艦隊これくしょん - variety of story -  (ベトナム帽子)
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世界観+設定

時代設定

 現代(2014年)。ただし、第一次大戦にこりて、第二次世界大戦がなく、平和な時代が続いた、というパラレルな世界。

 そのため、世界の技術レベルは1960年代ほど。宇宙開発はGPSの前身である人工衛星航法システムが1998年に完成したばかり。インターネットの類いは民間にはない。

 深海棲艦は2000年に出現。人類は幾度かの殲滅作戦を行ったが、全て失敗。最終的に全世界の制海権を奪取される。艦娘が登場した現在は西太平洋、南太平洋、喜望峰シーレーン、インド洋の制海権が人類側にあるが、北南アメリカ大陸とは連絡が取れていない。

 

艦娘

 深海棲艦との戦いを余儀なくされた人類の希望。それこそが、彼女たち、艦娘である。

 外見は人間の少女と同じである。実際、生物学的にも人間と差異はない。彼女たち専用の装備(以下艤装)をすることで、戦闘艦に匹敵する戦闘力を獲得することができる。艤装は様々であり、大砲、魚雷、航空機と多々あるが、艦娘個人個人で装備できるものが違う。そして、水面に浮くことができるようになる。浮くといっても沈まない、であり、アイススケートのように水上を走って移動することができる。

 彼女たちは自らを「太平洋戦争で大日本帝国軍に所属した戦闘艦」と称している。艦娘が身につけている艤装も自身の装備をモチーフにしたような艤装だという。

 艦娘は日本海軍ならば、艦娘部と呼ばれる部門管轄の工廠でのみで建造される。艦娘部の内情は軍高官ですら、知ることはできない。

 

深海棲艦

 2000年に太平洋地域で確認された生命体。一部を除き、人間サイズでありながら、艦娘同様に戦闘艦に匹敵する戦闘力を持つ。肌は鋼よりも固く、銃弾、小口径であるが砲弾すらを弾く。同族を除く海上物体を捕食もしくは攻撃する性質がある。

 形態も様々で、駆逐艦級のように人の姿からほど遠いものから、重巡洋艦級や戦艦級、空母級のように人の姿をとるものまでいる。そして、姫や鬼と呼ばれる最上級の深海棲艦に至っては、艦どころか島などに同化し、飛行場や基地としての能力を持つものも存在している。

 深海棲艦自体の存在について、一部の噂では「過去に沈んでいった艦の怨念が実体化したもの」と言われている。

 

通常兵器

 長らく平和な時代が続いたため、軍事技術はこっちの時代ほど発展はしていない。こっちの世界の1960年代くらいの兵器レベル。

 戦車は90ミリ砲搭載戦車が一般的。

 艦船では砲熕兵装の艦が多い。すでに戦艦は多くのものが退役している。

 航空機は他の兵器と比べて、進んでおり、ジェットエンジン飛行機が多い。空対空ミサイルは1990年に開発されたくらい。



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改修工廠

 10月24日、橫須賀鎮守府内、艦娘部の一角に新しい工廠ができた。通称、改修工廠である。

 正しくは艦娘部兵器開発局改修科第一工場である。艦娘である工作艦明石を中心に艦娘装備の性能向上改修を施す工廠だ。建設計画は今年の5月から始まっており、8月には完成予定だったのだが、深海棲艦の橫須賀港急襲により、完成は遅れてしまっていた。そして昨日、完成したのだった。

「失礼します! 改修要望を言いに来ました!」

 艦娘寮内の食堂掲示板に改修工廠完成の張り紙をして、四分後、執務室に駆け込んできた艦娘がいた。緑色の髪をポニーテールにした艦娘。

 夕張だった。息を切らしている。駆逐艦や同じ軽巡洋艦より遅い夕張のことだろう。いの一番を取るために全力疾走してきたに違いない。

「早いな、夕張。まあ、茶でも飲め」

 提督は立ち上がり、机の上の保温ポッドからほうじ茶を湯飲みに注いで、夕張に渡した。

「ありがとう、ございます……」

 夕張は渡されたほうじ茶を一気に飲み込んだ。

「落ち着いたか?」

「はい、落ち着きました……」

「さて、用件は何かな?」

「ええっと……そうです! 私の14センチ単装砲の改修要望です」

 夕張の主武装は川内型などと同じ14センチ単装砲と14センチ連装砲だ。いや、「だった」と言うべきだろう。彼女の砲装備で14センチ連装砲は現在、橫須賀鎮守府にはない。夕張着任時に装備していた14センチ連装砲は戦闘で失われてしまった。

 また製造すればよいのではあるが、夕張の艤装にきちんと定着するものが作れないのである。寸法や重量は変わりないのではあるが、装備したときに作動しないのだ。

「15.5センチ三連装砲では駄目なのか? 威力的にも上回っていると思うが」

「私は元々、鈍足ですから、15.5センチ砲を積むとさらに速度低下が……」

 夕張は苦笑いする。

「分かった。改修工廠に届けを出しておこう」

「ありがとうございます! 提督!」

 

 次の日の夕方、夕張は改修工廠に呼び出されていた。14センチ連装砲完成前の調整を手伝って欲しいそうだ。

「ようこそ、改修工廠へ。夕張さん」

「こんにちは、明石さん」

 向かい入れてくれたのは工作艦明石だ。背中にはクレーンではなく、工作機械やバーナー、溶接機がついた艤装を背負っている。

 工廠内は様々な工作機械が並んでおり、工員が加工をしていた。

「どうですか、連装砲は?」

「構成部品はすべて造りました。後は組み立てです。そこを夕張さんに見ててもらいたいんです」

 明石は机の布を取った。14センチ連装砲に必要な部品が鋼鉄の机に並べられている。机の横には夕張の艤装が置かれている。今回のために武装保守部から送ってもらったのだろう。

「組み立てていきます。何か文句があったら、かまわず言ってくださいね」

 明石は青図を見ながら器用に組み立てていく。艦娘はたいていの子が自身の艤装の分解整備はできる。夕張は武装実験艦だったゆえに、分解整備には自身があったのだが、明石の手つきとは比べものにならない。

「できました」

 十二分ほどでばらばらだった部品が二つの14センチ連装砲になっていた。明石が二つの連装砲を隣に置かれた夕張の艤装の砲塔ターレットに載せた。

「早く、試しましょう!」

「分かりました。矢部さーん! クレーンお願いしまーす!」

 明石が大声で呼んだ。矢部と呼ばれた工員がクレーンのストラップを操作する。すると天井クレーンが移動し、フックを夕張の艤装の真上に下ろしてきた。明石はワイヤーで艤装をくくり、クレーンのフックにかけた。

「上げてくださーい」

 明石が合図する。クレーンによって艤装は夕張が装着やすいくらいまで持ち上げられた。夕張は自身の艤装を装着し、操作桿を握った。

 14センチ連装砲が載せられた二番砲塔と三番砲塔、つまり、左右の艤装の二段目の砲塔を操作する。まずは左旋回。

 二番、三番砲塔は左を向いた。

「動いた!」

 次は右だ。砲塔は右を向く。

 仰角を取る。砲身が上を向く。俯角を取る。砲身が下を向く。

「今まで動かなかったのに!」

 夕張は嬉しくなって14センチ連装砲をめちゃくちゃに動かす。そのめちゃくちゃな操作にも砲塔はついてくる。

「そうそう、これよ。いい気持ち! 離れていた半身が帰ってきたみたい! 明石さん、ありがとう!」

「私だけじゃありませんよ。顔を上げてみてください」

 夕張は14センチ連装砲に向けていた顔を上げた。

 気づけば、夕張の周りには明石だけではない。改修工廠中の工員が集まって、夕張を見ていた。

「動いてくれたかぁ。ほんとよかった!」

「前にいくら造っても動かなかったからなぁ」

「私だけが、この14センチ連装砲を造ったのではありません。この人達の仕事があってこそ、です」

 明石の言葉を聞いて、工員達は照れたように鼻をこすったり、笑ったりする。さらには「夕張さんの笑顔が見れるなら本望よ」とのたまう人までいた。

 鎮守府は艦娘と提督だけで成り立っているのではない。艤装を保守点検する人、製造する人、食料品を運んでくる人、警備についている人、様々な人がいる。

 夕張はそれを改めて感じた。

「はい、皆さん本当にありがとうございます!」



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扶桑新艤装

「改二だって? 扶桑」

 間宮食堂で山城と昼食を取っていた扶桑に伊勢が話しかけた。伊勢の傍らには日向もいる。

 咀嚼している最中の扶桑はうなずきで答えた。

 改二。艦娘の艤装に施される2回目の改装のことをいう。

 改二はただの機銃座、砲座増設ということだけではなく、艤装自体を原形のとどめないほどに改造する。中には改造だけに及ばず、ほぼ全ての艤装を新造するような艦娘もいる。

「どんな改装なのか教えてくれるか?」

 日向の質問に扶桑は口内の米を飲み込こんでから、答える。

「砲熕兵装の強化と、航空艤装の改良……と聞いているわ」

「扶桑姉様は火力は誰にも負けませんからね! 36.5センチ砲12門は伊達じゃないです!」

 山城が身を乗り出して叫んだ。食堂は極めて賑わっており、山城の叫びは喧噪の一部になって目立たない。だが、その声に反応した艦娘がいた。

「火力は誰にも負けない……か。この長門の火力も伊達ではないぞ」

 長門だった。長い黒髪、きりっと伸びた背筋。まさに連合艦隊旗艦の風格を持った艦娘だ。手には昼食が乗ったおぼんを持っている。

「勝負をしないか?」

 長門は唐突に言った。

「――勝負?」

 扶桑は首をかしげた。伊勢、日向、そして言葉を返された山城ですら分からない様子だ。

「一度、純粋な戦艦と航空戦艦。どっちが強いのか、試したいと思わないか?」

 

 天候は晴れ。波もさほど高くない。海戦をするには良い日だ。

 完全装備の扶桑、山城、伊勢、日向、暁、電が白い波を立て、航行している。この海のどこかに長門、陸奥、金剛、榛名、響、雷からなる艦隊もいるはずだ。

『えー、位置につきましたね。では演習開始!』

 演習の審判役を務める艦娘の比叡と霧島の内、霧島の方が開始の号令をかけた。

「索敵機、発艦始め!」

 演習の開始と共に旗艦である扶桑の号令で、索敵機を発艦する。瑞雲や零式水上偵察機、零式水上観測機がカタパルトで次々と打ち出される。その数、30機。扶桑型、伊勢型それぞれ一隻が搭載する水上機の数は16機。5割を出撃させたことになる。

 扶桑は昨日の作戦会議を頭の中で反芻していた。

『長門型の41センチ砲に勝るためには、やはり先手を取るしかない』

『艦載機の大半を索敵に回す。これだ』

 航空戦艦の強みは、普通の戦艦に比べて搭載する水上機の機数が極めて多いことだ。射程で長門型の41センチ砲に劣る35.6センチ砲を持つ、扶桑型、伊勢型には相手に見つかる前に自身の射程距離に入っていなければ、勝ち目は薄い。

「次、防空警戒機、発艦始め!」

 カタパルトから瑞雲、零式水上観測機が発艦する。これは敵索敵機、弾着観測機の撃墜を目的とした部隊だ。発艦したのは15機。

 晴れた空に発艦した水上機が消えていく。この空のどこかに敵の索敵機がいる。

「扶桑、東の雲、あの辺りが怪しい」

 伊勢が警戒のため、自身の瑞雲隊を向かわせる。

 洋上はおだやかだ。

 

 1機の瑞雲が雲の中を飛んでいた。日向の艦載機だ。

 雲の中は乱流が渦巻いており、あまり飛行には相応しくない。しかし、ミッドウェーのように雲の下に敵艦隊がいた例もあるので、偵察しておくことに越したことはなかった。

 瑞雲が雲を抜けた。瑞雲を操っている妖精は敵艦隊を見つけるため首をぶんぶん回す。

 東の海に白く曳くものがあった。

 長門の艦隊だ。

 

「敵艦隊発見! 方位2-1-0。距離、5200メートル」

 日向が叫ぶ。距離5200メートルならば、36.5センチ砲でも十分に届く。

「攻撃隊、発艦始め!」

 扶桑は発砲する前に残しておいた艦載機の発艦の号令を出した。残されていた艦載機はすべて瑞雲だ。瑞雲の胴体下には25番徹甲爆弾が吊されている。対艦用爆弾だ。

 全ての瑞雲が発艦した後に、扶桑は砲撃命令を出した。

 つんざくような砲声。36.5センチ砲弾が山なりに飛んでいく。

 砲弾は複縦陣で航行していた長門艦隊の後方400メートルに着弾した。

 

「方位1-8-0に水柱。敵艦隊の砲撃」

 長門艦隊の最後尾にいた響が報告する。だが、報告したときには次の水柱が上がっていた。長門艦隊とは離れた位置に着弾し、水柱を立てる。

「弾着観測機はどこ?」

 雷が12.7センチ連装砲を空に向け、自身の13号電探妖精に尋ねた。妖精は東を指さした。

 艦隊の全員が東を見つめる。

 何もいない――いや、いる。ゴマ粒ほどの黒い点がいくつも空にある。航空機だ。

「方位2-7-0に敵編隊。対空戦闘、用意!」

 長門の主砲にはすでに三式弾が込められていた。他の戦艦も同様だ。

「全主砲、斉射! 撃てっ!」

 つんざくような砲声。空気と海面が震えた。

 飛び出した28発の三式弾は飛行していた攻撃隊の300メートルほど前で起爆し、燐の子弾をまき散らした。何機かを撃墜する。しかし、攻撃隊は散開をしたため、いまだ11機が向かって来ている。

「索敵機が扶桑艦隊を発見デス!」

 金剛の放った索敵機が扶桑艦隊を発見したらしい。長門はもっと早く発見できていればと思った。やはり、射程では航空機には勝てない。

「主砲には徹甲弾を装填! 高角砲射撃用意!」

 長門が叫んだ。そのとき、幾多の水柱が立った。砲撃の至近弾だ。夾叉をするまでもなく、ここまでとは。

 長門が扶桑達に勝負を持ちかけたのは、扶桑達に言ったとおり、航空戦艦と戦艦、どちらが強いかを試してみたかったのもあるが、普段、対潜哨戒や空母の直衛任務についている扶桑達の砲撃戦を鍛えてやろうと思ったからだ。

 ここまでとは。全く技量は落ちていないな。長門は不敵に笑う。

 こんな程度でやられるわけにはいかない。

 長門は自身の41センチ連装砲を東に向ける。装填しているのは九一式徹甲弾。

「1番、3番、撃てっ!」

 

「もっと、もっと撃って!」

 扶桑が叫ぶ。36.5センチ砲が次々と砲弾を放つ。

 扶桑達が長門達に勝つには敵の攻撃を封殺するしかない。そのためには敵の集中力を削ぐ航空攻撃、打撃を与える砲撃のタイミングが大切だった。

 弾着観測機からは水柱が長門艦隊を包み込んでいるという報告はあるが、命中弾の報告はない。

『敵艦、発砲!』

 観測機からの報告から数秒で砲弾が降ってきた。

「くっ、当ててくるな」

 日向の水上機運用甲板が緑の蛍光色で染まっていた。演習に使われる砲弾は中に炸薬ではなく、塗料が入っている。日向は被弾したようだ。

『日向、水上機運用甲板に被弾。航空機の運用は不可能。機関も出力3割低下』

 霧島が告げる。演習用砲弾は損傷はしないが、実戦に近づけるために、演習監督は被弾箇所などから、様々な性能低下の指示する。

「大丈夫だ。主砲は撃てる」

 日向は下がっていた仰角を元に戻し、再び発砲した。

 

『雷、至近弾。浸水により速度低下』

『榛名、第3砲塔に命中弾。使用不可』

『山城、機関損傷。速度低下』

「不幸だわ……」

『伊勢、第1砲塔に命中弾、使用不可』

『あちらさんもやる!』

 双方とも着実に損傷を与えていく。だが、扶桑艦隊は少しだが、劣勢だった。

「きゃあぁー!」

 扶桑が被弾。命中箇所は第2砲塔。蛍光黄色が第2砲塔を染めている。蛍光黄色は陸奥の弾だ。

『扶桑、第2砲塔に命中弾。使用不可能』

 長門型の41センチ砲弾は一発一発が重い。このままだと、弾の威力で押し負ける可能性がある。

 長門艦隊の弾着観測機を打ち落とさねば――しかし、どこ?

 戦闘が始まってから40分近く経過している。瑞雲や零観に敵観測機を捜索してもらっているが、いっこうに見つからない。

 どこなの? 扶桑は空を見渡した。どこまでも青い空。いくつかの雲。

 雲に点が見えた気がした。気のせいだろうか? とりあえず、防空警戒していた瑞雲を送ってみる。

『零偵や零観を発見! 攻撃を開始する!』

 やっと見つけた! 扶桑は笑みを浮かべた。いや、まだ早い。撃墜できたわけではない。

『零偵を2機撃墜! 零観も追撃中!』

『こちら日向瑞雲隊! こちらも敵弾着観測機を発見! 攻撃に移る!』

 敵の砲撃がずれ始めた。弾着観測機が妨害されているせいで、うまく狙えないのだ。

 これで巻き返せる。扶桑は今度こそ、笑みを浮かべた。

 

 水平線上に太陽が赤く光っている。

『演習止め!』

 霧島が告ぐ。

 演習の結果は扶桑艦隊の戦術的勝利と言ったところだ。長門艦隊は大破2、中破1、小破2。扶桑艦隊は大破1、中破3、小破1だ。制空権を取り、弾着観測をしつつ、戦闘をした割には扶桑艦隊は戦果を出せなかったと言える。

 青、黄、緑、と様々な蛍光色で染まった艦娘達が橫須賀鎮守府に帰ってきた。

「まだまだだな。弾着観測をしてあの程度では」

「思った以上よ。なかなかうまくいかないものね」

 艦娘おのおのが演習の感想を言い合う。

「みんな、風呂の後は間宮に行こう! 今日は私と、扶桑のおごりだ!」

 長門は扶桑にウインクした。間宮アイスは高いけれども、今日みたいな日には良いかもしれない。おごるのも。

「やったー!」

「ふとっぱらぁ!」

 歓声が夕日に染まる鎮守府に響いた。

 

 41センチ連装砲、41センチ三連装砲、新造された水上機運用甲板。そして小型化された煙突周辺の艤装。

 これが――これが私の新しい艤装。

 私に使いこなせるか? 私たちの世界では建造当初から欠陥戦艦の烙印を押され、大戦中に前線に全くといっていいほど出ず、スラバヤでたった四発の魚雷で真っ二つになった私に。

 いや、使いこなしてみせる。

 あの世界で果たせなかったこと。今度こそ。

 



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ドイツ艦娘の来る日

 ドイツから日本に顧問団が航路で訪れた。正式な作戦名は「遣日艦娘作戦」。コード名は「アドラー作戦」。ドイツの駆逐艦娘1人、海軍関係者32名、艦娘技師16人からなる派遣団だ。派遣目的は近年、めざましい活躍をしている日本海軍に艦娘の運用や技術をはじめとした様々なことを習得するためである。

 この中の駆逐艦娘というのがZ1型駆逐艦レーベレヒト・マースだった。

 

 レーベレヒト・マースは緊張していた。

 ドイツ日本派遣団を歓迎するためのパーティー。橫須賀鎮守府の司令部多目的大ホールでパーティーは行われている。

 今は開会式。この場のドイツ海軍最高階級である、アドルフ・グラーゼン少佐が壇上の上で少しばかり拙い日本語での挨拶を終えた。次は派遣団で唯一の艦娘であるレーベの挨拶だ。

