瑠奈の3人で食事をするのが最近の食事風景となっている。

 

「はい、あーん」

 

「はい・・・あ、あーん」

 

そしてこうして楯無と簪に食べさせられるのもいつもの風景だ。1人でも食べられるのだが、なかなか2人は瑠奈に食器を持たせてくれない。

だが、こうした他愛ないスキンシップが少しずつ楯無と簪との信頼関係の礎になっているのだ。

 

「なんで私の時はこう素直になってくれないんだ・・・・」

 

眩しい光景を見ながら1人取り残されている千冬が愚痴をこぼす。どうやら、完全に瑠奈の心の中には千冬の居場所はないらしい。まあ、こうして信頼できる者が出来たのは嬉しいことだが。

 

「ああ、そうだ更識姉。お前が先日だした案件だが、審査を可決しておいた。一応いつでも引き取りは可能だ」

 

「ありがとうございます、織斑先生」

 

それだけ言い残すと、ため息をつきながら千冬は医療室を出ていった。千冬の退室を確認すると、差し出していた箸をひっこめると、『ちょっとごめんね』といい、瑠奈の右腕の二の腕を揉む。

毎日ちゃんとした食事と十分に睡眠をとっているからか、ちゃんと肉が付き、なんとか健康体といえる状態になっていた。

 

(この調子だと、大丈夫そうね)

 

元々治癒力が高い体質だからか、ルットーレの性質だからか、常人よりも高い回復速度だ。これで少しは動くこともできるだろう。

 

「ねえ、瑠奈君」

 

「・・・・なんですか?」

 

「突然だけど、今日の夕方から私たちの部屋に引っ越すわよ」

 

「え・・・・?」

 

突然の話に瑠奈だけではなく、隣にいる簪も驚いている様子だ。

 

「私たちの部屋に来ればこの医療室よりはいい環境になれるし、朝と放課後にはあなたの面倒を見ることが出来るわ」

 

「でも・・・・迷惑になるんじゃ・・・・」

 

「部屋は広いし、あなた1人が増えたぐらいどうってことないから大丈夫」

 

「だとしても・・・・」

 

「瑠奈君」

 

提案を拒み続ける瑠奈の頬を両手で包むと、自分の顔を向かせる。これから言うことは自分でも横暴なことだと思うが、彼に言うことを利かせるにはこれが一番効果がある。

 

「1つ勘違いしているようだから言っておくわ。あなたはもう私と簪ちゃんの所有物なの。あなたは私たちの言うことに従いなさい、反論や反抗は許さないわ。いい?」

 

「っ・・・・は、はい・・・」

 

こうして主人として接すれば、彼は大抵言うことを利く。どうやら、彼の中で奴隷として仕えていた頃の風習や記憶があるらしく、楯無や簪を主人と認識している。

だが、所有物と言ったが、当然ながら楯無も簪も瑠奈を性奴隷として扱うつもりなどない。あくまで言うことを利かせる最終手段だ。

 

「よしよし、素直な子はお姉さん好きよ。簪ちゃんも瑠奈君が部屋に来ていいわよね?」

 

「う、うん・・・・」

 

先程の強気な表情とは違い、優しい笑顔を浮かべながら瑠奈の頭をなでる。さりげなく、簪も便乗して頭を撫でてくるが、その抜け目なさが彼女らしいといえる。

 

「はい、それじゃあ食事を再開しましょう。あーん」

 

「わ、私のも食べて・・・・」

 

この後、瑠奈は楯無が作った料理と簪の作ってきた抹茶のカップケーキを残さず平らげ、静かに眠りについた。その時の寝顔はルットーレや小倉瑠奈としての憎しみや偽りに満ちたものでもなく、1人の少年----小倉雄星としての可愛らしいものだった。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

「・・・・・」

 

「そんなに警戒しなくて大丈夫よ。ここに悪い人はいないから」

 

「瑠奈・・・大丈夫、安心して・・・・」

 

放課後、寮の人気のない通路を楯無と簪、そして瑠奈が歩いていた。放課後といっても、楯無と簪は瑠奈を連れた状態で生徒と会うと、面倒な事態になることを見越して、少し早めに授業を終えて瑠奈を自室へ案内している。

 

「この部屋よ」

 

楯無と簪の部屋ーーーーいや、3人の部屋というべきだろうか。1219号室の前で3人は立ち止まる。

 

「この部屋が今日からあなたが私たちと一緒に住む部屋よ。さあ、入って」

 

「はい、お邪魔しまーーー「ニャァぁ!!」---ぶっ!!」

 

部屋のドアを開けた瞬間、白い物体が突如部屋から飛び出すと瑠奈の顔面に直撃し、後ろに吹き飛ばされてしまう。

部屋から飛び出し、瑠奈の顔面に張り付いているその白い物体とは

 

ニャ、ニャァぁ、フシュッ・・・・ミィィィ!!

 

興奮しきった様子のサイカだ。久しぶりに瑠奈と出会えたのか、可愛らしい鳴き声を発しながら張り付いている瑠奈の鼻や頬を舐めている。

 

「ふふっ、久しぶりの再会に喜んでいるようね」

 

「うん、とても嬉しそう・・・・」

 

「いてて!あだだだ、鼻に噛みつくな!!」

 

人気のない寮の通路に、瑠奈の悲痛な声が響いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ミィミィ、ニャァぁーーー

 

「こらこら、あまり髪に体を擦り付けるな。ボサボサになっちゃうだろ」

 

部屋に並んでいる2つのベット。奥の方にベットに寝っ転がってサイカとじゃれている瑠奈を、楯無と簪が手前のベットに腰かけて眺めていた。

こうしてみると、ISを倒すために生み出された兵士(ルットーレ)などではなく、普通の少年の様だ。いや、今の彼は自分が兵士(ルットーレ)であることすら知らない。

 

ならば、彼は人間なのだろうか。・・・・・その問いに応えられる者はいない。そしてその無邪気な彼を見ていると、心の中で棘を刺すような痛みを感じてくる。

 

「ねえ、お姉ちゃん?」

 

「なに?」

 

「もし・・・・記憶が戻ったら・・・・瑠奈(雄星)はまた私たちの元からいなくなっちゃうのかな・・・・?」

 

「・・・・そうかもしれないわね・・・・」

 

本来、瑠奈は既に学園を退学した身なのだ。今は千冬や生徒会の力を使ってこうして学園に置いておけているが、もし、一緒に暮していく過程で何かの拍子に記憶が戻り、小倉雄星となったら彼はどうするのだろうか。

 

命の恩人として一緒に居てくれるのならばまだいい。しかし彼の性格を考えると、この場所や自分たちにそこまでの名残やこだわりがあるとは思えない。

ならいっそのこと、このままつらい記憶もルットーレも忘れたまま自分たちと一緒に生きていったほうが幸せではなのだろうか?

 

(っ!・・・・私ったら何を考えているの!?)

 

自分勝手な思考が脳内をよぎるが、頭を振って振り払う。これは本来彼が向き合わなくてはならないことだ。そこに自分たちが口を出すなど彼にとっては迷惑なだけだろう。

 

「もし、瑠奈君がこの学園を出ていこうとしたら、簪ちゃんのその可愛らしい体で誘惑するのよ。『雄星っ!毎晩私の体で満足できるまでご奉仕するから行かないで!!』ってね☆』

 

「う、うん・・・・頑張る・・・・雄星に気に入ってもらえるように・・・・」

 

簪は過去に『美味しそうな体』と褒め言葉(簪にとって)を頂戴しているのだ。もしかして下着姿で彼の太ももに股を擦り付ければ、いけるかもしれない。

 

(が、頑張んなきゃ・・・・)

 

楯無としては冗談で言ったものなのだが、どうやら真に受けてしまったようだ。そんな正直で可愛らしい妹に内心苦笑いを浮かべると、少し緊張しながら話題を切り出した。

 

「ねえ、簪ちゃん。その・・・・専用ISは順調?」

 

「っ・・・・・う、うん・・・・」

 

どうにもこういったIS関連の話題を話すのは苦手だ。ロシアの代表生となり専用ISをもっている楯無と、1度は専用機を失い、日本の代表候補生の称号を剥奪された簪。両者の間には小さくはない溝がある。

気まずさを感じ、言葉に詰まってしまう。沈黙する楯無と簪。その沈黙状態を破ったのは意外な人物だった。

 

『現在、打鉄弐式はコアとの制御を確認、適正値も良好。武装データ及び機体制御プログラムの全ての組み合わせは完了しています』

 

ブンとモニター音がし、目の前にエストが映し出さる。

 

「それだったら、もう簪ちゃんのISは完成しているの?」

 

『いえ、機体はほぼ完成しているとはいえ、実際に動かしたときの機動データを収集して、操縦者(マスター)に合わせて微調整しておく必要があります』

 

「それはどれぐらいかかるの?」

 

『十分なデータがあれば、数日中に完璧に終わらせることが出来ます。もうすぐ行われる専用機持ちのタッグマッチトーナメントには出場できるでしょう』

 

いままで専用機を持っていなかったため、簪は行事に出ることが出来なかった。だが、エストと自分と雄星の3人で力を合わせて作り上げた打鉄弐式でもうすぐ出場できるのだ。

今までの努力が報われるからなのか、簪の頬が緩む。だが、それとは反対に楯無の表情は何処か緊張した様子だ。

 

「そうなんだ・・・・ねえ、簪ちゃん、その専用機持ちのタッグトーナメントはペアで出るっていうことは知っているわよね?」

 

「う、うん・・・・」

 

「そ、それで・・・・その・・・・私と組まない?」

 

「え?」

 

姉の意外な提案に口から抜けた声が出てしまう。一瞬、何かのからかいかと思っていたが、楯無の目からは真剣な眼差しが送られてくる。

 

「なんで・・・・」

 

「この行事が簪ちゃんとエストちゃんの初陣でしょ?その晴れ舞台に・・・・姉として手伝いたいの。大切な妹の晴れ舞台だからね」

 

姉ーーー今思えば、いつからこうして姉である楯無と普通の姉妹のように話せるようになったのだろう。前までは互いを避けていたというのに。

これではまるでーーーーー

 

『共に手を取り合って戦うとは、姉妹仲が良いのですね』

 

向かい合っている楯無と簪にエストが微笑みを向ける。

 

「仲が良い・・・・姉妹?」

 

『はい、仲が良く、お互いが信頼し合っていなければ、自分の背中を任せることなど出来ません』

 

”信頼”少し恥ずかしい言葉を言われたからなのか、楯無が恥ずかしそうに顔を逸らす。意外とこういう家族愛を褒められるというのは恥ずかしいものだ。

だが、楯無が簪を信頼しているのは真実だ。ならば、その信頼に応えてあげたい。

 

「お姉さん・・・・私なんかでいいの?」

 

「私が出来るのは手伝いまで。頑張るのは簪ちゃんよ?」

 

「う、うん、頑張る・・・・・」

 

姉ーーー楯無は学園最強を意味する生徒会長だ。実力は保証されているのに加え、瑠奈(雄星)の状況を理解している人間だ。いろいろと都合がいい。

 

「それじゃあ、ちょっと待っていてね。今ペア申請の申請書を持ってくるから」

 

申請を受けてくれて嬉しいのか、上機嫌そうに鼻歌を歌いながら部屋を出ていった。自分が(楯無)をどう思っているのかは自分でもわからない。

だが、姉妹でISのペアを組むことはおかしいことではないだろう。不思議とそう確信している自分がいるのだ。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

『あなたが奴隷番号ーーー番?今日から私があなたのご主人よ。私の言うことには従いなさい、いいわね?』

 

自分は奴隷ーーー商品なのか。自分は人間ではない、人間の形をした物なのだ。その物がいくら叫んだところで誰にも聞こえない、誰も気が付いてくれない。

 

『はぁ、全然気持ちよくなかったわ。まともに主人への奉仕も出来ないの?とんだ役立たずね』

 

役立たず、自分は何もできない、何の役にも立たない無力なのか。物は人の役に役立つために存在する。だが、それが役に立たないとなると、自分はいったい何なのだろう。

 

『あんなに高い金を費やして買ったというのに、使い道が痛めつけるだけなんて使用方法がないだないんて・・・・まあ、いいわ、せめてあなたにはいい声で鳴いてもらおうかしらね』

 

痛い・・・・だけど、声を出して叫ぶことは出来ない。自分は物なのだ、声を出すなんて可笑しいだろう。

 

『・・・・もうだめね、全然面白くないわ。もっと遊べるかと思ったけど、この子にも飽きたわ。さっさと他の誰かに売り渡しちゃって。もういらないわ』

 

いつもこうだ。自分の役割を徹底しているというのに見捨てられる。自分に居場所などない、自分を見てくれる人間などいない。そして未来永劫終わらない、この連鎖は。逃れられない、この宿命からは。なぜなら、それが自分の運命なのだから・・・・・

 

 

 

 

 

「はっ・・・・」

 

暗い部屋の中、体中に汗を掻いた瑠奈が息を荒くして飛び起きる。時刻は深夜の2時半、隣のベットには楯無と簪が寝ているが、今の瑠奈には目に入らない。

思考が落ち着いてくると同時に、脳内によぎるのは自分を弄び、痛めつけてくる濁った目をした大人たち。自分を人などではなく、自分の欲望を満たすための道具としか見ていない人間達。

 

「・・・・っ!うぅぅぅ・・・・」

 

それを思い出すと、体中が痛んでくる。いままで体中に受けた苦痛の日々、思い出したくない生活、それが鮮明に思い出してくる。

ここに居ても、あの時と同じように裏切られ続けるだけだ。逃げなくては、幸いなことに今は鎖も首輪もつけられていない。今なら逃げれる。

 

「はぁ、はぁ、うっ・・・・」

 

高鳴る心臓の音を抑えながら、ベットを降りると、隣のベットで寝ている楯無と簪が起きないように静かに部屋を出ていった。

部屋のドアを開けた瞬間、ベット下で寝ていたサイカの猫耳がピクリと動いた。

 

 

 

 

 

「はっ、はっ、はっ、はっ・・・・」

 

寮に続く道を靴も履かずに走って行く。裸足で走っているせいで足が汚れてしまっているが、そんなことなど気にせず、全速力で走って行く。

だが、瑠奈はこの学園の地図や見取り図など知らない。本能の赴くままに電灯に照らされている道をただひたすら走って行くだけだ。

 

「うぐっ、・・・はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・うえっ、うっ、ぐっ・・・・」

 

しかし、靴も履かず、体力も本調子とは言えない状態では走り続けていられるはずもなく、数分も走ったところで膝をつき、止まってしまう。

額からは汗が流れ落ち、口からはぜーぜーと乱れた呼吸音が発せられる。

 

そんな疲労困憊状態の瑠奈の目の前にあったのは、このIS学園の校門だった。がむしゃらに走っていたのだが、偶然校門前までたどり着いていたらしい。

最後の力を振り絞って歩みを進めて校門を通る。この学園から出ることが出来れば、逃げ切れる可能性が少なからずある。だが、その希望はすぐに消え去ることになる。

 

「なんだよ・・・・これ・・・・」

 

校門を抜けた瑠奈の目の前に広がっていたのは、夜の月光に照らされた海だった。

このIS学園は貴重なIS操縦者を保護するために全寮制となっており、場所もどの国の政府の介入を防ぐため、周囲が海に囲まれた孤島となっている。外へつながるモノレールが学園内にあるが、こうして海に囲まれてては、人が歩いて学園を出るなど不可能だ。

 

絶望に打ちひしがれるが、まだ手はある。この場所から逃げることが出来ないのならば、せめてーーー

 

「くっ・・・・」

 

震える体を抑えながら、ゆっくりと道を歩き、目の前の柵に手を掛けて乗り越える。瑠奈の数センチ先はもう道はなく、代わりに数十メートル下は海となっている。

この場所から逃げることは出来ないのならば、今ここでこの命を絶ってしまえばいい。そうしたら、これ以上苦しむことはない。

 

もう夏は終わり、気温は冷え込んできている。この海に飛び込んでしまえさえすれば、ゆっくりとこの海水が自分の体温と体力を奪っていくだろう。おまけにこの真夜中の時間帯だ。いくら叫んだところで人など来ない。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、・・・・・」

 

死ぬのは怖くない。どうせ自分が死んでも悲しむ人間などいないのだ。それでも本能だからか、わずかに躊躇いが生まれてしまう。だが、もう関係ない。もうすぐ自分は救われる。

目を閉じ、柵を掴んでいた手も放す。そのまま全身の重心を前に移したことによって体が前方に傾く。そのまま足を踏み外そうとした時

 

「っ!!うわっ!!」

 

後方から誰かが瑠奈の手首を掴み、体を静止させる。そのまま間髪入れずに後方へ引き戻すと、両腕で瑠奈の体を抱え上げると、強引に柵を乗り越えさせて内側へ引き戻す。そのまま、バランスを取れず、瑠奈と体を抱え込んでいる人物ごと倒れこんでしまう。

 

その瑠奈の体を抱きかかえている人物は

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・」

 

瑠奈と同じぐらいに息を乱しているパジャマ姿の楯無だった。大急ぎで瑠奈の後を追ってきていたのか靴を履いておらず、綺麗な彼女の足は瑠奈と同じように汚れてしまっている。意外な人物の登場に、さっきまで自分が自殺しようとしていたことを忘れ、固まってしまう。

 

「ご、ご主人様・・・・これはーーーーうっ!」

 

その言葉が終わるより早く、楯無が瑠奈の腹部に跨ると、渾身の平手打ちを食らわせる。手首のスナップが効いたその平手打ちはパシンッ!!と爽快な音を周囲に響かせた。

 

「あなたは・・・・どうして・・・どうして・・・・こんなことをするの?」

 

腹部に跨っている楯無の体が震え、口から嗚咽のようなものがあふれ出る。暗くて見えないが、彼女は泣いているのだろうか。

 

「なんで・・・こんなことしかできないの?・・・なんで・・・・」

 

悲しげな声を漏らし、両手で顔を覆い隠す。そのまま、瑠奈の腹部で蹲り、グスッと涙の音が聞こえ始めた。さっき、自分が死のうとしたことに対しての後悔はない、だが、彼女をーーーー楯無を泣かせてしまったことに後悔している自分が心の中にいた。

だから、こんなにも体ではなく、心が痛むのだろう。




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

71話 戦場への帰還

お気に入りが600件を突破しましたっ!!ここまで行けたのも皆さんの応援があってこそです。
このまま頑張っていきたいと思います!!


「こら、動いちゃダメよ」

 

「あ、ごめんなさい・・・・・」

 

深夜の『1219』号室のシャワー室で一緒にシャワーを浴びている2つの人影があった。さっき海に身を投げて自殺を図ろうとした瑠奈と、それを止め、瑠奈の頬に平手打ちを食らわせた楯無だ。

 

あの後、楯無は瑠奈を部屋に強引に連れ戻すと、シャワー室に入れて、薄汚れている足や汗だらけになっている体を流してくれている。

てっきり逃げたことに対しての罰が与えられると思っていたのだが、こうして自分の体を洗ってくれるとは予想外だ。

 

だが、いずれ罰は受けるのだろう。今までそうだった、瑠奈を買った人間は少しでも自分を裏切るような真似をすると、忠誠を誓うまで痛めつけられる。その時を想像すると体が震えてくる。

 

「っ・・・うぅぅ・・・」

 

温かいシャワーを浴びているのに寒気を感じ、体に鳥肌が浮かんでくる。すると、ベチャっと水張りになっている床に何かが落ちる音がしたと同時に、背中に温かくて柔らかい感触が伝わってくる。

 

「大丈夫よ・・・・瑠奈君」

 

さっきまで体に巻いていたタオルを床に投げ、何も遮るものがない状態で抱きつかれたため、楯無の豊満な胸の感触が背中に伝わってくる。その母性の象徴と優しい声に包まれたからか、少しずつ体の寒気や鳥肌が収まっていく。だが、こうして楯無の優しさや温もりに包まれていると、さっき自分が逃げたことに対しての名状しがたい衝動を感じてきてしまう。

 

自分はこの人を裏切った。彼女にとって、自分は主人の厚意を踏みにじった裏切り者だというのに、なぜこんなにも優しくしてくれるのだろうか。この人は今まで出会って来た人達とは何かが違う。

 

「その・・・・ごめんなさい・・・・逃げ出したりなんかして・・・・」

 

「瑠奈君・・・・」

 

彼は今まで人間の尊厳を踏みにじられてきたのだ。自分たちをーーー人間を信じられなくなったのも無理はない。だが、こうして謝ってくれたのは素直に嬉しい。

 

「あなたは・・・・そんなに私たちを信じることができない?」

 

「・・・・・・」

 

「私はあなたに信じてもらうためならなんだってするわ。何も隠していないことを確かめるために、あなたが私の全身の穴という穴を開いてはその手で危険物を仕込んでいないことを確かめなさい。それでもまだ信じられないというのならば、あなたに何もしないことを伝えるために拘束具と首輪を装着して全裸で生活していくわ」

 

「っ!!・・・・そ、そんなこと・・・・」

 

「それでも信じられない?」

 

反論を許さないといった様子で威圧のある声で瑠奈に問いかける。本当にわからない、なぜ彼女はここまで自分に構ってくれるのだろうか。自分は遊び道具も同然の奴隷だというのに。

 

「・・・・あなたたちは・・・・僕を買ってきた人たちの中で優しい人達です。温かくて美味しい食事を食べさせてくれて、服を着せてくれた。だから怖いんです。いつか・・・・その善意が悪意に変わって捨てられるんじゃないかと思ってしまって・・・・」

 

「大丈夫よ、私たちはあなたを裏切ったりしないわ。あなたは私たちとずっと一緒なんだから・・・」

 

両腕を瑠奈の胸部に絡ませ、体をさらに密着させる。まるで、瑠奈を手放さないように、引き止めるかのように。安らかな微笑みを浮かべている楯無とは反対に困っているのは楯無の胸を背中に押し付けられている瑠奈だ。柔らかな感触とその先端にある固い突起が体全体に伝わっていく。

 

なんだか懐かしい感覚だ。昔、まだ自分が人間だった頃に誰かが体を洗ってくれたことがあった。その人の名前も顔も思い出せない。だけど、その人は今の楯無のように自分を愛してくれていた。

 

「う、うぅぅ・・・・」

 

「瑠奈君っ!?・・・一体どうし---っ!!」

 

瑠奈の泣き声が聞こえて焦り、胸部に絡ませていた両腕ほどいて密着していた体を離した瞬間、突如瑠奈が体を反転させ、楯無の体に抱きつく。楯無の体を求めるような肉欲にまみれたものではなく、必死に縋りつくような可愛らしいものだった。

 

「る、瑠奈君?」

 

「お嬢様・・・・図々しいことだとはわかっています。だけど・・・・どうか僕を近くに置いていてください。僕はあなた達の傍にいたいです。もう1人は嫌だ、ここにいたい」

 

楯無も簪も彼をーーー雄星の身を不幸にし、愛しの人の命を奪ったISを操るものなのだ。一緒に居る資格がないのは自分たちだ。そのはずなのに、彼はこんな自分たちを必要としてくれる、求めてくれる。

 

「瑠奈君・・・・」

 

名前を呼ぶと、さらに不安に襲われたのか、楯無の体に絡ませている唯一の腕である右腕にさらに力を入れて抱きしめる。まるで姉に縋る弟の様だ。いや、あながち間違ってはいないかもしれない。

彼の体は実験のナノマシンの影響で成長が止まっている。つまり、体だけでいえば、自分たちより年下ということになるのだ。弟ーーー楯無と簪の弟。

 

そう思ったらなんだか瑠奈(雄星)が愛おしいものに思えてきた。

 

「安心して、あなたはこれからもずっと一緒よ。あなたはずっとここに居ていいの」

 

涙目になっている瑠奈の目を見ながら、優しく囁く。すると、瑠奈の声が強張り、体がプルプルと震えはじめる。

 

「ふふっ・・・泣いているの?」

 

「な、泣いてなんかいませんっ!!泣いてなんか・・・・」

 

口ではそう否定するが、頬にはシャワーのほかに、目から流れ出た液体がしたたり落ちる。どうやら精神面も年相応に戻ってしまっているらしく、学園にいた頃の小倉瑠奈としての力も強さもない。目の前にいるのはただ1人の無力な少年なのだ。

 

『人間の最大の強みは成長すること』と人は言うが、彼はこれから先の未来、変わることはあっても成長することはない。それでも、彼は人間だ。自分の大切な人、自分に尽くしてくれる愛しきもの。

 

「うっ、うぅぅぅ・・・・グスッ・・・・・」

 

体に力が入らなくなったのか、地面に座り込み、流れてくる涙を必死にぬぐう。学園にいる間、彼は自分の弱さや悲しみを心のどこかで溜めていたのだろうか。だが、今は心を押しとどめるストッパーはない。自分の心に素直な感情をさらけ出す。

 

「グスッ・・・・グスッ・・・・うぅぅぅ・・・・うぅぅぁぁぁ・・・・」

 

「今は私以外誰もいないわ。だから、たくさん泣きなさい。泣いていいの・・・・もう・・・・我慢する必要なんてないから・・・」

 

地面に座り込み、大粒の涙を流して泣いている瑠奈を楯無が優しく抱きしめる。裸の少女の腕の中で子供のように泣きじゃくる小倉瑠奈。かつて彼では想像できないほどに弱弱しく、脆い姿が目の前にあったのだが、それを知るものはこの深夜のシャワー室に共にいた楯無以外知る者はいない。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

放課後、無人のアリーナのピットに簪は緊張した顔で立っていた。今日は専用機である打鉄弐式の最終チェックの日なのだ。実際に飛行し、操縦者とプログラム上の誤差を修正する。それが終われば、めでたく専用機は完成だ。

 

「エスト・・・大丈夫?」

 

『はい、こちらの準備は出来ています。いつでも行けますよ』

 

「うん・・・・来て打鉄弐式・・・・」

 

そう呟くと同時に、光の粒子は簪の体全体を包み込んでいく。それが形として成立した時、全身が青のカラーリングが施され、両側に高性能誘導八連装ミサイル『山嵐』が特徴の打鉄弐式が簪の体に装着されていた。

 

『起動良好、シールドバリアー、通信ハイパーセンサー、パーソナル通信網、全システムオンライン。システムオールグリーン。問題ありません』

 

ここまでは大丈夫、あとは実際に動かしてからだ。完全に全システムが起動していることを確認すると、PICを発動させて機体を浮上させる。

 

『それでは、今から私が表示するルートを最大速度で通過してください』

 

すると、機体のディスプレイに進行方向を表す矢印が表示され、光の道が続いていく。その上を沿う形で機体を疾走させていく。

 

『操縦者と機体の反応誤差コンマ0.5。ルートの誤差約3センチ。機体状況問題なし。機体設定変更、一斉適用・・・・・完了。システム異常なし』

 

凄まじいスピードで機体のディスプレイが消滅と表示を繰り返しながら、専用機の設定を終わらせていく。優秀なアシスタントである彼女(エスト)がいてくれたから、この機体は完成出来たといっても過言ではないだろう。

 

『マスター、稼働データは十分収集できました。明日のタッグマッチトーナメントに備えて今日は早めにお休みください』

 

数十分の飛行で目的は達成し、無事試験飛行は終了する。あとは、エストが簪に会わせて機体を適応してくれる。上空で軽く息を吐き、力を抜いたとき、打鉄弐式が今いる無人のアリーナに人影を知らせる。

視界モニターを合わせてみると、そこにいたのは

 

「瑠奈・・・?」

 

右腕でスポーツドリンクが入っている容器と、タオルを抱えている瑠奈だった。日頃、部屋から出ない瑠奈がこんな無人のアリーナに来るとは意外なことだ。

とりあえず、ゆっくりと降下して瑠奈の近くに着地して近寄る。

 

「瑠奈・・・どうしたの?」

 

「あの・・・・これをどうぞ。お疲れだと思っていたので・・・・」

 

緊張した表情で、持っていたスポーツドリンクとタオルを差し出してくる。どうやら、アリーナで頑張っている簪のことを思って差し入れに来てくれたらしい。

 

「ありがとう、瑠奈・・・・」

 

タオルで汗を拭き、スポーツドリンクを喉に流す。先週の楯無との会話以来、瑠奈は楯無や簪に明るい表情を見せることが多くなり、友好で親密な関係を築くことが出来ている。はじめの頃は楯無に懐いていたのだが、簪の趣味である特撮ヒーローやアニメを見せると、2人の心の距離はグイグイ縮まっていき、こうして楯無に負けず劣らず、瑠奈の信頼を得ることに成功した。

 

いつも姉に負けてばかりはいられない。たまには、自分から攻めなくては。

 

「あの・・・・かっこよかったです!!」

 

「え?」

 

「さっきの・・・・その・・・簪様が空を飛び回る姿が・・・・すごかったです!!」

 

『かっこいい』その少年のような表現に軽く微笑みが漏れる。同じようなことならば、簪も瑠奈の機体(エクストリーム)を見ていつも思っていたのだが、どうやら、今の瑠奈はその機体(エクストリーム)を操っていたことも忘れてしまっているらしい。

 

前に楯無が『あなたの機体はどこにあるの?』と質問したことがあったのだが、楯無も簪も瑠奈の機体である『エクストリーム』という名前も『ゼノン』や『エクリプス』、『アイオス』の姿形は知っていても機体名は知らない。

『あの機体』や『あなたの機体』と言った指示語で話していたのだが、瑠奈は頭に?を浮かべ、理解不能といった様子だ。だが、そんな力がなくても今の彼は幸せそうだ。

 

「瑠奈・・・・その・・・」

 

「なんですか?」

 

「今日・・・・一緒に夕食を食べない?」

 

日頃の簪ではありえない直球な誘いだったのだが、ニッコリと笑うと『はい、では食堂で待っています』と明るい声で即答し、持っていたタオルとスポーツドリンクを再び抱え込む。そのまま、楽しそうな様子でアリーナを出ていった。

 

「エスト・・・私が手伝わなくても大丈夫?」

 

『はい、私1人で大丈夫です。今日中には終わらせられるでしょう。マスターは着替えて、瑠奈(雄星)が待っている食堂でデートをお楽しみ下さい』

 

「で、デート・・・えへへへ・・・」

 

恥ずかしそうに頬を染めると、愛しの人が待っている食堂に急ぐように駆け足で更衣室へ向かっていった。出来れば、食堂での状況を傍観したいのだが、今は自分のするべきことが最優先だ。待機状態の打鉄弐式を収納すると、エストは最終調整を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、簪さん」

 

着替えを終え、食堂へ続いている廊下を歩いている途中、背後から声を掛けられる。女性ほど高くはなく、低い声。その声の主とは別に面識があるわけではないのだが、簪はすぐに分かった。自分に話しかけてきたのが誰なのかを。

 

「よう」

 

背後にいたのは、人懐っこそうな顔を浮かべた一夏だった。学園では人気者である一夏であるが、自分からISを奪われた存在である簪は毛嫌いしている。

 

「・・・・何か・・・用?」

 

「いや、用ってわけじゃないんだけどさ、瑠奈と同じ部屋で暮らしているって本当?」

 

「・・・・だから・・・・何?」

 

「もしそれだったら、俺が瑠奈を引き取ろうと思ってさ」

 

あまりにも衝撃的な発言に、頭が真っ白になる。だが、そんな簪に一夏は気が付いていないらしく、言葉を続いていく。

 

「俺の部屋さ、1つベットが余っているから瑠奈を入れることが出来るんだよ。瑠奈や簪さんからしても同性である俺の方が世話をした方が色々都合がいいと思うし、なんなら猫のサイカも一緒に引き取るよ。瑠奈としてもそっちの方が喜ぶぜ」

 

では、1つ聞くがこの男は雄星の何を知っているのだろうか?今まで彼がどれほどの苦難や苦悩、苦しみや悲しみを抱え、1人悩みもがき苦しんできたのか。それを知らない人間が雄星の何を語る資格がある。

 

「なあ、だからさーーー」

 

「っ!!」

 

人懐っこい笑みを浮かべたまま近寄った瞬間、簪の平手打ちが一夏の頬を直撃する。

 

「・・・・へ?」

 

「何も・・・・知らないくせに・・・・」

 

震えた声で呟くと同時に一夏を睨むと、体を反転させ、廊下を走って行く。赤く腫れている頬をさすりながら、その光景を一夏は眺めていたが、脳内には学園祭前に瑠奈に言われた言葉が響いてくる。

『もし、私が死んだり居なくなったりしたら君たちがこの学園を守っていくんだ』 心の奥底で瑠奈をあてにしていた自分がいたのかもしれない。

 

だが、今はどうだ。今の瑠奈はとてもじゃないが、戦えるような状態ではない。これでは、自分たち専用機持ちがこの学園を守っていくしかないのだ。

 

「なあ、瑠奈・・・・おまえはこの事態になることを予想していたのか?」

 

ぼそりと小声で呟くが、その答えなど誰にもわからない。それは、瑠奈本人も知らないことなのだから。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

ニャァぁ・・・・ミィィィ・・・・ニャッニャ・・・・

 

タッグマッチトーナメント当日、全校生徒が試合会場である第4アリーナへ移り、無人となった寮。その一室のベットの上で1つの人影とそれにじゃれる1匹の獣の姿があった。

 

「あまり体を擦り付けるな。毛の駆除はめんどくさいんだ」

 

ペロペロ・・・・

 

「舐めるのも禁止。サイカ、君は群れるのを嫌う猫なんだ。少しは孤高の生き物っぽく振る舞ったらどうだい?」

 

そう言っても言葉が通じるはずもなく、読んでいた本を押しのけて頭を突き出してくる。まるで『自分に構ってくれ』と伝えたそうな仕草だ。

人懐っこい猫が多いとしても、ここまで警戒心がなくて甘えん坊な猫もまた珍しい。

 

首筋を撫でて気持ちよさそうな甘声を聞きながら時計を見てみると、午前9時を回ったところだった。そろそろ開会式が終わり、試合が始まっている頃だ。

そう思うと同時に、朝笑顔で部屋を出ていった楯無と簪の顔が思い浮かぶ。

 

彼女達に会いたい。今すぐにでもこの部屋を飛び出して会いに行きたい衝動に襲われるが、自分の勝手な行動など、彼女達にとって迷惑なだけだろう。それに焦らずとも、すぐにまた会えるのだ。

そう気持ちを整理し、サイカの頭で押しのけられてしまった本を手に取ろうとした瞬間

 

ーーーーズドォオオオンッ!!

 

地震のような震動と大きな轟音が部屋を震わす。それも1度だけではない、何度も何度も繰り返し震動や轟音が部屋に響く。

 

「なんだ・・・・この音・・・・っ!!」

 

この音を聞いた瞬間、恐怖と不快な感覚が体中を巡っていく。この血生臭く、ドメッとした不愉快な感覚・・・・多くの人の血と悲鳴で出来ている『戦い』の感覚だ。

 

「何かが来ている・・・・怖いものが・・・・」

 

根拠や証拠があったわけではない。だが、感じる。何か危機が近づいていることを。

 

ミャァぁぁぁ!!ニャァァァ!!

 

今の振動と轟音で軽くパニック状態になっているサイカを落ち着かせると、瑠奈は大急ぎで部屋を出る。廊下に出ると、壁や天井に『非常事態警報発令』と緊急事態を告げる赤いディスプレイが表示されており、何か危機が迫っていることが一目瞭然だ。

 

たとえ、彼女達に嫌われてもいい。後で、お説教や罰ならいくらでも受ける、今はどうしても楯無と簪の無事な姿をこの目で見ておきたかった。大きな焦りと不安を感じながら、瑠奈は震源と思われる試合会場である第4アリーナへ走って行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、はあ、はあ・・・・」

 

それから数十分後、息を切らした瑠奈が試合会場である第4アリーナ扉の前で立っていた。『どうか何事もありませんように』と心の中で祈りながら扉を開くが、非情にも現実は瑠奈の思い描いていたものとは真逆の真実を映し出す。

 

「っ!!これは・・・・」

 

扉の先に広がっていたもの、それは『戦場』だった。

逃げ惑う人々、襲撃者と思われる黒いIS。そしてそれに応戦する専用機持ち達。広いアリーナは戦火に包まれ、まるで地獄の業火だ。

 

「あ、あれは・・・・・」

 

その中でISを展開しておらず、生身の状態である者がいた。両膝から大量の血を流し、地面に這いつくばっている楯無、そしてその楯無を抱え上げ、何としても逃げようとしている簪だ。

だが、そんな2人にゆっくりと襲撃者である黒いISがゆっくりと迫りゆく。

 

自分の大切な人達を傷つける明確な『敵』

それを瞳に焼き付けた時、瑠奈の中で何かが切れ、次の瞬間、自分でも知らない言葉(・・・・・・・・・・)を大声で叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エクストリィィィーーーームッ!!!」




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

72話 弱者の足掻き

やはり戦闘描写は苦手です。戦いの状況をしっかりと読者の皆様にお届けできるかどうか不安になってきます。
まあ、それはそうと最近エロゲーのHシーンを見ても何も感じなくなってきてしまいました。
・・・・どうしましょう?


「いい加減にしろっ!!いつまでかかるつもりだ!!」

 

とある研究室の一室で男の怒声が響く。今まで溜めていたものを吐き出したせいなのか、その声は苛立ちと怒りが混じり、空気を振動させる。

 

「この機体1つの解析にどれだけの時間をかけるつもりだ!!さっさと終わらせろとあれだけ言っているだろうっ!!」

 

勢いよく指さす先には、全身がコードに繋がれ、この研究室の中央で不自然に浮上している赤と白のカラーリングが施されている人型のパワードスーツがあった。

この機体は数週間前にとある少年から鹵獲したものだ。

 

ISより小型でシンプルな外見をしている機体だが、皆この機体の圧倒的な性能を知っており、量産化に成功すればISにかわる新たな支配者となるだろう。誰もが期待に胸を膨らませていたが、現実はそううまくいかないものだ。

 

機体の構造や武装の解析は出来ても、その根幹となる動力部位の解析が一向に進まなかったのだ。いくら優れた機体だとしても、電池となる部品がなければ稼働させることなどできるはずもなく、その焦りから他の部の担当員も加わり、技術部総員でことにあたっているが、事態は一向に進展しない。

 

「簡単な話だろ!!解析をしてそれを真似ればいい、なぜそんな簡単なことが出来ない!?」

 

「そ、それが・・・・我々の干渉やアクセスを自動的にこの機体ははじいてくるんです。それならまだしも、アクセス跡を分析し、我々に報復行動を仕掛けてきます。これでは下手に手を付けられません」

 

相手の攻撃を学習し、それ相応の報復をする。まるで人間のようなプログラム設定をされている機体だ。武装や機体構造の解析は容易だったのに、この動力部位のガードだけは以上に固い。動力部位が最後の砦だとこの機体の開発者は知っているのだろうか。

総員一斉に攻撃を仕掛けようとも考えていたが、この機体は自分たちに相応の報復行動を与えてくる。もし失敗した時のリスクを考えると慎重に動かなくてはならない。

 

「くそっ・・・・」

 

簡単にことが進まないことは予想していた。だが、ここまで徹底的な行き詰まりとなるといっそのこと、機体を分解して個々に解析した方が迅速なのではないのだろうか。正確な機体設計図があるわけではないので、最悪2度と組み立てられない可能性があるが、ここで無駄な足踏みをしているようなずっといい。

 

『はぁ・・・』と先ほどの威圧はなくなり、重苦しいため息を吐いたとき、『ビー』と甲高い警告音が研究室に響き、異常事態を知らせる赤いディスプレイが画面上に表示される。

 

「な、なんだッ!?」

 

「所長、機体から周波数を確認、機体システムとメイン電源が立ち上がっていきます!!」

 

「馬鹿な!?この機体は有人兵器だ。無人の状態で動くはずがないだろっ!!」

 

いくら声を荒上げて否定しても、目の前にあるのは『有人兵器が無人で動いている』という現実だ。そこにいくら根拠や理由をつけたとしても何も変わらない。

 

中央で浮上していた機体は全身に繋がれているコードを切り離し、全身が淡く輝いていく。

 

「何としても停止させろ、ここから出すなっ!!」

 

研究員の必死な努力虚しく、機体は足元から光の粒子となって消えていった。そして機体(エクストリーム)は戻っていく。自分の操縦者が戦うべき戦場へ。

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

「う、うぅぅ・・・・」

 

「お姉ちゃんっ!しっかりして!!」

 

楯無の両膝から痛々しいまでの血があふれ出て、床に血痕を残していく。目の前で負傷し、立つことが出来ない姉に簪は肩を貸してなんとしても移動させようとするが、まともに立てない状態では動かせるはずがない。

 

「ひっ・・・・!?」

 

そんな最悪の状態に追い打ちをかけるように、目の前に漆黒の襲撃者『ゴーレムⅢ』が現れ、2人に狙いを定める。バイザー型の赤い目を光らせ、右腕に装備されている巨大ブレードを構えながら近づいてくるその姿はまるで死神のように見えた。

 

「っ!!」

 

そんな敵から逃げようと楯無を支えながら足を動かすが、その差は縮まっていくばかりだ。追い付かれたら終わりの死の鬼ごっこに体が震え、がたがたと噛み合わない歯を鳴らしながら必死に逃げる。

 

「簪ちゃん・・・・私を置いて逃げなさい・・・」

 

「嫌・・・・」

 

「このままじゃあなたも危ないわ!!私のことはいいからっ!!」

 

「絶対に嫌っ!!ーーーあっ!!」

 

叫んだとき、支えていた楯無がバランスを崩し、地面に倒れこんでしまう。『うぅぅ・・・』と膝を押さえて痛々しい声を出している楯無をもう1度支えようとしたとき、2人に暗い影が差す。

震えながら、背後を見ると追いついたゴーレムⅢが楯無と簪に向かって右腕の巨大ブレードを振り上げていた。

 

「あ、あ・・・・あっ・・・・」

 

紛れもない死の感覚が楯無と簪を凍り付かせる。当然だが、生身の状態でISの装備などくらったらひとたまりもないだろう。だけど(楯無)だけはーーーー。目尻から涙を流しながら、地面に倒れている楯無に庇うように覆いかぶさり、守るように強く強く抱きしめる。

 

その簪の背中にブレードが振り下ろされようとした瞬間

 

「はぁぁぁぁぁっ!!!」

 

上空から赤い機体がゴーレムⅢに飛びつき吹き飛ばす。赤と白のカラーリングに、腕部と脚部を覆う赤い装甲。楯無と簪を助けた機体は紛れもなくーーーー

 

「雄星・・・・?」

 

幾多の戦いを潜り抜けてきた雄星の機体、ゼノンだった。意外で突然すぎる機体の登場に簪だけでなく、楯無も両膝の苦痛も忘れ、固まる。だが、瑠奈ーーーいや、雄星は自分が纏っている機体に戸惑っている様子はなく、当然のこととして受け止めている様子だ。

 

「2人とも大丈夫ですか!?」

 

「る、瑠奈・・・・」

 

慌てた様子で簪と地面に蹲っている楯無に向かう。2人が無事であったことは嬉しいが、楯無の足の負傷を見ると事態は深刻だ。

 

「右脚の膝蓋靭帯を負傷・・・・左脚は腓腹筋を欠損・・・・この状態で歩かせるのは無理です。僕があなた達を安全な場所に運びます。掴まってください」

 

「いたたた・・・・お姉さん、かっこ悪いところを見せちゃったわね・・・・・」

 

「そんなことは後です。今はあなたたちの避難をーーーー」

 

そこまで言ったとき、後方から黒くて太い丸太のようなものがゼノンが吹き飛ばす。瑠奈が吹き飛ばしたのはいつの間にか、後方に立っていたゴーレムⅢだった。そのまま右腕の巨大ブレードを再び振り下ろそうした瞬間、簪の指にはめられている指輪が光り輝く。

 

そこから光の粒子が伸びてゴーレムⅢの振り下ろされている右腕を押さえつける。そのまま、機体が展開されていく。本来は無人では動くはずのないIS。だが、簪の専用機である打鉄弐式には『彼女』がいた。

 

『マスターをやらせはしませんっ!!』

 

右腕で巨大ブレードが装備されている腕を押さえつけ、さらに素早く反対の腕で相手の胴体を掴む。

 

『今のうちに少しでも離れてくださいっ!!私は機体のサポート用の使用権限しかないので長くは持ちません!!』

 

その言葉を表すかのように、足裏から火花を散らし、ゴーレムⅢに押され始める。必死に踏ん張るが、この機体の性能を100%発揮できる権限を持っているのは操縦者である簪だけだ。

だが、ここで簪が機体に搭乗したら負傷して動けない楯無1人置いてしまう状態になってしまう。それだけはダメだ。

 

「エスト・・・・」

 

『早くっ!!』

 

エストの珍しい怒声に背中を押されながら、再び楯無を支えながら少しずつ動き始める。背後から耳を塞ぎたくなるほどの戦いの音が聞こえるが、エストを信じて進み続ける。

 

 

 

 

 

『くっ!!』

 

ゴーレムⅢの予想以上のパワーにエストが苦悶の声を漏らす。いくら頑張っても補助用のシステム権限しかないエストでは相手を倒すことは出来ない。だが、倒せないからなんだ?自分の使命は消える時まで主である簪を助け続けることだ。

 

『・・・・通さない』

 

ビービーと警告音が響くが、それでも必死に踏ん張り続ける。すると、ゴーレムⅢの背中に先ほど、吹き飛ばされたゼノンが食らいつく。

 

『瑠奈っ、あなたも逃げてください!!あなたは楯無様とマスターを安全な場所に避難させなくてはなりませんっ!!』

 

「こいつを倒した方が早い!!エスト、少しの間でいい。こいつを押さえていてくれ!!」

 

背後に張り付いたまま、装甲越しに機体の弱点(ウィーク・ポイント)を検索する。

 

「視界コードと視界モニターの伝達神経回路密集部分は・・・・・ここかっ!?」

 

もっとも多くのコードが密集した機体の神経の塊の部位であるうなじに狙いを定める。そして素早く指先にエネルギーを集め攻撃準備を整える。

 

『もうーーーー』

 

苛立ちの混じった声でエストがゴーレムⅢを一瞬だけ押さえつけ

 

「いい加減ーーーー」

 

怒りの混じった声を漏らしながら、背後に張り付いた瑠奈が指を振り上げる。そしてーーーー

 

「『動くんじゃねぇぇぇぇ!!!』」

 

瑠奈とエストが大声で叫んだと同時にゼノンの指をゴーレムⅢのうなじの部分に突っ込んで内部の接続コードをまとめて引きちぎる。

 

『く、うわっ!!』

 

機体の異常性を感じたのか、ゴーレムⅢは苦痛に狂い悶えている闘牛のように機械音を上げながら打鉄弐式を吹き飛ばし、背後に張り付いているゼノンを振り落とそうと機体を左右に激しく振り回す。

だが、ゼノンは振り落とされないように踏ん張りながら、ゴーレムⅢの羊の巻き角のようなハイパーセンサーが装備されている複眼レンズの頭部に腕を巻き付け、締め上げていく。

 

「どんなに装甲が硬くても、接合部の隙間ならッ!!」

 

ゼノンの強靭の腕力で締め上げ、頭部の装甲にヒビが入っていく。機体の動力部を破壊できないとしても、視界を封じて照準装置を狂わすことが出来れば、相手の脅威度はある程度下げることが出来る。ロデオのように、振り落とされないように踏ん張りながら、体と腕に力を込めたことによってゴーレムⅢの頭部が胴体から少しずつ引き剥がされていく。

そしてーーーー

 

「はぁぁぁぁぁ!!」

 

バギッと何かが引き剥がされる音が響いたと同時に、ゴーレムⅢの頭部が胴体からはじけ飛ぶ。頭部と胴体の接合部。本来は人が搭乗するべき空間なのだが、その空間にはコードや電子版といった機材で埋め尽くされていた。

 

「無人機?・・・・うおっ!!」

 

予想外の現実に体の力が緩んだのか、背中に張り付いていたゼノンが振り落とされ、地面に倒れこんでしまう。そのゼノンの胴体を視界が狂い、暴走状態となっているゴーレムⅢが非情にも踏みつける。臓器が集中している胴体にとてつもないほどの重量が加わったことによって、体中からメキメキと何かが砕けていく音が聞こえてくる。

 

「ぐっ・・・・あぁぁぁ・・・・」

 

『瑠奈っ!!』

 

吹き飛ばされた打鉄弐式(エスト)が救援に向かうが、ゴーレムⅢの拳から放たれたIS防御を無効にする超高密度圧縮熱線が直撃し、再び吹き飛ばされる。

 

「ぐっ!!あぁぁぁぁぁ!!」

 

操縦者の危険を知らせるアラーム音を聞きながら瑠奈が悲痛の声を上げる。何とかしてこの状況を抜け出さなくてはいけないのだが、苦痛と胴体への圧迫感で呼吸ができず、体に力が入らない。

足裏で苦痛な声を上げている瑠奈にとどめをさすために、ゴーレムⅢは右腕の巨大ブレードを頭部に狙いを定める。

 

そのまま瑠奈の頭部に突き刺そうとした瞬間、体勢を立て直した打鉄弐式の荷電粒子砲『春雷』の砲弾がゴーレムⅢに直撃し、瑠奈の胴体から吹き飛ばす。

 

『瑠奈っ、逃げてください!!』

 

「ぐっ・・・ごほっ、ごほっ!!」

 

苦しむ胸のせいで体に力が入らず、床に這いつくばりながらゆっくりとゴーレムⅢから遠ざかる。だが、相手は倒せる敵をわざわざ見逃したりなどしない。ゆっくり立ちあがると、再び瑠奈の元へ歩みを進めていく。

その間にも打鉄弐式(エスト)が荷電粒子砲を直撃させて必死に注意を惹こうとするが、攻撃に興味すら持たない様子で右腕の巨大ブレードを振り回しながらゼノンへ迫る。

 

「ひっ!!はあ、はあ・・・・」

 

背後を見るとゴーレムⅢが自分を殺すために近づいてくる。眼前にある死の感覚、それが体を凍り付かせる。体中に汗を掻き、息を荒上げながら必死に逃げるが、這いながらではすぐに追いつかれてしまう、殺されてしまう。まともな状況整理もできず、頭はパニック状態だ。だが、その頭の中で聞き覚えのある声が響く。

 

 

 

 

ーーーー戦え。戦わなくてはお前は殺されるぞ。

 

嫌だ、戦いたくない。なんでこんなことに・・・・

 

ーーーーこのまま逃げたって何も変わらない。ここであの機械人形(ゴーレムⅢ)を殺せ。そうすればお前は生きることが出来る。

 

生きられる?・・・・僕が?

 

ーーーーああ、もう1度お前の大好きな楯無や簪に会える。こんなお前を愛してくれた大切な人間だろ?彼女達に会いたいだろう?

 

会いたい・・・・あの人たちに会いたい。

 

ーーーーならば戦え。生きるために。

 

そうだ・・・戦う。僕は戦うーーーー

 

 

「生きるために」

 

そう口にした瞬間、体の震えが止まり、心の奥底から熱い感覚があふれ出てくる。不思議とさっきまでの恐怖はない、今心の中にあるのは闘志だけだ。生き残るための戦い続ける闘志。

 

「はぁぁぁ・・・・」

 

熱のこもった息を吐きながらゆっくりと立ち上がり、近づいてくるゴーレムⅢを紅い目で睨みつける。ゼノンのただならぬ闘志を感じたのか、ゴーレムⅢは戦闘モードに移行する。右腕の巨大ブレードの刀身にビームが纏われ、全速力で切りかかってくる。

 

自分に振り下ろされる巨大ブレード。その刃を慌てることなく、ゼノンの腕部で受け止める。バチバチと火花を散らし、機体の全重量をかけてゼノンを押しつぶそうとする。

 

「ぐっ!うぅぅぅ・・・」

 

さすがのゼノンも巨大な鉄の塊の重量を片腕だけでは支えきれず、少しずつ体は後ろに傾き、押され始める。明らかな劣勢。その時『彼女』の声が聞こえた。

 

『君は生きなさい・・・・雄星・・・・』

 

「っ!がぁぁぁぁぁぁ!!」

 

その声が聞こえた瞬間、瞳が紅く輝き始め、ゼノンの可動部分が激しい光を放ち始める。パワーが機体中から溢れ、両脚を地面にめり込ませながら、ゴーレムⅢを少しずつ押し返していく。そのまま、腕部に切り込んでいる巨大ブレードをはじき返す。重量のある右腕の巨大ブレードをはじき返されたことによって、ゴーレムⅢがバランスを崩し、大きくのけぞる。

 

「はぁぁぁぁぁ!!」

 

のけぞった隙だらけとなったゴーレムⅢの胴体に、叫び声を上げながらゼノンが拳をめり込ませる。そのまま、間髪入れず、ゴーレムⅢの電子部品をまとめて引きずり出す。その時、ゼノンは捕えた。ゴーレムⅢのなかで黒く鈍い輝きを放つ球体の物体ーーーISのコアを。

 

そのコアに狙いを放つのはーーーー

 

「シャイニングぅぅぅ・・・・」

 

ゼノン必殺技だ。

 

「バンカぁアぁぁぁ!!!」

 

放たれた赤く光る拳がコアを粉砕し、ゼノンの拳がゴーレムⅢの胴体を貫く。そのまま腕を右に振るい、機体を引き裂く。するとコアという原動力を失ったゴーレムⅢは部品や装甲をまき散らしながら地面に倒れる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・」

 

パワーを急激に消費したせいなのか、息を乱しながら地面に膝をついてしまう。そんな瑠奈に打鉄弐式が近寄り、支える。

 

『大丈夫ですかっ!?』

 

「ごほっ!!はぁ、はぁ・・・な、何とか・・・・。それより楯無様と簪様を見つけなきゃ・・・・」

 

『分かりました。2人の居場所は既に特定してあります。すぐに向かいましょう』

 

まわりはまだ専用機持ちがゴーレムⅢと戦っている。援護に向かいたいところだが、今は楯無と簪の安全の確保が最優先だ。ふらついているゼノンを抱え上げると、エストと瑠奈は2人の元へ急いだ。

 

 

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

73話 涙と鮮血

この小説にたびたび出てくる『ルットーレ』という単語ですが、イタリア語で破壊者という意味です。ちなみに救世主は『レデントーレ』と言います。


襲撃者である黒いISから逃げ延びた楯無と簪は、第4アリーナのISカタパルト装置のゲート内にいた。ISを射出するための施設であるからか、大きな洞窟のような形状をしており、逃げ込むにはうってつけの場所だ。

 

「ぐっ・・・うぅぅ・・・うぅぅ・・・」

 

「っ・・・大丈夫?お姉ちゃん・・・」

 

出血は止まったが、両膝に痛々しい傷がある楯無を横たわらせ、簪は不安な表情をしている。目の前で苦痛の声を上げている楯無も心配だが、同じぐらい心配なのは自分たちを逃がすためにゴーレムⅢに立ち向かっていった瑠奈とエストだ。

 

あれからずっと待っているが、一向に連絡がこない。こんな絶望的な状況で、様々な不安や葛藤に襲われて心が押しつぶされそうだ。すると、後ろで何やら激しい機械音が響く。振り向くと、見慣れた機体がゲートの入り口に立っていた。

 

『マスターっ!!やっと見つけました』

 

「エストっ!瑠奈っ!」

 

無人の打鉄弐式とそれに抱きかかえられているゼノンが目の前に現れて大きな安心感に包まれる。打鉄弐式やゼノンは所々に傷や損傷があるが、無事なようだ。

 

「はぁ、はぁ、・・・うぐぅぅ!!」

 

『瑠奈、しっかりしてください』

 

だが、抱えられている瑠奈はお世辞にも無事とは言えない状況となっており、頭が割れると思うほどの強烈な頭痛に襲われ、頭を押さえている。

 

「瑠奈、しっかりして!大丈ーーーっ!?」

 

苦しむ瑠奈を心配して近づいた瞬間、簪の表情が固まる。瑠奈の瞳が紅く輝いており、まるで獣のように狂い悶えていた。まるで、かつての実験施設で大切な人を守るために彼が初めて人を殺した時のように。

 

「瑠奈っ!!」

 

表情を歪めている瑠奈を簪が強く抱きしめる。今の彼はただ純粋に自分を見失っているだけなのだ。別に望んでこうなったわけではない、ただ彼は大切なものを守るために自分を壊し続ける必要があった。たとえ、自分が自分でなくなったとしても。

 

「大丈夫・・・大丈夫だから・・・・安心して・・・・」

 

強く抱きしめ、必死に耳元でつぶやき続ける。これが正しいこととはわからない。だが、今の簪に出来ることはこれしかない。

 

「はぁ・・・はぁ・・・・」

 

その簪の必死な思いが伝わったのか、体の震えや苦痛の声が徐々に収まっていく。そのまま簪の体に身を任すように寄りかかる。

 

「だ、大丈夫・・・・?」

 

「・・・はぁ・・・はぁ・・・ご、ごめんなさい、大丈夫です・・・・」

 

なんとか話せるまで回復したのか、ぎこちのない笑みを簪に向ける。息切れが起こり、疲れている様子だったが、どうにか落ち着いてきたようだ。

その間に、エストは楯無の負傷を診療している。ここを乗り切った後、少しでも治療を円滑に行うため、少しでも詳しい状況を把握しておかなくては。

 

『負傷状況は把握しました。今すぐにでも医療室にーーーー』

 

そこまで言ったところで打鉄弐式(エスト)に後方から放たれた超高密度圧縮熱線が直撃し、吹き飛ぶ。攻撃の飛んできた方向を見ると、新手と思われるゴーレムⅢが静かに佇んでいた。恐らく、打鉄弐式と瑠奈が入ったことによって敵側にも感づかれてしまったようだ。

 

「エストっ!!」

 

吹き飛ばされた打鉄弐式は、致命傷だったのかバチバチと機体全体からプラズマを放出し動かない。慌てて駆け寄った途端、機体が光の粒子に分解され、簪の指輪に収納される。今の強烈な攻撃でエストの機体制御のエネルギーが尽きてしまった。これではもうエストの助力は得られない。

 

「そ、そんな・・・・」

 

項垂れる簪にゴーレムⅢは非情にも砲口を向けて超高密度圧縮熱線を放つが、間にゼノンが入り込み防ぐ。

 

「っ・・・・」

 

まだ、本調子とは言えないがここで引き下がっては彼女達の身が危険だ。戦わなくてはならない。だが、そこで楯無が悲痛な声で叫ぶ。

 

「簪ちゃんを連れて逃げなさい、瑠奈君!!」

 

「え・・・」

 

「お姉ちゃん?」

 

その一瞬の隙をつくようにゴーレムⅢが瞬間加速(イグニッション・ブースト)で一瞬で距離を詰め、ゼノンを吹き飛ばす。そのまま簪にブレードを振り上げるが

 

「爆雷球!!!」

 

体勢を立て直したゼノンの右手から放たれた輝く球体がゴーレムⅢに直撃し、吹き飛ばす。そのまま再びゼノンは楯無と簪を守るようにゴーレムⅢの前に立ちふさがる。

 

「やらせるかよ・・・」

 

闘志に満ちた表情をしている瑠奈に対し、不安で心が押しつぶされそうなのは後方にいる楯無だ。今の瑠奈ーーーいや雄星はただの無力の少年なのだ。戦闘経験もなければ機体(エクストリーム)のスペックもまともに把握していないだろう。

 

そんな状態で挑むなど無謀なだけだ。

 

「簪ちゃんを連れてこの学園から逃げなさいっ!!あなたじゃ勝てないわ!!」

 

「・・・・・・逃げろ?」

 

『逃げろ』 今この人は『逃げろ』と言った。今ここで愚かに大切な人を見捨ててノコノコと生き残れというのだろうか。

そんなことーーーー

 

「出来るかぁぁ!!」

 

自分の葛藤を吹き飛ばすかのように大声で叫ぶと、全身のブースターを起動させてゴーレムⅢに突っ込む。しかし、その行動を予想していたかのようにブレードを構えると、放たれたゼノンの拳を左腕部で弾きかえし、隙だらけとなったゼノンの顔面にブレードの斬撃を食らわせて吹き飛ばす。

 

強烈で重い一撃はゼノンの頭部の右半分の装甲を吹き飛ばし、周囲に白い破片を飛び散らせる。さらに地面に倒れたところで右腕部の超高密度圧縮熱線を食らわす。しかし、ゼノンは力尽きない。素早く立ち上がると、ゴーレムⅢに向かって再度突っ込む。

 

「やられるかぁぁぁ!!」

 

ブレードの斬撃によって破壊され、剥き出しとなった顔面の右半分から紅い瞳を輝かせながらゴーレムⅢに何度も食らいつく。だが、現実は諦めなければ何とかなるほど甘くない。挑むたびに何度もゴーレムⅢの巨大ブレードや超高密度圧縮熱線が直撃し、装甲を全身から飛び散らせながらながら吹き飛ばされる。

 

「雄星・・・・・」

 

もういいはずなのに・・・・大切な人を失い、彼自身も大きすぎる犠牲を払った。それでも小倉雄星という少年は戦い続ける。いつか自分を裁き、罰せられる日が訪れると信じて。

 

「うっ・・・・グスッ・・・・」

 

死ぬために戦い続ける・・・・そんなの悲しすぎる。そうさせないために、もう彼を戦わせないために自分たちは彼の名前を知り、誰にも見せない心の弱さを知った。なのに彼は戦っている、自分たちを守るためにこんなにも目の前で。

 

結局は自分たちは何も救えていなかった。今までと同じように彼を戦わせて、自分たちが生き残ろうとしている。何もできない、何も変えられない、自分の無力さに涙が出てくる。

 

「簪ちゃん・・・・」

 

泣きじゃくっている妹に寄り添おうと体を這って近づこうとした瞬間、バギッと耳を塞ぎたくなるほどの金属音が響き、周囲に赤いゼノンの装甲が飛び散る。

目を向けると、ゴーレムⅢの巨大ブレードによってゼノンの右脚の追加装甲が破壊され、吹き飛んでいた。

 

そのまま追加装甲がなくなった右脚に巨大ブレードの斬撃を食らわせ、動けなくさせる。

 

「ぐっ!!うぁっ!!」

 

追加装甲が破壊され、剥き出しとなった原型のエクストリームの装甲では防ぎきれるわけもなく、膝に深く切り付けられ装甲内部から血があふれ出てくる。義足ではない右脚をやられ、強烈な痛みのせいでバランスを取れなくなり、前かがみの体勢になってしまう。

自らの前で屈し、露わとなった背中。その背中を黒い襲撃者は踏みつけ、ゼノンを地面に這いつくばらせる。

 

「うっ・・・ぐぐぐぐ・・・・」

 

胴体にかかるとてつもないほどの重量。それに負けるかと腕と脚に力を入れて抗うが、突如ゴーレムⅢはゼノンの背中から脚を離す。

 

「え・・・・?」

 

奇妙だ、さっきまで戦っていたゼノンをまるで見えていないかのように無視し、目的らしい簪へ向かっていく。だが、これは好機だ。今の状態で奇襲を食らわすことが出来たらまだ勝機があるかもしれない。弱点であるうなじに狙いを定め、立ち上がろうとしたが、なぜか立ち上がれない(・・・・・・・)

 

・・・・いや、正確には右足が動かないといった方がいいのかもしれない。嫌な想像が脳裏を掠めたと同時に、動かない右脚がじわじわと熱を持っていく。震えながら自分の右脚に目を向けてみるとそこにはーーーー

 

「・・・あ・・・あぁぁ・・・・」

 

ゴーレムⅢの装備と思われる銀色に鈍く光る一本の小型のブレードが右脚の装甲を完全に貫通し、ふくらはぎに深く突き刺さっていた。右脚を完全に貫通した小型のブレードは地面に深く食い込み、まるで木材に打ち込まれた釘の様だ。ゴーレムⅢはゼノンを無視したのではない、さっき踏みつけたときに、這いつくばっているゼノンの右脚に素早く小型のブレードを突き刺し動けないようにしたため、相手にする必要がなくなったのだ。

 

ゼノンという邪魔者が居なくなった今、ゴーレムⅢはゆっくりと動けない楯無とISを展開できない簪を殺せる。普通ならば気が付いていはずの負傷。だが、思い込みというものは恐ろしいものだ。ゴーレムⅢを倒すことに夢中になっていて気が付かなかった。自分の身の危機を。

 

「っ!!あ゛あ゛ぁぁぁぁ!!!」

 

自らの状況を自覚した瞬間、気が狂うほどの苦痛が体を襲う。体中を駆け巡る痛みによって体が震え、小型のブレードが突き刺さっている右脚から大量の血があふれ出る。

耳を塞ぎたくなるような悲痛の声を無視し、ゴーレムⅢはゆっくりと楯無と簪に向かっていく。

 

「・・・・やめろ・・・・やめろ・・・・」

 

ISを相手に動けない楯無を抱えて逃げることなどできない。楯無を見捨てて逃げれば、振り切れる可能性があるが、簪がそうするとは思えないし、逃げたところで生き残れる可能性は限りなく低い。簪も逃げることなく、負傷して動けない楯無を庇うように抱きしめている。

 

ーーーこのままでは彼女達は死ぬ、殺される。

 

「はぁ・・・・はぁ・・・・」

 

その避けられない現実を感じ取ると、手に一本の刀を出現させ、突き刺さっている自らの右脚に振りかぶる。今から行うのは最悪の手段なのかもしれない。だが、ここで彼女達が殺されるのをただ見ているよりは何倍もマシだ。痛みに耐えるように奥歯を噛み締め、覚悟を決める。そしてーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒いISがゆっくりと迫ってきている。自分たちを殺すために向かってきている。だから、逃げなくてはならない。

 

「逃げなさい・・・・簪ちゃん・・・・」

 

自分を庇うように抱きしめている簪に優しく囁くが、簪は返事することなくぎゅっと楯無を強く抱きしめる。今は危険な状況だということは簪も分かっている。だが、ここで大切な姉を見捨てて自分だけ生き残るなどできるはずがない。

 

自分を抱きしめたまま動かない簪の意図を理解すると、楯無は目を閉じ、全てを簪に委ねる。ここで妹と一緒に消えるというのならば、それでいいのかもしれない。でも彼はーーー彼の未来だけは。

 

ーーー救えなくてごめんなさい。

 

ーーー力になれなくてごめんなさい。

 

ーーー役に立てなくてごめんなさい。

 

自分の無力さと無能さを後悔するように、一滴の涙が滴り落ちる。ゆっくりとゴーレムⅢが近づいてくる。そして楯無と簪に右腕のブレードを振り下げようとした瞬間

 

「がぁぁぁぁぁ!!」

 

獣のような叫び声を上げて、ゴーレムⅢの背中にさっきまで這いつくばっていたゼノンが食らいつく。

 

「早く逃げてくださいっ!!」

 

「雄星君・・・・っ!?」

 

その時、楯無と簪は気づいてしまった。ゼノンのーーーー雄星の右脚が膝下から消失しており、断面図から大量の血が流れ出ていることに。ゼノンが飛んできた方向に目を向けてみると、床の上に広がっている血だまりの中に小型ブレードが突き刺さっている細長い白い物体があった。

 

優秀な楯無ならばわかってしまう。彼はーーー雄星は自分たちを守るために右脚を・・・・

 

「そんな・・・・雄星君・・・・」

 

「お姉ちゃん!!」

 

献身的で必死な自己犠牲。その衝撃的な行動に涙を流し動けない楯無を簪は支える。そのまま全身が血だらけのゼノンと、そのゼノンを引き剥がそうと暴れるゴーレムⅢから離れる。

 

「瑠奈君、逃げなさいっ!!」

 

こんな満身創痍の状態で満足に戦えるはずがない。今のゼノンの攻撃などゴーレムⅢにとってアリのひと噛みに過ぎないだろう。だが、ゼノンは逃げない。全身の傷口から大量の血をまき散らしながら、必死に食らいつく。

なかなか離れないゼノンに苛立ったのか、荒々しい機械音を上げると背中に張り付いているゼノンを引き剥がすと、床に叩きつける。

 

「瑠奈君っ!!」

 

「お姉ちゃん、ダメ!!」

 

「簪ちゃん離しなさい!!瑠奈君が!!」

 

必死に瑠奈を助けようとするが、まともに歩くことすらできない今の状態では助けられるはずがない。強引に簪に連れていかれる形でゼノンとゴーレムⅢから離れていく。

その楯無の必死な行動をあざ笑うかのようにゴーレムⅢは地面にうつ伏せに倒れているゼノンの後頭部を掴むと、楯無と簪によく見えるように高く掲げる。

 

「やめて・・・・やめて・・・・」

 

「お姉ちゃん、見ちゃダメ!!」

 

釘づけとなっている楯無の目を覆うとするが、遅かった。右腕の巨大ブレードにエネルギーを集中させ、殺傷能力を上昇させる。腕をわずかに引き、そしてーーーー

 

「やめてぇぇぇぇぇぇ!!」

 

楯無の叫び声と同時に、巨大ブレードを掲げているゼノンのーーーー雄星の背中に突き刺す。放たれた刃は背中のバックパックを貫き、装甲を貫き、腹部から大量の血を吹き出しながらゼノンの腹部を貫通する。

 

「あ゛・・・・あ゛・・・・」

 

その声を最後に機体のシステムが完全に停止し、手足も脱力する。そのまま意識のなくなったゼノンからゴーレムⅢはブレードを荒く引き抜くと、後方に投げ捨てる。

そのまま、血で真っ赤になった巨大ブレードを引きずりながら、再び楯無と簪へ向かって歩みを進めた。

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

74話 最果ての決着

冬が終わり、桜が咲き、暖かくなって来ましたね。
春眠暁を覚えずという言葉がありますが、私は個人的に真冬の方が、外気の寒さと布団の温もりのギャップで永遠に眠れるような気がします。


人間は生きていれば少なからず、生き物の死を目撃することがあるだろう。歩いていると偶然虫を踏んだ。飼っていたペットが自分の腕の中で息絶える。

 

野生では好奇心や快楽を満たすために、生き物を殺す動物などいない。そんなことをしなくても、動物は自らの食物連鎖の立場を心得ているし、殺したところで得がないからだ。

 

死というものを自覚し、恐れるのは高度な知能を持つ人間であるが故だろう。そして、その死を最も重く受け止めてしまうのも優しい心を持つ人間なのだ。

 

 

 

 

 

 

「・・・・あ・・・・あ・・・・・」

 

目の前で自分たちを殺そうと佇む黒いIS。さっきまで恐れていたはずなのに、今は恐怖を感じることなく機体越しに倒れている『あるもの』を凝視していた。白い人型で所々赤い装甲が纏われている変わった形状をしている機体だ。だが、ところどころの装甲は破壊され、機体の白い装甲には赤い血がこびりついている。

 

そして切断された右脚と貫かれた腹部からは大量の血があふれ出ており、機体を中心に血だまりができている。それは彼だった(・・・・)もの。小倉雄星だったものだ。

 

それを見ると思いだしてくる。

自分に笑顔を見せ、話してくる彼の姿が。初めはどちらかというと、悪い出会いだった。女装し、全てを偽って入学してきた彼を自分は問い詰め、取引をした。『私と一緒にこの学園を守ってほしい』と。

 

脅しに近いものだったその取引を彼は嫌な顔1つせずに引き受けた。今思うと、内心は嫌だったのかもしれないが、自分の状況や立場を自覚した最善の策を彼は取ったのだろう。

 

美しい外見に奇想天外な行動。ただものではないとは感じ取っていたが、ここまで予想外な発想を持っていると心強いものだ。だが、彼は完全無欠でもなければ完璧超人であるわけでもない。

 

この学園を守っていくたびに彼は傷つき、弱っていった。辛く、悲しかったはずだろう、そのはずなのに彼は戦い続けた。戦いに執着するように、没頭するように。それしかできないことだと彼自身が思い込んでいたのだ。

 

たとえ、学園の危機や生徒のピンチを救うことが出来たとしても、自分のことは何一つ変えることが出来なかった。だから、自分たちは願った。彼が幸せに生きることが出来るようになることを。本来は今は戦いなど無縁な場所で笑っているはずだった。なのに彼は倒れている、血まみれになって息絶えている。

 

