アナザーストライクウィッチーズ (バサル)
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第一章 扶桑海ノ三羽烏
第1話 初出撃


 人類は、遥か昔から「怪異」と呼ばれる化物達との戦いを繰り広げていた。

 

 怪異は、その存在を数々の神話などに名を残している。例えば須佐能乎命によって退治されたとされる、8つの首を持つ大蛇「ヤマタノオロチ」などはその際たる例だろう。

 

 怪異がどういった存在なのか、何を目的としているか、それは誰にも分からなかった。しかし、それらは人類に敵意を持ち、人類の生存を脅かそうとしているのは明らかだったのである。

 

 人類は生き残るため、怪異と戦う決意をした。だが、それらは人類より遥かに圧倒的な力を持って、人類達を蹂躙していく。

 

 しかも怪異達は瘴気と呼ばれる人類に対して有害な物質を周囲に撒き散らすため、人類は近づくことも出来ないのが原状だった。次第に住処を失い追い詰められていく人類、だが彼らに1つの希望の光が舞い降りたのだ。

 

 それは偶然だったのか、はたまた神の思し召しだったのであろうか?「魔法力」と呼ばれる特殊な力を持つ少女達が世界各地に現れ、怪異との戦いに参加し、それによって押されていた人類は怪異達への反撃に打って出たのだ。少女達の力は決して攻撃的な物

ではなく、自分と周辺の人間を守る一種のバリアーのような物を発生させる程度の物であった。だがしかしその力よって、人類は今までただのワンサイドゲームだった戦いにおいて、立ち向かう術を得たのだ。また、怪異の出現もそう多くなく、出現したとしても一体か多くても数体のみであったので、かろうじで人類は撃退を続けてきた。

 

 そんな戦いを続けているうちに、今度は少年の中からも魔法力を扱える者が出てきた。彼らは少女達に比べ、圧倒的に出生率が低く、人々を守るための力の場を発生させることは苦手であったが、その代わりに魔法力を攻撃に転じることによって、怪異に大きなダメージを与えることができた。そうして力を持つ少年少女は互いに協力し、共に怪異を倒すべく戦いを続けていく。

 

 神話の時代は終わりを告げる頃には彼ら、彼女らの数も増え、いつの間にか魔法力を扱える少女をウィッチ、少年はウィザードと呼ばれるようになって言った。

 

 この頃には怪異達の数も増え、協力になっていったがウイッチとウィザードは共に怪異を退けるため手を組むようになり、それにより怪異との戦いは、人類側がかなり有利に戦えるようになっていった。こういった動きが、のちに国家による組織的な対抗勢力  つまり軍隊の基盤となったという説もあるが、事実は定かではない。

 

 こうして様々国が各々の手段を模索しつつ怪異と戦い、勝利を収めていく。また、20世紀初頭にはユーラシア大陸の東と西で多数の怪異郡と人類の戦いが起こり、ウィッチ、ウィザード達は対ネウロイ用の新しい兵器を使用して、かろうじでこれらを撃退した。のちにこの戦いは、「第一次大戦」と呼ばれるようになる。

 

 しかし、1939年に人類に対して本格侵攻を開始した存在はこれまでと大きく違った。

 

 第一次大戦時、その尖兵が最初に黒海周辺に出現したことから、人類はその地に過去に住んでいた伝説の怪異の名を借りて、それらをネウロイと命名する。ネウロイは空中に浮かぶ巨大な巣から飛来し、地上に青く光る花を持つ樹状構造物「ブラウシュテルマー」を打ち立て、人類の居住地を徐々に侵食していった。ネウロイ達の戦力はこれまでの比ではなく、人類はこのままただ消え去る運命かに見えた。

 

 だがしかし人類は、世界各国の軍隊とウィッチ、ウィザードを投入、決死の防衛を行った。その防衛の切り札として投入されたのが、かねてより研究されていた機械の力によって魔法力を増大させ、ウィッチ、ウィザード達の戦闘力と防御力を飛躍的に向上させるシステム、ストライカーユニットであった。このストライカーユニットの登場により、人類は再び生き残るチャンスを得たのである。

 

 

 

 

 人類の希望を繋いだストライカーユニット。しかしこれが初めて正式に実戦に投入されたのはこの時を遡る事2年前、1937年。ユーラシア大陸の東端に位置する島国「扶桑皇国」でのことであった。第1次大戦終結より20年近くを経て、人々がネウロイの恐怖を忘れ始めていた時代…だがしかし、彼等の魔の手は人類へと着々と伸びて来ていたのである。

 

 のちに「扶桑海事変」と呼ばれたこの戦いにおいて、鬼神のごとき活躍を世界に轟かせた3人の少女がいた……これはその少女達とその周りの人間達が、自分の祖国を守るために戦った記録を記すものである。

 

 

 

 

 

アナザーストライクウイッチーズ 第1章

 

 

扶桑海ノ三羽烏

 

 

 

 

 

 

第1話       初出撃

 

 

 

 

 

 

1937年 7月8日    ――扶桑陸軍飛行第一戦隊宿舎

 

 

 

「扶桑陸軍飛行戦隊」 

 

 扶桑陸軍が誇る飛行師団で、その隊員のほとんどが機械化航空歩兵と呼ばれるストライカーユニットを装備したウイッチ、ウィザードで構成されている。ちなみに数多くある部隊の内、その8割近くがウィッチのみで構成された部隊。残りの2割はウィザードの

部隊となっている。

 

 ここは、その第一部隊に所属するウイッチ達の宿舎の中1室。中では二人の少女が椅子に座って会話をしていた。

 

 

「ねえねえ聞いた?なんでも昨日、ついに怪異(ネウロイ)の侵攻があったんですって」

 

 

 そう言って長い黒髪を棚引かせる少女は、隣の少女に少々興奮気味に話しかける。彼女の名は穴拭智子。扶桑陸軍飛行第一戦隊所属、階級は少尉、年齢は14歳。戦闘では主に扶桑刀による近接戦を得意とする。

 

 

「らしいわね。前々から存在は確認されてたけど、ついに本格的に仕掛けてきたって訳ね。それで、敵の戦力は?」

 

 

 そんな智子とは対照的に、あくまでクールに返す髪を肩口辺りに切りそろえた少女。彼女の名は加藤武子。扶桑陸軍飛行第一戦隊所属、階級は智子と同じ少尉で、年齢は15歳。戦闘では智子と同じく近接戦を好むが周りのことを第一に考え、サポートに回ることが多い。

 

 彼女達が話題にしているのは、昨日あったネウロイと扶桑軍との戦闘で、侵攻時偶然演習を行っていた海軍航空部隊が応戦、これを撃破したとの報告である。

 

 

「本隊と別働隊、両方とも3体。合計6体だったみたいね。しかも全部が飛行型だって。やっぱりウラル山脈方面から飛んできたのかしら?」

 

「いくらなんでも情報が少なすぎるわよ、まだそう決め付けるには早いんじゃない?」

 

「これでついに私達も実戦に投入される可能性が増えてきたわね。こうしちゃいられないわ、もっと訓練をつんで強くならないと!!」

 

「……聞いちゃいないわね」

 

 

 いつの間にか立ち上がり、意気揚々と手持ちの木刀を素振りしている智子を見て、武子はため息をついた。ともあれいまだ実戦経験の無いこの二人にとって、このネウロイと扶桑海軍の戦闘は興味を引かれるものであった。そしてそれは彼女達だけに限らず、この世界のほとんどのウイッチ、ウィザードにも言えることである。なぜならばこの頃の戦場を任されるウイッチ、ウィザードのほとんどがが、戦場を駆けたことの無い少年少女ばかりであった。その理由は2つあり、1つは先の大戦から20年間、この国への怪異からの侵攻はほとんど無く、あってもごく小規模なものばかりで戦闘を経験する機会がほぼ皆無に等しかったこと。もう1つは彼ら、彼女らの戦士としての寿命の短さである。魔法力を持つ者は、その力のピークが大抵10代であり、10代後半、ないし20歳以降は急激にその力が衰えていき、最後は魔法力自体を失うのである。時に、20代を超えても一切魔法力を失わない者も存在するが、その存在は極めて稀である。

 

 その後しばらくは素振りを続ける智子の掛け声だけが辺りに響き、武子は持っていた本を開き読書を楽しんでいたが、不意に智子が

 

 

「おいっちに。おいっちに。見敵必殺。見敵必殺!!っと…武子も身体動かしたりしないの?もしかしたら、この後私達にも出撃命令があるかもしれないし、ウォーミングアップしとかないといざって時に身体動かないわよ?」

 

 

 と、一層素振りのペースを上げ武子に問いかける。それに対して武子は、あくまで視線は本に向けたままその問いに答える。

 

 

「もしそうなっても出撃命令が下るのはおそらく海軍さんの方でしょうね、向こうはすでに実績を上げてるわけだし。それに…」

 

「それに?」

 

 

 ここで武子は本を閉じ、視線をちゃんと智子に合わせ少し怒気を強め、皮肉混じりに続ける。

 

 

「そうやって無駄に体力を使って、いざ本番で力を十分に発揮できなかったら意味が無いでしょ。特に智子、貴女はそういう空回りをよく起こすわよね」

 

「うっ……」

 

 

 痛いところをつかれ、狼狽する智子。生真面目で堅物、だがそれゆえに視野狭窄に陥りやすいこの親友のことをよく分かっている武子は、諭すように言葉を続ける。

 

 

「ねえ智子、焦ったってどうしようもないのよ?怪異が本格侵攻してくるのなら、近い未来に私達が出撃する時もくるわ。けど、私達はその時のためにずっと訓練を重ねてきた、その事実はどうやったって無くなることは絶対無い。だから私達はその時が来ても、いつも通りにやって、ちゃんとこなして行けばいいのよ」

 

 

 その言葉を受け智子は、手にしていた木刀を仕舞い、椅子に座りなおした。そして少し頬を染め、バツが悪そうに俯く。

 

 

「…ありがと、武子」

 

「ん、そういう素直な気持ち…忘れないでね智子」

 

 

 そうして再び訪れる静寂。その静寂を破ったのは、ドアを開けて現れた扶桑人には珍しい茶色がかった髪の色をしたショートカットの少女であった。

 

 

「送れちゃってごめんね~」

 

「圭子、どこ行ってたのよ?訓練終わったら、ここで集合って話だったでしょ!」

 

 

 新たに現れた少女に対して、智子は気持ちを切り替え、先ほどまでのようにテンション高く接する。彼女の名前は加東圭子、2人と同じく扶桑陸軍飛行第一戦隊所属の少尉で、年齢は16歳。戦闘では中距離からの見越し射撃を得意とし、その精度はかなり高い。

 

 穴拭智子、加藤武子、加東圭子。この3人は部隊の中でもかなり昔からの仲で、3人一緒に行動することが多かった。

 

 そして、遅れたこと咎めるている智子を武子がなだめ、圭子に遅れた理由を聞いた。すると圭子は、今までの飄々とした表情を改め、真剣なまなざしで2人に話し始めた。

 

 

「2人の耳にも既に届いてるとは思うけど、昨日海軍さんと怪異による戦闘があったわ。結果これを撃破、敵の本土上陸は無かったそうだけど、これを期に奴らが本格的に攻めてくる可能性が高まったわ。で、さっき中佐宛てに上から命令が来たそうよ。私達飛

 

行第一戦隊も明日から警戒シフトに組み込まれるわ」

 

 

 圭子の言葉に、2人は一瞬固まった。しかし、すぐに気を取り直す。

 

 

「っ!!………上等よ、むしろやっと機会が来たって感じね!」

 

 

 凛とした表情でそう言い切る智子、しかしその腕はセリフとは裏腹に僅かに震えているのを圭子と武子は見逃さなかった。しかし2人はあえてそのことを指摘せず、微笑を浮かべる。

 

 

「…そうね思ったより早かったけど、ずるずると先延ばしになるよりはこうやってスパッと決まったほうが清々しいわ」

 

「そーゆー事。それに何時までも訓練だけじゃ、カッコつかないもの。私達の力は、もう十分怪異に通用するってとこ見せてあげましょう!」

 

 

 そう言って圭子は、自分の右腕を2人の前に突き出した。その意図を理解した、2人も同じように右腕を突き出す。その夜彼女達は自分達の祖国を、大事な人達を守るため、命を掛けて怪異と戦う事を誓ったのである。その後、彼女達に出撃命令が下ったのは

それから1週間後の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 早朝けたたましくなるサイレンの音に、仮眠中だった智子は飛び起き、状況を把握しようと耳を済ませる。すると、伝令兵が大声で叫ぶ声が聞こえてきた。

 

 

「敵襲―――――!!方位二〇三!!数五!!」

 

 

「…来たわね、怪異ッ!」と呟きつつ、その声を聞くと同時に智子は、着ていた寝巻き代わりの綿入れ半纏を脱ぎ捨て、すぐにウィッチ用の飛行服に着替える。見た目は白の巫女衣装に下半身は丈の短い赤い袴。そして両腕と両足にウィッチ用の手甲と脚甲を付けて完成。これらを合わせて扶桑皇国陸軍のウィッチの正装である。着替え終わると、そのまま格納庫まで走る。ただでさえ、出撃までは時間がかかるのだ。少しでも早くつかなければならない。

 

 そうして智子が格納庫に着くと、待機シフトだった圭子と武子はすでに着いていて、部隊長の江藤敏子中佐から現状報告を聞いていた。慌てて智子も「遅れました!」と一声掛け、その中に入り中佐の話を聞く。

 

 

「現状確認されているのは、飛行型が5機だ。既に海上の空母「加賀」から偵察隊の二式艦上偵察機が出撃し、その報告からこちらに向かっていることが確認されている。よって我々は直ちに出撃、海上で敵怪異を撃破する」

 

 

 江藤の命令に、一同は「了解」の言葉で答える。その言葉に満足した江藤中佐は、さらに続ける。

 

 

「結構。武子は私の僚機に入れ、智子は圭子とだ」

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

「りょーかいです!」

 

「任せてください!」

 

「それでは、各人出撃準備!!」

 

 

 そして智子達は、出撃準備へと入った。

 

 

 格納庫の一角、カタパルト付近では、専用の台座に彼女達の現在の「魔法の箒」が設置してある。正式名称 川滝 95式戦闘脚。ほぼ最初期に作られたストライカーユニットである。

 

 このユニットは、未だ実験段階の装備のためさまざまな問題点があった。その内の1つが、装着にかかる時間の長さである。このユニットは、足に装着する本体とは他に、魔導エンジンを搭載したランドセル型のユニットを背負う必要がある。これがとても重く

 

、普通の人なら背負うのも一苦労という代物だ。更にはこの背中のユニットが邪魔で、両腕の動きが少し制限されてしまうこともかなり致命的だった。だがしかし、ストライカーユニットのバックアップ無しでは、戦闘に支障をきたしてしまうのも事実なので我慢するほか無い。

 

 智子は即ストライカーユニットを整備していた人員に声をかけ、出撃準備を進めた。台座の上に立ち、足にストライカーユニットを装着。次に背中に魔導エンジン付きのユニットを背負い、自身の魔法力を解放する。その瞬間、智子の足元に魔方陣が現れ、ス

トライカーユニットが起動。それと同時に智子の頭と御尻にキツネ耳と尻尾が生えた。

 

 これが現代のウィッチ、ウィザード双方に共通する特徴の1つである。彼女、彼達は1人に付き1匹、使い魔と呼ばれる様々な動物達と契約し、使役することで自分の魔法力のコントロールをサポートさせることができる。使い魔を使役している間は、今の智子の

ように使役している使い魔と同じ耳と尻尾が現れる他、ウサギの場合なら耳がよく聞こえる、ネコの場合夜目が利くなど、使い魔となった動物の特性を得ることもできる。

 

 これである程度の出撃準備が完了。次に戦闘用装備を整備兵から受け取る。メイン武装の十一年式軽機に予備弾倉、そして接近戦用の扶桑刀を背中のユニットスペースに固定し終了。最後に、空で他のウィッチと連絡を取るためのインカムを装着しすべての工程が終了する。その後、整備兵全員に離れるように指示を出し、長機である圭子の出撃を確認後、智子も戦場へと続く大空へと飛び立った。

 

 

 

 

 上空で全員と合流した彼女達は、先ほどの江藤中佐の指示通り、ロッテ2組によるシュヴァルム隊形に移行。敵怪異が侵攻してきている空域へと向かった。目標の怪異達はまだ見えないが、各人武器の安全装置を解除。いつでも戦闘を始められる用意をする。

 

 

「いいかお前ら。先日の海軍の報告によると、敵は小型でこちらの武装も十分通じるとのことだ。何も心配することは無い、訓練でも優秀だったお前達だ、いつも通りにこなせば楽に片付けられるだろう」

 

 

 全体通信で、江藤の声が届く。その言葉に自分を鼓舞させる。「あの中佐が認めてくれているんだ、自分達なら大丈夫だ」と。

 

 江藤はウィッチの中でも珍しく、実戦経験を持つ数少ない人物である。一時期、海外のネウロイ出現地域に自ら向き、義勇兵として戦闘を経験してきたのだ。その経験を生かされ、今では中佐に昇進。この飛行第一戦隊の隊長を率いているのである。

 

 

「えへへ…中佐のお墨付きもらっちゃった」

 

 

 嬉しそうに笑う智子。

 

 

「だからって調子に乗って隊列乱したりしないでよ、智子」

 

 

 そんな智子を見て、少しからかう様な笑みを浮かべる武子。

 

 

「そうそう、あくまで私が長機なんだからね。私の背中、預けたわよ」

 

 

 そしてそんな2人のやり取りを見て、クスクスと笑っている圭子。何時しか彼女達の中にあった、初実戦の恐怖が薄れていった。戦場でのユーモアは、そのまま余裕に直結する。時にそれは油断となるが、この状況下において、彼女達にはプラスに働いた。

 

 その時、江藤の声が響いた。

 

 

「敵発見!!各自戦闘態勢!!」

 

 

 その言葉に、3人は前方を見る。すると遥か彼方に、黒い点のような物が見えた。おそらくアレが、接近中のネウロイなのだろうと判断する。

 

 

「まずは私が仕掛ける、武子着いて来い!!」

 

「は…はい!」

 

 

 江藤は十一年式を構え、黒い点に向かって吶喊していく。慌ててそれに着いていく武子を確認し、圭子も智子に指示を出す。

 

 

「私達も行くわよ。中佐の吶喊をカバー、アイツらの上空からクロスで討ち取るわ。しっかり着いてきなさいよ!」

 

「りょーかい。後ろはしっかり守ってあげるわ!」

 

 

 手持ちの十一年式を構えしっかりとした返事を返してくる智子に、圭子は笑顔を返す。

 

 

「うんうん、信頼してるわよ~」

 

 

 そして2人も、前方の2人に置いて行かれないように高度を上昇させつつ、移動を開始した。

 

 

 

 

 彼女達が攻撃準備を進める中、敵ネウロイは悠然と飛行を続けていた。その外形は金属に覆われまるで航空機のような形をしていて、周囲に重い威圧感を放っている。陣形はよくある扇形で、未だ彼女達の接近を気づいている様子は無い。

 

 その時、幾つかの銃撃がネウロイ達を掠めていく。丁度怪異達の扇陣形の左方面から攻めてきた、江藤の攻撃である。その後ろには武子がぴったりと追従していて、江藤中佐の背中を守っている。突然の攻撃の主を確認した怪異達は、まるで怒り狂ったように隊列を乱し、攻撃を仕掛けてきた江藤達に向かって襲い掛かる。それに対し、江藤は冷静に対処。回避行動を取りつつも襲い掛かってきた怪異の見据え、孤立しがちな一機に狙いを定める。

 

 

 「視えてるな、圭子!あの遅れている奴だ、確実に仕留めるぞ!!」

 

 

 その命令に対し、返事代わりだと言わんばかりに江藤が目を付けていたネウロイの頭上から無数の銃撃が降り注いだ。無論、上空で待機していた圭子とそのサポートをする智子の攻撃である。その銃撃によってネウロイは翼部分にダメージを受け、明らかに動きが鈍る。その隙に近づいた江藤と武子が正面から銃撃を仕掛け、ダメージに耐えられなくなったネウロイは、跡形も無く砕け散った。「まずは一機」その場にいる全員がそう叫びたい気持ちを抑えつつ、油断する事無く戦場を見据える。

 

 敵は、今の攻撃で上空にいる圭子と智子の存在を確認したらしく、2機同士の分隊に分かれそれぞれの方向に襲い掛かってきた。すぐさま僚機である武子と智子は、長機の後ろに付き長機が後ろを取られ無い様バックアップ、そして長機である江藤と圭子は、向かってくる怪異の迎撃。本格的な、ドッグファイトへと移行した。すぐさま全員に、江藤からの指示が飛ぶ。

 

 

「いいか、奴らの主兵装は十分にこちらのシールドで防御可能だ。攻撃されても焦るなよ。1機1機の性能はそう高くない。確実に1機ずつ落として行け!」

 

 

 その指示のすべて聞く前に、圭子の前方にいた2体の敵が同時に攻撃を仕掛けてくる。

 

 

「くっ…」

 

 

 舌打ちをしつつ圭子はすぐさま右腕を突き出し、魔法力を集中。すると、目の前に自分の体をゆうに包めるほどの魔法陣が現れた。敵が仕掛けてきた攻撃は、この魔方陣に阻まれ圭子に届くことはなかった。

 

 

「圭子!!」

 

 

 すかさずバックアップをしていた智子が前に出て、十一年式で敵を攻撃する。心配そうに圭子の様子を伺う智子を見て、圭子は「大丈夫、大丈夫」と笑みを浮かべる。

 

 

「中佐の言ってた通りあいつ等の攻撃は大した事無いわね、シールドで十分止められる。けど、流石に2匹同時で突っ込まれてきたら少し面倒だわ」

 

