クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 アムネシアの少女 (気まぐれキャンサー)
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主人公&パラメイル


主人公のプロフィールとパラメイルの紹介をします。


名前 フィオナ アルゼナルにおける名前。命名者はジル。本名は不明。

 

性別 女性

 

年齢 16歳 外見から推定。実年齢は不明。

 

身長 160cm

 

身体的特徴 白いロングヘアー 左が赤、右が青のオッドアイ 左利き

 

3サイズ B88 W57 H82

 

役職 第一中隊突撃兵

 

イメージCV 花澤香菜

 

 

 本作の主人公。ある無人島の砂浜で目覚め、起きた時には自分の事を含めた全ての記憶を失っていた。同じく砂浜にあったパラメイル『アルテミス』に触れて、世界の事とアンジュ達の事、これから起きる出来事を知る。また、操縦桿に触れただけでパラメイルの操縦を一瞬でマスターし、その腕はエースライダーに匹敵する。身体能力も高く、並みの相手なら軽くあしらえる。

 

 基本的には明るく前向きな性格。同年代や年下の子にはタメ口だが目上の者には敬語を使う。但し、軽蔑や嫌悪感を抱く相手には目上でもタメ口を使う。気性は大人しいが高圧的な相手でも1歩も引かない等、芯は強い。感情的になる事はあまり無く、怒る時も冷静に相手を諭す様に怒る。反面、自分の問題や悩みを誰にも打ち明けず1人で抱え込む傾向がある。

 

 可愛い物が好みで下着やパジャマは少女趣味。逆にアダルト(大人)な物には抵抗感がある。動物は好きだが、虫は苦手で特にゴキブリは音や気配だけでも泣くほど怯える。家事は掃除や洗濯はでき、料理は簡単な物なら作れるが、技術を要する物は苦手。

 

 彼女の出生と失われた記憶には大きな秘密がある・・・

 

 

 

機体名 アルテミス

 

型番 AW-GTX008(FN)

 

頭頂高 7.7m

 

全高 8.2m

 

重量 4700kg

 

推力 165kN

 

武装 凍結バレット発射ガン

 

   対ドラゴン用アサルトライフル

 

   アサルトブレード「カラドヴォルグ」

 

   遠近両用チャクラム「ルナ・ソーサー」

 

 フィオナが目覚めた無人島の砂浜で見つけたパラメイル。装甲色は白と黄色のツートンカラー。間接部は銀色。外見はヴィルキスに酷似しているが性能、出力はヴィルキスを格段に上回っている。フィオナにしか扱えず、他の者では操縦するのがやっとでアサルトモードにする事も出来ない。フィオナが触れると世界や未来の映像が見えたり、彼女の持つペンダントに共鳴する様に性能が向上する等、謎の多い機体である。

 

 だがアルテミスはまだ完全な覚醒には至っていない・・・

 

 

専用武装

 

アサルトブレード「カラドヴォルグ」

 

 アルテミスの近接武器。鋭利な直刀に金色の柄。柄には握り拳大の紫色の宝石が装飾されている。硬度、切れ味はスクーナー級を真っ二つにし、ガレオン級の鱗を軽々と切り裂けるほど。アルテミスのメインウェポンである。

 

遠近両用チャクラム「ルナ・ソーサー」

 

 アルテミスの腰部に装備されている二対一体の武器。汎用性は高く手に持って直接切り裂いたり、遠距離の敵に当てる投擲武器にもなる。投げてもブーメランの様に戻ってくる。しかし切れ味はカラドヴォルグよりも劣る為、サブウェポンといった所。

 

 

 

 




蛇足な部分もあるかもしれませんが納得してもらえると幸いです。


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序章
プロローグ


 これがハーメルンのデビュー作で初投稿になります気まぐれキャンサーです。拙い部分もあるかもしれませんが、目を通して頂けると嬉しいです。


 「んっ・・・あれっ、ここは?」

 

 強い日差しを浴びて、少女は目を覚ます。身体を起こし、少女は辺りを見回す。そこは見慣れない場所だった。青い海に緑の樹々、そして白い砂浜。

 

 「な、なんで私、こんな所にいるの?」

 

 少女は戸惑う。当然だ。自分にはここにいる身の覚えが全くなかったのだから。

 

 「こんなのおかしいよ。だって私は・・・え?」

 

 少女はここにいる前の事を思い出そうとしたが、

 

 (私、前はどこにいたんだっけ?いや、それよりも・・・)

 

 「私は・・・誰?」

 

 少女はどこにいたかは元よりも何も思い出せないでいた。家族の事はおろか、自分の名前すらも。

 

 「どうして!?なんで何も思い出せないの?ねえ、誰か教えて!ここはどこなの!?なぜ、私はここにいるの!?私は・・・いったい誰なの!!??」

 

 少女は悲鳴に近い叫び声を上げる。目からは涙も滲んでいた。だが、少女の問い掛けに答える者は誰もいなかった。

 

 しばらくすると、少女は落ち着きを取り戻し始める。

 

 「なんか、叫んだら落ち着いてきたな。冷静になろう。正直、分からない事だらけだけど悩んでても仕方ないよね。それよりもまずは、ここがどこなのかを把握しないと」

 

 少女はとりあえず、辺りを軽く散策してみることにした。砂浜を抜け、森の中を歩いてみたが小さい森で迷うほど広くはなかった。そして、森を抜けた先にあったのは、

 

 「また砂浜だよ・・・」

 

 やはり、そこは砂浜だった。先ほど自分がいた所と代わり映えのない風景が広がっていた。

 

 「う~ん。見たところ、ここは島みたいだね。でも、人の気配はなかったし無人島かな、って、ん?あれはなんだろ?」

 

 砂浜の方に見慣れない大き目の物体があったので少女はそこへ行ってみた。近くに行くとそれは、

 

 「なにこれ、ロボット?」

 

 果たしてそれは、見た事もない変わった形をしたロボットの様な乗り物だった。全体が白と黄色でコーティングされており、操縦席らしき部分もある。そして、極め付きは、

 

 「先端に付いているコレ、機関銃だよね・・・」

 

 誰が見てもこれは兵器である事が分かる物がそこにはあった。

 

 「何なのかなこれ?どこかで見た事がある様な気もするけど・・・」

 

 そう言いながら、おもむろに機体のボディに手を触れてみた。すると、

 

 「!? な、なに。一体、何が起きているの!?」

 

 少女のいた世界は急に真っ暗になった。そして彼女の周りにいくつもの映像が現れた。それはこの世界の事。そしてその世界で生き、数多の戦いを繰り広げてきた“ある少女”と彼女を取り巻く人々が織り成す群像劇。

 

 

 舞台はとある世界。人間は“マナ”と呼ばれる不思議な力を行使できるようになりそれにより世界から貧困、格差、暴力、差別が失われ人々は平和を謳歌していた。

ミスルギ皇国の第1皇女である“アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギ”もまた家族に愛され、国民に慕われて幸せな人生を送っていた。

 

 だが、そんな彼女の人生は16歳の洗礼の儀の日に大きく変わる事となる。洗礼の儀の最中、兄である“ジュリオ・飛鳥・ミスルギ”によって彼女がこの世界にとって異分子である存在、“ノーマ”である事が明かされる事となる。

 

 ノーマ。それは人間ならば誰もが使える筈のマナを行使できず、マナを無力化する存在。女性にしか生まれないソレは、世界の平和を脅かす存在として人々から忌み嫌われていた。

 

 ノーマである事が発覚したアンジュリーゼは一瞬にしてミスルギ皇国の敵となってしまい、父親であり皇帝の“ジュライ・飛鳥・ミスルギ”は国民を欺いたとしてジュリオによって皇帝の地位を剥奪、拘束されてしまい、母親である“ソフィア・斑鳩・ミスルギ”もまたアンジュリーゼを庇い、命を落してしまう。

 

 かくして、アンジュリーゼは皇女としての身分だけでなく実の名前すらも失い、世界中のノーマが集められる場所、“アルゼナル”へと送られる事となる。そして、そこで彼女は“アンジュ”として世界の脅威である存在、“ドラゴン”を“パラメイル”と呼ばれる兵器を使い戦って倒していく一兵士として生きていく事となってしまう。仲間との衝突、残酷な現実を目の当たりにし、悩み傷つきながらもアンジュは戦い、生きる。己の信じるものの為に。

 

 

 「アンジュ・・・なんだろう。この子、初めて見る子なのにどこか懐かしい」

 

 アンジュの波乱に満ちた人生の始まりと結実までのクロニクル。そして彼女を取り巻く人々が織り成す群像劇。まるで映画の様な内容に少女の心は奪われていた。少女の目にはいつの間にか涙が零れていたがそれすら気にならない程、少女は映像に魅入られていた。やがて映像は消えてなくなり、少女の目の前には元の世界が広がっていた。

 

 「つまり、ここはアンジュという子が暮らす世界。そして、これは彼女と仲間達が乗っていたパラメイル。でも、どうしてそんなのが出てきたんだろう?それに結局、私自身の事は分からず終いだし」

 

 少女は疑問に感じたが考えても仕方ないと頭を切り替える。そして、ある事を試してみる。

 

 「もし、ここが今見た世界だとしたら私はどっちになるのかな?人間かノーマか、試してみないと」

 

 少女が辺りを見回すと浜辺に手頃な枯れ枝が落ちていた。

 

 「よし、あれで試してみよう。えっと、確かマナを使う為には・・・」

 

 少女はそう言うと枯れ枝に向かい手を掲げ、

 

 「マナの光よ!」

 

 と叫ぶ。しかし、

 

 「あれ、何も起きないな。じゃあ、もう1回。マナの光よ!」

 

 再び叫ぶもやはり枯れ枝は転がったままで何も起こらなかった。

 

 「マナが使えないという事は、私ノーマなんだ。まあ、使ってた記憶もないから使えたら使えたでビックリしたけど」

 

 少女は得心すると、これからの事を考える事にした。

 

 (さてと、これからどうするかな。ノーマとなると行ける場所は限られる。ミスルギ皇国なんて論外だし、ローゼンブルム王国も安全とは言い難いよね。他の国もまた然り。となるとやはり・・・)

 

 「アルゼナルしかないよね・・・」

 

 少女はため息を吐きながら結論を出した。

 

 「正直、ドラゴンと戦うのは嫌だけどノーマが暮らせるのはあそこだけだしね。問題はどこにあるのかとどうやって行くかだけど」

 

 そう言うと少女は先程のパラメイルに目を向ける。

 

 「やっぱりこれを使って行くしかないのかな」

 

 少女はパラメイルに近づくとコクピットに乗り込む。しかしある事を思い出す。

 

 「ちょっと待って。よく考えたら私、パラメイルに乗った事ないよ。動かせなかったら意味ないじゃん!」

 

 アルゼナルに行く事ばかり考えていた為に肝心な事をすっかり忘れていた。少女はどうしようかと思い操縦桿を握ってみた。

 

 「!? えっ、今度はなに!?うっ!!」

 

 操縦桿を握った途端、先程と同じ様な映像が今度は頭の中に直接流れてくるような錯覚に襲われた。しばらくして、それが終わる。すると、

 

 「どういうこと?私、分かる。これ、動かせるよ・・・」

 

 ついさっきまで分からなかったパラメイルの操作方法を一瞬の内に理解した自分がそこにいたのだった。ふと、彼女は自分の姿を確認してみると、

 

 「あ!今まで気付かなかったけど私が今着ているの、ライダースーツじゃない」

 

 そう、彼女が身に纏っていたのはメイルライダーがパラメイルに騎乗する時に着るライダースーツその物だった。

 

 「うう、今更ながらこれってけっこう布地の面積が少ないよね。恥ずかしい。ん、これは?」

 

 恥ずかしがっていると足元に何かある事に気付いた。それは手鏡だった。ふと、中を覗き込むと、

 

 「えっ!?こ、これが私なの?」

 

 そこには自分の顔が写っていたのだが、それはとても普通とは言いがたいものだった。まずは髪。背中まで伸びたロングヘアーなのだが問題はその色だった。

 

 「何これ、すごく真っ白・・・」

 

 彼女の髪の色は雪の様に白く、まさに純白といっても過言ではない色だった。世界広しといえでも、ここまで白い髪はそうはないだろう。

 

 極め付きは彼女の眼だった。普通に見えてはいるのだが、

 

 「目の色が片方ずつ違う・・・」

 

 そう。目の色が左右違っているのだ。左目は炎の様な赤色で右目は海の様な青色なのだ。いわゆるオッドアイと呼ばれるものである。病気でなってしまう人もいるが中には生まれつきという珍しい例もある。

 

 しかし、異質だったのはこの2点のみで全体から見れば彼女の顔はとても整っており、美少女と呼ぶに相応しかった。

 

 「あれ、これって?」

 

 少女が自分の首に掛かっている物に気がつく。

 

 「ペンダント?」

 

 それはペンダントだった。先にはとても綺麗な宝石が付いていた。

 

 「なんかこれ、心なしかアンジュがお母さんから貰った指輪に付いている宝石に似てるような・・・」

 

 何かとは思ったものの後で考えようと思い、今はアルゼナルへ向かおうとパラメイルを動かす準備をする。先程、頭の中に流れてきた映像の手順に従って準備をし、起動させてみる。すると、操縦桿の所にあるメインモニターが光を発するとそこに映像が映し出された。

 

 「あ、何か出てきた。これってこのパラメイルの名前かな?“ARTEMIS”

アルテミス?何だろう、どこか懐かしい様な・・・ってうわ!」

 

 少女が考えているとアルテミスは砂浜から浮き上がり始めた。辺りに砂埃が舞うとアルテミスは地面を離れ、たちまち島全体が見渡せるほどの高度にまで上昇した。

 

 「へぇ~、こうして見てみると私がいた島って結構小さかったんだね。さてと、準備は整ったし、アルゼナルへ行くとしますか!」

 

 少女は中にあったヘルメットをかぶると操縦桿を握り、アルテミスを発進させた。

 

 「うわっ!すごいGだよこれ。だけど、なんだろう。この機体、まるで自分の体みたいにとても馴染む」

 

 発進した時のGに戸惑いながらもその後は問題なく操縦する事ができた。まるで、今までもずっと乗ってきたみたいに動きに無駄がなかった。

 

 (自分が何者でどうしてこうなったかは分からないけれど、私はこの世界で生きていくんだ!だから・・・)

 

 「だから、待っててね。アルゼナルとこの世界のみんな!」

 

 少女はそう言うとアルテミスで空を駆け、自分が目覚めた島を後にするのだった。

 

 

 地に堕ちた皇女と記憶を無くした少女。2人が出会い交錯するとき、世界の、運命の歯車は静かに回り始める。

 




 初投稿で至らない部分もあるかとは思いますが、読んでいただき、出来れば感想も頂けたらなと思います。続きも是非楽しみにしていてください。それでは

 追記 内容を一部変更しました。


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第1話 出会い

 2話目が出来たので投稿します。意外な人物が登場するので是非、楽しんでください。


 「さて、アルテミスで出発したは良いものの・・・」

 

 少女は今、最初に目覚めた島とは別の島にいた。なぜここにいるかというと、

 

 「見つかんないよ!アルゼナルぅ~~~!!」

 

 少女は迷子になっていた。島を発ってから半日ぐらい海の上を飛んでいたのだが、アルゼナルらしき建物のある島はなかなか見つからなかった。

 

 「う~、海の上を飛んでいればその内見つかるかなと思ったけど、これだけ探しても見つからないとは。アルゼナルなのにどこにもナイゼナル・・・なんて言ってる場合じゃないよね。はぁ・・・」

 

 少女はため息を吐くしかなかった。アルテミスの燃料にはまだ余裕はあるものの、このまま無計画に飛び続けていてはやがて燃料切れになり、墜落するのは必至。その為、休憩を兼ねてこの島に降りたのだった。幸いここも無人島だった為、騒ぎになる事はなかったがアルゼナルへ行く見通しは立ってなかった。

 

 「これからどうしようかな。まあ、雨が降りそうな天気だし飛ぶのは無茶だよね」

 

 少女は空を見上げる。島を発つ時は雲が殆ど無い青空だったのだが、いつの間にか雲が広がり、一雨来そうな空模様となっていた。カウルが付いていないパラメイルで雨が降る中、移動するのはキツい。アサルトモードにすれば雨は防げるが、燃料消費がフライトモードの比ではないのでこの選択もできない。何より、アルゼナルがどこにあるのか分からなければ意味が無い。

 

 「とりあえず食料を探すがてら、雨宿りできそうな場所を探そう」

 

 そう言うと少女は森の中を散策する。しばらくすると、

 

 「洞窟?でも。これって・・・」

 

 そこには洞窟があったのだが、中を見てみると居住スペースになっており、家具が一通り揃っていた。まるで誰かが住んでいるかの様に。

 

 「なんかどこかで見た事がある様な気がするけどまあいいや。休む場所は確保できたな。あとは、食料だね」

 

 それから少女は森を散策して、果物を見つけた。洞窟の中には古びていたが釣竿もあったので海で魚も釣れた。水も森の中に綺麗な泉があった。今日の分の食料も確保した彼女は焚き火をして釣った魚を焼いた。魚の焼ける匂いが辺りに広がる。やがて、いい具合に焼けた魚を口にほおばる。

 

 「う~ん、おいしいよぉ。なんか久しぶりに食べ物を口にした様な気がするなぁ」

 

 焼き魚と果物に舌鼓をうつのだった。やがて食事が終わると、

 

 「そうだ。汗もかいちゃったし、さっきの泉で水浴びでもしようかな」

 

 焚き火を消してから少女は水浴びをしに泉へ向かうのだった。

 

 

 その頃、アルテミスが置いてある海岸では、

 

 「なんだこれは?パラメイル、なのか?」

 

 茶髪の少年がアルテミスをみて首を傾げていた。

 

 (どういうことだ?ここにパラメイルの残骸が流れ着いてくる事はよくあるけど、こんなに傷ひとつない綺麗な状態であるなんて。それにこのパラメイル、どことなく“ヴィルキス”に似ている様な・・・)

 

 少年はしばらく考えていたが、

 

 「もしかして、誰かがこの島にきているのか?」

 

 そう言うと少年は森の中へ入っていく。自分が寝泊りに使っている洞窟に行き、中を調べるとそこには誰かが部屋の物を弄った跡があり、さらに近くには焚き火の跡もあった。

 

 「やっぱり俺以外の誰かがこの島にいるな」

 

 確信をもった少年はさらに森を散策してみる。すると、

 

 「♪~♪~♪」

 

 どこからともなく歌声が聞こえてきた。

 

 「これは、歌?泉の方から聞こえる。行ってみよう」

 

 少年は泉の方へ向かう。すると泉の近くにある木の枝にある物が掛けられていた。

 

 「これは服・・・いや、ライダースーツか?」

 

 果たしてそれは女性物のライダースーツだった。少年はそれを手に取ると木陰から泉の方に目を向けてみる。

 

 「♪~♪~♪」

 

 そこには1人の少女が一糸纏わぬ姿で水浴びをしていた。綺麗な歌声とすらりとした体形、背中まである白い髪が神秘的な雰囲気を醸し出していた。その姿に少年は思わず見惚れる。が、

 

 パキッ!

 

 「しまっ!」

 

 「え?誰かいるの!?」

 

 足元にある小枝を気付かずに踏んでしまい、音を立ててしまう。物音に気付いた少女が歌をやめ、少年がいる方に目を向ける。少女は泉から上がると、

 

 「いるなら出てきて。私は何もしないから」

 

 呼びかける様に言ってきたので少年は覚悟を決めて木陰から出る。

 

 「す、すまない。覗くつもりはなかったんだけど・・・」

 

 そう言いながら少女の顔を見た少年は目を見開く。少女の目の色が赤と青で片方ずつ違っているのだ。この世界でもとても珍しいオッドアイに再び見惚れる。が、

 

 「! ご、ごめん!」

 

 彼女が裸だった事を思い出し、目を背ける。しかし、少女の方も少年を見て驚いた顔をしていた。

 

 

 食事を終えた少女は泉で歌を口ずさみながら水浴びをしていた。この歌はアルテミスの操縦桿を握った時に操縦法と共に頭の中に歌詞と一緒に流れ込んできたものである。

 

 永遠語り

 

 映像の中でアンジュが歌っていた歌。これを聞いた時、少女はとても懐かしい気持ちになった。そして、この歌を覚えた少女はこれをすっかり気に入って、口ずさんでいた。

 

 しかしその最中、物音と共に気配を感じた少女は水浴びを止め、泉から上がり物音があった方へ呼びかけると少年が出てきたのだが、彼の顔を見て目を見開く。

 

 (え?な、なんでタスクがここにいるの!?)

 

 

 タスク 窮地に陥ったアンジュを救い、彼女と心を通わせる少年である。

 

 

 彼との思いがけない邂逅に驚いていたが彼が顔を背けたのを見て少女も自分の今の姿を思い出す。

 

 「! きゃあ!み、見ないで!」

 

 顔を赤くして腕で大事な場所を隠す。それから、彼女はタスクが手に持っていた物に気付く。

 

 「あ、それ私のライダースーツ。か、返して!」

 

 「あ!ち、違うんだ!これは、木に何か掛かっていたから手に取っただけで決して君を困らせようとかそんなつもりは・・・」

 

 「わかったから!お願いだから早く!」

 

 「ご、ごめん!すぐに・・・って、うわっ!」

 

 スーツを渡そうとしたタスクだったが草に隠れた木の根に足をとられてしまい、

 

 「きゃ!」

 

 目の前にいた少女を巻き込み転倒してしまう。

 

 「いたたっ。あれ、顔に何か柔らかいものが・・・!!!」

 

 タスクは何かと思ったがすぐに気付く。彼は今、少女の胸に顔を埋めるように倒れていた。

 

 「~~~~!!!!」

 

 先程から赤かった少女の顔が熟したリンゴの様に真っ赤になる。

 

 「あ、あの~。これは事故・・・」

 

 タスクは慌てて離れ弁解しようとしたが、

 

 「キャーーーーーーーー!!!」

 

 パシーーーーーーン

 

 島に少女の悲鳴と小気味よい音が響き渡るのだった。

 

 

 「あ、あの。ごめんね。私、びっくりした上に物凄く恥ずかしくなってつい・・・」

 

 「い、いや、いいんだ。俺もうれし・・・じゃない!君に迷惑かけてしまってごめん」

 

 あれから程なくして、雨が降ってきたので2人は今、洞窟にいる。もちろん、少女はスーツを返してもらい既に身に纏っている。ちなみにタスクの顔には少女が付けた赤い手形が綺麗に残っていた。だが、先程の事もあり2人の会話はどこかぎこちなかった。2人とも、顔を赤くして互いに俯いていたがやがて、

 

 「ね、ねえ。君に聞きたい事があるんだけど」

 

 「え!う、うん。何かな」

 

 タスクが訊ねてきたので少女は返事をする。すると彼は真剣な顔つきになる。

 

 「海岸にあったパラメイル。あれは君のなのか?」

 

 「うん、そうだよ。私、あれに乗ってこの島に来たんだ。アルテミスっていうんだ」

 

 「アルテミス、か。君がメイルライダーって事は、君はノーマなのか?」

 

 「う~ん。たぶんそうなんじゃないかな?」

 

 「なんか曖昧だな。っと、ごめん。急にこんな事聞いたりして。そういえば自己紹介がまだだったな。俺はタスク、この島で暮らしている。君は?」

 

 「・・・ごめんなさい。わからないの」

 

 「わからない?それってどういう・・・」

 

 「ああ、これじゃわからないよね。実は・・・」

 

 少女はこれまでの経緯を説明した。しかし彼女はアルテミスが見せた映像でタスクやアンジュ達の事を知っているのは黙っていた。これはアルテミスに乗っている時に決めた事である。

 

 「私がアンジュやみんなに会えたとしても、私が彼女達の事を知っているのは黙っていよう。信じてもらえないだろうし、下手すれば警戒されるかもしれない。みんなを騙す様で気は引けるけど」

 

 いっそのこと自分の事だけでなく、この世界の事やみんなの事も分からなければよかったのに。そう思わずにはいられない少女だった。

 

 「そうか。つまり君は記憶喪失なんだ。でも、それならどうしてパラメイルを動かす事ができたんだ?」

 

 「操縦桿を握ったら操作方法が一瞬で理解できたの。それに動かしてみたら、まるで自分の体みたいにとても馴染んだんだ」

 

 「へぇ、そんな事もあるのか。変わったパラメイルもあったもんだな」

 

 「まあ、あまりにも現実離れしてるから信じられないかもしれないけど」

 

 「いや、信じるよ。君が嘘付いている様には見えないしね」

 

 笑顔で言うタスクに少女は罪悪感が沸いた。心の中で『ごめんね』と言うのだった。

 

 「それよりも君はこれからどうするの?他に行くアテとかはあるの?」

 

 「ううん。私には行く場所もなければ帰る場所もない。だからどうしようかと思ってるんだ」

 

 本当はタスクにアルゼナルの場所を聞く事ができればいいのだがそうもいかない。アルゼナルの存在自体、世間から秘匿にされている上にアルゼナルに連れて来られるノーマは乳児であれ幼子であれ自分の意思ではなく、ノーマ管理法に基づいての強制送致。自分から行きたいなんていう物好きはまずいないだろう。そんな事をすれば不審に思われる事は必至。となれば、方法は1つ。

 

 (彼が自分からアルゼナルの事を話す様に仕向けるしかない、か)

 

 嫌なやり方ではあるが、かといって他に方法がある訳でもない。そして、少女は口に出す。

 

 「私みたいな人達がいる様な所があればいいんだけど・・・」

 

 それから少女はタスクを見る。彼はしばらく考えた後に、

 

 「あのさ。あまりお勧めはしないんだけど、君が言っていた様な所がない訳じゃないよ」

 

 「本当!?どこなの、教えて!」

 

 「うん。アルゼナルっていう孤島の施設がある。君がノーマならそこへ行くと良いと思う」

 

 「アルゼナル?」

 

 タスクは少女にアルゼナルの事を説明する。

 

 ローゼンブルム王国が管理する世界中のノーマが集められる軍事施設。そこでノーマ達はパラメイルに乗り、ドラゴンと戦う。そして、そこで一生を終える事となる。

 

 彼から聞いた事は少女は既に知っているが、あたかも初めて聞いた様に振舞う。

 

 「そんな場所があるんだ。じゃあ、そこの場所を教えてくれないかな?」

 

 「いいのか?今、言ったけど危険な場所でもあるんだぞ」

 

 「うん。でも、私には他に行くアテは無い。それにそこへ行けば何か分かるかもしれない」

 

 「そうか、わかった。でも、今日はもう遅いから明日教えるよ」

 

 それから2人は寝る準備に入る。ベッドは1つしかなくタスクに悪いと思った少女は毛布を貰って床で寝ようとしたが、タスクが『自分が床で寝る』と譲ってくれたのでベッドで寝れる事となった。疲れていた少女はベッドに入った途端、すぐに寝息を立てて眠るのだった。

 

 

 少女が寝た事を確認したタスクはそっとベッドに近づき、少女を見る。

 

 「不思議な子だな。白い髪にオッドアイ。そして記憶喪失。それにあのアルテミスという名のパラメイル。一体、何者なんだろうこの子・・・」

 

 タスクはしばらく少女を見ていたが彼女の胸に光る物を見つける。

 

 「あれ?このペンダント、どこかで・・・」

 

 タスクは思案して、ハッと思い出す。

 

 「そうだ。これは昔、アレクトラが付けていた指輪に似ている!まさか、この子もどこかの王族の関係者なのか?」

 

 タスクは疑問を抱くも結局は分からずに首を振る。それから、机に向かいペンを取り何かを書き始めるのだった。

 

 

 翌日、空には昨日の雨が嘘かの様に綺麗な青空が広がっていた。少女とタスクは海岸にいた。

 

 「それじゃ、この地図を頼りに行けばいいんだね」

 

 少女はタスクから地図を貰った。地図には自分達が今いる島からアルゼナルのあるバツ印が付いている島までのルートが記載されている。方角に関してはアルテミスにはコンパス機能が備わっているので問題ない。

 

 「そうだ。あと、これを君に渡しておく」

 

 タスクは少女にある物を手渡す。それは手紙だった。

 

 「この手紙をアルゼナルの責任者であるジル司令官という人に渡してほしい。そうすれば、彼女は君を受け入れてくれる筈だ」

 

 「そうなの?何から何まで本当にありがとう、タスク君」

 

 少女は笑顔でお礼を言う。タスクは顔を赤くする。

 

 「い、いや。礼には及ばないよ。君も早く自分の記憶が戻るといいね」

 

 「うん!」

 

 少女はアルテミスに乗り込む。起動したアルテミスは浮遊を始める。

 

 「さよならタスク君~!元気でね~!」

 

 少女はタスクに別れの挨拶をするとアルゼナルのある島を目指し飛び立っていった。

 

 「君も元気で~!いつかまた会おう~!」

 

 タスクは少女が見えなくなるまで手を振るのだった。

 

 

 少女がアルゼナルを目指し島を発った頃、ミスルギ皇国では1人の皇女の運命を大きく変える事件が起こっていた。2人の少女が出会うのはそう遠くはないだろう。

 




 タスクとの出会い。次回は“彼女達”と遭遇する事となります。楽しみにしていてください。それでは


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第2話 第一中隊との邂逅、初めての戦い

 明けましておめでとうございます。新年早々、最新話を投稿します。


 タスクと別れた少女はアルテミスのコクピットにいる。彼から貰った地図を見てルートの確認をしている。

 

 「えっと。今いるのがここだから、アルゼナルはもうすぐだね」

 

 地図によるとアルゼナルは今いる海上を越えた先のすぐ近くだった。ようやく近辺にまでたどり着けた事に少女は安堵する。が、ふと少女にある疑問が浮かぶ。

 

 「そういえば、今は一体いつ頃なんだろう?」

 

 自分が今過ごしている時期は映像で見たアンジュ達の軌跡のどの辺なのか。タスクが既に青年といえる姿だったので遠い過去ではない事は確かである。

 

 「こればかりは実際にアルゼナルに行ってみないと分からないか。はあ、こんな事ならタスク君に今は何時なのか聞いておけばよかったかな」

 

 悔やんでも仕方がないので地図を片付け、アルゼナルへ向かおうとした。その時だった。

 

 「! え!?今のは何?」

 

 突然、頭に電流が迸るような感覚に襲われる。それだけでなく、全身に鳥肌が立つ感覚も覚えた。

 

 「なんなんだろうコレ。まるで、『こっちに来い』って言われてるような感じがする・・・」

 

 何かに導かれるかの様に少女はアルテミスの方向を変えてしまう。

 

「アルゼナルはもう目の前なんだけど、行かなくちゃいけない。そんな気がする」

 

 少女はそう言うとそのまま感覚がした方向に向けて、アルテミスを発進させるのだった。

 

 

 少女がアルゼナル付近へ来る数刻前。

 

 『エマージェンシー!第一種攻勢警報発令!』

 

 アルゼナルでは職員達が右往左往していた。観測所からの通達で異世界の生物、ドラゴンがこの世界へ来る為に通るゲート、シンギュラーポイントが発現したのだ。パラメイル第一中隊の面々もまた出撃準備を行っていた。

 

 「全電源接続!各機、ブレードエンジン始動!弾薬装填を急げ!」

 

 格納庫にメカニックであるメイの声が慌しく響く。

 

 「よし、お前達!準備が完了次第、出撃するぞ!!」

 

 『イエス、マム!!』

 

 隊長のゾーラが隊員達に命令し、隊員達もそれに応えると彼女たちは各々パラメイルに乗り込む。

 

 『全機発進準備完了!誘導員が発進デッキより離脱次第発進どうぞ!』

 

 「よし!ゾーラ隊出撃!」

 

 ゾーラが出撃したのを皮切りに隊員達も次々と出撃していく。やがてゾーラ隊は戦闘区域近くまで到達する。

 

 「各機、戦闘態勢!フォーメーションを組め!」

 

 『イエス、マム!!』

 

 隊長のゾーラを戦闘に各機が陣形を組む。

 

 「ゲートが開くぞ!!」

 

 ゾーラがそう言うと前方の空間が歪み、空に穴が開いた様な状態となる。そこから一際大きいドラゴンを中心にドラゴン達が続々と現れるのだった。

 

 『ドラゴン出現を確認!スクーナー級が50。ガレオン級が1!』

 

 オペレーターがゾーラ隊に敵戦力を伝える。スクーナー、ガレオンというのはドラゴンの体躯の大きさを指す。スクーナー級は小さく、ガレオン級が1番大きくその体長は100mをゆうに超える。他にも、ブリッグ級、フリゲート級というのが存在する。

 

 「スクーナーが50!?」

 

 「マジかよ、おい・・・」

 

 「ったく、うじゃうじゃ現れやがって」

 

 重砲兵のクリスが驚き、軽砲兵のロザリーが唖然とし、突撃兵のヒルダが呆れる様に言う。

 

 「おお~!じゃんじゃんいるねぇ~!」

 

 「あらあら。これは骨が折れそうねえ」

 

 突撃兵のヴィヴィアンが目を輝かせ、重砲兵のエルシャは苦笑する。

 

 「あなた達!無駄口を叩いている暇は無いわよ!」

 

 そんな彼女達を副長であるサリアが窘める。

 

 「お前達!まずはカトンボ共を殲滅し、退路を確保する。全機、駆逐形態!陣形空間方陣!」

 

 「イエス、マム!!」

 

 ゾーラの指示で彼女を含めた全員のパラメイルがフライトモードからアサルトモードに変形する。各々武器を持ちドラゴンに向けて構えると、

 

 「ファイヤ!」

 

 ゾーラの号令と共に攻撃を開始する。スクーナー級は次々と撃墜され、海に落ちていくが50匹ともなるとなかなか減る様子が無い。対してゾーラ隊の人数は隊長を含め7人。いかにパラメイルが強力であり、ベテランパイロットを数人も擁する第一中隊といえども、次第に数で押され始める。しかもスクーナー級を殲滅させても、さらに強力なガレオン級がいるのだ。

 

 「いくら倒したって、これじゃキリがねえ!」

 

 ヒルダは愚痴を零しつつも、攻撃の手を緩めない。

 

 「隊長!アルゼナルに増援を要請した方がいいのでは?」

 

 「バカ言うんじゃないよ!アタシらは死の第一中隊だ。こんなカトンボ連中も自分達で始末できない様じゃ、いい笑いものだ。お前達!敵は確実に減っている。このまま手を緩めずに一気に行くぞ!!」

 

 サリアが進言するもゾーラは一蹴し、隊員達を鼓舞する。その甲斐あって、スクーナー級は徐々にだが減りつつあった。そんな時だった。

 

 「きゃあ!」

 

 クリスがスクーナー級に張り付かれてしまう。必死に振り解こうとするが強く絡み付いており中々、解く事ができない。

 

 「クリス!」

 

 ロザリーはすぐにでも助けに行きたかったが目の前のスクーナー級に阻まれ、それもままならない。それは他の者達も一緒だった。そして、最悪な事態に直面する。

 

 「グガアアアァァァ!!!」

 

 なんとガレオン級が魔方陣を展開し、クリスの乗る機体に向けて攻撃魔法を放とうとしているのだ。アサルトモードのパラメイルは防御力は高いが、ガレオン級の攻撃をまともに喰らえばひとたまりもない。ましてや、クリスの機体は本人がなかなか稼げない事もあり強力なカスタマイズはされてなかった。

 

 「あっ、あっ、あっ・・・」

 

 クリスの顔が恐怖で歪む。スクーナー級に絡み付かれて反撃する事も回避する事も出来ない。

 

 「クリスちゃん!」

 

 エルシャが叫ぶもどうにもならない。ガレオン級の魔方陣が光を発する。

 

 「きゃああああああああああ!!!」

 

 クリスは悲鳴を上げ、死を覚悟する。その時だった。

 

 シュバババババ!!!

 

 どこからともなく銃撃音が聞こえたかと思うとガレオン級の魔方陣は打ち消されていく。そして、クリスに張り付いていたスクーナー級もまた背後から何者かに撃たれて、海へと落ちていった。

 

 「え、な、何が起きているの・・・」

 

 何が起こったか分からず、クリスは呆然とする。ふと、振り返ってみるとそこには1体のパラメイルがアサルトライフルを構えて立っていた。

 

 

 「こっちだ。どんどん感覚が激しくなっていく」

 

 少女は感覚のする方へ向けてアルテミスを飛ばしていた。そして彼女は目撃する。

 

 「パラメイルがドラゴン達と戦っている!」

 

 パラメイルの部隊がドラゴンと交戦していたのだ。そして、1体のパラメイルがスクーナー級に張り付かれている上に前方にいるガレオン級の攻撃を今にも受けようとしているのを見つける。

 

 「大変!早くしないとあれに乗っている人が死んじゃう!」

 

 少女は急いでアルテミスをアサルトモードにする。戦うのは今回が初めてなのだが、迷ってはいられない。少女はアルテミスの武装を確認する。

 

 「アサルトライフルがある。確か、ドラゴンの魔方陣はアサルトライフルで打ち消す事が出来た筈」

 

 少女がライフルを構えるとガレオン級に向けて発砲する。それにより、魔方陣は打ち消されていった。魔方陣が消えたのを確認すると今度は機体に張り付いていたスクーナー級に向けて発砲し、これを撃ち落とすのだった。

 

 「すごい。初めてなのに分かる。私、戦える!」

 

 パラメイルの無事を確認すると少女は戦線に赴くのだった。

 

 

 「うおおお!なんじゃあ、あのパラメイルはぁ!」

 

 ヴィヴィアンがアルテミスを見て興奮して叫ぶ。

 

 「おいおい、どうなってんだよ!何だよ、あの機体は!?」

 

 突如、現れた機体にヒルダも驚きを隠せない。

 

 「隊長!あれは一体?増援を要請したんですか!?」

 

 「私はそんな事はしていない。まさか、所属不明機なのか!?」

 

 サリアはゾーラに問うが彼女は否定する。ゾーラ自身、この事にはとても驚いていた。

 

 

 一方、アルゼナルの司令部では、

 

 「戦闘区域に所属不明機が出現しました!」

 

 「所属不明機ですって!?」

 

 オペレーターの言葉に監察官のエマ・ブロンソンも驚きを隠せない。だが、司令官のジルは冷静に状況を見極めていた。

 

 (所属不明機だと?どういう事だ。なぜ、所属不明機がうちの部隊を助ける様な真似をする?)

 

 ジルは内心、戸惑いつつもゾーラに通信を繋ぐ。

 

 「ゾーラ。所属不明機の動向はどうだ。お前達に危害を加えているのか」

 

 『こちら、ゾーラ。いや、所属不明機はアタシらなんて目も暮れずにドラゴンを狩りまくってるよ』

 

 「そうか。よし、ならば今は所属不明機に警戒しつつ、ドラゴンの殲滅にあたれ!所属不明機がお前達を攻撃してきたら迎撃しろ。いいな!」

 

 『イエス、マム!!』

 

 そう命令を出すと通信を切る。

 

 「司令!よろしいんですか!?」

 

 「構わん。所属不明機の目的は分からんが向こうもドラゴンを殲滅するつもりならこっちもそれを利用してやるまでさ」

 

 そう言うジルの顔はどこか楽しそうだった。

 

 

 「落ちろおおおおお!!」

 

 少女はアサルトライフルを使い、スクーナー級を次々と撃ち落していく。スクーナー級も狙いをアルテミスに変えて襲い掛かる。やがて、ライフルが弾切れになったので武器を切り替える。

 

 「他の武器は・・・あった!これは、剣か。名前は“カラドヴォルグ”」

 

 カラドヴォルグという名の剣を構え、少女はスクーナー級の群れに突っ込んでいく。カラドヴォルグの斬れ味は抜群でスクーナー級は次々と真っ二つになって海へと落ちていく。

 

 「なんだろう。パラメイルに乗って戦っているのにまるで、自分で銃や剣を持って戦っているみたい」

 

 不思議な感覚にとらわれながらも少女は手を止めずスクーナー級を斬り伏せていくのだった。

 

 

 「すげえ。あいつ、あれだけの数のスクーナー級を1人で・・・」

 

 「いったい、誰が乗ってるんだろう・・・」

 

 ロザリーとクリスはアルテミスの実力を目にして驚きを隠せない。

 

 「ちっ、いきなり割り込んできやがって。面白くねぇ」

 

 「ねえねえ、エルシャ、サリア。あのパラメイル、すごいよぉ!!」

 

 「あらまあ。本当にすごいわねえ~」

 

 「何なの、あのパラメイルは・・・」

 

 ヒルダは面白くなさそうに舌を打ち、ヴィヴィアンはすっかり興奮していた。エルシャものほほんとしながらも驚いており、サリアは唖然としていた。

 

 「お前達!気持ちはわかるがまだ戦闘は終わってないぞ。スクーナー級はあの所属不明機に任せて我々は残ったガレオン級を落とすぞ!」

 

 『イ、イエス、マム!』

 

 ゾーラに叱咤され、サリア達は頭を切り替えガレオン級の撃墜にかかる。ガレオン級は魔方陣を展開し攻撃を仕掛けるも、ゾーラ隊の巧みな連携の前に追い詰められていく。そして、

 

 「これでチェックメイトだ、デカブツ!!」

 

 ゾーラの乗るパラメイルの凍結バレットがガレオン級の身体を貫く。ガレオン級は断末魔の悲鳴を上げながら、海へと落ちていった。ガレオン級が落ちた後、海は凍結バレットの影響で氷原と化すのだった。

 

 「ミッションコンプリート!ゾーラ隊よりアルゼナルへ、ドラゴンは殲滅した」

 

 『ごくろうだった・・・と言いたい所だが、お前達にはまだやる事が残っているぞ』

 

 「・・・そうだったな。お前達、これよりあの所属不明機を拿捕するぞ!」

 

 『イエス、マム!!』

 

 ジルに命じられ、ゾーラ隊はアルテミスの方へ向かうのだった。

 

 

 「これで終わりだよ!」

 

 最後のスクーナー級も斬り伏せて、ようやくアルテミスも戦闘を終える。カラドヴォルグに付いた血を振って落とすと機体に戻す。周囲を見るとガレオン級も撃墜されたらしく、下の海は氷原となっていた。

 

 「はあ、疲れた。でも、何とかあの人達を助ける事ができたな」

 

 少女がパラメイルが1機も落ちてない事を確認すると安堵する。が、パラメイルの部隊はアルテミスをたちまち囲みこんだ。

 

 「え!?な、なんで・・・あっ、そうか」

 

 少女は慌てるもすぐに理解する。ここにいる者達にとっては自分は部外者であり、それは敵と同じ。たとえ、ドラゴンの殲滅に協力したとしても変わらない。パラメイルの部隊はライフルを構えながら、アルテミスに通信を入れてきた。

 

 『こちらはアルゼナルの第一中隊だ。ドラゴン殲滅の協力には感謝するが、軍規により身柄を拘束する。直ちにパラメイルを飛翔形態に戻し、投降せよ!』

 

 通信の内容を聞いて、少女は驚く。

 

 (第一中隊、って、まさかあのパラメイルに乗ってるのはサリア達なの!?)

 

 サリア達との思わぬ遭遇に少女が目を丸くしていると、

 

 『どうした!指示に従わないのならば敵とみなし、撃墜するぞ!』

 

 通信の声にハっとなり、少女は慌てて返答する。

 

 「こちら、アルテミス。投降します、少し待っててください」

 

 そう言うと少女はアルテミスをフライトモードにする。すると、他のパラメイルもフライトモードになるのだった。

 

 

 「なんだ。抵抗するかと思ったけど、あいつあっさり投降したわね」

 

 抵抗すると思っていたヒルダは拍子抜けしていた。

 

 「まあいいさ。その方がこちらも手間が省けるからな」

 

 ゾーラはそう言うと再びアルテミスに通信を入れる。

 

 「私は隊長のゾーラだ。これよりお前をアルゼナルへ連行する。念の為に言っておくが逃亡を図った場合は撃墜する」

 

 『分かりました。あなた達について行きます』

 

 返答をもらってからゾーラはメイルライダーの顔を見てみる。が、彼女の顔はヘルメットで覆われており分からなかった。

 

 (やれやれ。アルゼナルに着くまでおあずけってわけかい。まあ、そっちの方が楽しみが増えるからいいけどね)

 

 ゾーラは内心、ほくそ笑むのだった。隊長としては有能だが、手グセが悪い。それがゾーラの特徴だった。

 

 

 「!!??」

 

 ゾーラの応答に応えた少女だったが直後に背筋が凍るのを感じた。

 

 (え、なにこれ。なんか嫌な予感がするけど、どうして?まあいいや。予定とは少し違うけどこれでアルゼナルへ行く事ができる)

 

 多少の不安を覚えながらもゾーラ隊と共にアルゼナルへと向かう少女だった。

 




 次回、ジルとの対面。そして、オリ主の名前が決まります。


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第3話 アルゼナルへ、運命の幕開け Ⅰ

長くなりそうなので2話に分けて投稿します。


 「第一中隊、所属不明機を拿捕しました」

 

 オペレーターの報告を受け、ジルはモニター越しに所属不明機を見てみる。そこにはゾーラ隊に混じって見慣れない機体がアルゼナルへ向けて移動していた。

 

 (あれが所属不明機か。ライダーの顔はヘルメットで隠れてて分からんが、女である事だけは確かだな。しかしあのパラメイル、どことなくヴィルキスに似ているな。まあ、気のせいかもしれんが・・・)

 

 ジルがモニターを注視しながらそう思っていると、

 

 「司令、あの機体とライダーはなんなのでしょう?アルゼナル以外にパラメイルを所有する組織があるという事なのでしょうか?」

 

 エマが不安そうに尋ねてくる。彼女がそう言うのも無理はない。パラメイルがあるのは世界広しといえど、このアルゼナルだけ。というのが彼女が所属するノーマ管理委員会の認識なのだ。アルゼナル以外の組織が所有しているという事はこの世界の秩序と平和が崩れかねない程の由々しき事態なのである。

 

 「さあな。奴がどこかの組織の人間か、あるいは個人で動いているのか。どちらにせよ、直接聞き出してみない事には何も分からんさ」

 

 尤も、ジルにはエマが言っていた組織に心当たりはあるのだが、それは彼女と一部のノーマが企てている“ある計画”に関わる事なので口には出さない。その計画の事を人間側のエマに知られる訳にはいかないのだ。

 

 「え!?うそ、これって・・・」

 

 新米オペレーターのオリビエが驚いた顔である書類に目を通していた。

 

 「ちょっと、オリビエ。何を驚いてるのよ?」

 

 先輩オペレーターのヒカルと主任のパメラが何事かと思い、オリビエの方へ向かう。

 

 「先輩、これを見てください」

 

 オリビエが2人に書類を手渡す。その内容に2人も驚く。

 

 「そんな!こんな事って!?」

 

 「ちょっと、これ何かの間違いじゃないの!?」

 

 「間違いじゃないですよ!私、何度も確認したんですから!」

 

 「お前達!何を騒いでいる?」

 

 オペレーター達が騒ぎ出したのでジルが彼女達に聞いてみると、

 

 「司令、このデータを見てください」

 

 パメラが例の書類をジルに渡す。ジルが目を通すとその内容に彼女は眉を顰める。

 

 「・・・本当なのか?これに記載されている事は」

 

 「間違いありません。私も目を疑ったのですが・・・」

 

 オリビエが真剣な表情で答える。

 

 「司令、どうかされたのですか?」

 

 何事かとエマがジルに訊ねると、

 

 「監察官、これを」

 

 ジルが書類を見せる。そこには先程の戦闘の詳細なデータが記載されていた。

 

 「これがなにか?」

 

 「さっきの戦闘で第一中隊と例の所属不明機が撃墜したドラゴンの数だが、第一中隊が撃墜したのはガレオン級1、スクーナー級30。対して所属不明機の方はスクーナー級20」

 

 「それがどうかしたんですか。普通に第一中隊が多くドラゴンを落しているじゃないですか」

 

 「そうだ。しかし、このスクーナー級30というのは第一中隊が全員で撃墜したのを合算した数なんだ」

 

 「全員で・・・って、え!?ちょっと待ってください。確か所属不明機は1機でしたよね。それで撃墜したスクーナー級は20・・・まさか!?」

 

 「そうだ。奴は第一中隊が総がかりで撃墜した3分の2の数のスクーナー級を1人で仕留めた事になるな」

 

 「そんなバカな!?」

 

 エマが驚くのも無理はなかった。通常、1回の戦闘で現れるドラゴンの数は様々な種類を含めて平均で20~30匹。対して、駆逐する為に送り込まれるパラメイルは中隊で7~10機。今回の様にドラゴンが50匹来る事も異常だが、更に異常だったのは所属不明機の撃墜数。ライダーの腕や機体の性能にもよるが、中隊に置けるライダー1人の平均撃墜数は5~6匹。10匹でも大戦果といえるのだ。

 

 「驚くべき点はもう1つある」

 

 「ま、まだあるんですか!?」

 

 ジルはもう1枚の書類をエマに見せる。それはパラメイルが移動や攻撃する際の瞬間速度を表した物だが、

 

 「こ、これって!!」

 

 エマが目を見開く。所属不明機の瞬間速度は第一中隊のパラメイルを大きく上回っていたのだ。機動性に優れたヴィヴィアンのレイザー機でさえも。

 

 「あ、有り得ません・・・こんなことが」

 

 「確かにな。だが、これが現実だ。機体が優れているのか、ライダーが特別優秀なのか」

 

 唖然とするエマを余所にジルは不敵な笑みを浮かべていた。

 

 「第一中隊、所属不明機を伴い帰投しました」

 

 ヒカルが報告するとジルが席を立つ。

 

 「さて、第一中隊がアルゼナルへ着いた様だし、例の所属不明機とそのライダーの顔を拝みに行こうじゃないか」

 

 「あ、司令。待ってください」

 

 ジルとエマはドックへと向かうのだった。

 

 

 アルゼナルのドックでは第一中隊のパラメイルが続々と帰投していく中、アルテミスも付随する様に停泊する。アルゼナルに入った事を確認した少女はアルテミスを降りる。すると、

 

 「わっ!」

 

 アルゼナルの職員達が銃を構えて、少女とアルテミスを囲んでいた。自分は外部の者だから当然といえば当然なのだが。

 

 「お前達、銃を下ろせ。ここは私に任せてくれないか」

 

 ゾーラが彼女達の前に出てきて、取り成す。ゾーラの言葉に従い、職員達は銃を下ろす。そして、ゾーラは少女の元へ歩み寄る。

 

 「お前が所属不明機のライダーか。早速で悪いが、その無骨なヘルメットを外してもらおうか」

 

 ゾーラに言われ、少女は頷くとヘルメットを外す。彼女の白い髪と顔が晒される。少女の顔を見たゾーラは目を見開き、周囲の者達も思わず息を呑む。

 

 「ほう、これはなかなかの上物じゃないか」

 

 気に入ったらしく、ゾーラは舌をなめずる。

 

 「ねえねえ、サリア。あの子の髪の毛、ちょー真っ白だよ!」

 

 「何なのあの子。白い髪なんて見た事ない」

 

 「あらあら、随分と綺麗な子ねえ」

 

 「おいおい、あいつ本当に人間なのかよ・・・」

 

 「まるで妖精みたい」

 

 遠巻きから見ていた第一中隊の面々も少女の容姿に目を奪われる。

 

 「なあ。あいつ変わってんのは、髪だけじゃないぜ。あいつの目を見てみろよ」

 

 ヒルダの言葉に彼女達が少女の目を見てみると、

 

 「あ、あいつの目の色、左右違ってるぞ!」

 

 「うん。赤と青の2色だ」

 

 「オッドアイってやつね。私も初めて見たわ」

 

 「おろろ?オッドアイとはなんぞ?」

 

 「左右の目の色が違う人の事をいうのよ。ヘテロクロミアとも呼ばれているわ」

 

 余りにも異質な容姿の少女に周囲が騒ぎ始めるが、

 

 「お前達、静かにしろ!見世物じゃないんだぞ!」

 

 ゾーラの鶴の一声に周囲が押し黙る。

 

 (あ、あはは・・・やっぱり私の容姿って変わっているのかな)

 

 少女が周囲の反応に心の中で苦笑していると、不意にゾーラに身体を押さえられる。

 

 「きゃっ!」

 

 少女は離れようとしたが、ゾーラの力は強く振り解く事ができなかった。

 

 「さて、お前にはこれから色々と口を割ってもらうぞ」

 

 そう言うゾーラの手は少女のお尻に伸び、少女の身体は強張る。ゾーラの顔を見てみると、まるで獲物を狙う猛禽類の様な表情をしていた。それを見た少女はある事を思い出す。

 

 (しまった!ゾーラ隊長は確か、レズビアンで隊員にも手を出す人だった!!)