最後に彼が自分たちを見て何を思っていたのだろう。この戦いに自分を巻き込んだことに対する憎悪だろうか、それとも死に対する恐怖だろうか。どのみちもう確かめる方法はない。もう・・・・彼はいないのだから。

 

「あぁぁぁぁぁ!!」

 

頭を抱え、大粒の涙を流しながら楯無は狂い悶える。何もできない自分、大切な人が死んだ現実に絶望するように。

 

「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」

 

支えていた簪も自分たちの身の危機を忘れて瞳から涙を流し、乱れた息を吐く。最後まで雄星は戦った。自分たちを守るために戦った。その行為に対して自分は何を返せたのだろうか。

痛い・・・・心が締め付けられる。胸を抑え、膝をつく。まるで覆しようのない現実に屈服したようだ。

 

その無力で愚かな少女たちに神は残酷で非情な死を与える執行者を送った。自分たちを裁く巨大な剣をもった巨人が迫ってくる。

真っ暗で冷たい現実。だが、突如その現実に淡い光が灯す。

 

『マスター』

 

「え・・・・す・・・・と・・・・?」

 

指にはめられた指輪から『自己修復完了』というディスプレイが表示されたと同時に、ISのAIプログラムであるエストの声が響く。AIであるエストには感情というものはない。だが、決意や思いのこもった希望の言葉を簪に告げた。

 

『彼は・・・・雄星はまだ助かります』

 

「え・・・・」

 

何の根拠も証拠もない疑わしいな言葉。だが、その言葉は簪の目の前に蜘蛛の糸を垂らす。

 

「本当・・・・?」

 

『確かに今の雄星は出血多量、体温低下、心肺停止状態、脳波も消えおり、医学的に『死』と定義される要素をすべて満たしています。普通の人間ならばまず助からないでしょう。ですが、彼はISを滅ぼすことを目的に創られた究極の兵士、破壊者(ルットーレ)です。彼の体内には医療用のナノマシンによって高い再生力と治癒力を持ち、私ならばそのナノマシンを起動させることが出来ます』

 

「・・・・どうしたら雄星を助けられるの?」

 

『目の前のISを破壊してください。それしか雄星を助ける方法はありません』

 

「っ!!」

 

 『雄星を助けられる』 それだけでいい、それで十分だ。その愛しきものを救うことが出来る可能性があるのならば、、更識 簪という少女は戦うことが出来る。彼を・・・・大切な人を傷つけた敵、憎い相手。倒さなくては、壊さなければ。

 

「・・・・・殺す」

 

さっきまでの息を乱して狼狽していた様子から一転し、冷たくて残酷な空気を纏い始める。

 

「・・・・簪ちゃん?」

 

知っている、この獣のような雰囲気を纏った者を。自分を見失い、戦いに囚われた者である雄星とまったく同じだ。かつて対面した残酷な殺意。それを今妹である簪が纏っている。

 

「エストちゃん・・・・これって・・・」

 

『分かっています。ですが、こうでもしなくては私とマスターの単機で勝つことは出来ません』

 

ならば、楯無は祈るしかない。大切な妹がこの戦いに勝ち、雄星を救うことが出来ることを。

 

「来て・・・打鉄弐式・・・・」

 

その言葉を合図に簪はISを身に纏う。彼とーーー雄星とエストと共に作った専用機『打鉄弐式』を。大切な妹の晴れ舞台、嬉しいはずなのに、喜ばしいはずなのに、楯無にはゴーレムⅢへ向かっていく簪の背中がなんだか遠いものに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前に出現した打鉄弐式にゴーレムⅢはISの絶対防御を無効にする超高密度圧縮熱線を放つために、素早く左腕の砲口を向けるが、それは簪も予想していたことだ。

攻撃されるよりも早く、ウイングスカートのブースターで急接近すると、向けられている左腕を展開した薙刀で弾き、射線をずらさせる。

 

「はぁぁぁぁぁ!!」

 

そのまま、胴体に刃を突き刺そうと薙刀を振り下げるが、素早く右腕の巨大ブレードを振り下げられる軌道に入り込ませ、弾く。その衝撃で両手に振りかぶっていた薙刀が切断され、宙を舞う。ジャミングが張り巡らされているこの状況では打鉄弐式の主武装であるマルチロックオンミサイルによる高性能誘導8連装ミサイル『山嵐』は使えない。

 

接近戦用装備である薙刀『夢現』もたった今破壊され、残った武装は荷電粒子砲『春雷』のみ。だが、簪は慌てることなく、ゴーレムⅢの脚部を柔道のように足払いをして、バランスを崩させる。そのまま、ゴーレムⅢを地面に押し倒すと、巨大ブレードが装備されている右腕を踏みつけて動けなくさせ、両腕で首を絞め上げる。

 

無人機であるゴーレムⅢに絞首など無意味であることは簪も知っているはずだ。だが、腕と手に力を込め、まるで人を絞め殺すような体勢で押さえつけていく。

 

「っ、ぐぅぅぅッ!!」

 

その時、左肩から抵抗するように放たれた超高密度圧縮熱線が直撃し、右腕を焼くが、簪は一切力を緩めない。砲口が装備されている左肩を強く踏みつけて破損させると、絞首して押し倒しているゴーレムⅢの胴体に荷電粒子砲『春雷』を至近距離で撃ち放つ。

 

「・・・・壊して・・・・やる・・・・死ね・・・・」

 

日頃の簪では想像できないほどの冷たく冷徹な言葉を口から呟いた瞬間、簪の目が僅かに紅く輝き始める。そのまま至近距離で『春雷』を撃ち続け、機体の装甲を破壊していく。

 

「死ね・・・・死ね・・・・・死ね・・・・」

 

呪いの言葉を吐くたびに、腕の力がどんどん強くなっていく。ゴーレムⅢが抵抗しようと体を動かし、何とかこの状況を抜け出そうとするが、強靭な腕力で首を絞められ、胴体は足で押さえつけられ打鉄弐式の『春雷』によって破壊され続けている。

 

「っ!くっ、うぅぅぅ・・・・」

 

ビーと機体のパワー低下を警告するアラームが聞こえていても、簪はそれに気が付いた様子もなくゴーレムⅢの胴体に攻撃を食らわせ続ける。

まるで敵をーーーゴーレムⅢを壊すことを楽しんでいるようだ。

 

『マスター、落ち着いて下さい!!自分を見失わないで!!』

 

悲痛な声をエストが叫ぶが、簪には何も聞こえていないらしく、機体の警告と機体のアラームがいくら響こうと攻撃の手を一切緩めない。今の簪は目の前のことが精一杯で周りのことが見えなくなってしまっている。この極限状態に加えて、まともに実践の経験がなくてはよくあることだ。だが、この戦いではその精神状態では大きな失態になりゆる。

 

何発も放たれた荷電粒子砲の一発がゴーレムⅢの胴体の装甲を砕き、コアが露出した。これさえ壊せば・・・・この戦いは簪の勝ちだ。

 

「・・・・死ね・・・・死ね・・・・・」

 

荷電粒子砲のエネルギーは既に底をつき、エネルギー弾は発射されない。ならばこの手でコアを砕けばいい。右拳を握りしめ、露出しているコアに狙いを定める。そしてーーーー

 

「死ねぇぇぇぇ!!」

 

腕を振り上げ、胴体のコアに渾身の一撃を食らわせようとしたとき、異変が起こった。

 

「うぐっ!!」

 

突如頭に鋭い頭痛が起こり、脳内にビジョンが映し出される。

沢山の試験管や培養液が並んだ実験室のような部屋。そこで白衣を着た男たちが1人の人間が入っている大きな試験管を取り囲んでいる。

 

大きな試験管入っていたのは雪のように白い皮膚と髪を持ち、年齢は自分たちと同じぐらいの少女だ。簪はその少女を見たことがある。その少女は彼のーーーーー

 

「・・・・生き・・・・返った・・・・・・?」

 

小さく呟いた瞬間、簪の紅い瞳の輝きが消え、機体のパワーも急速にダウンしていく。まるで夢から覚めたような鬱鬱とした気分だ。

 

「っ!?う、あぁぁぁぁぁ!!!」

 

さっきまで気にも留めていなかった超高密度圧縮熱線を受けて焼かれた右腕が急激に痛み始める。想像を鼻腔をくすぐる肉の焼ける臭いと気が狂うのではないかと思うほどの激痛。それに耐えられず、右腕を抑え動けなくなってしまう。踏みつけられていたゴーレムⅢはその隙を逃すはずなく、戦意を失った打鉄弐式の足を掴みと、後方の楯無に向かって投げ飛ばす。

 

その衝撃でエネルギーが尽きた打鉄弐式が強制解除されてしまい、生身の状態になってしまう。そのまま楯無の体とぶつかる。

 

「はぁ・・・はぁ・・・・気持ち悪い、うっ、うえぇぇぇぇ!!」

 

まるで頭の中を何かが這いずり回るような不愉快さと頭痛に加えて、焼かれている右腕の激痛。その苦痛や吐き気に一斉に襲われ、耐えられずに地面に這いつくばり、口からは胃液が混じっているつんと鼻につく酸味の嘔吐物が口からあふれ出る。

 

「簪・・・・ちゃん・・・・・」

 

地面に倒れ、焼かれた右腕を押さえて苦しんでいる簪を楯無はきつく、きつく抱きしめる。ISのコアは露出させることは出来たが、こちらには肝心の攻撃手段が完全になくなり、打鉄弐式がパワー切れになったことによって唯一の逃走手段を失った。

 

これで近づいてくるゴーレムⅢに打てる手段は何もない、万事休すだ。だが、手は尽くした。悔いはない。

 

「もういいの・・・・簪ちゃんは十分頑張ったわ・・・・」

 

死ぬのが怖くないといえば嘘になるが、今まですれ違ってばかりだった妹と最後に打ち解けることが出来た。そして、自分を守るために戦ってくれた。それで十分だ。

 

「お姉ちゃん・・・・」

 

簪も痛みをこらえながら、焼かれていない左腕を楯無の背中に回し抱きしめる。もうすぐ雄星の元に行けると思うと、恐怖も後悔もない。そう感じているのだった。

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

真っ白な空間に1人の少年が立っていた。腰まで伸びた黒い長髪に凛々しい眼差し。世間からすれば美少年に分類される整った顔。その少年の四方をとある機体が囲っていた。

 

右には両腕と両足に赤い追加装甲を装備した人型の機体が横たわっていた。しかし、所々の部位は崩れ、砕け、破壊された装甲の断面図からは黒いコードが飛び出ている。

 

後ろには上半身に赤く輝く装甲を纏い、両肩には大型の砲身が装備されている機体が倒れていた。しかし、その砲身は大破しており、その機体の主力武器と思われる2丁のバスターライフルも周囲に突き刺さっている。

 

左には背中に大きな赤い機械の翼がつけられている機体がうつ伏せに倒れている。神々しさを感じさせるフォルムをしている機体だが、今は右翼が消失しており、全身に備え付けられているブースターも周囲に飛び散っている。

 

そして少年の目の前には両膝をつき、前かがみの体勢で静かに沈黙する白と赤のカラーリングをしている機体があった。しかし、その機体も他の機体と同じように全身が大破し、周囲には装甲の破片が散らされている。その機体には他の機体と比べて特にこれと言った特徴はないが、少年は知っている。この機体からすべてが始まったことを。

 

「・・・・・・」

 

感情の籠っていない瞳で目の前の機体を見つめる。すると、その視線に反応したのか機体の瞳に光が点き、傷ついている体に鞭を打つようにして動き始める。しかし、全身がボロボロの状態ではまともに動けるはずもなく、立ち上がろうとした拍子に機体を支えていた左膝の関節部位が壊れ、左脚が吹き飛ぶ。

 

片足を失い、立ち上がれなくなったとしても諦めずに地面を這いずりながら少年に近づこうとする。体が床と擦られるたびに全身から破片が床に崩れ落ち、機体が壊れていく。

 

「無駄なことはやめろ。もう戦えない、お前も僕も・・・・」

 

それでも機体は諦めない。目の前の少年に助けを乞うように腕を伸ばす。無様に這いつくばり、己の無力さを恨む。それは昔少年が体験したことがあることだ。

 

『タスケテ』

 

「・・・・・・・」

 

『カノジョタチヲ・・・タスケテ・・・・・』

 

いつもこうだ。少年も機体も大切な人を守るために力を欲したというのに、何もできないまま自分だけ生き残ってしまう。そして何もできない無力さと大切な人を奪った世界を恨みながら生きていく。だが、もう終わる・・・・いや、もう終わったのだ。この呪われた運命から。

 

「・・・・こんなところで投げ出す?」

 

背後から声がする。とても聞き覚えのある声が。振り返ると、少年と瓜二つの姿をした者が立っていた。だが、別に驚くことではない。彼の存在は常に感じ取っていたからだ。彼がーーー少年が大罪を犯したときから表裏一体となって生きてきた。

 

「彼女達はお前を守るために戦った。そしてお前に生きて欲しいから武器を取った。お前と同じだ」

 

「・・・・・・」

 

「お前は彼女達に命を救われた。それならば、最後まで彼女達に尽くすのに十分すぎる理由じゃないのか?」

 

「・・・・・・」

 

「だんまりか?」

 

彼の言うこともわかる。だが、少年とって死もまた救いだ。ようやく訪れた救いの時をなぜ彼は拒むのだろうか。

 

「・・・・なあ」

 

「ん?」

 

「君は・・・・彼女達のことが好きなのか?」

 

「っ・・・・好き?」

 

「惚れたのか?」

 

「直球だな。だが・・・・まあ・・・・そうなのかもしれないな。俺たちの正体を知っても彼女達は愛してくれた。いい人達だよ」

 

「・・・・そうか・・・・」

 

好きな人を、大切な人を守るために戦う。シンプルで単純だが、悪く無い理由だ。彼が人に興味を示す必日が来るなんて想像もしていなかった。ならばいいだろう、これも何かの縁だ。体を反転させて自分に手を伸ばしている機体と向き合う。彼も少年の隣に並ぶ。

 

「いいのか?」

 

「ここまで来たんだ。最後まで足掻いて見せるさ」

 

2人は口角を上げると、機体に向かって歩み始める。たとえ、目の前にどんな障害が立ち塞がったとしても彼とならば乗り越えられる。そう信じて。

 

「行くぞ、雄星」

 

「やってみせるさ、破壊者(ルットーレ)

 

2つの手が機体の手に触れた瞬間、四方の機体からあふれ出た暖かい光が2人を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

「え・・・・・・?」

 

異常に気が付いたのは簪を抱きしめていた楯無だった。自分たちを殺そうと歩んできたはずのゴーレムⅢが不自然に停止し、痙攣している。

 

「な、なに?」

 

楯無が呟いた瞬間、突如ゴーレムⅢの胴体の装甲が鉄を溶かしたように赤く変色していく。その刹那、全身の装甲に穴が空き、ゴーレムⅢの胴体が大爆発して吹き飛ぶ。上半身を失い、力なく倒れる黒い巨人。その後方にいたのは

 

「ぐっ・・・・ぐぐぐ・・・・」

 

全身から吹き出ている血に劣らず、紅い瞳を輝かせ、歯を食いしばりながら拳を向けているゼノンだった。本来は生きていることすら困難な状態で彼は楯無と簪を救った。命を賭して。

 

「ははっ・・・ざまあみやがれ・・・・束・・・・」

 

力なく勝ち誇った笑みを浮かべると、ゼノンは再び血だまりとなっている地面に倒れこんだ。

 

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

75話 自己紹介

地味に物語も終盤にさしかかってきました。
このペースで進んでいけば、最終回まであっという間のような気がします。この小説を完結することができると思うと嬉しい反面、なんとも言えない寂しさがあります。


手元に一本のペンが握られている。ごく普通のフォルムをしており、ごく普通のグリップが付いているごく普通のペンだ。その大した特徴も無いこのペンを僕は忘れたくても忘れられない。

 

これが僕が初めて人を殺したときに使った凶器だからだ。このペンの先端を喉の奥深くに刺しこみ、人を殺した。

そんな思い出を振り払うかのように手中のペンを握りしめると、ペンは赤い血のような液体となって溶けだし、崩れる。そして再び手中で形を形成し、鈍く銀色に光るナイフに変形した。

 

手からはみ出すほどに大型のサバイバルナイフ。そういえば、次に人を殺したのはこれだった。殺した相手は同じ実験体だった子供達だ。

身体テスト及び銃器扱い試験と称して、武器庫のような広場に自分を含めた10人ほどの子供達が閉じ込められて殺し合わされた。

 

皆、ナイフより銃のほうが強いと考えていたようだが、銃など弾が切れたら投げつけるぐらいしか使い道がない。いや、それよりも接近されたら終わりだ。

それを理解していた僕はナイフを手に取り、同年代の子供達の首を切り裂いた。中には泣いて命乞いをする子もいたが、殺さなくては殺される。ならば、殺される前に殺すしかないのだ。

 

そうやって人を殺した日の夜、決まって夢の中で彼女が出てくる。

沢山の血だらけの死体の中で立つ僕に彼女は怒ることもなく、怒鳴ることもなく、ただただ悲しそうな目で見てくる。

 

『また・・・・やったの・・・・・?』

 

だって、仕方がないじゃないか。別に殺したかったわけじゃない。だが、殺さなくては殺されていた。君が預けてくれたこの命がなくなってしまう。だから、生きるしかない。君にこの命を返すまでは。

 

『私は・・・・・死んだのよ?いつまで私の死体を背負って生きていくつもり?』

 

そんなことを言わないで。僕は今まで君のために生きてきた。君になら全てを捧げていいと思ってきた。そんな君がいなくなったら僕は何のために生きればいい。何をして生きていけばいい。

 

『・・・・・』

 

その問いに彼女は何も答えない。いや、答えられないだけか。僕自身ですら知らないものを彼女が知っているはずがない。ため息をはいた時、ボトンと鈍い音がして体から何かが落ちる。見てみると、左腕が床に落ち、赤い血のような粘り気のある液体となって溶ける。

 

続いて両脚も赤い液体となって溶けたことによって立っていられなくなり、地面に倒れこんでしまう。彼女に助けを求めるが、聞こえていないのか、僕に背を向けて歩いて行ってしまう。どうやら、大切な人にも見捨てられたようだ。

それほどまでに僕は人を殺しすぎた。そして罪を犯しすぎた。

 

地面の氷のように冷たくて固い感触。それが体を伝い、広がっていく。人ならざる者の末路はこんな冷たい死がお似合いだろう。

徐々に体を支配していく冷徹で残酷な死。体が冷えていき、意識が消えかけてきたとき、突如、唯一残った右腕に優しくて柔らかくて、暖かい感触が伝わってきた。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

最先端の病院と同じ施設が整えられているIS学園の集中医療室。そこで1つのベットの横で暗い顔をしている1人の少女がいた。

 

「・・・・・」

 

目の前のベットで全身に包帯が巻かれ、力なく横になっている少年の手を少女はーーーー楯無は握りしめる。

学園の襲撃から10日が経った。事件の後処理もおおよそ終わり、学園は穏やかな日常を取り戻しつつあった。楯無や簪などの専用機持ちの負傷も学園の最先端医療で癒えつつある。

 

しかし、彼のーーー雄星の状況だけは変わらず、深い昏睡状態が続いている。戦闘終了後、重体の雄星は速やかに学園の集中治療室に運び込まれ、長時間の医師による手術とエストが起動させた体内ナノマシンによる治療が行われた。

 

医師たちによる懸命な治療によって何とか一命は取り留めたが、いくら時間が経っても肝心の彼の意識が戻らなかった。医師やエストにも聞いたが体に異常はどこにもなく、原因の究明のしようがないらしい。

まるで、彼の魂だけがこの世から消え去ってしまったようだ。

 

親に捨てられ、人の何もかもが信じられなくなった孤独の幼少時代。そんな中で出会った自分を愛してくれる少女を彼は求め、信じた。

 

だが、そんな愛しきものは人の疑心や欲望によって奪われ、彼自身も人ならざる者の体にされた。

それでも・・・・それでも彼は必死に生きてきた。穢れ、濁り、汚れているこんな自分を受け入れてくれる者がいつか現れると信じて。そして生きるために彼は戦い続け、こうしてベットの上で傷だらけになって眠り続けている。

 

「あなたは・・・・・どこまで不幸になれば気が済むのよ・・・・」

 

別に軽視していたわけではない。楯無にも簪にも彼を救って見せるという不動の決意があった。それなのにこの始末だ。結局自分たちは彼の何を変えることが出来たのだろうか。

 

「雄星君・・・・」

 

一滴の涙が頬を伝い落ちたその時

 

「・・・・る・・・・・な・・・・・」

 

「えっ?」

 

か細い声が聞こえたと同時に、楯無が握っている雄星の右腕が弱弱しく握られる。まるで、握られた楯無の手を握り返すかのように。

 

「雄星君・・・・?」

 

そして呼びかけに反応するかのようにゆっくりと目覚める。力なく、弱った様子だったが、彼は生きている。それだけでいい、彼がーーー小倉雄星という少年がこの世界にいてくれることだけが楯無の願いだった。

 

「楯無先輩・・・・」

 

「あなた・・・記憶が・・・・・?」

 

弱弱しい瞳だったが、今の雄星には自分が何者かを求めるような焦燥はなく、落ち着いた雰囲気が宿っていた。だが、それは自分たちを信じ、慕ってくれた少年がもうこの世界にいないことを表す。

 

「みんなは・・・・どうなったんですか・・・・?」

 

「無事よ・・・・あなたが戦ってくれたから私たちもこうして無事でいられてるわ・・・・」

 

「良かった・・・・」

 

「全然よくないわよ・・・・」

 

怒りの込められている低い声で呟くと、雄星の手にさらに力を込めて握りしめる。強く握りしめられて雄星の眉が少し垂れ下がるが、自分を心配してのことだと理解すると『はは・・・』と力なく微笑む。わかっている、大体のことはルットーレが教えてくれた。

 

「あなたの人生はISによって無茶苦茶にされたのよ・・・・それなのに戦い続けて・・・・こんな・・・・」

 

「・・・・知っているんですか?僕の・・・過去を・・・・」

 

「ええ・・・・織斑先生が教えてくれたわ。あなたの誕生、成長・・・・そして今日までの出来事を・・・・」

 

「・・・・・・」

 

それを聞くと、握られている手をゆっくりと振りほどくと、唯一残った右腕で目元を覆い隠し、『はぁ・・・』と何もかもが放棄するような重苦しいため息を吐いた。

 

自分(ルットーレ)の存在は何者にも知られてはいけない。知られてしまっては必ず何者かが自分を捕えにやってくる。そしてその襲撃者に捕えられたら自分はまた真っ白な部屋の研究室に閉じ込められるだろう。そしてまた研究させられる。あの時と同じように。

 

だから自分(ルットーレ)を知るものは消さなくてはならない。たとえそれが子供だろうが、女だろうが、老人だろうが。別にそれがひどいこととは思ったことなどない。いつもこうしてきた。だから自分(ルットーレ)を知った楯無も簪も消さなくてはならない。

 

だけど、もう彼女達を消すための武器を握る気力も体力もない。殺さなくては殺されてしまう、ならばもう自分は十分生きただろう。楯無や簪に利用されて殺させるのならばそれでいい。もう疲れた。何もかもが。

 

「楯無先輩・・・・僕を殺してください・・・・」

 

「そんなの・・・出来るわけないじゃない・・・・」

 

「お願いします・・・・もう、何もかもが疲れました。・・・・あなたに命を絶たれるのならば後悔はありません」

 

自暴自棄になり、発せられる声が震えている。戦闘による極度の精神疲労で体全体から生気が抜けている。今の彼はただ存在しているだけ、”生きている”というより、”死んでいない”という表現が正しいだろう。今にも消えてしまいそうなほどに儚くて脆い命。その命を救うために楯無は彼の全てを知ったのだ。

 

「・・・・雄星君」

 

短く彼の名前を呟くと、目元を覆い隠している腕をどかし、彼の目を見つめる。涙をわずかばかり流していたのか、雄星の目はわずかばかり充血して赤くなっていた。

 

「私の無断でいなくなることは許さないわ。あなたはもう私の所有物なの。勝手な行動をしていいと思っているの?」

 

冷たくて口調でかつての言ったことを改めて言い直す。自惚れだと笑われてもいい。だが、今の彼には自分が必要なのだ。道具として見るのではなく、1人の人間としてみてあげられる人間が。

 

「あなたが生きていくには私や簪ちゃんが必要よ。あなたは私たちに全てを捧げて尽くしなさい。あなたのお姉さん、小倉瑠奈が救った命。無駄にすることは許さないわ」

 

「あんたに・・・・あんたに何がわかるっ!?」

 

苛立ちと怒りの混じった声で怒鳴ると同時に、楯無の首を掴み、力任せに放り投げて吹き飛ばす。そのまま全身に挿入されているチューブを引きちぎり、歩こうとするが右脚がないことを思いだすと、地面に倒れている楯無の腹部に飛びつき、跨って体を押さえつける。

 

「幼い頃から家族もいて、何一つ不自由もなく安全な場所で育ったあんたなんかに僕の何がわかるっ!?理不尽で不条理な力に虐げられた弱者の気持ちがわかるかっ!?」

 

鬼のような憎しみに満ちた顔で楯無を睨みつけ、右手で楯無の首を掴む。学園最強である楯無にとっては抵抗することも、この状況を脱出することも当然できたはずだ。だが、ここで彼を拒絶しては意味がない。彼を理解するためには、彼の全てを受け入れなくて。

 

「いつもいつも何もかもがわかったような顔をして・・・・なんなんだよ・・・・なんなんだよあんたはっ!?」

 

「うぐっ!!ぐ・・・・うぅぅぅ・・・」

 

この女(楯無)は自分の愛しのものの命を奪った元凶となるISの操縦者だ。頭の中が真っ白になり、楯無の細い首を絞めつける。少年とは思えないほどの力強い握力に楯無の表情が歪み、苦しげな声が漏れる。

 

「お前たちが瑠奈を殺した。・・・・生き返らせろ・・・・お姉ちゃんを返してくれ・・・・」

 

「そんなの・・・・ぐぐっ・・ぅぅ・・・できない・・・・」

 

「だったら、僕の命を瑠奈に移せ。他にも必要なものがあるのならば、何でも用意する、何でもする。だから、瑠奈に会わせてくれ・・・・」

 

「無理よ・・・人は・・・生き・・・返らないの・・・・」

 

段々と雄星が楯無を締め上げる力は増していく。喉を圧迫され、呼吸をするのが苦しくなる。声も掠れてきたとき、楯無の顔に一滴の水が落ちる。いつの間にか、自分の首を絞め上げている目の前の雄星の目から涙が流れていた。

 

人間、生きていれば何かが恋しくなることがある。それが故郷だったり、料理だったり、友人や恋人の顔だったりと多種多様だ。

雄星は人間とは言えない体になったとしても、心は人間だ。

 

自分を愛し、自分を必要としてくれたあの温かい笑顔を持つ少女。その少女の顔を思い出すと無性に彼女に会いたくなってくる。何を犠牲にしてもいい、何を奪われてもいい。もう1度会えるというのならば、命すらも惜しくない。

 

その気持ちを姉である楯無は深く理解している。仮に大切な妹である簪が死んで独りぼっちになってしまったというのならば、自分の何を犠牲にしてでも、もう1度だけ簪に会いたいと願うだろう。だが、どんなに頑張っても死者は生き返らないし、自分の命を他者へ移すこともできない。

 

「・・・・・」

 

自らの無力さと恋しさで涙している雄星の顔を楯無は両手で優しく包み込む。そしてーーーー

 

「寂し・・・かったのよね?」

 

小さく呟き、雄星の顔を優しく抱きしめた。顔全体に感じる温かくて柔らかい感触。妙に懐かしいその感覚に体中の力が抜け、静かに楯無の胸元に全てを預けてしまう。

 

「誰もあなたを見てくれなくて・・・・寂しかったでしょ?辛かったでしょ?だけど、もう大丈夫よ、あなたには私が居るから・・・・もうあなたは1人じゃないの・・・・」

 

似ているーーーー誰もが自分を避け、無視し、いないものとして扱っていた部屋で、唯一自分に手を差し伸ばしてくれた少女の手の温もりと。

少年は愛しの者が殺されたときからもう二度と人を信じないと決め、他者と大きな壁を作り孤立してきた。そのはずなのに、目の前の少女を信じたいと思っている自分がいる。

 

『雄星・・・・もういいの・・・・。もう、自分のために生きていいのよ・・・・・』

 

「っ!?うっ・・・・くぅぅぅ・・・・」

 

空耳や幻聴だったのかもしれない。だが、彼女の声が聞こえた瞬間、不意にそんな声が漏れた。長い間ずっと1人だった。頼れる人も信頼できる人もいなくて、あるものといったら望んでもいない大きすぎる力だけ。苦しんできた、悩んできた。だけど、人とは言えない化け物である自分を目の前の少女は受け入れてくれた。

 

「グスッ・・・・うぅぅぅ・・・あぁぁぁ・・・・」

 

それを自覚した瞬間、雄星の心の中に溜めていた悲しみや涙が一気にあふれ出した。みっともなく泣き声や嗚咽を漏らし、抱きしめている楯無の胸に顔を押し付ける。たとえ、小倉雄星となったとしても、彼は何も変わらない。

 

いつも心の中に弱さや悲しみを押しとどめ、我慢しているのに、愛しの者の前ではこうして自分の全てをさらけ出して甘えてくる。甘えん坊で寂しがり屋の1人の少年なのだ。

 

雄星は楯無の胸の中で泣き続けた。今までの涙を全て吐き出すように。その泣き声は泣き疲れ、涙が枯れたとしても、止むことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よいしょっと、とりあえず君はもう少し休んでいなさい。この部屋には関係者以外入れないから」

 

「あ、ありがとうございます・・・・」

 

右脚がなく、歩けない瑠奈を楯無を支えると、ゆっくりとベットに寝かせる。今はこんな調子だが、現在エストが急ピッチで右脚の義足を制作中だ。彼女の制作ペースではもうすぐ完成するだろう。

 

「・・・・・・ねえ、瑠奈君・・・・」

 

優しく話しかけると、なぜか楯無も同じベットの中に入って、瑠奈と向かい合う。そのまま、吐息がかかるまでに口を耳元に近づける。

 

「瑠奈君の本名は・・・・小倉雄星っていう名前なのよね・・・・?」

 

「・・・・はい、その名前は・・・・瑠奈からもらった大切な名前です・・・・・」

 

自分は瑠奈から小倉雄星という名前をもらった。しかし、それは瑠奈の死んだ弟の名前だ。自分が小倉雄星というわけではない。そんな影武者のような関係だったとしても、自分にはそれが必要だった。それが生きていく大切な支えになっていたからだ。

 

自分には誕生日も、帰る家も、名前も何もない。唯一の家族であった瑠奈ももうこの世にはいない。そんな何もない状況で、自身の名前すらも否定されてしまっては自分を自分と言える物はなにもない。それこそ、瑠奈と出会う前と同じだ。

 

あの何も知らず、何もわからず、ずっと1人でいた冷たくて孤独の日々。思い出したくもない日々に震えている瑠奈の体を抱きしめて小さく耳元で囁いた。

 

「・・・・刀奈(かたな)

 

「かた・・・な・・・・?」

 

「そう、刃物の刀にあなたのお姉さんの名前である瑠奈の奈。それが私の本名・・・・」

 

「なんで・・・僕なんかに・・・・」

 

「私と簪ちゃんはあなたの大切な名前を知っているのに、私のことを知らないのは不公平じゃない?」

 

この刀奈という名前が彼女にどのような存在なのかはわからない。だが、今まで自分を偽り続けてきた雄星にとっては、自分の本名を教えることは、よほど信頼されているという証でもある。少なくとも、雄星は絶対的に信じている相手でなくては教えたりはしない。

 

「そ、それじゃ・・・・私は生徒会の仕事があるから・・・・」

 

気恥ずかしくなったのか、赤みのかかった顔を見られないようにベットから抜け出すと、扉に向かっていく。

 

「ま、また、後で来るから。ゆっくりと休んでいてね瑠奈君」

 

「雄星です」

 

慌てている刀奈に内心苦笑いを浮かべ、小さくとだが、はっきりとした声で言った。

 

「僕の名前は小倉雄星。ここ(IS学園)では小倉瑠奈とお呼びください」

 

改めての自己紹介。つまり、彼は自分が雄星と呼ぶことを許してくれたということだ。かつて、姉である小倉瑠奈のように、そして今ここで刀奈という少女に自分の全てを教えてくれた。

 

「ふふっ、それじゃあ後でね、雄星君」

 

「お待ちしています、刀奈さん」

 

更識家当主として自分を偽ってきた少女と、愛しの者の仮面を被り自分を欺いてきた少年。人と壁を作ってきた互いとって人を信じることは簡単なことではない。だからこそ、今ここにある信頼を大切にしていきたい。たとえ、その先にどんな結末が待っていたとしても。

 

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

76話 誓いの日

春だというのに突如、腰の骨が剥離症となり、ベットから全く動けない日々が続いています。健康に勝る富なしとはよく言ったものですね。
神よ・・・・私、何かしましたか・・・・?泣きたいです。


「随分と暗くなっちゃったな・・・・・」

 

日が完全に沈み、闇に包まれた学園に続く道を歩いていた。あの後、楯無から『簪ちゃんがあなたに話があるから、行ってあげてね』と言われ、てっきり部屋で待ち合わせと思っていたのだが、なぜか指定された待ち合わせ場所が周囲が暗くなり、人通りがなくなった学園の広場だった。

 

すぐに行こうと思ったのだが、千冬率いる教師たちの取り調べや検査で指定の時間より1時間程遅れてしまった。遅れることは伝えたが、ここまで遅れてしまっていると、もう部屋に戻っている可能性がある。電灯に照らされている道を歩き、待ち合わせの広場に行くとそこには

 

「簪!!」

 

「あっ・・・ゆ・・・瑠奈・・・」

 

緊張した面持ちで広場のベンチに静かにベンチに座っている簪がいた。服装は制服で火傷をした右腕には包帯が巻かれている。

 

「ごめん、遅れちゃって」

 

「だ、大丈夫・・・・」

 

短く答えると、簪は顔を逸らす。どうにも簪の様子がおかしい。さっきから目を逸らし続けているし、妙にたどたどしい。

 

「簪?」

 

「きゃ、きゃぁ!!」

 

「あ・・・なんかごめん・・・」

 

異常がないか確かめようと近寄った瞬間、簪が大きな悲鳴を上げて瑠奈と距離を取る。瑠奈としては人に嫌われるのは慣れているつもりなのだが、親友ーーーしかも、ルームメイトである簪にここまではっきりと拒絶のような反応をされては少なからず傷つく。

 

「えっと・・・話があると聞いて来たんだけど・・・・嫌なら、離れて話を聞こうか?」

 

「ご、ごめん、大丈夫・・・・だからその・・・・来て・・・・」

 

片言のような言葉を聞いて、なぜか顔が真っ赤になっている簪の前に立つ。

 

「あ・・・そう言えば君には世話になったね」

 

「え・・・?」

 

「エストから聞いたよ。お姉さんと一緒に僕の面倒を見てくれたんでしょ?せっかくだし、こうして、ちゃんとお礼を言っておこうと思って」

 

「う・・・うん・・・・」

 

言われて嬉しいお礼なのに、今は意識が向かず、体に力が入り、スカートの裾をぎゅぅぅぅと握る。これから言うことを想像すると、心臓が痛いほどに音を鳴らしてくる。

 

「あ、あの、これ!!」

 

大声で叫ぶと、動かせる左手を瑠奈に突き出す。

 

「これは・・・・」

 

その突き出した左手には学園祭で使われた金色に輝く指輪があった。これを手にしたものは小倉瑠奈へ何でも言うことを利かせることができる絶対命令権が与えられる。今思うと、とんでもないゲームだと思ったが、これを機に指輪を手にした覇者である簪に何か恩返しが出来るというのならば、それはそれで良いと思える。

 

「わかった、僕に何でも命令してくれ。君の指示に従おう」

 

「・・・・本当にいいの?」

 

「僕に命令したいことがあるから、僕を呼んだんだろう?」

 

「う、うん・・・・」

 

話の切り出しは上々。あとは渾身の勇気を振り絞るだけだ。たとえ、叶わない願いだとしても、自分はもうこの思いを胸の内にとどめておくことなどできない。

数回荒々しく深呼吸をして呼吸を整える。そしてーーー

 

「わ、私を・・・・雄星の恋人にして!!私、雄星のことが好きっ!!」

 

顔を真っ赤にして、自分の全てを目の前の少年にぶつけた。人生初の告白に恥ずかしさのあまり、今すぐにでも立ち去りたい衝動に襲われるが、返事を聞きたい。その思いが簪の足を止めた。辺りは誰もいない場所であるため、無音の状況が続いたのだが、重苦しい雰囲気に耐えられず、瑠奈が口を開いた。

 

「簪・・・・残念だけど、恋人は募集していないんだ・・・・・」

 

「え・・・・」

 

見事なまでの撃沈。見事なまでの失恋。常人ならば、ここで涙を流して走り去ってしまうかもしれないが、簪の脳内には『雄星は押しに弱い人です。強引に食いつけば何とかなります。あなたは雄星の恋人になる資格や勇気がある方ということは私が保証しますよ』というエストのアドバイスが響いていた。

 

そうだ、ここで退いては今までの自分と同じだ。この学園で自分は成長したというところを彼に見てもらいたい。

 

「ダメ・・・」

 

「はい?」

 

「雄星は・・・・もう私の恋人っ!!」

 

自分でも何言ってんだろうなとは思っている。こんなにも必死になって、諦めきれなくて、これではただのしつこい女だ。姉であったのならば、もっとうまくやっていたのかもしれないが、生憎今の簪にはこれが精一杯だった。左手に持っている指輪を雄星の眼前に突き付ける。

 

「・・・・雄星は・・・・私のこと・・・・・嫌い?」

 

「嫌いなわけないだろ、君は優しい人だ。君みたいな優しい人は僕の好みだよ」

 

「だったら、恋人にしてっ!!」

 

ここぞと言わんばかりに、強引に押してくる。簪としては、隙が無いように徹底的に攻めているつもりなのかもしれないが、緊張と羞恥で震えている体と真っ赤な顔を見ていると、強引というより必死になっているのは一目瞭然だ。その初々しい光景に不覚にも口元が緩んでしまう。

 

こんな自分を好きになってくれたのだ、何とかしてこの少女の想いには応えてあげたいが、雄星には既に自分の全てを捧げるべき(刀奈)がいる。彼女にも自分の全てを捧げたいが、主を2人も持つことはありえない。小倉雄星という者の剣を捧げるのは1人の人間だけでいい。

 

だが、簪も自分の正体を知っても面倒を見てくれた。自分を守り抜いてくれた。だから、あの時自分はゴーレムⅢに迷わず命を賭して立ち向かうことが出来たのだろう。だが、どんなに言われても簪が恋人になることは出来ない。

だが、方法はある。

 

「・・・・簪、なんども言うけど君は僕の恋人になることは出来ない。だけど、僕が君の物になることは出来る(・・・・・・・・・・・・・・)

 

意味深な言葉をいい、装着したばかりの右脚の義足の膝をつき、手を差し出す。まるで、姫君に忠誠を誓う騎士のようだ。

 

「簪、僕のーーー破壊者(ルットーレ)としての剣と盾を君が預かってはくれないだろうか?」

 

刀奈には小倉雄星の剣と盾を捧げた。だが、小倉雄星という者にはもう1人の自分ともいえる存在、破壊者(ルットーレ)がいる。戦うことを目的に生み出された破壊者(ルットーレ)には、家族も親友も恋人も不要だ。

 

だが、自分が戦う目的が必要だった。『ISと戦う』などといった他人が身勝手に決めた目的などではなく、自分が望み、歩み続けるための明確な目的が。

1人では背負うのが重すぎる小倉雄星(ルットーレ)の剣と盾。だが、刀奈と簪の2人だったら受け止めてくれると信じている。

 

「君のお姉さんは僕の弱さを背負い、受け止めてくれた。更識 簪、君には僕の強さと力である剣と盾を受け止めてほしい。盾となって君たちを守り、剣として君たちのために戦わせてくれないだろうか?」

 

「雄星の・・・・力・・・・」

 

彼の強さは簪も知っている。立ち塞がるものを薙ぎ払い、見る者を圧倒するあの強大すぎる力。家族も帰る場所もない雄星にとって、その力は自分の身を守れる唯一の存在だった。だが、その自分の生命線ともいえるその力を自分のために捧げてくれると言った。

 

これは恋人などと言った恋仲だけではない、正真正銘、彼の命を預かることになる。その大きすぎる責務に心が強張ってくる。

 

「・・・・わ、私なんかで・・・・いいの?」

 

「僕は君と君のお姉さんのために戦いたい。僕の力、体、心、全てが君の所有物だ。君たちの輝かしい未来のために、尽くさせてくれ」

 

臨海学校で束は『お前と瑠奈(雄星)は釣り合わない』と言った。それ以来、簪は姉と雄星に小さくはない劣等感を抱いていた。だが、今の彼はIS搭乗者やそんな不釣り合いなど関係なく、自分を必要としてくれている。1人の少年として。

 

「雄星・・・・約束して、くれる・・・?」

 

「何かな?」

 

「ぜ、絶対に・・・・私の元から・・・・居なくならないで。わ、私、ずっと雄星と一緒に居たい・・・・」

 

「はい、あなたに付き従う者として、精一杯尽くさせてもらいます」

 

その嘘偽りのない言葉を聞き届けると、目の前に差し出されている手を握る。その手を雄星は手前に引き、簪の手の甲に接吻し、額に当てる。契約書も見届け人もないこの契約を表す唯一の証だ。

 

「さぁ、寮に帰りましょうお嬢様。皆が待っています」

 

「う、うん・・・・」

 

手を繋いだまま、2人は歩き出す。いきなり、恋人のような行為に顔が赤らめ、心臓の鼓動が早打つが気づかれないように、表情を必死に保つ。雄星も信頼できる人が出来て嬉しそうだ。

 

「・・・っ?」

 

不意に背後に違和感を感じて振り返ると、この暗闇の中で不自然に体が淡く光っている1人の白髪の少女が雄星と簪を見ていた。数秒の間、無言で向かい合っていたが、隣の簪の年相応の初々しく、可愛らしい表情を見ると、苦笑いを浮かべる。

 

『彼女達を大切にね・・・・。私は・・・・ずっと待っているから・・・・・』

 

それだけ言い残すと、少女は暗闇の中に消えていった。どうやら、ブラコンな小姑は簪との交際を認めてくれたらしい。

 

「雄星?どうしたの・・・・?」

 

「いや、何でもない。・・・・・いこう」

 

死者を思い続けていると、その死者に脚を引っ張られてあの世に引きずり込まれるという話があるが、どうやら、彼女はまだ雄星を引っ張る気にはなれないらしい。随分と気まぐれでいい加減な亡霊だが、それは彼女が自分に生きて欲しいと願っていることでもある。

 

ならば、それでいい。自分を生きて欲しいと願ってくれる人がいるのならば、小倉雄星は生きることができる。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

「と、いうわけで、やっほ~、一夏~」

 

「・・・・・・」

 

次の日の朝、1組のホームルームでなぜか別クラスであるはずの鈴と簪の姿があった。

 

「山田先生、説明を」

 

「はい、先日の専用機持ちダッグトーナメントでの戦いを分析した結果、1年の専用機持ちを1組に集めることにしました。これは、生徒会長と織斑先生が判断した結果になります」

 

一夏と一緒のクラスになれた鈴は嬉しそうだが、反対に簪は暗い表情を浮かべている。この1組で簪が座る席が彼のーーー空席となった瑠奈(雄星)の席だからだ。ここで自分が座ってしまっては、彼がこのクラスで座る席がなくなってしまう。

 

「更識、早く座れ。ホームルームが始められないだろう」

 

「・・・・はい・・・・」

 

消えそうなほどの小さな声で返事をすると、ゆっくりと席につく。落ち込んでいる簪を幼馴染の本音が心配そうな様子で見てくるが、簪は話を聞かずに俯いたままだ。

 

彼は確かに約束してくれた。ずっと自分の元にいてくれると。だが、こうして彼のいるべき場所に自分がいては帰ってこれるはずがない。

 

「おい、更識!」

 

俯いて沈黙している簪の頭を千冬が叩く。

 

「今はホームルームの途中だ。ちゃんと話を聞け」

 

「・・・・はい・・・・」

 

「あと、後で保健室に来い。お前に用事がある」

 

「え・・・それはどういう意味ですか・・・・?」

 

「来ればわかる」

 

それだけ言い残すと、千冬は再び教壇に戻る。ここ数日医療室に通ってはいたが、保健室に何か用件があっただろうか。そんな疑問が頭に蠢くが、結局ホームルーム中にその疑問は解消しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここだ、入れ」

 

ホームルーム終了後、簪は千冬に連れ出されて保健室前に連れていかれた。やはり、どんなに考えても自分が保健室に呼び出される原因が思いつかない。

 

「入ればわかる、さっさと入れ」

 

「は、はい・・・・」

 

千冬の声に怯えながら、保健室の扉を開けるとそこにはーーーー

 

「やあ」

 

黒のタイツスカートのスーツを身に着けた雄星が机に立っていた。突然の意外な人物の登場に簪の思考が停止する。

 

「ゆ、雄星・・・・?」

 

「ここでは先生(・・)をつけてほしいけれど・・・・まあいいか」

 

「よくない、ここではお前も教師(・・)だ。教師と生徒との立場は明確にしておかなくてはならない。少しは自分の立場を自覚しろ」

 

「へいへい」

 

大して反省している様子もなく、適当に返事を返すと、椅子を簪の前に置く。

 

「座りなよ、僕も色々話したいことがある」

 

「う、うん・・・・」

 

座った簪に淹れておいたコーヒーを差し出し、自身も机に座り、向かい合う。そのとき、机の上に座っていることに対して千冬が睨みつけるが、反省する様子もなく、『千冬も飲むかい?』と呑気な声を掛ける。

 

「はあ・・・・」

 

相変わらず能天気でマイペースな彼に呆れながらコーヒーを受け取り、千冬も近くの椅子に座る。

 

「簪、僕はこの学園に保健及び生徒のメンタルケア担当の教師として着任することになった。これからよろしく」

 

「きょ、教師?」

 

「ああ、君のお姉さんの紹介だよ。ちょうど保健の担当教師が空いていたから助かったよ」

 

建前上は『生徒の悩み相談及びメンタルケアの教師』という名目だが、実際は生徒会長である楯無が雄星のために作った居場所だ。1度退学した身である雄星はもう学園に復学することはできない。だが、ここはどの国の土地でもないIS学園。

 

教師資格がなくても、メンタルケアや軽い治療程度の担当であれば生徒からある程度の支持があれば、問題ない。

 

「明日全校集会で紹介してもらうつもりだったんだけど、君には一足早く知らせたくてね。よろしく、今日からこの学園に着任した小倉瑠奈だ」

 

「よ、よろしくお願いします・・・・」

 

差し出された手を握り、握手をする。どんな形であれ、こうして雄星と再び学園にいてくれるのは嬉しい。先ほどの暗い表情から打って変わり、明るい顔で笑う。

 

「話が終わったのならば、さっさと教室に戻れ。もうすぐ授業が始まる」

 

「あ、ちょっと待ってくれ。簪、悪いけど右脚の義足の微調整をしてほしい」

 

「ならば、私がやる。更識、お前は教室に戻れ」

 

「やめてくれ、あんたに触られたらエストがせっかく作った義足が穢れる。冗談は顔だけにしてくれよ」

 

「あ゛?よく聞こえなかったな、もう1回言ってみろ」

 

よく考えてみると、こうして千冬ともめているのも日常だった。目の前で怒る千冬と、涼しい顔でそれに対応する雄星。この光景は学園の日常であり、それと同時に簪の日常が戻った証拠であった。

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

「送り込んだゴーレムⅢは全滅、小倉雄星も学園に復帰しましたか・・・・・。やはり、更識楯無が問題点になりますね」

 

薄明りの灯った部屋でタブレット端末をもったレポティッツァがベットの上で小さく声を漏らす。

 

「うっ・・・あぁぁ・・・」

 

「はぁ、もう終わりですか。役に立たない男だ」

 

その声を打ち消すようにかすれた男の声が聞こえる。現在、レポティッツァの下には男が全裸でうつ伏せに倒れており、その男の股関部に同じように全裸となったがレポティッツァが跨っていた。当然ながら、互いの体が繋がっており、接合部からは男とレポティッツァの体液が混じり合った液体があふれ出る。

 

だが、男はほとんどの精を吸い取られて限界なのか、げっそりとした顔をしているのに対し、レポティッツァは汗1つ流すことなく冷静な表情のままだ。だが、この男はもう無理だと判断すると、膣内の筋肉を絞めて最後の一滴まで搾り取ると両脚を開脚させて立ち上がる。

 

すると大人の証であるアンダーヘアに覆われている性器と、尻肉の割れ目のヒクヒクと窄まっている排泄口から、男の吐き出した欲望である白い白濁液がドロリとあふれ出る。性器から溢れてくる精液はティッシュで拭き取れたが、お尻の排泄口からはいくら拭き取っても溢れてくる。

 

「はぁ・・・」

 

苛立つようなため息を吐くと、お尻の穴に人差し指と中指を挿し込み、指の関節を動かして肛門付近に溜まっている精液をまとめて噴出させる。当然ながら、弄っているのは排泄口だ。指に注ぎ込まれた精液と一緒に腸液や排泄物がこびりつくが、構う事なく排泄口をほぐしていく。

 

「んっ・・・やはり、こっちはいい・・・・」

 

自分のお尻に指を入れるという明らかに異常な行為に対し、レポティッツァの口元は緩み、恍惚とした声を出す。これが彼女の正体だ。下劣で変態で卑怯で下賤、だが、それを知っている者はいない。それを知ったものは残すことなく口封じされているからだ。

 

「ひっ!う、うわぁぁ・・・・」

 

その魔女のようなレポティッツァから逃げようと、押し倒されていた男が逃げようとするが散々搾り取られて体力がないこの状態では逃れられるはずがなく、すぐに捕まり、ベットに押し倒される。

 

「どっちにしろ価値のない命です。ならば、せめて最後ぐらい私の役に立ちなさい」

 

吐き捨てるような言葉と同時に首筋に薬を打ちこむと、男の体が震え始め、萎えていた股関の性器が再びそそり立ち始める。完全な硬さを取り戻したことを確認すると、指を添えて今度は自分の性器ではなくお尻の割れ目である排泄口に挿入する。

 

「あっ、んっ、んんっ・・・・」

 

みちりと肛門括約筋が開く感覚を感じながら腰をスクワットするように上下に動かして挿入を繰り返していることによって、両胸がブルンと揺れ、腸内で異物が動き、排泄感に似た刺激で口から甘い声が漏れる。だが、視線は手元のタブレット端末のみで肉体関係を結んでいる男は一瞥もしていない。それは当然だ、レポティッツァにとってこの男は自分の欲求を満たすだけの道具に過ぎない。

 

「どうするべきか・・・・」

 

先程の計画の失敗に軽く頭を悩ませる。何でもかんでも自分の思い通りにいくのは簡単すぎて面白くないが、ここまで計画が妨げられるとそれはそれで面白くない。まあ、小倉雄星が簡単に手に入るとは思っていなかったが。

 

「はぁ・・・・」

 

ため息を吐き、近くにあった飲み物が入っているグラスを取った時、そのグラスに飲み物が入っていないことに気が付く。そういえば、さっき飲み干してしまったのだった。

 

「お嬢様・・・・・」

 

すると、ドアがノックされ、部屋の中で動くレポティッツァにスーツを着た白髪の1人の15、6ほどの年齢の少女が近づき、空になったグラスに飲み物を注ぐ。

 

「調子はよさそうですね瑠奈(・・)。さっきまで部屋で自傷行為をしていたとは思えない」

 

「・・・・・」

 

「無視ですか?冷たい対応ね。あなたを生き返らせる(・・・・・・)のにどれほどの手間と費用が掛かったのだと思っているのですか?」

 

何度も実験が失敗し、莫大な資金がかかった。おそらく資産家であるレポティッツァでなければ不可能な課題だっただろう。

 

「あなたの『戦闘能力と子を出産する母体に最も最適な状態にしろ』というオーダーも私はちゃんと聞きました。それに彼の腕(・・・)もあなたに繋げた。何かいうことがあるのでは?」

 

「・・・・それは感謝しているわ。けれど・・・約束は覚えているわよね?」

 

「ええ、学園最強である更識楯無を捕え、私に差し出せばあなたと小倉雄星の身柄は保証しましょう。なんなら、後に彼と暮らしていく家もあなたに渡してもいいわ。それを遂行するための機体も製造中ですしね」

 

「わかっているのならばいいわ」

 

それだけ言い残し、少女は去っていった。彼女が雄星に対する執着心は本物だ。目の前に雄星という餌を垂らしておけば、彼女は何でもするだろう。その異常ともいえる思考は利用できる。

 

「ふふっ・・・・」

 

愚かな少女だ。そんな肉体になり、魂や希望も地に堕ちたというのに、まだ人らしく生きれると思い込んでいる。残念だが、彼と同じ破壊者(ルットーレ)となった以上、彼女も小倉雄星と同じように自分に捧げられた生贄だ。食い尽くして、利用して、ボロボロになったところで、2人まとめて自分の奴隷として全てを奪う。

 

ちょうど雄雌番いだ。生物としての繁殖能力も、生まれてくる子孫の能力値も思う存分テストできる。おまけに2人は老いることのない不老の肉体。うまく扱えば種馬とその母体として何十年も利用できる。これほどに都合の良い実験体があるだろうか。

母体や種馬が体に異常が起き、雄や雌としての機能が果たせなくなったとしても、自分の玩具としての存分に遊ばせてもらおう。

 

結局はどう足掻いてもこの姉弟は自分から逃れることはできない。戦いも恋愛も、全ては自分の手の上で踊らされている遊戯(ゲーム)に過ぎないのだ。

 

「がっ、がっ、あああああっ・・・・」

 

すると、男が断末魔のような声を出し、挿入されたレポティッツァの腸内に精液を発射する。それで完全に力尽きたらしく、白目をむき、口の口角からは舌が垂れ下がる。その様子からもう利用価値はないと判断すると、立ち上がり、お尻から流れ出る精液を拭くことなく、新たな獲物を探し求めて部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ!、はあっ!、はあっ!」

 

暗い部屋で荒い息づかいが響く。部屋の床には衣服が脱ぎ捨てられ、大きな鏡の前で全裸の少女が左手を自身の股にこすり付けていた。

 

「雄星っ・・・・雄星ぃぃ・・・・」

 

口からは涎と荒らしい息が吐かれ、左手は自身の性器から分泌された体液によってふやけて皺ができている。さらにフローリングの床には股から垂れた体液で水たまりを作っている。だが、これだけやっても満たされない。満足しない。収まらないこの思いは。そしてこの欲求は、彼を手に入れたいという欲求は。

 

「はぁ、はぁ、っ!・・・・はぁぁぁ・・・・」

 

呆けた顔をして左腕の動きを止め、自身の裸体が映し出されている鏡を見る。雪のように白い肌と髪が鏡に映し出されているが、それとは別に目立つのが自身の左腕のつなぎ目だ。

まるでくっつけたような傷跡があり、手首には自身の粘液が付着して濡れて光っている。

 

この腕は自分と雄星を繋ぐ証だ。今は左腕しかつながっていないが、もうじき自分と雄星は心身共に1つになる。体も心も自分の物になるのだ。

 

「ごめんね・・・・これしかできなくて。だけど、もうすぐだから・・・・もうすぐ迎えに行くから・・・・」

 

左腕に話しかけるかのように小声で語りかけると、自身の下腹部ーーーーちょうど子宮の部分を撫でる。あの時は無理だったが、今は卵巣からは卵子が排出され、月経も起こり、母体として十分な機能が備え付けられている。今の自分ならば彼の子供を産むことが出来る。彼の愛を受け止めることができる。

 

「ふふっ、さあ、もっとしましょう。あなたが満足するまでお姉ちゃん(・・・・・)頑張るからね・・・・・」

 

恍惚とした表情で手の甲にキスをする。そして少女は再び自身の左手を股にこすり付けた。誰もいない真っ暗な部屋で少女の荒い声が再び響いた。

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

77話 前兆

桜が満開になってきました。
せっかくの春なのですから、夜桜でも見ながら花見をして見たいものですね。


この学園に来て、『自分に出来ることは何なのか?』とたまに考えることがある。人間誰もが自分の存在理由や存在価値に悩んでいるかもしれないが、瑠奈(雄星)が思い悩んでいることは、もっと原始的で根本的な部分だ。

 

この不老の体と性格のせいで人間社会には馴染めず、過去のトラウマのせいで人を信じることが出来ない。そんな社会不適合者が唯一出来ることがあるとしたら、戦うことと、この体で物理的に性欲を満たしてあげることだけだ。

 

ひどく自虐的でひねくれている考え方だが、生憎今の自分にはこれしか可能性を見いだせない。だが、今は学園で大勢の人と関わることができる。そこで少しずつ自分の出来ることを探していくとしよう。破壊者(ルットーレ)としてでもなければ、小倉瑠奈でもない。

 

1人の少年、小倉雄星として生きていける道を。

 

 

 

 

 

「くっ、ふっ!、はぁぁぁぁ!!」

 

晴れた日の午前、アリーナでは2年生の合同自習が行われていた。普段は班でISを使った稼働訓練をしているのだが、今日は様子が違った。

 

「くっ、ちょこまかとっ!!」

 

皆が注目する中で2機の機体がぶつかっていた。一機は接近ブレードを握っている学園の量産機である打鉄。もう片方の機体はーーーー

 

「・・・・・・」

 

相手のパンチを避けるプロボクサーのように黙々とそのブレードの斬撃を避け続けているエクストリームだ。ゴーレムⅢとの戦闘でゼノンの追加装甲は破壊され、機体自体も中破したが、今は原型のエクストリームだけなら動かせる状態にまで修復されていた。

 

「もう諦めてください、そんな調子じゃ私を倒すのに何年かかると思っているんですか?」

 

「まだまだぁ!まだ終わっていないわよ!!」

 

気合いを入れるように大声をあげ、相手の2年生の女子生徒は接近ブレードを強く握るが、どんなに頑張っても無理なものは無理だ。現に、わざわざ打鉄のテリトリーである近接で相手しているというのに、彼女は一撃もエクストリームに攻撃を当てられていない。

 

人間諦めが肝心だ、『はぁ・・・』とため息を吐くと、打鉄の手元を蹴り飛ばし、持っていた接近ブレードを吹き飛ばす。そのまま間髪入れず、サーベルを引き抜き、操縦者の首元に押し当てる。その特殊部隊のように鮮やかで無駄のない動きに、戦いを見ていた周囲の生徒や教師も驚きの声を漏らす。

 

「もう諦めてください」

 

「ぐっ・・・うぅぅ・・・・」

 

数秒の間うねり声を上げていたが、このどうしようもない状況に観念したのか、両腕を上げて降参のポーズを取る。それを確認すると、サーベルを収納し、遠くで地面に刺さっている打鉄の接近ブレードを引き抜く。

 

「ふむ・・・・」

 

瑠奈本人としてはどんな武器でも使いこなせるようにしているつもりなのだが、日本刀のような形状をしているこの打鉄の接近ブレードだけはいまいち扱いきれないーーーというより、この武器の特異性を見いだせない。こんな刃が細く、柄の長い武器になんの価値があるのだろうか。

 

「惜しかったですね」

 

「どこがよ・・・・全然ダメだったじゃない・・・・」

 

対戦相手は年下相手に大敗して落ち込んでいるーーーーというよりも、無能な自分に自己嫌悪している様子だ。確かに何もできなくて悔しいという気持ちはわかるが、別にこれで終わりというわけではないのだ。まだまだ、名誉挽回のチャンスはあるだろう。

 

「年下に負けるなんて・・・・うぅぅ・・・みじめだわ・・・・」

 

「別にあなたが弱いというわけではありません、打鉄の戦いのスタイルに向いていないだけです」

 

「ん?どういう意味?」

 

「説明します。とりあえず立ってください」

 

捨て猫のように涙目で上目遣いで見上げてくる可愛らしい女子生徒を立ち上がらせると、一本のホルスターに収められているナイフを手渡す。

受け取り、ホルスターから引き抜くと、バチバチと電流によって光っている刃が姿を表す。

 

このナイフは元々エクストリームの武装として作ったものなのだが、実際使っていると、エクストリームの強靭な握力と動きに耐えられずに、グリップの部分を握りつぶしてしまう。いわば耐久性に問題がある欠陥武装だ。だが、IS程度の握力であったなら耐えることが出来るだろう。

 

「1回1回の振りや動作が大きい大型の接近ブレードではあなたの機敏な動きとスタミナを生かせません。近接で勝負を挑むというのならば、重量がなくて、連続で攻撃を繰り出せるナイフが向いています」

 

「でも、ナイフだったら遠距離から射撃されたら終わりじゃない」

 

「遠距離から攻撃できるといっても、所詮射撃は射撃です。弾丸は直線にしか進みません。言うなれば、ストレートしか出せないボクサーと同じ。それ比べて、ナイフはどんな軌道を作りだせます。ストレートにアッパーにフック、何でもありです」

 

「な、なるほど・・・・」

 

といっても、『自分はナイフだけ極めるから他はしなくていい』というほど甘くない。ナイフを極めていれば、ナイフ使いがされては困る弱点がわかるように、射撃を極めていればその射撃手のされては嫌なことが自然とわかってくる。

 

「あなたはナイフと射撃の両方を極めるといいかもしれません。まあ、このアドバイスを信じるか信じないかはあなたの自由。そのナイフは差し上げますので、使ってみてください」

 

「え、いいの?」

 

「はい、是非この機会にあなたの新しい可能性を見つけてください」

 

この武装を作るのに大金が掛かっているはずだ。だが、躊躇いもなく手渡す瑠奈に周囲から驚嘆の声が聞こえてくる。その声に混じって授業終了のチャイムが聞こえてきた。

 

「時間のようですね」

 

機体を解除し、地面に降り立つとうーんと背伸びをして体をほぐす。すると、周りで見ていた生徒が一斉に駆け寄ってきた。

 

「小倉先生、私にもなんか武器ちょうだい!!」

 

「私も!!」

 

「私にも!!ねえ、いいでしょ!?」

 

まるでバックやアクセサリーをもらえる客が来たキャバ嬢のような態度を見せてくるが、色気や色欲で考えが変わるほど瑠奈は軟弱ではない。

 

「申し訳ありませんが、あのナイフで品切れです。カスタム武装が欲しいというのならば、整備課の人達にリクエストしてみてはどうでしょうか」

 

生徒たちを振り払い、教師の授業参加のお礼を受けながら、瑠奈はアリーナを出ていった。どうでもいいが、瑠奈はカウンセリングや生徒の軽度な怪我を担当している保健教師なはずだ。なのになぜ、ISの実習に参加させられるのだろうか。

 

色々な思惑があるが、影の支配者である生徒会長の仕業であることは違いないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻ったぞ・・・・あれ?」

 

居場所である保健室にはいるが、なぜか仕事仲間の出迎えがない。すると、この保健室に並んでいる3つのベットの内1つのベットからゴソゴソと何やら物音がしてきた。

 

「なにやってんだか・・・・・」

 

仕切られているカーテンをずらし、中に入ると、真っ白なベットのシーツの上で寝っ転がっている白猫がいた。

 

「・・・お前はいつからベットで寝るほど偉くなったんだ?」

 

ミィミィ

 

こうしてサイカが保健室に侵入してくるのは日常茶飯事だ。窓を閉め切り、ドアもロックを掛けたというのに、ちょっと保健室を出て、戻ってくればいつの間にかサイカがベットやら床やらで寝そべっている。本当にどこから入ってきているのだろうか。

 

「全くお前はーーーー『雄星・・・・』----っ!?」

 

突然、自分の脳内に名前を呼ぶ声が響く。一瞬エストかと思ったが、彼女は今簪と共に授業を受けている。誰かが・・・・何者かが自分の名を呼んでいる。

 

『雄星、雄星、雄星、雄星、雄星』

 

「ぐっ!うぅぅぅっ!!」

 

突如、脳内に響く声。それと同時に激しい頭痛が襲いかかる。この頭痛は明らかに脳の機能不全からくるものではない。もっと原始的な脳の記憶部分からくる刺激と苦痛だ。

 

ミッ!?ニャァァァ!!

 

苦しむ瑠奈を心配するようにサイカの鳴き声が響く。尋常ではない苦痛と胸からこみ上げてくる吐き気に意識が消えそうになったとき、脳内に1人の少女が映し出される。

どんな顔でどんな姿なのかはわからない。だけど呼んでいる自分をーーーー小倉雄星を。

 

「はぁ、はぁ、・・・くっ!!」

 

懐から鎮痛剤を取り出すと、首筋に打ち込み落ち着かせる。激しい息切れと眩暈が起こるが、頭痛は少しずつ収まっていき、思考が回復してくる。そのまま、力尽きたように手足を投げ出し、地面に寝そべる。脳内に映し出された少女、あれは間違いなくーーーー

 

「・・・・まさかね・・・・」

 

いくらなんでも都合の良い考え方だ。馬鹿らしい、彼女が死んだことは自分の目で確認したというのに。だが、今の感覚・・・・・体の内部から何かが食い破って出てくるような不愉快な苦痛を思い出すと、その可能性を払拭できない。

 

「・・・・・・」

 

何もかもが不明で未知数だが、何かが来ていることは断言できる。ISや男女などでは括れない何か大きすぎる物が。

 

ミャッミャ~ 

 

「っ?・・・・なにやってんだ?」

 

真剣そうな瑠奈とは違ってお楽しみなのがサイカだ。床に寝そべっている瑠奈のタイツスカートの中に頭を突っ込み、潜り込もうとしている。猫は狭いところを好むといえど、女装している人間のスカートの中に興味を示すのはいかがなものか。

 

「こら、やめろ、くすぐったい」

 

腹部に手を当てて、サイカを持ち上げると、少し離れた場所に置く。なんだか、最近大きくなったせいで片腕で持ち上げるのが厳しくなってきたような気がしてくる。まあ、出会った当時は子猫であったサイカも、半年近くも経てば成長するか。

未来へ歩むことが出来ない雄星にとってはそれが嬉しくもあり、羨ましくもある。

 

だが、まあ猫に嫉妬するなど情けないし、今更願っても背丈が伸びるわけではない。そう心の中で割り切ると、もうすぐ昼食のため、保健室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「腹減った・・・・」

 

午前の授業が終わり、続々と教室から出てくる生徒の中、腹部をさすりながら廊下を歩く。周囲の生徒も学園で有名人である瑠奈が歩いていることもあってか、周囲の生徒からボソボソと話し声が聞こえてくる。・・・・主に瑠奈の服装に対する笑い声が。

 

改めて思うが、なぜ自分が女性用のタイツスカートのスーツを着ているのだろうか?当然ながら、自分から着ることを希望するわけがない。

教員としてこの学園に着任する際に、楯無から『ここは女子校だから、あなたもここでは女性にならなきゃならないの。わかる?』とよくわからない説明をされ、クリーニング済みのスーツを手渡され、今の至る。

 

ただのルールであったのならば、違反するのには何の抵抗はないのだが、楯無の言いつけならば断れないーーーーというより、断ったらどんな報復をされるのかわからないから無視できないと言った方が正しいだろう。今思うと、とんでもない人に忠を捧げてしまったものだ。

 

だが、まあ、自分の想いは間違っていないーーーーというより、間違っていないと信じたいものだ。

 

到着したのは1組の教室前。

教師として学園に通っている瑠奈は当然だが、生徒である楯無や簪と一緒に登校できない。そのため、簪がいる1組まで出向いて、昼食を取るようにしているのだが、今日は瑠奈に先客がいた。

 

「ああ、ルナちょむ~~」

 

「やあ、本音。今日も元気そうだね」

 

扉の前で偶然出てきた本音とはちあわせする。相変わらず眠そうな目とよろよろとした今にも倒れそうな動きが特徴的だ。

 

「ルナちょむ~~、突然だけど今日勉強教えて~~もうすぐテストなんだ~~」

 

「君の目当ては問題が正解したときにあげるご褒美(スイーツ)が目的だろ?現金すぎるよ」

 

「私としては、ご褒美がある方が頑張れるんだよ~~」

 

瑠奈は毎日生徒会室で作業している虚や楯無のことをねぎらって、生徒会室の冷蔵庫にケーキやお菓子を入れているのだが、それを毎日バグバグ本音1人で食い尽くすのだから恐ろしい。しかも、毎日あれだけ食べているのに、こうしてねだってくるのだから仰天だ。

彼女の胃袋はブラックホールにでも繋がっているのだろうか。

 

だが、ここで無下に断って見捨てるのも後味が悪い。といっても、テストでひどい点数を取ろうものならば、姉である虚の拳骨が脳天に直撃する。しかも、『本音に勉強を教えたあなたも連帯責任よ』と非情なセリフとともに、瑠奈にも強烈な拳骨が振り下ろされる。

本音はやればできる子なのだが、なぜか自分からやる気を出すことが出来ないタイプなのだ。

 

「はぁ・・・シュークリーム、エクレア、ショートケーキ、チョコレートケーキ、チーズケーキ、どれがいい?」

 

「ええっとね、全部~~」

 

「わかった、放課後生徒会室で待っているよ・・・・」

 

「ありがとうルナちょむ~~」

 

飼い主にご褒美をもらえて喜ぶ犬のように腕に抱き付いてくる。まるで、恋人のような仕草をしていると、本音と瑠奈の間にとある人物が割り込んできて引き離す。その人物は

 

「っ・・・・・」

 

「か、かんちゃん・・・・」

 

不機嫌そうな顔で本音を見つめる簪だった。どうやら簪としては、瑠奈が幼馴染と仲良くしていることが気に入らないらしく、さっきまで本音が抱き付いていた腕を取り戻すかのように強く抱きしめる。

 

「いてててて、簪痛いって!」

 

「か、かんちゃん・・・・ルナちょむが痛がっているよ~~」

 

「・・・・・・」

 

日頃の簪では珍しく、威嚇や警告をするかのような威圧のある顔で本音を見ると、腕を引っ張り教室へ連れ込んでいった。その時、『じゃあ、あとで生徒会室でね』と言い残すと、簪が手首を握りしめ、瑠奈の顔が苦痛で歪むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、機嫌を直してよ」

 

「・・・・怒ってない・・・」

 

「だったら、手首を握りしめるのを止めてくれないかな?地味に痛い・・・・」

 

「・・・・・・」

 

怒っていないとは言うが、瑠奈と本音が話している光景を見た時のモヤモヤや不安が簪の中で渦巻いていた。自分とは違って、可愛くて胸も大きい幼馴染の本音。もし、自分と本音、どちらかを選ぶとき、果たして彼はどっちを選ぶだろうか。

 

一種の嫉妬や葛藤とも言うのだろうか。そんな年頃の乙女らしい苦悩や不安に駆られている簪に微笑んだ。

 

「簪、大丈夫。わた・・・僕はどこにもいかないよ」

 

「・・・・本当?」

 

「ああ、英雄色を好むとはいうけど、僕も破壊者(ルットーレ)も自分の剣と盾を捧げる者は1人いれば十分さ。今も、そしてこれからもね。君が必要だ」

 

「ゆう・・・瑠奈・・・・えへへ・・・」

 

『君が必要だ』そいういわれて照れくさくなったのか、顔が赤く染まる。そうだ、雄星は自分を信じてくれている。ならば、自分が信じてあげなくてどうする。そう言うところに気が付けない辺り、恋は盲目ともいうのだろうか。

 

「瑠奈、はい、お弁当・・・・」

 

「おお、待っていました」

 

昨日の夜作り、学校に行くときに箱詰めして持ってきておいた弁当箱を鞄から取り出す。青いランチクロスを解き、蓋を開けると中は

 

「こ、これはすごい・・・・」

 

海苔や野菜によってカラフルな戦隊の絵が描かれている俗に言う『キャラ弁』というものであった。見たこともない鮮やかで素晴らしい技術に驚きと感動の声が漏れてくる。

 

「これ、簪が作ったの?」

 

「う、うん・・・どうかな・・・・」

 

「すごいよ!!感動した!!」

 

無邪気な子供のように満面の笑みを浮かべ、嬉しそうな表情を浮かべる。出だしは上々、問題はここからだ。

 

「じゃ、じゃあ、瑠奈・・・・あ、あーん・・・・」

 

震える腕でスプーンを持ち、白飯を掬い、差し出す。

 

「あの・・・1人でも食べられるから・・・・」

 

「で、でも・・・そんな体だし・・・・」

 

そうは言うが、差し出されている簪の手は緊張でプルプルと震え、逆にこちらが心配したくなる状態だ。しかも、当然ながら教室内にも昼食中の生徒がおり、簪と瑠奈の初々しい光景に皆ニヤついている。

瑠奈も学園内の教師のはしくれであるからか、周囲からの視線を集めてしまう。

 

「ほ、ほら・・・・早く・・・・」

 

赤みのかかった顔で恥ずかしそうに急かしてくるが、恥ずかしいのならばやらなければいいのではないのだろうか。だが・・・・まあ・・・・たまにはこういうのもいいのかもしれない。

 

「わ、わかったよ、あ、あーん・・・うん、美味しいよ」

 

「瑠奈は・・・・美味しそうに食べてくれるから嬉しい・・・・」

 

「まあ、昔はこういう美味しい料理、ましては手料理なんて滅多に食べられなかったからね・・・・本当に嬉しいよ」

 

昔は瑠奈がよく手料理を作ってくれていたが、彼女が亡くなり、奴隷生活となった時は、毎日粗末な食事や栄養剤などの栄養補給が基本的だった。

無事にその生活を抜け出せたとしても、街中のレストランで堂々と食事を出来るような状況や身分ではないため、どうしても粗末な食事になってしまう。

 

「や、やばい・・・嬉しすぎて泣きそう・・・・」

 

「る、瑠奈っ!?」

 

自分のために料理を作ってくれている人がいることがここまで嬉しいものとは。予想以上の感動と感涙で涙ぐんでくる目を袖でぬぐい、再び突き出されているスプーンを咥えようとしたとき

 

「っ!?」

 

「きゃ!!」

 

突如、瑠奈と咥えようとしたスプーンの間をホルスターに包まれたナイフが遮る。いきなり現れた『殺しの道具』に瑠奈は平然としていたが、見慣れない大きい刃物にびっくりした簪は座っていた椅子から転げ落ちそうになるが、なんとか踏みとどまる。

学園内でこんな物騒な物を持ち歩いている人間といったら、1人しか心当たりがない。

 

「お楽しみのところ悪いな、少しいいか?」

 

「えっと・・・・て、手短に・・・」

 

乱入してきたラウラの鋭い視線に怯み、NOということが出来ず、簪と瑠奈の2人だけの時間は終わりを告げる。ここで、自分の意志を言えるようになりたいのだが、気弱で消極的な簪にはもう少し時間がかかる様だ。やや強引に簪の許可をもらうと、ラウラは遮ったホルスターに包まれているナイフを瑠奈に見せる。

 

「これは・・・・ドイツ軍が正式採用している軍用ナイフだね。これがどうかしたのかい?」

 

「うむ、わが軍の装備はまだまだ改良の余地がある。そのための意見をお前に聞きたい」

 

別に瑠奈は武器評論家でもなければ、技術者でもないのだが、同じ実戦を潜り抜けていた同士とラウラは認識しているのか、愛用のナイフや火器のメンテナンスをたまに手伝っていた。ホルスターからナイフを引き抜き、銀色に鈍く輝く刃物を瑠奈に見せつける。

 

どうでもいいが、こんな教室のど真ん中でナイフを取り出すのは勘弁してほしい。周囲のクラスメイトたちが怯えてしまっている。

 

「・・・・ふむ、グリップのゴム素材が少し硬すぎるかな。これじゃ手首を痛めてしまうよ。あと、もう少し小指部分の窪みを深くした方が力が入りやすい」

 

「なるほど・・・・肝心の刃の部分はどうだ?」

 

「少し右側に逸れてるね」

 

「ああ、使い手が対象を突き刺したとき、もっとも少ない力で引き抜ける角度になるように改良したのだが、どうだ?」

 

「だったら、刀身をもっと短くした方がいい。その方がもっと抜き差しがスムーズになると思うよ」

 

目の前で繰り広げられる濃厚な兵士トーク。アニメや特撮ヒーローの話だったらいくらでも話せるのだが、一般人である簪には瑠奈やラウラと語り合えるほど、豊富な武器知識はない。こういうところで、自分と瑠奈の生きる世界の違いを感じてしまう。

 

それでも夜になると、自分や姉にあれだけ甘えてくるのだから可愛らしいものだ。

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

78話 与えられた役目

せっかくの春ですので、2話連続投稿をして見ました。
次回から原作10巻の京都編へ入っていきたいと考えています。応援お願いします。


「---であるからして、コアの適正値の値には・・・・」

 

昼食が終わり、午後の授業で担任教師である真耶が教卓に立ち、授業を行っている。その光景と授業説明を聞き流しながら、簪が考えているのは先ほどの昼食の時間の出来事だ。

念願の『アーン』が出来なかったのは悔しかったが、雄星が『君が必要だ』と言ってくれた。

 

彼は本来1人で生きていく財産も力もあるはずなのだ。そのはずなのに、彼は必要としてくれる自分を。全てを擲ち、失ったとしても、彼は自分に尽くしてくれる。最後の最後まで一緒に居てくれる。

 

「雄星・・・・」

 

ドクンっと心臓が鳴り、心が妙な寂しさを覚える。この寂しさを埋める方法は簡単だ、(雄星)に会えばいい。とても情けなくて、子供のようにしょうもない理由だが、これが一番だ。

 

ーーーー彼に会いたい。

 

ーーーー彼と話したい。

 

ーーーー彼と一緒に居たい。

 

そう思うたびに心が渇いてくる。会いたくてしょうがなくなってくる。そしてその欲求には抗えない。

 

「あ、あの!」

 

「は、はい?どうしました更識さん?」

 

授業中に声を上げて、前にいる真耶に声を掛ける。突然の行動に真耶だけでなく、クラス中の生徒の視線が集中する。その状況に対しての焦燥に襲われるが、ここまで来て引き返すことなどできない。

 

「その・・・少し体調が悪くて・・・・・保健室に行きたいのですけど・・・・」

 

「え、大丈夫ですか!?保健係を同行させたほうがいいでしょうか!?」

 

「だ、大丈夫です・・・・。1人で行けますから・・・・・」

 

本気で心配してくれている真耶を騙すのは気が引けるが、彼に会うためには仕方がないことだ。そう心の中に言い聞かせると、教室の扉に向かっていく。その時、教室の端で控えていた千冬にギロリと睨まれるが、教室に出てしまえばこっちのものだ。

 

「し、失礼します・・・・」

 

クラスメイトの視線、そして千冬の睨みから逃げるように簪は教室から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業中のため人気のない廊下を駆け足で歩いて行き、保健室前までたどり着くと、緊張しながら扉を開く。室内には人影はなかったが、可愛らしい獣が出迎えてくれた。

 

ミャッミャ!!