 

「そうね、ならいっその事こっちも2人同時に突撃して…!」

 

 

 言うが早いか、今にも背中の扶桑刀を抜き放ち吶喊して行きそうな智子。その様子から相方が熱くなってきている事を感じた圭子は、すぐさま宥めにかかる。

 

 

「まあまあ、それもいい考えだとは思うけどね。でもどうせあいつ等の攻撃はちゃんと見てればこっちに届くことは無いんだから、もう少し安全策で行きましょ」

 

「安全策…?」

 

「ええ、私がシールドを張りつつあいつ等の注意を引くから、智子がどっちか一方を闇討ちで仕留めなさい。1体2になれば、後はゴリ押しで何とかなるわ」

 

「…分かった、けど気をつけてよ」

 

「任せときなさい、それじゃあまた後で!」

 

 

 そう言って圭子は、敵の注意を引くため陽動行動を開始。手持ちの三十八式で牽制、食いついてきた敵2機を確認し即方向転換、逃走を開始した。

 

 

「それにしても簡単に乗ってきたわね。中佐の初撃の時といい、おつむの方はそう良い訳でもなさそうだわ」

 

 

 意地でも自分を落とさんとばかりに攻めてくる敵を見て、圭子は独りごちる。そして視線の隅にこちらへ近づいてくる智子を確認。逃げるのをやめ、シールドを張って敵をさらに引き付ける。

 

 逃げるのをやめた圭子をに対し、これ幸いと攻撃を続けながら突撃する敵2体。しかし、その一方を死角から接近してきた智子がありったけの銃撃を浴びせた。

 

 

「ナーイス、智子!!」

 

 

 智子の攻撃を受け、動きが鈍った一方を圭子は狙い撃つ。圭子の放った三十八式の弾丸は見事敵の中心に直撃、そのまま敵はバラバラに砕け散った。「残り1体」そう思った圭子が、もう一方を見据えようとしたその時

 

 

「きゃあ!?」

 

 

 智子の悲鳴が辺りに響いた。

 

 すぐさま圭子が智子を確認すると、智子の持っていた十一年式が暴発したようだ。彼女の持っている十一年式軽機関銃は、現在扶桑に支給されてる武器の中でもかなり連射性がよく非常に重宝されている武器だが、壊れやすいという厄介なデメリットも持ち合わせているのだ。ギリギリの所でシールドを張った智子にケガは無いようだが、爆発の余波でバランスを崩している。ともあれ智子にケガが無いことに安堵する圭子。

 

 しかしその行動は、どうしようもない隙となった。やられた仲間を気にすることも無く、残った一方はそのまま圭子に突撃。それに気づいた圭子が回避行動を取ろうとするが、それはあまりに遅すぎた。

 

 

 

 

 

「うっ……これだから十一年式は嫌なのよっ!…っそれより圭子は!?」

 

 

 なんとかバランスを取り直すことに成功した智子、すぐさま仲間の姿を探す。すると視界の隅に移った圭子の姿を確認した。そして、そのすぐそばまで接近した敵の姿も。

 

 

「圭子逃げてー!!!!」

 

 

 声を張り上げて叫ぶ智子。しかしその次の瞬間、圭子のすぐ目の前まで接近していた敵が圭子の張ったシールドに真っ向から突っ込んだ。シールドを張っていたとはいえその衝撃は凄まじかったようで、圭子はまるでダンプに跳ね飛ばされたように弾け飛び、

そのまま地上へと急降下していく。

 

 すぐさま圭子を追うために急降下していく智子。しかし敵は、その道を塞ぐかのように智子の目の前に立ちはだかった。

 

 

「邪魔よっ!!どけぇー!!」

 

 

 対する智子は、扶桑刀を抜いて応戦。両者はまるで絡み合うように巴戦を繰り広げる。

 

 その戦闘は互角のように見えたが、仲間の事で頭がいっぱいな智子は、完全に目の前の戦いに集中することが出来ない。

 

 

「くっ…早くしないと圭子が……早くコイツを倒して、圭子を助けないと!」

 

 

 そう考えれば考えるほど、刀に焦りが表れ思うように戦うことが出来なくなっていく。そうして次第に智子は追い詰められついには、敵に完全に後ろを取られてしまう。

 

 

「しまった!?」

 

 

 この距離ではシールドを張ったとしても先ほどの圭子のように突撃してきた敵に跳ね飛ばされてしまうだろう。必死に敵の攻撃を回避していく智子、しかしこんな回避はそう何度も続かない。次第に体力も限界に近づいてくる。段々と動きが鈍くなってきた智子を、敵はとどめとばかりに狙い撃ちしてきた。「ここまでか」と疲れから意識を失いかけていた智子の耳に、突然激しい叱咤の声が聞こえた。

 

 

「コラー!!諦めてるんじゃないわよ!!」

 

 

 その声に、失いかけていた智子の意識が現実へと引き戻される。

 

 

(今のは…圭子の声!?)

 

 

 果たしてそれは幻聴であったのだろうか、だがすぐに智子は思い直す。

 

 

(今はそんなことどうでもいい、圭子の言うとおりだ…私は自分の人生を、こんな所で諦めてたまるかぁー!!!)

 

 

 必死で両足をバタつかせ、何とか敵の攻撃を回避しようと試みる。

 

 迫る敵の攻撃、あと少しで智子に当たるといった所で奇跡が起こった。突然智子の身体が浮き、まるで宙返りするように敵の頭上を飛び越え、後ろへと移動する。

 

 突然の動きに智子を見失う敵。書く言う智子も何が起こったのか分からず唖然としていたが、突然目の前に現れた敵に握り締めてた扶桑刀を振り上げ、一刀両断にした。

 

 

 

 

 敵を倒した後も、智子はしばらく何が起こったかが分からず固まっていた。しかしすぐに先ほどの声の事を思い出し、辺りを見回す。

 

 

「圭子、ねえ無事なの圭子!!返事してよぉー!!」

 

 

 すると、すぐ近くから声が帰ってきた。

 

 

「そんなに叫ばなくても…聞こえてるわよ」

 

 

 すぐ様智子が声のした方を向くと、武子に肩を貸してもらっている状態の圭子がバツが悪そうに苦笑いをしつつこちらを眺めていた。

 

 

「…心配かけてごめんね智子。けどこの通り、特に酷い怪我もないし無事よ」

 

 

 そう言って謝る圭子の隣で、武子が呆れた様に続ける。

 

 

「まったくビックリしたわよ。江藤中佐と敵を1体倒したと思ったら、圭子が降ってくるんだもの。それを見た中佐が「残り1機は私だけで十分だから、すぐに圭子を助けて智子の所に行け」って言ってくれてね。それで圭子を拾ってここまで来たってわけ。まぁ中佐の事だし、もうすぐここに来るんじゃないかしら」

 

「………」

 

「智子…?」

 

 

 黙り込みわなわなと肩を震わせ、固まっている智子に圭子が近寄り声をかける。すると智子は、ぐしゃぐしゃの顔に涙を浮かべ圭子に抱きついた。

 

 

「うわーん。よかった…よかったよぅ、圭子ー!!」

 

「智子……」

 

「…やれやれね」

 

 

 そうして2人は泣き続ける智子を抱きしめ、泣き止むまでずっとそうしていた。その後、余裕綽々といった様子で合流した江藤に状況を説明。智子が泣き止むのを待ってから、全員揃って基地へと帰還すべく移動を開始した。余談だが、この後3人揃って八方手を尽くし智子を泣き止ませるまで実に30分近くかかったという。

 

 

 

 

 基地への帰還途中、不意に武子が智子に問いかけた。

 

 

「そういえば智子。貴女何時から「ツバメ返し」なんて高等機動を覚えたのよ?」

 

「あ、そうそう。私もそれを聞きたかったのよ!あんな隠し玉を隠してるなんて、智子も人が悪いわね~」

 

 

 どうやらその疑問は圭子も抱いていたらしく、一緒になって聞いてくる。しかし当の智子は、何のことか分からないといった様子だ。

 

 

「え??ちょっと待ってよ2人とも!いったい何のこと??」

 

「何って、貴女が最後に怪異の後ろを取った機動の事よ。覚えてないの!?」

 

「うっ…うん、あの時は無我夢中で何がなんだか…」

 

 

 心底呆れたといった表情で捲くし立ててくる武子に萎縮し、智子は途切れ途切れに答えた。

 

 そんな智子の様子を見て、江藤は豪快に笑う。

 

 

「はっはっは。私はその動きを見てないから何とも言えんが、無意識の内に「ツバメ返し」をやってのけるとは…智子、お前は将来大物になるかもな」

 

「ね~。ほら武子、私達もがんばらないと智子に置いてかれちゃうわよ!」

 

「はぁ…どうせまぐれでしょ」

 

 

 勝手に3人だけで納得する様子を見て、納得できない智子は江藤に疑問を口にする。

 

 

「江藤中佐、その「ツバメ返し」って結局何なんですか?」

 

「ん?…そうだな、海軍では別名「捻り込み」と呼ばれている戦闘機動だよ。本来、両足で打ち消しあってる戦闘脚のトルクを一方向に限定することで、そのトルク自体を利用して通常動作では不可能な急制動をかける事ができる。陸軍の中でもできる人間はかなりかぎられる高等機動だよ」

 

 

 江藤の説明を聞いて、どうしてそんな事が自分に出来たのかを考える智子。そして、結論に至った。

 

 

(あの時、敵の攻撃を避ける為に両足をバタ付かせたわ。もしかしたら、それでたまたま両足のトルクが…)

 

 

 考え込む智子を見て、透かさず江藤が声をかける。

 

 

「まぁしかし、たまたまにせよ一度出来たんだ。これから先、練習してみれば物に出きるかもしれないぞ。そうすれば、お前にとって心強い力になることは間違いない」

 

「は…はい!がんばります!!」

 

 

 

 

 

 

 その後彼女達は、無事全員揃って基地へと帰還。初めての実戦を、無事成功させることができた。

 

 この後敵の侵攻は激しさを増し、扶桑軍と怪異の戦いは泥沼へと向かっていく。そんな戦闘の中で、彼女達は目覚しい戦果を見せ扶桑の英雄と持てはやされるようになったと言う。

 

 

 

 

指揮官としての経験を積む一方で自らも扶桑刀による居合い技で数々の戦果をあげた

 

別名       「扶桑海の隼」    加藤武子

 

中距離からの見越し射撃を得意とし扶桑海事変中最高の撃墜スコアを叩き出した  

 

別名       「扶桑海の電光」   加東圭子

 

 そして……

 

得意の格闘戦と戦闘機動「ツバメ返し」を持って扶桑海事変中、一番の活躍を見せた

 

別名       「扶桑海の巴御前」  穴拭智子

 

 

 人々は彼女達を持て囃し、いつの間にか彼女達は3人併せてこう呼ばれていたという。

 

 

 

 扶桑海ノ三羽烏



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第2話 新たなる翼 前編

 扶桑国軍とネウロイとの戦闘が勃発し早1ヶ月。順々と戦況は変わりつつあった。

 

 日々増え続けていくネウロイの侵攻。それに対し扶桑軍側は、研究段階だった新兵器「ストライカーユニット」を使用し空を翔るウィッチ、ウィザード達を投入、侵攻してきたネウロイ達は残らず撃破されていった。しかし、それは空での話である。

 

 ネウロイの地上部隊は扶桑本土ではなく、大陸側に突如現れた。この地は今までネウロイ達の活動が度々目撃されていたウラルの山々に近く本来ならばもっとも警戒されるべきであったが、今までの敵の航空戦力が本土ばかりを狙ってきており、また観測班からもネウロイ達の侵攻は確認されていなかった為この地の扶桑軍の守りは薄く、とても守りきれるものではなかった。

 

 事態を重く見た扶桑軍は、急遽増援の地上部隊に加え本土航空防衛を任せていた空軍の約3分の1を投入。これにより、地上のネウロイ達の侵攻もある程度抑えられるかに見られたが――

 

 

 

 

 

 

 

 ――扶桑皇国大陸側  ウラル方面――

 

 

 ネウロイと地上軍が戦闘を繰り広げる戦場の森林の中、2人の兵士の姿があった。おそらくは十代半ばほどの年齢であろう彼らの姿は遠目から見ても満身創痍であり、その足取りは重い。

 

 特に少女の方は右足に怪我をしているらしく、少年に肩を貸してもらって何とか動けている状態だった。

 

 

「ごめんね、私の所為で……」

 

 

 自分が足手まといになっているのを自覚してか、俯いて謝る少女。その瞳は影がさし、絶望に染まりかけていた。それを察してか、少年の方は少女とは対照的に何処までも明るい表情で少女を励ます。

 

 

「別にお前の所為じゃないさ。それにこの状況だって、ちょっとした訓練だと思えば軽いもんよ」

 

「けど、あそこで私が無理に敵を追わなきゃこんな事には…」

 

 

 そう言って少女は「ごめんなさい」と繰り返す。

 

 

 現状2人の置かれている状況は芳しくない。2人は負傷したネウロイを追撃するために所属していた分隊からかなり離れてしまったのだ。森林地帯に逃げ込んだネウロイを追い、それに止めを刺したまではよかったが気付いた時には分隊と完全に逸れ、周囲をネウロイに囲まれてしまった。命辛々2人はその状況から逃げ切り、この森を抜け仲間達の元に戻ろうと移動を開始したのだが、逃げる途中にネウロイの攻撃により少女は右足を負傷。そして現在に至るというわけである。

 

 確かに少女が深入りをしなければこんな事にはならなかったであろう。しかし、それを止めず寧ろ撃墜スコアを得るチャンスだと考え、共に追撃を仕掛けた少年にはそんな少女を責める気には到底なれなかった。その気持ちを伝えようかと少年は考えたが、今の少女に話したところで先ほどの問答の繰り返しになるであろう事は容易に想像できたのであろう。話を一区切りさせ、希望的な話をする。

 

 

「まっ…安心しろよ、もうすぐ森を抜けれる。そうすりゃ分隊長達と合流できるさ」

 

「……うん」

 

 

 そう…「森さえ抜けれれば大丈夫。あの鬼神の如き分隊長のことだ、きっと周囲のネウロイ達を片付け自分達を助けに来てくれているに違いない。」少年達はその自分の中にある確信を信じ、共に歩き続ける。

 

 歩く事数十分、ようやく木々の隙間から溢れる光が大きくなっていき、少年は喜びの余り少女を担いで走り出す。顔を赤らめ、文句を言っている少女を尻目に森を抜ける少年……………だがそこには、少年の信じた希望は何処にも無かった。

 

 

「………噓、だろ?」

 

「あ………っ」

 

 

 そこにあったのは絶望、森を抜けた先の平地には仲間の姿など何処にも無く、居たのは異形の|怪異(ばけもの)だった。

 

 少年達に気付き寄ってくる怪異達、だがしかし疲れきった彼等に逃げる力は無く、取り囲まれ、唯死ぬのを待つしかない。

 

 

「嫌……やだよぅ……」

 

 

 恐怖あまりその場で泣き崩れる少女、それを見た少年は少女だけでも逃がせないかと画策するが、恐怖で頭が回らずあまつさえ動けないのが現状であった。

 

 

「くそっ……ここまでなのか!?」

 

 

 怪異の砲身が少年達を捉える、そして辺りに響き渡る攻撃音。2人は目を瞑り死を覚悟していた……しかし、その瞬間が訪れる事は無かった。恐る恐る少年が目を開ける、するとそこには自分達を狙っていたネウロイが銃弾にズタズタに引き裂かれ、砕け散っ

 

ていた。

 

 刹那、空から響く先ほどと同じ銃撃音。それに気付いた少年が空を見上げると、そこには空を翔ける戦巫女達の姿があった。

 

 ストライカーユニットと呼ばれる装備を持って空を翔け、人類の敵を打ち破っていくその名は―――

 

 

「機械化航空歩兵……」

 

 

 少年は思わず、思ったセリフを口に出していた。そして、自分達を追い詰めていたネウロイ達を容易く撃破していくその様に、強い羨望と感謝の念を抱く。

 

 その助かった命の有難さを噛み締めて。

 

 

 

 

 

 

 

アナザーストライクウイッチーズ 第一章

 

 

扶桑海ノ三羽烏

 

 

 

 

 

 

第2話      

 

 

新たなる翼   前編

 

 

 

 

 そんな少年が見上げる空の上では、粗方の敵を倒した彼女達が基地へと帰還準備をしていた。

 

 

「ふう~…任務完了。相変わらず面白味の無い仕事だったわね~」

 

 

 無事地上部隊の支援活動を終えたにもかかわらず、何処か不満げな表情の扶桑海の巴御前こと穴拭智子少尉。

 

 

「コラ智子、気を引き締めなさいよ。ここはまだ戦場よ?」

 

 

 そんな智子の態度に苦言を通す、扶桑海の隼こと加藤武子少尉。

 

 

「まぁまぁ、もう周囲には怪異も居ないみたいだしちょっとぐらいは許してあげなよ武子」

 

 

 そして、そんな武子をやんわりとした笑顔で宥めつつ地上にネウロイが残ってない事を確認する、扶桑海の電光こと加東圭子少尉。

 

 のちに扶桑海の三羽烏と呼ばれる彼女達が、戦場で任務をこなす様になって1ヶ月の時が過ぎた。初陣の際は多少のぎこちなさのあった彼女達も、今ではある程度余裕を持って戦闘が行えるほどに成長している。

 

 3人はその後、地上にネウロイの姿が見えないことを再確認、この空域を離脱した。

 

 

「それにしても、最近は地上支援の任務が多いわね~」

 

 

 基地へと帰る途中、突如智子が口を開く。

 

 

「仕方ないでしょ、地上の方は敵の数が段違いな訳だし」

 

 

 その問いに答える武子は、ふと地上を眺める。

 

 この辺りの地域は扶桑軍の基地も近いため割と平和だが、これが少しウラル山脈方面へと近づくと状況は一変する。悠然とそびえるウラルの山々からやってくるネウロイ達。その数には際限と言うものが無く、扶桑軍の陸戦部隊の善戦も空しくその侵攻はジリジリとこちらに迫ってきている。このままではジリ品になるのは明らかであったが有効な打開策がある訳でもなく、事態は泥沼な総力戦へ片足を突っ込んでいた。

 

 

「……それは分かるわよ、けどこう毎回毎回救援要請を出されちゃ私達の負担がつのるばかりじゃない。もう少し陸戦部隊の人達が頑張ってくれないかしら?」

 

 

 いかにも不満タラタラといった具合で愚痴を零す智子。それを聞いていた圭子はすかさず智子をちゃかしにかかった。

 

 

「またまたぁ~、そんなこと言って実際は最近空戦の方がご無沙汰なのが納得いかないだけでしょ?」

 

「それはっ……」

 

 

 圭子に痛い所を付かれ、狼狽する智子。

 

 

「まっ、智子の気持ちも分かるわよ。確かに私達はあくまで空戦部隊。本業がずっとご無沙汰だと勘も鈍ってきちゃうし、あんまり面白くないわよね~」

 

「…でしょ?」

 

 

 どうやら、現状に満足してないのは圭子も同じなのだろう。己が心境を吐露する圭子に、智子も続く。

 

 

「だけど、それこそ仕方の無い事だわ。現状飛行型怪異に対する対処はほとんど海軍さんの舞鶴部隊がやってる訳だし。陸戦部隊の人達に当たるのはお門違いでしょ?」

 

 

 しかし、その後武子が言った正論に2人はぐうの音も出ない。

 

 同じ空戦部隊で、現在は同じ基地に所属する彼女達。それが何故、任されている任務がこうも違うのか?それには、大きな理由があった。

 

 扶桑帝国舞鶴海軍航空隊。彼女達こそあの7月7日、突如現れた飛行型ネウロイ達と交戦し撃破した部隊なのである。この功績と経験を上層部に買われ、彼女達は最新型のストライカーユニットを優先的に配備される「実験的最精鋭部隊」という扱いを受けていたのである。必然的に彼女達は、より高度な実践データが取れるよう空戦任務が優先的にまわされるという訳だ。

 

 その後暫くは沈黙のまま飛び続ける3人だったが、その沈黙を破ったのは圭子だった。 

 

 

「……舞鶴部隊かぁ~、あの子達が使ってる新型ストライカー、ほんと使いやすそうよね」

 

 

 そう呟きつつ、圭子は舞鶴部隊が使用しているそのストライカーのスペックを思い出す。すると、その話題に食いついてきたのはやはり智子であった。

 

 

「96式ね…性能面でもそうだけど、なによりこの重っ苦しい発動機を背負わなくても良いって言うのが羨ましいわ」

 

 

 そう言って智子は、今も背中に背負っている発動機を恨めしそうに睨みつける。

 

 

「確か、宮藤理論を応用した初めてのユニットだったかしら?詳しい事はよく知らないけど、それを考えた宮藤博士は相当な人物でしょうね。あの理論は世界のストライカーユニット事情を一変させるって整備兵が騒いでたわ」

 

「うぅ…、何でそんなすごいユニットが舞鶴部隊にはかなり前から実戦配備されてるって言うのに、私達のユニットは旧式の95なのよ~~~!!」

 

 

 武子が補足を言い終わる前に、遂に悔しさに耐え切れなくなった智子が癇癪を起こした。

 

 

「わわっ…ちょっと智子落ち着きなって!」

 

「あ~…もぅ!!貴女って子はいつもいつも!!」

 

「うわぁーん、私達だって新型ユニットさえあればもっと戦えるのにぃ~!!」

 

 

 すぐに智子を宥めに入る2人。こう言った流れも最近はほぼ日常になって来たため、この癇癪を宥めるのも実に手馴れたものである。

 

 その後、3人はとるに足らない会話を続けつつ基地へと帰還した。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…無事帰還っと、時刻は2:30…お腹も空く訳だわ。ちょっと遅めだけど、昼食にしましょうか」

