シーマ様とイチャイチャするSS (norishio)
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出会い
「ユニバーサル」という「普遍」の意を示す言葉を含んだこの名称には、時の政治指導者の「人類は一つになれる」という新しい世紀への希望が込められていた。
この宇宙世紀が始まって約80年・・・・・・新たな世紀の命名者が願った希望は未だ達成されていなかった。
人類が宇宙に「コロニー」と呼ばれる人工の大地を建造し、そこに移り住むことで政治、宗教、文化、人種といった旧世紀の対立問題は確かに薄れていった。
しかし、宇宙移民は人類に「地球に住む者(アースノイド)」と「宇宙に住む者(スペースノイド)」という新たな対立図式を生み出すことになる。
地球に住みながら宇宙移民者を支配し、コロニー国家を植民地化する地球連邦。
地球から最も離れた月の裏側、地球連邦からの完全独立を声高に叫ぶサイド3コロニー郡国家、ジオン公国。
宇宙世紀0078年、この二国間の対立は、ジオン公国における政治軍事両面での独裁的指導者、ギレン・ザビが地球連邦からの独立を宣言することで、いつ開戦してもおかしくない緊張状態に達していた。
宇宙世紀 0078年 1月某日 サイド3 L2宙域 ジオン公国領海 パプア級補給艦
「人生・・・・・・ままならないなぁ・・・・・・」
ジオン公国 サイド3コロニー郡からさほど離れていない宇宙の片隅。
デブリのひしめく暗黒の宙域をゆっくりと進むジオン公国軍所属の輸送船があった。
その輸送船の中、窓の外でしだいに大きくなっていく軍事衛星を視界に納めながら、少年は今日何度目になるか分からない愚痴を呟す。
「ジオン公国軍 准士官短期養成学校 第三期生 機動兵装機械科 アスミ・アスカ、か・・・・・・」
黒髪に加えて黒目で小柄、さらには華奢、顔つきは幼く彫りは浅い、優和そうな日系人らしい特徴を備えた少年、アスミ・アスカは窓の外の宇宙から膝上に置かれた軍学校の入学書類に視線を移し、その氏名欄に記載された自らの名前を改めて確認した。
明日から自分は軍学校に入学する。
その如何ともしがたい現実を認めるとアスカは背を曲げて俯き、溢れ出る愚痴と同じく今日何度目になるか分からない溜息を洩らす。
「ついてない・・・・・・」
彼は世界で自分が一番不幸だ、などと決して考えていないが自分がこれまで歩んできた人生、そして現在陥っている「軍学校に入学しなければならない」という境遇については客観的に見ても不幸でありいくつかの致命的な不運が重なった結果であると考えていた。
加えて今この時、軍学校が設置されてるらしい衛星に向かう途上の輸送船内。
その座席配置についてもちょっとした不運に見舞われている。
「まったく、さっきから隣でグチグチとやかましい・・・・・・鬱陶しくて寝りゃぁしない。いくら不満を吐いたって現実は何も変わりゃしないよ」
ふいにアスカが意識を向けたちょっとした不運の元凶、隣席の人物から不機嫌そうな声があがった。
隣席の人物は20代半ばは確実に過ぎていると思われる女性士官。
かなりの大柄で身長160センチのアスカよりも頭1つ分以上は背が高い。
並の男よりもよほど鍛えられているが女性らしさも兼ね備えた無駄のない体躯とストレートの長い黒緑色の髪は、見る者に「凛々しい」という言葉を連想させ、同時に幾らかの威圧感も振り撒いていた。
彼女はこれからアスカが入学する軍学校で教官に就任する予定の女性軍人である。
アスカは輸送船に乗り込み座席につく際に、彼女と互いに名前を交換し、彼女がこれから入学する軍学校の教官という立場になることを聞いた。
しかし、彼女は輸送船に搭乗した時から終始眉間に皺を寄せて不機嫌そうなオーラを発していていた。
そして、自らの座席につくなり手すりに肘を置いて頬杖をつき長い足を組み、アスカのことを意識から排除したように目を閉じていたのである。
その不遜な格好のまま沈黙を貫く彼女の姿は、隣席のアスカに過剰な緊張を強い、アスカは彼女に対して「怖そうな人」というネガティブな第一印象を抱いた。
座席についてからしばらくの間、アスカは隣席の女性が発する刺々しい空気に当てられながら、この座席配置の不運を呪った。
しかし、しばらくしても隣席の彼女がいっこうに動かないことからアスカは彼女が寝ているものと判断し、気を抜いていたのである。
実際には気を抜いたアスカの愚痴と溜息、ついでに全身から醸し出される負のオーラは、彼女の睡眠に対して有意な妨害効果を発揮していたのだが・・・・・・
その「怖そうな人」から突然に不機嫌そうな声をかけられたことで、アスカは驚いてうなだれていた背を伸ばす。
そして隣席の女性の更なる不興を買わぬよう、先日覚えた付け焼刃の軍隊式敬礼を反射的にしながらも慌てて謝罪する。
「はいっ、はっ、見苦しい姿をお見せして、申し訳ありません。シーマ・ガラハウ少佐・・・・・・っいえ、ガラハウ教官」
◆◆
ジオン公国軍の女性士官、シーマ・ガラハウはとある軍事衛星に向かう輸送船の中で自らが不機嫌であることを自覚していた。
その原因は軍学校の教官というこれからの任務に対する不満である。
軍学校の教官、それはシーマがこれまで所属していた「とある新兵器」の教導大隊と比較して、出世の本流から外れた閑職である。
若くして少佐に至った彼女と周囲との歩調を合わせる意味での人事であることは理解していた。
また、「新兵器」に搭乗する士官パイロットの育成は、これからの自国の命運を分け得る重要な役割であることも理解していた。
しかし、出自や家柄が良くもない彼女が早足で出世することを上層部が疎んでの人事であることも思い返すと、功績と栄達を望む彼女は湧き上がる不満を抑えられなかった。
シーマはその不満に由来する不機嫌な空気が、輸送船内で隣席になった幼い外見の少年を萎縮させていることに気付くと、あえて余計な会話をしてさらに彼を萎縮させるよりも睡眠によって気を紛らわせるほうが互いにとって幸せであると考えた。
そのため、座席につき隣席の少年、アスカと軽く自己紹介を交わした後はすぐに目を閉じて睡眠体勢に入ったのである。
その計画は隣席のアスカの鬱々とした睡眠妨害により早々に崩れ去り、シーマは目を閉じたまま延々と彼の愚痴と溜息を聞くことになる。
しかし、最初の内こそ彼の存在を鬱陶しく感じたシーマであったが、アスカの愚痴をしばらく聞いてみると、そのどれもが人生の不条理さを嘆くものであり、今のシーマの内心を代弁するかのようなものであった。
まだ年若い少年がいい年をした自分と同じようなことを思い嘆いている様はどこか可笑しく、シーマの荒れた心境を徐々に穏やかにしていった。
そうして心に余裕が生まれると、シーマは輸送船に乗ってからこれまでの、周囲に、特に隣席のアスカ少年に当り散らすかのような自らの態度は非常に大人気なかったか、と思い至る。
しかしながら、アスカもまたシーマに対して睡眠妨害をしかけてきたことは事実である。
その腹いせに、と、また明日以降教官と生徒の間柄になるであろうアスカとのコミュニケーションの一環として少し彼のことを虐めてやろうとシーマは考えた。
「まったく、さっきから隣でグチグチとやかましい・・・・・・鬱陶しくて寝りゃぁしない。いくら不満を吐いたって現実は何も変わりゃしないよ」
シーマは軍学校への入学に不満のあるらしいアスカが俯いたタイミングを見計らい、あえて非難がましい文句をかけた。
不機嫌そうな声色を意識することも忘れない。
「はいっ、はっ、見苦しい姿をお見せして、申し訳ありません。シーマ・ガラハウ少佐・・・・・・っいえ、ガラハウ教官」
悪戯の見つかったネコのように驚いて背を伸ばすアスカのリアクションは、シーマの思い描いた通りであり、彼女の嗜虐心をおおいに満たしてくれた。
加えて、どこで覚えてきたのか全くサマになっていない敬礼である。
二人は現在、狭い輸送船内で隣り合って座っており非常に近い距離にあった。
そして、二人の間には頭一つ分以上の身長差があり、座高だけで比べてもシーマの目線のほうがアスカよりもずっと高い。
そのため、アスカは敬礼をした後にシーマの目線を探して徐々に首を反らしていくことになる。
その姿は傍から見ると笑いを誘う「可笑しい」動作であった。
シーマは、様子を窺うように自分を見上げる幼い風貌の少年を見下ろして「可笑しい」という他に、らしくもなく「可愛らしい」という感想を抱かされた。
「まぁ、別にそれほど責めてるわけじゃぁない。でもねぇ、あんまりこれみよがしに人前で憂鬱そうな空気を出すもんじゃないよ。おまえは・・・・・・アスカだったかねぇ?」
予想以上の戦果によってもたらされた自身のらしくない感情を誤魔化すように、シーマは先ほどまでの自身の態度を棚に上げた忠告を告げ、記憶から抜けてはいない少年の名前をあえてもう一度確認した。
これ以上虐めるのも可哀想なので、不機嫌そうな声色は自重する。
「はいっ。アスカです。ファミリーネームはアスミになります」
固い口調のアスカの声はその外見と同様に「声変わりを迎えていないのではないか?」と思うほど幼く聞こえ、ともすれば女にしては声の低い自分よりも高い声が出せるのではないかとシーマに感じさせた。