 

 自分も標的にされたと悟り、冷や汗が流れ、身体が震えてくる。

 

 「いいなあ。その怯える小動物の様な表情。ゾクゾクしてくるぞ」

 

 怯える少女を見たゾーラは興奮したのか、更に恍惚な表情をするのだった。

 

 「あ~あ、可哀想に。あいつ、ゾーラの玩具にされるわね」

 

 言葉とは裏腹にヒルダは意地悪そうな笑みを浮かべており、この状況を楽しんでいる様だった。

 

 「また始まったわ・・・隊長の悪い癖が」

 

 サリアは額に手を当てて、呆れていた。こういう事は日常茶飯事なのだろう。

 

 「あ、あの。私、ここの責任者の人と話をしたいんですけど」

 

 少女は慌ててゾーラに懇願するが、

 

 「そう焦るな。司令になら後でちゃんと会わせてやるからさ。だからぁ」

 

 ゾーラは怪しい笑みを浮かべながら、少女に顔を近づけてくる。少女は思わず目を閉じたその時だった。

 

 「そこまでだ!」

 

 凛とした声がドックに響いたと思うとそこにはジルがエマを伴い、現れたのだった。

 

 「まったく新兵だけに飽き足らず、捕虜にまで手を出すのかお前は」

 

 「ゾーラ隊長。公然の場で風紀を乱す様な行為は控えてください!」

 

 ジルは呆れた様に言い、エマはゾーラに注意するのだった。

 

 「なんだよぉ、邪魔しないでくれよ司令に監察官よぉ。折角、いい所だったのに」

 

 「何がいい所だ。兎に角、そいつを離してやれ」

 

 「はいはい。ほらよ」

 

 ジルに命じられゾーラはしぶしぶ、少女を解放するのだった。少女は安堵し、一息つく。

 

 「さて、お前が所属不明機のライダーだな。私はアルゼナルの責任者である司令官のジルだ。隣にいるのは監察官のエマ・ブロンソンだ」

 

 「監察官のエマよ」

 

 2人は少女に自己紹介をする。少女はジルの方に向くと、

 

 「あなたがジル司令ですか。実はある人から貴女にこれを渡す様に言われてます」

 

 少女はタスクから預かった手紙をジルに差し出す。

 

 「手紙だと?誰からだ?」

 

 「それは・・・読んで見れば分かると思います」

 

 少女の言葉にジルはいぶかしみながらも手紙を受け取り、読んでみる。すると1枚目には短く、こう書かれていた。

 

 彼女を信用における人物として貴女に託します ヴィルキスの騎士タスク

 

 これを見たジルは驚いた顔をして、すぐに2枚目にも目を通す。そこには少女の事が記載されていた。

 

 「・・・お前、この手紙の主とはどこで会った?」

 

 「どこって、ある無人島で会いました」

 

 「無人島・・・なるほど、そういう事か」

 

 少女の言葉にジルは得心したかの様に納得する。

 

 「あの、司令?その手紙はいったい・・・」

 

 エマはジルに訊ねようとしたが、

 

 「監察官、こいつは私が直接尋問する。その間、司令部を預かっててもらえないだろうか」

 

 「え、司令自らですか。それなら私も一緒に・・・」

 

 「ダメだ。こいつが何もしないとは言い切れないからな。まだ安全が確認された訳でもないのに監察官殿を危険に晒すわけにはいかん」

 

 「司令がそうおっしゃるなら」

 

 ジルに言われエマはしぶしぶ頷き、ドックを出て行った。

 

 「なあ、司令。そいつの尋問、私に任せてもらえないか。私の部屋に連れてって、色々聞き出してやるからよぉ」

 

 「お前は何を聞き出すつもりだ。言った筈だ、こいつの尋問は私がすると。それから、メイ。こいつが乗ってきたパラメイルを調べておけ。さあ、一緒に来てもらおうか」

 

 「はい、分かりました」

 

 ゾーラの提案を一蹴しメイに命令すると、ジルは少女を連れてドックを出て行った。

 

 「残念だったわね、隊長。折角の新しい玩具、司令に取り上げられちゃって」

 

 ヒルダは茶化すがゾーラは余裕の態度を崩さない。

 

 「まあいいさ。もし、あいつが正式に隊員になってウチに配属されりゃ、やりたい放題さ」

 

 「配属って・・・そんなの分からないじゃない」

 

 「なるさ。あれだけの腕を持った奴を司令が粗雑に扱う筈がないからな。しかし、こうなると私の気が済まないな」

 

 折角、やる気十分だったのに水を差されてしまい、ゾーラは欲求不満気味だ。

 

 「ヒルダ、ロザリー、クリス。今夜、空いてるなら私の部屋に来い。4人で朝まで燃え上がろうじゃないか」

 

 「ちょっと、私達あの子の代わりなわけ?なんか納得いかないんだけど」

 

 ヒルダの言葉にロザリーとクリスも不満げに頷く。

 

 「なんだぁ、嫉妬しているのか。可愛いなぁ、お前達は!」

 

 ゾーラが3人とじゃれあっていると、

 

 「隊長!スキンシップは程々に。新兵のココとミランダからも揉み方が痛いと苦情が来ています」

 

 サリアが窘める様にゾーラに提言する。

 

 「はいはい、気をつけるよ。副長」

 

 ゾーラは全く意を介さず、嫌らしい手つきをしながら答える。それを見たサリアの顔が強張る。それから、ゾーラは3人を連れてドックを出て行った。

 

 「ねえねえ、サリア、サリア。クイズ。あの子、ウチの隊に配属されるのかな?」

 

 「それは司令が決める事よ。今は何とも言えないわ」

 

 「でも、配属されたらまた賑やかになりそうね」

 

 ヴィヴィアンのクイズの様な質問にサリアは冷静に答え、エルシャは楽しみに言うのだった。

 

 

 その頃、司令部では、

 

 「こちら、アルゼナルです。はい、わかりました。監察官殿、外部より入電です」

 

 「入電?どこから?」

 

 「それが、ミスルギ皇国から“廃棄物”を引き取ってほしいとの事です」

 

 「またなの。昨日もそうだったじゃない。それで、そのノーマのデータは?」

 

 「一緒に送られてきました。これです」

 

 パメラが送致されてくるノーマのデータをエマに見せる。

 

 「えっと、ノーマの名前はアンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギ。元ミスルギ皇国第1皇女・・・って、なんですって!?」

 

 ノーマのデータを見たエマはその素性に驚愕するのだった。

 




次回こそ、オリ主の名前が決まります。


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第4話 アルゼナルへ、運命の幕開け Ⅱ

読まれる前に1つ注意しておきます。今回の話の後半にはグロ描写がありますので気をつけてください。


 少女はジルに連れられて、ある部屋に入る。そこには簡素な小部屋に机と椅子が置かれているだけだった。2人は互いに向き合う様に座る。

 

 「先程はゾーラがすまなかったな。あれは隊長としては有能なんだが、いかんせん手グセが悪いのが玉にキズでな」

 

 「いえ、それは別にいいんですけど」

 

 ジルはゾーラの事を謝罪すると、すぐに真剣な顔つきになる。

 

 「さて。お前には色々と聞かなければならない。まずは、この手紙についてだがお前はタスクとはどういう関係だ?」

 

 「どうと言われましても、タスク君とは旅の途中で降りた無人島で知り合いました」

 

 「そうか。奴は誰かと一緒にいたのか?」

 

 「いえ、1人でその島で住んでいました。彼からアルゼナルの事を聞いたんです」

 

 「なるほどな。じゃあ、次にお前の事についてだが。この手紙によるとお前は記憶喪失との事だが」

 

 「はい、そうです。タスク君にも一応、説明しました」

 

 「そうか。では、とりあえずここへ来るまでの経緯を話してもらおうか」

 

 少女は無人島で目覚めたら記憶を無くしてた所から第一中隊と遭遇するまでの事を一通り説明した。尤も、タスクの時と同様にジル達の事を知っているのは黙っていたが、少女は少し緊張していた。

 

 (タスク君と違ってジル司令は頭が良くて鋭い人だからな。下手な事を言えば勘繰られるかもしれない)

 

 案の定、ジルは明らかに少女を警戒し、見定める様な目つきをしていた。

 

 「・・・話は大体わかった。タスクの手紙にも確かにそう書かれている。が、いかにタスクがお前の事を信用できるといっても、それを鵜呑みにするほど私はお人好しではない。今の荒唐無稽とも云える内容の話を聞けば尚更だ」

 

 (まあ、そうだよね。普通はこういう反応するよね・・・)

 

 少女も予想していたのか心の中で苦笑していた。

 

 「とはいえ、今の話が全て嘘だとも思えん。作り話にしてもあからさま過ぎるし、タスクがそんな事に協力するとも思えん。だから調べさせてもらうぞ」

 

 そう言うとジルは部屋にあった内線電話を使い、どこかに電話する。

 

 「マギーか。診てほしい奴がいるんだが、今いいか?ああ、そうだ。例の所属不明機のライダーだ。どうやら、記憶喪失らしいんだ。今から医務室へ連れて行く」

 

 ジルは電話を切ると少女を連れて医務室に向かった。医務室にはやや酔っ払ってる女医がいた。

 

 「おや、その子が例のライダーかい?」

 

 「そうだ。というか、マギー。お前、また酒を飲んでただろう。顔が赤いぞ」

 

 「大丈夫よぉ。ほんの少しだけだからさぁ、ヒック」

 

 「お前の少しは多いんだよ、ったく・・・」

 

 マギーの体たらくに呆れるジルだったが、すぐに気を取り直す。

 

 「マギー、さっきの電話でも言ったとは思うが」

 

 「わかってるわよ。そこの子でしょ。あなた、記憶を失っているんですってね」

 

 マギーは少女に近づいて訊ねてくる。

 

 「あ。は、はい、そうです・・・」

 

 少女は酒の匂いに顔を顰めながらも答える。

 

 「ふぅ~ん。話には聞いていたけど、確かに珍しい髪と目の色をしてるわねぇ。けどさ、ジル。私、精神疾患は専門外だって事は知ってるでしょ」

 

 「わかってる。だが、ここにいる医者はお前だけだ。なにも、記憶を蘇らせろと言ってるんじゃない。身体検査と簡単なカウンセリングをしてくれればいい」

 

 「わかったわよ。それじゃ、あなた。ここに座ってもらえるかしら」

 

 そう言ったマギーの目は今まで酔っていたとは思えないほど、真剣そのものだった。それから、少女はマギーからいろんな検査を受けた。身長や体重の測定、注射での採血、全裸にされて身体の隅々までも調べられた。それが終わると今度はカウンセリングが行われた。文字の読み書きから始まり、マナやノーマの事、この世界の国の名前など様々な事を質問された。しかし、少女自身の事に関する質問には何も答える事はできなかった。ちなみに、マナが使えるかどうかの実験もして、使えなかったのでノーマと認定された。

 

 「彼女自身に関する事は全滅だったけど、この世界の事や一般常識は普通に覚えている様だから日常生活を送る分には特に影響はないわね」

 

 「そうか、わかった。ご苦労だったな、マギー」

 

 ジルは少女を連れて医務室を出ると、またさっきの部屋へと戻ってきた。すると机の上にダンボール箱が置かれており、中にはいろんな物が入っていた。箱には“押収品”と書かれており、箱の上には1枚のメモがあり、ジルが目を通す。

 

 「どうやら整備班の連中がお前のパラメイルの中にあった物を押収してここに置いてった様だな」

 

 「あの、押収ってどういう・・・」

 

 「ああ、規則なのでな。お前の所持品は全て没収させてもらう。無論、お前が乗ってたパラメイルもな」

 

 (そうか。だから、服も替えられたんだ)

 

 少女が着ている服は今まで着てたライダースーツではなく青を基調としたアルゼナルの制服だ。身体検査の折、スーツも没収されたのだろう。

 

 「それと、お前の首に掛かっているペンダントも没収させてもらうぞ」

 

 ジルが手を差し出してきた。これはお守りみたいな物だったので本当は嫌なのだが、下手に逆らうと面倒な事になるので少女はしぶしぶながらもペンダントを外し、彼女に手渡すのだった。ジルはペンダントを眺めてから懐に入れた。

 

 「それじゃあ、尋問を再開しようか。お前はタスクからアルゼナルの事を聞いたと言っていたがなぜ此処へ行こうなどと思ったんだ?此処へは無理やり連れて来られるノーマは居ても、自分から来たいなどという奴はまずいないぞ」

 

 「私には他に行くアテも帰る場所もありませんでしたしノーマである以上、人間が暮らす所にいける筈もない。パラメイルという移動手段もあったので、ならばと思ったからです」

 

 「そうか。じゃあ、最後に。お前は何処かでドラゴンと戦ったか、訓練でも受けたのか?」

 

 「いえ、そんな事はしていません」

 

 「何?それじゃあ、なぜドラゴンを倒す事ができたんだ?」

 

 「それは・・・私にもよく分かりません。ただ、あの時はパラメイルが窮地に立たされていたので助けないとと思って、アサルトモードにして武器を構えたら」

 

 「見事にドラゴンを倒せてしまった、と」

 

 ジルの問い掛けに少女は頷く。しばらく沈黙が続いたがやがて、

 

 「く、くっくっく、あーはっはっはっははは」

 

 ジルが盛大に吹き出したので少女は目を丸くする。

 

 「いやー、久々に思いっきり笑ったぞ。まさかスクーナー級を20匹も撃墜したライダーが実は戦闘が初めての素人だったとはな」

 

 「え!?わ、私、そんなにも倒していたんですか!?」

 

 「なんだ、お前知らなかったのか?」

 

 「あの時は無我夢中だったので数えてる暇なんてありませんでした」

 

 「やれやれ。これはとんだスーパールーキーの様だな」

 

 少女の答えにジルはすっかり呆れていた。だが、少女自身、この事にはとても戸惑っていた。なぜ、自分はドラゴンと戦えたのか?あの時は明確な根拠は無かったが、ライフルを構えたら不思議とできる!と思ってやったら、実際にできてしまった。少女は気を取り直すと真剣な顔つきでジルに訊ねる。

 

 「それで、ジル司令。結局の所、私は一体どうなるのでしょうか?」

 

 「どうなるか、か。決まっているさ。お前にはここで兵士として死ぬまでドラゴンと戦ってもらう」

 

 「いいんですか?私、他のノーマの子達と違って身元がはっきりしてませんが」

 

 「関係ない。お前が記憶喪失だろうが何だろうがノーマである以上、ここで戦って死ぬ。それがこの世界のルールだ。大体、外の世界での身元や身分などここでは何の意味も持たない」

 

 そう言うとジルは再び内線電話を使って、何処かに電話してから少女と向き合う。

 

 「さて、ここで生きていく以上、お前には名前が必要だ。いつまでも名前が無いのは不便だろう?」

 

 「それは、確かにそうですね」

 

 「それじゃ、どんな名前がいいか言ってみろ。無いなら私が決めてやる」

 

 「私には決められないので司令にお任せします」

 

 少女に委ねられたジルは考える。ふと、ジルの目が少女の髪に向く。そして呟く。

 

 「・・・フィオナ」

 

 「え?何ですか?」

 

 「よし、決めたぞ。今からお前の名前はフィオナだ」

 

 「フィオナ、ですか。あの、聞きますけど由来は?」

 

 「うむ。フィオナという言葉には“白き乙女”という意味がある。お前の髪も乗ってたパラメイルも白色だからな。お前に相応しいだろう」

 

 「そうですね。分かりました、ではそれにします」

 

 こうして、少女改めフィオナの名前が決まったのだった。それから、ジルは尋問や検査で集めたフィオナの個人データを書類に纏める。すると、

 

 「司令、失礼します」

 

 エマが部屋に入ってきた。手には書類用の封筒が抱えられていた。

 

 「おや、監察官。良い所に来てくれた」

 

 「良い所って、司令。彼女の尋問は終わったんですか?」

 

 「ああ、たった今な。監察官、こいつは今日からこのアルゼナルで兵士をやる事となった」

 

 「え!?しかし、彼女は捕虜のはずでは?」

 

 「問題ない。尋問の結果、どこかの組織に所属しているわけではない事がわかった。それにノーマである事もな。詳細なデータはここに纏めてあるから手続きを頼む」

 

 「よ、よろしいんですか?彼女はここへ来た経緯は他のノーマ達とは違います。委員会がなんと言うか」

 

 「大丈夫だろう。ノーマならば委員会も経緯までは問わない筈だ。それとも、例外は認められんと言って、ここから追い出すか?」

 

 「それは・・・わかりました。では、その様に処理いたします」

 

 ジルから書類を受け取ったエマはフィオナのアルゼナルへの入隊手続きを行う。それから、フィオナに一通りの説明もする。16歳位のフィオナには、ノーマが受ける教育課程はある程度、免除されるとの事だ。

 

 「では、これで説明は終わります。他に何か質問は?」

 

 「えっと、特にありません」

 

 「よし、これでお前は正式にここの兵員となった。明日から忙しくなるぞ。じゃあ、とりあえず今日お前が寝泊りする所に行こうか」

 

 ジルはフィオナ、エマを伴い部屋を出た。しばらく歩くと牢屋みたいな所に案内された。

 

 「あ、あの。ここは一体・・・」

 

 フィオナが恐る恐るジルに訊ねてみると、

 

 「すまんな。急だったものでお前の部屋はまだ用意できていないんだ。ここは本来、違反や罪を犯した者が投獄される“反省房”なのだが、心配はいらん。雨風は防げるし、中には簡素だがベッドもトイレもある。寝泊りするには十分だろう」

 

 「はあ、そうですか。わかりました」

 

 「それと、食事も簡単な物だが机に置いてあるから勝手に食べろ。明日の朝になったら起こしに来るからな」

 

 ジルの説明を聞いてから、フィオナは中に入れられる。ご丁寧に逃げない様に鍵も掛けられた。

 

 「じゃあ、また明日なフィオナ。おっと、忘れる所だった。お前には人としての尊厳も名誉も存在しない。地獄へようこそ」

 

 それだけ言うとジルはエマと一緒に出て行った。

 

 「そういえば監察官。さっきは私に何か用があってきたのか?」

 

 「あ、そうでした。じつは先程、ミスルギ皇国よりノーマの引き取り要請がきました」

 

 「またミスルギか。昨日もセーラとかいう赤ん坊のノーマが来たばかりじゃないか。今度はどんなノーマだ」

 

 「それがですね・・・」

 

 エマは持っていた封筒をジルに手渡す。ジルが中の書類を見てみるとそこにはフィオナと同い年位の少女のノーマのデータがあった。

 

 「なになに。名前はアンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギ。元ミスルギ皇国第1皇女・・・何だと?」

 

 それを見たジルは目を見開き、書類に目を通す。一通り読み終えたジルは、

 

 (やれやれ、フィオナといい、こいつといい、今日は退屈しないな)

 

 立て続けに起きた出来事を楽しんでいた。

 

 「監察官、こいつはもうアルゼナルに来てるのか」

 

 「はい。既に手続きも終えて、今は部屋に監禁されています」

 

 「そうか。では、見にいこうじゃないか。ノーマに堕ちたお姫様をな」

 

 不敵な笑みを浮かべながらジルは彼女のいる部屋へ向かうのだった。

 

 

 牢屋に入れられたフィオナは格子の付いた窓から外を見てみる。タスクと別れた時は晴れていた空は暗くなっており、雷雨が降り注いでいた。海の天気は変わり易いという事なのだろう。

 

 「そういえば、食事があると言ってたっけ。お腹も空いたしご飯にしよう」

 

 フィオナが机の上を見てみると、そこには皿の上に申し訳程度の大きさの黒パンが2個と水の入ったコップが置かれているだけだった。

 

 「これが夕食ですか・・・御馳走といわないまでも、もう少しちゃんとした物が食べたかったかな」

 

 愚痴を零しつつもフィオナは黒パンを手に取り、口に頬張る。が、思っていた以上に固く、食べ辛かった。水を含んだり、パンに浸したりすると飲み込める位までには柔らかくなった。

 

 「なんで、パン1つにここまで四苦八苦しなきゃいけないのかな・・・」

 

 食事をしながらフィオナはこれまでの事を思い出す。

 

 「そういえばここへ来るまでには本当に色々な事があったな。島で目を覚ましたと思ったら、自分の事さえも憶えてないし、散策してみたらアルテミスを見つけて触れたら、この世界の事やアンジュ達の事を知ったんだよね。しかも、操縦桿を握ったら簡単に動かせるようになったし、それでアルゼナルへ行こうと島を出たけど見当たらなくて、別の島に降りたらタスク君と出会って、アルゼナルの場所を教えてもらった。それで行ってみたら、第一中隊がドラゴンと戦ってて、危なくなってたから私はドラゴンをたお、して・・・あれ?」

 

 突然、フィオナの口が止まる。唾を飲み込むと彼女の思考は冷たくなっていく。

 

 (あれ?私、ドラゴンをどうしたんだっけ?そもそも、ドラゴンって・・・)

 

 そして、彼女は思い出す。ドラゴンの事。そして、自分がアルテミスの武器を使って、

 

 (私は、ドラゴンを壊した?いや、倒した?違うそうじゃない、私は・・・)

 

 フィオナの思考はグルグルになっていく。そして1つの結論に至る。

 

 「私は、ドラゴンを・・・」

 

 殺した

 

 ころした

 

 コロシタ

 

 「ひっ!」

 

 フィオナは嗚咽をあげる。ふと、自分の手に視線を向ける。そこには黒かった筈のパンが赤く染まっていた。いや、パンが赤くなっていたのではない。自分の手からポタポタと、

 

 真ッ赤ナ血ガ滴リ落チテイタ・・・・・・・・・

 

 「いやあああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 フィオナは悲鳴を上げ、持っていたパンを壁に投げつけた。看守の『静かにしろ!』という声さえ気にならないほど彼女は気が動転していた。再び手を見るとそこには血なんて少しも付いてはいなかった。幻覚だったのだろう。だが、フィオナの震えは全く止まらない。

 

 「そうだ。私はドラゴンを殺したんだ。この手で、この、手で・・・うっ!」

 

 今度は吐き気を催し、中にあったトイレで、

 

 「ウオエエエェェェ・・・・」

 

 嘔吐した。先程、口にした物も胃液と共に全て吐き出してしまう。吐けるだけ吐くと漸く震えも止まり、落ち着きを取り戻すのだった。

 

 「はあ、はあ、はあ・・・は、ははははは。私、どうしてこんな大事な事を忘れてたんだろ。みんなが知らない事を知っている事がこんなにも辛く苦しいなんて・・・」

 

 フィオナの目から涙が零れた。世の中には知らない方が幸せな事もある。この言葉を彼女はとても痛感させられた。無論、知ったからといって自分がドラゴンと戦う事を放棄する訳にはいかない。が、そんな理屈だけではとても割り切れないほどフィオナが知る“ドラゴンの真実”は重く苦しいものだった。

 

 (戦うしかない、戦うしかないんだ。私はこの世界で生きていくと決めたんだ。そう、例え手だけじゃなくて身体全てが赤く染まる事になるとしても・・・)

 

 フィオナは何とか自分に言い聞かす。そして、さっき自分が壁に投げつけて床に落ちたパンを拾うとそれを再び口にする。食欲など既に失せており、もはや味など分からなかったが決して食べる事を止めなかった。生きる為には辛い事からも目を背ける訳にはいかない。戦うとはそういう事なのだ。やがて、皿からは何も無くなった。フィオナはベッドで横になる。食事を終えただけなのに、その疲労感はドラゴンと戦った時以上のものだった。

 

 「疲れた。本当に色々あって疲れたな。今日はもう寝よう・・・」

 

 フィオナは毛布を被り、泥の様に眠りに付くのだった。

 

 

 その頃、アルゼナルの別の部屋ではジルとエマが1人のノーマの少女と対峙していた。彼女は自分がノーマである事を頑なに認めず、2人に抵抗したがジルによってあっさり退けられ、母親の形見である指輪を奪われた挙句、着ていたドレスを下着諸共引き裂かれ、両手を拘束された状態で机の上でうつ伏せにされていた。そしてジルは機械の義手を調整しながら無情に告げる。

 

 「身体検査を行う。覚えておけ、お前はもう皇女ではない」

 

 身体検査といってもマギーがフィオナに対して行った生易しい物ではなく、実質は拷問ともいえる物だった。これから行われるであろう行為にエマは口を押さえながら目を背ける。

 

 「や、やめなさい!やめろ!!私はミスルギ皇国第1皇女、アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギなるぞ!!」

 

 アンジュリーゼ、とかつてはそう呼ばれていた少女は必死に叫ぶもそれが届く事はない。ジルの目からはこの期に及んで、まだ皇女の様に振舞う彼女の姿は余りにも滑稽に見えた。

 

 「違う。今からお前の名は、アンジュだ!」

 

 そして、それは実行されるのだった。

 

 「イ、イヤアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 アンジュリーゼ、いや、アンジュの悲鳴が雷鳴と共にアルゼナルに響き渡るのだった。

 

 

 『イ、イヤアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!』

 

 「きゃっ!え、な、なに、なんなの今の悲鳴?」

 

 突如、響き渡った女性の悲鳴に眠っていたフィオナは思わず飛び起きる。

 

 (何だろう?どこかで聞いた事のある声みたいだったけど・・・)

 

 フィオナは疑問に思うも特に騒ぎが起こる様子も無かったので再び横になる。

 

 「よく分かんないけど、明日から忙しくなるし、今日はもう寝よう」

 

 そう言うとフィオナはそのまま眠りに付くのだった。

 

 

 2人の少女がアルゼナルに集い、世界の運命を大きく変える物語が幕を開ける。

 




やっとオリ主の名前が決まりました。フィオナというのはケルト語で『白い』という意味があります。フィオナを後半苦しめた『ドラゴンの真実』というのは、後のエピソードで明らかにするので今は伏せておきますが、どうしても知りたいという方は是非とも原作アニメをご覧になってください。次回は遂に原作に突入です。楽しみにしていてください。それでは


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アルゼナル編
第5話 まつろわぬ魂 Ⅰ


今回は2話投稿します。


 「時空を超えて侵攻して来る巨大敵性生物、それがドラゴン。このドラゴンを迎撃、殲滅し世界の平和を守るのが此処アルゼナルと私達ノーマに課せられた使命です。ノーマはドラゴンを倒す兵器としてのみこの世で生きる事を許されます。その事を忘れずに戦いに励みましょう」

 

 『イエス、マム!』

 

 アルゼナルにある教室、そこでは指導員のノーマの女性がまだ幼いノーマの子達にドラゴンと戦う使命を教授していた。おそらく幼年部の子達なのだろう。その子達に混じって、フィオナとアンジュは授業を受けていた。尤も、真面目に聞いていたのはフィオナのみでアンジュはというと不貞腐れていた。

 

 「わかったか、フィオナ、アンジュ」

 

 「はい、大体は分かりました」

 

 「・・・・・・」

 

 ジルに問われ、フィオナは返事をしたがアンジュは無視していた。

 

 (アンジュ、絶対に理解してないだろうな)

 

 フィオナはアンジュを横目で見つつ、内心呆れていた。フィオナがアンジュと出会ったのは今朝の事。

 

 

 牢屋のベッドでフィオナは眠っていた。すると、

 

 ガン、ガン!!

 

 「わっ!え、な、なに?」

 

 突然、何かの音が響きフィオナは飛び起きる。

 

 「いつまで寝ているつもりだ。もう朝だぞ」

 

 果たして檻の外にはジルが立っていた。おそらく彼女が檻を蹴ったのだろう。

 

 「あ、ジル司令。おはようございます」

 

 「おはよう。よく眠れた様だな。すぐに移動するから準備しろ」

 

 ジルはそう言うと牢屋の鍵を開ける。フィオナはベッドから降りて、寝癖と衣服の乱れを整えると牢屋を出てジルについていった。

 

 「そういえば看守から聞いたんだが、お前昨晩は悲鳴を上げていたようだが何かあったのか?」

 

 ジルに訊ねられてフィオナはドキッとするも、すぐに説明する。

 

 「あ、はい。実はドラゴンの大群に襲われてパラメイルと一緒に海に墜落する夢を見て、それで」

 

 勿論、嘘なのだが本当の事を言う訳にはいかないのでそう取り繕う。

 

 「ほう、それはそれは。夢とはいえ災難だったな」

 

 「ええ、本当に。正夢にならないといいですけど」

 

 「戦場という所は非情で残酷だ。たとえ新兵だろうが場数を踏んだベテランだろうが皆に等しく死が隣り合わせにある。お前も腕が立つからといって油断しない事だ」

 

 「はい。それは勿論です」

 

 ジルに言われてフィオナは気を引き締める。と、フィオナはある事を思い出す。

 

 「あ、悲鳴といえば私も昨晩、女性の悲鳴を聞いたんですけど何かあったんですか?」

 

 「ああ、それか。実は昨日、お前の他にも新しいノーマがやってきてな。そいつが聞き分けなかったものだから、大人しくさせてやったまでだ」

 

 「は、はあ、そうですか」

 

 どうやって大人しくさせたかは怖くて聞く勇気がなかった。やがて、部屋の前に着く。すると、

 

 『離しなさい、この無礼者!』

 

 『いいから、大人しくしなさい!』

 

 中からエマが女性と争う声が聞こえてきた。

 

 「あの。何かあったんでしょうか?」

 

 「はあ、どうやらじゃじゃ馬が暴れてるらしい」

 

 「じゃじゃ馬?」

 

 「ああ、今から会わせてやる」

 

 そう言うとジルは部屋のドアを開ける。

 

 「やあ、監察官。難儀だった様だな」

 

 「あ、司令。全く、このノーマは獣(けだもの)ですよ!」

 

 部屋に入るとそこにはエマと金髪の少女がいたが、少女の方は職員2人に取り押さえられていた。その少女の顔を見たフィオナは目を見開く。

 

 (え!?この子、まさかアンジュなの!?)

 

 果たしてそれはフィオナが映像で見た少女、アンジュだった。

 

 「ん?フィオナ、どうかしたのか?」

 

 「え?あ、いや。あの司令、ひょっとして彼女が?」

 

 「そうだ、こいつがさっき言ってたノーマだ」

 

 ジルはアンジュを見下ろしながらフィオナに言う。

 

 「くっ。離しなさい、離せ!私を誰だと思っているのですか!?」

 

 アンジュは職員に押さえられながらも喚き散らしていた。

 

 「やれやれ、大人しくなったかと思えば相変わらずの様だな」

 

 そう言うとジルはアンジュの髪を掴むと顔を上げさせる。

 

 「言った筈だ。お前はもう皇女ではない、とな」

 

 「ち、違います。私はアンジュリーゼ・・・」

 

 アンジュは反論したが最後まで言えなかった。ジルが放った言葉の所為で。

 

 「また、昨晩と同じ目に遭いたいか?」

 

 「!!??」

 

 ジルがそう言うとアンジュは憑き物が取れたかの様に大人しくなるのだった。

 

 「お前に紹介したい奴がいてな。こいつの名前はフィオナ。お前と同じ、昨日ここへやってきたノーマだ。尤も、こいつはお前と違って聞き分けがいいがな。せいぜい仲良くするといい」

 

 ジルはフィオナを紹介するがアンジュは聞いておらず、顔が真っ青になって震えていた。フィオナはそんな彼女を心配そうに見ていた。

 

 「フィオナ、こいつの名前はアンジュだ。詳しくはこれを見るがいい」

 

 ジルはフィオナに書類を手渡す。そこにはアンジュのデータが記載されていた。彼女のプロフィールからアルゼナルへ来た経緯も記されていた。

 

 (洗礼の儀でお兄さんにノーマである事を暴露されて、お父さんは拘束、お母さんは死亡、か。アルテミスが見せた映像そのままだな)

 

 それから、ジルとエマは2人を連れて幼年部の教室へ向かい、現在に至る。

 

 

 「もうすぐ、ミスルギ皇国から解放命令が届く筈です」

 

 アンジュは現実を受け入れられない様であり、叶いもしない事を口にしていた。

 

 (アンジュ、残念だけどミスルギ皇国にもう帰る場所は無いんだよ・・・)

 

 フィオナはアンジュを見て、憐れみにそう思うのだった。

 

 「監察官、フィオナとアンジュの教育課程は終了。本日付で2人を第一中隊に配属させる」

 

 「え!?第一中隊にですか!?」

 

 2人の会話を聞いたフィオナは反応する。

 

 「あの、第一中隊って、もしかして」

 

 「そうだ。お前が昨日、一緒にドラゴンと戦った部隊だ。ゾーラにはもう通達してある。行くぞ」

 

 「ちょ、離してください!」

 

 「あ、待ってください」

 

 ジルはアンジュの手を取ると教室を出て行き、フィオナも2人について行くのだった。

 

 

 「ふ~ん。あいつ、本当にここに入隊したんだ。その上、うちの隊に配属で」

 

 ヒルダが双眼鏡で幼年部の教室を見ながら呟く。

 

 「なっ、私が言った通りだったろ。しかも、噂の皇女殿下のオマケ付きと来たもんだ。今からもうワクワクするねぇ」

 

 同じく双眼鏡で覗いていたゾーラは嬉しそうだ。目を付けていたカモがネギを背負ってやってきたと言わんばかりの表情をしていた。

 

 「あの、隊長。お訊ねしたい事があるんですが」

 

 「うん、なんだサリア?」

 

 サリアは手に持っていた書類を見せながらゾーラに訊ねる。

 

 「今日、配属される新人についてです。アンジュという子のデータは詳しく記載されているのですが、例の所属不明機のライダー、フィオナの方は所々、不明な部分や曖昧な所があるんですがこれはどういう事なのでしょうか?」

 

 サリアが出した書類には確かにアンジュとは違い、フィオナのは表記が曖昧だったり、UNKNOWN(不明)と記載されていた。

 

 「ああ、それか。フィオナはどうやら記憶喪失みたいなんだ。フィオナって名前も司令が付けたものなんだ」

 

 『記憶喪失~!?』

 

 ゾーラの言葉にこの場にいた全員が驚いて声を上げていた。が、

 

 「って、一体なんぞ?」

 

 そう言うヴィヴィアンに全員が思わずずっこける。

 

 「お前、知らないで驚いてたのかよ・・・」

 

 ロザリーが呆れながらツッコむ。

 

 「記憶喪失というのはね、自分や過去の事を全く覚えてない事をいうのよ」

 

 「へえ~そうなんだ」

 

 エルシャが説明し、ヴィヴィアンは理解した様である。

 

 「でも、記憶喪失なのにパラメイルを操縦できていたんですか?」

 

 サリアが少し驚きながらゾーラに訊ねる。

 

 「らしいな。だがな、もっと驚く事があったんだ。司令が言うにはフィオナの奴、戦闘したのはあの時が初めてだった上に訓練とかも受けてはいなかったんだと」

 

 『えええええぇぇぇぇぇ!!??』

 

 サリア達は開いた口が塞がらなかった。無理もない。鬼神の如く活躍をした所属不明機のライダーが実は戦闘経験0の素人だと知ったのだから。

 

 「尤も、記憶を無くす前はどうだったかは知らないがな。それにしたって、奴はとんでもないスーパールーキーだよ。初陣でスクーナー級を20匹も撃墜したのだからな」

 

 「20匹!?あ、あの。それって彼女1人で、ですか!?」

 

 「ああ、そうだ。全く、色んな意味で驚かしてくれるよ本当に」

 

 「そうだったのか。道理でドラゴンの数に対して、報酬が少ないと思ったんだ、クソッ!」

 

 ゾーラは笑っていたが、サリア達はすっかり呆然としていた。そんな中、

 

 (馬鹿馬鹿しい、どいつもこいつも鳩が豆鉄砲食らった様な顔して。司令も何考えてんだか。素性も知れない奴を入隊させてさ。何がスーパールーキーだよ、ったく)

 

 ヒルダは心の中で悪態を吐くのだった。必死に実力を付けてきた彼女にとっては、フィオナの存在は面白くなかった。

 

 

 

 「それじゃ、後は頼むぞ、ゾーラ」

 

 「イエス、マム!」

 

 ジルはゾーラ達にフィオナとアンジュを預けると去っていった。

 

 「死の第一中隊へようこそ。私は隊長のゾーラだ。サリア、紹介してやれ」

 

 ゾーラはそう言うと2人を押して、サリア達の前に突き出す。

 

 「イエス、マム。第一中隊、副長のサリアよ」

 

 サリアは自己紹介すると他の面々も紹介していく。

 

 「突撃兵のヴィヴィアンと」

 

 「やっほ~」

 

 ヴィヴィアンは元気に答える。

 

 「同じく突撃兵のヒルダ」

 

 「フン」

 

 ヒルダはどこか素っ気無さそうだ。

 

 「軽砲兵のロザリーと・・・」

 

 ロザリーを紹介しようとすると今まで黙っていたアンジュが徐に口を開く。

 

 「これ・・・」

 

 (あ、まずい!)

 

 一言だけだったがフィオナはアンジュが言わんとしている事を瞬時に理解する。映像の中でアンジュは彼女達ノーマを物呼ばわりした為に溝を開く切欠となってしまう。そこでフィオナは咄嗟にアンジュの後ろに手を伸ばすと、

 

 「全部ノー・・・ひぎぃ!!?」

 

 言い切る前に彼女のお尻を思いっきり抓る。突然、走った痛みにアンジュは思わず悲鳴を上げる。悲鳴を上げたアンジュにサリア達も目を丸くする。抓られたアンジュはフィオナの方に顔を向けると、

 

 「な、何するんですか。いきなり!」

 

 涙目になり、お尻を手でさすりながら怒る。

 

 「失礼な事を言おうとしたからだよ」

 

 フィオナはアンジュに小声で窘める様に注意する。ふとサリア達を見てみると、

 

 「何、ひぎぃって・・・」

 

 「あはは~、アンジュって面白いね~」

 

 「聞いたか。ひぎぃ、だってよ」

 

 「変な悲鳴」

 

 呆れていたり、クスクスと笑っていたりしていた。アンジュの顔は羞恥で赤く染まり、フィオナを憎らしげに睨む。対してフィオナの方は、

 

 (よかった。アンジュが変な声を出してくれたから、物呼ばわりしようとした事には気づいてないみたい)

 

 彼女の失言をうやむやにできた事に安堵していた。

 

 「・・・紹介を続けるわね。重砲兵のクリスと同じく重砲兵のエルシャ。あと、あなた達と同じ新兵のココとミランダ。以上が私達第一中隊よ」

 

 サリアが紹介を終えるとヴィヴィアンが2人の前に出てくる。

 

 「アンジュとフィオナ、これからよろしくね」

 

 「うん、よろしくね。ヴィヴィアン」

 

 握手を求めてきたのでフィオナは彼女と握手するがアンジュは無視していた。と、

 

 「ねえねえ、フィオナってさ。昨日、すっごい活躍だったけど戦ったの初めてってホント?それに記憶喪失なんだよね。パラメイルの操縦はどこで習ったの?あの機体はどこで手に入れたの?それから・・・」

 

 「え!?あ、あの、その・・・」

 

 矢継ぎ早に色々聞いてきたのでフィオナも流石に戸惑ってしまう。

 

 「はいはい、落ち着きなさいヴィヴィちゃん。そんなに一辺に質問したらフィオナちゃんだって困ってしまうわ」

 

 「あ、そっか~。ゴメンちゃい」

 

 エルシャに窘められたのでヴィヴィアンは謝るのだった。それから、ヴィヴィアンはアンジュの方に顔を向ける。

 

 「そういえば、アンジュってお姫様だったんだよね。ノーマなのにお姫様だったの?」

 

 「ちょ。ヴィヴィアン、まっ・・・」

 

 ヴィヴィアンの質問にフィオナは止めようとしたが、

 

 「違います!私はアンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギ。あなた達ノーマと一緒にしないでください!」

 

 時既に遅く、ノーマと呼ばれて憤慨したアンジュが言い返してしまう。フィオナは思わず額に手を当てて『あっちゃー』と心の中で呟くのだった。

 

 「ハン。自分はノーマじゃないって言いたいのかねぇ」

 

 ヒルダは小ばかにする様に言う。ロザリーとクリスもクスクスと笑っていた。

 

 「でも、使えないんでしょ。マナ?」

 

 ヴィヴィアンに指摘されてアンジュは思わず言葉に詰まるが、

 

 「こ、此処にはマナの光が届かないだけです。ミスルギ皇国に帰ればきっと・・・」

 

 最早、苦し紛れとも言える言い分に全員が呆れていた。

 

 (アンジュ。マナの光は世界中に届いてるし、もし届いてなかったらエマ監察官だって使えない筈でしょ・・・)

 

 フィオナもフォローの言葉も見つからず、呆れる他無かった。

 

 「あーはっはっは。ったく、司令め。状況認識できてないのと記憶が飛んじまっている不良品を回してきたぞ」

 

 一連のやり取りを見ていたゾーラは大声で笑うのだった。

 

 「不良品が偉そうに吠えてるんすか?」

 

 「うわぁ。痛い、痛すぎ」

 

 ロザリーとクリスにバカにされてアンジュはカッとなり、

 

 「ふ、不良品はあなた達の方・・・痛っ!」

 

 「身の程を弁えな!痛姫様」

 

 言い返そうとしたアンジュだったがヒルダに足を踏みつけられて、胸倉を掴まれてしまう。すると、

 

 「それと、アンタ」

 

 「え、私?」

 

 ヒルダの矛先は隣にいたフィオナにも向いた。

 

 「スーパールーキーだかなんだか知らないけどね。あたし等の狩場にいきなり割り込んできて、獲物を横取りするような真似をするんじゃないよ!」

 

 「そうだ!あたし達が稼ぐはずだった分を掠め取りやがって。なあ、クリス!」

 

 「え?あ、うん・・・」

 

 ヒルダに同調する様にロザリーとクリスもフィオナを批判する。(クリスは複雑そうだったが)

 

 (あ~。やっぱり司令の言ったとおりだったね、はぁ・・・)

 

 批判されたフィオナは怒る訳でもなく、心の中で呆れるだけだった。

 

 

 此処へ来る前、ジルとこんなやり取りがあった。

 

 「フィオナ。お前が配属する第一中隊だがな、実力はあるのだが隊長のゾーラを含めて皆が癖のある者ばかりだ。当然プライドの高い奴もいる。昨日のお前の活躍を快く思わずに因縁を付けてくる奴もいるだろうから気を付けるんだな」

 

 「気を付けろ・・・って、それなら私は別の隊に配属させればよかったんじゃないですか?」

 

 「お前やアンジュみたいな奴は、第一中隊じゃなければ上手く扱えんさ」

 

 そう言うジルは不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 「まあまあ、みんな。その位にしておきましょう」

 

 「ああん?こう言う勘違い女共にはヤキを入れておいた方がいいんだよ」

 

 「あらあら、そうなの?」

 

 (いや、そこは否定しようよ。エルシャ)

 

 のほほんとしたエルシャにフィオナは心の中でツッコミを入れる。段々と収拾が付かなくなってきたのでゾーラが無理やり収める。

 

 「サリア、2人はお前に預ける。色々と教えてやれ。みんな、期待の新人達と仲良くな。同じノーマ同士」

 

 「くっ!」

 

 「あはは・・・」

 

 ゾーラの言葉にアンジュは忌々しそうだったが、フィオナは苦笑していた。

 

 「よし、訓練を始める!エルシャ、ロザリー、クリス、一緒に来い。遠距離砲撃戦のパターンを試す。サリアはアンジュとフィオナ。ヒルダはミランダ。ヴィヴィアンはココ。それぞれ新人教育をしっかりやんな。では、かかれ!」

 

 『イエス、マム!』

 

 ゾーラ達はそれぞれの場所へと向かって行った。後に残ったのは、フィオナとアンジュ、サリアの3人だけだった。

 

 「行くわよ。フィオナ、アンジュ」

 

 「うん、わかった」

 

 「何人たりとも皇女である私に命令する事などできません」

 

 フィオナは素直に従ったがアンジュは拒否した為、サリアはナイフを取り出すと目にも止まらぬ速さでアンジュを組みとり、ナイフを喉元に突きつけた。突然の事にアンジュだけでなくフィオナも唖然としていた。

 

 「ここでは上官の命令は絶対よ。わかった?」

 

 これには流石のアンジュも素直に従う他無かった。そして、サリアはフィオナにも告げる。

 

 「フィオナ、あなたもよ。いいわね?」

 

 「は、はい。わかりました」

 

 「上官に返事をする時は基本的には『イエス、マム』よ」

 

 「イ、イエス、マム」

 

 それから3人は部屋を出て行くのだった。

 



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第6話 まつろわぬ魂 Ⅱ

 フィオナ、アンジュ、サリアの3人はロッカールームにいる。サリアはロッカーを2つ開けると中から何かを取り出した。

 

 「ライダースーツ、着替えてちょうだい」

 

 フィオナはすぐに受け取ったが、アンジュはあからさまに嫌そうな顔をする。

 

 「サリア、これってサイズは合ってるの?」

 

 「問題ないわ。あなた達と体型が近い子の物だから」

 

 「こ、こんな破廉恥な服なんて着られません!」

 

 (まあ、確かにこれって着るの結構恥ずかしいんだよね。慣れれば大した事は無いんだけど)

 

 ライダースーツはデザインよりも利便性を重視しているので露出度が高い。目覚めた時から着ていたフィオナはともかく、縁のなかったアンジュが着るには恥ずかしい物である。

 

 「!? そ、それは?」

 

 アンジュがスーツを見て、目を丸くする。そこには血痕らしき染みと“ナオミ”と書かれたタグが付いていた。フィオナも受け取ったスーツを見てみる。そこには同じく血痕と“ジェシカ”と書かれたタグが付いていた。

 

 「ねえ、サリア。これってもしかして・・・」

 

 「察しがいいわね。そう、前の持ち主の名前よ。尤も、2人とも死んじゃったけどね」

 

 「あはは、やっぱり・・・」

 

 「し、死んだ者の服を着れと言うんですか!?」

 

 死者が着ていた物と聞いたアンジュはますます拒否反応を示す。

 

 「新品が欲しいなら自分で買いなさい。ただ、今はこれしかないから早く着てちょうだい」

 

 「嫌です!こんな物を着る位なら裸でいた方がマシです!」

 

 「アンジュ、落ち着いてってば」

 

 フィオナは宥めようとしたが、アンジュの返事を聞いたサリアは瞬く間にアンジュが着ていた服を脱がし、裸にすると廊下へ放り出す。ご丁寧に鍵を掛けた上で。

 

 『な、何するのですか!?開けなさい、早く!』

 

 「ねえ、サリア。アンジュだって本気で言ったわけじゃないし、本当に裸にして廊下に放り出さなくても・・・」

 

 「この手の相手には、こうした方が効くのよ。あなたも覚えておきなさい」

 

 「肝に銘じておきます」

 

 フィオナはそそくさとスーツに着替えた。3分後、漸くサリアは鍵を開けてアンジュを中に入れるのだった。

 

 「もう1度聞くわ。スーツを着る?それとも裸で過ごす?」

 

 サリアはスーツをアンジュに差し出しながら訊ねる。アンジュはしぶしぶながらもスーツを受け取るのだった。が、いつまで経ってもアンジュはスーツを着ようとしない。

 

 「どうしたのよ?」

 

 「アンジュ?」

 

 サリアとフィオナが首を傾げていると、

 

 「あの、手伝ってください・・・」

 

 恥ずかしそうに2人に頼んできた。

 

 「え、1人で服を着たことが無いの!?呆れた、子供以下ね」

 

 「まあまあ、サリア。アンジュはお姫様だったんだし、仕方ないよ。アンジュ、手伝うから」

 

 フィオナはアンジュにスーツを着せてあげるのだった。その間のアンジュの顔は羞恥で赤く染まっていた。

 

 

 その頃、医務室ではジルが右腕の治療を受けていた。傍らでは中年の女性がジルの義手のメンテナンスを行っている。

 

 彼女の名前はジャスミン。アルゼナルにおいて1番の古株で“ジャスミンモール”の店主でもある。

 

 「あらまあ、こんなにも真っ赤に腫れ上がっちゃってさ。ジュクジュクになってるわよ」

 

 マギーがジルの右腕を治療していた。すると、痛みが走ったのかジルの顔が歪む。

 

 「痛っ!」

 

 「あら、痛い?痛い?痛いわよねえ~」

 

 痛がるジルを見てマギーは嬉しそうな顔をしていた。腕は確かなのだが、やはり癖のある人物の様であり、フィオナに身体検査を行った時も嬉しそうな声を上げていたので彼女に気味悪がられていた。

 

 「酒臭いよ、マギー!」

 

 「あいたっ」

 

 しつこかったのでジルにヘッドチョップを喰らうマギーであった。

 

 「ジャスミン、義手の方はどう?」

 

 「外側のボルトが全部イカレちまってるねえ。ミスルギ皇国製の物に変えておくから少し値が張るよ」

 

 「司令部にツケといてくれ」

 

 「まいどど~も」

 

 それからジャスミンは修理した義手をマギーに渡す。受け取ったマギーはそれをジルの右腕に装着するのだった。

 

 「しかし、もうちょっとデリケートに扱えないのかねえ。ソイツはアンタほど頑丈には出来ちゃいないんだから」

 

 「悪いね、じゃじゃ馬が暴れてさ」

 

 義手を装着したジルはそれを使い、一服した。

 

 「例の皇女殿下か。いいのかねえ、第一中隊なんかに放り込んじゃってさ」

 

 「ダメなら死ぬ。それだけさ」

 

 相変わらずジルは不敵な笑みを浮かべているのだった。

 

 「ああ、そういえば。もう1人の記憶喪失の子も第一中隊に入ったんだってね。結局、その子の素性は分かったのかい?」

 

 ジャスミンが訊ねるとジルは首を横に振る。

 

 「いいや、あれから過去に戦死した奴やMIA(戦時中行方不明)になった奴のリストを上げてみたんだが結局、該当する奴はいなかった。今、エマ監察官に委員会へ照会をしてもらっている所だ」

 

 「そうかい。まあ、あんなに特徴のある子なら私が覚えてない筈がないしねぇ。しかもその子、あのタスクの紹介なんだってねえ」

 

 ジルは頷くとタスクの手紙をジャスミンに渡す。手紙を読んだジャスミンは嬉しそうな顔をする。

 

 「生きてたんだねえ、あの鼻タレ小僧。それで、ジル。この子に連絡は取るのかい?」

 

 「いや、今はやめておく。3枚目を読んでみな」

 

 ジルに言われて、ジャスミンが3枚目を読んでみるとそこには短くこう書かれていた。

 

 

 まだ、過去の事を清算しきれてないので貴女達に協力は出来ない

 

 

 「やれやれ、あの坊や。まだ、両親の事を・・・」

 

 「仕方ないさ、“あの戦い”で失ったのだからな・・・」

 

 先程とは違い、2人の顔はどこか寂しそうだった。それはマギーも一緒だった。

 

 

 シミュレータールームでは第一中隊の新兵教育が行われていた。ここでは、パラメイル操縦の疑似体験を行う事ができる。

 

 「これが、パラメイルのシミュレーターか。本当にパラメイルに乗ってるみたい」

 

 『シミュレーターといっても稼動している時の感覚は本物と一緒だから。あなたは慣れているだろうけど、適当にやってはダメよ。下手な事をすれば身体を痛める恐れもあるんだから』

 

 「うん、わかってる」

 

 サリアに注意されてから、フィオナはシミュレーションの準備をする。

 

 「えっと、プリナムチャンバーは良し。アレスティングギアも問題なし。うん、準備完了」

 

 『何をさせるつもりですか、この私に?』

 

 フィオナは準備を終えたが、アンジュは要領を得てなかった。

 

 『フィオナ機、アンジュ機、コンフォームド。ミッション07、スタート!』

 

 サリアはそう言うと2人のシミュレーターを稼動させる。

 

 「わっ!」

 

 『きゃああああ!』

 

 本物と変わらないGが襲いフィオナは驚き、アンジュと新兵達は悲鳴を上げていた。

 

 (すごい!シミュレーターなのに本物と殆ど変わらないなんて!)

 

 シミュレーターの精度の高さに驚くフィオナだったが既に本物を操縦し、戦闘も経験している彼女にとっては特にミスする事も無く、サリアの指示に問題なく応えていった。

 

 (馴染む様な感覚はないけど。うん、これならイケる!)

 

 フィオナはたちまち新兵には考えられないほどのハイスコアを叩き出すのだった。

 

 一方、アンジュも最初こそは機体に遊ばれてたものの、

 

 (この感覚・・・もしかして!) 

 

 何かを掴んだのか、動きはどんどん様になっていった。

 

 (やっぱり。これは・・・エアリア!)

 

 かつて、鳳凰院のエアリア部でキャプテンを務めていた彼女にとってパラメイルの操縦はエアリアのエアバイクの感覚に近いものだった。アンジュもまた、フィオナほどではないがハイスコアを叩き出した。

 

 「な、なんなの。この子達・・・」

 

 初めてのシミュレーターでハイスコアを記録したフィオナとアンジュを見たサリアは驚いて、唖然としていた。ちなみに他の新兵2人は失速したり、墜落したりで結果は散々なものだった。

 

 

 場所は変わってシャワールームでは第一中隊の面々がシャワーを浴びていた。

 

 「いや~、大したもんだな。フィオナはともかく、アンジュが初めてのシミュレーターで漏らさなかったなんて。なあ、ロザリー?」

 

 「え!?私の初めては、そのですね・・・」

 

 話を振られたロザリーは顔を赤らめる。漏らした経験があったのだろう。

 

 「気に入ったみたいね、あの子達の事」

 

 「ああ、悪くない」

 

 ゾーラは満足そうに頷く。それはヴィヴィアンも同じだった。

 

 「ねえねえ、サリア。アンジュとフィオナってなに?ちょー面白いんだけど!」

 

 サリアはシャワーを浴びている2人を見ると、

 

 「2人とも凄いとしか言い様がないわね・・・」

 

 そっと、そう呟くのであった。

 

 

 フィオナとアンジュはサリアに連れられて、寝泊りする部屋へと来た。

 

 「此処があなた達の部屋よ。2人で仲良く使いなさい」

 

 「待ってください!私、彼女と一緒に過ごさなければいけないのですか!?」

 

 (そこまで、はっきり拒絶されると流石に傷つくなぁ・・・)

 

 アンジュの反応を見たフィオナは苦笑していた。

 

 「我慢しなさい。私もルームメイトと一緒に暮らしてるのだから。個室が欲しいなら、自分で買う事ね。尤も、今のあなたでは高すぎて、手は出せないだろうけど」

 

 そう言うとサリアは暮らしに必要な物資を2人に渡す。それには、キャッシュ(アルゼナルの通貨)も一緒に付いてたのだがフィオナは首を傾げる。

 

 「ねえ、サリア。なんか私のキャッシュ、アンジュより多い気がするんだけど」

 

 そう、フィオナのキャッシュはアンジュのソレよりもずっと分厚いものだった。

 

 「ああ、それね。昨日の戦闘でスクーナー級を20匹撃墜したでしょ。あなたに支給されるキャッシュはその分も上乗せしたからって司令がね」

 

 「いいの?私、あの時はまだ入隊もしてなかったのに」

 

 「司令がいいって言ったんだから問題ないわ。ちなみにその時の戦闘に掛かった経費は差し引いてあるから。とにかく、足りない物はそれで揃えて。起床は明朝5時、いいわね」

 

 それだけ言うとサリアは去っていった。2人が中に入るとそこには殺風景な部屋があった。1つしかない窓を中心に棚とベッドとタンスが対になる様に並んでいた。決して広いとはいえず、2人で暮らすにはやっとな間取りだった。

 

 「・・・皇宮の私の部屋より狭いわ。ベッドも安物だし」

 

 「ははは。でも、私が昨日寝た牢屋よりはマシかも」

 

 それから2人は貰った物資をそれぞれのベッドに置いてから、そこに腰掛けるのだった。

 

 「私。これから先、ずっとここで暮らさなければならないのですか」

 

 「ノーマである以上、そうするしかないよ」

 

 「っ!なんであなたはそんなに平然としてられるのですか!?あなただって無理矢理此処へ連れてこられたんでしょう!」

 

 「私には他に行く所もないしね。アテのない旅を続けるよりはずっと良いと思ったんだ」

 

 「私はミスルギ皇国第1皇女、アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギです。ノーマだなんて何かの間違いに決まってます。必ず祖国から解放命令が来る筈です」

 

 アンジュは相変わらず現実を受け入れられない様である。それを見たフィオナは諭す様に言う。

 

 「アンジュ、いきなり此処へ連れて来られて戸惑うのは分かるよ。でもね、認めなくちゃ」

 

 「認める?何をですか?」

 

 「自分がノーマである事、そして此処で生きていく事をだよ。現実から目を背けていても、却って辛くなるだけだと思うな」

 

 「わ、私はノーマなんかじゃありません!それに此処での一生を受け入れろだなんて冗談じゃない。私は絶対にミスルギ皇国へ帰ります!!」

 

 「はぁ・・・やっぱりダメか」

 

 説得を試みたフィオナだったが、アンジュが聞き入れる様子はなかった。

 

 「まあいいや。とにかく、今日はもう寝よう。明日も早いしね。おやすみ、アンジュ」

 

 フィオナはそう言うとベッドで横になって毛布を被る。アンジュの方も毛布を被ると横になって眠りに付くのだった。暫くして、アンジュの寝息を確認すると思考を始める。

 

 (アルゼナルに来て2日目。まさかアンジュと同じ部屋になるとは思わなかったけど、まあいい。それよりもこれからの事を考えよう。今日1日で分かったけど、此処へ来てから起きた事は私が見た映像とほぼ同じ様に進んでいる。となると、アルテミスが見せた映像はこれから先、起こるであろう出来事を描写してたんだ)

 

 フィオナはアルテミスが見せた映像の内容を思い出す。その殆どは目を背けたくなる様な悲劇の連続だった。犠牲になった人達もたくさんいた。

 

 (もし、私がそれを変えられるなら、やっぱりそうしたい。難しいかもしれないけど、分かっているのに何もしないなんて嫌だもん。でも、そうなると此処での生活は気を付けないといけないな。最初の日にも言ったけど私がみんなの事やこれから起きるかもしれない事を知ってるのは絶対に知られてはいけない!)