 レーベは不安だった。

 自分の日本語会話能力には自信がある。しかし、実際に日本語を使いこなしている日本人を前にして話すことができるだろうか。しかも、ホールには100人の艦娘と人間がいるのだ。

「レーベ、リラックスしてな」

 壇上から降りてきたグラーゼン少佐はレーベに小さな声で言った。

 レーベは壇上に上がり、マイク台の前に立った。そしてホールにいる大勢の人間を見た。 みんな、ジャガイモだ。ジャガイモだから何も聞いていないし、何も思わない。用意していた台詞を言うだけだ。レーベはそう思って心を落ち着かせた。

 息を吸い込む。

「日本の橫須賀鎮守府の皆さん、こんばんは。ドイツ日本派遣団の艦娘、Z1型駆逐艦レーベレヒト・マースです。この壇上に立てること、非常に嬉しく思います。皆さんのご活躍はドイツにも響いています。約1年で西太平洋を取り返した艦娘達と。僕は今日から皆さんと同じ所で寝起きをし、食事をし、戦闘をします。僕は皆さんが持っている技術、技能を吸収し、立派な駆逐艦になりたいと思っています。文化の違い、戦闘力の差などににより、皆さんに迷惑をかけてしまうこともあるかもしれません。僕としても一生懸命頑張りますのでどうぞ、よろしくお願いします。短い挨拶ですが、これで締めくくらせていただきます」

 一回、しゃべり出してしまうと、案外に簡単なものだった。

 レーベは礼をして、壇上を降りた。グラーゼン少佐は「上手だったぞ」とほほえんだ。

 

 開会式が終わると会食だ。会食はビュッフェ形式で、すでにたくさんの美味しそうな料理が運び込まれている。しかし、レーベはすぐに口にすることはできない。グラーゼン少佐と挨拶回りをしなければならなかった。

 挨拶に行ったのが、橫須賀鎮守府の艦娘を束ねる司令官である、提督だった。

 提督の階級は大佐だったが、大佐という高い階級の割には非常に若い男性であった。おそらく年は30をは超えていない。グラーゼン少佐よりも若い。

「こんニちハ、アドミラル。わたしガアドロフ・グラーゼン少佐です」

「グーデン・ターク、グラーゼン少佐」

 グラーゼン少佐が、拙い日本語で挨拶をし、提督も日本訛りたっぷりのドイツ語で挨拶、握手する。

「こんにちは、提督。レーベレヒト・マースです。レーベでいいですよ」

 レーベは自身の日本語で挨拶をした。

「こんにちは、レーベ。日本、そして橫須賀鎮守府にようこそ」

 握手をする。提督の手は温かい。

「長い船旅、お疲れでしょう。今日は美味しいものを食べて、ゆっくりとしていってください。そうだ、案内役を付けましょう」

 提督は周りを見渡した。つられてレーベも周りを見渡す。

 ホールにはたくさんの人がいる。写真を撮っているピンク髪の女性。赤いスカート、ノースリーブの白い服を着た女性。共に日本に来た技術士官。

 中でも目についたのが長い黒髪でスカートの赤い武道着を着ている女性。彼女はテーブルの皿にある料理を次々と平らげていく。

 提督は暴食の彼女に近づく。そして羽交い締めにしてテーブルから引き離した。

「おい、赤城! そんなにがっつくな!」

「目の前に美味しそうな料理が並んでいるのに食べないのはどうかと思います」

「しかしだな、このパーティーはドイツ日本派遣団の方々を歓迎してのパーティーなんだ。つつしみを持て!」

 赤城、おそらく艦娘だろう。赤城は口の形をへにして聞いている。最後は不満げに「はい」と答えていた。

「すいません、あの艦娘は赤城という空母艦娘でして」

 グラーゼン少佐は笑顔だ。実際、ドイツ海軍の中にも大食らいの艦娘は6人ほどいる。みんな、戦艦や巡洋艦などの大型艦だ。

「ええっと、案内役です。浜風、こっちに」

 提督が手招きする。やってきたのは銀髪で目のぱっちりとした、そして何より胸の大きい艦娘だった。

 だいたい艦娘は胸の大きさで、艦であった頃の規模がわかったりする。胸が大きい方が大型艦の傾向がある。この浜風と呼ばれた艦娘は大型の軽巡洋艦ほどだろうか?

「駆逐艦、浜風です。グラーゼン少佐、レーベレヒト・マースさん、橫須賀鎮守府へようこそ」

 駆逐艦! この大きさで! レーベは頭が混乱した。しかし、取り乱すわけにも行かない。世界は広いのだ、と無理矢理に理解した。

 ちなみにレーベの胸は平たい。

「レーベでいいですよ。浜風さん」

「さん付けでなくて、良いですよ。レーベ」

「わかったよ。浜風」

「浜風、レーベを案内してくれ」

 浜風はきっちりとした敬礼で答える。

「グラーゼン少佐は私が案内します」

 

「みんな、こちらがレーベレヒト・マース」

 浜風が他の艦娘達が集まっている場所に案内する。集まっている艦娘は10人ほどだろうか。

「皆さん、こんにちは。レーベレヒト・マースです。レーベと呼んでください」

 レーベは丁寧に礼をした。最初の印象は大事だ。

「肌が白い! お人形さんみたい!」

「かわいい!」

 思ったよりも好印象のようだ。島国で海外との交流が難しい今の日本では白人と会うことはほぼないのだろう。

 日本の艦娘も結構なものだと思う。みんな美人揃いだ。体型は浜風のように胸が大きい艦娘もいれば、小さい艦娘もいる。

「さあ、座って座って。しゃべってばっかりだったらつまらないでしょ」

 髪をツインテールにした艦娘が椅子を持ってきてくれる。レーベはありがとうと言って座った。

 目の前には様々な料理が皿に盛りつけられている。ビュッフェ形式なのであらかじめ用意されていたものではない。

「間宮さんの料理は絶品なんだよ」

 きっと彼女たちが用意してくれたのだろう。優しい艦娘達だ。

 

 提督とグラーゼン少佐は日本酒の入ったグラスをもらい、レーベ達の方を見ていた。

「うまくやれてるみたいですね」

「そうですね」

 提督とグラーゼン少佐は英語で会話していた。双方が英語をしゃべれるので拙い日本語と日本訛りたっぷりのドイツ語で話すよりか、ずっと話しやすい。

「ドイツからはるばる、ご苦労様です。持ってこられた工作機械や装備、技術等は有効に使わせてもらいます」

 ドイツ日本派遣団はただ人員が来ただけではない。ドイツ日本派遣団が乗ってきた輸送船の船倉にはドイツ製の高精度工作機械、大砲や誘導弾などのヨーロッパの最新兵器とその技術、ドイツで運用されている艦娘用装備が積まれていた。実際、ドイツ日本派遣団を受け入れた日本の目的はこれらにある。

「こちらも艦娘の運用ノウハウ、たくさん学ばせていただきますよ」

 ドイツ側は水上艦娘の運用ノウハウ、装備開発技術の習得が目的だ。レーベが挨拶で言った様に、西太平洋地域を深海棲艦から次々と奪取している日本海軍は世界的に艦娘先進国のトップを行っているのである。

「ヨーロッパ、大西洋の情勢はどうなっているんです?」

「良くはないです。ロシアが西進をちらつかせていますから、海軍に予算が回っていません。まともなのはイギリスくらいのものです」

 ヨーロッパ大陸地域は深海棲艦が登場してもイギリス以外の国家は海軍力、漁業以外でそこまでの損害はなかったと言える。日本のように資源輸入を海外に任せているわけではないからだ。

 ただ問題だったのが、ミリタリーバランスの崩壊だ。大国の発言力、とくに米国の影響力が薄くなったため、陸で接している軍事大国であるロシアが発言力を増した。そのため、大陸側は海軍力の回復に力を入れることができていない。

「それと、こちらでも戦艦棲鬼などの鬼クラスが確認されました。姫クラスは確認されていませんが、時間の問題でしょう」

「そちらの方はかなり危ない状況ですね。陸でも海でも」

「ええ、政治家に任しましょう。政治のことは。私たちはただ、闘うだけです」

「ともかく、今日は楽しみましょう。そのためのパーティーです」

 2人はグラスをあおった。



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集合写真

 ビアク島への兵力輸送作戦である渾作戦は第一次から第三次まで成功を収め、ビアク島を急襲した深海棲艦の空母機動部隊も撃退することができた。

 ニューギニア方面に展開していた艦娘達は今日、日本に帰ることになる。

 

 重巡洋艦娘の青葉は海の上でカメラを構えていた。

「撮りますよー」

 フレームの中には輸送駆逐艦「鷹」が入っている。乗員達は全員が甲板に上がっている。むろん、「とばり」所属の第二十一駆逐隊もだ。

「はい、チーズ」

 シャッターがきられる。

 

 青葉はやっと渾作戦に参加した艦艇全てを撮り終えた。

 なぜ、写真が撮っているのかというと、誰かが作戦を遂行した記念に撮って欲しいと言い出したからだ。言い出したのは、提督なのか、艦娘なのか、士官なのか、それともどこかの一水兵か。それは分からない。

 とりあえず、その話を聞いた青葉は自身のカメラを持って、撮り始めた。

 カメラのレンズに艦艇の艦首から艦尾までを入れることができ、全乗員が映ることができる状態で写真を撮れるのは海上を縦横無尽に動ける艦娘しかいなかった。飛行機では難しい。

 青葉は自身の所属艦である輸送艦「橋立」の甲板で停泊している艦隊を撮った。

 渾作戦に参加した艦艇数は13隻。その内の5隻が映っている。どの艦も警戒気球を上げ、警戒態勢は怠っていない。

 青葉は全ての艦を一枚の写真に収めたいと思ったが、さすがに無理だ。

 艦隊旗艦の巡洋艦「津万」の後部甲板からヘリコプターが飛び立つ。哨戒機か、連絡機かは青葉には分からない。ただ、瑠璃色の空にホワイトカラーのヘリコプターが浮かんでいる。

 青葉はヘリコプターを見上げる。

「空からなら――」

「艦隊全体を撮れるのに?」

 誰かが青葉の独り言を奪った。

 青葉は声の方向を見た。一人の男が立っている。半袖のカッターシャツ、黒いズボン、くたびれた野球帽、そして首に紐でかけたカメラ。明らかに水兵や軍人の類いではない。しかし、青葉はこの人物を知っている。

「有野さん」

「名前、覚えていただけているとは光栄」

 有野と呼ばれたこの人物は海軍従軍記者だ。艦娘が登場して以来、各地の鎮守府などや泊地に回って、艦娘の記事を書いている。日本国民に艦娘が受け入れられる存在になったのは有野の記事の影響が大きい。

「記事、読んでます」

「それは嬉しい。それはそうと、今回の作戦どう? 艦娘の視点から聞いてみたい」

「今回は――」

 青葉は第1次作戦に参加した。伊勢、日向を基幹とした聯合艦隊編成で輸送ルート上の敵を撃滅した。私たちの史実だと、第1次作戦は小規模編成が原因で失敗したため、今回は戦艦を基幹とした艦隊で挑んだのだ。

 結果としては大成功。展開していた深海棲艦を蹴散らし、最初の輸送船団は襲われずにビアクについた。

 聯合艦隊編成だと、遠距離での砲撃戦となるから、命中率が低かったのが青葉としては悲しかった。弾着観測機も飛ばしていたが、いかんせん当たらなかった。

 今回、新型深海棲艦に出くわしたが、戦艦の前には無力だった。ただ、リ級と比べると砲熕兵装は強力で重巡以下の艦娘は注意が必要だった。

「その新型深海棲艦の姿形は?」

 新型深海棲艦はヒト型で重巡リ級以上、戦艦タ級未満ほどの能力を持っていた。リ級よりも高い砲撃力、防御力。速力も極めて高く、夜戦では弾を当てるのが難しかった。

「最近、ヒト型の深海棲艦が多いね。チ級、リ級、ル級、タ級にヲ級、鬼級に姫級。今回は、駆逐艦クラスにもヒト型がいたそうじゃないか。私が若い頃――といっても10年ほど前だが、その頃には今で言う雷巡チ級と空母ヌ級くらいしか、いなかったんだがな」

 深海棲艦が全世界に出没し始めたのは14年前、つまり2000年だ。有野はその頃にはすでに海軍従軍記者として働いていた。深海棲艦との戦いに出くわしたこともあれば、乗っていた艦が沈められた事もある。

「話半分で聞いて欲しいんだが、最近、こう思うんだ。撃破した深海棲艦をサルベージして艦娘にしているのではないか、ってね」

 艦娘の建造はすべて鎮守府の艦娘部工廠で行われている。しかし、どのように建造するのか、どのような行程なのか、具体的なものは一般に知られていない。一般どころか、多くの軍人、艦娘、はては提督にすら知らないのだ。

 工廠は鉄のカーテンで覆われている。

「あの中に何があるのか、知りたいとは思う」

 有野は手すりにすがり、空を見上げた。空にはカモメが飛んでいるだけ。ヘリコプターはどこかに飛んでいった。

「好奇心は猫を殺すと言いますよ」

「その通り。しかも、艦娘が深海棲艦だったとしてどうとする。ま、そんな具合だ。うさんくさい話はこれでおしまい。取材ありがとうね」

 有野は歩き出す。暗い雰囲気になってしまったので、青葉はひとつ、冗談を飛ばすことにした。

「ネタ切れでも起こしてるんですか? いい情報ありますよぉ。提督を争っての艦娘同士の対立の話なんてどうです?」

「ゴシップな記事を書くのは苦手なんでね。遠慮するよ」

 有野は振り返って、笑った。青葉は振り返った有野の笑顔を写真に撮った。

「後で送ってくれよ、その写真」

「分か――」「有野さんなのです!」

 青葉の言葉は大声で遮られた。

 艦内入り口にカゴを持った電が立っている。カゴの中身は洗濯物が入っている。

「有野さん!? あの!?」

「本当だ」

「えっー、どこどこー?」

 入り口から、暁、響、雷と出てくる。最後に「転ぶなよ」と洗濯物を干すのを任された水兵が続く。

「有野さん! 撮ってくださいなのです!」

「うん、いいよ」

「みんなで映りましょう! 政田さんも! 青葉さんも!」

 雷が水兵を引っ張る。青葉、暁、電、響、雷、水兵と横に並ぶ。洗濯カゴは手前に適当に置いた。

 水兵は笑顔を笑顔を浮かべればいいのに、どう映ったらいいのか分からないのか、緊張しているのか、足を閉じて、掌を体側につけて、背筋を伸ばしていた。

「政田さん、リラックスして」

 その言葉で水兵は、自分が緊張していることに気づいたようで、足を開いて、ゆったりとした姿勢を取る。

「はい、チーズ」

 シャッターがきられた。



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ゲルリッヒ砲試験

 第十八駆逐隊の霞、霰、陽炎、不知火は橫須賀鎮守府艦娘部の装備開発工廠第三工場に命令を受けて訪れていた。

 彼女達が受けた命令とは「試作装備性能試験」である。

「その試作装備がこれです」

 技術士官が目の前の机の覆いを取った。机の上には駆逐艦の連装砲が4つ並んでいる。

「これ、12.7cm連装砲ですよね? 何が試作なんですか?」

 陽炎が技術士官に尋ねた。技術士官はその言葉を待っていたようで、鼻を膨らませる。

「砲身部分をよく見てください。通常の12.7センチ砲と違います」

 彼女達は並べられた連装砲を凝視する。一見、ただの12.7cm連装砲だ。

 霰が「あっ」と声を上げた。

「少し……先細ってる……」

「本当ね。テーパーがかかってるわ」

「砲塔こそは、B型改二ですが……」

「はい、砲塔こそ、B型改二のものを流用していますが、このテーパーがかかった砲こそ、試作兵器の12.7センチ口径漸減砲です」

「コウケイゼンゲンホウ?」

 陽炎が片言で復唱する。他の三人も頭をかしげている。その様子を見かねて、技術士官は部屋にあった白板に漢字を書いていく。

「漢字は50口径長などの口径、漸減戦術の漸減、大砲の砲です。ドイツ語では開発した技術者の名前を取って、ゲルリッヒ砲とも呼びます。口径漸減砲では舌をかみそうなので、ゲルリッヒ砲と言いましょうか」

「砲弾が先にいくほど、口径が小さいということね」

 霞が漢字から推理した。「その通りです」と技術士官。

「では理屈を説明します」

 技術士官は白板にゲルリッヒ砲の図を描いて、説明を始めた。

 ゲルリッヒ砲は霞が言った様に砲尾から砲口にかけて先細りになっており、フランジと呼ばれるアルミニウム外皮をかぶせたタングステン芯弾を高初速で撃ち出す砲だ。砲口に近づくにつれ、砲弾のフランジが削れていく。そうすることで砲身内部と砲弾との隙間がなくなり、砲弾に与えるエネルギーを最大限に活用することができる。

「つまり、砲弾が砲口に近づけば近づくほど、発射ガスの圧力が高まって、高初速になる。こういうことですか?」

「それもありますが、衝撃波です。砲身内がテーパーになっていることで、衝撃波が砲弾の底面に集中し、非常に高い衝撃波面を形成します。この衝撃波面で高初速を実現します」

「理屈は分かったけど、このゲルリッヒ砲はどれくらい漸減するの?」

 陽炎が机の上の12.7センチ漸減砲を指さす。

「0.5ミリ漸減します」

 正式名称では12.7センチ砲と言っているが、実際の口径は3センチほどだ。艦娘の装備の名称は元の艦の装備名にあやかっている。

「これで12.7センチ砲の初速910メートル毎秒から初速1400メートル毎秒ほどに高められると試算しています。試算装甲貫通能力は400ミリほどです」

「400ミリ!? えっと大和の装甲は……」

「最大610ミリ……」

「でも長門は350ミリです。普通の戦艦ならば貫通します」

「恐ろしい砲ね……。駆逐艦で戦艦に対応ができるわ」

「そのために開発された砲ですから」

 技術士官はペンのキャップを閉め、白板の桟に置いた。

「勉強はこれくらいにしましょう。今日はこの12.7センチ漸減砲の発射試験をしてもらいます。どうぞ、よろしくお願いします」

 

 霞達は艤装を装着して、実弾射撃演習場に向かった。実弾射撃演習場は九十九里浜にある。

 広大な白い砂浜。その中に土盛りがあり、射撃目標の縦3メートル、横5メートルの400ミリ鋼板が設置されている。鋼板の真ん中には蛍光の緑色でバッテンが描かれている。

『第十八駆逐隊の皆さん、位置につきましたか?』

 威勢のいい返事をする。

『では構え! まずは両門で2発です』

 自身の持つ12.7センチゲルリッヒ砲を500メートル離れた鋼板のバッテンに照準。

『撃ち方始め!』

 引き金を引いた。

 薬室内の砲弾装薬に点火。砲弾は芯弾を覆うフランジが削りながら、砲身内を進む。

 砲口から発射された砲弾は通常の12.7センチ砲よりも遙かに速い速度で飛翔。標的鋼板に命中した。

「すごい初速……!」

 通常の1.6倍はあったろうか。普通ならば飛んでいく砲弾の軌跡が見えるのだが、今撃った砲弾の軌跡はほとんど見えなかった。

「反動もそこまでではありませんね」

 不知火が砲口を下に向けて言った。高初速となれば、作用反作用で大きな反動が生じるものだが、この12.7センチゲルリッヒ砲は普通の12.7センチ砲の反動より、少し強いくらいだ。

『試験砲などに異常ありませんか?』

 彼女達は自分の砲を見る。受け取ったときと何ら変わりはない。

『異常ありませんね。では、第二射。構え!』

 

 九十九里浜は夕日の朱に包まれている。すでに試験は終わり、海軍の工兵部隊が撃たれた標的鋼板を回収するためにデリックでつり上げている。

「なかなかに良さそうじゃないか」

 12.7センチゲルリッヒ砲の開発者が技術士官が呟いた。

 400ミリの標的鋼板は総数24発分の穴が開いている。すべて霞達が放った砲弾によるものだ。12.7センチゲルリッヒ砲に搭載してあった砲弾は1基当たり6発。全員が全ての弾を命中させていることになる。

「貫通弾は、っと」

 技術士官は鋼板の裏に回る。

 鋼板裏面の穴は5つだった。

 

 後日に詳しく調べると砲弾の貫通力はまちまちだった。

 5発の砲弾が400ミリ鋼板を貫通しているのに対して、100ミリにすら達していない砲弾の数は13発もあった。中には40ミリ程度の砲弾もある。

 この貫通力の不安定さ。何が問題なのか。

 ゲルリッヒ砲の工作精度に問題があったかためか。これは違う。砲弾先端部には塗料が塗ってあり、第何射目か分かるようにしてある。400ミリ鋼板の貫通口はそれぞれ違う塗料だった。

 貫通能力の試算が甘かったためか。これも違う。大半が100ミリ以下の貫通力を示したと言っても、5発は400ミリ以上の貫通力を示したのだ。5ミリ、10ミリならば、誤差の範囲とも言えるが、300ミリは明らかにおかしい。

 技術士官は様々な仮説を立ててみるが、どれも成り立たない。最後に残った仮説は「艦娘との適合」だった。

 戦艦艦娘は元々の艦の砲が一番高い命中精度、破壊力を出すことができるというデータがある。技術士官達はこれをフィット補正と呼ぶが、同じように、12.7センチゲルリッヒ砲も駆逐艦娘に適合していなかったのかもしれない。彼女達の中にはゲルリッヒ砲などの記憶はない。

「どうすればいいのかね……」

 技術士官はため息を吐く。技術的なことならば、自分の知識を総動員して何とかしてみせる自信はあった。しかし、オカルトとは。

 艦娘自体の製造技術は機密扱いである。一技術士官がどうこう言える立場ではない。自分は試験報告書をまとめて艦娘部に送るだけだけだ。

 技術士官は窓の向こうを見た。天気は曇りだ。

 艦娘とは一体何なのだろう。

 2013年に突然現れ、約1年で西太平洋を深海棲艦から取り戻し、シーレーンを復活させ、日本を再興させた。

 外見は思春期の少女。鉄の装備を背負い、海を駆ける。

 屈託ない笑顔。しかし、傷つき、血も流す。

 人間と何も変わらない、少女だ。その少女を私達は戦地に送っている。

 心が痛む。

 私達には彼女達が少しでも傷つかないよう、装備を作り続けるしかないのか?

