宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ (榎月)
しおりを挟む

始動編
第一話


理想郷では夏月を名乗っておりますが、こちらでは榎月で登録させていただいております。これからよろしくお願いいたします。


??年??月??日 ????

 

 

「第三尾翼に被弾!」

「敵艦隊、後方10000宇宙キロにまで接近!」

「応急班からの応答がありません!」

「弾火薬庫、火災が止まりません! 温度が下がりません!」

 

 

絶え間なく上がってくる悲惨な情報に、彼女は耳を塞ぎたくなった。

報告してくる部下たちも今にも泣きそうな―――いや、血走った目と赤く腫らした頬を見れば、彼らが一度零れた涙を拭いて強がっていることは明白だ。

逃げても逃げても執念深くこちらの居場所を探し出して攻撃を仕掛けてくる追手に、辟易を通り越して絶望感が心を蝕んでいるのだ。

 

 

「どこまでもしつこい……そんなにこんなボロ船が憎いというの……!」

 

 

窓の外は被弾個所から噴き上がる黒煙で覆い尽くされ、艦を見下ろすことすらかなわない。艦橋構造物に歪みが発生しているのだろう、どこからともなく空気が漏れる音が聞こえてくる。

放っておいてもいずれ漂没することは確実な状態であろうことは敵も分かっているだろうに、それでも執拗に濡葉色の砲火を浴びせかけてくる。

 

 

「司令、すでに乗員の4割が死亡、或いは行方不明になっています。艦もこれ以上はもちません。もはや、本艦に為す術はなく……どうか、貴女だけでもお逃げください」

 

 

戦闘艦橋の中央に立つ青年が、淡々と告げる。

艦長としての威厳を最後まで保とうとしているのか声はいつもの調子だが、額に深く刻まれた皺が彼の内心を如実に表している。

それを理解したうえで、彼女は厳しい言葉を返した。

 

 

「逃げるってどこへ? 救難艇に乗って脱出したところで、敵に拿捕されるか撃沈されるのがオチだわ。貴方は私に、死よりも辛い目に遭ってでも生き延びろというの?」

「いえ……ですが、このまま貴女を死なせることだけはできません」

「そう思うのは貴方の勝手。でも、私は貴方達を残してこの船を手放すつもりは無いわ。それとも、私が脱出したらあいつらに降伏でもするつもり?」

 

 

まさか、と艦長は首を振って否定する。

彼には、とても感謝している。

行き先も分からない、生きて帰れる保証が全くない、片道切符の旅路に艦長として付き合ってくれるばかりか、こうして名ばかりの司令である私の身を案じてくれる。

こんな希望の見えない航海にも乗員たちの反乱が起きなかったのは、若干二十歳ながら指揮官としての才力に長けた彼のお陰と言っても過言ではないのだ。

でも、だからこそ、私は彼を見捨てて自分だけ逃げることなどできない。

 

 

「それに、全く手段がないわけじゃないわ。ひとつだけ、もしかしたらほんの少しの間だけかもしれないけど、確実に追手を撒く方法がある」

 

 

若い金髪の青年はすぐにその意味するところに思い至ったらしく、眉間の皺を更に深めて難色を示す。

 

 

「追手を撒く……まさか、連続無差別ワープですか? これだけ損傷の激しい状態で無理してワープインしても、無事にワープアウトできる保証はありません。最悪、次元の狭間に入ったきり閉じ込められて、永遠に彷徨うことになりかねません」

「ええ、そうね。でも、成功すれば高確率で敵はこちらを見失う。もちろん、私達も本来の目的地とはかけ離れた場所に行ってしまうけど、追手さえ振り切れば改めて目的地へ向かうことはできるはずよ」

「それがどれだけの博打か……聡明であらせられる殿下なら既にご承知のことかと思います。それでも、決断なさるのですか?」

「博打と言うなら、この航海自体がそもそも大博打よ? 今さらだわ」

 

 

失敗すれば次元の狭間で時の迷子、あるいは航行不能で宇宙の迷子。だが行わなければ、このまま宇宙の藻屑となる。

進退が既に極まっているならば、死中に活を求めるしかないではないか。

その若さに似合わぬ鋭い双眸が、私を値踏みするかのように見つめる。

それが数分だったのかそれともほんの数秒だったか、やがて艦長はゆっくりと片膝を付いて頭を垂れる。

気付けば、戦闘艦橋の誰もが手を止めて艦長に倣って臣下の礼を執っていた。

 

 

「……ならば、もはや何も申しますまい。我らクルーは一蓮托生、どこまでもお供致します」

「艦長、皆……ありがとう」

 

 

胸に手をあてて、臣下の気持ちを感謝の言葉とともに受け止める。

彼らはこの期においても、こんな私を王女として戴き続けてくれている。

ならば私も最後まで、彼らの上に君臨する一族の一人で在り続けよう。

私は眦を決して戦闘艦橋にいる全員を見渡し、大音声で下令した。

 

 

「現状を打破するには、危険を承知でそれでも飛び込まなければ、約束の地に辿り着く方法はない。我が忠良なる兵どもよ、貴方達の命、私に預けて欲しい。メインエンジン停止! ワープ準備にかかれ!」

 

 

 

 

 

 

無限に広がる大宇宙。

果ての見えない宇宙の片隅で、とある戦艦が2度目の沈没を迎えたのが3年前。

一人の男が一命を投げ打って救った地球は、久方ぶりの繁栄期を迎えていた。

母なる星は15年前の姿を取り戻し、もはや赤褐色の死相はどこにもない。

太陽は恵みの光をもたらし、白雲は恵みの雨をもたらす。

空と海は青く澄み渡り、陸には緑の植生が生い茂る。

動物たちは取り戻した本能のままに草原を駆け回り、鳥たちは自由の空を飛び回り、魚たちは大きな潮のうねりを身に浴びて泳ぎ回る。

人々は放射線に怯えることなく、暴走する太陽や上古以来の水の惑星に恐れを抱くこともなく、異星人の侵略に晒されることもなく、ただその希望の赴くままに生を謳歌した。

 

それは、なにもかもが懐かしい世界。

たとえそれが人工的に復元したもので、所詮はかつての地球を懐かしむ人間のノスタルジックな感情が成したものであったとしても、か弱い地球人類にはそれが必要だったのだ。

 

そして、懐古主義は往々にして人の心を目先の繁栄に向けさせ、その繁栄を守らんとする盾の存在を忘れさせてしまう。

ガミラス戦役からのガトランティス戦役までの2年間ですらそうなのだから、3年も経った今ならなおのこと。

 

ゆえに、ヤマトの名は人々の記憶から歴史の彼方へと消え去りつつあった。

 

 

 

 

 

 

2206年4月1日19時20分 アジア洲日本国 国立宇宙技術研究所

 

 

地球防衛軍名古屋基地内にある、国立宇宙技術研究所。

その地下3階にある資料室で、一人の青年が在りし日の戦艦の雄姿を映像で振り返っていた。

彼の視線の先には1台のノートパソコン。そこには、地球存亡の危機を幾度も救った不朽の名艦、宇宙戦艦ヤマトが映し出されている。

撮影されたのは2201年、白色彗星帝国の機動艦隊に対してヤマトが宇宙空母を率いて空襲を仕掛けた際に、止めの砲雷撃戦に挑んでいる映像だ。

映像は、ヤマトの右舷後方に陣取る空母の戦闘艦橋から撮っていたようだ。

ディスプレイに映っているヤマトはその背後に2隻の空母を従え、その艦載機とともに敵の艦隊へと砲撃をかけている。

ヤマトの前部に搭載された6門の主砲から、まばゆい閃光が放たれる。

衝撃波エネルギーが螺旋を描いて絡み合い、光る矢となって護衛する敵高速駆逐艦の艦首下部を直撃。白い爆発光が敵艦を包み込んだ。

 

ヤマトに随伴する宇宙空母も負けてはいない。地球防衛軍の空母は主力戦艦の後部を改装した形をしており、前部には三連装2基の主砲塔が搭載されている。射界は前方に限られているが、砲撃に参加することは可能だ。

6条の青い筋が現れては次々と彼我の空母を繋ぎ、敗走する敵空母を撃沈破していく。

 

こちらの空襲を生き延びた敵の直掩機が、せめて一矢報いんとばかりに追撃を振り切って迫ってくる。

ヤマトの左舷上空から接近してくる敵戦闘機群。

後にイーターⅡと呼称されるようになるその機体は、黄緑と白に塗り分けられている。

すかさずヤマトの煙突から矢継ぎ早に3発のミサイルが撃ち出され、ミサイルと正面衝突した機体は爆発四散した。

続いて一番副砲がその大きさに似合わぬ速さで旋回して一斉射。衝撃砲が直撃した機体は蒸散し、その左右の2機は至近を青い閃光が走っただけで全身から炎を吐きだしてよろめく。

 

彼は手元に開いた当時の戦闘詳報をめくり、頻繁に映像と誌面を交互に見比べる。

今度は右舷正横から3機が決死の突撃を仕掛ける。

体当たりして果てる気なのか、フルスピードでまっしぐらに突っ込んでくる。

ミサイルは間に合わないと判断したのか、右舷のパルスレーザー砲群が一斉に敵機に振り向き、青い火線で弾幕を張る。

片舷55門による光のカーテンに飛び込んだ敵機は、瞬時に機体を穴だらけにされて黒煙を引きながら針路を外れ、ヤマトの艦尾を通り過ぎた所で爆発した。

 

ヤマトの艦載機隊は雷撃隊に同行して逃走する空母を追撃している。

画面の中では味方空母の直掩機が頻りに周囲を飛び回っているが、いずれも母艦へ寄りつかないよう追い払うのが精いっぱいで、ヤマトの支援までは手が回っていないようだ。

 

それでも、空母機動部隊を統べる鋼鉄の巨艦は、その城郭のような古風な外観とは裏腹に――それとも、熟練した古参兵ゆえというべきか――矢面に立って攻撃を吸収し、空母を襲う敵機を一蹴していた。

 

 

「やっぱり……」

 

 

青年はぽつりと呟き、今度は資料室に備え付けのパネル画面に視線を移し、リモコンで映像を再生した。

冒頭のタイトルは「2201年・第一次第十一番惑星会戦」。

白色彗星帝国が第三外周艦隊に空爆を仕掛けた時の映像である。

 

同じ敵からの空襲でありながら、こちらはヤマトがいたにもかかわらず地球防衛軍側に損害が発生している。

近代化改装前だったヤマトは旧式のレーダーでは敵を追尾できなかったため対空攻撃を一切できず、後部カタパルトから発進した戦闘機もたった2機のデスバテーターに翻弄されていた。

先ほどの映像とは異なり、2隻の味方艦が紅蓮の炎を噴き黒煙を身に纏っている姿が痛々しい。

 

両方の映像をチラチラと見比べ、或いは一時停止をかける。

机の上に置いておいた史料を見直し、画像と照らし合わせる。

彼は常々疑問に思っていた事に確信を抱き、思考の海に深く沈みこんでいった。

だからだろうか。背後の扉が開いたことにも、室内に入ってきた人物が自分の背後に立ったことも彼は気付かなかった。

 

 

「篠田、もう6時を過ぎているぞ。いつまでここにいるつもりだ」

「うわっ! ……はぁ、所長ですか。驚かさないで下さいよ」

 

 

呼ばれた男―――篠田恭介が振り返ると、そこには腰に両手を当てて仁王立ちする50過ぎの男性。この研究所の所長、飯沼幸次だった。

 

 

「ははっ、スマンスマン。さて、もう就業時間はとっくに過ぎてる。ここはもう閉めるから、退出の準備をしろ」

「あぁ、もうそんな時間ですか。明日もここを使いますんで、ここにある資料はここに置いたままでよろしいですか?」

「別にかまわんが……史料だけは自分のロッカーに入れて鍵をかけておけ。一応防衛軍史料室からの借り物だからな」

「了解、すぐに出ます」

 

 

篠田は周りを手早く片付けると、所長と一緒に研究所を出た。

 

 

「……?」

 

 

自動ドアをくぐる際、篠田は視線を感じて左右を見渡す。

すると、警備室に詰めている警備員が横目で睨んでいるのに気がついた。

おおかた、二人の事を「退社時間を守らない迷惑な奴」とでも思っているのだろう。

残業を「しない」のではなく「させてくれない」とは、ここも変わったものだ。

 

 

「どうした篠田、なにかおかしいことでもあったか?」

 

 

隣を歩く所長が、独特のしゃがれた声で聞いてきた。どうやら、知らないうちに笑みがこぼれていたらしい。

篠田はかぶりを振って答えた。

 

 

「いえ所長、こうして夜が浅いうちに帰れることに、ふと感慨深くなってしまいまして」

 

 

何故だ、と所長は問いを重ねる。

 

 

「ここのところ、数年おきに地球が滅亡の危機に遭っていたじゃないですか。ガミラスに白色彗星帝国に暗黒星団帝国……」

「そして太陽の異常活動とアクエリアス、か。確かにそう考えると、こうしてのんびり家路につけるっていうのは、平穏ってものを実感するな」

 

 

二人して、怒涛の数年間を回顧する。

所長は短く刈りあげられた、白髪交じりの髪をかきあげる。つられて篠田も額にかかる焦げ茶色の前髪をかきあげると、暮れなずむ空が目に入った。

二人が見つめた空は夜の暗さを増し、西の方に僅かにオレンジ色が残るばかりだ。

それは、幼少の頃には当たり前の風景で、しかし一度は失われてしまったものだった。

穏やかに沈みゆく夕焼けの向こうに平和を再確認した二人は、思わずしんみりしてしまう。

 

 

「最近は大型船の依頼もありませんし、昔に比べて仕事が大分楽になりましたよ。就業時間が9時ー5時なんて、私がここに来た時には到底考えられませんでしたからね」

 

 

あの頃は皆、目が血走っていた。

17歳で宇宙戦士訓練学校を卒業して研究所所属になってからというもの、前触れも息つく暇もなく訪れる脅威に怯え、しかし自分が設計に携わった船がいつの日か憎きあいつらをやっつけてくれると、その一念だけで毎日徹夜に近い時間まで仕事をしたものだ。

勿論、設計したってすぐ形になる訳じゃないなんてことは承知の上。

でも、当時はそう思わなければやってられなかったのだ。

 

 

「最近は設計依頼も輸送船やら工作船やら後方支援用のものばかり、数もピーク時の半分程度。我々設計の領分としては、一区切りついたってところなんだろう。まぁ、何にせよゆっくりできるのは悪いことじゃない。心に余裕が出来ない事には本当にいい仕事はできないからな」

「しかし、そうなったらこの研究所も、お隣さんの南部重工工廠もいずれは規模縮小ですかね?」

 

 

国立宇宙技術研究所、通称宇宙技研は国、あるいは地球連邦政府の命を受けて、宇宙に関係する装備品について調査研究、考案、設計を行う。

一方で、試作したり実験を行うといった作業は民間業者――宇宙技研の場合、多くを南部重工に委託している。

つまり、宇宙技研が暇になるということは、そのまま南部重工の業績悪化に繋がるというわけだ。

 

 

「今のところは建艦ラッシュだから大丈夫だろうが、バブルがひと段落すればいずれそうなるだろう。南部さんとこは民間企業相手に軸足を移せばいいんだろうが……俺たちはどうだろうな。宮勤めだし技術職だからすぐに人員削減ってことはないのかもしれんが、肩たたきされる可能性は否定できないな」

 

 

所長はさも当然のことのように言う。まるで、自分はそうならないとでも言いたげだ。

 

 

「そうなったらどうしましょうかね……南部重工にでも天下りしますか。引越ししなくてもいいですし、給料も悪くなさそうですし」

「おいおい、俺はまだお前を手放す気は無いぞ。部下どもは皆優秀な人材ばかりだ、まだまだ地球の為に骨を折ってもらうさ。それに今、上と掛け合って大きな仕事を貰えるように交渉しているんだ。あと10年は食いっぱぐれないような、でかい仕事をな」

「そんな目的で宮仕えが上と仕事の交渉をしちゃっていいんですか?」

「馬鹿、一応は上からの依頼だよ。話を大きくしたのは俺だけどな」

「どんな仕事かって……聞いちゃまずいですよね」

 

 

こちらとしても食いっぱぐれるか否かの話、どのような仕事なのか気にならないといえば嘘だ。

とはいえこれでも国家の機密を預かる技術士官の身、Need to Knowの心得くらいはある。

 

 

「いや、別に構わんぞ。まだ口約束の段階だしな。そうだ、俺はこれからその打ち合わせに先方のお偉いさん方と飲みに行くんだが、篠田も来い。そうすりゃお前も分かる」

「え? でも私みたいな下っ端が同席してもよろしいんですか?」

「話が纏まれば研究所総出の大仕事になるんだ、喧伝する必要もないが隠す必要もない。それに、お前の性格からして喜んで参加するんじゃないか?お前が今一人でコソコソやってることとも関係があるんだぞ」

 

 

やはり、所長には自分が何をやっていたのかばれていたらしい。

所長本人に頼んで資料室から映像資料を借りてきてるんだから、当然か。

 

 

「はぁ、なんとなくですが話が見えてきました。それじゃ、先方がよろしければ私もご一緒させていただきます」

 

 

所長は応、と楽しそうに答えるとおもむろに携帯電話をかけ、「先方のお偉いさん」とやらに参加人数の追加を連絡した。

 

 

「ええ、ええ。あ、もう店に入ってるんスか。じゃあ、人数の追加を言っといてもらえますか。うちの部下なんですが。一人ッス。それじゃ、頼んます」

「……なんか、いやな予感がする」

 

 

「お偉いさん」にかけるにしては随分な口ぶりに、篠田は行き先に一抹の不安を感じ始めた。

 

 

「よし、じゃあ行くか。場所はいつもの『リキ屋』だ。もう向こうは到着しているようだから、少し速足で行くぞ」

 

 

先方を待たせているのに速足程度でいいのか、と問いかける勇気は篠田にはなかった。

 

 

 

 

 

 

 同日20時01分 メトロ・ジャパン名古屋基地駅前商店街

 

 

宇宙技研御用達の老舗居酒屋『リキ屋』は、基地から15分の名古屋基地駅前にある小さな飲み屋である。

他の大都市と違い、ガミラス戦役後の名古屋市の復興に関しては戦役の前に原状回復するというコンセプトで行われたため、店の小ささは昔のままらしい。

駅前商店街から一本入った小路の突き当りに赤提灯と暖簾がぶら下がっているさまは、ここだけ5世紀ほどタイムスリップしたのではないかと思わせる。

それはまさしく、日本の居酒屋デザインの王道にして完成形であった。

 

ガラガラと引き戸を開ける所長に続いて暖簾をくぐると、中は会社帰りのサラリーマンでごった返していた。アクエリアスの戦災から約3年が経つが、少なくとも名古屋においては戦前の活気が戻ってきているのだと実感させられる。

常連に基地の職員が多い為、見たことある顔もちらほら見受けられる。二人は顔見知りの大将に挨拶すると、奥の座敷へと進んだ。

 

 

「おーう、失礼するぜぃ」

 

 

所長はまたも軽いノリで、座敷の襖をスパーンと音を立てて開けた。

もう、ここまで失礼だともはや何も言えない。口元を引き攣らせる以外に、篠田は反応のしようがなかった。

ズカズカと上がり込む所長に続いておそるおそる座敷を覗き込む。

そこには、俺より若干年上と思われる、割と細めな体格をした角刈りの男性と、口髭をたくわえた禿頭の老人が差し向かいで酒を酌み交わしていた。

その二人が何者か理解した途端、篠田は中腰のまま硬直してしまった。

 

 

「お久しぶりです、飯沼教官殿」

「ようやく来たか、飯沼君」

「どうもどうも、しばらくぶりです。さっきも電話しましたが、うちの部下を一人連れてきました。おう篠田、挨拶しねぇか」

 

 

襖の前で唖然としていると、既に上着を脱いでくつろいでいた所長のダミ声が飛んできた。篠田は慌てて所長の隣に座して、ショックから抜け出せない頭のまま自己紹介した。

 

 

「あ、はい。国立宇宙技術研究所、宇宙艦艇装備研究部造船課技官の篠田恭介であります」

「前地球防衛軍司令長官、藤堂平九郎だ。もっとも、今は無位無官の単なるオブザーバーだがね」

「地球防衛軍科学局局長、真田志郎だ。同じ技術畑の人間だ、よろしく頼む」

 

 

地球防衛軍の元トップと地球を救った英雄の二人が、場末のしがない居酒屋で杯を交わしていたのだった。




まだ第一話ですので、物語はほとんど進んでいません。できるだけ早いペースで投稿して行きますので、評価・感想等お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話

年末ですが、できる限り投稿して行こうと思います。


2206年4月1日21時20分 名古屋基地駅前居酒屋『リキ屋』

 

 

姉さん、事件です。

 

いま俺は、地球防衛軍の前長官と酒を飲んでいます。

 

親父、見てるか?

 

隣には、地球を何度も救った不朽の名艦、宇宙戦艦ヤマトの副長さまがいらっしゃるんだぜ?

 

母さん、信じられるか?

 

藤堂前長官とウチの所長は同郷の顔なじみで、真田局長は所長が宇宙戦士訓練学校で技術科の講師をしていた頃の生徒なんだそうだ。

 

何より信じられないのは、そんだけ人脈を持っている所長がなんで地球防衛軍じゃなくて一国家の研究機関で所長をやっているのかってことなんだけどな。

 

 

 

 

 

 

「どうしたぁ篠田、手が止まっているぞ! 若いもんが進んで酒を飲まんでどうする!」

「……はい。いただきます」

 

 

そんな篠田の少々現実逃避じみた心の声なぞ露知らず、飯沼所長は空になった彼の徳利に酒を満たす。うわばみな篠田だからこそ今まで問題にはなっていないが、やっていることは完全なパワハラである。

 

 

「飯沼君は変わらんな、またそうやって全員酔い潰すつもりか? しかし篠田君、君もこいつの部下なら鍛えられてるんだろう?まぁ飲め飲め」

 

 

同じく御猪口を持った藤堂前長官は、止めるどころか便乗してはす向かいの席から徳利を持った手を伸ばしてくる。

愛想笑いをしながら酒を受け取る篠田だが、本心では「こんな合成酒じゃなくてたまには天然もののいい酒を飲みてぇな」などと不満たらたらである。

酒を飲ませてくる事自体を問題視していない時点で、彼もたいがい変わっているのだが。

 

 

「お前も厄介な人を上司に持ったものだな」

「はぁ……、ご理解いただき、痛み入ります」

 

 

隣でマイペースに酒をちびちびとなめていた、真田局長だけが同情してくれる。

同情するだけで助けてはくれなかった。

 

藤堂と真田が一足先に差し向かいで飲んでいたため、飯沼と篠田は空いてる席に座ることになった。

従って、篠田の正面には飯沼、右斜め前には藤堂、右隣には真田がいることになる。

つまり、押しの強い二人が彼の前面に立ちはだかっているのだ。

歳も立場も一番低い篠田としては、小っこくなって勧められるがままに杯を乾かすほかなかった。

 

 

「それで局長殿、合流してから1時間経ちますがずっと飲んでばかりなんですが。今日は打合せと聞いていますが、大丈夫なんですか? 御二人はいい感じに出来上がっちゃっていますけど」 

「別に直接の上司じゃないから、真田でかまわない。あの二人は会うのは久方ぶりなんだそうだ、大目に見てやれ。それに、」

 

 

真田さんが苦笑いしながら御猪口を持った手で前を指さすと、

 

 

「だから、無人戦艦を設計したのは俺じゃないと言っておろうが! 聞かれたって答えられんわ、設計したイタリアか局長の真田に聞け!」

「真田にはさんざん言われておるわ! 『血が通っていない』だ、『戦闘マシーン』だと。だからその後の戦艦は有人に戻っておるではないか!」

 

 

いつしか二人は、先輩後輩の垣根を越えて喧々囂々の議論をしていた。さっきまで中学生時代の暴露話をしていたはずなのだが……どういう経緯で今の話題に至ったのか、全く想像がつかなかった。

 

 

「羽目を外しているように見えて、なんだかんだでお二人はもう打合せを始めているんだよ。はは、さすが同郷の友だけあって、息ぴったりだな」

「では、今回の打ち合わせというのは、無人戦艦に関することですか?」

 

 

二人の会話から艦内要員に関することかと思って予想してみたが、真田さんはゆっくりと首を振った。

 

 

「いや、3年後から始まる環太陽系防衛力整備計画についてだ」

「それって地球連邦の重大政策じゃないですか。こんな防諜設備ゼロの居酒屋で話していいこと……というよりも、私がこの場に居合わせてよろしいのですか?」

 

 

真田さんはくいっと御猪口を呷って空にすると、まっすぐな視線で俺を射抜いた。

歴戦の戦士だけが持つ鋭い眼光に、篠田は酔いも忘れて緊張する。

 

 

「この場に呼ばれたということは、きっと所長はこの計画にお前が役に立つと判断したんだろう。ならば俺がどうこう言う必要はないさ。篠田といったな、お前最近何かやっているのか?」

 

 

最近やっている何か、というと、やはり自主残業のことだろうか。

確かに、最近は就業時間後に資料室に籠る日が続いている。もっとも、自分がやっているのはあくまで興味本位であって、それほどきちんとしたものではないのだが。

 

 

「そうだ篠田。お前が今残業してやっていることを説明してやれぇ」

 

 

このような場所で話していいのか躊躇ったが、そろそろ呂律が怪しくなってきた飯沼所長に促されて、篠田は躊躇いがちに口を開いた。

 

 

「所長が仰るなら申し上げますが……。個人的な興味ではありますが、防衛軍史料室から映像資料をお借りして、現用宇宙艦艇の艦体構造上の問題点を運用実態の面から検証しております」

「ほう、ガミラス戦役から対ディンギル戦までか。ヤマトの映像もか?」

「個人的興味でよくも史料室が貸し出してくれたな」

 

 

真田さんと藤堂前長官の疑問に、篠田は苦笑いして答える。

 

 

「そこは、所長が手を回してくださいましたので。今は主にヤマトの戦闘記録と、過去に行われた艦隊戦の記録を比較検討しております」

 

 

二人は顔を見合わせ、何かに納得したように頷いた。

 

 

「―――そうか。技術士官の目から見て、何か面白いことが分かったかな?」

「ヤマトの戦闘は基本的に一対多数のものであり艦隊決戦とは一概に比較しづらいのですが、私見ながらいくつか興味深いことが分かりました。しかし所長、それが環太陽系防衛力整備計画とどう関係するのですか?」

「篠田、そこは俺から説明しよう」

 

 

真田さんは一段声を低くした。

 

 

「ディンギル帝国との決戦で破れて以降、連邦政府が地球防衛艦隊の再建を急いでいることは、お前も設計畑の人間なら知っているだろう。現在進行中の、第三次環太陽系防衛力整備計画だ。現在、殆どの艦種の選考が終わって残るは第三次選考中の戦艦のみとなっている。中国が設計した案が主力艦級、オーストラリアがアンドロメダⅢ級の最有力候補となっているな。

問題は、3年後に始まる第四次整備計画で、どういったフネが採用されるかだ。建造が始まるのは6年後だが、艦の設計自体は計画がスタートするのと同時に行われる。そこまではいいか?」

 

 

篠田は黙って頷いた。

ガミラス戦役以降、地球連邦は数年おきに整備計画を更新し、それに基づいて世界各国は宇宙船を建造する形式を採っている。

ガミラス戦役までは各国が独自の基準で宇宙船を造っていたため混成艦隊を組む事が難しく、各国ごとに艦隊を編成せざるを得なかった。準同型艦で艦隊を編成するガミラスに太刀打ちできなかったのである。

 

第一次計画は戦況が急速に悪化した2197年に始まる。

当初は、戦時急増型の単一艦種を大量建造することによりコストを抑えつつ短期間で数を揃えることを主眼としていたが、イスカンダルから波動エンジンがもたらされたことで急遽、波動砲による大艦巨砲主義の思想を強めた設計に変更された。

この変更による時間の浪費が災いして、設計が終了する頃にはヤマトが太陽系からガミラスを一掃してしまっていたのだった。

第一次計画によって再編された地球防衛艦隊は、白色彗星帝国の襲来に際して勃発した土星決戦で艦隊を全滅させるという大金星を挙げた。

しかし、要塞都市の攻撃に敗れ、防衛艦隊は壊滅してしまう。

 

主力艦隊の喪失によって丸裸になった太陽系防衛線を早急に回復させたのが、ヤマトが帰還した直後に始まる第二次整備計画である。

第二次計画のコンセプトは「画一性と多様性の両立」であり、単一種の建造による大量生産と並行して、艦隊運動に必要な最低限の規格以外は各国の設計思想を反映させた個性的な艦の建造を認めた。

これによって様々な特徴を持つ宇宙戦艦がその性能を競うことで、軍事技術の向上を図ったである。

 

また、艦隊再編までの繋ぎとして、先行して無人戦艦の大量建造が行われた。

これは第一次整備計画の延長線上にあるもので、コンセプトはコストとリスクの削減、そして建造から運用までの徹底的効率化にあった。

もっとも、遠隔操作ゆえの弱点を暗黒星団帝国に突かれて壊滅してしまったのだが。

 

その間にようやく再編成った地球防衛艦隊も、アクエリアス接近に際して勃発したディンギル帝国との艦隊決戦において、ハイパー放射ミサイルと小ワープを巧みに組み合わせたディンギル艦隊の攻撃に防衛軍艦隊は成す術もなく三度全滅してしまう。

 

現在進行中の第三次整備計画は、三度に渡って壊滅した防衛軍の太陽系防衛ラインを復旧するために、急ピッチで行われている。

計画自体は2201年から始まっていたのだが、暗黒星団帝国とディンギル帝国の地球本土攻撃によって一度頓挫し、昨年になって一からやり直す形で再開されたのだ。

ちなみに日本案は、艦載機は2回連続で採用されているものの軍艦については悉く早い段階で選考落ちして、僅かに補助艦艇が数種類採用されたにとどまっている。

 

 

「第四次整備計画では、何としても日本が設計した艦を通す必要がある。幸いにも、日本案が早々に落ちたおかげで我らには十分な時間がある。今の内に十分な検討を重ねて、第四次整備計画には万全の態勢で臨む必要があるんだ。今日は、そのための打合わせなんだ」

「そこで、話をするのにお前がやってることが役に立つんじゃないかと思ってな。本当はもっと話が進んでからお前を使うつもりだったんだが、たまたま今日居合わせたから、折角だからということでこの場に連れてきたというわけだ。分かったかぁ、篠田」

「―――え、ええまぁ。一応は」

 

 

おぼろげながらも、話の全体像が見えてくる。

所長が言っていた「大きな仕事」とは、第四次整備計画に向けて今から軍艦の設計を始めるということだったのか。

 

 

「しかし、日本案を押してくださるのは当事者の身としてはありがたいのですが、地球連邦に直属しているお二人が日本を贔屓するのはいろいろとまずいのではないですか?」

「かまわん。どうせ今の委員会なんぞ国家間対立の縮図に過ぎん。3度の宇宙戦争と80億以上の犠牲者を出してもまだ懲りぬ馬鹿どものな。篠田、貴様は戦闘の映像を見たのであろう。艦の設計に携わる者として、従来の宇宙戦闘艦は過去の宇宙戦闘の教訓を生かした設計と言えるか?」

「それは……」

 

おもわず言葉が詰まる。

前長官の言うとおり、地球連邦の艦は決して宇宙戦闘に適した構造をしていない。

量産された艦は特に、だ。

ヤマトがその生涯を殆ど単艦行動で過ごしながら数々の功績を残したのに対して、連邦が量産した主力戦艦級やアンドロメダ級はあまりいい成績を残していない。

むしろやられ役と言っていいほどの有様である。

土方司令のような名将が指揮すれば戦術次第では土星決戦のような勝利もあるのだが、基本的には圧倒的という程の大敗を喫している。

これはもはや、指揮官の戦術どうこうだけでは解決できない致命的な問題点があるのではないか、と思う。

 

そして、何より一番の問題は、3度の大規模宇宙戦争を経た現在でも解決どころか問題視すらされていないということなのだ。

ガミラスも暗黒星団帝国もディンギル星団帝国も地球連邦に比べて圧倒的過ぎて、戦訓もへったくれもないということなのかもしれないが。

 

 

「藤堂さんも飯沼さんも、現在の流行に危惧を抱いている。俺もそうだ。科学局局長としても、一技官としても、実戦を経験した一宇宙戦士としてもな。だから第四次整備計画では、なんとしても過去の戦訓を正しく生かしたフネを造る必要がある」

「その受け皿が、顔馴染みの伝手がある日本というわけですか」

「勿論それもあるが、ヤマトを造った技術と経験が必要不可欠だ。私は、日本の建艦思想が一番正解に近いと確信しているのだ。武勲艦ヤマトという実例もあることだしな」

「話をまとめるとだなぁ。正しいフネを造るには、過去の戦訓をフネの設計に正しぃく反映させることが出来る技術者が必要ということだ。つまり、真田や俺ぇ、そしてお前のことだ。だかぁら、こーして真田と藤堂と酒を飲んでるわけだ。分かったかぁ、篠田」

「「「…………」」」

 

 

数瞬、唖然とした顔が3つ並ぶ。

またしても人の話をぶった切って所長が話を締めてしまった。

上手くまとめたつもりなのだろうが、「酒を飲んでいる」と言ってしまっている時点で色々と台無しである。

ああ、前長官も真田さんも口をあんぐりと開けてしまっているではないか。

 

 

「藤堂さん、少々飯沼さんに酒を飲ませすぎたのでは……?」

 

 

真田さんが、若干引き気味で藤堂さんに尋ねた。

 

 

「う、うむ。何せ久しぶりだったからの。忘れておったわ、こいつのたちの悪いところは、酔うと喋り上戸になるところだったわい……」

 

 

同じ量を飲んでいたはずの前長官は顔を少々赤らめただけだった。まさかこの人、相当な飲兵衛なのか。

 

 

「もしかして、もはやまともに打合せができないって状況ですか、これは」

「やって出来ないことはないだろうが、飯沼さんは覚えていないだろうな。次回は酒の無い場所でやりましょう。よろしいですね、藤堂さん」

「ああ、致し方ない。とりあえず、今日はこのままただの飲み会にしてしまうか」

「おうよ藤堂、今日は朝まで飲むぞぉ!」

「……まだ飲むんですか、藤堂さん、飯沼さん」

「泥酔した所長を介抱するのは私なんですが……。結局、私は何をすればいいんですかね?」

 

 

その後、途中で寝てしまった所長を除いた三人は本来の議題を忘れて深夜まで酒盛り三昧だった。

 

 

 

 

 

 

翌日。

気の早い鶏が鳴き始めた4時頃に帰宅した篠田はそのままベッドに倒れ込み。

頭痛と寒さに目が覚めたときには8時を過ぎていた。

 

 

「お、はよう、ございます……」

「おはよう……ってお前も二日酔いか?」

 

 

頭痛を堪えてなんとか遅刻ギリギリの時間に出社した篠田を見るなり、同僚の小川忠義が彼の昨日の動向を看破した。

開け放ったドアの前で息を切らす篠田の姿は髪がボサボサに乱れ、丸一日剃られていない髭は自己主張を始めている。シワシワの作業着に同じネクタイであることを考慮すれば、彼が徹夜で飲んでいたであろうことは丸分かりだった。

小川に気を使われながら会議室に入ると、手近の席にどっかりと座りこんだ。

 

 

「あー頭痛ぇ……仕事したくねぇ~~」

「ザルなお前が二日酔いって言うのは珍しいな」

「……というより、気疲れかな。家に帰って来てから一気に酔いが回った感じだよ」

「なんだか良く知らんがお疲れさん、と言っておけばいいのか?」

「ああ、ありがと……所長が来るまで寝かせてくれ」

 

 

そう言うなり突っ伏す篠田に、小川が意外そうな顔を向ける。「ああ、お前はまだ聞いてないのか」と呟きながら一人納得すると、何気なく言った。

 

 

「今日は所長、欠勤だぞ」

「…………何だって?」

「さっき奥さんから電話があったらしいぞ?昨日は一晩中飲んで、二日酔いなんだとさ。朝礼は宗形さんが代わりにやるって」

「……あの、くそ親父め」

 

 

人に飲ませるだけ飲ませて、自分だけズル休みしおって。

憎々しそうに呻いたきり、篠田はピクリとも動かなくなった。




早くも原作キャラ登場。しかし、肝心の宇宙人と宇宙戦艦は当分出てきません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話

ヤマトが好きです。でもアンドロメダはもっと好きです。


2206年4月12日13時05分 名古屋基地駅前居酒屋『リキ屋』

 

 

あれから10日余り。

 

あの日と同じメンツで、今度は居酒屋ランチを食べながらの打ち合わせとなった。

確かに今回は酒こそ出ないものの、前回グダグダになった店でやり直しというのもどうかと思わないでもない。

同僚からは「所長に昼飯を奢ってもらえるなんて」と言われたが、そんなに羨ましがるようなものじゃない。

自分以外は圧倒的にお偉い人が3人、狭い座敷の中でえらく陰謀めいたことを話し合っているのだ、傍から見たらさぞかし不審がられるだろう。

しかも、今回は何故か自分が質問小僧の立場になってしまっているので、前回よりも気を使ってしょうがない。

3人のご機嫌を窺いながら、話の流れを途切れさせないように、かつ議論がちゃんとまとまるようにしなければいけないのだ。

 

これではまるで、上司にゴマをすってヨイショするサラリーマンのようだ。一番事情を分かっていない人間が会議の司会をしたところで、いいことなどひとつもない。

望んでやっていることではない。だが先日のことを考えると、誰かが話の手綱を握っていないと互いの暴露大会に終始してしまいそうなのだ。

今もこうやって、何も知らない自分が質問をするという体で、明後日の方向に飛んでいきそうな話を整理して本筋に戻しているのである。

 

 

「そもそも、今までの整備計画ではどのようにしてそれぞれの艦が採用されていったのですか?」

「うむ、こないだの飲み会でも少し口を滑らせたが、委員会は所詮国家間対立の縮図に過ぎん。いや、そもそも地球連邦自体が国連をベースにしているのだから、その欠点が継承されてしまっている。つまりは、何もかもが多国間の利害調整の産物なのだよ」

 

 

そう話す藤堂前長官は鯖の味噌煮定食(市内にある養殖場からの直送モノ)を食べている。味噌は市販の合成加工品らしいが、大将の腕もあってか天然モノの味噌のように感じられるから不思議だ。

 

 

「いやまさか、いくらなんでも宇宙人から侵略を受けていながら自国の利益を狙っていたなんて、嘘でしょう?」

 

 

ガミラス襲来に際して、国際連合が発展的解消して地球連邦になったことは、宇宙戦士訓練学校の世界史で習ったので知っている。

だが、小学生の頃には既に国際連合が無くなってしまっていたため、政治的関心を以て国際連合を知る機会が無かったのだ。

 

 

「俺が記憶している限り、さすがにガミラス戦役のときはまだそのような傾向は殆どなかったんだがな。どうやら、冥王星基地を破壊して地球が直接被害を受けなくなった頃からそういう傾向が出てきたらしい。地球に帰ってきて科学局に初めて出勤した時は、場の空気がやけにギスギスしてたんでビックリしたもんだ」

 

 

真田さんが注文したのはカキフライ定食。養殖場から採れたての新鮮な養殖カキを使った贅沢な一品で、店のおすすめメニューになっている。

 

 

「地球が助かるかもしれないって希望が出てきたんで、欲が湧いたってことだ。地上は完全に壊滅していたから工業力の差は昔ほどではなくなっているし、地球防衛軍の創設に際して世界中で技術の共有が行われていたから、各国の技術も飛躍的に向上している。どこの国もが同じスタートラインに立っちまったんで、その分駆け引きが物凄かったらしい」

 

 

所長がガツガツと豪快にかっこんでいるのは、海鮮どんぶりだった。3人が揃いも揃って海の幸を頼むとは、結構な通なのかもしれない。

前回も先に2人が来ていたが、割とこの店にはよく来ているということなのだろう。

ちなみに篠田は養殖サケとイクラの親子どんぶりを注文したのだが、ほとんど手を付けないままお盆の上に放置されている。

 

 

「国力の差が以前より無い以上、周りより優位に立つ手段として国際事業の受注や世界基準の栄誉を得て名を上げることが重要になってきたんだ。そうすると、単純な比べっこでは済まなくなる」

「つまり、色んな駆け引きやら騙し合いやらの結果が今に繋がっているわけですか」

 

 

篠田は大きくため息をついた。

正直、知りたくはなかった真実ではある。

今でこそ少しずつ緩和されているものの、つい数年前までは厳重な情報統制が為されていて、御用メディアしか情報源が無かったのだ。

ましてや、本質的には設計図面オタクである篠田は、地球の危機は分かっても国際政治など全く興味なかった。

それが、さもご近所の噂を話すような口ぶりで「世界の真実」みたいなことをペラペラ喋られると、正直何と言ったらいいのか分からないのだ。

 

 

「しかし、艦の選定は委員会が熟慮の上で決定したものではありませんか。委員会には御二方も出席されているはずでしょう?」

「藤堂さんは日本案に賛成したさ。しかし、おそらくは多数派工作があったんだろう、多数決ばかりはどうしようもない」

「しかも、第一次整備計画が見直されたときに宇宙戦艦の世界基準として主力戦艦級が設定されたんだが、かつての先進国が納得しなくて委員会が紛糾してな。仕方なく当時議長だった私の権限で、先進国だけが参加できる特別級を設けたのだ。そうしたら、大国のプライドなのかどんどん話が膨れ上がって、金も時間もかかるフネになってしまったのだよ」

 

 

特別級とはほかでもない、アンドロメダ級のことだ。なるほど、だから白色彗星帝国が来たときに数が間に合わなかったのか。

まさか、僅か2年後に次の脅威がやってくるとは誰も想像しなかったのだろう。その辺は連邦政府も委員会も楽観的に考えていたのかもしれない。

 

 

「おそらくという言い方ですと、御二人には多数派工作はこなかったんですか」

「私は議長だったし、立ち位置としては中立だからな。あまり意味が無いと思ったのかもしれない」

「俺が局長になった時には既に決まっていたからな。第一次整備計画には一切関与してないんだ」

 

 

前長官は鯖をつまんでいた箸を一度置き、コップの中の水を一口飲んだ。

 

 

「だが、第一次整備計画まではまだいい。あれは従来の運用思想に無理やり波動砲戦をくっつけたようなものだからな。ガミラス艦隊に勝つことだけを目的としていたから対空兵装は殆ど無くて直掩機に頼りっぱなしだったし、戦略兵器や宇宙要塞の攻略を想定していなかった。拡散波動砲という対艦隊兵器を開発したくらいだから、今考えてみれば極端に偏った兵器だったと言える。第二次整備計画ではどうしようもなくなって、自由枠を造らざるを得なかった。その結果、ガミラス戦役のときのようにピンからキリまでさまざまな宇宙戦艦が出来上がってしまったんだ」

「その点ヤマトは、設計に携わった俺が言うのもなんだが、攻守のバランスがよく取れた艦だったと思う。対艦兵装こそ後の主力戦艦級と変わらないが、対空兵装は片舷55門と圧倒的、装甲も金に糸目をつけずに造ったから衝撃砲の直撃にも耐えられる強度になっていた。おまけに航空機の運用もできる、マルチロールな艦だったと言える」

「そういえば、私はヤマトの修理の時には気づかなかったのですが、ヤマトは当時の建艦思想からは大きく外れた艦ですね。これは何故なんですか?」

 

 

思い返せば、入所して最初の仕事は白色彗星帝国との戦いから帰還したヤマトの修理に関する細かい雑務だった。

初めての仕事で、しかも一ヶ月で修理を完了させるという無謀なスケジュールで一杯一杯だったため、当時は考えもしなかった事だが、今考えてみればヤマトは異端児といってもいい存在である。

 

 

「それは、ヤマトが元々ノアの箱舟として修理されていたからだな。ヤマトは本来、地球を脱出して移住先まで単艦でガミラスの包囲網を突破しなければいけなかった。地球を捨てることが前提だったから、もはやコストや費用対効果を考える必要もない。あらゆる可能性を鑑みて、搭載できるものを全て積み込んだワンオフのものだったんだ」

 

 

ヤマトの話題に話が移ったので、こちらからも質問を投げかけてみる。

 

 

「しかし、戦闘詳報と実績を鑑みるに、どう考えても主力戦艦級よりもヤマトの方が戦艦として優れているのに、連邦は何故ヤマト級を主力戦艦として採用しないのですか?」

 

 

これもまた、ビデオを観ていて思ったことだ。

言うまでもなく、ヤマトは数々の武勲を挙げ、幾度となく文字通り地球を救っている。

これは即ち、ヤマト級宇宙戦艦が地球外勢力との宇宙戦闘において有効である証拠だ。

ならば、何故ヤマト級を大量生産しないのか。

 

 

「アホか、篠田」

 

 

所長はそう言って、かっこんでいたどんぶりをトーンと良い音を立てて置いた。

飯に満足したのか俺に説教を垂れることが嬉しいのか、口元には笑みが浮かんでいる。

 

 

「真田が言ったように、単艦行動するのが目的ならばマルチロールもよかろう。しかし艦隊行動を取るにあたっては、役割に応じていくつかの艦種に分けられていた方が都合がいい。ヤマトは戦艦であり護衛艦であり空母であり工作艦であり、コスモクリーナーを運ぶ輸送船でもあった。それだけの役割を、たかだか300mに満たない船体に押し込めることができたのは奇跡だ。戦艦は戦艦の役割の身を全うした方が、フネの設計も無理がないんだ。そんなことも分からんで宇宙戦士訓練学校を卒業したのか、貴様は」

 

 

そんなことは、篠田とて理解している。しかし、ヤマトの大きすぎる功績を考えると、主砲と波動砲を撃つことしかできない主力戦艦を10隻造るよりも汎用艦であるヤマトを1隻再建したほうが効率的ではないかと思えてきてしまうのだ。

 

 

「確かに、今までの闘いはヤマトにそれだけの能力が備わっていたからこそ任務を全うできた。軍艦としての機能だけでなく輸送船としての設備があったから、コスモクリーナーもハイドロコスモジェン砲も運んでこられた。俺も、艦内工場があるヤマトに乗っていたからこそとっさの対応策を開発できたことは否定できない。だが本来、艦をクルーの判断で勝手に改造するなんてことはない。そういうのは上層部が決定するべき仕事だ」

 

 

俺が既に艦を降りている以上、艦内工場もそうそう使われることはないだろうしな、と真田さんは付け加えた。

 

 

「正直なところ、コストと時間がかかり過ぎるという事情もある。はっきりいってヤマトは量産には向かない艦だ。世界中で造れることが主力戦艦級の、先進国で造れることがアンドロメダ級の前提だから、白色彗星帝国襲来のときのように、建造が間に合わなくて敗北したというわけにはいかないんだ」

 

 

政治の話をすればな、と前長官が真田さんの話を継ぐ。

 

 

「いくら地球連邦という名を冠していようとも、所詮は国際連合の延長でしかない。東西対立は未だに完全には消えていないし、大国の都合と妥協が優先されている事も変わりはない。現に、主力戦艦級とアンドロメダ級が西側の船型船体案が採用された代わりに、小型艦は東側が好んで使う紡錘形のロケット型船体が採用されている。連邦の主要機関が日本にあるのだって、大国ながら西側にも東側にもあまり嫌われていない点が大きな理由だったからな。

で、ここからは推測でしかないのだが、日本に連邦の主だった機関が集中しているというのは、それだけで国際的には非常に大きなアドバンテージになっている。そこで、どこかでバランスを取らなければ日本の力が強過ぎることになる」

「そのバランスって、まさか!?」

 

 

思わず大声を出してしまう。

今の推測が正しいならば、日本ばかり美味しい目に逢うのは腹立たしいから、各国が示し合わせて日本案を握り潰したことになる。

 

 

「さぁ、真実は分からん。航空機に関しては依然として日本が有利を維持しているからな。……それすらもバランスなのかも知れんが」

「それなら、俺たちがどんなに良いフネを設計しても採用されることはないということですか?」

 

 

それなら、連日血を吐くような思いで線を引き続けたのは何だったんだ。

暗黒星団帝国襲来やアクエリアス接近のとき、私物を捨ててまで設計図を抱え込んで避難船に乗り込んだのは何だったのか。

 

 

「現状ならばそうだ。だから、私と真田君が腰を上げたんだ」

 

 

しかし、前長官が強い意志を込めて言った。

 

 

「それに、俺達の仕事が全く無駄だった訳でもないぞ。第二次整備計画の主力戦艦級、アメリカが自由枠で造ったアリゾナ級戦艦には日本の建艦思想の影響を受けている節がある。設計した奴らは頑として認めないだろうがな。だが、当然ながら基準というものがあるから、反映させるにしても限界がある。今の基準ではあれが限界なんだ」

「確か自由枠の基準は、主力戦艦級のスペックを基に決定するんでしたね」

「そのとおりだ。今選考中の主力戦艦級は、量産性と波動砲の性能にばかり目が行き過ぎて、艦の総合的なスペックは未だに地球外勢力に対抗しきれるものではない。ハイスペックな主力戦艦を大量生産して初めて、環太陽系防衛力整備計画はその趣旨を全うできるんだ」

 

 

……話の趣旨が大分読めてきた。

今の地球防衛艦隊は艦隊決戦に拘りすぎて、数と波動砲の性能に頼った戦略になっている。

しかし、地球外勢力と対等に渡り合うためには艦の総合性能と数を高いレベルに保たなければならないのだ。

そのためには、ヤマトの後継となり、しかも量産が可能な宇宙戦艦がなければならない。

 

 

「なるほど、それで所長は俺を呼んだというわけですか」

「ああ。お前は最近、ずーっとヤマトとにらめっこしてばかりだろう。お前なら、ヤマトの長所を活かしつつ量産化に向いた艦を思いつくんじゃないかと思ってな」

 

 

前長官と真田さんは俺達に、ダウングレード版ヤマトの設計を依頼しに来たということだ。

そんなの、願ったり叶ったりではないか。

 

 

「造船技師の良心のままにフネを造れるんだ、こんな面白いことはありゃしねぇだろう。そのかわりこれは俺達が勝手にやることだ、普段の仕事の外だから当然残業手当も出ねぇ。万が一失敗に終ったら、全て徒労に終わる可能性もある。それでもやるか?」

 

 

所長の言うとおり、リスクも高い。どんなにいいフネを造っても、今まで通り大国同士の対立に埋没する危険もある。いや、現状ではその可能性が高いだろう。

 

 

しかし、それでも。

 

 

「……やりましょう、所長。真に地球を守るフネを造って、くだらない駆け引きを続ける世界をあっと言わせてやりましょう!」

 

 

こんな造船技師冥利に尽きる話、みすみす逃すことなんて出来やしない。

久しぶりの胸躍る話に、篠田は年甲斐もなく興奮していた。




でも一番好きなのは波動実験艦武蔵だったりする。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話

昨日は投稿できなかったので二話連続投稿です


2206年6月10日 11時02分 アジア洲日本国 国立宇宙技術研究所

 

 

 

ヤマトのダウングレード版――要するに、量産型ヤマトである――を造るには、いくつか条件がある。

 

一つ、ヤマトの特徴を受け継いでいること。

一つ、ヤマトの欠点を克服していること。

一つ、量産性に優れていること。できれば、主力戦艦級並の生産性が好ましい。

一つ、最新の装備に随時換装できる柔軟性に優れていること。

一つ、人的、コスト的リスクを可能な限り抑えること。かといって、機械に人間が振り回されることがあってはならない。

 

以上が、前長官、真田さん、局長との打ち合わせ(いつの間にか、「リキ屋会談」などという名前がついていた)を4回行った末の大方針である。

特に最後の点については、俺と局長の「設計側」と、前長官と真田さんの「運用側」で意見が対立したところだ。

普通に考えれば、機械に任せたほうが物事の精度が高まるし、ヒューマンエラーも最小限に抑えられる。乗員の居住空間も小さくて済むし、空いた空間を他の用途にまわすことだってできる。

廊下を広くするも良し、緑化空間を設けるも良し、いっそ娯楽設備をつけたっていい。

乗組員の精神的安定を保つための工夫を凝らすことは、宇宙開発創成期からの永遠のテーマで、造艦技師ならば誰でも知っている常識だ。

リスクの軽減という観点からしても、当然行き着く考えである。

ところが、実際に宇宙戦艦に乗っていた真田さんに言わせると、「戦争は人がするもの」なのだそうだ。

 

 

「計器をずっと眺めているだけなどいうのは、戦争とは言わん。俺は戦艦を造りたいのであって、戦闘マシーンを造りたいのではない」

 

 

そう断言する真田さんの目には、意志だけではない何かが込められていた。ヤマトで技師長だった真田さんは4人の中で一番計器と向き合っているはずなのだが、そこは譲れないらしい。

 

 

「そもそも、海上戦艦の時には最大3000人もの乗員がいたのを150人足らずで運用できるようになっているんだ、十分だろう」

 

 

とは前長官の言。

結局、実際に使う側の意見を尊重することになったが……無人艦がいいとまでは言わないが、人口が激減した現状で戦艦という棺桶に入る人を増やすのはどうかと思う。過去の戦訓で、無人戦艦が刻々と進む戦況の変化に対応しきれないことは分かってはいるが、アンドロメダⅡ級のように旗艦が無人艦を遠隔操作する分には問題ないと思う。

 

ともかく、6回目となった今回の打ち合わせは、前回決めた大方針の詳細を詰めることになった。これが決まったところで研究所の面々に公開し、本格的な設計に入るわけだ。

そして、相変わらず俺は軌道修正の為の質問小僧に徹していて、基本的には3人が話をまわしている。

例えば前長官が、

 

 

「装甲は?」

 

 

と尋ねれば、

 

 

「水上戦艦大和の装甲と宇宙戦艦の標準的な装甲板を重ねて二重構造にしてある」

 

 

と所長が答える。すると真田さんが、

 

 

「量産型でそこまで手間とコストのかかる装甲はほぼ不可能だな……」

 

 

と分析する。終始こんな感じである。

このときの真田さんの説明によると、宇宙戦艦ヤマトの装甲は他の宇宙戦艦にはない特殊な構造で、大和が元来持っていた装甲に、地球防衛軍が正式採用している軽金属を主とした合金の装甲を重ねた複合装甲になっているらしい。

20世紀に戦艦が絶滅して以降、装甲に関する研究は鉄などの重金属からアルミニウムなどの軽金属を主体とした合金の装甲の開発にチェンジしていた。

軽くて丈夫な装甲は宇宙往還機の開発にも積極的に活用され、そのまま宇宙戦艦の装甲へと発展していく。波動エンジンがもたらされる前の貧弱なロケットエンジンでは、分厚くて重い装甲ではとてもじゃないが大気圏離脱はできなかったのだ。

 

そういった事情により、昔ながらの重金属を主体とした装甲は一層衰退した。現在でも技術こそあるものの、主力戦艦の全てを賄うほどの生産ラインは無い。

ヤマトの場合は元になった大和の装甲を流用し、シブヤン海に沈んでいた姉妹艦武蔵を引き揚げて解体し、修理用材にしているそうだ。

ちなみに、世界中に沈んでいた船の残骸はガミラス戦役の時に殆どが回収され、地下都市の建築用材などに姿を変えてしまったようだ。ヤマトのように宇宙戦艦の素材として再利用可能なものはほぼゼロだとのことだ。

一方、宇宙に目を向ければ、太陽系内惑星からの採掘は勿論のこと、3度の宇宙戦争で破棄されたまま漂流している彼我の宇宙戦闘艦を回収すれば、手っ取り早く大量に軽金属が取れる。当分の間は軽金属による装甲は主流でありつづけるのだろう。

 

 

閑話休題。

 

さすがに話が機密に触れる可能性が出てきたので、今回の打ち合わせは研究所内の一室を貸し切って行っている。

資料が必要ならすぐ取りに戻れるし便利といえば便利なのだが、非公式とはいえ藤堂平九郎前地球防衛軍司令官と真田志郎地球防衛軍技術局長が来ているのだ、職員の動揺っぷりったらない。

そして当然ながら、同僚からは何故俺がこの場に呼ばれているのか訝しがられている。もうすぐ話せる日が来るから勘弁してもらいたい。

というわけで今回も、最初は話が進み、そしてどんどん脱線していったのだが……。

 

 

「そういえば、対艦戦闘能力に関していえば差は無いんだったな……」

 

 

前長官の呟きが、気まずい雰囲気の部屋に響く。

 

 

「そりゃ、ヤマトの衝撃砲を改良したのが主力戦艦級やアンドロメダ級に採用されてますからね……」

「ミサイルも統一規格品だし、違いといえば搭載数と発射管の数くらいか」

 

 

真田さんも諦めたような口調で言葉を漏らした。

 

 

「まぁ六方向全てに発射管があるのは特徴といえば特徴だが、さすがにそれだけというのもなぁ」

 

 

背伸びをして背もたれをギシリと軋ませながら、ため息交じりに所長。

 

 

「波動砲についてはどうなんですか、真田さん?」

「経験で言うと、対要塞戦という点では収束砲のほうが効果は高いが、散開している敵艦隊に対しては拡散波動砲による面制圧のほうが効率的だろう。子弾は一発ごとの威力こそ及ばないが戦闘不能にするには十分な性能を持っているからな」

「……当たれば、だがな」

「ディンギル艦隊との決戦のときの事を言ってるんですか?」

「そうだ。大型モニターで戦闘をリアルタイムで見てたんだが、あれには見ていた全員が唖然としたものだ」

 

 

そう言ったきり、沈黙が場を支配する。

11時半現在、ここにきて話は行き詰っている。

ヤマトの特徴を挙げるのに、主力戦艦級との比較をしていこうという話の流れになったのだが、いざ違いを挙げるといっても、意外と出てこない。

対艦攻撃力の議題に至っては、ヤマトの方が劣っているとまで言い出す始末である。

不思議なことだが、ヤマトは敵艦隊をいくつも破った実績を持ちながら、対艦攻撃力そのものについては特に優れている点はない。

修理・改装のたびに最新の装備に換装しているものの、他の艦よりもずば抜けて強い訳でもないのだ。

地球防衛軍の建艦思想は、根本的には敵艦隊の撃滅を至上目的としたものである。

したがって対艦攻撃力の向上には力を入れていて、衝撃砲の威力や射程の伸長、波動砲の性能向上などは最優先で研究されていた。拡散波動砲や拡大波動砲がいち早く実戦配備されたのも、まさにそのおかげである。

要するに、ヤマトの功績は主砲の威力以外に依るということになるのだ。

 

 

「威力以外ということなら、命中率のほうはどうだ?集弾率や発射速度からは何か言えないか?どうなんだ真田君、飯沼君」

「命中率についてはなんとも言えません。ヤマトの射撃指揮装置は性能としては主力戦艦と同等ですが、こちらには南部という天才がいましたから」

「衝撃砲の発射速度はエネルギーの回復速度に反比例して短くなるのは確かだが、それほど大きく変わるわけじゃない。アンドロメダ、アンドロメダⅡ級はヤマトより優秀なエンジンを持っていたが、速射性に決定的な差があるとまではいえないな」

 

 

二人の見解に俺も補足する。

 

 

「映像を見る限り、ガミラスや白色彗星帝国の艦ともそれほど違いはありませんから、速射性能の違いが決定的な差ではないと思います」

「集弾率は?」

「これも単純な比較はできないですね。藤堂さんは知っていると思いますが、衝撃砲というのは、実体弾と同じで発射した際に隣接する弾――この場合は衝撃波ですが、それの影響を受けて弾道が変化します。特に収束率の悪い初期の砲だと、衝撃波が一本に合流してしまう例もありましたし、射撃統制戦を行う場合、どうしても互いに干渉しあって微妙に弾道が狂ってしまうんです。その点ヤマトは単艦行動でしたから、衝撃波が合流してしまう事は別として、他艦の干渉を受けないので散布界はそれほど悪くないんですよ」

「ビデオを見ての印象論ですが、射撃統制戦でも距離や陣形によって命中率が変わるような気がします。ソリッド隊形や波動砲戦隊形のような密集した陣形よりも、単縦陣やウィング隊形のような隊列の方が弾道のズレが少ないですね。前者の例が彗星都市本体への砲撃戦、後者の例がその前に起きた土星決戦の際に土方司令が敵艦隊に罠をかけた後の掃討戦です」

「それでは、対艦攻撃力については変更なしだな」

 

 

これ以上は議論が深まらない、とばかりに3人とも頷いた。

 

 

「それでは、次は対空攻撃力か」

「これは言うまでもないだろう。ヤマトの対空攻撃力は、大和の伝統を受け継いでハリネズミの装備だ。というより他の戦艦が少な過ぎなんだ。いくら空襲で撃沈された先例が無いからと言って、あそこまで少ないのは異常だろう」

「地球にいたときは分からなかったのですが、ガミラスは航空機の運用に優れた国でした。デスラー戦法のような、至近距離からの多方向同時攻撃は、とてもじゃないが迎撃ミサイルだけでは対応しきれません。今の主力戦艦級では到底実戦には耐えられない」

「私も御二人と同意見です、前長官。土星決戦の折、航空機の脅威を正しく認識していたからこそ、土方司令はヤマトと宇宙空母に機動部隊への奇襲を命じたのではないでしょうか」

 

 

その通りだ篠田、と真田さんは同意する。

 

 

「ただし藤堂さん。篠田の意見に付け加えるなら、ヤマトを含め地球の船のパルスレーザーは射角が水平以上と限定されており、下方からの攻撃には非常に脆弱です。過去にはデスラーに下部艦載機発進口を狙い撃ちされたこともありますから」

 

 

真田さんの言っている事が、俺にはすぐにピンときた。

ヤマトがテレザート星から地球に帰還する直前、デスラー艦隊に包囲されて止む無く白兵戦を挑んだ時のことであろう。

 

 

「というより、ヤマトに限らず殆どのフネの下部には火器がミサイル発射管しか無いですね。やはりこれは水上船時代の名残ですか?」

「あと、宇宙開発初期の宇宙往還機が大気圏突入を想定して底面を平らにして耐熱タイルを張り巡らせていた名残だな。今でもパルスレーザーの防盾の脆弱な装甲では露出したままではさすがに大気圏の摩擦熱と衝撃波には耐えきれない。主砲塔は耐えられるんだがな」

「それでは、ヤマトはどうやって下方からの敵に対処したのかね?」

「沖田艦長のときはロールをしたり敵の下に潜り込んだりして、常に敵に腹側を見せないように操艦するよう指示したんです。ただ、このやり方は目まぐるしく上下が入れ替わりますので、ひとりふたりの飛行機ならともかく、100人以上乗り込んでいる戦艦でやることじゃないです。古代や南部が非常にやりにくそうにしていました。古代が艦長代理をしていたときは、早期発見を徹底させることでこちらに有利な体勢で戦闘を始めるようにしていたように思います。ただ、それでもデスラー戦法に手の打ちようがありません。やはり、対空砲火に死角を作らない事が一番です」

 

 

ガミラス戦役の際は、レーダーの性能が今より悪かった事、敵が幾重にも罠を張って待ち受けていた事等の理由から、その場その場での対処しかできなかったが、白色彗星帝国戦の前に施した改装の御蔭で、コスモタイガー隊を発進させて二重三重の防空圏を形成することが出来たというわけだ。

 

 

「飯沼、なんとかならんか?」

 

 

前長官は、5つの星系国家との戦いを通して急速に発達した現在なら船体下部にも設置できるのではないか、と言外に問うた。

 

 

「うーん、現状では無理だな……。他の星の技術を組み合わせればあるいは何とかなるかも知れんが、やつらの技術はまだ解析途中のものが数多い。それは今後の課題にしよう、今すぐは考えが浮かばん」

「解析は科学局で進めています。成果は随時公開していきますが、私も使える技術が見つかったらすぐに飯沼さんに伝えることにしましょう」

「その件は真田君に任せよう。……お、もうこんな時間か。そろそろ昼食の時間だな」

 

 

藤堂前長官は俺らを見渡すと、懐からメモ帳を取りだした。最後のページを捲り、何やら書き込んでいく。

 

 

「ヤマトの特徴についてのまとめだが……今までの話を要約すると、現在の主力戦艦と比べた場合、対艦攻撃力は同等、波動砲は向こうの方が面制圧に効果的、勝っているのは対空攻撃力と装甲に優れている点しか違いがないのだが、それでいいのか?」

「いえ、前長官。もうひとつあります」

 

 

話を纏めようとする前長官を遮った。今まで自分の意見を全く言ってこなかった人間がここにきて意見を言おうとしているのがよほど意外だったのか、三人とも鳩が豆鉄砲を食らったような表情でこちらを見ている。

だが俺は、ただの司会者としてこの場にいるわけではない。

真田さんとは違う、第三者の視点で地球防衛軍の戦闘を分析した者として参加しているのだ。

だから自信を持って、堂々と言った。

 

 

「ヤマトの大きな特徴……それは、航空機運用能力です」




オリ主、ようやく出番です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話

今年ももうすぐ終わりですねぇ


2206年6月10日 11時52分 アジア洲日本国 国立宇宙技術研究所

 

 

「宇宙空母も戦闘機と雷撃機を搭載していたが?」

「アンドロメダ級も代々飛行機を搭載していますね」

「いまどき駆逐艦だって輸送船だって搭載しているぞ。そんなことも宇宙戦士訓練学校で習わなかったのか、篠田。クビにするぞ」

 

 

勿体ぶった言い回しをしたのが原因か。それとも上司の言葉を遮ったからなのか。大事なことを言ったはずなのに、篠田は上司3人に総スカンを食らっていた。

 

 

「前長官殿はともかく、真田さんと所長はからかってますよね?」

「俺は藤堂さんに合わせただけだが」

「偉そうなこと言いやがるからだ。何を調子乗ってるんだお前」

「いやいやいや、本当ですって! 本当に艦載機の存在が重要なんですよ。戦艦の打撃力と艦載機の柔軟性が大事なんです!」

「しかし篠田、戦艦と空母のハイブリットは衛星基地が回復して環太陽系防衛圏が復興されるまでの繋ぎの策だったものだぞ。現在の防衛軍のドクトリンでは、宙域の防衛には空母機動部隊ではなく、基地航空隊と防衛艦隊の連携を前提としているんだ」

 

 

たしかに地球防衛軍では、ガミラス戦役の当時から伝統的に航空隊と防衛艦隊は所属を異としている。これは地球防衛軍が各国の陸海空軍を統合して誕生しており、従って防衛軍の航空隊は空軍、艦隊は海軍の伝統を受け継いでいるからである。要するに、海軍と空軍の縄張り意識がそのまんま残っているというわけだ。

ちなみに対ガトランティス戦の際に参戦していた5隻の宇宙空母は、地球防衛軍結成前から空母を建造・運用していた米、英、仏、露が建造して運用していたものである。つまり、海上空母の運用システムを丸ごと宇宙に上げたというわけだ。その後の戦争も生き延びた幸運艦3隻は現在、艦載機運用能力の向上のためにアングルド・デッキを設置する改装工事を行っている。

 

 

「確かにそうです、前長官。しかし、ヤマトは実際に多大な戦果をあげています」

「確かに中隊規模の航空機を運用できるのはヤマトの大きな特徴だし、過去にヤマトと艦載機隊の連携が大きな戦果をあげたのも事実だ。しかし、それはヤマトという特殊な船が単艦行動という特殊な行動を取っていたからこそ役に立ったんだ。艦隊を組む上でわざわざ航空戦艦を大量生産する必要性はない。艦載機隊を作るにしても、戦艦打撃部隊と空母機動部隊を別個に編成したほうが、運用効率もいいし作戦の幅は広がる」

「真田の言うとおりだ。篠田、お前ヤマトの映像を見過ぎてあれを全ての基準にしちまっているだろう」

 

 

3人が口々に、宇宙戦艦が艦載機隊を持つ事を否定してくる。篠田には、真田が反対意見を言ってくることが意外だった。ヤマトに乗っていた彼なら分かってくれると思っていたのだが、まさか一般的な戦略論で反論してくるとは思わなかった。

しかし、こちらだって言い分はあるのだ。

 

 

「地球防衛艦隊は緊急時に招集されるもので、普段は小艦隊で太陽系外周の警備や宙賊の取り締まりに当たっていますよね。土星基地のような軍港と飛行場を備えた大規模駐屯地ならともかく、第11番惑星の公転軌道上のような、基地からの援軍が来るには遠く離れた場所では、ヤマトのような多機能艦の方が良いではないでしょうか」

「それにしても、空母を1隻つければ十分だ。わざわざ戦艦とニコイチする必要があるとまでは言えんな」

 

 

前長官はそう言うが、篠田が調べた限り、そもそも地球防衛軍にまともな正規空母がいた試しが無い。現状で空母を新たに造ろうと思えば、既存の宇宙空母の構造が本当に宇宙空間における航空機の運用に適しているのか検証するところから始めなければならないのだ。

 

 

「外周艦隊は、ワープアウトしてきた敵勢力と出会い頭に接触する可能性が高いものでしょう。もし外周艦隊が敵艦隊と遭遇したとき、空母は航空機を吐き出しながら単艦で尻尾を巻いて逃げるのですか? 駆逐艦を随伴に付ければそれだけ戦力ダウンになります。どちらにせよ撃沈されるのが早いか遅いかの違いでしかありません。ならいっそ、空母も艦隊戦に参加した方がマシでしょう。そのためには、空母も戦艦並みの対艦攻撃力を持っているべきです」

 

 

俺の脳裏にあったのは、第二次世界大戦で戦艦が空母を追い詰めた数少ない例である、差マール沖海戦のことだった。

1944年、フィリピンを奪還しに大規模な攻勢をしかけた米軍に対して、日本軍はレイテ島に上陸中の陸上部隊および輸送船団を撃滅するべく、捷一号を発動。幾度となく遅い来る航空機と潜水艦の雷撃を突破してサマール沖に到達した日本艦隊は、友軍の上陸を支援していた護衛空母群に遭遇する。

これを空母機動部隊と誤認した日本艦隊は攻撃を仕掛けるが、補助艦艇と護衛空母ばかりの米艦隊は煙幕を張ってスコールの中へ逃げ込むしかなかったのだ。

 

 

「だから、戦艦に艦載機隊をつけるべきだと?」

「ええ、真田さん。少なくとも、外周警備の任務にあたる艦隊はそうあるべきではないかと」

「篠田ぁ、航空戦艦が実用的でないことは、俺らの御先祖様が既に証明してしまっているんだぞ。今ある宇宙空母は設計期間の短縮のためにああいう形になったが、わざわざ設計して新造するのはアホらしいだろ」

 

 

所長が言っているのは、20世紀の日本が保有していた航空戦艦伊勢・日向の事だ。

ミッドウェー海戦で正規空母4隻を失った日本は、航空戦力を補完するために在来の艦船を空母に改装する案が企画された。丁度第5砲塔が爆発事故を起こしていた日向と姉妹艦の伊勢が抜擢され、後部艦橋より後ろを飛行甲板に改装した、海軍史上最初で最後の航空戦艦が誕生したのだった。

実際には伊勢・日向は航空機を搭載した状態で実戦に参加した事は無かったので、航空戦艦が真実のところ役に立つのか立たないのかは、証明できていない。ただ、戦後に繰り広げられた議論では、航空戦艦は戦艦と空母、双方の長所を打ち消す存在であるだろうというのが大勢であった。戦艦として扱うには航空燃料のタンクや艦載機用弾火薬庫に着弾した場合非常に危険であり、空母として運用するには飛行甲板が短く、また上部構造物や主砲が発着艦を困難にするというのだ。ただ、空母と戦艦の両方を運用する能力がない国の場合は、用途を限定すれば有効に活用できるという説もある。

 

 

「いえ、所長。確かに地球では航空戦艦は否定的な評価が主流ですが、他の星ではそうでもありませんよ。ガミラスは多段層空母と戦闘空母の両方を所有していましたし、ガルマン・ガミラスになってからは更に発展・量産していました。暗黒星団帝国にもボラー連邦にも戦闘空母と同じ機能を持った船があります」

「確かに、デスラーは過去に戦闘空母を乗艦にしていた事があったな……。そう考えると、本格的な空母を持っていない地球の方が遅れているのか?」

 

 

真田さんはそういって眉間に皺を寄せる。さすがの真田さんも、地球で否定されている考えが他の星では広く採用されていることに戸惑っているようだった。前長官も所長も、腕を組んで瞼を閉じ、思考を巡らせている。

 

 

「しかしな、篠田。極端な言い方をすれば、空母というのは侵略兵器だ。他星系へ進出する意図がない地球人が持つと、挑発行為と受け取られかねないんじゃないか?」

「それは相手の受け取り方次第だから分かりませんが、地球と違って星間国家の間では空母は一般的な存在のようですし、むしろ先進国として対等に見られるようになるんじゃないですか?」

「……どう思う、真田君」

「空母を建造したくらいでは、相手方が態度を変えるという事は無いでしょう。遊星爆弾や要塞ゴルバのような戦略兵器を造らない限り、抑止力にはなりません。ただ、飯沼さんが仰るような空母=侵略兵器というのも大分昔の考えですね」

 

 

所長は苦々しい顔をして「悪かったな、昔の人間でよ」とひとりごちると、眉をひそめたままそっぽを向いてしまった。

……そして再び、沈黙が場を支配する。規則的な音を立てる壁掛け時計の短針は既にてっぺんを越え、背後のドアの外は昼食に出かける職員の声で溢れている。空気の悪さに耐えられず視線をさまよわせると、正面の壁にかかっている一枚の油絵に目が止まった。

ガミラス戦役前の名古屋の夕景を描いたものと思われるその絵は、今の景色と殆ど変わらぬ、しかしアートナイフ独特の掠れたタッチは何か記憶の中の景色と似た儚さを思わせる。

 

 

 

--――俺が地下に潜る前に最後に見たのも、この絵のような真っ赤な夕焼け空だった。

当時小学校4年生だった2194年、住んでいた東京が遊星爆弾の着弾を受けた。日も暮れようという時間に、南西の空から禍々しい火の玉が落ちてきたのだ。軌道上防衛システムも監視システムも半壊し、遊星爆弾を防ぐ術も事前に探知する術も失って世界規模で放射線による汚染が進むなか、日本にはまだ遊星爆弾が着弾しておらず初めての東京着弾に民衆はパニックに陥る。

黄昏時の空に一際明るく光る金星の如く、大気圏を突き破って赤く発熱した遊星爆弾はオレンジ色の夕焼けすら霞むほどの強烈な輝きをみせる。響くサイレン。あちこちから湧き上がる怒号と悲鳴。

有楽町に来ていたうちの家族も、建設半ばの地下都市へ避難する最中に人込みに揉まれてバラバラにはぐれてしまった。地上から続々と流れ込んでくる人波に留まる事も転ぶことすらも叶わず、地につかない足をばたつかせながら地下へ地下へと押しやられていく。多分、あの時俺は窒息して気絶していたと思う。

そして気づいたときには、俺は地下都市内の病院にいた。大きくなってから分かった事だが、そのとき俺は3000ミリシーベルトもの放射線を浴び、集中治療室に収容されて放射性物質で汚染された全身の洗浄、抗生剤の投与と成分輸血を受けていたのだそうだ。

集中治療室での1年に渡る治療の間、両親も姉も見舞いには来なかった。来たのはごつい放射線防護服に身を包んだ看護士と、地下街で倒れていた放射性物質まみれの俺を病院まで運んでくれたという見知らぬ女性と、その娘である俺のひとつ下にあたる女の子だけだった。

おそらくは、父さんも母さんも3つ上の姉さんも、避難路へなだれ込む人込みの中で何らかの原因で死んだのだろう。実際、あれ以降篠田の姓を名乗るのは俺だけになってしまった。

だからだろうか。家族が揃っていた最後の瞬間の情景、沈む夕陽に染まる高層ビル群を見る度に思い出してしまう。今や家族がいない時間の方が長くなってしまったというのに、あのときから全く成長できていない。

 

 

「仕方ない、戦艦にするか航空戦艦にするかの決断は先送りすることにする。今はまだ大方針を策定する段階だ、今後もっと細かく検討していけばその辺りはおのずと決まるだろう。それでいいな、3人とも」

 

 

過去の古傷が疼いている間に、だいぶ時間が経ってしまったようだ。藤堂前長官が改めて話を締めにかかったので、とりあえず頷いた。航空戦艦は俺の持論ではあるが、一番下っ端の立場ゆえ、これ以上のごり押しはできない。戦艦と航空機の連携の重要さを認識してもらっただけでも儲けものと考えておこう。

 

 

「私は今日の打合わせを基に、日本政府に正式な陳情書を提出する。この話は総理も既に了承済みだから、2ヶ月もすればここに正式な命令書が来るだろう。本当に忙しくなるのはこれからだ。頼むぞ、諸君」

 

 

「さぁて、飯にするか」と言いながら所長が立ち上がり、ゆっくりと背伸びをする。真田さんも立ち上がり、「またリキ屋にしますか?」と所長に話しかけている。手元のメモを片付けていると藤堂前長官が「篠田君」と話しかけてきた。とりあえず、頭を下げて謝罪しておく。

 

 

「先程は立場も弁えず、生意気を言ってしまいました。申し訳ありません」

「構わないぞ、篠田君。君には意見を言ってもらうために来てもらっているんだ、むしろこれからもどんどん言ってくれたまえ。それで、先程の航空戦艦の件なんだがな」

 

 

藤堂前長官が正面に立ち、まっすぐ俺を見てくる。一番難色を示していたからな、やっぱり怒られるか?

 

 

「今のままでは判断するには情報が足りない。そこで、20世紀から今までの航空戦艦について調べてきて、今度また打合わせするときに報告してくれんか? それを基に、今度は研究所全体での議論をやろう。そうすれば、きっといい結果になる」

「それはありがたいのですが……ただでさえ越権行為なのに、これ以上やったら史料室の連中に怒られませんか?あまり一技官があれこれやると……」

「なに、かまわんさ。地球が落ち着いてまだ3年しか経っていないんだ、史料室はまだガミラス戦役の資料とにらめっこしていて他のことに構ってられないのだよ。その証拠に、ガトランティス戦役の映像資料だって飯沼君を通したらあっさり出てきただろう? まだ機密レベルの再指定が全く進んでいないから、逆に民間人でない限り比較的自由に入手できる。彼らの邪魔にならなければ、何をやっても問題ないということだ」

 

 

「戦後の混乱という奴だよ」と言うと、藤堂前長官はネクタイを軽く緩めた。眉間に寄っていた皺が緩み、眉が柔らかくなる。

 

 

「造船技師の君達が、真に造りたいものを徹底的にやってくれたまえ。もちろん、それがそのまま地球防衛軍に採用されるとは限らないが、少なくとも何かしらの財産になって将来の為の試金石になることは間違いない。そのためには労を惜しむな。時間を惜しむな。研究を惜しむな。……今しかできないことだ、頑張りたまえ若者よ」

 

 

ポンポン、と俺の肩を叩くと、藤堂前長官は出口へ向かう。

……大人の余裕を見せつけられたような気がした。




今年はあと一話を投稿する予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話

今年最後の投稿です


2206年6月29日  06時45分 アジア洲日本国神奈川県内 藤堂家邸宅

 

 

昨日の疲れを残さず、今朝も藤堂平九郎はすっきりと目覚めることが出来た。

地球防衛軍司令長官を勇退してからは多忙ゆえの不規則な生活も改まり、6時間睡眠を維持できている。

早々に身支度を整え、妻が作ってくれた朝食を食べる。

今朝の献立は、合成モノの鯵の干物に群馬の知り合いから取り寄せた天然モノのキュウリの漬物、豆腐の味噌汁。

これでもまだ裕福な方で、一般家庭にはまだまだ自然栽培の野菜は届かない。

名古屋の居酒屋で食べた鯖の味噌煮が、懐かしく思う。

食後に新聞とテレビで最新の情報をチェックすると、襖を開けて書斎に入った。

 

退役後に建てた純和風のこの家は、復興が進み超高層ビルが乱立する横浜駅周辺から車で20分の位置にある。

戦乱前にも増して人口が集中する都市部に反比例して、郊外は住宅街どころか空き地が目立つ。おかげで、超近代化が進む都会の波に巻き込まれずに、自分の好みを反映させた邸宅を拵える事が出来た。

書斎には木製風のデスクに一台のデスクトップパソコン。デスクの上には大量の書類がうず高く積まれており、その左右に設けた棚には多種多様の書籍とストックしたファイルが所狭しと敷き詰められている。

デスクの前のチェアに腰かけると、頭の中は切り替わる。

今朝の新聞の社会面には、懸案だった第三次整備計画の結末が載っていた。

私のところにはいち早くメールで知らされていたのだが、下馬評通り主力戦艦が中国、アンドロメダⅢがオーストラリアの案が採用となった。

ただし、中国案には構造上の欠陥や設計ミスがいくつも見受けられたため、最終的に設計が完了するにはまだまだ時間がかかるようだ。

普通に考えれば、欠陥やらミスがこれほど多い設計図などティッシュ代わりにもならないと思う。

それを採用するということは……、何かしらの政治が行われたという事なのだろう。

新聞に載っていた、両戦艦の完成予想CGを思い出す。

中国の船はやはりというべきか、従来の主力戦艦に採用されていた船形船体の特徴を残しつつも、随所に旧東側陣営の設計思想を感じさせる。

オーストラリアが設計したアンドロメダⅢ級も元英連邦だけあって、歴代アンドロメダ級の名残を強く残しているもののイギリスのアークロイヤル級戦艦にどことなく雰囲気が似ている。

これひとつ見ても、地球連邦の実態が垣間見えるというものだ。

 

ため息交じりにチェアに深く身を沈めると、ひじ掛けに肘を置いたまま両手を組み、瞼を閉じて黙考する。

次に頭に浮かぶのは、今月上旬の事。

名古屋に出向いて、造船側の人間と技術局の人間を交えての話し合いをした際に浮かびあがった、宇宙戦艦ヤマトの特徴、そして欠点。

いざ真剣に考えてみると、意外にもヤマトは他の船とあまり変わりない――異様に対空攻撃力と装甲が優れているという点はあるが――普通の宇宙戦艦だった。

同型艦がいないため艦隊編成の際には扱いに困り、太陽系外周艦隊の旗艦の身に甘んじていたフネ。

戦闘艦としてよりも、調査船として単身で太陽系の外に飛ばされることが多かったフネ。

ガミラス、暗黒星団帝国、ディンギル帝国といった強大な星間国家を単艦で滅ぼした、史上最強にして宇宙に名を轟かせる武勲艦。

使い勝手の悪さと反比例する大戦果は、ヤマトに常に付いて回る、大きな疑問点だ。

 

普段持ち歩いている鞄を取り、中から取り出したメモ帳を開く。

開くのは最後のページ、話し合いを書き纏めた箇条書き。

わずか4年の命ながら地球防衛軍史上最も過酷な戦場を駆け抜けたヤマトは戦闘詳報が豊富で、映像と戦闘詳報を照らし合わせれば、素人でもそれなりに長所と欠点と言うものは見えてくる。

篠田君の場合、ある程度あたりをつけて資料を借り受けていたようで、資料室の連中のように全ての航海日誌を一日ごとに全て検証したわけではないらしい。

それゆえ少々正確さには欠けるが、今の段階では印象論で話を進めても問題は無いだろう。

映像を見た篠田君、艦の設計に携わった飯沼、かつての乗組員だった真田君の議論の中では、以下のような論点が挙がっている。

まず、火器の配置が大和のそれを踏襲している所為で、三次元戦闘に不向きになっている。

対空パルスレーザー群は両舷上部にあるため、前後および艦底部全般からの空襲には弱い。

重装甲と操艦次第で欠点は克服できるが、艦隊運動を前提とした艦隊戦では土台無理な話である。

次に、第三艦橋が貧弱過ぎる。

ミサイルの直撃にも耐える強度を持つ上部艦橋に比べ、艦底にぶら下がるように設置されている第三艦橋は過去幾度と無く破壊、或いは脱落している。

壊れやすい事自体は、他の部分と異なり宇宙戦艦への改装に伴い新造された部分で大和の装甲を使っていない事が理由なのだが、そもそも艦底部を敵の攻撃が擦過していったり、酸性の海に沈んだりと、第三艦橋は何かと「運が無い」。

その割には艦橋として使われた事はあまりなく、真田君の話では専らレーダー類を使っての下方警戒に使われていたそうだ。

飯沼は無くても困らないんじゃないかと言っていたが……こればかりは長らく前線を退いた私にはわからない。現場の意見を尊重しよう。

艦載機発進口についても、「離着艦の方法が危険すぎるのではないか」と篠田君から疑問が出た。

艦底部の狭いハッチに頭から突っ込んでいく方法は、どう考えても危険すぎるとのことだ。

とはいえ飯沼が言うには、ヤマトが艦尾低部に艦載機関係の設備を配置したのには、やむを得ない訳があったという。そこしか、スペースが無かったのだ。

宇宙空母の場合、艦載機は後部飛行甲板から発進する。

しかし、ヤマトには第三主砲があるため後部にそれだけのスペースをとれない。

そこで、波動エンジンの下に空いた、かつては操舵室があった部分に艦載機格納庫とハッチを設けたのだ。

純粋に戦艦を建造するなら、究極的には艦載機は必要ない。現に、第二・第三世代の主力戦艦は艦載機運営用の大型艦載機発進用ハッチを設置していない。

篠田君の言いたいことも分かるが、それなら「対艦攻撃能力も持つ空母」であるべきで、「艦載機運用能力を持つ戦艦」である必然は無いだろう。

 

ペラリとページを捲る。

ページの頭に書かれているのは、煙突ミサイルの是非についてだった。

煙突型VLSそのものについては、2201年段階で既に時代遅れとされている。

宇宙空間におけるミサイルの機動性が向上したため、艦側面のVLSと艦橋前方のミサイル発射機で十分全周囲を網羅できるようになったのだ。

とはいえヤマトは一斉投射量を確保するために、また時間的余裕の無さからも撤去されずに残り続けた。

前回の話し合いの場では、上方への発射管の確保という点では異論をはさむ者はいなかった。議題は駆動装置の発射機にするかVLSにするか、VLSにするなら煙突型にするのか他の形にするか、だったのである。

次にメモされているのは、戦艦の顔である艦橋構造物の問題。

例のごとく、ヤマトの艦橋構造物は大和を参考に造られている。

他の軍艦よりも巨大に作られているそれは、古の城の天守閣の如く。艦長室下部から左右に張り出したコスモレーダーは簪の如し。

それは後の第二世代型主力戦艦やパトロール艦にも継承されている。

対して、アンドロメダⅠ~Ⅲ級は第一艦橋上部に巨大なフェイズド・アレイ・コスモレーダーを装備している。

構造物もシンプルな外見で、洗練された現代的なデザインである。

こうしたデザインの違いは設計した国の御国柄も大いに関係しているが、設計に際して量産性を重視したという事情でもある。

ヤマトは第一・第二艦橋、さらには艦長室までをひとつの構造物内にまとめて配置しているため、艦橋の司令塔としての機能は非常に高いものとなっている。

その反面、その体積――裏を返せば被弾面積ということでもある――は他艦よりも圧倒的に大きい。

他方、アンドロメダはその多くをコンピュータに任せている事により第一艦橋しかなく、結果として背が低くなっている。

第2世代以降は再び有人化の流れに傾きつつあるようだが、それでもヤマトほど立派な高楼はない。

さすがにヤマトのそれを丸々継承する事は非現実的だが、ではどのような艦橋を設計するのか。これもまた、設計側と現場の意見をすり合わせる必要があるだろう。

最後に書かれているのは、船体そのものの形状について。

これは欠点ではないが、着水した際には水上艦の形をしたヤマトの方が水上航行能力に優れている、というものだ。

とはいえ、宇宙での運用を前提としている宇宙戦艦が水上航行能力を考慮する必要は殆ど無いので、模倣する必要のない特徴であると言える。

 

4人の議論で、これだけ多くの欠点や修正点が出た。細かい問題点はまだまだ挙がるのだろうが、あとは研究所の優秀な職員達が設計図とにらめっこをするだけである。

 

 

「……まだ、足りないか」

 

 

一度は満足するものの、思いなおす。

我々が考える第四世代型宇宙戦艦は、ヤマトの戦訓を余すことなく反映できるように設計技師に便宜を図ったフネを目指している。

しかし、ヤマトの戦訓といっても技術班班長兼副艦長と直接戦闘に参加した事のない前地球防衛軍司令長官、それに造船技官2人の4人が考えただけではやはり不完全なのだ。

真田君には悪いが、せめてもう一人か二人、実際に乗艦していた人の意見が欲しい。

 

机の脚元にある引き出しを開け、一冊のファイルを取りだした。

地球防衛軍日本支部(旧陸海空自衛隊)の職員・隊員名簿から、ヤマトの元乗組員のページだけをバインダーにファイルしなおしたものだ。

バインダーから特定のページだけを抜き取り、机の上に並べる。主に第一艦橋で勤務していた戦士達だ。

艦長代理、ヤマト沈没時には戦闘班班長だった古代進と生活班班長の森雪の夫妻は、雪の懐妊を機に第一線を退いた。

雪は子育ての真っ最中、進は宇宙戦士訓練学校の高等課程で総合演習を専門とした講師を勤めている。

卒業試験を兼ねる総合演習を監督するだけあってその訓練は苛烈で、訓練生が卒業する前に過労で倒れてしまうのではないかと注意を受けるほどだという。

戦闘班副班長の南部康雄は退役し、実家の南部重工に入社した。

しかし激戦を通して熱血漢に成長していった彼にはデスクワーク漬けの日々は相に合わないらしく、たまに射撃実験場でコスモガンを撃ってストレス発散をしているらしい。

航海班副班長の太田健二郎は宇宙戦士訓練学校に入り直し、宇宙船操縦士の資格を取得。

現在は木星防衛艦隊所属、第12水雷戦隊旗艦宇宙巡洋艦『あさま』の航海班班長として操縦席に座っている。

ちなみに『あさま』は第一世代の主力戦艦に近い大きさと火力を持っていて、昔ならば「巡洋戦艦」と呼ばれているであろう船である。

機関長の山崎奨は一年間の長期休暇の後、日本で造られたアンドロメダⅡ級戦艦『しゅんらん』の機関長に転属となった。

かつて徳川太助にしたように、機関班の後輩を厳しく扱いている。

その徳川太助は、第二世代型駆逐艦『あさかぜ』の機関員に転任した。

『あさかぜ』は『しゅんらん』とともに第7艦隊に配属され、太陽系外周で敵対的勢力の監視と宇宙海賊の取り締まりの任務に従事している。

通信班班長の相原義一は、ふたたび防衛軍司令本部の下部組織である情報本部電波部に配属された。

孫娘で元秘書の晶子との交際もどうやら順調らしく、同じ横浜勤務という事で頻繁に会っているようだ。

 

 

「……よし、この人物しかなかろう」

 

 

そう呟いて懐から携帯電話を取り出し、目当ての人物のファイルに記されている電話番号を入力した。




12月も半ばから投稿を始めた本作ですが、読んでいただいた方々には感謝の念に堪えません。
また来年もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話

明けましておめでとうございます。寒い寒い元日となりました。
しかし、投稿している話の内容は真夏というwww


2206年 7月25日 10時30分 アジア洲日本国 神奈川県某所

 

 

小さい時分の記憶では、小学校なら20日頃から夏休みが始まっていたと思う。

かつての大学がどうだったかは知らないが、今では7月の第2週までに試験が終わって、今はもう夏休みなのだそうだ。

なんでも、まだ太陽の異常状態が完全に回復したわけではなく、完全に安定するまでは暑い年、寒い年が数年から数十年のサイクルで繰り返す可能性があるのだとか。

それに合わせて、大学の休暇も伸び縮みするらしい。

今年の夏はまだ小康状態だが、来年は猛暑に見舞われる可能性が高いという。

……大海が干上がるほどの異常気象を経験した身にとっては、その程度は誤差の範囲でしかないのだが。

 

兎にも角にも、8月も間近に近付き本格的な夏到来だが、当然ながら社会人、それも軍関係者である俺はまとまった休みなど望むべくもない。

平和な今となってはそんな現状に不満たらたらだが、ほんの3年前までは全く湧いてこなかった感情である。これもまた夏の風物詩……と思うことにしよう。

 

 

 

 

 

などと思ったのはつい数日前。

今、俺は休暇を取って東京に戻ってきていた。

 

 

 

最初は、横浜の防衛軍資料室に映像資料を取りに行くだけだったのだ。

藤堂前長官殿の正式なお墨付きをもらったので、今度は所長の手を煩わせずに借りることが出来るようになったのだが、所長が「一言礼を言ってこい。それと人脈を作っておけ。」と言うのでわざわざ出張することになったのである。

地下の旧防衛軍司令部ビルにある防衛軍資料室に挨拶(お土産は例の養殖場で獲れた牡蠣の干物である。かなり値段の張るものなのだが、関東の養殖場では牡蠣を扱ってないらしく、大変喜ばれた。)をしてデータチップを受け取り、ついでに〝英雄の丘〟を参拝。

さらについでに科学局を訪問し、飯沼所長の代理として様々な国の科学者と顔繋ぎをした後は、真田さんと夕飯がてら情報交換を行った。

そして宿泊先で局長に報告し明日には戻る事を告げたところで、

 

 

「そういやおみゃあ、東京に家族いるんだろう。出張を延長ってことにしといてやるから顔出して来い」

 

 

という似非名古屋弁丸出しな一言で、そのまま頼んでもいない3日間の有給休暇となってしまったのだ。

ちなみに、局長は福島県出身である。

 

 

……以上、回想終了。

現在、俺は横浜と東京を結ぶハイウェイ・チューブの中をひた走るバスに乗っている。

ハイウェイ・チューブとは、昔で言うところの高速道路である。ガミラス戦役からの復興に際して新しく造られた日本列島縦断道路で、20世紀以来の歴代政権の悲願が結実したものなのだそうだ。

北は旭川と釧路から始まり、札幌で一度合流して函館から津軽海峡を渡って青森へ伸びる。

そこから東と西の二手に分かれ、東は太平洋沿いを通って東京へ。そこからは東海道の海側をひたすら京都へ向かう。

西側ルートは北陸道を日本海沿いに新潟―富山―福井を通り、大阪で東側ルートと合流。

そこからチューブは山陰道、山陽道、南海道の三本に分かれて九州は鹿児島の合流点までひた走る。

山陰ルートは鳥取、島根県を通って関門海峡を渡り、福岡から長崎まで陸路を行った後は有明海を渡り熊本県を通過して鹿児島へ。

山陽ルートは瀬戸内をなでるようにかすめたら柳井から鉄橋を渡って大分県は国東半島へ。

南海道ルートは淡路島から四国の南側海上を囲むように、最終的には土佐清水から宮崎へと、大胆にも海峡を横断している。

鹿児島からは飛び石を伝うように沖縄本島まで伸びている。沖縄の人にとっては、本土と沖縄を繋ぐ、まさに交通の命綱となっているのだ。

ちなみに東山道にチューブが通っていないのは、山間部が国によって自然育成地区に指定されて開発できないからなのだが、「日本アルプスには地球防衛軍の秘密基地があるのではないか」という噂が絶えない。

 

あながち間違っていないから困る。

 

 

閑話休題。

十分な視界の確保を目的とした透明な超々強化プラスチック製のチューブは、横浜から一直線に伸び、大きな川―――かつての多摩川であるが、ガミラス戦役で一度干上がっており、川に水が戻る際に西に4キロほどずれてしまった―――を渡る。

バスの左側最後尾窓寄りの席に座る俺からは、やや後方に富士山が見える。

遊星爆弾が山頂部を掠め取っていった為にかつてより300メートルほど低くなっているが、成層火山独特の八の字型稜線が生み出す優美な風貌はそのままだ。

多摩川を過ぎれば住宅街を経てあっという間に渋谷。その先には日本の旧官庁街、そしてその先にはこのバスの終着点がある。

バスの行先は東京府有楽町の中長距離バス停留所。そう、俺の家族と永遠の別れをした場所である。

 

 

俺の家―――死んだ家族と住んでいた所―――は、有楽町まで電車で一本で行ける、北区の東十条だった。

家は両親が経営する喫茶店で、姉も俺も幼いながら細々とした雑務を手伝ったものだ。

親父はやや線が細く、ふちなし眼鏡をかけて無精ひげを生やしていた。

今考えてみれば、喫茶店のマスター像を地でいくような風貌。母の方も、夫を支える妻を体現したような立派な人物だった。

……いくらなんでも美化しすぎだろうか。

3歳年上の姉さんは俺を甘やかすわけでもなく突き放すわけでもなく、でも何かと気遣ってくれていた気がする。

たとえば、俺にはおやつの分け前をひとつ多くくれたり。

たとえば、一緒に出掛けるときは幼かった俺と手を繋いでくれたり。

たとえば、いたずらをしたときは真っ先に気付いて俺を叱りつけて、でも母さんには黙っていてくれたり。

……やはり、美化しすぎだろうか。

まぁ、家族を覚えているのはもう俺だけなんだ。誰に語り聞かせるわけでもなし、多少の装飾は構わないだろう。

思い出は、都合のいいものが残ってこそ、思い出だしな。

住んでいた喫茶店は跡形もなく吹き飛び、唯一残されていた土地も再開発の際に国に買い取られてしまった。もはや、思い出の場所も思い出の品も無い。だがそれを不幸と嘆くことは、もはやしない。

そんな人間は周りにごまんといたし、幼い記憶の残滓を道連れに10年以上を生きてきたのだ、寂寥の気持ちにも青錆が付きつつある。

 

 

 

第一、この10年間、俺は一人ぼっちじゃ無かったから。

 

 

 

さて、バスは住宅街を抜け、かつて若者の街と言われた渋谷をあっというまに通り過ぎる。

大通り沿いこそネオンや液晶ディスプレイが輝く栄華を取り戻したが、一本裏に入れば昔と違って市場が広がり、配給やスーパーで取り扱っている合成食品に満足できない人々が天然食材を求めて集まっているという。

よりにもよって、渋谷にそんなものができてしまった理由は分からない。あえて推測するなら、築地よりは東京周辺からの交通の便がいいからだろうか。

渋谷の谷を一足飛びに跨いだチューブは東北東から徐々に北へと針路を変え、六本木から恩賜江戸城跡自然公園へと近づいていく。

 

かつて皇居と呼ばれていたその場所は今では国有公園として一般公開しており、憩いの場となっている。

旧千代田区千代田一丁目一番地に住まわれていたやんごとなき御方は、ガミラス戦役からの復興を機に親戚や政治家・官僚を悉くひっさげて京都へお帰りあそばされた。

突然還幸された事情はいくつかあるらしいが、一番の理由は地球連邦の行政府と日本の行政府が至近距離にあるのは都合悪いとのこと。

とにかく、政治・経済の中心地であった東京「都」は、遷都によって経済のメッカ東京「府」へ変容を遂げたのである。

 

東御苑に復元された天守閣が後方に流れるのを視界の端に捉えつつ、バスは再度東へ針路を変え、徐々に高度と速度を落としていく。間もなくチューブは途切れ、一般道だ。

見上げれば300m級の超高層ビルが空に突き刺さらんとばかりに乱立し、まるで剣山を思わせる。

メガロポリスの空は記憶の頃よりも更に細かく切り刻まれ、「青空」などという言葉はもはや似合わない。減った空に反比例するように、重なり合うビル陰が有楽町の街を薄暗くする。

一般道に出たバスは、まもなく有楽町駅前のロータリーに着陸。ぞろぞろと降りていく乗客を待って、一番最後にバスを降りた。

 

 

「ある意味変わってないな、ここも……」

 

 

因縁の地に立って最初の一言は、案外に普通のものだった。薄情なようだが、俺はこの地そのものには大した感慨を抱いていないらしい。

360度見回しても、摩天楼の頂を仰ぎ見ても、運命を分けた地下道への階段を覗いても、心の古傷から血が滲みでる事は無い。

俺の中ではあの日の夕景のインパクトが強すぎて、昼間の高層ビル群ではあまりピンと来ないようだ。

都会の息苦しさにネクタイを緩めていると、

 

 

「恭介!」

「おかえりなさい、恭介君」

 

 

すぐ背後から、聞き慣れた懐かしい声。

振り向くとそこには、ポニーテールの活発そうな同世代の女の子と、柔和な微笑みを浮かべる壮年の女性が立っていた。

知らず、笑顔がこぼれた。

今の俺がこうして笑っていられるのも、家族を失ったあの時に2人が一緒にいてくれたからなのだ。

俺は失った家族と同じくらい、或いはそれ以上に大切な二人に、

 

 

「ただいま。あかね、由紀子さん」

「うん。おかえり、恭介。全然変わってないわね、アンタ」

「連絡くれないから心配したけど、元気そうね。安心したわ」

 

 

簗瀬家親子に、2年ぶりの再会のあいさつを交わした。

 

 

 

 

 

 

2206年 7月25日 16時17分 アジア洲日本国東京府 文京区内某マンション15階3号室

 

【推奨BGM:宇宙戦艦ヤマトpart2より《再会》】

 

簗瀬家親子と合流した俺は、自宅――家族が死んでから宇宙戦士訓練学校に入校するまで居候させてもらっていた、簗瀬さんの家――に帰ってきた。

帰りがてらスーパーに寄って、夕飯の材料も買ってきた。材料から察するに、定番のカレーだろう。

 

 

「あっちではどうなの、恭介君?」

 

 

買い物袋から中身を冷蔵庫に移していると、合成ジャガイモを真空パックから取り出していた由紀子さんがキッチンから尋ねてきた。

 

 

「そうですね。仕事も順調ですし、最近は毎日が楽しいですよ」

「あら、仕事が楽しいって言えるようになったのね。前に帰って来た時は血走った眼をして隈もできていて、とてもじゃないけど設計技師の仕事をしているとは思えない有様だったのよ?」

「さすがに慣れてきましたし、以前ほどは仕事が忙しくないんですよ。ようやく気持ちに余裕が出来て、楽しいと思えるようになったんです」

「そう?ならいいけど。でも、いつも心配してるのよ?ご飯はちゃんと食べてる?掃除洗濯はちゃんとしてる?なんなら掃除しに行ってあげましょうか?」

「大丈夫ですよ、ちゃんとできてます。そんなに心配しないでください」

 

 

苦笑いしつつ、由紀子さんの世話焼きをやんわりと辞退する。でも、俺の事を気にかけてくれるのは、純粋に嬉しかった。

こうして言葉のキャッチボールをするたびに痛感する。由紀子さんは2年前と――いや、あの日俺を助けてくれたあの時からちっとも変っていない。

病室で目が覚めた時、一番に気づいてナースコールを押してくれた人。

あの日、俺と同じように旦那さんを失ったのに、そんな気配を露ほども見せずに俺の見舞いと看病をしてくれた人。

退院した俺を引き取って、実の息子のように育ててくれた、もう一人の母さん。

彼女の優しさに、確かに俺は救われた。

以前そんなことを言ったら、「一人っきりの娘の遊び相手が欲しかっただけよ」なんてとんでもない誤魔化し方をしていたけど。

由紀子さんの照れ隠しだなんてことはうっすらと赤く染まっていた頬を見れば明らかだったし、仮に本当に遊び相手欲しさだったとしても構わないと思った。

それくらい、篠田恭介は簗瀬由紀子という女性に対して感謝の思いを抱いているのだ。

 

 

「え~、恭介のくせに炊事洗濯なんてできてるの?俄かには信じ難いなー」

「放っとけ。いいからお前も手伝え。あかねこそ、ちゃんと母さんを手伝ってるのか?」

 

 

そんなわずかなモノローグさえぶち破ってくれるのが、由紀子さんの一人娘のあかね(21歳)である。もうひとつの買い物袋を持って後ろからちょっかいを掛けてくる。

 

 

「当たり前でしょ?中学校卒業と同時に家を飛び出して軍隊に入っちゃったアンタと違って、私はずっと母さんと一緒に居たんだから。親孝行って意味ではアンタは私に大きく出遅れてるの。折角帰って来たんだから今日くらいは母さんの為に馬車馬のように働きなさい?」

「ああ言えばこう言う……。これだから理系の人間は屁理屈ばっかこねてイヤなんだ」

「アンタも理系でしょうが!?」

「由紀子さんの後ろにちっちゃくなって隠れていた、可愛かったあかねはどこ行っちゃったのかね~」

「~~~~~~~~!!」

 

 

スパコーン!

 

 

「痛てぇ!てんめぇ、後ろから卑怯な!」

 

 

こいつ、履いてたスリッパで叩きやがった!

 

 

「うっさい、昔のことを引っ張り出すから悪いんだ!」

 

 

顔を真っ赤にして怒りだすあかね。

前よりも沸点が大分低くなっているのは遅れた反抗期か。

見た目は健康的な美人に成長したってのに、根性だけはより一層ひねくれてやがる。

 

 

「だからってわざわざスリッパでひっぱたくこたぁねえだろ!おい待てこんにゃろ、お前みたいななお転婆娘は修正してやる!」

「変態!母さん、変態がここにいる!あっち行け恭介、寄るなスケベ!」

「俺がスケベならお前は暴力女だ!」

 

 

きゃーきゃー言いながら逃げるあかねに、早足で追いかける俺。いい大人が二人、ソファの周りをぐるぐる回る。

 

 

「あらあら、恭介君、あかね。家の中で騒ぐのは止めなさい

 

 

包丁の音とともに聴こえてくる由紀子さんの一言に「「はーい」」と揃って返事をし、手の平を返したように二人して大人しくキッチンへ戻る。

ここまでがひとくくり。

もう何年もやってきたお約束のやりとりに、懐かしさがこみ上げる。

片親家庭に居候が一人。

歪な家族「もどき」だからこそ、こんな少々子供っぽいじゃれあいが「家族らしさ」を演出する一番の方法だった。

勿論、今ではこんなことをしなくても由紀子さんやあかねとの絆は確信しているが、長年の癖は抜けるものではないし、このやりとりは今でも俺の心に心地いい気持ちを与えてくれる。やめる気など、これっぽっちもない。

ふと隣を見ると、あかねもこちらを見上げてフッと笑った。

よかった、あかねも同じ気持ちでいてくれているようだ。

 

 

その日の夜、簗瀬家に二年ぶりに家族「全員」揃っての団欒が戻った。




『シナノ』が登場するまではできるだけ間をおかずに投稿するようにします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話

本作のヒロインは松本絵ではイメージしにくいかも。


2206年 7月26日 1時56分 アジア洲日本国東京府 文京区内某マンション15階3号室

 

 

簗瀬家の二人は寝るのが早い。

折角2年ぶりに帰って来たというのに、11時過ぎには二人とも欠伸を噛み殺しながらそれぞれの部屋に戻ってしまった。

恭介も久しぶりに自分の部屋に戻って布団に入った……のだが、普段から深夜に寝て早朝に起きる人間が、そうそう眠れるわけもなく。

仕方が無いので、眠気がやってくるまで昼間に出張先からもらった資料を流し読みしている。

防衛軍史料室からもらったのは、他の星間国家が運用している航空戦艦についての写真資料。

科学局からもらったのは、戦闘空母に改装中の地球防衛軍所属の宇宙空母の設計図である。

殆どの写真資料が地球防衛軍と戦闘中の記録映像から出力したものだが、ガルマン・ガミラスのそれだけが港に係留されている姿を写した写真だ。

おそらくは、3年前のディンギル戦役の際にガルマン・ガミラス艦隊が地球に寄港した時に撮られたものだろう。枚数が異常に多く、また至近距離から撮影されているので細部まで鮮明に写っている。

基本的には写真の部分だけを見て、気になった部分だけは文章を読むようにしているのだが……ひとつ、重大なことに気付いた。

 

星間国家にとって、空母と戦闘空母を明確に分けることに大した意味は無いらしい。

あえて言うなら、「艦載機運用能力がある船のうち、特に対艦攻撃力が強いものを戦闘空母と呼称する」くらいのものだ。

どうやら、地球人が考える空母と、異星人達が考える空母に絶対的な思考の壁が存在しているらしい。

 

ガミラスはまだいい。三段空母や二連三段空母など、戦史に詳しい地球人ならば見慣れた形をしている。

戦闘空母も、飛行甲板と砲塔が回転扉のように反転するのには驚いたが、分からないでもない。

ガトランティス帝国。飛行甲板が船体ごと回転するという構造は、どういう設計思想からきているのか。

暗黒星団帝国。空母はともかく、主砲塔の真下に滑走路を配置しているプレアデスは、誘爆の心配とか一切考えていないとしか思えない。

ボラ―連邦。戦闘空母より空母の方が火力が強いとは、本末転倒以外の何者でもない。

ディンギル帝国。発進口が多段式なのはまだいい。着艦の仕方が正気じゃない。球体の中に進入してどうやって機体を停止させているのか、全く想像がつかない。

 

―――あまりに地球の設計思想と違いすぎて、参考にはならないな。

恭介はため息をひとつついて、書類をデスクに放り投げた。

資料を斜め読みするだけのつもりが、頭の体操めいたことをしてしまった。

これ以上頭を使うのはたくさんだ、設計図の方は名古屋に戻ってからでいいだろう。

つけっ放しだった冷房を切って、扇風機に切り替える。

直接体に当たる風が、心地いい。

 

ババババババババ……

 

――――そういや、扇風機の羽根って水上船のスクリューにそっくりだな。

 

ババババババババ……

 

――――そういえば民間の会社から、水宙両用輸送船の設計も依頼されてたなぁ。移民先で使うらしいけど、ロケット推進とスクリュー推進のハイブリットって何考えてるんだ?

ロケット燃料でタービンを回してスクリューを回すのか?でもそれならロケット燃料を直接推進力にした方が効率いいだろう。それをわざわざ古式ゆかしいスクリューに指定してくるというのは、環境に配慮でもするのだろうか?

だったら波動エンジンなら酸化剤もいらないし排気ガスも出ない、おまけに出力は無尽蔵の夢のエンジンなんだけどなぁ。

スクリューと舵をつけるとしても剥きだしはまずいよな……普段はカバーで覆えばいいか。

ていうかそもそも、水上船舶の知識なんか全くないぞ?シャフトとかスクリューとかどれだけ付ければいいんだ?

 

 

「――――――――やめたやめた」

 

 

頭を休めるつもりだったのが、結局また思考の袋小路に入ってしまった。

麦茶でも飲んで気分転換したら、とっとと寝るとしよう。

 

恭介はドアノブを捻って、自室からリビングに出た。

人のぬくもりが消えて久しいリビングには、外からカーテン越しに夜の光が差し込んでいる。

 

 

「……?」

 

 

いつもより、夜明りが少し青いような気がする。

 

カラカラカラ……

 

誘い込まれるように、窓を開けてベランダへ。

 

 

 

【推奨BGM:宇宙戦艦ヤマトpart2より《想い―星空の彼方に》】

 

 

 

「……やっぱり」

 

 

西の空を見ると、アクエリアスの欠片が星の海に並んでいた。

鋭く切り立った氷の山が聳え立っている下面とは対照的に、上面は海面をそのまま凍らせたかのように平らになった氷の浮き島が、群青色の淡い光を地上へ降り注いでいる。

地球から見て、月とアクエリアスが月食のように重なった時のみ生じる現象だ。奥に位置する月の白い光が手前の氷塊を通る時、ダイアモンドカットもかくやという複雑な傾斜面により海の色に染まって地球を照らすのだ。

ディープブルーに輝くそれをみていると、まるで自分が深海の底にいるような錯覚を受ける。

いっときは地球水没の危機をもたらしたアクエリアスの置き土産だが、もしも実際に地球が海に沈んだら本当にこのような景色になっていたのだろうか。

 

誰が名付けたのか「ブルー・ダイヤモンド」「月の滴」「青い宝玉」などの異称がついた新たな衛星に、篠田はしばし物思いに耽る。

皆、忘れているのだろうか。

あれが、宇宙に浮かぶ巨大な墓標であるという事を。

地球を救った一人の英雄と一隻の殊勲艦が、冷たい氷塊の中に永遠に封印されている事を。

以前観た映像が、篠田の脳裏に浮かぶ。アクエリアス接近の折、自沈するヤマトに最後まで同行した駆逐艦冬月からの映像だ。冬月のカメラは、一部始終を映像に撮り収めていたのである。

 

 

――――地球とアクエリアスを結ばんと伸びていく、水の柱。

その直中に、滝登りをするかのように水流をかき分ける一隻の船。

やがて水柱の真ん中に白い光が煌めき、爆発とともに水柱が分断される。

ヤマトの後ろを抜けていた水流はそのまま地球へ雨となって降り注ぎ、宙に残ったものはヤマトを包み込むように集まりだす。

あらかた集まった水の塊は、やがて平らな水面を形成し出す。

ざわめく波もようやく凪いだころ、突如として水面からヤマトの艦首が突き上がったかと思うと……、直立したまま静かに沈んでいった。

艦首が没したのを見届けるように水の塊は白く凍り始め、氷の墓標が完成したのだった。

 

あのアクエリアスの欠片には、彼らの遺志が宿っているように思えてならない。

月と同じように自転周期と公転周期が一致しているのも、いつでも地球を見守っていたいという願いのなせる技だったのではないか……と、非科学的にもそう思ってしまうのだ。

冷たい氷の中に眠る彼らの思いに、俺たちは答えられているだろうか。

ヤマトの後継を造る事が、彼らが守り抜いたものを護ることになってくれているだろうか。

恭介は心の中で、夜空に無言で問いかける。

 

 

「恭介……? なにやってんの、ベランダに出て」

 

 

返事は思わぬ方向からやってきた。

 

 

「あかねか……どうした、トイレか?」

 

 

「あいかわらずデリカシーないわね」と呆れ顔で返すあかねは、薄いピンクのパジャマ姿だ。

昼間は後ろで括っている髪をおろしているため、いつもの快活さは消え、落ち着いた雰囲気を見せる。心なしか、声もいつもより大人しめだ。

ベランダに出てきたあかねは、恭介の隣に並んで空を見上げた。

アクエリアスを透過した光を浴びて、墨に浸したような黒髪が藍色っぽく染まっている。

濡れ羽色、という単語が頭に浮かんだ。

 

 

「なーに、こんな所で黄昏れんのよ。らしくないじゃない」

「うるせぇ。たまにはこういう気分になることだってあるんだよ」

 

 

憎まれ口を叩きながらも、自然と口元がほころぶ。

昼間のうだるような暑さも和らいだ、深夜2時前。

聞こえてくるのは、眼下を走るエア・カーの音のみ。

互いにアクエリアスの欠片を仰ぎながら。

凪いだ海のような穏やかな気持ちで、久々の兄妹ふたりきりの会話に興じる。

 

 

「ふーん。恭介が感傷に浸ってる姿なんて見たことないわ。明日は絶対に雨ね」

「そこまで言うか。ったく、可愛くねぇ妹だ」

「……アンタ、外でもそんな乱暴な口のきき方してんの? よく上司に怒られないわね」

「お前に言われたくないわ。外では外の口のきき方ってもんがあるんだ。大人はうまく使い分けてんだよ。お前にはまだ分かんないだろうがな」

「何それ、ムカつく。大学だって立派な社会の一つよ。ゼミやサークルにだって複雑な人間関係はあるんだから」

 

 

あかねは眉間にしわを寄せて抗議する。「大学が社会」だなんて、何を甘っちょろい事を言ってんだか。学生だったら前地球防衛軍司令長官殿と朝まで飲まされるなんて事にはならないだろうに。

 

 

「そうか、お前はもう3年生か……。前に会った時はまだ大学に入りたてだったからな、2年の月日は長いもんだ。大学の方はどうなんだ、彼氏の一人でも出来たか?」

「―――彼氏なんて、いないわよ。バカ」

 

 

ほんのわずかの逡巡。しかしすぐに、拗ねた声が左耳から聞こえてくる。

 

 

「なんとも寂しい学生生活だな……。授業は?」

「普通よ、普通。ちゃんと進級してるし、ゼミでの研究だって順調よ」

「お前が理工学部に入ったときにも思ったが、いまだに白衣姿がまったく想像できん。半袖短パンでトラックをぐるぐる周っている方が合うと思うんだがな」

「あら、そうでもないわよ。ゼミの先輩には白衣姿がかわいいってよく言われるんだから。洗ったの部屋にあるから、今着てみようか?」

 

 

なんだか自信ありげに言う妹分。ひいき目に見なくても美人なのは認めるが、自分で言うな自分で。

 

 

「パジャマの上に着てもな。白衣は美人が黒い下着の上に直接羽織るから萌えるんだろうが」

「……やっぱりアンタ、名古屋で変態になっちゃったのね」

「冗談だぞ?」

「女の子に言う冗談じゃないわよ!?」

 

 

またしても顔を真っ赤にして怒るあかね。ムキになるあかねは見てて面白い。

 

 

「……で、大学で何研究してんだ?」

 

 

そうやってすぐ話をそらす。露骨に話を逸らした恭介にそう言って拗ねた素振りを見せたあかねは、それでも話題に乗ってくれた。

俺にはもったいないくらい……本当に、家族と見てくれるのが申し訳なくなるくらい、いい娘だ。

 

 

「……まぁいいわ。私が入っているのは、フランク・マックブライト教授のゼミよ」

「おいおい、マックブライト教授って言えば、コスモクリーナーの量産に成功した人じゃねぇか!? そんなすごい人の下で研究しているのか?」

「よく知ってるわね。今は、コスモクリーナーの小型化が研究テーマなんだ~。どう、見直した? いつまでもアンタの記憶の中の私じゃないんだから」

 

 

えへん、とばかりに胸を張る。

恭介は正直、驚いていた。

コスモクリーナーの量産化の記事は、当時の仲間内でも話題になっていた。これを艦に搭載すればNBC対策は完璧になると、皆が言ってた。

そんなすごい人の下についているとは―――いや、本当にびっくりだ。

理数系のゼミに入るには、それなりに筆記試験をクリアしなくてはいけないだろう。

一緒に住んでいた最後の頃は俺があかねに数学を教えていたものだが、いつのまにかマックブライト教授に認められるほどにまで得意になっていたのか。

 

 

「いやいや、見直したよ。そうか、いつまでも中学生感覚で接していちゃいけないな。お前も立派に成長しているんだな。胸以外」

「それ、セクハラ。……まぁ、見直してくれたから、許してあげないこともない。もういつまでも子供じゃないんだから、これからはちゃんと一人の女として接してよね」

 

 

そう言ってふてくされた顔をしながら、チラっと横目でこちらを見てくる。

同じく横目であかねを見ていた、俺と目が合う。

そんな、何かを期待するような目で見つめられても困る。

つい、あかねの視線に耐えられず目を逸らしてしまう。

 

 

「……ま、気が向いたらな。第一、次いつ帰ってくるか分からないんだ。その頃には忘れてるさ」

「……そうか、また何年も会えないんだね。でも、また今回みたいに急に休みが取れることもあるんでしょ?」

「いや、どうだろうな。実は今、大きな仕事を抱えているんだ。とてもやりがいがあって、しかも名誉ある仕事だ。もしかしたら三年、四年くらい帰ってこないかもしれない」

「でも、たまには帰って来てよ。私達、恭介が名古屋に戻ったら、また二人っきりなんだよ?」

「そんなの、今さらだろ。俺が訓練学校に入った時から二人で暮らしてたじゃないか」

「そりゃそうだけど。恭介がいないのは、やっぱり淋しいよ……」

 

 

それっきり、あかねは口を閉ざしてしまう。

何を馬鹿なことを、と言いかけた俺は、

 

 

「あかね……」

 

 

あかねの方へ振り返ったまま固まってしまった。

俯いたあかねの睫毛が、小刻みに震えていた。

ようやく俺は、理解する。

彼女は、本心から俺の不在を寂しがってくれていたのだ。

 

――――胸の奥に、甘い痛みが走る。

 

確かあかねは、小・中学校の頃はこんな風に大人しい、でもいつも寂しそうな奴だった。

高校に上がった頃から、針が正反対に振り切れたように明るい奴になった。

以来,俺は百面相のように表情がころころ変わるコイツをおちょくっては遊んでいた。

 

――――それは遠い昔に感じたそのままの、しかし封印したはずの痛みで。

 

何で今夜に限って、昔の頃に戻ってるのか、俺には全く以て意味不明だが―――しょうがないな。

 

 

「何言ってんだ、あかね。いつでも電話してこいよ。遠慮すんな、――――家族なんだから」

 

 

努めて明るい声を出しながら、大人しかった頃にやってたのを思い出しながら頭をポンポン、としてやる。

こちらに振り向いたあかねはやがて目を細め、されるがままになっている。

なんか、頭を撫でられた猫みたいだ。

 

 

「……うん。家族―――だから、ね」

 

 

そう答える声に、元気はない。

以前はこうやったら機嫌直ったのに―――何でそんな複雑な表情してんだ?

そのまま彼女の頭を撫ぜていると、あかねの手がゆっくりと俺の方へ伸びてくる。

 

――――胸の痛みが何なのか、思いだしそうになる。

やめてくれ。

おまえにそんな表情をされたら、ようやく閉じたはずの古傷が開いてしまう。

 

 

―――ぐしゃぐしゃぐしゃ。

 

 

「え?わ、うわ、恭介! 髪乱れる!」

 

 

乱暴に撫でてやると、あかねは慌てて俺から逃げた。

「あーもう、なにすんのよぉ」とプリプリ怒りながら、わが妹は髪を整える。

―――うん、よかった。いつものあかねに戻ってくれた。

これなら、俺は大丈夫だ。

 

 

「あはは、悪い悪い。そんじゃあ、もう遅いから俺は寝るな。おやすみー」

 

 

「あははじゃないわよ恭介! 一体どういうつもりよ、もう!」

 

 

俺は背を向けたまま手を振って、自室に戻った。

一瞬どうなるか思ったが、なんとかまく収まってくれた。

今夜はもう、ぐっすり眠れそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――恭介の、馬鹿。分かってるくせに、なんで逃げるのよ……」

 

 

一人残されたベランダで呟いたあかねの姿を、アクエリアスの青い光だけがそっと見守っていた。




ヒロインは定番の義妹属性。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話

時間が空いた隙に二話目の投稿。
今話より推奨BGMを設けました。
よろしければ脳内再生しながらお読みください。


2206年9月11日9時2分 アジア洲日本国 国立宇宙技術研究所

 

 

【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち」より《メインタイトル~ヤマトに敬礼》】

 

 

「気を――つけぇ――!!」

 

 

飯沼所長の号令に、踵を合わせる音が会議室に鳴り響く。

 

 

「礼!」

 

 

全員が腰を15度に折る際の、布ズレの音がピタリと揃う。所員の殆どが宇宙戦士訓練学校出身でこの手の団体行動は徹底的に仕込まれていたので、このくらいの事はお手の物だ。

 

 

「直れぇ!」

 

 

唾を飛ばして声を張り上げる今日の所長は、いつになく気合が入っている。彼も元は軍人だが、あの歳であれだけ声を張り上げたら血管切れるのではないかといらぬ心配をしたくなる。

 

 

「諸君。楽にしてくれたまえ」

「着席!」

 

 

藤堂前長官の低い声がマイク越しに聞こえると、場の空気がビシッと引き締まる。リキ屋会談の時よりも渋みが増していて、彼が地球防衛軍を統べていた頃を彷彿とさせる。

 

 

「まずは、突然このような場を設けた事を詫びたい。私が以前、何度かここを訪れた事があるのは諸君も知っていよう。しかし、こうやって全員を招集したのは今回が初めてだ、皆も戸惑っている事であろう」

 

 

一度言葉を切り、藤堂前長官は一同を見渡す。

誰もが微動だにせず壇上の人物を見つめ、次の言葉を待っている。

恭介は顔を動かさず、横目で周囲を見回した。

大会議室には、宇宙艦艇装備研究部の職員120人近くが一堂に集まっている。

右から砲熕課、水雷課、電気課、造機課、航海課、異次元課、造船課の順に並んでいた。

皆、困惑と緊張が半々といった顔つきをしている。

いつもならば、所長をはじめとする幹部陣から今日の作業予定が通達されるだけで終わる朝礼は、物々しい雰囲気に包まれていた。

 

8月4日に行われたリキ屋会談で、第四世代型主力級戦艦の大方針が最終決定された。

今日は、その告知がこれから藤堂前長官によってされるところなのだ。

本来ならば、翌日にでも発表すべきところだった。

しかし、二ヶ月で下りると思っていた総理からの指令が延びに延びて、ようやく指令書が京都から横浜の藤堂邸に届いたのがつい一昨日のこと。

おそらく、総理が本省の官僚に対応を丸投げした所為だろう。いくら総理の内諾があるといっても、実際はこんなものだ。

このような事情ゆえ今日、総理からの特使という体裁で派遣された藤堂前長官がこうやって壇上にいるわけである。

今回、真田さんは来ていない。局長としての立場を考えると、これ以上深入りするのは目立つと判断されたのだろう。つまり、今後は裏方に回るということだ。

 

 

「今回君達を一堂に集めたのは他でもない。結論から言おう。君達には、2209年4月から始まる第四次環太陽系防衛力整備計画に向けて、次世代型宇宙戦艦の設計をしてもらうことになった」

 

 

瞬間、周囲からわずかなどよめきが聞こえる。

驚くのも無理ないと思う。計画を始めるには余りに早過ぎるのではないか、と皆思っているのだ。

23世紀の現在、軍艦に限らず大型機械の設計にかける時間は昔に比べて革命的に短くなっている。専用ソフトの開発により、上層部から要目さえ指示されれば複雑な構造をしている宇宙軍艦でさえも半年もかからずに設計は完成してしまうのだ。

第四次計画の審査委員会は3年後の4月からなので早くても1年前から動き始めればいいものを、突然今日からやれと言われたら困惑するだろう。事情を知らない人間ならば仕方がない事だ。

 

 

「皆が動揺するのも仕方あるまい。第四次計画を何故今から始動させなければならないのか、疑問に思っているのであろう。しかし、従来のプロジェクトと異なり、今回は今までの宇宙戦艦とはコンセプトの異なるものを一から設計してもらうことになる。詳細は後から述べるが、これは造船課のみならず全ての課が一つの目的のために一致協力して取り組んでもらう。開発が長期に渡る事を想定して3年という期間を設けた次第だ」

 

 

そして前長官は語り出した。

現在の地球防衛軍の有様。

主力戦艦級、アンドロメダ級の致命的な欠点。

今後あるべき宇宙艦艇の姿。

新しい地球防衛艦隊の構築を日本がリードしていくべきであること。

総理の決断により、宇宙技術研究所の自由裁量で設計することが許されていること。

 

全ては四人の打合せで話し合ったことなので俺は内容を全て知っているのだが、前長官がダンディな声で語ると、何故か熱いものが腹の底からこみ上げてくる。

最初は怪訝そうな顔をしていた職員達も、話が進むにつれて徐々に表情が明るくなっていく。

ある者は長年の鬱積が晴れたような、ある者は闘志を燃やしているような。

皆、いい表情をしている。

やはり、彼らも同じような不満を抱えていたという事だろう。

 

宇宙艦艇装備研究部にとって、軍艦というのは一種の総合芸術である。

七つの課が研究成果を持ち寄って、艦体という一つの器に盛り付けていくのだ。

砲熕課は衝撃砲をはじめとする、各種光学兵器及び装甲板を。

水雷課は艦首艦尾対艦魚雷と側面及び上下部対空ミサイル、更には各種の特殊ミサイルなどの誘導兵器を。

電気課はコスモレーダー、タキオン通信などの電波系統を。

造機課は波動エンジンと波動砲をはじめとする、波動エネルギー全般。

航海課は宇宙空間を航海するのに必要な三次元空間包囲測定器をはじめとした、航海計器全般を。

異次元課はワープ航法に必要な諸設備や亜空間ソナーなど、異次元に関する全ての機器を開発する。

そして、恭介が所属する造船課は、それら全ての受け皿となる船体を造るのだ。

全体の総指揮を執るのは所長直属のチームである基本計画班。彼等は地球防衛軍や自衛隊から要求、また指示された制限などを基に各課に建艦に必要な部品の設計を発注、上がってきた設計図を基に艦のデザインを描き起こす。

そのデザイン図を基に造船課が艦の詳細な設計図とイメージCGを造り、審査委員会に提出するのだ。

こうして出来上がった自国の案が主力戦艦として採用されない事、それは技術士官にとっては自分の研究成果を全否定されたことに等しい。ましてや、競争相手が設計した艦を造るなんて、屈辱的だ。

 

だからこそ、この場にいるすべての職員の、技術屋魂は歓喜している。

これまで、自分達の研究は否定され続けた。

審査委員会では、航空装備研究部が成果を挙げる一方で宇宙艦艇装備研究部は三回連続第一次審査落選という不名誉を受け、「基準」という名の枠に嵌め込まれた中でしか力を発揮できないもどかしさに苦しみ続けた。

宇宙戦艦ヤマトを造ったという誇りがなおのこと、認められない自分達を惨めな気持ちにさせていた。

それが、どうだろうか。藤堂前長官が言っている事は要するに、量産型宇宙戦艦ヤマトを造れという事ではないか。

ヤマトを造って得た栄光を、ヤマトの子孫を造るという栄光で取り戻す。こんなに痛快な事があるだろうか。気持ちが昂らないわけがない。

 

 

「なお、この件は第四次整備計画が正式に発動するまで特機事項とする。この計画を成就させるには、2209年4月の審査委員会の時点で新技術・新発想による奇襲を以て他国より一歩抜きん出ている必要がある。そのためには諸君らの不断の研究のみならず、完璧な防諜体制が求められる。……諸君、この計画の成否は日本の栄誉だけではない。十年、二十年先の地球防衛艦隊の将来、ひいては地球そのものの未来に大きな影響を与える。人類の興廃は君達の双肩にかかっているといってもよい。頑張ってくれたまえ」

「きりぃーつ! 気を――付けぇ!礼!」

 

 

一斉に立ち上がり、踵を合わせる音が再び会議室中に響く。先程よりも皆の息が合っている事が、彼らの気持ちをそのまま物語っていた。

 

 

「実際の作業工程について、俺から捕捉説明する」

 

 

今度は飯沼局長が登壇した。

 

 

「今までと違って、上からの要求は一切ない。従って最初に、基本計画班と各課の課長副課長による検討委員会を立ち上げ、どのような兵器を造るか、どのような艦を設計するかの概論を議論することにする。そこで出た結論を基に各課が開発と設計を行い、最終的に造船課が艦の設計図を引く。前長官も仰られていたが、このプロジェクトは完全に極秘だ。防諜のため通常業務の時間は普段通りの仕事をしてもらい、残業として作業を行ってもらう。詳しくは、朝礼の後に各課に資料を配るから、それを参考にしてくれ」

 

 

いくつか注意点を説明した後、何か質問はあるかと所長は促す。すると、あちこちから質問の手が挙がった。

 

 

「極秘での開発ならば、試作や実験をどうするのか?」

「他国や連邦政府の目をどうやってあざむくのか?」

「開発予算や人件費はどうなるのか?」

「残業手当は出るのか?」

「夜食は出るのか?」

「おやつは?」

Etc……

 

 

重要な質問からどうでもいい質問までが次から次へと飛び出すが、それらは決して計画に対して批判的なものではなかった。

15分近く質問が続いただろうか。最後に手を挙げたのは直属の上司、造船課の木村課長だった。

 

 

「所長のお話ですと、基本計画班と我々課長・副課長クラスで話し合って艦をデザインするとの事でした。しかし、宇宙戦士訓練学校以外で宇宙船での勤務を経験していない、実戦もろくに経験していない私達がすべてのデザインをやってしまっていいものなのでしょうか?理想だけで艦を造る事の愚は、三景艦の例を見れば明らかと思われますが」

 

 

皆がはっとして木村課長を凝視する。

三景艦とは、約300年ほど前、この国の軍隊が陸軍と海軍に分かれていた頃に建造された松島型防護巡洋艦のことだ。

30センチ砲4門を搭載する中国の軍艦に対抗すべく32センチ単装砲を一門だけ搭載したはいいが、実際には使い勝手は悪いわ故障は連発するわで散々な船だった。

今で言うと、出力がいまいち安定しない初代デスラー艦、といったところだろうか。軍艦の設計に関わる者としては、悪い意味で大変有名な話である。

木村課長は、戦争の素人が頭だけで考えて造った艦が実際に使ったら役に立たなかった、という事態を恐れているのだ。

 

 

「勿論、そのリスクは承知している。素人がシェフのレシピ通りに作っても決して美味しい料理ができるとは限らないように、物事には知識と技術だけでなく経験が必要だ。ただ俺達が何でもかんでも載せただけでは、役立たずの鉄屑になるのがオチだ。そこでだ、こんな質問もあろうかと、用兵側の意見を取り入れる為にオブザーバーを用意した。現役の軍人ではないが……喜べ、元ヤマトの乗組員だ。この計画には最もふさわしい人物だろう」

 

 

おぉ、と感嘆の声が上がる。

しかし恭介には、オブザーバーの話は寝耳に水だった。

今までのリキ屋会談でも、そのような話は一度もされなかった。

真田さんの顔が恭介の脳裏をよぎるが、わざわざシークレットゲストにする理由もないと思い至る。以前事務所内で会議をしたときに真田さんがいたことは、職員の誰もが知っていることだ。

ならば、藤堂前長官が独自に動いたという事か。

しかし、元ヤマトの乗組員で、仕事そっちのけでこっちに来られる暇人なんているのだろうか。

 

 

「一人は、ここにも何回か来た事があるから知っているだろう、元ヤマト副長の真田志郎君だ。ただ、彼は地球防衛軍科学局局長という立場があるから、主に裏方として参加してもらうことになっている。もう一人は今、会議室の外に待たせている」

 

 

やはり、真田さんはオブザーバーにカウントされていた。しかし予想通り、裏方としての関与のようだ。

ならば、もう一人は誰なのだろうか。

 

所長の「入って来い」の声と共にドアが開かれ、件の人物が入ってくる。

その人物はワイシャツにネクタイを締めた上に、カーキ色の作業服を着こんでいる。うちと同じ工業系に勤めているのだろう。

体格は元宇宙戦士らしく、中肉中背。

四角っぽい眼鏡をかけ、内ハネの強いボリュームある髪の毛が顔の三方を飾り、前髪は左から右へ無造作に掻き分けられている。

彼は恭介にとって非常に見覚えがあって―――なおかつ、藤堂前長官の挙げた条件にぴったり合致する人物だった。

確かに彼は元ヤマトの乗組員だし、仕事を放り出しても問題なさそうだが……いいのだろうか。

 

 

「南部重工名古屋工廠造兵部庶務課の南部康雄です。本日より、検討委員会のオブザーバーとしてこちらに3年間の出向で参りました。よろしくお願いします」

 

 

なんと、顔馴染みになっているうちのマンションのお隣さんがやって来たのだった。




南部は完結編の後に退役し、実家の南部重工に就職して後継者としての修行をさせられているという設定にしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話

本日は艦長御用始めなり


2206年11月12日19時5分 アジア洲日本国 国立宇宙技術研究所内・小会議室

 

 

あれから二ヶ月。

9月いっぱい続いた猛暑もさすがに鳴りを潜め、長袖で過ごすのが心地いい時期となった。

昔のように気軽に紅葉が楽しめる気候となったわけではないが、二度に渡って地球から季節が消滅したことを考えれば、その日に着る服の組み合わせを悩めるようになったのは大きな進歩なのだろう。

とはいえ、悩むのはオシャレ好きな女性ばかりで、男共には基本的にあまり関係ない。

特に恭介をはじめとする技術職などは基本的にワイシャツに作業着、おまけに着たきりスズメだ。たまの休日も一日中寝ているか自宅労働の二択なので、やはり外見を気にするようなことなど皆無なのだ。

だから、あかねがメールで、

 

 

「今日こんなの買ったんだけど、どう?」

 

 

と、買ったばかりであろう服を着込んでポーズをとっている写真を送ってきても、恭介には正直気のきいたコメントなんぞできないのである。

ちなみに、適当に返事を書いたらわざわざ電話をかけてきて怒られた。

 

さて、街の空気は涼しくなっても会議室の中の空気はまだまだ暑い。もとい、熱い。

10月から本格始動した検討委員会が、白熱した議論の場となっているのだ。

週2回程度、通常業務終了後に不定期で行われる委員会は、最初の一ヶ月は課ごとの意見を作成するための期間として設けられ、先月は意見の発表と質疑応答に終始した。

本格的な議論が始まってから今日で3回目になるのだが……喧々囂々とはこのことだ。

誰も彼もがここぞとばかりに自分の意見を主張して、相手の話を聞く気が全くない。

 

恭介はやつれた顔で、会議に出席している面々を見渡す。

コの字型に並べられた机の、上座に座っている議長は飯沼所長。裁定者の立場に徹しているのか、会議中は基本的に口出しをしない。

所長の両側に椅子を並べている基本計画班は宗形・馬場・水野・鈴木・渡辺・三浦・奥田の7名。

全員が二十代後半から三十代前半だが、これでも今の研究所ではベテランの域にいる人材だ。

 

左右のテーブルに向かい合うように座っている各課の課長と副課長は更に若く、全員が二十代である。

砲熕課が岡山・武谷、水雷課が米倉・成田、電気課が高橋・後藤、造機課が上田・徳田、航海課が久保・遊佐、異次元課が二階堂・小川。最後の造船課は木村課長と副課長の恭介だ。

 

このように研究所の職員が若手ばかりなのには、切実な事情がある。

9年に及ぶガミラス戦役は、一番戦力として使える二十代から四十代までの男女の殆どを戦場へ送り出した。

それは技術畑の人間も例外ではなく、研究所からも技術と経験が蓄積され脂の乗り切った優秀な人材が志願・或いは無言の圧力で戦場へ赴いた。

彼等の多くは艦や基地の工作班に配属されたが、その多くは二度と帰ってこなかった。

彼等が出征して空いた穴を埋めたのは、恭介のように少年宇宙戦士訓練学校を出たばかりの二十歳にも満たない新米技術士だった。

生き残った二十代、三十代の技術士を課長やその上の役職に縛りつけて戦場に行きにくくし、底辺を大量のぺーぺーで埋めることで、かろうじて組織の体裁を維持したのだ。真田局長がイスカンダルに向かう前に防衛艦隊基地・第3ドックの技術長を勤めていたのも、そういった事情あってこそである。

それから6年。当時の新米技術士は後から入ってくる新米に押し出される形で昇進し、年齢に全く合わない役職に就いてしまった。

更には「副」課長などというよくわからない役職が創設される始末。「副」と言っても課長が出張している間だけ部下を纏めているだけで、それ以外はただの先任技術士だ、箔付け以外の何物でもない。

 

閑話休題。

 

検討委員会には南部さんにも毎回出席してもらい、自身の経験に基づく用兵側としての率直な意見を述べてくれる。

時には感情が爆発するのか語気が荒れることもあるが、言うこと全てがこちらには耳の痛い話でもあることもあって、委員らの信頼も篤い。

今もまた、彼は恭介の隣で大音声で反論している。戦闘中の第一艦橋じゃないのだから、もう少し声は小さくしてもらいたい。

 

 

「だから、装甲板は同等以上のものでなければヤマトの再現にはならないんですよ! それができなかったらこんなプロジェクト、何の意味もないじゃないですか!」

 

 

討論相手の鈴木憲人と岡山頼人も、負けずに声を張り上げる。

 

 

「あなたも南部重工の御曹司なら分かるでしょう! あんな高価で過剰な装甲板を艦全体にベタベタ張り付けてたら、建造費が通常の3倍じゃ済まないんですよ! 量産性がなくなっちゃうじゃないですか!」

「量産型戦艦は、世界中の国で建造できることが前提です。アンドロメダ級とは違うんです!」

「ヤマトはそれがあったからこそ沈まなかったんですよ! 堅牢な装甲が無かったら、俺は第一艦橋にミサイルやフェザー砲が命中したときにとっくに艦橋大破で死んでるんです!」

「それはあんなデカイ艦橋にしているのが悪い! あんな天守閣みたいにでかいの、当ててくれと言っているようなもんじゃないか。第三世代型はもっと低く小さくて済んでいるんですよ?」

 

 

電気課の髙橋弘紀も、二人の論戦に参加する。

 

 

「第一なんですか、艦橋の最上階に艦長室ってのは。あんなの大和の時代にもなかったですよ。鐘楼のてっぺんはレーダーや通信機器を搭載すると決まっているんです。戦闘艦橋なんて無くして、艦内にCICを設置すればいいんですよ。いつも我々電気課は苦労してるんですよ? スペースや形状の制限が厳しいから、それに合わせて設計しなきゃいけないんです。分かりますか、俺たちの苦労が」

「まぁまぁ、皆さんそんな喧嘩しないで。南部さん、そんな分厚い装甲なんて張らなくても、空間磁力メッキを張っていれば無敵じゃないですか」

 

 

仲裁するように、咆熕課の武谷が意見を述べるが、

 

 

「武谷、空間磁力メッキは回数制限付きの使い捨てだ。それに使用の際には大量の電力を消費するから通常戦闘時には使えん。造機課としては、まだまだ戦闘とメッキの発動を両立できるようになるまでの技術発展には時間がかかるとしか言いようがないぞ」

「米倉さん。確か、空間磁力メッキは実弾兵器には効果なしでしたよね?」

「ああ、そうだ。コスモタイガーのミサイルで破壊できるくらいだからな」

「あれって起動した瞬間に強力な磁力を発するからレーダーとか電子機器に良くないんですよねぇ」

「そんな、高橋さんまで……ちょっと思いついただけなのに、よってたかってフルボッコしなくてもいいじゃないですかぁ」

 

 

安易な発言はあっという間にボロボロに論破されてしまうほどの、激しい場なのだ。

 

 

「とにかく! 今の宇宙戦艦の防御は紙っぺらなんだ。用兵側としてはそんな船には乗りたくない」

「久保に遊佐、お前らから何か意見は無いのか?」

「航海課の人間にはなんとも……」

 

 

南部の言うとおり、ヤマトは二重装甲だからこそ今まで生き残ってこれたというのは否定できない。

地球も含めて、多くの星間国家の船は装甲が脆すぎるというのは、リキ屋会談でも確認されている。ヤマトの戦闘記録映像には、一発主力級戦艦轟沈のシーンがよく映っていた。

ヤマトの衝撃砲が通じなかったのは、暗黒星団帝国のプレアデスくらいだろうか。

一方で、岡山が言う事も一理ある。ただでさえ戦艦は建造費かかるのに、戦艦の鉄鋼板の上に宇宙船用の耐熱処理を施した軽金属装甲を重ね張りしてたら作業工程は二倍になるし費用は三倍以上だ。質量の増加はもっと問題で、設計を一からやり直さなければいけなくなる事すらあるのだ。

 

 

「このままでは埒があかん。木村、造船課として貴様からは何かないのか?」

 

 

やがて、飯沼局長がうちの上司に話を振ってきた。

 

 

「そうですね……。砲熕課としては、高価で作業工程が煩雑な二重装甲は量産に向かないわけですよね? そして用兵側としては、なんとしても二重装甲を張りたい。ここまで意見が真っ向から対立しているなら、折衷案を取るしかないんじゃないですか?」

「折衷案?」

 

 

飯沼局長がオウム返しに尋ねる。

 

 

「一言で言うと、昔ながらの集中防御方式です。特に被弾しやすい個所、防御したいところだけは二重にして、残りの部分は機密壁を細分化して対処するんです。大和でも採用された、合理的な重量削減方法ですよ?ただしこれを実行するとなると、どこを二重にするかとか、重心のバランス計算などが非常に煩雑になりますが」

「その集中防御方式を採用した大和型は、3隻とも海に沈んでいるんだぞ?」

「20世紀の技術と今の技術を一緒にしないでもらいたい。第一、水上戦艦と宇宙戦艦では沈没の定義だって違うでしょうが。水上船舶なら浮力を失って海中に没すれば沈没ですから、極端な話魚雷1発を食らっただけで綺麗な姿のまま沈む事もあり得るわけです。でも宇宙戦艦の場合、再起不能になるまで破壊され尽くさないと沈没とは言えないでしょう?」

「まぁ、そう言えばそうだが」

「ちょっと待ってくださいよ。宇宙艦艇で集中防御方式はかえって危険じゃないですか?」

「なんでだ? 成田」

「水上戦艦より宇宙戦艦の方が空間戦闘を行うぶんだけ被弾面積が大きくなりますから、集中防御方式だと、装甲が薄い部分を破壊されたらたった一発の被弾でも非常に危険です。完全防御の潜水艦ですら一撃で沈むのですから、宇宙艦艇はなおのこと完全防御にするべきです」

『ああぁ―――。成程……』

 

 

そして、話が振り出しに戻っていく。

今日もまた、結論は纏まりそうになかった。

 

 

 

 

 

 

2206年11月12日22時5分 アジア洲日本国 愛知県名古屋市某アパート2階1号室 篠田恭介宅

 

 

会議があった日には恭介宅で必ず行われる、反省会を兼ねた麻雀大会。

テーブルを囲んだ四人は酒と煙草とつまみを嗜みながら、中国産積み木崩しに興じていた。

ちなみに現在南四局のオーラス、南部が親で馬場、徳田、恭介の順である。

 

 

スチャッ カチャカチャ トン

スチャッ カチャカチャ トン

 

 

「結局、今日も2時間会議をやって、今日も不毛な議論に終わりましたね、南部さん」

 

 

スチャッ カチャカチャ トン

 

 

牌を河に捨てつつ、恭介が南部に語りかける。

話を振られた南部はため息交じりに応じた。

 

 

「また飯沼局長の裁定で決着、だったからな。この調子だといつまでかかるのやら。全く、先が思いやられるぜ」

 

 

スチャッ カチャカチャ トン

 

 

「あ、それチーっす。次の会議のお題は何でしたっけ?」

 

 

南部が捨てた七索を、馬場が拾う。

手牌から八索と九索を取り出して、右端へ寄せる。

 

 

トン スチャッ

スチャッ カチャカチャ トン

 

 

「次回は波動砲。俺達造機課の出番だな。だから、ホントはこんなところで麻雀してるヒマはないんだけどね。ポン」

 

 

トン スチャッ

 

 

場が終盤に差し掛かってきた焦りか、徳田は今まで温存していた白をポンする。

 

 

「げ、今更白取ってどうすんですか。まさかノミ手で勝ち逃げする気ですか?」

 

 

スチャッ カチャカチャ トン

スチャッ カチャカチャ

 

 

「徳田を帰しはせん! リ――チ!!」

 

 

トン カチャッ 

スチャッ

 

 

気合い一閃、千点棒を取り出した南部が東を河に横向きに置いた。

これには皆が驚いて体を乗り出した。

 

 

「オーラスでリーチを張るとは南部さん、よっぽど自信があるのか? ……これは通りますか?」

 

 

トン

 

 

そっと差し出した一萬に、南部はゆっくりと首を横に振って答えた。

 

 

「―――通しだ。っていうか馬場。お前には振らないから安心しろ」

「帰りませんから集中砲火は止めてくださいよ! ……で、波動砲の事なんですがね」

 

 

スチャッ カチャカチャ トン

 

 

「ん? なんですか徳田さん。まさか俺達造船課を造機課に抱き込むつもりっすか?」

 

 

スチャッ カチャカチャ トン

 

 

違うわ、と鬱陶しげにあしらう徳田を、恭介は「ホントかなぁ」と訝しむ。恭介にしてみれば、これ以上の負担は勘弁してもらいたいのだ。

 

 

「いや正直、波動砲ってこれ以上どう進化させていいのかよく分かんないんだよ。出力は上げたし、拡散させたし、口径を大きくしたりはもうしちゃったから、あとはもうどうしたもんかと」

 

 

チャッ

 

 

「波動カートリッジ弾とか波動爆雷とか、応用品もあるからな。……一発ツモはならず、か」

 

 

―――トン

スチャッ

 

 

「こういうときは歴史に学べ、ていいますよ。何か、波動砲に似た兵器の進化を参考にすればいいんじゃないっすか?」

 

 

カチャカチャ トン

スチャッ 

 

 

「波動砲なんて広範囲兵器、何に似てるんだ? 核兵器か?」

 

 

カチャカチャ トン

 

 

「核兵器の進化というと、砲弾とか爆弾とかミサイルとか地雷とか機雷とか? ……なんか、波動砲そのものとは違うなぁ」

 

 

トン スチャッ

スチャッ

 

 

「進化の方向だけで見たら、キャノン砲に似てるんじゃないか? 戦艦の主砲とか野砲とか要塞砲とか……チッ、ツモ切りしかできない……リーチしなきゃ良かったかな」

 

 

トン

スチャッ

 

 

「でも、戦艦の主砲はすぐに対艦ミサイルにとって替わられましたよ? 自走砲の方が近いのでは? よっし、テンパった!」

 

 

カチャカチャ トン

スチャッ

 

 

「それもさらに電磁砲にとって替わられたな。ていうか、黙テンを宣言するアホがここにいる」

 

 

カチャカチャ トン

スチャッ

 

 

「そこの本棚に兵器図鑑があるから取ってきますよ。あ、ツモった。ツモ《拡散波動砲》ドラ1役満」

「げ、篠田が七索ガメてたのか!」

「一筒、当たり牌だったのに……」

「てめぇ、それは研究所だけのローカルルールだろ! 南部さんがいるんだからナシだ!」

「いやいや、南部さんとはよく麻雀やってるから、ウチのローカルルールは知ってますよ。ま、今日は俺の勝ちってことで明日の昼飯お願いします。じゃ、今図鑑取ってきますね」

「なんかもう皆、俺の言ってた事どうでも良くなってる……。はぁ~、波動砲どうしよう……」

 

 

技術者たちの夜はまだまだ続く……。




役満:《拡散波動砲》

一筒×2、三索×3、五索×3、七索×3、九索×3

頭の一筒を一索にすると《収束波動砲》になる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話

今日も今日とて、技術屋さんがあーだこーだと議論します。


2206年11月19日21時48分 アジア洲日本国 国立宇宙技術研究所内・小会議室

 

 

「波動砲の位置を変える?」

 

 

その瞬間、小会議室の面々の頭上にはてなマークが浮かんだ。

あれから一週間。予告通り、検討委員会は造機課が担当する波動砲についての議論になった。

10月に造機課が発表した意見案は、「波動エンジンの能力向上」「波動エネルギー兵器の応用」「波動砲の改良」の3つである。

「波動エンジンの能力向上」については、波動炉心の連装化が提案された。これはアンドロメダⅡ・Ⅲ級が採用している波動エンジンの連装化とは全く異なるもので、ひとつの波動エンジン内にエネルギーコンデンサとなる炉心を複数設けることによって疑似的に波動エンジンを連装化し、艦体の肥大化阻止と波動砲の連射を可能とすることを目的とするものであった。

「波動エネルギー兵器の応用」は、波動カートリッジ弾のミサイルへの転用と、防御兵器としての波動エネルギーの研究が提案され、今日の会議ではいずれも採用された。

そして最後の議題が提示されたところで、造機課長の上田さんがネジひとつ飛んでしまったような事を言いだしたのである。

 

 

「位置を変えるとはどういう事かね、上田君」

 

 

眉を八の字に顰めて不快感をあらわにする所長。

 

 

「スライドで御説明いたしましょう」

 

 

上田さんは所長が関心を示したことに満足するとスクリーンを下ろし、投影機に繋いだパソコンにディスクを差し込んだ。

うす暗くされた室内にぼんやりと白く光るスクリーンに、青に白抜きのヤマトの断面図が映し出された。

 

 

「ヤマトに限らず、現在防衛軍の戦艦に標準装備されている波動砲は、艦体後部の波動エンジンから艦首に装備されている発射口までを複数本のエネルギー導入管で繋ぎ、発射口直前の閉鎖弁を開いてエネルギーを放出するというものです。この形だと艦体の中心部分、エンジンから発射口までを太いバイパスが通っており、艦の設計の自由度を下げています」

 

 

ヤマトの波動エネルギーに関係する部分が明滅する。

エネルギー導入管は主砲塔や艦橋構造物の真下を避けるように左右に分かれ、シリンダーの手前で再び一本にまとまっている。

こうしてみると波動エンジンから波動砲、主砲、パルスレーザー砲へと繋ぐバイパスが複雑に入り組んでいるが分かる。

主砲とパルスレーザー砲は補助エンジンからのバイパスも接続されているため、もっと複雑だ。

 

 

「波動砲へと繋ぐ導入管はその大きさから質量も大きく、波動エネルギーの負荷に耐える為に希少な材質と複雑な工程で装備しています。これを節約する事が出来れば、艦体前部に余剰スペースを大きく確保できるだけでなく、建造費と建造期間をかなり削る事ができます」

 

 

徳田さんがパソコンを操作すると、スクリーンに示されていた発射口からエンジンまでのパイプが消えた。

 

 

「そこで、波動砲の発射口をより波動エンジンに近い位置――例えば第三艦橋前面に外付けすれば、一番副砲から艦首までに空間的余裕が生まれます。余剰スペースにレーダー類を搭載するもよし、弾火薬庫にするもよし、新兵器を搭載することだってできる可能性があります」

 

 

今度は、「波動砲」と書かれたテキストボックスが艦首から第三艦橋前面にドラッグされ、新たにバイパスが繋がれる。

 

 

「外付けの発射口を旋回砲塔にすれば、発射時に艦を敵に正対させずとも砲塔を旋回させるだけで発射できます。また、砲塔と砲身で微調整すればいいので、従来よりも短時間で照準が可能と思われます。勿論、実際に検証をしないと断定できない事ですが。具体的に申しますと……」

 

 

具体的な技術論の説明に入った上田さんの後ろで、コソコソとパソコンを操作している徳田さんを見る。

心なしか、口元がニヤついているようにも見える。やはり、今回の発表内容は徳田さんが入れ知恵したものだったようだ。

課長に採用してもらえたなら、相談に乗ったこちらとしても嬉しいものだ。

一方の飯沼所長は、口を真一文字に結んで仁王のような厳しい表情をしている。

 

 

「……南部君。どう思う、上田の案を」

「所長、こいつはいいと思います。射角外にワープアウトしてきた敵艦隊や周囲を駆け回る高速駆逐艦に波動砲を撃ちこみたい場合、艦全体を旋回させるよりも波動砲の発射口のみを指向させたほうが時間のロスが圧倒的に少なくて済むと思います」

「上田さん。この形だと、波動砲を撃ったときの衝撃で砲塔がもげてしまうんじゃないのですか? 波動砲の衝撃は、重力アンカーを作動させないと発射の反動で艦が後退してしまうほどのものです。砲塔がそれを支えきれなかったら、根元から千切れて吹っ飛ぶんじゃないですか?」

「それに、本当に旋回させることなんて出来るんですか? エネルギー導入管はただでさえ負荷がかかって壊れやすいのに、旋回機能を付加したらそこから壊れていきませんか?」

 

 

次々と上がる質問。上田は予想していた質問が出てきた事に満足して、とても自信ありげだ。

 

 

「いや、渡辺や三浦が心配しているようにはならないはずだ」

 

 

今一度波動砲の発射シークエンスを復習しながら説明します、と言うや否や、画面に変化が起こった。

 

 

「まず、艦内の全機能を停止して再起動分のエネルギーを確保した後、波動エンジンを全力運転させます。発生した高圧タキオン粒子は圧力調整室を通してシリンダーに注入されます。仮に砲塔化する場合、ここの次元波動波発生ボルトから砲口までを砲塔化することになります」

 

 

先程のテキストボックスが、艦首部分の機械類の図に替わる。

あまりの手際の良さに何回も予行練習してたのだろうな、と思う。

 

 

「シリンダー内の圧力が限界になったところで戦闘班長がトリガーを引くと、次元波動波発生ボルトと連動した突入ボルトがタキオン圧力調整室のストライカーを押し込み、ストライカーによって次元波動波が伝えられた高圧タキオン粒子は指向性を持つタキオンバースト奔流となって噴射される訳です」

 

 

波動エンジンから光が波動砲発射口へと走り、次いで波動砲発射シーンの実写の映像が流れた。良く見るとこれ、主力戦艦級「ひえい」が発射してる映像じゃないか。

 

 

「この際、波動砲の反動を吸収するのが重力アンカーです。重力アンカーは第二艦橋直下の重力アンカー制御装置が波動砲の発射に合わせて起動し、艦全体を空間に固定する働きを持っています。通常の波動砲ならば、艦全体を空間に固定することで反動を殺す事が出来ていますが、確かに外付けの砲塔にした場合、反動を抑えきれずに吹っ飛ぶ可能性は大いにあります。そこで、反動を抑えこまずに打ち消す方法を考えるのです」

 

 

今度は一転して、複雑な設計図が現れる。

複雑な曲面と突起が組み合わされた棒状の物体。むき出しの波動砲発射機構、もっとあけすけにいえばデスラー砲をそのまんま描き写したようなそれは、造機課が提案する新型波動砲の概念図だとすぐに察しがついた。

周囲からは小さく驚く声と共に、地球連邦軍の思想からは少々ズレたデザインに戸惑いの息を漏らした。

 

 

「この新型波動砲では、重力アンカーは空間に固定するのではなく反動エネルギーのベクトルを相殺するために使います。近年ガルマン・ガミラスから技術供与を受けた重力制御技術を利用して、シリンダー内に新型の人口重力発生装置を設置します。波動砲発射の際には、発射口へ指向する重力波を生成して反動エネルギーを相殺するのです。また、シリンダー内壁には空間磁力メッキを張り、シリンダーへ向かう波動流のベクトルを変化させて反動の発生そのものを抑えます」

 

 

一気に説明し終えた上だが、ちらりと所長の顔を窺う。

目を瞑って沈黙を貫いていた所長は、しかめっ面のまま、次々に指名して意見を促した。

 

 

「砲熕課、どう思う?」

「装甲に与える影響が怖いですね。この絵だと、波動流が艦底部のすぐ至近を通るわけですよね。直撃じゃないから問題ないとは思いますが……最悪、射線に空間磁力メッキを張る必要があるのではないでしょうか」

「水雷課」

「ここへ導入管を通すのなら、艦底部ミサイルハッチや弾火薬庫の再配置が必要ですね」

「電気課」

「レーダー機器の近くをかすめた時に異常が起きなければいいのですが」

「航海課」

「右に同じです」

「異次元課」

「私の方からは何も」

「最後、造船課」

「重心のバランスと艦の強度がどうなるかが問題だと思います。波動砲の一連の機器は悪く言えば設計の自由を奪うものですが、言い方を変えれば艦の中心を貫く芯棒、竜骨の役目も持っていました。それが無くなったとき、衝撃を吸収する背骨が無い船は外骨格だけでは戦闘に耐えられないでしょう」

 

 

木村課長のよどみない意見に所長はうん、とだけ頷いてじろりと睨んできた。

 

 

「篠田。お前はどうだ?」

 

 

ここで意見を求めてくるという事は、戦史からみてどうか意見しろと、いう事なのだろう。

 

 

「あ――……、確かヤマトがイスカンダルに遠征したときのデスラー坐乗艦は、戦闘空母にデスラー砲を搭載したものだったかと思います。もっとも、居住可能惑星探査のときにはまたデスラー艦に乗っていたようなので、星際的にはあまり主流とは言い難いと思います。あとみなさんが懸念していることですが、少なくともアンドロメダ級とプリンス・オブ・ウェールズでは艦首の真下に波動砲口が通っているので問題はないんじゃないでしょうか」

「あったな、ゴルバの砲口に突っ込んだアレか」

 

 

南部さんの独語に相槌を打つ。

星間国家の中で、超兵器と艦体が一体化していない船は、他には存在しない。むしろ、超兵器のために艦体を設えたという方が正確であろう。

あえて言うならシャルバート星から持ち帰ったハイドロ・コスモジェン砲も含まれるかもしれないが、デスラー戦闘空母にしてもハイドロ・コスモジェン砲にしても、普段は甲板内に格納されてたし、旋回機能は無かった。南部さんには悪いが、実現すればメリットもあるだろうがデメリットも大きいということだろう。

 

 

「意見は出尽くしたようだな」

 

 

そう言って立ち上がる所長。席を立って話すのは、会議の結論を裁定するときに決まってする行動だ。

会議室が一瞬にして水を打ったように静まり返る。

 

 

「では、俺からの意見を述べよう。そもそもヤマトの波動砲が艦首にあるのは、余剰スペースの問題とガミラスの監視の目からの隠匿が理由だった。移民船としての装備を外していく際に錨鎖室周辺からベルマウスまでの空間を空ける事ができたのと、改修当時は艦体部分は隠れていたからな。露出していた最上甲板部分に新たにモノを造るわけにはいかなかったというわけだ」

 

 

眉間にしわを寄せた所長から、波動砲が艦首に搭載された理由が明かされる。

皆が真剣な顔をして頷いている中、俺と二階堂さんだけが片眉を吊り上げて所長の言葉を吟味していた。

今の話って、もっともらしいことを言っているが要するに「ベルマウスの穴をそのまま発射口にしちゃいました」ということじゃないのか?

二階堂さんを盗み見ると、今度は視線があった。今度は逸らす気配が無い。

やはり二階堂さんも同じことを考えていたようだ。

 

 

「さて、現在の戦艦や巡洋艦が艦首に波動砲を搭載しているのは、防衛軍艦隊の戦術上の理由だ。地球連邦軍の艦隊決戦における基本戦術は一貫して、波動砲の斉射によるアウトレンジからの殲滅だ。従って、発射以外に特別な機能は必要なかったのだ。もっとも、ガトランティス帝国の火炎直撃砲やディンギル帝国の小ワープ戦法には負けたがな」

 

 

所長は南部さんを横目に見る。

南部さんが視線に気づくも、所長は構わず口を開く。

 

 

「そういう意味では南部君の言うとおり、波動砲に旋回機能が付加されるのは戦術上非常に重要な事といえる。しかし、波動砲を砲塔化した場合、非常に重要な問題が可能性として挙げられる。それは、波動砲の反動ではなく敵からの攻撃で波動砲塔が破壊された場合だ。波動砲の発射準備中は、シリンダー内に高圧タキオン粒子が充満している状態だ。そんなときに被弾してシリンダーが誘爆を起こした場合……その結果がどうなるか、南部君はよく知っているんじゃないか?」

 

 

南部さんは苦り切った顔をして所長を睨む。南部さんはヤマトが波動エネルギーによって自沈する様をその目で見ている。その話を暗に南部さんに振るとは、所長も酷な事をするもんだ。

 

 

「もともと、波動エンジンはデリケートな機械だ。波動砲もまた然りである。整備に細心の注意を払わなくてはならないような機械を外にさらけ出すことは危険すぎるし、戦闘中ならば尚の事だ。破片一つで不具合を起こし、最悪の事態を引き起こす可能性がある兵器を採用するわけにはいかん」

 

 

その言葉に、恭介は以前観たヤマトの戦闘映像を思い出す。

波動砲もそうだが、およそ超兵器、戦略兵器と呼ばれるものはその砲口が最大の弱点であったりする。

過去にはヤマトの艦首にドリルミサイルが、移動惑星ゴルバのα砲にデスラー戦闘空母が、マイクロブラックホール砲にコスモタイガーが突っ込んで超兵器を封じている。

つまり、その威力に反して超兵器は撃たれれば脆い繊細なものなのだ。

 

 

「上田、悪いがこの企画は実現するにはリスクが大きすぎる。分かってくれ」

「……所長が仰ることも尤もです」

 

 

持論を真っ向から否定され、悔しさをにじませながら辛うじて言葉を返した。

徳田さんもこころなしか俯いている。南部さんも反論こそしないものの二人と同じ貌をしていた。

こうして、波動砲は現状のまま艦首に搭載されることが決定した。解散して会議室を去る全員の心に、どうにも苦い気持ちが後味として残ることとなった。




始動編はずっとこんな感じです。次回、事態は大きく展開します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話

スーパー宇宙戦艦大戦って出ないかなぁ。


2206年12月25日23時4分  愛知県名古屋市某アパート2階1号室 篠田恭介宅

 

 

 

ヤマト量産計画、通称「ビッグY計画」が発動してからというものの、まともな休日は殆ど無くなった。

名目上は土曜の午後と日曜は休みだが、土曜の午後はサービス残業で検討委員会の会議、日曜は家で会議録の整理をしたり「リキ屋会談」が入る事が多く、仕事が終わったら寝るだけという生活を送っていた。

平日と休日の区別がつかないまま延々と仕事をしていたら、いつのまにか年末になってしまっていたのである。

 

というわけで、今は年末休暇真っ最中。8カ月ぶりのまともな連休である。

久々に一日中家にいた。久々にお昼まで爆睡していた。久々に自炊したら残念な味の料理になってしまった。食事のときくらいは外に出れば良かっただろうか。

ある者は故郷へ帰り、ある者は数少ない娯楽を求めて栄の街へ消え、またある者は仲間の家にいり浸ったりする。男子校のノリが強い社風の所為なのか、研究所の職員に妻子や彼女がいる奴はほとんどいない。

恭介は東京に帰る事も無く、今年も年末年始を自宅に引きこもったまま過ごすつもりだ。

 

あかねには帰るように口酸っぱく言われているが、あの家に帰るのは少々気が引ける。

心配してくれるのはありがたいが、あの温もりの中に居ると不意に自分が不相応な場に居るような違和感が湧きあがる事があるのだ。

それは、俺が宇宙戦士訓練学校に入った理由の一つでもある。

家族に混ぜてもらっている事への違和感……とでもいうのだろうか?

とにかく、簗瀬家の二人のことは慕っているが、このくらいの距離感でいるのが一番無難なのだ。

 

それでは東京にも帰らず家に引きこもって休暇を満喫できるかといえば、そうもいかなかった。年明け以降の事が気になって、全く休む気にならないのである。

目の前には、頭痛のタネとなっているルーズリーフ。乱雑に書きなぐられたそれは、先週行われた検討委員会でのメモだ。

年内最後となった検討委員会は、今までの会議で決まったことをおさらいした上で、どのような艦のデザインにするかの指針を議論した。

その結果内定した要目は以下の通りである。

 

 

波動砲……結局従来通りに艦首に艦体と一体化した形式を踏襲。現在、収束式と拡散式のモード変更できるようにするか、検討中。波動炉心を連装にする事で2発まで連射が可能に。但し理屈上、2発撃ってしまえばエネルギー残量が空になってしまうので、かつてのヤマトのように再起動に時間がかかる。また、アンドロメダⅡ・Ⅲ級のように双発エンジンというわけではないので波動砲チャージ中は通常戦闘ができない。

 

衝撃砲……主砲は3連装5基。内訳は上側前部に二基、後部に一基。下側は前部と後部に一基ずつ。下側の主砲塔は普段は露出しているが、大気圏突入時には対ショック・耐熱シールドに覆われる。副砲はヤマトと同様に3連装2基。

 

ミサイル発射管……艦首・艦尾には片舷に3基ずつ、合計12基。側面は艦体中央に片舷6基ずつ計12基。上下には上側が8連装旋回式ミサイル発射機、下側は第三艦橋後部にVLSが16基。使用可能な火器は対艦・対空ミサイルの他機雷や波動爆雷を散布するミサイルも発射可能。

 

パルスレーザー……ヤマトに採用されている4連装長砲身パルスレーザー砲塔を艦上部に片舷5基ずつ、計10基配置。艦下部は無砲身型連装パルスレーザーを片舷10基ずつ配置。片弦は合計で40門と、ヤマトの片舷50門に比べれば門数はだいぶ少ないが、片舷10門しかなかった第二・第三世代型主力戦艦に比べれば大きな前進だ。

 

レーダー類……主力戦艦を踏襲して第一艦橋頂上部に超長距離探知用の網状アンテナを装備。サイドスキャンレーダーで死角をカバーする。歴代アンドロメダ級に装備されている全方位型フェイズド・アレイ・レーダーは、費用対効果から断念。他にもタイムレーダーや三次元センサーも搭載する。

 

装甲……集中防御方式を採用。機関部分と被弾確率の高い艦前面に重点的に重装甲を配置。後方、下方は隔壁を細分化して被害の浸透を阻止。

 

艦体……量産性を考慮し、全長300メートル未満、全幅40メートル未満、基準排水量7万トン未満とする。

 

 

「……所長、やっぱりこれだけの装備を7万トンの艦体に詰め込むなんて無茶ですよ。俺も木村さんも反対って言ったじゃないですか。何であの時はっきり無理だって言ってくれなかったんですか」

 

 

俺はあえてカメラのファインダーを睨みつけながら、ディスプレイの先の所長に恨み言をぶつけた。

ちなみに今日のリキ屋会談は年末でリキ屋が混んでいるのと、真田さんと藤堂前長官が横浜から動けないために、直接会わずにヴァーチャル会議となった。

横浜の二人は大統領以下の地球連邦政府首脳陣の会議に招集されていて、今の今まで政治家達と丁々発止のやりとりをしていたのだそうだ。

藤堂前長官はともかく、真田さんが会議でなにかできるとは思えないのだが、あの人のことだから洗脳電波を発する機械とか作ったりするのだろうか?