 

「お腹も空いたけど…それより私は早くシャワー浴びたいわね」

 

「その前に任務終了の報告書、ちゃんと纏めときなさいよ~?」

 

 

 無事宿舎へと帰還した3人。そしてそこには、1人の少女が彼女達の帰りを待っていた。

 

 

「お~、おかえりなさい。3人とも無事に帰ってきて何より」

 

 

 3人を見て、すぐに笑顔で駆け寄り出迎える少女。彼女の名は黒江綾香、3人と同じく扶桑皇国陸軍飛行第一戦隊所属のウィッチであり、少し短めの黒髪と少々長めのモミアゲが印象的である。

 

 

「あれ、綾香?」

 

「貴女、今日は出撃シフトに入ってないから釣りに行くって言ってなかったかしら?」

 

 

 今朝、自分達が任務のため出撃する際釣竿を持って意気揚々と出かける彼女を見ていた智子と武子は、綾香が宿舎に帰ってきている事に驚く。黒江綾香は大の釣り好きで、朝から出かけたら夜までぶっ通しで釣りに興じているのがザラにあるため、昼間に帰って来るのは予想外だったのだ。

 

 

「はは~ん…大方ボウズでツマラなくなったってとこでしょ?」

 

「ん?そこそこ釣れたぞ、さっきまとめて炊飯係の人達に渡してきたけど」

 

 

 勘繰りを入れてくる圭子に対して、綾香は笑顔で返す。因みに蛇足だが、彼女が釣って来る魚類は支給される物資より鮮度が段違いなので方々の兵士に喜ばれているらしい。

 

 

「江藤中佐からの呼び出し。何でも私達4人に話があるみたいだな」

 

 

 そう言って3人に事のあらましを説明する綾香。

 

 どうやら彼女によると、どうやら釣りをしている最中に宿舎へ呼び戻されたらしい。その後、智子ら3人も呼ばれている事を知りどうせならと彼女達が戻ってくるまで待っていたとの事であった。

 

 

「ふ~ん…中佐からの呼び出しねぇ。良い話か悪い話か…不安だわ」

 

 

 その説明を聞き、苦い顔になる圭子。今の戦場の状況を見る限り、悪い話の可能性が高いからである。

 

 

「シャワー……はもう少しおあずけね、はぁ…」

 

「中佐も私達が任務明けなのは知ってるでしょうし、そう長話でもないわよきっと。ホラ、さっさと行って終わらせちゃいましょう」

 

 

 愚痴を漏らす智子をフォローしつつ、行動を促す武子。しかし任務明けに即呼び出しと言う事もあって、3人の顔は暗い。それを察してか、綾香は自分の持っていたカバンから弁当箱を取り出す。

 

 

「それより、お昼まだだろ?さっき魚を届けるついでにおにぎり作ってもらったから、今の内に食べるといい」

 

 

 差し出されたおにぎり。それを見た3人のお腹が、きゅぅ~ と空腹を知らせる。

 

 

「綾香…」

 

「貴女って子は本当に…」

 

「愛してる~♪」

 

 

 黒江綾香。その性格は大らかで明朗快活、そしてなにより気配りの出来る大変良い子である。

 

 

 

 

 

 その後、彼女達はおにぎりで空腹を癒した後、江藤中佐の元へ向かった。

 

 

「ん、3人とも任務ご苦労。黒江も釣りの邪魔をして悪かったな」

 

 

 赴いた彼女達を労う言葉を掛ける江藤。その表情は明るく、彼女の達の中にいい話である期待が高まる。

 

 

「さて、それじゃあ早速本題に入ろうか。喜べお前等、今回は最近じゃ珍しいいい話だぞ。以前から上にせっついていた新型ユニットが4機届いた。無論、宮藤理論を応用した次世代ユニットだ」

 

「ほっ…ほんとですか中佐!?」

 

 

 江藤の言葉に、思わず声が裏返る智子。その瞳はキラキラと輝いており、興奮を抑えきれないのか今にも江藤に飛びつきそうな勢いである。隣に立つ圭子と綾香も、抑えようと努力はしているようだが内心興味心身なのはバレバレである。恐らく魔法力を発動している状態なら、その尻尾は激しく振られてる事であろう。

 

 その様子に呆れつつも、武子は江藤に質問する。

 

 

「よく許可が出ましたね?前の話だと、当分無理そうでしたけど」

 

「ああ、あまりにも話の分からん奴等だったからそろそろブン殴ってやろうと思ってた所だ」

 

 

 どうやらその時の事を思い出したのか明らかに不機嫌になる江藤。普通であれば、軍隊で部下が上官を殴るなど言語道断であるが、彼女だと本当にやりかねない。4人の思考は、この時完全に一致した。

 

 

「…まぁその事はいい、結局その時は何時ものように平行線のまま話は終わったんだが、帰り際に参謀本部の奴に出くわしてな。歳も近そうだって事でそいつに現状を話したら新型の先行量産分を少々こちらに流してくれたのさ」

 

「流してくれたって…まさか中佐、その人を脅して無理やり……」

 

 

 江藤の言葉に顔が青くなる武子。先ほどの件もあり、まさか本当に…と勘繰ってしまう。

 

 

「馬鹿者、幾ら私でもそんな事するか!!話して見れば、割りと話の分かる奴でな。快く承諾してくれたさ」

 

 

 ガハハ、と豪快に笑う江藤。その様子に武子もホッとしたようだ。

 

 

「ふむ…意外ね。参謀本部の人達って皆堅物のエリートってイメージだったけど、話の分かる人もいるのね~」

 

「それ酷い偏見じゃないか?確かにエリートも多いってよく聞くけど、エリートだからって皆堅物って訳じゃないだろ」

 

 

 一方圭子と綾香は、その物資を流してくれた人物に興味を持った様子である。

 

 

「そんなのどうでもいいじゃない。それより中佐、その新型ユニットって今はどこに!?」

 

「ハハハ、落ち着け穴拭。整備班に即使えるようにと頼んでおいたから、そろそろ準備も出来てるだろう。早速格納庫に行こうか」

 

 

 そして江藤以下4名は格納庫へと赴く事になった。

 

 

 

 格納庫では、既に4台の新型ストライカーユニットがセットされており、その周りで世話しなく動き回る整備兵と、その中で一際背の小さい人物があれやこれやと指示を送っている。

 

 その人物は、やってきた江藤達の姿を見るや急いで此方へと走って来た。だがしかし、本人は恐らく全速力で走ってきているつもりなのであろうがその足は遅く、走っていると言うよりは、トコトコ駆けてくると言った表現の方が合う感じだ。

 

 

「ふぅ……お待ちしておりました……江藤中佐。97式……全機整備完了です。あと少しで……試験飛行が可能ですよ」

 

 

 しかも、体力も無いのか江藤の下まで来る頃には肩で息をしている具合だ、一度深呼吸してから江藤に報告を行っているが、まだ呼吸が乱れているのか所々が途切れ途切れである。服装からして陸軍所属の軍人なのであろうが、それを見た智子達4人の視線からは、この子は本当に軍人なのだろうか?と言う疑問視が滲み出ている。

 

 

 

 

「了解した、流石の手際だな。では早速試験飛行の準備を頼む」

 

「おっ……お任せください!」

 

「あっ、あの~……中佐、その子は一体…?」

 

 

 どんどん話を進めていく2人に、置いて行かれまいととっさに話に割り込む武子。

 

 

「お~…そういえばこの子の事をまだ説明してなかったな。」

 

 

 しまったと言った表情の江藤、すると江藤にこの子と呼ばれた人物は4人に向き直り、自分の自己紹介を始めた。

 

 

「申し送れました、ボクは扶桑帝国陸軍参謀本部第1部編成動員課所属の杉山晶少尉です。皆さんよろしく願いしますね」

 

 

 挨拶と共に4人にお辞儀をし、満面の笑みを浮かべる晶。どうやら呼吸は何とか落ち着いたらしい。

 

 

「杉山少尉は、今回の新型ストライカーの扱い方を我々にレクチャーするために三宅坂から送られてきたアドバイザーと言うわけだ。そして杉山少尉、こいつらが私の直属の部下で、今回のユニットを使わせようと思っている4人で右から加藤武子少尉、加東圭子少尉、穴拭智子少尉、黒江綾香少尉だ」

 

 

 江藤の自己紹介に合わせて、4人は揃ってよろしくお願いしますと少尉に返す。

 

 

 その後晶は試験飛行の最終準備をするためだろう、ユニットの元へと戻っていった。その隙隙に圭子が隣に居た智子に対して耳打ちを始める。

 

 

「なんかカワイイ子が来たわね。本当に参謀本部所属なのかしら?」

 

「さあ…かなり良い所の出なんじゃないの?」

 

 

 そう言って智子は、晶の容姿を改めて観察する。まず服装は、上だけ見れば一般的な陸軍の物ではあるが、下は扶桑海軍などで支給されている短パンよりもかなり短いものを履いている。多少アンバランスな格好だが、ほとんどローレグに近いズボン(・・・)を着用している彼女達である。特に変には思っていないようだ。次に容姿だが、圭子の言うように非常に可愛らしい顔立ちをしている。少々短めに切りそろえられた髪はボーイッシュな印象を与えるが、不思議とよく似合っている。背はとても小さく、4人の中でも一番背の小さい智子よりも更に一回り小さい。その所為もあってかなり幼く見えるが、階級が少尉な所を見ると少なくとも智子達に近い年齢なのだろう。

 

 

「……まぁ前線に出るよりは、本部でデスクワークしてる方があの子には向いてそうね」

 

「確かに…あんまり体力無さそうだしね~」

 

 

 率直な感想を述べた智子に対し、圭子も苦笑いしつつ同意した。

 

 

 

 

「さて、それではこの97式…試作名称 キ27、中島、九七式戦闘脚の説明を始めますね」

 

 

 その後すぐに最終調整も終わり、江藤達5人は試験飛行前に晶から運用するためのレクチャーを受ける事となったのだが…

 

 

「まずはこの97式の特長ですが、見ての通り従来の95式と違い発動機を内部に格納していることにあります。俗に言う「宮藤理論」が用いられた陸軍初のストライカーユニットですね。そのため発動機を背負って飛ぶ必要が無く、使用者に対する負担がかなり軽くなっています」

 

「――――っ!」

 

 

 晶の説明が続くごとに、明らかに智子の態度が挙動不審となっていく。説明に夢中になっている晶と、張本人の智子以外の人物はその事に気付いているようで、明らかに呆れ顔である。

 

 

「更に長島製マ1乙魔導エンジンを搭載したことにより、最高速度は時速460キロ。事実上、95式より60キロほど最高速が速くなっています。この事は運用の際にも注意しておいたほうが……あの~穴拭智子少尉、ちゃんとボクの説明聞いてますか?」

 

 

 そして遂にその事に気付いた晶は、困った顔で智子に指摘する。

 

 

「えっ!?あ……ちゃんと聞いてるわよ!」

 

 

 一方指摘された側の智子は反論したが、不自然に泳ぐ視線、どもりがちな声、そして明らかに挙動不審なその姿は所見の晶でも分かるぐらいに狼狽している。

 

 

「…ほんとですか?」

 

 

 晶のジト目な視線が智子に突き刺さる。その視線にとうとう耐えられなくなったのか、智子は俯いてしまった。それを見かねてか、江藤から助け舟が入る。

 

 

「すまないな杉山少尉、だがウチの子達は言うより実際に触らせて見るほうが頭に入るクチでね。とりあえず、機体に触らせてやってくれ」

 

「…仕方ありませんね、分かりました。では整備班の皆さん、これより試験飛行を始めますので、ウィッチの方々の補助をお願いします。皆さんは先ほどボクが説明したとおりにユニットを装備、試験飛行へと移ってください」

 

 

 江藤の言葉に苦笑しながら晶が答え、智子達四人と整備兵にあれこれと指示を始めた。

 

 その言葉を受け、智子が真っ先にユニットの元へ走り出した。そしてその真新しいユニットをしみじみと眺め、挙句には頬ずりを始めた。

 

 

「うわ~、これが新型ユニットなのね!ん~♪」

 

 

 周りで若干引いている整備兵も全く意に介している様子もない。

 

 そんな智子を放って置いて、残りの3人は着々と発信準備を進めていく。従来の95式ならば10分程度掛かっていたこの作業も、セットされているユニットを足に装備するだけでOKなこの97式ならばあっと言う間である。

 

 

「へぇ~、海軍さんの96式を見てたから分かってたけど、やっぱり早いな」

 

「最近だと同時に出撃命令が出ても私達がもたもたしてる内に海軍さんはささっと出撃してたものね。正直智子じゃないけど、私もあれはちょっとキツかったな」

 

「でもこれで、お荷物扱いされる事も無くなると思えば…ね。…ってちょっと、智子!貴女何時までそうしてるつもりなの?」

 

 

 3人とも、すぐに準備を終え後は智子を待つだけとなった。その様子に流石に焦ったのか智子もすぐにユニットを装備し、準備を終える。

 

 その様子を確認した晶は、試験飛行を開始すべく4人に声を掛けようとして――――

 

 思わず自分の目を疑った。

 

 

「えっと~……なんで皆さん、訓練用のペイント銃と扶桑刀を装備してるんですか?」

 

 

 それもそのはずである、彼女達4人はユニットを装備するや否や補助をしていた整備兵に訓練用のペイント銃と扶桑刀、そして扶桑刀での撃墜確認をするために使うであろう吹流しを用意させ、すでに装備していたのだ。この97式は先ほど晶が説明したように従来の95式とはことなる理論によって作られている。そのため機体自体足回りや使用感も95式とはかなり違った物になっているのだ。そんな状況である、幾ら訓練といえど彼女達の訓練場所は空の上…ちょっとした事故でも、大怪我につながる可能性は高い。ゆえに本来ならその齟齬に慣れるため、何度か試験飛行を繰り返し行ってから実戦訓練に移るものと想定していた晶は、この状況に面食らってしまっていた。

 

 

「なんで…って、そりゃ実戦訓練もするからに決まってるでしょ?」

 

 

 そんな晶に、何でそんな当たり前のことを聞くのかと言った表情で答える智子。そんな智子の言葉に、他の3人も同意を示す。

 

 

「そうそう、ただ飛ぶだけってのもキライじゃないけど、時間は有限だもの……このユニットもさっさと使いこなせるようにしとかないとね~」

 

「まっ…どうせこうなるとは思ってたわよ。杉山少尉には段取りを崩しちゃって申し訳ないけど」

 

「盛り上がってきたねぇ~。久々に、面白い空戦ができそうだ!」

 

 

 4人とも様々な思惑があるようだが、いきなりの実戦訓練に対してそれほど無茶とは思っていないようだ。その後も晶が食い下がり4人に対する説得を試みたが、聞く耳もたれず結局は折れる形となった。晶はそのことに対して少々不満だったようだが、そこは隊長である江藤が上手くフォローをしたため渋々ながら納得したようである。

 

 そして4人は訓練開始前に、ペア決めを始めた。

 

 4人の実力はある程度拮抗しているため、普段はジャンケンで適当に決めることが多いのだが、ここで智子が1つの要望を入れてきた。

 

 

「はいはいはーい、私は綾香と敵がいい!」

 

 

 智子、まさかの綾香に対する宣戦布告。

 

 

「ん…私は別に構わないけど、なんで?」

 

 

 対する綾香は、その理由を図りかねている様子である。

 

 

「決まってるでしょ、今日こそはウチの部隊で近接戦が最強なのは私って所を見せてあげる!」

 

 

 手持ちの扶桑刀を早くも抜き放ち、綾香に突きつけながら堂々と宣言する智子。その表情からは先ほどまでの浮かれた様子は感じられず、どこまでも真剣な眼差しで綾香を見据えている。だがしかし…

 

 

「近接戦最強って……貴女ついこの前私に負けたじゃない」

 

 

 この武子が放った横槍によって、何とも言えない空気が場を支配した。

 

 居た堪れなくなった智子は、顔を真っ赤にしながら反論する。

 

 

「うっ………うるさいわよ武子っ!大体この前は偶々負けただけで、総合的に見たらきっと私の方が…」

 

「今までの貴女との戦歴は56勝54敗…私の方が勝ってるけど?」

 

「……っ」

 

 智子が反論を言い切る前に武子はにっこりと笑いつつ論破する。周りの人間にはその笑顔の裏に何やら黒い物を感じたが、誰一人として口にすることは無かった。

 

 

 しかし、結局他の案も無かったため智子の意見が採用され 綾香・圭子ペアVS智子・武子ペアで模擬戦を行う事となった。

 

 

「よし、準備も出来たようだし模擬戦を開始するぞ。ルールはいつも通りシールド使用は無し、互いに付けている吹き流しを扶桑刀で斬られるか身体のどこかにペイント弾を当てられたら撃破判定。相手チームの人間を全て撃破判定とすれば勝利…と言ったところだな。それと、一応言っておくが、これは試験飛行も兼ねてるんだ…お前等あんまり無茶な事はするんじゃないぞ?」

 

 

 ペア決めが終わったのを確認した江藤の声が、4人のインカムへと送られる。

 

 

「あんまりと言うか……絶対無茶だけはやめて欲しいんだけどなぁ………」

 

 

 その後にか細い晶の懇願の声は、4人からの肯定の声でかき消された。

 

 そして遂に、4人の新型機による試験飛行および模擬戦が開始された―――――

 



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第3話 新たなる翼 後編

アナザーストライクウィッチーズ

 

 

扶桑海ノ三羽烏

 

 

 

 

 

 

第3話     

 

 

新たなる翼   後編

 

 

「それでは各員……試験飛行を開始せよ!」

 

 

 江藤の言葉に呼応するように、4人が一斉に魔法力を発動。発生した魔法陣と共に彼女達の身体は中へと浮き上がった。近くにいた整備兵たちは彼女達の進路上に障害物が無い事を確認し、出撃可能のサインを送る。

 

 それを確認した彼女達は、それぞれの僚機と共に空へと飛びあがった。

 

 

 

 その後は、各チーム共自分達の新しい翼の才能を確かめるべく、しばらくは自由に空を飛んでいる。

 

 智子と綾子は従来よりも圧倒的に速くなったそのスピードを噛み締めるように、武子は従来より軽快に曲がってくれるその旋回性を肌で感じるように…しかし、たった一人だけ浮かない顔をしている人物がいた。圭子である。

 

 

「…おいヒガシ、さっきから動きがぎこちないけどどうかしたのか?」

 

 

 その様子を案じて綾香がインカムごしに声を掛ける。ちなみに「ヒガシ」と言うのは圭子のあだ名である。読みが同じ苗字である武子と紛らわしいため、武子の事を「フジ」圭子の事を「ヒガシ」と呼び区別しているのだ。

 

 

「…なんでも無いわ。ちょっと違和感を感じただけ…まぁ初めて扱う新型ユニットだし、こういうこともあるわよ」

 

 

 対する圭子は、軽く手を振り綾香に問題が無い事をアピールしつつ、自分達の数百メートル先にいる2つの人影を見据える。

 

 どうやら智子達はある程度の慣らしを終わらせたようで、圭子達が仕掛けてくるのを待っているようである。

 

 

「ならいい…だが、頼りにしてるんだからしっかりして貰わないと困るぞ」

 

「ええ、任せときなさい。アンタ達が前に出て、後ろの敵は全部私が撃ち落す…何時も通りよ」

 

「上等…じゃあそろそろ行こうか。智子達を待たせても悪いし…なっ!」

 

 

 その一言共に綾香と圭子はスピードを上げ、真っ直ぐ前方の智子達へと向かっていく。

 

 それに呼応するかのように同じく真っ直ぐ前方へと進んでいく智子と武子。ほんの数秒前までは数百メートルあった両者の距離はみるみる縮まっていき、互いが空中で交差した瞬間…勝負が始まった

 

 

 

 まずは両者共に弾幕を張りつつの小手調べが続くかと思われたが、そのセオリーを破ったのは綾香だった。智子達とすれ違った側から素早く切り返し、悠々と背後を取ったかと思えば次の瞬間には颯爽と扶桑刀を抜き放ち、先手必勝とばかりに後方に付いていた武子へと強襲を仕掛ける。

 

 その行動に2人は少なからず衝撃を受けた。

 

 

「くっ………」

 

「ちょっと、正気なの綾香!?幾らなんでもいきなり突っ込んでくるだなんて…っ」

 

 

 悪態を付きつつも、即座に武子のフォローに回る。自分に目もくれず、武子へと突っ込んでいる綾香に照準を合わせトリガーへと指を掛けた瞬間…

 

 

「避けなさい智子ッ!!」

 

 

 武子の叫び声が、インカム越しに智子の耳へと響き渡った。その声に驚きつつも咄嗟に身体を捻らせ回避行動を取る智子、その瞬間智子が今まで居た位置に1発のペイント弾が通過する。

 

その弾丸を放った人物は無論、完全フリーになっている圭子である。まるで今は挨拶代わりだとでも言いたそうな笑みを浮かべつつ、智子と武子を狙っていた。

 

 

「あっぶな~……相変わらず良い腕してるわね、圭子」

 

「アンタねぇ~…今完全に相手の術中に嵌ってたでしょ?熱くなって勝てる相手じゃな……チッ…」

 

 

 智子の油断に武子が悪態を付く間も無く、再び綾香の猛攻が始まった。圭子の援護射撃に注意を配りつつ応戦する智子と武子。しかし接近戦で2体1の状況にも関わらず、綾香は2人をきっちり押さえ込んでいた。更に2人の注意がが散漫なった隙を突いてくる

 

圭子の援護射撃、ジリジリと2人は追い詰められていく。

 

 

「くぅ……けどそれなら……圭子を先に落としちゃえば終わりでしょ!!」

 

 