シーマは、アスカの発するボーイソプラノをもう少し聞いてみたいと思った。
◆◆
「そうかい。ではアスカ。今のお前さんはまだ正式な軍属じゃぁないんだ。あたしに敬礼も階級呼称も必要ない。相手が明日からの教官だからってそんなに固くなることもない」
アスカの謝罪を受けてからのシーマの雰囲気と声色からは、先ほどまで彼を萎縮させていた不機嫌さが綺麗に抜けており、きつく怒られるのではないかと身構えていたアスカをおおいに安渡させる。
加えて、少し古臭いけれど気さくな語調とちょっとしたアドバイスを自分に与えてくれるシーマを見て、アスカが彼女に対して抱いていた「怖そうな人」という第一印象はしだいに薄まっていった。
アスカは彼女に指摘されたよう、先ほどの敬礼から掲げたままであった右腕を下ろそうとした。
そこで、突然に隣の座席から身を乗り出したシーマに両腕を掴まれた。
「それとだ」
驚いて身を固くするアスカであったが、シーマは構わず続ける。
「公国軍の敬礼は海軍式だ。脇はもっと占めて、手のひらは相手に見せるな。覚えときな」
アスカはシーマによって両腕を胴側に押しつけられることで強制的に脇を閉じさせされ、次に掲げられた右の手のひらも包まれ内向きに矯正された。
一拍おいて、アスカは間近に迫ったシーマの気配と鼻腔をくすぐる長い髪の匂い、年上の女性にされるがままに手を取られるという人生で初めての状況にひどく羞恥心を刺激された。
アスカは自身の耳や頬が熱を孕んでいくのを自覚すると、それを隠すために俯いてしまいたくなる。
しかし、せっかく自分のことを思って注意をしてくれたであろうシーマから顔をそらすこともできず、動揺して調子の外れた声で「はいっ。ありがとうございます」と返事を返すのみであった。
その後は、少しでも自身の熱をごまかすためシーマに教えられた敬礼の形を、何度も確認するように繰り返すアスカであったが、その都度にシーマから腕を取られ更なる矯正が入ることで、さらに自身の頬を熱くするという悪循環を繰り返した。
そしてアスカの敬礼が一応のサマになる形を見せる頃には、彼のシーマへの印象は「怖そうな人」から「面倒見の良い気さくな女性」へと完全に遷移していたのであった。
◆◆
アスカが先ほどシーマに見せたのは、地球連邦軍の陸軍や空軍で慣習化している肘の開いた敬礼であった。
それに対して、ジオン公国軍は肘を閉じた型の敬礼――地球連邦では海軍、宇宙軍で行われる――を全軍で採用していた。
この型の違いは兵員の待機スペースが限られた海や宇宙空間の潜水艦や軍艦内、宇宙艦内において余計なスペースとって邪魔にならないための配慮である。
従って、これからアスカが入学するジオン公国軍の士官学校でなにかの拍子に仮想敵国である連邦軍式の敬礼を披露すれば、指導教官によっては鉄拳制裁が飛ぶかもしれない。
シーマは自らの睡眠妨害こそされたが、同時にささやかな気分転換をもたらしてくれたアスカ少年がそうなるのは少々不憫だと思った。
そして、輸送船の中で教官予定の不機嫌な人物の隣席という心休まらない座席に配されて、さらにその人物から弄られる不運な少年に、らしくもないお節介を焼きたくなった。
「公国軍の敬礼は海軍式だ。脇はもっと占めて、手のひらは相手に見せるな。覚えときな」
この小さなお節介に対するアスカの反応はシーマにとって予想外なものであった。
首から頬、耳まで赤くなった顔を背けることも出来ず、なんとも嬉しそうな声で「はいっ。ありがとうございます」のリアクションだ。
まるで思春期に入りたての少年のようなあまりに異性慣れしていないアスカの反応は、それを見せられるシーマのほうが年甲斐もなく恥ずかしくなるほどであった。
シーマは、長い軍人生活の中では久しく感じなかった自分を女性として意識する異性の反応に、それは相手が幼い故であると分かっていても高揚せずにはいられなかった。
さらに、アスカがシーマに指摘された敬礼を心に刻むように繰り返そうとする姿はなんとも意地らしく、シーマは彼の敬礼が一応の形になるまで彼の腕をとって熱心に教え込みながら、自身のうちから湧き出る嗜虐的な何かを満たしていくのであった。
◆◆
輸送船の中で隣接する座席に座ったアスカとシーマは敬礼に関する一連のやりとりの後、自然と会話を重ねるようになる。
その中で、シーマは先ほどから気になっていた疑問をアスカに尋ねた。
「それで、アスカ。さっきお前さんの様子を見ていて気になったんだが、軍学校に入るのはそんなに嫌かい? 今さらとやかく言っても本国に戻れやしないが、今回の徴兵は強制ではなかったし軍令部に申請すれば手間はかかるが拒否は出来ただろう?」
シーマが気になっていたのはアスカの軍学校への入学に対する非常に後ろ向きな態度だ。
アスカがこれから入学し、シーマが教官を務める学校の名をジオン公国軍 准士官短期養成学校という。
現在、彼らが所属しているジオン公国は、おそらく近い将来に表明するであろう地球連邦政府に対する独立宣言と自治権要求に向けて急ピッチで軍拡を進めていた。
その中で、特に不足している士官相当の人材の促成育成を目的として設置されたのがこの学校である。
その生徒は一般には公募されておらず、軍や政界、財界に身をおく要人の推薦者や作業用の機械、重機、スペースグライダー等の軍務に関して有用な資格免許を取得している満17歳以上の青年層を対象に、軍令部から作為的に召集令状が届くことで徴募されていた。
しかし、この召集令は強制的なものではなく、軍令部に届け出て審査を受けさえすれば辞退することも可能である。
つまり、この召集に応じた者は、その動機はともかくとして軍学校への入学に対して肯定的な意思を持っている者がほとんどであった。
「ええと、ガラハウ教官・・・・・・じゃなくてガラハウさん。それはですね・・・・・・えぇ~と・・・・・・」
これまでのやりとりで、シーマに対しての幾分か緊張の解れていたアスカであったが、この問いに対しては考え込むように言葉を濁す。
「ガラハウってのは呼びにくいだろ? シーマで構わないさ。もちろん明日からはシーマ教官だがね。・・・・・・それで、どうしてだい?」
シーマはアスカが自分に対してまだ壁を持っているのか話すことを逡巡しているのを感じたが、別の話題を交えつつもあえて踏み込んだ。
こう先を促されてはアスカは逃げることができず、一応のそれらしい理由を答えた。
「じゃあ、シーマ・・・・・・さん・・・・・・僕はたぶん作業用の大型重機の免許を持ってるから軍の召集がかかったと思うんです。でもですね。そっちの資格を取ってからは年をごまかしてアルバイトばかりしていてジュニアハイの勉強もほとんどしていなかったんです。それで、軍学校の内容についていけるかどうか今さら不安になってしまって・・・・・・」
シーマがアスカから聞き出したかったのは、「徴兵召集を辞退しなかった理由」である。
それに対してアスカが答えたのは「軍学校に入ることを躊躇する理由」であった。
論点のずらされたアスカの回答には「嘘」か「語っていない部分」が多くあると容易に読み取れたシーマであったが、それ以上追求しようとは思わなかった。
これまでの遣り取りで感じられた純朴そうな少年が口にしない理由というのは、本人の心根よりも周囲の状況に由来するものであろうことに察しがついたからだ。
「そりゃ、仕方がないねえ。でも、ジュニアハイくらいの知識なら本人が必死になりゃすぐに取り戻せるもんさ。これでもあたしゃ正規の士官学校出でね、これからあんたが叩き込まれることは大体分かるよ。明日からは機動兵器の教官もせにゃならんが、空いてる時間ならいくらか面倒もみてやれるさ」
そう言って会話の流れから模範的な教官然とした言葉を返すシーマであったが、内心では面倒なことを引き受けてしまったか、という後悔の気持ちもあった。
シーマは明日から就くことになる軍学校の教官という任務にただでさえ乗り気ではなかったのだから。
「本当ですかっ? ありがとうございます。それにシーマさんって、正規の士官学校出身でパイロット教官って・・・・・・すごいエリートじゃないですか。 頼りになります」
しかし、正式に教官任務に就く前の自分をやけに尊敬の混じった視線で見上げてくるアスカを目にすると、シーマは教官職も悪くはないのかもしれないと思えてきた。
「それに僕の配属って、この機動兵装機械科っていうところなんですけど。これって機動兵器を扱うとこですよね? じゃあ、シーマさんがこれから僕の担当教官になるんですよね?」
そして、シーマが自身の担当教官になることをやけに嬉しそうに語るアスカを見ると、彼女は明日から彼をどう虐めてやるかに思いを馳せ、これからの仕事に少しだけ前向きな気持ちを抱くことができたのであった。
◆◆
「ところで、シーマさんって士官学校の出身っていうことは自分から軍人になろうって思って軍人になったんですよね?」
しばらくはアスカの配属科とシーマがその担当教官になったら・・・・・・という未来の話題が盛り上がった彼らであったが、今度は先ほどとは逆にアスカからシーマに問う形での質問があがった。
「そうさね」
シーマの肯定を受けてアスカは続ける。