 

 

「これくらいできないか? ワシが造ったヤマトにはこれ以上に色々詰め込んだぞ?」

 

 

ディスプレイ右半分に映る所長が、困惑と呆れを半々にしたような顔で無責任な事をのたまう。しかし、ヤマトの時と今では状況も予算も何もかもが違うのだ。

第一、単艦で他星系まで冒険するのと太陽系周辺宙域を防衛するのとでは求められるものが違うのだ、ヤマトとそっくりそのまま同じにしても意味はない。

……ああ、イライラする。

 

 

「そう言うと思って、あれから今日までに一応10パターンほど考えてみました。やっぱり、主砲5基を上下に積んでる時点でどうあがいても無理です。既存の船で要目に一番近いのはアリゾナ級ですが、それでも主砲3基に副砲2基ですからね。3連装を5基も乗っけてその上副砲2基やら大量のパルスレーザーやらミサイル発射機やらつけたら7万トンじゃ足りないに決まってるじゃないですか。やるならせめてアンドロメダⅡみたいに波動エンジン2基にしてくださいよ」

「それこそアンドロメダⅡと変わらんじゃないか、バカモン。10万トンじゃすまないサイズになるぞ」

「だから無理だと言っているんです、所長。課長も俺も空間を捻じ曲げないと出来ないって言ってるのに皆で寄ってたかって多数決して……。俺らじゃ無理です、どうしてもというなら真田さんに頼んでください」

「おいおい、いくら俺でもこれを造るのは不可能だぞ。所長、篠田の言うとおり、この要目通りに設計しようとすると13万トン……せめて11万トンはないと無理です。なんでこんなにあれこれ詰め込んだんですか?」

「いや、ヤマトを再現しようとしたらああなるだろう?」

「南部は何をやっていたんだ、こうならないように招いたというのに」

「真田さん。その南部さんが、一番ノリノリでしたよ……ハァ」

 

 

正直、今にして思うとあの検討委員会は悪ノリしすぎたような気がする。

個々の論議については非常に有意義だったのだが、それを一隻にまとめようとすると『夕張』みたいにカツカツした余裕のない艦になる、というより『播磨』並みのトンデモ艦になってしまうのだ。

結局のところ、プラモデル感覚でいいとこ全部載せしようとしても軍艦としては役立たず……そもそもフネとして成り立たないと言う事なのだ。この一週間でその事が身にしみてわかった。

こういう事態を防ぐために南部さんをメンバーに入れたというのに、あの人は「多くの種類の武器を多く詰め込めればそれだけ強くなる」と言って賛成してしまった。用兵側の意見としては正解なのかもしれないが、それをデザインする方の苦労は分かってくれなかった。

 

 

「所長、我々が造るのは主力戦艦であってアンドロメダⅣじゃないんですよ」

「いっそのことアンドロメダⅣ級にしてしまってはどうだ?」

「あれははじまりはともかく、今では艦隊旗艦用の船ですからね。一国に一隻しかいないんじゃ量産型としての意味がないですよ。……あぁ所長、ひとつだけ7万トン台に抑える方法がありますよ」

「……いったい、どうするってんだ」

「装甲を紙っぺらにして無人艦にしてしまえばいいんですよ。居住スペースもダメコン用の機材や資材置き場も全部撤去して、旗艦がコントロールできるようにすれば、」

「却下だ。無人艦は認めないと最初に言ったぞ」

 

 

一応言ってみただけだが案の定、真田さんが却下した。

ずっと思っていたが、真田さんの有人艦へのこだわりは何なんだろうか。人口がかつての5分の1にまで減っている現状で、無人艦は人件費も犠牲者を出さずに戦力を揃える最良の方法じゃないか。何をそんなに拘っているんだ?

……ああ、本当にイライラしてくる。

俺は一つ、わざとらしく大きなため息をついた。

 

 

「じゃあ、もういっそ原点に戻りますか。船型も飛行機型もやめて、戦闘衛星に主砲やらなにやらくっつけたような形にしたらどうですか? 正直、船型は重量バランスが悪くて、反対側にカウンターウェイトを配置したりして苦労が多いんですよ? 宇宙空間では球体に近ければ近いほど安定するものですからね」

 

 

宇宙開発創成期のISSは、今と違って人工衛星を大きくしただけのチグハグな形をしていた。しかし、あれこそが宇宙に最も適応した正しい進化だと、恭介は思っている。各モジュールが着脱可能だから、追加が来たらモジュールを組み直して最もバランスがとりやすい形に調整する事が出来る。なんという積み木感覚だろうか。

一方の船型は、一度完成したら追加装備を搭載したときの重心のバランス調整が非常に難しいのである。

 

 

「いや、篠田。宇宙船が船型をしているのにはちゃんと理由がある。その理由は訓練学校で教わっただろう?」

 

 

恭介は、不愉快そうに眉間を寄せた。

人類が本格的に太陽系への有人飛行を始めた頃から、宇宙を航行する機体は船型――前後に非常に細長い柱、或いは錐の形状を模するようになった。

あえて従来の形を捨ててまで船型を採用した理由は多く分けて3つ。

一つは、人間に馴染みがある水上船を模することで、宇宙航行のストレスを少しでも軽減させる事。

一つは、水上船のドックを宇宙船建造ドックに使い回している為に、それ以外の形のものを造りにくいこと。

そして最後は、無重力ゆえに上下の感覚がないイメージが強い宇宙空間だが、惑星や中継基地に寄港する時など、実際の運用では上下の区別を求められる事が多々あることである。

そんなことは、真田さんに言われなくても分かっている。

しかし、それも駄目ならばどうしたらいいというのか。天才技術者の真田さんまでもが「無理」だといっているのに、22歳のペーペー技術士官がどうにかできるとでも思っているのか?

 

 

「じゃあどうするんですか? こんな子供の落書きみたいなフネ、造れる訳ないじゃないですか!」

「何だと貴様? それをどうにかするのが技術屋魂だろうが!」

「魂だけでフネが作れるなら人類はとっくの昔にダイソン球殻を造ってますよ! 大体自分だって技術士官なのに自分で考証もしないで適当な事ばかり言ってるじゃないですか!」

「そこまでだ。飯沼君、篠田君」

 

 

今までずっと沈黙を保っていた藤堂前長官の低い声が割り込んで、ヒートアップしかける言葉の応酬を断ち切った。

 

 

「私はこんなことをする為に君達を緊急に呼び出したのではない。今、非常に深刻な問題が発生しつつあるのだ。喧嘩などしている場合ではないぞ」

「……なにか問題でも起きたんすか、前長官殿」

「篠田、いい加減に気持ちを切り替えろ。これは真面目な話だ。今までの話が根本から全部吹っ飛ぶかもしれないんだ」

「だから、真田さんまで何なんですか。何かあるんならはっきり言ってくださいよ」

 

 

藤堂前長官は、眉間に一層の皺を刻んでゆっくりと口を開く。

 

 

「……さっきまで行われていた連邦総会で、軍縮条約案が提出された。可決された場合、第四次環太陽系防衛力整備計画が最大10年間延期されることになる。ビッグY計画が根底から崩れることになるぞ」

 

 

 2206年12月30日10時44分  アジア洲日本国 地球連邦軍司令部ビル内・会議室

 

 

【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト2199」より《ガミラス 暗躍する陰》】

 

 

当然のことではあるが、地球連邦の閣僚は様々な国籍と民族の人物から成っている。

例えば、大統領はドイツ系イギリス人だし、藤堂平九郎や土方竜などの防衛軍上層部の多くは日本人である。

アジア・ヨーロッパ・アフリカ・南北アメリカ洲の代表はそれぞれの洲の盟主国の首相が兼任している。

そして、藤堂が防衛軍司令長官時代からヤマトに、現在は日本の国立宇宙技術研究所に肩入れしているように、それぞれの閣僚も母なる国に、母なる民族に有意識・無意識のうちに便宜を図ってしまうものなのだ。

藤堂の場合はそれが結果的に地球を救う事に繋がっていたが……別の人が同じ事をしても、誰が利して誰が損するか、どのような結果に転ぶかは誰にもわからない。

少なくとも今この場において、誰かの利になると思って提案した軍縮条約案は日本に、国立宇宙科学研究所へ致命的なダメージを与えかねないものであった。

 

 

「この三年間、我々地球連邦政府は何においても先ず、防衛軍艦隊の再編を目指してきました」

 

 

軍縮条約案の発案者であるヨーロッパ洲代表、英国首相のエドワード・マグルーダーが、周囲に言い聞かせるようにゆっくりと口を開いた。

 

 

「持って回った言い方をしおって」

 

 

遠回しな前置きに、藤堂は苦虫を噛んだような顔でつぶやく。

藤堂は、この時期に軍縮条約案が提案された英国の思惑を既に察していた。

今日は連邦総会の年内最終日。今日の議会が閉じれば2週間の年始休暇に入る。

つまり、この場に居る多くの人物が徹夜になる事も翌日に延長する事も避けたいのだ。

そしてそれは、今日中に審議を終わらせ、採決に踏み切る可能性が高いことを意味している。

勿論、審議が結論付かなければ廃案になってしまうのだが……審議はあっさりと進んで今は提案者の最終演説。恐らくは事前工作が為されていたのだろう、そうでなければこんな博打めいた行動を起こすはずがない。

 

 

「ガミラス戦役の際には、我々は地球圏の経済復興を最優先しました。そのおかげで地球のリテラフォーミングを僅か2年で達成し、主要都市の復興と太陽系資源惑星への再進出を果たしました。しかし一方で、第一次環太陽系防衛力整備計画は設計の見直しもあり大幅に遅れ、結果としてガトランティス帝国襲来までに十分に戦力を揃える事が出来ませんでした」

 

 

そう言うと、マグルーダーは一度口を閉ざして会議に出席している面々を見まわした。

一見して聴衆の反応を見ているように思えるが、藤堂には裏工作をした人物への目配せをしているように思えた。

 

 

「この反省に基づき、地球防衛軍は防衛力の再建と市民生活の復興を最優先事項として同列に定め、先だって無人艦隊と環太陽系早期警戒網の再興を行い、次いで防衛艦隊を再建しました。この方針はディンギル帝国戦役以降も変わらず、現在に至っている事は皆さんが良くご存じのはずです」

 

 

頷きを以て同意を示す大統領以下の閣僚たち。その中には、藤堂が長官の時には副長官を勤めていた酒井忠雄現地球防衛軍司令長官もいる。

一方、マグルーダーを見つめる藤堂と真田の視線は厳しい。

藤堂は、条約案提出のタイミングについては推測がついたものの、イギリスが軍縮を提案する事そのものの真意を掴みかねていた。

 

 

「6月末に決定された第三次防衛計画は連邦傘下の各国で建造が順調に進んでおり、来年の5月には第三世代型主力戦艦級が141隻、再来年の2月にはアンドロメダⅢ級が40隻竣工する目算となっております。現状の防衛艦隊と合わせれば、アンドロメダⅠ級4隻、アンドロメダⅡ級7隻、アンドロメダⅢ級40隻、主力戦艦級は第一世代が21隻、第二世代が29隻、第三世代が141隻。戦闘空母は5隻、巡洋艦は第一世代が56隻、第二世代が47隻、第三世代が167隻。駆逐艦が三世代全部で344隻となっています。間違いありませんかな、酒井司令?」

 

 

話を振られた酒井長官は、ややしどろもどろになりながらも答えた。

 

 

「え、ええ。現在、地球本星防衛艦隊、内惑星防衛艦隊、冥王星防衛艦隊の復旧率は25%、太陽系外周艦隊は第2艦隊まで復活しております。しかし、第三次計画の艦が全て完成すれば、太陽系内の艦隊は50%、外周艦隊は第4艦隊まで回復します」

 

 

自分の求めていた発言を引き出したことに満足したのか、こころもちマグルーダー氏の口角が上がった。

マグルーダーは両手を大きく広げ、聴衆の注目を一手に集めて宣言した。

 

 

「最初に資料で示したように、新設計の戦艦を少数生産するよりも第三世代型の戦艦を大量に揃えた方が軍の運用能率、生産効率、そして民生への更なる投資額の面で非常にメリットがあります。地球連邦は可及的速やかに環太陽系防衛体制を完成させなければなりません。今、我々が必要としているのは、一匹のスズメバチではありません。百万のミツバチなのです!」

 

 

マグルーダーが演説を終えた刹那、北アメリカ洲代表、アメリカ合衆国大統領のブライアン・スタッフォードが両手を打ち始めた。続いて立ちあがったのは連邦財務相と外相。さらにはアフリカ代表までもが拍手を打ち始めた。

藤堂は、不愉快そうに片目を細めながら雑な拍手をするアジア代表のワン・ドーファイと、鼻白んだジェスチャーを漏らす酒井長官を視界に入れて全てを理解した。

 

 

(つまり、今回の軍縮条約はワシントン軍縮条約の焼き直しというわけか)

 

 

ヨーロッパ……というよりイギリスとアメリカは、半年前の審査委員会で中国が権謀を巡らせて主力戦艦級の座を射止めた事がよっぽど気に入らなかったのか。

手間をかけて反米・反英感情の強いアフリカを巻き込んで、ついでに白人で軍事に影響力を持つ連邦政府外相と財務相を味方につけて、中国が第四次計画でアンドロメダⅣの座を取らないように技術的停滞を生みだしたのだ。

ただ一つワシントン軍縮条約との違いは、保有排水量の制限が条約前から係っている点だろうか。

彼らの計画のあくどいところは、一見するとこの提案が防衛戦力再生と経済復興の効率化のための政策に見える事だ。ある意味「錦の御旗」を掲げているようなもので、真正面からNoを叩きつける事を躊躇させている。

 

 

「それでは、これを以て審議を終了とします」

 

 

地球連邦大統領が、拍手を抑えて最終的な採決を促す。

史上最も困難な時期の地球を統べた彼も、来年4月で任期を終える。来期も出馬するかどうかは分からないが、退職するにせよ続投するにせよ、ここらで業績が欲しいであろう。もしかしたら、イギリスとアメリカは彼なら裏工作しなくても賛成してくれると踏んでいるかもしれないと、藤堂は考えていた。

どちらにせよ、提案された時点で既に詰んでいた、というわけだ。

二人は最初から抵抗する手段を持ち合わせていなかった。

 

 

「ヨーロッパ洲代表のエドワード・マグルーダー氏が提案された軍縮条約案、賛成の方の起立を求めます」

 

 

応、との声と共に立ち上がる者。胡散臭さに顔をしかめつつも彼らが掲げる建前を否定しきれずに立ち上がる者。

既に引退してオブザーバーでしかない藤堂と、局長とはいえ技術屋にすぎない真田は投票権がない。

いや、例え彼らに投票権があったとしても、決して立ち上がらなかったであろう。

何故もっと早く気付かなかった、何故案の提出を許してしまったのか、という後悔が彼らの脳裏を渦巻いていて、採決どころではなかったのだから。

 

 

「満場一致と認めます。これを以て、軍縮条約案は、可決されました。以後、本案をヨコハマ軍縮条約と呼称いたします」

 

 

この瞬間、彼らの9ヶ月間の努力は水泡に帰した。




戦略ゲームで『デスラーの野望』とかでもいいなぁ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話

始動編も佳境に入ってまいりました。


2207年1月5日0時44分 ???

 

 

「万事、うまくいったようですね」

「ああ、全て君の情報提供のおかげだよ。よくやってくれた」

「祖国のお役にたてたなら、何よりです」

「それで、今現在の奴らの反応はどうかね?」

「今日から仕事始めでしたが、皆が皆、死んだような眼をしています。あれでは、当分の間まともな活動はできないでしょう。半年近く続いた計画がオジャンになったのですから、当然と言えますが」

「条約発効まで時間稼ぎできそうか?」

「ええ、その点は問題ありません。失意のあまり長期休暇を取ってしまった者も少なからずいます。その中には計画の中心人物だった人間もいますから、敗者復活はありえないと断言できますよ」

「そうか、ならば結構。こちらとしても苦労した甲斐があったというものだ」

「今回の条約を通すために裏で相当手を回したんじゃないですか?今回はいくら札束が飛んだのやら」

「さあ、それは知らないな。今回の成果は、各国駐在の大使(・・・・・・・)が御苦労にも事前に入念な交渉をしてくれたからではないかね?」

「……ええ、勿論ですとも」

「よろしい。事前の打ち合わせ通り、今後は奴らが息を吹き返さないよう工作を進めてくれ。特に、抜け道の事は絶対に気づかれないように」

「承知しております。ただ、藤堂と真田についてはこちらから手は出せませんが」

「問題は無い。彼等はこちらで手を打とう」

「有難うございます。……それでは、これ以上の通信は足がつくかもしれませんので」

「ああ。また動きがあるまで連絡は断つ。くれぐれも気取られるなよ」

「はっ」

 

 

 

 

 

 

2207年 1月5日 1時00分 ???

 

 

「15分ほど前に、彼らと本国が通信しているのを傍受しました。やはり、アメリカは裏工作にラングレーを使っていたようです。」

「つまり、君のような二重スパイが既に各国に潜り込んでいるというわけか」

「私と全く同じかどうかは分かりませんが、そう考えてよろしいかと。通信の内容までは分からなかったので、断定なことは言えませんが」

「……ディンギル帝国戦役からわずか3年で、そこまで彼らの情報網が復活しているとは。流石はかつて世界の警察を標榜していただけの事はある」

「それは、我らもそうですが。それより、本国の中にも既に居るかもしれません」

「いや、間違いなくいるだろうな。もしかしたらこの建物の中にもいるかもしれん」

「否定はできませんね……」

「国内の鼠狩りは、本場のジェームス・ボンドに任せておきたまえ。とにかく、御苦労だった。日本にもアメリカにも気付かれないようにな」

「今のところ、どちらにも気付かれてはいません、御安心ください。」

 

 

 

 

 

 

2207年 1月8日 21時01分 アジア洲日本国愛知県名古屋市某アパート2階1号室 篠田恭介宅

 

 

【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト part 2」より《瞑想》】

 

 

篠田恭介は、失意のまま新年を迎えた。

薄暗い部屋を青白く照らすテレビをぼうっと見つめながら、ぼんやりと考える。

彼の脳裏では、同じ映像が延々とリプレイを続けている。

大晦日の早朝にかかってきた映像通信。

パネルに映った藤堂と真田の表情を見た瞬間、彼は二人が言わんとする事を察した。

2人は、決まったばかりのヨコハマ軍縮条約の大要をポツポツと語り始めた。

 

 

一、第三次環太陽系防衛力整備計画の2212年までの延長と、第四次計画の2217年までの順延。

一、第三次計画完了後、第四次計画までの5年間は宇宙艦艇の建造を一切禁止する。

一、それに伴う、各国の戦略指揮戦艦・主力戦艦の保有率と、年間に建造可能な宇宙艦艇数の固定。

一、各国での主力艦艇の個別開発および建造は、第四次計画の発動まで禁止する。

一、条約によって浮いたそれぞれの国の予算は、8割は各国の復興支援用の特定財源として、残る2割は貧困国や国際的復興の資金として宛がわれる。

一、現在建造中の艦艇はその完成を許される。しかし、設計段階あるいは起工前の船はその限りではない。

一、既に竣工している、あるいは建造中の艦艇の艦種変更は認められる。

一、本条約は、2207年2月1日を以て発効する。

 

 

正確に言えば「軍縮」条約というよりも「軍拡禁止」「軍拡管理」条約である。しかも多国間で取り交わす約束事である「条約」ではなく地球連邦政府が下す「政令」なので、連邦傘下の国に批准を拒否する権利は無い。しかし、言葉の些細などこの際どうでもいいことだ。

肝心なのは、第四次計画が10年先にまで延期されてしまった点だ。

「ビッグY計画」は、第三次計画で策定された基準に基づいて各国が独自艦の設計に躍起になっている間に、他国より先に次世代型主力戦艦の開発を始める事によって、第四次計画の査定時に技術的奇襲を以て主力戦艦級の座を射止めるというものだった。

それがどうだろう、3年後のはずだったゴール地点は遥か10年先へ。個別開発の艦艇の規格も、10年間変更してはいけないときたもんだ。

それなら10年もの間、造船技師は何をしていればいいのだろう。

与えられた規格の中でやりくりする?

断言しよう、十年と言う停滞と泥濘の中で造ったものなど、奇抜と奇天烈に満ちたものにしかならない。

規格と言う名の束縛に耐えきれずに「ビッグY計画」を計画したというのに、あと十年もその苦痛が続くなんて耐えられたもんじゃない。

 

2人は、まるでワシントン・ロンドン軍縮条約の焼き直しだと言った。

ワシントン・ロンドン軍縮条約がもたらしたものは何か。

それは、役に立たない条約型戦艦の建造、代替戦力としての巡洋艦と空母を中心とした機動部隊の誕生。そして、遅すぎた条約明け型戦艦の登場。

おそらく、今度も同じ現象が起こるだろう。もしかしたら、五ヶ国だけが保有している宇宙空母の改装も、それを睨んでの事なのかもしれない。

それが宇宙艦艇でも当てはまるのならまだ話は分かるのだが、宙間戦闘において戦艦が不要たり得ないことは今までの歴史と過去の星間国家が証明している。

そして、10年の休日の間に新たな星間国家が攻めてきたとき、果たして第三世代型で対抗し得るのかなんて、誰にもわからない。

 

恭介は、更に思いを巡らせる。

知らせを聞いて研究所に集まった職員は皆、所長の詳細な説明を聞いて驚愕と失望の表情を浮かべた。

米倉さんと久保さんは、目尻に涙を浮かべていた。

木村さんだけは、一瞬だけほっとした表情を浮かべていた。これ以上頭を悩ませる必要が無くなったから、思わず本心が顔に出てしまったのかもしれない。

所長から解散を告げられ、幽鬼のようにおぼつかない足取りで自宅へ帰る職員の波に流され、恭介は駅へ向かうバスに乗った……。

 

あの日以来、彼は研究所には行っていない。

所長には去り際に「有給を取る」とだけ言ったが、溜まっていた分はとっくに消化してしまった。今現在、絶賛無断欠勤中ということになる。

しかも、誰も――――隣に住んでいるはずの南部さんさえも、訪ねに来ない。

 

つまり、篠田恭介は完全に見捨てられたというわけだ。

これは、クビだけじゃ済まないかもしれない。

損害賠償請求が来るかもしれない。退職金なんて出ないだろうから、早く別の職に就かないと払うモノも払えないだろう。

東京や名古屋などの巨大都市はともかく、太平洋沿岸以外の地方都市は復興がまだまだ進んでいないから、土木建築系ならば働き口はあるだろうか。

技術畑に進んだとはいえこれでも宇宙戦士訓練学校を卒業した身、力仕事だって全くできないわけじゃない。

国お抱えの技術士官からガテン系への180度転向は自分でもどうかと思うが、やってできないわけことはない。失意の男が自分を見つめ直す為に建築現場で住み込みの仕事をするなんて、まるで大昔の恋愛小説のようじゃないか。

 

恭介は自嘲めいた笑いを浮かべる。

さっきから、ろくでもない事ばかり考えている。

 

 

「久々に外に出るか……」

 

 

テレビを消し、緩慢な動作で無精髭を撫ぜながら上着を羽織ると、寝不足でろくに働いていない頭のまま玄関の戸を開け、外に出た。

 

 

 

 

 

 

2207年 1月8日 23時08分 アジア洲日本国愛知県名古屋市港区 名古屋港

 

 

「ここは……海か」

 

 

ふらふらと足の向くまま流されるまま、歩いて辿り着いたのは港だった。

名古屋基地からは南にかなり離れているが、まぎれもなく名古屋軍港であった。

たしか、アパートから海までは5キロ近くあるはず。

 

 

「一時間以上ダラダラと歩いていた訳か……俺も末期だな」

 

 

ちょっと散歩するだけのつもりだったのに俺は何やっているんだ、と恭介は自分の所業に顔を顰めた。

びゅう、と海風が横から吹きつけてきた。

暖冬は言え、冬の港に吹く風は身に染みる。

恭介はブルゾンのファスナーを一番上まで引き上げ、襟の中に顎を仕舞い込んだ。

ざわざわと細かな波音が耳朶をくすぐる。

海を眺める視界一面に、色鮮やかな灯りが点っている。

夜空の星のものか、工業地帯の照明なのか、はたまたそれらが海面に映ったものなのか……正直、恭介にとってはどうでもいいことであった。

道路向こうには、5階建てに相当するであろう高い壁。闇の先まで続く壁の上に屋根が乗っかっていて、ひどくシンプルなデザインに見える。

何かのドックだろうか、と考える。

 

恭介は踵を返すと、吹きつける風に押されるように惰性に任せたぎこちない足取りで道路を渡った。

今更ながらに歩いた疲れを感じ、渡った先の事務所らしき建物に続く階段に腰を下ろした。金属製の階段の冷たさがジーンズ越しに伝わるが、他の場所を探す気にもなれず、そのまま座った。

既に全員退社しているらしく、事務所にも階段にも電気は付いていない。街灯の灯りだけが僅かに足元を白く照らしている。

広げた両膝に肘をつき、間に両手をだらりと垂らして力なく俯いていると、周りの音が大きく聞こえてくる。

 

―――波が寄せる音、隙間風が鳴る音、街路樹がざわめく音。

目を閉じてそれらのざわめきに耳を傾けていると、やさぐれていた心が少しずつ落ち着いていくような気がする。

 

―――寄せ波と引き波が重なる音、遠くで車が走る音、轟々と巨大な何かが空を横切る音。

 

見上げると、轟音とともに赤と緑の流星が次々と上空を流れていく。

どうやら、宇宙輸送船団が単縦陣を組んで西から東へと航過していくようだ。

方角と高さからして、東京港へ寄港するのだろう。

 

―――枯れ葉が転がる音、重機が軋みを上げる音、携帯の着信音。

 

 

「…………携帯?」

 

 

慌ててジーンズの左ポケットをまさぐって携帯電話を取り出す。ディスプレイに表示された着信の相手は、あかねだった。

電話に出るべきかどうか迷う。

携帯電話をみつめたまま躊躇することしばし、着信は唐突に途絶えて、残滓のように薄く光るディスプレイだけが残った。

ふぅ、と安堵の溜息をついて、恭介は着信履歴となったディスプレイを見つめる。

 

 

「あかねには……、悪い事しちまったなぁ」

 

 

正直、今は一人にしておいてもらいたい。

ましてや、あかねに無様な俺の顔を見られたくない。

電話に出たところで、どんな話をすればいいのか分からない。

あかねの話につきあってやる心の余裕がない。

そんな後ろ向きな気持ちが、恭介に通話ボタンを押すことを躊躇わせていた。

そんな心情を知ってだろうか。

 

―――――プルルルル!

 

「!!」

 

 

再びの着信に体がビクリと震える。今度は、由紀子さんの携帯だ。

あかねの携帯で繋がらなかったから、由紀子さんが心配して電話を掛けてくれたのだろうか。

……心配してくれるのは有り難いが、やっぱり無視させてもらおう。母親的存在な分、ある意味あかねよりも顔を合わせづらい。

 

―――プルルルルッ―――プルルルルッ―――

 

……もう10回もコールが鳴っているけど、一向に鳴り止む気配が無い。しまった、留守メモ設定がオフになっているのか。

このままでは、向こうが諦めるまで鳴り続けるのを放置するしかない。

 

―――プルルルルッ―――プルルルルッ―――

 

20回コールしてもまだ止まらない。

 

―――プルルルルッ―――プルルルルッ―――

 

 

30回……なんだかホラー映画のワンシーンみたいで段々怖くなってきた。

さすがにここまで鳴り続けると、出ざるを得ないだろう。「寝てて気づかなかった」と言い訳もできるだろうが、後が怖い。由紀子さんに嘘がバレたときはもっと怖い。いつもどおりの笑顔で背後に黒いオーラが見えた時は最凶に怖い。

生唾を飲み込み、通話ボタンをタッチする。

顔は合わせづらいので、カメラ機能はカットした。ディスプレイに“SOUND ONLY”と表記される。これで、相手の携帯には俺の顔は映らない。

カメラを使わないので携帯のスピーカー部分を耳に当てて、

 

 

ピッ

 

 

「……もしもし」

 

 

電話に出た。




それでも、軍艦は一隻も出てきません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話

世にあるいろんなヤマト二次創作には大抵、宇宙空母シナノが登場します。
公式にも、復活篇のif設定として航宙戦艦信濃が存在します。
その意味では、本作は三次創作なのです。


2207年 1月8日 23時16分 アジア洲日本国愛知県名古屋市港区 名古屋港

 

 

頭の上がらない由紀子さんからの電話。

……電話になかなか出なかった事を何て言い訳しよう。

想いを巡らせつつ、恭介は通話ボタンを押すと、

 

 

「――――――――――――――――もしもし」

「コォオラアアアアアァァアアアァァァアアアアアアァアァアァア!!」

 

 

キ―――――――――――――――――――――――――――ィィィィン…………

 

 

あかねの声が右から入って左に突き抜けた!

あれ!?ゆ、由紀子さん?由紀子さんはいつからあかねに進化したのですか!?

 

 

「ちょっと恭介! いるんだったら最初から電話に出なさいよ! 怪我とか病気とかしてんじゃないかと思って心配したじゃない! ってアレ? 画面が出てこないよ?」

「……怪我なら今したぞ、特に右耳が。てか何であかねが由紀子さんの携帯で掛けてるのさ」

 

 

そう、ディスプレイに映っているのはパジャマ姿のあかねだった。

薄いオレンジ色をした冬物の寝間着に身を包んだあかねは、前回帰省した時に見たのとは違った意味で大人しい――柔らかな印象を見せる。

 

 

「いや、私の携帯で出ないからお母さんのならと思って。それより、画面が映ってないんだけどどうなってんの?」

 

 

携帯を変えれば出るかもしれないという発想に、呆れて溜息が出る。

しかもその考え方は、自分が着信拒否されている事が前提になっていることに気づいていないのか、こいつは。

 

 

「たまたま出なかっただけだよ。気にすんなって」

「うーん、なーんか釈然としないけど、まぁいいか。それはそうと、なんでSOUND ONLYなの?」

「な、なんのことだ?」

「ふざけてると殴るよ?」

「お前はテレフォンパンチができるのか」

「あんた何言ってんの?」

「う、うるさいな。髭剃ってないんだ、人様に見せられる顔じゃないんだよ」

「髭?あんたって髭濃い方だったっけ?」

 

 

しまった、と恭介は失策を悟る。

とっさに髭面を言い訳にしてしまったが、仕事に出ているなら髭は毎日剃っていないとおかしい。正月休みと言い張ればまだ言い逃れられるかもしれないが、それよりも恭介は話題をそらす方を選んだ。

 

 

「それよりどうしたんだ、こんな夜中に。何か急用でもあるのか? 今は忙しくて手が離せないんだが」

「いや、恭介にお願いしたいことがあったんだけどね。それはおいといて、画面出してよ。髭面でもいいから」

「いや、断る。で、何のお願いなんだ?」

「顔見せて」

「殴るぞ?」

「電話越しに殴れるわけないじゃん」

「……お前、本当にいい加減にしろよ」

 

 

声のトーンが低くなり、口調が変わる。

あかねのしつこい追及に、イライラが募る。

収まってきていたささくれが戻ってくる。

あかねは唇を尖らせ、訝しがるような顔で俺――といってもあかねが見ているのは自分の携帯のレンズだが――を見つめている。

 

 

「……ねぇ恭介。あんた、何かつらいことでもあったの?」

「――――――――――――なんでそう思うんだよ」

「いつもと全然調子違うじゃない。イライラしてるし、切り返しもうまくない。ねぇ、何かあったの?」

「うるせぇな、あかねには関係ない話だろ」

「……否定はしないんだ。それに、今忙しいってのも嘘ね。恭介、いま海の近くでしょ。船の汽笛の音が聞こえるもん」

 

 

こんな時にだけ、妙に鋭い。

電話越しだというのに、煩わしさが募っていく。

 

 

「だからなんだ。俺がどこで何していようと勝手だろ」

「勝手じゃないわよ……!そういえばさっき、髭面って言ってたわよね。まさかアンタ、ずっと仕事に行ってないとか言うんじゃないでしょうね?」

「正月休みだ」

「嘘ね。二・三日の休みじゃ髭面にはならないわよ」

「なんだ、お説教でもするつもりなのか?」

 

 

不機嫌を全開にした声で拒絶する。

今の恭介には、あかねのどんな言葉も余計なお節介にしか思えなかった。電話の相手がいつもの調子じゃない事は分かる癖に、そんなことも察してくれないのか、こいつは。

 

 

「本気で言ってるの、それ。本当に怒るわよ?」

 

 

そうだ、こいつは昔からそうだった。人の気持ちも知らないで一方的に自分の感情をぶつけてきて、そのくせ自己完結して終わっちまうんだ。

 

そうだ、あのときだって……

 

恭介は慌ててかぶりを振って、陥りかけた思考を追い出した。

俺の事はそっとしておいてくれ。お願いだから、これ以上俺の気持ちを掻き乱さないでくれ!

俺は電話を耳から離し、小さく息を吸った。

 

 

 

 

 

「っせぇってんだよ!! もう俺の事は放っといてくれっ!!」

 

 

 

 

 

我慢できなくなった恭介の怒声が、無人の港に響く。

 

 

「……ッ!!」

 

 

あかねが息を飲む音が聞こえる。画面を見なくても、怯えた表情をしているのが容易に想像できる。僅かに罪悪感が胸を突くが、かまうものか。

 

 

「何なんだよお前は! いちいちウゼェんだよ! 俺にかまうんじゃねぇよ!!」

「恭介、一体何を、」

「いつもいつも俺のやることに文句言って来てよぉ! 口出しすんじゃねぇよ!」

 

 

心にもない罵倒の言葉が次々と口を衝いて出る。負の衝動に任せて発せられる音が夜の空気を震わせ、闇に染み込んでいく。

今まで、ここまであかねに感情をぶつけた事があっただろうか。

……いや、無かった。

この十年で、あかねとは冗談や軽口を叩き合える関係を築いてきた。

しかしそれは、見方を変えればお互いに本心――感情を隠す仮面を被った関係であった。

もしかしたら、これが初めての喧嘩になるのかもしれない。

と言っても、一方的に喧嘩を吹っ掛けているだけなのだが。

 

やがて息切れした恭介が黙ると、周囲に歪な静寂が戻る。

電話の向こうからは、一言も聞こえてこない。

不審に思って耳から携帯を外してディスプレイを見ると、いつのまにか画面は真っ白になっていた。

通話が切れているのかと一瞬思うが、名前と11ケタの電話番号は表示されている、

どうやら、俺と同じようにカメラ機能をオフにしたようだ。

 

 

「……放っとかない」

 

 

互いに沈黙すること暫し。

いい加減、こっちから通話を切ろうかと思い始めた刹那、さっきまでとはガラリと変わってあかねの震え声が耳朶を打った。

 

 

 

【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト part 2」より《大いなる愛》】

 

 

 

「放っとくわけ、ないでしょう?」

 

 

ぐし、と鼻をすする音がする。まさか、泣いているのか。

こいつは、これくらいの事で泣く奴だっただろうか?

 

 

「家族、だもん。心配して、当たり前じゃない。妹が兄さんの心配をして、何が悪いのよ」

 

 

時折声を上ずらせながら、言葉を不器用に紡いでいく。

「妹」「兄」という言葉に眉がピクリと動く自分が、少し嫌になる。

 

 

「兄妹で支え合うの、当然の事でしょ。兄さんが落ち込んでいたら、励まそうって思うじゃない」

「別に落ち込んでなんか、」

「落ち込んでる。誤魔化そうとしてるの、分かるもん」

「…………」

 

 

いつもの快活な声とも、さっきのような元気過ぎて鼻につく声でもない。

まるで病院で初めて会った頃……半年前にも見せた昔のあかねのようだ。

呼び方も、昔のように「兄さん」に戻っている。

 

 

「それを何よ、かまうなって。……私のこと、そんなに嫌いなわけ? 話もしたくないの?」

「…………」

「半年前もそうだった……。兄さん、私がたまには帰ってきてって言っても、結局返事しなかったじゃない。メールだって電話だって、兄さんの方からは絶対に来なかった」

 

 

涙声が雨垂れのようにポツポツと響く。

一体なんだ、この展開は。

先程のイライラはすっかり収まってしまって、まるで酔いが一気に引いたような後味の悪さだけが胸の奥に重く引っかかっている。

あれだけ暴言を吐いたんだ、あかねが怒って通話を切ってしまっておしまい。そうなるはずだったんだ。

何故、あかねを泣かせてしまったんだ?

何故、あかねはあのくらいの暴言で、泣くほどまで傷ついてるんだ?

 

 

「返事してよ、兄さん……。グスッ……そうなんだ、そんなに、私と話するの厭だったんだ……!」

「……何で、俺にきつく言われたくらいで、そんなに泣くんだよ」

 

 

つい、疑念が口を衝いて出てしまった。

 

 

 

 

 

「何で、て!! ……そんなの、兄さんの事が好きだからに決まってるじゃない!!」

 

 

 

 

 

「……ッ!!」

 

 

「嫌われたくないからに、決まってるじゃない……!」

 

 

今度は、恭介が息を飲む番だった。

あかねが、自分の事を「好き」だと言った。

鼓動が跳ね上がる。

憂鬱な気分、卑屈な感情が全部吹き飛ぶ。

空いた心の隙間を、あかねの声が埋めていくような錯覚。

冬風で冷たくなっていた頬が、熱くなっていくのが分かる。

……もしもこんな時じゃなくて、もっとロマンチックなシチュエーションの時に告げられていたら、彼女の発言を言葉どおりの意味に「誤解」してしまったかもしれない。勢いのまま、とんでもないことを口走ってしまったかもしれない。

 

 

……でも。

 

あかねの涙ながらの告白は、本当に唐突過ぎて。

それでも、「兄さん」という言葉にちっぽけな拘りと諦めを抱いていたから。

恭介はあかねの言葉を、ちゃんと「正しく」「文字通りに」理解できた。

 

 

「……ハハッ、」

 

 

知らず、笑みが漏れる。

 

 

「……兄さん?」

 

 

今も涙を浮かべているであろうあかねに、できるだけ明るい声で、あかねを安心させるように答える。

 

 

「そこまで妹に慕われていちゃ、無碍に扱う事も出来ないな。」

 

 

顔をくしゃくしゃにして、それでも声が震えてしまわないように懸命にこらえながら。

本当の気持ちが声に出てしまわないように。

密かに想っている女性に「好き」と言われた嬉しさと、「兄として好き」と断定されてしまった痛みを押し殺して隠すように。

「兄の事が好き」と言われた時点で、彼女に脈が無い事は決定的だ。つまり、あかねに振られた……しかもカッコ悪いことに、不戦敗なのだ。

悲しくないわけがない。ヘコまないわけがない。

でも今は、「兄」としての義務を果たさなくては。

募った想いが開くことなく散った初恋に泣くよりも、自分の所為で泣かせてしまった妹を宥めるのが先だから。

――――今は、「好き」と言ってくれただけで満足だ。

それだけで、恭介は虚勢を張る事ができた。

 

 

「悪かったな、あかね。確かにお前の言うとおり、イライラしてたみたいだ」

「えっ……。あ、うん」

 

 

突然の変わりように、あかねが戸惑っているのが手に取るように分かる。

そりゃそうだ、さっきまでとは180度違う態度だもんな。

 

 

「もう大丈夫だ。お前に全部ぶちまけたら、スッキリしたよ。いろいろと酷い事言って、ごめんな」

「う、うん。色々と言いたい事はあるけど……、兄さんが謝ってくれるなら、まぁ、許してあげる。本当にもう平気なの? さっきみたいになったりしない?」

 

 

ならないよ、と優しく言ってやると、イヤホンから安堵のため息が聞こえてくる。

涙声になるぐらいだ、よっぽど怯えさせてしまっていたんだろう。

八つ当たりで妹を泣かせるなんて兄として最低だ、と後悔する。

 

 

「本当にすまなかった。お詫びに、何でも一ついう事を聞いてやるから」

「え? あ……えっと、じゃあ、あの。携帯。顔……見せて?」

「そんなんでいいのか?」

「と、とりあえず! 後は、改めてまた言うから。」

 

 

顔を真っ赤にして、電話口でワタワタしている姿が容易に想像できる。

そんなあかねを脳裏に浮かべるだけで口元がにやけてしまう自分は、本当にあかねのことが好きなのだと実感する。

 

 

「一つって言ったんだけどな……」

 

 

苦笑いしつつ携帯を操作。

カメラ通話モードを選択。ハンズフリー機能と夜間通話用のライトが自動的に設定される。

ディスプレイに映った自分は、一週間以上剃らなかった髭の所為で思ったよりもみずぼらしい。

 

 

「ほらよ、これでいいか?」

「……確かに、ひどい顔になってるわね。何日ほったらかしにしたらそんな髭モジャになるの?」

「ほっとけ。ほら、俺が画面出したんだから、お前も顔出せ」

「何でも聞いてくれるんじゃなかったの?」

「俺が何も要求しないとは言ってないぞ」

 

 

ズルいわねぇ、と文句を言うあかね。

そう言いながらもカメラを準備してくれるあたり、全く以て素直じゃない。

―――ようやく、いつものあかねに戻ってくれたようだ。

しおらしいあかねも可愛いけど、やっぱりこいつは元気でなくちゃな。

 

 

「なんだ、お前だって酷い顔じゃないか。人の事言えないな」

「ひ、ひどいって何よ。もう……本当、馬鹿なんだから」

 

 

直前に涙を拭ったらしく、ディスプレイに映ったあかねの頬には涙が流れた跡は無かったが、眼も頬も赤く染まっていた。

でもそれは、満開の桜のように綺麗な笑顔だったのだ。

……彼女の笑顔が見られて、本当によかった。

 

 

「で、仕事は大丈夫なの? その様子だと、しばらく家から出てないでしょ」

「まぁ、正直無理かもしれないけど。一応頭下げて、もう一度働かせてもらえるよう頼んでみるよ」

「万が一クビになっちゃったら、一度ウチに帰ってきてね? 母さんも、恭介が帰ってきたら喜ぶから」

「コラ。兄の解雇を願うんじゃありません」

 

 

静かな笑いが漏れる。

オレンジ色の街灯しかない暗い路が、今ではとても暖かだ。

今までの喧嘩が嘘のように、穏やかな気持ちで彼女と電話越しに向かい合う。

その後、しばらく以前のような会話を楽しんだ。

 

 

「あ、恭介。そういえば結局、アンタ何で海にいるの?」

 

 

すっかり調子を取り戻したあかねが、ついでに思い出したように訪ねてきた。

 

 

「へ? あ、いや。なんとなくフラフラ~と歩いてたらな。ていうか、いまだに此処がどこだか正確には分からん」

「ちょっと、大丈夫なの!? ちゃんと帰れる?警察呼んどこうか?」

「迷子のガキンチョか、俺は」

 

 

東京から呼ばれてもお巡りさんも困るだろう。そして来たら来たで、今度はこちらが困る。

 

 

「まぁ、後で携帯のGPSを使えば分かるんだけどな。え~と、今ここはどこなんだ?」

 

 

立ち上がって道路の左右を確認。当然ながら人っ子一人どころか虫一匹いやしない。

電話を自信の正面に掲げながら悠々と道路を渡って、さっき見上げていたドックへ向かう。ドックのフェンス沿いに歩けば看板ぐらいあるだろう。

果たして、それは見つかった。出入り口のゲートと銅板製のプレートを見つけたのだ。

 

 

「えーと、ここは。……ああ、第四特殊資材置き場か。結構遠くまで来たもんだなぁ」

 

 

今は12時過ぎだから……ここから歩いて帰ったら家に着くのは2時近くか。いっそタクシーでも使うか?……こんな姿の客を拾うタクシーなんかいないか。

 

 

「特殊資材置き場? 何それ、特殊資材って」

「ああ、ガミラス戦役で地球が干上がった時に、世界中で海底に沈んでいた船舶や飛行機を資材として回収したんだよ。で、それを保管してあるのが特殊資材置き場。日本は日本籍のものと日本近海のものを回収して、いろんなところに分散して備蓄してあるんだ。ここは名古屋第四だから――――――」

 

 

そこから先は声が出なかった。

頭の中を、衝撃にも似た強い閃きが走る。

数多の単語が頭を駆け巡り、一筋の道を作り上げる。

 

 

――保管されている「資材」、いや「軍艦」――

 

――ヤマト――

 

――修理資材――

 

――改装――

 

――ヨコハマ条約――

 

――禁止条項――

 

……戦闘空母!!

 

 

「あかね!!」

「ふぇ? な、なに? どどど、どうしたの?」

「サイッッッッッッコウだよお前! 素晴らしい! 天才! ブラボー! マーベラス!」

「え? え?? えええ? なななな何?」

 

 

電話の向こうから困惑を通り越してテンぱっている声が聞こえる。

だが、そんなことはどうでもいい。今、恭介のボルテージは最高潮に跳ね上がっていた。

 

 

「ホンットーに偉い! すげぇよ! 好きだ! 愛してる!! んじゃ俺、急用が出来たから切るな!」

 

 

プチッ

 

 

スピーカーから何やら叫び声が聞こえたような気がするが、それどころではない。

素早く携帯から電話帳を呼びだし、掛けたのは飯沼局長の携帯電話だった。




しかし、本作のシナノほど、面倒くさい過程を経て誕生する艦はあまりないでしょう。
次話以降、そのあたりがあきらかになっていきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話

始動編はこれにて終了です。


プルルルル。

プルルルル。

プルルルル。ブチッ。

 

耳にあてたスピーカーから、通話先の相手が息を大きく吸う音が聞こえる。

夜中だから起きているかどうかが心配だったが、局長は幸いにも3コールで電話に出てくれた。ありがたい話だ。

 

 

「もしもし、きょくty」

 

 

「ぶるるるるるあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

キ―――――――――――――――――――――――――――ィィィィン…………

 

 

 

 

 

今度は左から右に声が駆け抜けていった!

 

 

「篠田テメェ、よくもいけしゃしゃあと電話かけてきやがったな! 手打ちにしてやるからそこに直れぇぇぇぇ!!」

 

 

ひぃぃぃぃ!修羅が!仁王がいる!悪鬼羅刹が画面いっぱいに広がっているぅ!!

 

 

「お、落ち着いてください局長! 謝罪します! 謝罪しますからカメラから離れてぇ!」

「じゃかあしいわ! いまどこにいる! 家か! 東京か! イスカンダルか!」

「イスカンダルはとっくに爆散してます、局長!」

 

 

ディスプレイ越しでも致死レベルの形相をした局長が吼える。このままではとてもじゃないが話を聞いてくれそうにない。

 

 

「きょ、局長殿! 御怒りはごもっともですが落ち着いてください!とても重要なお話があります!」

「有給休暇を差し引いても二日間も無断欠勤した奴が今更何の用だ! 退職届を書いたんなら持ってこい! その場でタバコの種火にしてくれるわ!」

「違います! 『ビッグY計画』の事です! まだわずかに希望があるかもしれないんです!」

 

 

【推奨BGM:「SPACE BATTLESHIP ヤマト」より《薄汚れた男》】

 

 

ピタッと局長の雄叫びが止み、無表情になる。

 

 

「……どういうことだ、篠田。時間稼ぎで言ってるんじゃないだろうな」

「俺がこの件で嘘や冗談や時間稼ぎをしたりはしませんよ。俺は今外にいて資料が無いんで確認してもらいたいんですが、ヨコハマ条約で保有や建造が禁止されるのは何の艦種ですか?」

 

 

疑惑の目を向けながらも、「ちょっと待ってろ」と言って画面から外れる局長。

僅かに聞こえるキーボードの音。

パソコンのファイルを開いているようだ。

 

 

「あったぞ。保有率が固定されるのは戦略指揮戦艦、つまりアンドロメダ級だな。それに主力戦艦。あと、宇宙艦艇全体が建造数を固定される。各国での開発もストップだ。……見れば見るほど腹が立つ内容だな」

「ということは、第三次計画の延長と第四次計画の順延を合わせて考えると、条約発効以降は既存の巡洋艦以下の艦艇しか造れないということですね?しかも隻数制限付きで。そして2212年から2217年までは一切艦艇を造れない、と」

「ああ、まぁそういうことになるな」

「局長、その中に宇宙空母の規定はありませんね?」

「宇宙空母? ……あぁ、そういえば無いな」

 

 

それがどうしたという顔の局長を無視して、さらに質問を重ねる。

 

 

「あと、もうひとつ。条約発効時に建造中の船は完成を許される。そうでしたね?」

「ああ、そうだ。で、だからなんだってんだ」

「―――局長。俺いま、名古屋第四特殊資材置き場の前にいるんですよ」

「第四? それがどうした。あそこはヤマトの修理資材が置いてあるところだろう。もう用済みになっていてほったらかしだけど」

「重要なのは修理資材じゃありません、『信濃』ですよ。いいですか、局長。修理資材として保管している航空母艦『信濃』を、宇宙空母として改装するんです」

 

 

 

恭介は、目の前の青銅色の看板を見ながら回想する。

ヤマトが再就役されるとき、装甲板などの修理用資材の不足が問題となった。

地球防衛軍は資材を確保するために、海底に沈んでいた『武蔵』と『信濃』を解体して資材にする――いわゆる共食いである――計画を立案。その際、損傷が激しい『武蔵』を先に解体し、右舷後部の被雷孔以外は殆ど被害の無かった『信濃』は後回しにされたのである。

ガミラス戦役後に海が回復すると、日本の管轄に回された『信濃』はサルベージされ、『武蔵』の残骸と共に第四特殊資材置き場に保管されることになったのだ。

ヤマトの約4年間の艦歴の間に、『武蔵』の残骸は全て消費され、『信濃』は平面の多い飛行甲板から順次剥ぎ取られてヤマトの予備部品と姿を変えていたのである。

恭介の思いついた計画とは、まだ船体の多くを残している『信濃』をベースに、短期間で宇宙空母へ改装しようという案だったのだ。

 

 

「空母といっても、ご存じの通り地球防衛軍の空母は航空戦艦みたいなものですからね。宇宙空母って名目で造っても実質的には宇宙戦艦になります。先に船体ありきの建造になるんで積める装備積めない装備が出てくるでしょうが、2月1日のタイムリミットに間に合わせるには、資材を調達して一から造るよりは圧倒的に早いでしょう?」

 

 

ちなみに、ついでに航空戦力の充実を主張している恭介の意向も反映されて、恭介にとっては願ったり叶ったりな案でもある。

 

 

「しかも『大和』の姉妹艦を素材に使うわけだから、文字通りヤマトの後継艦になるわけか。成程、確かに理にかなった話だ」

「戦艦を造るわけじゃないから、ヨコハマ条約にも既存の条約にも抵触しません」

「……いや、待て。いくらベースとなる船体が既にあるからといって、今から新たに設計図を起こしても2月1日の条約発効には間に合わないんじゃないのか? さすがに設計図がないのに起工式だけ済ますわけにはいかないだろう」

「局長、何の為に『信濃』を使うと思ってんですか。宇宙戦艦ヤマトの設計図はまだ残っているでしょう? それを流用すればいいんですよ。艦の後部だけ飛行甲板にして、他の部分は全てヤマトをベースにするんです。それなら、残っているヤマトのスペアパーツも消化できて一石二鳥ですよ。都合のいい事に『信濃』の飛行甲板は前半分だけが解体されて資材になっていますから、残った後部飛行甲板はそのまま活用できます」

「しかし、空母の『信濃』と戦艦の『大和』では装甲の厚さが全然違うだろう。……いや、そこは複合装甲にすればなんとかなるな。ヤマトよりは防御力が低くなるが……それでも大分マシになるか」

 

 

局長はぶつぶつと聞き取れない独り言を呟く。そして、視線をこちらに向けると「うん。造ろうと思えば造れない事も無いな」と支持してくれた。

どうやら、局長も乗り気になり始めたようだ。よし、これならイケるかもしれない……!

 

 

「しかしな、お前は一番大事な事を忘れているぞ」

「なんですか?」

「『ビッグY計画』は本来、第四次計画の主力戦艦級に採用されて量産型ヤマトを造るのが目的だっただろう。『信濃』を改装してヤマトに似た船を一隻造ったところで、量産できなければ意味が無いんだ。それこそ、目的と手段が入れ替わっているんだよ、バカモン。それに、『信濃』を建造したところで予備資材はどうする? 当時の戦没艦はあらかた回収して資材にしちまったから、損傷したって修理ができない。修理ができない艦を造ったってしょうがないじゃないか」

 

 

恭介は鋭い指摘に声を詰まらせた。

確かに、『信濃』を造れば第四特殊資材置き場に置いてある鉄鋼はすっからかんになるだろう。

そうしたら、どこから重金属の装甲を調達する?

今現在の軍用装甲板の生産ラインは殆どが軽金属を使ったものだ、スペアパーツの確保は難しい。

そうか、例え一隻造れたとしても量産ができなければ、計画が成就したとは言えないのか……。

 

反論できない。折角の希望がへし折られていく。

すると、恭介が押し黙ってしまった事を察して電話口から「はぁ~、しょうがねぇなぁ、てめぇは」という呆れた声がした。

 

 

「お前は条約の原文は読んでなかったんだよな。それならしょうがない、許してやろう。いいか、考えてみろ。2月以降は新型艦の設計ができなくなり、5年後には建造自体が一旦終了する。それはつまり、来年の2月から5年間は条約発効前に造られた艦型しか建造できないという事だ。従って…………んん?」

「局長?どうしたんですか、話の途中で」

「んん、いや、ちょっと待て。…………………………そうか、そういうことだったのか。クソッ、あくどい真似をしやがる」

 

 

突然黙り込んだかと思うとパソコンへ向きを変え、ひとしきり考え込んだ後に顔を歪めて誰かを罵る局長。一体何があったんだ?

 

 

「まぁいい、話を戻そう。2月までに起工式を済ませてしまえば、5年間の建造可能リストに宇宙空母を載せる事が出来る。あとは、決められた建造可能隻数を全部宇宙空母で埋めてしまえば……」

「……実態としては量産にかなり近くなりますね」

「そう。つまり『信濃』を建造する事は、未来への布石になるというわけだ。予備資材が無くなったなら、それはそれで割り切っちまえばいい。ヤマトから引き継ぐべき事は重装甲以外にも沢山ある。重装甲にできないのは残念だが、将来的には軽金属を使った頑丈な装甲ができるかもしれない。とりあえずは軽装甲で大量に造っておいて、あとで張り替えりゃ済むんだ」

「なんだ……。じゃあ、『信濃』を造る事は十分に意味があるんですね。分かってたんなら質問しないでくださいよ。驚いたじゃないですか」

「あのくらいの反論でぐうの音も出ないようじゃ、まだまだ駄目だな。言い訳を即興ででっち上げる位の柔軟性は持っていろ。只の思いつきで戦艦一隻造るわけにはいかないんだから、上を説き伏せる屁理屈ぐらいは考えておけ、バカモン」

「そんなこと、5分前に思いついたばかりの俺に求めないでください……」

「ふん。その酷いツラじゃあ仕方ねぇか。どうせずっと引き籠ってたんだろ。てか何でお前、第四置き場なんかにいるんだ?」

「そこも触れないでください……」

 

 

―――――――言えない。なんとなく歩いてたらたまたま流れついたなんて、二重銀河が爆発しても言えない。

ましてや妹と電話口で大喧嘩してたなんて、銀河が交差しても絶対に言えない。

またひとつ、大きなため息をつくと局長は「とにかくだ」と話を切り替えた。

 

 

「俺は今から真田と藤堂さんにこの事を伝えて、防衛省へ掛けあってもらう。上からは『ビッグY計画』の中止はまだ通達されていない、まだ交渉の余地はあるはずだ。お前は研究所まで来られるか?」

「三日間無断欠勤した人間が行っていいんですか?」

「再来年まで有給は無いと思え。それで手を打ってやる」

「!! ……局長、ありがとうございます!」

「俺もすぐにそっちに行く。今から研究所の連中に非常呼集をかけて、『信濃』の再設計にあたれ。他の奴らにはお前は有給休暇とだけ言ってある、心配するな。安心して仕事にかかれ」

「はいっ!!」

 

 

地球防衛軍式の敬礼をする。

 

……閉ざされたはずの未来から、一筋の光が差し込んできた。

これからの三週間が日本の将来、ひいては地球の将来を決める。

気持ちが昂っていくのが分かる。

一週間前に消えたと思っていた情熱は、まだ心の奥底には残っていたようだ。

 

 

「さて、と」

 

 

携帯を切って待ち受け画面に戻し、遠くを見据える。

冬の港に吹く風は冷たく。

壁沿いにまばらに光る街灯の明かりは、行く道を照らすには心許ない。

それでも、不思議と不快には感じなかった。

先の見えない薄暗い道でも、足元を見据えて一歩一歩確実に踏み出していけば、いずれは明りの灯った大通りに出るだろう。

そうすればきっと、目的地まではあっという間だ。

ならば、今はひたすら前だけを向いて歩くのみだ。

あとは……タクシーがこの辺り通ってくれないかなぁ……。

 

 

 

 

 

 

『ホンットーに偉い! すげぇよ! 好きだ! 愛してる!!』

「えええええええええええええ!!! す、すすすすすあああああああ?」

 

 

プチッ

ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ、

 

 

「え、きょきょきょ恭介? すすす、好きって言った? 好きって言った!? ねぇ恭介? ツーツーツーじゃ分かんないって!」

 

 

ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ、

 

 

《好きだ! 好きだ! 好きだ! 好きだ! 好きだ………………》

 

 

「あかね、どうしたの? 恭介君とは電話繋がった?」

 

 

《愛してる!! 愛してる!! 愛してる! 愛してる! 愛してる…………》

 

 

「かかかかか。ききききわわわわすすすすす!」

「ど、どうしたのあかね? 顔が尋常じゃないくらい真っ赤よ?」

「け、けけけ携帯、かかか返すね。お、おぉおおぉおおお休みなさい!」

「あ、あかね、貴女……!」

 

 

ドタドタドタ、バタン! 

 

 

「画面には恭介君の電話番号……一応は繋がったみたいね。それにしても、何が起きたらあかねがあそこまで動揺するのかしら?」

 

 

ボフッ ジタバタジタバタッ

 

 

『~~~~~~~~~~~~~!!』

 

 

「あの娘があんなに悶えてるなんて、よっぽど恥ずかしい事を言われたのかしら? でも、恭介君がそんなことをするとも思えないんだけど……それより、あの子の瞳の色……」

 

 

『~~~~~~………………         』

 

 

「あら、寝ちゃったのかしら……。それにしても、厄介なことになったわね……」




いつも拙作をご愛顧いただき、まことにありがとうございます。
これにて始動編、終了です。『シナノ』ができるまでの長すぎる前フリでしたが、必要なことでしたので15話という長尺でお送りしました。
次回からは建造編が始まります。
感想、評価等いただけると非常にありがたいです。
これからも『宇宙戦闘空母シナノ』をよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

建造編
第一話


感想を下さった方、ありがとうございます。
感想、意見、評価など、募集しております。
それでは建造編、スタートです。


2207年 1月10日 1時01分 ???

 

 

「先に一報は受けている。一体どういう事だね、これは」

「……何とも弁解のしようもありません」

「君への処分は後回しだ。先ずは経緯と現状を聞きたい」

「はっ。8日2412時、突然非常呼集がかけられ、職員は全員研究所に参集しました。2529時、飯沼が研究所に到着。その場で説明と指示を受けました。それ以降は不眠不休で作業に追われ抜けだす事が出ず、9日7時過ぎにようやくトイレに入って通報した次第であります」

「作業というのは?」

「ヤマトと『信濃』の設計図面とディスクを、全て倉庫から作業室に運び出す作業です」

「『シナノ』?」

「宇宙戦艦ヤマトの元になった、20世紀の水上戦艦大和型の三番艦です。ヤマトの修理資材として資材置き場に放置されていたところに目をつけたようです」

「その『シナノ』とやらが話にどう関わってくるのだ?」

「『信濃』は建造中に航空母艦に仕様が変更された艦です。完成直後に我が軍の潜水艦『アーチャ―フィッシュ』が撃沈したのですが、引き揚げてみたところ原型をほぼ完全に残した状態だったのです」

「それを使って宇宙空母に仕立て上げるということか。ヤマトの設計図を流用して」

「その通りです。ヤマトと『信濃』は元々姉妹艦なので、再設計にかかる時間が大幅に短縮できます」

「むぅ……それは、想定外の手だな。ただ宇宙空母を造るのではなく、ヤマトの後継という点まで盛り込んできたか。確認しておくが、この話は事前に検討されていたというわけではないのだな」

「はい。8日の夜中に唐突に。後で記録を調べてみたところ、非常呼集がかかる直前に飯沼の携帯電話に篠田から電話がかかっております。今回の件は、篠田が飯沼に吹きこんだものとみて間違いないかと」

「篠田……『ビッグY計画』の戦史研究掛に抜擢された奴か。そいつの監視はどうなっていた?」

「我々の監視は局長と各課の課長までです。それ以上は人員が足りません」

「そうか……。では4名追加で派遣する。そいつの監視に使え」

「了解しました。では……」

 

 

 

 

 

 

2207年 1月15日 20時44分 アジア洲日本国愛知県名古屋市港区 名古屋軍港内南部重工第1建造ドック

 

 

【推奨BGM:「男たちの大和/YAMATO」より《海の墓標》】

 

 

耳を聾する水音が壁を叩き、屋根を揺るがし、大気を震わせて一つの楽器を成す。

土気色の穴に白い泡沫が飛び散り、やがて青々とした水を湛える。

研究所のおとなり、南部重工が誇る巨大な船渠。

普段は空堀となっている第一建造ドックには現在なみなみと海水が注がれていて、さながら巨人の為に設えた浴槽のようだ。

16ある注水口から瀑布のように勢いよく飛沫を上げながら注水されている様を見ていると、

 

 

「いやー、ドックに注水されているのを見るのなんて、初めて見るなぁ」

 

 

二階堂さんの暢気な声が聞こえてきた。

 

 

「いやいや、俺ら軍艦の設計技師でしょ?」

「じゃあお前、見た事あるか? このドックに水が満杯になっているのを」

「そりゃ、もちろん……あれ?」

 

 

恭介の頭に湧くはてなマーク。

そういえば、注水口が開放されて海水が注ぎ込まれている様子など、一度も見たことがなかった。

 

 

「俺達、宇宙艦艇専門の技術士官だろうが。宇宙に上げる船を造るのに、進水式は必要ないだろう?」

「ああ、なるほど。最近ヤマトばっかり見てるから、頭がそっちに偏っていました」

 

 

主力戦艦級やアンドロメダ級のようないかにもな宇宙戦艦と違い、ヤマトは水上戦艦だったころの形状を色濃く残している。

艦底色にバルバス・バウ、武装がなくてツルツルな艦底の外装甲。

城郭を思わせる第一艦橋に、煙突ミサイル。どれも、宇宙艦艇のデザインとしては時代遅れもいいところだ。

『信濃』再設計の参考にとこの二週間ほどヤマトの映像と設計図を見続けていた所為か、頭が混乱しているのかもしれない。

 

 

「そうじゃなかったら、地球に海がなかった頃にヤマトは造れないだろうが。あれは海どころか海底の地面に埋まっていたんだぞ?」

「そういえば、そうですね」

 

 

苦笑いして、再びドックを見遣る。

やがて注水は止まり、大きな水槽が完成する。

ドック内の大波小波が落ち着いてくると、屋根の照明に照らされてキラキラ輝く波の渦が美しい。

 

 

「二階堂、篠田。そろそろ指揮所に上がれ。ゲートを開くぞ」

「「了解」」

 

 

スピーカーから流れる飯沼局長の声に、二人して手摺りから離れて指揮所へ続く階段へと走る。

今日は局長と基本計画班から宗形さんと三浦さん、造船課の木村課長と異次元課の二階堂課長と一緒に、『信濃』のドック入りと点検作業を見届けにやってきたのだ。

ちなみにいうと俺は資料や設計図などの荷物持ち。二階堂さんはただ興味本位で見に行きたいだけらしく、「運転手でもなんでもやるから連れてってください!」と局長に泣きついたのだそうな。

 

三階建ての指揮所までカンカンと高い音を立てて一息で駆け上がると、ドックを一望できる指揮室に入る。

そこには窓から様子を眺める研究所の職員、窓の反対側にずらりとならぶディスプレイとコンソールの前でゲートの開放作業をしているドックの職員、その最奥には顔馴染みの人がいた。

 

 

「南部さん!」

「よう篠田! お前、今回はお手柄じゃないか!」

 

 

作業服にヘルメット姿の南部康雄は、挨拶も早々に満面の笑みで俺の両肩をバンバン叩いた。

 

 

「いやぁ、それにしても『信濃』を改造するとは考えつかなかったなぁ。ヨコハマ条約は南部重工としてもショックだったからな。こちらにとっても、艦の建造ができるのは有り難い限りだよ」

 

 

軍艦の建造停止は、南部重工にとっても大打撃だ。

軍艦に限らず、ありとあらゆる軍需品の製造・販売で世界に市場展開している南部重工ではあるが、やはり主たる収入源は軍艦の建造だ。

最近航空機産業へ力を入れつつある揚羽財閥に、調達品のシェアを奪われることも危惧していたのだろう。

 

 

「ようやく見えてきた希望の光です、なんとしても成功させましょう」

「ああ。だが……、まずはこいつの状態をしっかりと見極めないと。ヤマトが沈んでから3年間、ほったらかしだったからな。そもそも船としてまだ使えるのか……。最悪、骨組みの状態まで一度解体して、補修してから改めて組み立て直す必要があるかもしれない」

「おう南部、全部これ一回バラすとしたらどれくらい時間がかかる?」

 

 

南部さんの発言に局長が反応した。

解体に時間がかかりすぎる場合、ヨコハマ条約の発効日に間に合わない可能性を考えているのだろう。

 

 

「そうですね……竜骨も残さず完全にバラすんだったら三週間は必要でしょう。しかし、外板を引っぺがすだけなら二週間もあれば十分でしょう」

「随分と早いものですね」

 

 

宗形さんが驚く。

 

 

「世界の南部重工業を舐めてもらっては困りますね、宗形さん。うちは、ガミラス戦役以来、廃船などの解体作業をさんざんやってきましたからね。技術と経験は豊富にあるんです。使用限界を迎えた宇宙ステーションから宗形さんの住んでいるおんぼろアパートまで、解体と名のつくものならなんでもござれですよ?」

「俺んち壊すなよ!? ていうかおんぼろじゃねぇし!」

「今では解体屋としての活動拠点はもっぱら宇宙でして、今は主だった機械も人員も土星決戦跡地にいっています。それでも、昔の単純な構造の船くらいならここの設備でもあっという間に骨だけにできるんですよ」

 

 

そう言って南部さんは、視線をドックに移す。

ブザーがドック内に響き渡り、ゲートがゆっくりと観音開きに開いていく。

開かれていく隙間からドック内の海水と湾の海水が交流しあい、いくつもの小さな渦を巻き起こす。

その向こうには、3隻のタグボートに付き添われた航空母艦『信濃』が、喫水線にいくつものフロートを纏わりつかせながら静かに佇んでいた。

全長266,1メートル、全幅40メートル、基準排水量62000トン。

完成時は世界最大の大きさを誇った、大和型戦艦の改装艦。

二転三転する設計と竣工時期に、果ては一度も実戦投入される事無く沈んでしまった、悲運の艦。

沈没の際に横転したまま太平洋の深海に沈んでいた『信濃』は、艦橋部分こそ鼠に齧られたかのように酷く損壊しているものの、他の部分は在りし日の姿をそのままに残しているように見える。

艦橋がほとんど無くなっている所為か、飛行甲板の広大さが目を引く。

洋上の移動航空基地とは、よく言ったものだ。

 

湾内独特のゆったりとした波が月の明かりを受け止める。

水面に反射した光が『信濃』の艦首を撫で、その度に十六枚の花弁が姿を現す。

夜半の海に佇むその姿は恭介の脳裏に、刀傷を負った古参兵が単身で砦へ帰還していくさまを連想させた。

 

 

「23世紀の世に、菊花紋章の艦が浮いている姿をこの眼で拝めるとは……」

 

 

基本計画班の三浦さんが感慨深げに呟く。

 

 

「そうか、大抵の場合は干上がった海底に座礁している所しか見ないからな。そういえば、俺も長い事造船に携わっているが、浮かんでいる軍艦を見るのは初めてだな……」

「ヤマトは、座礁した姿のまま改装しましたからねぇ」

 

 

飯沼局長もその事実に気付くと深く頷いた。

 

 

「こいつが金色に輝きを取り戻す姿を見てみたいものですが、流石にこれをつけたままというわけにはいかないでしょうな」

「そう言えば、他の艦の菊花紋章はどうしているんですか?」

 

 

そう聞いたのは三浦さんだ。

 

 

「以前、宮内庁に伺いを立てた事があってな。きりがないからこちらの一存で処理していい事になっている。だから、全部溶鉱炉行きだ。……しかし、三浦が言うから溶かすのが少し惜しくなってきたなぁ」

「じゃあ、とっときますか?」

「……いや、研究所に置いといてもそれはそれで扱いに困るからな。三浦、持って帰るか?」

「いやいや、流石にうちに置いておいても邪魔ですね」

「床が抜けるからか?」

「南部お前ひでぇな!?」

 

 

まさかの天丼ネタだった。

皆の笑い声が指揮室に響く。パソコンの前で操作を見守っているオペレーター達にも笑いは伝播していた。

 

そうこうしているうちに完全にゲートは開き、波が落ち着くのを待って『信濃』がドック内へと静かに曳航されていく。

引き揚げられた際に付着物や塗装が落とされて赤銅色に戻った艦体が、漆黒のベールに包まれた伊勢湾からスポットライトの点るドックへ。

まるで、真っ赤なドレスを身に纏った女優が舞台袖から中央へ進むさまを観客になってみているようだ。

 

 

「あの後、調べてみたのですが……。」

 

 

軍艦が女性格であることを思い出させる風景。

一同が暫し見とれる中、恭介は口を開いた。

 

 

「藤堂さんや真田さんが例えていたワシントン軍縮条約なんですが。条約では、空母という名目で航空戦艦を建造する事を防ぐために、空母の搭載砲は口径8インチ以下と定められているんです」

「それがどうかしたか? 今回のヨコハマ条約では、そんな項目はない。だからこそ、『信濃』という抜け道が作れたんだろう」

「でも宗形さん、おかしいじゃないですか。ワシントン条約もヨコハマ条約も、提案したのはアメリカです。あの国が、こんな単純なミスをするとは思えない。ましてや、かつて自国が提案した条約と似ているなら、なおさら参考にしているはずではないですか」

「流石のアメリカも、空母まで頭が回らなかったんじゃないか? 自国は所有しているとはいえ、世界的には宇宙空母というのは非常にマイナーな存在だ。俺達はヤマトを知っているからまだマシだが、国際的常識としては宇宙戦艦同士の艦隊決戦こそが命運を決すると思われているからな」

「俺達も、ヨコハマ条約が無かったら航空戦艦を造る気は無かったからな。宗形君の言う事が真実じゃないのか?」

 

 

宗形も三浦も、恭介の疑問を杞憂と笑う。

二人の言うとおり、地球防衛軍のドクトリンでは艦隊と航空機の連携は、空母という手段ではなく基地航空隊による増援という形で行われることになっている。

ガトランティス帝国との土星決戦前哨戦では空母機動部隊の有効性は示されたものの、それでもなお、過去の戦役では頻繁に艦隊同士の砲撃戦が行われてきたのもまた事実なのだ。

従って、空母の事まで考えが及ばなかったと思うのも無理からぬことであるのだが……。

 

 

「いや、宗形に三浦よ。そいつぁ、違うな」

 

 

白髪交じりの角刈りを撫でながら、局長が言う。

 

 

「空母が規制されていないのは偶然なんかじゃねぇ。あいつら、端から俺らと同じような事を考えていやがったんだ」

「あいつら?」

「米英仏露。現状で宇宙空母を持っている数少ない国々だ」

 

 

飯沼さんは「いいか、考えてみろ」と念を押すと、両手を腰に据えて指揮室の面子の顔を見回す。

 

 

「三度の星間国家来寇で工場を地下に移すことになった結果、世界各国―――といっても先進国と発展途上国だが、国力や技術の差が昔に比べて格段に近づいた。その影響で、周りより優位に立つ手段として、国際事業の受注や世界基準の栄誉を得て名を上げることが重要になってきた。二階堂、その恩恵を一番受けたのはどこだと思う?」

「中国……でしょうか。戦前はどうしても欧米諸国より一歩遅れていた中国が、第三次計画の主力戦艦級の座を射止めるほどにまでになりましたから」

「じゃあ一番損をしたのは? 宗形」

「やはり欧米でしょう。特にアメリカは国力が低下し、中国や日本などアジア勢の台頭により国際的影響力も低下しました」

「そうだ。そして、アメリカやイギリスがそれをいつまでも放置しておくと思うか? 連邦内の主導権をこれ以上脅かされないように手を講じるであろうことは明白だ。つまり、アジア勢を封じ込めるのが、ヨコハマ条約の真の目的だ」

 

 

飯沼局長と基本計画班の人たちとの間で、禅問答みたいなやりとりが繰り広げられる。

歴史にトンと弱い恭介は、ポカンとするばかりで会話についていけなかった。

 

 

「いまいちよく分からないのですが……具体的にどういう事ですか?」

「言い出しっぺの篠田が分からねぇでどうすんだ、馬鹿野郎。第三次計画による艦艇の選考が行われたのが去年の1月から6月末まで。それぞれの国が独自に設計を始めるのは建造基準が確定した後だから、どんなに急いでも設計図が上がるのは今年の夏以降だ。ということは、条約が発効された瞬間、どの国も第三世代型の軍艦を造ることしかできなくなってしまう。あらかじめ、第三次計画に含まれていない艦種を、1月末の起工を目指して設計していない限り、な」

「ということは、2月以降に第三次計画に含まれていないような艦を竣工させた国が怪しいと?」

「僅か一ヶ月で新型艦を設計するなんて馬鹿が俺達以外にいなければ、だがな。俺達がヤマトの設計図を流用して新たな艦を造るように、過去の艦の設計図を基に突貫工事で新型艦を設計する奴がいないとも限らん。もっとも、万が一出来たとしても第三世代型と対して違わない中途半端な性能の艦になっているだろうよ」

「その点、宇宙空母は米英仏露しか所有していないから、新型艦を造るだけで世界の最先端に立てる。他の国は宇宙空母の設計図も無ければ造った経験も無い。ましてや運用となると、使い物になるまで5年や10年はかかるから他の国ではそう簡単には真似できない……か。連中、うまく考えてきましたねぇ」

 

 

三浦さんが顔をしかめて呟くと、皆が一様に頷く。

つまりは、こういう事だ。

かつての先進国は、戦前まで発展途上国だった国が自分達に国力や技術で肉薄している現状に危機感を抱いていた。

そこでヨコハマ条約によって一度リセットすることで、自国の国力回復を図ると共に、発展途上国が自分達を凌駕しないように楔を打ち込んだ。

加えて、米英仏露は宇宙空母という他国が追随出来ないアドバンテージを活かして、一歩リードするという寸法だ。

 

 

「しかし、それではおかしくないですか?」

 

 

挙手して反論を言ったのは、二階堂さんだった。

 

 

「条文には、建造中だったり既に竣工している艦の艦種変更は認められるんですよね? だったら、戦艦の建造を禁止しても戦艦並みの兵装を持った巡洋艦を造ってもいいことになります。それならば、ヨコハマ条約は実質的に空文化する事になりますが」

 

 

「理屈の上ではそうだ。だが、そうそう上手くいくか? 例えば、日本が開発した第二世代型巡洋艦の『うんぜん』級で考えてみようか。あれは『キーロフ』級の規格を基にした艦だが、第一世代の主力戦艦に近い性能を持っている。しかし、あれを改造して第三世代の戦艦に仕立て上げる事が出来るか?」

「……さすがに。第二世代の戦艦に改造する事も難しいです」

 

 

所長は、我が意を得たりという顔で大きく頷く。

 

 

「だろう? 昔、重巡洋艦に改装する事を前提に建造された軽巡洋艦があったが、設計段階からその辺を考慮に入れていないと、元の艦種より上位に艦種変更するのは難しいんだ。もうひとつ例を出せば、二代目の『金剛』――第二次大戦で日本が所有していた高速戦艦だが、あれは当初巡洋戦艦として建造された。戦争前に装甲と機関を強化されて戦艦のカテゴリーに格上げされたんだが、それでも当時の戦艦の水準からは大きく後退していた。格下げならいくらでもできるが、格上げはほぼ無理と言ってもいいんだ」

 

 

ふぅ、と深くため息をつくと、所長は腰に当てていた手を外して大きく背伸びする。

その意図を察した周囲から真剣な雰囲気が霧散して、さっきの和やかな空気が流れ始めた。

 

 

「まぁとにかく、だ。俺達は奴らの思惑には引っかからなかった。ヤマトの運用実績があるから、空母を造ってもあまり問題は生じない。問題の工期も、ヤマトの設計図と『信濃』という幸運もあってクリアできそうだ。ここからが本番だ、皆よろしく頼むぞ!」

 

 

『はい!』

 

 

所長の檄に、一同は決意を新たにした。

改めて、ドック内に腰を落ち着けた『信濃』を観察する。

既にゲートは完全に閉まり、今はガントリーロックと支持アームの真上に船体を固定すべくタグボートともやいで艦体を誘導しているところだ。

指揮室からは潰れた艦橋越しに飛行甲板が見える。

アイランド型艦橋の直前で断絶してしまっているそれは、それでも宇宙空母に比べて倍近くの面積を持っている。

 

 

「こいつは、設計するのが楽しみだな」

 

 

木村課長の独語に、俺は無言で頷いた。




建造編より、文字数がいっきに増えます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 (画像あり)

いよいよ『シナノ』の外見が明らかになります。


2207年1月28日23時04分 アジア洲日本国 国立宇宙技術研究所内・大会議室

 

 

【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト」より《オープニングテーマ》】

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

一隻の軍艦が、紺碧の宇宙を駆ける。

地球防衛軍の標準的な戦艦とは一線を画した、水上戦闘艦を模したシルエット。

正面から見ると、フェアリーダ―とロケットアンカーの存在が、その異質性を際立たせている。

波動砲発射口と巨大なバルバス・バウを備えた艦首は、喫水線の上を灰色と青色を基調とした軍艦色、その下を真っ赤な艦底色で色分けされている。

滑らかな曲線を重ね合わせて作られた艦体は、平面を多く取り入れている主力戦艦よりも繊細で、美しく見えた。

例えるなら、工芸品。

それが、宇宙戦闘空母『シナノ』を見た第一印象だった。

一番・二番主砲塔を左上方に仰ぎながら、細長い艦体の表面を舐めるように、カメラは艦橋へと移動する。

伝説の名艦、ヤマトを模した艦橋。

細部に多少の違いはあれども、天守閣のような威風堂々とした艦橋とその頂部に設けられたコスモレーダーのデザインは、遠目からは全く同じにみえる。

第二艦橋の手前、本来ならば一番副砲があるべきところには、第二世代型戦艦からの伝統的装備である八連装旋回式多目的ミサイル発射機。

第二艦橋直下の搭状構造物の角には、2連装パルスレーザー砲が片舷1基ずつ。

第二艦橋の後背部には、3連装パルスレーザーが片舷2基ずつ。

そこから上は、ヤマトのそれと全く同じだ。

 

カメラは艦長室と煙突型ミサイル発射機を一瞥してから右舷中央部の対空砲群へ向かう。

4連装長砲身パルスレーザー砲は、煙突の真横と斜め前に一基ずつと、その下段にはヤマトと同様に片舷3基。つまり、片弦には5基20門。

本来ならばさらにその下の段にも4基の長砲身連装パルスレーザー砲があるはずだが、代わりにあるのは大型ハッチが6門。これは波動爆雷、波動機雷、チャフ・フレアディスペンサーの共通射出口だ。

 

さらにカメラは下がり、側面ミサイル発射口をパスして下部第三艦橋を見上げる形に。

喫水線の下には新設された、無砲身型2連装パルスレーザーが片弦に5基10門。

艦底部にはいわくつきの第三艦橋。結局のところ、設計にかける時間が不足しているから第三艦橋の外見は艦体との接続部を太くして周囲にブルワークを設けることで抗堪性を高めるに留めた。

代わりに内装は大幅に変更して、艦橋の直前に新たに設けられた下部一番主砲――正式名称は三番主砲――と無砲身型パルスレーザーの管制ができるようになっている。

 

と、視点が切り替わって今度は艦尾からまっすぐフライパスする形になる。

既存の宇宙空母のそれを踏襲した二層式の飛行甲板に、幅広い矩型の波動エンジンノズル。その両脇にある4基のサブエンジンはアンドロメダ級のそれを模しており、艦体の曲線美を失わないように配慮されている。4枚のX型尾翼の配置も同様だ。

上部の着艦用飛行甲板は、01甲板を艦尾まで延長して飛行甲板を為している。ヤマトならば二番副砲があるはずの個所には、代わりにレーダーマストと一体化した航空機管制塔。

下部の発艦用飛行甲板は艦幅が一番大きい第二甲板にあり、機体整備のスペースを確保するために着艦用甲板より若干だが幅が大きい。艦尾部分には密閉型シャッターが設置されていて、閉扉すれば空気を充填して宇宙服無しでの作業が可能になる。

 

カメラが艦の左舷前方からの視点に切り替わると、突如として『シナノ』が動き出す。

主砲はそれぞれが異なった方向を向いて無造作に砲撃を始め、ミサイル発射機はしきりに左右に首を振り出す。

パルスレーザー砲は一斉に四方八方へ火線をばらまいて弾幕を張り、下部発進用甲板からはコスモタイガー雷撃機がひっきりなしに発艦してはその場でインメルマンターンを打って着艦する。

 

――その様は、まさに壊れたマリオネット。エラーを起こした機械が、延々と同じ作業を繰り返すよう。バグを起こした無機質な、無表情なそれには、命の輝きが感じられない。

やがて全ての火器がパタリと止むと、艦首周辺を光の粒子が纏い始める。発射口に吸い込まれていく青い燐光。

一つの巨大な砲身となった『シナノ』はカメラへと照準を定め―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――とまぁ、完成すればこんな感じになります」

 

 

パソコンの前で、基本計画班班長の宗形さんが得意げな声で映像の終了を告げる。

ディスプレイ上に表示された『シナノ』の完成予想CGが、波動砲を発射する。

アクエリアスの透過光を思わせる美しい光を帯びたタキオン粒子の奔流が、仮想敵―――馬場さん謹製のガトランティス帝国巨大戦艦の再現CGだ―――に吸い込まれ、一瞬の後に画面が真っ白に染まった。

 

 

「見れば見るほど、ヤマトと宇宙空母のニコイチだな。『信濃』の面影が全くねぇ」

 

 

寝不足で目が余り開いていない飯沼局長の感想は、簡潔にして辛辣だった。

 

 

「こればっかりはしょうがないですよ、設計にかける時間が無かったんですから。案だけなら沢山出たんですが、やはり実証試験ができなかったのが痛いですね。『シナノ』の場合、ベースはヤマト、飛行甲板部分はアメリカの宇宙空母『エンタープライズ』、サブエンジンは初代アンドロメダ級だから、正確にはサンコイチです。似ているのは見た目だけですが」

 

 

木村課長が「これ以上は勘弁してくれ」と言わんばかりの表情で答えた。その眼の下にも隈がくっきりと顕れている。

 

 

「以前、篠田が防衛軍資料室からもらってきた設計図が役に立ったな。賄賂に贈った牡蠣が俺達を救ったというわけだ。全く以て牡蠣さまさまだなぁ」

 

 

豪快に笑う局長は、オッサンそのものだ。

もちろん、いくら高級食品だからといって牡蠣くらいで機密を漏らす防衛軍資料室とは思えない。

実際のところはあの人達の裏工作のおかげなんだろうなと、禿頭と角刈りの後ろ姿が脳裏に浮かんだ。

 

 

「砲熕課としては、三番主砲の設計ができたのが良い経験でしたね。艦底部に主砲を搭載するのは、巡洋艦はやったことありますが、戦艦では初めてでしたからね、刺激的な毎日でしたよ」

 

 

話題をすりかえるように、岡山さんがこの半年を振り返った。

 

 

「艦尾に魚雷発射管を置けない分、側面ミサイル発射口を増設できたのは有り難いです」

「ヤマトで実現できなかった、亜空間ソナーとタイムレーダーの同時装備が出来たので、電気課は満足です。まぁその分、艦内工場が無くなってしまったのは申し訳ない気もしますが」

「波動砲のモードチェンジが出来なかったのは、残念だったな。アレが開発できていれば、対艦隊戦と対要塞戦の両方に対応できたんですが」

「航海課は……すみません、何もありませんでした」

「亜空間に空母を沈めてみたかったな……。異次元潜航能力の研究が進んでない私達が悪いんですが」

 

 

各課の課長が、それぞれの立場から感想をいう。それにしても久保さん、あいかわらず自信が無いというか根暗というか奥手というか。

第一艦橋内装のデザインを一新したのは自慢できる事だと思うのだが。

ちなみに、二階堂さんの戯言はとりあえずスル―しておく。

 

 

「防御力も、市松装甲のおかげでそこそこ上昇しましたからね。戦艦程度の衝撃砲なら、跳ね返してやりますよ」

「……なぁ木村、その『市松装甲』ってネーム、やめねぇか? なんだか、聞いてて物凄く悲しくなってくるんだが」

「だって、市松模様なんだから仕方ないじゃないですか。じゃあ、『チェック柄装甲』とか『碁盤の目装甲』にしますか? 『網の目装甲』とか『チェス盤装甲』でもいいですよ? 名付け親は篠田ですから、コイツに変えさせてもいいですが」

「もう何でもいいわい……」

 

 

局長は、俺のネーミングセンスが気に入らない様子だ。俺が発明したんだから、俺が名前をつけたっていいじゃないかと思う。

ちなみに『市松装甲』とは、ヤマトの重装甲と主力戦艦の軽装甲を文字通り市松模様のように細かく組み合わせて作ったものだ。『大和』の蜂の巣甲板をヒントにしたもので、耐久度こそヤマトのそれに劣るがアンドロメダⅢ級と同等の抗堪性を持つ。資材を節約して使う事ができるのが特徴で、限りある修理用資材の浪費抑制にも繋がる優れ物だ。

 

勿論、弱点はある。

軽装甲の部分にピンポイントで被弾するようなことがあったらおしまいだし、戦闘で破損した部分の応急修理に使うには勿体無いシロモノであるが故に、艦内の修理資材としては使えない。従って、戦闘後の応急修理には地球防衛軍標準仕様の軽装甲を充てるしかなく、修理をすればするほど艦としては弱くなっていくという時限爆弾つきの装甲なのだ。

この市松装甲は機関部と被弾確率の高い艦体前部及び左右、さらに重装甲が求められる主砲塔と上下艦橋に集中的に張り巡らし、下面と後部は従来の装甲を使用している。隔壁を細分化し、ダメコン用資材を多く搭載することで誤魔化しているが、戦艦クラスの衝撃砲を多数被弾した場合、大損害は免れないのは従来の主力戦艦と一緒だ。

ちなみに飛行甲板は、『信濃』のものをほぼそのまま転用している。

 

 

【推奨BGM:「SPACE BATTLESHIPヤマト」より《新たな歴史を》】

 

 

「水野、設計図は南部重工に送ったか?」

「既に」

「渡辺、起工式の手配は?」

「先週のうちに防衛省に依頼しておきました。建造の正当性を誇示する為に、それなりの人物を参列させるそうです」

「鈴木、今朝渡した式次第は?」

「先程全員に配りました。でも仕事があるのは局長だけで、俺達は突っ立っているだけですよ?」

「やることはあるわい。紙をよく見ろド阿呆」

「局長、地球防衛軍本部への申告は済んでいますか?」

「昼過ぎに真田に連絡しておいた。後で確認するが、そろそろメールで必要書類のファイルが届く頃だろう」

「……じゃあ、あとは起工式を待つだけですね」

 

 

スケジュール管理を一手に引き受けていた奥田さんが、ホワイトボードに記された工程表を眺めながら安心した声で告げる。

チェック項目はすべて二重線で消されており、準備がすべて完了していることが分かる。

 

 

「ああ、そうだ。あとはもう、現場の仕事だ。……僅か二週間という地獄のようなスケジュールだったが、皆、不眠不休でよく頑張ってくれた。無茶を押し付けた責任者として、礼を言う」

 

 

局長がゆっくりと頭を下げる。

 

 

「振りかえればこの仕事は、ヤマトの後継を造るという目的のほかにも、お前らが十年後失業しないように、大きな仕事を受注するという打算があった」

 

 

そういえば9ヶ月前のあの日。この仕事に最初に触れた時、俺が興味を持ったのはその一点だった。

 

 

「しかし、計画が進んでいくうちに、そんなことはどうでも良くなっていた。俺は、なんとしてもヤマトを、アクエリアスの海に眠るあの船が残したものを絶やしてはいけない、地球が描く新たな歴史に、絶対にヤマトの魂を刻み込まなければいけないと思うようになっていたんだ」

 

 

いつか見た、『冬月』の映像を思い出す。

人柱のようにアクエリアスの海に沈んだかの船は、今も母なる地球を見守るように宙空を漂っている。

 

 

「その後の紆余曲折は皆も知っての通りだ。だが幸いにして、俺達は当初の理念をある意味最も完璧な形で実現する事ができた。『信濃』が解体されずに残っていた事、ヤマトのスペアパーツが残っていた事、研究所が東京や横浜でなく名古屋にあった事、ヤマトの設計図が度重なる戦災でも失われなかった事。これらは全て必然の事であったと、俺は確信している」

 

 

もしも『信濃』がサルベージされていなかったら。

解体されて地下都市建築用資材へと変わっていたら。

あの日、俺がフラフラと第四特殊資材置き場に辿り着いていなかったら。

どれひとつ無くても、この計画は成立し得なかった。

ならば、それはもはや偶然ではなく必然だろう。

局長は一度俯き、言葉を選ぶ。

 

 

「恐らく、日本の他にも宇宙空母を新造する国は現れるだろう。いや、『信濃』のように、戦没艦をサルベージして空母に仕立て上げる国も間違いなく出てくる。しかし、何の心配もいらない」

 

 

局長の口調が、段々熱を帯びていく。

 

 

「武勲艦ヤマトの魂を受け継いだこの艦は、必ずやくだらない国際対立を跳ね返し、来寇してくる宇宙人共を撃滅してくれるだろう。……そうしたら、俺達の苦労は報われる。星の海に眠る研究所の先達にも、将来この研究所を担っていくであろう子供者達にも、胸を張ることができる。その時には、皆で英雄の丘へ行こう。俺達は貴方達の遺志を未来に残す事ができましたと、報告しに行こう。それが、『ビッグY計画』完遂のときだ」

 

 

どこからともなく静かな拍手が起こり、深夜の小会議室は暖かな達成感に包まれた。

「お前ら……」と呟きながら顔を上げた局長の目には、光るものがあった。

鼻の奥がツンとしてくる。

目頭が熱くなる。

体が熱くなり、歓喜に震える。

つられて涙ぐんでいる同僚が何人もいた。目を手で覆い隠して天井を仰ぐ者もいる。

我慢しきれずに、声を押し殺して泣いている人もいる。

 

かつて、研究所がここまで一体となって設計した船があっただろうか。

最初は、その理念に感動した。

段々、その理念の重さに押しつぶされそうになった。

技術的障壁、各課の理想を全部盛り込んだが故の無謀な要求。

そしてヨコハマ条約の挫折。

その苦労が、たった今報われたのだ。

こんなに、嬉しい事は無い。

 

 

「俺は最高の部下を持って幸せだ……! ありがとう、ありがとうよ……!」

「きっと、先達も今日のこの日を喜んでくれていると思います。局長、今夜は前祝いです。今から飲みに行きましょう!」

 

 

そうだそうだ、と同意する声が重なる。

 

 

「ああ、そうだな、そのとおりだ。おめぇら、今日の勘定は全部俺が持つ、今夜はぶっ倒れるまで飲みまくるぞ!!」

『うおおおおおおおおおおおお――――――――――!!!!』

 

 

一気に湧きあがる大会議室。寝不足と深夜ということもあって、妙なテンションになった120人の野郎どもの勢いは止まらない。

予約なしに120人も入る飲み屋があるのかとか、全部所長が負担したら今月のお給料スッカラカンになっちゃうんじゃないかなんて知ったこっちゃない。

あまりのハイテンションぶりに唖然とする警備員さんを尻目に、120人の漢達は夜の名古屋市街へ繰り出した。

 

 

 

 

 

 

2207年 1月30日 10時04分 アジア洲日本国愛知県名古屋市港区 名古屋軍港内南部重工第1建造ドック

 

 

時は過ぎて、いよいよ起工式。

骨組みだけを残してバラバラにされた『信濃』は、一見人骨を想起させてゾッとする。

ドックの傍ら、風呂に例えるならば浴槽の縁の場所には、立派な祭壇が設えられている。

艦首の目前に置かれた案の上には種々の供物―――まだまだ食糧事情が改善されないので、合成酒と養殖ものの魚と促成工場で栽培された配給ものの穀物、野菜類である―――が皿に盛られている。

祭壇の右脇には工事の安全祈願祭を執り行う神職が5人。近くの神社ではなく、わざわざ熱田神宮から呼んだという。未だ復興の途中だというのに、御苦労なことだ。

 

祭壇と向かい合って整列するは、工事を行う南部重工業の職員が5~60人、地球防衛軍からは酒井忠雄現地球防衛軍司令長官と秘書の鞘師多枝。防衛軍日本支部からは、防衛省の大臣と副大臣。

そして設計を担当した国立宇宙技術研究所の職員。その数、3人。

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………

 

 

 

 

 

 

 

飯沼所長と航海課副課長の遊佐と恭介、合わせて3人。

三人の間を、冷たい風が吹いたような錯覚に陥る。

三人の額を流れる冷や汗。

口元は気まずさをごまかすように歪み、眼はせわしなく動く。

明らかなる挙動不審。

交わす言葉も無く、三人して立ち尽くす。

はて、120人いるはずの研究所職員はどこに行ってしまったのでしょうか?




建造編は少々ギャグテイストを含んだものになっております。

※ ためしに画像を添付してみました。『シナノ』を左舷正横から捉えた様子です。
ペン画に水彩絵の具で着色したものをパソコンに取り込んで多少加工しただけの稚拙な絵ですが、想像の一助になれば幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 (画像あり)

図書館にはどんな本でも置いてある。
国会図書館ならばなおのこと。
専門書から先週のジャンプまで取り揃える充実ぶりはもはや天国。
あとは、マイクロフィルムリーダーが新しくなればなぁ……。


2207年 1月30日 10時16分 アジア洲日本国愛知県名古屋市港区 名古屋軍港内南部重工第1建造ドック

 

 

「掛まくも畏き、經津主神武御雷神鳥之石楠船神天目一箇神等を招請奉り坐せ奉りて、畏み畏みも白さく……」

 

 

目の高さに紙を持った神職の声がドック内に響く。

只今、改装工事起工式に伴う工事安全祈願祭の真っ最中である。

 

 

「我が軍の集団は陸にも海にも宇宙にも有るが中に、殊に天つ海を四方八方に囲める我が星は、天つ軍人の強からでは仇等を射向け難く、又堅く雄々しき鋼鉄の軍艦又諸々の軍器の無くては適うまじ……」

 

 

一同、揃って腰を折り祝詞を聞く。

ちらりと上目で様子をうかがうと、前の列にはずらりと並ぶ作業服姿の南部重工の職員・工員達。

対して、研究所の職員はたった3人。

残り117人は、絶賛二日酔い中である。

 

 

「如斯乍ら公の政府の趣旨の命に依りて造れる、天駆ける軍艦の大船を組み立つる梁柱は堅磐に常磐に堅く強く違う事なく、張れる船板は日は日の尽き夜は夜もすがら、善く鍛え練りし真金の板の広く厚く破れ壊るる事なく……」

 

 

惨劇の始まりは、一昨日の深夜にまで遡る。

翌朝の閉店までに酔い潰れたのが約8割。残りも、わざわざ早朝に営業している、深夜に働く人のための居酒屋へと押しかけて飲み続けた。

―――その結果がこれである。最後まで生き残った12人のうち、行動可能にまで回復したのはたった2人だけだった。

ちなみに、生き残ったのは恭介と遊佐。局長は事務処理の為に、朝イチで研究所に帰っていたらしい。

局長は酒には弱いけど抜けるのも早いから、こうして参列できているのだろう。

 

 

「仇等の撃ち出す弾丸の当たるとも梓弓張る矢を放つ事の如く跳ね返らしめ給い、撃ち出す大砲小砲種々の武器は鳴神の光り轟きて、五月蠅なす仇船を打ち破り沈めて吾が星の威光を弥輝かしに輝かしめ給いて……」

 

 

とはいえ、二日酔いが抜けきった訳ではない。というより、今も頭の中では銅鑼がグワングワン鳴り響いている。

そして、いつまでもこうやって頭下げてると、段々胃の中の物が上がってきてヤバいことになる。

 

 

「外つ星の国の軍艦も得適い難き大御艦を造らしめ給えと、今日の生く日の足る日に、事を預かり司る南部重工を始めて事に従う諸々参集いて、御祭り仕え奉らんとして捧げ奉る幣帛を平らけく安らけく聞こし食せと、畏み畏みも白す~~~ぅ」

 

 

ようやく長々しい祝詞が終わる。背筋を伸ばすと、上がりかけたモノが食道を下りて、胃が刺激される。

冷や汗が二人の頬を伝い、我慢を通り越して無表情になる。

もはや進むも地獄退くも地獄、時が止まったように微動だにせずにいることで、かろうじて持ちこたえているのだ。

 

柏手の音がドック内を反響する。

再拝して神職は元の場所へ。

今度は一番下手に並んでいる神職が、木の枝らしきものを取りに下がる。気を紛らわすために式次第を見ると、「玉串奉奠」と書いてあるが、ふだん建艦式や竣工式に参加しない恭介には読み方が分からない。

ずらりと並んだ五人の神職が一斉に動き出し、一番偉いと思われる神職の後ろに並んだ。

二礼、二拍手、一礼。

五人が一糸乱れず行うのを見ると、なんとなく有難味を感じてしまうから不思議だ。

 

式次第だと、この後は参列者玉串、撤饌、祭主一拝、昇神、退下と書いてある。

ここまで既に15分、予定だとあと5分もすれば式は終わる。式が終わり次第、化粧室にダイレクトランディングだ。

シミュレーションは既に完了、この場のさりげない離脱の仕方から胃を刺激せずにトイレまで最短時間で辿り着く走法、個室に入ってから扉を閉めつつ便器の蓋を開ける一連の動作まで、全て想定済みだ。

頭の中で、波動エネルギーがシリンダー内に充填される音が鳴る。

恭介はちらりと、隣の遊佐を見る。目は虚ろで眉は八の字、頬が心なしか膨らんでいるのは気のせいだろうか。

こいつは、時間と遊佐との競争になりそうだ。

 

酒井忠雄地球連邦軍司令長官、南部重工社長南部康憲に続いて飯沼局長が木の枝を持って正面に進む。事前に指示された通り、局長に合わせて二拝、二拍手、一拝。

腰を折るたびに腹が圧迫されて上がってきたものを無理やり飲み込む。

ターゲットスコープを目の前に幻視した。

 

段々と、目の前がぼやけてくる。体が無意識に視界をシャットダウンして、吐き気を抑えるのに集中し始めたようだ。

かすれた視界でなんとなく人が動いているは分かるが、もう、なんかどうでもいいや。

そんなとき、ようやく待ちに待った言葉が聞こえてきた。

 

 

「只今滞りなく、航空母艦『信濃』改装工事安全祈願祭を御奉仕申しあげました。真におめでとうございます」

 

 

視界を一気に回復。根性で吐き気を抑えて、いつでも行動に移れるように心持ち右足を下げる。

施工主の南部社長が解散を宣言した時が、スタートだ。

 

と、そのときだ。

3人の巫女さんがスルスルと現れて、机と人数分の盃、そしてやたら柄の長い薬缶を持ってきた。

恭介と遊佐の顔が、これ以上なく引きつる。

二人は、いろんな意味でもう限界であった。

 

 

「それでは、これより直会として御神酒を召し上がっていただきます。施主であられます南部社長から順に、盃をお取り下さい……」

 

 

まさかの展開に目の前が真っ暗になる。

そのとき、会ったことも無い古代進戦闘班長の声が聞こえてきた。

 

 

((対ショック、対閃光防御!))

 

 

ああ、そういえば波動砲の発射カウントダウンは10秒前からだったなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――その後。研究所内において、しばらくの間篠田と遊佐は「拡散波動砲」と呼ばれたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

2207年 2月10日 21時44分 アジア洲日本国愛知県名古屋市某アパート2階1号室 篠田恭介宅

 

 

 

「んで? 結局のところ、ゼミの授業の一環で、建造現場に連れて行ってほしいってことなんだな?」

「う、あ。あ、あの…………。えっと、その……うん」

「所長に上申しておくよ。まぁ、うちとしても世界に『シナノ』をアピールしておきたいところだから、多分OKが出ると思う」

「うん…………。ありがと」

 

 

問いかけても、さっきからしどろもどろな言葉にならない言葉ばかり。

約一ヶ月ぶりにかかってきたあかねからの電話は、そんな噛み合わない会話が延々と続いていた。

 

 

「そ、それでね、恭介。あ、あ……あの時のことなんだけど、さ」

「あの時?」

 

 

スタンドに立てた携帯の画面に映るあかねは、心なしかいつもより顔が赤いような気がする。肩で息しているように見えるし、視線を合わせてこない。しかも何やら興奮しているようだ。

ん―――、と、恭介は視線を上に移して考えてみる。

 

 

「前に電話した時、さ。あんた、色々言ったじゃない。あれ、どういう意味なのかな……って、思ったり……?」

 

 

言われて、恭介はようやく思い当たった。

前回話したときは電話口で散々喧嘩して、そのさなかに『シナノ』の件を思いついたまま、恭介から一方的に電話を切ってしまった。

かなりひどい事を言った自覚はあるが、ひと月たった今も怒っているのだろう。

頭に血が上り過ぎて上手く言葉が出てこないってことは、よくあることだ。

あの時に謝って許してもらったはずだが、もう一回ちゃんと謝った方がいいだろうか。

 

 

「あかね、こないだは悪い事をした」

「――――――ひぇ?」

 

 

上ずった声で、あかねが返事をする。ようやく目があった……と思ったら、また視線を逸らされた。

 

 

「いや、その場の勢いでとんでもない事を言っちまった。反省している。だから、(暴言を)撤回させてくれないか?」

「え?て、撤回って?ええ!? (告白を)撤回しちゃうの?」

「ああ、本当に申し訳ない事をした。俺達兄妹みたいなもんだからな、兄妹でやっぱああいう事(暴言)を言っちゃいけないよ」

「あ、きょ、きょきょ、きょきょきょう……!?」

「魚(ギョ)?」

「恭介の、恭介のぉぉぉぉ………………」

 

 

謝っているのに、何故かあかねの顔に紅みが増していく。いつのまにか、井桁模様があかねのこめかみに浮き上がっていた。

あかねの怒りはここまで根深いものだったのかと、焦った恭介は早々と切り札を出すことにした。

 

 

「だ、だからさ、ひどい事言ったお詫びに、お前が名古屋に来たら好きなもん買ってやるよ! 一日付き合うからさ!」

 

 

《女性が怒っていたらプレゼントに限る》

以前一緒にメシ食ったときに米倉さんが自慢げにそう言っていたのを思い出して、提案してみたのだ。なんだかんだと言いながらも、先輩のアドバイスを鵜呑みにして実行してしまう恭介であった。

 

 

「ヴァk…………あれ? ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ひどいこと? ん? んん?? ん――――――――――――――――――――――――――――ん???」

 

 

まさに怒髪天を抜かんとしていたあかねの顔が、風船が萎んでいくが如くに落ち着いていく。かわいらく顎に人差し指を当てて首をかしげて……そこまで見て、恭介は顔が赤くなる自分を自覚した。

 

 

「…………恭介。アンタ今、何の話してるの?」

「いやだから、こないだお前にあれこれひどい事言っちまったから、そのお詫びに名古屋に来たら何でも買ってやるって話なんだが」

「あ―――――――――――――――――――――――――――――――。なんだ、その話かぁ……………………」

 

 

はぁぁぁぁぁ、と画面から隠れるほどに盛大なため息をつく義妹。

あかねが何を思っているのか恭介は知る由もないが、好感度が急降下した気配だけは感じていた。

 

 

「あたし、何でこんなのを…………でもまぁ、そんなことはとっくに分かってた事だし…………」

 

 

しばらくして画面に復帰したものの、今度は何やらそっぽを向いてブツブツ言いだす。

どうにも、あかねの反応が理解できない。

 

 

「あかね? 俺の話を聞いてるか?俺、何か気に障る事言っちゃったか?」

「…………なーんかもう、どうでも良くなってきたわ」

 

 

今度は半眼で、興味なさそうな視線を向けてくる。

今日のあかねは百面相だが、能面のような無表情をしたこの表情はひどい。

なんだか、百年の恋も一瞬で醒めてしまいかねない。

 

 

「とにかく、見学の話は上に通しておいてね。それじゃ」

 

 

プツッ。ツーツーツーツーツー。

 

 

「……切れた」

 

 

通話が切れて真っ黒になった画面を、渋い顔で見つめる。

何故だろう、よく分からないけどとってもまずい事態になっている気がする。

あそこまで文字に表現しづらい顔をするあかねは、義兄の恭介も今まで見たことない。

 

 

「そういえば、怒られなくなったら人としてオシマイって話を聞いたことがあるような……何かまずいことしたか、俺?」

 

 

明日にでも米倉さんに相談するかと心に決めた恭介は、あかねがああなった理由をまったく理解できていなかった。

 

 

 

 

 

 

2207年 3月28日 8時55分 アジア洲日本国 国立宇宙技術研究所内・事務室

 

 

「思ったとおり、航空戦艦が出てきたな」

 

 

そう言って、久々にやってきた真田さんが新聞を渡してくる。アメリカの全国紙だ。

 

 

「航空戦艦? 宇宙空母でなくてですか?」

 

 

そういいながら俺は新聞を広げる。一面は、ネヴァダ州で昨晩起きた反政府デモの記事だ。

―――元々州単位での独立意識が強いアメリカは、ガミラス戦役後の復興において国策とは別に州ごとに独自の復興政策を行ってきた。

しかし、政策が図にあたって―――大都市だけでも―――かつての反映を取り戻した州もあれば、国から下りた莫大な支援金を使い果たしても一向に荒廃地から抜け出せない州もあった。結果、州同士で貧富の差が生じて国民の不平不満が溜まっていたのだが、ついに爆発したようだ。

正直、ここまで国内が荒れているのにヨコハマ条約の隙間を縫ってまで新造艦を造ろうとする米国政府には恐れ入る。 

米国政府としては最初から地球上の資源による経済復興など大して当てにしていないようで、国営事業として行っている太陽系外開拓事業の収益で復興資金を捻出し続けるつもりらしい。

と、そんな事はさておき。

 

 

「ああ、航空戦艦だ。もちろん、科学局には宇宙空母と申告されているがな。新聞の17ページを見てみろ」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

新聞の真ん中あたりを開くと、建造中と思われる軍艦の写真と『アイオワ級宇宙空母』と銘打たれた『シナノ』によく似た宇宙戦艦の図面があった。知らず、顔が強張る。

 

 

「真田さん、これはどういうことですか?」

「どういうことも何も、アメリカが建造中の宇宙空母だよ。いや、正確に言うと『改装工事中』だな。こいつは『シナノ』と同様、昔の水上戦艦を改造して航空戦艦になる船だ」

「前に俺が言っただろう。『サルベージして空母に仕立て上げる国がきっと出てくる』って。どうやらアメリカは、アイオワ級戦艦を隠し持っていたようだな。しかも呆れることに4隻全部いっぺんに改装する気だ、恐れ入るね」

 

 

真田さんに続いて、今度は飯沼局長が話に加わってきた。

 

 

「4隻同時とは……国内がこんなに荒れてるのによくこんな事に金使えますね」

 

 

そう言って、俺は新聞の一面を真田さんの前に掲げた。

 

 

「ああ、これか。ネヴァダは特に復興が進んでいないから、起きるのは時間の問題だったともいえるんじゃないか?主産業の鉱物資源も遊星爆弾で吹き飛んでしまったし、国民にはラスベガスでギャンブルをする余裕も無い。国民の不満が溜まるのも致し方ないな」

「大国には大国のプライドと見栄ってものがあるんだよ、篠田。特にアメリカやイギリスみてぇにかつて世界の頂点に立ったことがある国はな。知ってるか? 日本だって昔、借金だらけなのに外国に金をばら撒いてた時期があるんだぜ?」

「いや、確かにそれは宇宙戦士訓練学校で習いましたが……。この『アイオワ級宇宙空母』って、元はやっぱりアレですか?」

 

 

脳裏に思い浮かぶのは、座学の科目にあった歴史の教科書の1ページ。周囲を兵隊が取り囲む中、恰幅の良い紳士が軍艦の甲板上で書類にサインをしている写真だ。

 

 

「お前の推測で間違いないぞ。こいつは、かつての世界大戦で活躍した『アイオワ級高速戦艦』だ。他の3艦も『ニュージャージー』『ミズーリ』『ウィスコンシン』と申告されているから間違いない」

「やっぱり……。連中も物持ち長いですね。建造年月250年超でしたっけ?」

 

 

アイオワ級戦艦は、第二次世界大戦においてアメリカが建造した最後にして最強の水上戦艦だ。基準排水量45000トン、全長270メートル幅33メートル。16インチ砲を三連装3基、連装両用砲10基を搭載し、戦艦部隊の主力としても空母機動部隊の直衛艦としても活躍される事を期待された。戦後は幾度の改装を経てミサイル搭載型戦艦として復活し、米国海軍の象徴として半世紀近く君臨した。

俺の知ってる限りでは、200年ほど前に4艦とも記念艦として係留され、そのままガミラス戦役を迎えていたはずだ。

 

 

「そうだ。俺も最近知ったんだがな、アメリカ政府は独自にアイオワ級の4隻を移民船として地下都市で改修工事されていたらしいんだ。ヤマトがコスモクリーナーDを持って帰ってきたから工事は中断していたらしいんだが、それを今回復活させたというわけだ」

「しかし、新造の方がいろんな制限が無くて良いでしょうに、なんでわざわざオンボロ船を改装したんですかね。しかも……やけに『シナノ』にそっくりだ」

 

 

記事に小さく載った完成予想図をまじまじと観察する。

アリゾナ級のデザインを踏襲して前部に衝撃砲三連装3基、左右に副砲が一基ずつ。その後ろには原型の印象を強く残した、煙突型ミサイル発射機と一体化した戦闘艦橋。第二煙突基部周辺は近代化改修したときと同じように対艦ミサイル、対空ミサイル、対空パルスレーザーが集中的に配置されている。『シナノ』よりもパルスレーザーが少ない代わりに、対空ミサイルの同時発射弾数は圧倒的に勝っているようだ。

後部艦橋の眼前には上下二面の飛行甲板。宇宙空母を踏襲して上側の甲板が発艦用、下側が着艦用のようだ。

ただし以前のそれと違うのは、エレベーターが艦尾に設置されていてV字にカタパルトが設えられている点だ。おそらくは、艦左右を通って前方に射出する形なのだろう。

下部には艦橋は無く、巨大な強制冷却用インテークと増槽タンク。

細部こそアメリカの国柄が現れてはいるが、『シナノ』と似たコンセプトで造られた艦であろうことが容易に推測できる。

 

 

「何故、『シナノ』とここまで酷似しているのかは、残念ながら俺にも分からない。ただ、『シナノ』と似ているのもわざわざアイオワ級を使ったのも何か大きな理由があるのだろう。」

「案外、ヤマトにあやかったんだけなんじゃねぇのか?」

「そんな安直な……。しかし、日米で250年前の戦艦を航空戦艦として復活させるとは……なんだか因縁めいたものを感じますね」

「なにせ、『シナノ』にとっては前世からの因縁だからな。本当に何かあるかもしれんぞ」

 

 

局長が冗談交じりに言ったその言葉が、妙に俺の脳裏にこびりついた。




真面目なのかギャグなのか、自分でも分からないお話。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話

お久しぶりです。第四話、どうぞ。


2207年 7月22日 12時58分 アジア洲日本国愛知県名古屋市港区 名古屋軍港

 

 

去年から予想されていた事だが、今年の夏は猛烈に暑い。

街中のアスファルトからは熱気が立ち、光を屈折してあやふやな境界を映し出す。

街角からは人が消え、反比例して建物の中はクーラーを求める人で溢れている。

太平洋高気圧が南洋から運んでくる熱い風は、ヒートアイランド現象も相まって大都市・名古屋を摂氏40度にまで温めていた。

いわんや、影となる遮蔽物のない港なら尚更である。

今年も、夏が手加減してくれない。

 

 

「4年前にも匹敵する暑さだな……」

 

 

引率する恭介の後ろで、学生の誰かが呟く。

半袖開襟シャツを着ているくせに何を言うか、と茹った頭の中で文句を言った。

軍港内の駐車場からドック建屋までの数百メートル。

直上からジリジリと照りつける太陽は、徹夜作業明けで火照った体にはいつも以上にキツイ。

まるで、食品加工工場でベルトコンベアの上で焼かれる合成ブリの切り身になったようだ。

全くもって、面倒な事を押し付けられたもんだ。

こんなことになるなら話を引き受けるんじゃなかった、と今更ながら後悔する。

そもそも、何故こんな夏の真っ只中になって工場見学の話が出てくるんだろうか。

恭介は、工場見学が今日になった経緯を振り返った……。

 

 

以前あかねが言っていた建造現場の見学の話は、4月中には所長から許可が下りていた。

しかし、その頃には既に大学の新学期が始まっていた。

今度は逆に、見学に来る方が時間を取れなくなってしまったのだ。

そして、大学の春学期が終わった今頃になって見学を希望してきた、と言うわけだった。

ちなみに南部重工の人間でもないのに見学ツアー御一行様の引率をやらされているのは、俺が両者の架け橋になっている事と「妹がツアー客にいるから」という理由らしい。

要は、所長と南部さんに謀られたのだ。

さすがに、ドック内からは現場副監督の南部さんも一緒にいてくれるらしいが、帰らせてはくれないようだ。

 

 

「暑い~、まだ着かないのぉ、恭介ぇ」

 

 

先頭を行く恭介の二人後ろ、夏に向けて髪を切ったらしくいつもより尻尾が短いあかねが、力ない声で不満を漏らす。

 

 

「……もうすぐだ我慢しろ。あとここでは下の名前で呼ぶな」

 

 

振り向かずに正面の建物を顎でしゃくる。

眼前に建つ6階建ての大型建造物――――――南部重工名古屋軍港第一建造ドックは、元々は工作船、輸送船などの大型補助艦艇を建造するためのドックだ。

航空機格納庫にも似た、かまぼこ型の建物。

異星人の空襲を警戒して抗堪性を高めた構造は、外壁がコンクリートむき出しということもあって、工場というよりはトーチカに近い外見だ。

 

 

「そのくらいいいじゃん、別に」

「公私を分けろって言ってるんだ。いいからもう黙ってろ、暑苦しい……」

「なによ、全く。……はぁ」

 

 

いつもだったらもう少しつっかかってくるはずのあかねも、流石の猛暑に辟易としているらしく、口数が少ない。

気だるそうなため息をついたきり、黙り込んでしまった。

 

 

「仲いいですな、二人は」

 

 

恭介と並んで歩くマックブライト教授が、汗一つかいていない笑顔を向ける。

浅黒い肌からは黒人を連想させるが、眼鼻立ちの特徴はアメリカ人そのものだ。

オールバックにまとめられたブロンドの髪が、暗めの肌色と相まってより明るく見える。

 

 

「からかわないでください、教授……。単に暑くて喧嘩する元気が無いだけですよ」

「いやいや、私にも姉がいたから分かるんですがね。男と女の兄弟ではなかなか話が合わなくて、没交渉になりがちですからな。君達は十分中の良い兄妹ですよ」

「兄妹なんて言葉、良く御存じですね。日本語も達者ですし。あ、ここがドックへの入口です」

「地球連邦の施設は日本語が公用語だからね。日本人と話す機会も多いから、マイナーな単語も覚えてしまうんだ。……おっ、中は随分と涼しいんだね」

 

 

建屋の鋼鉄製のドアを開けてツアー御一行をドックへ続く屋内通路へ導くと、外とは打って変わって寒いぐらいの冷気が体を包み込む。

 

 

「ええ。金属が暑さで伸びてしまうと、船を造る上で色々と不都合ですから。ドック内は四季を通じて摂氏20度に保たれています」

 

 

南部さんも合流して、ツアー客13名は未だ建造途中の『シナノ』へと向かう。

人口の割合としては白人5人、黒人2人、アジア系3人。アラブ系が1人と日本人が2人。

日本にあるからと言って日本人を贔屓して入れている訳ではない事が分かる。

実際に話してみても分かるが、マックブライト教授は実直な方なのだろう。

生徒のウケもいいんだろうな、と背後のゼミ生の素直な態度から推測した。

ほどなくして一行はほの暗い物資搬入口に到着し、非常灯の緑色の明りに浮き上がる高さ5メートルに及ぶ扉の前で立ち止まる。

 

 

「ここからが建造現場です。進水式と水密試験を終えたばかりなのでまだまだ完成には程遠いですが、それなりに見られるものにはなっていますよ」

 

 

南部さんはそう言いながら、恭介に開扉の合図を送った。

彼は黙って頷いて、扉の側のコンソールに12ケタの暗証番号を入力し、エンターキーを叩く。

警告音と黄色いパイロンが作動すると、金属の悲鳴を上げながらゆっくりと鋼鉄製の分厚い観音扉が開いていった。

薄暗い世界に一本の光の縦筋が入り、徐々に太さを増していく。

 

この通用口は何度も利用しているが、扉の前に立つ度に期待感にワクワクする。

扉の向こうには、半年前には画面の中にしかなかった、俺達の悲願が実体を以てそこに君臨している。

 

 

 

2207年 7月22日 13時21分 アジア洲日本国愛知県名古屋市港区 名古屋軍港内南部重工第1建造ドック

 

 

 

見学ツアー一行は、艦体中央部に設置されているコスモクリーナーDMPの前に来ていた。

艦の最奥、一番被害を受けにくいところに、それは安置されていた。

10メートル以上の卵型装置に、その直上と左右にいくつも設えられた排気孔と思わしき直方体の構造物。

その一つ一つが壁から生えた排気ダクトと繋がっている。

ダクトが艦内全ての通気口に通じていて、放射性物質に限らず人体に有害な物質を清浄化してくれるのだ。

連邦大学で運用されているオリジナルのコスモクリーナーD――――――ヤマトがイスカンダルから持ち帰ったものと比べて排気孔の位置や形状などが変更されていて、宇宙船など狭い空間に収めるための工夫がなされているのが分かる。

 

どちらかというと機械というより神殿や大仏殿に近い外見のそれを見上げながら、南部さんとマックブライト教授が代わる代わる解説を加えていく。

しかし、あかねの頭の中はアイツのことでいっぱいだった。

 

頭の中で、同じループを繰り返している。

あかねは、ドックに入った時の光景を思い出していた。

 

――――――明るさに目が慣れて改めて正面を見た瞬間、驚きに息を飲んだ。

周りの仲間も、突如現れた異形に一様に表情を固まらせている。

開けた扉からは、3つの黒い穴が見えていた。

人一人潜り込めそうな大きな洞穴が、ほんの10mほど前に存在していた。

まるで太古の生物の目のような無機質な穴が横一列に並んで、こちらをただただじっと見ている。

 

 

「驚かれましたかね?目の前にあるのが『シナノ』の主砲。46センチ3連装衝撃砲の下部一番砲塔です」

 

 

案内役の人―――確か南部さんと言ってたと思う―――が、種明かしをするような口調で説明した。

 

 

「私達は今船の一番底にいます。主砲塔の奥に赤い構造物が見えるでしょう?あれが第三艦橋です。あそこは主に艦下方のレーダーや武器の管制を行うほか、着水時や潜水時には水中攻撃の指揮を執ることもあります。あと、今みたいにドック入りしているときには物資などの搬入口にもなります」

 

 

そう言って指差した先には、船底から何やら赤い構造物がぶら下がっている。縦に並んでいたゼミ生が前に乗り出して、扉の向こうを覗き込む。

 

 

「第三艦橋後部のハッチから艦内に入ります、皆さんついてきて下さい。あ、艦内は撮影禁止ですからね」

 

 

はーい、という呑気な返事とともに、周りがバラバラと動き出してドックへ入っていく。

扉をくぐり抜けたところで私は南部さんについていくゼミ生をさりげなくやり過ごし、コンソールの操作を終えて合流してくる恭介を待った。

 

 

「恭介」

「ここでは篠田だ」

 

 

こちらをチラッと見るだけで、恭介は歩みを止めない。あかねも恭介と並んで第三艦橋へと歩く。

 

 

「……『篠田さん』。これでいい?」

「ああ、今のお前はツアー客と案内人だからな」

「何なのよ、今日は。ツアーコンダクターにしては随分と冷たい態度じゃない?」

「…………」

 

 

恭介は答えない。

 

 

「……ちょっと、何か言いなさいよ」

「何って、何を」

「何かよ。何でもいいから。ツアー客を退屈させるなんてガイド失格でしょ」

 

 

ついつい、語気がきつめになってしまう。

 

 

「……この下部一番衝撃砲はアンドロメダⅡ級の下部一番4連装主砲を基に設計されていて、上の二基とは少々デザインが違っています」

「ホントに案内しないでよ」

「じゃあ、どうすればいいんだよ」

「…………」

 

 

とっさに文句が口から出かけて、結局言葉に出ずに黙りこくってしまう。

恭介に何て言ってほしいのか、あかねは自分でも良く分からなかった。

 

そして、その後はお互いに一言も話さず歩き続けてツアーに合流。今に至る。

コスモクリーナーの前に興味心身に群がるゼミ生達のすぐ後ろで、2人並んで話を聞いている。

あかねにに一切視線を向けず、腕組みをしてまっすぐ正面を見据えている恭介。

2人の間は近くも無ければ遠くも無い、手を伸ばせば届くか届かないかの微妙な距離。

恭介は南部さんや教授の所に行くわけでもなく、帰るわけでもない。かといって、傍にいてくれているわけでもない。

その中途半端さに、あかねは心がむず痒くなる。

 

恭介の鈍感さ加減には、ほとほと呆れかえっているはずだ。

私の気持ちも知らないで勝手に軍に入って。

私の気持ちも知らないで名古屋に引っ越しして。

私の気持ちも知らないで地球が攻め込まれて危なかった時も連絡くれなくて。

だから、恭介が私の気も知らずに「撤回する」と言いだしたとき、腹が立つと共に熱がさめるような思いをしたんだ。

もうこいつに期待したって仕方がない、こいつをこれ以上好きでいても何の得もしない、そう思ったんじゃないのか。

だから今日は、恭介がどんなに私の機嫌を取ろうとしてきてもそっけない態度を取ってやろうって。

見学ツアーが終わった後、あいつと名古屋市内に行く約束をわざと無視して、ゼミの女の子だけで行ってやろうって、決めたんじゃなかったのか。

 

なのに、どうして私はこんなに不安な気持ちになるんだろう―――――――――

 

 

 

ポンポン

 

 

 

前触れなく頭に受けた柔らかい衝撃にあかねが振り向くと、恭介の横顔がすぐ近くにあった。

いつの間にか恭介が距離を詰めて、頭を撫ぜていたのだ。

顔も視線も、一切向けない。でも、ゆっくりと上下に動かしている手が、恭介の意識がこっちにあることを示している。

突然の事に、その意図も対処方法も分からずに見上げたまま固まっていると、

 

 

「まぁ、……なんだ。今日はこのツアーが終わったら仕事は終わりだから。明日は有給取ってあるし、明日はいっぱいお前に構ってやれるから」

「兄さん……」

 

 

そう呟く恭介の声を咀嚼する前に、耳を襲う快感。

未知の感覚に、あかねの身体が震える。

二人にしか聞こえないくらいのひそひそ声で、耳元で囁いてきたのだ。

 

 

「それと、さっきは冷たい態度をとってごめんな。その、周りの目があったからさ。その分、今日はたっぷり埋め合わせするから」

 

 

想いを寄せている人の吐息が耳をくすぐる。

告げられたのは、まるで彼氏が彼女にするような心地いい言葉。

普通の人にはめったに言わないであろう、とても意味のある言葉。

顔が熱くなっていく。

胸の奥に沈んでいた不安が、あっという間に昇華されて消えていく。

 

 

―――なんだ、私。恭介に構ってもらえなくて拗ねてただけだったんだ。

 

 

あかねはようやく、自分の気持ちに気付く。

 

 

―――結局、私は恭介に嫌われるのが怖かっただけなんだ。

 

 

電話口で、勘違いでも「撤回する」なんて言われて。

思わず、にべもない態度を取って通話を切ってしまった。

その後、あかねは半年近く一切連絡を取らなかった。

その間、自分でも知らないうちに「恭介にもう嫌われてしまったんじゃないか」という不安が澱んでいたのだ。

そして今日久々に会ったらいつになく冷たい態度を取られて、本当に嫌われたんじゃないかと焦ったあかねは、こっちを向いて欲しくて拗ねた態度を取ってしまった、というわけだ。

随分と情けない話だ。

まるで子供のような自身の言動に、今更ながら恥ずかしくなる。

自分の部屋だったら、すぐにベッドに頭から飛び込んでいるところだ。

 

 

「あかね、それでいいか?」

 

 

それでも、今ここにいる恭介の言葉が嬉し過ぎて。

照れ隠しにぶっきらぼうな表情をしている、兄の顔を見上げるのが楽し過ぎて。

好きな人の手のひらの感触が愛おし過ぎた。

 

 

「…………うん!」

 

 

もう、半年前の恭介の言葉などどこかに吹き飛んでいた。

 

 

 

 

 

 

―――機嫌を直してくれた、ということでいいのだろうか。

 

 

今日一日ずっとむすっとしていたあかねが、雨上がりの空に虹が出るようにゆっくりと喜色が戻ってくるのを見て、安堵感を覚える。

やっぱり、あかねに眉間にしわが寄った表情は似合わない。

 

 

―――まさか、あのアドバイスが上手くいくとは思わなかったな。

 

 

左手であかねの頭をなでなでつつ、米倉さんと二階堂さんと徳田とのやりとりを思い出す。

 

 

 

 

 

 

「プレゼントだよ、プレゼント。女は指輪とかアクセサリー送っとけば機嫌直るって」

「米倉さん、俺はあんたの偏った女性観にびっくりだわ」

 

 

さかのぼること数日前。

場所は、就業時間を過ぎて誰もいないはずの会議室。

パイプ椅子に座って小さくなっている恭介は、早くも相談する相手を間違えたと後悔し始めていた。

 

 

「ほぉ、二階堂。お前がそれを言うか。お前の方こそ女性観がコークスクリュー並みに捻じれてるんじゃないか?」

「お二人とも、真剣に俺の話を聞いてくださいよぅ……」

「聞いてるって。機嫌損ねた彼女を喜ばす方法だろ?一発ヤッちまえば解決だって言ってるじゃねぇか。女なんて気持ちよければ機嫌直るっつってんのに、ウブな奴め」

「また間違った女性観炸裂……その自信はどこから来てるんですかねぇ」

 

 

二階堂の言うとおり、どんな経験をしたらそんな発言が出てくるのか、恭介は不思議だった。

恭介の眼前に自信満々に立っている米倉は、マッチ棒のようなひょろひょうした体に今時珍しい丸眼鏡といった出で立ち。決してプレイボーイには見えない。どちらかというと我が強くて、そのわりにいざという時にはパニックになってまともに動けない、女性から見れば頼りないと評価される性格だ。

もっとも、もう片方の二階堂も女性に縁がなさそうという点では米倉と変わらない。

 

 

「そういう二階堂さんはまともな意見をくれるんですか?」

「自慢になるが、俺は昔はモテてたんだぞ? 中学校の時も宇宙戦士訓練学校でも落せない女はいなかった!」

 

 

彼はそう言って胸を張る―――つもりなのだろうが、実際には焼き餅のように膨らんだ腹が揺れる。タプタプに肉付いた二重顎に埋もれた髭の毛根が、剃り残しとなって見えていて見苦しい。説得力は皆無だった。

そんな彼の姿を鼻で笑った米倉は、二階堂を挑発する。

 

 

「泰人く~ん、あまり妄想してると波動爆雷ぶっ放すよ~? 訓練学校出身とはとても思えないそのプルンプルンな腹にぶつけたろか?」

「……ふっふっふ。今の俺は仮の姿よ。見るか、見たいか、俺の真の姿。しかし、真の姿を見たからには先輩だろうと容赦しない!」

 

 

額に血管を井桁に浮かび上がらせた二階堂が、ゆっくりと米倉と距離を取り、見たこともない拳法の構えを取る。

米倉も受けて立つとばかりに腰を落として全身を緊張させる。

呆気にとられる篠田を放置して、二人は正面から睨みあう。

互いに背後にどす黒いオーラを出して、両者はすでに臨戦態勢だ。

まさに一触即発。

突如として起こった緊張状態を救ったのは、

 

 

「……二階堂さんが本当の姿なんて晒したら、即逮捕じゃないですか」

 

 

通りがかった徳田の何気ない一言だった。

 

 

「徳田テメェ!」

 

 

標的を徳田に切り替えた二階堂が、鈍重そうな体躯とは思えない俊敏な動きで襲いかかる!

 

 

「ぬあぁぁぁ、キレた! 二階堂さんがキレた! 怖い怖い、その巨漢で迫ってくるの怖いから!」

「篠田、二階堂を止めるの手伝え!」

 

 

思わず逃げる徳田、四足でヒグマのごとき勢いで追いすがる二階堂。それをさらに追いかける米倉。人生相談の時間は人生遭難の時間に早変わりした。

 

 

「俺のっ、俺の話を聞けぇ――――!!」

 

 

どうしてこうなった。

決して広くはない会議室に、恭介の悲痛な叫びが空しく響いた。

 

 

 

――――――五分後――――――

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……ひどい目に会った……」

「……ったく……はぁ……お前が……余計なこと、言うから、だろ……」

「つ、疲れた……仮の姿で戦闘行動は……ふぅ……無理だった……ふぅぅぅ……」

 

 

疲れ果て、荒い息を吐いて倒れている4人。

いくら宇宙戦士訓練学校を卒業しているとはいえ、基本デスクワークしかこなさない頭脳労働者。

全力が保つのは五分が限界だったのだ。

男4人が汗だくになって床に倒れている姿は、見る人が見ればとても扇情的……ということもなく、ただただ無様だった。

 

 

「……んで、結局、アドバイスは、いただけるんでしょうかね……」

「それは、俺の、真の姿を、見せたあとだ……」

「もういい、真の姿が、なんだろうが、跳べない今のお前は、ただの豚だ……」

「すまん、俺が、余計な茶々を入れたばっかりに……」

「終わった事はもういいですよ……。それより、ホントにまじめなアドバイスをしてくれるとありがたいんですが」

 

 

ようやく立ち上がった3人+なぜかそのまま同席することになった徳田が席に座ると、改めて二階堂は「今度こそちゃんとアドバイスしてやる」と得意満面の笑みを浮かべた。

 

 

「よし……じゃあ、『ツンデレ作戦ヲ決行セヨ!』」

 

 

しかし、この人の言う事がろくでもないのは想像に難くなかった。

 

 

「二階堂……おまえなぁ」

「いやいや、米倉さん。今度は真面目な話ですよ?」

「二階堂さんが言うと真剣味が無いといいますか……」

 

 

渋い顔、困った顔、呆れ顔。

三様のリアクションをする聴衆の不満を、二階堂は右の手の平で抑える。

 

 

「シャラップ徳田。いいか篠田。次に彼女に会ったら、最初は素っ気ない態度をするんだ。『お前のことなんか気にしていませんよ』って感じで、会話も最小限にする。いわゆるツン期ってやつだ」

「……はぁ。ツン期、ですか」

「ツンとかデレとかって女がして、男がときめくものじゃないのか?」

「そう、米倉さんの言うとおりです。だから、これはあくまで便宜上の名称なんですがね」

 

 

心のうちでは既に聞き流すことを決定しつつも、篠田は一応話の続きを促した。

 

 

「ツン期とかいうのをやると、どうなるんですか?」

「もし彼女の方がまだ篠田に惚れているなら、気まずさに我慢できずになんらかの接触を図ってくるはずだ。女の性格によっては余計機嫌が悪くなる場合もあるが、どちらにせよ相手の動揺を誘える。もし完全に愛想がつかれているなら、そのままサヨナラになるから後腐れなく終われる」

「そんな上手くいくかなぁ……?」

「女の方にも罪悪感があるなら、必ず気まずい気分になるはず。余計機嫌が悪くなるってことは、自分に非がないと思っている証拠だ。そういった反応を見せるようになったら、すかさず今度はデレる!」

「「「え―――――…………」」」

 

 

今度は三人、一様にドン引きである。

 

 

「こう、耳元でさ、囁くんだよ。『……好きだ』って」

 

 

フウッ

二階堂は篠田の耳に優しい息を吹きかけた!

 

 

「うわぁぁぁやめろやめろ! 俺にやんないでください気色悪い!」

「二階堂さん、本当にこれで女性を落していたのか……?」

「だとしたらよっぽどちょろい女だったのか、昔の二階堂がそこに目をつむってでも付き合いたい程の男だったのか……どう考えても前者だよな。そう信じたい」

「『俺だってお前と一緒にいられなくて寂しかったんだからさ。機嫌直せよ、ほら』」

 

 

フウッ

二階堂は反対の耳に息を吹きかけた!

 

 

「ぎぃやああぁぁぁ息が! 生温い吐息をかけるなぁ!!」

「ていうか、デレてすらないですね。勘違いしちゃったイケメンホストが口説き落としているような」

「まぁ、甘い言葉と物理的接近というのは間違っちゃいないんだろうが……ヤッちまったほうが安いし早いし気持ちいいと思うんだけどな」

「米倉さん、ファストフードの宣伝文句みたいな言い方しないでください! 愛の言葉と言うのは、もっと誠実で、真摯でなければいけないんです!」

「…………なんだと?」

 

 

唐突に、米倉の徳田に対する態度が変わる。

二階堂の動きがぴたりと止まる。

二人の首がギリギリと徳田の方を向いて……ロックオンした。

その言葉は聞き捨てならないと、二人は全身で訴えかける。

 

 

「……徳田。お前まさか、女性と付き合ったことないな?」

「んなっ!? な、何を言っているんですか!」

 

 

ターゲットにされた徳田が、不自然に声を詰まらせる。唐突に意味が分からないことを言う米倉もどうかと思うが、動揺する徳田もたいがいである。

必死の反論も、顔を真っ赤にしていては米倉の推測を裏付ける効果しかない。

 

 

「いや、言葉の端々に恋愛小説臭が漂うのでな」

「恋愛にプラトニックを求める奴は童貞である。間違いない」

「二階堂さんまで何を失礼な! 私だって女性の経験ぐらいあります!」

「女性経験と恋愛経験は別物だぞ、チェリーボ~~イ。貴様、素人童貞だな?」

「し、篠田! お前もなんか言ってやれ!」

「俺達にこんな基礎的な事を聞いてきている時点で、篠田の童貞は確定事項だ」

「んが!?」

 

 

自分の童貞が暴露された事にもショックだが、当然の如く思われていた事にショックを受けた。

 

 

「絶望した! いつの間にか自分の童貞がバレている事に絶望した――――――!!」

「というわけだ、やれ。拒否は許さん。当日は遠くから監視しててやるから覚悟しろ」

「俺、久保から集音マイク借りてくるわ。二階堂はカメラと双眼鏡持ってるよな?」

「……はぁ。結局、ツンデレ作戦とやらをするしかないのか……」

 

 

 

 

 

「あれ? 考えてみると全然役には立ってないような……」

 

 

わりと簡単な事実に到達するまで、回想にだいぶ時間が掛かった恭介を、あかねが不思議そうに見上げる。

 

 

「ん? どうしたの、恭介?」

「いや、なんでもない。ていうかあかね。今は下の名前で呼ぶなって」

 

 

止まっていた撫で撫でを再開する恭介が言っても説得力が無い。

そう言いかけたあかねはしかし、喉まで出かかった言葉を呑みこんで義兄の左手の感触を堪能することにした。

恭介の方も、いつ手を引っ込めたらいいか分からず、しかし掌に感じる義妹の頭の感触にもう少しだけと思って止められない。

二人の口元が自然と緩む。

拗ねたような声色をしてみせ、しかし隠しきれない充実感が表情に出ているあかねは、ふと湧き上がった気持ちのままにワガママをねだった。

 

 

「はぁ―――い。そのかわり……もう少し、このままで。お願い、『篠田さん』?」

「!!」

 

 

そう言って上目づかいに見上げてくる傍らの義妹を横目に見て、篠田は思わずドキッとする。

その些細なお願いは、彼女と仲直りできた証で。

初めて聞く呼び名は、あかねを義妹として扱って来た篠田には逆に新鮮で。

上気した頬。暑さで熱のこもった艶めかしい吐息。控え目ながらも涼を求めて開かれた胸元に、抑えようもない興奮が湧き上がる。

 

 

「あ、ああ。分かった」

「うん!」

 

 

顔が真っ赤に火照っていると自分でも分かっていた篠田は、あかねの方に顔を向ける事ができなかった。

 

 

 

 

 

 

学生たちの列の最後尾でこっそり起きていた、甘酸っぱい青春の1ページ。

そんな二人のもどかしくも、傍から見れば砂糖を吐きそうな光景を遥か遠くの物影から見守る、悲しき独身男達がいた。

 

 

「……どうやら、上手くいったみたいですね」

 

 

パラボラ型の集音機を二人に向けていた徳田は、ヘッドホンを外して隣の二人に視線を振った。

視線の先の二階堂はふむふむと顎に手をやって頷き、首謀者の米倉は苦虫を噛み潰したような顔で二人の背中を見ていた。

 

 

「ふむ、頭撫で撫でとは、意外なスキルを発動したな。しかし、あの程度でデレるとは、どれだけ純粋培養な娘なんだ」

「実際に見てると段々腹立ってくる……。双眼鏡と集音マイク使ってストーカーまがいの行為をしている自分がなんとも惨めだ……」

「いや、貴方がやれって言ったんじゃないですか、米倉さん」

「こういうのは、観測者の立場に立っているからこそ楽しいんだよ。ドロドロの三角関係とか、現実にやったら神経すり減らすだから」

「二階堂さん……その言い方だと、さも経験した事があるような言い方ですが?」

「あるよ? 中学校の時に」

 

 

―――瞬間、空気が凍りついた。

 

 

「「ええええぇぇぇ!?」」

 

 

目をひん剥いて口をあんぐりと開ける米倉と徳田を放ったらかしに、二階堂は独り思い出に耽る。もちろん、体格が体格なのでいろいろと大無しである。

 

 

「中学校の頃はもうガミラス戦役末期でさ。俺が通ってた学校は荒れに荒れてたんだよ。そうなると、まぁ男女の関係ってのも乱れるわけで。中三の時だから97年か、2、3人掛け持ちしてたらある日バレちまってな。あの時は両方から責められて本当にきつかったなぁ……。あまりにしつこいんで軍に逃げてきたんだよ」

「「………………」」

 

 

声も出ずに固まる2人。パンダのような体形をしている今の二階堂から、かくもぶっとんだ過去話が出てくるとは誰も思わなかったのだ。

 

 

「まぁ、今は俺の話はどうでもいいんですよ。とにかく、恋愛を楽しむには、当事者にならないのが一番ってことです」

「すぐには同意しかねるが……」

「今の姿からはとてもじゃないが想像できなくて、そのくせ妙に生々しくて、何ともコメントしづらい……。ゴホン。ところで、篠田の相手の娘なんですが」

 

 

衝撃から回復した徳田が、気紛らわしに額の汗を拭う。

 

 

「強引に話題転換したな」

「さてはお前のタイプか?」

「苗字は分かりませんでしたが、下の名前はあかねというみたいなんですが」

「スル―しやがった、こいつ」

「先任なめてますね。米倉さん、こいつ一回シメちゃいますか?」

「集音マイクでずっと聞いていたんですが……、あかねちゃんが一度だけ篠田の事を『兄さん』って呼んでるんですよ」

 

 

 

 

 

「「な、なんだって―――――!!??」」

 

 

 

 

 

邪な衝撃が米倉と二階堂のハートを直撃した!

 

 

「ま、まさか禁断の愛なのか!? 近親相姦なのか!?」

「いや米倉さん、それだと法に引っかかる! せめて義妹でないと!」

「確か、あいつの家族は皆ガミラス戦役の際に行方不明になっているはずですよ?」

「じゃ、じゃああれだ! 付き合ってみたら実は行方不明だった妹だったとか!!」

「うわぁお、それなんてゲーム? っていうか徳田、おまえさりげなく『あかねちゃん』とか親しげに呼んでるんじゃねぇよ!」

「あいた―――! 二人とも落ち着いてください! いてっ! 俺は何もしてないって、いたたた!」

「はぁ…………はぁあ…………。あまりの衝撃につい取り乱してしまった……」

「いや、今の話はインパクトでかすぎたから、仕方ない。……しかし、冷静に考えれば、そんなことはあり得ないな。あいつに限ってそんな面白シチュエーション、あるわけない!」

「そ、そうだよな! あるわけないよな米倉!!」

「当り前じゃないか二階堂!」

「「ワハハハハハハハハ…………」」

 

 

ガッチリと肩を組んで高笑い。早々に現実逃避を始めた、駄目な先輩たちだった。

 

 

「はぁ……またひどい目にあった……。しかし、そうするとあの発言は聞き間違いだったってことですかね……」

「…………いや、まだひとつ。ひとつだけ、ある意味兄妹説よりも衝撃的な仮説がある」

 

 

ひとしきり現実逃避を終えた二階堂が、眉間に皺を寄せて真剣そうな表情を作る。

珍しく思考回路をフル回転させている二階堂に、二人の注目が集まった

 

 

「さ、更に衝撃的だと……!? 俺には全く思いつかん、い、一体、それは何なんだ?」

「それはだな……。あの二人が現在進行形で、『兄妹プレイ』の真っ最中ってことだ!!!」

 

 

静寂が、場を包む。

米倉が、二階堂が、徳田が互いの顔を見合わせる。

 

 

「…………………………………………」

「…………………………………………………………………」

「……………………………………………………………………………………」

 

 

視線が合う。唾を飲み込む。冷や汗が頬を伝う。

ゆっくりと肺を膨らませた三人は、顔を突き合わせて

 

 

「「「な、ななな、なんだって――――――――――――――――――――――――!!!???」」」

 

 

今日一番の驚愕が、ドックの片隅でこっそりと起きていた。




この頃の私はギャグを放り込みたくてしょうがない時期だったのです。
生温かい目で見てやってください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話

建造編はこれにて終了です。


2207年 7月24日 9時15分 アジア洲日本国京都 防衛省内事務次官政務室

 

 

 

防衛省事務次官、水野進太郎は悩んでいた。

 

先日、宇宙空母『シナノ』―――実質的には対艦戦闘能力が強化された戦闘空母、外見としては航空戦艦そのものなのだが―――の(再)進水式を終えたので、乗組員定員表に基づいて艤装員を任命しなければならないのだ。

予定表によると、艦内要員は96名、飛行科が144名、計240名。

内訳としては艦長のほか戦闘班が20名、航海班12名、技術班20名、生活班18名、機関部25名。戦闘班飛行科がパイロットが120名、整備士が24名。

正直なところ、一隻に乗り込む人数としては桁違いの多さだ。

 

アンドロメダ級では飛行科49名を含めて計95名、Ⅱ級は飛行科の定員が更に減って合計72名。

Ⅲ級は有人化が復活して88名。

最も少ないアンドロメダⅡ級の3倍以上の人員は、オート化が進んだ現代の軍艦においては無駄以外の何物でもない。

 

理由は分かっている。

艦載機パイロットと整備士の数が多すぎる所為だ。

『シナノ』に搭載される機数は、コスモタイガーⅡ戦闘機が48機、コスモタイガーⅡ雷撃機が24機の合計72機。

これだけで艦内要員を越えてしまう。

ヤマトの倍近い搭載機数に加え、対艦攻撃の要となる雷撃機が三座であるため、機数以上に乗組員が増えてしまっているのだ。

本来ならば整備士の数はもっと必要だろうし、パイロットも交替要員がいないのは非常に問題がある。

かつては交替要員も無く、人員不足ゆえに一人でいくつもの班を掛け持ちしていたものなのだが、全長300メートルにも満たない艦体に240名もの乗組員を詰め込むのもどうしたものかと疑問に思わないわけではない。

 

しかし、それよりも問題なのは、『シナノ』の艦内要員に適切な人員がいないということだ。

通常、新造の軍艦には新規配属の乗組員と他艦からの引き抜きの両方が配属される。

軍艦の運用に慣れたベテラン乗組員と宇宙戦士訓練学校を卒業したばかりの新米乗組員をバランスよく混ぜることで、新造艦の早期戦力化を図るのだ。

しかし、水上戦艦の改造艦である『シナノ』は、ヤマトと同様に他の艦とは一線を画した艦内構造をしている。ベテランでも一から艦内構造を覚え直さなければならないそうだ。

かといって、乗組員を全員新米にしたら、特別訓練生でもいないかぎり、とてもではないが軍艦としての役には立たないだろう。

 

人事教育局も考えあぐねたらしく、『シナノ』の艤装員候補として4つの人事案を提出してきた。

 

一つは、従来通り新米とベテランを混ぜる案。

二番目は、いっそのこと旧ヤマトの乗組員を全員『シナノ』に放り込んでしまう方法。ヤマトに慣れ親しんでいる元乗組員が乗れば、『シナノ』はこのうえない戦力になる。しかし、既に退役した者や昇進して別の役職に就いている者を引っ張ってくるのはほぼ不可能だ。

三つ目は、反対にほぼ全員を新米で埋めてしまう案。

この方法はヤマトがガトランティス戦役後に行ったもので、強力な指導者―――沖田十三や古代進のような艦長―――のしごきがあれば化ける可能性もあるが、当然ながらリスクも高い。

最後は、呼び戻す人数を最小限に留め、地球にいる予備役軍人や軍人経験者に復隊を要請して新米との間隙を埋める方法。折衷案ともいえる。

いずれの方法も一長一短。

ならば、下手に新しい事をして失敗するよりも、先例を踏襲した方がいいに決まっている。

やはり、一番目の案を採用するのが無難な選択だろうか。

 

プルルルルッ!

 

と、唐突に卓上の電話が鳴る。

隣室にいる秘書からだった。

 

 

「どうした?」

「受付に、地球連邦生命工学研究所の簗瀬由紀子博士と地球連邦大学のフランク・マックブライト教授がいらっしゃっています」

「生工研の簗瀬博士とマックブライト教授が? 今日は面会の予定はあったかな?」

 

 

生命工学研究所の簗瀬博士といえば、異星人研究の第一人者。今までも来寇してきた異星人の捕虜や遺体を分析して、様々な成果を挙げてきた。現在では、異星人研究のデータを活かして地球人の地球外環境適応の方法を模索しているという。

マックブライト教授はイスカンダルからもたらされたコスモクリーナーDの解析と量産に成功した、地球復興の立役者。彼の功績によって量産されたコスモクリーナーDMPは、軍民問わず全ての宇宙船に搭載されるようになった。今の研究目標は、確かコスモクリーナーの小型化だったと思う。

どちらも業界内では超が着くほどの有名人だが、たかだか一国家の防衛事務次官とは全く接点のない二人ではある。

 

 

「はい、2週間前に面会の申し込みがありましたので受けています。今朝も申し上げたはずですが……」

 

 

―――そう言われれば、そうだったかもしれない。いかん、朝は二日酔いで頭痛がひどくて、秘書が今日の予定をまともに聞いていなかった。

 

 

「体調が優れないのでしたら、後日また来ていただくように致しますが?」

「……いや、会おう。確かに体調は優れないが、これはこれで良い気分転換になるかもしれない。」

「かしこまりました」

 

 

電話を切ると、腕を組んで椅子の背もたれに体重を預けた。

 

全く住む世界の違うはずの二人が、これまた全く接点のない私に会いたいという。

なんとも、胡散臭い話ではないか。

どんな話をしに来たのかは知らないが、まともな類の話ではあるまい。

くだらない話ならばその場はお茶を濁して聞き流すなり、鼻で笑ってお帰り願えばいい。

不穏な話なら、上に注進すればいい。

興味深い話なら……経歴に瑕がつかないものなら乗ってもいい。功績に繋がるのなら尚更だ。

 

コンコンコンコン

 

 

「失礼します。御二人を御案内しました」

 

 

そう言って扉を開けた秘書に続いて入ってきたのは、壮年の男女。

スーツ姿の男の方―――マックブライト教授―――は、名前とは似つかない褐色の肌をしている。インド系の血が流れているのだろうか。

一方の女性―――簗瀬博士―――は、背中の半ばまで伸びた黒髪と顔形を見る限り、純粋な日本人のようだ。口元に湛えた柔和な笑みは、こういう状況でなければさぞ周囲の人々に安心感を与えているのだろう。

だが、今の水野の眼には思惑を隠した仮面にしか見えない。

水野は、実際に二人と相対しても何故二人が自分を尋ねてきたのか、見当がつかなかった。

 

 

「初めまして、地球連邦大学宇宙工学研究科のフランク・マックブライトです」

「生命工学研究所異星人研究課の簗瀬由紀子です」

 

 

「防衛省事務次官の水野進太郎です。地球を代表する科学者である御二人に御目にかかれて、大変光栄です」

 

 

互いに、ひとしきり額面通りの挨拶と握手を交わす。

二人をソファに着席を促すと、自らも向かいのソファに腰を下ろした。

 

 

「―――それで、科学者である御二人が、如何なる御用事で私を訪ねられたのですかな?お互いの仕事にはさほど接点があるようには思われないのですが」

「おや、関係ないとは心外ですな。コスモクリーナーDMPは軍には全く関係ないと仰られますか?」

「異星人研究だって、地球防衛軍には必要不可欠ではなくて?」

「いや、はっはっは。―――確かにそうでしたな。御二人の研究のおかげで、我々地球防衛軍は本当に助かっております」

 

 

こちらの言わんとしている事を分かっているくせに敢えて無視して、恩着せがましく軍と自分達との関係を主張してくる。

どうも、友好的に話を進めたいわけではないようだ。

それとも、この二人にそれほどの権力があるのだろうか?

……或いは、二人が私に何らかの要求をするとして、それを私が受け入れざるを得ない事が分かっているから、こういった態度に出ているのだろうか。

どちらにせよ、こちらには判断する情報が少なすぎる。

そもそも、何故この二人が揃って私のところを訪れたのか、それすら不明なのだ。

 

 

「それでは、御二人の間にも何か御交流があるのですか?」

「ええ、うちの一人娘が教授のところでお世話になっていまして」

「そうです。アカネさんは私のゼミに所属している学生でもずば抜けて優秀です」

 

 

教師と生徒の親の間柄だ、と二人はあっさりと答える。

調べればすぐに分かる事だ、おそらく二人の言う事は間違ってはいないのだろう。

 

 

「うちの息子は宇宙戦士訓練学校出身ですから、水野さんも私にとってはお世話になっている上司という事になりますわ」

「そうでしたか。息子さんの御名前はなんと?」

「篠田恭介です。今では、国立宇宙技術研究所に技術士官として勤めていますわ」

 

 

不審感に眉が動きそうになるのを反射的に抑える。

苗字が違うのは、恐らくは彼女が夫と離婚したからだろう。そして、恭介と呼ばれる息子が父親の元へと引き取られていったのであろうことは、容易に想像がつく。

それよりも気になったのは、息子さんが国立宇宙技術研究所に勤務している点だ。

つまり、もしかしたら簗瀬博士は息子さんを経由して宇宙技術研究所と繋がりを持っている可能性がある。

二人に向けた視線をそらさずに、手元の資料に意識だけを向ける。

 

……まさかとはおもうが、用件とは『シナノ』に関する事だろうか?

宇宙技術研究所と防衛省を結ぶもので今一番動きが活発なものは、建造途中の『シナノ』の事だ。

「ただ息子が宇宙技術研究所に勤めている」というだけならば、何も気にする事は無い。しかし、彼女はこうして何らかの目的で私に働きかけをしようとしてきている事実と鑑みれば、両者が無関係と断じるには都合が良すぎ、またタイミングが良すぎた。

『シナノ』が関係する事ならば、コスモクリーナーDMPの開発者であるマックブライト氏と繋がりがあっても違和感はない。いや、むしろマックブライト氏が娘さん経由で簗瀬博士と接触したと考えた方がスッキリする。

ならば、本命はマックブライト氏のほうか。

用件は……建造中の『シナノ』と合わせて考えると、「新型コスモクリーナーを載せる便宜を図ってもらいたい」とかだろう。

マックブライト教授は先月、自身が持っているゼミの授業の一環として『シナノ』の建造現場に生徒を引率している。あのときは未来の若者の為にと思って許可を出したのだが、それも今回の訪問に関係しているのだろうか。

 

 

「それでは、本日伺った本題に入りましょうか」

 

 

水野の推測は、マックブライト氏が話の本筋を切り出したことで確信に変わった。

 

 

「―――――実は、今そちらで建造中の『シナノ』にある物と人をのせていただきたいのです」

 

 

 

 

 

 

2207年 8月15日 22時44分 アジア洲日本国愛知県名古屋市某アパート2階1号室 篠田恭介宅

 

 

「あ―――――――――――っ、疲れた……」

 

 

郵便受けに入っていた郵便物を枕の上に放り投げ、恭介はベッドにダイブする。

『シナノ』の設計が終わって半年が過ぎた。本来ならあとの事は現場に任せて、自分達設計技師は時々様子を見に行く程度で済むはずだ。現に、つい二週間前まではそうだった。

それが一変したのは、京都の防衛省からの緊急指令だった。

話を受けた所長曰く、「地球連邦大学が新開発したコスモクリーナーEの稼働実験を『シナノ』にて行いたい」とのこと。

当然、恭介達は激怒した。

いくらコスモクリーナー量産の立役者とはいえ、たかだか一大学の教授の我儘を防衛省が飲んだのだ。

それだけなら、防衛省の弱腰を批判していれば気もまぎれる。

腹立たしいのは、そのとばっちりが全てこちらに回ってきていることだ。

新型コスモクリーナーの実証実験ということは、故障や不具合が起こる可能性が高いということだ。いや、必ず起こると言い切っても過言ではないだろう。

万能な空気清浄機であり対NBC戦の切り札であるコスモクリーナーに故障が起きたら、最優先に修理しなければならない。コスモクリーナー程の大型機械ともなれば、修理にもクレーンやマニュピレータなどそれなりの設備が必要だ。それこそ、最低でもヤマトの艦内工場レベルのものが無ければ話にならない。

そして、『シナノ』の艦内工場はコスモクリーナーDMPの設置されている部屋と一続きになっていて、艦の最奥にある。とてもじゃないが、一辺10メートル立方は場所を取るコスモクリーナーをもう一台置ける余裕はない。

 

つまり、『シナノ』にコスモクリーナーEを取り付けるには、既に設置してあるコスモクリーナーDMPを解体してかわりにコスモクリーナーEを据え置くか、艦内のどこかにコスモクリーナーEと整備のためだけの艦内工場を新設するかのどちらかを選択しなければならないのだ。

 

当然ながら研究所は、使えるかどうかわかったもんじゃないコスモクリーナーEに入れ替えるよりも、無理して工場を増設してでもコスモクリーナーDMPを残す方を採った。

 

それ以来職員は皆、艦の再設計に忙殺された。

工場の設置位置の検討や規模の選定、通風孔や配線の再配置、艦の質量バランスの再計算など、各課と基本計画班が総出で取りかかったのだ。

結局、設計期間を短縮するため増設する場所は艦底部前面の下部第一主砲前に決定した。ヤマトの艦内工場があった場所だ。『シナノ』には元々その場所に亜空間ソナーを設置する予定だったが、上部第一主砲前、かつてハイドロコスモジェン砲が搭載されていた位置に移すことで何とか解決した。

結果として『シナノ』は、コスモクリーナーと艦内工場を2つずつ持ちながらも工場としての能力は並み程度、そのくせ冗長性のないカツカツな設計となってしまった。

これでは、ヤマトのように新兵器や新装備を余剰箇所に搭載することができない。

『シナノ』はヤマトの後継という理念から、また一歩遠のいてしまったと言える。

 

設計が終わった後はドックに設計図を持ち込んで、設計変更に基づく工事の手順などついて現場と話を詰めた。元々亜空間ソナーの収納空間としてがらんどうに造っていたため工事そのものに大した手間はかからなかったが、やはり一度造ったソナー格納庫を解体して造り直すことは現場の作業員からブーイングを浴びた。

 

それでも、昨日あたりからようやく工事が軌道に乗ってきた。

ようやくひと段落を付けて、明日の休みをとりつける事が出来たのだ。

 

 

「といっても、明日は部屋の片付けに追われるんだろうな―――。かったりぃ……」

 

 

寝転がったままネクタイを外し、ワイシャツを脱ぎ、ズボンを脱ぐ。枕元のリモコンに手を伸ばし、エアコンを冷房の強に設定。

シャワーだけでも浴びたいが、一度横たわってしまった体はもう言う事を聞かない。足下でいいか、と放置した。

 

今にも飛びそうな意識で考えるのは、今日の朝礼の際に所長から伝えられた辞令。

 

 

「宇宙戦士訓練学校第34期卒業生篠田恭介、宇宙空母『シナノ』艤装員への転属を命ず」

 

 

辞令を下されたのは恭介だけではない。

砲熕課の武谷、水雷課の成田、電気課の後藤、造機課の徳田、航海課の遊佐、異次元課の小川が、俺と同様に『シナノ』への乗艦を命じられたのだ。

 

辞令を受けた者達は、揃って反発した。

それは決して、訓練学校を卒業して以来ずっと予備役になっている自分達が軍人に、しかも自らが設計の一端を担った艦への乗り組みを命じられた事に対する反発だけではない。

今回の人事が、あきらかに副課長という中途半端な役職を解散させるためのものだったからだ。

 

《どういうことですか! なんで俺達技術屋がいまさら軍艦に乗らなきゃいけないんですか!》

《10年はクビにならないって話だったんじゃないんですか!?》

《訓練学校を卒業して何年経ったと思ってるんですか。無理ですよ》

(第一、配属されて何するんですか? 下っ端みたいにダメコンやれって言うんですか》

《いくら砲熕課出身だからって戦闘班に配属されてもなにもできませんよ。生活班なんて真っ平ごめんですからね!》

《そんなに副課長って立場が気に食わないんですか防衛省のやつらは! そんなに俺達を殺したいんですか!》

《副課長ポストを作ったのは向こうじゃないですか。それを今頃になって……》

《所長! 俺達を守ってくれるんじゃなかったんですか!》

《答えてください所長!》

 

次々に所長に食って掛かる。

所長は腕を組んで瞑目したまま、恭介たちの口撃を黙って甘受していた。

 

《お前たちの言いたいことは良く分かる。俺も最初は猛反対した。事務次官のやつをぶん殴ってやったさ。だがな、その後考え直して、俺の判断で、話を受けた》

《何故ですか! 俺たちは所長を信じてたのに!》

《お前らには、足りないものがあるからだ》

《だからって戦場に行けって言うんですか!? 死んだらどうするんですか!》

《それだよ、成田。俺や課長達にあってお前らにないもの。実戦経験だ》

《!?》

《そ、それが何だって言うんですか。実戦経験が無くたって艦の設計はできます!》

《そうです! 今の地球連邦の船はみんな、実戦経験ない人が設計した者じゃないですか!》

《いや、無理だ。『シナノ』の設計をして痛感した。やはり、設計する人間は運用する人間のことを考えてはいない。だからこそ俺は、藤堂さんと話し合って南部君を設計陣に招いたんだ。最初にビッグY計画のことを話したとき、木村が言っていただろうが。「実戦経験をしていない自分たちがデザインをしていいのか」と。まさにそのとおりだったんだよ》

《……!!》

《お前らは若い。独創的な発想ができることは、『シナノ』の設計をしたときに良く分かった。だがな、優秀な設計技師というのは、長所と短所を同時に提示できることが大事なんだ》

《…………》

《実際に異星人と戦う機会はあるかどうかは、俺には分からん。だが、訓練学校の時のようにたかだか火星まで散歩に行くんじゃなくて、太陽系の外に出て、しっかりと軍人としての経験を積んでこい。そうしたらお前ら全員、またここに呼び戻してやる。だから、行ってこい。一人前になる為に》

《…………………………了解……しました》

 

もう、誰も何も言えなかった。皆がうなだれたまま、失意と落胆のまま辞令を受け取った。

 

恭介もその一人だった。

 

 

「『シナノ』が完成したら、しばらくはこの部屋ともおさらば、か」

 

 

パンツ一丁のまま、眠さに閉じた瞼の裏から、見慣れた天井を呆然と眺める。

仕事先にほど近いこの部屋を借りて、4年目。

少なくない思い出が、決して広くない1LDKの部屋に詰まっている。

同僚を呼んで朝まで飲んだ。

休日を潰して南部さん達と麻雀を打った。

米倉さん達とエロ本の交換会もやった。

あかねが名古屋に来ると聞いて、この部屋に泊まると勘違いして慌てて部屋中を掃除したのは、つい先日の事だ。

宇宙に出れば最低でも数ヶ月、下手したら年単位で家に帰れない。

長期間部屋を空けるのだから、出立前に大掃除をして綺麗にしておかないといけない。

少なくとも冷蔵庫の中は空っぽにしておかないと、帰って来た時悲惨な事になる。

家賃も、無理して前払いするか帰ってくるまで待ってもらうか、大家さんに相談しなければならないし、電気やガス、水道代などもしかり。

だが、それも明日以降の話。

今日はあまりにもいろんなことがあり過ぎて、もう体力的には精神的にも限界だった。

 

 

「暑い……でも、もう無理……」

 

 

帰ってきたばかりの部屋は空気が籠っており、サウナのように暑い。このまま眠りについたら、熱中症になるかもしれない。しかし、冷房をかける暇すら惜しいと、恭介は早々に意識を手放した。

 

 

Zzzz……

Zzzzzzz…………

Zzzzzzzzzz………………

 

 

 

 

 

プルルルルッ! プルルルルッ!プルルルルッ!