 

 無論、そう考えるのには理由がある。もし、知られてその事が現実に起きてしまったら自分は必ず危険な目に遭うであろう事は目に見えている。それだけではない。その事が外の世界に知られればアルゼナルが窮地に陥る可能性だってあるのだ。

 

 (特に“あの男”が私の存在を知ったら、あらゆる手段を使ってでも私を抹殺しようとするだろう。未来がわかるだなんて知られたら彼が黙ってはいない筈だ)

 

 フィオナの脳裏に1人の男性の顔が浮かぶ。この世界を生み出し、理不尽なシステムを作り上げ、たくさんの人達を不幸にした元凶。神様と呼ばれる男の顔を。

 

 (その為にもここにいる仲間達にもこの秘密は隠し通さないといけない。となると、現時点で気を付けないといけないのは、当然ジル司令だよね。彼女に近しい人達もそうだ。あとは、サリアにヒルダ、それとエルシャも気を付けないと。あの人、おっとりしてそうに見えてその実、洞察力が半端無いからね。アンジュは・・・今は問題ないか。自分の事で精一杯だろうし。まあ、こんな所か)

 

 一通り、これからの事を頭の中で纏めるとフィオナは眠りに付くのであった。

 




リアルの事情で先週は更新できませんでした。今後の更新ですが最低でも週に1話は投稿したいとは思っていますが事情によっては止まる事もあるかもしれませんのでそれでも良ければこれからもよろしくお願いします。それでは


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第7話 まつろわぬ魂 Ⅲ

最新話を投稿します。このまま週1のペースでいけたらなと思ってます。ではどうぞ


 「例の新人達ですが、基礎体力、反射神経、格闘対応能力、更に戦術論の理解度、アンジュは全てにおいて平均値を上回っており、フィオナは更にそれを上回っております」

 

 「ほう。2人共、優秀じゃないか」

 

 エマの報告を聞いたジルは嬉しそうだ。

 

 「まあ、ノーマの中では、ですけどね」

 

 それだけ言うとエマは去っていった。ジルは移動しながら懐からアンジュから没収した指輪を見る。

 

 「パラメイルの操縦適正、特筆すべきものあり、か」

 

 やがて、ジルは1機のパラメイルの前に着く。それは、所々錆付いており年季を思わせる機体だった。

 

 (もしも、アンジュにコイツを操れるのならば・・・)

 

 そう思うとジルは再び移動する。そこにはアルテミスがあり、メイが点検を行っていた。

 

 「メイ。フィオナが乗っていたパラメイル、アルテミスといったか。何かわかったか?」

 

 「あ、司令。この機体、機動性や出力が本当に他のパラメイルとは比べ物にならない位高いよ。まるで・・・」

 

 「ヴィルキスみたい、か」

 

 メイが頷くとジルは再び彼女に訊ねる。

 

 「テスト飛行の結果はどうだったんだ?」

 

 「うん、5人のベテランライダーに飛行させたんだけど・・・」

 

 メイはアルテミスのテスト飛行の結果が記載された書類をジルに渡す。それを見たジルは眉を顰める。

 

 「やれやれ、散々たる有様だな」

 

 そこには5人全員がアルテミスを満足に操縦できなかったという結果があった。スピードが出ない、上手く旋回できない等で中には、あわや墜落しかけた者もいたという。

 

 「しかも全員、駆逐形態にできなかった、と」

 

 「うん。やろうとしたみたいなんだけど、操縦桿がロックされてるみたいに動かなかったんだって。まるでフィオナ以外に操縦されるのを嫌がってるみたい」

 

 メイの報告を聞いたジルはフィオナから没収したペンダントとアンジュの指輪を見比べてみる。

 

 (アクセサリーは違うが宝石は両方とも似ている。やはりこのペンダントはアルテミスと何か関係しているのか?)

 

 ジルは疑問に思うもすぐにメイにある事を命じる。

 

 「メイ、この機体をいつでも出撃できる様にしておけ」

 

 「また、テスト飛行するの?」

 

 「そんな事はしない。5人にやらせてダメなら何人にやらせても同じ事だ。かといって、遊ばせておくのは何の意味もない。なら、やる事は1つだけ、だろ?」

 

「! 了解」

 

 ジルの意図を読み取ったメイは笑顔で頷くと点検を再開する。

 

 (さて、あいつが此処のライダーになってからの初陣が楽しみだ)

 

 そう思うジルの顔は怪しく微笑んでいた。

 

 

 昼食を終えたフィオナは日用品の買出しに向かっていた。ちなみに今日の昼食のメニューはお粥、豚肉の煮物、ポテトサラダ、カッププリンだった。味はというと率直な感想を言えば、

 

 「不味くはないけど、一味足りない、かな」

 

 と微妙なものだった。それでも牢屋で食べた黒パンよりははるかにマシでプリンは普通においしかった。フィオナはそこそこ満足していたがアンジュは殆ど手を付けなかった。元皇女であり、美食で舌が肥えたアンジュにはここの料理は口に合わなかったのだろう。その事でヒルダ達と一悶着あったのは余談だ。ちなみにその時フィオナはその様子を離れた席から見ていた。最初はアンジュと一緒に食べようとしていたフィオナだったが、周囲の視線が自分に集中したのでアンジュを気遣い、目立たない席に移動したのだ。

 

 そんなフィオナは今、ジャスミン・モールに来ている。ここはアルゼナルで唯一の購買所であり、日用品からパラメイルの武装まで幅広く扱っている。キャッシュは主に此処で使われる。また、ビリヤード台やクレーンゲーム、バスケットコート等の遊具もあり、戦いに明け暮れるノーマ達の憩いの場でもある。しかし食堂同様、ここでもフィオナは周囲の注目を集めていた。

 

 「おや、なんか急に静かになったかと思えば、お前さんが来てたのか」

 

 ジャスミンが近くにいたフィオナに声を掛ける。

 

 「こんにちは。えっと・・・」

 

 「私はジャスミン。此処の店主だよ。隣にいるコイツはバルカン。マスコット兼番犬さ。ほら、挨拶しな」

 

 「ワン!」

 

 バルカンと呼ばれた大型犬が挨拶代わりに吠える。

 

 「しかし、皇女様といいアンタといい、みんなの注目を集めている様だね。尤も、アンタの場合は容姿が珍しいって事もあるだろうがね」

 

 「からかわないでくださいよ。食事の時もみんなジロジロと見るから落ち着きませんでした」

 

 「まあ、2,3日もすればみんな慣れるだろうさ。それで、今日は何か買いにきたのかい?」

 

 「あ、はい。替えの下着やパジャマ、それから日用品を買いに来たんですけどありますか?」

 

 「ありますか、だって?ここはブラジャーから列車砲まで何でも揃うジャスミン・モールだよ。衣類はあっち、雑貨はあそこにあるから好きな物を選んで此処へ持ってきな」

 

 (ブラジャーはともかく、列車砲なんて何に使うんだろう?此処には列車どころか鉄道もないのに・・・)

 

 聞こうと思ったフィオナだったが、野暮だと思い止めるのだった。

 

 衣類売場にやってきたフィオナはまずは下着を選ぶ。下着にもいろいろなタイプがあり普通の物から所謂、勝負下着と呼ばれる派手な物もあった。

 

 「こ、こんなに派手な物もあるんだ。とてもじゃないけど私は買って身に着ける勇気はないな・・・」

 

 何となくだがゾーラ隊長とエルシャなら買うかも、と思いつつフィオナは無難に普通の下着をチョイスするのだった。次にフィオナはパジャマを選ぶ。

 

 「あ!これ、可愛い。これにしようっと」

 

 気に入った物があったらしく数着ほど手に取り、買い物カゴに入れていった。

 

 次に日用品売場にやってきたフィオナは暮らしに必要な物を次々とカゴに入れていった。

 

 「ジャスミンさん、お勘定お願いします」

 

 「はいよ~」

 

 ジャスミンはフィオナが買った物に目を通していく。と、ジャスミンは彼女が買ったある物を見て目を細める。

 

 「・・・ねえ、お嬢ちゃん。アンタの趣味をとやかく言う気は無いけどさ。嬢ちゃん位の歳でこういう柄のパジャマはどうかと思うんだけどねぇ。もうちょっと大人っぽい物でもいいんじゃないのかい?」

 

 ジャスミンがそう言うのも無理はなかった。フィオナが買ったパジャマはどれもが花柄模様だったり、動物柄だったりと幼年部の子達が着そうな物だった。

 

 「えー。だって、可愛いじゃないですか」

 

 「まあ、アンタが良いっていうならいいんだけどさ」

 

 それから、フィオナは買った商品の代金分のキャッシュをジャスミンに支払った。先日の戦いで多額の報酬を得ていた為、色々買っても彼女の懐はまだ余裕だった。買った物が入った買い物袋をジャスミンから受け取ったフィオナは帰ろうとした、その時である。

 

 「おや、誰が来ているかと思えばルーキーさんじゃないか」

 

 ヒルダがロザリー、クリスを伴いジャスミン・モールにやって来ていた。

 

 「あらあら、早速買い物かしら?此処へ来て間もないのに優雅なものねぇ~」

 

 ヒルダが嫌みったらしくフィオナに訊ねる。

 

 「・・・皆さん、どうも。じゃあ、私はこれで」

 

 相手にすると面倒だと思い、フィオナは行こうとした。が、

 

 「待ちなよ、もう少しくらい付き合ってくれてもいいじゃないか」

 

 ヒルダに足止めされてしまう。その上、買い物袋をロザリーにひったくられる。

 

 「さーて、一体何を買ったのかな、と」

 

 ロザリーが袋の口を開けて、中を見てみる。途端にロザリーが吹き出す。

 

 「ぷっ、あはははは。お、おい、ヒルダ、クリス。こいつが買った物、見てみろよ!」

 

 ロザリーに言われ、2人も袋の中を見てみると同じ様に吹き出す。

 

 「あーはっはっは。何、このパジャマ。まさかルーキーさんにこんな幼稚な趣味があったとはねぇ~」

 

 「うん、子供っぽい」

 

 3人はフィオナを嘲笑する。遠巻きから見ていたジャスミンは額に手を当てて、『だからいわんこっちゃない』と言わんばかりの表情をしていた。

 

 「・・・もう、気は済んだ?だったら、それを返してくれないかな?」

 

 心なしかフィオナの声が低く聞こえる。顔には出さないが、買った物をバカにされて頭にきているのだろう。

 

 「ハン、やなこった。返して欲しけりゃあたしから力づくで取り返してみな。まあ、どうしてもってんなら『返してください、ロザリー先輩』って、頭下げて・・・ん?」

 

 ロザリーがフィオナを見ると彼女は上を向いていた。

 

 「何だよ、天井に何かあるのか・・・って、きゃっ!」

 

 何かと思いロザリーが上を向いた途端、フィオナは彼女に足払いを仕掛けた。ロザリーの視界は反転し、持っていた買い物袋を手放してしまう。その隙を見逃さずフィオナは買い物袋をスッ、とキャッチするのだった。同時にロザリーは床に転倒した。

 

 「いってえーーーー!!」

 

 「ロザリー、大丈夫!?」

 

 ロザリーの悲鳴がジャスミン・モールに響き、周囲の視線がフィオナ達に集まる。

 

 「これでいいですか?ロザリー先輩」

 

 「な、何しやがんだテメェ!」

 

 「自分で言ってたじゃないですか。『力づくで取り返してみな』って。だから、力づくで取り戻しました」

 

 フィオナは理路整然と答える。ヒルダはこの光景を面白そうに見ていた。

 

 「へえ。アンタ、あの痛姫よりは大人しいけどヘタレってわけじゃなさそうね」

 

 「私もやる時はやる方だよ。あんまり、ナメないでくれるかな」

 

 ヒルダの言葉にフィオナは静かに反論した。

 

 「頭カラッポのくせして、偉そうな事言ってんじゃねえよ!!」

 

 立ち上がったロザリーはフィオナに殴りかかろうとした。が、フィオナはサッ、とかわすとロザリーの腕を掴み、そのまま彼女を組みとる。

 

 「痛っ!こ、このアマ!」

 

 「ロザリー、1ついいかな?確かに私は記憶喪失だよ。自分の名前すら分からないほどのね。けど、何も理解できない馬鹿ってワケじゃないよ。失礼な事を言われたり、されたりしたら私だって怒る事はできるよ」

 

 フィオナは低い声でロザリーに告げる。クリスは不安げに見ていたが、ヒルダは楽しそうだ。

 

 「そこまでだ、アンタ達!喧嘩なら余所でやんな。私の目の黒い内はこのジャスミン・モールで揉め事は許さないよ!」

 

 「グルルルルッ!」

 

 ジャスミンとバルカンが駆けつけてきて、フィオナ達を咎める。フィオナはロザリーを離すと、

 

 「すみませんでした、ジャスミンさん」

 

 ジャスミンに頭を下げて去ろうとした。しかし、またしてもヒルダが彼女の前に立ち塞がる。

 

 「今度は何?」

 

 「ルーキーさん、1つだけ忠告しとくよ。アンタはあの痛姫と違って現状認識は出来ているみたいだけど、あんまり調子に乗らない事ね。でないと、ドラゴンだけじゃなく味方からも狙われるハメになるよ」

 

 「・・・ご忠告どうも。あと、私の名前はフィオナであって、ルーキーなんて名前じゃないよ。それからあの子は痛姫じゃなくてアンジュだよ」

 

 それだけ言うとフィオナはヒルダの傍らを通って、去っていった。彼女の後姿を見たヒルダは不敵な笑みを浮かべ、ロザリーは悔しそうに舌打ちする。ジャスミンはやれやれと呆れていた。

 

 

 「あ、あの。大丈夫ですか?」

 

 ジャスミン・モールを出たフィオナは1人の少女に声を掛けられる。少女の手にはレターセットが抱えられていた。

 

 「あれ?あなたは確か・・・」

 

 「はい。私、フィオナさんと同じ第一中隊の新兵、ココです」

 

 「そうだ、ココちゃんだったね。私に何か用?」

 

 「あ、いえ。さっき、ヒルダさん達と揉めていたから大丈夫かな、って」

 

 「平気だよ、ちょっと因縁を付けられただけだから。ココちゃんは買い物に来てたの?」

 

 「はい。アンジュさんに頼まれて、これを買いに」

 

 ココは買ったレターセットをフィオナに見せる。それから、2人はアンジュが待つ海が見渡せる廊下へ行った。そこにはアンジュと第一中隊のもう1人の新兵がいた。

 

 「遅いよ、ココ。って、フィオナも一緒だったんだ」

 

 「ごめん、ミランダ。途中でフィオナさんに会ったんだ」

 

 ミランダと呼ばれた少女に謝ってから、ココはレターセットをアンジュに渡す。

 

 「あなたも買い物をしてたのですか?」

 

 「うん、日用品をちょっとね。アンジュこそ、レターセットなんて何に使うの?」

 

 「・・・あなたには関係ありません」

 

 相変わらず素っ気無い態度のアンジュにフィオナは苦笑する。

 

 「あの、アンジュさん。外の世界ではどうやって買い物をしていたのですか?」

 

 ココがアンジュに質問をする。アンジュは懐かしむように答える。

 

 「望めば何でも手に入りました。望んだ物が手に入り、望んだ自分になれる。格差、暴力、差別もなく、困った事は何も起きない。全ての闇から解放されたマナの光に祝福された世界」

 

 アンジュの話を聞いたココは目を輝かせていたが、フィオナはやや冷めた目をしていた。

 

 (格差も暴力も差別もない、か。まあ、確かにそうだろうね。“マナが使える人間”にとっては、ね)

 

 フィオナは知っていた。外の世界は人間には優しいが、ノーマには非情で冷酷な場所である事を。

 

 「本当にあったんだ、魔法の国」

 

 そんなフィオナの想いも露知らず、ココは外の世界に憧れを抱いていた。

 

 「ありがとうございました。では、私はこれで・・・」

 

 アンジュはココ達にお礼をすると行こうとした。すると、

 

 「あ、あの。また、明日。アンジュ様。あと、プリン食べて下さいね」

 

 ココがアンジュに挨拶をする。

 

 「アンジュリーゼです」

 

 アンジュはそう返事をすると去っていった。ココはウットリしており、ミランダは呆れていた。

 

 「まったく、ココったら。あ、そういえばフィオナにはまだ言ってなかったよね。私は・・・」

 

 「知ってるよ。ミランダちゃんだよね。私達と同じ新兵の」

 

 「あ、覚えてたんだ?よかった、アンジュには忘れられてたから」

 

 「覚えてるよ。同じ第一中隊の仲間なんだからさ」

 

 フィオナは笑顔で答えていたが、

 

 (そう、忘れる筈がない。だってこの2人は・・・)

 

 心の中は真剣そのものだった。それからフィオナは2人と雑談してから、彼女達と別れるのだった。

 

 

 フィオナが部屋に戻るとアンジュがレターセットの手紙を使って何かを書いていた。フィオナは買い物袋を自分のベッドに置くとこっそりアンジュの後ろに近づくと彼女が書いていた手紙を抜き取る。

 

 「!? 何するんですか、返してください!」

 

 「なになに、『私、ミスルギ皇国第1皇女、アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギのアルゼナルからの即時解放と皇族復帰を求められたし』って、何これ?」

 

 内容からして、大体の想像は付くがフィオナはアンジュに訊ねる。アンジュはフィオナの手から手紙をひったくると、

 

 「嘆願書です。これをミスルギ皇国を含めた各国の上層部に出して、私を此処から出してもらうんです」

 

 そう答えた。最早、悪足掻きとしか言い様のないアンジュの行動にフィオナは呆れる他なかった。

 

 「その為に態々レターセットを買ったんだ。はあ、あのねアンジュ。そんな物を出した所で受け取ってなんかくれないよ」

 

 「そんなのやってみないと分からないじゃないですか!とにかく、私はこんな所にずっといる気はありません」

 

 フィオナは呆れながら、ふと近くにあったゴミ箱に目を向ける。そこには書き損じて丸められた紙屑に混じって、プリンが捨てられていた。フィオナはそれを拾い上げると顔を顰める。

 

 「・・・ねえ、アンジュ。これってさ、ココちゃんがあなたにあげたプリンだよね?」

 

 「そうですけど、それがどうかしましたか?そんな不味そうな物なんて食べられません。ましてや、ノーマから貰った物なんて。なんなら、あなたにあげるわ」

 

 このアンジュの物言いには流石にフィオナもキレそうになったが、グッと堪えた。ヒルダ達がアンジュを痛姫呼ばわりする気持ちが少しだけ分かった様な気がした。同時にこの場にココがいなくてよかった、と安堵もした。

 

 「まあいいけどね。でもさ、アンジュ。仮にミスルギ皇国に戻れたとしてだよ?アンジュの居場所はそこにあるのかな?」

 

 「それはどういう意味ですか?」

 

 「アンジュが此処へ来た経緯、ジル司令から教えてもらったよ。洗礼の儀でお兄さんにノーマだって暴露されて、国民達にも嫌われたんでしょ。お父さんは拘束されて、お母さんはアンジュを庇って亡くなってしまった。そんな状況で戻れたとしても、此処で暮らす以上に辛い目に遭うだけだよ」

 

 事実、そうなる。アンジュの兄、ジュリオは彼女を亡き者にせんと手ぐすねを引いているのだ。

 

 「そんな筈はありません!私は皇女です。ミスルギ皇国こそが私がいるべき場所なのです。此処よりも辛いだなんて、適当な事を言わないでください!ノーマなんかに、何が分かるというの!?」

 

 どんどん声を荒げていくアンジュにフィオナは悲しそうに首を振る。

 

 「アンジュの言いたい事はわかったよ。でも、よく考えてみた方がいいよ。自分が本当にやるべき事は何なのかをさ」

 

 そう言うとフィオナは部屋から出て行った。

 

 

 海の見える廊下で佇んでいたフィオナはある事を考えていた。

 

 (アンジュが嘆願書を書いているという事は初出撃は近いって事だよね。それはつまり、“あの悲劇”も間近に迫っているという事だ)

 

 第一中隊でのアンジュと自分の初出撃。これには大きな意味がある。デビューとかそういうものではない。映像で見たアンジュの初出撃の内容は悲劇で彩られていた。

 

 現実を受け入れられないアンジュは初出撃の際、命令を無視しパラメイルを使ってミスルギ皇国へ帰ろうとする。サリアが止めようとするがアンジュは止まらない。

 

 そこで最初の悲劇が起こる。アンジュと外の世界に憧れていたココは彼女についていこうとした。その時、開いたゲートからのドラゴンの光線がココをパラメイル諸共貫き、彼女を死に至らしめてしまう。

 

 程なくして次の悲劇が起こる。なおも逃亡しようとするアンジュを今度はミランダが止めようとするがココの死に悲しんでいた彼女の隙をスクーナー級が見逃さず、ミランダをパラメイルから突き落とし、落ちた彼女はスクーナー級に捕まり、そのまま捕食されるのである。

 

 だが、悲劇はこれでは終わらない。2人の死、そしてドラゴンに追われパニックに陥ったアンジュはガレオン級にトドメを刺そうとしたゾーラの機体にしがみついてしまい、それが原因でガレオン級の攻撃をまともに喰らってしまい、アンジュは助かるがゾーラは命を落としてしまう。そして、この事はアンジュと第一中隊、主にヒルダ達との間に大きな禍根を残す結果となるのだ。

 

 (あの様子からしてアンジュは確実に初出撃で逃亡を図るだろうな。そうなればゾーラ隊長、ココちゃん、ミランダちゃんの3人は間違いなく死ぬ。絶対にそれだけは避けたい。必ず助けるんだ!)

 

 フィオナは決意する。この悲劇を何としてでも回避すると。その時だった。

 

 グゥ~~

 

 「・・・そういえば、そろそろ夕食だっけ?食堂に行こう」

 

 腹が減っては戦は出来ぬ。フィオナは食堂へ向かうのだった。

 




原作での食堂での一件は簡略し、代わりにジャスミン・モールでのフィオナとヒルダ達との争いを書いて見ました。あとはココ、ミランダとの顔合わせ。そして、最初の運命の分岐点が迫りつつあります。次回はまつろわぬ魂のラストの話になります。楽しみにしていてください。それでは


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第8話 まつろわぬ魂 Ⅳ

まつろわぬ魂のラストです。あのイベントもあります。ではどうぞ


 夕食を終えたフィオナは部屋へと戻ってきた。そこにアンジュの姿はなかった。おそらく書いた嘆願書を携えて、司令部に行ったのだろう。ジルとエマの呆れる顔が目に浮かぶようだ。

 

 「まあ、1人で考えるにはちょうどいいかもね」

 

 フィオナはそう言うと自分のベッドに座り、思案を行う。

 

 (3人を死なせない為にはアンジュに敵前逃亡させないのが1番だけど、まあムリだろうね。あの様子じゃ間違いなくやるだろうな・・・)

 

 外に出たがっている者ほど目の前にその手段があれば、その誘惑には勝てないものである。

 

 (なら、アンジュを出撃させない様にする?いや、それじゃ何の解決にもならない。今回の出撃で出なかったとしても、次の出撃で逃亡を図れば結局は同じ事だよね。なら方法は1つ)

 

 「私が何とかするしかない、か」

 

 やはり、自分でどうにかするしかないだろう。内容が内容だから、誰かに相談なんて出来る訳もない。フィオナは、ゾーラ、ココ、ミランダを救う作戦を練り始める。

 

 「出てくるドラゴンは確かガレオン級が1匹、スクーナー級が22匹だったよね。だから、私がやる事は・・・」

 

 フィオナは考えた作戦を頭の中に纏める。作戦の手順はこうだ。

 

 

 1.アンジュが逃亡しても自分は追わない。追跡はサリアに任せる。

 

 2.ココがアンジュについて行ったらすぐに追いかけ、彼女の機体の隣につける。

 

 3.シンギュラーが開く前にココを自分の機体に乗せ、すぐに離れる。

 

 4.ミランダの機体にココを乗り移し、アルゼナルへ戻る様に指示する。

 

 5.2人が戦闘区域を出るまでスクーナー級と交戦する。

 

 6.その後、ゾーラ達がガレオン級を撃墜するまでアンジュの動きを牽制する。

 

 

 「これで行くしかない、か。はあ、色々とやる事が多くて大変だな」

 

 だがやるしかない。でなければ待っているのは悲惨な結末だけである。だが、1つ問題がある。

 

 「私はどの機体で出撃する事になるんだろう?」

 

 作戦を実行するにしても乗るパラメイルによって左右される。できれば乗り慣れたアルテミスが望ましいがそれが無理ならば新兵用のグレイブでやるしかない。

 

 「何にしてもやるしかないんだけどね。さて、方針は大体決まったね。後は、出撃までの時間をどうやって過ごそうかな?」

 

 フィオナが時間潰しに何をやろうか考えていると、

 

 コン、コン

 

 「うん、誰だろう?アンジュ?いや、でもアンジュなら自分の部屋にノックなんかするわけないし・・・」

 

 疑問に感じながらもフィオナがドアを開けると、

 

 「おー、ここにいたかフィオナ」

 

 そこには赤いバスローブを着たゾーラがいた。よく見ると彼女の隣にはアンジュもいる。

 

 「ゾーラ隊長?どうしてアンジュと一緒に・・・」

 

 「くっ!離しなさい!」

 

 「暴れるな。いやな、お前に用があってな。今から私につきあえ」

 

 何につきあうのかと思ったフィオナだったが、ここへ来た初日にゾーラにされそうになった事を思い出し顔が青くなる。

 

 「い、いや。私、ちょっとこれから用事がありますので・・・」

 

 「残念だがお前に拒否権はない。サリアから聞かなかったか?此処では上官の命令は絶対だと。それは例えプライベートでも同じだ。わかったか?」

 

 「・・・イエス、マム」

 

 断ろうとしたフィオナだったがゾーラの命令と威圧に従う他なかった。そのまま、アンジュと共にゾーラに連れて行かれるのだった。やがて、“休憩室”と書かれた部屋の前に着き、中に入れられる。そこは薄暗く、大きめのベッドが1つだけある部屋だった。すると2人はゾーラによって、そのベッドに押し倒されると彼女は2人に覆いかぶさる様に乗ってきた。

 

 「状況認識が甘いと戦場では生き残れんぞ、アンジュ。フィオナも腕が立つからといって増長するとすぐに命を落とすぞ」

 

 「私は絶対に国へ帰ります!」

 

 「あ、あの。別に私、増長なんて・・・」

 

 「言っても分からないなら身体で教え込んでやろう」

 

 ゾーラはそう言うとまずアンジュの唇を奪う。程なくして、今度はフィオナの唇も奪うのだった。2人の身体が強張るが間もなく新たな刺激が襲い掛かる。ゾーラが2人の制服の中に手を入れて、胸を揉み始めたのだ。アンジュとフィオナの顔は羞恥で赤く染まる。

 

 「私の命令には素直に従え。そうすれば、お前達の知らない快楽を教えてやる」

 

 そう言いながらゾーラは2人の身体を愛撫する。今まで感じた事のない刺激にフィオナの身体は熱くなり、意識が虚ろになりかける。と、アンジュが目を見開きゾーラに平手打ちをする。するとゾーラの右目が飛び出す。いや、正確にはそれは義眼だった。

 

 「ひっ!?」

 

 「ゾ、ゾーラ隊長・・・」

 

 義眼を見たアンジュは嗚咽を漏らし、フィオナは唖然としていた。叩かれたゾーラは怒る所か嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

 「うっふっふっふ。いいね、いいねぇ。ノーマはやはりこうでなくちゃねえ」

 

 「わ、私はノーマなんかではありません」

 

 「あの、大丈夫ですか?ゾーラ隊長」

 

 アンジュはノーマである事を否定し、フィオナはゾーラを気遣う。

 

 「なに、心配するな。義眼が外れただけさ。目玉や片腕が吹っ飛ぼうが、戦う本能に血が滾る。それが私達、ノーマなのだからな」

 

 ゾーラは義眼を拾い上げると自分の右目に填める。それから再び2人の元へ行く。アンジュは抵抗しようとするが軽くあしらわれる。ゾーラは2人の愛撫を再開する。

 

 「昂ぶってんじゃねえか2人共。フィオナ、私の触り方がそんなに刺激的だったか?アンジュ、私を吹っ飛ばして高揚したか?」

 

 「ち、違います・・・」

 

 「いえ、こういうのは初めてですから・・・」

 

 2人が否定する中、ゾーラは2人の間に入り込みそれぞれの首筋を舐める。

 

 「ふふふ。思い出すねぇ。お前達も不満だったのだろう?“偽善に塗れたあのクソッタレな世界”がさ」

 

 (! この人、もしかして!?)

 

 ゾーラの言葉を耳にしたフィオナは目を見開き、ある事を悟る。すると、

 

 ビー、ビー、ビー!!

 

 部屋にあったサイレンが鳴り響く。このサイレンはアルゼナルの全ての部屋に設置されている物だ。

 

 「ちっ!いい所だってのに。本番だ、アンジュ、フィオナ」

 

 ゾーラは舌打ちし、2人に命令すると部屋から出て行った。

 

 「本番って、何なのですか一体・・・」

 

 「きっと、ドラゴンが現れたんだよ。急ごう、アンジュ」

 

 2人は唇を拭き、乱れた制服を整えるとライダースーツに着替える為にロッカールームへ向かうのだった。

 

 

 ロッカールームに着いたフィオナは自分のロッカーを開けて、中からライダースーツを取り出す。と、下の方に光る物が落ちている事に気付く。

 

 「あれ、これって!」

 

 それはジルに没収された筈の自分のペンダントだった。なぜ此処に、と思ったフィオナだったが今はそれ所ではなかったのでライダースーツと一緒に身に着けるのだった。

 

 「各機、エンジン始動。武装と弾薬の装填を急げ!!」

 

 ドックではメイの声が響く。それぞれのパラメイルが発着場に置かれていく。

 

 「アンジュは後列1番左の機体。フィオナは後列1番右の機体に乗って」

 

 サリアは2人に命令する。と、フィオナのペンダントがアンジュの目に入る。

 

 「!? あなた、そのペンダントは!」

 

 訊ねようとしたアンジュだったがフィオナは自分が乗る機体の元へ行ってしまう。アンジュは追いかけようとしたが、

 

 「アンジュ、何をしているの!あなたの機体はこっちよ。急いで!」

 

 サリアに叱られて、仕方なく自分が乗る機体へ向かうのだった。

 

 

 自分が乗るパラメイルが置いてある場所へ向かったフィオナはその機体を見て目を見開く。

 

 「これは、アルテミス!?」

 

 果たしてそれは没収された筈の自分のパラメイル、アルテミスだった。

 

 「あ、フィオナ。アルテミスはちゃんと整備しておいたからね」

 

 メイがフィオナに近寄ってきて、そう告げる。

 

 「メイ。でも、これは没収された筈じゃ・・・」

 

 「司令が出撃できる様にしておけってさ。フィオナはこれに乗って戦って!」

 

 メイはそう言うと自分の持ち場へと戻っていった。

 

 (それじゃ、このペンダントを私のロッカーに置いたのも司令だったんだ)

 

 何にせよ、初めて乗るグレイブではなく乗りなれた自分のアルテミスで出撃できるのは幸運といってもいいだろう。フィオナはアルテミスに乗ると発進準備に入る。ちなみにフィオナは今、最初に被っていたヘルメットではなく、目を覆うだけのバイザーを装着している。髪が長いあなたはヘルメットよりもバイザーの方がいいだろう、というサリアからの勧めだ。

 

 (私はゾーラ隊長達を助けたい!だから、力を貸してアルテミス!)

 

 フィオナはペンダントを握り締めながら強く願うのだった。

 

 『生娘共、初陣だ!といっても、1人は実質2度目だがな。お前達は最後列から援護。隊列を乱さずに落ち着いて状況に対処しろ。訓練通りにやれば死ぬ事はない』

 

 『イ、イエス、マム!』

 

 ゾーラの通信越しの指示にココとミランダが緊張気味に応える。すると、

 

 『そういう事だ。特にルーキー!前みたいに割り込んで来てあたし等の獲物を横取りしたりするんじゃないよ』

 

 ヒルダが通信を入れてきて、フィオナに釘を刺す。

 

 「イエス、マム」

 

 反論する訳でもなく、ただ静かに応えるフィオナだった。彼女にとっては、手柄争いなんてどうでもよかった。自分にはそれよりも、もっと重要で大切な任務があるのだから。

 

 『全機、発進準備完了!進路クリア、発進どうぞ!』

 

 「ゾーラ隊、出撃!」

 

 ゾーラの機体が発進し、大空へと飛び立っていく。彼女に続くように他の機体もどんどん発進してゆく。

 

 (始まる、私の戦いが。失敗は許されない。ゾーラ隊長には聞きたい事もあるし絶対に成功させるんだ!)

 

 「ゾーラ隊、フィオナ機。発進します!」

 

 決意と共にフィオナはアルテミスを発進させ、大空へと飛び立っていくのだった。

 

 

 運命を変える最初の戦いが今、始まる!!

 




あのイベントを文章化するのは大変でしたがフィオナは女性主人公なのでカットする訳にはいきませんでした。次はいよいよ運命の初出撃です。フィオナは3人の死を回避できるのか。楽しみにしていてください。それでは


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第9話 仲間を救え!牙を剥く運命

 アルゼナルを飛び立った第一中隊はシンギュラーポイントを目指し、飛行していた。フィオナを除くアンジュを含めた新兵3人のパラメイルの操縦はやや安定性に欠けていた。

 

 「本物のパラメイルはどうだ、生娘ども!墜落なんてするんじゃないよ!」

 

 ゾーラが新兵達に檄を飛ばす。しばらく飛行していると、

 

 『シンギュラーまで距離1万』

 

 オペレーターから通信が入る。戦闘区域が近くまできている様だ。

 

 「よし、各機フォーメーションを組め!」

 

 『イエス、マム!!』

 

 ゾーラの指示と共にパラメイルが隊列を組む。

 

 『位置につきなさい。アンジュ、フィオナ』

 

 「イエス、マム!」

 

 フィオナは隊列の後方につく。だが次の瞬間、異変が起きる。

 

 『アンジュ機、離脱!』

 

 アンジュが隊列を離れて、離脱を始めた。外に出ていることに気付いたアンジュが逃亡を図ったのである。尤も、フィオナにとっては予定調和である事なのだが。

 

 「チッ!」

 

 (アンジュのバカ・・・)

 

 サリアは舌打ちするとアンジュを追跡する。フィオナは分かっていたとはいえ、逃亡したアンジュに対して心の中で悪態をついていた。

 

 「アンジュ、何をしているの!?もうすぐ戦闘区域なのよ!すぐに戻りなさい!!」

 

 サリアはアンジュを叱咤するが、彼女は逃亡を止めない。

 

 『私の名はアンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギです!私は自分がいるべき世界、ミスルギ皇国へ帰ります!!』

 

 通信越しにアンジュの声が聞こえてくる。それを聞いたフィオナはココの動向を窺う。

 

 「命令違反は重罪よ!戻らないと言うなら・・・」

 

 アンジュの機体の横に着いたサリアは彼女に銃を向ける。すると、

 

 「アンジュリーゼ様~!私も連れてってください!」

 

 「!? な、何を言っているのココ!?」

 

 ココが隊列を離れ、アンジュの方へ向かいだした。これにはサリアだけでなく、ミランダも驚いていた。

 

 (ココが動いた!ミッション・スタート!!)

 

 しかし、フィオナは慌てる事無く待っていたとばかりにココについて行く。彼女の作戦が今、始まったのである。

 

 「私も魔法の国へ!」

 

 興奮するココを余所に彼女の機体の隣にアルテミスを着けるフィオナ。そして、彼女は上を見る。すると、自分達の真上にシンギュラーが開こうとしていた。

 

 (今だ!)

 

 それを合図にフィオナは機体に身を乗り出すと、すかさずココを抱えてアルテミスに乗せる。

 

 「きゃっ!え、フィオナさん!?」

 

 「話は後。それよりもすぐに離れるよ!」

 

 フィオナはココを後ろに乗せるとその場から離れる。次の瞬間、

 

 ドオォォーーン!!

 

 先程までココが乗っていたパラメイルはシンギュラーから放たれた光線に貫かれた。機体はそのまま海に墜落、爆散するのだった。

 

 「な、何が起こったの?」

 

 今の瞬間を見たココはすっかり興奮から冷めて、呆然としていた。そして、

 

 『ドラゴン、コンタクト!』

 

 シンギュラーから次々とドラゴンが現れる。

 

 「なに、これ・・・」

 

 初めて見るドラゴンにアンジュは言葉を失う。それを余所にフィオナはシンギュラーの様子を窺っていた。ガレオン級が出たのを確認したフィオナが次の行動に移ろうとした、その時だった。

 

 「!? そ、そんなバカな!!」

 

 今度はフィオナが驚愕した。何故ならば、ガレオン級の後ろから“もう1匹のガレオン級”が出てきたからである。

 

 『敵影補足。ガレオン級2、スクーナー級25!』

 

 「ガレオン級が2匹だって!?」

 

 「1匹でも厄介なのが2匹もいんのかよ・・・」

 

 これにはヒルダ達も唖然としていた。だが、1番驚いていたのはフィオナだった。

 

 (な、何で・・・ガレオン級は1匹だけの筈なのに)

 

 映像との食い違いに戸惑っていたが、

 

 (いや、落ち着けフィオナ。確かに数は増えているけど、やる事は同じだ)

 

 すぐに冷静さを取り戻して、次の行動に移る準備をする。

 

 「ゾーラだ、総員聞け!新兵教育は中止。これよりドラゴンの殲滅を開始する。陣形は前回と同じで行く。いいな!」

 

 『イエス、マム!!』

 

 「よし!総員、駆逐形態!攻撃開始!」

 

 ゾーラの号令と共にパラメイルがアサルトモードになり、ドラゴンに攻撃を始める。

 

 「隊長、違反者への処罰は?」

 

 『この戦いが終わってからだ』

 

 「・・・イエス、マム」

 

 サリアは銃をしまうとアサルトモードにして戦線へ戻っていった。

 

 「隊長、私達は何をすればいいですか?」

 

 フィオナがゾーラに通信を入れる。すると、

 

 『こっちがドラゴンを片付けるまで生き残りな!』

 

 簡潔だが難しい答えが返ってきた。

 

 (生き残れ、ね。簡単に言ってくれるよホントに。まあ、そのつもりだけど)

 

 フィオナは呆れつつも通信を開く。パラメイルの通信には近場にいる全ての機体に通信するOPCh(オープンチャンネル)と特定の機体にのみ通信するPVCh(プライベートチャンネル)の2種類がある。フィオナはミランダの機体にPVChを入れるのだった。

 

 「ミランダちゃん、すぐに私の機体の隣に来てくれるかな?」

 

 『フィオナ?うん、分かった』

 

 ミランダは返事をすると自分の機体をアルテミスの隣に着けてきた。

 

 「! ココ、無事だったの!?」

 

 「うん、フィオナさんが助けてくれたの」

 

 「そうなんだ・・・よかった。ココの機体が落ちたから私、てっきり」

 

 ココの無事を確認したミランダの表情が和らぐ。

 

 「2人とも安心するのはまだ早いよ。ミランダちゃん、頼みたい事があるけどいいかな?」

 

 「え、何。頼みたい事って?」

 

 珍しく真剣そうな顔をしたフィオナにミランダは戸惑いつつも聞き返す。

 

 「今から、ココちゃんを連れてアルゼナルまで戻ってくれないかな?」

 

 「え、ええ!?ど、どうして?」

 

 「見ての通り、ココちゃんの機体はさっき墜落してしまった。このままドラゴンと戦うにしても、攻撃をかわすにしても2人乗ったままでは支障が出ると思うんだ。だから、1度アルゼナルへ帰投してココちゃんの安全を確保して欲しいの」

 

 「そ、それはそうだけど。でも、勝手に帰投したら命令違反になるんじゃ。ゾーラ隊長に許可を貰ってから・・・」

 

 「そうしたいのはヤマヤマだけど今はドラゴンと戦闘中だし、それにいつドラゴンがこっちに襲い掛かってくるか分からないでしょう」

 

 そうでなくても、あの強気なゾーラの事だ。さっきの様に頑張って生き残れ、なんて無茶な事を言い出しかねない。悠長に構えている暇は無いのである。

 

 「大丈夫。後で問題になったら、『私に言われてやった』って言えばいいよ」

 

 「で、でも。じゃあ、フィオナはこの後どうするつもりなの?」

 

 「私は残って、ドラゴンを迎え撃つ。2人の元へドラゴンを行かせない様にね」

 

 「ええ!?本気で言ってるの?1人でなんて無茶だよ!」

 

 「心配しないで。ゾーラ隊長から私の事は聞いてるでしょ。私は死なないし、2人も死なせないから」

 

 「だけど・・・」

 

 それでも不安そうなミランダにフィオナは彼女の顔を見ながら真剣に言う。

 

 「ミランダちゃん。今、ココちゃんを助けられるのはあなたしかいないの。これはね、ミランダちゃんにしか出来ない事なんだよ」

 

 「! 私にしか、出来ない・・・」

 

 「そう、だからお願い。ミランダちゃん!」

 

 フィオナはミランダに頭を下げる。やがて、ミランダの顔から不安が消える。

 

 「わかった!私が必ずココをアルゼナルまで送り届けるから!!」

 

 「ありがとう、ミランダちゃん」

 

 それから、フィオナはココをアルテミスからミランダの機体に乗り移させる。

 

 「あ、そういえば。アンジュの事はいいの?このままじゃ・・・」

 

 「アンジュの事?それなら問題ないよ。まず第一にミスルギ皇国がどこにあるかなんて分からない。第二に仮に知っていても燃料は出撃1回分しかないからミスルギ皇国まで持つ筈が無い。それに何より」

 

 フィオナはそう言うとある方向を指差す。そこにはスクーナー級に追いかけられているアンジュがいた。スクーナー級には逃げる敵を追いかける習性がある事をアンジュは知らなかった。いや、ちゃんと授業で習った事なのだが、フィオナと違ってちゃんと聞いてなかったのだ。

 

 「いやああああぁぁぁぁ!!!」

 

 アンジュはスクーナー級の追撃をパニックになりながらも紙一重にかわしていた。

 

 「ドラゴンを振り切って逃げるなんて、今のアンジュには難しいと思うよ」

 

 「アンジュリーゼ様、すごい。ドラゴンの攻撃、ギリギリでかわしているよ」

 

 「まあ、シミュレーターでもフィオナの次にハイスコアを取ってたしね、ははは・・・」

 

 それから、ミランダは自分の機体をアルゼナルの方角へ向ける。

 

 「じゃあ、フィオナ。お願いね。私もココを送り届けたら、戻ってくるから!」

 

 「うん。それと、ココちゃん」

 

 「え、なんですかフィオナさん?」

 

 「この戦いが終わったら話したい事があるから、それまで無事でいて」

 

 「は、はい・・・」

 

 真剣な顔をしたフィオナにココは緊張気味に答える。ミランダの機体はアルゼナルへ向かって飛んでいった。と、同時にフィオナはアルテミスをアサルトモードにして、ゾーラ達が撃ち漏らしたスクーナー級達の前に立ち塞がる。

 

 (あなた達が目的があって戦っているのは分かっている。でも、私にも守りたいものがあるの。だから・・・)

 

 「ここから先へは1匹たりとも行かせないよ!」

 

 フィオナはアサルトライフルとカラドヴォルグを両手に構えると攻撃を開始する。近くのスクーナー級はカラドヴォルグで斬り裂き、遠くにいるスクーナー級はライフルで撃ち落す。単純ではあるが無駄のない動きにスクーナー級は次々と撃墜されていく。

 

 「おお~。フィオナ、今日もキレッキレだにゃ~!」

 

 それを前線から見ていたヴィヴィアンが目を輝かせる。

 

 「やっぱりすごい。とても新人とは思えない動きだわ・・・」

 

 サリアもフィオナの活躍に感嘆を漏らす。

 

 「あいつ!私達が撃ち逃したスクーナー級を!」

 

 「新人らしく大人しくしていればいいのに・・・」

 

 「フン、まあいいさ。雑魚はあいつに任せて私達はガレオン級を落とすわよ!」

 

 ヒルダ達は面白くないと思いつつもガレオン級に攻撃を続ける。だがこの時、戦うフィオナの様子をガレオン級が忌々しそうに見ている事に誰も気付いていなかった。

 

 「グルルルルルル・・・」

 

 

 「すごい・・・話には聞いてたけど、あれで私達と同じ新兵だなんて。フィオナって、何者なんだろう」

 

 アルゼナルに向かいながらも遠巻きから見ていたミランダはフィオナの実力を見て驚きを隠せなかった。

 

 「ミランダ・・・」

 

 後ろにいたココが不安そうにミランダに抱きつく。

 

 (! そうだ、私はココを無事にアルゼナルへつれてかなきゃいけないんだ。フィオナに託されたんだ)

 

 「ココ、スピードを上げるから振り落とされないようにね」

 

 「う、うん!」

 

 ミランダは機体のスピードを上げて、アルゼナルを目指して飛ぶのだった。

 

 

 「よし。これで粗方スクーナー級は撃ち落したかな」

 

 大体8匹近く撃墜するとフィオナの周囲からスクーナー級はいなくなった。レーダーで確認するとココとミランダも無事に戦闘区域を脱したようである。アンジュもスクーナー級に追われてはいるが、まだゾーラにしがみついてはいない。

 

 「ここまで作戦通りに進んでいる。後はアンジュの動きを抑えるだけ・・・」

 

 フィオナがアンジュの元へ行こうとした、その時だった。

 

 「! な、何。この感覚、また・・・」

 

 いつかの鋭い感覚が再び脳裏によぎったのだ。と、次の瞬間、

 

 「グガアアアァァァ!!」

 

 『ガレオン級、フィオナ機に接近!』

 

 なんと、ゾーラ達と戦っていた筈のガレオン級の1匹がアルテミスに迫ってきたのだ。そして、ガレオン級はアルテミスの前に立ち塞がる様に陣を取った。

 

 「そ、そんな。よりにもよってこんな時に・・・」

 

 予想だにしなかった事態にフィオナは戸惑う。

 

 『フィオナ、すまん。ガレオン級がお前の方へ向かった。対処できるか?』

 

 「・・・やってみます!」

 

 もはや、戦うしかなかった。小型のスクーナー級であれば振り切る自信もあったが巨大な体躯のガレオン級を振り切るのは難しい上、このままアンジュの元へ向かっても更なる混乱を招くだけである。

 

 「なら方法は1つ。このガレオン級を速攻で倒すしかない、よね」

 

 それしか方法はなかった。だが、言うのは容易くても実行するのは難しい。一応、ガレオン級も心臓付近に凍結バレットを直接、撃ち込めば素早く倒す事ができるが無論そう簡単にはいかない。ガレオン級はその体躯を利用した攻撃に加え、魔法陣を駆使して強力な攻撃を仕掛けてくるのだ。何よりフィオナ自身、ガレオン級と戦うのが今回が初めてなのだ。と、

 

 「! 危ない!!」

 

 ガレオン級が尻尾を振り回して、アルテミスに当てようとしてきたのである。フィオナは咄嗟に回避する。するとガレオン級は今度は身体を光らせて、光弾を多数放ってきた。しかも性質の悪い事に光弾はアルテミスを追尾してきたのである。

 

 「くっ!ホーミング弾か。これじゃ、振り切るのは難しい。なら!」

 

 フィオナはカラドヴォルグを構えると光弾をかわしながら斬って、打ち消していく。何発か被弾したものの殆どの光弾を打ち消した為、ダメージを最小限に留める事が出来た。

 

 「グガオオオォォォ!!!」

 

 自分の攻撃で落ちなかったアルテミスを見て、ガレオン級は怒りの咆哮を上げる。すると、フィオナの身に不思議な事が起こる。

 

 【忌々しい偽りの民め!今度こそ、地獄へ落としてくれようぞ!!】

 

 (え!?今の声、何?)

 

 謎の声が頭の中に響いたのだ。何かと思ったフィオナだったが、すぐに頭を目の前の戦闘に切り替える。

 

 「いや、今は一刻も早くガレオン級を落とさないと!」

 

 すると、ガレオン級は今度は魔法陣を展開して光線を放ってきた。先刻、ココの機体を貫いたものである。直撃すればひとたまりもない。フィオナはアルテミスをフライトモードにすると光線をかわす。

 

 「こうなったら、一か八か、勝負に出るしかない!」

 

 フィオナはそう言うとガレオン級に向かって突っ込んでいく。ガレオン級は次々と光線を放っていくが、フィオナはそれを紙一重にかわしていく。やがて、光線を全て回避して、ガレオン級の間近まで来るとアサルトモードに変形して、凍結バレットを素早く装填する。そして、

 

 「これで終わりよ!!」

 

 フィオナはガレオン級に凍結バレットを直接撃ち込む。ガレオン級は断末魔の悲鳴を上げると海へ墜落する。途端に海は氷原と化すのだった。

 

 「はあ、はあ、はあ。な、何とか倒す事ができた・・・」

 

 フィオナは息を切らしながらも安堵する。が、

 

 『助けてください!!』

 

 『アンジュ!?何しやがる、離せ!!』

 

 (! ま、まさか!?)

 

 フィオナが前方に目を向けるとそこにはアンジュの機体がゾーラの機体にしがみつく姿があった。フィオナがガレオン級に手間取っている間にその瞬間が訪れてしまったのだ。

 

 「アンジュ、ゾーラ隊長!!」

 

 フィオナはアルテミスをフライトモードに戻すと2人の元へ向かう。が、ゾーラがトドメを刺そうとしていたガレオン級が2人の機体に翼を振り下ろした。

 

 「ゾーラァァァ!!」

 

 ヒルダの悲鳴が響き渡る。翼の直撃を受けたアンジュとゾーラの機体は海に向かって落ちていく。

 

 「間に合えええぇぇぇ!!!」

 

 フィオナはスピードを上げ、2人の近くまで来るとアサルトモードに変形してゾーラの機体の腕を掴む。が、

 

 「くっ!私まで落ちて・・・」

 

 やはり、パラメイル1機で2機ものパラメイルは支えきれず、共に落ちていくのを感じる。フィオナは懸命にスラスターを吹かすも焼け石に水だった。

 

 「アンジュ、ゾーラ隊長!聞こえるなら返事をして!!」

 

 フィオナは2人の機体に通信を入れるが、返事がない。おそらく、さっきの攻撃で気絶しているのだろう。

 

 「お、おい。このままじゃ、3人とも・・・」

 

 「隊長、アンジュ、フィオナ!!」

 

 「アンジュちゃん、フィオナちゃん!!」

 

 仲間達が心配するがどうにもならない。その間にも3人の機体が海面に近づいていた。海といえども、今のスピードで墜落すれば大破は免れない。そうなれば、乗っているライダーの命にも関わる。

 

 (このままじゃ、2人だけじゃなくて私まで。もういっその事、この手を離して・・・)

 

 今、手を離せば少なくとも自分だけは助かる。そんな考えがフィオナの頭に過ぎる。だが、彼女は首を振ってその考えを消す。

 

 (ダメだ!2人を見捨てるなんて何を考えているの!それで助かったって何の意味もないじゃない!!)

 

 フィオナは懸命に操縦桿を握る。そして、祈るのだった。

 

 (アルテミス、お願い!私は2人を助けたい!だから、頑張って!!)

 

 すると、フィオナのペンダントが光を放つと同時にアルテミスのスラスターの勢いが急激に上がる。途端に落下スピードがどんどん遅くなっていく。そして、

 

 「と、止まった・・・」

 

 3人の機体は海面ギリギリで落下が止まったのだ。墜落を避けられた事にフィオナは安堵する。と、

 

 「痛っ!」

 

 フィオナの手に痛みが走る。見てみると操縦桿を握る彼女の両手から血が出ていた。それだけ強い力で握っていたという事なのだろう。

 

 『フィオナ!大丈夫!?』

 

 「うん、私は平気。でも、隊長とアンジュはわからない・・・」

 

 サリアからの通信にそう応えるフィオナ。やがて、仲間達がやってきて2機1組にアンジュとゾーラの機体を運ぶのだった。

 

 「そういえば、サリア。あのガレオン級はどうなったの?」

 

 『・・・残念だけど逃げられてしまったわ。追跡は無理ね。隊長とアンジュの機体も大破してるし、ひとまずアルゼナルへ帰投するわよ』

 

 「イエス、マム」

 

 フィオナはアルテミスをフライトモードに戻す。彼女の顔は苦悩に満ちていた。

 

 (私がもっと早くガレオン級を倒してさえいれば・・・いや、後悔してても仕方ない。とにかく、アルゼナルへ戻ろう。そういえば、ココちゃんとミランダちゃんは無事に着いたのかな?)