「軍人って、誰かと戦って・・・・・・殺したり・・・・・・殺されたりすることもあるかもしれないのに・・・・・・どうして、その・・・・・・シーマさんは軍人になったんですか?」
これから軍学校に入学しようという人間が発するにはいささか問題があり、正規の軍人にとっては失礼にあたるかもしれない問いだという自覚がアスカにはあった。
それでも彼は誰かに聞きかずにはいられなかった疑問をシーマに打ち明けた。
シーマはこの問いを受けてアスカが軍学校への入学に後ろ向きな態度の理由には、戦うことへの禁忌感か恐怖心が多くを占めていることが容易に察せられた。
そして、おそらく彼個人としては軍人にはなりたくなかったが、何かしらの事情や周囲の状況によって召集令を拒否することが出来なかったのであろうことも確信を抱いた。
「さてねぇ、あたしが軍人になった理由・・・・・・」
すでに軍人として10年ほどの時間を過ごしてきたシーマにとって、アスカの問いは非常に青臭く同時になつかしく感じられた。
しかし、これから不本意にして軍人にならざるを得ないであろう少年にとっては、重要な問題であることも理解できた。
だから、シーマは少しだけ昔のことを思い出しながら、自身の軍人生活で得た経験を踏まえ、アスカの問いに対する真剣な答えを探した。
◆◆
「さっきあたしはあんたに『自分の意思で軍人になったか?』って聞かれて肯定したが、ありゃぁ少し違った。あたしが士官学校に入ったのは自分の意思だけど、軍人になったのはそのついでみたいなもんさ」
今日出会ったばかりのシーマがこのような踏み込んだ質問には答えてくれるのか、という不安がアスカにはあったが、以外にもシーマはその質問に答えようとしてくれた。
「同じではないんですか?」
アスカは「士官学校への入学を望む事」と「軍人になるのを望む事」は同一であると考えていた。
しかしシーマにとっては違ったようだ。
「まあ、士官学校出は任官義務があるのを承知で入学したんだから同じといやぁ同じかもしれんがね」
アスカの疑問を軽く流してシーマは続ける。
「あたしの故郷のコロニーは、あんまり豊かじゃなくて生まれた家も貧乏だった。だけどね、そこでうだつのあがらない一生ってのが癪だったのさ。だから、そのろくでもない場所から抜け出すために必死に勉強して上の学校で箔をつけたいって考えた。その中で一番金のかからない選択肢が士官学校だっただけっていうのがあたしの軍人になった理由さ。任官義務を果たしてソコソコ稼いだら軍人なんかすぐに辞めて構わないって思ってね」
アスカはそこまで聞いてシーマが「軍人になった理由」には納得した。
彼女の「自身のおかれた状況から、軍人になるという選択が最善であると判断し、士官学校に入って軍人になった」という境遇は「軍学校に入学して軍人にならざるを得ない」という状況に置かれた現在のアスカにとって非常に共感を覚えるものであった。
しかし、学歴を欲したゆえに仕方がなく軍人になったならば、今もシーマが少佐として軍人を続けていることとつながらない。
アスカにはシーマの正確な年齢が分からなかったが、彼女が任官義務を終えていない年齢とは思えなかった。
従って、今もシーマが「軍人である理由」がなければならなかった。
アスカはその理由を聞きたくて先を促した。
「でもシーマさんは今も軍人をやっています」
「いいから聞きな、それで、本当ならあとは稼いだ金を元手に一人で好き勝手に生きていこうと考えてた。でもね、任官して何年かした頃、両親が死んだってんで故郷に戻ることがあったのさ」
両親の死という一般的には悲劇的な出来事を軽く語ったシーマを見て、アスカは彼女と亡き両親との仲はどうであったのか、という趣味の悪い疑問も抱いたがすぐに打ち消す。
「久しぶりに戻った故郷は相変わらずろくでもない場所でね。一度外に出たあたしだから余計にそう感じたのかもしれないが・・・・・・故郷がどれだけ酷い場所かってのを改めて思い知らされたわけだ」
シーマは何かを思い出すかのように一瞬目を閉じたあと、急に真剣な顔になって続けた。
「あたしはそのとき怒りを感じたんだ。あそこがああなった理由は、あそこが貧しい原因はあそこに住んでいるやつら自身にもあるかもしれないってのは分かってるがね。それでも、あそこを踏み台にして、ほったらかしにしてのうのうと生きているやつらが許せないって、あんなところを生み出す原因になった連中をどうにかしてやりたいって思ったのさ」
世情にはあまり詳しくないアスカであったが、おそらくシーマの言っている「踏み台にしているやつら」とは、地球連邦政府を指しているのだということは理解出来た。
「そこで今をときめくうちの国の御大将、ギレン・ザビだ。アレのやり方は強引かもしれんが、サイド3や他の宇宙移民国家が独立を勝ち獲ることができれば、コロニー居住者の生活水準も上がる。あたしの故郷も少しはマシになるかもしれない。そう思ったら軍人として、誰かを殺し殺されることになっても戦う価値はあるって思った――」
シーマの生い立ちとそこから導き出された軍人である理由、それらを聞いてアスカは感嘆した。
「宇宙移民国家の独立」、「故郷の復興」どちらも一個人のレベルではどうしようもない大きな目標であり、誰かのためにという利他的な思考に基づいたものである。
それらの目標を叶えるための先陣として、軍人であり命を賭して戦う覚悟があるというシーマがアスカにはとてもまぶしく見え、彼女に対してさらなる尊敬の念を抱いた。
そして、アスカも「国家や宇宙移民者全体のため」という大きな目標まではいかないが、これまでの過ごして来たコロニーで世話になった人達の暮らしを良くするためならば、軍人として戦うのも悪くないのではないか、と思えてきたのである。
◆◆
「――っていうのが、まぁ、あたしが軍人である理由・・・・・・の建前さ」
直前までの台詞を台無しにする〆でシーマの独白は終わった。
アスカは一瞬シーマが何を言ったのか分からず、彼女の真意を確認するように慌てて声を上げる。
「えっ? ちょっ・・・・・・ちょっと待ってください。・・・・・・今、シーマさんすごく良い話してましたよね? 僕、すごく感動してたんですけど。シーマさんが軍人をやってる理由が、サイド3の独立と宇宙移民者みんなのためだって、亡き両親の思い出が眠る故郷の復興のためだって・・・・・・アレッ?・・・・・・違うんですか?」
「だーかーらー・・・・・・今のは建前だ。表向きの理由。分かるかい?」
やけに間延びした調子でそう応え、アスカを見下ろすシーマは、目尻を細め口角を吊り上げながらニヤニヤとしており、まるで悪巧みが成功した時代劇の悪代官のようななんともいやらしい笑みを浮かべていた。いつか日系人向けの文化番組で見た覚えのある人をあざ笑うようなその笑みを見せられ、アスカは自分が謀られたことにようやく気がついた。
「っ――酷いですよ。僕は、シーマさんのこと、すごい人だと思って真剣に聞いてたのに」
これまでの話の中でシーマに抱いた尊敬の念が一気に薄れ、アスカはジトっとした非難の目をシーマに向ける。
しかし、それを見たシーマは彼女のハスキーは声が裏返りそうなほどの高笑いを上げた。
「アハハハハハハッ、お前があんまり真剣に聞いてるもんだから、フフッ、途中でやめれなくなっちまってね」
人を小馬鹿にしたようないやらしい笑みと高笑いが、やたらと彼女に似合っていたこともアスカの神経を逆撫でした。
アスカはこれ以上の反応を示してシーマをさらに調子付かせるのが癪だったので、彼女から顔をそらして憮然とした表情を作る。
「クククッ」
このリアクションすらもシーマの笑いの琴線に触れたようで、彼女はまた笑い声を上げようとする。
「・・・・・・っと、まぁ、いままでのはちょっとした冗談だ。すまなかったよ」
それに対しアスカが再びジト目を向けるとようやくシーマはニヤニヤした表情をおさめ、軽薄な謝罪の言葉を口にした。
「ほら、そんなにむくれなさんな。こっちを向きな」
そして、シーマは顔を背けたアスカの頬を両手で挟みこみ、強引の元の方向に戻そうとする。
アスカも一応の抵抗を試みるが、二人の精神的、肉体的な力の差は歴然であり、すぐにその抵抗の無意味さを悟ると諦めてシーマにほうに向き直した。
「・・・・・・さっきの話・・・・・・どこまでマジメだったんですか?」
さんざん笑われたことで、シーマに対して若干の不信を抱いたアスカであったが、先ほどの彼女の話の全てが嘘ではないような気はしていた。
「さっきの話? ああ、あたしの生い立ちも士官学校を目指した理由も本当さ。故郷がろくな所じゃなかったっていうのもね。それに『軍人である理由』ってのもまんざら嘘じゃぁないよ。サイド3の独立も故郷のコロニーのことも『あたしが軍人をやることで結果的にそうなれば良いな』くらいには考えてる」
このシーマの言い草から、先ほど彼女の語った祖国の独立や故郷の復興などは、軍人として命をかけて戦ってまでも彼女が望むものではないということがアスカにも理解できた。
彼女がさきほどの話を建前として締めくくったのもそれが所以だろう。
ではシーマが命のやりとりを覚悟してまで軍人であり、望むものは何なのか?