 

 

「うるせぇ、こんな時間に誰だ……て、あかねか」

 

 

携帯電話のディスプレイに表示された名前を見て、眠気が一気に霧散する。

通話ボタンを押して、そのまま頭の上にポイッと放る。顔を映す為にわざわざ腕を上げて携帯電話を持つ気はさらさらない。

 

 

「もしもし恭介ってなにこれ、また顔映ってないんだけど? しかも真っ白けなのは何で? ホワイトアウト?」

 

 

前々からうっすらとは思っていたが、電話口のあかねは幼児並みに頭の中が残念だ。

指摘してやろうかとも思ったが、疲労困憊の恭介はそれすらも億劫だった。

 

 

「ん――、あかねか。どうした?」

 

 

面倒くさいので、そのまま通話を始めた。

 

 

「え? 恭介、どこにいるの? 透明人間?」

「電話の側にいるだけだよ。カメラに映ってるのは天井だ。何がホワイトアウトだ馬鹿」

「あ、なーんだ……。びっくりさせないでよ。顔出さないんだったらSOUND ONLYにしといてくれたらいいのに」

 

 

半年前に、それで散々顔出せ顔出せとしつこく言ってきたのは誰だ。

 

 

「ま、いいわ。それより……、恭介に報告と、相談したい事があるんだけど……いま大丈夫?」

 

 

急に口調が変わったことにドキッとする。

いつにない、電話越しでも真剣な声。

あかねが何か重大なことを告げようとしているのが分かる。

上半身を起こして、ベッドに放った携帯電話を見た。

 

 

「まず……ね。私、大学院に行く事にしたんだ。ていうか、もう合格してるの」

「そうか、由紀子さんの許可はとっているのか?」

「うん。相談したら、いいよって。でね、恭介。私が今研究していることについては知ってるよね?」

「コスモクリーナーの小型化、だっけか?」

「そう。それでね、私達のゼミが開発したコスモクリーナーの新型が、実証実験の為に宇宙船に搭載されることになったの。なんか、マックブライト教授が軍の人に掛け合ってくれたみたいで」

 

 

新型のコスモクリーナーとは、『シナノ』に搭載されるE型のことか。

あの人が全ての元凶だったのか、と恭介は心のブラックリストに彼の浅黒い顔を登録した。

 

 

「で、その実験にはマックブライト教授が責任者として立ち会うんだけど、『大学院生として研究を続けるなら、良い経験になるから』って、私にもお誘いが来たの」

「凄い事じゃないか。お誘いがきたってことは、あの教授に認められたってことだろう?」

「でも、そうすると私、教授や先輩の大学院生と一緒に宇宙に行くことになっちゃうんだよ? それでいいの? 恭介は」

 

 

ん、と言葉に詰まる。

コスモクリーナーの実験につきあうという事は、『シナノ』に乗るという事だ。

軍艦である『シナノ』に乗るという事は、当然戦争に巻き込まれる可能性が高い事を意味する。

以前防衛軍資料室から借りてきた資料を思い出す。

ガトランティス戦役の際、ヤマトは地球とテレザート星を往復する間に幾度となく死闘を繰り広げて満身創痍になった。

終戦時、乗員114名のうち生き残ったのは僅かに19名という状態だったそうだ。

星間戦争とは、それだけ凄惨なものなのだ。

 

 

「お母さんを東京に一人ぼっちにしちゃうし、私宇宙に行ったことないから怖いし……。だから、宇宙に行くのは断ろうと思うんだけど、お母さんは行った方がいいって強く勧めてくるのよ。だから私、迷っちゃって……」

 

 

兄として男として、妹の様に慕っている娘を、密かに惚れている女をそんな危険にさらす訳にはいかない。

寝返りを打って携帯電話を両手で掴み、ディスプレイのあかねを正面から見る。

今日のあかねのパジャマは水色の無地。去年帰省したときはピンクだったから、買い換えたのか。

 

 

「そうだな……。俺も『シナノ』に乗って宇宙に行っちゃうし、あかねまで来ちゃったら地球に由紀子さん一人きりか……。うん、行かなくて済むなら行かなくてもいいと思う。俺としても、危険なところにあかねを連れて行きたくない」

「…………恭介。今、聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど。もしかして、あんた『シナノ』に乗るの?」

 

 

そう言って、先ほどとは一転して怪訝な表情を浮かべる妹。

あからさまに眉間にしわを寄せるあかねは、可愛くも恐ろしくもある。

なんか、また嫌な予感がする。

 

 

「あ、ああ、そう言えば言って無かったっけ。今朝うちの所長から辞令が来てな。竣工と同時に乗組員として配属されるんだ。あかねが言ってる宇宙船って『シナノ』だろ?」

「ふ~~~~~ん。恭介、『シナノ』に乗るんだ―――。………………………エッチ。スケベ。ヘンタイ」

「んなぁ!? 何故にいきなりそんないわれも無い罵倒を受けなきゃいかんの!?」

 

 

前触れなくボロクソにけなすあかね。

いわれなき罵倒に言い返すが、こうなったときのあかねは人の意見など聞いてくれない。

 

 

「だって! うちのゼミ生、女の子ばっかりなんだもん! そうしたら恭介、ハーレム状態だよ! やっぱりヘンタイじゃない!」

「お前のゼミの男女比なんぞ知った事か、ていうかハーレムなんかならねぇよ! 俺はそんな風に見られていたのか!」

 

 

自動化が進んだとはいえ、軍艦には100名近くの男女が乗艦する。そのくらい、あかねも知らないはずはないのだが、

 

 

「当たり前じゃない!」

 

 

あかねの中にある恭介像は、その程度では揺るがないほどに悪かったようだ。

 

 

「アンタ、名古屋に行ってる間にヘンタイになっちゃったじゃない!」

「去年帰省した時の白衣ネタを言ってるのか? そんな昔の事をいまさら!?」

「だから、宇宙に行っちゃったら恭介の事だからハーレムくらい作りかねないわ! 甲斐性なし! 女の敵! 淫乱!」

 

 

脱力して携帯を手放し、枕に顔を埋める。

もはや恭介の心は、シャープペンの芯のように簡単に折れそうだ。

恭介の心労は、ここに至ってピークに達していた。

 

 

「決めた! アンタが鬼畜の道に走らないように、私がずっと監視してあげる! だから恭介、覚悟しときなさいよ!」

「――――――――――――もう、なんでもいいです………………グスン」

 

 

何やら重大な事を言われた様な気がするが、心に深い傷を負った今の彼には、それを考える余裕など残されていなかった。




次回からは出撃編になります。
ようやく戦闘シーンが登場します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

出撃編
第一話


出撃編、開始です。


2207年 10月1日 6時00分 アジア洲日本国愛知県名古屋市港区 名古屋軍港内南部重工第1建造ドック

 

 

【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち」より《出航前の緊張》】

 

 

 

『全艦、発進準備にかかれ!』

 

 

艤装員長芹沢秀一の声が、マイクを通じて艦内に響く。

直後、「総員配置につけ」のサイレンの音が耳朶を打った。

しかし、それをのんびりと聞いているようでは軍人とは言えない。

技術班長の号令を待たずに、恭介を含む技術班19名は艦内を駆けまわって艦内チェックを始めていた。

研究所上がりの7名は、それぞれが所属していた課にちなんだ個所のチェックを任されている。

造船課だった恭介は艦体全般を担当している為、部下のほかにも補助として自己診断プログラムと作業用ロボットを併用しながら、自分の目で確認しなければいけない所だけを重点的に見回っていく。

艦内を前後左右4つのブロックに分け、2人一組でそれぞれのブロックの点検を分担する。

勝手知ったる自作の船とはいえ、全長が300メートル近くある艦内を探し回るのは骨が折れる作業だ。

 

 

『主砲、パルスレーザー、異常なし!』

『ミサイル発射システム、異常ありません!』

『波動エンジン、波動砲発射システム、異常なし!』

 

 

武谷、成田、徳田の声が矢継ぎ早にスピーカーから聞こえる。

走りながら腕時計に視線を送る。下令されてから5分も経っていない。

彼らは戦闘班や航海班との共同作業だから、早いのも納得だ。

 

 

「篠田さん、こっちはチェック終わりました!」

「こっちも終わった。俺は第2工場に行く、お前は第1工場を見てこい!」

「了解!」

 

 

部下で訓練学校を卒業したばかりの大桶圭太郎を艦中央に向かわせ、自分はエレベーターを使って艦底部へ。目指すは、コスモクリーナーEが置かれている第2艦内工場だ。

 

 

『コスモレーダー、ソナー、タイムレーダー、異常なし!』

『亜空間ソナー、問題ありません!』

 

 

今度は後藤と小川の声。

エレベーターが開き切る前に飛び出し、オートウォークを全速力で疾走する。

走りながらも居住区の点検に向かった部下からの報告を受けて、脳内で艦内のチェック状況を更新していく。

時刻は既に6時12分。命令の前に動き出していたから、点検を始めて15分以上経っている。

 

 

『航法システム、いつでもいけます!』

 

 

この声は遊佐だ。どうやら、自分たちが最後のようだ。いくら補助がいるとはいえ、艦内全部をチェックするのは時間がかかる。

乳灰色に塗装された壁に囲まれた、大人が4人横並びに歩くことができるほどの広い通路を、たったひとりで全力ダッシュ。

圧搾空気が抜ける音と共に第2工場に躍り込む。

 

 

「教授、あかね!」

 

 

そこには、D型を一回りサイズダウンしたコスモクリ―ナーEと、その周囲をせわしなく歩き回っている黄色い服の男女がいた。

マックブライト教授と門下の大学院生7人、それと特別に乗艦したあかねだった。

彼らはコスモクリーナ―の整備と、実験以外の時間には生活班や技術班の仕事を補佐する事になっていて、制服も生活班を表す黄色の生地に黒の錨のデザインになっている。

 

 

「篠田君か。今室内を確認し終わったところだ。コスモクリ―ナ―Eはしっかり固定されている、問題ない」

「ありがとうございます」

「恭介、こっちの片付けも全部終わってるわ」

「サンキューな、あかね。自分の荷物はロッカーに入れたか? 自分の座席は分かるか? 指示があるまでベルト外したり勝手に動くんじゃないぞ?」

「大丈夫よ。子供じゃないんだから、全く」

 

 

そう言ってあかねは、腰に手を当てて頬をふくらます。

ボディラインにぴったりなスーツに内心ドキドキするが、発進前なので顔に出す余裕も無い。

そのとき、大桶から無線が入る。

 

 

『篠田さん。第1工場問題ありません、艦内オールグリーンです!』

「わかった! 俺は後から行くから、先に座席についてろ!」

『了解、先に行ってます!』

 

 

ヘッドセットの無線で大桶への指示を飛ばし、取って返して工場備え付けのマイクのスイッチを入れる。時刻は6時16分。たった20名足らずで艦内全てをチェックするのだからこのくらいかかるのは致し方ないが、実戦では遅すぎる。

 

 

「ダメコンシステム、居住区、艦内工場、異常なし!」

『第一艦橋了解。発進に備えろ』

 

 

了解、と返信して、俺は再びあかねと教授に振り返った。

 

 

「本艦は間もなく公試の為、名古屋軍港を出発して火星宙域へ向かいます。名古屋港を出たら離水し、地球周回軌道まで一気に駆け上がりますので、宇宙に慣れていない皆さんは座席に座ってシートベルトをしっかり締めていてください」

 

 

その場にいたゼミ生が皆頷くのを確認して、恭介は第1工場へと走った。

 

 

 

 

 

 

正面上部の大型ディスプレイの中を、アルファベットと漢字が絶え間なく流れる。

『シナノ』の断面図が次々とグリーンに染まり、最後には太文字で「発進準備完了」の文字が大きく映る。

 

 

「艦内全機構異常なし、エネルギー正常」

「ドック内注水完了。ガントリーロック解除、ゲート開放」

 

 

技術班長藤本明徳の指示によって、くぐもった金属音と共にドックのゲートが開く。

さすがガミラス戦役の時からの生き残りだけあって、藤本は流れるように指示を出している。

ドックの中は照明を一切つけていない。

薄明が闇夜を薄めた海は墨色がかっていて、開かれたゲートとともに「始まり」を象徴しているように感じる。

 

 

「始動シリンダー準備よし」

「第三、第四補助エンジン始動5秒前、4、3、2、1、接続!」

「補助エンジン動力接続」

「スイッチオン、両舷微速前進0、5」

「微速前進0、5。ドックより、伊勢湾内に進入します」

 

 

リラックスした表示で操縦桿を握る北野が、明瞭な声で報告する。

どうにも、不思議な気分だ。南部は自分が座っている席を見渡す。

『シナノ』の第一艦橋は、ヤマトとほぼ同じ機械がほぼ同じ配置になっている。唯一の違いは航法席と化学分析席の入れ替えぐらいなもので、ボタンの一つ一つの場所までヤマトそっくりだ。

 

ただし、それを操る人間はヤマトとはがらりと変わっている。

艦長席に座るのは、沖田艦長でも山南艦長でも古代艦長でもない。

ライトグレーの髪をオールバックに固めたアクティブなヘアースタイル。

老練な宇宙戦士に良く見られる、茶褐色に焼けた肌。

ところどころ白が混じった不精髭は揉み上げから顎下まで繋がっていて、今までの艦長とは違う「野生」の印象を受ける。

全てを見通すような鋭い視線は、歴代のヤマト艦長のそれと変わらない。

芹沢秀一。土方さんや山南さんの更に後輩で、ディンギル帝国が侵攻してきたときには巡洋艦による水雷戦隊の指揮を執っていた歴戦の戦士だ。

 

かつての指定席だった砲術席には、以前は第一主砲キャップだった坂巻浪夫。『シナノ』に来る前は、現在火星基地ドックで修理中の第三世代型巡洋艦『あしがら』で戦闘班長をやっていたそうだ。

戦闘班長として第一艦橋正面に座る南部の右隣、かつて島大介が座っていた席には、イスカンダル遠征のときに操艦を任されていた北野哲がいる。

北野は暗黒星団帝国来襲の際にパルチザンとして活動したのを切っ掛けに空間騎兵隊に転属していた。今回は月基地にいたところを一本釣りされたらしい。

どちらも、たまたま地球の近くに居たのをいいことにスカウトされたようだ。人事から防衛省の裏の意図がうっすらと見えなくもないが、かつての仲間と再び仕事ができるのでこの際気にしない。

機関長の島津忠昭、通信班長葦津綾音、航海班副長館花薫の三人はヤマトの乗員ではないが、島津は自分たちと同様、他の軍艦で副班長クラスの役職に就いていた世代だ。

 

いずれにせよ、かつてヤマトの中堅を勤めていた面子が世代交代によって繰り上がった形だが、6年前とは違って堂々とした彼らの態度に、月日が経ったことを実感させられた。

 

『シナノ』は、その女性格を体現するかのように静々とドックを出る。

夜明け前は既に過ぎ、まさにこれから朝が訪れるという時間帯だ。

秋の気配が近づいてきた暁の伊勢湾には、東の水平線から顔を出した曙光によって橙色に染め抜かれた、綾波の絨毯が敷き詰められていた。

 

 

「本艦針路225度、27ノットに増速」

 

 

港湾から出たところで西から南西に変針、一気に増速して伊勢湾の中央へ向かう。

 

 

「宜候、波動エンジン内エネルギー注入」

「波動エンジン内エネルギー注入開始」

 

 

ウェディングドレスのトレーンのように、白い引き波を引きずりながら大人しく進む『シナノ』の第一艦橋から、知多半島がうっすらと視界に入ってくる。

 

 

「港湾事務局より通信。『貴艦の進路に障害なし。発進を許可する。航海の無事を祈る』」

「事務局へ返信。『誘導に感謝す』。北野、第一、第二補助エンジン接続。針路180度、速力64ノットへ」

 

 

増速に伴って、正面からGを感じる。波の静かな伊勢湾を『シナノ』の艦首が切り裂いて激しく飛沫を上げる。

 

 

「シリンダーへの閉鎖弁オープン、波動エンジン内エネルギー充填120%」

「フライホイール始動」

「フライホイール始動!」

「波動エンジン点火10秒前!」

 

 

発進準備が順調に進み、戦闘班長のセリフが近付いてくる。

心臓がバクバクする。

耳にかかる髪をかきあげる。

眼鏡の位置が妙に気になり、一度外して両手でかけ直す。

周りに気付かれないように、鼻で深呼吸する。

古代さんがいつも言っていたセリフ。聞くだけで気分が高揚するあのセリフを、今度は自分が発するのだ。

 

ガミラス戦役以来、何度目の発進だろう。

坊ノ岬沖での、沈没艦の艤装を剥がしながらの発進。

地球防衛軍の方針に反発して強引に艦を動かし、海中から飛び出しながらの発進。

緊張した新人が、第三艦橋を木々に掠めながらの危なげな発進。

イカルスの岩塊を砕き割り、アステロイドの環をくぐり抜けながらの発進。

日本アルプスの晴れ渡った雪原を掻き分けながらの発進。

アクエリアスで、敵ミサイルに追われながらの命がけの発進。

様々な状況での発信を経験したが、ここまで緊張するのは、初めてかもしれない。

 

 

「3、2、1、波動エンジン点火!」

 

 

胸一杯に息を吸って、

 

 

「『シナノ』、発進!!」

 

 

今の気持ちをぶつけるように、南部は大音声を発した。

 

 

 

 

 

 

【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマトpartⅠ」より《地球を飛び立つヤマト》】

 

 

初秋の伊勢湾を太平洋に向けて一路南下する『シナノ』は、サブエンジンをフルパワーにすることで猛烈な加速をしていた。

水上艦艇ではありえないスピードになるにつれて、海面を鋭角に切り裂いていた艦首が徐々に持ち上がっていく。

真っ赤なバルバス・バウが姿を現し、丸い艦底によって強引にかき分けられた波飛沫が後方へ吹っ飛ぶ。

水中に沈んでいた部分が露わになる度に、大量の海水がカーテンとなって艦体に沿って流れ落ち、水煙となって舞う。

艦首喫水線から流れる飛沫は、『シナノ』の歓喜の涙にさえ見える。

 

しかし、いまだ水面下にある第三艦橋の要員は、さぞかし生きた心地がしないだろう。

64ノットで疾走する艦にかかる水圧を、真正面から受け止めているのだ。

下部一番主砲とその直後のブルワークによって千々に乱れた水流が、恐ろしい勢いでガラスに叩きつけられている。

そこかしこが軋む音と絶え間なく続く不気味な振動に、垂直離着陸しか経験していない訓練学校を卒業したばかりの新米共はシートベルトを強く握りしめ、小便を漏らしそうな勢いだった。

 

半球状の艦内第2工場までが水面に顔を出すようになると、いよいよ艦は大空へ飛び出す準備を整える。

艦首が上がったため艦尾は水中に下がり、既に下部飛行甲板まで水に浸かっている。

上部飛行甲板も水没こそしていないものの、ひっきりなしに波に洗われていた。

艦尾から白く泡立ったウェーキが伸びる様は、上空から見れば青の色紙に一筋の白線を引いているようだ。

 

伊勢湾の中央あたりまで進出したところで、艦尾の海面に名状しがたい閃光が生まれる。

2基の波動エンジンが始動し、矩型波動エンジンノズルが黄白色の光輝を放ったのだ。

扇状に広がる波飛沫が艦橋よりも高く跳ね上がり、一瞬にして蒸気と化した海水が艦尾と航跡を覆い隠す。

爆発的な推力を得た『シナノ』が、水平方向に加えて垂直方向へのベクトルを得て浮き上がる。ウイリー走行さながら後部だけを着水させて航行していた艦が、水平線の少し上を指向していた艦首を追うように動きだすと、さもそれが自然であるかのように巨体が滑らかに離水していく。

未練がましく艦体に張り付いて装甲を舐めていた海水の塊が、ついに風圧で吹き飛ばされる。

 

白煙を引き連れて力強くグングンと高度を上げていく姿は、往年の宇宙往還機を想起させる。

昔と大きく違うのは、それが海上からの発進であり、艦体から振り落とされた海水が滴となって名残惜しげに空中に留まり水蒸気の雲と共に朝日を浴びて輝いている事だった。

 

矩型エンジンノズルと2基のサブエンジンノズルが朝日よりも眩しく光を放ち、『シナノ』は引き絞られた弓から放たれた矢が空に吸い込まれていくように、仰角を上げて一気に蒼空へ駆け上がった。

南に向けて飛び立った『シナノ』は高度500メートルを突破したところで主翼を展開し、艦を左に傾斜して翼端を陽光に煌めかせながら南東の方角へと旋回する。

ヤマトの遺志を継ぐ宇宙戦艦が、光跡を引きながら風を掻き分け、雲を突き破ってなおも上昇を続ける。

 

黎明の海に途切れた一筋の白い航跡を残して、一隻の艋艟が鏑矢の如く腹に響く重低音を唸らせて、母なる海を離れて星の海へと旅立っていく。

やがて白煙さえも振り切った『シナノ』の影が朝焼けの空に溶けていく姿は、出発を見送った研究所や南部重工の関係者には希望そのものに見えた。




出港シーンの描写は宇宙戦艦ヤマト2の発進シーンをイメージしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話

ヤマトなら、やはりこのナレーションから始まらないと。


2207年 10月2日 16時44分 太陽系第四惑星火星宙域

 

 

【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト復活篇」より《無限に広がる大宇宙》】

 

 

無限に広がる大宇宙

 

 

静寂と光に満ちた世界

 

 

生まれる星もあれば死にゆく星もある

 

 

そうだ

 

 

宇宙は生きているのだ

 

 

棒状渦巻銀河の中心から約3万光年、天の河銀河の辺境宙域、オリオン腕

 

 

その更に辺境にある比較的小ぶりな恒星、太陽

 

 

寿命としては壮年に達しつつある星を頂に仰ぐ星々の群れ、太陽系の第三惑星、地球

 

 

我々を生み育てた、母なる星

 

 

幾度の異星人侵略の危機を乗り越えた、奇跡の星

 

 

いっときは痛々しい土色に錆び上がっていた大地も、ガミラス戦役以降続けられてきたリ・テラフォーミング事業によって、今は昔以上の植生を取り戻しつつある

 

 

ときに、西暦2207年

 

 

大きな宇宙の中の小さな星で、物語がいま、新たに始まろうとしていた

 

 

 

 

 

 

群青と純白の斑模様が美しい水の惑星と白銀の衛星は既に遥か遠く、足元には赤茶色の球体が宇宙の常闇の中に浮かんでいる。

 

火星宙域にまで進出した『シナノ』は、火星周回軌道で待機状態に入った。

地球連邦に所属する国は、新造艦の公試運転を毎月5日に火星公転軌道上の特定宙域で行う事が義務付けられているからだ。

これは太陽系を多く行き来する宇宙船の航海上の安全を考慮してのことであったが、結果的に毎月各国の新造宇宙軍艦が一堂に会するお披露目会としての側面を持っていた。

本来は新造艦を披露しあう事で互いの猜疑心を解消して健全な競争心を育てるという裏の意図もあったのだが、逆に無意識に敵対心を呷る結果にもなっていた。

 

現在、恭介を含めた技術班の面々は『シナノ』の烹炊所にいる。

待機中は最低限の点検以外は試験も訓練も行う事は禁じられていて何もやる事が無いため、展望室にテーブルと食事を運び込んでの懇親会が行われることになった。

そして、試験も訓練もできない以上、誰もが暇を持て余しているわけで。

艤装員長の命令で、懇親会の準備をしている生活班の手伝いをさせられることになったのだ。

肩に青い三本のラインが入った技術班員が側面展望室と食堂、正式名称『シナノ食堂』の間を、料理を載せたカーゴとともに行き来する。

『シナノ食堂』では本職の生活班炊事科が、大きなしゃもじで炊きたての御飯をかき混ぜ、或いはフライパンを電磁調理器にかけている。まだクッキングマシンが試験運用段階ということもあるのだろうが、烹炊所も懇親会という重要イベントに向けてわざわざ手作りで調理をしてくれている。どれだけ自動調理技術が発達しても、職人が手ずから作った料理にはかなわないのだ。

烹炊所の入り口では、料理の手伝いをしているゼミ生が唖然とした表情で見ていた。

ボラ―戦役の時に避難船に乗った事はあっても軍艦は初体験、しかも裏方の作業を目の当たりにしたのは初めてなのだろう。

一応宇宙戦士訓練学校で一通り宇宙艦艇での業務を経験している身としては、彼らの驚きは共感できるし、また懐かしくも感じる。

 

 

「お前たち、何をそんなボケっと突っ立ってるんだ?」

 

 

恭介は、なるべくフランクな声のかけ方を心がけた。本来なら手を動かしていない部下には怒鳴っても良いのだが、そこは学生相手だ、あまり怖い態度をとるとあかねへの風当たりが悪くなるかもしれない。

自分だけは優しくしてやってもバチは当たるまい。

他の乗員に怒られる分には助けてはやらないが、自分が怒る時は厳しく叱ったりはしない事にしていた。

しかし、

 

 

「ハ、ハイ! スミマセンでした! すぐに作業に戻りマス!」

 

 

飛び上がらんばかりに背筋を伸ばしたその男子生徒は、泣きそうな声で肩を震わせながら駆け足で去っていった。

 

 

「……ええっと」

 

 

既に躾けられているようだった。

そもそもあの生徒は確か修士二年生だったはずだから、自分よりも一歳年上ではなかったのではないか。

 

 

「……ま、いいか」

 

 

首を傾げながらも、そのまま烹炊所へ。

 

 

「坂井さん、生徒が妙にビビってましたけど、何があったか知りませんか?」

 

 

厨房に入った恭介は、ピザ生地を練っていた坂井シェフに話しかける。

『シナノ食堂』の料理長を勤める坂井さんは口髭の似合うチャーミングな方で、人当たりがとてもいい印象を持っている。

接している限りはとてもおっとりとした性格だと思っていたのだが、もしかしたら違うのだろうか。

 

 

「う~ん、彼ならさっき料理を手伝ってもらっていたんだけど、ちょっとふざけていたからすこーしだけ怒ったんだよね」

「はぁ……。ちなみに、怒るってどんな感じで?」

「ん~~? そんなにきつくなんて怒ってないよ? ちょっと一発『ていっ』てぶっただけ」

 

 

「テイッ」の掛け声とともに殴るジェスチャーをする坂井さん。

大きく振りかぶってのフルスウィングだった。

 

 

「ほら、彼らって軍人じゃないじゃない? だから優しくしたつもりなんだけど、何故か恐がられちゃってね。一体どうしてかなぁ? 篠田君、知らないかい?」

 

 

彼の顔に腫れている様子はなかったから、あの殴り方にしては手加減をしたほうなのだろうか。しかし、ダメージを受けたのは主に精神面だったようだ。

 

 

「いや……生憎私には分かりかねますが」

 

 

顔が若干ひきつっていたのは坂井さんにばバレなかった、と思う。

 

 

「あ、恭介。お疲れ様」

 

 

じゃがいもの皮をむいていたあかねが、ふと顔をあげて恭介に気付いた。

あかねが躾けられていない事になんとなく安堵を感じつつ、軽く手を上げて応える。

 

 

「準備お疲れ。どうだ、坂井さんに迷惑かけてないか?」

「ん―――? 簗瀬君は炊事科の立派な戦力だよ? 包丁捌きも慣れたもんだし、手際いいもん。大人数用の料理をしたことないからか、ちょっと丁寧で時間かけ過ぎかなとも思うけど、すぐに慣れるでしょ」

「そうですか。よかったな、あかね」

「ま、いつも家でお母さんの手伝いしていて慣れているからね」

 

 

そういって胸を張るあかね。その様子に恭介は安堵しかけたが、その後の発言に度肝を抜いた。

 

 

「それより、戦艦ってすごいのね。調理場は広いし、冷蔵庫はうちの大きさ何倍もあるし、食材も天然モノが多くて豪勢じゃない。恭介アンタ、訓練学校時代にもいつもこんな美味しい料理食べてたの?」

「馬鹿、シ――――!!」

 

 

慌ててあかねの口を両手で塞いだ。突然の出来事にあかねが顔を真っ赤にしてモゴモゴ言ってるが、それどころじゃない。

 

 

「ン――――!! ン――――!! ぷはぁっ、ちょっと、いきなり何すんのよ!」

「お前がいきなりとんでもない事言うからだ!」

 

 

キョロキョロ周りをうかがうと、坂井シェフが苦笑いしていた。

 

 

「ちょっとこっち来い! その勘違いを修正してやる」

 

 

愚妹の腕を掴んで、坂井シェフへ振り向く。あかねが何やら慌てふためいているが関係ない。こいつには艦の一員として最低限の事を知っていてもらわなければならない。

 

 

「すみません坂井さん、申し訳ありませんがこいつに少し教えてやってくれませんか?」

 

 

「いいよ~? 学生君もここでは艦の一員だからね。艦の事を少しでも知っていてもらわないと、いざという時に足手まといだからね~」

 

 

ついておいで、という坂井さんとともにあかねを引っ張り込んだのは食糧庫。

天井まで2メートル半、広さは教室三つ分ぐらいあるそこは、新造の時にはがらんどうだったのだが、今では段ボール箱でぎっしりだ。

保管されているのは調理場にある冷蔵庫や隣室の巨大冷凍庫と異なり、常温で長期保存できる食料である。

 

 

「さて簗瀬君、これが分かるかな?」

「えっと……。非常食じゃないんですか?」

 

 

恐る恐る答えるあかねに、坂井さんは笑顔を崩さずに語り始めた。

 

 

「そう、補給が滞った時や遭難した時の為の非常食だ。200人の乗員が2カ月生存できるだけの携行食糧が備蓄されている。中身は無重力状態を想定して真空パックに粘性の高いパンもしくは御飯とゲル状スープ、それにサプリメントの錠剤と、満腹中枢を刺激する薬が入っている無針注射器だ。でもこれは戦闘食も兼ねているから、戦闘配備中はこいつがそのまま段ボール箱ごとそれぞれの場所に配られるんだよ」

「え、それじゃあ暖かくなくて美味しくないじゃない?」

「そうだよ。パンはともかく、ダマになった生温いスープをジュルジュル吸うのはあまり食事している気分にはならないな。でも、俺達軍人はこういう物を食べて戦闘に行くんだ」

 

 

思い出すのは、宇宙戦士訓練学校時代。訓練航海で火星宙域に出たとき、遭難訓練と称して5日間を戦闘食だけで過ごした。2日目になるともう飽きが来て、苦痛で仕方がなかっただったつらい記憶だ。

最後の方は、食糧のパックを見るだけで皆げんなりしていた。

 

 

「ん~、さすがに昔みたいにおにぎりとお茶ってわけじゃないけど、今作っているパーティー用の料理や来賓用の食事とは比べ物にならないくらい質素でしょ? 通常の食事だって、冷蔵庫と冷凍庫に入っている食材、艦内菜園で採れる青物、あとは艦内工場でつくる合成食品から作っているんだけど、できるだけ材料を無駄遣いしないで備蓄が長持ちするように、かつ飽きられないようにレパートリーを増やして、士気が落ちないように工夫してるんだよ」

「移民船に乗った時に出たお食事より、普段はもっと質素ってことですか?」

「そうだね、あれは民間人用だから。来賓用ほど豪勢ではないけど、やっぱり軍人よりは質素な食事に慣れていないからね。不平不満が起きないように僕らよりは比較的充実した食事になっていたかな?」

 

 

自分の経験した船内食と比べて驚くあかね。

あかねが言っている「移民船」とは、ボラ―戦役―――太陽の異常膨張で移住を余儀なくされた際に乗った大型船のことをいっているのだろう。

恭介は軍属扱いで船に乗っていたから学校の給食みたいな安いメシだったが、民間人の方はそこそこマシなものが出たようだ。

と、ふと疑問がわいた。

 

 

「あれ? ということはお前、ここのメシまだ食べてないのか?」

「まだよ? 昨日今日と、ずっとコスモクリーナーにつきっきりでいたんだもの。食堂に行く暇なんてなかったわ」

「ん~そうか、今まで学生君達は機械の整備に忙しかったから、炊事科にお弁当を工場まで運ばせたんだっけ。じゃあ、知らなくても仕方ないね。うちは定食制で、ABCの三種類から選ぶんだ。食料の備蓄が少なくなったらA定食だけにしちゃうんけどね」

「まるで、大学の生協食堂みたいですね」

「あれよりも品揃えは良くないかな。三種類以外は傷病者用の食事しか作る余裕がないから」

「今の話からすると、私達がお弁当を頂いたのは特別ということですか?」

「そうなるねぇ。本来ならばここにある段ボールを渡すところなんだけど、艦の仕事を手伝ってもらってるし、大事な民間人のお客様だからね」

 

 

答えにあかねはしばし俯いたあと、坂井さんに向き直った。

 

 

「……先程は失礼な事を言っちゃいました。よく知らずに適当な事を言って、ごめんなさい」

 

 

ポニーテールをうなだらせて謝る。

こういう時に素直に頭を下げる事が出来る点があかねのいいところだと、恭介は改めて思った。

シェフが目を細めて笑う。分かってはいたが、やはり坂井さんは怒ってはいないようだ。

あかねもつられて微笑んだ。

あとは、自分が話を締めれば終わりだ。

 

 

「分かったか? 軍艦だからって贅沢なものを食べられる訳じゃない。長距離航海でただでさえ精神的に疲弊するのに、食糧だって決して常に潤沢に賄えるわけでもない。今ああやってパーティーの準備をしているのは、このあと冥王星基地で補給を受ける事が分かっているから出来る事なんだ。いわば、贅沢な食事を食いだめしてこれから先頑張ろうって意味も込められているんだ。だから、二度と人前でさっきみたいな事言うんじゃないぞ。な?」

「ええ、分かったわ。ごめんね、変な事言っちゃって。それとありがと、教えてくれて」

 

 

ふいに柔らかい表情で俺に微笑みかけるあかね。

少し、ドキッとしてしまった。

出航以来、あかねに心を揺るがされる機会が多くなったような気がするのは考え過ぎだろうか。

 

 

「さ、そろそろ行きましょ? まだパーティーの料理、全然作り終わっていないから」

「そうだね、そろそろ行こうか。簗瀬君、僕は鍵をかけなきゃいけないから先に行っててくれるかな?」

「はい、じゃあ先に調理場に戻ってます」

 

 

じゃあね、と肩越しに声をかけてあかねは扉をくぐる。食糧庫には坂井シェフと俺が残った。

 

 

「篠田く~ん。今日もそうだけど、簗瀬君は『シナノ』食堂の戦力になるから、ちょくちょく借りていくよ、ごめんねー」

「あ、はい、どうぞどうぞ。存分にこき使ってやってください」

「ん~~? そんなに強がっちゃっていいのかなぁ? 彼女、黒髪美人だし有能だから、炊事科と技術班で引っ張りだこになっちゃうよ? ぐずぐずしてると、誰かに取られちゃうかもね?」

「んなっ!? いきなり何の話です!?」

 

 

口に手を当てながら、ニヤリと口角を吊り上げる坂井さん。

人をからかって楽しもうという、悪い笑顔だ。

 

 

「いやぁ、僕は山形の実家に奥さんがいるからいいんだけどね? この艦も若い新人が多いし? なんだかんだでストレスの溜まる職場だし? 何よりもここは密室だからね―――」

「ど、ど、どういうことですか!」

 

 

坂井シェフの視線が恭介を絡め捕る。

冷や汗が一筋、背筋を流れる。

この人にどこまで見透かされているのかと、空恐ろしくなる。

 

 

「料理人の戦場たる厨房にラブロマンスを持ち込む困った子は『修正』する事にしているから安全だけど、それ以外の場所では篠田君が護ってあげなきゃだめだよ? 君は“お兄ちゃん”なんだからね? それともぉ、篠田君はそう”思って”ないのかな?」

「”想”ってるに違うじゃないですか!」

「んっふっふっふっふ―――。そう? なら安心かな? じゃあ、部屋の鍵かけといてね~~」

 

 

背中越しに手を振りつつ、コック帽の男が悠々と去っていく。

 

 

「どれが本性なのか、窺い知れん…………」

 

 

恭介はしばらく、その場から一歩も動けなかった。




公試が始まると思ったか?残念!四話からだ!(ヲィ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話

ヤマトではおなじみ、展望室での宴会です。


2207年 10月2日 18時04分 火星周回軌道上 『シナノ』右舷展望室

 

 

「連邦大学の学生諸君がいるので、改めて自己紹介しよう。私が艤装委員長、完成後には『シナノ』初代艦長を拝命する芹沢秀一だ」

 

 

懇親会は、演壇に立った艤装委員長の挨拶から始まった。

普段は展望室兼荷物置き場になっているここは、今では10台の大テーブル、多数のイス、そしてテーブルの真ん中には大皿に盛り付けられた種々の料理が並んでいる。

テーブルの周囲には、いまだ配属されていない飛行科を除いた乗組員96名全員が科ごとに集まり、グラスを手に艦長の話を聞いていた。

 

ちなみに、現在の艦は自立航行プログラムによるハンズフリーモードになっているため、通常航行どころかある程度の迎撃行動まで艦が自動でやってくれる。実に便利なシステムだ。

暗黒星団帝国が侵略してきた際にコントロールタワーを破壊された無人艦隊が、成す術も無く撃破されたという教訓から搭載された機能である。

 

 

「公試前ではあるが、まずは宇宙空母『シナノ』が完成した事を率直に喜びたい。こうして無事に星の海を航海できるのも、諸君らの尽力のおかげだ」

 

 

誰もが艦長の言葉に聞き入る。

艦長は一度頭上を仰ぎ、マイクに向き直った。

 

 

「――――――思い返せば15年前。太陽系の外へと開拓の手を伸ばし始めた我々人類はガミラスの侵略に遭い、80億もの犠牲者を生んだ。6年前、再建しかけた地球は敵星間国家に降伏寸前まで追い込まれた。5年前、地球は初めて宇宙人に占領された。4年前、アクエリアスの脅威の前に、ディンギル帝国の脅威の前に、地球防衛艦隊は無力だった」

 

 

忘れたくても忘れられない、2192年から4年前まで立て続けに起こった悲劇。地球人口の8割近くを失った暗黒の15年。誰もが友を失い、或いは家族を失い、大切な人を失った。

だからこそ艦長の言葉は胸に響いた。

 

 

「異星人の攻撃に対して為す術も無かった我々に、希望の光と未来をもたらしてくれたのは、いつも宇宙戦艦ヤマトだった。我々宇宙戦士にとって、ヤマトは地球の誇り、地球のまほろばだったのだ」

 

 

恭介は視線をそらした。

演壇の真正面にあるテーブル、第一艦橋要員が集まっているテーブルに居る、南部康雄。

同じテーブルには他にも、ガミラス戦役の時からヤマトの工作班員として乗り込んでいた藤本明徳、イスカンダル遠征のときに航海士を勤めた同期の北野哲、かつての南部の位置に昇格した坂巻浪夫。

皆、ヤマトの乗組員だ。

彼等は、どのような気持ちで芹沢艦長の言葉を聞いているのだろうか。

 

 

「そのヤマトも今は亡く、アクエリアスの海を墓標に永遠の眠りに就いた。この4年間は、幸いにも平穏が続いた。しかし、明日にも新たな侵略者が我々を脅かさないとも限らない。次に地球を危機が襲った時、誰が地球を救うのか。誰が、ヤマトの偉業を引き継いでいくのか」

 

 

一度言葉を切った艦長は、おもむろに一同を見まわした。

マイク越しに紡がれた言葉が、心に染みわたっていく。

それは、『シナノ』建造に携わった研究所の職員、藤堂前司令長官、そして真田さんの想いそのものだったからだ。

 

 

「諸君らも知っての通り、本艦はヤマトのコンセプトと技術を最大限に継承する目的で建造された。乗組員の中には、『シナノ』の設計から完成まで携わり続けた者もいる。かつて、ヤマトの乗員だった者もいる」

 

 

もう一度視線を逸らす。同じテーブルの武谷、成田、徳田、後藤、小川、遊佐が目に涙を浮かべていた。

 

 

「ならば、『シナノ』こそが、新たなる地球のまほろばにならなければならない。我々は、ヤマトの魂を受け継ぐだけでなく、この宇宙に眠る全ての宇宙戦士達の遺志を受け継いでいくのだ。それこそが、終わりなき絶望に立ち向かい、星の海に命を散らした英霊たちに、我々が報いる事が出来るただひとつの方法である」

 

 

宇宙戦士訓練学校を卒業したばかりの新米共には、まだ分からない悲しみがある。

 

逝った彼らを知っているからこそ、継いでいかなければならない想いがある。

 

もうあんな悲劇が起こってほしくないから、抱く気持ちがある。

 

 

「君達はこれまで何を失ってきた?」

 

 

家族を。多くの友を。

 

 

「君達はこれまで何を守ってきた?」

 

 

もう一つの家族を。

 

 

「君達はこれから何を守る?」

 

 

この世で一番大切な人を。

 

 

「君達はこれから何を手に入れる?」

 

 

傍に立っているのが自分でなくても構わない。

二度と失いたくない人達がいる、我らが故郷の安寧を。

 

 

「諸君の願いは『シナノ』とともにある。『シナノ』の力は諸君と共にある。地球人類の新たな護り手として、一層の奮励努力を期待する!」

 

 

『うおおおおおおおおぉぉぉぉぉおおおおおおぉぉおぉぉ!!!!!』

 

 

展望室に歓声が木霊する。

本来関係ないはずの学生達まで、艦長の演説に感銘を受けて手を突き上げて叫んでいる。

やがて歓声の代わりに割れんばかりの拍手が溢れた。

 

艦長が演壇を降りたところで司会が開会を宣言し、懇親会はスタートしたのだった。

 

 

 

 

 

 

2207年 10月2日 20時11分 火星周回軌道上 『シナノ』右舷展望室

 

 

【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマトpart1」より《宇宙戦艦ヤマト》(インストゥルメンタル)】

 

 

あれから一時間。

宴もたけなわ、幾本もの酒瓶が床に転がり、既にあちらこちらで車座に座った集団が騒いでいる。

 

新米共の殆どはまだ宇宙戦士の流儀に慣れていないのか、先輩達から次々と注がれる酒にあっという間に酔っ払ってしまい、ベッドに戻ったりトイレに籠ったり展望室の片隅でいびきをかいたりしている。

いわゆる「洗礼」というか、「儀式」ってやつだ。

ちなみに宇宙戦士の流儀などと格好よく言っているが、要は「飲める時に飲む」これだけである。

艦長も既に第一艦橋登頂の艦長室に戻っており、今残っているのは新米ながらうわばみな猛者と、宇宙戦士の宴会に慣れた先任達と、あまり酒を勧められなかった女子だけだ。

恭介が入っている円陣にはザル仲間の遊佐、アルコールで顔を真っ赤にしながらチビチビお猪口を傾けている徳田さん、宇宙戦士訓練学校で同期の出世頭、北野と技術班長の藤本さんも加わっている。

 

 

♪♪♪~~♪♪♪♪~~~!

 

 

遊佐、北野、恭介の3人が陽気に歌っているのは、ヤマトがイスカンダルへ旅立った後の宇宙戦士訓練学校で流行った歌に、即興で作った『シナノ』用の歌詞をつけた替え歌だ。

このグループはさっきから、カラオケ大会になっていた。

 

 

♪♪♪~~~♪♪♪♪♪♪~~!

 

 

硬化テクタイト製の窓ガラスの傍らに陣取り、星の瞬きを肴に大ぶりで雑な手拍子で左右に体を揺らしながら、ろくに回っていない舌で唄う。

 

 

♪♪♪♪♪~~~~♪♪♪~~♪♪♪♪!!

 

 

後ろに仰け反りながら声を張り上げると、それだけで妖しい昂揚感に包まれる。

 

 

♪♪―♪♪、♪――♪――♪――――!!!

 

 

だらしない笑顔で「イエ―イ!!」と歓声を上げながらハイタッチ。

いつのまにか『シナノ』が、イスカンダルに行くことになっていた。

 

 

「あぁ~……歌った歌った」

 

 

歌い終わって一息ついた恭介は、酒瓶を脇に抱えて3人分の御猪口に冷酒を注ぐ。どれが誰の杯だか既に分からなくなっているが、もう誰も気にしていない。

仲間同士で改めて酒を酌み交わしながら話していると、会話は自然とお互いが知らない時期の話になった。

 

 

「そういえば篠田は、暗黒星団帝国が来た時何してたんだ?」

 

 

受け取った御猪口をくいっと煽りながら、北野が赤くなった顔を向けてくる。

 

 

「俺らは卒業してすぐに名古屋に行っちゃったから、すぐにどうこうという事は無かったんだよ。名古屋には敵が降下してくる事は無かったからな。メガロポリスが占領されたって情報が入ってきて、ようやく地下都市に避難を始めた感じだな」

「研究所は名古屋基地司令の直轄下に編入されて、旧地下都市の要塞化の作業に割り振られたんです。地上では敵の機械化歩兵部隊に対して分が悪いだろうってことで、地下都市での籠城戦を想定して」

 

 

恭介に続いて、へべれけ状態の徳田さんが答える。

年下にも敬語を使っているあたり、もう泥酔状態である。

 

 

「でも、ようやく要塞化がひと段落していよいよ敵さんが名古屋市内に侵入ってところで、パルチザン本部から一斉攻勢の連絡があったんだよ」

「せっかくバリケードとかトラップとか大量配置したのに全部無駄になってしまって、しかも今度は銃持って地上で戦えって話になって。何のために要塞化したんだか分かりませんでしたよ」

「俺達が二重銀河に行っている間に、そんなことが起こっていたのか……」

 

 

藤本さんがしみじみと頷く。

藤本技術班長はガミラス戦役から沈没まで真田さんの片腕であり続けた人で、暗黒星団帝国が来襲したときにはイカルスでヤマトの整備をしていたそうだ。

 

 

「ああ……。その攻勢には私も参加したんですよ。ハイペロン爆弾の占領作戦に参加したんです」

「そうそう、それ聞きたかったんだよ北野。お前、卒業してすぐにヤマトに乗艦したよな? それが何で空間騎兵隊に居るんだ?」

「イスカンダル遠征の後、僕は第十四号パトロール艇の艇長を拝命したんだよ。で、メガロポリスが襲撃されたときはドックで修理中だったから被害を免れたんだ。あとは、そこで偶然会った空間騎兵隊の古野間さんの指揮下に入って、ずっと行動してたんだ」

 

 

アルコールに頬を染めながら、北野は当時を懐かしむように答えた。

 

 

「で、結局空間騎兵隊に引き抜かれたまま今に至ると?」

「そうですね。古野間さんと会ってしまったのが運のつきといいますか……」

 

 

藤本さんの質問に北野が頷いて答える。

そういえば以前、宗形さんのいとこが空間騎兵隊に居たって言っていたが、北野とも面識があるのだろうか。

 

 

「北野君はよく、空間騎兵隊員を勤まってますよね。空間騎兵隊って皆、体はゴツいし粗暴じゃないですか? どうみてもキャラじゃないと思うんですが」

「冥王星とか第十一番惑星とか、辺境地域はそうらしいですけどね。僕は月面基地だったから、素行の良い人ばかり集められたんじゃないかなぁ」

「お、何気にエリート宣言?」

 

 

北野をからかってみる。こちらの期待通りに、北野が褐色の肌を耳まで赤くして驚いた。生真面目な奴をからかうのは面白い。

 

 

「いやいや、そんなんじゃないって!」

「北野君は主席卒らしいですからねぇ~」

 

 

からかう恭介に、徳田も便乗する。ニコニコ顔で敬語で話す徳田さんの口調は、こういうときにはなおさら攻撃力ある。

 

 

「いや、本当に違うって、ただの縁故採用だから! ……はぁ、もう勘弁してくれよ」

「まぁ、いいじゃないか。俺もお前も、またヤマトに乗れるんだからよ。月面基地に居なかったらスカウトされなかったんだぜ?」

「はっはっはっはっは。はぁ~面白れぇ……。さて、次何歌う?」

 

 

そう言う遊佐の前にはビール瓶と取り皿とお椀と御猪口。本人は割り箸を両手に一本ずつ持っていて、ドラムスティックよろしく「チンチン!」と皿の縁を叩いている。

 

 

「結構いろんなの歌ったな。『愛よその日まで』だろ、『星のペンダント』だろ、『愛の命』に『明日に架ける虹』、『銀河航路』と……」

「そろそろお開きの時間だし、『真っ赤なスカーフ』いきましょう」

 

 

さっきまでカラオケに加わらずに日本酒と談笑に興じていた徳田さんが、ゆっくりとした口調で提案した。

言われて腕時計を見ると、既に2時間を過ぎていた。

片付けもあることだし、確かにそろそろ終わらなければいけないだろう。

 

 

「ああ……もうそんな時間か。しかし、どれを歌おうか?」

「『真っ赤なスカーフ』って言っても、バリエーションがたくさんあるからなぁ。」

 

 

北野が顎を掌で撫ぜながら考える。

そもそも『真っ赤なスカーフ』は、宇宙開拓時代初期に作られた読み人知らずの歌だ。

宇宙開拓のために地球を離れる男達の悲哀を歌ったもので、星間戦争に赴く男達にも好んで口ずさまれてきた。

オリジナルと思われる歌詞はあるものの、古今東西いろいろな所で替え歌が作られ、そのバリエーションは一艦に一曲あると言われるほどである。

女性ボーカルによるアンサーソングがあるくらいだから、その認知度は計り知れない。

すると、日本酒を一気にあおって立ち上がったのは、先程から俺達が歌っているのを見てるだけの藤本さんだった。

 

 

「ならば、俺が知っている奴を歌っていいか?」

「藤本さんのですか? どこで聞いたんです?」

「ここに来る前にいた第三世代型駆逐艦『たえかぜ』で歌われていた歌だ」

「へぇ、じゃあ行きますか。遊佐」

「はいよ~」

 

 

チン!チン!

遊佐のなんちゃってドラムが鳴り、恭介が粉状のチップスをグラスに入れた即席のシェイカーを振る。北野がメロディーラインを歌えば、なんちゃって伴奏のできあがりだ。

手拍子に気分を良くした藤本さんが、ゆっくりと息を吸った。

 

 

 

【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマトpart1」より《真っ赤なスカーフ》(インストゥルメンタル)】

 

 

 

 

 

 

同時刻同場所 女性ばかりのグループ

 

 

「まーた歌い始めたわ、あそこ。全く、下手なのに歌わないでほしいわ」

「ホント。あんなドンチャン騒ぎして、『シナノ』のクル―として恥ずかしいわよ」

「男って、なんであんな粗雑なのかしらねぇ……」

 

 

篠田たちカラオケグループを遠目に見ていた女子乗組員たちは、一様にに不平を漏らした。

 

 

「幻滅よね、全く。こんどは技師長さんまで加わっちゃって」

「そうそう。技術班の人達、結構カッコいいと思ってたのに。技師長さんとかちょっといいかもって思っていたのに、一緒になっちゃってるんだもん」

「……技術班の男共なんてあんなもんよ。宇宙技術開発研究所から来たからって、大した奴らじゃないわ」

「冨士野さんったら、相変わらず男を見る目が厳しいわね」

「………………」

 

 

彼女たちの赤裸々トーク……というより愚痴を、あかねは半ば呆然としながら聞いていた。

そんなあかねの表情に気付いたグループの一人が、親しげに世話を焼いてくる。

 

 

「あら、簗瀬さんどうしたの? 顔赤いけど、もう酔っ払っちゃった?」

「え? え、ええ。いや、えっと、そうみたいです」

「つらくなったら言ってね? 私達は男共なんかと違って潰れるまで飲ませるなんて事、しないから」

「そうそう。せっかくの御馳走なんだから、味わって食べなきゃだめだよ?お菓子もまだまだ確保してあるからね?」

「ええ、ありがとうございます」

 

 

彼女たちは一体どこから仕入れてきたのか、大量のお菓子を囲んでいた。あかねが周りに視線を回すと、酒のつまみが無くなった酔っ払い男たちが在庫を求めてゾンビのように徘徊している。しかし、なぜかこちらの方に寄ってくる様子はない。

首を傾げながらも、お姉さま方の話に耳を傾けた。

 

 

「それにしても、また私達が揃うとは思わなかったわね。4年ぶりかしら?」

「そうね。第二の地球探しに行った時以来だもの」

「懐かしいわね。ケンタウロス座駐留警備艇で地球に帰って、その後は故郷に帰っちゃってそれっきりだものね。皆あれから何やってたの?」

「私は前々から付き合ってた彼と結婚したんだけど、意見が合わなくて離婚しちゃった」

「だから看護師に戻ったの? わざわざ危険な職場に戻らなくてもいいのに」

「だってここ、ものすごく給料いいじゃない。それに、いざ危なくなったら前回みたいに帰してもらえばいいのよ」

「……アンタ、この4年で随分と図太くなったわね」

「だって、もう25よ? 周りはどんどん結婚して子供がいるっていうのに、防衛軍に入ったばかりに、未だに男が出来ないのよ? 結婚しないで死ぬなんてありえないわ」

「それは私も分かるわ。防衛軍中央病院って若い男性の入院患者多いけど、こっちが忙しすぎて出会いがないのよ」

「……」

 

 

ヤマトに乗艦した経験のある乗組員というから、どれだけの体験談が出てくるのかと思ったが、結婚適齢期を迎えた女性のなんとも生々しい話だった。

 

 

「じゃあアンタ、この艦には男漁りが目的なわけ?」

「半分そうよ? 軍艦って強い男ばかりだし、年齢層も厚いし、周りが男ばかりだから女性の価値がインフレ状態になるじゃない。来る男は皆負傷しているから、手厚く看護してあげればコロッと落ちてくれるかな――って」

「はぁ……呆れた。柳瀬さん、こんなになっちゃ駄目よ?」

「看護してあげればコロッと落ちる……。なるほど」

「簗瀬さんどうしたの?」

「い、いえ! 何でもないです、ハイ!」

「………………??」

 

 

結局はあかねもお姉さま方と同類なのだった。




劇中で紹介された曲は、作品世界の中で実在しているという設定です。
2199では古代進がハーモニカで『真っ赤なスカーフ』を吹いているし、
問題はないかと。
しかし、『星が永遠を照らしてる』は名曲や……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 (画像あり)

宣言通り、公試のお話です。
……3割ぐらいは。


2207年 10月5日 7時39分 火星周回軌道上 『シナノ』左舷展望室

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

強化テクタイト製窓ガラスから入り込んでくるのは、太陽の白い光。

宇宙空間に居るとは思えないほど太陽光が明るく差し込んでくるのは、艦が火星の公転軌道面に対して平行になっているからだ。

 

ここは、数日に宴会を開いたのとは反対側の展望室。

右舷側と同じく部屋の隅には段ボール箱が山積みになっているが、多くの人間が集まっている点も先日と一緒だ。

皆、窓ガラスに張り付いて、一心不乱に外を眺めている。

『シナノ』の前方に楔型陣形で展開しているのは、白色彗星帝国からの鹵獲艦。正確には撃破した艦をサルベージして補修した艦だ。

地球防衛軍の艦艇色である鈍い銀色に再塗装され、第一世代型主力戦艦の艦橋を据え付けられた姿は、サイボーグを通り越してキメラめいている。

改彗星帝国ミサイル艦級護衛戦艦『ホワイトランサ―Ⅰ~Ⅳ』が護衛を勤めるなか恭介は、

 

 

「いや~、壮観な眺めですねぇ―――」

「確かに『シナノ』と同じ世代、同じコンセプトで建造された艦が一堂に揃うとは……。なんらかの政治的な意図を感じずにはいられないな」

 

 

新卒兵で技術班の部下にあたる大桶圭太郎とともに、『シナノ』と単横陣を組んで並走している各国の新型艦を眺めていた。

視界に入るは皆、各種公試のために地球から上がってきた各国の新型宇宙艦艇だ。

大桶は手元の携帯端末に目を落として、陣形を確認する。

 

 

「えっと、手前からアメリカからは『ニュージャージー』と『メリーランド』、イギリスは『ライオン』、フランスの『ジャン・バール』、ロシアは『モスクワ』ですね。そのうち、『シナノ』みたいに昔の艦を改装したのは『ニュージャージー』とイギリスの『ライオン』ですか」

 

 

頷きだけで答える。

正直、言われる前からどの艦がどこの国の船か、おおよその予想はついていた。

アメリカの二隻は事前に公開されている完成予想図を見たことがあるし、イギリスの艦は前半分が『プリンス・オブ・ウェールズ』にそっくりで容易に想像がつく。

ロシアは、独特過ぎてすぐ分かる。完成予想図をみて知ってはいたが、相変わらず不気味なデザインだ。

残る一隻は、消去法でフランス艦ということになる。黎明期の小型空母を彷彿とさせる、艦橋のない全通甲板。その両舷の傾斜装甲に、巡洋艦の中型衝撃砲を多数並べた外見。フランスは今まで独自設計の艦艇を造ったことないからどのようなデザインになるかと楽しみにしていたが、古いような新しいような判断のしにくいものを造ってきたものだ。

 

 

「元の上司から聞いたんだけどな。イギリスの艦は艦名こそ『ライオン』だが、その正体は水上戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』だ。わざわざマレー沖から引き揚げてきたらしい」

「『プリンス・オブ・ウェールズ』って、歴史の教科書にも載ってるあの艦ですか。でもイギリスなんて、もっと沢山戦艦あるでしょうに……」

「当時の艦は、ほとんどがスクラップ業者に売っちまったんだと。他に残っているのはスカパ・フローに沈んでいる『ロイヤル・オーク』のみ。あいつじゃ巡洋艦にもなりゃしない」

「なんと。当時の人が今の古艦ブームを知っていたら、絶対にスクラップになんかしないでしょうに」

 

 

ふるかん?と聞き直しかけて、中古の軍艦のことであることに気付く。

空き缶と語呂が似ているなどと思いつつ、

 

 

「それなら、イギリスはとっておきの中古艦を持ってるぞ」

 

 

つい先日仕入れたばかりのネタを振ってやった。

 

 

「はぁ。それは?」

「『ヴィクトリー』っていうんだ。何と今でも現役の軍艦で、艦歴442年の大ベテランだ」

「なんっスかそれ!ていうかどう考えても木造ですよね!?」

「ハハハハハッ。イギリスに『ヴィクトリー』を宇宙戦艦にする勇気あるかなー」

「いや、無いっしょ。現に、今回もそんな名前の船はありませんし」

「…………まぁ、無理だろうな」

 

 

マジレスされる。後輩は、笑いには造詣が深くなかったようだ。

 

 

「……で、他にはどんな艦がいるんだ?」

「右舷側にはアンドロメダⅢ級の『オハイオ』『ティルピッツ』『ヴァンガード』……。主力戦艦以下は無しですね」

「そりゃそうだ。8月にあんな事故が起こったんだ、誰も主力戦艦を造りたいなんて思わないさ」

 

 

恭介は呆れ混じりに言った。

「あんな事故」とは8月3日、中国が建造した第三世代型主力戦艦『江凱』が公試のため上海を出港して大気圏を離脱中、突如弾火薬庫から出火、爆散した事故の事だ。

大気圏離脱時の振動で厳重に固定されていたはずのミサイルが外れ、将棋倒しに次々とミサイルを巻き込んだ挙句に爆発したのだ。

死亡者76名、生存者はなし。破片はペリリュー沖から東南東の方角へ1400キロに渡って降り注いだ。

中国政府は事故の一週間後、「最後の通信を解析した結果、事故の原因はヒューマンエラーだった」とする会見を行ったが、宇宙艦艇の建造ノウハウを豊富に持つ旧列強各国はわずか一週間で行われた発表をまったく信じなかった。

各国は主力戦艦の製造及び運用を一斉に中断し、今は様子を見ている状態だ。

 

 

「でも、設計ミスじゃなかったんですよね?だったら造らないと勿体無いじゃないですか。建造途中のものも多いんじゃないですか?」

「だから余計に怖いんだよ。ほかの国だって馬鹿じゃない、すぐに公開されている設計図の見直しとか建造中の艦の点検とかをやっているはずなんだ。日本だって、俺達が研究所の表の仕事で検証をしたんだ。でも、設計ミスは一切見つからなかった」

「なら、中国政府の言うとおり、ヒューマンエラーだったってことじゃないですか」

 

 

不思議そうに首を傾げる大桶。こちらの危機感やら不安やらが一切伝わっていないらしい。

 

 

「ほかの国だったらそれで納得してるかもしれないんだが……。もともとあの艦は設計ミスやら構造上の欠陥ばかりで、修正を重ねてようやく採用にこじつけたっていう経緯があるから、本当にもう設計ミスがないのか、検証した俺達自身が信じきれないところがある。何より、事故後政府が会見を開いたのはこの一回きりで、それ以来事故については一切ノーコメントだ。いや、中国だけじゃない。こういうときには鬼の首を取ったように非難するアメリカも、だんまりを決め込んでいる。あまりに静か過ぎるんだ」

 

 

当時、真田さんが言っていたことを思い出す。

 

 

――――――なにやら危なっかしい外見だが、設計自体にミスはない。この図面を基に造って事故が起こったのなら、建造過程での現場のミスか、中国が言うとおりのヒューマンエラーか、誰かの破壊工作かしかない――――――

 

 

と、背後から人の近付く気配。

 

 

「アメリカと中国の間で、水面下で何かが起こっていて、他の国はその推移を見守っている、てところかな?」

「武谷か」

 

 

背後からかけられた声に振り向くと、にっこりした顔の武谷光輝が居た。

額の生え際で七三に分けられた長い前髪、肩まで届きそうな後ろ髪。

鼻筋がとおったほっそりとした顔は、テノールのさわやかな声質ともぴったり合っている。

細い体の線は、宇宙戦士とは思えないほどで。

女のような曲線めいた身のこなし、敬語というわけではないが誰にでも丁寧な口調というのもあいまって、初対面のときは「リアル系組合員の方か?」と疑ってしまうほどだ。

ちゃんと彼はノンケだし、付き合ってみれば心の奥底には熱い魂を宿していることは分かるのだが、初めて会った人にはイケメンを通り越して「女性っぽい」という印象だけが残ってしまうようだ。

現に隣で敬礼している大桶は、武谷が男と知ってもいまだにドギマギしているのだ。ちなみにこいつ、酒の勢いで武谷に告白してしまっている。いい加減に気持ちを切り替えればいいものを、このままではいずれ引き返せなくなるだろうに。

 

 

「僕はあの事故は、アメリカかヨーロッパのどこかの国が何かしら一枚噛んでるんじゃないかって思ったんだけどね」

 

 

窓の向こうの空母群に視線を向けたまま、武谷は恭介の隣に並ぶ。

 

 

「やっぱり武谷もそう思うか?」

「そりゃそうでしょ。あまりに欧米諸国にはおいしすぎる事故だもん。自慢の新鋭国産宇宙戦艦が公試を前に爆発事故!世間に与えるインパクトは抜群だよ。アジア勢勃興の出鼻をくじく意味でも、最高の材料だよ。よかったね、『シナノ』はそうならなくて」

 

 

バーン、といいながら両手を広げておどけてみせる武谷。

その冗談は笑うに笑えない。

 

 

「事故にせよ事件にせよ、もはや主力戦艦は建造できないだろうな。まったく、こんなことやってるから地球は異星人に襲われるんだ……」

「各国で健全に競争しなきゃいけないのが、互いに足を引っ張り合う競争になっちゃっているわけだね。互いを刺激し合って技術を高めていくために各国での建造が認められているのに、互いを貶める方に使っているんだから、嫌な話だよ」

 

 

二人してため息をつく。

各国での戦艦の建造を認めたのは、他ならぬ藤堂前長官だった。

国同士で競争させることで技術の発展を促すことが主たる目的であったが、各国の経済的・精神的再興の意図もあったと、前長官は以前話していた。

しかし藤堂さんの意図とは逆に、戦艦は昔のように国力の象徴、優位性の象徴として認識され、「星間」政治ではなく「国際」政治の道具とされて利用されてしまっている。

藤堂さんがことあるごとにヤマトに期待を寄せていたのも分かる話だ。

2203年に第二の地球探索が行われるまでは太陽系外までしか進出した事が無い諸外国に対して、ヤマトは銀河を二度も往復しており、宇宙航行については抜群の経験を持つ。

例えるなら、沿岸用の漁業船と世界周航をする冒険船の違い。

両者の乗組員の意識にどれだけの差異があるか、容易に想像がつくだろう。

大気圏を離れた瞬間に「国」でなく「星」に意識を切り替えることが、星間航行には必須なのだ。

藤堂前長官は言わなかったが、彼は乗員も含めてヤマトを評価していたのだ。

 

 

「ま、いまここで俺達が凹んでいてもしょうがないか。いつか、この艦がくだらないしがらみを断ち切ってくれるのを俺は祈るよ」

 

 

一年前に掲げた開発理念を思い出し、開発者たちは願いを託す。

 

 

「そのために造られた艦だからね、この『シナノ』は」

 

 

自分が造った艦が新たな争いの火種になっていることには、目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

同日9時22分 アメリカ宇宙軍アイオワ級宇宙空母『ニュージャージー』第一艦橋

 

 

艦首と艦尾からスラスターを目いっぱい噴かして、回避運動をとっていた日本の戦闘空母―――分類的には宇宙空母が直進に戻る。

あらかじめ先行する護衛戦艦から射出されて浮遊していた大小のダミーバルーンに対して、『シナノ』が上下主砲群を振りかざした。

公試は高機動航行試験から、射撃試験へと移行したのだ。

 

青白い閃光が断続的に煌めき、大きいバルーンには斉射で、小さなバルーンには交互一斉打ち方で狙い撃ちする。

続いて艦の左右に配置された護衛戦艦から挟撃するように放たれた、高速移動するバルーンには、上下のパルスレーザーが狙いを定める。

最初は各砲がバラバラに射撃をしていたが、やがて全ての砲座が一斉に同じ動きをしだす。どうやら各砲座に乗組員が配置してマニュアル操作していたのを、途中から艦橋からの一元操作に切り替えたようだ。

 

最後に、『シナノ』の前後左右上下に再展開した護衛戦艦が、ミサイルを一斉発射する。炸薬こそ入っていないものの、敵意をむき出しに『シナノ』に向かってくる様はただ漂っているだけのバルーンから比べれば間違いなく『実弾』だ。

対する『シナノ』も、全兵器一斉発射で迎え撃った。

砲という砲が各々別の目標を撃ち抜き、さらに艦首、煙突、舷側からSAMが一斉発射される。対空兵器の無い後方に対しては舷側SAM発射機の下、波動爆雷及び機雷投射機から次々と弾が撒かれる。

絶え間なく打ち寄せるミサイルの波が、撃破されて白い泡沫へと姿を変えていった。

 

 

 

『シナノ』の一連の公試を、エドワード・D・ムーアは艦長席から眺めていた。

制帽からこぼれた金髪は二筋垂らし、壮年を迎えた肌は徐々に日焼けを始めている。

眠気覚ましのコーヒーは5杯目を数え、薄めのブラックコーヒーでは味に飽きがきてしまって今はミルクコーヒーを飲んでいる。

 

視線は厳しい。

彼にとって『シナノ』は同世代のライバル艦であり、栄光ある合衆国への復活を妨げる目の上のたんこぶであった。

 

『ニュージャージー』を含むアイオワ級宇宙空母は、『シナノ』再建計画を察知した合衆国が対抗するために、地下都市から引き揚げられたものだ。

スパイから『シナノ』の設計図を入手した国防省は、4隻建造の予定だった宇宙空母を『オクラホマ』『メリーランド』の二隻で中止し、『シナノ』と同様に合衆国の象徴たるアイオワ級海上戦艦4隻を宇宙空母に改装する事を省議で決定した。

『シナノ』とアイオワ級戦艦を徹底比較した結果、アリゾナ級戦艦をベースにかつて計画段階で頓挫した航空戦艦構想を組み合わせると、設計期間を大幅に短縮できる事が判明した。

そうして完成した艦は、第二世代型主力戦艦をベースにアングルド・デッキを採用した『オクラホマ』級とはがらりと変わった様相の艦になったのだ。

 

『ニュージャージー』のステータスを呼び出す。

長く細い艦首の先には波動砲。アリゾナ級の横長の拡散波動砲に対して、口径が小さくて済む収束型波動砲だ。

武装は三連装主砲3基、三連装副砲2基。

艦橋はアリゾナ級をベースにしているが、艦後部に構造物が集中している『アリゾナ』に対して前後のバランスが改善されており、アイオワ級を意識して艦橋と一体化した煙突型パルスレーザーとウィングおよび強制冷却装置と一体化された煙突ミサイル発射機を備えている。

艦橋にしても、第二艦橋と電算室を一体化して肥大化しているため、よりいっそうアイオワ級の名残を残すこととなった。

艦後部には、両舷に大きく張り出した飛行甲板。甲板の両舷側は大型のエレベーター兼カタパルトになっており、一層下の格納庫から一度に5機のコスモタイガーを飛行甲板に揚げる事が出来る。

そのままカタパルトで射出すれば、スキージャンプを滑走して10機が一斉に発艦できるというわけだ。

 

現状では、『シナノ』と『ニュージャージー』のどちらが優秀かどうか、判断はつかない。しかし、かつては世界の警察とまでいわれていた合衆国が日本に後れをとる事は許せなかった。『ニュージャージー』が『シナノ』に対抗するために造られたのなら、尚更だ。

 

艦長席の背もたれに深く体重を預けて、口を一文字に結んで深呼吸する。

 

『ニュージャージー』と『シナノ』の違いは大きく分けて3つ。

砲塔の種類と数、パルスレーザーの数と配置、飛行甲板の形状だ。

『ニュージャージー』はアリゾナ級をなぞって三連装3基が前部に集中して配置され、同じくアリゾナ級を参考にして第二主砲塔の左右舷側に三連装副砲が1基ずつ配置されている。ヤマトと門数は一緒だが、副砲を撤去した『シナノ』よりは火力が高くなっている。

副砲は下方にも指向でき、一基しかない『シナノ』と違って柔軟な対応が可能だ。

パルスレーザーは艦の左右に連装砲が3基ずつ、第一煙突に煙突型無砲身パルスレーザーが12門。左右と上方に厚い弾幕を張ることができるが、これは『シナノ』には敵わない。

飛行甲板はこちらが一段に対して『シナノ』は二段。発艦能力は互角だろうか?

 

つまり、一長一短はあるが総じて五分五分。

あとは艦本体の性能―――航続距離、速度、機動と防御力―――になるが、流石にそういったところまでは分からない。

 

 

「『シナノ』全試験課程を終了。続いて、冥王星へのワープテストに入ります」

 

 

既に第一艦橋から視認できない距離まで離れた日本の艦は、青白い光に包まれて消えた。

 

 

「『ホワイトランサ―Ⅰ』より通信。『ニュージャージーの試験を開始する。艦隊より離脱して所定の宙域につけ』」

 

 

通信班長のシャロン・バーラットが告げる。

 

 

「さて諸君、主役の出番だ」

 

 

帽子のつばを持って軽く持ち上げ、髪をかきあげてから改めて目深にかぶりなおす。

 

 

「メインエンジン点火。面舵45度、上げ舵30度。試験宙域に進入する。総員、戦闘配置につけ。ただの試験と思うな、世界中に見せつけるくらいの気持ちで臨め!」

「Sir, yes, sir!」

 

 

青い舳先がゆっくりと右へと振り向き、並列に並んでいた艦隊から単艦抜けだす。そこにはいつか見た夜景のような、幾万もの星の瞬きがあった。

 

 

 

 

 

 

2207年 10月5日 ??時??分 アジア洲日本国某所

 

 

「他の星ではどうか知らないけど、少なくとも地球では人類は猿から進化したと言われてきた」

 

 

薄暗い部屋に、ハイヒールの音が反響する。

 

 

「自らの進化を終えた人類は、他者を進化することを始めた。要するに、文明の誕生ね。その究極は、ロボットの誕生かしら?ある意味人間より優れた人間を造り出すのだから」

 

 

天井の照明は点灯していない。そもそも、設置されていないのだ。

足元の暗い中、女は危なげない足取りで歩を進める。

 

 

「その力は星の環境を変え、粉々に破壊することさえできるようになった。―――そう、かつてのガミラスのように。ディンギル帝国のように」

 

 

女を照らす灯りは卓上のライト、電子機器のランプ、非常灯のみ。この部屋の光源はとても微かだ。

それでも女は歩くことをやめない。彼女にとってこの行為は、自分の意見を整理するために、現状を確認する作業をする際には必要な行動であったからだ。

 

 

「では、万物を変化させ、進化させる術を持った人類は、その矛先を自分へ向ける事は可能なのか? 人間は人間を進化させることは可能なのか?」

 

 

女の語りに相槌を打つ者はいない。

朗々と語る姿は、舞台の中央で長台詞を喋るヒロインにも似ている。

 

 

「そのひとつの到達点は、暗黒星団帝国。生殖機能さえ失った彼等は、人工的に造り出した人間の頭部に機械の胴体を取り付けた。しかし、やはり人間は人間の器を求めるものなのか、彼等は元の肉体を懐かしがり、地球人類の健康で健全な肉体を求めたわ」

 

 

白衣姿の女は、研究室に独りだった。

眼鏡が光を反射して、奥に潜む表情を隠す。

アップに纏めた髪が、歩くたびに揺らぐ。

 

 

「人類には機械の体は馴染まない。せいぜい、義手義足がいいとこね。それは、人間は自己の肉体にアイデンティティーを求めるということ。機械の体が欲しいなら、心も機械になるしかないという訳ね。……でも、生物学的にはどうかしら?」

 

 

生物学者の独りごとは続く。

ゆっくりと歩きながら、言葉にしながら考えを纏めていく仕草は、小説に登場する名探偵のそれだ。

 

 

「異星人との交配。異なる肉体、異なる能力を持つ人類が交合して生まれる、新人類。……あるいは、交配に依らない新人類」

 

 

パソコンのほの暗い光が、白衣を青く染める。

ポケットに手を突っ込んだままゆっくりと、しかし真っすぐに研究室の最奥へ向かっていく。

 

 

「どちらも殆ど例は無いけど、かといって全くない訳ではない。前者は地球人古代守とイスカンダル星の女王スターシャとの娘、サーシャ。報告によると、彼女は生後僅か一年で、地球人類で15歳から18歳程度に相当する身体的特徴を持つまでに成長した。また、イスカンダル人故なのか女王の血筋なのか、地球人にはない異能の力を持っていた」

 

 

女は、電気がついていない研究室において唯一明るい場所へ向かう。

大きな試験管が左右に立ち並ぶエリアへ。

 

 

「後者の例は、地球防衛軍軍人、島大介。ガトランティス戦役の際に負傷した彼は、反物質を操る超能力を持つ宇宙人であるテレサの輸血を受け、一命を取り留めた。何故生物学的に異なる起源をもつはずの生物の間で輸血ができたのかとか、何故異能が発現しなかったのかとか疑問はあるけど、異星人の血が入ったことは間違いない。帰還後の入院検査の際に取ったデータでも、それは確認されている。島大介はあのときから、厳密な意味では地球人をやめていた」

 

 

試験管は下からライトアップされていて、中の様子がクリアに見えている。

ゴボ……という押し殺した音と共に、試験管の底から泡が湧く。

泡が這い上がる試験官の中で、黄色い液に浸かりながら浮いているのは、人間の標本。

全身の者もあれば、首だけのものもあるそれは、一個の生命としては間違いなく死んでいるものの、培養液のおかげで細胞単位では辛うじて生きていた。

その人間の肌は、多くが緑色や青色をしている。

 

 

「…………そして、もうひとり。現状で宇宙に唯一といっていい、生きた交雑種。……いや、正確には『混じりもの』と言ったほうが正しいかしら」

 

 

最終目的地の前に至った女は歩みを止め、一際大きい試験管を見上げる。

異星人にしては貴重と言える、地球人類と同じ黄色系の肌。

金糸のような鮮やかな長髪は、そよ風に揺られる旗のように悠然とたなびく。

目鼻立ちの通った顔。

すらりと伸びた手足に、八頭身の見事なプロポーション。

 

 

「あの子を調べることで、人類はより正しい方向に進化する道標を得ることができる。そこから生み出された技術は、地球という牢獄から脱出した人類の新たな武器になるかもしれない。それは、とっても素晴らしい事だわ」

 

 

絶滅寸前だった地球にヤマト派遣を決断させた、福音の女。

火星に不時着したものの地球人に出会う前に息絶えてしまった、不幸な女。

その到来だけでも人類の運命を左右したのに、もし現在も生きていたなら、我々にいかなる影響を与えたか、想像できない。

その女のなれの果てが、ここにある。

 

 

「あの子が宇宙に出ることで、どんな変化が生まれ、どんなデータを叩きだしてくれるのか、一科学者としてはとっても楽しみよ。あなたはどう思うかしら?―――――――――サーシャ」

 

 

現存する唯一のイスカンダル人が、その屍体を力なく揺らめかしていた。




謎の女生物学者の独白は、100%筆者の独自設定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 (画像あり)

いよいよ、話が動き出します。
不明な点などありましたら、感想欄に書きこんでいただければ回答いたします。



常闇という表現が似合う宇宙の色だが、その実、青が占める割合も多い。昔の映画にあったような薄暗い青に染まった宇宙は、地球から見上げた夜空に良く似ている。

ほぼ真空の空間には、当然ながら風も吹かなければ音も聞こえない。ブラックホールがないから光も曲がらないし、空間も歪まない。限界までピンと張りつめた布のような、一部の隙もない冷たい空間は、時が止まっているのではないかと錯覚しそうだ。

 

―――と、何もない場所から前触れなく青白い光の筋が現れた。

次々と現れる光芒は次第に船の形を為し、輝きが鈍くなっていく。かわりに、灰色に微量の青が混じったような軍艦色と、濃いめのルージュのような艦底色が何もない宇宙空間に彩りを与えていく。

その間、僅か数秒。

火星宙域を離れた『シナノ』は、ワープ空間から通常空間に復帰した。

 

 

 

2207年 10月5日 10時30分 冥王星周回軌道上 『シナノ』第一艦橋

 

 

「通常空間への復帰を確認。ワープシークエンス終了」

 

 

北野が緊張を解いた声でワープの終了を宣言する。

続いて、来栖が素早くレーダーで現在位置を報告した。

 

 

「現在地、冥王星公転軌道上より11キロ。予定位置との誤差199メートル、通常距離ワープならば許容範囲内です」

「北野、トリムを冥王星の公転面に設定、公転軌道に乗れ」

「技術班、全艦チェック」

「航海班、次元航法装置のテストを行う。観測機器を起動しろ」

 

 

ワープテストの成功を確認して、艦長は矢継ぎ早に三つの命令を発した。

 

 

「それ以外は、他の艦が揃うまで待機状態に入る。南部、俺は一度艦長室に上がる。その間、指揮をお前に渡す」

「了解」

 

 

全員が立ちあがって、敬礼で答える。艦長が椅子ごと艦長室に昇るまで、そのまま見送った。

途端、どこからともなくため息が漏れ、第一艦橋の空気が弛緩した。

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《草原》】

 

 

「何とか、試験は上手くいきましたね」

 

 

操縦桿から手を離し、二の腕を揉みほぐしながら北野が破顔する。

 

 

「概ね想定通りの性能を出せたし。流石南部重工ですねぇ」

 

 

両手を頭の上に組んで伸びするのは坂巻。南部は胸を張って答えた。

 

 

「そりゃそうだ。俺が直接設計から関わっている艦だからな」

「見た目も操作性も、ヤマトそのものだよ。よくここまで再現したものだ」

 

 

そう感心する藤本は、艦内チェックのためにディスプレイに目を走らせているが、こちらの会話に参加してくる。

 

 

「あとは、コスモタイガー隊が配属されるのを待つだけですか」

「これだけの面子が来てるんだ、加藤とか来ると面白いんだがな」

「ああ、あいつ今また月面基地に居るんだっけ」

 

 

北野の言葉に南部は冗談で答える。加藤四郎を知っている二人の旧ヤマト乗組員はかつての盟友を懐かしむ。

と、今まで置いてけぼりだった新乗組員のレーダー員、来栖美奈が、

 

 

「あの~、加藤さんって、もしかして《隼》の加藤四郎さんですか?」

 

 

と妙に期待に満ちた目で聞いてきたのだった。

 

 

「あれ? そうか、来栖はヤマトに乗っていなかったから加藤に会ったことないんだっけ。……ていうか何だ、その《隼》ってのは」

「ええ、知らないんですか!? コスモタイガーパイロットの加藤四郎っていえば、《隼》の二つ名で有名なんですよ! ね、綾音!」

 

 

振られた通信班長の葦津綾音は椅子を回転させて、

 

 

「ええ、そうですわ。地球防衛軍のエースパイロットですもの。非公式で写真集が売買されてるぐらいですわよ?」

 

 

膝を整えて両足を斜めに傾けて、こちらに向き直った。

女らしい丁寧なしぐさだった。

しかし皆が注目したのはそんなところではなく、

 

 

「……写真集?」

「あいつが?」

 

 

南部と坂巻が、眼をひんむいて驚く。

あの角刈り男が、写真集?

笑顔で白い歯をのぞかせて、カメラに目線を向けたりするのか?

海パン一丁でゴールデンレトリバーと一緒に浜辺を走りまわったりするのか?

 

 

「……ぷっ!」

「―――ククク」

「「ぎゃははははははは!!!」」

 

 

ひーひーひー!!

バンバンバン!!

 

 

「ありえねー! あいつがアイドルっぽいポーズとか想像出来ねぇ!!」

「加藤が体中テカテカにオイル塗ってガチムチになってるとか!? うわーうわーうわー!!」

「あのお調子モンめ、モテたいからってそこまでやるのか、わははははは!!」

 

 

ドッカンドッカン笑う旧ヤマト乗組員の二人。

藤本も声こそ出さないが、肩を震わせて必死に耐えている。

 

 

「もうっ、本当なんですよ?」

「そんなこと言っても、プクク」

「考えただけで、ハハハ、腹痛てぇ」

 

 

来栖がぷくぅと頬を膨らませて拗ねてみせるが、本物の加藤四郎を知っている南部と坂巻には信じがたい―――いや、嘘ではないと分かっているからこそ、爆笑がとまらない。

しかし、来栖は嘘と思われるのは心外とばかりに勢いよく立ち上がると、気合いを入れるように胸の前でこぶしを握り締めて言った。

 

 

「分かりました! お二人が信じないなら、今すぐロッカーから本を持ってきます!」

『持ってきてるのかよ!?』

 

 

今度は、男性乗組員全員が声を揃えて驚いた。

その後、艦長の居ない第一艦橋は来栖が持ちこんできた私物の写真集(盗撮モノ)で異常な盛り上がりを見せた……。

 

 

 

 

 

 

2207年 10月5日 11時01分 冥王星周回軌道上 『シナノ』第一艦橋

 

 

写真集の衝撃から抜け切れず、無為に30分が経ったころ。

ピコーンという無機質な音が、第一艦橋内に響いた。

 

 

「時間通り、ワープアウト反応を確認。……ふたつ?」

「どうした。何か異状があるならはっきり言え」

 

 

艦長室から戻ってきていた芹沢艦長が、言い淀む来栖をたしなめる。

 

 

「予定ではアメリカの艦がワープアウトしてくる時間なのですが、何故か反応がふたつあるんです」

「方位は?」

「本艦より2時の方向9000メートル……失礼しました、9宇宙キロに一隻。5時の方角2、2宇宙キロに一隻です。メインパネルに映します」

 

 

カタカタとキーボードの音が鳴り、メインパネルが二画面に分割される。

そこに映し出された映像を見た皆がざわめく。

 

 

「5時方向の艦は『ニュージャージー』のようだが……2時方向の艦は何だ?」

 

 

見たことも無い造形の艦の出現に、思わず呟く。

 

 

「葦津、冥王星基地に2時の艦の照会。館花はワープ方向の調査。来栖、映像の録画を開始しろ」

 

 

了解、の声で第一艦橋が慌ただしくなる。

 

 

「曲線で構成されている辺りはガミラスの艦に似ているところがあるが……それにしてはデザインが違いすぎる」

「ガミラスの艦はデスラー艦や空母を除けば基本的に緑色だ。あんな青味がかった銀色の配色は知らない」

「ガルマン・ガミラスは銀河交差現象以降、少なくともオリオン腕に艦を派遣してはいないはずです。こんなところに出現するはずがありません」

 

 

ガミラスとの戦闘経験がある南部と藤本が、端的に意見を交わす。

振り返って進言する北野。

改めて、正体不明艦を見つめる。

平べったい艦体に、優美さを感じさせる緩やかな曲線。

古代ヨーロッパの海賊船が海神セイレーンの像を船首に設えたように、艦首に女性の顔が彫刻されている。

鳥の尾羽のように、艦尾には板状の構造物が放射状に広がっている。

唯一人工物らしい角ばった造形をしているのは、船橋と思わしき構造物だけだ。

どうやら損傷しているらしく、背後に黒煙を靡かせている。

行き足が止まりつつあるのか、はじめはワープアウトの惰性で引きずっていた煙が、徐々に発生源の船を包み隠しつつある。

 

 

「もしかして、攻撃を受けてワープで逃げて来たんでしょうか?」

「どうやらそのようだな。来栖、オープンチャンネルで呼びかけろ。それから、『ニュージャージー』と通信回路を開け」

 

 

二分割されたメインパネルの『ニュージャージー』の絵が切り替わり、宇宙戦士第一種軍装に身を包んだアメリカ人男性のバストアップが映し出された。

 

 

「日本国宇宙軍宇宙空母『シナノ』艦長、芹沢秀一だ」

「アメリカ合衆国宇宙軍宇宙空母『ニュージャージー』艦長、エドワード・D・ムーアだ」

 

 

昔ながらの挙手敬礼を交わす艦長二人。老練の戦士の風格を見せる芹沢に対して、小鼻に皺が現れたばかりのムーアは、壮年の脂の乗り切った世代を体現していた。

芹沢は単刀直入に尋ねる。

 

 

「貴艦より右上方45度にいる艦について何か知っているか? どこかの国の艦と一緒にワープしてきたのか?」

 

 

画面の中の男はかぶりを振った。

 

 

「いや、本艦は一隻だけでここに来た。貴艦こそ知らないのか?」

「貴艦と同時にワープアウトしてきたのだ。地球防衛軍の新型艦でないのなら、私は斯様な形の艦を見たことがない。通信にも反応が返ってこない」

「ならば敵襲以外のなにものでもないだろう。本艦はいま戦闘配置を下令したところだ」

「しかし、それにしては妙だ。敵意があるにしろ無いにしろ、我々の姿を見たらなんらかのアクションを起こすはず。いつまでも動かず、呼びかけにも応じないのは不自然だろう」

「敵と断じるには早いというのか? 現にこうして防衛圏内に侵入してきているんだぞ?」

 

 

ムーアの片眉が、芹沢の発言に歪む。

 

 

「侵入者が全て敵とは限らんだろう。敵対行為をしてこないなら、慎重に対応しなければ星間国家同士の外交問題に発展するぞ。どちらにしろ、何も分からないのも敵に砲を向けるのはいらぬ緊張を生むことになりかねない」

「何も分からないからこそ、敵であることを前提に行動するべきでは?」

 

 

対するムーアの表情は微動だにしない。

しばしの睨みあいの後、芹沢は嘆息して対案を提示する。

 

 

「……ならば、本艦が接近して臨検を行おう。貴艦は周辺の警備をしてもらいたい」

「了解した。くれぐれも慎重に頼む」

 

 

その言葉を最後に、乱暴に通信が切られる。

 

 

「何なんだ、あの艦長……随分な態度じゃないか。さすがはアメリカ人だな」

「随分と血の気が多い艦長だなぁ……。危なっかしくてしょうがないや」

「艦長、あの艦に周辺警備を任せて大丈夫ですか? あの調子じゃ、手当たり次第に攻撃しかねませんよ」

「うむ。しかし、彼らに臨検させるほうがよっぽど危険だろう。艦内にいる者全員射殺しかねん。北野、南部」

「はい?」

 

 

前触れなく呼ばれて目を丸くして艦長席へと振り返る北野と、南部と、

 

 

「北野は艦内より有志を募って一個分隊規模の臨検隊を組織しろ。元空間騎兵隊のお前が指揮を執れ。南部、お前は今回は艦に残って遭遇戦に備えろ。館花、北野の代わりに操縦席につけ」

「は、はい? 私ですか!?」

 

 

声を裏返らせて驚く、航海班副長の館花薫だった。

 

 

「そうだ。大型艦艇の操縦免許は取得しているのだろう? ならば空いた航海長の代わりに操縦桿を握れ」

「あ、はい!精いっぱい務めさせていただきます!」

 

 

ゆっくりと頷くと、芹沢は改めて一段高い艦長席から睥睨した。

 

 

「よし、それでは総員ただちに行動に移れ。就航前に初の実戦になるかもしれんが、ただ順番が入れ替わっただけだ。各員、気合いを入れていけ!」

『了解!』

 

 

【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマトⅡ」より《戦いのテーマ》】

 

 

北野は艦長の脇を通って自動ドアへ走る。館花は航法席から空いた操縦席へ。南部の右隣に並んだ。

総員戦闘配置を告げるブザーを押しながら、館花を横目で伺った。

眉がつり上がって、目に力が入っている。瞳はせわしなく計器をチェックしていて、窓ガラスの向こうの宙空に目をやる余裕が無い。

操縦桿―――正確には、『シナノ』建造に際してデザインが一新され、潜水艦と同様の操縦輪になっている―――を握る手は突っ張っていて、掌が汗ばんでいるのかグリップを何度も握りなおしている。

顔合わせして何日も経っていない、まだまだ遠い仲ではあるが、そんな南部でも彼女が緊張でガチガチになっているのは丸分かりだ。

そんな彼女を見て、南部はイスカンダル遠征のときのエピソードを思い出した。

着任早々、艦の出港という重大任務を命じられた北野が、ひどく緊張していたのを見た島さんが、背後から彼に声をかけたのだ。

なるほど、ヤマトが北野の操縦で地球を離脱した時、古代さんや島さんはこんな光景を見ていたのか。

ならば、今度は自分が島さんの役割を果たさなくては。

南部は席を離れて館花の後ろへ回り、

 

 

「館花、もう少し肩の力を抜け」

「へ?」

 

 

緊張とプレッシャーに押しつぶされそうな館花の肩に手を置いた。

目を丸く見開いてすっとんきょうな声を上げる館花。

どうやら、自分が席を立ったことにすら気づいていなかったようだ。

二十歳に満たない若い娘が艦の操縦を任されるんだ、ビビらない方が不思議だろう。

 

 

「肩の力を抜くんだよ」

 

 

もう一度、肩をポンポンと叩きながら言う。脳裏に、在りし日の島さんの顔が浮かぶ。

 

 

「館花、お前は実戦は初めてか?」

「はい……。宇宙戦士訓練学校を卒業して直接ここに配属されたんです。綾音も、美奈もそうです」

 

 

目を伏せて、申し訳なさそうに言葉を紡ぐ館花。

二人を見ると、やはり小さくなって恥ずかしそうにしている。

ベテランの俺らを前に、委縮しているのだろうか?

 

 

「ということは、まだ17歳か……。まぁいい、覚えておけ。俺だって、宇宙戦士訓練学校を卒業してヤマトに配属されて、完成前に敵の攻撃を受けて初めての実戦を経験した。お前達と条件は同じだ。それでもここまで何とかやってこれたんだ、お前らだってきっとできるさ」

 

 

緊張感やら劣等感やらに縛られている彼女達を解きほぐす為に、あえて軽めの口調で語りかける。これで、彼女達の気持が少しでも楽になってくれればいいのだが。

 

 

「ヤマトの後継に乗るという事は、そういう事なんだ。このぐらいのイレギュラー、すぐに慣れるさ」

 

 

背もたれを軋ませて、背中越しに同意する藤本。やはり、就航当初からヤマトに乗っていた男の言は重みが違う。

 

 

「ヤマトは最後まで、敵に撃沈されることはなかったんだ。『シナノ』だって大丈夫だって。心配すんな」

 

 

坂巻が先輩面して同意する。お前は中途配属だっただろうに。

 

 

「南部さん、皆さん……ありがとうございます。私、やります!」

 

 

頬を染めて潤んだ上目づかいで目で見上げる、館花。

顔が紅潮しているのが気になるが、さきほどのように眉間に皺が寄った様子は無い。

もう、大丈夫なようだな。

 

 

「問題はなさそうだな」

 

 

弛緩しそうになった場を、艦長がバスの効いた声で今一度引き締める。

 

 

「館花、右40度変針、微速前進。正体不明艦に接近しろ。お前のデビュー戦だ、気合い入れていけ」

「はい!」

 

 

元気よく返事する館花の声には、年相応の快活さが戻っていた。

 

 

 

 

 

 

同日 12時17分 冥王星周回軌道上 正体不明艦上空

 

 

『シナノ』が正体不明艦まで400メートルの至近距離まで近づいてから、臨検隊は発進した。

内火艇は上部飛行甲板からスラスターの垂直噴射で離艦し、正体不明艦へと近づいていく。

乗っているのは北野率いる有志16人。戦闘班、航海班、技術班から実戦経験者を中心に採用した。

不明艦の周囲を左舷後方から反時計回りに四分の三周して、侵入できそうな場所を探す。

艦首両脇からと艦橋から生えている細長い通信アンテナのような細長い棒は、この艦の武装なのだろうか。

滑らかな曲線で構成された艦体と一線を画して直線的な造形をしている艦橋と思わしき構造物は、まるで烏帽子か僧帽のようだ。

 

 

{IMG11230}

 

 

「隊長、艦橋基部にドアみたいなものが一瞬見えました」

 

 

左舷の窓から双眼鏡で観察していた部下の一人が報告する。すぐさま自分の双眼鏡を目にあてがって確認するが、既に濃厚な煙の中に隠れていた。

 

 

「よし、艦橋正面に接近。総員、スラスター起動準備。甲板にダイレクトランディングする」

『了解。』

 

 

赤、青、緑の宇宙服にヘルメットを被った男達が腰を低く構え、降下に備える。

ヘルメットのバイザーを下ろして気密処理をし、服の中を減圧酸素で満たす。

もう一周して再び艦橋正面に着いた内火艇が、空中停止と方向転換のためにスラスターを噴かし、周囲に立ち込める黒煙を凪ぎ払う。

 

 

「降下5秒前、4、3、2、1、Go!」

 

 

船首のハッチが開かれるのに合わせて北野は床を蹴り、天井に両手をつく。

慣性のまま肘を曲げてから上腕二等筋を勢いよく伸ばすと、反動で体が艇を離れて一直線に正体不明艦の甲板へ降下していった。

水色に塗装された不審船へ、徐々に加速しながら足元から近づいていく。

手足を振って姿勢を制御、右腰にどかしてあったAK―01レーザー自動突撃銃を腰だめに保持し、降下地点を警戒する。

開けられた内火艇のハッチからは、部下が突撃銃を構えて着艦を援護してくれている。

内火艇のスラスターの噴射で煙が吹き払われた為、今では北野にも目的地のドアがはっきりと見えていた。

残り1mでスラスターを噴射、ベクトルを相殺してソフトに着陸。接地した瞬間、肩に圧し掛かる重圧。手足に軽く痺れが生じ、足の裏に血が溜まって暖かくなるような幻覚。

人口重力はまだ機能している。しかも、地球のそれとほぼ同じようだ。

体を慣らす為にゆっくりと一歩一歩感覚を確かめるように歩き、ドアへと張り付く。

 

北野は周辺への警戒を続けつつ、ハンドシグナルで部下を呼び寄せる。

合図を受けて、警戒しつつも次々に降下して行く臨検隊。

2分弱で、16人全員がドアの右の壁際に展開し、突入を待つばかりとなった。

背後には主砲塔を全てこちらに向けて待機している『シナノ』と周囲を遊弋する『ニュージャージー』。『シナノ』の46センチ衝撃砲を向けられているのは何とも落ち着かない感じだが、準備は万全だ。

 

見たところ、ドアの形状は地球と同じで押し引きするタイプ。どうやら、重力だけでなく文明も地球とかなり似通っているようだ。

 

 

「これより内部に突入する。もう一度コスモガンのレベルが1になっている事を確認しろ。絶対に殺すなよ」

「了解!」

 

 

北野の真後ろに居た部下が対戦車バズーカ砲を肩に担いで構え、ドアノブの反対側に照準を定める。

皆が、噴射煙に巻き込まれまいと後ずさる。

発射。

発火した炸薬が真っ赤な爆煙と衝撃波をまきちらし、ドアの一部が僅かに凹む。

煙と衝撃が収まるまでの間に、部下は二発目を発射機先端に装填する。

再び発射。

今度も視界を紅蓮の炎が覆い、空気の壁が全身を直撃する。煙が晴れると、凹みを大きくしたドアの姿が現れる。さすがに、戦艦の装甲をバズーカ二発で孔を開けられるとは思っていない。

3発目。

今度は先程とは違った反応が現れた。

度重なるバズーカ砲の直撃による衝撃で命中箇所の真裏にあった蝶番が破壊され、分厚い機密ドアが気圧の差で真空中へ弾け飛ぶ。内部の空気が周囲のガラクタごと真空中へ躍り出た。

 

 

「突入!」

 

 

噴出物がひとしきり落ち着いたのを見計らって北野はドア枠の縁に手をかけ、激しい気流の流れに逆らって艦内部へ突入した。

 

 

 

 

 

 

2207年 10月5日 12時17分 冥王星周回軌道上 正体不明艦内部

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《ファースト・コンタクト》】

 

 

艦内に侵入後、分隊をふたつの班に分けた臨検隊は、第一班は北野隊長の指揮で艦橋へ、第二班は臨時に任命された班長のもと機関部の制圧に向かった。

艦の中心部に続くと思われる階段を下り、第二班は慎重に廊下を進む。

至る所に煙が立ち込め、突入したドアの方へと空気が流れていく。簡易成分分析を行ったところ、地球の大気とほぼ同じだった。どこまでも地球に似た環境だ。

スプリンクラーによると思われる水は煙と逆に艦の中へ中へと流れ落ち、ひたひたに濡れた床はスリップしやすくなっている。

ぱしゃっ、ぱしゃっと溜まった水を踏みつけながら廊下を進み、部屋の一つ一つを見て回る。

 

 

「乗組員発見!」

 

 

先遣している二人から、インカム越しに叫び声が飛びこむ。

急行すると、二人が死体の両側に片膝をついて観察していた。

 

 

「班長、見てください。既にこと切れていますが……まるで地球人の様です」

 

 

隊員の一人が立ち上がり、場所を譲る。

恐怖に目を見開いた、男性と思われる遺体。一般兵士と思われるそれは、腹部を無数の破片が貫いて絶命していた。

傷口から床にまで大量に流れていた体液は、黒ずんだ赤。地球人類と同じ、ヘモグロビンを含んだ真っ赤な血だ。

髪は金色に近いブロンド、身長は大体170センチ程度。地球人に換算すれば20歳前後だろうか?だとしたら、新兵に近いのだろう。

なにより特徴的だったのは、体色が地球人と同じ肌色だったことだ。

 

 

「まだ若いだろうに……。かわいそうな事だ」

 

 

瞼と口を閉じてやり、暫し瞑目する。

 

彼はどこの星の人間なのだろう。

何故、戦場に身を投じたのだろうか。

家族は、恋人はいたのだろうか。

今際の際に、彼は何を思ったのだろうか。

できれば丁重に弔ってやりたいが、彼らの葬送儀礼が分からないため、それも叶わない。

 

 

「……総員、武運つたなく命を落とした若き戦士に、敬礼」

 

 

立ち上がった班長の合図で、右の手の平を銃床に持ち替えて自動小銃を右肩に預けるように立て、左手で敬礼を行う。

既に、臨検隊の目的は臨検から生存者捜索へと変わりつつあることを感じていた。

背後から襲った強烈な閃光が皆の影を強く映し出したのは、ちょうどそのときだった。

 

 

 

 

 

 

同時刻 艦橋構造物内部

 

 

大まかな方向感覚と艦を外から見た記憶だけを頼りに、艦橋の最上階へと向かう。

階が上がるにつれて、戦死者の数が増えていく。

逆に艦体中央にほとんど乗組員の形跡がないのは、高度に自動化されているが故なのか。

ならば、この最上階に出会うであろう遺体は、指揮系統を司る上級の軍人という事になる。

生存者がいれば、多くの情報を仕入れることが出来るだろう。

 

階段の行きあたり、ドアの目の前に着いたところで、足元から今までに感じたことのない突きあげるような震動が伝わってきた。一瞬体が持ち上がり、遅れて重低音が腹に響いてくる。

思わず体が硬直し、首をすくめてしまう。

 

 

「何かあったのか? アルファ1よりブラボー1、現状を報告しろ!」

 

 

多元通信機に叩きつけるように怒鳴る。熱病にうなされる患者が痙攣を起こすような振動。これほどにまで艦が震えるとしたら、原因は一つしかない。艦内のどこかで深刻な爆発が起こったに違いないのだ。

ザザザ、と擦れたノイズとともに第二班班長の声が届く。

 

 

『ブラボー1よりアルファ1、機関室らしき部屋が爆発! ブラボー4と7が爆風で壁に叩きつけられた!』

 

 

届いた報告は、想像していた以上に良くないものだった。

 

 

「分かった、ブラボー隊は即時内火艇に退却! 映像は記録してあるな?」

『ええ、艦内の様子は全部カメラに収めてあります!』

「上出来だ、アルファ隊もすぐに戻る。オーバー!」

 

 

通信機のスイッチを切り、撤退の指示をしようと振り向くが、

 

 

「隊長、この先はおそらく戦闘艦橋と思われます。艦の頭脳です。せめてここを捜索してから撤収してはいかがですか?」

 

 

戦闘班の赤服に身を包んだアルファ2が、真剣な表情で見つめてくる。

バイザーのむこうには、太い眉を逆八の字に曲げた小太りの男の顔。

こいつは確か新卒の古川といったな。

今の連絡を聞いても調査の続行を進言するとは、実戦を知らないが故の無謀か、それとも腹の据わったやつなのか。

 

 

「……分かった。総員、時間があまりない。慌てず急いで、正確にな」

 

 

正直安全とは言えないが、確かに戦闘艦橋の目前まで来ながら、みすみす退却するのはもったいないのも事実だった。

 

改めてハンドシグナルで合図を送り、隊員をドア脇の突入位置につかせる。

空間騎兵隊で身につけた室内突入の方法、右手と右肩で小銃を射撃位置に保持しながら、ゆっくりとドアを開いて射界に敵がいないか確認していく。

安全を確認してから音も無く室内に侵入。アルファ2以降も続けてスルスルと入り込んだ。

そこにあったものは、予想していた通りのものだった。

 

 

「やっぱり、ここが艦の中枢のようだな」

「ええ、死体の倒れている位置が『シナノ』の艦橋要員のそれと似ています。間違いなく、ここは艦の戦闘艦橋ですね」

 

 

三方の壁にずらりと並んだ数々の機器。

曲線で構成された機械の本体とアナログ機器のような各種のメーターが、妙なアンバランスさを演出している。

まるで、洞窟の壁面にアナログメーターを埋め込んだような、地球人では考えられないセンスだ。

散開した8人は倒れている兵士を一人一人生死を確認し、記録係は室内の様子をビデオカメラに収めていく。

北野も室内中央に倒れている兵士が既にこと切れているのを確認して仰向けに寝かせ、両手を胸の前で組ませる。

他の兵士よりも服のデザインや装飾がカラフルになっているところをみると、艦長か副長かなにかだろうか。

……ということは彼の隣、室内中央に一段装飾の利いた椅子に座って背もたれに力なく寄りかかっている長髪の人物が、艦長あるいは司令官という事になるな。

 

椅子の正面に回って、じっくりと観察する。

今まで見た兵士とは何もかも異質。

たった今見た人物とは真逆で豪奢な飾りを廃した、まるでナイトパーティーにも出席していそうなシンプルな紅のロングドレス。

砂金をまぶしたような輝きを湛えた、腰まで伸びた金髪。切れ長の目に長いまつげ、鼻筋が通った彫像のような美貌。

 

満身創痍に傷ついた艦を統べるのは、地球にも滅多にいないような美女だった。

 

顔にかかった前髪をかき上げようと思わず手を伸ばし―――ようやく気付いた。

おでこの生え際から垂れた前髪。口元にまで達しているそれが、僅かに左右に揺れている。

 

まさか!?

 

思わず宇宙服の手袋をはずし、女性の口元にかざす。

規則的に掌に感じるぬくもり。

そのまま頬に手を当てる。まだ温かい。

歓喜と衝撃に震える手で左脇腹のベルトにマジックテープで固定していた次元通信機をひっぺがし、チャンネルを『シナノ』に合わせる。

 

 

「アルファ1より『シナノ』、アルファ1より『シナノ』! 生存者あり! 繰り返す、生存者あり! 至急収容準備を求む!」

 

 

『シナノ』に確実に届くように、周りに居る部下にも聞こえるように、大音声で叫んだ。




本作では、宇宙キロ、宇宙ノットの定義は宙域によって変わると設定しています。
これは、原作アニメで両者の定義が作品によって変わっている為です。
さしあたり、現時点では1宇宙ノット=1ノット、1宇宙キロ=1メートルくらいの感覚だと思っていただければ問題ありません。第二次世界大戦当時の艦隊戦をイメージしながらお読みください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話

お待たせしました、ようやく対艦戦闘です。
竣工前に戦闘をするのは、ヤマトのお約束ですよね?


2207年 10月5日 12時25分 冥王星周回軌道上 『ニュージャージー』第一艦橋

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《絶体絶命》】

 

 

「ワープアウト反応多数!本艦進行方向より方位314度、距離45000宇宙キロ!」

「やはり来たか。総員戦闘配置!」

 

 

レーダー班のクレア・G・ローレイターが焦りを含んだ声で叫ぶが、十分想定されていた敵の出現に、エドワード艦長は落ち着いて対応した。

戦闘班長を勤めるベテラン宇宙戦士、アンソニー・マーチンは艦長の命令を待たずに警報スイッチに手を伸ばしている。

 

 

「クレア、艦種、艦数、所属、すぐに調べろ。カレン、君は冥王星基地と『シナノ』に常時送信し続けるんだ」

 

 

通信班長のカレン・ホワイトが警報に負けない大音声で返事する。

 

 

「既にやってます!」

「スティーブン、本艦と『シナノ』の位置は?」

「『シナノ』は現在本艦進行方向より169度、50宇宙キロ。内火艇はまだ正体不明艦の上空です」

 

 

エドワードは彼我の位置関係を脳裏に描く。

ワープアウトしてきた複数の艦と『ニュージャージー』、『シナノ』と正体不明艦がほぼ一直線に並んでいる。幸運にも、本艦は『シナノ』や正体不明艦を敵性艦隊の攻撃から守る位置にいるようだ。

この位置を移動しなければ、『シナノ』が内火艇を収容する時間を稼げるだろう。

 

 

「よし、左舷回頭90度。敵性艦隊をひきつける。お披露目前の艦だ、乙女のやわ肌を傷つけるんじゃないぞ!?」

「アイアイ、キャプテン!」

 

 

艦首右舷に光が点ると眼前の星空が右方向へと流れ、艦が旋回する。

80度ほどまで回頭したところで今度は艦首左舷が煌めき、90度でぴたりと旋回は終了した。敵艦隊の右舷側へ艦首を向ける格好だ。

 

 

「艦長、敵性艦隊の詳細、出ました! 所属は……ガトランティス帝国です!」

「ガトランティスだと!?」

 

 

ガトランティス帝国――通称白色彗星帝国といえば、2201年に太陽系を次々と侵略し、ついには地球に降り立って降伏勧告を突きつけてきた星間国家だ。

全宇宙の支配などという誇大妄想じみた野望を実現するために各所に軍を派遣し、太陽系には自ら都市帝国に座乗してやってきたズウォーダー大帝という傲岸不遜な男。

彗星帝国撃退後、太陽系内に潜伏している残存艦隊の掃討作戦が行われたが、生き残った部隊がいたとでもいうのだろうか。

 

 

「敵の編成は大戦艦4、高速中型空母2、ミサイル艦2、駆逐艦8。……わりと小規模な艦隊ですね。一隻で相手できる規模でもありませんが」

 

 

いや、それならば正体不明艦を追いかけてワープアウトしてくるのもおかしい話だ。

すると、この艦隊は別方面に派遣されていた軍に所属しているのか?

それとも、地球の勢力圏外で海賊行為をしていたのだろうか?

いずれにせよ、太陽系外に張り巡らされた防衛軍の哨戒網に引っかからなかったとなると、かなりの超長距離ワープだ。まだまだ、我々の知らない太陽系の外側には血なまぐさい戦場が満ち溢れている。

 

 

「艦長、既に対艦ミサイルの射程内です。いかがいたしますか?」

「待て、ミサイルだけでは心もとない。この際、主砲の射程まで進出しよう。砲雷撃戦用意」

「了解、交戦開始距離は31000宇宙キロに設定します」

 

 

悲観はしていないし、勝てないとも思っていない。

後の調査で艦艇の性能は地球防衛軍とほぼ互角であることが分かっているが、こちらの衝撃砲の方が敵のそれよりも若干射程が長い。速射性能では敵の回転速射砲塔の方が圧倒的に有利だが、アウトレンジから大戦艦に火力を集中させて速攻で撃沈させることができれば、戦況は一気にこちらに傾くはずだ。

 

 

「敵艦隊より通信が入っています!」

「何? メインパネルに映せ。」

 

 

エドワードは眉をひそめてその意図を訝しむ。

ガトランティス帝国の艦と聞いてこちらは既に敵艦隊だと断定しているのだが、彼らはそうでないということなのか。

好戦的で、基本的に異星人を支配と搾取の対象としか見ていない彼らが、地球人と何か対等な交渉をしてくるとも思えない。

それとも、よっぽどの理由があるのだろうか?

 

開かれる敵艦との回線。

画面いっぱいに映ったのは、暗めの緑色の肌をした、禿頭の髭男だった。

太いこげ茶の眉に、同じ色をした顎髭が揉み上げと繋がっている。

小鼻から口元までの間に刻まれた深い皺。

軍人とは思えない、腹に脂肪がたっぷりとつまった肢体。

地球人に換算すれば、50代か60代だろうか?

 

 

「ガトランティス帝国さんかく座銀河方面軍第19・19遊動機動艦隊司令官、オリザーだ。貴様らが保護しているそこの船を即刻引き渡してもらおう」

 

 

自動翻訳機を通して、エコーのかかった尊大な声が聞こえてくる。

 

 

「地球防衛軍宇宙空母『ニュージャージー』艦長、エドワード・デイヴィス・ムーアだ。いきなり随分と高圧的な態度だな。そう上から目線では、引き渡すものも引き渡したくなくなるというものだ。物事を頼むにはそれ相応の態度が必要であろうに」

 

 

いきなりの喧嘩腰な返答に皆がぎょっとして振り返っているが、かまうものか。

 

 

「ほう……。つまりそれは、我々の要求を拒否していると受け取るがよろしいかね?」

「どう受け取ろうと勝手だが、その前に聞かせてもらおう。君達はどこから来た? 我々が保護している艦はどこの国のものだ?」

「ふん、あの船がどこのものだろうと貴様には関係なかろう。だが、我々の名前は覚えておけ。我々は、全宇宙を支配するズォーダー大帝が統治なさる国、ガトランティス帝国だ」

 

 

こちらの質問を一切聞かず、自分の名だけを喧伝する不遜な態度。

どうやらこいつら、自分の仕えるべき相手が既にこの世から消滅していることに気付いていないらしい。

そういえば先ほど、この男は「さんかく座銀河方面軍第19・19遊動機動艦隊司令官」と名乗っていた。

自動翻訳機が間違っていなければ、こいつは「司令官」とはいえども随分と枝分かれした下っ端の方の役職という事になる。

まさか、ズウォーダーが巨大戦艦ごと消滅したのを知らないのか?

情報を聞き出すために、もう少し茶番を続けてやることにした。

 

 

「ガトランティス帝国、か。覚えておこう。あの艦を引き渡すことは、別に構わない。こちらとしても星間戦争に巻き込まれるのは勘弁でな、早々に御引き取り頂く分には一向に問題ない」

 

 

こちらが引き渡しをあっさりと了承したことに気を良くしたのか、オリザーは勝ち誇ったかのように見下したような視線を下す。

 

 

「ならばすぐにその艦を離れてどこなりとも消えたまえ。こちらとしても任務地から遥か離れたこんな僻地でいつまでも時間を潰している暇はない。今ここで引き渡すならば、我々もこのまま立ち去ろう」

「……」

 

 

どうにも怪しい。

16隻もの軍艦を率いるガトランティス帝国の軍人が、たかだか1隻の傷ついた艦とその周囲にまとわりついた2隻の軍艦を相手に、強硬手段に出ずに対話で済まそうとしている事が不自然でならない。

機嫌次第で破滅ミサイルを放って惑星一つ破壊してしまう彼らの所業とは思えない。

よほど、正体不明艦を無傷で手に入れたいのか?

手元のディスプレイに視線を一瞬だけ見やり、ありえないと断言する。

破口から噴きでた煙は既に艦の後部を完全に包み込み、尾羽は完全に見えなくなっている。

臨検隊の報告では機関部で爆発が発生し、爆沈は時間の問題だそうだ。

鹵獲したいのなら、いくらなんでも徹底的に痛めつけ過ぎではないか?

 

 

「そうしたいのは山々だが、こちらとしても上司に報告しなければならない身でね。せめてあの船の艦名と所属する星だけでも教えてくれまいか? そうすれば、我々はすぐにこの宙域から離れよう」

 

 

とにかく、今は交渉で時間を稼ぐ。

万が一戦闘になったら、臨検隊が生存者を救出して『シナノ』に戻るまで『ニュージャージー』が敵の攻撃を吸収する。

そのときは、『シナノ』の参戦を待つ必要もない、堂々と正面からぶつかって撃破してやる。

と、こちらの煮え切らない態度にオリザーがついに激昂した。

 

 

「ええいしつこい! 貴様、いいからすぐにそこをどけ! さっさと戦艦『スターシャ』をこちらに引き渡さんか! さもないと、実力行使に出るぞ!」

 

 

瞬間、エドワードの思考は停止した。

 

 

「……いま、『スターシャ』と言ったか?」

 

 

第一艦橋の誰もが、驚愕の表情でメインパネルを見上げる。

はるか遠く、14万8000光年の大マゼラン星雲から地球に救いの手を差し伸べてくれた女性。

星の資源が戦争に使われるのを嫌い、最後は自爆して星に殉じた女王。

地球人類が今生きていられるのも、全ては彼女あってこそのものだ。

地球人ならば誰もが知っている、感謝しても感謝しきれない存在。

まさか、ガトランティス帝国人から「スターシャ」の言葉が出てくるとは思わなかった。

 

そして、その名前を冠する艦を、こいつらはあれほどまでに痛めつけてくれたのか。

頭の中を巡っていた「交渉」とか「時間稼ぎ」とか、みみっちい考えが全部吹き飛ぶ。

心が鉄のように冷え込み、頭の中に拳銃の撃鉄のイメージが浮かび上がる。

 

 

「もう一度お尋ねする。戦艦『スターシャ』はどこの星の所属だ? イスカンダルではないのか?鹵獲してどうするつもりだ?」

 

 

語気が強まるのが自分でもわかる。

眉間に皺が寄り、体中の気が逆立つような幻覚。

シリンダーが回転してリボルバー式拳銃の撃鉄が下ろされ、ガチリと硬い音を鳴らすイメージが脳内に浮かぶ。

彼我の距離は32190宇宙キロ。少々遠いが、牙を剥くにはそろそろ頃合いだ。

 

 

「イスカンダル? そんな変な名前の星なぞ知らんな。貴様らのような未開地の星が知っている星だ、さぞかししょぼくれた星なのだろうな」

「…………もういい。カレン、回線を切れ。主君がとっくに死んでいる事にも気付いていないド阿呆と話すことなど、もうない」

 

 

こいつの戯言をこのまま聞いていたら、頭に血が上って血管がブチ切れそうだ。

尊大な態度が崩れて眼を剥いたオリザーがなにか言いきる前に、ディスプレイから消え去る。

 

 

「針路そのまま、速力33宇宙ノット。目標、敵大戦艦。主砲が射程に入り次第、攻撃開始!」

 

 

頭にイメージされたトリガーを引く。撃鉄を叩かれた心は、もはや敵を叩きのめすことしか考えていなかった。

 

 

 

 

 

 

12時30分 冥王星周回軌道上 『シナノ』航空指揮所

 

 

惰性に任せてゆっくりと進む正体不明艦―――オリザーとムーアの会話から艦名が『スターシャ』と判明している―――に付き添って微速で同行していた『シナノ』のクル―は、突然の状況の変化に困惑した。

 

 

『《ニュージャージー》増速! 攻撃を開始しました!!』

「なんだと?馬鹿な、こっちはまだ内火艇の収容が済んでないんだぞ!?」

 

 

航空指揮所に詰めていた恭介は、スピーカーから飛び出た報告に驚愕する。

異変の前まで恭介はワープアウト後の艦内チェックを行っていたが、航空科のクルーがいまだ配属されていないため臨時に生活班、技術班が艇の発進・収容を担当していたのだ。

 

 

「篠田、今はそんな事言ってる場合じゃない! 内火艇がもうすぐ飛行甲板に来るぞ!」

 

 

えらの張った顔に冷や汗を浮かべながら遊佐が叫ぶ。

 

 

「どうすんだよ! 造った俺が言うのもなんだけど、着艦誘導の仕方なんて知らねぇぞ!」

 

 

恭介も八つ当たり気味に怒鳴り返す。

 

 

「僕だって知らないよ! 向こうが勝手に着艦してくれるんじゃないの!? とにかく僕らはエレベーターで下層飛行甲板に下ろせばいいんだよ!」

 

 

いきなり下された命令に焦って余裕がないのは、左隣の席に座る武谷も同様だ。

 

 

「あ――くそ、こんなことになるんだったら着艦甲板を下にすれば良かった!」

 

 

半年前の自分を呪いながらも、手と目は止まらない。

左方、すなわち艦の右舷側からゆっくりと視界に入ってきた内火艇を見ながら左手に抱え込んだマニュアルに視線を落とし、おっかなびっくりで機器を操作して水平指示灯を点ける。

眼前で停止した内火艇が左右のスラスターを噴いて方向転換し、航空指揮所に正対する。

 

 

「航空指揮所より内火艇、甲板への着艦を許可する。既に戦闘が始まっている、急いでくれ」

「内火艇より航空指揮所、着陸許可了解、これより接近する」

 

 

再びスラスターを噴いた内火艇が、『シナノ』の人口重力に任せて高度を徐徐に下げながら前進して、飛行甲板へ接近する。

艦の右舷側が時折光に染まる。

敵弾が『ニュージャージー』に命中したものなのか、或いは敵艦に命中したものなのか、ここからでは判断がつかない。しかし、その瞬きがひとつ起こるたびに、多くの命が散華していることだけは確かだ。

 

飛行甲板の中心線上、航空指揮所直下に設置されたエレベーターの枠内に、内火艇が慎重に着艦する。

目測でタイヤが接地したとみるや、艇が落ち着くのを待たずに遊佐がエレベーターの降下スイッチを押してしまう。

前触れなく床が降りていった所為で内火艇はバウンドしたように一瞬浮き上がってしまうが、すぐに人口重力に引かれてエレベーターに改めて圧し掛かる。

 

 

『バカヤロー! 着艦しきってないのにエレベーター降ろす奴があるか!』

「緊急事態なんです、我慢してください!」

『こっちは負傷者に異星人がいるんだ! 丁寧に扱いやがれ!』

「すみません! 下層甲板に医療班が既に待機しています!」

『了解!通信終了!』

 

 

遊佐と内火艇が怒声まじりの交信をする間にも、閃光が宇宙空間を駆け抜ける。

すぐ側で起こっている実戦を初めて目の当たりにして、三人とも異様な興奮状態にあった。

それは自身と『シナノ』の初陣ゆえの興奮か、安全な位置から戦争の雰囲気を感じているという無意識の観戦気分ゆえの奇妙な安心感ゆえか、本人たちにも分からなかった。

 

 

『徳田より航空指揮所へ! エレベーターを上げて空気を充填しろ!』

「あとは俺がやっておく、二人は元の持ち場に戻れ! どうせこの艦も戦闘に参加するだろう、ダメコンに備えろ!」

 

 

遊佐に頷きだけを返し、武谷と恭介は走り出す。

機関室で爆発を起こして以来、『スターシャ』ではあちこちで小規模な爆発を起こしてただでさえ遅い歩みが千鳥足の体を為している。

艦首はひっきりなしに上下左右に振られ、艦体が横転しそうになると図ったかのように反対側で爆発が起こり、反動で傾斜が復元される。

艦内の火薬・弾薬が転げまわってあちこちで爆発を起こしているのか、それとも艦側に貯蔵されている燃料が誘爆しているのか。

いずれにせよ、漂没しつつある『スターシャ』がその身を散華するのはそう遠くない。

 

そのあと『シナノ』がどういった行動をとるべきかなど、考えなくてもわかる。

単艦で白色彗星帝国艦隊を相手に丁々発止の戦いを繰り広げている『ニュージャージー』を救援すべく、光線飛び交う戦場に飛び込むのだ。

本来ならば収容した異星人の安全を図るべく戦場から撤退すべきだろうが、本艦を守って戦ってくれている『ニュージャージー』を見捨てていく芹沢艦長ではないだろう。

 

 

『艦長より、全艦に達する』

 

 

予想通り、艦内のスピーカーから芹沢艦長の声が飛び出る。

 

 

『これより本艦は、《ニュージャージー》を救援すべく敵艦隊と戦闘状態に入る。実弾兵器の残量が少ないため、衝撃砲による撃ち合いとなるだろう。初めての実戦ではあるが、諸君らの奮励努力に期待する』

 

 

エレベーターで階下へ下り、オートウォークを全力ダッシュ。目指すは、艦中央の技術班用兵員待機室だ。

 

 

「ちくしょう、初陣でいきなりインファイトかよ! あの艦長、艦へのダメージとか考えてないのか!? 『ニュージャージー』の艦長のことを悪く言えないな、全く!」

 

 

廊下を遮蔽する自動ドアを次々とくぐり抜けながら、恭介は大声で愚痴る。

並走する武谷も苦笑いで応じる。

 

 

「さぁね、この船をヤマトと勘違いしてるんじゃないの?」

「艦載機のない空母2隻で艦隊相手に砲撃戦とかやるんじゃねーよ! 俺は丸裸で突攻する前提で『シナノ』を造ってないぞ! 沈んだらどうする!?」

「そうかい? 僕はこの船を信じるよ! 親が子供を信頼するのは当然のことだろう?」

「そうか? 俺は、子供の初めてのお使いに不動産物件の購入を頼む母親の気分だよ!」

「……それはまた、分かるような分からないような例えだねぇ」

 

 

そうこうしているうちに、技術班用兵員待機室に到着。

自動ドアを開けると、藤本技術班長と遊佐を除く技術班18名が既に宇宙服を着用して待機していた。

 

 

「遅い、何やってんのよ」

 

 

腕を組んで副班長の冨士野シズカに冷たい視線で睨まれた。

 

 

「班長の指示で、航空指揮所で内火艇収容に当たっておりました!」

 

 

疑いの視線でジッと睨まれる。

第一艦橋と工作室を往復する機会が多い藤本技師長に替わって、実質的に技術班をシメているのがこの女、冨士野シズカだ。

切れ長の目と小ぶりで鼻筋の通った、キレイ系美人。

細く整えられた眉は、少々凛々しさを感じさせるものがある。

髪はセミロングに伸びたサンディブロンド。

胸は控えめだががっかりするサイズという程でもなく。引き締まったウェストやヒップと総合的に判断すれば、スレンダーという評価を与えることが出来るだろう。

女性乗組員は生活班で炊事科や医療科に配属されることが多いが、22歳ながら技術班の副班長に抜擢された。

ヤマトが第二の地球探しに旅立ったときにいっとき乗艦していたらしく、同じ構造の『シナノ』の艦内構造には既に俺や武谷と同じくらいまでには精通している。

いわゆる容姿端麗、才色兼備ってやつだ。

 

それだけならいいのだが、彼女はどうにも男連中への風当たりが強い印象を受ける。激昂する訳でもなく見下す訳でもないのだが、ただそっけないというか、男を空気としか思っていないのか。

それゆえ、男性クル―からは羨望半分敬遠半分に見られているのだ。

 

 

「……そう、ならいいわ。早く自分の工具を持って席に着きなさい。もう戦闘は始まってるのよ?」

 

 

目を細めて真偽をはかっていた冨士野だったが、ため息をついて自席に戻っていった。

徳田に呼ばれて恭介が顔を向けると、ヘルメットを投げ渡される。

ヘルメットをかぶって手袋をつけて完全防備。定位置になっている徳田の隣の席に座る。

バイザー越しの徳田の顔が、からかいがいのある玩具を見つけたと言わんばかりにやけた。

 

 

「さっそく睨まれたな。ご愁傷さまなことで」

「この先、あんな緊張感に満ちた日々が続くかと思うと、涙が出るほど嬉しいッス」

 

 

戦闘の前に心が折れそうだった。

 

 

 

 

 

 

12時32分 冥王星周回軌道上 白色彗星帝国さんかく座銀河方面軍第19・19遊動機動艦隊旗艦 大戦艦『オルバー』第一艦橋

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2』より《出現と進撃》】

 

 

「『ザーランド』に攻撃が集中しています! さらに被害が拡大中!」

「おのれ……! 全艦全速前進、駆逐艦を4隻ずつに分け、半分を『スターシャ』攻撃に向かわせろ! 残りは右方に展開して大戦艦部隊の援護だ! 艦載機の発進を急げ!」

「敵艦、ミサイル第六波発射! 数は18!」

「対空防御! 全砲門を使って確実に撃ち落とせ!」

 

 

息つく間もなく艦と艦隊に指示を出す。

話がまとまりかけていたところに突如として始まった戦闘にオリザーは動揺しながらも、指揮官として懸命に対処していた。

 

 

「未開人はこれだから……! たかが一隻、全方位から包囲して徹底的に痛めつけてやれ!」

 

 

部下を鼓舞するように煽り文句を叫ぶが、内心では彼は焦っている。

艦隊決戦で勝利を受けた我がさんかく座銀河方面軍は、単艦戦場を離脱した戦艦『スターシャ』を追撃、或いは捕獲すべく、第19遊動機動艦隊の残存艦から損傷が少ない艦を選出して追撃部隊を編成した。

ワープの痕跡から『スターシャ』の逃走方向を割り出し、幾度も捕捉しては攻撃を加えたのだが、『スターシャ』はその度にこちらの追撃を振り切る為にワープを繰り返した。

 

幾度にも渡る追撃戦で、相手を大破に追い込むことには成功したが、こちらも艦載機の燃料とミサイル艦の主兵器たるミサイルの備蓄が底をついてしまった。

普段ならば手頃な資源惑星に2・3日逗留して、燃料やミサイルの材料を採掘してミサイル艦の中でミサイルの生産をするところだが、追撃戦の最中にのんびり補給をする訳にもいかない。

 

したがって、艦載機は攻撃機しか出撃する事は叶わない。

ミサイル艦には破滅ミサイルが搭載されていないばかりでなく、通常のミサイルも2斉射分しか残されていない。いくら砲塔が装備されているとはいえ、大戦艦や駆逐艦に比べたら、如何にも貧弱だ。

 

幸いなことにガトランティス帝国の軍艦はみな短期決戦を想定して、艦のサイズに見合わない過剰な数の武装をしている。

たかだか戦艦の一隻や二隻、ミサイル艦が参加しなくとも勝利は揺るがないだろう。

しかし、度重なる戦闘による疲労に加えて物資の不足。

やはり、兵たちの士気も落ちている。

加えて、あの未開人が言い放った、聞き捨てならない言葉。

 

 

《主君がとっくに死んでいる》

 

 

あの言葉が兵達に動揺を与えているだろうことは想像に難くない。

 

 

「この戦闘が最後だ! 『スターシャ』はもはや沈没寸前だ、とっととあの2隻も沈めて、母星に凱旋するぞ!」

 

 

士気の低さは戦闘の勝敗にも大きく影響する。

最後の決戦であることを強調して、反応が鈍くなりがちな部下を奮い立たせた。

 

 

「司令! 本艦および『ザーラント』、現在敵との距離27890宇宙キロ、主砲の射程に入りました!」

「よし、回転速射砲、発射始め!」

 

 

敵が放つ青白いショックカノンの何倍もの数のレーザーが、鮮やかな黄緑色に発光しながら一直線に撃ち出される。

敵に先手こそ取られたものの、戦闘の行方はこれからだった。




本編に登場する戦艦『スターシャ』とは、企画倒れになったデスラーが主人公の作品『デスラーズ・ウォー』に登場する予定だった船です。
小林誠作品集『Hyper Weapon』シリーズに度々登場しているので、ぜひ一度ご覧ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話

艦対艦戦闘は文字数の割に時間が進まない…


2207年 10月5日 12時32分 冥王星周回軌道上

 

 

【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト完結編」より《冥王星海戦》】

 

 

古の槍兵が一列に陣を組んで長槍を構えるかのように、三連装3基の主砲が同じ方向を指向している。

主砲を振りかざして敵艦と丁々発止の戦闘を行うのは、長い間記念艦として暮らしてきた『ニュージャージー』にとっては本当に久しぶり―――第二次世界大戦以来のことだ。

 

砲門から9本の青白い閃光が、轟音を立てて撃ち出される。

かつては雷鳴のような音と紅蓮に染まった発射煙とともに直径16インチの実体弾を火薬で飛ばしていたが、二度目の生である今回はその機会はもはや殆どないであろう。

艦橋前部に新たに設えられた46センチ衝撃砲は、青い輝きを放って敵艦へと一直線にエネルギー弾を送り込む。

波動カートリッジ弾は砲身内のライフル状の電磁加速レールによって回転を与えられながら射出されるので、プラズマ化した伝導物質が青や緑の閃光を放つものの、夕焼けのような真っ赤な炎は吐き出さないのだ。

 

主砲の目標はこちらから見て右舷前方45度、二列横隊に並んでいる大戦艦のうち左側の艦。

幾度かのミサイルの斉射を挟んで『ニュージャージー』は砲撃開始から2分で既に12斉射を放ち、第4斉射以降は命中弾を出している。

至近距離ならば一撃で大戦艦を轟沈させることも可能な地球防衛軍の衝撃砲だが、さすがに長距離射程ともなれば威力が減衰している。

とはいえ、自艦の回転砲塔の射程外から一方的に撃ちこまれた大戦艦は、パゴダ型の巨大な艦橋をボロ雑巾のように破壊され、艦首からは茶色を含んだ煙をたなびかせている。艦体には蜂の巣のように破孔が開き、いかにも満身創痍な様子だ。

鮮やかな緑色の火箭が、第一艦橋の右を掠める。

 

 

「敵大戦艦、攻撃開始しました!」

 

 

それでも、敵大戦艦は自身にまとわりつく煙を吹き払って回転砲塔で攻撃を開始してきた。

最も恐れていた、艦橋砲の攻撃はない。やはり、艦橋衝撃砲を搭載しているのは土星決戦で戦ったバルゼー艦隊だけだったようだ。

 

 

「面舵反転150度! 主砲目標変更、各砲塔は突撃してくる駆逐艦を狙え!」

 

 

エドワードは敵戦艦との距離を維持する為に面舵反転を命じる。

大戦艦はアンドロメダⅡ級に匹敵する長大な体に反して、その速力は巡洋艦並である。

土星決戦後に鹵獲した艦を調査したところ、戦闘速度で36宇宙ノットを叩き出していた。

『ニュージャージー』も最大戦速で33宇宙ノットを出せるが、やはり3宇宙ノットの差は大きい。

このまま接近しながら砲撃戦をしていたら、あっというまに敵艦隊の懐に入り込んで包囲されてしまう。

さらには、大戦艦の右舷側―――こちらから見て左側から駆逐艦4隻が単縦陣を組んで、本艦と敵戦艦の間に割り込みつつこちらの右舷を抜けて突破しようと突撃してきている。

このままだと、『スターシャ』が攻撃を受けてしまう上に、敵駆逐艦に艦尾側から丁字を書かれて十字砲火を食らう。

ここは『スターシャ』へ攻撃を妨害しつつ、敵艦隊に包囲されない位置取りをして各個撃破を狙うのが上策だった。

 

艦首が右に振られ、星々や敵艦隊が左に流れていく。

艦橋前に並んだ三基の主砲が新たな敵を求めて砲塔を回し、砲身を上下させる。

第二主砲下に搭載されている副砲も、接近してくる敵駆逐艦に照準を合わせて射程に入るのを待っている。

 

縦2列、横2列の大きな正方形に陣を組んだ敵大戦艦4隻の内、先を行く2隻が攻撃を開始する。

最短で3秒おきに発射できる地球防衛軍の砲と違い、七連装或いは十連装の無砲身砲塔は砲塔を回転させることで、1秒間に1発のエネルギー弾を撃ち放つことができる。

最大射程ゆえに威力は減退しているであろうが、被弾しないに越したことは無い。

 

正面やや右から左後方へ飛んで来ていた敵弾が、真正面から後方へと通り過ぎていく。

敵弾はマシンガンのように絶え間なく撃ち出されるが、第一艦橋から見えるエネルギー弾は自分達に用は無いとばかりに足早に視界から消えていく。

大戦艦の攻撃を気に掛けず、右旋回を完了した『ニュージャージー』は左やや前方の敵駆逐艦への攻撃を開始する。

距離は約24000宇宙キロ。まもなく、副砲の射程内だ。

 

主砲発射。各砲の一番砲が光り、万物を貫き焼き尽くす死の槍が投擲される。

音速を遥かに超えたスピードで敵駆逐艦を襲ったエネルギー弾は……全弾が艦の上方数10メートルを通り過ぎていった。どんなに科学技術が進歩しても、誘導兵器でない限り初弾命中は難しい。

 

コスモレーダーで観測結果を得た『ニュージャージー』の第二艦橋は、すぐに再計算を行う。計算結果は各砲塔に送られ、砲塔と砲身の挙動に反映される。

これがヤマトならば、主砲を統括する各砲塔のキャップと戦闘副班長が計算結果に自身の経験とカンを織り交ぜて命中率を向上させるのだが……、日本と違って一人一人の質こそ高いものの歴戦の戦士というものが不足しがちなアメリカでは、仕方ないのであろう。戦闘班長であるアンソニーが、ミサイルの管制を副班長に任せて主砲射撃の指揮と最終的な修正を行っていた。

 

大戦艦に対しては引き続き牽制の対艦ミサイルが放たれる。艦首魚雷発射管から6発、第二煙突下の対艦ミサイル発射機から16発、左側面多目的ミサイル発射管から大型対艦ミサイルが5発、計27発。

これまでの6波に及ぶミサイル攻勢が全て迎撃されてしまっているのは残念だが、元々テスト用の炸薬の少ないものだ、なまじ命中して威力がほとんど無いことがバレるよりは良かった。

場合によっては被弾を覚悟してでも、迎撃に回していた火力をこちらに回してこないとも限らない。

特に、敵高速駆逐艦の異常な数の回転砲塔は、至近距離に迫られたら脅威だ。なんとしても、大戦艦の護衛についている4隻は対空迎撃に専念していてもらう必要があった。

 

 

「敵駆逐艦一番艦、左68度距離22000宇宙キロ! 副砲射程圏内に入りました!」

「よし、副砲射撃目標敵駆逐艦一番艦! 対艦ミサイルはあとどれだけ残っている?」

 

 

いまだに優位に戦闘を進められている余裕か、エドワードの口調も先程よりは緊張のほぐれたものになっている。

 

 

「あと4斉射分です。対空ミサイルは3斉射分です」

 

 

意外にも早く残弾が底を尽いてしまう事実に、エドワードは少し景気よくミサイルを使いすぎた、と内心反省する。

 

 

「……いざとなったら、副砲とパルスレーザーでなんとかするしかないな。ま、光学兵器がまともに動くだけでも良しとしなければなるまい」

 

 

再び主砲が星々よりも明るい光を放ち、今度は二番砲身が交互一斉撃ち方でそれぞれの敵を射抜かんと殺意の塊を送り込む。

その都度、第一艦橋の乗組員はメインパネルを注視する。

自身の闘志を、或いは願いを込めて敵艦へ突き進む蒼穹を見送る。

しかし乗組員の強い意志もむなしく、今度は敵艦右脇の何もない空間を青い燐光だけを残して射弾は過ぎ去っていった。

思うようにいかない現実に、焦りだけが積もっていった。

 

 

 

 

 

 

同日同場所 12時39分 『シナノ』第一主砲塔

 

 

『シナノ』はなおも炎上を続ける『スターシャ』の下を左舷から右舷へとくぐり抜けて、敵艦隊へと突進した。

『シナノ』の戦闘参加を察知した敵艦隊は、虎の子の攻撃機隊を差し向けてくる。

その数、84。敵は運用可能なデスバテーターを全て投入してきたのだ。

芹沢艦長は、残弾少ない対空ミサイルによる迎撃を命じた。

直後、艦を覆う発射煙。

艦首から、煙突から、両舷側から、艦橋下の8連装多目的ミサイル発射機から対空ミサイルが一斉発射される。

34本の白線が、『シナノ』から敵編隊へと引かれていく。

 

 

「現在速力27宇宙ノット、最大戦速」

「敵大戦艦、正面上方約31000宇宙キロ」

 

 

イヤホンからは、絶え間なく戦況と艦の現状が伝えられてくる。

しかし、第一主砲塔チーフの筒井貴士にとって、対空戦闘の趨勢などどうでもよかった。

砲撃対象である敵大戦艦と自艦の状態の把握に、全神経を集中させている。

手元のパネルには、第二艦橋の全天球レーダー室から中央コンピュータを経由して送られてきた、より詳細なデータが来ている。

彼我の距離や位置関係、針路は勿論の事、太陽や冥王星その他周辺天体の引力、戦域を占める重力場や磁場、太陽風のデータ。

それらを全て加味して計算しようとすると、いくら宇宙戦艦の中央コンピュータでも多少の時間はかかってしまう。

 

それでは、時々刻々と変化する戦況に対応できないのだ。

ましてや相手は隕石や彗星といった無機物ではない、意思を持つ生命体。

機械では測りきれない要素など、いくらでも存在する。

故に、我ら主砲塔員がデータと予測を元に主砲の発射方向を予想するのだ。

射撃のタイミングは戦闘副班長、あるいは班長が担っている。

いつでも撃てるように、計算と予想はし続けなくてはならない。

 

 

『主砲射撃開始!』

『主砲発射!』

 

 

芹沢館長の号令で、南部康雄戦闘班長が主砲のトリガーを引き絞る。

左端の1番砲身が後退し、放出したエネルギー弾の残滓が砲塔内の水蒸気をまとって白濁したガスとなって栓尾から噴き出される。真っ白にゴーグルをかけた砲手の眼前まで噴きつけてくるガスは、それぞれの正面に設えられたガードによって天井へと誘導され、やがてかき消える。

 

弾着を確認する間も無く、新たな射撃の準備に入る。

栓から排出された空薬莢は排出孔に送られ、主砲塔基部にまで下ろされる。

同時に新たにせり上がってきたエネルギー満タンの薬莢が砲身へ差し込まれ、撃鉄の形をした砲尾が閉じられる。

 

その間、僅か3秒。

 

誤差を修正して砲身を上下させながらも、自動次発装填装置によって安全かつ確実に次弾発射の準備を終える。

ヤマトのそれをベースに改良が加えられた南部重工謹製式皇紀2866年式46センチ衝撃砲は、初めて体験する実戦の喜びを敵に伝えようと、真ん中の2番砲身から殺意の籠った矢文を射掛けた。今度も弾は在らぬ空間を撃ち貫く。

敵攻撃機が射線を何度も往復するのを意に介さず、立て続けに二度、三度と光の矢は放たれる。

やがて

 

 

『命中! 次弾より斉射に入れ!』

 

 

第5射目にして南部班長から伝えられる、待ち望んだ朗報。

この時こそが、主砲塔要員の苦労が報われる瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

10月5日 12時40分 『ニュージャージー』第一艦橋

 

 

「『シナノ』、パルスレーザー砲射撃開始! 近接防空戦闘に入りました!」

「『シナノ』第5射が敵大戦艦に命中!」

 

 

カレンの報告が、被弾の衝撃音でかき消される。

ストロボのような連撃が、艦首に立て続けに命中する。

敵駆逐艦の十連装回転砲塔が、ラッシュのように左舷艦首から艦体中央にかけてダメージを積算していた。

左舷艦首魚雷発射管を破壊された『ニュージャージー』は、黒煙を引きずりながら取舵回頭で比較的損傷の少ない右舷側を向けようと試みる。しかし、左舷艦尾スラスターに被弾している『ニュージャージー』は旋回能力が大きく損なわれていた。

 

 

「了解! アンソニー、敵駆逐艦はまだ叩けないのか!?」

 

 

真横から来る横殴りの衝撃が、艦を振動させる。敵大戦艦のうち、後列に居る二隻がついに命中弾を得て本格的な射撃を開始したのだ。

 

 

「あと一隻です!」

 

 

既に敵駆逐艦の一番艦から三番艦までは爆沈、あるいは継戦能力を失って漂歿している。

単縦陣の先頭を務めていた艦は遠距離からの主砲で全身を万遍なく破壊され、ナマス切りに遭ったかのようなむごい姿をさらしている。

二番艦は駆逐艦の緑色をした上部と白色の下部の境目に主砲弾が当たり、上下真っ二つに千切れてしまった。分断面からは今も、上下の隙間を埋めるように黒煙と爆発が起こっている。

三番艦は、最も悲惨な最期を迎えた。

機動力を発揮して避け続ける一番艦、二番艦にてこずる間に7000宇宙キロの至近距離まで近づいた三番艦は、最終的には主砲弾と副砲、パルスレーザーを浴びせかけられた。

左舷6門のパルスレーザーが艦体を蜂の巣にする間もなく、主砲の一斉射が駆逐艦を完全に串刺しにした。

命中の瞬間を目撃したアメリカ人は、バーベキューで焼かれる肉野菜の鉄串を連想したという。大小12ヶ所の巨大な破孔から炎を噴きあげ、文字通り木っ端微塵に砕け散った。

 

しかし、それと引き換えに『ニュージャージー』は敵3、4番艦の全ての砲門の射程に入り込み、驟雨のごときエネルギー弾の雨を浴びていた。

一発撃つごとにカートリッジを交換するため2~3秒のインターバルが発生する地球防衛軍の主砲と違い、撃ち終わると砲身ごと回転する彗星帝国軍の主砲は、砲塔を36度ずらすだけで次弾発射の準備が整う。

それは、もはや砲撃というレベルではない。視界一面、暴風雨や地吹雪さながらの大災害だった。

 

敵4番艦は、漂流している味方艦の残骸を盾にしつつ、巧みな操艦と軌道制御で接近し攻撃してくる。

トタン屋根に雹がふりそそぐが如く、絶え間なく被弾の衝撃が体を襲う。

完全無傷の状態から宇宙戦艦に改装した『ニュージャージー』の装甲は、『シナノ』の市松装甲よりもヤマトのそれに近い。

だが、ヤマトが度重なるダメージで何度も瀕死の重傷を負ったように、『ニュージャージー』もまた全身にダメージを受け続けて、破られた孔から黒煙を噴き上げていた。

波動砲の砲口は欠け、左舷側の磁力アンカーも吹っ飛んで鎖だけが泳いでいる。

副砲も天蓋に直撃弾を受けて沈黙してしまった。

防空の要である両舷のパルスレーザー砲も、既に敵大戦艦の砲撃を受け全滅している。

 

今この瞬間もまた、至近距離では戦艦をも上回るという駆逐艦の攻撃に音を上げる個所が現れた。

9門並んでいた槍衾の、奥側三本が白い爆発光とともに吹っ飛んだのだ。

 

 

「第一砲塔損傷! ……通信、途絶しました。」

 

 

眼を焼くような強い光が収まると、そこには第一砲塔の見る影もない姿があった。

戦艦の最も分厚い装甲が、原型を留めないほどに蜂の巣にされている。

上部装甲は内側からの衝撃でめくれあがり、水平に構えられていた砲身は両手を上げて降参するように天を向いていた。

主砲のエネルギーカートリッジが誘爆を起こしたのかもしれない。

大穴から流出する火災煙で中の様子を窺う事は出来ないが、第一砲塔要員の命運は尽きているであろうことは、想像するまでも無かった。

爆発の衝撃は第一砲塔を打ち砕くだけに留まらず、第二砲塔にも深刻なダメージを与えていた。

 

 

「第二砲塔より報告! 旋回盤損傷!」

 

 

上がってきた報告は、第二砲塔がもはやほとんど用を為さなくなるというものだった。

それでも全身から血を滴らせて傷ついた獅子の雄叫びの如く、まだ射界に残っている敵に対して第二、第三砲塔は吼える。

しかし、こちらが照準を合わせて撃つ頃には既に幾重にも重なった残骸に隠れてしまっていた。

白色彗星帝国の駆逐艦は、一部の回転砲塔が軌道制御ロケットの役割も果たしていて、巨体の割にフットワークは軽い。

十秒前まで敵駆逐艦がいた場所を、2本の光の筋が走った。

誘導兵器を撃ち尽くした『ニュージャージー』はなんとしても衝撃砲で沈めるしかないのだが、敵の未来位置を把握できない現状では、至近距離まで接近して叩くしか方法が無かった。

 

 

「もうちょっと……楽に勝てるかと思ったんだがな。敵を過小評価しすぎたのだろうか……。敵の作戦にまんまとはまって……情けない」

 

 

度重なる衝撃に耐え続けて体力を消耗したエドワードが、吐息交じりにぽつりと呟いた。

いいえ違います、とクレアが首を振る。

 

 

「こんなの、作戦なんて言えません。漂没している味方艦を盾にするなんて非道な行動、我々地球人類には想像もできません」

「ありがとう、クレア。しかし、動かし難い現状として、こちらの旗色は悪い。このまま4番艦を倒しても、大戦艦3隻とミサイル艦2隻、空母2隻では……」

 

 

と、そこでエドワードの表情が固まる。

 

 

「ソウイエバ、敵は何故、ミサイルを出してこないんだ……?」

 

 

エドワードは、不気味な沈黙を続けるミサイル艦になにやら不吉なものを感じていた。

 

 

 

 

 

 

同刻同場所 『シナノ』医務室

 

 

紡錘状の救命カプセルに入れられたまま医務室に運ばれた『スターシャ』唯一の生存者は、現在エアシャワーによる洗浄を受けている。

患者の外見は、地球人でいうと20代前半の女性。

金糸の様な美しい髪は搬送される際に三角巾でひと束にまとめられて、右肩を通って胸元に置かれている。

自発呼吸はあるものの、相変わらず意識は無い。

第二艦橋に詰めている技術班分析科が、臨検隊が瓶に詰めて持ち帰った艦内の空気を精密検査しているが、恐らくは簡易検査の通り地球のそれに酷似したものであろう。

 

 

「さて、どうしたもんか。異星人の治療なんてしたことないわい。佐渡の奴に色々聞いておけばよかったのう」

 

 

鼻下の髭を隠すようにマスクをつけ、キャップを被り、手術用のゴム手袋をはめながら、本間仁一はひとりごちる。

宇宙船の船内医になって30年、軍艦に勤務したのはそのうち16年。

盲腸から心疾患までありとあらゆる病症に立ち向かってきた自負はあるが、さすがに異星人の治療なんぞしたことがない。

ヤマトに乗っていた佐渡酒造はガミラス人を始め何人もの異星人を治療したというが、そんな稀有な体験をしたのはあいつぐらいなものだ。

地球防衛軍が異星人と接触する場合、まず間違いなく戦闘になり、まず間違いなく敗北してきたからだ。

惨めにも戦場を落伍し、自艦の負傷者を相手取るだけで精いっぱいだったワシらに敵を、ましてや宇宙人を気にかけてやる余裕などない。

地球人とそっくりと願うのは欲張りかもしれないが、せめて地球上の生命体と似ていることを祈るばかりだ。

架空の無免許医ならぬ凡人の身、訳の分からない臓器だらけの地球外生命体をぶっつけ本番でオペして成功するとは思えない。

 

 

「本間先生、エアシャワー終わりました。有害な物質は検知されていません」

「技術班より分析結果がでました。やはり、地球の大気とほぼ同じ成分です」

「全員配置につきました、いつでもオペはできます」

 

 

未知に対するプレッシャーと不安に押しつぶされそうな内心も知らず、本間と一緒に戦艦『はるな』から転属してきた助手らが治療の開始を促してくる。

 

 

「オペが必要な怪我でないことを祈るばかりだな……。柏木、患者のCTスキャンの結果はどうだ?」

「もうすぐ出ます……出ました。驚いた、人間はCTスキャンでは99、01%の一致です」

 

 

一同がホッと胸を撫で下ろす。

CTで99%の近似ということは、基本的な身体構造は地球人と変わらないという事になる。ならば、今までの経験だけでなんとかなりそうだ。

正直、昆虫とそっくりと言われたらどうしようかと思っていたのだ。

部下達に気付かれないように、安堵のため息をマスクで隠した。

 

 

「1パーセントの差異はなんだ?」

「大脳新皮質が地球人の平均よりも若干大きいみたいですね……。イスカンダル人との近似率が99、998パーセントという結果も出ていますが。」

 

 

透明な強化プラスチック越しに、患者の女性の頭を診る。

見たところ、むしろ地球人よりも小さいのではないかと思うような印象を受けるが……何か地球人にない得体のしれない器官が付いている訳ではないのなら、この際無視できる。イスカンダル人との近似率など、今はどうでもいい事だ。

 

 

「よし、カプセルを開けて術台に乗せるぞ」

「あ……、先生。むやみに開けない方が」

「ん?何だ?」

 

 

柏木の忠言を聞く前に、開閉ボタンを押してしまっていた。

真っ白いカプセルのロックが外れて、プシューッという音とともにハッチがゆっくりと開かれる。

と、その瞬間。

 

 

フニァアアアアアァァァアァ!!!

 

 

「うわぁぁああああ!」

「なんだなんだ!?」

「敵の襲撃だ!?」

 

 

中から黒い物体が飛び出してきた。

 

 

「あ~あ……。だから言ったのに」

 

 

柏木の呆れた声をかき消すように、何やら得体のしれない小さい物体が医務室を跳びまわる。

手術の為に準備しておいた台が倒れ、メスが吹っ飛び、鉗子が零れ落ち、派手な音を立てる。

誰もがパニックに頭を抱え、あるいは姿勢を低くして身をすくめるのみだ。

視界に捉えきれないほどの速さで縦横無尽に跳ねまわるそれは頭上を跳び越えて、……飛んだ!?

 

 

「Gか!? 巨大なGなのか!?」

「ゴキ……!? いやあああああああああああ!!」

「柏木ぃ! なんじゃいこれは!?」

 

 

誰かが正体不明の物体を黒いダイヤと叫んだことで、更に混乱が広がる。しゃがみ込んでいた誰もが、我先にと医務室の外へと逃げ出そうと走り出す。

しかし地球外生命体を持ち込んでいるという事で医務室は完全な密閉状態、ましてや今は戦闘中だ。自動ドアは封鎖されてしまっている。

 

 

「患者の衣服の下に隠れていたみたいです。CTに人間のものとは明らかに違うモノが映ってたんで」

「そういうことは先に報告せんか! あれはなんだ、敵の暗殺マシーンか!?」

 

 

その場に伏せながら、術衣の下からコスモガンを取りだす。

 

 

「言ったじゃないですか、人間の方はって」

 

 

そう言って、柏木は視線で正体不明の物体を追いかける。

 

 

「あれは、ちゃんとした生き物ですよ? 見ためは猫っぽいですが。ほら」

「猫!? 地球以外に猫なんているわけが……!」

 

 

柏木は混乱の巷の中で一人けろりとした顔で、術台を指差す。

本間も、他の助手も柏木の視線の先へとゆっくりと振り向く。

 

 

そこには、術台の上から荘重な佇まいでこちらを睥睨する、一匹の黒猫の姿があった。




本間仁一先生は、某有名な医療(系?)漫画に出てくる二人の医師の名前のニコイチです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話

地の文が多くて読みづらいかもしれませんが、どうぞお付き合いくださいませ。


2207年 10月5日 12時41分 冥王星宙域

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《絶対絶命》】

 

 

艦首から、艦橋前から、煙突から、艦側面から白煙とともに対空ミサイルが一斉発射される。

一直線に敵編隊に向かっていった極大の鏃は、四方八方に散開したデスバテーターを追って緩やかな弧を描いて旋回する。

敵も、猟犬のごとく執拗に食らいつくミサイルを必死に避けようと重い機体を左右に揺らし、レーダーの検知圏外へ脱しようと鋭いロールを打つ。

やがてあちこちで開花する、死の徒花。

鮮やかな薔薇の形をした爆炎が起こり、直ぐに霧散して宇宙の染みへと劣化していく。

 

34発の対空ミサイルが撃墜したのは、29機だった。

命中率85,2%。良くも悪くもない値だが、84機の攻撃機に対して撃墜率が4割に達しなかったことは、正直痛い。

 

生き残った55機のデスバテーターは、『シナノ』の主砲の射線に入ることを恐れてか、右舷へ大きく回りこんできた。

カブトガニのような武骨で醜悪なデザイン。航空力学そっちのけの形状は、多数のミサイルを並列に並べて一斉発射できるようにするためか、それとも装甲を厚くして防弾性を高めるためか。

 

それまでピクリとも動かなかったパルスレーザー砲が、ミサイル攻撃の終了を待っていたかのように、一斉に敵のほうへと向き直る。

第一艦橋で一括制御された連装、四連装砲は、無機物的な一糸乱れぬ動きで首を振り、狙いを定める。

ミサイル攻撃によって編隊を大きく崩され、左右上下に大きく開いた敵攻撃機隊を覆いこむように、パルスレーザー砲が防御スクリーンを形成するのだ。

敵編隊が距離7000宇宙キロを切ったところで、『シナノ』最後の砦が火を噴く。

艦腹のパルスレーザー砲群だけでなく、艦橋に申し訳程度についていた―――かつて13ミリ機関銃が設置されていた名残であろう―――連装砲も、第三艦橋周辺に並べられた無砲身型連装パルスレーザーも、弾幕に参加する。

右舷の四連装パルスレーザー砲が5基、連装パルスレーザー砲が5基、無砲身連装パルスレーザー5基。計40門が砲先を煌めかせ、一枚の大きな壁を形成する。

しかし、大和やヤマトと比べると門数が少ないため、弾幕はどうしても薄くなる。

後部を飛行甲板にしたり、死角を消すためにパルスレーザーの一部を喫水線下に移した代償であったが、今回はそれが裏目に出ていた。

 

とはいえ、『シナノ』はまだ防衛手段を有している。

側面ミサイル発射機の真上、大型ハッチがゆっくりと蓋を開く。

ミサイル発射口よりも口径の大きい5つの穴から、無誘導ロケットが発射された。

同時に、『シナノ』はロケットから距離を置くように進路を変える。

一定距離飛翔したロケットは、時限信管を起動させて炸裂した。

そこから飛び出したのは、長短さまざまな長さのアルミ箔と、オレンジ色に輝く光球。

チャフとフレア、一般的にはデコイと呼ばれるソフトキルである。

 

これらのカウンターメジャーは、敵航空機やミサイルがレーダー誘導や赤外線誘導で艦を追尾するのを阻止するための欺瞞装置である。

勿論、レーダーや赤外線を使わない方法―――画像認識誘導ミサイルや無誘導爆弾に対しては効果を持たないものではあるが、大抵の星のミサイルも命中精度を上げるために複数の誘導方式を組み合わせていることが、最近の異星人研究で判明している。

ヤマトにはなかったこのカウンターメジャーの装備も、こうした最新の研究を受けてのものであった。

 

デスバテーター隊が、防御スクリーンへと突入していく。

48,1メートルの巨体の胴下には、8発の大型ミサイル。

大型とはいえ艦載ミサイルよりも一回り小さいそれは、炸薬の量と高速を追及した代償として、極端に射程が短くなっている。

したがって、ミサイルとは言いながらも敵の懐まで潜り込んで発射するという、地球でいう昔の航空魚雷のような運用をしていた。

デスバテーターが4発のエンジンを載せてまでその巨躯と厚い装甲を持っているのも、すべては接近するまで撃墜されないためである。

 

運のよいものは、間断なく打ち上げられるパルスレーザーの火線と火線の隙間に入って敵艦へと接近する。運のないものは、真正面からパルスレーザーを雨霰と浴びる。

いかな重装甲とはいえ所詮は航空機にとっての装甲、対空砲を浴び続ければまもなく装甲を突破して機体にダメージを受ける。

ラックに懸吊されたミサイルにレーザーが当たった場合は、目も当てられない。

誘導装置をぶち破ったレーザーが、対艦用の炸薬を点火させる。瞬時に爆発したミサイルは破片と高熱を機体と隣のミサイルに伝え、さらなる大爆発を引き起こす。

 

ミサイルを放つまでに、『シナノ』は順調に敵機を撃墜していく。

真正面に指向された三連装3基の主砲は、南部戦闘班長の指揮が功を奏して、二隻目の大戦艦を戦闘不能に陥らせて戦列から落伍させるにまで至った。

 

しかし―――だからこそというべきか、満を持して2隻のミサイル艦が放った対艦ミサイルの群れに、何の対応もする事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

同刻同場所 『ニュージャージー』第一艦橋

 

 

「左舷前方より対艦ミサイル接近! 距離1500宇宙キロ! 数は100以上!」

 

 

エドワードは、あまりに近すぎる発見に歯噛みして悔んだ。

艦橋への被弾でコスモレーダーが破壊されていた『ニュージャージー』は、生き残っていたIRセンサーと目視で周囲の状況を把握していた。その為、迫り来る脅威の発見が遅れてしまったのだ。

 

 

「やはり隠していたか! 対空防御!」

「無理です! 対空ミサイルもパルスレーザーも全滅!」

「くそ、ならばコスモ三式弾発射用意!」

「距離、約1000宇宙キロ! もう間に合いません!」

 

 

そう叫ぶクレアは、泣き出しそうな上ずった声だ。

 

 

「まだ手はある! シャロン、面舵45度、左90度ロール! アンソニー、煙突型パルスレーザー起動、自動迎撃モード!」

「戦闘班長より全艦に達する! 総員、何かに掴まれ!!」

 

 

アンソニーがマイクに声を叩き込むや否や、航海長のシャロンが意を決して操縦桿を限界ギリギリまで左に傾ける。

慣性の法則で重心が右に置いて行かれそうになる体が、強引に左に引っ張られる。

自身も机の縁をしっかり掴んで腕を突っ張り、吹き飛ばされないように備える。

既に何回も耐ショック姿勢をとってきて筋肉痛になりつつあるが、根性で我慢した。

面舵45度で左舷を晒した『ニュージャージー』はさらに90度左に横転し、ミサイル群にてっぺんを晒す形となる。

形状がはっきり視認できるほどまで接近し、視界を埋め尽くすミサイル群。

 

ヤマアラシの針ほどの鋭さと密度を伴って迫る脅威に、第一煙突が向けられた。

煙突中央部に設置されたレドームが目標を感知し、連装無砲身パルスレーザー8基がギョロリと視線を向ける。

16の目玉がキョロキョロと敵ミサイルを見つめ、攻撃目標を特定した途端に青く光り始める。

ミサイル群の内3分の2程度が、16の視線を避けるように方向を修正する。

残りは、パルスレーザーを煙突ごと消滅せんと正対する。

レーダー、IRセンサーを併用して最終アプローチを完了した敵ミサイルは、最後の加速を開始した。

百々目鬼さながらのギョロ目の集団が、ビームを繰り出して迎え撃つ。

密度の高いミサイル群に対して、密度の高いレーザー群。

あっという間に16発のミサイルにレーザーが命中し、うち14発が爆発もしくは命中針路を変えた。

しかし、いくら撃てば当たるという状況下でも、たった2秒足らずの交戦時間ではミサイル全てを撃墜することなど、叶うはずもない。

生き残った20発は、『ニュージャージー』の構造物が密集している艦体上部を強襲する。

 

 

「総員、衝撃に備えろ!」

 

 

その声に対応できたクルーが何人いたかは、判然としない。

しかし、その後に彼らを襲った激震は、耐ショック防御をしていた第一艦橋要員ですら床に投げ出されるほどのものであった。

 

 

 

 

 

 

同場所12時41分 冥王星周回軌道上 大戦艦『オルバー』艦橋

 

 

 

乾坤一擲のミサイルが、敵戦艦に会心の一撃を与えている。

横倒しになった艦体に次々に衝突し爆発を受けている様は、血煙を上げて倒れ込んでいる姿に等しい。

満を持して放たれた102発の中小型ミサイルは、威力の小ささを数で補って敵に決定的なダメージを与えている事であろう。

旗艦『オルバー』で戦闘指揮を執るオリザーの口元は、緩みに緩みきっている。

しかしそれは、敵戦艦にダメージを与えているからではない。

32発の対艦ミサイルが敵戦艦の迎撃を突破して、瀕死の『スターシャ』へ無事辿りつこうとしていることだった。

 

 

「記録係、映像を録画しておけ。『スターシャ』撃沈の証拠としてウィルヤ―グ司令殿に提出しなければならんからな」

 

 

追撃の任を受けた際、オリザーが第19艦隊司令ウィルヤ―グから強く命じられたのは、『スターシャ』の拿捕もしくは完全なる撃沈だった。

拿捕の方は、もはや諦めている。逃走を続ける『スターシャ』の行き足を止めようと幾度も行った攻撃が、いつのまにか艦そのものに深刻なダメージを与えていたようだ。

この宙域で発見した直後ならばまだ中の“姫君”だけでも確保できる可能性もあったかもしれないが、先住民族と交渉している間も『スターシャ』は内部で頻発する爆発で自身を蝕み続けていた。

あの様子では、もはやあの女も生きてはいないだろう。

 

 

「ミサイル、着弾します!」

 

 

拿捕が無理ならば、この世から完全に消滅させて他者の手に渡らないようにしろ、とのお達しだ。

沈没は必至とはいえ頑丈な装甲を持つ戦艦の『スターシャ』を跡形も無く木っ端微塵に沈めるには、ミサイル艦による飽和攻撃が最も確実だ。

そのミサイルの行く手を阻むように立ちはだかる、現地民族の2隻の軍艦。

奴らを『スターシャ』から引き離すか、ミサイルを迎撃できないようにある程度痛めつける必要がある。

そこで、近くにいる青い艦には駆逐艦4隻による臨時の駆逐隊を、遠くの灰色の艦には中型空母に積載されている虎の子のデスバテーター隊を投入したのだ。

思惑は当たり、青い艦を駆逐隊に引きつけるだけでなく武装の破壊に成功。

灰色の艦も攻撃機との戦闘で対空兵器を引きつけ、なおかつ『スターシャ』から引き離すことができた。

対艦ミサイルの侵入回廊が開けた絶好の好機を見逃さす、ミサイルの発射を命じた。

予めプログラムした通り、ミサイルの三分の一は牽制の為に青い戦艦を襲い、残りはその頭上を掠めて漂流状態の『スターシャ』へ。

戦場を大きく迂回して弧を描いた白煙の束が、土気色の煙に包まれた宇宙船に吸い込まれ……

 

 

瞬間、恒星より明るい火の玉が生まれた。

 

 

漂っていた煙も艦体も、何もかもを吹き払う強力な閃光。

白球はどんどんと膨れ上がり、装甲の破片や塵芥が同心円状に急速に広がっていく。

誕生した光球は半径を広げながらゆっくりと輝きを失い、幾度か明滅したのちシャボン玉のように霧散した。

星の一生を一瞬で再現した光景も、間もなく終息する。

明るさが鈍ると、徐々に爆発点の様子が明らかになってくる。

爆発の始終を見届けたオリザーは、いからせていた肩を下ろしてため息をついた。

 

 

「フン、跡形も無く消え失せたか……ようやく、任務を完了させることが出来た。長かったな」

「ええ、司令。1ヶ月に渡る追撃戦、お疲れさまでした。映像もバッチリ撮れましたから、大手を振って帰れます」

 

 

爆発光が収まった後には、もはや宇宙船の名残を残すものは何もない。

文字通り、散華したのだ。

 

 

「あとは、目撃者のこいつらを始末するだけだな」

「そうですね。思ったよりもこちらの損害も多いですし、このまま生きて還す道理はありません」

 

 

うむ、と頷き、左右に展開している敵艦を見据える。

手前の青い艦は頭上から万遍なく食らったミサイルのベクトルに流されたまま、漂流を始めている。

貫通力の無い中小型ミサイルで致命的なダメージを与えたとは思えないが、どうやら指揮系統にダメージを与えたようだ。

一方、奥側の灰色と赤のツートンカラーの艦は、器用にも対空射撃を繰り返しながらこちらを攻撃してくる。

『ザーラント』は既に累積したダメージに耐えきれず撃沈し、乗艦『オルバー』も中破の判定を受けて後方に下がっている。今は『アークス』『エスメナ』が前に出て砲撃戦を継続している。

駆逐艦を突撃させていない分灰色の艦はまだ余力を残しているが、片方が戦闘不能に陥った以上、単艦で我らを相手取るなど不可能だ。

必然、あの艦のとる道は撤退しかないのだが。

 

 

「逃がさんぞ。ワープする隙など与えん。全艦、突撃開始!」

 

 

オリザーの命を受けた大戦艦2隻、駆逐艦4隻が艦尾の煌きを強めて増速する。

駆逐隊がウィング隊形をとったまま、回転砲塔の射程に入る為に突進する。

灰色の戦艦と槍の繰り出し合いを繰り広げている大戦艦『ア―クス』『エスメナ』も、その速力を活かして優位な位置を占位しようと針路をとる。

敵は戦闘不能の戦艦一隻に、中破に至りつつある戦艦一隻。

こちらは、旗艦を除けば中破の大戦艦2隻に中破の駆逐艦1隻、無傷の駆逐艦4隻と空母およびミサイル艦が2隻ずつ。

どう転んで、こちらの勝利は揺るがない。

 

 

「本艦左舷側に多数のワープアウト反応!」

 

 

敵の増援の報を聞くまでは。

 

 

 

 

 

 

同日同場所12時43分

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《ヤマト到来》】

 

 

「左舷前方44000宇宙キロに戦闘を確認! 『ニュージャージー』と『シナノ』です!」

 

 

最初に戦場に現れたのは、ロシア宇宙軍の戦闘空母『モスクワ』だった。

何も無い空間から青い光を纏ってワープアウトした瞬間、それが当然のように戦闘準備に入る。

『ニュージャージー』からの緊急電を受けて、テストもそこそこに独断で駆け付けたのだ。

特に打ち合わせた訳ではないが、テスト中だった他の艦も間もなくやってくるだろう。最低でも、アメリカの艦は来るはずだ。

彼等は、仲間を見捨てることはしない。

 

 

「両艦に通信を繋げ。それと、通信を全艦に回せ。後続艦にも伝えるんだ」

 

 

『モスクワ』艦長は、自艦の位置と敵味方の位置を把握する。

正面43800宇宙キロに、白色彗星艦隊11隻を確認。

内訳は大戦艦3、駆逐艦5、中型空母2、ミサイル艦2。

地球側は本艦進路340度の方角47000宇宙キロに、どうみても戦闘継続が不可能なほどに痛めつけられている『ニュージャージー』と、300度の方角44000宇宙キロに艦首から濃厚な煙を巻き上げつつも対艦対空戦闘を器用にこなしている『シナノ』。

そしてこの艦は、『ノーウィック』をベースに艦底部に飛行甲板を設置した、巡洋型航空戦艦。

他国の艦よりも艦の大きさで劣り、火砲の数と威力で劣り、特筆すべきはその小型艦ゆえの速力のみ。

戦艦というよりも巡洋艦に近い能力を持つ本艦が負うべき役割はなにか。

ひとつは、戦場を掻き乱して時間を稼ぐこと。

もうひとつは、41宇宙ノットの高速を利用して『ニュージャージー』に張り付いている駆逐艦を叩きのめす事だ。

 

 

「本艦はこれより戦闘宙域を中央突破して撹乱しつつ、『ニュージャージー』を攻撃中の敵駆逐艦に向かう。ロシアの力を米国に見せつけて恩を売るチャンスだ。各員の奮闘を期待する!」

 

 

 

 

 

 

同日同場所12時44分 『シナノ』第一艦橋

 

 

『モスクワ』に続いて戦場にやってきたのは、予想した通り『メリーランド』と『オハイオ』だった。

第一世代型戦闘空母のデザインを踏襲した『メリーランド』とアンドロメダⅠ級をそのまま一回り大きくしたようなスッキリした外観を持つアンドロメダⅢ級戦艦『オハイオ』は、『モスクワ』とほぼ同じワープアウト地点から右へ転進し、白色彗星艦隊の背後をとるように動き出す。

『オハイオ』と『メリーランド』が単縦陣を組んで、模擬弾の対艦ミサイルを一斉発射する。

駆逐隊を突撃させてしまったので、大戦艦は自らの火器で迎撃するしかない。

攻撃の矛先を変える『アークス』と『エスメナ』。

その一瞬を狙ったかのように、『シナノ』から撃たれた9本の矛が『エスメナ』の大型回転砲塔を二基とも串刺しにした。

 

 

「続いてワープアウト反応! 数は4!」

「IFF確認、『ライオン』、『ジャン・バール』、『ティルピッツ』、『ヴァンガード』の4隻です!」

 

 

航海副班長の館花とレーダー班長の来栖の声が歓喜で明るくなった。

 

 

「よし、これで勝てる!」

 

 

立ち上がり拳を打ち振るって喜びを率直に表しているのは、熱血漢の南部康雄だ。

 

 

「ようやく救援が来てくれましたか……」

 

 

既に操舵席に戻っている北野は、敵大戦艦が『シナノ』への攻撃を止めたことに安堵の息を吐く。

戦闘に復帰して以来、北野は艦長の指示通りに艦の進路を変えつつ、同一箇所に被弾しないように被弾箇所を微妙にズラすように艦を動かすという離れ業を行っていた。

一歩間違えば艦橋直撃という博打技を、第一艦橋の最前列で迫り来るビーム光を睨みながら続けたのだ、増援の報に溜まっていた気疲れが一気に北野を襲ったのだった。

 

 

「南部、北野、まだ戦闘は終わっていないぞ。敵戦艦への攻撃を緩めるな」

 

 

芹沢艦長が釘を刺すが、その声も先ほどよりも大分柔らかだ。

 

 

「来栖、冥王星基地からは増援は来ないのか?」

 

 

坂巻が尋ねるが、来栖は首を横に振った。

 

 

「冥王星基地よりも火星宙域からの増援のほうが近いなんて……彼らがもっと早く来てくれれば、『スターシャ』だって救えたかもしれないのに……」

「冥王星基地のほうは、出港準備をしてからじゃないとこちらに来られないからじゃないか? 俺たちは元々ここに来る予定だったから、彼らもすぐ来てくれたんだろう」

 

 

館花の疑問には藤本さんが答える。

 

 

「技師長、現状での損害の程度はどうなっている?」

「砲撃による被弾個所は艦首から艦橋を含む艦体中央までまんべんなく、さらに空襲による被弾は右舷中央から下部にかけて。損害個所は艦首魚雷発射管、前部左右乗員居住区、艦橋前ミサイル発射機、右舷8、10、12、18、20、22番パルスレーザーです。飛行甲板に損害が出なかったのは幸いです」

「戦闘は続行できそうか?」

 

 

問題ありません、と技師長は自信を持って答えた。

 

 

「そうか、負傷者の救護は?」

「重傷者は多数出たものの、幸い命に関わるような怪我をした人はいないのですが……。」

 

 

視線を逸らして、何やら言い淀む技師長。

 

 

「手術室で戦艦『スターシャ』の生存者を治療しようとしていたらしいのですが……猫が現れたとかなんとかで、その、現場がパニック状態のようなんです……」

『―――――ネコ?』

 

 

頭の上にはてなマークを並べる一同に藤本は、「だよな……だから報告したくなかったんだ……」といじけながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

同刻同場所 『シナノ』医務室

 

 

医務室は、混乱の渦中にあった。

しかしそれは、続出した負傷者の治療によるものではない。

 

 

「いやですよ! なんで私が猫を捕まえなきゃいけないんですか!」

「お前がワシらに報告しなかったのが原因じゃろうに! 大人しくやれい! ええい暴れるな!」

「そうだ柏木! 第一おまえ、三毛猫が大好きって言ってたじゃないか! 似たようなもんだろ!」

「私猫アレルギーなんですって! 猫は好きだけど触れないんですって!」

「そんなオモシロ設定はお前に必要ない!」

 

 

今までどんなグロテスクな戦死体を目の当たりにしても眉一つ動かさなかった、肝の据わっているはずの男達は、医務室に現れた珍客――たった一匹の猫の登場に取り乱し、恐れおののいていた。

だが、今回ばかりはそれも仕方ないのかもしれない。人間しかいないと思っていたカプセルから突然真っ黒な物体が飛び出して医務室中を暴れまわったら、どんな歴戦の戦士でも冷静ではいられないだろう。

そして、その混乱を引き起こした原因の一部は、一人の若い男にあった。

ゆえに、

 

 

「嘘じゃないんだって! フケとか鼻に入ったらくしゃみ止まらないんですよ!」

「じゃあ何で今くしゃみが出ないんだよ! ついさっきまであの猫、部屋中を飛び回ってたじゃないか! 見え透いた嘘はよせ、いい加減諦めろ!」

「押さないで! お願いだから押さないで!」

「それはフリだな! フリなんだな! よし分かった、お前の渾身のギャグを成就させてやるから安心して逝け!」

「何故死ぬこと前提なんスか!?」

「ええい、大人しく覚悟を決めんか! 何年ワシの助手をやっておる!」

「誰か、誰か助けて――――――!」

 

 

対処を押し付けられるのも、これまた仕方ないことであった。

 

 

《……そこまで嫌がられると、地味に我輩も傷つくのだが。これでも王宮で育てられた身、常に身の周りは清潔にしておるのだぞ?》

『……………………え?』

 

 

混乱が極地に達したところで聞こえてくる、第三者の声。

それは渋みのある老生のもののようで、医療チームの誰もが聞いたことのない気品に満ちた声だった。

互いに顔を見合わせた一同は、視線だけで自分は発言していないと主張する。

となると、可能性は一つしかない訳で。

 

 

《だから、我輩はフケなど持っておらん。毎日侍従に風呂に入れられていたからな。それよりも見知らぬ星の人々よ、現状を確認したい。君達は何者だ? 我が主をどうするつもりなのだ? 返答次第によっては、一介の猫の身なれど主君を護るためにもうひと暴れして見せようぞ?》

 

 

一同が顔を向けた先には毛並み美しい一匹の黒猫が、カプセルの中で眠る患者を守るように殺気を放っていた。

 

 

『…………………………………………ネ、』

《どうした、見知らぬ星の人よ。そちらから来ないのならこちらから、》

 

 

不穏な空気を察した黒猫は、姿勢を低くする。爪を立て、全身の筋肉を緊張させていつでも飛びかかれるように身構えていた老猫はしかし、

 

 

『猫が喋った――――――――――――――――――――――――!!!!????』

《………………………………………………………………ハァ、とりあえず、敵意はなさそうだな。それにしても、緊張感の無い人種よのう……》

 

 

盛大な肩透かしを食らって、死を覚悟していた自分が馬鹿らしくなるのだった。




ブーケのイメージに近い品種はメインクーンかノルウェージャンフォレストキャット。
毛が長くて賢そうで、ふてぶてしい感じです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話

アンドロメダ級だけで艦隊を組んだら、どれだけ美しいだろうか?