 

「サイカ・・・・」

 

真っ白な毛並みを持つ猫が一直線に簪の足元でじゃれてくる。それに続いて、彼が姿を現した。

 

「サイカどうし・・・・って、これはこれは更識さん、保健室に何か御用ですか?」

 

タイツスカートとワイシャツに身を包んだ保健教師である小倉瑠奈が簪を出迎える。今は教師であるためか、厳格ーーーというより、どこか距離を感じられる雰囲気を纏っている。そして、その雰囲気は教師と生徒の立場を明確にされているように感じるものだ。

 

「どこか体調が悪いんですか?それとも他の先生からの伝達事項でも?」

 

「いや・・・その・・・・」

 

冷静で感情の籠っていない事務的な口調で話してくるが、簪はここで本来の彼の姿を見せてくれる方法を知っている。

 

「その・・・・小倉先生、今この保健室にいるのは・・・・私たちだけですか?」

 

「・・・・・・」

 

暫しの間流れる沈黙。だが、簪の真意を理解した瑠奈は『ははっ・・・』笑みを浮かべる。

 

「大丈夫だよ()。この保健室にいるのは僕と君だけさ」

 

「雄星・・・・」

 

人がいる場所では彼は小倉瑠奈となり、冷たい雰囲気を纏っている。これは人に自分の弱さや弱点を見せないためだが、簪か楯無などの全てを話し、信頼できる者の前では彼は小倉雄星となり、固く閉ざされた殻の中にある本来の姿を見せてくる。

 

「今は授業中のはずだよね?どうしたの?」

 

「その・・・ゆ、雄星に会いたくて・・・・」

 

「嬉しいことを言ってくれるね、とりあえずこっちにおいで」

 

照れている簪の手を取り、保健室に備え付けられているカーテンに仕切られているベットの1つに簪を寝かせ、雄星も同じベットに腰かける。

 

「優等生なのに授業をサボるなんて、悪い子だな」

 

「ご、ごめんなさい・・・・」

 

まあ、叱るといっても生徒であったときに、数々の不良行為をしていた雄星が言えるような立場ではなかったのだが。呆れよりも、授業をサボって会いに来てくれたのが嬉しい。

 

「あ、そうだ・・・・エストいる?」

 

『はい、なんでしょうか?』

 

「あれを渡したいんだけど・・・・」

 

『分かりました、お待ちください』

 

その声と同時に、目の前に1つの小さなケースが構築される。手に取り、開けてみるとそこには1つの眼鏡が収められていた。

 

「おお、ついにできたんだ」

 

ゴーレムⅢとの戦闘時に背中を貫かれた時、脊髄にある交感神経が損傷し、視力が大幅に低下してしまった。初めは使い捨てコンタクトレンズで凌いでいたのだが、品質が良くないのに加え、片腕だけでは着脱に苦労するため、視力検査をして雄星の視力に合った眼鏡を発注していた。

 

しかも、その眼鏡のフレームは簪がつけている眼鏡と同じというこだわりっぷりだ。簪に付けてもらうと、視界がはっきりと見えるようになる。

 

「おそろいだね」

 

「う、うん・・・・」

 

話が途切れてしまい、沈黙が流れる。そして、こうして雄星を見ていると思いだしてくるのが、ゴーレムⅢの戦闘中に浮かんだビジョンだ。巨大な試験体の中の培養液に入れられている1人の少女の姿。人違いーーーーというのは簡単だが、そうにもその光景が胸の中に突っかかっている。

 

「ねえ、雄星」

 

「なに?」

 

「もし・・・もしだよ?もし、あなたのお姉さん小倉瑠奈さんが・・・・生き返って、雄星の前に現れたら・・・・私と瑠奈さん・・・・どっちを選ぶ(・・・・・・)?」

 

「・・・・随分と意地悪な質問だね。君らしくもない」

 

「ご、ごめん・・・・」

 

自分でも彼を困らせる質問だとはわかっているが、たとえ、その答えが偽りであったとしても聞いておきたかった。彼の中の自分の命の優先順位を。

 

「・・・・どうだろう、どっちを選ぶかな・・・・僕もわからない・・・・」

 

言うまでもないが、雄星にとって刀奈も簪も大切な人だ。こんな化け物を受け入れてくれて、信じてくれている。彼女達がいなかったら、今の自分は存在しないだろう。

だが、その根幹にいるのが姉ーーー小倉瑠奈の存在だ。

 

全ての始まりともいえる人物。彼女から名前をもらい、年齢をもらい、誕生日をもらい、そして家族であり、恋人になってくれた。本来は親から学ぶべきことを瑠奈が教えてくれた。

そのどちらかを選べと言われたら自分をどっちを選ぶ?

 

前までだったら、ここで『お姉ちゃんは死んだ』と質問そのものを否定していただろう。だが、その質問に真剣に考えてしまい、葛藤している自分がいる。いや、『小倉瑠奈が生きている』という可能性を雄星の心が否定できていないのだ。

 

「雄星・・・・」

 

怖い顔で答えを出せない自分に苛立っている雄星の手を簪は優しく握る。簪自身が安心するためにした質問だというのに、これでは雄星を苦しめているだけだ。

 

「ごめんね、こんな優柔不断で・・・・まともに女1人選べない自分を殴りたくなってくるよ」

 

「そんなに自己嫌悪しないで。だけど・・・・・約束して雄星。絶対に・・・・絶対に私たちの前から居なくならないって・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

それを約束できるかと聞かれたら答えはNOだ。束にレポティッツァに亡国企業(ファントム・タスク)、自分の身を狙っている連中は腐るほどいる。その者達と戦って生きて帰れるという保証はどこにもない。だけどーーーー

 

「大丈夫、僕はずっと一緒だよ」

 

嘘をついた。自分でも無茶な約束はしないのだが、なぜかこう答えたいと思ってしまったのだ。たとえ、この約束が果たせないものだったとしても。

 

「だったら・・・・」

 

お願いと言わんばかりに目を閉じ、下あごを雄星に差し出す。どうやら、人を信用させるには口だけではなく、証拠がもっとも効果的なようだ。

 

「ほかの人には内緒だよ?」

 

顎に手を添えて固定し、動かないようにする。どうでもいいが、簪の顔が時間が経つにつれて赤くなっていくのが面白い。このまま放っておけば、どこまで赤くなるのか試したいが、肝心の簪の心が持たないだろう。

少しずつ赤い簪の顔と雄星の顔が近づいていく。そして2人の顔が合わさろうとした瞬間ーーーー

 

「っ!」

 

突如、ベットを囲っていたカーテンがスライドし、とある人物が入ってくる。その人物はーーーー

 

「授業をサボって教師と淫行とはいい度胸だな、更識」

 

血のように冷たくて、鋭い目つきの千冬だった。予想外で最悪の人物の登場に硬直している簪に比べ、雄星は何処か楽しみの笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・・・」

 

「その・・・・ご、ごめんなさい・・・・」

 

保健室のベットの上で頭を下げる簪を千冬は呆れた様子で見つめている。教室を出た辺りでなんとなくは予想していたが、ここまで予想が的中すると呆れたくもなる。真面目で優等生である簪をここまで堕落させるとなると、雄星には何か魔性の花の蜜のような成分でも入っているのだろうか。

 

「まあまあ、そんなに怒るなよ。彼女も反省しているんだから許してあげようじゃないか」

 

「お前が一番反省しろっ!!。教師という立場でありながら、生徒との恋愛関係を持つとはどういうことだ!!」

 

「相手を見つけられないあんたよりはマシさ。ほら、千冬、あんたが好きなメーカーのコーヒーだ」

 

「あと、『先生』をつけろ」

 

怒り心中といった様子だが、雄星としては反省ーーーーというより、悪いことをしたという自覚すらない様子だ。別にそれはわかっていたことだが、ここまで反省の色がないと頭を抱えたくなる。

 

「教師の心得や規則は着任するときに渡した学園の参考書に書いてあったはずだが?この学園の教師というのならば、規則を守れ!!」

 

「ああ、あの辞書みたいな参考書ね。あの本ならばサイカの爪とぎの犠牲になってボロボロになったよ。いやぁ、すっごく楽しそうに本に爪を擦り付けていたな」

 

苛立ちと頭痛に襲われ、手元のコーヒーカップを握りつぶしそうになるが、何とか踏みとどまり、心を冷静に保つ。雄星相手に怒ったら負けだ。彼は目上や恐怖する相手に従うタイプではないことは千冬が良く知っている。

 

「はぁ・・・・」

 

学園に来てから雄星はやりたい放題だ。教師と思えないほどの自堕落で粗末な態度。先日の教員全員参加の職員会議では、ドタキャンとしたうえに、『代理人です』と名札を付けたサイカを送ってきた。

 

明らかに人格や性格に問題があると断言できる雄星を学園がクビにできないのは、当然ながら、彼がそれなりの結果や重要性を皆に示しているからだ。

実習での生徒の指導に加え、元は生徒だから生徒の悩み相談といったカウンセリングやメンタルケアも担当し、生徒から莫大な信頼や人気を得ている。

 

2週間ほど前に、自身の実力や成績の伸びしろに悩み、寮で不登校になってしまった女子生徒がいたのだが、その女子生徒に雄星がかけた言葉は慰めでもなければ、喝破でもなく、『毎日保健室においで、保健室登校ならば君の登校日数を稼ぐことが出来る』と生徒の状態を肯定する言葉だった。

 

今までとは180度違った態度に、初めは戸惑いや怯えがあった様子だったが、女子生徒は毎朝保健室に来ては雄星と雑談を交えたり、勉強を教わったりと、少しずつ学園に復帰できるようになっていった。そのやり方は生徒に指示や命令を出しているだけの千冬とは一味も二味も違うものだ。

 

しばらくして、自信を取り戻したその女子生徒は学園生活に無事復帰していったが、その手腕とやり方は教師の間で話題になるほどだった。

 

彼は今まで1人だった。孤独や悲しみを味わい尽くし、弱い者の悔しさや辛さを知っている。だからこそ、彼はーーーー雄星は人の弱さを知って、理解し、そして癒してあげられるのかもしれない。

あれほど人間嫌いだった雄星が、人を相手に能力を最大限に活用できるとは不思議なものだ。

 

意外なことに、彼の将来は接客業が向いているのかもしれない。

 

「ふふっ・・・・」

 

「なにを食虫植物に話しかける時のような顔で笑ってるんだい?気色悪いよ」

 

「っ・・・やっぱり気のせいか・・・・」

 

それでも、やはりこの口の悪さは何とかならないのだろうか。真面目に雄星の将来を考えている自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。

 

「お、織斑先生・・・・?」

 

「大丈夫だ、怒っていない・・・・怒っていないぞ?」

 

額に青筋を立てながら、怯えている様子の簪を睨みつける。

 

「更識、体に異常がないのならばさっさと教室に戻れ」

 

「は、はい・・・・」

 

「戻るのかい?じゃあまた後で」

 

マイペースな雄星と上機嫌そうに尻尾をブンブンと振り回しているサイカを残して、千冬と簪は保健室を出ていった。

色々問題点はあるが、こうして1度はすれ違ってしまった彼に、こうして小倉雄星として再び接することが出来る日が来たというのは千冬としても単純に嬉しい。

 

自分が彼の姉ーーー小倉瑠奈となることを拒絶されて以来、もう2度と小倉雄星とは会えないと思っていた夢のような日々。

 

その夢のような日々を彼女達には守ってほしい。彼の主としてーーー愛しき者として。

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

79話 嵐の前の静けさ

月に寄り添う乙女の作法2.1の予約をしたのですが、その時もらったエストの色紙が可愛過ぎてニヤニヤしながら眺めてしまいます。


秋も深まる頃、IS学園の壇上に生徒会長である楯無が立っていた。

 

「それでは、これより秋の修学旅行について説明させていただきます」

 

おおーっと全校生徒から声が上がる。各国から選りすぐりのエリートとはいえ、やはりIS学園は女の園なのだろうか。生憎、そう言った部分に疎い瑠奈は壇上の隅で呑気に欠伸をして緊張していない様子だ。教師としてあるまじき行為に、隣にいた千冬に頭を叩かれる。

 

「いい加減に教師としての威厳を持て。ここではお前も教師なんだぞ」

 

「午前にEOS(イオス)とかいう欠陥アーマーのデータ収集の実験体(モルモット)をしてやったんだ。これぐらいは許してくれてもいいんじゃないか?」

 

相変わらず反省の色なしと言った様子の瑠奈と千冬に内心苦笑いを浮かべながら、壇上の楯無は話を進めていく。

 

「今回、様々な騒動の結果、延期となっていた修学旅行ですが、またしても第3者の介入がないとは言い切れません」

 

一見するとあっけらかんといったご様子だが、その言葉と表情にはギラリとした鋭い視線を感じられる。事の重大さを感じ取っているのだろうか。

 

「---というわけで、生徒会室からの選抜メンバーによる京都修学旅行への下見をお願いするわね。メンバーは専用機持ち全員、それから引率には織斑先生と山田先生、それから保健教師である小倉先生。以上です」

 

その発表にあちらこちらから女子特有の甘い声が上がっている中、千冬が瑠奈に苦笑いを向けた。

 

「珍しいな、お前が引率を引き受けるなど」

 

「そんなわけないだろ。完全に彼女の独断だ。引率など今知った」

 

無表情だったが、その奥には疲労の様子が見て取れる。だが、ここまで公に公言されては撤回というのもそれはそれで面倒だ。それも計算してのことだろうか。

ともあれ、面倒な業務を与えられたことには間違いない。だが、それが彼女の判断なのならば信じよう。それが今の自分にすべきことだ。

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

「では、本当の目的を話します」

 

その後、瑠奈の本拠地である保健室には楯無によって収集された専用機持ち全員が集結していた。その中には1年の専用機持ちのほかに、瑠奈、そして2年生のフォルテ・サファイヤと3年のダリル・ケイシーの姿もあった。

 

「今回の京都での『亡国企業(ファントム・タスク)』掃討作戦は本国でIS修復を終えたフォルテとダリルも参加する全戦力投入作戦になるわ」

 

『戦力』その言葉に1年生の専用機持ちがざわめく。瑠奈はざわめくことはなかったが、鋭い目つきになる。戦力といわれた以上は戦わなくてはならない。学園を守るために。その使命のようなものに体が強張っていくのを感じる。

 

「おいおい、ちょっと待ってくれよ!」

 

その緊張の空気を壊したのはうなじで束ねた金髪で身長が高い3年生の専用機持ち、ダリルだった。

 

「俺たちはいいとして、なんでこいつがいんだよ?」

 

指さす先には椅子の上に座り、黒の長髪で左腕がない隻腕の少年、小倉瑠奈がいた。

 

「こいつは右腕以外使い物になんないんだろ?なのに、なんでこの作戦に参加すんだよ?ただの足手まといになるんじゃねえのか?」

 

「安心してくれ、あんたよりは使えるよ」

 

「あぁん!?」

 

瑠奈の感情の籠っていない機械のような言葉にダリルはイラつき、睨みつける。

確かに、今の瑠奈は万全といった調子ではないが、別に問題はない。両脚がなくなれば、這って敵に近づき、両腕がなくなれば、口で武器を咥え、首が斬り飛ばされれば、敵を睨みつけ呪い殺す。

 

そもそも、瑠奈が弱くなっただけで、敵が強くなったわけではないだろう。

 

「別にあんたに背中を任される訳でもなければ、任せるわけじゃない。使えないと思ったのならば切り捨てればいいし、利用価値があると思ったのならば、互いに利用していけばいい。違うか?」

 

「てめえ・・・」

 

「はいはい、そこまで。これから協力していくんだから仲間割れしないの」

 

ぴしゃりと扇子を開いていがみ合いを止める。1年の専用機持ちならまだしも、瑠奈が人をーーーそれも、共闘する人間が信じられないのは、生きてきた環境を考えれば仕方がないことなのかもしれない。

そのことを踏まえて、説明がてら収集して顔を合わせたのだが、どうやら裏目に出てしまったようだ。

 

「とりあえず、みんなには嘘偽りなく国際的テロ組織への攻撃を行ってもらうわ。情報収集は私がするからみんなはISを抑えてちょうだい。それでは各自、出撃に備えて解散!」

 

その声を合図に、フォルテとダリルは保健室を出ていった。残ったのは、一夏を初めとする1年生の専用機持ちだ。

 

「なあ、瑠奈。さすがにあの言い方はないだろ」

 

正義感が強いのか、それとも我慢できなかったのか、一夏が注意するような口調で話しかけてきた。周りの専用機持ちも同調するかのようにうんうんと頷いている。

 

「別に間違ったことは言っていないと思うけど?今日知り合った人間の何を信用すればいい?人相でもみて親しくなれとでもいうのか?」

 

「そうじゃなくて、もうすこし言い方をだな・・・・・」

 

「はぁ・・・・・」

 

正直言って、今回の編成に瑠奈は不安と不満だらけだ。

実力が保証されている各国の専用機持ちはいい。だが、世界で唯一の男性操縦者である一夏と、天災の妹である箒。この2人が不安要素の塊と言ってもいい。

 

正式に専用機を持つべきかの審査や試験を受けておらず、男であるということと、天災の妹というだけでこの2人は専用機を与えられた。

そんな身内や状況で専用機を手に入れた者の実力の何を信頼しろというのだろうか。

 

いままでならば目を閉じていられた問題点だが、今回のような大規模な掃討作戦ともなれば、必然的に不安の種は出てくる。

 

(まあ、私が言えることじゃないか・・・・・・)

 

自身の足首から顔を見せている銀色に輝く義足をみて、内心苦笑いを浮かべる。だが、これ以上下手に問題点を指摘して互いを疑心暗鬼にさせたり、不安を煽るというのもよくないだろう。

それに問題は瑠奈自身にもある。

 

亡国企業(ファントム・タスク)・・・・・」

 

国際的テロ組織のスポンサーとなっているレポティッツァ。破壊者(ルットーレ)が出撃するこの機会を彼女が逃すとは思えない。必ず何かしてくる。その確信だけが心にはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真夜中

静かな静寂と暗闇が広場を包んでいる。馴染みがあり、懐かしさを感じさせる。まるで、このままこの闇に溶けてしまいそうな危うい雰囲気だ。

 

「・・・・・・・」

 

その広場のベンチで雄星は1人座っていた。常人ならば眠気に襲われ、夢の中の時間帯なのだが、生憎人間とは言えない不老の肉体を持つ雄星は何時間も睡眠をとる必要はない。せいぜい、数日に1回ほど2~3時間の睡眠を取れば十分だ。

無理に寝ようとしたこともあったが、不眠で起きようとしているのが苦痛なのならば、その逆も同じことだ。

 

寝れない夜はいつもこうして真っ暗な広場で1人でいた。そしてこうしていると、『彼』が出てくる。

 

「っ・・・・・」

 

体がビクッと震え、両目が宝石のように紅く輝き始める。これがレポティッツァが求めた最強の兵士、破壊者(ルットーレ)の最大の特徴だった。

 

「・・・・今日は・・・・冷たい夜だな・・・・・。そうか?・・・・俺はそう思わないけどな・・・・・」

 

ブツブツと独り言のように言葉をつぶやき始めるが、これは自分との対話だ。本来は人から教わるものだが、両親も友もいないこの化け物は、宿主である少年からすべてを教わった。戦い方も、生き方も、そしてーーー人の殺し方も。

 

「・・・・もういいのか?じゃあ、帰るか・・・・」

 

誰にも悟られることもなければ、感づかれることなく、化け物は1人静かに歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京駅から出発した揺れる新幹線の車内。その中で瑠奈は簪の膝枕を堪能しながら眠りについていた。

 

「くーくー・・・・むにゃむにゃ・・・・」

 

『よく眠っていますね。これから掃討作戦(戦場)に向かう者の様子とは思えません』

 

「でも・・・気持ちよさそう・・・・」

 

他の面子は少なからず緊張したり、強張っている様子だが、彼はむしろリラックスしているようだ。やはり、ここで下手に気合いを入れても仕方がないということを瑠奈はわかっているようだ。スイッチのONとOFFを使い分けられている。

 

「よう」

 

その幸せいっぱいな簪に声を掛けたのは束ねた金髪にFカップの胸の膨らみが特徴的な3年のダリル・ケイシーだった。女豹のような目つきと自分とはくらべものにならないほどの胸部のボリュームに変な緊張で体が強張る。

 

「何ですか・・・・?」

 

「いや、別にどうもしねえよ。ただ1つ聞きたいことがあってな。お前、こいつ(瑠奈)の女なんだろ?何回やったんだ?」

 

「や、やった?」

 

「何発やったんだって聞いてんだよ」

 

突然の淫らな質問に頭がフリーズする。学園では瑠奈(雄星)と簪は復縁し、引き続き恋人関係ということになっている。実際は恋人よりも深い関係なのだが。

だが、世間一般からすれば自分たちはもうそういう『関係』なのだ。肉体関係を結んでいてもおかしくない関係なのだ。

 

「っ!あ・・・ああ・・・・」

 

それを自覚した瞬間、簪の顔に湯気がでるのではないかと思うほどに熱く真っ赤に染めあがった。それと同時に脳裏をかするのは自分の体を『美味しそうな体』と値踏みするような卑しい笑みを浮かべてくる雄星の姿。

つまり、いつか彼によって自分の貞操が奪われてしまうということなのだ。それがもしかすると、今日なのかもしれない。

 

ほのかに明かりが灯された薄暗い部屋の布団の上で押し倒され、服を脱がされていく。胸を揉まれ、体中を撫でられ、長い前座によって体も心も最高潮に達した時を見計らい、2人の体はーーーー

 

「えへっ・・・えへへへへ・・・・」

 

「おい?どうした?」

 

突如、気色悪い声を出し始めた簪を心配するようにダリルが顔をのぞき込む。いや、心配するというより、気味悪がっていると言った方が正しいのかもしれない。

 

「かーんざーしちゃーん」

 

そんな幸せいっぱいの簪の妄想に終止符を打ったのは楯無の非情な一言だった。

 

「今日宿泊する旅館は特別に私と簪ちゃんと小倉先生の3人一部屋になっているから、3人で仲良く寝れるわよ」

 

「・・・・え?」

 

「ん?」

 

簪はてっきり、瑠奈と自分の2人だけでロマンチックな夜を過ごせると思ったのだが、姉の楯無がいる夜を果たしてロマンチックな夜と言えるのだろうか?いや、楯無がいることは嬉しいが。

朗報を持ってきたつもりの楯無にとっては、簪の反応こそ予想外といった様子だ。

 

「お姉ちゃん・・・・」

 

「ん、何?」

 

「・・・・・バカ」

 

「えぇぇ!!いきなりどうしたの?」

 

突然の妹の暴言に戸惑った様子だが、その楯無に事情を説明する者はいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まもなく京都、京都です』

 

「小倉先生、起きてください」

 

新幹線内のアナウンスを聞いて皆下車の準備を始める中、簪も膝元の瑠奈を起こそうとするが中々起きない。あと数分で駅に着いてしまうというのに。

 

「どうしよう・・・・」

 

『瑠奈から自分が起きない時は、預かっている薬を打って強制的に脳を活動状態にするように言われていますが・・・どうしますか?』

 

「大丈夫・・・・」

 

小さく呟くと、周りに誰も見ていないことを確認すると、太ももで寝ている瑠奈に顔を近づけ、そしてーーー

 

「起きて・・・雄星・・・」

 

耳元で囁き、雄星の頬にキスをする。こうして素直に彼に自分の想いを伝えることが出来たのはつい最近のことだ。今までは恥ずかしくて、自分の気持ちをはぐらかしてばかりだったのだが、彼が自分の全てを預けてくれるようになってからは、こうして2人だけのときは少しづつ甘えられるようになってきた。

 

「ん・・・・」

 

その簪の想いが籠ったキスが効いたからか、短く声を漏らすと、瑠奈がゆっくりと目を覚ます。

 

「やあ・・・・簪。相変わらず可愛いね」

 

「そ、そう?えへへ・・・」

 

ゆっくりと体を起こすが、体や脳が完全に覚醒しきっていないのか、体がふらつく。そんな酔っ払いのような状態の瑠奈にキンキンに冷えた一本の缶ジュースが投げられる。

 

「それ、飲むといいっすよ」

 

だるそうな様子の2年のフォルテ・サファイヤだ。生徒(上級生)のありがたい気遣いに感謝しつつ、投げられた缶ジュースを首筋にあてる瑠奈をフォルテは内心ほくそ笑む。

 

瑠奈に投げた缶ジュースはフォルテの専用機『コールド・ブラッド』によって凍結させてあるものだった。それは持っているだけで痛みが起こり、首筋にあてようものならば、とてつもないほどの刺激と寒冷で驚嘆の声を上げるだろう。

 

そんなリアクション芸人のような反応を期待していたが、首筋に缶ジュースをあてている瑠奈は気持ちよさそうな表情をしていて驚いた様子はない。

数秒ならまだしも、ここまで平然な様子だと異変に思う。

 

「え・・・大丈夫っすか?」

 

「ん?何が?」

 

缶ジュースは冷凍庫に入れた時のように凍結させてあり、あまりにも長い間皮膚にあてていると、低温火傷の危険性がある。腕ならまだしも首筋が低温火傷ともなると、それなりの支障が出る可能性がある。

 

「ちょ、ちょっといいっすかっ!?」

 

「えっ!どうしたんですか?」

 

急いで缶ジュースを瑠奈から取り上げ、様子を見るが手にも首筋にも低温火傷の跡はない。これはおかしい、手元にある缶ジュースは間違いなく凍結しているというのに。

 

「え・・・なんで・・・・」

 

「ん、ああ、その缶ジュース凍っていたのか・・・気が付かなかったよ・・・・」

 

「なんでっすか!?なんであんた何ともないんっすか?」

 

慌てているーーーというより、信じられないといった様子で子供のように騒いでいるフォルテに苦笑いを浮かべると、瑠奈と簪は席を立ち、歩いて行く。残念ながら、この怪奇現象の正体は迷宮入りとなってもらおう。

 

「エスト」

 

『はい、なんでしょうか?』

 

「今の私の体内温度はどのくらい?」

 

『首筋の総頸動脈付近の現在温度59.8度。右手首の腕橈骨筋付近の現在温度は45.6度です』

 

「あらら・・・随分と体は元気にみなぎっていることで」

 

ベストコンディションで挑むつもりだったが、どうやら寝すぎて体が元気になりすぎてしまったようだ。だが、まあ、子供は風の子だ。元気すぎるぐらいがちょうどいいぐらいだろう。

 

「さてと・・・殺し合いをやろうか・・・・」

 

小さく呟くと、瑠奈はーーー小倉雄星は京都の大地に脚を踏み入れた。

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

80話 燃え盛る都

諸事情により、ノートパソコンを手に入れました。これでいつでもどこでも執筆し放題です。



さすが、日本の観光名所というべきか、京都には駅の時点で大勢の人がいた。その人混みをかき分けて進んでいき、駅を出る。

新幹線内で気合を入れたのはいいが、瑠奈本人は詳しい話は聞いていない。まあ、説明されたとしても聞き逃していたと思うが。

 

「・・・・で、どうするんですか?」

 

「あ、いいわよ。今は京都を満喫していて」

 

「ほう?」

 

「実は情報提供者を待っているんだけど、昨日から連絡が取れなくなってね。仕方がないから私の方から探そうと思うの。それまであなた達は自由時間でいいわ」

 

専用機持ちはともかく、一応引率である瑠奈が自由参加というのはいかがなものだろうか。だが、瑠奈が会議や集合をボイコットするのは日常茶飯事だ。そもそも、隻腕の障がい者をあてにすること事体が間違っている。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて・・・・おっと!」

 

ここぞと言わんばかりに抱き付いてきたのは簪だ。姉が不在のこの状況を無駄には出来ないと意気込んでいる。

 

「瑠奈、借りるね・・・・」

 

「かんばって自分の魅力をアピールしてきなさい。あ、でもちょっと待って。ここで記念写真を取るらしいから来なさい」

 

楯無に腕を引かれ、京都駅前の長い階段の前に整列する。瑠奈の左右に楯無と簪が挟むようにし、その後ろには千冬が立っている。

 

「ほら、瑠奈君笑いなさい」

 

「こ、こうかな・・・・?」

 

「なんか・・・不気味・・・」

 

「はい、撮りますよ。はい、チーズ」

 

合図とともに、真耶が持っているカメラのシャッター音が響く。IS学園の専用機持ち全員と教員である千冬、そして小倉瑠奈(雄星)。こうして皆の絆に新たな記憶が付け加えられた。

 

だが、その絆ゆえに皆苦しむ。自分の大切な人と戦うことになった時に。果たしてその時、ここに居る者たちは引き金を引くことが出来るだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どう?似合う・・・・」

 

「うん、似合っているよ。素敵だ」

 

「あ、ありがとう・・・うふふ・・・」

 

水色の振袖にベージュ色の帯。自身の雰囲気や幻想的な模様である水面ゆらしがイメージされている水色の着物を簪は身に纏っていた。観光客に対して、積極的なサービスが提供されている京都なのかこういった着物の体験までしているとは驚きだ。

 

「ゆうーー瑠奈は京都に来たのは・・・・初めて・・・・?」

 

「うん・・・私にとってあの孤児院と実験施設が世界の全てだったからね。こんなに綺麗な場所があるなんて知らなかったよ」

 

もし、あの施設で普通に過ごしていたら、瑠奈と一緒にこういう場所に訪れていたりしたのだろうか。今まで醜い物や汚い物ばかり見てきた雄星にとって、こういう優雅な光景は目の保養になる。

 

「瑠奈」

 

どこか寂しさを感じさせる目をしている瑠奈の手を繋ぐ。指と指の間を絡めるつなぎ方。俗に言う『恋人つなぎ』というものだ。

 

「私と一緒に、楽しもう?せっかく京都に来たんだから・・・・・」

 

「・・・・そうだね、今だけは・・・・ね」

 

こうして複雑に物事を考えてしまうのは悪い癖だ。作戦はまだ始まっていない。『亡国企業(ファントム・タスク)』もレポティッツァも今は忘れよう。今は目の前の愛しのものと楽しむことだけを考えていればいい。

 

「ほら、早く。この先に美味しいお団子屋さんがあるみたい・・・・」

 

「いてててっ、そんなに引っ張らなくても大丈夫だよ。時間はたっぷりあるんだから」

 

一緒に居るエストに影響されてからか、あのおとなしい日頃とは違い、妙にアクティブな様子だ。だが、そんなのもたまにはいいだろう。はしゃいでいる簪に引っ張られる形で瑠奈も後を追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へえ、これが団子という食べ物なんだ・・・・」

 

エストと簪で調べた美味しい団子が売られている店前に置かれている腰掛けに座り、注文して運ばれてきた団子を物珍しそうな目で見る。

 

「え、知らなかったの?」

 

「写真とかで見たことはあるけど、実物を見るのは初めてだよ・・・・」

 

別に彼が世間一般からずれているのはわかっていたつもりだが、ここまで常識や認識がずれているというのも驚きだ。まあ、それが彼の魅力でもあるのだが。

 

「じゃあ、・・・あ、あーん」

 

「か、簪?」

 

「ほら、片腕だと食べにくいと思って・・・・」

 

確かに、運ばれてきた団子はタレがかけられているおり、普通は受け皿を使って食べるのだが、右腕のみの隻腕である瑠奈はその受け皿を持つことが出来ない。

だが、こんな店前の公衆の面前でアーンはいかがなものだろうか。

 

簪の初々しい行動に周囲の通行人がクスクスと笑っている。瑠奈は別に何も思わないが、目の前で真っ赤な顔をして団子を突き出している簪を見ていると、少し心配になってくる。だが、渾身で捨て身な一撃に応えてあげないというのもそれはそれでかわいそうだ。

 

「じゃあ、いただきます。んむっ、美味い!」

 

ご厚意甘え、突き出されている団子を咥える。なんだか、こういう恋人行為に慣れてきている自分がいる。そしてこうしていると、思い出してくるのが冷たく、冷徹な笑顔を自分に向けてくる瑠奈の笑顔だ。

----いつだっただろうか、昔、姉である瑠奈に無断で孤児院の女の子と2人っきり遊びに行ってしまったことがあった。

 

ただの無断外出ならば、ただのお説教で済むのだが、勝手に自分以外の女の子と2人っきりで遊びに行ってしまったことが瑠奈の逆鱗に触れた。

こっそり帰り、部屋のドアを開けると、ベットの上で冷たく、冷徹な笑顔をしている瑠奈が座っており、『分かっているわよね?』と笑顔のまま告げられた。

あとはお仕置きと称して彼女の理不尽な怒りや嫉妬、そして瑠奈の恐ろしさを存分に体に教え込まれたものだ。

 

ラストの『尻叩き』が終わり、赤く染まっているお尻を放り出してベットの上で動けない自分に瑠奈は『ごめんね雄星、だけど全てあなたのためなのよ?浮気することがどれだけ危険で愚かな行為なのか、姉としてあなたに教えなきゃいけないの』と悲しそうな顔で言っていたのだが、今思うととんだ恐怖体験だ。

 

今なら瑠奈にも勝てるーーーーと信じたいが、体が彼女に立ち向かっていくことを拒否するだろう。姉には勝てないと体が理解しているのだ。

 

「うっ・・・うぅぅぅ・・・・」

 

「る、瑠奈?大丈夫?、どうしたの?」

 

「ごめん・・・ちょっと過去のトラウマが蘇ってね・・・・」

 

苦悶している瑠奈に簪は再び団子を差し出す。

 

「ほら・・・美味しいもの食べて・・・・忘れよ?」

 

「そうだね・・・・もらおうかな・・・」

 

彼女との大切な思い出と言えば、そうなのだが、もし今も瑠奈が生きていて、彼女の目が届かないところでこうして簪といちゃついていたら、どんなお仕置きをされるか想像もしたくもない。恐らく、心身ともに2度と瑠奈に刃向かえなくなりそうだ。

 

それでも彼女達----刀奈と簪へのこの思いは変わることはない。自身の肉体と同じようにこの気持ちは不変的なものなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「綺麗な街並みだね」

 

「うん・・・」

 

団子を食べ終えた2人はそのあと手を繋ぎ、ゆっくりと京都の町を巡っていた。いろいろ有名な観光名所はあるが、ゆっくりと平凡な街並みを歩いて行くというのもそれはそれでいいものだ。

紅葉が舞い散るわき道を抜け、優雅な街並みが見える通路を通っていくと、近くの袋小路から勢いよく白猫が飛び出してきた。

 

そのまま、瑠奈と簪の足元にすり寄ってきた。

 

「サイカ・・・・じゃないよね?」

 

「う、うん、サイカは学園にいるはず・・・」

 

白猫から愛しの愛猫であるサイカと一瞬思ったが、学園から京都までの距離は到底、猫一匹だけで移動できるものではない。

 

ガブガブ

 

「こら、義足を噛むな。君はどこの猫だい?」

 

「おーい、『シャイニィ』。どこだ」

 

通路に響く飼い主らしき声。だが、この声を瑠奈と簪は知っている。白猫が飛び出してきた袋小路から姿を現したのはーーーー

 

「一夏っ!!」

 

「る、瑠奈!?」

 

一眼レフカメラを首に下げた一夏だった。互いに意外な人物の登場に驚きの表情を浮かべる。

 

「何で瑠奈がここに居るんだ?」

 

「偶然通りかかっただけだよ。それよりもその『シャイニィ』はこの猫のこと?」

 

骨をかじる犬のように、瑠奈の義足を夢中になってかじっている白猫を指さす。

 

「ああ、シャイニィ。こんなところにいたのか」

 

「一夏、君は猫なんて飼っていたのか?初耳だよ」

 

「俺の猫じゃなくて、あの人のだ」

 

一夏を追うかのように続いて袋小路から現れてのは、何とも形容しがたい風貌をした女性だった。右目に眼帯をつけ、着崩した真っ赤な着物が肩から胸元まで露出している。そして瑠奈と同じように欠損した右腕と所々にある火傷跡。到底一般人とは思えない外見をしている。

 

「おお、シャイニィを見つけてくれてありがとナ」

 

「ええ・・・どういたしまして・・・・」

 

疑うとまではいかないが、奇妙な危機感を目の前の年上らしき女性から感じる。いや、本能が何かを訴えかけてきているのだろうか。『この女は危険だ』と。

 

「随分と不便な体をしていますね・・・・」

 

「ああ、これは『テンペスタⅡ』の機動実験でちょいとやらかしてね。そういう君も人のこと言えないようだネ?」

 

「どこぞの面倒な天災姉妹にやられましてね。休暇を出しているところです」

 

そういい、女性は瑠奈の左半身と両脚を見つめる。隻腕ならまだしも、彼女は隠れている両脚の義足をも瞬時に見抜いた。やはり、ただの一般人ではなさそうだ。

 

「一夏、彼女は誰だ?君の連れかい?」

 

「いや、俺もさっきであったばかりでわからないというか・・・・」

 

飼い猫の名前を知っているのに、その飼い主の名前を知らないとはどういうことだろうか。そのお人好しに呆れていると、遠くで何かがキラリと光った。その瞬間

 

「っ!!」

 

「きゃっ!?」

 

近くにいた簪を地面に突き飛ばし、右腕にサーベルと展開して振るう。普通ならば、何もない空間を切るはずのその斬撃はバチッと何かを裂き、確かな手ごたえを感じさせる。

 

「ゲホッ、ゴホッ、る、瑠奈!?」

 

「簪、私の背後に隠れろっ!!」

 

先程の穏やかな様子とは変容し、殺気や恐怖を感じさせる怒鳴り声。これは戦いの雄星が出たことの証拠でもあった。そしてそれは同時に自分たちに危機が迫っているということを現す。

 

「へえ、あの狙撃に気づくとはなかなかやるネ」

 

「この静かな街並みであんなに鋭い殺気を向けられたら流石にわかる。それに暗殺から瞬時に一夏を守っているあんたも中々だ。あの感触や手ごたえからすると、おそらくライフル弾だろう」

 

2発目、3発目と撃たれるライフル弾を防ぐと、しばらく狙撃が止む。おそらく、予想外の事態に次の行動を考えているのだろう。ともあれ、今がチャンスだ。

 

「隻腕の女性。私の名前は小倉瑠奈、あなたの名前は?」

 

「アリーシャ・ジョセスターフ。アーリィって呼ぶといいのサ♪」

 

「そうか・・・アーリィさん、一夏と簪を連れて今すぐ学園の旅館に戻って欲しい。敵は私が引き受ける」

 

「そ、そんな瑠奈っ!!」

 

ここで素直に一夏と簪の2人が納得して指示に従ってくれれば良かったのだが、やはり、そうすんなりはいかないものだ。

 

「瑠奈を1人残して逃げれるかよ!」

 

「じゃあ、君に人を殺せるのか?」

 

「こ、殺す・・・・?」

 

「ああ、この狙撃の腕からして相手は相当な実力を持っている。そんな奴が降伏するとは思わないし、相手は全力で私たちを仕留めに来るだろう。そうなった以上、殺すしかない。君にそれは出来るのか?」

 

「だ、だけど・・・・手伝うぐらいは・・・・・」

 

「まともな覚悟もないのに戦いに入られては邪魔になるだけだ。隻腕の人間にこれ以上負担をかけるな」

 

ぐうの音も出ない正論だ。今の一夏は相手を殺すことはおろか、互角に戦えるかどうかすら危うい状況だ。そんな弱者が出来ることなど、瑠奈に邪魔にならないようにこの場を去ることだけだろう。不思議なことに、瑠奈を捨てて逃げることがこの場での最良の行動なのだ。

 

「で、でも、私なら・・・・元代表候補生だし・・・・」

 

ここぞと言わんばかりに割って入ってきたのは背後にいた簪だ。梃子でも動かぬといった様子で瑠奈の腕を握っている。

 

「簪、君にも旅館に戻って欲しい」

 

「私も戦う・・・・」

 

「ダメだ」

 

「私も・・・力になりたい・・・」

 

「簪っ!!」

 

腕を掴んでいる簪の手を振りほどき、簪の目を見つめる。こうしなくては、今の簪に言うことを利かせることは難しいだろう。

 

「確かに君が一緒に戦ってくれたら心強い。だが、君が僕と共に戦うということは、言い換えれば君がやられる(・・・・・・)可能性があるということだ。例えそれが1%の確率であったとしても、その状況を作りだすわけにはいかないんだ」

 

チェスでは兵士(ポーン)騎士(ナイト)(キング)を守るために命を賭して戦う。自分の(キング)がやられない限り、自分たちは負けではないからだ。だが、逆に言えば自軍の(キング)がやられた瞬間、自分たちの負けが確定する。

いままでの兵士(ポーン)の奮闘も犠牲も全て無駄になる。今はそれと全く同じだ。

 

簪という名の(キング)----いや、女王(クイーン)は小倉雄星という名の兵士(ポーン)にとって戦う理由そのものだ。その理由がなくなった時、雄星の敗北が決定する。

 

「必ず追いつく。だから君は私を信じて行ってくれ」

 

「で、でも・・・・」

 

「簪、私を誰だと思っている?最強の兵士、破壊者(ルットーレ)だよ?どんな奴が相手でも必ず勝つ」

 

アーリィや一夏に聞こえないように耳元で囁く。なるべくこの言葉は使いたくなかったのだが、簪を安心させるにはうってつけの言葉だ。

破壊者(ルットーレ)ーーー最強の兵器IS(インフィニット・ストラトス)を滅ぼすために作られた究極の兵士。その強さは誰よりも簪は知っている。

 

「絶対だよ・・・?」

 

「ああ、約束だ」

 

指きりをし、簪の背中をアーリィと一夏の方へ押す。これは話が終わったという合図だ。

 

「アーリィさん、この2人を頼んだ」

 

「OK引き受けたサ。それにしても、君は変わっているネ、そんな体になっても戦うだなんて」

 

「私は大切な人を戦わせたりなどしない。過去の称号(ブリュンヒルデ)や社会的地位などにいつまでもしがみついている千冬などとは違う」

 

「へー、キミ、面白いナ・・・・」

 

興味深そうな笑みを浮かべると、一夏と簪を連れて去っていった。最後の言葉が気になるが、ともあれ、準備は整った。あとは、相手の出方を見るだけだ。だが、それは同時にここで戦闘が起こることを表している。

 

「ここも・・・戦場になるのか・・・・・」

 

そうつぶやいた瞬間、上空から火炎放射器のような炎が降り注ぎ、周囲の地面に走り、瑠奈を囲む。

 

それと同時に現れたのはダークグレーの装甲に両肩の犬頭から炎が噴き出しているISと氷のような半透明の物理シールドを片手に持っている氷の結晶を装飾された青白いIS。

 

「よお、小倉瑠奈」

 

その機体の操縦者は3年の専用機持ちであるダリル・ケイシーと気まずそうな顔をしている2年の専用機持ちであるフォルテ・サファイヤ。その2人が瑠奈に銃口を向けていた。どうでもいいが、両機とも悪趣味な機体だ。打鉄弐式とエストの方が何倍も可愛げがある。

 

「悪いが、てめえには俺たちと一緒に来てもらうぜ。色々聞きたいことがあるしな」

 

「はいそうですか、と素直に行くと思っているのか?」

 

「てめえこそ、そんな体で俺たち『イージス』のコンビに勝てると思ってんのか?」

 

油断しているというより、勝ち誇った笑みを浮かべ、ダリルは瑠奈を見下す。隣のフォルテも祖国(ギリシャ)と学園を裏切ったことに対する罪悪感は感じられない。

まあ、裏切りについてはいいだろう。高校生にもなったらもう大人だ。

 

その行動の報酬も報いも結末も責任もすべて受けとめられるだろう。もっとも、受けとめられなければ困るのだが。

 

「障害や困難が2人の愛を深めるってか?しかも同性愛とは随分と非生産的で安っぽいドラマじゃないか、はははっ」

 

「っ!!」

 

その笑いが終わるよりも早く、フォルテが瑠奈に向かって氷の氷柱を槍のように発射する。容赦なく大量に射出される氷柱。それで串刺しになると思ったが、瑠奈は全て紙一重でかわし、笑みを浮かべていた。

 

「逆上か・・・それとも反逆か・・・・・。ともあれ、そんなに世界が嫌だったのかい?まあ、確かに良い場所とは思えないが・・・・」

 

「----ったすね・・・・」

 

「うん?」

 

「笑ったっすねっ!!うちらの愛を!!」

 

世界で唯一無二の愛を手にしたフォルテとダリル。その2人をこの男は笑った。そんな死にぞこないの体のくせに、自分たちを馬鹿にしたのだ。

 

「よくも!!よくも!!」

 

氷の槍に加え、ダリルの機体の火炎が瑠奈に向かって放たれる。氷と炎の奇跡のコラボレーションに慌てることなく、両膝をわずかに曲げ、力を込める。そしてーーー

 

「っ!!」

 

バチバチと足裏に『瞬間展開』を起動させ、8メートルほどの大ジャンプをして攻撃の手から逃れる。相手の戦意は確認した。これで遠慮なく戦うことが出来る。

 

「進化発動・・・・ゼノンが全てを叩きつぶす!」

 

白き身体に、手足に赤い追加装甲を纏っている機体ーーーゼノンを展開する。この伝統ある都で戦うのは気が進まないが、譲れないものはこちらにもある。

 

「さあ、始めよう・・・・」

 

小さく呟くとゼノンはスラスター全開に稼働させ、ダリルとフォルテに突っ込んでいった。




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

81話 破壊者再臨

少し気が早い気がしますが、この小説が終わったら何を書こうか悩む日々が続いています。最近とても忙しいですが、小説は書き続けていきたいですね。


「来いよやぁ!」

 

高らかな叫びと同時に、ダリルのIS『ヘル・ハウンド』が握っている双刃剣(パドル・ブレード)黒への導き(エスコート・ブラック)』とゼノンの拳がぶつかり合う。

 

「さすが、代表候補生だけあるな。機体だけはいいのを使っている」

 

「ほざいてろっ!クソガキが!!」

 

ぶつかる拳を振り払い、ゼノンに向かい、両肩の犬頭が口を開いて火炎をまき散らす。それを避けるゼノンを見た瞬間、ダリルとフォルテは勝利を確信する。

入学当時のような五体満足の状態であったら、勝敗はわからなかったが、今の瑠奈は両脚は義足となり、左腕は欠損した全力とは程遠い状態だ。

 

現に、瑠奈は学園祭、キャノンボール・ファスト、そしてこの前の専用機持ちダッグトーナメントと満足に勝利を取れていない。今の体に瑠奈自身がまだ慣れていないのだ。

 

「いけるぞ、フォルテ!!」

 

「うっす!」

 

一気にゼノンと距離をつめて接近戦に移行する。幸いなことにパワーではこちらが勝っている。パワー勝負となれば負けはしない。

 

「くっ!!」

 

ダリルの斬撃を受け流し、距離を取ると、背後にダリルが放った氷柱のミサイルがゼノンを直撃する。ピーピーと全方位からの攻撃とダメージを警告するアラームが響く。

 

(流石に、右腕一本では負担が大きすぎるか・・・・)

 

両脚の義足は雄星お手製だが、当然耐久性はある。日常生活では十分耐えられるほどの耐久性はあるが、このようなISとの戦闘ではいささか不安はある。そのため、力や負担を生身の部位である右腕に集中するようにしていた。

 

「もらったぜ!!」

 

そんな瑠奈の事情を相手が知るはずもなく、ダリルとフォルテは容赦ない攻撃を浴びせていく。やはり、学園でも有名なコンビだからか、悔しいぐらいに連携が取れている。今まで一匹狼として戦ってきた瑠奈にはない強さだ。

 

「はぁぁぁ!」

 

「遅えぇぇぇ!!」

 

ぶつかる拳と剣。激しい轟音と金属音が京都に響く。その刹那、ダリルの口角が上がる。

 

「やれ!フォルテ!!」

 

「うっす!!」

 

後方に控えていたフォルテが一気に前線に飛び出し、ダリルの剣とぶつかっているゼノンの右肘を掴む。瑠奈が振りほどくよりも先に、フォルテは自身のIS『コールド・ブラッド』の能力で、瞬時に装甲の分子活動を極端に鈍くさせ停止、凍結させる。

 

右肘の関節装甲を凍結させられたことにより、ゼノンは肘を曲げることが出来ず、封じられたも同然だ。

 

「よくやった!!あとは俺に任せろ!!」

 

絶妙なコンビネーションでゼノンの戦闘能力を奪ったのならば、あとはどうにでもなる。素早く持っていた剣を収容し、ゼノンの首を両腕で締め上げる。

 

「ぐっ、ぐぐぐぅぅ・・・・」

 

「そんな体で俺たちに勝てるわけねえだろ。なめんじゃねえ、クソガキが!」

 

肩の関節を使って振りほどこうとするが、首が絞められて力が入らないこの状況ではまともな抵抗もできるはずがない。

 

「てめえの負けだ!!」

 

「っ!!」

 

ゼノンが抵抗できないことをいいことに、投げ飛ばすと、素早く接近して剣の刀身で殴りつけてよろけさせる。そこにフォルテの放った巨大な氷柱の弾丸が全身を包み込む。防御しようにも唯一の右腕は使えず、ダリルとフォルテに完全包囲されているため、逃げ道がない。

 

「てめえは前に俺に『あんたよりは役に立つ』っていったよなぁ!?」

 

「ぐ、がっ!」

 

「俺たちの無敵のコンビ、『イージス』によくもそんな口が聞けたもんだ!」

 

殴られるたびにゼノンの装甲から破片が飛び散り、弱っていく。操縦者である瑠奈もそれの感覚は伝わってきており、だんだんと意識が途切れていく。

 

「がっ、くっ、うっ!」

 

とどめと言わんばかりに、再び両腕でゼノンの首を絞め上げ、高く掲げる。

 

「死にやがれ、小倉瑠奈!」

 

ここでやられるわけにはいかない。負けるわけにはいかないーーーー自分に負けは許されない。たとえ、悪魔に魂を売ったとしても。

 

「っ!」

 

ダリルの腕をゼノンの右腕が掴む。見てみると、フォルテによって凍結されているはずのゼノンの肘部分の関節装甲から蒸気が発せられ、その蒸気によって溶けた氷の水滴がポタポタとしたたり落ちていた。つまり、フォルテのIS『コールド・ブラッド』の凍結を溶かすほどの熱がゼノンから放出されているのだ。

 

「っ!?・・・なんだ・・・?」

 

その光景を見たと同時に、ダリルとフォルテの背筋に強烈な怖気が走る。体中に鳥肌が立ち、四肢は震え、脳が神経に危険信号を発している。

 

「そうだよな、こんなところで負けるわけにはいかないよな・・・雄星(・・)

 

今までとは違う冷たく、残酷な声が瑠奈の口から発せられる。この戦いによって『彼』が目覚めた。この理不尽、不条理、不平等な世界から『調和』を取り戻すために生まれた統治者であり破壊者が。腕を強靭な腕力で引き離すと同時に、ゼノンはダリルの腹部を蹴り飛ばして引き離す。それと同時にゼノンの全身が輝き始め、全身が変身していく。

 

瑠奈の目と機体が輝き始め、腕の装甲が展開し、脚部が扇状に広がっていく。

 

「・・・・な、なんすか?・・・・あれ・・・・」

 

「なんだろうが関係ねぇ!死にやがれ小倉瑠奈!!」

 

断じて引かないといった様子で、叫びながら切りかかるが、ゼノンは素早くかわすと、ダリルの首を掴み、投げ飛ばす。その行動からはさっきまでの苦戦が嘘のようだ。

 

迷いのない紅き破壊者の瞳で目の前の明確な『敵』を見る。無力なものを一方的に殺すのは虐殺だ。だが、相手が全力で刃向かってくるのならば、容赦はしない。人間の絶望、疑心、欲望。生物が持つありとあらゆる罪から作りだされた最強の兵士の実力を用いて、排除する。

 

「極限進化。そこまで死にたいのならば・・・・見せてやる。----格の違いを」

 

冷たく冷徹な言葉を放つと、少年は紅き瞳を輝かせながら任務を遂行する。自分の生まれた本来の理由、存在理由。最強の兵器IS(インフィニット・ストラトス)を根絶するという任務を。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、織斑先生!大変です!」

 

旅館の大部屋を真耶が小型端末を片手に慌てた様子で飛び込んでくる。

 

「京都市内で未確認の機体反応が出現、現在フォルテさんとダリルさんが応戦している模様です!」

 

「未確認の機体反応・・・・」

 

真耶から端末を受け取り、千冬は眉間を押さえる。彼女は知っている、この言葉に出来ないこの圧倒的な悪寒と恐怖を放つものを。よもや、こんなに堂々と姿を現すことがあるとは。

 

「・・・・至急、市内の専用機持ちをこの旅館に収集し、戦闘態勢に入るように通達。この現在戦闘中のこの地域には絶対に近づけないようにも伝えておけ」

 

「は、はい、分かりました!」

 

真耶を見送ると、誰もいなくなった大部屋で千冬のため息が響く。どんな形であれ、このような事態になったのならば、『彼』と共同戦線を作ることになるだろう。いや、そうしなくては自分たちはこの状況を乗り越えることはできない。

 

だが、そううまくいくだろうか。亡国企業(ファントム・タスク)側につくとは思えないが、こちら側につくという保証もない。1番最悪なのが、相手にもこちら側にもつかず、第三勢力として行動することだ。そうなってはこちらに被害が及ばないとは限らない。

 

千冬は雄星のことはよく知っている。彼の過去を知り、一緒に暮したこともある。だが、『彼』のことだけはいくら考えてもわからなかった。自分に向けている感情が愛情なのか憎悪なのか嫉妬なのか・・・・いや、全てなのかもしれない。

 

「・・・・破壊者(ルットーレ)

 

いずれ自分たちを滅ぼすであろう兵士の名。彼の名前を思い浮かべるたびに心に大きな不安が押し寄せてくる。小倉雄星と破壊者(ルットーレ)、コインの表と裏といっても過言ではないこの2人は自分たちに何を与え、そして何を奪っていくのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ、ぅぅぅぅっ!!」

 

「うおっ!」

 

上空で複数の機体が飛び回っている。一機はダリルの『ヘル・バウンド』、一機はダリルの『コールド・ブラッド』、そしてもう一機はーーーー

 

「だめだ・・・・弱すぎるよあんたたち」

 

瞳と機体を輝かせながら2人を圧倒するゼノンだ。閃光のような素早さで2機の周囲を飛び回り、圧倒している。

 

「調子にのんじゃねぇぇ!!」

 

『ヘル・バウンド』の両肩の犬型の装甲から炎が噴き出し、鞭のように振り回して攻撃を命中させようとするが、ゼノンはその間を縫うようにかわし、接近していく。

 

「つ、強い・・・・」

 

機体と操縦者が絶妙なバランスを保ちながら、爆発的な反射神経で自分たちを追い詰めてくる。その動きからは焦りや迷いは感じられない。いや、この戦いに彼は疑問を持っていないのだ。

 

「先輩っ!!」

 

愛しの恋人に急接近していくゼノンにフォルテは氷柱の槍を大量に飛ばすが、今のゼノンには障害にもならない。腕から熱線のようなものを放出し、全ての氷柱を溶かし無力化する。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

その隙を逃さないというように、全身に氷のアーマーを纏い、急接近して叩き切ろうとするが、ゼノンは素早く手の装甲を展開すると同時に、かわしてフォルテの氷アーマーに手を押し当てる。その瞬間、亀裂が入ったと同時にアーマーが瞬時に砕け散り、破壊された。

 

「う、嘘・・・・」

 

『イージス』ほどじゃないにせよ、フォルテの防御能力は脅威に違いない。その鉄壁の鎧をゼノンは破壊した。こんなにもあっさりと。

 

「ちぃ!!フォルテ、『あれ』やるぞ!」

 

「う、うっす!」

 

砕け散ったアーマーから氷の散弾が発射され、ゼノンを下がらせる。その隙に、ダリルはフォルテを抱き寄せると、熱い口づけをした。

 

「いくぞ・・・『凍てつく炎(アイス・イン・ザ・ファイヤ)』!!」

 

そう叫んだ瞬間、ダリルとフォルテの体を炎を内蔵した氷のアーマーに包まれる。一見すると、芸術品のような技だが、唐突に同性同士のキスを見てしまった瑠奈は内心引いていた。どうにも女同士がなれ合うのは見ていると気分を害してくる。別に同性愛を否定するつもりはないが。

 

「いくぞ!フォルテ!!」

 

「了解っす!!」

 

氷と炎、2人の愛を結集させたアーマーを纏い、ダリルとフォルテはゼノンに突っ込む。

 

「・・・・はぁ、弱きものが・・・・」

 

吐き捨てるような非情な声で呟くと、ゼノンの手が展開し、熱を帯び、輝き始める。ドラマや漫画では決死な2人の愛は障害を乗り越えるという王道な展開を迎えるだろう。だが、世界は、現実は非情だ。愛や恋といった感情的な思いでは何も変えることなどできない。

 

残酷なことだが、彼女達にはそれを学ばせてあげるとしよう。

 

「っ!」

 

ゼノンの輝いている手とダリルとフォルテの2人のアーマーが激突し、衝撃と爆発音が周囲に響く。

 

「ぐっ!ぐぅぅぅ・・・・・っ!、うおぉぉぉぉ!!」

 

初めは劣勢だったダリルとフォルテだが、愛しきものが隣におり、負けられないという思いがあるのか、少しずつだが、ゼノンを押し始める。自分は決めたのだ。この人についていくと。共に運命を引き裂くと。そのために、こんな場所で負けるわけにはいかない。互いの顔を見て迷いを断ち切る。

 

「いけるぞ!このままだっ!!」

 

「うっす!」

 

だが、負けられないのはゼノンも同じだ。この場所には自分を受け入れてくれた人がおり、待ってくれている人がいる。それに簪と約束した、『必ず勝つ』と。

 

「俺の・・・俺の・・・・」

 

怒りと力の籠ったつぶやきと同時に、目が激しい輝きを放ちながら、全身に力を入れてすべてを機体に注ぎこむ。

 

()の駆るエクストリームをなめるなぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

喉が壊れるのではないかと思うほどの獣のような叫び声を発したと同時に2人のアーマーに亀裂を入れたと同時に粉砕する。そのまま、フォルテの頭を握りつぶそうと腕を伸ばした瞬間、砕け散ったアーマーに内蔵されていた炎が勢いよく噴出され、ゼノンを吹き飛ばす。

 

素早く吹き飛ばされたゼノンと距離を取ると、2人は猛スピードでこの場所を離脱していく。どうやら、ゼノンには勝てないと判断し、逃げることを選んだようだ。

 

「・・・・どうする?追うか?・・・・・そうか、お優しいことだな・・・・」

 

奇妙な独り言を終えると、ゼノンは体を反転し、ダリルとフォルテが向かった方向とは真逆の方向へ飛び去っていった。面倒な者たちに足止めを食らったが、今は彼女達と合流するのが優先だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園の合流場所である大部屋。そこで専用機持ち達や教師たちと合流した簪だが、危機を脱したことの安堵はなく、大きな不安と後悔に襲われていた。

 

あの場所に彼1人残していって良かったのだろうか。彼が強いのは知っている。だが、今はあんな体なのだ。一筋縄というわけにはいかないだろう。

もしかすると、自分たちは彼を見捨てて逃げてきただけではないのだろうか。

 

誰もがこれからの不安に黙り込んでいると、バタバタと何者かの足音が聞こえてきたと同時に、ふすまがが勢いよく開かれ、真耶が飛び込んできた。

 

「織斑先生!!緊急事態です、未確認の機体が一機こちらへ向かってきています!!」

 

「み、未確認の機体?」

 

突然の事態にざわざわと専用機持ちは騒ぎ出す。こんなタイミングで未確認の機体がこちらに向かってくるとすれば、十中八九敵の襲撃と考えるのが普通だ。

 

「織斑先生、僕たちに出撃許可をください!!」

 

素早くその状況を理解したシャルロットが代表して千冬に進言するが、千冬は反応することなく1人佇んでいる。

 

「デュノア、出撃の必要はない。お前たちはその場で待機だ」

 

「織斑先生っ!?」

 

それだけ言い残すと、反論は聞かずといった様子で大部屋を出ていき、そのまま、まっすぐと玄関に向かっていく。長い廊下を歩き、靴を履いて玄関を出ると、そこに玄関先に1人の少年が立っていた。

 

整った顔立ちに女性のように腰まで伸びている黒の長髪。世間から評価すれば美少年の類に分類されるほどの容姿をしているが、その美しさとは逆に氷のように冷たい雰囲気と冷徹な紅き瞳が前髪から覗かせている。

 

「・・・・来たか・・・更識妹と一夏は無事合流した。大部屋でお前を待っている」

 

「・・・・・・」

 

千冬の出迎えに何も感じることなく、少年は静かに佇んでいる。両目から輝きを放つ紅き双眸からは読み取れない感情を感じさせるが、少なくとも、自分たちと敵対する意思はないようだ。自分たちを消すつもりならば、先制攻撃でこの旅館ごと自分たちを焼いてしまえば良いのだから。

 

「雄星はわかるように元気だが、お前も元気そうだな」

 

「・・・・・・」

 

わからない・・・・彼はこの歪み、狂った世界を正し、破壊する破壊者(ルットーレ)か、それとも愛しきものを殺した元凶となる自分たちに復讐するために地獄の底から這いあがってきた復讐者(アヴェンジャー)か。もしかすると、両方なのかもしれない。

その者にかける言葉が今の千冬にはわからない。

 

「・・・・この旅館の大部屋にいるんだな?」

 

短く、再開の会話とは程遠いやりとりを交わすと『彼』はゆっくりと旅館へ歩んでいく。薄々とは感じられるが、こうして『彼』を見ていると、雄星とは違う雰囲気が感じられる。事情を知ってる楯無や簪にならば大丈夫だが、他の専用機持ちにばれたのならば、面倒なことになる。

 

「待て、こっちにも話が・・・・っ!」

 

引き留めるように『彼』の手首を握るが、その瞬間、千冬の体がビクリと強張る。氷のように冷たすぎたのだ、『彼』の体が。この無機物のような冷たさは、彼が人間ではないことの証であった。

 

「お前・・・・」

 

「心配するな、ここでは小倉瑠奈として演じればいいんだろう?それくらいはわかっている」

 

短く答えると、腕を振りほどき、旅館へ入っていった。『彼』---破壊者(ルットーレ)との初めての会話だというのに何もできない自分、そして彼がこうして現れたことは嵐が来る前兆なのだろうか。その自覚すると、冷たさが残っている手を握りしめた、

 

 




評価や感想をお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

82話 戦いの狼煙

最近暴れすぎたせいか、ハーメルンの運営からR18タグをつけろと警告が来ました。ですが、私は脅しには屈しません。この小説は健全な二次小説です。
児童ポルノや青少年育成法案などくそくらえ。

とはいえ、さすがに無視はできないので一部修正しました。


「それじゃあ、作戦を説明するわね」

 

目の前に立った楯無がはっきりとした口調で告げるが、今の専用機持ち達には、お世辞にも学園で行われた作戦会議ほどの集中はなかった。しかし、それも仕方がないことなのかもしれない。こんなにもこの場所に未知なる存在が多いのならば。

 

「おい!このオータム様をいい加減解放しやがれ!」

 

この旅館に向かう途中に、一夏と簪を捕えるために目の前に現れ、路地裏に追い詰めたのはいいが、エストの西部劇のガンマンにも匹敵するほどの早撃ちで首筋に超高速筋肉麻痺弾を撃ちこまれ、あっけなく捕まったオータム。

 

『相変わらず、脳みそ日向ぼっこかぁ?』と自分が言った皮肉に対して、エストが『じゃあ、あなたの脳内は単純で幼稚なお子様ランチですね』と皮肉を皮肉で返されてイラついているのか、部屋の隅で縛りつけられ、犬のように吠えている。

 

そのオータムとは反対に楽しげな表情でプラプラとキセルを弄んでいるのは2代目ブリュンヒルデことアーリィ。皆緊張した面持ちでいるのに対して、アーリィは笑みを浮かべ、肩に乗っている白猫の『シャイニィ』は退屈そうな様子だ。だが、この強烈な乱入者たちのなかで、特に強烈な異彩を放っているのが、ついさっきこの旅館に到着した瑠奈だ。

 

「・・・・・・」

 

さっき大部屋に到着したのはいいが、誰にも話しかけることなくオータムと同じように部屋の隅に座り込み、紅く輝く瞳でこの作戦会議を見守っている。いつもとは違う瑠奈に皆と戸惑っている様子だが、この緊迫した空間で一番緊張しているのは更識姉妹と千冬だ。

 

知らぬが仏というべきなのだろうか、皆『彼』の存在を知らないがゆえに瑠奈に対して違和感を抱くぐらいで済んでいるが、この違和感の正体を知っている彼女達は気を抜く暇がない。ライオンと同じ部屋に放り込まれている気分だ。

 

「離反したダリルとフォルテについてだけど、敵の潜伏場所は2つに絞られたわ。1つはここから遠くない市内のホテル。もう1つは空港の倉庫よ。おそらくそこに物資があるでしょうね」