 



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2年目のクリスマス

 クリスマスが近い。

 艦娘達の活躍により、シーレーンが回復。物流とインフラが回復した現在では、深海棲艦出現以前と同じように、とまでは行かないが、クリスマス商戦が行われている。

 橫須賀の商店街もクリスマスの飾り付けをしている。

 サンタをかたどった電飾。色とりどりのリボン。万国旗を飾っている店もある。

 その中で最も注目を引くのは、巨大なクリスマスツリーだ。このクリスマスツリーは商店街の中心部にあるモミの木に飾り付けをしたものだ。赤、黄、青、緑と様々な色の電飾とリボン、金銀のオーナメントボール、ベル。電飾の光だけで辺りが明るくなっている。店の飾り付けとは規模が違った。

 そのクリスマスツリーを横須賀の小学生の女子と男子が見上げている。この2人は姉弟だ。

 姉弟はクリスマスツリーを見つめたまま動かない。面白いくらい白い息も周りの騒がしさも、2人の意識にはない。ただ、目の前のクリスマスツリーだけに意識が向いていた。

 

 一方、世界最大の艦娘数を有する横須賀鎮守府でもクリスマスに向けて飾り付けが始まっていた。といっても、飾り付けが行われているのは食堂と、提督の執務室だけだ。

 去年は艦娘寮全体を飾り付けていたのだが、クリスマス当日に起こった霧の艦隊襲撃(霧事変)でクリスマス会がお流れになり、艦娘達が片付けを面倒くさがって、片付けが2月まで終わらなかったこともあり、今年は食堂と提督の執務室だけという形になったのだ。

「豪勢だなぁ」

 執務室の飾り付けを見た提督はそうつぶやいた。

 床は白いじゅうたんが引かれ、普段は蛍光灯しかない天井には電飾、小さなベルや雪の結晶の形を模したプラスチックの装飾である、スノーフレーク、どこから持ってきたのか、ミラーボールまでつり下げられている。

「余ってるんだもの。使わなきゃ、もったいないわ」

 雷が椅子の上に立って、天井にさらなる飾り付けをしながら言った。今飾り付けているのは青竹色に光るモールだ。

「まだまだあるのです!」

 雷にモールを渡している電が右手で指を差した。指の先にはまだ中身がある段ボール4つ。ちなみに空箱は3つだ。暁と響が中身を取り出して、選別している。

「艦娘寮全体を飾る量あるから、食堂と執務室くらいじゃ、なくならないんじゃ?」

 阿武隈は純白のクロスを執務机に丁寧に被せながら言った。

 

 食堂も飾り付けが行われていた。

 食堂は執務室の数倍の広さがあるので、飾り付けは執務室よりも立派になっている。

 天井にスノーフレークやベル、ミラーボールが大量につり下げられているのは同じだが、紅白幕のように赤白緑の巨大なリボンが垂らされているのに目が引かれる。しかし、最も大がかりなものはこのリボンではない。

「もうちょっと右の方がいいかな?」

 那珂の指図で若い水兵2人が壇上を下ろした。

 この壇上は『那珂ちゃんクリスマスライブ』のためだ。このためにカラオケ設備などをレンタルしてきている。

「みんな、準備ありがとう! みんなのために精一杯歌うからね!」

 この那珂の息巻きに手伝いに来ていた水兵全員がはにかむ。

「テストと練習をかねて、一曲いっちゃおう!」

 水兵から歓声が上がった。ちなみにこの場に来ている水兵は皆、「那珂ちゃんファンクラブ」会員である。

 

「那珂ちゃんのライブ、全国放送なんですよね」

「全国放送じゃと?」

 歌い始めた那珂を見た筑摩のつぶやきに利根が訊いた。利根にとっては初耳である。

「運動場ですよ、利根姉さん。ステージがあります」

 利根と筑摩は食堂を出る。暖房がある食堂の中と違って、外は冷たい海風が吹いている。

 外を出れば、食堂の喧噪は立ち消え、波の音、船の汽笛、海鳥の鳴き声が聞こえるだけだ。

「おおっ」

 運動場に着き、利根は唸った。

 運動場の北側でステージが組み立てが進められていた。設備は一級のものだ。

「那珂のためだけにこれだけの設備とは……」

「知らないんですか? 那珂ちゃんはもう全国的なアイドルなんですよ」

「なに? あの那珂がか……?」

 利根は知らないことだったが、那珂は港などに寄る際には必ず、地元民にライブを行っていたのだ。それが功を奏して、海軍きっての艦娘アイドルになったのである。

 

「ただいま」

 横須賀の二児を持つ主婦が晩ご飯の買い物から帰宅した。「おかえり」と二人の子供の声が部屋から返ってくる。

「すぐにご飯をするからね」

 布製の買い物袋を下ろす。今日は結構な数の買い物をした。このごろはシーレーンが回復したおかげで、商品価格が下がり、主婦の財布の紐は緩くなっている。経済が回り出した影響で夫の給料が上がったこともそれに拍車を掛けていた。

 今年は子供達に美味しいものとプレゼントを贈ることができる。

 子供がやけに静かなので、様子を見ると、2人とも何かを葉書に書いている。

「何を書いてるの?」

 息子が書いている途中の葉書をのぞき見る。葉書には赤いペンで「メリークリスマス」と書いてあり、マイクを持ったお団子髪の女の子の絵が描いてあった。どこかで見たことがある気がするが、思い出せない。

「ナカちゃんへのクリスマスカード!」

 長女が元気いっぱいに答えた。

 ナカちゃん。そうか。長女の言葉でようやく思い出すことができた。海軍のアイドル艦娘の那珂ちゃんだ。以前はこぢんまりと活動していた地方アイドルが、今では全国的アイドルだ。その那珂ちゃんにクリスマスカード。

「お母さんにちょっと見せてちょうだい」

「いいよ!」

 長女の書きかけのクリスマスカードを受け取る。

 書いてあるのは那珂ちゃんの似顔絵、メリークリスマスの文字。それと――

 

 

 クリスマス当日。横須賀鎮守府の食堂では艦娘達のクリスマスパーティーが昼から行われた。

「メリークリスマス!」

 おのおのがクラッカーの線を引き抜き、大きな音と共に紙吹雪を舞わせた。

「さあ! 食べましょう! いただきます!」

 右手には漆塗りの箸、左手には取り皿の赤城が高らかに宣言した。それが合図になって、皆テーブルに置かれた料理に我先にと手を伸ばす。

「提督達も食べましょう! なくなっちゃいますよ!」

 飛龍が提督達に取り皿を渡し、赤城達空母勢が群がるテーブルに突撃していった。このパーティーには提督も含め、主計科長や特別陸戦隊の部隊長などの日頃お世話になっている人たちが招待されている。

「艦娘の皆さんはたくさん召し上がるのだね。存じ上げていなかった」

 特別陸戦隊部隊長はやや引き気味な様子だ。空母勢の食べようと言ったら、まるで親の敵といった具合で去年の分を取り戻すべく、すさまじい勢いで食べていく。

「あんな風に食べるのは戦艦と空母だけだよ。駆逐艦や重巡は落ち着きがあるよ」

 主計科長が部隊長をなだめる。主計科長は艦娘達と長い仲だ。艦娘全員の好物まで知っている。空母勢の食べようも見慣れたものだ。

「まあ、食べよう」

 提督も全く動じていない。部隊長は自分の感覚がおかしいのかと少し疑った。

 

 横須賀の一般家庭でもクリスマスパーティーが行われている。

「いただきます」

 合唱をして、食べ始める。テーブルには

 テレビは「2014年那珂ちゃんクリスマスライブ」が流れていた。

 

「みんなー! 今日はー、来てくれてー、ありがとう!」

 クリスマスの赤い衣装の那珂がステージ上でマイクに叫ぶ。

「こっちこそありがとう!」

「那珂ちゃーん!」

「大好きだー!」

 歓声はまるで爆音だ。500ポンド爆弾の爆発音よりも大きいのではないか。そう、思わせるほどの大きさだった。

「ありがとー!」

 那珂が歓声に対して手を大きく振る。撮影スタッフはこれを撮り逃がさない。このライブは国営テレビ選りすぐりのスタッフが撮影している。

「今日は全国放送! みんな見てくれてるかなー?」

「2014年那珂ちゃんクリスマスライブ」は全国放送だ。北は幌莚、南はショートランド、一般回線だけではなく、海軍の通信回線まで用いて放送している。南の島で、船の中で、北の島で、たくさんの那珂ちゃんファンが「見てるよ!」と叫んだ。

 海軍としても気が抜けない。このライブのチケットは海軍の予算収入の1つなのだ。

「ありがとー! 早速、一曲行くよー!」

 

「クリスマスカード? そりゃなんでさ?」

「この子達がね、商店街のクリスマスツリーに感動したからですって」

「ああ、あのツリー。12年ぶりだね」

 橫須賀商店街のクリスマスツリーのことだ。あの飾り付けが行われるのは実に12年ぶりのことだ。あのツリー1本で結構な電力を消費する。政府の電力制限を受けて、しなくなったのだ。しかし、今年の2月から電力統制は解除されている。

 今の小学生まではあのクリスマスツリーを見たことはない。しかし、クリスマスカードを那珂に送る理由がよく分からない。

「とってもキレイで、すごかったの!」

「すごかった!」

 口にクリームを付けた子供達は笑顔で言う。父親は2人の言うことが分かる。確かにあのツリーには魅入られるだろう。なにせあのツリーを見るためだけに観光客がいたくらいなのだ。

『みんな、ありがとー!』

 那珂が一曲を歌い終わった。会場の観客席はサイリウムライトによって白、赤、緑に染まっている。

『ここでお便りの紹介だよー!』

 袖から葉書や手紙を携えた黒子が走ってくる。文字通り、黒い服着て黒い頭巾を被った本物の黒子である。その正体は艦娘護衛のためだけに編成された海軍第61特別陸戦隊、通称「K特別陸戦隊」。黒装束の下に戦闘服を着て、実弾込みのシグP226自動拳銃を腰に吊っていることは誰も知らない。海軍は全力を尽くしている。

『横須賀市の小学生二人から、クリスマスカード! メリークリスマス、みんなを守ってくれてありがとう。那珂ちゃんの似顔絵付きだよ! かわいい! ありがとう!』

 那珂ちゃんが胸の前にカードを掲げる。テレビの全面にカードが映し出された。間違いなく、子供達が描いたものである。

「あたしのだよ! あたしの!」

 長女が席を立って、ジャンプまでして喜ぶ。

「よかったわね」

 父親はようやく子供達がクリスマスカードを送った理由が分かった。

 子供達なりに感謝の意を示したかったのだ。

 



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太平洋を越えて その1

 中部太平洋に浮かぶ島々、ミッドウェー諸島。2014年の9月まで深海棲艦の一大基地だったこの島は日本海軍の艦娘達によって奪還された。現在では最も大きいサンド島に飛行場が整備され、艦娘、兵士、軍属含めて約600人が駐在している。

 その島を基点にある作戦が実施されようとしていた。

 

 サンド島の飛行場で大型輸送機が滑走している。空色迷彩のグレー塗装に日の丸。直径6メートルもある二重反転プロペラ式ターボプロップエンジン4基。全幅56メートルの後退翼、全長50.8メートルの巨鳥は滑走路をぎりぎりまで使って離陸した。

 空母翔鶴を基幹とする機動艦隊は離陸の様子を海上から見ていた。

「『渡り鳥』が飛び立ちました! 全艦、直援機、発艦始め!」

 翔鶴の号令の下に瑞鶴、飛鷹、隼鷹が発艦作業を開始する。翔鶴と瑞鶴は弓を射る。飛鷹と隼鷹は巻物の上に式神を走らせた。矢と式神は烈風と紫電改二に変身し、上昇していく。

 北アメリカ大陸へと向かう連絡輸送機を護衛するために。

 

 北南アメリカ大陸は世界から孤立している。

 深海棲艦の出現当初こそアメリカ軍は果敢に闘い、一部では戦果も上げていたが、深海棲艦の物量、能力に圧倒され、2002年には勢いを失った。その後もしばらくは衛星、海底ケーブルによる通信連絡が行われていたが、2003年には衛星通信すら途絶した。

 アメリカは滅びた。そのように噂されるのにも無理はない。実際、何とか互いに連絡を取り合えていたユーラシア、アフリカ、日本の国々もアメリカは滅びたと認識し、行動していた。

 2013年11月12日、北極海シーレーンにて輸送船団を護衛していたロシア海軍艦艇がある電波を受信した。

 アメリカからの電波だった。ロシア海軍は電波を分析し、電波はオハイオ州から発信されたということが分かった。アメリカは滅びてはいなかったのである。

 ロシアはこの情報を秘匿した。理由は自国の発言力を保持するためである。

 アメリカがいない状態のユーラシア大陸のパワーバランスは資源、食料を握る軍事大国ロシアに大きく傾いていた。もし、アメリカの影響力が復活し、パワーバランスが崩れるようなことがあれば、ロシアにとっては嬉しいことではない。

 

 電波を受信した艦艇の乗組員には箝口令が引かれたが、2014年1月に「ロシアがアメリカからの電波を受信した」という情報をイタリアの諜報機関がすっぱ抜き、全世界に公表した。数週間後に当のロシアもそのことを認めた。

 世界は沸き立ち、アメリカへ連絡を取る方法を模索した。長距離飛行機連絡案、潜水艦連絡案、艦娘護衛船連絡案、宇宙ロケット連絡案、中には海底トンネル連絡案すらあった。

 一番現実的なのは宇宙ロケット連絡案であったが、ユーラシア大陸一の有人宇宙ロケット技術を保有していたのはロシアであり、ロシアがアメリカと連絡を取り合おうとするわけがなかった。

 潜水艦案は潜水艦技術の高いドイツが実施したが失敗に終わっている。

 艦娘護衛船連絡案は文字通り、連絡船に多数の護衛艦娘を付ける、というもので可能ではあったが、シーレーン護衛や本土防衛が危うくなる可能性があった。

 唯一残ったのが、長距離航空機連絡案だった。

 有人宇宙ロケット案、艦娘護衛船連絡案ができない中では、一番現実的な方法ではあるが、問題があった。

 航空機の性能不足だ。

 太平洋、大西洋を無給油で横断できる航空機はあった。だが、速力が時速600キロメートルを超えないものばかりで、時速680キロメートルを発揮する深海棲艦の航空機に捕捉されれば、撃墜されることは確実だった。

 長距離航空機連絡案のために2つの計画が実行された。

 1つ目が時速850キロメートルを発揮し、12500キロメートルの航続距離、30トンのペイロードを持つ航空機の開発。開発型番は三十一試輸送機とされた。これは機体設計を日本の中島飛行機、エンジンを独ハインケル、英ロールスロイス共同で開発することになった。

 2つ目は必要になる航続距離の短縮。これは日本海軍がミッドウェー島を奪回し、飛行場を建設することになった。これが後のMI作戦である。

 航空機開発完了、ミッドウェー諸島奪還完了は10月までと決定された。

 

 MI作戦は成功し、サンド島に飛行場を建設することはできた。しかし、航空機の開発が難航していた。

 遅れの原因はエンジンである。搭載予定のターボプロップエンジンHeS/RR TP2-01の出力が目標値にほど遠いものだったからだ。遅れは開発自体をロシアに察知されないように資材調達ルートを巧妙にしていたせいでもある。

 試しに不完全なHeS/RR TP2-01を機体だけはすでに完成していた三十一試輸送機に搭載し、飛行試験が行われたが、時速700キロメートルが限界だった。この時点で7月である。

 ハインケルとロールスロイスは2015年3月までの開発期間延長を要請したが、日本海軍が難色を示した。ミッドウェー諸島の兵站は日本海軍の兵站能力の限界を超えており、長期間にわたる保持は不可能だったからだ。

 何とか日本海軍を説得し、12月まで延長させたが、エンジン開発はなかなか進まなかった。

 不完全なままでも下手な深海棲艦航空機よりは速い。このまま飛ばすか?