同日同場所12時45分

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト交響組曲』より《第四楽章 伝説の戦艦ヤマト(二)威風堂々》】

 

 

『メリーランド』を従えて、『オハイオ』は星の海を切り裂いて進撃する。

アンドロメダ級に共通する槍の矛先のような次元照準レーダーの下に大きく口を開いた二連の砲口は、第二世代型主力戦艦と同じ拡大波動砲。アンドロメダⅡ級から引き継いだ四連装主砲3基を左舷へ振り向けると、轟然と青い炎を噴いた。

イギリスのアンドロメダⅢ級戦艦『ヴァンガード』は戦闘空母『ライオン』を引き連れて『シナノ』への射線をカットするべく左へ展開し、砲塔を右前方へ旋回させる。ドイツのアンドロメダⅢ級戦艦『ティルピッツ』とフランスの戦闘空母『ジャン・バール』は左右に散開するアメリカ戦隊とイギリス戦隊の間を埋めるように進み、敵の退路を断つ後詰めの役目を果たしている。

 

もっとも、彼らが事前に打ち合わせていた訳ではなく、2隻で戦隊を組める米英が遊撃に動き回り、単艦で連携が組めない独仏が無闇に動かずにいる事を各自で判断したが故の、偶然の産物であった。

しかし結果的には、白色彗星艦隊を前後と左舷側から包囲する形になっていた。

 

敵艦隊の退路を塞ぐ『オハイオ』、『シナノ』の救援に向かう『ヴァンガード』、敵に側面からプレッシャーを与える『ティルピッツ』。

生まれたばかりのアンドロメダⅢ級異母3姉妹が、戦場の流れを支配しつつあった。

 

アンドロメダⅢ級の3隻は、艦体を巨大化しすぎて機能不全に陥ったⅡ級の反省から、Ⅰ級のように無駄を削ぎ落としたデザインになっている。

 

扁平な六角柱のボディは、量産性とともに見る者に洗練された印象を与える。

自動超弩級戦艦級で採用された、潰れた等脚台形を上下に組み合わせた形状の連装波動エンジンノズル。

連装エンジンでありながら船体幅を細く抑えた為、排水量と正対面積を減らしつつ高速と重装を実現した、アンドロメダ級の名を受け継ぐにふさわしい最新鋭艦だ。

プリンス・オブ・ウェールズ級戦艦やライオン級空母にも引き継がれている、鼻筋の通った艦首デザインの遥か後ろに、Ⅱ級から受け継いだ四連装2基の主砲塔。主砲の配置は主力級戦艦の配置を継承して前部に2基、後部に1基。砲門数を維持しつつ砲塔数を減らすことで、艦体前部に余裕を持たせている。

艦体下部に波動砲急速冷却システムやメインインテーク、ドロップタンクが2本配置されているのはⅠ級のままだ。

艦橋は基本的に、アンドロメダ級のイメージを受け継いだものとなっている。

直線と平面で構成された多層式の塔のようなイメージはそのままに、基部から艦橋トップにかけて一段ずつ細くしていき、そのてっぺんは艦長室と巨大なフェイズド・アレイ・レーダーがインパクトを与えている。

 

艦橋の背後には、煙突の代わりに艦隊指揮用のCICと大型冷却装置。装置の縁からは左右上方に張り出したウィングが生えている。艦橋基部には、今までのアンドロメダ級にはほとんど搭載されていなかった対空パルスレーザーが、片舷に三連装6基。近接対空防御に優れた装備になっている。

 

Ⅱ級は全長350メートルの巨躯に四連装主砲5基、四連装副砲3基、下方対艦ミサイルランチャー、ガドリングミサイル発射機4基、対空防衛ミサイルランチャー2基を載せたマンモス艦だった。

その在り方はまさに一騎当千、対艦巨砲主義の頂点と言えるものだった。

しかしその一方で、鯨のような行き過ぎた巨体は豊富な推進力の割に旋回性能が低く、艦隊運動で複雑な動きをする事ができなかった。

加えて、決戦兵器でありながらその巨体と重装備ゆえ建造費がかかり過ぎてしまい、おいそれと戦場で消費できない高級品になってしまったのだ。つまりは、かつての『大和ホテル』と『武蔵旅館』と同じ状態である。

その反省を踏まえて、新型のⅢ級は艦体規模とコストを抑えて戦場に惜しみなく投入できる艦とすることが求められた。

 

その回答が縦型の連装波動エンジンと、過去のアンドロメダ級と統一規格の部品を使う事で生産性を高める構造設計であった。

Ⅲ級がⅠ、Ⅱ級の特徴を一部受け継いでいるのは、そうした事情によるものだ。

 

米戦隊の2隻が、17000宇宙キロの距離から主砲による左砲戦を行う。

敵に牽制を加えるためにも、最初から斉射だ。

『オハイオ』の12条と『メリーランド』の6条、合計18条の光の矢が敵高速中型空母を左後方から襲う。

思いがけない方向からの敵に驚いたのか、狙われた空母は反撃もせずに相対面積を減らそうと面舵を切る。

狙いを外された光線が空母の尖った艦首の左側を掠め、右舷艦尾を掠めていく。

しかし、近距離から撃たれた主砲弾を転舵だけで全て回避しきれるはずもなく、艦尾エンジンを、左舷上部の艦橋を、回転砲塔を穿っていく。

飛び散る艦体の破片。

噴き出す黒煙。

痛撃された艦尾が下がり、艦首が上がる。

飛行甲板の前部が、連続して空母を襲う青い火箭に自ら突っ込んでいく。

『オハイオ』が放った衝撃砲の一弾が、飛行甲板を深く抉りながらまっすぐ艦尾から艦首へと走り抜ける。

光の一刀を打ちこまれた中型空母は、飛行甲板の左右に駐機していたデスバテ―タ―が次々と誘爆を起こして、太陽の陰に隠れた暗い飛行甲板に盛大な灯火を掲げていった。

 

 

 

 

 

 

同場所12時45分 冥王星周回軌道上 大戦艦『オルバー』艦橋

 

 

 

「撤退! 撤退だ!」

 

 

オリザーは顔を歪めて不愉快を隠さずに叫ぶ。

圧勝に終わりそうだった戦いに水を差しに来たのは、大型戦艦3隻に中型戦艦2隻、空母1隻、巡洋艦1隻。

3隻の大型戦艦以外の4隻は皆異なった形状をしていて、本当の艦種は分からない。

しかし、7隻の敵艦が我らを囲むように動き出したとき、彼は不利を悟った。

現状で、敵艦の構成は無傷の大型艦が7隻、中破1隻、大破1隻。

こちらは中破の大戦艦2隻、たった今大破した大戦艦1隻、無傷の駆逐艦4隻と敵巡洋艦の攻撃で大破に到りつつある駆逐艦1隻、一斉発分しか残っていないミサイル艦2隻、無傷の中型空母が1隻とどう見ても助からない中型空母1隻。

数でこそまだわが艦隊が勝るものの、まともな戦闘行動ができる艦があまり残っていない。正面からぶつかり合ったら消耗戦になるのは目に見えている。

―――戦場の流れは敵に傾きつつある。

せっかく『スターシャ』撃沈の任務を完遂したのだ、艦隊壊滅などというケチがついてはたまらなかった。

 

 

「全艦、取舵反転180度、その後ただちに長距離ワープを実行する。ワープアウト地点の算出をせよ!」

「ここまで来て撤退せざるを得ないとは残念ですな、司令」

 

 

副官が、司令を慮って言葉をかける。

 

 

「……言うな。任務を完遂できただけでも良しとせねばならん」

 

 

オリザーは拳を震わせて怒りを噛み締める。

たった一隻の戦艦の追撃任務に一カ月もの時間がかかった挙句、偶然出くわした蛮族の宇宙戦艦に手痛い反撃を食らって、ほうほうの体で撤退する。

結果だけ見れば、自分は簡単な任務さえまともに果たせず、預かった戦力さえ失って帰ってきた無能男だ。

 

 

「未開人どもめ……。必ずや戦力を整え直して、あいつらの母星を星系ごと破滅ミサイルで吹き飛ばしてやるわ」

 

 

交渉の時に見た、野蛮人の顔を思い出す。

黄色い髪に黄色い肌。これまで侵略した星々の原住民族に多く見られる肌の色。

肌が黄色い人間は総じて文明度が低く、宇宙航海技術が稚拙かもしくは重力に縛られたままの星が多かった。

黄色い肌の猿共の艦隊に栄光あるガトランティス帝国の艦隊が撤退しなければならない屈辱は、なんとしても晴らさなければならぬ。

 

 

「『ガーベラ』、『エンデ』に命令。残りのミサイルを全弾発射しろ。全艦がワープするまで時間稼ぎにする」

「ミサイルの目標はどうなさいますか?」

「敵艦全部―――と行きたいところだが、それでは弾幕が薄くなってしまうな。大型戦艦だけでいい」

「了解」

 

 

しばらくしてメインパネルに、ミサイル艦『ガーベラ』と『エンデ』が艦の上下左右からミサイルを解き放つ姿が映った。

艦を濛々たる噴射煙で隠しながら、2隻で102発のミサイルが正面、左方正横、左方後方へ分かれていく。

狙いは、アンドロメダⅢ級の3隻。

それぞれの大型戦艦の後ろに控える空母が、迎撃ミサイルを放つ。

大型戦艦がミサイルを撃つ様子はない。

どうやら対艦戦闘に重点を置いた設計で、有効な対空兵器を持っていないようだ。

 

 

「『ノウェ』轟沈!」

 

 

悲鳴のような部下の報告に、別のパネルを凝視する。

艦隊の最後尾にいた高速中型空母が、ついに2隻とも撃沈されたのだ。

互いに槍を繰り出して戦う戦艦と違って、基本的に後方から艦載機を送りだすだけの空母は装甲が薄い。

15000宇宙キロという至近距離からの戦艦の射撃では、なす術もなかったはずだ。

これで、生き残っている艦載機も帰る先を失ってしまった。

機体を廃棄させて搭乗員を救助する時間的余裕も無い。

自分には、彼らを救う手立てがない。

更なる味方の喪失と、みすみす部下を見捨てなければいけない自身の不甲斐なさに、歯を食いしばって悔しさを耐える。

 

空母の沈没を知ったデバステーターが、執拗にまとわりついて攻撃していた戦艦から離れてこちらへ帰ってくる。

 

 

「艦載機隊から通信。……読みます。……『ガトランティス帝国、万歳』」

「! ……すまぬ……。本当に、すまぬ……!」

 

 

翼を翻して引き返してくる攻撃機隊は、あらかじめ打ち合わせていたかのように3方向に分かれる。

転進する『オルバー』とすれ違う20機のデスバテ―タ―。

たった今空母を撃沈したばかりの敵大型戦艦に、脇目も振らずに突っ込んでいく。

中型戦艦から、ミサイル艦から放たれたミサイルを叩き落とすべく、迎撃ミサイル群が飛び出す。

その前の大型戦艦からも、対空砲が射撃を開始する。

対空砲火の隙を縫うように敵艦まで肉薄したデスバテ―タ―が、青い火線に絡め取られて爆発四散した。

味方の壮絶な最期を間近に見ても、攻撃機隊は突撃を止めない。

回避するそぶりもみせず、一心不乱に敵戦艦を目指す。

彼らの意図が、オリザーには痛いほど分かった。

 

 

 

 

 

 

同刻同場所

 

 

アンドロメダⅢ級戦艦『ティルピッツ』の頭上を、無数のミサイルがフライパスしていく。

右舷にいるフランス空母『ジャン・バール』がパルスレーザーしか搭載していない『ティルピッツ』の代わりに、迎撃ミサイルを発射したのだ。

 

『ジャン・バール』の艦首直後、飛行甲板先端部の下には、飛行甲板の横幅と同じだけの幅を持たせた艦橋がある。

第一次環太陽系防衛力整備計画と第二次計画の繋ぎとして計画された、無人防衛艦隊構想。

そこで計画された大小の無人艦のうち、後期量産型は各防衛艦隊の前衛―――言ってみれば被害担当艦である―――としての価値が認められて細々と建造が続けられていたが、前期に造られたものは暗黒星団帝国襲来時に全滅してしまった。

『ジャン・バール』は、この前期量産型大型無人艦をベースに、六角柱の艦体に全通型飛行甲板を張り、その左右の傾斜甲板に巡洋艦の20センチ三連装衝撃砲を8基搭載している。

例えるなら、黎明期に先進国で少数建造された、軽空母のよう。

艦後部にしか飛行甲板が無い『シナノ』『ニュージャージー』や裏面が全部飛行甲板というトリッキーな形状をした『モスクワ』に比べればよほど空母らしいデザインだが、中口径砲塔を大量に搭載した空母というのもまた非常識な存在であった。

飛行甲板の両端に設置されているVLSから発射煙の名残を吐き出しながら、左舷側の4基12門の砲身から牽制射撃を行いながら、我が艦を援護するべく近づいてきてくれている。

 

しかし、この『ティルピッツ』にそのような心配は不要だ。

 

 

「航海長、今からあの敵機群を魚雷だと思え。私の合図でスラスターを全力噴射、敵機に正対して敵機をやりすごす。……できるな?」

「了解。『ティルピッツ』の運動性能なら問題ないです」

 

 

『ティルピッツ』艦長、ロルフ・ファーベルクが問うた先には、ポキポキと指を鳴らして操縦桿を握り直す航海長のウーヴェ・ダールマン。

揉み上げから顎にかけて繋がった細い不精髭を撫ぜて、自信に満ちた口元をにやけさせる。

敵戦艦を攻撃していた四連装3基の改アンドロメダⅡ型主砲が、その大きさに似合わぬ速度で砲塔を旋回させて青い閃光を発する。

電磁加速で高速回転を加えられた、12発のコスモ三式弾が青い軌跡を描いて一直線に敵編隊へと突き進む。

砲門を離れて5000宇宙キロ進んだ時点で時限信管が作動、銅色に包まれた砲弾の傘型の弾頭が爆散して、拡散波動砲に似た死の彼岸花が花弁を広げた。

爆発点を中心に放射状に広がる子弾。

大きな手の平となって敵編隊を包み込むと、鋭い爪で次々にデスバテーターを血祭りに上げていく。

右舷側では、6基のパルスレーザー砲座が光の柱を撃ち出してミサイルを次々に撃墜している。こちらは艦橋からの一元操作ではなく、各砲座に戦闘班員が着いての確固射撃だ。

 

『ティルピッツ』に迫る脅威が、次々と命を散らして数を減らしていく。

それでも生き残ったデスバテーター9機が、対空砲火をくぐり抜けて左舷のどてっ腹に迫る。

 

 

「今だ! エンジンカット、左旋回70度!」

「了解!」

 

 

刹那、艦の前後に設けられているスラスターのシャッターが開き、丸い噴射口からオレンジの炎を噴き上げた。

艦首右舷と艦尾左舷の装甲板が光り、艦体が急速に左へ振り向けられる。

直進の慣性と艦の旋回が合わさり、傍からはドリフト走行しているように見える。

慌てたデスバテーター1機が正対面積の減った『ティルピッツ』へ針路を修正しようと機を傾け、不用意にも並走していた隣の機に衝突した。

数が減った敵機に対して、密度の増したパルスレーザーの雨が降りかかる。

彼我の距離が近くなった分威力が増し、一発の被弾が致命傷となる。

またたくまに3機が黒雲と化す。あと4機。

艦が敵機と正対し、大口径の波動砲がデスバテ―タ―を待ち構える。

角度を浅くとった主砲が再び火を噴く。

戦艦の装甲をも一撃で貫通する衝撃砲だが、8発のうち7発は敵機をかすりもせず、かろうじて直撃させた1機を蒸散させるにとどまる。

次の攻撃が着弾する前に、最後まで生き残った3機は次々と艦へ突攻した。

立て続けに、衝撃が艦を襲う。

突入角度の浅かった1機が厚い装甲に弾かれて、艦から離れたところで爆発する。

艦首の次元照準レーダーに正面から激突した機は、火花を激しく上げて甲板を擦りながら艦首を通り過ぎ、第二艦橋へ衝突する。

最後の1機は、直前にホップアップして艦首を避け、ロールしてすぐさま急降下。

一番主砲の上部防盾にぶつかった。

 

 

「損害報告! 主砲は大丈夫か!?」

 

 

瞬時に湧き上がった黒煙が、一番主砲を包む。

飛び散ったデスバテーターの破片が、硬化テクタイト製のガラスを叩く。

 

 

「大丈夫です、艦長。アンドロメダの名は伊達じゃありませんよ」

 

 

立ち昇る黒煙を置き去りにしてドリフトを続ける『ティルピッツ』。

黒煙が薄れるにつれて、銀色の塗装が剥がれて赤銅色が露わになるものの変わりない一番主砲が、おぼろげに見えてくる。

 

 

「よし、ならば敵艦隊への攻撃を再開する。エンジン再接続、面舵70度。主砲照準、敵大戦艦」

 

 

ミサイルよりも遥かに大きい艦載機の突攻にも動じることなく、『ティルピッツ』は再び波動エンジンの唸りを上げて進撃を再開した。

 

 

 

 

 

 

同場所12時47分 『シナノ』艦首魚雷発射管室

 

 

『本艦の攻撃により敵大戦艦撃沈! 残敵は大戦艦1、駆逐艦2、ミサイル艦1!』

 

 

発射管室の出入り口頭上に設置されたスピーカーが、戦況の好転を告げる。

しかし、恭介が直面している戦場は一向に好転の気配を見せなかった。

 

重防護宇宙服を着た技術班クル―が、脇に抱えた応急資材の束を持って魚雷発射管の隙間を走る。

恭介も、宇宙服の上から背中に2本のタンクを装着し、現場へと急行する。

タンクから伸びたホースの筒先は、先を走る先輩クル―が持っている。

後ろには、1,5メートル四方の金属製の合板を数枚抱え持った大桶。

行く先は、発射管室の最奥にある被弾箇所だ。

 

 

「急げ、次はあそこだ!」

「はい!」

 

 

濛々と煙が立ち込めて視界の悪い中を、記憶だけを頼りに走り抜ける。

突如襲いかかる横からの突風に体が揺らぐが、右足を踏ん張ってこらえる。

走るたびに、室内の至るところを走るレールに引っかけたハーネスのO型カラビナがカラカラと鳴る。

作業中に宇宙空間などに吹き飛ばされないようにするためのものだ。

 

幾度もハーネスをレールに繋ぎ直して、漸く損害箇所に到達。

魚雷発射管室には4発の衝撃砲が着弾し、発射口と外装甲が破壊されて火災が発生していた。

戦闘艦のダメージコントロールとは、本質的には被害の拡大を防ぐ処置のことであり、隔壁を閉鎖して火事の延焼や空気の流出を抑えたり、温度が上昇している壁に向かって放水することによって艦内を駆け巡るさまざまな配線コードが焼ききれるのを防いだりすることが主な作業だ。

つまりは、こうして戦闘中に破砕箇所の修復に行くことは本来自殺行為でしかない。

しかし、今回は増援の到着によってこちらへの攻撃が止んでいたため、好機と見た藤本技術班長が命令を下したのだった。

 

空いた穴は縦1メートル、横3メートル弱。応急措置で塞ぐことが出来るギリギリの大きさだ。

これ以上大きな穴だったら、一旦艦外に出て専用の修理キットを用いないと穴は埋まらないし、究極的にはドックに入らないと完全には密閉できない。

 

破孔の奥には真っ黒い宇宙。孔の縁は真っ赤に焼けて高熱と鈍い光を発している。

孔以外にも歪んだ装甲板に発生したひび割れや、剥離した装甲板の繋ぎ目部分から空気が流出していた。

室内の空気は幾多の破孔からものすごい勢いで外に噴き出て、或いは獣の咆哮のような腹に答える重低音を、或いは怪鳥の鳴き声のような甲高い音を出していた。

気圧が下がったことにより、室内の温度はどんどん下がっている。

 

 

「よし大桶、やれ!」

 

 

はい!の掛け声で、真っ赤に焼けた破孔の縁に手持ちの鋼板の左半分を押し付ける。

ジューッと激しく煙をたてながら、鋼板の表面が溶ける。

強力な掃除機のように空気を吸い続ける破孔。

鋼板が風にあおられてバタバタとしなるのを、必死に押さえつける。

どんどん温度が上昇していく鉄板を大桶が押し続けて、応急資材を装甲板に完全に密着させた。

 

 

「篠田、冷却ガスを開け!」

「了解、出します!」

 

 

先輩の指示で、背中の左側に背負った液体窒素タンクのバルブを緩める。

潰れていたホースが膨らみ、先輩の持っているホースの筒先に達すると、真っ白なガスが勢いよく飛び出した。

先輩が暴れ出そうとするホースの先端を力づくで制御し、ガスを至近距離から応急資材に吹きかけて急速に冷却させる。

視界がどんどん窒素ガスで満たされていき、マグマのように禍々しく光っていた鋼板がどんどん本来の色味を取り戻していく。

溶けていた破孔の縁と押し付けた鋼板の表層が冷え、交じり合いながら凝固していく。

たちまちのうちに、鋼板は装甲板に張り付いて取れなくなった。

 

続いて、破孔の右側にも同様に鋼板を貼り付けていく。

最後に二枚の板の隙間を埋めるように鋼板を置き、リベットガンとタンク右側に背負ったガスバーナーで溶接する。

とてもではないが破られた装甲板の替わりにはならないが、室内の空気が流出するのを食い止めるための応急処置としては十分だ。

繋ぎ目に泡状の充填剤を注入して完全に密封すると、破孔は完全に塞がれた。

あとは角材を内側から当てて鋼板を抑えつければ、応急修理は完了だ。

 

 

「補修完了! 他に空いている孔はないか!」

「気圧の減衰が止まりました、密封完了です!」

「魚雷発射管、応急修理完了!」

 

 

この場を仕切る先輩がインカムで状況の報告を求めると、大桶が、成田がすぐさま返事を返した。

 

 

「よし! 第一艦橋、こちら前部魚雷発射管室。応急修理は完了した、指示を求む」

「こちら第一艦橋、藤本だ。今からその部屋の換気を開始する。次は一階下の艦首レーダー室に向かえ」

「ということは、コスモクリーナーEのテストを?」

「ああ、この際だからできるテストは全てやってしまおうとの艦長の判断だ」

 

 

了解、とだけ言って通信は終了した。

 

 

「コスモクリーナー、か。今更ながら、この艦には民間人が乗っていたんだよな……」

 

 

恭介はコスモクリーナーと聞いて、今の今まで頭から完全に抜けていた事実を思い出した。

本当ならば、ワープテストが終了したらコスモクリーナーEの作動試験を開始する手筈だった。それが終われば、『シナノ』は外宇宙へ破動砲の発射テストに向かい、民間人であるマックブライト教授のゼミ生はランチに乗せて地球へ一足先に帰ってもらうつもりだったのだ。

太陽系内のテスト航行までならば何の危険もないと思っていたが、まさか地球圏内で本格的な会戦が勃発してしまうとは予想だにしなかった。

これは、帰ったら由紀子さんに怒られるかもしれない。

態度にはあまりみえないが娘を溺愛している由紀子さんのことだ、真っ黒なオーラを背後にまとった笑顔で迎えてくれるに違いない。

その姿が容易に想像できてしまい、口元に笑みがこぼれる。

 

 

「総員、聞いてのとおりだ。この部屋は密閉したのち、コスモクリーナーによる除染が行われる。俺達は、これから艦首レーダー室に向かうことになった。応急資材を補給するため、一旦資材置き場まで戻るぞ」

 

 

先輩の言葉が耳に入った瞬間に、すぐさま思考を戦闘モードに切り替える。

一様に頷いた一同は、先輩に続いて魚雷発射管室から撤収を始めた。

 

 

「大丈夫かな、あかねのやつ……」

 

 

それでもつい口をついて出てしまった呟きは、マイクに入ることはなかった。

艦内スピーカーから、敵艦隊がワープで撤退した旨の報が流れたのは、彼らがレーダー室に入った直後のことであった。




敵味方の戦術や艦隊行動を考えるのは楽しいけど頭を使います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話

基本的に敵艦を倒したらそそくさと次へ行ってしまうヤマトですが、リアルを追求するならこんな感じなのではないかと。


2207年 10月5日 14時55分 冥王星周回軌道上

 

 

戦闘が終了してから約2時間。

艦長席から見えるのは、見慣れた白銀色の味方艦ばかり。

先程まで敵味方入り乱れていた戦闘宙域は、今では地球防衛艦隊が完全に占領していた。

敵艦隊が撤退してしばらくしてから、冥王星防衛艦隊がワープアウトしてきたのだ。

 

その20分後には、火星宙域に置いてけぼりにしていた鹵獲艦隊も遅ればせながら到着した。

現時点ではまだそれぞれの国の所属になっている試験艦が、自己判断ですぐさま応援に来てくれたのに対して、地球防衛軍に所属している艦は上からの命令を待たなければ動けなかった。故に、彼等は到着が遅れていたのである。

彼らが来たときにはとっくに戦闘は終わっていたし、来たところで白色彗星帝国艦を修理改造したホワイトランサ―級がどこまで敵に通用するか、分かったものではないが。

 

それでも、これだけの数が最初から揃っていれば、『シナノ』も『ニュージャージー』もここまで被害を受けることも無かったのではないか、と思わなくもない。

特に、『ニュージャージー』の被害は深刻だ。

武装は全て破壊され、艦首から第一煙突にかけて文字通り蜂の巣の状態である。

艦首魚雷発射管および主砲からは、戦死者が多数出たという。

午後の空のように美しい青色に塗装されていた艦体は焦げ茶色に染まり、代わりに見える黒煙は喪服を身に纏っているようだ。

波動エンジンに損害は無いので航行に支障はないが、艦体に負荷がかかるワープや高速航行は不可能であろう。

『シナノ』が敵大戦艦との遠距離砲戦に徹していたのに対し、『ニュージャージー』は大戦艦との砲戦に加えて高速駆逐艦4隻との近距離戦を演じたのだ。兵装全てを破壊された上で破壊力の大きいミサイルを雨霰と食らったのでは、ヤマトでも大損害は免れなかったかもしれない。

 

 

―――宙空に漂没する敵戦艦の残骸を遠巻きに包囲するように、艦隊は展開している。

各艦から内火艇が派遣されて生存者の捜索が行われたが、いずれも事切れているか自害した後だった。

生きて虜囚の辱めを受けず、それが彼らの軍人魂ということだろうか。

 

今は、戦場掃除の為の工作艦待ちの状態だ。

艦の残骸や破片はスペースデブリになって航海の邪魔になるし、なにより資源として活用できる。あわよくば敵の技術や情報も手に入れることができる。

工作艦が散らばった部品をかき集めて回収し、比較的原型を残している艦は冥王星艦隊が曳航して基地まで持ち帰るという。

 

そうやってまた装甲の薄い艦が造られていくのだろうか、と芹沢はため息をついた。

 

今回地球防衛艦隊が一隻も沈まずに勝利する事が出来たのは、味方増援が敵の横っ腹を突いたこともさることながら、装甲の厚い『シナノ』と『ニュージャージー』が敵の攻撃の大部分を吸収したという点が大きい。

これがもし主力戦艦級だったら、確実に2隻とも撃沈されている。

アンドロメダ級ならばあるいは沈没を免れるかもしれないが、大損害は免れないのではないだろうか?

 

かくいう本艦は、ついさっき島津忠昭機関長から応急修理完了の報告が入り、ワープ可能な状態にまで回復した。

入渠して本格的な修理をしなければいけないのは『ニュージャージー』と変わらないが、戦死者をだしていないだけマシというものだ。

ついでにと稼働実験を行ったコスモクリーナーEも、良好な結果を得たとマックブライト教授から連絡があった。

 

―――となると、残る懸案はあとひとつ。

医務室に収容した、戦艦『スターシャ』の生き残りだ。

……しかし、『スターシャ』という名前。

地球人ならば名を知らない人はない、地球を絶望の淵から救ってくれた人物の名だ。

 

私を含め、ほとんどの地球人はスターシャの姿を直接見たことがない。

それを知っているのは、イスカンダルに行ったヤマト乗組員だけである。

ガミラス戦役の際は音声情報しか送られてこなかったというし、その詳細は軍機に触れるので一般の軍人には公開されていないのだ。

勿論、他人伝てにその特徴などは聞き及んでいるが、彼女が母星と運命をともにした以上、真偽を確かめる術はもうない。

 

しかし、もしも医務室に収容されている彼女がイスカンダル星の人間なら、少しはスターシャについて分かるかもしれない。

いや、イスカンダル星人でないはずがない。

軍艦という星を象徴する船の名前につけられている名だ、それなりの由来はあるはず。

地球でも、『プリンス・オブ・ウェールズ』や『ビスマルク』、『シャルル・ド・ゴール』など、王や指導者の名に由来する艦名は多い。

『スターシャ』の名も、そういったものであるはずだ。断定はできないが、否定する材料もない。

 

 

「患者は全身に打撲傷、露出部には3か所の裂傷あり、また火災煙の吸入による一酸化炭素中毒の症状を起こしていました。現在は医療ポッドに収容して治療中ですワイ」

 

 

スピーカーから本間仁一のしわがれた声を聴く。

 

 

「本間先生、患者は助かりますか?」

「艦長、ワシを誰だと思っとる? 異星人だろうが虫だろうが生きてるものなら何でも治してやるワイ……と言いたいところじゃが、正直なところ、地球人とほぼ同じ人体構造だからこそ、なんとかなったというのが本音じゃのう。じゃが問題は無い、あとは患者の意識が戻るのを待つだけじゃ」

「そうですか……先生、お疲れさまでした。今度何か差し入れますよ」

「おう、酒は要らんから旨いもん持ってこい。それと、もうすぐそっちにもう一人の生存者が行くから、詳しい話はそいつから聞いとくれ」

「もう一人の生存者? 北野からの報告では、生存者は司令官らしき女性が一人のみと聞いていますが……」

「実際に見てみれば分かる。それじゃあの」

 

 

面倒事に巻き込まれたくないとでも言わんばかりの口調で、プッツリと音が途切れる。

 

 

「北野、本当に救助した生存者は一人だったのか?」

「――――――――――え?あ、ええ。間違いありません」

「どうした北野、ボーっとしてるなよ」

 

 

戦闘班長の南部が、何やらずっと黙考していた航海長の北野哲に問う。

それを見ていた来栖が、何やら期待を込めた目で北野を窺う。

 

 

「北野さん、生存者って男性ですか? 女性ですか?」

「へ? ああ、女性だった。艦橋の真ん中に座っていたから、恐らくは艦長や艦隊司令とかの、高官だと思う」

「なーんだ。男性じゃないんですか、つまんないの」

 

 

何故か一気に興味を失った来栖に対して、鼻息を荒くしたのは坂巻だった。

 

 

「つまんないってなんだ、つまんないって。なぁなぁ、北野。どんなんだった? 美人か?」

「え、ええ。美人でした、とても」

「マジか! 年齢は? スタイルは? 芸能人だと誰に似てる!?」

「な、なんですか坂巻さん。随分食いついてきますね!?」

「当ったり前だろ! 異星人の女性は美人さんが多いからな、一度はその美貌を拝見したいと思うのは男として当然じゃないか!」

「…………」

 

 

坂巻が、拳を握りしめて力説する。

どうやら、この男は私とは違う方向で生存者に興味津々のようだった。

艤装委員長として艦長としてここ数ヶ月彼らを一段高いところから観察してきたが、どうにも坂巻という男は性格が軽くて、落ち着かずによく騒いでいる。

一方の南部は、眉を顰めて坂巻を睨んでいる。

 

 

「異星人は美人が多いなんて、そんな話聞いたことないですよ?」

「バカ、お前だって知ってるだろ? イスカンダルのスターシャとか、テレザート星のテレサとか、シャルバート星のルダ王女とか!」

「いや、僕はスターシャしか見たことないですが―――――――――――――――――――――――――――――そうだ、やっぱりそうだよ、間違いない!」

 

 

突然に立ち上がる北野。流石に見過ごすことはできない。

 

 

「席に座れ、航海長。操舵棹から手を離す奴があるか」

 

 

サングラス越しに睨むと、北野は慌てて頭を引っ込めるが、

 

 

「いや艦長、それより大変なんです! あの生存者、そっくりなんです!!」

「何がだ。それは、そんなに重要なことか」

 

 

重要ですよ、と北野は私をまっすぐに見据えて、

 

 

「私が救助した生存者、イスカンダルのスターシャにそっくりなんですよ。戦艦の名前といい、生存者の姿形といい、あの女性はスターシャに間違いありません!!」

 

 

皆の視線が、北野に集中する。

唯一、スターシャと会ったことがあるという南部が驚愕した顔のまま問いただす。

 

 

「待て、北野。スターシャは、イスカンダル星は俺たちの目の前で爆発したんだぞ。確かに戦艦の名前がアレだからそう考えるのも無理ないが、それは話が飛びすぎじゃないのか?」

「ええ、僕もそう思って、だから最初はあまり気にしていなかったんです。だから、よくよく考えて、でもやっぱり間違いありません。あれは、スターシャです!」

 

 

北野はなおも熱弁を振るう。

なおもなだめる南部と北野が論争になりそうになったところに、

 

 

《ほう? 貴様ら、イスカンダルを知っているというのか。これはなかなか、面白い人間共に助けられたものよ》

 

 

医師の格好をした男が、一匹の黒猫を肩に乗せて入ってきたのだった。

 

 

 

 

 

 

《貴様ら、イスカンダルの何を知っている? 何故、こんな辺境の星の人間が偉大なるイスカンダルの名を知っているのだ?》

 

 

左耳の至近距離から、やけに落ち着いた声が聞こえる。

肩の上に乗っている黒猫が、勿体ぶった口振りで語りかけているのだ。

ポカンと口を開けて唖然としている、第一艦橋の方々。

まぁそうだろうなと、柏木は内心で思う。

いきなり猫を肩に乗っけたクルーが現れて、ましてや猫が上から目線で喋りだしたら、誰だって呆然とするだろう。柏木自身、何故自分がこんなことになっているのか分からないのだ。

 

 

「……それは私のほうが聞きたい。君達は何者だ? いやそもそも、何故猫が喋っている?」

 

 

すごいよ艦長。この状況で、よくもまぁ思考停止しないでいられるもんだ。

医務室でこいつが喋りだしたときは、上を下への大騒ぎだったもんなぁ。

ま、「何故猫が喋っている」と聞いている時点で、艦長も動揺しているみたいだけど。

 

 

《……そうだな。まずはこちらが名乗るべきであろう。我輩の名はブーケ。惑星アレックスを統べる王族に代々仕える、侍従猫だ。貴様らの星では猫は喋らないのか?》

「いや、申し訳ないがアレックスという星は寡聞にして知らない。それと、我らの星では猫は喋らない」

 

 

そうか、と残念そうにうなだれる黒猫改めブーケ。

そんな一人と一匹のやりとりを、柏木は渋い表情になるのをこらえて静観していた。

「猫のくせに苗字を持っているのか」とか「侍従猫って何だ」とか誰もが抱く疑問はもちろんのこと、異星人同士で普通に会話が成立していることに驚いていた。

ちなみに、いきなり話しかけられたのに会話ができているのは、ブーケが首につけている翻訳機を通して喋っているからだ。

翻訳機は本来、人間の首にチョーカーのようにつけるものなのだが、猫がつけるとどうみてもブカブカな首輪にしか見えない。

 

 

《この人間から、状況は少し聞いている。我輩と主を助けていただいたことに感謝する》

 

 

鼻先で柏木の顔を指したあと、頭を垂れて謝意を表す化け猫。

ブーケのいう「この人間」とは、自分のことだ。

医務室から艦橋に来るまでの間に、僕はこの御猫様に散々に質問攻めにされたのだ。

状況説明だけならばまだいいのだが、目についたもの全てに「あれは何だ」「これは何だ」「これはどうなっている」って聞いてきて、お前はスパイか!……と内心叫んでいたのだが、もはやそんな気も失せた。

 

 

「礼には及ばない。それよりも、我々は君達が乗ってきた艦を守ることができなかった。申し訳ない」

 

 

艦長の謝罪に仕方あるまい、とブーケは呟く。

 

 

《我々が乗っていた艦は長い逃亡の果てにボロボロに傷つき、もはや手の施しようがない状態だった。どちらにせよ、近いうちに沈む運命だったのだ。だから、王女殿下を救っていただいただけでも、我輩は感謝している》

 

 

艦長にまっすぐ視線を向けたブーケの態度は動物というより人間、それも為政者のそれだった。

猫でありながら、さながら王侯貴族のような気高さを持っているのだ。

ブーケの言を信じるならば、本当に王宮なんかで暮らしていたのかもしれない。

フケも虱もいないようだし、相当な厚遇だったのだろうか。

 

 

「そろそろ本題に入ろう。我々は、互いの事をよく知る必要がある。本来ならば王女殿下から話を伺うべきだろうがまだ意識が戻られていないから、まずは君から話を聞こう。……自己紹介が遅れたな、私は地球防衛軍所属、宇宙空母『シナノ』艦長の芹沢秀一だ」

《アレクシア家第三王女サンディ・アレクシアが侍従猫、ブーケ・アレクシアだ。しばらくの間厄介になるが、主ともどもよろしく頼む》

 

 

どうやら、放浪の姫様とお付きの猫様は、当分の間この船に居座るつもりのようだ。

二人の会話を一言一句漏らさず聴きながら、柏木の頭は高速で思考を回転させ始めた。

 

 

 

 

 

 

15時10分   『シナノ』艦長室

 

 

所変わって、ここは艦長室。

文字通り艦長専用の部屋で、艦橋の最上階にある。大和型水上戦艦では主砲射撃指揮所があった場所だ。

六畳ほどの狭い部屋だが、左右前面がガラス張りになっていて、周囲の様子を肉眼でよく見渡すことが出来る。

太陽の光をいっぱい取り込める、まさに優良物件。

ここから夕焼けを見たらさぞかし美しいのだろう。

 

現在この部屋に居るのは、薄めのサングラスをかけた艦長一人にしがない医師一人、そして高貴な生まれ育ちの黒猫一匹。

大事な話を艦橋でするのも、という艦長の判断で応接室も兼ねているここにやって来たのだ。

ちなみに、2人の会話はこっそり録音の上で第一艦橋に流されている。

 

芹沢艦長の視線はテーブルではなく、柏木の右肩に。

目の前に立派なテーブルがあるというのに、お猫様は変わらず僕の肩に御鎮座坐し坐しいる。

ぐらぐら不安定な肩に乗っているよりもテーブルに座った方が猫も落ち着いて話せるし、柏木としても仕事に戻れて楽なのだが、何故かブーケは一度乗った肩から下りようとしなかった。

しかもこの黒猫、見た目の大きさの割に体重があるようで、右肩が非常に重い。

もしもブーケが人間の姿だったら、チビで白髭ででっぷりした、物語などで黒幕として登場しそうな宰相の姿をしていそうだ。

 

 

「なんと、さんかく座銀河か……! ここからだと260万光年の果てじゃないか。そんな遠くからわざわざここまで来られたというのか?」

《何十回も無差別ワープを繰り返した結果の偶然ではあるが。私も、天の川銀河などという最果てに来ているとは思わなかった》

「……して、事情を話していただけますかな? 何故貴方の艦はガトランティス帝国に追われていたのか、何故貴方たちはイスカンダルと共通点が多いのか」

 

 

柏木が鉄面皮の裏でいろいろ考えている間にも、一人と一匹の会談は進んでいる。

 

 

《我々は、イスカンダルに救援を求めに来たのだ》

「救援? イスカンダルに!?」

《そうだ。我がアレックス王国は、20年前に突如現れたガトランティス帝国と長年に渡って星間戦争を続けてきた。しかし、奮戦むなしく次第に戦線は押され、ついにはアレックス星がある太陽系にまで敵が迫ってきた。そこで我々が、イスカンダルへ救援要請の大使として派遣されたのだ》

「その途中で奴らに見つかり、追撃を受けていたというわけか。しかし、何故はるばるイスカンダルに? 他にも星間国家はそれこそ星の数ほどあるでしょうに」

《勿論、要請した。我がアレックス王国と近隣の太陽系にあるダイサング帝国、プットゥール連邦とで同盟を組み、防衛線を構築した。しかし、8年前にはプットゥール連邦が崩壊し、5年前にはダイサング帝国も星ごと破壊された……》

「ガトランティス帝国の攻勢に耐えきれなくなり、救援を求めたということですか。しかし、アレックスとイスカンダルの関係は?」

 

 

アレックス星があるというさんかく座銀河は、天の川銀河から260万光年。イスカンダルがあった大マゼラン星雲が14万8000光年だから、240万光年の超長距離航行だ。そんなはるか遠くの星に助けを求めるならば、よほど強い縁があるのだろうか。

 

 

《我々の星の建国神話によると、アレックス星人はイスカンダル星人の末裔らしい》

「なんだと!? イスカンダル人の末裔!?」

 

 

サングラスの向うの艦長の眼が、これでもかというくらいに見開いた。

驚くのはいいけど、傍観者としては恐くて仕方がない。

 

 

《そうだ。神話によると遥か遠い昔、高度な文明を以て栄えていたイスカンダル人は、新天地を求めて様々な星へ大量の移民船団を送ったという。そのうちの一団がさんかく座銀河のある星に辿り着き、新たな国を開いた。それが、アレックス王国とアレックス星人の始まりらしい》

「……それでは、戦艦の名前になっていた『スターシャ』というのは?」

《アレックス王国を治めるアレクシア家の遠つ御祖であり、国民にとっては信仰の対象となっている、イスカンダルの王の名だ。》

「祖先神……つまり、アレクシア家はスターシャの遠い親戚にあたるということか。なるほど、それなら北野の言う事も納得できなくもないな……」

 

 

そう言ったきり、艦長は顎髭を頻りに撫ぜながら押し黙る。

きっと、艦長の頭の中ではいろんな思考が駆け巡っているのだろう。

それはきっと、政治的だとか軍機とかそういった、軍人らしからぬものなのだ。

 

 

「随分と御国の歴史に詳しいのですね」

 

 

艦長が長考に入ってしまったのを観て、柏木は場繋ぎとして黒猫様にあたりさわりないことを尋ねた。

 

 

《猫と思って侮るなよ小童、これでも貴様よりは倍近く歳を重ねておるわい。それに、王女殿下の侍従猫ならばこれくらいのことは知っていて当然だ》

 

 

我輩の家系はアレックス王国建国の初めから代々侍従猫を勤めてきた由緒ある家柄なのだ、と眼前の老猫は自慢げに言う。

ちっこい動物までにこわっぱと格下扱いされた柏木は、心の中で涙を流した。

 

 

「先程第三王女と言っていましたが、他の王族の方々は何をしていらっしゃるので?」

 

 

《今上王陛下には5人の御子がおられてな。王太子殿下をはじめ王族方はそれぞれの立場で防衛軍を指揮しておられる。そこで、唯一未成年で特定の役目を負っておられないサンディ殿下が、大使として選ばれたのだ。……おいセリザワ、何を黙っておる。さっきから我輩しか喋っていないではないか。貴公らの星のことも話せ。そうだ、そもそも何故貴公らがイスカンダルの名を知っている?》

「あ?あぁ、そうですな。では、こちらも話しましょうか。まず、我々にとってイスカンダルのスターシャは、まさに命の恩人です。彼女が救いの手を差し伸べてくれなかったら、我々はとうの昔に滅びていた」

 

 

その瞬間、黒猫様が雷に打たれたかのように勢いよく立ち上がる。直立すると毛を逆立てて「ニャアアアァ!!!」、と唸り声をあげる。

脂汗を滲ませて痛い痛いと唇の動きだけで悲鳴をあげる柏木は、今日一番の不幸に見舞われていた。

 

 

「ん? 何か、私が変なことを言ってしまいましたかな?」

 

 

ひきつった愛想笑いの表情のまま、非礼がないか尋ねる艦長。

 

 

《フゥゥゥウウウ―――!! ………………………………お? あ、し、失礼。イスカンダルが実在すると聞いて、ついつい興奮して地が出てしまったようだ》

 

 

恥ずかしげに顔を前足で洗いながら弁明するブーケ。

侍従だとかなんとか言っても、やっぱり地は猫なのだ。

 

 

「実在、ですか? その言い方では、まるで貴方達が実在しているか分からないものを目指して旅してきたような言い方ですな」

《何せ神話の時代の話だ、あまりにも遠過ぎて実在を確かめる術も無かった。それに、我輩は今回の救援の話は半分口実だと思っていたのでな》

「口実……? ブーケ殿、それはどういうことですかな?」

《ん? んん、まぁその話はもういい、杞憂に終わった事だ。それよりもセリザワ、ぜひともお聞かせ願いたい。我々の目的地であるイスカンダル星は、どこにある? 貴方達が知っているという事は、ここから近いのか?》

 

 

何と言っていいか分からず、言い淀む艦長。

喜色満面のブーケに対し、こちらは何ともいえない複雑な表情だ。

これだけ嬉しそうな顔をしているブーケに、真実を告げるのが心苦しいのだろう。

しかし、逡巡を飲み込むように一度俯いた後、艦長は賢しき老猫を真っすぐに見据えた。

 

 

「ブーケ殿、落ち着いて聞いてほしい。君達が探している星は、惑星イスカンダルは……、6年前に消滅した。女王スターシャもまた、星と運命をともに……」

 




もともと一人称だったものを三人称に直しているので、文章に違和感があるかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話

ここからしばらく、一人称の記述があります。
今までの作風とは一転して文章が軽く思われるかもしれませんが、私の力不足ゆえです。どうかお付き合いくださいませ。


2207年 10月5日 14時20分 『シナノ』第一艦橋

 

 

『《……そうか。我々が星を発つ前に、既にイスカンダルは無くなっていたのか。……なら、我々の旅は、何だったのだろうな》』

 

 

ブーケが自嘲する声が、スピーカーから聞こえてくる。

 

 

『《それに、よもや軍はおろか女王以外に皆死に絶えていたとは思わなかった。万が一崩壊前に辿りつけても、援軍など望むべくもなかったというわけだ。……ハハ、なんとも滑稽な話じゃないか》』

 

 

『「…………」』

 

 

事情をすべて話した艦長はかける言葉もなく、無言を貫く。

その一部始終を、第一艦橋の面々は黙って聞いている。

訪れた沈黙を破ったのは、この中で唯一サンディ王女を見てきた男の呟きだった。

 

 

「まさか、スターシャさんの遠い親戚だったとは……道理で似ているわけだ」

「しかし、あの猫さんがいう事が本当なら、神話の時代に分かれた分家ですよね? そこまで似ているものなんですか?」

 

 

そう疑問を呈するのは、スターシャを直接見たことがある北野と、同意する来栖。

 

 

「うーん、そうですよね。神話がいつからなのか分かりませんけど、何百世代も経っているはずですし」

「……真田さんがいれば、多少は推測ができるんだがな」

 

 

南部は、頼りになる天才の顔を思い出す。

ヤマト技師長、真田志郎。

星の海を旅する上で、常に冷静な判断と的確な分析を以てヤマトを窮地から救い続けてきた、艦のもうひとつの頭脳。ヤマト旧乗組員が信頼を寄せる仲間の一人。

彼が今、この場に居ない事が悔まれた。

 

 

「それにしても、さんかく座銀河からわざわざこんな所までやってくるなんて、おかしくありませんの? いくら実在するといっても彼らの神話の中に登場してくるような星を、わざわざ探しに来るなんて……」

「……もしかしたら、救援の要請っていうのは嘘なんじゃないか?」

「どういうことですか、藤本さん?」

 

 

葦津の疑問に、メインパネルから視線を外した技師長は腕を組んでため息を漏らす。

 

 

「あのブーケって猫の話の中で、イスカンダルの実在を疑っていたような発言があっただろう。つまりは、彼女たち自身でさえ、イスカンダルが実在するとは信じられていなかった訳だ。それなら、何故あるかどうかも分からない星に、わざわざ王族の人間を派遣する?」

「そうですわ。王族の一人を当てのない旅に出すなんて、確かに博打に過ぎる話ですわ。……でも、それなら尚更理由が分からなくなってしまいますわね」

 

 

葦津の言葉に、皆が頷いて同意する。

そもそも、王女が乗った艦で単艦敵中突破するなんて、無謀どころの話じゃない。

そういえば、ガミラス戦役のときもスターシャはわざわざ妹を地球に派遣してきていた。

テレサのように通信を用いるではなく、直接人を派遣する。そういうお国柄なのか?

 

 

「……避難、もしくは亡命じゃねぇかな?」

「わ、私も坂巻さんと同じ意見です。もしかしたら、あの艦は、サンディ王女を逃がすためのものなんじゃないでしょうか?」

 

 

坂巻が中空を睨んで考えをひねり出す。おずおずと同意する舘花。

ま、二人の推測が一番無難だろうな。

藤本さんもそれに首肯して、

 

 

「ブーケの物言いからすると、救援要請の大使なんていうのは建前で、単にサンディ王女を亡命させるためにやってきたと考えるのが一番矛盾がない」

「そ、そんな……星を、国民を見捨てて、保身の為にここまでやってきたというんですか、彼らは!?」

「落ち着け、舘花。すべてはただの推測でしかない。王女本人から話を聞かないと、本当のところは分からないだろう?」

「……これから彼女達、どうなるんでしょうか?」

「すぐに放り出すということはないだろう」

 

 

藤本さんは自分の席に戻りながら、来栖に答えた。促されるように自分たちも席へと戻る。

 

 

「相手は250万光年先なんていう、俺達の想像もつかないような遠方から来たんだ。俺達が知らない情報はいっぱい持っているだろう。今のところ敵対の意志も無いようだし、無碍に帰すこともできないさ。何より、ガトランティス帝国のこともある」

 

 

南部と藤本さんは、ズォーダー大帝が乗っている大戦艦がテレサと共に爆沈した現場をこの目でみている。

あれから7年、とうの昔に皆の頭から彼らの存在は消え失せていた。

しかし、いまだにガトランティス帝国は確かに存在していて、地球人の知らないところで暴虐な振る舞いを続けている。

しかも、どうやらズォーダーが戦死したことも、討ったのが俺達地球人やテレサであることも知らないようだ。

 

地球の周辺で、また何かが起こっている。

いや正確には戦乱がこちらに近づいてきている。

 

 

「真田さんがいればなぁ……」

 

 

おもわず出た独り言は、幸いにも誰にも聞かれることはなかった。

 

 

 

 

 

 

同刻同場所 『シナノ』医務室

 

 

時刻は、戦場の喧騒も収まったお八つ時。

柳瀬あかねは今、艦内烹炊所、いわゆる『シナノ食堂』から医務室へと向かっている。

コスモクリーナーEのテストもひと段落し、休憩しに行ったところを坂井さんに頼まれたのだ。

押しているカーゴには、何やら豪勢なお食事と普通のお弁当、そして消化の良い病院食。お弁当は医療班の人たちのお昼ご飯だし、病院食を医務室に運ぶのは分かるけど、このフランス料理フルコースは何なのだろうか?

坂井さんは「まさか軍艦の中でフレンチシェフとしての腕をふるう事が出来るとは!」と柄にもなく感極まって泣いていたが、要領を得なかった。

 

殆ど人のいない廊下を、オートウォークに乗って移動する。

動く歩道のモーター音だけが、狭い廊下に響く。

先程まで命のやり取りをしていたのが嘘のような、不気味な静けさ。

つい2時間前までは、ひっきりなしに弾が当たる衝撃音が壁越しに工作室に轟いていた。

その音に耳が麻痺してしまった所為だろうか。今は何の音もしない方が、生きている実感が得られなくて不安に駆られてしまう。

 

歩きながら周囲を見渡すと、乳灰色の壁の所々に塗装が剥がれたり艦体の軋みによってひび割れた部分がちらほらと見受けられる。

よっぽど手ひどいダメージを受けたのだろう。

 

―――確かこの船って、恭介が設計に関わっているんだっけ。

なんか、あの時に私が聞いた言葉がヒントになったとか言っていたけど……ならば、この船はある意味私がいなければ出来なかったってことね。

ということは、この船は私と恭介の――――――やだ、なんか変な気分になってきちゃった。

 

脱線する思考を抱えつつ、あかねはオートウォークのメインストリートを外れて医務室へ。

 

 

「………………ん?」

 

 

自動ドアを開けた瞬間、何か違和感を感じた。

全身の毛がそば立つような、周囲の空気が自分と反発しているような疎外感。

不思議に思いつつも一歩踏み出して中に入ると、違和感は確信を持つ。

医務室の外と中で、明らかに空気―――雰囲気と言った方がいいかしら―――が違う。

今も怪我人の治療が続いているのだろうか?

重症患者の手術が続いているのならば、奥の術室のみならず医務室の空気がピリピリしていてもおかしくない。

 

 

「こんにちは……。お食事を持ってきましたけど?」

「ん? おお、ようやく昼飯が来たか」

「あー、ようやく飯が食える」

「そろそろ昼飯、ていうときに戦闘が始まったからな」

「私、お茶取りかえてきますね」

「んじゃ俺は、台拭きを濡らしてくるか」

 

 

恐る恐る顔を出すと、和室に上がってちゃぶ台を囲っていた白衣の人達が迎えてくれた。

どうみても手術中じゃない、むしろ完全に寛いでる。

ということは、もう怪我人の治療は済んだのだろうか。

でも、さっきから感じている変な感触はまだある。

一体、何なのだろうか。

 

 

「えーっと、こちらのお弁当が皆さんの分で、こちらの病院食が患者さんの分です。コース料理はどなたですか?」

「ああ、そいつはワシのじゃ。芹沢のヤツ、本当にうまいもんを持ってきてくれるとはありがたいのう」

『ハァッ!?』

 

 

医療班長と思わしき老人の一言に、場が固まる。

その場にいた若い医師が、口々に老人へ食ってかかった。

 

 

「待ってくださいよ! 何で俺たちが普通の戦闘食でじいさんがフランス料理なんですか!?」

「当たり前じゃ、お主らはまだ仕事が残っておるじゃろうに! ワシはもう終わったからいいんじゃい!」

「残りの仕事全部押し付ける気ですか!? ていうかそれにしても贅沢過ぎでしょ!」

「なんで来賓でもないのにこんな高級料理が出てくるんですか!」

「フフン、艦長の許可を得ているから問題などないわ!」

 

 

そういいながら、カーゴから次々とお皿を取り出していく老人。

コース料理だから給仕もさせられるのかと一瞬思ったけど、どうやらそれはやらなくて良いみたいだ。

 

 

「あ、赤ワインもついてる! 仁さんお酒飲まないでしょ! もらっていいですよね!」

「こちとら弁当なんだ、酒くらい飲まないとやってられっか!」

「コラ、仕事中に酒を飲むやつがあるか! それは後で酒保に行って他の食いモンと交換するんじゃ!」

『黙れクソジジイ!!!!』

「ていうか酒保って言い方も古いぞ!」

「……ええ、と」

 

 

目の前で繰り広げられる罵詈雑言の応酬に、ついていけないあかねは早々に退散することにした。

患者たちのご飯は医療班の看護師が配膳してくれるだろうし、もう帰っても構わないだろう。

工作室に帰る前に坂井さんに報告しておかなきゃ、と思いつつ出口へと振り返る。

 

 

そのとき、部屋の一番の奥にあるカーテンが視界に入った。

 

 

ドクン、と。

 

 

何かが響いた気が来た。

 

違和感が私の中に入り込んでいくような錯覚。

私の中の何かが違和感と接触し、混じり合う。

それはまるで、遠い記憶を思い出したかのように、自然と受け入れられていく。

 

視線の先に何かがいると、あかねは何の根拠もなく確信した。

出口を向いていた体を向き直し、誘われるように視線の奥へ進む。

 

 

―――――――――ドクン

 

 

磁石が引かれあうように、恋人が惹かれあうように。

それが当然とばかりに、数ある病床を無視して一番奥のカーテンへ。

普通ならば、わざわざ閉まっているカーテンを覗くなんて非常識なことは考えないだろう。

 

 

――――――ドクン

 

 

周囲の患者が看護師から昼食を受け取りつつ談笑している中、クリーム色の遮光カーテンの向こうは、不気味なほどに沈黙を保っている。

いや、違う。モーターの駆動音のような、なにか機械が稼働している音が僅かに聞き取れる。

タイルを踏む足音がやけに耳につく。吐息が、衣擦れの音が、心臓の鼓動さえもが医務室中に響いているんじゃないかと気になって仕方ない。

自分ではひどく大きな音に聞こえるが、誰に気付いていない。

 

 

―――――ドクン―――――ドクン

 

 

誰にも咎められることの無いまま、あっさりとカーテンの前に辿り着いた。無造作な手つきで、あかねはカーテンの内側へと滑りこむ。

 

 

――――ドクン――――ドクン

 

 

そこにあるのは、細長い鋼鉄製の卵。

壁際にはいくつもの機械が並び、それぞれコードやチューブが互いを結んでいる。

 

 

人工の子宮

 

 

そんな化柄にもない事を考えてしまうほど、それは異質な存在だった。

 

 

――――ドクン――――ドクン――――ドクン

 

 

稼働しているという事は、中には負傷者が収容されているという事。

しかし、今回の戦闘では重傷者はいるものの医療ポッドに入らなければいけないような負傷者はいなかったと聞いている。

 

 

―――ドクン―――ドクン―――ドクン

 

 

あかねはポッドの前に立った。

本来、ポッドの蓋は透明になっていて中が見えるはずだが、今は電圧をかけて焦げ茶色の遮光ガラスになっている。

さっきから感じている違和感は限界まで濃厚になっていて、甘ったるい空気と化していた。

違和感の発生源は、この中に間違いない。

この異様な雰囲気に、今まで誰も気づかなかったのだろうか。

 

 

――ドクン――ドクン――ドクン――ドクン

 

 

憑かれたように手が伸び、ポッドの制御装置を操作。

蓋の遮光モードをオフに。

駆動音が少し小さくなり、蓋が徐徐に色身を失い、中身が輪郭を現していく。

 

 

―ドクン―ドクン―ドクン―ドクン

 

 

ポッドの中が、私を惹きつける。

医療用ポッドだから、中に入っているのは人間のはず。

ならば、私は誰かに魅かれているってことなのか。

そんなことはない。

私が好きなのは恭介。

それだけは間違いない。

第一、会ったことも無い人に魅かれるなんてことがありえる?

 

それじゃ、この衝動はなに?

眼前の容器の中にいる人の姿を確かめたいというどうしようもないこの気持ちは、恋以外に説明がつくだろうか?

 

 

ドクンドクンドクンドクンドクン

 

 

やがて色が落ち、完全に透明になったポッド。

いきなり全てを観るのは怖くて、緊張に唾を飲み込みながら足元からゆっくりと興味の対象を観察する。

細身の体に、ボディラインにフィットしたドレス。

どう見ても女性だ。

 

私ったら、女性に惹かれていたってことなのかしら?

そっちのケは全く無いはずなんだけど。

 

手足に巻かれた白い包帯と真っ赤なロングドレスのコントラストが、何故か異様に煽情的に映る。

細い四肢はまるで痩せこけているようにも見えるが、肌が荒れていないところをみると、もともと身体に肉がつかないタイプ?

 

若い。二十代だろうか?

 

視線を上げていく。

胸は――――――私より少し小さいくらい。

心の中で小さくガッツポーズ。

アクセサリーの類を一切付けていない首元。

治療の際に外されたのかしら?

さらに視線をあげて顔を見て……

彼女と、目が合った。

 

 

「――――――!!!」

 

 

刹那、私は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

同場所 14時55分

 

 

あかねが倒れたと連絡を受けた恭介は、制止する冨士野先輩を振り切って医務室へと駆けつけた。

 

 

ドタドタドタ!

ガラガラ、バタン!

 

 

「なんじゃなんじゃ!? 敵襲か?」

「先生、あかねの容態は!?」

「なんじゃ、噂の簗瀬兄か。安心せい、ただの貧血じゃ。それと医務室内で騒ぐんじゃない、バカモンが」

「うっ……スミマセン」

「配膳から戻る途中に突然倒れての。頭は打っていないようじゃから大丈夫じゃろ。今はベッドで休んでいる。奥から二番目じゃ、顔を見てこい」

「ありがとうございます」

 

 

礼もそこそこに、恭介はあかねのベッドへ急ぐ。

薄いベージュ色の遮光カーテンを少しめくって、こっそりと中をのぞいた。

 

 

「あかね……なんだ、寝てるのか」

 

 

起きていないことに少しがっかりするが、落ち着いた寝顔をしていて一安心する。

改めてカーテンを開いて、中へ入った。

 

 

「よかった、戦闘で負傷したんじゃないかと思って心配したんだぞ?」

 

 

丸椅子に座って、大事な妹の顔を改めてマジマジと見る。

寝かせる際に看護師が髪ゴムを取ったのだろう、ポニーテールが下ろされて薄いピンク色の輪っかが脇のテーブルの上に置かれていた。

髪を下ろした姿を見て、一年半前のあの夜を思い出す。

 

 

「いつ以来だろうな、こうやってあかねの寝顔を見るのは」

 

 

思い出すのは、10年以上も前の記憶。

退院しても身寄りのない俺が、簗瀬家に引き取られた頃。

出会ったころのあかねは人見知りなところがあって、話しかけてもモジモジするだけであまり会話はなかった。

それは由紀子さんも承知していたらしく、あかねを嗜めることも促すようなこともしなかった。

おかげで、恭介はあかねに懐いてもらおうと必死になって、無理やり話を振っては玉砕する毎日だったのだ。

結局、その殆どが無駄に終わったのだが。

 

事態が変わり始めたのは、一緒に住み始めてから半年ほど経ったとき。

その日は、由紀子さんが仕事の都合で徹夜することが分かっていた。

気まずいながらもあかねと俺は一緒にご飯(無論、当時は配給品だった)を食べて、なんとか会話をひねり出して時間を稼いだ。

そして心労でヘトヘトになった俺はいつもよりも大分早く風呂に入り(当時はまだシャワーは出ていた)、二段ベッドの上の段にある自分の布団に潜り込んだ。

早く寝すぎた俺は、当然のように夜中に一度目が覚める。

すると、二段ベッドの下の段で寝ているはずのあかねが、落下防止用の柵越しに俺の顔をじっと見ていたんだ。

そうそう、あの時は黙って寝顔を観察されていた恐怖よりも、いつものあかねと全く様子が違っていることにものすごく動揺したのを覚えてる。

怖いのを押しこらえて何かを訴えようとして、でも委縮してしまって言えない表情。

なんとか促して話を聞き出せば、いつもは由紀子さんと一緒に寝ているとのこと。

で、その日は由紀子さんがいないから、代わりに俺が御指名を受けたって訳だ。

話を聞いて、もう10歳になるのに随分と甘えん坊なんだなと呆れながらも俺はベッドにあかねを迎え入れた。

大人になった今ならアレコレ妄想してしまうんだろうが、その頃の俺は残念ながら子供だった。

「仲良くなる切っ掛けになればいいや」くらいの軽い気持ちで、承諾していたのだ。

あかねの分のスペースを開けて、二人でベッドに並んで入る。

お互い背を向けてはいたし、触れている場所もなかったが、狭い布団の中、狭いパジャマ越しにあかねの体温が伝わってきていた。

 

……クソ、これだけの据え膳なチャンスで何故手を出さなかったんだ11歳の俺!

いや、出したら出したで問題あるし由紀子さんに〇されていたんだろう。

 

ていうか、それよりもあの時印象に残っているのは、そんなことじゃなかったしな。

 

 

………………お父さん…………

 

 

枕元から聞こえてきた、か細い寝言。

布団に入って早々に寝息を立てたあかねに、諦めて寝ようかと瞼を閉じた直後に聞こえた、あかねの声。

そっと首だけで振り返ると、閉じられた瞼の端から涙が流れたのが暗がりでもわかった。

 

そのとき、俺は理解したんだ。

あの日、俺と同じようにあかねも心に傷を負っていたことを。

家族を失った俺は由紀子さんとあかねに救われたけど、父を失ったあかねはいまだに苦しんでいる。

その傷を埋めるために、いつもは由紀子さんと一緒に寝ていたんだろう。

きっと、今も夢の中で父を見ては泣いているに違いない。

普段の人見知りなところも、それが原因かもしれない。

 

 

「思えば、あれが最初なのかもしれないな……」

 

 

守りたいと思った。

悲しい過去に震える、背中越しに泣いている小さい女の子を。

慰めてあげたい。

彼女の悲しみを一緒に背負ってあげたい。

こんな可愛い子が、こんなに打たれ弱い子が、いつまでも抜けない棘に苦しみ続けるなんて間違っている。

由紀子さんは、独りぼっちになった俺を救ってくれた。

ならばきっと、今度は俺がこの子を救う番なんだ。

「由紀子さんの娘」ではなく、「一人の女の子」としてあかねと向き合おうと思ったのは、このときが最初だったんだ。

 

それから10年の月日が経った。

あのとき俺のベッドで寝ていた気弱なあかねと、今目の前で寝ている快活なあかねは、まるで別人のようだ。

それでも、守りたい存在であることには変わらない。

俺の気持ちはあのときと少し変わってしまったけれど、やるべきことは10年前と何一つ変わらない。

 

俺は、あかねを守る。

可愛い妹として。

大好きな女の子として。

 

自分の気持ちを再確認すると、彼女への愛おしい気持ちが溢れてくる。

彼女の存在を味わいたくて、彼女を起こしてしまわないようにそっと左手を伸ばし、顔にかかっていた前髪を静かに払った。

そのまま指で髪を掬って、耳元へ指先を滑らせる。

墨を染み込ませたような美しい黒髪に人差し指と中指を沈めて、優しく梳く。

指を毛先へ進めると、髪が波打って光沢が綾波のように輝く。

指を抜いて、今度は頭を撫でてやる。

昔から、あかねが眠れないときにはこうやって宥めていたものだ。

これもまた、指先の感覚が気持ちいい。

 

 

「――――――あれ?」

 

 

そのときになって、恭介はようやく気づいた。

あかねの前髪、その生え際の一部が白っぽく変化していることを。

両人差し指で髪を掻き分け、顔を近づけて確認する。白というよりも、金髪っぽい。

 

 

「…………え? まさか? ウソ? マジ?」

 

 

思わず絶句する。

全身の血が凍るような思いがした。

――――――もしかして、染めてる?

金髪に脱色したのを、黒に染めて誤魔化している?

 

 

「Nooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」

 

 

「キャッ!」

「きゃあああ! な、なに!?」

 

 

恭介は頭を抱えてのけぞって絶叫する。

あかねが!

あかねが不良になっちゃった!!

 

 

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

よりにもよって綺麗な黒髪がチャームポイントなあかねが、自分の長所を駄目にするような真似をするなんて!

何故だ!

何故金髪なんかにしてしまったんだ!

俺がいない間にあかねに一体どんな心境の変化があったんだ!?

―――――ハッ、そうか、分かったぞ!

男か!

悪い男に唆されて不良の道に走ってしまったのか!

誰だ!ゼミ生の誰かなのか!

金髪の彼氏の真似でもしたのか、ならば犯人はブロンド髪のゼミ生だな!!

 

 

「おのれ誰だか知らねぇが今すぐハラワタをブチまけ「何変なコト言ってるのよバカ恭介―――!!」おぶぽぁ!?」

 

 

罵声とともに俺の体が空中に吹っ飛ぶ。

 

ズシャアッ!

 

恭介の体は、スローモーションで医務室の床に仰向けに沈みこんだ。

 

 

「…………痛いぞあかね」

 

 

首だけを曲げてベッドをみると、右腕を振り抜いたまま真っ赤な顔をしているあかねがいた。

 

 

「アンタが不良だの彼氏の唆されただの、無いこと無いこと言うからでしょ!?」

「心の中を読んで怒るのは反則じゃなかろうか?」

 

 

どげし!

今度は両脛に踵落としを食らった。

 

 

「…………とっても痛いぞあかね」

「うっさい! 全部自分で呟いてたわよ!!」

 

 

名前の通りの色をした顔をして仁王立ちするあかね。

どうやら全部口にしていたようだ。

しかし、こうやってローアングルで見上げると宇宙戦士の制服を着ているからボディラインが強調されて控えめな胸にも影ができてそれなりに踵膝股関節が同時に極まって痛い――――――!!??

 

 

「だ・か・ら! 全部口にしてるって―――の!!」

 

 

ギリギリギリ!

 

 

「なんでお前が逆エビ固めなんて知ってるんだ、そうか彼氏に教わったんだろ! 兄ちゃんは許さんぞイデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデ!」

「だから、違うって言ってるでしょ―――――――――――!!!」

「ギャ―――――ッ! ギブ! ギブギブ!!」

 

 

グギギギギ!

バンバンバン!!

シャァッ!

 

 

「ちょっと、五月蠅いですわよ! 静かに眠れないじゃありませんの!!」

 

 

突然、目の前のカーテンが開かれる。

 

 

「へ?」

「誰?」

 

 

そこには、先程のあかねと同じポーズで立つドレス姿の金髪美人。

――――――これが、俺達兄妹とサンディ・アレクシアの邂逅であり、運命が変わった瞬間であった。




サンディ・アレクシアのキャライメージは某ツインテールのあかいあくま。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話

高島政伸主演のテレビドラマ『ホテル』は今も心に残る名ドラマ。
この前振りでネタがわかる人はどれぐらいいるのかなぁ。


2207年 10月5日 15時00分 『シナノ』医務室

 

 

姉さん、久々に事件です。

 

いま俺の前に、金髪美人が仁王立ちしています。

 

親父、見てるか?

 

俺の隣には、ついさっきまで逆エビ固めをしていた妹(的存在)がいるんだぜ?

 

母さん、信じられるか?

 

何でか知らないけど、俺は二人の美人に(言葉で)責められているんだ。

何より信じられないのは、初めて会ったはずの二人が、言語も通じてないのにまるでタッグを組んだかのように交互に俺をなじってくる事なんだけどな。

 

 

「ちょっと恭介、この人誰よ?私こんな美人が隣に居るなんて聞いてないわよ!?」

 

 

いや、そんなことを俺に言われてもですね。

 

 

「ちょっと貴方、私の言う事が分かりませんの? ここはどこで、貴方は誰かと聞いているんですの」

 

 

それを説明する前に医者の診察と艦長の許可と若干の心の整理が欲しいのですが。

 

 

「あんたまさか、ホントにここでハーレム作る気だったのね? しかもうちのゼミ生だけでなくこんな女にまで手を出して! しんっじられない!」

 

 

そんな昔の事をまだ覚えているとは、予想外でした。

ていうかあかねの中で俺はそんな評価だったのか。

 

 

「これだから最果ての野蛮人は……。貴方じゃ話になりませんわ。どんくさそうだし、礼儀も躾もなってなさそうだし。誰か責任者を呼んで来て頂戴。ああ、この場合は船長かしら?」

 

 

いくら異星人とはいえ、何で初対面でここまでボロクソに言われにゃならんのだ。

いくら地球の恩人の親戚でも怒るぞコラ。

 

 

「訳分かんない言葉喋ってるし、そんな真っ赤でセンスないドレス、さてはさっきの戦闘で拾ったっていう宇宙人ね? 恭介、まさか怪我人の異星人にまで手を出したの!? 最低! 人でなし!!」

 

 

お前、事情察しているくせにわざと気づいていない振りしてるだろ?

 

 

「で、さっきからピーチクパーチク騒いでいる女は誰ですの? うるさすぎて左耳が痛くなってしまいますわ。さっさとどかしてくださいます?」

 

 

あ、俺もう無理。現状に耐えきれません。

 

 

「だぁぁぁあああ! うるっせぇ、黙ってりゃ散々けなしてくれやがって!いい加減俺でも怒るぞゴルァ!」

「きゃっ?」

「な、なによ! なんか文句でもあるっていうの!?」

 

 

俺の反撃に驚いて首をすくめるあかねと、対照的に一瞬たじろくもなおも強気な態度を見せるお姫様。

この人、とんだお転婆姫だな。早速お嬢様口調が崩れかかっている。

 

 

「文句なら大ありだ! 初対面なのにさっきから散々な言いようじゃねぇか! お姫様だからって好き勝手言っていいと思うなよ!? 王宮で礼儀ってものを習わなかったのか!?」

「パレスには貴方みたいな粗野な人間なんかいないわよ!」

「じゃあお前が一番粗野だったんじゃねぇのか!? 既に地の喋り方が出てるぞ!」

「な!? そんなことはないわよ! 貴方の勘違いじゃありませんの? 貴方耳が悪いんじゃなくて?」

「地球の翻訳機舐めんなよ!? ガミラス語から猫語まで何でもござれの高性能品だコラ!」

 

 

「フン、どうか」と上から目線な発現とともに、うなじに右手を差し入れて後ろ髪をかきあげるサンディ・アレクシア。

金糸のような長く細い髪が、美しい光沢を伴って広がった。

その洗練された仕草、入念にケアされた金髪はまさしく高貴な令嬢のそれなのだが、どうにもこのお姫様、発言があかね以下である。

 

ちなみに、恭介が今サンディとの会話で使っているのは、隊員服の襟に内蔵されている超小型双方向性翻訳機である。

スイッチさえ入れておけば、日本語以外の言語がマイクに入ると自動的に言語を分析して日本語に訳してくれるうえ、こちらの日本語も自動的に相手の言語に変換してくれる。

骨伝導で直接鼓膜に訳語を伝えるのでイヤホンが必要なく、異星人と会話をしながらでも周囲の音が聞ける優れもの。完全防水なので洗濯機に放り込んでも安心。

なんとも至れり尽くせりな商品。使っていると、まるで全ての宇宙人が日本語で喋ってくれているかのようだ。

 

他にも異星人の方に手軽につけてもらうチョーカー型、古典的な形状のマイク型などと様々な機種があるのだが、これらの携帯型翻訳機の原型を作ったのは実は真田さんだったりする。

なんでも、ガミラス戦役の際にガミラス兵捕虜を尋問する機会があったので、そのときに作ったのだとか。

 

突然現れた金髪美人が何やらご立腹だったから、とりあえず話を聞くために襟元の翻訳機を起動させたのだが……こうなるんだったら、起動させなければ良かった。

 

 

「―――ねぇねぇ、恭介」

 

 

と二人でヒートアップしているところを、置いてけぼりにされていたあかねがクイクイと袖を引っ張る。

その可愛らしいしぐさに忘れそうになるが、数秒前まで彼女も恭介を罵倒していた張本人である。

 

 

「さっきから恭介とこの人、話が通じているみたいなんだけど。どういうこと?」

 

 

そういえば、あかねには翻訳機の事は説明していなかったか。

傍から見れば、日本語とアレックス語で話が通じ合っているという奇妙な光景に見えるだろう。

 

 

「あかねには翻訳機のこと話してなかったっけ。クルーの服には、襟の所に超小型翻訳機が縫い付けてあるんだよ」

「え、どこ?やってやって」

 

 

顎をくいっと持ち上げて襟をさらし、翻訳機のスイッチを入れるよう催促するあかね。

顔を上げてこちらを見つめてくる様はまるでキスをねだるようで、そんな仕草に不覚にも一瞬ドキッとしてしまう。

 

 

「…………」

 

 

そしてその様子を何故か白けた視線で眺めるお転婆姫。

何故か針のような視線を感じながらあかねの首元に手を伸ばし、翻訳機をオンにしてやる。

恭介とあかねが互いに一歩引いて離れたところで、その一部始終を見ていた姫様が一言。

 

 

「……んで、人の事ほったらかしにしていきなり自分の女と乳繰り合ってるアンタが粗野じゃないって、どの口が言っているのかしら?」

「女じゃねぇ。こいつは俺の妹だよ」

「どうだかー? その女の襟元いじくってる時、いやらしい目つきしてたわよ?あーあーイヤです事、これだから礼儀も知らない辺境の野蛮人は!」

「ンニャロ……自分の立場も知らないでよくもいけしゃあしゃあと」

 

 

もう、なんだか疲れてきた。

どうやら、目の前の赤いドレスのアクマは俺にとって天敵らしい。

他人の話を聞かずに自分の意見ばかり主張して憚らない我儘な性格。

自分の非を認めようとしない独善的な態度。

何もかもが、理系人間の俺とは噛み合わない。

医務室の人もどうせ俺達の騒ぎに気付いているんだろうから、我関せずじゃなくていい加減助けに来てほしい。

あかねは「おー言ってることが聞こえる、―――って自分の女!?」と言ったきり何故か悶絶しちゃって使い物にならない。

 

 

「そう、それよそれ。私はまだ何がどうなっているのか全く知らないの。私は一体どうなって、現在はどういう扱いになっているの? ここは船の中でしょ? 何て国の何て船? 私の艦の乗員は? それにブーケがいないようだけど、どういう事?」

「いっぺんにそんなに聞かれても答えられる訳ねぇだろ、このじゃじゃ馬姫が。」

 

 

ワザと大きなため息をつく。

なんだかいろいろとガッカリだ。

俺の脳裏で、何かがガラガラと音を立てて崩れていく。

目の前の美人―――アレックス星の王女様は、俺が南部さんから聞いていたイスカンダルのスターシャとは、イメージがかけ離れ過ぎていた。

 

 

《垂れ眼気味で、憂いを帯びた潤んだ瞳》

どうみてもつり目で、活力というか迫力に満ち満ちています。

 

 

《気品と優雅さを兼ね備えた所作》

どうみても鼻持ちならない貴族のそれです。

 

 

《侵略者に対して毅然とした態度で立ち向かった》

人の事バカにしくさった態度だし、そのくせ案外イザとなったらこいつは気持ちだけで空回りしてそうだな―――

 

 

《古代守さんとの星と種族を越えた恋の末、子供を授かった》

こんな口の悪いお転婆姫、政略結婚にも使えねぇんじゃねぇのか?

そして極め付きは、

 

 

「あらぁ―――? それならぁ、順番に、一つずつ、懇切丁寧に教えてくださる? 素敵なミスター?」

「―――それは、俺の一存ではできない。ちょっと待ってろ。艦長に報告して、全てはそれからだ」

 

 

この、小悪魔そのものの意地悪くにやけた顔で見下してくる、性格の悪さだった。

南部さん、幻滅するだろうな……。

 

 

 

 

 

 

2207年 10月6日 12時44分 地球 アジア洲日本国愛知県メトロ・ジャパン名古屋基地駅前居酒屋『リキ屋』

 

 

「お待たせしましたー、焼鮭定食と鰤の照り焼き定食、それからお刺身定食ですー。」

 

 

襖を開けた若い女性店員さんが、お盆に載せたご飯や味噌汁をテーブルに並べていく。

茶碗に盛られた白米は、なんと地上で耕作し収穫された正真正銘の新米である。

ガミラス戦役以来地下都市で生産されている促成栽培プラント産のものや、形と食感しか似ていない合成疑似米に比べれば、その存在感は雲泥の差だ。

つやつやに美しく輝く米粒、白く立ち昇る湯気と、食欲をそそる馥郁たる香り。

その半透明でふっくらとした胚をみるだけで、燦々たる太陽の光を全身に浴びて元気に育った青田を、一陣の風が渡っていく姿が容易に想像できる。

 

日本人の心の原風景。日本人の魂の根源が、この一粒に詰まっている。

 

真田、藤堂、飯沼の三人は箸を親指と人差し指の間にはさみ、合掌する。

そのまま軽く頭を下げて、

 

 

「「「いただきます」」」

 

 

地球が一番絶望的で貧困だった時代を生きていた男達は、食材となった動植物や作ってくれた人への感謝を忘れない。

幾度となく星の海へ危険な旅に出たことのある真田は、特にそれを実感していた。

三人は割り箸を左右に割ると、箸を濡らす為に味噌汁を一口。

汁椀の縁に唇を当て、左手を傾けて啜る。

 

 

「……旨い」

 

 

賛辞の言葉が知らずのうちに漏れる。

まだ味噌も鰹節も本格的な製造は再開されていないから、工場で人工的に調合された合成品を使用しているはずだ。

それなのに、まるで本物の様な風味。

居酒屋ランチのクオリティを遥かに超えた旨さに、毎度のことながら感嘆する。

三人の口から、静かに息が漏れた。

 

続いて御飯茶碗を持ち、粒が立った真っ白なご飯粒をつまむ。

ためらわずに口の中へ放り込んだ。

日本人の大好きな、適度に粘り気のあるもちもちとした食感。

炊きたてなのだろう、口の中で湯気がたち、ホクホクしている。

咀嚼する度に唾液が湧きでてきてごはんと絡まり、徐々に甘味を生み出していく。

 

 

「…………うん、旨い」

 

 

藤堂さんの口からも賛辞の呟きが漏れる。

やはり、名古屋に来たら『リキ屋』のメシを食うに限る。

味噌汁と御飯だけでここまで満足感を得られる食事は、横浜には無い。

 

 

「メシに舌鼓を打つのはいいのだが、そろそろ本題に入らねぇか? このままだと無言のまま全部食べ終わってからになってしまうわ」

 

 

せっせと焼鮭の身をほぐしながら、焦れた飯沼さんが言う。

 

 

「確かにそうですね。では行儀は悪いですがいつも通り、食べながらと行きましょうか」

 

 

「それがよかろう」と藤堂さんが、一心不乱に鰤の真っ白な身に飴色のタレを塗りつけながら同意する。

どうにも緊張感ない雰囲気だが、それが「リキ屋会談」の常だ。

真田は持参した鞄から書類を2束取り出し、それぞれに渡した。

 

 

「地球時間で昨日に起こった、冥王星宙域における地球防衛艦隊とガトランティス艦隊の遭遇戦の詳細です。藤堂さんは既にご存知ですよね?」

 

 

「なに!? ガトランティスって白色彗星帝国か!? 何故今更!」

 

 

防衛軍司令部の判断で、昨日の戦闘は公に一切報道されていない。

加えて、ガトランティス帝国との戦争は6年も前の話だ。

飯沼さんが驚愕するのも無理はなかろう。

やがてあることに気付いたのか、鋭い視線を向けてくる。

 

 

「おいちょっと待て、昨日の冥王星宙域といえば、『シナノ』がいるはずじゃねぇか。まさか……」

「そうです、飯沼さん。『シナノ』は戦闘に参加しています。なにせ、ワープテストで冥王星宙域にいた『シナノ』の眼前に、ガトランティス帝国の艦隊がワープアウトしてきたそうですから」

「あれはまだテストも終わっていないんだぞ!? 何で戦闘に参加させるんだ、護衛艦隊は一体何をやってたんだ!? まさか、『シナノ』は沈んだのか!?」

 

 

飯沼さんが口角から泡を飛ばして迫り来る。

彼がここまで『シナノ』を気にかけるのには、彼が『シナノ』建造の発起人の一人だったからだけではない。

あの艦には、宇宙技術研究所から技術班員として派遣された各課の副課長がいる。

我が子を先人の谷に落とすつもりで『シナノ』へと送り出した彼らの身になにかあったのではないかと、心配なのだろう。

 

 

「大丈夫ですよ、『シナノ』は沈んでいません。負傷者は多数出ましたが、死亡者は一人もいません。むしろ、敵艦を多く撃沈破しています。詳細はホラ、プリントを」

「…………そうか。分かった。なら、いいんだ」

 

 

気が抜けたのか、崩れるように中腰を下ろした。

直前の自身の行為が恥ずかしくなったのか、顔を隠すように汁椀を呷る。

藤堂さんは箸を進めつつ、ぺらぺらと報告書を流し読みする。

 

 

「先に戦端を開いたのは『ニュージャージー』か……。これはまた、連邦議会が荒れそうだな」

「ええ、実際に議会は今朝から大荒れです。曲がりなりにもガトランティス帝国側が交渉をしているのに、地球側から戦闘をしてしまっては、こちらに大義は全くありません。いたずらに向うに戦争の大義名分を与えてしまった事になります。ましてや、それがアメリカの空母だったというのがワン・ドーファイアジア洲代表の逆鱗に触れたようで」

「中国にとってアメリカの空母は昔から目の上のタンコブだったから、今の状況は彼には楽しくて仕方ないだろう」

「鬼の首をとったかのように喜んでいる様が目に見えるようだワイ……。地球の危機かもしれぬというのに、全くバカな奴らよ」

 

 

やれやれと呆れながら、飯沼さんは御飯をかっこむ。

真田は小皿の縁に塗りつけた合成わさびを醤油に溶かして、養殖マグロの刺身を箸で白ツマごとつまみあげる。

平行四辺形に切り落とされた赤身と大根の細切りが、こげ茶色の液体を吸いこんでいく。

醤油が垂れないようにお茶碗を受け皿にしつつ、素早く口元に持っていく。

運動不足で天然モノよりも味が落ちると言われる養殖物でも、冷凍物に比べれば格段に旨い。

そのまま御飯も一緒に食べる。

 

 

「酒井君は、この事態にどう対応すると言っているんだ?」

「防衛軍司令部は昨日23時付けで防衛基準体制2を発令、第十一番惑星軌道上に哨戒ラインを設定しています。それから演習中の全艦隊を基地に呼び戻して、艦隊の再編成をしています」

「『シナノ』もこのまま艦隊に編入されるのか?」

「いや、それは無理でしょう。まだ就工前のフネですし、何より昨日の会戦で中破の判定を受けています。まずは修理をして、改めて正式に防衛軍に引き渡ししてからでしょうね」

「中破か……もう、ヤマト用の鋼板の備蓄なんぞほとんどないぞ。通常の戦艦用の軽金属鋼板を張るしかないワイ。完成前からこれじゃ、あっという間に『シナノ』は身ぐるみはがされて、段ボール装甲のつまらない航空戦艦に身を落としちまいかねんぞ」

 

 

飯沼さんの懸念は、『シナノ』建造当時から指摘されていた事だ。

地球は伝統的に、重量削減のために軽金属を主な材料にして宇宙船を造ってきた。

それは、ヤマトほどの質量を持つ宇宙船を大気圏から離脱させるだけの強力な推力を持つエンジンをついぞ独力で開発できなかったからである。

勿論、ヤマト以前から宇宙駆逐艦より大きい大型航宙船舶がなかったわけではない。

波動エンジンがもたらされるまでは、大型船舶は燃料タンクや貨物を一切搭載しない状態で牽引船によって衛星軌道上まで引き上げられ、宇宙ステーションで物資を補充した後に航海に旅立っていたのだ。

そんな訳で、既存の宇宙軍艦の製造ラインでは重金属を用いて装甲板を一からつくることは事実上不可能―――正確に言えば、できないことはないが非常にコストと手間がかかる―――になっている。

つまり、破砕もしくは剥離した『シナノ』の装甲板が回収できない場合、軽金属の弱い装甲板を張って誤魔化すしかないのだ。

 

 

「確かに、ヤマトの修理用材で『武蔵』を食いつぶしましたからね。そもそも『シナノ』は市松装甲板と集中防御方式を併用しているから壊れやすい、壊れたけど修理したくても装甲板がないからベニヤ板を張る、ベニヤ板だから尚更壊れやすい―――と、負のスパイラルになるわけだ。これは、根本的な解決が必要かもしれないですね」

「むう……。飯沼、なんとかならんか?」

「それをなんとかするための『ビッグY計画』だったんだがのう。廉価版のヤマトを大量建造することで重金属装甲の需要を増やし、生産ラインを構築することが目的だったんじゃが、ヨコハマ条約締結で全部オジャンになってしまったんじゃ」

 

 

藤堂さんの質問に、ポリポリと漬物を齧りながら答える飯沼さん。

真田も、口に入れた養殖ハマチをもぐもぐと咀嚼しながら補足する。プリプリした身の噛み応えが素晴らしい。

 

 

「余った部品を組み上げただけの『シナノ』と違って一から全部造るとなると……重金属装甲の艦は、コスト的にも時間的にも4年間で2隻がいいところか。とてもじゃないが、巨額な設備投資をしてまで重金属の装甲板の製造ラインをつくるまでの需要ではないです。とりあえず軽金属で大量建造して、既存の製造ラインで作れる重金属並みの強度を持つ新型装甲が開発されるのを待って張り替える、という話だったのですが」

「当然、まだ新型装甲板なんぞ開発できておらん。というか『シナノ』の建造で手いっぱいで、ほとんど手をつけていないワイ。現状、打てる手はまったくない」

 

 

どうしたものか、と根本的な解決ができないことに懊悩しつつ、定食を平らげていく。

 

 

「大量生産という話だが、それについて良くない噂が入っている」

 

 

汁椀を大きく呷った藤堂さんが、視線を御椀の底に落としながら切り出す。

 

 

「欧州諸国で、ヨコハマ条約の建造規制の対象に空母も加えるべきという意見が出ているらしい。アフリカでもそれに同調する動きがあるらしい」

「な!? 何故じゃ!? ヨコハマ条約は欧州と米国が主導して作り上げたモンじゃろう! 自分で空母の枠を残すように条文を作っておきながら、それを潰すとは理解が出来ん!!」

 

 

バン、と箸を叩きつけて憤る飯沼さん。

 

 

「……だからこそ、彼らの意にそぐわない結果が気に食わなかったのではないでしょうか?」

「真田のいうとおりだ。あいつら、日本が『シナノ』を造ったのがよっぽど腹立たしいらしい。自身の優位を保つために、身を削るようなマネをしてきた」

「これで、地球の宇宙艦艇技術は完全に停滞期を迎える事になる……。くそ、このまんまじゃ本当にロンドン軍縮条約の焼き直しだ!」

「ヨコハマ条約の中では新規開発は禁止されているが、既存の設計図を改善させる事は禁じられておらん。だからこそ、まず『シナノ』の設計図だけ完成させてしまって、二番艦以降はさらに量産性を高めたデザインにするつもりだったのだが……。もし改正条項が通れば、それも叶わぬこととなるのか」

 

 

姉妹艦を建造中に設計を修正する事は、軍艦の世界ではよくある事だ。

昔でいえば、旧日本帝国海軍の戦艦『扶桑』と『山城』は姉妹艦でありながら艦橋や第三主砲の向きなど随所で違いが見られるし、三番、四番艦として予定されていた『伊勢』『日向』は更に修正が加えられて、新たに伊勢型戦艦として誕生した。

その理屈を使えば、『シナノ』をベースに小規模の改装を加えた「量産型ヤマト」を疑似的に建造する事が出来るはずだったのだ。

 

 

「飯沼、真田。これはまだ噂の段階だ」

 

 

完食して静かに箸を置いた藤堂が、真田と飯沼を鋭い目つきで見据える。

 

 

「ヨコハマ条約のときと違って、今回はまだ打つ手がある。まずは情報収集、噂が本当ならば対抗策を考えなければならん。といっても、既に引退した私では表立った事は出来ないから、主だった動きは真田君にやってもらうことになる。できるか?」

「分かりました、やってみます」

「私は科学局長であって、政治に口出しできる立場じゃないんですが……。酒井長官あたりを経由してアジア圏の技術仕官を説得できるでしょうか」

 

 

3人の中で、曲がりなりにも地球連邦に勤めているのは真田だけだ。

正直、自信はなかった。

 

 

 

 

 

 

同日19時01分  地球連邦生命工学研究所

 

 

プルルルルッ プルルルルッ

ガチャッ

 

 

「はい、異星人研究課です。――――――はい、私ですが。――――――恭介君が?いえ、篠田は今地球にいないはずですが?―――直通通信?分かりました、出ます。通信室の1番ディスプレイ、分かりました。すぐ行きます」

 

 

ガチャッ

 

 

「武内さん、私ちょっと出てきます。あと頼めるかしら?」

「はい、いってらっしゃい。今の電話、もしかして彼氏さんですかァ?」

「何言ってるのよ。息子、息子」

「な~んだ、つまんない」

「つまんないってなによ、全く」

 

 

………………

 

 

…………

 

 

……

 

 

「もしもし、恭介君? どうしたの、元気? ―――うん、うん。――――――え、戦闘!? 恭介君怪我ない? ―――そう、あかねは? ―――そう……よかったわ、二人とも無事で。―――うん、うん。―――――――イスカンダル人? ―――――――――ちょっと、担当の先生に替わってもらえる? 詳しい話を聞きたいから。」

 

 

………

 

 

……

 

 

 

「もしもし、息子と娘がお世話になってます、生命工学研究所異星人研究課の簗瀬です。―――ええ、はい。―――さんかく座。―――99,998パーセントですと、数値的にはイスカンダル人とほぼ同じと考えていいですが……、いえ、確かに気になることはありますが、とりあえずはイスカンダル人と同じ扱いでいいと思います。―――地球にですか? あまりお勧め出来ません。地球人とイスカンダル人のハーフの娘も地球の環境にはあまり馴染めなかったようですから、地球人よりも環境適応能力に乏しい可能性があります。―――ええと、確かサーシャときはイカロス基地で保護されていましたが……月なら無難でしょう。地球から遠過ぎないですし、政府としても色々と便利でしょう。―――はい、はい。―――ええ、とりあえずデータだけ送ってもらって、こちらで検討してみます。―――はい、それなら私が直接診察してみましょうか?―――はい、それではそのように。―――ええ。あ、よろしいですか?それじゃ、お願いします」

 

 

………

 

 

……

 

 

 

 

「もしもし、恭介君? あかねなんだけど―――へ? あかねに彼氏? まさかぁ、あかねに彼氏がいる訳、だってあかねが好きなのはきっと―――あれ? なんで泣いてるの恭介君!? ちょっとちょっと、何があったのよ!? ――――――うん、うん。――――――うん。――――――金髪? 染めてる? いいえ、あかねは色抜いてないし、染めてもないわよ? そんなことしたら気づくし、私は止めてるわ。安心なさい、あかねはそんな娘じゃないわよ。―――髪の付け根? ――――――倒れた? いつ? ――――――――――――そう、その娘を見たときに。…………そう。分かったわ。とにかく、あかねは不良になんかなっていないから安心して。――――――あら、私とあかねの事信じてないの? ―――ええ、そうよ。―――うん、分かったわ。恭介君、くれぐれもあかねの事お願いね? お兄ちゃんなんだから、守ってあげて。―――ええ、ええ。それじゃ。無事に帰ってくるのを待ってるわ」

 

 

………

 

 

……

 

 

 

 

「そう……………………。やはり、状況は進行しつつあるのね。……こっちも、一刻も早く研究を進めないと……」




初期のころに比べて文字数が一気に増えました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話

『シナノ』は『ヤマト』のように強くありません。
そして真田チートもないので、負傷したら修理に帰らなければならないのです。


2207年10月6日 9時13分 『シナノ』第2工場

 

 

視界が揺らぐ。

目の前に見える卵型の構造物が、自分が作り上げた機械が、パレットの上でかき混ぜた絵の具のように捻じれ、渦を巻き原型を無くしていく。

上下の感覚が曖昧になり、ゆっくりと逆さまになっているような錯覚に陥る。

ベルトで固定されているはずの自身の体が、まるで宇宙空間を彷徨っているかのよう。

今までの常識がまるごとひっくり返って、異世界に放り込まれた気分だ。

 

実際、今現在『シナノ』は亜空間を一路進んでいるのだ。

 

 

 

ワープ航法

 

 

 

波動エンジンと亜空間を利用することで、通常航行では10年経っても到達できないような遠距離へとほんの10分程度で辿り着いてしまう、夢の技術。

イスカンダルからの技術提供によって実現したその画期的な航法は、地球人の活動範囲を従来の倍、太陽系から12光年の距離まで大幅に広げた。4年前のように地球の危機には星を捨てて他の星へ移民するという手段をとることも可能にせしめた。

 

地球連邦においてワープ航法が確立したのが、母なる星が滅亡せんとする最中の2199年。それからわずか8年で、地球人類は異星由来の技術を完全に自分のものとした。

そして今では宇宙艦艇はおろか、太陽系外へ航行する民間船の多くがワープ航法を用いるようになった。

 

従って、もはや地球人類にとってワープ航法は身近なものになりつつあるのだが……。

 

 

「……うっぷ」

 

 

やはり、ワープ時特有のこの感覚には慣れない。

 

 

「ぐえ……。ううっ……」

 

 

フランク・マックブライトがワープを体験するのは、これで4回目だ。 

太陽の核融合が異常増進した際に避難船に乗った際に一往復、つまり2回。

『シナノ』に乗って冥王星まで行ったのが3回目。

だが、この緩やかに回転しているような、水飴の中に漂っているような浮遊感は、何回経験しようと慣れることはないだろう。

 

視界に、再びコスモクリーナーEの姿が3重に重なって映る。

千々に乱れる意識を繋ぎとめる為、マッシュブライトは自らが造り上げた作品へと視線を集中させた。

 

6年の歳月をかけて開発した、放射能除去装置の新型モデル。 

小型・量産化しただけのコスモクリーナーDMPとは違う、初の地球製コスモクリーナー。

宇宙船舶がなんらかの損傷により艦内が汚染されたことを想定して開発した、艦載型空気清浄機。

といっても理屈自体は単純で、ただ放射性物質と放射線を無害化するだけでなく、その他諸々の有害物質も無害化できるようになっただけだ。

 

本来、有害物質には、それぞれ異なった無害化の方法がある。

しかし、宇宙船舶事故で想定されうる全ての有害物質を無害化する為には、多種多様の中和物質を積載しなければならない。

水上船舶なら換気して有毒ガスを撹拌、あるいは大気に逃がすことも可能だが、密閉空間ではそうもいかない。

 

フランク・マックブライトが考案したのは、有毒ガスの無害化、中和化の過程で放射線を利用することだった。

勿論、一口に放射線といってもこの場合は宇宙空間を飛び交う宇宙線のことで、主成分は陽子だが、陽子1000個に対し約100個のヘリウム原子核、8個の炭素~酸素にいたる原子核、3~4個のさらに重い鉄にいたる原子核が含まれている。

 

窒素化合物や硫黄酸化物に電子線を照射することで硝酸や硫安に改質できることは、放射線物理学の黎明期から分かっていたし、放射線の利用自体は各種産業、医療、生物化学や物理など様々な分野で既に行われていた。

コスモクリーナーEはこの基本概念を大幅に発展させ、宇宙空間中あるいは艦内に侵入した陽子線やα線の正体であるα粒子からβ線の正体であるβ粒子(電子あるいは陽電子)を取り出し、汚染物質の除去に利用するというものだ。

 

概念としてはひどく単純なものだが、人類を絶滅の危機に追い込んだ放射線をもう一度工業利用するなどという発想は、放射性物質と放射線を人間が完全に征服したからこそできることだ。

 

イスカンダルからコスモクリーナーDが届かなかったら、地球の科学者がこの領域に行きつくにはあと数十年……いや、一般人の放射線に対する忌避感が薄れるまで百年はかかっていただろう。もちろんその前に地球人類は放射能汚染によって絶滅していたはずだ。

 

イスカンダルのスターシャがもたらした波動エンジンの設計図やコスモクリーナーDは、人類の技術史と精神年齢を200年は進めたのではないだろうか。

 

現実逃避の為に放射線除去の根本理論を頭の中で反芻していると、体調に変化が訪れた。

現実感がまるでなかった幻像のような風景が、徐々に立体感を帯びていく。

水面に浮上していくような、住み慣れた世界に回帰する実感。

遊離していた身体と意識が結合して、現実世界が目の前に創造されていく。

最後にブレーキをかけられたような衝撃を背中に感じて、マッシュブライトは通常空間に帰ってきたことを感覚的に理解した。

 

 

『ワープアウト完了。総員、損傷個所のチェックを急げ』

 

 

そのアナウンスを受ける前に、正規クル―達は次々と立ち上がり、持ち場へダッシュしていく。

本当ならば我々もすぐにコスモクリーナ―Eの点検に向かいたいところだが、民間人である生徒達は、殆ど経験の無いワープに精も根も疲れ果ててしまっていて、シートベルトを外したはいいもののその場に両手両膝をついてしまう。三半器官の弱い者は床に倒れこんでしまうほどだ。

大人の意地で平気そうな表情を取り繕っているが、周りの目がなければこのままベッドに倒れこみたい。

その証拠に、情けない事だが、いまだ椅子から立ち上がることすらできないのだ。

 

 

《なんだ、地球人というのはいい大人がワープ酔いするものなのか。いくらワープ航法に慣れていない民間人だからといって、そのような醜態を晒すようでは子供の手本にならないぞ》

 

 

そんな私達の前を、一匹の黒猫が余裕綽々と歩き去っていく。

……黒猫が人語を喋っていたような気がするのは、ワープ酔いの所為だと思いたい。

 

 

 

 

 

 

同月同日9時48分 『シナノ』医務室

 

 

王宮の中で育ったからという訳ではないが、世間とは狭いものだと本当に思う。

たとえば、生後2ヶ月の頃王宮を抜け出して城下町に遊びに行けば、たまたま休暇を取って実家に帰っていた女官に遭遇して強制送還されたり。

生後6ヶ月の頃に爺やを撒いて脱走した時には、たまたま入った店に衛兵が強制捜査に突入してきて、あやうく犯罪者に人質にされそうになったり犯人と間違われそうになったり。

 

中でも一番驚愕したのは、1歳の誕生日。

過去の失敗から通常のやり方では脱走してもすぐに見つかってしまうと悟った私は、王宮への出入りが多くなり、かつ城内が混乱を極める日時を選んで脱獄計画を練った。

 

そう、私の満一歳の誕生パーティーの最中に脱走するのだ。

 

私はこの日の為に逃走ルートを綿密に計算し、発生し得る障害への対処と幾度もシミュレーションし、幾重にも裏工作を施した。

まず、今まで使ってきた壁沿いや天井裏といった12の逃走ルートを全て破棄。既に発見されて見張られている可能性があるからだ。

次に、城内警備のスケジュールと配置表を極秘裏に入手。その上で、物理的かつ心理的に最も相手の意表をつける、かつ大胆な逃走ルートを策定。

 

更に、私がパーティーを抜け出しても違和感がないように、何日も前から体調が優れないとさりげなく周囲に伝えておく。勿論、具合悪そうな演技をすることも忘れずに。

 

最後に、いつも王宮に出入りしている幾つかの業者にこっそりと渡りを付けて味方につける。

 

当日、祝いの席だからとブーケを唆してマタタビジュースを飲ませてベロンベロンに酔わせた上で、人込みに酔ったからと騙ってパーティー会場を脱出。

事前に入手した給仕服に着替えて堂々と厨房を通過し、勝手口から建物の外へ。

扉を開けたところに待機させていた業者の車へダッシュし、空の段ボールが山積みにされた荷台に潜り込む。

事前に買収した業者を幾度も乗り換え、その度に隠れる場所も変えた。

最初は段ボール箱の中、次は馬用の藁束の中、更には甲冑の中。

最後はトラックの助手席に乗って、正々堂々と正門から出ていってやった。

 

王宮と城下を繋ぐ橋を渡り切って、トラックが加速し始めた時の興奮は、今まで脱走した時の何倍ものものだった。

 

人影が少なくなった所でトラックを降ろしてもらい、私は夕焼けが遠くなりつつある城下町に繰り出す。

 

遊ぶ準備は万端。

既に給仕の服は破棄して、平民風の服に着替えてある。

もしも職質された時の為のキャラ設定も万全。

軍資金もちゃっかり準備してある。王宮に住んでいる私がどうやって貨幣をゲットしたかは内緒だ。

 

まずは、衛士に見つからないように大通りから一本はずれた裏路地にある食事処に行って、王宮では食べられないような濃い味でジャンクな平民料理を堪能した。

私は、王宮で出るような小奇麗に並べられた高級感あふれる、しかし少量しか無くて満腹感を得られない料理よりも、味と安さと速さを重視した平民の料理の方が好みだ。

カウンターから眺める事が出来る、フライパンとお玉を豪快に振り回す調理風景。

お玉で調味料を目分量で掬うテキトーな味付けと、フライパンからお皿にかきだしただけのダイナミックな盛り付け。

店の雰囲気や隣で舌鼓を打つお客さんや、それら全てを感じつつ食べるのが大好きだ。

それは、星間戦争の暗い雰囲気も吹き飛ばす、市民の活気を象徴する象徴しているように思えた。

 

腹を満たしたら、今度は城下町一番の繁華街をウィンドウショッピング。

今日は私の誕生日を祝して、いつもよりも更に人と品物と装飾で溢れかえっているとのこと。

出征に伴って閉店する店が多いらしく、商店街は以前に比べて灯りのついていない店頭が増えたらしいが、街灯の光に照らされて輝くショーウィンドウや飾り付けられた装飾品は、それでも私の目にはシャンデリアの何倍も何十倍も輝いて見えた。

 

星の瞬きを隠すほどに色鮮やかさを主張するイルミネーション。

豊かさを体現したかのような、街を行きかう人々の熱気。

アレックス王国の首都ペイラは、数十世紀変わらぬ姿を見せる石の街だ。

歴史を重ね続けたその外観は、それだけで胸の内にこみ上げる物がある。

普段は首を傾げて見上げるばかりの居城を遥か遠くに小さく見るのも、街に出なければ味わえない興だ。

私はあの時、間違いなく生まれてきて一番楽しい瞬間を体中で満喫していたのだ。

 

……しかし、私の冒険は思ったよりも早く終わりを迎えた。

一時間ほど外の世界を堪能していると、背後からそっと肩を叩かれたのだ。

 

 

「サンディ殿下、お迎えに上がりました。さぁ、王宮へ帰りましょう」

 

 

興を削いだ衛士に振り向き、恨みをたっぷり含んだ視線を向けてやる。

 

 

「……随分早いわね。もしかして、最初から泳がされていた?」

 

 

選ばれた者だけに着用を許された華美な甲冑をつけた衛士は、私の殺気などどこ吹く風。

「仕事中です」と言わんばかりのポーカーフェイスで、私の質問に淡々と答えた。

 

 

「いいえ。目撃者の通報です」

「自慢じゃないけど、私の変装は完璧だったはずだけど?」

「ええ、姫様の変装は完璧でした。脱走の手筈も完璧です。通報者がいなければ、あと2時間は姫様の脱走に気付かなかったでしょう」

「あら、私も上手くなったものね。じゃあ、後学の為に誰が通報したのか教えてくれる?今度脱走した時にボッコボコにしてあげるから」

 

 

それは無理ですよ、と、ようやく相好を崩して苦笑いする。

 

 

「だって、通報したのは猫さんですから」

「……はい?」

 

 

猫? 人間じゃないですと?

 

 

「ええ。姫様、先程市場にある『林檎亭』という定食屋で夕食を召し上がられましたよね?」

「よく知ってるわね。やっぱり、最初から尾けてたんじゃないの?」

「いえ、通報者はそこの食事処の飼い猫のシロさんなんです」

「……………………はい?」

 

 

飼い猫? 『林檎亭』にいる?

――――そういえば、テーブルやカウンターの下を徘徊して誰彼かまわず足元にすり寄っている真っ白な猫がいたわね。

まさか、あの猫がスパイだったとでもいうの!?

 

 

「ブーケ殿の話ですと、シロさんはブーケ殿の昔馴染みだそうで、度々王宮に招かれていたそうです。姫様の事も匂いですぐに分かったそうですよ」

 

 

世間は狭いものですね、と甲冑を鳴らして肩を竦める若い衛士。

そうか、いつも口うるさくお小言を言ってくるブーケが原因か。あとでタマネギのスライスを差し入れしてやろう。

 

 

「それじゃあ参りましょうか、姫様。父君が怖い顔して待っておられますよ」

「はぁ……。同じ怒られるなら、もうちょっと楽しんでからにしたかったわ。見逃してくれない?」

「ダメデス」

「そうよね……」

 

 

こうして、かつてないほど用意周到に練った脱走計画はあっけなく幕を閉じたのだった――――――

 

 

 

 

 

 

 

「本当にあなた、6歳なの!? 小学生じゃない!」

 

 

まどろみの中で見る夢がそうであるように、サンディの回想は唐突に打ち切られた。

意識が現実に戻ってきた彼女は、すぐに何が起きたのかを理解した。

彼女が言った何気ない一言に、椅子に座っている黒髪の女性―――アカネというらしい―――が驚きの声をあげたのだ。

そうだ、今は世間は狭いってことを話している途中だったのだ。

 

 

「ショウガクセイというのが何かは分からないけど、6歳というのは間違いないわよ。サバ読んでるとでも思ってるの?」

 

 

サンディは肩を竦めながらアカネに答える。

彼女は今、人生で初めて会った異星人と何の違和感もなく談笑している。

相手は故郷から遠く離れた250万光年先、天の河銀河の地球という星の人間だという。

そんな遥か彼方の人間と、言葉が通じているどころか円滑な会話が出来ている事自体、驚愕すべき事態だ。

 

晩餐会で紹介された同じ星系のダイサング帝国やプットゥール連邦の人達とは違う、それこそ文字通り縁も所縁もない、極端な話をすれば違う生物。

進化の大樹のどの枝にも属していない、むしろ別の木の枝の先にいる2種類の生物が、これほどまでに姿かたちが似ているものなのだろうか。

 

しかも驚くべきは、こんな最果てにいる人間が、我が民族の始まりの地であり今回の旅の目的地であるイスカンダルと浅くない縁があるということ。

王宮を脱走した時も思ったが、思いがけないところに思いがけない知り合いが出現するものである。

 

 

「いや、あかねが言ってるのはサバとか言うレベルじゃなくてだな。星が変われば人間の成長の仕方も変わるって話だよ」

「キョウスケ、それってどういう意味?」

 

 

不快そうに目を細めながら、アカネの兄だという青年に視線を向けた。

金髪が当たり前のアレックス人から見れば珍しい、焦げ茶色の髪。

サラサラした前髪はいくつかに分かれて眉毛にかかるくらいまで伸ばされている。

やや釣り目気味で一瞬とっつきにくそうにも見える。

その所為もあって最初は強く当たってしまったが、よくよく話してみると、サンディのからかいに不愉快そうな顔をしつつもしっかりレスポンスしてくれる。

アカネと話しているときは兄弟で似たような雰囲気を醸し出しているし、どうやら悪い人ではなさそうだ。

そのギャップが面白くて、初対面だというのについついからかってしまう。

打てば響くというか、からかう程度に合わせて期待通りに反発してくる彼の性格に、嗜虐欲をそそるというか支配欲が刺激されるというか。

 

昨日の夜、サンディはこの人とブーケから現状を教えられた。

最後のワープで、私達が乗ってきた艦は天の川銀河に辿り着いた事。

敵がしつこく追撃してきて、ついに艦が沈んだ事。

この宇宙船―――『シナノ』というらしい―――の人達が救出してくれた事。

その際私は負傷して、しばらくこの病室で安静にしている必要がある事。

養生している間はブーケが地球との交渉を受け持ってくれる事。

 

ブーケに任せることには何の不安も抱いていない。父の代から王宮に仕えているあの化け猫は、実務能力や交渉能力は私よりも上だ。

ならば、せめて体調が回復するまでは、本来ならば航路が交差するはずもなかったはずの人達とこうして出会えた奇跡を噛み締めるとしよう―――。

 

 

「俺達地球人は、サンディくらいの姿に成長するのに20年以上かかるんだ。別にサバ読んでるとか思っていった訳じゃないからな」

 

 

質問を向けられたキョウスケは、私を諭すように説明する。

 

 

「20年!? なによそれ、何で地球人ってそんなに成長遅いの!? 動物よりもひどいじゃない! なに、辺境の人間って猫の子孫か何かなの?」

 

 

キョウスケの反応を期待して、少し強めに反応してみせる。

 

 

「それを言うならアレックス星人は成長が昆虫並みに早いな! 貴様の親は蝶か何かか!」

「なんですってー!? 貴方、アレックス人を侮辱する気!? いいわ、それなら戦争よ!」

「テメェこそ地球人馬鹿にしてんじゃねぇ! それに戦争ならお前は今すぐ捕虜だ捕虜! ハーグ陸戦条約上等だコラ!」

「ちょっと、恭介もサンディさんも落ち着いてってば! 全く、なんで二人はそうやってすぐ衝突するかな?」

「「だってコイツ(キョウスケ)が!」」

 

 

ハモッてしまい、お互いに顔を顰めて睨みあう……が、サンディは内心ほくそ笑んでいた。

ここまで期待通りのリアクションをしてくれる人も珍しい。

知り合って1日経っていないのに、彼女は3人での会話を楽しんでいた。

 

 

「そのくせ、変なところで息が合ってるんだよね……。自信無くしちゃうなぁ……」

 

 

一方で、何故かアカネは意気消沈している。

ベッドが隣同士という縁で仲良くなったヤナセアカネは、見た目はサンディと同じくらいの年齢の女の子だ。

実際の年齢はおそらく私よりも10も20も違うかもしれないが、なんとなく意気投合したので年齢差はこの際気にしない。

 

 

「もう、何言ってるのよアカネ。私とこのお猿さんが息が合ってる訳ないじゃない」

「お猿さんって……。この翻訳機ゼッテー壊れてるな、オイ」

 

 

後ろで縛った黒髪の房を胸元でつまんでいじけている様は、女の私から見てもかわいらしいと思う。

しかし昨日から接し続けた印象としては、普段のアカネはもっと明るくてサッパリした性格なのだろう。

異星人であり王女である私に対して、物怖じもせず恐れもしない態度。

目を醒ましたら一人ぼっちで知らないベッドに寝かされていて、傍にブーケもいなくて、もしかしてガトランティス帝国に捕えられてしまったのではないかと怯えていた私の不安を綺麗さっぱり吹き飛ばしてくれた、アカネとキョウスケの騒がしくも温かみを感じるじゃれあい。

あれを見たからこそ、私は自分だけ助かってしまった罪悪感に押し潰されそうながらもこうして笑顔を繕う事が出来ていた。

 

なればこそ、シュンとしているアカネをみて何が彼女に起きているのかすぐにピンときた。

私の中で、悪戯心が鎌首をもたげる。

それは、誕生日脱走事案以来父王に厳しく戒められ、また彼女自身も成長するにしたがって周囲の情勢に目が届くようになると、さすがにまずいと控えてきたものだった。

 

 

「……一日中ベッドにいても、退屈はしないで済みそうね」

 

 

遠くないうちに自身の周りに訪れるであろう混乱も、自分の行く末への不安も、今この時だけは忘れることができそうだ。




ヤマト世界ではワープ中は艦内の時間が止まっているものなのですが、本編中にコスモクリーナーEについてマックブライト教授から語らせる必要があったのでこのような形にしてみました。
コスモクリーナーDによって放射線が完全にコントロールできる存在となったヤマト世界の地球人は、放射線に対してどのような認識を持っているのでしょうね。
あ、コスモクリーナーEの理屈については適当もいいところなので読み流してくれるとありがたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話

一話あたり2つから3つのシーンで構成されることが多い本作ですが、本話は珍しく1シーンのみで構成されています。きっと二度とこんな奇跡は起きないでしょう。
自分で言ってて悲しいですが。


時を遡って5日夜半、地球連邦政府首脳部による緊急閣議が開かれた。

大統領官邸内の大会議室には、選挙に勝って3期目を迎えた大統領を始め、内務大臣、外務大臣、財務大臣、国防大臣などといった主要な閣僚が参集した。

 

既に、第一報は彼らの耳に入っている。

閣僚たちは一様に厳しい顔で大統領の言葉を待った。

 

 

「既に話は伝わっていると思うが、厄介な案件が発生した」

 

 

そう言いながら、大統領ヴィルフリート・オストヴァルトはテーブルの一角を指で押した。

閣僚たちが囲んでいた大テーブルはたちまちタッチパネル画面としての機能を発揮し、その画面は焦げ茶色の木目柄から真っ黒な宇宙へと切り替わる。

地球防衛軍司令長官の酒井忠雄が立ち上がり、レーザーポインタでテーブル上の一点を指し示した。

 

 

「詳細は既に配られているプリントに書かれていますので省略しますが、本日1235時、冥王星宙域で公試中の第4演習艦隊とガトランティス帝国艦隊の間で遭遇戦が発生いたしました。戦果は敵艦11隻を撃沈、1隻を大破と判定しました。こちらの被害は『ニュージャージー』大破、『シナノ』中破、『モスクワ』『オハイオ』『ティルピッツ』『ジャン・バール』が小破となっております」

 

 

更に画面は切り替わり、テーブルいっぱいに敵大戦艦が大破炎上するさまが映し出され、皆が目を見張った。

『シナノ』から送られてきた、記録映像だ。

 

 

「ただ、ガトランティス帝国軍との戦闘自体は、さほど不自然なことではありません。ガトランティス戦役から6年が経過していますが、残党を完全に掃討したという証拠はありませんから。ここで重要なのは、ガトランティス帝国が太陽系内へワープアウトしてきたという点です」

 

 

「どういうことだ、Mr.サカイ?」

 

 

大統領の質問に、外務大臣ミシェル・A・オラールが、酒井司令長官の後を継いで答える。

 

 

「お恥ずかしい話、我々も今回の事態が発生するまで失念していたのですが。6年前の戦役において、確かに白色彗星は墜ち、ズウォーダー大帝は超巨大戦艦ごと死亡、ガトランティス帝国軍は撤退しました。しかし、我々はかの国を暗黒星団帝国のように滅ぼした訳でも、ガルマン・ガミラス帝国のように和平を結んだ訳でもないのです」

「つまり、あの白色彗星帝国が態勢を整えて再侵攻してきたというのですか!?」

 

 

福利厚生大臣デイビッド・L・キングが、驚愕と恐怖に声を尖らせた。

 

 

「正確には違います。しかし、遠くない将来、そうなる可能性は高いと思われます」

 

 

ミシェルの背後に控えていた事務官が立ち上がり、閣僚の背後から素早く書類を置いていく。

書類を手にした老体達は、或いは眼鏡をかけ、或いは眼鏡を外して紙面を舐めるように読みこんだ。

 

 

「これは会議の直前に届いた情報です。会戦の1時間ほど前に、第4演習艦隊の前に正体不明の艦が大破した状態でワープアウトしてきたそうです。その艦に臨検隊を派遣して艦内の捜索をしていたところ、ガトランティス艦隊が現れたそうです。それも、ほぼ同じ方角から」

「つまりだ。敵艦隊は地球への再侵攻ではなく、その正体不明艦を追ってここまでやってきたということか?」

 

 

ミシェルは頷きで同意すると、再び手元のプリントに目を落とした。

 

 

「艦は戦闘の最中に撃沈されましたが、臨検隊は生存者2名を救出。うち一名を簡単に事情聴取しています。その第一報がこのプリントです」

 

 

ミシェルは部下に目配せをして、閣僚に新たな書類を配らせた。

 

 

「さんかく座銀河……250万光年……だと!?」

「あのイスカンダルの遠縁とは、俄かには信じられん話だ」

「ガトランティスめ……ズウォーダーが死んだのにまだ侵略の手を緩めていないのか! なんて奴らだ!」

 

 

閣僚から次々と批判の呟きが漏れる。

ミシェルはその間に卓上の紅茶を一口含み、喉を潤した。

 

 

「生存者の証言によると、大統領の推察通り、ガトランティス帝国軍は彼らを追ってここまでやってきたとのことです。ガトランティス帝国がワープアウトしてきた方角も同じさんかく座銀河方面ですから、この証言には一定の信憑性があると考えていいでしょう」

 

 

そう言いながらミシェルは画面をズームアウトさせる。右手に持ったレーザーポインタで大きく円を描いた。

 

 

「6年前の情報なので直ちにこれが正しいかどうかは不明ですが、当時のガトランティス帝国は白色彗星の進路に沿って星々を侵略し、2201年時点ではアンドロメダ銀河をその手中に収めていたと言われています」

 

 

今度は更に画面をズームアウトさせ、さんかく座銀河とアンドロメダ銀河、そして天の河銀河を線で結んだ。

 

 

「報告書にあるアレックス星というのがアンドロメダ銀河の近くにあるさんかく座銀河で、20年前から侵略を受けていたというのなら、恐らく白色彗星はさんかく座銀河とアンドロメダ座を通って天の川銀河にやってきたのでしょう。話の筋は通っています」

「しかし、さんかく座銀河より後に攻めたアンドロメダ銀河の方が先に侵略を完了して、アレックス星がまだ抵抗を続けているというのは、時期が矛盾しないかね?」

「ガトランティス帝国は複数の方面軍を持ち、同時並行で侵略をしていました。あるいは、白色彗星だけが先行してアンドロメダ銀河、天の川銀河に到達していたと仮定すれば、一応の説明はつきます」

「ここで重要なのは、敵の撤退を許してしまった事です」

 

 

外務大臣に替わって、国防大臣のローハン・ヴィハールが起立した。

 

 

「いくら大帝と主要な閣僚を失ったからといっても、先程の外務大臣のお話にもありました通り、ガトランティス帝国はあまりにも強大で、十分に余力を持っている事は間違いありません。必ずや、報復に出てくるでしょう」

「それはどうだろうか?」

 

 

農商務大臣エリク・アブラハーメクが、着席したまま右手を軽く挙げて異を唱える。

でっぷりとした腹をスーツの前のボタンを留めて隠し、自説を述べた。

 

 

「2201年以来、ガトランティスは姿を現していない。我々も、残党軍との戦闘があったことは承知しているが、本格的な再侵攻を開始したという話は聞いていない。それが、6年も経った今頃になって『再侵攻の恐れがある』と言われても、いまいち説得力に欠けるのではないかね?」

 

 

彼の言うとおり、あの時以来ガトランティスは地球に攻め込んできていない。

もしも彼らに復讐の念があるのなら、他の方面軍から兵を引き抜いてでも仇打ち艦隊を差し向けて当然なのである。

しかし実際には、白色彗星陥落の際に地球周辺にいた艦隊は撤退するか、残党軍へと身を窶していった。

つまり、彼らには仇打ちをする気がないか、その余裕がなかったということになる。

 

 

「再侵攻しないと言い切る事は出来ません。『想定していませんでした』『予想外でした』では済まないのです」

 

 

なおも酒井が食い下がる。

 

 

「来るか来ないか分からない敵よりも、まずは目の前の復興と発展に力を入れるべきではないのか? 今もアフリカ方面では慢性的な食糧不足が続いているのだぞ? 上手いメシ食っている軍人達には分からないようだがね」

 

 

ローハンと酒井は殺意を以てエリクを睨みつける。

ディンギル戦役から4年経った現在、各国の旧大都市は人口が爆発的に増加して建築バブルに沸いている一方、いわゆる地方都市、或いは田舎と呼ばれていた場所は荒廃が進んでいる。

それは職を求めて多くの人口が―――若者に限らず―――都市に流入してくるからであるが、もうひとつ重大な理由がある。

ガミラス戦役の際に多くの大都市に地下都市が建造され、幾度の戦役に於いても地下都市が避難所として機能したため、大都市ほど戦役による人的・財産的被害が少なかったのである。

この現象は世界中で発現しており、特にアフリカや東南アジアなどでは戦災を期に第一次産業を捨てて都会に出る者が激増している。

そのため現地での食糧自給率が急激に低下し、職にはありつけても食にありつけない若者が増えている。

 

その一方で、いつの世でもどこの国でも、軍人は食糧面で優遇措置を受ける。

戦闘行為によって失ったカロリーと士気を回復するには、より充実した食事が必要不可欠だからだ。

そのため、軍艦内には艦内菜園や人口肉精製プラントが設置されると共に、航海に出る際には豊富な量の常用・非常用備蓄食糧が積載される。

それは時には民間への食糧配給を圧迫するほどで、実際、ヤマトがイスカンダルへ旅立った際にも、坊ノ岬工廠内の備蓄食料をかき集めて半年分の備蓄食料を確保したのだ。

 

 

「それに、あの時と違って我々には強力な戦力が十分に揃っている。今回の会戦も、敵は戦艦、空母を含む16隻ながら完成前の空母2隻にてこずり、応援に駆け付けたアンドロメダⅢ級戦艦が敵を撃破する様はまさに鎧袖一触だったようではないか。あの時とは違うんだよ、あの時とは」

「その慢心が6年前の悲劇を生み出したのではありませんか!!」

 

 

ローハンは思わずダン!!と激しく拳でテーブルを叩いた。

各々の前に置かれたティーカップの中身が揺れ動く。

 

 

「宇宙の脅威はいつやってくるか分かりません。ガミラスの時も、暗黒星団帝国の時も、今回の遭遇戦だって、敵がやってくる前兆は一切ありませんでした。いや、予兆のあった白色彗星やディンギル帝国の時ですら我々は負けたのです。我々に慢心などという贅沢は許されないのですぞ!」

 

 

卓上の両手が震え、エリクの顔が怒りに歪んでいく。

周りの閣僚は二人の舌戦を唖然としたまま、硬直したままで見ている。

大統領は口を真一文字に結んだまま、両者に見定めるような視線を送る。

 

 

「今こうしている間にも、新たな脅威が着々と地球侵攻の準備を進めているかもしれない。それも、第三次整備計画を完遂しても防衛艦隊の復旧には到底届かない事実を知っておいていただきたい。確かに防衛艦隊はガトランティス戦役のときまで戦力を回復していますが、生活圏が太陽系外に拡大しつつある現代、その全てに十分な防衛戦力を配置するにはまだまだ不十分です。まさか貴方は、自分がいる地球本星だけ助かればいいと仰るのですか?」

「なんだと貴様!? たかだか長官の分際で大臣の私を愚弄するか!!」

 

 

顔に血が上ったエリクは椅子を引いて立ち上がり、口角に泡を溜めながら怒鳴りつける。

負けじとローハンも立ち上がり、エリクを指差して罵倒する。

 

 

「貴方みたいな権力に胡坐掻いて自分の立場に固執して私腹を肥やしている人がいるから、地球連邦はいつまでも進化しない敗戦国なんですよ! 地球が独力で敵に勝った事がありますか? ないんですよ! スターシャしかり、テレサしかり、マザー・シャルバートしかり、いつだって最後はヤマトと親切な協力者が地球を救ってくれた。そんな幸運がいつまでも続く保証はどこにもない! 我々がやるべき事は何よりも富国強兵なんですよ!」

「貴様、言うに事欠いて――――――!」

「まぁまぁ、そう興奮しなさんな、Mr.アブラハーメク、Mr.ヴィハ―ル。」

 

 

ヒートアップした二人を窘めるのは閣僚の中で最年長の、ナムグン・ジョンフン内務大臣。

 

 

「Mr.アブラハーメク、国防大臣と司令長官は自らの職責に則って発言しているのですから、それを否定するのはお門違いというものですよ。軍事に関しては我々の方が素人なのですから。ですよね、大統領?」

 

 

視線を向けて同意を求めるナムグン。

大統領は言下にそれを肯定した。

 

 

「そのとおりだ。過去、我々は貴重な忠言を無視したがために手痛い目に遭ってきたのだ。私は、彼らの警告を真剣に受け止めなければならないと思っている」

 

 

そういう大統領の脳裏には、太陽活動が異常増進をきたしたときの事だった。

彼は当時、黒田博士の言を信じてサイモン教授と藤堂平九郎長官の忠告を黙殺した。

その結果何が起こったかは彼自身が一番自覚しており、それ以来彼は宇宙の異変に敏感になっていたのだ。

 

 

「Mr.ヴィハ―ルも、仲間を根拠も無く愚弄するのはいただけない。先程の暴言は撤回しますね?」

 

 

「……………………は。少々、興奮してしまったようです」

 

 

満面の笑顔で問いかけるナムグンに冷水を浴びせられたように熱を醒まされたローハンは、言葉少なく発言を撤回した。

謝罪の言葉が無かった事にエリクは再び口を開こうとするが、ナムグンに視線で射抜かれると釈然としないと言わんばかりの態度のままどっかりと席に戻った。

 

事態がひとまず落ち着いた事を見計らって、ナムグンはさらに議論の進展を図る。

 

 

「大統領、閣下はいま我々が考えるべき事は何だとお考えですか?」

 

 

仕切り直しの切っ掛けとして話を振られたことを即座に理解した大統領は、浮ついた場の流れ引き締める為に、わざと勿体ぶって口を開いた。

 

 

「うむ……。まずは情報収集。もうひとつはガトランティス再侵攻への備え。あとは、救助者の処遇だと思う」

 

 

大統領の無言の意志を読み取って、酒井は敢えて平然とした口調で話を繋ぐ。

 

 

「防衛艦隊の再建についてですが、第三世代型主力戦艦については度重なる設計変更と『江凱』爆沈事故の影響で建造計画に大幅な遅延が生じています」

 

 

現状では、と前置きして酒井は記憶と頼りに防衛艦隊の現状を報告した。

 

 

「第三次整備計画の内、主力戦艦級が31隻、アンドロメダⅢ級が9隻竣工済となっております。現状の防衛艦隊と合わせれば、アンドロメダⅠ級2隻、アンドロメダⅡ級4隻、アンドロメダⅢ級9隻、主力戦艦級は第一世代が13隻、第二世代が19隻、第三世代が31隻。戦闘空母は5隻、巡洋艦は第一世代が18隻、第二世代が15隻、第三世代が37隻。駆逐艦が三世代全部で151隻となっています。しかし、先程も国防大臣が仰られていた通り、これだけの編成で敵に勝てるのかどうか、情報が一切ない現状では判断のしようがありません」

「しかし、情報収集といっても相手はアンドロメダ銀河、アレックス星に至っては250万光年先ですぞ。ガルマン・ガミラスから情報を仕入れようにも、デスラーは異次元断層の向こうですから……」

 

 

そう疑問を呈するのは財務大臣コンスタンス・カルヴァート。

 

アクエリアス戦役以来、デスラー率いるガルマン・ガミラスは調査と新天地の開拓をかねて異次元断層の向こうへ旅立っている。

デスラー自ら出向いているのは、赤色銀河との衝突でボラー連邦が壊滅したために敵がいなくなったこともあるが、再びアクエリアスのような災厄が起きないように断層の向こう側を徹底調査して、敵がいれば調伏させてくる気らしい。

したがって、今の天の河銀河中心付近には領地復興の陣頭指揮を執っているキーリング参謀長と最低限必要な戦力しかいないらしい。

 

 

「それでも、デスラーの股肱の臣であるキーリング参謀長なら、何か知っているかもしれない。特使を送って損はなかろう。Mr.酒井、遣ガルマン・ガミラス艦隊の編成を頼めるか?」

「閣議終了後、直ちに」

 

 

軽く頭を下げて黙礼する酒井。

 

 

「あとは、救助者の二人から事情聴取すれば事足りるでしょう。何せ、この件の当事者ですから」

 

 

ナムグンがこの話題について締めくくりにかかる。

年齢と政治家歴が私に次ぐ彼は、司会としてよく閣議をまわしてくれている。

 

救助者、か。

大統領は唇だけでそう呟いた。

 

 

「では、その救助者……報告書によるとアレックス星第三王女サンディ・アレクシアとその―――侍従猫? のブーケですが、彼女らの待遇と処遇をどういたしましょうか?王女ということになれば、独立した星間国家として国賓級の対応をとらなければならなくなりますが」

 

 

ナムグンが大統領へと伺いを立てる。

 

 

「内務大臣。その話はまだ時期尚早かと思われます」

 

 

そこにミシェルが噛みつくと、ナムグンは意外そうな表情でミシェルに首を向けた。

 

 

「……時期尚早? 王女への応対を決めるのに時期があるのか?」

 

 

ええ、と同意しながら、ミシェルは卓上の一点にポインタを差した。

 

 

「国賓として迎えるという事は、我々がアレックス星を承認するという事。当然、国賓とする以上はいずれ本国にお送りしなければなりません。そうなれば和親条約を締結して国交を結び、互いに連絡便をつくったり駐在大使を置いたりなど、様々な交流を図る必要があります。我々がアレックス星に対して何の需要が無くとも、です」

 

 

ミシェルはさんかく座銀河と天の河銀河の間で赤い光点を往復させる。

 

 

「250万光年も先の星へ安定かつ継続的に宇宙船を運用する技術を、我々は未だ持ち得ていません。万が一可能だとして、ガトランティス帝国と戦争中の星と国交を結ぶ事に何のメリットがありましょうか? いくら地球人類に酷似した種族でイスカンダルのスターシャの遠縁とはいえ、今この時期に国交を結べば、それはガトランティス帝国をいたずらに刺激することになります」

 

 

ハッとした顔をして、一転渋い顔をするナムグン。

他の閣僚もそのことに考えが至っていなかったのか、驚愕した表情をしている。

 

 

「報告書によると、戦艦『スターシャ』を含む遣イスカンダル艦隊がアレックス星を出発したのが約1年前で、太陽系に到達したのが今日の昼前。さんかく座銀河の近くにはガトランティス帝国の領地であろうアンドロメダ銀河。時間とリスクに相応な利益を得ることができるかどうかは未知数。このような星と交流を持つ事に、私は極めて懐疑的です」

 

 

一気にそこまで言い切ると、最年少の閣僚はゆっくりと席に戻る。

 

 

「なればこそ、我々はアレックス星について良く知り、熟慮の上で判断をしないといけないのです。軽々な決断は、後々になって問題を創出しかねません」

 

 

エリクも、10歳以上年下のミシェルの意見に賛同して、

 

 

「そもそも、アレックス星とやらが今もある保証などどこにもない。例え今はまだあったとしても、我々が援軍を送って到着する頃には占領されてしまっているのではないか? だとしたら国交を結ぶ必要もないし、国賓としてもてなす必要もないだろう」

 

 

と、反対の意を表した。

 

 

「そこまで仰るのなら、彼女達の待遇について腹案があるのでしょうな?」

 

 

一度は落ち着いたローハンが、再び疑いの目でミシェルに問う。

ええもちろん、とミシェルは頷いた。

 

 

「アレックス星の状況がはっきりして我々の取るべき道が決まるまでは、彼女たちには身分を隠してもらいます」

 

 

ほんの数瞬、場に沈黙が訪れる。

あまりに奇想天外すぎる提案に、初老を迎えつつある閣僚たちは頭の中で彼の言葉を反芻する。

 

 

 

「…………つまり、揉み消すということか?」

 

 

正気を疑うような目を向けるローハン。

エリクも驚きと呆れが半々の表情を浮かべる。

頷いたミシェルは、咀嚼するように、言い含めるように詳しく言いなおす。

 

 

「言い方を悪くすればそうなりましょう。――――――我々は戦艦『スターシャ』から誰も救出しなかった。『スターシャ』は戦闘の最中に撃沈され、生存者は誰ひとりいなかった。従って、我々はアレックス星に行く必要もなければ存在も知らない。――――――つまりは、そういうことです」

 

 

「くだらんっ。そんなことをしたって何の意味もない。第一、誰に対して隠すというのだ」

 

 

コンスタンスが、呆れ果てたと言わんばかりにプリントを放り投げる。

他の閣僚も相好を崩して苦笑いを浮かべる。

 

 

「勿論、ガトランティスにです」

 

 

ご説明いたしましょう、と言いながらミシェルは紅茶を一口すすった。

 

 

「この報告書を見る限りですが、ガトランティス帝国はアレックス王国軍との艦隊決戦のあと戦艦『スターシャ』を追いかける為に追討部隊を編成して、一ヶ月に渡る追撃戦を行ったようです。さて皆さん、たかが負傷艦一隻のために、一ヶ月も追いかけるなどということが通常あるでしょうか?」

「目当てはサンディ王女、だな」

 

 

ミシェルの言わんとする事が何を指すか、自然と察しはつく。

大統領は口に出して、他の閣僚は心の中でその名を呟いた。

 

 

「その可能性は大いにあります。サンディ王女を保護した事が向こうの知るところとなれば、必ずやガトランティスは攻めてくる事でしょう。今の地球防衛軍がガトランティスに勝てるかどうかはともかく、少なくない損害を受ける事は火を見るより明らか。そういった面でも、現状に於いてサンディ王女をアレックス星第一王女として扱う事は百害あって一利なしと言わざるをえません」

 

 

納得のため息が会議室に響く。

柔和な顔を崩さないナムグン内相も、対立していたローハン防相とアブラハーメク農商務相も、閣議が始まってから一言も発していない運輸相と文相も、特に異論はないようだ。

 

 

「幸いにも、ガトランティスの方は我々がサンディ王女を救出した事を知らないようです。ガルマン・ガミラスから情報を仕入れるか、或いは防衛軍の再建が完了するまでの間、彼女らを隠し通す事は十分に可能だと考えます」

「――――決まったな」

 

 

議論を締める為、大統領は立ち上がって宣言した。

 

 

「サンディ王女は当分の間、公式には辺境開拓地から避難してきた一般連邦市民として扱う。今後、傍受の恐れがある一切の通信手段に於いて彼女の名を出すことは禁止。地球、或いは近傍の小惑星にて厳重な保護と監視下に置く。異論はあるか?」

「彼女の身柄は、生命工学研究所の簗瀬博士の元に預けるのがよろしいかと思います。彼女はサーシャ―――真田澪育成において、養父真田志郎と共に多大な功績を挙げています。今度も上手くやってくれる事でしょう」

 

 

うむ、と大統領は鷹揚に頷く。

 

 

「ならば、サンディ王女の周辺については、簗瀬博士に一任しよう。後は閣議決定に従って、各人の権限の中で最大限に動いてくれ」

 

 

かくして、漂流者二人の運命は、30分足らずの閣議で確定した。




真田澪は、異星人研究の第一人者である簗瀬教授の助言の下、真田志郎が養父として育てていたという設定にしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話

今回は、ヤマトには恒例の宇宙葬のお話。
ただし原作と違って基地内で行われるので、もう少し形式ばったものになっています。


【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマトpart2』より《宇宙の神秘》】

 

 

 

地球連邦の母星である、太陽系第三惑星地球。

 

 

その唯一の衛星であり、45億年の旅の道連れである、月。

 

 

月は太陽と共に地球に生命をもたらす切っ掛けを作り、その進化と発展を40億年に渡って見守り続けてきた。

 

 

常に地球を見つめ続けて回る姿は、夜のそれはまるで目を見張って地球を監視している父のようであり、昼間のそれは陰からこっそり見守っている母のよう。

 

 

地球に生きるものもまた、常に月を仰ぎ続けてきた。

 

 

それは地球に人類が栄えるようになってからも同じで、あるいは文学的に、あるいは科学的に、あるいは感傷的に、あるいは感動的に月を見つめてきた。

 

 

 

そう。

 

 

 

地球の永遠の伴侶は、地球人類にとっても永遠の伴侶なのだ。

 

 

 

地球防衛軍月面基地。

太陽の光を受けて白銀に輝く月面において、なお一層白く輝く構造物。

敢えて黒一色のアスファルトで舗装された滑走路と、その中央に引かれた一本の点線。

クレーターより深く月面を抉って造られたドックには、ひっきりなしに船が出入りしている。

 

 

宇宙船が日常的な移動手段として確立しつつある現代、その整備施設―――つまりは船渠のことだ―――は必須の物となり、かつてガソリンスタンドや自動車整備工場が広く普及したたように、主要航路上には浮きドックが滞游し、人が居住する星には最低限一基は修理ドックが建てられるようになった。

 

 

地球に一番近い星である月面基地もその例外ではなく、その地下に建造された人類最古の宇宙船用ドックは、近代化改修と規模拡張を繰り返しながら今でも第一線で活躍している。

 

 

殊に、地球に降下する船は大気圏再突入前にメンテナンスを受けることが多かった。

 

 

かくして、月面基地は本日も満員御礼の賑わいであった。

 

 

 

 

 

 

2207年10月19日17時08分 月面基地修理ドック

 

 

先日冥王星にてガトランティス艦隊と丁々発止の戦いを繰り広げた第4演習艦隊は、一ヶ所のドックに2隻ずつ入渠して、戦いの傷を癒している。

ただし、重病を患ったり重傷を受けた人が集中治療室に入るように、大きな損害を受けた艦は特別にドックを独り占めする事になる。

今回の場合、『シナノ』と『ニュージャージー』がその例に当てはまっていた。

 

現在、『シナノ』と『ニュージャージー』は隣同士のドックに入り、損傷部分の装甲板を外されている。

新しい装甲板に交換するためと、内部の損傷部分とその程度を判定する作業を行うためだ。

 

『シナノ』の主な損傷部分は艦首から第一艦橋に至るまでの艦体正面と、右舷対空砲座群。

『ニュージャージー』は艦後部と下部を除いた全面。

装甲板を外された軍艦は、地上から見上げれば鉄色の梁と柱を張り巡らせた鉄筋性のビルに見える。

特に艦首波動砲のライフル部分は、外装を剥がしてみると最終収束装置から放射状に伸びて砲口に繋がっているのがよく分かる。

 

 

研究所出身のクル―は、久々に着た研究所の制服―――といってもカーキ色の作業着だが―――を着て、設計図と睨めっこしていた。

 

 

「――――――ねぇ、徳田さん」

 

 

視線を図面から離さずに徳田さんが応える。

 

 

「なんだ?篠田」

「俺達、実戦を経験するために『シナノ』に乗り込んだんですよね?」

「そうだな」

「小川、俺達、艦の公試に出掛けたんだよな?」

「そうですね」

「成田、俺達、そこで実戦を経験したんだよな?」

「ああ、間違いなくな」

「じゃあ何でまだクル―の制服を着ているんだ、俺達は!?」

 

 

そう言うなり、恭介は作業着を勢いよくはだけさせた。

中から見えるのは、白地に青い碇のマーク。

それは、彼らがいまだに軍に属していて、『シナノ』のクル―である証だった。

 

 

「篠田……そんなことを言っても何も変わらないぞ……」

 

 

そう、疲れた声を出す後藤。

 

 

「もはやそんな元気残ってねぇ……」

 

 

両手を突っ張って項垂れる小川。

2徹を過ぎて三日目の労働に突入した皆の疲労は、ピークに達していた。

 

 

「もう駄目、限界……」

 

 

ついに遊佐が崩れ落ち、製図台に身を委ねる。

 

 

「普通、航海したら半舷上陸とか、戦闘行動したら特別危険手当とか、そういうのあるんじゃねぇの? なんで一緒になって修理してるんだ、俺らは!?」

「それ言ったら、実戦経験したんだからもう退役して研究所に戻ってもいいんじゃないかな……。へへ、ヘヘヘへ……」

 

 

そう呟く武谷も疲労がピークを迎えてグロッキーになっているのか、口元がニヤケていた。

 

 

「そして一番ムカつくのは……」

 

 

恭介がキッと製図台のすぐ傍の壁を睨む。

 

 

「何でお前らがここにいるんだ! あかね、“そら”!!」

 

 

そこには、ニヤニヤした顔でこちらを見物している簗瀬あかねと簗瀬そら―――サンディ・アレクシアの地球での仮の名前である―――がいた。

足元ではブーケが「もう諦めた」と言わんばかりの呆れ顔で二人を見上げている。

 

 

「なんでって言われても……ねぇ?」

「私達は見学してるだけなんだけど?」

 

 

そうとぼける二人の口元には、意地の悪い笑みが浮かんでいた。

 

―――月基地に寄港した直後、『シナノ』内の空き士官室に滞在していたサンディの元へ、由紀子さんがやってきた。

勿論あかねの母としてではなく、異星人研究の第一人者および地球連邦政府の使者としてだ。

そこで、サンディとブーケは地球連邦政府の決定と自身の処遇を聞かされたらしい。

それは、要約するとこうだ。

まず、地球連邦政府としては、現状でアレックス星と国交を結ぶ訳にはいかないこと。

従って、サンディを王女として扱うことはできず、またアレックス星へ送り返す技術もないこと。

将来はどうなるか分からないが、当分の間は地球連邦市民として生活してもらう事。

異星人研究をしていてサーシャ―――真田澪の育成にも多くのアドバイスをした実績のある由紀子さんが保護監督責任者に任命され、簗瀬家の養子として戸籍が与えられた事。

しばらくの間は月面基地内の病院で身体の基礎データを取り、吟味した上で生活上の制限を解除していくとの事。

ちなみに、地球人としての名前である「そら」は由紀子さんの命名である。真田澪の名も由紀子さんが名付け親だったそうだ。

 

 

由紀子さんの話を黙って聞いていたサンディ王女は、視線を落とすとそっと涙を一筋流したという。

ブーケも頭を垂れて俯いたまま、一言も発しなかったそうだ。

それも仕方ないだろう。

由紀子さんが伝えた事は要するに、「アレックス星に帰る事は出来ないから地球人として生きていけ」という事だ。

一年前に故郷を発って、あるかないかも分からない星を探して宇宙を彷徨って、一ヶ月も敵に追いかけられて、艦も部下も失った上に辿り着いた見たことも聞いたこともない星にもしかしたら永住しなければいけないと言われたら、誰だって絶望してしまうに違いない。

 

むしろ、サンディ王女が叫びもせず取り乱しもせずに静かに現状を受け入れていたと由紀子さんから聞いて、驚いたくらいだ。

きっと一国の王女として、無様な姿を晒すまいと号泣したい衝動を必死に堪えたのだろう。

だから、今度会ったときくらいは優しく接してやろうかとも思っていたのだが。

 

 

「ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ! 民間人が入っていい場所じゃない!」

 

 

仏心を出そうと思っていた自分が馬鹿みたいだ。

サンディ・アレクシアは王女でなくともお転婆なままで、はじめて会った時と寸分変わらないむかつく女だったのだ。

 

 

「ユキコから聞いてない? 今の私の肩書きは地球連邦大学特別招聘講師兼生命工学研究所バイト見習い候補生よ」

「で、私はそらのお目付け役。恭介もお母さんから聞かされてるでしょ?」

 

 

確かに、サンディが近いうちに地球人としての立場を与えられるという話は聞かされていた。

イスカンダル人が体質的に地球にあまり馴染めないことや、地球の文化慣習に習熟させる意味も含めて、しばらくは月で暮らすことになることも聞いている。

しかし、だからといってこうも早くあっさりと登場するとは思わなかった。

仮にも星の王女様なんだからもっとVIP待遇を受けているのかと想像してたけど、付き添いがあかねだけとはどんな冗談だ。

 

 

「聞かされてねぇよ……。しかも、意味も分からない癖に長い肩書きを全部暗記しやがって。無駄に地頭の良い奴だ」

 

 

バイト見習い候補生などという言葉、恭介は生まれてこの方聞いたことなどない。

 

 

「……そりゃ、覚えるわよ。この肩書きが、私がここにいるために必要なものだってことは、良く分かってるもの」

「………………」

 

 

先程と打って変わって見せる沈んだ口調に、恭介は口を衝いて出かかっていた言葉を飲み込んでしまう。

 

今のそら―――サンディ・アレクシアの肩書きは、彼女が秘密裏に月面基地に滞在できるようにするために、由紀子さんが手配したのだろう。

しかし、彼女に一般企業の社員の立場を与えることはできない。存在自体が秘密であり、また連邦政府の厳重な管理と保護の元にいなければならない彼女は、おいそれと民間人の手に委ねることはできないのだ。

ましてや、ここは地球連邦軍月面基地。そこに軍人じゃない者が住み着いていれば、色んな意味で目立つだろう。

だから、国や連邦政府が口出しできる連邦大学や国立行政法人に籍を置くことは、十分に考えられる話だ。

 

そら―――サンディ王女も、王族とはいえ戦乱と政府の都合に振り回された被害者であることを思い出したのだ。

 

 

「でも、それだと二人がいる理由がまだ説明されてないよね」

 

 

視線だけを二人に向けて呟く武谷に、皆も同意する。

 

 

「確かにそうだ。あかねちゃんはコスモクリーナーEの整備があるからともかく、サンディ王女までここにいたらまずいですよ。一応、軍艦は機密の塊ですから」

 

 

徳田さんも同意する……って今、聞き逃せない言葉を聞いたぞ?

 

 

「徳田さーん、アンタいつのまに人様の妹をちゃんづけで呼んでますか~?」

「いやいや、今は俺じゃなくってあっち! あっちだってば! 顔が怖いぞ篠田! 寄るな来るな近づくな!」

「トークーダーサ~~~~~~ン?」

「重い! 妹愛が重すぎる!!」

「だってさ、あかね。貴女、お兄ちゃんに愛されてるわね~~~?」

「は、ははは……。でも、今はそらにとってもお義兄ちゃんなんだよ?」

「……………………………………………………。とんだシスコンね」

「んだとテメェ! 俺もお前みたいな兄に敬意を払わない妹なんぞまっぴらごめんだ!」

「私こそこんなお猿さんが義兄なんてごめんよ! 私には貴方の何百倍もカッコいい本当の兄がいるんだからね!」

「……アレ? 私も恭介に敬意とか払ったこと無いかも……」

「義兄、か…………」

「小川!? お前、まさか……」

「違う! 違うぞ後藤! 篠田もこっちにロックオンするな!」

「オーガーワーサ~~~~ン?」

「うるせぇ……お願いだから静かに寝かせてくれよ…………」

 

 

たまらず、遊佐が床に崩れ落ちた

皆が素に戻った一瞬をついて、武谷が苦笑いしながら話を戻す。

 

 

「ハハハ……三人が揃うと本当に賑やかだね。それで、結局のところ何で二人は?」

「それは……」

「俺が呼んだんだ」

 

 

あかねを遮るように背後からかかる、聞き覚えのあるしわがれた声。

続いて聞こえる、幾人もの足音。

 

 

「え!?」

「所長!!」

「なんでここに!?」

 

 

そこには、名古屋に居るはずの国立宇宙技術研究所の仲間が全員揃っていた。

意地の悪い笑みを浮かべる所長の前に、皆が集まる。

 

 

「竣工してもいないのに『シナノ』が中破したって聞いたから、驚いて飛んできたんだ。それより……、さっそくの実戦で大変だったな、お前ら」

 

 

俺達の無事を確認するように一人一人の顔を順に見やり、ふと所長は労わりの表情を見せた。

 

 

「ええ、大変でした。まさか出航していきなり実戦になるとは思いませんでした……」

 

 

製図台から顔だけ振り向き、疲れた笑顔を見せる遊佐。

言葉に反して、所長に再会できた嬉しさが滲み出ている。

 

 

「そうですよ。空母たった2隻で16隻もの艦隊と戦うなんて、沈没しなかったのが不思議なくらいです」

 

 

後藤が会戦を振り返って、しみじみと答える。

 

 

「それで、サン……そらさんがここに居るのは何故なんですが?」

 

 

武谷が問う。

飯沼所長と二階堂さんが、あかねとそらを交互に見やる。

 

 

「それはだな武谷。彼女の星の、地球よりはるかに進んだ技術をなんとかして取り入れる事ができないかと思ったんだ」

「技術……? 彼女から?」

 

 

恭介が、武谷が、遊佐が、徳田が、そして後藤が謀ったように一斉に後ろを向いて、顔を寄せる。

 

 

「(おいおい、このお転婆姫から何か引き出せると所長は本気で思ってるのか?)」

「(シッ、遊佐おまえ、所長にぶん殴られたいのか?)」

「(いや徳田さん、でも正直……て思うじゃないですか)」

「(そういう小川もサラッと酷い事言ってるぞ。まぁ、否定はしないが)」

「(僕も、彼女が何か有益な情報を知っているとは思えませんねぇ)」

「(((((う――――――――――――………………)))))」

 

 

ヒソヒソと声を潜めつつ、皆が半信半疑の目をそらに向ける。

一斉に義妹に向けられた疑念の目を、恭介は当然のことと受け止めた。

武谷にまでああ言われたら、人としておしまいだと思う。

 

 

「なんでぇ。おみゃあ、俺の判断が信じられネぇってのか?」

 

 

久々の名古屋弁が所長の口から飛び出る。

すると疑惑の視線が飯沼さんへ、似非名古屋弁への批判も込めて向けられる。

しかしそんな視線もどこ吹く風、所長はフフン、と鼻を鳴らしてそらに発言を促した。

王女は呆れたと言わんばかりに両手を腰に当て、

 

 

「……なんか皆、私のことをお転婆姫みたいに……。一応、皆とは同年代相当なのよ?」

 

 

実際お転婆だろ、とはあえて口にしない。

いくらイスカンダル星人が1年で17歳相当に成長するからってアレックス星人がそうとは限らないし、普段の言動を見てると精神年齢は精々地球人の高校一年生ってところだ。

 

 

「それに、ウチの王族には必ずなんらかの研究分野で、ええと、こちらの言葉だとガクイっていうのかしら? それを取得するという伝統があってね。戦争中に生まれ育った私は、自然と軍事関係の分野に進んだの。私の専攻は造船学。『スターシャ』の建造にも少しだけ関わってるんだからね、これでも」

 

 

同じポーズのまま、エッヘンと言わんばかりにペチャp……自信満々の態度を取る。

 

 

「……………………へ?」

 

 

事前に聞いているのであろう、飯沼所長と二階堂さんがうむうむと頷く。

物の怪を見るような目の武谷たちとは対照的だ。

恭介の顔も、彼らと似たり寄ったりだ。

 

 

「だから、私も貴方達と同じ、技術屋の端くれなわけ。分かる?」

 

 

思わず目ン玉が眼窩からポロッとこぼれ落ちそうになる。

 

このお転婆姫が?

 

工学博士のタマゴ?

 

戦艦の建造にも関与している?

 

こんなみょーちくりんと同じ立場?

 

互いの顔を見合せ…………

 

 

「「「「「「なんじゃそりゃ――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!」」」」」」

 

 

ドックの中心で宇宙の理不尽を叫んだ。

 

 

「ハァ……ホント、男ってバカね」

 

 

通りかかった冨士野シズカの一言が身に染みた……。

 

 

 

 

 

 

10月20日10時17分 月面基地 『ニュージャージー』最上甲板

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマトⅢ』より《勇者の死】

 

 

先の会戦で全身くまなく手ひどい傷を負った『ニュージャージー』は、寄港して以来連日連夜に渡って損傷個所を修理してる。

寄港した時の艦は、青空色に塗装された新品のボディに輝いていた艦体がまるで老兵のように皺枯れ、朽ち、、煤け、ボロクズの廃艦と間違われても仕方がない有様だった。

現在は損傷の激しい外装が取り外され、比較的損傷の少ない艦内部の様子が露わになっている。

艦の外側には落下防止用のブルーシートが張られて修理用の足場が組まれ、そのいたるところに工員が貼りついて、火花を散らして修理作業を行っていた。

しかし、その作業が今は一旦中止されている。

修理よりもよほど大事な儀式が、今まさに行われているのだ。

 

いまだに無残な姿を晒している一番主砲塔の前。千切られた砲身の直前、演説に立つ壇上で俺は、眼下にずらりと並ぶ箱の列を目に焼き付ける。

 

縦2メートル、横1メートル、深さ50センチ程の、白木で作られた飾り気の無い木箱。

箱の上には写真立てと、水色を下地に白抜きの地球が描かれた地球連邦の旗が掛けられている。

 

その数、51。

 

冥王星会戦によって殉職した、空母『ニュージャージー』の宇宙戦士を収めた柩だった。

 

軍葬は、大きく分けて二種類ある。

ひとつは、遺体を祖国に持ち帰り、その国の戦没者を慰霊・顕彰する施設で追悼式典を行うもの。

合衆国の場合、アーリントン国立墓地がそれに相当する。

もうひとつは、遺体の損傷が酷い、或いは何らかの事情で祖国へ移送できない場合に行う、現地での簡単な葬儀。部隊葬ともいうそれは、遺族へはドッグタグや軽量な遺品だけが送られ、祖国の墓には何も入らないことが多い。

遺体を冷蔵保存する設備が十分に整っていなかった昔の軍艦などでは、航海中に死亡した水兵を柩に入れて海に流す水葬という方法が主流だったという。

水葬の概念は23世紀の今も残っていて、宇宙航行中に死亡した遺体は紡錘状のカプセルに安置され、葬送の式典とともに宇宙空間に放出される。

これを俗に、宇宙葬という。

今回の場合、戦闘終了後すぐに月面基地に帰投したので、宇宙葬にする前に基地内の遺体安置室に収容する事が出来た。

今行っているのは、祖国で行う軍葬の前に行う、部隊葬の一種だ。

エドワード・デイヴィス・ムーア艦長は、物言わぬ彼らに語りかける。

 

 

「武運つたなく散った宇宙戦士たちよ。我らが誇るべき優良なる合衆国市民よ。

君達の奮闘と、尊い犠牲のおかげで、地球人類の仇敵たるガトランティス帝国軍を討ち破り、大恩あるイスカンダルのスターシャの縁者である、サンディ・アレクシア王女を守ることが出来た。艦長として、一人の地球人として、君たちの献身に深く感謝する」

 

 

彼らは、エドワードが奴らに戦いを挑んだ所為で命を落とした、前途有望だった若者たちだ。

 

彼らは自分を恨んでいるのだろうか。

……やはり、恨んでいるだろう。

 

さよならも言えないまま告げる別れ。

それがどれだけつらいものかは、暗黒星団帝国襲撃の際に妻を亡くしたエドワードにはには自分のことのようにわかる。

 

ああ言えば良かった

 

ああしておけば良かった

 

もっと優しくしてあげればよかった

 

もっと労わってあげれば良かった

 

もっと愛してあげれば良かった

 

失ってから、自分がいかに薄情で恩知らずな男だったかということに気付くのだ。

二度と逢えないと理解してから、やり残したことに気付くのだ。

 

 

「……本来ならば、御遺族には遺品とともに君達の最後を伝え、立派な海軍葬を以て祖国に帰すところである。

しかし、事が高度に政治的な問題を抱えているがゆえに、此度の会戦は公式には記録されず、君達の死は訓練中の事故として処理されることになった。

よって今は、君達に十分な名誉を授けてやることが出来ない。

我々に出来るのは、祖国に送致される前にこうして艦内で弔意を表すことだけだ」

 

 

柩の中身は、箱ごとにバラバラだ。

 

眠っているようにしか見えない綺麗な遺体もあれば、

欠損した頭部の一部だけが安置されている柩もあるし、

ドッグタグとその人が普段使っていた日用品や私物だけしか入っていない柩もある。

 

柩を迎えにきた御遺族は、どう思うだろうか。

嘆き悲しむのだろうか。

それとも、現実を受け止めきれず呆然としてしまうのだろうか。

…………いっそ、彼らが戦死したことを信じてもらえないかもしれない。

 

一度下を向き、次に紡ぐ言葉を探す。

 

 

「だが、約束しよう。

いつの日にか、君達の魂は英雄の丘へ迎えられ、人々に哀悼と敬意を以て仰ぎ奉られる日が来ることを。

約束しよう。

歴史が君達に脚光を向けることがなくとも、我々は君達の雄姿をこの魂に刻みつけ、その英雄譚を誇らしく語り継いでいくことを。

『ニュージャージー』乗組員生存者47名は、君達のことを、決して、忘れない!!

 

…………忘れない。

 

―――――――――――――――眠れ、安らかに。君達の魂に、救いがあらんことを」

 

 

ゆっくりと、胸の前で十字を切る。

タイミングを見計らった儀仗兵が彼らの柩に歩み寄り、連邦旗の下に三角形に折られた星条旗を置いていく。

艦の左舷側から順に柩が一つ、また一つと担ぎ上げられる。

いよいよ出棺――――――永遠の別れを告げる時が来た。

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち』より《英雄の丘》】

 

 

「捧げ―――、銃!」

 

 

2列に並んだ儀仗隊が、儀礼用の銃を一斉に身体の中央前に上げる。

奏楽隊がラッパを構え、葬送曲のメロディーを奏でる。

 

その間を、連邦旗に覆われた柩がゆっくりと運ばれていく。

 

その情景は静粛簡素。

ラッパの悲しげな音だけが周囲に響く。

直方体の柩が地球防衛軍の制服に身を包んだ4人の儀候隊に担がれ、1列縦隊で進んでいく。

 

一番砲塔前の左舷側には、傾斜の緩い長いタラップが臨時に設置されている。

タラップの先……ドックの岸には一機の小型輸送機が駐機している。

銀色の機体に塗られているのは、赤い十字架。

動く事叶わぬ彼らを天国に送る為の、御迎えの天使だ。

その天使の身体が鋼鉄製なのは申し訳ない限りだが、彼らには我慢してもらうしかない。

 

 

機体後部のカーゴドアがゆっくりと開く。

儀候隊によって次々と柩が機内最奥に収められ、我々の視界から消えていった。

 

これが、彼らとの永久の別離となる。

彼らの肉体と魂は、祖国に帰り、父母の元へ帰るのだろう。

さらば戦友よ。さらば勇者よ。

近い未来か遠き行末に、英雄の丘でまた会おう。

 

 

「敬礼!」

 

 

カーゴドアが閉まるのに合わせて、司式を勤める副長が号令をかける。

総員が、右手を心臓の位置に掲げて敬虔な敬礼を見せる。

セリザワをはじめ、艦内葬に参列していた『シナノ』の幹部も一様に敬礼を送る。

艦長であるエドワードは、挙手の敬礼で葬列を見送る。

 

サンディ王女も参列を希望していたそうだが、目立つ行動を控えてもらいたいという連邦政府側の意向で見送られたという。

命をかけて守った彼女が無事な姿を見せてくれれば彼らも少しは救われるだろうに、政府高官の冷たい態度を少し恨めしく思った。

 

輸送機がゆっくりと動き出す。

機は地上を走行したままドックを離れ、そのまま月面基地飛行場へとタキシングしていくのだ。

 

 

「空銃で―――、敬礼!」

 

 

捧げ銃を掲げていた儀仗兵が、斜め45度に銃を構える。連邦軍が武器として正式採用しているAK―01レーザー自動突撃銃ではなく、古式ゆかしい装飾のついた木製のライフル銃だ。

 

 

「発射!」

 

 

ダァァンンン………………

 

 

「敬礼! …………捧げ―――、銃! 発射!」

 

 

天井の高いドック内に、再び空銃が響き渡る。

 

 

「敬礼! …………捧げ―――、銃! 発射!」

 

 

ダァァンンンン………………

斉射3発の殷々たる響きが収まるに合わせたかのように、弔慰のラッパがその演奏を終える。

その頃には、輸送機も見えなくなっていた。

 

こうして、51柱の英霊と『ニュージャージー』生存者47名は、今生の別れを果たしたのだった。




サンディ・アレクシアの地球人名である「そら」とは「空」、つまりゼロ=零を意味します。真田澪の名前にも「零」の字が入っていますね。
この「零」とは「地球人としての生物的根拠がゼロ」という意味です。つまり、地球人ではないということを暗示しているわけです。

ええ、某00ユニットのパクリです。こじつけられちゃったのだからしょうがない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話

ヤマトにはなじみがないですが、若干の鬱内容です。
直接描写しているわけじゃないのでタグ登録するまでもないと思うのですが、念のため。


2207年10月27日

 

天の川銀河辺縁部 ガトランティス帝国旧テレザート星宙域守備隊ラルバン星司令部司令官公室

 

 

屈辱の冥王星会戦から、3週間の時が流れた。

 

手痛い敗北を喫したさんかく座銀河方面軍第19・1遊動機動艦隊の残存艦5隻は、地球よりアンドロメダ銀河方面に2万光年離れた天の川銀河辺縁部、旧テレザート星宙域まで撤退した。

そこで偶然にも哨戒中の味方艦隊に遭遇し、旧テレザート星宙域守備隊――――――元々は彗星都市による天の川銀河侵略に先駆けてテレザート星とその周辺の惑星に進駐した部隊である――――――の司令部が設けられている惑星ラルバンに寄港したのは昨日の事だ。

 

 

「しつこいぞオリザー! 今動かせる兵など一人もおらん!」

 

 

司令部の最奥、赤銅色の壁に囲まれた執務室に若い男の怒声が響き渡る。

広々とした部屋の最奥には、スパナの頭部のような形状の飾りを施されたチェア。ズォ―ダ―大帝が愛用していた華美な装飾が施されたそれと違って、こちらのチェアは質素なデザインをしている。

その椅子に座ったまま声を荒げているのは、地球人に換算すると20代後半と思われる白髪を短く切り揃えた男性。

若者でありながら髪どころか眉まで真っ白なさまは、ガトランティス広しといえども珍しい部類に入る。

反響した声が収まるのを待たずに、オリザーは反論するべく口を開いた。

 

 

「しかしガーリバーグ司令、奴らは大帝陛下を謀殺した憎き輩ですぞ! 今すぐに大艦隊を差し向けて完膚なきまでに粉々にするべきです! 司令が動かないのならば、せめて私に仇討ちの任を命じてください!」

「ならん! 仇討ちなどに裂ける余分な兵は無い!」

 

 

男はテーブルを両拳で強かに叩いて、拒絶する。

 

 

「主君の仇討ち以上に大事なことは無いではありませんか!」

 

 

直立したまま反論するオリザーも、興奮に声を震わせる。

寄港後、オリザーは報告と礼の為に基地司令の元を訪れていた。

現地民族の男の「主君がとっくに死んでいる事」という言葉を確かめるべく、司令に大帝の所在を尋ねたのだ。

すると司令は、事も無げに言ってのけたのだ。「大帝は6年前に進出先の星で敵に討たれて死んだ」と。

 

 

「私には分からない! 何故大帝陛下の死を6年も隠匿した揚句、地球を放置しているのですか!?」

「隠してなどいない! とうの昔に各方面軍には伝達してある! 貴様が知っているかどうかは、さんかく座銀河方面軍司令のダーダー殿下の判断だろう!?」

「では何故、貴方は揮下の兵に知らせないのです!?」

「貴様のようなやつがいるからだ。大帝が死んだとなれば、仇討ちを志願する輩が必ず出てくる。しかし今言ったように、我らにはそれをするだけの余力は無い」

 

 

「無い訳ないではありませんか!兵が足りないというのなら、他の戦線からも艦を引き抜けばいいだけの話です!」

 

 

これだから職業軍人は……と、ガーリバーグは苛立ちに頭をかく。

 

 

「…………愚かな。これだから、現場で指揮しているだけの頭でっかちは。いいかオリザーよ。ガトランティス帝国が何故これだけの広大な領域を支配できているか、貴様は分かるか?」

「無論、我々ガトランティス帝国軍の精強なる兵士が命を張ってくれているおかげです」

 

 

第一線で指揮を執ってきたオリザーは当然のように答える。

だが、それは若き司令官の期待したものではなかった。

 

 

「そのようなミクロの話をしているのではない。私が問うているのは、これだけ広大な領域を持ちながら、何故支配した星々で反乱が起きにくいのかということだ」

「……仰っていることの意味が分かりかねますが」

 

 

全く、本当に職業軍人ってヤツは……と、ガーリバーグは再び苛立ちに頭をかく。

 

 

「領土が広がると、辺境域になればなるほど中央政権による支配は届かなくなる。地方を管轄する支部では中央を欺いて私腹を肥やし、また被支配民族も反乱を起こしたり、地方領主とある程度の妥協が生まれたりするものなのだ。貴様に分かりやすいように例えるとだな…………、貴様がどんなに艦の規律を厳しくしたところで、末端の兵まではなかなか浸透しないだろう?」

「それならば、私にも分かります」

 

 

話が一歩進んだことに少々機嫌を直したように頷き、司令は話を続ける。

背もたれに体重を預け、自慢げな口調を隠さずに自説を披露した。

 

 

「我がガトランティスの場合、辺境域においても反乱や暴動が極端に少ない。その星を侵略する際に、先行した彗星都市が現地土着民どもを徹底的に殺し、蹂躙し、破壊し尽くして恐怖を植え付けて、抵抗する意志を破壊するからだ」

「…………言われてみれば、大帝陛下は弱った敵をことさらに執拗にいたぶることが多かったように思います」

「つまり、大帝陛下は優れた武人である一方、侵略する対象には容赦ない狩人でもあられたということだ。……もっとも、私は陛下のそういった嗜虐的な性癖が御自身の死を招いたと思っているがな」

 

 

オリザーはズォ―ダ―の最後を知らない。

6年前に死んだことすら知らない有様だったから知らないのは当然だが、司令の言からはどうやら大帝の死に様も既知であることが窺える。

発言の真意を問い詰めたい衝動が湧きあがったが、今それを聞くのは憚られた。

 

 

「そして大帝陛下の武威は、敵にとって脅威であると同時に、味方にとって畏怖の対象でもある。大帝陛下は味方にとって誇らしい英雄であると共に、謀反の気すら起こさせない君臨者でもあられた」

「………………」

 

 

オリザーは無言を貫く。

 

 

「さて、オリザーよ。大帝が戦死したことが周知のところとなればどうなる? ……言うまでもない、今まで抑え付けられていた不満が噴出しかねない。支配領土内の至るところで、軍の中で大規模な反乱が起きかねないのだ。貴様はそれでも、私に仇討ちに行けというのか?」

「ならば、大帝陛下の死を伏せて討伐部隊を派遣すればいいのではないですか?」

 

 

ガーリバーグの考えを聞いてもなお、しつこく仇討ちを勧めるオリザー。

 

 

「そんな博打を打つつもりはない」

 

 

ガーリバーグは、呆れて大きく溜息をつく。

 

 

「…………司令。貴方はあれこれと理由を付けて、実は仇討ちに行って帰り討ちされるのが恐いだけなのではないですか!?」

「……! キサマ、言うに事欠いて!」

 

 

激昂した司令は椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がると、よどみない動きで腰から拳銃を引き抜いた。

 

 

 

「司令! いや、リォーダー殿下! 父君の敵を討って武威を示すことこそが、殿下の心配される反乱の芽を摘み、ガトランティス千年の繁栄を齎すことに繋がるのですぞ!」

「その名で私を呼ぶのはやめろ!! 私はガーリバーグだ!!」

 

 

突き出した腕を震わせながら吼えるガーリバーグ―――リォーダ―と決死の表情で訴えるオリザーが、机を挟んで対峙した。

 

頭に血が上ったリォーダ―は白い眉を歪め、犬歯をむき出しにしてオリザーを憎しみに染まった視線で睨みつける。

オリザーも負けじと黒い眉を傾け、口を真一文字に結んで、真っすぐにリォーダ―の眼を見据える。

 

 

「……………………………………」

「……………………………………」

 

 

しばし視線が交錯すること数瞬、途端にオリザーの方は吊り上げた眉を下ろし、憐憫を含んだ視線に変わった。

睨みあっていた相手の変貌に、リォーダ―も訝しげな表情を見せる。

 

 

「殿下……そこまで、御父上を御恨みになっておられるのですか」

 

 

オリザーは、彼の身の上を思い出していた。

 

リォーダー……本来の名をガーリバーグという彼の母ルミラウラは、元は彗星都市に仕える女中の一人だったという。容姿こそ優れていたが舞踊や楽奏の才がある訳でもなく、単なる大帝の御世話係の一人だったようだ。

ある日、どういった気紛れかズォ―ダ―大帝は彼女を手籠めにした。

あの唯我独尊な大帝陛下の事だから手籠めにしたという認識は無いのだろうが、恐怖に震えながらもあれこれ理由を付けて辞退―――という体の拒絶だが―――するルミラウラを遠慮と自己解釈して寝屋に引き込むズォーダー大帝を端から見れば、手籠め以外の表現は見つからないだろう。

大帝はさんざん彼女を弄んだ挙句、妊娠したことを知ると彼女を彗星都市から追放し、自分は次の女を侍らせたのだ。

 

 

「当たり前だろう! 気紛れに母上を襲って私を身籠らせておきながら飽きたからって王宮から放逐し、気に入っていた女が死んだからって玩具を拾うように母と私を召し上げて……! あいつの所為で私の人生がどれだけ狂ったのか、貴様には分かるまい!!」

 

 

そう声を絞り出すリォーダ―の口調に呪詛の響きを含み始める。

再び王宮に召し上げられたルミラウラとガーリバーグは、離れ離れにされた。ルミラウラは再びズォーダーの慰み者となり、ガーリバーグはズォ―ダ―の子供の一人としてリォーダーの名を与えられ、軍人としての教育を施されたという。

 

ガーリバーグが軍人としての頭角を現し始める頃にルミラウラは死亡し――――――死因は分からず、リォーダーは彼女の死に目にも立ち会っていないらしい――――――、代わりにサーベラーがズォーダーの寵愛を受けるようになったという。過去の愛人―――多くはルミラウラと同じような境遇だったというが―――の子供である、リォーダーを始め12人の男女に対するサーベラーの態度は苛烈で、策謀を巡らせて全ての息子・娘を彗星都市の幹部から方面軍司令官や基地司令へと左遷させたのだ。

ガーリバーグ司令が軍人らしからぬ歪んだ思考を持つようになったのは、その不幸な生まれと周囲に振り回された人生ゆえだろう。

 

ちなみに、オリザーが所属しているさんかく座銀河方面軍司令のダーダー殿下は11人目の息子、つまりルミラウラの前の愛人が産んだ男子である。

 

 

「……事は帝国全体に関わる問題です。殿下の心中はお察ししますが、帝国全体の安定の為、ここは御心を曲げてお願いできませんか?」

 

 

落ち着いたオリザーは努めて冷静な声でもう一度請願する。

 

 

「くどいと言っている!!」

 

 

ガーリバーグが一刀両断したとき、異変は起こった。

 

 

ブブ――――――――――!!ブブ――――――――――!!

 

ブブ――――――――――!!ブブ――――――――――!!

 

ブブ――――――――――!!ブブ――――――――――!!

 

ブブ――――――――――!!ブブ――――――――――!!