 

「なるほど」

 

「へ、今まで気づかずにいたんだろうが、マヌケ!」

 

「「うるさいぞ」」

 

口を挟んできたオータムの腹部に千冬とラウラのコンビのつま先が食い込む。容赦のない2人の攻撃には驚きだが、血反吐を吐いているオータムの鋭い眼光に一片の恐怖や興味を持つこともなく、冷めた表情で無視をしている瑠奈も驚きだ。人間相手にここまでの無関心を示すのも珍しい。

 

「それじゃあ、私たちも部隊を2つに分けましょう。一夏君とシャルロットちゃん、ラウラちゃん、簪ちゃんは倉庫に侵入。敵の物資を抑えて」

 

「了解した」

 

「アーリィ様率いるホテル強襲部隊、これには箒ちゃん、鈴ちゃんがアタッカー、セシリアちゃんがサポーターね」

 

「私も参加させてもらう」

 

楯無の声を遮って立ち上がったのは、部屋の隅で沈黙していた瑠奈だった。意外な人物の発言に楯無と千冬は顔を合わせる。

 

「え・・・でも・・・・」

 

「何か問題でも?」

 

「・・・・瑠奈、更識姉妹は来い。話がある」

 

『彼』を動かすのであれば、千冬や楯無の独断というわけにはいかない。千冬は皆に待機を命じ、楯無、簪、瑠奈の3人を連れて大部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんのつもりだ?」

 

「そんな獣のような鋭い目で睨むな。あんたらに手助けすることが馬鹿馬鹿しくなってくる」

 

この旅館は学園の貸し切りになっているため、使っていない一般客用の部屋がいくつか余っている。その部屋の1つに呆れたような表情をしている瑠奈ーーーー破壊者(ルットーレ)と彼を睨みつけている千冬、そして気まずそうな顔をしている楯無と簪が座っていた。

 

「別に難しい話じゃない。この作戦には少しでも戦力を必要としているんだろう?だから、この破壊者(ルットーレ)がこの戦線に参加する。己惚れるわけではないが、それなりに役に立つことは保証する」

 

「嘘ね・・・・破壊者(ルットーレ)、本当のことを言って」

 

別に彼を信用していないわけではない。雄星が彼ならば、彼も雄星だ。楯無と簪はその全てを受け止め、力になることを誓った。

 

「私たちはあなたの全てを信じているわ。だから・・・・あなたも私たちを信じて」

 

自分でも綺麗ごととは承知している。一方的にこちらから信用しているのだから、そちらもこちらを信用しろなど横暴もいいところだ。だが、彼女達が相手だからか、そんな一方的な要求に破壊者(ルットーレ)は嫌な顔1つせず、目の前のテーブルに置いてあった茶菓子の饅頭を口に放り込み、小さな声で告げた。

 

亡国企業(ファントム・タスク)の連中からレポティッツァの居場所を吐かせる」

 

「レポティッツァ・・・・確かあなたが生まれた破壊者(ルットーレ)計画の中心人物よね?」

 

「ああ、破壊者(ルットーレ)計画の出資者にして亡国企業(ファントム・タスク)のスポンサーの1人だ。この京都に侵入した亡国企業(ファントム・タスク)の幹部辺りだったらなんか知っているだろう」

 

「あなたはなんでそんなに彼女に拘るの?彼女はあなたは生んだ存在・・・・母親に近い存在なのよ?」

 

計画の被検体にされたことにより、最愛の人である小倉瑠奈が殺された。その中心人物であるレポティッツァを雄星は恨んでいるのはわかるが、その計画によって生まれた破壊者(ルットーレ)は感謝をしても、恨む動機が見当たらない。

 

「俺はそんな人間が持つ感情で行動しているわけじゃない。もっと根本的な部分さ」

 

「・・・・というと?」

 

「俺の同類が生まれている可能性がある」

 

「え?」

 

当然の衝撃な発言に楯無や簪だけでなく、千冬も目を見開いて驚いている。破壊者(ルットーレ)の同類、つもりは自分たちやISを滅ぼすための兵士が生まれているということだ。

 

「ど、どういう意味・・・・・?」

 

「・・・・わからない。それを知るためにレポティッツァに接触する必要がある。もっとも、その場で殺せるのならば、それが1番いいが」

 

「・・・・・・」

 

自分のような存在を増やすわけにはいかない。これは自己嫌悪や同族嫌悪などではない。力を持って生まれた者の義務というべきだろう。彼の真意はわかった。だが、彼をこの戦闘に参加させるかは別の問題だ。強すぎる力が諸刃の剣になりゆる可能性がある。自分たちだけではなく、彼ーーー雄星自身も傷つける剣に。

 

「更識楯無、更識簪、頼む、俺を戦わせてほしい。あなたたちを守りたい」

 

「あなたが戦ったダリル・ケイシーのコードネームは『レイン・ミューゼル』。ミューゼル家の末席なのよ?」

 

「相手が誰だろうと関係ない。俺と雄星の敵であることに違いはないんだろう?」

 

迷いを断ち切れていない2人に真剣な眼差しで言葉を告げる。こういう、妙に義理堅いところは雄星に似ているような気がする。

 

「・・・・そこまで言うのならばわかったわ。あなたにはホテル強襲部隊に加わってもらうけど、いいわね?」

 

「了解した、破壊者(ルットーレ)作戦準備に移行する」

 

短くはっきりと返事をすると、これ以上の会話は無駄と判断したのか、部屋を出ていった。彼との初めての共同戦線、全てが未知数である彼と戦うのは不安でいっぱいなのは確かだが、それと同じぐらいに心強さを感じている。少し不謹慎だが、彼と共に戦えるのが楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とはいったものの・・・・どうしようかね・・・・」

 

張りきったのはいいが、肝心の他の専用機持ちの出撃準備が整っていないため、暫しの待機状態だ。だが、やはり自分に対して皆違和感を抱いているのか、部屋でくつろいでいると、通りかかる人間がちらちらと見てくる。別に罪悪感を感じているわけではないが、こうして瑠奈として潜入するのは少し緊張する。

 

雄星に『僕たちは2人で小倉雄星だ』と過去に言われたことがあるが、やはり知らない人間の中に紛れるというのはそれなりに神経を削られるものだ。まあ、仮にも『お前は小倉瑠奈じゃない』と誰かに言われたとしても、その否定を裏付ける証拠はないが。

 

小倉雄星であって小倉雄星ではないという奇妙な人格と立ち位置にいるとこういった気苦労が絶えない。だが、せっかくだから、戦いの前にちょっとした戯れといこう。

 

「よお、また会ったな」

 

「あ゛?」

 

立ち上がり、向かった先はこの大部屋の隅でふて腐れたように座っているオータムだった。

 

「なんだ小倉ゆうせーーー」

 

「腹減っただろう?これでも食えよ」

 

「ふがっ!!」

 

危うく大切な本名を口走りようになったオータムの口に買っておいた八つ橋を押し込み口封じする。

 

らりふんら(なにすんだ)!」

 

「そうかそうか、チョコ味も食いたいか。たくさん買っておいたぞ、たんとお食べ」

 

「ふがふががっ!!」

 

胴体に馬乗りになって、口に次々と八つ橋を押し込んでいく。彼としては退屈そうなオータムにお菓子を食べさせてあげるという善意行動のつもりなのだが、こうしてみると完全にいじめの現場にしか見えない。

 

「頼むから本名だけはいうな。口封じのためにあんたの舌を切らなきゃならなくなる」

 

「ぐがが・・・」

 

瑠奈の意見を確認してコクコクと静かに頷くと、お茶を飲ませてもらい、口の中にある大量のあんこを飲み込む。

 

「・・・・で、何の用だよ?」

 

「そうカッカするな。それじゃあ、少しお邪魔して・・・・」

 

狂犬のように睨みつけてくるオータムに一片も恐れることなく、座り込み、太ももに頭を乗っけて体を預けてくる。俗に言う膝枕というものだ。

 

「・・・・なにやってんだ?」

 

「あまり動くなよ。ここがベストポジションなんだ。前からこうしてみたかったんだよ」

 

オータムのほどよく鍛えられた太ももの筋肉の上に頭を乗せ、猫のように気持ちよさそうな顔を浮かべている。いくら動けないように縛られているとはいえ、さすがに無防備すぎではないだろうか。

 

「おい、動くんじゃねえ。今動いたら、俺様がお前の首筋に噛みついて殺すぜ」

 

「・・・・やめてくれ・・・・」

 

「命乞いか?死にたくなかったら俺様の言うことをーーーー」

 

「俺はあんたを殺したくない。だが、あんたがそうするのであれば、俺はあんたを殺さなくちゃならない。無意味なことはやめておけ、ここ(京都)でも学園祭でもせっかく拾った命だろ?」

 

雄星は彼女は毛嫌いしていたが、破壊者(ルットーレ)は彼女にどこか自分と同じ力を感じていた。彼女の学園祭で見せた力は、ここに居る専用機持ちやエリートなどといったちやほやされた環境で育ったものではなく、自らの力で這いあがってきた者の力だ。

 

「あんたにも待ってくれている人がいるんだろう?その命、こんなところで無駄にするな。玉砕は何も残さない」

 

「・・・・・・」

 

長い間戦い続けてきたからか、彼の言葉には大きな重みと説得力があるように感じた。投降勧告や脅しなどではなく、彼は本当に自分に生きて欲しいと願っているのだ。

 

「・・・・ちぃ・・・」

 

何も言い返せない自分に舌打ちを鳴らすと、何も言葉を発さずに沈黙した。そんな互いが沈黙するような静寂な空間がしばらく続いていたが、そこに気まずそうな顔をした同じ部隊である鈴が入ってくる。

 

「・・・・なにやってんのよ、あんた・・・・」

 

「憩いの時間だよ。準備は整った?」

 

「ええ、後はあんた待ちよ」

 

「わかった、先に行ってくれ。私は少し体をほぐしてから行くよ」

 

「早く来なさいよ」

 

鈴が大部屋を出ていくのを確認すると、立ち上がり体を伸ばす。そのまま部屋を出ていこうとするが

 

「ああ、忘れるところだった・・・・」

 

体を反転させ、再びオータムに近寄ると、手元から折り畳みナイフを取り出してオータムを縛っている縄の所々に切り込みをいれた。これではオータムが少し力を入れれば縛っている縄は千切れ、逃げられる。

 

「・・・・なんのつもりだ、こんなことをして」

 

「まだ逃げんなよ。戦闘状態になったら隙を見てあんたはここを出ろ。・・・・といっても、あんたらのお仲間が救出に来るのが早いかもしれないけどな」

 

別に相手に加担するわけではないが、オータムがここに居てもお互い邪魔になるだけだ。そんな部外者はお早めに退場を願おう。

 

「じゃあな、出るときぐらいは静かに出ていってくれよ」

 

まるで友人と別れる時のような軽いノリで手を振ると、破壊者(ルットーレ)は紅い目を輝かせながら、部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~、気持ちいい」

 

「そうすね~」

 

京都のトップクラスのホテル、そのエグゼクティブフロアにあるプールでレインとフォルテは全裸で泳いでいた。初めはフォルテは恥ずかしがっていたが、今では慣れて楽しんでいる様子だ。

 

「さすがは亡国企業(ファントム・タスク)の実働部隊『モノクローム・アバター』を率いるスコール叔母さんだ。待遇が違うね」

 

「嫌味?あと、叔母さんはやめなさい。正体がばれるわ」

 

プールサイドで寝そべり、サングラスをかけて本を読んでいた幹部のスコールは苦笑いを浮かべる。

 

「それよりも破壊者(ルットーレ)との戦闘はどうだった?」

 

「ああ、あいつね、確かに強いけど、俺とフォルテが力を合わせれば勝てない相手でもねえだろ」

 

「そうっすね、なんとかなるっすよ」

 

『じゃあ、やってみるか?』

 

その声がアナウンスでフロアに響くと同時に、プールフロアの出入口の扉が吹き飛ばされ、1人の少年が入ってくる。隻腕の腕に、紅く輝く瞳。手元には一丁の拳銃が握られ、カチャ、カチャっと歩みを進めるたびに両脚から金属音が鳴る。

 

「てめえ!!」

 

正体をいち早く察したレインがISを展開しようとするが、それよりも早く少年の体から大量の粒子が放出されて大型のバスターライフルを握った機体ーーーー無人のエクリプスが展開され、レインとフォルテの2人に銃口を向ける。

 

「お前たちはじっとしていろ。心配せずとも後でたっぷり遊んでやる。それこそ、死ぬまでな」

 

全裸のレインとフォルテに目もくれず、少年はプールサイドに寝そべっているスコールに近づき、手元の拳銃の銃口を向ける。

 

「お前が亡国企業(ファントム・タスク)幹部のスコールだな?」

 

「そういうあなたは破壊者(ルットーレ)で合っているかしら?」

 

銃口を向けられているというのに一切の焦りを見せないスコール。この余裕で自信に満ち溢れている態度に相当な手練れということがわかる。

 

「挨拶や社交辞令などどうでもいい。こちらの質問は1つのみだ」

 

銃口をスコールの頭部に向け、引き金に指を掛ける。

 

「お前たちのスポンサー、レポティッツァはどこだ?」

 

「いやねぇ、女性と話しているときに別の女性の話?嫌われるわよ?」

 

バンっ!

 

威嚇と警告を兼ねた銃弾がスコールの頭部すれすれをかすり、プールサイドに着弾する。

 

「次は当てるぞ。もう1回質問する。レポティッツァはどこだ?」

 

「そう焦らないの、せっかくだし、私たちと取引をしない?」

 

「取引?」

 

「ええ、私たちはレポティッツァの元へあなたを連れていくわ。ただし、全てが終わったら私たちの元に就きなさい。もちろん今より良い境遇になることは保証するわ」

 

魅力的ーーーとまでは言わないが、悪くはない条件にピクリと引き金に掛けていた指が離れる。この条件を飲めば、少なくともレポティッツァの元へ行くことは出来る。しかも、全てが終わった後は自分の身柄を亡国企業(ファントム・タスク)が保証してくれるというおまけ付きだ。

 

それならば、少なくとも生きていくことは困らないだろう。だが、当然ながら問題はある。

 

「学園を裏切れというのか?」

 

「あら、別にいいんじゃない?あなたの力は学園には勿体ないわ」

 

別に破壊者(ルットーレ)自体はそれほど学園に思い入れがあるわけではない。長い間司令塔にいたせいか、ISの乗り方を忘れたように生徒を闘わせて自分は腰を上げないブリュンヒルデに、窮屈で窒息しそうなほどに息苦しい学園生活。

 

あんな生徒を戦わせる学園の教師など、大リストラ祭を実施して1人残らず路頭に迷えばいいーーーというか、全員死ねばいいと本気で思っている。それでも、こうして学園にいるのはそんな窮屈な思いをしても守りたい物がいるからだ。

社会の檻に閉じ込められたとしても、守りたい人達が。

 

「・・・・悪いが無理だな」

 

再び引き金に指を掛けて、プールチェアに寝そべっているスコールに銃口を向ける。

 

「その誘いに乗ったところであんたらが約束を守る保証はどこにもない。取引を提示するまえに、人を信用させる心理学やビジネステクニックを学んでおくべきだったな」

 

テロリストの言うことなど信じられないし、さらに根本的な問題として雄星や破壊者(ルットーレ)はレインやフォルテといった裏切り者は二度と信用しない。この話は取引でもなければ交渉でもない。暇つぶしにも劣る単なる与太話だ。

 

「そう・・・・残念だわ、小倉雄星」

 

「ぐっ!!」

 

そう呟くと同時に引き金を引くよりも早く、スコールの背中から巨大なテールが展開され、破壊者(ルットーレ)の体を掴む。

操縦者の危機を感じ取ったエクリプスがスコールに銃口を向けるが、その隙を目の前のレインとフォルテが逃すはずもなく、素早くISを展開して取り押さえる。

 

「交渉が決裂した以上、あなたに用はないわ」

 

短くそう話すと、巨大なテールを左右に振ってかぶりをつけ、京都の町が一望できる一面ガラス張りの窓ガラスに向かって投げ飛ばした。勢いよく投げ飛ばされた破壊者(ルットーレ)は窓ガラスを突き破り、カラス片をまき散らしながらホテルの最上階のフロアから地上へ落下していく。

 

当然ながら、今いるこの最上階のフロアから地上までの高さは40メートルはある。そんな高さから落ちたら間違いなく即死だ。

 

「流石はスコール叔母さん、早いね」

 

「お世辞はいいからあなた達も早くISを展開しなさい。その機体(エクリプス)を持って、ホテルを脱出するわよ」

 

レイン、フォルテはISを展開し、取り押さえているエクリプスをスコールに差し出す。大抵の機体には操縦者の使用ロックが掛かっているため、動かすことができない。そのため、その使用権限を消し、誰のものでもない機体にする必要がある。

そうする為の装置を装着させようとしたとき、ピピッと甲高い機械音がエクリプスから発せられる。

 

「ん?何の音だ?」

 

レインがそうつぶやいたと同時に無人のエクリプスの背後のバックパックと脚部のブースターがひとりでに稼働し始める。

次の瞬間、取り囲んでいたスコール、レイン、フォルテを吹き飛ばし、圧倒的スピードで割れた窓ガラスに飛び込みホテルの外壁に沿って地上へ向かっていく。その先にいるのはーーーー

 

「よく来た、相棒」

 

自由落下中だというのに冷や汗1つ流さず、落ち着いた表情を浮かべている破壊者(ルットーレ)だった。素早く追いつくと同時にエクリプスの装甲が全身を包んでいく。

 

「極限進化、応えてみせろ・・・・エクリプス」

 

紅き瞳が輝いたと同時に、機体の所々にゼノンと同じように金色の筋が入り、右肩後ろに2つの筒状の巨大な強襲用オプションパックが追加される。地面すれすれのところで体勢を立て直すと、体を反転させてホテルに向かい合う。

 

対象(ターゲット)ロックオン・・・・」

 

標準をスコールたちのいるホテルのフロアへ定め、右肩後ろに装備された2つの筒状の強襲用オプションパックを1つに連結し、さらにそれを右肩のブラスターカノンに接続して1つの巨大な砲身にする。

 

「エクリプスオプションパック展開、規格外拠点兵装カルネージ・ストライカー。これがエクリプスの最大火力、光に呑まれろ」

 

カチッと音がしたと同時に、巨大な砲身の巨大な砲口からまばゆい閃光と共に大出力の光の柱が発射され、ホテルを貫く。

 

「な、なんて・・・・威力だ・・・・」

 

遠くで待ち構えていた箒たちもこの絶大な威力に言葉を失う。彼がここまでの隠し玉を持っていたとは思いもよらなかったのだろう。

爆発音と共に崩壊するホテル。その崩れゆく瓦礫と粉塵のなかを3機のISが飛び出してくる。

 

その京都の夜景が広がる眼前に、箒の『紅椿』、鈴の『甲龍』、そしてサポーターのセシリアの『ブルー・ティアーズ』が待ち受けていた。

 

「数の上では負けてるがよ、一年のルーキーに負けるほど落ちぶれちゃいないぜ!!」

 

やる気満々のレインに続いて、そのレインを守るようにフォルテがシールドを構えて前に出る。そこには箒たちと敵対する迷いなどは消え失せていた。

 

「戦う前に1つ聞いておきたい!なぜ裏切った!フォルテ・サファイヤ!」

 

「それがわからないようなら、私らには勝てないっすよ。篠ノ之箒」

 

『そうか、ならばその命、ここで尽きろ』

 

フォルテの低い声にあざ笑うかのような声が聞こえた瞬間、下方から大量のミサイルとビームが撃ち込まれ、後方に引き下がる。その攻撃に続く形でエクリプスがレインとダリルの前に立ちふさがる。

 

「てめえ・・・・」

 

「お前たちの愛などに興味はない。だが、この場を乗り越えなければお前たちに未来はないぞ」

 

手元のバスターライフルの銃声を合図に、この京都の夜で戦闘が開始した。

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

83話 嫉妬と報い

星々と月が輝いている京都の夜空。各々の星が自分の存在をアピールするかのように暗い夜に光っている。その幻想的な夜空に大きな輝きを放ついくつもの光が動いていた。

 

「いつも思うんだが、なぜこの世の女はISが扱えるというだけででかい顔をしたがるんだろうな?この世界には自分よりも強くて優秀な奴が山ほどいるのに」

 

ーーーー人間は下を見て安心したいんだよ。自分の価値や優秀さを他人に認めさせたいのさ。人間の心理には承認の欲求という集団のなかで尊重されて認められたいという願望がある。別にそれ自体は悪いことじゃない。人間ならば、誰しもが持っている欲求だからね。

 

「やっぱりわからないな。名誉や地位など少し躓いたらすぐにそんなもの削ぎ落ちるぞ」

 

ーーーー社会から離れて1人で生きてきた僕や君にはわからないものなのかもしれないね。だからこそ、その世間離れした目で世界を見てみれば、きっと何か素晴らしい物を見つけられるさ。

 

「呑気だな」

 

「何をブツブツ独り言をいってんだぁ!!」

 

飛び交う炎と氷柱のミサイル。その猛攻の中をエクリプスは鳥のように攻撃の網目をすり抜けていた。一瞬の隙を見つけては、手元のエクリプスのバスターライフルを撃ちこむが、レインとフォルテのお得意の防御陣形『イージス』に防がれる。

 

「ほう、なかなかの防御力だな」

 

「何を余裕ぶってんだ!死にぞこないがぁ!」

 

上から目線で見下してくることに心底ご立腹といった様子で怒鳴ると、さらに攻撃の手を集中させる。だが、それではこの戦いを制することはできない。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

上空から箒の紅椿が接近し、レインの剣とぶつかる。レインを助けようとフォルテが向かうが、そこに甲龍の衝撃砲とブルー・ティアーズのビームが遮る。

 

「行かせませんわ!」

 

「力ずくで裏切りの代償をおしえてやるわよ!!」

 

慣れない編隊だが攻防ともに万能なエクリプスが戦線を支えているため、箒たちには大きな負担がかからず、自由に動けていた。

 

2人の優秀な射撃で動けなくなっているフォルテにエクリプスは照準を向け、ホテルを破壊した時と同じように右肩後ろの2つの筒状の強襲用オプションパックを1つに連結させ、巨大な砲身の砲口を向ける。

さっきは『イージス』で攻撃が防がれたが、このカルネージ・ストライカーならば、操縦者ごと消し去ることが出来るだろう。

 

「消えろ・・・・弱きものが・・・・」

 

右肩の巨大な砲身にパワーが溜まっていき、発射準備が整う。引き金を引いて発射しようとしたとき、砲身に黄金色の鞭が巻き付き、大きく射線をずらす。上に大きくずれた砲口からまばゆい光の柱が発射され、夜空に消えていく。

 

「ちっ・・・・」

 

「今、あの子たちをやらせるわけにはいかないのよね」

 

その鞭を放ったのは、金色のカラーリングを施された専用IS『ゴールデン・ドーン』を纏ったスコールであった。撃ち落そうとバスターライフルを向けるが、カルネージ・ストライカーを巻きつけている炎の鞭『プロミネンス』がもう一本放たれ、銃身を縛りつける。

 

「悪いけど、いまはあんたらが邪魔なんだ。頼むから死んでくれないか?」

 

「あら、レディに向かって言う言葉かしら?」

 

エクリプスの武装は縛られていて使えないが、相手もエクリプスを縛っているがゆえに大きく動くことが出来ないだろう。腰部、胸部からミサイルを放ち、スコールを撃ち落そうとするが、背後に装備されている試作パッケージ『レッド・バーン』の熱線レーザーが撃ち落す。

 

「なかなかいい装備ね、気に入ったわ」

 

すると、その余裕そうなスコールの上空から風の槍が降り注ぎ、エクリプスから引き離す。それに続いて専用IS『テンペスタ』を纏ったアーリィが出現し、エクリプスを縛っている鞭を振りほどく。

 

「大丈夫カ?瑠奈くん?」

 

「別に助けはいらなかったけどな」

 

お礼を述べることなく再び銃口をスコールへ向ける。残念だが、今はレインとフォルテの相手をする余裕もなければ、気分でもない。大抵の戦いは頭を取れば終わる。つまり、スコールを仕留めることがこの戦闘を終わらせる近道だろう。

 

「レポティッツァの居場所を吐かないのならば、お前に用はない。ここで殺してやるよ」

 

「おお、やる気だネ♪」

 

アーリィが手に風の槍を収縮し、投げ放つがスコールは慌てることなく、熱線のバリア『プロミネンス・コート』を機体に纏い、防ぐがその隙に急接近したエクリプスがバスターライフルの先端に光の銃剣を発生させて切りかかる。しかし、その斬撃は炎の鞭『プロミネンス』に機体ごと叩かれて吹き飛ばされる。

 

その吹き飛ばされたエクリプスを背後の巨大なテールが掴み、スコールの手元に引き寄せる。そして手の平に発生させた巨大な火球を顔面に押し付け、エクリプスの顔面の装甲にヒビを入れ、大爆発を起こし吹き飛ばす。その容赦のない攻撃に機体がビーと耳障りな警告音を響かせる。

 

「・・・・やっぱり、この体じゃ限界があるか」

 

だが、それでも負けるわけにはいかない。それが破壊者(ルットーレ)となったものの宿命だ。

 

「舐めるなよ・・・・人間風情が」

 

苛立ちの混じった声を出すと同時に、腰部、胸部、強襲用オプションパックの装甲が展開し、大量のミサイルが発射された。落下中の機体でまともに平衡感覚もとれないはずなのに、放たれたミサイルは正確にスコールの元へ向かっていく。

 

「無駄よ、このゴールデン・ドーンの防御を突破することはできないわ。そんなこともわからないの?」

 

そのミサイル群はさっきアーリィの風の槍を防いだ『プロミネンス・コート』に防がれ、爆散する。

 

「そこサ!!」

 

その爆炎の中、不意を突く形で3本の風の槍をアーリィが撃ちこむが、同じように防御される。アーリィが突破できないほどに防御力は高い。だが、今はそれでいい。

 

「っ!?」

 

ピーとロックオンされている警告音がゴールデン・ドーンに響く。ふと下方をみると、巨大な砲身カルネージ・ストライカーを展開させたエクリプスが砲口を向けていた。

 

「くっ!!」

 

避けられないと瞬時に判断すると、今纏っている『プロミネンス・コート』にくわえ、両肩に備えられた炎の鞭『プロミネンス』を全身に高速で回転させ、2重の防御シールドを展開させる。

 

「消えろ」

 

そんなスコールを短く吐き捨てると、大出力のカルネージ・ストライカーが発射され、金色の輝くISを京都の夜空のはるか彼方へ押し上げていく。だが、残念なことに天空に高く押し上げただけで撃破には及ばなかったようだ。

 

「はぁ・・・・」

 

あのISが頑丈なのか、それともエクリプスがフルパワーでなかったからか。こうしていると、面倒な連中を相手にしているというこの現実にため息が出てくる。

 

「すごいナ、君。あんな状況であれを撃つなんて」

 

「・・・・あんたも十分強いよ」

 

ともあれ、どうするべきだろうか。ここでスコールが戻ってくるのを待つかそれとも追撃に行くか。とりあえず、バスターライフルのマガジンを交換しようとしたとき、頭の中を不愉快な感覚がよぎる。それは『あの女』が来ている確かな証拠だ。

 

「あの女・・・・」

 

「ん?どうかしたのサ?」

 

「・・・すまないが、後は任せていいか?急用が出来た」

 

その返事を聞くことなく、エクリプスは戦線を離脱していった。こんなせっかちなところも若さゆえなのだろうか。そんな初々しい行動力に関心するかのような笑みを浮かべると、アーリィは天空に押し出されたスコールを追うために、機体を上昇させていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、空港倉庫にてーーーー。

 

「ここに亡国企業(ファントム・タスク)の手がかりがあるのか」

 

暗闇に紛れて一夏、ラウラ、シャルロット、簪が駆ける。警戒しながら軍人であるラウラがエスコートしていくが、ぴたりとラウラの足が止まる。

 

「おかしい・・・・なぜこんなにも静かなのだ・・・・?」

 

空港倉庫にはISはおろか、警備員すら見当たらない。その無音な空間が不気味な雰囲気を醸し出していた。

 

「エスト、この空間に生体反応はあるか?」

 

『熱探知や生命探知を行いましたが、生体反応はありません。ですが・・・・これは・・・・っ!?』

 

異変を感じ取ったエストが警告を呼びかけようとするが、それよりも早く閃光が輝き、目の前の倉庫が爆発音と共に吹き飛ぶ。

 

「くっ!」

 

いち早く異常を感じ取り、ISを展開したラウラとエストが素早くシールドを展開したため、負傷はなかったものの一夏たちは態勢を崩してしまう。そして、そこに一直線に突っ込んでくる機体があった。

 

「あれは・・・・サイレント・ゼフィルスっ!!」

 

キャノンボール・ファストで雄星を連れ去った機体。ISを展開させようとするが、それよりも早くロング・ライフルがシャルロットと簪を吹き飛ばし、瞬間加速(イグニッション・ブースト)によって一夏に詰め寄る。

 

「私の狙いは貴様だ、織斑一夏」

 

手元のロング・ライフルに装備されている銃剣で一夏を切り裂こうとするが、素早く白式を展開し、剣戟を受け止める。

 

「ふん、少しは成長しているようだな」

 

「おかげさまでな!!」

 

まだISを展開していないシャルロットや簪がいる場で戦闘を行うわけにはいかない。白式の『雪片弐型』でサイレント・ゼフィルスを切り上げ、2機の機体は夜空へ駆け抜ける。

 

「ごほっ!げほっ!」

 

『マスター、シャルロット様、大丈夫ですか?』

 

シールドを展開させたが、大きく吹き飛ばされたため少なからずダメージを負ってしまったようだ。その状態で何とか立て直し、夜空で戦っている一夏の身を案じて3人は飛び立とうとするが、その前にふわりと躍り出る人影があった。

 

「にゃーん。せっかくの『黒騎士』のお披露目を邪魔させないよ☆」

 

陽気な声の持ち主、それは篠ノ之束その人だった。

 

「きらきら☆ポーン♪」

 

右手のステッキを振るうと、3人のISががくんと地面に這いつくばった。

 

「なっ!?」

 

「う、うごけない」

 

「これ、は・・・・重力?エスト!」

 

エストが原因を解明している間も立ち上がろうとするが、強烈な重力感に襲われて立ち上がることが出来ない。まるで、巨大な手で押さえつけられているような感覚だ。

 

「にひっ、束さんの最新作、『玉座の謁見(キングス・フィールド)』はいかがかな?ちょっと出力高めでお送りしちゃうよん」

 

にまにましたと笑顔を浮かべながら束は地面に這いつくばっている簪に近づく。

 

「ねえ、君ってゆーくんと最近親しくなっているよね?ずるいなぁ、この束さんを差し置いて親しくなるだなんて」

 

「ふぐっ!!」

 

そう言い、地面に這いつくばっている簪の後頭部を思いっきり踏みつける。強く地面に顔面を押し付けられたせいで。眼鏡が割れ、そのガラス片が簪の頬を切る。

 

「う・・・ぐ・・・・」

 

「やっぱり、あの臨海学校で君を消しておくべきだったかな。すっごく後悔しているよ」

 

ラウラやシャルロットも助けようと必死に体を動かすが、わずかばかり手足が動くだけだ。

 

「でももういいよね?私のゆーくんを横取りする泥棒猫だったら、ここで殺しちゃって」

 

手元のステッキの先端から刃を発生させると、踏みつけている簪の後頭部の少し下のうなじの部分に狙いを定め、振りかぶる。

 

「えいっ☆」

 

『このアバズレ女が!!』

 

呑気な声と共に突き刺そうとしたとき、荒々しい怒声が発せられて動けないはずの簪の打鉄弐式の腕が動くと同時に束の体を掴み、投げ飛ばす。

 

「う・・・うぅぅ・・・」

 

『マスター、大丈夫ですか!?』

 

機体を動かしたのはいち早くこの重力下の環境に適応したエストだった。しかし、肝心の操縦者である簪はこの環境に適応していないため、機体を無理やり動かすのは簪自身の体が持たない。

 

『あなたはISを降りて逃げてください。このままではあなたの命が危険です』

 

「エストは・・・どうするの?」

 

『あなたが逃げるだけの時間を作ります。あなたを守ることが私の存在理由です』

 

そう告げると同時に、機体が強制的に簪を下ろして動き始める。

 

「エストっ!!」

 

『あなたは逃げてください!!』

 

AIというのに感情が籠っている声で叫び、無人の機体は武装の薙刀『夢現』を出現させると、目の前の束に突っ込む。

 

「エストちゃんっとかいったっけ?君、人口AIのくせに犬みたいな思考をしているんだね」

 

『そこは人間みたいといって欲しいですねっ!!』

 

大声で叫ぶと同時に薙刀を束に向かって叩きつけるが、あっさりと手元のステッキで受け止められる。エストは手首と腕のモーターを全稼働させて全力なのに対し、束は赤子の手をひねるといった様子で余裕の笑みを浮かべている。

 

「悪いけど邪魔しないでほしいなぁ、用があるのはそこの根暗な眼鏡の女の子なんだ。あっち行きなよ」

 

エストなど眼中にないと言った様子でステッキの刃で薙刀を握っている両手首を切りつけ、蹴り飛ばす。機体が地面にこすり付けられ、激しい轟音が響くが、素早く立ち上がると荷電粒子『春雷』の照準を向けるが、その隙も与えないといった様子で束が急接近し、手首、脚部、武装の装甲を素早く切り刻み、解体させる。

 

『くっ!!』

 

せめてもの攻撃として、打鉄弐式の全身を使って押しつぶそうとするが、ステッキの刃が胴体に刺しこまれ、コアに接続されている機体稼働コードを切断される。さすがISの生みの親といったところだろうか。ISの弱点を的確に攻撃してくる。

 

『そ、そんな・・・・』

 

バチバチと全身からプラズマが流れ、様々なアラームと警告が表示される。意識はあるというのに、機体の指1つ動かない。

 

「よいしょっと、せっかくだし機体をいただいちゃおうかな。ゆーくんが作った機体には興味があるしね」

 

力尽きた打鉄弐式を地面に横たわらせ、機体につんと触れる。すると、機体が淡い光に包まれ始める。

 

『マスターっ!!逃げて!!』

 

「エスト!!」

 

その簪の悲痛な叫びも虚しく、機体が粒子となって消えていき、最終的に手の平サイズの青いクリスタルに収容される。

 

「よいしょっと」

 

目の前の青いクリスタルとなった打鉄弐式をポケットに収めると、束は冷徹で非情な目をしながら簪に歩みを進めていく。

 

「さてと・・・・じゃあ、裁きの時間だよ☆」

 

そう言うな否や明らかに人知を超えた圧倒的スピードで簪に接近すると、腹部に強烈な拳をめり込ませる。

 

「がはっ!」

 

肺や肝臓が圧迫され、呼吸が出来ず意識が遠のくがなんとか踏みとどまる。だが、口からは血が混じっている赤色の唾液が垂れ、四肢がピクピクと震えている。

 

「あっ・・・おぉぉ・・・・・」

 

「あれ、まだ意識があるんだ。意外と丈夫なんだね君」

 

「ぐぶっ!あぁぁ!!」

 

拳に続いて強烈な膝蹴りが簪の腹部にめり込み、さっきまでの血が交じり唾液と違い、正真正銘の多量の血が口から飛び出す。そんな意識もないといった様子の簪の後頭部を肘で思いっきり殴りつけ、地面に倒す。その時、地面に倒れた衝撃で、簪の口からの吐血だけでなく鼻血も噴き出す。

 

呼吸困難に意識不明の状態。人体に深刻なダメージを負い、脳や他の臓器が危険信号を発しているが、今の簪には動けるだけの気力も体力も残っていない。

 

「・・・・あぁぁっ・・・・ヴぉぅ・・・・」

 

「あれれ?死んじゃったかな?なんだつまらないなぁ、けどまぁ、まあいいか」

 

瀕死の簪を抱え上げようとしたとき、キラリと空が光る。その刹那、無数の白い飛行物体が束に襲いかかり、簪から引き離す。

 

「お、やっときたかぁ。待たせすぎだよん」

 

無数の飛行物体に続いて現れたーーーーいや、降臨したのは輝く両翼を身に着けた機体、アイオスだった。殺意のある紅き瞳で束を見下している。

 

「やあ、ゆーくん。いや、今は破壊者(ルットーレ)っていったほうがいいかな?」

 

「挨拶など必要ない。死ね」

 

それと同時に両翼から光の刃を出したアリス・ファンネルを一斉に射出し、束に斬りかかる。多数の全方位からの攻撃を束はダンスを踊るかのような楽しそうな顔を浮かべながら防いでいく。その様子はさながら蝶の舞だ。だが、その的確な攻撃は確実に地面に倒れている簪やラウラ達から引き離していく。

 

「この重力空間は・・・・空間圧作用兵器か。ならば・・・・」

 

手元のディスプレイに指を走らせて状況を整理し、瞬時にこの空間に適応するシステムを機体内で作り上げる。確かに束の兵器は優秀だ。だが、小倉雄星と破壊者(ルットーレ)の全てを詰め込んだこの機体(エクストリーム)に不可能はない。

 

「システム起動・・・・」

 

アイオスから特殊な衝撃波のようなものが発せられ、この空港倉庫を包み込む。すると、ラウラとシャルロットの機体が重力から解放され、動けるようになった。

 

「シャルロット、ラウラ、君たちは簪を連れて旅館へ戻れ!!」

 

「だ、だが・・・・」

 

「いいから早くしろ!!束を抑えておくのも限界だ!!」

 

先程までは圧倒的な手数で抑えられてはいたが、束自体が攻撃に慣れ始めているのか既に数機のアリス・ファンネルを破壊して始めており、これ以上は耐えられない。

 

「わ、わかった・・・・」

 

束の実力を感じ取っていて、自分たちでは相手にできないことを自覚していたからか、地面に横たわっている簪を抱え上げると、2人は空港倉庫を離脱していく。これで残ったのは束と破壊者(ルットーレ)のみ。束を取り囲んでいるアリス・ファンネルを両翼に収容し、アイオスは地面に降り立つ。

 

「お望みならば、この京都で葬式を取り繕って墓も作ってやる。だから、この地で永眠しろ」

 

「ぶぶ~ひどいこと言うなぁ。これを返してあげないぞ♪」

 

まるで買ってもらったおもちゃを自慢するかのように束は手元のポケットから手持ちサイズの青いクリスタル。エスト(打鉄弐式)を見せつける。

 

「それは俺と雄星の主人が持つべき大切な機体だ。返してもらうぞ」

 

「だったら交換だね。これを返してあげるから、あの根暗な眼鏡少女、簪とか言ったっけ?あの子を頂戴」

 

「お前・・・・・何を企んでいる?」

 

不可解すぎる発言に手元の大型ビームライフル、ヴァリアブル・ライフルの銃口を向ける。

 

「あの子、束さんの攻撃を生身で食らって生きているってかなり丈夫な子だよ。せっかくだし『繁殖』に使えるとおもってね」

 

「繁殖?」

 

「そう、君の複製(クローン)か子孫の母体してあげるよ。あの子ならきっと強い子を産んでくれるだろうしね」

 

「っ!?」

 

その悪魔の言葉に反射的に引き金に掛けていた指が動き、銃口から一筋のビームが飛び出す。それに続いて全機のアリス・ファンネルからも次々と攻撃が飛び出すが、そんなことは予想していたといった様子でステッキから発生したシールドに防がれる。

 

「そんなに感情的になるだなんて以前の君なら絶対になかったのに・・・・何をそんなに君を・・・・いや、君たちを変えたんだろうね?」

 

「俺や雄星みたいな負の遺伝子を後世に残してどうする?過ちは繰り返させない」

 

「人の罪や欲望で生まれた君が言うのかい?それは矛盾だよ?」

 

「生憎、人間とはそういうものだ」

 

「ほう?」

 

『人間』、彼はーーーいや、彼らは自分が歪んだ存在として苦しんだはずだ。生命の理を外れた肉体に閉じ込められ、数多くの苦悩に血反吐を吐くほどに苦しみ、喘ぎ、涙した。それども、自分を人間と定義し、矛盾を乗り越えてその前に進むことを選んだ。

 

1人の少年、小倉雄星として。

 

「じゃあ、これは返せないなぁ。束さんがもらっていくね」

 

「そううまくはいくかな?彼女(・・)はあんたや俺と違って今も成長している。それは想像を超えるスピードでな」

 

「何を言ってーーー『(・・・ック)』ん?」

 

すると、打鉄弐式を閉じ込めている手元のクリスタルから消えそうなほどに小さな声が聞こえてくる。よく聞こえないと耳を近づけた瞬間、ピシッとクリスタルに亀裂が入り、そしてーーー

 

『ファァァァァァ----ック!!!!』

 

倉庫が震えるほどの大音量が発せられ、クリスタルを砕き、中から光の粒子が飛び出してきた。その粒子は真っ先にアイオスの手の平に集結し、1つの指輪を形成する。その指輪は紛れもなく簪の専用機である打鉄弐式の待機状態のものだ。

 

「遅いぞ、エスト」

 

『申し訳ありません、セキュリティの突破に思いのほか時間を取られました』

 

その声の持ち主は紛れもなく打鉄弐式の守り手、エストであった。これで取り戻すべきものは取り戻した。もはや長居は無用だ。

 

「じゃあな、生きてたらまた会おう」

 

機体のスラスターをフル稼働させ、空港倉庫の上空に飛翔する。これで束が死んでくれるとは到底思わないが、せめてもの手土産だ。痕跡は全て消していく。手を振るうと、アリス・ファンネルが組み合わさっていき、1つの砲身を形成する。

 

「爆ぜろ!!呑まれる奔流の絆(ザ・アサルトフォーム)!!」

 

そこからまばゆい閃光と共に大出力ビームが発射され、空港倉庫を吹き飛ばす。亡国企業(ファントム・タスク)の物資を抑えるのが目的だったが、これで跡形もなく吹き飛んだだろう。ついでに束も消えてくれればなお好都合だ。

 

「まあ、そううまくはいかないか・・・・」

 

負け惜しみに似たセリフを吐くと、アイオスは美しく輝いた両翼を羽ばたかせながら京都の夜空を舞っていった。

 

 

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

84話 聖戦の開戦

空港倉庫を脱出したアイオスは進む方角を箒たちが戦闘しているホテルへ向ける。本来、自分はホテル強襲部隊なのだ。いきなり抜け出してしまった以上、これ以上彼女達に負担を掛けるわけにはいかない。

 

破壊者(ルットーレ)、さっきはかっこよかったですよ』

 

「エスト・・・・何の話だ?」

 

『自分は人間だっていう人間宣言ですよ。あれだけ自分を否定し続けたというのに、よりにもよってあなた(破壊者)が自らを肯定するとは珍しいこともあったものです』

 

唐突に自分の恥ずかしい台詞を指摘され、言葉に詰まる。よく考えたら、こうして今まで自分を人間として見たことなどなかった。束のいうとおり、雄星だけでなく、破壊者(ルットーレ)である自分も何かが変わり始めているのかもしれない。

 

「お前はおかしいと思うか?こうして1人の少年の肉体に寄生して生き延びている者が人間を名乗るなど」

 

破壊者(ルットーレ)、人間であることの定義や基準など案外曖昧なものですよ。あなたは他者を想い、信じ、そして愛することが出来ます。それが出来るのならば、あなたはもう人間でいいのではないのでしょうか?』

 

「・・・・・」

 

エストには考える力はあっても、愛や恋といった人間の持つ感情を感じることもできず、理解することもできない。それに対して、破壊者(ルットーレ)には人の感情を持ち、大切な人を抱きしめるための肉体がある。ならば、もう十分人間として生きていってもいいのではないのだろうか。

 

「いまさら人として生きていくことなどできるものか・・・・」

 

『そうでしょうか?あなたは不老の肉体を持っています。いくらでもやり直しは利きますよ』

 

いくら言っても、結局はそのように生きていくのかを決めるのは彼自身だ。エストもこれ以上は無駄と判断したのか、待機状態の打鉄弐式を粒子にして収容すると、破壊者(ルットーレ)もエストも何も語ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、と。どこに隠れやがった、1年娘」

 

突然の京都の市街地で起こったISバトルにパニックを起こして逃げ惑う人々の上空をレインとフォルテが飛び交う。アーリィと破壊者(ルットーレ)はスコールが抑えている。この隙に専用機持ちを潰してしまうのが得策だ。

 

「もらったわよ、レイン・ミューゼル!」

 

ビルの隙間から鈴が衝撃砲を放ちながら、飛び出すが例によって『イージス』に防がれる。

 

「くっ!セシリア、頼んだわよ!」

 

攻撃に転じたレインにセシリアがビット攻撃を仕掛けるが、氷の壁を出現させたフォルテに防がれる。その氷の壁が破壊されると、破片がいくつもの氷柱となってセシリアへ向かっていく。

 

「くっ!!」

 

直撃するかと思ったその氷柱だが、突如上空から大出力のビームが降り注ぎ、ひとつ残らず吹き飛ばす。そしてセシリアを庇う形でエクリプスが再度レインとフォルテの前に現れる。

 

「さてと・・・・最終ラウンドといこうか」

 

「てめえ・・・・」

 

よりにもよって最悪の天敵が現れたことによって、レインとフォルテはぎりぃと歯ぎしりを鳴らす。

 

「る、瑠奈さん・・・」

 

「セシリア、鈴、彼女達は私が引き受ける。君たちは一旦下がって体勢を整えろ」

 

「ですが・・・お1人では・・・・」

 

「大丈夫だ、彼女達の扱いは慣れている」

 

その声は敵を前にして粋がっているわけでもなく、重い役割を1人で背負い込もうとしているわけでもない。自分の出来ることを当然のことのようにこなすいつもの彼だった。そしてそれは誰よりも頼りになる男の象徴だ。

 

「わかりました・・・・鈴さん、ダメージを負っている箒さんの元へ向かいましょう」

 

この場を瑠奈に託すことに鈴も異存はないらしく、2人は戦線を離脱していく。これでようやく舞台は整った。あとはどちらかが死ぬまで戦うだけだ。

 

「せ、先輩・・・・」

 

「大丈夫だ、俺たちは無敵の『イージス』だ。どんな相手にも勝てるに決まってんだろ?」

 

安心させるようにフォルテを強引に抱き寄せて強引なキスをする。目の前で行われている同性のキスに瑠奈はーーーいや、破壊者(ルットーレ)は愉快そうな半笑いを浮かべる。まるで2人の愛をあざ笑っているようだ。

 

「じゃあ、やろうか」

 

「フォルテ、俺たちなら勝てる。俺を信じろ」

 

「うっす、先輩・・・・」

 

そう言うと同時に、レインのIS『ヘル・ハウンド』の両肩にある犬頭が口を開き、エクリプスに向かって火炎をまき散らす。自分に向かって飛び散る炎の渦に焦ることなく、素早く上昇すると、肩にあるブラスターカノンを撃ちながらレインに突っ込む。

 

「やらせないっすよ!!」

 

その間に愛しの恋人を守るようにフォルテが入り込み、氷の壁で射撃を防ぎながら、手元にあった対IS弾を100発装填できる凶悪さを秘めた四二口径アサルトライフル『アルト・アサルト』を撃ち放つ。やはり、エクリプスといえど、対IS弾は響くらしく、ガガガガンと耳障りな轟音と共に装甲が削られていく。

 

「まだまだいけるだろ・・・・エクストリーム!!」

 

そんな弾丸の嵐の中をエクリプスは怯むことなく突っ込んでいく。さながらその光景はアメリカ艦隊に突っ込む日本の戦闘機だ。

 

「ちょ、あんた正気っすか!?」

 

「生憎だな、正気だったら今日まで生き残れていねぇよ!!」

 

自虐に似た叫びを出しながら、持っていたバスターライフルの銃口に光の光剣を発生させ、切り込もうとするがレインの双刃剣(パドル・ブレード)の剣戟に遮られる。

 

「ほう、これを防ぐとは中々のコンビネーションだ。流石、恋人同士なだけあるな、ははっ」

 

「俺たちを笑うんじゃねぇぇぇ!!」

 

どこまでも上から自分たちを見下してくる破壊者(ルットーレ)に対しての怒りの炎で焼き尽くそうと両肩の犬頭の口が開くが、それよりもエクリプスの全身からミサイルが一斉に発射され、爆風がレインとフォルテを包み込む。

 

だが、防御陣形『イージス』を素早く展開したせいで、大きなダメージにはならなかったようだ。

 

「ちっ、次から次へと・・・・」

 

思ったほどにダメージを与えられない状況に軽い苛立ちを感じるが、それと同じぐらいに奇妙な悦楽が体の底からこみ上げてくる。おそらく、こうして久しぶりに思う存分戦うことが出来ていることに体が喜んでいるのだ。

そうだ、嫌々にやってもなんにもならない。何事も楽しまなくては。

 

にっと笑みを浮かた瞬間、隙を突くように2人が切りかかってくるが、慌てることなく受けとめると腰部のフロントアーマーからミサイルが発射し、吹き飛ばす。それでも必死に食いつこうと被弾しながら必死に2人は立ち向かっていく。

 

だが、手の上に弄ばれているかのように隙を突かれてはダメージを与えられ、再び吹き飛ばされるの繰り返しだ。

 

「なんでこいつはこんなに強いんだ!?あり得ねえ!!」

 

「もっとだ・・・・もっと・・・もっと俺を楽しませろISっ!!」

 

叫びながら再び突っ込もうとしたとき、脳内に大きな衝撃が走る。先ほどの束の襲撃を告げたときの感覚とは全く違う。未知で不明なものだ。だが知っている、この感じを。

 

「もらったぜ!!」

 

その突然の戸惑いによる硬直を目の前にいるレインが見逃すはずもなく、手元の双刃剣(パドル・ブレード)が切り裂き、吹き飛ばす。そのまま、体勢を立て直すことなく地上に激突する。そのまま追い打ちかのようにフォルテの氷柱の槍やアサルトライフルの弾丸を食らうが、エクリプスは動くことなく、地面に倒れこんだままだ。

 

こんなにも無抵抗だと逆に警戒心がでてくる。

 

「ど、どうなってんすか?なんでいきなり・・・・」

 

「なんかの機体の不調か?」

 

すると、突如エクリプスが立ち上がり、目の前に広がっている夜空を見る。その瞳にはレインやフォルテなど眼中にないといった様子だ。そのまま不思議なことに空港倉庫の方角へ再び飛んでいった。

 

「白騎士・・・・・」

 

人間として生きていけると考えていたが、やはり自分の生まれ持った宿命からは逃れられない。破壊者(ルットーレ)はフラフラと夜明かりに我を忘れた蛾のように向かっていった、全ての始まりともいえるあの機体がいる場所へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

京都の夜空。そこには互いに対照的な色を持つISがぶつかり合っていた。相手を倒せば自分には功績や手柄を手に入れ、のし上がっていくのが戦いというものだ。しかし、この戦いに勝ったところで何も得るものはない。

この戦いは『存在しないもの』同士の戦いなのだから。

 

「バラバラになれ!!白騎士!!」

 

手元大型のバスターソード『フェンリル・ブロウ』の出力を上げ、『サイレント・ゼフィルス』---いや、黒騎士は目の前の白い装甲に包まれたIS、白騎士に突っ込む。本来は存在しないはずのIS。だが、幻影や幻などではなく、その白騎士は確かに目の前に存在し、黒騎士の操縦者ーーー織斑マドカへ刃を向ける。

 

「白騎士、貴様の命をもらう!!」

 

マドカの殺意を表したかのように『フェンリル・ブロウ』の出力が上がると同時に、鞭剣へと変貌を遂げる。そのままランサー・ビットを直撃させ、斬りかかる。

 

「消えろぉぉっ!!」

 

『フェンリル・ブロウ』のエネルギーの刃が白騎士の装甲をノコギリのように削り取っていく。こうしてただ攻撃しかしないところを見ると、人の意志がない動作プログラムだ。その隙をつけさえすれば勝てる。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

渾身の一撃は絶対防御を突き破り、機体を破壊するかと思われたが、自身に振り下げられる刃を白騎士はその手でで掴むと同時にその手で引きちぎる。

 

「何だと!?」

 

『貴方に、力の資格は、ない』

 

無機質で感情の籠っていない声だったが、その言葉はマドカの心に深く突き刺さる。かつてとある人物に言われた言葉。それをここでこうして言い渡される、『お前は失敗作だ』と。

 

「資格が・・・・ない・・・・」

 

『資格のない、者に、力は不要』

 

短く切り捨てるような口調で告げると、手元の近接プラズマブレード、『雪片壱型』でマドカの胴体へ振り下ろす。

 

「あっ・・・」

 

胸部の装甲が裂け、大きく後方へバランスを崩す。その隙を白騎士が逃すはずはなく、再び振り下ろされた刃が黒騎士の左翼を切断し、機体が爆発に包まれる。

 

「うっ・・・ぁぁぁ・・・」

 

悔しさからなのか、貧弱なパンチを放ち、抵抗するが当然ながら効いた様子はなくそしてその感情的な攻撃は再び白騎士の反撃を許してしまう結果となった。

 

「ぐ、うっ!?」

 

大きくバランスを崩したマドカの首を両腕で掴み、高く掲げる。その強靭な握力に口から血が吐かれ、意識が朦朧としてくる。

 

『散れ、力の資格、なき、者よ』

 

仲裁者や調停者のような口ぶりで告げ、黒騎士の裂かれて剥き出しとなった胸部に『雪片壱型』を突き刺そうとしたとき、突如、大出力のビームが直撃し、白騎士を吹き飛ばす。

 

「げほっ!ごほっ!」

 

激しく咳き込みながら、攻撃が飛んできた方向を見ると、そこには意外な人物が銃口を向けていた。

 

「貴様は・・・・」

 

「死ぬのはてめえだ!白騎士!!」

 

白と赤のカラーリングをし、右肩後ろには2つの巨大な筒状の強襲用オプションパックが装備されている。さらに手には大型のバスターライフルに顔面の装甲には亀裂が刻まれており、紛れもなく、その機体はエクリプス。本来は自分たちと敵対しているはずの破壊者(ルットーレ)だった。

 

照準を白騎士に向けながら、エクリプスは黒騎士と肩を並べる。

 

「な、なぜ・・・・」

 

「助けない方がよかったか?だが、死ぬんだったら猫みたいに誰の目にも触れないところで死んでくれ。迷惑だ」

 

自分の身を案じているというわけではなさそうだが、かといって見捨てているような様子でもない。とりあえず、気に入らない白騎士から黒騎士を救出したのはいいが、状況は不明なことばかりだ。目の前の白騎士からはなぜか一夏の白式の機体反応を感じ取っている。

 

信じられないことだが、白式が何らかの変化が生じ、その結果あのような白騎士の姿となったものなのだろうか。

 

「サイレント・ゼフィルス・・・・いや、黒騎士、あの白騎士は残留無意識かなんらかの動作プログラムか?」

 

「わからない・・・・」

 

毎度お決まりの織斑姉弟によるはた迷惑な騒動が再び起こったわけだ。本当、ここまでくると何かに憑かれているのではないかと思ってくる。

 

「こんな状況でこんな頼みをするのはなんだと思うが、黒騎士お前はここで退いてほしい」

 

「ふざけるな!!私はっ!私はっ!」

 

「そんな機体で戦うつもりか?」

 

子供のように駄々をこねる黒騎士だが、機体は悲惨な状態だ。胸部の装甲は裂かれ、左翼と大型バスターソードは白騎士に破壊され、武装はランサー・ビットと腕部のガトリングのみ。一般機相手ならばまだしも、白騎士と戦うにはあまりにも貧相で貧弱な装備だ。

 

あいつ(白騎士)は俺が倒す。お前は下がれ、邪魔だ」

 

「断る!!これは私の戦いだ、貴様こそ邪魔をするな!!」

 

ここまで強情だと呆れてくる。最悪、スコールに連絡して引き取ってもらうべきだろうか。これは亡国企業(ファントム・タスク)にとって何の利益もない戦いだ。そのくらい、あの女ならば、理解しているとはおもうが。

 

「私は・・・無資格などではない・・・・」

 

悔しさなどと言った感情的なものではない。その声にはどうしても譲れない思いとプライドが感じ取れた。何を賭してでも譲れないものが、この織斑マドカという少女にはある。

 

「はぁ・・・・」

 

ここで無駄に口論している暇はないのだが、ここまで話が進展しないとなると、最も危険で面倒な手段を用いらなくてはならなくなる。それを感じとっているからか、軽いため息が出てくる。

 

「わかったよ、ほら」

 

「え?」

 

突如、持っていたバスターライフルを黒騎士に投げ渡す。

 

「・・・・なんのつもりだ?」

 

「お前の武装は消耗している。このエクリプスのバスターライフル使え。なに、安心しろ、エクリプスのバスターライフルはもう1つ予備がある」

 

続いてエクリプスの武装を次々と手渡される。それはまるで消耗した黒騎士に自分の力を分け与えているようだ。ここまでされては彼が自分に何を求めているのかわかる。

 

「貴様・・・・正気か?」

 

「俺だってこんなことしたくねえよ。でも仕方がないだろう、こうするのが現在白騎士に勝つのに最も可能性が高い手段なんだ。それとも、ここで白騎士を含めた三つ巴の戦いをするか?」

 

「決まっているだろう・・・・こうするだけだ!!」

 

大声で叫ぶと、黒騎士は手元のバスターライフルをエクリプスーーーーではなく、いつの間にか接近してきた白騎士の胴体に直撃させ、再び吹き飛ばす。

 

「決まりだな、しばらく黒騎士に協力する」

 

「ふんっ・・・・」

 

互いの意志を確認すると、エクリプスと黒騎士ーーー破壊者(ルットーレ)と織斑マドカは同時に銃口を白騎士へと向ける。

 

「その織斑一夏とかいう男の肉体がお前の棺桶だ。地獄の淵へ沈んでいけ」

 

「白騎士・・・・貴様だけは落とす」

 

考えも所属する部隊も違う2人が唯一この場で一致していること。それは目の前に現れた気に入らない白き機体を叩きつぶすということだ。

 

『力の、資格が、ある者たちよ・・・私に、挑め・・・・』

 

王者のように刃を向けてくる白騎士に、2人の人ならざる者が挑む。これで舞台は整った。手出しも助力も不要だ。これから最悪にして、最高の戦いが始まる。

 

「エクストリーム、奴の最後を俺に見せてみろ」

 

「もう貴様に目覚めは必要ない。ここで死ね、偽りの騎士よ!!」

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

85話 閃光と極限の彼方へ

京都での戦闘は激化を極め、多くの情報が飛び交っている。その全ての中継地点となっている本部では千冬や真耶が忙しそうに右往左往と動いている。同じように本部で指揮をとらなくてはいけない楯無だが、司令室ではなく、一般客が使う部屋で静かに座っていた。

 

自分でもこんな状況でこんなことをしている場合ではないとわかっている。だが、目の前で眠っている愛しの妹を放っていることなどできなかった。

 

「簪ちゃん・・・・」

 

様々な医療用機材に囲まれて静かに眠る簪の手を握る。簪の全身には包帯を巻かれ、口には医療用マスクをつけられ、静かに呼吸音を発している。

 

今から一時間ほど前に敵の襲撃を受け、負傷した簪が旅館に運び込まれてきた。強い衝撃を受けたせいか、腹部の皮膚は大きく変色し、顔は噴き出した血で真っ赤になり、意識もなく体中が傷だらけだった。その壮絶な光景に生徒会長として冷静な思考を心がけている楯無は大きく泣き叫んでしまい、大きく取り乱してしまった。

 

このままではまともな判断もできないと千冬は頭を冷やそうとしたのか、こうして誰もいない部屋に簪と一緒に閉じ込め、見守らせてくれている。

だが、こうして2人だけでいても不安は膨れ上がっていくだけだ。

 

簪の容態に奪われたエストと専用機、そして彼について。

空港倉庫に現れたところまでは聞いたが、それ以降の消息はつかめず、完全に行方不明となっている。彼のことだから大丈夫だとは思うが、相手は一度負けている亡国企業(ファントム・タスク)なのだ。それを考えると、そうしても不安を感じてしまう。

 

今すぐにでも確認に向かいたいが、本部を空けるわけにはいかないし、今は簪の傍にいたい。なんだかこうしていないと、簪がーーー愛しの妹がどこか遠いところに行ってしまうような気がしてくる。

 

「雄星君・・・・破壊者(ルットーレ)・・・・」

 

彼が天使だろうが悪魔だろうがどっちでもいい。彼が何者であろうと自分は受けとめる。だから・・・・どうか簪を---この妹を救ってほしい。

 

「お願い・・・・助けて・・・・」

 

涙を浮かべながら消えてしまいそうなほどのか細い声で呟く。だが、虚しいことに部屋には静寂が訪れ続けるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒騎士、前へ出すぎるな!!2人で少しずつ追い詰めていく!!焦るな!!」

 

「わかっている!!」

 

白騎士の左腕から放たれる荷電粒子砲を避けながら、エクリプスと黒騎士は相手を取り囲み、互いに持っているバスターライフルを撃ち放つ。

大火力の絶大な威力を持つ武装だが、その攻撃は絶対防御を前にして防がれる。

 

「ちっ、何という威力だ・・・・だがっ!!」

 

圧倒的な性能を前にして気弱になってきている自分を喝破し、エクリプスから受け取ったサーベルを引き抜くと、一気に突っ込んでいく。一見無謀に見える行為だが、この行動の意味を瞬時に破壊者(ルットーレ)は理解する。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

バチバチと火花を散らしながら『雪片壱型』とサーベルがぶつかり、互いに渾身の力をぶつけ合う。だが、やはり、織斑千冬(ブリュンヒルデ)の動きは相手が何者であったとしても負けることはない。

 

『愚かな、者よ、地に堕ちろ』

 

無情に吐き捨て、手元の『雪片壱型』を大きく切り上げて黒騎士を吹き飛ばす。そのままバランスを崩した黒騎士に斬りつけようと急接近するが、そこでマドカの口角が上がる。

 

「今だ、やれ!!」

 

上空でカルネージ・ストライカーを展開させたエクリプスが待機しており、白騎士へ照準を合わせる。いくら固い防御力を持つとしても、このエクリプスの最大火力の前では全ては消し飛ぶ。

 

「灰燼に帰せ」

 

白い閃光ともに大出力の光の柱が発射され、白騎士を包み込む。さすがの絶対防御でもこの攻撃は完全には防ぎきれないらしく、強烈な圧力に押しつぶされ、真下の暗闇の森林へ落ちていく。そのまま追撃といわんばかりに胸部、腰部、強襲用オプションパックが展開し、大量のミサイルを発射して森林を吹き飛ばす。

 

「やったか・・・・?」

 

炎と煙に包まれている森林にそう呟いた瞬間、暗闇の燃え盛る森林の中から一発の荷電粒子砲が飛び出し、エクリプスを吹き飛ばす。視線を向けてみると、爆炎と煙に包まれた森林の中で白騎士が平然と立っていた。その様子からはダメージを負っている様子はない。

 

「頑丈な奴だな・・・・さて、どうする・・・・?」

 

あの防御を突破する方法が今のところ思いつかない。最悪、白騎士を掴み天空で自爆するという手段もあるが、その爆発の範囲がはっきりと確認できないのでは危険な方法だ。下手すると、京都の都ごと吹き飛ばしてしまう可能性もある。

 

「どうするつもりだッ!?このままでは・・・・」

 

「そう慌てるな、この破壊者(ルットーレ)のいる戦場に敗北はありえない」

 

負けない、負けられない。その心に応えるように戦況を見ている紅き瞳が輝き始める。とりあえず、エクリプスの最大火力であるカルネージ・ストライカーが効かないとなると、接近して最強の矛で一点突破を狙うしかない。全身のミサイルを全て撃ち放つと、無駄な弾倉や装甲を切り捨て、アイオスに装備を切り替える。

 

それと同時に全身にアリス・ファンネルを展開し、白騎士へ顔を向ける。その表情は皮肉と自虐が混じった虚しいものだ。

 

「黒騎士、あんたは白騎士を抑えてくれ。後はこちらがやる」

 

「貴様・・・・何をするつもりだ?」

 

ただならぬ雰囲気を感じ取ってか、震えた声がマドカの声から発せられる。情けないことだが、全身が震えてくる。これからすることに恐怖しているのだ。

 

「あんたは援護射撃だけしてくれればいい。その後、できればここから出来るだけ離れろ」

 

「・・・・死ぬなよ」

 

嬉しい慰めをもらい、黒騎士は銃口を燃え盛る森林の中に佇む白騎士へ向ける。

 

「行け!!」

 

その声を合図にアイオスと黒騎士は全速力で白騎士へ突っ込む。迫りくる2つの光を撃ち落そうと荷電粒子砲で迎撃してくるが、並走している黒騎士の援護射撃とアリス・ファンネルでどうにか凌いでいく。ギリギリのところまで接近すると、黒騎士は離脱していくと同時にサーベルを引き抜く。

 

その時のサーベルはいつも使っている物とは違い、刃渡りは短く、強烈なエネルギーを放出していた。あの防御力を目の前にしては通常の武器では歯が立たない。ならば、先端にエネルギーを集中させ、一点突破であの鉄壁のシールドエネルギーを突き破る。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

切りかかるというより、特攻といった表現のほうが正しい形で白騎士に突っ込み、大きな衝撃に森林の地面や木々は吹き飛び、大量の土煙が森林一帯を包み込む。その時のアイオスが突っ込んだ衝撃で白騎士はバランスを崩して地面に仰向けに倒れこむ。

 

「死ねぇぇぇぇっ!!」

 

その千載一遇のチャンスを逃すわけはなく、白騎士の体を足で抑え、握ったサーベルを突き刺そうとするが、左腕から放たれた荷電粒子砲が正確にサーベルごと右手を吹き飛ばす。

 

「うぐぅっ!!」

 

右手が焼ける痛みに耐え、瞬時に次のサーベルを引き抜こうとするが、それよりも早く足元の白騎士が体を起こし、アイオスの首を両手で掴み、締め上げる。そのまま、腹部に蹴りをいれてバランスを崩させ、体勢を反転させてアイオスを地面に押し倒す。

 

「ぐぐぐぅぅぅ・・・・」

 

右手は焼かれて使い物にならず、視界がぐらつくせいで正確にアリス・ファンネルを直撃させることは難しい。そのまま全身の体重を押し付けてアイオスを追い詰めていく。視界がぼやけてきたことによって目の前に広がる白い景色。そこに黒い影が忍び寄る。

 

「白騎士ぃぃぃぃ!!」

 

アイオスのピンチを見てか、ランサー・ビットを白騎士の背中に突き刺し、動きを鈍らせる。絶対防御を前に効果などないに等しいが、ほんの僅かだが隙が出来た。

 

「今だ、やれ!!」

 

「っ!!」

 

押し倒されていた体を押し上げてサーベルを抜刀し、白騎士の頭部を食らわせる。エネルギーを集中させたその斬撃は装甲を破損させ、確かな攻撃力を見せるが、踏み込みが浅かったせいか大きなダメージにはならない。

 

「まじかよ・・・」

 

不運かそれとも偶然か。ともかく自分の運のなさを恨みながら、反撃として放たれた白騎士の重い斬撃に吹き飛ばされて意識が遠ざかる。その時、斬りつけた頭部の装甲がはじけ飛び、金色に輝く一夏の双眸が姿を表す。

 

今思うと、初めて会った時からこの男は気に入らなかった。弱いくせに無理に何事も背負い込もうとして、無駄だと分かっているくせに『大切な人を守る』とかいうくだらない理想論ばっか説いてきて。男でありながらISを使える存在、ISを倒すために生まれた自分とは相反している者だ。

 

だが、たとえ生きている目的が違くても、道がすれ違ったとしても、破壊者(ルットーレ)にも雄星にも一夏にも待ってくれている人がいる。自分とは違い、家族(千冬)がいる。ならば、そんな物に籠ってないで、大切な人の元に戻って安心させてあげればいいのに、なんでこんなところで目的もなければ報酬もない戦いを自分としてるのだろうか。

 

「なんで・・・こんな、こと・・・・に・・・・」

 

破壊者(ルットーレ)っ!!」

 

力なく倒れたアイオスを助けようとするが、それよりも白騎士の斬撃が襲いかかるのが先だった。その強烈な剣筋をサーベルで凌ぎきれるはずもなく、全身の装甲を削られていく。だが、それでも退くわけにはいかない。この破壊者(ルットーレ)の力なくしては白騎士には勝てない。

 

「潮時よ、エム」

 

大きな危険を冒してでも助けようとアイオスに手を伸ばすが、後方からスコールが現れ、黒騎士の胴体を『ゴールデン・ドーン』の巨大なテールに備え付けられているクローで掴み、引き離させる。よく見ると右腕にはオータムを抱いていた。

 

「さようなら、織斑一夏くん、破壊者(ルットーレ)。また会えるといいわね」

 

「放せ!!このままではあいつがっ!!」

 

「感情で動くと死ぬわよ。いいから大人しくしていなさい」

 

マドカをしっかりと固定し、動かないようにしたスコールはそのまま瞬間加速(イグニッション・ブースト)とパッケージ・ブーストによって空域を離脱していく。

 

『・・・・・・』

 

だんだんと小さくなっていくスコールに白騎士は左腕の荷電粒子砲を向けて狙いを定めるが、その行動は敗北の決定打となる。

 

「っ!!」

 

照準に気を取られ、注意がおろそかになっている一瞬の隙を生かし、アイオスが白騎士の顔面をわしづかみにして押し倒す。振りほどこうと腹部や脚部に荷電粒子砲を撃ちこむが、全身が焼かれたとしてもアイオスは掴む手を離さない。

 

『愚かな、獣が』

 

「それじゃあ、お前の大好きな獣姦プレイといこうか」

 

アメリカ人であっても笑えないブラックユーモアあふれるブラックジョークを言うと、右手が光り始め、白騎士の装甲を溶かしていく。何とか振りほどこうともがくが、肘、膝にアリス・ファンネルの刃を突き刺し、動きを封じる。

 

「もう終わりだ。この戦いも、俺たちも」

 

そう語り掛けた瞬間、地面に地割れが起き、右腕の装甲が吹き飛んだ。それに続いて放つエネルギーに機体が耐えられていないのか、全身の装甲が吹き飛び、体が悲鳴を上げる。アイオスの顔面の装甲が吹き飛び、金色の瞳の一夏と輝く紅色の瞳の雄星が向かい合う。

 

同じ親に捨てられ、大切な姉がいる似た境遇の者同士。だが、分かり合うことは出来ない、それが運命だ。激しい轟音で耳がやられ、体の感覚も感じなくなってくる。だが、これでいい。この白騎士(IS)を殺すために自分は生まれた。だから、これでいいのだ。

 

消えていく意識の中、力なく微笑んだその瞬間、森林一帯が吹き飛び、白い閃光と激しい轟音が京都の都を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白騎士、完全に反応を沈黙しました!!」

 

「直ちに専用機持ちを救援に向かわせろ!!各機は互いにオープンチャンネルで救助の状況を連絡し合うことを忘れるな!」

 

千冬の指示と共に、真耶が一斉に専用機持ちを戦闘が起こった地域へ急行させる。それと同時に千冬は部屋を退出し、廊下を歩いて行く。ここからは時間との勝負だ。いち早く2人を回収し、迅速な治療を施す必要がある。そのため人員を惜しんでいる余裕はこちらにはない。

 

「入るぞ」

 

扉を開けると、たくさんの医療機材に囲まれ、静かに横たわっている簪とその簪の手を握っている楯無が傍らに控えている。

 

「これから雄星の探索活動を行う。更識楯無、お前にも参加してもらうぞ」

 

その言葉に反応してか、楯無がゆっくりと顔を上げる。だが、目は泣いていたからか充血して真っ赤になっており、頬には涙の跡があった。

 

「織斑先生・・・・」

 

「あいつはこの京都でお前たちを守るために戦った。ならばせめて迎えに行ってやってはどうだ?」

 

「・・・・・」

 

もちろん彼を迎えに行ってあげたい。だが、自分がいなくなったら妹である簪をどうなる。もしかすると、再び簪を狙って束が強襲してくるかもしれない。その時はいったい誰が彼女を守る?