 そう、開発チームが考えていたとき、ある協力者が現れた。

 ロシアのエンジンメーカー、クズネツォーフ社である。クズネツォーフ社は多くのターボプロップエンジンの製造開発を手がけている会社だ。

 そのクズネツォーフ社がロシアに秘密で協力を申し出たのだ。クズネツォーフ社社長は「同じ人類、協力しなくてどうする」と言って、自社の優秀な技術者を「西欧旅行」と称して開発チームに送り込んだ。

 そのおかげで、何とか11月9日にHeS/RR TP2-01は高性能ターボプロップエンジンとして完成した。ハインケル社はクズネツォーフ社への感謝の意として、エンジンの型番をHeS/RR TP2-01kに変えた。

 

 HeS/RR TP2-01kを搭載した三十一試輸送機は時速834キロメートル、航続距離12312キロメートル、ペイロード29.7トンを発揮した。そして、一ヶ月半かけて機体不良や問題点を洗い出し、14式輸送機「瑞星」/Type-14 Cargo plane "Auspicious star"と正式採用された。




その1です。たぶん、その2で終わりです。(嘘になりました)
14式輸送機「瑞星」はこっちの世界のTu-114クリートみたいな飛行機だと想像してください。
零戦の試作機である十二試艦上戦闘機のエンジン「瑞星」とは何の関係もありません。


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太平洋を越えて その2

――吹雪、白雪、初雪、深雪。君達、第十一駆逐隊にはアメリカに行ってもらう。作戦名は瑞星作戦だ。

――なに、今すぐじゃない。新年明けての話だ。安心しろ。

――どうやって行くかって? 海路じゃない。空路だ。新型の輸送機でミッドウェーまでいったん飛んで、ミッドウェーで補給をした後、アメリカに飛ぶ。

――撃墜されるって? 聞いて驚け。君達が乗る輸送機は巡航速度毎時790キロメートルだ。たこ焼き(玉形深海棲艦航空機のこと)だって追い付けはしないよ。もちろん直援機も付ける。

――目的はアメリカに艦娘技術を提供するためだ。君達はその艦娘技術の一例として行ってもらう。

――誰を選ぶかは悩んだんだが……君達が適任だと思った。優秀な駆逐隊であるし、かわいい子揃いだ。

――第十一駆逐隊を行かせるのは正直、心苦しいが誰かが行かなければならない。

――頼む。行ってくれ。

 

 吹雪は機内で自分達、第十一駆逐隊がアメリカ派遣団に選ばれた時のことを思い出していた。

 司令官は自分達のことを大切に、期待をしてくれている。司令官のために頑張らないと。吹雪は意気込んだ。

「吹雪ちゃん、慣れた?」

 白雪が吹雪の方に乗り出して聞いた。

「慣れたって?」

「エンジン音」

 機内は相当うるさかった。いや、機内でも、というべきだろう。ターボプロップエンジン特有の爆音は機内にも(とどろ)いている。

「慣れてないよ。とってもうるさい」

 他の人はどうだろうと思って、吹雪は機内を見回す。乗客席は横4席、縦4列の16席だ。1列目を吹雪達、2列目横2席が吹雪達の艦娘艤装整備員。残りの席は艦娘部の技術者達だ。吹雪は一番右に座っている。案外、みんな平気な顔をしている。深雪を除いて。

「気持ち悪い……」

 深雪は飛行機酔いで前かがみになっていた。深雪は気圧の変化にものすごく弱かったらしい。隣の初雪が「大丈夫?」と声をかけながら背中をさすり、後ろの席に座っていた艦娘艤装整備員の清水が立ち上がって「吐いたら楽になるぞ」と言っている。

 吹雪は「外を見たら?」と言おうとして、思いとどまった。

 乗客席に窓はないのである。防弾上の理由だ。飛行機旅行ってもっと優雅なものだと思っていたのに。吹雪はため息を吐いた。

「トイレ行く?」

 呼びかけに深雪は縦に首を振った。

 

 14式輸送機はターボプロップエンジン特有の轟音を響かせながら、上昇している。

「高度8000、水平飛行に移ります」

「スロットルダウン。速度は620」

「了解。スロットルダウン、速度620」

 機長の(あずま)の言葉を操縦士の後町(ごちょう)が復唱し、手慣れた手つきでスロットルレバーを下げる。

 この14式輸送機「瑞星」は新しい機体だ。工場から正式機がロールアウトしたのはたった1ヶ月半前。しかし、「瑞星」の搭乗員は「瑞星」が三十一試輸送機からの搭乗員だ。とうの昔に「瑞星」の扱いに慣れていた。

「深海棲艦の奴ら、来ますかね?」

「来るさ、絶対にな」

 航法士の風間(かざま)が飛ばした冗談に東は真面目に返答した。すでにミッドウェーから東に2500キロメートル地点。とうの昔に人類側の勢力圏外だ。

「来ても、あと30分は大丈夫だろう。まだついてきているからな」

 東は並走する烈風を指さして言った。艦娘の烈風だ。直衛として20機の烈風がついてきている。他にもこの空域には60機の部隊が飛んでいる。

「できれば、我々がアメリカに着くまで来ないで欲しいですね。燃料が怖いですし」

 後町が燃料計を小突いた。

 ミッドウェーからアメリカ西海岸まで約5000キロメートル。「瑞星」の航続距離は約12000キロメートルだが、それは増加燃料タンクを装備した上での値だ。増加燃料タンクなしの「瑞星」は約10000キロメートルしか飛べない。西海岸まで行って、帰ってく来るのにはぎりぎりの量だ。

「それは叶わないみたいです! 深海棲艦航空機と思われる機影、4時方向! 距離35000! 高度3000!」

 レーダー士の新藤が叫んだ。新藤の見るレーダー画面には右下に白い(もや)がある。この白い(もや)が深海棲艦航空機の機影だ。

 レーダー画面は通常航空機の機影が点で映るが、深海棲艦航空機は疎密な編隊を組むので靄のように映るのだ。

「直衛機に通報! 敵機、『渡り鳥』から4時方向。距離35000、高度3000だ!」

「了解! 直衛機に通報! 敵機、『渡り鳥』から4時方向。距離35000、高度3000!」

 通信士の桜木が復唱する。『渡り鳥』は「瑞星」のコードネームだ。

 「瑞星」から離れた位置にいる部隊が向かう。

「後藤、巡航速度まで上げろ」

「了解」

 「瑞星」の二重反転式ターボプロップエンジン4基の回転数が上がる。エンジンの轟音がさらに大きくなった。

「一応聞きますけど、直援機ついてこれますか? 自分の記憶では烈風の最高速度は627キロだったはずですが」

「無理だな。だが、敵機が直援機とやり合ってる間に距離が取れればいい。敵機もこの『瑞星』には追い付けない」

 直衛についていた烈風の妖精が敬礼をして、右に降下していった。「瑞星」が増速したのを見て、直援はこれ以上、不可能と判断したのだろう。

「おい、風間! 目的地までは?」

「2200キロメートルです」

「長くなりそうだな……。機銃座の方もしっかり頼むぞ!」

 東は後方にいる機銃手4人に向けて叫んだ。「了解!」と威勢のいい返事が返ってくる。

「さて、アナウンスだ」

 東は壁にあるマイクを取って、アナウンスを始める。

 

 アナウンスが始まったのはちょうど、深雪と吹雪がトイレから出てきた時だった。深雪は幾分かましになったようだが、気持ち悪げな表情はあまり変わっていない。

『あーあー、乗客の皆様。本機のレーダーが敵編隊を捉えました』

 機内がざわめく……ことはなかった。客席の全員が予想していたことである。むしろ、遅かったな、と思った者が多かった。

『直援機が迎撃に向かいましたが、迎撃をすり抜けた敵機が攻撃してくる恐れがあります。急激な回避運動などを行う可能性が十二分にございますので、乗客の皆様は着席し、シートベルトをしっかりとお閉めください』

 吹雪は深雪を急いで座らせた。隣の初雪が立ち上がり、深雪のシートベルトを締める。吹雪は初雪に任せて自分の席に戻った。

「すまないなぁ……本当……」

「困った時のお互い様……」

 初雪は深雪のシートベルトを締め終わると、そそくさと座った。

 

 激しい空戦が行われている空域から南に100キロメートル、高度500メートルを彩雲が飛んでいた。

 この彩雲の妖精はいるであろう空母ヲ級を見逃すまいと、海面に目をこらしている。

 「瑞星」の迎撃に上がってきた敵機は100機ほど。少なくともヲ級3隻はいるはずだった。

 空母同士の戦いでは先に敵を見つけた方が勝ちだ。ヲ級やヌ級は頭の帽子に大穴を開けてしまえば、艦載機の発艦は不可能になる。敵空母を発見次第、母艦に待機している彗星28機が攻撃する予定だ。

 妖精は東に目をこらす。深海棲艦の基地になっているハワイの方向だ。少し、波が光っていないところがある気がした。

 双眼鏡で確認する。太平洋のおだやかな波。

 その中に――――いた。ヲ級だ。赤いオーラを纏っているelite。4隻。

 勝ったな。妖精は笑みを浮かべた。通信手に通報させようと声を出そうとした瞬間、異様な物を見た、

 ヲ級ではない。

 ヒト型。ヲ級より白い肌と髪。戦艦のものと思わせる1門の長砲身砲。黒光りする固そうなスカート。周りに浮かぶ赤い玉。なりより、双眼鏡でようやく見える距離でも感じる威圧感。

 ――あいつだ。泊地棲姫だ。

 

「泊地棲姫!? あいつ出てきてるの!?」

「あいつかよ……」

 通報を受けた隼鷹と飛鷹は驚愕した。

「泊地棲姫って……あの」

「そう、あの泊地棲姫よ」

 翔鶴と瑞鶴は13年の冬に着任した艦娘だ。泊地棲姫は見たことはない。報告書で読んだことがあるだけだ。

 泊地棲姫。戦艦並みの火力と防御力、そして今の空母ヲ級flagship並みの航空戦力を持つ深海棲艦である。初めて確認されたのは2013年5月。南方進出の準備として深海棲艦ハワイ泊地と南方を切り離すためにハワイを襲撃した時だ。当時は戦艦が少なく、航空兵器も現主力の烈風や紫電改、彗星、流星がなかった艦娘側は相当な苦戦を強いられ、作戦目的は達成したものの、艦娘側が大損害を負った。

「大丈夫よ! 烈風よ、烈風! 零戦の後継機! そう簡単に落とされやしないわ! バッタバッタと敵機を落としてくれるはずよ!」

 瑞鶴が不安に包まれた空気を消し去ろうと明るく振る舞う。

「ましてや私達、烈風隊の任務は泊地棲姫の撃沈じゃない。『渡り鳥』の護衛よ!」

 隼鷹と飛鷹はハッとした。そうだ、私達の目的は「渡り鳥」の護衛だ。航空母艦は攻撃兵器。それにとらわれすぎた。

「そうね、瑞鶴。『渡り鳥』は絶対アメリカに行かせるわ。皆さん、艦爆隊、発艦です!」

 翔鶴が弓を構える。瑞鶴や隼鷹、飛鷹もそれに続いた。

 

 エンジンのHeS/RR TP2-01kは4基すべて快調に回り続けている。特徴的なエンジン音も相変わらず響いている。

「現在、時速840キロメートル。追い付ける戦闘機はターボジェット機かレアベアくらいのもんですよ」

 機関士の渡辺が誇らしく言った。ちなみにレアベアは世界最速のレシプロ飛行機だ。時速850キロメートル出せる。

 深海棲艦航空機がどんな飛行機関で飛んでいるのかは不明なのだが、少なくとも今の「瑞星」に追い付ける速度ではない。だが、

「12時方向に敵影! 距離150000! 同高度!」

 新藤が新たな敵機群を伝える。

 敵機は「瑞星」に反航している。お互いに近づく形だ。1分ほどで接敵する。

 反航戦になれば、撃墜する側にとって「瑞星」は動かない当てやすい目標になる。それはさけなければならない。

「後町! 60度旋回! フルスロットル! 増槽(増加燃料タンク)落とせ!」

「了解! 60度旋回! フルスロットル! 増槽落とします!」

 後町が増加燃料タンクの落下レバーを下ろした。両翼にぶら下がっていた紡錘型の増加燃料タンクが外れて落ちる。軽くなった分だけ、速度が上昇する。

 次にスロットルを全開にして、操縦ハンドルを左に回す。しかし、「瑞星」は巨大な飛行機だ。小型機のようにすぐに旋回できない。

「敵機来るぞ! 旋回機銃、敵機を捉え次第、撃ち方始め!」

 「瑞星」の上部と下部の12.7ミリ3連装旋回機銃2基、尾部の12.7ミリ5連装ガトリング機銃が敵機の方向に銃口を向ける。

 ちょうど60度旋回し終わったころ、旋回機銃が火を噴いた。1秒に100発以上の12.7ミリ弾が放たれる。しかし、小さな深海棲艦航空機には当たらない。

 深海棲艦航空機も撃ってきた。曳光弾が機体をかすめる。

「フルスロットル! フルスロットルだ! エンジン吹かせ!」

「やってます!」

 後町は敵弾が機体全体を覆っている感じがした。もう押し込めないのにスロットルレバーを押し込み続けている。とても長い時間のように感じる。

 気づくと、敵弾は止んでいた。旋回機銃の発射音も止んでいる。顔に汗がにじんでいた。

「しのげたか……」

 後町は安堵してゆっくり息を吐いた。

 吐き終わったその時、

「敵機! 正面!」

 上部旋回機銃手の松永が叫んだ。松永を除く全員が機体の正面に顔を向けた。松永が機銃を撃ち始める。

「急旋――――」

 

 旋回機銃の射撃音が聞こえ、吹雪はももどかしく感じた。自分は海上ならば敵機を落とす力がある。しかし、空の上では椅子の上に座っているしかないのか。

 窓はない。外の様子をうかがい知ることもできない。

 目を閉じることにした。旋回機銃の射撃音が止んだ。

 次の瞬間、吹雪は激しいGと共に機体が被弾する衝撃を感じた。

 それはサボ島沖で感じたボフォース40ミリ機銃弾が当たったときの衝撃によく似ていた。

 

「被害状況! 確認!」

 東は叫んだ。各員が担当している機器のチェックを行う。東は操縦装置の方に向かい、計器を見る。

「下部旋回機銃、被害なし!」

「尾部機銃、損害なし!」

「航法装置、損害なし!」

「上部機銃、破壊されました! 動きません!」

「操縦装置、異常なし!」

「エンジン出力、異常なし!」

「レーダー、異常なし!」

「無線機に異常発生!」

「与圧、異常なし!」

「二つか……」

 損害があったのは上部旋回機銃と無線機。

 何か忘れている。東はそんな気がした。機内を見回す。異常。異常。異常。扉。扉?

 扉だ。客室に続く扉だ。

「客室! (ひら)! 客室見てこい!」

「は、はい!」

 扉に一番近い尾部旋回機銃手の平が急いで、客室に続く扉を開けて見に行った。

「新藤、敵影は?」

「近くにはありません。いまだ、直衛隊と深海棲艦は交戦中の模様。さっきの敵は追撃しないようです」

 現在の速度は時速881キロメートルで高度は8000。深海棲艦航空機では追いつくことはできない。

「損害があったのは上部機銃と無線機だな。松永、どうだ?」

「はい、上部機銃は旋回モーターがやられました。副回路も駄目です。射撃はできるようですが……」

「桜木は?」

「どうも、主無線装置が送信ができません。受信はできます」

「副は?」

「駄目です。送信も受信もできません」

 旋回機銃はまだいい。飛行にあまり影響を及ぼさないし、気休め程度のものでしかない。だが、無線機は痛い。護衛の第五航空戦隊に連絡が取れないし、アメリカ本土に着いてから連絡が取れない。

「修理に全力を尽くせ」

「了解です」

 東は機長席に戻って、どかっと座った。疲れた。一服つきたい。胸ポケットの煙草を探る。ない。

「禁煙中だった」

 『健康に悪いから吸うの辞めなさい。かっこうわるいし』と嫁にさんざん言われて、禁煙を始めたのを東は忘れていた。東個人としては煙草を吸っている飛行士というのはかっこいいと思っているのだが。しかし、禁煙中でないにしても、機内で煙草を吸うのは御法度だった。与圧している飛行機の中は同じ空気が循環しているのだ。空気が悪くなるどころの話じゃない。

「平、ただ今戻りました! 乗客室には被害なし。飛行機酔いが1人」

「そうか、良かった」

 瑞星作戦の肝は客席にいる艦娘と技術者達なのだ。機体を操作する自分達が無事でも艦娘と技術者が全員死亡なんてなったら笑えないどころの話じゃない。

 彼らも窓のない客室で不安に怯えて疲れただろうし、何か、疲れの取れる物を出さなければ。そう、東は思った。

 煙草は論外。機内食はちょっと早い。

 疲労回復と言えば、甘い物だ。甘い物と言えば、アイスクリームだ。

 「瑞星」にはアイスクリーム製造器がある。軍輸送機の中では最長の距離を飛ぶ「瑞星」には疲労回復のためにアイスクリーム製造器が搭載されているのである。他の飛行機にはない。

 そうだ、そうだ、アイスクリームだ。作ろう。乗客の分も作ろう。おもてなしだ。

 東は勢いよく、椅子から立ち上がり、乗客席へ続く扉に向かう。アイスクリーム製造器はギャレー(機内調理場)にあるのだ。

「アイスクリーム作るけれど、みんないるか?」

 予想はつくのだが、一応コックピットの全員にも聞いておいた。

 返答は予想通り、全員がYesだった。

 




 「太平洋を越えて」はその2で終わると言ったな。あれは嘘だ。
 予想以上に長くなったので、いったん切ることにしました。多くても、その4で終わるはずです。

吹雪「なんで私達をアメリカに行かせるのですか? 司令官」
提督「世界に名前を轟かした特型駆逐艦のネームシップだし、ちょうど改二も来るから話題性がいいかなって」
深雪「で、私達のレベルはいくつなのさ、司令官」
提督「それは公衆の面前ではちょっと答えられない」
初雪「低いってことね……」
提督「言うなよ」
白雪「では、お読みくださりありがとうございました。その3をお楽しみに!」


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太平洋を越えて その3

明けましておめでとうございます。
今年も色々書いていきたいと思います。



 高度10000メートルを飛行する「瑞星」。すでにサンド島飛行場を飛び立ってから、5時間30分以上がたっていた。北アメリカ大陸は近い。

 深海棲艦航空機の攻撃はない。たまに深海棲艦航空機編隊がレーダーに映ったが、「瑞星」に追い付けず、接敵にまで至らなかった。しかし、コックピットでは全員が気を抜かず、警戒、操縦をしていた。

 それに反して、乗客室では眠っている者が多い。

 音楽や映画などの娯楽がないこと、窓がないこと、昼食後という状態が眠くなる条件を満たしていた。「瑞星」のうるさいターボプロップエンジン音は、すでに乗客全員が慣れている。5時間も聞きづければ当然とも言えた。

 新型飛行機の物珍しさはとうの昔に立ち消え、襲い来る深海棲艦航空機への恐怖も機長のアイスクリームサービスで消えうせた。シートベルトだって外して楽にしているものも多い。

 そもそも、起きている理由がない。

 4人の艦娘は全員が眠っている。

 吹雪は壁に頭を預け、斜めに寝ている。

 白雪は両手を膝の上に置いて、船をこぎながら寝ている。

 初雪は体育座りのように座席に足を上げ、薄手の毛布にくるまるようにして寝ている。

 深雪は飛行機酔いに疲れたのか、手足を投げ出して寝ている。

 そんな艦娘達に備え付けの毛布を掛ける者がいた。艦娘艤装整備員の清水と東海だ。

「風邪引くぞーっと。しかし、今はこの子ら、厚着しているけど、出撃するときとかは夏服のセーラー服だよな。寒くねーのかな? 海は風強いし」

 あくびをしながら、東海がそんな質問を白雪に毛布を掛けながら清水に言った。

 東海が言ったとおり今、吹雪達は鎮守府が支給したカーディガンを着ているが、出撃時は着ない。吹雪達に限らず、そういう者が多い。

「寒くないといえば、寒くないらしいぞ」

「あいまいだな、おい」

「まあ、そう言うな。本人から聞いたんだから。俺、艦娘部に友人がいるんだけどさ、そいついわく――

 艦娘は障壁を発生させて、敵弾を弾く。艤装を装着していない艦娘は障壁を発生させることはできない。艤装を装着しているときにのみ、障壁を生み出せる。

 その障壁は砲弾を弾くときのみ、発生するのではなく、艤装装着時から弱い障壁が体全体に発生している。

 その障壁が航行時の風よけになっている。なので、寒いか寒くないかは気温によってのみ左右する。

――って言ってた。本当かどうかは知らないけど」

「本人が寒くないのならかまわないけどさ、見てるこっちからしたら心配でしょうがないよな」

 彼ら艦娘艤装整備員が艦娘の沈没と男性との交遊の次に心配しているのが、冬場の艦娘の服装なのである。見ているだけで艦娘艤装整備員の方が寒いのだ。

 今は着てないが、吹雪達が持っている防水仕様のコートは提督と艦娘艤装整備員の要望によって支給されたものだ。それほどまでに心配しているのである。

「この子ら全員に毛布掛けたけどさ、後ろの技術者の御方々はどうする?」

 清水が指を差す。艦娘部の技術者達は全員が寝ており、いびきを搔く者もいた。座席分の毛布はある。

「おっさんに掛けても面白くとも楽しくもない」

「同感だ」

 