 ならばと一旦綾香の突破を諦め、武子への狙撃体制に入って無防備な状態の圭子を狙おうと動く智子。しかし……

 

 

「それは……させないっ!!」

 

 

 まるでその行動を読んでいたかの如く、綾香はすぐさま智子へと肉薄し扶桑刀で斬りかかる。堪らず智子はこちらも扶桑刀で応戦するが、完全に防戦一方である。ならばと智子は武子に期待するが、そちらは圭子の牽制攻撃が集中しており、武子もまた攻めあぐねている状況であった。

 

 

「うそ!?……このぉ~……っっ!!」

 

「どうした智子、威勢の良い事を言ってた割には対した事無いんじゃないか?」

 

 

 一向に打開できない状況に苛立ちを募らせる智子、その様子を見て武子はこの状態は危険と判断した。

 

 

「智子…このままじゃ完全に向こうのペースだわ、一旦距離を取って様子を見るわよ」

 

 

 圭子の狙撃に注意しつつ、ペイント弾で綾香を牽制し智子の退路を確保する武子。しかし当の智子は明らかに納得いかない様な表情である。

 

 

「くっ……けどこのまま退いたんじゃ癪じゃないっ!せめて……」

 

「状況を良く見なさい、こういう時すぐ熱くなるのがアンタの悪い癖だって何度も言ってきたでしょ?良いからここは私の言う事を聞きなさい!」

 

「うぅ……」

 

 

 結局2人は一旦綾香から距離を離しつつ、体勢を立て直す。対する綾香は無理に二人を追おうとせず、圭子との一定の距離を保ちつつ二人の次の行動を待っていた。接近戦を得意とする綾香が前線で暴れつつ相手の注意を引き、後衛を担当する圭子がその隙を狙い撃つ。戦闘のセオリーとでも言うべき陣形である。

 

 

「無理に追って来る気配も無し…か、おかげで作戦を練る時間ぐらいはありそうだけど……余裕を見せてくれるわね」

 

「それに綾香…なんか今日は何時もにも増して動きが良くない?いくらなんでも私達2人が押さえ込まれるなんて……」

 

「そう言われると確かにそうね…綾香は接近戦を得意にしてるけどそれにしたって…………そうか!」

 

 

 智子の言葉にしばらく考え込んでいた武子、その後納得したかの様に声を発する。

 

 

「えっ……何、どうしたの武子??」

 

「…智子、綾香の固有魔法よ……あれならこの状況のアドバンテージは絶大だわ」

 

「……あっ!」

 

 

 「固有魔法」とは、ウィッチ・ウィザードの中でも限られた物が持つ特殊な能力の事である。その能力の形態は様々であるが、一説にはその能力を持つ者の意思や趣向が影響していると言われている。そして綾香の持つ固有魔法は「特性把握」と呼ばれるもので、その能力は例え始めて使用した装備でもその特性や出力バランス等を明確に理解し、その性能をフルに発揮出来ると言うまさにこの状況には打って付けの能力である。

 

 

「「特性把握」であの機体のポテンシャルを引き出してるって事ね、通りで綾香の動きが良く見えるはずだわ……けど、裏を返せば私達もコイツの性能を理解すればアレぐらいの動きが出来るようになるって事……!」

 

「まっ…この訓練中には難しいかもしれないけどね、問題はどうやってこの状況を打破するかだけど……恐らく私達が2人揃って全力で綾香に挑めば倒せるはずよ、けど……」

 

「確実に今の綾香は数秒持ち堪えてくる……それでその数秒が命取りって事…でしょ?」

 

 

 そう、幾ら綾香の動きが自分達よりも向上してるからといって完全な2体1で遅れをとるほど彼女達の腕に差は無い、2人が全力で一点突破を狙えば流石の綾香もひとたまりも無いであろう…しかし、それは圭子を完全にフリーにする事と同義である。他の3人に比べて扶桑刀による接近戦があまり得意でない圭子だが、彼女の中距離からの見越し射撃においてダントツの精度を持っているのだ。

 

 

「なんとかして1体1の状況に持ち込む……それぐらいしか私達に勝機は無いかもね、一旦懐に入り込めれば圭子は何とか倒せる…それまでもう1人が綾香を抑えていられれば…」

 

「後は全力で綾香にぶつかれば良い……って訳?確かに筋は通ってるけどリスクが大きすぎるわ、圭子だってその事はちゃんと考えてる筈だし下手に粘られたらその間に各個撃破されちゃうわよ……」

 

 

 智子の案に明らかに難色を示す武子。唯でさえ幾ら後方支援を気にしながらとはいえ2人掛かりで綾香に抑えられている現状なのだ、圭子を倒しに行っている間にもう一方が綾香に倒されないなどという保障は何処にも無い。

 

 

「けど…他に案は無いでしょ?」

 

「っ~………はぁ……仕方ないわね」

 

 

 しかし智子の言うとおり他に案が浮かばないのも確かな現状である、結局武子は智子の案を了承せざる負えなかった。ため息を付きつつも縦に首を振る。

 

 

「よし…決まりね、じゃあ私が綾香を食い止めるからその間に……よろしく!」

 

「はいはい…ってちょっと智子!?そんな勝手に……」

 

「任せて、武子が圭子に肉薄できるまでの隙…絶対作ってあげる!」

 

 

 言うが早いか綾香に向かって吶喊していく智子、それを見て武子は溜息をつきつつも自分の役割をこなす為に後に続く。

 

 

「まったく……まあでも後は私がフォローすればいい…か、いつもの事ね」

 

 

 何よりこのままやられっぱなしなのが我慢ならないのは武子も一緒である。たかが訓練、されど訓練……彼女達にとって空戦はどんな形であれ自らの誇りを掛けた真剣勝負なのだ。

 

 

 

 

 

 

「うわ~……皆さん初めてのユニットで良くあそこまで動けますね~」

 

「まっ…伊達に私が鍛えてないからな、しかしあのユニットは素晴しい…」

 

 

 その頃下で模擬戦を眺める杉山晶少尉は、彼女達の対応力を見て呆れ半分驚き半分と言った表情をしていた。その表情に江藤は苦笑しつつ、新型ユニットの性能に感嘆を漏らす。

 

 

「そうでしょう?海軍には少し先を越されてしまいましたが、宮藤理論を元に開発されたこの97式は海軍の96式に決して引けを取りません!何よりこの機体の最大の特徴である旋回性能の高さはきっとこの戦いに一石を投じると思います」

 

 

 フフン、と胸を逸らし誇らしげに語る晶。どうやらこの97式の事を相当気に入ってる様子である。

 

 

「そうあって貰いたいものだな、何せ現状私達は海軍の奴等に遅れっぱなしだ。君達には一刻も早くこの97式の量産体制を整えて欲しいね」

 

 

 そう言ってため息を付く江藤、その言葉を聞いた晶の表情が見る見る曇っていく。

 

 

「う~……分かってはいるんですが、陸軍で宮藤理論を使用した機体はこの97式が初めてですから…中々すんなりと行かないのが現状なんですよね。現在97式はここともう一つの部隊に支給されているのですが、そのデータによってこれから量産されるか否かが決まりそうです」

 

「なるほどな、つまり私達の運用しだいと言う訳か……しかしここともう一つ?それは何処の部隊だ?」

 

「はい、えっと……あっ!」

 

 

 江藤の問いにしまったといった表情をする晶。

 

 

「えっと……その事についてはその~…課長代理から内密にするように…と、このプロジェクトは陸軍の中でも最高機密扱いで…」

 

「なに、問題ないよ。荒木の方には私から話しておくさ」

 

 

 なんとか話を切ろうと事情を説明する晶だが、それを江藤は居に返した様子は無かった。更にあろう事か自分の上司にまで話が及ぼうとしている事で、晶の顔はどんどん青ざめて言った。

 

 

「いや……その……そういう問題じゃないんです……そもそもこの話をしたって課長代理に知れたらボク…」

 

 

 何とか紡ぎ出した言葉……しかし……

 

 

 

「そう堅くなる必要も無いだろう?同じ陸軍同士だしなっ」

 

 

 その努力は江藤の一言でバッサリと両断された。ついでにバシバシと晶の背中を叩いて追撃を図る。刹那、晶の悲鳴が木霊した。

 

 

「ひゃぁーっ!?……わっ……分かりました!分かりましたから叩かないでください~…話します、話しますよ~っ」

 

 

 涙目になりつつ、懇願する晶。よっぽど江藤の張り手が痛かったのか、嗚咽を漏らしつつ渋々と語りだした。

 

 

「う~……えっと…独立第十戦隊です…」

 

「……!」

 

 晶の告げた部隊名を聞いて、江藤の顔に驚きの表情が浮かんだ。

 

 

「……第十戦隊…確か藤井大佐が部隊長をされてるウィザード部隊だったな」

 

「おや、藤井大佐をご存知でしたか」

 

「……ああ、昔あの人の教導を受けた事があってね。そうか…あの人の部隊か……」

 

「……あの~…江藤中佐?」

 

 

 急に物思いに耽った様に沈黙する江藤を見かねて、顔を覗き込む晶。

 

 

「…ん?…ああ、スマンスマン。ちょっと昔の事をね、しかし何でまたウィザード部隊に新型機を?」

 

 

 心配そうな晶の顔を見て、江藤はポンポンと晶の頭を撫でながら尋ねる。等の晶は頭を撫でられたのが恥ずかしかったのか、顔を俯かせながらボソボソと語る。

 

 

「……確かに、効率良くデータを取るならばウィザード部隊より優秀なウィッチの居る部隊の方が適任でしょう。ですが………いえ、これは課長代理の指示なのでボクにはなんとも言えないです、すみません…」

 

「そうか、ならばその辺りの話は今度奴に会った時に直接するとしよう……ハハハハ、今から楽しみだな♪」

 

 

 申し訳無さそうにしている晶に対し、豪快に笑いながら次にその課長代理に会った時どうしてやろうかと想いを巡らせていく。

 

 

「あっ…あの~…………う~……またあの時みたいに強引なのはダメですよー?」

 

 

 それを察してか、晶は心配そうに江藤に釘を刺す。ちなみに、あの時と言うのは江藤が新型ユニット確保の為三宅坂に直訴しにやって来た時の話である。その晶の不安そうな表情から、そこで何があったのかはもはや語るまでも無いであろう。

 

 

「分かっているさ、君達には随分と融通して貰っているからな、出来るだけ迷惑を掛けない様善処するさ……そして………必ずやその期待に答えてみせる!私と私の部下達がね」

 

 

 しかし、対して江藤の表情には先ほどまでの緩んだ物は無く、何処までも頼りになる毅然とした戦士の顔がそこにはあった。それを感じた晶からも自然と不安の色が消えていく。

 

 

「はい…信じてますよ♪そしてそんな貴女達をサポートする為、ボク達も努力を惜しみません!」

 

 

 江藤の決意に対して満面の笑みで返す晶。そして二人の視線は夜空で華麗な戦いを繰り広げる彼女達へと再び向けられるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方状況を有利に運んでいる綾香は、距離を取った智子達を警戒しつつもこの戦闘を心から楽しんでいた。

 

 

「こいつは良い、思ったように良く曲がる…おまけにキューゴーよりも断然に足が速い、コイツを完全に使いこなせるようになれば怪異なんかに負ける気はしないな!そう思うだろ、ヒガシ」

 

「そう…ね、確かにこの性能には目を見張るものがあるわ。思ったよりクセも無いみたいだし、慣れるのも早そうね……と」

 

 

 突如圭子の目付きが変わる。その先に見据えるのは自分達の練習相手である2人の姿、その2人の動きの変化を見てすぐさま綾香の後方へと下がりつつ三十八式を構える。

 

 

「フフン、流石にもうこっちのアドバンテージに察しが付いてるだろうが……だからと言ってこの状況が覆る訳でもない、このまま押し切る」

 

 

 そう呟きつつ、扶桑刀を構え直す綾香。その表情は現在の智子達には無い余裕に満ち溢れていた。

 

 

「けど、油断だけはしないでよね~…ここまで有利を取っておいてポカでやられたんじゃ洒落にもならないし…って、また2人がかりで来る気?てっきり二手に分かれてくると思ったけど」

 

 

 対して後方で援護する圭子は冷静に2人の次の行動を警戒すべく自慢の鷹の目を光らせる。智子のすぐ後ろに武子が連なる形でこちらへと接近してきている、その動きに変化する気配は無い事から圭子は2人が先程と同様に綾香を2人がかりで狙ってくると判断する。ならば…

 

 

「綾香、そのまま迎え撃って。後詰めの武子は私が牽制するからその間に智子をお願いね」

 

 

 圭子はすぐさま目標を武子に定め、綾香に指示を飛ばす。なぜならば射撃を獲物に通す基本はいかに相手の不意を撃てるかである、そのセオリーで行けば今の智子は論外だ。前衛でしかも正面から来ている以上、綾香は勿論圭子の射撃も警戒しているのは確実だからだ。その点武子の方は後詰め位置、智子と綾香が戦っている内に綾香の隙を付こうと動いてくる確率が高い、そしてその場合綾香に集中して圭子への警戒が薄れる可能性も十分である。更に言えば、もし武子が綾香を智子に任せて圭子を落とそうと動いても、その出鼻を挫けるという二重の意味で圭子のその判断は的確であった。

 

 

「任せろ、さあもう一太刀行こうか智子!!」

 

 

 綾香も圭子のその判断に同意し、もうすぐ眼前まで攻めて来るであろう智子へと飛び立った。みるみる内に距離が縮まるっていく、しかし2人の速度は緩まない。互いにの構えるのは扶桑刀、その初太刀に意識を注ぎ込む。そして…その2人の距離がゼロになる瞬間、すれ違い様に扶桑刀が打ち合う甲高い音が辺りを駆け巡った。

 

 

 キィーーーーーーン

 

 

 初太刀はまったくの互角、両者ともすれ違い様に敵の吹流しを斬る事は適わずそのまま仕切り直しになるかと思われた……が、それを許さない存在が居た。無論、智子のすぐ後ろに付いていた武子である。智子に意識が向いている今が好機と手持ちの十一年式を構え、トリガーを引き絞る。放たれる大量の(ペイント)弾、しかしその攻撃は紙一重の所で綾香に回避されてしまった。

 

 

「くっ…でもまだ……!?」

 

 

 舌打ちをしたい気持ちを抑えつつ、追撃を行おうとする武子。しかし、それを許す鷹の目では無かった。すぐさま響く銃声、危険を感じ追撃を中止する武子。つい先程まで自分が居た位置に飛んできた攻撃を見て、武子の頬に冷や汗が滲んだ。

 

 

「私をフリーにするのは良いけど、その危険性もちゃんと考慮しとかないと…ね♪」

 

 

 不敵な笑みを浮かべ、余裕を見せる圭子。しかしその眼光は、鋭く武子を捉えていた。

 

 

 そこから先は最初の光景の焼き回しである。ユニットの性能をフルに発揮し、智子よりも若干速く状態を立て直す綾香。武子には目もくれず、そのまま智子への追撃に入る。なぜならば…

 

 

「悪いけど…狙わせないわよ!!」

 

 

 突如響く銃声、武子を狙う三十八式から放たれる銃弾…ボルトアクション式とは思えないほどの頻度で撃ち出されるそれは相手を落とすためでは無く勢いを殺ぎ時間を稼ぐための配置である。今、完全に狙われていると意識させ、武子の標的を綾香から完全に自分に向けさせる。しかしそれは武子に近づかれて不利になるリスクの高さと隣り合わせの戦法である。護衛無しに敵前衛との1ON1…後衛のセオリーからは外れた行為だが、圭子は自分の判断を疑わない。その稼いだ時間の間にケリが付くと信じているのだ。

 

 

「流石ね圭子良い腕してる、けど……」

 

 

 圭子の攻撃を回避しつつ武子は一瞬智子の顔色を伺う。綾子の猛攻を受けつつ防戦一方であったがその顔は……

 

 

 

 

 ――――今の内に決めてきなさい―――――!

 

 

 

 

 このチャンス、絶対耐え切ってみせると言う気迫に満ち溢れていた。

 

 

「ふふっ…私が戻ってくるまでにやられてたらタダじゃおかないわよ…智子!!」

 

 

 そして武子もまた自分の相方が耐え切る事を信じつつ、眼前の圭子へと迫る。中距離を維持したい圭子は後退しつつ武子へと見越し射撃をを続けるが、その代償として綾子達との距離が開き完全な一対一の構図へとなっていった。

 

 

 

 

 

 

「フッ…ヒガシの頑張りは無駄には出来んな、悪いが智子…このまま決めさせてもらう!」

 

「っ…!」

 

 

 遂に綾香が完全に智子の後ろを取った。構える扶桑刀は今にも智子の吹流しを切り裂かんと唸りを上げる。必死に引き剥がそうと右へ左へ飛び回る智子だったが、完全に張り付いた綾香を引き剥がす事は出来ない。

 

 

「往生際が悪いぞ智子!」

 

「うっ…煩いわね…アンタこそ、いい加減離れなさいよ!!」

 

 

 口ではまだ悪態を付いている智子であったが、段々と疲れてきているのが見て取れるようであった。明らかに先程よりもキレの無い動き、ジタバタと不規則に動かす左右の足。もはやこれまでと綾香は扶桑刀を握り直し、トドメを刺さんと加速する。しかし、これで諦める智子では無い。

 

 

「くっ……こんなので……」

 

「悪いな今回は…私の勝ちだッ!!!」

 

「こんなので……終れる訳無いでしょーーーッ!!」

 

 

 響き渡る智子の叫び。しかし綾香は既に智子を捉えている。構えられた扶桑刀、綾香の渾身の一撃が今まさに放たれた!。しかしそこに智子の姿は無い。その事実に、綾香が明らかに狼狽する。

 

 

「何ィ!?…そんな、智子は何処へ…」

 

「後ろよっ!でりゃぁぁぁぁっ!!」

 

 

 直後、綾香の真後ろから響く凛とした声。その時綾香は全てを察したがもう既に遅い、その剣先は綾香の吹流しを完全に捉えていた。

 

 一閃、智子の一撃が綾香の吹流しを完全に切り裂かれる。これぞ智子がもっとも信頼を置く機動、ツバメ返しだ。両足のストライカーが打ち消しあうトルクを意図的に乱し、そこで生み出したトルクを利用して後ろ返りの要領で宙返り。一瞬でピンチをチャンスに変える機動である。

 

 

「ふっふ~ん…油断大敵ね綾香?」

 

 

 ヒラヒラと斬りおとした吹流しを掴みつつ満面の笑みを浮かべる智子、対する綾子は顔を伏せ「やってしまった」と呟くのが精一杯である。

 

 

「まさかここまで追い詰めておきながら逆転を許すとはな…私もまだまだ修行が足りん…」

 

「えっへっへ~♪これでウチの部隊で誰が格闘戦最強かはっきりしたわね」

 

 

 今の一戦がよっぽど嬉しかったのか、完全に調子に乗る智子。

 

 

「…むっ…何故そうなる?第一今までの戦歴で言えば……」

 

「ふふ~ん…何時でもリベンジ、受け付けるわよ?」

 

 

 綾香の反論も聞く耳持たず、言いたい放題である。そして…

 

 

「……やれやれだな智子、しかし……だ」

 

「…えっ?」

 

「油断大敵…それはお前も同じだろう」

 

 

 直後、智子の身体にペイント弾が炸裂した。

 

 

 

 

 

 

「ほんとアンタって子は……あの状況で普通調子に乗る?2ON2だって事完全に忘れてたでしょ」

 

 

 それから数分後、模擬戦が終わり静けさを取り戻した空の下では完全に呆れた表情の武子による説教が繰り広げられていた。無論その相手は言うまでも無く

 

 

「うっ……それ確かに申し訳ないないとは思うけど…」

 

 

 先程の調子に乗った姿とは打って変わり、滑走路の真ん中でションボリ蹲っている智子に対してである。

 

 

「こっちはアンタが大口叩くから信用して分かれたのに……」

 

「でっ…でも武子だって圭子に完全に逃げ切られて負けちゃった訳だし…」

 

「…何?」

 

 

 完全にお説教モードに入った武子の睨みが、智子の反論を押し潰す。

 

 

「なんでもない……ごめん」

 

「まったくもう……」

 

「まっ…まあまあ、もう良いじゃないですか!終わったことですし…それに皆さんの実力はよく見せてもらいました。貴女達になら安心してこの97式を預けられます!」

 

 

 そこへ横でハラハラしながら見ていた晶が割り込んだ。因みに対戦相手だった綾香と圭子は面倒になる前にと既に宿舎に引き上げており、江藤は先程の模擬戦を最後まで見届けた後、整備班達と共に97式について色々と話し込んでいる。

 

 

「で…ですが、今日は皆さん慣れないユニットでの空戦でお疲れでしょう?とりあえずこの辺にして、宿舎に戻って休んでくださいっ…ね?」

 

 

 その必死な姿に毒気を抜かれたのか、武子は大きなため息を1つした後引き下がる。

 

 

「やれやれね…実戦じゃこんな事ナシにしてよ、智子?」

 

「!…勿論よ、あの97式があれば百人力っ!怪異共なんて全部私が叩き落しちゃうんだからっ!」

 

 

 許してもらえる雰囲気を感じて、さっきとは一変自信たっぷりに言い切る智子。それを見た武子からは「この子本当に反省してるのかしら?」と言う呟きが漏れる。

 

 

「ふぅ~……良かった……」

 

 

 対する晶も、何とか場が落ち着いたことにホっと胸をなでおろすが

 

 

「そういえばえっと…晶少尉?」

 

「っ…ひゃぃ!?」

 

 

 突然顔を覗きこんできた智子にビックリして声が裏返る。

 

 

「何よ…そこまで驚く事無いでしょ?」

 

「ごっ…ごめんなさい…」

 