「だけどね、あたしが今も命を張ってでもこうして軍人をやっている一番の理由は、あたし自身が幸せになるためさ」
アスカは首を傾げた。
「命をかけて軍人をやること」と「人生の幸福」、両者をどうしてもイコール関係で結ぶことができなかったからだ。
もしや彼女は命を賭した戦いの中でしか生の幸福を見い出せない、という生粋の戦争屋なのだろうか?――と見当外れのことをアスカは考える。
すると突然に、シーマは両手で挟み込んだままのアスカの顔を引き寄せ、今度こそ真剣な表情で彼と目線を合わせた。
「いいかい? アスカ。大切な話だ、よく聞きな。軍っていうのは国家の中核を担う巨大な組織だ。特半分は軍事政権みたいなジオン公国ではな――軍は国内の隅から隅までいろんなとこに根をはってる。だから軍で出世をすれば社会的な信用が得られる。人脈を作れば後々いろんな所に顔が利くようになる。そうすれば軍を抜けて商売を始めたっていい。政治家になるにも箔がつくし、天下りをすれば悠々自適な隠居生活もおくれる。これから先、どんな人生を歩む人間でも自国の軍で手柄をあげて偉かったって経歴はたいてい有利に働くんだ。それで自国が戦勝国だったら万々歳さ」
そう言ってアスカの顔を覗き込むシーマの瞳には軍人であることよりも、さらにその先に目を向けた野望の炎がぎらついていた。
同時にアスカはそのように語るシーマの声に狂気的なモノが混じっているように感じられた。
「確かに軍人は戦争になりゃあ駆り出されるし、そこで命のやりとりをするってリスクもある。でもね、逆に言えばそれは手柄を立てて出世するチャンスだろ? あたしはあたしの幸せのためなら誰とでも戦うし、必要とあれば誰だって殺すのさ」
シーマが軍人である理由――誰かを殺し殺される可能性があろうとも軍人として出世し、その地位を利用して幸福な人生を送りたい――つまり、自分の幸せのためなら誰かを殺すことも厭わない。
それはあまりにも利己的で傲慢で自己中心的は考えではないか?
アスカはシーマの俗物的なその主張に対して、青い道徳観から生じた嫌悪感と一度は尊敬の念を抱いた彼女から裏切りを受けたような大きな失望感を覚えた。
しかし・・・・・・同時に気がついた。
――どちらも結局は同じではないかと。
シーマが建前として前述した「サイド3の独立」や「故郷の復興」という「利他敵な理想」を持って軍人になった人間は、戦争になれば誰かの、何かのために命をかけて敵と戦う。
自らの理想の前に立ちはだかる敵は倒さねばならないのだから。
そして、後述した「軍で出世して幸せになりたい」という「利己的な理由」で軍人になった人間でも、戦争になれば自分の幸福のために命をかけて敵と戦う。
彼らは自らのためなら誰かを害することも辞さない人間なのだから。
どのような理想や理由が伴おうと、軍人であるということは自らの意思で敵と戦い、場合によっては殺す覚悟すら持たねばならないということだ。
結局やることは変わらないのである。
軍人が軍人である限り。
◆◆
「・・・・・・さっき気がついたんですけど、実はシーマさんってかなり性格悪いですね」
アスカは本当に今日何度目かになるか分からない溜息を吐いた後、目の前にあるシーマの瞳をジト目で睨んだ。
ついさきほどまでそこにあったアスカが幻視した野望の炎は嘘のように消え去り、澄んだ灰色の瞳が彼の反応を面白がるような色を湛えて存在するのみであった。
それを見て、アスカは先ほどまでのやりとりの全てが、シーマの仕組んだシナリオ通りであったことを改めて確信し、同時に、自分は彼女の手のひらの上で踊らされ一喜一憂していたことを理解した。
ここに至って、ようやくアスカはシーマの性格があまりよろしくないことを認め、せめて一矢報いてやろうとその事実を口に出さずにはいられなかった。
そのアスカの様子を見て、彼女は再び目尻を細め口角を吊り上げた悪代官然としたいやらしい笑みを浮かべた。
「ハハハッ、自力で今の芝居の意味に気がつけたんならたいしたもんじゃないか。おまえが気付かなかったらあたしゃとんだピエロだよ。――でも、あたしの性格が悪いってのは聞き捨てならないねぇ」
そう言いながら、シーマは未だ目前で手のひらに挟み込んだままのアスカの頬を、失言の罰だとでもいうかのようにぐりぐりとこね回した。
しかしながらシーマの内心は、アスカの「性格が悪い」発言に腹を立てたというよりも、彼女が回りくどい小芝居で言わんとした事を彼自身で気付いてもらえた、という満足感が多くを占め、そのご褒美に彼を撫で回しているような感覚であったが・・・・・・。
シーマのその行動はある意味彼女の思惑通りの効果を発揮し、シーマの顔が目前にあり、自分の頬が彼女の手で弄くり回されているという現状を認識したアスカは、また頬が染まるほどの羞恥心を抱いたが、同時に心のどこかにはもう少しそうしていて欲しいという被虐的な気持ちも芽生えていた。
しかし、始めはアスカの頬を軽くこね回すだけであったシーマだが、その手の圧力は徐々に増していき、途中からは彼の頬を指でつまみ左右に強く引っ張り始める。
「あんたの頬、もち肌ってのかい? これは・・・・・・男の癖に・・・・・・スベスベで・・・・・・癪だねぇ」
直後に妙なことを口走るシーマの眉間に徐々に皺が寄っていく様を眼前で見せ付けられ、彼の淡い被虐心は霧散し、単なる苦痛へと遷移していった。
「痛いです。止ーめーてーください」
いいかげんに引っ張られる頬が痛かったので、アスカはなるべくぞんざいに聞こえるような声色を意識しながら抗議の声を発した。
そして、彼の頬を摘むシーマの指をなんとか引き剥がし、ついに彼女の拘束を振り払う。
アスカはそろそろ御巫山戯はやめて、シーマがアスカに伝えたかったであろう真意を改めて言葉にして確認することにする。
「それでつまり、シーマさんは『軍人である理由なんてなんでも良いけど、軍人であるならば敵と戦わなければならない』って、言いたかった訳ですよね?」
さきほどの小芝居を含めた二人のやりとりを要約すると、アスカがシーマに尋ねた問は「戦う覚悟をしてまで軍人である理由はなんですか?」だ。
ソレに対するシーマの答えが「理由はともかく、軍人であるならば戦う覚悟をせざるを得ない」という見も蓋もないものだ。
なんとも噛み合っていない問答である。
しかも、アスカが求めた「シーマ自身が軍人である理由は?」という疑問は、さきほどの彼女の小芝居が、どこまで彼女の真意であったのか分からないアスカにとって、結局はぐらかされた形である。
しかし、これから本人が望まずとも軍人にならざるをえない状況に陥っているアスカにとって、彼女の見も蓋もない答えはこれ以上ないほど的確な忠告であった。
「そうさね。軍人である理由なんて人それぞれだ。自分のために、ってやつもいるし誰かのため、って考えるやつもいる。でも、そんなもんは結局言葉遊びだよ。ギリギリの殺し合いをしている時に理由だのなんだのを考えられるほど器用な人間なんてそうはいない。みな自分が生き残ることだけで必死になっちまうんだ」
いつのまにか眉間の皺を消し真面目そうな顔をしたシーマが、アスカの得た回答に彼女なりの補足を加えた。
「だからね、おまえがこれから軍人になることが不本意な現実で、軍人である理由、軍人として戦う理由がないってんで悩んでるなら、今は『自分が生きるため』ってことでも理由にしときな」
アスカはシーマによって、自らが明かさなかった自分の現状を正確に把握されていることに加え、内心の不安を言い当てられて驚いた。
しかし、いまさらだと思うと同時にシーマが自分の状況を理解して助言をくれたことに思い至り、彼女の存在を嬉しく思った。
そして、また心に湧いた新たな疑問を口にする。
「それってさっきシーマさんが言ってた『自身が幸せになるため』っていうのと違うんですか?」
アスカはさきほどの小芝居の中でシーマが見せた、利己的な思考に基づく野望の炎のギラついた瞳を思い出し苦い顔をした。