 

「迎えに行ってやれ、あいつにはお前たちが必要だ」

 

「ですが・・・」

 

「ここには私が残り、お前の妹は私が責任を持って守る。だから行け、雄星を連れ戻して来い」

 

「・・・・わかりました」

 

袖で涙をぬぐい、立ち上がる。その目には迷いや戸惑いは消え去り、学園最強の生徒会である威厳があった。戦いは終わった、ならば彼の帰るべき場所になってあげるのが自分の役目だ。

 

「失礼します」

 

一礼すると、楯無は静寂に包まれている旅館の通路を歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そうか、お前にも姉がいたのか。奇遇だな、私にも1人手間のかかる弟がいるんだ』

 

『その弟はあんたにとってどんな存在なんだ?』

 

『どんな存在と聞かれてもな・・・大切な弟としか言いようがないな。それを言うならば、お前にとって姉はどんな存在だ』

 

『彼女は・・・・僕の所有者だ。僕の命も肉体も魂も全て彼女の物なんだ』

 

『そうか、だがいつまでも姉に執着してはいつまでも前へ歩くことは出来ない。いつまでも未来永劫心身ともに縛られ続けるぞ。いい加減自立したらどうだ?』

 

それは綺麗ごとだ。生き方を見失った人間はそうやって生きていくしかない。織斑千冬、あんたも僕と同じように大切な家族を失った時、同じことを言えるのか?

 

だが、ここで討論するのは無駄な行為だ。家族を失い、絶望のどん底にいる僕とたった1人でも家族がいる千冬。そんな者同士が話し合ったとしても何も変わらないし何も得るものはない。

 

だが、もしかしてこれから先の未来で自分の全てを捧げていいと思う人が出てくるかもしれない。その人のために、何もかも捧げる。何もかも捨てられる。命を懸けられる。そんな素敵な人に出会ったとき、僕はーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこにいるの・・・・雄星君・・・・・」

 

京都の夜空を専用IS『ミステリアス・レイディ』を纏った楯無が飛翔する。専用機持ちが四方に散って探索する。白式を纏った一夏はすぐに発見されたのに対し、どうしても雄星だけが見つからなかった。もしかすると、あの閃光の中で肉片1つ残さず消え去ってしまったのかもしれない。

 

そんな最悪な想像を頭を振って振り払った時、小さい微弱な通信を受信する。

 

『だ・・・・か・・・・・を・・・・』

 

「な、なに?」

 

雑音が混じり、上手く聞き取れなかったが、その声は聞き覚えのある声だった。通信の周波数を上げて、なんとか受信できるようにすると、やはりその声は知っている声だった。

 

『誰・・・・か・・・・・応答・・・を・・・・』

 

「エストちゃん!?」

 

『その声は・・・・よかっ・・・・た・・・・』

 

「エストちゃん、今どこにいるの?」

 

『私は・・・・・雄星・・・・と共・・・・・に・・・・』

 

エストは雄星とともにいる。その状況を瞬時に判断すると、すぐさま通信を逆探知して位置情報を割り出す。通信が発信されている場所はこの京都の町からいくつかの山を越えた先の森林からだった。どうやらあの爆発で京都から大きく外れた山の奥まで吹き飛ばされたらしい。

 

どうりでいくら探しても見つからないわけだ。

 

「すぐに迎えに行くわ!だから、頑張って!」

 

『お願・・・・す。もう・・・・エネル・・・・・が・・・・・』

 

それを最後に通信は切れ、一切の反応は見せなくなる。だが、肝心の位置情報は判明した。機体のスラスターをフル稼働させて彼の現在地へ向かう。途中、いくつもの山を超えていくと、木々は生える森林の中、一機の人型の機体が倒れていた。

 

「雄星君!!」

 

慌てて駆け寄るが反応はない。全身の装甲は砕けて大破しており、機体反応は発しておらず、パワーダウンしているのかピクリとも動かない。

だが、楯無が触れた瞬間、全身がかすかに輝き始めた。そのまま、体がゆっくりと浮かび上がっていく。

 

すると、新たな装備を換装するかのように全身の砕けている装甲や欠けている装備が再生されていく。まるで、機体そのものが生き物であるかのようだ。例えどんなに深い傷やダメージを負ったとしても、操縦者の折れない心があるかぎり消えることなく、その意志を貫き続ける力。それがこの機体と操縦者である少年の願った物であった。

 

「雄星君・・・・破壊者(ルットーレ)・・・・」

 

楯無が手を伸ばすと、エクストリームはその手を優しく握り、京都の方角へ引っ張っていく。まるで楯無に帰ろうと催促しているようだ。

 

「そうね、簪ちゃんやみんなが待っているわ。帰りましょう」

 

綺麗な星々が煌めく夜空の中、手を握った2機の機体が綺麗な軌道を描きながら向かっていく。自分の帰りを待ってくれている者たちの元へ。

 

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

86話 戯れの宴

温かい日々を夢見た。

漂白された記憶の水平線。血と硝煙に霞む向こう側。その日々に彼らの魂は届かない。そしてそれは原初の思い出、人でなくなった者たちの黙示録。

 

かつて愛し合った者たちを世界は戦わせる。----互いの譲れない存在と未来を賭けて。

 

 

 

 

 

 

 

「んっ・・・・」

 

暗い部屋に敷かれた布団の中、簪は目を覚ました。だが、息苦しくて体が動かない。そんな状態で顔を横に向けると、自分の手を握って眠りについている楯無がいた。寝巻ではなく、制服姿であるところを見ると、自分を看病している途中で眠ってしまったようだ。

 

何だかこうして手を握られるのは懐かしい感覚だ。昔、姉と一緒に寝た時、お互いを安心させようと手を握って眠りについていたからだろうか。

 

「っ・・・」

 

体を起こすと、ズキリと鈍い痛みが体を駆け巡る。よく見ると、体中に包帯が巻かれており、口には医療用マスクがつけられている。

 

「あまり動くな、怪我が悪化するぞ」

 

その声の主はいつからいたのか、部屋の窓枠に腰かけている雄星ーーーーいや、破壊者(ルットーレ)だった。窓から差している月光に照らされ、紅き瞳が輝いている。

 

破壊者(ルットーレ)・・・・」

 

「いいお目覚め・・・・・とはいえなさそうだな」

 

色々聞きたいことがあるというのに頭が働かない。彼がこうして自分の前にいること事体に現実味を感じられていない自分がいるのだ。

 

「あの・・・あの後、どうなって・・・・」

 

「悪いが面倒なことは嫌いなんだ、詳しいことはこいつに聞け」

 

そういい、簪に青い指輪ーーーーエスト(打鉄弐式)を投げ渡す。機体自体は束に破壊されて今は修復できなかったが、幸いなことにAIのエストは作戦が終了し、簪が寝ている間に何とか修復を終わらせることが出来た。

 

『マスター、よくぞ御無事で・・・・』

 

「エスト・・・・ありがとう、守ってくれて・・・・」

 

『お礼は不要です。あなたを守ることが私の存在意義です』

 

口では淡々とした口調だったが、自分の主である簪がこうして無事だったことに嬉しい様子だ。もし、彼女に肉体があったら、勢いよく抱きついてきていたかもしれない。

 

破壊者(ルットーレ)も無事でよかった・・・・」

 

「俺の心配をしていたのか?生憎だな、俺が負けることはありえない。君はカマキリが蝶に負けると思っているのか?」

 

呆れたような口調だが、口角が僅かに上がっており、まんざらでもない様子だ。なんだか、彼が笑うなど意外な光景だ。妖しい紅き瞳に触れた者の命を絶命させる危険な雰囲気。だが、彼は笑った人間の様に。

 

「後の君の警護と看護はエストが引き受ける。君の負傷はまだ良いとは言えない、おとなしくしていろ」

 

それだけ言い残すと、破壊者(ルットーレ)は退室していった。部屋には簪とエスト、そして眠っている楯無が残された。ひとまず、眠っている楯無に近くにあった毛布を掛けておく。

 

「ねえ、エスト・・・・なんで、雄星と破壊者(ルットーレ)は・・・・私達のために戦ってくれたの?何も・・・お礼なんてできないのに・・・・」

 

『ならば、マスターはお礼さえできれば、彼がボロボロになるまで戦わせるおつもりですか?』

 

「そ、そういう意味じゃなくて!・・・・なんで、私たちのために戦ってくれたのかなって・・・・」

 

彼は戦うことしかできないと自分で決めつけてしまっている。別にそれを肯定するつもりはないが、戦うならばせめて自分に利益のある戦いをすればいい。それが賢い生き方だと彼自身も分かっているはずだ、それなのになぜ彼はこの学園にーーー自分の近くにいてくれるのだろうか。

 

『確かに、彼をーーー破壊者(ルットーレ)を求めている企業や軍隊は世界中にあります。ですが、大切な人のために戦うことを止め、自らの欲望を満たすためにその剣を手にした時、彼はおそらく心身ともに悪に堕ちてしまうでしょう。それこそ、小倉瑠奈でもなければ小倉雄星でもない、全てを破壊する破壊者(ルットーレ)へ』

 

彼はお世辞にも人とは言えない肉体となっている。だけど・・・いや、だからこそ、彼は自分は人間だと自らの心に言い聞かそうとするのだろう。そうしなくては自分が自分でなくなってしまいそうな気がして。

 

『だから、あなた達は彼が挫けそうになった時に支えてあげてください。彼は見ての通り、危なっかしいお人ですからね』

 

彼は大切な人を救うために、自分の全てを受け入れて破壊者(ルットーレ)となった。結局、戦う理由は今も昔も変わらない。大切な人を守りたいという決して変わらない想いが彼にある。

その想いは女尊男卑となり複雑になったこの世界で誰もが忘れ、失ってきた物ものなのかもしれない。人が持つべきの大切なものを皮肉なことに、人とは言えない彼が誰よりも受け継いできた。

 

「ねえ、エスト・・・・私の体、動かしても大丈夫?」

 

『まあ、激しい運動などでなかったら大丈夫だと思いますが・・・・』

 

「だったら・・・・」

 

恥ずかしそうに頬を染めながら、点滴を抜き、医療用マスクを外す。そして、なぜか着替えを持って部屋を出ていく。部屋には静かな寝息を立てている楯無のみが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・・いい湯だな・・・」

 

旅館の露天風呂に入りながら雄星は気持ちよさそうにため息を吐く。いままで温泉旅行など行ったことなどなかったため、こういう温泉は新鮮だ。入る前に今回のヒーローである破壊者(ルットーレ)に入るように勧めたのだが、『興味ない』と即答し、眠りについてしまった。

 

別に強制する気はないが、こういう肉体があるだからこそ味わえる娯楽という物も、たまには味わってみるべきではないのだろうか。まあ、こういう興味のないことにとことん無関心というのも彼らしいが。

 

「じじいくさいぞ、雄星」

 

「じじいくさいぞ、じゃない。なんであんたがここに居るんだ?」

 

普通のように隣で温泉に入っている千冬を睨みつける。ここに来る道中に千冬にばったり鉢合わせし、『どこに行くんだ?』と聞かれ、『温泉に入って疲れをとる』と即答すると、『ならば混浴風呂がある。一緒に入るぞ』と話があさっての方向に進んでいき、強制連行されて今に至る。

 

「そういうな、昔こうして一緒に風呂に入ったのを覚えているか?懐かしいな雄星。あの時、毎回私の胸を不思議そうに揉んできたな」

 

「そういうあんたもよく僕の尻を楽しそうに触ってきたじゃないか」

 

「はっはっは、そんなこともあったな」

 

露天風呂という解放的な空間だからか千冬が上機嫌そうに笑う。今は特別開放してもらっている状態で、雄星と千冬以外誰もこの場にいないだからこそ、助かっているが、2人ともタオルで体すら隠していない生まれたままの姿なのだ。男女がタオルで体を隠さずに混浴しているのは世間体からしたらあまりよろしくない。

 

「あの時のお前は女に大きな恐怖を抱いていたからな、ビクビクとハムスターのように怯えながら私のいいようにされてたのは可愛かったぞ」

 

「あんたは弟がいたからか、年下の扱いは慣れている感じだった。だからこそ、安心して身を任せられたのかもしれないね」

 

「嬉しいことを言ってくれるな」

 

珍しく自分を褒めてくれて嬉しいのか、隣に座り直すと腕で強引に雄星を自分の胸元に抱きしめる。いつもならば彼は嫌がるはずなのだが、今は瑠奈ではなく雄星だからか、それともただ疲れているだからか抵抗はせず大人しくしていた。

 

彼とは出会いが悪かっただけなのだ。もう少し違う出会いをしていたら、雄星は自分と一夏の弟となり、幸せに暮らしていたのかもしれない。だが、こんな出会いをしてしまっては、本当にもう彼と道が交えることはないのだろうか。

 

「・・・・苦しいよ・・・・」

 

「あ、ああ、・・・・すまない・・・」

 

考え事をしていたせいか、長い間彼を抱きしめてしまったらしい。

 

「考え事かい?今ぐらい仕事からは解放されたら?」

 

「そうだな、何事もほどほどが一番だ」

 

せっかく久しぶりにこうして2人だけになれたのだ。暗いことや仕事のことは今だけでも解放されていたい。

 

「まあ、せっかくの露天風呂なんだ。あれはないのか?」

 

「ああ、あれね。ちょっと待ってくれ、確か・・・あったあった」

 

ディスプレイを操作すると、手元に一本の日本酒の熱燗を出現させる。この酒は実験用のアルコールと食べきれない米を組み合わせて、長持ちする酒に作り替えたものだ。だが、肝心の雄星が酒を飲めないため、持て余していたが千冬が処分してくれるらしい。

 

「ぶはぁー、なんでお前が作る酒はこんなにも美味いんだ?」

 

「さあね、そこまで何かを意識して作っているわけじゃないんだけどね」

 

たださえ上機嫌なのに加えて、そこに美味い雄星の酒が手元にあるのか、はっはっはと愉快そうに千冬が笑いだす。だが、雄星は忘れていた。千冬は酒が入ると、性格に妙なアクセルがかかってくることに。

 

「おい、雄星、酒の礼だ。私のおっぱいを好きなだけ揉んでいいぞ!」

 

「黙って飲んでろ」

 

「なんだとぉぉ!!あ、わかったぞ、お前こっちの方がいいんだろう?」

 

ニタリと妖しい笑みを浮かべると、雄星の手首を掴むと自身の股にこすり付ける。この頭を抱えたい状況に、今すぐにでもあがりたい気持ちになるが、この暴走列車状態の千冬を放置したら何をしでかすのかわからない。下手すると体を逸らし、狼のように遠吠えでも始めるかもしれない。

 

「はぁ・・・っ!?」

 

ため息を吐いた瞬間、この露天風呂に何者かが入ってきた。もしや襲撃かと思い、2人は身構えるが入ってきたのは青髪に身長が雄星と同じくらいの身長をした少女だった。体中に包帯を巻き、たどたどしい足取りで入ってきたその少女は間違いなくーーーー

 

「お、お邪魔します・・・・」

 

恥ずかしいのか、顔が真っ赤に染まった簪だった。意外な人物の登場に持っていたサバイバルナイフを落としてしまい、温泉の中に沈む。

 

「・・・・何やってるの?」

 

「いや、その・・・・わ、私が疲れを、癒してあげられないかな、と思って・・・・」

 

日頃の静かで大人しい簪では想像できないほど大胆な行動力だ。そこら辺はやはり、あの刀奈の妹だということが分かるが、この状況での乱入は最悪なタイミングだ。

 

「簪、悪いことは言わないから今すぐーーー「おお、更識妹、お前も来たか」」

 

警告が間に合わず、酔っ払い状態の千冬が笑い声を上げながら絡む。雄星は腰にタオルを巻いているのに比べて、酔っ払いの千冬は体を何も隠さず、生まれたままの姿で片手には熱燗を握っている状態だ。そのため、豊満な乳房に、ムチムチで筋肉質な体つき。自分とは似ても似つかない圧倒的なスタイルを前に、簪は顔を逸らして現実逃避している。

 

「まあ・・・ここは混浴だしゆっくりしていって」

 

「う、うん・・・お邪魔します・・・・」

 

風呂桶を置き、シャワーの前に座る。そして体を洗おうとシャワーのノズルに手を伸ばそうとする簪に魔の手が忍び寄る。

 

「とうっ!」

 

「きゃっ!?」

 

突然、後方から酔っぱらって顔が真っ赤になっている千冬が手を伸ばし、簪の胸を背後からわしづかみする。

 

「お、織斑先生っ!?」

 

「うーん、こんな貧相な胸で将来雄星の子供が出来た時、どうやって授乳するつもりだ?搾乳機でも使って搾り取るのか?」

 

「だ、大丈夫です・・・・こ、これからが、成長期ですから・・・・」

 

「そうかそうか、まあ、お前の姉はいい身体をしているんだ。せいぜい励めよ。せっかくだ、私がお前の体を洗ってやろう」

 

「え、で、でも・・・」

 

「いいから、遠慮するな」

 

手でタオルをこすり、泡立ててから簪の体を洗っていく。千冬は鼻歌を歌いながら上機嫌な様子だが、豊満な胸を押し付けられている簪は大きな劣等感に襲われている。ちらりと、雄星を見てみると、気遣いからか湯船に落としたナイフの水気を切っており、凝視はしていなかった。

 

彼が女の体つきで浮気するほど、尻軽な人間ではないとは分かっているが、こうして圧倒的な存在が隣にいると、胸にグサリと何かが突き刺すような痛みを感じる。

 

「下も洗ってやる。立て」

 

「い、いえ、そこは自分で・・・・」

 

「いいからいいから、遠慮するな」

 

饒舌となった千冬に抵抗できず、何をされるのかとビクビクと怯えながら、千冬に尻を見せる形で立ち上がる。

 

「お前はケツだけはいい形をしているな。たくさん子供を産めそうな肉付きをしている。将来は安泰だな、ははっ!」

 

直球すぎる評価に顔を真っ赤にしながら雄星の方を見る。なんだか、この会話を雄星に聞かれるのだけは嫌だったのだが、今度はは夜空を見上げながら千冬が飲み干した酒の補充をしていた。聞こえていないーーーーと信じたいが、ひょっとすると、簪の気持ちを案じて聞こえてないふりをしているだけなのかもしれない。

 

「え、エスト・・・・助けて・・・・」

 

助けを乞うように指輪に声を掛けるが、エスト自身も面倒ごとはごめんなのか反応することなく沈黙したままだ。そんな孤軍奮闘している簪にさらなる試練が立ち塞がる。

 

バチーーィィン!!

 

「きゃぁっ!?」

 

千冬が突然洗っていた簪の尻を叩き、爽快な音と共に尻部の肉が揺れる。突然の衝撃に裏返った声が出て困惑してしまっている簪に対し、千冬は悪びれた様子はなく、フリフリと左右に揺れている簪の尻部の肉を満足そうに眺めている。

 

「お、お、お、お、織斑先生っ!?」

 

「いや、なんかこのケツで雄星を誘惑したと考えると、なんだか憎々しく感じてな。もう一発叩かせろ」

 

「ひぃっ!」

 

もう一発食らわせようと千冬の手が振りかぶったと同時に、体を素早く動かして雄星のいる湯船に飛び込む。体が危機を感じたのか、自分でも驚くほどのスピードであった。

 

「簪、大丈夫?」

 

「うぅぅ・・・助けて・・・・」

 

恥ずかしさと恐怖からか、涙目になりながら雄星の元に向かうと、素早く背後に隠れて千冬と距離を取る。

 

「おいおいなんだ、裸の付き合いもできないとは無礼な奴だな」

 

「今のあんたが礼を語るな」

 

火に油を注ぐ結果になることは分かっているが、次々に瓶に注がれた熱燗を渡していく。今の千冬は酒を飲んでいるときは静かなのだ、ならば、その場しのぎとわかっていても、酒を飲んで静かにしてもらうしかない。

 

「お、織斑先生って・・・・こんなにも酒癖が悪いの・・・・?」

 

「うん、正直僕も忘れていたよ」

 

日頃厳格な人間ほど、オフ時のギャップが激しいものだが、これはギャップというより表裏が激しいといったところだろう。正直、めんどくさい。隣でぎゃあぎゃあと騒ぐ千冬を黙らせようとさらに熱燗を取り出そうとしたとき、1つの呼び出しメールが届いていたことに気が付く。

 

「ごめん、もう上がるよ」

 

「早いな、もうか?」

 

「ああ、用事が出来た。とりあえず、酒は置いておくからあとはごゆっくり」

 

「じゃ、じゃあ、私も・・・・」

 

雄星に便乗してあがろうとする簪だが、目の前の飢えた狼が獲物を逃すはずがない。

 

「お前は入ったばかりだろうが。私に付き合え」

 

その楽しげな表情を見た瞬間、全身の毛が逆立ってきた。不思議なことに、ここは危険だと脳が警告してくる。

 

「あ、あの・・・でも・・・・」

 

「雄星を誘惑したお前の体をもっと知りたくなった。なあに安心しろ、今は貸し切りだ。いくら叫んだところで誰にも聞こえはしない」

 

恐怖で固まっている簪と酔っている千冬を残し、雄星は出ていく。脱衣所に戻った瞬間、背後から激しい水音と千冬の笑い声、そして簪の悲鳴が聞こえてきた。

 

『こら!動くな更識妹、大人しくそのエロケツを突き出せ!!』

 

『きゃっ!や、やめてください!!そこは指を入れる場所じゃーーー』

 

『大人しくしていたら私だってこんなことをせずに済んだんだ!いいから、言う通りにケツを割り開いて私に見せろ!!あいつの性癖に合わせて快楽を得られるようお前の体の穴を拡張してやる!!』

 

『き、きつい・・・いや、指を動かさないでーーーーうゔぉぉ・・・』

 

『お、良い声を出すな。もっとその声を聞かせろ。2本目入れるぞ、はっはっは!!』

 

『がっ、あっ、あんっ、い、イヤぁぁぁぁ!!』

 

酒は飲んでも飲まれるなというが、今の千冬は酒に飲まれているというより、飲み込まれているといった状態だ。そんな暴走者を静めるためには生贄が必要であった。そう、彼女の注意を引き、決して飽きられない生贄が。

 

「簪・・・・頑張れ・・・・」

 

扉越しに聞こえてくる簪の喘ぎ声を気の毒そうに聞きながら、雄星は静かに着替えて脱衣所を出て行った。




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

87話 復讐者

秋となり、夜風が心地よい。その涼しい風で温泉に入り、火照った体を冷ましながら瑠奈は旅館から少し離れた高台の公園を歩いていた。この公園はとある人物からの呼び出し場所だったのだが、呼び出した本人はまだいない。だが、顔見知りの人物がいた。

 

「やぁっと来たサね」

 

「あんたと待ち合わせをした覚えはない」

 

高台の手すりに腰かけて右肩に猫を乗せている眼帯と隻腕の女性。アーリィが声を掛けてくる。

 

「悪いが、ここはこれから待ち合わせに使う。用がないのならば、よそへ行ってくれ」

 

「まあまあそう言わずに、君に渡したいものがあってネ」

 

すると、肩に乗っていた白猫のシャニィが小さく鳴いたと同時に、肩から飛び降りて瑠奈の元へ向かう。

 

「君は猫を飼っているんだったネ?ならば、シャニィの面倒を見てほしいのサ」

 

「・・・・何のつもりだ?」

 

「これより、イタリア代表アリーシャ・ジョセスターフは、亡国企業(ファントム・タスク)に降るのサ」

 

「そうか、元気でな」

 

衝撃的なことを言われているのだが、足元にすり寄ってくるシャイニィを撫でながら、瑠奈は無関心そうに返事をする。

 

「驚いていない様子だナ」

 

「あんたが何処に行こうがどうでもいい。だが、亡国企業(ファントム・タスク)に降っていうならば、あんたは敵になるんだろう。ならば、いうことは1つだ」

 

顔を上げてアーリィの目を見る。瑠奈としては彼女が敵になろうがどうでもいい。だが、敵対する以上は、決別の証を見せておこう。

 

「全力で来い。こちらも容赦はしない」

 

低く、殺意とある声ではっきりと口にする。これで互いの意志は確認した。後は戦うだけだ、お互いの持てる力を全てつぎ込んで。

 

「そうカ・・・・じゃあ、また会おサ。・・・・戦場で」

 

それだけ言い残すと、アーリィは腰かけていた手すりから下り、暗闇へ消えていった。それを見送ると、瑠奈もアーリィと同じように手すりに腰かけ、手元の白猫のシャイニィを撫でながら待つ。

 

ニャ、ミャ・・・・

 

「お前の先輩であるサイカと仲良くできるといいな」

 

飼い主と離れ、これからの生活に心細さを感じているのか、膝の上でシャイニィが小さく鳴く。それを励ますように頭を撫でていると、少し遅れて呼び出し人が現れた。長いポニーテールに平均的な身長をした少女、紛れもなくその少女は束の妹である箒であった。

 

「・・・・待ったか?」

 

「いや、今来たところだ」

 

会話だけ聞けば、デートでの待ち合わせ時のように聞こえるが、お世辞にも2人の雰囲気は冷たく、殺伐としている。元々、不機嫌そうに見える箒の目つきに対し、あの束の妹であることに対する嫌悪からか、冷たい表情と目つきで手元のシャイニィを撫でている瑠奈。

 

誰が見ても、互いが好意的ではないことは明白だ。

 

「・・・その猫はどうしたんだ?捨て猫か?」

 

「そんなことはどうでもいい。早く用件を言ってくれないか?」

 

「そ、そうか・・・・では1つ聞く。ラウラから聞いたのだが、今日の戦いで姉さんとお前が戦ったのは本当か?」

 

「ああ、本当だ。私は君の姉、篠ノ之束を殺そうとした。それは真実だ」

 

知ってはいたが信じたくなかった言葉。そんな一種のジレンマに悩まされていた箒に残酷な真実のメスが心を刺す。彼と姉は戦った。お遊びではなく、正真正銘の殺し合いを演じたのだ。

 

「な、なんで・・・・?」

 

「愚問だな、戦う理由なんて簡単だろう。お互いが殺したいほど憎かったから以外何がある?」

 

何が可笑しいのか、口角が僅かに上がり、卑しく妖しい笑みを浮かべながらで答える。もしかすると、聞こえないだけで、笑い声の1つや2つ発していたのかもしれない。

 

「だが、私は篠ノ之束を仕留め損ねた。もう一度対面したいのだが、知っての通り、君の姉は常時行方不明となっている。とても惜しいことをしたよ」

 

「・・・・お前は・・・姉さんを恨んでいるのか?」

 

「ああ、私は篠ノ之束が憎い。それこそあいつの誇りをすべて穢し、凌辱し、削ぎ落した後に八つ裂きにしてこの憎悪と恨みの業火で肉片1つ残さず焼き尽くしたとしても足りないほどだ」

 

分かっていたことだ。姉がISを開発したことにより、世界は歪んだ。その歪んだ世界で生きている者たちの中には、姉を恨んでいる人間もいると。だが、こんなにも近くに自分の家族を恨んでいる人間がいたとは知らなかった。いや、彼が隠していたから気が付かなかっただけなのかもしれない。

 

「そして束の次はお前の番だ、篠ノ之箒」

 

「っ!?」

 

突然言われた衝撃的なことを言われて脳がフリーズする。だが、その自分に向けられた狂気に満ちている言葉は冗談ではなく、彼の本心からなのだ。

 

「わ、私と姉さんは関係ない!!そんな無関係なことで恨まれても困る!!」

 

「姉のコネで専用機を手に入れておいて、今更無関係はないだろう。大好きなお姉さんに専用機をねだった時点で、君は自ら姉との関係を肯定したんだ。自分勝手なことを言うなよ」

 

箒が姉と絶縁し、与えてくれた専用機を拒否したのならばまだ考えが変わっていたのかもしれないが、彼女はそれをよりにもよって受け取り、小さくはない力を手にした。そこまで関係を持っておいて、否定はないだろう。

 

自分の大切な人を殺した元凶となったISを少年は決して許さない。それを作りだした束の血筋も同じだ。その呪われた血筋は必ず根絶やしにする。どんな手段を用いてでも。どんな汚名や報いを受けたとしても。

 

「私を・・・・殺すつもりか・・・・?」

 

「何を言っている、殺される苦しみなど一瞬で終わる。それでは私の気が収まらない。最低でも、私がーーーいや、私たち(・・・)が受けた苦しみは味わってもらわないとな、くくっ・・・」

 

自分の復讐対象が武装もせず、用心棒も連れていない状態で目の前にいる。おまけにこの夜の時間帯の公園は暗く、周りには誰もいないため、いくら叫んだところで誰も来ない。こんな絶好な機会が訪れたことに自然と口から笑い声が溢れてくる。

 

「どんな処刑がお望みかな?楽には殺さない、君の女としての尊厳や美しさ、誇りを全て奪い去り、大切な人に穢れ果てた醜い姿を見せつけてやる。その後に捨てるように殺してやるよ」

 

裏の世界を少し調べれば、人身売買のオークションや取引相手などいくらでも見つけることが出来る。幸いなことに、箒の外見は整っている方だ。この見た目に惹かれて、近づいてくる男などいくらでもいる。おまけにあの天災、束の妹というプロフィールもいいスパイスになることだろう。

 

「君は聞いたところによると、剣道を全国優勝しているんだろう?その鍛えた筋肉を男の腰の上で存分に発揮してもらおうじゃないか。いったい何人まで正気を保っていられるかな?」

 

「お前は・・・・・そんなに私が憎いのか?」

 

「何度も言わせるな、私は生涯お前たちを許さない。必ず然るべき報いを受けさせてやるよ」

 

警告と警報を兼ねた言葉ではっきりと告げると、シャイニィを肩にのせ、暗闇に溶けて消えていった。その光景はまるで少年と暗闇が一体化していくようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐすっ・・・ぐすっ、うぅぅ・・・・」

 

「・・・・何があったんだ?」

 

部屋に少女のすすり泣く声が響く。布団の上で浴衣を着た簪が座り込み、すすり泣いていた。

 

「簪ちゃん、どうしたの?どこか痛いの?」

 

さっき公園に行っていたうちに楯無も風呂に入ったらしく、同じ浴衣を着た楯無が心配そうな表情を浮かべている。

 

「どうしたんですか?」

 

「それがね、お風呂から帰ってきたときから、簪ちゃんがずっと泣いているのよ。どうしたのって聞いているんだけど、ずっと泣いたままで・・・・何か心当たりない?」

 

ないというより、心当たりしかない。だが、彼女になんて説明したら良いのだろうか。『千冬に風呂場で保健体育の実技を教わっていた』とオブラートに包んでもこれが限界だ。明らかに不信感は持たれる。

 

「き、きっと、お風呂場で体のどこかを強く打ったんですよ。ほら、まだ体もまだ完治していないですし」

 

「そうなら、早く休まないと。ほら、横になって」

 

布団に再び簪を寝かせて、掛け布団を掛ける。手伝おうと近づいたとき、簪が涙で充血した目で見上げ、か弱い手で雄星の手首を掴む。

 

「ねえ、雄星・・・・私、お尻しか、取り柄がないのかな・・・・?」

 

「え?そ、そんなことないと思うけど・・・・・」

 

「でも、織斑先生が『私ですら振り向かなかった雄星を、お前が手に入れることが出来たのはこのエロケツで誘惑したからだ』って・・・・うぅぅ・・・」

 

『私ですら』と言ったが、雄星は千冬からまともな誘惑など受けたことないし、異性として見たこともない。それに、どうしようもないこの現実に酒盛りで現実逃避などしているから相手が見つからないのではないのだろうか。色々な意味で残念すぎる人間だ、織斑千冬という女は。

 

「だ、大丈夫、泣かないでくれ。君にはたくさん魅力があるよ。それに僕は女性の体形だけで好みを決めるほど、尻軽な考えはしていないよ」

 

「ほ、本当・・・・?」

 

「ああ、本当だよ。だから、今は休んで。明日には帰るんだから」

 

優しく寝かし、部屋の電気を消す。しばらくはすすり泣く声が出ていたが、疲労が溜まっていたのか、数分後には可愛らしい寝息を出しながら穏やかな眠りにつく。

 

「今日の作戦で疲れていたようね、でも、みんな無事でよかったわ」

 

「楯無さん、あなたも疲れているはずでしょう?寝てください」

 

「あなたは寝ないの?」

 

「まだ襲撃がないとは言い切れません。僕はいざというときの襲撃に備えています」

 

部屋の壁に寄りかかりながら座り、寝ている簪を見守れる位置に移動する。雄星の体は長時間の戦闘及び、戦争を想定された仕様になっている。休憩こそは必要とするが、数日は睡眠や飲み食いをしなくてもなんの問題はない。

 

「そんなことを言わずに、ね?せっかくなんだから一緒に寝ましょう?」

 

手を引っ張って布団へ連れ込もうとするが、雄星は立ち上がることなく座り込んだままだ。

 

「もしかすると、・・・・私と一緒に寝るのが嫌なの?」

 

「そういうわけじゃありません。その、なんというか・・・・今日は寝れないんです(・・・・・・・・・・)

 

困ったような様子で苦笑いを浮かべ、掴まれている手首を振りほどいた。

 

「僕の体には睡眠の周期というものがあって、今日は睡眠日じゃないんです」

 

一種の不眠症ともいうべきだろうか。雄星の体が睡眠を許すのは数日に一回のペースだ。今日の京都へ向かう途中に雄星は数時間の睡眠をとった。そのため、肉体は数日は睡眠を不要としている。いや、寝れないというべきだろうか。

 

「僕もあなたと共に朝を迎えたいです。だけど、やっぱり寝れなくて・・・・ごめんなさい」

 

「雄星君・・・・」

 

最近、彼を人として見る機会が多かったからか、忘れていた。彼が人ならざる者の肉体であることに。大切な人と眠りに付けない寂しさや悲しさを癒すように楯無が雄星の隣に座る。

 

「人間の三大欲求がここまでズタズタだと人生に楽しみがなくて嫌になりますね」

 

「あなたには欲求という物はないの?美味しいものが食べたいとか、楽しいことをしたいとか」

 

「確かにそうしたいと思ったことはあります。だけど、そういう人間らしいことをしていると、心の中にいる冷めた目をしているもう1人の自分が言うんです。『化け物のくせに何人間らしいことをしてるんだ』って」

 

雄星の中には必死に生きようともがいている自分と、その自分を冷めた目で見ているもう1人の自分がいる。たぶん、それは自分が破壊者(ルットーレ)となってでも、しぶとく生き残っていることに対しての後ろめたさのようなものなのかもしれない。

 

食事や睡眠も満足に味わえず、人間が好む娯楽も楽しむことができない。だとすると残ったものはーーーー

 

「じゃ、じゃあ、エッチなこと・・・・とかは・・・・・?」

 

赤く染まった頬を俯かせ、消えそうな声であったが、確かに聞こえる声で恥ずかしそうにつぶやく。

 

「雄星君も・・・・お、男の子なんだし、その・・・・興味あるんじゃないの?」

 

彼も破壊者(ルットーレ)である以前に、一種の生物だ。地球上の全ての生物に共通しての『自分の子孫を残したい』という願望と欲求には逆らえないはずだ。

 

「・・・・いいんですか?」

 

「え、ええ、私たちは何回もあなたに助けられたわ。・・・・だから・・・その・・・私の体でよかったら、少しでも・・・・お返しできないかなって・・・・」

 

自分の体の魅力をアピールするかのように雄星の手を取り、自分の浴衣の胸元に忍び込ませる。

 

「今日は・・・その・・・・大丈夫な日だから。最後まで、い、いってみる?」

 

自分でも何を言っているんだろうとは思っている。だが、いくら頑張っても、自分は彼に何もお礼ができない。ならば、彼の抱えている疲れやストレスを自分の体にぶつけて少しでも慰めてあげたい。それが女として自分が出来る唯一のことではないのだろうか。

 

「きゃっ!?」

 

ここでは簪が寝ているため、彼を別の部屋に連れ込もうと立ち上がろうとしたとき、突然雄星が楯無を押し倒し、覆いかぶさる。そのまま、胸元に忍び込ませている手を動かして楯無の豊満な胸を荒々しく押し揉む。

 

「んっ、だ、だめ・・・ここじゃ、簪ちゃんが・・・・あんっ」

 

声を抑えるのが精一杯で抵抗らしい抵抗が出来ない楯無を尻目に、浴衣の襟をずり下げ豊満な胸が包まれているブラが飛び出す。そのブラをたくし上げ、母性の象徴が姿を現す。

 

「雄星くん・・・・」

 

何だかこうして彼に熱心に求めてくれることが嬉しく感じる。胸元に押し揉んでいた手が下に移動し、腹部、下腹部、そして腰を覆っている最後の砦のパンツへ侵入させ、躊躇いもなくずり下ろす。それによって楯無の身体の全てが晒されてしまう。形のいい胸に引き締まったお腹と大人の証である髪と同色のアンダーヘアに覆われ、これからの行為に興奮してかヒクヒクと震えている性器。

 

高校生とは思えぬほどの完璧なプロモーションながら、まだ大人になりきれていない無垢な部分が残されている彼女の肉体は淫靡にして美しかった。だが、その身体を目の前にして雄星の動きがピタリと止まる。

 

「え、・・・ど、どうしたの?」

 

このまま一線を超えるのかと思っていたのだが、いつまでたっても彼の手は動くことなく静止したままだ。

 

「も、もう、お姉さんをじらしてーーー「刀奈さん」」

 

その時、自分の大切な名前を呼ぶその声は何処か悲しさを感じさせる声だった。届きそうで届かない、叶いそうで叶わないそんな夢を前にしている者の擲つ捨て身の訴え。

 

「あなたは自分が人でなくなることは怖いですか?」

 

「人で・・・・なくなること?」

 

問われている質問の意味がわからず、困惑している刀奈の下腹部を撫でる。まるで、生命の始まりともいえる部位である女性の子宮を美しんでいるようだ。

 

「もし・・・僕とあなたが関わったらあなたは人でなくなる可能性があります。あなたも僕のようになるかもしれません」

 

「どういう意味?あなたみたいになるって・・・・・」

 

「このままあなたと僕が肉体関係を結び、あなたの子宮に僕の精子が入るとあなたは僕の体質を受け継ぐ可能性があります」

 

「え?」

 

彼の体質を受け継ぐ、つまりは不老の肉体になるというだ。何年たっても変わることのない不変的な神のような肉体に。

 

「あなたの・・・・・ような体に・・・?」

 

「はい、僕の遺伝子は侵入した母体の体質にも影響を及ぼします。僕の遺伝子があなたの遺伝情報を転写し、肉体のDNAに不変の変化を促す」

 

つまり、このまま彼と肉体関係を結んだ場合、刀奈の肉体は破壊者(ルットーレ)となる可能性がある。老いることもなく成長することもなく、永遠に今に縛られ続ける肉体へ。その彼の体質に一瞬驚いたが、彼の悲しそうな顔に微笑みかける。

 

「ふふっ、それならば尚更するべきよ」

 

「・・・・・なぜ笑うんですか?」

 

「あなたの力になれるのが嬉しいの。私があなたと同じ体になれば、少なくともあなたがこれ以上孤独で苦しむことはなくなるじゃない。同類の、しかも異性の私がいるんだから。いざとなったら、お互いの肌を重ねるなり、抱きしめるなりして励まし合えばいいんだから」

 

彼の事情を知っていたとしても、刀奈も簪も破壊者(ルットーレ)ではないため、彼の苦しみや悲しみはわからない。だが、彼の同類になれば、少しは彼を理解できるのかもしれない。そして、彼の力になることが出来る。

 

「あなたを知ることができるのならば、私は人でなくなっても構わないわ。私はあなたとずっと一緒にいたい。だから、あなたも私たちの側にずっと居て」

 

まるで天使のような微笑みを浮かべると、両手で雄星の頬を包み込む。そのまま、自分の唇と合わせようとするが、刀奈も雄星も忘れていた。この場には自分たちと就寝中の簪に加え、第4者の存在がいることに。

 

『性交渉をするのはいいですが、ここではマスターが寝ています。別室でしてくれませんか?』

 

「っ!?」

 

呆れるような声と共に、エストが姿を現す。半脱ぎの浴衣であられもない姿を晒している刀奈に、その刀奈を押し倒して唇を押し付けようとしている雄星。客観的で冷静な目で今の自分たちの姿を見直した瞬間、2人だけのこの空間が瞬時に崩壊する。

 

「ご、ごめんなさい!雄星君!」

 

「い、いえ、こちらこそ!」

 

戦闘時よりも敏速な動きで瞬時に密接していた互いの体を離し、距離を取る。刀奈は半脱ぎとなった浴衣とたくし上げられたブラ、そして脚に掛けられたパンツを着直し、雄星は赤くなった顔を戻すようにパンパンと頬を叩いて気合いを入れ直す。

 

「エスト」

 

『何ですか?』

 

「今見たものは忘れろ、いいな?」

 

『分かりました、私の視界モニターの録画記録から削除します』

 

「それじゃあ、今から僕の言うことを復唱しろ。私は」

 

『私は』

 

「何も」

 

『何も』

 

「見ていない」

 

『見ていません』

 

「ふぅ・・・」

 

『ふぅ・・・』

 

「それは復唱しなくていい」

 

とりあえず何とか目撃者を消し、証拠隠滅できた。さっきの状況をエストの口を通じて別の人間に伝えられたら大参事だ。なんせ、肉体関係を持つ一歩手前状態だったのだから。壁に耳あり障子に目ありとはよく言ったものだ。

 

「と、とりあえず、あなたも寝てください。僕は別室で待機しています」

 

「ま、待って、寝れないのならば、せめて私が寝るまで一緒に居てほしいんだけど・・・・ダメ?」

 

「え・・・まあ、それくらいならば・・・・」

 

手首を引っ張られ、簪の隣に敷いてある刀奈の布団に連れられる。てっきり、雄星は枕元で刀奈が寝るまでいろという子供のようなことなのかと思っていたのだが、なぜか、そのまま手首は布団の中まで連れ込まれ、雄星の体も布団の中へ引きずり込まれる。

 

つまり、雄星と刀奈が一緒の布団に寝る形になる。

 

「あ、あの・・・これは・・・?」

 

「ね、寝るまで一緒に居てくれるんでしょ?いいから、じっとしていなさい」

 

強気だが、どこか恥ずかしさを感じさせる声で命令してくると、雄星の胸元へ飛び込んでくる。その可愛らしい仕草は生徒会長としての更識楯無ではなく、ただ1人の少女、刀奈としての行動だ。今の雄星と同じように、大切な人や愛しの人の前のみに見せる本当の自分の素顔。

 

(僕も・・・・瑠奈にこうして甘えていたのかな・・・)

 

人に甘えることはあっても、甘えられることはなかったため不思議な気分だ。もしかすると、こういう幼く素直な行動が瑠奈の母性を刺激していたのかもしれない。雄星は男だが。

 

なんだか、幸せな気分だ。こうして自分の醜い正体を知ってていても傍でいてくれる人達。そして自分を愛してくれる優しい人々。昔、恋人一緒にモーニングコーヒーを飲むという本を読んだことがある。恋人のような大切な人と共に朝を迎えることができる幸せ。

 

もう死んでもいいと思うほどに幸せだ。こんなこと言ったら刀奈に『不謹慎だ』と怒られるのかもしれないが、それほどまでに幸せだ。こんな甘くて無邪気な夢のような日々。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてこんな日々がずっと続くと信じていた。




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

88話 生還

「ふう、ひとまず欠員なしですね」

 

新幹線の中で教師といての職務を全うした真耶が安堵のため息を漏らす。昨日までのごたごたの後処理に追われたのか、真耶は大変お疲れな様子だ。他に、昨晩の風呂場での宴のせいで二日酔いになり、頭を押さえている千冬に全身が包帯だらけになっている一夏など、色々悲惨な状況になっているが、群を向いてお疲れなのは目頭を押さえて、低い声を発しながらうねっている瑠奈だ。

 

「う・・・あ・・・・」

 

「こ、小倉先生、大丈夫・・・・ですか?」

 

隣に座っている簪と向かいの席に座っている楯無が心配そうな視線を向けてくる。瑠奈ーーーいや、雄星の肉体は確かに、睡眠を取らずに数日過ごすことが出来る不眠の体を持っている。だが、それは肉体の話だ。束や亡国企業(ファントム・タスク)の襲撃に備えて、一晩中警戒していれば精神的な疲労はある。

 

「おい、うぅ・・・瑠奈・・・・」

 

「なん・・・だ・・・?」

 

二日酔いの頭を押さえながら千冬が来るが、教師としての威厳はなく、ただの宴会帰りのOLのようにしか見えない。だが、つらいのは瑠奈も同じだ。今は毛嫌いしている千冬にいろいろ嫌味を言う余裕すらない。

 

「弁当が・・・・あなご弁といくら丼がある。どっちだ・・・・?」

 

「じゃあ・・・いくら丼で・・・」

 

途切れ途切れの言葉で返事し、震える手で弁当を受け取る。なんだか、今にも倒れそうなほどにフラフラで危なっかしい様子だ。

 

「更識姉、お前はどっちだ?」

 

「じゃあ、小倉先生と同じいくら丼をいただきます」

 

「更識妹」

 

「ひぃ!?」

 

昨晩の温泉でのトラウマがあるのか、ビクッと体を震え、フラフラな状態であるのにもかかわらず瑠奈の腕を掴む。

 

「いや・・・その・・・・さ、昨晩はすまない。ゆう・・・瑠奈にお前たちみたいな女が出来たのが嬉しくて・・・・ついな・・・・」

 

夜が明け、素面に戻ったからこそ、朝になって自分がした失態に気が付いた。二日酔いとは別にその行いに対しても、頭を悩ませたことだろう。

 

「い、いえ・・・・その・・・織斑先生にも私の、体を褒めていただきましたし・・・・その・・・嬉しかったです・・・・」

 

「そ、そうか・・・本当にすまない・・・・」

 

本当に反省しているらしく、二日酔いで痛む頭を下げる。なんだか、ひどく情けない姿に瑠奈と簪がふふっと笑う。楯無だけは状況が理解できていないらしく、頭を傾げていたが。

 

「更識妹、お前はどっちだ?」

 

「じゃ、じゃあ、いくら丼で・・・・」

 

瑠奈とお揃いの物を食べたかったのか、遠慮がちに弁当を受け取る。そのまま3人は弁当に手を付けようとしたとき、瑠奈の体がビクッと震える。『彼』が来た。

 

『雄星、お前は精神的に疲労している。少し休んだ方がいい。俺に変われ』

 

ーーーーいいのか?新幹線の中は退屈だぞ。いきなり、目の前の簪や楯無さんに襲いかかったりしないよな?

 

『するわけねぇだろ、俺は発情期の猿か。少しお前は休んだ方がいい。見るに堪えないほどに今のお前は無残な顔をしている』

 

ーーーーすまない。じゃあ、少し寝かせてもらうよ。

 

全身が脱力したと同時に、目が紅く輝き始める。だが、周りの人間は弁当に目を向けているせいで気が付いていない。

 

「でも、ダリルさんとフォルテさんの分が余っちゃいましたね・・・・」

 

真耶の手元にある2つの弁当箱を見た瞬間、各々の箸の動きが止まる。あの2人の裏切りに、いまだに各人の心の整理がついていない。その中で瑠奈ーーーいや、破壊者(ルットーレ)だけは無表情に手元の弁当を食べていた。

 

「まあ、それは俺が食べますよ!育ち盛りだし」

 

一夏の気丈なふるまいに暗い雰囲気が吹き飛び、各々に笑顔が戻る。気を利かせようとしたのか、真耶が瑠奈の元へ近づき、弁当を差し出してくる。

 

「小倉先生も余ったお弁当どうですか?」

 

「いらない、そんな裏切り者の分の食事など食べたくもない」

 

「っ・・・ご、ごめんなさい・・・・」

 

「ちょ、ちょっと、小倉せんせーーーっ!?」

 

冷たい言葉を注意しようとしたが、その時楯無は今の言葉を発したのが瑠奈ではなく、破壊者(ルットーレ)だと気が付く。この京都でダリルとフォルテと戦った者だからこその今の言葉なのだろうか。

 

「・・・・あなたは空気を読めないわね」

 

「悪いな、これが俺なんだ」

 

反省の色を感じさせない苦笑いを浮かべる。だが、破壊者(ルットーレ)自身も自分がこの場にいることに現実味を感じられていない。

昨晩の夜に白騎士と共に本来自分は消えているはずだった。だが、彼がーーー雄星が自分に『生きてくれ』と願った。さんざんあれだけ、互いを嫌悪し、否定し合った仲だというのに。

 

なんだか、自分がーーーー破壊者(ルットーレ)が生きていける世界をわずかに見いだせたような気がする。ISを根絶する究極の兵士などではなく、1人の人間として、少年として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無事、京都から戻ってきたが、問題は山積みだ。束によって破壊されたエストと打鉄弐式の修理に、大破したエクストリームの修復。京都での戦闘による状況説明も学園側から求められている。だが、今はそのどれでもない問題に頭を悩ませていた。

 

シャァァ・・・・

 

フシュゥゥゥ・・・

 

「お前たち仲良くしてくれよ・・・・」

 

部屋の中でいがみ合う2匹の白猫。その仲が悪いことが一目瞭然な光景を目の前にして雄星がため息を吐く。先ほど、京都でアーリィから預かった白猫シャイニィとサイカを対面させたが、相性は最悪だった。

 

相手の顔を見た瞬間、牙を剥き出しにして警戒態勢をとって身を屈めて睨みつけるサイカに、それを気にする様子もなく部屋にある遊び道具を物色しているシャイニィ。

 

「これじゃ・・・・ダメかな・・・・?」

 

「ああ、この仲の悪さだと殺し合いを始めるかもしれない」

 

自分のテリトリーに侵入され、自分の遊び道具を我が物顔でいじられていることにサイカはご立腹なようだ。だが、サイカとシャイニィとは別にこの部屋には招かれざる客がいる。

 

「あなたはなんでここに居るんですか?」

 

「あら、私が居ちゃいけない?」

 

雄星の寝ているベットの上に寝っ転がり、雑誌を読んでいる楯無にため息交じりの言葉を掛ける。

 

「ここは僕と簪の部屋です。そんな堂々といられても困るのですが」

 

「何言ってるのよ、簪ちゃんのルームメイトは私よ。ほら、これを見なさい」

 

差し出したのは現在登録されているこの部屋の住人名簿。そこに書かれていたのは『更識楯無』と『更識簪』だけであって、『小倉瑠奈』の名前はない。

 

「ここに名前がない以上、あなたのこの部屋での立場はサイカと同じペットよ。飼い主にそんなことを言っていいと思っているの?」

 

「え、えっと・・・・」

 

強い口調で妖しい笑みを浮かべ、反論できない雄星に近寄る。確かに、楯無の言う通りだ。色々あってうやむやになっていたが、『小倉瑠奈』は本来この部屋に登録されていない者であるがゆえに、『出ていけ』と言われたら出ていかなくてはいけないのは雄星の方なのだ。

 

「さてと、何か他に反論はある?」

 

「いや・・・・でも・・・・ここは2人部屋ですし・・・」

 

「あなたは毎日ベットを使うわけじゃないでしょ、もし寝るときは私か簪ちゃんのベットで2人で寝ればいいだけの話だもの。簪ちゃん、いいわよね?」

 

確認を求める視線を向けると、顔を赤くしながらコクリと頷く。どうやら、簪としては雄星が部屋にいることに異論はないようだ。だが、昨日の夜に、京都の旅館であれだけのことがあっては楯無ーーーいや、刀奈を別の目で見てしまう自分がいる。

自分の主人、相棒、そして伴侶と。

 

「で、でも・・・・」

 

「雄星君?」

 

妙にSっ気のある声で囁くと雄星の下あごを掴むと、自分の目を見させる。その目は『言い逃れは許さない』といった目だ。

 

「今思ったんだけど、ペットが服を着ているっておかしいと思わない?サイカは裸なのに対して、あなただけが服を着ている(・・・・・・・・・・・)だなんて」

 

「ひっ!」

 

恐ろしすぎる問いかけに体が震える。目を見てわかる、これ以上自分が下手に反論したら、この部屋での自分の立場は人間以下になる。それこそ、サイカと同じ立場に。

 

「さてと、何か言いたいことはある?」

 

「いえ、何もないです」

 

危険すぎる質問に最善の答えを返す。自分の存在を容認してくれて嬉しいのか、笑顔を浮かべて雄星の頭を撫でると、ベットに戻っていった。額に流れた冷や汗を拭うと、再び目の前でいがみ合う2匹の白猫に目を戻す。

 

「やっぱり・・・・別の部屋に離した方がいいかな?」

 

「そうだね、別々にしよう。・・・・・サイカを」

 

ニャァッ!?ニャッ!ニャァぁッ!!

 

突然の自分の隔離に仰天したのか、驚いたような鳴き声を叫び、許しを請うように雄星の足元に縋りつく。

 

「嘘だよ、シャイニィを別室に移そう」

 

自分の名前を言われて、呼ばれたのと勘違いしたのか、シャイニィが雄星の胸元へ飛び込んでくる。本来は自分がいるべきポジションを取られて不機嫌なのか、牙をシャイニィに向けて威嚇する。どうやら猫も嫉妬という感情を持っているようだ。

 

こうして雄星とサイカの部屋事情は無事解決した。別に焦る必要はない、こういう問題は1つずつゆっくりと片づけていけばいいのだ。だが、どうしても解決に時間がかかるものはある。そのためには準備が必要だ。その問題を解決するために必要な準備が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エスト、次の買い物は?」

 

『次は猫の日用品です。5階へ向かってください』

 

週末のショッピングモールに瑠奈とエストは買い物に来ていた。目的は一夏の部屋に移住したシャイニィの日用品と、今日から来週の修学旅行に行くまでに壊された打鉄弐式の修理の完全徹夜に備えての栄養ドリンクやビタミン剤、カフェインコーヒーなどの食料調達だ。

 

簪としては瑠奈1人にそんな無茶をさせるわけにはいかず、『私も雄星に付き合う』と協力を申し出てくれたのだが、人間の肉体である簪に何日も不眠不休で動けるはずもないし、そんな無茶をしたら体を壊して肝心の修学旅行に行けなくなってしまうかもしれない。

 

それに、自分が無茶をして何とかなるのならば安いものだ。とにかく、もうすぐ旅立つであろうISの世界を想像するとため息が出てくる。

 

『気怠そうですね、やはり不眠不休の作業はきついですか?』

 

「まあ、余裕とは言えないな。だが、本番の京都でも襲撃がないとは限らない。そんな場所に簪を丸腰で連れていくわけにはいかないだろう』

 

『その口調からすると、あなたも修学旅行に参加するのですか?』

 

「わからない、今楯無さんが申請しているらしけどな」

 

まあ、仮に行けたとしても、きつい不眠不休の徹夜明けでは行きの新幹線の中は間違いなく夢の中だろう。

そんなことを考えているうちに買い物は終わり、ショッピングモールから少し離れた公園でベンチに座りながらチョコをかじっていた。

 

なんだか今から数日間、整備室に籠るため、この外の日光と空気を味わえなくなると思うと急に恋しくなってくる。

 

「はぁぁぁぁ・・・・」

 

甘いチョコをかじっているはずなのに、口からは重苦しいため息が出てくる。せめて、この情景を目に焼き付けようと辺りを見渡すと、見覚えのある人物が建物の路地裏に入っていくのを見かける。

 

「エスト、すまないが荷物を見張っていてくれ」

 

一言だけ言い残すと、足元の大量の荷物を置いたまま、その人物を追って袋小路に入る。しばらく、暗い袋小路の通路を進んでいくとやはり、見知った顔をしている少女が待ち構えていた。

 

黒い髪に黒いワンピース。その上に黒いローブを羽織っている全身が黒に統一された服装。その少女を知っている。

 

「やあ、名前は確か・・・織斑マドカとかいったっけ?久しぶりだね」

 

京都で白騎士を倒すために共闘した『黒騎士』の操縦者、織斑マドカであった。亡国企業(ファントム・タスク)であるがゆえに、自分の敵のはずなのだが、瑠奈は警戒した様子はなくフレンドリーな口調で話しかける。

 

破壊者(ルットーレ)・・・・」

 

「今は小倉瑠奈って呼んでほしいな。それとも雄星でもいいよ。オータムは元気かい?」

 

「・・・ああ」

 

不愛想な返事だが、瑠奈の友好的な話に無視することなく答える。

 

「・・・・京都で世話になった。今日はその礼を言いに来た」

 

「礼なんていいよ。僕は借りを君に返しただけさ」

 

「借り?」

 

「ああ、君だろ?レポティッツァの元から僕を出して学園に届けてくれたのは」

 

亡国企業(ファントム・タスク)側の人間であるマドカには雄星を逃がすメリットなどない。何が目的かは不明だが、あの時彼女が自分を逃がしてくれなかったら、どうなっていたかわからない。

 

「まあ、こうしてお礼が言えたのならば僕は満足だよ。じゃあね」

 

「まだだ・・・」

 

「ん?」

 

彼女にとって自分が視界に移るのは不愉快と思い、出来るだけ手早く会話を済ませて立ち去ろうとするが、マドカが呼び止める。てっきり、攻撃的な言葉でも言われるのかと思ったが、口から出たのは意外な言葉だった。

 

「私の分の恩は返してもらったが、まだ京都で逃がしてもらったオータムの分が返せていない。この恩は必ず返す」

 

「じゃあ期待して待っているよ」

 

嬉しさからなのか、ポケットの中からさっきショッピングモールで買ったチョコレートを投げ渡す。そのまま、笑顔を浮かべながら袋小路を引き返していった。

残されたマドカはもらったチョコレートを少しだけかじり、嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大量の荷物を持って学園に戻った瑠奈は真っ先に一夏の部屋である1025室へ向かった。部屋へ移住したシャニィの日用品を真っ先に届けるためだ。

 

「おい、入るよ」

 

『ああ、いいぞ』

 

ノックをしてドア越しに聞こえてきた声を確認すると、ゆっくりとドアを開ける。中で一夏が机上で京都で撮った写真の選別をしていた。

 

「シャイニィの日用品、ここに置いておくよ」

 

「ああ、サンキュー」

 

ふと机を見た時、1枚の写真が目につく。それは京都駅の前で撮った集合写真だった。フォルテ・サファイヤ、ダリル・ケイシー、2人の屈託のない笑顔がなおさら苛立ってくる。

 

「一夏、悪いがその写真は私に配らないでくれ。その場で破り捨ててしまいそうだ」

 

「やっぱり・・・・許せないのか?」

 

「ああ、彼女達は私の大切な人の命を奪おうとした。悪いが、永遠に彼女達を許すことは出来なさそうだ。君の方はどうなんだ?襲われておいて、彼女達を許すのか?」

 

「そう言うわけじゃねえけど・・・なんで・・・・」

 

理由はもうわかっている。だが、理解は出来ても納得は出来ない。そんな葛藤に悩まされている一夏に対して、瑠奈は一切の迷いや躊躇いなどなかった。次来るのであれば仕留める、それだけの確かな決意だけがあった。

 

「そんな状態で次に彼女達が現れた時、殺せるのか?」

 

「こ、殺す?」

 

「ああ、こうなった以上は弁解も命乞いもいらない。彼女達にはその呪われた運命と血筋と共に地獄に堕ちてもらうじゃないか」

 

ありえないことだと思うが、仮に投降してきたとしても待っているのは国際法による死より辛い現実だ。そんなことになるぐらいならば、2人仲良く同じ戦場で死し、同じ墓に埋めてやることが手間がかからないかつ、幸せな結末だ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!いくらなんでも殺す必要なんてねえだろっ!!」

 

「この世には死が救いになることもある。そうやって、自分たちの尺度で図っていては何もわからないぞ」

 

「だ、だけどーーー「もう黙れよ」」

 

必死に彼女達の弁護をするお優しい一夏に瑠奈は苛立ちに混じった声で遮る。

 

「引き金を引かないことを清らかでいることだと思うなよ。他人のために引き金すら引けない人間は自分の手を穢したくないだけのただの偽善者だ」

 

彼女達が自らの意志で亡国企業(ファントム・タスク)に行ったのならば、それが彼女達の答えだ。自分の受け止めた因果だ、ならばその結末まで受け取っていけばいい。

 

「ぎ、偽善者・・・・」

 

「君はまだ白式すら満足に扱えきれていない。京都の暴走がいい例だ。他人を救おうとする前に、まずは自分の身を守れ。それすらも出来ないのであれば、君に力を持つ資格などない」

 

その残酷ながら正論の言葉はフォルテとダリルの裏切り以上に一夏の心に深く突き刺さる。いや、あまりにも自分の今まで培ってきた常識とは違いすぎる世界だっただからだろうか。

 

「用件はそれだけだ。邪魔した」

 

部屋を出るとき、シャイニィが相手してくれと足元に縋ってきたため、マタタビが付いているボールを投げて注意を逸らす。そのまま、瑠奈は部屋を出ていった。

 

同じ学園で暮らし、同じ戦いをかいくぐってきた。なのに、なぜ彼と自分との世界と道はこんなにも異なり、すれ違っているのだろうか。

 

「なんでだよ・・・・」

 

自分の無力さからか、言い返せない正論を言われたからか、そのつぶやきは1人部屋に響くだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入るぞ」

 

明かりが灯されていない暗い部屋の暗闇に溶け込むように黒に服用が統一された1人の少女が入る。右手にチョコレートの包み紙を握っているマドカだ。

 

部屋の中には全身を移すほどに大きな鏡とベットしかなくひどく殺風景な場所だったが、壁には小倉雄星の写真が貼られていた。その写真をシーツを被りながら食い入るように見ている1人の少女にマドカは憐れみが混じった目を向ける。

 

「・・・・あなたか・・・・なんの用?」

 

「今日、お前の弟の小倉雄星に会った」

 

「本当っ!?」

 

雄星の名前が出るや否や、少女のような笑顔を浮かべて喜び、マドカに寄ってくる。

 

「雄星はどうだった!?元気だった!?ちゃんとご飯食べてた!?」

 

「・・・私が見た限りでは元気そうだった」

 

「そっか・・・雄星・・・・うふふ・・・」

 

雄星が元気という彼女にとって何よりも嬉しい朗報を聞き、安堵のため息を吐くと同時に右腕を抱きしめる。『弟を姉が心配することは当然なこと』、そのはずなのにマドカの目にはどこか家族ごっこのような馬鹿馬鹿しさとくだらなさを感じる。

 

「・・・・残念だが、あいつはもう1人で生きていける力も仲間もいる。いつまでもあいつはお前に依存していない」

 

「あなたにあの子の何がわかるの?たかが1回ともに戦っただけの小娘に」

 

「違う、あいつは既に自分の生きる道を見つけている。もうお前はーーー「黙りなさい」」

 

マドカの言葉を少女の怒りが混じった声が遮ると同時に少女の瞳が紅く輝き始める。この鮮やかで妖しい瞳をマドカは見たことがある。京都で白騎士を相手に戦った雄星と全く同じものだ。

 

「雄星には私が、私には雄星が絶対に必要なの。あの子は私が居なくちゃ1人で寝ることもできないのよ?」

 

「何も知らないのはお前の方だ。どんな者も生きていれば自然と自分の道を見つけ、進んでいく。その道にお前は不要だ。あいつももうお前を望んでいない」

 

「殺されたいの?」

 

マドカの言葉に耳を傾けず、心底目障りといった様子で紅い瞳でマドカを睨みつける。自分を否定されていることより、マドカに自分たちを語られていることが不愉快の様だ。

 

「これ以上あなたが私たちを語らないでくれる?不愉快だわ」

 

「・・・・そうか」

 

もう彼女の体と心は地に堕ちた。ここまで心を閉ざし、現実から目を背けているのならばもう救えない。もっとも救えたとしても救ってやる気もないが。だが、気がかりなのはこの少女が目の前に現れた時の雄星だ。

 

彼女を受け入れ、全てを捨てて一生縛られたまま生きていくか過去を振り切り、未来へ向かって生きていくか。二者択一、共存はありえない。どちらを選ぶのかはわからない。だが、もし過去と戦うときに自分が雄星にしてあげることはなんだろうか。

 

自分には彼を直接支えることはできない。できることなど、彼のために道を切り開くことだけだ。それだけが自分が雄星に恩を返す唯一の機会だろう。

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

89話 将来設計

「それじゃあ、いってきます!」

 

一夏が、見送りの生徒会メンバーにそう告げると、一年生たちは歩き始める。これからの修学旅行に誰もが楽しみにしている様子だが、ただ1人、満身創痍の状態の人物がいた。

 

「う・・・ぁぁ・・・・」

 

「おい、大丈夫か?しっかりしろ」

 

着崩れした黒いスーツに身を包み、千冬に担がれて魘されている瑠奈に皆、心配そうな目を向ける。有言実行が彼の座右の銘だというべきだろうか。この1週間、瑠奈は整備室に閉じこもり、簪の専用ISの修理に没頭していた。

 

機密保持のため、整備課の生徒や企業に手を借りることが出来ない状態で、壊された武装や切断された動力コード、それに中破状態の機体自体の装甲の修繕など、当然ながら1週間で終わるような内容ではなかったはずなのだが、驚異的な集中力と体力で不可能を可能にし、自分の愛しのものに守るための力を取り戻させた。

 

だが、無茶なスケジュールでこの1週間を過ごしたからか、実際に簪が搭乗し、試運転と微調整を終わらせた直後、溜まっていた疲労が爆発し、夢の世界へ旅立っていった。そんな状態では京都へ連れていくわけにはいかなかったのだが、瑠奈を置いて千冬や1年の専用機が修学旅行へ行ってしまっては、その間学園を守るのは楯無しかいなくなってしまう。

 

最強の座である生徒会長の称号を見くびっているわけではないのだが、千冬や1年の専用機持ち達が留守の間に襲撃されるリスクを考えると、一緒に連れていった方が安全だ。

というわけで、急遽荷物をまとめ、動けない睡眠状態の瑠奈を修学旅行の引率教師として任命した。

 

「わかっている・・・・わかっているよエスト・・・・。ちゃ、ちゃんと・・・・ISの整備スケジュールは間に合わせるから・・・・食事を・・・・させて・・・・」

 

「もういい、もういいんだ・・・・今はゆっくり眠れ」

 

涙が出そうなほどに悲しくてつらい寝言を聞きながら、歩みを進めていく。鍛えている千冬の筋力ならば、瑠奈の体重などなんてことはない。だが、魘されている瑠奈の寝言が精神を削ってくる。

 

「お、織斑先生・・・・わ、私が小倉先生を、運びます・・・・」

 

「更識、お前は既にこいつ(瑠奈)のキャリーバックを持っているだろう。無理をするな」

 

「で、でも・・・私のせいで・・・・」

 

「気にするな、瑠奈が自分でやったことだ」

 

中破した簪のISを今日までに直すことなど、整備課の生徒でもどこの企業でも不可能だ。瑠奈はーーーいや、雄星はこれは自分にしかできないことということを自覚し、出来ることと望むことをした。不愛想な雄星にここまでさせるとは簪は相当愛されているようだ。

 

「頼む・・・うぅぅ・・・・寝かせて・・・・・頭が痛いよ・・・」

 

「・・・・休め」

 

「る、瑠奈・・・・」

 

やはり、学園に置いてくるのが一番だっただろうか。だが、学園を出て、こうして駅に来てしまった以上はもう遅い。今の瑠奈の状態も心配だが、それ以上に簪や千冬が嫌なのは周囲の駅にいる人達の突き刺さる目線だ。IS学園の特徴的な制服だからか、一般人の目を集める。

 

「あれ?あれってIS学園じゃない?」

 

「っていうことは、織斑一夏くんと小倉瑠奈くんがいるっていうことよね。2人と写真撮りたいなぁ」

 

「で、でも、なんで小倉瑠奈くん担がれてんの?なんかスーツ着てるし」

 

「さあ?何かの罰ゲームかな?」

 

世間体から想像されている姿からはかけ離れたひどく情けない姿に周囲から指さしや笑い声が千冬と簪に集中する。千冬は総じていない様子だが、注目されることに慣れていない簪は周囲の視線や声に怯えるようにビクビクしながら歩いている。

 

「更識、ここはいい。弁当を買って来い」

 

「で、でも・・・」

 

「ここにお前がいてもなにもできない。いいから行ってこい」

 

半ば追い払う形で簪を遠ざけ、ホームに荷物を置き、ため息を吐く。まだ京都に到着してすらいないというのにとてつもない疲労を感じてくる。だが、それでいい。瑠奈(雄星)とその主人を支え、彼らの幸福の架け橋になるのが自分が彼にできる唯一の償いだろう。

 

「・・・・お前は幸せ者だな、雄星」

 

小さく呟いた時、新幹線が到着したため、車内に瑠奈を寝かせるため、一足早く新幹線へ乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まもなく京都、京都です』

 

一週間前にも聞いた車内のアナウンスを再び聞きながら、皆下車の準備をする。発車してから数時間経つが、一向に瑠奈は目を覚まさないままだ。どうやら相当疲労が溜まっていたらしい。

 

「さてと・・・どうするか・・・・」

 

もう目を覚まさないのならば、旅館に先に届けることも考えなくてはならない。荷物を持とうと立ち上がろうとしたとき、隣で寝かせていた瑠奈の体がビクリと震える。

 

「うっ・・・うぅぅ・・・」

 

気怠そうな声とうねり声を出しながら顔が歪み、少しずつ目を覚ましていく。

 

「目が覚めたか」

 

「・・・・ここは?」

 

「京都へ向かう新幹線の中だ」

 

「京都・・・・そうか・・・・」

 

そのワードだけで状況を瞬時に理解し、頭を押さえながら体を起こす。体の疲労は取れたが、まだ頭が痛む。どうやら12時間近くの慣れていない睡眠に脳がダメージを受けているようだ。まあ、一週間不眠の疲れを半日ほどの睡眠で取れる瑠奈の体が異常と言うべきなのだが。

 

「もうすぐ京都に到着する。お前はもう少し休んでいろ」

 

「そうだな・・・・そうさせてもらうよ・・・・」

 

落ち着かせるためか、飲み物を差し出して千冬は席を立っていった。それを見送ると、手元の飲み物に口をつけてため息を吐く。

疲労のこともあるが、これからの不安要素が沢山ありすぎて嫌になってくる。

 

結局レポティッツァの手がかりを得ること事が出来ず、白騎士との戦闘でエクストリームは中破。わかってはいたが、この1週間で簪の打鉄弐式と並行して武装や装甲を修復することもできなかった。

せいぜい、リペアパーツを組んで稼働させることが出来るようにするのが限界だった。これはもはや失敗などというレベルではない、とんだ大損だ。

 

(・・・・こうなってしまった以上、あの機体(・・・・)が必要になってくるかな・・・・)

 

ポケットから手のひらサイズの電子機器を取り出し、ディスプレイを出現させる。機密事項であるさまざまな機体データや武装データが飛び交い、表示されるなかで、赤文字で記されている最重要単語。

 

エクリプス(Eclipse)、ゼノン(Xenon)、アイオス(Agios)、今まで得た全ての技術を詰め込み、新たな思い人を手に入れた雄星と破壊者(ルットーレ)が駆ける機体、その機体の名前はーーーーー

 

 

 

『EXTREMEーーーtypeⅡ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鮮やかで美しい紅葉に物静かな街、そして歴史的な建築物と京都は皆素晴らしい街だと口をそろえて言うかもしれないが、生憎先週にあんな戦いを体験した雄星としては、純粋な心で楽しむことなどできない。

まあ、自分が苦い思いをして他の1年生の生徒が楽しめるのならば、別にいいが。

 

「はぁ・・・」

 

ズキズキと痛む頭を押さえながらフラフラとおぼつかない足取りで京都駅を歩いて行く。

 

「小倉先生・・・・大丈夫、ですか?」

 

「え、ええ、大丈夫です・・・」

 