 

 

「な!? 敵!?」

 

 

敵襲を告げるサイレンが基地中に鳴り響いた。

 

 

「―――――これで、兵を出せない理由が分かっただろう?」

 

 

予想だにしなかった事態に動揺するオリザーに対して、ガーリバーグは何事もないことのように指令室への通信を開く。

オリザーとガーリバーグの間の中空に、ビデオパネルがホログラムで映し出された。

 

 

「司令執務室だ。またヤツラか?」

「ハッ! 司令の仰る通り、ウラリア帝国残党軍です。早期警戒網内にワープアウト反応を確認、本星までの距離230万宇宙キロです」

 

 

応答した兵が、下段の敬礼をして現状を報告する。

 

 

「敵艦隊の詳細を調べろ、それから艦隊全艦に出撃命令を。……奴らも我々と同じ境遇なのに、御苦労な事だ」

「……司令、この星で何が起こっているのですか? ウラリア帝国とは、何者なんです?」

 

 

問われたガーリバーグは、一度オリザーを斜に見てから視線を外に移した。

一気に興奮が醒めたのか、先程と打って変わって冷静さを取り戻した顔だった。

 

 

「……フン。あんなのは、人であることをやめた愚か者の集まりだよ。愚かにもここを攻めてきたから返り討ちにして、ついでに地球を紹介してやったんだ」

「……地球というと、私の艦隊が敗北を喫した艦隊の星ですな。司令は、陛下の仇を見ず知らずの星に売り渡そうとしたのですか」

「彗星都市を墜とし大帝を討つ程の敵が、あんな奴らに負けるなどとは微塵も思っておらん。相手をするのが面倒だったから矛先を変えてやっただけだ」

「しかし……」

「その話をするのは後だ、オリザー」

 

 

食い下がるオリザーをそう諌めながら、ガーリバーグは銃をホルスターに収める。椅子に掛けてあったマントを引っ掴むと、オリザーの脇を通り抜けて扉へ向かった。

 

 

「私は艦隊を引き連れて打って出る。オリザー、話の続きをしたければ貴様も艦を出す事だな」

「司令自ら出撃なさるので?」

 

 

振り向いて問いかけるオリザーに、ガーリバーグは肩越しに苦笑いで答えた。

 

 

「私にはカリスマがないからな。地道に足で人気を稼がなければならんのだよ」

 

 

 

 

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマトpartⅡ』より《彗星帝国艦隊出撃!》】

 

 

敵発見の報から30分後、終わらない砂嵐と果てのない岩山に囲まれた荒涼たる大地が割れ、それら全てをかき消すような轟音と暴風が吹き荒れた。

ラルバン星防衛艦隊が、一斉にラルバン基地を飛び立ったのだ。

ガーリバーグが座乗するメダルーザ級戦艦15番艦『バルーザ』に続いて、次々とカーキ色と白に塗られた艦が炎を全開に吹かして離陸していく。

 

ラルバン星防衛艦隊の布陣は、以下の通りである。

 

火炎直撃砲搭載戦艦 1隻

大戦艦 32隻

ミサイル艦 14隻

超大型空母 3隻

中型空母 5隻

高速駆逐艦 35隻

潜宙艦 6隻

艦上戦闘機 イーターⅡ439機

艦上攻撃機 デスバテーター551機

 

 

「ウラリア残党軍の編成が判明しました! 戦艦18、空母6、戦闘空母7、巡洋艦11、駆逐艦24、護衛艦8! 敵は航空機を発艦中!」

 

 

「航空戦力ではこちらが圧倒的に不利、か……。今回は前回よりも随分と規模を増やしてきたな。それだけ、向こうも必死ということか」

 

 

ガーリバーグは大パネルの前に立って、戦術マップとカメラ映像を眺めている。すぐ後ろには、臨時副官として同乗しているオリザーも直立のままガーリバーグの背中越しにパネルを見ていた。

艦橋正面のパネルには、円盤に艦橋を取り付けた真っ黒な艦が映し出されている。

今までオリザーが戦ったどの敵とも異なる、独特の設計思想。

円盤部の正面、紅く光る滑走路からわらわらと飛び出すのは敵の航空機なのだろうが……時折見かける寸胴な機体に主翼も尾翼もない形状の飛行機には、いいようのない違和感と嫌悪感を感じる。

 

 

「こちらが有利なのは戦艦と駆逐艦の数だけですな……。正面からぶつかったら、苦戦は免れません」

「こちらはこちらの長所を使うだけだ。全艦に通達、『艦載機発進開始、戦闘機隊は艦隊の直掩に、攻撃機隊は右上方のアステロイド帯の中へ待避』。艦長、火炎直撃砲の射程まであとどれくらいだ?」

「現在、敵艦隊は50万宇宙キロ、射程に入るまであと15分少々です」

「どうなさるおつもりで?」

 

 

オリザーは、出撃させた味方航空隊に攻撃命令を出さないガーリバーグに真意を尋ねた。

 

 

「互いに航空機を繰り出している以上、前半戦は専ら対空戦闘になるだろう」

 

 

答える間にも発艦を続け、徐々に編隊を組み出す彼我の航空機群。『バルーザ』の左右をフライパスする味方編隊を見守りながら、ガーリバーグはそう推断した。

 

 

「そして、我々の強みが戦艦部隊と本艦である以上、砲撃戦に持ち込まなければ勝ち目どころかまともな戦闘にすらならない」

「ということは、防空陣形を執ったまま、主砲の射程内まで全速力で飛び込むのですね?」

 

 

首だけで振り返ったガーリバーグは「理解が早くて助かる」と口元を緩ませた。

不利な状況下でも不敵な笑みを浮かべる司令は戦意に溢れていて、まるでこれから始まる戦いを心待ちにしているかのようだ。

 

 

「ではオリザーよ、私がデスバテーター隊をアステロイド帯に待避させた意図が分かるか?」

 

 

唐突に問われたオリザーには、その問いが自分を試しているのか、それとも単なる興味本位なのか、判断がつかない。

ただ、上司にどんな腹意があろうと、問われた以上は答えなければならなかった。

 

彼我の位置が表示されているビデオパネルを凝視し、頭の中に戦闘宙域の立体図を思い浮かべる。

味方艦隊は、旗艦『バルーザ』を中心に、突撃に適した楔形の陣形を執っている。

一番外には対空兵器を豊富に持つ高速駆逐艦、その内側に防御力の強い大戦艦、一番奥に脆い空母やミサイル艦、そして旗艦および直衛のオリザー揮下の駆逐艦4隻が陣取っている。

駆逐艦の対空砲火で敵機を薙ぎ払いつつ、自慢の速力を生かして騎兵隊のように一気に敵陣まで突っ込む腹積もりだ。

 

一方の敵軍は、戦艦と巡洋艦がまっすぐこちらへ突っ込んでくるほか、戦闘空母と主力空母が護衛艦とともに後方に控えている。驚いたことに、駆逐艦は先行する敵航空隊に随伴して来ている。わが軍の高速駆逐艦よりも優速なのは明らかだ。

 

彼我の間、我々から見て前方右上方には、濃密なアステロイド帯が広がっている。おそらく、元々は惑星の残骸だったものが拡散してこの宙域にまで流れ着いたものだ。大小様々な石が密集している帯の中心部にはレーダーが届かず、航空機が身を隠すのにはもってこいといえる。主砲程度の細い火線では、隠れている攻撃機隊にダメージを与えることはほぼ不可能だろう。

とはいえ、敵もわが軍の攻撃機551機の存在を無視できるものでもない。ならば……。

 

 

「囮……あるいは見せ駒」

 

 

様子見のために、一言だけキーワードを呟く。

司令は無言を貫いたまま動かない。

探り探りでなく、自説を最後まで言い切ってみせよという意思の表れだった。

それを悟ったオリザーは重たい息を静かに吐くと、已む無く続きを語りだす。

 

 

「わが艦隊には、火炎直撃砲と潜宙艦という奇襲兵器があります。これらを最大限効果的に利用するには、敵の注意を別のところに引き付ける必要がある。攻撃機をわざとアステロイド帯に移すことで、敵は攻撃機隊が伏兵であると錯覚する。そこで、正面からは本艦が、空いた左舷側からは潜宙艦が奇襲を仕掛け、混乱したところを総攻撃で滅する……というのはどうでしょうか?」

「さすがは実戦経験豊富な戦士だけあるな。この程度の作戦、お見通しだったか」

 

 

その答えに満足したのか、振り返ったガーリバーグは好戦的な顔をしたまま賛辞の言葉をオリザーに贈った。

どうやら、オリザーは司令が期待する答えを提示できたようだ。

 

 

「よろしい、では先程貴様が聞きたがっていたの話の続きをしよう。今我々が相対している敵はウラリア帝国、またの名を暗黒星団帝国。母星はここからはくちょう座の方角に43万光年先にあるデザリアム星だった。今はもう無いらしいがな」

「暗黒星団帝国……。確かに、真っ黒に塗装された船ですが」

 

 

パネルに映った戦闘艦群に注目する。

暗黒星団帝国とやらの軍艦は、戦艦だろうと駆逐艦だろうと似たような形状をしている。

あえて違いがあるとするなら、艦橋部分が平面―――先に戦った地球艦に似た形状をしている艦と、曲面と平面を複雑に組み合わせたガトランティスに設計思想の近い艦があることぐらいだろうか。

 

 

「奴らの正体は、首から上だけが生身のサイボーグだ。科学の発展と進化の上でサイボーグになったくせに元の肉体を取り戻したくて、若くて健康な人間の肉体を求めてあちこちに戦争を仕掛けているらしい。大帝陛下が討たれた直後にもこの宙域にやってきてな、返り討ちにしてついでに地球を紹介したのはさっきも言った通りだ」

「ウラリア帝国は地球にも負けたのですな?」

 

 

無様にも母星を破壊されてな、とガーリバーグは首を傾げて苦笑いで応える。

 

 

 

「復讐に来たのか、それとも我々の身体が目的なのか、6年前から年に一度か二度、こうして大艦隊を引き連れて侵攻してくる。おかげで我々も退屈しない毎日を送っているよ」

 

 

オリザーはようやく、ガーリバーグが6年経っても仇討ちをしないことに得心がいった。

地球という強勢国家とわずか2万光年しか離れていない至近距離、しかも周りにロクな資源がない銀河の辺境地で、年に二度も敵の大規模襲来を受けるのでは、さぞかし戦力の維持補充で苦心しているのだろう。

とてもじゃないが、地球に仇討ちしにいく余裕などない。

 

それにしても驚愕すべきは、地球という星間国家の強さだ。

ガーリバーグの話が本当ならば、地球は6年前に我々ガトランティスとウラリアの2ヶ国にたてつづけに侵攻を受けたということになる。

彗星都市がどれだけ地球にダメージを与えたのかは分からないが、あの大帝の事だ、多大な損害を与えたであろうことは間違いない。

戦災の傷が癒える前にウラリアの侵略を受けたのならば為す術なく占領されて降伏してもおかしくないところを、地球の軍隊は戦線を押し返してウラリアの母星まで破壊したのだ。

 

地球艦隊のあまりの精強さに、恐怖心すら感じる。

16隻もいた我が艦隊がたった2隻の空母にてこずったのも、納得せざるを得ない。

 

 

「母星が消滅してしまったのに、彼等はどこからやってくるのでしょうか?」

「さぁな、どこかに別の領土か中間補給基地でもあるんじゃないか?」

 

 

司令席に戻りながら、ガーリバーグは興味なさげに投げやりな答えをよこす。

二人が問答を交わす間に既に攻撃機隊はアステロイド帯への針路を取り、直掩部隊は真正面から雲霞のごとく襲ってくる敵編隊を迎え撃たんと一直線に突き進んでいる。

前衛を務める高速駆逐艦も既に砲撃準備を整え、防御スクリーンを展開すべく交戦開始の時を今か今かと待っている。

大戦艦をはじめとする主力部隊もメインエンジンノズルからオレンジ色の炎を煌めかせ、最大戦速で突進を始めていた。

 

 

「さて、人形遊びもいい加減飽きたところだ。貴様の糸、全て刈り取って二度と動かなくしてくれるわ」

 

 

天の川銀河の果てで、地球人が知らない星間戦争が、今また始まろうとしていた。




まさかの暗黒星団帝国登場。次回は戦闘回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話

※注意!

本話には、PS2版ゲーム『宇宙戦艦ヤマト 暗黒星団帝国の逆襲』『二重銀河の崩壊』に登場するオリジナル艦艇が登場します。


2207年10月27日 天の川銀河辺縁部 ガトランティス帝国テレザート星宙域

 

 

【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト2」より《戦いのテーマ》】

 

 

銀河の辺縁宙域から見る星空は、地球から見るそれよりも遥かに味気ないものだ。

 

勿論、360度見渡す限り満天の星であることは変わりないのだが、銀河中心方向に輝く光の帯――――――いわゆる天の川だ―――――――がより一層濃厚な星明かりを提供してくれる代わりに、反対側の外宇宙はより一層無秩序に星屑をばら撒いているのだ。

更には、周囲には天の川銀河からはじき出された大小の石ころや隕石が滞留して一種のアステロイド帯を形成し、余計に視界を遮っているという事情もある。

 

しかし今この時だけ、旧テレザート星宙域では紅色や緑の鮮やかな光芒が瞬き、時折生まれる赤黒い炎が行燈のように周囲の空間をほの暗く照らしていた。

 

カーキ色の船から、幾筋もの白煙がツタの枝のように一斉に、急速に伸びていく。

真っすぐに伸びていた蔓はある時突然方向を変え、たまたま目についた物を追いかけて巻き込むようにしがみつく。

刹那、夜空にホオズキのような朱色の美しい果実が生り、次の瞬間には弾けて焼け爛れた黒い種子を吐き出した。

また別のカーキ色の船からは、毬栗の実を思わせる勢いで鋭い光線が撃ち出される。脇目も振らず一直線に進んだ光の刃は、運悪く行く先に居合わせたイモ虫型戦闘機を唐竹割りに切り裂いた。

 

エビ科の甲殻類を思わせる大戦艦も、艦橋下に並ぶ大口径の回転砲を盛んに打ち上げて駆逐艦の援護をしようと必死だ。

大戦艦の撃つ七連装旋回砲塔は第二主砲の舷側に斜めに装備されており、上下方向からの空襲に対しても効果的な砲撃を行う事が出来る。

それでも侵入してくる敵機に対しては、空母と直衛の駆逐艦が最後の砦として立ちはだかる。

駆逐艦に比べれば如何にも貧弱な対空兵装だが、それでも弾が当たれば平板なナメクジを模した戦闘爆撃機は爆散し、爆炎を浴びて艦首に搭載されている昆虫の複眼を思わせる多機能センサーがオレンジ色に妖しく光る。

 

各艦が各々のタイミングで砲口を光らせ、それぞれのタイミングで着弾する。絶え間なく光が瞬くその様子は、まさしく星空を再現したものだった。

 

 

周囲の艦が盛んに花火を打ち上げる中、傘型に陣を構えている艦隊の中心、旗艦『バルーザ』だけは開戦以来沈黙を貫いている。

地球人類はガトランティス帝国の軍艦を昆虫や甲殻類に例えることが多いが、その例に漏れずメダルーザ級戦艦もオレンジ色の複眼と相まって、「見た事の無い虫の幼虫に似ている」との評が多い艦だ。

ボリュームある艦橋と、それよりも目立つ三つの大きな穴。左右に大きく張り出した艦首は、スキー板のように反り返っている。

細長い円錐状の2連装エンジンナセルは、艦隊運動に追従できるほどの高速を発揮できることの証だ。

重装備がモットーのガトランティス帝国艦にしては珍しく、目に見えて分かる武装は無回転型の連装砲塔が一基のみ。

その無防備さが逆に怪しげな雰囲気を醸成し、ウラリア帝国将兵に関心と不審感を抱かせていた。

 

戦火の派手さは艦対空戦闘の方が上だが、苛烈な戦闘を繰り広げているのはむしろ空対空の方である。

各艦の隙間を縫うように、イーターⅡが縦横無尽に駆け回る。

極端に扁平な円盤状の機体に、二枚の垂直尾翼と矢印状の細長い機首。

本体後部にある切り欠け状の噴射ノズルに設けられた12枚のスリットが、全長22,7メートルの巨体を外見に似合わぬ小さい旋回半径で軽快な制空戦闘機にしている。

 

あるイーターⅡは、似たような形状をした敵の円盤型戦闘機を背後から強襲し、無防備な後部上方から12門のパルスレーザーを浴びせて敵機を血祭りに上げる。

またあるベテランが乗るイーターⅡは、ラルバン星の引力を利用して加速し、背後から追ってくる敵をあっさりと振り切った。

かと思えば、イモ虫型戦闘機の2機編隊と3機のイーターⅡがヘッドオン状態で撃ちあい、イーターⅡが悉く被弾の炎を噴き上げる。

同じように巴戦にもつれ込んだ2機のイーターⅡが、今度は新型円盤型戦闘機が搭載する触角状の可動式光線砲によってコクピットに銃弾を叩きこまれた。

 

戦闘機同士でドッグファイトになる戦いもあれば、一方的に追いかけ追いかけられる戦いもある。

3機のイーターⅡが大戦艦の上方から急降下で突撃する円盤型戦闘機に追い縋り、味方の撃ち上げる火箭を物ともせず距離を詰めていく。

横一直線に並んで駆け下りる、全幅53メートルの巨大な漆黒の機体。

イーターⅡが接近していることに気付いたのか編隊を崩して互いの距離を取り、触角状の光線砲3門による牽制をしつつ細かいバンクを繰り返して射線を外そうと試みる。

ゆらゆらと揺り籠のように機体を揺らしながら、少しでも早く敵艦を射程に収めようと、戦闘爆撃機はなおも加速を続ける。

それでもイーターⅡは十分に距離を縮めたところで、イーターⅡの翼に発射炎が噴き出た。

いくら回避を試みたところで幅が50メートル以上もある巨体を外すはずもなく、紡錘状の双発エンジンが炎を纏って吹き飛ぶ。またたく間に3機とも全身に機銃弾を浴び、真っ赤な火の玉と化した。

全ての機体が火に包まれるのを確認したイーターⅡはそれで満足したのか、翼を翻して次の獲物を求め飛び去っていった。

 

しかし、この戦が初陣のイーターⅡパイロットは、重大な間違いを犯していた。

宇宙空間の対空戦闘においては、被弾=撃墜ではないのだ。

 

エンジンを食い破られた戦闘爆撃機はロケット噴射による加速ができなくなり、慣性による等速運動に入った。

パイロットは生還を諦めたのか、急制動用のスラスターを吹かして爆撃コースから衝突コースを取る。

自らの機体が空間魚雷と化した戦闘爆撃機に、大戦艦の回転砲塔が必死の迎撃を試みる。

しかし駆逐艦のそれに比べればいかにも貧弱な砲火に、背中に炎を背負った暗黒の機体は弾を受けつつも針路を一向に変えない。

 

右方仰角60度から激突した3機の火の玉が、大戦艦の艦橋構造物と艦体を直撃したのは、ほぼ同時だった。

衝撃に艦は熱病に侵されたように激しく震え、斜めにスライドするように押された。

艦尾側の機は第三砲塔直下に当たり、後部の10連装旋回砲塔を基部から掬い上げた。

旋回盤がひしゃげ、衝突部に近い位置にあった砲口は歪み、エネルギー伝導管は破れて火災を発生させる。

砲塔は斜めに持ちあがり、衝突個所から黒煙と炎を吹き流し始めた。

艦首側に突き刺さった機体は水平安定翼を直撃し、根本からへし折るだけでは足りずに装甲板を突き破って内部へ食い込み、運動エネルギーを破壊に使いきったところで爆発する。

前部艦橋で爆発した機体は構造物最上階をごっそりと抉り取り、艦長以下の上級将校を一瞬で灰燼に帰す。艦橋は根本から歪められて左に傾斜し、発射準備を終えていた4段の三連装衝撃砲は充填していたエネルギーが行き場を失って暴走し、さらなる大爆発を起こした。

 

艦の頭脳を失った大戦艦は、左に流されながら艦列から落伍する。

行き足が止まり、やがてラルバン星の重力に引かれるようにゆっくりと高度を下げ始める。

3機の衝突を受けたとはいえ、あの程度で爆沈することはないだろう。

しかし、艦が地表に落ちるのが先か、予備の司令塔が機能するのが先か、誰にも分からなかった。

 

撃ったミサイルが、落とされたミサイルが煙を上げる。

撃墜された飛行機が、撃沈された艦がルージュを引いたように赤い色を戦場に塗りたくる。

進撃するガトランティス艦隊に絡まるように彼我が生み出す煙が覆い始め、戦場が濃い霧に包まれつつあった。

 

 

 

 

 

 

暗黒星団帝国軍旗艦 戦艦『セラムバイ』艦橋

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト ヤマトよ永遠に』より《動き始めた重核子爆弾》】

 

 

「距離28万宇宙キロ、主砲の射程まであと14分!」

「敵戦艦撃沈!続いて駆逐艦撃沈!」

「空母『メガロドニア』の航空隊が退却します。残存機は……37!」

「『シーコルダ』航空隊突撃開始しました!」

 

 

主力戦艦『セラムバイ』の艦橋正面に設えられた窓からは、遥か遠くで行われている熾烈な戦闘は霞のようにしか見えない。

窓側に並ぶ各種パネルには艦橋スタッフが貼り付き、雪崩の如く流れ込んでくる前線の情報を処理して、視覚化した映像としてパネルに映し出す。

国の名を表す暗黒色の無機質な壁に、青紫色に淡く光る大小のパネル。

ほの暗い赤紫の照明が室内を照らす艦橋に、次々と報告が飛び交っていた。

 

攻撃命令を下令して以来、旧テレザート星宙域遠征軍を統べる艦隊司令のマースは沈黙を貫いている。

彼我の艦載機が飛び交う混沌の中で全ての攻撃機隊に細かな指示を下すには事態の展開が早過ぎて、人間の脳ではとてもじゃないが処理しきれない。

航空隊の詳細な指揮については、各母艦の判断に任せていた。

 

我が暗黒星団帝国の技術をもってすれば――――――やろうなどとは微塵も思わないが――――――機械の身体を介して全ての情報を脳に送り、全艦の指揮を一手に引き受けることもできなくはない。

身体のどこかを艦と繋ぎ、艦から送られる情報を電気信号に変換して疑似神経を通じて生身の脳髄に送ることで、さながら物を思い出すかの如く簡単に情報を手に入れることが出来るだろう。

 

しかし、いくら機械なしでは一瞬たりとも生きていけない身体とはいえ、人間である最後の一線を越えてまで勝ちたいとは思わない。

それは、我らウラリア人はどこまでいっても人間であり、人間であり続けたいと思うが故。

戦闘を全てアンドロイド任せにしないのも、『戦争は人間が行うべき』という信念を持っているからこそ。ある意味では死ぬことすら命あるものの証ともいえる。

 

そういった意味では、ウラリア人ひとりひとりの価値は、他の星の人類のそれよりも遥かに重い。

 

 

「敵駆逐艦撃沈!!」

 

 

今もまた、敵艦撃沈の朗報が入る。これで、11隻目の撃沈だ。

現在、敵は高い防空能力を持つ駆逐艦を盾に一心不乱にこちらに向かってきている。

彼らのアドバンテージである大戦艦の衝撃砲の射程に入りこむ為に、肉を切らせるつもりなのだろう。高速を誇るガトランティス帝国軍の、いつもの戦術だ。

 

我々も馬鹿ではない。敵の土俵に上がる前に航空機によるアウトレンジ攻撃で主力を漸減すべく、戦艦の航空戦力以外にも今回は空母6、戦闘空母7隻を艦隊に随伴させている。

その数、戦闘機、戦闘爆撃機合わせて実に1908機。

中間補給基地が一度に動員できる、ほぼ最大の航空戦力だ。

それを護衛する護衛艦も8隻投入している。

 

とはいえ、不安材料も残っている。

マースは苛立ちながら、沈黙を破って部下の一人に問うた。

 

 

「損害の割に撃沈数が伸びないではないか。艦載機隊は何をやっておる?」

「敵は密集陣形を取っている上に、戦闘機を全て艦隊直掩に回しています。爆撃機隊も容易に敵の懐に入り込むことが出来ず、決め手を欠いているようです」

 

 

味方機の損害が積算されているにも拘らず、敵艦の撃沈は未だに駆逐艦が8隻と大戦艦が2隻、それと中型空母が1隻。攻撃を命中させた艦は多いものの撃沈には至らず、敵主力にほとんどダメージを与えられていないと言っていい。

 

 

「何のために空母をこれだけ連れて来たと思っておる! 敵の防御スクリーンを浸透して直接主力を叩く為だろうが! ええい、奴らに任せたワシが馬鹿だったわ!」

 

 

司令席の肘掛けを不機嫌そうに指で叩いていたマースは、怒りを爆発させて空母への通信を命じる。

 

 

「艦隊司令より各空母に告ぐ。いつまで駆逐艦と遊んでいる、さっさと敵の主力を攻撃せんか! 貴様らはそのためだけにここに来ていることを忘れるな!」

「しかし司令閣下! 敵駆逐艦の対空砲火が激しく、防御スクリーンに穴を開けない限り大戦艦の攻略は不可能です!」

 

 

反抗する部下に余計に機嫌を悪くし、マースはさらに声を荒げる。

 

 

「ならば駆逐艦を使え! 無人駆逐艦は何隻ある!?」

「攻撃機隊に随伴している13隻の内、残存しているのは8隻です」

「よし、そいつを全て敵艦隊中央の駆逐艦に突攻させろ。そうすれば防空網に穴が空いて侵入回廊を啓開できるはずだ。狙撃戦艦は射程に入り次第、敵駆逐艦への攻撃を開始しろ。突破口を広げるのだ」

 

 

慢性的な人手不足に悩む暗黒星団帝国軍は、型が古くなった駆逐艦を無人艦に改装して運用している。

艦隊に随伴している有人艦に比べて、攻撃機隊に随伴している無人艦は速力が速い上に旋回性能や急加速・急制動などの機動力が高い。しかも使い潰しがきくため、敵を罠に誘い込む囮として運用したり特に危険な戦闘では盾代わりにすることが多いのだが、マースは巨大な弾頭として使うつもりなのだ。

部下の一人がさすがに懸念を抱いたのか、おずおずと確認を求めた。

 

 

「しかし、汎用性の高い無人艦を簡単に消費してしまうのは、後々不都合が生じる可能性がありますが……よろしいのですね?」

「ワシがやれといっているのだからいいからやらんか、バカモン!! ……貴様、さっきから反抗的な態度が目立つな。ワシの采配がそんなに気に入らんか?」

「……失礼しました。無人駆逐艦『モーガニリ』、『ティビチニ』、『チアデッティ』、『デッタ』、『ムッディーニ』、『ミューダ』、『サイエロ』、『ヒューエンジス』を突撃させます」

「狙撃戦艦『アルボーブ』、『シマヌス』、『ライオモテニス』、『ヒューメラニス』に前進命令を出します」

「……フン。最初からそうしておればいいのだ、全く」

 

 

腕を組んで司令席の背もたれに身体を沈めたマースは幾分怒りが収まったのか、それとも生意気な部下に制裁を加えるタイミングを逃したのか、ムッスリした顔で頷いた。

 

『セラムバイ』の後ろに控えていた4隻の狙撃戦艦が、マースの命を受けて増速し、『セラムバイ』の頭上を追い抜いていく。

狙撃戦艦は、今回の遠征で初めて投入した戦力だ。

艦橋を若干低くした主力戦艦の前部に、三胴艦にも似た杈状の艦首を付けた形状。中央の艦首には暗黒星団帝国の標準的なそれよりも一回りも二回りも大きい長砲身単装砲が搭載されている。

装甲を犠牲にした代わりに、新開発の新型エネルギー収束装置のおかげで射程を大幅に伸長したエネルギー弾で超長距離から狙撃する事が出来るのだ。

その射程は通常の主砲の倍以上、20万宇宙キロを誇る。

 

一方で、ガトランティス駆逐艦の周囲にコバエのごとく纏わりついてしつこく動き回って攻撃を加えていた無人駆逐艦が、鋭角にターンして今までとは全く異なった動きを見せる。

無人艦をコントロールしていた『セラムバイ』から発せられた操作に従い、突攻を開始したのだ。

敵艦を中心に楕円運動で一撃離脱攻撃をしていた艦が、生気を無くした動きで脇目も振らず一直線に目標へ吶喊していく。

唐突な動きの変化に動揺したのか、標的となった扁平な艦は変針前の無人艦の未来位置を予測して射撃してしまう。

光の槍襖があらぬ方向へ飛んでいくのを尻目に、無人艦は艦尾の矩型ノズルをめいっぱいに輝かせて敵艦めがけて落下していく。

ある艦は砲火の弱い艦底部を狙い、またある艦は相対速度が一番速くなる艦首方向から正対する。

中には、変針したときの位置が悪く一番対空砲座の射線が多い駆逐艦上部に向かって突撃してしまい、照準し直した無砲身砲によって八つ裂きにされてしまう運の悪い艦もあった。

 

衝突までに生き残ったのは6隻。

陣形維持の為にまともな回避運動を取れない全長132メートルの高速駆逐艦に、エンジンノズルから炎の尾を引かせた108メートルの無人駆逐艦がフルスピードで激突したのだった。

 

衝突の瞬間、接触した個所から順番に互いの装甲がひしゃげ、ひび割れた部分から白い光が漏れ出した。

次の瞬間、彼我の艦が食い込み、歪み、砕けて融合していく。

白い光が赤く変色し、炎となって噴き出して融合面を覆い隠す。

白と黄緑の艦体に漆黒が植え付けられていく様は、まるで若々しい草木が病原菌に侵されて赤黒く腐食していくようだ。

 

次々と腐食を飲み込んだ若木は堪え切れずにその身を二つに割り、力なく折れ果てる。

しかし、ガトランティス駆逐艦を強引に貫いた無人駆逐艦の慣性エネルギーはまだ殺しきれない。

艦体の前半分を失い、艦橋が倒れ、弾薬が誘爆を起こしつつもエンジンノズルはまだ輝きを失っていない。

 

ある艦は、自分が殺した駆逐艦の亡骸を追い払うように再度衝突した後、反動と回転で正反対の方向へ漂流する。

 

またある艦は、食らいついた獲物を巣に持って帰るが如く、互いに繋がったまま戦闘宙域を外れていく。

 

とある艦は衝突の反動で複雑に回転し、噴射を続ける推進機関がそこに速度と無秩序を加え、あらゆる方向に破片を猛スピードでばら撒きながら、千鳥足の様なふらふらした動きでガトランティス陣営の中心へ潜り込んでいった。

運の良いことに、迷走の行きつく先には大戦艦があった。

偶然か、はたまたコントロールによるものか――――――とにかく、半壊した無人駆逐艦は本来の目当てである大戦艦への突入も果たす。

とばっちりを受けた大戦艦が連鎖爆発を起こす様子は、暗黒星団帝国の軍艦から明瞭に確認出来た。

 

35隻の駆逐艦による堅牢な防御スクリーンのど真ん中にぽっかりと大穴が空き、敵主力である大戦艦が剥き出しにされたからだ。

 

 

「……戦果は駆逐艦8隻に大戦艦1隻、か。あれだけの大穴ならば、陣形を組み直すのは容易ではあるまい」

 

 

8隻全てを突入させることはできなかったものの、思ったよりも大きい戦果に機嫌を良くしたマースは右膝の貧乏揺すりを止め、得意げな表情を見せる。

 

 

「司令! 敵攻撃機がアステロイド帯を出てこちらに向かってきます!」

 

 

長距離レーダーでアステロイド帯を監視していた部下が、慌てた様子で新たな敵を報告する。

椅子を離れて窓ガラスに近づいてみると、確かに左舷上方から真白い円盤の集団が編隊を成して急降下してくるのが見えた。

 

大方何かの作戦の為に待機させていたが、こちらの突攻に慌てて飛び出してきたのだろう。

だがこちらは攻撃機隊の存在を事前に把握しているし、慌てて出てきている時点で敵の作戦は瓦解しているのと同義だ。

マースは落ち着いて次の指示を下す。

 

 

「慌てるな、こちらも直掩の戦闘機隊を発艦させろ。敵に護衛戦闘機はいない、全機叩き落とすつもりでいけ。戦闘空母は大型空母の周囲に展開して、弾幕を張れ」

「了解、第13~18航空戦隊に出撃命令を出します」

「旗艦『セラムバイ』より戦闘空母全艦へ。最寄りの空母に随伴し、空母を護衛せよ」

 

 

命を受けた戦闘空母が濃密な対空砲火を射ち上げながら、それぞれ最寄りの巨大空母に寄り添うためにスラスターを吹かして平行移動する。

戦闘空母は直衛戦艦グロデーズ、イモ虫型戦闘機や狙撃戦艦と同じく、10年前の艦型一斉更新と艦種整理よりも前に誕生した艦だ。

10年前の更新によって艦型は大きな曲面と平面で構成されるすっきりとしたデザインにブラッシュアップされ、艦種整理によって巨大戦艦プレアデス級が誕生した代わりに主力戦艦と戦闘空母は建造が終了した。

これによって暗黒星団帝国軍は軍艦の建造効率を大幅に向上させることに成功し、より短期間で戦力を回復させることが可能になったのだ。

 

それに比べて、旧型艦である戦闘空母は表面に散在する小さな曲面や平面、そして至るところに埋め込まれた長楕円体が外観を複雑で有機的なものに見せている。

艦型更新前の艦に共通している、円盤をベースに昆虫の体表の様な曲線と岩肌のような鋭角的な構造物を合わせた表層デザイン。

グロデーズを縦に割って間に飛行甲板を挟み込んだような艦体形状。飛行甲板は発艦を担当する艦体中央と、着艦を担当する左右アングルド・デッキの3つがあり、大量の航空機を同時に運用する事が可能だ。

3本の飛行甲板の交差点の直上には、4本のアーチ状の柱に支えられた司令塔。ブローチの様な扁平で丸い屋根のブリッジと、その背後に対になって生えている鶏冠のような形の航空指揮所に、台形状のレーダー板が3基ずつ。

極めて高い発着艦能力に加えて、艦体の左右には三連装主砲が10基。対空ミサイル発射口に機銃と、主力戦艦以上に対艦戦闘をこなせる万能艦だ。

ただ、あまりにも巨大すぎる艦体と鈍重さから戦列を組んでの艦隊戦には向かず、専ら護衛戦力として運用されることが多い。

 

一方の空母は6隻全てが艦型更新後のもので、旧型艦は今回出撃していない。

艦型更新で趣向がほぼ同一の形になったためプレアデス級巨大戦艦や巡洋艦との外見上の区別がつきにくくなっているが、空母は全長480メートルの巨大な円盤状艦体と艦体中央部、首尾線方向に設けられた大きな切り込み―――そこを幅広い1本の飛行甲板としている―――、そして飛行甲板左舷に設けられたパゴダ状の艦橋が聳え立っているが特徴だ。

主砲は三連装4基と戦闘空母よりも大分火力が弱いが、三連装主砲1基、三連装副砲8基の主力戦艦に比べれば過剰に過ぎるものがある。

 

 

「相対距離22万宇宙キロ! 狙撃戦艦の射程まであと1分!」

「敵駆逐艦撃沈数増加! 敵防空網が完全に崩壊しています!」

「戦闘爆撃機隊が突破口より突入を開始しました!」

 

 

先程まで攻めあぐねていたのが嘘のように、戦果が伸び始める。

破れた穴にイモ虫型戦闘機が次々と飛び込み、必殺の宇宙迎撃魚雷を次々と放っていく。

慌てた敵戦闘機が迎撃に集まるが、新型イモ虫戦闘機の可動式光線銃が牽制弾を撃つため、近づこうにも近づけずに機体を翻す。

敵陣内はまさに蜂の巣をつついた様な――――――否、ミツバチの巣にスズメバチの集団が襲いかかった様な恐慌状態だ。

 

拮抗していた戦の流れが、こちらに傾きつつあるのを感じる。

相変わらず撃墜された味方の数は多いが、まだ第二次、第三次攻撃隊が約400機ずつ控えている。

アステロイド帯から出てきた敵攻撃隊に対しては、今も空母と戦闘空母が矢継ぎ早に直掩機を発艦させている。

広大な飛行甲板の両側に格納庫を持つ我が軍の空母はレスポンスが早く、下令してすぐに出撃が可能だ。迎撃には十分間に合うだろう。

 

 

「勝てる……! 今度こそ、彼奴らに勝てるぞ!!」

 

 

マースは興奮に両拳を握りしめる。

やはり、連れてこられるだけの航空戦力を引っ張ってきて正解だった。

当初の作戦とは少々変わってしまったが、この分ならば艦隊決戦を待たずとも敵の戦艦を壊滅させることができるだろう。

そうなれば、後は楽しい楽しい追撃戦、掃討戦、上陸戦だ。

つい、口元がサディスティックに歪んでしまう。

 

 

「大戦艦6隻目の撃沈を確認! 着々と戦果を拡張中なり!」

「よぉし!」

 

 

マースは勢いよく立ち上がった。

時は満ちた。

敵の第一次防衛線は瓦解し、本命たる大戦艦部隊には我が攻撃機隊が勇猛果敢に攻撃を仕掛けて次々と血祭りに上げている。

今こそ艦艇部隊による総攻撃を行い、完全なる勝利を手に入れるのだ。

マースは一度ゆっくりと息を吐き、改めて大きく息を吸うと、眦を決して、左腕を前方に突き出して、裂帛の気合で叫んだ。

 

 

「戦艦部隊、巡洋艦部隊、突撃開始!蹴散らせぇ――――――!!」

 

 

『セラムバイ』の目の前に巨大な炎の塊が出現したのは、その直後だった。




「着々ト戦果ヲ拡張中ナリ」のネタが分かる方は感想欄にぜひご一報をwww


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十八話

戦記小説を書いている小説家の方々ってすごいなぁ、とおもう今日この頃。
毎回違う戦闘描写を書くのって大変だよね。


天の川銀河辺縁部 ガトランティス帝国旧テレザート星宙域ラルバン星上空

 

 

『いいか野郎共!いつでも出られるように準備しておけ! 出遅れた奴、先走った奴は後で全員に一杯のペナルティだ!』

 

 

デスバテーター551機を統率する攻撃隊総指揮官が、発破をかける。

出撃後アステロイド帯に待機していた攻撃機隊は皆、歯噛みして移り行く戦況をずっと見つめていた。

圧倒的な数で唸りを挙げて襲いかかる敵攻撃機隊。

次々と撃破されて散っていく味方の戦闘機達。

濛々と煙を上げて戦列を離れていく味方艦。

既に母艦を失ってしまった攻撃機隊もある。

待てど暮らせど出ない攻撃命令に、皆がヤキモキしていた。

 

状況が動いたのは、敵小型艦が次々と駆逐艦に対して自殺攻撃を仕掛けてきた時だ。

 

 

『旗艦より攻撃隊へ。攻撃開始。繰り返す、攻撃開始!』

 

 

旗艦からの通信を受けた総指揮官は、溜まりに溜まっていた鬱憤を一息に吐き出すように命じた。

 

 

『全機起動!』

「了解!」

 

 

パイロットは、燃料節約の為に停止していたエンジンを回す。

すると、コクピットの背後から小気味良い震動と腹に響く重低音が伝わってきた。

周りの僚機も次々と機尾に淡い明かりを灯らせ、無機質な甲殻類の身体に熱と鼓動を行き渡らせていく。

 

まるで、ようやく訪れた狩りの時間に眼を光らせ歓喜の唸り声を上げている獣のようだ。

 

エンジンに再点火した各機体は徐々に加速しながら、密集する岩々をすいすいと縫って航行する。

ラルバン星守備隊所属のパイロットにとって、アステロイド帯は普段から訓練で利用している馴染み深い場所。

アステロイド帯の中は端から端まで知り尽くしていて、敵機が徐行しながらでなければ進めない様な場所でも鈍重なデスバテーターは危なげなく通り抜ける。

視界が開けた瞬間、彼はロケットエンジンを一気に最大戦速に噴かした。

 

身体を襲う圧迫感。

両手両足が拘束される感覚を、筋肉を強張らせて必死にこらえる。

腹の底から唸り声を上げることで、血流が後ろに追いやられて意識が遠のくのを我慢する。

世界がものすごいスピードで後方へすっ飛んで行く。

慣性によって発生する重圧は、さながら自身の心を凶暴な獣へと切り替えるスイッチだ。

 

 

『全機突撃!』

 

 

総指揮官の号令一下、アステロイド帯を飛び出した我々を出迎えたのは2種類の戦闘機。

我が軍のイーターⅡに似た外見の機体と、虫の幼虫みたいな外見の機体だった。

空母から2機ずつ飛び立つや否や、すぐにこちらに機首を傾けて睨みらあう。

互いの射程に入るのは時間の問題だ。

 

 

『総指揮官より各機へ。予定通り敵空母を最優先で叩く。我々の目標はあくまで敵艦隊だ。回避行動は最小限に、一秒でも早く敵艦肉迫して撃破せよ!』

 

 

高い推進力と重装甲、そして20ミリパルスレーザー12門という重戦闘機並みの性能を持っているデスバテーターだが、どこまでいっても所詮は攻撃機。戦闘機に格闘戦を挑んで勝てる道理は無い。

故に、敵戦闘機との接触は一回きり。ヘッドオン状態で一連射してすれ違ったら、あとは振り返らずにそのまま一直線に敵空母を目指す。

ますます彼我の距離は近付き、敵機の詳細が見えてくる。

 

 

「チャンスは一度きりだ、外すなよ!」

 

 

彼はインカム越しに攻撃操作担当の二人に声をかける。

パイロット、通信士、爆撃航法士、攻撃操作担当2人の5人は、この地に任じられてから6年間生死を共にしてきた仲間だ。

 

 

「あんなイモ虫に俺達が負ける訳ないでしょう!」

「何の事は無い、毎度のことじゃないですか」

 

 

返ってきたのはいつも通りの威勢のよい返事。

ウラリア帝国の最大規模の侵攻に際しても、彼らに怖気づいた様子は無い。

いつも通りの闘志と自信に満ち満ちた、堂々とした声だ。

 

 

「よく言った野郎ども、いつものをやるぞ! 攻撃準備!」

 

 

そう言うなり、彼は円形状の操縦ハンドルを右に切りながら思いっきり手前に引いた。

デスバテーターはその丸い機体を跳ね上げ、右斜め上にせり上がりながら機体を大きく傾ける。

 

視界が空転。

敵が360度回転。

それでもただ目的を見失うまいと、彼は回る視界の中心に目当ての敵機を収めつづけた。

 

こちらが回避行動を取ると思ったのか、敵機も自機の未来位置を予想して機首を持ち上げた。

しかしデスバテーターはそのまま回転を続け、イモ虫型戦闘機の機先をかわし続ける。

 

互いの射程に入ってからも、射線を巡る心理戦は続く。

円盤型戦闘機の中には散発的に射撃を試みるものもいるが、やはりこちらを捉えられずにやがて沈黙する。

 

デスバテーターが反時計回りにバレルロールし、敵機はそれを追いかけて時計回りにバレルロールを打つ。

周囲のデスバテーターも、同じように大きく機体をうねらせながら突進している。

敵にしてみれば、皆が皆ロールを打ちながらやってくるのだから、さぞかし不気味な光景なことだろう。

 

回転を続ける視界に、巨大空母の威容が入ってきた。

扁平な円盤状の艦体は正面から見れば相対面積を減らす効果があるが、上空から見れば当ててくれと言わんばかりの格好の目標だ。

戦闘機の初撃さえ突破すれば、大ざっぱな照準で投弾しても当たるのではないか。

 

こちらの動きを見極めはじめたのか、敵はこちらの動きに追従することをやめて射線にこちらが飛び込んでくるのを待ち受ける様な動きを見せた。

 

次の瞬間、ついに均衡が破れる。

 

イモ虫型戦闘機のコクピット上、2つの銃口にマズルフラッシュの閃光が生じた。

2列38発の銃弾が、デスバテーターが描く螺旋状の軌道の一点に向けて放たれる。

狙い澄ましたようにコクピット部分を斜めに穿たれたデスバテーターが、螺旋のベクトルを保ったまま炎に包まれる。

 

機尾を吹き飛ばされた一機が縦に回転しながら爆弾を誘発させたかと思えば、右翼端に被弾した機は銃弾の様に激しく錐揉み回転しながら隊列を離れていく。またある一機は、放たれた銃弾を全て真正面から受け止め、形を残すことなく爆発四散する。

徐々にコツを掴んできた敵編隊が、味方機を次々と流星に変えていく。

 

 

「3番、7番、13番機撃墜されました! 6番機も撃墜!」

「敵さんもいい加減対策をとってきたということか……?」

 

 

我が小隊からも犠牲は生まれる。

小惑星帯から飛び出した我々はまともに編隊を組んでいないし、そもそも小隊各機がバラバラだ。

互いを掩護射撃することもできず、バタバタと周囲の味方が炎に包まれるのを見送ることしかできない。

以前はこの戦法で敵機を翻弄できたのだが、さすがに対策を取られていたという事か。

 

だが、こちらも負けてはいない。

螺旋機動を保ちながら、機体正面のパルスレーザー砲で弾幕を張る。

敵戦闘機を囲うように、12条の曳痕が螺旋を描きながら敵に向かう。

回避行動が間に合わなかった機は機体をナマス切りにされ、無数の傷口から燃料と機体の破片と搭乗者の肉片をばら撒いた。

 

光の檻で周囲を絶え間なく囲い込まれたイモ虫型戦闘機は、被弾はしないものの回避行動をとれなくなってしまう。

そこに、虎の子の回転砲塔が火を噴いた。

デスバテーターの背中に搭載されている、無砲身型回転砲塔。

パルスレーザーよりもはるかに遅い連射性能と引き換えに、その弾は一発で戦闘機を貫通しる程の威力を持つ。

案の定、逃げ場を失った1機のイモ虫型戦闘機が被弾し、コクピット部分にぽっかりと大穴をあける。頭を失ったイモ虫型戦闘機は、その名を表す様な蛇行を見せた挙句に爆散した。

真正面から回転砲塔の一撃をくらった円盤型戦闘機は、コクピットから光線砲発射システム、ロケットエンジンに至るまでを悉く蹂躙されて消し炭と化した。

 

 

「撃てぇ!」

 

 

彼が操る機からも、回転砲の輝きが放たれる。

パルスレーザー砲のか細い火箭とは比べ物にならない太いエネルギー流が、相対していたイモ虫を貫通して撃破した。

迎撃魚雷が誘爆して身を散らしていくイモ虫型戦闘機のすぐ脇をかすめる。

 

 

「何機抜けた!?」

 

 

敵艦隊への空襲は、何と言っても敵の防空能力を超える数での飽和攻撃が本質だ。

敵編隊の攻撃を無事かわしきったものだけが、敵空母との対決という次のステージに挑むことができるのだ。

たった一度きりの接触で、そうそう数を削られたとは思いたくない。

 

 

「確認はできませんが……敵に向かって流れる火の玉があちらこちらに見えます。見たところ、大分墜とされたようです」

「チッ……。13隻全部撃破できるか、怪しいところだな」

 

 

今までと違って、敵機はこちらの回避行動に合わせて予測射撃をしてきた。

機体下に8発の空間魚雷を露天懸吊しているデスバテーターは、下手したら一発命中しただけで――――――いや、掠めただけでも魚雷に内蔵された炸薬が高温になってしまえば――――――大爆発を起こしてしまう。

1発エネルギー弾を食らった程度では落ちない重装甲のデスバテーターでも、弾薬に誘爆してしまえばひとたまりもない。

そうやって、多くの機体が撃破されたのだろう。

 

彼の操る若草色の機体はバレルロールをやめ、すれ違った敵戦闘機群を引き離すべく最大戦速の上の最大速度にまで推力を上げる。

最大戦速より上の速度では旋回能力が低下し、状況に対するパイロットの対処にも支障が生じてくるが、この際仕方がない。

向かう先には、13隻の空母及び戦闘空母。

無理な加速に機体が悲しげな軋み音を上げる中、一番手前の1隻の巨大空母に狙いを定めた。

 

 

「目標固定、爆撃用意!」

 

 

彼の命で、胴体下部の爆弾倉に収納されていたミサイルがマジックハンドで機外へ掴み出される。

胴体下に懸吊されている宇宙魚雷だけでなく、ミサイルも同時に敵の飛行甲板にぶち込んでやる腹積もりだ。

 

 

「距離1宇宙キロ! ……9000……8000……7000!」

 

 

爆撃航法士が、敵空母との距離をカウントダウンしていく。無重力・真空空間において、投射された物体は慣性に従って永遠に移動し続ける為、理論上ではミサイルや爆弾に射程は存在しない。それでもギリギリまで肉迫するのは、できるだけ加速をつけてミサイルの衝力を増す為と、敵艦に回避の余地を与えない必中を期す為だ。

 

視界の片隅に、真っ白な火の玉が前触れなく出現するのが見えた。旗艦『バルーザ』が必殺の火焔直撃砲の射程に敵を収めたのだろう。

増速して追い抜いていった戦艦のすぐ後ろ、敵戦艦部隊を率いていた旗艦と思しき艦の100メートル眼前に現れた巨大な白炎の玉。

戦艦よりも大きいそれは、一瞬にして敵戦艦をぱっくりと飲み込んだ。

突然の炎に纏わりつかれ、パニックを起こしたように航路を外れた敵旗艦。黒くコーティングされた表面が火焔と爆発の閃光に照らされ、装甲の継ぎ目から自ら火柱を立ち上げて、レーダーマストや砲塔をバラバラを振り落としながらラルバン星の重力の底へと落ちていった。

 

突起物が極端に少ない、無機質な漆黒の航空母艦が徐々にその視直径を増してくる。

寄り添う濃紺色の戦闘空母は、主砲と対空砲が鎌首を持ち上げてこちらを迎え撃たんと身構える。

左舷側5基の三連装主砲の砲口が、緑色に点滅する。主砲がエネルギー弾を発射する兆候だ。

一斉射で15条の極太なエネルギー奔流。大小の対空砲も既にこちらを射程に収めている。

向うも彼らと同様、必中を期して攻撃機隊を十分に引きつけてから、一気に火力を開放する戦術だ。

 

――――――と。そこに、全く予期せぬ方向から戦闘空母は攻撃を受けた。

音も煙も発せずに敵陣形の内側に忍び寄った潜宙艦が放った宇宙魚雷6発は、戦闘空母の右舷後方に集中して突き刺さった。

魚雷は装甲を張りにくいサブエンジン付近に身を潜らせたところで炸薬に着火すると、発生させた膨大な量の熱と運動エネルギーで無防備な艦内施設を蹂躙した。

熱い吐息は廊下を走り、十字路に差し掛かると勢いそのままに三方に分かれ、通りすがらにある人や物を次々に火達磨へと替えながら駆け巡る。

 

三方に伸びた飛行甲板の両脇から、次々と黒煙と灼熱の炎が間欠泉のように噴き出し、格納庫・甲板を問わずそこにある艦載機全てに熱気を浴びせかける。

発艦待ちだったそれらには武器弾薬、そして燃料が満載されている。

その周囲にも、搭載待ちのミサイルが束となって並び、給油の仕事を終えたばかりのホースは揮発性の高い油で濡れている。

そんな所に、摂氏1000度を優に超える炎が襲いかかったらどんな結果が訪れるのか――――――想像に難くない。

 

ウラリア帝国陣形の右舷後方に回り込んでいた6隻の潜宙艦が、艦首魚雷発射管から第二斉射を放つ。

1隻当たり6発、6隻で36発の潜宙艦用宇宙魚雷が、ミサイルのそれよりも遥かに薄い噴射炎と航跡の煙を残して、再び6隻の戦闘空母へ殺到する。

 

初撃が艦の下部――――――水上艦艇でいうところの喫水線下――――――に集中して被弾したのに対して、第二射は上部――――――主砲塔や艦橋構造物に引き寄せられた。

右舷前部艦底部に生き残っていた三連装無砲身対空砲が慌てて向き直るが、気付いたときには既に魚雷が射界から外れてしまう。

 

着弾。

 

ある艦は砲身がへし折られ、砲塔基部がめくり上がり、レーダーマストが崩れ落ちる。

また別の艦は艦橋を支えていた四本の柱のうち右舷側の2本がねじ曲がり、引き摺られるように左舷側の二本もしなる。

空母の右側に控えていた戦闘空母は、計12発に及ぶ魚雷爆発の衝撃で左に流されていった。

 

 

「助かる……!」

 

 

彼は感謝の言葉を呟いた。潜宙艦が戦闘空母を抑えてくれるおかげで、こちらは空母への攻撃に戦力を集中させることが出来る。

戦闘空母が艦の頭脳を破壊されて対空砲の自動迎撃機能が停止した隙を狙って、デスバテーターが空母に殺到する。

対空砲の数が多くなることも厭わず、命中率を上げる為に正対面積が大きくなる頭上から、ラルバン星の引力を加えた急降下で駆け下りる。

頼みの戦闘空母の支援が受けられないと分かり、慌てて空母の表面から撃ち上がる朱い対空砲火。戦闘空母に比べればいかにも心許ないが、それでも脅威には変わらない。

とはいえ、今更もう遅い。彼が駆る機は既に必中の射程、敵の懐に潜り込んでいる。

 

 

「魚雷発射!」

 

 

待ってましたと言わんばかりの爆撃航法士が、発射ボタンを連打。

一回押すごとに機底からガコンという振動が伝わり、操縦桿の操作が軽くなる。

続いて、視界に9本の白い筋雲が現れた。

距離3000の至近距離で9発のミサイルが次々と点火、トップスピードで敵空母めがけて発射されたのだ。

彼の機以外にも、生き残った攻撃機から次々とミサイルが投射される。

18機から放たれたミサイルは162発。

ミサイル艦が搭載しているそれに比べれば如何にも貧弱な空間魚雷だが、数と衝突速度を十分に揃えれば、戦闘不能にすることも撃沈することも十分に可能だ。

 

着弾を見届ける前に彼は操縦棹を左に回し、目標の空母の艦首を掠めて艦底部側へ退避するコースをとる。

重しを吐き出したからといって、ロケットエンジンを全力で吹かしているデスバテーターは旋回半径が大きくなるのだ。

空母が視界から外れる直前、真上から降ってくる脅威を回避しようとゆっくり左ロールを試みる巨大空母と、空間魚雷の大瀑布が万遍なく降りかかる瞬間がみえた。

 

 

「命中! 命中! 命中! 6隻の空母に、次々と空間魚雷が命中しています! 作戦成功です!」

「よし!」

「これで連続20隻撃破達成ですね、機長!」

 

 

副操縦士がレーダーを睨みながら、歓喜に上ずった声を上げる。

彼も右手を打ち振るって喜ぶ。

役目を終えた爆撃航法士と二人の攻撃操作担当士官も、コクピットに集まって彼らとハイタッチを交わす。

 

歓声に湧くデスバテーターの機内、レーダーパネル上では、空母を示す巨大な光点に向かって空間魚雷を指す小さな光が流星群の如く降り注いでいた。

そして、その反対側――――――ガトランティス陣営でも全く同じことが起きていて、巨大な光点が消え失せようとしてることに、彼等はまだ気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

同刻同場所 メダルーザ級火焔直撃砲搭載戦艦『バルーザ』艦橋

 

 

父を反面教師としている自覚はないが、ガーリバーグはどんなに弱い相手でも傷ついた相手でも容赦なく叩き潰すことを信条としていた。

勿論、政治的あるいは外交的配慮が求められる際には敵を壊滅させずに見逃すこともない訳ではなかったが……、こと旧テレザート星宙域守備隊司令に任じられてからは見敵必殺、無傷の撤退は許さないことを至上目標としていた。

そこには、大帝の死後に補給が一切届かなくなったことも関係しているのだが、それはこの際どうでもいい。

 

とにかく、どんな敵に対しても手を抜かないことを心掛けてきたガーリバーグは、着任以来最大規模の敵を前にしても動揺せず、いつも通りに策略を巡らせ、完全勝利を目指し万全の態勢で戦線に臨んだのだ。

 

それが、これは一体どういうことだろうか。

駆逐艦は爆炎に飲み込まれ、ミサイル艦は艦首の破滅ミサイルが誘爆を起こして跡形もなく消し飛び、空母は飛行甲板に円錐状の大穴を穿たれて紅蓮の炎を吐き、大戦艦は全身から煙を噴き出して漂没している。

戦場はインキをぶちまけたように黒煙が漂い、焦げた破片が元あるべき場所を探して所在なく浮かんでいる。

艦載機は炎を引きずりながらラルバン星へ自由落下をはじめ、ミサイルを撃ち尽くした攻撃機は送り狼と化したイモ虫型戦闘機に追い立てられて蜘蛛の子を散らすようにこちらに逃げ帰っている。

 

これが、常勝を誇ったラルバン星防衛艦隊の惨状か。

これが、俺が指揮している艦隊の惨状か。

 

 

「オリザーよ……」

 

 

後ろに控えているオリザーに助けを求めようとして……弱気になってしまった自分に気付いて、口をつぐんだ。

弱音を吐いたり態度に出してはいけない。それは司令官としてやってはいけないことだし、私のプライドが許さない。

 

 

「まだ、負けてはおりません」

 

 

しかし、そんな私の心情を察したのか、オリザーは奮起の言葉を選ぶ。

 

 

「司令が仕掛けた罠は、全て成功しております。戦況はいまだ五分五分、本当の戦いはこれからです」

「……オリザーよ」

 

 

私の経験上、『本当の戦いはこれからだ』と言って最後の力を振り絞る奴は無駄な足掻きに終わることが多い。

確かに私は弱気になってしまったが、まだ負けを認めた訳ではないのだが……。そんな内心の呆れを殺しつつ、後ろにいる臨時副官に問うた。

 

 

「やはり、誤算はあの長距離砲戦艦……だな」

 

 

今では火の玉と化している4隻の戦艦に視線を向ける。

デザインは違えど大きさや熱量は通常型の戦艦と大差なかったので、私もアレを単なる型違いの戦艦だと誤認していた。

しかしその正体は、今まで相手してきた主力戦艦とは比べ物にならないほどの超長距離の砲撃が可能な、全くの新しい艦種だったのだ。

 

 

「私も、火焔直撃砲に匹敵する射程を持つ兵器があるなどとは、思いもよりませんでした。兵器としての威力が弱かったのが、不幸中の幸いです」

「しかし、現に『バルーザ』はこうして沈もうとしている」

「……」

 

 

返す言葉が無いのか、背中からの声は途絶えた。

目の前の壁面ディスプレイから火花が飛び散り、ついに画面がブラックアウトする。

艦内の可燃物が燃えているのか、異臭とともに黒煙が漂い始めている。

異臭の元は、被弾箇所からだけではない。

小さな炎を背負って倒れている、幾つもの死体。

艦橋に被弾した際に戦死した部下が、今もまだ燃えているのだ。

生き残ったガーリバーグもオリザーも煙を浴びて、至るところに煤がついて汚れている。

 

そう、乗艦『バルーザ』は満身創痍の身体を今まさに横たえようとしている。

長距離砲戦艦――――――狙撃戦艦とでもいうべきか――――――4隻と真っ向から撃ち合い、敗北したのだ。

 

あれは、こちらが敵旗艦と思わしき艦に火焔直撃砲をお見舞いして、次発装填中のことだった。

今まで幾度となく行われた会戦で、ウラリア帝国戦艦の主砲の有効射程は9万宇宙キロ程度と判明している。

対して、火焔直撃砲は最大射程が22万宇宙キロ。圧倒的なアウトレンジ攻撃が可能だ。

最初の予定では、『バルーザ』は敵主力戦艦をアウトレンジから一方的に撃ち落として味方大戦艦の突撃を掩護するはずだった。

この方法は今まででも採用してきた戦術であり、実際この戦い方で常勝してきたのだ。

 

しかし、そんな計画はあっという間に壊された。

沈みゆく旗艦を追い越した4隻の狙撃戦艦が、20万キロの長距離から『バルーザ』に向けて砲撃を開始したのだ。

 

その瞬間、『バルーザ』の火焔直撃砲が持つ最大のアドバンテージが消滅した。

そして同時に、『バルーザ』はピンチを迎える。

メダルーザ級戦艦のほぼ唯一にして絶対の兵器である火焔直撃砲。

その圧倒的威力は一撃で戦艦を火ダルマにするほどであるが、決定的な弱点を抱えている。

エネルギー弾を瞬間物質移送器でワープする関係上、敵艦と『バルーザ』の相対位置を正確に測量し、発砲の際には艦が安定している必要があるのだ。

慌てて狙撃戦艦へと目標を変更し、第二射を撃たんとする所に着弾の衝撃が艦内を走る。

正面上方から受けたベクトルの所為で『バルーザ』の艦首がほんの少し項垂れる。

既に発射シークエンスを終えていた火焔直撃砲が直後に発射され、狙撃戦艦の艦底部を掠めるように通り過ぎてしまった。

 

その後も、4隻の狙撃戦艦はこちらに攻撃の隙を与えまいと狙撃を繰り返し、その度に『バルーザ』は火焔直撃砲の発砲を躊躇し、また撃ち損じた。

虎の子を封じられて手を出せないことを知ってか、はたまたメダルーザ級戦艦が大戦艦よりも頑丈に出来ていることを知ってか、それとも旗艦であることを見抜いたのか、敵は容赦なく、一方的に、執拗にエネルギー弾を送り込んでくる。

更に上下左右からは、イーターⅡや護衛駆逐艦による必死の迎撃をかいくぐった戦闘爆撃機やイモ虫型戦闘機がミサイルをお見舞いしてくる。

対してメダルーザ級戦艦にまともな対空兵器は無く、ただ可旋式2連装有砲身砲塔が一基あるのみ。

 

勝負は、決した。

 

『バルーザ』が散々に打ち据えられている間にも進撃を続けていた大戦艦群が、狙撃戦艦の懐に潜り込み集中砲火を浴びせて一網打尽にするまでに、『バルーザ』の被弾数は大小合わせて三桁を越えていた。

一発ごとの威力が主力戦艦のそれよりも弱かったので辛うじて轟沈を免れているが、エネルギー弾やミサイルによって全身を弾痕だらけにされた状態で生きて帰れる道理もない。

『バルーザ』がその生涯を閉じるのも、もはや時間の問題だった。

 

 

「殿下……司令機能を移しましょう。残念ですが、この船はここまでです。まだ会戦の決着がついていない以上、速やかに指揮系統を回復させなければ」

 

 

悔しさを堪えた声で、総員退艦を促すオリザー。

確かに、まだ会戦の行方は決していない。

『バルーザ』が狙撃戦艦の攻撃を一身に受けている間に大戦艦をはじめとする主力部隊は敵艦隊を射程に収め、攻撃を開始した。

交差する赤と緑の雷光。

落雷した場所に火の雲が生まれ、やがて黒雲に変わる。

大戦艦が放った必殺の艦橋砲がリング状の衝撃波となって侵略者の艦を包み込み、木っ端微塵に吹き飛ばす。

すれ違いざまに至近距離で発射されたウラリア戦艦が放つ基門の主砲が大戦艦を貫通し、射線上にいた駆逐艦も串刺しにした。

戦争は、ここ一番の盛り上がりを見せている。

 

 

「指揮系統が回復すると思っているのか……? 既に我々が命令したところで素直に聞いてくれる状況ではないだろう?」

 

 

艦橋からみえる戦場は、既に乱戦の巷と化している。

互いの陣形が深く食い込んで、360度見渡す限り敵だらけ。

各艦の間には既に連繋や戦術など存在せず、目に入った敵をとりあえず砲撃している状況だ。

旗艦がやられたもの同士、引き際を見定めることもできずにどちらかが全滅するまで殴りあうことを止めないデッドレースが繰り広げられている。

 

事態は既に、ガーリバーグが指示を下したところでどうこうできる段階を越えているのだ。

 

 

「しかし、戦闘がまだ続いているのに指揮官が戦場から離脱する訳にはいきません。やらなければならないのです、殿下」

 

 

つい先日まで艦隊司令を勤めていた、オリザーの忠言が重く圧し掛かる。

オリザーの言うことは、非の打ちどころの無いほどに正論だ。

いくら制御不能な戦状でも、指揮官がその責任を放棄して逃げ帰っていい訳がない。

それは今も死に物狂いで戦っている将兵達への裏切り行為であり、もしかしたらあるかもしれない勝利への選択肢をすべて放棄する事だ。

今ここで司令としての義務を放棄すれば、確実に会戦は敗北する。

敵は勢いづいてラルバン星本土への降下作戦を行うだろう。

そうなれば、私が手塩にかけて開発してきた領土が戦場となる。

艦隊の支援を失った地上軍が、艦砲射撃の支援を受けられる侵略軍に地上戦で勝てる道理は無い。

万が一、か細い勝利の糸を手繰り寄せることができたとしても、残るのは焦土と化した母星だけだ。

 

そんなことは旧テレザート守備隊司令としての責任と、常に最前線で戦い続けた軍人としてのプライドが許さない。

 

しかし、最後まで指揮官としてこの戦場に在り続けるという事は、最悪の最後を迎える可能性があるということでもある。

 

……やはり、覚悟を決めるしかないのだろう。

 

ならば、私が出来ることは何か。

私がしなければならないことは何か。

私がしたいと思うことは何か。

それらを素早く頭の中でピックアップして、ガーリバーグはオリザーに向き直った。

 

 

「これより旗艦を駆逐艦『フラミコーダ』に移して、戦闘を続行する。全艦に発令、『総員退艦』。オリザー、貴様が退艦の指揮を執れ。私は一足先に『フラミコーダ』に向かう」

「了解いたしました」

「それから、基地にいるソー副司令に連絡だ。『ラルバン星放棄の準備を整えたうえで、別命あるまで待機。軍属及び民間人は今すぐに避難を開始させろ。避難に関する全ての指揮は副司令に一任する』」

 

 

指示したのは、艦隊全滅という最悪のシナリオを迎えた時の為のもの。

本土で勝てる見込みがないのなら、せめて犠牲者を一人でも減らす為にラルバン星を無血開城して撤退する。

それが、私がしてやれる唯一のことだ。

避難した後の事は副司令に一任するので、どこか近くの星に潜伏するもよし、どこか友軍の支配宙域へ移住するもよし。そこまで私が細かく指定することではないだろう。

何故なら、ラルバン星放棄が実行に移されたときには、私は既にこの世にいないだろうから。

 

 

「司令……。分かりました。このオリザーも、老体ながら最後まで御伴します。機械人形ごときに命をくれてやるのは癪ですが、奴らにガトランティス魂を見せつけてやりましょう」

「貴様はさんかく座銀河方面軍の所属だろう? 私に付き合う義理はない。退艦が完了したら君はミサイル艦『エンデ』に移艦して帰りたまえ」

「そのような寂しいことを仰られるな、殿下。今の私は、ラルバン星防衛艦隊の臨時副官です」

「……勝手にしろ」

 

 

意を汲んでくれた老将は、私と運命を共にすることを選んでくれだ。

ガーリバーグは、声には出さずにそっと感謝した。

 

 

 

 

 

 

その頃、月面基地内の一室は――――――

 

 

「もう! なんでこの歳になって一から勉強しなおさなきゃいけないのよ!」

「何言ってる、地球だと6歳児は勉強盛りだぞ!」

「だからって何でこんなに覚えなきゃいけないの!?」

「そんな多くないぞ、寺子屋並みの読み書きそろばんしか教えてないからな!」

「恭介、寺子屋で日本語英語に大学レベルの理系科目は教えないと思うけど……」

「そうは言うがな、あかね。こいつがどんなに頭良くたって、アレックス語とアレックス文字しか書けないんじゃ全く役に立たないだろうが。こいつが持ってる大学院レベルの知識を引き出すには、こいつが地球の言葉を覚えるのが一番手っとり早いんだよ」

「何なのよ日本語って! 何でこんなややこしい字を沢山覚えなくちゃいけないのよ! イヤ! もうイヤ!」

「うっさい! お前も簗瀬家の人間になったのなら漢検一級くらい3日でとってみせろ!」

「アンタ、簗瀬家に対してどういう認識を持ってるのよ……?」

「あかね、兄に口答えした罰だ。憂鬱という字を百回書き取りな」

「なんで私まで巻き込まれてるの!?」

「……今がチャンス! 自由への逃走!!」

 

 

ダッ

 

 

「あ、こら逃げるなそら! 追うぞあかね!」

「あ――――――、これ、どっちの味方していいのか分からないわ……」

「おーい、篠田にあかねちゃん。そらちゃんのお勉強は進んでるか?」

「あ、徳田さんこんにちわ」

「た、助けてください、徳田さん!」

「な、な? どうしたのそらちゃん、背中に隠れて」

「そ、それが……お兄ちゃんが私のことイジめるんですぅ!」

「よーし篠田動くな、歯を食いしばれ」

「ちょっと徳田さん!? そらに騙されてますって! 服掴んで弱々しそうにしてるけど背中越しにアッカンベーしてるし!」

「恭介お兄ちゃん、私が美人だからって弄んで、泣いてる私を見て楽しんでるんです! 助けて、崇彦お兄ちゃん!」

「宿題やったか? 歯ァ磨いたか? 神様への言い訳は考えたか?」

「くそ、童貞の恋愛小説かぶれはこれだから……。さらば地球!」

 

 

ダッ

 

 

「待て篠田、美人の義妹二人に囲まれやがって! 天が許しても俺が許さん! 人誅! 人誅!」

「待てといわれて待つ馬鹿いない! あと徳田さんにはシスコンの称号が追加された!」

「シスコンハーレムの貴様に言われたくない! ええい、そこに直れ!」

 

 

ドタバタドタバタッ

バン!

 

 

「俺たちも参加するぞ徳田! ガンホー! ガンホー!」

「大人しく縛につけ篠田! 今ならば気持ちよく天に昇らせてやる!」

「げぇっ、二階堂さんに米倉さん! なんでここにいるんですか!?」

「二階堂、貴様は研究所の連中に招集をかけろ! 浮気者にはアスロックを並列でケツにぶちこんでやらなければならない!」

「了解! 私刑だ死刑だ!」

「行け―――、彰久お兄ちゃんに泰人お兄ちゃん! 恭介お兄ちゃんなんてやっつけちゃえ!」

「ハァ……。何やってるのかしらね、揃いも揃って……」

 

 

――――――今日も割と平和だった。




復活篇もそうですが、宇宙空間での艦隊決戦は究極的には乱戦になりますね。
大規模になればなるほど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十九話

怪しげな人が久々に登場。そして、死んだはずだよ的な人も登場。


2207年10月27日 月面基地某所

 

 

扉を開けて入ってきた瞬間、男には来訪者の正体が分かった。

彼はゆっくりと瞼を開き、訪問者のシルエットを見据える。

 

 

「君が直接顔を見せに来るとは……一体、どういう風の吹きまわしかね?」

「……別に。近くに来たから、寄っただけよ」

 

 

言ってやった皮肉にも反応せず、いつものそっけない態度。

他の者に対してどうかは知らないが、男の知る限り、それがこの女の通常だった。

 

 

「それで、私に何の用だ? ただ話をしに来ただけではないのだろう?」

「そんなツレないこと言うんじゃないわよ。短い付き合いじゃないでしょう?」

「もう6年になるか? 何度も言うが、左胸と頭を撃たれていた死にかけの私をよく助けたもんだ」

「なら私も、同じ言葉で返すわ。パルチザンとしては、貴方の情報・技術将校という立場は死なすには惜しいものだった。それに一科学者としては、生きているサンプルは一体でも多い方がよかったのよ」

「その割には、成果が出ていないようだが?」

 

 

男は金糸のような細い髪を揺らしてゆっくりと周囲を見回す。

男の周囲には、静寂を内包した暗闇。

そして、誘蛾灯の様に薄黄色に輝く光の柱がいくつも並んでいる。

使い古された蛍光灯にも似た柱の中身は、人の頭。

揃いも揃って首から下が無い。それはまるで、梟首された罪人の姿だ。

 

 

「それについては……本当に申し訳ないと思っているわ。現在の我々の技術力では、失われた地球人の体を再生することはできても一からウラリア人の身体を人工的に造り上げることはできなかった。どうしても、何かしらの欠陥が生まれてしまうのよ」

 

 

部屋を訪れた女は長い髪を後ろでアップに纏め、度の弱い眼鏡をかけている。

年季を感じさせる白衣は、ヨレヨレで染みだらけだ。

カツ、カツ、と靴音を立ててゆっくりと男の元に近づく。

 

 

「君達が努力してくれている事は分かっている。そんな事を責めるつもりは毛頭ない」

「……せめて、そっち側の科学者と技術交流ができればよかったんだけどね」

 

 

女は、申し訳なさそうに僅かに目を伏せた。

 

 

「地球に降りていた技術者や科学者は、ヨコハマ防衛戦でのきなみ殺されてしまったからな」

「当時の私達には、ウラリア人は兵士も技術者も十把一絡げで『敵』だったわ。選り分けている余裕なんてなかったのよ。アンタだって、森雪が技術・情報将校だって教えてくれたからパルチザンも助けるのを納得してもらえたんだから」

「森雪、か……。懐かしい名だ」

 

 

男は瞼を閉じ、僅かに笑みを浮かべる。

記憶の中の女性を反芻するように、遠い思い出を噛み締める。

彼と彼女に何があったのか、女は報告された情報以上の事を知らない。

女には、今の彼が森雪に対してどのような気持ちを抱いているのか、想像するしかなかった。

 

 

「アンタ、まだ忘れられないの? 森雪のこと。あの女はとっくに他の男のモンなのに」

 

 

女がそう意地悪を言ってやると、男は拗ねたような皮肉を言いたげな表情を浮かべた。

 

 

「置き人形に等しい私の数少ない退屈しのぎだ。放っておいてくれたまえ」

「ハイハイ、どうせ地球人はまだアンタらの身体を解明できていませんよ。仕方ないでしょう? 地球人用の義手・義足をつけたって拒否反応が出るんだから。何なのよアンタたち、地球人の技術を悉く拒絶しちゃって。やる気あんの?」

「それも含めて人間の……いや、生命の神秘ということだ。今ではむしろ、成功しなくて良かった、と思う事もあるんだ」

 

 

へぇ、と呟いて口角を吊り上げる女。

暗黒星団帝国の人間の事情を知っている彼女には、目の前の男がそのような事を言うとは考えもしなかった。

 

 

「理由を聞いても……いいかしら?」

 

 

近くの壁に背を預けた女を目を追いながら、「ああ、構わない」と男は微笑みながら頷いた。

その顔は末期の人間特有の、命の終焉を前に悟った者だけが見せる儚げなものだった。

少し昔話をしようか、と男は口火を切った。

 

 

「ウラリア帝国は昔から星間戦争を繰り返した星でね。何百年も、戦って、戦って、戦い尽くして……、そうやって二重銀河を平定したんだ。しかしその頃には、傷痍軍人の生活保障が深刻な問題となっていた」

「……」

「初めは、義手・義足や欠損した内臓を補うところから始まったらしい。しかし、次第に機械化歩兵というものが戦争に大いに役に立つと気づいたご先祖たちは、積極的に体を作り変えていったそうだ。何せ、生身の体と違って機械の体は失ってもいくらでも替えがきくし、痛みを感じないからね」

「そこで止めときゃよかったのよ、アンタたちは。そこが、地球人とウラリア人の決定的な差だったのでしょうね」

 

 

つい口を挟んでしまった白衣の女に、

 

 

「全くだ。そのとおりだと思うよ、私も」

 

 

自嘲気味に答える男。自国の歴史を客観的に評価できる彼の聡明さは、彼女が彼を気に入っていた理由のひとつだった。

 

 

「そうやって機械の体を持つ人間が代を重ねていくうちに、人間の体は機械の補助を受けるのが当たり前になってしまったらしい。機械に接続されやすい肉体を持った人間が生まれてきたんだ」

「何よ、その『機械に接続されやすい肉体』って?」

「四肢が欠損したり、神経が末端まで繋がっていなかったり、臓器が極端に小さかったり。そんな、機械に取って替わられることを前提とした体つきということだ。そんな退化――――――体にとっては環境に適応できるように進化したつもりなのだろうが、それが続いた行き先が、私達のような頭以外は殆どない状態で生まれてくる現在のウラリア人だ」

「……貴方の口から言われると、説得力倍増ね」

 

 

そう言って彼を正面から見つめる女。

男の肌の色は暗青い灰色、首から下には丁度人間の胴体と同じくらいの大きさの機械と、そこから生えた無数のケーブル。

ウラリア人の正体をこれでもかというほど晒した状態だった。

 

 

「それから私たちの戦争目的のひとつに、健全な肉体の確保が加わった。占領した星々の人間を研究し、実験も頻繁に行った。しかし、いずれの星の人間も、ウラリア人には適合しなかった」

「技術の遅れた地球ならともかく、ウラリアならば簡単にできそうな気がするけど?」

「それが我々にも謎だった……。しかし、ここに来て君達地球人と接しているうちに、思うようになった事がある」

「何よ?」

 

 

そっけなく続きを促す女。しかし、そっぽを向きながらも視線は男を見ていた。

 

 

「そもそも生命は、我々人間が扱えるような軽いものではないのではないか、とな。命を好きにできるのは、人類よりももっと崇高な……そう、神の領域なのではないか。だから、ウラリア人類と地球人類の肉体が適合しないと聞いて、生命の崇高さを汚さずに済んだと、心のどこかで安堵したのだ」

「――――――がっかりね。貴方の口からそんな非科学的で幼稚な言葉が出てくるなんて」

 

 

どうやら彼の言葉が気に入らなかったらしく、溜息と冷たい言葉とともに女は白衣を翻して完全に背中を向けてしまう。

 

 

「神や宗教を語るのは、人類の特権だろう?」

「神を捨てた人種がよく言うわ。ウラリア人に宗教が残ってたら、肉体を捨てたりしないでしょうに。……私は諦めないわよ。確かに地球人への脳移植も、ウラリア人の身体の復元も失敗した。でも私は、神なんて訳が分からなくて気まぐれで数字で観測できないものを失敗の言い訳になんて、絶対にしない。科学者の矜持にかけて、絶対にウラリア人に肉体を取り戻してみせるわ」

「そういう君も、十分にこちら側の人間だと思うがね。……しかし、先程の言い方からするに地球人も我々と同じような道に行きかけたのだろう? 何故地球人は機械化の道を進まなかった?」

 

 

地球にも、生身となんら変わらない性能を持つ義手・義足は存在する。

彼女の話によれば、最近では末期の放射線病患者を全快させた例もあるそうだ。

それが示すのは、地球人類が自らの身体を良く把握し、科学的に再現することが可能という事。

地球人類だけではない、同じレベルの医療技術を持つ人類は他の星にも存在していた。

ならば何故、地球人類は貧弱で劣化しやすい生身の体に拘り続けたのか。

ウラリア人のように失ってからその価値を再認識するのではなく、地球人類が人体の機械化に興味を持たなかったのは何故か。

彼にはそれが分からなかった。

 

しばしの無言。

部屋には、生命維持装置の作動音と泡が試験官の中を浮き上がる音だけが響く。

 

 

「……科学に命を捧げたマッドサイエンティストには、そんな哲学とか心理学みたいな事は分からないわ。改造人間を作るより、ロボットを作る方が楽しかったんじゃない?」

 

 

そのまま歩みを進め、部屋から出ていこうとする女。

 

 

「――――――そう、か。そうかもな」

 

 

彼女がまともな答えをよこすとは、男の方も期待していなかった。

そのまま黙って彼女を見送る。

扉をくぐったところではたと立ち止まり、女は「そういえば」と呟く。

 

 

「もし神様がいて、罪と罰を決めているのなら。人の身体をいじくるのと人の心をいじくるの、どちらの方が罪深いと言うかしらね……?」

「……どういう意味だ?」

「色んな意味よ……。また来るわ、アルフォン少尉」

 

 

それだけ残して、女は視界から消える。

結局、彼女が来た理由は分からないままだった。

 

 

 

 

 

 

同日同刻 天の川銀河辺縁部 旧テレザート星宙域

 

 

この戦いに意味はあるのか。

彼は傷だらけの姿で旗艦『ブラップトーイ』の戦闘艦橋に立ち、被弾した際に破壊され――――――失った右腕の断面を左手で庇い、自問自答する。

戦闘開始から一時間強。既に戦況は艦隊戦の体を為さず、敵味方入り乱れてのバトルロイヤルとなっている。

背後から撃つもアリ、多数で一隻を集中砲撃するもアリ、逆に全く戦闘に参加しないのもアリの、無法地帯だ。レーダーで見る限り、これ幸いと敵前逃亡してしまった艦もあるようだ。

 

正直なところ、敵味方が入り乱れての戦闘というものを経験したことが無いわけではない……というより、大抵の宙間戦闘というものは最終的にはノーガードの殴り合いに行きつくものだ。

必中の距離から互いの持つ火器全てをぶつけ合い、色んな技術と幸運が優れたものが勝利するのである。

そして勝者はなお戦っている味方を援護し、2対1になった敵は倒され、勝者は更に2隻が援護に回って3対1になる……。

そうやって均衡が崩れた戦場は、やがて片方が片方を蹂躙する殺戮の場と化すものだ。

 

しかし、この戦場は何だ。互いに一歩も譲らず、優勢も劣勢もつかないままただ戦力だけが消耗していく様は、暗黒星団帝国が最も避けるべきである消耗戦以外の何物でもないではないか。

 

我が艦も敵大戦艦6隻の集中砲火を浴び、大破炎上中。艦橋砲の射軸上にいなかったのが不幸中の幸いか。

青かった静寂の宙はもはやなく、黒煤と血煙が視界を埋め、絶望と怨嗟が世界を占めている。

地獄絵図だ、と心底思う。

互いが敵意と恐怖のままに心身をすりつぶし、どちらかが完全に消滅するまで争い合う。こんな事は、人間の所業でも機械の作業でもない。畜生の生業ではないか。

 

そんな戦闘で死ぬことが、ウラリア帝国人の誉れになるのか。人間でありつづけることを追い求めた末の結末が、こんな動物の縄張り争いみたいな戦でいいのか。

 

……分からない。私には、今の帝国上層部の考えている事が分からなかった。

母なる星、テザリアム星が地球の戦艦によって滅ぼされて5年。

残された各方面軍の首脳陣は二重銀河が崩壊して誕生した新銀河の中の一つの星に集結し、暫定軍事政権を設立した。

そして閣議の結果、当面の間は従来通りウラリア人に適合する人間の肉体を求めて星間戦争を継続することが決定したのだ。

果たして現在、ウラリア帝国軍は本拠地である新銀河の復興をなおざりにして、今の侵略戦争に明け暮れていると言う訳である。

 

上層部の考えとしては、崩壊と融合で混沌が続く新銀河に留まり続けるよりも、さっさと新鮮な肉体と新たな母星を手に入れてそちらに移住すればいいと考えているのだろう。

しかし、いくら本星が無くなってしまったからといって、途絶してしまった兵站をろくに回復させずに戦争を続行するのはどういう思惑があってだろうか?

 

中間補給基地を地球の船――――――名は、『ヤマト』だったかと思う――――――の攻撃で沈められている我が天の川銀河方面軍は特に戦力の消耗が激しく、補給能力も著しく減衰している。

地球侵攻失敗後、別の宙域に再度中間補給基地――――――補給が滞りがちな為、ただの前線基地といった方が実態に合っているのだが――――――を再建造した我々は、地球侵攻軍の残存艦隊を回収することで戦力の回復を図ってきた。

しかし、ラルバン星侵攻作戦が始まってからは再び艦艇の損失が鰻上りだ。

 

ついに今回の侵攻からは、他の戦線から艦艇を融通してもらわなければまともに艦隊を編成できなくなってしまった。

もう、これ以上は戦闘を維持する戦力も士気も維持できない。

だからこそ、中間基地に残存する戦力と増援を含めて、最小限の基地防衛戦力を除いた全ての軍艦を投入したのだ。

しかし、それを以てしても互角――――――しかも旗艦を失った事で統制が乱れ、一番やってはいけない歯止めの利かない消耗戦にのめり込んでいる。

 

 

「艦長、大変です!」

 

 

部下のうわずった声も、もう聞き慣れてしまって何の意味も為さない。

驚愕することが多すぎて、感覚が麻痺してしまっている。

 

 

「今度は何だ! もう大抵の事じゃ驚かねぇぞ!?」

「本艦正面に巨大な空間歪曲の兆候を確認! 惑星クラスです!」

「惑星!? 間違いないのか!」

「空間歪曲波のエコーを確認、距離約400万宇宙キロ! エコーの形状から、ワープアウト後この戦域を至近距離で通過するものと思われます!」

「そんな……、そんなことになったら、我々どころかこの宙域全体に深刻な事態が起こるぞ!?」

 

 

この戦域は、ラルバン星の重力圏内にある。ここの至近を惑星規模の質量体が通過すれば、周囲にあるすべてのものが惑星の重力に引き込まれるどころか、ラルバン星と惑星が衝突する可能性すらある。いや、それ以上に二つの大質量体が至近距離に存在する状況が突然出現することで、宙域全体にどんな影響が起こるのか、想像もつかない。

 

 

「……撤退だ」

 

 

心が、折れた。

 

 

「―――は?」

 

 

もう、こんなことに付き合っていられない。こんなところで命を落とすなんて馬鹿げている、報われない。

 

 

「撤退だ撤退! 左180度反転、無差別ワープ準備! 一秒でも早くこの戦場から逃げるんだ!」

「し、しかし味方がまだ戦闘中です!」

「惑星が迫ってきてるんだ、他の艦も逃げるに決まっているだろう! いいからさっさとトンズラするぞ!」

「りょ、了解しました!」

 

 

剣幕に怯えて作業に戻る部下を尻目に、彼は惑星がワープアウトしてくる方角を睨みつける。

煤とガラクタで汚された戦場の向こう、うっすらと見える群青の宙が波打つように歪み出すのが裸眼でも確認出来た。

 

まずい、もう時間がない。

 

艦が取り舵を切り、空間の歪みが視界の右端へと移る。

空間歪曲のうねりはより激しさを増し、ワープアウトしてくるものの巨大さが否応なしに想像される。

ここに至ってようやく気付いたのか、敵も味方もパタリと戦闘を止め、蜘蛛の子を散らしたように逃げ始める。

 

ただ逃げるだけでは惑星の重力圏から逃げられない、ワープして逃げないと。

 

もたついている周囲の艦を見てそう思うが、今から通信で注意を促した所で間に合うかどうか。

 

 

「ワープ準備完了!」

「ワープ!」

 

 

艦が完全に後方を向いたところで、『ブラップトーイ』はワープシークエンスに入る。

艦載機隊を置き去りにしていることには気付いていたが、帰艦を待つ余裕はなかった。

 

 

 

 

 

 

同刻同場所 高速駆逐艦『フラミコーダ』艦橋

 

 

迫り来る脅威を前に尻尾を撒いて逃げればいい暗黒星団帝国軍に対して、ラルバン星防衛艦隊とテレザート星宙域守備隊はこの場を離れなかった。

一隻の戦艦がワープで撤退したのを皮切りに、戦意喪失した暗黒星団帝国の艦艇が次々に消えていく。

敵機は、帰るべき母艦がさっさと逃げてしまって茫然自失しているところを味方機が血祭りにあげている。まるで止まっている的を落としているようだが、今はそれどころではない。

戦場を離脱しようとしているのは、味方艦もまた同様なのだ。

ガーリバーグは間髪いれずに駆逐艦『フラミコーダ』から指示を飛ばした。

 

 

「ミサイル艦は何隻残っている! 破滅ミサイルの残弾は!?」

「しかし司令、通信が混乱している為、命令が届きにくくなっております!」

「全艦に伝える必要はない、ミサイル艦を一隻ずつ名指しで呼び出せ!」

「了解!」

 

 

惑星のワープアウトを恐れて三々五々に散っていく味方には目もくれず、必要な艦にだけ通信を飛ばす。ミサイル艦以外には用が無く、また他の味方を統制している余裕などない。

 

 

“破滅ミサイルで惑星を粉々に破壊する”

 

 

それが、ガーリバーグが咄嗟に思いついた策だった。

暗黒星団帝国と違い、ラルバン基地からもワープアウト反応の詳細な観測情報を入手することができるガーリバーグは、惑星の予測質量やワープアウト後の軌道もある程度正確な予測情報を入手している。

その結果によると、出現する惑星はこの宙域より若干――――――もちろん、天文学における「若干」だが――――――外側を通ってラルバン星の重力圏に捕まり、星に向かって落下していくらしい。

予測値の誤差次第では落下でなく減速スイングバイとなるらしいが、そんな希望的観測を頼りに拱手傍観する気など毛頭ない。

ワープアウトした瞬間に破滅ミサイルを撃ち込んで、オーバーキルで粉微塵に吹き飛ばすのだ。

 

 

「司令、報告します。呼びかけに答えたミサイル艦は5隻、そのうち行動可能な艦は『エンデ』、『ケットン』、『ディアナスティン』の3隻。発射可能な破滅ミサイルは6発です」

 

 

オリザーの副官だったグレイガが、下段の敬礼をしながら報告してくる。

 

 

「む……一応、数としては十分だが。14隻いたミサイル艦が、今は3隻しか使えないのか」

「応答しなかった艦も多数ありますから、一概に全て沈んだとは言えませんが……」

「ラルバン星が滅ぶかもしれないという危機に、上官の通信にも応じず自らの安全しか考えていないような艦など、いないも同然だ。見ろ、命令を出していないのにミサイル艦の動きに呼応して戻ってくる艦もいるのだ」

 

 

外を見れば、反転して『フラミコーダ』の元に集まってくる3隻のミサイル艦の他にも、こちらの意図を察して踏み止まる大戦艦や護衛の任を全うしようと引き返す高速駆逐艦が見られる。

対照的なこの光景を見れば、ガーリバーグが嘆息の息を漏らすのも致し方ないことだった。

 

 

「司令、まもなく惑星がワープアウトしてきます」

 

 

グレイガの落ち着き払った報告に、ガーリバーグは変化を見せ始める正面の空間を睨みつける。

回頭中の3隻はいずれも至る所に被弾の形跡があるが、奇跡的にも破滅ミサイルに被弾していない艦だ。

被弾した艦は例外なく周囲の艦を巻き込んで盛大な火球を膨らませ、消し炭一つ残さず消え去っている。

 

 

「まだ艦隊の再編成が済んでいないが……仕方がない」

 

 

質量の大きい物体は、ワープアウトの兆候が出てから実際に3次元空間に出現するまで時間がかかる。

ようやく宇宙空間にワープアウト独特の青白い光が生まれるところだ。

 

無窮の闇を吹き払う鮮やかなライトブルーの輝きの中から、蒼氷色と白色が混じり合った宝玉のような美しい星が姿を現す。

蒼は恐らく海、乳白色は雲だろうか。

だとしたら、人類が居住可能な条件を満たしている可能性もある。

 

 

「レーダーに巨大物体の出現を確認! 大きさはラルバン星と同じクラスです!」

 

 

空気の層をたなびかせて出現してきた惑星が、通常速度に戻る。

球形の多くを占める滄海の青。

その上を流れる渦状の純白は、間違いなく雨雲。大きさから見て、台風の類だろう。

大陸と思われる部分は多くが植物の緑に覆われ、自転軸らしき場所だけが氷を纏っている。

海岸沿いは縁取りをするかのように緑が失われ、変わりに無機質な建造物が立ち並ぶ。やはり、これだけ好条件の星ならば人類が住んでいて当然だろう。

土気色の大地と鉛色の澱んだ海しかないラルバン星とは、何もかも違う。

こんな、あらゆる生物にとっての理想郷のような星が、われわれの目の前に現れたのだ。

 

しばし、艦橋が静寂に包まれる。

ガーリバーグを含めた『バルーザ』の生き残りが皆、破壊対象の惑星の美しさに見とれていた。

そんな、ほんの僅か漂っていた静謐を、

 

 

「レーダーが12時方向に多数の艦影を探知!」

 

 

同じく『バルーザ』から避難してきたレーダー士官がもたらした信じられない報告が遮った。

 

 

「艦隊? どういうことだ、詳細に報告しろ」

「分かりません! 惑星のワープアウトと同時に、少なくとも2個艦隊が惑星の手前に現れました! 恐らく、惑星と一緒にワープしてきたものと思われます!」

「まさかこの惑星、白色彗星都市と同じ類の物か……!?」

 

 

突如現れた惑星と、その表面に駐留していると思われる艦隊。

我がガトランティス帝国大帝ズォ―ダ―5世が愛用した、彗星都市と同じ構図だ。

難攻不落の移動要塞をベースキャンプに、前衛を戦艦艦隊、後衛を空母機動部隊が務める。

まさに、眼前の光景と同じ。

……まさか、ほかの方面軍の友軍が開発した、新たな彗星都市なのか?

だとしたら何故こんなところに?

 

 

「グレイガ、射撃は一旦中止だ。目の前の惑星と艦隊について調べる。」

 

 

ガーリバーグは調査命令を出す。

しかし、配下の痩せぎすの男はかぶりを振って、

 

 

「――――――いえ、司令。その必要はありません。私は、あの星を知っています」

「なに? 貴様、あの惑星の事を見たことがあるのか?」

「ええ。私どころか、恐らくこの艦にいるクル―の殆どが知っています。何せ、私の予想が正しければ、この星は――――――」

 

 

グレイガの独語にも似た声を、レーダー士官の大音声がかき消した。

 

 

「敵味方識別装置で艦隊の所属が判明しました! 手前の艦隊はさんかく座銀河方面軍第19艦隊、奥の艦隊は恐らくアレックス艦隊と思われます!」

 

 

 

そして、バラバラだった物語が、収束を始める。




いろんなものが登場しすぎた回でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十話

久々に地球での日常回です。


2207年12月12日 23時20分 アジア洲日本国愛知県名古屋市某アパート2階1号室 篠田恭介宅

 

 

月で過ごした秋が過ぎ、地球で過ごす冬がやってきた。

 

冥王星遭遇戦から二ヶ月。

思い返せばわずか30分あまりだったあの戦闘は、俺たちにあまりに多くの変化を与えた。

 

まず、完成前ながら獅子奮迅の戦いを見せた『シナノ』は中破し、月面基地での応急修理の後に地球に降ろして本格的な修理と残された検査の消化に入った。

 

出港時の巻き戻しのように名古屋軍港第一ドックに入渠した『シナノ』はしかし、もはや修理用の装甲板が枯渇してしまっていた。

元々宇宙戦闘空母『シナノ』は、沈没していた空母『信濃』の艦体をベースに余っていたヤマトの予備パーツと戦艦『武蔵』の鋼材を使って建造された。

その建造当時から懸念されていた事だが、軽金属による鋼板が主流の今、ヤマトと同じ装甲板の鋳造を行える工場が極端に少ないのだ。

だからこそ、市松装甲――――――正式名称は「チェッカーフラッグ装甲」になった――――――が開発されたが、竣工前に不足する事態が発生するとは、誰が予想しただろうか。

 

しかたなく被弾箇所の装甲板やら鉄骨を剥がし、戦場掃除で拾ったものと合わせて溶鉱炉に放り込んで、装甲板として再利用することになった。

それでも装甲版が弱くなるわ、鋳造にやたら時間と金がかかるわ、面倒なわりには効果の薄いものとなったのは、今後改善すべき点だろう。

なんとかして安くて頑丈で大量生産が可能な装甲板を開発しないと、『シナノ』の建造理念のひとつが達成できない。

 

開発といえば、さんかく座銀河からやってきたみなしご―――サンディ・アレクシア改め簗瀬そらからは、いまだに有力な技術提供を受けることが出来ないでいる。

飯沼さんはさんかく座銀河から地球までやってくるほどのアレックス星脅威の科学力に期待しているようだが、彼女は地球人と出会ってまだ二ヶ月。当分の間は地球人として生きなければいけない以上、日常生活を送る上で覚えなければいけないことは数多く、とてもじゃないが造船学云々まで手が回らない。

日本語も英語も地球数学もまだまだ小学生程度の学力の彼女に、技術提供を期待する方が大人げないというものだ。

 

……出会って二ヶ月で、小学生高学年程度の学力を身につけた彼女が天才であることは認めざるを得ない。

それを本人に言うとまた調子に乗るだろうから、絶対に言わないが。

 

お姫様から地球の一般市民へと身分を変えた彼女は、意外にも平民としての生活に溶け込んでいる。

もともとお忍びで城下町を出歩くほどだったらしいから、質素な生活にも慣れているし、豪奢な生活にほとんど未練がないのだろう。

王族として見られる視線が無くなった以上、彼女がその快活な性格を押し隠して「窈窕たる姫君」を演じる必要も無い。

おかげで今では、好奇心と大胆さと行動力を兼ね備えたナイスレディと進化を遂げたのである。

 

 

 

 

 

 

 

人はそれを、手のつけようがないという。

 

 

 

 

 

 

 

閑話休題。

 

地球に帰ってからも、『シナノ』の修理とテストが延々と続いて過労がピークに達した頃、そらがあかねと一緒に地球に降りてくるという連絡が届いた。

どうやら、由紀子さんがそらの身体を調べた結果、地球に滞在していても問題ないと判断したらしい。

聞いた話によると、本来アレックス人やその祖先であるイスカンダル人は地球人と身体の構造が極めて似ていて、地球に降りて生活しても何ら問題ないそうだ。

それでもそらが二ヶ月も月面基地にいたのは、由紀子さん曰く「彼女の成長が止まっている事を確認したかったから」だそうだ。

 

正直なところ恭介は、そらの相手はあかねに丸投げしたかった。

彼女といるといつも喧嘩になるし、たまに恭介が優位に立つと研究所の先輩方から手痛いしっぺ返しが来る。

仮にも兄貴分――――簗瀬家とは養子縁組をしていないから、あくまで兄貴分だ―――になったのだから、妹分には優しく接したい、仲良くしたいという気持ちも無くもない。

しかし、ファーストコンタクトがアレなだけに、どうにもあかねの時のように庇護欲が湧かないのである。

 

第一、自分は名古屋で『シナノ』の面倒を見なければならないのだ。東京の家に行くであろうあかねとそらに、万が一にも遭遇するはずがない。

仕事を盾にして断れば、いくら由紀子さんでも東京に帰って来いとは言わないだろうと、タカをくくっていたのだ。

 

 

しかし、恭介は忘れていた。

彼女が、地球連邦大学特別招聘講師兼生命工学研究所バイト見習い候補生であると同時に、宇宙技研造船課技師見習いであるということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……さて、そろそろダイジェストめいた現実逃避は止めにしよう。

目の前にある現状を受け止めて、対応策をとらなければならない。

月は12月、時刻は23時過ぎ。

夏の猛暑が嘘のように、今年の冬は例年にない厳しい冬となった。今年は冬さえも手加減してくれないらしい。

シベリア寒気団は日本海を駆け抜ける際にたっぷりと湿気を飲み込み、若狭湾から関ヶ原の隙間を通って名古屋へと雪をもたらす。

おかげで今夜も外は牡丹雪の街、空は灰白色の雲に都会の灯りが映り込んでいる。

扉を開ければ街灯の橙色が、塀にうず高く積もったふわふわの雪に降りかかり、さながらオレンジ味のかき氷だ。

もっとも、身を切る様な冷気を全身に浴びている状態でかき氷を食べたいなどとは、微塵も思わないが。

 

 

 

 

 

 

で。

 

 

 

 

 

 

外ヒンジの扉を開けた先、つまりは俺の部屋の真ン前に立つ姿。

白人のそれも霞むほどの、月明かりで染め抜いた様な金髪。

清楚ながら大人の色香を匂わせる切れ長の両目に、薄いピンク色の唇。

八頭身のスラリとした出で立ちに、コート越しでも分かるしなやかな美しい肢体。

雪をまとったような白いコートに緋色のスカート。淡い草色のマフラーをゆるやかに首に巻いている。

黙っていれば深窓の令嬢を思わせる、大人しめな佇まい。

 

間違いない。簗瀬そら、その人である。

 

彼女は肩に積もった雪を優雅な手つきで払った後、首をかわいらしくかしげて、

 

 

「来ちゃった♡」

「人違いです」

 

 

バタン(扉を閉める音)

 

 

ピンポーンピンポーン

 

 

「はーい」

 

 

ガチャッ

 

 

「中に入れて♡」

「お隣さんと部屋、間違えてますよ」

 

 

バタン。ガチャリ。(ドアノブのロックを閉める音)

 

 

ピンポンピンポンピンポーン!

ガチャリ。ガチャッ

 

 

「……どちら様ですか―――?」

「寒いから温めて♡」

「お汁粉ならすぐそこの自販機にありますよ」

 

 

バタン。ガチャリ。ジャラジャラ(チェーンロックをかける音)

 

 

ピピピピピンポーンピピピピンポンピンポンピピピピピピピンポ――――ン!!

ジャラジャラッガチャリッバン!!

 

 

「だ―――もううっせぇ! 夜中に近所迷惑なんじゃコラァ!」

 

 

隣の南部さんに迷惑だろうが!

 

 

「いい加減入れなさいよ! 寒くてしょうがないのよ!」

 

 

先程までのお嬢様然とした態度から一転、顔を真っ赤にして食ってかかるそら。

いくらストッキング履いていても、ミニスカートじゃ寒いだろう。

雪を纏った様な真っ白いコートも、太ももぐらいまでしかない短いタイプの物だ。

可愛さ重視で選んだのだろうが、名古屋は太平洋側だけど意外と雪降るのだ、甘く見ていると痛い目、もとい寒い目に遭う。

なにより、そらはこんなテンプレ台詞をどこで覚えたのか、不本意だがじっくりと問い詰めたい。

 

 

「何でお前が名古屋にいるんだよ! あかねと一緒に東京にいるんじゃないのか!?」

「だって私、宇宙技研の技師見習いだもん。名古屋にいても不思議じゃないでしょ?」

「いや、不思議だらけですから! 地球に来たことないお前がさっそく単独行動とかありえないですから!」

「お義母さんがいいって言ったから?」

「よく由紀子さんが一人旅を許したな! というかどうやってここまで来たんだ? 護衛とか監視とかは?」

「あかねは大学だし、由紀子は仕事があるでしょ? 私だって仕事場は名古屋になるんだし、だったら恭介に世話になった方が楽じゃない。ほら、合理的判断♪」

 

 

てわけで入れて、と勝手知ったるなんとやらとばかりに部屋に入ってくる簗瀬そら改め真冬の台風娘。

相手のペースお構いなしでどんどん話を進めてくるそらが、恭介はどうにも苦手だ。

その点あかねは、わがままは言うけど最後の判断は委ねてくるし、なによりあかねにお願いされることに萌えを……おっと、それよりももっと重要なことがあるのだった。

マフラーをほどいてコートを脱ぎながらこたつの中に足を滑り込ませるそらに、恭介は後ろ手でドアを閉めつつ尋ねる。

 

 

「おい、こんな時間に来るってことは、まさかウチに泊まってくとか言うんじゃないだろうな!?」

「?」

 

 

「なに当たり前のこと言ってんの?」と言わんばかりの顔。恭介のこめかみに井桁が浮かび上がる。

 

 

「ダメに決まってんだろ! 年頃の娘が独り暮らしの男の家に上がり込むなんて、危ないだろ!?」

「男じゃないもん! お猿さんだから平気だもん!」

「そんな屁理屈があるか!」

 

 

猿の方がよっぽど危ないだろうに、性的な意味で。

 

 

「なによ恭介、アンタ可愛い妹分を追い出すわけ? こんな氷が空から降ってくるような夜に?」

「それが地球の冬ってもんだ。あと、氷じゃなくて雪な。……ハァ、分かった。金出してやるから、近くのビジネスホテルにでも泊まれ。そこまで案内してやるから」

「イヤ! ずっと寒かったんだもん、もう外になんて出たくないの!」

 

 

精いっぱいの妥協案を拒絶してコタツの中に首まで潜り込んでムゥ――――、と脹れっ面で顔だけでこちらを睨んでくる。

邂逅以来、お姫様らしい姿を見たことがないんだが、こいつは本当に元お姫様だろうか?

 

 

「そんな事言ったって、ベッドも布団も自分の分しかねぇんだよ。ここにいたって暖かい寝床はないぞ?」

「?」

 

 

オ再び「何言ってんのコイツ?」て顔。井桁が増える。

 

 

「……もしかして、俺のを使うつもりなのか?」

 

 

コクコク、と悪びれることなくコタツ布団の膨らみが上下する。

 

 

「………………」

 

 

沈黙が場に訪れる。

 

 

「……………………」

 

 

無言のやりとり。場の主導権を握る為の目線での会話――――――というより腹の探り合いがしばし続く。

 

 

「…………」

「………………」

「……………………」

 

 

30秒くらいにらみ合いが続いただろうか。

先に折れたのは、やはり恭介だった。

いくら馬が合わないからといって女を、ましてや妹分を寒空へ力づくで無理やり放り出すことはできない。

自分は二人の兄貴であり、そうでなくてはならないのだ。

 

――――――俺って、見境なく年下の女の子に弱いのかなぁ。

 

そんな思考を頭から追い出して、

 

 

「――――――まぁ、俺は今日は徹夜のつもりだったしな」

 

 

精いっぱいの強がりを言った。

 

 

「恭介?」

「好きに使えよ、俺のベッド。そのかわり文句言うんじゃねぇぞ」

 

 

さっさとどけ、とそらをコタツからと追い出す。

キョトンとした顔でこっちを見続けるそらを尻目に、俺はこたつに足を突っ込んだ。

 

 

「恭介、いいの?」

「良いも何も、お前が押しかけて来たんじゃねぇか」

 

 

放り投げていたどてらを再び着込んで、コタツ布団を太ももまで掛け直す。

 

 

「いや、そうなんだけどね? もうちょっとこう、頑なに反対されるのかな~て思ってから拍子抜けしちゃって」

「え? なに? そういうの期待してた? もしかしてお前M?」

「違うわよ!!」

 

 

ケケケ、と意地悪い笑いを演出しつつ、意識はスリープしていたノートパソコンに向かう。

今日は徹夜というのは嘘ではなく、明日が休みである事を利用して、研究所から持ち帰った宿題を一気にやってしまおうと思っていたところなのだ。

まだわーきゃーいってるそらを適当にあしらいつつ、恭介はノートパソコンを起動させる。

 

真っ暗だったディスプレイに表示される、様々な色に彩られたCG。

灰色の面が骨組みとして描かれ、赤、青、黄色に着色された各種配線やチューブ類が縦横無尽に駆け巡っている。

ミサイルなど実弾系の武器類は深い草色で、エネルギー弾系の兵器は薄茶色。

波動エンジンとそこから伸びるエネルギー伝導管は赤銅に近いオレンジに着色されている。

 

 

「ん? なによそれ。軍艦の設計図?」

 

 

と、再びコタツに足を突っ込みながらそらがパソコンを覗き込んできた。

 

 

「あ、こら。重要な軍事機密だ、見るんじゃない」

「何よ今さら。私だってもう宇宙技研の一員なのよ?」

「いや、アレックス人でしょ。とにかく、他国に軍事機密を売る訳にはいかん」

「だから、私はもう地球人だって。第一、私からアレックスの技術を聞き出そうとしているくせに何言ってるのよ。等価交換よ、等価交換」

「あ――――――、そういやそうか。それならいいのか。……いや、いいのか?」

 

 

……そらはもう地球人としての戸籍も市民権も持ってしまっている訳だし、現に宇宙技研の技師見習いだし、ということは身内、むしろ同僚ということになるのだから見せてもOK、というか積極的に見せて意見を聞くべき?

 

 

「へー、『シナノ』の量産化ねぇ。でもあの船、見た目からして結構複雑そうな構造だけど、量産に向いてるのかしら? どう思う?」

 

 

いやいや、そらはサンディ・アレクシアの仮の姿でしかないんだし、いずれかは母星に帰らなきゃいけないだろうし、何より一国の王女だし、機密データを見せる訳には……。

 

 

《うむ、我輩もあの艦橋は雑多に過ぎるのではないかと思っていたのだ。我がアレックス星の艦はもっと曲線美が美しいデザインだったな》

 

 

ていうか、今更ながら一国の王女にあんな態度で良かったのか?

 

 

「そうね。武装も結構むき出しだし、武器としての機能美は認めるけど軍艦美としてはイマイチよねぇ。戦艦はその国を象徴する物なんだから、あんまり無粋だとその国の美的センスも問われるわよ」

《そこはその国々に固有の美的センスがあるのだから、仕方あるまい》

 

 

あとでチクられて不敬罪で銃殺刑にされちゃったりするのか? いやでも地球では一般市民扱いだから……て、人が悶絶している間に何してやがりますか。

 

 

「この波動エンジン、『シナノ』の設計を流用してるのかしら? 機関が艦体の中心にないって、被弾したときのリスクを考えたら恐ろしくてできないわよね?」

《それを言ったらうちの軍艦は皆形が平坦過ぎて、機関部の装甲という面では《シナノ》よりよほど危ないではないか》

「あれはいいのよ。危なくなったら切り離せるし、そもそも双発だからいざとなったら片肺でもワープはできるもの」

「おいこら。何人を無視して画面覗いた上に品評してやがりますか。ていうかブーケ、あんたいつ来たのさ」

 

 

いつのまにやらコタツの上に鎮座してそらと、一緒にパソコンを眺めている黒猫。

 

 

《む? 貴様が最初にドアを開けた時にチョロッとな。その後はずっとコタツの中で暖まっていたのだが、気付かなかったか?》

 

 

気づきませんでしたよ、ええ。猫の癖にどんなスニーキングスキル持ってるんだよ。

いや、むしろ猫だからスニークが得意なのか。

 

 

「ねぇねぇ、それよりこれって『シナノ』の量産型でしょ? 見せて見せて!」

 

 

技師魂をくすぐられたのか、俺の隣に寄ってきて正面からディスプレイを覗き込むそら。

ふと、なにやらいい香りがした。

 

 

「お前、分かるのか? まだ物理は教えてないと思うんだけど」

 

 

なんか、いつもにも増して目が輝いているというか、生き生きとしてないか?

俺をからかうことに全身全霊を注いでくるような奴が、俺を目の前にして別の事に熱中しているという状況に違和感を感じる。

しかも、こういう食いつきを見せる連中をどこかでみたような……?

 

 

「そんなもの分からなくても、図面を見れば大体のことは分かるわよ。文化が違っても軍艦の設計図なんて似たようなものでしょ?」

 

 

そんなものか? と首を傾げる俺と、そんなものよと断言する妹分。

 

 

「それよりも、この図面について聞きたいことが山ほどあるのよ。このサクセンシレイシツって何?」

「皆で集まって会議するところだけど?」

「じゃあじゃあ、艦首のこれは?」

「波動砲最終収束装置だな」

「じゃあ、その間にあるのは?」

「生活班ブロック」

「ここの詳細な図面ない? もっと見てみたいんだけど!」

「え~~~っと、ブーケさん?」

 

 

好奇心を前面に押し出して食いついてくるそらにちょっと引きながら、侍従兼お目付け役のブーケに助けを求める。

 

 

《あきらめろ、恭介。こうなった姫様は誰にも止められん。姫様は色んな意味で、筋金入りの探究者であらせられるのでな》

 

 

その言葉で、違和感の正体に思い至った。

そうか。目の前にある物にしか意識が向いていないこの感じ、俺や宇宙技研の奴らにそっくりなのだ。

 

 

(こいつも、姫様とかお転婆娘とか言っても、俺たちと同じ技術屋なんだな……)

 

 

懐にまで近づいてきて熱心にマウスをグリグリと動かしているそらを、気付かれないくらいにチラリと覗く。

ほんの少し、彼女に対する認識を改める。

ぶつかってばかりの彼女とも、技術屋という共通点を通じて仲良くできるかもしれないことが分かって、何故か嬉しかった。

 

 

(最初からこうならもっと早く仲良く出来たかも知れないのに、勿体無いことをしていたものだ)

 

 

今まで、彼女のお転婆な面しか見てこなかった。

人をからかって、反抗して、心の赴くままに好き勝手やってる印象しかなかったのだ。

しかし、今の彼女は元からの美貌に年相応の好奇心と快活さを加えた、とても魅力的な女性だった。

 

そらが、目を爛々と輝かせながら俺に尋ねてくる。

俺は苦笑いしながら、そらが繰り出す疑問に答えていく。

今までが嘘の様な、仲睦まじい風景。

俺はいつしか、まるで昔から本物の兄妹だったような感覚に浸っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~5時間後~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝になった。

 

ピッチリ締めた厚手のカーテンの隙間から、白い光が室内に入り込んでいる。

低く上る冬の日は、降り積もった雪に柔らかな陽光を降り注ぐ。

 

いつしか、雪は止んでいたようだ。

 

雪が音を吸収しているせいか、雪の冷たさ故か、いつもよりも凛然した空気が街に漂う。

スズメはチュンチュンと鳴いては木の枝から枝へと飛び移り、雪を撒き散らしていた。

 

日本の冬の原風景。

そんな言葉が良く似合う。

 

恭介とそらは生まれたままの姿で、一つのベッドでお互いを抱きしめながら寝ていた…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………なんて、R―18な事が起こっていたら、まだマシだったというものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ。ここの波動エネルギー伝導管の素材なんだけど……」

「…………グウ」

「ちょっと起きなさいよ恭介、聞いてんの?」

 

 

ペチペチ

頬を叩いて起こされる。

 

 

「……もう、ベッドなんて贅沢は言わない。とにかく、寝かせてくれ……」

「何へばってるのよ。元々徹夜する気だったんでしょ? まだ朝の7時よ?」

「誰の所為でこんなクタクタになってると思ってんだ……」

 

 

穏やかな気持ちでいられたのは、最初の一時間くらいだったろうか。

いつまでも終わらない質問にこっちは段々ダレてきた。

それでも、夜中になればいい加減眠くなるだろうと踏んで、怒らずに相手をし続けたんだ。

それが延々と続いて、今は午前6時50分。

怒るタイミングを失い、いつしか体力も気力も失い、現状に至る。

 

 

《……さて、我輩はもう寝るから》

「待てい」

 

 

コタツの上から跳び下りて足元に潜り込もうとするところを、首根っこをナイスキャッチ。そのままクレーンよろしくコタツの上まで運搬する。

 

 

《何をする、恭介。我輩は暖かいコタツの中で眠らなければならぬのだ》

「俺に面倒押し付けて自分は寝るつもりか! 一蓮托生、最後まで付き合え!」

《御免蒙る! これ以上付き合わされてたまるか!》

「お前ンとこの姫様だろうが! お目付け役が目を離してどうする!」

《姫様は相手に恭介を御所望なのだ! 光栄に思って最後まで付き合え!》

「シャ――――!!」

《フカ――――!!》

「ねぇ恭介ってば、この伝導管に使ってるコスモナイトの加工なんだけど――――――」

 

 

 

 

 

 

雪明けの空は青く。

 

雪化粧を施された名古屋の街は白い。

 

今朝の篠田家は、妙に騒がしいものとなった。




執筆を始めたとき、サンディ・アレクシアの私服イメージはアイリスフィールでした。
中身が全然違うぜ、どうしてこうなった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十一話

書くのが遅くなりましたが、UA6000突破、お気に入り50件超え。
拙作を読んでいただき、まことにありがとうございます。


2208年1月18日19時55分 恭介宅周辺

 

 

前回、恭介があかねと名古屋市内でショッピングを楽しんだのが、去年の7月。

あの時は、その前によく分からない喧嘩……というか、知らないうちにあかねの機嫌を損ねてしまったため、彼女の機嫌をまた損ねることがないように半ば接待のようなものだった。

楽しめなかったという訳ではないが、デートっぽかったかと言われたら、首を横に振らざるを得ないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、いうわけでやってきたリベンジの機会。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現状、世界にひとつしかないコスモクリーナーDMPの管理および操作方法の習得のために名古屋にやってきたあかねと、約半年ぶりの買い物デートだ。

午前中は再建された名古屋城を見て、お昼は奮発して天然もののミソカツをご馳走して、午後はウィンドウショッピング。

 

 

→ショーウィンドウ越しに物欲しそうに眺めている服を買ってあげたり、路端で売っているペア物のアクセサリーを買ってあげたり。

 

 

→いい雰囲気の二人はどちらともなく手を繋ぎ合い、何も言わずに栄の街へ。

 

 

→From here the point is R appointment(ここから先はR-18指定だぜ)

 

 

そのはずだった。

 

 

そうなるはずだった。

 

 

そうなる予定だったんだ!

 

 

「いや~、沢山買っちゃったね、あかね!」

「全部恭介のおごりだなんて、ちょっと申し訳ない気もするけどね」

「いいのよ、恭介が自分で『今日は俺がエスコートする!』って言ったんだもの」

「……9時間前の俺をブン殴ってやりてぇ」

 

 

確かに、恭介はあかねに「今日は俺がエスコートしてやる。今日はどんな我侭もきいてやるぞっ」言っていた。

しかしそのときは、そらがあかねに誘われてるなどとは知らなかった。

しかもそれをそらが隣の部屋―――ずっとうちに居候していたのだが、最近になってやっと隣に部屋を借りてくれたのだ―――の壁越しに聞いているなんて、恭介には想像もつかなかったのだ。

 

 

「恭介遅い! 何をチンタラ歩いてるの?」

「そうよ恭介、私の部屋まで荷物を運び終わるまでがデートだからね!」

「そら……いつの日かオマエヲコロス。」

「え、何? またいつでも連れてってやるって? ありがと~恭介お兄ちゃん!」

「ア、アハハ……。ねぇそら、そろそろ許してあげない?」

「あかね、甘いわよ。男がああ言ったんだから、男の矜持を護るためにも最後までそれを貫かせてあげるのが女としての務め! だから――――――んん?」

「矜持って、そんな言葉良く知って――――――ん?」

 

 

そう言いかけたところで、二人揃って言葉が止まる。

場所は自宅まで100メートル。幹線道路から2本奥に入った、自動車がかろうじて対面通行できる程度の裏路地。

冬の夜は訪れが早く、既に周囲は街灯と家灯りだけとなっている。

そして何故か、氷のような緊張感が場を支配している。

 

まるで、丑三つ時のような不気味さだ。

 

文明の光が闇をかき消しているのに、文明の音が民家の軒先から聞こえているのに、こんなにも心細い。

一燈照隅というが、どんなに視覚が光で満たされてもそれが安心・安全に繋がっている訳でもないのだ。

 

 

(恭介も気づいた?)

 

 

そらが、後ろを歩くあかねに聞こえないように小声で話しかけてくる。

彼女の眼は、満月のように円く光っていた。

由紀子さんいわく、イスカンダル人やその傍系にあたるアレックス人は、超能力を行使するときに目が光るらしい。

 

 

(ああ。10メートル先の十字路、左右にいるな)

 

 

腐っても元軍人としての性なのか実は超能力者だったのかは分からないが、監視者を意識するようになってからの恭介は、人や物の気配に敏感になっていた。

武道の達人のように気が見えるとか殺気を感じるとかいう程のものではないが、宇宙戦士訓練学校にいた頃よりも「違和感」を感じ取りやすくなったのは確かだ。

 

 

 

(正確には右に3、左に4ね)

(よく分かるな?)

(これでも王女ですから♡)

 

 

語尾にハートマークをつけて言われるが、そらはいたって真剣な表情だ。

 

そらが来てから約3ヶ月、三人の周囲には招かれざる客が頻繁に現れるようになった。

恭介の場合は、『シナノ』を造り始めた時から見張られている気配を感じていた。

そらは言わずもがな、アレックス人としての彼女を求めているのだろう。

あかねは、脅迫のネタとして狙われているのかもしれない。

 

大抵の場合は何もしてくること無く、こちらから何か仕掛ける前に気配は消えてしまうのだが、今回は厄介なことに3人揃った状況だ。

こんな鴨がネギを背負った状況なら、向こうが実力行使に出てくる可能性は、大いにある。

十字路まで、あと6メートル。

 

 

 

(どうする? 先手を打ってやっちゃう?)

(奴等の狙いはお前だろ。やるなら俺が出る)

(その荷物で戦闘は無理でしょ。落としたりしたらどうするのよ)

(荷物ぐらい我慢しろ、命の方が大事だろ。それに、俺も今日は武器を持ってる)

 

 

そう言って恭介は、左の胸元に手をやった。

そこには、ベルト式ガンホルダーに懸吊された14年式コスモガン。

技術士官とはいえ軍人の端くれ、自衛用のハンドガンは自衛隊から支給されている。

地球が滅亡の危機にあった昔こそハンドガンなんぞ単なる装飾品でしかなかったが、『シナノ』の建造を始めてからは自衛の為にできるかぎり携帯するようにしているのだ。芹沢艦長を通じて上層部に許可はとってある。

とはいえ技術畑一本槍だった恭介が射撃訓練に力を入れるはずも無く、宇宙戦士訓練学校では下から数え始めてすぐに自分の名前を見つけることが出来るほどの腕前だが。

まぁ、いくらなんでも至近距離からならば外しはしないだろう。

 

ちなみに、自衛用のコスモガンはそらも携帯している。狙われている事を知らないあかねは、当然ながら非武装だ。

 

 

(俺が先行して右の敵を撃つから、そらは残りを頼む。威力はレベル2に。あとで尋問するから殺すなよ)

(分かったわ)

 

 

そらが袈裟がけにしていたポーチを前に回し、ファスナーを開く。

本当ならば一人でそらとあかねを守らなければならないが、さすがに二手に分かれているエージェント7人を一人で倒すなんてことは不可能だ。女の子が持つ銃でも、牽制ぐらいにはなるだろう。

恭介も4つある買い物袋を全て左手に持ち替えて上着の左側に少し余裕を持たせ、いつでもコスモガンを引きぬけるように準備する。

ちなみに、コスモガンは側面にパワーセレクターがあり、出力を5段階調整できる。

レベル2なら殺傷能力は無いが、熊を気絶させるぐらいだ。

 

十字路まで、あと2メートル。

あとは一気に飛び出そうと腹を決めたとき、

 

 

(恭介、ちょっと待って。変よ、気配が消えたわ)

(消えた? 気配を消したのではなく?)

 

 

消したのではなく、消えた?

 

それは、ひどく矛盾した話だ。

気配を消せるほどのプロならば、最初から気配を消していないとおかしい。

気配を消せない程度の腕前ならばそもそもこんな任務を受けるべきではないし、突然達人に開眼したわけでもないだろう。

 

 

(消された、のかもね)

(……とにかく、警戒だけはしよう)

 

 

一度戦場を経験しているとはいえ、人を撃っているところをあかねには見せたくない。

ホルダーのマジックテープを外してコスモガンを握り、いつでも撃てるようにセーフティを解除して、さも何も気付いていないかのように、歩みを緩めることなく交差点に進入した。

二人は素早く、視線を暗闇に向ける。

身を隠す電信柱も駐機中の車も無く、ただただブロック塀とアスファルト路が続いている。

 

 

 

「……やっぱり、いないか」

「逃げた、のかしら……?」

 

 

街灯の白い光が差す十字路には人の気配も痕跡も全くなく。

ミュートをかけたような静謐の場に、遥か遠くを走っている自動車の排気音だけが響いている。

――――――何があったのか知らないが、どうやら厄介なお客さんは何もせずに立ち去ってくれたようだ。

 

 

「どうしたのよ、二人とも?」

 

 

何も知らないあかねの暢気な声が、二人の緊張を解いてくれた。

 

 

 

 

 

 

2208年1月31日 8時44分 アジア洲日本国 地球連邦軍司令部ビル内 司令長官執務室

 

 

冷たい北風がビル風となってメガロポリスと化した横浜市街をすり抜けていく。

乱立するビルのわずかな隙間を人々が満たすように、隅々まで行き渡っていく。

英雄の丘を登り切った寒風はそのままの勢いで階段を下り、殺風景な軍港を足早に抜けて東京湾に出ていく。

復興を遂げたメガロポリスは、戦争の傷跡を見事に消し去っていた。

その中心部、コンクリートジャングの中でもひときわ背の高いビルディング。

その一室で、三人の男が集っていた。

 

 

「昨日、『シナノ』の配属先が正式に決定した。統合作戦本部直属、銀河辺境調査船団の護衛任務についてもらう」

「調査船団、ですか。意外ですな」

 

 

酒井忠雄地球防衛軍長官の辞令に対して、水野進太郎防衛省事務次官は眉をひそめて訝った。

 

 

「てっきり、どこかの防衛艦隊に配属されるのかと思っていましたが。何故本艦が調査船団に配属されるのか聞いても?」

 

 

芹沢の問いに、椅子から立ち上がった酒井はもったいぶった足取りで窓へと歩み寄る。

窓の外には大岡川。ガミラス戦役で一度は干上がった二級河川は、幸運にも土地の記憶を頼りに横浜の地に戻ってきてくれた。

促成栽培で背の丈以上まで育てられた桜木は、葉の落ち切った寂しげな枝を空に掲げている。

 

 

「君らには愉快な話ではないのだが……。実は、太陽系内外の防衛艦隊の上層部にとって『シナノ』は、扱いづらい存在なのだ」

「扱いづらい……ですか?」

「そうだ」

 

 

水野の反芻めいた呟きに、酒井は振り返らずに首肯する。

 

 

「彼らの言うところでは、艦隊編成をする際には同じ性能の艦を多数配備した方が運用面で効率がいいらしい。そんな中に一艦だけ異なる性能の艦が混じるのは、都合がよろしくないそうだ」

「しかし、『シナノ』は国際基準に則った性能を持つように造られています。艦隊運動に追随できないはずはありません。お偉方がそんなことを知らないわけはないと思うのですが」

「そういう面ではない。武装面の話だ」

「『シナノ』はヤマトの設計思想を継承して重武装重装甲になっています。それのどこがいけないのですが?」

「そこだ。一隻だけ他の戦艦と違う構造をしている艦を組み込む事で、対空陣形を組む際の配置に苦慮するのだそうだ」

 

 

酒井長官が言うには、コンペに落選した戦艦などマイノリティに属する艦は対空兵装の配置が主力戦艦と違う為、防空陣形を執る際に周囲の艦と射界の調整をしなければならないのだそうだ。

それを聞いた水野は、図ったように芹沢と同じ渋い顔をする。

 

 

「それは、司令部の職務怠慢というのでは? それを綿密に計算して訓練するのが艦隊司令の仕事ではありませんか」

「水野君の言うとおりなのだが、これは地球防衛艦隊再建時からの慣習であることだし、今更変える程の積極的な理由もないのでな」

「ガトランティス戦役の時ですか?あの時とは状況が違うでしょうに……」

 

 

戦力が大幅に減少した、或いは若年兵ばかりで戦力にいささか心もとない軍が、運用を工夫してできるだけ不利を事は昔からよくあることである。

ガミラス戦役直後は大量生産によって同型艦が揃えやすかった事と、深刻な人材不足によりシステム面でも合理性と簡便性が求められた事もあってそれが許されていたし、実際『シナノ』に乗る前に指揮していた水雷戦隊は同型艦ばかりだった。

しかし、ディンギル戦役からもう5年、そろそろ多様な艦種を織り込んだ混成艦隊の運営も必要ではないのだろうか。

 

 

「そう言うな、芹沢君。代わりといっては何だが、辺境調査船団にはコンペ落ちした他の国の戦艦や空母も多数配備される。『シナノ』だけが冷遇される訳ではないから、それで納得してくれ」

 

 

長官の言葉は、代わりにも慰めにもなっていない。

いろんな国籍の軍艦が集まるという事は、「辺境調査船団」とは名ばかりの、連邦政府の要請に応じた傭兵集団とほぼ同義だ。

それは地球防衛艦隊の時には起きなかった問題や対立が起こりうることを意味し、それに対して連邦政府が介入しにくいことを指している。

それが分からないということは、どうやら藤堂長官の後釜として就任したこの男は、前任者ほど政治的発言力や管内への影響力は無いらしい。

これは、何を言っても無駄だろうな。

 

 

「本当の意味での多国籍軍という訳ですか。厄介な事になったな、芹沢君」

「人ごとのように言わないでください、事務次官。現場で起こるアレコレはこちらで対処しますが、私の手の届かない厄介事はそちらで何とかしてくれなければ困ります」

 

 

連邦政府の指揮下にある防衛艦隊と違って、各国の軍を寄せ集めた多国籍軍というのは本来的にはそれぞれの艦が各国の軍に所属している故に、指揮命令系統が曖昧になる傾向がある。

一応「辺境調査団」を名乗っているのだから周辺宙域の資源調査なども行うのだろうが、どさくさにまぎれて鉱脈の領有権を宣言するようなことが起こったら荒れる事は目に見えている。

艦隊内での不和は自分たちで解決するしかないが、その背景にある洲や国同士の縄張り争いは総理や大臣の仕事であり、実務を取り仕切る事務次官の本分だ。

 

 

「言われるまでもない。何年事務方のトップを勤めていると思っている?」

 

 

水野は自信満々に答える。

諦念のため息をひとつついた芹沢は、サングラスをかけ直して問うた。

 

 

「辺境調査団の編成は? 行先はどこなんです?」

 

 

心持ち口元を緩ませて安堵の表情を浮かべた酒井が、こちらに体を向ける。どうやら、先程の話は酒井自身も後ろめたい気持ちがあったようだ。

 

 

「辺境調査団は第一から第三まであるが、『シナノ』が所属する第一辺境調査団はアンドロメダ銀河方面。具体的には、天の川銀河辺縁の旧テレザート星宙域まで行ってもらう。辺境調査と銘打っているが、実態は威力偵察に近い」

 

 

芹沢は、頭の中に宇宙の地図を描く。

天の川銀河中心部から約3万光年、オリオン腕の中に浮かぶ太陽系。その第三惑星である地球よりアンドロメダ銀河方面に2万光年離れた天の川銀河辺縁部。

恒星の存在しない、星屑とガスと塵に満たされた停滞した世界。

かつてそこには、文明を滅ぼす程の超常の力を持った美しい女が、独り幽閉されていたという。

 

 

反物質を操る女、テレサ。

 

 

彼女の母星であるテレザート星は白色彗星を阻止するためにテレサ自身の手によって爆破され、今は当時を窺わせるものは何も残っていない。

その後にテレザート星周辺宙域がどうなったかは、分からない。

地球は毎年訪れる存亡の危機に忙殺されてそれどころではなかったし、銀河辺縁方面は人類の移住に適した星の存在が全く期待されなかったことから開拓団にも見向きもされなかったのだ。

 

 

「旧テレザート星宙域に、戦艦や空母をぞろぞろ連れて威力偵察ですか。……で、何が起こっているんです? 白色彗星帝国の残党ですか?」

 

 

うむ、と頷いた酒井は卓上のリモコンを操作して部屋の電灯を消し、執務室のディスプレイを起動させた。

 

 

「これは、地球・冥王星・第十一番惑星の三点からのタキオン超長距離探査によって観測された、過去7年間の旧テレザート宙域の様子を画像処理して動画化、更に超高速再生したものだ」

 

 

三人はデスクの後ろから現れたディスプレイに体を向け、映し出された映像に注目する。

旧テレザート宙域、恒星が無いためどんよりと濁った惑星や瓦礫しか映らないはずの空間に、時折り火の粉を散らしたような広範囲な明滅が度々発生する。

 

 

「これは、艦隊……いや、艦隊戦ですか?」

 

 

恒星の無い宙域に、かも断続的に光が発生することは、通常はあり得ない。

ならば考えられるのは人口の光――――――それも、超長距離観測で確認できるほどの大きな光となれば、それは宇宙船の舷窓から漏れる光や艦尾エンジンノズルの類ではない。

砲撃と、爆発。

旧テレザート宙域で、何者かが宙間戦闘を行っているのだ。

 

 

「長年の観測によって、ガトランティス戦役以降の旧テレザート星宙域はガトランティス敗残兵の撤退先として機能してきたことがわかっている。その場所で、おおよそ半年から1年に一度、このような宇宙戦闘が起こっているのだ」

「では、ガトランティス帝国軍とどこかの星間国家が戦争をしていると?」

 

 

ガルマン・ガミラスはデスラー総統が遠征している間は無闇に領土を拡大しない方針のはずだから、可能性としては除外される。

暗黒星団帝国とディンギル帝国は母星ごと消滅しているから、可能性としてはほぼゼロ。

すると、残る候補としてはボラ―連邦くらいしかないのだが……ボラ―連邦と旧テレザート星の間にはガルマン・ガミラスの領土が横たわっている。

はるばる旧テレザート星宙域を攻撃する戦略的意図が分からない。

 

 

「分からん。そもそも、ガトランティスの拠点であるかどうかも明確な証拠は無い。極端な話、単なる定期的な大規模演習の可能性も否定できんのだ」

「そんな曖昧な情報だけで調査団を派遣するのですか……それで、艦隊編成はどうなっているのですか?」

「うむ。旗艦と補助艦艇は防衛軍から派遣することになっている。旗艦はアンドロメダⅡ級戦艦『エリス』、フランスのリシュリュー級戦艦『ストラブール』、空母はアメリカが『ニュージャージー』、ドイツの『ペーター・シュトラッサー』、あとは巡洋艦と駆逐艦が6隻ずつ。さらに前期量産型無人戦艦が2隻、『エリス』の制御下に入ることになっている」

 

 

戦艦4隻、空母3隻、巡洋艦6隻、駆逐艦6隻。それに工作艦や輸送船を加えれば、2202年に人類の移住先を探した探査船団にも匹敵する。

今回の辺境調査団に対する、統合参謀本部の意気込みが感じられる――――――のだが。

 

 

「……『エリス』とはなんとも不吉な。参謀本部はやる気があるのですか」

 

 

水野事務次官は、「不和」を意味するギリシャ神話の女神の名を冠する艦が旗艦であることに不安を覚えていた。

 

 

「あれだけこっぴどくやられたのに、『ニュージャージー』はもう戦線復帰するので?」

 

 

『ニュージャージー』は先の冥王星会戦で大破の判定を受けるほどの損傷を被って、『シナノ』同様母国に戻って修理を受けていた。

先月の初旬に修理が完了したという情報は防衛省経由で耳に入っているが、補充員の完熟訓練を僅か一ヶ月で完了させたというのか?

 

 

「ああ、本来ならば姉妹艦の『アイオワ』が編入されるはずだったんだがな。ムーア艦長が国防総省に直談判して入れ替えてもらったらしい」

「あの若造……無茶をしおる」

 

 

芹沢は思わず苦笑いしてしまう。

彼が少々気の短い男である事は、冥王星会戦の前にほんの少し会話しただけで十分分かったし、その後にガトランティス艦隊に喧嘩を吹っ掛けたのは疑いようのない事実だ。

しかし、強大な敵に単艦で立ち向かおうとする勇猛果敢な点は十分に評価に値するし、大破こそしたものの増援の到着までよく耐え抜き、艦を沈没させずに月面基地まで帰投させた事は彼の指揮能力の高さを表している。

芹沢は、血の気の多い有能な彼を内心気に入っていた。

あとは両者が、互いの背景にある物に翻弄されなければいいのだが……。

 

 

「『シナノ』が自衛隊に引き渡されたら、その足でガニメデ基地まで行ってもらう。そこが、辺境調査団の集合場所だ。詳しい事は、またそこで艦隊司令から指示を受けてくれ」

「了解しました」

 

 

酒井長官の言葉に、事務次官とともに10度の敬礼で応じる。

『シナノ』もヤマトの姉妹艦らしく、前途多難な船出になりそうだった。

 

 

 

 

 

 

2208年2月17日 東京府内某喫茶店

 

 

鋼鉄の艋艟が、朝方のドックに鎮座している。

いつもの武骨な姿と違って艦の至るところに万国旗が張り巡らされた、いわゆる満艦飾だ。

艦首のバルバス・バウから艦腹にかけての曲面が美しいフォルムを為しており、紅色の艦底色が冬の青空に映えている。

と、その球状艦首に瓶が叩き付けられた。

激しい破砕音とともに中身のシャンパンが艦の肌を濡らした瞬間に引いた映像に切り替わり、カメラの前を七色の紙吹雪と風船が舞った。

 

 

《続いてのニュースです。本日午前十時、宇宙空母『シナノ』の竣工式が行われ、自衛隊へと正式に引き渡されました。この空母はかの名艦、宇宙戦艦ヤマトの設計を流用したもので……》

 

 

女性アナウンサーの淡々とした声が静かな店内に流れ込んで、やがて壁に染み込むようにフェードアウトした。

朝から続く冬の雨は梅雨時の様に音も無く道路を濡らし、傘の花を咲かせる。

厚い雲越しの薄暗い日の光は、店内をくまなく照らすには少々光量が足りない様子。

蝋燭の火を模した形の蛍光灯が放つ淡い光は木の肌にも人の肌にも良く馴染んでいるようで、店内は既に夜半頃の雰囲気を作り出していた。

 

時刻は午前10時30分。

モーニングコーヒーのピークも過ぎ、お昼の混雑までのちょっとした小休止。

白頭の店長は自らが淹れたコーヒーの馥郁たる香りを楽しんでいる。

 

テレビニュースは続く。

引き渡し式を終えた『シナノ』は衆人環視の中、艦底部のスラスターを煌めかせてゆっくりと上昇していく。

7万トン以上の質量を持つ宇宙戦艦が、なんの抵抗も無くすんなりと浮上していくさまは、どんなに科学技術の海にどっぷり浸かっている身にも、一見では信じられない光景だ。

 

 

《なお、『シナノ』には軍艦として初めて民間人が正規の乗員として乗り組んでおり……》

 

 

カチャリ、と。

コーヒーカップを皿に置く音が、奥のカウンターから聞こえてきた。

 

 

「完成しましたね。貴方の息子さんと娘さんを乗せる船が」

 

 

褐色の男は、無言で隣に座る女に問いかける。

“これでよかったのか”と。

 

 

「いいのよ、これで」

 

 

長髪の女は、コーヒーに視線を落としながら答えた。

 

 

「あの子達がいずれ宇宙に出るのは必然だったの。それが早いか遅いか、一人か三人かの違い。それだけよ」

「その割には、あの三人を『シナノ』に乗せる為に裏で色々手を回していたみたいですけど? 恭介君は本来ならば本来の技師という立場に戻っていいはずでしたし、あかね君も民間人だ、軍艦に乗せる理由がない。そら君に至っては言わずもがなです」

「その件については、教授にもご迷惑をおかけしましたわね。半年足らずで全てを教えるのは大変だったでしょう?」

 

 

マックブライトは苦笑いを浮かべながら、アメリカンコーヒーを口元に運ぶ。

 

 

「とんでもありません、彼女は私の詰め込み授業によくついてきてくれました。私としてもまさか、彼女がコスモクリーナーDMPの構造を完璧に理解してくれるとは思いませんでした。……簗瀬教授。それについてお伺いしたい事が」

 

 

正面を向いていた教授が、簗瀬由紀子へと向き直った。

由紀子はマックブライト教授の真剣な表情も柳に風と受け流し、無言にコーヒーカップを傾ける。

 

 

「簗瀬あかね。彼女は、何者なんですか?」

「何者って……私の大切な娘ですよ?」

「ここまで私を巻き込んでおいて、今更誤魔化しても意味はないでしょう。ゼミに入ってきた頃の彼女は、ごくごく一般の生徒でした。それが今は、まるで20年以上の経歴を持つ研究者の様だ」

「……」

「去年の冬頃を境に、彼女は科学者としての才能を開花させたように思います。そして、『シナノ』に乗った後には更に飛躍的な成長を遂げている。下手したら私を凌駕するほどに。いくらなんでも、これは異常としかいいようがありません」

「あら、他人の娘を異常扱いですか? ひどいですわね」

 

 

視線だけを向けて、抗議の声を上げる由紀子。しかし、その眼はまだまだ余裕を含んでいる。

 

 

「簗瀬教授には申し訳ないが、私の8年に及ぶコスモクリーナー研究の成果をわずか四カ月で吸収してしまうような人間は通常とは言えない。それがこの一年の間に急速に能力を付けたのだから、不審に思わない方がおかしいというものです」

「突然才能に目覚める人なんて、いくらでもいるものでしょう? 教授がそれほど気になさることでもないのでは?」

「――――――あくまでも仰らないつもりですか。それなら質問を変えましょう。あかね君にはコスモクリ―ナDMPの管理士、恭介君とそら君には技術士官としての立場を与えて『シナノ』に乗せたようですが、何故三人ともひとつの船に、それも危険極まりない軍艦に乗せようとするのです?」

「それが、あの子達にとって一番安全だからよ」

「馬鹿な! 死ぬかもしれないんですよ!?」

 

 

ダン!!

 

 

マックブライトが感情を爆発させて、思わずカウンターを叩く。

ボックス席にいた何人かの客が、肩をすくめて驚く。

それを視線の端に捉えつつ、マックブライトは無言で彼女に返答を求めた。

 

 

「―――――――――13回。これが何の数字だか、分かりますか?」

「私の質問に答えてください!」

「そらちゃんが来てから、あかねが何者かに誘拐されそうになった回数よ」

「なっ―――――――――――――――!?」

「恭介君は8回、そらちゃんは27回。こないだは、三人が一緒にいるところをまとめて攫おうとしたみたいよ?いずれも、隠れて護衛しているSPが本人達に気付かれる前に排除してくれたらしいけど」

「一体誰が!? ――――――いや、言うまでもありませんな……」

 

 

浮かせかけていた椅子に座り直し、彼は深いため息をついた。

彼女は彼の反応も想定済みといわんばかりに、変わらぬ態度でコーヒーカップを傾ける。

空になったカップを置くと、「とばっちりなのよ」と呟いた。

 

 

「連邦政府がそらちゃんの身柄を正式に私に預けてくれたおかげで、私はあの娘を私の娘として、日本人として登録することになった。でもその所為で、どの国も彼女に公式に接触することはできなくなったのよ」

「面倒事を恐れて彼女をアレックス人として認知しなかった弊害が出てきた、ということか。しかも日本だけは恭介君を通じて技術供与を受けることが出来る、と。なんという棚ぼたですか」

「アレックス星の技術を欲しい国が拉致しようとしている限り地球上、いえ、地球圏内に本当に安心できる場所はない。だからね、そらちゃんには日本人しかいなくて事情を全て知っている『シナノ』に乗艦しているのが一番安全なのよ。皮肉なことにね」

「しかし、それでは、事実上の地球追放じゃないですか……」

 

 

眉を八の字に曲げて悲しげな表情をしてくれる、マックブライト教授。

彼もまた『シナノ』で戦場を経験し、サンディとの奇妙な邂逅に居合わせた当事者の一人といえる。

彼女の事情を知り、立場の危うさを知ってもなお、こうして彼女の心配をしてくれている。

彼の様な理解者が身近にいてくれるのは、由紀子にはせめてもの救いだった。

だから、由紀子はほんの少しだけネタばらしをして安心させようと思った。

 

 

「ですからね、教授。そらには、一回死んでもらおうと思ってるんです」

 

 

由紀子は、にっこりとした笑顔で言う。

マックブライトは、その言葉の真意を求めて、視線を落として黙考する。

カウンター席の向こう側で、コップを拭いている店主がこっそりと聞き耳を立てている事など、二人はついぞ気付かなかった。




平和は次の戦争への準備期間。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十二話

主人公とヒロインの不幸ゲージがアップを始めました。


2208年2月28日 12時45分 火星公転軌道上 『シナノ』航空機管制塔内航空指揮所

 

 

地球防衛軍の指揮下に入っている軍艦と各国が所有している軍艦は、基本的には指揮命令系統から兵站にいたるまで何もかもが別々のものになっている。

それは、地球防衛軍が人類史上初めて国連憲章第47条3項に基づいて組織された「正規の国連軍」を始まりとしたものであり、多国籍軍とは一線を画す存在だからだ。

 

地球防衛軍は地球連邦加盟国から提供された資金、物資及び兵力を参謀本部指揮の下で運用する。そこで編成される軍は様々な国籍、人種の混成である。

一方の多国籍軍は文字通り様々な国の軍が自発的に同盟を組むことで構成される軍で、同盟国の代表が一堂に集結して方針を協議する理事会の決定を各国が揮下の軍に発するという形式になっている。編成される軍は各国が派遣する部隊をより合わせたもので、理事会が指名した総司令官の下に活動することになる。基本的に一つの戦域にはひとつの国の軍の部隊が派遣され、複数の国籍の軍人による部隊を形成して運用するという事は無い。もちろん資金、物資や兵力は全て各国の自前である。

 

今回『シナノ』が参加する調査団の場合、その有り様は地球防衛軍と多国籍軍の中間と言っていいだろう。大ざっぱな考えだが、ISAFとかPKOが一番近いのかもしれない。

 

多国籍軍による混成艦隊の場合、契約によって航海途中における弾薬や燃料、食糧などの消耗品は地球防衛軍から補給してくれるが、出撃時の初期装備その他一切は各国が整備しなければならない。

要するに、「依頼主として補給物資は用意してやるが、基本的には自分で用意しな」ということだ。

 

この原則の影響を一番受けるのは、人事と装備―――つまりは乗組員と搭載兵器だ。

乗組員は自国民の軍人を乗せなければならないし、搭載武器や各種搭載機は自腹で調達しなければならない。

 

 

 

結局、何がいいたいかというと。

『シナノ』の艦載機は地球防衛軍からではなく、自衛隊から提供されるということだ。

 

 

 

正式に就航した『シナノ』は月面基地で物資の補給を受けた後、火星公転軌道周辺で艦載機を受け取ることになっていた。

『シナノ』に収容されるのはコスモタイガーⅡ戦闘機48機およびコスモタイガー雷撃機は24機、救命艇と内火艇とコスモハウンドが2機ずつ。救命艇と内火艇は既に月面基地で機体が搬入されている一方、コスモタイガー隊とコスモハウンドは先行して火星基地で三ヶ月間慣熟訓練をしていて、冥王星に向かう途中で拾うことになっていた。

いまは前回と同様に恭介と遊佐が航空指揮所に入って、コスモハウンド着艦のために水平指示灯を操作している。戦闘の最中だった前回とは打って変わって、非常にリラックスした表情で水平指示灯をいじくっている。

 

 

「今回は弾が飛んでこないからね」

 

 

とは、遊佐の談。

マストの付け根、『ヤマト』ならば第二副砲がある位置にある航空指揮所には、VTOL機用の水平指示灯が設えられている。着艦誘導電波を受信して安定安心な着艦をするコスモタイガー隊と違い、VTOL機の着艦は昔ながらの操縦士任せだ。

飛行甲板の左右を、コスモタイガーが次々と着艦していく。

艦尾中央から航空指揮所の左右へと伸びるアングルド・デッキに、主脚車輪を下ろした機が機首をやや上げながら接近する。

音もせず、等速度で接近して一定のペースで姿が大きくなってくる様子は、ある意味無機質さを感じる情景だ。

後部の二輪が甲板に接した瞬間、甲板スレスレに張られたアレスティング・ワイヤを着艦フックが捉える。

このあたりは『ヤマト』や一般的な宇宙空母よりも、むしろ中世紀に存在した海上航行型の空母に近い。

違いがあるとすれば、真空中を飛行するコスモタイガーは風の影響を受けないことだろうか。

昔の飛行機がアングルド・デッキに着艦する際はこまめに進路調整をするためフラフラしていたのに比べて、目の前で着艦しようとしている銀翼の機体は、まるでカメラのズーム機能を使っているかのようにブレ無く近づいてきている。

それらが十分に減速されている事を確認して、俺はインカムのスイッチを入れた。

 

 

「そろそろ第四陣が到着するぞ! 第七、第八小隊、両舷に4機ずつだ! 中層格納庫、準備はいいですか!」

「中層格納庫、準備いいわ。いつでもOKよ」

 

 

下層格納庫の指揮所に詰めている冨士野シズカが無愛想な返事を返す。

『ヤマト』と同様、『シナノ』にも艦後部に艦載機隊を搭載するスペースがある。

波動エンジンを『ヤマト』よりも艦底部寄りに配置して空いた部分、すなわち波動エンジンの直上を下層格納庫。

さらにその上、ヤマトでいうところの第三主砲がある高さに発艦用飛行甲板、第二副砲の高さには着艦用飛行甲板が設置されている。

着艦用甲板と中層格納庫および下層格納庫は二基のエレベーターで繋がっていて、迅速な収納が可能だ。

効率と言う面では『ニュージャージー』のような舷側エレベーターの方がいいことは分かっているが、航空戦艦という艦種である以上最前線で戦うことから、エレベーターなどという壊れやすいものは必要最低限の面積に留めておくのが良いに決まっているのだ。

 

それをいうなら航空甲板がある事自体が危ないといえば危ないのだが、そこは御愛嬌だ。

 

ちなみに上下の飛行甲板を入れ替える案も出たが、発艦のスピードを重視して諦めた。

というわけで、元宇宙技研の仲間と技術班、生活班の一部は例の如く、艦載機収容の手伝いをさせられている。航空科のクル―はコスモハウンドに乗ってコスモタイガー隊と一緒にやってくるので、この仕事も今日までだ。

 

 

「篠田、随分と上機嫌だな?」

 

 

と、突然うしろから掛けられる声。

第一艦橋にいるはずの南部さんが、わざわざ航空指揮所にまでやってきた。

 

 

「そりゃあ、ようやく『シナノ』が本当の姿になる訳ですから。テンションも上がりますよ」

「航空戦艦はお前の持論だったからな。しかし、ついに『シナノ』が空母として機能するのか。今日まで長かったような、短かったような」

 

 

南部さんは感慨深げに同意する。

 

 

「就航前に近距離砲撃戦を経験した身としては、コスモタイガーが戦列に加わってくれるのは有り難いですね。実戦を経験して、持論に一層の自信を持ちました」

 

 

窓の向こうに視線を向けたまま、南部さんとの会話と続ける。

ヘリコプターが着陸するのと同じくらいスピードにまで減速されたコスモタイガー8機が、危なげなく甲板上に舞い降りる。戦闘中の緊急着艦ならばもっと高速で行うが、急ぐ必要のない平時ならば安全を考慮してこんなものだ。

これも、真空空間における着艦の大きな特徴とも言える。

 

 

「先の冥王星会戦も、コスモタイガー隊がいたらもっと有利に戦えただろうな。少なくとも、『ニュージャージー』の大破は避けられたかもしれない」

「あのとき攻撃機を牽制してくれていれば、ミサイルの飽和攻撃は防げたかもしれません。……そう考えると、宇宙戦艦にとって戦闘機隊は跨乗兵みたいなものかもしれませんね」

「コジョウヘイ? なんだそれは」

 

 

疑問を向けてくる南部さん。跨乗兵なんて言葉は中世紀の物だから、知らないのも無理いのかもしれない。

 

 

「戦車に随伴する歩兵の事です。戦車の周辺に展開して、対戦車戦闘を仕掛けてくる敵歩兵を事前に掃討するんです」

「ふ~ん。陸軍のことは分からんけど、言いたい事は分かった。要は『シナノ』にとって厄介な敵に対して牽制になるってことだな?」

「ま、そんなトコです。そういえば、南部さんはどうしてここに? もしかして暇ですか?」

 

 

アホか、と軽く頭をはたかれる。

 

 

「お前に聞きたいことがあったんだよ、あかねちゃんとそらちゃんの事で」

「ナ~ン~ブ~サ~~~ン?」

「う゛っ」

 

 

額に汗を垂らしてドン引く南部さん。

何でソンナ顔シテルンデスカ?

 

 

「あ~~~なんだ、その、あかね君とそら君が何故『シナノ』にいるのか気になってな。艦長からも真意を聞いておくように頼まれてるんでな」

「本人から聞いていませんか?」

「聞いているが、さすがにアレを鵜呑みにはできないだろう。だからお前に聞いてるんだよ」

 

 

あかねとそらには、二人が乗る本当の理由を伏せている。

あかねはマックブライト教授の依頼という体でコスモクリーナーEの専門管理士として、そらは地球連邦大学特別招聘講師として出張という体裁で辺境調査員というという建前が与えられている。

恭介と由紀子さんが考えた嘘設定だったが、あかねはともかくそらが乗艦する理由は、そらの正体を知っている者が聞けばすぐに嘘だとバレるのは百も承知だ。本人も勘付いているとは思う。

 

だからこそ、艦長ならば建前だけを聞けば全てを察して何も聞かないでくれるかと思ったんだが……やはり、そう都合よくはいかないか。艦の全責任を負う艦長にしてみれば、縁の深い人物とはいえ、いわくつきの人間がよく分からない理由で乗っていることは看過できないのだろう。

 

 

「やっぱり無理がありましたか」

「当たり前だ。そら君が辺境調査員とか、無理にも程がある。本人も苦笑いしながら言ってたから全く意味がなかったぞ?」

「いいんですよ、別に本人にバレてても。何も知らない世間を騙せればいいんですから」

「ということは……やはり本当は、避難してきたのか」

 

 

そう言って南部さんも、表情を曇らせる。艦の頭脳を司る第一艦橋要員は、こちらが何を言わずとも事情を察してくれていた。

 

 

「ええ、下手に外を出歩くよりも。密閉空間の『シナノ』の方が安全ですからね。ここのクル―は皆日本人、しかも彼女の事情を知ってますし、何か手出しする様な悪い奴もいないでしょう」

「そうか……確かそら君は、一年近くあの船で宇宙を旅していたんだろう? たった四ヶ月でまた宇宙船に乗せるのは、いささか可哀相な気がするな」

 

 

せっかく落ち着いた頃だろうに、と我が事のように心配してくれる南部さん。

恭介は、『ヤマト』はガトランティス戦役のわずか一ヶ月後にイスカンダルへ遠征したていたことを思い出した。

そのときの南部さんは、そらと全く同じ心境だったに違いない。

ならば南部さんは、俺と由紀子さんの決断をどう思うのだろうか。

そんな思いが、恭介に弱音を吐かせた。

 

 

 

【推奨BGM『宇宙戦艦ヤマト 完結編音楽集』より《ファイナルヤマト》】

 

 

 

「……やはり、いささか無理があったでしょうか?」

「そりゃそうだ。小学生の言い訳だってもう少しうまいだろう」

「そうじゃなくて、二人を『シナノ』に避難させた事それ自体ですよ」

「……どういうことだ?」

 

 

南部さんが何も言わないのをいいことに、恭介はこの際だからと心の内を一気にぶちまけてしまう。

それは、今年の正月に由紀子さんに電話して相談したときから、ずっと心の端っこに沈澱していた気持ちだった。

 

 

「政府にお願いして、地球か月のどこかに保護してもらった方が良かったかもしれません。そうすれば二人は地上にいられたし、危険な戦場に行かずに済んだかもしれない。俺は、二人の安全を意識するあまり、逆に一番危ないところに連れてきてしまったんじゃないかって……」

 

 

軍人として復帰している俺や一連の騒動の中心であるそらはともかく、あかねは本来無関係の一般市民だ。

あかねの周りを各国のエージェントがうろついているのは、俺とそらの関係者だからに他ならない。

 

 

「俺は妹を守らなきゃいけないのに、俺が率先してあかねとそらを危険に晒している。俺は……兄貴として失格です」

 

 

本当ならばあかねは四月には連邦大学の大学院に進学して、由紀子さんとともに地球で安寧な生活を過ごすはずなのに、今は『シナノ』の一番奥でコスモクリーナーEの調整に没頭している。

自分が『シナノ』の建造を思いついた事が、巡り巡ってあかねを戦場に連れてきてしまったのだ。

自分の存在が、あかねの人生に悪い方向に影響を与えてしまっているのは確かだ。

 

 

「篠田、お前そんなことで悩んでたのか?」

 

 

顔を飛行甲板に向けたまま視線だけ左に向けると、両肩を竦めて心底呆れたと言わんばかりのポーズをとる南部さんがいた。

 

 

「この船に乗る事を承諾したのは本人だろ? ならば篠田が気にやむ事じゃないだろう」

「それはそうですが、そうせざるを得ない状況を作ったのは、俺です」

「あの二人だって子供じゃないんだ、自分でよく考えた上で乗る事を決めたんだろう。篠田は二人の事を信頼していないのか?」

 

 

痛いところを突かれて、思わず押し黙る。もちろん、あかねもそらも子供じゃない事は分かっているし、ただ状況に流されるような娘じゃないことはよく知っている。

あれでいて聡明なあかねの事だ、なんとなく裏の理由も勘付いているかもしれない。

 

 

「それにお前が言った通りここのクル―は皆事情を知っているし、この艦は沈んだりすることも無い。それは、元ヤマト乗組員の俺が保証する」

 

 

南部さんは俺の両肩に手を置き、振り向かせた。

 

 

「『シナノ』はヤマトの後継艦だ。『ヤマト』が最後まで撃沈されなかったように、『シナノ』も沈む事は絶対に無い。現に、こないだの冥王星会戦では一人の戦死者も出さなかったじゃないか。今回の航海は単なる様子見だからできるだけ戦闘は避ける方針だし、日程も一ヶ月とかからない」

 

 

眼鏡越しに俺の眼をしっかりと見据える。

それでも後悔しているのなら、と言葉をつづけた。

 

 

「俺は、第一艦橋で艦を守る」

 

 

瞳の奥に、彼の強い決意が見える。

 

 

「お前は、艦の中で二人を守れ」

 

 

そしてその瞳は、俺に決意を促していた。

 

 

「それが、お前に出来る責任の取り方だ。彼女達を守って、地球に帰ってくるんだ」

 

 

そうだろ?と口元に挑発的な笑みを浮かべながら聞いてくる。

 

 

 

 

瞬間、恭介は胸のあたりが軽くなるのを感じた。

ずっと心の中に立ちこめていた暗雲が、ゆっくりと晴れていく。

自分勝手な罪悪感が、昇華されていく。

 

ああ、本当にこの人には敵わない。

この人は、とんでも無い事をサラッと言ってのけた。

きっと、遊佐や武谷が同じ事を言っても今みたいな気持ちにはならなかっただろう。

経験に裏打ちされた言葉。

それが、こんなに心に染みわたってくるなんて思わなかった。

 

 

 

「そうッスね。さっさと航海を終わらせて、帰ってくればいいだけの話ですよね」

 

 

国家同士のくだらない争いなんて、今は関係ない。

とにかく無事に二人を連れて帰ってくる。

今は、それだけを考えればいい。

 

やるべきことがはっきり分かって、視界がクリアになったようにすら思える。

 

 

「……よし」

 

 

言葉短かに気を引き締める俺を、歴戦の宇宙戦士はただ満足そうに頷いていた。

最後の4機は既に着艦を終えて飛行甲板の中央に集まっており、エレベーター待ちの状態だった。

 

 

 

 

 

 

3月1日18時00分 ガニメデ基地 アンドロメダⅡ級戦艦『エリス』第一艦橋 作戦司令室

 

 

木星の第三衛星であるガニメデ基地を外から見ると、薄茶色ながらも明暗2種類の地形に分かれていて、全体的には軽くかき混ぜたカフェラテのような外観をしている。

暗い色をした古い地層と明るい色をした新しい地層が、綺麗に分かれているのだ。

古い層には大小のクレーターが穿たれていて星の歴史を物語る一方、新しい地層には地殻変動による長短様々な溝が刻まれていて、星のダイナミズムを体現している。

 

タイタンと並んで地球防衛艦隊の一大防衛拠点であるガニメデ基地は、比較的大地の起伏が少ないクレーターの中に存在していた。

基地の中には100以上に及ぶ繋留場と大小5つの修理用ドック、そして2つの建造用ドックがあり、今でも防衛軍直属の軍艦を建造している。

 

現在、繋留場には木星に駐屯している防衛艦隊と第一辺境調査団が巨体を横たえている。

全体的に船体を銀色に塗る艦が多いなか、一風変わった色を配する艦もある。

青みがかった灰色に紅色の艦底色の日本空母『シナノ』。

午後の晴れ間のような薄い空色に全身を包み込んだ、米国空母『ニュージャージー』。

影をそのまま飲み込んだような漆黒の独国戦艦『ペーター・シュトラッサー』。

 

しかし、それらよりも独特の存在感で威容を発しているのが、アンドロメダⅡ級戦艦『エリス』だった。

主砲4連装を艦の上部に4基、下部に1基。

副砲4連装を3基。

近接防衛用の3連装ガドリングミサイルが艦橋の周囲に4基。

対空防衛用のミサイルランチャーも4基。

二段の台座の上に艦橋構造物が聳え立っている様は、ヤマトよりも大和らしい。

 

『エリス』の巨大な艦橋構造物の直下、作戦司令室の明かりは落とされ、床面パネルから煌々と柔い光が浮き上がっている。

辺境調査団に参加する艦艇の艦長が一堂に集結して、航海予定を確認しているところだった。

各艦から参集した艦長達に囲まれて作戦司令室の中央に立つのは、痩せこけた頬をした壮年のロシア人。

肌は荒れ、細い眉毛は整えられていない。

面長な顔に比べて小さめな目は一見して人当たりの良さそうな印象を周囲に与えるが、その奥にある瞳はどこか聴衆を観察しているようにも見える。

それが戦艦『エリス』艦長にして辺境調査船団司令、アナトリー・ゲンナジエヴィチ・ジャシチェフスキーに関する月旦評だ。

 

 

「我々の目的地である旧テレザート星宙域は過去に一度宇宙戦艦『ヤマト』が航海しており、その際に作成された宇宙地図も残っている」

 

 

打ち合わせの通りに右手を軽く上げて、部下に合図を送る。

床面が青く光り、太陽系から旧テレザート星までのマップが表示される地球と目標宙域の間に赤い一本の矢印が書かれている。ヤマトがかつて通った航路だ。

 

 

「地理的には特に難所は無く、テレザート星の手前に宇宙気流があるくらいだ。ガトランティス軍の罠も無く、順調にいけば片道4日もかからない。『ヤマト』の強化されたエンジンならば連続ワープで1日強でいける距離だ」

 

 

しかし、と言って新たな映像が写しだされた。

2年前、地球から天の川を写した動画だ。

夜空のあるラインから一斉に瞬く星が湧き出して、天の川を濁流の如く侵食していく。

やがてそれは渦巻状の姿を為し、それが銀河の一部であることが分かってくる。

 

 

「5年前の赤色銀河衝突により星々の間で保たれていた微妙なバランスが崩壊し、今の天の川銀河はまるで暴風雨のような荒れ模様だ。銀河中心方面では惑星同士が衝突し、惑星を飲み込んだ恒星が活動を活発化させたりといった現象はいまだに頻発していて、赤色銀河が完全に通り抜けてからも異常な状態は続いている。その影響は昨年末頃から銀河辺境域でも起き始めている。これを見てほしい」

 

 

次にパネルに現れたのは、先程とはまた違った様子の宇宙。

赤と緑の糸が濃紺の生地を縫い走り、紅色の刺繍が所々で生まれている。

 

 

「昨年10月末、旧テレザート星宙域で起こった星間戦闘の様子だ。どこの星間国家が戦っているのかはこの映像では不明だが、問題はそこではない」

 

 

早送りされる映像。

再び再生された映像では、戦闘の明かりは無く、代わりに巨大な蒼の水球が映り込んでいた。

司令は一度言葉を切り、いま映っている映像の意味を全員が察するのを待つように視線を巡らした。

宇宙での勤務が豊富な軍艦の艦長がすぐに理解して顔を上げる一方で、比較的年の若い輸送艦や工作艦の艦長はしばし映像を食い入るように見つめ続ける。

様々な反応を見せる艦長達を、アナトリーは一人一人見定めるようにゆっくりと視線を這わせる。

五秒ほど待ったところで改めて、アナトリーはレーザーポインタで水球を指示した。

 

 

「見ての通り、地球よりもさらに辺境の宙域においても惑星がワープアウトしてくるという事態が発生している以上、他にも航路上に観測されていない障害物がある可能性は大いにある。よって参謀本部と協議した結果、改めて予定航路周辺宙域の探査を行いながら航海をおこなうことになった。ワープは1日2回、一回の移動距離は2000宇宙キロに限定する」

 

 

改めて地球から青いラインで矢印が伸びる。今度は第十一番惑星から先はヤマトの航路を何度も跨ぐように、ジグザグに航路を設定されている。

 

 

「この調査は目標宙域の威力偵察以外にも、新たな領土拡大の可能性を探るという地球連邦の将来の発展にかかわる意義深い事業だ。諸君には、細心の注意と最大の効果を期待する。何か質問は?」

 

 

レーザーポインタを消したアナトリーは背中で手を組み、一同の顔をゆっくりと見渡す。

その姿は艦隊司令というよりも、刑務所の監督官や尋問官といった方がふさわしい。

恐らくは軍人としての資質よりも、自分勝手な行動をとりかねない各国の艦を牽制し、艦隊内の秩序維持を期待できる人物として抜擢されたのであろう。

鈍重なアンドロメダⅡ級戦艦を旗艦にしたのも、敵艦隊へというよりも味方艦への無言の圧力を重視して選ばれたのかもしれない。

 

 

「出港は明日0800。単縦陣を形成後、第一中継ポイントである第十一番惑星公転軌道上までワープする、以上、解散!」

 

 

ミーティングに参加した者達は既に、航海の先行きに暗い物を感じ取っていた。




次回から遠征編に移行します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠征編
第一話


遠征編、開始です。でも、今回はガトランティス側のお話。


2208年3月1日 7時35分 天の川銀河外縁部 旧テレザート星宙域 ラルバン星司令執務室

 

 

 

暗黒星団帝国との戦いから、四カ月が経とうとしている。

指揮系統を失ったことで全滅するまで続くかと思われたあの戦争はしかし、突然ワープアウトしてきたアレックス星の乱入によって何もかもがぶっ飛んでしまった。

 

暗黒星団帝国軍は蜘蛛の子を散らすように逃げ帰り、戦場には我々とアレックス星と一緒にやってきた艦隊が残った。

ひとつはアレックス星防衛艦隊、もうひとつはアレックス星攻略を担当していたさんかく座銀河方面軍第19艦隊および方面軍司令部直衛艦隊。

アレックス星は幸いにも予測誤差の最大値をとり、またワープアウト後の針路の幸運もあって減速スイングバイで銀河中心方向へ去っていった。当然、アレックス星防衛艦隊も母星と一緒に戦場を離脱していった。

 

問題は、友軍である第19艦隊と司令部直衛艦隊だ。

最初は事情がよく分かっていなかったのかアレックス星防衛艦隊との戦闘を継続していたが、しばらく追撃していったところでようやく状況を把握したのか、はたまた補給に不安が発生したのか、ラルバン星に戻ってきたのだ。

 

ガーリバーグが通信を開いてみると、驚いた事にパネルに映ったのは長い巻き髪が顔を三方を飾った、ガーリバーグとほぼ同年代の美丈夫。

軍服に規則外のいくつもの刺繍や飾りをあしらった、過剰に煌びやかな姿。

角刈りで粗野で武骨さしかないガーリバーグとは正反対の男。

 

ダーダー司令。腹違いの兄だ。

 

ガーリバーグの顔を確認するなり義兄は、艦隊の修理補給の為の駐留を依頼してきた。

どうやら、アレックス王国とやらの攻略が最終局面に差し掛かっていて、最後の攻勢をかけているところでワープに巻き込まれたらしく、敵軍の頑強な抵抗による損傷艦が続出していたとのこと。

彼は正直なところ、ラルバン星の生産能力から考えてこれ以上余計な負担が増えるのはごめんと思っていたが、かといって傷ついた友軍を見捨てるわけにもいかない。

こちらの兵力も大幅に減少している現状、少しでも味方が増えるのは宙域の安全保障上の面から考えても損ではなかった。

現存している、旧テレザート星宙域守備隊の艦隊編成は以下の通りだ。

 

 

大戦艦11隻 『クサナカント』『ハイボッド』『エイプロディ』『ダーシャン』『アージェイ』『ゴーニディ』『ポタモトゥリゴ』『ジーミュラ』『ジャポ』『マイリオ』『ナリナ』

ミサイル艦 5隻 『エンデ』『ジアンリィ』『ケットン』『ディアナスティン』『ガーベラ』

中型空母 2隻『アウリィ』『ゴムフィアン』

高速駆逐艦 9隻 『フラミコーダ』『トーペ』『キオニズ』『ナーティーン』『ティムレ』『プリスティー』『フィンニ』『フィナ』『ランコバティ』

潜宙艦 6隻 『グラーヴ』『クビエ』『レウカ』『プラウム『メラノ』『ロンギ』

艦上戦闘機 イーターⅡ98機

艦上攻撃機 デスバテーター232機

 

 

艦の損耗率65%。ただでさえ宙域を守るギリギリの防衛力しか無かったのに、これではラルバン星の防衛も心許ない。

次に今回の様な大規模な攻撃を仕掛けられたら、この星は今度こそ終わりだ。

 

だが、彼らが駐留している間は、ラルバン星の防衛は彼らに押し付けることもできる。

そんな打算をもって、ガーリバーグは彼らの寄港を許した。

しかし。

 

 

「久しぶりだな、義弟よ。ところで、現時刻を以てこの星を我がさんかく座銀河方面軍アレックス星攻略部隊の臨時前線基地とすることにした。アレックス星を攻略するまで滞在させてもらうぞ」

 

 

義兄弟とはいえ互いに顔をみたことがある程度で、話した事などこれが初めてだった。

にも関わらず、悪気のないイイ笑顔で、さも当然の如くダーダーは言ってのけたのだ。

ガーリバーグは内心で「義兄の方が立ち場が上だからって偉そうに出しゃばりやがって!!」と罵倒する一方で、ダーダーの正気を疑った。

 

自分の置かれている状況が分かっているのか?

分かっているならば何故アレックス星攻略に拘る?

自分の支配領域であるさんかく座銀河は放っておいていいのか?