「本質的には同じだよ。さっきのアレは生きるためって理由を大げさに拡大して憎まれ役になるように言ったからね。嫌な言い方に聞こえたかもしれないが、軍で手柄をたてて出世すれば楽に生きられるってのはまぎれもない事実だ。でもね、それ以前に戦場で敵を倒すことを躊躇えば自分が死ぬことになるんだ。出世やら功績云々なんて考えなくたって軍人が『自分が生きるため』に戦うってのは当り前のことで誰に憚る必要もない立派な理由さ」
シーマの説明はまた、なんとも見も蓋もない当り前の現実に帰結した。
アスカはシーマの説明に素直に納得すると共に、小芝居なんかせずに最初からこうやってに説明してくれれば良かったのではないかと彼女に対して非難がましい思いを抱いた。
しかし、実際に小芝居で彼女が演じた軍人としてのあり方について、共感や反発を抱きながら考えなければ「軍人であるならば戦う覚悟を持たねばならない」という見も蓋もない現実が、これほど素直に受け入れられなかったであろうことも自覚していた。
それを思うとアスカはシーマに対してこれまで以上に尊敬の念を抱くと共に、彼女に対する「面倒見がよい」という評価を新たにした。
同時に、今度はシーマのいう「軍人」にアスカ自身が本当になれるのかという疑問も覚え、思わず彼女に問うてしまう。
「僕が・・・・・・本当に軍人になれるんでしょうか?」
新たな不安の種を見つけあまりに情けない声を上げるアスカの声を聞いたシーマは、ひとつ溜息を吐いた後、あえてキリッとした表情を作りアスカを見下ろす。
「ったく、おまえは次から次へとウジウジと鬱陶しいねぇ・・・・・・できるかどうかじゃなくてやらなけりゃならないんだろ? それにだ・・・・・・幸いにも、明日からのあんたの教官はこのシーマ・ガラハウだよ? 戦い方と生き残り方は嫌というほど叩きこんでやる。覚悟しときな、アスカ訓練生」
そのあまりにも自信に満ちたシーマの宣言を受けて、これまで自分が軍人になることに対しては不安と不満しか抱けなかったアスカであったが、シーマの元であれば軍学校に入って軍人になってもなんとかやっていけるのではないか、という淡い希望を抱けた。
「はいッ、よろしくお願いします。シーマ教官」
だからだろう。
アスカは思わず先ほど教え込まれたばかりの敬礼を行いながら、あえてシーマの役職名つけて彼女の激励に応じるのであった。
始めまして。
そして拙い文章をここまで読んでいただいてありがとうございます。
このSSの作者のnorishioと申します。
今回、初めて物語(?)というか会話劇といった形で文章を書き、少しだけ誰かに見て欲しいという欲求が芽生えたため、本サイトに投稿しました。
誤字脱字, 文法, 表現手法, 視点, 全体の構成, さらには原作キャラの行動, 言動, 思考, 口調への違和感など忌諱のないアドバイスが頂けたら幸いです。
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仮(2/3)
サイド3 ジオン公国領空 L2軌道上に存在する暗礁帯宙域。
後にア・バオア・クー宙域と呼ばれることになるその宙域には、ジオン公国が所有する資源採掘衛星がいくつか存在している。
それらの衛星のうち資源を回収しつくしたものは、その内部が改修されジオン公国軍の軍事基地衛星として、密かに作り変えられていた。
これらの軍事衛星はそれぞれが巨大宇宙要塞の一ブロックとなるように作られており、来たるべき地球連邦との開戦後には、核パルスエンジンを装着することで一箇所に集められ、ドッキングすることにより前線要塞として機能することを前提に設計されている。
また、暗礁宙域に隠されたこれらの軍事衛星の多くは、宇宙世紀0078年現在、地球連邦の目からできるだけ遠ざけておきたいジオン軍の「新兵器」モビルスーツの訓練基地としても機能していた。
ジオン公国軍 准士官短期養成学校の機動兵装機械科、もとい軍内部での正式名称はモビルスーツ(MS:戦術汎用宇宙機器)兵装科も、これらの基地衛星の一つを利用して設置されている。
准士官短期養成学校とは、正規士官学校の教育カリキュラムからいくつかの訓練課程を削った必要最低限の士官教育を、9ヶ月という短期間に集中して施し、卒業後は准尉として部隊配属される士官相当の人材確保のため、宇宙世紀0076年に急遽開設された軍学校である。
この学校の卒業生は、正規士官学校の卒業生と同様に尉官待遇での部隊配属が約束されているが、将来的には尉官から左官への昇進が非常に困難であることが事前に明示されており、現場における前線指揮官としての役割のみが期待されていた。
その訓練課程は、短期間における前線指揮官の促成育成という目的から過酷を極めたが、意外なことにMS兵装科を含めた各科の退学者はこれまでに一人として存在しなかった。――いや、学校側が存在させなかったといったほうが正しい。
何故なら、ジオン公国軍の「新兵器」モビルスーツの存在を知り、その運用に関与した人員をむやみに在野に放つわけにはいかなかったからだ。
そして、何よりも基地衛星に設置された軍学校という特異な環境は、いかに厳しい訓練が課されようとも訓練生達にそこから脱走する機会を決して与えなかったからである。
◆◆
宇宙世紀0078 3月某日 L2軌道 暗礁帯宙域 ジオン公国軍管轄 軍事基地衛星「ダロス」
シーマ・ガラハウの朝は一杯のコーヒーから始まる。
「ほぅ?今日はエスプレッソか・・・・・・悪くない」
軍事基地衛星「ダロス」の重力ブロックに設けられた軍学校の宿舎区画。
その一室に用意された教官用の個人部屋で、温かいコーヒーの注がれたカップを傾けながら彼女はそう呟いた。
「悪くない」・・・・・・と、口では言いつつも、彼女は現在の状況に大きな満足感を覚えている。
彼女はコーヒーに一家言あるような飲食物にこだわりを持つ人種ではないし、その時口にしていたコーヒーが、地球連邦の官僚や将官達の御用達だと噂に聞く、南米産の元種の豆を使用した高級品だという訳でもなかった。
基地内の購買部で購入したと思われるコロニーの農業プラント産の豆を使用したインスタントのありふれたコーヒーである。
しかしながら、朝、目を覚まし、おぼつかない足取りで室内のソファーに向かい足を組んで座ると、無言で目の前に差し出される淹れたての温かいコーヒー・・・・・・である。
おまけに今日は、彼女が教官を勤める軍学校に週一日だけ設けられた余暇日でもあり、忙しなく朝の仕度をする必要もない
朝食の支度もすでに済んでいるのだろうか?鼻腔をくすぐる美味しそうな匂いが食欲を刺激する。
部屋の中も素人目に気にならない程度には掃除、整頓が行き届いており、昨晩は脱いだままで放置した記憶のある公国軍の女性左官用の制服が、シワひとつないようにアイロンがけまでされた状態で、クローゼットのハンガーにかけられている。
おそらくは、一週間分の衣類の洗濯もすでに済んでいるのであろう。
室内の壁に設置されたモニターは毎朝視聴するニュースチャンネルに設定されており、シーマが起床したことでそのボリュームも少しだけ大きく変更される。
そんな穏やかな休日の朝の一幕は、シーマにいくらかの充足感をもたらすものであった。
同時に、シーマの個人室内にはそんな朝の一幕を演出した人物が存在した。
シーマが起きる前から彼女の部屋の掃除、洗濯を一手に担い、朝食の支度を整え、彼女が目を覚ましてソファーに落ち着く瞬間を見計らいその目の前にコーヒーを差し出した人物、アスミ・アスカである。
「以前に、シーマ教官がコーヒーはエスプレッソがお好みであるとおっしゃられたように記憶しています。購買部で見かけた際に購入しておきました」
彼は上官を前にした新米軍人然とした、やたらとハキハキした語調でシーマの呟きに答える。
その声量は決して大きすぎず、しかし確実にシーマに届く絶妙な加減であり、休日の朝の穏やかな空気を損なわない配慮がされていた。
(・・・・・・そんなこともあったか?)