「別に謝らなくて良いけど…まあ良いわ、暫くはここに居るんでしょ?じゃ…改めて、これからよろしくね!」

 

 

 ニッコリと微笑みつつ、握手を求める智子。その光景に少し怯えていた晶も笑顔を返し、智子の手をギュッと握り返した。

 

 

「ん…じゃあ宿舎に帰りましょ!早くシャワー浴びた~い!」

 

 

 ガッチリと晶と握手を終え、そのまま脱兎の如く宿舎の方角へと走り出す智子。

 

 

「はっ…はい!…えっ?……まっ…待ってくださ…あわわわっ!?」

 

 

 晶が焦って智子を追いかけようとした瞬間、その足は縺れ盛大にバランスを崩した。倒れる!そう思ってギュッと目を瞑る晶だったが、その身体が地面にぶつかる事はなかった。ゆっくりと目を開けると、そこには苦笑しつつ晶の身体をガッチリと支える武子の姿があった。

 

 

「はいはい、気をつけなきゃダメよ晶…さんで良いかしら?」

 

「あっ…はい、ありがとうございます……っ///」

 

「じゃっ…私達も行きましょうか、あの子に置いてかれちゃいそうだし。そうそう、宿舎に戻ったら貴女の事も色々聞かせて頂戴ね♪」

 

 

 そう言って、ゆっくりと智子の後を追う武子。後ろを少し照れた様子で晶が付いていった。

 

 その後、辿り着いた宿舎にて彼女達による壮絶な質問攻めに会うことをこの時の晶は知る良しもなかった。

 

 

 

 

―――三宅坂 扶桑陸軍参謀本部―――

 

 

 

 扶桑陸軍参謀本部、そこは扶桑陸軍の中枢とも言えるべき場所であり、大掛かりな作戦の立案から人材の確保、また資材調達に至るまでそのすべてがここを通して行われる。その重要な拠点の第三課、主に人材や機材の調達配備を任されている部署の一室で、1人の男が黙々と書類整理に追われていた。

 

 

「……やれやれ、事は上手く運ぶようになったとは言えこう忙しくては…な」

 

 

 しばらくして、書類との格闘が一息ついたのか目を揉むしぐさをして少し休憩を入れた。彼の座る椅子は第三課の課長が座る物であり、この事からも彼が第三課のリーダーであることは疑うべくもない。しかしその肩章の表す階級は大尉。本来参謀本部の課長には佐官が就く物であり、この光景は異常と言えた。

 

 

「フッ…ともあれボヤいた所で仕事は終わらん、今は最善を尽くすのみ……それに……」

 

 

 ふと、彼は書類の山近くに埋もれかけていた1つの封筒へと手を伸ばし、中の書類を一枚一枚読み始めた。

 

 

「扶桑陸軍飛行第一戦隊……か」

 

 

 彼の呟きが、その部屋の中に不気味に響いた。

 



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第4話 独立第十戦隊

 扶桑陸軍飛行独立第十戦隊、部隊長である藤井元大佐が選りすぐったウィザード達のみで結成された特殊部隊。それは扶桑陸軍にとってある意味もっとも特殊な部隊である。

 

 この時彼等と戦っていたネウロイと呼ばれる化け物、それに対抗するために必須と言われている魔法力を持つ少女達通称ウィッチ、しかし…彼女達の様に魔法力を持つ者は少年達の中にも居たのである。だが彼等の存在はあまり認知されることは無かった。それは何故だろうか?

 

 理由は幾つかあったが、その最大の要因は大きく分けて2つあった。その1つは彼等の出生率の低さである。元々出生率の低いウィッチよりも尚低く、当然軍に在籍するその数も圧倒的にウィッチに劣っていた。

 

 そして……もう1つの理由は、彼等の魔法力適正の低さにあった。確かに彼等は魔法力を持って生まれてきたがその力は大半がウィッチの半分以下ほどしかなく、飛行適正があったとしても敵の攻撃を受けきれるほどのシールドを貼る事が出来ない等とてもウィッチと共に戦えるような物ではなかった。

 

 当然彼等は軍本部からもそれほど期待されず、その僅かな飛行適正を持った者達で構成されたこの独立第十戦隊もお荷物部隊とレッテルを貼られていた。

 

 

 

 しかし……お荷物が何時までもお荷物で居るとは限らない――――

 

 

 

 

ストライクウイッチーズ零外伝

 

 

扶桑海ノ三羽烏

 

 

 

 

 

 

第4話  独立第十戦隊

 

 

 

 

 1937年8月――― 扶桑陸軍飛行第一戦隊に新型ストライカーユニット「九七式戦闘脚」が配備されてから2週間が経った。隊全体の機種転換を行うには航続距離や配備された数の問題により厳しいのが現状であるが、この隊のエースである 穴拭智子 加東圭子 加藤武子 黒江綾香の4人はこの二週間で徹底的な完熟訓練を行い、いずれ来るであろう機種転換に備える日々を送っていた。

 

 

 そんなこの部隊の隊長である江藤敏子は、ふと廊下の窓から外を眺めつつ物思いにふけっていた。

 

 

 

「達磨の鬼教官…か」

 

「…?どうしたんですか隊長?」

 

 

 ふと廊下で独り言を呟く江藤を見て、智子は心配そうな顔で声を掛けた。

 

 

「ん?…ああ、なんでもないさ…ちょっと昔の事を思い出してな。所でお前の方こそ新型の調子はどうだ?」

 

 

 それをなんでもないぞとあしらう江藤。序に手持無沙汰だったのか、その右腕で智子の頭クシャクシャと撫でまわす。

 

 

「ちょっ…たっ…隊長~!?」

 

「フフン…折角苦労して分獲って来た戦利品だ、後はお前達の戦い次第だぞ」

 

 

 突然の事にたじろぐ智子を他所に、江藤の手は止まらない。暫くの間良い様に弄ばれていた智子だが、その何時もと変わらぬ江藤の姿を見てその顔に笑顔が戻った。

 

 

「っ~///…分かってます、私達に任せてください!」

 

「当然だ馬鹿者!何たってお前達はこの私が直々に鍛えてるんだからな、そうでなくては困るさ。しかし…大変なのはこれからだぞ、今はまだ奴等も大した活動は見せてないが日に日に発見報告は増えてきているからな。ほら、こんな所で油売ってないでさっさと訓練に戻らんかっ!」

 

「っ!…はっ…はいっ…それでは中佐、失礼します!」

 

 

 慌てて訓練に戻る智子を眺めつつ、江藤は自然と笑みをこぼす。訓練したての頃、一刻も早く彼女達を物にするため江藤は血反吐を吐くようなスパルタ訓練を課していた。日がな一日空を飛び回り、地上に降りるのは補給と食事、後は寝る時ぐらいという苛酷な環境を彼女達は泣き言を漏らす事もなくよく付いてきてくれたものだと思い返す。

 

 

「アイツ等ならきっと…いや、私もまだまだ抜かれるつもりはないな。やれやれ…私としたことがホントに……らしくもない……」

 

 

 そう呟きつつ、江藤は廊下を再び歩き出す。すると向こうからこちらへと走ってくる者が居た。息も絶え絶えになりながらも自分を見つけると何とかここまで駆け寄ってくるその人物は、つい先日から新型ユニット運用のアドバイザーとして三宅坂から送られてきた杉山晶少尉であった。

 

 

「はぁ…はぁ…やっと……見つけました………江藤中佐……」

 

 

 たっぷり10秒ほど使ってやっとの事言葉を紡ぎ出す晶。その姿を見て江藤は溜息をついた。

 

 

「杉山少尉か、どうしたそんなに息を切らせて?とりあえず呼吸を落ち着けてから話せ」

 

「はっ…はい!!…すぅ~…はぁ~……」

 

 

 江藤の言葉を受け、晶はオドオドしながら深呼吸を行う。しばらくはそれを見守っていた江藤であったが、次第に仮にも軍人であるにもかかわらずこの体力の低さは問題なのでは無いのかと考え始める。空いた時間があればこの子を鍛えてやるのも良いかもしれない。と、そんな事を思考している内に晶の方も段々と落ち着きを取り戻してきた。すかさず江藤は声を掛ける。

 

 

「どうだ、少しは落ち着いたか?」

 

「はい…何とか、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません…」

 

「それは結構、それで私に何か用があったんじゃないのか??」

 

 

 江藤の言葉に唯でさせシュンとしていた晶の顔が更に曇る、どうやらあまり良い知らせではないようだ。

 

 

「それが……先ほど大尉から伝令がありまして、江藤中佐…貴女達に頼みがあると」

 

「ほぅ…?」

 

 

 おそらく晶の言う大尉とは、この子の直属の上司である荒木省吾大尉の事であろうと江藤は当たりをつける。以前三宅坂で新型ユニットをこちらへ譲渡してくれたのが何を隠そう彼で、聞いた所によると編成動員課課長代理をしているらしい。なんでも前任者が急遽亡くなってしまった為元々補佐役をこなしていた彼が臨時に代理を勤めることとなり、軍務に支障が無かったためそのままになっているらしい。…なんとも適当な話だと江藤は独り言ちる。ともあれ彼にはユニットの件では恩がある、頼みがあると言うのなら聞かない訳にもいかないと言うのが江藤の出した結論だった。

 

 

「とりあえず話を聞こうか、私達…と言う事は智子達にもと言う事だろう?ならば話を聞かない事には答えの出しようも無い」

 

「分かりました…では――――――」

 

 

 晶から語られた頼み事…それは江藤にとってもかなり複雑な頼みであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、江藤にからの召集を受けた智子、武子、圭子、綾香はブリーフィングルームへと集まっていた。各々の表情は様々で、遂に新型を実戦で試せると満面の笑顔を浮べる者。表情こそ平然を装っているが、内面から来るワクワク感を抑えきれぬと言った様子の者。その二人の様子を見てため息をこぼす者。その者の肩を叩きつつ苦笑いを浮べる者。誰が誰かはあえて語るまい。

 

 そんな様子の彼女達が待つ事数分。不機嫌そうな江藤とその後ろで何やら不安気な表情を浮べた晶が入ってきた。

 

 

「よし…お前達集まってるな?」

 

 

 江藤の一声に即姿勢を正す四人。簡単な敬礼と答礼を返し、すぐさま本題へと入った。

 

 

「さて、まずはお前達をここに呼んだ理由だが…」

 

「はいは~いっ!!遂に新型の実戦投入が決まったんですねっ!?何時ですか!!??」

 

 

 突如、江藤の声を遮り興奮冷めやらぬと言った表情で声を荒げる智子。その様子を見てやれやれと呟きつつ苦笑いを浮べる江藤。

 

 

「はぁ…待ちなさい智子!今隊長が説明してる最中でしょ?ほら、ちゃんと大人しく聞くっ」

 

 

 直後、隣に控えていた武子が智子を抑えに掛かる。最初はムッとした表情で振り向いた智子も、その武子の表情を見てただならぬ物を感じたのか大人しくなった。そして智子が大人しくなったのを確認した江藤が話を続ける。

 

 

「まずはじめに言っておくが、今回集まってもらったのは実戦の話じゃないぞ。まあ…お前達にとっては似たようなものかもしれんがな。単刀直入に言うとお前達にはとある部隊と模擬戦をしてもらう。まあ幸い相手が居る基地はここから目と鼻の先だ、今から準備して移動すればまあ今日中には着けるだろう」

 

「えっ…今から行くんですか隊長??」

 

 

 それまでゆっくり話を聞いていた圭子が口を開いた。その口調は少し上ずっており、急な話に戸惑っているようである。他の二人も似たような表情だったが唯一人、智子の瞳は明らかにキラキラと輝いている。

 

 

「ああ、お前達も早く新型ユニットを実戦投入したいだろう?模擬戦はそれを早めるためにはまぁ…必要な措置と言えるだろう。ちなみに、既に必要な物資等は移動準備が完了している。後は私達の準備が終われば即出発だ。さて…何か質問はあるか?」

 

「はいは~い!!」

 

 

 江藤の言葉にいち早く手を上げたのは智子であった。この際新型ユニットをめいいっぱい動かせるのであれば模擬戦でも良いのであろう、先ほど武子に窘められた事も忘れたのかまたテンションが上がり気味である。

 

 

「それで、相手は何処の部隊の子達なんですか?陸?それとも海??」

 

「ん、まあ当然の疑問だな。だがその事については……杉山少尉、頼む」

 

 

 江藤に話を振られ、おっかなびっくりと晶は一歩前へ出た。

 

 

「はっ…はい……え~と…ですね、今回皆さんが模擬戦をしていただく相手は独立第十戦隊です。ご存知ですか?」

 

 

 晶の口から出た部隊名に、智子達4人は首を傾げる。その空気を察してか、すぐさま晶は補足説明に入った。

 

 

「独立第十戦隊と言うのは、藤井始大佐率いるウィザードのみで構成された特殊部隊ですね。ちなみに、今回貴女達にテストして頂いてるキ27、中島、九七式戦闘脚をあちらの部隊も使用しています。本来ならこのまま二部隊別々から送られたデータを下にこのユニットの採用を検討する予定だったのですが……色々と上の意向が重なり…今回合同訓練をしていただく事になりました」

 

 

 そう言いつつ、「はぁ」と溜め息を付く晶。口に出す勇気は無いようだが、今回の急な要請には納得しかねているようだ。そんな晶の心情はつゆ知らず、智子達の間には動揺が走っていた。

 

 

「えっ…ウィザードってあの?そもそもその人達ちゃんと空飛べるの??」

 

 

 ウィザードと聞いて、明らかに肩を落す智子。それもそのはずである。この時代においてウィザードの認知度はほぼ無く、戦場で活躍できるだけの実力を持つウィザードなどほんの一握りの存在である。智子も軍に居る間に陸軍の中にも男で魔法力を持つ者が存在すると言う話は聞いた事があったし、それらしき軍人が施設の廊下を歩いているのを何度か見た事もある。しかしその者達が戦場に出ていると言う話は聞いた事が無く、そもそもユニットを穿いて飛行訓練をしている所すらも見たことが無いありまさなのだ。

 

 

「確かウィザードって飛行適正がある子でもシールドを張れるだけの魔法力すら無い子が殆どって話でしょ?……う~ん……」

 

 

 そう呟きつつ、険しい表情になる圭子。最悪飛べるなら模擬戦をする事も可能であろう。しかしもう何度も戦場で怪異達と死に物狂いの戦いを繰り広げている自分達と飛ぶのが精一杯なウィザード達とでまともな模擬戦になるのかと、口には出さないもののその目が訴えていた。

 

 

「貴女達ねぇ…相手が誰かなんて関係ないでしょ?それが任務なんだから、ちゃんとこなすまでよ」

 

「ん…フジの言うとおりだな、それにウィザードがどんなものか…この機会に見極めるのも面白いんじゃないか?」

 

 

 そんな二人を見て苦い顔をしつつ任務と割り切って居る武子と、前情報を気にする事無く今回の模擬戦を楽しむ心積もりの綾香。4人の任務に対するモチベーションは真っ二つに割れていた。そんな空気を察してか、晶はおずおずと引っ込んでしまう。そんな空気を吹き飛ばしたのは江藤の一言であった。

 

 

「お前達の考えている事はまぁ…分からんでもない、だがこれが上から来た命令である以上私達のする事は一つだけだ。彼らと模擬戦をし…そして勝て!」

 

 

 その気迫に様々な表情をしていた智子達も真剣な表情となり、様子を伺っていた晶もホッと胸をなでおろす。

 

 

「…よし、では早速準備に取り掛かるぞ。出発はヒトフタマルマル、恐らく向こうには1週間近く滞在する事になるだろう。各自それを想定して準備に当たるように、以上だ」

 

 

 説明を終えブリーフィングルームを出て行く江藤。傍に控えて居た晶もそれに付いて部屋を出て行く。残された4人もまた次々と部屋を出て行き、各々に割当てられた部屋で準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……なんでこんな事になっちゃったのかしら。模擬戦をするにしてももう少しマシな相手を選んで欲しいわ」

 

 

 そう呟きつつ、慣れた手つきで荷物を纏めて行く智子。怪異との戦いが始まってからというもの、任務の為基地から基地を転々とする事が度々あった彼女達にとってこういった荷造りは慣れた物であった。軍服、飛行服、寝巻き用の綿入れ半纏、後はトレーニング用の木刀に換え用のズボン等々…必要最低限必要な物のみがカバンへと詰め込まれていく。

 

 

「ふぅ、まあこんな所かしら……?あれは…」

 

 

 大凡必要そうな荷物をカバンに詰め込み終えた智子がふと窓の外を見ると、そこには圭子と綾香の姿があった。二人とも何やら真剣な表情をしており何かを話し込んでいる様子である。その様子が気になった智子が近づき窓を開けようとすると ―コンコン― と扉をノックする音が響く。2人の事が気になった智子であったが、訪問者を迎えるべく声を掛ける。

 

 

「はーい。鍵なら開いてるわよ、どちら様?」

 

 

 智子の声を受け、ガチャリと扉が開く。そして部屋に入ってきたのは武子だった。

 

 

「私よ、こっちも準備が終わったから様子を見に来たんだけど…取り越し苦労だったみたいね」

 

 

 粗方の荷物を纏め終えた智子を見て、苦笑する武子。

 

 

「まあね、流石にこう何度も引越し続きだと慣れちゃうわよ~。それに今回はまたここに戻ってくる訳だし、尚更ね」

 

 

 武子に笑顔で返しつつ、智子はチラッと窓の外を眺める。しかしそこにはもう二人の姿は無かった。一体何の話をしてたんだろう…と智子の心に小さな疑問が残る。

 

 

「智子…どうかしたの?」

 

 

 そんな智子の様子を察してか、心配そうに見つめる武子。あわてて「なんでもないっ!」と返す智子だが、武子にはその顔がぎこちなく映った。その理由に心当たりがあったのか、先程とは一転怪訝な表情を浮かべながら智子に詰め寄る武子。

 

 

「はぁ……貴女ねぇ、まだ相手がウィザード(おとこ)なのが不満なの?さっきも言ったけど、これはれっきとした任務なのよ智子?」

 

 

 武子の剣幕にたじろぐ智子。

 

 

「えっ!?あっ…いや…別にそう言う訳……でもあるけど…」

 

 

 何とか否定しようとするも、その指摘もまたあながち間違いではないので言葉を濁す結果となった。ジト目でこちらを見る武子に目を合わす事もできない。項垂れた様子の智子を見て武子は「はぁ…」と溜息を一息付くと、言葉を続けた。

 

 

「…そりゃ私だって不安な部分はあるわよ、その人達の錬度がどの程度までなのかも一切分からないわけだし…けど、その部隊を率いてる藤井始って人の名前は聞いた事があるわ」

 

「えっ…その人知ってるの武子??」

 

 

 意外な武子の言葉に驚く智子。

 

 

「ええ、と言っても噂程度だけどね。なんでもウィザードにしてはかなりの魔法力を持ってるみたいよ。、しかも江藤隊長みたいに海外支援を受けてネウロイと戦闘をした事があるとか」

 

「へぇ~…じゃあ少なくとも私たち位の魔法力はあったって事?ふ~ん♪」

 

 

 ウィザードの中にもそれなりの実力を持った者が分かって明らかに上機嫌になる智子。今は魔法力を使っていないため見ることが出来ないが、使っていればその尻尾はブンブンと振られていた事であろう。その様子が容易に想像できたのか、武子の顔にも自然と笑みがこぼれる。

 

 

「…って、何で笑ってるの武子?」

 

 

 何故笑われているのか理解できず、キョトンとした顔をする智子。「なんでもないわよ」と武子に誤魔化され、イマイチ腑に落ちない様子であるが話は続いていく。

 

 

「けど、その時に受けた傷の所為で実戦を退いたそうよ。今では昔の経験を生かして戦闘教官をしてるって聞いてるわ。とても厳しい人らしくて、付いたあだ名が達磨の鬼教官……」

 

「えっ…?」

 

 

 「達磨の鬼教官」その一言に反応する智子。何処かで聞いた事がある気のする言葉だが、何処で聞いたかはどうにも思い出す事が出来ない。

 

 

「あら…貴女も何処かで聞いた事あったの、藤井大佐の事?」

 

「う~ん…何処かで聞いた事ある気がするんだけど……その達磨の鬼教官ってあだ名。…まあでも思い出せそうに無いししょうがないわ」

 

 

 しばらく考え込んでいた智子だったが、思い出せない物は仕方が無いと割りる事にした。その後武子と他愛の無い会話を続けている内に集合時間まじかとなり、二人は荷物を纏め部屋を後にした。

 

 そして江藤敏子、穴拭智子、加藤武子、加東圭子、黒江綾香、杉山晶の6名は現在独立第十戦隊が駐屯する基地へと移動を開始した。その先に待つウィザード達への期待と不安を胸に。

 

 

 

 

 

 

 

 

――扶桑陸軍独立第十戦隊駐屯基地――  訓練用グラウンド

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジョー!お~い!!ったく…こんな所に居たのかよ…」

 

 

 だだっ広いグラウンドを一人の少年が走っている。一般的な扶桑陸軍の軍服を着たその少年は、どうやらグラウンドの隅で仰向けになって空を眺めている少年を呼んでいるようだ。

 

 

「……?」

 

 

 ジョーと呼ばれたその少年は、走ってくるその少年を一瞥すると興味を無くした様にまた空を眺め始めた。その態度に怒りを覚えたのか先ほどよりも一段と速さを増した少年は………そのまま仰向けになっている少年にとび蹴りをかました。

 

 

「かはっ!?……何を……する?」

 

「何を?じゃねえよこの不良軍人がっ!!テメェ今オレを無視しやがっただろっ!?あぁっ!?」

 

 