簪に支えてもらいながら、駅を出た時、突如数人のビジネススーツを来た大人に囲まれる。

 

「あの、小倉瑠奈さんですね?」

 

「え、ええ・・・・」

 

「わたくしたちはこういう者です」

 

渡された名刺には『国立IS研究所専属広告担当』と印刷されている。

 

「・・・国立IS研究所?」

 

「はい、是非あなたに技術協力をお願いしたくて参りました」

 

何とも面倒な話に顔をしかめる。別にこのような輩は前からいたが、わざわざ京都の駅で張り込んでいたとなるとと、彼らの必死さと執念が伝わってくる。

 

「私はあなた方の話に乗る気はありません。申し訳ないですが、お引き取り下さい」

 

「まあまあ、そう言わずにせめて話だけでも」

 

柔らかな口調とは裏腹に、逃がすつもりはない様だ。瑠奈の手を掴んで逃げられなくする。

当然だが、瑠奈はどこの企業や国にも技術協力をするつもりなどない。独占欲と私欲に駆られた人間達に自分の技術を渡してもロクな結果にならないことを瑠奈は痛いほど分かっている。

 

「ぜひ今からでもわたくし共の会社に来られてはいかがでしょうか?それなりの待遇をお約束しますよ?」

 

「結構です」

 

振りほどこうとするが、周囲を取り囲んでいる大人たちが逃がしてはくれず、さらに詰め寄ってくる。もはやこれは勧誘などではない、悪質なキャッチセールスだ。

誰か助けてくれると思ったが、周りの生徒も厄介事はごめんなのか見物客となり、ざわざわと騒いでいる。

 

そんな状態で瑠奈と大人たちの間に割り込む生徒がいた。

 

「や、やめてください。こ、小倉先生が、困っています」

 

「簪・・・」

 

困っている瑠奈を無視できなかったのか、簪が仲介に入ってくる。瑠奈は年上の大人たちと話すのは慣れているのだが、内気で弱気な簪は緊張した面持ちだ。緊張しているのならば、見てみぬふりをすればいいのにわざわざ助けに来るとはお人好しもいいところだ。

 

「部外者は黙っていてもらいますか?いま大切な話をしていますので」

 

「で、でも・・・・先生が困っています・・・」

 

「それはあなたには関係ありません。退いて下さい」

 

「だ、だったら・・・・」

 

もはや話し合いはできないと判断すると、打鉄弐式を展開すると瑠奈を抱えて飛翔する。ISの無断使用なのだが、千冬は何も言わず、その光景を見守っていたが、公衆の面前での校則違反を見逃せなかったのか、瑠奈と簪の前にISを展開させた真耶が立ち塞がる。

 

「ダメですよ、更識さん。先生たちもお手伝いしますからISを収納してください」

 

優等生である簪にとって教師の言うことは絶対だ。だが、人は成長する生き物だ。例え、良い方向でも悪い方向でもであっても。

 

「・・・・エスト」

 

『了解しました』

 

ボソッと合図を送ると、真耶のISがビーと警告音を発しパワーダウンし、動けなる。突然の異常事態に戸惑っている隙に簪はスラスターを起動させて飛び去っていく。

 

「大丈夫なのか?優等生である君がこんなことをして」

 

「う、うん・・・たぶん・・・・」

 

なんだかこういう後先考えないところが雄星に似てきたような気がする。教師の言葉を無視するなど前の簪には考えられないことだ。

 

「悪い子だな」

 

「雄星ほどじゃない・・・・」

 

大切な人を抱えながら白い機体は伝統の都の空を駆けていく。何とも言えないこの時間が簪にとって至福のひと時のように感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瑠奈を抱えた簪は都から少し離れた無人の山道の中に到着し、ISを収納する。整備されておらず、ひどく道が荒れていたが、歩くことはできそうだ。

 

「ありがとう簪。助かったよ」

 

「うん・・・」

 

そのまま山道を歩こうとすると、瑠奈の手を簪が握る。それはいつも学園にいるときのつなぎではなく、どこか必死さを感じさせるつなぎ方だ。

 

「簪?」

 

「ねえ、雄星(・・)

 

小さい声だったが、簪は確かに自分の名をはっきりと呼ぶ。

 

「雄星は私たちと一緒に居てくれる?」

 

「え?」

 

突然の質問だった。こんな質問は学園では決してしないーーーというより、怖くてできなかっただけなのかもしれない。だが、勇気を振り絞って簪は雄星に自分の思いを告げる。

 

「私・・・・みんなとずっと一緒に居たい。雄星やお姉ちゃん、本音に虚さん、かわいいサイカ、そして・・・・破壊者(ルットーレ)とも」

 

「っ!」

 

彼女は言った。自分とーーー雄星と破壊者(ルットーレ)とずっと一緒に居たいと。いままでの自分ならば無意識に聞き流していただろう。だが、今の言葉は雄星の心に深く響き、何度も体の中で反響を繰り返す。

 

「一緒に・・・・居たい・・・・」

 

「雄星は・・・嫌・・・・?」

 

「っ・・・・」

 

時々、彼女達が人間と思えない時がある。なぜ彼女達はこんな地に堕ちた愚者に救いの手を差し伸ばしてくれるのだろうか。もしかすると、刀奈や簪は女神なのかもしれない。だとすると、彼女達が住んでいるIS学園は楽園(エデン)だ。

 

我ながら笑えてくる。いつまで姉の名前を使って自分を性懲りもなく欺き続けているのだろうか。こんな死にぞこないで人間の出来損ないの者を。

 

「簪、引き返すならば今だ。これ以上僕と関わったら君は人でなくなるかもしれない」

 

「それが破壊者(ルットーレ)の体質・・・・なんだよね?同じ不老の肉体になる・・・・」

 

「・・・・知っていたのか」

 

「うん・・・エストが教えてくれた・・・・」

 

無許可に自分の秘密を教えたことに憤りを感じるが、エストも簪を信用できると判断したから教えたのだろう。まあ、どっちにしろいつかは言わなくてはいけないことなのだ。いい機会と言えば、いい機会なのかもしれない。

 

「わ、私、雄星と一緒に居られるのなら、人でなくなっても・・・・いい。だから・・・その・・・・どこにもいかないで・・・・」

 

「・・・・・・・」

 

簪の心境と心の内を全て伝える。一緒の独占欲とでも言うべきだろうか、自分のためにここまで頑張ってくれている雄星を完全に自分の物にしたいという可愛らしい乙女心が心を騒めかせる。その人間らしい心は破壊者(ルットーレ)となった雄星がどこかで捨て去ってしまったものなのかもしれない。

 

「僕も同じだよ。このやっとできた繋がりを手放したくない。君たちとずっと一緒に居たいよ」

 

「雄星・・・・」

 

いままで雄星には将来や夢と思える物を考えたことがなかった。あえて言うならば、今の目標はレポティッツァの抹殺だ。姉の敵討ち、そして自分に絡みつく因果の始末。それが達成できるというのならば、刺し違えてでもいいと思っていた。

 

だが、こんなことを言われてはそうするわけにはいかなくなった。生きて帰らなくてはならない、彼女達の元へ。

 

「ただし、簪、よく考えてくれ。本当に僕を受け入れていいのかと。何度も迷い、悩んで、その果てに僕を受け入れてくれるのならば、僕はもう何も言わない。僕の全てを捧げて幸せにしてみせる」

 

「本当に幸せに・・・してくれる?」

 

「ああ、誓うよ」

 

「で、デートとか・・・・その、け、結婚とか・・・・」

 

「あまり結婚指輪を嵌めている自分を想像できないけど・・・・したいね」

 

3人(・・)で挙式して、くれる?」

 

「・・・・ん?」

 

3人という怪しげなワードが脳内に引っかかる。

 

「さ、3人?」

 

「うん、私とお姉ちゃんと一緒に式を挙げたいと思っているんだけど・・・・ダメ・・・かな?」

 

「いや、色々間違ってない?」

 

逆に良いという理屈が思いつかない。2人の妻、それも姉妹と共に結婚式を挙げるなど、他者から見たらただの二股くそ野郎にしか見えない。まあ、雄星に常識を求めるのが間違っているのだが。

 

「で、でも、雄星と破壊者(ルットーレ)の2人を満足させるためには・・・・その、私とお姉ちゃんの2人でがんばっていかないと・・・・」

 

「なんか話が通っていないようで通っているね、その考えを否定しきれない・・・・」

 

まあ、こういう倫理や道徳の話はゆっくりと話し合って決めていけばいい。最終的な審議はエストに決めてもらおうとしよう。

2人の花嫁と共に歩く新郎新婦の登場も意外といけるかもしれない。

 

「ふふっ、だとすると楽しみだなぁ」

 

妖しい笑みを浮かべながら簪に近づくと、下顎を掬い上げて目線を合わせる。

 

「こんな僕にも知能がある。食欲がある、睡眠欲がある。そして・・・・性欲もだ。果たして、僕の動きに君の体は一体どれくらい耐えられるかな?」

 

「ぴゃっ!?」

 

冗談とは思えない宣言に簪の体がビクリと震える。よく考えたら、夫婦になるということは営みをするということになる。暗い部屋のベットの上で浅ましく腰を叩きつけられて汗や唾液、そして喘ぎ声を出して悶えている自分の姿を想像して顔が真っ赤になる。

 

「まあ、将来を考えるのに早いということはないからね。将来に備えて花嫁修行をするのならば付き合うよ、もちろん、夜の花嫁修業もね」

 

緊張状態の簪にとどめをさすように頬に口づけをすると、にっこりと微笑む。こんな自分を愛してくれる人たちがいてくれて本当に嬉しい。だが、その行為のせいで、簪の思考はあらぬ方向へ進んでいく。

 

「雄星・・・・頑張るから・・・・頑張ってたくさん雄星の子供を産むから・・・・」

 

「お、おう・・・・?」

 

予想だにしていなかった斜め上の言葉に暫し思考が停止する。だが、それも可愛らしく感じさせる。審判を下すだけの神など雄星は拝めない。自分に幸福をもたらし、愛してくれる刀奈や簪こそが雄星にとって唯一無二の神だ。

難しい宗教や伝統に縛られて生きていくよりも、目の前の顔や感情がわかる者のほうが何倍も分かりやすい。結局、世界は複雑になりすぎた。そこから区別や善悪が絡み合い、面倒な社会となった。

 

だが、愛や恋だけは好きか嫌いかの二者択一だ。忘れていた恋心、それを学園で学び、そして自分は今恋している。どうか恋をうまく紡いでいくことができるように、雄星は2人の女神に心の中で祈りを捧げた。

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

90話 終わりへの序章

挑戦かどうかはわかりませんが、最近R18の小説が書きたくなってきました。果たして需要があるかどうかは謎ですが、いつか書いてみたいです。


目を開けると、目の前に無垢で可愛らしい少年の寝顔があった。

彼の普段の姿しか見ていない者ならば、この寝顔を見てどう感じるだろうか。威厳や不愛想な日常の姿を思い浮かべて『可愛くないっ!』と目を逸らすだろうか、それとも『寝ているだけならかわいいんだけどねぇ・・・』と惜しい声を出してため息を吐くだろうか。

 

確かに普通ならばそう思うかもしれない。だが、自分は彼の全てを知っている。甘えん坊な所も寂しがり屋なところも、人一倍愛情に飢えていることも。

 

「雄星君・・・・」

 

大切な名前を呼び、彼を抱きしめる。今、彼とは一応許嫁という関係だ。修学旅行で妹の簪が抜け駆けして告白した時はどうしようかと思ったが、どうやら自分と妹そろってもらってくれるらしい。姉妹で彼を支えていく。何ともロマンチックな話だ。

 

ミャッ、ニャ~~

 

「きゃっ、くすぐったいわ」

 

朝を告げるように自分と彼の寝ているベットに白猫が乗ってきて、顔をぺろぺろと舐めてくる。その優しいモーニングコールに彼が目を覚ます。

 

「ん・・・」

 

「ふふっ、おはよう、雄星君」

 

「おはようございます、刀奈さーーーって、またそんな恰好で寝て・・・・」

 

同じベットで寝ている刀奈の姿に雄星は呆れた様子だ。シャツに半ズボンと言った標準的な自分の寝巻に対して、今の刀奈の姿はブラにパンツだけの下着姿だからだ。はち切れそうなほどに胸が押し込まれているブラにお尻の谷間に食い込んで、縦に筋が出来ているパンツ。そこからすらりと伸びている鍛えられていて健康的な肉付きの太もも。

 

グラビアアイドルのようなセクシーで刺激的な姿が目の前にあった。

 

「こーら、目を逸らさないの。雄星君に見られるのは恥ずかしいけど・・・・私たちはもう夫婦なんだから」

 

「ふ、夫婦って・・・・いろいろ先走りすぎですよ」

 

「そうかしら?でも、将来を考えるのに早いも遅いもないのよ?」

 

「何度も言っていますが、よく考えてください。無理に僕のことを考える必要はありません、あなたはあなたの道をーーー「雄星君」」

 

そこまで言ったところで雄星の肩を掴むと同時にベットに押し倒す。そのまま肩を抑えたまま、雄星の腹部に跨り、身動きが取れなくなる。まるで格闘技のように鮮やかで素早い動きだった。

 

「私からも何度も言うけど雄星くん、あなたを手放すつもりはないわ。それを自覚しなさい」

 

自分を肯定してくれる言葉。修学旅行で簪にも同じ言葉を言われたが、こうして改めて言われると嬉しい。自分を待ってくれている人がいる。これほどに嬉しいことはない。

 

「わ、わかりました。末永くお願いします、刀奈さん」

 

「よしよし、物分かりが良いわね」

 

まるで弟を褒める姉のように頭を撫でてくる。

 

「きゃっ!」

 

すると、雄星の腹部に跨っている刀奈の股にサイカが潜り込んできた。自分の腹部を跨ぐ白猫と下着姿の美少女と言う最高に刺激的な朝で1日が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人は生きていれば必ず1つや2つのコンプレックスを抱くことがあるだろう。それが癖だったり、仕草だったりと様々なものがあるが、最も単純明快かつ分かりやすいコンプレックスは『外見』だ。なぜか人は、その中で女性は自分の外見を必要以上に気にする傾向がある。

 

健康維持や仕事での被写体など、理由はさまざまであるかもしれないが、大抵は異性から良い目で見てほしいという願望が大半を占めている。だが、外見だけで選んだ相手などと友情や恋愛が長続きするだろうか。外見だけで始められる付き合いのなど微生物よりも短命な関係だ。

 

やはり友情だろうが恋だろうが大事なのは始まりではない、どうやって紡いでいくかだ。

 

「よし、こんなところでいいかな・・・・」

 

保健室で数枚の大きな仕切りパネルを置いてため息を吐く。今日行われる身体測定に瑠奈の保健室が使われることになった。

別にそれ自体はいい。さまざまな測定器具が置いてある保健室で行うのは当然といえば当然の流れだ。問題は、なぜかその測定係に男である瑠奈と一夏が任命された。まあ、誰の仕業かは大体予想できるが。

 

一応、瑠奈(雄星)も男なのだ。それなのに、年頃の少女の体を触らせるのはいかがなものだろうか。

 

「準備は終わったか」

 

確認のためか、保健室に千冬が入ってくる。

 

「もうすぐ測定が始まるぞ、さっさと準備をしろ」

 

「今やっているだろう。あと、そこに立たれると邪魔だ」

 

面倒事を押し付けられてイラついているのか、渡された書類やクラス名簿を乱暴に机の上に置き、一通りの準備を終わらせる。

 

「お前は何ともない様だな。さっき一夏の方に行った時は馬鹿みたいに騒いでいたぞ」

 

「それが普通の反応だ。よかったな、これで興奮していなかったら、あんたの弟はホモかゲイか同性愛者だ。いや、もしかすると両性愛者(バイ)かもな」

 

「お前も小娘共の下着姿に鼻の下を伸ばすなよ?」

 

「色気に惑わされるほど、呑気な生き方はしていない」

 

何の戸惑いもなければ照れている様子もなく、淡々と答える。そういえば、雄星はこういう性格だった。目先の利益や魅力に惑わされるような考え方はしていないのだ。

 

「今回の身体測定でのお前は体位を測定する係だ。ISスーツ強化を目的とした厳密な測定をする。注文の都合上、専用機持ちを初めに測定する。いいな?」

 

「ああ、それは既に聞かされている。大丈夫だ」

 

「そうか・・・しっかりやれよ」

 

それだけ言い残すと、保健室を退室していく。それと同時に入れ違いで誰かが入ってくる。それはーーーー

 

「そ、それでは・・・・お願いしますわ・・・・」

 

黒いレースの下着をつけたセシリアだった。一目見ただけでも高価そうな下着から、貴族の気高さを感じてくる。

 

「あれ、いきなりセシリアなの?」

 

「は、はい。箒さんと鈴さん、ラウラさんは一夏さんの担当になりまして、わたくしとシャルロットさん、簪さんは瑠奈さんに測定して・・・・もらうことになりました・・・・」

 

「へえ、まあいいや。それじゃあ、始めよう」

 

「は、はい、よろしくお願いします・・・・」

 

異性の前で下着姿でいるのが恥ずかしいのか、頬を赤らめながら瑠奈の前に立つ。まずは、バストから図るべく、メジャーを持って前に立つ。

 

「それじゃあ、まずは胸囲からーーー」

 

「きゃあっ!」

 

メジャーが胸に食い込んだ時、セシリアが甘い悲鳴を上げる。よく見ると、顔がさらに赤くなったような気がする。

 

「・・・・どうしたの?どこか変な所を触った?」

 

「い、いえ、何でもありませんわ。ご、ごめんなさい・・・・」

 

慣れていない異性との体の触れ合いにすっかり興奮している様子だ。このままではまともに測定もできない。せっかくこの無人の保健室で2人っきりの状況だ。少しシリアスな話をしよう。

 

「セシリア、ところであの話(・・・)は諦めてくれた?」

 

「っ・・・・いえ、わたくしは・・・・諦めきれませんわ」

 

「わかってくれ、私は君と同じ道を歩いて行くことはできない」

 

「瑠奈さんこそ分かってください。わたくしにはあなたが必要ということを!」

 

瑠奈はセシリアからある話を度々持ちかけられていた。その話とは『自分と一緒にオルコット家を継いでほしい』という話だ。

ざっくりいうと、瑠奈にオルコット家の婿として来てほしいという縁談話となる。

 

「わたくしが必要なかったり邪魔と言うのならば、メイドや使用人として働かせてもらって構いません。瑠奈さんが来てくれるのならば・・・・」

 

「馬鹿を言うな、君がいてこそのオルコット家だ。当主が居なくなってどうする」

 

「ですが・・・・」

 

意地でも退かないといった様子で食いついてくる。イギリスいや、ヨーロッパの女性というのはこんなにも恋愛や家柄の話に強情なのだろうか。

 

「悪いけど、何度言っても答えはNOだ。私は君と一緒には生きていけない」

 

「・・・・そう・・・ですか・・・」

 

瑠奈の明確な拒絶がセシリアの心に深く突き刺さる。だが、ここまで彼女の家事情を聞いておいて、ただ突き飛ばすだけでは申し訳が立たない。

 

「だけど・・・・どうしても困ったことがあるのならば、エストを頼ってみてはどうかな?」

 

「え、エストさんを・・・?」

 

「ああ、彼女ならば君の力になってくれるはずだ」

 

高知能自立思考型AIのエストならば、心強い味方になってくれるかもしれない。少なくとも、そこら辺の惰弱なシステムに負けるほど貧弱な設計はしていないつもりだ。

 

「それでもダメなときは私を頼ってくれればいい。こんな私でもなにか力にはなれるはずだからね」

 

「瑠奈さん・・・・ありがとうございます・・・・」

 

頼りになる存在が出来て嬉しいのか、満面の笑みを浮かべる。その曇りのない純粋な少女の笑顔にどこか眩しさを感じる。

 

「はい、測定は終わり。次の人を呼んできて」

 

「は、はい、ありがとうございました」

 

入室するときとは違い、嬉しさや上機嫌さを感じさせる足取りでセシリアは退室していく。どうやら、彼女の心に希望を与えることが出来たようだ。常人であれば気が付かないような小さな光でも、それを忘れないでいれば幸福な人生を歩んでいけるものだ。

 

だが、次に入ってきた少女も自分の人生に悩んでいる者であった。

 

「お、お願いします・・・・・」

 

先程のセシリアとは違って青白い下着に身を包んだシャルロットが入ってくる。これまたどう反応をしたら良いのか困る人物だ。

 

「・・・・それじゃあ、さっそく始めよう」

 

だが、まあ、せっかくの機会だ。身体測定を兼ねた軽いお悩み相談といこう。メジャーを持ち、やる気のない表情を浮かべながら正面に立つ。そのまま胸にメジャーを巻き、測定していく。

 

「ひゃっ!」

 

「あまり動かないでくれ、測定しにくい」

 

「あ、ご、ごめん・・・・」

 

愛人の子という望まれぬ生を受け、昔から自由がなかったからか、異性との付き合い方や接触に不慣れな様子だ。まあ、この年頃の少年少女は誰もが異性との関わりに苦悩しているとは思うが。

 

「・・・・ところでお家騒動はどうなっているんだい?」

 

突如、目を逸らしたくなる質問をされたからか、『うっ』と低い声がシャルロットの声が漏れる。人様の家庭事情に深入りするべきではないとは思うが、生憎、瑠奈はデュノア家のはた迷惑なお家事情に巻き込まれてデータを盗まれそうになったことがある。

 

シャルロットにも事情があることは重々承知しているが、ここまで巻き込まれては見てみぬふりをするわけにはいかない。

 

「えっと・・・・あまり・・・良くはなっていないかな・・・・」

 

人の良いシャルロットのマイルドな表現で良くなっていないということは、本当に状況が改善されていないのだろう。下手をすると、悪化している可能性すらある。

 

「家族と話すのはそんなに難しいことなのかな?」

 

「父はともかく、本妻の人が僕を認めてくれなくて・・・・本当に参るね」

 

「随分と狭量な人だな。自分の愛する夫の子種から生まれた子だっていうのに」

 

「やっぱり・・・・泥棒猫(愛人)であるお母さんの血が混じっていることが許せないんじゃないかな・・・・」

 

だが、いくら否定されてもシャルロットは家族との和解を望んでいる。これはすごいことだ。瑠奈だったら、自分を必要としてくれないのであれば、それは家族でもなければ親でもない、自分を閉じ込める檻だ。そんなものは早急に逃げ出すのに限る。

 

たとえ、檻の外が死の世界であっても。

 

「まあ、君は親がいるだけ幸せだよ。私は親に捨てられて、親の愛なんてものは知らないからね」

 

「そう・・・・なんだ・・・・」

 

自分より悲しく、冷たい過去を知ってなのか、シャルロットの口が閉じる。まあ、同じ不幸者同士で意気投合するわけではないが、自分よりも不幸な者がいれば、シャルロットの気分も少しは明るくなるだろう。そんな他愛のない話をしているうちに測定が終わる。

 

「じゃ、じゃあ、更識さんを呼んでくるね」

 

「ああ、ちょっと待って」

 

「え?いったいどうしーーーきゃあっ!」

 

突如、瑠奈がシャルロットの胸の谷間に勢いよく手首を突っ込む。予想だにしない強引な行動に羞恥と驚きの混じっている悲鳴が上がる。

 

「な、な、な、な、何をするのっ!?」

 

「せっかくだ、持っていきなよ。何かの役に立つかもしれない」

 

シャルロットの胸の谷間に手首を突っ込んだことに罪悪感や興奮も感じていない様子で小さくはない胸に指をさす。すると、自分の胸の谷間に何やら違和感を感じる。瑠奈に背を向け、ゴソゴソと自分の胸をまさぐってみると、1つの小型メモリーカードが挟まれていた。

 

どうやら、さっき手首を突っ込まれたときに渡されたもののようだ。

 

「こ、これは?」

 

「一応、私が集めたデュノア社が行った過去の不正行為だ。後ろ盾や脅しなどに使えると思ってね」

 

確かにこのまま丸腰の状態で正面から突っ込んでいてもシャルロットの家族は耳を傾けてはくれないだろう。重要なのはきっかけだ。ならば、脅しや脅迫などでどんな形であれ、強引に家族の会談機会を作ってしまえばいい。会社の重要機密を持っているとなれば、流石に無視はできないだろう。

 

「も、もしかして、僕のために・・・・集めてくれたの?」

 

「さあね。ただ、人間や企業の機密や弱みはいくら持っていても困らない。そのうちのコレクションを少し君に譲っただけさ」

 

肯定もしなければ否定もせず、はぐらかすような口調で語る。このチャンスを生かすも殺すも彼女次第だ。まあ、いい方向に進展することを祈るとしよう。

 

「あ、ありがとう・・・・」

 

「どういたしまして」

 

瑠奈から物を受けとったことをばれないためか、再び自分の胸の谷間にメモリーカードを押し込んで隠すと恥ずかしそうに部屋を出ていく。少し強引なやり方だったが、少しは彼女の力になれただろうか。

そしてこの測定を兼ねた相談室に一番の注目の少女が入室してくる。

 

「そ、それじゃあ・・・お願い・・・・します・・・・」

 

羞恥で顔を真っ赤にした下着姿の簪が入ってくる。豊満とは言えないが、健康的な肉付きをした太ももや胸の膨らみが堂々と晒されていることに口がにやけそうだ。

 

「ふふ、今日も君は可愛いね」

 

「え、えへへ・・・・そう・・・かな・・・?」

 

「ああ、もっと君は自分に自信を持つべきだ」

 

お世辞でもなければ、機嫌取りでもなく、自分の思った本心を伝える。刀奈や簪の前ではこうして自分を素直にさらけ出すことが出来る。そんな自覚がある。

 

「よし、それじゃあ、さっそく測定を始めよう。こっちにおいで」

 

「うん・・・」

 

恋人に自分の体を測定されるという行為に恥ずかしさと期待の混じった表情を浮かべながら、瑠奈の前に立つ。

 

「そのまま動かないでね」

 

握られたメジャーが簪の胸に巻き付かれる。こうして彼に測定されるということは、彼に自分のスリーサイズや体を知られてしまうということだ。とても恥ずかしいが、彼に自分の体を知ってもらう機会だと思うと、不思議と嬉しく思っている自分がいる。

 

「ひゃあ・・・・」

 

「あ、ごめん・・・くすぐったかった?」

 

「う、ううん、大丈夫・・・・」

 

そんなラブラブで甘酸っぱい空間で測定は進んでいく。自分たち以外いない空間だからか、笑い声が静かな保健室に響く。

 

「よし、測定完了ーーーって言いたいところだけど、ごめん簪、測定不良があったからもう1回来てくれる?」

 

「え?うん、いいけど・・・」

 

別に簪としては間違いがあったようには思えないが、瑠奈がそういうのならばそうなのだろう。もう1度瑠奈に背中を見せる形で立つ。

 

「そのままだよ・・・・」

 

感情を押し殺しながら簪の背後に立つ。その刹那ーーー

 

「きゃあっ!」

 

素早く簪の背中に体を密着させる。それだけでも十分驚きだが、そこから瑠奈の手が簪のパンツの中に突っ込まれ、肉付きのいい柔らかなお尻をわしづかみにする。

 

「る、瑠奈っ!?」

 

「こら、動いたら測定ができないだろ。じっとしていて」

 

「で、でも・・・・あんっ!」

 

測定と言っているが、言葉と実際の行動が一致していない。眉1つ動かすことなく、そのまま簪のお尻を揉みほぐすように動かしていく。くすぐったさやとてつもないほどの羞恥で口から熱のこもった息と声が漏れるが、部屋の外には他の生徒や教師たちがいるのだ。

 

ここで下手に物音をあてて怪しまれるわけにはいかない。

 

「何を食べたらこんな無垢で可愛らしく、美味しそうな体に育つんだい?」

 

「お、美味しそう・・・・えへへ・・・・んっ・・・」

 

「君の体の魅力の秘訣をたっぷりと研究したいな・・・・・ベットの上でね」

 

「っ!」

 

告白に似たその刺激的な言葉は簪の思考を乱し、心臓の鼓動を激しく高鳴らせる。恥ずかしいが幸せいっぱいのこの空間が永遠と続いてほしいと思ったが、現実は非情にも簪に終わりを告げる。

 

『おいっ!いつまで測定に時間をかけているつもりだ!!』

 

「っ!!」

 

ドンドンと保健室のドアを叩き、ドア越しに千冬の怒声が聞こえてくる。瑠奈に後ろから抱きつかれ、お尻を揉まれているという今の状況が千冬にバレたら怒られるというレベルの話ではない、天変地異が起こるほどの裁きが下される。

 

「あ・・・いや・・・・あ、あの・・・」

 

必死に返事をしようとするが、ドアを開けられたら終わりの命がけの極限状態だからか声が掠れ、言葉が出ない。だが、瑠奈が簪のお尻を揉みながらニッと笑う。

 

「もうすぐ終わるから大人しく待っていろ。それと、次に測定する生徒を並ばせておいてくれ」

 

『時間に余裕があるわけではないんだ!早くしろ!』

 

注意だけ言うと、瑠奈の『次の生徒を並ばせる』という指示に従うためか、ドアから離れる足音が聞こえてくる。ただ返事をするだけでなく、次の行動の指示をすれば警戒していない人間は大抵その指示に従う心理がある。これも立派な会話誘導だ。

 

「はぁ、はぁ・・・・」

 

「危ない危ない」

 

危機を脱したことに安堵し、床に座り込んでしまった簪に対して瑠奈は余裕で愉快そうな笑みを浮かべている。まるでゲームをクリアした子供のような笑みだ。

 

「もう少し揉んでいたいけど、これ以上はばれるかな」

 

「も、もう・・・」

 

あれほど危機的状況だったというのに反省の色なしといった様子の瑠奈に困ったような声をだすが、お尻を揉まれ、刺激的な言葉を囁かれたからか、どこか嬉しそうだ。そんな複雑な表情を受けべながら簪は保健室を出ていく。

 

「はぁ・・・・」

 

唯一の楽しみが終わったからか、残念そうなため息を吐いて椅子に腰かける。遊びの時間は終わりだ、これから大事な仕事が待っている。

 

「・・・・エスト、いるか?」

 

『はい、何か御用でしょうか?』

 

「typeⅡの開発はどうなっている?」

 

『基礎設計完了、武装試験問題なし、現在衛星軌道上で最終試験を行っています』

 

お前の機体(・・・・・)の方はどうなっている?」

 

『そちらは一足早く完成しています。地上に下ろすこともできますが、どうしますか?』

 

「いや、そのまま待機していろ。必要になったのならば2機同時に地上に下ろす」

 

『了解』

 

この身体測定が終わったら、瑠奈はとある用事で学園を出なくてはならなくなる。その時に備えてエストの機体を下ろしておきたいが、今あの機体を晒すわけにはいかない。やるとしたらtypeⅡと同時にだ。それほどまでに動かすのにリスクがある。

 

とりあえず今は測定を終わらせるのが先だ。机上のプリントの簪の名前のバストの欄に大きくはない数字を書き入れ、再び椅子に腰かけた。

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

91話 宿命

今回から最終章へ突入します。うまく話をつなげられるか不安ですが頑張っていきます。


「・・・・はあ、疲れた。何回同じことを言えばいいんだ。オウムか・・・僕は・・・」

 

疲労とイラつきを感じさせる顔と表情を浮かべながら、瑠奈は1人街を歩いていた。身体測定後、本来は学園では授業があり、瑠奈も学園にいなくてはならないのだが、今は諸事情で外出している。

 

その事情とはこの前の修学旅行である京都の下見で起こった戦いの詳しい取り調べだ。一通りの事情聴取は学園で行ったが、瑠奈は京都で不本意ながら亡国企業(ファントム・タスク)と協力し、白騎士となった白式と戦闘している。

 

たぶん、自分たちと敵対している者たちと共闘したことに対する疑心や疑いなのだろう。国防省直々にお呼び出しを受け、詳しい事情説明や身の潔白さを証明するはめになったわけだ。

国相手に、それも国防省からのお呼び出しとなっては流石に無視できず、こうして重い腰を上げてわざわざお偉いさんと話をつけてきた。

 

まあ、周囲に特殊部隊を囲んでおいて何が話し合いなんだと言いたくなるが、こっちは疑われている身だ。素直に正直に話すのが一番の最善の策ということは分かっている。

とはいえ、こちらの疑いが完全に晴れたわけではない。面倒なことだが、向こうには瑠奈がいることに都合が悪い者たちもいるようで、これを機に何としても瑠奈を牢屋に放り込みたいと考えている輩もいるようだ。

 

たぶん、自分たちが制御できない大きすぎる力がこうしてうろついていることが気に入らないのだろう。自分たちの指示を聞かず、さらには味方とは言い切れない。ならば、牢屋に放り投げて自由にいけないように首輪をつけてしまえと。

 

何とも自分勝手で面倒な裁判ごっこだ。ここまで汚い世界を見ると、自分が正直でいることが馬鹿馬鹿しくなってくる。人間は素直過ぎてはいけない。だが、それを美しいという者もいる。

 

「きゃっ!!」

 

背後から突如聞こえる女性の悲鳴。振り返ると、20代半ばほどの女性が地面に突っ伏し、持っていた買い物袋から食品や日用品らしき物を周囲にぶちまけていた。どうやら、転んだ拍子に持っていた買い物袋を落とし、散乱してしまったらしい。

 

女性は慌てた様子で買い物袋に商品を詰めているが、周囲の人間は見てみぬふりをして助けようとはしない。まあ、皆厄介事や面倒事は御免なのだろう。

 

「・・・・大丈夫ですか?」

 

人間は素直過ぎてはいけない。だが、たまに気まぐれで起こす親切程度であればいいだろう。内心呆れながら、周囲に散乱している食材や日用品をかき集めると、女性の前に置く。しかし、女性はそれを買い物袋に仕舞わず、目の前に現れた意外すぎる人物に目を奪われていた。

 

「こ、小倉瑠奈・・・・?」

 

「だったらなんですか?日用品、ここに置いておきますね。それでは」

 

最低限の会話を済ませて去ろうと歩き出すが、手首を掴まれる。

 

「あ、あの、助けてくれたお礼がしたいのですが、この後時間ありますか?」

 

「結構です、お礼をもらうほどのことはしていません」

 

「そう言わずに、私の家ここから近いので寄っていきませんか!?」

 

目をキラキラさせて迫真の勢いで迫ってくる。別にお礼が欲しくて助けたわけではないのだが、本人がそれで気が済むというのならば、それがいいのかもしれない。どっちにしろ、このまま学園に戻ってもやることなどないのだ。

 

「・・・・わかりました、少しだけなら」

 

「はい、では私に付いて来てください」

 

「買い物袋持ちますよ」

 

「で、でもそんな体じゃ・・・・」

 

「女性に荷物を持たせるなど私が嫌なんです。いいから渡してください」

 

半ば強引に袋を持つと、瑠奈と女性は歩き出す。何気に女性の家にお邪魔することになってしまったわけだが、これは浮気ではない。一種の交流のなのだ。楯無と簪に心の中でそう言い訳しながら瑠奈と女性は並んで歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・・・」

 

疲労困憊な様子を感じさせるため息が部屋に響く。刺激的な午前の測定が終わり、部屋に戻ってきた簪だが気分は暗く沈んでいた。

理由は単純明快。(雄星)がいないのだ。

 

日頃であれば休み時間や放課後など、時間が空けば保健室へ行ったり、一緒に特訓をしたりして雄星と過ごしているのだが、彼がいない保健室に行っても意味はないし、今は特訓をする気分でもない。彼がいないと、ここまで暗い気分になってしまうとなると、本格的に重度な依存が心配してくる。

 

まあ、授業をサボって雄星に会いに行くほどの好感度だ。依存しているといわれても否定できないのだが。

 

ニャー、ミィぃ・・・

 

「ほらほら~~気持ちいーい?」

 

暗い気分の簪と違い、お楽しみなのが先程部屋に遊びに来た本音だ。膝上にサイカを乗せ、ブラシをかけている。程よい刺激にサイカは目を細め、気持ちよさそうに低い声を出している。

背中の次はお腹にしてくれと訴えかけるようにゴロンと体を動かし、本音にお腹を見せる。その無防備な姿は見ていて愛くるしい。

 

「本音は、元気そうだね・・・・」

 

「えへへ、そう~?」

 

にぎやかで安息な日々。でも、そこに彼がいなくては日常とはいえない。だが、その日常に突如闇が差す。

 

「ふえ!?」

 

「っ!?何?」

 

突如、部屋の灯りや電源が一斉に消える。非常用電源が点くかと思ったが、いくら待っても電源は復帰せず、アナウンスもない。これはかなり妙だ、非常事態だというのに学園側から反応がない。

 

「・・・・エスト、どうなっているの?」

 

『どうやら学園がハッキングによる攻撃を受けているようですね。それも一瞬で学園のシステムをダウンさせるほどの強力な攻撃です』

 

「何とか、ならない・・・・?」

 

『学園側が私に全てのシステムを譲渡してくれれば可能性はありますが、学園が私にそんなことをするとは思えません。まあ、私も自分の手の内を明かさない勝手な方々に手助けする義理もありませんが』

 

AIと言えど、エストにも考えや思考というものがある。兵士や犬のように『やれ』と命じられれば即答で『はい』と答えて行動するほど都合の良い思考はしていない。

 

『マスター、現在専用機持ちは全員地下のオペレーションへ集合するようにと通信が入りました。通路を塞ぐ防壁の破壊も許可されています』

 

「・・・わかった、本音」

 

「うい?」

 

「サイカをお願い。私とエストは、行かなくちゃ・・・・」

 

「うん、がんばってね~~~」

 

幼馴染の応援を受け、簪とエストは部屋を飛び出す。この学園は雄星の帰るべき大切な場所なのだ。だから守らなくてはならない。それが今の自分のやれることと望むことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、状況を説明する」

 

IS学園地下特別区画、オペレーションルーム。そこに箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪、楯無が立って並んでいる。その前には千冬と真耶が立っていた。

学園全体がシステムダウンしているというのに、この区画だけは稼働しているところを見ると、どうやら完全独立した電源で動いているようだ。

 

「現在、IS学園ではすべてのシステムがダウンしています。これはなんらかの電子的攻撃を受けていると断定しています」

 

学園を掌握するほどの強力な攻撃に加えて、一夏は白式のメンテナンスで外出しており、瑠奈も諸事情で学園にいない。恐らく、この2人がない時間を狙ってでの襲撃だろうか。

 

「それでは、これから條ノ之さん、オルコットさん、凰さん、デュノアさん、ボーデヴィッヒさんはアクセスルームへ移動、そこでISコア・ネットワーク経由で電脳ダイブをしていただきます。更識簪さんは皆さんのバックアップをお願いします」

 

「「「で、電脳ダイブ!?」」」

 

「はい、理論上可能なのはわかっていますよね?」

 

すらすらと告げる真耶に対し、専用機持ちは理解が追い付かずポカンとしていた。

 

「あ、あの・・・・電脳ダイブということは、もしかして、あの・・・・」

 

「オルコット、この作戦は電脳ダイブでのシステム侵入者排除を絶対とする。異論は聞いていない、嫌ならば辞退するがいいい」

 

その千冬の迫真に全員が気圧される。

 

『そちらの都合で集合させておいて、少しでも反論しようものならば部外者として排除ですか。随分と自分勝手ですね』

 

「え、エスト・・・!」

 

救援に応じて来たというのに、千冬の上から目線の言い方に気に入らなかったのか、嫌味そうに独り言をつぶやく。雄星に似た言い方に千冬は主である簪を睨みつける。

 

「エストちゃん、今は状況説明の途中よ。口は慎みなさい」

 

『申し訳ありません、善処いたします』

 

楯無の注意を素直に受け、謝罪をするとエストは口を閉ざす。

 

「よし!それでは電脳ダイブを始めるため、各人はアクセスルームへ移動!作戦を開始する!」

 

「「「はいっ!」」」

 

檄を受け、箒たちはオペレーションルームを出る。残ったのは千冬と真耶、そして楯無だった。

 

「さて、お前には別の任務を与える」

 

「なんなりと」

 

「おそらく、このシステムとは別に別の勢力が学園にやってくるだろう」

 

「わかっています」

 

この混乱に乗じて漁夫の利を得ようとする勢力は必ずある。それは千冬も楯無も睨んでいた。今は自分以外の専用機持ちは戦えない。ならば、自分がするしかない。

 

「ここはあいつが帰るべき場所でもある。頼んだぞ」

 

「はい」

 

ぺこりとお辞儀をし、オペレーションルームを出ていこうとしたとき、目の前に光の粒子が集まり、エストが姿を現す。

 

「どうしたのエストちゃん?あなたの役目は簪ちゃんのサポートでしょ、こんなところにいていいの?」

 

『はい、それを承知で申し上げさせてもらいます。楯無さま、私を戦線に連れていってもらいませんか?』

 

「え?」

 

一種の贅沢や我儘というべきだろうか。日頃は冷静で素直なエストでは考えられない言葉に目を細める。

 

『私がこんなことを言うのはおかしいと思うかもしれませんが、嫌な予感がするのです』

 

「嫌な予感?」

 

『はい、不吉な予感がします。この学園の空気が乱れているというべきでしょうか。ですからーーー「エストちゃん」』

 

言葉を遮り、口の前に人差し指をあて、笑顔を浮かべる。まるでその笑顔は妹を安心させる姉の様な温かさと力強さを感じさせる。

 

「簪ちゃんのサポートがあなたの任務でしょ?ならば、それに集中しなさい。私のことは大丈夫だから」

 

『で、ですが・・・・』

 

「私はこの学園の生徒会長。私がお荷物になるわけにはいかないわ。あなたは簪ちゃんの元へ戻りなさい、これは命令よ」

 

命令と言われてはエストは逆らうことは出来ない。そう言われた以上、未練は残るが、ここは楯無に従うしかない。オペレーションルームを出ていく楯無を見送ると、1人重苦しいため息を吐く。後悔しているわけではない、だがどうにも妙なざわめきがしてくる。

 

今の状態を表すのならば、そう、大きな過ちを犯してしまった心境だ。

一瞬、自分の機体を地上に下ろして楯無を援護しようとも考えたが、雄星の指示を無視するわけにもいかないし、何よりあの機体を晒すのはリスクが大きすぎる。

 

「エスト、お前は小倉とコンタクトを取って学園が襲撃を受けていることを知らせろ」

 

『・・・・了解しました』

 

再び体を粒子に分解し、超高速で世界中の電脳ネットワークを駆け巡り、彼の機体を探索していく。別に感情があるわけではない、だが、今のエストには言葉にできない焦りがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、と」

 

破壊した防壁を抜けると、楯無は暗い通路を仁王立ちで待ち構える。先ほど、学園に何者かが侵入したのは感知できたが、具体的な数や装備、目的などは不明だ。ならば、余計な小細工はむしろ裏目に出る可能性がある。ここは正々堂々と迎え撃つとしよう。

 

「ん?来たようね」

 

ISを展開し、ランスを構える。次の瞬間、楯無に向かって数発のビーム弾が発射される。警告もなければ予備動作もない完全な不意打ちだが、楯無と『ミステリアス・レイディ』には意味をなさない。素早く目の前にアクア・ナノマシンの壁を作り、防ぐ。

 

「挨拶もなしにいきなり攻撃なんて無粋ね」

 

敵意もなければ焦りも感じない呑気な口調に反応して、目の前の薄暗い通路から1機の人型の機体が姿を現す。全身に薄い赤色のカラーリングが施され、背中には折りたたまれたウイングユニットが接続されている。全身装甲のせいで操縦者が男性なのか女性なのかすらわからない。いや、もしかすると無人機かもしれない。

 

この異常な外見からISでないことはわかる。だとすると、あの機体も雄星の機体と同じどこかで秘匿に開発されていた機体なのだろうか。

 

(だとすると、なぜこんなタイミングで単独で侵入させてくるの?学園を制圧することが目的とは思えないし・・・・)

 

色々疑問があるが、そんなもの捕えて白状させればわかる話だ。ランスを向け、戦闘準備を整える。それと同時に、目の前の所属不明機がバックパックからサーベルを抜刀し、斬りかかってくる。

突然の攻撃だというのに楯無は慌てることなく、ランスで受け止めると華麗に力を受け流して吹き飛ばす。

 

所属不明機は体勢を崩し、地面にひれ伏すが素早く立ち上がって再び楯無に斬りかかる。

 

「無駄よ」

 

斬撃を必要最低限の動作で避けるとランスで薙ぎ払う。動きは素早いが、攻撃の動作や剣筋が単調すぎる。いくら速くても相手に攻撃が当たらないのであれば勝負に勝つことは出来ない。

 

「その程度でこの学園の生徒会長である私に挑むなんて片腹痛いわね」

 

『・・・・更識楯無』

 

ISのプライベートチャンネル越しに所属不明機が名を呼んでくる。低くてよく聞こえなかったが、どうやら操縦者は自分と同じ女性らしい。

 

『小倉・・・・雄星・・・・はどこ?』

 

「っ!?あなたどうしてその名を・・・・?」

 

『雄星・・・雄星・・・・あなたが・・・・雄星・・・・を・・・・』

 

低く得体の知れない声が聞こえてくる。自分と簪、そして千冬と束の4人しか知らないはずの名をなぜ相手は知っているのだろうか。

 

「あなたは・・・・誰なの?」

 

『・・・・・・・』

 

カシュっと空気が抜ける音がしたと同時に、所属不明機の顔面を覆っている装甲が収容され、素顔が晒される。この薄暗い通路で不気味に光る姿。

 

「あ、あなたは・・・・・」

 

目の前のあり得ない光景に恐怖を覚え、後ずさる。手足が震え、声が出ない。いくら目をつぶっても否定しても、あり得ないといって目を逸らしても、自分の目の前で立っている少女(・・)は実在する。その現実に耐えられず、楯無は持っていたミステリアス・レイディのランスを静かに地面に落とした。

 

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

92話 分離世界

「どうぞ、ゆっくりしていってください」

 

目の前のテーブルに紅茶が注がれたカップを置かれ、続けて茶菓子が入っている小さな籠が置かれる。女性が用意してくれた紅茶や菓子に目もくれず、瑠奈はみっともなく今自分がいる部屋をぐるりと落ち着きなく見渡していた。

 

先程の気まぐれで助けた人ーーー八千代と名乗った女性に案内されたのはここら一帯では有名な超がつくほどの高級高層マンションであった。この時点で驚きだが、さらに彼女は1人暮らしで、この高級マンションの一室を貸し切っているという。

このマンションといい、目の前の高価そうなカップと茶菓子と言い、この八千代とかいう女性は意外とすごい人なのかもしれない。

 

下手すると、学園の教室ほどはあるかもしれない客室でソファーに座り、紅茶を飲むなど今までなかったことなので落ち着かない。

 

「あの・・・・どうかしましたか?」

 

「いや・・・このマンションってここらへんでは有名な高級マンションですよね?ここに1人で暮らしているんですか?」

 

「はい、この部屋では1人で暮らしています」

 

「その・・・・失礼ですが、お仕事は何をなされているのですか?1人でこのマンションの家賃を払うことなどできなさそうですが・・・?」

 

「それは大丈夫です。このマンションはお嬢様(・・・)の所有物ですので」

 

「お、お嬢様?」

 

突如出てきた単語に首を傾げる。『お嬢様(・・・)』その単語から想像するに何かの主従関係を示しているのだろうか。

 

「私はこのマンションの所有物であるお嬢様にメイドとして働いているんです。本来は毎日このマンションに家から通わなくてはいけないのですが、それを不便と思ったお嬢様がこのマンションの一室を分け与えてくれまして、おかげでいろいろ苦労せずに働けています」

 

貴重な収入源であるマンションの賃料を一室とはいえまるまる放棄するとは随分と寛大な人だ。それとも、彼女の苦労や不便さを感じての対処だろうか。

 

「ですが、お嬢様は多忙なお方でほとんどこのマンションに帰ってくることはないのですが・・・・」

 

「それは寂しいですね。尽くすべき人の傍にいられないというのは」

 

同感するように低い声を言い、目の前のカップを取ろうとしたとき、インターホンが鳴る。どうやら、来客が来たらしい。

『失礼します』と断りを入れ、八千代という女性は玄関に出ていく。それから十分ほどして再び戻ってきた。

 

「あの小倉さん、今、私の雇用主が帰りまして小倉さんに街中で助けられたと言ったら是非お会いしたいと言われたのですが・・・・よろしいですか?」

 

「はぁ・・・まあ、構いませんが・・・・」

 

この超高級マンションをまるまる所有するほどの金持ちに会いたい。姿を現したのはビジネス帰りだからか黒いスーツを纏い、高そうな手さげバックを持った女性。それだけでならば別におかしいところはない。だが、その顔に見覚えがあった。

 

もっさりとしている金髪に目元にはサングラスをかけているスタイル抜群の女性。もはや、この状況に引き攣った苦笑いが浮かんでくる。その女性は紛れもなくーーーー

 

「あら、随分と可愛いお客さんね」

 

「おいおい・・・まじかよ・・・・」

 

亡国企業(ファントム・タスク)の幹部にして、この前、京都で刃を交えたばかりのIS操縦者『土砂降り(スコール)』であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、あなたに人を助ける心があったとはね」

 

「・・・・・・」

 

テーブル越しにスコールが瑠奈を茶化すような表情を浮かべて、運ばれてきた紅茶を口に運ぶ。その表情からは敵である瑠奈と向かい合っていることに対しての警戒や緊張は感じられない。むしろ、瑠奈ーーーーいや、雄星と2人っきりのこの状況を楽しんでいるようだ。

 

「あなたも人の子ということかしら?」

 

「偶然だよ、単なる気まぐれさ」

 

感情を表すことなく、無表情で手短にそう答える。無礼な態度ということはわかっているが、如何せん相手が相手だ。相手に戦う意思がないとしても警戒はしてしまう。

 

「そう固くならないで。女性に優しくなれない男は好みじゃないのよね」

 

「あんたの好みの男は聞いていない。それに私が好感度を気にする相手は2人だけだ」

 

「そう、でもアクセサリーと同じように、人の好感度はいくらあっても困ることはないのよ?」

 

「そうか」

 

くだらない与太話を切り、静かに警戒態勢を解く。よくわからないが、スコール自身はここで戦闘する気はない様だ。今の会話でそれは薄々感じ取ることは出来た。

 

「スコール、私を追い出さなくていいのか?」

 

「あら、どうして?あなたはお客様よ。私はお客様を追い出すような無礼をしないわ。それにあなたと2人っきりで話せる状況なんて滅多にないし、楽しまなくちゃね」

 

「これはまたご丁寧に・・・・」

 

「ところで、あの子・・・・・破壊者(ルットーレ)は元気かしら?」

 

「私が元気ならば、あいつも元気だ」

 

個人的にはあまり自分語りはしたくない。それがスコールのような得体の知れない人物ならばなおさらだ。

 

「そんな体で学園で暮らしていくのは大変ね」

 

「・・・・そうだな、色々苦労はある。それでもーーー『瑠奈っ!!』」

 

言葉を遮って手元の携帯端末から聞き覚えのある少女の声が響く。声に続き、エストの姿が映し出されるが、表情は慌てている様子だ。

 

『現在学園は所属不明の部隊による攻撃を受けています。直ちにお戻りくださいっ!!』

 

「学園の被害状況はどうなっている?」

 

『現在、学園の全てのシステムがダウン。現在、専用機持ちが電脳ダイブによる対策を行っています』

 

「・・・・わかった、すぐに戻る」

 

通信を切ると、立つよりも先に目の前にいるスコールを睨み付ける。

 

「現在学園を攻撃しているのはあんたの部隊か?」

 

「残念だけど、私の部下にハッキング攻撃ができる操縦者はいないわ。それよりも早く行った方がいいんじゃない?大切な人がピンチらしいわよ?」

 

「そうだな、ここであんたを疑っても時間の無駄だろう。じゃあな、紅茶ごちそうになった」

 

今では怒っている時間ですら惜しい。それだけ言い残すと、玄関へ向かっていく。この最悪なタイミングで学園が襲撃されたのも、街中で女性に軽々しく声を掛けてしまったことに対する報いなのだろうか。

意外と因果応報という言葉も馬鹿にできないものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たとえ、優れた機動性を持つアイオスであっても今の中破状態でリペアパーツを組み合わせた状態では満足に性能を発揮することもできず、遅れて学園に到着する。

エストは地下のオペレーションルームにいると言っていたが、肝心の学園のシステムが動かないとなると、下手に行動できない。

 

一番最悪なのが、このリペア状態で相手の実行部隊と鉢合わせしてしまうことだ。ひとまず、受け取った位置データを元に、ゆっくりと学園の廊下を進んでいく。

幸いなことに道中誰にも会うことなく(・・・・・・・・・)地下のオペレーションルームへたどり着く。入ると、難しい顔をしている千冬と真耶がモニター前で向かい合っている。

 

「状況はどうなっている?」

 

「詳しい説明は後だ!瑠奈、オペレーションルームへ向かえ!織斑もすでに向かっている!」

 

「わかったよ」

 

渡された位置マップを頼りに再び廊下を進んでいく。指示された部屋に入ると、大規模な電脳ダイブアクセスマシンと思われる巨大なベットチェアに横たわる専用機持ちに狼狽える簪。そして息を切らしている一夏がいた。

 

「る、瑠奈、どうなってんだよこれは!?」

 

「そう騒ぐな、まずは状況を整理する」

 

慌てている一夏を落ち着かせると、エストを呼び出して状況把握に努める。

現在学園は謎のハッキング攻撃により、システムダウンしている。そのシステム侵入者を排除しようにも、一切外部からの攻撃は受け付けない。

いや、正確には受け付けないほどの徹底的な防御というべきだろう。

 

どんなプログラムにも穴というものはある。だが、エストがその弱点を見つけられないほどに異常なまでに固い防御。これではまるで、エストが外部から攻撃してくると分かっている(・・・・・・・・・・・・・・・・・)ような形だ。

 

「この防御力、外部から干渉するのは無理か」

 

「やっぱり、直接電脳ダイブでないと・・・・」

 

空中投影ディスプレイをいじりながら簪が来るが、表情は何処か険しい。まあ、それも無理はないだろう。わざわざ向こうの得意なフィールドである電脳世界で勝負するなどハンデもいいところだ。だが、それしか方法がないならそうするしかない。

 

「一夏、これから私は彼女達と同じように電脳ダイブによる救出作戦を実行するが、君はどうする?」

 

「どうするって、決まってんだろ。俺も行く。瑠奈だけに負担を掛けられるかよ」

 

「いいねえ、そうこなくっちゃ」

 

やる気満々といった様子の一夏をアクセスルームのベッドチェアに寝かせて、システムを起動させる。

 

「エスト、簪、私も行くけどダイブ中に君たちに危険があった場合、そちらに被害が及ぶ前に強制的に切断してくれ」

 

「で、でも、それじゃあ瑠奈は・・・」

 

「いいから、もしもの話だ。それじゃあエスト、ナビゲートを頼んだ」

 

次の瞬間、システムが起動し、意識が遠ざかり謎の浮遊感を感じる。そのまま、瑠奈の意識は電脳世界に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空気の香りが鼻腔をくすぐる。そして肌に感じる風の感触。さっきまで自分の肉体が室内にあるはずなのに、今はこうして仮想世界の中に存在している。それがどうにも不思議でならない。

 

「さてと、これはどういう状況かな・・・・」

 

目の前に広がる草原、その中にポツンと立つ5つのドア。その不思議な光景に一夏と瑠奈は頭を悩ませていた。

 

「この先に箒たちがいるんだよな?」

 

「ああ、とりあえずドアに入ってみよう。まずはそれからだ」

 

ここで立ち往生していても仕方がない。危険だとはわかっているが、今は完全に運任せとしよう。目の前に静かに佇む5つのドア。やけくそになりながら、万が一、共倒れを防ぐため2人は別々のドアへ進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーーーむ・・・・」

 

 

一流の調度品に囲まれた執務室。そこで上品な姿勢でチェアーに座る女性と、近くのソファーに脚を掛けて下品に座っている少年が書類を相手ににらめっこしていた。

 

女性の名はセシリア・オルコット。イギリスで最大規模のオルコット社を束ねる若き総帥だ。過去に没落していたオルコット家が、今やこのヨーロッパで最大の権力を持つまでに成長させた天才と世間では言われているが、そうすることが出来たのは『彼』というパートナーがいてこそだ。

 

「ダメだね。セシリア、この会社との取引はやめておいた方がいい」

 

「な、なぜですか?この取引は条件の提示も良く、悪くないと思いますが・・・・・?」

 

「この前の会議で相手の挙動が落ち着かなくて目線が泳いでいたし、まばたきの回数も多く、呼吸もわずかばかり乱れていた。嘘をついているとはいわないが、多分何か裏がある。そんな相手と取引するのは危険すぎる」

 

「そ、そうだったのですか?気が付きませんでしたわ・・・・」

 

ほぼ、相手の心を読んでいるのではないかと思うほどのずば抜けた観察眼に驚きの声が漏れる。はじめの頃、没落しかけているオルコット家の資産を狙って多くの金の亡者たちがセシリアに迫ってきた。何もかもが信じられなくて、苦しみの日々。その時、突如現れた救世主がこの小倉瑠奈という天才少年だ。

 

『衣・食・住を提供してくれるのならば協力してもいい』と軽めな口調であったが、彼は人を見抜く観察眼に高い技術、そして優れた頭脳を駆使し、オルコット家をーーーそしてセシリアをどん底から引き揚げていった。このオルコット家がこうしてゆっくりとだが、歩みを進めることが出来るようになったのは彼の成果が大きい。

 

素行や態度に多少の問題があるが、セシリアやオルコット家の人々には優しく、今や皆にとってかけがえのない存在となっている。もっとも、本人はそれを自覚している様子はないが。

 

「あ、もうこんな時間ですわ・・・」

 

ふと時計を見ると、すでに本日の業務時間が過ぎていた。慌てて目の前の書類を片付け、立ち上がるとそのまま瑠奈の方へ進んでいく。

 

「瑠奈さん、本日の業務は終了ですわ」

 

「ん?あ、ほんとうだ、じゃあ今日はここまでだね」

 

持っていた書類を適当に放り投げ、疲れた様子で大きな欠伸をする。この執行室にある書類はどれも重要なものなのだが、そんな雑な行動にセシリアは怒らない。彼が書類を紛失するような失態を犯さないことなど、分かっているからだ。

 

「隣、座りますわよ?」

 

「ここは君の執行室なんだ。私に許可なんて取らなくていいよ。好きにすればいい」

 

「もう・・・」

 

不愛想な態度に苦笑いを浮かべながら隣に座り、頭を瑠奈の肩に預ける。ひどく情けないことだとは思っているが、仕事後はどうしてもこうして年下である彼に甘えてしまう。

両親が数年前に事故で他界し、自分には手に余るほどの莫大な資産。両親が残したその資産を守るためにありとあらゆる勉強を拷問のようにし続けた地獄のような日々。

 

それでも現実は非情で、無情で冷たかった。そんな現実に差し込んだ一筋の光。それが彼だった。初めは自分の体や財産を狙ってきた人間かと思ったが、それにしては色々とおかしすぎる。そもそも、住処を条件に近づいてくるなどいくらなんでも情けなさすぎるのではないだろうか。

 

今でもわずかばかり疑いはあるが、彼にはこうして自分と共に頑張ってくれている。ならば、自分は彼を信じられる。

 

「瑠奈さん・・・・」

 

子供のように体を密着させ、名を呼ぶ。多忙ながらも幸せな時間、そんな時間に突如、得体の知れない存在が入り込む。

 

「こう見てみると不愉快なものだな。他人が妄想した自分を見るというのは(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「え・・・・」

 

ソファーで仲良く並ぶセシリアと瑠奈。その2人を覆いかぶさるような体勢で、突如もう1人の瑠奈が現れ、隣に座っている瑠奈の後頭部の髪を掴む。そしてそのままーーーー

 

「失せろ」

 

顔面を目の前のテーブルに思いっきり叩きつけ、強烈な一撃を食らわせる。グジュっと何かが潰れる音と共に、叩きつけられた顔面から赤い液体が飛び出し、テーブルの上に置かれている書類を汚す。

 

『ワールド・パージ、異物混入、排除開始』

 

「る、瑠奈さん!?きゃっ!」

 

助けようと近寄った瞬間、得体の知れない意味不明な単語をぶつぶつと呟くと同時にセシリアを突き飛ばし、立ち上がる。ぎょろんと変貌した金色と黒色の目は、この世界で異物である少年へと向けられている。

 

「ほう、意志を持たない動作プログラムごときが刃向かってくるか。くくっ、雄星、あいつは俺がやる(・・・・)。手を出すなよ」

 

得体の知れない殺意を向けられているというのに、瑠奈はこの状況を心底楽しんでいると言った様子で紅き瞳を輝かせ、下品な笑い声をあげる。

 

そんな余裕そうな態度を黙らせるように、拳を放つが笑みを浮かべながらかわし、すれ違いざまに腹部に強烈な拳を埋め込ませる。

 

『がっ・・・!』

 

「まだまだこれからだろ!果てるなよっ!」

 

前かがみとなり、露わとなった背中。そこに間髪入れずにかかと落としを食らわせ、地面に思いっきり這いつくばせる。自分と瓜二つの姿だというのに攻撃には一切の容赦がない。むしろ、自分と同じ姿である相手を楽しんでいるようだ。

 

『異物排除、異物排除、異物排除、異物排除、ごぼっ!』

 

「同じことを何度も言わなくても聞こえているさ。たまには別のことを言え。オウムかお前は」

 

ぶつぶつと同じことを呟いている口に手を突っ込み、黙らせる。必死に引き抜こうとするが手はどんどん喉元へ進行していき、まともに呼吸できなくなりあふれ出てくる唾液に血が混じり始める。もっといたぶってもいいが、そろそろこの動作プログラムの相手も飽きてきた。

 

名残惜しいがショーは終わりだ。

 

「ゼノン」

 

その瞬間、手を突っ込んでいた喉がほのかに赤みと熱を帯びていく。その刹那、喉元が破裂し、頭が吹き飛ぶ。頭部がなくなった体はふらりとバランスを崩し、静かに倒れる。

 

「はぁ、やはり機能を失った動作プログラムはいい。静かだし、余計なことはしない。まるで死体だな。さてと・・・」

 

自分の動作プログラムを排除した瑠奈は状況が理解できずに困惑しているセシリアに向かっていく。その目はセシリアが安全であることに喜んでいる様子はない。むしろ、この心底くだらない自分がいる『分離世界(ワールド・パージ)』を作りだしたことに対する嫌悪が見て取れる。

 

「る、瑠奈さん・・・・こ、これは・・・・その・・・・っ!」

 

突如、セシリアの頬をはたく。この世界は仮想世界であるのにも関わらず、その痛みはセシリアの美しい顔と心に小さくはない傷を付けた。

そしてその痛みは彼がこの世界を拒絶した何よりの証拠であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・」

 

「・・・・・」

 

 

分離世界(ワールド・パージ)を抜けた後も、2人は終始無言で歩いていた。今の瑠奈がどんな心境なのかは分からないが、少なくともこの分離世界(ワールド・パージ)とそれを作りだした自分に嫌悪していることは確かだ。

 

そんな気まずいまま、公然に広がる草原をしばらく歩き続けていると、不意に瑠奈の足がピタリと止まる。

 

「簪、ここからセシリアの意識を肉体へ戻せるか?」

 

『うん、すぐにかかる・・・・』

 

「セシリア、ここから先は私と一夏がやる。君は一足早く戻っていてくれ」

 

「は、はい・・・・」

 

なんの感情が籠っていないはずの声なのに、今のセシリアには自分の存在を威圧するかのような圧力が感じられた。その圧力に気圧されて動けないでいると、瑠奈がセシリアの前に立つ。再び手を上げられるのかと覚悟するが、瑠奈はセシリアの(まぶた)に手を添えると、人差し指と親指を使って優しくセシリアの目を開かせる。

 

「る、瑠奈さん・・・?」

 

「セシリア、君が理想を夢見るのはいい。だけど、その行為は君の瞳を曇らせる(・・・・・・)ことを忘れてはいけない」

 

「曇らせる?」

 

「ああ、叶わない夢ばっかり見てくると現実が見えなくなってくる。そして、その見えなくなった現実に耐え切れなくなった時、人は壊れてしまうんだ」

 

かつて、少年は大切な人と共に生きていく未来を夢見ていた。だが、それによってこの現実を見ていく力がなくなり、大きな過ちを犯した。その罪の意識と大切な人がいない世界に耐えきれなくなったとき、心が壊れ、人でなくなってしまったのだ。

 

彼女にはそんな過ちを犯してほしくはない。歪な存在になるのは自分だけで十分だ。

 

「君の肩には大勢の人達の生活や未来がかかっているんだ。そのための貴重な思考をこんなところで無駄にしちゃダメだ」

 

「わ、わかりました・・・・」

 

心底申し訳ないと言った様子でセシリアの体が現実世界へと送られていく。それを見送ると、ちらりと視界の隅で倒れている物体に視線を向ける。

 

「人間の頭部は約2㎏あると言われているが、それがなくなるというのはどんな感じなんだ?動きやすいのか?」

 

先程、セシリアの分離世界(ワールド・パージ)で破壊した頭部がはじけ飛んだ自分の遺体に気安く声を掛ける。

機能を失った動作プログラムといえど、この遺体は襲撃した者のシステムの端末なのだ。これを調べれば逆探知することぐらいはできるだろう。

 

「とはいえ、ここでのんびりと調べているわけにはいかないな・・・・・仕方がない、場所を移すか」

 

自分の瓜二つの遺体に触れるのはたとえ、電脳世界であっても嫌だが、今は時間が惜しい。動かない遺体の手首を掴むと、ずるずるとスノーボードのように引き攣りながら、この漠然と広がる草原の中を歩いて行った。

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

93話 再会

「それにしても、2人とも目を覚まさないけど、大丈夫なの?」

 

システムから解放された鈴が横たわる一夏と瑠奈を見下ろしながら、心配そうにため息を吐く。一夏と瑠奈の活躍により、専用機持ち全員が無事に戻ってこれたはいいが、いつまでたっても2人は目覚めることなく、意識不明の状態が続いていた。

 

「もしかして、また別の罠にかかったのでは?」

 

「それはない。システム事態は既に解放されている。恐らく何かの不都合があったのだろう」

 

ディスプレイをいじりながら千冬と真耶が合流するが、状況は一向に好転しない。一夏はともかく、あの瑠奈が敵の手中に囚われるようなドジを踏むとは思えない。だとすると、なぜ彼の意識は戻ってこないのだろうか。

 

「ん・・・・うぅぅ・・・」

 

すると、頭を押さえながら一夏がゆっくりと起き上がる。

 

「一夏っ!あんた大丈夫!?」

 

「あ、ああ・・・なんとかな・・・」

 

心配した鈴が近寄るが、一夏は軽く苦笑いをした返す。どうやら脳や意識に障害が残っている様子はなく、無事帰還できたようだ。となれば、残った問題は1つだけ。そしてその問題もほどなくして解決する。

 

「やっぱり自分を解剖するというのは嫌だな。不気味さで胃が震えてくる・・・・」

 

瑠奈がゆっくりと起き上がる。だが、顔面蒼白と言った様子で腹部をさすっている。心配そうに駆け寄るが、意識に障害が残っている様子はない。どうやら、何とか皆無事に戻ってこれたようだ。ひとまず安心できたのか、教師である千冬や真耶に笑みが浮かぶ。

 

「瑠奈、大丈夫?」

 

「ああ、大丈夫。たっく、何が悲しくて自分と瓜二つの体の腹部を切り裂かなきゃいけないんだよ・・・・」

 

ぶつぶつと愚痴のように呟いていたが、途中で大切なことを思いだして目を大きく見開く。

 

「ああ、そういえば楯無さんはどこにいるんだ?道中会わなかったけど・・・・別の場所で警備でもしているのか?」

 

「え?」

 

外部勢力は既に掃討し終わり学園のシステムは復旧しつつある。そうなれば、楯無の防衛任務は終了し、自分達と合流しているはずだ。なのに、姿はおろか連絡すらない。

自分の質問の返答に困っている簪を見て、最悪の状況が脳裏をよぎる。もしかして、連絡しないのではなく、連絡できない状況だとしたら。

 

「まさかな・・・・」

 

彼女が強いことは知っている。だから、あり得ないと否定するのは簡単だ。だが、99%の確信に対して1%の疑惑がある。

 

「今回の作戦の指揮をとったのは誰だ?」

 

「え?織斑先生だけど・・・・」

 

「っ!」

 

その時、音が聞こえた。雄星と千冬、この2人を繋いでいた最後の糸が切れた音が。最後の最後まで自分の意見や言葉が伝わらなかったことに対する内心からこみ上げてくる怒り。それを抑え、静かに髪をかき上げ、深呼吸をする。

ひとまず今はこの件の後始末が先決だ。それをするためにオペレーションルームを出ていこうとするが、それを真耶が慌てた様子で止める。

 

「小倉さん、至急この後に取り調べをするため、生徒指導室に来てもらいたいのですが!」

 

「この後大事な用件があるんです。行かせてください」

 

「ダメです、これは政府にも連絡する大切なーーーうぐっ!!」

 

そこまで言ったところで、瑠奈が真耶の腹部にひじ打ちをめり込ませて黙らせる。その強烈な一撃に地面に蹲って動けなくなり、苦しそうなうめき声をあげている真耶に一瞥することなく、瑠奈はオペレーションルームを出て行った。

その一方的で傍若無人な態度はまるで、昔の彼の様だ。

 

何も信じず、誰も頼らず、信じられるのは自分自身のみ。その孤独で冷たい心が今確かに蘇った。そしてその軽蔑の表情はここにいる者たちが彼を繋いでいた何かの静かな崩壊を表していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、任務は完了しました。これから戻ります・・・・」

 

とある無人の公園のテーブルに少女は座っていた。銀色の長い髪に、それを両側に結んでいる2つの黒い髪飾り、そして金色に染められた異色の双眸。

クロエ・クロニクル、それが少女の名前であった。

 

(任務は完了・・・・ここから離れなくては・・・・)

 

手元の冷めきったカフェオレを置き、立ち上がった時

 

「っ!きゃっ!!」

 

突然、後方から背中を蹴り飛ばされ、前方に倒れこむ。そのまま間髪入れずに、クロエの体に何者かがのしかかり、身動きが取れなくなる。

当然ながら、周囲の気配には気を配っていたし、常に警戒も怠らなかった。それなのに、自分の不意を突いてくる者など1人しかいない。それはーーーー

 

「随分と楽しんだようじゃないか。どうせなら最後まで楽しんでいけよ」

 

「こ、小倉雄星・・・・」

 

不気味な笑みを浮かべている雄星をクロエは睨み付ける。学園で発見した『分離世界(ワールド・パージ)』の端末。それを彼はたった1人で解析し、こうして自分の居場所にたどり着いた。

既に死んでいる動作プログラムから自分の居場所をここまで正確に割り出すとは、恐ろしい技術力だ。

 

「クロエ、こうして君と会うのは学園のパンフレットを受け取った日以来かな?それを含めて、君には随分と世話になった」

 

「ぐっ・・・うぅぅ・・・」

 

普段と変わらない口調だが、腹部や手首は強靭な力で抑え込まれ、苦痛な声が口から洩れる。自分より小さな少女を一方的に暴行を加えているわけだが、それに対して雄星は罪悪感も背徳感も感じない。今の彼に常人の倫理や情けを期待することが間違っているのだ。

ただ、自分の守るべき場所を攻撃してきたのがこの少女であった。それだけの話だ。

 

「さてと、それじゃあ喋ってもらおうか。IS学園の生徒会長、更識楯無はどこだ?」

 

「し、知らない・・・・・ゔあぁぁっ!」

 

喋らないと否や、素早くクロエの右脚に小型ナイフを突き刺す。クロエの白くて細い脚が血で染まっていくが、眉1つ動かさずに雄星はクロエの額を掴み、地面に叩きつける。

 

「知らないってことはないだろう。お前たちの襲撃で彼女は行方不明になった。お前たちが連れ去ったか、手を組んでいた別の組織が連れ去ったか。どっちにしろお前たちは何か知っているはずだ」