「機長、乗客に知らせた方がいいんじゃないですか? 第1目的地のサンディエゴはあと50分ほどですよ」

 風間が質問した。すでにアメリカ大陸は見える距離まで来ていた。水平線に茶色と緑の陸地が見える。

 サンディエゴは西海岸最大の米軍基地だ。サンディエゴ海軍基地近郊のミラマー基地飛行場に着陸。補給をした後、第二目的地のワシントンD.Cに飛ぶ計画だ。

「さっき、乗客室見てきたが、みんな寝てた。乗客室には窓はないし、わざわざ起こすのもなんだから、知らせなくていい。そういえば、桜木。送信はできるようになったか?」

 無線機は深海棲艦航空機の攻撃により故障していた。桜木は上部機銃手の松永と共に修理を試みていた。

「駄目です。主無線装置は相変わらず受信はできますが、送信はできません。副無線装置は完全にいかれています」

 桜木は主無線装置の送信用アンテナが破壊されたらしいと話した。

「副無線装置はアンテナは生きているのか?」

「分かりません。副無線装置は貨物室の天井部分にあります。そこを見ない限りは分かりません」

 コックピットと乗客室と違い、貨物室は与圧されてない。現在の高度10000メートル。貨物室内の気温はマイナス40℃以下、気圧は極めて低い。電熱服と酸素マスクがあれば良いのだが、あいにく電熱服はない。生身の人間が長時間作業するには無理がある。

「分かった。サンディエゴに着き次第、高度を下げる。そのときに貨物室に行って、主無線装置の送信装置と副無線装置の送信アンテナを繋いでくれ」

「了解」

 燃料はできるだけ節約をしたかった。高度が高い方が空気抵抗が少なく、燃費が良い。

 もしサンディエゴが深海棲艦に制圧されていて、着陸できない場合は内陸部の飛行場に降りる、という計画だった。

 アメリカの飛行場に降りることができるのならば、まだまだ燃料には余裕があると言えるが、降りることができずミッドウェーに帰るのならば、燃料はぎりぎりだ。東は落下式増加燃料タンクを捨てたことに少しばかりの後悔を覚えた。

「桜木、電波は何か受信するか?」

「いえ、何も受信しません」

 東はため息を吐く。アメリカが電波管制をしている可能性もあるが、サンディエゴは駄目なのでは? そんな考えが頭をよぎった。

 まあ、行ってみれば分かることだ。

 

 サンディエゴ海軍基地は廃墟だった。米海軍太平洋艦隊最大の基地として繁栄はない。

 空母2隻が飛行甲板に大穴を開けられて大破着底している。1隻は横転した姿で、もう1隻は艦体中部で2つに折れた姿で、沈んでいた。

 空母の護衛についていたであろう駆逐艦や巡洋艦はかろうじて艦体を残すのみで上部甲板構造物は徹底的に破壊され、錆びた鉄の哀れな姿をさらしている。

 3つの乾ドックと2つの浮き乾ドックは修理中の艦4隻、建造中の戦艦1隻が放置されたまま、コンクリートの隙間から雑草を生やしている。クレーンも大半が倒れている。

「これじゃあ、降りることもできませんよ」

 サンディエゴの飛行場は大量の爆弾穴があり、擱座した哨戒機が無残に転がっている。

「人もいなそうだな……」

 海軍基地に支えられて栄えた街。十数万の人々が暮らしていた街は家屋の多くが崩れ、草木に覆われようとしていた。

「仕方がない。ミラマーに行くぞ」

 『瑞星』は進路を北に向け、海軍アグレッサーの基地として名をはせたミラマー基地に向かった。しかし、ミラマー基地も同じような有様だった。決して降りられるような状態ではない。

 アメリカは海岸地域を放棄していたのだ。

「内陸に向かう。ユタ州のヒル空軍基地だ」

 東は落ち着いた口調で言った。「瑞星」が方位を変更する。

 コックピットは北アメリカ大陸が見えたときと違って、どんよりとした空気になっている。

 やはりアメリカは滅んでいたのでは?

 サンディエゴとミラマーの荒廃した様子を見たクルーの中に不安がわき出てきた。

 今ならミッドウェーに帰ることができる。

 「瑞星」の燃料タンクに残っている燃料は半分より少し多いくらいしか残っていない。

 これ以上進んだら、帰れなくなる。

「機長、どうします?」

 風間が言葉を濁して、東に聞いた。

「どうするって、行くほかにあるのか?」

「いえ……」

 風間は黙る。東以外は風間と似たような心情だった。

「全く、みんな怖じ気ついちまってよ。現金な奴らだ。それでも男か、こんちくしょう」

 東はすねたように言った。いや、実際すねている。

「とりあえず、俺の言うこと聞いとけ。アメリカは滅びてない。これは俺の勘だ」

 信じられない。しかし、東の落ち着き振りと言ったら、煙草を吸っているときと同じような落ち着き振りだ。

「信じられますか?」

 後町は尋ねた。

「おうよ。信じろ」

 東は自信満々に胸まで叩いて、言い放った。なんだか妙な説得力があった。

 信じてみるか。東以外のクルーはそう思った。

 東は思う。輸送隊ってのは極限にまで追い込められることは少ないから、選択を迫られるときは自分を見失うんだろな、と。

 東は深海棲艦航空機に3度も乗機を撃墜されている。その度に生き残ってきた。死地に立って学んだのは「自分を信じること」だった。自分がそう思ったら、変えない。これを信条に東は空を飛ぶ。

 また癖で東が煙草を吸うために胸ポケットを漁り始めたとき、レーダー士の新藤は自分の目を疑った。

 画面に光点が2つ。東の方から飛んできている。深海棲艦ではない。

「機長! レーダーに2機の機影! 方位10度、距離50000、高度7000!」

「ほうらな。俺の言ったとおりだろ」

 

 「瑞星」の右を2機の戦闘機がスクランブル発進で飛んでいる。

 スクランブル発進したのは米空軍のF4R-3タイガーフィッシュだ。機首にターボプロップエンジン、機尾にジェットエンジンを搭載した複合動力航空機である。

「ターゲットの国籍、日本。進路80度、速度430ノット、高度32800フィート」

『ラジャー。国籍、日本。進路80度、速度430ノット、高度32800フィート』

 2機中の1機、コールサイン「ヘイロー05」は「瑞星」の進路、速度、高度を北アメリカ航空宇宙防衛司令部NORADに報告した。

『ターゲットはすでに領空を侵犯している。ターゲットの所属、目的の開示を通告せよ』

 領空をとうの昔に侵犯しているのに撃墜しないとは、NORADも相当混乱しているな。もう1機の戦闘機のパイロット、コールサイン「ヘイロー08」はそう思った。領空侵犯を行った航空機は撃墜するのが国際常識である。

 実際、NORADは大慌てだった。ここ12年、外から来る航空機はすべて深海棲艦航空機。通常の航空機が、しかも日本機が飛んでくるなど考えてもいなかった。しかも通告なしでであり、「瑞星」が何の目的でやってきたのかは分かっていない。

 

 コックピット内に鼻と頬を赤くし、睫毛と眉毛に霜を生やした松永と桜木が駆け込むように入ってきた。高度10000メートル、与圧されていない貨物室に行って、副無線装置の様子を見に行ったのである。

「どうだった!?」

「駄目です! 副無線装置は弾の直撃を食らったようで完全に破壊されています!」

 桜木の報告に東は顔をしかめた。これでは米空軍機に通信ができない。

『Japanese Aircraft,Flying over Utah,This is United States Air Force,To request the disclosure of your affiliation and purpose!(ユタ州上空を飛行する日本機に通告する! こちらはアメリカ合衆国空軍である。貴機の所属、目的の開示を要求する!)』

 スピーカーから米空軍機からの英語の通告が流れる。

 答えてやりたいのは山々だが、送信ができない今、答えることはできない。

「とりあえずフラップを下げて、ギアダウンしろ」

 フラップとギアを出すことは降伏の合図である。後町はフラップを全開にして、主脚を下ろした。突然の増加した空気抵抗は衝撃のように感じ、機体は機速が落ち、高度が下がっていった。

 

「痛ったたた……」

 乗客室では増加した空気抵抗による衝撃で、シートベルトをしていない者の多くが前の座席に頭をぶつけた。深雪は楽にするためにシートベルトをしていなかったため、椅子から勢いよく飛び出し、1メートル先の壁におでこをぶつけた。

「いきなりなんだよ……ってうわわわ!」

 立ち上がろうとした深雪は機体が降下しているため、斜めになっている床によろめき、先ほどの壁に後頭部をぶつける。

「痛ったい! もう何なんだよ!」

 あまりの理不尽さと状況のわからなさに深雪は叫んだ。

 

 吹雪はシートベルトをしていたため、深雪のように飛び出すことはなかった。

 寝ぼけた頭から復帰すると、周りでは痛さに対するうめき声でいっぱいだ。すでに床の傾きはなくなっている。

「だ、大丈夫ですか!?」

 吹雪は自分の座席の前で倒れそうになった艦娘艤装整備員の東海を支える。東海の頭からは血が一筋、流れている。

「血、血が出てるじゃないですか!」

「たいした傷じゃない。こんな乱暴運転するクルーに苦情言ってやる」

「深雪様も行くぜ! 吹雪も来い!」

「み、深雪ちゃん!?」

 飛行機酔いの時とは断然違う、気力いっぱいの表情の深雪に驚く。乗り物酔いは突然のことに驚いたりすると、覚めるらしいが、これだろうか。

 吹雪は深雪に引っ張られるようにして、コックピットの方に歩き出した。

 

 瑞星の斜め後方を飛行していたヘイロー08は「瑞星」がフラップを全開にして、内側のエンジンの後方から主脚を出すのを確認した。

「こちらヘイロー08、ターゲットがフラップとギアを出しています!」

『ターゲットの所属、目的の開示は?』

「いまだ、してきません」

『通告を繰り返し実施せよ』

「ヘイロー08、ラジャー」

 ヘイロー08は無線機の周波数を全域に設定して、「瑞星」に対する通告を始める。

「貴機の所属、目的の開示を要求する! 繰り返す、貴機の所属、目的の開示を要求する!」

 ここまでNORADが「瑞星」の所属と目的にこだわるのはなぜか? それは1年前に起きた米民間航空機のハイジャック事件に起因する。

 深海棲艦出現前のアメリカは自国で消費する石油の40%を輸入石油で賄っていた。しかし、海が深海棲艦に押さえられ、石油が輸入できなくなり、急激な原油高から、ありとあらゆる製品が高騰。経済の流動性はなくなり、経済格差は拡大した。餓死者もかなりの数に上った。

 そして貧民層が社会不満を爆発させ、民間航空機をハイジャックし、高級住宅街に突っ込むというテロを起こしたのである。

 それ以来、空軍を始めたNORADなどの組織は正体不明な航空機に対して疑心暗鬼になっているのである。すでに航法装置が故障した民間機を2機、軍輸送機を1機を誤撃墜している。疑心暗鬼はそれほどのものだった。

「貴機の所属、目的の開示を要求する! 繰り返す、貴機の所属、目的の開示を要求する!」

 「瑞星」からの応答はない。

「ターゲットからの応答なし。信号射撃を上申します!」

 ヘイロー08は信号射撃をしても「瑞星」が応答しなければ、撃墜するつもりだった。ヘイロー08の妹は1年前のテロで亡くしている。

『ラジャー、応答なし。信号射撃による警告を実施せよ』

 ヘイロー08は操縦桿の機銃発射スイッチを押し、両翼の30ミリ機関砲を虚空に発射した。

 

「警告射撃だ!」

「俺達が降参してるのわからないのか! アメ公の奴は!」

 タイガーフィッシュの警告射撃にコックピット内は騒然となった。

「俺達が答えないからだ! ちくしょう! このポンコツが! 動けってんだよ!」

 桜木が拳で無線機を思いっきり殴る。しかし、おばあちゃんの裏技のようには直らない。

「これだ、これを使え!」

 通信士の風間が叫ぶ。手には地図と油性ペンを持っている。地図の裏面に文字を書いて伝えるのだ。

「その手があったか! でかした!」

「『Japanese Air Force』、『We want to communicate Kanmusu technique』だ! 『Japanese Air Force』、『We want to communicate Kanmusu technique』って書くんだ!」

 尾部機銃手の橘が油性ペンで地図の裏面に大きく、大きく、文字を書いていく。

「まだペンあるだろう! 貸せ!」

 手ぶらの機銃手達が書いていく。文字の大きさは橘に倣っている。

「ちょ、ちょっと待て!」

 機銃主達は風間の制止が耳に入っていない。急がねば、急がねば。「Japanese」、「Air」、「Force」、「We」、「want」、「to」――――

「紙が足りん!」

「ば、ば、馬鹿が! もうないぞ、地図は!」

「はぁ!?」

「でかく書き過ぎなんだよ、この馬鹿共が!」

「何だとぉ!?」

 松永が桜木の襟元をつかんだとき、乗客室に続く扉が勢いよく開かれた。扉が開いたことに驚き、コックピットの中が静かになる。

「何なんだ! この状況は!」

 東海が怒鳴る。後に続く深雪も「そうだそうだ!」と怒鳴った。

「えーっとだな……」

 東が松永から紙を奪い取りながら答える。

「アメリカに着いたんだが、米空軍機が上がってきてな――」

『To request the disclosure of your affiliation and purpose! Repeat,To request the disclosure of your affiliation and purpose!(貴機の所属、目的の開示を要求する!繰り返す、貴機の所属、目的の開示を要求する!)』

 スピーカーから英語の通告が流れる。

「貴機の所属、目的の開示を要求する?」

「というわけだ」

 深雪が窓の外を覗く。久々の景色だ。斜め上に緩い後退翼を持ち、プロペラとジェットで飛ぶ戦闘機F4R-3タイガーフィッシュが飛んでいる。

「返事すればいいじゃないですか」

 と吹雪。

「無線機が壊れてるんでね。受信ができるが送信ができない。紙も使い切っちまった。新藤、この紙を窓に張れ」

 東はすでに書かれた6枚の内、「Japanese」、「Air」、「Force」の3枚を新藤に渡した。そして、肩をすくめて、

「お嬢さん方、良いアイデアはないかね?」

「発光信号は?」

 と吹雪。

「発光信号?」

「探照灯使ってやるんですよ。発光信号。東海さん、確かできますよね?」

「できると……思う。電源さえあればだけど」

 

『応答しません! 撃墜を上申します!』

『ヘイロー08、その上申は却下する。再び、信号射撃を実施したのち、通告をせよ』

『くっ、ラジャー!』

 ヘイロー08は機銃発射スイッチに指を乗せる。力を込めようとしたとき、「瑞星」の斜め前を飛行していたヘイロー05から通信が入った。ヘイロー08はスイッチから指を離す。

「ターゲットのコックピットで動きあり。信号射撃待て」

 ヘイロー05はコックピット内を注視する。クルーと思わしき男が白い紙を風防に押しつける。

 何か文字が書かれているようだ。機体を少し近づけて、目をこらす。

 ――日本――空――軍。

「NORAD、こちらヘイロー05。ターゲットは日本空軍機。紙に書いて伝えてきました」

『ラジャー、ターゲットは日本空軍機。ターゲットの目的は分かるか?』

「分かりません。日本空軍と書かれた紙のみです」

『ラジャー、続けて目的の開示を通告せよ』

「ラジャー」

 ヘイロー05はもう一度、「瑞星」のコックピットを見た。日本空軍の紙は取り払われ、代わりに幼い女の子2人が見えた。

 

『I have understood that you have Japan Air Force.I request the disclosure of your purpos!(貴機が日本空軍機と言うことは了解した。貴機の目的の開示を要求する!)』

「おお、伝わったぞ! 吹雪君、急いでくれ!」

 吹雪は艤装の1つである探照灯を両手で持って待機している。吹雪の手首に妖精が電源は今かと、待機している。

「でも、電源がまだ……」

 探照灯には長いコードが繋がっており、ギャレーの方に続いていた。ギャレーでは東海と清水がごそごそしている。

 清水が電気炊飯器の電源コードを切り、探照灯からのびている電源コードと繋げている。ギャレーのコンセントを探照灯の電力源として利用するのだ。

 作業は最終段階。清水がコード同士の接続に絶縁被覆のビニールテープを巻いている。東海が元電気炊飯器の電源プラグを持ち、作業の終了を待っている。

「よし、被覆できた! 差せ!」

「差しました! 電源OKです!」

「妖精さん!」

 吹雪が妖精に呼びかける。妖精は探照灯の炭素棒を放電させた。アークの強烈な光が窓の外にのびる。

 吹雪は探照灯シャッターの開閉を行い、タイガーフィッシュに信号を送る。

 

「ターゲットより発光信号。読み上げます」

 ――ワレ日本空軍ナリ。目的ハ貴国に海ヲ取リ戻ス技術ヲ提供スル為ナリ。

 海を取り戻す技術だと? 眉唾な。ヘイロー05はそう思わずにはいられない。

 深海棲艦おかげで何人死んだか。パナマ運河は奪われ、海軍は壊滅。空軍だって千機以上の機体を失った。ヘイロー05の戦友も何人も死んでいる。

 そんな奴らに敵う技術があるのか?