 とび蹴りがクリーンヒットした後、息も絶え絶えに言葉を紡ぐ仰向け少年。どうやらダメージは相当なようだ。しかしそのまま胸倉を掴まれ、無理やり引き上げられた。何とかこの状態を打開しようと言葉を紡ぐ。

 

 

「別に…無視はしていない。唯めんどくさそうだったから……」

 

「……殺す」

 

 

 しかしその言葉は火に油だった。怒りで我を忘れたマジ切れ少年と何とか呼吸を整えた仰向け少年のバトルが始まって数分後。遅れてやってきた2人の少年に何とかマジ切れ少年を引き剥がして貰った頃には二人ともボロボロな状態だった。

 

 傍から見れば何処にでも居る中学生に見える彼ら、しかし彼らは普通の中学生ではなかった。生まれつき魔法力を持ち、異形の怪物ネウロイと戦うべく日々訓練を積む彼らの事を軍ではウィザードと呼称する。

 

 

「ったく…もうすぐお客さんが来るから態々迎えに来てやったって言うのによ~……」

 

 

 ブツブツ呟きつつまだ怒りが収まらぬと言った少年。乱雑に切られた髪に鋭い眼光、身長も4人の中で一番高くとても威圧的な印象を受ける彼の名は稲垣勝夜。

 

 

「ふむ、お主の言いたい事も分かるがここで喧嘩をしてしまっては本末転倒であろう?客を前に生傷をこさえていては格好も付くまいよ」

 

 

 そんな勝夜を嗜める遅れやってきた二人の少年の内の一人。完全に剃りあげた頭、痩せ型だが4人の中でも勝也に次いで2番目に高い身長。その着こんだ軍服よりも袈裟が似合いそうな彼の名は如月一馬

 

 

「まあまあ…ジョーも悪気があった訳じゃないよね?……ね~…?ほら、ジョーもちゃんと謝ろうよ!」

 

 

 一馬と共に怒り収まらぬ勝夜を宥め様とあたふたしている遅れてやって来た少年の内の一人。キチっと短く切り揃えられた髪にややたれ目の瞳、身長は4人の中で2番目に低く気の弱そうな印象を受ける彼の名は宮川春樹。

 

 

「……悪かった」

 

 

 そして口では謝りつつもその顔からは一切の誠意が感じられない少年。特に特徴が無いのが特徴と言った感じの平凡的な容姿、但しその身長は4人の中で一番低く下手をすれば小学生に間違えられそうな彼の名は上尾譲治。

 

 

「てめぇ……第2ラウンド始めてぇならさっさと言えや!何時でも乗ったるぞコラッ!!」

 

 

 譲治の態度にヒートアップしていく勝夜。涼しい顔をしつつ少々距離を取る譲治。まさに一触即発と言った空気の中、その空気を破ったのはまるで地が裂かれんばかりの怒声だった。

 

 

「貴様らァァ!!!!何をやっとるかッッッッ!!!」

 

 

 その怒涛に驚きすくみあがる3人。たった1人一馬だけは近づきつつあるその存在に気づいていたのか耳を塞ぎつつもこの後に起こるであろう事に備え身構えていた。そして怒声の主は一歩、また一歩とゆっくり譲治達の傍まで近寄り……一人一人を強烈な張り手で叩き倒した。

 

 

『ッッッッ!!』

 

 

 強烈な張り手により倒れこんだ4人、しかし傷を確かめるよりも早く立ち上がり直立不動で姿勢を正す。そこに先ほどの様な空気は無くあるのは毎日の訓練で身に染みた軍人の顔……ではなく、目の前の男に対する恐怖がそうさせていた。

 

 突如現れたこの人物こそが藤井始、独立第十戦隊を束ねる隊長でありこの4人の直属上官である。風貌は一般的な扶桑男性より頭一つ分ほど高く、とてもガッチリした体格も合わせて常に周りに緊張感を漂わせている。そして何よりもその目はまるで鷹を想像させるほど鋭く、一度でも睨まれた者は恐怖でその場に立ち尽くしてしまうだろう。

 

 

「何やら騒いでいたようだが、貴様等ここで何をしていた?」

 

 

 有無を言わさぬ威圧感(プレッシャー)が4人を襲う。正直に勝夜と譲治が喧嘩をしていたと告げれば間違いなく殺される…それが4人の共通認識であった。だがしかし、それを隠すために嘘をついた場合はどうであろうか?恐らく結果は同じだろう、あの目を前に嘘を付き通せる自身は4人ともありはしなかった。

 

 どちらにせよ地獄…その事実が4人の口を固く閉じさせる。周囲を包み込む静寂、強まる緊張感…その苦痛に4人が耐え切れなくなりそうな瀬戸際、先に口を開いたのは藤井であった。

 

 

「…まあいい、普段ならとことん問い詰める所ではあるが今は時間が惜しい」

 

 

 藤井の言葉に4人は自分達が助かったのだという事実を何とか認識する事が出来た。それと同時に緊張が解れた為か張り手を受けた頬がジンジンと痛み出す。しかし頬を押さえたり姿勢を崩す事は許されない、何故ならば自分達の一挙手一投足がまたいつ地雷を踏み抜くか分からないためである。

 

 

「…隊長、時間が惜しいという事はそろそろ客人がこちらに来るという事でしょうか?」

 

 

 未だ重苦しい空気の中勝夜が話題を変えようと藤井に質問を投げかける。対して藤井の表情は厳しいままであったが、淡々と質問には答えていく。

 

 

「そのはずだ、道中何かしらのトラブルでもない限り後1~2時間ほどで到着するだろう。事前に伝えたとおり明日から合同訓練を行い、最終日に彼女達とこちらから選抜した4人とで模擬戦を行う予定だ。……そして、その4人は貴様等で行こうと考えている」

 

 

 そう言って4人を見据える藤井。その目には先ほどと同じ鷹の様な威圧感と共に4人に対する信頼感を感じる事が出来た。その言葉に、先程まで大人しかった彼らに再び火が灯る。

 

 

「任せてください隊長!オレが全員叩き落してやりますよ!」

 

 

 藤井の信頼を感じ、テンションの上がる勝夜。

 

 

「こんな機会はまぁ、中々無いですからな。ウィッチの実力、勉強させて貰いましょう」

 

 

 静かに笑みを浮かべつつ、まだ見ぬウィッチ達との模擬戦を糧と考える一馬。

 

 

「隊長の期待に……応えてみせます!」

 

 

 ウィッチ達との模擬戦に不安を覚えつつも、掛けられた期待に懸命に応えようとする春樹。

 

 

「……やれる事はやりますよ」

 

 

 少々の沈黙を置いて、表情を変えず唯淡々と返す譲治。

 

 

 4人の反応は様々だが、模擬戦に対してはノリ気の様だ。その言葉に満足したのか、藤井の表情も緩み小さく笑みを浮かべた。

 

 

「うむ、しかしこれはあくまで訓練だ。我々の敵は怪異(ネウロイ)のみ!それを忘れるなよ?では貴様等は宿舎に戻り明日に備え休息を取るように、以上だ」

 

 

 最後に陸軍式の敬礼を返し藤井は去っていく。残された4人は直立不動のまま藤井が見えなくなるのを確認し、宿舎へと向かっていく。

 

 

「へっ……やっとウィッチと本格的な実戦をするチャンスが巡ってきた訳だ。これでオレ達の実力が証明出来るぜ」

 

 

 宿舎に戻る帰路の途中、高まるテンションを抑えきれず腕を鳴らす勝夜。何故ならば長年ウィッチとウィザードの格差に晒されて来た彼は、人一倍ウィッチとの模擬戦を望んできたのだ。確かに魔力量の多さではウィッチ達に数歩劣るかもしれないが、空戦技術を只管磨いてきた自分であればウィッチと互角以上の戦いが出来るはず。ならば実際に戦ってウィザードはここまで出来るのだという事を世界に知らしめたい、それが彼の目標であった。

 

 

「しかし、先程隊長も言ってた様に目標を謝るなよ?我等の敵はウィッチでは無いのだからな」

 

 

 それを後ろから嗜める一馬。勝夜の気持ちをよく理解している一馬ではあるが、ウィッチを倒す事のみに集中してしまっては本末転倒である。あくまで彼女達は仲間、なればこそこの機会に彼女達と交流を深めるのも一興と考えた一馬であったが、今の勝夜には言っても無意味と判断し心に留めて置く。

 

 

「そうだね、今の勝夜だとウィッチの人達が来た瞬間に飛び掛っちゃいそうだし…」

 

 

 いかにも不安げな顔で呟く春樹。それを察してか「いざとなれば全員で抑えかかれば良かろうと」一馬は春樹の肩を叩きつつ、その時が来ない事を祈るがなとひとりごちる。

 

 

「ったく…流石のオレでも会って早々飛び掛るかよ」

 

 

 対して勝夜は、口ではそう言いつつも明らかに二人から目を反らす。ジト目を返す一馬と春樹。そんな彼らを見つつ譲治は一言呟いた

 

 

「やれやれ…」

 

 

 刻々と迫ってくるウィッチ達との模擬戦。それに対し様々な思いを浮かべつつ、彼らは宿舎へと戻っていった。

 



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第5話 異性接近遭遇

 

 

 

ストライクウイッチーズ零外伝

 

 

扶桑海ノ三羽烏

 

 

 

第5話 異性接近遭遇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元居た基地を出発してから数時間、出発時にはまだ高い位置にあった太陽も既に西の空へと傾き始めている頃…彼女達は目的地へと到着した。

 

 

「ほ~…ここがウィザードが居る基地か、私達の居た基地より内地寄りなんだな」

 

 

 自分達がこれから世話になる基地を見渡しつつ、綾香が呟く。

 

 

「この基地は主にウィッチやウィザードの訓練に重きを置いた場所だからな、ウラル方面から来る怪異(ネウロイ)達もまだここには届かないさ」

 

 

 その呟きが聞こえたのか、後ろに居た江藤が説明する。ちなみに、智子はここに着いて早々グラウンドを見つけるとそちらに向かって走り出していた。どうやら長時間の移動で動けなかった分ここで発散する気の様だ。その様子を見た武子は溜息を付きながら智子を追っていき、次いで晶も慌てて後を追っていった。

 

 そして、その様子を苦笑しながら見守っていた圭子は、江藤の話に興味を持って話しかける。

 

 

「隊長…この基地について詳しいんですね?もしかして、来た事があるんですか?」

 

 

「……昔ちょっとな」

 

 

 圭子の疑問に答える江藤であったが、その表情が一瞬曇ったのを見て圭子はそれ以上その話を聞くのを止める事にした。辺りに重たい空気が流れる。

 

 

「…しかし隊長、移動先は目と鼻の先という話では無かったのですか?確かに今日中には着きましたが…もう夕暮れですよ?」

 

「!…そ…そうですよ隊長!私もちょっとしたドライブぐらいの気持ちだったのにまさか数時間移動する事になるなんて…」

 

 

 そんな空気を変えようと、綾香は別の話題を切り出した。慌てて圭子も綾香の話乗る。

 

 

「ん?いや、目と鼻の先だろう。陸路で行ける範囲を距離とは言わんよ」

 

 

 あたかも当然だろう?と言いたげな江藤の顔を見て、二人は思わず噴出して笑ってしまう。その様子を見て江藤は眉を潜めたが、その口元は薄っすらとだが笑みを浮かべていた。

 

 

「…まあいい、とりあえず飛び出して行った智子達を追うぞ。まだ向こうに挨拶すらしとらんからな」

 

 

 着いて来い、と二人を促しつつ智子を追っていく江藤。二人も少し後ろから後を着いて行く。

 

 

「……ありがとね、綾香」

 

「気にするなヒガシ、お前はそんな湿気た顔より何時もの笑顔のほうが数倍似合ってるぞ」

 

 

 珍しく気落ちしている圭子に対して、圭子の肩を叩きつつ「笑え笑え」と促す綾香。そんな言葉に、少し照れた表情をしつつ圭子はニコっと笑って見せた。

 

 

「うん、上出来じゃないか。それでこそ何時もの圭子だ」

 

「そう……かしら?何かこれ…思ったより照れるわね…っ///」

 

 

 何はともあれ、圭子が元気になったのを確認し綾香も自然と笑みが零れた。しかしを見た圭子が自分の笑顔が笑われたと誤解し少しの間口論になっのだが、後ろの異変に気づいた江藤の一喝により何事も無く収められた事を付け加えておく。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃武子と晶は、グラウンドの端で何とか猛ダッシュをする智子を捕獲する事に成功していた。

 

 

「アナタって子は何時も何時も…少しは落ち着きって物を覚えれないのかしら?」

 

「うぅ……だって、移動の間退屈だったし…」

 

「んー…?」

 

「ヒィッ!?…」

 

 

 何時もの説教モードに入っている武子。智子はその威圧感に呑まれ、完全に縮こまってしまっていた。正座させられ、反論しようにも武子の一睨みで俯いてしまう。ちなみに晶はと言うと…

 

 

「ぜぇ…ぜぇ…お二人とも……それより…早く……戻らないと…」

 

 

 走り回った所為で完全にグロッキー状態である。何やら二人に言いたいようだが、息が切れている所為で所々聞き取れない。仕方なく武子の説教が続いてる内に近くの木陰で息を整えようと休んでいると、何時の間にやら背後に近づいてきていた一人の少年の存在に気がついた。

 

 

「よぅ、随分疲れてるみたいだけど大丈夫か~?」

 

「ひゃぁっ!?…あっ…あの…わわっ!?」

 

 

 しゃがみこみ、晶の顔を覗き込む少年。突然の事に狼狽して声が裏返ってしまう晶。よっぱどビックリしたのかそのままバランスを崩して倒れこみそうになるが、少年が間一髪腕を掴み何とか引き戻す。

 

 

「っと……おいおい、そこまでビックリする事は無いだろ?」

 

「あっ…はい、すみません……」

 

「ん…謝る必要はねーけどよ、まあ怪我も無いみたいだし良かったな!」

 

 

 晶がどこも怪我してないのを確認し、笑いかける少年。最初は少年に萎縮していた晶だが、少年の屈託の無い笑顔を見ている内にいつの間にか少年と一緒に声を上げて笑っていた。

 

 その声が届いたのか、武子と智子も気づいて晶達に近づいてくる。

 

 

「晶が声を上げて笑うなんて珍しいわね…って……コイツ…だれ?」

 

 

 突然の現れた少年にジト目を送りつつ少年を観察する智子。顔は…まあ世間一般で言う美男子の部類だろう、扶桑海軍の飛行服を着込んでいる事から恐らくウィザードか戦闘機乗りだと思われるが、これだけでは判断しきれない。次に印象だが、引っ込み思案な晶がこれだけ早く打ち解けてる事からそう悪くない…?いやいやまだそう断定するには情報が足りなさ過ぎ等々…

 

 

「…おいおい、そう睨まれるとこっちも困るんだが」

 

 

 智子の視線にポリポリと頭を掻きつつ智子へと声をかける少年。しかし智子からの返答は無い。しばらく見つめあう二人だったが、困った顔をしている少年に武子が助け舟を出す。

 

 

「えっ…あっ…ちょっと武子!?」

 

「はいはい、いきなり初対面の人を睨みつけたら失礼でしょ!と・も・こ?……えっと…海軍の人で良いのかしら?」

 

 

 未だ少年を睨みつけている智子をその場から無理やり引き剥がし、代わりに少年へと声をかける武子。

 

 

「ああ…そういうそちらさんは陸軍だろ?見た所、この嬢ちゃんの連れってとこか」

 

 

 智子の視線から逃れやっと調子が戻ってきたのか、少年の口調にも元気が戻ってくる。

 

 

「えっと…この人とは先程出会ったんですけど、コケそうになったボクを助けてくれて……あっ!自己紹介がまだでしたね、ボクは扶桑陸軍参謀本部第1部編成動員課所属の杉山晶って言います!」

 

 

「よろしくお願いしますね」と丁寧にお辞儀をする晶。それに続いて武子も自己紹介を始めた。

 

 

「私は扶桑陸軍飛行第一戦隊所属の加藤武子よ、で…こっちのむくれてる子が穴拭智子」

 

「う~……っ///」

 

 

 笑顔で「よろしく」と返す武子と頬を引っ張られ上手く声が出せない智子。時折武子の手から抜け出そうと暴れるが、ガッチリとホールドされていて動けない。

 

 

「飛行第一戦隊……んじゃアンタ等はウィッチって訳か。ほ~……なるほどな」

 

 

 何かを納得したようにうんうんと頷く少年。彼が何を納得したのかが分かるはずも無く武子と晶は揃って首をかしげる。と、ここでようやく武子ホールドを抜けた智子がズカズカと少年に近寄り、キッと睨みつける。世に言うガンつけである。

 

 

「何よ、私達がウィッチで悪い訳?言いたい事があるならはっきり言いなさいよっ!」

 

 

 力強い剣幕で捲し立てる智子。それに対して少年は…

 

 

「ん?いや、前に噂で聞いてたんだけどやっぱウィッチって美人揃いなんだなってよ」

 

 

 平然とした顔でそんな事を口にした。

 

 

「なっ……ななななななな!?」

 

 

 見る見る内に真っ赤になっていく智子。先程の剣幕は何処にやら、まるで少年を恐れる様に後ずさりしている所を再び武子に確保されるが、そんな武子も少し顔を赤らめていた。

 

 

「あっ……あははは……それより今度は貴方の名前、教えて貰えると嬉しいです」

 

 

 そんな二人を尻目に、今度は晶が少年に尋ねる。すると少年は待ってましたとばかりに口を開いた。

 

 

「おうよ、オレは横須賀海軍航空隊の赤ま―――」

 

 

 少年が自己紹介をはじめようとした瞬間、その声に被さる様に江藤の声が響き渡る。

 

 

 

―――お前達、いい加減挨拶に向かうぞ!戻って来い!!――――

 

 

 智子達が声の方に目を向けると、グラウンドの向こうで仁王立ちしている江藤の姿が見えた。その後ろに控えている圭子と綾香は心なしか表情が暗い様に見える。

 

 

「ん?どうやらそっちの迎えみたいだな、んじゃオレも用事がある事だしそろそろ行くとするぜ」

 

「えっ…あっ…ちょっとアンタ名前は!?」

 

 

 慌てて智子が振り向くと、既に少年は基地の方へと走っていった。江藤が呼んでいる手前今から追いかける訳にもいかず、3人はすぐさま江藤達の元へと駆けていった。

 

 

 

 

 

 その後合流した江藤達は基地施設内へと足を運んだ。まずは今回の演習相手である独立第十戦隊の隊長、藤井始に挨拶するため彼を探す事になったのだが、江藤の表情は重い。

 

 

「やれやれ…ここまで来るのに少々時間が掛かってしまったな、約束の時間を少し過ぎてしまったか」

 

 

 江藤の呟きに、その遅れた原因を作った張本人、智子の体がビクっと跳ねる。散々武子に説教された後ではあるが、ここから更に江藤からの説教までも入るのかと身構えるが、その前に智子の横に居た晶からフォローに入った。

 

 

「まっ…まあでも、そこまで遅れた訳ではないですし!今日は演習の予定がなかったんですから大丈夫ですよっ」 

 

「そっ…そうよね?」

 

 

 懸命な晶の励ましにより、少し表情の和らぐ智子。前方に居る武子はまだ言いたい事がある様な顔をしているが、こちらはこちらで圭子に「まあまあ」と抑えられている。

 

 そうこうしながら通路を歩いていると、反対方向から男性将校が歩いてきた。何か不機嫌になる出来事があったのか、苦虫を噛み潰した表情をしながらこちらへ向かってくる。

 

 その階級章から陸軍少将と判断した一同は、すぐさま道を開け陸軍式の敬礼の形をとる。

 

 

「ん……?貴様等はウィッチか?何でウィッチがこんな所に居る?」

 

 

 男は敬礼している江藤たちに気づき足を止め、まるで品定めをするような目つきで6人を見る。その下卑た視線を受けて智子が明らかに嫌そうな顔をするが、横の武子が智子の背中を抓り嗜めた。

 

 

「我々は陸軍飛行第一戦隊に所属しているウィッチです。こちらの藤井始大佐率いるウィザード部隊と模擬演習するために来ました」

 

 

 すかさず江藤が智子達と男の間に立ち自分達がここに理由を説明する。男はその説明を聞くと明らかに先程よりも不機嫌になった。

 

 

「チッ……貴様等があの青二才の言っていたウィッチ部隊か。フン…いけ好かんな」

 

 

 吐き捨てる様に呟くと、グチグチと江藤に悪態を付き始めた。見る見る江藤のボルテージが上がっていくのを感じた智子達はその場から数歩後ずさりしつつ、ヒソヒソ話を始めた。

 

 

「ちょっと、アレ流石に不味いんじゃない?このままじゃ隊長、あの中年オッサン殴っちゃうんじゃない?」

 

「だろうな、しかし…私達じゃ止められまい」

 

「あわわわ…っでも止めないと洒落にならないわよっ!?」

 

「そう?でもあの人目つきが何かやらしいし、このまま隊長が一発行ってくれた方がスカッと…って武子!さっきはよくもやったわね!!」

 

 

 ギャーギャーともはやヒソヒソ話の域では無くなって来ているが、ふと綾香が明らかに様子がおかしい晶に気づく。

 

 

「どうした杉山、顔色が悪いぞ…?」

 

 

 晶の顔を覗き込む綾香。しかし晶からの反応は無く、まるでこの世の終わりの様な表情で俯いている。

 

 

「なん……つが……こに………」

 

「?…何を言ってるかよく聞こえないぞ?」

 

 

 消え入りそうな声で何かを言おうとしている晶を心配そうに見つめる綾香。そこに江藤に悪態を付いていた男が、こちらの騒ぎに気づきやってくる。

 

 

「ん?貴様等何を騒いで…?……ほぅ、貴様の顔は何処かで……そうだ、確か杉山晶と言ったなァ?」

 

 