 

 フィオナはそう思いつつ、アルゼナルへの帰路に着くのだった。

 




 運命の初陣。ココとミランダは無事に救い出せたものの、ゾーラとアンジュは墜落こそ免れたが安否不明。結局ドラゴンにも逃げられてしまいました。第一中隊は、そしてアンジュとフィオナはどうなるのか?次回も楽しみにしていてください。それでは


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第10話 少女が見た夢現

 「・・・以上が今回の戦闘の全てです」

 

 アルゼナルの司令官の私室でサリアはジルに今回の戦闘のあらましを報告していた。報告書を見たジルは顔を顰める。

 

 「やれやれ、赤字決算もいい所だな。アンジュめ、やってくれたものだ。だが、これだけの損害でありながら死亡者は0・・・いや、まだアンジュとゾーラは分からんか」

 

 「はい。ですが、少なくともココは命拾いしました。隊長とアンジュも機体は大破こそしたものの墜落は免れました。フィオナのお蔭で」

 

 「そうだな。しかし、それはあくまで結果論に過ぎん。しかもフィオナの奴、独断でミランダをココと一緒にアルゼナルへ帰投させたそうじゃないか。新兵風情がこういう事するのは問題だと思うがな」

 

 「しかし彼女の判断がなければココだけでなく、ミランダも命を落としていたかもしれません」

 

 サリアはフィオナを弁護するがジルは首を横に振る。

 

 「言った筈だ、サリア。結果論だとな。それに今回の事を副長としての責任をどう思っている?」

 

 「そ、それは・・・私があの時、すぐにアンジュを撃っていれば」

 

 「そうだ。ここまで事態は混迷しなかっただろう」

 

 「次こそは・・・撃ちます!」

 

 「それでいい。そうでなければ、また今回の様な事が起きかねないからな・・・と、電話だ」

 

 机の電話が鳴り、ジルは受話器を手に取る。

 

 「ジルだ。・・・そうか。ご苦労だったな、マギー。サリア、朗報だ。先程、手術が終わってアンジュとゾーラ、2人とも一命を取り留めたそうだ」

 

 「ほ、本当ですか!?司令」

 

 「ああ。だが、ゾーラの方は意識が戻らんらしい。暫くは戦闘に出るのは無理だろうな」

 

 「そう、ですか・・・」

 

 「まあ、何にせよ助かったのは事実だ。そこは素直に喜ぶべきだろう」

 

 ジルはそう言うと部屋を出て行く。サリアもそれについて行くのだった。

 

 

 2人が医務室に行くとそこには沈痛な面持ちの第一中隊がいた。ベッドにはアンジュとゾーラが横たわっていた。ゾーラは全身、包帯だらけで口には酸素マスクが付けられていた。アンジュも包帯だらけだったが、ゾーラに比べれば怪我はそれほど酷くはなかった。只、逃げられない様に手足に拘束具が付けられていた。ジルはアンジュに近づくと既に目覚めていた彼女に冷淡に告げる。

 

 「パラメイル3機大破。メイルライダー1名、意識不明の重傷。ドラゴンも撃ち漏らした。これがお前の敵前逃亡がもたらした戦果だ、アンジュ」

 

 その様子をフィオナは黙って見ており、彼女の手にも包帯が巻かれていた。

 

 「何とか言えよ、おい!」

 

 「手を出すなよ、これでも負傷者には違いないんだからさ」

 

 激昂するロザリーをマギーが窘める。

 

 「私はミスルギ皇国へ帰ろうとしただけです。何も悪い事はしてません」

 

 この言葉にロザリーはますます憤慨する。

 

 「何言ってやがる!お前のせいでお姉様がこんな事になったんだぞ!!」

 

 「この人でなし!お姉様を、私達の隊長を返して!!」

 

 クリスも目に涙を溜めながら叫ぶ。

 

 「人でなし?・・・ノーマは、人間ではありません」

 

 アンジュの暴言に周囲は絶句し、フィオナも目を細める。

 

 「このっ!!」

 

 激怒したヒルダがアンジュに踵落としをお見舞いしようとした。

 

 「なっ!?」

 

 しかし、その足がアンジュに届く事はなかった。フィオナが腕でヒルダの足を受け止めていたからである。これにはジル以外の全員が驚く。

 

 「なんのつもりだ、てめぇ・・・」

 

 「アンジュに怒りを覚えるのは分かるよ。でも、アンジュの怪我も決して軽いわけじゃないんだよ。傷に障る様な事はしないでくれるかな」

 

 「この期に及んで、まだコイツの肩を持つ気かよ!」

 

 「・・・どうしてもやると言うなら、私が相手になるよ?」

 

 「っ!チッ」

 

 フィオナの迫力に気圧されて、ヒルダは足を引っ込める。そしてフィオナはアンジュの方に向く。

 

 パシン

 

 医務室に乾いた音が響く。フィオナがアンジュの頬を手で叩いたのだ。

 

 「何もかもアンジュの責任だとは言わない。でも、あなたのした事でゾーラ隊長が重傷を負って、仲間達が危険に晒された事も事実だよ。それを『ノーマだから』と言って逃げるのだけはやめてほしい。これ以上、私を失望させないで」

 

 フィオナは悲しそうな声でアンジュに言うのだった。

 

 「ゾーラは暫く動けん。復帰するまでは隊長はサリア、副隊長はヒルダでいく。ドラゴンが発見され次第、再出撃する。では、解散」

 

 『イエス、マム!!』

 

 ジルが第一中隊の今後の方針を伝える。それに応答してからサリア達は医務室を出て行った。フィオナも出て行こうとした。

 

 「待てフィオナ。お前は少し残れ。大事な話がある」

 

 ジルに呼び止められ、フィオナは医務室に残る。

 

 「話って、何ですか司令?」

 

 「お前に伝えておかなければならない事が2つあってな。まず最初に、エマ監察官」

 

 「はい司令。フィオナ、あなたの事をノーマ管理委員会に照会してもらいました」

 

 「えっ、そうなんですか?それで、結果は?」

 

 フィオナがエマに訊ねると彼女は首を横に振る。

 

 「残念ながら、あなたに該当するノーマのデータはないとの回答が返ってきました」

 

 「そうですか・・・」

 

 どうやらノーマ管理委員会にもフィオナの正体は分からなかった様だ。

 

 「残念だったな。まあいい。次にお前が先の戦闘で行った事についてだ。お前は、機体を失ったココをミランダの機体に乗せた上でミランダを独断でアルゼナルへ帰投させたな。その上、アンジュとゾーラを助ける為にかなり無茶な行為に走った。これがどういう意味か分かるな?」

 

 「・・・はい」

 

 真剣な表情で訊ねるジルにフィオナも真剣に頷く。

 

 「確かに4人は助かった。だが、お前の独断専行が逆にあいつ等を危険に晒していたかもしれないんだ。いや、下手したらお前自身さえもな。よって、お前には処分を受けてもらう。内容は追って伝える。いいな?」

 

 「はい。申し訳ありませんでした」

 

 「話は以上だ。もう行ってもいいぞ」

 

 フィオナは頭を下げると医務室を出て行くのだった。

 

 「ジル、そりゃないんじゃないのかい。確かにフィオナの独断だったけどさ、あの子が頑張ったからこそ、隊長さんも新兵達も死なずに済んだんじゃないか」

 

 マギーが咎めるがジルは煙草に火をつけると、

 

 「終わりよければ全て良し、なんてわけにはいかんだろう。けじめは必要だ。それに下手に持ち上げて増長して、早死にされても困るからな」

 

 一服しながら言うのだった。

 

 

 自室に戻ったフィオナは暫く佇んでいた。が、

 

 ドン!!

 

 突然、壁に拳をぶつける。痛みが走ったが彼女は気にならなかった。

 

 (ココちゃんとミランダちゃんは助ける事ができた。でも、ゾーラ隊長は命は助かったけど意識不明になって、アンジュと第一中隊との間に溝が広がるのを回避する事は出来なかった。こうなるってわかっていたのに・・・)

 

 フィオナの心に運命を変えられなかった悔しさが沸いてきた。完全に想定外だった。映像では1匹だけだったガレオン級が2匹、出現した上に自分に襲い掛かってくるなど。

 

 (いや、ある意味で当然の結果なのかもしれない。私はアルテミスの映像を当てにし過ぎていた。あの映像には“私はいなかった”のに)

 

 そう。アルテミスの映像にはアンジュと仲間達の姿はあったが、フィオナ自身の姿はどこにもなかったのだ。だが、此処へ来てからガレオン級が現れるまでの出来事が映像の内容とほぼ一致していた為、フィオナは失念していた。映像にはいなかった自分が関わる事で何かしらの変化が起きる可能性を。

 

「その結果がこれか。結局、アンジュには辛い思いをさせてしまった・・・」

 

 しかし、後悔しても始まらない。とりあえずフィオナはドラゴンとの戦闘で疲れた身体を休める為に自分のベッドで横になる。そして、ある事を思い出す。

 

 (そういえば、ガレオン級と戦っていた時に聞いたあの声は何だったんだろう?)

 

 【忌々しい偽りの民め!今度こそ地獄へ落としてくれようぞ!!】

 

 フィオナは戦闘中に聞いた謎の声の事を考えてみる事にした。

 

 「偽りの民、か。私の考えが正しければこの声の主は・・・」

 

 

 (んっ。あれ、此処は一体?)

 

 自室にいた筈のフィオナは見慣れぬ場所にいた。そこは床や壁、天井に至る全てが白いタイルが敷き詰められた不思議な部屋だった。

 

 (ここは何処なんだろう?アルゼナルにはこんな場所は無いし。って、ん?誰かいる)

 

 フィオナは部屋に人がいるのを見つける。そこには1人の人間がいた。だが、男性か女性かは分からなかった。何故なら、その人物は黒いフード付きのローブで羽織っていたからだ。当然、顔も分からない。

 

 (この人、誰なんだろう?どうして、こんな所にいるのかな?)

 

 フィオナが不思議に思ったその時だった。

 

 ピカァ!!

 

 (うっ!ま、眩しい!!)

 

 突然、部屋全体が眩い光に包まれる。タイルが一斉に光りだしたのだ。余りの眩しさにフィオナは目を瞑る。暫くすると光が消えて、彼女は目を開ける。すると、

 

 (え!?ど、どうなってるの!?)

 

 フィオナは目を疑う。そこは今までいた白い部屋ではなく、荒廃した風景が広がっていた。かつては街だったであろうそこは壊れ、古びた廃墟が所狭しと立ち並んでいた。

 

 (正に滅亡した、って感じの風景だね。あっ!さっきの人がいる。何やってるのかな?)

 

 そこには先程のローブの人がいた。すると、その人の前から沢山の人影が現れる。いや、それは人ではなかった。

 

 (え!?アレって、ロボット!?それも人型の?)

 

 人の形をしたロボットが沢山いた。しかも全員、その手に様々な武器を携えていた。ロボット達は行進を止めると武器を構える。そして、リーダーらしきロボットが手を挙げ振り下ろすと、

 

 ズガガガガッ!!

 

 銃器を持ったロボット達が一斉にローブの人に向かって、発砲したのだ。

 

 「あ、危ない!!」

 

 フィオナは思わず、声を上げる。だが、ローブの人は大きく跳躍し、その銃撃を回避する。すると、ローブの人は懐から大きなハンドガンを取り出した。そして、

 

 バンッ!バンッ!

 

 ロボット達に向かって発砲した。弾はロボットの胸と額に大きな穴を開けた。銃撃を受けたロボットは前のめりに倒れると爆散するのだった。

 

 (す、すごい。ハンドガンだけでロボットを一撃で・・・)

 

 フィオナは思わず目を見開く。すると、ロボット達は再び銃撃を行う。すると、ローブの人は今度はそれを目にも止まらぬ速さで走り、回避したのだ。

 

 (速い!あれだけの弾幕の中を走破しているなんて)

 

 ローブの人はロボット達の近くに来ると銃と体術で次々と破壊していった。ロボット達も必死に応戦するもローブの人は攻撃を紙一重にかわし、即座に反撃していく。瞬く間にロボット達はリーダーを含めて殲滅されるのだった。

 

 (あ、あれだけいたロボットを1人で倒してしまうなんて・・・)

 

 目を疑う様な光景を目の当たりにしたフィオナは唖然とする。すると、

 

 キュルキュルキュル

 

 何処からか大きな機械が近づいてくる音がした。フィオナは音がした方に顔を向ける。そこには、

 

 (え!?あれって、戦車!?)

 

 巨大な主砲とキャタピラが付いた戦車がやってきたのだ。戦車は主砲をローブの人の方に向けると、

 

 ドォーーーン!!

 

 砲弾を発射したのだ。砲弾は真っ直ぐにローブの人の方に向かって飛んで行き、直撃したかと思うと大きな爆発を起こす。辺りに砂埃が舞い、その人が着ていたローブが飛んでいった。

 

 (そ、そんな・・・どうなったの、あの人は!?)

 

 フィオナは心配そうにローブの人がいた場所を見る。砂埃はだんだん薄れていき、晴れていく。するとそこには1人の少女が何事も無かったかの様に立っていた。少女の手には剣が握られていた。それを見たフィオナは確信する。少女は砲弾が当たる直前に剣で真っ二つにしたのだ。だが、フィオナはその少女の姿を見て、目を見開く。その少女は白い髪に赤と青のオッドアイという姿だった。正しくそれは、

 

 (あれって、まさか。わ、私なの!?)

 

 フィオナそのものだった。なぜ、自分がこんな所で戦っているのか?フィオナには全く記憶が無かった。いやもしかすると、

 

 (これって、私の失われた記憶なの?)

 

 フィオナは少女を見てみる。少女は見慣れないバトルスーツを着ていた。だが、その顔と目に感情らしきものは無かった。すると少女は戦車へ向かって走っていく。戦車は再び砲弾を発射するが少女は素早く回避し、戦車へ近づいていく。戦車へ向かって跳躍すると、手に持っていた剣を使って砲身を真っ二つにする。戦車を降りると落ちていたロケットランチャーを手に取り、跳躍。ランチャーを発射する。

 

 ドカアアァァン!!!

 

 ロケット弾が直撃し、戦車は爆散するのだった。すると、

 

 ビーーー!!

 

 大きなサイレンが鳴ると風景が変わり、さっきの白い部屋へと戻った。

 

 (まさか、今のは全部シミュレーターだったっていうの!?)

 

 最早、仮想現実(バーチャルリアリティ)と呼んでも過言ではない精度のシミュレーターにフィオナは驚く。少女は息切れ1つしてなかった。すると、壁が開き、人が入ってきた。それは車椅子に乗った老婆だった。老婆は車椅子を動かし、少女に近づくと彼女に話しかける。

 

 「・・・・・・」

 

 老婆と少女の口は動いているが何を言っているかは全く分からない。

 

 (な、何を言っているのあの人達。そもそも、何者なの?)

 

 フィオナは2人に近づき、話を聞こうとした。その時だった。

 

 「起きろ、フィオナ」

 

 

 フィオナは、ハッと目を覚ます。そこはアルゼナルの自分の部屋だった。どうやら、いつの間にか眠ってしまっていた様だ。

 

 「此処は・・・さっきのは全部、夢だったの?」

 

 「いつまで寝ぼけているつもりだ、全く」

 

 フィオナが声のした方を向くとそこにはジルとアンジュがいた。

 

 「し、司令。それにアンジュも。来てたんですか?」

 

 「ついさっきな。フィオナも随分とうなされていた様だが、怖い夢でも見てたのか?」

 

 「あ、いえ別に・・・」

 

 フィオナはベッドから起き上がり、寝癖と衣服を整える。

 

 「まあいい。それより、私と一緒に来い。見せたい物がある」

 

 「見せたい物、ですか?あの、アンジュはもう動いても平気なんですか?」

 

 「心配はいらん。こいつはゾーラと違って、見た目ほど怪我は酷くはないからな。マギーにも許可は貰っている。それよりも早く準備をしろ」

 

 「分かりました。ジル司令、1つお願いがあるんですけどいいですか?」

 

 「なんだ、言ってみろ」

 

 フィオナは真剣な顔をして答える。

 

 「ココちゃんとミランダちゃんを一緒に連れて行ってもいいですか?」

 




次回、ついにあの機体が登場します。


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第11話 防人達の墓標

体調不良とモチベーション不足でなかなか更新できませんでした。ではどうぞ。


 フィオナ達はジルに連れられ、アルゼナルの共同墓地に来ていた。アルゼナルで戦死したノーマ達は此処に埋葬される。

 

 此処へ来る途中で聞いた事なのだが、アンジュが書いた嘆願書は全て受け取りを拒否されて戻ってきたとの事。更にミスルギ皇国は消滅したらしく、ジルは皇女であったアンジュがノーマである事が発覚した為、国民達が激怒し反乱を起こしたのではないかと推測していた。

 

 「なんなのですか、此処は?」

 

 共同墓地を見たアンジュはジルに訊ねる。

 

 「目の前にある墓石に刻まれている名前を見てみるがいい」

 

 アンジュが目の前にある墓石を見てみる。そこには、【ナオミ・アカツキ】と刻まれていた。フィオナも自分の前にある墓石を見てみる。墓石には【ジェシカ・バルザック】と刻まれていた。何処かで聞いた事のある名前だと思ったフィオナだったが、ふと思い出す。

 

 『察しがいいわね。そう、前の持ち主の名前よ。尤も、2人とも死んじゃったけどね』

 

 そう、自分達が着ているライダースーツの前の持ち主の名前だった。

 

 「おや、あんた達。来ていたのかい?」

 

 声がした方に顔を向けるとそこには、ジャスミンがバルカンと一緒にいた。彼女の手には掃除用具が入ったバケツがあった。

 

 「ジャスミンさん、こんにちわ。あの、何をしているんですか?」

 

 「墓石の掃除さね。何もしないと墓石も汚れてしまうからね。月に1度はこうして掃除しているのさ。パラメイルがノーマの棺桶なら、この墓地は死んだノーマ達の家だからね。ところで墓石に刻まれた名前を見たかい?いい名前だろ。アルゼナルの子達はね、死んだ時に初めて親がくれた本当の名前を取り戻せるのさ」

 

 ジャスミンはしみじみと語る。フィオナは再び墓石を見てみる。

 

 (親がくれた本当の名前か。でも、私は自分の本名なんて知らないから死んでもきっと、【フィオナ】と刻まれるんだろうな・・・)

 

 フィオナが自嘲気味に思っていると隣の墓石に目が入る。それには【アン・エルガー】と刻まれていた。と、ジャスミンがフィオナの隣へやってくる。

 

 「アン、か。その子はね、サリアとは親友であり、良きライバルでもあったんだ。訓練ではいつも2人で張り合って、一緒に畑で野菜を作ったりもしたんだ。勝気で男勝りなのが玉にキズだけど、友達想いのいい子だったよ。亡くなって、もう4年になるけどね」

 

 ジャスミンの話を聞いたフィオナは彼女達の墓石の前で十字を切ると、両手を組んで祈るのだった。

 

 (みんな、どうか天国で私達を見守っていてね)

 

 それを見たジャスミンは優しそうな笑みを浮かべる。

 

 「そういえば、フィオナ。アンタ、ゾーラや新兵達を助けたんだってね。ありがとうよ。アンタのお蔭で此処の墓石が増えずに済んだよ」

 

 「いえ、私はやろうと思った事をしただけですから」

 

ジャスミンに感謝されてフィオナは謙虚に答える。すると、

 

 「あ、あの。フィオナさん」

 

 声がした方に顔を向けるとそこにはココとミランダがいた。

 

 「ココちゃん、ミランダちゃん、どうかしたの?」

 

 「どうかしたのって、フィオナが私達をつれて来てって司令に頼んだんじゃない」

 

 「・・・そうだったね。ねえ、ココちゃん。私、戦闘の時に言ったよね。『戦いが終わったら話したい事がある』ってさ」

 

 「は、はい・・・」

 

 真剣な顔をしたフィオナにココは緊張する。するとフィオナはココに近づくと、

 

 パシン

 

 彼女の頬を平手で叩く。突然の事にココだけではなく、アンジュ達も唖然となる。

 

 「まず、これは命令を無視してアンジュについて行こうとした分。そしてこれはその為に私やみんなに迷惑を掛けた分」

 

 パシン

 

 フィオナはそう言うとココのもう片方の頬も叩く。両方の頬を叩かれたココの顔は赤く腫れる。

 

 「フィ、フィオナさん、なんで・・・」

 

 「ちょっと、フィオナ!ココに何するのよ!!」

 

 ココは泣きそうな顔になり、ミランダは激昂してココを庇う様にフィオナの前に立ち塞がる。

 

 「なんで?理由はさっき言ったと思うけど、聞いてなかったの?」

 

 「聞いてたよ!でも、どうしてココが叩かれなくちゃいけないの!?先に敵前逃亡しようとしたのはアンジュじゃない!!」

 

 ミランダは怒って、フィオナに喰って掛かる。

 

 「確かに隊列を離れて逃亡しようとしたのはアンジュだよ。でも、それについて行こうとしたココちゃんに責任が無いと思うの?」

 

 「そ、それは・・・けど、それは仕方ないじゃない。私もココも前の戦闘が初陣だったんだよ。それにココはまだ12歳なんだよ。上手くできないのは・・・」

 

 「だから何だって言うの?」

 

 静かだが有無を言わせないフィオナの声にミランダは押し黙り、ココは怯える。

 

 「初陣だから?12歳だから?だから仕方ない?甘えないで。初めてだろうが、12歳の子供だろうがあなた達はメイルライダーなんだよ。ドラゴンと命を掛けて戦う、ね。そんな中途半端な覚悟しかないならパラメイルから降りなさい。すぐに命を落とす事になるから」

 

 フィオナにピシャリと言われ、ミランダは何も言い返せなかった。それからフィオナは彼女の後ろにいたココの元へ行く。

 

 「ココちゃん、痛かったよね。でもあの時、もし私があなたを機体から離すのが少しでも遅れていたらどうなっていたと思う?」

 

 ココはハッとなり、記憶に蘇った光景に顔を青褪める。自分の機体がドラゴンの光線に貫かれるのを。もしあの時、自分が乗ったまま光線に貫かれていたら?

 

 「あっ、あっ、あっ・・・」

 

 漸く理解したココは、自分の体を抱きしめながら震える。フィオナはそんなココを抱きしめると、

 

 「やっと分かったみたいだね。そう、もしかしたらこの墓地にあなたの名前が刻まれた墓石が置かれていたかもしれないんだよ。だから忘れないで。今日、感じた痛みと恐怖を。もう2度と勝手な事はしないで」

 

 ココの背中を撫でながら言うのだった。

 

 「う、うわああああああああああん!!」

 

 ココはフィオナの胸に顔を埋めると声を上げ、泣いた。彼女の泣き声が墓地に響き渡るのだった。

 

 

 やがて泣き疲れたココはミランダに付き添われ、墓地から去って行った。ジルによるとココ、ミランダは命令違反で1日の自室謹慎の処分が下ったの事だ。やはりフィオナがそうさせたといっても、実際にやった2人も同罪といわざる負えなかった。

 

 「私は、これからどうなるんですか?一体、どうしたらいいのですか?」

 

 今までずっと黙っていたアンジュが重い口を開く。それにジルが答える。

 

 「此処に眠っている子達と同じ様に死ぬまでドラゴンと戦い、倒し続ける。以上だ」

 

 「あ、あんな化け物とこれから先もずっと戦っていかなければならないのですか?どうしてそんな・・・」

 

 戸惑うアンジュに今度はフィオナが答える。

 

 「それがノーマに許されたこの世界で唯一の生き方なの。私達は人間じゃない。マナの、人間の世界を守る為の防人なのよ」

 

 「さき、もり?」

 

 「災いから人々を守る者という意味さ。まあ、もっと分かりやすくいえば奴隷、生贄、人柱といった所かねえ。此処でノーマの子達がドラゴンを倒しているからこそ、マナの世界は平和を謳歌できているのさ」

 

 ジャスミンがフィオナの説明を補足する様に言う。

 

 「ノ、ノーマが私達の世界を!?」

 

 「そうだ。この世界の平和は誰にも知られず、感謝されずに死んでいったノーマ達が守っていたんだ。そして、今度はお前がそれをやるんだアンジュ」

 

 「なんでそんな・・・今はただ一時、マナが使えないだけではないですか。それだけでこんな地獄みたいな所に放り込まれるなんて、余りにも理不尽です!!」

 

 ジルの言葉を聞いたアンジュは激昂するがフィオナは静かに告げる。

 

 「そう、理不尽なの。余りにも無慈悲で残酷なほどにね。でも、それがこの世界のルールなんだよ。それはアンジュが1番よく分かっているんじゃないのかな?」

 

 そう言われたアンジュは思い出す。洗礼の儀の前日、セーラという名の赤子のノーマの母親に言った言葉を。

 

 『ノーマは本能のみで生きる、暴力的で反社会的な化け物。今すぐこの世界から隔離しなければならないのです!』

 

 「アンジュ、前に言ったよね。マナの世界は暴力も差別も格差も無い光に満ち溢れた世界だって。でも、それはあくまでもマナを使える人間にとっては、なの。私達ノーマにとってはこの世界は生き地獄そのものなんだよ。マナの世界では差別、迫害され、此処アルゼナルではドラゴンと戦わされる。これを理不尽といわずしてなんだって話だよね、ホントに。でもこれが現実である以上、私達はそれを受け入れなければいけないの。明日という日を迎える為にはね」

 

 アンジュに諭す様に言うフィオナだったが内心は彼女自身、強い怒りが迸っていた。マナというシステムを作り出し、それを行使できない者を迫害する社会土壌を築いた、この世界の創造主である男に対して。ドラゴンと戦わされるのも、結局はその男の意思によるものなのだから。

 

 「し、知りません、私はそんな事。だって、だって私は・・・」

 

 「ノーマではない、と?なら、お前はなんだ!?皇女でもなく、マナも無い。義務も果たさず敵前逃亡、仲間を危険に晒し、挙句にそれを他の仲間に尻拭いさせたお前は一体、なんなんだ!!」

 

 ジルはアンジュの胸倉を掴み上げ、吠える。しかし、アンジュには最早言い返す気力も残ってはいなかった。ただ、ただ、悲しみに暮れるだけだった。と、向こうから誰かがやってくる。

 

 「司令、取り逃したドラゴンが発見されたとの報告が来ました」

 

 果たしてそれは、サリアだった。どうやらドラゴンが見つかった様である。

 

 「そうか。アンジュ、フィオナ、出撃だ。行けるな?」

 

 「イエス、マム!」

 

 フィオナは応えたがアンジュは俯いたままだった。

 

 「アンジュ、いつまで呆けているつもりだ。この世界は不平等で理不尽だ。だから殺すか死ぬか、この2つしかない。死んでいった仲間達の分もドラゴンを殺せ!それが出来ないというなら死ね!!」

 

 「なら、殺してください。こんなの辛過ぎ「ダメだよ」・・・え?」

 

 アンジュの言葉が途中で遮られる。声の主はフィオナだった。フィオナはアンジュの肩を掴むと自分の方に顔を向けさせる。

 

 「それは言っちゃダメだよ。確かにこの世界は私達ノーマにとっては地獄だよ。でも生きるのを諦めちゃダメ。この墓で眠っている子達だって、本当はもっとずっと生きていたかった筈だよ。だからアンジュは生きなきゃダメ。この子達の為にも」

 

 フィオナは再びアンジュに諭すように言う。

 

 「そうだ。それでも死にたいというなら戦って死ね。それがお前の義務だ。お前には自殺する事さえも許されないんだ」

 

 ジルもフィオナに付随する様に言う。

 

 「あの、司令。フィオナはともかく、アンジュのパラメイルはありませんがどうするのですか?」

 

 サリアがそう訊ねるとジルは不敵な笑みを浮かべる。

 

 「あるだろう。あの機体が、さ」

 

 それを聞いたジャスミンも笑みを浮かべるがサリアは驚く。

 

 「まさか、あれをアンジュに!?」

 

 「そうだ、行くぞアンジュ。フィオナもついて来い」

 

 そう言うとジルはフィオナ達をある場所へと連れて行った。そこはパラメイルの格納庫だった。そして、そこには布で覆い被された1機のパラメイルがあった。

 

 「メイ、起動させる事は可能か?」

 

 「もちろん!20分もあれば余裕だよ」

 

 メイはそう言うと機体の方へ向かって行った。やがて機体がライトアップされる。

 

 「! これって!?」

 

 機体を見たフィオナは目を見開く。

 

 「驚いただろう?お前のアルテミスにそっくりだからな。かなり旧式の機体でな。エンジンが古い上に操作や制御がかなり難しいと来た。だが、今のアンジュにはおあつらえ向きの機体だろう。名は“ヴィルキス”。アンジュ、これに乗って戦うんだ」

 

 ジルはアンジュに告げると彼女はふらふらとした足取りでヴィルキスの元へ向かう。

 

 「これで死ねるのですね。この地獄から解放されるのですね・・・」

 

 うわ言の様に呟くアンジュをフィオナは心配そうに見ていた。と、

 

 「ジル、どうして?この機体は・・・」

 

 声がした方を向くとサリアがジルに問い詰めていた。

 

 「司令官の命令に従えないのなら処分を受けてもらうまでだ。アンジュ達、新兵みたいになりたいか?」

 

 「そ、それは・・・」

 

 「さあ、出撃だ。隊長としての初陣、期待しているぞ。死ぬなよ、サリア」

 

 「イエス、マム・・・」

 

 ジルはサリアに諭すように言うと去っていった。サリアは従ったものの、どこか不満そうだ。

 

 (サリア、やっぱりヴィルキスに乗れなくて悔しいんだ。でもね、サリア。あなたはいくらがんばってもヴィルキスには乗れないんだよ。あなたはアンジュと違って、この機体を乗りこなす為の“鍵”を1つも持っていないから・・・)

 

 そんなサリアをフィオナは悲しそうに見ていた。

 

 

 出撃時間になり、ゾーラ隊からサリア隊と名称を変えた第1中隊が出撃する。ちなみに今回はココとミランダは謹慎の為、8人で出撃となる。

 

 「サリア隊、発進します!!」

 

 サリアのアーキバスが発進したのを皮切りに第一中隊の機体が次々と発進していく。

 

 「サリア隊、フィオナ機、行きます!!」

 

 フィオナもアルテミスを発進させる。そして最後にアンジュが乗ったヴィルキスが発進するのだった。

 




次回はドラゴンとの決着。そしてあのイベントです。


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第12話 覚醒と決意

今回は長いです。ではどうぞ


 アルゼナルを飛び立った第一中隊はガレオン級が潜むポイントを目指していた。その中にアンジュがいる事にロザリーとクリスは不満を漏らしていた。

 

 「あいつも一緒なのかよ。お姉様をあんな目に遭わせた奴と出撃だなんて・・・」

 

 「死ね、くたばれ、地獄に落ちろ・・・」

 

 「落ち着けよお前等。死ぬつもりらしいよ、アイツ」

 

 ヒルダの言葉を聞いた2人は目を丸くする。

 

 「見届けてやろうじゃないか、痛姫様の最期ってやつをさ」

 

 ヒルダは面白そうに笑みを浮かべる。それでもアンジュは上の空のままだった。

 

 一方、ヴィルキスを見たヴィヴィアンは興奮していた。

 

 「おおー。ねえ、ねえ、サリア、。アンジュの機体。ちょーかっこいいよー」

 

 「静かにして。もうすぐ戦闘区域よ」

 

 サリアはヴィヴィアンを窘める。

 

 (もうすぐ戦闘だ。確かガレオン級は手負いの状態だったけど、海から光弾を放つ罠を張っていた筈。でも前の戦闘の事もあるから鵜呑みにせずに何が起きても対応できる様にしておこう)

 

 フィオナは戦局を頭の中で考えていた。やがて、

 

 「敵影確認、来るわよ!」

 

 サリアの言葉と同時にガレオン級が海の中から現れた。ガレオン級は胴体が少し凍り付いていたが致命傷には至っておらず、それどころか前よりも凶暴さが増していた。

 

 「で、どうすんのさ、隊長?」

 

 「奴は瀕死よ。このまま一気にトドメを刺すわ。全機、駆逐形態!凍結バレットを装填!」

 

 『イエス、マム!!』

 

 第一中隊の面々は機体をアサルトモードに変形させる。それと同時に凍結バレットも装填する。

 

 「陣形、密集突撃!攻撃開始!!」

 

 サリアの指示と同時に第1中隊はガレオン級にトドメを刺そうとした。その時である。

 

 「グガアアアアァァァァ!!」

 

 ガレオン級の咆哮と共に魔法陣が展開される。すると海の上にも魔法陣が現れて、海の中から次々と光弾が出てきた。

 

 (きた!!)

 

 フィオナはそう思うと武器を構える。だがそれはアサルトライフルでもカラドヴォルグでもなく、両手に持った二対のチャクラムの様な武器だった。

 

 「初めて使う武器だけど折角の機会だから、試させてもらうよ。この、“ルナ・ソーサー”を」

 

 ルナ・ソーサー。フィオナがこの武器の存在に気づいたのは出撃前の事だった。

 

 「フィオナ。アルテミスにはもう1つ武器があるみたいだから、できれば使ってみて」

 

 メイに言われて確認してみるとそこには、ルナ・ソーサーという名の武装があった。形状はチャクラムで二対一体となっており、使い方は直接切り裂いたり、投げて当てたりと汎用性の高い武器である。フィオナはそれを上手く駆使し、かわしながら光弾を打ち消していく。

 

 フィオナ、サリア、ヒルダ、ヴィヴィアンはうまく光弾をいなしていたがロザリー、クリス、エルシャはかわしきれずに被弾してしまうがそれでも被害は酷くは無かった。だが次の瞬間、信じがたい事が起きる。

 

 「グオオオオォォォォ!!」

 

 ガレオン級が再び咆哮を上げると魔法陣を展開する。すると、

 

 「サリア、上!」

 

 「え、上って・・・」

 

 上を見てみるとそこには先程の様な魔法陣が展開され、同じ様に光弾が今度は雨あられの様に降り注いだ。

 

 (そんな!?下からだけじゃなくて、上からも来るなんて!)

 

 またもや映像と食い違った事に戸惑うフィオナだったがルナ・ソーサーを使い、打ち消していく。だが、二重に仕掛けられた罠に他の機体は次々と被弾し、撤退を余儀なくされる。

 

 「二重トラップだなんて、そんなの過去のデータには無い・・・」

 

 サリアの動揺する声にフィオナは、ハッとなる。

 

 (そうだ、サリアは想定外の事態に弱いんだった!)

 

 テキストに頼りがちな優等生タイプに多い弱点をサリアもまた抱えていたのだ。やがてエルシャの機体も被弾し、ダメージを受ける。

 

 「きゃあ!サリアちゃん、次はどうするの!?危険よ、このままじゃ」

 

 エルシャはサリアに指示を仰ぐが、

 

 「そ、そんな事言われても、一体どうしたらいいの?ゾーラ隊長・・・」

 

 やはり、隊長になったばかりのサリアはイレギュラーなガレオン級の攻撃も相まって、完全に動揺し正常な判断が出来なくなってしまう。そしてそれをガレオン級が見逃す筈もなく、突進してくる。サリアはそれに気付くと、

 

 「あ!か、回避!!」

 

 慌てて回避しようとするが間に合わない。このままでは捕まってしまう。すると、

 

 「サリアーーー!!!」

 

 フィオナは叫ぶとアルテミスをサリアの機体に体当たりさせる。そのお蔭でサリアは回避できたがフィオナがレオン級に捕まってしまう。

 

 「フィオナ!!」

 

 「フィオナちゃん!!」

 

 ヴィヴィアンとエルシャが叫ぶ。アルテミスはガレオン級の翼にある手の様な物体に拘束され、身動きが取れなくなってしまう。すると、

 

 「グガアアアアァァァァ!!!」

 

 ガレオン級は捕らえたアルテミスに向かって咆哮する。するとフィオナの身にまたあの現象が起きる。

 

 【蛮族共め!仲間達の仇だ!!】

 

 (!・・・また。やっぱり、これはドラゴンの声だったんだ)

 

 耳に聞こえて来るのではなく、頭の中に直接響いてくるソレはドラゴンの声だった。何故、自分にはドラゴンの言葉が分かるのか?疑問を抱いたフィオナだったが、すぐに頭を切り替える。そしてフィオナは通信を切断すると静かに語り始める。

 

 「仲間の仇、か。うん、そうだよね。ごめんね、私はあなたの仲間をたくさん殺しちゃったからね。あなた達にも守りたいものがあるから戦っているのにね。私ね、初めてドラゴンを殺した夜にさ、吐いたんだ、思いっきり。あなた達の正体を知ってるから尚更、自分が殺したんだって自覚して、とても怖かったよ。本当は今でも震えてるんだよ。出来る事ならすぐにでも逃げ出したい位にさ」

 

 それはフィオナの弱音とも云える言葉だった。実力があろうとも彼女とて1人の少女。生き死にを掛けた戦いを恐れないはずがなかった。ましてや彼女は真実を知るだけにその恐怖は他の者よりも大きかった。だが次の瞬間、フィオナの目は鋭く見開く。

 

 「だけどね、これは戦争なの。あなた達が取り戻したいもの、守りたいものがある様に私達にも守りたいものがあって戦っているの。それにね、あなた達も私達の仲間をたくさん殺してきた。彼女達の為にも私は此処で殺されるつもりは無いよ。私は生きていく。あなた達の命を糧に、踏み台にして!!」

 

 フィオナはそう言うとアルテミスのハッチを開けて、中にあったマシンガンを使ってガレオン級の顔に目掛けて発射する。フィオナの顔に恐怖は微塵も無かった。

 

 「その目に焼き付けろ。これが私の、フィオナの覚悟と信念だ!!」

 

 「グ、グルガァァァ・・・」

 

 マシンガンの攻撃は大した事は無かったがフィオナから迸る気迫にガレオン級は思わず気圧される。だがその時だった。

 

 「! あ、あれはアンジュ!?」

 

 フィオナはマシンガンを撃つのをやめる。前方からヴィルキスがやってきたのだ。ガレオン級は標的をアンジュに変えると彼女の機体に迫り、尻尾を振り下ろす。アンジュは慌ててかわそうとするも、尻尾が機体に当たる。直撃は避けられたものの、ヴィルキスは弾き飛ばされる。アンジュはなんとか操り、機体を立て直す。ヴィルキスは再びガレオン級へと向かっていく。ガレオン級は今度は光弾を放つ。アンジュはソレをかわすが失速して墜落しそうになる。彼女は再び機体を立て直すのだった。

 

 「あいつ、さっきから何をやっているんだ?」

 

 ヒルダはアンジュの行動に疑問を持っていたがフィオナは理解していた。

 

 (死を望む意志と死を恐れる本能がせめぎあっている状態なんだ、今のアンジュは。だからさっきからあんな事を・・・)

 

 フィオナは悲しそうに首を振る。だが、そんなのがいつまでも続くわけもなくヴィルキスはとうとうガレオン級に捕縛されてしまう。アンジュは機体に頭をぶつける。と同時に彼女の左手の包帯が取れて、そこから指輪が露出する。ガレオン級がヴィルキスに向かって咆哮を上げる。

 

 「あれ?なんか、アンジュの様子がおかしい?」

 

 ヴィルキスを見ていたフィオナは何かの違和感に気付く。そして、それはすぐに判明した。

 

 「あっ!アンジュ、気絶しているの!?」

 

 そう、今しがた機体に頭をぶつけたのが原因でアンジュは失神していたのである。今のアンジュは気絶して、機体にもたれ掛かっている状態だった。

 

 (そんな。此処でも食い違いが起こるなんて。このままだとアンジュが)

 

 映像では捕まっても気絶しなかったアンジュだったが再び食い違いが起こってしまった。今、この状況でガレオン級の攻撃を受ければアンジュは間違いなく死ぬだろう。

 

 「アンジュ、起きて!目を覚まして!!」

 

 フィオナはコクピットに戻ると通信を入れてアンジュに呼びかけるがアンジュが目を覚ます様子はない。フィオナはどうしようかと思考を巡らす。すると、ある1つの考えが浮かぶ。

 

 (道を指し示す歌、か・・・可能性は低いかもしれないけどやってみるしかないか)

 

 それからフィオナは通信をPVCh.にするとヴィルキスに通信を入れるのだった。

 

 

 (此処はどこなんでしょう?私は一体、どうしてしまったの?)

 

 アンジュは見知らぬ空間の中にいた。辺りは真っ暗で彼女はその中をゆっくりと落ちていく不思議な感覚を感じていた。やがてアンジュの身体はとある場所に収まる。アンジュが身を起こし、辺りを見回してみるとそこは花畑だった。そこで咲いている花にアンジュは見覚えがあった。

 

 (これは、お母様が育てていた薔薇の花。そうか、私はやっと死ねたのですね。ああ、よかった。これでもう、あの化け物と戦わずに済む。アンジュリーゼに戻れる。お母様、今からそっちへ行きます・・・)

 

 アンジュは涙を流しながらも笑顔で死を受け入れようとした。その時だった。

 

 「♪~♪~♪~」

 

 どこからともなく歌が聞こえてきた。アンジュがそれに耳を傾けるとそれは聞き覚えのある懐かしい歌だった。

 

 (え、これって、永遠語り!?一体、誰が歌っているの?)

 

 アンジュは辺りを見回す。すると、アンジュの目の前に光が集まるとパァァーッと辺りを照らす。アンジュは思わず目を閉じ、再び開けるとそこにいたのは、

 

 「お、お母様!?」

 

 果たしてそれは死んだ筈のアンジュの母、ソフィアだった。ソフィアはアンジュに語りかけてきた。

 

 「アンジュリーゼ、此処へ来てはなりません。あなたにはまだやるべき事がある筈です」

 

 「お母様、どうして?私はもう生きていたくありません。お母様と同じ所へ行かせてください」

 

 「私はあなたに言った筈ですよ。生きるのです、と。だからあなたは生きるのです。何があろうとも」

 

 ソフィアは悲しそうな声をしながらも毅然とした表情でアンジュを拒絶する。

 

 「でも!私にはもう何もありません。皇女としての身分も名前も。家族や仲間だって、もう何も・・・」

 

 アンジュは涙を流しながら叫ぶ。するとソフィアは笑顔で語りかける。

 

 「仲間ならいるではありませんか。あなたにはこの歌が聞こえませんか?」

 

 アンジュが耳を傾けると先程の永遠語りがまだ続いていた。どこかで聞き覚えのある声ではあったがその歌はアンジュを癒していく。

 

 「永遠語り。進むべき道を指し示す守り歌。今、この歌を歌っているのはあなたの仲間なのですよ」

 

 「私の、仲間・・・」

 

 「そう、あなたは決して一人ではないのです。あなたを待っている人がいるのですよ。アンジュリーゼ、あなたはどうしたいのですか?死にたいのですか?それとも、生きたいのですか?」

 

 ソフィアの問い掛けにアンジュは目を見開く。と、彼女の左手に光る物に気付く。それはソフィアの形見の指輪だった。それを見たアンジュは決意する。

 

 「私は・・・生きたい!まだ、死にたくはありません!!」

 

 すると、アンジュの叫びに呼応する様に指輪が光輝く。すると辺りも光に照らされていく。それを見たソフィアは満足そうな笑顔で頷く。

 

 「その言葉が聞きたかった。そうです。生きるのです、アンジュリーゼ。生きて、戦って、恋して、結婚して、子供を産んで、幸せを掴むのです。そして、年老いて人生を終えた時に再び此処へいらっしゃい。私はあなたを見守っています。いつまでも、いつまでも・・・」

 

 そう言うとソフィアは溶ける様に消えていった。アンジュは決意した様に大きく頷くと虚空へ身を躍らせるのだった。

 

 

 その変化は突然だった。アンジュが目を覚ますと同時にヴィルキスが強い光を発する。その輝きに目が眩んだガレオン級はヴィルキスを放してしまう。同時に同じく捕縛されていたアルテミスも解放されるのだった。

 

 「あれは!?解放される、ヴィルキスが!」

 

 フィオナの言葉と同時にヴィルキスを覆っていた錆や汚れは剥がれる様に落ちて四散していく。そして、アンジュはヴィルキスをアサルトモードにするとそこには白と青のボディと間接部が金色でコーティングされ、頭部に天使のモニュメントが輝くヴィルキスの真の姿があった。すると、ガレオン級が再びヴィルキスに襲い掛かる。

 

 「死にたくない、私は死なない。絶対に死なない!」

 

 アンジュは叫ぶとガレオン級に向かってアサルトライフルを撃つ。ある程度ダメージを与えるとアンジュはヴィルキスをフライトモードに戻し、距離をとる。その機動性は先程とは打って変わって大きく向上していた。ガレオン級は今度は光弾を放つ。アンジュはそれをかわしていくとアサルトモードに変形して、ヴィルキスの専用武装である剣、ラツィーエルを使って打ち消していく。そしてガレオン級に近づくと、

 

 「だから・・・お前が死ねえええぇぇぇ!!!」

 

 叫びと共にアンジュはラツィーエルをガレオン級の頭部へ深く突き刺す。素早く手放し、離れるとヴィルキスを追尾していた光弾がガレオン級の胴体に直撃する。それに見計らってアンジュは凍結バレットをガレオン級に撃ち込み、同時に頭部に刺さったままのラツィーエルを回収する。ガレオン級は断末魔の悲鳴を上げ、海へ墜落するとたちまち氷原へと変わるのだった。

 

 「やった!頑張ったね、アンジュ」

 

 フィオナは自分の事の様に喜んでいた。だが当のアンジュはというと、

 

 「は、ははは。何だろう、この昂ぶる気持ち・・・」

 

 生き残った事への喜びとは異なる感情に襲われていた。

 

 「確かに私は生きたいと言った。けど、こんなの私じゃない。殺しても生きたいだなんて、そんな汚くて浅ましく、醜い考え・・・」

 

 「いいんだよ、それでも。美しくなくたっていい、浅ましくたって構わない。だって、それが生きるという事なんだから」

 

 自分を責めるアンジュをフィオナは通信越しに慰める。やがてその場にアンジュの泣き声が響き渡るのだった。司令部にいたジルはそれを見届けると笑みを浮かべて去っていった。

 

 

 夕暮れ時、戦闘を終えたアンジュは墓地にいた。彼女の顔は決意に満ちていた。

 

 「さようなら、お父様、お母様、お兄様、シルヴィア、モモカ。私には何もない、何もいらない。私は生きていく、この地獄ともいえる場所で。ドラゴンを駆逐して。私は生きる。殺して、生きる」

 

 アンジュはそう言うと持っていたナイフを使い、自分の髪をバッサリと切り落とす。背中まであったアンジュの髪は肩の上ぐらいまで短いショートカットになった。すると、

 

 「アンジュ」

 

 自分を呼ぶ声が聞こえたので振り向くとそこにはフィオナがいた。

 

 「髪、切ったんだね。やっと覚悟が決まった・・・って、ところかな?」

 

 「ええ、私はもう逃げない。ドラゴンだろうが何だろうが殺して生きていくわ」

 

 「そう。じゃあ、記念にこれは私からの餞別だよ」

 

 フィオナはアンジュに向かって何かを投げる。アンジュがそれをキャッチするとそれはプリンだった。

 

 「ココちゃんがあなたにあげたプリン。今度はもう捨てちゃダメだよ」

 

 「?・・・ねえ、これ、なんか冷えてない?」

 

 アンジュは冷えていたプリンに首を傾げる。自分がココから貰った時だって、こんなに冷えてはいなかったからだ。

 

 「温いプリンなんて嫌でしょ?私が食堂のおばさんに頼んで冷蔵庫に入れてもらってたんだ。やっぱりプリンは冷たい方がおいしいからね」

 

 フィオナは笑顔で答える。アンジュは呆れながらも渡されたスプーンでプリンを食べる。一口食べたアンジュは暫く黙っていたが、

 

 「不味い!!」

 

 と、顔を顰めながら言うのだった。

 

 「あらら、やっぱりアンジュの口には合わなかったか。まあ、いつかきっと美味しいと言える日が来るんじゃないかな?」

 

 「来るわけないじゃない。不味い物は不味いんだから・・・」

 

 そう言いながらもアンジュはプリンを完食するのだった。そしてアンジュは夢の中でソフィアが言っていた事を思い出す。

 

 『あなたは決して1人ではないのです。あなたを待っている人がいるのですよ』

 

 それから、アンジュはフィオナの顔を見ると照れ臭そうに言う。

 

 「あ、あのさ、フィオナ。まだ言ってなかったよね。初陣の時に私の失敗をフォローしてくれたり、助けたりしてくれて、その、あ、ありがとう・・・」

 

 アンジュのお礼を聞いたフィオナは驚いた顔になる。

 

 「な、何を驚いているのよ?」

 

 「え!?あ、いや。アンジュがお礼を言うとは思わなかったから、つい・・・それに私の事を名前で呼んだから」

 

 「わ、私だってお礼を言ったり、謝ったりする事くらいできるわよ。名前で呼ぶ事だってね。ああもう!とにかく同じ部屋で暮らすルームメイト同士、よろしくフィオナ!」

 

 アンジュは顔を赤らめながらもフィオナに手を差し出す。フィオナはアンジュの手を握り握手すると、

 

 「うん、これからもよろしくね、アンジュ」

 

 満面の笑みで答えるのだった。それを見たアンジュの顔は真っ赤になる。

 

 「あれ?アンジュ、顔が赤いけど、どこか具合でも悪いの?」

 

 「あ、あ、赤くなんかなってないわよ!夕日、そう、夕日で赤く見えるだけよ。というか、そろそろ離してくれない!?」

 

 「あ、うん」

 

 フィオナはきょとんとしながらもアンジュの手を離す。

 

 (な、なんで私、フィオナなんかにドキドキしてんのよ!フィオナは女よ、女!あ、でもフィオナの手、綺麗でスベスベしてた・・・って、違う違う!!)