そんな疑念が、彼の頭をよぎったのだ。

 

 

「失礼ですが義兄上、状況は把握しておられるので?」

「既にオリザーから話は聞いている。ここは天の川銀河とかいう辺境地の更に辺境の宙域だそうだな? そして、父上が亡くなられた銀河でもある」

 

 

辺境を連呼する義兄に軽い殺意を覚えつつも、さらに彼は問うた。

 

 

「では、我が旧テレザート星宙域守備隊と、義兄上が攻略しようとしていたアレックス星とやらの現状も御存じで?」

「勿論だ。ラルバン星の防衛戦力は半減、アレックス星はワープアウトするなり放浪の旅に出てしまったのだろう。私もまだまだ未熟だ、よもや敵があのような手を打ってくるとは思わなかった」

 

 

父親譲りの白髪―――というよりも彼の場合は銀髪にみえるが―――をサラリと掻き上げながら、何でもない事のように言う。

反省の弁を述べているようだがどうにも嫌味にしか聞こえないのは、ガーリバーグが彼に持っている印象があまり良いものではないから、というだけではない。

この男は一言一句がいちいち尊大で、下の立場の人間に対する態度は分かりやすいほどに高圧的で傲慢なのだ。

 

 

「ならば、本来ならば戦力の補充で手一杯のところを善意で貴艦隊を受け入れている事はお分かりのはず。艦隊の修理と乗組員の上陸までは認めますから、それが終了次第元の任務地へとお帰り願いたい」

 

 

「……ほう?」

 

 

瞬間、義兄の雰囲気が変わり、瞳は蛇のそれに替わる。

無感情という名のこの上ない意志表示のまま、ガーリバーグに向かってゆっくりと距離を詰めた。

 

 

「私にさっさと帰れと言うのか? 義兄である私に? 上官である私に? 父上の仇もとらずにのほほんと6年間も怠惰に暮らしてきた、部下で愚弟の貴様が言うのか?」

 

 

仮面をつけたような温度の無い表情で迫る。

端麗な鼻梁と唇が、人形らしさを際立たせて本能的な恐怖を感じる。

こういうときは、弱気な態度を見せた方が負ける。

彼も負けじとこちらも虚勢を張って反論した。

 

 

「この宙域の管理運営を任されているのは私です。例え義兄上といえども、貴方は突然やってきた不躾な客にすぎない。こちらの指示には従っていただきます」

「父上の仇に最も近いところにいるくせに何もしようとしない恥知らずのくせに、王様気どりか? 辺境の辺境で、アリョーダー義兄にも補給を忘れられている様な矮小な貴様が、私に口答えするのか?」

「忘れられているのではありません。向こうも厳しい状況なだけです」

「ダーダー、痩せ我慢もほどほどにしておかないと道化だぞ?」

 

 

冷えた声が突き刺さる。

顔が憤怒に引きつりそうになるが、根性でなんとか目の下が痙攣する程度にとどめた。

 

荒廃した大地と、人智を阻む砂嵐の渦。

地上に水はなく、どこまでいってもあるのは砂の海ばかり。

空は昼間でも舞い上がる砂煙で茶褐色に染まり、一日中が薄暗い曇り空のようだ。

緑と青に包まれたテレザート星とは似ても似つかない、生命の揺り籠とは対極の存在。

テレザート星系第6番惑星ラルバンは、第3惑星テレザートの消滅によって星系間のバランスが崩れ、新たな公転軌道へ移行の最中である。

その影響は惑星を覆う大気や大地にも及び、ただでさえ劣悪な環境がさらに壊滅的なダメージを受けていた。

そんな星に住む人類が生き残るには地下都市の発展しかない。それには星系内の積極的な資源開発、そしてなによりも味方からの潤沢な物資援助が必要不可欠だった。

白色彗星の先遣として進駐していたテレザート星駐留部隊は、大帝がアンドロメダ座銀河方面軍司令のアリョーダー殿下―――大帝の9番目の息子だ―――に命じて、補給を受けていた。

しかし大帝の崩御後、アンドロメダ銀河からの補給は途絶えがちになり、今では艦艇の修理もままならない状態になっている。

 

向こうが意図的に補給船団の数を減らしていることなど、当に承知の上だ。

しかしこちらにも意地がある。いけすかない義兄に弱味を見せたくなかった。

 

 

「自分が管理する領地を富ませることも、司令の仕事の一つだ。私がここの司令だったらすぐに父上の仇を討って、ついでにこの銀河を占領して資源採掘するぞ? いつまでもちまちまと近所の星を掘り返すことしかしていないから、いつまでたってもうだつが上がらないのだ」

 

 

こちらの実情も知らずに、自慢げに滔々と自説を語る男。

呆れと嘲りが顔に出そうになるが、辛うじて抑えて押し黙る。

言い返してこない事に嗜虐心をくすぐられたのか、唇の端をニヤリと上げていやらしい笑みを浮かべる。

 

 

「そうだ。貴様が我が艦隊の駐留を受け入れるのなら、私の名でアリョーダー義兄に物資の援助を要請してやってもよいぞ? 誰からも見向きもされない貴様と違って、私は義兄たちとは仲がいいからな」

 

 

悪意のない、心の底から相手を見下した口調。

しかし言っていることは事実なだけに、それ以上のことはできない。

片や父親に反感を抱き続けた所為で閑職にしか就けず、今は亡き彗星都市直属、さすらいの前線基地司令。

片や、亡父や義兄たちの覚えめでたき、さんかく座銀河方面軍の司令。

たった二歳差、兄弟の序列でも下から二番目にも関わらずアリョーダー義兄よりも先に方面軍司令を任される逸材。

さらには人脈と権力と軍事力をかさにきて迫ってくるこの男には、これ以上抗うことはできない。

顔を合わせないアリョーダーの嫌がらせは我慢して無視していればいいが、目の前にいるダーダーの申し入れを断れば実害を被りかねない。

 

しかたない、今が引きどきだ。

 

 

「……分かりました。アレックス星攻略までの間、貴艦隊の駐留を認めましょう。テレザート星宙域守備隊は、アレックス星攻略に協力します」

「おお、よくぞ言ってくれた。それでこそ我が義弟よ!」

 

 

私を言い負かして満足したダーダーは、再び先ほどのような悪意のない笑顔を向けてくる。

大げさに両手を広げて喜びを表している身振りが、いかにも空々しい。

 

 

「それでは義弟よ、早速貴様の執務室をアレックス攻略部隊の司令官室として接収する。明日までに部屋を空けておいてくれたまえ」

 

 

ガーリバーグは、一瞬前の自分を激しく罵倒してやりたくなった。

 

 

 

 

 

 

それが、四カ月前の事。

現在、途絶えがちだった物資援助は再び……いや、かつてないほどの規模で再開され、ラルバン星は入植以来最大の賑わいを見せている。

しかし、そんなこととは全く違う事で感情を爆発させている男が一人。

ようやくアレックス攻略部隊が出撃し、空いた執務室に戻ってきたガーリバーグ司令である。

 

 

「やっと帰ってきた、やっとこの部屋が私の元に帰ってきた! やっと消えてくれた馬鹿野郎!」

 

 

久方ぶりに自分の部屋に帰ってきたガーリバーグは喜びを隠そうともせず、執務室をグルグルと歩きまわっていた。

眉間には皺が深く刻まれ、顔は興奮で血が上って頬が深緑になっている。

足取りは軽く、今にも飛んでいきそうだ。

柄にもなく両手を大きく広げて、愉快でしょうがないと言わんばかりに顔をニヤケさせてウロウロと歩くさまは、司令と言うよりも快楽殺人に手を染める狂人と表現した方が適切だ。

 

 

「好き勝手してくれやがって畜生!」

 

 

たまたま目に付いたチェアを思い切り蹴り倒すと、肩で息をしながら一人息巻いた。

四ヶ月間ダーダーが温めていた椅子だ、今更座る気など微塵も無い。新しい椅子をすぐに用意するつもりだ。

 

 

「あれだけ大口を叩いておきながら艦隊の再編成に4カ月もかかりやがって! 自分こそ無能じゃないか! アッハッハッハッハ!!」

 

 

今はいないダーダーへの罵倒と哄笑は止まらない。

わずか4カ月で第19艦隊と司令部直衛艦隊総勢250隻以上を修復・補給した上に完熟訓練まで済ませたことは十分にダーダーの有能さを証明しているのだが、そのことにガーリバーグは気付かない。

4カ月もの長期にわたって自分の部屋と権限の一部をダーダーに奪われていた悔しさが、彼に冷静な判断を失わせていた。

荒い息を吐いて怒気をばら撒いていたガーリバーグは、ダーダーへの罵詈雑言を思いつく限り言い尽くすと哄然としていた表情をぴたりと止めて、ひとつ大きな息をついた。

 

 

「まぁ、過ぎた事はもういい。ダーダー義兄には地球に興味を示すように吹き込んでおいた。あとはダーダー義兄が調子に乗って地球にちょっかいをかけて返り討ちになれば、その敗残兵を吸収してこの宙域の防衛に回すことができる。もし地球もアレックス星も陥として帰ってくるようなら、そのときは……」

 

 

満身創痍で帰ってきたところを、全力で叩き潰してやる。

そうすれば運命がどちらに転んでも、ダーダーは確実に死ぬ。

そしてその事実を隠蔽すれば、テレザート星宙域守備隊はいつまでもアンドロメダ座銀河方面軍からの援助を受けられる。

その後は暗黒星団帝国への防備を固めるなり、資源を求めて天の川銀河への侵攻をするなり、覇権を求めてアリョーダー義兄の治めるアンドロメダ座銀河侵攻の準備をするなり、選択肢はいくらでもある。

 

いずれにしても、私の領土とプライドを土足で踏んづけていった憎きダーダー義兄は、絶対に生かしてさんかく座銀河へ帰してはならない。

攻略部隊が出撃した時点ですぐに執務室を自分の元へ戻したのは、決して彼をこの場所に帰ってこさせないという意志の表れだった。

 

 

瞳の奥に義兄への復讐の仄暗い殺意を秘めて、ガーリバーグは執務室の窓から外を見上げた。

そこには、緋色の空を覆い尽くす黒い影の群れ。

天の川銀河の中を彷徨っているアレックス星を討伐するべく、アレックス星攻略部隊250隻が順次基地を離れて衛星軌道上の集結地点へ向かっているのだ。

 

今空に浮かんでいるのは、さんかく座銀河戦線で行く度もの戦闘を生き延びてきた歴戦の名艦ばかりだ。

将来、我が軍の貴重な戦力となってくれる精鋭たちだ。

あの中で、何隻が戻ってくるだろうか。

あの中で、何隻が我が軍門に下ってくれるだろうか。

万が一ダーダーが帰ってくれば、私は彼らと矛を交えなければならない。

できることならばダーダー義兄だけを排除して、出撃させずに250隻全てを手に入れたいところだ。

しかし、彼らを我が軍門に引き入れるにはダーダー義兄が確実に、かつ私が疑われる事無く死んでくれなければならない。

つまり、私が義兄を撃ち殺して司令官の交代を宣言したとしても、彼等はついてきてはくれないのだ。

できることなら、ダーダーが死んだあとに私に近しい人物が艦隊の指揮を引き継いでくれれば、我が軍への編入もすんなりいくのだが。

 

 

「幹部連中は皆ダーダー義兄に忠誠を誓っているだろうから、仕込みを入れることも出来なかったからな……」

 

 

そこまで考えて、ガーリバーグは一度だけ戦場を共にした老軍人の顔を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

同日13時01分 天の川銀河辺縁部 アレックス星攻略部隊旗艦 潜宙戦艦『クロン・サラン』 作戦室

 

 

その艦は、三胴艦のような外見をしていた。

潜宙艦の胴体と同じ程の形状と大きさをもつ艦体の後部両舷に、大型のエンジンナセルに似た船体が一基ずつ付いている。

艦体上部の構造物には小型の双発エンジンナセル状の構造物と、その前には地球の潜水艦と酷似した形状の薄っぺらい艦橋。

艦体前部には艦首魚雷発射管が片舷4門、そのやや後ろ側には大型ハッチが片側4基設えられていて、対艦ミサイルを垂直発射することが可能だ。

潜宙艦と同様に艦首先端部にオレンジ色の発光部分がある他、両舷の船体の先端部にもミサイル艦と同様の発光部分がある。

潜宙艦の青よりも若干緑がかった艦体色は、よりステルス性を追及してのことだろう。

 

アレックス星攻略部隊旗艦にして潜宙艦隊旗艦、そしてダーダーの座乗艦である潜宙戦艦『クロン・サラン』。

窓から漏れる光がピンク色に光るスリットのように見える艦橋の直下、作戦室では出撃後初めてのミ――ティングが行われていた。

 

 

「思ったより、我々は彼らの力を侮っていたようだ。その事実は、率直に認めなければならない」

 

 

作戦会議の冒頭、ダーダーはそう口火を切った。

会議に参加しているのは元第19艦隊司令官改め決戦部隊司令のウィルヤ―グ、ウィルヤ―グの部下で遊撃支援部隊司令のミラガン、同じく空母機動部隊司令のダルゴロイ、元司令部直衛艦隊参謀で偵察部隊司令に就任したカーニーと上陸部隊司令ツグモ。

第19艦隊と司令部直衛艦隊を解散して再編成した、新生アレックス星攻略部隊の司令官たちである。

 

 

「奴らは三度に渡るアレックス本星への大規模攻勢を凌ぎ切り、四カ月前の第三次攻勢では自らの惑星ごとワープして逃亡を図るという荒業までやってみせた。その頑強さと発想の大胆さは、そこらの二流星間国家とは一味も二味も違うようだ」

 

 

一度言葉を切って周りを見渡すと、その場の誰もが黙って頷いた。

その表情は皆真剣で、今回の遠征への意気込みが感じられる。

 

 

「しかし、私は実に運が良い。アレックス星の重力圏内にいたおかげで離される事なく一緒にワープできただけでなく、ワープアウトした先が我が義弟リォーダ―の治める宙域だったとは! 彼のおかげで、我々は十分な補給と休養を得ることが出来た。君達も、十分にあの土地を楽しんだのではないかね?」

 

 

美男子にそぐわぬ意味ありげなニヤけた笑いに、幹部達は眦を下げて困ったような愛想笑いを起こす。

彼が思い出していることこそがガーリバーグがダーダーをより一層憎む原因になっていることに、ダーダー本人は気付いていない。

彼らもダーダーのその性格がズォ―ダ―大帝の血に依るものだと知っているが故に、強く否定できない。

上司の女癖を批判する事は非礼になるだけでなく、大帝を批判することに繋がりかねないからだ。

 

 

「さらに運がいいのは、この近くに大帝陛下を討った『地球』とか言う野蛮の星があるということだ。この星を占領すれば、我々アレックス星攻略部隊は一気に英雄になれる。仇討ちを果たしたという功績があれば国民の人気は高まり、他の義兄上を差し置いて大帝の座に上り詰めることも夢物語ではなくなってくる。貴様らも出世できるぞ?」

 

 

選挙制度も議院内閣制も無い―――ましてや君主不在の現在はなおのこと―――ガトランティス帝国において、功績など何の役にも立ちはしない。ズォ―ダ―大帝亡き群雄割拠の今、帝国の頂点に這い上がるには究極的には相手が服従せざるを得ない状況、すなわち他を圧倒する強大な戦力を作りだす必要がある。

しかしその戦力は、大量の艦艇および士気と忠誠心の高い部下によって成り立つが、それには何より部下を魅了するカリスマ性が必要だ。

リォーダ―のように堅実な領地経営で地道に好感度を挙げていく方法もあるが、結局は派手で分かりやすい戦果を挙げて英雄になることが一番の近道だ。

さんかく座銀河最後の敵性国家であるアレックス星とズォ―ダ―大帝の仇である地球をいっぺんに討ち取れば、大帝の座を狙う義兄たちや王位簒奪を狙う臣下、更には独立をもくろむ星々に対する牽制になる。

 

 

「この戦、今度こそ必ず勝たなければならん。その為には敵を、白色彗星をも落とした地球という強敵を深く知らなければならない。そこで今回は特別に、地球の艦隊と交戦した経験のある者を会議に招聘した」

 

 

第19艦隊司令ウィルヤ―グの側に控えていたオリザーが一歩進み出て、無言で下段の敬礼をする。

 

 

 

「元第19.1艦隊司令で一カ月に渡る亡命艦隊追撃任務を見事完遂させてくれたオリザーだ。大帝による地球侵攻時の情報はリォーダ―から提供を受けているので、オリザーには後で補足説明と最新の情報を聞こう」

 

 

オリザーを見るなり、ミラガンは顔を顰めて不快感をあらわにした。

 

 

「待って下さい、ダーダー殿下。この敗将から話を聞くというのですか? こんな老いぼれ、ボケてまともな指揮ができなかったら負けたに決まってます!」

「相変わらず減らず口は達者だな、ミラン」

 

 

ミラガンは将校としては珍しく女性、しかもガトランティスが過去に侵略した星の先住民族の子孫である。ガトランティスの血が混じっている準一等民族ながら水色の肌に青紫の髪の外見ゆえに冷遇され、それでも実力でここまで這い上がってきた叩きあげの女傑だ。

それだけに、一等民族で老練の軍人であるオリザーが追撃戦に一カ月も費やしたあげくに負けて帰ってきたことに、失望と嘲りの念が一際強いものとなっていた。

 

ダルゴロイもミラガンに同調して、オリザーを貶しにかかる。

彼は生粋のガトランティス人だが、茶やブロンドなど暗い色の髪が覆いガトランティス人のなかにあって珍しく秋穂のような美しい黄金色をしている。

彼とミランは同世代で気が合うらしく、民族の違いはあれども会議などの場では同じ論調を展開することが多い。

 

 

「たった一隻の艦を沈めるのにこんな辺境まで逃げられて、おまけに野蛮人の艦隊に負けてむざむざ帰ってくるなど、ダーダー殿下の顔に泥を塗る大失態ではないか。貴様、よくもおめおめとここに戻ってこれたものだ。あの弱腰なリォーダ―殿下のところにいれば良かったものを!」

「若造がピーチクパーチクさえずりよる。補給線が途切れたくらいで戦いを止めてすごすごと引き下がる様な奴が何を言っても説得力ないわ」

「貴様と私とでは戦闘の規模が違う! 貴様はたった1隻、我々は140隻の軍艦と本星からの攻撃だ! 潤沢な後方支援がなければ戦闘が継続不能な事は自明だ!」

「ならば、貴様も体験してみるかね? 1日10回の長距離ワープと同じ数だけの戦闘、一カ月間無補給でだ。無差別ワープでランダムに逃げ続ける相手を、空間歪曲波のエコーだけを頼りに追いかけるんだ。貴様みたいな後方で椅子に踏ん反り返ってるだけの貴様にできるとは思えんな」

「貴様!」

 

 

三人の罵り合いは止まらない。

直衛艦隊からやってきたカーニーとツグモは、突然始まったオリザーへの罵倒に訳が分からず硬直してしまっている。

ウィルヤ―グはふつふつと湧き上がる怒りに肩を震わせる。

ダーダーは表情を変えず、吠える若手二人と皮肉を返す老将の構図を無言で観察していた。

 

 

「やめんか貴様ら! 殿下の御前であるぞ!」

 

 

白熱しかけた場を収めたのは、オリザーより僅かに年下ながらも艦隊のナンバー2の立場にいるウィルヤ―グだった。

眉間に血管を浮き上がらせ顔を怒りに歪ませるさまは、当事者である3人よりも憤怒に溢れている。

オリザーはゆっくりと、若い二人はダーダーの機嫌を損ねる事を恐れて慌ててダーダーへ向き直り、謝罪の礼をとる。

ダーダーは手を軽く掲げるだけで受け流し、

 

 

「それでは、具体的に作戦を詰めようではないか」

 

 

最初から何事もなかったかように作戦会議を再開させた。

ウィルヤ―グとオリザーは、周辺宙域の星図が映された大型パネルへさっさと向き直る。

カーニーとツグモもそれが当然の如く、手に持っていた資料に視線を落とす。

今度は、ミラガンとタルゴロイが驚愕に硬直する番だった。




潜宙戦艦とは、PS版ゲームに登場した、ゲームオリジナル艦艇です。
ゲーム内では、超巨大戦艦を脱出したサーベラーが潜宙戦艦に乗艦して宙域からの脱出を図ったものの、デスラー砲によって滅ぼされていました。
今後も原作で不遇、またはゲームにしか登場しなかった兵器や人物を取り上げていこうと思います。

それでは感想、評価等お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話

マイナー兵器、ゲームオリジナル兵器が登場します。
それが楽しくて仕方がない。


2208年3月2日 14時55分 天の川銀河外縁部

 

 

テレザート星系第4惑星テレザート星は、アンドロメダ座銀河方面へ約2万光年の位置にあった。

具体的には赤経0時30分赤緯35.1度、19890光年といったところだ。

地球の地表からテレザート星の方角を望むと、アンドロメダ座の周囲にペガサス座、カシオペア座、さんかく座、とかげ座、ペルセウス座、うお座などが輝いている。

紀元前から人々が見上げていたこれらの星座を構成する恒星の多くは、23世紀の今となっては「ご近所にある星」と認識されている。

恒星間エンジンである波動エンジンを以てすれば、東京―京都間をエ○バスで移動するよりも早く着く事が出来るのだ。

 

地球連邦軍第3辺境調査船団もその例にもれず、第11番惑星公転軌道を過ぎたところで2000光年を跳躍するワープを決行。

あっという間に―――異次元を通過しているが故に、通り過ぎたという表現もおかしいのだが―――星々の遥か後方へと飛んで行ってしまった。

 

最初のワープで辿りついたのは、赤経1時35分、赤緯14度、地球から2296光年の宙域。

絶対等級マイナス3,1のうお座109番星を中心にいただく星系の真っただ中だ。

この星系は大小7つの惑星と11の準惑星から成り立っており、星系としては比較的大きな部類に入る。太陽系からの距離、宇宙開発に必要な資源の可能性を考えると、なによりこのメンバーでの初めての探査作業であることを考えると、ここを手始めにするのが一番適切だった。

 

ここで調査船団は各惑星・準惑星に対して光学およびタキオン粒子による観測を実施。

その結果、特に有用な鉱物資源の採掘が見込まれる1番惑星、3番惑星および4つの準惑星に対して、艦隊を散開させて各艦が割り振られた星を調査することになった。

 

旗艦である『エリス』と無人戦艦『アスカロン』『ネグリング』は恒星の周辺に待機。

3番惑星にはフランス戦艦『ストラブ―ル』、4番惑星にはアメリカ艦『ニュージャージー』が担当。日本の『シナノ』とドイツの『ペーター・シュトラッサー』は準惑星を2つずつ割り振られた。

準惑星に向かう2隻には護衛として、巡洋艦と駆逐艦が3隻ずつ随行することが認められた。

『ストラブ―ル』と『ニュージャージー』になにか起こったときには『エリス』と無人艦が行く手筈になっている。

 

 

そして今現在。

『シナノ』を発進したコスモハウンド1号機と2号機は、割り当てられた準惑星ζ(ゼータ)とθ(シータ)へ針路をとっている。

小型宇宙船ほどの大きさを持つこの惑星探査用探査艇は、探査用のヘリや車両を搭載できるだけでなく、観測/コンピューター室、科学調査室、倉庫2部屋、そして観測用レドームを装備している。

中世紀の戦略爆撃機を思わせる、下方視界窓を備えた特徴的な機首。

大きなデルタ翼と、その翼端に上下の垂直尾翼。

大きく張り出したスラストコーンは第一世代型駆逐艦や巡洋艦を彷彿とさせる。

 

 

「まるで、昔の冥王星みたいだわ……」

 

 

1号機の機体中央付近、客席に設えられた正面のモニターに映る準惑星ゼータを見ながら、冨士野シズカはポツリともらした。

惑星になるほどの十分な重さと大きさになれなかった、恒星から遥か遠く離れた岩の星。

水星のように灼熱の太陽に地表を焼かれることもなく、木星のように巨大で濃厚な大気を纏うこともなく、地球のように液体状態の水を湛えることもなく、彗星のように極長の楕円軌道を描くこともない。

敢えて言うならば特徴がないのが特徴という、そんな星。

ガミラスフォーミングされる前の冥王星は、まさに目の前にある星の様な姿をしていたという。

かくいう冨士野も、過去の冥王星を実際に見たことがあるわけではない。

 

 

「メイオウセイ? そういえば、私が『シナノ』に助けられた場所がメイオウセイ公転軌道上とか、恭介が言ってたっけ」

 

 

なにげなく呟いた言葉に、右に座っていた簗瀬そらが反応する。

初めてこの船に乗ったときとは違って、彼女は地球防衛軍の宇宙服を着用している。色は冨士野と同じ、青色だ。

 

 

「そう、その冥王星よ。そんなことより貴女、本当に来て大丈夫? こんな危険な調査に貴女みたいなお姫様が来て大丈夫なの?」

 

 

疑惑の眼でそらを見つめる。

言葉こそ棘がつかないようにつとめたが、そらの同行を迷惑に思っている事は十分に伝わったはずだ。

たとえ現在の彼女が地球市民という立場であっても、彼女が本当はアレックス星の御姫様であることは、『シナノ』クル―なら誰でも知っている。

彼女たっての希望で特別扱いしないことにはなっているが、そう言われてハイそうですかとはいかないのが人間心理というものだ。

ゆえに冨士野は、船外活動という危険な任務に簗瀬そらを就かせることに抵抗を感じていた。

 

 

「いいのいいの、ここに来るまでの方がよっぽど危険だったし。それに、これは私がやらなきゃいけない仕事だから」

「そらは国から派遣された辺境調査員だし、私はそらの付き添い兼お手伝い」

「そして俺は二人の付き添い兼護衛ッス。探査艇の運転手ぐらいはしますんで、勘弁して下さい」

 

 

そらの隣には黄色い服の簗瀬あかね、通路を挟んで向かいには苦笑いをした青い服の篠田恭介が口を出す。

この二人が同行していることも、頭痛の種の一つだ。

金魚のフンみたいに繋がってついてきた3人に、呆れたと言わんばかりの表情を向けた。

 

 

「……なんか貴方達、三馬鹿トリオみたいね」

「ひどいですシズカさん! こんなお猿さんとひと括りにしないでください!」

「お前、しつこくそのネタ引っ張るのな!」

「そうよ、そら! 兄さんは猿じゃないわ! ただの変態よ!」

「あかねまでキャラ変わってねぇか!? おいそらテメェ、あかねに悪い影響を与えるな!」

「恭介もあかねに言われるようじゃおしまいね!」

「んだとコラァ!」

 

 

たちまちのうちに騒ぎ出す3人兄妹(義理)。

彼ら3人が集まると、すぐに場が騒がしくなる。

艦内でいろんな作業をしていても、彼女たち3人はすぐ目立つ。

あかねとそらは一緒にいても、ごく普通の仲良し姉妹にしか見えない。

篠田とどちらか片方だけでも、やはりただの兄妹としての姿しか見えない。

だが、3人が揃うと途端にやかましくなる。

はじめにそらが恭介につっかかり、恭介がそれに反論する。あかねは二人を窘めるか、そらに加勢するのだ。

つまり、何が言いたいかというと。

 

 

「篠田、静かになさい! まもなく地表に着陸ですよ!」

「怒られるの俺ですか!?」

 

 

この男が全部悪いということだ。

抗議の声を上げる篠田を無視して、冨士野は視線をモニターに戻す。

かしまし三人娘(うち男一人)が狭い機内でわいわいしているうちに、コスモハウンドはゼータ星の大気圏内に突入していた。

地球に帰還するときのような、強烈な振動と大気がプラズマ化して外の景色が真っ赤に光ることは起きない。

あまりに大気が薄いため、地球のような摩擦が発生しないのだ。

 

モニターに映る灰褐色の準惑星の肌はシミそばかすに汚れ、大きく盛り上がった山脈と深く刻まれた谷はさながら老人の皺のようだ。

事前に観測したところだと自転周期は地球時間でいうところの89時間前後。自転軸は公転軌道面に対して17度。公転周期は約102年、公転軌道は楕円形だが、冥王星のように他の惑星の公転軌道面とあまり乖離してはいない。

弱々しい日の当たるところは灰色の大地が白砂の砂漠のように変わり、逆に日の当らないところは水墨画のように色身の無い景色が広がっている。

そして星の地平線からは桃色の光の点がまるでルビーの指輪のように美しく光り……光?

 

 

『正面地平線上に巨大なエネルギー反応!』

『砲撃か? 回避!』

 

 

機内のスピーカーから操縦席の怒声が漏れ聞こえてくる。

一瞬スピーカーに移した視線をモニターに戻すと、そこにあるのは真っ黒な空と灰色の大地。

その境界に濃いピンク色の点が膨張し。

それが傾いたと思った直後、客室がモニターから放たれる名状し難い閃光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

同刻同場所 『シナノ』第一艦橋

 

 

自然界ではありえない色をした光芒が、左旋回を始めたばかりのコスモハウンドの右舷側を擦過して垂直尾翼を掠め取っていく様は、第一艦橋の大型ディスプレイで全員が目の当たりにしていた。

 

 

「コスモハウンド1号機、右翼に被弾! 攻撃方位は355度、伏角14度、ゼータ星の地平線の向こうです!」

 

 

来栖の悲鳴のような報告が、平穏だった第一艦橋を緊張に変える。

その頃には薄紅色の太い光線が『シナノ』の遥か下方を通過している。

館花が前方にエネルギーの増大を発見してからわずか2秒での発砲に、『シナノ』は完全に先手を取られる形となった。

 

 

「戦闘配置。北野、面舵反転、下げ舵45度。地平線の下に隠れろ。葦津、後続の艦にも伝えろ」

「面舵反転下げ舵45度、ヨーソロー! 機関長、波動エンジンフルパワー!」

「波動エンジン、出力を100%に上げます」

 

 

芹沢艦長の矢継ぎ早の命令に、北野と島津が答える。

その間に南部は、戦闘配置の警報を鳴らして飛行隊受令室への直通回線を開いた。

 

 

「全艦砲雷撃戦用意。コスモタイガー隊全機、発進準備! 搭乗員は全員機体への搭乗を開始せよ!」

「南部、コスモハウンドの救出が先だ。救命艇は着艦用甲板より発進、地形追随飛行で現場に向かうように指示しろ。それから一個小隊を、救命艇の護衛につける」

「了解!」

 

 

艦長の指示に南部が修正の通信を飛ばす間にも、コスモハウンドは被弾箇所から大量の黒煙を引きずりながら、地上へと緩降下をしている。

錐揉みせずに機体を安定させている事が救いだが、主エンジンに不調をきたしているのか、下部スラスターを懸命に吹かして落下速度を殺しつつも浮上するまでには至らない。

低軌道上を遊弋していた『シナノ』の遥か下方、コスモハウンドは大きな左旋回をしながら伏角20度以上の危険な降下角で不時着を試みようとしていた。

 

北野が右のフットペダルを思いっきり蹴飛ばし、操縦桿を右に傾け、身体ごと操縦桿を力いっぱい前に押し込む。

『シナノ』は艦橋を右に傾けて艦首甲板のスラスターを煌めかせ、自転車が坂道を駆け下るように華麗に滑り降りていく。

後続する第一世代型巡洋艦『すくね』『ブリリアント』と第二世代型巡洋艦『デリー』、第一世代型駆逐艦『ズーク』『パシフィック』と第二世代型駆逐艦『カニール』もそれぞれ命令された回避行動をとっており、自然と陣形は単縦陣から変則的な単横陣へと変化していた。回頭が完了すれば、今度は『シナノ』を最後尾とした単縦陣に戻るだろう。

艦長はさらに指示を飛ばしながら、コスモハウンドの状態を気にかける。

 

 

「1号機のモニタリングは続けているな?」

「現在本艦より265……260度、距離42キロ。高度830メートルまで降下。どうやら、前方の海に不時着を試みるようです」

 

 

芹沢は手元のディスプレイにカメラの映像を呼び出した。なるほど、コスモハウンドの行きつく先には海―――周りに比べて薄暗い平地がある。上手くいけば、その幅広な図体を活かして胴体着陸できるだろう。

艦隊はなおも高度を下げ、180度回頭したところで『カニール』を先頭、『シナノ』を最後尾とする単縦陣に編成しなおされた。

 

 

「葦津、1号機との通信は?」

「……駄目です、応答がありません」

 

 

艦長はしきりに不精髭を撫でながら、自分自身の焦りを押さえつける。

 

 

「引き続き呼びかけてくれ。それと、2号機には帰投命令を。南部、実戦豊富なところを見込んで聞きたい。貴様は、今の攻撃をどう見る? 見たところ、火焔直撃砲ではないようだが」

 

 

ガトランティスの兵器ではないのかと暗に問うてくる艦長。

しかし南部は、一瞬思案した後に思ったことを率直に述べた。

 

 

「あの一瞬ではなんとも言えませんが、我々の波動砲と同タイプの兵器であることは確かです。火焔直撃砲は射出した火焔を目の前にワープさせてぶつける兵器ですから、あのような光の帯が発生することはあり得ません」

「波動砲と同じ……それはつまり、威力が大きい代わりに制限がかかる兵器という事か?」

「証拠はありません。そもそも、今の光線がどういったものかが分からないと、弱点も分かりませんよ」

「その通りだな。藤本、館花。先程の攻撃を解析してくれ」

「了解。自分は分析室に行きます」

 

 

藤本技師長はエレベーターに乗り、第二艦橋の分析室へ向かう。

その入れ替わりに、サンディの侍従猫であるブーケと、もはや彼の足代わりとなってしまっている柏木卓馬が第一艦橋に入ってきた。

到着するなり、ブーケは艦長のモニター群の縁に飛び乗って芹沢に問いかけた。

 

 

「セリザワ、話は聞いた。状況はどうなっている?」

「ブーケ殿……。彼女を危険な目に合わせてしまって、申し訳ない」

 

 

芹沢の謝罪に、黒猫は首を横に振って答えた。

 

 

「謝罪の必要はない。姫様も自分の意志で任務に赴いているのだ、危険は重々承知のはず。それで、敵の攻撃だそうだが、やはりガトランティスか?」

「いや、それはまだ分からん。攻撃後すぐに地平線の下まで退避したから、敵は第二射を撃ってきていない。しかし、ガトランティス帝国はあのような大型の光学兵器を配備しているという話は聞いた事がないが……」

 

 

攻撃の瞬間の映像を再生して、そちらは知らないかとブーケに無言で問いかける。

少々太り気味の黒猫は、ゆっくりとディスプレイの前に降り立った。

そして画面に映るピンク色の閃光を一目見た瞬間、猫の瞳孔が驚愕に細まった。

 

 

「こ、これは、光子砲ではないか!? こんなところにまで配備されているのか!」

「光子砲? 聞いた事のない兵器だが、それは一体どういう兵器だ?」

 

 

ううむ、とブーケは一言頷いて、

 

 

「光子砲は、ガトランティスの無人要塞に搭載されている兵器だ。恒星が発する光子を集めて、そのエネルギーを相手に向けて照射する。光エネルギーを原料とするため燃料を補給する必要がなく、恒星が存在し続ける限り射程に入ったものを片っ端から撃ち落とすという厄介な兵器だ」

「片っ端……? だからコスモハウンドも……!」

「そんな……なんでこんなところにそんな兵器が!?」

 

 

来栖と館花が悲鳴めいた声を上げる。

ブーケが説明を続ける。

 

 

「しかし、もっと厄介なのは要塞が張る光子バリアだ。これは光以外の一切を遮断する。ワシらの軍がいくら砲撃をしてもミサイルを放っても、このバリアの前には無力だった。一度設置されれば誰の支配下にも入らず、射界に入るもの全てに牙をむき、暴力だけが独り歩きする、そんな代物なのだ」

 

 

眉間に皺を刻んで、悔しげに言葉を繋げるブーケ。

その表情から、アレックス星がいかにこの兵器に苦しめられてきたか、いかに甚大な被害を被ったかが窺えた。

 

 

「対策は!? アレックス星は、どうやってこいつを倒したんだ!?」

 

 

坂巻もいつもの余裕を無くして語気を荒げて叫ぶ。

しかし、ガトランティスとの戦いを長年見つめ続けてきた老猫は、ゆっくりと頭を振った。

 

 

「ワシらはついに、こいつを攻略することはできなかった。数少ない成功例は、無人要塞同士で相討ちさせた場合のみ……。同盟国だったダイサング帝国とプットゥール連邦は、この兵器で本星を破壊されているのだ。もしかしたら、アレックス星も今頃……」

 

 

今度こそ静まり返る、第一艦橋。

 

相手はアレックス星が20年に渡って苦しめられてきた、攻防ともに完全無欠という無人要塞。

しかし、それでも『シナノ』はこの困難な相手に戦いを挑まなければならないだろう。

ゼータ星を探査するためにも、うお座109番星系への航路啓開のためにも、天の川銀河からガトランティスを完全に排除するためにも、この光子砲要塞は絶対に破壊しなくてはいけない。

なによりも、コスモハウンドの乗員を救出するためには、救命艇を襲う脅威を完全に排除しなければならないのだ。

 

南部は思う。

絶体絶命のピンチなんて、何度も経験してきた。死に掛けたことだって何度もある。今更難攻不落の要塞なんて言われても、俺の気持ちは戦うことで既に決まっている。

ただ、「仲間の仇を討つ」という動機だけは、もう二度と御免だ。

 

 

「篠田……無事でいてくれよ」

 

 

今は、コスモハウンドからの応答を信じて待つことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

同日21時54分 天の川銀河外縁部 旧テレザート星宙域 ラルバン星司令執務室

 

 

「無人惑星1988号から通信が入ったというのは本当か!?」

 

 

マントをひっつかみ、執務室を飛び出して指令室へと向かうガーリバーグ。

耳元に無線機をつけ、指令室と情報をやりとりしながら早足で地階へ続く階段を下りた。

 

 

「つい3分程前に、突然入ってきました。確かに、うお座109番星系にある1988号です」

 

 

間違いないと断言する通信員。

だが、ガーリバーグはまだ信じられない。

何故なら、その報告はあり得ないはずなのだ。

 

 

「1988号は建造途中で放棄されたんじゃなかったのか?」

 

 

無人惑星1988号は、ポルックス星系に配備するべくサーベラー総参謀長が建造を指揮していたものだ。

しかし白色彗星の陥落の際に彼女が戦死したことによって、なし崩し的に建造が中止されたと聞いている。

建造に携わっていた工員は地球侵攻艦隊が撤退する際に回収され、今ではラルバン星所属の工員として働いてくれているのだから、間違いない。

今会話をしている通信員も、そこで通信班員として働いていたから採用しているのだ。

 

 

「確かに1988号は未完成です。しかし私が当時聞いていた話だと、砲台としての最低限の機能は既に完成していました。太陽電池は試験運用が始まっていましたし、残るは惑星間航行プログラムと針路変更用ロケットエンジンの設置だったそうです」

「とすると、撤退するときに誰かが稼働させていったというのか……通信の内容は何だ?」

「は……14時50分所属不明の小型飛行物体を発見、光子砲のチャージを開始。同55分光子砲発射、これを撃破。同時刻、所属不明の大型物体群を発見、56分ロスト。以上です」

「艦隊……? 詳細は分からんのか?」

 

 

通信員は無理です、と答えた。

 

 

「無人要塞は、『味方かそれ以外か』しか判断しません。敵味方識別装置に反応しないものは全て撃ち落とす設定になっていますので、そこまでの精度を求められていないのです」

 

 

どうせ撃ち落とすのなら、どんな敵だったのかは問わないということか。

戦闘機械としてはそれでいいのかもしれないが、これでは情報が少なすぎて困る。

 

 

「アレックス星攻略部隊に報告電を送れ。『うお座109星系にて地球艦隊と思しき艦隊を発見の報アリ。』とな」

 

 

とはいえ、これが地球から来た艦隊である事は容易に想像つく。

あそこから地球までは2000光年程度。ウラリア帝国の本星までいける技術力を持つ星ならば、2000光年なんて至近距離だ。

暗黒星団帝国軍という可能性も無きにしも非ずだが、それならそれでダーダーに殲滅しておいてもらえば、それだけラルバン星は安泰となる。

ならば、ダーダー義兄に連絡してぶつけるに限る。

―――ああ、そうだ。

 

 

「無人要塞の件は言わなくていい。俺が作りかけのものを回収せずに放置しているなんて知られたら、またグチグチ嫌味を言ってきかねないからな。偵察衛星が発見したことにしておけ」

「了解しました」

 

 

ダーダーがどれだけの兵力を分遣するかは分からないが、万一帰ってきたときのために戦力は少しでも削っておくに越したことはない。

 

 

「……やれることはやっておかないとな」

「司令、何か仰られましたか?」

 

 

おっと、まだインカムが生きていたか。

 

 

「なんでもない。あと1分で指令室に到着する。引き続き情報収集に全力を注げ」

 

 

マントを肩に装着しながら、指令室へ続く廊下を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

2208年3月2日 15時17分 天の川銀河外縁部うお座109番星系ゼータ星地表 コスモハウンド1号機機外

 

 

俺が彼女を一人の女性として意識しだした時というのは、はっきりと覚えている。

 

 

しかし、もしかしたら俺は彼女に初めて会った時から既に惚れていたのかもしれない。

 

 

病室で初めて会ったときのインパクトは忘れられない。

 

 

最初は俺とは性格が真逆のように思えて、仲よくするなんて思いもつかなかった。

 

 

それがいつの間にやら妹同然になっていて。

 

 

彼女が実は明るい性格だと知って、よく遊ぶようになって。

 

 

彼女のことが、どんどん気になっていったんだ。

 

 

 

 

彼女の長い髪が好きだった。

 

 

無邪気な笑顔が好きだった。

 

 

腕を組まれたりしたら、胸のドキドキを悟られないように冷静を装うのが大変だった。

 

 

それでも、スレンダーな肢体に目を奪われてしまうことも、一度や二度ではなかった。

 

 

 

 

彼女を失いたくない。

 

 

俺にとって彼女は妹同然で、しかし妹よりもずっと特別な存在だ。

 

 

もし生きて『シナノ』に帰ることができたら、

 

 

今度こそお前に、ちゃんと告白するから。

 

 

俺のほうから、お前に「好きだ」と、面と向かってはっきり言うから。

 

 

だから、だから―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お願いだから、目を覚ましてくれよ。




次回も三人の不幸に付き合っていただきます。
ご意見ご感想誤字報告評価推薦等々、お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話

今回は場面転換が多いですので、ご注意ください。


2208年3月2日 15時07分 『シナノ』発艦用甲板

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト』より《ブラックタイガー》】

 

 

隊員待機室で待機態勢15の最中だった籠手田亮志は、緊急発進の命令が下る前に愛機の元へと駆け出していた。

宇宙戦士訓練学校の航空科を首席で卒業した籠手田にとって、今回の出撃は初任務である同時に隊長としての初舞台でもある。

地球連邦軍の惨憺たる敗北の歴史を資料と映像でしか知らない、またヤマトに随伴するコスモタイガーの活躍を知っている彼にとって戦闘とはいかに敵を多く狩るかを競うものであり、出撃は一日千秋の思いで待ち望んでいたものだった。

 

 

「無線周波数セット、航法誘導パンチ、イン。航空灯スイッチ、オン」

 

 

格納庫からフライトデッキを見ると、α大隊の発艦が終わろうとしている。

コスモタイガー隊に与えられた任務は、α大隊第6中隊の2機が救命艇の護衛、その他が敵要塞の探索及び攻撃。

β大隊第3中隊の籠手田は無論、敵の撃破が主任務となる。

外では黒地に黄色い碇のマークをつけた整備兵達が機の周りに群がり、せわしなく動き回る。

その中の一人がコクピットの左翼前に歩み寄り、赤い房のついたワイヤーを両手で掲げた。両翼下と機体下部のパイロンに搭載されている多目的ミサイルの安全装置だ。

指差し点呼をし、5本全部あることを確認する。

今回の戦場は近場だから、増槽ポッドの代わりにミサイルをフル装備することになったのだが、それでこそ思いっきり戦えるというものだと内心満足していた。

 

 

「エンジン・スタート」

 

 

推力の高まりが機全体を震わせ、冷たい機械が熱い獣に替わっていくのを感じる。

それに合わせて、気持ちもどんどん高ぶっていくのを自覚していた。

燃料ホース、電源ケーブルを抱えた整備兵が急ぎ足で離れていく。

管制塔側からの指示で機体を格納庫から出し、カタパルト・デッキへと進める。

 

 

『β―3―1、籠手田機、1番カタパルトへ進入せよ。β―3―2白根機、2番カタパルトへ進入せよ。β―3―3およびβ―3―4はそれぞれ後方にて待機』

 

 

航空指揮所の指示に従い、右側―――艦尾方向に向かって発進するから、艦でいうと左舷側になる―――のカタパルトへと機を進める。

隣の2番カタパルトには、エレメントの僚機である白根大輔が乗り込んでいる。

訓練学校時代からの、彼のバディだ。

 

籠手田が幼少の頃から英雄譚として聞いていた、宇宙戦艦ヤマトのコスモタイガー隊。

宇宙戦士訓練学校で航空科を希望したのも、加藤兄弟に憬れたという面が大きい。

コスモタイガーパイロットになって、迫り来る敵をこの手で倒す。

戦艦のクル―になって働き蜂の様になるよりも、よほどやりがいのある職だと思った。

しかし2203年を境に、年中行事のように続けざまにやってきた星間国家の侵攻はパタリと止んでしまっている。

正直なところ、実戦を経験することなく軍役を終えてしまうのではないかと危惧していた。

 

ところが、実際はどうだろうか。

卒業して1年足らず、『シナノ』に配属されてわずか3日で初陣を、しかもコスモタイガーβ飛行大隊第3飛行中隊の隊長として飾る事が出来る。

 

 

『第3飛行中隊全機、発艦されたし。貴隊の幸運を祈る』

 

 

一番カタパルトの所定の位置に着くなり、機械仕掛けでカタパルト・シャトルに前脚の射出バーがロックされる。ジェット・ブラスト・デフレクターが立ち上がり、聞こえてくるノズルからの排気音がより一層大きくなった。

 

隣の白根機を見ると、デフレクターのすぐ後ろに4番機に乗っている渡邊の姿がコクピット越しにちらりと見えた。

ラダー、エレベーターを動かして機動を確認。無線に従って、スロットルレバーをマックスレベルまでぐいと押し上げた。

気持ちは十分。機体の稼働も十二分。

艦尾シャッターが開いて、宇宙を飛び駆けるための翼を得た猛虎のために、無限に広がる活躍の場が提供される。

 

 

「籠手田機、発進!」

 

 

勢いよく宣言して、その覇気そのままにコスモタイガーⅡは宇宙へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

同刻 準惑星ゼータ星地表 コスモハウンド1号機機内

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト 完結編』より《島大介のテーマ》】

 

 

気が付いたら、恭介は床に倒れ伏していた。

 

視線は床と同じ高さ。

冷たい床の無機質な感触が、宇宙服越しにうっすらと感じられる。

焦点が合わず、ぼんやりとした輪郭しか分からない。

うつ伏せになっているせいか、妙に息苦しい。

 

そこまで思い至って、ようやく胸を覆う鈍痛に気がついた。

痛むのは胸全般、左腕の外側、そして背中の左肩甲骨のあたり。特に胸と背中が痛い。

 

 

「ううう……ァアッ!」

 

 

這いずり回る痛みに耐えかねて無理やり体を横にし、右手を下にする。こちらは負傷していないのか、痛みは全くない。

身体を動かしただけで息が切れ、吐息がヘルメットの中で反響する。

バイザー越しの景色が、ときおり薄暗い煙に満たされる。

どうやら、どこかで出火しているらしい。

ようやく、恭介は自身の身に何が起きているのかを思い出した。

 

 

 

 

 

 

苛立たしげに揺れる船内。

モニターはブラックアウトし、照明は非常用に切り替わって視界一面が血の色に染まっている。

神経を逆なでする警報音がこれでもかとけたたましく鳴り響き、恐怖と焦燥感を煽りたてていた。

 

 

『被弾した! 不時着する! ヘルメットとシートベルトを締めろ!』

 

 

必要最小限の、しかし状況をこれ以上ないほど簡潔にまとめた内容の無線がスピーカーから飛び込んでくる。

 

 

「なに? 一体何が起こってるの恭介!?」

「喋るな、舌を噛む! とにかくヘルメットとシートベルトだ!!」

 

 

脇に抱えていた赤地に黒いセンターラインのヘルメットを被りながら、恭介はもたついているあかねとそらを促した。

周りを見渡せば、誰もが我先にと膝に置いていたヘルメットをかぶり首元の固定具を締めている。

皆、宇宙戦士訓練学校で染み付いた習慣に従って、脊髄反射で宇宙服の装着をしているのだ。

そらも使い方を教わったばかりのヘルメットに苦戦してはいるが、初動自体は恭介よりも早いくらいだった。一年に及ぶ逃避行は伊達じゃないということだろう。

そんな中あかねだけが事態を飲み込めず、激しく揺れ動く機体に翻弄されて肘掛けにしがみついている。

軍事訓練を受けた者と民間人の差が、如実に表れていた。

 

 

「あかね、早くヘルメットを! 急いで!!」

 

 

バイザーを下ろしたそらが振り返って、座席越しにあかねに叫ぶ。

 

 

「へ? う、うん!」

 

 

ようやく事態を飲み込めたあかねが意を決して上体を上げた時、

 

 

「きゃっ!?」

 

 

再び機体を襲う衝撃。

被弾箇所で何か爆発が起こったのかもしれない。

機体が左右に大きく揺れ、

 

 

「恭介、ヘルメットが!」

「何やってんだよバカ!!」

 

 

あかねの膝の上に乗っていたヘルメットが跳ねて、通路に転がり落ちる。

恭介は一度つけたシートベルトを急いで外して、前の席の背もたれを掴んで立ちあがった。

直後、足元から今まで感じたことも無いような強烈な衝撃がやってきた。

 

コスモハウンドの高度が急激に下がり、反動で機内の物が宙空に跳ね上がる。

さっきまで使っていた電子パッドや、ホルスターで固定していなかったであろう誰かのコスモガンまでもが天上に張り付けになる。

ベルトをしていない恭介、そら、あかねの3人も例外ではなく、恭介は天井に背中を強かに打ち据えられる。右手で掴んでいた背もたれのおかげで頭よりも先に体が浮き上がり、後頭部の痛打だけは免れたのだ。

 

とはいえ背中を思いっきりぶつけたのだ、痛いものは痛い。

 

潮流に踊る海草のごとく規則正しく頭を揺らす乗員を視界の端に捉えつつ、体は否応なしに機尾の方向へ流れていった。

あかねとそらの姿は見えなかった。

 

そして訪れる、今度は先程と逆向きのベクトル。

機体の落下速度が急激に緩くなり、恭介の落下速度よりも遅くなったのだ。

落ちた場所は、運の悪い事に最後尾の席の背もたれの真上。

更に不運なことに、背もたれについているプラスチック製の取っ手が、左胸を直撃する。

 

 

「ガッ!? ウッ……」

 

 

衝撃が肋骨を通して心臓を圧迫し、息が詰まる。

床に叩きつけられた恭介は、倒れ込んだまま意識を失った……。

 

 

 

 

 

 

改めて、自身の現状を確認する。

背中と胸の激痛は、間違いなく天井と手すりにぶつけたときのもの。特に、左胸をぶつけたのはまずかった。

宇宙服を着ていたから痛いだけで済んでいるが、もしも薄い服だったら骨に罅……いや、骨折していたかもしれない。

いずれにせよ、少しは痛みが引いてくれないと動けそうもない。

 

周りの景色をもう一度見てみる。

自分が倒れているのは、機体の真ん中よりやや後ろあたり、恐らくは客室の最後尾あたりの通路。

非常灯の赤ではなく、かといって蛍光灯が点いている訳でもない。

真上ではなく真横……機首の方向から白くて強い光が差しているようだ。

時々眼前を通り過ぎる黒煙は、機尾側から機首の方へと流れている。

音は……座席でぐったりしているクル―達のうめき声と、ヒュウヒュウと悲しげに鳴く殯声のみ。どこからか風が吹いてるのか。

 

 

「エア漏れ!?」

 

 

密閉空間であるはずの宇宙船で風が吹くとしたら、エアコンのささやかな風しかあり得ない。

もしもそれ以外に空気が動くならば、それは機内の空気が外に漏れているということだ。

痛みに丸めていた身体を伸ばして背中を反らし、機首を見る。

エア漏れどころの話ではなかった。

 

 

「機体が、折れてる……!」

 

 

視線の先にモニターがあったはずの壁がなく、ぽっかりと空いた大穴の向こうに準惑星特有の無機質な灰色の大地が広がっている。

機内に差しこんでいた光は、うお座109番星の光が地面を乱反射したものだったのだ。

 

 

「機首は……あそこか」

 

 

肘掛けを支えにして何とか体を起こした。

断裂した機体の前半分が、遠くに小さく見える。

砂地が航跡のように大きくえぐれていることから、着地と同時に断裂して前半分だけがあそこまで飛ばされたのだろう。

かなり遠くにあるのでよく見えないが、原型を留めない程に破壊されているうえ、真っ赤な炎に包まれている。

辛うじて下方視界窓の骨組みらしき部分が見えるということは、すくなくともあの残骸は水平方向に180度ドリフト回転しているという事だ。

どうみても、生存者がいるとは思えない。

 

 

「篠田……?」

「冨士野さん、無事ですか!?」

 

 

冨士野女史が目覚めたらしく、シートベルトを外して立ち上がっていた。

首を痛めているのか、しきりにうなじのあたりをさすっている。

 

 

「ええ……大分揺さぶられたから軽いムチ打ちみたいになってるけど。貴方は?」

「天上から床に叩き付けられました。」

「そっちの方がよほど重傷じゃない……それより、何が起こっているの?」

「分かりません。俺も起きたばかりで、この機が墜落しているってことしか」

 

 

冨士野は背もたれを支えに通路に出てくると、ぽっかりと空いた大穴と僅かに逃げていく煙を見て、得心がいったといわんばかりに溜息をついた。

 

 

「そうだったわ。地平線の向こうが赤く光って、被弾したって機長が叫んで……きっとあれ、敵のビーム兵器の発射光だったのね」

「敵って……誰です?」

 

 

目的地であるテレザート星宙域にはまだ18000光年ほどある。

いくら星間国家にとっては1万年単位でも至近距離であるとはいえ、この辺りに敵の存在は観測されていないはず。

もしもどこかの星間国家がこの宙域に拠点を置いて活動しているとしたら、地球から観測されているはずだし、知らされていなければおかしいのだが。

 

 

「分からない。白色彗星帝国かもしれないし暗黒星団帝国かもしれない。ボラ―連邦って可能性も否定できない。そもそも、私達が知ってる勢力じゃないってこともあり得るわ。この宙域は地球の支配下にないから、どこにどの勢力がいてもおかしくなくないのよ」

 

 

分かるのは敵という事だけよ、と言いながら冨士野は隣の席のクル―の肩を揺り動かす。

 

 

「ほら、貴方もぼうっとしてないで皆を起こすの手伝いなさい」

 

 

確かにいつまでも所在なく佇んでいる訳にもいかず、手近にいる奴から起こしていく。

ムチ打ち症になっているかもしれないから、首を揺らさないように慎重に肩を叩くことしかできない。

しかしある戦闘班の男を起こそうとすると、そっと刺激を与えたにもかかわらずヘルメットを被った頭が力なく項垂れた。

バイザーを覗き込んで顔を確認するが、目は開いたまま。

 

 

「……駄目だ、死んでる」

 

 

宇宙服越しに触る肌が、まだ温かい。

恐怖の瞬間のまま時が止まってしまったような、異質感が張りついた顔が、そこにはあった。

首が据わっていないことから考えるに、身体を丸めて頭を両手で抱え込んで固定する対ショック態勢を取れず、首を揺さぶられ過ぎて骨折したのだろう。

もしくは、飛んできた何かに首をひねり潰されたか。

いっそのこと自分のようにシートベルトをしていなければ、あるいは助かったのかもしれない。

何が幸いして何が不運の元になるか、全く以て分からないものだ。

 

冨士野と恭介、そして比較的軽傷だった仲間が、他のクル―の生存確認に動く。

そこで、ようやく恭介は違和感に気付いた。

 

 

「あれ、そらとあかねは?」

 

 

隣の席にいたはずのそらとあかねの姿が無く、空席になっていた。

周りを見渡すも、それらしき姿はみかけない。

冨士野が顔面を蒼白にしながら叫ぶ。

 

 

「! そういえばあの二人、貴方と同じでシートベルトしてなかったじゃない!」

 

 

思い出した。

もたついているあかねを手伝いために、俺とそらは一度つけたシートベルトを外したんだった!

 

 

「そんな、外に吹き飛ばされたってことですか!?」

「それしかないでしょう?客室の中にいないんだから!」

 

 

機体が真っ二つに折れてしまった以上、密閉されていた空気がいつまでも機内に留まっていられる道理はない。

きっと猛烈な勢いの風が吹き荒れて、固定されていないものはあらかたゼータ星の大地に吹き飛ばされていったに違いない。

あかねとそらも、その暴風に巻き込まれてしまったということだろうか。

 

 

「くそっ!」

 

 

そう思ったときには、恭介は痛みなど忘れて駈け出していた。

 

 

「篠田、待ちなさい! まだ外の様子も分からないのよ? 敵が近くにいるかもしれないでしょ!?」

「そんなこと知ったことか!」

 

 

もしも敵が近くにいるのだとしたら、それこそ2人の危機じゃないか!

焦りを抱いたまま、大穴から外の砂地へと飛び出す。

コスモハウンドが墜落してから既に10分以上経っている。

もしも怪我をしているならすぐに手当てをしなければならないし、敵が迫っているならば味方が来るまで持ちこたえなければいけない。

 

 

「あかね! そら! どこにいるんだ! あかね! そら! 聞こえないのか、返事をしろ!」

 

 

降り立ったところで一度周囲をゆっくり見渡すが、人が倒れている姿は確認できない。

無線に呼び掛けても反応がない。

109番恒星の光は地平線に近づきつつあり、自分の影が右に長く伸びている。

見渡す限りの白い砂が敷き詰められている、まるで砂漠の様な場所だ。

人が隠れられるような大きな地形のうねりはなく、1キロ先でも人が立っているのが分かりそうなほどに平地が続いている。

 

黒煙を上げて炎上する機首の方を見やる。

特徴的なコクピットと、その直後から伸びているデルタ翼が断裂面でばっさりと途切れている。

機首スラスターが引火して燃え続けているのだろう。

機首側があれだけ激しく燃えているのに、燃料やいろんな機具が搭載されている機体後部が無事でいられる道理はない。

既に煙は出始めており、いつ大爆発を起こしてもおかしくない。

 

 

「まさか、機体が折れた時に、向こう側に取り残されてしまったとか……?」

 

 

嫌な想像が頭をよぎった。

 

 

 

 

 

 

同日15時12分   コスモハウンド一号機より後方約2000メートル

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《無限に広がる大宇宙(コーラスのみ)》】

 

 

私は今、ゼータ星の砂漠に独り寝転がっている。

さっきから身体の至るところが痛いものの、重傷は負っていない。

墜落した探査船から、爆発の拍子に放り出されてしまったのだ、これぐらいで済んでいるのが奇跡的なほどだ。

重力が小さい星の、しかも柔らかい砂地に落ちたからなのだろう。

 

しかし、どうやら宇宙船から大分離れてしまったようだ。

助けが来るような気配も無く、私も助けを求めて歩けるような状態ではない。

酸素が無くなるのが先か、救助に来てくれるのが先か。

恐らくは、前者だろう。

 

 

命の危機に遭うのは、これで何度目だろうか?

茫漠とした意識の中で、自分に問うた。

 

最初に身の危険を感じたのは3歳の頃、たまたま城下町に遊びに行った時に大規模な反戦デモが起きてしまい、暴動に巻き込まれた時だったか。

厭戦派が送ってきた刺客に暗殺されかけたこともあった。

宇宙に出てからはガトランティス艦隊と戦ったり逃げ回ったり、あまりに長く続く緊張の毎日に感覚がマヒしてしまうほどだった。

 

一番最近は、天の川銀河でついに乗艦沈没の憂き目を見たとき。

支えてくれた部下たちも皆善戦むなしく戦死し、王家の私だけが生き残った。

王家の者なのに、王家の者だから生き残ってしまった。

 

そして今も、こうして何もない星にひとりぼっち。

私の人生は、命の危機だらけだ。

我らが祖先神は、スターシア様はそんなに私のことが嫌いなのだろうか?

 

 

 

 

 

……流石に、もう疲れたよ。

 

 

 

 

 

もう、このまま寝てしまっても、いいよね?

 

 

 

 

 

ゆっくり休みたいんだ。

 

 

 

 

 

たとえこの先アレックス星に帰還することができたとしても、一人のこのこ帰ってきた私が民に会わせる顔がない。

援軍を呼べずに戻っても、父上にも兄上にも申し訳が立たない。

私に還るところなんて、ない。

 

だからいっそ、このまま、もう……。

 

 

 

そう考えたら、急に気持ちが楽になってきた。

滲んだ視界に見えるのは、ただただ真っ黒な世界。

全身の力を抜いて、首を横たえる。

地平線の先の小さな太陽が、私達を照らしてくれている。

闇の色は、私にとって嫌な思い出しかない。

最後くらいは、心地よい気持ちのまま逝きたかった。

 

 

ぼやけた焦点が点を結び、私の隣に何かがいることにようやく気付く。

後ろの座席にいたはずのあかねだった。

そうか、あかねもシートベルトをしてなかったから、一緒にコスモハウンドの外に放り出されちゃったんだね。

私のすぐ右隣にうつ伏せに倒れている彼女は、宇宙船の外だというのにヘルメットは装着していない。

彼女のトレードマークである長い黒髪が扇のように広がり、顔を隠している。

ヘルメットをつけようとして落としちゃったところで、あの衝撃がきたんだっけ。

離れ離れにならなかったのが、せめてものも救いかな……?

 

 

簗瀬あかね。私の処遇や体調管理など一切を受け持ってくれた簗瀬博士の娘で、戸籍上の義姉。

姉といっても精神的にも肉体的にも同い年の様なもので、すぐに昔からの友人だったかのように仲良くなることができた。

お日様の下にいるのが似合う、「朗らか」とか「快活」という言葉が一番しっくりくる性格。

それでいて恭介に対しては一歩踏み出せない、内気な女の子らしい一面も持つ困った娘。

私はこの娘に、そしてこの娘がいる世界に憧れていた。

 

砲火の聞こえない世界。

青い海と、緑成す大地に埋め尽くされた、明日への希望に満ち溢れた世界。

聞けば地球も敵対勢力による放射性物質の汚染を受けたが、イスカンダル星にいたスターシア様の御子孫が手を差し伸べてくれたおかげで、元の姿を取り戻せたという。

その後も幾度となく攻められて―――なんと、ガトランティス帝国の侵略も受けたらしい―――本星占領の憂き目にあっても、心優しい人々の助けを受けて復興を果たした、奇跡の星。

 

地球人は、私みたいな災厄の元になりかねない存在も、快く受け入れてくれた。

この星は、確かに多少の危険はあるだろうけれど、それでも攻め滅ぼされようとしている星よりはよっぽど平和だ。

アレックス星と環境が似ていて、私がなんの防備をしていなくても普通に暮らしていける、理想郷の様な場所だった。

 

だから私は博士の提案を受け入れて、地球人として平民の生活を送る事を選んだ。

それが祖国で苦しんでいる民の姿に目を瞑っているだけと分かっていても、いつかは終わってしまう泡沫の夢であると理解していても、一夜限りの甘い夢に浸りたいという誘惑に逆らえなかった。

 

 

でも、それももうおしまい。もともとこの身に余るほどの幸福だ、手放すこと自体に何の迷いも無い。

地球で過ごした四ヶ月間は、幼い頃に戻ったみたいで本当に楽しかったな……。

 

つかの間の思い出を愛しむように、ろくに動かない右手であかねの左手を握る。

短い人生の中で一番充実していたあの日々は、目の前にいるあかねと、まぁ認めたくないけど、恭介がくれたもの。

あかねと一緒と思えば、苦しまずに安らかに逝けるかもしれない。

 

あかね、私ももうすぐそっちに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僅かな異状に気付く。

握った手に、振動を感じる。

 

脈動だ。

 

彼女の心臓は、まだ微弱ながら動きを続けている!

 

 

「あかね!? 貴方まだ生きてるの!?」

 

 

ありえない。

意識を失っていた時間がどれだけだか分からないが、宇宙服を装備していない人間が死ぬには十分な時間はとっくに過ぎているはず。

何の特殊能力も持っていない軟弱な地球人が、ごく普通の女の子が宇宙空間でこんなにも永い間生きていられるはずがない。

 

 

「違うわね……貴方、やっぱりそうだったのね」

 

 

真空空間で、普通の地球人が生きられるはずがない。

ならば――――――そういうことなんだろう。

 

 

「まだ生きている貴方を、私の道連れにする訳には、いかないわね……」

 

 

痛む体をおして、身体を起こす。

死を受け入れるのは私の勝手。

でも、私の我儘にまだ生きているあかねを巻き込むのは、エゴだ。

 

私と違って、あかねにはまだ生きる理由がある。

私と違って、あかねには明日への希望がある。幸せが待っている。

 

いいえ、私自身があかねに生きていてほしいと思っている。

こんな健気でいい娘が、目の前にあるはずの幸せを掴めずに死んでしまうなんて、許せない。

私が得られそうにない幸せを彼女は手に入れようとしていた。

幸せを手に入れる瞬間をこの目で見届けるのが、私の密かな楽しみだったのだ。

 

私は、あかねに自分を、自分の夢を重ねていた。

戦乱の無い世界で、王家のしきたりもしがらみも無い世界で、ただただ愛する人と幸せに過ごす日々。

そんなささいな夢をいままさに体現しようとしていて、それでいていつまでも踏み切れないのが、あかねと恭介だった。

 

彼女が恭介といて幸せそうにしているのが嬉しくて、その幸せをほんの少しだけ分けてもらいたくて、義妹の立場を利用して二人につきまとった。

恭介とあかねの仲が決定的になるのを応援したくて、それでいていつまでもこのままでいて欲しくもあって、私が入り込む事で二人の距離をコントロールしようとさえしていた。

 

そんな愚かな行為をした罰が当たったのだろうか?

だとしたら、私は償わなければならない。

これは、私がこの命を以てしても購わなければならない、罪科なのだ。

 

 

「どうせ死ぬなら、貴方のために使ってあげた方が、よっぽど有効利用よね。―――――――――感謝しなさいよ、恭介。あんたの為に、この私が一肌脱いであげるんだから」

 

 

無理に体を動かして、息も絶え絶えだ。

息苦しさに顎を上げる。

真っ白い太陽に、砂粒の様な黒い影がいくつか見える。

敵の宇宙船だろうか。

もしかしたら、救援かもしれない。

どちらにせよ、あれを待っていたら彼女は助からないだろう。

 

あかねに向き直る。

彼女の顔を見て、自然と笑みがこぼれる。

知らず、涙が頬を伝っていくのが分かった。

もう一度あかねの手をぎゅっと握りしめて、息を大きく吸って、

 

 

「それじゃあ。またね、あかね」

 

 

ヘルメットを脱いだ。




Arcadiaに投稿した時は、推奨BGMはTOP GUNでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話

オリジナルキャラの名前には、ある程度の法則があります。
たとえば物語序盤に登場する宇宙技研の人物の名字は、戊申戦役における白虎隊や二本松少年隊の義士から。
サンディとブーケの名も、イスカンダルとは無関係ではないのです。
もちろん、友人の名字を拝借した例もありますが。


 

喧騒に包まれた室内。

駆け回る医師と運ばれる怪我人が行き交う音を聞き流しながら、ひとり放置された空しさを持て余している。

 

 

「…………はぁ」

 

 

何度目かの溜息が洩れる。

恭介は今、病室のベッドから無機質なクリーム色の天井を呆然と見つめていた。

以前にそらとあかねがお世話になっていた医務室に、今度は自分もお世話になっている。自分で作った船の病室なのだからある意味では馴染み深い場所なのだが、まさか当事者になるとは思ってもみなかった。

 

既に宇宙服は脱いで、着ているのはゆるやかな病院服。

胸には幾重にも巻かれた包帯と医療用のコルセット。

処置してくれた柏木が言うには、左の肋骨に罅が入っているらしい。

宇宙服越しとはいえ左胸を強かに打ちつけたんだ、折れて心臓に刺さらなかっただけ幸運ということか。

 

本当は、痛みを我慢すれば歩けないこともない。

あかねとそらの見舞いに行こうと思えば行けるのだ。

いや、兄としては手術室の前で二人の無事を祈りながら待っているべきだ。

だが、今あかねとそらの元に行くのは躊躇われる。

彼女たちを目の当たりにして、自分がどんな思いを抱くのかが分からなくて、怖いのだ。

 

恭介と冨士野が砂地に倒れているあかねとそらを発見したのと、コスモタイガーに護衛された救命艇が上空に到着したのはほぼ同時。

生存者はすぐさま収容され、『シナノ』へと命からがら帰還した。

比較的軽症だった恭介は処置室で簡単な手当てを受け、ほぼ無傷な冨士野達は技術班の仕事に戻っている。

あかねとそらは医療ポッドに入れられたまま手術室へ入っていった。

チアノーゼを起こして紫色に染まった唇に、酸素マスクを当てられた姿。

見ていて痛々しい二人の姿だったが、後から考えてみればおかしいことだらけだ。

 

 

「なんで生きてるんだ……」

 

 

宇宙戦士訓練学校で学んだ者ならば誰でも、人間が生身で真空空間に投げ出されたらどうなるかということは知っている。

致死量の放射線を浴びて、急性放射線障害を発症する。

呼吸が出来ないためすぐに酸欠状態になり、失神する。

体内と外との気圧差によって鼓膜が破れ、肺の空気が押し出される。

腹圧により直腸や食道が反転し、水揚げされた深海魚のように臓物が口から飛び出す。

低圧環境下では液体の沸点が下がるため血液や組織液が沸騰し、全身の皮膚を破って体液の蒸気が噴き出す。

その際、気化熱により体温は下がり続けやがて凝固点を過ぎ、今度は体内の水分が凍結してしまう。

最後は凍結した水分が徐々に昇華してミイラ化してしまうのだ

 

二人の場合、真空暴露から30分以内に救助されたから身体の損壊はないだろう。

だが空気の無い場所に30分―――いや、そらが自分のヘルメットをあかねに装着させていたようだから、単純に考えて半分の15分か―――、放置されていて生きていられる道理が無い。

人間が呼吸を我慢できる最長記録は約15分だが、それだって代謝を落として酸素の消費を抑えるなどの入念な準備をした上での記録だから、一般的な軍人としての訓練すら受けていないあかねが生きていられる可能性は、どんなに前提条件をご都合主義的に考えてもゼロ以外にあり得ないのだ。

 

アレックス星人のそらは、もしかしたら我々も知らないような超能力で生き延びられるのかもしれない。

だが、あかねは……。

 

二人を発見したとき、そらはあかねの手を握って倒れていた。

何か超能力を使っているのか、あるいは使った影響なのか、そらの髪は金色に発光していた。

そこまではまだいい。眼が光るぐらいなのだから、髪だって光ることもあるだろう。

問題はあかねだ。

義妹のあかねは、まぎれもなく地球人だ。

実は由紀子さんが過去に宇宙人に攫われて、腹にあかねを身籠って帰って来たなんて話は聞いたことも無いし、ガミラス戦役勃発前に生まれているあかねが宇宙人との相の子なわけがない。

簗瀬家が宇宙人の末裔だなんて話も、聞いた事が無い。

ならば、何故。

 

 

「髪が光ってたんだ……?」

 

 

考えても考えても、答えは出ない。

思わず漏れた呟きに答えてくれる人は、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

同日同刻 準惑星ゼータ星地表 コスモタイガーβ大隊第3中隊一番機

 

 

『α1―1より攻撃隊全機へ! 0時方向地平線上に敵要塞発見、距離60キロ!』

 

 

既に夜の領域に入ったゼータ星の地表を、赤と緑の航空識別灯の群れが尾を引いて航過していく。

46機のコスモタイガーⅡは、ゼータ星の地表30メートルの低空飛行で一路敵無人要塞へと飛んでいる。

中隊4機ごとにひとつの編隊を組み、それが6編隊でひとつの大隊を組む。α大隊、β大隊、そしてコスモタイガー雷撃機隊の三大隊、総勢70機は3つの挺団に分かれて進撃していった。

 

 

『β1―1より大隊全機へ。全機散開、高度を維持したまま攻撃態勢にうつれ!』

 

 

β大隊長神田秋平の合図で、編隊を左側に解いて2機小隊ずつに分かれて散開する。籠手田も周囲にタイミングを合わせて、機体を傾けて滑るように機体を左へ流す。

α大隊は逆に右へ、雷撃機隊であるγ大隊は隊長を中心に左右に散開して、大きな扇形を形成する。

 

 

『γ1―1より雷撃隊全機へ。宇宙魚雷発射用意』

 

 

コスモタイガーⅡの多目的ミサイルよりも遥かに射程の長い宇宙魚雷は、既に射程に入っている。本来ならばあとは高度を上げて、レーダーで標的を補足してロックオンするだけだ。

だが、今回は一斉攻撃のために、あえてコスモタイガー隊が攻撃射程に入るまで随行してくれている。

傑作機であるコスモタイガーⅡの改修機とはいえ、雷撃用に改造された機体はコスモタイガーよりも鈍重だ。

もしもいま敵戦闘機隊が襲ってきたら、重い空間魚雷を満載した雷撃機隊は満足な回避行動もとれずに撃破され、壊滅してしまうだろう。

それでも雷撃機隊がこうしてリスクを冒してくれているのは、戦術上の要請もあるが、彼らが我ら護衛隊を信頼してくれているからに他ならない。

籠手田はインカムのスイッチを入れ、部下へ再度の命令をする。

 

 

「β3―1より中隊各機。対空警戒を厳となせ。付き合ってくれているγ大隊の期待を裏切るなよ」

『白根機、了解』

『渡邊機、りょーかぁーい!』

『安場機了解、任せてください!』

 

 

揮下の3人から3通りの返事が返ってくる。3人とも宇宙戦士訓練学校からの同期だ。3番機の安場が若干くだけた返事をしているのも訓練学校時代から変わらない。

 

2番機を務める白根大輔は、実は俺よりも戦闘機乗りとしてのセンスはいい。常に冷静さを失わず、肉体的・精神的強さも兼ね備えており、指揮官としての能力も申し分ない。それでも籠手田が中隊長を務めているのは、単に座学の成績が良かったことと、彼自身が「指揮するよりサポートする方が性に合っている」と言って辞退したからに過ぎない。

彼の謙遜に過ぎる態度に嫉妬の様な感情が湧く事もあるが、エレメントの相棒としては頼りになるから籠手田はあまり気にしないようにしている。

3番機の渡邊拓空海(たくみ)―――通称タクは、中隊のムードメーカーだ。軍人としては少々言動に軽さが感じられるが、彼のノリは見ていて嫌いじゃない。彼のパイロットとしての腕は決して悪い訳ではないのだが、いつものノリで戦っていて後方不注意で思わぬピンチに遭遇することがあるのが玉に瑕だ。

4番機の安場利穂は、飛行機乗りにしては珍しい女性パイロット。明るく歯切れのいい性格で渡邊のノリに乗って悪ふざけすることもあるが、本質は真面目な優等生だ。隊長である籠手田の指示に小犬のような元気いい返事を返し、そして与えたミッションを確実にこなしてくれる、信頼できる仲間だ。

 

β大隊第三中隊が乗る濃緑色のコスモタイガーⅡ最終生産型と、護衛対象である赤茶色のコスモタイガー雷撃機は横一線に散開し、敵要塞への距離を詰める。

『シナノ』から寄せられた情報によると攻撃目標である無人要塞は直径2キロ程度、巨大な球形をしているという。

目標と思われる地点には採石場のような深く大きいすり鉢状の孔があり、要塞はその中に6~7割方が埋まっているらしい。 遠目にも山脈を思わせる広大な高台とクレーンと思わしき工作機械やら孔を囲うように配置された足場やらが見えることから考えると、要塞は建造ドックに入ったまま稼働しているということだろう。

敵の射界を避けて超低空で進入。いまのところ敵機の迎撃が無いのは敵に感知されていないのか、それとも敵機が配備されていないのか。

 

 

『α1―1より全機。目標まで25キロを切った、攻撃10秒前!』

 

 

『シナノ』航空隊を総指揮するα大隊、中島護道(よりみち)隊長の命令が飛ぶ。

敵要塞にトップアタックを食らわせるために隊長機が機首を思い切り持ちあげて高度を取り始め、各機がそれに続く。

 

ブ―――ッ!! ブ―――ッ!!

 

 

途端にけたたましく鳴りだすレーダー警報。

反射的に体を緊張の小波が走るが、もう回避行動を取る暇はないと思いなおして操縦桿を握り直す。

 

 

『5秒前! 4……3……』

 

 

攻撃3秒前で、各機が一斉に蛇が鎌首を跨げるようなS字軌道で機先を無人要塞へ向ける。

IRモードを起動させて機首の先に見えるアリジゴクの巣にも似た巨大な逆円錐状の建造ドックの中に、フジツボを球状に丸めたような不揃いな形の岩塊が鎮座していた。

 

 

「発射!」

 

 

カウントゼロに合わせて、親指でミサイルの発射ボタンを押す。

一瞬の静寂の後に振動とともに右舷側のデルタ翼が軽く跳ね上がり、弾頭を青くペイントされた多目的ミサイルが射出された。

カナードも尾翼もない巨大な円杭の形をしたミサイルが、細く尖った尾部からロケット噴射の炎を煌めかせてスルスルと離れていく。

 

第一波、70発のミサイルと魚雷が白煙を吐きながら20キロ余りの距離を疾走する。

緩やかな下降ラインを描きながら46発のミサイルと、それに若干遅れて24発の空間魚雷が集中線の様に空間上の一点へ収束していく。

 

 

『頼む、当たってくれよ……?』

 

 

タクの呟きを聞きつつ名残惜しげに自らが放ったミサイルの行先を視線で追いながら、機体はスライスバックで低空へ舞い降りて退避行動に移っている。

戦域に到着する前に『シナノ』からもたらされた情報では、無人要塞は光子バリアによって守られていて、実体弾はおろか衝撃砲も波動砲も跳ね返すという。

だがそれは、要塞が完成していればの話だ。

いまだドックから出ていない未完成ならば、光子バリアが実装されていない可能性は十分にある。

今回の空爆は、それを期待しての出撃でもあった。

 

 

『……隊長。隊長はこの攻撃、敵に届くと思いますか?』

 

 

ようやくレーダー警報が途切れたところで、白根が籠手田に話を振ってきた。

 

 

「さてな。どうせもうすぐ結果が分かる。もし当たらなかったら、おそらく再攻撃だろうな」

『おいおい、当たってくれなきゃ困るぜ。バカでかい岩の塊ってだけでも厄介だってのに、バリアまで動いてたらこっちはお手上げじゃねぇえか! こっちはさっきのレーダー警報で寿命が縮まるかと思ったんだぜ!? もう一回やれなんて言われたってごめんだ!』

『でもタクさん、光子砲は動いてるんですよ? 砲とバリアが同じ仕組みで動いているとしたら、バリアだけ稼働していないと考えるのは考えにくいんじゃないですか?』

『そんなこたぁ分かってるよ! でもよぉ利穂、実体弾は効かねぇ、衝撃砲も効かねぇ、波動砲も効かねぇとなったらどうやって倒せばいいんだ? 策も無い再攻撃なんてお断りだ、俺は初陣で死ぬ気なんてねぇぞ?』

『わたしにそう言われても……隊長、どう思います?』

 

 

今度は安場が話を振ってくる。そんなこと、考えたって、どうしようもないだろうに。

 

 

「さてな、そんなことは上が考えることだ。俺達の任務はただミサイルを要塞に撃って、あとは敵機を追い払うだけだ。対空監視、怠るなよ」

『―――――はぁ、これだからバトルジャンキーは……。β3―3、りょーかい』

『白根機、了解』

『……β3―4、了解』

 

 

とはいえ、今回の任務はもうこれで終わりだろう。

要塞がミサイル攻撃をされている今の今でも、敵戦闘機が上がってこない。

ここまで来ると、敵機が配備されていないと考えるのが妥当だろう。

もし、単に発進に戸惑っているだけだったなら、そんなふぬけた相手に負ける気がしない。

敵とのドッグファイトを期待して意気込んで出撃したはいいものの、これでは拍子抜けだ。

敵要塞にしても、雷撃隊の魚雷が効かなかったらコスモタイガー隊でもかなうわけがない。『シナノ』に直接出張ってもらうしかないだろう。

いずれにせよ、これで俺達はお役御免だ。

 

 

『γ1―1より攻撃隊全機。攻撃は失敗した。繰り返す、攻撃は失敗した』

 

 

内心で初陣での華々しい戦果を諦めたところで、γ大隊長柴原和人の無線が入る。

果たして白根が危惧したとおり、光子バリアは作動していたようだ。

振り返るとそこにあるのは、ミサイルと魚雷がすり鉢状の山の中へ吸い込まれていった形跡と、期待した黒煙と紅蓮の炎の代わりにオーロラを模したような蛍光色の波紋が中宙に広がるのみ。

 

 

「さて。どう対処するのかね、旧ヤマトクル―の面々は?」

 

 

実体弾も衝撃砲も、波動砲でも撃破は不可能。

かといって、要塞を恐れてうお座101番星系を大きく迂回するのは現実的ではない。なんとしても、ここで要塞を無力化する必要がある。

完全な手詰まり、必至、チェックメイト。

英雄譚でヤマトの活躍を知っている籠手田は、第一艦橋にいるヤマトの生き残りがこの危機的状況をどう突破するのか、この特等席から高みの見物を決め込むつもりだった。

 

 

 

 

 

 

16時31分 『シナノ』着艦用甲板

 

 

造船技官という職業上、手塩にかけて造った船には愛着がわくものだ。

元気な姿で帰ってくれば出征から帰ってきた息子を誇らしく迎える父の気分になるし、傷ついて帰ってくれば母のように心配する。沈んだとなれば、恋人を失ったかのような落ち込みようを見せる。使い続けてボロボロになれば、可愛い弟の世話を焼く姉の様な心境になるし、改装してより強く美しくなれば頼りになる兄に憧れる弟の様に目を輝かせる。

 

そんな造船技師である武谷光輝にとって、『シナノ』はとりわけ思い入れのある船だ。

伝説の武勲艦ヤマトを模した姿、「ビッグY計画」という壮大な国家機密に関われる喜びももちろんあるが、その艦に乗りこんでいるという事実も大きい。

「男は船、女は港」ではないが、造船技師は艦を造った後は遠い宇宙へ飛び立つ我が子を地球から見守っていることしかできない。

竣工して戦場に赴いた我が子がどんな風に扱われ、どんな風に活躍し、どんな最期を迎えたのかを全てが終わった後に知るというのは、なかなか心境的につらいものなのだ。

そう考えると、竣工した後もこの手で『シナノ』の面倒を見てあげられるというのは、贅沢なことなのかもしれない。

 

もっともそれは、我が子が傷ついていくさまを間近で見るという事でもあり、酷使されて疲弊していくのを許容しなければならないということでもある。

既に『シナノ』は竣工前に実戦を経験し、中破の判定を受けている。

そして今もまた、『シナノ』は無謀な任務に赴こうとしていた。

 

ヤマトも正式な竣工前に出撃して、ミサイルを主砲で落としたらしい。

もしかしたら、姉妹艦の『シナノ』もヤマトと同じ歴史を辿るのだろうか。

 

 

『第一艦橋より技術班へ。配備状況知らせ』

「技術班武谷! 着艦用飛行甲板は1番から4番まで設置完了! まもなく作業終了の見通し!」

『同じく技術班成田! 艦首はシナノ坂の傾斜に難儀している! 作業完了にはまだ時間がかかる!』

『こちら主砲塔に設置作業中の小川。第二砲塔への設置は既に完了。艦首の作業班の応援に向かう』

 

 

飛行甲板の上を様々な色の宇宙服を着込んだクル―が行き来する。

ある者は電源ケーブルを脇に抱え込んでリレーし、またある者は自前の工具を持って走り回っていた。

エレベーターはひっきりなしに強化プラスチック製コンテナを荷揚げし、梱包された部品がその場で開けられて組み立てられていく。

今の技術班および戦闘班に与えられた任務は、こいつを全て左舷舷側に据え付け、稼働状態にすることだ。

 

武谷は組み立てた完成品の設置を指揮する傍ら、自ら部品を組み立てている。

パッケージ化された銃身を銃架に乗せ、配線や電源ケーブルを繋げる。標準器、申し訳程度の防循をリベットガンで張り付け、砲手が飛ばされてしまわないように椅子とシートベルトを設置。組み上がったものを三人がかりで指定の場所まで運んで飛行甲板に溶接し、周囲にブルワークを付けて完成だ。

出来上がったのは単装対空パルスレーザー砲。高射装置の管制を受けない完全手動操作という大変面倒くさい代物で、普段は弾火薬庫そばの格納庫内に保管されている。備え付けの対空砲が全て破壊されてしまったときの為の、臨時用の装備だ。

設置場所は飛行甲板の左舷側最後尾―――かつて、水上空母『信濃』だった時代に12サンチ28連装噴進砲が装備されていた場所だ。

せっかく一枚鏡のように凹凸なく美しく整った飛行甲板に無粋なものをくっつけてしまうのはもったいない限りだが、これも作戦の一環なのでしかたない。

 

 

「しかし、これは誰が撃つんだろうね?」

 

 

説明書を見ながら赤いコードをハンダゴテで基盤に取りつけながら、疑問に思う。

宇宙艦艇の砲熕装備は第一艦橋、高射装置の指揮管制の下、基本的には全自動で稼働するようになっている。手動でも操作できるように砲座や照準器など一通りの設備は揃っているが、それは指揮系統が寸断されてしまったときの為のもので、実戦で手動の対空迎撃が行われることは滅多にない。

また、実際に撃つ機会が訪れたとして、艦内から飛び出して弾が飛び交うデスゾーンに身を晒しながら引き金を引き続けるなんて、よっぽど肝の据わった者か戦闘狂の命知らずのどちらかだ。

 

―――と思っているところに、敬礼とともに声をかけてくる戦闘班の宇宙服がひとり。

宇宙服越しでもがたいが良い、というか小太りなのが分かる。

なるほど、彼がこの砲の射手か。

 

 

「第三艦橋勤務、古川康介であります! 臨時砲の砲手を命じられて参りました!」

「――――――納得。確かに、豪の者だわ」

 

 

勤務先を聞いて、武谷は思わず納得してしまう。

艦内随一の恐怖スポットである第三艦橋に勤務している者なら、確かに適任だろう。南部さんも面白い人選をするものだ。

 

 

「? なんのことでありましょうか」

 

 

古川が、こちらの独りごとに首を傾げる。

武谷は誤魔化すように手を振った。

 

 

「いや、なんでもないよ。もうすぐ取り付けが終わるから、そこで待ってて。コレの使い方は分かる? といっても、使い方はAKレーザー突撃銃とほぼ同じだけど」

 

 

パルスレーザー砲などと大仰な名前の割には、操作の仕方は至極単純だ。スイッチを入れて起動させ、状態になったら目標を照準器のセンターに収めてトリガーを引くだけ。2世紀以上前から変わっていない古典的な射撃方法だ。

 

 

「はい、宇宙戦士訓練学校で習いました」

 

 

自分たちが学んでいた頃は、予備装備でしかない単装レーザー砲の扱いなんて習わなかった。もしかしたら、一刻も早く任官させて前線に送り込むために、課程を省略されたのかもしれない。これも平時にゆっくり訓練を受けた世代というものなのか、としみじみ思う。

 

 

「そうか。今回の任務は体に堪えるだろうけど、頑張ってね」

 

 

危険な任務に赴く若者をねぎらうつもりで、微笑みを送る。

 

 

「―――! は、はい! 精いっぱい務めさせていただきます!」

 

 

古川がバイザー越しにでも分かるほど顔を紅潮させて、さっきよりも気合の入った敬礼をする。

なんだかヤケに潤んだ目で僕をまっすぐに見つめてきて――――――もしかして、何か間違えただろうか。

 

 

「またひとり陥落したか。おまえ、艦内の男が皆衆道に目覚めたらどうするんだ?」

「……さて、次の作業に移ろうかな」

 

 

隣にいた遊佐の呟きは、聞こえなかったふりをした。

 

 

 

 

 

 

16時53分 『シナノ』第一艦橋

 

 

「作戦開始30秒前。現在要塞までの距離、449キロです」

「波動エンジン、エネルギー充填100%。いつでも行けます!」

「葦津、後続の各艦に伝令。『本艦にワープタイミングを同調せよ』。南部、坂巻、攻撃準備はいいな?」

「コスモタイガー隊は現在作戦に合わせて再び低空で接近中。このままいけば、作戦開始時刻には射程内に到達しています」

「臨時増設したパルスレーザー砲は、問題なく稼働しています!」

「北野。分かっていると思うが、この作戦は目標空間点に寸分違わずワープアウトすることが前提だ。頼んだぞ」

「この近距離ならば大丈夫です、艦長」

「よし、ならばこれ以上は何も言うまい。後は万事打ち合わせ通り、作戦の成功を期待する!」

「作戦開始10秒前! ……8……7……6……5秒前!……3……2……1、」

「小ワープ!」




では、『シナノ』航空隊の名字はどうでしょうか?
これが分かった人は、重度のマニアです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話

『軍事研究』最新号によると、海上自衛隊では旗艦を”はたかん”と読むらしい。
まだまだ知らないことだらけだなぁ。


突然の攻撃に後退を余儀なくされたゼータ星調査隊は要塞の視界の外、手前450キロで単横陣を組み直した。

航行序列は旗艦『シナノ』を中央に、補助艦艇が左右を挟むように並ぶ。右から『ズーク』、『デリー』、『ブリリアント』『シナノ』『すくね』『カニール』『パシフィック』となっている。

現在の高度は100メートル、宇宙艦艇としては這うような高さだ。

 

巡洋艦『すくね』の艦橋からは、逢魔が時の薄暗い大地に細長い影がみえる。かろうじて地平線に接するかどうかという夕陽を浴びて、『すくね』の影が伸びているのだ。

紡錘―葉巻状の船体に、簪に例えられる大きなレーダーマスト。

艦上面に連装主砲3基、左右の艦腹に三連装主砲が2基。連装主砲は船体に隠れて見えないが、艦腹のそれは影に映り込んでいる。

 

左右に並ぶ第一世代型駆逐艦『ズーク』と第一世代型巡洋艦『ブリリアント』が青い光に包まれるのと同時に、『すくね』もワープ航行に移行した。

 

 

視界が一転する。

空間が引き伸ばされる。

時間が縮まる。

音が消え、空間が凍りつく。

 

 

この艦に艦長として就任してはや7年。日常空間が反転して亜空間に飛び込むワープ航法にも、もはや慣れてしまった。

今回はわずか450キロの距離。亜空間にいる時間は体感で30秒にも満たない。

 

 

やがて集中点の先に一筋の光明が見えたかと思うとフラッシュを焚かれたような青い閃光が目を刺し、眩しさに目を閉じる。

体の輪郭が一瞬ブレて、ふたたび元に戻る感覚。

身体を覆っていた違和感がふと消え、自動車が急停止するときの頭を揺さぶられたような感覚に襲われる。

 

 

「ワープアウト完了!」

 

 

瞼を開ければ、金銀の粒子を散りばめた星空が窓ガラスの向こうに広がっている。……普通ならば。

しかし、今回は違う。ワープアウトした先は、戦場だ。

 

 

「レーダーが敵要塞を捕捉! 12時方向、距離3200メートル」

 

 

硬化テクタイト製のガラス窓の向こうには、温もりもロマンも感じられない昏天黒地。

星屑の頼りない灯りの下では、ゼータ星の地表を照らしだすことはできない。

レーダー班がレーダー反応を画像処理すると同時、『ズーク』の上部一番主砲が吼えた。

今ではほとんど見なくなったオレンジ色の砲煙を上げ、円錐状の実体弾が二発、敵要塞へ一直線に飛翔していく。

準惑星にすぎないゼータ星では全くと言っていいほど大気が存在せず、本来なら聞こえるであろう殷々たる砲声も想像するしかない。

砲弾が要塞の直上に到達すると砲弾は爆発し、青白い蛍光で周囲を隅から隅まで照らしだした。

 

 

「『ズーク』が空間照明弾を発射。光学映像をメインパネルに映します」

 

 

中空に浮かぶ一灯によって周囲の闇が吹き払われ、目の前にあるものが浮き出される。

視界いっぱいに広がっているのは、廃墟と化した建造ドックに身を沈めた無人要塞。

鉱山の採掘場を思わせるすり鉢状の山に歪な球形の岩塊が鎮座している様は、何も知らなければ隕石が衝突して砂地に埋まっているようにも見える。

 

 

「……これが、白色彗星帝国の無人要塞?」

「おいおい、地球防衛軍の戦闘衛星の何倍の大きさだよ」

「これが年前に来ていたらと思うと、ゾッとするな」

 

 

歴戦のはずのクルーが、その禍々しいオーラを放つ要塞のたたずまいに飲み込まれる。

『すくね』のクル―は、白色彗星帝国の彗星都市の脅威をその目で見ているため、宇宙要塞の恐ろしさは身に染みている。

アレに比べれば、我らが対面している要塞は赤子の指先ほどにも満たない小さなものだが、ベテランクル―のトラウマを刺激するには十分なインパクトだ。

 

 

「グズグズするな! 面舵回頭90度左ロール45度、パルスレーザー砲攻撃開始。目標、光子砲砲口部!」

 

 

しかし、ここで恐怖に硬直していてはむざむざ殺されに来た様なものだ。

クル―に檄を飛ばし、数少ないパルスレーザーでの攻撃を下令した。

なにせこの作戦は時間との勝負、すなわち要塞の光子砲が我々を飲み込むのが先か我々の攻撃が砲口を破壊するのが先かの勝負なのだから。

スラスターを迸らせて力任せに方向転換し、標的を左舷正横に臨むように回頭する。視界の右端から『ズーク』が正面に移る。

 

 

「2番パルスレーザー砲、セミオートモードによる射撃を開始。左舷増設レーザー砲も攻撃を開始しました」

 

 

艦橋に申し訳程度に設えられたパルスレーザー砲座がくるりと回転し、目の前の脅威へ指向すると、二つの砲門から機関銃の曳光弾のようなパルスレーザーが撃ち出された。

それに合わせて、艦橋直下に臨時増設した単装レーザー砲からも青い閃光が煌めき、鋼鉄で編まれた巣の中へ吸い込まれていく。

矢継ぎ早に撃ち出されるそれはしかし、前を行く『シナノ』の雷轟電撃のそれに比べれば、いかにも貧弱なものだ。

乾坤一擲の覚悟で放たれたレーザー弾の弾道を、手に汗握る思いで見守った。

 

 

「レーダーの照射を確認。敵要塞に捕捉されました」

「正面に高エネルギーを探知、急速に上昇中。光子砲発射の兆候です」

「光子砲発射予想時刻までのカウントダウンを開始します。推定発射時刻まで120秒」

 

 

期待していたものとは真逆の報告に、恐怖と緊張で体が硬直する。

要塞と指呼の間の距離に現れれば、当然ながら要塞のレーダーに引っ掛かる。宙間探査用の強力な電波を至近から浴びせかけられ、正面ディスプレイにノイズが走った。

 

光しか通さない鉄壁の守りを誇る無人要塞を、どう無力化するか。

7隻の艦長は『シナノ』の作戦司令室に集まり、鳩首凝議して対策を練った。

EMPによる電子機器の破壊、バリアが張られていない可能性がある地中からの攻撃、決死隊による要塞内部への侵入などいくつかのプランが上がったがどれも現実的なものとはいえず、喧々として議論の上に辿りついたのは「パルスレーザー砲を以て攻撃する」というものだった。

地球防衛軍の宇宙艦艇は皆、対空兵器としてパルスレーザーを装備している。衝撃砲ほど威力はないが連射性が高く、弾速が文字通り光速なので高速で飛びまわる航空機やミサイルの迎撃手段として標準装備されているのだ。

光しか通さないバリアならば、光を使って戦おうというのが作戦の要旨だ。

 

とはいえこの作戦にも、重大な懸念材料がある。

 

一つ、パルスレーザー砲は拡散率が高いため有効射程がわずか2万メートルしかなく、攻撃するには至近距離まで接近する必要があること。

一つ、艦種や世代によってパルスレーザーの搭載数に大幅な開きがあること。作戦に参加する艦艇は『シナノ』以外は全て巡洋艦以下の補助艦艇、特に第一世代型は対空防御を重視した設計ではないので火力不足は否めない。現に、前を行く『シナノ』の嵐のごとき猛烈な砲撃に比べれば、『すくね』のそれはいかにも蚊の小便みたいなものだ。

一つ、そもそもパルスレーザー砲が航空機を攻撃対象として開発されている為、その貧弱な威力ではたとえ集中砲火を加えたところで効果を上げられるのか分からないこと。

一つ、たとえ効果が上げられるとしても、その前に光子砲の餌食になってしまっては元も子もない。要塞がこちらを捕捉して光子砲を発射するまでのわずかな間に、どこでもいいから光子砲のシステムを破壊して発射できないようにしなければならない。

 

これだけの不確定要素がありながら、それでもこれが一番現実的かつ確実な方法なのだ。

まさに乾坤一擲。この一撃で倒せなかったら、ゼータ星周辺宙域を航行禁止区域にせざるを得ない。

7隻から一斉に放たれたパルスレーザー砲の弾幕は何も障害などなかったかのように光子バリアをすり抜け、要塞に穿たれた大穴、光子砲の砲口へ迷うことなく突き進み、

 

 

「パルスレーザーの効果を確認! 着弾箇所が溶解を起こしています!」

 

 

光学ズームの映像を見ると、集中して着弾した個所がオレンジ色に発熱していた。

 

 

「艦長、作戦成功です!」

 

 

副長の喜びのあまりうわずった声に、大きく頷いて答える。

 

 

「ああ、引き続き攻撃を続行しろ!」

 

 

クル―の誰もが歓喜に腕を打ち振るい、快哉を叫ぶ。

 

 

「ゼロアワーマイナス90!」

 

 

第一世代型巡洋艦に連続ワープをする能力はない。残り40秒で光子砲を破壊できなければ、作戦が泡沫に帰すどころか我々自身が泡沫と化す。

それでもパルスレーザーによる攻撃が効果を上げている今、作戦が失敗する可能性を憂いている者は誰一人いなかった。

 

 

 

 

 

 

同刻同場所 コスモタイガーβ大隊第三中隊一番機 

 

 

すり鉢状の山の斜面に腹をするように這い上がった後、緩やかに大きな軌道を描いて機首を下ろし、籠手田は再び敵要塞を視界正面に収める。

しかし、今度は先程ミサイル攻撃を加えた時よりも遥かに至近距離。視界いっぱいに広がるごつごつと黒ずんだ表面はどう見てもただの隕石にしか見えず、要塞であることを忘れてしまいそうだ。あるいは、カモフラージュのためにそういった一見無害そうな外見をしているのかもしれない。

右翼端のはるか先では、パルスレーザーの青い光がシャワーとなって降り注いでいる。ワープアウトしてきた艦隊が、パルスレーザーの集中砲火を加えているのだ。

 

 

『全機、攻撃開始!』

 

 

大隊長の号令一下、再び扇状に散開していた70機が一斉攻撃を開始する。

籠手田は、操縦桿の頭にあるトリガーを人差し指で軽く引いた。

機首の下に装備されている左右4門ずつの機銃が音も無く発射され、虚空へと消えていく。

コスモタイガー戦闘機は30ミリパルスレーザー8門、雷撃機は20ミリ連装パルスレーザー砲座から針のような細長い光線が断続的に放たれ、要塞に空いた大穴に次々と突き刺さる。

 

通常のドッグファイトの際に行うような三点バーストではなく、引き金を引きっぱなしにしてレーザ―砲を撃ち続ける。

艦隊と艦載機隊からの絶え間ない銃撃は、着弾した光子砲の砲門―――といっても、見えるのは半径200メートルはあるだろう巨大なレンズだが―――の表面を炙るように少しずつ溶かしていく。

当て続ければ補助艦艇クラスならば撃沈するほどの威力を持つ機首パルスレーザーでも、これだけの巨大構造物を撃破することは難しい。

しかし今回の作戦は、光子砲を無力化すれば及第点。破壊する箇所はたった一箇所。

心配だった艦隊とのタイミングの同調も、航空隊の攻撃参加が若干遅れてしまったが、幸いにもパルスレーザーは予想以上にレンズへのダメージを与えている。

HUDに表示された敵との距離が、4000を切る。そろそろ針路を変更しないと、光子バリアに頭から突っ込むことになる。

 

 

「中隊全機、左旋回。3……2……1……Now!」

 

 

操縦桿を思い切り傾けて、左のフットペダルを思い切り蹴飛ばす。

星が尾を引いて回転し夜空が右半分に、要塞の岩肌が左半分に入れ替わる。

続いて手前に引きつけて垂直旋回をかけ、離脱コースに入った。

血が足元に集まって、ただでさえ暗い視界がさらに暗くなる。

太股に圧迫感。パイロットスーツがGを感知して下半身を絞り、ブラックアウトを防いでくれる。

β第三中隊は編隊を保ったまま、要塞の左脇を通って建造ドックの縁を掠めて山の外へ離脱した。

目視で高度を確認しようと視線を左に振ると、山の中腹ほどに大きな一枚板が一列に整然と並んでいるのが分かった。

パネル群は光子砲の射界を避けるように、山の後方を扇状に張り巡らされていた。

 

 

『フ――――――……。結局、撃たれずに離脱できたな。隊長、こんな簡単な任務ならもう一回やれば特別手当でも出るんじゃねぇか? ハハハ!』

「…………」

 

 

楽勝な任務じゃねぇか、とせわしげに喋るタクの声が耳元で音割れする。

笑い声を上げて余裕をアピールしているが、その前に吐いた大きなため息が緊張から解放された安堵によるものであることは誰も指摘しない。

さもあらん、彼の心情はまさにこの場にいるコスモタイガーパイロット全員の心情だからだ。

そりゃそうだ、波動砲クラスの大型兵器の鼻先に裸一貫、コスモタイガーで飛び込むなんて無謀な行為をさせられて、平然としていられるわけがない。

沈黙を貫いている籠手田も、実は緊張が解けた反動で何も言葉が浮かんでこないからだったりする。

 

 

『なあ、隊長。もしかして、こうなることを予想してたのか?』

 

 

さすがに虚勢を張る力を使い果たしたのか、タクが疲労をにじませた声で問うてくる。

 

 

「……いや、『シナノ』が何かやるんだとは思っていたが、俺達まで駆り出されるとは思いもしていなかったが。何故そんな事を聞く?」

 

 

聞けば、光学兵器であるパルスレーザーならば光子バリアを突破して直接ダメージを与えられる可能性があるからだという。

可能性があるというだけで作戦を実行に移すのもどうかと思うが、それに航空隊まで巻き込むのもとんでもない発想だと思う。

 

航空隊というのは本来、アウトレンジこそが最大の特徴だ。航空機の長大な航続力を活かして、母艦を敵の攻撃の届かない安全な場所に置いたまま一方的に打撃を加えることが一番の存在意義なのだ。

だというのに『シナノ』クル―……というより旧ヤマトクルーは、艦載機隊と母艦が同時攻撃を加えるという航空機のアドバンテージ台無しの作戦を立てた。いくら火力不足を補うためとはいえ大胆な、というよりも無謀な作戦を考えたものだ。

 

 

『いや、だってよぉ。さっき大輔が『あれだけミサイル撃ったから効かないはずがない』って訊いたときにお前、『効かなかったらもう一回だ』って答えたろう?』

 

 

そういえば、と籠手田は記憶を思い出す。それほど深く考えての発言ではなかったのだが、彼にとっては予言のように聞こえていたということか。

 

 

『そういえば隊長、確かに再攻撃の可能性を示唆していましたね。……まさか、隊長ってエスパー?』

「馬鹿な事を言うな、安場。あくまで可能性として言ったまでの事だ、偶然当たったからっていちいち真に受けるな」

『でもでも! 宇宙人にはエスパーが多いって言うじゃないですか? だったら隊長がエスパーだっておかしくないかなって!』

『安場、お前よぉ……』

 

 

さすがにタクが呆れて窘めようとするが、

 

 

『成程。確かに、ありえない話ではありませんね』

 

 

意外なことに、一番そういう話に興味ないはずの大輔が安場のしょうもない話に賛同していた。

 

 

「大輔、お前が乗ったら収拾がつかなくなるからやめてくれ」

『いえ、隊長。確かに隊長がエスパーだとは微塵も思ってはいませんが、地球人にエスパーがいる可能性は否定しきれないと思いまして。隊長も知ってるでしょう、白色彗星帝国を滅ぼしたテレサのことは』

「……勘弁してくれ、俺はそんなんじゃない」

 

 

初陣から沈没までヤマトに乗り続けた元クルーが著した自叙伝によると、テレサは暗黒物質を操り対消滅を起こして巨大戦艦もろとも運命を共にしたという。

白色彗星帝国が侵攻してきた7年前、まだ11歳だった籠手田はテレサも巨大戦艦も見ていない。

覚えているのは、彗星都市が急浮上したかと思うとヤマトがそれを追いかけるように海面を突き破って宇宙に上がり、やがて太陽よりも眩しい大爆発が起きた……それだけだ。

本の内容が本当ならば、彼女は間違いなくエスパーの部類に入る。もっとも、エスパーの分類に暗黒物質の操作なんてものはなかったと思うが。

 

 

『それじゃあ、エスパーかもしれない隊長に質問です! 今度の攻撃は敵に届いたと思いますか?』

『今撃ちこめたのが一門あたり10発……一機あたり80発。それが70機だと……単純計算で5600発ですか。それに艦隊のも加えれば、10000発は下らない計算になります。これだけ撃ち込んで、効かないはずがないですが。隊長はどのように?』

「……これで効かなかったら、旋回してもう一回だな」

 

 

天丼かよ! と叫ぶタクの声は、残念ながら音割れしていた。

 

 

『ええ~~~? 私もういやですよ!? あんな怖いの!』

『いんや、分からねぇぞ? 時間はまだたっぷりある、俺達だけでもう一回やっちまうか? 特別手当たんまりくれるぜ?』

『お金目当てにデンジャラスに突っ込むって、どこの傭兵ですかぁ!』

『だーいじょうぶだって、今から旋回してもう一度射点に入るのに30秒、10秒撃って山陰に下りれば20秒はお釣りが、』

 

 

ブブ―――!!

 

 

突如として鳴ったアラームが、状況を一気に緊迫させる。

 

 

『「シナノ」より全艦、全機へ発射警報。光子砲の発射が予想より早い可能性がある、更新された発射予想カウントダウンに注目せよ』

 

 

聞こえてきたのは、俺たちに発進を命じた南部戦闘班長の声。

 

 

『へ? 一体何を言って―――』

「安場、すこし黙ってろ」

 

 

間の抜けた彼女の声を遮って、HUDの下のマルチディスプレイに注目する。右下のサブディスプレイに表示された発射カウントダウンが二、三度明滅した後消滅し、一瞬の後にまた表示される。

表れた数字は……37!?

 

 

『おいおいおい、なんだよこの数字はぁ! さっきまでと全然違うじゃねぇか!』

 

 

タクが反応を見せる間にも時間は過ぎていく。残り34秒。

 

 

『チクショウ! α1―1より全機! 反転して砲口への攻撃を再開せよ!』

「……無理だ、間に合わない」

 

 

マイクに入らない小声で、息を詰めるように呟く。

さっきタクが言ったように、反転してもう一度砲口を射撃できるようになるには30秒はかかる。

万が一間に合ったとして、ほんの数秒掩護射撃して光子砲を破壊できる保証はどこにもない。

 

 

『……隊長、指示を』

『俺ァ、あんたについてくぜ!』

『隊長!』

 

 

中隊の部下が、彼に決断を迫る。

 

諦める?

 

まさか、何もしていないのに諦めるなんてできない。

 

せめて、一番近くにあるソーラーパネルでも攻撃するか?

 

意味が無い。そもそもここは夜だ、太陽発電すらしていない。

 

―――だったら、光子砲のエネルギーはどこから来ている?

 

残り31秒。

手早く思考を纏める。

効果があるか分からない。しかし、他に何かやるには時間が無さ過ぎる。やらないよりはまだ可能性があるはずだ。

籠手田は低いトーンで呟くように、信頼する部下への命令を下す。

 

 

「……中隊各機。サーモグラフィを稼働させて、要塞の周辺に存在する熱源を叩け」

『んあ?』

『隊長?』

『熱源、て?』

「説明は後だ! とにかく、各個に熱源を破壊するんだ!」

 

 

部下の反応を尻目に、籠手田は緩やかにかけていた左旋回をキャンセルし、機体を180度ひっくり返す。スプリットSで加速をかけて要塞の裏側へ針路を向けると、スロットルレバーを前に叩きつけてロケットエンジンをフルに噴かした。

全身に見えない空気の塊をぶつけられたような痺れとともに、愛機が爆発的な加速をみせる。

 

 

『……ハァ、分かったよ。信じるぜ、隊長!』

『今から行っても間に合いそうにありませんし。付き合いますよ』

 

 

根拠ない決断に、三人は不承不承ながらもついてきてくれる。

要塞の正面に戻ろうと山頂へ駆け上がる66機のコスモタイガー隊の潮流の下をくぐるように、4機のコスモタイガーは山裾沿いを飛行する。

のこり26秒。

 

 

『馬鹿野郎、なにやってんだ!』

『β第三中隊! 指示に従え! 攻撃に戻れ!』

 

 

他の中隊や大隊長の罵倒を聞き流して、山頂を右に見ながら地形追随飛行を続ける。

頭上を左から右へ次々と描かれていく航跡の残像が、機織り機の経糸と緯糸を連想させる。

左手でタッチパネルを押し、熱源探知モードを起動。画面が切り替わり、濃紺の冷たい大地が浮かび上がった。

緑の濃淡だけで世界が構築されるIRモードと異なり、画像が粗くなるものの青から緑、黄色、オレンジ、紅色と色鮮やかになるのが熱源探知モードの特徴だ。

 

 

『……驚いた。本当にあるなんて』

 

 

右に大きく展開していた安場機が突然、翼を傾けて針路を変える。

安場機の行先を見ると、あるのはすり鉢山状の建造ドックの中腹ほどに大量に設置されている、一辺が愛機の4倍も5倍もあるソーラーパネル。

その面積ゆえに熱放出率が高いソーラーパネルの傍ら、10メートルもない箇所に不自然に赤く染まった地面がある。

 

 

『こっちも見つけた! 二人は先を行け!』

 

 

左翼側にいたタクがバレルロールで頭上を越え、そのまま右へと流れていく。

籠手田と大輔はそのまま山沿いを緩やかな右旋回で飛びつつ、時間と高度に気を揉みながら、眼を皿にして真っ青な地面を探した。

残り15秒。

 

 

『地下施設らしきものを破壊!』

 

 

最初に編隊を離脱した安場からの報告が入る。やはり、ソーラーパネルの近くにあったか。

 

 

『発射予測が修正された。残り25秒。全機、なんとしても射点に辿りつくんだ!』

 

 

中島隊長の通信に、籠手田は確信を強める。やっていることは絶対に間違っていない。

二人が見つけた熱源の位置は、光子砲の砲門を12時とするならば5時と6時。

等間隔に置かれているとするならば、次は7時方向……見つけた!

 

 

『俺が行きます。隊長は取りこぼしを』

 

 

大輔は針路を変えずに速度を若干落とし、射撃体勢に入っていく。

籠手田は機首を少し上げて、より遠くを俯瞰できる高度に。山頂の方を見れば、砲門と思わしき場所がうっすらとピンク色に発光している。考えなくても分かる、あれは発射の兆候だ。

他のコスモタイガー隊はようやく砲門の真上を通り過ぎたところだ。これから更に距離を取り、垂直にターンして機銃の射線に砲門を捉えるのは……ギリギリ間に合うかどうか。

山の中腹、8時方向の位置に当たりを付けて視線を集中させる。

山頂から不自然にまっすぐな尾根が伸びている。あるとしたら、その周辺のはずだ。

メインディスプレイの中を、青と濃紺だけがスクロールする。日が落ちたゼータ星の大地は一気に冷え込み、氷点下になっていた。

 

 

『……おかしい』

 

 

しかし、尾根を上から下まで見渡しても赤い部分が見当たらない。

尾根を乗り越えても、ただただ冷たい大地が広がっているだけ。

主翼のエルロンを動かして機体を僅かに傾け、わずかに漂っている大気を制御してゆるい右旋回を続け、9時方向の位置まで機を進める。ここにも目当てのものは見つからない。

諦めて左ターンをかけ、もう一度熱源があるはずの場所に機首を向ける。

結局何も発見できずに、無駄に10秒を無題に費やしてしまった。

 

 

残り10秒……いや、カウントダウンのデジタル表示が消えている。既に発射されたか故障でなければ、これは発射予想時間修正のサインだ。タクが破壊した分、猶予が生まれたのだろう。―――やはり、20秒に逆戻りした。

 

 

「探知圏外にあるのか?いや、そんなはずは……」

 

 

機体の傾斜を強くし、風防に左手をついて、コクピットから身を乗り出すようにして下を覗き込む。

墨で刷いたような闇に、ソーラーパネルの外枠が星々の光を受けて光っていて、まるで夜道を走るレールのようだ。銀色の遥かな道は山を半円状に囲うようにずっと続いている。

藁をもすがる思いで、跳ね上がる心臓の鼓動を煩わしく思いながら風防にヘルメットを張りつけていると、ソーラーパネルの列が途切れているしている箇所があることに気付いた。熱源があると予測した、先程越えた尾根の部分だ。

 

 

「……気になるな」

 

不自然にまっすぐ伸びている尾根。

尾根で分断されているソーラーパネルの列。

あるはずなのに見えない熱源。

 

何も無いはず場所に、違和感だけが在った。

 

 

残り16秒。

籠手田は操縦桿を操り、稜線をなぞるコースへ愛機を誘った。




巡洋艦『すくね』は、PS版ゲーム「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」に登場する船です。
ゲームではゴーランド艦隊の待ち伏せに会い撃沈されてしまう(イベントなので回避不可)のですが、もったいないので成仏させるために登場。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話

コスモタイガーと言えば要塞攻略戦とトンネル。
今回はハミルトンネルをイメージしながらお読みください。


2208年3月2日 16時55分 うお座109番星系 準惑星ゼータ星地表

 

 

【推奨BGM:『SPACE BATTLESHIP ヤマト』より《コスモゼロ発進》】

 

 

サーモグラフィを睨みながら、籠手田はマイクに入らない小さな声で呟く。

 

 

「……見つけた」

 

 

尾根の稜線をなぞるように山頂に向けて飛行させると、突如として浮かび上がった真っ青な正方形。

ごつごつした岩肌の只中にひっそりと存在する、人の手で磨き上げられた平面。

例えるなら、地下室へ繋がる階段の蓋。

1辺が30メートル以上はあるであろう金属製の板が、隠すように埋まっていた。

機体を伏角20度に傾け、左手でスロットルを絞りながら、射線を金属板に合わせる。

 

 

最初に疑問に思ったのは、夜の帳に沈んでいる要塞がどうやって光子砲を撃てるのかということだった。

 

光子砲が太陽エネルギーを利用した戦略兵器であることは既に推測がついている。そうでなければ、あれだけの数のソーラーパネルが整然と並んでいるはずがない。

ソーラーパネルで作った電力を使って指向性の高い収束された光を発し、その膨大な熱量で一気に敵を溶解せしめる。光子砲とは言っているが、要は超大型のレーザー砲だ。

 

しかし、エネルギー源が太陽光―――すなわちうお座109番星からもたらされる光である以上、自転によって要塞が夜を迎えてしまうと充電ができず、光子砲を発射できなくなるはずだ。

だが、眼前にある光子砲は明らかに日没の領域にあったにもかかわらず発射し、コスモハウンドを撃墜した。

 

すぐに思いついたのは蓄電施設、つまりバッテリーの存在。これなら昼間のうちに電力を蓄え、夜間に現れた敵に対してはバッテリーから電力を供給することで、太陽光の有無にかかわらず光子砲を使える。考えてみれば当然だ、敵が常に昼間にやってくるとは限らないのだから。

 

そう推測した籠手田は、ソーラーパネルの周囲で稼働している敵施設の破壊を部下に命じた。

もしも蓄電施設から電力が供給されているのならば、発射準備中の今こそ蓄電施設はフル稼働して熱を発しているはず。

俺はサーモィグラフィで蓄電施設を特定することを思いついた。まさかそれが地下にあるとは思わなかったが、どうやらそう深い位置にあるものではなかったらしく、戦艦をも一発で撃破する威力を持つコスモタイガーⅡのミサイルは地下に埋まっていた地下施設を簡単にブチ抜いていた。

 

3基を破壊しても、光子砲の発射準備は止まらない。

それでもタイムリミットを遅延させる効果はあったのだから、全く的外れでもないはずだ。

となると、どこかにまだ蓄電池が残っているということ。

サーモグラフィによる探知も届かないような地中奥深く、或いは無人要塞の陰か。

そんな矢先に見つけた、地下道への扉と思われる金属製の蓋。

 

 

考察する暇はない。

躊躇する猶予もない。

だが、もはや疑う必要もない!

 

 

「β3―1、フォックス3!」

 

 

大輔が蓄電施設を破壊した為、タイムリミットが再び更新される。

残り40秒。

一度息を整え、忘れていたコールを叫んで操縦桿の人差し指を引き絞る。

光の速さでパルスレーザーが連射されると真っ白な蒸気が上がり、あっという間に分厚そうな金属板に黒い染みが広がっていく。

刹那、蓋を溶け落とされて姿を現した洞穴が熱い息を吐きだして、たちこめていた白煙をかき消した。

サーモグラフィを一面深紅に染めるその熱量。明らかに、何かによって暖められた空気だ。

 

間違いない、蓄電施設はこの中に在る!

 

扉まで100メートル弱、まだ間に合う。

武装はミサイルを選択、ロックオンせずにそのまま立て続けに親指で操縦桿の頭を押し込む。

行きがけの駄賃とばかりに、ミサイル全弾を至近距離から孔の中に放り込んでやった。

安全距離に達していないミサイルは、信管をロックしたまま扉の中へ踊り込む。

ミサイルがトンネルの奥へと消えていくのを確認して、籠手田は機首を力任せに上向かせて衝突コースから離脱した。

しばらくして聞こえてくる、微かな破壊音。トンネルの奥まで届いたミサイルは、無事に蓄電施設を破壊し尽くしたことだろう。

 

 

「……ふう」

 

 

息をゆっくりと吐いて、静かに深呼吸する。

自分では意識していなかったが、知らない間に息を止めていたようだ。

張りつめていた気持ちが緩むと、途端に全身に疲労を感じる。

腕の筋肉は鈍い痛みを訴えているし、ふとももは痺れに似た違和感を纏っている。

空戦でもないのに高Gのかかる無茶な機動をとった代償だ。

全身が上げる悲鳴を、しかし彼は心地よくも感じていた。

大仕事をやり遂げた余韻だと思えば……まぁ、こんなことも悪くない。

 

 

『隊長、隊長! 私、やりましたよ!』

『隊長、アンタの言ったとおりだったぜ!』

 

 

タクと安場の喜びに満ちた声が聞こえてくる。

籠手田は相好を崩し、自分でも滅多にしない自覚している笑顔を浮かべた。

機を水平に戻すと、パルスレーザーがナイアガラの瀑布の如く撃ち下される光景が目に入った。

コスモタイガー隊の攻撃が間に合ったのだと、すぐに理解できた。蓄電施設を破壊して時間を稼いでいる間に、宙返りを打って射線に着く事が出来たのだろう。前回の攻撃には参加していたから分からなかったが、こうして傍から見ているとその火力に圧倒されるとともに、オーロラを間近で見ているような幻想的な光景にも見える。

操縦桿をゆっくりと傾けて、機を左に流す。外輪山の峰を周るコースを取りながら、ゆっくりと高みの見物としゃれこむことにした。

 

 

「3人とも、よくやってくれた。……あとは、彼らに任せよう」

 

 

労いの言葉を3人にかける。

今度こそ、自分たちに出来る事は何もない。タクの言葉を真に受ける訳ではないが、特別手当をもらってもいいほどの働きは出来たと思う。大輔もタクも安場も、とっさの無茶な命令によくついてきてくれた。隊長としてはこれ以上ない喜びだ。

あとで中島大隊長に命令違反を咎められるのが怖いが……、。

 

 

『いいえ、隊長。まだ何も終わっていません』

 

 

そんな緩んだ空気に水を差すような、重く静かな声。

 

 

「大輔?」

 

 

思わず、見えないと知りながらも2番機が居る方向へと振り向く。

 

 

『まだ時計は止まっていません!』

 

 

そこにいたのは、籠手田の通った航路をトレースしながらバ―ナ―炎を迸らせて一直線にダイブする大輔機の姿だった。

 

 

「おい、なにやってんだ! 戻れ!」

 

 

図らずも中島隊長と同じセリフで、大輔を制止しようと叫んだ。

なぜなら、大輔機は自分と全く航跡を―――すなわち、破壊したばかりの扉に真っすぐ向かって―――自分よりも遥かに低い高度にまで下りていたからだ。

あの高度では、重いミサイルを手放して身軽になったとしても機体の引き起こしが間に合わず、地面に頭から激突する。

大輔機は幾度かスラスターを吹かして減速するが、止まる様子も変針する気配もない。地面はもう眼と鼻の先だ。

とてもじゃないが、正気の沙汰とは思えない。

 

 

『中に入って直接破壊ッ……』

 

 

ガガッという音とともに、大輔の通信が途絶する。

瞬間、大輔機の機尾から噴き上げるバーナー炎が唐突に消えてしまった。

 

レーダーからも反応が消えているが、衝突による爆炎の類は見えない。

これはまさか……!?

 

 

『あの馬鹿やりやがった!?』

「β3―1より『シナノ』! β3―2が要塞内に突入した! β3―2が要塞内に突入した!」

 

 

何故大輔がトンネルに躊躇いなく飛び込んだのか、籠手田には全く想像がつかない。

声を荒げて『シナノ』に報告する彼の脳裏には、最悪の事態しか思い浮かべなかった。

 

 

 

 

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト ヤマトよ永遠に』より《ヤマトの反撃》】

 

 

「中に入って直接破壊します! ……て、通信が切れましたか」

 

 

大輔は諦めて通信機を切り、大輔は針路の維持に意識を集中する。

コクピットの外は、キャノピーにインクでもぶちまけたのかと錯覚するような真の闇。無人ゆえか、トンネルに電灯の類は点いていなかった。

もっとも、トンネルの中も外も真っ暗なのだから大した違いではない。

耳を聾する自機のロケット噴射音が、トンネル内に響き渡っている。

高度計は、トンネルに入ったあたりから機能していない。ゼロのデジタル表示が痙攣を起こしたように明滅しているだけで、地中の深度までは示してくれなかった。

サーモグラフィは赤い空気がうねりを上げているのみで、何も教えてくれない。ミサイルが爆発したせいで、ミサイルの爆炎と蓄電池の排熱との区別がつかなくなっている。

頼りになるのは、アクティブレーダーが作りだす無機質な立体映像だけだ。

 

 

「さて、と」

 

 

大輔は一度手前に引いたスロットルを、もう一度じわじわと前に倒す。

馬蹄状のトンネルは直径40メートル程度、直線のまま緩やかに傾斜していく。しばらくは針路変更の必要はない。

今のうちにと操縦桿を握る手を一度開き、改めて握り直した。

残り15秒。

 

大輔にとって、トンネルの中に入ること自体はそれほど躊躇いも緊張もなかった。

誰に言われるまでも無く、トンネルの中を通過するのは狂気じみた行為だ。道は狭く、どこにも逃げ場はない。飛行機が通る事を前提にした造りではないのだから、トンネル内に曲がり角やクランクがあったらその場でゲーム・オーバーだ。

もっとも、彼はその可能性はあまり考えていなかった。

入口の大きさから考えて、このトンネルはまず間違いなく物資搬入路。

当然通る車両の類も相応の大きさのはず、ならば輸送車両が通過に苦労するような道は作っていないはずだ。この星のように何もない場所ならば尚の事、複雑なルート設定などせずに一直線に工事現場まで掘っているだろう。

つまりこのトンネルはまっすぐ、あるいは緩いカーブで構成され、工事現場である要塞直下まで続いている可能性が極めて高い。

火星基地で毎日やらされたアステロイドベルト浸透訓練に比べれば、彼が通っている道はただ狭いだけの一本道という認識だった。

 

下り坂が終わり、水平になると同時にトンネルは緩やかな右カーブになる。

曲がった先に、焚火のような淡い明かりと熱がある。間もなく、前方左側に工事車両らしき物体が炎上しているのを視認した。やはり籠手田が放ったミサイルは途中で車両に命中してしまい、蓄電施設まで破壊されていなかったのだ。

 

機体を気持ち右上に寄せる。

翼端とトンネルの壁との距離は1メートルないはずだ。

壁に擦りつけていないか目視で確認したくなるが、ぐっと堪えて大輔は手元のレーダーに視線を集中させる。

もし肉眼で直接見ていたら、動揺のあまり操縦ミスをしてしまうかもしれない。

 

だが、トンネルの恐怖よりも彼が怖れているのは、籠手田が立てた作戦が無駄に終わってしまう事だった。

 

大輔にとって隊長―――籠手田亮志は、ある意味で憧憬の対象だ。

しかしそれは、彼の方がパイロットとして優秀だからというわけではない。自慢ではないが、飛行機乗りとしての腕は自分の方が上だろう。

それでも大輔が彼を小隊長として推したのは、彼がときおり閃く独特な発想とその瞬発力が小隊に必要だと思ったからだ。

 

こうして今も、隊長がとっさに思いついた行動がタイムリミットの延長という効果を上げている。隊長の機転が無かったら、艦隊はとうの昔に光子砲の餌食になっているはずだ。

 

それに比べて自分は、命令されたこと以上のことはできない性格だ。

大隊長や中隊長の命令を無視して独断で別行動を取る勇気も無いし、単独行動という発想すらも無い。

いうなれば、自分は言われた任務をこなす事しかできない戦闘機械。

蛮勇を犯すことも無く、かといって英雄的活躍をすることも無い。どれだけ戦績を残そうとも決して戦場に名を残さず、語り継がれることのない「その他大勢」にしかなれない存在だ。

 

ゆえに、憧れた。

コンプレックスと言われればそれまで、自分を卑下しすぎと言われればそれまでなのかもしれない。命令に従わずに単独行動することが軍人としては好ましくないことも、十分に分かっている。

それでも、白根大輔に一番足りない「臨機応変」を備えている籠手田亮志は、理想と仰ぐには十分な人物だった。

だからこそ、隊長が立てた作戦が失敗に終わってしまう事に、耐えられない……!

 

 

残り5秒を告げるブザーが鳴った瞬間、変化が訪れた。

下り坂が唐突に水平になった途端、正面に仄暗い赤い光が見えたかと思うと、狭い回廊に反響してやかましかった噴射音が突如として消えた。

レーダーとサーモグラフィのデータを総合して作られたポリゴン画像が一気に広がる。

狭い通路を通っていた機体が、突如として一際大きい空間に大広間に飛び込んだのだ。

 

大輔は無意識に視線を正面に戻す。

真っ暗な大広間の中央に在ったのは、天井まで貫く太いなにか。

何十本ものケーブルが壁から生え、天井を這いまわって角柱状の巨大な機械に巻きつき、室内とは思えない高熱と赤い光を発している。

 

 

「なんだ、こいつは?」

 

 

その様はかつて日本の屋久島に在ったという、何千年もの時を重ねて大きく育った巨木を連想させる。

太いケーブルの一本一本が床に雑多に散らばって根を成し、細いケーブル同士が捻じれあって大きな枝を形成している。

ケーブルが絡みつき繋がっている中央の巨大な人工物は、墺火の如き鈍い赤い光を不規則に脈動させている。

その周囲には雑多に積み上げられたコンテナ群らしきものや打ち捨てられた輸送車両らしきもの、管理制御用と思われるコンピュータのようなものが無造作に並んでいた。

元からこういう設計なのか、あるいは慌てて造ったのか、甲殻類系の面の大きいデザインが特徴の白色彗星帝国らしからぬ雑な構造だ。

 

それが何か分からないまま、とっさに機銃のトリガーを引き絞る。

機首パルスレーザーだけでなく、両主翼内の12,7ミリ実体弾機銃10門も同時に発射する。

マズルフラッシュのストロボのような閃光が、血の色に染まった室内に瞬く。

青いパルスレーザーに混じって、白色の曳光弾が光源へと吸い込まれていった。

 

戦果を確認する間もなく、大輔の機体は人工物のすぐ脇をすり抜けて避退に移る。丁度針路上に通路らしきトンネルがあったので、迷うことなく飛び込んだ。

 

再び下り坂になったまっすぐなトンネルをひたすらに飛びながら、彼は破壊した謎の構造物がなんだったのか考える。

つい数分前に破壊した地下施設とは、比べ物にならないほどの膨大な熱量。

ケーブルの一本一本に至るまでことごとくが高熱を発し、サーモグラフィは画面に吐血してしまったかのように赤一面に染まっていた。

赤い光の明滅は、心臓の鼓動そのものだ。

 

今のが、蓄電施設だったのだろうか。

いや、あれだけの巨大な設備と熱量は、蓄電施設というよりむしろ反応炉とか炉心といった類の……。

 

 

ビ――――――!!!

 

 

「あ……」

 

 

カウントゼロを告げるブザーが、コクピットに鳴り響く。

これでもう、全ては終わってしまった。今から何をしても、もはや間に合わない。

もし自分が破壊したものが蓄電施設―――そうでなくても光子砲発射システムに関わる何かならば、今頃は光子バリアが解除されているはず。そうすれば、主砲なりミサイルなりで集中砲火を加えて要塞を破壊しているはずだ。

もしそうでなかったならば……仮にここから脱出できたとしても、帰るべき母艦は砂粒以下にまで粉砕されているだろう。

そうなったら、70機のコスモタイガー隊はどこに行けばいいのだろうか。

 

 

ドォォォン……

 

 

「っと、そんなことも言っていられなくなりましたか」

 

 

聞こえてくるくぐもった重低音。それを感じた瞬間、背後から叩きつけられた熱波に機体が木の葉のように揺さぶられる。真っ暗だったトンネルが一転して、夕暮れ時の西の空のようだ。

バックミラーを覗けば炎の蛇が室内をのたうちまわり、大輔を追いかけてトンネルに飛び込んでくるのが見えた。

パルスレーザーで一撃を加えたあの人工物が、次々と爆発を起こしているのだ。

スロットルをめいっぱいに吹かして、追いすがってくる紅蓮の炎から逃げる。

行きとは比べ物にならない高速でトンネルを駆け抜けるため、一瞬で間近に迫ってきた景色が次の瞬間には後ろに吹っ飛んでいく。

なまじ炎の明かりでトンネルが目視できてしまうだけに、忘れていた恐怖心が心臓を締めつける。炎に先行して襲ってくる熱い空気が機体を翻弄して、操縦桿を震わせる。さながら台風の中を飛行しているかのようだ。

 

先の見えない緩い下り坂を、コスモタイガーⅡは炎に急き立てられながら一心不乱に駆け下っていく。どんどん深度が深まっていくことに心の内を不安の気持ちが増していくが、いまだ一片の希望だけを胸に機を操る。

 

通っている道が資材搬入路ならば、この道は必ず建造ドック―――要塞が収まっている山のカルデラ盆地に繋がっている。

もしもあれが光子砲発射システムで、破壊したことによって光子バリアが解除されているならば、ドックの壁面と要塞の隙間を通って外に脱出することもできるはずだ。

全ては推論に推論を重ねた希望的観測。それでも1パーセントでも可能性がある限り、それに賭ける以外に道はない。逡巡して何もしないのが一番の悪手なのだ。

 

 

「……そろそろ出口か?」

 

 

トンネルは下降を止めて水平に移り、交差点らしきものを通過したり通路が合流してくることが多くなった。田舎の一本道から都会の込み込みした道路に出てきたような気分だ。

下降が止まったということは、トンネルが窪地の底の深さに辿りついたということ。

どれだけ深く潜ったのかもはや想像もつかないが、良かれ悪かれ孤独な一本道の旅も終わりが近づいていることは確かだ。

 

いくつかの小広間を突破すると緩やかな右カーブにさしかかり、右翼を気持ち地面に近づける。

足の指先だけで左ラダーを弱く押し込み、落ち込みそうな機首を正面に修正する。

カーブが終わって直線に戻ると、

 

 

「ちょ、なんでトンネルに段違い平行棒があるんですか!?」

 

 

思わず彼らしくない叫びを上げながら、大輔は慌てて機体を水平に戻し、操縦桿を引いて天井ギリギリまで上昇する。ハードル走の要領で、バーのすぐ上を擦りそうになりながら飛び越えた。

彼は知らなかったが、彼が目にしたものは高さの違う二基の天井クレーンだった。

トンネルの端から端まで渡されている二組のクレーンガータが、大輔には段違い平行棒にみえたのだった。

狭いトンネル内でいきなり高度を上げたため、天井が目の前に迫ってくる。

 

 

「ここまで来て壁に激突なんて!」

 

 

脊髄反射で操縦桿をぐいっと押し込んで、流れに逆らってドリフト気味に機首を下に向ける。

反動で浮き上がった垂直尾翼がトンネルの天井にぶつかり、ガリガリと嫌な音が聞こえる。

コクピットを天井にぶつけないように、上向きのスラスターを吹かして機首が下を向いている状態を維持する。

そのまま壁に火花と二本の傷跡を残し、上昇のときに作ったベクトルを必死に相殺しつつもコスモタイガーは天井を擦りながら飛翔した。

 

もしもボールのように反発して天井から弾き飛ばされてしまったら、コスモタイガーは間違いなく姿勢を崩して操縦不能になり、容赦なく床に叩きつけられる。

垂直尾翼を犠牲にしてでも上向きの力を消化しなければ、飛行姿勢を維持することは不可能だ。

 

そうした状態がどれだけ続いたか。

おそらくはほんの数秒、メインエンジンノズルが吐くロケットの推力が上向きのベクトルを相殺しきるまでの時間。

金属が削れるかん高い音が消え、身体を襲っていた強烈な震えが嘘のように収まるのを感じると、乗機はゆるやかに下降を始めた。今度は床に衝突しそうになるのを、慌てて水平に戻す。

 

 

「あんな罠が待ち構えているとは……、ここは単なる資材搬入路じゃないんですかね」

 

 

安堵に、シートにどっかりと体を沈めて気を抜きそうになる。

気付けば、進行方向の遥か先にうっすらとした光明。

トンネルの出口はすぐそこだった。

 

 

 

 

 

 

同日同刻 『シナノ』第一艦橋

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《ヤマト渦中へ》】

 

 

図らずしも大輔と同じ方法、つまりはサーモグラフィーとIRモードで要塞をスキャンし続けていた館花が、最初に異変に気付いた。

 

 

「ドック内に熱量の増大する箇所を確認。逆に、砲口周辺のエネルギー反応が急速に低下していきます」

「艦長、光子バリアが!」

 

 

島津機関長の叫びに反応して、皆が頭上のメインパネルを凝視する。

そこに映っているのは、要塞を覆っていた仄かなピンク色のシールドが、全てが幻であったかのように雲散霧消していく姿だった。

エネルギー反応の低下はすなわち、光子砲の発射が阻止されたことを示している。

光子バリアの消滅は、要塞内のシステムが何か致命的なダメージを受けた事を指す。

砲口に煌めいていたピンク色の光が、まるで命の灯火が消えていくかのようにゆっくりと薄くなっていく。

光子バリアが完全に消滅する頃には、砲口は真っ暗闇を湛えるただの大穴に戻っていた。

数瞬前まで自分達を射抜かんとしていた兵器が沈黙していく光景に、誰もが感嘆の息を漏らす。

そんな中、南部が立ち上がって艦長席に振り向いた。

 

 

「艦長、今がチャンスです。主砲を使って一気に叩き潰してやりましょう!」

 

 

南部に頷き、芹沢は老練の将に相応しいドスの利いた大音声で宣言した。

 

 

「葦津、全艦に通達。『左砲雷戦に移行、準備完了次第砲撃開始』。南部、ありったけの火力を集中して確実に破壊しろ」

 

 

了解、と返事して席に戻った南部の顔は、生き生きとしている。

 

 

「坂巻、全砲門統制射撃戦だ。ミサイル発射機も使え!」

「了解! 全砲塔一斉射撃用意、ミサイル発射機斉射三連! 準備完了次第発射開始だ!」

 

 

時間との息詰まる戦いに打ち勝ち、作戦目標である光子砲の発射阻止に成功した。それだけでなく光子バリアも消滅して、要塞の破壊も可能となった。

一気に好転した状況に、応える坂巻の声も弾んでいた。

 

上部2基、下部1基の巨大な主砲塔が長砲身を振りかざして、一斉に左舷へ指向する。

艦橋下の8連装旋回式多目的ミサイル発射機も振り向き、伏角を取る。

その間もパルスレーザー砲は、蒼光のシャワーを浴びせかけ続けている。

単縦陣を組む六隻の巡洋艦、駆逐艦も連装砲を旋回させて光子砲の砲口に照準をつける。

一直線に立ち並ぶ大小7隻の戦闘艦が持てる全ての砲で左舷を睨みつけるさまは、さながら狭間という狭間から大筒小筒を繰り出して、攻め入ってくる仇敵を迎え撃たんと構える城塞のごとし。

砲撃が本格的になり、坂巻と南部がなお一層忙しくなる。

 

 

「衝撃砲、発射準備完了! ミサイル発射機、撃ち方始めます」

「コスモタイガー隊、艦隊が砲雷撃戦に移行する。援護に当たってくれ」

『α1―1、了解。ミサイル攻撃に切り替えて再攻撃に移ります』

 

 

種々様々な指示が第一艦橋を駆け巡る中、第二艦橋下の発射機からは白煙を引いて小型ミサイルが矢継ぎ早に撃ち出される。

『すくね』『ブリリアント』の後部からは8発ずつ、『デリー』『カニール』の艦橋下からは6発ずつの小型ミサイルが、『ズーク』『パシフィック』の舷側からは各4発ずつの対艦ミサイルが放たれた。

44発のミサイル群第一波は我先にと猟犬のごとく目標へ殺到する。

ある弾頭は最初から何の障害も無かったかのように要塞の岩肌に突き刺さり、穿ち、爆発して破砕していく。

またあるミサイルは音速を超える速さで砲口のレンズに当たり、その衝力で砕き、叩き崩していった。

絶え間なく湧き上がる爆発に、外輪山の中が濛々とした黒煙に包まれていく。

 

 

「主砲発射始め、撃てぇ―――――っ!!」

「!!」

 

 

南部の裂帛の気合いがこもった号令に合わせて、坂巻が主砲のトリガーを引く。

刹那、三基9門の46センチ衝撃砲から眩いばかりの青い光条が迸る。

滞留していた黒煙を凪ぎ払って要塞表面に襲いかかる。

バリアさえなければ、所詮は岩と機械の塊。

7隻合計で51本におよぶ衝撃砲のエネルギー奔流は、ミサイルのそれを遥かに上回る威力で無抵抗の無人要塞を蹂躙した。

 

着弾した場所の岩が一瞬で蒸発し、その周囲もドロドロに溶ける。

砲口の輪郭をかたちどっていた鉄骨が、部品が、要塞を支えている支柱がバラバラに砕かれ、四方八方に飛び散り、一瞬の後には発火して人魂のように漂う。

ガラスが赤く、乳白色に発光し、炎が表面を舐めるように這いずり回る。

 

容赦なき艦砲射撃は第二射、第三射と続く。

黒煙の土壌から湧き立つように爆炎が林立し、要塞が見えづらくなる。

視界でもサーモグラフィでも赤外線モードでも、見渡す限り炎と高熱に埋め尽くされていて、何も見えない。

 

それゆえに、炎の海と化したカルデラ盆地から小さな熱源が飛び出したことに、すぐには気付けなかった。

 

 

「レーダーに味方機の反応! β3―2です!!」

 

 

IFF照合で大輔機の脱出に気付いたのは、レーダー班の来栖美奈。無謀にも要塞内に吶喊していった機が、まさか地獄絵図と化した眼前の光景の中から生きて出てくるとは思わなかった来栖は、にわかには信じがたいという表情でうわずった声で叫ぶ。

 

 

「いかん、攻撃中止!!」

 

 

その声を聞いた瞬間に叫んだ艦長の制止の声は、それでも遅きに失した。

カルデラ内で氾濫して暴れまわる炎の海から命からがら脱け出したβ3―2は、味方が張っていた弾幕へとまともに突っ込んだ。




チョッパー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話

『宇宙戦艦ヤマト2199 星巡る方舟』購入!
だがあえてこれから『地獄の黙示録』を見る!


2208年3月2日22時8分 『シナノ』医務室

 

「戦場」という言葉は、何も軍人の為だけの言葉ではない。

弾矢が飛び交い剣を交える場所だけを「戦場」というのならば、それはあまりに狭量に過ぎる。

とかく人が集まり戦うところはすべからく「戦場」と呼ばれるのが日本語の懐の広さというもの。

真面目なところでは外交交渉の場だって立派な戦場だし、砕けた話をすれば、スーパーマーケットで客が半額弁当に我先にと群がる様は、それはもう血で血を洗う乱戦の場と言っても過言ではないのだ。

そういった意味ではここはまごうことなき、彼らの戦場であった。

もっとも、それが命を奪う為の戦場か命を救う為の戦場かでは、その態様は大きく違うのだが。

 

軍艦の医務室。

それは、本物の戦場よりも長く、本物の戦闘よりも激しく、本当の意味で命の鬩ぎ合いが起こる場所。

宇宙艦艇の医務室は本物の病院並みに設備や物資が揃っていて、水上艦艇のそれよりも遥かに充実している。

それは逆に言えば、それだけの設備が必要となるほどに深刻な症状の患者が運ばれてくるということでもある。

 

 

「ふう……あとは任せた」

 

 

ナイロン製の縫合針をそっと助手に返し、覗いていた手術用顕微鏡を押しのけて本間仁一は溜息とともに緊張を吐き出した。

その術衣は血に染まり、マスクにも赤い飛沫が付いている。

今一度患者を見て、一歩後ろに下がる。

今日最後の手術となるこの患者には、他の患者の手術が終わったスタッフが途中から合流してくれている。現在では3人の執刀医と5人の助手、さらに機器の操作手や麻酔医が付いて、同時並行で治療が行われていた。

腹が本間仁一、左腕が西達史、右側頭部が萩原洋。いずれもいかなる部位の手術にも精通したゼネラリストだ。

 

 

「閉腹はこちらでやっておきます。孝雄!」

 

 

左腕の施術をしている西が、本間の後を引き継ぐ。彼に呼ばれた菅原孝雄が本間の位置に立ち、腹膜の縫合を始めた。

 

 

「そっちはどうだ?」

 

 

西の後ろまで回りこみ、肘の上3センチ程で切断された患者の左腕を覗き込む。

 

 

「インプラントの埋め込みは終わりました。あとは、拒否反応が出ないことを祈るばかりです」

 

 

西が行っているのは、左腕切断部分にインプラントを埋め込む作業だ。

患者は左手先端部分にパルスレーザーの直撃を受けて手首から先を焼失、肘上2センチまで回復不可能な火傷を負っていた。

そこで医療班はすぐに火傷部分を切断、断面部分を止血・消毒等の処理をした後にインプラントの埋め込みを決断した。

 

 

「ふむ……こればっかりはなんとも言えんのう」

 

 

神経に繋がれたインプラントは、脳から神経に送られてきた微弱な電気的刺激を感知し、後々接合される義肢に擬似筋肉の収縮を命じる。また、インプラントは義肢が触感などの情報を電気信号にして脳に送る際、神経に電気的刺激を与える役割も果たす。

つまり、患者の体がインプラントに拒否反応を示した場合、埋め込んだインプラントを外して旧型の表面筋電位型義手に切り替えなければいけない。

そうなれば、彼が軍人として復帰できないリスクが高まるのだ。

 

 

「旧型だとリハビリが大変ですから…感覚が完全に戻らない可能性もありますから、できればうまくいってほしいものです」

 

 

本間は喉を鳴らして頷く。

どんなに科学が進歩しても、拒否反応のリスクが全くない機械を作ることはできない。科学はいまだに人間を征服できていないということだ。

 

 

「しかしこの患者、これだけの重体でよく生きているもんじゃ。さっきの二人もそうじゃが……」

 

 

双眼式の電子顕微鏡で微小血管の吻合を続ける西を眺めながら、本間は呟く。

患者の名は白根大輔。コスモタイガーⅡのパイロットだという。伝聞なので事情がよく分からないが、彼はコスモタイガーでパルスレーザーの弾幕に突っ込んだそうだ。

パルスレーザー直撃による左上肢および両下肢の焼失、射出座席から放り出されて地面に叩きつけられた際に胸骨および右第三~第六肋骨の骨折、第四肋骨が肺に刺さって右肺が破れた上に船外服破損による低酸素状態。

正直、ショックで即死していないのが不思議でしょうがない。

だが、今はヴァイタルも回復し、負傷箇所の治療も峠を越えている。

 

 

「今日はいろいろなことがありました。奇跡の一つや二つでもなければ、帳尻合いませんよ」

 

 

苦りきった声でそう呟く西の表情は、マスクに隠れて見えない。

コスモハウンドおよびコスモタイガー撃墜による被害は、重傷者7名、軽傷者3名、死亡者8名。うち3名は、ここで息を引き取った。

術中に患者に死なれてしまうのは、医者としては一番つらいこと。

しばらく戦乱も無く、軍艦に乗っていても退屈な時間を満喫していた本間たちにとっては、冷や水をかけられた気分だ。

軍艦の医務室に勤めることが何たるかを、頬をひっぱたいて思い出させられたのだ。

奇跡でも何でもいいから一片の救いがあってほしいと願う気持ちも、分からなくもない。

 

 

「奇跡、か。しかし、その奇跡でこの患者が生き残ったところで、本人がそれを喜ぶかどうかは……分からんからのう」

「それは軍人生命が、という意味ですか?」

 

 

自分の行為を否定されているとでも思ったのか、少々険が入った西の問いに本間は頭を振る。

 

 

「今の義肢は優秀じゃ、船乗りでもパイロットでも外科医でも生身と同じように動かせるのは、おぬしも知っておろう?問題は、患者が義肢を受け入れるかどうかの話じゃ」

「……ああ、人間主義ですか。確かにここ数年、再生医療を希望する患者が増えましたが。でも、今はそんなことを言っていられる場合でもないでしょう?」

 

 

人間主義とは、ここ数年の間に一般市民の間に広がっている思潮のことだ。狭義では身体に義肢やペースメーカー、ボルトといった人工物を埋め込むことに抵抗を示す人を指し、過激なものはロボットの社会進出はおろか機械文明そのものを否定する思想を示す。個人、集団によって思想の幅はかなり大きいものの、その根底には機械に対する嫌悪感がある。

人間主義が広く浸透した切っ掛けとして強く支持されている説は、2202年の暗黒星団帝国来襲だ。一夜にして世界中の主要都市を占領した侵略者は、地球人類に母星占領のほかにもう一つの衝撃を与えた。襲ってきた宇宙人が首から下が機械のサイボーグ人間だった事実は、人体への行き過ぎた機械化への生理的忌避感を生み、それが昇華されて機械そのものへの脅威論に発展したというのだ。

反機械文明の様な過激派はごく少数派だが、かなり希釈されたもの―――人工臓器やロボットに対して以前よりも抵抗感が強く感じるなどといった―――は民間人のみならず軍人にも広く浸透している。

 

 

「勿論じゃ。四肢の欠損が与える患者への精神的・肉体的ストレスは大きい。後々に腕を培養して接合させるにしろ、義肢でもいいから腕が繋がっている方が医療上望ましいことは、言うまでも無いことじゃ」

「……ですよね。もう、びっくりさせないでくださいよ本間先生。間違った事をしているのかと思って驚いたんですから」

 

 

本間はマスクを外しながら悪い悪い、と苦笑いで応える。

 

 

「しかし、最近の若者はど~もその辺の理解が足りないというか、軍艦の医務室でも再生医療くらいできて当たり前だと思っとるようでのう。せっかく助けたのに『なんで義肢を付けたんだ』とか文句を言われたらと思うと、少々憂鬱になるわい」

 

 

オペ看から針とナイロン糸を受けとる西は、マスク越しに暗い笑いで応えた。

 

 

「もし私にそんなこと言ってきたら、その場で義肢をもぎ取ってやりますよ」

 

 

ちなみに、インプラントを経由しているとはいえ生身と疑似的に神経が繋がっている義肢は、もぎとられると義肢が受けるダメージがそのまま脳に痛みとして伝達される。

 

 

「貴様、本当に医者か? ……まぁ、いいが」

 

 

それじゃ後は頼んだ、と西に告げ、本間は手術台に背を向けて手袋を外しながら扉へ向かった。

開いた自動ドアをくぐり、大きく溜息をついて暗くなりがちな気分を吐き出したところで、ふと思い出す。

 

 

「……奇跡と言えば、サンディ王女とあかね嬢ちゃんの様子も後で診ておかなければいかんのう。こっちはこっちで憂鬱だわい」

 

 

奇跡とは、すなわち人智を越えた何かのこと。

その点では、先に運ばれてきたサンディ王女と簗瀬教授の娘っ子―――前に食事の配給に来てくれたから見覚えがある―――もまさしく奇跡だった。

 

墜落するコスモハウンドから放り出され、30分もの長時間に渡る真空暴露、宇宙線の被曝。

どう考えても絶望的な状況だ。

しかし、彼女達がここに担ぎ込まれてきたとき、本間を含め医療班は皆、二人の身体に目立った損傷が無いことに驚愕した。

何故か全身から金色の淡い光を放つ二人を検査にかけたところ、急性放射線障害の発症や血液の沸騰といった状態は無く、肋骨の単純骨折と軽い低酸素症のみ―――それでも十分に重傷なのだが―――だった。

本間は軍医として数多くの戦傷者と向き合ってきたが、このような症例は過去にないし、また彼の医学的知識からすればありえないことだ。

墜落中の宇宙船から放り出されても即死しない、地球人離れした頑丈すぎる肉体。

長時間の真空暴露にも致命的ダメージを受けない、生物の範疇に収まらない身体。

奇跡の源泉がどこから来るのか、一介の医者としては非常に興味心をくすぐられる。

 

 

「もっとも……どちらかと言えば、それは御母堂の研究分野なんじゃろうなぁ」

 

 

しかし、一人の人間としては患者を興味の対象として見ることは躊躇われる。

本間が今できる事は、臨床データを送ることぐらいだろうか。

それとも、二人を地球に送り帰すことになるか。

今後の航海スケジュールにもよるだろうが、帰すならば今のうちだ。

ここならばまだ太陽系から出たばかりだから、駆逐艦にでも重傷者を移送して帰せば、ワープで2日とかからずに地球に戻れる。だが、貴重な戦力が一隻減ってしまう。

どちらにせよ、それを判断するのは最終的には芹沢艦長と艦隊司令だ。

 

 

「実の娘を研究対象として見る……ワシにはとてもじゃないができんワイ」

 

 

二人は何番のベッドだったかのう、とボヤキながら、禿頭を掻きつつ本間は手術室を後にした。

 

 

 

 

 

 

3月3日0時44分 天の川銀河外縁部 テレザート星系 ラルバン星司令部

 

 

「無人惑星1988号のシグナルが途絶えました。……どうやら、撃破されたようです」

 

 

緊張した面持ちでモニターを見つめていた通信員が、落ち込んだ声で告げた。

 

 

「やはり、未完成品は未完成品か」

 

 

通信員の傍で固唾を飲んで見守っていたガーリバーグは僅かに表情を歪ませるが、すぐに気持ちを切り替える。

理想を言えば、無人要塞には敵艦隊もろともダーダー義兄が送るであろう分遣隊を葬り去って欲しかった。

分遣隊と敵艦隊が交戦中に光子砲の射界に入り込んでくれれば、光子砲の一撃でもろとも蒸散してくれるのではないか、と皮算用をしたのだ。

それを期待してガーリバーグはダーダー義兄に無人要塞の存在を伏せておいたのだが、どうやら敵艦隊は早々に無人要塞を破壊してしまったようだ。

 

 

「あるいは必然かもしれません。相手は、彗星都市を落とすほどの強敵なんですから」

 

 

両腕を組んで、顎髭を人差し指と親指でつまんで撫ぜているのは、参謀長のアンベルクだ。先天性の目の病気ゆえにサングラスの装着が特例として認められているアンベルクは、その髭と相まって軍人というよりも狩人といった風貌だ。

出現位置から考えて、敵が地球艦隊である可能性は、極めて高い。

ズォーダーを討ったほどの地球艦隊の力を舐めていた訳ではないが、それにしても対応の早さには少々驚いた。

もっとも、もともと戦力に数えていない無人要塞が破壊されたところで痛くも痒くもない。結局、何もかも予定通りということだ。

 

 

「司令。次の一手はどう打たれますか?」

 

 

ガーリバーグより遅れて司令部に来た、痩せぎすで顔色の悪そうな男―――副司令ソーが、無表情の顔で事務的な口調で問いかける。

ガーリバーグは即答を避け、司令席に腰掛けて現状を整理した。

現時点で、地球艦隊はここより1万8000光年先、うお座109番星系周辺にいる。

ダーダー義兄のアレックス星攻略部隊は、予定通りの航海ならばラルバン星より4000光年の位置。地球艦隊とダーダー義兄の艦隊は距離にして約2万光年といったところか。

義兄がすぐに分遣隊を編成して急行させたとするならば、その気になれば明後日夜半、遅くともその翌日の早い時間には地球艦隊を捕捉するはず。

 

 

「ソー。ダーダー義兄は、分遣隊を差し向けると思うか?」

「―――ダーダー殿下の性格を推察いたしますに、その可能性は限りなく高いと思います。あの御方は、亡くなられた前帝陛下以上に自尊心が高い方であられますので。きっと地球艦隊を徹底的に蹂躙した上で、それをネタに司令をいびってやろうなどと考えている事でしょう」

「こちらの思惑通りにか?」

「ええ。司令の思惑通りに」

 

 

ソーの能面の様な表情が崩れ、口元に笑みが浮かぶ。まるで、いたずらを仕掛けて誰かが引っかかるのを待っている子供の様だ。

こちらもほんのすこし、口角を上げてソーに応える。視線を向ければ、アンベルクもにやけていた。3人は共犯だった。

 

 

「それで、アンベルクはどちらが勝つと思う?」

「分遣隊が負けてくれた方が、こちらとしてはスカッとしますがね」

 

 

司令、副司令、参謀長の三人が喉を鳴らして愉快そうに笑う。

地球艦隊と分遣艦隊のどちらが勝つか、それによって採るべき道は変わってくる。

分遣艦隊が勝ったならば、本隊に合流してアレックス星攻略に戻るだろう。負けた地球側が報復に出るかどうかは分からないが、いずれにせよアレックス星が決戦の場所になる。

地球艦隊が勝ったならば、ナルシストでプライドの高い義兄のことだ、すぐにアレックス星攻略を放り出して地球艦隊殲滅に向かうだろう。そうなれば、戦場は地球艦隊のいるうお座109番星系、あるいはその周辺。戦況次第では地球本星まで及ぶかもしれない。

どちらの場合も、アレックス星艦隊の動向次第では、攻略部隊は地球艦隊とアレックス艦隊に挟撃される可能性もある。

 

 

「確かに義兄の憤懣やるかたない顔を想像するのは楽しいが、それはそれで困る。あまりに負けすぎると私の元に入る戦力が減ってしまう。全滅なんてされたら、元も子もないではないか」

 

 

地球侵攻作戦から生きて帰ってきた艦の艦長から聞いた話によると、地球の宇宙艦艇の多くは光子砲のような戦略級兵器を常備しているらしい。

その威力は、彗星都市に滞留している高圧ガスを全て吹き払うほど。バルゼー閣下率いる第六機動部隊に向けて放たれていたら、一瞬で艦隊は綺麗さっぱり消滅していただろう。

地球艦隊にはダーダー義兄の座乗艦を撃ってもらうだけで十分なのだが、艦隊を全滅されては意味が無い。

 

 

「タイミングを見て、撤退を援護しますか? そうすれば恩を売れる……いや、それではここの守備ががら空きになる。そこをあの人形共に攻め込まれたら、それこそ元も子もないか」

「発想自体は悪くないんじゃないか? 修理の名目で分遣隊をラルバン星に拘束すれば、ダーダー義兄の戦力を削ることが出来る。アンベルク、君はどうだ?」

 

 

4ヶ月前の侵攻以来、ウラリア帝国は沈黙を保っている。

ウラリアの侵攻周期が半年から一年の間だから、まだ時間的余裕がないわけではない。

しかし、万が一撤退の援護に出張って旧テレザート星宙域守備隊に被害が出たら、いざウラリアが攻め込んできたときにこのラルバン星を守れるだろうか?

現在の戦力は、大戦艦11隻、ミサイル艦5隻、中型空母2隻、高速駆逐艦9隻、潜宙艦6隻。

それに加えて、アリョーダー義兄の援助を受けて滞っていた軍艦の建造が再開されている。

現在この星で建造中の軍艦は、大戦艦11隻、ミサイル艦5隻、中型空母2隻、高速駆逐艦16隻。建造が始まったのは先月だから、完成して完熟訓練が終わるまで一年弱。とてもではないが間に合わない。

 

 

「ウラリアの出方次第では出撃できる、かもしれません。そうなると、戦場がどこになるかで……決戦が近場ならばできるだけ防衛の穴を空けずに帰ってこられるでしょうが、いやそもそも撤退を援護してこちらにまで損害が発生したら。やはり、あの人形共がネックになりますか」

 

 

本来がウラリア帝国からこの星を護る戦力を確保するのが目的なのだから、本星の防衛をおろそかにはできない。

だが、そのリスクを分かっていても、アレックス攻略部隊の将兵たちの好感度を上げる絶好の機会を逃すのは惜しかった。

 

 

「駄目だ、情報が足りん。こんな事になるなら、もっと警戒網を広げておくべきだったな」

 

 

思考が行き詰ったアンベルクの独語を聞いたガーリバーグは、今更ながら己の失策に歯噛みする。

テレザート星宙域守備隊―――といっても、もはやラルバン星守備隊しか存在しないのだが―――の早期警戒体制は、それほど広いものではない。敵がラルバン星宙域に到着する前に防衛艦隊が出撃出来れば十分なので、早期警戒衛星はラルバン星から200万宇宙キロの距離にしか配置されていないのだ。度重なるウラリア帝国の侵攻で戦力を削り取られているため、偵察部隊を駐屯させることができないという事情もある。

 

 

「幸い、敵がやってくる方角は分かっています。今からでも哨戒に何隻か出したらどうでしょう?」

「……そうだな。おい、潜宙艦『レウカ』『ロンギ』に伝令だ。『出撃準備、準備しだいただちに出港せよ。任務及び行き先は出港後に伝達する』」

 

 

少し逡巡するそぶりをみせたガーリバーグは、結局ソーの意見を採りいれた。

 

 

「了解しました。『レウカ』『ロンギ』に出撃を命じます」

「ほかの艦も出撃準備をしておけ。明朝0600時には出るぞ。私も大戦艦『クサナカント』で出る」

「本当に出撃されるのですか? しかし、現状では出撃できるほどの余裕は……」

 

 

不安そうな表情で振り返る通信員に、マントを翻したガーリバーグは背中越しに答えた。

 

 

「そんなことは私が一番知っている。なに、ウラリアが侵攻してくる兆候を察知したらすぐに戻ってくるさ。アンベルク、貴様はついてこい。ソー、貴様は残って副司令として修理の手配を指揮しろ。帰ってきたら大忙しになるだろうからな」

 

 

そのまま指令室を出て行くガーリバーグ。後ろに続くアンベルクが、ガーリバーグの言葉を継いだ。

 

 

「心配するんじゃねぇ、味方を釣りに行ってくるだけだ。ソー、大量に釣ってくるから待ってろよ?」

「釣果を期待するぞ、アンベルク」

 

 

下段の礼で見送るソー副司令と、三人の自信がいまいち理解できずに首を傾げる通信員だけが指令室に残った。

 

 

 

 

 

 

2208年3月3日3時44分 『シナノ』医務室

 

 

天が燃えているような黄昏時。

 

 

風に流れる筋雲は炎の揺らめきのごとく。

 

 

茜空の下、赤い草原に長い影を落とす、幾千幾万もの墓標。

 

 

夕陽を背に、墓の森に佇む青いドレス姿の女性に、私はただ見惚れていた。

 

 

誰もがうらやむような美貌の女性が、柔和な笑顔を向けている。

 

 

しかし彼女が向ける笑顔に差す影は、光の加減によるものだけではないのだろう。

 

 

目尻に涙を浮かべる彼女は、別れの言葉を口にする。

 

 

彼女の腰よりも長く伸びる金糸のような髪が、私の腰よりも長い彼女と同じ色の髪が、そよ風に身を任せてサラサラと流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星が燃えているような夕暮れ時。

 

 

立ち上る黒煙は、私が乗っていた船から。

 

 

あの日と同じような茜空の下、高い空から赤い荒野に影を落とす、見知らぬ形の飛行機。

 

 

私は、飛んでくる飛行機を呆然と見上げ、口元に微笑を浮かべる。

 

 

飛行機に引かれるように、おぼつかない足取りでふらつくように歩く。

 

 

その手には、託されたものが握られている。

 

 

しかし、やがて膝から崩れ落ちて力なく倒れてしまう。

 

 

冷たい大地を左の頬に感じたまま、意識が朦朧としてくる。

 

 

もう少し、もう少しなのに。

 

 

右手に握ったカプセルの感触が遠ざかっていく。

 

 

意識が真っ黒にかき消される刹那、私が瞼の裏に観ていたのは、私が生まれ育った美しき青い星だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《……これは、誰の夢?》

 

 

私は古い映画の様な擦れた映像を見て、否、追体験している。

 

 

―――――――――――――――これは、わたしの夢。

 

 

どこからともなく聞こえてくる声に、うわごとのように問いかける。

 

 

《これは、誰の記憶?》

 

 

―――――――――――――――わたしの、最後の記憶。

 

 

《貴女は、誰?》

 

 

―――――――――――――――わたしは■■■■。

 

 

それは、私が聞いた事のない名前だった。

 

それが意味することを考え、咀嚼していると、ぼんやりとしていた意識がはっきりしてくる。

 

ようやく、この状況に疑念を抱く。

 

私に語りかけてくるのは、何者なんだろうか?

 

 

《私は、貴女なんて知らない》

 

 

―――――――――――――――わたしも、貴女のことは知らない。でも、わたしは貴女と共に在る。

 

 

《私は貴女なんて知らない、貴女なんかいらない!》

 

 

要領を得ない答えを聞いた途端、頭に一気に血が上る。

 

私と共に在る? 意味が分からない!

 

 

―――――――――――――――わたしは長い間、貴女と共にあった。そしてこれからも、わたしは貴女と共に在り続ける。

 

 

《そんなこと頼んでない!》

 

 

私とずっと一緒にいたのは、傍にいてくれたのは、貴女なんかじゃない!

 

 

―――――――――――――――それはできない。もう、わたしたちではどうしようもできない。わたしたちは、離れることはできない。

 

 

これからも傍にいて欲しいのは、一人だけ――――――

 

 

《ふざけないで! もうやめて! 私を、これ以上私を、》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私を壊さないで!!」

 

 

叫んだ勢いそのまま、私は跳ね起きた。

胸に激しい痛みを感じ、思わずうめき声と共に顔を顰める。

身体を丸めて、ひたすら痛みが治まるのをじっと待つ。

 

 

「…………夢、だったの?」

 

 

呟きに答えてくれる人はいない。

額に掻いた脂汗をぬぐって、張り付いた金色の髪を左右に掻き分ける。

荒い息のまま周りを見渡すが、周りがクリーム色のカーテンで仕切られていて、場所の見当がつかない。

―――いいえ、殺風景なこの場所に、私は来たことがある。

そこまで考えて、自分が居る場所がベッドであることに気が付いた。

確か私は、コスモハウンドの機内にいたはず。

それで、突然機体が傾いて、墜落して、その後は――――――

 

 

「ここは『シナノ』の医務室……そう。私、助かったのね」

「ええ、助かったわ。何の因果か、私も一緒にね」

 

 

反射的に頭を上げると、カーテンが開かれる。

 

 

「ねえ、あかね。今までずっと聞かないでいたけど……貴女、いったい何者なの?」

 

 

そこには、私が夢の中で出会った人と瓜二つな女性が、今まで見たこともない厳しい表情で立っていた。




映画を観終わったらCoD:BOをプレイするぜ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話

『星の方舟』観ました。
過去のヤマト作品のオマージュがふんだんに盛り込まれて、でもオリジナル要素がよく混ぜ込まれていて、とても良かったですね!
これで終わりといわず、ガトランティス帝国編も作ってくれないかなぁ……。


2208年3月2日22時14分 『シナノ』医務室

 

 

「な、何者ってそら、貴女何を言ってるの? 知ってるでしょ? 私は簗瀬あかね。簗瀬由紀子の長女、地球連邦大学4年生よ?」

 

 

顔をひきつらせて何を言ってるのか皆目分からない、という表情を見せるあかね。だが、そらの厳しい視線は緩まない。

今までの友好的だった態度はどこへ行ったか、そらの言葉はどんどんと鋭利さを増していく。

 

 

「……随分と饒舌ね。『地球連邦大学の4年生』なんて情報、自己を規定するのにわざわざ言わなくてもいいことよ? 人は嘘をつくときにはよく喋るって言うけど、地球人も同じみたいね?」

「―――意味がわからない。今の私の言葉のどこに嘘があるっていうのよ? 私と母さんが親子じゃないとでも言いたいわけ?」

 

 

あかねは大げさな仕草であきれた声を上げ、かぶりを振った。

 

 

「ええ、疑っているわ。だって、貴女が由紀子の娘だとは思えないもの」

「!!」

 

 

その言葉を聞いた途端、今まで困惑交じりだったあかねの表情が一変する。

 

「由紀子の娘とは思えない」

 

それは、あかねには到底受け入れられない言葉だった。

幼いころにガミラスの遊星爆弾で父を失ったあかねは、母と兄代わりの恭介だけを心の支えに戦時下を生き残ってきた。

そして恭介が宇宙戦士訓練学校に入学してからは、文字通り母一人子一人で生きてきたのだ。

家族の絆というものに対して特別な想いを抱いているあかねは、何も知らないそらが由紀子とあかねを繋ぐ「家族」という関係を否定することが許せなかった。

 

 

「ふざけないで! 私は簗瀬あかね、簗瀬幸彦と近藤由紀子の長女! アジア洲日本国東京府白山生まれ、何一つ間違ってなんかいないわ! 証拠でもあるの? あるんなら持ってきなさいよ! そんなに疑うなら、戸籍でもDNAでも調べてみなさいよ!」

 

 

激昂したあかねは目を吊り上げて視線を向ける。

視線がぶつかりあって火花を上げた。

 

 

「そんなことをしなくても分かるわ。アレックス星第一王女サンディ・アレクシアの名にかけて断言する。貴女は、地球人ですらない」

 

 

それを聞いたあかねは、

 

 

 

 

 

パァン!

 

 

 

 

 

激情に身を任せて右手を振り抜いた。

金糸のような髪がさらさらと流れて、サンディの左頬を覆う。

 

しばしの間、沈黙が場に流れる。

片や興奮に肩をいからせて息を荒げ、片や頬を叩かれた姿勢のまま彫像のように動かない、対称的な両者。

 

 

張り詰めた硬直は、あかねが胸の怪我の痛みに耐えかねてベッドに崩れ落ちるまで続いた。

 

 

……やがて、髪の隙間から覗いたそらの瞳があかねを捉える。

あかねの憤怒の顔は、視線だけで人を殺せるのではないかと思わせるほどだ。

視線をぶつけるのは一瞬、そらはゆっくりと瞼をつむる。

一息吐いて気持ちを抑えつけた彼女が再び向けるは、先ほどとは打って変わって眉間の皺を緩めた同情的な視線。

 

 

「あかね……本当は自分でも気づいているんでしょう? いいえ、気付いてないはずないわよね? 貴女は聡い娘だもの」

「だから、さっきから何なの!? 意味がわからない!」

 

 

あかねはシーツの上に這いつくばって胸の痛みをこらえながら、それでも髪を激しく振り乱して拒絶する。

 

 

「貴女には重大な秘密がある。それは、私にとってはとても重要なことなの。私は、どうしてもそれが知りたいの」

「奥歯に物が挟まったような言い方しないで、ハッキリ言いなさいよ!」

 

 

あかねを刺激しないように、抑揚を抑えた声で問いかける。

しかし、普段ならまだしもそらの許せない一言のせいで興奮状態にあるあかねには、そらの態度は余計に神経を逆なでするものでしかなかったようだ。

 

 

「ハァ……本当に気付いていないの? それとも、現実から目をそむけてるだけ? ……いいわ、ハッキリ言ってあげる」

 

 

そらは鈍痛にうめき苦しむあかねのすぐ隣に座り、彼女の右肩にかかっている髪をひと房掬いあげる。

そして自分の左肩の髪もひとつまみし、手の上で並べて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――貴女、いつの間に髪を金色に染めたわけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決定的な一言を放った。

 

 

 

 

 

 

「貴女、ついさっきまで黒髪だったでしょ? それこそ、コスモハウンドが落とされるまでは。手術のついでに染めてくれるように医師に頼んだのかしら?」

 

 

あかねは俯いたまま動かない。

手に取った髪をあかねに見えるように目の前に突きつけてやると、つらそうに顔をそむけた。

やはり、気付いていないわけがないわよね。

気付いていて、何らかの理由で隠した。―――その理由のひとつは、すぐに想像がついた。

恭介に嫌われたくなかったのだ。

 

 

「初めて私達が会ったとき……恭介、あかねが髪を染めて不良になっちゃったって騒いでたわよね? 今の貴女を恭介が見たら、どう思うかしら?」

 

 

ヒントは至るところにあった。

私がこの場所で初めて恭介とあかねに会ったとき。

のちに恭介が言うには、あかねの前髪の根元が金色になっていたのを見て、不良になってしまったと勘違いしていたらしい。

その話を聞いたとき、そらは「あんたバカ?」と一笑に付しただけで深く考えなかった。

だが、今にして思えばそれは兆候だったのだ。

 

 

「今の貴女の髪は、私が見てきた地球人のそれとは全く種類の違うものだわ」

 

 

地球に戻ってからの驚異的な学力の向上。一緒にいると稀に目撃する、瞳の淡い発光。

それが一般的な地球人とは大きく違う特徴であることに、アレックス星人のそらは気付かなかったのだ。

 

そして、今日の事件だ。

 

 

「これを見て」

 

 

そらは左手に乗せた二人の髪に右手の影を被せる。

 

 

「……」

 

 

茫洋とした瞳で視線だけを向けるあかね。

彼女の見る先。そらが翳した手の中で、麻を裂いて並べたような美しい二人の髪が自ら輝きを発している。

 

 

「私の知る限り、地球人の髪は自ら光を発することはない。いいえ、地球人だけじゃない。私が生まれたアレックス星の民も、こんな風になることはないわ。ただ一つの例外を除いてね?」

 

 

私の言いたいことは分かるわよね?と言外に問いかける。

 

 

「光る髪は、私を含むアレクシア王家の血を受け継ぐ者だけに現れる身体的特徴。私の国ではこれが王家の正当性の象徴であり、光の強さが血の濃さを表しているの」

 

 

改めて、掌で月光のように煌々と光る二人の金糸を見る。

あかねの髪はそらと同じくらい、否、そらの髪よりも強い輝きを発している。

それが示しているのは、アレクシア王家の第三王女であるサンディよりも、あかねの方が王家の血が濃いということだ。こんな奇妙なことはない。

 

 

「あかね。地球人の貴女が何故、遥か26万光年彼方の私達と同じ特徴を持っているのかしら?」

「それは……」

 

 

実のところ、この質問でははぐらかされる可能性もあった。

そもそも、26万光年彼方の地球人とアレックス人が同じ姿形をして極めて似た文化文明を持ち、こうして地球人の中に混じって生活できていることが奇跡的なのだ。

あかねの髪だって奇妙な偶然だと押し切られてしまったら、そらは反論する術をもたない。

だが、激しく動揺している今のあかねならば、聞き出せるのではないかと思っていた。

 

 

「コスモハウンドから吹き飛ばされて、私とあかねはヘルメットを付けないまま空気のないゼータ星の大地に投げ出された。アレクシア家の人間は、ある程度の時間ならば宇宙空間でも無酸素で活動できる。だから私は助かった。でもね? 純粋な地球人であるはずの貴女は、5分と経たずに死んでいるはずなのよ」

 

 

真綿に水を含ませるように、じっくりと言葉を沁み渡らせる。

 

 

「これらの事が示すのはただ一つ。あかね、貴女は私達アレクシア王家ととても近い血縁関係にある。いいえ、生き別れた実の姉だといわれても、私は何の疑いもなく受け入れる自信があるわ」

 

 

現状に不満があるわけではない。

地球の人々は私を受け入れてくれるし、簗瀬家は私を家族に迎え入れてくれた。

しかし、やはり私はアレクシア王家の人間であることを完全に捨てきることはできない。

その意味では、私はどこまでも天涯孤独だ。

だが、地球に私に繋がる人がいるとなれば、たとえそれがどんなに遠縁であろうとも、私の心は本当の意味で安息を得るのだ。

それがあかねならば、どんなに嬉しいことだろうか。

 

 

「だからお願い、教えて。貴女が本当は何者なのか」

「……私、は」

 

 

あかねが私を見る。

先程の獰猛といえる敵意むき出しの表情はどこへやら、心ここにあらずといった曖昧な視線。

私の言葉に心当たりがあるのか、葛藤しているのがわかる。

あかねの視線を受け止め、目を逸らさずに無言で見つめあう。

彼女の心が落ち着くのを、辛抱強く待つ。

唇が、ゆっくりと動いた。

 

 

「私は……自分が誰なのか、分からない。分からなくなったの……」

 

 

零れ落ちた一言とともに、目尻から一筋の涙が流れて頬を伝った。

 

 

「分からない?」

「―――私は、簗瀬あかね。生まれてからずっとそう言われてきたし、私もそうだと思って育ってきたわ。でも、でも…! 私、最近おかしいの。私が私じゃないみたいな感じ、私の中にもう一人の私がいるような感じがするの!」

「………もう一人の、あかね」

 

 

思わずオウム返しに聞き返す。

 

 

「夢を見たの。そらにそっくりな人が出てきて、自分の最後の記憶だとかいうのを見させられたり、今までもこれからも隣に在り続けるとか。あの人はそらじゃないの? 貴女が、アレックス人の超能力か何かで私に見せた夢じゃないの?」

 

 

あかねは一縷の望みを託すような弱々しい眼差しで、私を見つめてくる。

にわかには信じられない話だが、嘘を言っているようにも思えない。

だが、あかねの話はそらにとっては予想外のことで、困惑を隠せない。

出自の秘密を聞けるかと思ったら、二重人格疑惑?