 男は晶の顔を見るなり下卑た笑みを浮かべて晶に近づいてきた。その顔を見て、晶の身体がビクっと震えた。

 

 

「ひっ!?…あっ…あの…」

 

 

 明らかにその男に怯えている晶。更に男が晶に触れようとした瞬間……その腕は綾香の手によって払われた。

 

 

「っ!?…きっ…貴様何をするか!?」

 

 

 突然の事に狼狽しつつも、綾香を睨みつける男に対し、綾香は凛とした表情で男と対峙する。

 

 

「申し訳ありませんが少将、この子は体調が悪いようなので話なら私が伺います」

 

 

 一応丁寧な口調だが、その目からは男への敵意が見て取れる。一触即発の空気の中、何が起こったのか一部始終を見ていなかった智子達3人は綾香の手を払う音に気づいて此方を見るが、その後ろにあった今にも男に殴りかかりそうな江藤の顔を見て血相を変える。

 

 3人は即座に覚悟を決め、一斉に江藤へと飛び掛った。

 

 

「なっ……お前達何をする!?」

 

 

 突然3人に飛び付かれその場に倒れこむ江藤。その隙を逃すまいと3人は魔法力を発動し江藤の手足を押さえ込み、何とか無力化に成功する。

 

 

「ごっ…ごめんなさい隊長!でも流石に暴力は良くないと思いますっ!!」

 

「今は抑えてくださいっ……」

 

「あはは…これは後が怖いわねぇ~……」

 

 

 流石の江藤も現役ウィッチ3人に組み伏せられては為す術もなく、しばらくもがいていたが大人しくなった。突然の横槍に多少面食いつつも、男は再度綾香に向き直る。

 

 

「チッ…ウィッチと言うのはどいつもこいつも教育がなっとらんな。オイ、貴様…名前はなんと言う?」

 

「扶桑皇国陸軍 飛行第1戦隊所属、黒江綾香少尉です。少将殿」

 

 

 キッと睨み付けてくる男に対して綾香は堂々と自分の所属と階級、そして名前を淡々と伝えていく。男はその態度が気に入らないようだったが、流石にウィッチと殴り合いをする勇気は無いらしく、綾香の言葉を聴くとそのまま横を通り過ぎていった。

 

 

「貴様…私に楯突いて唯で済むと思うなよ?…フン、精々楽しみにしておけ」

 

 

 綾香の横を通りすぎる間際、そんな捨て台詞を残して。すぐ後ろで蹲っている晶に対しても何か一言二言言っていたようだが、流石に遠すぎて綾香達の耳に届くことは無かった。

 

 男が去った後、綾香かはすぐさま晶の下へと近づく。ずっと俯いている所為で晶の表情は読めないが、まだ肩がワナワナと震えているのを確認し、綾香は晶の身体を自分の胸に埋めさせる様に引き寄せ、優しく頭を撫でていく。

 

 

「とりあえず落ち着け、アイツとお前の間に何があったかは知らないが絶対に私が守ってやる…」

 

 

 明の耳元で呟きつつしばらくそうしていると、段々と晶の震えが止まっていくのを綾香は感じた。相変わらず顔は俯いたままだが先ほどの様な怯えは無く、恥ずかしそうに上目遣いで綾香の顔を覗く。

 

 

「あっ…あのっ!…ごめんなさいっ……でっでもボクはもう大丈夫…ですから///」

 

 

 余程今の状況が恥ずかしいのか、まるで茹蛸の様になっていく晶。何とか綾香の胸から逃れようとするが、綾香にガッチリホールドされて一切身動きが取れない。「もう平気ですから」と言う晶に対し、綾香の行為はエスカレートしていく。

 

 

「ん?別に減る物でも無いし良いじゃないか、それにしても杉山は中々良い抱き心地だな…丁度こんな抱き枕が欲しいと思ってたんだ♪」

 

 

 調子に乗った綾香の頭を撫でていた腕が段々と下へ下へと滑っていく毎に晶の身体が小さく跳ねる。

 

 

「だっ…抱き枕って…ひゃぁっ!?どっ…何処を触ってるんですか!?やっ…止めてくださ………っ///」

 

 

 段々と艶を帯びていく晶の声…と、いよいよもって危険な空気が漂うのを感じたのか先ほどまで江藤を抑えていた智子が頬を赤めながら綾香を止めに掛かる。

 

 

「ちょっ…ちょっと綾香!!いい加減にしなさいよっ!こんな公衆の面前でっ!」

 

「んぐっ!?まっ…待て智子!?力任せに引っ張る……っ!?」

 

「は~や~く~は~な~れ~ろ~~!!」

 

 

 襟回りを掴んで力任せに引き剥がしに掛かる智子に対して抗議の声をあげる綾香であったが、興奮した智子の耳に届くことは無くそのままズルズルと晶から引き剥がされていく。

 

 

「あっ…あの…穴拭さん?黒江さんが…」

 

「まったく…晶ちゃん大丈夫?その…っ綾香に変な事されていない??」

 

 

 引き摺られて行く綾香を見て心配そうな声をあげる晶であったが、その声は智子の声でかき消された。

 

 

「あっ…はっ…はい…大丈夫…ですけど…///」

 

「なら良いけど……とっ…とにかく綾香!アンタの趣味がどうかは知らないけど、少しは場所と状況を考えなさいよね!…?ちょっと聞いてるの綾香??」

 

 

 されど綾香からの返事は無い。妙に思い恐る恐る綾香の顔覗き込む智子。

 

 

「―――――」

 

「あっ…綾香!?しっかりして綾香ーーーっ!?」

 

 

 そこには智子に本気で襟回りを締め付けられ、完全に気絶している綾香の姿があった。尚智子が抜けた事でパワーバランスが崩れ拘束を振りほどいた江藤は、智子達に当たる事は無かったもの、しばらく不機嫌であった事を付け加えておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって基地施設内の一室―― 江藤達が探している人物、藤井始は神妙な面持ちで紙タバコに火を付け一服していた。

 

 

「元よりすんなり行くとは思ってなかった、やはり上はあくまで俺達の事を……いや、今はそれより目先の事だな」

 

 

 フゥーっと煙を吐き、物思いに耽る藤井はふと…部屋の外が騒がしい事に気づく。すぐさま部屋の外に出ると、慌しく走ってきた一人の兵士を捕まえ声を掛ける。

 

 

「随分騒がしいが何かあったか?」

 

「はっ…!あっ…いえ…その……」

 

 

 声を掛けられた兵士は藤井の顔を見るなり口ごもる。このままではラチがあかないと判断した藤井は、鋭い眼光で兵士を一睨みし一喝する。

 

 

「貴様ァ!!応答は一字一句はっきりせんかっ!!」

 

 

 藤井の覇気に圧倒され、震え上がる兵士。すぐさま姿勢を正し、恐る恐る口を開いた。

 

 

「いっ…医務室にその……ウィッチが運び込まれたと噂になっておりまして……じっ…自分も今様子を見に行こうかと…っ」

 

「ウィッチ…?そういえばもう江藤が来る時間は過ぎているな。……まさか」

 

「…?あの藤井隊長、どうかなされたのですか?」

 

「…いや、良い。貴様はすぐに元の持ち場へ戻れ!そしてこの話は他言無用だ、良いな?」

 

「はっ…はい!失礼します」

 

 

 すぐさま来た道を戻っていく兵士を尻目に、嫌な予感を感じつつ藤井は医務室へと向かった。

 

 

 

 医務室前は案の定既に兵士やウィザード達が群がり人だかりが出来ていた。彼らは皆運び込まれたウィッチに興味があるようで、何とか中を覗こうと四苦八苦している。

 

 

「おいおい、ウィッチの子ってどんなんだったんだよ??」

 

「オレもチラッと見ただけだけど、かなり可愛かったぞ!」

 

「マジかよ!?オレウィッチの子に近づきたくて軍に入ったんだよな~…これってチャンスじゃね?」

 

「バ~カ!お前なんかが声掛けた所で無視されんのが関の山だろ~がっ」

 

「くっ……もう少しで中が見えそうなのに……」

 

「ちょっ…おい馬鹿止めろ!?これ以上押すんじゃねえっ!?」

 

 

 等々最早ドアを破って中に入って行きそうな勢いであるが、誰より軍の規律を重んじ「達磨の鬼教官」とまで言われた男、藤井始がこの惨状を放って置く訳も無かった。未だ藤井がここに来た事に気づく様子も無く盛り上がっている彼らに対し、藤井はゆっくりと近づいていき……

 

 

「何をやっておるかぁ~…貴様等ァ!!!!」

 

 

 本日一番の怒声と覇気でその場に居た者をものの一秒も経たずに黙らせた。その怒声に振り向いた彼らは、藤井の顔を見るなりすぐさま血相を変えつつその場に整列し姿勢を正す。その様子を一瞥した藤井は全員に持ち場に戻る様にと指示、全員が移動するのを確認した後で医務室の扉を開け中へと入っていった。

 

 藤井が中に入るとそこには見知った顔が二人、そしてはじめて見る顔のウィッチが4人居た。見知った顔はかつて自分の部下だった江藤敏子、もう一人は新型ユニットの運用等で何度かこの基地を出入りしている杉山晶、藤井が今まで到着を待っていた人物達である。それが何故医務室に居るのかは分からなかったが、藤井は先ほどまでの厳しい顔から幾分緩んだ表情で江藤へと声を掛けた。

 

 

「…久しぶりだな、江藤。元気にしていたか?」

 

 

 

 

 

 智子に落とされ気絶した綾香を運びつつ、偶然近くを通った兵士に医務室の場所を聞き何とか辿り着いた一同。突然の事に困惑している軍属医師に状況を説明し、何とか綾香をベットに寝かせる事に成功した。

 

 状況も一段落し、すぐさま藤井の元へ挨拶をと考えたのが…そこで新たな問題が発生した。何時の間にか医務室の外では彼女達に興味を持った男達でごった返していたのだ。

 

 流石にこの状況で外に出るのは騒ぎが大きくなる為此処から出る事もできずどうしたものかと頭を悩ます一同。するとそこへ、まるで地を割らんばかりの怒声が当たり一面に響き渡った。

 

 

「なっ…何今の!?えっ…ええっ!?」

 

「あわわわ…っ!?」

 

「っ…誰かの叫び声!?それにしたって…」

 

「大分耳にくるわね…これ」

 

 

 突然の事に何が起こったのか分からずパニックに陥る智子、晶、武子、圭子の4人。

 

 

「やれやれ…どうやらあちらに足を運ばせてしまったようだな」

 

 

 そんな4人とは対照的に何処か懐かしそうな表情を浮かべる江藤。少しすると外の先ほどまでの騒がしさが嘘のように静まり返り、一人の男…藤井が医務室へと入ってきた。

 

 

「…久しぶりだな、江藤。元気にしていたか?」

 

「はい、隊長もお変わり無いようですね」

 

「ああ、しかしお前が部隊の隊長か……時が経つのは早いな。そして……」

 

 

 江藤と親しげに話しつつ、藤井は次に晶の下へと歩いてくる。

 

 

「あっ…ごっ…ご無沙汰しています藤井大佐!えっと…」

 

「貴様も相変わらずだな、杉山少尉!もっとしっかりせんか!」

 

「えっ…あっ…そのっ…すっ…すいま…ひゃぁっ!?」

 

 

 藤井の言葉にあたふたする晶。何とか言葉を紡ごうとした次の瞬間、藤井の大きな掌が晶の頭をクシャクシャと撫で回す。不意の一撃に声が裏返る晶であったが、藤井はその事に気を止める様子も無い。

 

 

「フッ…機会があれば一度鍛え直してやりたい所だが、あまりちょっかいを出しすぎると荒木の奴に何を言われるか分からんからな!しかし精進を忘れるなよ?」

 

「わっ…分かりました!分かりましたから~っ!!」

 

「おっと…すまんすまん。で、彼女達がお前の部下という訳か………所で何故1人倒れているんだ?」

 

 

 ようやく晶を開放した藤井は、次に智子達を見て当然の疑問を口にした。それに江藤は気まずそうにここに来て今まであったことを掻い摘んで説明する。すると今まで比較的穏やかだった藤井の表情が一転険しくなる。

 

 

「なるほど、なっとらんな江藤。部下の統制は上官の務め、つまり貴様の責任だぞ」

 

 

 腕を組みキッと江藤を睨み付ける藤井。その所作だけで江藤はまるで上官に目を付けられた新兵の様に固まり、表情は完全に青ざめる。

 

 

「もっ…申し訳ありません隊長!以後この様な事が無いよう一層精進する次第であります!」

 

「当然だ。戦場ではそう言った油断、気の緩みが死に直結する…部隊を指揮する立場なら尚更だ!……それと、もう隊長は止せ江藤。藤井で良い」

 

「はっ……はい……」

 

「分かれば良い。さて、次は……」

 

 

 何時もの江藤では絶対ありえないような従順な態度。それに智子達は完全に動揺していた。そしてあの江藤をそんな状態するこの藤井と言う男は何者なのかと3人の心には興味と恐怖が植えつけられる。すると藤井の目は3人へと向けられる。

 

 

「未だお前達の名前を聞いていなかったな。オレはこの基地に駐屯する扶桑陸軍飛行独立第十戦隊隊長、藤井始大佐だ。一人ずつ名前を聞こう」

 

「はい!私は扶桑陸軍飛行第一戦隊所属、穴拭智子です!」

 

 

 藤井の言葉にまず最初に応えたのは智子であった。基本的(・・・)に真面目な性格な彼女らしくはっきりとした口調で自己紹介を終える。その勢いに押される形で2人も自己紹介を続けた。

 

 

「同じく加東圭子少尉です」

 

「同じく加藤武子少尉です。そしてベットにいる子が黒江綾香少尉です」

 

「なるほど、江藤が鍛えているだけあって良い目をしてるな」

 

 

 3人の自己紹介を聞き僅かだが表情を緩める藤井、それを見た3人から安堵の吐息が漏れた。しかしその後、再び険しくなった藤井の顔を見てすぐさま表情を引き締める。

 

 

「お前達も江藤から聞いていると思うが、お前達には明日からしばらくオレの訓練を受けてもらう事になる。ウィッチであるお前達なら訓練にも付いてこれるだろうが…オレの訓練は身体を鍛える為だけの物ではない。その精神もしっかり鍛えてやるから覚悟しておけ」

 

『はい!!よろしくお願いします』

 

 

 3人の返答に満足したのか頷く藤井。

 

 

「よしではお前達に割り振られた部屋に案内しよう、今日はゆっくり休め。杉山はこの後格納庫の方で整備班と合流してくれ、オレも後で向かう」

 

「分かりました!ではボクは一足先に失礼しますね、皆さんまた後で」

 

 

 ペコリとお辞儀をし部屋を出て行く晶。

 

 その後、藤井に連れられ智子達は自分達に割り振られた部屋へと移動した。部屋には二段ベット2つと簡易的な机が置いてあり、どうやらここに智子、武子、圭子、綾香の4人が過ごす事になるようだ。

 

 部屋とこの基地、食堂などについて軽く説明すると藤井はすぐさま格納庫へと向かい、江藤は綾香が目覚めた後事情を説明する為医務室へと戻った。残った智子達は自分達+綾香の荷物を整理し、やっと一息つくことが出来た。

 

 

「ふぅ~……疲れた」

 

「あ、ここの布団意外にフカフカね♪」

 

 

 すぐさま布団へとダイブする智子と圭子。その様子をやれやれと言った表情で見つつ、武子も自分に割り振られたベットへと腰を下ろした。

 

 

「それにしても藤井大佐…凄い迫力だったわね、隊長があんなになっちゃうなんて……」

 

「そうね、達磨の鬼教官……その噂に違わぬ迫力だったわ」

 

「ん…何それ?達磨~??」

 

「なんでも藤井大佐のあだ名らしいわよ」

 

「ああ…それあだ名決めた人相当センスがあるわね」

 

「ともあれ隊長以上に厳しい人が明日から訓練教官になるんだから…智子、貴女気をつけなさいよ?」

 

「っ!?なっ…なんで私だけなのよ??」

 

 

 武子の言葉に納得いかないと頬を膨らます智子。その様子につい笑みの零れる圭子と武子。

 

 そんなこんなで彼女達の最初の一日は過ぎていく。明日から行われるであろう訓練…それに対する期待とちょっぴりの不安を残して……

 



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第6話 それぞれの出会い

「…流石に寝付けないな」

 

 

 そう呟きつつ、黒江綾香は自分に宛がわれたベットからゆっくりと体を起こす。時刻は丁度深夜を回った頃だろうか、周りを見渡すと智子達は既に自分達のベットの上で寝息を立てている。

 

 明日から始まる訓練に備え、自分もさっさと寝るのが正解なのだろうが眠れないものは仕方がない。そう思考を切り替え綾香は仲間達を起こさぬ様静かにベットを降り立ち上がった。

 

 

「少し外を散「…流石に寝付けないな」

 

 

 そう呟きつつ、黒江綾香は自分に宛がわれたベットからゆっくりと体を起こす。時刻は丁度深夜を回った頃だろうか、周りを見渡すと智子達は既に自分達のベットの上で寝息を立てている。

 

 明日から始まる訓練に備え、自分もさっさと寝るのが正解なのだろうが眠れないものは仕方がない。そう思考を切り替え綾香は仲間達を起こさぬ様静かにベットを降り立ち上がった。

 

 

「少し外を散歩でもしてみようか、身体を動かせば眠くもなるだろう」

 

 

 よし、と行動方針を決め綾香は動き出す。そのまま部屋を出ようと考えた綾香だが、ふと今の自分の姿を確認し立ち止まる。幾ら深夜とは言えここは軍事基地なのだ。外には少なからず活動している者も居るだろう。流石に寝巻き代わりのズボン姿では格好が付かない、されど何時もの戦闘服を着るのも億劫である。

 

 しばらく思案した後、適当な上着を一枚羽織り綾香は部屋を出て行った。部屋を出る前に自分が寝付けなくなった原因にささやか(・・・・)な仕返しをして。

 

 

 

 建物から外に出てしばらく綾香はブラブラと歩き続けた。幾ら軍事基地とはいえ内地よりの為か、外を出歩く人間の姿はほとんど無い。唯少し先に見える格納庫の方では明かりがチラチラ見える為、恐らく整備兵達がこの時間でも頑張っているのだろう。少々興味があるが仕事を邪魔する訳にもいかないと諦め綾香は再び歩きだす。すると前方の草むらに人影を見つけた。どうしたものか考えた綾香だが、他にすることも無いのでその人物を少し観察する事にし、人影の方へと歩いていく。

 

 近くに街灯のような光源は無いが、月明かりのお陰で大よその姿は確認できる。どうやら背格好から見るに男性の様だが、ここの兵士だろうか?草原にどっしりと腰を下ろし、しきりに空を眺めつつ右手に持った何かを口元へと運んでいる。その行動を踏まえ、思い当たる事は…

 

 

「もしかして…酒でも飲んでるのか?」

 

 

 飲酒可能時間が厳密に決められている海軍と違い陸軍の兵士が飲酒しているのはそう珍しくも無いが、態々こんな時間に外でと言うことは相当物好きな人物なのだろうと結論づける綾香。そしてこの男性に少し興味が湧く。

 

 折角なので声を掛けて見ようと近づいて行くと、向こうもこちらの気配に気づいたのかこちらを振り向いた。遠目からでは分からなかったが、どうやらこの男性は思ったより年が若い様だ。恐らくは自分より少し上ぐらいか?等と綾香が考えていると、男性から声を掛けられる。

 

 

「ふむ…ウィッチがこんな夜中に出歩くとは少々物騒よな。どうされた?」

 

「ああ…邪魔をしてしまったかな?どうにも寝付けなかったから散歩してたんだが…」

 

「なるほど、それは難儀だな。かく言うオレもそのクチな訳だが…随分と美しいものが視えたのでな。先に陣取って楽しんでいる所だ」

 

 

 その言葉にふと彼が先ほどまで見ていた空を見上げる綾香。あまり気にしていなかったが確かに空には綺麗な月が浮かんでいる、恐らく満月だろう。

 

 綾香がしばらく月を眺めていると、男性は何かを綾香に投げて寄越してきた。お猪口である。綾香はそれをキャッチしつつ男性を見ると、男性は元からお猪口を二つ持っていたようで、先ほどから持っていた方のお猪口に酒を注ぎつつ口へと運ぶ。

 

 

「折角の月だ、シラフではつまらんだろう?」

 

 

 酒の入った徳利を突き出し、心底愉快そうに笑う男性。落ち着き払った印象を受けるが、その笑顔は年相応で無邪気な少年の様だ。その様子に少々毒気を抜かれた綾香であったが、直ぐに表情を崩し男性の真横に腰を下ろす。

 

 

「それじゃあ少し付き合わせてもらおうかな、けど君も未成年だろう?」

 

「何、軍人に子供も大人も関係なかろう。戦場に身を置くのだ…何時死ぬかも分からん中、それぐらいの自由は仏も許されよう。そら…」

 

 

 男性がお猪口に酒が注ぐ。綾香はやれやれと言った表情でそれを受け、2人は軽くお猪口を交わした。次いで男性が綾香に声をかける。

 

 

「さて…そういえば自己紹介がまだだったな。オレは独立第十戦隊所属、如月一馬と言う」

 

「!……私は 飛行第1戦隊所属 黒江綾香だ」

 

 

 独立第十戦隊、その名前はここに来るまでに何度も聞いた合同訓練を受ける部隊の名前である。つまり彼はウィザードなのだろう。そう考えつつ綾香は酒に口をつけた。酒を飲んだ事はそう多くないが、これは今まで飲んだ物より特別飲みやすい。恐らく中々良い酒なのだろう。

 

 

「黒江…綾香か、良い名前だな。では黒江と呼ばせて貰っても構わないか?」

 