『ヘイロー05、ターゲットの目的は「海を取り戻す技術の提供」と信号を送ってきたのか?』

「そうであります」

『ラジャー、ターゲットの監視を継続せよ』

 NORADは「海を取り戻す技術」というものが何か分からなかった。「瑞星」側としては「艦娘技術」と言っても何か分からないだろうから、分かる言葉を組み合わせただけなのではあるが、NORADはさらに混乱した。

『ヘイロー05、こちらNORAD 。ターゲットを最寄りの基地、ヒル空軍基地に誘導着陸させよ』

 最終的にNORADは「海を取り戻す技術」というものを受け入れてみることにした。眉唾ではあるが、万に一つということもあった。

「最寄りの空軍基地に誘導する。我の誘導に従え!」

 ヘイロー05がバンクし、「瑞星」の前に移動した。

 

 「瑞星」は誘導の通りに、ヒル空軍基地に着陸し、エプロン(駐機場)に移動した。

 エンジンを停止させると、タラップ車が来たのでクルーが乗降扉を開ける。

 初めに降りるのは艦娘部の技術者であり、過去にアメリカ駐在武官も勤めたこともある鍾馗少佐だ。それから艦娘部の技術者達、艦娘、艦娘艤装整備員、「瑞星」クルーの順番で降りた。

 まず彼らを対応したのは戦車や対戦車火器、小銃で武装した基地防衛隊だった。

「ひどい対応……」

 初雪がぼやいた。

「なに、撃ってこないってことは交渉の窓口は開いてるさ」

 鍾馗少佐は笑っている。

「大変なのはここからだぞ。何せ君達が艦娘ということを証明しなくてはならん」

 鍾馗少佐は帽子を被り直して、歩き出した。

 

 アメリカが日本技術者達の支援を受けながらも、オリジナルの艦娘の建造に成功するのは1ヶ月後のことだった。




 「太平洋を越えて」完結です。
 途中に出てきたF4R-3タイガーフィッシュは米軍が試作した複合動力戦闘機XF2Rダークシャークの発展機と考えてください。
 表紙の戦闘機はチップタンク(翼端増槽)を付けたF4R-3タイガーフィッシュです。
 複合動力戦闘機なんて色物出したのは私の趣味です。
 今後は、色んな艦娘の話を書くほかに、アメリカに渡った第十一駆逐隊の話もちょくちょく書くつもりです。


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陸軍船着任

 第11陸軍技術研究所。

 日本陸軍が深海棲艦・艦娘研究のために設立した機関である。海軍の設立した深海棲艦研究所と似たような趣の組織ではあるが、海軍の深海棲艦研究所と違うのは、誇れるような成果を何も残せていないことである。

 何も活動していないわけではない。実際に捕獲した深海棲艦遺骸の解剖、有効な兵器の研究などはしているのではあるが、海軍の深海棲艦研究所以上のことは発見できないのである。

 艦娘を造ろうにしても、艦娘がどうやって生まれているのか、軍の高官にすら秘匿されている機密情報なので、どうしようもなかった。海軍の艦娘部に技術提供の要請しても、却下の通知が来る。

 こんな状態の第11陸軍技術研究所の風当たりは厳しい。来年度辺りには予算が削減されるのが目に見えている。

 研究員も遊んでいるわけではない。国のため、世界のためと思って研究をしているのである。しかし、結果が出ないことにはどうしようもない。

 そんなわけで、陸軍の諜報部に頼み込んで、2014年8月の深海棲艦本土奇襲の混乱の折に、海軍艦娘建造部から艦娘の技術資料を盗み出してもらった。

 そして11月の末、陸軍の艦娘が生まれた。

 

 橫須賀鎮守府司令部の執務室には橫須賀の艦娘を統べる提督、陸軍士官の軍装の男、1人の艦娘がいた。

 この艦娘は第11陸軍技術研究所が生み出した艦娘である。つまり陸軍の艦娘だ。

「どうぞ、あきつ丸をよろしくお願いします」

 艦娘を連れてきた陸軍大佐、第11陸軍技術研究所所長は「しつれいします」と挨拶をして、退室した。

 提督はあきつ丸を再びまじまじと見た。

 あきつ丸は白い詰め襟を着た艦娘だ。おしろいでもしているのか、肌がやけに白い。書類では揚陸艦とある。海軍にはない服装という点だけを除けば、普通の艦娘だ。

「ようこそ、橫須賀鎮守府へ。一週間ほどの訓練の後、あきつ丸には船団護衛についてもらう。今日はゆっくりと休んでくれ」

「提督殿、了解であります」

 

 あきつ丸は揚陸艦だ。揚陸艦とは湾港のクレーンなどの設備を使わず、自力で戦車や物資を揚陸することができる艦のことである。

 あきつ丸は揚陸舟艇である大形発動艇、通称大発を27艇、積める。しかし、48分の1スケール模型ほどの艦娘用の装備である。

 一体これで何をするべきなのだろう? 提督は分からなかった。

 とりあえず、あきつ丸は爆雷投下軌条を装備していたので対潜水艦戦闘訓練に参加させた。

 

 提督は執務室の窓の外の景色を見ながら、考え事をしていた。

 考え事とはあきつ丸のことである。

『あきつ丸に航空機を装備させれない?』

 あきつ丸と訓練した艦娘からの要望である。

 提督はあきつ丸の参加する訓練を一度見たのだが、ひどいものだった。

 あきつ丸は速力も遅く、運動性能が駆逐艦に比べれば低いので、演習相手の潜水艦に狙い撃ちにされる。狩る側が狩られていた。搭載火砲も海軍艦艇の装備する火砲に比べれば口径も小さく、性能も低いもので砲艦としての運用も難しい。

 航空機が飛ばせるならば、敵潜水艦の早期発見に役立つし、対潜攻撃の射程も大幅に伸びる。船団護衛では頼もしい存在になることは間違いない。しかし、あきつ丸は飛行甲板は持っていても航空機運用能力はなかった。

 そもそも元は輸送任務が主だったというあきつ丸に戦闘をやらせようということ自体が間違っているのだろう。

 陸軍も変わった艦娘を送ってきたものである。実際、扱いに困って、海軍に投げたのではないか?

 いや、そんなはずはない。提督は首を横に振った。

 陸軍が初めて建造に成功した艦娘である。そんな簡単に放り投げられるものだろうか?

 もしかしたらあきつ丸はスパイなのかもしれない。艦娘技術は海軍の最高機密の1つであり、陸軍おろか、海軍高官すら知ることはできない。海軍に出向という形を取り、こっそりと陸軍に装備を横流ししているのではないか?

 それはないな。提督は即座に否定する。

 艦娘艤装・装備管理部からは艤装や装備の盗難や消失の報告はないし、陸軍の方からあきつ丸用装備の提供があるべきだ。あきつ丸が「役立たず」の烙印を押され、送り返される可能性もあるのだから。

 そもそも考えてみれば、陸軍はどうやって艦娘を建造したのか? 第11陸軍技術研究所が独自に技術開発した可能性もないわけではないが、その可能性は低い。そう考えると、陸軍があきつ丸用の新装備を送ってこない理由が見えてきた。

 海軍に陸軍の装備は作れない。提督は賭けてみることにした。

 

 昼食には少し早い時間。食堂はまだ空席が目立つ。

 飛龍と蒼龍は午後1時からの訓練のため、早めに昼食を取っていた。

「隣、座るぞ」

 提督は断りを入れて、飛龍の隣に座った。

「珍しいですね、提督。こんなに早く昼食だなんて」

「ちょっと、飛龍と蒼龍に頼み事があってな」

「頼み事……ですか?」

 提督は声の聞こえる範囲に誰もいないことを確認して、話し出した。

「2人とも改二になる前の艤装、特に飛行甲板……まだ持ってる?」

 蒼龍と飛龍は昨年の夏に改二になった。改二の際に飛行甲板は新造されたため、古い飛行甲板は2人の部屋のインテリアになっている。

「持ってますけど……どうするつもりなんです?」

 蒼龍が首をかしげた。

「少しの間、貸して欲しい。あと、廃棄予定の零戦、式神型と矢形いくつか、ちょろまかしてくれないか?」

 飛龍と蒼龍は怪訝な顔をする。要は盗みをやれと言っているのだ。あまりいい顔はしない。

「何企んでるんです?」

「それは言えない」

 提督は顔付きは真剣だ。日頃は陽気な顔して艦娘にセクハラする提督だが、時にこのような顔をするときがある。そのときは本当に真剣なときだ。

「分かりました。飛行甲板と式神形零戦と矢形零戦数機ですね。何とかします」と蒼龍。

「飛行甲板、きれいに扱ってくださいよ」と飛龍。

「もちろんだ」

 

 提督が二航戦から飛行甲板と零戦数機を受け取った3日後の日曜日。第11陸軍技術研究所がある埼玉秩父は雪がちらついていた。

 研究所の綺麗な白髪が特徴的な所長は所長室で書類に印を押し続ける仕事をしていた。ここ数日していなかったのでずいぶんと溜まっている。

 3時間かけて、仕事を終わらせ、冷えた手をストーブで温めているときに、研究所の玄関のチャイムが鳴った。

 誰だろうか? 所長は不思議に思った。第11陸軍技術研究所は一般市民が用があるような所ではないし、陸軍関係者なら事前に知らせてくるはずだ。

 ちょうど手も温まったときだったので、所長が出た。

「はい、どちら様ですか?」

 玄関口に立っていたのは白い肌、白い詰め襟、陸軍のカーキのコートと細長い風呂敷を携えた女性だ。

「あきつ丸じゃないか?」

「はい、あきつ丸、提督殿に休暇をいただき、帰省いたしました」

「帰省……か」

 やはり追い出されたのか。所長はそう思った。

 陸軍があきつ丸を海軍に出向させているのは、陸軍があきつ丸を扱いきれなかったためである。当初、陸軍はあきつ丸を駆逐艦のように扱ったが、試験航海での遭遇戦であきつ丸は大破してしまった。機銃しか持たない揚陸艦のあきつ丸が駆逐艦の任務をこなせるわけがない。

 あきつ丸が飛行甲板を装備していることから飛行機を搭載することも考えられたが、技術力の不足により艦娘装備用の飛行機を開発することはできなかった。諜報部が盗み出した技術資料は艦娘の建造に関するものだけだったのだ。諜報部が再び技術資料を盗み出そうと画策したが、陸軍の艦娘建造成功を受け、艦娘建造部の施設は以前にも増して警備が増強されており、こっそり盗み出すことは不可能だった。

 また陸軍上層部は自身の艦娘建造に興味を失ってしまったものも多く、陸海軍共同開発の対深海棲艦装甲艇・水陸両用戦車の量産が決定したこともあって、そちらに流れてしまった。

 あきつ丸はいらない子になろうとしていた。

 そこで海軍出向の話が提案された。海軍ならば、あきつ丸も使いこなせるのではないか。そんな期待を持って、あきつ丸は海軍に送り出された。

「外は寒いだろ。突っ立ってないで、入れ入れ」

「失礼します」

「わしの部屋に来い」

 所長はあきつ丸を所長室に入れた。木張りで、石油ストーブといくつかの棚、机と椅子、花を生けた小さな花瓶があるだけの殺風景な部屋だ。

「冷えたろう。ストーブに当たっとけ」

「お気遣いありがとうございます。所長殿」

 あきつ丸は風呂敷とコートを棚において、ストーブの前の椅子に座った。

 相変わらず堅苦しい娘だと所長は思う。海軍の艦娘達に接して丸くなったかと思ったのだが、そうはいかなかったようだ。

「海軍はどうだった?」

 所長はストーブの前に持ってきた椅子に座って言った。

「良いところであります。提督殿も大勢の艦娘も皆良い人ばかりで、食事もおいしく、本当に良いところであります」

 こういう艦娘がいたとか、駆逐艦娘が給糧艦特製のアイスをおごってくれたとか、たわいない話だ。あきつ丸は笑顔で語ってくれた。

 ところが訓練の話になると、あきつ丸は少しうつむき始めた。

「あまり良い成績ではありませんでした。自分は速力も遅く、大口径の火器も扱えません。自慢の大発も戦闘では使えません」

 あきつ丸の声のトーンがだんだん落ちてくる。これはいけないと思って慰めの言葉をかける。

「お前は艦娘になったばかりだ。そう、慣れないことも多いさ。気を落とすな」

 自らが生み出した艦娘の運用を投げ出した奴が何を言うか。

「自分は役立たずであります」

 あきつ丸は涙声で言った。

 しまった。所長は自分の言葉に激しく後悔した。

 所長は自分が何言っても駄目な気がした。なので話の転換をすることにした。

「と、ところであきつ丸。あの風呂敷の中身はなんだ?」

 所長が指さしたのはあきつ丸が棚に置いた細長い風呂敷だ。あきつ丸は目尻に涙を浮かべたまま、

「提督殿が所長殿に土産に持って行けと持たされたものです。中身は存じません」

「そうか。開けようじゃないか」

 所長は風呂敷を机まで持っていって広げた。

 包まれていた桐の箱だ。壊れやすいものだったらいけないので慎重に開ける。

 所長は桐箱の中身に目を見開いた。

「あきつ丸、これなんだと思う?」

 所長は中身の1つを手にとって、あきつ丸に見せた。あきつ丸はハンカチで涙をぬぐうのを辞める。

 所長が持っているのは片面に1センチほどに切りそろえられた木の板がびっしり一方方向に張られていて、両端が金属板で留められている板。白い三本線が引かれている。

「自分は艦娘の飛行甲板だと思うのであります」

「じゃあ、これは?」

 次に所長が見せたのは式神の形に切られた和紙と弓矢の矢だった。式神の中央には「零式艦上戦闘機二一型」と書かれている。矢の深緑の羽には日の丸が書かれている。

「空母艦娘が扱う零戦二一型の式神と弓矢だと思うのであります」

「だよなぁ」

 艦娘に関する具体的な技術は海軍の高官ですら知ることのできない最高機密である。過去に第11陸軍技術研究所が提供を申し込んで、断られた。

 その機密の塊である門外不出の艦娘艤装がここにある? あきつ丸に運ばして、私達の元に持ってこさせるなど、まるでこれを研究してくださいと言っているようなものではないか。

 いや、そうなのかもしれない。

 橫須賀の提督め、やってくれる。

 所長は出した飛行甲板、式神、矢を桐箱に収め、蓋を閉め直した。

「あきつ丸、ついてこい」

 所長は桐箱を抱えて、廊下に出た。

 廊下に出ると自然に早足になった。向かう先は研究室だ。

 研究室の扉を勢いよく開ける。薬品のにおいが鼻につく。

「水橋、そんな研究は中断しろ」

「え、なぜでありますか? その箱はいったい?」

 水橋と呼ばれた研究員が聞く。所長は研究室中央の大きな机に桐箱を置いて、自分のロッカーから白衣を取り出す。

「所長殿、速いのであります!」

 息を切らして研究室に入ってきたあきつ丸を見て、水橋は驚いた。

「いつ帰ってたんだ? あきつ丸?」

「さっきだ」

 水橋の質問にはあきつ丸ではなく、所長が答えた。そしてあきつ丸の肩に手を置いて、

「あきつ丸、とっておきの装備、造ってやる。もう泣くな」

 と耳元に囁いた。

 

 あきつ丸は夕雲、巻雲、長波、秋雲と対潜訓練をしていた。

「さあ、カ号のみんな! 出番であります!」

 あきつ丸が走馬燈を掲げ、飛行甲板に影を映す。すると影が実体化し、カ号観測機に変身する。

 すでに発艦していた三式指揮連絡機2機と同じ位置に爆雷を投下した。海中に係留していた標的がばらばらになる。

「対潜用の航空機かぁ、空からってのはいいねぇ」

 長波が感慨深そうに言った。潜水艦索敵は空から見た方が捜しやすい。天気がいい日には潜水艦の姿すら見えることもある。

「潜水艦など自分がいれば、自分がいれば近づけさせないのであります!」

「頼もしいこと言ってくれますね。カ号観測機、巻雲も乗せたいですよ」

「巻雲さん、航空機は広くて安定性が高くないと運用できませんよ。 もっと大きくならないと」

 夕雲が巻雲の余った袖をいじる。巻雲は

「これはサイズが大きいだけです!」

 と怒った。どうあがいても駆逐艦娘に航空機は乗せられないのだが。

「あきつ丸さん、ずっと気になってたんだけどさ、1つ聞いてもいいかな?」

「かまわないのであります。秋雲殿」

「前、制服白かったけど、何で黒に変えたの?」

 今、あきつ丸は黒い制服を着ている。前は白い制服だった。

「休暇の時に所長に『真っ白な制服は汚れが見えやすい』という話をしたら、所長自らが黒に染められたのであります。新艤装とカ号観測機と三式連絡機を受け取る際、頂いたのであります」

「生まれ変わった証みたいなものかな?」

「そうかもしれないであります」

 三式連絡機とカ号観測機が帰ってきて、影に戻る。

 提督、国民、そして所長。皆期待してくれている。この世界、今度こそ護ってみせる。

 そう、あきつ丸は決意を新たにするだった。

 



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対深海棲艦戦闘艇



14式高速戦闘艇

【挿絵表示】



「これが正式採用された14式戦闘高速艇です」

「強力そうで良いな」

 陸軍大臣の米倉雅美は目を見張った。

 米倉と開発者である水野の目の前にあった船は昨年の末に量産決定したばかりの対深海棲艦戦闘艇だった。

 全長33m、全幅7.1mの船体。すらりとした55口径75㎜砲を抱える揺動砲塔。黒光りする30㎜連装機関砲が左右から伸びた近代的デザインの砲塔。船体中部にレイアウトとされた艦橋。2条の爆雷投下軌条が後部に伸びている。過去のどの小型戦闘艇よりも強力な武装を持っていた。

「75㎜砲の砲塔、80式空挺戦車とそっくりだが」

 米倉が前部の揺動砲塔を指さした。

「おっしゃるとおり、75㎜砲砲塔は80式空挺戦車からの流用です。自動装填装置が新型に変えられているので10秒に6発の砲弾を発射できます」

「確実に深海棲艦を撃破するには単時間あたりの火力を増させるしかないからな」

 深海棲艦の脅威は小さい割に耐久力が高いことにある。駆逐艦クラスの深海棲艦でも75㎜砲弾では3発以上撃ち込まなければ、撃破することは難しい。

「速度の方はどうなのだ。水陸両用戦車案は速度不足で試作に終わったが」

「プロペラスクリューとウォータージェットの複合推進で最大49ノット発揮できます。巡航時には中央のプロペラスクリューだけを使います」

 水野は米倉の質問に答えていく。射撃補正装置、動揺補正装置など新機軸を次々と説明していき、米倉が

「採用された以上当たり前のことだが、深海棲艦に対抗できるな?」

「もちろんです」

 水野は胸を張って答えた。

 

 対深海棲艦戦闘用舟艇の開発が始まったのは2014年8月、深海棲艦の本土急襲を受けてのことだ。

 急襲時に艦娘はAL・MI作戦で多くが出撃しており、本土の防衛戦力は少なくなっていた。本土に残っていた少数の艦娘達の奮闘により大きな被害こそ出なかったが、日本に与えた衝撃は大きかった。

 艦娘数の増強を! という声が多く叫ばれた。しかし、艦娘はそう簡単に大量建造できるものではない。不足する戦力をどう増やすかとなると、通常兵器しかなかった。

 対深海棲艦戦闘用舟艇の開発は海軍と陸軍共同で進めることになり、双方から戦車型、装甲艇型、重武装哨戒艇案と、様々な案が提出された。

 最終的に採用されたのは装甲提案である。第4陸軍技術研究所や海軍兵器技術廠が協力し、開発したのが、14式戦闘高速艇(海軍呼称:14式高速砲艇)である。

 

 海軍の奴らも嫌みなことをしてくる。

 太平洋の海を切り裂きながら進む8隻の14式戦闘高速艇。その先頭、1号艇の艇長である阿住武雄大尉はそう思った。

 阿住は稲毛湾泊地で演習相手を初めて見た。

 海軍第二水雷戦隊の神通、初風、時津風、雪風、天津風。広報などでも「花の二水戦」として表紙を飾るような精鋭中の精鋭である。彼女らが相手だ。

 陸軍を勝たせるつもりはないのか。阿住は慟哭する。だが、理不尽とは思わず、逆にありがたいと思った。自分が同じ状況ならば海軍に勝たせるつもりはないし、敵が強いほど実戦で役立つだろう。

 阿住は時計を見た。そろそろだ。

 

「今回の演習相手は陸軍第1水上護衛隊1個中隊です。彼らは主に船団護衛が任務になる予定なので私達は深海棲艦役を演じなければなりません」

 神通が淡々と説明する。第十六駆逐隊は気を緩めず、背筋を伸ばして聞いている。

「なので、いつもと変わらず全身全霊でやりましょう」

 神通はにっこり笑って言った。初風は相手の陸軍が可哀想だと少し思った。どんな相手も手加減なし、第二水雷戦隊最強とも言われる神通が旗艦だ。相手が艦娘相手の演習が初めてであろうが、徹底的にやるつもりなのだ。