 

 アンジュは首を大きく振って、煩悩を払う。不可解な行動を取るアンジュにフィオナは首を傾げていた。

 

 「あ、そうだ。フィオナ、私、あなたに聞きたい事が・・・」

 

 漸く落ち着いたアンジュがフィオナに訊ねようとした。その時だった。

 

 「なんだ、お前達。此処にいたのか」

 

 ジルが墓地にやってきた。ジルはアンジュの顔を見ると、

 

 「ほう、アンジュ髪を切ったのか。随分とさっぱりしたじゃないか。それにその表情。ようやく吹っ切れたみたいだな」

 

 口の端を上げながら満足そうに言う。

 

 「ここまで来たら私だって、覚悟を決めるわよ」

 

 「結構。もう、敵前逃亡なんかするんじゃないぞ。それよりもフィオナ、私と来い」

 

 「来いって、あの、どこへ行くんですか?」

 

 「私の私室だ。お前に色々と伝えておきたい事があるからな」

 

 ジルはそう言うとフィオナの手を取り、彼女を連れて行くのだった。

 

 「あ、ちょっと!行っちゃった・・・折角、ペンダントの事を聞こうと思ったのに。まあいいか。同じ部屋なんだし、帰ってきてから聞けばいいか。そういえば、お母様の夢の中で聞こえた永遠語り、フィオナの声だった様な気がするけど、気のせいかしら?」

 

 アンジュは疑問に思いながらも、ここに居ても仕方ないと自分の部屋へと帰る事にした。

 

 

 ジルの私室に連れられたフィオナは彼女と面と向かい合っていた。

 

 「さて、お前を此処へ連れて来たのは他でもない。先の戦闘でのお前の命令違反に対する処分を伝える為だ」

 

 「あの、それなら別に墓地で伝えてもよかったんじゃ・・・」

 

 「アンジュもいたし、それに大事な話は2人っきりになれる所がいいからな」

 

 「はあ、そうですか。それで私の処分はどうなったのですか?」

 

 「ああ。フィオナ、お前に課す処分は・・・」

 

 ジルはそう言うと暫く間を置いてから告げる。

 

 「反省文100枚、明日までに書いて提出しろ」

 

 「はい、わかりま・・・え?」

 

 「なんだ、聞こえなかったのか?反省文・・・」

 

 「いや、そうじゃなくて。あの、反省文、ですか?」

 

 「不服か?」

 

 「不服というか、私は反省房での謹慎は覚悟していたものですから、拍子抜けしてしまって・・・」

 

 重い処分を覚悟していたフィオナは余りの軽さに目を丸くしていた。

 

 「命令違反とはいえ、仲間の命を救ったのは事実だからな。かといって、何のお咎め無しでは示しがつかんだろう?これでも、相応な処分だと私は思っているがな」

 

 「まあ、司令がそうおっしゃるならそれでいいです」

 

 ともあれ、これでフィオナの処遇にも一応の決着が着いたのだった。

 

 「話はこれで終わりですか?なら、私はこれで・・・」

 

 「待て、話はまだ終わってないぞ」

 

 出て行こうとしたフィオナをジルが呼び止める。

 

 「話って、今度は何ですか?」

 

 「いやな、処分とは別に先の戦闘の事でお前に聞きたい事があってな」

 

 「聞きたい事?何でしょう?」

 

 ジルは引き出しから書類を取り出すと机の上に置く。

 

 「これは先の戦闘におけるお前の行動を纏めたものだ。これを見ると色々と不可解な事があってな。お前に聞きたいと思ったんだ」

 

 「き、聞きたいって、何をですか?」

 

 そう言うフィオナの顔は少々引きつっていた。

 

 「まず、最初に。アンジュが隊列を離れた時、何で奴を追いかけなかったんだ?」

 

 「お、追いかけなかったって・・・どういう意味でしょう?」

 

 「お前はアンジュと同期でしかも同じ部屋のルームメイトだろう。そいつが逃げ出そうとしたら、普通は追いかけようとするものじゃないのか?」

 

 「あの時は任務の最中でしたし、サリアが追いかけて行ったので自分まで隊列を離れる必要は無いと思っただけですよ」

 

 「そうか。まあ、命令通りに動くのは当然の事だよな」

 

 「ええ、そうですよ。だから何も・・・」

 

 「ココが隊列を離れた時はすぐに追いかけたのに、か?」

 

 鋭い所を突かれたフィオナの顔が強張る。

 

 「不思議だよな?アンジュが離れた時は微動だにしなかったお前がココが離れた時はすぐさま動いた。これはどういう事なんだろうな?」

 

 「あ、いや、それはその・・・」

 

 フィオナの顔に冷や汗が流れる。それを知ってか知らずかジルは更に畳み掛けてくる。

 

 「次にお前がガレオン級と戦闘するまでの間の行動を振り返ってみるぞ。ココを救出した後、お前は彼女をミランダに預けて、奴をアルゼナルへ帰投させた。独断でな。それから2人を逃がす為にゾーラ達が撃ち漏らしたスクーナー級と交戦した。そうだな?」

 

 「はい。命令違反である事は理解してましたがあの状況ではそれが適切だと思ったからです」

 

 「そうだな。確かにあの状況ではそうするのが適切だったろう」

 

 「なら、何が問題なんですか?」

 

 「適切過ぎるんだよ。無駄がない程にな。お前は実力はあるが団体戦闘は今回が初めてだったのだろう?初めての奴にどうして此処まで無駄なく対応する事ができたんだ?まるで最初からこうなると分かっていた様じゃないか」

 

 「そ、それは・・・」

 

 ジルの指摘にフィオナは押し黙ってしまう。

 

 「それに今日の戦闘においても変わった事があった。お前がガレオン級に捕縛された時、お前アルテミスの通信を切断しただろう。数分間の間だな。更にその後、今度はヴィルキスにPVCh.を入れただろう。一体何をやっていたんだ?」

 

 「あ、あの、司令。それはその・・・」

 

 何とか弁解しようとしたフィオナだったが最早、言葉を出すのも難しいほどにしどろもどろになっていた。ジルは暫くフィオナを見つめていたが、

 

 「フッ、すまなかったな。いやなに、これを理由にお前を追い詰めようとは思ってなかったんだがな。司令ともなるとやる事は書類仕事が殆どだからな。興味深い事があると色々と知りたくなってしまうものなのだよ。安心しろ、この事は第一中隊の者達には伏せておくから」

 

 子供の様な無邪気な笑みを浮かべて答えるのだった。

 

 「そ、そうですか。はあ~~~」

 

 漸く緊張から解き放たれて、フィオナは安堵する。

 

 「話は以上だ。もう行ってもいいぞ」

 

 ジルは煙草を取り出し一服するとフィオナにそう告げる。フィオナは一礼すると部屋を出ようとした。

 

 「ああ、待て。最後に1つだけ言っておく」

 

 ジルは再びフィオナを呼び止める。

 

 「言いたい事って、何ですか?」

 

 「お前が何を考えているかは分からんがな、私達に秘密で何かをやろうと思うならそれ相応の覚悟をしておけ、いいな?」

 

 ジルは低い声で睨みながら言う。

 

 「は、はい・・・」

 

 フィオナは震えながら返事をすると部屋を出るのだった。

 

 

 「はあ~、生きた心地がしなかったよ・・・」

 

 海の見える廊下でフィオナは1人、一息吐いて佇んでいた。

 

 (やっぱり、ジル司令には気をつけないと。何がきっかけで私の秘密を知られるか分かったものじゃないね、ホントに)

 

 改めて、此処での生活には気を付けようと心に決めるフィオナだった。すると、

 

 「フィオナさ~ん!」

 

 自分を呼ぶ声が聞こえたので振り向くと向こうからココとミランダがやってきた。

 

 「ココちゃん、ミランダちゃん、どうしたの?確か2人は自室で謹慎じゃなかった?」

 

 「うん、そうなんだけど。ココがどうしてもフィオナに会いたいって、言ってさ」

 

 「そうです、フィオナさん。私、どうしてもフィオナさんに言いたい事があって」

 

 ココはフィオナの前に来ると彼女に頭を下げる。

 

 「え、ココちゃん!?」

 

 「フィオナさん、助けてくれてありがとうございました。そして、勝手な行動をしてごめんなさい!」

 

 ココはフィオナにお礼と謝罪をするのだった。

 

 「ココね、ずっとフィオナに墓地に言われた事を気にしてたんだ。それでどうしても謝りたいって」

 

 「謝りたいって、私もココちゃんに手をあげてしまったし」

 

 「でも、それは私の為にしたんじゃないですか。フィオナさんが気にする事ではないですよ」

 

 気負うフィオナにココはフォローする。

 

 「まあ、ココもこう言ってる事だし、素直に受け取っておけばいいんじゃないかな?私もさ、あの時は頭にきたけど、後で冷静に考えてみればフィオナの言ってた事は正しいって思ったもん」

 

 ミランダもフォローする。それを聞いたフィオナは、

 

 「そう、うん分かった。はい、確かにお礼と謝罪は受け取りました」

 

 笑顔で言うのだった。それを見た2人の顔にも笑顔が零れる。

 

 「あ、あの。フィオナさん、お願いがあるんですけどいいですか?」

 

 「お願い?何?」

 

 ココに言われたのでフィオナが聞き返してみると、

 

 「私とミランダの事なんですけど、これからは呼び捨てで呼んでくれませんか?」

 

 「呼び捨てで?」

 

 「うん。ほら、私達は歳は違うけど一応は同期の新兵だからさ。やっぱりちゃん付けで呼ばれるのは恥ずかしいかなって、思ってさ」

 

 「はい、だから私たちの事は呼び捨てで呼んでください」

 

 2人のお願いをフィオナは無碍にもできなかったので、

 

 「うん、わかった。これからもよろしくね、ココ、ミランダ」

 

 2人を呼び捨てで呼ぶのだった。2人は嬉しそうな顔をする。すると、

 

 「フィオナさん、もう1つお願いしてもいいですか?」

 

 ココが再びフィオナにお願いをしてきた。

 

 「ん?今度は一体、何かな?」

 

 「あ、あの、その、えっと・・・」

 

 フィオナが聞き返すとココは顔を赤らめて、もじもじする。

 

 「何を今更照れてんだよ、ココ。ちゃんと言わないと伝わらないぞ」

 

 そんなココをミランダが後押しする。

 

 「わ、わかってるよ・・・あの、フィオナさん!これからフィオナさんの事を・・・」

 

 「うん?」

 

 「お姉ちゃん、って呼んでもいいですか?」

 

 一瞬、辺りに静寂が包み込む。そして、

 

 「え、ええーーー!!?」

 

 フィオナの驚きの声でそれは破られるのだった。

 

 「お、お姉ちゃん!?私が?」

 

 「はい!これからはお姉ちゃんと呼ばせてください!」

 

 笑顔で答えるココにフィオナは呆然とする。

 

 「えっと、何でそんな事に?」

 

 「いや~、ココね、アンタの事すっかり気に入っちゃったみたいでさ。『フィオナさんが私のお姉ちゃんだったらいいのにな~』って、何度も・・・」

 

 「や、やめてよミランダ。恥ずかしいよ」

 

 ミランダの言葉にココは顔を赤くする。

 

 「で、でも、急にお姉ちゃんって言われても・・・」

 

 「そんなに難しく考える必要なんかないって、フィオナ。他の子達もさ、隊長や先輩ライダーの事を“お姉様”って、呼んだりするのは珍しくもないよ。まあ、流石に私は抵抗があるから言わないんだけど」

 

 戸惑うフィオナをミランダがフォローする。言われてみれば確かにロザリーとクリスもゾーラの事をお姉様と呼んでいた。フィオナも覚悟を決めるのだった。

 

 「うん、いいよココ。私で良いなら、お姉ちゃんって呼んでも」

 

 「! お姉ちゃん!!」

 

 「うわわっ!」

 

 フィオナの返事を聞いたココは喜んでフィオナに抱きつく。その様子をミランダは呆れながらも微笑んで見ているのだった。

 

 「私がお姉ちゃんか。世の中何がどう影響するか分かんないねホントに」

 

 2人が去って行った後、フィオナは海を見ながら佇んでいた。

 

 「あ、そういえば私も反省文を書かないといけないんだった。100枚か。明日までに書かないといけないんだよね。アンジュは・・・手伝ってくれないだろうな。はあ、今日は徹夜か・・・」

 

 これからやらなければならない処罰にフィオナは少々、鬱になりながらも部屋へと戻って行った。

 

 

 そんなフィオナの様子を空から見下ろす2人の男女の姿があった。男性の方は金色の長髪に背広を着た紳士的な印象の青年で、女性の方は黒いロングヘアーに胸元が大きく開いたカクテルドレスを着た妖艶な女性だった。ただ、彼女の顔は上半分を仮面で覆っていた。だが、それ以上に特異なのは2人がフィオナを見ている場所だった。2人は空に浮かびながら彼女を見ていたのだ。

 

 「あれが例の少女、確か名前はフィオナといったかな?」

 

 青年は女性に静かに訊ねる。女性は頷くと、

 

 「そうよ。尤も、それはアルゼナルの司令官が付けた仮の名前だけどね。彼女は危険よ。今はまだ記憶を失っているけれど、あの子の記憶が完全に蘇って、あの子の機体、アルテミスが真の力を解放した時、必ず脅威となるわ。この世界にとって、貴方にとってもね」

 

 青年に警告する。だが青年は慌てる所か楽しそうに振舞う。

 

 「ほう。それはそれでなかなか面白そうではないか。そういう事は私は寧ろ大歓迎だよ」

 

 「真面目に聞いて!あの子の恐ろしさはそれだけじゃない。あの子はこれから先、何が起こるかを大体は把握している。現にあの子の行動で本来は死ぬ運命にあった3人のノーマが生き延びているわ。それはつまり、あの子はこの世界の歴史に干渉できるという事なのよ!貴方が作ったこの世界の秘密も貴方がこれからやろうとしている事もあの子は知っている。貴方の弱点さえもね!早く手を打たないと取り返しのつかないことになるわよ!」

 

 女性は激昂して警告するも青年は余裕の態度を崩さない。

 

 「ますます面白いじゃないか。物事が予定調和に進む事ほど退屈な事はないからな。今のこの世界の様に。それに君は彼女を私や世界にとって脅威と言ったがそれは、“君にとっても”そうではないのか?」

 

 「っ!人が忠告してあげているのに。まあいいわ。とにかく、あなたが自分の理想を実現したいと思うなら、あの子には気をつける事ね。その余裕な態度が命取りにならないといいわね、“神様”!!」

 

 女性は皮肉混じりに言うとそのまま消えていった。後に残った青年は再びアルゼナルを見る。

 

 「やれやれ、余裕のない女ほど見てて痛々しいものもないな。そもそも私は神様ではなく“調律者”だというのに。まあいい。彼女というイレギュラーな存在が私やこの世界にどんな影響をもたらすのか?是非とも楽しませてもらうとしよう。私と君が出会うその時までその命、つまらぬ事で散らさないでくれたまえよ、フィオナ」

 

 青年、エンブリヲは静かに微笑むとその場から消えるのだった。




書きたいと思ったネタを詰め込んだらこんなにも長くなってしまいましたが漸くアンジュの断髪まで行く事が出来ました。原作アニメの方はクライマックスへと進んでいますが、アニメが終わった後もこの作品にお付き合い戴けると幸いです。それでは


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第13話 反逆者と苦労人 Ⅰ

多忙で執筆の時間が取れず、前回の更新から間が空いてしまい申し訳ありませんでした。原作アニメは大団円で終了しましたがこの作品はまだまだ続きますので今後ともよろしくお願いします。ではどうぞ


 「3度の出撃でこれほどの撃墜数とは。上々だな」

 

 夜更けのアルゼナル。ジルの私室にジル、サリア、メイ、マギー、ジャスミン、バルカンの5人と1匹が集まっていた。第一中隊の戦闘報告書を読んだジルは御機嫌だった。

 

 「今まで誰も動かせなかった機体をこうも簡単に動かしてしまうとはね」

 

 「たぶん、ヴィルキスがアンジュを認めたんだと思う」

 

 「じゃあ、あの子が・・・」

 

 「フッ、なら始めるとしようか。【リベルタス】を」

 

 リベルタス。自由の名が付くそれはジル達、一部のノーマ達しか知らない世界と社会に対する反攻作戦だ。ヴィルキスはその作戦の要となる。殆どの者が頷く中、サリアは若干不満そうだ。

 

 「不満か、サリア?」

 

 「・・・すぐに死ぬわ、アンジュ。フィオナも命令は聞くけど時折、無茶な行動に出る事があるし」

 

 「仲間を危険に晒した者と救った者。中々、面白い組み合わせよね」

 

 サリアは今日の戦闘を思い出す。

 

 

 アンジュはヴィルキスを操り、次々とスクーナー級を落としていくが、彼女に恨みを持つロザリー、クリスの砲撃が何度か当たりそうになる。アンジュはそれを見事に回避するのだった。

 

 一方、フィオナの方は2匹のスクーナー級に追いかけられていた。一見すれば、窮地に陥っている様に見えるがそうではなかった。目的のポイントに近づくと、

 

 「ココ、ミランダ、今だよ!」

 

 『はいっ!!』

 

 2人に通信を入れたフィオナはアルテミスのスピードを上げて、スクーナー級を振り切る。スクーナー級は追いかけようとするが突然、ココとミランダが乗る2機のグレイブがアサルトライフルを構えて、立ちはだかった。と、同時にライフルを発砲。スクーナー級を撃ち落すのだった。

 

 「お見事!上手く落とせたね」

 

 「うん、お姉ちゃん。私、出来たよ!」

 

 「フィオナ、ナイスパス!」

 

 3人はそれぞれ健闘を讃えるのだった。フィオナはこうして2人にパラメイルの操縦法やドラゴンの撃墜をサポートしている。2人を強くする為でもあるが、隊長になったばかりのサリアの負担を少しでも減らそうという思いもある。

 

 勿論、自分がドラゴンを狩るのも忘れない。フィオナは前線に戻ると、スクーナー級を次々と撃ち落していく。すると、

 

 ドォーン!!

 

 爆発音がしたほうを向くとヒルダがガレオン級の1匹に攻撃を加えていた。そして、トドメを刺そうと凍結バレットを装填した、その時だった。

 

 ガァン!!

 

 「うわああぁぁ!!」

 

 アンジュのヴィルキスがヒルダの機体を突き飛ばすと凍結バレットを素早く装填。ガレオン級に撃ち込むのだった。ガレオン級は海に墜落し、氷原へと変わるのだった。

 

 「はあ、はあ、はあ・・・」

 

 アンジュは息を切らしながらソレを見届けるのだった。

 

 (アンジュ、やっぱりチームワークを考えてないなぁ・・・)

 

 フィオナは呆れつつ、残った最後のガレオン級の方へと向かう。攻撃をかわしつつ、凍結バレットを装填するとガレオン級に撃ち込み、これを倒すのだった。

 

 

 「・・・私ならもっと上手くやれる。ヴィルキスを使いこなす事ができる。なのにどうして?」

 

 「適材適所、だ。アンジュにはヴィルキスを動かす役割がある様にサリア、お前にはお前の役割がある。そういう事だ」

 

 訴えるサリアをジルが宥める。

 

 「でも、もしヴィルキスに何かあったりしたら!」

 

 「その時はメイが直す。命に代えてでも。それが姉さんから受け継いだ私達、“甲冑師の一族”の使命だから!!」

 

 メイが誇り高く答える。これには、サリアも何も言えなくなってしまった。

 

 「お前にもリベルタスでは頑張ってもらう。だから、その時が来るまで力を身に付けておけ。いいな?」

 

 「は、はい・・・」

 

 「いい子だ。さあ、これから忙しくなるぞ。くれぐれもエマ監察官には悟られない様にな」

 

 それからサリア、メイ、マギーの3人は廊下を確認する様にして部屋から出て行った。後に残ったのはジル、ジャスミン、バルカンだけだった。

 

 「さて、ヴィルキスが蘇った事だし、後はアンジュとフィオナを懐柔しないとな」

 

 「アンジュは兎も角、フィオナもリベルタスに引き込むのかい?」

 

 「無論だ。奴の実力もアルテミスの性能も優れている。是非とも腕を奮ってもらわんとな。あの坊やには感謝しないとね。良い駒を見つけてくれたからな」

 

 「駒、か。サリアの事といい、ひどい女だねえ、本当に」

 

 「利用できるものなら何だって利用してやるさ。想いも命も全て。地獄にはとっくに落ちているからな」

 

 咎めるジャスミンをジルは吸っていた煙草を義手で握り潰しながら答えるのだった。

 

 

 その頃、フィオナは自分の部屋のベッドでうなされていた。

 

 「はあ、はあ、はあ・・・いやあ!」

 

 フィオナはベッドから飛び起きる。顔や身体には汗がびっしょりと流れていた。フィオナは悪夢を見ていた。自分が倒したドラゴン達が人間の姿へと変わって、襲い掛かる夢を。

 

 (決意したのに・・・こんな夢を見続けたらまた、揺らぎそうだよ)

 

 フィオナは目を片手で覆いながら首を振る。この悪夢を2.3日に1度は必ずといって良いほど見ていた。その都度、彼女は苦しんでいた。

 

 (戦うしかないんだ。今はまだドラゴンは敵なんだから・・・)

 

 フィオナは改めて決意すると再び眠りに付くのだった。

 

 

 今日は週に1度の報酬支払日。アルゼナルの窓口には第一中隊の面々が報酬を受け取ろうと集まっている。

 

 「撃破、スクーナー級3。ガレオン級へのアンカー撃ち込み。弾薬消費、燃料消費、装甲消費を差し引きまして、ロザリーさんは今週分、18万キャッシュとなります」

 

 係りの女性がロザリーに報酬を支払う。その少なさにロザリーは不満そうだ。

 

 「ちっ!こんだけかよ・・・」

 

 「十分だって。私なんて1桁だもん・・・」

 

 クリスの報酬はロザリーよりも更に少なかった。機体の性能やライダーの腕にも因るが砲兵は基本的には後方支援が主流である為、危険が少ない分、報酬も突撃兵と比べると少ない。加えて2人の実力はそれほど高くない為、尚更だった。

 

 「ヒルダはどんだけ稼いだんだ?」

 

 ロザリーが訊ねるとヒルダは2人に札束を見せ付ける。やはり第一中隊のエース級ライダーであるだけにその額は2人の報酬を大きく凌駕していた。

 

 『おお~!!』

 

 札束を見た2人は感嘆の声を漏らす。すると、

 

 「アンジュさん、今週分は550万キャッシュとなります」

 

 アンジュの前に札束が沢山差し出される。それを見たヒルダ達は顔を顰める。

 

 「アンジュ、やる~」

 

 「大活躍だったものね、アンジュちゃん」

 

 ヴィヴィアンとエルシャはアンジュを褒めていた。ヴィヴィアンはともかく、エルシャの報酬はロザリー達と変わらないのだが、やっかんだりしないのは彼女の人柄故だろう。だが、アンジュは歯牙にも掛けず、必要な分だけ受け取ると残りは預金するのだった。次はフィオナの番だ。

 

 「フィオナさん、今週分は500万キャッシュとなります」

 

 アンジュよりはやや少ないものの、それでも他の者達よりも大分稼いでいた。

 

 「ちっ、アイツもか!」

 

 それを見たヒルダは忌々しそうに舌打ちをする。

 

 「おお~!フィオナもグゥレイトォ!」

 

 「流石ね、フィオナちゃん」

 

 「お姉ちゃん、すごーい!」

 

 「やったじゃん、フィオナ」

 

 ヴィヴィアン、エルシャ、ココ、ミランダはフィオナを褒めていたが、フィオナの表情は少し曇っていた。

 

 「どうしたのよ、フィオナ。大金が入ったってのに、浮かなそうな表情をして」

 

 「え?あ、いや・・・」

 

 アンジュに訊ねられて、フィオナは慌てて返事をする。

 

 「もしかして、私より少なかったのが悔しいとか?だったら、他の奴に譲ったりしないで自分でドラゴンを全部落とせばいいじゃない」

 

 「そんなんじゃないよ。ていうか、アンジュも命令を無視したり、他の人が狙っているドラゴンを横取りするのは止めた方がいいよ。独り占めしちゃったら、他の人の報酬が少なくなるしさ」

 

 「私は貴方みたいに器用じゃないのよ」

 

 それだけ言うとアンジュはさっさと行ってしまうのだった。フィオナは呆れるとアンジュ同様、必要な分だけを受け取って、残りは預金したのだった。その様子をヒルダ達は苦虫を噛み潰す様な表情で見ていた。

 

 

 ロッカールームへとやってきたアンジュとフィオナは制服に着替える為に自分のロッカーを開けるのだが中の有様を見た途端、

 

 「あっ!」

 

 「・・・はぁ」

 

 驚きの声とため息の2つがロッカールームに響く。無理はなかった。彼女達のロッカーには落書きがされており、中に掛けられていた制服は見るも無残に切り裂かれ、ボロボロになっていた。

 

 「わ~、こりゃひどい」

 

 ヴィヴィアンも驚きを隠せなかった。同じくロッカーの中を見たサリアは、

 

 「また貴方達ね。施設の備品に悪戯をするのは規則違反よ!」

 

 とロザリー達を咎めるが彼女達は知らん振りしていた。

 

 「あたし達がやったって、証拠はあるのかな~?」

 

 まるで開き直った様な物言いにココとミランダは文句を言おうとするが、

 

 「ココ、ミランダ、いいよ。気にしないで」

 

 フィオナに止められてしまう。

 

 「どうしてよ!?こんなにひどい事されたのに!」

 

 「そうですよ!ガツンと言った方がいいです!」

 

 ミランダとココは抗議するがフィオナは首を振る。

 

 「こういうのは下手に反応するとますます面白がるだけだよ。相手にしないのが1番なの」

 

 フィオナは2人にそう言い聞かすのだった。すると、

 

 バッ、ガサッ!

 

 アンジュが乱暴に制服を取り出すと切り裂かれているにも関わらず、それを身に付ける。そしてナイフを手にするとロザリーに向かって切りつける。だが、ロザリーの肌には傷はついていなかった。代わりに彼女が着ていたライダースーツのバストとショーツの部分が静かに切れてずり落ちる。

 

 「きゃーーー!!」

 

 ロザリーは両方を手で押さえて悲鳴を上げる。すると、アンジュはナイフをロザリーの喉元に突きつけ、そして告げる。

 

 「私とフィオナに下らない事するんじゃないわよ、このクソムシが!」

 

 そう吐き捨てるとロッカールームを出て行くのだった。あまりの迫力にロザリーは腰を抜かすのだった。

 

 「アンジュさん、着てっちゃいましたね、あの制服・・・」

 

 「ねえ、フィオナ。まさか、アンタまでそれを着るつもりじゃあ・・・」

 

 「流石に私にはそこまでの度胸はないよ」

 

 フィオナは呆れながら答える。だが制服はこれしかなく、ここまでボロボロでは修繕してもどうにもならない。仕方ないとばかりにフィオナはキャッシュを取り出し、

 

 「ミランダ、ちょっとジャスミン・モールまで行って新しい制服を買ってきてくれないかな」

 

 「うん、わかった」

 

 ミランダに渡すと、彼女は了承して制服を買いに出て行った。それからフィオナは別のロッカーから掃除用具を取り出す。

 

 「お姉ちゃん、何してるの?」

 

 「ロッカーに書かれている落書きを落とすんだよ。このままにはしておけないからね」

 

 「そうなんだ。じゃあ、私も手伝う!」

 

 「ありがとう、ココ。私は自分のロッカーをやるから、ココはアンジュのロッカーをお願い」

 

 こうして、2人はロッカーの掃除に取り掛かるのだった。

 

 

 『エマ、元気にやっているか?ノーマ共に何かひどい事されてはいないだろうな?』

 

 「大丈夫だってば。心配性なのよパパは」

 

 アルゼナルの食堂でエマは父親と通信をしていた。彼女の父親は威厳はあるのだが、少々子煩悩な所があり、月に1度はこうして連絡を入れてくるのだ。

 

 『そうは言ってもな。やはり、私は心配でならんよ。お前がノーマ管理委員会に就職したはいいが、まさかアルゼナルの監察官に任命されるとは思ってもみなかったからな』

 

 「安心して。仕事も覚えたし、ノーマも最初は怖かったけど今はもう大分慣れたわ。私が目を光らせている限り、ノーマ達の好きな様にはさせないわ」

 

 『それならいいが。もし辛かったらすぐにでも帰ってきなさい。お前もいい歳なんだし、そろそろ結婚を考えてもいいんじゃないのか?相手なら私が良い人を見つけてやるから』

 

 「もう!何を言ってるのよ、パパ。私は結婚なんて今の所は考えてません!」

 

 父親の言葉にエマは少々、憤慨する。すると父親の顔が急に真剣そうな表情になる。

 

 『まあ結婚はともかく、監察官である以上はくれぐれもノーマ共には気を許すんじゃないぞ。間違っても“あの男”の様には絶対になるな!』

 

 それを聞いたエマは表情を曇らせる。

 

 「・・・大丈夫よ。あの人みたいには絶対にならない!」

 

 『それでいい。何しろあの男は監察官の身でありながら、ノーマ共に肩入れしたのだからな。その所為でノーマ管理委員会の権威は大きく失墜した。我々、人間にとっても最低の面汚しだ。くれぐれも奴の二の舞にだけはなるんじゃないぞ!」

 

 「勿論よ。私は彼とは違うのだから」

 

 それだけ言うとエマは通信を切った。通信を終えた彼女の顔は何処か物憂げだった。

 

 (パパ、やっぱり彼の事を怒っているんだ。当然よね、ノーマに味方した挙句、“あんな事件”を起こしたんだもの。やっぱりわかりません。貴方はどうしてあんな事をしたんですか?先輩・・・)

 

 エマは気分を紛らわそうと紅茶を口にする。が、ボロボロの制服を着たアンジュが歩いているを見て、飲んでいた紅茶を吹き出すのだった。

 



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第14話 反逆者と苦労人 Ⅱ

また前回から間が開いてしまい申し訳ありません。できるだけ、ペースを上げて行きたいと思っています。ではどうぞ


 ロザリーはロッカールームでアンジュに切られたライダースーツを修繕していたが、

 

 「痛っ!」

 

 縫い針を指に刺してしまい、血が出る。裁縫はあまり得意ではない様だ。新しい物を買えればいいのだが、アンジュやフィオナと違って稼ぎの少ない彼女にそんな余裕は無かった。

 

 「クソッ!何もかも、あのアマ共の所為だ。今に見てろよ、絶対にギャフンと言わせてやるからな!」

 

 ロザリーはアンジュとフィオナに一泡吹かしてやろうと言わんばかりに熱くなる。すると、

 

 「ねえ、ロザリー。アンジュはともかく、フィオナも標的にするの?」

 

 ロザリーにそう尋ねるクリスはあまり乗り気ではなさそうだ。

 

 「どうしたんだよ、クリス?なんか問題でもあるのか?」

 

 ロザリーが聞くとクリスは静かに答える。

 

 「アンジュを痛い目に遭わせるのは賛成だよ。でも、フィオナまで狙う必要があるの?確かにアンジュと同じ部屋だし、アンジュの肩を持つし、私達よりも多く報酬を稼ぐけどさ。あの子のお蔭でゾーラお姉様は助かったんだよ。それに、私も助けてもらったし・・・」

 

 クリスは陰気で根に持つ性格ではあるが、恩がある者に仇で返す様な真似をする事には流石に抵抗があった。

 

 「何を言ってんだよクリス!確かにお姉様を助けてもらったけど、それとこれは別だろ!大体、アイツがジャスミン・モールであたしにした事、忘れたのか!?」

 

 ロザリーはジャスミン・モールでの一件を切り出す。ロザリーはジャスミン・モールでフィオナをからかったのだが、逆に返り討ちに遭い、恥を掻かされた事があった。※第7話参照

 

 「あれの所為で他の隊の新兵まであたしの事を馬鹿にする様になったんだ。だから、あいつも痛姫と一緒に目に物を見せてやらねえと気がすまないんだ!」

 

 すっかり熱くなっているロザリーにクリスは何も言えなかった。

 

 

 その日の夜、シャワールームの物陰でロザリーとクリスが息を潜めていた。ちなみにロザリーの顔には青アザがあるが、これは昼に食堂でアンジュに料理の入った食器をぶつけようとしたが簡単に避けられた上に前にいた別の気の強そうなノーマに当たってしまい、怒った彼女に殴られたのだ。

 

 「いいか、どっちかが来てサウナに入ったらやるぞ。閉じ込めて、脱水症状にしてやるかんな」

 

 「ロザリー、それは流石に命に関わるんじゃ・・・」

 

 「なぁに、20~30分位したら出してやるさ。暑さでヘロヘロ顔になってたら笑い飛ばしてやろうぜ」

 

 2人が密談していると誰かがシャワールームに入ってきた。2人が慌ててその人物を見てみると後姿だけだったが白色のロングヘアーの女性だった。

 

 「あの白い髪、間違いねえ。フィオナだ!お、あいつサウナに入ったぞ。行くぞ、クリス!」

 

 「う、うん」

 

 2人はモップを持つとサウナルームのドアにつっかえ棒の様に掛ける。やがて、サウナに入っていた女性が出ようとしたがモップが掛けられていて開けられない。異常に気付いた女性がドアを叩く。

 

 「あーはっはっは。ざまぁねえな、ルーキー!暑いか?暑いだろ!汗を沢山流してシワシワになりやがれ!!」

 

 ロザリーはサウナルームの前で勝ち誇っていた。すると誰かがシャワールームに入ってきた。クリスがその人物を見ると驚いた顔になり、

 

 「ね、ねえ、ロザリー・・・」

 

 「何だよ、クリス。今、いい所なんだからよ。どうしても出してほしけりゃ、『開けてください、ロザリー様』って・・・」

 

 「ロザリー!!」

 

 「だからクリス、何だよ・・・って、え?」

 

 クリスにせっつかれてロザリーが視線を逸らすと、

 

 「ねえ、2人とも何やっているの?」

 

 果たしてそこにいたのはフィオナだった。

 

 「は?フィ、フィオナ?じゃあ、この中に入っているのは・・・」

 

 ロザリーが恐る恐るサウナを見てみると、

 

 ドォーーーン!!

 

 サウナルームのドアが吹き飛ぶ。そしてそこにいたのは、

 

 「何をしやがんだ、てめぇ・・・」

 

 「ひっ、あ、アンタは・・・」

 

 ロザリーが彼女の顔を見ると怯える。それはロザリーが昼に食器をぶつけたノーマ、第二中隊のサマンサだった。

 

 「てめえか!オレをサウナに閉じ込めたのは!昼間は食器をぶつけて、今度はサウナに監禁ってか?てめえ、そんなにオレの事が嫌いなのか、そうか、そうか」

 

 サマンサはロザリーの髪を掴んで恫喝する。すると、

 

 「あの、サマンサ。どうして、私と同じ髪色に?」

 

 フィオナがサマンサに尋ねてみる。

 

 「ああ、これか。実は今日、仲間内でポーカーをやったんだけどよ。オレ、大負けして最下位になっちまったんだよ。んで1週間、お前と同じ髪色で過ごせって罰ゲームを出されてさ。オレの髪を染髪料で白く染めやがったんだよ。おかげで夕食の時も他の連中にジロジロと見られて、落ち着かなかったぜ」

 

 「あはは、それは大変だったね」

 

 「まあな。けど、それよりも今は」

 

 サマンサは掴んでいたロザリーの方に顔を向けると、

 

 「ロザリー、ちと面を貸せや。これからCQC(近接戦闘)に付き合ってくれよ。今、サウナでいっぱい汗を流したけど、ちょっと運動でも汗を流したくなったんだ」

 

 「いや、あの、それは・・・」

 

 「つべこべ言ってねえで、一緒に来いやぁ!!」

 

 サマンサはロザリーをロッカールームの方へと引っ張って行く。

 

 その後、ロザリーは顔が原型を留めないほどにボコボコにされて帰ってきたとクリスは後に語った。

 

 

 数日後、アンジュとフィオナはシミュレータールームで訓練を行っていた。やがて、フィオナが訓練を終える。相変わらずのハイスコアだ。シミュレーターを出て、置いてあるタオルで汗を拭いてからペットボトルの水を飲もうとした。その時だった。

 

 バァッ!

 

 物音がした方に顔を向けるとそこにはロザリーにキスをしているアンジュがいた。アンジュはそれだけすると何も言わずに去って行った。キスされたロザリーは何かを飲み込む様な仕種をすると、

 

 「て、てめぇ何しやが・・・」

 

 アンジュに文句を言おうとしたが突然、顔色を変えてお腹を押さえると一目散にトイレへと向かって行った。それを見ていたフィオナはまさかと思い、ペットボトルの水に舌の先を付けてみる。

 

 「っ!」

 

 思った通り水から変な味がした為、フィオナはすぐに口を腕で拭った。恐らく、自分とアンジュのペットボトルをロザリーとクリスが下剤入りのとすり替えたのだろう。それに気付いたアンジュがロザリーにその水を口移しで飲ませたのだ。フィオナはペットボトルを持って残っていたクリスの方へと向かう。

 

 「ねえ、クリス?」

 

 「ひっ!?」

 

 フィオナに声を掛けられたクリスはあからさまに怯えた顔になる。それを見たフィオナは呆れながらも言葉を続ける。

 

 「さっき、ロザリーがトイレに駆け込んでいたけど何かあったの?それにさ、私の水から変な味がしたんだけど、どういう事かな?」

 

 フィオナは黒い笑みを浮かべながらペットボトルをクリスに見せる。

 

 「そ、それは・・・」

 

 クリスの顔から冷や汗が流れる。フィオナはクリスのお尻に手を伸ばすと、

 

 「めっ!」

 

 と言って思いっきり抓った。

 

 「い、痛ああああ!!!」

 

 シミュレータールームにクリスの悲鳴が響き渡るのだった。

 

 

 その夜、ロザリーとクリスはロッカールームで着替えをしようとしていた。

 

 「くそっ!あの腐れアマ公ども!絶対に目に物を見せてやるかんな!」

 

 「ねえ、ロザリー。もう止めない?これ以上やってもまた返り討ちに遭うだけだよ・・・」

 

 ロザリーはやる気満々だったがクリスの方は諦めムードだった。フィオナに抓られたお尻がまだ痛むのだろう、手で擦っていた。

 

 「何言ってやがんだ!あたしは諦めねえぞ!あの2人をギャフンと言わせるまではな!!」

 

 あれだけ酷い目に遭ったにも関わらず、まだ懲りないのだからある意味で逞しい。尤も、その情熱を別の事へ向けられれば良いのだが。

 

 「そうは言ってもさ、何か他に手はあるの?」

 

 「うっ。それなんだよな、どうしたもんか・・・」

 

 そう言いながらロザリーがふと近くにあった洗濯籠の中を見てみると、

 

 「うわっ。なんだよ、この下着。めちゃくちゃ派手じゃねえか」

 

 そこには明らかに勝負下着といえる様な布地が少ない紐パンが置かれていた。

 

 「うん、凄く派手だね。誰のなんだろう?」

 

 クリスもまた下着を見て目を丸くしていた。すると、

 

 「そうだ!なあ、クリス。これ位派手な下着を買ってさ、あの2人が履いてる物だ、つって廊下に張り出してみないか?」

 

 悪巧みを思いついたロザリーがクリスに提案する。

 

 「・・・私達に下着を調達するお金があるの?」

 

 「うっ!ねえよな・・・クソッ!」

 

 折角のアイデアも自分達の経済力が原因ですぐに頓挫した。それから、ロザリーは下着を取ってまじまじと見つめる。

 

 「しっかし、本当に派手だよな。露出度高すぎだろコレ。誰のかは知んないけど、こんなモン履く奴の気が知れねえぜ」

 

 「それはいえてる。正に“ブス雌豚の色ボケビッチパンツ”、だね」

 

 「お、クリス上手い事を言うじゃねえか!こんなのを履いてる位なんだ。頭の中がピンクなんだぜ、絶対そうだ」

 

 今まで失敗したストレスが溜まっていたのか、下着を取って好き放題言う2人。すると、

 

 「それはどういう意味かしら」

 

 若干、低い声が後ろから聞こえてきたので振り返ってみると、

 

 「はぁ~い。髪も頭の中もピンクなブス雌豚の色ボケビッチ、で~す♪」

 

 そこには手をポキポキ鳴らしながら、殺す笑みを浮かべていたエルシャが仁王立ちしていた。どうやら下着は彼女の物だった様だ。ロザリーとクリスは慌てて逃げようとしたがあっさりエルシャに捕まり、奥へと連れて行かれる。そして、

 

 「エルシャ・卍固め!」

 

 「ぎゃあ!」

 

 「エルシャ・ドライバー!」

 

 「いたあ!」

 

 「エルシャ・ブレンバスター!!」

 

 『ご、ごめんなさいいい!!!』

 

 次々とプロレス技を掛けられる。余談だがエルシャは母性的な印象とは裏腹に、アルゼナルのプロレス大会で優勝した経験のある猛者だった。

 

 「・・・ご愁傷様」

 

 シャワールームから出てきたフィオナは地獄絵図が展開されているであろう一角を見て合掌した。シャワールームから一部始終を見ていたフィオナは2人がエルシャに奥に連れてかれるのを見たのを確認すると同時に出たのだ。すると、

 

 「フィオナ、なんか騒がしいけど何かあったの?」

 

 同じくシャワールームにいたアンジュが中から出てきて、フィオナに訊ねる。

 

 「強いて言うなら、哀れな子羊達が女神の逆鱗に触れてしまった・・・、って感じかな?」

 

 「あっそう」

 

 それだけ聞くとアンジュは興味無さそうに自分のロッカーへと向かい、制服を取り出し着替える。が、流石に限界だったのか胸の部分が破れてしまう。

 

 「アンジュ、新しいの買った方がいいんじゃないかな?」

 

 「くしゅん・・・そうするわ」

 

 アンジュはくしゃみをしてからそう答えるのだった。

 




独自設定を幾つか加えましたが楽しんでもらえたなら幸いです。それでは


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第15話 反逆者と苦労人 Ⅲ

お気に入りが100を超えました。今後ともこの作品をよろしくお願いします。
ではどうぞ。


 翌日、ジャスミン・モールにヴィヴィアンが買い物に来ていた。

 

 「おお~、新しいのが入荷してるじゃん!」

 

 新商品コーナーに展示されているパラメイル武装を見て、嬉しそうに声を上げる。

 

 「ねえ、おばちゃ~ん!これ欲しいんだけど、いくらなの?」

 

 「誰がおばちゃんだ!お姉さんって呼べって言ってるだろ!超硬クロム製ブーメランブレードか。1800万キャッシュだよ」

 

 あまりの高額さにジャスミン・モールにいたノーマ達がざわめく。

 

 「喜んで~」

 

 しかしヴィヴィアンは戸惑う所か笑顔で返事をすると背負っていたサックをジャスミンに差し出す。中にはキャッシュがぎっしり詰まっていた。

 

 「毎度あり」

 

 ジャスミンはそれを全て受け取るのだった。すると、

 

 「あの武装の値段の高さにも驚いたけど、それを一括で購入するヴィヴィアンもすごいね」

 

 「あ、フィオナ。やっほ~」

 

 フィオナが買い物カゴを持ってやってきた。

 

 「フィオナも買い物に来てたんだ。ねえねえ、何を買ったの?」

 

 ヴィヴィアンが買い物カゴを見てみるとそこにはティーセットと茶葉の缶、クッキーの箱が入っていた。

 

 「おや、ティータイムでもするのかい?」

 

 「はい。エルシャから美味しい紅茶の入れ方を教わったので実践してみようかと」

 

 フィオナはそう言うとジャスミンにキャッシュを支払う。と、

 

 「グルルルル!」

 

 バルカンが唸り声を上げる。3人が顔を向けるとボロボロの制服を着たアンジュがやってきた。

 

 「わおっ、セクシー」

 

 「随分と涼しそうだねぇ」

 

 「あはは・・・」

 

 ヴィヴィアンとジャスミンは茶化し、フィオナは苦笑する。しかしアンジュは気にする事無く、

 

 「制服ください」

 

 そう言うとキャッシュをジャスミンに投げ渡すとジャスミンは制服をアンジュに渡す。アンジュは更衣室で着替える。

 

 「いったい、何をすりゃああなるんだろうね?」

 

 「降りかかる火の粉を払ったから、かと。ははは」

 

 ジャスミンとフィオナが話をしているとアンジュが着替えを終えて更衣室から出てきた。

 

 「ねえねえ、アンジュとフィオナもさ。何か武器を買ったら?」

 

 「2人とも、稼いでるんだろ?あれなんてどうだい、おすすめだよ」

 

 ジャスミンが指をさした方向にはパラメイルの武装が展示されていたがそれを見たフィオナは目を丸くする。

 

 「あの。あれってパラメイルの操縦桿、ですか?なんか妙に長い様な・・・」

 

 そこには普通のパラメイルのよりもかなり長い操縦桿があった。それだけでなく、斧付きの鉄球にドリルの様な武器、果てにはビカビカと光るパーツまであった。

 

 「あれはね、伝説の【ドラゴン千体殺し(サウザンド・ドラゴンキラー)のJ 】が使っていた由緒正しい武装さね。どうだい、なかなか格好良いだろう?」

 

 「わぁ~、なんかちょーかっこいい!」

 

 ヴィヴィアンは目を輝かせていた。フィオナはあれを全て装備したアルテミスの姿を思い浮かべてみる。そこには余りにも奇天烈な姿をしたアルテミスがあり、フィオナは首を振る。

 

 「ちなみに聞きますけど、あれっていくらするんですか?」

 

 「全部で5000万キャッシュだよ」

 

 「高っ!買えませんよ、とても!!」

 

 「一括で払えないなら分割払いも受け付けるよ。金利は取るがね。何ならバラ売りしてもいいよ」

 

 「いえ、本当に結構です。今の装備で十分ですから」

 

 勧めてくるジャスミンをフィオナはやんわりと断る。一方、アンジュはというと、

 

 「くだらない」

 

 一瞥すると興味なさそうにしていた。しかし、それをジャスミンは聞き逃さなかった。

 

 「くだらない?そう馬鹿にするもんじゃないよ。パラメイルはノーマの棺桶。自分の死に場所だからこそ自分の好みにする事が許されてるのさ。強力な武器に分厚い装甲。派手なデコレーション。ノーマに許された数少ない自由さ」

 

 ジャスミンはそうアンジュを諭す。

 

 (棺桶、か。間違いではないかもしれないけど何か悲しいかな。死ぬ事が初めから決まっているみたいで。私はパラメイルは“ノーマが未来(あした)へ羽ばたく為の翼”だと思いたいな)

 

 ジャスミンの話を聞いてたフィオナは心の中でそう思うのだった。すると、

 

 「ねえねえ、フィオナ。本当に買わないの?武器とか今のままで大丈夫なの?」

 

 ヴィヴィアンがフィオナの腕にくっつきながら尋ねてきた。

 

 「大丈夫、問題ないよ。初めて使う物より慣れた物を使う方がずっといいと思うし。それにアルテミスにもそれなりにお金は掛けているよ。装甲を強化したり、バーニアの噴射力を向上させたりしてね」

 

 「へぇ~、そうなんだ。あたし、全然気がつかなかったよ。あ、なんならデコレーションなんてどうかな?あたしのオススメは・・・」

 

 フィオナとヴィヴィアンが楽しそうに話をしていると、

 

 ガバッ!

 

 「きゃっ!あれ、どうしたのアンジュ?」

 

 アンジュがヴィヴィアンを引き剥がす。

 

 「距離が近すぎよ。あんまりフィオナに馴れ馴れしくしないで」

 

 アンジュは機嫌悪そうに答える。フィオナとヴィヴィアンは首を傾げる。

 

 「アンジュ、どうしたの?なんか不機嫌そうだけど・・・」

 

 「べっ、別に不機嫌なんかじゃないわよ!ただ、あなた達を見ていたら何か胸の中がもやもやしたから・・・って、何を言わせるのよ!!」

 

 アンジュが顔を赤くして怒鳴る。フィオナとヴィヴィアンはきょとんとしていたがジャスミンは怪しい笑みを浮かべるとアンジュに近づき、

 

 「もし、御所望なら勝負下着とよく効く媚薬を特別価格で売ってあげるよ」

 

 そっとアンジュに耳打ちする。するとアンジュの顔は真っ赤になる。

 

 「い、い、いらないわよ!!じゃあ、私はこれで。さよなら!!」

 

 アンジュは怒鳴ると逃げる様にジャスミン・モールから去っていった。

 

 「アンジュ、どうしたんだろ?顔が赤くなったと思ったら怒鳴ったりしたりして」

 

 「まあ、年頃の娘の悩みさね。それにしてもフィオナ、アンタもなかなか隅に置けないねえ」

 

 「? 私、何か置きましたか?」

 

 「はあ。アンタ、意外と鈍いんだねえ・・・」

 

 的外れな事を言うフィオナにジャスミンはやれやれと呆れるのだった。

 

 

  「ガス抜きだと思って見逃してきたけど、少しばかり目に余るわね」

 

 教習室でサリアがロザリーとクリスを咎めていた。原因はアンジュとフィオナに対する嫌がらせだった。最初こそ見逃していたサリアだったが他の隊から苦情が来た為、2人を説教する事にしたのだ。3人以外にもアンジュ、フィオナ、ヒルダを除いた第一中隊の面々がいた。 

 

「アンタ達は何とも思わないのかよ!?隊長、お姉様をあんな目に遭わせた奴がのうのうとしている事にさ!!」

 

 ロザリーが吠える。ゾーラを慕っていた彼女やクリスにとってはゾーラを意識不明に陥らせたアンジュとそんな彼女を味方するフィオナの存在は許せなかった。

 

 「ココ、ミランダ!お前達だってさ、あの痛姫の所為で散々な目に遭ったんだろ!?」

 

 ロザリーはココとミランダに賛同を求めようとしたが2人は否定する。

 

 「あの時の事は私にも責任はあったし、アンジュさんだけを責める事はできないよ」

 

 「気持ちは分かるけどさ、いつまでも過去の事にこだわるのはどうかと思うよ」

 

 「2人の言う通りよロザリーちゃん。アンジュちゃんは戦場に戻ってドラゴンを倒した。贖罪は十分に果たしたわ。それにフィオナちゃんが上手くフォローしたからこそ、隊長さんもココちゃんも助かったのよ」

 

 エルシャにも窘められてロザリーは何も言えなくなってしまう。

 

 「それにクリスちゃん。あなただってフィオナちゃんには命を救われた筈でしょう?」

 

 「そ、それは・・・」

 

 エルシャの指摘にクリスは俯く。すると、

 

 「だから全部、水に流せっての?アンタ達みたいな優等生ならともかく、あたし等凡人には無理だねそんなの」

 

 ヒルダが文句を言いながら教習室に入ってきた。嫌がらせには参加していなかった彼女だが、アンジュとフィオナに対する気持ちはロザリー、クリスと同じだった。

 

 「ったく、司令も一体どういうつもりなんだか。痛姫にはポンコツ機を与えただけでお咎めなし、ルーキーには反省文だけでチャラ。そんなんで納得しろと言う方が無理じゃないの?」

 

 ヒルダは2人に下った処分が軽いものだった事が余りにも忌々しかった。そしてヒルダの矛先はサリアに向く。

 

 「ああ、もしかしたら司令も気に入ったのかもね。あの女達が。まっ、そう考えりゃ優遇されてるのも頷けるわよね。あの司令を篭絡するなんて大したもんだよ、本当にさ。皇女殿下と記憶喪失はあっちの方も優秀って事かしらね?サリアも気を付けるんだね。あいつ等に無理矢理部屋に連れ込まれて、ベッドで3P・・・」

 

 「っ! 上官侮辱罪よ!!」

 

 ヒルダの暴言に激怒したサリアがナイフを抜き、彼女に向ける。

 

 「だったら何!?」

 

 ヒルダも拳銃を取り出し、サリアに向ける。一触即発の雰囲気に周囲の者達は思わず息を呑む。

 

 「これ以上、アンジュとフィオナに手を出す事は許さないわよ」

 

 「虫ケラみたいに見下されたり、手柄を持っていかれたりしてるのにまだ庇う気なの?」

 

 緊迫とした空気が2人の間に漂う。すると、

 

 「2人共、そこまでだよ」

 

 凛とした声が響く。声がした方に顔を向けるとそこにはフィオナがいた。

 

 「とりあえず、その手に持っている物騒な物を仕舞ってくれないかな?」

 

 「アンタ、私に命令する気?」

 

 ヒルダがフィオナを睨みつけるが、

 

 「じゃあ、逆に聞くけど2人はソレを使って何をするつもりなの?」

 

 有無を言わせない程のフィオナの冷たい声が部屋に響き渡る。

 

 「ちっ!わかったよ・・・」

 

 迫力に気圧されて、ヒルダは拳銃をしまう。サリアもナイフをしまうが、彼女の顔には冷や汗が流れていた。

 

 「ヒルダ、それにロザリーとクリスもさ。アンジュはともかく、私に不満があるなら嫌がらせしたり、みんなに当たったりしないで私に直接言ったらどうかな?その方が互いにすっきりすると思うよ」

 

 フィオナはヒルダ達を咎める。ロザリーとクリスは言い返せずに俯くがヒルダは動じない。

 

 「はっ!随分と言ってくれるじゃないか、記憶喪失の分際で!」

 

 今度はフィオナとヒルダが睨み合い、再び一触即発の状態となる。やがて、ヒルダが口を開く。

 

 「覚えておきなルーキー。アンタと痛姫が調子に乗ってられるのも今の内さ。精々、手痛いしっぺ返しを喰らわない様に気を付けるんだね。行くよ、ロザリー、クリス」

 

 そう言うとヒルダは出て行き、ロザリーとクリスも彼女の後について行った。

 

 「お、お姉ちゃん、大丈夫?」

 

 ココが心配そうにフィオナに近寄る。フィオナはココに顔を向けるとすぐに笑顔になると彼女の頭を撫でる。

 

 「大丈夫だよ。まあ、少しだけ緊張したかな?」

 

 フィオナはココを安心させるとサリアの方に顔を向ける。

 

 「ごめん、サリア。私とアンジュの所為で面倒な事になってしまったみたいで・・・」

 

 「あなたが謝る事はないわ。隊を纏めるのが隊長である私の仕事だから」

 

 「うん、それは分かってる。でも、自分に降り掛かる火の粉は自分で払いたいからさ。ヒルダ達の事はこっちで何とかする。みんなに迷惑は掛けない。だから、安心して」

 

 フィオナはそう言うと部屋から出て行った。

 

 (自分でなんとかする、ね。勝手な行動ばかりとるアンジュも問題だけど、どんな事も1人で何とかしようとするフィオナも大概よね。はあ、なんでこの隊はこんなにクセのある子ばっかりなのかしら・・・)

 

 色んな意味で曲者揃いの第一中隊を纏めなければならないと思うと、ため息を付かずにはいられないサリアだった。

 

 

 その日の夜、アンジュとフィオナは食堂で夕食を摂ろうとしていた。

 

 「前々から思うんだけどフィオナ。此処の食事、何とかならないの?もう少し味を向上できないのかしら」

 

 「まあ、こればっかりはどうしようもないと思うよ。何事も慣れが大事だよ。いっその事、ギリギリまで断食して極限まで空腹にしてみたらどうかな?そしたら不味い料理でも最高の御馳走に感じるんじゃないかな。空腹は最高の調味料って言うしね」

 

 「そこまでして自分を誤魔化したくないわよ」

 

 そんな雑談を交わしながら2人は食事を口に運ぶ。ちなみに今日のメニューはカレーだ。すると、

 

 「あれ?ねえ、フィオナ。これ・・・」

 

 「うん。なんか、いつものカレーより美味しい・・・」

 

 いつもと違うカレーの味に2人は目を見開く。いつものカレーはレトルトの様な味気のない物だが今日のカレーはスパイスが効いており、とても美味しかったのだ。

 

 「どうだ!美味いだろぉ!」

 

 ヴィヴィアンがカレーを持って、2人と同じ席に着くと美味しそうにカレーを口に運ぶ。

 

 「ねえ、ヴィヴィアン。なんか今日のカレー、いつもと違って美味しいんだけど?」

 

 「今日の御飯当番はエルシャだからね。ラッキーさんだよ。エルシャのカレーはうまカレー♪、ってね」

 

 調理場の方を見てみるとそこにはコック姿のエルシャが立っており、こちらに気付くと彼女は手を振っていた。

 

 「へぇー、エルシャが料理上手なのは知ってたけど調理場に立つ事があるんだ」

 

 「うん。それにエルシャは野菜畑も持っていて、そこの野菜もすっごく美味しいんだ。あー、あと、第三中隊のターニャも料理上手だよ」

 

 フィオナとヴィヴィアンは楽しく会話していたが、アンジュは黙々とカレーを食べていた。

 

 「あ、そうだ。2人共、ここでクイズだ。これは一体、なんでしょう?」

 

 ヴィヴィアンは2人にある物を見せる。それはマスコットだった。舌を出したツギハギの熊の変わったマスコットだ。

 

 「えっと、クマさんのマスコット?」

 

 「う~ん、残念!惜しいよフィオナ。これはペロリーナって言ってね。昔、外の世界で流行ったゆるキャラっていう奴なんだけど人気が無くなって、在庫だらけだったのをジャスミンが買い取ったんだ。あたしのお気に入りだよ。んでもって、これはオソロ~♪」

 

 ヴィヴィアンはそう言うとマスコットをフィオナに渡す。

 

 「あたしとアンジュとフィオナがフォワードを組んだら、今よりもっとすごい連携が出来ると思うんだよね。だから、これはその証」

 

 ヴィヴィアンはアンジュにマスコットを差し出す。

 

 「別に私はいらな・・・」

 

 アンジュは断ろうとした。が、

 

 「へぇ~。ペロリーナっていうんだ。ちょっと変だけど可愛いね。ありがとう、ヴィヴィアン。アルテミスに付けるよ」

 

 「ホント?やった~。これであたしとフィオナはお揃いだね♪」

 

 フィオナが気に入っているのを見たアンジュは、

 

 「まあ、くれるって言うなら貰ってあげるわよ?」

 

 そう言いながら手を差し出す。ヴィヴィアンは嬉しそうな顔をした。

 

 「お~、じゃあこれであたし達3人お揃いだね。って、あ!」

 

 ポチャ

 

 ヴィヴィアンは手を滑らしてしまい、マスコットをカレーに落としてしまう。

 

 「あー!アンジュ、ごめーん!」

 

 ヴィヴィアンは慌てて拾い上げると、紙ナプキンでカレーを拭き取る。幸い、染みにはならなかったが臭いは残ってしまった。

 