シーマは寝起きの頭から曖昧な記憶を反芻しても、そんなことを言った憶えは引っかからなかった。
しかし、エスプレッソのコーヒーが好みであることは事実である。
「そうだったかね?・・・・・・なかなか気が利くじゃないか」
「いえ、シーマ教官のおっしゃった言葉は一言一句余すことなく記憶しています。他に欲しいものがありましたらまた申し付けてください」
やけに落ち着いた抑揚のない声で返答を返すアスカの声色には、数ヶ月前に見られた純朴さと若干の小賢しさがすっかりと鳴りを潜め、代わりにシーマからの命令は絶対に聞き逃さず、確実に遂行する、という意思が込められていた。
「朝食の準備も出来ていますが、先にシャワーを浴びられますか?」
常の習慣では、シーマが寝起きにすぐに朝食を取るかシャワーを浴びるかはその日の気分によってマチマチであった。
それを踏まえてのアスカの質問である。
「いや、シャワーは食べてからにする」
テーブルの上には、合成肉ではあるがソイソースによって香ばしく味付けされたベーコンとトースト、スクランブルエッグにサラダがプレートに盛り付けされており、軍人としては少なめではあるがシーマの好みに合致した朝食メニューがすでに準備されていた。
彼女はそれらを目にするとシャワーの後で温めなおされた食事をとるよりも、先に朝食にしたほうが目の前の料理をより美味しく頂けると考え、食事を先にすることを伝える。
「それでしたら、キッチンで温めているスープもすぐにお持ち致しますね」
「ああ、頼む」
そして、アスカはテーブルの上の朝食メニューにスープを加えると、彼女とテーブルを挟んで反対側の位置に、彼自身の朝食の配膳を始める。
「あぁ・・・・・・それからアレだよ、えぇと・・・・・・」
シーマはそんなアスカを尻目に朝食を食べながらも、ふと頭によぎった質問を言葉にしようとする。
「ゼネック(Zeo Net Channel:サイド3公共放送)の占いですか?」
しかし、それが言葉になる前にアスカはシーマの意図を読み取って確認の返事を返す。
「そう・・・・・・それだ」
「今日のサソリ座の運勢は65ポイントでした。それでラッキーカラーは黒。金運、恋愛運はどちらも普通。仕事運は少し悪くて『頑張りすぎて空回りすることがあるかも・・・・・・一人で考えこまないで周囲の意見を聞いて気楽に構えてみるのも良いのでは?』とのことです」
ゼネック(Zeo Net Channelの略)とはジオン公国国営の公共放送で、ニュースから娯楽、スポーツ、文化番組など様々なコンテンツをいくつかのチャンネルに乗せてサイド3コロニー郡全域に配信している。
外部から隔離された軍事基地衛星でもサイド3公共放送の受信圏にあるため、シーマに用意された教官室のモニターにおいてもZeo Net Channelが視聴可能である。
このニュースチャンネルの朝番組でオマケのように設けられている星座占いを、シーマは密かにチェックし、日々のささやかな楽しみにしているのであった。
平日であれば、自らで欠かさずチェックするのだが、起床時間が若干遅い余暇日ではすでに星座占いの時間は過ぎてしまっている。
そのため、シーマよりも先にニュースチャンネルを見ていたであろうアスカに占いの結果を尋ねたのである。
「・・・・・・まぁ、今日は余暇日だし仕事運なんざ気にするほどでもないかね。ところであたしがサソリ座だって、言ったことがあったかい?」
シーマとしては半分以上期待せずに問おうとした質問であったが、すぐに意図した答えが返ってきたことに少し驚いた。
同時にアスカに彼女の占い趣味や星座を明らかにしたことがあったか?という疑問に引っかかった。
「以前、シーマ教官がサソリ座の運勢が微妙で、射手座の運勢が良かった日に『もう一日遅ければ・・・・・・』と漏らしていたもので・・・・・・教官は11月21日生まれのサソリ座だと思っていたのですが・・・・・・間違っていましたか?」
「いや、当ってはいるが・・・・・・よく憶えているな」
「シーマ教官の言葉は余すことなく記憶しています・・・・・・あっ、プレートは後でまとめて洗浄機にかけておくのでそこに置いたままで結構ですよ」
シーマはアスカの話に納得しつつも、食べ終わった朝食のプレートを流しに持っていこうとするが、アスカからの声で止められる。
シーマは自らの部屋に洗浄機などあったか?という疑問を憶えつつもアスカにそれを尋ねるのも自身が食器の片付けをしたこともないようでなんとなく憚られた。
手持ち無沙汰になったシーマは常の習慣どうりにシャワーを浴びることに決めた。
シャワールームに向かう彼女は、未だ朝食の途中であるアスカを視界の端に収め一つ頷いた後、先ほどまでのアスカとの遣り取りを思い返し、ふと頭によぎった懸念を小さく呟いた。
「教化しすぎたか・・・・・・?」
シーマはあまりに快適であるが快適でありすぎる現状と、週に一日だけ設けられた余暇日の朝に、担当教官が目覚める前からその部屋の掃除、洗濯を行い、朝食の支度を整え、目覚ましのコーヒーを用意するという自らの行動に、いかなる疑問も抱いていないであろうアスカ少年を省みて、彼女のこれまでの教導方針とアスカとの関係構築に誤りがなかったか?と少しだけ過去を振り返るのであった。
◆◆
軍学校に入学してからの数ヶ月・・・・・・シーマ・ガラハウ教官とアスミ・アスカ訓練生の関係がこのような形に至ったのには一応の経緯がある。
ジオン公国軍 准士官短期養成学校のカリキュラムは、午前中の座学科目と午後の実技科目という基本スケジュールによって構成になっている。
まず、実技であるが、アスカ訓練生の実技における担当教官は彼が期待していた通りにシーマであった。
そして、入学後のしばらくの期間は実技時間において訓練生の基礎体力向上を目的とした「体育」という科目が設けられている。
この「体育」は、教官が訓練生ごとに、または何人かのグループ単位ごとに課題を与え、それぞれの課題がこなせなければその日の終日まで教練が終わらないというなんとも厳しい内容であった。
このような、ある種理不尽なようにとれる訓練が設定されたのは、「体育」という科目には訓練生の基礎体力向上という額面どおりの目的以外にも、軍隊としての秩序と機能を維持するために不可欠な「上官への忠誠宣誓」の精神を育成するという意図が込められていたからだ。
とはいっても、一般的には教官側も訓練生が努力して可能である上限をうまく見極めて課題を出すもので、あまりに突拍子もない課題を出される者はいなかった。
しかし、軍人としてなまじ優れた洞察力を持っていたシーマは、その上限の見極めが非常に絶妙であった。
特に、入学前の遣り取りからアスカのことを気にかけていたシーマである。
彼に対しては、ことさらギリギリの、全力を出して出して少し超えてようやくこなせる程度の課題を日々課すのであった。
もちろん、アスカとて訓練の中で自分だけがことさら厳しい(ような気がする)課題に、泣き言を言い、実際に涙を流し、不平不満を述べることもあり、訓練当初こそシーマを恨みはした。
しかし、なんだかんだと死ぬ気でこなせばこなせないこともないギリギリの課題を与えられる日々の中で、シーマがアスカの限界をアスカ自身以上に分かっていることを悟る。
すると、入学前からシーマに抱いていた尊敬の念も合わさり、彼女からどんな課題を与えられても「シーマ教官がヤレというならヤルし、出来ると言うなら出来るだろう」と思考するある種の境地に達したのである。
このように、アスカに対する限界を衝いた教練の日々は、彼に「上官に対する忠誠宣誓」を超えて「シーマ教官に対する絶対服従」といった趣の、一線を越えた意識を植えつけるに至った。
次に、座学では正規士官学校のカリキュラム中でも、戦史、戦術、戦略、軍政、統率、救命等の他、物理、情報、工学といった特に士官パイロットとして必要な実戦的な内容の科目が受講されていた。
これらの科目のうちのいくつかは、内容理解の為に最低でも一般的なコロニーの市民教育におけるジュニアハイ卒業程度の知識が求められる。
しかし、経歴上ではジュニアハイを卒業したことになっていたアスカだが、その実、ジュニアハイで本来学ぶべき知識をしっかりと身につけておらず、座学科目の理解に難航していた。
