咲-side story- C (小鍛治健夜)
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渇きー小鍛治健夜編ー
Ep.5『渇き』一本場


退屈……いや、そうじゃない。麻雀であればなんであれ楽しいし、勝てば嬉しい。それは、麻雀を始めた頃から何も変わってなんかいない。でも、どうして私は麻雀を打っている自分があまり好きではないのだろう?

 

健夜「一打に重みを昔程感じなくなって、軽く薄いものと考える。けど、そんな舐めた姿勢でも負ける事がない。子供の頃の私が今の私を見たら怒るんだろうなぁ」

 

と、マンションの一室で独りごちて「今も若いよ!」と歳を気にする声がこだました。彼女が呟くには幾つかの理由があった、一つは昨日のプロリーグ二部での試合の事。

 

健夜「私はまた、過去の過ちを繰り返す所だったんだよね……今回は国ではなくチームの威信を背負ってだけど」

 

リオデジャネイロオリンピック、競技種目麻雀女子個人戦の決勝ー、彼女は強さのあまりに相手選手から勝負を逃げられて、一人の選手が三位確定の和了りをしてオーラスを二位で終了した。その時、一位との差は7600点であり、健夜の手牌は四十符三翻の手を張っており、他家の何処からでも和了れるものだった。然し、結果は三位の子が見え見えの染め手している所に四位の親が振り込んだ。一位の選手は配牌から国士を目指し、序盤が終わる頃に字牌等を切り出し、勝負の場から離れた。後に、見た牌譜では配牌では国士において4種5牌というものであり、最初から降りを目指していたのだと見て取れた。

 

健夜「気付くのが遅かったら、また私は無様に敗着したんだろうな。喪失感とは違う、虚無感に似たあの感覚を覚えながら」

 

勝負をしてもらえないのは、どんな競技であろうとよくある事。然し、それを思考の一端にも入れずに勝利を目指せば足元を掬われる事ぐらい分かっていたはずなのに。同じ事を昨日の対局でされそうになった。全ては、自分の強さによる慢心のせいで。

 

健夜「でも、仕方がないんだよ。私は強いんだもの、負けないんだもの。周りが弱すぎるんだよ、勝ちたいと言うのに努力も並程度にしかしてないくせに。……楽しい、って言える麻雀を最近打ってないな」

 

詠ちゃんやはやりちゃん達とリーグが違って当たれないしなー、と。あの頃はまだマシだった、勝てなくても獰猛に勝ちを狙う姿勢、しつこい程の勝ちへの執着心を持った相手がいたから。三尋木詠、瑞原はやり、野依理沙、石飛閑無、白築慕達がいたから。今の周囲は私が相手だと、諦め、妥協し勝ちを狙う事はしない。戦略的に正しい事をしているのかもしれないけれど、私のしたい麻雀ってのはもっと違ったものだったはずだ。十数年前のインターハイは本当にドキドキして、手に汗を握った勝負をする事が出来ていたのに。

 

健夜「赤土さんもプロリーグに来たのに、私は二部で彼女は一部だから打てないし……私は麻雀を打ちたいのだろうか?」

 

恒子「そろそろ、語り口調の独り言やめない?なんか、見てて凄い哀愁を感じてよりアラフォーっぽくみえるよ?」

 

健夜「アラサーだよ!!」

 

恒子「でさー、思うんだけどなんですこやんは一部に戻らないの?地元のチームには十分、恩は返したでしょ?」

 

そう、福与恒子に尋ねられ健夜は答えに困窮する。今までも、それは自分で聞いた問いだ。けれど、答えは出なかったし、それで良いと思っていた。本当は一部に戻って、熱く勝負をしたいのかもしれない、心の底から思っているのかもしれない。でも、それと同時に思うことがあった。

 

健夜「私はもう、麻雀で第一線に立とうとは思ってないんだよ。多分。それに、私が卓に着けば離れていく人がいるんだよ。……中には、復帰してくる人もいるけど。でも、それは少数」

 

大半は牌を二度と握らないんだ、と渇いた笑いを交えて語る。それが、どうしようもなく辛いし悲しいのだと付け加えて。

 

恒子「すこやん……」

 

よし、と。恒子は日本酒の瓶を持って、健夜のグラスに注ぐ。自分のグラスにも注ぎ、グラス同士が口付けを交わし乾杯とする。今日は、二人酔い潰れるまで呑もうと。そして、夜は更けてゆく。

 



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