 「……」

 

 マスコットを受け取ったアンジュは何ともいえない表情をしていた。

 

 「ねえ、アンジュ?なんなら、私のと替えてあげてもいいよ」

 

 「いいわよ別に。臭いなんてすぐに慣れるわ。それに受け取るのを断ったらフィオナとヴィヴィアン、2人だけのお揃いになっちゃうし

 

 「ん?アンジュ、何か言った?」

 

 「な、何でもないわよ!!」

 

 そんな、騒がしくもどこか微笑ましいやり取りをエルシャは笑顔を浮かべながら見ているのだった。

 



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第16話 襲撃者、喪失の少女達

1ヶ月以上も更新がなく、申し訳ありませんでした。完結させるつもりですのでこれからもよろしくお願いします。ではどうぞ。


 「お姉様、まだ目覚めないな……」

 

 医務室では、ヒルダ、ロザリー、クリスの3人がゾーラのお見舞いに来ていた。マギーによると傷は治りつつあるが、意識の方はまだ戻らないとの事。それからマギーは急患が出たという連絡を受けて、医務室を出て行った。

 

 「隊長、ごめんなさい。私、隊長の仇も満足に取れなくて……」

 

 眠ったままのゾーラに向かって、クリスは涙を流して謝っていた。

 

 「泣くんじゃないよ、ゾーラは死んじゃいないんだから。目を覚まして復帰するまでの間は全部あたしに任せておきな。暫くの間は、あたしがゾーラの代わりになってやるよ」

 

 ヒルダはそう言うとロザリーにキスをする。ロザリーは驚くものの、すぐにそれを受け入れる。唇を離し、ヒルダはクリスの方に顔を向けると彼女にもキスをする。クリスもまたそれを受け入れる。それからヒルダは2人に告げる。

 

 「あたしがあんた達を導いてやる。だから、あんた達もあたしについてきな」

 

 ヒルダがそう言うとロザリー、クリスは嬉しそうに頷く。それからヒルダは2人に休憩室の鍵を渡すと先に行く様に伝えて、2人は医務室を出て行った。1人になったヒルダはゾーラを見る。

 

 「ゾーラ、アンタの玩具はあたしが借りるよ。にしても、死の第一中隊の隊長で女傑とまで呼ばれたアンタがまさかこんな事になるとはね。今だから言うけどあたしはね、生き残る為にアンタに取り入ったんだ。アンタに気に入られる為なら何だってやった。セクハラも抱かれる事も黙って受け入れた」

 

 ヒルダは怒りが篭った目でゾーラを見ると、懐から拳銃を取り出し彼女に向ける。

 

 「それがどれだけ苦痛で屈辱的だったかアンタに分かる?あたしはずっと耐えてきたんだ。いつの日か、ママの元へ帰る為にね!!」

 

 恨み節を並べたヒルダは引き金を引く。

 

 カチッ

 

 しかし、拳銃から弾は発射されなかった。不発ではない。この拳銃には最初から弾は入ってなかったのだ。

 

 「けど、そんなアンタの事が好きだったよゾーラ。これはあたしの本当の気持ちさ。これからはあたしのやりたい様にやらせてもらう。今までありがとな、ゾーラ」

 

 ヒルダは拳銃をしまうと医務室を出て行った。彼女の顔は不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 「綺麗な星空。一体、いくつ星があるのかな?」

 

 フィオナはアルゼナルのグラウンドから星を眺めていた。彼女は偶に此処へ来ては星空を眺めている。

 

 「♪~♪~♪」

 

 フィオナは永遠語りを口ずさむ。これを歌う度、彼女の心は癒される。すると、

 

 「いい歌ね」

 

 声がした方を振り向くとそこにはエルシャが立っていた。

 

 「エルシャ、どうしたの?もしかして、私を探してた?」

 

 「いいえ、私も星を見に来たの。コーヒーを持ってきたけど飲む?」

 

 「うん。あそこで座って飲もうか」

 

 2人はグラウンドにあるベンチに腰掛ける。エルシャは持っていた水筒に入っていたコーヒーをコップに移し、フィオナに渡す。コーヒーはブラックだったが不思議とそんなに苦くは無かった。

 

 「このコーヒー、ブラックなのに苦く無くて美味しい」

 

 「でしょ。これは私の特製ブレンドなの。疲れている時に飲むととてもリラックスするわよ」

 

 2人はコーヒーを飲みながら星空を眺める。空には数多の星が輝いていた。

 

 「私も小さい頃から此処へ来ては星を眺めてるの。此処へ来ると辛い事や悲しい事を忘れる事ができるから」

 

 「星って不思議だよね。私達が生まれるずっと、ずっと、ずーっと昔から空で輝いてるんだもんね」

 

 「そうね。人や世界は変わっても、この星空は昔から変わらない。こうして輝きを讃えているのよね」

 

 2人が話をしていると空に一筋の流れ星が流れていった。

 

 「あ、流れ星!流れ星に願うと願い事が叶うって言うよね」

 

 「フィオナちゃんは何を願うのかしら?」

 

 「私は、やっぱり自分の記憶が戻る事を願うかな。エルシャは何をお願いする?」

 

 「私はアルゼナルのみんながいつまでも無事で毎日を過ごせます様に、ってお願いするわね」

 

 「あはは、エルシャらしいね」

 

 それからフィオナはエルシャにある事を聞く。

 

 「ねえ、エルシャ。エルシャはどうしてメイルライダーになったの?」

 

 「どうしたの?突然、そんな事を聞くなんて」

 

 「うん。だってさ、エルシャってアンジュやヒルダ達と違って性格も荒々しくないし、料理だって上手でしょ。それに幼年部の子供達にもお母さんみたいに慕われているし」

 

 「それを言うなら、フィオナちゃんもどちらかと言ったら大人しい方じゃないかしら?」

 

 「まあ、私はメイルライダーになるしかなかったからね。でも、エルシャならコックや幼年部の指導員になる事もできたんじゃないのかな、って思ったんだ。それなのにどうして危険なメイルライダーをしているのかなって」

 

 フィオナが尋ねるとエルシャは答える。

 

 「そうね。確かに私もコックになってみんなに料理を作ってあげたり、幼年部の子達に色々教えたりするのもいいんじゃないかなって、思う事はあるわ」

 

 「なら、どうして?」

 

 「私はね、強くなりたいの。強くなって、アルゼナルのみんなを守りたい。ドラゴンや色んな脅威からみんなをね。守られるだけなんて私は嫌なの」

 

 「エルシャ・・・」

 

 静かだが強い決意がエルシャから感じられた。フィオナは彼女は強い人だな、と心から思うのだった。

 

 「そういえば、さっきの歌。とても素敵な歌だったわね。なんていう歌なの?」

 

 「ああ、あの歌ね。あれは永遠語りといって、私にとってはこのペンダントと同じでお守りみたいなものなの。歌うと、とても心が安らぐんだ」

 

 「そうなの。ねえ、もう1回歌ってもらえないかしら」

 

 「それは構わないけど。私、そんなに上手くないよ」

 

 「そんな事ないわよ。とても綺麗な歌声だったわ」

 

 フィオナは照れながらも、もう一度永遠語りを歌う。辺りにフィオナの歌声が響き渡る。やがて、歌い終わるとエルシャが小さく拍手をする。

 

 「ありがとう、本当に心が安らぐわね。今度、第一中隊のみんなの前で歌ってみたら?」

 

 エルシャに勧められたフィオナは思わずドキッとする。

 

 「え!?い、いやいいよ。さっきも言ったけど私、そんなに上手くないからさ。あとね、エルシャ。私がこの歌を歌える事はアンジュには黙っててくれないかな」

 

 「アンジュちゃんに?どうして?」

 

 「うん、アンジュに知られると色々と面倒な事になるんだ。だからこれは私とエルシャの2人だけの秘密って事で、ね?」

 

 「まあ、フィオナちゃんがそう言うなら。じゃあ、もう遅いしそろそろ戻りましょうか?」

 

 「うん、そうだね」

 

 フィオナとエルシャは自分の部屋へと戻っていった。だがこの時、2人はグラウンドの木陰にいる人物に気付かなかった。2人が去った後、その人物はそっと木陰から現れる。果たしてそれはアンジュだった。

 

 「なんで?なんでフィオナが永遠語りを、お母様の歌を知ってるの?」

 

 アンジュは驚きを隠せなかった。無理もない。永遠語りは代々ミスルギ皇家に伝わる守り歌なのだ。ミスルギ皇家とは縁もゆかりもない筈のフィオナが完璧に歌いこなしていた事にアンジュは動揺していた。

 

 

 夜明け前、フィオナとアンジュは部屋で眠っていた。すると、

 

 ビー、ビー、ビー

 

 部屋のサイレンが鳴り響く。2人はベッドから飛び起き、着替えて部屋を出て行く。

 

 『第一種遭遇警報発令!パラメイル第一中隊出撃準備!』

 

 ドックではパラメイルが次々と発進準備に入っていく。第一中隊の面々も出撃準備を整えていた。そんなな中、アンジュはフィオナを見ていたが、

 

 「総員、騎乗!」

 

 サリアの命令で頭を切り替えてパラメイルへと向かう。

 

 「アルテミス、今日もよろしくね」

 

 フィオナは準備をしながらアルテミスに語りかける。と、アンジュを見てみると何処か様子がおかしかった。何か小さい物を手に取って舌打ちをしていた。

 

 「フィオナー!出撃前の最終確認を。BMA内装系異常は無い?」

 

 「うん、大丈夫。異常はないよ」

 

 メイに確認を促されたフィオナは異常が無い事を確認した。そして、出撃準備は完全に整った。

 

 「サリア隊、発進します!」

 

 隊長のサリアが発進したのを皮切りにパラメイルが次々と発進していく。

 

 「サリア隊、フィオナ機、発進します!」

 

 フィオナも発進して大空へと飛び立っていった。全ての機体が発進して、空中でフォーメーションを組んでいく。そして、

 

 「総員、戦闘準備!ドアが開くぞ!!」

 

 サリアの声と共に前方にシンギュラーが現れて、中からドラゴンが続々と出てきた。それを合図にパラメイルは攻撃を開始する。が、アンジュは隊列から離れるとドラゴンの群れに突っ込んでいく。

 

 「アンジュ!前に出すぎよ、勝手に突っ込まないで!!」

 

 サリアが咎めるがアンジュは構わずに突進し、ドラゴンを撃墜していく。

 

 (まったく、アンジュは相変わらずだね)

 

 フィオナは呆れつつも目の前のドラゴンを次々と撃墜していく。その時だった。

 

 ドカァン!!

 

 突如、ヴィルキスから黒煙が舞い上がるとそのまま海へ向かって失速していく。

 

 「え!?な、何が起こったの?ヴィルキスが……」

 

 アンジュは必死に体勢を立て直そうとするがコントロールが聞かない。すると、

 

 「助けてやろうか?痛姫様」

 

 ヒルダがヴィルキスの隣にやってきて、アンジュを挑発する。

 

 「くっ。失せろ、ゴキブリ!」

 

 アンジュは何とかヴィルキスをアサルトモードに変形させる。だが直後、スクーナー級がヴィルキスにまとわり付き、ヴィルキスもろとも海へと落ちていった。

 

 「ヴィルキス!!」

 

 サリアはヴィルキスの元へ向かおうとするが、シンギュラーからブリッグ級が現れてそちらの対処を優先せざる負えなくなった。

 

 「お姉ちゃん、アンジュさんが!」

 

 「分かってる。でも、今はドラゴンを殲滅させるのが先だよ」

 

 フィオナはココに言い聞かせるとブリッグ級に攻撃を仕掛けていく。第一中隊の努力の甲斐あってブリッグ級は海に墜落していった。同時に作戦も完了した。

 

 「各機、損傷も飛行に問題なし。アンジュ機はロスト」

 

 「ご苦労だった。全機、帰投せよ」

 

 ジルは第一中隊に帰投命令を出す。するとサリアが通信を入れてくる。

 

 「あのっ!ヴィル……アンジュ機の捜索許可を頂けませんか?破壊されたわけではないし、今すぐに回収すべきかと」

 

 「はあ?冗談言わないでよ。戦闘終えたばっかでクタクタ、燃料もカスカスで底に尽くかも知れないってのに、痛姫様とポンコツ機を探せっての?」

 

 「そ、それはそうだけど……」

 

 ヒルダにダメ出しされて、サリアは言葉に詰まる。

 

 『ヒルダの言う通りだ。後で回収班を出す。中隊は全機、帰投!』

 

 ジルからも帰投する様に言われ、サリア達はパラメイルをフライトモードに戻す。

 

 「アンジュさん、大丈夫かな?」

 

 「このまま帰るなんて見捨てるみたいで気が引けるけど、仕方ないよね」

 

 「大丈夫だよ。アンジュはあんな事で死んだりはしないよ」

 

 フィオナはアンジュが落ちていった海を見る。ヴィルキスは影も形も無かった。

 

 (映像通りなら、きっとタスク君のいる島に流れて行ってる筈。ごめん、アンジュ。辛いかも知れないけど、タスク君が助けてくれるから)

 

 フィオナは心の中でアンジュに謝罪するとアルゼナルに戻ってからどうしようかと考え始めた。その時だった。

 

 (!? あれ、この感覚……まさか!?)

 

 フィオナの頭の中にまた、電流が迸る様な鋭い感覚が過ぎったのだ。嫌な予感がしたフィオナはアルテミスをアサルトモードにする。

 

 『フィオナ、何をしているの?もう、戦闘は終わったのよ』

 

 サリアが通信を入れてくるが、フィオナの耳には聞こえてなかった。フィオナは目を瞑り、感覚を研ぎ澄ます。

 

 (来る!何かは分からないけど大きな力を持った何かが……!!)

 

 再び、鋭い感覚を覚えたフィオナはアルテミスを移動させる。すると、先程までフィオナがいた場所に光線が通り過ぎて行った。フィオナが光線が放たれてきた方角を見るとそこには、

 

 「あれは……パラメイル!?」

 

 そこには1機のパラメイルが銃を構えながら浮かんでいた。漆黒のボディに2本の剣を携えたその機体はアルテミスを見下ろしていた。

 

 『せ、戦闘区域に未確認機体が出現しました!!』

 

 驚きを隠せないパメラの声が第一中隊の各機に響く。

 

 「な、何なの?あれ……」

 

 「おいおい。一体、どうなってんだよ!?」

 

 「なんじゃあ、あの機体!?」

 

 第一中隊の面々も驚きを隠せない。するとアンノウンは剣を抜き、構えるとアルテミスに向かってきた。フィオナはカラドヴォルグを構えるとそれを迎え撃つ。アンノウンの剣戟を必死にいなすが、

 

 「くっ!一撃、一撃が重い上に隙が見当たらない!!」

 

 突破口を見出す事が出来ず、次第に追い詰められていく。と、

 

 「フィオナから離れろぉ!!」

 

 ヴィヴィアンがブーメランブレードをアンノウンに向かって投擲する。それに気付いたアンノウンはアルテミスへの攻撃を止め、剣でブーメランブレードを弾くとレイザーに向かっていき、剣を振り下ろす。ヴィヴィアンはかわそうとしたが片腕を切り落とされた挙句、アンノウンに蹴り飛ばされる。

 

 「ヴィヴィアン!!そんな……ヴィヴィアンのレイザーをあんな簡単に」

 

 サリアは機動力が優れているレイザーが歯が立たないのを見て驚きを隠せない。サリア達も必死に応戦するが攻撃を簡単にかわされ、反撃を受ける。ただでさえドラゴンとの交戦で損傷していたパラメイルは更にダメージを負い、第一中隊は劣勢になっていく。そんな中、フィオナは考えを巡らす。

 

 (さっき、ドラゴンとの戦闘を終えたばかりで機体もみんなも本調子じゃない。このまま下手にあれと戦えば、全滅してしまう!かと言って、簡単に逃げられる相手でもない。なら!)

 

 フィオナはある事を思いつくとアンノウンをカラドヴォルグで押さえつけ、OPch.を開く。

 

 「サリア、それにみんなも聞いて。このまま、此処にいたらあの機体に全員やられてしまうかもしれない。私が機体を押さえるから、みんなはその間にアルゼナルまで退避して!!」

 

 フィオナの通信を聞いたサリア達は驚く。

 

 『何を言ってるのフィオナ!?そんな事したらあなたが危険に晒されてしまうのよ!!』

 

 「分かってる。でも、これしか方法がない。全員がやられてしまったら元も子もないよ!!」

 

 『そんなのやだよ!お姉ちゃんも一緒に逃げようよ!!」

 

 「大丈夫。私も隙を見て何とか逃げ出すから。だから早く!!」

 

 しばらく、押し問答が続くがやがてサリアが決断する。

 

 「総員、アルゼナルまで退避!フィオナ、増援が来るまで何とか持ち堪えて!!」

 

 サリア達はパラメイルをフライトモードにするとアルゼナルへ向かって飛んでいった。フィオナは第一中隊の撤退を確認するとアンノウンと対峙する。

 

 「此処から先へは行かせないよ!!」

 

 フィオナはそう言うとアンノウンに向かってカラドヴォルグを振り下ろすが剣で防がれてしまう。一進、一退の攻防が続くがカラドヴォルグは弾き飛ばされて、海へと落ちていった。フィオナはアサルトライフルを構えるが剣で真っ二つにされてしまう。

 

 「そんな、このままじゃ……」

 

 フィオナは打開策を見出そうとするがアンノウンは剣をしまうともう1本の剣を抜く。先程の剣よりも細身で所謂、エストックと呼ばれる物だ。

 

 アンノウンはそれを構えると目に止まらぬ速さでアルテミスに刺突を繰り出していく。防御の術もなくアルテミスはどんどん損傷していき、ハッチを破壊されてコックピットが露出する。

 

 すると、刺突が止まりアンノウンのハッチが開くとライダーが姿を現す。ライダーの顔はヘルメットで覆われており、全身を包む様な機体と同じ黒いスーツを纏っていた。ライダーは素早くアルテミスに乗り移ると、レイピアを抜きフィオナの身体を貫く。フィオナは吐血する。

 

 「あ、あなたは一体・・・」

 

 フィオナはライダーに手を伸ばそうとするがライダーは飛び上がり、自分の機体へと戻っていった。フィオナは力が抜けてコックピットから海へと落ちていき、アルテミスもまた海に墜落するのだった。

 

 

 フィオナとアルテミスが海へ落ちるのを見届けたアンノウンはフライトモードになる。すると、

 

 『あー、こちら1st。2ndさん、聞こえたら応答してくださいっス~』

 

 通信が入る。ライダーは通信を開くとそれに応える。

 

 「こちら2nd。聞こえている。なんだ?」

 

 『なんだ、じゃないっスよ2ndさん!今、どこにいるんスか!?命令なく飛び出して行ったもんだから、ボスはカンカンなんスよ!!』

 

 「そうか、それは大変だったな。それよりも例のターゲットだが・・・」

 

 『えっ?フィオナの事っスか?2ndさん、まさか・・・』 

 

 「ああ。さっき機体諸共、海に沈んだよ」

 

 『マジっスか!?あっちゃ~、何してくれちゃってんスか2ndさん。ボスから「今はまだ手を出すな」って、言われてたじゃないですか~』

 

 「なかなかのライダーだと聞いて、戦ってみたが口ほどにもなかったな」

 

 『戦士の血が騒いだって訳っスか?大概にしてくださいよ。怒られるのはウチなんスから。まあ、殺ったってんならボスも満足するでしょうけどね。とにかく戻ってきてください。ボスへの申し開きは一緒にやってもらうっスよ!』

 

 「イエス・マム」

 

 2ndは通信を切るとフィオナが落ちていった海を見る。と、2ndはヘルメットを外す。紫の髪と翠色の瞳の美しい顔の女性だ。

 

 「これで死んでしまう様ならそれまでだが、もし生き延びる事が出来たならまた会おう。フィオナ」

 

 そう言うとヘルメットを被り、機体を動かして彼方へと飛んで行った。

 

 

 フィオナは海へ深く沈んでいた。海面へ上がろうにも力が入らずそれもままならない。

 

 (力が入んないや。私、死ぬのかな?このまま何もできずに。ごめんね、アンジュ、みんな……)

 

 フィオナの意識が遠のいていく。その時、彼女のペンダントが光を発した。すると海中をアルテミスが駆逐形態のまま、フィオナの元へと向かってくる。

 

 (え?アルテミス、なんで・・・)

 

 フィオナは驚くが彼女の意識はそこで途絶えた。次の瞬間、アルテミスは光り輝き海中を大きく照らす。光が消えた後、フィオナとアルテミスの姿はそこにはなかった。

 

 

 「いや~大漁大漁♪これでしばらくは食料に困る事はないな」

 

 無人島でタスクはたくさんの魚を獲る事ができて上機嫌だ。ふと、彼はある事を思い出す。

 

 「そういえば、あの子が此処を去ってから随分経つけど無事にアルゼナルへ着いたのかな?」

 

 タスクはかつて出会った少女の事を思い馳せていた。アルゼナルへ連絡を取る事も考えたがタスクは首を振る。

 

 (いや、そんな事できるわけないか。今の俺にそんな資格はない……)

 

 タスクは苦悩しながらも気を取り直す。彼が砂浜へ行くとそこには白いパラメイルが横たわっていた。それを見たタスクは目を見開く。

 

 「あれは……ヴィルキス!?」

 




アニメ4話のストーリーが終了。次回の無人島回は若干、オリジナル展開になりますので楽しみにしていてください。間を空けずにできるだけ早く更新できる様に頑張ります。それでは。


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第17話 出会いと再会の島

また遅くなりましたが何とか1ヶ月は空かずに済みました。ではどうぞ。


 アルゼナルの司令室。そこではジル達が前の戦闘について話をしていた。イレギュラーな事が次々と起こって、ジル達は顔を顰めていた。

 

 「アンジュはエンジントラブル、フィオナは不明機との戦いで共にMIAか。まさかこんな事になるとはねぇ」

 

 ジャスミンがため息を漏らす。サリア、メイ、マギーも沈痛の面持ちだ。そんな中、ジルはアンノウンが写った写真を食い入る様に見ていた。

 

 (この色といい、形といい、あの男の機体にそっくりだ。奴の配下だとでもいうのか?しかし、それならば何故ドラゴンではなく第一中隊を、フィオナを襲う必要がある?いや、今は墜落した機体とライダー達を回収するのが先決か。最低でもヴィルキスが無ければリベルタスを行うのは不可能だからな)

 

 そして、ジルは顔を上げて命令を下す。

 

 「サリア、メイ、回収班を編成してヴィルキスとアルテミス、そしてアンジュとフィオナの回収にあたれ」

 

 「えっ!?機体だけでなく、2人もですか?」

 

 サリアは驚いていた。通常、ライダーがMIA認定された場合は、まず見つかることはない。見つかったとしても死体になって帰って来る事が殆どだ。

 

 「そうだ。最悪、死体でも構わん。必ず回収しろ、いいな?」

 

 「イ、イエス・マム」

 

 ジルの命令に戸惑いながらもそれに従うサリアだった。

 

 

 アルゼナルのデッキではサリアとメイを入れた回収班が輸送機に乗り込み、準備をしていた。すると、

 

 「おーい!メイち~ん!!」

 

 アルゼナルからヴィヴィアン、エルシャ、ココ、ミランダの4人がやってきた。彼女達の手には荷物があった。

 

 「みんな、どうしたの?さっき、帰ってきたばかりなのに」

 

 「回収に行くんでしょ?あたし達も手伝うよ。早く行かないとアンジュとフィオナ、死んじゃうかもしれないでしょ。2人は生きてるよ。あたし、わかるもん!」

 

 「早く見つけてあげないとね。2人とも、きっとお腹を空かせてるわ」

 

 エルシャの手には弁当が入ったバスケットがあった。

 

 「でも、みんなさっきの戦闘で疲れてるんじゃないの?だったら、休んでた方がいいんじゃ・・・」

 

 メイは4人を気遣うが、ココが大きく首を振る。

 

 「お姉ちゃんとアンジュさんが危険な目にあってるかもしれないのに、私達だけのんびりと休んでなんていられないよ!」

 

 「私も行く。アンジュとフィオナの事が心配だから」

 

 そう言うと4人は輸送機の中に入っていった。サリアとメイも後に続く様に入り、輸送機はアルゼナルを離陸するのだった。

 

 

 「んっ、あれ?此処は一体・・・」

 

 アンジュが目を覚ますとそこは見知らぬ場所だった。

 

 (どうして・・・私、ヴィルキスのコントロールが利かなくなってスクーナー級と一緒に海に落ちて、溺れた筈なのに)

 

 不思議に思い、起き上がろうとしたアンジュだが体が言う事を聞かない。手を見るとベッドに細いロープで縛られていた。と、隣に気配を感じて顔を向けるとそこには、

 

 「んんっ・・・あれ?君、気が付いたのかい?」

 

 上半身裸の見知らぬ少年が横になっていた。そして自分の体を見てみると何も身に付けておらず、裸だった。

 

 「え、えええええええええ!!??」

 

 アンジュは悲鳴を上げ、たちまち顔が赤く染まっていく。そして少年の方も、

 

 「ご、ごめん!念の為に縛らせてもらった。悪く思わないでくれ」

 

 顔を赤くし、アンジュから離れると机に置いてあったポットの水をコップに入れる。アンジュが辺りを見回すとすぐ近くに自分が着ていたライダースーツが置いてあった。

 

 「それよりも君はどうしてこの島、にぃ!?」

 

 アンジュに尋ねようとした少年は床に落ちていたビンに足を取られ、バランスを崩す。そして、アンジュの股間に顔を突っ込む様にして転んでしまうのだった。これにはアンジュも顔が羞恥で真っ赤になる。

 

 「ご、ごめん!わざとじゃ「いやあああぁぁぁ!!!」ぐえっ!」

 

 少年が弁解する前にアンジュは彼を足で殴り、思いっきり蹴り飛ばす。そして、手首を縛っていたロープを力づくで千切るとライダースーツを持って浜辺の方へ逃げていった。

 

 「あいたたた・・・乱暴な子だなぁ。同じメイルライダーでも前に出会ったあの子とは大違いだ」

 

 アンジュに殴られた所をさすりながら少年、タスクは静かに呟くのだった

 

 

 ライダースーツを着たアンジュは浜辺へと向かい、そこで横たわっているヴィルキスを見つけるとそれに乗り込み、機体を動かそうとした。が、起動スイッチを押してもヴィルキスは全く、動く気配が無かった。原因を探ろうとアンジュが機体を降りるとファンの部分が黒く変色している事に気付く。アンジュがファンを開けて手を入れると、中から派手な柄のランジェリーが次々と出てきた。

 

 「な、何よこれ。どうしてこんな・・・あっ!」

 

 『助けてやろうか?痛姫様』

 

 自分が墜落する直前、不敵な笑みを浮かべるヒルダの顔を思い出す。

 

 「あの女ぁ!このっ!このっ!このぉぉ!!」

 

 アンジュは憤慨するとランジェリーをビリビリに破き、足で思いっきり踏みつける。すると、

 

 「酷いじゃないか、命の恩人に対してあんな事をするなんて・・・」

 

 森の方からタスクがやってきた。アンジュは銃を抜くと彼の足元に向かって発砲する。

 

 「動かないで!それ以上近付いたら撃つわよ」

 

 「お、落ち着いてくれ。俺は君に危害を加えたりはしない。だから、その銃をしまってくれ」

 

 タスクは必死にアンジュを落ち着かせようとするが、彼女は警戒を解こうとしない。

 

 「適当な事を言わないで!私を縛って、脱がして、だ、抱きついておきながら何を言ってるのよ!目覚めなければ、もっと卑猥で破廉恥な事をするつもりだったんじゃないの!?」

 

 「そ、そんな事するわけ無いじゃないか。君が気を失っている隙に豊満な胸を眺めたり、肉体の神秘を存分に味わって、手篭めにしようだなんて思う筈無いだろ」

 

 タスクは誤解を解こうとしたが言葉が悪く逆効果となり、アンジュの顔は真っ赤になる。

 

 「そ、そ、そんな事をしようと思ってたの!?なんて汚らわしい!来ないで、この淫魔!!」

 

 「ご、誤解だって!俺は本当に君を助けようと・・・って、いってぇ!!」

 

 今度は足元にいた蟹に指を挟まれて、その痛みでタスクは再びアンジュに向かって、倒れこむ。すると、またしても彼女の股間に顔を突っ込む形になってしまった。

 

 「~~~/// こ、このぉ!!どスケベ、ケダモノ、発情期の変態が~~~!!!」

 

 完全にキレたアンジュがタスクを撃とうとした、その時だった。

 

 ドカァン!!バキバキバキィ!!!

 

 「え!?な、なに今の音?」

 

 突然、森の方から何かが落ちてきた様な騒音が響き渡る。同時に森にいた鳥達もそれに驚き、一斉に空へ飛び立っていく。

 

 「なんだ今のは!?森の方から聞こえてきた気がしたけど、とにかく行ってみよう!」

 

 「あ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 タスクは森へと駆けて行き、アンジュもそれを追う。2人が森へ入り、捜索していると目を疑うような光景を目の当たりにする。

 

 「な、なんでこんな・・・」

 

 「そ、そんな、どうして・・・」

 

 『アルテミスが此処に!?』

 

 2人の声が見事に重なる。そこには水浸しになり、ボロボロのアルテミスが横たわっていたのだ。

 

 「って、え?あなた、この機体の事、知ってるの!?」

 

 アルテミスの事を知っていたタスクを不思議に思い、アンジュは訊ねようとする。が、アルテミスの前方に倒れている人影を見て言葉を失う。そして、タスクも目を丸くする。

 

 「えっ!?フィ、フィオナ!!」

 

 「ど、どうしてあの子が・・・」

 

 果たしてそれはフィオナだった。彼女も水浸しになって、地面にうつ伏せになって倒れていた。アンジュは慌ててフィオナに駆け寄る。

 

 「フィオナ、しっかりして!何があったのよ、ねえ!?」

 

 アンジュはフィオナに呼び掛けるが返事は無い。アンジュは彼女を仰向けにする。途端、アンジュは言葉を失う。

 

 「な、なに、この怪我?誰にやられたの!?ねえ、フィオナ!目を覚まして!!」

 

 フィオナの腹部に穴が開いており、そこから血がドクドクと流れていた。アンジュはパニックになり、フィオナの身体を揺すってしまう。タスクは慌ててアンジュを止める。

 

 「やめるんだ!彼女は大怪我をしている。下手に動かせば命に関わるぞ!!」

 

 「だったら、どうしたらいいの!?このままじゃフィオナが・・・」

 

 アンジュは今にも泣きそうな顔をしていた。タスクは彼女を落ち着かせるとすぐにフィオナの胸に耳を当てる。幸いにも、心臓はまだ動いていたが決して予断を許さない状況には変わりない。タスクは上着を脱ぐとアンジュに指示を出す。

 

 「君、人工呼吸はできるかい?」

 

 「えっ、出来るけどなんで?」

 

 「彼女、全身びしょ濡れな上に潮の香りがする。たぶん、海で溺れてたんだと思う。一刻も早く処置が必要だ。俺が上着で傷口を押さえるから君は人工呼吸をしてくれ」

 

 「わ、わかったわ!」

 

 タスクが上着で腹部を押さえると、アンジュはフィオナに人工呼吸を施す。アルゼナルでライフセービングの講習を一通り受けていたアンジュは拙いながらも人工呼吸を行った。

 

 (お願いフィオナ、息を吹き返して!!)

 

 アンジュは願いを込めて人工呼吸を続ける。そして、

 

 「がはっ!はあ、はあ、はあ・・・」

 

 フィオナの口から海水が吹き出ると彼女は呼吸を始める。それを見たアンジュはへたり込んで安堵する。

 

 「よかった。フィオナ、息を吹き返した・・・」

 

 「そうだな、君もお疲れ様。それじゃ、この子を洞窟へ運ぼう。もうすぐ雨が降りそうだし、森には毒蛇も出るからな」

 

 タスクはアンジュを労うとフィオナを抱きかかえて、アンジュと共に洞窟へと向かった。フィオナをベッドに寝かせると彼女が着ていたライダースーツを脱がし、身体を拭く。それから傷口を消毒し、簡単に縫合してから包帯を巻く。

 

 「やっと落ち着いたわね」

 

 「ああ、これで一先ずは安心だ」

 

 一通り、作業を終えて2人は漸く一息つく。

 

 「あ、そういえばアルテミスがあそこに置きっぱなしのままだけどよかったのかな?」

 

 「大丈夫だと思うよ。雨が降っているけど、パラメイルはそれ位はどうという事はないよ」

 

 そして、2人はフィオナを見る。彼女は穏やかに寝息を立てていた。

 

 「それにしてもフィオナ、どうしてアルテミスと一緒にあんな所にいたのかしら?」

 

 「ねえ、一つ聞きたいんだけどさ。この子の名前はフィオナっていうのか?」

 

 「そうだけど・・・あなたこの子の事、知っているの?」

 

 「うん、前に一度会ったんだ。ただ、その時は記憶を失っていて自分の名前を覚えてなかったんだ。もしかして、記憶が戻ったのか?」

 

 「いいえ、戻ってないわ。フィオナって名前も司令が付けたものだから。それにしても、あなたがフィオナと顔見知りだったなんてね・・・って、ん?」

 

 アンジュはピンと何かに反応する。すると、彼女の目が据わっていく。

 

 「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど。あなた、フィオナに変な事をしてないでしょうね?」

 

 アンジュがタスクを睨みながら問い詰めると彼は慌てて否定する。

 

 「な、何言ってんだよ。俺がフィオナにそんな事をする筈がないだろう!」

 

 「どうだか。私にあんな事をしておいてさ。あっ!そういえば、さっきは必死だったから気付かなかったけどあなた、フィオナの裸を見たわよね!?」

 

 「お、落ち着いてくれよ。あれは医療行為だ、やましい気持ちなんてこれっぽっちもない!頼むから邪推して、殴ったり、蹴ったり、撃ったりしないでくれよ」

 

 「わ、わかってるわよ。でも、私とフィオナに何かしたらタダじゃおかないからね」

 

 アンジュはタスクに釘を刺すのだった。

 

 

 (ここは、どこなんだろう・・・)

 

 フィオナは不思議な空間の中にいた。やがて辺りは光に包まれる。光が止むとそこはとある施設の中だった。そこにいたのはかつて夢の中で見た、自分に似た少女と車椅子の老婆だった。2人はある機体の前にいた。それを見たフィオナは目を見開く。

 

 (あれは・・・アルテミス!?)

 

 それはまさしく、自分の機体であるアルテミスだった。フィオナが驚いていると老婆が口を開く。

 

 「よくお聞き。これはお前の分身ともいえる機体さ。お前はこれを使って使命を果たすのじゃ」

 

 前と違って今度は会話を聞き取る事ができた。少女は老婆の言葉を感情もなく聞いていた。

 

 (使命?なに、使命って。このお婆さんは何を言ってるの?)

 

 フィオナは動揺しながらも会話に耳を傾ける。

 

 「使命は決して楽ではない、お前の命にも関わる事じゃろう。だがそれを果たす為にお前とこの機体、アルテミスは生まれたのじゃ。世界を救う為に・・・」

 

 老婆の言葉はそこで終わり、辺りは再び光に包まれる。

 

 「えっ、そんな。待って!あなた達は誰?使命って何なの!?」

 

 フィオナは声を上げるがそれが届く事はなかった。

 

 

 「はっ!?え、ここは・・・」

 

 フィオナが目を覚ますとそこは見覚えのある場所だった。

 

 「どうして?私は確か、謎の機体に襲われて海に落ちた筈なのに・・・」

 

 フィオナは戸惑いながらも辺りを見回す。そこには椅子と床で眠っているアンジュとタスクがいた。

 

 「アンジュとタスク君、それじゃあ、此処って・・・あいたっ!!」

 

 起き上がろうとしたらお腹に痛みが走る。目を向けるとお腹には包帯が巻かれていた。と、アンジュが目を覚ます。

 

 「んっ、え?フィオナ、目を覚ましたの!?」

 

 「ええ。おはよう、アンジュ」

 

 アンジュはフィオナに近寄ると彼女を抱きしめる。

 

 「おはよう、じゃないわよ!私がどれだけ心配したと思ってんのよ。森で倒れていたと思ったら大怪我を負っているし、溺れて気を失っているし。死んだかと思ったじゃないのよ、バカ!」

 

 「うん。ごめんね、アンジュ。心配かけちゃって」

 

 フィオナはアンジュの背を手で擦る。と、タスクも目を覚ます。

 

 「あ、目を覚ましたんだね。よかった、無事で何よりだ」

 

 「タスク君。久しぶりだね、元気にしてた?」

 

 「相変わらずさ。君の方は大変だったみたいだけど」

 

 フィオナとタスクは仲良さそうに話をする。それを見たアンジュは少々、不貞腐れながらもフィオナに訊ねる。

 

 「フィオナ、一体なにがあったの?あなたもアルテミスもボロボロで森で倒れてるなんて・・・まさか、あなたもあのゴキブリ女に何かされたの!?」

 

 「ゴキブリ女って、ひょっとしてヒルダの事?違うよ、今から説明するから落ち着いて。ね?」

 

 フィオナはアンジュを宥めるとこれまでの経緯を話す。

 

 

 アンジュが墜落した後、ドラゴンを殲滅させてから謎の機体が現れた事。

 

 必死に応戦するも能力が高く、劣勢に追い込まれた事。

 

 第一中隊を逃がす為に自分が殿を担った事。

 

 ハッチを壊され、相手のライダーにレイピアで貫かれてアルテミス諸共、海に墜落した事。

 

 海の中でアルテミスが独りでに動き、光り輝いた事。

 

 

 「謎の機体!?アルゼナル所属のパラメイルじゃないの?」

 

 「うん。あんな機体、アルゼナルでは見た事がない物だった」

 

 アンジュは驚いた顔をしており、タスクは顎に手を当てて考えていた。

 

 (黒いパラメイル・・・まさか奴の機体なのか?)

 

 「ん?ねえ、タスク君、どうかしたの?」

 

 「え?あ、いや。一体なんなんだろうなと思っただけさ」

 

 フィオナに聞かれたタスクは慌てて誤魔化す。

 

 「タスク?もしかしてそれがあなたの名前なの?」

 

 「そうだけど。って、まだ自己紹介をしてなかったな。俺はタスク、この島で暮らしている。君は?」

 

 「・・・アンジュ。フィオナの仲間よ」

 

 アンジュとタスクは互いに自己紹介をする。それからフィオナの方に顔を向ける。

 

 「まあ、それはともかく。フィオナ、あなたタスクと顔見知りみたいだけど何かされてないわよね?」

 

 「ちょ、ちょっと!何を聞いてるんだよ!そんな事はしてないって・・・」

 

 「タスクは黙ってて!私はフィオナに聞いてるの!」

 

 「何かって何?特に何もされてはいないけど」

 

 「裸にされたり、股間に顔を突っ込まれたりもされてないのね?」

 

 アンジュの話を聞いたフィオナは顔を赤くする。

 

 「そ、そんなことされてないってば!初めて会った時だって水浴びしてたら鉢合わせて、私のライダースーツを持ってたから返してもらおうとしたら、私の胸に顔を突っ込んできて・・・って、あれ?」

 

 「ちょっと、フィオナー!?何を言っちゃってるのーーー!!?」

 

 フィオナが初めてタスクと出会った時の事を事細かに話してしまい、タスクは思わず絶叫する。やがてアンジュはタスクの方へ向く。

 

 「ひっ、ア、アンジュさん?」

 

 それを見たタスクは怯えた表情になる。アンジュの顔は目と口が両方とも釣りあがっていた。まるで獲物を見つけた猛禽類の様だった。

 

 「へぇ、やっぱりフィオナにもそんな事をしてたんだぁ・・・」

 

 「ア、アンジュ、落ち着いて。平和的に話し合おう。話せばわかる・・・」

 

 タスクはアンジュを必死に落ち着かせようとするがアンジュは彼に近付くと口で思いっきり噛み付くのだった。

 

 「あいたたたた、ぼ、暴力反対~!」

 

 「噛まないとは言ってないわよ、私は!!」

 

 (ふふっ、やっぱり仲良さそうだね。この2人)

 

 そのやり取りをみていたフィオナは小さく微笑むのだった

 




フィオナをアンジュ、タスクと合流させました。次回はこの3人の島での生活を書きたいと思います。それでは


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第18話 穏やかな島暮らし

4ヶ月以上も更新がなく、本当に申し訳ありませんでした。連載は続けますのでこれからもよろしくお願いします。ではどうぞ


 夕暮れ時、アンジュとフィオナの捜索に出ていた輸送機は燃料補給の為にアルゼナルへ戻ってきていた。シンギュラーポイントの発現地点を中心に捜索したが結局、見つかったのはアルテミスの僅かな残骸とカラドヴォルグだけだった。早く捜索を再開させる為に補給を急がせるメイ。エルシャはデッキで待っているとヒルダがやってくる。

 

 「やれやれ、精が出るねぇ。けど、なんだって痛姫とルーキーを助けようとしてんだか。エルシャ、アンタが好きなお節介かしら?」

 

 「仲間だもの、心配するのは当然でしょ。ヒルダちゃん達がアンジュちゃんを憎むのは分かるわ。

・・・機体を落としたくなるのもね」

 

 そう言うエルシャの顔は普段と違い、とても険しいものだった。

 

 「気付いてたのかい?ホント、普段はおっとりしている癖にこういう時は妙に鋭いよな。まるであのルーキーみたいで」

 

 「分からないわね。アンジュちゃんはともかく、どうしてフィオナちゃんまで憎むのかしら?あの子のお蔭でゾーラ隊長さんは助かったのに」

 

 「逆に聞くけど、何でアイツの事を信用できるんだよ?素性も知れないのに。記憶喪失って話もどこまで本当なんだか。とにかく、あたしはアイツも痛姫も認めない。絶対に!ゾーラを助けたかどうかなんて関係ない」

 

 ヒルダはそう吐き捨てる。

 

 「そう。ヒルダちゃんの言いたい事は分かったわ。でもやっぱり誰かが受け入れてあげなきゃ、2人共ひとりぼっちだと思うのよ。そんなの寂しいじゃない、同じノーマ同士なのに」

 

 「2人共?なに言ってんのさアンタ。痛姫はともかく、ルーキーの方は上手く隊に溶け込んでただろうが。ココなんか、すっかりアイツに懐いてやがるし」

 

 「そうね。でも、フィオナちゃんは心の底から私達と打ち解けているとは思えないのよね」

 

 「どういう意味だよ、それ?」

 

 「あの子は自分の事は全て、1人でどうにかしようとする節があるのよ。私にはまるで、あの子が本心を知られるのを恐れている様な気がするのよ」

 

 「はん。そりゃ、誰にも言えない後ろめたい事があるからじゃないのかい?」

 

 「そうかもしれない。けど、それでも私はあの子の本心を知りたいのよ。それを知った時こそ、あの子と本当の意味で仲間になれると思うのよ」

 

 エルシャは空を見ながらキリッと強い表情を浮かべていた。

 

 「それにね、アンジュちゃんを見ていると昔のヒルダちゃんにそっくりなのよね。だから、放っておけないのよ」

 

 「あたしがあの痛姫と?あんまナメた事を抜かすと殺すよ」

 

 ヒルダはキッと睨むとデッキから去っていくのだった。やがて補給も終わり、捜索が再開されるのだった。

 

 

 島に漂流した次の日。

 

 「うぅ~ん。おはよう、アンジュ」

 

 「おはよう、ふわぁぁ・・・」

 

 気持ちよく目が覚めたフィオナとは対照的にアンジュの方は寝不足気味だ。

 

 「どうしたのアンジュ?あんまり、寝れなかったの?」

 

 「・・・別になんでもないわよ」

 

 アンジュはそっぽを向くが内心では、

 

 (あなたの顔が近くて眠れなかったのよ!!)

 

 とフィオナに文句を言っていた。

 

 昨晩、1つしかないベッドにアンジュとフィオナは寄り添う様に寝ていたが、フィオナの寝顔を見たアンジュは赤面と緊張でなかなか眠れなかったのだ。アルゼナルでは同室の2人もベッドは別々だったので問題なかったが、1つのベッドを使うとなると当然、フィオナの顔を間近で見るわけでアンジュは落ち着かなかった。一方、フィオナは特に気にする事もなく普通に寝ていた。

 

 (なんでこの子は普通に眠れるのよ。私、そんなに魅力がない?って、何考えてんのよ!本当に私いったいどうしちゃったの?なんでフィオナにドキドキしなきゃいけないのよ)

 

 アンジュは首を振って考えを払う。と、フィオナの唇を見たアンジュは昨日の人工呼吸を思い出して再び顔を赤くする。

 

 「? アンジュ、顔が赤いけど大丈夫?」

 

 「!! へ、平気よ!私は元気だから」

 

 アンジュは逃げる様に外へ出て行った。フィオナは訳が分からず、キョトンと首を傾げていた。

 

 

 2人が砂浜に行くとタスクがヴィルキスの点検をしていた。

 

 「あ、2人共おはよう。フィオナはもう動いて平気なのか?」

 

 「うん、まだ少し痛むけど無茶な事をしなければ大丈夫だよ」

 

 「あなた、何しているの?まさか修理できるの?」

 

 「ああ、この島にはたまにバラバラになったパラメイルが流れ着くんだ。それを調べている内に何となくね。あ、フィオナ。そこのXレンチ取ってくれるかな」

 

 フィオナは道具箱にあったレンチをタスクに手渡す。それを見ていたアンジュは首を傾げる。

 

 「ねえ、タスク。どうしてマナを使わないの?マナを使えば簡単じゃない。それにどうしてパラメイルの事を知ってるの?あなたは一体、何者なの?」

 

 アンジュが訊ねるとタスクの手が止まる。タスクの表情はどこか暗そうだ。それを見たフィオナは助け舟を出す事にした。

 

 「まあまあ、アンジュ。気になるのは分かるけど、タスク君はタスク君だよ。今はそれでいいんじゃないかな」

 

 「そういう事じゃ・・・まあ、フィオナがそう言うなら」

 

 フィオナに宥められて、アンジュは気になりながらも納得するのだった。やがて、修理は一段落つく。

 

 「ざっと見てみたけど、出力系の回路が故障していた。これを直せば無線が回復して、仲間に救援を呼ぶ事ができるよ」

 

 「そっか。一先ずは安心だね、アンジュ」

 

 タスクの言葉を聞いたフィオナは喜んでいたが、アンジュは浮かなそうだ。

 

 「どうかしらね。フィオナはともかく、私なんて誰も探してなんかないわよ。むしろ、私がいなくなって清々しているんじゃないのかしら」

 

 そう言い自嘲する。フィオナは首を横に振るとアンジュにある物を見せる。

 

 「ねえ、アンジュ。これ、覚えている?」

 

 それはペロリーナのマスコットだった。一昨日、ヴィヴィアンが2人にあげた物だ。

 

 「それがどうしたのよ?」

 

 「これってさ、ヴィヴィアンがお揃いだって、くれた物だよね。ヒルダ達はともかく、少なくともヴィヴィアンはアンジュの事を仲間だと思っているんじゃないかな」

 

 「そんなの、あの子が能天気なお人好しなだけかもしれないじゃない」

 

 「まあ確かに。でも、自分が嫌いな人にお揃いのプレゼントなんていくらヴィヴィアンでもしないと思うよ」

 

 そう言われたアンジュは返す言葉もなかった。

 

 「あ、そうだフィオナ。森にある君のアルテミスも見たんだけどさ。あれはもう全体がボロボロで本格的な修理でなければ直せないと思う。少なくとも此処では無理だ」

 

 「そう・・・うん、ありがとね。タスク君」

 

 フィオナは少々落胆しつつもタスクにお礼を言うのだった。

 

 

 翌日、フィオナは焚き木に使う為の木の枝を集めていた。ちなみにアンジュとタスクは魚釣りをしているところだ。

 

 「よし、大体こんだけ集まればいいかな・・・って、ん?何だろう、あれ?」

 

 フィオナが木の枝を集めていると崖になっている場所に出た。そして、そこにはライフル銃が地面に刺さっており、更にはヘルメットが掛けられていた。

 

 「なんだろう、まるで墓標みたい・・・」

 

 フィオナはずっと眺めていた。ふと、辺りを見渡してみると木の扉があった。気になったフィオナは扉を開けてみる。すると中には布が掛かった機体らしき物があった。捲ってみるとそれは、

 

 「これ、まるでパラメイルみたい・・・」

 

 果たしてそれはパラメイルに似た乗り物だった。フィオナは思わず目を丸くする。と、コックピットを見てみるとそこには1枚の写真があった。

 

 「親子の写真?中央に写ってるこの子って、タスク君・・・だよね」

 

 フィオナは写真を手に取り眺める。そして、フィオナは思い出す。

 

 (そうだ!この2人はタスク君の両親だ。名前は確か、イシュトヴァーンさんとバネッサさんだっけ)

 

 イシュトヴァーン、そしてバネッサ。2人はタスクの両親であり、戦士だった。命をかけて戦い、そして死んでいった。

 

 (そう、2人は戦ったんだ。この世界を、マナを生み出した男、エンブリヲと!)

 

 エンブリヲ。フィオナはこの男の事を映像で知ったが今でも思い出す度、彼女の心には怒りが迸る。自らを調律者と名乗り、世界を造り、マナを与え、ノーマを地獄へ叩き落した全ての元凶。この男の為にノーマも、そしてドラゴンも決して望まぬ戦いを強いられているのだ。

 

 (もっと強くならなくちゃ。この男からみんなを守るためにも!)

 

 フィオナの顔が思わず強張る。すると、

 

 「そこで何をしている!?」

 

 後ろから声が聞こえたので振り返るとそこにいたのはタスクだった。ハッとしたフィオナは慌てて、写真を元の場所に戻す。

 

 「タ、タスク君!?どうしたの、こんな所で?」

 

 「それはこっちのセリフだよ。君の方こそ此処で一体何を?」

 

 「ごめんなさい、扉があったから何があるのか気になって」

 

 「そうか、それならいいんだ」

 

 タスクは布を機体に掛け直すとフィオナと一緒に外に出るのだった。

 

 

 フィオナとタスクは住処への帰路についていた。

 

 「フィオナ。あの中にあった機体、見たか?」

 

 「うん、なんかパラメイルみたいだった」

 

 タスクはどこかぎこちなさそうだったが、やがて意を決したかの様に口を出す。

 

 「なあ、フィオナ。もしもの話だけどさ。使命や義務を全て放り出して逃げる事は罪だと思うか?」

 

 「どうしたの、突然?」

 

 「ああ、いや。深い意味はないんだ。君はどう思うか聞きたかっただけなんだ」

 

 それを聞いたフィオナは悟る。

 

 (そうか。タスク君はまだ迷ってるんだ。エンブリヲと戦い続けるかどうかを)

 

 しばらく黙考してからフィオナは答える。

 

 「その使命や義務がどれだけ大事なものかは私には分からない。でも1番大事なのは後悔しない事、なんじゃないかな」

 

 「後悔をしない?」

 

 「うん。後悔はいつまでも自分を苦しめるだけだから。反省はしても後悔はしちゃいけないと思う。だからさ、そうならない為にも一生懸命悩んで、考えてみるべきなんじゃないかな。使命や義務を果たす道を選んでも、それを放棄して逃げる道を選んでも、深く考えて後悔しないと決めた事なら私はどっちも認めるよ」

 

 フィオナの言葉にタスクは大きく目を見開く。

 

 「あっ!ご、ごめんね。なんか私、偉そうな事言ったみたいで・・・」

 

 「いや、そんな事ないよ。とっても心に響いたよ。後悔はしないか。フィオナ、君って本当に強いんだな」

 

 「ううん、私は強くなんかないよ。今だって、思った事を言っただけだから」

 

 フィオナの表情が曇る。

 

 (そうだ。もし私が強かったらゾーラ隊長だってあんな事にはならなかったんだ)

 

 フィオナは心の中で悔しさを噛み締めるのだった。

 

 「あ。そういえばアンジュは今、何をしているの」

 

 話題を変えようとフィオナはタスクに訊ねる。

 

 「ああ、アンジュなら「料理をする」と言って洞窟に行ったけど」

 

 「そっか、料理をねぇ・・・って、え?料理?」

 

 それを聞いたフィオナの顔はどんどん青褪めていく。

 

 「フィオナ?顔が真っ青だけどどうかしたのか?」

 

 タスクが不思議そうに聞くとフィオナは慌てる。

 

 「戻ろう、タスク君!アンジュに料理をさせちゃいけないよ!!」

 

 「お、おい。どうしたんだよ、急に!?」

 

 「とにかく急いで!!」

 

 2人は洞窟へと急ぐ。洞窟に着くとそこには鍋をかき回して料理を作っているアンジュがいた。

 

 「フィオナにタスク。もう戻ってきたんだ」

 

 「ねえ、アンジュ・・・何してるの?」

 

 フィオナは恐る恐るアンジュに訊ねる

 

 「何って、見て分からない?獲った魚や海蛇を使ってスープを作ってるのよ。待ってて、もうすぐ出来上がるから」

 

 アンジュは鍋のスープをかき回す。ところが急にスープがブクブクと大きな泡を立ち始める。嫌な予感がしたタスクはアンジュを鍋の前から遠ざける。途端、スープは爆発を起こして辺りに飛び散る。幸い、フィオナ達にはかからなかったが鍋と釜戸は悲惨な有様だった。

 

 「あ~、遅かった。だからアンジュに料理をさせちゃいけないって・・・」

 

 「あいたた・・・ちょっと、フィオナ。私の料理の腕を信用してないの?」

 

 「信用してないって、アンジュ。前にアルゼナルの食堂で料理を作った時の事を忘れたの?」

 

 実はアンジュは以前、フィオナに料理を振舞った事があったのだがその結果は散々な物だった。フィオナと偶々やってきたヴィヴィアンがその料理を口にした途端、余りの不味さに2人とも気絶してしまい数日間、マギーのお世話になる羽目になってしまったのだ。

 

 「あの時は本当に大変だったんだよ。暫く食欲が全く出なかったし、あの元気印のヴィヴィアンがぐったりするし、マギー先生に栄養剤とか言ってすごく苦い薬を飲まされるし、散々だったよ」

 

 「ちょ、ちょっと失敗しただけじゃない!あなたもヴィヴィアンも大げさなのよ!」

 

 「大げさだと思うならちゃんと味見してよ、もう」

 

 尤も、アンジュに料理をさせた自分にも責任はあったとフィオナは思っていた。そもそも皇女だったアンジュが料理はおろか、家事なんてやった事などある筈がない。

 

 そんな子に料理なんてさせたらどうなるか?その考えに至らなかった自分を呪ったものだ。天は二物を与えずとはよくいったものだが正にその通りだった。

 

 「そんな事より2人とも大丈夫・・・って、わっ!」

 

 「ア、アンジュ・・・そろそろどいてくれないかな?」

 

 「え?って、なぁ!?」

 

 タスクはまたしてもアンジュの股間に顔を突っ込む様に倒れていた。アンジュの顔は羞恥で赤くなり、フィオナも思わず赤面するのだった。

 

 「な、なんでアンタはいつもいつも~~~!!!」

 

 「わわっ!アンジュ、銃は流石にやばいって!タスク君も悪気はなかったんだし、落ち着いて!」

 

 タスクを撃とうとするアンジュをフィオナが必死に止める。何とかアンジュを宥めたフィオナは、

 

 「タスクくん、大丈夫?・・・きゃっ!」

 

 タスクを起こそうと彼に近付いた途端、零れていたスープに足が滑り倒れる。するとタスクの顔がフィオナの胸に押し潰される形になるのだった。

 

 「アンタ達・・・何やってんの?」

 

 それを見たアンジュの顔は青筋を浮かべて口端がヒクヒクと痙攣していた。フィオナの顔は真っ赤になりそして、

 

 「キャーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 パシーン

 

 またしても彼女の悲鳴と共に小気味良い音が辺りに響くのだった。

 

 「あれ、なんか前にもこんな事なかったっけ?」

 

 

 騒がしいながらも戦いのない穏やかな日々を送るアンジュとフィオナ。だが運命は彼女達の束の間の平穏すら許さない。戦いの足音は彼女達に静かに忍び寄るのだった。

 



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第19話 少女達は再び戦場へ

活動報告に書いた事も守れず、また間が開いてしまい申し訳ありませんでした。不定期更新でも構わないなら今後ともよろしくお願いします。今回は5話のラストです。ではどうぞ


 島に来て1週間経った日の夜、フィオナはアルテミスの前にいた。アルテミスには雨除け用の毛布が掛けられており、フィオナが毛布を剥がすとそこにはボロボロのアルテミスがあった。エンジンが故障しただけのヴィルキスとは違い、アルテミスはボディも破壊されてた為、アルゼナルへ帰らなければとても修理は不可能だ。それでも、直せそうな所はタスクと協力して修理をした。

 

 「アルテミス、調子はどう?って、そんなの見れば分かるよね。ごめんね、ずっとこんな森の中で放置したままで。アルゼナルへ帰ったら、綺麗に直すからもう少しだけ我慢してね」

 

 フィオナはアルテミスを撫でながら呼びかける。傍から見ればおかしな光景だが、目覚めた時から一緒だった彼女にとってはアルテミスは、もはや家族も同然の存在だった。だからこうして毎夜、労わりにきているのだ。

 

 (今日で島に来て1週間、か。そろそろ救援が来てもいい頃だと思うんだけど。まさか捜索が打ち切られた?いや、ジルにとってはアンジュとヴィルキスは重要だからそれはない筈だ。だけど・・・)

 

 フィオナは顎に手を当てて考え込む。その時だった。

 

 ブオオオォォォ

 

 突如、空から轟音が響いたかと思うと森にサーチライトと思しき光が当てられた。フィオナが上を見るとそこには氷塊となったドラゴンを運ぶ輸送機の隊が飛んでいた。

 

 (ドラゴンを運んでいる、という事は今日が!)