 第十六駆逐隊も手加減をする気はなかった。手加減などをすれば、練度が落ちていますね、などと言われてきついきつい訓練が待っているのは明白だからである。

「では艤装の最終点検を行ってください」

 初風は確認する。三年式12.7㎝連装砲よし。九三式酸素魚雷よし。九六式25㎜三連装機銃よし。機関の調子よし。自身の体調よし。オールグリーンだ。

 神通は時計を見た。そろそろだ。

 

「時間だ。状況開始!」

「時間です。始めましょう」

 戦闘高速艇と艦娘。対深海棲艦兵器同士の戦いの火ぶたが今切って落とされた。

 

 ありとあらゆる戦いは相手を見つけることから始まる。

 神通は零式水上観測機を発艦させ、索敵を行う。それに対して阿住達の陸軍第1水上護衛隊は双眼鏡による索敵だ。

 14式戦闘高速艇にもレーダーなどの電子装備は搭載しているが、深海棲艦や艦娘相手の索敵は行えない。小さすぎて映らないのだ。なので目視が一番の索敵法になっている。これは海軍の通常艦艇でも同じだ。

 この場合、どちらが先に相手部隊を発見できるのかは言うまでもなく、艦娘側だった。

「相手部隊、発見しました。西南西の方位、距離6000」

 雪風が双眼鏡で確認する。波間に黒い影が少し見えた。しかし、駆逐艦の砲では遠すぎる。

「弾着観測射撃を行います」

 神通が右腕を前に出し、射撃体勢を取る。右腕に付けられている艦娘艤装の14㎝単装砲は極めて小さいが、実寸大の14センチ砲と遜色ない性能を持つ。

「撃ちます!」

 

『こちら6号艇、東北東に人影を確認!』

 第1水上護衛隊も艦娘側に少し遅れて発見した。

「相手艦隊を東北東に確認! 全艇、斜隊隊形を取り、方位東北東に回頭!」

 阿住が命令を言い終わったそのとき、左後方を航行していた3号艇の左に水柱が高く上がった。

「来たな」

 水柱が崩れるとまた新しい水柱が上がる。今度は三号艇の右だ。夾叉している。反撃をしたいところだが、相手は14㎝砲、こっちは75㎜砲。射程が段違いだ。

 阿住は全艇が斜隊隊形を取り終えたのを見計らい、新たな命令を出した。

「全艇、速力40ノットまで上げる。相手艦隊を目視次第、横隊隊形を組む」

 弾が届かないなら近づけば良い。エンジンが唸りを上げ、水を押し出すブレードの回転数が上がる。

 

 

 第1水上護衛隊が速力を上げたことによって弾着観測射撃は夾叉すらしなくなった。

 潔く神通は弾着観測射撃を辞めた。さすがに40ノットの小型目標に間接射撃で命中させるのは難しい。

「相手艦隊、こちらに向かってきます。単縦陣を取り、反航戦で迎え撃ちます。魚雷も用意してください」

 神通、天津風、初風、雪風、時津風の順で単縦陣を組む。目視でもゴマほどの大きさで第1水上護衛隊の高速艇が見える。その高速艇の陣形を見て、神通は眉をしかめた。第1水上護衛隊の上空を飛ぶ零式水上観測機に確認を取る。

「相手艦隊が単縦陣を組む様子はありますか?」

 返答はNOだった。梯形陣から単縦陣を組むどころか、単横陣を組んでいると報告してきた。

 海軍と陸軍では戦法が違う。それだけは分かった。

 神通は二択の選択に迫られる。高火力を発揮できる単縦陣のままか。会敵時間の短い複縦陣に組み直し、損害を少なくするべきか。

 神通はすぐに決断をした。単縦陣のまま、接敵する。組み直しに失敗して、各個撃破になる可能性も十分にある。組み直しはしない。

 神通は14㎝単装砲を再び構えた。後に続く初風達もそれに倣う。

 

 阿住達の進路は艦娘艦隊に垂直に突っ込む形だ。すでに艦娘艦隊との距離は3000mを切っている。すでに艦娘の武装の射程距離内だが、撃ってこない。引きつけて確実に仕留める気だ。

 アウトレンジ攻撃をされた先ほどとは違い、今度はこちら側の砲も届く距離だ。75㎜砲と30㎜連装機関砲は準備完了している。

「全艇、相手の横腹に突っ込め!」

 艦娘側は単縦陣を取っており、阿住達の進路に対して対角に進んでいる。

 今から砲雷撃戦をやろうというのに、阿住達はなぜ単横陣を取っているのか。それは14式戦闘高速艇の砲塔配置にある。

 14式戦闘高速艇は前部に背負い式で砲塔2基が配置されている。通常の艦艇ならば全ての砲を前面に向けることはできないが、14式戦闘高速艇は前面に全ての砲を向けることができる。そして、相手から見た投影面積を小さくできる単横陣は防御力皆無ともいえる14式戦闘高速艇にとっては最適の陣形だった。

 互いの距離が2000mを切った。

 

「よく……狙って……てぇっ!」

「撃ち方はじめ!」

 2000mを切って、艦娘の14㎝単装砲、12.7㎝連装砲、第1水上護衛隊の75㎜砲、30㎜連装機関砲が火を噴いた。

 数々の水柱が立ち上り、神通達と第1水上護衛隊を包み込む。

「もっと狙って!」

 神通は叫ぶ。

「撃て撃て撃て!」

 阿住も叫ぶ。

 双方撃ちまくりながらすれ違う。撃ち合いは20秒もなかった。

「痛ったいなぁ、もう」

 初風の肩に30㎜機関砲弾の一発が命中し、青い塗料に染まっていた。ペイント弾といえども初速1000mで飛ぶ弾が与える衝撃は弱くはない。初風は自身の被害を小破と判断する。

「5号艇、被弾! 離脱します!」

 第1水上護衛隊は5号艇が舷側に被弾して緑の塗料がついていた。12.7㎝砲弾か14㎝砲弾かは分からないが、当たったことは確かだ。艦娘の艤装は模型のように小さなものだが、実際の威力は名前の砲と同等。当たったのが実弾であれば、5号艇は木っ端みじんになっていただろう。

 阿住は神通達とすれ違ってすぐに次の命令を出した。

「1、2、3、4号艇は艦娘の横腹! 6、7、8号艇は艦娘の後ろから攻撃!」

 この命令の目的は敵の陣形を崩すことだ。14式戦闘高速艇の基本戦術は敵を孤立させての集団攻撃。高い攻撃力と高い耐久力を持つ深海棲艦相手にはこの方法が一番だと考えられている。

 神通達は陸軍故の独自戦術に対応するため、単縦陣から梯形陣に組み直していた。

 6、7、8号艇が神通達の後ろに回り込む。神通達は牽制に25㎜機銃を撃ち込んでくるが、14式戦闘高速艇の周りに水柱を上げるだけだ。速度は落とさない。

 神通達は2つに分かれた14式戦闘高速艇に対して、45度の角度の梯形陣を取り続ける。

 それぞれの艇が攻撃位置についた。そして神通達に向かって一直線に走る。

 各艇の75㎜砲、30㎜連装機関砲砲手が神通達に狙いを定めたそのとき――

「艦娘一斉回頭!」

 神通達が片足を海面に置いたまま、もう片足で海面を蹴って、180度、その場で旋回した。今までとは逆の方向、つまり6、7、8号艇の真っ正面に向けて進み始める。

「なっ!?」

 砲手達は見越し射撃のため、神通達の進む方向の少し前に照準を合わせていた。しかし180度回頭により、その照準は狂わされた。

 その虚を突いて、神通達は阿住達、1、2、3、4号艇に向けて20本の魚雷を扇状に発射した。

「正面より魚雷! 面舵!」

 阿住は操艇手に向け、叫んだ。急な旋回により、阿住の1号艇は大きく右に傾く。コバルトブルーの雷跡は艇の後ろを通り過ぎていった。しかし、2号艇と3号艇はそうはいかなかった。

 2、3号艇とも急旋回で魚雷を躱そうとしたが、20本もの魚雷の網から逃れることはできなかった。命中、両艇とも沈没判定をもらった。4号艇は取り舵で何とか避けきることができた。

 1号艇、4号艇とも端に位置していたのが幸運だった。しかし、幸運は長くは続かない。阿住は目を見開くとともに、無線からの報告を聞く。

「7号艇、被弾! 離脱します!」

「こちら8号艇! 艦橋に被弾! 沈没と判断します!」

 神通達を後ろから攻撃しようとしていた6、7、8号艇のうち、7、8号艇が緑色の塗料で染まっていた。

 神通達は魚雷を放ったあと、真っ正面になった6、7、8号艇に砲撃した。先ほどとの単縦陣とは異なり、今度は梯形陣から単横陣。鶴翼隊形を取っていた6、7、8号艇に対して全火力を投射できる。

 神通達が梯形陣形を取っていたのは複数の方向に向けて攻撃をするためだった。第1水上護衛隊が2つに別れて対角に攻撃しようとしたのは悪手だった。

 

「小破2隻か……」

 米倉陸軍大臣は演習結果を聞いて、ため息を吐いた。

 数の優位を失った第1水上護衛隊は5分と立たず、瞬く間に撃破判定をもらった。交戦し始めてから13分。あまりにも短い。これで深海棲艦相手に対抗できるか? 米倉はそう思わざる得なかった。

「大臣、落胆される必要性はありません。相手が悪かったと言えましょう」

 14式戦闘高速艇の開発者である水野が言った。水野の発言は米倉にとって負け惜しみのように感じた。

「第二水雷戦隊……そんなに強力な部隊なのか?」

「そうです。『軽巡1、駆逐艦4の編成で戦艦クラスの深海棲艦4隻に匹敵する』とも言われている部隊です」

 米倉は目を見開く。

「相手が強すぎたという事か……」

「それと第1水上護衛隊の艇数が少なかったのも原因です。14式戦闘高速艇は集団戦が肝です」

「運用の改善の余地あり、か」

 結局は扱う人間か。米倉は思った。そして、艦娘はどうなのだろう? そういう疑問がわき出る。

 14式戦闘高速艇にしても、艦娘にしても対深海棲艦兵器であることには変わりはないが、2つが大きく違うのは『兵器自体が意志を持っていること』だ。

 艦娘は明らかに自我を持っている。

 艦娘が登場した当初は「見た目は人だが、中身は深海棲艦なのではないか?」、「味方のふりをしているだけではないのか?」と疑惑の目を向けるものは多かった。実際、深海棲艦と同等、またはそれ以上の力を持っている艦娘が反旗を翻せば、人類は対抗する力を持たない。ならば数が増える前に始末すべしと、海軍は特殊部隊まで使って、艦娘暗殺未遂事件まで起こしたほどだ。

 艦娘の活躍が報じられるたび、そのような声は弱まっていったが、軍内部では未だに艦娘を危険視する派閥が存在する。14式戦闘高速艇の開発はバックに艦娘反対派閥がついていた。14式戦闘高速艇は表向きには対深海棲艦兵器だが、裏には対艦娘兵器の面がある。

「生かすも殺すも、結局は人間次第……なら良いがな」

 艦娘反対派閥の重鎮、米倉陸軍大臣は小さな声で呟いた。

 

 さすが第二水雷戦隊。緑色の塗料で覆われた艦橋の中、阿住はため息を漏らした。阿住達、第1水上護衛隊は訓練中に鎮守府近海に迷い込んだ深海棲艦の駆逐艦クラス2体撃破したことがある。それを理由に艦娘相手でもある程度やれると思っていたが、思い違いだったようだ。

 神通が阿住の1号艇に近づいてくる。阿住は甲板に出た。お互いに敬礼をする。

「艦娘相手の演習、いかがでしたか?」

「1、2隻は沈没判定を取れると思っていたのですが、さすが華の二水戦、お強い」

 阿住はお世辞などではなく、本心からそう思っていた。1年半で太平洋の半分を取り返すのも分かる話だ。

「そんなことありませんよ。こちらも小破2隻を出してしまいました。まだまだ訓練が足りません」

 神通は屈託のない笑顔だ。謙遜ではなく、素で言っているようだ。後ろに立っている駆逐艦の何人かが何かを察したように、苦虫を噛み潰したような顔になる。

 神通は第十六駆逐隊の方に振り向き、

「ですからもっと訓練をしましょう」

 やっぱり。駆逐艦の一人が漏らした。

「阿住大尉、ではまたいつかの演習でお会いしましょう」

 神通は進み出す。

「神通殿!」

 阿住は神通を呼び止めた。

「我々も訓練に参加させていただきませんか?」

「第1水上護衛隊も?」

 神通は振り返る。

「はい、演習が極めて早く終わったため、時間も余っています。我々の練度向上のためにも、艦娘との連携作戦のためにもなります」

 神通は少し考えるそぶりを見せて、

「良い考えです。やりましょう」

 これまた屈託のない笑顔で了承した。

 2時間後、第1水上護衛隊の全員が倒れ込むくらいまで疲労困憊するのは言うまでもない。

 




あとがき
 当初、14式高速戦闘艇ではなく、SR-IXa/bという名前の水陸両用戦車を登場させる予定でした。米軍が試作していた遠征戦闘車EFVがモデルでした。
 しかし、「水陸両用戦車が30ノット以上出せるわけがない!」と考えを改め、旧陸軍の装甲艇やカロ艇、米軍のPTボートなどを参考に14式高速戦闘艇が生まれました。
 14式高速戦闘艇は数で押すという戦法を展開します。でないと深海棲艦には勝てません。相手する深海棲艦が少ない警備任務や船団護衛でしか、活躍できません。
 今回、14式高速戦闘艇の二面図を描きました。揺動砲塔が想像以上にAMX-13になっています。参考にしたとは言え、日本の戦車砲塔の面影はキューポラにしかないというね……。
コメント、ご感想お待ちしています。


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本土近海防衛 その後

2014年8月の「AL・MI作戦」E-6後の話です。


「派手にやられちゃったねー」

 北上は小さいコンクリート片を投げて言った。北上達の目の前には戦艦棲姫の砲撃によって半壊した艦娘寮。火災によりあらゆるところが黒ずんでいる。あの艦娘寮の華やか面影はない。

 AL・MI作戦によって空になった鎮守府への奇襲。北上達は善戦したが、砲撃を防ぐことはできなかった。

「こんな状態じゃ、修復……とはいかないわね。新しく建てた方が早いわ」

 大井がしゃがんで瓦礫に埋もれた兎のぬいぐるみを拾う。掘り出され兎のぬいぐるみには右足がなかった。大井が叩いて埃を落とすと、左腕がぽとりと落ちた。大井はぬいぐるみをそっと地面に置く。

「あんまり壊して欲しくないなぁ。艦だったらドックに上げて修理できるのに。まあ、難しいよね。橫鎮、どうなるんだろ」

「港としての能力は完全に失っているから、基地としては使えないわ」

 砲撃を受けたのは艦娘寮だけではない。湾港全体が被害を受けている。艦艇の建造ドックやクレーン、艦娘憩いの場所である入渠施設も被害を受けている。

 2人は半壊した艦娘寮を後にして、歩き出した。

 北上は右手に広がる湾を見た。湾内には大破着底した戦艦『岩島』が佇んでいる。30メートルほどもあった艦橋は砲弾の直撃により吹き飛んでおり、31センチ連装砲を収めた砲塔4基の内、2基は装甲がえぐれ、内部が見えていた。「岩島」以外にも脱出できなかった艦艇が3隻もいる。

 北上は背中の艤装に引っかけていた15.5センチ三連装砲の砲身を触った。砲身は3本とも塗装が融け落ち、赤い防錆塗装が見えている。戦いの激しさは15.5センチ三連装砲だけではなく、艤装全体から見て取れる。大腿部の5連装魚雷発射管は全て空で、右足の発射管は砲弾の直撃により、使用不可能になっている。両脛の甲標的格納器には本来収まるはずの6隻の内、2隻だけ収まっている。ちなみに服は中破状態と言うほど吹き飛んではいないが、裾などの端っこは破れていたりする。大井は魚雷発射管は損傷こそしていないが、甲標的は全消失している。

 北上と大井は鎮守府のゲート前を通りがかった。ゲートには小銃を持った2人の衛兵と1人の少女が立っている。少女は衛兵に何かを言っているようだ。

「艦娘の皆さんに合わしてください!」

「それは無理だよ、お嬢ちゃん」

「だーれが無理だって? 清水君」

 北上は清水君と呼ばれた衛兵の肩に手を置いていった。もう一人の衛兵が敬礼する。

「お待ちかねの艦娘さんは私とこっちの大井っちだよ」

 少女は慌てているようだった。言葉が詰まってうまく出ていない。

「ええっと、あの!」

「うん」

「橫須賀の街を守ってくれて、ありがとうございます!」

 少女はぺこりとお辞儀して、向こうに走って行った。

「ありがとうございます、か。清水君、町の方の被害ってどうなってるかしら?」

 大井が清水に聞いた。清水は今、大井の存在に気がついたようで、大井の方を向いて敬礼をした。

「港こそ、手痛い被害ですが、街の方はほぼ被害は出ていません」

「そう、殊勝な子ね」

 

 間宮が設営されたテントで炊き出しをやっていた。橫須賀の艦娘、兵隊はここで昼食を取っていた。北上と大井は艤装を外した状態でうどんを食べている。艤装は足下に置いていた。

「艦隊は地方の軍港や港を使うみたい。横鎮はやっぱり駄目」

「あれだけの艦隊、どこに収めるのかしらね」

 AL・MI作戦に参加した通常艦艇は総数31隻だ。中には排水量9万トンの空母だっている。

「再建には1年はかかるらしいよ。横鎮しばしのお別れだね、こりゃ」

「でも、街の方には被害が出なくて良かったわ」

「だね」

 幸いなこと、横鎮の施設が壊滅的被害なのに対して、橫須賀市街には砲弾一発の着弾もなく、避難中に軽傷者が出た程度だった。

「頑張った甲斐があるってものだよね」

 北上は足下の艤装を軽く叩いた。

 




この話は昨年の10月に書いたものです。
2014年の夏イベントはE-6がクリアできず、鎮守府はどうなったのだろうか、という想いから書き上げました。
作中で北上が橫須賀鎮守府の再建に1年はかかると言っていますが、問題なのは通常艦艇を運用する上での話で、艦娘だけを運用するにはさほど時間はかかりません。
なので橫須賀鎮守府は3ヶ月ほどで艦娘を完全に運用するだけの能力を取り戻しました。という裏設定。
ちなみに作中で大破着低していた戦艦「岩島」は普通の艦です。


前に予告していた、アメリカに渡った第十一駆逐隊の話を始めました。
どうぞ、ご覧ください。
「雪の駆逐艦奪-違う世界、同じ海-」http://novel.syosetu.org/43325/


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過去のしがらみ

予想以上に冬イベに手こずり、こんなに遅れてしまいました。
現在もE-5攻略中なのです。燃料が切れてしまった。

今回は菊月の話。


 菊月は空を見上げる。

「降ってきたな」

 雪。北の海、特にアリューシャン列島が近いカムチャッカ半島東の海域では珍しくないことだ。菊月は帽子を目深に被り直す。

 菊月は母艦である輸送駆逐艦『隼』北洋漁業の船団護衛として来ていた。他にも三日月、文月、長波が護衛に参加してる。

 西太平洋の制海権が人類側にあると言っても、北太平洋の制海権は完全に人類側にはない。掌握しているのは、せいぜいロシアのアレウツキー島までだ。

 深海棲艦と出くわす少々の危険はあるものの、北方海域は非常に良い漁場だった。

 しかし、艦娘にとっては嫌われている海域だった。

 まず、天候が常に悪いこと。低気圧が集まる北太平洋はほぼ雨、雪が降り続ける。

 次に漁の期間が長いこと。北欧漁業は短くて半月、長くて2ヶ月という長い期間かけて漁を行う。その間、娯楽などが少ない生活を送ることになる。

 そして、寒いこと。これが嫌われる一番の理由だった。砲身が凍結することがあるほど、冬の北方海域は温度が下がる。風は艦娘の障壁により防ぐことができるが、気温は対処が難しい。艤装には体温維持装置のような機能もあるが、寒いものは寒く、艦娘はセーラー服などの上に防寒着を着込むなどの対策に努めるほか対処のしようがない。