「ああ、なら私は如月と呼ばせてもらうぞ」

 

「うむ、なんなら苗字で無く名前で呼んで貰っても構わんぞ。友は皆名前で呼ぶ…まあ初対面の女子に言う事では無いだろうが…」

 

 

 そう言って楽しそうに笑みを浮かべる一馬。酔っ払いの戯言と流されると思っていたのか、しかし相手は黒江綾香である。「そうか、そっちの方が呼びやすくて良いな」と笑顔で答えた。対する一馬はその言葉がよっぽど予想外だったのか呆気にとられた表情で綾香を見つめている。

 

 

「なら改めてよろしく頼むぞ一馬。……どうした?」

 

 

 呆気に取られている一馬を見て、綾香が首をかしげる。

 

 

「いや…お主は面白い女子だな、黒江」

 

「そうか?それと、私の事は綾香で良いぞ?こっちが名前で呼ぶんだからそうじゃないと不公平だろう」

 

「クッ…そうか、そうだな…こちらこそよろしく頼むぞ、綾香」

 

 

 そこから暫くの間、2人は色々な事を語り合った。自分の生まれ、軍に入った理由、そして仲間達の事…酒も入っている所為かはたまた綾香の人柄の為せる業か、会話はどんどん弾んでいく。

 

 気づけば2時間ほど経っていた。流石にこれ以上起きていては明日に響くので酒盛りを切り上げ部屋に戻ろうと考える綾香であったが、ふと一馬が呟いた。

 

 

「なあ綾香…お主は運命という物を信じるか?」

 

「?…いきなりどうしたんだ一馬。酔ってるのか?」

 

 

 突然の言葉に茶化しながら一馬の顔を見る綾香。しかしそこには先ほどまでとは違い唯々真剣な眼差しの一馬の顔があった。

 

 

「オレはな、あると思っておるのだ。そしてそれを乗り越えたい……そう、ずっと思ってきた。抗いもした、しかし……それを超える事はあまりにも難しい」

 

 

 月を見上げながらそう語る一馬。その表情は笑っている様で泣いている様で、その心中までは窺い知る事が出来ない。綾香が先ほどとは違う真剣な雰囲気に少し考え込みながら、一馬に告げる。

 

 

「私はあまり運命とかそういう言葉は好きじゃない、だから信じない」

 

 

 そう言って綾香は立ち上がる。対して一馬は綾香の言葉に「そうか…」と一言返し、お猪口に残った酒を飲み干す。少しの間目を伏せ静かにその場から立ち去ろうとする一馬であったが、次いで綾香は語り続ける。

 

 

「だってそんな言葉で一括りにしてしまったらつまらないだろう?運命なんて唯の方便さ。私達の行く先は変わり続ける…私達が進み続ける間はな」

 

 

 その言葉に、立ち去ろうとしていた一馬の足は完全に止まる。

 

 

「進み…続ける?」

 

 

 振り返る一馬。そこには月の光に照らされつつ、真っ直ぐと一馬を見つめる綾香の姿があった。

 

 

「ああ、少なくとも一馬…お前はまだ進み続けてるんだろう?お前がどんな物に抗ってるのかは知らないが、進み続けてる限り乗り越えれる可能性は潰える事は無い。私はそう思うぞ?」

 

 

 言うべき事を言い、満足そうに頷く綾香。対して一馬はまるでその言葉を噛み締めるように目を伏せる。しばし続く静寂…その静寂を破ったのは一馬だった。

 

 

「そう…だな、いや……お主の言う通りだ綾香。オレとした事が弱気になったものだな……クックック…ならば最後まで足掻いてやろうではないか」

 

 

 目を開け、呟く一馬の表情は最初に見せた少年の様な屈託の無い笑顔だった。その顔を見て、綾香の表情も自然と緩んでいく。

 

 

「ふふっ…良い笑顔じゃないか一馬。その様子なら迷いは吹っ切れたみたいだな」

 

「さて…どうかな、しかし礼を言うぞ綾香。そして……」

 

「……?」

 

 

 一馬が最後に言った言葉が聞き取れなかったのか、思わず首をかしげる綾香。

 

 

「なあ一馬、今何を……」

 

「いや、唯の戯言だ気にするな。それより明日も早い…今日はこの辺りにしておくとしよう」

 

「むっ……」

 

 

 問いをはぐらかされ綾香は納得のいかない様子だったが、そんな綾香に苦笑しながら一馬は宿舎の方へと歩いていく。

 

 

「ではな綾香、お主と酒を交わせたこの一刻はとても有意義な時間だったぞ。」

 

 

 最後に一度振り返り、一言述べて一馬は今度こそ夜の闇へと消えていった。綾香はその姿が消えるまで見守りつつ、ため息をつく。

 

 

「やれやれ、妙な奴だったけど悪い奴じゃ無さそうだな。それに…」

 

 

 如月一馬…どうにも掴みづらい人物であったが、そんな彼が時折見せた神妙な顔が綾香の中でどうにも引っかかった。先ほどの問いといい、何か途轍もなく重い物を背負っているのか。虫達の声が響く草むらで、綾香はしばらく思いを馳せ……自分もまた宿舎へと歩き出した。

 

 

 

 余談であるが、次の日の朝。颯爽と起きて早朝ランニングを行っていた智子はすれ違った人物が何故か自分の顔を見てクスクスと笑っている事に気づく。その事を不審に思いつつもランニングを切り上げ汗を流す為にシャワー室へと向かい…智子の絶叫が周囲に木霊した。額にマジックで書かれた「おてんばウィッチ」の文字に気づいて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後、施設内の食堂にて

 

 

 

「う~………っ」

 

「……♪」

 

 

 智子が机に突っ伏していた。何やら機嫌が悪いらしく、唸りながら対面に座っている武子の顔をじぃ~っと見つめている。対して武子がそんな智子の様子を気にする事無く満面の笑みで昼食を堪能していた。メニューは陸軍式カツレツ定食炊事兵の腕がよほど良かったのか初日から昼食にこれを頼むのが武子の密かな楽しみとなっている。ちなみに綾香と圭子は晶と一緒に格納庫へと行っており、なにやらキューナナユニットについて色々晶に質問しているらしい。

 

 

「も~…なんなのよ~~っ」

 

 

 そうこうしている内に智子の機嫌はどんどん悪くなっていき、遂には机の上で両腕をパタパタさせながら武子に不機嫌さを訴える。休憩時間がウィッチとウィザードでは異なる為食堂はかなり空いているが、それでも何人かが席について昼食を取っている。ちなみにウィッチとウィザードの休憩時間が違うのは、医務室での件を考慮した結果である。しかしこの基地で珍しいウィッチが騒いでいるとなれば段々と周りの目が痛くなってくる。武子は大きな溜め息を一つ付いて智子を見据えた。彼女の楽しい昼食タイムは此処で終了である。

 

 

「で、貴女は何でそんなにムクれているのよ智子?」

 

 

 「大体の察しは着くけど」という言葉は飲み込み、智子に問いかける武子。対する智子はやっと話を聞いてくれる気になったのが嬉しかったのか、パッと笑顔になるがその胸に秘めた鬱憤が大きすぎたのかその笑顔もすぐに曇ってしまう。

 

 

「だって……分かるでしょ?ここ数日ここで男達(ウィザード)と一緒に訓練してみて嫌ってほど」

 

「はぁ…やっぱりその事なのね」

 

「アイツ等…やっぱり全然ダメじゃないっ」

 

 

 再び机に突っ伏し、声を上げる智子。そう、こうして智子が突っ伏し項垂れているのは訓練相手のウィザード達に原因があった。端的に言えば彼等の錬度は全然なっていなかったのである。

 

 訓練初日は智子もこれほど項垂れてはいなかった。宣言通り藤井の訓練の厳しさは想像を超えており、普段江藤に扱かれている彼女達でもかなりキツイ物であった。このメニューを毎日こなし、今まで逃げだしていない彼らを当初智子は尊敬していたほどである。但しそれも飛行訓練になるまでであった。

 

 一応ちゃんと空は飛べるようだがその動きは明らかにぎこちない。極めつけはウィザード達の半数近くがロクにシールドを扱えないほど魔法力が低いのである。中には数名動ける者も居るがそれでも自分達に敵う者は居ない、それがこの数日で智子が彼らに下した評価だった。

 

 

「はぁ~……どうせなら藤井教官と模擬戦出来れば良いのに…」

 

「馬鹿言ってるんじゃないわよ、今は実戦を退いてるって言っても相手は歴戦のウィザードよ?流石に今の私達じゃまだ太刀打ち出来ないわよ」

 

「そんなのやってみなきゃ分かんないでしょ?少なくともアイツらと模擬戦するよりよっぽど有意義そうだしね。満足に動けない上にシールドすら張れないんじゃ実戦に出たって…」

 

「ほ~…言ってくれるじゃねえか、おてんばウィッチ!!」

 

 

 突然乱入してきた声に驚き、2人は声の方を見る。そこには一見まるでチンピラの様な男が立っていた。乱雑に切られた髪に鋭い眼光、先ほどから話題に出ていたウィザードの一人稲垣勝夜である。どうやら智子のグチを聞いていたようで、額には明らかに青筋が立っていた。

 

 

「少なくともオレはテメェ何ぞに負けたりしねえよ!やる前から勝手に見下してんじゃねぇ!!」

 

「っ!?やっ…やらなくたって分かりきってるわよ!それとおてんばウィッチって言うなぁ~!!」

 

「はいはい、2人とも食堂では静かにね…」

 

 

 どんどんヒートアップしていく勝夜に対して、智子は顔を真っ赤にして反論していく。武子は一応仲裁の言葉を入れるものの、半分諦めているのか何処か投げやりである。どうやら智子のあだ名は「おてんばウィッチ」でウィザードの間に浸透しているらしい。最も面と向かって彼女をそう呼んでくる猛者は彼以外居ない。

 

 

「はっ…確かにオレ達の大半は実戦経験のねえ新兵同然の奴等がほとんどだけどよ、中には例外も居るぜ!例えば…オレとかな」

 

「あら、稲垣君空戦の経験があるのかしら?」

 

 

 今の発言に興味を持ったのか、武子が勝夜に問いかける。その問いに対して勝夜は「おうよ!」と自信満々に頷いて見せた。

 

 

「怪異撃墜経験だってあるぜ。ここはかなり内地寄りだけど、時偶周囲の基地から応援要請があったりするからな。そういう時はオレ含め数名のウィザードが選出されて応援に向かうのさ」

 

「フンッ…そんなの全然自慢にならないわよ。実戦経験の多さなら私達の方が断然上みたいだしね!」

 

 

 「フフン♪」と勝ち誇った様に胸を張る智子。

 

 

「唯出撃の機会が多かっただけだろーがっ。オレがテメェ並みに出撃してりゃその倍は落としてみせるぜ?」

 

「…言ってくれるじゃない」

 

 

 舌打ちをしつつ、その鋭い眼光で智子を睨みつける勝夜。2人は互いに一歩も引く事無く、場には重苦しい空気が流れていた。そんな中、武子はと言うと……

 

 

「はぁ…美味しい。最初からこうすれば良かったわ」

 

 

 巻き込まれぬ様、離れた位置に座りなおしてカツレツを楽しんでいた。最早自分の手には余ると判断したらしい。平和な昼食が戻ってきた事に笑みを浮かべる武子は、ふと近くに居る妙にソワソワした少年に気がついた。どうやら今にも取っ組み合いを始めそうなあの2人を見て、止めに入るかどうか迷っているらしい。そしてその少年に見覚えのある武子は声を掛ける。

 

 

「あら、貴方は確か稲垣君とよく一緒に居る……宮川君だったかしら?」

 

 

声を掛けられた春樹は、一瞬驚いた表情を見せたがすぐに武子向き直り、申し訳無さそうに一礼する。

 

 

「あっ、加藤さん……すいません。勝夜が何時もご迷惑を掛けてるみたいで…」

 

「気にしないで。毎回乗る智子も悪いんだし…それより宮川君もお昼かしら?」

 

「はい、勝夜と一緒に食べようと思って来たんですけど……」

 

 

 そういっていがみ合ってる2人に目線を送る春樹。当然ながら2人とも、和やかに昼食を取る雰囲気では無い。自然と春樹から溜め息が零れた。

 

 

「あの2人は放っておきなさい。それより、私達だけでも昼食を楽しみましょ?」

 

 

 そんな彼を察してか、武子は笑顔で対面の席を勧める。春樹は少し迷っていたようだが、持っていたカツレツのトレーを置きぎこちない笑顔を浮かべて席に着いた。

 

 

「すいません。じゃあ失礼しますね」

 

「どーぞ。それにしても此処のカツレツは美味しいわね。私はまっちゃったわ」

 

「あ、分かります。僕もここに着てからずっとこればっかりなんで。何でもこの基地の炊事兵には元料理人の人が居るらしくて、他の基地より料理の質が良いんです。此処の食事に慣れてしまうと、他の基地には行けませんよ」

 

「へぇ…道理で美味しいはずね。私の居た基地のご飯も美味しかったけど、確かにこれは恋しくなりそうだわ」

 

 

 他愛も無い話をしながら食事を楽しむ2人。最初は緊張していた春樹も自分が好きな話題が出たことからか、その笑顔も自然な物へとなっていく。気づけば20分近く話し込んでいた2人だが、そこで武子があることに気づいた。

 

 

「ふふっ…宮川君も中々……?」

 

「?…どうしたんですか、加藤さん?」

 

 

 突然怪訝な顔をした加藤に首を傾げる春樹。対する武子は素早く周囲を見渡し、一筋の冷や汗を流す。

 

 

「智子がいつの間にか消えたわ…」

 

「!……そういえば勝夜も…」

 

 

 武子の言葉に春樹の顔もみるみる青ざめていく。2人は顔を見合わせて見事に声をハモらせた。

 

 

 

「「まさか!?」」

 

 

 

 すぐさま席を立ち駆け出していく武子と春樹。あの2人から目を離した自分達を呪いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「どうした江藤?随分浮かない顔だな」

 

「!…あっ……いえ…」

 

 

 執務室にて、怪訝な顔をしている江藤に藤井は声を掛けた。対する江藤は歯切れの悪い相槌を返す。その様子に思う所があったのか、藤井は吸っていたタバコを灰皿に押し付け江藤に向き直った。

 

 

「馬鹿者が。貴様は今あの子達を率いる隊長なのだろう?それがそんな顔をしていてどうする?」

 

「…すみません」

 

 

 唯俯き、謝る江藤。その姿に何時も様な威厳や自信は何所にも無い。藤井は大きく溜め息を付くと、ポツリと呟く。

 

 

「……あの時の事は気にするなと何度も言った筈だ」

 

「!!」

 

 

 その呟きに江藤は顔を上げ、何とも言えない表情で藤井の右腕を見つめた。軍服の長袖と皮手袋で隠れているが、藤井の右腕にはとても深い傷跡が刻まれている事を江藤は知っている。言葉を紡げずにまた俯いてしまう江藤を気にする事無く、藤井は続ける。

 

 

「いいか?この傷はオレにとって誇りだ。大切な者を守り切ったという確かな実感だからな。確かに不便を感じる事が一切無いと言えば嘘になるが……オレは一切後悔はしない。今までも…そしてこれからもだ」

 

 

 はっきりと告げ、ゆっくりと江藤の前に近づいてくる藤井。

 

 

「ですがっ!!…私があの時……深追いをしなければ…っ!?」

 

 

 対して搾り出すように言葉を紡ぎ、顔を上げた江藤の目に飛び込んできたのは……まるで石の様に堅い右腕。藤井のゲンコツだった。

 

 

―――ドスンッッッ―――

 

 

 強烈な一撃が江藤の頭上に落ちる。突然の事に何が起こったのか理解できず、目を白黒させる江藤。自分が藤井にゲンコツを落とされたと気づくまで数秒。

 

 

「なっ…なななななな!?何をするんですか隊長!?」

 

 

 あまりにも強烈な痛みに、涙目で訴える江藤。しかし藤井はそれを意に介するつもりは無い。

 

 

「フン…府抜けた貴様に喝を入れてやったまでよ。そもそも江藤!今回の件、幾ら荒木の頼みとはいえ断る事は出来たはず!それをこうしてオレの前に姿を現したということは、貴様も何かしらの踏ん切りをつけるという想いがあったのではないか!?」

 

「!…それは……」

 

「…もう一撃必要か?」

 

 

 また歯切れの悪い返事をしようとする江藤に藤井の目が光る。それを察して江藤はすぐさま姿勢を正し、はっきりとした口調で話しだした。

 

 

「はっ…はい。その通りです!私は隊長からもう目を背けたくなくて…例え貴方に恨まれていても、ちゃんと正面から向かい合おうと此処に着ました」

 

「…それで良い。もう過去の事は気にするな江藤。それにこの右腕とて使えなくなった訳じゃない。こうして貴様に喝を入れる程度造作も無いぞ」

 

 

 右手を握り締めつつ不敵に笑ってみせる藤井。そんな姿を見て江藤は自分の頭部の痛みと共に、昔の事を思い出す。まだウィッチとしては未熟だった自分をずっと鍛え、守ってくれた。自分の所為で右腕に一生消えぬ傷を負ったのにも関わらず、一切責める事は無く逆に自分の事をずっと案じてくれていた彼…藤井始との思い出を。

 

 

「…敵いませんね、隊長には」

 

 

 暫しの沈黙の後、江藤は呟く。対して藤井は、口元を僅かに緩ませた。

 

 

「何、お前もまだまだこれからだろう。精進する事だな」

 

「…はい!」

 

 

 藤井の言葉にはっきり返す江藤。その顔はまだ少々ぎこちなくはあるが、清々しい表情をしていた。その表情を確認し、安堵したのか藤井は別の話題を切り出す。

 

 

「さて…貴様の憂いが晴れた所悪いが、オレからも言わなければならない事がある。今回の合同訓練…お前達に来てもらったら理由だ」

 

「!…それは私も気になっていました」

 

 

 ずっと気になっていた話に江藤の表情が変わる。結局晶からは「データをより取り易くする為」としか聞かされなかったが、前線近くで戦っていた自分達を態々こちらまで呼び出した以上、他にも何かしらの理由があるものだと思っていたのだ。

 

 

「ウチの部隊は急遽、ウィッチとの模擬戦をする必要が生まれてな。聞く所によるとお前も此処に来た初日に奴と顔を合わせたそうだな。陸軍省所属、川島義輝少将に」

 

 

 陸軍少将…それを聞いて江藤は、初日に会ったあの男を思い出した。散々悪態を付いてきたあの顔に一撃入れれなかったことは、今でも江藤の心残りの1つである。

 

 

「ならば分かると思うが、少将殿はどうにも我々魔法力を持つ物…特にウィザードが気に入らないらしい。この部隊設立当初から嫌がらせを受けていたのだが…遂に実力行使に出てきてな」

 

 

 それから藤井は語りだす。この独立第十戦隊が今抱える問題を。

 

 事の始まりは江藤達がここに到着する1週間前。今まではあれこれ口を出すだけだった川島少将が基地に視察に来るなり宣言した。曰く、ウィッチにすら劣るとされているウィザードをこの現状で悠々と育てている余裕は無い。即刻部隊を解散するべきである。しかしそれを聞いて簡単に引き下がる藤井ではない。紆余曲折あった結果、現状のウィザードでも十分にウィッチに対抗できる事を正銘できれば解散は見送るということで落ち着いたらしい。

 

 

「そこで荒木と相談した結果、候補に上がったのが江藤…お前達の部隊と言う訳だ。お前達は既に多数の戦果を上げ、陸軍の中でも評価は高い。実力を示す相手としては申し分ないと…な。少将殿には先日こちらへ訪問された時に告げたが…渋々ながら了承した」

 

「なるほど…そういうことでしたか」

 

「…部隊を存続させる為とはいえ、お前達を巻き込んでしまった事は申し訳ないと思っている」

 

 

 姿勢を正し、頭を下げる藤井。

 

 

「っ…頭をあげて下さい隊長!いえ、形はどうあれこの訓練はあの子達にも有意義な物になると思いますので。それに…隊長が現在育てられている子達にも興味があります」

 

 

 対して江藤は予想外の事に慌てながらも、彼らウィザードに対しての興味を示した。それを聞いた藤井は小さく笑みを浮かべ、自信満々に語る。

 

 

「フッ…奴等はまだまだ経験不足だが根性だけは誰にも負けんぞ。鍛えるべき道筋も見えた…後数ヶ月で、奴等を陸軍トップの精鋭に仕上げてみせる。そして…お前達にぶつける4人はオレのとっておきだ。悪いが今回の勝負、勝たせてもらうぞ?」

 

 

 それは、部下に対しての信頼の熱さを覗わせる真っ直ぐな瞳だった。決して、奴らはウィッチに後れを取ったりしない…と。その視線に対して、江藤は

 

 

「……それは此方のセリフです。ウチの部隊を選んだのは失敗だったと、後で嘆く事になっても知りませんよ隊長?」

 

 先ほど迄とは明らかに違う、自信に満ち溢れた何時もの彼女がそこにはあった。その姿を見た藤井は、心底嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

 

 

「フッ言うようになったな江藤!いや、それだけ教え子を信じてるという事か。正直最初再会した時はどうしたものかと思ったが、なるほど…立派に隊長の任をこなせとるようじゃないか。成長したな」

 

 

 そう言うと藤井は、その無骨な右手で江藤の頭を撫でる。その行為に対して江藤は顔を赤らめながらもその手を決して振りほどこうとはしなかった。しかし

 

 

「っ……私だって何時までも子供じゃありません」

 

 

 子供扱いされるのは心外だ。と言葉と視線に込める江藤。だがそんなあどけない態度こそが、子供っぽく見えるものなのだが。はたして藤井は、そんな江藤を見て唯笑い続けるのだった。



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