 

 フィオナは悟ると同時に懐からカメラを取り出すと輸送機に向けてシャッターを切る。なぜ、カメラを持っているのかというと暇つぶしを兼ねて森や動物の写真を撮ろうとタスクから借りていたのだ。

 

 (写真に残しておけば、何かに使えるかもしれない)

 

 フィオナはサーチライトから身を隠しつつ、輸送機をカメラに収める。すると、

 

 「グアアアァァァ!!」

 

 森の外れからスクーナー級が飛び出してきた。スクーナー級は一目散に輸送機に向かって飛んでいく。これから起こるであろう出来事にフィオナは木陰に身を屈める。その時だった。

 

 ドカァン!

 

 突然、爆発音が鳴り響く。フィオナが顔を上げると隊の輸送機の1機が火を上げて、森に向かって落ちていった。最初、ドラゴンの所為で落ちたと思ったフィオナだったが空を見上げると目を見開く。

 

 「! あれは私を落とした不明機!?」

 

 そこには輸送隊を襲撃する黒いパラメイルが数機いた。輸送隊も必死に応戦していたがパラメイル達はライフルで輸送機を撃ち、撃墜していく。すると何機かが氷塊に向けてアンカーを放つ。そこに先程のスクーナー級が現れて三つ巴の交戦となるがパラメイルの1機がスクーナー級を押さえ込み、もう1機がスクーナー級にライフルを撃つ。やがて輸送機が全て墜落、爆散すると残りのパラメイル達も氷塊にアンカーを打ち込む。すると、空が歪んだかと思うとそこから輸送機とは比べ物にならない大きさのVTOL機が現れた。

 

 「何、あれ・・・いや、そもそも何が起きているの?」

 

 1度に色々な事が起きた為、フィオナの思考は着いていけなかった。VTOL機が氷塊にドッキングするとパラメイル達はVTOL機の後部のハッチから中へ入っていった。そして、撃たれて死体になったスクーナー級も運ばれていった。フィオナはその光景をカメラに収めていく。と、フィオナはある事に気付く。

 

 (あれ?あのパラメイル、なんかこっちを見ているような・・・)

 

 写真を撮ってた為、気付かなかったがパラメイルの1機が森、フィオナがいる場所に目を向けていた。やがて、パラメイルはライフルを構えるとフィオナの方へ飛んできた。

 

 「しまった、気付かれた!早く逃げないと!!」

 

 フィオナは慌てて、その場から逃げ出す。パラメイルはフィオナを追いかけてきた。

 

 

 その頃、川辺にいたアンジュとタスクも先程の光景に言葉を失っていた。

 

 「な、何が起こってるの?ドラゴンが運ばれてると思ったら黒いパラメイルが現れて、輸送機が撃墜されて、その後に更に大きい輸送機が現れてドラゴンを・・・どうなってるのよ」

 

 「分からない。ただ、あまり良い状況ではないのは確かだ」

 

 呆然とするアンジュをタスクが支える。すると、森の方からフィオナが血相を変えて走ってきた。

 

 「フィオナ!?どうしたの一体!」

 

 「アンジュ、タスク君、逃げて!敵が、追いかけてくる!!」

 

 フィオナが声を上げるとアンジュとタスクは彼女の後ろから黒いパラメイルが追いかけてくるのを見つける。3人は大きな岩陰に隠れるとパラメイルはライフルを撃つ。岩のお蔭で被弾せずにいるが身動きがとれずにいた。

 

 「ちょっと、何なのよあれは!何で私達を襲うの!?」

 

 「たぶん、狙いは私だと思う。私があの機体に見つかったから・・・」

 

 「話は後だよ2人共。それよりも今はこの状況を何とかしないと!」

 

 3人は物陰から様子を伺うがパラメイルのライフルを撃ち続けていた。と、タスクは懐からある物を取り出すと、

 

 「2人共、耳を塞いで目を閉じて!!」

 

 アンジュとフィオナに言う。2人がそうするとタスクは一瞬の隙を突いて、手に持っていた物をパラメイルの方に向かって投げる。すると、

 

 ピカアアアァァァ

 

 それは大きな閃光を放つ。パラメイルのライフル射撃が止む。3人はその隙に岩陰から出て、砂浜の方へ逃げる。

 

 「今のは一体?」

 

 「スタングレネードさ。パラメイルに効くかどうか分からなかったけど、逃げる隙を作る事はできたな」

 

 「それよりどうするのよ!このままだとまた追いかけてきて今度こそ、殺されるわよ!!」

 

 パラメイルから逃げながらフィオナは考え、そして2人に告げる。

 

 「ヴィルキスを急いで修理して!ヴィルキスの武装は無事だから何とかなるかもしれない!」

 

 「でも、修理している間に襲われたら!」

 

 「・・・私が囮になる。2人はその間に修理を!」

 

 「そんな!無茶よ、危険だわ!!」

 

 「わかってる!でも、もうそれしかない!」

 

 フィオナは叫ぶとアンジュ達とは別の方角にある草むらに隠れる。そして、パラメイルが来ると同時に足元に落ちていた石をパラメイルにぶつける。すると、パラメイルはフィオナの方を向く。

 

 「私はこっちよ!追いかけてきなさい!!」

 

 フィオナは砂浜から離れ、森の方へ戻っていく。それを見たパラメイルはフィオナを追って行くのだった。

 

 

 パラメイルの追跡を逃れたアンジュとタスクは急いでヴィルキスの修理に取り掛かる。

 

 「タスク、早くヴィルキスを直して!このままじゃ、フィオナが!!」

 

 「分かってる!あと少し、ここが直れば動く筈だ!!」

 

 タスクは急いでヴィルキスを修理する。すると、ヴィルキスの機体のランプが点灯する。

 

 「直った!これで動く筈だ!!」

 

 タスクはアンジュに直った事を告げる。その時、

 

 ドカァーン!!

 

 森の方から爆発音が響いてきた。

 

 「! フィオナーーー!!」

 

 アンジュはヴィルキスに乗り込むと急いで起動させる。ヴィルキスは本調子ではないながらも動き出し、アンジュは急いで森の方へ向かうのだった。

 

 

 「あっつぅ・・・!」

 

 森ではフィオナが地面に倒れていた。必死に囮になってパラメイルの追跡から逃れていたフィオナだったが、グレネード弾を撃ち込まれたのだ。幸い、直撃は避けられたものの爆風で吹き飛ばされて地面に横たわってしまった。フィオナは起き上がろうとしたのだが、

 

 「痛っ!!」

 

 お腹に鋭い痛みが走る。よく見ると縫合されていた傷口が大きく開いていた。おそらく爆風で吹き飛ばされたからだろう。フィオナは歩く事はおろか、立ち上がる事すらままならない状況だった。それでも、痛みを堪えながら後ろを向くとそこにはパラメイルが彼女を見下ろす様に立っていた。

 

 (くっ!身体が思う様に動かない・・・このままじゃ!)

 

 もどかしさにフィオナの顔が歪む。やがてパラメイルはフィオナに向けてライフルを構える。それを見たフィオナは絶望する

 

 (ここまで、なの?私、こんな所で死ぬの?嫌だ、そんなの!お願い、誰でもいいから助けて!!)

 

 フィオナは胸のペンダントを握りながら願う。すると、ペンダントが光輝く。パラメイルはフィオナに向けてライフルを発射する。フィオナは思わず。目を瞑る。だが、いつまで待っても痛みが来ない。フィオナが目を開けるとそこには白い機体がフィオナを守る様に立っていた。

 

 「ア、アルテミス!?」

 

 果たしてそれはアルテミスだった。アルテミスの機体はボロボロだったがカメラアイは赤く光り輝いており、パラメイルと対峙していた。まるで主の助けに呼応するかの様に。すると、アルテミスはパラメイルを殴る。パラメイルは体勢を崩しつつも、アルテミスに向かってライフルを撃つがアルテミスはひるむ事無く、パラメイルに拳を叩き込んでいく。パラメイルは損傷していくが負けじとアルテミスの拳を掴み抵抗する。2機の機体がせめぎ合うがアルテミスが根負けしパラメイルに投げられ、横倒しにされる。

 

 「アルテミス、そんな!?」

 

 フィオナの顔は再び絶望に染まる。パラメイルは体勢を立て直し、再びライフルを構える。アルテミスは立ち上がろうとするも元々、ボロボロだっただけに中々立ち上がれない。ここまでやれた事自体、奇跡ともいえる。

 

 「万事休す、か。ありがとうアルテミス、ごめんねアンジュ、タスク君・・・」

 

 フィオナは今度こそ死を覚悟した。その時だった。

 

 ババババッ!!

 

 あさっての方角から銃声がしたかと思うと、パラメイルが銃撃される。フィオナが顔向けるとそこにいたのは、

 

 「ヴィルキス!」

 

 そこにはライフルを構えたヴィルキスがいた。

 

 「フィオナに、手を出すなあああぁぁぁ!!!」

 

 アンジュはライフルを撃ち尽すとラツィーエルを構えるとパラメイルに向かって、突進していく。ラツィーエルはパラメイルをとらえ、胴体のコクピット部分を貫くのだった。ラツィーエルが深く刺さったパラメイルは倒れて、そのまま動かなくなった。パラメイルが動かなくなった事を確認したアンジュはヴィルキスから降りると、倒れているフィオナの元へ向かう。

 

 「フィオナ、よかった。無事だったのね」

 

 「アンジュ。もう、来るのが遅いよ・・・でも、ありがとう。助けに来てくれて」

 

 「! フィオナ、お腹の怪我!?」

 

 「あはは、大丈夫だよ。こんなの只のかすり傷だから・・・」

 

 「何言ってるのよ!こんな時まで強がらないで!!」

 

 「ちょ、大声上げないで。傷に響くから」

 

 「おーい、2人とも、大丈夫か!?」

 

 森の方からタスクが走ってやってきた。タスクはフィオナの怪我を確認すると急いで止血し、包帯を巻くのだった。

 

 「そういえば、あのパラメイル。誰が乗っているのかしら」

 

 アンジュはヴィルキスに戻るとラツィーエルを抜くとパラメイルのハッチを無理矢理引き剥がす。だがコクピットを覗き込むとアンジュは目を丸くする。

 

 「えっ、これってどういう事なの!?なんで誰も乗ってないの?」

 

 そこにいるべき筈のライダーが乗っておらず、空のコクピットがあるだけだった。アンジュは脱出したのかと思ったが、先程自分がラツィーエルでコクピットを貫いたことを考えるともし乗っていたならライダーが無事で済む筈がない。すると、

 

 ビー、ビー、ビー

 

 突然、アラームが鳴り響いたかと思うとパラメイルから光が発し始める。

 

 「ちょ、ちょっと。何が起きてるのよ!?」

 

 突然の事にアンジュは戸惑うがタスクは、ハッとすると、

 

 「いけない!今すぐここから離れるんだ!!」

 

 タスクは叫ぶとフィオナを背負い、すぐにその場から離れようとする。するとアルテミスが再び動き出す。フィオナとタスクはコクピットに乗り込むととパラメイルから離れていった。アンジュもヴィルキスを動かし、その場から離れる。途端、パラメイルは強い光を発すると、

 

 ドカアアァァン!!

 

 轟音とともに爆発するのだった。パラメイルの爆発を見たVTOL機は空に溶ける様に消えていった。

  

 

 何とか浜辺まで逃げ切った3人は機体から降りて、一息つく。海には朝日が昇ろうとしていた。

 

 「どうなるかと思ったけど、何とか切り抜けられたわね」

 

 「うん。正直、もうダメかと思った」

 

 アンジュとフィオナはクタクタになりながらも互いの無事を喜ぶ。

 

 「ところで2人はこれからどうするつもりなんだ?」

 

 タスクが2人に尋ねてきた。

 

 「? これからって、どういう事なのタスク君」

 

 「見ての通り、森があの有様だ。もうこの島にはいられない。急いで出るつもりだけど、どうする?もしよかったら君達も一緒に来ない?」

 

 タスクはアンジュとフィオナを誘う。すると、

 

 『アンジュ、フィオナ、応答願いま~す。もう死んじゃっているなら、そう返事してくださ~い』

 

 ヴィルキスの通信機からヴィヴィアンの声が聞こえてきた。アンジュとフィオナは顔を見合わせ、それから通信機に向かって返事をする。

 

 「こちらアンジュ、生きてます。フィオナも無事です。すぐに救助を要請します!」

 

 すると、通信機の向こうから仲間達の嬉しそうな声が響いてきた。それから、2人はタスクに向き直る。

 

 「私達、アルゼナルへ帰るわ。あそこが今の私の居場所だから」

 

 「うん、それにみんなも帰りを待ってるしね」

 

 2人はタスクの誘いを断るのだった。

 

 「・・・そうか。うん、分かった。2人とも、元気で」

 

 タスクは寂しそうな表情を浮かべながらも納得するのだった。

 

 「ねえ、タスク。ありがとね、私とフィオナを助けてくれて。あなたがいなかったらどうなってたか」

 

 「礼には及ばないさ。困っている女の子を助けるのは男として当然だから」

 

 タスクが顔を赤くして、頭をポリポリと掻いているとアンジュは急に目つきを鋭くしてタスクに詰め寄る。

 

 「いいこと?私とフィオナはあなたとは何もなかった!どこも見られてないし、どこも触られてないし、どこにも顔を突っ込まれていない!全て忘れる事、わかった!?」

 

 「え!?あ、は、はい・・・」

 

 アンジュの剣幕にタスクは思わずたじろぐ。それを見ていたフィオナはクスクスと笑っていた。

 

 (アンジュ、素直じゃないなぁ~。あっ、そうだ!)

 

 「ねえ、タスク君。ちょっと来てくれるかな?」

 

 「ん?どうしたの、フィオナ?」

 

 フィオナに呼ばれたタスクは彼女に近付く。すると、

 

 「ありがとう、私とアンジュを守ってくれて」

 

 ちゅっ

 

 フィオナはタスクの頬にキスをするのだった

 

 「え?ええええええぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

 「な、な、な、何やってるのよフィオナァ!!?」

 

 タスクとアンジュは顔を真っ赤にするのだった。

 

 「何って、お礼のつもりだったんだけど。タスク君、もしかして嫌だった?」

 

 「えっ!?あ、いや、そんな事ないよ。むしろ嬉しいっていうかその・・・」

 

 タスクは顔を赤くしながら、しどろもどろになっていた。すると背後から途轍もない殺気が漂ってきた。

 

 「何、デレデレしてるのかしら?」

 

 そこには完全に激怒したアンジュがいた。

 

 「あ、あの、アンジュさん。何でそんなに怒っていらっしゃるんでしょうか?」

 

 「さあねぇ・・・さっきまであなたに対しては感謝の気持ちでいっぱいだったんだけど、それも完全に吹き飛んでしまって、今は怒りと殺意で爆発しそうなのよねぇ・・・ほんと、どうすればいいのかしら。この気持ち・・・」

 

 アンジュは笑っていた。尤も、笑っていたのは口だけで目は完全に据わっていた。

 

 「ア、アンジュ、落ち着いて~」

 

 タスクはアンジュを宥めようとしたが無意味だった。そして次の瞬間、

 

 「私に殺されたくなかったら、とっとと目の前から消えなさい!この女たらしのエロタスクがぁぁぁぁ!!!」

 

 「は、はいいいぃぃぃ!!!」

 

 アンジュが島全体に響くような怒鳴り声を上げるとタスクは一目散に走って、去って行った。アンジュは、ハァ、ハァと息を切らすと気分を落ち着かせる為に深呼吸をする。それから今度はフィオナに詰め寄る。

 

 「フィオナ!あんたも軽々しく、キスなんかするんじゃないわよ!男は皆、狼なんだから変な誤解されたらどうすんのよ!!」

 

 「そんなつもりじゃなかったんだけどなぁ。あ、ひょっとしてアンジュ。私がタスク君にキスしたのが気に食わなかったのかなぁ?」

 

 フィオナはニヤニヤしながらアンジュに聞く。するとアンジュは赤面する。

 

 「なっ!そ、そんなわけないでしょ!わ、私はただ・・・」

 

 あからさまに動揺するアンジュを見たフィオナはトドメと言わんばかりにこっそり耳打ちをする。

 

 「それなら今度はアンジュがタスク君にキスしてあげたら?もちろん頬じゃなくて口に、ね」

 

 それを聞いたアンジュの顔は完全に真っ赤になる。

 

 「な、な、なっ・・・フィオナーーーーー!!!」

 

 アンジュはフィオナに掴み掛かろうとした、その時だった。

 

 パラパラパラパラ

 

 空から輸送機が降りてきた。機体にはアルゼナルのエンブレムが描かれていた。

 

 「アンジュ~、フィオナ~、無事だったんだね~~!!」

 

 機体のドアが開くとそこには嬉しそうな顔をしたヴィヴィアンと仲間達の姿があった。アンジュとフィオナ、そしてヴィルキスとアルテミスは無事に収容されるのだった。

 

 だが、彼女達は気付かなかった。その光景を離れた場所から1体の人形型のロボットが見ているのを。ロボットは輸送機の離陸を見届けると空の彼方へ飛んで行くのだった。

 

 

 タスクは墓標の前にいた。墓標にそれぞれ花を添えると洞窟に入り、中にあった機体に乗り込むと機体を発進させ、島から去って行った。

 

 (俺は古の民の父イシュトヴァーン、ノーマの母バネッサの息子、タスク。使命を果たす為に旅立つ!)

 

 そう決意する彼の懐には、両親が写った写真があった。

 

 

 「そうか、わかった。監察官、捜索隊がアンジュとフィオナ、並びに両名の機体を発見。無事に収容したそうです」

 

 ジルがエマに事の顛末を報告する。

 

 「そう、よかったわ。1週間も見つからないからもうダメだと思ったけど」

 

 エマは安心して一息つく。それを見たジルは興味深そうに尋ねる。

 

 「おや、以外ですね。監察官がノーマの心配をするとは」

 

 「勘違いしないでもらえますか司令。私はノーマの心配なんかしませんよ。ただ、アルゼナルの戦力が減るのは痛いから安心しただけです」

 

 エマは心外だと言わんばかりに反論するのだった。

 

 

 そのやり取りを司令部の扉の前で聞いている人影が1つあった。

 

 「へぇ~。あの子、墜落したって聞いたけど生きてたんだ。ちょっと、意外だったかも?まあいいや、そろそろ接触してみようかな。いつまでも遠巻きから見ていてもつまんないしね」

 

 少女は不敵な笑みを浮かべると司令部の前から去るのだった。

 

 

 




次回はモモカが登場します。楽しみにしていてください。それでは


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第20話 外の世界からの来訪者

みなさん、大変お待たせいたしました。活動報告でも書いた通り、ノートパソコンが壊れてしまい、やむなくvitaを使って執筆しました。パソコンとは勝手が違うので少しずつ書いていき、漸く完成させる事ができました。今回はモモカの他にオリキャラが登場します。是非、楽しんで読んで下さい。ではどうぞ。


 島から無事に帰還して数日後、フィオナのお腹の怪我も無事に治り、彼女は自分の部屋で寛いでいた。

 

 「♪~♪~♪」

 

 フィオナは鼻歌を歌いながら紅茶を淹れていた。

 

 「あら、フィオナ。良い香りね。紅茶を淹れてるの?」

 

 アンジュがシャワーから戻ってきた。

 

 「あ、アンジュおかえり。うん、前にエルシャから教わったんだ。どう、一緒に飲む?」

 

 「いいわね。それじゃ、頂こうかしら」

 

 フィオナはアンジュの分のティーカップを用意すると紅茶を淹れる。

 

 「う~ん。良い香りね。これはダージリンのセカンドフラッシュかしら?」

 

 「そうだよ。エルシャが紅茶はこれが一番だって」

 

 そして、2人は少し遅いティータイムを始めるのだった。

 

 「うん、なかなか美味しいわね。フィオナ、なかなかスジがいいわね」

 

 「そんなことないよ。エルシャに比べれば私なんてまだまだだもん。でも、ありがとう」

 

 2人は紅茶を楽しむ。と、アンジュが物憂げな顔になる。

 

 「アンジュ、どうかしたの?紅茶に何か入ってた?」

 

 「あ、ううん。そうじゃないの。ただ、ミスルギ皇国にいた頃の事を思い出しちゃって」

 

 「ミスルギ皇国にいた頃?」

 

 「ええ。モモカが淹れてくれた紅茶も美味しかったな。ってね」

 

 それを聞いたフィオナは目を見開き、一考する。

 

 (モモカって、確かアンジュの侍女だった人間の少女でアンジュの数少ない理解者だった子だよね」

 

 モモカ・荻野目

 

 皇女アンジュリーゼの筆頭侍女で家族同然の親友。だが、その正体はアンジュリーゼがノーマだと知られない為にジュライが用意した露払い。彼女の存在があったからこそアンジュリーゼは洗礼の儀の日までノーマだとバレなかったのだ。

 

 「アンジュ、モモカって?」

 

 本当は知っているが敢えて尋ねる。

 

 「ああ、うん。モモカっていうのは私が皇女だった頃に私に仕えて、身の回りの世話をしてくれた侍女よ。幼い頃から、いつも一緒だったわ。そう言えばあの子、いつも言ってたわね。「皇族たる者、むやみにマナを行使してはいけません。全て私にお任せください」ってさ」

 

 途端、アンジュは自嘲する。

 

 「ま、今思えばそれは私にマナを使わせない為の方便だったんでしょうけどね。あの子は知ってたんでしょうね。私がノーマだって事」

 

 「・・・まあ、そうだろうね。もし、マナを使おうとして出来なかったらノーマだって分かっちゃうからね。でもさ、いくらモモカって子が代わりにマナを使っていたとはいっても、16年間も自分がノーマという事に気づかなかったアンジュも大概だよね。自分でマナを使って見ようとか思わなかったの?」

 

 「使って見ようとしたわよ、過去に何度も。でも、その度にモモカに止められたのよ。そうこうしている内に私自身、マナを使わなくても良いんだって思う様になってしまったから・・・」

 

 「それは、本当に侍女の鑑だね。そのモモカって子」

 

 「ええ、本当に出来た子だったわ。私が16年間、人間だと信じこまされる程だからね」

 

 そう言うアンジュの顔は少し険しかった。

 

 「モモカ、今頃どうしてるのかしらね。ま、面倒な役割から解放されて清々してるでしょうけどね」

 

 「アンジュ、ひょっとして心配してるの?」

 

 「ば、バカな事言うんじゃないわよ!誰があんな奴の事なんか・・・」

 

 「ふふっ。まあ、きっと外の世界で元気にやってるよ」

 

 それから2人は再び紅茶を飲みだした。と、フィオナは再び考えを巡らす。

 

 (モモカ、か。映像通りならそろそろアルゼナルへ来る頃だよね。けど、それはつまり・・・)

 

 モモカが此処へ来てアンジュと再会する。その美談の裏に隠された真実を知るフィオナは気が重くなるのだった。

 

 

 数日後、アルゼナルの発着デッキでは物資の搬入が行われていた。

 

 「食料4、衣料1、医薬品1、補修用資材3。はい、確かに受領しました」

 

 「このコンテナはジャスミンモールへ運んでくれよ」

 

 エマとジャスミンは物資の確認作業を行っていた。だが、その物資の影に隠れるように移動する人影に2人は気が付かなかった。

 

 物資の搬入が終わると今度は第1中隊が任務を終えて帰ってきた。

 

 「総員、かかれ!チンタラやってると晩ごはんに間に合わなくなるよ!」

 

 「イエス・マム!」

 

 メイが整備員達に激を飛ばす。と、パラメイルの間を縫う様に先程の人影は移動していた。

 

 

 「アンジュ、おっす!や~、今日もキレッキレだったにゃ~」

 

 「それはどうも、ヴィヴィアン」

 

 ヴィヴィアンがアンジュに声を掛ける。アンジュも無視せずに相手をしていた。島から帰還してから、アンジュも少しだけフィオナ以外のチームメンバーと打ち解けるようになった。尤も、ヒルダ達とは相変わらずなのだが。

 

 「ねえ、お姉ちゃん。私、今日1人でスクーナー級を2匹も仕留めたんだよ」

 

 「うん、そうだね。ココもミランダも随分、腕を上げたね」

 

 「勿論だよ。何時までもフィオナに頼ってばかりは居られないしね」

 

 ココとミランダがライダーとして成長している事にフィオナは嬉しく思うのだった。だが、そんな彼女達の様子をヒルダ達は苦々しい顔で見ていた。

 

 「くっそ、あいつら。自分達だけで荒稼ぎしやがって!」

 

 「しかも、狙ってた獲物を横取りされるし」

 

 「全く、MIAになった時に両方ともくたばってくれりゃ良かったのによ」

 

 ヒルダ達は口々に文句を垂れていた。今日の任務でも彼女達はドラゴンをほとんど狩る事が出来なかった。アンジュは相変わらずスタンドプレーでドラゴンを狩るし、嫌がらせに狙おうにもフィオナに悉く阻止された。と、ロザリーが懐から小さなネジを取り出す。

 

 「あいつらの頭にネジ穴を開けてやるぜ!」

 

 性懲りもなくロザリーは嫌がらせを行おうとしていた。

 

 「だ、ダメだよ。司令に怒られるってば」

 

 クリスは慌ててロザリーを止めようとするが、

 

 「大丈夫だよ、バレなきゃ問題ないさ」

 

 ヒルダは面白そうに賛同する。

 

 「そうそう。喰らいな、害虫女共!」

 

 ロザリーがネジを投げようとした、その時である。

 

 ビー、ビー、ビー!!

 

 辺りに警報が鳴り響く。

 

 「わわっ!違います、違います!私はまだ何も・・・」

 

 「落ち着きなロザリー。アンタの事じゃないみたいだよ」

 

 慌てるロザリーをヒルダが宥める。すると、

 

 <<総員に次ぐ。アルゼナル内部に侵入者あり。対象は上部甲板を逃走中、付近の者は確保に協力せよ!繰り返す・・・>>

 

 警報と共にアナウンスが流れる。それを聞いたフィオナは目を見開く。

 

 (侵入者・・・という事は今日が!)

 

 すぐに侵入者の正体を悟るのだった。

 

 「侵入者!?このアルゼナルに!?」

 

 「お姉ちゃん、何なのかな一体・・・」

 

 「・・・とにかく甲板に行こう。話はそれからだよ」

 

 フィオナはそう言うと銃を片手に甲板へ向かうのだった。第1中隊の面々もそれに続くのだった。

 

 

 甲板では1人の少女が警備兵に追われていた。少女は必死に逃走するがやがて逃げ切れずに警備兵に囲まれるのだった。警備兵の1人が少女に向かって警棒を降り下ろす。すると、

 

 「マ、マナの光よ!」

 

 そう叫ぶと彼女を守るように障壁が現れて、警棒はそれに弾き飛ばされるのだった。

 

 「マナの光!?どうしてこんなところに」

 

 それを見ていたアンジュは驚きを隠せなかった。このアルゼナルでマナを使えるのはエマだけの筈だからである。

 

 (マナの光、やっぱりあの子は・・・)

 

 他の者達が驚く中、フィオナは得心が行っていた。すると、

 

 「や、止めてください!私はアンジュリーゼ様に会いに来ただけです!!」

 

 少女はマナを使いながら必死に叫んでいた。少女の顔を見たアンジュは再び驚く。

 

 「モ、モモカ!?あなた、モモカなの!?」

 

 「!? この声は、アンジュリーゼ様?」

 

 少女、モモカはアンジュの見つけると感極まった顔になり、

 

 「アンジュリーゼさまあああぁぁぁ!!!」

 

 アンジュに走りよると彼女に抱きつくのだった。

 

 「え、何?あの人、アンジュの知り合い?」

 

 「マナを使ってたって事は魔法の国から来たのかな?」

 

 ココとミランダが興味深そうに見ている中、

 

 (モモカ、やっぱり来ちゃったんだね・・・)

 

 フィオナは複雑そうな顔で見ていた。

 

 

 「モモカ・荻野目。皇女アンジュリーゼの筆頭侍女です。ええ、元皇女の世話を・・・って、え!?待ってください、彼女は・・・ええ、それはわかっております。はい、はい・・・わかりました。ではそのように・・・」

 

 通話終えたエマは疲れた表情をしていた。

 

 「委員会はやはり?」

 

 ジルの問いにエマは頷く。

 

 「彼女を国に戻せばドラゴンとそれと戦うノーマ、最高機密が漏洩する可能性があるからと。司令、何とかならないでしょうか?彼女はただ、此所に来ただけなのに・・・」

 

 「ただ来ただけねぇ・・・いずれにしても人間が決めたルールをノーマの私が変える事はできませんよ。せめてアンジュと一緒に居させてあげようじゃありませんか。今だけは・・・」

 

 「そう、ですね・・・」

 

 エマは落胆しながらも納得するのだった。エマはマナのライブラリーのモモカのデータを展開する。

 

 (モモカさん、どうして此所に来たの?アンジュはもう皇女ではないのに・・・)

 

 エマがデータを眺めていると、

 

 「フーン、モモカ・荻野目ねぇ。それがさっき、アルゼナルに侵入してきた人間なんだね」

 

 「きゃっ!?あ、あなた、いつの間に入ってきたの!?」

 

 突然、彼女の後ろから声が聞こえたので慌てて振り向くとそこには1人の少女が立っていた。オレンジ色のポニーテールの少女はデータを興味深そうに眺めていた。

 

 「ん?なんだ、お前か。入る時くらいノックしろ」

 

 ジルは呆れた顔で少女を見る。

 

 「いやいや、なんか重苦しい雰囲気だったんでそっと入ってきたんですよ」

 

 「まったく。で、今日は何の用だ?言っとくがお前からは何も買わんし、借金もしないぞ私は」

 

 悪びれる様子のない少女にジルは嫌味を混ぜながら尋ねる。

 

 「つれないなぁ~。今月の上納金(アガリ)を納めにきたんじゃないですか」

 

 少女はそう言うと持っていたアタッシュケースを開けるとジルの前に差し出す。そこにはキャッシュの札束がケース一杯にぎっしりと詰められていた。ロザリーとクリスが見たら目の色を変えるに違いない。

 

 「す、すごい大金・・・」

 

 「一体、幾らあるんだろ・・・」

 

 「1束くらい貰えないかな・・・」

 

 パメラ、ヒカル、オリビエの3人は大金を見て息を呑んでいた。

 

 「商売は順調の様だな」

 

 「まあね。お得意様のノーマもたくさん出来て稼がせて貰ってるよ」

 

 「大概にしとけよ。お前のせいでモールの売上が減ったとジャスミンがぼやいてたぞ」

 

 「あ、そうなの?まあでも、それが商売の世界だからね。ボクを恨むのはお門違いでしょ」

 

 「やれやれ。ま、あまりやり過ぎるなよ。私がその気になればお前の商売など簡単に潰せるんだからな」

 

 「おー、怖い怖い。でも、そうさせない為にこうして司令部に金を払っているんじゃん。このアルゼナルでは金で買えないものはない。仲間や信用、命だって金さえあれば何とかなる。そう言ってたのは司令とジャスミン達だよね」

 

 「ふっ、相変わらず口達者だな」

 

 「商売人は口が命ですから。さてと・・・」

 

 少女はジルとの話を終えるとオペレーター席の方へ向かう。すると、

 

 「スキあり!」

 

 むにゅ

 

 「きゃあ!?」

 

 「ひゃん!?」

 

 「ふええ!?」

 

 目にも止まらぬ速さでパメラ達の胸を揉むのだった。

 

 「うんうん、いい感じに成長してるねぇ。けど、オリビエはまだまだかな?」

 

 少女は満足そうに頷いていた。

 

 「もう!いい加減にしてよ!」

 

 「毎回、来る度にセクハラしないで!」

 

 「ううっ、また触られたぁ・・・」

 

 パメラとヒカルは顔を赤くして胸を腕で覆いながら怒って、オリビエは涙目になっていた。

 

 「やだなぁ、ちょっとしたスキンシップじゃないか。いい女はさ、パイタッチを経験して一人前になってくんだよ」

 

 少女は悪びれる様子もなく笑顔で言うのだった。

 

 「あなた、風紀を乱す様な行動を慎みなさい、って前にも言ったでしょう!」

 

 エマが少女を叱るが、

 

 「もー、監査官。固い事は言いっこなしだよ。そんなんじゃ」

 

 少女はそう言うとフッ、と姿を消す。

 

 「いい人に巡り会えないかもよ~♪」

 

 むにゅ

 

 「きゃあ!ちょ、やめなさ・・・あん!」

 

 いつの間にか背後に回り込んだ少女に胸を揉まれてエマは顔を赤くする。

 

 「う~ん、監察官もなかなか良いおっぱいしてるじゃないですか~。折角、良い顔と身体してるんですからこれを武器に外の世界で男を誘惑しなくっちゃ。婚期を逃してからじゃ熟女好きしか落とせないよ~」

 

 少女の触り方が徐々にエスカレートしていく。

 

 「あっ、ちょ、いい加減に・・・ひゃあん!」

 

 エマは怒ろうにも言葉が続かない。彼女の顔は完全に真っ赤になっていた。すると、

 

 「その辺にしておけ。これ以上監察官にセクハラするなら反省房送りにするぞ」

 

 ジルが少女を引き剥がす。エマは胸を腕で押さえながらうずくまっていた。

 

 「ああ残念、良いところだったのになぁ。まあ、これ以上やって本当に反省房に入れられたら堪ったもんじゃないし、ボクはそろそろ失礼するよ。それじゃ、またね~」

 

 少女はそう言うと司令部から出ていくのだった。

 

 「はあ、はあ、はあ。司令、ありがとうございました・・・」

 

 「いや、此方こそ済まなかった監察官」

 

 「それにしても、彼女どうにかならないんですか?ノーマ達だけでなく、私にまでセクハラを働くなんて問題ですよ!!」

 

 「まあ、あのセクハラ癖は困ったものですが、あれも優秀なノーマですから。大目に見てもらえると助かります」

 

 ジルは呆れながらもエマを宥めるのだった。

 

 

 一方、アルゼナルの廊下ではアンジュとフィオナがモモカを連れて歩いていた。

 

 「御髪、短くされたのですね。あ、とてもよく似合っていると思います。なんか今までの姫様のイメージが大きく一新された様な、そんな感じがします」

 

 モモカは何とか話をしようとするがアンジュは素っ気なかった。

 

 (まあ、分かってはいたけど感動の再会・・・とはいかないよね、やっぱり)

 

 フィオナはそう思いつつ、2人のやり取りを見ていた。やがて部屋に着き、2人はモモカを入れる。

 

 「あの、此処は一体・・・」 

 

 モモカが戸惑いながら尋ねてきた。

 

 「アルゼナルの居住区だよ。私とアンジュは此処に住んでいるの。そういえば、自己紹介がまだだったよね。私はフィオナ。アンジュとは同じ隊の仲間でルームメイトなの。よろしく」

 

 フィオナはモモカに自己紹介する。モモカはフィオナを見て目を丸くしていたがすぐに返事をする。

 

 「あ、よろしくお願いします。って、まさかアンジュリーゼ様、こんな狭くて汚い部屋に住んでいるのですか!?」

 

 「う~ん、狭いのは否定しないけど汚いはちょっと酷くない?これでも、非番の時には掃除してるんだけどなぁ・・・」

 

 ストレートに言うモモカにフィオナは苦笑していた。と、アンジュが2人を無視して着替えを始める。

 

 「あ!お召し変えされるのですね。お手伝い致します」

 

 モモカはアンジュが脱ぎ捨てた服を集めると、

 

 「マナの光よ」

 

 そう唱えるとアンジュの服は光を発して浮き上がり、空中で畳まれていく。

 

 「・・・へぇ、そうやって使うのね。マナって」

 

 アンジュの冷たい声が部屋に響く。すると、モモカはハッとなってマナを止める。浮いてた服はベッドに散らばる。アンジュはそれを手にとって畳もうとするが、

 

 「止めてください!私がやりますから、アンジュリーゼ様がその様な事は・・・」

 

 服をアンジュから取りあげる。すると、アンジュは大きく溜め息をつく。

 

 「はぁ。アンジュリーゼ、アンジュリーゼってさっきから誰の事を言ってるのかしら?私はノーマのアンジュよ。司令の命令だから明後日まではあなたの面倒を見てあげるわ。その代わり、私には構わないで。私にお世話係は必要ないから」

 

 辛辣にモモカに告げるアンジュだったがモモカは大きく首を横に振る。

 

 「嫌です!私が仕えるのはアンジュリーゼ様だけです。私、もう帰りませんし離れません!今までもこれからもそれは変わりません」

 

 モモカは必死にアンジュに訴えるが、アンジュは冷めた様子でモモカを見ていた。

 

 「よくそんな事が言えたものね。10年以上も私を騙しておきながら。知ってたんでしょ?私がノーマだって事」

 

 アンジュの指摘にモモカは戸惑っていたが、

 

 「・・・はい」

 

 少し俯きながら、首を縦に振るのだった。

 

 「やっぱりね。私がノーマだって事を悟らせない為にお父様が連れてきたんでしょうね。まあ、どうでもいいか。お母様は死んで、ミスルギ皇国が滅んでしまった今となっては」

 

 アンジュは自嘲気味に言うとベッドで横になる。するとモモカはひざまづくと土下座するかの様に頭を床につける。

 

 「あなたの側に居させてください。私はアンジュリーゼ様の筆頭侍女、モモカ・荻野目です。例え、アンジュリーゼ様がノーマに身を落としてもそれは変わりません」

 

 必死に懇願するモモカ。それを見ていたフィオナは、

 

 「モモカさん、頭を上げて。疲れてるんでしょ?なら、もう休んだ方がいいよ。私のベッド、使っても良いから」

 

 モモカを立たせると自分のベッドへ連れていく。すると今度はアンジュが目を見開く。

 

 「ちょっ!?待ってよ、フィオナ。あなたはどこで寝るつもりなのよ。そのベッドじゃ2人も寝れないでしょ」

 

 「私なら大丈夫だよ。空いてる部屋がないかジャスミンさんに聞いてみる。モモカさんだって疲れてるだろうし、それに人間を床で寝させたら監察官に何言われるか分かんないしね」

 

 「それはそうだけど、でも・・・」

  

 アンジュ困惑していた。自分の元侍女の為にフィオナに迷惑が掛かるのはやはり後ろめたいからだ。すると、フィオナが真剣な表情でアンジュに言う。

 

 「アンジュ、色々思う所があるかもしれないけどさ、それでもモモカさんとはちゃんと話し合うべきだと思う。彼女だって半端な気持ちで此処へ来た訳じゃない事は私にも分かるよ。じゃないと何時まで経っても何も変わらないよ」

 

 それだけ伝えるとフィオナは部屋から出ていった。フィオナが出てったドアを見ながらアンジュは思い悩む。

 

 (そんなこと、私だって分かってるわよ。けど、そんな簡単に割り切れる訳がないじゃない!大体、モモカと何を話せっていうのよ・・・)

 

 アンジュが頭を抱えていると、

 

 「あの、アンジュリーゼ様。大丈夫ですか?」

 

 モモカがアンジュを気遣い、声を掛ける。

 

 「平気よ。それよりもフィオナに感謝する事ね。あの子が出てかなかったら、あなたは床で寝る羽目になってたでしょうからね」

 

 「フィオナさんですか。アンジュリーゼ様、あの方は何者なのですか?髪は真っ白ですし、目の色がそれぞれ違うなんて普通のノーマとは思えないのですが・・・」

 

 「まあ確かに容姿は変わってるけど、とても良い子よあの子は」

 

 アンジュはそれだけ言うとモモカに背を向けるようにベッドで眠りに着くのだった。

 

 




今回、出てきたオリキャラの名前と詳細は次回で明らかになりますので楽しみにしていて下さい。それでは。


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第21話 フィオナと何でも屋

 部屋を出たフィオナは廊下を歩きながら思案に耽っていた。

 

 (モモカが来たという事は、あの兄妹が動いたという訳か。アンジュを亡き者にする為に!)

 

 フィオナの顔が険しくなる。彼女は知っていた、この再会は邪悪な陰謀の始まりであることを。

 

 フィオナの脳裏にある映像がフラッシュバックする。ジュリオ、シルヴィアの2人がモモカを利用し、アンジュを陥れる為に仕掛けた残酷な罠。そしてミスルギ皇国の、平和という虚飾で彩られたマナ社会の闇。これらはアンジュの心を深く抉り、彼女とモモカを大きく傷つけた。

 

 (映像通りなら、マーメイドフェスタの前ぐらいにシルヴィアから嘘のSOSが来る筈。シルヴィアに対して負い目があるアンジュは脱走してミスルギ皇国へ向かう。そうなればアンジュとモモカは間違いなく殺される!絶対に阻止しないと!)

 

 フィオナは心の中で固く決意する。だが、そこに1つの問題が出てくる。

 

 (でも、どうやってアンジュに伝える?私とシルヴィアは全く接点がないから普通に「シルヴィアはジュリオと組んであなたを殺そうとしている!」って、言ったって信じないよね、絶対……)

 

 迂闊に伝えようものなら、信じてもらえないばかりか自分が疑われる危険性が出てくる。

 

 (ミスルギ皇国が滅んでいなくて、ジュリオとシルヴィアが今も皇室に健在である事を証明できれば話は別なんだけど……)

 

 初陣後のジルの話からアンジュはミスルギ皇国は滅んだものと思っている。それが彼女を脱走に駆り立てる一因となっている。このアルゼナルで外の世界の情報を知っているのはジルかジャスミン、それとエマぐらいだろう。だが、彼女達に尋ねた所で教えてはもらえないだろう。何が起こるか分かっていても、それを証明し伝える方法がない。もどかしさにフィオナは頭をくしゃくしゃする。

 

 「はぁ……一体どうしたらいいのかな?」

 

 考えが行き詰まり、フィオナはため息を吐いた。その時である。

 

 「スキあり!」

 

 むにゅ

 

 「えっ!?きゃあ!!な、なになに!?」

 

 突然、背後から声がしたかと思うと自分の胸が誰かに触られていた。フィオナが驚き、振り向くとそこにはオレンジ色のポニーテールの少女がいた。

 

 「お~、結構大きいねぇ。その上、この柔らかさ。今まで触ってきたどのおっぱいよりも一級品だよ。君さ、なかなか良いものもってるじゃないか~」

 

 「ひゃん!や、やめてよぉ……あん!」

 

 フィオナは喘ぎ声を出しながらもなんとか少女を振り払う。

 

 「はあ、はあ。な、なんなの、いきなり!?」

 

 フィオナは顔を真っ赤にして、胸を腕で覆いながら少女を睨む。

 

 「あはは~、ゴメン、ゴメン。なんか君、辛気臭そうな顔をしてたもんだからさ。ちょっと和ませようと、ね」

 

 「和まないよ!いきなり触られて、びっくりしたよ。まったくもう!」

 

 悪びれる様子のない少女に憤慨しつつも、フィオナは気を取り直して訊ねる。

 

 「それで。あなたは一体、誰なの?事と次第によっては司令部に突き出すけど?」

 

 「怒らない、怒らない。怪しいものじゃないよ。ボクはジョゼ。このアルゼナルで何でも屋をやってるんだ。よろしくネ」

 

 ジョゼと名乗った少女は陽気に答える。それを見たフィオナはすっかり怒る気が失せるのだった。

 

 「じゃあ、そのジョゼさんが私に何の用なんですか?」

 

 「堅苦しいなぁ、ジョゼでいいよ。あとタメ口でノープロブレムさ。いやさ、君が今日、ここに侵入してきたモモカって人間に部屋のベッドを譲ったから、寝る所に困ってるんじゃないかと思って声をかけてみたんだ」

 

 「え!?ど、どうしてそれを?」

 

 フィオナが驚くのは無理もなかった。自分がモモカに部屋のベッドを譲ったのはついさっきの事だからだ。なのにジョゼはその事を完全に把握しているからだ。

 

 「ふっふっふ。ボクを甘く見てもらっちゃあ、困るよ。言っただろ?ボクは何でも屋だって。文字通り何でもやってるのさ。ジャスミン・モールでも扱っていないアイテム等の販売や金貸し、それと情報屋もね。気になるアノ子の下着の色や誰と付き合っているか。とにかくこのアルゼナルで僕の知らない事は無いといってもいい位さ」

 

 ジョゼはエッヘンと胸を張っていた。だが彼女の胸はフィオナほど大きくはなかった。フィオナは少し考えるとジョゼに尋ねる。

 

 「じゃあさ、ジョゼ。私は今日、寝る部屋を探しているんだけどすぐに用意できる?」

 

 「モチのロンさ。というかできなかったら君に声を掛けたりはしないって。こっちだよ」

 

 ジョゼはそう言うと、フィオナを案内するのだった。やがて、ある部屋の前につくとジョゼは懐から鍵を取り出し、穴に挿してドアを開ける。ジョゼは電灯をつけて部屋を見せる。

 

 「ジャーン!この部屋はどう?なかなかの掘り出し物だよ」

 

 フィオナが部屋の中を見てみるとそこは、大きく広めの部屋だった。天蓋付きのクイーンサイズのベッドにソファー、大きめの棚に極め付きは風呂まで完備されていた。どう見ても、自分とアンジュが暮らす部屋よりも広くて豪華だった。

 

 「す、すごい部屋……良いの、この部屋を使っても?」

 

 「モーマンタイ。元々はある隊長さんの部屋だったんだけど、今は使われてないからね。好きにしてくれていいよ」

 

 フィオナは改めて部屋を見渡す。と、あるものに目が留まる。それは写真が貼られたコルクボードだ。写真には彼女の見知った者たちが写っていた。それを見たフィオナはハッとする。

 

 「……ねえジョゼ。今、ある隊長さんって言ったよね。まさかこの部屋」

 

 「お、察しがいいね。そうだよ、ここはかの女傑、ゾーラ隊長の部屋さ。ゾーラ隊長も君に使ってもらえるなら草葉の陰で、喜んでいる筈さ」

 

 「ゾーラ隊長は生きてるよ!いや、まだ医務室で眠ったままだけど。とにかく、勝手に殺さないで!というか、だったら無断で使ったらまずいでしょ!?」

 

 「大丈夫だって。元々、この部屋自体、ゾーラ隊長が意識不明になった時からジャスミン・モールで売り出されてたからね。それを僕が速攻で買い取ったというわけさ」

 

 「買ったって……そんな事していいの?もしゾーラ隊長が目覚めたら」

 

 「だからさ。君も知ってると思うけど、メイルライダーは休んだら罰金をとられる。1日に100万。だからジャスミンが差し押さえたというわけさ。尤も、もう数か月も寝たきりだから罰金額はもうこの部屋の値段だけでは足りないだろうけどね。目覚めた時の彼女の顔が見ものだね」

 

 そう語るジョゼを見たフィオナは呆れると共にアルゼナルのシビアさに戦くのだった。

 

 「それでこの部屋はいくらなの?」

 

 「全て込みで500万キャッシュでどうだい?」

 

 ジョゼが提示した値段にフィオナは目を丸くする。値段が思ったよりも安いのだ。前にジャスミン・モールで個室の相場を調べた事があるが、広さや設備によってピンキリだが最低ランクでも200~300万は掛かる。(設備は最低限)

 

 このゾーラ隊長の部屋ともなれば1000万キャッシュ以上はしてもおかしくないはずだ。

 

 「なんでそんなにも安いの?この部屋は500万キャッシュじゃ……」

 

 「まあ、実際500万じゃ赤字なんだけどね。君だから500万で売ることにしたんだよ」

 

 「どういう事?」

 

 「君はゾーラ隊長と新兵達を救っただろ。不明機が来た時も危険を顧みずに殿を担った。君にならこの部屋を500万で売るだけの価値があると思ったからさ」

 

 笑顔で言うジョゼにフィオナは呆気に取られる。フィオナからすれば当たり前の事をしたまでなのだが。

 

 「せっかくだけど、私にこの部屋は……」

 

 と、フィオナは断ろうとしたがふと、ある考えが浮かぶ。

 

 (いや、ちょっと待って。もし、アンジュがモモカの身柄を引き取る事になったら、必然的にアンジュの部屋に住む事になる。そうなると、今ここで部屋を買わなかったらあの部屋に3人で住む事になるよね)

 

 元居た部屋は2人で暮らすのがやっとな狭い間取りだ。もう1台ベッドを入れるスペースなんかないし、3人だと手狭になってしまう。かといって、アンジュと別の部屋で暮らすなんて、彼女を心酔するモモカは絶対に了承しないだろう。そうでなくとも、監察官ではない『人間』であるモモカが1人部屋で暮らそうものなら、人間を快く思わないノーマ達に何されるかわからない。

 

 (なら、少し贅沢だけどこの部屋を買った方が良策、か)

 

 フィオナはそう考えると首を縦に振る。

 

 「わかったよ。ならジョゼ、この部屋を買わせてもらうよ」

 

 フィオナはポーチから札束を取り出すとジョゼに渡す。

 

 「ひぃ~、ふぅ~、みぃ~。うん、500万丁度あるね。毎度あり~。じゃあ、これはこの部屋の鍵だよ。もうこの部屋は君の物さ」

 

 ジョゼは鍵を渡すと立ち去ろうとした。が、すぐにフィオナの方に振り向いた。

 

 「あ、そうだ。1つだけ忠告しておくよ。フィオナ、この部屋を買ったから以上はヒルダの奴には気を付けた方がいいよ」

 

 「ヒルダに?どうして?」

 

 「あいつもこの部屋を欲しがっててさ、何度もボクに売れ!って、うるさかったんだよね」

 

 「どうして彼女に売ってあげなかったの?」

 

 「だってボク、あいつの事嫌いだもん。横柄な上にロザクリコンビを引き連れてデカい顔してるんだよ。ボクだって商人さ。レア物や掘り出し物は気に入った相手に売りたいと思うのは当然じゃん。だからあいつが部屋を売れって言ってきた時も足元見たりして、のらりくらりとかわしてたわけさ」

 

 どうやらヒルダはアンジュ同様に他のノーマ達からも嫌われている様だ。尤も、あの性格と立ち振る舞いでは致し方ないのだが。

 

 「だからあいつがその部屋を君が買ったって知ったら、絶対に絡んでくると思うから気を付けてね」

 

 「気を付けろって、一体どうしろと……」

 

 「そこでだ。君にこれをあげるよ」

 

 ジョゼはそう言うとフィオナに1通の封筒を手渡す。

 

 「これは?」

 

 「まあ、簡単に言えばヒルダの泣き所ってやつさ。それを見せれば、あいつは絶対に黙る筈さ。ああ、お金はいらないよ。この部屋を買ってくれたからサービスしとくよ。じゃあ、新しい部屋での生活を満喫してね。ハバナイスデイ~」

 

 そう言うと今度こそジョゼは去って行った。フィオナは彼女からもらった封筒を開けてみた。中には1枚の写真が入っていた。フィオナはそれを取り出し、写真を見てみた。

 

 「これって!?……なるほどね。流石は何でも屋。私も弱みを握られない様に気を付けないといけないね」

 

 フィオナはそう言うと写真をしまい、部屋に入った。途端にドッと疲れが出てきて、ベッドに倒れこんだ。

 

 「わぁ~、大きい上にフカフカだ~。やっぱ、私には贅沢だったかな?まあ、今更言っても仕方ないんだけどね」

 

 フィオナはそう言いつつも今後の事を考える。

 

 (たぶん。明後日にはモモカは口封じに処分される。アンジュの身の安全の事を考えたら、モモカを見捨てるべき……いや、アンジュは絶対にそんな事はしないし、私だってそれは嫌だ。それにモモカを助けなかったとしても、ジュリオは必ず別の手を打ってくるだろうな。やっぱりここはアンジュに任せるしかないか。あっ、そういえば私の荷物、まだアンジュの部屋に残したままだ。まあ、明日にでも取りに行けばいいよね)

 

 そう思い、フィオナは眠ろうと目を閉じる。だが、しばらくしてフィオナは目を覚ます。

 

 「ね、眠れない……いや、眠れるわけないじゃん!このベッド、フカフカすぎるよ!」

 

 哀しいかな、人は住んでた環境が変わるとなかなかそれに馴染めないものである。ましてや、これまで大きく柔らかいベッドとは無縁だったフィオナなら猶更だった。

 

 「う~、眠れないよぉ~。そうだ、何か飲んで気分を落ち着かせたらいいかも」

 

 フィオナは何かないかと部屋を探す。と、棚の中に瓶とグラスを見つける。瓶のラベルには葡萄の絵が描かれていた。

 

 「これなんだろ?グレープジュースかな?」

 

 フィオナはそれらを手に掴むとベッドのミニテーブルに置く。それからコルクを抜き、グラスに注ぐ。

 

 「へぇ~、綺麗な色だね」

 

 そして、フィオナはグラスのジュースを飲んだ。と、フィオナはある違和感を覚える。

 

 「ん?変だな?このジュース、甘くない……」

 

 と、甘くないジュースに疑問を感じながらも一気に飲み干す。が、突然フィオナの視界が大きく歪む。

 

 (あれ?私、どうしたんだろ。なんか頭がクラクラしてきた)

 

 「ふにゃあ」

 

 フィオナはそのままベッドに倒れこんだ。賢明な方ならもうお気づきかもしれないが、彼女が飲んだのはグレープジュースではなくワインだった。

 

 そして、フィオナは下戸だった。

 

 

 アルゼナルの廊下。ジョゼは1人、笑みを浮かべながら歩いていた。

 

 (フィオナ、か。話してみたけど結構面白い子だね。なんか、これからが楽しみになってきたよ。彼女がこのアルゼナルに何をもたらすのか……)

 

 「いや、もしかしたらこの世界に……かもしれないね」

 

 ジョゼは楽しそうに無人の廊下を自分の部屋を目指して歩いていくのだった。

 




毎度、毎度お待たせして申し訳ありません。多忙やモチベーション等でなかなか執筆が進みませんでした。けど、朗報が1つあります。

新しいノートパソコンを購入しました。ようやくVitaでの執筆から解放されました。今後はできるだけペースを上げていこうと思いますのでこれからも当作品を宜しくお願いします。それでは

PS 遅くなりましたがクロスアンジュのスパロボ参戦おめでとうございます。来年の発売が待ち遠しいです。自分としてはやはり種運命との絡みが楽しみです。


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第22話 モモカ、がんばります!