 菊月にとってはこの護衛任務はあまり嫌いではなかった。

 菊月は太平洋戦争ではツラギ諸島で沈没し、今も艦体を残している。この世界に生まれ変わるまでの記憶がある菊月はツラギの熱帯気候の海とは違う、北方の寒帯気候を新鮮に思っていた。

 

 この護衛任務で一番の楽しみは風呂だった。ありがたいことに母艦の駆逐艦『隼』では艦娘の交代を見計らって風呂が沸かしてくれている。

 菊月と三日月は船団護衛を文月、長波と交代すると、すぐに風呂に入った。

 浴槽の大きさは2人が向き合って足が伸ばせるくらいの大きさで、熱い湯がたっぷりと入っている。

 2人は適当にかけ湯をして、肩まで湯につかる。

「極楽だな」

「極楽ですねぇ」

 寒さでこわばった体の筋肉がほぐれていくような気持ちの良い感覚を存分に味わう。風呂は命の洗濯とはよく言ったもので、体と共に心まで安らかになっていくようだ。

「本当、極楽です」

 三日月は顔の線をすべて曲線にして、足の指を動かし始めた。

「足のしもやけ、大丈夫か?」

 菊月が尋ねる。三日月は足の指がしもやけになっているのだ。

 三日月が足を引っ込めた。

「ごめんなさい。気になりましたか?」

「いや、かまわないが」

 三日月は足を曲げて、手で足の指を揉み始めた。患部を暖めながら揉むのが良い治療法なのだ。

「私達が人間と同じ病気になるなんて、変な話ですよね」

 三日月は自分のしもやけになった足の指を見つめながら言った。

「まあ……、そうだな」

 菊月も自分の足先を見る。菊月はしもやけにはなっていない。

 艦娘は元々、鉄の塊である艦船だ。艦娘として生まれ変わって、人の体を得たら混乱することばかりだ。

 菊月は自分がツラギに擱座して風化していったことを思い出す。自分の艦体が長い年月をかけて削られていく感覚。あれと似たようなものだろうか。艦娘になって風邪すら引いたことがない菊月にはいまいち分からない。

「菊月姉さんは……艦娘として生まれ変わって良かったと思いますか?」

 三日月は顔を上げて聞いた。

「生まれ変わって良かったことか……いろいろあるな」

 人間の食べ物を直接食べることもできれば、遊ぶことだってできる。会話だってできる。風呂にだって、こうして入ることができる。

 菊月は両手で湯をすくって、揺れる湯面に映る自分の顔を見た。

 人間の女の子。

 タオルで髪をまとめた、いつもと変わらない自分が映っている。

 

 違和感が走った。

 

 いつもと変わらない自分?

 この白髪の少女が? 自分?

 

 ――舞鶴海軍工廠――ツラギ――

 湯面に覚えのある光景が浮かんでは消え、浮かんでは消える。潮と砂の香りがする。艦内の風呂場なのに。

 ――TBDデバステーター――敷設艦沖島――コバルトブルーの海――森艦長――夕月――水底――米兵――砂浜――現地人――トーキョーベイ――錆び――夜空――崩壊していく艦体――日本人――――そして菊月。

 

 睦月型駆逐艦の――艦娘ではない菊月。

 

 私は誰だ?

 潮と砂の香りが強くなる。椰子の葉が揺れる音がする。

 私は本当に――――えさん? 菊月姉さん!?」

「――っ!?」

「大丈夫ですか? 菊月姉さん?」

 三日月が肩を揺さぶっていた。どうも意識が飛んでいたらしい。両手ですくっていた湯は全部こぼれて、なくなっている。

「ん……ああ。大丈夫だ……」

「本当ですか? のぼせたんですか?」

 菊月は頭に手を当てる。あの違和感は消え失せている。澱みのない、クリアな頭だ。その代わり、胸の方にわだかまりのようなものができている。

「大丈夫なんですか?」

 三日月が菊月の顔をのぞき込むように伺う。戦場で誰かが損傷を負ったときに三日月が見せる心配そうな顔だ。

「心配性だな、三日月は」

 菊月はもう一度、両手で湯をすくって、顔を洗った。

 

 風呂から上がって、菊月はベットの中で考えていた。

 自分が何者であるかなんて、生まれ変わってから一度も考えたことはなかった。

 自分は睦月型駆逐艦9番艦「菊月」である。そういう確証が、人の体を持って、この世界に生まれ変わったときには確かにあった。

 自分は外見こそ、人間の女の子だが、自分は帝国海軍の駆逐艦「菊月」なのだと。

 それが、今では揺らいでいる。

 自分が舞鶴海軍工廠で第三十一号駆逐艦として竣工した1926年からこの世界に生まれ変わる2013年までの87年間の記憶は確かにある。

 第三十一号駆逐艦から菊月に名前が変わったこと。

 航空戦隊に所属していた日々。

 夕月、卯月と第二十三駆逐隊を組んだこと。

 ツラギでデバステーターに雷撃され、沈んだこと。

 米軍に引き揚げられ徹底的に調査されたこと。

 戦後、自分が観光名所になったこと。

 風化により、艦橋構造物はなくなり、もうすぐ自分の全てが消えてなくなること。

 このまま朽ち果てるのが運命なのだと受け入れたこと。

 すべて、すべて覚えているのに、私は「菊月」であることに自信が持ていない。

 さらにあの感じた潮と砂の香りはツラギのものだ。私は今もあの場所にいるのか?

 艦娘としての睦月型駆逐艦9番艦「菊月」は本当に、睦月型駆逐艦9番艦「菊月」なのだろうか?

  

 次の日の朝。

 菊月は『隼』の艦尾である艦娘発進デッキにいた。

 『隼』を初めとする雲雀型輸送駆逐艦の艦尾は海面に向けて傾斜が付けられており、その斜面に艦娘発進用のカタパルトが装備されている。

 菊月はあくびをする。昨夜はあまり眠れなかった。

 自分が何者なのか、問い続けた。答えは出ないまま、朝が来た。

 菊月はもう一度あくびをする。だらしないとは思うが、生理現象だから仕方がない。

 生理現象だから、というのも変だと思う。いや、人間だったのならばおかしくはないのだろうか?

 これから護衛任務に就くというのに、頭は「菊月」についてとらわれ続けている。

「昨日、よく眠れなかったの~?」

 文月が尋ねた。今朝の僚艦は文月だ。

「まあ、そうだな。あまり眠れなかった」

「眠れないときは、羊を数えるといいんだよ~。武田さんが言ってたの~。いち、にい、さん、しいって」

 文月は目をつむって数え続ける。ちなみに武田さんとは『隼』の艦娘艤装整備員の一人だ。

 菊月にとって文月という姉はあまり好きではなかった。語尾を伸ばす独特のしゃべり方といい、ほんわかとした柔らかな雰囲気といい、なんだか調子が狂うのだ。でも決して嫌いというわけではない。

「今度、寝られないときは数えてみよう」

 何かにとらわれるならば、別のことに意識を集中する。これは今の自分にも言えることだ。

 菊月は両手で両頬を叩いた。

 今は目の前の任務に集中しよう。

 

 菊月と文月が、三日月と長波の2人と護衛を交代するために発進したすぐ後、『隼』の艦橋にある報告が上がってきた。

 所属不明の艦艇3隻が西から接近中。

「エコーじゃないのか?」

 『隼』艦長はレーダー技官に尋ねた。大量生産のために質を下げられたレーダーにはたまに幽霊が映る。

 この海域には艦船は北洋漁業の船団以外いないはず。レーダーに映りにくい深海棲艦はノイズと処理されて見えない。そうなるとエコーと疑うのは当然だった。

「エコーとは思えません。3隻、確実に近づいてきます。艦規模は巡視船クラスです」

「警戒気球のカメラは捉えたか?」

 『隼』にはレーダーに映りにくい深海棲艦の早期発見のために、警戒気球が装備されていた。警戒気球には高倍率カメラや赤外線カメラが装備されている。

「今捉えました。巡視船クラス3隻です」

 警戒気球カメラの画面を覗く。確かに巡視船と思われる艦の姿が映っている。国籍はまだ分からないが、日本艦船のシルエットではない。

「向こうから通信は?」

「まだありません――いえ、今来ました」

 

「ロシア海軍の国境警備隊か……」

 菊月は呟く。ロシアが何の用だ? そう思わざる得ない。

 『隼』からのリレーされた通信内容を要約すると「この海域はロシアの支配海域だから出て行け」ということらしい。

 経済水域でもなく、禁漁区でもない、正式な公海で漁をしているのに何を言うか。

 ただ単に、ロシアの海軍力を見せつけたいだけなのかもしれない。

『菊月はロシア巡視船に並走して、相手の動きを探れ。文月は離れた位置に待機』

「了解」

 菊月は船団から離れ、ロシアの巡視船に進路を向ける。

 ロシアの巡視船はかなり大型の巡視船だった。排水量は2000トンはあるだろう。武装に艦橋前に76㎜クラスの自動速射砲、両舷にボフォース40㎜機関砲を4基搭載している。対深海棲艦に特化した武装だ。艦娘である菊月でもこの3隻と同時にやり合ったら勝てるかどうか分からない。

 そして巡視船の前方の海に立つ人影が3つ。ロシアの艦娘だ。

 艦娘はおそらく重巡1隻と駆逐艦2隻の3隻。

 重巡洋艦娘は白の帽子に黒の服。長い金髪で聡明そうな顔立ちをしている。艤装は20㎝よりも一回り小さい口径の3連装砲が2基。10㎝級の単装砲が4基。魚雷は53.3㎝級の3連装発射管2基。重巡なのに爆雷まで積んでいる。

 駆逐艦娘は金髪をツインテールにした艦娘と茶色の髪を短く切りそろえた艦娘の2人。おそらく2隻とも同じ型で、セーラー服の下に紺と白の縞模様のシャツを着ている。艤装は12.7㎝級単装砲と76㎜級高角砲が上下で組み合わさった銃型艤装を持っている。魚雷は重巡の方と同じ53.3㎝級の3連装発射管が太ももに2基。背中には多くの駆逐艦娘と同じく機関と煙突が合体した艤装を背負っている。

『北北東に深海棲艦3隻! 距離9000!』

 ロシアの編成を報告したすぐ後に『隼』が無線で知らせてきた。この船団護衛をしていて初めての深海棲艦だ。

 菊月は双眼鏡で敵影を捜す。

 ――見つけた。波しぶきの様子から3隻と分かるが、艦種は遠すぎて分からない。

『文月、菊月は迎撃に向かえ!』

「『隼』! ロシア巡視船はどうする!?」

『放置せよ! 深海棲艦の迎撃を優先する!』

 ロシア巡視船がどう動くかは分からないが、深海棲艦の方が船団にとっての脅威なのは確実だ。

「了解。文月行くぞ!」

 菊月はロシア巡視船から離れ、文月と合流する。

 再び双眼鏡で敵の進路を確認する。敵は一直線に船団に向かっている。このままだと、1分もせずに敵が砲撃を始めるだろう。

「こちらに注意を引く!」

 菊月と文月の12㎝単装砲が火を噴く。2人が放った砲弾は深海棲艦の手前に着弾し、水柱を上げた。

 深海棲艦3隻は2人に気づいたのか、進路を変え、菊月と文月の方に向かってくる。注意を引きつけることには成功した。

 次は撃破するだけ。船団を戦闘に巻き込まないために、船団から離れる。船団に砲弾が飛ぶことは避けなければならない。

 深海棲艦が一瞬光り、菊月の右前方に水柱が上がった。敵の砲撃だ。菊月達も負けじと撃ち返す。

 双方、至近弾は与えるものの命中弾はない。じりじりと互いの距離が近づき、深海棲艦の姿がはっきり見えてきた。2隻は同じ種類のようだ。エメラルドに光る一つ目と上下に開く口。ハ級だ。もう1隻は――

「リ級! 敵の1隻は重巡だ!」

 ヒト型で左右の腕に生物じみた艤装。間違いなくリ級だ。

「長波と三日月をよこしてくれ! 私と文月だけでは無理だ!」

 相手は重巡。駆逐艦、特に艦隊型駆逐艦に比べれば性能の低い睦月型駆逐艦で相手するには手に余る相手だ。

『こちら「隼」。現在、長波と三日月は燃料補給中。完了次第そちらに向かわす。それまで耐えてくれ!』

「くっ、了解! 足止め程度にしか期待しないでくれ!」

 菊月は最大の脅威であるリ級に集中して12㎝砲弾を浴びせる。何発か命中するが、さほどの損害にもなっていないようだ。

「これでも食らえ~!」

 文月もリ級に向けて撃つが、命中しても悠然と砲撃してくる。

「文月! 雷撃戦、用意!」

 砲撃が効かないのなら、駆逐艦の必殺兵器である魚雷だ。

 菊月と文月は酸素魚雷ではなく、空気魚雷を搭載しているが、駆逐艦クラスに当たれば確実にばらばらにできる程度の威力はある。いくらリ級であろうと命中すれば、航行不能は免れない。

「魚雷、撃てーっ!」

「駆逐艦の本領発揮だよぉ~!」

 両足の発射管から圧縮空気と共に61㎝魚雷、それぞれ6本、合計12本の魚雷が発射される。

 魚雷は白い雷跡を残しつつ、ハ級、リ級に向かう。

 命中。赤黒い水柱がいくつか上がった。

「やった~!」

 文月が歓声を上げる。

「いや、待て!」

 菊月は文月を制止する。水柱から1隻出てきた。

 ――リ級だ。魚雷を当てるべき敵に当てれなかったのだ。

 リ級はすでに菊月に照準を合わせていた。避けられない。

 閃光。リ級の8インチ砲弾が菊月の障壁に当たり炸裂。しかし、勢いを殺しきれなかった砲弾の破片が菊月の衣服を切り裂く。大型の破片が左足に当たり、菊月は激痛のあまり、その場に転倒する。

 菊月は12㎝単装砲をリ級に向けようと右手を前に突き出す。しかし、右手には12㎝単装砲はない。爆風で吹き飛ばされたらしい。

「こっち向いて!」

 文月がリ級の至近距離まで近づき、砲撃する。そんな三日月をうざったく思ったのか、右手で砲撃。文月がひるんだところを殴り飛ばす。

 リ級は再び8インチ砲の照準を菊月に合わせる。損傷した上、転倒して隙のできた菊月を確実に沈める気だ。

『今、長波と三日月が発進した! 持ちこたえろ!』

 波――風――リ級――文月――ありとあらゆるものがスローモーションになる。この状況を回避するために頭が高速回転しているのだろう。

 自分が何者か。その問いが復活する。

 自分はそれが分からないまま、北の冷たい海に沈むのか?

 ――嫌だ。

 自分が何者なのか、何のために生まれてきたのか。何も知らずに沈むなんて――――

 ――そんなのは――嫌だ!

 痛む足に力を入れる。砲弾を避けるために気力を振り絞る。

 リ級左腕の砲口が丸い点になる。間に合わない!

 ――まだ死ぬわけにはいかない! 

 「菊月」を知るまでは!

 

 爆発、衝撃。

 目の前のリ級だ。どこからか飛来した砲弾に左腕をもぎ取られていた。

 リ級が残った右手を砲弾が飛来した方向へ向ける。しかし、リ級が発砲するよりもリ級の胴体に砲弾が命中する方が早かった。

 上半身を失ったリ級は北の冷たい海に沈んでいく。

 

 放心していた菊月に3隻の艦娘が近づいてきた。ロシアの艦娘達だ。

「旧式駆逐艦2隻で重巡クラスに立ち向かうとは、勇敢ですね」

 ロシアの重巡洋艦娘が言った。そして菊月に手を差し出す。菊月はその手を取って立ち上がった。左足は痛むが虚勢を張った。

「ロシア海軍太平洋艦隊第5水上艦娘隊旗艦のマクシム・ゴーリキー級軽巡洋艦マクシム・ゴーリキーです」

 ロシアの重巡洋艦娘は英語で自己紹介した。続いて、後ろの駆逐艦2人「ストーイキイ」と「スローヴイ」も紹介する。

「どうも――」

 言葉が詰まる。自分は本当に「菊月」か。自分が分かりのしないのに「菊月」と名乗って良いものか。

「睦月型駆逐艦9番艦『菊月』ですよね」 

 マクシム・ゴーリキーが言った。菊月は目を見開く。

「なぜ名前を?」

「覚えさせられましたよ。仮想敵だからって」

「菊月ぃー!」

 長波が12.7㎝連装砲を構えて、全速力で近づいてくる。それを見たストーイキイとスローヴイは13㎝単装砲を構えるが、マクシム・ゴーリキーが「やめなさい」と言って、下ろさせる。

 撃ってこないのを不思議に思った長波も連装砲を下ろし、菊月のそばで止まった。

「どちらさん? あ、例のロシア艦娘?」

 マクシム・ゴーリキーが再び自己紹介。長波は「こ、これまた御丁寧に」と礼をした。

 長波は菊月の耳元に口を寄せる。

「助けられたってこと?」

 菊月は頷く。たぶん、そうなるのだろう。菊月の目の前で炸裂した砲弾の威力は駆逐艦クラスのものではない。マクシム・ゴーリキーのもので間違いないだろう。

「助けていただいたこと、礼を言う。ありがとう」

 菊月は手を差し出し、マクシム・ゴーリキーと握手する。

「しかし、なぜ私を助けた?」

 素朴な疑問だった。今回、ロシアの巡視船が出てきたのがロシアの海軍力を見せつけるためであったとするならば、私が撃破された方がロシア側にとっては良かったことなのではないか?

「お互い艦娘です。あの世界で『どん底』にいたとしても、この世界は新しい世界なんです。新しい人生なんです。こんなところで沈没するなんて駄目なんです」

 マクシム・ゴーリキーは強く、しかし優しい口調で言った。

 

 菊月は松葉杖で体を支えながら、『隼』の前部最上甲板(艦首の方の甲板)で海を見ていた。

 すでに船団は日本への帰路についている。

「『新しい人生なんです』か……」

 マクシム・ゴーリキーの言葉を反復する。

 私は過去にとらわれすぎていたのかもしれない。なまじ87年間の記憶がある分だけ、普通の艦であったころの睦月型駆逐艦9番艦「菊月」という過去に。

 でも今は艦娘の睦月型駆逐艦9番艦「菊月」なのだ。白髪で赤い目の女の子。これが私、新しい「菊月」なのだ。

 2年前に1つの人生が終わって、2つ目の人生が始まったのだ。

 ただ、未だ謎は残る。なぜ生まれ変わったのか、という謎だ。

 菊月は軽く笑った。

 捜そうじゃないか。軍艦の姿ではなく、人の姿で生まれ変わった「菊月」の意味を。

 この身が滅びるまで。

 




 三日月は冬場にはしもやけになる。絶対。

 今回、初めて海外艦娘を出しました。
 マクシム・ゴーリキー級軽巡洋艦「マクシム・ゴーリキー」とストロジェヴォイ級駆逐艦「ストーイキイ」、「スローヴイ」です。
 作中、菊月はマクシム・ゴーリキーを重巡と報告していますが、ソ連での類別は軽巡なのだそうです。自己紹介の所は誤植じゃありません。
 マクシム・ゴーリキー級軽巡洋艦は18㎝砲を搭載しているので、ワシントン条約の規定に基づくと重巡洋艦ですけどね。


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