もちろん座学には、訓練生の理解度を確かめるための定期的な試験があるわけで、最低限求められる一定の理解度に達していない訓練生には、座学担当の各教官から容赦ない補講が課せられる制度となっている。
そこで、アスカは兼ねてからの約束通り「助けてください、シーマ教官」と言わんばかりに、少しでも余裕のある時間があれば彼女の元を尋ねて、熱心に座学科目の教えを請うのである。
シーマはなんだかんだで面倒見が良く、当初は気が乗らなかった教官職も真面目に勤める心積もりであり、訓練生の質問や指導には時間を惜しまない姿勢であった。
しかし、アスカの座学科目への不理解はシーマの想定を大きく上回っていた。
加えて、余暇日ですら朝からシーマの個室を尋ねてきては、一日中彼女に教えを請えてくるアスカである。
当然、シーマにも教官としての仕事が他にもあるわけで、それらに手をつける時間を圧迫するアスカの存在がハッキリ言って鬱陶しいことこの上なかった。
そのようにシーマのフラストレーションを蓄積させていくアスカであったが、彼も一応はシーマの時間を奪って迷惑をかけているという自覚を感じていた。
そして、ある程度の時を経てシーマの教えとアスカの努力が高じることで、ようやく彼の座学科目への基礎理解が追いついてくると、アスカはシーマへの質問時間を徐々に減らしていこうという気概を見せ始める。
また、同時にこの頃のアスカは、ふだん世話になっているシーマに対して贖罪と感謝の意味を込めて、「迷惑をかけた分、何か役に立つことができないか?何か手伝えることはないか?何でも言ってください」とシーマに訴えることが幾度かあった。
シーマもそれまでにアスカからは勤務外時間での膨大な時間的拘束を被っていたので(その分くらいはコキ使っても構わないか)と軽い気持ちで彼に雑用を押し付け始める。
最初は単純な使い走りや簡単なデータ整理などのちょっとした仕事を任せていた。
しかし、独身の女性士官、金は有っても時間がない、余暇日は週一で一人部屋のシーマである。
教官という人にモノを教える職務もあり、外栄えだけは良く見えるように気をつけていたが、生活していれば部屋の中は段々と汚れていくし、衣類の洗濯物も溜まっていく、申し訳程度に備えられた簡易キッチンは触れたこともないような爛れた私生活であった。
おまけに余暇日になれば手間のかかる生徒が毎週のように朝から尋ねて来るわけである。
シーマの部屋が、良く言えば「生活感あふれた」、悪く言えば「だらしのない」様相を呈することになるのも致し方のないことだったのかもしれない。
シーマはそのような部屋の惨状について一応の危機感を抱いていた。
そのため、余暇日に彼女の部屋へ訪れたアスカに彼女が申し付ける雑用は、しだいに彼女の居住環境の改善を意識した内容に遷移していく。
そして、実技教練によって培われたシーマに対する従属精神の効果であろうか?・・・・・・アスカがシーマに反抗的な素振りを全く見せないことでその内容は徐々にエスカレートしていき、終いには部屋の掃除や衣服の洗濯はもちもん、部屋の認証IDを渡して彼女が目覚める前に朝食の準備させるまでに至ったのであった。
◆◆
シャワーを浴びながら、ようやく目覚めた頭でここしばらくの生活を振り返り、シーマは先ほどまでとは間逆の不愉快な感情を覚えた。
それはシーマとアスカが、「教官と訓練生」という関係をはるかに越えて、客観的に見れば「主人と従者」とでもいうべき状態に至ってしまった現状に対してである。
「ったく・・・・・・また、やっちまった・・・・・・」
シーマが今回のアスカのように部下や目下の人間から異様なほどに傅かれるのは、初めてのことではない。
いつからであったかは分からないが、シーマは自身の外見や雰囲気、言動・・・・・・言い換えれば「気質」とでもいうものが、指揮下にある人間に対して強烈な統率力と強制力をもたらす「カリスマ性」を有することをはっきりと自覚していた。
シーマ自身にとってはあまり認めたく事実であり、実際に彼女の前で口に出す豪の者はいなかったが、その「気質」を客観的に評すれば「女王様気質」とでも命名されるべきモノなのかもしれない。
女性の社会進出が進んだ時代とはいえ、戦いを生業とする軍組織内ではまだまだ男性社会的な側面が強い。
その中で、シーマの「気質」は時に大きな武器となり、屈強な軍属の男共を相手に渡り合い、対等以上の立場での出世に大きく貢献してきた。
無論、シーマが非戦時において若くして左官にまで至ったのには、彼女自身のパイロットとしての実力と指揮官としての能力に裏打ちされてのことではあるが・・・・・・
シーマはこのような自身の「気質」について、軍人としてのみで考えれば便利なものと捉え大いに活用してきたが、一人の人間としては苦々しい思いを抱くこともあった。
後天的なのか先天的なのかはともかく、この「気質」はシーマ自身が意識して身に付けたものではなく、無理に虚像を演じているわけではない。
しかしながら、シーマに傅く人間の前で、彼女纏う「気質」に反するような「弱さ」を見せれば、その効果とたんに立ち消えてしまうものであるとも感じていた。
シーマ自身、誰かに「弱さ」を見せて同情を買おうなどという類の人種ではなかったが、周囲の誰にも弱みを見せないように気を張って生きるのに疲れを感じる時がないでもない。
また、少なからず「気質」を通して得られた一方的な崇拝にも近い人間関係に対して虚しさを覚えることもある。
現在のシーマとアスカの関係にしても彼女の「気質」が影響して形成されたのだと思い至ると、それが常のこととはいえ彼女は暗澹とした気持ちを抱かざるを得なかった。
「あたしとしたことが・・・・・迂闊だったか・・・・・・」
シーマは、自らの額に手を当てて、現在の二人の関係における問題点を改めて見つめ直す。
シーマが問題だと感じたのは決して、自らの内面に関してのことだけではない。
まず、アスカが所属し、シーマが教官に就いている軍学校は戦時に向けた特例的な状況で設立されたとはいえ、士官としての能力を有した人材を育成するための機関である。
決して教官の私生活をサポートする家事能力を身に付けさせるための機関ではない。
このままではアスカに、軍人、それも士官としての能力を身に付けさせるより先に、シーマ専属のハウスキーパーとしての技能を優先的に身に付けさせてしまうのではないかという憂慮があった。
また、二人の関係がこのような形に至ったのにはシーマの「気質」のせいだけではなくアスカ自身の在り方についても問題があるように思えた。
シーマの課した実技教練の成果として、アスカに軍属としての「忠誠宣誓」意識を植え付けられたのは良い。
軍組織の中で上からの命令を理由もなく反故にし、個人的な感情を優先する事など有ってはならないのだから。
しかし、一兵卒であるならばそこまでで良いが、仕官として部隊に配属されれば将来的にはアスカも部下をもって、指揮しなければならない立場になる。
そのようなときに、部下もしくは上官と、今のシーマとアスカの関係のような一方的な従属を強いる強いられるの関係だけでは、決して健全な部隊運営は行えない。
士官として前線に配属されれば、上官の目指す戦略的または戦術的目標を的確に把握し、場合によっては上官に対して提言することも辞さない、また、上官から無茶な命令を課されてもそれを噛み砕いて部下に伝え、納得させ、使いこなさればならないのだ。
今のシーマに従属したアスカを思い返すと、彼にそのような器用な立ち回りが出来るのか?とシーマは不安しか覚えなかった。
「さて、どうするべきか・・・・・・」
シーマは自身の「気質」については一先ず棚に上げて、アスカがシーマへの従属状態から脱するにはどうしたら良いかを考える。
まずは、アスカがシーマから好いように使われている現状に対して疑問を覚えさせ、ある種の反骨精神にもつながりうる「自意識」を強く持たせる必要がある。
もちろん、軍学校での訓練課程を半分も消化していない段階で、そういった「自意識」を持たせるのは下手をすると、本人の増長を招くかもしれない懸念もある。