 「うう~、頭がガンガンする……」

 

 翌日、フィオナは食堂のテーブルで突っ伏していた。完全に二日酔いだ。

 

 「お姉ちゃん、大丈夫?」

 

 「水、持ってこようか?」

 

 ココとミランダが心配そうにフィオナに話しかける。

 

 「フィオナ、辛そうだね~」

 

 「フィオナちゃん、お酒が弱かったのね。意外だわ」

 

 「というか、グレープジュースとワインを間違えるって、どんな勘違いよ……」

 

 ヴィヴィアンとエルシャは興味深そうにしており、サリアは呆れていた。

 

 「けど意外ね。まさかジョゼがゾーラ隊長の部屋をフィオナに売るなんて。私はてっきり、ヒルダ達に売ると思ってたけど」

 

 「ふふっ。案外、ジョゼちゃんに気に入られたのかもね」

 

 そんな取り留めのない会話をしていると、

 

 「何たること、アンジュリーゼ様をお待たせするなんて!あなた達、今すぐ席を譲りなさい!!」

 

 怒鳴り声が聞こえてきたので見てみると、そこにはテーブルに座っているノーマ達に向かって叫ぶモモカの姿があった。傍らにはトレーを持ったアンジュがいた。

 

 (うわぁ……恐れを知らないなぁモモカ)

 

 フィオナは二日酔いに苦しみながらもその光景を眺めていた。それもその筈、モモカが席を譲れと言っている相手はあろう事かヒルダ達だったからだ。無論、ヒルダ達が譲る訳もなくアンジュも諫めるがモモカは止まらない。

 

 「アンジュリーゼ様になんと無礼な!如何にノーマが低俗で好戦的で反社会的とはいえですね、その態度は見過ごせませんよ!!」

 

 (ちょっと、ちょっと、モモカ!ここ(アルゼナル)でそういう発言はまずいってば!)

 

 フィオナは内心、慌てる。監察官ならまだしも、何の肩書も権限もない人間がアルゼナルでノーマを見下す言動をとれば只では済まない。人間嫌いのノーマ達に絡まれて、リンチされてもおかしくはないだろう。事実、他の席のノーマ達もモモカを不機嫌そうに睨んでいる。徐々に一触即発な空気になってきたのでフィオナは体を起こして、モモカ達を止めに行こうとした。その時である。

 

 「はぁ~い、そ~こま~でよぉ~」

 

 「え?きゃああ!?」

 

 突然、誰かがモモカの背後に回り込んで彼女の胸を揉み始めた。

 

 「お~成程。これが皇女様の侍女のおっぱいなのかぁ。これがどうして、なかなかいい張りと触り心地じゃないか~」

 

 「なっ、誰よあなた!?」

 

 いきなり現れたノーマにアンジュも驚く。

 

 「な、なんなのですか!?やめてくださ……ひゃあん!」

 

 「君さ、モモカって言ったっけ?ダメだよ~、このアルゼナルでノーマを貶める発言は命取りになりかねないからさ。主人想いなのはいいけど、もう少し胸の力を抜いて~」

 

 「そ、それを言うなら肩の力……って、あ、や、やめ……ああん!」

 

 「ちょっと、あなた何なの!?モモカから離れなさい!」

 

 アンジュがノーマをモモカから引き剝がす。よく見るとそれはジョゼだった。モモカは顔を真っ赤にして床に蹲る。

 

 「ちっ、てめぇかジョゼ。いきなり割り込んできて何なんだ」

 

 「やだなぁ。喧嘩になりそうだったから止めたんじゃないか~。喧嘩はいいけど周囲が引くようなハードなのはメッ、だよ」

 

 ジョゼはいつもの軽い調子で答える。ヒルダ達は興が削がれたのか舌打ちをすると椅子に座る。

 

 「あ、そうだアンジュ。席をお探しならボクの隣が開いてるから座ってもいいよ。おっと、自己紹介がまだだったね。ボクはジョゼ。アルゼナルで何でも屋をやってるんだ。よろしくね」

 

 ジョゼはアンジュに自己紹介を済ませると自分の席に戻る。すると、

 

 「なぁ!?お、おい!お前、何だよそのメニューは!?」

 

 突然、ロザリーがジョゼの座っている席のテーブルにあるメニューを指差しながら大声を上げる。そこにあったのはノーマに配給される給食ではなく、こんがり焼けたステーキに白パン、スープにデザートと他のとは比べ物にならない位、豪華な食事だった。

 

 「ん?何って、見てわかんないの?ボクの食事だけど」

 

 「いや、そうじゃなくて!何でてめぇのだけそんな豪華なご馳走なんだ!?」

 

 「美味しそう……」

 

 クリスも羨ましそうに見ていた。

 

 「ボクが外の世界のコネを使って、取り寄せたんだ。もちろん、食堂のおばさん達にもお金を払って作ってもらったのさ。う~ん、やっぱりステーキはシャトーブリアンのレアに限るねぇ」

 

 ジョゼはステーキを美味しそうに口に運ぶ。

 

 「ちくしょう、ライダーじゃねえのにあたし等より稼いで、美味いもん食いやがって……」

 

 ロザリーは悔しそうに、だが涎を垂らしながら見ていた。すると、

 

 「おい、ジョゼ。てめぇに用があんだけどいいか?」

 

 ヒルダがジョゼのテーブルにやって来て、彼女を問い詰め始めた。

 

 「なんだい、ヒルダ。ステーキが欲しいの?残念だけどあげないよ。まあ、金を出すなら一口くらいはあげても……」

 

 「いらねぇよ!そうじゃなくてゾーラの部屋の事だ。今朝、ゾーラの部屋からルーキーが出てくるのを見たんだけど、どういうことだ?まさか、あいつに部屋を売ったんじゃねえだろうな?」

 

 「うん、売ったよ。フィオナにね。それがどうかしたの?」

 

 ジョゼはステーキを食べながら答える。それを聞いていたロザリーとクリスも驚く。

 

 「え?お姉様の部屋、フィオナが買い取ったのか!?」

 

 「そんな、どうして……」

 

 「あの子が寝る部屋を探していたから売ってあげたのさ。500万でね。それがどうかした?」

 

 あっけらかんしたジョゼの返答にヒルダの顔に青筋が浮かぶ。

 

 「どうかした、だと?てめぇ、あたしには散々、値段を吹っかけたり色々理由を付けて売らなかった癖になんでルーキーには、んな安値で売りやがったんだ!」

 

 「そんなのボクの自由でしょ。ボクは彼女に売りたいと思ったからそうしただけさ。ああ、それとも自分以外に売られたら困る理由でもあったのかな?まあ、そりゃそうだよね。君はゾーラ隊長のお気に入りだったもんね。でも安心してよ。ベッドの布団やシーツは新しいのに取り替えてあるから、君とゾーラのHな匂いは……」

 

 「! このクソガキ!!」

 

 ヒルダは激昂して懐から拳銃を取り出す。が、

 

 ヒュッ、ガキン!

 

 「ぐあっ!?」

 

 ジョゼはナイフをヒルダが持っていた銃に向かって投げた。ナイフは銃に当たり、ヒルダは驚いて銃を落としてしまう。すると次の瞬間、ジョゼは立ち上がるとヒルダの後頭部を掴み、テーブルに押し付けるとフォークを彼女の首元に当てる。

 

 「て、てめぇ……」

 

 「ねえ、ヒルダ。ボクってさ、此処に来てまだ1年の新参者だし、こんな性格じゃん?だからいっつもナメられるんだよね~。だけどさ、ボクは外の世界でもアルゼナルでも商売人として色んな人間やノーマとやりあってるんだよ。ヘタレだったら務まらないっての。ボクを本気で怒らせると怖いよ?」

 

 そう言うジョゼの顔は先程までの陽気なものから、獲物を狙う猛禽類の様なソレに様変わりしていた。それを見たロザリーとクリスは恐怖で後ずさる。

 

 「あなた達、やめなさい!!」

 

 遠くで見ていたサリアがヒルダとジョゼの元へやってくる。

 

 「ヒルダ、食堂で銃を抜かないで!ジョゼ、喧嘩するなってさっき自分で言ったのに何をしているの!」

 

 「あっ、サリア。これは正当防衛だよ。先に銃を抜いたのはこいつなんだからさ」

 

 「とにかくヒルダを離しなさい!命令よ!」

 

 「命令って、ボクは第1中隊に所属してないんですけど。まあいいや。ボクも喧嘩は正直、勘弁だしね」

 

 ジョゼはそう言うとフォークを仕舞い、ヒルダを解放する。ヒルダは咳込みながらもジョゼを睨みつける。

 

 「てめぇ、いつか覚えてろよ……」

 

 「やめなさい。ジョゼ、ヒルダも悪いけどあなたも少しやり過ぎよ」

 

 「ヒルダみたいな奴にはこれ位が丁度いいと思うけど。サリアさ、君がそんなんだからアンジュやヒルダが―――『バタン』あれ、なに今の音?」

 

 サリアに文句を言おうとしたジョゼだったが物音がした為、言葉を止める。音がした方を見るとモモカが目を回しながら倒れていた。

 

 「あれ、侍女ちゃん。君、どうしたの……って、ああ。成程ね」

 

 モモカが倒れた事を不思議に思っていたジョゼだったが、すぐに得心がいったようだ。

 

 「アンジュ。どうやら侍女ちゃん、ガス欠みたいだよ」

 

 「ガス欠?」

 

 「お腹がペコペコだって事さ。お腹の虫が鳴いてるしね。アンジュ、ジャスミン・モールに連れてってあげたら?あそこにはファストフードの自販機もあるしさ」

 

 「なんで私が……」

 

 「じゃあ、私が連れてくよ」

 

 アンジュが不満そうにしているとフィオナが駆け寄ってきた。

 

 「フィオナ、どうしてあなたが」

 

 「私もジャスミン・モールに行こうと思ってたから。大丈夫、この子に美味しい物を食べさせてあげるからさ」

 

 フィオナはそう言うとモモカの腕を自分の肩にかけると彼女と一緒に食堂を出てったのだった。

 

 「よかったのかい?侍女ちゃんを連れてってあげなくて」

 

 「私はもう皇女じゃない。あの子とは赤の他人よ……」

 

 「ふーん。まあいいけどね。じゃあ、ボクの隣に座りなよ。食事、まだなんでしょ?ああ、金は取らないから安心していいよ」

 

 ジョゼは自分の席に戻り、食事を再開するのだった。アンジュは考えていたが結局、ジョゼの隣に座り食事をするのだった。

 

 

 「すみません。わざわざ食べ物を買っていただいて。私、アンジュリーゼ様にお会いする事で頭が一杯で3日も何も食べてなかったんです」

 

 「気にしないで。私も酔い止め薬を買おうと思ってたから」

 

 モモカはフィオナに買ってもらったハンバーガーを食べながら礼を言う。フィオナは買った酔い止め薬をミネラルウォーターで飲んでいた。と、フィオナがポーチからお金を取り出すとモモカに渡す。

 

 「アルゼナルではこれを使って、欲しい物を買うの。これは私からの餞別。大事に使ってね」

 

 モモカはフィオナからもらったお金を手に取り、興味深そうに眺める。

 

 「これがお金という物なのですか?ありがとうございます。貨幣経済なんて不完全なシステムだと思っていましたが、これはこれでなんだか楽しいですね」

 

 「そういえば、モモカさん。外の世界ではどうやって買い物をしていたの?」

 

 フィオナはずっと疑問に思ってた事をモモカに尋ねる。映像ではマナの事は説明されていたが、買い物やインフラなどの具体的な事柄までは記録されてなかったからだ。

 

 「外の世界では欲しい商品をマナの光でコピーして、生み出すんです。だから等価交換といったものは存在しないんです」

 

 「へぇ、それは何というか。すごく便利そうだね。まあ、ノーマはマナが使えないんだけどね」

 

 「あ、ご、ごめんなさい……」

 

 「ううん、別に責めてるわけじゃないから気にしないで」

 

 謝ってきたモモカをフィオナは宥める。しかし、

 

 (そう、その便利さ故に人間は堕落したんだ。救い様のないほどまでに……」

 

 心の中では軽蔑するのだった。すると、

 

 「あ、ああああああああああっ!!!」

 

 1人のノーマが苦痛に見舞われながら、マギー達医療班に担架で運ばれていた。

 

 「何なのでしょうか、あれ?」

 

 「モモカさん、見ない方がいいよ。気持ちのいいモノじゃないから」

 

 「え?それはどういう……」

 

 モモカが疑問に思っているとその答えはすぐに明らかになった。ノーマの子の片腕はなくなっており、その子の傍らに置かれていたのだ。血に塗れて。それを見たモモカは食べていたハンバーガーと見比べてしまい、吐きそうになる。

 

 「だから言ったでしょ。気持ちのいいモノじゃないって」

 

 「あ、あのフィオナさん。ここは一体、何をする所なのですか?」

 

 モモカが怯えながらフィオナに尋ねる。

 

 「あなた、ここがどういう所か知らずに来たの?」

 

 「はい。私はただ、ここにアンジュリーゼ様が居られるとシルヴィア様から―――あっ!」

 

 「え、なに?」

 

 「い、いえ、なんでもありません」

 

 慌てて誤魔化すモモカだったが、フィオナは聞き逃してはいなかった。

 

 (今、シルヴィアって言ったよね。やっぱりモモカがここに来たのは、あいつら(・・・・)の差し金だったんだ)

 

 フィオナは内心、憤慨しつつも平静を装う。

 

 「……モモカさんはノーマ管理法は知っているよね。ノーマは人間社会から隔離され、ここへ送られる。そして、異世界から侵攻してくるドラゴンという怪物と戦わされるのよ。人間社会の平和を守る為にね」

 

 「何ですかそれ……それじゃあ、まさかアンジュリーゼ様も」

 

 「そう。アンジュも私もドラゴンと命がけで戦っている。でもさ、皮肉なもんだよね。人間に嫌われているノーマが人間の平和をドラゴンから守ってるっていうんだから。そして、この戦いに終わりはない。私達が死ぬまで続いていくんだよ」

 

 フィオナは自嘲気味に答えるのだった。話を聞いたモモカは絶句していた。

 

 「そんな……なら、私は一体どうしたら。アンジュリーゼ様に何をしてあげれば」

 

 思い悩むモモカにフィオナは、

 

 「それは、自分で考えるべきだと思うよ」

 

 と彼女にアドバイスをする。

 

 「自分で、ですか?」

 

 「そう。自分で考えるの。そうしないと結局は何も変わらないと思うから。まあ、とりあえずは自分がアンジュに何してやりたいかを考えてみたらどうかな?」

 

 「そうですか。わかりました!それではアンジュリーゼ様に何をしたらいいか考えてみます。フィオナさん、ありがとうございました!」

 

 モモカはフィオナに礼を言うと走り去っていった。

 

 (う~ん、ああは言ったものの。モモカ、空回りしないといいんだけど……)

 

 フィオナはモモカの後姿を見ながら、苦笑するのだった

 

 

 シミュレータールームで訓練を終えたアンジュとフィオナはシャワーを浴びていた。

 

 「アンジュ、お疲れ様……うっぷ」

 

 フィオナの顔は真っ青で今にも吐きそうな様子だ。

 

 「ねえフィオナ、大丈夫なの?随分と顔が真っ青なんだけど」

 

 「大丈夫……なわけないよ。二日酔いでパラメイルのシミュレーターは苦行だよ。正直、死ねる。まあ、実戦じゃないだけマシだけどね」

 

 「だったら休めばいいのに」

 

 「そんな事したら罰金で100万取られちゃうでしょ。なら、体に鞭打ってでも出なくちゃ」

 

 それからフィオナは酔いを醒まそうと冷水のシャワーを思いっきり浴びるのだった。シャワーを終えたアンジュとフィオナはロッカールームへ向かうとそこで目を疑うような光景を目の当たりにする。

 

 「あ、あれ?ねえアンジュ。私、幻覚を見てるのかな?なんかやたらと大きいタンスが置かれている様な……」

 

 「幻覚じゃないわよ。私の目にも映ってるわ。やたら馬鹿でかいタンスが……」

 

 そこにはこの部屋にはとても場違いな大きなタンスが置かれていた。タンスの前には、モモカが立っていた。

 

 「あ、アンジュリーゼ様。これを見てください。アンジュリーゼ様といえばミスルギ皇国のファッションリーダー。あの頃のお気持ちを思い出して頂こうとアンジュリーゼ様が大好きだったアイテムを揃えてみました」

 

 モモカがタンスを開けるとそこには豪華そうな服がたくさん並べられていた。しかしアンジュは、

 

 「戻しなさい、今すぐに!」

 

 そう吐き捨てると、シャワールームへ戻っていってしまった。

 

 「あれ、アンジュリーゼ様?」

 

 モモカは意味が分からずキョトンとしていると、

 

 「えっと、モモカさん。とりあえず片付けようか。いつまでもここに置いてあっても邪魔になるだけだし、ね?」

 

 フィオナは苦笑しながらモモカを窘めるのだった。ちなみにタンスの場所を取る為に自分のロッカーが乱雑に倒されていたサリアは何とも言えない表情をしていた。

 

 

 着替えを終えたアンジュとフィオナは部屋へ戻る為に廊下を歩いていた。

 

 「全くモモカの奴、本当に何を考えてるのよ」

 

 「まあまあ。モモカさんはアンジュの力になりたいだけなんだよ。それはわかってあげたら?」

 

 憤慨するアンジュをフィオナが宥める。と、アンジュはある事をフィオナに尋ねる。

 

 「そういえばあなた、自分の部屋を買ったの?それもゾーラ隊長の部屋を……」

 

 「うん、買ったよ。それがどうかしたの?」

 

 「じゃあ、モモカが此処を出てったら私の部屋はどうなるのよ?」

 

 「どうなるって言われても……そりゃ、新しい子が入ってこない限りはアンジュ1人でしょ。あ、でもそうなったら実質はアンジュの個室って事にになるよね。よかったねアンジュ。狭い部屋でも少しは広々と使えるようになるよ」

 

 嬉しそうに言うフィオナとは対照的にアンジュの顔は見る見る内に不機嫌になっていき、

 

 「っ! そ、そうよね!ええ、そうでしょうとも!いいわよ、私が自由に使ってやるから!!」

 

 アンジュは拗ねた感じでズカズカとフィオナの前を歩いて行った。

 

 「? アンジュ、どうしたんだろ?私、何か気に障る様な事を言ったかな?」

 

 フィオナはキョトンと首をかしげていた。と、自分の部屋の前にいたアンジュが部屋に入らずに立ったままだったので不思議に思い部屋を覗いてみると、

 

 「わ~、なんという事でしょう……」

 

 抑揚のない声がフィオナの口から洩れる。中にはモモカがいたのだが問題は部屋の内装だった。

 

 「おかえりなさいませ、アンジュリーゼ様。部屋のインテリアをアンジュリーゼ様が大好きだった感じに変えてみました」

 

 殺風景だったアンジュの部屋は、お嬢様風な部屋へとビフォーアフターされていた。

 

 「これでアンジュリーゼ様の日々は快適に―――「元に戻しなさい、今すぐに!」え、アンジュリーゼ様?」

 

 モモカが言い終わる前にアンジュは怒鳴って、部屋のドアを閉めるのだった。

 

 「……フィオナ、今日はあなたの部屋に泊めて」

 

 「え、なんで?あんな風だけど自分の部屋なんだし―――「いいから、泊めて!」は、はい……」

 

 アンジュに気圧されてフィオナは買ったばかりの自分の部屋に彼女を泊めたのだった。

 

 

 翌日、朝食を食べようと食堂に行ってみるとガーデンテラスがレストラン風に改装されておりそこにはテーブルに並べられた料理と案の定、モモカがいた。

 

 「おはようございます、アンジュリーゼ様。今日はアンジュリーゼ様が大好きだったヤマウズラのグリル、夏野菜のソース添えになります。これでアンジュリーゼ様も元気百倍に……」

 

 「いい加減にして!!」

 

 度重なるモモカのお節介に業を煮やしたアンジュは料理をひっくり返そうとテーブルクロスを掴むが、

 

 「ストップ、アンジュ」

 

 フィオナがアンジュの手を掴み、彼女を止める。

 

 「な、何よフィオナ」

 

 「イラつくのはわかるけど、食べ物を粗末にするのはよくないよ。それに此処を汚したら後で掃除する子が大変でしょ。それとも、アンジュが自分で掃除する?」

 

 「そ、それは……じゃあ、どうすんのよ。言っておくけど私は食べないわよ。なんならあなたにあげてもいいけど」

 

 「う~ん、美味しそうだけど遠慮しておくよ。下手に舌が肥えちゃったら、ノーマ飯が喉を通らなくなっちゃうしね。欲しい子にあげたら?」

 

 「欲しい子って誰に―――「はいはーい、ボクが貰っていい?」って、ジョゼ、いつの間に!?」

 

 いつの間にかジョゼが挙手しながら、彼女達の近くに立っていた。

 

 「あ、ジョゼ。もしかして食べたいの?」

 

 「チッチッチ。違うんだなぁ~これが。今からオークションを始めるのさ。皇女様の侍女が作った料理、それもヤマウズラのグリルなんて此処じゃ食べられないからね。良い値が付くと思うよ」

 

 「ははは、相変わらずだね。モモカさん、いいよねそれで」

 

 「それは……まあ、アンジュリーゼ様が食べられないとおっしゃるなら」

 

 モモカは渋々ながらも了承する。

 

 「取引成立だね。じゃあ、改めまして。みんな~、此処にあるのは外の世界からやってきた皇女様の侍女が作ったヤマウズラのグリルだ!アルゼナルでは絶対に食べられないレアな料理、1000キャッシュから始めるよ!」

 

 オークションを始めたジョゼの前に料理目当てのノーマ達が集まり、値段を釣り上げていく。その中にはヴィヴィアンの姿もあった。

 

 「他人が作った料理を売るとは。本当にジョゼは商売上手だね」

 

 「全くだわ。浅ましいを通り越して、感心するわ。それよりも……」

 

 アンジュはモモカの方に顔を向けると、

 

 「私はアンジュリーゼじゃない、ノーマのアンジュなの!何度も言わせないで!もうこれ以上、私には関わるな!!」

 

 そう怒鳴ってアンジュは食堂を出てった。

 

 「アンジュリーゼ様……」

 

 アンジュに拒絶されたモモカは落ち込む。それを見たフィオナは、

 

 「ねえ、モモカさん。今日の夕方に私の部屋に来てくれないかな?」

 

 モモカを自分の部屋に誘う。

 

 「フィオナさんの部屋に、ですか?」

 

 「うん。アンジュについて、ちょっと話したいからさ」

 

 こうして、フィオナはモモカと約束を取り付けるのだった。

 

 ちなみにオークションにかけられたヤマウズラのグリルは10万キャッシュでヴィヴィアンが競り落とした。

 



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第23話 変わらない想いと絆

長い事、更新が途絶えてしまい申し訳ありませんでした。なかなか執筆時間が取れない上に取れても書く気が起きないという二重苦に悩まされていました。それでもどうにか書き上げました。今回が原作6話の最後となります。楽しんで読んでください。ではどうぞ。


 昼、第一中隊の面々は射撃場で射撃訓練を行っていた。エルシャはドラゴンに見立てた的に向かって撃つが、

 

 「あら~、ダメねぇ」

 

 彼女が撃った弾は的から大きく外れた。重砲兵という役職に反して、射撃は余り得意ではない様である。

 

 一方でサリアが撃った弾は見事に的の中心を穿った。

 

 「ど真ん中!お見事~、いつまで経ってもサリアちゃんみたく上手く当てられないわねぇ。何が違うのかしら?」

 

 エルシャは胸から取り出したハンカチを振りながらサリアの腕を褒めるが、サリアはエルシャの胸を見ながら舌打ちをする。

 

 「ちっ、四次元バストが……」

 

 実はサリアは年齢の割に胸が小さい事に密かにコンプレックスを抱いていた。しかも部下達の殆どは自分よりも大きいから猶更だ。と、以前ジョゼに言われた事を思い出す。

 

 『サリアってさ、本当に胸の成長が止まってるよねぇ。まあでも、君の年齢でこれはある意味レアだよね。昔の子もこう言ってたよ。「貧乳は貴重だ!ステータスだ!!」ってね』

 

 冗談交じりで言われたがサリアにとっては屈辱だった。そして改めてエルシャの胸を見て、

 

 「……くっ!」

 

 と静かに呟いたのだった。

 

 

 「う~ん、上手く当たらないなぁ……」

 

 そしてここにも的にうまく当てられない子がいた。ミランダである。彼女は近接格闘の成績は良いが射撃の成績はあまり良くなかった。

 

 「ちゃんと脇を閉めながら構えるんだよ。そうすれば反動の影響も受けないよ」

 

 フィオナはミランダに銃の撃ち方をレクチャーする。

 

 「分かってはいるんだけどさ。なかなか上手くいかないんだよね」

 

 そうミランダがぼやいていると、

 

 「やった!ねえ、お姉ちゃん。私、真ん中に当てられたよ!」

 

 ココが喜んでいたので彼女が撃った的を見てみると確かに彼女が撃った弾は的の中心に当たっていた。よく見ると他の弾も中心近くに当たっていた。

 

 「へぇー、ココやるぅ。いつの間に腕を上げたのよ?」

 

 「えへへ、お姉ちゃんに褒めて貰いたくていっぱい練習したんだ」

 

 「そうなんだ、えらい、えらい」

 

 フィオナがココの頭を撫でるとココは嬉しそうに顔を赤くしていた。と、フィオナは考える。

 

 (ココ、近接格闘は普通だけど射撃の腕はなかなか良いな。今はグレイブに乗ってるけど、砲兵になる事を見据えてハウザーに乗り換えられないかサリアに相談してみようかな)

 

 ココの将来を考えるフィオナ。もちろん、ココの意思は尊重すべきなので彼女にも聞いてみるつもりである。すると、

 

 「ええっ!?あの侍女が殺されるって、マジかよ!」

 

 ロザリーの声に射撃訓練をしていたアンジュが反応する。声がした方を見るとヒルダ達が訓練もせずに井戸端会議を行っていた。

 

 「アルゼナルやドラゴンの存在は一部の人間しか知らない極秘機密だって事は知ってる?」

 

 「聞いたことある。ここにやってきて、秘密を知った人間を素直に返すはずがない」

 

 「そういう事さ。かわいそうにねぇ。あんな冷血女を追って、こんな所に来たばっかりに死ぬんだからさ。あいつに関わった奴は碌な事にならない。酷い女だよ、ホントにさ」

 

 ヒルダ達はアンジュを見てせせら笑う。アンジュも集中できずに撃った弾が的から大きく外れる。それを見ていたフィオナは顔を顰める。と、

 

 「お姉ちゃん、大丈夫?顔、怖いけど」

 

 「ココ……うん、平気よ。気にしないで」

 

 ココに気付いたフィオナは彼女に笑顔で返す。

 

 「でもさ、フィオナ。実際の所、ヒルダ達の言う通りだよ。あのモモカって子、このままだと本当に……」

 

 ミランダも心配そうな顔をしていた。

 

 「……いずれにしてもこれはアンジュの問題だよ。私達が口を出すべきではないと思うよ」

 

 フィオナはそう言うと銃を構え、的へ向かって撃つ。弾は見事に的の中心を捉えるのだった。

 

 

 (一先ず、モモカの事は様子を見よう。もしアンジュが動かなかったら、私がモモカを買えばいいしね)

 

 訓練後、廊下を歩きながらフィオナは考えを巡らしていた。すると、

 

 「待ちな、ルーキー」

 

 声がしたので振り返るとそこにはヒルダが立っていた。

 

 「うん、ヒルダ?どうしたの?」

 

 「ちょっと面ァ貸しな」

 

 「どういう意味かな?それに私、これから人と会う約束をしてるんだけど」

 

 「いいから、黙ってついてきな」

 

 有無を言わせない態度に呆れながらも、揉めるのも面倒なのでフィオナはヒルダについていった。人気のない廊下の隅までついてくると、ヒルダがこちらへ振り向く。

 

 「あんた、ジョゼからゾーラの部屋を買ったんだってねぇ?」

 

 「うん、買ったよ。今朝、ジョゼも言ってたけどそれがどうかしたの?」

 

 フィオナが答えるとヒルダは舌打ちをしてから言う。

 

 「だったらその部屋、あたしに渡しな」

 

 「……何で私が買った部屋をヒルダにあげなきゃいけないの?」

 

 「てめぇなんかがあの部屋を持ってたって持て余すだけだろうが。あたしが有効的に使ってやるって言ってんだから、黙ってあたしに渡せってんだよ」

 

 あまりに身勝手な物言いにカチンとくるもフィオナは冷静に答える。

 

 「持て余すかどうかは私が決める事だよ。まあ、どうしてもって言うなら1億キャッシュで売ってあげてもいいよ」

 

 「っ! てめぇ、いい気になってんじゃねえよ!!」

 

 激昂したヒルダがフィオナの胸倉を掴む。

 

 「てめぇといい、痛姫といい、随分と調子に乗ってんじゃねえのか。そんなんだと酷い目に遭うって前にも言ったよな?それとも一度、本当に痛い目を見なきゃ分かんねえか?」

 

 ヒルダはフィオナを脅すが彼女は顔色一つ変えなかった。そして、胸倉を掴んでいたヒルダの手を払うと静かに答える。

 

 「だったらどうするの?アンジュと同じ様に私も落とす?」

 

 「あ?何言ってんだ、てめぇはよ」

 

 「私が何も知らないと思ってるの?それとも本当に忘れてるのかな?だったらこれを見れば思い出す筈だよ」

 

 フィオナはそう言うと懐から1枚の写真を取り出すとヒルダに見せつけた。写真を見たヒルダの顔が青く染まっていく。

 

 「なっ!?てめぇ、何でそんな写真を持っていやがんだ!!」

 

 写真に写っていたのはヴィルキスにランジェリーを仕込むヒルダの姿だった。

 

 「部屋を買ったら特典で貰えた、とだけ言っておくよ」

 

 「ジョゼか!あのガキ、いつの間に撮ってやがったんだ、クソっ!」

 

 ヒルダは悔しそうに顔を歪める。そして、フィオナを睨みつける。

 

 「てめぇ、その写真をどうする気だ!司令に密告(チク)る気か!?それとも、それをネタにあたしを強請るつもりか!?」

 

 喚くヒルダにフィオナは首を横に振る。

 

 「そんな事しないよ。アンジュもあなたがやったってわかってるけど、それを問題にする気はないみたいだよ。私だって、この件はもう終わった事だと思っているし、今更それを蒸し返す気なんかないよ。ましてや強請る気なんてこれっぽっちもないしね。ただ、これだけは言わせてもらうよ」

 

 そう言うとフィオナはヒルダを睨みつけながら、

 

 「二度とやらないで」

 

 と静かに、だが怒りに満ちた声で言う。ヒルダはその迫力に気圧され、後ずさる。

 

 「私はどれだけ嫌味を言われても嫌がらせをされても仲間なら、守るし助けるよ。だけどね、もし私やみんなを裏切ったり、殺そうとしたりするなら。その時は、私も決して容赦はしない。それだけは覚えておいて」

 

 フィオナはそう言うとヒルダを置いて、去って行った。

 

 (なんなんだよ、あいつは。普段はのほほんとしてる癖にあの殺気はなんだ?普段は怒らない奴が怒ると恐ろしいっていうけど、まさかあいつもなのか?なんにせよ、あいつには気を付けないといけないな)

 

 ヒルダはフィオナへの警戒心を更に強めるのだった。

 

 

 フィオナが自分の部屋へ向かうと部屋の前にはモモカがいた。

 

 「あ、フィオナさん。戻ってきたんですね」

 

 「モモカさん、ごめんなさい。待たせちゃったかな?」

 

 「いえ、大丈夫です。私も今来た所ですから」

 

 フィオナは鍵を開けるとモモカを部屋へ招き入れる。それから机に置いてあるティーポットに紅茶の茶葉を入れ、紅茶を作る。

 

 「モモカさん、紅茶入れるけど飲む?」

 

 「いえ、そんなお気遣いなく」

 

 「そう?まあ、ノーマが入れた紅茶なんて飲みたくなんかないだろうしね」

 

 「え!?待ってください、私はそんなつもりで言ったわけじゃなくて……」

 

 「あはは、冗談だよ。まあ、とりあえず入れておくから飲みたいなら飲んでもいいよ」

 

 フィオナはティーカップを2つ用意するとそれぞれに紅茶を入れる。モモカは最初は見ているだけだったが、その内にカップを手に取り紅茶を飲む。

 

 「美味しい……フィオナさん、これとても美味しいです」

 

 「ふふっ。そう言ってもらえると嬉しいな。そういえばアンジュが言ってたんだけど、モモカさんも紅茶入れるのが上手なんだよね」

 

 「えっ、アンジュリーゼ様がそうおっしゃっていたのですか?」

 

 「うん、「モモカが淹れてくれた紅茶は美味しかった」って、とても褒めてたよ」

 

 アンジュの自分の評価を聞いたモモカは静かに俯く。

 

 「そうだったんですか。私はアンジュリーゼ様に恨まれていると思ってたのに……」

 

 「そうなの?」

 

 「はい。私はジュライ様に命令されていたとはいえ、16年間もアンジュリーゼ様を騙していたのですから、恨まれても仕方ないと思ってました」

 

 「気に病む事は無いよ。アンジュだってそれはわかっていると思うしさ。と、そうだ。話があるって言ったよね。いいかな?」

 

 「あ、はい。なんですか?」

 

 フィオナは紅茶を飲み終えるとモモカを見ながら言う。

 

 「モモカさん、あなたはアンジュの役に立ちたいと思っているんだよね。ならさ、彼女を皇女扱いするのはやめてほしいかな」

 

 「え、どうしてですか?私はアンジュリーゼ様に喜んでいただきたくて……」

 

 「うん、気持ちはわかるよ。でも、今のアンジュにそれは辛いと思うんだ。アンジュは今、❝本当の自分❞と懸命に向き合おうとしている所だから」

 

 「本当の自分、ですか?」

 

 「そう、これを見てくれるかな」

 

 フィオナは机の引き出しからある物を取り出してモモカに見せる。

 

 「何ですかそれ?封筒みたいですが」

 「中にある手紙を読んでみて」

 

 フィオナに促され、モモカは中にあった手紙を読んでみる。

 

 「えっと、『(わたくし)ミスルギ皇国第1皇女、アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギのアルゼナルからの即時解放と皇族復帰を求められたし』って、え!?フィオナさん、これってまさか!」

 

 「そう、アンジュが書いた嘆願書だよ。彼女が此処へ来たばかりの頃に書いた物なんだ。まあ、結果は言わずもがな。受け取りを拒否されたんだけどね」

 

 「アンジュリーゼ様、ミスルギ皇国に戻ろうとしておられたのですね……」

 

 モモカは嘆願書を眺めながらしみじみと感慨に耽った。

 

 「アルゼナルへ来たばかりのアンジュはそれはもう大変だったよ。自分がノーマである事を受け入れられずに事ある毎に「(わたくし)はミスルギ皇国第1皇女、アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギです!ノーマなどではありません!!」って、喚いていてさ。当然、周りから完全に浮いていたよ。それでもアンジュは自分がノーマである事を認めなかった。で、それが原因で初陣で大変な事になっちゃったんだよね」

 

 フィオナはモモカに初陣の時の話をした。アンジュがミスルギ皇国へ帰ろうとした事。その所為で当時の隊長や仲間が危険に晒されてしまった事。最悪な事態こそ避けられたものの、隊の中で不和が生じてしまった事をフィオナは語った。

 

 「アンジュリーゼ様、やはり辛い思いをされたのですね……」

 

 

 「まあでも、それでアンジュも漸く目を覚ましたみたいでね。次の戦闘でドラゴンを見事に討ち取って、自分がノーマである事を認めて長かった髪もバッサリ切ったってわけ」

 

 「そうだったんですか……」

 

 「でもさ、アンジュも本当に大変だよね。アンジュは16年間、≪人間の皇女アンジュリーゼ≫として生きてきた。なのに、ある日突然それが全部≪嘘≫。本当はノーマだったっていう事実を突きつけられたんだから。アンジュは自分のアイデンティティと居場所を失った。そして、自分が誰なのか分からなくなってしまった。きっと怖かっただろうね、アンジュはさ」

 

 「怖い、ですか?」

 

 「そうだよ。自分が誰なのかわからないって、すごく怖い事なんだよ。私もそうだから」

 

 「フィオナさんがですか?それは一体どういう……」

 

 「私ね、無人島で目を覚ましたんだ。でも、それより前の事が何も思い出せないんだ。家族はおろか、自分の名前すら覚えてなかったんだ。フィオナっていう名前もアルゼナルに来てから与えられたものなんだ」

 

 フィオナは自分がアルゼナルへ来るまでの経緯をモモカに語った。

 

 「フィオナさんも大変だったんですね」

 

 「そうでもないよ。お兄さんにノーマだと言われた上にお母さんまで死んで、それまで自分を慕っていた友人や国民達に忌み嫌われて、挙句の果てにはノーマである事を受け入れられないまま、アルゼナルへ送られたアンジュに比べたら私なんてまだマシな方だと思う」

 

 フィオナは自分がノーマである事を自覚していた。だからこそ自らの意思でアルゼナルへ赴いた。でもアンジュはそれが認められないまま、周囲に流される形でアルゼナルへ追放された。この差は決して小さい物ではない。

 

 「それでね、モモカさん。改めて聞きたいのだけど。あなたが慕っているのは≪皇女のアンジュリーゼ≫なの?それとも、≪ノーマのアンジュ≫なの?答えて」

 

 フィオナからの問いにモモカは目を閉じて考える。そして、目を開き答える。

 

 「私が慕っているのはアンジュリーゼ様です。皇女でもノーマでもない≪一人の女性≫として私はアンジュリーゼ様をお慕い申し上げております。今も昔もそれは決して変わりありません」

 

 モモカの言葉にフィオナは目を見開くもすぐに微笑む。

 

 「そう。よかった。もしあなたが「皇女のアンジュリーゼを慕っている」なんて言ったら、私はあなたをアルゼナルから追い出していたよ。ありがとう、モモカさん。良い答えが聞けて私も嬉しいよ」

 

 「いえ、そんな。私は自分の気持ちを素直に言っただけですから」

 

 「それでも、お礼を言わせて。ありがとう、アンジュを大切に想ってくれて。その気持ち、これからも忘れないでね」

 

 フィオナはそう言うと空だった自分とモモカのティーカップに紅茶を淹れる。2人はそれを飲む。と、フィオナはまた真剣そうな表情になる。

 

 「モモカさん、もう一つあなたに聞きたい事があるんだけど」

 

 「聞きたい事ですか?今度は一体……」

 

 フィオナは一息つくと静かに言う。

 

 「ミスルギ皇国の事を教えてほしいの」

 

 

 モモカとの話が終わり、彼女がアンジュの部屋へ戻った後、フィオナは廊下を歩いていた。と、海を見渡せる廊下へ行くとそこにはアンジュがいた。

 

 「アンジュ、此処にいたんだね」

 

 「フィオナ……ええ、ちょっと考えたい事があって海を見てたの」

 

 フィオナはアンジュの隣へ行くと海を眺めながらアンジュに言う。

 

 「モモカさんの事を考えていたんでしょ?」

 

 「だ、誰があいつの事なんか!」

 

 アンジュは否定するもどうみても図星だった。

 

 「モモカさん、このままだと明日には口封じで殺されるよ。アンジュは本当にそれでいいの?」

 

 「……それが此処のルールなんでしょ。ならどうしようもないんじゃないのかしら」

 

 アンジュは我関せずと言わんばかりの態度をとる。

 

 「彼女の事なんて何とも思ってないというなら私もどうこう言う気はないよ。でもこのまま何もしなかったらアンジュ、絶対に後悔するんじゃないかって思うんだ」

 

 それを聞いたアンジュはカッとなり、フィオナに掴みかかる。

 

 「私にどうしろっていうのよ!?此処のルールを無視してでも助けろっていうつもり!?できるわけないじゃないそんな事。それにあいつは私をずっと騙していた!そんな奴を何で助けなきゃなんないのよ!!」

 

 激昂するアンジュにフィオナは表情を変えずに答える。

 

 「差し出がましい事を言ってるのは分かってるよ。でも私もモモカさんが死ぬのは嫌だし、それでアンジュが傷つくのも嫌なの。もちろん、あなたが見捨てるというならそれでも構わない。だけどもし、あなたがルールを破ってでもモモカさんを助けるというなら私は喜んで協力するよ。尤も、その様子だとそんな度胸はとてもなさそうだけどね」

 

 フィオナはアンジュの腕を払うと自分の部屋へと歩いていく。と、彼女の足が止まる。

 

 「ああ、そういえばさ。ジョゼが言ってたんだけど、このアルゼナルで金で買えない物はないんだってさ。安くはないだろうけど、それこそ≪人≫だって買えるんじゃないかな」

 

 フィオナはそう言うと部屋へと戻っていった。

 

 (何よフィオナの奴。モモカの事でしゃしゃり出てきて、どういうつもりなのよ。それに今のは何なのよ、お金で買えない物はない、って……)

 

 

 フィオナはベッドで横になりながら思案する。

 

 (アンジュにはそれとなくヒントは与えたつもりだけど、後はアンジュ次第か。まあ、それでも何もしないつもりなら私がモモカを買えばいいわけだしね)

 

 フィオナがそう考えていると、

 

 ビー、ビー、ビー

 

 「来た!行こう!!」

 

 アラームが鳴り響くとフィオナは飛び起き、部屋を出る。

 

 

 発着デッキでは第1中隊が出撃準備をしていた。フィオナもアルテミスに乗り込み準備を行う。と、アンジュの方を見てみると彼女はジルと何か話をしていた。やがて、時間となり出撃する。第1中隊はシンギュラーへ向かって飛行していく。すると、アンジュが我先へとシンギュラーへと向かっていく。相変わらずの命令違反だがフィオナは嬉しそうな顔をする。

 

 (アンジュ、どうやら決意したみたいだね。さてと、私も頑張ってドラゴンを倒さないとね)

 

 フィオナはそう思うと頭をドラゴンとの戦闘に切り替えるのだった。

 

 

 夜明け前、第1中隊は無事に全員アルゼナルへ帰還した。尤も、それはライダー達が無事という事であって。

 

 「あのクソアマ~!戦闘中にあたしの機体を蹴飛ばしやがって!!」

 

 「邪魔って言われた。邪魔って……」

 

 ロザリーとクリスは戦闘の折、アンジュに弾き飛ばされ機体にはその跡が生々しく残っていた。当然、2人はドラゴンを1匹も仕留められなかった。

 

 「いや~、それにしてもアンジュすごかったよね。ドラゴンを殆ど一人で狩っちゃうんだもん」

 

 「そうだね。私達もお姉ちゃんがフォローしてくれなかったら絶対にドラゴンを取られてたよ」

 

 ミランダとココが驚嘆するのも無理はなかった。今回の戦闘、アンジュはドラゴンをほぼ1人で倒していた。2人がドラゴンを倒せたのはアンジュが撃ち漏らしたドラゴンをフィオナが確実に自分や他の仲間に狩れる様に誘導してたからだ。それでもロザリーとクリスの2人はアンジュに阻まれ、ドラゴンを倒せなかった。

 

 「まあ、おかげでサリアはカンカンだけどね」

 

 この前代未聞の命令違反に隊長のサリアはかなりご立腹でアンジュを褒めたヴィヴィアンを怒っていた。すると、

 

 「フィオナ、ちょっと来て!」

 

 「えっ、アンジュ?ちょっ!?」

 

 突然、後ろからやってきたアンジュがフィオナを連れてどこかへ行ってしまった。

 

 「お姉ちゃん、アンジュさんに連れてかれちゃったね」

 

 「アンジュ、どうしたんだろ?あんなに急いで」

 

 

 しばらくして、発着デッキには輸送機が来ていた。モモカを連れていく為の物である。モモカは鞄を持ちながらジルとエマに礼を言う。

 

 「短い間ですが、お世話になりました。2日間だけだったけど、とても幸せな時間でしたとアンジュリーゼ様にお伝えください」

 

 「……ええ、伝えておくわ。元気でね、モモカさん」

 

 エマはこれからモモカに待ち受ける結末を思うと目を逸らさずにはいられなかった。モモカは輸送機の乗組員に連れられて搭乗しようとした。その時であった。

 

 「待ちなさい!その子は私が買います!!」

 

 果たしてそれは、手に袋一杯のキャッシュを持ったアンジュだった。

 

 「もう、アンジュ待ってよ。ホントに人、いやノーマ使いが荒いんだから……」

 

 アンジュを追う様にフィオナも来た。彼女の手にも袋一杯のキャッシュがあった。2人はそれをジルとエマの前に差し出す。

 

 「は?はぁ~!?何を言ってるの!?ノーマが人間を買うって……大体こんな紙屑同然の金なんかで、「いいだろう」司令!?」

 

 アンジュとフィオナの行動にエマは当然ながら難色を示すが、ジルが許可する。

 

 「移送は中止する。その娘はアンジュの物だ」

 

 ジルの言葉に乗組員は戸惑いながらも了承し、輸送機に乗り込んでいった。

 

 「金さえ積めば何でも手に入る。それが此処のルールでしょう?」

 

 ジルは不敵な笑みを浮かべながら去って行った。エマは困惑してたがキャッシュ袋をマナで浮かべるとジルについて行くのだった。やがて、アンジュはモモカと向き合う。

 

 「此処に……居てもいいのですか?アンジュリーゼ様のお傍にいてもいいのですか?」

 

 モモカが感極まった顔をしながらアンジュに尋ねると、アンジュはそっぽを向く。

 

 「アンジュ、私の事はアンジュと呼んで」

 

 アンジュはそう言うと中へ戻って行った。

 

 「はい!アンジュリーゼ様!!」

 

 モモカは嬉しそうにアンジュについて行くのだった。

 

 (一時はどうなるかと思ったけど、これでモモカと一緒に居られるねアンジュ)

 

 2人のやり取りを見ていたフィオナは微笑みながらそう思うのだった。と、アンジュはすれ違いざまに、

 

 「フィオナ、あんたが教えてくれたヒントのお蔭でモモカを助ける事ができたわ。ありがとう」

 

 そうフィオナに言った。しかし、フィオナは軽く言う。

 

 「さぁって、なんの事かな~」

 

 

 「じゃあ、あの人間の侍女はアンジュが買い取ったんだね」

 

 「そうだ。まあ、収まる所に収まったって事だ」

 

 その日の夜、司令の私室でジャスミンとジルはモモカの顛末について語っていた。すると、

 

 コン、コン

 

 ドアをノックする音が鳴り響く。

 

 「入れ」

 

 ジルがそう言うとドアが開き、1人の少女が入ってきた。

 

 「やあ、司令。頼んでいた≪外の世界≫の情報、手に入ったから持ってきたよ」

 

 果たしてそれはジョゼだった。彼女の手には書類を入れる茶封筒があった。

 

 「そうか、ご苦労だったな。じゃあ、早速見せてもらおうか」

 

 「その前に残りの報酬を払ってよね。情報は残金と引き換えだって言ったよね」

 

 「フッ、相変わらず抜け目のない奴だ」

 

 ジルは札束の入った袋をジョゼに渡す。金を確認したジョゼは茶封筒をジルに渡す。ジルが茶封筒を開けると中には書類が入っていた。

 

 「全く、よくアルゼナルに居ながらこれだけの情報を集められるものだな」

 

 「そりゃあ、此処へ来る前から何でも屋稼業をやっていたからね。それで築いたコネはガッチリしてるからこれ位は朝飯前さ」

 

 ジョゼはフフンと鼻を鳴らす。

 

 「そうだな。だからこそ不思議でならないんだ。それだけ外の世界で上手くやっていたお前が何故アルゼナルへ来たかがな。お前は一体、何者だ?何を考えている?」

 

 ジルはジョゼを訝し気に見ながら言う。

 

 「何者か、ね。でもさ、アルゼナルでは外の世界では何だったかなんて関係ない筈でしょ?ボクはボクの考えがあって此処へ来た。それだけさ。それに何を考えているかなんて寧ろ、ボクがあなたに聞きたいんだよね、ジル司令。どうして外の世界の情報なんて欲しがるの?まさかとは思うけど……」

 

 ジョゼは一旦、会話を切ると後ろを向き、そして振り返る。

 

 「何かヤバい事、企んでないよね?」

 

 彼女の顔は怪しい笑みを浮かべていた。

 

 「何でも屋は依頼人や依頼の事を深く詮索しないのではなかったのか?それとも、弱みを握って私を脅す気か?」

 

 ジルが睨みつけながら言う。すると、ジョゼの表情はいつもの陽気なものへと戻る。

 

 「やだなぁ。そんなつもりじゃないってば。ボクはただ、興味本位で聞いてみただけだからさ。まあ、余計な詮索をして藪蛇になるのはボクも御免だからね。この辺でやめておくよ」

 

 ジョゼはそう言うとドアを開けて部屋を出る。と、彼女の足が再び止まる。

 

 「あ~、そうそう。一つだけ言っておくよ。今、渡した情報にも書いてあると思うけど。外の世界さ、何かいま大変な事が起きてるみたいだよ。その混乱を上手く突けば、ノーマにもつけ入る隙があるかもね」

 

 そう言うとジョゼは今度こそ部屋を出て行った。

 

 「全く、本当に得体のしれない奴だ。まあ、金さえ払えばこっちに有益をもたらしてくれる分には利用価値は十二分にあるがな」

 

 「でも、いいのかい?あんなこと言ってたけど、あいつの事だ。きっと、リベルタスの事も勘付いているじゃないのかい」

 

 「だろうな。だが、奴だって何でも屋以前にノーマなんだ。ノーマの首を絞める様な真似はしないだろう。リベルタスの時にはあいつにも役に立ってもらうさ。それよりも奴が言ってた事が気になるな」

 

 ジルは書類に目を通す。そこに書かれていた情報にジルは眉を顰める。

 

 「……なるほどな。確かに外の世界は今、大変な様だな」

 

 ジルは書類を読み終えるとそれをジャスミンに渡す。書類に目を通したジャスミンは目を見開く。

 

 「≪神隠し≫だって?」

 

 書類には外の世界の各国で≪神隠し≫と呼ばれる失踪事件が頻発している事が書かれていた。1人だけの時もあれば、多い時には一度に数十人もの人間が謎の失踪を遂げていた。その中でも特に大きいのがローゼンブルム王国で起こった≪チューリップ号集団神隠し事件≫と呼ばれるものだ。湖を航行していた遊覧船チューリップ号に乗っていた乗客乗員100名が船から跡形無く消えていたという事件だ。

 

 「なんていうか、まるでサスペンス小説に出てきそうな事件だねぇ」

 

 書類を見たジャスミンは嘆息をもらした。

 

 「だが事実だろう。ジョゼが嘘の情報を持ってくるとは思えんしな。いったい、外の世界で何が起こっているというんだ……」

 

 ジルは煙草を吹かしながら静かに考えるのだった。

 

 

 

 




次回は閑話を挟んで原作7話の話へいきます。それでは


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