 

「ぐっ・・・あ゛っ・・・あ゛あ゛ぁぁぁ・・・」

 

右脚に突き刺しているナイフを左右に動かし、クロエの脚の筋肉を抉っていく。そのたびに傷口から血が噴き出し、地面に小さな血だまりが出来ていく。

 

「ほらほら、早く喋らないと出血多量で死ぬぞ。死ぬ最後の光景がこんな気味の悪い人間もどきの顔なんて嫌だろ?」

 

「わ、私に・・・こんなことをすれば、束様が黙っていない・・・」

 

「ほざけ。僕が憎いのならば、保護者である束などに頼らずに自分自身で殺しに来い。もっとも、ここで喋らなかったら、その野望も消えるわけだがな」

 

「っ!」

 

その冷静な言葉に、背筋が凍り付く。本気だ、彼はこのまま自分を殺すことを本気で考えている。このまま何も話さなかったら自分は彼に殺される。何もかもが混乱しているこの状況で、不思議と確かな確信があった。

 

「こ、これを・・・・」

 

痛みで震える体に力を入れ、1枚の血で汚れているマイクロチップを突き出す。

 

「こ、これに・・・・あなたの知りたい情報が・・・・ある・・・・」

 

「オペレーションルームで使う電脳ダイブ型起動メモリーか。どうやら、ダミーということはなさそうだな」

 

「うっ!」

 

マイクロチップを奪うと、素早くナイフを引き抜き、クロエの体の上から退く。そのままクロエに背を向けて、1人歩き出す。

 

(やるなら、今しかない・・・・)

 

手元のステッキから細い剣を抜刀すると、血が噴き出す右脚を庇いながら、無防備な雄星の背中に向かっていく。今の彼は完全に自分を見ていない。いける。

内心、ほくそ笑みながら刃を雄星の背中に向かって突進する。そのまま刃先が雄星の背中に突き刺さる瞬間ーーー

 

「おっと、靴ひもがほどけているな」

 

突然、雄星が身を屈め、姿勢を低くする。突然の行動に驚く暇もなく、刃は雄星の頭上を通過していく。そのまま、まるで自分を殺しに来ることが分かっていたかのように、流れるような動きで体を回転させ、クロエの脇腹に強烈な蹴りを食らわせる。金属の義足から放たれたその蹴りは、クロエの腹部を圧迫し、吹き飛ばす。

 

「うっ・・・あぁぁ・・・・」

 

「おいおい、どうしたんだい?脚がそんな状態なんだ。無理をするなよ、お嬢ちゃん」

 

自分が蹴り飛ばしたことによって、大きく吹き飛び、息が出来ず、苦しそうに地面に倒れるクロエ。その光景をあざ笑うかのような笑みを浮かべると、手に入れたマイクロチップをポケットに突っ込み、静かに立ち去っていく。

 

(この男は危険すぎる・・・)

 

束に忠誠を誓う者として、そう瞬時に判断すると、激しく動揺している心を抑えながら両腕に電流を纏う。その刹那、クロエの専用IS『黒鍵』を展開させ、周囲を真っ白で空虚な光景へと変えていく。

クロエの『黒鍵』が作りだす電脳世界は、相手の精神に干渉し、現実世界では大気成分を変質させることで幻影を見せる。

 

いくら冷静な判断力を持っているとしても、相手は同じ目があり、心がある。その精神を掌握することが出来れば、勝機はある。

すると、目の前に1つのドアが現れる。

 

それが彼の精神干渉への入り口なのだが、そのドアが玉虫色のドアであった。何色とでも認識できる曖昧な色、そんな色のドアの前に立ち、ドアノブに手を掛けようとした瞬間ーーー

 

「っ!?」

 

ドアがひとりでに開き、何者かがドアノブに手を掛けようとしたクロエの手首を掴む。その突然の事態に驚く暇もなく、額を掴むと、そのまま乱暴に床に叩きつけられる。

 

『人の中に土足で入ってくるなよ。そのせいでお前なんかと話したくなかったのに、俺が(・・)こうして口を利く羽目になったじゃねえか』

 

「ぐっ、あっ・・・・」

 

額を強靭な握力で掴まれ、メキメキと骨が軋む音が聞えてくる。

だが、その痛みに加え、突然の乱入者に頭にぐらぐらと疑問が思い浮かんでくる。どんな聖人だろうと、修行僧であろうと、自分の心にまで抵抗するのは不可能だ。

 

なのになぜ、この少年は精神世界へ侵入した自分にここまで強力な反撃が出来ているのだろうか。

 

『ほら、早くお前のISを停止させろ。さもなくば、現実世界のお前の体を輪切りに切り刻んで、束の元へ送りつけてやる』

 

「くっ・・・・」

 

勝てないと瞬時に判断すると、降伏の証として能力を解き、現実世界へと意識を引き戻す。目の前には自分の顔面を鷲掴みにし、瞳を紅く輝かせている1人の少年がいる。

 

「ひっ・・・・」

 

その瞳から感じる冷たく、無感情な印象に体が固まり、悲鳴が漏れる。

 

「もういいだろ、こういう中途半端に力を持っている奴が一番面倒なんだ。早急に始末して・・・・・はぁ、わかったよ。ただし、次はやりたいようにやらせてもらうからな」

 

ブツブツと奇妙な独り言を言い終えると、手の力を抜き、クロエを開放する。そのまま、震えているクロエに一瞥することなく、去っていった。

ひとまず、嵐が過ぎ去ったことを確認すると、クロエは脚から抜き出している血のことも忘れ、『はぁ・・・』と大きなため息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園の地下のオペレーションルームに戻ると、政府の取り調べをしているからか、誰もおらず無人となっていた。まあ、誰かに知られても面倒なことのため、誰もいないというのは色々と都合がいい。数回、周囲に誰もいないことを確かめると、受け取ったマイクロチップを読み込み、電脳ダイブの準備を整える。

 

とはいえ、敵から渡されたものに素直に信じるほど、雄星も馬鹿正直ではない。念には念を入れて、最低限の装備は整えておく。

 

「知りたい情報ね・・・・」

 

束がクロエを経由して渡してきた情報には興味がある。たとえ、それが罠だったとしても。

 

「システム・・・・スタート」

 

その声を合図に次々と周囲の機材から機械音が聞こえ、意識が落ちるような吸い込まれるような、不思議な感覚に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは・・・・」

 

 

見渡す限り、一面の草原が広がっている。この光景は見たことがある。数時間前に、専用機持ち達を救出するためにダイブした『分離世界(ワールド・パージ)」の世界にそっくりだ。

だが、その時は初夏を感じさせる日差しが降り注ぐ昼間であったのに対し、今回は日は完全に沈み、淡い光の月光が草原を照らしている。

 

「罠・・・・か?」

 

胸のホルスターに収容されている一丁の拳銃を引き抜き、辺りを警戒するが、周囲は不気味なほど静かだ。周りは人の気配など感じず、聞こえてくる音といえば鈴虫の鮮やかな音色のみ。その気配にわずかばかり気を緩めた時ーーー

 

『雄星』

 

「っ!」

 

突如、背後から自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、素早く背後に振り向き、銃口を向ける。

これが罠であるかもしれないことはわかっていた。だからこそ、いざとなったらこの引き金を引く覚悟もしてきた。

だから迷いなどない。そう思っていたはずなのに、自分の名を呼んだ目の前の人物の顔を見た瞬間、引き金に込めていた指が凍り付き、動けなくなる。

 

振り返った時、目の前にいたのは白いワンピースを着ている小柄な少女だ。年は自分と同じぐらいだろうか?武器はおろか、金属の類の装飾品も身に着けておらず、当然ながら薄い生地のワンピースでは武器も隠し持てない。

それに加えて、裸足や細い手足を見れば瞬時に非力な少女ということはわかる。

 

だが、それよりも目を釘付けにしたのはその少女の長く、真っ白な髪であった。白く、美しく、綺麗な髪。それをたなびかせ、笑いかけてくるその少女は紛れもなくーーー

 

「雄星、こっちにおいで」

 

「っ!そ、それ以上近づくな!!」

 

荒い声を出し、震える手足を抑えながら銃口を目の前の少女に向ける。だが、相手が最愛の人と酷似しているからか、視線は揺れ、動揺が隠しきれていない。

 

「雄星・・・・」

 

「く、くるなっ!」

 

向けられている銃口に恐れる様子もなく、少女はゆっくりと雄星へ歩みを進めていく。そしてーーー

 

「へぷちっ!?」

 

強烈な平手打ちを頬に食らわせた。体が強張って、緊張状態だったからか頬に加えられた突然の力はバランスを崩し、地面にみっともなく倒れこんでしまう。

 

「私のいうことは聞きなさいとあれほど言ったでしょう!?どうしていうことが聞けないの!!」

 

「え・・・?」

 

ジンジンと熱を持つ頬を押さえながら、拍子抜けな声を出してしまう。いや、いきなりこんな世界に連れ込まれ、死んだはずの最愛の人に平手打ちをもらったらこんな声も出るだろう。

 

「いや・・・でも・・・・瑠奈、え?」

 

「雄星、私のことはお姉ちゃんって呼びなさいってあれほど言ったでしょう!!大好きな姉である私にそんな言葉遣いだったら、『お仕置き』が必要かしらね?」

 

「ひっ!」

 

『お仕置き』その独特のイントネーションで過去のトラウマが蘇る。恥辱に震え、顔が真っ赤になる自分と、その光景を満足そうに眺める姉である瑠奈。自分は彼女には勝てない。そう鮮明に教え込まれた体が目の前に少女に降伏を示す。

 

「ご、ごめんなさい!許してお姉ちゃん!」

 

持っていた拳銃を投げ捨て、目の前にいる瑠奈に許しを請うように縋り付く。さっきの警戒はなくなり、恐怖で身体が震えている。

 

「ふふっ、雄星・・・・・」

 

ガクガクと震えている雄星に苦笑いを浮かべると、優しく抱きしめる。彼女がこの電脳世界での幻覚であることはわかっている。だが、彼女のその温もりは深く雄星の心と体に温もりを与えていった。

 

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

94話 孤独な戦場

生物には必ず死が訪れる。それが世界のーーーいや、宇宙の真理だ。だが、もし死んだ者と再び対面したとき、双方に残るものは何だろうか。

死した者と言葉を交わしたことによって生じた迷いだろうか、それとも後悔から生じる悔いだろうか。

 

そんな後ろ向きの感情のなかで、稀に決意が生じることがある。今は亡き故人による言葉で己の覚悟を奮い立たせ、迷いを断ち切り、前へ進むための新たな一歩となる。

それは前を見ていただけでは得られない。過去を振り返り、自分を見ることで得られる感情だ。

 

「少し大きくなった?」

 

「・・・・僕の体は成長しないって知っているだろ?」

 

「あ、ご、ごめんね。忘れてた・・・・」

 

お詫びといわんばかりに瑠奈が頭を撫でてくる。優しく、心地よい感覚に目を細める。これが電脳世界だということは知っている。だが、目の前にいる姉はそこまでも懐かしく、優しいものだ。それを味わっているうちに全てがどうでもよくなってしまう。

 

そうやって現実から目を逸らすことが愚行だとはわかっている。だからこそ、この誘惑を断ち切れずにいる。

 

「迷っているの?雄星」

 

「っ・・・・迷っている?僕が・・・・」

 

「そう、顔に出ているわよ?(瑠奈)大切な人(更識刀奈)どっちに手を差し出せばいいのかって」

 

「そう・・・かな・・・・」

 

最愛の姉が目の前にいて警戒心がなくなり、感情的になってしまったからか、自分でも知らない内に思っていることが出てしまったらしい。

 

「せっかく雄星のことを知ってくれた人なのに、見捨てていいの?」

 

「・・・・・・」

 

そんなこと分かっている。刀奈や簪はこんな自分を救い、必要としてくれた人だと。だが、それは瑠奈も同じだ。あの冷たくて寂しい孤児院で名前をくれて、家族になってくれた。恩人などでは到底言い表せないほどの大きすぎる存在だ。

 

だが、そんな瑠奈に自分が出来たことは何なのだろうか?何一つ恩を返すことすらできず、こんな自分のために瑠奈はつらく、悲しい死を迎えた。目の前にいるのが彼女の亡霊だとすれば、この身が消えるまで近くにいてあげることが償いではないのだろうか。

 

「雄星、私はもう死んでいるのよ?いい加減に私の亡骸を背負って生きていくのはやめなさい」

 

「それが僕の償いだ」

 

「ここで立ち止まっていても何も変わらないわ。それに現実のあなたの肉体はどうなるの?」

 

「ならば、君が使ってくれ。もう僕には必要ない」

 

「雄星っ!!しっかりしなさい!!」

 

いつまでも古き者に囚われ、前へ踏み出せないでいる雄星を激しく喝破する。別に怒っているわけではない、彼にこんな偽りの電脳世界で立ち止まっていて欲しくない。既に肉体は失われ、この世界から消え去った自分に対し、彼はーーー雄星は自分の意志を継ぎ、生き続けなくてはならない。

 

「迎えに行きなさい、あなたの大切な人を。それが雄星にやるべきことよ。自分の仁義を貫きなさい」

 

「でも、どこに・・・・」

 

「今から3時間後に太平洋の東経150、北緯20に大型の飛行船が通過するわ。そこに更識楯無さんがいる。そして・・・・あなたが決着をつけるべき相手も」

 

『決着をつけるべき相手』それだけで瞬時に理解する。あの女は刀奈を餌に自分を誘っているのだ。そんな単純で明白な罠の中に飛び込むなど、無謀もいいところだ。だが、それ以上に迷いがある。こんな場所に彼女を1人で残していってもいいのだろうか?

 

ここで自分が行ってしまったら、瑠奈はまた独りぼっちになってしまう。1人は嫌だ、冷たくて悲しくて苦しい。しかも、誰も理解者がいない。誰にもわかってもらえない、誰にも理解してくれない。

自分のためにここまで苦しんでくれていることが嬉しいと思う反面、悲しくも思う。だが、それも終わりだ。ここで自分と雄星の因果は断ち切る。

 

「自分のやるべきことをやり、もう悔いや心残りがないと思ったのならば、戻っておいで。私はずっと待っているから・・・・・」

 

「・・・・わかったよ。行ってくる」

 

姉のーーー瑠奈のいうことならば、拒否することは出来ない。若干ふてくされながら、素気のない返事をする。こんな優柔不断な自分に嫌悪してくるが、これも1つのきっかけなのかもしれない。

 

「雄星」

 

そんな雄星すらも愛でるように瑠奈は抱きしめる。あれほどの人の歪みや狂気を見てきたというのに、変わらずにいてくれた。それが嬉しいと同時に誇りに思う。

 

「私の心も体も命も全てあなたに捧げる。だから、迷いや戸惑いは全てここに置いていきなさい。そんなものを抱えて勝てる相手じゃないわ」

 

「君がやれというのならば、僕はーーーいや、僕たち(・・・)はやり遂げる。・・・・やるよ」

 

「ふふっ、素直な雄星にはご褒美(・・・)をあげないとね」

 

「ご褒美?」

 

「それは戻ってみればわかるわ。ほら、行ってらっしゃい」

 

そのあまりにも軽くて、単純な言葉を最後に瑠奈の姿が光の粒子となって消えていく。もっと瑠奈と話していたかったが、答えは得た。再び歩み始めることが出来る大切な答えが。

 

「面白くなってきたな・・・・そうだろ?破壊者(ルットーレ)

 

月光が照らす誰もいない草原でそうつぶやくと同時に、意識が少しずつ薄れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が見えるよりも先に、閉鎖的で息苦しい空気の香りが鼻腔をくすぐった。奇妙な感覚だ。意識だけがあの電脳世界に囚われていたはずなのに、こうして肉体に意識が戻ればあの電脳世界以上に窮屈な気分になる。

 

「とりあえず・・・準備だ・・・・」

 

オペレーションルームを出るために立ち上がり、出口へ向かっていく。

 

「おっとっ」

 

その道中、不意に脚の力が抜け転びそうになったところを左手で受け身をとる(・・・・・・・・・)

 

「・・・・えっ!?」

 

その時、自らの体に起こっている異変に気付く。臨海学校で福音により、切り落とされた左腕。それがなぜか再生していた。

慌てて袖をめくってみても、同じように皮膚によって覆われている左腕があった。

 

痛みや痒みなどの感覚がある、脳から発せられる指令で筋肉が動く。自分の意志によって自由に動く、それは紛れもなく普通の腕だ。

さらに義足もいつの間にか消え去り、両脚も再生している。繋いだ手術跡や縫合跡などなく、ありのままの姿だ。

 

「・・・・ご褒美ってこれか・・・・すごいよお姉ちゃん」

 

『雄星』

 

自由となった四肢に呆けている雄星にどこか感情を感じられるエストが姿を現す。

 

『日本政府とレポティッツァとの交渉は先ほど決裂しました。IS学園生徒会長更識楯無と小倉瑠奈の交換交渉を政府は拒否。テロリストと取引する気はないとのことです』

 

まあ、ある意味当然の反応だろう。世界で希少の存在である男性操縦者である小倉瑠奈とISを手に入れるため、自由国籍権で国籍を変えた尻軽女である楯無。どちらを取るかなど目に見えている。だが、雄星は日本政府の交渉材料になった覚えなどない。

 

『拒否の意志を示したと同時に、政府は学園に小倉瑠奈の拘束命令を発令。既に学園の周辺は専用機持ちと政府のIS部隊が展開しています』

 

「交渉材料である僕を手元に置いておきたいわけか・・・・仕方がないな。エスト、衛星軌道上に待機させてあるヴァリアント・サーフェイスを降下させろ。その機体の性能を利用してこの包囲網を突破する」

 

『私の機体も降下させます。援護させてください』

 

「必要ない。これは僕の問題だ。お前が口を出すことじゃない」

 

『もう手遅れです。既にヴァリアント・サーフェイスとミスティック・フェイズは出撃カタパルトに移動しました』

 

「・・・・人の話を聞けよ」

 

ここまで強情で強引だと、怒る気すら起きてこない。とりあえず、装備を整えるために自室へ向かっていく。その時の目には既に迷いは消え失せ、1人の戦士としての闘志が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園の誰もいない部屋でゴソゴソと物音が響く。部屋の中では雄星は既に着替えを終え、少し変わった服装を身に纏っていた。

下はどこでも売っているようなジーンズだが、右太ももにはナイフのホルスターが装備され、左太ももには一丁の黒光りしている拳銃のホルスターがつけられている。

 

さらに上半身のトレーニングフェアのような素材のシャツの左胸には小型のナイフ、右胸にはマガジンが収められているホルスターがぶら下がっている。

体中にナイフや銃といった凶器が装備されている明らかに異常な恰好をしていた。

 

銃やナイフに続いて床に置いてある防弾アーマーに手を伸ばそうとしたとき

 

「何をしている?」

 

いつの間にか千冬が部屋の入り口に立っていた。横目でそれを確認するが、返事もせずに、アーマーのバックルを回し、胴体に装備させる。

そのまま部屋を出ていこうとするが、千冬が雄星の肩を掴んだ。

 

「どこへ行くつもりだ?」

 

「聞いてどうする?」

 

「現在、学園は政府の取り調べのため生徒や教員の外出は禁じられている。お前には取り調べのために私と同行してもらう」

 

「今は忙しくて付き合ってられない。勝手にやってろ」

 

自分勝手で高慢な対応に肩を掴んでいる千冬の手に力が入る。怒りではない、ここで彼を止めなくてはいけないという義務に体が強張っているのだ。

 

「我ながら笑えてくる。いつまでこんな鳥かごの中で居座り、ズルズルと過去からの因縁をぶら下げて生きているんだか・・・くくっ・・・」

 

口角が上がり、低い声で笑い声が溢れる。笑顔を浮かべているはずなのに、その顔と声は何ともいえない冷たさや冷徹さが混じったものだった。

 

「あんたには感謝しているよ。こうしてけじめをつける絶好の機会を与えてくれたからね」

 

「もう過去に囚われて戦うのはやめろ!そんなことをしても何も戻りはしないっ!!」

 

レポティッツァを倒し、存在理由であるISを滅ぼしたところで、その果ての世界のどこに彼の幸せがあるのだろうか。何も戻らず、何も取り戻せず、結局は皆戦いによって傷つくだけだ。一見すれば、千冬の言っていることは正しいように思えるが、それは痛みを知らない者の発言だ。

 

愛しき者を奪われ、人ならざる者の体にされ、望まぬ力を与えられて戦いでしか生きることが出来なくなった。そんな者の心を誰が理解し、癒してあげられるのだろうか。

 

「僕に意見するんだったら、あんたも大切な家族を失ってからにしな。愛しき者を失う苦しみや痛みを知らない人間が意見するなど、おこがましいぞ織斑千冬」

 

「世の中全てがお前の思い通りにならないことはわかっているはずだ。お前はもう十分すぎるほど痛みや苦しみを味わった。もうお前はこれ以上戦うべきじゃない」

 

「僕は僕の信じる物のために戦い続けるだけだ。そのせいで世界から疎まれ、憎まれ、罰を受けたとしても後悔や悔いなどないさ。----やっぱり重くて邪魔だな。置いていくか」

 

胴体に装備させてあるアーマーを乱暴に脱ぎ捨てると、そのまま千冬の手を振り払い、人気のない廊下を歩いて行った。

その光景を千冬は物悲しい目で見送っていく。

 

自分はこの学園を守ることに没頭しすぎて、分かり合えるはずの彼の心と触れ合うのを怠っていた。これは紛れもなく千冬のミスだ。そしてまた、こうして彼が戦場へ向かっていくのを止められないでいる。

結局は皆同じなのだ。セシリア、千冬、エスト、簪、そして刀奈。誰もが彼の幸せを願い、誰もが彼の幸福を望んでいる。

 

皆、彼と向かう場所も道も同じだというのに、それなのになぜ誰一人交わることなくこうしてすれ違っていくのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が沈み、周囲が暗闇に包まれたIS学園。その学園の周囲を取り囲む多数の機体があった。

政府のIS部隊に簪と楯無意外の専用機持ち。30機近くのISが学園を中心に包囲網を囲っている。本来、どの国も干渉することが出来ない学園にこうして部隊が介入しているには大きな理由がある。

 

「っ・・・こんなことって・・・・」

 

目の前に表示されている文に専用機の面子は声を漏らす。自分たちがここに居る理由、それは瑠奈の拘束命令の補助をするためだった。日本政府は瑠奈に数時間前、亡国企業(ファントム・タスク)に関与しているとの容疑をかけ、部隊を送ってきた。

 

学園としては日本政府の介入を拒むことはできたのだが、そうした場合、学園が瑠奈を庇っていると思われかねない。苦渋の決断の末に、専用機持ちを出撃させ、瑠奈の捕獲に尽力することとなった。

 

「やっぱり、こんなことおかしいですよ!!瑠奈が俺たちを裏切っていただなんて!!」

 

「それは対象から聞き出せばわかることだ。今は作戦中だ、集中しろ」

 

感情的になっている一夏に対し、政府のIS部隊の隊長と思われる女性が冷静に正論を返す。時間を見れば、午後の10時半を回ったところだ。そろそろ学園に突撃部隊が突入し、ターゲットの捕獲が完了しているはずだ。通信を開き、突撃部隊と連絡を取る。

 

(アルファー)チーム、私だ。ターゲットの捕獲は完了したか?」

 

『た、隊長、それが・・・ターゲットの姿がありません!!』

 

「どういうことだ!?数十分前までは確認したはずだろう?」

 

『わ、わかりません・・・寮にも施設にもどこにも姿がありません・・・・」

 

「どうなっている?いったいーーーー」

 

瞬間、闇に包まれている空が一瞬キラリと煌めく。その刹那、空から一筋の射撃が隊長のラファール・リヴァイブが持っていたアサルトライフルを貫く。

 

「な、なんだ!?」

 

突然の攻撃に続き、見慣れた機体が上空から急降下してくる。赤と白のカラーリングが施された人型の機体、上半身には赤い重量装甲が装着され、それぞれの両肩後方には筒状の兵器が装備されている。だが、所々の部位の装甲は破壊され、露わとなっている人間の骨格のような内部フレームを覆い隠すように、その部分にはマントが装着されていた。

 

多少外見は違っていたが、攻撃した機体は紛れもなく瑠奈が操るエクリプスであった。

 

「る、瑠奈・・・・!」

 

「小倉瑠奈っ!武器を捨て、降伏しろ!!」

 

攻撃を受け、警戒状態となった政府のIS部隊がエクリプスの周囲を取り囲み、一斉に銃口を向ける。

 

「お前を拘束する!!武器を捨て、我々の指示に従ってもらうぞ!」

 

「馬鹿かあんたら。あんたたちと交渉する気があるならば、初めから攻撃などしてない」

 

上等と言った様子でガチャッと両腕のバスターライフルの金属音を鳴らし、敵対心を露わにする。瑠奈と敵対することは想定内だったのか、政府のIS部隊は素早くエクリプスの周囲を取り囲む。

 

「みなさん、やめてください!!」

 

いつ戦闘が始まってもおかしくない緊張状態を悲観するようにセシリアのブルー・ティアーズが割って入る。

 

「瑠奈さん、あなたがわたくしたちを裏切っていたというのは本当なのですかっ!?」

 

「君がそれを知ったところで、どう足掻いてもこの戦いは回避できない。いい加減覚悟を決めたら?」

 

「お願いです!答えてください!」

 

自分の質問をあしらわれ、軽口を飛ばされる始末だが怯むことなく問い続ける。そこには、入学当時からの付き合いと、自分を強くしてくれたことに対する信頼と一種の愛に似た思いがあった。

 

「別に君たちと同盟を結んだ覚えもなければ、手を組んだ覚えもない。互いに利用し、利用される。そして私にとって、もはや君たちに利用価値はなくなった。それだけの話だ」

 

「・・・・楯無さんを助けに行くおつもりですか?」

 

「ほう?」

 

思ったよりも鋭い推理にわずかばかり目を見開いて驚く。

 

「わたくしも手伝わせてください!必ず役に立って見せます!」

 

「君が私を下手に庇うと、君も共犯者だと思われる可能性があるよ。くだらないことで意固地になるよりも、この状況をうまく立ち回った方が君にとって得が大きいはずさ」

 

「で、ですがーーー「もう遅い」」

 

セシリアの説得を冷たく吐き捨て、エクリプスの胸部、腰部、そして背後の強襲用オプションパックのハッチが一斉に開いたと同時に、大量のミサイルが発射され、セシリアに向かっていく。

 

「る、瑠奈さん・・・・」

 

「セシリア危ない!!」

 

あまりにも非情な答えに動揺して動けないでいるセシリアを向かっていくミサイル群を、二丁拳のアサルトライフルを握ったシャルロットと鈴の衝撃砲が撃ち落す。

 

「セシリア、悪いけど交渉は決裂よ。瑠奈を止めるわ」

 

「で、ですが・・・・」

 

「悪いけど、相手はあの瑠奈だよ?手加減したり、迷いながら戦える相手じゃないことはセシリアも知っているはずだよね?」

 

目の前の避けられない戦いを受けとめ、手元のライフルを瑠奈に向ける。他の専用機持ち達も自分と戦うことに対しての迷いはない様だ。

 

(よし、いい子だ・・・・)

 

大勢の人間から向けられる殺意すらも、内心ほくそ笑みながら戦うこの状況を無邪気な心で楽しんでいく。理解者や仲間などいないこの孤独な戦場に再び戻ってきた。退職と戦場への復帰祝いだ。存分に楽しませてもらうとしよう。

 

それから数秒後、学園の夜空に多数の閃光と爆発音が響いた。

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

95話 別れの日

ゴールデンウイーク、私はバイトと小説の執筆しか予定にありません。どこかへ出かけたいものですね・・・・


「・・・・・」

 

夜遅くなり、誰にもいない食堂で簪は1人遅めの夕食を取っていた。だが、目の前の注文したうどんは一口も口を付けられておらず、時間が経ち、汁はぬるくなっている。あの後、作戦後に行方不明になった姉の探索が行われたが、結局は行方不明のままだ。

 

簪も何度も監視カメラや戦闘記録をチェックしたが、有力な情報は手に入らなかった。だが、あの強い姉が簡単にやられるとは思えない。いったい、何があったのだろうか。何とも言えない不安が胸の奥でつっかえている。

 

「かんちゃん、かんちゃんっ!!」

 

すると、大慌てな様子で幼馴染である本音が食堂に飛び込んでくる。

 

「ほ、本音?どうしたの?」

 

「た、大変だよぉ!来て!」

 

そのまま、理由を聞かされるよりも早く手を握られ、食堂を飛び出していく。向かったのは、近くの窓なのだが、夜遅いというのに既に複数の生徒が集まっており、窓の外を見ては騒いでいる。そのまま窓の外へ目を移すと、数多の光が見える。

 

「あ、あれは・・・・」

 

学園の夜空の中で煌めく多数の星々。その中で一段と強い輝きを放つ星があった。赤く、力強さを感じさせるその星の正体はわかっている。彼だ、彼が自分たちのために戦ってくれているのだ。

 

「っ!」

 

「かんちゃん!」

 

瞬時に状況を理解したのならば、こんなところで戦いを傍観しているわけにはいかない。集まった生徒の人混みをかき分けながら、簪は廊下を走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前でたくさんの光が現れては消えていく。そして、その光には1つ1つが大きさや違う色をしている個性があった。その個性を覚えようとしているわけではない。だが、自然と脳がその個性を記録して、記憶の片隅に置いて行っている。

 

明らかに今までの人生で経験したことがない感覚だ。そんな不可思議な現象がこの場では数え切れないほど起こる。この戦場では。

 

「っ!これしきの攻撃・・・・」

 

自分の周囲へ向かって放たれるビームやミサイル群中をエクリプスは隙間を縫って避けていく。だが、攻撃の手数の多さからか、多少の攻撃はかわし切れず、装甲に命中し、轟音が鼓膜を刺激する。

現在、全方位から20機近くのISによる砲撃に晒されているところだ。政府部隊と専用機持ちとの連携の隙間を狙っていく作戦だったが、利害が一致しているからなのか隊列には思いのほか隙が無く、中々連携を崩せずにいる。

 

それに加えて、数の圧倒的な不利さにリペア状態の機体のせいで十分とは言えない戦力差。絶望的な状況もいいところだ。

 

ーーーーちぃ、雄星、俺に代われ。エクリプスの最大火力でこいつらを蹴散らしていく!

 

『だめだ、君はレポティッツァを倒すための最後の切り札だ。こんなところで君に頼るわけにはいかない』

 

膠着状態ーーーーいや、微妙ながら自分が押され始めている。長期戦にならば、こちらが不利だ。だが、今の状態では残念ながら耐えるしか手はない。

内心吐き捨てたい気持ちだが、感情で動くとやられる。

 

「もらったぁぁぁぁ!!」

 

射撃特化のエクリプスに得意の接近戦仕掛けるため、鈴が突っ込んでくるがバスターライフルの銃口から光剣を抜刀させ、受けとめる。だが、パワータイプである甲龍相手ではさすがに分が悪く、エクリプスの動きが抑えられる。その僅かな隙を相手は逃しはしない。

 

「うぉぉぉぉ!!」

 

瞬間加速(イグニッション・ブースト)で上空に回っていた白式が抑え込まれているエクリプスに強烈な斬撃を直撃させ、海面に叩き落す。強烈な金属音、そして機体ダメージが甚大になっていることを知らせるアラームを響かせながら、機体は海に落ちていく。

 

「ナイスタイミングね、一夏!!」

 

「へへっ、まあな。それより・・・・」

 

エクリプスが落ちていった海面に視線を向ける。絶大な火力を持つ雪片弐型が直撃したのだ。ダメージは少なからずあるはずだ。

視線の先には海面に膝を折る姿勢でエクリプスが存在していた。だが、雪片の直撃した首筋の装甲は砕け、目元を覆う武装の照準装甲の機能が大破していた。

 

「っ!!」

 

頭のイラつきをぶつけるように、目元の標準装甲を強引に剥ぎ取り、握りつぶす。その行為といい、隠そうとしない闘争心といい、まるで獣のような雰囲気だ。

 

「-----っ!!!!」

 

言葉にならない叫び声をあげると同時に、全身の武装ハッチを開き、大量のミサイルを全方位のISに向かって発射する。それに続き、両肩のブラスターカノンに両腕のバスターライフル一斉にうち、部隊をかく乱していく。

だが、放たれる攻撃の照準は大雑把で命中せず、かく乱というより、でたらめに砲撃しているようだ。

 

「くっ、うわぁ!」

 

でたらめに放たれた攻撃の数発が偶然、政府のリヴァイブに直撃する。エクリプスの軽くはない火力を受け、大きく体勢が崩れる。その獲物に狙いを定め、空となった弾倉を瞬時に破棄して向かっていく。重荷となっていた重量装甲がなくなり、身軽になったからか、強靭なスピードで接近し、手元のサーベル切り裂く。

 

「-----っ!!!!」

 

「ひっ!きゃぁ!!うあぁぁ!!」

 

そのまま切り刻み続ける瑠奈の叫び声と、装甲が破壊され、ボロボロになっていくリヴァイブの操縦者の悲鳴が戦場に響く。

 

「やめろぉぉぉ!!」

 

容赦のない攻撃に晒されているリヴァイブを救出しようと一夏が接近するが、大破したリヴァイブを掴むと、白式に投げつける。大きくバランスを崩し、落下していく一夏を仕留めようと接近するが、ラウラの砲撃がそれを許さなかった。

 

「やらせるかっ!!」

 

ラウラの大火力のリボルバーカノンによる射撃がエクストリームの腹部に直撃し、大きく吹き飛ばされる。一瞬とはいえ、機体機能が麻痺し、動けなくなった状態に箒の紅椿が接近する。

 

「もらったぁぁぁぁ!!」

 

2本の抜群の切れ味をもつ日本刀が、さっきのラウラの砲撃によって亀裂が入った腹部の装甲に突き刺さろうとしたとき、上空からミサイル群が降り注ぐ。

 

「やらせない!!」

 

それに続き、薙刀を握った打鉄弐式が現れ、紅椿を吹き飛ばす。

 

「雄星、っ!」

 

周囲のISを後退させると、簪は落下していたエクストリームを受け止める。だが、想像以上の機体のダメージに息をのみ、固まってしまう。

 

「雄星、しっかりして!」

 

「簪・・・・」

 

親愛な人物が現れたことによって、多少は頭が冷えたのか、息を切らし頭を振る。

 

『雄星、長期化する戦闘と機体ダメージによって興奮するのはわかりますが、そう熱くならないでください。あなたが冷静さを欠いたら、勝てる戦いも勝てません』

 

「そうだな・・・・少し、自分を見失っていた」

 

客観的な指摘を受け、思考を落ち着かせる。これは戦いだ、合理的に行こうとしよう。余計となった追加装甲をすべて破棄し、リペア状態のアイオスに装備を換装する。

 

「やっぱり、ファンネル装備は半数が消失しているか・・・・機体状況は65%・・・・動けるか・・・・?」

 

「ねえ、雄星、・・・・お姉ちゃんを助けに行くんでしょ?」

 

「ああ、君のお姉さんの居場所を割り出した。今から向かうところだよ」

 

その答えだけで彼の意志は確認できた。全てを擲ち、放棄し、捨て去ってでも彼には行かなくてはいけない場所があること、そして、こんなところで立ち止まっている暇などないことを。

 

「っ!」

 

素早くアイオスの後方に回り込み、互いの背を合わせる。これはつまり、彼と共闘することを表している。

 

「簪・・・・」

 

「エスト・・・・どうしたらいい・・・?」

 

『残念ですが、今の雄星の機体とマスターと私の力を合わせても突破できる可能性は薄いです』

 

「それでも・・・」

 

退けない、退くわけにはいかない。大切な家族を救うためにも、こんなところで負けるわけにはいかないのだ。無謀ともいえる簪の闘志に同調するように、アリス・ファンネルがアイオスと打鉄弐式の周囲を舞う。

 

「ちっ、まだ裏切り者がいたのか?だが、1機如きでは問題はない。作戦は続行だ」

 

大破したリヴァイブを退かせ、再びアイオスと打鉄弐式を包囲する。悔しいが、相手の言う通りだ。簪が加わっただけではこの戦況はひっくり返せない。だが、新たな機体が届けば可能性はある。それまでひたすら耐えるのみだ。

 

「エスト、あとどのくらいで到着する?」

 

『到着推定時間はあと30分です』

 

「少しきついな・・・・」

 

思いのほか長い時間を聞くと同時に、ライフルを構え突撃する。この場に自分の気持ちを理解してくれるものなど1人もいない。だが、それでいい。相手が抱えている物や戦う理由など知っただけ重荷になるだけだ。だけど、こうして誰かのために戦えることに喜びを覚えている自分がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

豪華な調度品が揃っている薄暗い執務室でレポティッツァはウイスキーが入ったグラスを片手に大型モニターを眺めていた。モニターに映っている映像は現在、IS学園周辺で起こっている戦闘映像だ。

画質が荒く、細かな部分はわからないがこの中に彼がいることはわかっている。そして、彼は必ず来る。『彼女』を取り戻すために。

 

コンコン

 

数回のノックの後に秘書が部屋に入ってくる。だが、表情は何処か強張っているように見える。

 

「お嬢様、政府は交渉を拒否、これでこちらの手札はすべて失いました。これからどうするおつもりですか?」

 

「とらえた彼女には人質以外の使い道があります。ご心配なく」

 

「は、はぁ・・・・?」

 

少なくはない危険を冒してまでIS学園の生徒会長を捕えたのは政府との交渉材料に使うためであったはずだ。それ以外での使い道とはどういう意味なのだろうか?

 

「お嬢様、どうするおつもりですか?」

 

「ロシアの代表生である更識楯無の利用価値をこうは考えられないでしょうか?健康的な女性の肉体が手に入ったと(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

不健康ならばまだしも、健康的で機能的な母体が手に入ったというのは便利なことだ。人間の体という物は意外と使い道がある。もっとも、人道的な使い方で彼女を消耗させるつもりはないが。

そしてこの彼女を餌に彼は追ってくる。どこまでも犬のように。

 

それを確信しながら手元のグラスを置き、机上に置かれている電話である場所へ連絡する。

 

「・・・・もうすぐ被験者がそちらに届きます。ええ、実験(・・)をお願いします」

 

必要最低限の伝達事項を伝えると受話器を置き、再び椅子に腰掛ける。そこには強者のごとくの余裕があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どんな理由があろうと、お前を通すわけにはいかねぇ!」

 

「戦いの途中でベラベラしゃべるな。舌を噛むぞ」

 

感情的になっている一夏に冷めた反応で返す。現在、四方八方を専用機持ちに囲まれている最中だ。遠くでは簪が政府のIS部隊と戦闘している。

中破状態でエリートたちに囲まれているこのピンチな状況だが、そんなことでさえ1つの判断材料として脳の中に仕舞っておく。

 

白式の剣筋を受け流し、後退すると上空からシャルロットの二丁銃による射撃が襲いかかる。

 

「逃がさないっ!!」

 

「しつこい!!」

 

素早く前方にシールドを構え、弾丸の嵐を防ぎながらサーベルを抜刀し、シャルロットのラファール・リヴァイブ・カスタムⅡに突っ込んでいく。そのまま両手に握られているアサルトライフルを切り裂こうと振りかぶるが、その腕にラウラのワイヤーブレードが絡みつく。

 

そのまま引き離されて動けなくなったところに鈴の衝撃砲が襲い、撃ち落される。攻撃を仕掛ければ手痛いカウンターを受け、中々機会を得られない。簪に救援を求めたいが、彼女は政府部隊を押さえている。専用機持ちだけに分裂できただけいい方だ。

 

「うぉぉぉぉ!!」

 

雪片を構えた白式とアイオスがぶつかり合う。白式はパワータイプの機体だからか、アイオスも抑え込むので精一杯な様子だ。

 

(これならっ!)

 

素早く左腕にエネルギーを溜め、雪羅を起動させる。至近距離で雪羅の攻撃をまともに受けたらただでは済まないはずだ。そのまま左手をアイオスの頭部に押し当てようとするが、その刹那、光る剣筋が眼前をよぎる。次の瞬間

 

「なーーーっ!?」

 

強い力で吹き飛ばされ、アイオスから距離を離される。見てみると、アイオスの両手にはサーベルが握られ、刃先が白式へ向けられている。

 

「瑠奈・・・・」

 

「悪いが、こんなところでやられるわけにはいかないんだ」

 

「くっ!」

 

激しい起動音と共に白式に食いつき、二刀流のサーベルで攻撃を仕掛けていく。だが、その剣筋は何処かパワー不足だ。多少の攻撃を受けたとしても、圧倒されるほどではない。

 

「やられるかっ!!」

 

「ちぃっ!」

 

強引に雪片でアイオスを強引に吹き飛ばす。そこでセシリアのビッド攻撃が襲いかかる。全方位からの正確な射撃はアイオスに少なくはないダメージを与えた。

 

「そこだっ!!」

 

ダメージを受けて怯んだ隙を突き、瞬間加速(イグニッション・ブースト)で急接近した白式が右手の持っていたサーベルを吹き飛ばす。反射的に左手で持っているサーベルで切り裂こうとするが、それよりも早く雪羅で左手の装甲ごと吹き飛ばされる。

 

「今だっ!シャルロット!!」

 

いつの間にか背後に回り込んでいたシャルロットの盾から放たれたパイルバンカーが、アイオスの背中を直撃する。耳を塞ぎたくなるほどにガリガリと装甲が削れる音と、金属音が鼓膜を刺激する。その衝撃でアイオスの最大の特徴である両翼が吹き飛ばされ、周囲を舞っていたアリス・ファンネルが光の粒子となって消え去る。

 

なんとか体勢を取り戻す瑠奈だが、眼前には雪片の刃先が突き付けられていた。

 

「瑠奈、もう諦めろ。お前の負けだ」

 

瑠奈の逆転のチャンスを潰すように周囲を再び専用機持ちが包囲する。アリス・ファンネルもなければサーベルも消失。あるのはヴァリアブル・ライフルだが、これだけでこの状況を切り抜けるなど無理だ。見事なまでに詰み状態だ。

 

「頼む、ちゃんと理由を話してくれ。場合によってはお前を擁護できるかもしれない」

 

「・・・・・戯言だな」

 

今、一夏が言っていることは救いの言葉のように聞こえるのかもしれない。だが、それは自らのやるべきことから目を逸らす愚行だ。ぎりぃと歯を食いしばり、手を握りしめる。

 

僕の(・・)唯一の家族は僕自身の誤った判断でいなくなった。それをまた繰り返せというのか・・・・ふざけるな・・・・」

 

「る、瑠奈?」

 

既に策はない。だからといって、諦めることなどできるはずがない。しかし、これが現実だ。難儀な理想と辛く悔しい現実が心を押しつぶしていく。

 

「なぜ僕の邪魔ばかりする?僕は幸せになってはいけないのか?」

 

「な、なにを言っているんだ・・・・?」

 

「なあ、IS。お前は人を幸せにするために生み出されたんだろう?ならば、頼む。これ以上、僕から何も奪わないでくれ・・・・」

 

震えた声で言うと、闘志を失った機体が輝きが消えていく。そのまま、脱力したかのように目をつぶると海に落ちていく。その光景を何とも言えない心境で専用機の面々は見送っていく。

 

「か、家族・・・・・?」

 

「一夏、何をやっている!政府部隊の援護に行くぞっ!」

 

「あ、ああ・・・・」

 

何とも言えない気持ちになりながら、専用機持ち達は簪の元へ向かっていく。ひとまず、この戦いを終わらせるのが優先だ。歪な形であったが、これも1つの結末なのかもしれない。だが、こんな結末になってしまったのは自分たちが弱かったからだ。

 

弱かったがゆえに、こんな半端な結末になってしまった。こんな悲しい結末に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

『アイオスの機体反応消失!生体反応確認できません』

 

「そんな・・・雄星っ!」

 

彼がやられたという驚愕な情報を聞きながら、周囲のISをさばいていく。だが、肝心の雄星がいないのではこの戦いを続ける意味がない。だからといって諦めることなど、今の簪にはできなかった。しかし、気持ちだけではどうにもならないのが現実だ。

 

「くっ、きゃっ!」

 

腕にワイヤーブレードが巻き付き、身動きが取れなくなったところで、追い打ちと言わんばかりに政府部隊のISから射出されワイヤーが全身に絡みつく。

 

「目標を制圧。戦闘終了だ」

 

ラウラの言葉が自分たちの敗北を悟っていた。簪の無力化を確認し、部隊長が連絡を取る。どうやら、共犯者である簪の処遇を上層部に連絡しているようだ。一見すると絶望な状況だが、簪と雄星の希望を紡いでいく新たな戦士が現れた。

 

「っ!、なんだ!?」

 

突如、夜空が煌めいたと同時に上空から数発のビーム攻撃が降り注ぎ、簪を縛るワイヤーを的確に焼き切る。この攻撃は偶然ではない。故意的に簪を助ける射撃だ。

その射撃に続き、簪を前後に挟む形で2機(・・)のISが姿を現す。

 

「っ!あ、あれは・・・・」

 

この戦場に現れた意外すぎる参戦者に政府部隊や専用機持ちだけでなく、助けられた簪自身も固まり口から言葉にならない声が出る。

背後から飛び出した8つの装甲脚に毒蜘蛛のような禍々しい配色のISと黒い蝶のようなカラーリングに大型のバスターソードを装備したIS。その機体を誰もが知っている。

 

「よお、クソガキども」

 

「・・・・・・」

 

2機のISはアラクネと黒騎士。本来、敵対しているはずの亡国企業(ファントム・タスク)の機体であった。

 

「な、なんで・・・・」

 

「さぁ!なんでだろうなぁ!!」

 

緊迫し動けない一夏たちに向かってオータムは右腕に装着されたレールガンを展開し、電撃の筋を発射する。黒騎士も腕部のガトリングを乱射し、周囲の陣形を崩していく。

 

「貴様・・・小倉雄星はどこだ?」

 

「え?」

 

底冷えする声で黒騎士が簪に通信が送られるが、意外すぎる展開に頭の整理が追い付かない。なぜ、彼女達がこの戦いに参戦し、自分を援護してくれるのだろうか。固まっている簪を案じてか、エストが返答する。

 

『少し前に彼の機体反応が消失したのを確認しました。現在、彼とはこちらから連絡は取れません』

 

「手はあるのか?」

 

『ご安心を。彼が簡単にやられる方ではないことをあなたも知っているはずですよ』

 

「ふんっ・・・」

 

反撃の射撃を防ぎながら、ランサービットで相手にダメージを与えていく。

 

『マドカ様、オータム様、感謝します。あなた方が来てくれたおかげでこの機体(・・・・)を届けることが出来ました』

 

ビーーーっ!!

 

「な、なんだ!?」

 

次の瞬間、この戦場にいる全ての機体がけたたましいアラーム音が響く。それと同時に夜空に1つの星が煌めく。一瞬星かと思ったが違う。

 

「あれは・・・・」

 

『マスター撃たないでください!あれは()です!』

 

モニターに映し出されたのは今まで見たことのない機体だった。白い装甲にケンタウロスのような4つの蹄が付いた脚。背中には鳥のような羽が生えており、その姿は神のごとく美しくて神々しい。

 

『ミステック・フェイズ、活路を切り開きます』

 

手に握られた武器と思われる超大型槍を振るうと、矛先から竜巻のような破壊光線が発射され、敵機を薙ぎ払う。そのまま、簪を守る形で専用機持ちや政府部隊の前に立ちふさがる。

 

『何とか間に合いました』

 

「エスト・・・・その機体は・・・・」

 

『肉体もなければ感情もない私ですが、今は兵士として戦わせてもらいます』

 

天馬のようなフォルムを持つ機体、『ミステック・フェイズ』。肉体を持たないエスト専用機として開発され、いざという事態の時のために今まで密かに牙を研ぎ続けてきた奥の手だ。そしてその翼を生やす機体を従えるのも同じ、翼を持つ機体。

続いて夜空から降下してきたのは円形の降下ポットであった。

 

『外装パージ。機体射出準備完了。雄星、受け取ってください。あなたの新たな機体です』

 

プシュゥゥと降下ポットの装甲の隙間から空気が抜ける音がしたと同時に、一気に崩れ去り中に収納されていた物体が猛スピードで海に突っ込んでいく。

 

「な、なにを・・・・」

 

亡国企業(ファントム・タスク)の介入に、所属不明機の乱入。まさに大混乱となっている戦場に()が再び舞い戻る。突っ込んだ海面がほのかに輝くと同時に、激しい轟音と共に吹き飛び(・・・・)、1機の機体が飛び出してきた。

 

白と青のカラーリングの装甲に背中にはミステック・フェイズのような翼が付いている。その機体名は『ヴァリアント・サーフェイズ』。ゼノン、エクリプス、アイオス、この3つの形態の性能を集結させたエクストリームの完成形態。

 

「さてと、そろそろこのイカれたパーティも終わりにしようか」

 

新たな機体を得た雄星は右手に大型のライフル『ヴァリアント・ライフル』を構えると、敵機に照準を定め引き金を引く。

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

96話 到達点

突然だが、悪魔には2種類の存在がある。

1つは自らの欲や利益のために他人を蹴落とし、欺き、悪魔と比喩されるもの。もう1つは自らの愛しのもののために身を堕落させ、悪魔となるもの。

 

その2種類の悪魔の内、今の自分はいったいどちらの悪魔なのだろうか。自分の自己満足のために戦っているはずなのに、そこには大切な人を助けるのが目的でもある。

あまりにも人間臭い理由で剣を掲げているわけでだが、戦う理由など人それぞれだろう。その様な事情ができたあたり、人間味が増したと過去の自分に吐き捨てられそうな気がしてくる。

 

「エスト、撃墜は狙わなくていい。相手の陣形に隙を作れ。ここでノコノコと遊んでいる時間はない」

 

『了解』

 

素早く伝達事項を伝えると、ヴァリアント専用のヴァリアントソードを引き抜き、黒騎士とアラクネに背中を合わせる形で戦線に加わる。

 

「マドカ、オータム、君たちが来てくれるとは思わなかったよ」

 

「ちっ、なんで俺様までもが手伝わなくちゃいけねえんだよ・・・・」

 

「オータム。私は小倉雄星にお前の借りを返すために来た。ならば、その恩返しにお前も付き合うのが道理なはずだ」

 

「ガキが・・・・」

 

自分より年下に正論を言われて苛立つように舌打ちを鳴らす。一見すると、仲が悪そうな会話だが、オータムとマドカは互いの隙をカバーし合っており、絶妙なコンビネーションで攻撃を凌いでいる。喧嘩するほど仲が良いという言葉もあながち嘘ではないらしい。

 

「すまない、助かる・・・・」

 

小さく礼を呟くと、翼から粒子を放出しながら力強く羽ばたき、戦場を駆けていく。その圧倒的なスピードからは、先ほどの苦戦は嘘のようだ。

 

「くっ、機体を変えたところで!」

 

ヴァリアントに追いつくほどのスピードを持つ紅椿が接近し、切りかかってくるが、素早くヴァリアントソードで防ぐ。

 

「瑠奈っ!なぜ私たちを裏切ったっ!?」

 

「君たちを裏切った覚えなどない。僕はただ大切な人の明日をのぞんでいるだけだ!!」

 

「大切な人の・・・・明日・・・・?」

 

紅椿の剣戟をはじき返すと同時に上空に急上昇し、様々な機体が戦う戦場を一望する。全機がヴァリアントのロックオン距離にいて、尚且つ射撃距離内。これは絶好の機会だ。

 

「全感応ファンネル『アイオス』、翼よ飛翔しろっ!」

 

背後の翼からブルーティアーズのような遠隔操作ビットが多数射出される。全機の稼働に問題ないと判断すると、個々の端末が一斉に正確無比の射撃を撃ち放つ。

暗闇に包まれた夜空に一瞬にして大量の光が瞬く。

 

「くっ、各機、防御態勢を優先しろっ!」

 

異常とも思える大量の連射、そして火力と正確な射撃で政府部隊と専用機持ちをかく乱していく。逃げて慌てふためく敵機に対し、簪、エスト、マドカ、オータムのところには一発も流れ弾は来ない。彼の異常ともいえる戦闘能力、そして空間認識力がそれを可能としている。

 

「・・・・なんて野郎だ」

 

驚愕と恐れが混じった声がオータムの口から洩れる。今思うとあんな化け物と対面していて、よく5体満足で生きて帰れたと思う。

十数秒ほどで攻撃が止むと同時に、急降下してきたヴァリアントが敵陣に切り込んでいく。

 

「裏切り者がぁぁ!!」

 

「邪魔をするな!!リヴァイブごとき一般機ではこの機体には勝てない!!」

 

リヴァイブの右腕の関節装甲を強引にへし折ると、腹部に膝蹴りをいれて吹き飛ばす。その隙を狙うようにラウラやセシリアの射撃が撃ちこまれるが、マドカが入り込み防ぐ。それに続き。簪、エスト、オータムがヴァリアントを囲むようにして合流する。

 

「どうするつもりだ。こいつらを全滅させればいいのか?」

 

「いや、その必要はない。僕がこの戦線を離脱する隙を生み出してくれればいい。その後、君たちも離れてくれ。こんなところで無駄な血を流してもらっては困るからね」

 

『敵を殺さずに戦え』という何とも無茶で困難な注文が来るが、彼との共同戦線だ。多少無茶なぐらいが丁度いいかもしれない。内心ほくそ笑むと、レーザービットを構える。

 

「今は手加減してやる雑魚共が」

 

「おお、言うね」

 

さっきの注文を本当に理解したのかと疑問に思うようなやり方で戦っていくマドカをカバーしながら、ヴァリアントも攻撃を開始していく。互いの実力を認め合っている仲だからなのか、意外と連携が取れているのが面白い。

 

「で、小娘。お前はどうすんだよ?」

 

「え?」

 

その光景に呆けている簪にオータムが声を掛ける。

 

「あいつ、お前の男なんだろ?あいつが戦っているのをこのまま指をくわえて見てるつもりかよ」

 

「そ、それは・・・・」

 

無論、簪もこのままでいるつもりはないがどう参戦したらいいものか。というより、自分は必要なのだろうか。

 

「自分は必要なのかって顔していやがるな。そんなことに迷う暇があったら、自分の戦いをしろよ」

 

『珍しく正論を言いますね。あなたに他人を諭す頭があるとは意外だ』

 

「黙れ、ガキが」

 

人が大切な話をしているというのに、空気を読めないエストが口を挟む。その茶々に嫌味を言ってやりたいが、ここで呑気にお喋りしている暇はなさそうだ。

 

「もらったぁぁぁぁ!!」

 

叫び声を上げながら鈴が切りかかってくる。それを迎撃するかのようにオータムが腕部にレールガンを展開し、撃ち放つが、それを予想していたかのようにギリギリのタイミングでかわす。発射直後のタイムラグを狙い、一気に接近する。

 

かわせない。そう思った瞬間、オータムの前に簪が飛び込み鈴の斬撃を受け止める。

 

「このっ・・・」

 

「邪魔は・・・・・させない・・・・エストっ!!」

 

『分かっていますっ!!』

 

機体の総力を使って思いっきり鈴を突き放す。その瞬間、上空から『のけいっ!!』と怒声を叫びながらミステックが接近し、鈴を手元の超大型槍で吹き飛ばす。

 

「やるじゃねえか小娘」

 

「えっと・・・・ありが・・・とう?」

 

テロリストに褒められて喜んだらいいのかわからず、疑問形で返答する。互いの隙をフォローし合い戦う。それは亡国企業(ファントム・タスク)のオータムと更識簪との間に奇妙な信頼関係が築かれた瞬間であった。

 

「こっちの役目は政府の雑魚どものお相手だ。一匹一匹に時間をかけるなよ」

 

「了解」

 

『マスター、援護します』

 

杖のように振るわれたミステックの超大型槍の先端から放たれた禍々しい黄緑色のビーム攻撃が政府部隊をかく乱していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「簪たちは政府部隊の迎撃に行ったか。大丈夫かな・・・・?」

 

「オータムの腕ならば問題ない。それよりも問題はこっちだ」

 

「そうだったな・・・・」

 

教科書のお手本のようにきれいで正確な陣形でヴァリアントと黒騎士を包囲しているのは一夏をはじめとする専用機持ち達だ。

 

「瑠奈・・・・お前・・・・」

 

「気安くお姉ちゃんの名を呼ばないでくれるか。不愉快だ」

 

面倒な面子に内心舌打ちを鳴らす。政府部隊ならまだしも、このエリートたちを突破するのはヴァリアントでも骨が折れそうだ。

 

「安心しろ、貴様は必ず送り届ける」

 

「それは嬉しいお言葉だ。それじゃあ、いこうか!!」

 

その言葉を合図に一斉に猛スピードで飛翔し、交戦が始まる。

 

「ちぃ、ちょこまかと!!」

 

猛スピードで動き回るヴァリアントを捕えようとラウラがワイヤーブレード一斉に飛ばす。うねうねと黒い蛇のように4本のエネルギーの刃が装備されたワイヤーが全方位から迫ってくるが、一瞬にして攻撃の軌道とパターンを理解する。

 

1本目をヴァリアントの刃ではじき返し、2本目、3本目の攻撃を両脚ではじき返し、大きく軌道を逸らさせる。そして最後の攻撃を体の軸をずらして、ギリギリのところでかわすと同時にサーベルを抜刀してワイヤーを切断する。

 

「瑠奈さんっ!!もうやめてください!!」

 

ラウラの攻撃を防ぎ、体勢を立て直した一瞬の隙を狙いセシリアのブルーティアーズが接近してくる。遠距離型の機体である彼女が接近してくるのもおかしいが、それ以上に奇妙なのが手には武器が握られておらず、手ぶらの状態であるということだ。

 

そのままセシリアは瑠奈の両手首を抑え込み、ヴァリアントの動きを封じ込める。もっとも、彼女の機体性能如きではヴァリアントを抑えることなどできない。せいぜい、うっとおしく感じるぐらいだ。

 

「わたくしたちが戦わなくてはいけない理由などありません。お願いです、もうこんなことやめてください!!」

 

「まだ迷っていたのか。いい加減覚悟を決めろ、そんなことでは理想に殺されるぞ」

 

「瑠奈さん!!」

 

あくまで戦うことに拘る彼を説得するかのように大声で彼の偽名を叫ぶ。

この学園でたくさんのことを彼から学んだ。裏のない純粋な心で自分を強くしてくれた。そしてその心に自分は惹かれていったからこそ、こうして努力を続けていくことができた。いつか、彼を振り向かせてみせると。

 

その夢をこんな形で途切れさせたくない。

 

「まだわたくしたちはわかり合うことができます。話を聞いてください!!」

 

その必死な説得に心を動かされたのか、機体の動きが止まり、攻撃の手を止める。

 

「もし、わたくしたちに事情を説明し、それが納得できるほどのものならば、わたくしはわたくしのもつ最大限の力を尽くして瑠奈さんをお手伝いします」

 

「君の持つ最大限の力・・・・?それは本当かい?」

 

「はい、お約束します」

 

「ははっ、君らしいな」

 

さっきまで戦っていた時の恐ろしい表情は消え去り、無邪気な笑顔を浮かべる。その笑顔を紛れもなく、学園で暮らしていた時の顔だ。その表情で自分の話を受けてくれたとセシリアは確信する。

 

「ふふっ・・・ははっ・・・・」

 

「さあ、行きましょう。瑠奈さん」

 

「セシリア、やはり君は世間知らずで愚かなお嬢様だな」

 

「え・・・・?」

 

その刹那、ヴァリアントの手が素早くセシリアの首を掴み、掲げる。いつの間にか先ほどの柔らかな表情は消え去り、セシリアを蔑む冷たい目に変わっていた。

 

「ぐっ!うぅっ・・・・る、瑠奈さん・・・・?」

 

「僕を捕えるために先遣部隊を送り、先ほどの戦闘では中破するまで機体に攻撃を仕掛けておいて、自分たちの都合が悪くなったら『もうこんなことはやめてください』だと?・・・・戦いを舐めるなよ」

 

吐き捨てるような冷たい言葉を浴びせると、セシリアの右手首の装甲を握りつぶし自慢の狙撃が行えないようにする。それに続き、肩部に装備されているBTユニットをまとめてはぎ取る。

 

「セシリア!!」

 

シャルロットや鈴がセシリアを救出しようと攻撃をするが、全感応ファンネル『アイオス』のシールドで防がれ、意味を成さない。

シールドの中でブルーティアーズの腰部や脚部の装甲や武装が次々に破壊され、部品が飛び散る。

 

「る、るな・・・さん・・・・」

 

「話し合いが通じない相手もいるということだ。覚えておけ、世間知らずが」

 

全身の装甲や武装を破壊し、頭部に装着してあった標準装置も剝ぎ取り、ブルーティアーズを完全に無力化する。大きすぎるダメージや衝撃で操縦者を守る絶対防御も機能していない。この状況でセシリアを殺すことなど造作もないことだ。

 

だが、首を掴まれ、もはや意識もかすんできているセシリアに雄星は小さく耳元で囁いた。

 

「セシリア、君にも守るべきものや待ってくれている人がいるだろう。そのためのその命、こんな価値のない戦いで無駄にするな」

 

「え・・・?」

 

それと同時にセシリアの首を掴んでいる手を離し、ブルーティアーズを解放する。飛行ユニットを破壊されたISが自立飛行できるわけもなく、蒼い機体は夜の暗い海に沈んでいく。

遅すぎた出会いがゆえか、それとも大きく道がすれ違ってしまったがゆえか、こんなやり方でしか彼女の気持ちに答えてあげることしかできなかった。

 

そしてイギリス代表候補生を手にかけた事によって学園と雄星との対立は明白なものとなった。もはや、自分が学園に戻ることなどできない。だが、それでいい、戻るべき道など必要ない。

 

「よくもセシリアを!!」

 

大切な仲間がやられて怒りが有頂天に達したのか、アサルトライフルを乱射しながらシャルロットが突っ込んでくる。機体の急所を狙った正確な射撃だが、前方にシールドを構え防ぐと同時に突っ込んでいく。

 

射撃を防ぎながら突っ込んでくるとは思わなかったのか、わずかばかり防御の反応が遅れる。

 

「くっ!そ、そんな・・・」

 

「遅い!!」

 

ビュンと風を切る力強い音が耳を鳴らすと同時に両手に持っていた二丁のアサルトライフルが切り刻まれ、一瞬にして分解される。目の前のヴァリアントはいつの間にか持っていた剣が振り下ろされており、彼が目に見えないほどの素早い剣戟でリヴァイブのアサルトライフルを破壊したと分かる。

 

だが、接近戦ならばシャルロットにも利はある。破壊されたアサルトライフルを投げ捨て、左腕の腕部シールドを突き出す。

 

「この距離なら、外さない!」

 

盾の装甲がはじけ飛び、中からリボルバーと杭が融合したような装備が露出する。69口径パイルバンカー通称『楯殺し(シールド・ピアーズ)』がほぼ奇襲に近い形で放たれるが、直撃する直前に雄星の口角が上がる。

 

「直線的すぎるな。爆熱機構『ゼノン』!!」

 

パイルバンカーの先端をヴァリアントの輝く手が掴み、バチバチと火花を散らしながら攻撃から防ぐ。自慢の武装を瞬時に防がれ、あっけらかんと顔をしているシャルロットだが、この防御は攻撃にも転ずる。ヴァリアントの輝く手の熱がパイルバンカーに少しずつ伝わっていく。

次の瞬間、パイルバンカーの先端が爆散してはじけ飛ぶ。その爆風と爆炎に巻き込まれ、シャルロット自身も吹き飛ばされる。

 

「リヴァイブの灰色の鱗殻(グレー・スケール)を防いだ!?あの距離で・・・・」

 

動揺を隠しきれていないシャルロットにとどめをさすようにヴァリアントが急接近し、胸部の装甲に深い斬撃を食らわせ、大きくバランスを崩させる。そのまま、腹部に強烈な蹴りを食らわせて吹き飛ばす。

 

「無駄なことをさせる」

 

海に落ちていったシャルロットを見届けると、一夏や箒の相手をしているマドカの援護へ向かう。専用機持ちの陣形を崩すことが出来れば、勝機はある。事情があるのは相手もこちらも同じだ。こんなところでいつまでも足を止めているわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおお!!」

 

白式の雪片と黒騎士の刃がぶつかり合う。バチバチと火花を散らしながら押し合っているが、その間を箒の紅椿が割り込み、吹き飛ばす。

 

「ちっ、雑魚が・・・・」

 

「一夏をやらせはしない!!」

 

大切な人を守って見せるという絶対的な思いで両腕の刀を強く振るう。その思いに競り負けるかのように手元のバスターソードが上空に吹き飛ばされ、白式の接近を許してしまう。

 

「もらった!!」

 

そのまま雪片が黒騎士を切り裂く瞬間、上空からヴァリアントが乱入し、白式を蹴り飛ばし、近くにいた紅椿を回収していたと思われる黒騎士のバスターソードで切り飛ばす。

 

「あまり無理をしないでくれ。君たちがやられては元も子もない」

 

「・・・すまない」

 

バスターソードを返してもらい、小さく礼を言うと2機は素早く背合わせの体勢となり、互いの死角をカバーできる状況を作る。瑠奈が教えてくれた時間まで時間がない。だが、短期決戦を望むのは向こうも同じはずだ。セシリアとシャルロットがやられた今、このまま戦いを長期化させても犠牲が大きくなることはわかっているだろう。

 

「鈴、ラウラ、時間を稼いでくれ!『絢爛舞踏(けんらんぶとう)』を使って決着をつける!」

 

「わ、わかった」

 

無限のエネルギーを可能とする紅椿のワンオフ・アビリティーの一途の望みを託し、まだ動ける鈴とラウラはヴァリアントと黒騎士へ向かっていく。

 

「箒」

 

慣れない相手との戦いで体が強張っている箒の手を一夏は優しく包み込む。

 

「俺たちは瑠奈を止めなくちゃいけないんだ。頼む、力を貸してくれ」

 

「一夏・・・・」

 

目の前にいる好きな人の力になりたい。そう心の底から願った瞬間、白式と紅椿の機体が黄金色に輝きだし、機体のエネルギーが急激に回復していく。

ーーーー『絢爛舞踏(けんらんぶとう)』、発動。展開装甲とのエネルギーバイパス構築完了。

 

「箒、いくぞ。2人で瑠奈を止めようぜ」

 

「ああ、わかっている」

 

黄金色に輝く2機のISが猛スピードで夜空を駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その程度じゃ僕たちは止められない。わかっているはずだ!!」

 

「くっ!」

 

鈴の機体を刀身ごとはじき返し、追撃を食わらせようとするがその間にラウラが割り込み手を翳し、AICを起動させてヴァリアントの機体を拘束する。そのまま目の前の動けなくなったヴァリアントに砲撃を撃ちこもうとするが、それよりも早く黒騎士のバスターソードで吹き飛ばされる。

 

「小倉雄星、今の内に離脱をーーーん?」

 

ビーと機体が甲高い警告音を鳴らし、強大なエネルギーを持つ機体が接近してくることを知らせてくる。やはり、彼らもこのまますんなりと自分を通す気はなかったようだ。目を向けてみると、黄金色に輝く2機の機体がこちらへ向かってくる。

その機体の正体は『絢爛舞踏(けんらんぶとう)』を発動させた白式と紅椿であった。

 

「小倉雄星っ!お前はこのまま目的地へ向かえ!ここは私が食い止める」

 

バスターソードを構え、マドカは2機のISへ立ち向かっていく。そこには彼にこれ以上負担を掛けるわけにはいかないというプライドと意地が感じられる。

 

「そこをどけぇぇぇ!!」

 

「行かせるかぁぁぁ!!」

 

白式の最大火力の零落白夜と黒騎士のダークパープルの光源を纏ったバスターソードがぶつかり合う。だが、やはり白式と紅椿の組み合わせでは分が悪いのか、徐々に押され始める。それに加え、黒騎士の武装自体が白式のエネルギーに耐えられなくなっているのか、バスターソードにヒビが入り始める。

そしてーーー

 

「ぐっ!!」

 

刀身が砕け散り、大きく吹き飛ばされる。

 

「おおおおおっ!!」

 

そのまま最大火力の雪羅を直撃させようと左手を突き出す。そのままマドカの胸元に渾身の一撃を食らわせようとしたその瞬間

 

「爆熱機構『ゼノン』!!」

 

その手をヴァリアントの輝く手が掴む。強力なエネルギーの圧力に吹き飛ばされようとするが、それを上回るヴァリアントのパワーで強引にねじ伏せ、白式の機体を大きく放り投げる。

 

「そ、そんな・・・『絢爛舞踏(けんらんぶとう)』が破られた・・・?ぐっ!」

 

自慢の攻撃が防がれ、呆然としたその瞬間をヴァリアントは逃さない。箒の上部に覆いかぶさるように接近すると、素早く抜刀した両腕のサーベルで紅椿の背後の一対の大型バインダーを一気に両断する。機体のバランス制御を失った紅い機体はそのまま落下していった。

 

「箒ぃぃぃ!!」

 

大切な人がやられ、怒りが頂点に達した一夏がヴァリアントに斬りかかる。

 

「よくも箒を!!」

 

「貴様の相手は私だ!!」

 

白式をタックルで吹き飛ばし、ヴァリアントを救出すると同時に2機に向かって後方から鈴とラウラ、前方から素早く体勢を立て直した白式が向かってくる。

 

「小倉雄星!!」

 

「分かっている!」

 

素早く背を合わせると同時にヴァリアントはヴァリアント・ライフルで白式を、黒騎士は2基のランサービットで鈴とラウラにそれぞれ攻撃を直撃させ、決定的な隙を作る。

 

「行けっ!小倉雄星!!」

 

「すまない、世話になった!!」

 

短く礼を返すと背中の翼のブースターの最大加速で戦線を離脱していく。一瞬追おうかと考えたが、エネルギーが少ない今の状態では危険が大きすぎる。

政府部隊も目標が戦線を離脱したことを知ったらしく、これ以上の戦闘は無駄と判断したのか、戦闘は中断していた。

 

戦闘終了直後の戦場には先ほどの騒ぎからは一変し、不気味なほどの静寂が支配していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今になって後悔している自分がいる。帰る場所もやっとのことで築き上げてきた人間関係も捨て、自分はいったい何をしているのだろうか?味方などいない、理解者などいない。そんな孤独な状況でこの冷たい空に漂っている。なぜ、こんなことになった?

 

”あの女とは話し合いで終わらせることは出来なかったのだろうか?”