ということは、あかねは本当に由紀子からは何も知らされていないってことだろうか?

万事うまくはいかないものだ。

 

 

「―――いいえ。アレクシア王家に、そういった精神干渉の超能力を持った者が現れたことは一度もないわ」

「だったらなんなのよ、あの女……もういや、何が何だかもう分からない……」

 

 

あかねははらはらと涙を散らし、そらに縋りついてくる。

悟られないようにひとつ溜息をついて、背中にまわした両手で力なく抱きとめた。

あかねがダメでも、もしかしたら恭介が知っているかもしれない。恭介も知らないようだったら、由紀子に直接聞くしかなさそうだ。

どちらにしても、あかねが私と血の繋がりのある存在であることはほぼ間違いない。

 

腕の中で嗚咽を漏らすあかねを抱きしめながら、そらは沈思黙考する。

 

地球人の簗瀬家がアレクシア王家と何かしらの関係があるのだとしたら、そこからイスカンダル星に関する手掛かりが掴めるかもしれない。始祖星はもうこの宇宙に無いが、そらと祖を同じにする星が、この天の川銀河のどこかに存在する可能性は、十分に考えられる。

そうしたら、その星に頼んでアレックス星へ救援を頼めるかもしれない。

 

 

「あかね、夢の中の私にそっくりな女の人について、他に何か分かったことはない?」

 

 

更に情報を仕入れるべく、あかねを刺激しないように優しい声色でそらは問いかける。

 

 

「……そういえば、自分の名前を名乗ってたわ。確か―――」

 

 

だが、あかねが告げたその名前に、そらは思わず驚愕の声を上げた。

 

 

 

 

 

 

3月2日 16時58分 天の川銀河外縁部うお座109番星系第4惑星

 

 

どこまでも続くトンネル内に、キュラキュラとキャタピラの音が響く。

灯火のないまっすぐな搬入路を、1台の車両がヘッドライトを点けてひた走る。

装軌装甲車に単装ミサイル砲を二基装備した兵員輸送車には、空間騎兵隊と同じ宇宙服および装備を身に纏った一団が搭乗している。しかし、その色は闇夜に溶け込むことを目的とした艶消しブラックに塗り直されている。

アメリカ宇宙軍特殊部隊、SEALS(SEa,Air,Land,outer Space)。『ニュージャージー』が調査船団に加わるにあたり新たに乗艦した、空間歩兵戦闘を専門としたプロフェッショナルである。

もっとも、その実態は空間騎兵隊出身の米国軍人を再訓練しただけのやっつけ仕事だ。

 

SEALSが潜入しているのは、ゼータ星に遅れること1時間後に第4惑星にて発見された無人要塞2019号。外側からの破壊を行った『シナノ』と違い、『ニュージャージー』は内側からの破壊を画策しているのだ。

侵入経路は、籠手田と白根が命がけで発見した資材搬入路。『シナノ』が行った要塞攻略戦の情報を基に、米国艦隊は安全かつ最小限の資源投資で巨大な敵を内側から攻略しようというのだ。

 

2基のミサイル発射ドームはひっきりなしに砲身を振りかざし、どこから攻撃を受けても対処できるように警戒を怠らない。

事前に齎された情報により無人である可能性が極めて高いとはいえ、トラップの類がない保証はどこにもない。

やがて輸送車は、陸上競技場ほどはあろうかという大きな空間に出る。その中心に聳える樹木状の蓄電機の前で停車し、暗視装置をかけた隊員が音もなく下車する。下車口を中心に扇状に展開して全周警戒に移った。

やがて異状がないことを確認すると、兵士達はようやく銃を下ろして緊張を解く。

フルフェイスに髭を蓄えた壮年の男―――隊長のマイケル・ヒュータが、物言わぬ大樹を見上げながらヘルメットの右耳を押さえ、無線を開いた。

 

 

「セイバーリーダーよりホームタウン(ニュージャージー)。情報の通り、トンネルの最奥に『大樹』を発見した。周囲に敵影は無いが、『大樹』は沈黙している模様。予定通り、破壊作業に入る」

『ホームタウン了解。要塞としての機能が停止すればいい、破壊箇所は最低限にな』

 

 

マイケルは逆手に持ったライトを正面の蓄電施設にかざす。壁や天井からはケーブルとも排気口とも見分けがつかないほどの太い管が伸びて、眼前の蓄電池に繋がっている。そのいずれからもわずかなエネルギー反応が検出されていた。

 

 

「どうやらここには、他のバッテリーに溜められた電力が集まるようです。ここから要塞に伸びているケーブルを特定すれば、機器には手を付けずに沈黙されることができそうです」

 

 

古樹の周囲を音もなく歩きながら、ライトは蓄電施設の根元を照らし出す。そこには、人間が丸々納まりそうな程の太さの電気ケーブルの束。ケーブルの行き先を視線で追いかけると……どうやら、天井のケーブルで送られた電力が大樹で収束し、根元から要塞本体へ送られているようだ。

 

 

「頼んだぞ。他国がまだ手に入れていない白色彗星帝国の技術は、合衆国の繁栄には必要不可欠だ。何としても無傷で手に入れたい」

「了解、通信アウト」

 

 

ガガッという雑音で無線が切れる。その間にも、7名の部下は持ちこんだ紡錘状の爆弾を取り出していた。

 

 

「よし、総員聞け。見たところ、『大樹』は暢気に大いびきをかいて寝ているようだ。起きないうちに枝と根っこを同時に斬り落として、こいつをトーテムポールに彫刻してやる。作業にかかれ!」

 

 

ヘルメット越しに響くくぐもった笑いとともに、SEALSの隊員は散開してスラスターを噴かす。

比較的地球に近い重力にも関わらず、力強い炎と共に隊員達は天井に伸びるケーブルに難なく辿り着いた。

 

 

「しかし、この『大樹』ってのは異様だな……まるでどっかのお伽噺に出てくる豆の木みたいじゃないか。ガトランティスの野郎にしては随分とメルヘンというか、生々しいデザインだ」

「ガトランティスが征服した星が由来の兵器、なのか? 使われているのはガトランティスの文字にしか見えんが」

 

 

マイケルの独語に、背が高くて浅黒い肌の男―――副官のスティーブ・ダグラスが秘匿回線で応えた。スティーブは他の隊員とは別に、コンソールを操作して機能停止できないかを試している。

 

 

「ああ、案外ガミラスあたりから技術提供があったのかも知れないな。ガトランティスとガミラスは一時手を組んでたというし」

 

 

銃を背中に回して両手を空けたマイケルは、スティーブの隣の席のコンソールをリズムカルに叩く。

二人は、ガトランティスの言葉と文字を翻訳機を使わずに解することができる米国では数少ない人材だった。

 

 

「セイバーリーダー。結局、ホームタウンからの情報は正しかった訳だが……情報の出所はどこなんだ? 未知の存在であるはずの無人要塞にこれほど大規模な蓄電施設があるなんて、外からの観測だけじゃ絶対に分からないはずだが?」

 

 

スクロールしていくガトランティス文字を眺めながら、スティーブは尋ねた。

 

 

「ああ、それか。あれは艦長から直接聞いたんだ」

「艦長が? 本国の資料室とか艦内のデータベースではなく?」

「ああ、艦長が直接資料を持ってきてくれたよ。……駄目だ、パスワードが設定されてる。こいつは本職が本格的に解析しないと、この場じゃ機能停止できない」

 

 

二人が相対するディスプレイに映るのは、パスワードの入力を求めるガトランティス文字。

 

 

「畜生、こっちもプロテクトがかかってやがる。……セイバーリーダー、君の言ってることは答えになってない。艦長はどこから情報を手に入れたんだ? 艦長はガトランティス星人に知り合いでもいるのか?」

 

 

コンソールが乗っているテーブルを苦々しげな表情で蹴飛ばしたマイケルは、スティーブの疑問を鼻で笑う。

 

 

「まさか、あの血気盛んな艦長がガトランティス人と仲良くできるとは思わんな。出会った瞬間にコスモガンを口ン中に捻じ込んでる姿が容易に想像できる。セイバーリーダーより各員、爆弾の設置は済んだか? システムの停止は失敗した、予定通り彫刻作業に入る。タイマーは60秒にセットしろ」

 

 

リーダーの号令一下、8名はタイマーをセットした爆弾をケーブルに張り付け、身を翻して兵員輸送車へと舞い戻る。

最後に搭乗したセイバー7とセイバー8がハッチを閉じると、全速力で大広間からトンネルまで後退した。

鉄製のキャタピラが路面―――コンクリートに似た外見だが素材は分からない―――を噛み砕き、ボーダー柄の轍を刻みつける。

ガタガタと激しく揺れる車両の中で、一番奥の席に向かい合って座ったマイケルとスティーブは、先ほど中断した話題を再開させた。

 

 

「で、マイケル。結局のところ、艦長が持ってきた情報の出所は? 信頼できる所からのネタなのか?」

「なんだ、やけにこだわるなスティーブ。俺がNeed To Knowと言ってしまえばそれまでだぞ?」

「お前こそ分かって言ってるだろう、マイケル。ガトランティスに無人要塞があったなんて、俺は初耳だ。それなのに、蓄電施設に繋がるトンネルの存在を艦長は知っていた。合衆国が掴んでいる情報を俺が全部把握しているなんて言うつもりはないが、こいつが不自然だってことぐらいは分かるぜ」

「……それを知ったところで、お前に何の得もしないぞ? 余計な面倒に巻き込まれる可能性は大いにあるが」

「俺はセイバー2、隊の副官だ。隊長の予備として、全てを知っておく必要がある。お前を支えるためにもな」

 

 

そう言うと、有無を言わさぬと言わんばかりの表情でスティーブはマイケルに迫る。

その真剣な眼差しを受け止めたマイケルは、左腕の腕時計を確かめる。

爆弾にセットしたタイマーがそろそろ切れることを確認すると、「やれやれ」と肩を竦めた。

手招きしてスティーブとヘルメット越しに顔を突き合わせると、マイケルは声を潜めてネタばらしを始めた。

 

 

「……今日の1500時頃、ゼータ星で日本の空母『シナノ』が無人要塞の襲撃を受けた。降下していたコスモハウンドが撃墜されて死傷者が出たが、1630時頃、ゼータ星調査団の艦艇と艦載機隊の攻撃によって、要塞は破壊された。艦長がよこした情報は、彼らがそのときに得たデータだ」

 

 

思いがけない情報に、スティーブは目を丸くする。

 

 

「おいおい、ここ以外にも無人要塞があったなんて、そんな重大な事実聞いていないぞ。しかも、とっくに解決しちまってるじゃねぇか。そんな事件が起きていたのなら、間違いなく館内放送で周知されているはずだ。……いや。そもそも、そのこと自体は別に秘匿するようなことでもないだろう?」

「いいや、問題さ。今、自分で言っただろう? ゼータ星調査団からは、まだ要塞撃破の報告はされていないんだ」

「は? そんな訳ないだろう。報告が上がっていないなら、艦長はどうやって……おいおい、それってまさか」

 

 

スティーブは自分が考え至った推測に、息を飲んで驚きを露わにした。

察しのいい副官に満足感を覚え、マイケルは意味ありげな笑みを浮かべて頷く。

 

 

「ま、そういうさ。……そろそろ時間だ。Make, my, day」

 

 

刹那、『大樹』に仕掛けられた爆弾が一斉に起爆し、名状しがたい衝撃波が二人の乗る兵員輸送車を激しく揺さぶった。




話の後半は、映画『ネイビーシールズ』を観ていた頃に書きました。
アメリカ人のユーモアセンスは難しいですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話

艦これに信濃が出ないかなぁ。そうすれば、シナノin艦これを作れるのに。


2208年3月5日23時30分 うお座109番星系第七惑星周辺宙域

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《草原》】

 

 

ミルクを入れて掻き混ぜているコーヒーカップの中に顔を突っ込んだら、こんな光景が見られるのだろうか。それとも、コーヒーキャラメルの中に閉じ込められたら、こんな景色だろうか?

焦げ茶色、黄土色、灰色。それらが幾筋もの帯となって眼前を右から左へ猛スピードで流れている。ずっと見ていたら目が回って酔ってしまいそうだ。

ここからは漆黒の宇宙空間もガラスをばら撒いたような星々の瞬きも見えない。何故なら、目の前に鎮座坐します巨大惑星が視界を遮っているからだ。

現在、戦艦『エリス』、『ストラブール』、空母『シナノ』、『ニュージャージー』、『ペーター・シュトラッサー』の五隻はうお座109番星系第七惑星『スティグマ』を周回する小さな岩塊の影に隠れ、ひたすらに出番を待っていた。

 

 

「こんな作戦で上手くいくんかねぇ……」

 

 

坂巻が暇そうな声でボヤく。

操縦桿を握る北野も、いまいち得心がいかないといった表情で同意した。

 

 

「ええ、まったくです。そりゃ上手くいけば一網打尽ですけど、下手すれば各個撃破されますからね」

「囮になる水雷戦隊が不憫だぜ……」

 

 

両手を頭の後ろに回し、退屈しのぎに椅子を揺り籠のように揺らす坂巻。

 

 

「坂巻、北野。馬鹿なことを言ってないで仕事に集中しろ。見ろ、島津機関長を。さっきから黙々と自分の仕事をこなしているじゃないか」

 

 

南部は二人を窘めて、視線を落としている島津機関長を指差した。

 

 

「………え?」

「見ろ、仕事に集中しすぎて俺達の会話も聞こえていないじゃないか」

「南部さん、今のは褒めていたんですか?」

 

 

館花の呟きを、南部は聞かなかったことにした。

 

 

「でも南部さん。仕事って言ったって、敵さんが来るまでは俺達なんの仕事もないっスよ?」

「第一、僕も坂巻さんも波動砲を撃った後じゃないと本格的に動けないんです。むしろ南部さん仕事をしてください」

 

 

坂巻の軽口はともかく、北野からのおもわぬ苦言にたじろぐ南部。

とはいえ、南部にしても敵が現れてくれないことには何の手の打ちようもなかった。

南部は今一度、進行中の作戦の内容を思い出す……

 

 

 

 

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《ファースト・コンタクト》】

 

 

「地球からわずか2000光年の位置に、ガトランティスの無人要塞が2基も発見された。この事実は、平和の惰眠を貪っていた我々の目を覚ますには、十分すぎる衝撃だ」

 

 

第三辺境調査船団司令、アナトリー・ゲンナジエヴィチ・ジャシチェフスキーのこの発言が、会議に集まった者達の心情を的確に表していただろう。

『シナノ』『ニュージャージー』の報告を受けて、司令部は全艦を『エリス』の下へ集合させ、船長・艦長を集めて対応を協議した。輸送船団側からの強い要望もあって、109番恒星系の完全な安全が担保されなければ、資源調査も開拓もできないという結論に至った。そして、星系内に潜んでいると思われる敵勢力を掃討すべく、艦隊を挙げての大捜索が始まったのである。

 

効率の面を考えれば分散して索敵するのが一番なのだが、会敵した際に集中砲火を受けることを危惧して、艦隊も船団も引き連れた大所帯での行動となった。

捜索対象の星に接近するとまずは太陽が当たっている昼間の星を遠距離から観測し、敵艦隊や無人要塞の有無を調べる。影になっている夜の部分の捜索は、各空母より派遣されたコスモタイガー隊が担当した。

 

変化が現れたのは、2日後のことだ。

地球標準時間5日18時14分、第七惑星『スティグマ』の地表を索敵中の「ペーター・シュトラッサー」艦載機隊の一機が、準惑星ゼータ星方向の空に、青い光が多数出現したのを目撃した。パイロットはすぐに母艦に打電、光の正体を探るべくゼータ星へ向かったが、ゼータ星周辺宙域で消息を絶ってしまう。

調査団司令部はこれを109番恒星系に駐留する敵艦隊による攻撃と推定したが、対応については意見が真っ二つに割れた。

 

ひとつは先制攻撃を行い、これを殲滅する案。

もうひとつは、ひとまずここは戦わずにやり過ごして、しかるのちにタキオン通信で地球に連絡を取って連邦政府の判断を仰ぐ案。

 

調査船団の護衛である本艦隊は、当然ながら遭遇した敵を実力で排除することが認められており、またそれが任務である。

さらに、ガトランティス帝国前線基地である旧テレザート星宙域の威力偵察も任務に含まれていることを考えると、ここで戦闘を仕掛けるのは決して間違いではない。

 

しかし一方で、この一戦がガトランティス帝国との全面戦争の発端になるのではないかという意見もある程度の説得力を持っていた。

『シナノ』『ニュージャージー』が冥王星宙域でガトランティス艦隊と遭遇戦を繰り広げてから、五ヶ月が経とうとしているが、ガトランティス側が報復に出るといった行動は見受けられていない。敵艦隊の一部は生きて戦闘宙域を離脱しているので、ガトランティス側が戦闘の事実を知らないはずがない。しかしながら今もって艦隊が太陽系に来寇してないのは、少なくとも現状で地球と事を構える気はないということではないか。

しかし今ここで再び戦端を開いたら、ガトランティスもやられっぱなしというわけにはいくまい。今度こそ艦隊を率いて侵略しにやって来るだろう。第三次環太陽系防衛力整備計画が主力戦艦の事故により暗礁に乗り上げている現在、2201年侵攻時と同等の規模で攻め込まれたとき、果たして地球防衛艦隊は勝てるだろうか。

 

喧々囂々の議論の末に、ジャシチェフスキー司令が支持したのは決戦論だった。司令は昨年10月の時点で既にガトランティスとは交戦状態にあること、偵察機が既に敵に撃墜されていること、威力偵察が戦闘を前提とした任務であること、109番恒星系の航路安全の為にはガトランティスの影響力を完全に排除する必要があることを理由として挙げ、ゼータ星宙域に現れた敵艦隊は殲滅させなければならないと宣言した。

 

とはいえ、こちらは非武装の輸送船団を抱えている上、圧倒的に戦力が不足している。

輸送船団は2隻の駆逐艦による護衛の下、恒星周辺の宙域へと避難することになった為、作戦に参加する艦艇は以下のとおりである。

 

アンドロメダⅡ級戦艦『エリス』

リシュリュー級戦艦『ストラブール』

前期量産型無人戦艦『アスカロン』『ネグリング』

空母『シナノ』『ニュージャージー』『ペーター・シュトラッサー』

第一世代型巡洋艦『すくね』『ブリリアント』

第二世代型巡洋艦『デリー』『クォン・イル』『キー・ルン』『チェンクン』

第一世代型駆逐艦『ズーク』『パシフィック』

第二世代型駆逐艦『カニール』『ラジャ・フマボン』

 

調査船団の護衛としては過剰である艦隊編成だが、敵艦隊と正面切って戦うにはいささかバランスを欠いた、いかにも寄せ集めですと言わんばかりの編成。さらに悪いことに、主力艦の多くは実戦経験が乏しかった。

対して、偵察機が発見した青い光―――ワープアウト時に発生する光と思われる―――の数は50を超えていたらしい。一撃だけ加えて反撃される前にさっさと逃げる威力偵察と違って、がっぷり四つに組む砲撃戦では絶対に勝てないだろう。

そこで司令部が目を付けたのが、第七惑星『スティグマ』だった。

茶褐色の分厚い大気を抱え込んでいるのが特徴の『スティグマ』は、木星型惑星に分類される大型ガス惑星だ。その周囲には数多くの衛星や、環という程ではないが数多くのガスや粒子が赤道上空に浮遊している。ここで敵にアンブッシュを仕掛けるのだ。

 

作戦はこうだ。まず、陽動部隊が敵艦隊と接触し、注目をひく。陽動部隊は戦闘を継続しつつ退却し、『スティグマ』の衛星のひとつに隠れている主力艦隊の鼻っ面まで引き付ける。敵艦隊が無防備な横っ腹を見せて眼前を通過するのを見計らって、波動砲で串刺しにするのだ。

 

ちなみに南部が艦長から作戦を聞かされた瞬間、名古屋の居酒屋『リキヤ』で食べた鰻の蒲焼き(合成品)を思い出したが、口には出さなかった。

 

陽動部隊は無人戦艦『アスカロン』『ネグリング』を中心に、巡洋艦および駆逐艦が帯同して艦隊の体裁を整える。無人戦艦は人的被害を気にせずに心置きなく使い潰せるし、巡洋艦や駆逐艦はその速力と機動力で追撃を躱してくれるだろう。最悪、無人戦艦を置き去りにして逃げてしまってもかまわない。

波動砲を撃つ奇襲部隊は、大火力で小回りの利かない戦艦と空母が担当している。艦載機隊は既に発艦して、付近の岩石群の中で待機中だ。波動砲で撃ち漏らした残敵を掃討する役目を担っている。

 

司令部の命令を受け同日20時00分、護衛艦隊各艦は与えられた役割に従って『スティグマ』の周辺宙域に展開した。

それ以来、陽動部隊が敵艦隊に接触するのを待ち続けているのだが……

 

 

 

 

 

 

「確かに北野の言う通りだが、陽動部隊からの連絡が一向に来ないからな…」

 

 

作戦開始から既に3時間が経過しているが、波動砲の発射どころか陽動部隊が接敵したという連絡すら入って来ず、誰もが時間を持て余していた。

 

 

《こら貴様ら、ちゃんと仕事をせんか。姫様の御召艦で怠慢は許されんぞ。姫様の名誉に傷がつく》

 

 

その時背後から聞こえてくる、なんとも偉そうな声。

この艦で芹沢艦長と本間先生以外にこんな上から目線で、しかも何かと「姫様、姫様」と話すのは、一人―――いや、一匹しかいない。

振り返ると案の定、艦長席に招き猫の如く鎮座している侍従猫ブーケがいた。もはや、猫が第一艦橋にいても人語を話していても誰も驚かない。

 

 

「ああ、モフモフ……渋いオジサマヴォイスなのにモフモフ……抱き上げたらどんな反応するんでしょう……!」

 

 

そしてブーケが来て以来、陶酔した吐息交じりの声を漏らしている葦津綾音には、誰もが見て見ぬふりをしている。

17歳で老描がストライクゾーンとは、なかなかのつわものだった。

 

 

《これ芹沢、目の前で部下がサボっておるぞ。そなたの教育が足らんのではないか?》

「いやはや、これは申し訳ないブーケ殿」

 

 

黒猫のまるで小姑のようなお小言には、芹沢艦長も苦笑いするしかない。帽子を目深に被り直して口元を緩ませるばかりだ。

 

 

「あれ、ブーケさん、こちらにいらっしゃって大丈夫なんですか? サンディさんは病院船に乗って退避しているんですよね?」

 

 

来栖が言った通り、現在この艦にサンディ王女はいない。

作戦開始に当たり、サンディをはじめ先の無人要塞攻略戦で負傷した者は輸送船団に同行している病院船『たちばな』に移乗して退避しているのだ。

篠田の妹が二人ともいなくなって、篠田……よりも武谷や成田といった宇宙技研のメンバーがこの世の終わりといわんばかりに落胆していたのは御愛嬌だ。

 

 

《うむ、我輩も姫様に同行したかったのだが、姫様にこちらに残って助言をするよう仰せつかったのだ。彼奴らとの戦争は我輩たちの方が年期が入っているから、とな》

「そうですか、ブーケさんがいれば安心ですね!」

 

 

鷹揚に答えるブーケに、来栖が表情を明るくする。

 

 

「そんなこと言ったって、そらちゃんがいないんじゃ御召艦でも何でもないじゃ《おい若造、爪の露と消えたいか?》……いえ、なんでもありません」

 

 

小声でグチグチと呟いていた坂巻は、音もなく近づいて肩口に飛び乗ったブーケの一言で沈黙した。隣を見れば、北野が何事か言いかけていた口を押さえていた。

 

 

「ブーケ、そら君の容体は?」

《問題ない。今回は大事をとって安静にしていただくよう強く言い含めたが、今はもうベッドにいらっしゃるだけで普段通りのおてんば姫だ。……まったく、曲がりにもお怪我を召されているというのに、ご自愛というものを知らなくて困る》

 

 

南部の質問に、侍従猫は疲れたように頭を垂れて答えた。

ブーケは昔からこんな風にお姫様に振り回されているのだろうかと思うと、少々同情を禁じ得ない。

南部は気になるもう一人の怪我人についても聞いてみる。

 

 

「……あかね君はそら君と一緒に?」

《うむ、あかね嬢は姫様の隣のベッドで静養している。恭介と離れ離れになってか、随分と落ち込んでおったぞ》

 

 

初々しいのう、と目を瞑って前足で顔を洗う老猫。

その様子を見るに、あかねちゃんの怪我の方も大したことはないようだ。

「恭介と離れ離れ」ということは、篠田は艦に残ったのか。あいつも怪我をしているはずだが、意外と根性があるもんだ。

 

 

「ま、あいつの場合それだけじゃないんだろうけどな」

 

 

誰にも聞こえない声で、篠田に同情の言葉を漏らす。

簗瀬あかねの異常―――尋常ならざる回復力と発光する金色の髪については、今のところ艦長と南部、篠田、医療班、そしてブーケが知っている。事が事だけに艦内に周知するわけにもいかず、怪我を理由に面会謝絶にして秘匿しているのだ。彼女の異常を知っている者には艦長が緘口令を敷いた。

 

そら君が主張するように、その神々しい輝きはアレックス星人の特徴とうりふたつに見えるが、両者に関連性があるかどうかは何とも言いようがない。

原因についても全く見当がつかず、そら君があかね君に何か影響を与えたのか、あかね君自身に原因があるのかすら分からない。

重度のシスコ……妹愛の篠田が、自分の義妹は宇宙人の子孫だったかもしれないとなれば、それは衝撃的だろう。南部や藤本はサーシャ=真田澪という実例を知っているからもはや驚かないが、宇宙人との接触経験がほとんどない篠田にとってはなかなか受け入れがたい出来事に違いない。

心の整理がつかないうちは、互いに顔を合わせづらいのかもしれない。

 

一時は大分近づいたように見える二人の距離だが、もしもこの一件で大きく開いてしまったのなら、陰ながら見守って来た立場としてはとてもつまらな……もとい、お互いに不幸なことだ。

この一戦が終わった後、二人がまた心を寄せあえるようになればいいのだが―――

 

と、そこまで考えて南部ははたと気がついた。

 

 

「……そういえば、二人が艦からいなくなったらコスモクリーナーEの操作と整備は誰がやるんだ?」

 

 

南部の疑問に答える者はおらず、ただ虚空へと溶けて消えていった。

 

 

 

 

 

 

同日同刻 第七惑星『スティグマ』 周辺宙域

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《サスペンス(動揺)》】

 

 

ガーリバーグが予想した通り、地球艦隊出現の報にダーダー司令は食いついた。

ラルバン星からの通信を受けてすぐに、カーニー率いる偵察部隊51隻を分遣隊としてうお座109番星系に送り出すことを決定したのだ。

ズウォーダー大帝の仇であり義弟ガーリバーグがその威を恐れて手出ししなかった地球艦隊を殲滅することは、ダーダーの政治的立場を大いに向上させるものであり、またダーダー個人の優越感を大いに満足させることだろう。

地球艦隊の規模がわからないとはいえ艦隊の五分の一もの数を惜しみなく動かしたのは、彼が地球艦隊を警戒しているからでも大帝の仇を確実にとるためでもなく、単に圧倒的多数で敵を袋叩きの嬲り殺しにするさまを見たいという嗜虐趣味によるものだった。

 

分遣隊の編成は以下の通りである。

 

高速戦艦16隻

高速中型空母6

高速駆逐艦重装甲型20

潜宙艦6

ミサイル潜宙艦3

艦上偵察機 デスバテ―タ―(偵察機仕様) 36機

艦上攻撃機 デスバテーター 133機

 

このうち高速戦艦とは大戦艦を軽武装軽装甲、高速力にマイナーチェンジしたものだ。主力である10連回転砲塔3基、舷側7連回転砲塔4基はそのままに、対空用の小型回転砲塔を6基に抑えることでさらなる高速機動戦闘が可能になった。これによって高速駆逐艦とともに哨戒任務につくことが可能になり、察知した敵に対して本隊の到着を待たずに攻撃を仕掛けることが可能になった。

 

高速駆逐艦重装甲型は、高速戦艦とは逆に兵装を外して発生する余剰重量を装甲にあてたもので、高速駆逐艦の弱点だった脆弱性を多少なりとも補う造りになっている。

 

またミサイル潜宙艦とは、潜宙艦の艦首に破滅ミサイル一基を外装したものだ。艦首魚雷発射管が無くなった代わりに大量破壊兵器を運用できることになったため、ステルス性能を生かして敵の哨戒網や防衛ラインの内側に浸透突破して敵の中枢施設やウィークポイントに壊滅的ダメージを与えることができるようになった。

 

これらの改装艦はすべて、アリョーダー司令率いるアンドロメダ座銀河方面軍が提供してくれた現地改装型の設計図に基づいて修理・改造されている。ダーダーが僅か四ヶ月で250隻の戦力をそろえた背景には、アリョーダーの技術提供の貢献が大きかった。

これらの改装艦に加え、索敵能力が高く運用に幅が利く高速中型空母と高速駆逐艦を加えた偵察部隊は、フットワークの軽さと火力を兼ね備えたバランスのとれた艦隊編成となっている。

 

さて、ダーダーの命を受けたカーニーは艦隊編成のうえ翌4日にアレックス星攻略部隊から離脱、5日18時14分、敵艦隊がいたというゼータ星宙域にワープアウトした。

まもなく敵の偵察機らしき機体の接触を受けたことを以て、カーニー司令はそう遠くない場所に敵がいることを確信した。

 

偵察機が飛来してきた惑星『スティグマ』へと敵を求めて進軍すると、果たして23時30分、艦隊を先行していた潜宙艦『ドロミエギア』から待望の一報が入った。

 

 

「『ドロミギア』より通信、『敵艦隊発見』!」

「かかったか!」

 

 

通信士の報告に、旗艦である高速戦艦『パナエオーディア』に座乗するカーニーは待ちわびたとばかりに喜色を浮かべた。後ろに控える参謀長も、早期の敵発見に表情を明るくしている。

 

 

「さっそく獲物がかかりましたな。さすがはカーニー司令殿、敵に対する嗅覚に優れていらっしゃる!」

 

 

参謀長の惜しみない賛辞(よいしょ)にさらに気を良くしたカーニーは、司令席から立ち上がって指揮棒を手にした。

 

 

「詳細入ります。『本艦よりの方向33度、伏角44度、距離約80000宇宙キロ。敵の針路170度仰角10度。編成は大型艦2、中型艦8、小型艦2』!」

「映像をよこせ。直接確認したい」

 

 

カーニーは司令席から立ち上がってビデオパネルの前に陣取った。その傍らには参謀長が無言で控えている。

 

 

「画像、ビデオパネルに出します」

 

 

艦橋正面上部のビデオパネルに、今まさに道を引き返そうと回頭している艦隊の姿が映る。

我がガトランティスと違って艦の色形に統一感がなく、大小様々な形状をしている。あえて共通点を上げるならば、前後に細長い形をしているぐらいだろうか。戦闘行動をとる様子は見られないから、『ドロミギア』はまだ見つかっていないのだろう。

 

 

「艦型がバラバラだな……大きさだけでは戦力を判断できん」

「司令殿、この規模の艦隊に中型艦が8隻もいるというのは、いささか戦力バランスが偏っている気がします。この宙域を哨戒している部隊なのかもしれませんぞ」

 

 

カーニーの機嫌をうかがうような卑下た笑いを顔に浮かべつつ、参謀長は進言した。カーニーは両腕を組んで暫く考える素振りを見せて、

 

 

「うむ……確かに、母星から2000光年離れた宙域を航行するには貧弱すぎる。まず間違いなく、本隊が別の所にいるな」

 

 

喉で唸り声を上げて参謀長の意見に同意した。

 

 

「いかがでしょうか司令殿。ここはひとつ哨戒部隊を泳がせておき、敵の本隊と同時に叩くというのは?」

「潜宙艦で哨戒線を突破し、後方にいる本隊を攻撃するということか」

「はい、幸い野蛮人共の船はこちらに気づいておりません。ならば急いて仕掛けずとも、じっくり必勝の策を講じてからでも遅くはありません」

 

 

カーニーは眼をすがめて、ゆっくりとこちらに背を向けつつある敵艦隊を観察する。

小型艦を先頭に、大型艦を最後尾に、敵艦隊は単縦陣で大きく左旋回している。

我がガトランティスの高速戦艦のように艦橋を備えている艦もあれば、紡錘状の艦体に砲塔らしきものが乗っかっているだけの形状をした艦もある。カーニーには、寄せ集めた感が否めない編成に思えた。この程度ならば鎧袖一触で撃破できるだろうが、それではインパクトが足りない。

安全な後方にいるはずの本隊が攻撃されて、あいつらがパニックになって蜘蛛の子を散らすように逃げ回る様を映像に収めることができたら、ダーダー殿下はさぞお喜びになるだろう。

 

 

「……よし。『ドロミギア』に通信、『引き続き接触を継続』。他の潜宙艦は別働隊がいないか、周辺宙域の索敵を続けろ。本艦隊も哨戒艦隊と距離を詰める、全艦前進強速!」

「はっ!」

 

 

下段の敬礼をする参謀長を尻目に、カーニーは既にダーダー殿下から賞賛の言葉を受ける自身の姿を想像していた。




今回登場した高速戦艦と高速駆逐艦重装型は、本作のみのオリジナル兵器です。
外見的にはほとんど変わらないので、現地改修みたいなものと思っていただければ幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話

おかげさまで、UAが一万を突破しました! これからも拙作をよろしくお願いします。


 

2208年3月6日0時37分 うお座109番星系第七惑星『スティグマ』周辺宙域 大戦艦『クサナカント』艦橋

 

 

偵察部隊が陽動部隊を捕捉してから1時間。

なおも互いの化かし合いは続く。

波動砲の射界まで敵を誘引すべく遊弋する地球の囮艦隊と、それを闇に紛れて監視するアレックス星攻略部隊所属潜宙艦『ドロミギア』……そして、さらにそれを遠巻きに見つめる艦影があった。

 

 

「アンベルク、見ろ。面白いくらいに予想通りの展開だ。あと30分もすれば、嫌が応にも戦闘は始まる。お互いに思ったより戦力が少ないのが残念だが、見世物としては上々だろうよ」

「司令の手の内で転がされているとも知らず、カーニー司令も哀れな奴です」

「哀れじゃない、馬鹿なんだあいつは。この四ヶ月あいつをみていたが、ありゃあ参謀長にいいように踊らされてんだよ。それに気付かないで全て自分の功績だと勘違いしているから馬鹿なんだ」

「なるほど、馬鹿なら仕方ないですな」

 

 

ガーリバーグとアンベルク、二人して大声で笑う。

二人が見ているのは、潜宙艦『グラーヴ』から送られてくるリアルタイム映像。『グラーヴ』は、地球艦隊を尾けている『ドロミギア』をさらに尾行しているのだ。

 

カーニーの艦隊よりも半日早くゼータ星宙域に到着したラルバン星防衛艦隊は、4隻の潜宙艦で109番星系を捜索した。その過程で地球艦隊を発見していたが、ガーリバーグは攻撃を仕掛けずにダーダーが分遣隊を送って来るのを待っていたのだ。

果たしてガーリバーグの予想通り、カーニーの艦隊はやってきた。偵察にやってきた敵の航空機をカーニーが撃墜すると、地球側は艦隊を二つに分けた。大型艦のみの艦隊は第七惑星『スティグマ』を周回する環の中に、中小型艦はスティグマ周辺宙域のゼータ星よりに布陣した。

さすがにカーニーも発見した艦隊が陽動であることに気付いたようで、周遊している陽動部隊を慎重に尾行しつつ本隊を必死になって索敵していた。

 

 

「さて、高みの見物と行きますか」

「どちらが勝っても我らに得しかない戦いというのは、見ていて気楽だな」

 

 

ガーリバーグが司令席にどっかりと腰を下ろし、アンベルクは定席である司令席の右後ろに立ち控えた。

ガーリバーグ率いるラルバン星防衛艦隊は、『スティグマ』に向けて進撃している偵察部隊本隊より10万宇宙キロ後方の位置を維持している。会戦に巻き込まれず、なおかつどちらの艦隊のレーダーにも引っ掛からない安全距離だ。

 

三分割されたビデオパネルに、それぞれ異なる映像が映る。

ガーリバーグは地球側の陽動部隊、本隊、そしてカーニーの艦隊に対して一隻ずつ潜宙艦を張りつかせて観察していた。双方の一連の動きを第三者の立場で観測しているガーリバーグにしてみれば、お互いが相手を罠にかけようとコソコソ動いている様は滑稽に見える。

 

 

「『クビエ』より通信、『ミサイル潜宙艦を発見。本艦よりの方向277度、仰角55度、距離1200宇宙キロ。データ照合により、アレックス星攻略部隊偵察部隊所属『ガレオモフィ』と推定。これより地球艦隊の観測を中断し、追尾を開始する』」

「ほう、『クビエ』のところまで来たということはカーニーの間抜けめ、ようやく地球艦隊の本隊を探し当てたな」

「では、そろそろパーティーの始まりですかな? それでは……」

 

 

アンベルクがパンパン、と背後に向けて柏手を打つと、部下の一人がトレーに二つのワイングラスを持って現れた。副官の機転にガーリバーグはニヤリと笑みを浮かべる。

アンベルクも悪戯が成功したと言わんばかりの悪い笑顔を浮かべる。

 

 

「観戦といえば、これでしょう?」

「このために、わざわざ用意したのか?」

「もちろん、酒の肴も充実していますよ」

 

 

サングラスの奥の目が、「滅多にない機会です、楽しまなければ損ではないですか」と語っている。

 

 

「本当にお前って奴は、俺を飽きさせない男だ」

 

 

クツクツと笑いをかみ殺して差し出されたグラスを受取り、グラスの中を覗く。

なみなみと注がれているのは、血のような紫色のワインだ。

アンベルクもグラスを持ち、目通りに掲げた。

 

 

「それじゃ乾杯しましょう、彼らの健闘に」

「この茶番劇に」

 

 

「「乾杯!」」

 

 

ティン、という軽やかな音色が甘く響き渡る。

二人して、グラスを一気に呷った。

喉仏がせわしなく動いて芳醇な香りのするワインを一気に嚥下すると、満足気な吐息が漏れる。

空になったグラスの中に視線を落として、ガーリバーグは思う。

果たして次に注がれるのは地球艦隊の人間の血か、それともカーニーの阿呆の血か。

カーニーの奴はどうでもいいが、配下になる予定の偵察部隊の乗員の血が流れるのは、少々心苦しいものだ。地球艦隊が流す血は……まあ、どうでもいい。

グラスをゆっくりと回し、底にわずかに残ったワインの滴を赤子をあやすような繊細さで揺らしつつ、ガーリバーグは視線をビデオパネルに戻した。

しばらくの間二人は視聴者に徹し、両者の艦隊の動向を頭の中で描いていたが、アンベルクが水を向けてきた。

 

 

「司令はこの一戦、どうなるとお思いで?」

「……俺に言わせて、自分で意見を言わないつもりだろう?」

「ええ、勿論。オリザーの二の舞は御免です」

「こいつ、俺の補佐のくせに考えることを放棄しやがって。命令だ、おまえが先に答えろ。お前なら、どう指揮する?」

「……仕方がありませんね」

 

 

企みが失敗したアンベルクは、面倒くさそうに顔を顰める。

 

 

「当然ながら、せっかく敵が艦隊を分散してくれているのですから、合流させてやる理由はありません。各個撃破は基本でありましょう」

 

 

そこで一度言葉を切る。ガーリバーグはオリザーにしたように、視線だけで先を促した。肩を竦める仕草をして、アンベルクは再び口を開いた。

 

 

「私ならば、暢気に徘徊している陽動部隊は無視して、本命を全力で叩きます。陽動部隊はカーニーに気付いていませんので、針路を慎重に設定すれば気付かれずに敵本隊の背後に回れるでしょう。陽動部隊は、その後に、ゆっくりと平らげればよろしいかと」

「潜宙艦の破滅ミサイルでは駄目なのか?」

「あれはあくまで惑星の破壊に特化した兵器です。その巨体ゆえに速力が遅く、たとえ撃ったとしても迎撃あるいは回避される可能性のほうが高いです。それに、破滅ミサイルには艦隊に向かって運用するには致命的欠陥があります」

「欠点?」

「破滅ミサイルは、弾頭の炸薬の力のみで対象を破壊する兵器ではありません。核分裂と同様に、対象物に爆発の連鎖反応を引き起こさせることで惑星全体を破壊する兵器です。つまり、爆発の規模は破壊対象の大きさに比例すると考えなければなりません」

「ということは、敵艦に着弾した場合、それなりの爆発しか起きないということか?」

「敵艦隊を撃破することはできますが、生産コストに見合うものかと問われれば、首を捻らざるをえません」

「……なるほど、非常に合理的な作戦だ。俺は、君のような優秀な部下を持てて幸運だな」

 

 

上司の惜しみない讃辞を受けて、アンベルクは恭しく―――あるいは芝居がかった様子というべきか―――腰を折って一礼した。

 

 

「お褒めに預かり、まことに光栄です。それでは司令、正解をご教授願えますか?」

「―――俺は満点だと言ったはずだが?」

「私は司令に、『この会戦の展開がどうなるか』とお尋ねしました。司令は私に、『お前ならどう指揮するか』と問われました。ですので、私の質問に司令はまだ答えられておりません」

 

 

あくまで芝居がかった様子を崩さないアンベルク。ガーリバーグはしばし無表情で、肩越しにアンベルクの顔を仰ぎ見て、

 

 

「…………ハハッ」

 

 

堪え切れずに笑い声を洩らした。

 

 

「―――――フフ、」

 

 

アンベルクもそれに加わり、

 

 

「「……、フフ、フフフフフフフ、ハハハハハハハッ!!!」」

 

 

これ以上は我慢できぬとばかりに、二人して堰を切ったように大声で笑いあった。

つられて部下達も、声にこそ出さぬものの顔を綻ばせて忍び笑う。

たちまちに艦橋内にあった戦場の張り詰めた緊張感が霧散する中、目尻に浮かんだ涙を人差指の背で拭ったガーリバーグは、酔いと笑いに顔を紅潮させたまま両手を上げた。

 

 

「これはまいった、ええ?確かに、俺は『お前ならどうする』としか聞いてないな。はは、俺の負けだ、負け。お前に屁理屈をこねられたら敵わん」

「お褒めに預かり、光栄です」

 

 

アンベルクは、今度は柔らかな物腰で答えた。

仕切り直しに、ガーリバーグはワインのお代わりを催促する。

 

 

「しょうがない、おまえの問いに答えてやろうか。いいか、最適な戦術を考えたらおまえの言うように主力を背後から奇襲するのが正解だ。だがな、実際に指揮するのはカーニーだ。いざ戦場に出たら、参謀長の言葉なんか聞かないに決まっている。だから、この戦いはいかに参謀長の奴が突っ走るカーニーの機嫌をとりつつ軌道修正するかにかかっているんだよ」

「では、カーニー司令はここからどんな指揮をとるとお考えで?」

 

 

問われた男は受け取った代わりのワイングラスを口元に運び、その苦みに顔を顰める。

 

 

「あんな奴の考えていることなど分かるわけがないだろう?」

 

 

 

 

 

 

同場所 0時44分 アレックス星攻略部隊偵察部隊旗艦 高速戦艦『パナエオーディア』艦橋

 

 

「……よし、決めた。『ガレオモフィ』に通信。『破滅ミサイルを発射せよ』!」

「司令!? 何を仰っているので!?」

 

 

参謀長は、呆気にとられた表情を隠すことができなかった。司令が突然叫んだ言葉は、彼がこれから進言しようとしていた内容とは全く違う作戦だったのだ。

 

 

「いいかね参謀長、私は分かったのだよ。目の前にいるのは哨戒部隊などではない。囮なのだ」

 

 

鼻息を荒くしたカーニーは、自信満々に自説を語り始める。自分自身に酔っている上司を目の当たりにして、参謀長は「そんなことに気付いてなかったのはお前だけだ」といつものように心の中で毒を吐く。もちろん、それを表情に出すほど彼は愚かではないし、またそれができるからこそ参謀長の位置に長年居続けることができていた。

 

 

「敵は罠を仕掛けている。我々を本隊の傍まで誘引し、背後から挟撃しようとしているのだ。ならば、我らは罠にかかる前に罠そのものを破壊し、しかるのちに動揺している眼前の敵を一気に叩く!」

 

 

実のところ、カーニーの作戦は決して頓珍漢で的外れのものではない。

要は待ち伏せしている敵本隊を叩いてしまえばいいわけで、それが艦隊による奇襲でも破滅ミサイルによる殲滅でも構わないと言えば構わないのだ。反撃する暇も与えずに目標を達成できるという点では、むしろ奇襲よりも優れている。

しかし、たかだか数隻のために再装填がきかないミサイル潜宙艦の破滅ミサイルを使用するのは、いささかコストパフォーマンスが悪いのではないか。

彼の口がもごもごと不自然に動いていたことに、正面を向いたままの司令は気付かない。

 

 

「我々がまだ発見されていないというアドバンテージを放棄することになりますが?」

「あれが囮ならば、こちらの存在に気づいていながら知らない素振りを見せていると考えるほうが自然であろう?」

 

 

そもそもだ、と言ってカーニーは指揮棒を右の肩に担ぐ。

 

 

「あの程度の囮を蹴散らしただけでは華がない。殿下に勝利の報告をするには、派手な映像が必要なのだ。その点、破滅ミサイルは見栄えのいい素晴らしい演出だとは思わないかね?」

 

 

あまりの発言に、こいつは偵察部隊の意味分かっているのかと愕然とした。

言葉が出ない参謀長の沈黙を肯定と受け取ったのか、カーニーは大音声で命令を口にした。

 

 

「改めて『ガレオモフィ』に通信。『敵本隊に向けて破滅ミサイルを発射せよ』」

 

 

 

 

 

 

カーニーの命令から3分ほど経つと、『スティグマ』の裏側から109番恒星に劣らぬ眩い輝きを放つ光球が発現した。

『ガレオモフィ』が放った破滅ミサイルが炸裂したのだ。

激しい電波障害が発生し、至近距離にいる『ガレオモフィ』からの映像が途絶える。

 

 

「面舵10度変針、全艦最大戦速!」

 

 

『パナエオーディア』を旗艦とする高速戦艦16隻が、高速駆逐艦重装甲型20隻が、高鳴るエンジン音で艦体を震わせて加速を始める。

既に対艦戦闘に備えて航行序列は変形し終わっていた。

高速中型空母は予備戦力として後方に下がらせ、高速戦艦4隻+高速駆逐艦5隻で一つの戦隊を組み、4個戦隊を2個戦隊ずつ左右に振り分け、敵を包囲せんと展開する。

 

40000宇宙キロにまで近づいたところでようやくこちらに気付いたのか、敵陽動部隊も速力を上げて我らから逃げようとしている。

しかしトップスピードで戦場に飛び込んだ我が艦隊と、これから加速しようとしている敵とでは圧倒的な差がある。あっという間に彼我の差が縮まっていった。

 

 

「敵まで28000宇宙キロ! 射程内に入りました!」

「攻撃開始、握りつぶせ!」

 

 

言下に全艦へ命じ、カーニーは指揮棒を大仰にはるか先の敵艦へと突きつけた。

艦がロールして水平軸を調整し、艦前部の無砲身砲塔2基が時計の歯車のように一斉に回り、敵に向けてカチリと止まる。

 

次の瞬間、敵艦隊を拘束するかのような光の檻が、何も無い空間に現出した。

 

四方の大戦艦16隻から繰り出された合計32条のエネルギー砲弾が交差し、地球艦隊の進路を阻むように立ち塞がったのだ。

第一射撃は命中弾は出なかったが、相手を委縮させるには絶大な効果を生み出したに違いない。

さらに回転速射砲は自慢の連射性能を以て、第二射、第三射と矢継ぎ早に光線を繰り出して敵を圧倒する。

流星群を思わせる光のシャワーに、艦橋内も緑色に染まる。

それはさながら、若葉が吹き荒ぶ春の嵐。死の匂いが薫る烈風だった。

 

対して、敵の反応はあまりに鈍い。

単縦陣で逃げる艦隊の最後尾、つまり我が艦隊に一番近い位置にある戦艦と思われる大型艦2隻は、未だに砲撃を返してこない。まるでこちらの攻撃など意に介していないとでも言いたげだ。

一方で、泡を食ったように乱射しまくっているのは中型・小型艦だ。陣形こそ崩さないものの、盛んに宇宙魚雷を放って牽制してくる。どうやらこの距離では、主砲はまだ射程の外らしい。

 

 

「面舵10度、対空戦闘。駆逐艦を前に出せ」

 

 

大戦艦が僅かに進路を右に逸らし、空いた空間に高速駆逐艦が滑り込む。高速戦艦に改装された大戦艦は、対空兵装は著しく貧弱になっている。重装甲型になって対空火器が減少したとはいえ、いまだ強力な防空能力を持つ高速駆逐艦が前面に出て、対空砲火による防御スクリーンを展開することは当然といえた。

 

一直線に向かってくる鉄杭の群れを、駆逐艦が撃ち上げる緑色の火箭が次々に絡めとる。

 

大戦艦の砲撃は、全ての敵艦に満遍なく向けられる。最初は大きく外れた空間を空しく通り過ぎるだけだった光線は、五射、十射と続くにつれて徐々に敵艦をするようになる。回転速射砲は命中すれば短時間で多大なダメージを与えられるのが大きな利点だが、逆に外した場合には照準を修正するまでに無駄弾を乱発してしまうのが弱点だ。

しかし、32基の回転砲塔によるつるべ撃ちが、ことごとく地球艦隊を外れてくれる偶然など、そうそうあるはずがない。大型艦を狙った弾が外れて小型艦に当たることもあれば、その逆もあるのだ。

 

 

「敵3番艦に命中弾!」

「敵6番艦に直撃弾多数、大火災!」

「敵1番艦、落伍します!」

「敵2番艦、爆沈!」

 

 

やがて、喜ばしい報告が次々と舞い込んでくる。109番恒星と破滅ミサイルの輝きに満たされた真っ白いキャンバスに、敵艦が吐き出すどす黒い爆発煙の筋が描きこまれていく。それは、矢尽き刀折れ、全身から血を滴らせた落ち武者の列を思わせる。

彼我の距離は既に20000宇宙キロを切っている。各艦の後部主砲も射界に入り、砲撃に加わり始めた。

 

地球艦隊も、ただ一方的に撃たれているだけではない。

一部の艦の衝撃砲が、その砲口に輝きを見せる。巡洋艦がようやく射程内に敵を捉えたのだ。

しかし、砲撃を始めるのがいかんせん遅かった。

既に十五射目に入り挟叉弾を出しているガトランティス側の大戦艦と、ようやく初弾を撃ち放った地球の巡洋艦。どちらが先に命中弾を出し、どちらが先に戦闘不能になるかは明々白々だ。

それはもはや、戦闘ではなく狩猟。逃げまどう鹿の群れを執拗に追いかける狼の群れ。

 

無抵抗を貫いていた最後尾を行く二隻の大型艦が、ここにきてようやく動きをみせる。

杈にも似た形状だった濃紺の艦体は、当初の姿をすっかり失っている。主砲は一度も火を噴くことなく破壊され、レーダーマストは千切れ飛び、装甲は至るところを穿たれた満身創痍の体を横たえて通せんぼするように、追いすがる我々にゆっくりと艦腹をみせる針路をとる。

若葉色の鮮やかなに絶え間なく小突かれつつも、2隻は焦れそうになる遅さで右回頭を終え、停止する。

ちょうど我らと正対する形になることを考えると、他の艦を逃すために2隻が自らを犠牲にして食い止める腹積もりなのだろう。

 

 

「おもしろい、大戦艦の攻撃目標を停止中の大型艦に変更! 駆逐艦は小型艦を追え!」

 

 

カーニーの命令で、反撃する姿勢を見せる大型艦2隻に16隻の殺意が集中する。

2隻の艦首に青き清浄なる輝きが生まれるのと、左右から吹きつける緑の暴風に姿が見えなくなるのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 

同刻 うお座109番星系中心宙域

 

 

カーニーが地球艦隊を相手にワンサイドゲームに興じている頃。

ラルバン星防衛艦隊所属潜宙艦『プラウム』は、『スティグマ』周辺宙域で戦闘が始まったとの報を受けて、戦闘宙域に急行すべくうお座109番恒星付近を真っ直ぐに航過していた。

 

 

「大将~。俺たち、今から戦場に行ったところで意味あるんですかね? 着いたころにはもうドンパチは終わってやすぜ」

「そう腐るものではありません、ガーデル。今回は偵察が任務です、遅れて到着してでも戦闘の行方を見届けなければなりません」

 

 

大将と呼ばれた繊細そうな男は、正反対の容姿をした副長の太い声に、表情を変えずに答えた。

ガーデルが大将と仰ぐ艦長アルマリは、女性的な名前と中性的な甘いマスクでガトランティスの民間人や女性兵士の中では熱烈に支持されている。しかし彼は、一旦出撃すれば兵装も防御力も弱い潜宙艦で死地へ果敢に飛び込んでは華々しい戦果を上げて帰ってくる、知略と豪胆さを兼ね備えた名将でもあった。

好戦的な気性を持つガトランティス人の中でも特に喧嘩っ早いことで有名な副長のガーデルも艦長にはなぜか頭が上がらないらしく、これはこれでピッタリなコンビであった。

 

 

「そうは言いやしてもねぇ……もう、他の艦が尾けてるんでしょう? 俺たちが行く理由なんかないじゃねぇですか」

「観察というのは、目が多いに越したことはありません。一方から見た戦場も、別の方向から見れば違った側面が見えて来るというものですよ?」

 

 

アルマリは潜望鏡のアイピースに額を押しつけ、両手首をグリップに引っ掛けてしきりに周囲を観察している。

 

 

「そんなモンですかねぇ……アッシみてぇな人間には、大将のお考えは分かりませんや」

「いずれ貴方も分かることです。何なら、今から講義しましょうか?」

「いーえ、遠慮しときまさぁ。あっしはドンパチできればそれで十分ですゼ」

「そうですか。ではこの任務が終わってからにしましょう」

「地雷を踏んじまったか……ところで、大将は何故潜望鏡を覗いておられるので? ここは戦場からえらい離れていますが?」

「だからですよ、ガーデル。戦場から離れているから、敵がいる可能性があるのです」

 

 

「いいですか」と、アルマリは潜望鏡に額を押しつけたまま講釈を始めた。ガーデルの苦りきった顔に、アルマリは気付くはずもない。

 

 

「ガーリバーグ司令によると、地球という星はここから天の川銀河中心方向2000光年先にある、太陽系という恒星系に属する未開の星のようです。母星が属する恒星系を主たる生存圏とする未だ発展途上の星ながら、40万光年先にあるウラリア帝国の母星を破壊せしめるほどの航続距離と攻撃力を持つ艦艇を保有する、技術力と国力がアンバランスな国家です」

「あの人形共の星をねぇ……そりゃあ、オリザーの爺さんが為す術なくケツまくって来たというのも納得のいく話ですなぁ」

「そんな星の艦隊が、太陽系を離れてこの恒星系に居る。このことが何を意味するのか。自らの経済圏を拡大させようと、この宙域の開拓に来たと考えるのが一番自然でしょう」

「話がよく見えねぇんですが、そうなんですかい?」

 

 

訝しがるガーデルに、なおも艦長は滔々と語る。

アルマリの推理は、要するにこうだ。

通常の星間国家は、生存圏の拡大と宇宙戦力の規模は正比例の関係にある。最初は宇宙海賊を討伐する警備隊程度の戦力が内戦のための戦力に発展し、経済圏が広がればその星や宙域を守るための駐屯部隊が必要となり……と、ねずみ算式に軍の規模は大きくなっていく。やがては他の星間国家と国境を接するようになり、星間戦争が勃発する。そうすれば異星人が住む星を侵略する必要に応じて増強され再編成され、星間戦争に勝てば併合した星の技術を吸収してさらに強力な戦力となるのだ。

しかし、地球の宇宙艦艇はその過程を飛ばして艦艇の技術のみが先行して発達している。ならば、先行した技術を使って星間航行が発達し、後付けのように経済圏の拡大が起きるはずというのだ。

 

 

「それで、それとこの宙域に敵がいる可能性とがなんの関係があるんで?」

「つまり、今カーニー司令が戦っている相手は、地球の開拓団についている護衛艦隊ではないかということです。そして、開拓団ならば軍艦だけではなく、輸送船や移民船といった護衛対象がこの星系のどこかに避難しているはずです」

「大将は、そいつを探してるって事ですかい?」

「あくまで推測にすぎませんし、戦場への合流が第一目的ですから、あくまでついでですが。何もしないよりはマシ、という程度でしょうか」

 

 

潜望鏡の周りをぐるぐると回っていたアルマリが、ぴたりと止まった。鉄仮面のような無表情が崩れ、口元が緩んでいる。

 

 

「……ふむ、どうやら今日の私は運がいいらしいですね」

「……何ですって?」

 

 

眉を潜めるガーデルに、潜望鏡を上げたアルマリは振り返って自信たっぷりに言った。

 

 

「司令に打電です。『敵艦隊発見。駆逐艦2、輸送船多数。本艦よりの方向340度、仰角0度、距離20000宇宙キロ。岩塊群の中に潜伏中』」




アルマリとガーデルはベナウィとクロウのイメージ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話

そろそろストックが切れてまいりました。
そろそろ、登場人物一覧を載せようかなぁ。


2208年3月5日22時34分 うお座109番星系中心宙域 病院船『たちばな』 某病室

 

 

「はい、ちょっと失礼しますよー」

 

 

柏木が手際よく、まだ中身の残っている合成樹脂製バッグを外し、新しいものをぶら下げる。

そらの左手に刺さっている点滴の薬液を取り替えているのだ。

 

本来、二人には点滴の必要などまったくない。いや、常人ならば点滴程度で済むはずがないのだが、二人の場合は必要ない、というべきか。

30分間も真空暴露していた人間がいたならば、普通は冷凍睡眠カプセルに入れられて地球の病院に送られるか、棺桶に入れられて地球の墓地に送られるかのどちらかだ。どちらにせよ、点滴の必要などない。

しかし二人は生きているどころか、戦闘から二日経った頃には元のような元気さを取り戻していた。折れた肋骨はくっつくまでにまだまだ時間がかかるものの、点滴を打つ理由にはならない。

では、二人が必要もない点滴を受けているのはなぜか。それはひとえに、二人に知られずに行動を制限するためだ。

 

あの日、二人の身に起きたことは、緘口令が敷かれたことによって上層部とごく一部の当事者だけの秘密になっている。

艦内の一般クルーはただの戦闘による負傷としか知らされていないし、他の艦に対してはあかねとサンディ王女の存在すら知られてはいけない。外国人だけでなく、日本人にも知られてはいけない。知れば、地球にいたときと同じことが二人の身に起きかねないからだ。

従って、病院船『たちばな』に移送したときも二人には冷凍睡眠カプセルの中に隠れてもらったし、病室をひとつ確保して他の人の目に触れないようにした。彼女たちに接触するのは事情を理解している柏木だけ、という徹底ぶりだ。

しかし、いくら周りが二人を隠匿しようとしても、彼女らが病院船内をブラブラと歩きまわってしまっては元も子もない。

彼女たちも自身の状況は分かっているはずだが、おてんば姫が好奇心で病室を抜け出さないとも限らない。

地球に降りて僅か二ヶ月で名古屋の街中を堂々と闊歩していたことを考えれば、有り得る事態だ。

そこで考え出されたのが、「点滴を打たせることでベッドから動けないようにする」ということだったのだ。

 

 

「ちょっとぉ、いつまで点滴受けてないといけないの? 私、退屈過ぎて死ぬぅ~」

 

 

当の本人は、不条理だといわんばかりに駄々をこねている。

ベッドについて数時間も経っていないのにこんな調子では、あまり長くはもたないだろう。時間としては既に深夜だというにこの元気ようだ、一般病室だったらモンスターパティエントとして追い出されること必至なのだ。

 

 

「そらさん、病室では静かにして下さい。隣にはあかねさんも寝ているんですよ?」

 

 

やんわりと注意するが、そらは構うことなく唇を尖らせて言った。

 

 

「いいのよ、あの娘は。今は自分の中のことで精一杯で、外の事なんて耳に入ってやしないわよ」

「……どういうことですか?」

「見れば分かるでしょ?」

 

 

顎だけであかねのベッドを指すそらに促されて、柏木はあかねのベッドにかけられていたカーテンをそっと開けた。

そこにいたのは、仰向けに横たわったまま、無表情で天井を眺めている美女の姿だった。

だらしなく垂れ下がった金色の髪は、散々掻き毟ったのかボサボサに乱れている。

疲労の色に塗れたその瞳に意志の気配はなく、ぼうっと虚空を見つめる視線は焦点も合っていない。

柏木は、彼女の目に覚えがあった。

 

 

「おいおい、これってまさかレイ「それ以上言ったら点滴の針で刺してチューブの反対側から息吹くわよ?」マジで死ぬからやめてください」

 

 

姫様は、ずいぶんと地球のスラングにお詳しいようだった。

 

 

「いやはや、よく私の言いたいことが分かりましたね?」

「私の周りには男性しかいなかったからね。デリカシーが無い人ばかりで本当に困ったわ」

「本当に地球語をよくご存知で。あかねさーん、簗瀬あかねさーん。点滴取り替えますんで、じっとしててくださいねー。あまり興奮すると、チューブの方に血が逆流しますからねー」

 

 

柏木は無反応なあかねにも一応声を掛け、返事を待たずに作業に入ってしまう。患者の了解を取らずに進めてしまう姿に、そらはなにやら胡散の香りを嗅ぎ取っていた。

 

 

「……ちょっと、なにこれ。なんか痛いんだけど、何を投与してるわけ?」

 

 

不審な物を見る目で睨むそらに、柏木は気にする素振りも見せずに平然と答えた。

 

 

「あー、今までとは違う薬を入れてるんで、最初は痛いと思いますよ。すぐに治まりますから」

 

 

しかしそらは胡乱な瞳で、「そうなんだ」と呟くだけでそれ以上は追及しなかった。

あかねの点滴を取り替えると、柏木はそそくさとそらの元に戻ってきた。どうにも、柏木も今のあかねに関わりたいとはあまり思わなかったようだ。柏木は回収したパックを手に持ち、手頃な位置にあった丸椅子に腰かけた。

 

 

「で。あかねさん、どうしちゃったんです? あんな茫然自失としている彼女は見たことないですよ。あ、分かった!篠田の野郎が湧き上がる性欲を持て余したあげk「ブーケの爪研ぎにされたい?」あ、すいません」

 

 

妄想を膨らませて激昂しかける柏木を冷たい声で黙らせる。しかし、眠たげに目を擦ったそらは、ひとつ大きな溜息をつく。

 

 

「あの娘に……真実を教えてあげただけよ……。あんたは、アレックス人の血を引いているって……」

「……へえ、あかねさんが、アレックス人の? そらさんは、どうしてそう思うんですか?」

 

 

段々と言葉が遅くなり、思考が鈍化していくさまを確認しながら、噛んで含めるようにゆっくりと問いかける。

 

 

「……分かるわよ……私は、イスカンダル人の末裔だもの……。彼女には、イスカンダル人の特徴が…………見えるもの」

「それじゃあ、簗瀬家の人は皆イスカンダル人の末裔ってことなのですか?」

「………………」

 

 

柏木の問いに、そらは答えない。

しばらく物音を立てずに様子を見ていると、そらの体が船を漕ぎ始めた。垂れた前髪を掻き分けて表情を窺うと、その瞼は閉ざされていた。

柏木はそらを起こさないようにゆっくりと椅子から離れ、あかねの様子を覗き見る。

思った通り、彼女も同じように静かに寝息を立てていた。

 

 

「やれやれ、ようやく効いたか。全身麻酔用の強力な奴なんだがね……薬が効きにくいのも、アレックス人の特徴なのか? まったく、異星人ってのはいったいどんな体の構造してるのやら。98%同じだっけ? 嘘だろ、絶対」

 

 

上半身を起こしたままぐっすりと眠っているそらをゆっくりと寝かしつけ、布団をきれいに掛け直すと、柏木は病室を後にした。

 

 

―――2時間後、後頭部を殴打されて気絶した柏木が病室で発見された。代わりにあかねとそらの姿はベッドから忽然と姿を消し、外された点滴針から垂れた薬液が床に大きな水たまりを作っていた。

そして同じ頃、船橋にて最下層デッキにある船外排出用の大型ダストシュートのうちのひとつが30秒間ほど「開放」に表示されるというエラーが起きていた。

 

 

 

 

 

 

0時47分 うお座109番星系第七惑星『スティグマ』周辺宙域

 

 

カーニー司令が、本隊に続いて陽動艦隊への攻撃命令を発した頃。

惑星『スティグマ』を周回する岩塊の一つに身を隠していた本隊は、背後から突如現れたミサイルの反応に驚愕し、混乱した。

何も無いところに突如として現れたミサイルに、そして隠れていたはずの本隊が既に敵に発見されていたことに、そして攻撃を受けているにも関わらず敵の姿がレーダーに映っていないことに、彼らは狼狽を隠せなかったのだ。

 

ミサイル潜宙艦『ガレオモフィ』が放った破滅ミサイルに最初に気付いたのは、ドイツの『ペーター・シュトラッサー』だった。

波動砲戦隊形―――すなわち一列横陣で待機していた本隊は、岩塊に近い右側から『ストラブール』、『ニュージャージー』、『エリス』、『シナノ』、『ペーター・シュトラッサー』の順に並んでいた。一番岩塊から遠く、レーダーの視界が広く取れていた『ペーター・シュトラッサー』が、左後方から突き上げるように迫って来る大型飛翔体を感知したのだった。

 

 

「回避! 全力でここから離れろ!」

 

 

5隻の艦長はいずれも回避運動を命じる。

ガトランティス残党掃討戦の過程で鹵獲したミサイル艦を解析した結果、破滅ミサイルがとんでもない代物だということは判明している。星一つ消滅せしめる威力のミサイルを食らったらどうなるかなど、想像に難くない。

地球連邦軍が誇る最新鋭戦艦と空母、そして最大最強の戦略指揮戦艦は、艦隊としての統率もへったくれもなく文字通り蜘蛛の子を散らすように逃げだした。

 

しかし、ここで些細な問題が生じる。

波動砲による面制圧を目的として横一列に密着して並んでいた本隊は、下手に回避行動をとれば他の艦に衝突してしまう可能性があったのだ。

一番行動に自由がきいた『ペーター・シュトラッサー』は敵ミサイルと直角の方向、すなわち取舵45度に回頭して着弾個所から逃れた。『シナノ』と『ニュージャージー』はそれぞれ仰角45度と伏角45度、つまり上下方向に艦首を向けた。『エリス』は針路そのまま、前進して遁走を図った。

問題は、一拍だけ艦長が我に帰るのが遅れて、退避命令が遅れてしまった『ストラブール』だ。もともと左右を岩塊と味方艦に挟まれて一番身動きが取りづらい位置だった『ストラブール』が波動エンジンノズルからオレンジ色の輝きを灯したときには、前方方向には『エリス』、斜め上方向には『シナノ』、斜め下方には『ニュージャージー』が先に逃走を始めていた。

3隻のいずれかの後を追うことは2隻が同じ方向へ超至近距離で航行することになり、回避行動や対空戦闘を行う際に味方艦を巻き添えにしてしまう可能性があるため、好ましくない。しかたなく『ストラブール』は仰角90度、垂直方向に逃げることを決断した。

 

この一瞬の行動の遅れが、明暗を分けた。

 

『シナノ』が、『ニュージャージー』がパルスレーザー砲をミサイルに向け、弾幕を張って必死の抵抗を試みる。護衛戦艦『ビスマルク』に似て潜水艦のように凹凸が極端に少ない『ペーター・シュトラッサー』は、艦橋前面の収納カバーを開いて格納式連装衝撃砲を露出させ、波動エンジンから主砲へエネルギー回路を接続する。カバーを開く手間の要らない『エリス』は既に三番、四番主砲計8門の砲口を青く煌めかせ、衝撃砲を撃ち放っている。

それらの迎撃が功を奏したのか、はたまた破滅ミサイルにはまともな追尾機能が搭載されていないのか。

閉じた番傘のような、あるいは馬上槍のような形をした超大型ミサイルは軌道をわずかに外れ、本隊が隠れていた岩塊に着弾した。

 

弾頭が土煙を上げて岩塊に突き刺さり、脆い岩肌に身をうずめる。刹那、まばゆい光が生まれてミサイルの輪郭を消し、見る者の視界を奪う。

太陽を再現したような黄白色の光が、その大きさからは考えられないような熱量が、岩塊をあっという間に飲み込んで膨張する。

光の球がその体積を加速度的に増し、大きさが全方位に加速度的に増していく。

5隻はそれぞれの針路で、破滅ミサイルが齎した爆発に呑みこまれないように全速力で宙を駆けた。

波動エンジンノズルから伸びる光跡が、速度に合わせてその長さを増していく。艦の全長を越し、二倍の長さになっても、光球の表面は圧倒的な存在感で追い縋ってくる。

5隻の中で一番の速力を出しているのは、その幅広な巨体にアンドロメダⅠ級戦艦の波動エンジンを2基搭載している『エリス』。

次に速いのは、準第三世代艦ながらヨコハマ条約の対象外だったために搭載する波動エンジンに制限がなかった空母三隻。『シナノ』は第二世代型巡洋艦の波動エンジンを小型化して2基搭載することで、『ニュージャージー』『ペーター・シュトラッサー』は第二世代型主力戦艦の波動エンジンを改良することで第三世代艦よりも高速を実現した。

結果、一番遅いのは設計としては最新鋭のはずの『ストラブール』だった。

 

ついに、爆発球が『ストラブール』を捉える。

初動の遅れのせいで充分に加速しきることができず、迫りくるデッドラインを振り切ることができなかったのだ。

放射される熱で後部の装甲が溶解を始めても、『ストラブール』はまだ諦めずに前進を止めない。

しかし、艦尾から咀嚼するように、満ち潮が干潟を侵食するように、蛇が顎関節を外して大きなネズミをゆっくりと飲み込んでいくように、じわじわと獲物を併呑していく。

底なし沼に引きずり込まれるがごとき緩慢さで、ズブズブと『ストラブール』は光の中へ沈んでいってしまった。

 

 

やがて光球がその輝きを失って、宇宙がつかの間の平穏を取り戻した時、そこにはただひたすら何もない虚ろな空間だけが残っていた。

 

 

 

 

 

 

同場所 1時09分

アレックス星攻略部隊偵察部隊旗艦 高速戦艦『パナエオーディア』艦橋

 

 

二隻の無人戦艦が放とうとしていた波動砲は間一髪、大戦艦が放った回転速射砲の猛攻によって阻止された。

断罪の緑槍の猛射は、一切の抵抗をせずに波動砲の発射シークエンスを整えていた無人戦艦に、無慈悲に突き刺さる。

 

いずれの艦の一撃がとどめになったか、艦首の砲口に纏っていた青い燐光がゆっくりと輝きを失っていく。行き場を失った膨大な波動エネルギーは最終収束装置を逆流し、突入ボルトを突き破って機関室内に躍り出た。洪水の勢いで噴き出すタキオン粒子の奔流は、触れるものすべてに三次元の崩壊を撒き起こしながら艦内を蹂躙した。

地球連邦軍最大最強の兵器の威力を嚥下した無人戦艦は、内から外へと三次元の崩壊を起こしていく。

熱病にうなされるように小刻みな震えを起こし、艦内の前部弾火薬庫から順番に次々と誘爆を起こす。

艦の到るところから爆発が噴き上がる様は、出血熱を起こした患者を思わせる。

爆炎で内部から艦を蝕まれ、無人戦艦の特徴的な杈状の艦体があっという間にバラバラに砕けていく。

最後にひと際眩しいディープブルーの輝きを放ち……後には一片のかけらも残さずに消滅した。

轟沈と呼ぶべき壮絶な、しかし美しい最後だった。

 

 

「戦艦は潰した、あとは雑魚ばかりだ! 一気に平らげてしまえ!」

 

 

戦艦二隻を撃沈させたカーニーは意気軒高だ。満足げな笑い声が艦橋に響く。目は愉悦の色に染まり、鼻息を荒くして戦況の推移を楽しんでいる。

しかし一方で、参謀長は冷や汗を袖口で拭って秘かに安堵の息を漏らしていた。

愚鈍で見たいものしか見たがらない司令は気付いていないが、敵の戦艦は今まで沈黙を貫いていたにもかかわらず、前触れなく踵を返し、こちらに青く輝く艦首を向けたのだ。

小型艦を逃がすために自らを犠牲にしたのであろう事までは推測がつく。

しかし、それならばあの青い燐光は何だったのか。

あれは、敵の起死回生の一撃だったのではないか。

参謀長には、自分たちがギリギリのタイミングで助かっていたように思えてならないのだ。

もし、他の艦もあのような兵器を持っているとしたら?

その可能性に思い至ったところで、参謀長は青ざめた表情をコロッと入れ替えた。

 

 

「司令、戦列を解いて敵を包囲しましょう」

「なに?」

「駆逐艦を先行させて前方に網を張り、大戦艦で後ろから獲物を追いこむのです。敵が全滅するさまを全方位から録画できれば、非常に見応えのある映像になること請け合いでございます」

 

 

参謀長は卑下た笑いを表面に張り付けながらカーニーに進言した。

カーニーの機嫌を損なわず、カーニーの琴線に触れるような言い方を以て司令の心を動かす、いつものやりかただ。その言いようはその都度違うが、今回の場合「より映像になる倒し方」の一点を突破口にして、艦隊を散開させようと考えたのだ。

敵戦艦が何をしようとしていたのか、真実はわからない。しかし、もしもあれが敵の起死回生の一撃だったとしたら、このまま左右2列縦陣で固まっているのは危険な可能性がある。

既に敵の本隊は破滅ミサイルの直撃で壊滅し、残るは眼前の小型艦ばかり。ここは敵があの青い燐光をもう一度煌かせる隙を与えずに、一気に包囲して握りつぶしてしまうのが得策だ。

だというのにカーニー司令は、

 

 

「ならぬ」

 

 

と、一言に斬って捨てた。

 

 

「何故です?」

「せっかく整然と並んでいる艦列を乱してしまったら、美しくないではないか」

 

 

見よ、とカーニーは指揮棒で正面を指し示す。

そこには、戦列を乱しながら必死に逃走する地球艦隊を挟撃する、二列の艋艟の群れがある。

地球艦隊最速である駆逐艦も高速艦のみで編成された偵察部隊は振り切れないらしく、ガトランティス艦隊が放つ鉄火の鉾をその身に受けている。

あやとりをするかのように緑色の糸が両者の間をやり取りし、そのたびに紅蓮の綿花が実を付ける。

 

 

「見よ、一糸乱れずに戦列を組む我が艦隊の勇姿を! いいか参謀長、殿下にお見せする記録映像は、ただ敵を殲滅する様子を取ればいいというものではない。それは、ずぶの素人がすることだ」

 

 

口元をヒクつかせながらも、まだ参謀長は外面を保とうと頑張っている。おまえはいつプロのカメラマンになったんだ、という呟きは卑屈な笑顔の下に懸命に押し隠しているのだ。

 

 

「殿下は、蛮族を誅滅するさまのみならず、股肱の臣が八面六臂の活躍をするさまを御覧になるのがお望みなのだ。我々は殿下の御期待にお応えして、完璧かつ華麗に敵を倒さなければならない」

 

 

その後もやれ「包囲して叩くのは獣がやることだ」とか、「我々は洗練されたガトランティス軍人、それもダーダー殿下揮下の精鋭だ」などと司令は立て続けに持論を展開するのを、参謀長は内心辟易としながら聞き流す。

カーニー司令のたちの悪いところは、言っていることが全部が全部嘘でたらめという訳ではないことだ。

確かに、ダーダー殿下率いるさんかく座方面軍は錬度が高く、中でもアレックス星攻略部隊に参加していた近衛艦隊は、実力と戦いの優雅さを兼ね備えた精鋭といえる存在だ。

戦場に美しさが求められる場面があることも、あながち間違いでもない。

出世していく上で、またライバルを蹴落とすためには、ただ勝つだけでは足りないことがある。

作戦の上手さ、撃破数と損害数の比率、また上司に好印象を与えるような映像の撮り方が昇進への下積みになることは、確かにあるのだ。

 

しかし今回は、明らかにそのような上司の機嫌取りはいらない場面だ。

此度の遠征の本命はアレックス星攻略戦であり、地球艦隊殲滅は前哨戦ですらない、寄り道のようなものだ。そのような瑣末な戦においては優雅さよりもすばやく戦闘を終結させて本隊に合流することと戦力の温存にある。

また、敵の数が少ない。ダーダー殿下の覚えをめでたくするには、もう少し敵の数が多いと見応えのある映像にはならない。

さらに、カーニーは艦隊再編成の際に司令部直衛艦隊参謀から偵察部隊司令に昇進したため、ダーダー殿下の次に偉い立場にある。もちろん最高齢で決戦部隊司令のウィルヤーグが最先任であり、年齢でいうとツグモに次いで三番目であるため正確にはもう少し立場は低いが、これ以上は年功序列であり、功績だけでどうにかなるものではない。つまり、これ以上の過剰なご機嫌取りは無駄なのだ。

カーニー司令は、年下ながら自分よりも先に司令の立場になったダルゴロイやミラガンに、劣等感を抱いているに違いない。だから今の立場に満足せず、ダルゴロィやミラガンより上に立とうともがくのだろう。

 

 

「……承知いたしました。現状のままで参りましょう」

 

 

参謀長は、引き下がるしかなかった。ダーダー殿下に覚えめでたくいようと媚を売るカーニー司令と、その司令を持ち上げることで自分の意のままに操ろうとしている自分がダブって見えて、自分に他人を責める資格はないと己が身を恥ずかしく思ったのだ。

 

引き下がる参謀長を尻目に捉えて唇の端を上げつつ、カーニーは眼前で進行しつつある地獄絵図を喜々として眺める。

カーニーの座乗艦である高速戦艦『パナエオーディア』は右側の艦列の最後尾に位置しており、戦場を全て見渡すことができた。

戦闘開始前、敵は小型艦を先頭に12隻が単縦陣を組んでおり、こちらに背を向けて航行していた。

こちらは二列縦陣で敵艦隊を左右から挟み込み、宙が緑一色に染まるほどの濃厚な砲撃を加えた。

結果、一番艦、四番艦と最後尾の大型艦二隻が爆沈、二番艦、五番艦が艦列から落伍、九番艦、十番艦が大破炎上中。いまだに戦闘を継続中なのは三番、六番、七番、八番艦だ。しかし、いずれも被弾は蓄積されていて至るところから狼煙のような黒煙を噴き上げている。大破あるいは撃沈までそう時間はかからないだろう。

 

対してこちらは大戦艦には一発も弾が飛んで来ず、代わりに駆逐艦に被害が集中している。ミサイル防御のために駆逐艦を戦列の前方に押し出したことと、敵大型艦が一発も撃って来なかったことが原因だが、敵中小型艦の衝撃砲が発砲を始めた頃から味方の損害が出始めた。

とはいえいずれも中小口径砲ゆえ威力が弱く、大破沈没といった事態になった艦は1隻も無い。重装甲型というのも功を奏したのかもしれない。精々が中破したところで大事をとって、戦列から外れている駆逐艦が4隻ほどいるだけだ。

 

思ったよりもいい画が撮れる。カーニーはそう確信した。

 

 

「レーダーに感! 右前方8万宇宙キロに敵大型艦出現!」

「右方向に敵編隊!」

 

 

レーダー士官が異変を知らせてきたのは、その時だった。




事態は大きく動き出しました。しかも悪い方向に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話

いつもより投稿が遅れました、申し訳ありません。


2208年3月6日1時10分 うお座109番星系第七惑星『スティグマ』周辺宙域 戦略指揮戦艦『エリス』 メインブリッジ

 

 

【推奨BGM:『SPACE BATTLESHIP ヤマト』より《波動砲発射》】

 

 

圧倒的優位に進んでいる戦況の推移に悦に浸っているカーニーに水を差すように現れた大型艦―――護衛艦隊旗艦『エリス』である―――は、惑星の影から飛び出してくるなりドリフトしてガトランティス艦隊に艦を正対させた。メイン・サブ全てのエンジンをカットし、全身からスラスターを噴かせてベクトルを相殺させ、完全に静止する。

 

 

「次元照準レーダー、測的開始!」

「距離81000宇宙キロ、拡散波動砲の射程内です!」

「波動砲強制冷却システム作動準備。重力アンカー始動」

 

 

破滅ミサイルの脅威から脱して以降、異常な興奮状態が艦内を包み込んでいる。

ブリッジ要員たちの目はぎらつき、上ずりかけた声が飛びかう。

 

 

「第一波動エンジン、第二波動エンジンフルパワー」

「ターゲットスコープオープン、電影クロスゲージ明度20」

 

 

突然襲いかかった死の恐怖から逃げきることができた『エリス』のクルーは、その反動で生の実感に身を打ち震わせる。

高鳴る鼓動は耳にまで響き、身体には力が漲っている。充実する生命は瞳を爛々と輝かせ、思考はこれまでになく明瞭で活発になっていた。艦内総出で行う波動砲発射シークエンスは、これまでの訓練とは見違えるような速さで消化されていく。

 

全長300メートル、幅56メートル、排水量15万1000トンの巨躯が、その内から来る破壊衝動を開放する機会を得て歓喜する。

たとえ現在はその存在意義を否定されていようとも、三連の砲口から放たれる拡散波動砲の威力はいまだ地球連邦軍内最強の称号を欲しいままにしている。彗星都市攻撃の一件の所為で役立たずの烙印を押されてしまった拡散波動砲だが、理論上はこと艦隊戦についてはいまだ有効のはずなのだ。

 

 

「攻撃目標、向かって右に展開中の敵艦隊。間違っても味方に当てるなよ」

「爆散地点を、敵先頭艦の未来位置に設定します」

「よろしい。通信班長、輸送船団に避難命令を出したまえ。我々のように後ろから奇襲を受けたら、駆逐艦2隻では太刀打ちできんだろう」

「了解、駆逐艦『カピッツァ』に通信を繋ぎます」

 

 

全身を駆け巡る戦闘衝動に気持ちが昂っているクルーと一線を画して、ジャシチェフスキー司令は眉ひとつ動かさずに淡々と指示を飛ばす。

ジャシチェフスキー司令は、思考を巡らせる。

クルー達はまるで勝利したかのように意気軒高だが、戦況は極めて悪い。

本隊は背後から破滅ミサイルの攻撃を受けて、『シナノ』『ニュージャージー』『ペーター・シュトラッサー』が艦後部を中心に中破相当の損傷。『ストラブール』は爆発球に呑みこまれて音信不通。『エリス』だけは双発エンジンの馬力を遺憾なく発揮して殺傷範囲から離脱できたため、奇跡的に無傷で済んだ。陽動部隊は大戦艦、駆逐艦の執拗な攻撃を受けて全滅を通り越して壊滅状態、

現状で無傷なのは、『エリス』と輸送船の護衛に回っている駆逐艦2隻のみ。

もはや、調査船団の護衛という任務は遂行不可能なレベルの損害だ。

 

後悔は尽きない。

何故、本隊の位置が敵に掴まれるという可能性を考えなかったのか。

何故、最初から波動砲による総力戦を挑まなかったのか。

今になって考えてみればこちらの戦力は巡洋艦を含めれば波動砲搭載艦が13隻、そのうち拡散波動砲は3隻。相手は大戦艦と高速駆逐艦のみで、土星決戦の際に土方艦隊を苦しめた火焔直撃砲搭載艦はいなかった。収束型波動砲と上手く組み合わせれば、一切のダメージを負わずに敵艦隊を打ち崩せる能力を充分に有していたのだ。

しかし私は敵の数に臆し、正面からぶつかっては勝てないと思った。

敵を罠に掛ける作戦を立案し、数少ない味方をさらに分散し、せっかくの波動砲搭載艦である巡洋艦を陽動―――いや、都合のよい言い訳は止めよう、囮にしてしまったのだ。

 

とはいえ、逃げるという選択は最初から無かった。

会議でも調査船団側から主張があったが、この星系を開拓するには敵勢力を排除しなければならない。

旧テレザート星宙域の威力偵察が最終的な目的ではあるが、そこまでの航路啓開も連邦政府から委託された任務である。戦わないわけにはいかなかった。

とはいえこんな結末になると分かっていたなら、もっと違う戦い方もあったのだろうが―――自分の不明を恥じるばかりだ。

 

 

「薬室内、波動エネルギー充填率120%、最終セーフティーロック解除」

「発射10秒前。対ショック、対閃光防御」

 

 

背後に恒星の光を背負って、白銀の装甲が輝きを増す。

中世の時代にいたという、全身に頑丈な鎧と鉄仮面を纏った重騎士を思わせる艦体が、その先端に青い煌めきを灯らせながら武者震いを起こす。

戦闘班長の告げるカウントダウンが、まるで『エリス』の鼓動のようだ。

たとえここから苦境を覆して勝利しても、私が責任を取らされることはもはや避けられない。

しかし、だからといって私に課せられた使命を放棄して良いわけがない。

幸い、旗艦にして最大の火力を誇る本艦は無傷だ。一発逆転、それが叶わずとも一隻でも多く敵を道連れにして、非武装の輸送船団を逃がさなければならない。

そのためには、この乾坤一擲の一撃でどれだけの敵を削れるかにかかっている。

敵は味方艦隊を挟んで左右に展開している。一発の拡散波動砲で全ての敵を葬る事は、味方艦隊も子弾の殺傷圏内に巻き込んでしまうため不可能だ。だが、どちらか片方の列だけでも殲滅できれば、少しはその後の展開が楽になるだろう。

 

 

「3……2……拡散波動砲、発射ァ!!」

 

 

間近に太陽を見るような強い閃光がサングラス越しに目を灼くともに、落雷の前兆のような大気を切り裂く甲高い音が耳に入ったように思えた。

 

瞬間、目に見えない巨大なものがぶつかって来たような衝撃がやってきた。

足元を掬いかねないほどの大きな揺れと、地鳴りのような低くおどろおどろしい音が全身を駆け抜ける。

 

 

「くっ……!」

 

 

肘掛けを掴んで体に圧し掛かるGに耐える。

まるで艦がバラバラに分解してしまうのではないかと思えるほどの、物凄い振動が艦を襲う。

かつて私が乗艦していた第二世代型主力戦艦の拡大波動砲でも、ここまでの反動はなかった。

これが、三連装拡散波動砲の威力か。

 

満身創痍の味方艦隊のすぐ脇を、波動砲の弾頭がすれ違う。

既に物言わぬ骸となって漂流している駆逐艦『ズーク』を巻き込みながら、陽動艦隊に直撃せんとする衝撃砲やミサイルをことごとく呑み込んで、慌ててふためきながら散開して回避しようとするガトランティス艦隊へ迫りくる。

三門の砲口から放たれた弾頭はやがて互いに近づき螺旋を描き始め、徐々に溶け合ってひとつになっていく。

 

やがてタキオンバースト奔流が極限まで収束された時、すなわちガトランティス軍の艦列の鼻っ先で、初代アンドロメダが放ったそれとは比較にならないほど濃い密度の子弾が花開く。

初代アンドロメダ級のそれを彼岸花に例えるなら、今見ているそれは菊花か向日葵。びっしりと敷き詰められた子弾が空間をズタズタに切り裂いた。

 

キルゾーンの中にいるガトランティス艦は、散弾銃を撃ち込まれた野鳥の如く次々と子弾に貫かれていく。

収束型波動砲のように一瞬にして蒸散させてしまうほどの威力はないが、被弾した艦は三次元崩壊の連鎖に巻き込まれてボロボロと身が崩れ落ちていった。

子弾は先頭を走る薄緑色の敵駆逐艦を正面から刺し穿ち貫通しても勢いは衰えず、二番艦、三番艦へと次々と雀刺しにする。回避行動をとった大戦艦のどてっ腹にも光の矢は突き刺さり、大きな風穴を開けた。艦橋の至近距離を掠めた大戦艦は艦の頭脳を失い、兵装を沈黙させてその場に停止した。

 

撃ち終わった『エリス』が強制冷却装置を作動させ、全身から蒸気を立ち上らせた頃には、一列に並んだ敵艦隊はすべて瓦礫へと姿を変えていた。

 

残る一列は、突然のことに茫然自失しているのか、あれだけ雨霰と撃っていた攻撃がピタリと止んで沈黙している。

その間隙をついて、コスモタイガー隊機が身を躍らせて襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

残敵掃討のために待機していた『シナノ』航空隊71機、『ニュージャージー』航空隊84機、『ペーター・シュトラッサー』航空隊44機、総計199機が戦場に到達したのは、拡散波動砲の一閃が敵を貫いているときだった。

HUD越しに、タキオン粒子の束が水飛沫のように飛び散ってガトランティス艦隊に降りかかる様が良く見えた。

 

 

『あれが波動砲……すごいわ、敵が次々に薙ぎ倒されていく』

『そういや、波動砲を間近で見物できるなんて激レアじゃねぇか?』

『綺麗……まるで、宇宙空間を川が流れているみたい』

『これが本当の天の川ってな!』

「……タク、お前は少し黙ってろ」

 

 

β大隊第三中隊は、大輔が戦線離脱したため3機編成という変則的な編成をとっている。本来三番機で隊長機の左後方にいるはずのタクが右後方に、安場機が左後方にいる。

大輔がいないと、タクの相手を一人でしなければいけないので少々疲れる。大怪我を負って傷心の彼には悪いが、一刻も早く帰って来て欲しいものだ。

 

 

『α1-1より全機、指定の目標に攻撃開始! GO、GO、GO!』

 

 

中島隊長から攻撃開始を告げる声が飛ぶ。

編隊を組んでいた『シナノ』所属の12中隊47機のコスモタイガーⅡ、6中隊24機の中型雷撃機が次々に翼を翻して散開し、6隻の駆逐艦に向けて殺到した。

直前に目標の簡単な割り振りが行われ、『シナノ』航空隊は先頭を行く高速駆逐艦6隻、『ニュージャージー』航空隊が最後尾の大戦艦6隻、『ペーター・シュトラッサー』が中間の駆逐艦4隻と大戦艦2隻を担当する。

β第三中隊は、五番目に並んでいる駆逐艦を担当することになっている。一隻あたりに掛けられる機数は2個中隊から3個中隊、現在の乗機は増槽付きのため一機当たりのミサイル装備数は4発だから、一隻に対して放てるのは32発から48発程度だ。コスモタイガーⅡが搭載している多目的ミサイルは、5発も命中すればたいていの艦船は沈黙させることができるほどの威力を誇るが、全機が防空網をかいくぐってミサイルを発射できるという保証はないし、途中でどれだけミサイルが迎撃されるかも不明だ。

二回目の出撃というのにまた空対空戦闘ではないとは落胆この上ないが、戦力的にギリギリというならば文句はいっていられない。

 

本隊が敵の奇襲を受けて大損害を受けたことは、既に知らされている。

『エリス』以外の艦がどうなったのかまではまだ不明だが、母艦と連絡が繋がらないらしいことを考えると、沈没の可能性が大いに考えられる。

もしも沈没してしまったのならば、これは『シナノ』の弔い合戦。

沈んでいなければ、損傷を負った母艦に変わって意趣返し。

無傷ならば、戦果を拡大させるチャンス。

どっちにせよ、目の前の敵を逃がす気などさらさらない。

 

 

「俺たちも行くぞ」

 

 

重く静かに告げると右手で操縦桿を軽く引き、続いて右に勢いよく倒して右バレルロール。機首が目標に向いたところで左手のスロットルレバーをぐいと押し上げ、エンジン出力をミリタリーレベルからアフターバーナーにまで叩きこんだ。

唸りを上げ、輝きを強めるメインノズル。旧帝国海軍の傑作機を彷彿とさせる濃緑色の機体が力強くバーナー炎を長く噴かして、高速駆逐艦の右斜め上方から一直線に迫る。タクと安場も互いの距離を詰めて追随してきている。

 

 

「距離1200、発射用意」

 

 

無人要塞を攻撃したときよりもはるかに近い距離で、籠手田はミサイル発射の準備を指示する。

宇宙空間で運用されるミサイルは、使用する宙域の環境、目標までの距離に応じて飛翔スピードを変更させることができる。

引力が強い星の傍で発射する際には、燃料の一部を引力へのカウンターベクトルとして消費するため射程と速度が低下する。

無人要塞攻略戦のときのように高重力下かつ超長距離から放つ場合は、燃料を節約するために速度が極端に遅くなるのだ。

逆に、今行っている対艦戦闘のように敵艦に迎撃の隙を与えないほどの速度が求められる場合には、射程を犠牲にする代わりに燃料を異常燃焼させることによって爆発的なスピードを生み出すことができるのだ。

 

勿論、射程を犠牲にするのだからミサイルを抱えている発射母体は敵に相当に接近しなければならない。高速駆逐艦は対空ミサイルを持っていないため回転速射砲の射程に入るまでは迎撃を受ける心配がないが、いずれにせよコスモタイガー隊は中世紀の雷撃機のように肉薄して至近距離で撃ちこむ必要があった。

 

HUDのターゲット・ピパーが四角形から円に変わり、ミサイルが前方の敵艦をロックオンする。

曲線とお椀状の砲塔で彩られた、昆虫類を連想させる姿。左右についているオレンジ色のレーダーパネルが複眼のように見えるから、若葉色の艦体色と相まってカメムシとイメージがダブる。

狙うは艦体上部艦橋前面、大小五つの回転砲塔が軸線上に並んでいる場所。鹵獲艦の解析によって判明している、エネルギーパイプが密集している構造的弱点だ。

 

 

「β―3―1、ミサイル発射!」

 

 

籠手田の指が発射ボタンを続けざまに押すと、翼下に懸吊されていた4本の槍状の物体がするりとレールから離れた。

 

 

『β―3-3、ミサイル発射!』

『β―3-4、ミサイル発射!』

 

 

後続する二人が宣言と共に放ったミサイル、並走するβ大隊第一、第二中隊が放ったミサイルを追いかけて疾走する。

コスモタイガー隊も、ミサイルを追いかけるように一心不乱に直進する。

 

パイロットが運命を預けるこの機体は、ミサイルばかりが武器じゃない。機首8門のパルスレーザー、両翼10門の12,7ミリ実体弾機銃は、ヤマトが経験してきた数多の航海の中で敵艦を撃沈させた実績を持つ強力な兵器だ。

ミサイルで沈められなかった場合を見越して追撃として機銃掃射を行うのが、この時代における空襲のセオリーだった。

たなびくミサイルの航跡雲を掻き分けて、ミサイル群に紛れるように吶喊を続ける。

敵艦にとっては、遥か上空から鋭角に急降下してくるように見えるはずだ。

 

と、籠手田の正面に多数の発射炎が閃いた。

味方の惨状に茫然自失していた敵駆逐艦が、ようやく自身へ迫りくる脅威に気がついたのだ。

回転速射砲がダイヤルの如くガチガチと回転し、無砲身の砲口から若葉色の火箭が矢継ぎ早に撃ち上がる。

ハリネズミと形容されるだけあって、思わず息を呑むほどの密度だ。

突然、真正面に光の点が生まれる。

籠手田が眼を大きく見開いているうちにそれはみるみる大きくなって、細長く伸びる気配が全くしなくて―――

直感的に、籠手田は操縦桿をぐいと押し下げる。

機体がそれに応えて機首を下げる前に、風防の真上をパルスレーザーが掠めていった。

 

思わず息が詰まり、呼吸するのも忘れて後方を振り返る。

光弾は既に他の弾に紛れて遥か後方へ吹っ飛んでいってしまい、区別がつかなくなっていた。

今の弾はどうみても直撃、それもコクピットを撃ち抜くコースだった。

そして、俺はそれをこの目で見ていながらも回避行動が間に合わなかった。

首から上が吹き飛んでも仕方がないほどの致命的な弾が、いかなる偶然か紙一重で頭上を通り過ぎていったのだ。

遅ればせながら、恐怖に背筋を悪寒が走った。

 

考えてみれば、抵抗してくる敵に対して攻撃を行うのはこれが初めて。

言うなれば、これが本当の意味での初陣だ。

あっという間に目の前に迫って来ては直前で左右に逸れていく敵弾に、もしも当たるようなことがあれば―――

 

いつのまにか激しく打ち鳴らされていた胸の鼓動が鼓膜を揺らし、妙に耳に響いてくる。

心拍の上昇につれて荒くなった自分の呼吸音がやかましくて神経を逆撫でする。

コクピットが体を締め付けて来るような錯覚に陥る。

猛烈な孤独感が激流のように籠手田の心を乱した。

 

籠手田は、パルスレーザーに撃たれた人間がどうなるのかを、この目でじかに見ている。

救命カプセルの中の大輔の姿が脳裏に浮かぶ。

腕と足を味方のパルスレーザーに撃ち抜かれて文字通り焼失してしまった姿を、鮮明に思い出してしまった。

焦げた隊員服。

黒ずんだ血の跡。

時折わずかに白く濁る酸素マスク―――

 

 

『隊長! 突撃コースを外れています! 隊長!』

 

 

安場の悲鳴じみた叫び声が耳をつんざき、ようやく籠手田は自分が周りが見えていなかったことに気付いた。

頭を左右に振るって視界を回復させると、真正面にあったはずの敵駆逐艦の姿がやや上に見える。さきほど回避行動のために機首を押し下げて、そのまま進路を修正していなかったようだ。

 

 

『隊長、被弾したんですか!? 隊長! 籠手田さん!!』

 

 

慌てて機首を持ち上げて、機首を再び敵艦に向ける。周囲を見渡すと頭上にβ第一中隊の姿がある―――が、3機しかいなかった。

さらに首を回して後ろ上方を振り返ると、茶褐色の煙の筋がふたつ。よく見れば、第二中隊もリーダー機の姿がない。

左右にはさらに多くの爆煙。そこから飛び出すミサイルの紡錘形の破片、そして機首と胴体が泣き分かれたコスモタイガーⅡ、キャノピーだけが綺麗にこそげ落とされた雷撃機、力なく漂う何処の所属とも知れぬパイロットスーツ……。

自分が一瞬前まで頭の中に描いていた光景が、まさに目の前で起こっていた。

 

 

「……!!」

 

 

逃げ出してしまいたい気持ちを抑えつけて、左手で臍の辺りを撫でて自身に言い聞かせる。

お前の望んでいた実戦じゃないか、何を臆することがある。

要塞攻略戦の時だって、俺は部下を率いて手柄を立てることができたじゃないか。

憧れのエースパイロットになる第一歩だぞ?

 

俺は、英雄になるんだ……!

 

 

「すまない安場。ちょっと機体がふらついただけだ」

 

 

隊長として部下に、しかも女の子に情けない姿はさらしたくない。

必死に何度も呼びかけてくれた安場に、努めて落ち着いた声で応えた。

無戦越しの声でしかないが、彼女は俺のように恐怖に心を蝕まれてはいないようだ。

いざ実戦となると女の方が肝が据わっている、ということなのだろうか?

 

 

『大丈夫なんですか? 機体の不具合ならば撤退を……』

「馬鹿、今さらできるわけないだろう」

 

 

進路を外れてしまった籠手田と律儀にも追随してくれていたタクと安場の機体は、既に互いのパルスレーザーの射程内に飛び込んでいる。逃げる方がかえって機体の腹を見せることになり危険な状況だ。

中隊は他の中隊よりも緩い角度で敵駆逐艦の防空圏内に侵入している。他の中隊の突撃を急降下爆撃に例えるなら、俺たちは緩降下爆撃か雷撃といったところだ。相当長い時間、自失していたらしい。

しきりに対空砲火を上げて来る駆逐艦は艦首付近に集中的に被弾したらしく、艦首にあるスラスター兼回転砲塔が消失して4筋の黒煙がたなびいていた。44発撃って命中したのがわずか4発、命中率は10%を切っている。

どう考えても、機銃による追撃は必要不可欠だ。

 

 

『隊長、もう腹くくった方がいいぜ! 敵さんはすぐそこだ!』

「分かっている。このまま銃撃を開始する」

 

 

タクに促されて、右手の人差し指を機銃のトリガーに引っ掛ける。

もう一度だけ、虚空に漂う死体を見上げた。黒地に黄色いラインが入ったパイロットスーツが四肢を揺らしながら

俺は、あんな風にはならない。

無様な屍を晒すのは、奴らのほうだ……!!

 

HUDに、機関砲のターゲット・レティクルの同心円が現れる。

左から右に流れていく駆逐艦の、火災煙で隠れがちな艦橋の未来位置を狙った。

銃撃は、第一、第二中隊が先に開始した。

瑠璃色の光芒が手負いの駆逐艦に雨霰と降り注ぐ。

純白の装甲にぽつぽつと煙が現れ、金属の破片が剥がれ落ちる。

 

 

「二人とも俺に続け、攻撃開始!」

 

 

言うや否や、人差指でトリガーを引き絞る。

 

 

「あああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

籠手田は失態を取り戻さんと、裂帛の気合で自らを奮い立たせた。

円鋸がわめきたてるような不愉快な振動が断続的に足元から伝わり、機首のパルスレーザーと両翼から放たれた曳光弾の残像が現れる。

 

敵の対空砲火を潜り抜けたコスモタイガー隊残存機の銃弾はみるみる吸い込まれ、籠手田の咆哮に応えるように敵駆逐艦をズタズタに引き裂いた。




本当は籠手田に「天使とダンスだ!」と言わせたかった。
バレルロールしながら加速していくあの感じを、うまく表現できたかなぁ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話

『シナノ』の側面図だけでも描いてみようとおもったのですが……。
中学生時代、美術の成績が5だったのは幻だったのだろうか(遠い目)


2208年3月6日0時45分 うお座109番星系中心宙域 病院船『たちばな』船外

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《宇宙の静寂》】

 

 

『エリス』が拡散波動砲の一撃を放つ少し前。

ガトランティスとの戦闘を避けて恒星の近くまで避難してきた輸送船団は、手近なところにあった岩塊群へと身を隠していた。

30隻はその連結を解き、それぞれ大きな岩の影に船をつけ、アンカーを打って全長300メートルの大きな船体を固定する。

光源にほど近いこの宙域は太陽光が強烈な分、生じる影も濃い。

息を殺し、影から船体が出ないように船を岩肌にぴったり寄せ、自己照明も点けず身じろぎせずにいる様は、さながら海底に怯え潜む稚魚のよう。

そして、岩塊群の周囲をしきりにレーダーを動かしながらゆっくりと周回して来寇を警戒する2隻の駆逐艦は、巣と卵を守る親魚のようであった。

 

そんな緊迫した場に相応しくない、大小の岩の群れの隙間を俊敏に動き回る小魚のような影。

影よりも暗い真っ黒な服装に身を包んだ8つの姿は岩を蹴り、岩の影から影へと音も無くスルスルと飛ぶ。

跳躍の正確さと思い切りの良さは、錬度の高さを窺わせる。

やがて8人は病院船『たちばな』の左舷後方100メートル後方に浮遊する小さな岩の影で止まった。

7人が小さな影の中に身を寄せ合う中、先頭の一人は体が光に極力当たらないように気をつけつつ、頭だけを岩肌から出して輸送船をみつめる。

待つこと暫し、状況に変化が生じる。

 

 

「……見えたぞ、あれだ」

 

 

SEALS隊長、セイバーリーダーことマイケル・ヒュータは虚空の一点を指差し、スティーブ・ダグラスに接触通信で知らせた。

 

 

「予定より5分遅れ……全く、いい加減な仕事をしやがって」

「それは文句を言っても仕方のないことだろう。向こうには向こうの事情があるんだろ」

 

 

苛立たしげに毒づくスティーブを、マイケルは宥めた。

二人の視線の先では、『たちばな』の艦底から宇宙艦艇に標準装備されている紡錘形の物体が二つ、非常に緩慢な動きでこちらに流れてきている。

 

SEALSの隊員8名は岩の表面から這い出して4人ずつ二列の縦隊を組み、列の間に2基の医療ポッドを迎え入れる。マイケルは懐中電灯を点けると耐放射線防護モードを作動させている黒い蓋を照らし、中を覗きこんだ。手元に取り出したパッドを操作し、呼び出した画像と確認する。

ライトの灯りに照らし出されたのは、金色の長い後ろ髪を胸元でゆるくまとめられた二人の若い女性の寝姿。

ベッドで寝ているはずの簗瀬あかねと簗瀬そらだった。

 

 

「二人とも金髪だが、こっちはアジア系の顔……アカネ・ヤナセだな。ということは、こっちがサンディ・アレクシアか」

 

 

護衛艦隊司令からこの星系に駐留するガトランティスとの決戦が全艦に下令されたとき、『ニュージャージー』艦長エドワード・D・ムーアは、SEALSにある作戦の立案と実行を命じた。

サンディ・アレクシアおよびアカネ・ヤナセ招致作戦。

ようするに、二人を拉致ってこいという命令だ。

アレックス星人であるサンディ王女と、アレックス星人との血縁関係が疑われるアカネ・ヤナセ嬢を合衆国に招いて、新技術の提供や異星人研究の協力をしてもらおうというのが目的らしいが……正直、今実行する作戦ではないとは思う。

作戦内容自体は、決して難しくない。内通者が二人を確保して医療用ポッドに詰め込んでダストシュートから船外へ放出するのを回収して、臨時拠点である合衆国宇宙軍輸送船『ニュー・オーリンズ』に持って帰るだけの簡単なお仕事だ。

だが、ここには日本、フランス、ドイツ、そして地球防衛軍所属の船舶が周囲の岩という岩に点在しており、どこから見られているか分かったものじゃない。

確かに二人が『シナノ』から離れている今が千載一遇のチャンスであることは間違いないが、作戦を遂行する条件としては決して良いものではない。

専門の訓練を受けた強靭な心身を持つ創設初期のSEALs―――まだ宇宙空間が行動範囲に想定されていなかった時代だ―――ならともかく、空間騎兵隊に付焼き刃の隠密行動の訓練を受けただけの俺達には難易度が高いのだ。

 

確保目標の二人を確認したマイケルは、ポッドの取っ手を左手で掴んでハンドシグナルで指示した。

8人は視覚的に目立つスラスターを使わずに四肢の力と振りだけで体を回転させると、ポッドについている四カ所の取っ手にとりついた。

2基に4人ずつ張り付いたのを確認して、隊長が右の手先を二度前に振って前進を指示。

今まで隠密性を重視して一切使っていなかったスラスターを吹かし、一直線に撤退を決め込んだ。

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《月のクレーター》】

 

 

その時、目の前にいた部下―――セイバー3ことローランド・クリーゲスコットが、弾かれるように右方へ吹き飛んだ。

セイバー3を追う視線の中に、カプセルが散らした火花が映る。

 

 

「ぐあっ!!」

 

 

マイケル自身も左から鈍い衝撃を受ける。左手が見えない力で弾かれ、思わず掴んでいた取っ手を離してしまう。

慣性で体が時計回りに錐揉み回転する。

めまぐるしく変わる視界の中で、味方が次々に血を噴き出して漂うのが見える。

とっさにスラスターを吹かして、強引に姿勢を立て直す。

背筋、腹筋、四肢の筋肉を使って無理やり回転ベクトルを殺した。

どうやら10メートルは吹き飛ばされたらしい、カプセルが小さく見える。

 

 

「敵襲、10時上方の岩塊! カプセルを岩の影に隠せ!!」

 

 

ローランド、そして自分が撃たれた衝撃の方向から、マイケルは敵が潜んでいる箇所は特定していた。

封止していた無線を解除、部下への指示を叫びながらとっさに右太股のホルスターから拳銃を引き抜くと、9ミリ弾を照準もつけずに乱射する。反動で体がエビ反りに回転するのをスラスターで抑える。

牽制射撃を続けながら逆光で見える影を観察する。『たちばな』の右舷後方150メートルほど、行きには見かけなかった岩塊から、時折人影が上半身を出している。影の形を見る限り、ガトランティス兵の宇宙服には見えない。むしろSEALSや、地球防衛軍が正式採用している空間騎兵用のスーツに似ている。

つまり、襲撃者は地球人。

思い当たるのは二人を保護している日本か、あるいは護衛艦隊に艦を派遣しているフランスかドイツだが……ロシアも特殊部隊を潜り込ませている可能性は否定できない。

どこの誰だか知らないが、岩を丸ごと動かしながらここまで接近してきたというのか。

 

カプセルの方に視線を移せば、背中に回していたAKレーザー突撃銃を構え、カプセルを盾代わりにして応射している。……いや、セイバー3とセイバー7、8が黄色い脳漿をヘルメットから撒き散らしながら慣性のままに力なく漂没していた。防弾性能の弱いヘルメットのバイザー部分を直撃したのだろう。

しかし、なんてことだ。あいつら、確保対象を盾にしていやがる!

 

 

「馬鹿野郎! 応戦しつつカプセルをさっきの岩影に隠すんだ、俺が援護する!」

 

 

マイケルはその場でAK突撃銃を右脇に構え、フルオートで派手にぶっ放す。

命中は期待していない。敵の注意をこちらに引き付けることができればいい。

背負い式の小型ロケットに点火。右に横滑りしながら、カプセルを曳航する部下から離れた場所に浮かんでいる、人一人が隠れられるような小さな石に逃げ込んだ。

背中を石に預けて、左腕の被弾個所を診る。

左の二の腕に殴られたような痛み、だが何故か腕を損傷した気配はない。ということは自分が被弾したのは貫通力に優れたレーザー銃ではなく、消炎装置を付ければ発砲も弾道も相手に悟られない、隠密性に優れた実体弾ということだ。

真空空間でも速度が減衰しない実体弾は宇宙開発黎明期では有効な攻撃手段だったが、抗弾性能が飛躍的に向上した現在の空間騎兵隊の宇宙服ではヘッドショットでもない限りなかなか致命傷を与えづらい時代遅れの兵器だ。

そんなものを使っているということは、彼らの目的は俺達の暗殺か二人の奪取……いや待て、何故俺達がこの時この空間にいることを知っている?

もしや、『ニュージャージー』か『ニュー・オーリンズ』内にスパイがいる?それとも『たちばな』に潜伏している内通者が拘束された? もしくは二重スパイ?

いずれにせよ、俺達の作戦が何者かにリークされ、襲撃を受けていることは間違いなさそうだ。

 

 

「だが……初撃で全員を仕留められなかったのが運の尽きだ!」

 

 

銃床を肩にしっかりと固定して改めて照準を定め、逆光に浮かぶ黒い人姿に向けてレーザー銃を撃つ。

レーザー銃は曳光弾ゆえに弾道が読まれやすい欠点を持つ一方、反動も発砲音も無いため命中率が高い。

カプセルの方に顔を向ける。2基のカプセルは部下の手によって既に岩影に曳航されたところだ。生き残ったセイバー2、4、5、6は銃だけを出して乱射し、敵に近づかれないように弾幕を張っている。エネルギー弾ゆえの装弾数の多さが為せる技だ。

マイケルはジャガイモの芽のように岩から顔を出している敵に、三点バーストで矢継ぎ早にレーザー弾を撃ち込む。

こちらが撃つと敵は頭を引っ込め、こちらが頭を引っ込めると同時に銃―――セイバー3、7、8のヘルメットを打ち抜いた射撃精度から、おそらくはライフル銃だろう―――で狙ってくる。

隠れている岩に当たって跳弾する振動が、触れている部分から伝わって来る。目には見えないが、向こうも実体弾で撃っているのだ。

何連射かすると一発が敵の頭に当たったのか、仰け反った格好のままピクリとも動かなくなった。

その後も激しい銃撃戦が行われ、やがて状況は膠着する。

こちらは8人中3人を失い、向こうは2人を排除した。

互いに兵を失い、決定打を欠いた状況。

こちらはカプセルという荷物を抱えていて、空間騎兵隊が得意な高機動戦闘が封じられている。

向こうは宇宙空間での暗殺には向いているが威力と弾数に難がある実体弾ライフルを使っていて、力押しの突撃ができない。

何か、状況が動くきっかけが欲しかった。

 

 

「セイバー2、生きてるか」

 

 

マイケルは、自身が最も信頼する副官へ無線を送る。

 

 

『さっさと帰って、ジャンバラヤを食いたい気分だよ。一体どうなってんだ、こいつは』

 

 

すぐに、ため息交じりの声が耳朶に響いた。軽口を叩けるなら、彼はまだ大丈夫だろう。

 

 

「俺は疲れたから、精が付くガーリックステーキだ。……こいつらはおそらく、どこかの国が放った特殊部隊だ。俺達と同じ任務を受けているんだろうよ」

『なるほど、考えることはどこの国も同じってわけか。まったく、ガトランティスと戦っている片手間にそんなことするんじゃねぇっつーの』

「そいつは合衆国に対する批判と受け取られるぞ?」

『敵より怖いのは味方の上司ってね!』

「……スティーブ、二人で仕掛けるぞ」

『―――どうやって?』

「なに、子供でも出来る簡単なやり方だ。セイバー4、5、6で敵の注意をひきつけ、その間に俺達は背後をとる。そら、難しくないだろう?」

『ああ、簡単すぎてヘドが出らぁ。そう簡単にうまくいくもんかね?』

「もし作戦がばれたら、今度は逆に俺達が囮になる。その間にカプセルを『ニュー・オーリンズ』まで運び切れば、俺達の勝利だ」

 

 

数拍、無言のまま時間が流れる。

コツコツ、プラスチックを叩く音が聞こえてきた。

ヘルメットのバイザーを銃に何度も当てる、スティーブが苛立っているときの癖だ。

 

 

『……こんなことなら、葉巻を持ってくれば良かったと後悔してるよ』

 

 

隊長である俺は知っている。彼がやるこの癖は、覚悟を決める儀式なのだと。

己の持つ銃に運命を預ける、祈りを込めているのだ。

 

 

「帰ったらいくらでも驕ってやる。合成品じゃなくて、天然ものをな」

『OKOK、分かった。そこまで言われちゃあ、やらないわけにはいかない。ゲン担ぎは後払いにしておこう』

 

 

憎まれ口に、笑みが漏れそうになるのを堪える。

 

 

「聞いていたな、セイバーズ。これより反転攻勢に出る。俺は右、セイバー2は左から敵の背後に回る。質問は?」

 

 

カチカチッと、そっけない答えが4人分。全く、揃いもそろって隊長に敬意を払わない奴らだ。

だが、今はそんな彼らが頼もしく思える。チームに脱落者が出ている今は、なおさらだ。

 

 

「stand by……stand by……」

 

 

左手で石の表面を掴み、岩から飛び出す態勢を整える。

イメージは既にできている。

左手を基点にして石から身を乗り出し、体の向きが進行方向を向いたところで一気にロケットを吹かすだけだ。

空間騎兵隊の時分、突撃訓練でさんざんやって身に沁み込んだ方法だ。

右目分だけ影から身を乗り出し、様子を窺う。ジャガイモに芽は出ていない。つまり、今この瞬間は攻撃が止んでいるということだ。

 

やるなら、今しかない!

 

 

「……Go!」

 

 

 

合図とともに顔を出した瞬間、太陽の光を何かが遮った。

岩影に隠れる『たちばな』のすぐ側を、巨大な物体が猛スピードで航過し、こちらに迫って来る。

その物体は薄黄色の煙を航跡のようにたなびかせ、交戦中の我々と敵勢力の間を堂々と通過していく。直径20インチはありそうな円柱状の、闇で染め抜いたような黒に先頭だけが暗い紅色に光る物体が一直線に横断して、脇目も振らず一直線に飛んでいく。

 

 

「Torpedo!!」

 

 

セイバー2の悲鳴のような叫び声に、呆気にとられていた自分を取り戻す。

そして理解した。

今俺達は、銃弾くらいしか防げないような貧弱な恰好のまま宇宙空間に居る。

もし、今この瞬間に魚雷が爆発したら、

このままでは確実に死ぬ!!

 

 

「逃げろ!」

 

 

少しでも大きい遮蔽物に隠れないと、空間魚雷の爆発を防げない。

マイケルの命令を待たず、SEALSチームはカプセルを引っ張って全速力で『たちばな』へ向かう。

見れば、敵勢力も隠れていた岩から飛び出して一目散に逃げている。もはや戦闘どころではなくなってしまった。

マイケルも『たちばな』へ向かおうとしたが、間に合わないと判断したのか元いた石へと縋りつき、抱え込むようにへばりついた。

 

先端の丸い、だが人間がぶつかったらその質量と速さだけで絶命しそうな魚雷が、マイケルなど意にもかけずといった様子で悠然と通り過ぎる。

その針路の先にマイケルが見つけたのは―――何故今までその存在に気付かなかったのか―――岩塊に隠れたつもりになっている輸送船『ドゥブナ』の船尾だった。

 

 

 

 

 

 

同刻同場所  潜宙艦『プラウム』艦橋

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《ガミラス次元潜航艦》】

 

 

「輸送船6隻の撃破を確認」

「空間魚雷、次発装填急げぇ!」

 

 

潜望鏡を覗きこむアルマリの報告にガーデルが威勢のいい声で攻撃続行を部下に命じる。

拡大する戦果に艦員の士気は高まり、動きは活発化する。

 

 

「一番発射管、315度、伏角15度、距離は1000……いや、1100宇宙キロ。二番発射管、三番発射管、33度、仰角44度。距離3500宇宙キロ。四番発射管、9度、仰角1度、距離5000宇宙キロ……」

 

 

艦長が小声で呟く諸元を副長が大声で復昌し、水雷長が次々と入力していく。潜望鏡で視認できた岩塊群の中に潜んでいた輸送船14隻に対し、矢継ぎ早にステルス処理を施した魚雷を叩きこんでいく。

ソナーやレーダーの類を使っての測敵は行わない。自らの所在がばれる様な事は慎むのが、潜宙艦の戦い方だ。

ゆえに、潜望鏡で見つけた敵の諸元をいかに遠距離から正確に読み解くかが、成功のカギを握る。

アルマリの英雄たるゆえんは、まさにそこにあった。

 

潜宙艦『プラウム』はゆっくりと敵の駆逐艦とすれ違う。

駆逐艦と指呼の間、レーダーどころか目視でも分かる距離を潜宙艦が堂々と通り過ぎていくが、駆逐艦は沈黙を保っている。

それは、潜宙艦が外にエネルギーを放出して痕跡を残さない特殊無波動エンジンを搭載しているからではない。

その身に合わぬ大きな簪と細長い鐘楼が特徴的な、第一世代型巡洋艦を越える218メートルの巨躯は、2隻とも黒焦げの物言わぬ屍と化しているからであった。

艦体は被弾個所の艦橋直下から真っ二つに折れ、薄茶色の煙と油が緩やかに漆黒の空間へと染み広がっている。

その細い体に三発もの魚雷を食らい、竜骨からへし折られた『カピッツァ』『シャイロー』は、敵が何者かもわからないままその命を終えたのだった。

 

最初に駆逐艦2隻を無力化したことで、敵の対抗処置を封じることができたのは僥倖だった。

装甲がほとんどない潜宙艦は、武装艦がいる間はその隠密性を駆使して身を潜めつつ攻撃するのが常道だが、第一射で駆逐艦を殲滅できたので、今はこうして輸送船の駆逐に専念することができている。

勿論、死角からの奇襲を警戒して岩塊群の中に入りこむ事はせず、目撃した船にはすぐさま魚雷を撃ちこんで目撃者の隠滅を徹底しているが、普段の戦闘に比べれば格段に楽な仕事だ。

 

 

「通商破壊戦のお手本みたいな展開になりましたね。今度、録った映像を使って講義でもしましょうか」

 

 

アルマリが、明日の献立を考えるかのような軽い口ぶりで、物騒なことを呟く。

ぎくり、と肩を震わせたガーデルは、毒皿を差し出すような引き攣った笑顔で恐る恐る尋ねた。

 

 

「……大将、それはもちろん訓練学校で使うんですよね? 大将が引退して教官になったときに」

「何を言っているのですか、ガーデル。生徒はもちろん貴方ですよ。貴方もそろそろ指揮官としての教育を受けなければならない時期です。予習しておくに越したことはないでしょう?」

 

 

ひいっと、恐怖におののくガーデルを気にも留めず、アルマリはくるくると潜望鏡を回して周辺を索敵しては諸元を呟いていく。

目についたものを手当たりしだいに蹂躙する様は、支配者にして君臨者。

生殺与奪はこの手にあるとばかりに、為す術なく縮こまる黄土色の輸送船を次々に血祭りに上げていく。

岩塊群からの離脱を図ろうとした船もアルマリに悉く捕捉され、追撃の一矢で闇の中に沈んだ。

しかし、全滅するまで続くかと思われた狩りの時間は、アルマリの視界に入ったある物によってぴたっと終わることとなった。

 

 

「……大将、どうかしやしたか?まだ六番発射管の諸元が来てないんですが」

「副長。貴方はこれをどう思います?」

 

 

そう言ってアルマリは、ガーデルに潜望鏡の前を譲る。

 

 

「あっしが見てもよろしいので?」

 

 

通常、潜望鏡を覗くのは艦長、もしくは艦長から指揮権を託された者にしか許されていない。しかしアルマリが無言で頷いたので、ガーデルも首を傾げながらも愛ピースに眉を押し当てた。

 

小さな接眼レンズの先には、蜘蛛の子を散らすように逃げている―――実際のところは魚雷の爆発に巻き込まれて飛ばされているだけなのだが―――人の影と、ランダムに回転する紡錘形の人工物にしがみついている宇宙服。

 

 

「地球人……でしょうねぇ。傍でくるくる回ってる物体は……まさか、爆弾!? 自爆する気か?」

「もしあれが挺身隊だとしたら、対応があまりに早すぎます。第一あの様子ではお粗末に過ぎますよ、脅威にはなり得ません」

 

 

声を裏返して焦るガーデルとは対照的に、手すりに寄りかかったアルマリは腕を組んで瞑想するように両目を閉じたまま冷静に分析していた。

 

 

「あぁ、よく見りゃ思いっきり振り回されてますねぇ……。あんなんじゃ突攻もへったくれもあったもんじゃありませんなぁ」

「ガーデル、もっと物事を冷静に観察しなさい。指揮官はどんな時も冷徹に物事を見据えて、冷静に物事を決断しなければなりません。それは艦長だから必要とか、副長だからまだいらないとかいうものではありませんよ?」

「うう、すいやせん……じゃあ、一体あれは何でしょうねぇ?」

「何か、大事な物を輸送中と考えるのが無難でしょうが……」

「拾ってみやすか?」

 

 

潜望鏡に映る地球人と謎の物体は、回転ベクトルに翻弄されつつこちらに向かってくる。このまま放っておけば、まもなく潜宙艦の存在にも気付くだろう。

 

 

「そうしましょう。彼らがここにいる理由が分かるかもしれません」

「敵兵はどうします?」

「一人は確保しておきましょう。全員拾う必要はありません」

 

 

大人数を収容できるほど広い艦でもありませんし、と呟きつつアルマリは前髪を整えて決断した。

 

 

「りょ~かい。野郎ども、パルスレーザー砲起動だ!」

 

 

潜望鏡から離れたガーデルが、司令所全体に届く大音声で小型兵装の準備を命じる。

まもなく、艦橋前面に若葉色の小さな輝きが4つ、断続的に瞬いた。

対空パルスレーザー砲による対人攻撃は、秩序なき回転から姿勢を回復しつつあったSEALS隊員の胸に赤い花を咲かせ、その強すぎる威力でたちまち黒焦げた屍体へと変えていく。

パルスレーザーの煌めきは、SEALSに攻撃を仕掛けていた謎の勢力にもおよび、鴨撃ちのようにあっというまに駆逐されてしまった。

幸運にもただ一人残されたセイバー2―――スティーブと、そらとあかねが収容されているカプセルが、潜宙艦から飛び出してきたガトランティス兵によって艦内に飲み込まれていく。

 

仲間と輸送対象がみすみす第三の敵の手に渡るのを、爆風で岩肌に全身を強く打ちつけたマイケル・ヒュータは、朦朧とした意識の中で茫然と見送るしかなかった。




やはり、潜水艦は通商破壊戦に限る。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話 (画像あり)

今までほとんど空気だった、あの艦が大活躍。


2208年3月6日1時40分 うお座109番星系中心宙域 潜宙艦『プラウム』魚雷発射管室

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《イスカンダルの女》】

 

 

「大将……も、もしかして俺ら、とんでもねぇモン拾っちまったんじゃねぇですかい?」

「これは、私もいささか予想外でした。まさか、カプセルの中身がこんなものだったとは……」

 

 

二人して、目の前にある光景に目が釘付けになる。

いちいち大袈裟なガーデルはともかく、普段は感情を顔に出さないアルマリさえもが、今回ばかりは額に浮かんだ冷や汗を拭うことも忘れて驚愕していた。

 

一方的な通商破壊戦から30分。

艦は既に岩礁宙域を離れ、ラルバン星守備隊へと合流する航路に戻っている。

安全地帯にまで退避して落ちついたアルマリとガーデルは、「戦利品」を確認しようと魚雷発射管室に来ていた。

ちなみになぜ魚雷発射管室なのかというと、カプセルを魚雷搭載口から搬入したからである。

二人が覗いているのは、簡単な洗浄が完了したカプセル。

地球人が何を運んでいたのかという単純な興味で拾ったのだが……こんなものだったとは、さすがのアルマリも予想だにしていなかった。

 

 

「自ら発光する金髪……黄色い肌の女……大将、これってもしかしなくても、アレですよね……」

「貴方もそう思いますか、ガーデル。私も伝聞でしか知りませんが、貴方の言った特徴と一致しています」

 

 

二人は顔を見合わせて、

 

 

「「テレザートのテレサ……」」

 

 

彼らの大帝が最も恐れた女の名を口にした。

 

 

「どういうことですか大将! テレサはおっ死んだんじゃねぇんですか!?」

 

 

一転、ガーデルが口角に泡を溜めて、苦りきった顔をするアルマリに食いつく。

 

 

「テレサはテレザート星唯一の生き残り。そして、ガーリバーグ司令は隠していますが、大帝陛下の座乗艦がテレサの自爆に巻き込まれて消滅しているのを彗星都市随行艦隊の生き残りが目撃しています。ですから、テレサの血は完全に途絶えているはずですが……」

「ってぇことは、テレサが実は生き残っていたとか、あるいはテレサの血縁者が、地球に逃げていたって事ですかい?」

「……その割には、扱いが雑だったような気がしますが。むしろ、今まさに地球に搬送する途中と考えたほうが自然です」

 

 

目の前で眠っている二人が、仮にテレサもしくはその血族だとする。

このうお座109番星系に現れた地球人がテレサの血族の身柄を搬送していたということは、この星系のどこかの星に居た彼女らを地球人が保護、あるいは誘拐したということになる。

いや、大帝陛下すら手出しできなかったテレサの血族を、地球人が力づくでどうにかできるとは考えにくい。

保護されたか口車に乗せられたか、いずれにせよ彼女達は自発的に地球人に付いて行ったと考える方が自然だ。

 

 

「……どうします? 目を覚まさねェうちに、外に放り捨てちまいますか?」

 

 

アルマリの目をじっと見上げる副長。

やるなら今しかねぇですぜ、とガーデルは言外に迫る。

その顔には、厄介事には巻き込まれたくないという気持ちがありありと見えた。

さすがのアルマリもすぐには判断が付かず、彼の視線から逃れるようにしばし瞑目して考えた。

 

ガーデルが懸念する通り、この二人をラルバン本星に連れ帰るのは危険だ。万が一本星で目が覚めて反物質を使われたりしたらラルバン星はテレザート星の二の舞、我らが寄る辺が無くなってしまう。

そして今ここで二人を放り出してしまえば、その問題は解決するのだ。

だが、それですべてが解決するとは思えない。

何故、どうやって地球人がテレサの血族と接触したのか。

何故彼女らは地球人に同行することにしたのか。

彼女らは地球に行って何をしようとしていたのか。

それが分からないまま、ここで厄介払いしてしまって、本当にラルバン星守備隊のためになるのだろうか?

そもそも彼女らが本当にテレサの血族かどうかもはっきりしていないのだ。

 

判断するには、まだ情報は少なすぎる。

 

 

「……いえ。ことは私の権限を大きく超えた事態のようです。まずは一刻も早く合流して、ガーリバーグ司令に報告しましょう。この二人をどうするかは、それからです」

 

 

アルマリの言葉にガーデルは目を向いて驚いていたが、やがて「艦長がそう決断したのなら」とため息交じりに納得してくれた。

 

 

「そういや、ひとり捕虜を捕まえたじゃないっすか。あれを尋問すれば分かるんじゃないっすか?」

 

 

そう言われて、アルマリはすっかり失念していたもう一つの戦利品を思い出す。

こういったときの為にわざわざ一人だけ殺さずに確保したというのに、カプセルの中身があまりの衝撃的すぎて二人とも今の今まで綺麗さっぱり忘れてしまっていたのだ。

 

 

「そうですね。捕虜の目が覚めたら、聞いてみる事にしましょう。何せ、彼女らを運んでいた当人なのですから」

 

 

 

 

 

 

2208年3月6日1時12分 うお座109番星系第七惑星『スティグマ』周辺宙域

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2』より《戦いのテーマ》】

 

 

所変わって、地球防衛軍第三調査船団護衛艦隊本隊。

『エリス』が陽動部隊への救援に向かったため残された3隻の宇宙戦闘空母は、背後から奇襲してきた潜宙艦を追撃していた。

 

破滅ミサイルがもたらした火球は、3隻に決して小さくない損傷を与えた。

対熱処理を施してあるはずの後部飛行甲板が焼け焦げ、アレスティングワイヤが断線している。4基の補助エンジンから伸びているウィングは溶け落ち、あるいは変形している。

飛行甲板に搬出してあったミサイルが爆発を起こす。火に巻かれたクルーがのたうちまわり、宇宙服を着ていなかったクルーが火傷や熱射病で倒れる。

被害の状況は3隻とも同じようなもので、航空機格納スペースを中心に大きなダメージを被っている。不幸中の幸いなのは、いずれも艦載機が全機出払っていて可燃物がすくなかったことだろうか。

こうしている今も、被害個所では死と隣り合わせの消火・救命活動が続けられているのだ。

 

それでも3隻の戦闘空母は、攻撃の手を緩めない。

『シナノ』から、『ニュージャージー』から、『ペーター・シュトラッサー』から、それぞれ一発の砲弾が撃ち上がる。

白煙を引き摺ってまっすぐ飛翔した砲弾は、一定距離を進んだところで青白い強烈な輝きを放ち、真っ暗だった宙域にある全てを閃光の下に曝け出した。

 

3隻が撃ち上げたソナー……別名空間照明弾は破滅ミサイルがやってきた方角に向けて一斉に放たれ、敵潜宙艦がいるであろう宙域を3方向から徹底的に照らした。

朗報が入ったのは、間もなくしてだった。

 

 

「ガトランティス軍潜宙艦発見! 本艦進路よりの方位30度、伏角29度、距離9000宇宙キロ! 敵艦針路10度、伏角0度!」

「よし!」

 

 

『ペーター・シュトラッサー』艦長のカイ・クラルヴァインは、拳を打ち振るって喜んだ。

ドイツ軍人の王道を行く角刈りの頭に、口元まで深く刻まれた皺。

細い体つきからは軍人らしさを感じられないが、艦が大きな損傷を負ってもなお衰えぬ戦意に溢れた眼光は、歴戦の戦士が持つそれと遜色ない鷹の目のような鋭さを秘めている。

『シナノ』艦長の芹沢秀一や『ニュージャージー』艦長のエドワード・D・ムーアよりもさらに若い30代前半のクラルヴァインだが、その敢闘精神が上層部に評価されて最新鋭艦に抜擢されたのだった。

 

 

「亜空間ソナーの索敵は続けろ! 敵は一隻とは限らんぞ!」

「了解!」

「面舵30度180度左ロール、追撃に入ります!」

「対艦戦闘用意! 主砲カバー開け!」

 

 

命令と復唱が飛び交い、にわかに艦内が活気付き、『ペーター・シュトラッサー』は反転攻勢に入る。

第二次環太陽系防衛力整備計画において『アリゾナ』や『ノ―ウィック』とコンペで主力戦艦の座を争った『ビスマルク』の後継艦である『ペーター・シュトラッサー』は、『ビスマルク』よりもステルス機能を追求した艦型をしている。

アンドロメダⅠ級戦艦を模していた艦橋は被探知性をより追求して流線型に、機能としては貧弱だった線状アンテナは第一艦橋の左右側面に設けられたマルチブレードアンテナに変更されている。威力よりも正面方向のステルス性を重視した小口径波動砲はそのままに、艦橋前の衝撃砲収納カバーと艦首の間には大型ミサイル用VLSハッチが、艦橋と艦尾スラストコーンの間にはコスモタイガー隊の垂直発進サイロが設けられていて、潜宙艦ながら攻撃力と運用の汎用性を付与された設計だ。

 

とはいえ、『ペーター・シュトラッサー』の最大の特徴である隠密性は、潜宙艦が放った破滅ミサイルで大きく損傷しているため失われてしまっている。

ならば、力任せに押し通るまでだ。

 

敵の潜宙艦はこちらに背を向けて遁走を図っている。そして、3隻の中で一番近いのは『ペーター・シュトラッサー』。

この潜宙艦は俺達の獲物だ。

その意識が、彼らに初陣ながらに高い闘争心を抱かせていた。

副長の顔も、意気軒高ながらもどこか余裕をもった表情だ。

 

饅頭型のドームが縦に真っ二つに割れ、中から連装衝撃砲が顔を覗かせる。

 

 

「戦艦の大敵であった潜水艦を、戦艦の主砲で落とす。これほど痛快なことはありませんねぇ、艦長?」

 

 

副長のフロレンツィア・ヘルフェリヒが、余裕をいつの間にか通り越してうっとりとした表情で大型ディスプレイを見つめる。

戦闘班を示す赤い碇。

低い位置でシニヨンに纏めた亜麻色の髪は軍人らしからぬエレガントな雰囲気を演出している。

細い眼鏡の奥の目は潤み、頬は紅潮していて、非常に扇情的だ。

それが、戦いの興奮によるものでなければなお良かったのだが……彼女にそれというものを求めるのは酷であった。

 

 

「潜水艦を沈めることが、それほど痛快なことか……?」

「20世紀に海戦の主役の座を潜水艦に奪われた戦艦が、23世紀になってこの星の海で意趣返しをするんですよ? 軍事史において、過去に駆逐された兵器が主役の座を取り戻した例はありません。これがロマンじゃなくて何がロマンだというのですか!」

 

 

艦長が呟いた言葉を耳ざとく拾ったフロレンツィアが、恍惚とした表情で熱弁を奮う。

 

 

「出たよ、副長の悪い癖……」

「バトルジャンキーも程ほどにしてほしいもんだぜ」

「……美人なのに勿体無い」

 

 

などといったひそひそ声を、クラルヴァインは聞かなかったことにした。

 

 

「副長、本艦は一応空母なのだが」

「それを仰るなら、本艦の設計の基になった『ビスマルク』は潜宙戦艦ではありませんか。あとフローラとお呼びください、艦長」

「いや、君は副長じゃないか。ならば副長と呼ぶのが妥当だろう?」

「いいじゃありませんか。私もカイと呼びますから。ね、カイ?」

 

 

フロレンツィアは熱っぽい視線をクラルヴァインに向けてくる。こっちは本物の、恋する乙女の瞳だ。

本来ならば年輩として上司として厳しく注意するべきなのだが、10歳も年下のうら若き乙女に見つめられてしまっては、そちらの戦闘経験にとんと慣れていないクラルヴァインはどうしたらいいのか分からなくなってしまう。

 

 

「……勝手にしてくれ」

 

 

結局、艦長は副長の扱いを保留した。

 

 

「出たよ、副長のもうひとつの悪い癖……」

「艦長スキーも大概にしてほしいもんだぜ」

「……あからさまなアピールは萌えない」

 

 

などといったひそひそ声を、やはりクラルヴァインは聞かなかったことにした。

 

その間にも『ペーター・シュトラッサー』は加速しながら左ロールを打つ。

艦橋窓の左から、ゆっくりと中央へと移ってくる、さかさまの敵潜宙艦。

射界に入ったのを確認した主砲塔がぐるりと首をめぐらせ、二つの大筒が芋虫のような後ろ姿を見せるガトランティス潜宙艦を捉えた。

 

 

「主砲、敵潜宙艦を捉えた。艦長、いつでもいけます!」

「ただちに撃ち方始め!」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

仕切り直しとばかりに大音声で発したクラルヴァインの号令で、連装衝撃砲の先端に稲光を彷彿とさせる青白い光が生まれる。

光球がたちまち膨れ上がり砲門から溢れだしそうになった頃、光球は輝く槍へと変化した。

2条の長槍が、狙い違わず潜宙艦の胴体を撃ち貫いた。

距離9000宇宙キロの至近距離から狙われたアレックス攻略部隊分遣隊所属のミサイル潜宙艦『ガレオモフィ』は、軍艦乗りの理想である初弾命中で撃沈されたのだった。

 

たちまち煙と炎に包まれる『ガレオモフィ』のはるか向こう、『ペーター・シュトラッサー』から13000宇宙キロの宙域にいたラルバン星守備隊所属の潜宙艦『クビエ』がこっそりとワープしたことに、気付く者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

2208年3月6日1時13分 うお座109番星系第七惑星『スティグマ』周辺宙域

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《デスラー襲撃》】

 

 

ガトランティス艦隊の半分を拡散波動砲で灰燼へと葬り去った『エリス』は第二射を撃つことなく、砲雷撃戦を挑むべく連装波動エンジンを輝かせて弾丸飛び交う戦場へと躍り出た。

波動砲の直撃とタイミングを合わせて戦場に舞い降りてきたコスモタイガー隊が敵艦隊へ取り付いているため、拡散波動砲を撃っては同志討ちになってしまうのだ。

 

生き残っている敵の航行序列は、戦闘開始当初は大戦艦4隻と高速駆逐艦5隻を一つの戦隊として組み、縦横に2列、つまり4個戦隊が並んでいた。無人戦艦が波動砲のチャージを開始したところで駆逐艦が先行をはじめ、前衛の駆逐艦10隻と後衛の大戦艦8隻の2個戦隊に再編されつつあった。

『エリス』が波動砲を発射した時点では駆逐艦4隻が囮部隊の反撃で大破の損傷を受け、戦列を離れて撤退しようとしていた。

 

それが、『エリス』の波動砲で味方の半数を失った今では、生き残った2個戦隊が互いの後ろを追いかけるように右旋回をしており、全体で一つの大きな環を形成しつつある。

互いの距離を詰めつつ対空火器を密集させることで、即席の防空陣形を作ろうとしているのだ。

本来ならば、空襲に対しては球形陣―――地球防衛軍ではソリッド隊形と呼んでいる―――と呼ばれる、主力艦の周囲を小型艦で防備する陣形が最も有効である。

しかし、単縦陣で戦闘行動中の艦隊がソリッド隊形に移行するには時間がかかるし、余計な混乱を助長することになる。なにより、重装型とはいえ対空迎撃能力に長けている高速駆逐艦と高速の替わりに装甲を犠牲にした高速戦艦を分離したことで、防御スクリーンの厚さが偏っているのだ。

そこでカーニーは、縦陣を維持しつつ巴のように狭い旋回半径で2個戦隊を旋回させることによって擬似的な球形陣をつくり、高速駆逐艦の援護射撃を受けようとしているのだ。

 

 

「敵を陽動艦隊から切り離す。取り舵30度下げ舵10度、左ロール10度」

「距離41000宇宙キロ。下方対艦ミサイル1番から6番、一斉射!」

「主砲、射程に入り次第攻撃開始。副砲一番三番、各個に照準開始」

 

 

ジャシチェフスキー司令が、戦闘班長が、砲術補佐が次々と命令を下す。

 

 

「さて、幸か不幸かコスモタイガー隊のお陰で戦闘前に大きく数を削る事ができたが……戦闘可能な敵艦は駆逐艦5、大戦艦3といったところか。それでもまだまだ圧倒的に不利だな。戦術補佐、いけるか? 波動砲無しで」

「正直、自信などありませんが……ありったけのミサイルと、衝撃砲でなんとか」

「司令、射線上に味方航空機が取り付いていますが……」

 

 

攻撃を続行しますか? と戦闘班長が無言で尋ねてくる。

 

 

「主砲のタイミングだけ通告しろ。それで十分だ」

 

 

艦長の指示に応えるように、戦闘班長の指示で艦底部の対艦ミサイルハッチが開き、濛々とした煙と共に大型の対艦ミサイルが真下に射出され、すぐに敵艦へと矛先を向けて突進していく。

艦の前部、上下に5基ある4連装主砲が砲身を右へ振りかざす中、『エリス』は取り舵を切って右腹を晒しつつ、緩やかな坂道を下るように艦首を下げる。

敵艦隊および味方陽動艦隊と同じ平面上で砲撃戦を行うと、流れ弾が味方に当たる可能性がある。『エリス』が降りてねじれの位置になることで、射線上から味方を外したのだ。

さらに『エリス』は右の主翼を僅かに上げて軽い左ロールを打ち、敵艦隊と『エリス』で成す平面に対して艦を平行にする。

敵が艦の真横に位置していないと、『エリス』は五番主砲を含むすべての火器を集中させる事が出来ないのだ。

 

 

「主砲の射程内まであと5000宇宙キロ!」

 

 

『エリス』の五つの主砲は既にそれぞれの標的をロックオンし、追尾を続けている。

地球防衛軍とガトランティス軍の戦いは、いよいよ以て混戦状態になりつつあった。

 

 

 

 

 

 

一方のガトランティス帝国軍、アレックス攻略部隊分遣隊は、混戦どころか恐慌状態に陥っている。

 

 

「高速駆逐艦『アクリディーナ』『シーネレア』『ステロフォーティア』『カリプタミニ』沈没!」

「高速戦艦『シラーキィ』戦闘不能!」

「第三速射回転砲、損傷!」

「被害が止まりません、司令!」

 

 

悲鳴を上げる参謀長と、苛立たしげに声を張り上げるカーニー司令。

既に優雅な勝利やダーダー司令に気に入られる映像などという考えは、彼の頭から吹き飛んでいる。

 

 

「陣形を維持しろ! 防御スクリーンを崩すな、孤立した奴から沈むぞ!」

「敵大型艦より対艦ミサイル6! まっすぐ突っ込んでくる!」

「くそ、迎撃しろ! 回転速射砲も使え!航空隊はまだ発進しないのか!」

「まだ連絡はありません!」

 

 

艦橋は報告の声と指示を求める声で溢れ返り、耳元で叫ばないと隣の人の声も聞きとれないくらいだ。

 

 

「一体、これだけの数の敵機がどこから湧いて出たんだ!?」

「ここまで含めて、敵の罠だったのかもしれません!」

 

 

喧騒の中で悪態をつくカーニーに、参謀長も大声で答える。

 

 

「航空隊の発艦には時間がかかります! あらかじめ近くの宙域で待機していないと、あのタイミングで空襲を仕掛けてくることはできません! 我々は、最初から最後まで敵の術中に嵌っていたのです!」

 

 

真実は参謀長の思うようなものではなく、波動砲の直後にコスモタイガー隊が攻撃したのは全くの偶然なのだが、彼にそれを知る術はない。

そして参謀長の説を鵜呑みにしたカーニーは、地球艦隊の仕掛けた策謀に舌を巻いた。

 

 

「味方を犠牲にしてまで我々をおびき寄せたか……野蛮人にも、勇敢な決断をできる指揮官がいるのだな」

 

 

その莫大な人口ゆえ兵士一人一人の命の価値が低くなりがちな多くの星間国家において、味方の一部を見殺しにしてでも敵を殲滅を謀るやり方は、公然とした了解こそないものの暗黙の理解を得られている。

とはいえ、成功すれば「最小限の被害で敵を撃滅した」と讃えられる一方で失敗すれば「味方を見殺しにした無能」の烙印を押されてしまうのも、どこの国でも変わらない。まさに指揮官にとって諸刃の剣、乾坤一擲の戦術なのだ。

大きな支配圏も確立していない発展途上の星間国家である地球軍が、我々ガトランティスのような成熟した戦術観を持っていた事に、カーニーは地球人に対する認識を改めざるを得なかった。

 

 

「全艦に通達! なんとしてもこれ以上の損害を出すな、航空隊が救援に駆け付けるまでなんとしても耐え抜け! 敵機さえ追い払えば、敵艦はたったの一隻だ、今この時が正念場だ!」

 

 

混迷の坩堝に陥りつつある艦隊を統制せんと、カーニーは声を張り上げる。

戦場はいよいよ終盤戦。地球艦隊にとっては109番恒星系の覇権をめぐる戦いが、アレックス星攻略部隊にとっては前哨戦でしかない戦いが、終末を迎えようとしていた。

 

 

そして、高みの見物を決め込んでいたガーリバーグが、今が好機と戦場への介入を決断する。

 

 

「全艦、ワープ用意。ワープアウト地点を、アレックス攻略部隊分遣隊旗艦『パナエオーディア』の手前40000宇宙キロに指定。準備急げ!」

「アリバイ工作ですか、司令?」

 

 

確認するように問いかける参謀長のアンベルクに、ガーリバーグは首肯した。

 

 

「ああ。あまり近すぎると我々が戦況を覗き見していた事がバレてしまうからな。あくまで、偶然近くにワープアウトした風を装うんだ。それに……」

「実際に戦ってしまったらこちらにも被害が出る、そう思ってらっしゃるのでしょう?」

「正解だ。こちらの損害を一人も出さず、地球艦隊の脅威を取り除き、さらに分遣隊をこちらに吸収するには、地球艦隊に自発的に逃げ帰ってもらうのが一番だ。そのためには、遠くから威嚇するのが最善手。そうだろう?」

「……まったく、我らが司令殿はまことに策士でいらっしゃる。このアンベルク、感服いたしましてございます」

「策士などではない。これ以上、つまらない演劇を見たくないだけだ」

 

 

讃辞をつまらなそうに受け流す。

会戦の前に自身で言ったように、カーニーが行った戦術はガーリバーグには理解し難いものであった。

敵を左右から挟撃するところまではまだ理解できる。

問題は、陽動艦隊の最後尾に2隻が回頭した後だ。

2隻の大型艦の艦首に煌めいていた光は、彗星都市の高圧ガスを薙ぎ払ったという、光子砲並みの戦略兵器のものだ。

あの輝きを見たとき、なぜカーニーは艦隊に散開を命じなかったのか。

あの時に艦列を解いていれば、戦場に駆け付けた地球艦隊本隊の1隻が放った一撃で大戦艦8隻と重装甲型高速駆逐艦10隻を失うことはなかったのではないか。

カーニーが我を張ったのか、あのゴマスリ参謀長が引いたのかは分からないが、彼には分遣隊の戦術行動が到底理解できなかった。

 

 

「もし、カーニー司令が撤退を善しとされなかったら、いかがいたしますか?」

「そのときは、撤退したい奴だけ引き連れて帰る。カーニーの阿呆と心中したければ、するがいいさ」

 

 

5杯目のワインが注がれたグラスを部下の持つトレイに返して立ち上がったガーリバーグは、満を持して命令を下した。




『ペーター・シュトラッサ―』でツッコミをしていたオペレーター三人は、某バカな小説の三人トリオのイメージ。口調で、どれが誰かわかるかも。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話

今まで書いていませんでしたが。
評価をつけてくださったKutaiさま、Fw187さま、刻流 皆風さま、シモノツキさま、ありがとうございました!
これからも感想、評価等々お待ちしております。


2208年3月6日1時19分 うお座109番星系第七惑星『スティグマ』周辺宙域

 

 

【推奨BGM;『宇宙戦艦ヤマト2199』より《stalemated Fight 膠着する戦場》】

 

 

ガーリバーグ率いる旧テレザート星宙域守備隊改め現ラルバン星防衛艦隊が戦闘宙域の後方40000宇宙キロにワープアウトしたとき、地球防衛軍第三調査船団護衛艦隊とガトランティス帝国さんかく座銀河方面軍アレックス星攻略部隊分遣艦隊の戦闘は佳境にさしかかっていた。

分遣隊はコスモタイガー隊の執拗な攻撃に、即席の大環状陣形を崩せずにいる。コスモタイガー隊もまた既にミサイルを撃ち尽くしており、実体弾とパルスレーザーによる武装破壊を試みているが、高速駆逐艦の濃密な対空射撃にジリジリと機数を削られ、互いに消耗戦の体を見せ始めた。

既に、両軍ともに連携や作戦といった高度な技術を行使できる状態にない。攻める側は各中隊の判断で目についた敵に片っ端から銃撃を加え、守る側ももはや個艦防空に忙殺されてしまっている。

 

攻める側は燕のように身を翻し、鷲のような勢いで迫りくる。守る側は槍衾を展開して突き落とそうとする。

ミシン目のように断続的な青と緑の光が、環状陣形の上下に絶え間なく現れる。ガトランティス艦の対空砲火と地球軍機の銃撃が交差し、互いに爆発炎を生み出す。被弾した機体がキノコ煙を掻き乱して黒煙を引きずりながら宙域を離れたと思えば、度重なる銃撃で満身創痍となった高速戦艦がついに航行不能となり、惰性のままに環から外れて漂流を始める。

その様を目ざとく見つけたコスモタイガー雷撃機が弱った敵戦艦に群がり、艦橋基部にしつこく銃撃を加えられた高速戦艦はパルスレーザーによってあっという間に裂傷を大きく断ち広げられ、艦橋を境に前後が泣き分かれになってしまった。

敵雷撃機隊が一隻に執心している様を見て、高速駆逐艦の何隻かが示し合わせて外から面制圧を加える。漂没しつつある高速戦艦ごと、何十機もの雷撃機が滝のような猛攻の餌食になった。

 

被弾と撃墜の黒煙で塗りたくられた宙域に、『エリス』の太い火箭が割り込んでくる。コスモタイガー隊を援護すべく高速駆逐艦を狙って放たれた衝撃砲は、何度も何度も空振りを繰り返し、第十一射にしてようやく命中弾を出し始めた。

艦数で圧倒されることを恐れたジャシチェフスキー司令が、射程の差を利用したアウトレンジ法による砲撃戦を採用したため、誤差の修正に時間がかかったのだ。

『エリス』が白銀の艦体を自らが放った砲炎の色に輝かせると、アクエリアスの透過光に似たディープ・ブルーの光線が駆逐艦のエンジンを串刺しにした。

四連装主砲5基20門、四連装副砲2基8門の合計28本もの衝撃砲が一斉に火を噴く様は、圧巻の一言だ。宇宙に戦艦は数多くあれども、全長350メートルの小さな体で最大32条もの衝撃砲を斉射できるのは、アンドロメダⅡ級戦艦のみであろう。

 

ラルバン星防衛艦隊がワープアウトしてきたのは、一進一退の攻防を繰り広げていた艦対空戦闘が地球防衛軍側に傾き始めた、ちょうどそんな時だったのだ。

 

 

「こちらはガトランティス帝国軍白色彗星都市直属旧テレザート星宙域守備隊司令のガーリバーグだ。貴艦隊の所属と司令の名前を問う」

 

 

ガーリバーグは偶然を装いつつ、目の前で戦闘している同胞に向けて通信を開いた。

 

 

「おお、リォーダー殿下! カーニーでございます、さんかく座銀河方面軍アレックス星攻略部隊偵察部隊司令のカーニーでございます! 今は分遣隊と名を変えてここに来ております!」

 

 

呼びかけに答えたカーニーは、喜色満面の顔でディスプレイの前に立っている。

その後ろには、気苦労故なのだろうか、額から頭頂部にかけて森林の開拓が急速に広がっている中年男の姿があった。なるほど、彼がこの阿呆を操っている……というよりもお守をしていると言った方が適切か、その参謀長か。

 

 

「おや、義兄殿の部下であったか。つい先日アレックス星へ赴いたばかりではないか、貴公がなぜここにいる? そして、敵は一体何者だ?」

「私はダーダー殿下の命を受けて、109番星系に現れた地球艦隊と思しき敵を撃滅するためにやってまいりました。殿下も御自ら野蛮人の誅伐にお出ましになられたのでありますか?」

「ん。まあ、そんなところだ。ところでそなた、これからどうするつもりだ?」

 

 

カーニーの命運を握っている愉悦から生まれる嗜虐心を心の内に秘めつつ、ガーリバーグは何も知らない振りをして問いかけた。

焦る気持ちを蹴飛ばし、彼らを仲間に引き込むため、あえて時間を消費して会話を重ねる。

 

 

「そ、そうです殿下! 見ての通り我が艦隊は敵の攻撃を受けております! 至急、援護を! このままだと全滅してしまいます!!」

「援護、か。……ふむ、カーニーと申したな、本当に援護していいのか?」

 

 

神妙な顔をして勿体ぶってやると画面の向こうのカーニーは、信じられないものを見る表情で驚愕した。

 

 

「な、なにを仰いますかリォーダー殿下! 我が軍は敵の超兵器により半数が一瞬で失われ、残りの半分もこうして空襲と艦砲射撃に遭い、撤退もできない状況なのです! 後方に待機させている空母の増援も時間がかかります! 殿下は味方を見捨てるとおっしゃるのか!?」

「いやいや、私とて貴公らを助けたいのは山々だ。しかしだな、ここで私が手を貸してしまったら、貴公は義兄殿の下に戻っても無事では済まないのではないかね? 義兄殿は美しい戦いというものに拘るお方だ、股肱の臣たる貴公が貴重な戦力をすり減らして負けて帰った挙句、私なんかの手を借りて生き延びたとあっては、大層ご立腹になられるのではないかと思ってな?」

「そ、そんな……!」

 

 

思わず絶句するカーニー。

眉を八の字に歪めて絶望するその目には、涙さえ浮かんでいた。

ダーダー義兄の直臣ならば誰かが彼の爬虫類のような冷酷な目で見据えられる場面に遭遇する機会があったのだろう、自分の身に起こりうる未来がありありと想像できているようだ。

 

ガーリバーグはさらに畳みかけるように、彼を不安に追い込む。

ここからは時間との勝負だ。地球艦隊が撤退行動に入ってしまう前に、カーニーの心をへし折らなければならない。

 

 

「オリザーは手痛い損害を受けて撤退したが、『スターシャ』追撃任務そのものは完遂した。だが君は何一つ為すことなく、まもなく敵によって全滅させられるだろう。私の助けを借りて生き延びたとしても義兄殿の厳しい処罰を受けることは確実だ。さてカーニーよ、君はどちらを選ぶ?」

 

 

混乱しているカーニーに二者択一の選択肢を押しつけて、余計なことを考える余地を与えない。さりげなく「処罰されるかもしれない」という言葉をはさみこんで危機感を煽ることも忘れない。

撤退したい奴だけ回収するという手段は、なるべくなら最後にとっておきたい。

できることならば、カーニーが座乗している『パナエオーディア』を含めた全艦を手に入れたい。そのためには、カーニーが自らの意思でこちらの軍門に下ることを決断しなければならないのだ。

 

 

「私があの爺以下……!? このままでは全滅……だが、殿下の御手を借りても失脚は確実……弁解もさせてもらえずに銃殺……」

 

 

親指の爪を噛んで懊悩するカーニーの独り言を聞き、ガーリバーグは彼の心が良い具合に揺れ動いていることを確信する。

チラッと参謀長を見ると……視線が合った。どうやら、彼は私の目的に気付いてあえて沈黙してくれているようだ。

そろそろ、頃合いか。

 

 

「ならばカーニーよ、いっそこのまま死んだことにしてしまうのはどうだ?」

「……は?」

 

 

脂汗が滲む顔に虚を突かれた表情を浮かべるカーニーに、言葉を続ける。

 

 

「なに、簡単なことだ。私はここに来なかった。君達の部隊は地球艦隊の襲撃を受け、消息を絶った。そしてラルバン星では、謎の指揮官といつの間にか新たな戦力が現れた……それだけのことだ」

「…………」

 

 

ガーリバーグの案を受け入れれば、公式には分遣隊は戦場で行方不明となり、その実撤退してラルバン星防衛艦隊に吸収される。ダーダー義兄のところには二度と戻れないが、自分の命と艦隊は助かる。

息を詰まらせるカーニーの顔にオレンジ色の光が差す。視線を別のディスプレイに移せば、『パナエオーディア』の前を航行していた大戦艦『チョーシッパス』が紅蓮の炎を砲塔から派手に噴き上げて爆沈していた。

 

 

「君と揮下の艦の安全は私が保障しよう。艦の数が少ないから艦隊司令にすることはできないが、戦隊をひとつ任せることはできる。私も貴公も損しないと思うが?」

「……私に、ダーダー殿下からリォーダー殿下に鞍替えしろと仰るので?」

 

 

戻っても死刑だというのに、まだダーダー義兄への忠誠心が残っているのか、それとも積み上げてきた地位が水泡に帰すことを気にしているのか、この期に及んでも迷いを見せるカーニー。

せっかく命を救ってやろうと提案しているのに、優柔不断なことだ。

……少し脅しておくか。

 

 

「貴公の場合、亡命という方が正確だな。まあ、君が乗り気でないのならそれでも構わない、君達が本当に消息を絶つだけだからな。その場合は私が君の仇を討ってやる。ああ、安心したまえ。義兄殿には君は名誉の戦死を遂げたと報告しておこう」

 

 

返事を待たずに背中に回した手でアンベルクに合図し、通信を切らせる。

あとはカーニーが決断するか、それとも背後に控えていた、目が据わっていた参謀長が決断するか、どちらの結果になるのか見ものだった。

 

 

 

 

 

 

2208年3月6日1時20分 うお座109番星系第七惑星『スティグマ』周辺宙域

 

 

「潮時……だな」

 

 

70000宇宙キロ先に現れたワープアウト反応が敵の増援だと判明すると、アナトリー・ジャシチェフスキー司令は緊張の糸を切れたようなか細い声で言った。

ジャシチェフスキーは続けざまに2つの命令を出した。

 

 

「コスモタイガー隊に通達。『敵の増援多数出現。現時刻を以て戦闘を停止し、速やかに戦場を離脱せよ』。本艦はコスモタイガー隊の撤退が完了次第撤退する。レーダー班、陽動艦隊の撤退はどうか?」

「巡洋艦『すくね』『ブリリアント』『デリー』『クォン・イル』、駆逐艦『カニール』の離脱を確認。ですが、他の艦は動きがありません。おそらくは……」

 

 

ジャシチェフスキー司令は右手を振ってその先を遮った。

艦長席のディスプレイに映る、撃ち棄てられた駆逐艦『ラジャ・フマボン』と『パシフィック』の残骸を横目に見る。

全身が墨汁を浴びたように煤で汚れ、穿たれた大小の破孔は至近距離から散弾を食らったのではないかと見紛うばかりだ。

しかし、沈没すれば海中へ消え去る水上艦艇と違い、宇宙艦艇は大破と沈没の違いが見極めにくい。もしかしたら2隻とも見た目は大破していても、実は多くの生存者がいるのかもしれない。

 

 

「本来ならば曳航するか生存者の捜索をしたいところだが、今は可及的速やかにこの場を退く必要がある。航行できない艦は置いていくしかあるまい」

 

 

だが、今は自らの身を守るのが先だ。

視線を向けたのはほんの一瞬、すぐに興味を失くしたかのように正面に向き直っていた。

 

 

「取り舵反転180度、最大戦速。コスモタイガー隊の撤退はまだか」

「ようやく戦闘を停止しました。母艦の方に戻りつつあります」

「そう、か……」

 

 

そう言ったきり、ジャシチェフスキーは口を閉ざし、制帽のつばを強く引いて目元を隠した。

艦首が左に振られ、星空が右に流れる。射界から外れた主砲が左砲戦でコスモタイガー隊の撤退を支援するべく、その大きさに似合わぬ速さで砲身を左に振る。

戦闘を部下に託し、敗戦の将は全身に圧し掛かる右ベクトルの慣性に身を任せた。

 

 

「……どのくらい散った?」

 

 

誰にともなく、独り言のように問いかける。席が近い通信班長が振り返った。

 

 

「目算ですが、3分の1程度かと」

「随分と減ったな。空母機動部隊の黎明期だってそこまで墜ちなかったぞ」

「コスモタイガー隊はミサイル発射後も、執拗に接近して銃撃をかけていました。魚雷による一撃離脱だけでしたらここまで撃墜されなかったでしょう」

「……そう、か」

 

 

もはや、それしか言えなかった。

 

撤退支援の砲撃を再開した主砲が稲光さながらの青白い閃光を絶え間なく煌めかせる様を、焦点の合わない目つきで見つめながら、ジェフチェフスキーは思う。

 

もはや、調査船団の活動継続は不可能だ。

作戦に参加した艦艇17隻の内7隻を失い、生き残った他の艦も深刻なダメージを負っている。

地球からわずか2000光年のここでこれだけの損害を被っていたら、目的地の旧テレザート星宙域に到達するまでに護衛艦隊も調査船団も確実に一隻残らず全滅するだろう。そんな命令は、私にはできない。

辺境開拓への道筋もつけられず、うお座109番恒星系の惑星資源調査もろくにできずに撤退することになるだろう。

 

もちろん、収穫が一切なかった訳ではない。

事態は、我々が考えていたような「戦闘による全面戦争化の危惧」とかそんなレベルをとっくに超えていた。

ガトランティス帝国は既に、地球再侵攻の準備を着々と進めていたのだ。

惑星『スティグマ』周辺宙域に現れたガトランティス艦隊は、最初に発見した約50隻と最後に現れた増援30隻程度。

しかも、あれで全部という保証はどこにもない。むしろ、第三陣第四陣がいると考えた方が自然だ。

つまり我々が攻撃をして数を減らしていなければ、あの場には100隻をゆうに越える大艦隊が出現していたことになる。

その大艦隊の目的地がどこなのか……考えるまでもない。

ここから地球のある太陽系まではたった2000光年。航路設定をしっかり行えば、一回のワープで到達できる至近距離だ。

2201年のときには、50宇宙ノットという比較的低速で白色彗星都市が太陽系に迫っていることを相当前から把握していた為、対策を執ることができた。

しかし、もしも今、ここから100隻超の大艦隊が地球へ奇襲を仕掛けてきたらどうだ。

現在土星宙域に集中している防衛艦隊は何もできないまま、地球は突如として現れた大艦隊に蹂躙されてしまう……。

 

一刻も早く、この危機を地球本星に知らせなければならない。

それが開拓事業にも旧テレザート星宙域威力偵察にも失敗した第三辺境調査船団にできる、ただひとつにして至上の任務だ。

 

 

「まもなく主砲の射程を離れます。敵艦隊が追って来る様子はありません」

 

 

その声に黙考から意識を現実に戻せば、既に前部主砲塔は砲撃を止めて元の向きに向き直っていた。

 

 

「砲撃止め。戦闘配置を解除し、巡航モードに移行。空母3隻と合流後に輸送船団のいる宙域までワープする。……皆、ご苦労だった」

 

 

顔は無表情を貫くことができたが、声だけは疲労と落胆を隠しきれない。

湧いてくる敗北感と焦燥感に遣る瀬なさを感じつつも、今は一刻も早く一隻でも多く地球に帰ることが先決だとジェフチェフスキーは自分に言い聞かせて命令を下した。

こうして艦隊司令として命令を出せるのもあと僅かなのだろうなと、頭の片隅でぼんやりと考えながら。

 

 

 

 

 

 

2208年3月6日1時40分 うお座109番星系中心宙域 『シナノ』第一艦橋

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』より《古代の帰還~「別離」~「別離09」》】

 

 

命からがら逃げてきた戦略指揮戦艦『エリス』と陽動艦隊の残存艦『すくね』『ブリリアント』『デリー』『クォン・イル』『カニール』は、艦載機隊の収容を終えた『シナノ』『ニュージャージー』『ペーター・シュトラッサー』との合流を果たし、必要最小限の修理を済ませて輸送船団の待つうお座109番恒星へと撤退した。

黙々と作業をこなすクルー達の顔は一様に暗い。

辺境調査船団としての最初の調査地で出鼻をくじかれてしまったのだから、無理もない話であった。

 

しかし、ワープアウトした彼らを待ち受けていたのは、彼らが経験した戦闘すら生温いと思えるほどの地獄絵図だった。

 

岩塊と同じ数だけ浮かぶ、輸送船の死骸。

高速で飛びまわっては衝突を繰り返し、指数関数的に数を増やしていくデブリ。

赤い炎と赤い鮮血が、闇夜の宇宙を染めている。

力なく漂っては飛来するデブリに肉をかすめ取られていく人、人、人……。

全滅に近い大被害を受けた輸送船団の、惨々たる姿が見渡す限り広がっていた。

 

 

「どういうことだ、何がどうなっている……?」

 

 

目の前の惨状を信じられないとばかりに、藤本が言葉を漏らす。

 

 

「葦津! SOSを受信してなかったのかよ! 来栖、無事な艦は!?」

 

 

「ありませんでした!作戦が開始されてから、輸送船団からの通信は一切入っていません!」

 

 

「探しています! でもあまりにデブリが多くて、まともにレーダーが効きないんです!」

 

 

坂巻が混乱気味に叫び、葦津と来栖が悲鳴を上げる。

状況は全く分からない。あるのは避難させたはずの護衛対象の骸のみ。

周囲には炎上している輸送船が吐き出した黒煙が狼煙のように立ち上り、双胴船だったはずの輸送艦がバラバラになって砕け散っていた。

皆が唖然とする中、芹沢艦長だけは頭をフル回転させてやるべきことをリストアップした。

 

 

「一体、輸送船団に何が起こったのかしら……?」

「葦津、見りゃわかるだろ? 攻撃だよ攻撃! 俺達が輸送船団を放ったらかしにしている間に、護衛対象がやられちまったんだよ! ちくしょう!」

「デブリ……船の欠片が多いのが気になります。衝撃砲や光子砲ならば、高熱で蒸散してしまうはずなのに」

「ってことは、輸送船団はミサイルとか魚雷みたいな実体弾で攻撃されたってことか? しかし、駆逐艦が周囲を警戒していたはずなのにSOSも無くやられたというのは……?」

「相手に接近を悟られずに攻撃するやり方はいくらでもある。ガミラスのデスラー戦法しかり、ガトランティスやガルマン・ガミラスの潜宙艦しかり、ディンギル帝国の小ワープ戦法しかり……俺達はそんな敵と戦ってきただろう、藤本?」

「艦長、すぐに敵を追いかけましょう! 仇を討つんです!」

 

 

おっとりとした口調で疑問を口にする葦津を緊張感がないと見たのか、いらだたしげな声を出す坂巻。

戦歴が長い藤本と南部はさすがに、すぐさま思考を切り替えて警戒を強める。

芹沢は血気に逸る坂巻を窘めた。

 

 

「落ち着け、坂巻。ベテランのお前がそのように狼狽していては、ルーキーたちが動揺する。来栖、館花、岩塊群の外に敵の反応はないな?」

「ありません。薫は?」

「赤外線も、亜空間ソナーも反応ありません」

 

 

来栖も館花も、周辺に敵はいないことを告げる。

艦長はさらに、通信班に確認をした。

 

 

「葦津、『エリス』からは何か連絡は来ていないか?」

「ありませんわ。通信を繋ぎますか?」

「……いや、それには及ばない」

 

 

ガタリと音を立てて、芹沢が椅子から立ち上がる。

その音に反応して皆が注目したのを認めて、芹沢は指示を下した。

 

 

「現宙域に、敵は既にいないものと判断する。本艦はこれより現宙域に停留し、救命活動及び艦体修理の時間を取る。北野、戦闘班、医療班及び生活班から救命隊を編成して生存者の捜索にあたれ。島津、エンジン停止。今のうちに波動エンジンの修理に取り掛かってくれ。藤本、お前も同じく艦の修理だ。坂巻と館花、お前達は班長と交代しろ」

「了解しました。機関室で陣頭指揮を執ります」

「技術班、船外補修作業に入ります!」

 

 

藤本と島津が艦長席の脇を走り抜けて、全速力でそれぞれの場所へと向かう。

北野は戦闘班に招集を掛けると、館花に操艦を渡して同じく艦長席の後ろのエレベーターに駆けていった。

しかし、理由も分からず突然坂巻との交代を言い渡された南部は、席を坂巻に譲りつつ尋ねた。

 

 

「艦長、私はどうすれば?」

「南部、お前は救援隊とは別行動をとってもらう。病院船『たちばな』を捜索して二人の無事を確認し、『シナノ』に連れ帰ってこい」

「!……了解しました。艦長、彼女らの兄の篠田恭介を同行させてもよろしいでしょうか?」

《セリザワ、我輩も行くぞ。姫様の身が心配だ》

 

 

ブーケが南部の左肩に飛び乗る。振り向いたブーケと芹沢がしばしの間、視線を交わす。

真剣な眼差しを受け止めて、芹沢は力強く頷いた。

 

 

「許可する。南部は篠田ならびにブーケ殿を同行して、特殊探査艇で出ろ」

「了解!」

 

 

南部もブーケを伴って先に行った三人に続いて第一艦橋を離れる。

特殊探査艇から簗瀬あかね・そら消失の悲報が届いたのは、それから20分後のことだった。

 

 

 

 

 

 

2208年3月6日1時50分 うお座109番星系中心宙域

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《サスペンス(動揺)》】

 

 

熱で表面が歪み焦げ跡が残る『シナノ』の、上部着艦用飛行甲板からは大小の救命艇が、下部発進用飛行甲板からは一機に減ったコスモハウンドが発進した。

それぞれの方向へ飛んでいった3機は、火災煙を身に纏って漂う輸送船に横付けすると、ハッチを大きく開く。

重宇宙服を着たクルーが救命ポッドを二人ひと組で保持しながら、生存者を救うべく燃え盛る船に果敢に飛び込んでいった。

 

その様子を傍目に見ながら、『ニュージャージー』から発進したSEALSバックラー隊は炎上を続ける味方の船には目もくれず、セイバー隊がそうしたように隠密行動をとりながら、一直線にある宙域へ向かう。そこには、潜宙艦の死角になっていたため傷一つなかった『たちばな』と、その周囲に浮かぶ物言わぬ死体の群れがあった。

救命ポッドの代わりに遺体収容袋を抱えた救命隊は『たちばな』に近づくことはなく、体液をことごとく撒き散らして干からびた死体を手当たり次第に回収していく。遺留品はおろか、飛び散った体液も高分子吸収体のシートで吸着させる徹底ぶりだ。

 

要は、証拠隠滅だ。

 

輸送船団がガトランティス帝国軍の潜宙艦に襲撃されたことは、SEALSの通信を傍受していた『ニュー・オーリンズ』経由で把握していた。

作戦行動中のセイバー隊が謎の集団にアンブッシュを食らい、更には銃撃戦のさなかに雷撃を受けた事も、セイバーズ副長のスティーブ・ダグラスが奪取対象の二人とともに潜宙艦に収容されてしまった事も、ただ一人の生き残りマイケル・ヒュータとの通信で判明している。

 

作戦が成功しようが失敗しようが、その痕跡を一切残さないのはSEALSの伝統であり流儀であり、存在意義だ。

だからこうして、味方も敵も全て回収することで、この場で起こったことすべてを隠蔽するつもりなのだ。

それに敵の遺体を分析すれば、あるいは―――ほぼあり得ない事ではあるが―――どこの国の特殊部隊か判明するかもしれない。

 

バックラー隊の隊員はハンドシグナルで互いに連絡を取りながら、黙々と遺体収容袋に物を詰めていく。

五体満足で綺麗な遺体などない。

あるいは首から上がなく、あるいは下半身が泣き分かれになって見つからない。

それでも形があればいい方で、ペラペラに潰れた宇宙服と中身と思しきミンチがはみ出ているだけの、およそ人の尊厳からかけ離れた状態のものもある。

しかたなく、浮いている誰のものか分からない肉片を敵だろうが味方だろうが、手当たり次第に袋に放り込んでいくのだ。

真っ黒い隊員服や特殊部隊使用の銃火器はおろか、身元を特定されそうな物は肉塊でも拾って帰る。

その覚悟で作業にあたっていたのだが―――

 

 

「バックラー7よりバックラーズ。『シナノ』の方角から舟艇がやってくる」

 

 

周囲を警戒していた仲間から連絡が入るや否や、回収作業をやめて近くの岩陰に退避する。

『シナノ』から飛んできた舟艇―――南部らが搭乗している特殊探査艇だ―――はバックラー隊が掃除したばかりの空間に進入していく。

特殊探査艇がデブリを警戒して速度を落としたのを見計らって、バックラー隊副長のゲイリー・S・ハートフィールドがバーナビー・セヴァリー隊長の肩を叩き、手榴弾を見せつける。

しかしバーナビーは手榴弾を押さえつけて言外に否定した。

それがよほど心外だったのか、信じられないものを見たとばかりの表情を見せたゲイリーはガツンと続きまがいにヘルメットを接触させて凄んだ。

 

 

「―――何故だ?」

「向こうはこちらに気付いてない。このまま素通りさせた方がいい」

「そんなことが何故貴様に分かる?」

 

 

バーナビーも負けじと、気に入らない副隊長を睨み返す。

 

 

「俺達に気付いていたら、立ち止まってこちらを警戒するか、危険を承知で一気に駆け抜けるかのどちらかだ。慎重に進んでいるのはデブリを警戒しているからと考えるのが自然だ」

「希望的観測だな」

「手榴弾程度じゃ、アレは倒せない。SOSを打たれたら、それこそ俺達の存在がばれるだろうが。そんなことも分からないのか?」

 

 

両者がバイザー越しに無言で睨みあう。

 

 

「―――どうなっても、お前の責任だからな」

「そうやって責任を他人に押し付けようとするのは良くないクセだ。功績も責任も皆が負う。それがSEALSだ」

「過去の栄光に縋っただけの名ばかりSEALSに掟もクソもあるか。目的遂行のためにはリスクは速やかに排除する。それが戦場の常だ」

 

 

それきり、勝手にしろとばかりに隊長を突き飛ばしたゲイリーは、スラスターを噴かして足早に作業に戻って行く。

視線を戻せば、特殊探査艇は既に目の前を通り過ぎ後ろ姿を見せている。どうやら我々の存在に気付かなかったらしい。

ゲイリーは俺の命令に従ったのではなく、攻撃のタイミングを逸してしまったから抗議を打ち切っただけのようだ。

バーナビーは溜息をヘルメットに籠らせつつ、作業に戻ろうと隠れていた岩を蹴って離れる。

目の前を、宇宙服もヘルメットも着ていない死体がすれ違う。水色を基調として、喉口と両手首、右肩から脇にかけて赤いラインが施されている、一般的な宇宙船員の服装。沈没した輸送船から放り出されて、ここまで流れてきたのだろう。死体がやってきた方を見れば、同じ格好の遺体が次から次へと、魚の群れのようにぞろぞろとやってくる。

なるほど、とひとり納得したバーナビーはそれらを避け、再び黒服の死体を探してスラスターに火を点けた。




うお座109番星系におけるもろもろの戦闘が終了しました。
この後は楽しい楽しい戦後処理です。またもやもめる予感。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話

暑いですねぇ……。
そういえばヤマトって、あまり季節の描写がないですね。
舞台が宇宙なので当たり前ですが。


2208年3月6日1時50分 うお座109番星系中心宙域 病院船『たちばな』某病室

 

 

「ざっけんなテメェ!」

 

 

全力で振り抜いた右拳が相手の左頬を捉えて、室内に鈍い音を響かせる。

ベッドに倒れ込んだ柏木の胸ぐらをすぐさま両手で掴んで、力任せに引き起こした。

阿修羅のように怒りで顔を紅潮させた恭介が、叩きつけるような鋭い声で、

 

 

「拉致されたってどういうことだよ! 二人はこの病室にいたんじゃねぇのか!!」

 

 

包帯を頭に巻いた柏木を激しく尋問していた。

 

 

「やめろ篠田! こいつだって怪我しているんだぞ!」

「そんなの知ったことか! コイツは、コイツは!」

 

 

怒りにまかせてもう一度大きく腕を奮いあげる。

もう一度殴られると思った柏木も、目を瞑って衝撃に備える。

 

 

「いい加減にしろ! 柏木を殴ったところで状況は変わらない! それよりこいつからその時の状況を聞き出す方が先だろうが!」

 

 

見かねた南部が後ろから羽交い締めにして恭介を押さえるが、左手で胸ぐらを掴んだ恭介は南部の拘束を逃れようと暴れて柏木を翻弄し続ける。柏木は恭介の怒りを受け入れているのか、終始気まずそうに視線を逸らしたまま沈黙していた。

同室していた『たちばな』の船員と医師は、あまりの剣幕にオロオロするばかりだ。

 

 

「南部さん、止めないでください! コイツだけは許せねぇ!」

「いい、からっ、落ち着け! 怒る気持ちは分かるが、落ち着け!」

 

 

どこからこれほどの力が出ているのかと思うような暴れっぷりに南部はてこずるがそこは技術班と戦闘班、そして軍人としての経歴がものをいい、恭介を柏木が入っているベッドから引き離すことに成功する。

 

 

「なんでだよ! 船は無事だったのになんであかねとそらだけがいねぇンだよ! 答えろぉ!!」

「だから、それをこれから聞くんだろうが!」

 

 

両手を振り乱して怒鳴り散らす恭介をずるずると引き摺って、強引に丸椅子に座らせる。また立ち上がる前に正面に回り込んで肩を両手で強く抑え込み、憤怒に顔をゆがませる恭介の顔を覗き込んだ。

苦痛に顔を顰めるのも一瞬、すぐに南部を睨んでくる。

 

 

「柏木は二人の担当だったんです! 事情を知っているから安心して二人を任せたんです! なのに、なんで!」

「そうだ! 俺達は、戦闘が起きる前に彼女たちをこの船に避難させた! 彼女たちの秘密を知っている柏木を担当にあてることで、彼女たちを守ろうとした! なのに、二人は消えてしまった!」

「だから、俺はこいつを!!」

「じゃあ、あかね君とそら君はどこにいるんだ!」

 

 

怒りを爆発させる恭介に、怒声を被せる。

恭介は南部の後ろの柏木を指差した。

 

 

「それは、コイツが知っているに決まっているでしょう!!」

「分かっているならおとなしくしてろ! 俺がこいつを尋問する!」

 

 

怒りに我が飛んでいる、そう判断した南部は有無を言わさず頭ごなしに言い伏せるなり、大股でベッドへ向かう。

 

 

「柏木、簡潔に答えろ。一体何があった?」

「……病室に入ったら、真っ黒な宇宙服を着た誰かが寝ている彼女たちを医療ポッドに押し込んでいて、その直後に背後から殴られたんです。俺は気絶してしまって……その後は分かりません」

 

 

同室している『たちばな』船長が、沈痛な声で捕捉する。

 

 

「今日の0時38分、最下層デッキの大型ダストシュートの扉が30秒ほど開放状態に表示されるという事態がありました。すぐに表示は消えましたし、現場を確認したところ異常はなかったので、そのときはエラー表示と判断したのですが……」

「拉致されたというのか!? まさか医療ポッドごと外に、だって外は……」

「あかね!!」

 

 

南部の呟きに聞いてしまった恭介は、叫んだそのままの勢いでヘルメット片手に病室を飛び出す。

また宇宙空間に晒されているのではないかと思ったのだろう。

一瞬追いかけようと思ったが、病室に連れ戻しても柏木を殴るだけだと思って放置する。

あかね君とそら君の行方も心配だが、それよりも黒づくめの侵入者が気になった。

 

 

「あの馬鹿……ったく。船長、病室や廊下に、監視カメラとかは無いんですか?」

 

 

監視カメラに映像が残っていれば、その姿から犯人が特定できる。少なくとも、犯人が外部からの侵入者かそれとも内部に内通者がいたのかだけでも分かる。だが、船長は首を横に振った。

 

 

「残念ながら、無いな。あのときは第一種戦闘態勢を発令していて、クルーは皆持ち場で待機していた。むしろ、彼がひとりで病室に行った事の方が不思議なくらいだ」

 

 

刹那、ベッドで上半身だけを起こしている柏木の肩が僅かに震えたのを、南部は見逃さなかった。

言われてみれば、おかしな話だ。

事件当時『たちばな』は戦闘配置中で、医療班は怪我人の搬送に備えて医務室に控えている必要があった。それは他の船に所属しているとはいえ医師である柏木も同様なはずで、事件に出くわすことは不自然と言えば不自然だ。

今度は南部が彼に疑惑の目を向ける。

 

 

「どういうことだ、柏木。どうしてお前は、第一種戦闘配置中に病室なんかに行ったんだ?」

 

 

柏木は観念したかのように深く吐く。

 

 

「……彼女たちが戦闘配置中なのをいいことに脱走しないか、監視しに行ったんです。特にそらさんはあんな目に遭ったばかりとは思えないほど元気で退屈そうにしていたので、あかねさんを連れ出すくらいのことはするんじゃないかと思いました」

「本間先生の指示で、彼女には点滴を打ってベッドから出られないようにしたんじゃないのか?」

「あかねさんはともかく、そらさんは点滴に強い不満を持っていました。もしかしたら、こちら側の意図に薄々気づいていたのかも知れません」

「……確かに、あの娘ならやりかねないな」

 

 

実際、彼女の姫様らしからぬ行動力には舌を巻く、というより呆れかえることすらあった。何せ、元々俺の部屋だったはずの恭介の隣室をあれこれ理由をつけて自分のものにしてしまうくらいだ。

廊下に誰もいないと知ったら、病室を抜け出すくらいしかねない……いやいや、いくらなんでも自分が置かれている状況くらいは分かっているはず……。

喉を唸らせて考え込んでしまう南部。はっきり「ありえない」と断言できないところが、南部の彼女に対する評価を如実に表していた。

 

 

「……分かった。お前の件はとりあえず置いておこう。今は二人を探す方が先だ」

 

 

彼の行動に対する精査や処分は後からいくらでもできる。こうしている間にも、二人を拉致した犯人は犯行現場から逃走しているに違いない。ならば、時間と労力は彼女たちの追跡と奪還に使われるべきだ。

保留という判断に、柏木は黙礼で応えた。

 

 

「戦闘班長。二人を拉致した連中は、医療ポッドの扱い方を知っていました。実行犯は、地球人だと思います」

「それはそうだろう。真田さんでもない限り、異星人文化の機械の使い方が……」

 

 

分かるわけがないと言いかけて、脳裏に引っ掛かる違和感に気付いて顎に手を当てて考え込む。

改めて考えれば柏木の言うとおり、ガトランティス軍が地球の機械の使い方を熟知しているわけがない。

仮に知っているとしても、外部から船内に侵入して二人を眠らせて、わざわざ地球の救命ポッドを探し出し収容して拉致するだろうか?拉致が目的なら、自分で持参するのが普通だろう。

となるとやはり、犯人は地球人……だがどこかの国の特殊部隊にしても、ダストシュートが開いたわずか30秒の間に侵入と拉致と脱出を済ませることは不可能だ。

つまり、犯人はあらかじめ『たちばな』に潜伏していたことになる。しかし、この船には日本人クルーしかいないはずだ。

……この船の中に、日本人を装った外国の特殊部隊がいたということか?