しかし、元来、軍人になろうという気概がありパイロットになるような人間は、軍学校の教官や部隊の上官が強引に抑えねばならないほどの強い自意識を持っている者も多いのだ。
当然、軍学校の訓練もそういった人間に焦点を当てたカリキュラムが組まれるため、「体育」というような訓練生の自意識を抑え付ける教練が設定されているのである。
しかしながら、アスカはそういった自意識が比較的、薄いようで、抑え付ければ抑え付けた分だけ凹み、抑え付けた人間に従ってしまう「気質」であろうこともシーマは薄々感じ取っていたのだ。
アスカのそういった「気質」を放置して、一番身近な教官であったシーマが自身の人を従わせる「気質」を十全に発揮していたことに思い至ると彼女は自己嫌悪にも似た思いを抱かずにはいられなかった。
「『教官』だなんて言われてこれじゃぁ・・・・・・ざまぁないねぇ」
シャワーのバルブを止めて、他人にはあまり見せることのない自嘲的な笑みを浮かべた彼女は、アスカ訓練生とこれからどう向き合うかについて考えるのであった。
◆◆
「シ、シーマ教官、どうされたんですか?」
シャワーを浴びて室内に戻ってきたシーマを見たアスカは驚愕した声を上げる。
脱衣所から戻って来たシーマの格好が髪も半渇きでバスローブ一枚を纏っただけの姿であった。
普段であってもアスカが室内にいる状態で平然とシャワーを浴びるシーマであったが、シャワーを浴びた後はキッチリとした軍服か、幾分かラフながらも部屋着を着て、髪もセットして戻ってくるのが常であるからだ。
つい先ほどまで思考の海に沈んでいたいたシーマは、アスカの声を聞いて自らの格好に気付いたがあえて気にするほどのことではないと切り捨てた。
「アスカ、ちょっとそこに座んな。話がある」
アスカの驚いた声を流してシーマはソファーに座り、テーブルを挟んだ対面へとアスカに座るよう促す。
「ハッ、はぁ」
アスカは格好以外にもどこか様子のおかしいシーマを怪訝に思いつつ、その指示に従って彼女の対面に座る。
「それでだ。ここ最近気になっていたんだがな・・・・・・ここが軍学校とはいえ今日は余暇日だ。休みの日くらいはあたしのことを『教官』と呼ぶ必要もないし、必要以上に硬い言葉も使う必要もない。入学前のような感じで楽にしていても構わん・・・・・・」
ここ数ヶ月間シーマを呼ぶ際には必ず「教官」という役職名を必ずつけるように意識していたアスカは一瞬迷う素ぶりを見せるもすぐに頷く。
「えぇ~っと・・・・・・それじゃあ、シーマさん・・・・・・あっ、教官のことシーマさんって呼ぶの久しぶりですね?シーマさん」
シーマの言うことに素直に従い、すぐに言葉遣いを改めるアスカを見て、シーマは歯痒い思いを抱く。
先ほどシャワー室内で行われた一人反省会の結果、シーマはアスカの自意識を高める意識改革が必要なのではないかという考えに至った。
そして、実技教練での行き過ぎた締め付けがアスカの態度の硬直化させ、シーマに対する服従を招き、結果として家事一切を任せても全く文句を言わなくなるほど自意識を抑え付けたのではないか?
ならば逆に締め付けを緩めてみるのはどうだろうか?
・・・・・・という単純な発想の末、まずは「教官」と「訓練生」という互いの立場を取り払うことで、少しはシーマに対する反骨精神を現すのではないかと意図した発言であった。
だが、目の前で嬉しそうにシーマの名前を呼ぶアスカからは彼女に対する敵愾心はいっさい感じられず、シーマは内心で頭を抱えたくなった。
「そうさねぇ、あの時はまだ1月の頭だったか・・・・・・どうだい?ここに入ってしばらくたったが、自分でもずいぶん変わったと思うだろう?」
シーマは内心の苦悩を表には出さず、話に続ける。
また、ここ数ヶ月のアスカの苦労と努力、そして自身の成長を自覚させることによって、彼の自意識の発現を少しでも促せれば・・・・・・という意図を含んだ発言でもある。
「そうですね。実技のほうはシーマさんの教導のおかげでかなり体力がついたと思いますよ。座学科目のほうもシーマさんに教えてもらったおかげでなんとかついていけてますし、なんていうか、シーマさんには申し訳ないくらいにお世話になってばかりですね」
シーマの思いとは裏腹に、アスカはシーマ賛美の発言を繰り返す。
「そんなにあたしを持ち上げたって何も出やしないよ?でも、おまえさんもいいかげんここの生活に慣れてきただろ?休みになる度にあたしのとこへ来てるが同部屋の連中とはどうなのさ?」
シーマは、このままの流れではアスカの意識改革など絶望的だと考え、彼のシーマ以外との交友関係に話を移そうする。
アスカがシーマ以外の人間にも広く目を向ければ、現在の彼女に対する従属状態に疑問を感じるのではないか、という意図があってのことだ。
「同部屋の人たちですか?えぇ、まぁ、皆良い人ですなんですけど・・・・・・ちょっと・・・・・・」
軍学校の宿舎は各4人部屋に詰め込まれ、寝食を共にするのが普通である。
アスカが毎週のように余暇日になるとシーマの元に訪れるが、彼の共同部屋における人間関係についてはあまり聞いたことはない。
言いよどむアスカの反応は、彼の共同部屋における人間関係に問題があるのでは?という邪推をシーマに抱かせた。
「いえ、僕の気のせいかもしれないんですけど・・・・・・」
シーマが見る限り、実技教練の時間においてアスカが周囲から隔意的な扱いを受けている様子は見当たらない。
むしろ、小柄な体格ながらも真面目に課題に取り組み要領もいいアスカは、彼と比較して年上しかいないMS兵装科の面々からは好意的に受け止められているような節さえ見受けられる。
しかし、宿舎における共同部屋での人間関係ではまた違った側面があるのかもしれない。
「なんだい?気に入らない奴でもいるってのかい?」
やけに引っ張るアスカの物言いにじれったくなったシーマが先を促すと、アスカはようやく決心したように、少し物憂げな様子で言葉を紡ぐ。
「なんていうか・・・・・・部屋で着替えるときとか、シャワーを浴びてるときに・・・・・・誰かの視線を感じるような気がして、落ち着かないんです」
「・・・・・・そうかい」
シーマはアスカの発言を聞いて呆れを含んだ一言をもらすのみであったが、同時に妙な納得も覚えた。
軍学校には、かなりの人数の女子訓練生も存在している。
しかしながら、その多くが女でありながら女を捨てているような連中である。
また、そうでない少数はそれにふさわしい少数の男とすぐに惹かれ合い、当然、あぶれた男子訓練生が大量にいるわけである。
その上、隔離された衛星基地において若い情欲を持て余した男共にとって、幼い顔つきで体格も華奢、声も高くボーイッシュな女子にも見えないこともないアスカの存在は、目に毒なのかもしれないことが容易に察せられたからだ。
ちなみに、士官学校時代のシーマは女でありながら女を捨てていたグループに属していたので、そういった視線を浴びた記憶はない。
シーマはアスカの告白を受けて少しイラっとしたが、彼の同部屋の人間についてはこれ以上触れないことにした。
そして、同時に今度からはシーマの部屋のシャワーを使っても良いとそっとアスカに伝えた。
これで全体の2/3くらいになる予定です。
本来は複座のザクに乗りながら、オリ主とシーマ様がなんだかんだとする話を目指していたんですが、いつの間にか話が逸れてMSは全く関係ない話になりそうです。
シーマ様の私生活がだらしがないなんて設定は原作には存在しませんが・・・・・・個人的にそうだったら良いな、と思ったので書いてしまった次第です。
軍事関係の設定で「あるわきゃーねェだろォォォーーーッッ」と感じる方がいるかもしれませんが、キャラクターを会話させる為の舞台設定を優先したらこのような感じになってしまいました。
シーマ様のサソリ座&占い趣味というのは「ギレンの野望」の戦闘敗北時の台詞より妄想。
誕生日は中の人がサソリ座だったのでそこから拝借しました。
「Zeo Net Channel」の名称も「ギレンの野望」の第二次降下作戦達成時のムービーより拝借しました。
シーマ様(の中の人)がニュースキャスター役をやっているので興味のある人は是非確かめてみてください。
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