 

ーーーーそもそも、話の通じる相手ならばこんなことにはなっていない。だったらもう殺すしかないだろう。もう後戻りはできないんだ。

 

”殺す” 必ず殺す。そんな手段を用いたとしても。全ての因縁にケリをつける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海上の上を歩行する超大型飛行船。いつもならば、優雅な夜の飛行をしているはずが、今日は騒がしい警報アナウンスが船内に響いていた。

 

『侵入者の可能性あり。侵入者の可能性あり。船員は直ちに捜索へ向かえ』

 

警報とアナウンスの響く通路をバタバタと黒いスーツに身を包んだ男が何人も走っている。男たちの体格や服装は多少違うが、大きく共通している箇所は全員が銃やナイフといった武器を握っていることだ。この者たちは想像しないだろう、この夜は自分たちにとって永遠に冷めることのない夜になることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、お前はこの資材搬入用桟橋を見張れ。ラジオでの定期報告も忘れるなよ」

 

「へいへい、了解」

 

暗い空間でやる気のない返事をすると、同僚がバタバタと走って行く。それを見届けると、大きなあくびをして手元のナイフを眺める。

つい先ほど、この飛行船に侵入した者がいるとの報告をうけ、気持ち良い夢を見ていたのにたたき起こされこうして暗い場所で1人立たされている。

 

慌しくなっているが、この飛行船の探知性能や防備は完ぺきだ。おそらく、何らかの探知機の誤作動か何かだったのだろう。そう呑気なことを考えながら懐から煙草を取り出そうとしたとき

 

「ぐぅっ!!」

 

背後から膝裏を蹴られ、膝をつく、それから間髪入れずに何者かが自分の首を締め上げてくる。身長からしてそこまで背は高くない。なのに、強靭な腕力で自分の首を絞められて振り払うことが出来ない。

 

「このっ・・・がぁ・・・」

 

振り払おうと体に力を入れた瞬間、首元を鋭利なもので切り裂かれ、悲鳴を出す暇もなく命を絶たれる。ゆっくりと倒れる男の遺体。その背後に、この暗闇の空間に溶け込むような黒い服装をした雄星がナイフを持って立っていた。

 

「いい子だ。騒がずに死んでくれたな」

 

とはいえ、自分がここに潜り込んだことはすぐにばれる。今のうちに戦闘の準備を済ませておく。足元に落ちている定期報告用のラジオを踏みつぶすと、手元の大きさ15センチほどの直方体のキューブを投げる。

すると、キューブが光り輝き、一匹の狼のようなフォルムの機械に変形する。

 

全身が強固そうな黒い装甲に覆われ、口元は鋭利なナイフのような牙をちらつかせている。数秒後、目元に赤いランプが付き、起動する。

 

「エスト、稼働に問題はないか?」

 

『はい、歩行型戦闘機械”ウルフ”稼働に問題なし。行けます』

 

「先ずはこの飛行船の内部構造を入手する。いいな?」

 

『了解しました』

 

ガチャガチャと機械音を響かせながら暗い通路を2つの物影が進んでいく。

かつて学園には友がおり、恋人がおり、自らの主人がいた。だが、この地獄に来てしまった以上、もうあの場所に戻ることなど出来ない。

だがそれでいい。全てを捨て去り、自分はこの地獄に戻ってきた。

 

「さあ、全ての決着をつけよう」

 

雄星の殺意が現れたかのように、双眸が紅く不気味に光る。




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

97話 星と月の対峙

終盤となり、過去の小説を見直しましたが、はじめのうちは文章が拙くて見てて恥ずかしくなりました。
次回作を書くときはこんなことにならないようにしたいですね。


戦いの原則は一対一の状況だろう。そこに味方がいればなおよい。一対多数が不利な状況であることなど小学生でもわかる。だが、どの分野でもどんな世界にもイレギュラーは常に存在する。これまでのどの(パターン)にも当てはまらず、動きが読めない未知の存在。

 

それは小倉雄星にも当てはまることだ。彼のこれまでの人生で誰かが自分の味方となってくれたことがあったか?手を貸してくれたことはあったか?そんな事など一度もなかった。戦うときは常に一対多数、味方もいない、友軍もいない。そんな状況で戦い続けていれば自然と一対多数を得意とする戦闘スタイルと成長していく。

 

それは自分1人が生きていれば良い戦場だ。

 

「エスト、お前は敵の中に切り込み、体勢を崩させろ。後処理はこちらでやる」

 

『了解』

 

互いの役目を確認すると、エストーーーいや、黒い装甲を纏った獣は銃撃の嵐の中を駆けていく。目の前には銃を持ち、弾丸を放ってくる集団。その中をかいくぐりながら突っ込んでいく。

喧嘩や戦いにおいて指揮となる人物を真っ先に倒すのは常識だ。最も秀でた者が倒されれば疑問が生じてくる。『あいつでも倒せなかった奴に自分は倒せるのか?』『これからどうしたらいい?誰の指示に従えばいい?』

 

それは極限状態の戦場では致命的な隙だ。そうやってパニック状態になっている者を1人ずつ確実に始末していけば良い。ポイントは殺している最中に既に次の獲物を決めていることだ。迷ったり、悩んでいる奴が真っ先に死ぬ。

ここでは合理的で無駄のない動きをしていかなくてはいけない。

 

「ひっ!うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

狩人のごとく迫ってくる”ウルフ”に向かって発砲するが、その弾丸が命中するかどうか判断するよりも早く”ウルフ”は男の上にのしかかり、自慢の鋭い牙で喉元を掻っ切る。あまりにも残酷であっけなさすぎる死にその状況を目撃していた者たちは立ち尽くし、固まる。

 

その隙を雄星は見逃しはしない。正確にそして的確に急所となる部位にナイフの刃を突き刺して行動不能にしていく。まるで流れ作業のように素早くて無駄のない動きで次々と敵をなぎ倒していく。この飛行船に刀奈がいるため、大きな爆発物や武器は使えないが、イレギュラーで変則的な動きの雄星を相手は捉えることが出来るだろうか。

 

「がっ・・・」

 

最後の1人の喉をナイフで切り裂き、全滅したのを確かめると壁を破壊して中の電線を露出させる。

 

「エスト、この電線からこの飛行船の構造を読み込めるか?」

 

『やってみます』

 

電線を切断して、その断面を”ウルフ”の尻尾と接続させる。いくらこの飛行船の全体を覆っている回路だとしても、所詮はどこに続いているのかもわからない電線だ。無理かと思ったが、数十秒後ピピッと電子音が鳴り響き、全体マップが表示される。

 

『現在私達がいるのが後方デッキの最後尾である貨物輸送路と思われます。ターゲットがいると思われる場所は前方デッキの執務室。ですが、刀奈様の救出もあるため一回別れた方が効率がいいかもしれません』

 

探索は感知センサーを内蔵しているウルフ(エスト)のほうが得意だろう。手に入れたマップを手元の電子機器に移そうとしたとき、ふと気になる部屋を見つけた。

 

LABORATORY(実験室)?」

 

他の施設や設備とは比べものにならない程に巨大で厳重なロックの部屋に不信感を抱く。寄り道している時間などないことは承知しているが、どうしてもこの実験室でどのようなことが行われているのか確かめたかった。幸いにもロックは多少苦戦したが解除できたし、ここからそう遠くはない。

 

「エスト、実験室まで案内してくれ」

 

『了解しました』

 

薄暗い通路を1人と1匹が歩いて行く。十数分ほど警戒しながら歩いていくと、真っ白な巨大な扉にたどり着く。体が底冷えするような冷たい息を吐き、扉のロックを解除する。扉を開けると真っ白で明るい蛍光灯が目をくらます。

 

「っ!!」

 

数秒経って、ようやく目が慣れ始めて視界がはっきりとしてきたとき、衝撃的な光景を目の当たりする。

実験室のなかには巨大な培養液に満たされ、番号付けされた無数のカプセル。中には共通して10代後半と思われる同じ姿の白髪の知っている顔の少女が入っており、体中にチューブや電子パットが張り付けられている。

 

さらに床には瓶詰めされたように狭いカプセルに押し込められるかのように入っている少女が大勢いる。そこには悪魔と思える実験の光景が広がっていた。

 

『これは・・・・何なんですか・・・・?』

 

「彼女の・・・・クローンか?いや、だが、染色体のテロメアの反復構造に異常はない。これではまるで人じゃないか・・・・」

 

一見しただけだが、四肢に異常はなく肉体自体は健康そのものだ。だが、彼女達は人間ではない。本来は生まれ出るはずの命を彼女は作りだされたものなのだから。それは人間が踏み出してはいけない禁断の神の領域だ。

 

「変わっていない・・・・何も・・・・・」

 

虫のいい話だということはわかっている。それでも彼女のーーー姉の死によって自分は生き延びた。そして大切な人の命と引き換えにこの世界が何か変わったと信じていた。彼女は無駄死にではないと願っていた。だが、その結果がこれだ。

 

あの女はさらに業を重ね、こうして虚しい命を作りだした。

 

「っ!どうしてこんなことを!!」

 

大声で叫ぶと同時に、先ほど敵兵から奪い取った小型のマシンガンを引き抜き、この実験室の機材やカプセルを次々と破壊していく。響く銃声にガラスなどの破壊音、数十秒の掃射で弾倉が空になっても新たなマガジンに入れ替え、銃撃を続行していく。

 

すると偶然引火性の液体に命中したのか、爆風が起き炎が舞い上がる。それに反応する余裕もなく、マシンガンを投げ捨て、その場に座り込んでしまう。乱れた呼吸を整えようとしていると、目の前の炎の中で動く物体があった。それは

 

「あ・・・あぁ・・・」

 

雄星の銃弾と爆炎を免れた実験体の少女であった。同じ破壊者(ルットーレ)である雄星を仲間と認識しているのか、四つん這いになり全身から千切れたチューブや電子パットを張り付かせたまま赤子のように近寄ってくる。

 

「っ!」

 

瞬時に手元の拳銃を引き抜き、接近してくる少女の額に標準を定める。そのまま引き金を引こうとしたが、その指が寸前で止まる。自分にすり寄ってくるこの少女に愚かで馬鹿らしい情けの感情が芽生えてきたのだ。

 

(殺す必要なんてないんじゃないか・・・・?そうだ、この子を保護して育てればきっと・・・)

 

こうして改めて見ればわかる。この子には肉体があり、心がある。ならば殺す必要なんてない。この子にも生きる権利がある。

きっと幸せに生きることがーーー『甘いな』

 

そう聞こえた瞬間、自然と指先が引き金を引き、銃弾が放たれる。その弾丸は曲がるはずもなく、額に命中し、血を流しながら目の前の少女は静かに力尽きる。

 

ーーーーこいつを救ったところでお前はちゃんと育てることが出来るのか?

 

うるさい

 

ーーーーこんな化け物を救う暇があったら、目の前の人間(刀奈)を救え。

 

分かっている

 

ーーーーお前は織斑一夏に言ったよな?他人のために引き金を引けないのはただの偽善者だと。それを忘れるな。

 

「うるさい!黙れ!!」

 

頭の中のささやきを喝破するように大声を上げる。自分は大切な人を救うためにここに来た。それを忘れてはいけない。それに彼女は生きていてはいけない存在なのだ。ならば、せめて同類である自分に葬られるのがせめてもの情けだろう。

 

「迷うな・・・・悩むな・・・・」

 

わずかでも躊躇っていた心の弱さを完全に消し、非情な自分に戻る。それでも人としての自分の心を消しきれないのが皮肉なことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エスト、お前はこのまま刀奈さんの探索に入れ。邪魔者や障害となるものは排除して構わない。僕は執務室へ向かってターゲットを仕留める」

 

『分かりました。ではまた後で合流しましょう』

 

素早く返事をすると、黒い狼は暗い通路を駆けていった。

 

「また後で・・・・か・・・・」

 

別に勝つ自信がないわけではない。だが、またエストと会うことができるのか不安になってくる。相手は姉を殺し、自分という化け物を作った張本人だ。まあ、これが最後の別れにならないことを祈るとしよう。他人事のように思いつつ、前方デッキへ続く細い鉄橋を歩いて行く。

 

前方デッキと後方デッキのつなぎ目のため壁は取り払われており、上を見れば夜空が広がり、下を見れば夜の海が一面を覆いつくしている。その人間1人が通るほどの幅しかなく、手すりすらない危険な橋を渡っていると1人の人物が立ちはだかるように待ち構えていた。

 

フードを被っており、顔はよく見えない。身長は雄星と同じか少し高いぐらいだ。相手が何者かはわからないが、こうして目の前に立ちはだかるということは多分敵なのだろう。無言で銃を引き抜き、銃口を向ける。

 

「こちらは退いて下さいとお願いするつもりはない。だが、あえて警告はしよう。そこをどけ」

 

隠す気のない明確な殺意。それに臆することもなく目の前の人物は静かに佇んでいる。威嚇を兼ねて発砲でもしようかと引き金に指を掛けた時、ひどく懐かしいーーーーいや、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「雄星」

 

優しい女性の声。それと同時に吹いた強風がフードが吹き飛ばし、中から見覚えのある白髪と顔が晒される。その顔を雄星は忘れるはずがない。わずか数時間前に見た顔なのだから。

 

「ありがとう雄星、私を迎えに来てくれたのね?嬉しい・・・・」

 

まるで恋愛映画のヒロインのような笑顔を浮かべ、歩んでくる。そしてそのまま雄星を優しく抱きしめた。年相応の細い腕でもう離さないと言わんばかりに必死な行動だ。

 

「やっと会えた。ずっと待っていた苦痛がついに報われる・・・・私の希望・・・・」

 

「お姉ちゃん・・・・」

 

こういう時、そういう言葉をかけたらいいのだろうか。生憎、大切な人が蘇った経験はないため言葉が思いつかない。経験不足や知識不足もいいところだ。

 

「君はどうしてここに?」

 

「本当は部屋で待っていたんだけど・・・・待ちきれなくて来ちゃった」

 

えへっと可愛らしい笑みを浮かべると瑠奈は、雄星の指に自分の指を絡める。俗にいう恋人つなぎというものだ。そのまま手を引き、雄星を前方デッキへいざなっていく。

 

「こっちに私の部屋があるの。話したいことは山ほどあるけど、まずは一緒にお風呂に入りましょ。雄星、体を洗ってくれる?」

 

「うん、君の体の隅々までたっぷりと味合わせてもらおうかな」

 

「もう、エッチ!」

 

恥ずかしくも、嬉しそうな表情を浮かべた瞬間、雄星の口角が僅かに上がる。次の瞬間、繋がれていた手を振り払い、瑠奈の後方に回り込む。そのまま腕を首元に巻き付け、締め上げる。

 

「ぐっ!ゆ、雄星・・・・!?」

 

「今は急いでいてね。君のソープごっこに付き合うほど暇じゃない。悪いがここで消えてくれ」

 

耳元でそう囁き、大きくバランスを崩すと、瑠奈と共に飛行船から飛び降りる。高高度で飛行しているこの飛行船から生身で落下するなど自殺行為だ。だが、落下中に瑠奈を蹴り飛ばすと同時にヴァリアントを展開させ、飛び立つ。

 

「やはり、復活していたのか・・・・」

 

なんとなく予想はしていたが、こうして見てみると辛いものだ。このまま戦わずに終わればいいと思っていたが、生憎現実はそんなに甘くない。下方に広がるまっ黒な海、そこから近づいてくる1つの光源があった。

 

「雄星!」

 

「ちっ、しぶとい」

 

ズームカメラで見てみると、ヴァリアントと酷似した機体と大きな声で名を呼ばれる。見たことがない機体だが、見た目から推測するにヴァリアントと同じエクストリームの発展機だろう。面倒なものが出てきたものだ。

 

「なんであんなことをしたの!?危うく私は・・・・」

 

「死ぬところだった・・・と?」

 

殺意のこもった声で言い返すと同時にヴァリアントソードを引き抜き、剣先を向ける。

 

「いい加減察してくれよ。僕は君を殺そうとしたんだ。僕の手で僕の意志で」

 

「そ、そんな・・・・なんで・・・」

 

「既に君は死んでいる。僕が殺した。そんな死者がいつまでも今を生きている者の脚を引っ張るな」

 

愛しきものを殺そうとしたというのに、今のこの落ち着きは何なのだろうか。恐らく1人だったら、この状況では立ち止まっていただろう。だが、今はもう迷いはない。こんな自分の背中を押してくれた人がいた。『自分の仁儀を貫け』と。

 

「どうして信じてくれないの!?私よ!!あなたの姉の小倉瑠奈よ!」

 

「ごめん、心底どうでもいい」

 

必死な訴えすらもあしらわれ、闘志と殺意を目の前の少女に向ける。

 

「どうして・・・・なんで・・・・?」

 

想像していたのとは180度違う反応、そして冷たい言葉。こんなの違う、ありえない。雄星は自分の元へ戻ってくると、帰ってくるとレポティッツァは言っていた。だから、自分はこの屈辱的な生活に耐えてきたのだ。

 

「あっ、わかったわ。雄星、あなたはあの更識楯無に騙されているのね?安心して、私が始末しておいてあげるから、だから・・・・」

 

「黙れ、亡霊が。僕は救いたい人がいるからここに来た。それを邪魔するのならば、誰だろうと排除する」

 

「待って雄星、私はーーー」

 

その言葉が言い終わらないうちに、ヴァリアントを動かして瑠奈に切り込もうとするが、直前寸前のところでサーベルで防がれる。

 

「反応速度はいいようだね」

 

「雄星・・・・こうなったら仕方がないわ。再びあなたを私で満たしてあげる。さあ、おいで」

 

ようやく相手もその気になったらしく、大型のライフルと展開して戦闘準備に入る。この力は瑠奈のような人をーーーーあの悲劇をもう繰り返さないために求めた力だというのに、その力で瑠奈と戦うことになるとは皮肉なものだ。

 

「さあ、ヴァリアント。相手にとって不足はない。同じ人間を何度も殺すのは気が引けるがやろうか」

 

「この世界に流れる一筋の光。全ての希望の礎となる私のエクセリア。その力を示しなさい」

 

姿形が似ている青い機体と赤き機体。その2機がこの夜空の下でぶつかり合う。そこには互いに慈悲や遠慮などない。明確な殺意があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

「な、なんだ今の揺れは・・・・?」

 

「多分、外で戦闘が起こっているんだろう。なに、この程度の振動では手術(・・)の支障にはならない」

 

白い手術着を着た男達が手術室のような部屋で、手術台に乗せられた1人の少女を取り囲んでいた。だが、男達の手元や周囲にはメスやハサミといった手術道具はなく、代わりに得体の知れない液体に満ちた試験管や注射器が揃えられていた。

 

「いいんですか、この女に数少ない()を使っても?」

 

「この女の肉体を使えとお嬢様からの命令だ。それにたとえ、こいつが耐えられなくて死んだとしても、なんらかのヒントにはなるだろう」

 

吐き捨てるような口調で言うと、手元の試験管をタプタプと揺らす。中には極小の小さな卵のような物体が沈んでいる。これはただの種ではない。これは世界をーーーいや、全てを覆す可能性を持った究極の生命の源だ。

 

「いいか、失敗は許されない。成功を第一にやるぞ」

 

「わかりました、では麻酔を打つます」

 

天井に付けられている大型の照明が点灯し、準備が整う。

 

「心拍数、血糖値、脳波共に異常なし」

 

「では始めるぞ」

 

その言葉を合図に禁断の手術が幕を開けた。過ちとわかっていても人間は他者を蹴落とし、貶める。本当に人はどこまでも愚かで救いがたい生き物だ。




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

98話 ルットーレ

次回、最終回です(終わるとは言っていない)


「雄星っ、もうやめて!!私はあなたを傷つけたくないわ!!」

 

「うるさいなぁ・・・・」

 

ヴァリアントの剣とエクセリアのサーベルがぶつかり合い、激しい閃光が2機の間で煌めく。そのまま機体のパワーで吹き飛ばそうとするが、それよりも早くエクセリアのもう片方の腕から振られたサーベルがヴァリアントの胴体に直撃し吹き飛ばされる。

 

だが、素早く体勢を立て直すと間髪入れずに攻撃を繰り出すが、まるで読んでいたというかのようにかわすと同時に胴体に蹴りを入れられ、再度吹き飛ばされる。

 

「機体性能の差じゃない・・・・純粋な反射能力の違いか・・・・?」

 

圧倒的な機体と操縦者の能力を目の前にしても、冷静沈着で客観的な分析で敵の弱点を探る。機体が互角ならば、勝負を決めるのは操縦者の腕だ。だが、それはいくら工夫しても覆しようのない絶対的な差でもある。

恰好を付けて戦ったのはいいが、とんだ手詰まり状態だ。

 

「あなたじゃ私には勝てない。いい加減それを自覚しなさい」

 

「それはどうかな?」

 

後方に下がり、追撃してくるエクセリアをヴァリアントの有効射程距離内に誘導する。動きは早いが、照準は何とか捉えられている。

 

「当たれぇぇぇ!!」

 

叫びながらヴァリアント・ライフルを引き抜き、エクリプスに匹敵するほどの火力をもつ射撃を撃ち放つ。撃破は無理だとしても、機体の急所を狙ったこの射撃が直撃すれば何らかのダメージはあるはずだ。だが、その攻撃は機体直前になって弾かれる。

 

いつの間にかエクセリアの機体周囲に魔法陣のような文様が刻まれているエネルギーフィールドが発生し、防御の役割を果たしていた。

 

「なんだ・・・・あの技術は・・・ぐっ!!」

 

未知の機体性能に動揺したせいで回避行動が遅れ、エクセリアの斬撃が直撃し大ダメージを食らう。技術は相手が上回り、中途半端な攻撃が効かないとなると、わりと笑えない状況だ。

 

「クロイツ・デス・ズューデンスっ!!」

 

追い詰められているヴァリアントを撃ち落そうと、手元のメインウエポンである大型ライフルの銃口を向け引き金を引く。放たれた高火力のエネルギーは正確な命中精度でヴァリアントへ向かっていくが、無論雄星もヴァリアントもこのままやられるわけにはいかない。

 

「高純化兵装『エクリプス』!!」

 

ヴァリアントの背中の両翼に備え付けられていた一対の大型キャノン砲が大火力のエクセリアの射撃を打ち消す。そのままアイオスを一斉に展開して攻撃を開始する。

 

「この程度の攻撃など!!」

 

周囲にエネルギーフィールドを発生させ、アイオスの射撃を防ぎ、手からエネルギー光球を撃ちこみアイオスを破壊する。爆発音と爆炎が周囲に漂うが、その塞がった視界を吹き飛ばしてヴァリアントが突っ込んでくる。

 

「なにをするのか知らないけど!!」

 

馬鹿正直に正面から突っ込んできたヴァリアントを内心あざ笑いながら、目の前にエネルギーフィールドを何重にも重ね合わせて防御態勢をとる。中途半端な武装では突破できない圧倒的な防御力を持つが、ヴァリアントの貫通力はそれを凌駕した。

背中の翼から射出されたビットがソードと組み合わさり、大型ソード『ディバインスライサー』を構成する。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

機体のエネルギーを纏った『ディバインスライサー』の刃先がエネルギーフィールドに突き刺さり、激しい衝撃音が双方の機体に響く。鼓膜が震え、意識が飛びそうになるが、お互い執念に似た気力で持ちこたえる。そのままヴァリアントの刃先がエネルギーフィールドを突き破り、エクセリアの右肩に突き刺さった。

 

「そろそろ・・・消えろっ!!」

 

「舐めるなぁぁぁ!!」

 

自分の大切な機体が傷つけられたのが癇に障ったのか、怒声を上げるとサーベルを引き抜き、ヴァリアントの握られているヴァリアント・ライフルを切り裂き、そのままヴァリアントの手首を掴む。

 

「よくも私の機体を!!」

 

「傷ついて怒るぐらいならば、初めからそんな機体に乗るなよ」

 

突き刺している剣でエクセリアの右肩を引き裂こうとするが、それよりも早く相手の放たれたエネルギー弾が至近距離で直撃し、機体の胴部の装甲が砕かれる。

 

「ぐぶっ、ごほっ!」

 

内臓を圧迫され、鼻や口から血が飛び出るが圧倒的な自然治癒力で回復していく。お互い不死身と思えるほどの身体能力を持つ者同士の戦い。だが、決着をつける方法は簡単だ。どちらかが死ぬほどの傷を負わせればいい。

 

「遊びはここまでだ・・・・終わらせてやる」

 

そうつぶやくと、ヴァリアントの機体の所々が輝き始める。その輝きはこれまでのエクストリームが放ってきた光とは比べ物にならないほどのエネルギーを放出し、圧倒的な戦闘能力を操縦者から引き出す。

 

「進化発動・・・刀奈さん、あなたのためにこんなところで負けるわけにはいかない!!」

 

紅い瞳を発現させ、ヴァリアント・ソードを引き抜くとエクセリアを蹴り飛ばす。そのまま追撃と言わんばかりに圧倒的なスピードで向かっていく。

 

「調子に乗るな!!」

 

明らかに動きの変わったヴァリアントにカウンターで斬りつけようとするが、まるで動きを読んでいたかのように機体の軸心をずらしてかわすと、すれ違いざまにエクセリアの右翼を切り裂く。

 

「こ、これは・・・・」

 

明らかに人間の反射速度ではなかった。まるで自分の殺意を感じ取ったかのような動きだ。こんな動きが出来るものなど1人しかいない。破壊者(ルットーレ)、雄星にとりついている忌まわしい亡霊だ。それが彼のーーー雄星の体を使い、自分に刃を向けている。

 

「よくも・・・・よくも・・・・」

 

あの者が大切な雄星を苦しめ続けている、自分の幸せを拒んでいる。あの亡霊がーーーあの亡者が、あの化け物が。

 

「よくも雄星をぉぉぉぉ!!」

 

全ての元凶と対面したことで、体中の怒りや不快をぶつけるように大型ライフルの銃口を向け、引き金を引いていく。感情的になっているとは思えないほどの正確な射撃だが、それすらも最低限の動作でかわすと同時に牽制として手元のサーベルをブーメランのように投げつけると、一気に接近していく。

 

「忌まわしい亡霊がっ!!」

 

「お前に言われたくない。死人が!!」

 

バチバチと双方の機体の剣が何度もぶつかり合う。だが、次第に勝敗は徐々に再びエクセリアに傾き始めている。雄星の執念に加えて、破壊者(ルットーレ)への憎しみ。それを全力でぶつけて来ている。それは中々に厄介なものだ。

 

「ぐっ!!」

 

叩きつけられるように斬りつけられたサーベルがヴァリアントの右目を潰す。そしてとどめと言わんばかりにサーベルを砕かれている胴体に突き刺そうとするが、ギリギリのところで手首を掴み、抑える。だが、中破したこの機体ではパワーが負けているのか、少しずつサーベルの刃先が胴体へ近づいていく。

 

「あなたが雄星を・・・・雄星を苦しめて・・・・私の邪魔をして・・・・よくも、よくも・・・・」

 

「怒りで・・・言葉が出ないか?生き返ったばかりのアンデットじゃ舌が回らないのも無理ないよな?」

 

「黙れ!!」

 

雄星の体で軽口を叩かれたことが火に油を注いだのか、さらに強い力でサーベルを突き付けてくる。

 

「あなたは生きていてはいけない存在よ。ここで雄星の心と体を取り戻してあげるわ!!ああ、雄星、もう少しだから・・・待っていてね」

 

「この女ぁ・・・・」

 

なぜ自分のーーーいや、この少年への愛を聞くとここまでムカつくのだろうか?いや、それよりも自分を否定するこの女の態度のほうが腹が立つ。まあ、そんなことどうでもいい。問題は自分がこいつに勝てるかどうかだ。

中途半端な力では勝てないだろう。ならば、全てを費やして戦うまでだ。

 

「ヴァリアント、こいつと決着をつけるぞ、いいな?」

 

その問いに呼応するかのように背中の翼から粒子が放出され、機体のパワー値が上昇していく。それと同時に意識が遠のいてきた。

 

「頼む、持ってくれこの命」

 

エクセリアの手首を握りつぶし、機体を大きく後方へ退かせる。相手は突然な動きの変化に戸惑った様子だが、怯むことなく、大型のソードを出現させて振りかぶる。

 

「死ねぇぇぇぇ!!」

 

強力な威力を持つその大剣が振り下ろされてもヴァリアントはかわさない。紅く輝く瞳を見開き、次の瞬間

 

「っ!!」

 

刀身を両腕で受け止める。しかし、やはりダメージは大きく、機体の損傷を伝えるアラームと損傷部位がモニターに表示される。それを確認することなく、剣を受け止めている両腕に力を込める。そして

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

腕部の装甲が展開し、エクセリアの刀身をへし折る。それによってエクセリアが大きくバランスを崩す。そしてそのチャンスを逃しはしない。

右腕をわずかに引き、パワーを溜める。そして

 

「シャイニング・ブレイカーぁぁぁーーーー!!!」

 

ヴァリアントから輝く腕がエクセリアの頭部を吹き飛ばす。頭部や顔面の装甲が吹き飛ばされ、長い白髪と血だらけの瑠奈の顔が飛びだす。普通ならば頭部が吹き飛んでいてもおかしくないはずなのだが、恐ろしい防御力だ。

 

「私を・・・・よくも・・・」

 

「お前に力を持つ資格などない」

 

「このーーー」

 

そこまで言いかけたところでヴァリアントの刀身がエクセリアを吹き飛ばす。中破状態の機体ではバランス制御のスラスターが不十分で体勢を整えるのにわずかばかり時間がかかる。その一瞬の隙が勝敗を分けた。

顔を向けた時、目の前には鈍く輝くヴァリアントの剣。その矛先が

 

「がっ・・・・」

 

エクセリアの胴体を貫いた。急所を貫かれたことによって悲鳴も断末魔も叫ばず、口から小さな声があふれ出る。

 

「あっ、がっ・・・・」

 

「悪いけどさよならだ。いつまでも弟のxxxを触れると思うなよ」

 

短い勝利宣言を告げると同時にヴァリアント・ソードを握っている両腕を離す。操縦者を失った機体はそのまま月に照らされた漆黒の海に落ちていった。

 

「はぁ、はぁ・・・・」

 

とはいえ、こちらのダメージも大きく、飛行船に戻ったと同時に膝をつき、荒い息を吐く。

 

「まだだ・・・まだダメだ・・・戻ってこい雄星・・・」

 

遠ざかっていく意識を必死につなぎとめる。ここで(雄星)がいなくなってしまってはここに来た意味がない。雄星が刀奈を救い、学園に戻る。自分はその手助けに徹すべき存在だ。こんなところで主役が脇役と入れ替わっては全てが終わってしまう。

 

「くっ・・・破壊者(ルットーレ)・・・・」

 

必死な抵抗が幸いにも報われたのか、息が戻り、紅い瞳が収まっていく。

 

「ごめん・・・迷惑をかけたね・・・・」

 

力ない笑みを浮かべ、静かに立ち上がる。こんなところで立ち止まっているわけにはいかない。今の自分には迷ったり立ち止まっている時間などないのだ。わずかに引きずる足を庇いながら、雄星は再び歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

執務室に備え付けられている時計の短針が午前3時を指した。それを横目で確認すると、レポティッツァは手元のグラスを揺らしてウイスキーの波を起こす。わずかばかりに聞こえる水音、それに続いてバタバタと慌ただしい足音が聞えてくる。

 

「お嬢様っ!!」

 

ゼーゼーと息を乱し、疲れ果てた様子で扉を開き、秘書が入ってきた。

 

「これはこれは、そんなに慌ててどうしたのですか?」

 

「すぐに避難してください!ここは危険です!」

 

「ほう?」

 

必死な警告に動じた様子もなく、再びグラスにウイスキーを注ぐが、そのウイスキーの入ったボトルはグラスの満杯を手前で切れる。それに内心ため息を吐くと、持っていたグラスを投げ捨て、秘書の方を見る。

 

「侵入者がすぐそこまで来ています!!すぐにーーーーっ!」

 

そこまで言いかけたところで秘書の声が止まり、目が見開き、ビクビクと体が痙攣する。それと同時に秘書のスーツに血が滲み始める。

 

「来ましたね」

 

バランスが崩れ、音もなく倒れる秘書の体。その背後の入り口には全身が血で赤く汚れた雄星が立っていた。

 

「ようこそ、小倉雄星、破壊者(ルットーレ)。ここまでたどり着いたということは小倉瑠奈を倒してきたということですかね?」

 

まるで親しい友人のように穏やかな口調で話しかけると、雄星の血で汚れた全身を舐めまわすように眺める。

 

「あの小倉瑠奈は破壊者(ルットーレ)計画の女性研究員を母体に生まれさせたものなのですが、やはりオリジナルであるあなたには及ばなかったようだ、ふふっ」

 

何が可笑しいのか、そこまで言いかけたところで笑みを浮かべると、机から新しいグラスとボトルを取り出し、注ぐ。

 

「途中で女性研究員の肉体が耐えられなくなってきたため、帝王切開で彼女を取り出して培養液で育てたのですが、あの機体も彼女も失敗作もいいところですね。まったく・・・・」

 

非人道的な話をペラペラと嬉しそうに話すレポティッツァを雄星は何も返事することなく、睨みつけている。そんな雄星にレポティッツァが違和感を感じた瞬間、雄星の体が僅かに揺れる。

 

「小倉雄星?どうしたのですか?」

 

「僕は・・・お前とそんな話をするためにこんなところにきたわけじゃない・・・・」

 

何の躊躇いもなく隠し持っていた銃を引き抜き、レポティッツァの眉間に向かって発砲する。銃声と共に向かっていく弾丸、それを慌てた様子もなく、最低限の動作でレポティッツァはかわす。

 

「ちぃっ!!」

 

反射的に弾丸が外れたことを感じ取ると、素早くナイフを引き抜き、野生動物のような瞬発力でレポティッツァへ切り込む。だが、それすらも予測されていたらしく、刃先が突き刺さるよりも早く手首を掴まれ防がれる。

 

「感情的過ぎる、そんな者が私の最高傑作とは笑わせますね」

 

「お前だけは・・・お前だけはっ!!」

 

全ての元凶となる人物を前に殺意や感情を抑えるなど無理なことだ。だが、それはレポティッツァ相手に最大の失策だろう。単純で直進的な動きは隙を作ることに他ならない。

 

「ぶっ、ぐっ!」

 

雄星が動くよりも早くレポティッツァの肘が雄星の頬に直撃し、体勢が後方に傾く。そして素早く首を掴むと、手前に引き付け、膝を腹部にめり込ませる。

 

「がはっ!」

 

負傷している腹部に強い衝撃が与えられたことによって、血が噴き出し、激痛が全身を駆け巡る。だが、レポティッツァの容赦のない攻撃は続いていく。わき腹や胸部に蹴りや膝蹴りを何度も食らわせ、呼吸器官を麻痺させて体に力を入れられないようにしていく。

 

「あっ・・・うぁぁ・・・」

 

掴んでいる手首を離すと、ヒューヒューと小さな呼吸音を出しながら雄星が小さく倒れる。そんな息も絶え絶えな様子の雄星の頭部をレポティッツァのハイヒールが踏みつける。

 

「IS学園で暮らしていくうちに、人の感情でも芽生えてきましたか?愚かな、あなたが人として生きていく権利などない。友人を作る権利も、恋人を作る権利も、女を抱く権利もない。あなたはただ私の意のままに戦うのみ。それがあなたの資格であり、義務だ」

 

「そんな・・・こと・・・・」

 

踏みつけられている足を振り払い、腹部を抑えながら立ち上がるが再びレポティッツァの膝が腹部にめり込まれ、地面に這いつくばる。度重なる戦闘での負傷で肉体は限界に達し、出血多量で体温は下がり、力が入らず、意識が朦朧としてきた。

 

(まずい・・・このままじゃ・・・)

 

体力のない体に鞭を打ち、ふらつく足で立ち上がった瞬間、部屋の電話が鳴り響く。死にかけの雄星では問題ないと判断したのか、レポティッツァは背を向けて電話を取る。

 

「はい、はい、そうですか・・・・ご苦労様です」

 

数秒ほどの短い会話で電話を切ると、雄星に笑みを向け残酷な宣告を告げた。

 

「残念、時間切れですね小倉雄星。たった今手術が終わりました」

 

「しゅ、手術・・・・・?」

 

「ええ、捕らえた更識楯無にあなたと小倉瑠奈の受精卵を人口着床する手術が成功しました」

 

「っ!?」

 

「おお、良い反応だ。破壊者(ルットーレ)のことはあなたの死体と母体となった更識楯無、そしてこれから産まれるあなたの子供を調べるとしましょうか。というわけで・・・・」

 

体力の限界でガクガクと震えている雄星に近づき、肩を掴む。そして

 

「あなたはもう用済みだ」

 

「ぁぁ・・・・」

 

隠し持っていたナイフを雄星の腹部に突き刺す。その冷徹なナイフの一突きはギリギリのところで持ちこたえていた雄星の体力と気力を完全に奪い去った。力尽き、床に倒れこむ。腹部からは大量の血が流れ、床のカーペットを汚す。

 

起き上がろうにも既に手足の感覚がなく、呼吸をする筋力も気力もない。

 

『雄星っ!しっかりしろ!!』

 

彼の声が聞こえる。だが、それに返事をする余裕もない。なんとなく直感でわかる、自分はーーー小倉雄星はもう死ぬ(・・・・・・・・・)と。ならば、今の自分のできることをするだけだ。

 

「っ・・・ぁ・・・・」

 

ガチガチと音が鳴る歯茎で奥歯を渾身の力で噛み締める。すると、何やらドロッとした液体が喉を流れていく。よかった、どうやらなんとか仕込んだ薬を使うことが出来たようだ(・・・・・・・・・・・・・)。その証拠に体が熱く、力がみなぎってくる。

 

「がっ・・・うあっ・・・ああぁぁぁ・・・」

 

「ん?」

 

完全に力尽きたと思ってた雄星の変化にレポティッツァは不審な目を向けてくるが、もう遅い。究極の兵士は既に完成していた。

 

『もういいのか?』

 

ーーーーああ、僕じゃ彼女は救えない。だから、君に全てを託す。どうか・・・・彼女達を救ってあげてくれ。

 

『わかった、お前の頼み、確かに引き受けた』

 

その声と同時に温かい感覚が全身を包んでいく。まるで誰かが自分の体を抱きしめているようだ。

 

『だから・・・・ゆっくりと眠れ』

 

その言葉を最後に、目の前が真っ暗な闇が覆いつくしていく。これで1つの命が終焉を迎える。だが、それは1つの命の始まりでもある。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

到底人が出せるとは思えないほどの叫びが部屋に響き、この執務室の調度品を震わす。そして目の前のレポティッツァを紅い瞳で睨みつける。

 

「くくくっ、ははははっ、ようやく完成したか、私の最高傑作。素晴らしい!!」

 

大声を出して笑い、嬉しさのあまり口角から涎が垂れる。自分でも下品とは思っているが、何年もかけてきた実験が成功したのだ、笑わないほうが可笑しいだろう。

だが、それに対して彼は何も喋らず、何も語らず手元のナイフを持ち、構える。いつの間にか腹部の傷口は塞がり、全身に血管が浮き出ている。

 

「もう小倉雄星は存在しない。ここにいるのは人間の欲望が作った兵士だ」

 

紅き瞳の破壊者(ルットーレ)。全てを擲ち、決意の行動。その果ての命、たとえ今この瞬間に燃え尽きようと、それでもーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前だけは、---殺す」

 

 

 

 

 

 

 




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 小倉雄星

最終話と言いましたが、まだもう少しだけ後日談があります。
後日談といえば、つり乙2.1のさくっちゃんとルミ姉ルートが早く発売してほしいものです。


人の愛を受けずに『それ』は生まれた。家族は存在せず、友達も存在せず、そして自分を自分ということが出来る証明もない。そんな存在で創造者から求められたことはただ1つ、戦うことのみ。初めは自分でそう思い込んでいた。自分は戦うことしかできない、戦うことが唯一の存在理由だと。

 

だから、それに従って人を傷つけた。しかし、それで喜んだ人はいなかった。残ったのは自分の宿主の少年の深く、辛い悲しみのみ。そしてその少年の涙を見た瞬間、自分が行ったことが正しいのかわからなくなった。そしていつの間にか嫌になった。親もいなく、唯一の家族である姉を失ったこの少年をこれ以上悲しませることを。

 

だけど、人ならざる存在である自分が人を喜ばせる方法などわからず、他人を元気づけたり説教する資格などない。だったら、自分のできることをして少年を支えていきたい。救うことが出来なかったとしても、手助けをすることぐらいはできるだろう。

 

だが、その少年はもういない。今まで得てきた全てを自分に託し、人間として生きる命を与えてくれた。ならば、その命で今なすべきことをことをするだけだ。

 

「お前だけは、---殺す」

 

短いながら殺意の籠った言葉をつぶやくと同時に、目の前のレポティッツァにナイフを振るう。その斬撃は正確に急所の喉元へ向かっていたが、刃先が当たるよりも先に手首を掴まれて防がれる。だが、力は破壊者(ルットーレ)の方が強く、少しずつ刃先が近づいていく。

 

「くっ・・・・作品が創造者に逆らうか・・・・」

 

「俺は雄星に言われたんだよ、お前を殺せとな」

 

紅い瞳を輝かせ、強靭な握力で手首を掴まれているというのに苦悶の表情を浮かべることなくナイフを握る腕の力を込めていく。そしてナイフの刃先が喉元にわずかばかり食い込み、レポティッツァの白い首筋から血が流れる。

 

「くっ!!」

 

このままではやられると瞬時に判断すると、掴んでいる破壊者(ルットーレ)の手首の軌道を僅かに逸らしてナイフを空振りさせる。空を切ったことにより、僅かに体の重心が傾き、硬直する。その隙を逃しはしない。右手で破壊者(ルットーレ)の手首を掴み、体に力を入れる。そして

 

「ふんっ!!」

 

肘を腕に打ち付け、骨を粉砕する。人間ならば完治に数ヶ月はかかり、到底耐えられないほどの苦痛を感じるはずなのだが、破壊者(ルットーレ)は表情一つ変えずに腕を振り払い、後方に下がる。

 

「腕を骨折・・・いや、粉砕されたか。だけど、そんなに痛くないな」

 

「・・・化け物が」

 

「褒め言葉として受け取っておこう」

 

赤く腫れている腕に一瞥し、再び構える。次は外さない、確実に殺す。その殺意を表したかのように紅い瞳が強く輝く。腰を低く落とし、わずかばかり体の重心を前に傾ける。

 

「っ!!」

 

次の瞬間、圧倒的な瞬発力でレポティッツァと距離を詰める。そのままナイフを突き刺そうとするが、アドバンテージを取ったのはレポティッツァだった。有利な戦い方である待ち構え戦法でほくそ笑む。

 

「くたばれ、化け物」

 

忌まわしいその紅き瞳を潰すように、破壊者(ルットーレ)の頭部へ向かってナイフを突き刺そうと腕を振るう。戦いにおいて、待ちかまえを取れるということは有利なことだ。既にカードを選択している相手と違い、後方は相手の隙を判断し、確実につくことが出来る。

 

だが、そんな戦法など今の破壊者(ルットーレ)の覚悟の前では無駄な行為だった。真っ直ぐ眉間へ向かってくるナイフの刃。それをあろうことか、破壊者(ルットーレ)は手の平で受け止める。

 

「なにっ!?」

 

刃は手の平に突き刺さり、貫通して周囲に血が飛び散る。自分の予想だにしないかわし方ーーーいや、防ぎ方に一瞬思考が停止する。その一瞬は破壊者(ルットーレ)にとって十分すぎる時間だった。冷静に狙いを定め、腕に力を込める。そしてーーー

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

ナイフの刃をレポティッツァの喉元へ突き刺す。痛みよりも、息ができないほどの苦しさが脳に伝わり、目が大きく見開く。それと同時に体に力が入らなくなり、バランスが崩れる。そして渾身の力でレポティッツァの喉を引き裂いた。

 

「がっ、がっ、ああ・・・」

 

致死レベルの攻撃を受けて倒れても即死はしなかったらしく、床を這いずって逃げようとする。だが、息が絶え絶えとなり、口からは血が出ている彼女を破壊者(ルットーレ)は都合よく逃しはしない。

 

「・・・・・」

 

浅ましく這いつくばっているレポティッツァの後頭部に銃口を向ける。彼女を殺せることに達成感もなければ満足感もない。だが、彼はーーー雄星は喜んでくれるのだろうか。血だらけになっている手を握り、引き金をかけている指に力を込めるそして

 

「っ!」

 

放たれた弾丸は正確にレポティッツァの頭部に命中する。そのまま何発も撃ち放ち、やがてマガジンの中に弾丸がなくなると、銃を投げ捨てて静かにその場に座り込んだ。

 

「くっ・・・うぅぅ・・・」

 

これが雄星の望みであったはずだ。レポティッツァを殺し、大切な人を救うことが今の自分のやるべきことだ。だが、それをわかっているのになぜこんなにも悲しい気持ちになり、涙があふれてくるのだろうか。心に大きな穴が空いたような虚無感が押し寄せてくる。

 

こんなはずじゃなかった。自分が雄星の未来を奪う気などなかった。だが、これが現実だ。雄星の命と引き換えに自分がこの世界に生まれ落ちた。

 

「いくら姉の仇を討てたとしても・・・・お前がいなくなっては意味がないだろうが・・・・馬鹿野郎・・・・」

 

悲しみに暮れている彼び耳に1つの手元の電子機器の着信音が届く。確認するとウルフ(エスト)からのメッセージであった。

 

『刀奈様を発見と同時に身柄を確保しました。合流を』

 

短いそのメッセージは再び彼を立ち上がらせた。そうだ、やるべきことはまだある。全てを終わらせなくては。既に出血が止まり、傷口が塞がっている手を握りしめると静かに執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

幸運なことに道中敵と遭遇することなく、目的地へ到着することができた。その部屋はどんな目的で作られたのかは分からない。だが、周囲が自然豊かな森の映像が流されており、静かな虫の羽音や鳥の鳴き声が聞こえてくる。そんな全方位がモニターとなっている不思議な部屋の中心でベットが設置されており、そこに彼女は横たわっている。

そして、その彼女を守るようにベットの傍でウルフ(エスト)が待機していた。

 

『御無事で・・・なによりです』

 

「エスト・・・・すまない、これが精一杯だった」

 

紅い瞳を見て、瞬時に状況を理解する。だが、それ以上は何も言わず、周囲に警戒を続ける。それを横目で確認すると、目の前の少女に目を向けた。

更識刀奈、雄星が命を賭してまで救おうとした存在。その少女が目の前で静かに寝息を立てて眠っていた。神秘的を感じさせるこの寝顔を見ると、まるで眠り姫のように感じられる。

 

「・・・・・」

 

今ならば大丈夫だ。そう心に言い聞かせながらナイフを引き抜き、振りかぶる。どんな形であれ、彼女は破壊者(ルットーレ)の因子を受け継いだ。ならば、もう殺すしかない。その遺伝子をこの世に残しておくわけにはいかないのだ。

 

「っ・・・はぁ・・・はぁ・・・・」

 

殺すーーーー彼女を?大きすぎるほどの犠牲を払ってまでここに来たのは彼女を殺すためじゃない、家族の元へ帰すためのはずだ。その現実と目的の葛藤からか、息が乱れてナイフを握っている腕が震えてくる。

 

「っ・・・くっ・・・」

 

彼女を殺すことを雄星は望んでいるだろうか。いや、だがここで死んだほうが彼女にとって幸せかもしれない。既に人として生きていけなくなった彼女はこの先、未来永劫苦しみだけだ。ならばその連鎖はここで断ち切る。

 

「うっ・・・はぁ・・・」

 

その考えとは反対に、体がナイフを投げ捨てる。拾いに行こうと思ったが、なんだか面倒になってきた。もういい、これ以上人を殺すのも馬鹿らしい。

 

『よろしいのですか?』

 

「もう人を殺したくない」

 

疲労困憊の声で言い返すと、刀奈の頬を優しく撫でる。どの道、自分はもう学園に戻ることはできない。だとしたら、もうこれが最後になってしまうかもしれない。だが、それでもいい。彼女の命をこうして救うことができたのだ、もうこれ以上求めることなど何もない。

 

「ゆう・・・せい・・・くん・・・?」

 

すると、小さな声を上げて刀奈が目を覚ます。そして頬を撫でている手を優しく触れてきた。その柔らかくて暖かい感触を感じた瞬間、その安心からか体中の力が抜けて倒れてしまう。

 

「雄星君っ!?しっかりして!!」

 

違う、自分は雄星ではない。彼の皮を被った化け物なのだ。それを言おうにも口が重くてなかなか言い出せない。それから逃げるように、手元の端末を操作して地図を表示する。

 

「そこに・・・僕の機体があります。僕のことはいいです。・・・・行って・・・ください」

 

「雄星君!!」

 

置いていけと言われて、彼女が素直に従うはずもなく、体力のない体で支えて通路を歩き出す。近くにいたウルフに一瞬ビクッと驚くが、その正体がエストだとわかると地図のナビゲートを任す。

 

「ひどい怪我・・・こんなこと・・・」

 

「置いていって・・・ください。もう、僕は助かりません・・・・」

 

「ふざけたこと言わないで!学園の医療室で治療すればすぐによくなるわ。だから、そこまで頑張って・・・・」

 

だが、後ろを見れば床には点々と彼の血痕が続いていた。腹部をはじめとした体の所々にひどい負傷をしていて出血が止まらない。一瞬、最悪の結末を想像するが、頭を振って振り払う。彼は今までそんな最悪の状況でも生還してきた。それは今回もきっと変わらない。

 

それにこんなところまで自分を救いに来て、こんな結末なんてあんまりだ。

 

「ゆ、雄星君、どうせ・・・学園のみんなに無茶を言ってここにきたんでしょう?後でたくさん謝らなくちゃいけなくなっちゃうかしらね、ふふっ」

 

この胸の不安を打ち消すように普段の明るくていたずらっ気のある声で話しかける。もしかすると、自分が何か話しかけたら少しでも気分が楽になるかもしれない。

 

「あ、そうだ、無事学園に戻れたら一緒にお風呂に入りましょう?お互いの体を洗いっこして、いっしょのベットで寝て・・・そして・・・そして・・・・」

 

徐々に明るい声が震え、涙が溢れてくる。ゆっくりと俯いている彼の顔を見ると、垂れ下がった前髪から生気のない瞳が開いていた。体温は低下を続けている。既に心肺停止状態であり、脳波も消えている。つまり、医学的に『死』と定義されている状態を全て満たしている。

 

だが、その考えを自分勝手で現実逃避した妄想で塗り替える。今の彼は疲れて休んでいるだけだ。学園に戻り、治療を受ければきっとすぐに良くなり、『僕って冷え性なんですよ』と気さくに話しかけてくる。

 

「ダメ・・・死なないで・・・・」

 

そう心の中で祈りながら目的地の部屋に到着すると、室内には1機の人型の機体が佇んでいた。青と白のカラーリングが施され、背中には翼のような装備がある。だが、所々がボロボロになっているところをみると、この機体も彼と一緒に戦ってきたことがわかる。

 

「うっ、あ・・・・」

 

「えっ?」

 

そこで1つの奇跡が起こる。心肺が停止し、脳波も消えていた彼が掠れそうなほどに小さい声を上げる。瞳に生気が宿り、小さいが心臓の鼓動が聞こえてくる。なぜ生命が戻ったのかは楯無も分からない。だが、その命は確かに戻りつつある。

 

「雄星君!?」

 

「すみま・・・せん。少し眠っていました・・・・」

 

ぎこちない様子だったが、なんとか1人で歩けるところまで回復した体でヴァリアントへ近寄ろうとした瞬間

 

「っ!」

 

「きゃっ!?」

 

突如、覆い被さるように刀奈を押し倒した。突然の行動に困惑するよりも早く部屋に何発もの銃声が響く。そのたびに覆いかぶさっている彼の背中から血が飛び散る。

 

「ぐっ、ごぼっ・・・・」

 

「な、なにが・・・・」

 

吐血しながら、後ろを向くとそこには1つの人影があった。長い白髪に自分と同じように深い傷を負っている腹部。そして手には銃が握られている少女。

 

「くっ、邪魔を!!」

 

紛れもなく彼女はここに来る道中でヴァリアント・ソードで腹部を貫き、倒したはずの小倉瑠奈だった。あれだけの傷を負いながらも生き延び、こうして復讐のために姿を現した。

 

「その女が・・・雄星をたぶらかしたのね?死ねっ、更識楯無!!」

 

怒りで頭の中がいっぱいになっている小倉瑠奈の周囲を光の粒子が包み込む。どうやら再び機体を展開しようとしているらしい。

 

「ふふっ・・・」

 

だが、彼は笑った。それも仕方がないだろう、その浅はかで愚かな行動によって短いが時間が出来た。そう、彼女を逃がす時間が。

 

「雄星君?まさか・・・いや・・・・いや・・・・」

 

頭をよぎる最悪の予想。そして、その予想と予感は的中する。後方で控えていたヴァリアントが無人だというのに突如、動き出す。その先はーーー

 

「いやっ!!やめて!!」

 

愛しき者から否が応でも離れないといった様子の刀奈だった。腕を掴み、引き離そうとするが下手に危害を加えることはできない。そこで、機体の指先に装備されている非殺傷武器であるスタンガンを首筋に押し当てて気絶させる。

 

そして刀奈を機体に収容し、ブースターを起動させた。

 

「ヴァリアント、彼女を守れ!!未来永劫、その人にかすり傷1つつけることは許さない!!それが創造者である俺たち(・・・)の最後の命令だ!!」

 

その声に応えるように機体のツインアイが輝き、天井を突き破って飛行船を脱出していく。それを撃墜させようと準備が整ったエクセリアが大型ライフルを構えるが、トリガーを引くよりも早く、唯一動かせる状態であったゼノンを展開し、素早く距離を詰める。

 

そのまま拳を突きつけると、そこから衝撃波を発してエクセリアを吹き飛ばす。

 

「どこまでも私の邪魔を!!」

 

「俺は破壊者(ルットーレ)。お前を我が主への危険分子と断定。ただちに排除する!!」

 

懐から抜いた刃をブーメランのように投げつけ、エクセリアのバランスを崩す。そのまま脚部のブースターをフル稼働させて一気に距離を詰める。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

そしてエクセリアの大型ライフルごと胸部の装甲を引き裂く。だが、踏み込みが甘かった。ダメージは与えられたが、行動不能となるまでの損傷は与えられていない。

 

「死にぞこないがぁぁ!!」

 

大声を上げながらサーベルを引き抜き、ゼノンの顔面の装甲を吹き飛ばす。露わとなった破壊者(ルットーレ)の眉間に光の刃を突き刺そうとするが突如、黒い獣が視界に飛び込んでくる。

 

『彼をやらせはしません!!』

 

ウルフ(エスト)がエクセリアの顔面に張り付き、プラズマカッターとなっている牙で突き刺し、右目を潰す。続いて反対の目も潰そうとするが、それよりも早く引き剥がされてしまう。

 

「このクソ犬がっ!!」

 

絶好のチャンスを邪魔された怒りをぶつけるようにウルフを真っ二つに引き裂くと、残骸を投げ捨てる。バラバラに飛び散る黒い装甲と電子コード。その破片が床に落ちるよりも早くゼノンがエクセリアの肩を掴むと、飛行船内部へ投げ飛ばす。

 

だが、機体の不安定な状態なのに関わらずエクセリアから放たれたエネルギー光球がゼノンの装甲を焼く。ダメージが蓄積されている警告音が聞こえてくるが、構うことなく力強い歩みを進めていく。

 

「調子に乗るな!!」

 

反撃と言わんばかりに引き抜いた光の刃のブーメランをゼノンの脚部に直撃させて身動きをとれないようにする。その隙にエクセリアの両腕から大量エネルギー弾が撃ち込まれ、ゼノンの装甲を削っていく。そのうちの数発が足元の床を破壊してゼノンが真下の部屋へ落下し、仰向けに倒れる。

 

「くっ!」

 

衝撃で視界が揺れる中、上階からサーベルを突き出しながらエクセリアが降下してくる。

 

「これで死ねぇぇぇぇ!!」

 

突き出されている刃先は正確に破壊者(ルットーレ)の額を捕えていた。だが、ここで素直にやられてやるほど諦めは良くない。

 

「っ!」

 

自分を殺すために向かってくる敵を紅い瞳で見開く。そして燃え続ける命の全てを費やし、必殺の一撃に全てをかける。

 

「タキオン・スライサーァァァァァ!!」

 

その叫びと同時に、ゼノンの腕の追加装甲から放たれたサーベルがエクセリアの腹部を貫いた。それによってエクセリアの剣筋の軌道が大きく逸れ、額を貫くはずの剣先はゼノンの左胸を貫く。

 

「なん・・・・で・・・・」

 

明らかに反応できる時間などなかったはずだ。それなのに否が応でも自分を道ずれしようと牙をむいてくる。そして自分はそれから逃れることはできなかった。なぜ、どうして、その現実に答えのない疑問が頭に渦巻いていく。

 

「どうして・・・・なんで・・・・勝てない・・・・」

 

「あぁ・・・・」

 

歪んだ表情をしている瑠奈と違い、破壊者(ルットーレ)の表情は穏やかだった。だんだん意識が遠ざかっていくような奇妙な浮遊感を感じる。互いの体を貫きあっている2機の機体。その双方の機体のエネルギーが暴走し始めているのか、青白いプラズマが全身をかけていく。

 

そして爆発が起こる刹那、真っ白となった視界に少年と少女の姿が映る。楽しそうに手を差し出してくる長い黒髪の少年とそれを優しい笑みで見守っている白髪の少女。

 

「そうか・・・雄星、小倉瑠奈。あなた方と出会えたことが・・・・俺の・・・・」

 

目から一粒の涙が流れ出た瞬間、ゼノンとエクセリアが大爆発し、この前方デッキを吹き飛ばす。そのままバランスを失った飛行船は炎を放ちながらゆっくりと海に沈んでいく。だが、その飛行船がどの海域に沈んだのかは目撃者がいないこの状況では誰もわからない。

 

目撃者もいなく、見送り人も存在せず、少年とその機体は全ての役目を終え、静寂で深刻の海へ沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝日が昇り、海面が鮮やかに煌めき始める朝。そんな太平洋の海の上空数十メートルにまるで母親の中にいる胎児のように蹲っている機体があった。動くこともなく、助けを求めることもなくただ静かにこの空を漂っている。そんな機体に接近していく機体があった。

 

『ようやく見つけました・・・・』

 

翼が生えたケンタウロスのようなフォルムをした機体ーーーーエストのミステックであった。この機体の微弱な機体反応を感知し、こうして迎えに来たのだが、お世辞にも喜ばしいとは思えない。機体にある生体反応は1つだけ、彼女は彼の忘れ形見だ。

 

『っ・・・雄星・・・・』

 

機体に触れた瞬間、装甲が光の粒子となって消え去り、1人の少女が姿を現す。やさしく受け止めると、落ちないように優しく抱きしめる。

 

『さあ、帰りましょう・・・・刀奈様。皆が待っています』

 

今の現実は彼女にとって辛く悲しすぎるかもしれない。だが、どんなに痛くても、悲しくても生きていくしかないのだ。天馬に似たフォルムを持つその機体は心身ともに深く傷ついた1人の少女を抱きかかえ、昇り始めた朝日に向かってゆっくりと飛び立っていった。




評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ

後日談です。
この小説が少しでも皆様を楽しませることができたのならば幸いです。応援ありがとうございました。


9年後

 

 

空に広がる雲1つない快晴の日差しが陽気な休日を照らしていく。周囲のカラフルな花弁をした花が風にそよがれて揺れ、甘い花粉を周囲に散らす。その日差しで育てられたこの綺麗で可憐な花畑の中を眼鏡をかけたセミロングで水色の髪をした女性が歩いていた。

 

町から離れ、周囲には花畑と野原が広がっている静かな場所。しばらく歩いていると、1つの小さな家が見えてくる。そこで『彼女達』は暮らしていた。

 

「?」

 

すると、花畑の中で白くて丸い形状の物体がある。近づいてみると、それは日向ぼっこをしながら静かな寝息を立てている一匹の白猫であった。優しく頭や首筋を撫でると、気持ち良いのか喉を鳴らしながら猫耳がピクピクと動く。

 

「サイカ」

 

名前を呼ぶとビクッと体が震え、少しずつ目が開かれる。そのまま大きな欠伸をすると、自分の頭を撫でている女性の手をペロペロと舐める。

 

「久しぶりだね・・・」

 

甘えん坊な猫を抱っこして再び歩き始める。しばらくは女性に抱っこされて嬉しかったのか、ニャアと甘声を出していたが、女性が家に到着したころには暖かな日差しに当てられて再び眠気に襲われてしまったのか、腕の中で眠ってしまっていた。

 

「ふふっ・・・」

 

いつまでたっても変わらない呑気でマイペースな愛猫に小さく微笑むと家のインターホンを鳴らす。だが、いつまでたっても反応がない。

 

「・・・・・・」

 

繰り返し鳴らすがそれでも一向に反応がない。ドアに手を掛けてみると、鍵はかかっておらず簡単に開いた。つまり、家の主が留守ではないということだ。

 

「もう・・・・」

 

呆れたような声を漏らすと、『おじゃまします』と言って家の中に入る。玄関に入ると廊下の奥のリビングからカチャカチャと物音が聞こえてきた。

 

「いるんだったら、出てよ・・・・」

 

「ここは簪ちゃんの家でもあるんだからインターホンなんか鳴らす必要なんてないわよ」

 

「でも、いきなり家に入るのも無礼だし・・・・」

 

どこまでも真面目な妹の簪に料理中の刀奈()は笑いかける。だが、姉妹である2人は大きな違いがある。二十歳を超え、1人の大人らしい姿となった簪と違い、姉である刀奈はあどけない容姿の少女のままであった。おそらく、何も知らない人間に刀奈が姉といっても誰も信じないだろう。

 

それも仕方がないのかもしれない。彼女の体は9年前からーーー16歳の頃から外見は何も変わっていない。唯一変わっていることといえば、昔は短髪であったのに対し、今は髪を伸ばし背中を覆い隠すほどの長さになっていることだろう。だが、髪が伸びただけでも奇妙な魅力が刀奈にはあった。

 

「いいのかな・・・・私、そんなに家に帰れないんだよ・・・・?」

 

「私にとってもあの子(・・・)にとっても簪ちゃんは大切な家族よ」

 

「そういえば、衣音(いおん)は?やっぱり部屋にいるの?」

 

「ええ、ちょうど紅茶とお菓子ができたからあの子を呼んで来てくれる?」

 

「うん・・・」

 

腕の中に寝ているサイカを優しく日光の当たるフローリングに置き、階段を上がっていく。すると、鮮やかなピアノの音色が聞こえてきた。音源と思われる部屋のドアを開けると、電子ピアノの鍵盤に指を走らせている1人の小さな少年がいた。

 

年齢は7,8歳ほどだろうか。そんな幼い外見なのに対し、奏でられる音色には一切の間違いはない。その少年の名前は小倉衣音(いおん)。刀奈の子供にして、簪の(おい)だ。

 

「衣音」

 

「え・・・あっ、簪お姉ちゃん!!」

 

簪の姿を見た途端、嬉しそうな声を出して抱きついてくる。その喜びはまるで親に久しぶりに再会した子供の様だ。いや、姉弟や父親がいない衣音にとって簪も刀奈と同じ数少ない家族なのだ。だが、家族といっても衣音の顔は父親似であまり刀奈や簪と似ていない。唯一の似ているところと言えば、刀奈や簪と同じように綺麗な水色の髪の色というところだけだろう。

 

「帰ってたんだ!!お帰りなさい」

 

「ええ、ただいま衣音」

 

目をキラキラさせている衣音の頭を優しく撫でると、嬉しそうに笑い声をあげる。

 

「お母さんがお茶とお菓子を作っていてくれたから、下に行きましょ?」

 

「本当っ!?じゃあ急ごう!」

 

お菓子やおやつに簡単に釣られる年相応の反応をし、簪の手を引いてリビングへ降りていく。下では既にテーブルにはお茶とお菓子が並べられていた。

 

「ほらほら、座って」

 

椅子に座った簪の膝の上に衣音が座る。簪の膝の上が昔から衣音の特等席だ。簪も膝の上に衣音がいることが嬉しいらしく、腹部に腕を回してギュッと抱きしめる。まるで恋人のような行為だ。

 

「こーら、簪ちゃんが困っているじゃない」

 

「いいんだよ、僕は将来簪お姉ちゃんと結婚するんだから」

 

「無茶いわないの、簪ちゃんもまんざらでもない顔しないの」

 

「し、してない・・・よ?」

 

平穏で微笑ましい日常の風景。すると、家のインターホンが鳴り響く。

 

「僕が出るよ。簪お姉ちゃんとお母さんはここで待っていて。ほら、サイカいくよ!」

 

寝てばかりで動かないサイカの体を抱っこして、玄関の方へ歩いて行った。その光景を見届けると、刀奈は着用していたエプロンで手を拭き、簪と対面する形でテーブルに座る。

 

「衣音・・・いい子に育ったね・・・・」

 

「そうね・・・私としてはもう少し手のかかる子でも良かったんだけど、やっぱりあの人の子なのかしらね・・・・」

 

可愛らしい外見とプロ顔負けのピアノの伴奏。それは父親・・・・いや、正確に言えば精子提供者の遺伝子から引き継がれたものだ。

衣音は自然的な方法で生まれていない。あの子はとある男性ーーーいや、少年の精子とその義姉の少女の卵子、そしてその受精卵を刀奈の体内で人口着床手術されたことによって生み出された3人の遺伝子をもつ子だ。

 

本来は倫理や道徳などで問題となる行為だが、9年前刀奈はその手術を当時高校2年生であった16歳で体験し、翌年の17歳で出産し一児の母親となっている。なぜこうなったのかは刀奈自身も分からない。この実験を行った組織は消息不明となっており、今でも多くのことが謎になっている。

 

もちろん、まともに育てられる自信もなく、この命は人工的に作られたものだ。中絶しようとも考えたが、当時自分を救うために戦い、そして消えていった愛しき者の忘れ形見であるこの子を刀奈はどうしても殺すことが出来なかった。

 

悩んだ末に刀奈は衣音を出産、高校生にして母親となった。その決断は今でも間違っていないと思っている。事件直後、ショックと悲しみでまともに食事もとれなくなり、一日中泣き続け、体力の限界となっては力尽きるように眠り、起きてはまた泣くの繰り返しの日々。

 

栄養剤の点滴によって餓死はなかったが体中がやせ細り、心は弱っていく一方だった。そんな絶望の状態で生きていくためには希望が必要であった。それがたとえ歪なものだとしても。苦悩の末に出産したが、その苦悩はすぐに吹き飛ぶことになる。

 

産まれてきた子が彼にそっくりだったのだ。自分を救うために全てを擲ち、散っていった少年に。それを見た途端、全てがどうでもよくなってしまった。世間体も周囲の目もどうでもいい。この子がいてくれるだけで自分は幸せだ。それを実感するたびに絶望の時とは違う涙をよく流したものだ。

 

だが、高校生にして母親となった以上、刀奈は高校を中退しなくてはいけない身だ。当時、留年という処置から自主退学という処置変更を学園側に申請したのだが意外なことに、学園側の返答は『現在、国家による事件の取り調べによって手一杯のため受託できない。しばらく経ってから再申請しろ』とのことだった。

 

確かに事件後で騒がしいのはわかるが、そこまで切羽詰まっている状態だったのだろうか。ともあれ、それでは勝手に退学するわけにもいかず、ひとまず留年という処置を受け入れ、進級した簪をクラスメイトとした2回目の高校生2年生の生活がスタートした。

 

だが、やはり衣音がいることに対しての批判的な周囲の目は少なくなかった。だが、それと同時に簪をはじめとした同級生やサイカ、そして従者たちによる応援の声があったのも確かだ。おそらく、1人だったら何もかも投げ出してしまっていたほどの重い重荷、それとたくさんの人に支えられたからこそ自分は胸を張って暮らしていけたのだろう。

 

昼間の授業中の時は衣音を医療室に預け、休み時間や放課後はまっすぐ向かい、親子の触れ合いの日々。その幸せいっぱいで優しい日常は少しずつボロボロで傷だらけだった刀奈の心を癒していった。だが、暮らしていくうちにおそらく、学生ならば誰もが苦悩する問題に直面した。

 

学園を卒業した後の進路だ。成績優秀であった刀奈は進学を薦められたが、進学して大学に通うとなると、衣音の面倒は誰が見るのだろうか。いや、根本的な話、衣音は自分なんかといて幸せになれるのだろうか。こんな弱くて脆い自分がこの子と釣り合うとは思えない。

 

幸いなことに自分の代わりとなる人物はたくさんいた。『この子を必ず幸せにすると誓いますわ!!だからお願いします、この子をわたくしに下さい』と勢いよく頭を下げたイギリスのとある貴族の令嬢に、『こいつは将来立派な男になるだろう。それでどうだ?こいつをわがドイツ軍に預けてみないか?私が育て上げよう』となぜか自信満々の表情で提案してきた眼帯ドイツ軍人。

 

その選択肢に苦悩している時、とある事件があった。別に事件と言ってもそんな深刻な出来事というわけではなく、簪と一緒に衣音をお風呂に入れていると、衣音が簪の乳房を刀奈のもとの勘違いして吸い付いてしまったのだ。

 

未知の刺激に裏返った声を出してしまう簪と可笑しな出来事にふふっと笑ってしまう自分。それ以来、やはり衣音は自分が育てていくと強く決心した。もう人口着床や人工受精など関係ない。衣音は自分の腹から生まれてきた子だ。ならば、自分が育てていく。

 

大学への進学を急遽辞退し、衣音を跡取り息子として利用しようとしていた実家とも絶縁。小倉刀奈として、1人の少女としての静かな暮らしを手に入れた。幸いなことに夫が残した莫大な財産とこの別荘があり、生活が安定するのもそう難しくはなかった。

 

「ねえ、お姉ちゃん」

 

「ん?何?」

 

「お姉ちゃんは・・・・その、再婚とかしないの?」

 

この家で住んでいるのは刀奈と衣音、そしていつも寝てばかりのサイカだけで、簪も仕事でたまにしか帰れていない。兄弟や父親がいない2人だけでは少々寂しいだろう、もちろん刀奈もそれは感じていたのだが、ここに引っ越してきて以来、交際や結婚はすべてお断り状態だ。

 

「私はずっとあの人の帰りを待っているの。だから、ほかの人と結ばれるつもりはないわ」

 

年不相応の美貌を持つ刀奈が町を歩いて入れば、声を掛けてくる男は少なからずいた。一回だけだが、求婚もされたこともある。だが、その男の目をみれば、自分の身体と財産を狙っていることは一目瞭然だった。それ以来、人との関わりを無意識に避けているのだ。

 

「いっそのこと、将来、大人になった衣音を簪ちゃんがもらってくれたら安心なんだけどね・・・・」

 

「お姉ちゃん、倫理」

 

心配症の末期症状のゆえか、奇想天外すぎる提案にツッコミをいれるが、まんざらでもない様子だ。すると、玄関にいっていた衣音がサイカを抱っこしながらリビングへ戻ってきた。

 

「衣音、どんな人が来てたの?」

 

「ええっと、何か変なお兄ちゃんだった」

 

「変なお兄ちゃん?」

 

「うん、髪が長くて片目が紅く輝いていて・・・・なんでか分からないけどその人にいつも寝てばかりのサイカが妙に懐いていたんだ。それで『小倉刀奈っていう女性はいるかい?』だって」

 

身に覚えのない来客にしばらく考え込む。だが、呼ばれた以上はいつまでも待たせるわけにはいかないだろう。衣音を簪に任せ、出迎えに行く。

 

「はい、私に何か用ですか・・・・っ!?」

 

そう言い玄関に出た時、声が止まる。刀奈を呼んだのは10代と思わしき1人の少年であった。顔は中性的で長い髪、左目には鮮やかで美しい紅い瞳。そして自分と同じ9年前から全く変わらない外見。

 

「っ・・・うぅぅ・・・ぐすっ・・・」

 

なつかしさを通り越して、安心感すらを感じさせる彼の姿を見た途端、目から涙があふれ出てしまう。彼の前で情けないと思ってはいるが、刀奈の気持ちとは反対に涙は止まらない。頬を伝う涙を拭くよりも早く歩みを進めると、少年に抱きつく。

 

「グスッ・・・おかえりなさい・・・・」

 

嗚咽や涙でまともに話せない様子の言葉に反応したように少年もゆっくりと刀奈の体を抱きしめる。それと同時に、外の花畑の中で静かに佇んでいた赤と白のカラーリングをした少年のものと思われる人型の機体が光の粒子となって消えていく。

それは少年が武器を捨てて生きていくことができた瞬間であった。

 

 

 

今まで数え切れないほどの困難があった。終わらない悲しみと苦しみ。だが、人の歴史が繰り返すように福音は告げられた幸福と祝福を繰り返させる。ひとまず、これでこの物語は終わりを迎える。しかし、それは新たな物語の始まりでもあった。

 

運命に定められた少年は父親から力を、母親からは優しさを受け継ぎ、守るべきもののために戦い続ける。だが、それはまた別の物語。

 

これまでのどんな苦悩や困難にも負けず、挫けず、諦めず、『それでも』といい立ち上がり続けた今までの自分に、そして学ばせてもらった全ての方々に感謝します。

 

END

 

 




また別の作品でお会いしましょう。
評価や感想をお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。