そこまで思い至った南部は、深刻な表情で『たちばな』の船長へと振り返る。

 

 

「船長、今すぐクルーの点呼を。行方不明の船員がいたら、すぐに知らせてください」

「それは構いませんが……何故です?」

「犯人が地球人なら、船内に潜伏していたどこかの国の特殊部隊が二人を連れ出したということになります。ならば、行方不明のクルーがいるはずです!」

 

 

そう言うなり、南部は篠田のように病室を飛び出していく。

 

 

「ちょ、ちょっと! 貴方は同席しないのですか!?」

「俺は至急『シナノ』に戻って、艦長に報告します!」

 

 

病室から呆気にとられた顔だけを出す船長にそう言い残し、南部は格納庫に収容されている特殊探査艇を目指して廊下を走る。

二人は今頃、調査船団のどこかの船に監禁されているに違いない。

それなら船を一隻一隻しらみつぶしに探せばいいかと言えば、それは事実上不可能だ。

拉致したのが敵ならばともかく、同じ地球人と言うならば、ガサ入れのような手荒なことはできない。軍艦の内部はその所属する国の法が適用されるため、治外法権なのだ。

それでもガサ入れをしたいなら、ジャシチェフスキー調査船団司令が全艦に司令権限で要請する―――それでも厳密には強制力はないのだが―――しかない。

順当な手順としてはまずは艦長に報告して、艦長から艦隊司令に全艦の捜索を依頼するしかないだろう。

 

 

「地球人同士で腹の探り合いなんてしている場合じゃないってのに……護衛艦隊はやられるわ、輸送船団はやられるわ、二人は拉致されるわ、こんなことヤマトに乗っていたころは起きなかったぞ!」

 

 

誰に聞かせるでもなく毒づきながら、ヘルメットをかぶる。

ガトランティス軍との命をかけた戦闘中に乗じて同じ地球人が卑劣極まりない手段をとってきたことも腹立たしいが、それに対してまわりくどい手しか打てない事が、なんとももどかしい。

ヤマトの砲術補佐だった頃はこれほど頭と気を使わなければいけない場面があっただろうか、と往時を振り返る。

古代さんも、今の俺のようなもどかしさを感じていたのだろうか。

 

 

「……あの頃は、敵味方の区別が単純で、判りやすかったな」

 

 

スピードを落とさずにオートウォークを駆け抜ける南部の脳裏から、内憂外患の文字が頭から離れなかった。

 

 

 

 

 

 

同日1時57分 うお座109番星系中心宙域 病院船『たちばな』船外

 

 

矢も盾もたまらず船外へ飛び出した恭介は、オープンチャンネルで宙域全体に聞こえんばかりに叫ぶ。

 

 

「あかね! そら! 返事をしろ!」

 

 

この台詞を言うのは、この航海で二回目だ。

前回は、コスモハウンドから二人が投げ出された時。

それからたった四日で、再び二人は俺の前から姿を消してしまった。

しかも今度は、誰かに拉致されたという。

 

 

「くそ、何なんだよ! なんで二人だけがこんな目に遭うんだよ!!」

 

 

スラスターを噴かして、先程死体が流れていた場所へと向かう。

輸送船とはいえ軍に所属している船に乗り込んでいるクルーが営利目的や暴行目的で誘拐したとは思えないし、そもそも戦闘配置中にそんなことをするとは常識的に考えられない。

つまりそれは、船内にクルーのほかに工作員が潜入していて、『たちばな』から拉致したということに他ならない。

どこの国が欲しがっているのか知らないが、あかねにそれだけの価値があるとは思えない。

恐らく狙われたのはそらの方。正確には、そらが持っているアレックス星由来の技術だ。

あかねは、同じ病室に居たことから一緒に攫われたのだろう。まさに、とばっちりを受けたという訳だ。

とはいえ、その事でそらを責める気にはなれない。

二人を『たちばな』へ移送したのは怪我の療養が目的であり、戦場に赴く『シナノ』に乗っていたら戦死する可能性があったからだ。

それを決断したのは芹沢艦長だし、俺も艦長の判断を是とした。彼女たちが再び戦場に身を置くことを良しとせず、輸送船団とともに戦場から遠く離れたところに避難させたのは、間違いなく俺たちなのだ。

それでも、彼女らは攫われてしまった。俺達の警戒が甘かった、判断が間違っていたのだ。

それをそらの所為などとは、口が裂けても言えなかった。

 

 

「どこのどいつだよ、なんでそっとしといてやれないんだ!」

 

 

地球年齢で6歳にすぎないサンディ・アレクシアが経験してきた数々の苦難を、死と隣合わせだった旅路を思う。

彼女はアレックス王族の第三子に生まれ、戦時下に育った。成長してからは造船学を修め、軍艦を設計・建造した。王命に従って自ら造った艦に乗って母星を旅立ち、26万光年もの途方もない距離をガトランティスの追手から逃げながら地球まではるばるやってきたのだ。

平時となった今なら、彼女の経験が女の子の人生としては異常なものだと分かる。だが、ほんの数年前までの地球では当たり前の話だったのだ。

地球人ならば彼女の境遇に共感し同情し、ささやかな安寧の生活を保障してあげることもできるはずなのだ。

だというのに、地球の国々は彼女の故郷のアレックス星を認知せず黙殺するばかりか、その技術力だけを強引な手段で奪い取ろうとした。

そらは地球にもいられず再び星の海へ、一寸先には死が充満している世界に身を投じなければならなかった。

 

 

「力のない女の子ひとりを追いかけて攫って、それが国のすることか、地球人のすることなのかよ……!」

 

 

どこかにいるであろう誘拐犯に向けて絶え間なくあふれ出る怒りを電波にぶちまけても、一向に返事は返ってこない。

自分が耳が痛くなりそうな無音の世界にいることを実感して、恭介はようやく暴れていた思考と呼吸を落ち着かせる。

そこで、恭介はようやく気がついた。

 

 

「……なんだ、あれ」

 

 

水色の船員服を着た死体だけが次々と流れ来て去っていく中、なにやら黒い物体が複数、流れに逆らって動いている。

酸欠気味の回らない頭ながらも、見慣れない人間大の物体のおかしな動きを目で追う。

空気による光線の減退がない宇宙空間とはいえ、汚れたヘルメットのバイザー越しにはそれが何なのか、よく見えない。

それがあかねとそらなのか、それともほかの生存者なのかという疑問すら持たず、恭介はわずかなスラスターの煌きで方向転換し、うかつにも警戒せずにフラフラと向かっていった。

 

それが、恭介にとって致命的な瞬間だった。

黒い影が蠢いている場所、静かに浮遊している人間の倍ほどもある大きさの岩の影から、ひょいと黒い物体が姿を現す。

上下に細長いその物体の一部がぴかりと光ったのを、恭介は何の感慨もなく見つめるだけだった。

地球連邦軍の軍人なら見慣れている、アクエリアスの透過光を思わせる青い光がみるみる大きくなって、脇目も振らず一直線に恭介に迫りくる。

それが何であるかに遅まきながら気づいた恭介は、スラスターを噴かそうと手を伸ばすが、人間がレーザーよりも速く動けるはずもなく。

SEALSバックラーズ隊の一人が撃ち放ったAK突撃レーザー銃の銃弾は狙い違わずに恭介の左胸に命中し、その体を衝撃で吹き飛ばした。

 

 

「な、んで……」

 

 

着弾の衝撃で、体が逆上がりのように上下にくるくると回る。

全身を駆け巡る激痛と薄れゆく意識の中で、恭介は最後に自分が乗ってきた特殊作戦艇の姿を見たような気がした。

 

 

 

 

 

 

2208年3月6日3時40分 うお座109番星系中心宙域 『エリス』第一艦橋直下作戦司令室

 

 

芹沢は、何度目になるか分からない諦観を塊にした重い溜息をついた。

眼前に広がるは、ある意味で戦場よりも悲惨な罵詈雑言飛び交う場。

まるで中世紀によく見られたという、議長に詰め寄ってマイクを圧し折る乱闘議会のようではないか。

顔を突き合わせてガン飛ばして、今にも胸倉を掴んで頭突きをしそうな程に近づいて威嚇する出席者たち。

諌める立場のはずのジャシチェフスキー司令も、呆気にとられてしまって小難しい顔のまま凍り付いている。

彼らの醜態を見ていると、ガミラス戦役以来世界の国々は地球連邦の下に一丸となって立ち向かっていったと思っていたが、あれは幻想に過ぎなかったのだと思い知らされるようだ。

どうしてこうなったのか……芹沢は止まらない頭痛をこめかみを揉んで誤魔化しながら考える。

 

 

『エリス』に最後に到着し、作戦司令室に円状に並べられたテーブルに座った芹沢は、会議の面々をざっと見渡した。

一日ぶりに集まった作戦司令室は、空虚さを感じさせるものだった。出席者が一様に醸し出す疲労した雰囲気の問題だけではない。実際、空席が多すぎるのだ。

作戦前、作戦司令室に集まったのは30隻の輸送船の船長と16隻の護衛艦隊の艦長、そして艦隊指令兼『エリス』艦長のジャシチェフスキーを合わせて47人だった。しかし、今では船長は11人、艦長は9人しかいない。残存しているのは4割しかいないのだ。

半分以上の席の前には、白百合の一輪挿しが供えられている。その多くは、輸送船の船長の席だ。

護衛艦隊は、輸送船団の護衛に失敗した。立ち並ぶ一輪挿しの卓上装花は、そのことを否応なしに思い知らされる。

重く沈みこんだ場を動かすべく、ジャシチェフスキーが口を開く。顔色や表情こそ変わらないものの、作戦前にはあった人を値踏みするような目つきが消え、心なしか覇気がないように感じる。

それでも他人に弱みを見せまいとやせ我慢する姿が、芹沢の心に憐憫の情を想起させた。

心なしか、二の腕に寒気を覚える。

 

 

「……まずは皆、ご苦労だった。なにはともあれ、生きて再び見えたことは、喜ばしい限りだ」

 

 

反応するものは誰もいない。皆、ジャシチェフスキーの一挙手一投足を注視している。

 

 

「既に承知の通り、さきの会戦において第三次調査船団は輸送船団、護衛艦隊ともに重大な損害を受けた。現状において戦闘行動が可能な船は本艦のほかに空母3隻、巡洋艦2隻しかいない。輸送船団は三分の一にまで減少した。今また敵の襲撃を受けたら、今度こそ我々は全滅するだろう」

 

 

司令は皆の冷たい注目を、受け流そうと努めていた。

こうなった責任はお前にあるんだ、という無責任な言葉が音も無く彼に突き刺さる。

その視線は、戦闘に参加しなかった輸送船の船長によるものが多かった。

彼らにとって司令は、護衛艦隊の長でありながら輸送船団を守れなかった無能者という認識なのだろう。

この上で何か不穏当なことを言ったらどうしてやろうかと、目を殺気立たせているのだ。

勝手なものだ、と芹沢は醒めた思いで彼らを見る。

確かに、戦闘の敗北自体は司令の作戦ミスだ。波動砲の射界に誘導するために派遣した陽動艦隊が思いのほかに甚大な被害を受けたこと、主力艦隊にしてもまったく予想していなかった背後からの大型ミサイル―――ガトランティスの破滅ミサイルだろう―――によってフランス戦艦『ストラブール』を失い、3隻の戦闘空母も手痛い損害を受けた。その責は艦隊司令が追わなければならないだろう。

 

 

 

「よって、これ以上の任務続行は不可能と判断。現宙域の生存者を救出後、地球へ帰投する」

 

 

妥当な決断に、芹沢はこっそりと息を吐く。

この決定は充分に予想が付いていたし、誰もが想像ついたことだ。

地球防衛軍の艦隊ではなく多国籍軍の司令に過ぎないジャシチェフスキーが、多くの輸送船長の意志を無視してまでテレザート星系までの威力偵察を強行するとは思えない。人間観察に長じている彼の性格を考えれば、尚の事だ。

他の面々を盗み見れば、渋い顔をしつつも沈黙を貫いて先を促している。

そのまま会議は撤収の具体的な手順に進むかと思われたが、

 

 

「私は反対です」

 

 

『ニュージャージー』艦長のエドワード・D・ムーアが流れをひっくり返した。

 

 

……場が凍りつく。

静まり返った作戦司令室に彼の声のみが響き、壁に染み込んでいく。

無言でいた船長たちも、彼らの沈黙を賛成と受け止めて次の句を告げようとしていたジャシチェフスキーも、ムーア艦長が言ったことを頭が消化できず、彼に視線を向けたまま呆然としてしまっている。

 

 

「このまま何の成果も無く、いたずらに装備と人員を失ったまま、おめおめと帰ることは、できません」

 

 

再びの発言で意識を取り戻したのか、一転して耳をつんざくような怒号が嵐の如く吹き荒れた。

耳をふさぎたくなるような罵詈雑言が、浴びせられる。

 

 

「貴様、正気か!?」

「ふざけるな! これ以上被害を増やすだけだろう!」

「これだけ人が死んでまだ懲りないのか!」

 

 

瞬間沸騰したエドワードも、負けじと怒声で返す。

 

 

「死んだ同胞の無念を晴らさずに帰ると言うのか、貴様らは!」

「このままじゃ俺達も犬死にだと言っているんだ!」

「部下達を侮辱するか!」

 

 

ここまでは、エドワードとその他の口論でしかなかったのだが……

 

 

「おいアンタ、いくらなんでも戦死した戦士を犬死にとは無いんじゃないか」

 

 

犬死の一言に反応した誰かが、絡みだしたのだ。

 

 

「……こいつの肩を持つのか、アンタ」

「そうじゃない、彼を非難するにしても言葉を選べといってるんだ」

「実際犬死にじゃないか、それともアンタはこの作戦には部下の死に見合うほどの意味があったとでも言うのか!?」

「そんなことは言ってないだろう!」

 

 

そこからはもう、議論の体を成していなかった。各々が抱えていた不満が爆発し、エドワードだけでなく、至る所で議論や怒号が飛び交っていた。

相手を罵る声、机を激しく叩く音、花瓶が震動でカタカタと鳴る音が延々と続く。

……これが彼らの本性、というわけではあるまい。

ただ、今我々が置かれている状況が全員の心に焦りを生み、精神的余裕を失くしているのだ。

芹沢とて、内心穏やかではない。

 

 

「……彼は、本気で言っているのか?」

 

 

芹沢が眉を顰めてそう呟く。

芹沢はエドワードの頑なな態度の裏に、何かしらの思惑を感じていた。エドワード・D・ムーアという軍人は、血の気は多いものの基本的には優秀な軍人のはずだ。先の冥王星軌道上での会戦での孤軍奮闘を見れば、艦の指揮が非常に優れていることはわかる。猪突猛進の悪癖を鑑みても、刀折れ矢尽きた身で護衛対象である輸送船団を彼我の戦力差がより激しい戦場に引きずり込むほど愚昧な人間ではないはずだ。

戦果と部下の命、天秤にかけるほどのことではないのは百も承知であろうに。それでも作戦続行にこだわるのは何故だろうか?

 

そもそも、本当に彼の目的は敵の情報収集だろうか?

エドワードは「威力偵察は無理だから隠密偵察に切り替える」と主張しているが、それならば自分だけで行けばいいのだ。武装も貧弱で足も遅い輸送船団を連れて行く必要はないし、輸送船を地球に返すなら護衛艦隊は『ニュージャージー』に同行することはできない。大所帯で行けば今回のように発見されるリスクも高まるし、単艦ならば発見されにくく身軽で、敵に見つかっても逃げの一手を打つことができる。つまり、『ニュージャージー』独りで行くほうがメリットが多いのだ。

 

正直、エドワードの意見はとてもじゃないが通るとは思えない。いずれこの喧騒が落ち着けば、改めて撤退の是非が採決されて地球への帰還が決議される事だろう。

それでも、エドワードが暴論を押し通してまで船団すべてを巻き込もうとするのは―――

 

 

(一隻でも地球に帰られては困る、ということなのか?)

 

 

それが何を意味するのかは、まだ皆目も見当がつかない。

だが、エドワードの真意はそのあたりにあるのではないかと、朧気に推察していた。




恭介の中のシン・アスカが覚醒。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話

建造編第二話に『シナノ』の完成予想図の画像を掲載しました。
ヘタクソな絵ですが、想像の一助になれば幸いです。
本格的なお絵かきソフトを購入しようかしら。でも根本的に画力がががが。


2208年3月6日9時1分 冥王星公転軌道周辺宙域 『ニュージャージー』第一艦橋

 

 

それまで規則正しく為されていた星々の瞬きが前触れなく激しく揺らぎ、墨色の世界に幾筋もの青白い光が割り込んできた。

まばゆい光明はやがて細長い形へと変化し、光を凝縮するかのように空色の実体が浮かび上がってくる。

しかしその実体は光のように温かみあるものではなく、幾重にも重ねられた塗装の下には鋼鉄の体と宇宙一つ吹き飛ばしかねない膨大なエネルギーを隠している。

46センチ衝撃砲三連装3基がその姿を明らかにした頃には周囲に生じていた発光現象も収まって、それぞれの艦体色が肉眼でも確認できるようになっていた。

 

 

「通常空間へのワープアウトを確認。現在、冥王星基地より10宇宙キロの公転軌道上です」

「本艦後方200メートルにワープアウト反応。輸送船団です」

 

 

航海長席正面のモニターに映る、三次元波動の波形が上下する音が第一艦橋に空しく響く。

報告を上げるシャロンとカレンの声も、誰の耳にも届いていないかのようだ。

 

 

「…………」

「艦長?」

「……ん? あ、ああ。すまない」

「……艦長。俺達、これでよかったんですかね?」

「…………む」

 

 

エドワードは既に空になって久しいコーヒーカップを呷り、底に残ったブラックコーヒーを舐めることで、苦々しい表情を隠す。

航海副班長のスティーブンの問いかけはここにいる者たちの総意であり、エドワード本人の気持ちでもあった。

昨晩―――といっても、数時間前の事だが―――荒れに荒れた会議はエドワードの説得も空しく、地球への撤退が正式に決定された。そして午前9時、たったいま冥王星宙域へ向けて一斉ワープが行われた。

地球圏に帰ってきてしまった今、当分のあいだ出撃はできない。ここまでくれば冥王星基地に寄港しないわけにはいかないし、そうなれば修理や戦死者の葬儀をせざるを得なくなり、とてもじゃないがとんぼ返りはできないだろう。

SEALSセイバー隊リーダー副長、スティーブ・ダグラス、アレックス星王女サンディ・アレクシア、地球連邦大学大学院生簗瀬あかねの3名は、ガトランティス帝国軍に連れ去られたままだ。

 

 

「このまま、彼らを奪還せずに帰ってしまっていいんですか?」

「……調査船団司令の決定だ。今さら覆らん」

 

 

3人がガトランティス帝国軍に拉致された事を知っているのは我々だけだが、拉致された過程を考えれば、船団司令に本当の事を言うわけにはいかない。

だから、何としても合衆国のメンツを潰さずに3人を救出する必要があったのだが……船団を巻き込んで作戦を続行させようという思惑は、あえなく失敗した。

長時間にわたる怒鳴りあいで疲れ果ててしまい、今さら船団司令に再度直談判して話を蒸し返す気力も体力も無い。

司令の決断を無視して単艦残ることは船団の規律を乱すことになるし、合衆国軍の評判を貶めることにも繋がる。

行くとしたら一度冥王星基地に戻って船団が解散してから、改めて行くしかないと思っていた。

 

 

「合衆国の軍隊は仲間を見捨てないんじゃなかったんですか?」

「スティーブン、我々は見捨てるのではない、一時的な戦略的撤退だ。二次遭難を避けるための一時的な捜索打ち切りは、山岳救助ではよくあることだ」

「過去には、敵中に孤立した味方を助けるために救出部隊を組織した例がいくつもあります!」

「そして逐次投入された救出部隊が各個撃破された例があるのも、また事実だ」

「今こうしている間にも、彼らは拷問を受けているかもしれないんですよ!?」

 

 

ゆるいウェーブのかかった金髪を揺らして振り向いたカレン・ホワイトが、激しい口調で反論する。

それを契機に、堰を切ったようにカレンが、シャロンが、クレアが、スティーブンが艦長席の前に集まってくる。

もう我慢できぬと、エドワードへと詰め寄った。

 

 

「艦長、我々だけでも戻りましょう!」

「このままでは、戦死した仲間たちに顔向けができません!」

「資材も食料も燃料もあります! まだまだ作戦は続行可能です!」

「テレザート星宙域まで行くのが当初の目的です! この艦ならここからでも一回のワープでテレザートまで行けます!」

 

 

冷静な反論にもめげず、次々と迫ってくる若者たち。

囲まれたエドワードは何ともいえず、眉を八の字に顰める。

彼らの真剣な表情を見て、エドワードは彼らを少し羨ましく思ってしまったのだ。

 

彼らは若く、そしてまっすぐだ。納得できない事、理不尽だと思ったことに対して、率直に意見をぶつけてくる。

それは、およそ軍人としては好ましくない事だ。

上官の命令にいちいち部下が逆らっていたら、軍隊というものは成り立たない。作戦行動など、できるはずもない。

彼らの性格という面もあるのだろうが、宇宙戦士訓練学校にいた時期がガミラス戦役の末期で、必要最低限の教育しか施せないほどに時間的・物質的余裕がなかったという事情もあるのかもしれない。軍人としての心構えに関する教育が充分でなかったことは否定できないだろう。

だが一方で、彼らの姿は己の過去を見ているようで、どうにも上から押さえつけるのは躊躇われた。

昔の俺も、彼らのように上官に噛みついては謹慎を食らい、突撃駆逐艦の艦長になってからも司令の命令に逆らってガミラスの艦隊に無謀で執拗な肉薄攻撃を繰り返したものだ。

そんな俺に、彼らを叱責する資格があるのだろうか?

 

エドワード・D・ムーアという男が直情的で好戦的な性格である事は、何よりも自分自身がよく理解している。

この齢になって性格を改める気は毛頭ないし、合衆国がそんな自分を見込んで『ニュージャージー』の艦長に任じた事も理解している。部下達が、俺のような軍人を手本と認識している可能性は大いにある。

 

(さて、どうしたものか……)

 

彼らの視線を受け止めきれずに視線を遠くへ逃がすと、ひとり自席を離れずに双眼鏡で正面を監視しているアンソニーの後ろ姿が目に入った。

抗議の輪に加わらず、黙々と自分の仕事をこなすアンソニーの職業軍人たる姿を見て、エドワードは緩んでしまいそうだった心を今一度引き締める。

 

現在回復しつつある地球防衛艦隊にあって必要なのは、アンソニーのように組織の中で活躍できる軍人であって、俺のように組織の型からはみ出して独立専行してしまうアウトローではない。

目の前で気勢を上げる彼ら彼女らが皆、ただ感情に任せて猪突猛進するだけの軍人になっては困るのだ。

さきの冥王星宙域会戦ではそれが無謀な単艦突撃となって多くの犠牲を生んでしまったことを、彼らは理解していない。

彼らは後先少ない俺とは違って将来の地球連邦を担う、そして合衆国の守り手として貴重な人材だ。

自分と同じ轍を彼らに踏ませるわけにはいかないのだ。

 

エドワードは一度瞼を閉じ、気付かれないようにそっと深呼吸する。

アンソニーを一瞥し、気持ちを切り替えて、艦長という立場を今一度意識する。

自分が言えた事ではないという罪悪感を心の中で踏み潰して、

 

 

「いい加減にしろ貴様ら!!」

 

 

威勢良かった黄色い声のヒヨッコ共どころかアンソニーまでもが背中で竦み上がるほどの大音声で、主張を叩き伏せた。

 

 

 

 

 

 

??月??日??時??分 ????

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《イスカンダルの過去》】

 

 

―――夢を、みている

 

霧がかかったかのように真っ白で、何も見えない。

ただ、誰かが会話しているのが聞こえるだけだ。

 

神妙な口調が聞こえてくるのは、二人。若い女性の声。初めて耳にする言語だ。

日本語でも英語でも、そらが使っていたアレックス星の言葉でもない。

 

―――話しているのは、そらじゃないのか?

 

会話の主はすぐ近くにいるようだ。一人は目の前、もう一人は耳元から。

まるで、俺自身が相手と会話しているかのようだ。

 

―――視界がゆっくりと明瞭になってくる

 

白一色は徐々に暗く、赤みを帯びてくる。霧が晴れて、夕焼け空が見えてきた。

次に見えてきたのは、草花がそよ風に揺れる平原。斜陽の光に照らされて、一面が熟柿色だ。

それにつれて、自分の状態が分かってくる。どうやら俺は、夕陽が見えるどこかの丘に立っているらしい。

 

―――じくりと、心臓に苦みのある痛みが走った。

 

夢の中の俺は、視線を左にゆっくりと振る。

視界の左から人間の足下が正面へ。

地にするほどに長い、青のロングドレス。シルクのごとき光沢を放つドレス越しにでも分かる、しなやかな脚線の美しさ。

抱き締めれば折れてしまいそうな、細い腰。あかねやそらとそっくりな、控え目な……いや、それはいいとして。

そして、目に飛び込んできた女性の顔は――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そら!?」

 

 

叫び声と同時に、意識が夢から戻ってきた。

衝撃に瞼を弾き開けて最初に見たのは、もはや見慣れてしまった薄いクリーム色に塗られた独特な天井。

夜のような静寂に、単調な機械音だけが聞こえてくる。

それだけで、自分がどこにいるのかがすぐに理解できてしまった。

 

 

「病、室……?」

「起きたのね」

「……由紀子さん?」

 

 

ベッドに横たわっているであろう俺の顔を心配そうな顔で覗き込んでくる、母親代わりの人。

初めて由紀子さんと出会った時とそっくりなシチュエーションに、心拍が一気に上がる。

なんで、地球に居るはずの由紀子さんが目の前に立っているんだろうか?

ハッキリしない頭のままで起き上がろうと体を動かす刹那、

 

 

「なんで、貴女がここに……グッ!?」

 

 

突き刺すような激痛が左胸を走った。

息ができない。少しでも呼吸をしようとすれば、痛みがぶり返してきそうだ。

痛む個所を押さえたくても、体に力が入らない。

顔を顰めて痛みに耐えていると、由紀子さんが乱れかけた布団をそっと直した。

 

 

「動いちゃだめよ、大怪我してるんだから」

「大怪我……」

 

 

俺が怪我したのは、左胸の骨に罅が入った程度のはず。小さな怪我ではないが、大怪我というほどのものでもないはずだ。

そう言うと、由紀子さんは眦を下げて困ったような顔をしてしまう。

 

 

「あら、私が診たんだから間違いないわよ? 恭介君は左第六、第七肋骨の複合骨折と第三から第五までの不全骨折、それから左胸の被弾部分に浅達成Ⅱ度の火傷ね。宇宙服とコルセット越しとはいえ、レーザー銃の直撃を受けてこの程度の怪我で済んでいるんだから、生きてることに感謝しなくちゃね?」

 

 

俺が息を荒げて苦しむのを見かねてか、由紀子さんは掛け直した布団に手を差入れ、両手で包みこむように俺の右手を握った。

 

 

「恭介君が、無事で良かったわ」

 

 

由紀子さんの囁くような声が耳朶を震わせる。

握られた手の甲が、ほのかに温かくなる。

力の入らない右手の指先を少しだけ曲げると、きゅっと握り返してくれた。

由紀子さんと目が合う。

掌越しに伝わる由紀子さんの体温が、重ねまいとしていた母の姿を思い出させて、心の奥に。

でもそれを面と向かって由紀子さんに言うことは、俺には面映ゆくてできなかった。

 

 

「由紀子さん……ここは、どこですか?」

「ここは冥王星基地の病院よ。仕事で月に居たんだけど、貴方が怪我したって聞いてここまで飛んできたの」

「めいおうせい………………冥王星!?」

 

 

由紀子さんの言葉を咀嚼して理解した瞬間、一気に頭が覚醒する。

うお座109番星系じゃないのか!?

なんで俺はこんな所にいるんだ!

 

 

「冥王星ってどういうことですか! 『シナノ』は!? 調査船団は!?」

 

 

由紀子さんはつらそうに、ゆっくりと首を振る。

 

 

「……生き残った調査船団は予定を中止して、この基地に引き返してきたわ。今は死傷者の搬送が終わって、船の修理に取り掛かっているそうよ」

「引き返した……?そんな、だって、あかねとそらがまだ、」

 

 

言い終わる前に、右手を握る由紀子さんの右手がほんの一瞬、強く握られる。

慌てて由紀子さんの顔を見ればその瞳は潤み、揺らいでいた。

……それだけで、なにがあったのか、全てが理解できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――俺は、あいつらを救えないまま、帰って来てしまったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突きつけられた事実に、目の前が真っ暗になる。

激しい眩暈とともに、抑えがたい絶望が全身を駆け抜ける感覚がした。

 

 

「由紀子さん! 俺、俺……!」

 

 

言いたい言葉が、言わなければいけない言葉が喉の奥に詰まって、声になって出てこない。

二人を守れなかった。

由紀子さんに託されたのに、あかねとそらは何者かに連れ去られてしまった。

それを由紀子さんに言わなければいけないのに、俺は怖くて言い出すことができない。

 

 

「俺、由起子さんに、謝らなぎゃ、約束、ごめんなざい、ごめんなざい、」

 

 

嗚咽とともに涙が溢れてくる。

由紀子さんが涙で霞んでぼやけてしまう。

 

 

「あがね、そらも、守れながった、俺が、守らなきゃいけないのに、」

 

 

涙声で声にならない謝罪を繰り返した。

とめどなく溢れ出る涙が目尻を伝う。顔をくしゃくしゃに歪めて涙を出しきろうとしても、後から後から涙が出てくる。

 

 

「いいのよ、恭介君。分かってる。全部、分かってるから」

 

 

流れるままに枕を濡らしている涙を、春の野風のような温かい声とともに由紀子さんの人差し指がそっと受け止める。そのさりげない優しさに、なおさらに自分が惨めに思えてきて、余計に涙が溢れてくる。

俺は、なんてみっともないんだろう。

大事な妹達を、惚れた女を守れずに二度も危険な目に遭わせたばかりか、何者かに攫われてしまって。

軍人のくせに、大人のくせに謝ること一つできず、泣きじゃくって由起子さんに迷惑をかけるばかりで。

「由紀子さんに慕われている事が分不相応」だとか一丁前に偉そうなことを考えているくせに、ちょっと由紀子さんに優しくされただけでこんなに安心して、こんなにも情けない姿を晒している。

 

由紀子さんは俺なんかよりもよっぽど悲しくて悔しくて、俺に失望しているはずなのに!

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい………!」

「いいのよ、恭介君。本間先生から聞いたわ。貴方も大変な目に遭ったんでしょう?」

 

 

左手で頬をゆっくりと撫でられ、親指で目尻の涙を拭ってくれる。

荒れた肌に柔らかい肌の感触が心地良く感じられる。

責めるどころか俺を気遣ってくれる彼女の言葉に心を委ねてしまいそうに思えて、俺は自分を責める言葉を重ねる。

 

 

「でも、でも俺は、守れなかった……ずっとそばにいたのに、『シナノ』が一番安全だなんて言っておきながら」

「大丈夫よ、あかねもそらも絶対に生きているわ」

 

 

だが俺の懺悔を一蹴して、由紀子さんはハッキリとした口調で断言した。

 

 

「だって、恭介君が生きているんですもの」

「恭介君も、あかねも、そらも。皆、私の大事な大事な子供だから。だから、死なないの」

 

 

ね? と柔らかい微笑を浮かべる由紀子さんに、安堵と自責の念がない交ぜになって心が苦しくなる。

だが、頭をゆっくりと撫ぜられると、そんな葛藤もどうでもよくなってきてしまう。

 

 

「だから、今はゆっくり休んで。ゆっくり休んで怪我を治して、そうしたら、あかねとそらを迎えに行きましょう?」

「由紀子さん……」

 

 

「迷子になった妹を迎えに行くのは、お兄ちゃんの役目。好きな娘を迎えに行くのは、男の役目。ちゃんと連れて帰ってきて、私にちゃんと報告してちょうだい?」

 

 

紡がれる言の葉の一枚一枚が、俺の意識にゆっくりと木蔭を掛けていく。

ああ、本当に、由紀子さんにはかなわない。

俺が抱えている背徳的な気持ちを知っていて、それでも俺を息子と思ってくれているのか。

意識とともにゆっくりと閉じられていく瞼から、今までとは違う温かい滴がこぼれて頬を伝う。

どんなに強がった素振りを見せていても、俺は心の奥で、求めていたのかもしれない。

俺という半端な存在を、俺の気持ちを、肯定して包み込んでくれる、母親と言う存在を。

 

 

「ありがとう、…………かあさん……」

 

 

意識が途絶える前に、かろうじてそれだけは言いきる事が出来た自分を、褒めてやりたかった。

 

 

 

 

 

 

2208年3月11日21時29分 冥王星基地内病院

 

 

【推奨BGM:《観測員9号の心》(《Clockwork Prisoner 時計仕掛けの虜囚》piano arrange ver.)】

 

 

パタリ、と後ろ手に病室のドアを閉じた由紀子は、そのまま背中をどさりとドアに預け、静かに俯いた。

既に面会時間は過ぎており、廊下には面会客どころか看護師さえもいない。薄暗い廊下にただ独り、彼女は佇む。

夜の病院独特の冷え切った空気に溶け込むように、微動だにしないまま時計の秒針だけが2周、3周と回っていく。

長い前髪から伸びた影は目元の様子を隠し、外からは表情が見えない。

やがて耐えきれなくなったように、由紀子は顔を両手で覆ったまま空を仰いだ。

一分、二分、三分……彼女は天を仰いだ姿勢を崩さない。

その姿は泣き顔を見られたくないかのようにも、天に坐する何者かに罪を懺悔しているかのようにも見える。

やがて膝が折れ、背中をずるずるとドアに引き摺り、由紀子は座り込んでしまった。

体育座りになり、抱えた膝に顔を埋めて嗚咽を漏らし始める。

それは、恭介もあかねもそらも見た事がない彼女の涙姿だった。

 

 

「所長?」

 

 

向かいのソファに彫像のように座っていた部下の武内理紗子が、静かに由紀子に問いかける。

夜の病院を考慮して小さな声で呼びかけたが、思ったよりも廊下に反響する。

さらに声を潜めて再度呼びかけようとしたが、その直前で病室内で何が起きたのかを察して口をつぐんだ。

 

 

「……恭介さんに、真実を伝えられなかったのですね?」

 

 

由紀子は顔を上げず、こくりと頷きだけで返事する。

理紗子は由紀子の反応にほんの少し顔を顰め、だがすぐに元の無表情に戻った。

彼女にとって、由紀子の反応は充分に予想の範疇だったからだ。

だが、それは決して好ましいものではない。

 

 

「今伝えなくても、いずれ理解してしまうことなんですよ?」

 

 

問いかけられても、すすり泣く声が続くだけで由紀子は微動だに動かない。

ここまで打ちのめされた由紀子を見るのは、付き合いの長い彼女にとっても久方ぶりであった。最後に見たのは10年くらい前だっただろうかと理紗子は頭の片隅で考えつつ、由紀子に気付かれないように細く溜息をつく。

 

 

「まさか、今さら良心の呵責とか言いだすんじゃないですよね?そんな人間的なことを言う資格は、私達はとうの昔に失っているのに」

 

 

女はアップに纏めた髪を左肩に回して苛立たしげに指で梳くと、あくまで落ち着いた声で、しかし科学者として冷徹に言葉を続けた。

 

 

「生命工学研究所異星人研究課。あの狭い箱庭の中で、地球の未来のためと言いながら私達がこの手をどれだけの数の異星人の血で染めてきたことか。人類の進化のためと言って、この手をどれだけの地球人の血で染めてきたことか。その私達が今さら躊躇うなど、犠牲になった人たちへの冒瀆にしかなりません」

 

 

異星人研究課の仕事は、公式には地球が遭遇した異星人を生物学に研究して、その特徴や弱点を探ることだ。だが、公表されていないもうひとつの職掌として、波動エンジンの恩恵により生存圏が爆発的に拡大した地球人類を、長期におよぶ宇宙生活により適応した姿に人工的に進化させることがあった。

そのために、研究課の職員はさまざまな人体実験を―――鹵獲した異星人だけでなく、同胞である地球人に対してさえ―――行ってきたのだ。

由紀子の泣き咽ぶ声が止み、静寂が訪れる。ようやく話を聞いてくれるようになったかと思った理紗子は少しだけ安堵し、赤ブチの眼鏡のレンズを人差指の背で持ち上げた。

 

 

「『あかねとそらを捜し出す、唯一可能性がある方法だ』。そう言って提案したのは、他でもない貴女ですよね?」

「…………」

「別に私は、このままでも構いませんよ?アレはいくらでもありますし、二人がいなくても―――まあ、貴重な被検体を失うのは惜しいですが―――遠回りにはなりますが、彼女たちのおかげで道筋は見えてきましたから。いくらでも再現は可能です。それでも二人を捜したいのなら―――」

「分かってるわよ、そんなこと!」

 

 

弾かれたように面を上げた由紀子が、泣き腫らして頬を真っ赤に染めた顔で女を睨みつけた。

 

 

「分かっているわよ、そんなこと……」

「なら、何だと言うんです?」

「あの子、私のことを初めて“母さん”て呼んでくれたのよ……!あの子を引き取って10年経って、やっと……やっと……!」

「…………はあ」

 

 

理紗子はそれしか言えなかった。さすがに理紗子にとっても恭介の発言は予想外の出来事で、それが由紀子の心情にどんな影響を与えてこうなっているのか想像もつかなかったのだ。

 

 

「私はやっと、あの子の母親になれた……なのに、その息子を裏切るような事をしてしまった。私は、何てことを……!」

「でも、これが三人のためでしょう?」

「これ以上、あの子たちに過酷な運命を背負わせるなんて……」

 

 

唇を噛みしめ、悔恨の表情を滲ませる由紀子。いつもの様子とはまるで違って憔悴してしまった彼女に苛立ちが募り、理紗子は「情けない」の一言でバッサリと切り捨てた。

 

 

「実験が成功すれば、恭介さんは本当の意味で彼女に寄りそう事が出来る。それは貴女にとっても悪い事ではないでしょう?」

「こんな形でなんて、望んでいない!」

 

 

その言葉がよほど許せなかったのか、立ち上がった由紀子は理紗子に詰め寄る。理紗子も応じてソファから立ち上がり、至近距離で由紀子と睨みあった。

 

 

「もう既に賽は振られているんです!」

 

 

由紀子の怒声に、理紗子はそれを凌駕する大音声で返した。

 

 

「アレを埋めなければ、恭介さんは遠からず死んでいました! あらゆる面から見ても、手術は不可避だったんです! 何なら、今から彼の心臓をかっさばいて、摘出しましょうか!?」

「そんなことは言ってない!」

 

 

今まで、由紀子とこれほど激しい言い争いをしたことがあっただろうか?言葉の応酬を繰り返しながら、理紗子は内心で自分が興奮していくことを自覚していた。普段のおっとりした様子からは想像もつかない、激しく感情を爆発させる彼女の姿は、理紗子が長年の付き合いで作り上げていった「簗瀬由紀子」という人間のイメージ像からかけ離れていて、衝撃的だったのだ。

 

 

「貴女の目的は何ですか!? あかねさんとそらさんを救うことでしょう? 最も合理的かつ確率の高い手段が眼前に提示されているのにその選択をしないなんて、それでも科学者ですか!」

「そんなことを言ってるんじゃない! 親になったことがない貴女には分からないわ!」

「ええ、分かりません! 私達はどこまで行っても骨の髄から科学者です! 貴女が着ている白衣は客観的観測と合理的思考の象徴! そして、浴びた返り血を誤魔化さない決意の色なんです! 個人的な感傷に引きずられていては何もできないでしょう!?」

「裁判官にでもなったつもり? 笑わせないで。人間を辞めたら人間を理解することも救うこともできないわ!」

「まるで人間主義者のような物の言いよう……簗瀬さん、貴女はそこまで墜ちたというのですか……」

 

 

由紀子に負けないほどに頭に血を上らせながら、その実、由紀子の翻意を哀れんでいた。

理紗子にとって、由紀子は憧れの対象だった。

普段の事務作業では背後に後光が差すかのような、虫一匹にも慈悲をかけるのではないかと思わせる彼女が、こと研究になると人道や倫理と言った規範意識をいとも簡単にかなぐり捨て、私のような凡才には想像もつかないような斬新かつ残酷な実験をし、いかに被験者が苦痛に悲鳴を上げようとも眉一つ動かさずに実験を遂行するのだ。

その姿は、私には科学者の理想的な姿に見えていた。二重人格じみてさえいる潔いほどの割り切りの良さは、美しいとさえ感じていたのだ。

 

それが、今の彼女の姿はどうだ。まるで、ただのヒトの親ではないか。

 

 

「科学者だって人間よ。人の子であり人の親だわ。それは科学者の理念と矛盾しない」

「貴女がそれを言います? 自分の娘も息子もモルモットにした貴女が!」

「望んでやったんじゃないわ!」

「そんな言い訳が……」

 

 

理紗子は、これ以上の反論はできなかった。

視線が由紀子の後ろに集中する。

由紀子の背後のドアが、ゆっくりと開き始めたのだ。

 

なるほど、考えてみれば当たり前だ。

いくら寝ているとはいえ、病室の前であれだけ激しい口論を続けていれば、いやでも目が覚めてしまう。

しかし、あれだけの重傷を負っていたはずなのにもう歩けるほどにまで回復しているとは……やはり、簗瀬さんの仮説は的中していたようだ。

理紗子は、暗い愉悦に口元が緩むのを抑えられなかった。

キイ、という蝶番が鳴く音に、ようやく異変に気付いた由紀子が振り返る。

そこには真っ青な顔色に脂汗をにじませた恭介が、左胸を押さえたままドアに必死に寄りかかっていた。

 

 

「恭介、くん……?」

 

 

由紀子が一番聞かれたくなかった相手が、病室の扉を開けて二人を見ている。

理紗子が一番聞いてほしかった相手が、由紀子に猜疑の目を向けている。

 

 

「由紀子さん……俺達がモルモットって、どういうことですか……?」

 

 

息も絶え絶えに放たれた彼の言葉が、由紀子の胸に突き刺さった。

 




久々の登場、理紗子さん。出撃編第十二話以来でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十八話

ガンダムのアーケードがあるなら、ヤマトのアーゲードがあってもいいと思うの。FPSゲームでもいいけど。
え、PS2版ゲーム? 知らない子ですね……


2208年3月11日11時05分 冥王星基地 『シナノ』艦内

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《サスペンス(動揺)》】

 

 

聞いた話によると、『シナノ』に搭載されているコスモレーダー、IRセンサー、タイムレーダー、亜空間ソナーなどの各種センサーで得られたデータは、自動的に艦中央部の大コンピュータルームに送られる。コンピュータでデータを分析し、画像処理された情報が第一艦橋に転送されると、そこで初めてクルーは情報に触れるのだそうだ。

しかし、あまりに情報量が膨大な場合、または処理の過程が多い場合は、当然ながら分析にかかる時間はかかる。タイムレーダーとやらのデータ分析はその中でも特に時間がかかる類のものらしい。ごく近い過去、ごく狭い空間をごく短い時間だけ遡るのならばその限りではないが、時間が遠いほど、走査する空間と時間が広いほど、映像化するまで消費する時間とリソースが多いと聞いた。

従って、真実が我輩の下に届いたのは、調査船団が冥王星に戻って実に5日も経ってからのことだった。

 

技術班から映像解析の結果が出たと報告を受けた芹沢艦長はすぐに、我輩と上陸休暇中だった幹部を艦に招集した。

3月6日の戦闘で中破の損害を受けた『シナノ』は、現在冥王星基地のドックに入って修理を受けている。

藤本が我輩に言ったところによれば、冥王星宙域会戦では艦前部や上部に被害が集中したのに対して、今回は被弾個所が艦尾・艦底部のみだったらしい。

『シナノ』の後部は飛行甲板を除いて、強度は相対的に低いが地球防衛軍の艦艇で広く採用されている装甲板が張られている。つまり、基地に装甲板の在庫が大量にあるため、張り替えるだけで済む―――らしい。

むしろ修理に手間が掛かっているのは、熱で歪んでしまった上部飛行甲板と、弾薬の誘爆で内装がめちゃくちゃになってしまった下部発艦用甲板。現状では、空母の要である航空機が運用できないのだ。詳しい事は姫様のような専門家でない我輩には分からんが。

南部曰く、「戦艦としての機能は残っているので戦闘自体は可能だが、艦載機隊との連携ができなければ宇宙戦闘空母『シナノ』の存在意義はないも同然」と。

『シナノ』の修理がいつ完了するかは、飛行甲板の修理如何にかかっていると言っていいだろう。

 

『シナノ』の作戦司令室に緊急招集されたのは各班および科の長、そして我輩。大型ディスプレイの映し出される映像に、誰もが顔を強張らせていた。

最初に映ったのは、隕石と見紛うほどの大きな岩塊に隠れている病院船『たちばな』と、それに近づく人間の列。それも、岩から岩へと進む黒服と、黒服のやや後方を行く白服の2種類だ。

両者が『たちばな』の船尾に接近したところで、2基の医療ポッドが『たちばな』から放出される。動揺の声を漏らす視聴者たちをよそに、医療ポッドを回収して帰ろうとする黒服に白服が攻撃を仕掛けた。

たちまち始まる銃撃戦。そして割って入ってきた一発の魚雷。逃げ惑い、吹き飛ばされる白服と黒服。続いて2発、3発と画面を横切る魚雷。

岩影から姿を見せる、葉巻型の船体が特徴的な船。地球人とアレックス人、両者の仇敵であるガトランティスの潜宙艦。木の葉のように翻弄される2基の医療ポッドは吸い込まれるように潜宙艦へと流れつき―――

 

 

「あっ、潜宙艦が!」

「何てことだ……どこを捜しても見つからないはずだ」

「よりにもよって、ガトランティスの手に落ちてしまったのか!」

 

 

観る者が思わず声を出してしまう、衝撃的な光景。

誰が、こんなことを予想していただろうか。

どこまでも彼女を弄ぶ運命とやらを、呪いたくなる。

 

 

《姫様……せっかく、せっかく穏やかな生活を送られていたというのに……》

 

 

我輩も、久方ぶりに訪れた平穏な日々に、すっかり警戒心が鈍ってしまっていた。

はるばる26万光年の彼方から地球に流れ着き、この星の政府に我々アレックス星を承認してもらえず、地球人としての生活を余儀なくされた数ヶ月。姫様は王家の重圧を忘れて一人の女性、市井の庶生として第二の人生を謳歌しておられた。

王宮の中では一度も見せたことのない、満開の笑顔で日々を過ごす姫様。

 

……いつしか我輩は、あるいはそのまま地球に永住してもいい、と思い始めていた。

求めていたイスカンダルは既に無く、ここまで乗ってきた軍艦は失われ、地球に26万光年を航行できる民間船はない。地球の軍艦で帰ろうにも、地球連邦政府はアレックス星を公式に認めていないから軍艦を動かしてくれる訳もない。

仮に協力を得られたとしても、故郷を出発して既に一年半。母なる星はもはやガトランティスに蹂躙され尽くした後かもしれない。つまり、もう八方ふさがりなのだ。

だから我輩は、姫様の地球での生活を静観することにした。恭介やあかねに対する王女らしからぬいたずらっ子のような態度にも、苦笑いするだけで忠言することなく見守り続けた。

 

そんな生活が続くのだと、何の疑いもなく思っていた。いや、思い付きすらしなかった。再び『シナノ』に乗り込むことになった時も、ガトランティスの残党がいるかもしれない宙域に向かうと知らされた時も、何の不安も抱いていなかった。

しかし、ガトランティスはまだ姫様を、我々を諦めていなかった。偶然か、それとも彼らは我々が地球に亡命していることを知っていたのか。姫様が、ついにガトランティスの手に落ちてしまった。

 

潜宙艦は二人が収められた医療ポッドと黒服の人間一人を収容し、悠々と去っていく。

潜宙艦がワープに入った所で映像は終了し、落とされていた照明が点った。

 

 

「以上が5日前、うお座109番星系で起こったことの真実です」

 

 

藤本による解説が終了する。

誰もが声を出せず、沈鬱な沈黙がしばし漂う。

 

 

「くそっ、何なんだ一体!」

 

 

沈み込んだ空気を破って、坂巻が苛立ちを露わにする。

 

 

「落ち着け坂巻、イライラしても今はどうしようもない」

「これが落ち着いていられるか!」

 

 

藤本が肩に掛けた手を振り払って、坂巻は激昂する。

 

 

「ふたりが拉致されたんだ! 今すぐに助けに行くべきだ!」

「だから落ち着け、と言っているんだ。拉致されたといっても、どこに連れて行かれたのかも分からないのに助けにいくことなんてできないだろう?」

 

 

藤本に続いて島津も反対側の肩に手を掛けて、坂巻を抑え込む。我輩を除けば艦長の次に年長の二人に諄々と諭されて、坂巻も少しは頭を冷やしたのか、少しだけ怒気を押し殺した。

両腕を組んで、じっと映像を見ていた芹沢が言った。

 

 

「潜宙艦の行き先は?」

「ワープしたときはテレザート星の方を向いていたようですが、行き先までは……。旧テレザート星宙域かもしれませんし、その手前のどこかかもしれません」

「中島、君達が戦ったガトランティス艦隊はどちらの方角へ撤退した?」

 

 

航空隊を総轄する中島護道、β大隊隊長神田秋平、γ大隊隊長の柴原和人の三人がキョトンとした顔で互いを見合わせた。

 

 

「ええと……神田、分かるか? 俺は隊の指揮に必死で覚えていないんだが」

「敵艦隊よりも俺達の方が先に撤退したので方角は分かりませんが、敵の増援がワープアウトしてきたのはまちがいなくテレザート星があった方角でした」

「俺は帰り際に、敵艦隊と増援艦隊が合流しようとしているのを見ました」

「なら、やっぱり二人は旧テレザート星宙域に連れて行かれたんですよ!」

 

 

我が意を得たりとばかりに再び坂巻が語気を強めるのを、島津と藤本が肩に力を入れる。

 

 

「だが、どうする? 第3辺境調査船団は既に機能停止状態、俺たちは中ぶらりんの状態だ。理由も命令もなく旧テレザート星宙域には行けないぞ?」

「何言ってるんですか、南部さん! ヤマトは、参謀本部の制止を無視してテレザート星に行ったじゃないですか!」

「あんな無茶が何度もできるわけないだろう? あの時は、テレザート星からのメッセージという確証があったから強気に出られた。しかし今度は、何の確証もない当てずっぽうなんだ。リスクが大きすぎる」

 

 

坂巻が一瞬、金縛りに遭ったかのように固まる。

自分の意見に同調してくれると思っていたのに裏切られた、とその表情が語っていた。

 

 

「……だけど、これしか縋るものがないんです。このままじゃ、篠田の奴が可哀想じゃないですか!」

「どうした坂巻、らしくないぞ?」

 

 

窘めていた南部が、思わず差し出した手を止めて狼狽する。彼と付き合いの長いという藤本も彼らしからぬ動揺を隠せない。

普段は軽い様子の坂巻が、声を震わせて目に涙を浮かべていた。

「シナノ」クルーとの短い交流の中で、彼は感情が表に出やすいタイプとは常々思っていたが、涙ぐむ姿を見せたのは初めてだ。

 

 

「……3人を見ていると、揚羽の奴を思い出すんです」

「坂巻……お前」

 

 

袖で目尻を拭いながら、坂巻は我輩が知らない名前を出す。

 

 

「第二の地球探しの時……親しげに話すルダ王女と揚羽の姿を見て、俺は思ったんです。故郷の星が違っても、心を通わせることはできるんだって」

 

 

でも、二人は結局……そう言って目を瞑ると、涙が坂巻の頬を伝う。

だから篠田にはそういう思いをしてほしくないんです、と最後は辛そうに顔を顰めて呟く。

我輩はこっそりと周囲を見回す。

事情は分からないが坂巻の雰囲気に飲まれている、といった顔が大半。坂巻と同じように俯いているのは南部と藤本。どうやら、3人にしか分からない事情があるようだ。

と、場を仕切り直すような咳払いの音がして、全員が音源―――芹沢艦長へと注目する。

全員の視線を受けた芹沢が、決然とした態度で宣言する。

 

 

「あの日、炎上して沈みゆく船からサンディ・アレクシアを救助したのは他でもない我々だ。そして、既に二人は本艦の一員である」

 

 

そして、一転して柔らいだ声で吾輩に声をかけてくる。

 

 

「安心されよ、ブーケ殿。我々は必ず、貴方の主を救い出す。彼女たちを絶対に見捨てることは、絶対にしない」

 

 

サングラスの向こうの目が、頼もしく感じられる。

はっとして見渡せば、誰もが我輩を決意に満ちた目で見ていた。

 

 

《……迷惑を掛ける》

 

 

思わず目頭が熱くなってしまい、頭を垂れて涙をごまかす。

この船の人間たちは、これほどまでに姫様に親身になってくれている。異邦人であるにもかかわらず、救い出すことに何の躊躇いもない。

なんて心の深い、温かい人達なのだろう。

一年に渡る血塗られた逃避行の末に辿り着いたのがこの星で本当に良かったと、つくづく感じられた。

 

 

「……だが、南部が言った通り、このままでは出撃命令が下りないであろうこともまた事実だ。二人がテレザート星宙域へ連れて行かれたと断定するにはまだまだ確証が必要だ。その為にはまず、あの場で起こった出来事を余すことなく詳らかにしなければならない」

「黒服と白服の正体ですね?」

 

 

艦長の言わんとするところを察した来栖が先んじて発言する。

そのとおりだ、と芹沢は頷いて技術班の二人を見た。今度は、冨士野シズカが首を横に振る。

 

 

「もう少し画質が良ければ宇宙服を判別できたのですが……。走査範囲を最大に設定したため、これが精一杯です」

「とはいえ、この映像だけでも、いくつかの推測はできます」

 

 

ディスプレイの前に進み出たのは、北野だった。

彼らが地球人であろうことは想像が付いていると思いますが、と前置きしたうえで北野は続ける。

 

 

「人目を避けて岩影を伝う黒服の行動は、あきらかに医療ポッドを秘密裏に回収しようという行動でした。そして白服は、黒服に見つからないように後方から尾行しています。さらに黒服は防衛軍標準装備のAKレーザー突撃銃を使っているのに対し、白服は弾道の見えない実弾銃を使って正確にヘルメットを撃ち抜いています」

「それはつまり、どういうことなんだ?」

「白服は、黒服が回収しようとしていた医療ポッドを横取りしようとしたのではないでしょうか」

 

 

そう、北野は結論づけた。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

 

坂巻は頭痛をこらえるように右手で頭を抱えながら、北野に疑問をぶつける。

 

 

「もしも北野の言うとおり、黒服と白服の目的が医療ポッドの奪取だとしたら、奴らはポッドの中に誰が入っているのか知っていたってことにならないか?」

 

 

北野は深刻な表情で坂巻に頷いた。

 

 

「見ての通り、黒服は『たちばな』に乗船することなく救命ポッドを回収しています。つまりそれは、柏木を襲い二人を救命ポッドに入れて放出した人物と黒服は別人だということです」

「それって、内通者が二人を誘拐したってこと……?」

 

 

葦津が両手で口元を押さえて、震え声で呟く。

 

 

「それだけじゃない。白服と黒服が別の勢力と考えるならば、『たちばな』には最低でも二つの国の内通者がいることになる。そうでなければ、横取りなんてできないからな」

 

 

葦津の危惧に藤本がさらに悪い推測を重ねる。

 

 

「おいおい、シャレになってねぇぞ……!」

「しかも、『たちばな』の乗員の数は事件の前後で変わっていない……内通者は逃げずに今もまだ船にいるってことだ」

「ちょっと待ってくれ、何かがおかしい」

 

 

南部が、右手を頤に当てた思案顔のまま、坂巻と藤本へ疑問を呈する。

 

 

「何がおかしいと言うんだ?」

「藤本、今の推測だと内通者は『たちばな』に潜伏していたってことになるよな? それって、『たちばな』が地球を出港した時からか?」

「途中で誰かが乗りこんでいなければ、そうなる」

「じゃあ、やはり変だ。『シナノ』にいるあかね君とそら君を攫うのに、何故『たちばな』に潜り込んでいたんだ? 二人が『たちばな』に搬送されたのは、地球を出発するときには想定されていなかった出来事だ。なのに、まるでこうなることを予測していたかのように内通者は潜入していた。一体、どういうことだ?」

 

 

指摘されて、確かにおかしいという声がちらほらと上がる。

不埒者が姫様を攫おうとするならば、座乗艦である『シナノ』に忍びこむのが普通だ。しかし、内通者は姫様が来るかどうかも分からない病院船に潜んでいた。

偶然というには、あまりにでき過ぎている状況なのは、どう説明すればいいのだろうか?

 

 

「……おそらく二人の拉致は、内通者にとっても突発的な任務だったのだろう」

「艦長、どういうことですか?」

 

 

館花に促されて、艦長は自説を披露した。

 

 

「おそらく内通者は、本来はただのスパイなのだろう。しかし、あかね君とそら君が手元に転がり込んできたことで、急遽二人を拉致することになった。しかし、自分たちで船外へ連れ去れば、自分が拉致の実行犯だとバレてしまう。そこで、何らかの手段で仲間と連絡を取り、特殊部隊に回収しに来てもらった……」

 

 

艦長が確認の視線を送って来る。だが、南部は考え込むポーズのまま、反応がない。芹沢は彼の沈黙を肯定と解釈し、会議を続けた。

 

 

《……ふむ、気になるな》

 

 

会議そっちのけで思考の海に沈む南部に、我輩は何かを感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

2208年3月11日22時06分 天の川周縁部 旧テレザート星宙域 ラルバン星司令執務室

 

 

地下深く建造されているラルバン星基地の最奥、司令執務室。

普段ならばこの時間には就業を終えて私室に戻っているガーリバーグは、ここ数日は一日中執務室に詰めていた。

4日前、ラルバン星防衛艦隊に誘導されてラルバン星に帰還したアレックス星攻略部隊偵察隊の生き残りは、今も地下に建造された基地のドックで昼夜兼行の修理補修を受けている。もはや我が軍門に下ったはいえ元はダーダー義兄の艦隊、部下への事前説明なしの唐突な編入に混乱やトラブルが頻発している。就寝中でも何度も叩き起こされて諍いの仲裁やら処理やらに駆り出されるので、いっそのことと執務室に寝泊まりしているのだった。

 

新調したチェアに疲労した体を深く沈めて、忙殺された数日間を振り返る。

その始まりにして一番の厄介事は、帰還した当日に起こった。

戦力の増強どころか優秀な軍人の引き抜きにも成功してホクホク気分で踏ん反り返っていたガーリバーグだったが、半日遅れて帰投した潜宙艦『プラウム』からの一報に文字通り跳ね起きて、押っ取り刀で港へと駆けつけた。

やがて『プラウム』から搬出されたのは牢屋へ連行されていく一人の捕虜と、人一人がすっぽり収まる大きさの、紡錘形のカプセルが二つ。中には、金髪黄肌の女性が一人ずつ。艦長のアルマリと副長のガーデルがカプセルに随伴している。ガーリバーグは副司令のソーと共に二人を出迎えた。

 

 

「これが、報告にあったテレサの血縁者と思しき人間か?」

 

 

ガーリバーグの問いに、アルマリが応える。

 

 

「人類にしては珍しい黄色の肌、自ら光を放つ金色の髪。テレサの特徴と一致します。他人の空似と打ち棄てることもできたのですが、事の重大さを鑑みて一応回収した次第です」

「……ふむ」

 

 

アルマリの言葉を確かめるべく、透明なカバーの中を覗き込む。そこには確かに、テレサと特徴が良く似た女性が二人、穏やかな顔で眠っていた。

一人は砂金を塗したような美しい髪。細身の長身、鼻筋の通った、ガトランティス人の美意識から見てもとびきりの美人の部類に入る相貌。もう一人はやや幼い顔立ちをしているが、それ以外は同じ特徴。確かにこれだけ見たら、テレサとの関連を疑っても仕方ないだろう。

――――――が。

 

 

「おい。こいつを開けろ」

「……本気ですか、司令」

「本気だ。いいから、さっさとやれ」

 

 

躊躇いの言葉をかけるソーを抑えて、ガーリバーグはカプセルを開けるように命じる。不承不承ながらアルマリとガーデルが半透明のカバーに指向性爆薬をセットし、蝶番とロック部分を吹き飛ばした。

たちまち、爆発の黒煙とカプセルから噴き出した水蒸気が周囲を包む。濛々とする視界を掻き分けてカプセルに近づくと、睡眠薬でも嗅がされているのかあれだけの爆発でも一向に起きようとしない二人を覗き込む。

二人の寝顔を交互にじっくり観察したガーリバーグは自分の感じた印象が間違っていなかったことを確信した。

 

 

「やっぱりな。こいつはテレザートのテレサとは一切関係ない。彼女は、ダーダー義兄がご執心のアレックス王国の第三子にして第一王女―――サンディ・アレクシアだ」

 

 

ガーリバーグは、彼女に見覚えがあった。

忌まわしき四ヶ月の滞在期間中、ことあるごとにダーダー義兄がしつこく言っていたのが「さんかく座銀河方面の星間国家には美人の女性が多い」ということだった。通りすがる女性士官を見ては「ダイサング帝国は美女ばかりで征服するのが楽しかった」と言い、娼館から帰ってきては「プットゥール連邦の女の方が情が厚い」と言っていた。

そして義兄は傍受したアレックス星の放送を手持ちの携帯型コンピュータに保存しており、ある時、サンディ・アレクシアの画像を私に見せて「アレックス星の王女は美貌と気の強さを兼ね備えた、私好みの女性だ」「この女を私の手で調教して隷落させるのがこの遠征の目的だ」「この高貴な顔が屈辱に歪む様をこの目で見たい」などと、胸糞悪くなるような言葉を延々と聞かされたのだ。

ニヤニヤしながら自分の欲望を喜々と私に語りかける義兄は、おそらく私の反応を見て愉しみたかったのだろう。私の出自を考えれば良い顔をしないことは分かり切っているから、あの父親譲りの変態義兄はあえて自分の欲望を暴露したのだ。

目の前でかすかな寝息を立てている女は、その時に見たアレックス王国第一王女にうり二つだった。

ガーリバーグは通信機を取り出し、司令室を呼び出した。

 

 

「アンベルク、偵察部隊の参謀長を一番ドックに連れて来い。……そうだ、カーニーを撃ち殺したあいつだ。ディアンと言ったか、今すぐだ」

「この人間は、テレサに所縁の者ではないのですか?」

 

 

通信機をポケットに仕舞ったところで、アルマリが申し訳なさげに俯き加減でガーリバーグに問いかける。

 

 

「ああ、似ているが確かに違う。彼女は、四ヶ月前のウラリア帝国との戦いの最中に突如として現れ、ダーダー義兄という厄介物を置き土産にどこかに行ってしまった、あのアレックス星の王族だ」

「な、なな、何てものを持ち帰って来たんだ、貴様は!」

 

 

恐縮する二人を、ソーが口から泡を飛ばして叱責する。

 

 

「いや、仕方あるまい。ダーダー義兄から聞いてなければ、私だってテレサと勘違いしていたに違いない」

「司令、そうは仰いますが……。それなら司令、いかが処理いたしますか? ある意味ではテレサ以上に扱いが難しい案件ですぞ、これは」

「見なかったことにして、娼館に放り込んじまったらいいのでは?」

「馬鹿者、アレックス星人がテレサのように特殊能力を持っていたらどうする! 拘束せずに城の外に放り出すなど、虎を野に放つようなものではないか! 司令、目覚める前にこのまま殺してしまうべきです」

「無闇に殺生をするのはどうかと……適当な待遇で飼い慣らしておくのはいかがでしょうか?」

 

 

ガーデルの馬鹿な提案はともかくとして、ソーとアルマリの正反対の主張を聞く。

どちらの主張も、一定の説得力はある。もしもアレックス星人がテレサのように星一つを破壊するほどの力を持っているならば、彼女がその力を解放した瞬間にこの星は終焉を迎える。ラルバン本星は跡形もなく消滅し、周辺の星に住む何百万もの軍人、民間人が炉等に纏う。そんなリスクを冒すことは、この星系の統治者としてできない。進んで危険物を腹の内に留めておく道理は無いのだ。

だが一方で、彼女がダーダー義兄が執着している存在であることが、ガーリバーグの決断を鈍らせる。

 

 

「……これだけの貴重なモノを、ただ棄ててしまうのは惜しい気がする。今は思いつかないが、とっておけばいずれ何かの役には立つかもしれない。アルマリ、適当に女性士官を見つくろって二人の世話をさせてくれ。ガーデル、くれぐれも手を付けるなよ」

「りょ、了解しやしたぁ!」

 

 

心持ち目をそらしながら敬礼したガーデルの声が上ずっている。釘を刺しておいて正解だったようだ。

 

 

 

 

 

それから丸四日。二人が目覚めたという報告は受けていたが、こちらが忙しすぎて今日まで放置していた。混乱もひと段落し、ようやく取れたこの時間に会うことにしたのだ。

貴賓室に軟禁状態だった二人がやって来るまでのわずかな間、久しぶりにチェアの背もたれに全身を預けて、緊張と疲労に摩耗した心身を労わる。

 

 

「……彼女たちと話しても、何か収穫があるとは思えませんが」

「まあ、そう言うな。殺すのはいつでもできる」

 

 

頭上から聞こえてきた声に、閉じていた瞼を瞑ったまま応える。ガーリバーグの脇に控えるソーは、いまだに会見に消極的だ。テレサのように、特殊能力で危害を加えてくる可能性を警戒しているのだ。

その時、ノック音とともに女性軍人がドア越しに報告してくる。

 

 

「捕虜の二人を連れてきました」

「入れ」

 

 

扉が空気音とともに左右に開く。

そして視界に入ってくる、幼少の頃に見た暁の太陽のような黄金の輝き。

二人の女性士官が構えたレーザー銃に背中をせっつかれて、手錠を嵌められたサンディ・アレクシアと、風体の似た若い女性が連行されてきた。

起きて活動している彼女を見て、ますます確信する。後ろの幼い顔の方はともかく、先を歩く女はその歩く所作に育ちの良さを感じる。それこそ、王族として礼儀作法を厳しく仕込まれたかのようだ。

決して広くは無い執務室をまるごと圧し包まんとするオーラ。端麗な鼻梁と、白磁のような美しい頬と対称的な桜色の唇。長い睫毛の奥には血とプライドに裏付けられた自信と覚悟が込められた力強い瞳。

テレサがテレザート星における貴い一族の血を引いていたのかは知らないが、彼女からは悠久の歴史の息遣いが聞こえてくるようだ。

つまり、生きた王家の生きた血筋の結晶。この目で見るのは初めてだが、彼女は正真正銘、私が映像で見た彼女だ。

 

 

「手錠を外してやれ」

「司令!」

「ソー、お前の言う通りならば、それこそ手錠ごときでは意味がないだろう? いいから腹を括れ」

「……かしこまりました」

 

 

チェアから立ち上がったガーリバーグは、手錠を外されて困惑する二人の前に立つ。

目が合うなり、柳眉を逆立てて睨んでくる彼女の前に立ち、ゆっくりと右手を差し出した。

 

 

「初めまして、アレックス王国第一王女サンディ・アレクシア殿下。私はガトランティス帝国彗星都市直属、旧テレザート星宙域守備隊司令兼ラルバン星防衛艦隊司令のガーリバーグだ」

 

 

捕虜に対しては破格となる丁寧な態度で、そしてレディに対する礼儀をもって。しかし、相手が王女であろうと対等の立場にあることを知らしめる。

今後の対話のイニシアティブをとるべく、互いの立ち位置をこの一言に込めた。




今回はほぼ説明回でした。
それにしても軍艦が出てこない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十九話

24DDH進水に伴い、加賀さんフィーバー到来の予感。
くそ、なんで本作の宇宙戦艦に『加賀』を入れなかったんだ……!


2208年3月11日22時13分 天の川周縁部 旧テレザート星宙域 ラルバン星司令執務室

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《Stalemated Fight 膠着する戦場》】

 

 

部屋に入れられるなり手錠を外されたサンディは、久々に自由になった手首に指でさすろうとしたが、ふいに何者かが右手を差し出してきたので警戒の目を向けた。

 

 

「初めまして、アレックス王国第一王女サンディ・アレクシア殿下。私はガトランティス帝国彗星都市直属、旧テレザート星宙域守備隊司令兼ラルバン星防衛艦隊司令のガーリバーグだ」

 

 

恭介よりも年上……見た目だけで判断するならば祖国にいる4人の兄上たちと同い年くらいのガトランティス人。宙域守備隊と艦隊司令を兼任しているにしては、随分と若く見える。

厚い胸板、袖の上からでも分かる鍛えられた上腕二等筋。身長は私よりも頭一つ分高く、技術者上がりのもやしな恭介と比べてはるかに軍人らしい威圧感を感じる。何よりも特徴的なのは、青い肌と対照的な白髪だ。私の知る限り、純粋なガトランティス人の髪は基本的に茶色で、老人になると色が抜けて銀灰色になる。しかし、この若さでこれほど立派な白髪を揃えているのは通常ではありえない。

そして、何よりもありえないのは、私とあかねがこの数日間、捕虜としてまっとうな扱いを受けてきたことだ。

同盟国であるプットゥール連邦、ダイサング帝国の本土が侵略された際、捕えられた王族がどんな悲惨な末路を迎えたか、私は知っている。

既に私がアレックス星の王女であることが知られている以上、私もあかねも口にするのも躊躇われるような目に遭ってもおかしくないのに、私達は別々の独房に入れられるどころか個室に世話役の女性士官まで付いて、まるで賓客のような待遇を受けているのだ。

状況が分からないサンディは、ひとまず無難な質問をして相手の出方を探ることにした。

 

 

「……ここはどこ? 貴方の部下に聞いても教えてくれないんだけど」

 

 

握手に応じなかったことに隣の痩せた男から厳しい視線が飛ぶが、目の前のガーリバーグという男は気にする様子もなく、満足したように出した手を引っ込めた。

 

 

「なるほど。否定しないということは、やはり貴女はサンディ・アレクシアか」

 

 

一杯食わされた、とサンディは顔を僅かに顰める。

 

 

「サンディ・アレクシアのことは映像で見たことがある。部下にも貴女の顔を確認させた。だが、それでも他人の空似である可能性は捨てきれなかった。なにせ、小さなカプセルの中に貨物のように入っていたものでね。姫様ともあろう人が、随分な扱い方をされたものだな」

「……そう」

 

 

曖昧に返事する。

病院船の病室で点滴を打たれて、強烈な睡魔に襲われたことまでは覚えている。次に気付いたらここに軟禁されて、周りは緑の肌のガトランティス人だらけだった。だから、自分たちがどういった過程でここに連れてこられたのか、まったく知らないのだ。

そんなサンディの様子すらも、ガーリバーグは興味深げに観察して二度三度と頷く。

そんな彼のしぐさに釈然としないまま、どの方向から話を進めるかととサンディが考えあぐねていると、袖を軽く引かれる感覚がした。

 

 

「そら……一体、どうなっているの?」

 

 

今にも泣き出しそうなあかね。いや、既に目尻に涙が溜っていた。

彼女は、私以上に現状に戸惑っているのだ。

彼女は何度も異星人の侵略を受けた地球人ではあるが、民間人ゆえに敵対的異星人に会った事はない。異星人も私が初めてだという。異星人に対する耐性が無いのだ。

そんな彼女がいきなり、目が覚めたら見知らぬ場所で拘束されていて、肌の色も言語も異なる人間に囲まれていたら、それは不安で心が潰れそうなのだろう。

 

 

「大丈夫よ、あかね。私が、絶対に守るから」

 

 

あかねの両肩を抱き寄せて、頭をかき抱く。触れた左肩越しに彼女が震えているのを感じる。戸籍の上では姉なのに、今のあかねはまるで幼い妹のようだ。

改めて、私が幸運だったことを実感する。乗艦『スターシャ』が大破して気を失い、目覚めた時に初めて出会ったのがあかねと恭介だったおかげで、ただ独り生き残った罪悪感にも見知らぬ土地に放り出された恐怖と寂しさにも潰されずに、絶望せずに私は生きることが出来た。一生訪れることがないと思っていた、ただの女としての生活を送ることが出来た。

今はあかねが、あの時の私と同じ立場だ。なら、私がやることはひとつしかない。

決意を込めて、怯えるあかねを横目に見ているガーリバーグを睨む。

 

 

「妹御か? 第二王女がいるとは聞いたことないが」

「……双子の妹よ。見てのとおりひどい人見知りだから、今まで表に出せなかったけど」

 

 

とっさについた嘘をどこまで相手が鵜呑みにしてくれたか分からない。だがガーリバーグはつまらなげに鼻を鳴らすと、私へと注意を戻した。

 

 

「……まぁ、いい。オリザーが乗艦ごと暗殺したと聞いていたが、生きて地球に潜伏していたとは驚きだ。どうやって生き残ったのか、ぜひともオリザーに聞かせてやりたいところだが……」

 

 

とにかく掛けたまえ、とソファを勧める、ガーリバーグと名乗った男。捕虜に対する扱いにしては丁寧すぎる態度に警戒心を強めながら、慎重に腰を下ろした。

ガーリバーグは執務机に戻り、どっかりとチェアに体を沈める。

 

 

「私の素性を知っているなら、何故殺さなかった?」

 

 

話の内容から察するに、彼が言ったオリザーという名は恐らく私をしつこく追いかけてきた艦隊の指揮官のことだろう。ならば、オリザーが私を亡き者にしようとしていたことは知っているはずだ。

しかし、ガーリバーグは私の質問を鼻で笑って一蹴した。

 

 

「オリザーはダーダー義兄の命で貴女を追っていただけだ。私が従う理由なんぞ無い。それに、貴女には利用価値がありそうだからな」

 

 

ダーダー義兄。オリザーの上官か。じゃあ、このガーリバーグは何者なんだ?

彼の第一声を思い出す。

 

“旧テレザート星宙域守備隊”

 

旧テレザート星宙域という名前には、聞き覚えがある。

確かそこは、『シナノ』が所属している第三調査船団の目的地だったはず。

そこの守備隊の司令ということは、ここがそのテレザート星宙域ということなのだろうか?

 

 

「私が貴方なんかに大人しく利用されるとでも思っているの?」

「ああ、思っているさ。それが、貴女の祖国を救う唯一の方法だからな」

「私を人質にして、父上に降伏でも迫るつもり? お生憎さま、私じゃあ取引材料にならないわ」

 

 

お返しとばかりに、挑発的に鼻で笑ってやった。

それは偽りのない本心だ。

いくら王家の長女とはいえども、未成年かつ正規の軍人でもない私は今のアレックス星には役立たずだ。父上―――アレックス国王は泣いてはくれるだろうが、星と民の存続と私の身柄を天秤にかける様なことはしない。私もそれを恨んだりはしない。民と星を守ることが王の責務であるし、いざというときは一命を以て星を救うが王族の覚悟だ。

だが、ガーリバーグは余裕の笑みを崩さずに言い切った。

 

 

「いいや、必ず貴女は私に協力する。何故なら、私はアレックス星を滅亡から救って差し上げようと思っているのだからね」

「笑えない冗談ね、侵略者がどの口で。そう思うのなら今すぐに兵を撤退させて、国王陛下の前で土下座してくださいな」

「私が謝ることなど何もない。貴女の星を攻めているのは私じゃないからな」

「……この期に及んでそんな戯言を言うなんて。こんな輩に我が国が負けているのかと思うと、情けなくて涙が出るわ」

「やれやれ、捕虜の立場にも拘らず随分と強気な姫様だ」

 

 

ガーリバーグが首を傾げて、隣で不動のまま待機している男に合図を送る。

内臓でも病んでいるのか、頬がこけて顔色の悪そうな禿頭の男は、なにやら機械を操作する。

そんな様子を訝しげに見ながらも、会話の主導権をとれないサンディは焦りを感じていた。

ガーリバーグの余裕がどこから来ているか分からない。私がこれだけ挑発的な言葉を発しても、彼は憤るどころか「すべて想定内」とでも言いたげなを笑みを浮かべてる。

掌の上で弄ばれているかのような、どれだけもがいて足掻いても霞を掻き分けているような手応えのなさを感じる。

 

 

「ここって、天の川銀河の端でしょ? そんなところにいる貴方に、はるか26万光年彼方のさんかく座銀河にあるアレックス星をどうこうできる権限があるわけないわ」

「ほう、ここがどこか分かっていたのか。さっきは『ここはどこだ』などと聞いていたというのに」

「貴方、自分で言ってたじゃない。旧テレザート星宙域守備隊司令だって」

「ならば、私がアレックス星に攻撃をしているわけではないことも分かってくれるな?」

「……私の質問に答えていないわ。私は、天の川銀河にいる貴方がアレックス星攻撃を停止させることができるわけない、と言っているの」

「アレックス星がこの天の川銀河に来ている、と言ったらどうだ?」

「………………………………………………………………え?」

 

 

―――――――――頭の中が、真っ白になった。

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《The Witch Whispers 魔女はささやく》】

 

 

彫像のように硬直したまま動かないサンディ・アレクシアを前に、ガーリバーグは彼女が自分の掌の上で良いように踊っていることに暗い愉悦を覚える。

そしてそんな自分に気付いて、心の中で唾棄したくなる。

今まで自覚していなかったが、私は他人を翻弄することに快感を覚えるタイプなのかもしれない。

認めたくないがやはり私もズォーダー帝の血を引く者なのか、嗜虐趣味の素養があるらしい。これではダーダー義兄のことを悪し様に言うこともできないか。

ソーが操作していたプロジェクターが起動し、ガーリバーグとサンディの間に立体画像が浮かび上がる。

サンディの焦点が立体映像に合ったところで、ガーリバーグは事情を語り始めた。

 

 

「これは四ヶ月前、ここラルバン星の至近距離にワープアウトしてきたアレックス星の映像だ。貴女にとっては久方ぶりの故郷ではないかね?」

 

 

彼女はアレックス星を凝視したまま、無言でしきりに頷く。

良い感じに放心状態になっている。今なら、交渉などと面倒くさい手段でなく説得でなんとかなりそうだ。

 

 

「アレックス星の周囲に多数の艦影が見えるだろう? ガトランティス帝国さんかく座銀河方面軍の艦隊とアレックス星の艦隊が、一緒にワープアウトしてきたんだ。どうやら、戦闘の最中だったらしい」

 

 

まるで訓練兵のように、私の発言を疑わずに映像を覗き込む彼女。思いもかけない場所で故郷の姿を見たことがよほど衝撃的だったのか、すっかり警戒心を失っていた。

 

 

「アレックス星攻略に参加していたさんかく座銀河方面軍第19、20、21艦隊および司令直衛艦隊のうち、ワープに巻き込まれたのは第19艦隊の大半と司令直衛艦隊、計250隻。対して、アレックス星の艦隊のうち砲火が止んでいないのはおおよそ50隻程度だ」

「…………兄上の艦隊だわ」

 

 

星に寄りそうように展開するアレックス艦隊の、ひと際大きい朱色に塗装された軍艦を見て、サンディ王女は呟く。どうやら王族専用艦らしい。

 

 

「そうか。王族が指揮する艦隊が矢面に立っているということは、いよいよ事態は最終局面に来ていたのだな」

「なんで、アレックス星がここにワープアウトしてきたの?」

「貴女の祖国の技術ではないのか?」

「そんな技術があったのなら、もっと前に逃げているわ!」

 

 

彼女が眉を顰めて言うのももっともだ。肩をすくめ、ガーリバーグは話を先に進める。

 

 

「アレックス星はこの映像の2日後に小ワープを一度行い、現在はここから6000光年の位置にある。貴女達の仕業でないのなら小ワープした理由は分からないが……」

「そんなことはどうでもいいわ。まだ国は滅びていないのね!?」

 

 

ガーリバーグは、一縷の希望に縋るサンディの目を見てしっかりと頷く。もっとも、公転軌道を飛び出したあげくに元の銀河から26万光年かなたまでワープし、遊星となってもまだ侵略者に追いかけ回されている現状をして「未だ滅びていない」と喜べるのかどうかは甚だ疑問ではあったが。

 

 

「ああ、まだ滅びてはいない。……だが、攻撃が再開されれば今度こそ太刀打ちできないだろうな」

「……もう一度言うわ。私を脅して協力させても、父上は取り合ってくれないわよ」

 

 

途端に、彼女の目に警戒の色が戻る。焦燥感を呷るつもりが、かえって不信感を抱かせてしまったらしい。話を一気に畳みかけるべく、ガーリバーグは強硬策に出ることにした。

再びソーに指示を出して立体映像の一部分を拡大させる。

 

 

「私は『アレックス星を滅亡から救って差し上げる』と言ったのだ、アレックス星を攻撃する訳がないだろう? あくまでアレックス星を攻撃しようとしているのは、こいつらだ」

 

 

立ち上がり、立体映像の前でアレックス星を見下ろす。

余裕綽々の表情から一転、視線だけで相手を射殺さんばかりの形相でダーダー義兄の座乗艦、潜宙戦艦クロン・サランを指示棒で指した。

 

 

「さんかく座銀河方面軍第19艦隊の生き残り及び司令直衛艦隊を再編成した、新生アレックス星攻略部隊約250隻。それを統べるのは私の腹違いの兄、ダーダー。貴女達が経験した全ての不幸の元凶だ」

「――――ひっ!」

 

 

そして、私の領地を土足で踏み荒らした無礼者でもある。底冷えするほどの低い声で、そう言ったガーリバーグ。その目を見てしまったサンディは、金縛りに遭ったかのように動けない。あかねに至っては小さな悲鳴を上げてサンディの腕にしがみ付くほどだ。

 

 

「お膳立てはすべてこちらでする。だから―――」

 

 

指示棒の先を、ゆっくりとずらす。

 

 

「貴女には、ダーダー義兄を暗殺してもらいたい」

 

 

その切っ先がぴたりとサンディの鼻先に突きつけられた。

 

 

 

 

 

 

2208年3月11日18時35分 冥王星基地 『シナノ』艦内 シナノ食堂

 

 

会議が終わって皆が退艦した後も、南部は艦内に残っていた。

自分の個室に戻るのも億劫だった南部は、たまたま通りがかった無人の食堂に座っている。

ドック入りしている今は使われていないシナノ食堂は当然ながら真っ暗で、南部の頭上にひとつだけ点いている照明がなんとも心細く感じる。調理場の活気も食事に訪れるクルーの賑わいもない、シンと静まり返った食堂がこれほどまで寒々しく感じるものなのかと南部は思ったが、一人思索にふけるにはちょうどよい環境だった。

 

南部がひっかかっているのはただひとつ。

何故、『たちばな』に偶然移り来た二人を拉致することができたのか。

 

“『シナノ』から移ってきたそら君とあかね君を、たまたま潜伏していた某国のスパイが確保し、カプセルに詰めて船外へと放出した”

 

確かに、艦長が唱えた説も筋は通っている。だが、それだとスパイが『たちばな』にいることがたちどころにバレてしまう。

密室かつ人の出入りがない宇宙船の中では、スパイの存在が疑われた時点でチェックメイトと同義だ。犯人捜しが始まればあっというまに捕まってしまう。だから、スパイはそら君とあかね君と一緒に船から脱出していなければおかしいのだ。

しかし、船長の話では犯行の前後で人数の変化は無いという。

冥王星基地に帰還してから、『たちばな』船長はクルー全員を船内に留置して、生活班特殊医療科に一人ひとり尋問させたが、とうとうスパイは見つからなかったらしい。

スパイが特殊医療科の尋問をすり抜けたのか、それともスパイは最初からクルーになりすましてなどなく、貨物室などに潜伏していたのか。

 

 

「―――そんな都合のいい話があってたまるか、畜生!」

 

 

髪をがしがしと掻き乱して、小さく悪態をつく。

証拠を並べて一筋の道筋を作るのではなく、バラバラな位置に点在している証拠をむりやり一筆書きしたような感覚。

三流サスペンスじゃあるまいし、あまりにも偶然に寄りかかったストーリーだ。

 

 

「必ずあるんだ……もっと一本の筋が通った真実がきっと……くそ!」

《こんな暗い所で独り奇声を発していると、変な奴と思われるぞ?》

「あ?」

 

 

かけられた声に顔を上げると、夜闇から染み出てきたかのように真っ黒い毛並みの老描が、廊下からこちらを窺っていた。暗い廊下の中に光る双眸が、こちらを真っ直ぐ見ている。

 

 

「ブーケ……。独りだから、誰も聞いちゃいないさ」

 

 

自嘲気味に呟くと、「我輩が聞いておるではないか」と言いながらブーケは食堂に入ってきた。鮮やかな跳躍でテーブルの上に乗ると、南部の正面にちょこんと座りこんだ。艦長を含めたクルーの中で最年長のはずなのに、鎮座している姿はネコ相応の可愛らしさがある。本人に言うと「年寄りをからかうな」とか言われそうなので、黙っておく。

 

 

《で、お主は何を悩んでおる? 会議の途中から納得できないという表情をしておったが、我輩で良ければ聞いてやらんでもないぞ?》

「そんなに、顔に出ていたか?」

《分からん奴があるか。セリザワの声も聞こえていなかっただろうに》

「そうだったのか、まずいな……。ブーケの言うとおりだ。確かに俺は今、昼間の会議のことを考えていた」

 

 

観念して、卓上のブーケに全て説明する。

地球では黒猫は魔女の使いだとか、黒猫が目の前を横切ると不吉の前兆だとか言われるが、南部が正対している黒猫は俺の要領を得ない話にも黙って頷いて、真摯に向き合ってくれている。

 

 

《なるほど、確かにお主の言うとおりだ。しかし、それでも会議そっちのけで考えごとをするのはいただけないのう》

「いやーその……、まったくもって、面目ない」

 

 

反論できず、素直に頭を下げる。

うむ、と猫としては少々大柄なブーケが満足げに頷くと、美しい光沢を放つ黒毛が揺れる。

普通の猫ならば衛生上の問題で艦をつまみ出されるところだが、ブーケはそら君の侍従猫だし、動物とは思えないほどの綺麗好きということもあって乗艦を許されている。

もっとも、裸足で歩いていることについては誰もが目を瞑っているのだが。

と、そこで南部はブーケがいつもと違うことに気付いた。

 

 

「そういえば今日は一人なんだな、足代わりはどうした? って、柏木はまだ入院中か」

 

 

生活班医療科の柏木卓馬は、二人が攫われたときに犯人に後頭部を殴られて怪我を負い、入院している。それほどひどい怪我ではないが、殴られた場所が場所なだけに、大事をとって長めに入院措置をとるという話だった。

ブーケは初めて会って以来、柏木の肩に乗っていることが多かった。柏木自身を気に行ったのか彼の肩を気に入ったのかは分からないが、そら君の側にいないときは医務室に入り浸り、柏木を顎でこき使っているのだ。

医務室に猫がいると聞けばヤマトのみーくんを思い出すが、マスコットだったみーくんとは違ってこちらの猫は小言の多い上司そのものらしい。おかげで医療班の面々は「本間先生が二人になったようだ」と嘆いているとか。

 

 

《別に、常にあやつの肩に乗っているわけではないのだが……それに、柏木ならばもう退院したみたいだぞ?》

「退院? いや、それはないだろう。俺はそんな話、聞いていない」

《いや、ついさっき艦内を歩いているのを見かけたが?》

「………え?」

 

 

今のお主のような思いつめた顔をしておったぞ、となんでもない事のように言う黒猫。

だが、その内容は南部には衝撃的なものだった。

 

 

「―――そんな馬鹿な、いくらドック入りで上陸休暇中とはいえ、そういった連絡は必ず来るはずだぞ?」

 

 

ただのクルーならば、さすがに戦闘班所属の南部のところまで連絡はこないだろう。しかし彼は、今回の拉致事件における被害者であり重要な証言者だ。そんな人物の情報が艦の首脳陣の一人である南部に伝えられていないということなど、ありえなかった。

そもそも、柏木は退院したら事件について改めて事情聴取することになっている。こんな時間に艦内を歩いているなど、ありえな――――――

 

 

「――――――あ」

 

 

天啓にも似た眩しいひらめきが、脳裏を埋め尽くす。

幾多の単語が頭の中を飛び回り、一列の光の道を成していく。

 

――秘匿していた二人の正体――

 

――直前に決まった二人の搬送――

 

――潜伏しているスパイ――

 

――見つからない実行犯――

 

――変わらない『たちばな』の人数――

 

――柏木を気絶させた犯人――

 

――退院した柏木――

 

 

「そうだったのか!」

 

 

拳を強く握りしめて、南部が椅子を蹴飛ばして立ち上がる。

びっくりしたブーケは、反射的にテーブルから跳び下りた。

 

 

《どうした、南部。いきなり無礼であろう!?》

 

 

毛を逆立たせて非難の声を上げるブーケ。

しかし南部は抗議が聞こえていないかのように、一目散に食堂を飛び出していった。




あれ? らしくない作風だ、どうした俺?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十話

お気に入りのSSが削除されたり、非公開になることほど、悲しいことは無い。
最近になって読み始めたものならば、なおのこと。
そんなことに気付いた今日この頃。


2208年3月11日18時39分 冥王星基地 『シナノ』艦内

 

 

オートウォークが稼働していない廊下に飛び出した南部は、せわしなく左右を見渡す。

そのすぐ後ろには、訳も分からないまま取りあえず南部に付いてきたブーケ。

 

 

「ブーケ、柏木はどっちに行った!?」

《格納庫側のエレベーターの方だ!》

「ということは……目的地は機関室か!」

 

 

一人と一匹は廊下を艦尾方向へ全速力で走る。艦尾隔壁を兼ねた自動扉をくぐり、道なりに右へと曲がると、エレベーターホールに辿り着く。

艦内にエレベーターは三カ所ある。艦橋構造物を左右からはさむように、第一艦橋、第二艦橋を貫いて艦中央の大コンピュータルーム、居住区を経て第二艦内工場やタイムレーダーがある下層デッキまで伸びているメインエレベーターホールの2基。航空指揮所、上下層飛行甲板、下部航空機格納庫、機関室へと行けるサブエレベーターホールの2基。下層デッキから第三艦橋に下りる1基だ。

飛行甲板は今も工員が修理作業をしている事を考えると柏木の行く先は、今は無人の機関室しかありえなかった。

 

 

《いったいどういう事だ! まさか、柏木が下手人だというのか!?》

「ああ、そうだ! 良く考えてみれば、最初から犯人はあいつしか考えられなかったんだ!」

 

 

扉が開いているエレベーターに飛び込んで、ボタンを連打。

イライラするほどの遅さで扉が閉まると、二人を乗せたカゴは下層デッキへと音を立てて下りていく。

弾んだ息を整えながら、南部はブーケの疑問に自説を開陳した。

 

 

「さっきも言った通り、『たちばな』の人数が犯行前後で変わっていないのはまずありえない。犯人にしてみれば、自分が容疑者として疑われる状況は絶対に避けたいだろうからな。それがスパイなら、尚更だ」

《当時は戦闘配置中だから、班員同士で互いのアリバイを証明できる代わりに抜け出すこともできない、であったな。なるほど、隠密裏に行動を起こすには好ましくない状況だ》

「ああ。だが一人だけ、犯行時のアリバイもなければ『たちばな』の船員にもカウントされていない奴がいる」

《それが柏木か。そうか、姫様と一緒に来たのならば拉致を実行できるのも説明が付く。我輩としたことが、姫様をスパイを足代わりにしていたとは……一生の不覚だわい!》

 

 

器用に前足で地団駄を踏む侍従猫。

その傍らで、南部は腰のホルスターから愛銃を引き抜く。

南部重工業謹製、コスモガンの銃床左前面にあるカートリッジ解除ボタンを押すと、グリップ下のマガジン―――エネルギーカートリッジが下りてくる。僅かに底面が下りてきたところで左手で受けて、エネルギーゲージが満タンであることを確認すると、カシャンと軽い金属音を立ててマガジンを仕舞った。

右手の親指でセレクターをレベル2にセット。死にはしないが、熊でも卒倒させられる暴徒鎮圧モードだ。

 

 

「よく考えれば、あいつは事件の第一発見者だ。真っ先に疑われてしかるべき人物だったんだ」

《それなのに、負傷しているというだけで無意識に犯人の候補から外してしまった……》

「今、あいつを止められるのは俺達しかいない。ブーケ、悪いが協力してくれ」

《心得た。彼奴を捕まえることは姫様の行方を掴むことにも繋がるだろうからな》

 

 

頷くブーケに頷きを返すと、エレベーターがちょうど機関室に到着する。

前転気味に飛び出してコスモガンを構えながら、すばやく左右を確認。オートウォークの音が聞こえない通路は、照明が付いているにもかかわらず普段よりも不気味に見える。

 

 

《南部、こっちだ!》

 

 

そう言うなり、ブーケは矢のような瞬発力で全力疾走した。

南部の予想では柏木は機関室へ向かっているはずなのだが、ブーケの向かう先は波動エンジンがある機関室ではなく、脇の階段を下りた補助エンジンルームだ。

 

 

「おい、そっちは機関室じゃないぞ!?」

《いいや、こっちだ。間違いない!》

 

 

六十を過ぎた老描とは思えぬ速さで廊下を駆け抜けていくブーケに、南部も辺りを警戒する余裕もなく全力で追いかける。

いくつもの自動ドアをくぐり抜け、一人と一匹は誰もいないはずの2番補助エンジンルームに入った。

 

 

「おい、本当にここにいるのか……?」

 

 

廊下と違って照明が落とされている室内に、人の気配は感じられない。

足下には自分の形をしたのっぺらぼうな影と、影よりも黒い老猫。

ブーケの言うとおり、本当にここに柏木がいるのか。

侍従とはいえ猫だし、もしかして間違えて人でないものを追いかけて来てしまったのではないか、と疑いたくなる。

 

 

《我輩の鼻を疑うのか? それより、誰も呼ばんで良かったのか?》

 

 

眼を金色に光らせたブーケが、足下で抗議する。

 

 

「正規のクルーは誰もいないし、修復工事中の工員に来られても軍人じゃない彼らでは足手まといにしかならない。なら、俺一人で十分だ」

《分かった。お主を信じよう。おい、柏木! ここにいるのは分かっておる! おとなしく出て来んか!》

 

 

ブーケは翻訳機越しに大声で暗闇の向こうへ呼びかける。

返事を期待して、しばし耳をすませる。

数瞬の沈黙の末に暗闇から聞こえてきたのは、投げナイフが空を切る音だった。

 

 

「……!」

 

 

暗がりの向こうから飛んできた乱暴な返答に、南部は舌打ちしながらもコスモガンの三連射で応じる。

初めの一発は、ブーケ目がけて地面すれすれを飛んできたナイフへ。残りの二発は、ほんの一瞬だけ現れた殺気とナイフの出所に向けられた。

針の穴を通すような精密射撃で刀身を打ち据えられた投擲用ナイフは床で跳ね返り、不規則に回転しながらブーケの頭上を越えていった。

残りの二発は目標に当たらず、サブエンジンルームのどこかに当たって消える。

扉の前にいつまでも立っていては、敵のいい的になる。

すぐさま壁沿いに体を預けてしゃがみ込む南部。ブーケもあわてて彼の足元に逃げ込んだ。

 

 

「驚いた。まさかアレを撃ち落とされるとは思わなかったなぁ。オリンピック級の腕前は伊達じゃないや」

 

 

そして聞こえてくる、当たってほしくなかった推理の正解の声。

 

 

「柏木、やっぱりお前だったのか!」

《そなた、一体どういうつもりだ! 何故裏切ったのだ!》

 

 

声のした方に牽制射撃を撃つ。発射炎でこちらの位置がばれるので、忍び足ですぐにその場を離れた。

 

 

「もう少しはばれないと思っていましたけど、案外早かったですね」

 

 

嘲笑うような声が何処からか聞こえてくる。上手く陰に隠れているのか、声が反響して声だけでは正確な場所は把握できない。

 

 

《我輩が、貴様が艦内を歩いているのを見かけたのだ》

「しまったなぁ、ドック入り中なら見つからないと思ったんだけど。こんな所にいたなんて予想外だ。ということは、俺が犯人だってことも分かっちゃってるわけだ」

 

 

彼にとっては正体がばれることは大した問題ではないのだろう。まるでいたずらが見つかった子供のように、こともなげに正体を暴露した。

再び、当てずっぽうに三連射。今度は柏木もコスモガンで撃ち返してくる。乱射された弾は開けっぱなしのドアのすぐ脇に当たり、照明のスイッチを粉々に破壊してしまう。

 

 

「ああ、謎はすべて解けた! お前が担当看護師の立場を利用して、二人を救命ポッドに詰めて外に射出した。そして、船外に待機していた協力者が回収する手筈になっていた。違うか!」

「―――本当に、まいった。やっぱり、付焼き刃の計画じゃボロが出るよな」

 

 

その言葉は、彼に強い警戒をさせたらしい。柏木の声のトーンが低くなって、声に殺意がまとい始める。

 

 

《柏木! もうお主の計画は失敗したのだ! 諦めて投降せんか!》

「お前の雇い主はどこの国だ!」

「そんなこと、喋る訳ないでしょ!」

 

 

そして始まる、激しい銃撃の応酬。

マズルフラッシュの光と足音だけを頼りに、互いの位置を推測する。

発砲音に紛れて聞こえる足音。機関室に比べて大分狭い補助エンジンルームに、絶え間ない着弾音が響き渡る。

コスモガンの青い光で一瞬だけ浮かびあがる、彼我の顔。

撃ってはその場を離れ、隠れては銃撃をやりすごし、再び発砲。

時には敵の射撃を誘うように、時には狙いすまして射撃するが、しかし互いを視認できない戦いは決定打を与えることはできずにいた。

 

 

「くそっ、これじゃジリ貧だ!」

 

 

壁に背を預けてしゃがみこむ南部が、弾む息を殺しながら毒づく。

マガジンを下ろして残弾を確認。エネルギーゲージはもう二割を切っている。

南部が射撃を止めたことで、室内は残響が僅かに響くのみになっていた。

 

 

《なぁ、南部よ》

「何だ、ブーケ!」

 

 

マガジンをグリップに押し込んだところで、ぴったり付いてきていたブーケがヒソヒソ小声で尋ねてくる。

銃撃戦が始まって以来ずっと南部から離れずにいるが、せっかくの猫なのだから猫目を使って柏木の居場所を探し出してほしかった。

 

 

《今の今まで忘れておったのだが……柏木のヤツは、何故ここに来たんじゃ?》

「何故って……そりゃ、ここに用があるからに決まって、」

 

 

そのとき、暗闇の向こう側から勝ち誇った笑みを浮かべた柏木の姿が見えた……ような気がした。

 

 

「Being what doing is already late. Time is up.」

 

 

その言葉とともに、真っ暗だったサブエンジンルームに凄まじい衝撃が吹き荒れ、間近に太陽を見る様な強い閃光が目を灼いた。

 

 

 

 

 

 

2208年3月11日21時29分 冥王星基地内病院

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト ヤマトよ永遠に』より《ミオの悲しみ》】

 

 

「由紀子さん……俺達がモルモットって、どういうことですか……?」

 

 

つっかえながら放たれた俺の言葉が、廊下の壁に沁み込んで消えていく。

深夜の病院。非常口の毒々しい光だけの世界は、まるで此岸と彼岸の境界にいる様な錯覚に陥りそうだ。

意識がはっきりしない。視界も霞んで見える。無理して動いた体は軋みを上げ、動悸と息切れで今にも崩れ落ちそうだ。

それでも、確かめずにはいられなかった。

 

 

「きょう、すけ、くん……? 何で、」

「恭介さん。聞いていたのなら話は早いわ。貴方が母親と慕う人はね、自分の子供を実験台にしたのよ!」

 

 

恭介は焦点の定まらない目で、由紀子さんと言い争っていた相手を見る。

確か由紀子さんの同僚の、武内理紗子という名前だったはずだ。

 

 

「由紀子さん……俺達ってことは、あかねも実験台だったって、事ですか?」

「違う! あかねも貴方も、治療だったのよ! 実験台なんて思った事は一度もない!」

 

 

髪を振り乱して懸命に否定する由紀子さん。

その姿が、恭介にはあまりにショックだった。

 

 

「臨床試験も一例しか成功していない手術をすることが人体実験じゃなくて何だというんです? 恭介さん、レーザー銃で撃たれた貴方が、本当に軽傷で済んでいると思う?」

「それは……威力を弱めて撃ったんじゃ」

 

 

違うわ、と静かに首を振って否定する武内さん。その口元が笑みを浮かべているように見えて、恭介は苛立ちを覚える。

 

 

「レーザー銃は宇宙服ごと左胸を焼き穿ち、裂傷は貴方の心臓にまで達していた。貴方はいつ死亡してもおかしくない状態だったのよ」

「なっ……!」

「病院船の医療チームが貴方をすぐに冷凍睡眠で仮死状態にしてくれたから、かろうじて死なずに済んだ。……でもそれは、助かることとイコールじゃないの」

 

 

彼女から語られた真実は、頭がうまく働かない今の俺でも分かるほどに衝撃的だった。

由紀子さんが教えてくれた俺の症状は、あばら骨の罅と中程度の火傷だったはずだ。

だが、この人が言っていることが本当なら、俺は心臓を撃たれて即死一歩前の状態じゃないか。

 

 

「解凍すれば、そのまま死亡することは避けられなかった。でも簗瀬教授は、貴方を助ける方法を知っていた。だから、彼女と私はここに来たの」

「本当、なんですか。由紀子さん」

 

 

由紀子さんは何も言わず、奥歯を噛みしめて耐えている。

いつもの優しい笑顔で「そんなわけないでしょ」と言ってほしかった。

でも、彼女は俯いたきり、否定してはくれなかった。

 

 

「私達は研究所で開発している新型の万能細胞を培養して必要な臓器や筋肉、皮膚組織を作り、貴方に移植したわ」

「……嘘だ。そんな大手術をしたのなら、俺はまだ起き上がることもできないはずだ」

 

 

どんなに医療技術が発達しても、人体に移植した組織が定着し、日常生活を送れるようになるには数ヶ月かかる。一週間も経っていない今は集中治療室から出てすらいないはずだ。

 

 

「別に変じゃないわ。貴方に移植したのは、そういう細胞だもの。私達は仮にS細胞と呼んでいるけどね」

 

 

ついさっき由紀子さんが握ってくれた右手で、自分の左胸を強く抑える。

 

 

「新型の、万能細胞……それが、俺の胸に?」

「ええ。S細胞は驚異的な再生能力を持ち、血流に乗って細胞が末梢にまで伝播すれば、体全体が怪我や病気に対する抵抗力が高まる。貴方が短時間でここまで回復できたのは、心臓から全身に散らばったS細胞が、患部を含めた全身の回復を促進してくれたおかげなのよ」

「なら……いいじゃないですか。何が、問題あるっていうんですか」

「ほら、所長。恭介さんもこう言ってますよ? 本人がこう言っているんだから、いいじゃないですか」

 

 

ほれ見たことかと言わんばかりに、武内さんは不気味なほど自信ありげな笑みで由紀子さんを見る。

それでも、由紀子さんは変わらない。胆汁を舐めさせられたような苦渋の表情で、

 

 

「―――2021分の1。この数字の意味、分かる?」

 

 

絞り出すように、今まで聞いたこともない苦しげな声を出した。

 

 

「今までにS細胞の組織を臨床実験で移植して、半年以上生存できた割合よ。72時間以内の死亡率は60%。計算上では、地球人類とS細胞の完全適合格率は、300万分の1しかないの。」

 

 

万能細胞なんて、大嘘よ。

由紀子さんは、自虐に乾いた笑いを浮かべる。

 

 

「恭介君も、今は大丈夫でも後々に拒絶反応が出てくる可能性がある。まだ、予断は許さない状況なの。……嘘をついて、ごめんなさい」

「でも、手術をしなかったら、そのまま死んでいたんですよね?」

 

 

俺が問いかける。

だが、彼女は顔を背けるだけで答えない。

首を振れば、嘘を重ねることになる。

しかし頷いてしまったら、自分の行いを肯定してしまう。

結局、答えたのは武内さんだった。

 

 

「恭介さん、自分の左胸を見てみなさいな」

「……なんで、ですか」

「実際に患部を見てみれば分かるんじゃない? 色々と」

「……」

 

 

彼女の言う言葉に、俺を翻弄して楽しんでいる気配を感じる。

言われるままに、おそるおそる病院服の前をはだける。

両手を襟にかけてゆっくりと胸を開くと、淡い光が漏れ出した。

 

 

「なんだ……何なんだよ、これは……」

 

 

そっと胸元を覗き見て、愕然とした。

武内さんは、「患部に筋肉や皮膚組織を移植した」と言っていた。

だから左胸には、移植された箇所だけ周囲とは色が異なって生々しい肉の色、ピンクの肌が見えるのだと、思っていた。

しかし、これは一体何なんだ?

 

 

「由紀子さん……これ、何ですか?」

「…………ごめんなさい」

 

 

震える声で、由紀子さんに尋ねる。

由紀子さんは怯えるように身を竦めてしまう。

今の彼女を見ると、ひどく悲しい気分になる。

何で俺は、彼女を問い詰めるような真似をしているんだ?

ついさっき、母さんと呼んだ人を。

こんなにもつらそうな、今にも涙を零しそうな顔をしている彼女を、何故俺は責めているんだ?

そうさせている自分にも、一向に話してくれない由紀子さんにも、怒りが湧いてくる。

彼女を責めてはいけないのに。

彼女から受けた恩を仇で返すような真似をして。

それでも、止め処なく流れ出すこの感情を、心内に留め置くことはできなかった。

 

 

「由紀子さん、答えてください」

「本当に……、ごめんなさい」

「これは何なんだ、て聞いてるんです!!」

 

 

ダァン!

 

力任せに扉を叩く。

拳槌の形に扉が凹み、勢いで病院服の胸元が開く。

露わになった左胸、鳩尾のすぐ右―――心臓部分が、金色の淡い光を放っていた。

 

 

「移植した細胞組織と体表の産毛が発光してるのよ。今の所、拒絶反応が起きる兆候は無いみたいね」

 

 

舐るような目で、武内さんは俺の患部を見る。

薄暗い廊下の、非常灯の僅かな明かりに照らし出される彼女の表情に、恭介は背筋が凍るような錯覚を覚える。

その視線を振り切るように由紀子さんに迫り、怒りのままに彼女の胸倉を掴み上げた。

 

 

「由紀子さん、一体何の細胞を移植したっていうんですか! これ絶対、人間じゃないですよね!」

 

 

睨み上げられた彼女はとっさに顔を背ける。

長い前髪に隠れた由紀子さんは、薄暗がりでもはっきり分かるほどに泣き腫らし、今なお涙を流し続けていた。

 

 

「本当に、ごめんなさい…………」

「いいから答えてください!」

「私を母と呼んでくれた貴方に、私は取り返しのつかない事をしてしまった。あかねにも、顔向けできない……」

「だから、質問に――――!」

「私は、母親失格よ…………!」

 

 

しゃくりあげながら、か細い声で紡がれる謝罪の言葉。

打ちひしがれ、後悔に咽び泣く由紀子さんは母親でも科学者でもなく―――ただひたすら、か弱い女性だった。

 

 

「…………」

 

 

……激情が冷めていく。

なんだか自分がひどくみじめに思えて、泣いてしまいたかった。

 

 

「――――俺は、どうなっちゃうんですか……」

 

 

力が抜け、絞り上げていた襟元を滑り落ちるように手放した。

ふらつきながら一歩、二歩と下がり、陥没した病室の扉に背中を預ける。

俺が落ち着いたのを見計らってか、武内さんが答えた。

 

 

「安心なさい。恭介さんに移植したのは、間違いなく人間の万能細胞よ」

「――嘘だ。ホタルでもあるまいに、人間の細胞が光るなんて見たことが、」

「本当に見た事ない?」

「…………え?」

 

 

被せられた言葉。

 

 

「いいえ、貴方は知っているわよね?」

 

 

ふいに合わされた視線。

その眼差しの鋭さに、思わず息を飲む。

 

 

「恭介さん。貴方は会っているわ」

 

 

武内さんが一歩踏み出す。

心臓の鼓動がじわりと速くなる。

声を張り上げているわけでも、ドスの利いた声をしているわけでもない。

淡々とした口調なのに、えも言えぬ圧力を感じる。

 

 

「それは、貴方のとっても身近にいる人。それも、二人」

 

 

さらに一歩。彼女が俺と正対する。

とぼけることは許さないと。

知らない振りはさせないと、俺に無言で迫る。

 

 

「ここまで言えば、誰のことだか分かるでしょ?」

 

 

――――ドクン

 

息が荒くなる。動悸が激しくなる。額に脂汗がにじむ。

知りたくない。認めたくない。理解したくない。

でも、もう逃げられない。

俺は、いつの間にかガラガラに乾いていた喉から声を絞り出した。

 

 

「そら、と…………あかね」

「御名答」

 

 

何が御名答だ。反吐が出る様な真実だ。

由紀子さんに視線を向ける。観念したのか、彼女はようやく俺に顔を向けてくれた。

 

 

「細胞の発光現象は……イスカンダル人の王族とその直系・傍系子孫にのみに現れる特徴なの」

「じゃあ……これは、サンディ・アレクシアの細胞?」

 

 

異星人の細胞を地球人に移植する、なんてことができるのか?

……いや、ドナー制度や再生医療が未熟だった時代には、哺乳動物の皮膚や臓器で代用していたはず。

異星とはいえ同じ人型生命体、地球人類と同じ医療が可能なのだろうか?

 

 

「……違うわ、恭介君。確かに彼女からDNAを提供してもらったことはあるけど、まだ解析している段階よ。研究用に培養してはいるけど臨床試験を行うレベルには至ってないわ」

「いや……おかしいでしょ。彼女以外に、イスカンダル系人類の細胞組織なんて存在しない」

「恭介さんは知らないだろうけど、生命工学研究所異星人研究課には色んな異星人の生体サンプルが保管されているのよ? 暗黒星団帝国やガトランティス帝国の兵士の死体はごまんとあるし、ヤマトが採取した異星人のDNAサンプルも少量ながら存在する。もちろん、その中にはイスカンダル系人類のものもあるわ」

 

 

――――ドクン

 

心臓が熱い。鼓動が速く……違う。胸の光が強くなったような気がする。心臓に移植された組織が活発になっているのか。

ふと、視界が急に狭くなっていることに気づく。

そうか。

俺はこんなにも、武内さんを睨みつけていたんだ。

 

 

「一つは、そらちゃん。一つは、イスカンダルの女王スターシャと地球人古代守との間に生まれたハーフの娘、真田澪ちゃん」

「ただ、アレックス星人はイスカンダル人から分かれて久しいから、遺伝子的には純正の物とは言い難いわ。地球人のDNAが混じっている真田澪も同様。でも、幸いにも研究所には純粋なイスカンダル人の細胞組織があったから、DNAの比較研究ができて面白いのよ?」

 

 

――――ドクン

 

“純粋なイスカンダル人”

勿体ぶったその言葉に、心臓が一度、大きく跳ね上がる。

もう、認めるしかなかった。

思い返せば、ヒントはあったのだ。

イスカンダルの遠き血族たる、サンディ・アレクシア。

彼女との初邂逅の時に倒れたあかね。

俺が不良になったと勘違いした、あかねの髪の異変。

准惑星ゼータ星で救助されたときには、大好きだった黒髪がすり替えられたかのように見事な金髪なっていた。

それが、サンディとあかねに流れる“何か”が共鳴した結果なのだとしたら。

 

 

「―――グァッ! 痛ゥ……!」

 

 

抉られるような激しい痛みに息が詰まる。

一段と輝きを強める心臓。

まるで太陽を呑みこんだかのように熱く、強く輝く。

そして脳裏に叩きつけられるように映し出される、夢に見た夕暮れの丘。

今なら、あのとき隣にいた人物が誰なのか、自分が誰の目線だったのか、はっきりと理解できる。

腰まで伸びる絹糸のような髪を輝かせた、そらによく似た面立ちの女性。

それは――――

 

 

「スターシャの実妹にして、地球に波動エンジンとコスモクリーナーDを齎した福音の娘、サーシャ。彼女の遺体から採取した細胞が、恭介さんとあかねさんに埋め込まれているものの正体よ」

 

 

今は亡きイスカンダルの女王、スターシャだ。




と、いうわけで。拉致犯の正体と恭介の秘密が判明した回でした。
S細胞については原作アニメから考察したものですが、しょせんはテキトーなので科学的考察の甘さは寛恕ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十一話

お絵かきに挑戦中。でも、彩色に才能がないことが判明。
俺は……無力だ……orz


2208年3月11日21時29分 冥王星基地内病院

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《虚空の邂逅》】

 

 

その後、体調を崩して倒れた俺を病室のベッドまで連れ戻してくれた二人は、ことのあらましを話してくれた。

二人が話してくれた事を纏めると、こんな感じだ。

 

西暦2199年。人類がイスカンダルという存在を初めて認識した年。

惑星イスカンダルからの使者サーシャを乗せた宇宙船は、地球に到達する直前に火星に墜落した。

サーシャを発見したのは、後に宇宙戦艦ヤマトに乗艦する、古代進と島大介。

彼らの証言では、サーシャは脱出艇から離れた所に倒れていたらしい。

彼女の遺体と、彼女が握りしめていたカプセルは地球に移送され、カプセルは科学局へ、サーシャの遺体は一度火星の土に埋葬されたが、掘り返して地球連邦生命工学研究所異星人研究課で預かることになった。

死んでいるとはいえ、地球人外の知的生命体を初めて目の当たりにした彼らは文字どうり狂喜乱舞した。設置以来、ほとんど成果を上げられていなかった異星人研究課としては、千載一遇のチャンスだったのだ。

彼らは彼女を徹底的に調べた。外見的特徴の観察からDNA採取まで、ありとあらゆる方法を試した。

そして一番最初に分かったことは―――彼女は完全に死んではいなかった、ということだった。

もちろん、ひとつの生命体としては死んでいた。しかし細胞レベルでは、まだ多くの部分が生き残っていたのだ。

その時点で、死後一週間は経過していた。地球ならばとっくに腐敗して白骨化が始まっていてもおかしくなかったのに、腐敗どころか細胞が生きていたのだ。

さらに詳しく調べると、イスカンダル人の異常さが次々と判明した。まず、彼女の死因は火星表面に生身で降り立ったことによる窒息死ではなかった。直接の死因は、内臓破裂による多機能不全。どうやら、墜落時に腹部を強打したらしい。細胞レベルでは驚異的な再生能力を持つS細胞を以てしても、生命体としての死は免れられないようだ。

次に、イスカンダル人の身体は地球人類に酷似しているが、相対的に宇宙空間に適していることが分かった。

特に研究者を喜ばせたのは二点。一つは、血中の酸素結合たんぱく質が地球上の生物には存在しないもので、地球人の持つヘモグロビンよりもはるかに多い量の酸素を蓄えられる構造になっている点。これはつまり、体内に大量の酸素を備蓄することで無呼吸での活動時間が飛躍的に向上することを意味する。

もう一点は前述の通り、細胞の驚異的な再生、修復能力だ。こちらは怪我、菌やウィルスだけでなく、放射線による細胞破壊や遺伝子損傷にも耐性が強いことを意味する。

地球人類の常識を一蹴するような衝撃的な事実を受けて、異星人研究科は新たな研究の指針を策定した。

 

人工進化。

地球人類の身体的性能をイスカンダル人並みに引き上げるのだ。

 

ガミラスの遊星爆弾による放射能汚染は、地球人類を絶滅まで残り一年というところまで追いつめていた。しかし、地球人がイスカンダル人並みに放射線に強い体を手に入れれば、放射線による死亡はほぼ無くなる。つまり、滅亡までのタイムリミットを大幅に遅らせることができる。ヤマトがコスモクリーナーDを受領して還って来るまで人類は耐える事が出来るのだ。

そして、驚異の再生・修復能力と無呼吸活動時間の延伸は、宇宙・真空空間での生存可能性の向上を意味する。

科学技術の未発達な地球連邦の艦艇は、ガミラスの戦闘艦に比べて装甲が貧弱で、会戦でも七面鳥撃ちのように撃ち落とされている。そして、撃沈された艦から生きて脱出できても生きて救助される者はほんの僅か―――全員戦死が当たり前だ。

しかし、真空・宇宙空間でも一定時間活動できれば、救助によって助かる可能性は上がる。戦死による急激な人口の減少に歯止めを掛ける事ができると期待したのだ。

 

しかし、イスカンダル人の解析と多能性幹細胞―――サーシャに由来するからS細胞と呼んでいるらしい―――の培養まではトントン拍子で進んだものの、臨床実験の段階で大きな壁にぶつかった。

S細胞は、地球人類の貧弱な体には劇薬だったのだ。

培養された臓器細胞を移植された被験者は高い確率で超急性拒絶反応を起こし、臓器を摘出した後も血管を通して全身に流れ込んだ細胞片が体内から被験者を破壊した。

何度試しても、ほぼ全ての人間に拒絶反応は訪れた。老若男女、人種に関係なく拒絶反応は起こり、悪い時は抹消で定着したS細胞が癌化して被験者を食い破る事すらあった。

 

研究と臨床試験は、ヤマトが帰還した後も続いた。その間、白色彗星帝国や暗黒星団帝国による地球侵略という大事件もあったが、研究所はそれすらも異星人研究の貴重な機会と捉え、敵兵の死体や捕虜を使った実験を行った。

研究所が研究した異星人の中で、とりわけ研究者の注目を集めたのは、テレザート星人のテレサ―――正確には、彼女の血が混じった地球人、島大介だが―――と、地球人とイスカンダル人のハーフ、真田澪だった。

入院中の島から血液を採取した研究所は、血中からテレサの血液だけを分離することに成功。反物質を操るというその能力の源泉はどこから来るのか調べたが、いまだに光明は見えていないという。

一方の真田澪は、ある意味では異星人研究課が求める研究成果を絵に描いたような、憧れの存在だった。

イスカンダル人と地球人の両方の特徴を兼ね備えた存在。幼少期はイスカンダル人と同様にわずか一年で成人し、以降は地球人の特徴を強く発現する。しかも、地球人には無い超能力を行使できる。いずれ本格化する宇宙進出と星間国家化の道を進む地球人類にとって、彼女の能力は垂涎ものだった。

しかし一方で、彼女は研究者の嫉妬の対象でもあった。我々が科学の粋を集め、多くの時間と犠牲を払っても成し遂げられなかった事が、人間の最も原始的な活動である生殖行為によって成し遂げられてしまったという、科学者としての敗北感。これだけの超能力を持ちながら、滅びの道に進んだイスカンダル人の愚かさを責める気持ち。

 

相矛盾する感情を持て余した科学者は、彼女を人間扱いせずに研究対象として接することで心の均等を保つことにした。まだ幼かった彼女は覚えていなかっただろうが、研究所にいる時の彼女は、実験動物扱いだった。

その現状に危機を抱いた真田さんが、由紀子さんに働きかけて急速に成長する彼女を研究者からなかば取り上げるような形で引き取った。以降、彼女は真田志郎の姪として小惑星イカルスで短い生涯の大半をすごすことになる。

 

彼女に対する態度はともかく、真田澪の存在はイスカンダル人研究を飛躍的に進展させた。S細胞についても、その発現を抑える事はまだできないものの、超急性拒絶についてはほぼコントロールに成功していた。

今、俺の左胸に埋められているS細胞は、そういった長年の研究と犠牲の上に確立された術式だというのだ。

 

 

「あかねは……いつ、移植を受けたんですか?」

 

 

ベッドに身を横たえたまま。俺は由紀子さんに問う。

思い出す限り、あかねに俺と同じような現象が起こったのは『シナノ』の試験航海のときだ。ならば、彼女に移植が施されたのは遡っても一年以内と言うことになるが……。

 

 

「あの娘がS細胞を移植されたのは、2200年……高校一年の夏よ」

「研究の、最初期じゃ、ないですか……! 貴女は、そんな危険な実験に、自分の娘を、使ったんですか」

 

 

話を聞けば聞くほど、俺の中の由紀子さんのイメージは崩壊していく。

白山の簗瀬家で見ていた仲睦まじい親娘の姿は、全て演技だったのだろうか。

全てが、悪い夢のようだ。

 

 

「仕方なかったのよ! あかねを助けるためには、一縷の望みに懸けるしかなかった!」

「恭介さん。貴方は知らなかったでしょうが、あかねさんは移植手術を受けるまで、心臓に先天的な疾患を抱えていたのよ」

「嘘だ! 具合悪そうに、していることなんて、一度も、見た事無い!」

 

 

俺は初めて出会った10歳の頃―――2184年から、中学校を卒業して宇宙戦士訓練学校に入るまでの5年間、いつも一緒にいたのだ。彼女が苦しそうにしているならすぐに気が付いただろうし、そう断言できるほど彼女を見続けてきたつもりだ。

 

 

「ええ、そうでしょうね。急性の症状が出る類の病気ではなかったし、運動さえしなければ小康状態を維持できたから」

「でも、あかねの病気は、ゆっくりだけど確実に進行していた。あのままだったら、きっと二十歳を迎える前に……」

 

 

続く言葉が出てこない由紀子さん。その表情からは嘘を言っているようには思えなくて、俺は余計に混乱してしまう。

 

 

「あかねは、自分の病気のことを……」

「もちろん、知っていたわ」

 

 

幼い頃の記憶を引っ張り出す。

確かに、小さい頃のあかねはおとなしい子で、部屋の中で遊ぶのが好きだった。だが、俺はそれが変な事とは思わなかった。ガミラス戦役の終末期、日を追うごとに治安と衛生状態が悪くなっていく地下都市において街中で遊ぶことは危険と隣合わせだったのだ。

俺には、思い当たる節は全く無かった。

 

 

「何より、あかねさんが、貴方には病気のことをひた隠しにしていたからね」

「あかねが、俺に……?」

「ええ。あの娘、恭介君の前では無理していたのよ。『恭介に迷惑はかけたくない、嫌われたくない』って」

「あの、馬鹿……」

 

 

つまり、あかねは俺に気を遣ってひた隠しにしてきたということか。

目元が潤んで来て、思わず右手で目を覆う。

情けなくて、自分をぶん殴ってやりたくなる。

あれだけ一緒にいたというのに、俺はあかねの事を何も分かっていなかった。

あかねが病気に苦しんでいるのも、それを隠して無理して俺と一緒に過ごしていたのも、俺は今の今まで気付かなかった。

 

 

「恭介君」

「……何ですか」

 

 

右腕で涙顔を隠したまま、由紀子さんの呼びかけに答える。

 

 

「武内さんの言うとおり、私は、治療のためと言って自分の子供たちを人体実験に使うような人でなしよ。貴方かた地球人である権利を奪った大罪人よ。恨んでくれていい。望むなら、今この場で喉を搔っ捌いてもいいわ」

「……」

 

 

きっと今の自分は、由紀子さんに一番見られたくない顔をしているのだろう。

 

 

「でも、あの娘には何の罪もない。全て私が悪いの」

 

 

だから、お願い。そう言って、由紀子さんは胸の前で組んでいた両手をぎゅっと握った。

 

 

「あかねのことは、嫌わないであげて。傍にいてあげて。あの娘を一人ぼっちにしないであげて」

「……………………」

 

 

由紀子さんの声が震える。

しかし俺は、彼女の言葉に頷く事すらできない。

そんな自分が情けなくて、覆った袖が再び濡れた。

 

 

 

 

 

 

2208年3月18日13時53分 冥王星基地 『シナノ』艦内

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《哀しみのBG》】

 

 

南部とブーケは、黒焦げとなったサブエンジンルームを視察に来ていた。

南部と柏木の銃撃戦から、一週間が経っている。

事件当時は事件現場に規制線が引かれて技術班と生活班による現場検証が行われたが、今はもう残骸の撤去も終わり、既に修復作業にかかっている。

ブーケは鼻先をヒクヒクと動かすと、不愉快そうに顔を顰めた。焦げた匂いか、もしくは修理作業の際に出る薬品の匂いを嫌がっているのだろう。

 

 

《これだけの爆発で、よく五体満足でいたもんだ》

「ああ、現場を見るとそう思う」

 

 

結局、物影に隠れていた南部とブーケは奇跡的に無傷で済んだ。

しかし爆発物が仕掛けられていたサブエンジンは半壊、まるごと取り換えざるを得ない状況となった。

柏木の生死は不明。爆発に巻き込まれて死んだのか、爆発に乗じて逃げ出したのかも分からない。

 

 

「全ては闇の中、か。本当はしっかり調べて柏木の奴をしょっぴいてやりたいが、今は致し方ない」

《済まぬ。本来ならしっかり調査して下手人を挙げねばならぬというのに》

 

 

事件の大きさを考えれば、本来は地球連邦政府に報告の上、本星から調査団を迎えるべきだ。しかし、犯人が同じ地球人となれば話は少々ややこしくなる。

今回の事件は、日本に所属する宇宙戦艦に某国のスパイが入りこみ、破壊工作を行ったということだ。

クルー全員に事情聴取が行われるだろう。

特に柏木と同僚だった本間先生をはじめとする医療クルーは、日本への召喚命令が下るかもしれない。

柏木の黒幕―――つまり黒ずくめの宇宙服を着た集団だ―――の正体が分かれば、ドロドロの国際問題に発達する。そして、すでに正体の目星はある程度ついているのだ。

今回の調査航海に参加した国、特殊部隊を運営できる能力、動機……候補は限られている。

 

しかし、今の我々にはそんな時間は無い。

あかね君とそら君の一刻も早い救出。それは、俺達クルーの総意だ。

ただでさえ彼女たちの居場所が分からない、生死すら定かではないというのに、事情聴取やら現場検証やらの些事に時間を取られて俺達の手の届かないところに連れていかれたら。

そう思うと、南部は心臓が掻き毟られそうになる。

 

 

「構わないさ。艦長も言っていただろう? クルーを助ける方が重要だ」

《……南部。ひとつ尋ねても構わんか?》

「なんだ?」

 

 

視線を交わさず、正面を向いたまま。それでも、南部にはブーケがどんな表情をしているのか察しがついた。

 

 

《何故、君達はそれほどまでにしてくれるのだ? これだけの妨害工作を受けたというのに、それに目を瞑ってまで生きているかどうかも知れない姫様を助けに行ってくれるのは、何故だ?》

「どうした、不安になったか?」

《今回の柏木の暴挙は、どう考えても姫様を拐した賊共の仕業。言うなれば、我輩たちの存在が此度の事件を招いたことになる。疫病神と言われても文句を言えん》

「おいおい、随分と自虐的じゃないか。彼女を疫病神だなんて、誰一人思っちゃいないさ」

《しかし……》

 

 

苦笑いを浮かべながら、南部は思いつくクルーの顔を思い出す。第一艦橋のメンバー。技研出身のメンバー。シナノ食堂の坂井シェフ。本間先生をはじめとする医療スタッフ。皆、良い奴らだ。

それに、サンディ自身が皆から慕われている点も大きい。

彼女の容姿や性格が人に好印象を与えるのもそうだが、彼女が造船に精通した科学者であるという王女らしからぬ点も、クルーの皆との距離を縮めている一因だったようだ。

どうやらうちの男どもは皆理系女子が好みらしい。

不安を抑えきれないのか、項垂れたままのブーケは白髭を前足でしきりに触る。

 

 

「心配するな。ここの修理は破壊された部分をユニットごと取り換えてしまえば、3日もすれば終わる」

《しかし、北野の若造から聞いておるぞ。この船は、修理を受けるたびに弱体化しておると》

「……まぁ、それはそうなんだが」

 

 

南部は言葉を濁すしかなかった。

ヤマトの後継を多分に意識して建造された『シナノ』は、その反面融通のきかない船となっている。

元々、ヤマトの修理用鋼材として保存されていた『信濃』をそのまま再就役させた『シナノ』は、修理用鋼材が始めから底をついている。失われた技術である大和型水上戦艦の装甲を再現するための研究は宇宙技研で進められているが、いかんせんまだ始まったばかりで実現の見通しなど全く立っていない。

ヨコハマ条約の隙間を縫ってシナノ型宇宙空母が量産される頃に実用化されればいいと思っていたが、予想に反して本艦は就役以来思いもかけない連戦と損傷に見舞われてきた。

 

 

「こればっかりは最初から分かっていたし、覚悟していた事だ。それに、今回は相手が破滅ミサイルだったんだ、仕方ないだろう?」

《む……確かに、アレから生きて逃げおおせる事が出来たのは奇跡的だ。故郷では、破滅ミサイルを撃たれて生きて帰って来た者はいない》

「潜宙艦に装備するとは、さすがに思いもしなかった。敵の軍も技術発展を続けているという、当たり前のことを再認識させられたよ。俺達は本当に、運が良かったな」

 

 

そう言って、ごまかすように南部は肩を竦める。

とはいえ、今回の損傷は特に酷い。

ガトランティスの戦略兵器、破滅ミサイルが発した膨大な熱は甲板を真っ赤に発熱させ、第二飛行甲板に待機させてあった調整中のミサイルの誘爆を招いた。艦尾シャッターが真っ先に敗れた事で爆発エネルギーの大半は船外に逃げたものの、一部は駐機中の予備機を吹き飛ばし、破片が格納庫内で暴れ回った。

被害は飛行甲板だけではない。爆風はドアを突き破って廊下にまで飛び出し、左右のサブエンジンルームにまで害を及ぼした。

南部は今回の被害を、空母特有の構造上の問題だと捉えている。

『シナノ』に限らず、宇宙空母という艦種は戦闘艦としては歪な存在だ。その目的上、艦体に占める飛行甲板、格納庫の割合が多く、また艦体から露出している。それはコスモタイガーの安全かつ効率的な離着艦、整備の効率を上げるために作業スペースを広くとる必要からだ生まれたデザインだが、その反面、航空燃料や弾薬を取り扱う艦載機格納庫が被弾しやすいという弱点も持つ。

また、大きな飛行甲板の存在は兵装や波動エンジンの数および配置にも影響を与え、遊びが無い設計を強いられている。それでいて前半分は設計のベースとなった宇宙戦艦なのだから、まさキメラとしか言いようがない。ヤマト級のように多数の艦載機と飛行甲板を艦内に収め、なおかつ戦艦としての機能と外見を保っている方が奇跡的なのだ。

今回は、その設計の歪さが被害の拡大を招いたと言えるだろう。

破滅ミサイルの爆発から背を向けて退避していたあのとき、艦は可燃物が多い艦尾を熱源に対して晒していた。その所為で、真っ先に爆炎に巻き込まれて弾薬の誘爆を招いてしまったのだ。

 

 

「四月まで時間を掛ければ、完全に修理できるんだが、さすがにそれまで待ってはいられない。最低限、艦載機が発着できるようになった時点で、出港するつもりだ」

 

 

表情を厳しいものに戻して、南部は今後の予定を伝える。

「最低限」の言葉に不安を覚えたブーケが、南部を真剣な眼差しで見上げる。

 

 

《最低限と言うが、具体的にはどうするつもりだ?》

「航空機の発着は、上部飛行甲板に統一する。中層格納庫の修理を断念する代わりに、最低限修理をした下部飛行甲板に駐機させることで、搭載数を維持する。整備や出撃準備は、下層格納庫で行うことになるだろう」

《下部飛行甲板はただの物置と化すわけじゃな》

「言い方は悪いが、そうなるな。今回の件を考えると、艦の中心にある下層格納庫は被害を受けにくい。手間はかかるが、弾薬の取り扱いはそこに限定する」

《発着を一枚の飛行甲板上で行うということは、航空隊の運用に倍の時間がかかるという事だ。航空戦力の強みを潰すことになるぞ?》

 

 

遭遇戦が当たり前の宇宙戦闘は、航空戦力の迅速な展開こそが艦の明暗を分けると言ってもいい。それを知っている老描は、目を細めて器用に渋面をつくる。

ブーケは地球の猫からは想像がつかないくらい頭の回転が良いし、表情も豊かだ。

 

 

「さっきも言っただろう? 今は時間が惜しい。……それに関連して、ブーケに頼みがある」

《我輩にできることなら。少しでもお主らに恩返しできるならば、喜んで引き受けよう》

「感謝する。それじゃあ……」

 

 

そう言うものの、ブーケに頼むのは気が引けるのか、南部はしばし口をつぐむ。

しかしそれも僅かな時間、南部は躊躇いながらも切り出した。

 

 

「俺達は今、修理の指揮と出港準備に忙しい。俺達に代わって、篠田の奴を何としても『シナノ』に乗り込ませてほしい。あいつは今……心の拠り所を失くしちまって、一歩も動けないんだ」




ただ今、鉛筆画のみでイラストを描けないか試しています。
その方が早く仕上がるし。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十二話

活動報告にも書きましたが、過去に投稿した話に画像を追加しました。つたない鉛筆画ですが、ご笑覧ください。
これからも、時折唐突に絵が追加されますので、ご了承いただければ幸いです。


2208年3月13日19時15分 新生アレックス星攻略部隊旗艦 潜宙戦艦『クロン・サラン』 作戦室

 

 

テレザート星系より天の川銀河中心方向に4000光年、テレザート星系の引力圏から脱出して天の川銀河の引力をうっすらと感じるだけの、無重力に限りなく近い宙域。

ラルバン星を出立した新生アレックス星攻略部隊、分遣された偵察部隊51隻を引いた本隊199隻はこの宙域に留まり、四ヶ月の休息の間に落ちた錬度を取り戻すべく、猛特訓を行っていた。

もっとも、錬度云々などという話は後付けで、実際はカーニーが帰還するまでの暇つぶしと言う側面が強い。

 

 

「おかしい……」

 

 

宇宙図が投影されたモニターの前に立ち、決戦部隊司令ウィルヤーグは眉間に皺を寄せて呟く。

カーニーが分遣艦隊を率いてうお座109番星系へ移動を開始したのが、8日前。現地までどんなに長く見積もっても片道3日。戦闘と後処理に2日かかったとしても、もう戻って来てもいい頃合いだ。

 

 

「まさか、怖気づいて逃げた……いや、まさかな。カーニーに限って、そんなことはあるまい」

 

 

ウィルヤーグとともに心に芽生えた不審を払うダルゴロイは、壮年に差し掛かりつつあるが将としてはまだ若い部類に入る。金糸の髪を七三分けにし、髭を綺麗に剃った姿は、軍人よりも文官のイメージに近い。

彼は航空機の運用に優れ、私が率いていた元さんかく座方面軍第19艦隊では、航空戦隊司令として空母機動部隊を任せていた。此度の新生アレックス星攻略部隊では空母機動部隊司令に任命され、超大型空母6隻と高速中型空母12隻を率いている。

普段は決戦部隊の後方20万宇宙キロに位置し、旗艦の超大型空母『デクーラ』で指揮を取っているが、ウィルヤーグの招集に応じて『クロン・サラン』にまで赴いているのだ。

 

 

「そうですよ。あの功名心に手足が生えたような男が、そんな事をするはずがないわ」

 

 

自動扉を開けて入室してきたミラガンは、呆れ交じりで同意した。どうやら、二人の声は部屋の外まで聞こえていたようだ。

 

 

「彼、念願だった一個艦隊司令の座をようやく任されたのよ?今まで以上に張り切りこそすれ、手柄を棄てて逃げるなんてありえないわ」

「やはり、そう思うか」

「ええ、ノールモック」

 

 

ダルゴロイを下の名で親しげに呼ぶ彼女は、彼の隣に並んで宇宙図を見上げる。

その威風堂々たる立ち姿は、かつてズウォーダー大帝の情婦としての立場と帝国支配庁長官の座を利用したサーベラーの妖しげな雰囲気とは真逆な、豊富な実戦経験に裏打ちされた、自信に満ち溢れた雰囲気。

軍服の上からでも分かる、細身ながら充分に鍛えられた肢体。

しかしその容姿は、ガトランティス人の美意識を以てしても美人のカテゴリーに入る。

腰まで伸びた青紫の髪には緩やかなウェーブがかかり、まるで黎明の海に立つ綾波のよう。

軍務中だから当然、過度な化粧などしていないのだろうが、それでも肌は練り絹のようにきめ細かく、切れ長の目に端麗な鼻梁と唇は、上司でなければ男性共の視線を集めて止まないだろう。

その美貌と傑出した実力で、彼女は人種のハンデを乗り越えてダーダーの覚えめでたき銃身にまで上り詰めたのだ。

 

 

「では貴様は、カーニーがいまだに連絡すら寄こしてこない現状をどう説明する?」

「さぁ、さすがにそれは分かりかねますわ」

「大方、殿下に献上する土産でも調達してるのではないですか?」

 

 

ウィルヤーグは、思わず出そうになった溜息を噛み殺した。肩をすくめるミラガンに、ダルゴロイは既に思考を切り替えて楽観的。まだツグモは作戦室に来ていないが、彼も同じことを言うのだろうか?

 

 

「それでは、何の連絡もよこさないのはおかしいのではないか? いつまでも原隊復帰しない方が、よほど殿下の御不評を買うだろう。現に、我々はカーニーが帰ってこないから足止めを食っているのだぞ?」

「現地の住民を調達しているのなら、このくらいの時間はかかるのでは?」

「そうね。殿下は絶倫で雑食だけど好みのタイプとなると条件が厳しいから、殿下のお眼鏡にかなう奴隷を見つけるのは大変でしょうねぇ」

 

 

殿下の女癖の悪さについては、幹部連中ももはや慣れてしまっている。

女性のミラガンでさえも平気で話題にしているのだから、感覚が麻痺してしまっていると言っていい。

もっとも、彼女が素面で女奴隷のことを口にするのは、自分が殿下の毒牙にかからないと確信しているからかもしれない。

加虐趣味のあるダーダー殿下ではあるが、有能な人物であればたとえ部下であっても異民族であっても夜伽の対象にはならない。明らかに自分より格下で、なおかつ“潰れてしまっても構わない”若い女性が、殿下のお眼鏡にかなう人物なのだ。

そういった意味では、殿下は先帝陛下と同様、正妻を迎える事は一生無いのだろう。

それが良い事なのか悪い事なのか、それは先帝陛下の血を引く者たちが後継者の座を狙っている現状を見ればおのずと分かるだろう。

 

 

「我らにはアレックス星攻略という至上命題があるのだ、いつまでもこのままというわけにもいかん。これから殿下の裁を仰ぎに、司令室へ向かう」

 

 

今回、ウィルヤーグが彼らを招集したのは、まさにそのためだ。ツグモの合流を待って、幹部全員で殿下に決断を促すつもりだ。

 

 

「ウィルヤーグ司令はどのようにお考えで?」

「私か?」

 

 

ミラガンに尋ねられたウィルヤーグは、虚を突かれたような顔をしたが、しばし虚空を見上げて思案する。裁を仰ぐと決めた本人も、自身では全く考えていなかったようだ。

 

 

「そうだな、私だったら……」

 

 

通信を送っても返信がない現状、取れる対策はあまりない。カーニーを放って我々だけでアレックス星へ向かうのか、それともうお座109番星系まで迎えに行くのか、あるいは伝令に数隻を派遣するか。

正直なところ、ウィルヤーグはカーニーのことが気に入らなかった。カーニーがダーダー殿下の参謀長だった頃、彼はしきりにゴマをすって好感を得ようという腹が見えて不愉快で仕方なかった。

やれと言われた仕事は完璧にこなしてくるが、その場で決断が迫られた時や急に意見を求めた時にはてんで使えない。そんな印象だった。

それでいて、彼はダーダー殿下に気にいられるのが早かった。その見え見えに卑屈な態度が殿下の優越感を満たしたのだろうが、将としては大した才能も無いくせに殿下のご機嫌取りで出世して、今では自分と同じ艦隊司令の立場。ミラガンとダルコロイは気にしていないようだが、ウィルヤーグにしてみれば面白い訳がない。

それならば、オリザーを司令に据えた方が、よほどマシだというものだ。

 

 

「……全艦でぞろぞろと分遣隊を迎えに行く、だな。貴様が連絡をよこさない所為で殿下と部隊全体にこれほどの迷惑を掛けているのだと、カーニーの奴に見せつけてやりたい」

 

 

思案の末に出した言葉だったが、ミラガンは「う~ん?」と唸り首を傾げる。

 

 

「何だミラガン、不服か?」

「いえ、不服と言う訳ではないのですが……」

「あまり、得策ではないかと思います、ウィルヤーグ司令」

 

 

言い澱むミラガンと、彼女の言いづらい事を代弁するようにはっきりと断言するダルゴロィ。

やはり、個人的な感情の為に全艦を動員してするのは大人げなかったか、と反省しかけたが、

 

「たぶん、司令の意図はカーニーには伝わらないと思いますよ?」

「ええ、ダルゴロィの言うとおりです。きっとカーニーのことですから、殿下が御自ら迎えに来てくれたと言って感涙するだけだと思いますわ」

「……あいつは、皮肉すら通じない阿呆なのか?」

 

 

何故あいつが偵察部隊を率いているのか、ウィルヤーグは改めて首を傾げるしかなかった。

結局、ダーダー殿下の決断は「もう一日待つ」という、なんとも煮え切らないものであった。

その「もう一日」も無為に過ぎてしまう予感を、この時のウィルヤーグはうすうす感じていた。

 

 

 

 

 

 

2208年3月18日20時01分 冥王星基地 『シナノ』艦長室

 

 

「ふぅ……」

 

 

艦長室の椅子にどっかりと座るなり、芹沢は背もたれに深く身を沈めた。

心底疲れたとばかりに玉のような溜息をつくその様は、戦闘よりも疲弊しているようだ。それもそのはず、つい先程まで彼は、地球にいる水野進太郎防衛事務次官からありがたいお叱りの言葉を頂いていたのだ。

 

 

『君達は、まるで疫病神だな』

 

 

第一艦橋のディスプレイに現れた水野から最初に言われたのは、皮肉を隠そうともしない一言だった。

開口一番にそのような罵倒を受ければ、怒るよりも前に疑問が湧く。

問うてみれば、地球連邦政府の閣僚会議が荒れに荒れ、とばっちりを受けてお怒りの酒井忠雄地球防衛軍司令長官のとばっちりを受けたのだそうだ。

彼曰く、最初は辺境調査団がガトランティスと交戦し、果ては敗走したことを責める意見ばかりだったのだそうだ。第三次辺境調査団の目的が旧テレザート星宙域の威力偵察と辺境の航路調査であったにも関わらず、遥か手前のうお座109番星系でガトランティス艦隊に敗れ、当初の目的を何一つ果たせずに帰って来た事が問題となったのだ。

ところが、いつしかサンディ王女とあかね君を拉致しようとした黒服・白服の正体を巡って閣僚同士が激しく衝突し、最後には二人を乗艦させた日本と日本人である酒井司令に非難の矛先が向けられたという。

藤堂前長官のように肝の据わった人物でない酒井司令はまともに言い返すこともできず、たまった鬱憤を水野事務次官にぶつけたらしい。それを腹立たしく思うのは理解できるが、たまった鬱憤を他人にぶつけては同じ穴のムジナであることには気付いていないようだった。

 

芹沢は脱いだ制帽を手元で手慰みに指先で回しながら、出発の前に水野事務次官と交わした会話を思い出す。

 

 

《現場で起こるアレコレにはこちらで対処しますが、私の手の届かない厄介事はそちらでなんとかしてくれなければ困ります》

《言われるまでも無い。何年事務方のトップを勤めていると思っている?》

 

 

統合幕僚監部を飛び越えてまでわざわざ自分を呼び出して、自信満々に言っていたあれは一体何だったのか。二人を拉致された事に艦長として責任を感じてはいるが、二人の乗艦を承認した張本人に文句を言われたくは無かった。

 

芹沢はサングラスを取った。掛けていても煩わしさを感じるものではないはずなのだが、外しただけでも何かから解放されたような気になり、彼の苛立ちは少しだけ晴れてくれた。

見上げた先には、打ちっぱなしのコンクリートと蜘蛛の巣状に張り巡らされた鉄骨の梁、そしてずらりと並ぶ笠のような形の巨大照明。どこを見ても殺風景な、宇宙船ドックにありがちなつまらない天井だ。

焦点を合わさずに中空を茫と眺めながら、これからのことを考える。

サンディ王女とあかね君が、ガトランティスの手に渡ってしまった。

それはつまり、戦艦『スターシャ』とともに死んだと思われていたサンディ・アレクシアが生存していたことがガトランティス側に知られてしまったということであり、地球連邦が彼女を匿っていた事まで知られてしまったという事だ。

二人は今、どこに監禁され、どんな待遇を受けているのだろう。

冥王星宙域に現れたガトランティス艦隊―――さんかく座方面軍第19艦隊所属と言っていたか、彼らは戦艦『スターシャ』を、つまりはサンディ王女の引き渡しを要求してきた。そして、それが叶わぬと分かるとたちまち対艦ミサイルで撃沈してしまった。

つまり、彼らにとってサンディ王女は生きていれば儲け物、死んでいても一向に構わない程度のものということだ。

一般的には、交戦中の敵国の王族は、人質として扱われる。屈服させた国の王族は、奴隷にされるか皆殺しにされる。サンディ王女の場合、祖国がはるか260万光年の彼方なため、どちからは判断できない。彼女の扱いが大事な人質になるのか、屈辱的な奴隷になるのか、全く分からないのだ。

あかね君の存在も、ガトランティス側にどのような影響を与えるか分からない。

ガトランティスは、アレックス王家について詳細に調べているに違いない。ならば、王家に王女は一人しかいないことも知っているはず。当然、あかね君は何者だという疑問に行きつくだろう。

もしも、彼女の正体がバレるようなことになったら。

 

……やめよう。悪い推測に悪い推測を重ねても、文字通り悪循環なだけだ。

それに問題は、これだけではない。すなわち、ガトランティスがテレザート星宙域よりもはるかに太陽系に近い宙域で発見された点である。

同じ星系に無人要塞が複数配置されていることも鑑みれば、よほど楽観的な人でなければ、ガトランティス残党軍が再侵攻のために地球に近い場所に前線基地を構築していると考えるだろう。そして、相手はその動きを地球側にバレたと判断するだろう。

向こうは、今頃焦っているはずだ。侵攻の兆候を察知され、あげくに終結した兵力に決して少なくない損害が発生しているのだ。地球が防御を固める事は容易に想像が出来るし、逆に打って攻めてくる可能性も考慮する必要がある。

自分がガトランティスの司令官なら、と芹沢は考える。

うお座109番星系に前線基地としての価値を見出しているなら、前線基地に兵力が集まるのを待ってから、満を持して地球に進撃してくるだろう。無人要塞が全滅した事実を重く受け止めるならば、今の前線基地を放棄して別の宙域に集合する可能性もある。地球軍の来襲を警戒して、当分の間守勢に回る判断をするかもしれない。いずれにしても、地球防衛軍が態勢を整えるだけの時間は稼げる。

しかし、前線基地を使わずに直接太陽系に向かう決断をしたら。或いは、実はガトランティスの兵力はあまり多くなく、地球側が防御を固めてしまう前に勝負を決めてしまおうと拙速に陣を進めようとしていたとしたら。

 

 

「敵の規模次第か……『エリス』が目撃した限りは少なくとも50隻近くはいたらしいが、それで全部と考えるのは楽観に過ぎるか」

 

 

地球連邦軍は太陽系に分散配置されている艦隊を集結、再編成してガトランティス再来に備えつつまる。遠からず、地球防衛軍所属の艦艇のみならず、『シナノ』や『ニュージャージー』のような各国が保有する軍艦にも動員が掛かるだろう。ヤマトのときのように空母機動部隊に編入されるか、もしくは主力艦隊に随伴して艦隊直営の任に就くか、どちらかだろう。

しかしそうなると、当然ながらあかね君とそら君を救出に行けなくなる。

ジャシチェフスキー氏は所定の任務を完遂できなかったとして謹慎を言い渡され、第三辺境調査団は機能停止状態に陥っている。今、本国から地球防衛軍への出向を命じられたら、逆らうことは不可能と言っていい。水野事務次官の様子を見ても、二人の為に艦を動かすことを了承してはくれないだろう。

 

再び落ちる溜め息ひとつ、芹沢はさきほど見回った艦内の様子を思い出す。

現在、『シナノ』クルーは昼夜を問わず、全力で修理を行っている。彼らの中では、二人を救出しに行くことは既定事項だ。

私もブーケに、「主は必ず救う」と断言した。

あの約束を、違えるつもりは無い。

 

 

「出港するなら、今しかない、が……」

 

 

第三調査船団が機能停止している今、そして地球防衛軍が日本政府に対して正式に『シナノ』動員の要請をしてくる前に、もっともな理由をつけて冥王星基地を出なければならない。

しかし、修理にある程度の目処がつかないことには出港すらできないのも、厳然たる事実。

今は何の手も打てない自分が、何とも恨めしかった。

 

 

 

 

 

 

2208年3月18日20時11分 冥王星基地 『ニュージャージー』第一艦橋

 

 

地球を守るために地球防衛艦隊に合流するべきか、それとも二人を捜索に出撃するべきかの二律背反に芹沢が頭を悩ませていた頃。

彼とは異なる意味で、頭を悩ませている男がいた。空母『ニュージャージー』艦長、エドワード・デイヴィス・ムーアである。

場所こそ違えど、芹沢と同じく艦長室に籠って上司と交わした通信についてあれこれ考えては、新たに湧き上がる疑問に苦悶している。

とはいえ、出撃するかしないかで悩んでいる芹沢とは違い、彼が出撃することは確定事項であり、そこに異論はない。否、挟めない。

それは、彼と『ニュージャージー』の出撃は上司からの命令であったからだ。

 

 

《いまだ修理は終わっておりません。兵員の休養に最低でも一ヶ月、補充要員の慣熟訓練をすれば二ヶ月は出撃を見合わせなければなりません》

《無理を承知で命令している。今一度、うお座109番星系に赴き、サンディ・アレクシア、アカネ・ヤナセ、そしてスティーブ・ダグラスの三人を救出して来い》

 

 

つい一時間ほど前、エドワードは通信相手に厳しい表情で向かいあっていた。

正面の大型ディスプレイには、アメリカ軍が唯一保有する宇宙艦隊の司令官、つまりエドワードの直接の上司だ。

 

 

《三人が拉致されてから、時間が経ち過ぎています。彼らの監禁場所はおろか、生死さえ不明です。せめて現在の居場所を突き止めてからでないと、時間と労力を浪費するだけになります》

《それも承知の上での話だ。居場所を捜索の上、救出作戦を実行するんだ。『ニュージャージー』にはそれが可能だろう?》

《確かにSEALSは非正規作戦に長けたチームですが、警察犬の真似ごとまではできません。本国は、捜索のために艦を派遣してくれていないという事ですか?》

《あいにくだが、こちらからは動かせる船は一隻も無い》

《そんな馬鹿な、あれから二週間近く経っています。駆逐艦の一隻くらい、都合が付けられないはずは無いじゃないですか》

《我々が動けば、合衆国が二人を攫いましたと公言しているようなものであろう?》

《本当に、救い出す気があるのですか?》

《だから、せめて君たちだけでも派遣しようと言うのではないか。貴艦だけで救出できれば良し、無理でも後続のために先行偵察するだけでも十分だ》

《先行偵察? つい最近もそんな言葉に乗せられて銀河の縁まで出かけた艦隊がいたような気がしますな。ボロ負けになって帰ってきましたが》

《ほぉ、そんな事があったのか。どこの誰だか知らないが、一度失敗したなら二度目は失敗しないように慎重になるだろう?》

 

 

エドワードがどれだけ抗言しようとも艦隊司令は眉ひとつ動かさず、淡々と正論と無茶を突き付けてくる。ならばと、エドワードも偽悪的な笑いを浮かべながら無茶と皮肉を吹っ掛ける。

 

 

《ならばこそ、万全の態勢を整えてから出撃するべきです。ろくに修理も補給もできていない艦で、何のアテもなく星の海を彷徨えと言われても、とてもじゃないですが承服できません。どうしても首を縦に振らせたいなら、代わりの船と人員を持って来てください。ああ、どうせならもうすぐ竣工する姉妹艦の『ウィスコンシン』がいいですね、あれなら慣熟訓練要らないですし。こちらから取りに伺いましょうか? 副長以下クルー全員でフィラデルフィアに行きますよ? しばらく国に帰ってませんから、慰安も兼ねて丁度良いでしょうね》

 

 

皮肉に気付いた司令官は、舌打ちともに渋面を浮かべた。エドワードは一矢報いた暗い愉悦を、固く口を結んだ表情の裏に隠す。

 

 

《本国が動くわけにいかない、と言っているだろう》

《それは我々も同じ事です。地球連邦軍が管轄する基地である分、なおさら厄介です。修理が終わってもいないのに理由も無く出港すれば、誰もが不審に思うでしょう?》

《それについては、既に対処してある》

《どういうことですか?》

《冥王星基地には、『ニュージャージー』は本格的な修理と改装を行うためにフィラデルフィア宇宙軍基地に回航すると伝えてある。いいか、貴艦はアステロイドベルトまで航行して、岩礁帯に入り込むんだ》

 

 

エドワードは相手が何を言わんとしているのかを素早く察知し、先程の司令官と同様の渋面を作る。

 

 

《レーダー波が届かない宙域で一度完全に姿を隠して、一気にうお座109番星系までワープすると? 確かに理には叶っています。しかし、何度も言うように艦の状態が、》

《宇宙戦艦ヤマトは》

 

 

なおも拒絶しようとするエドワードの言葉を、司令官は遮った。

 

 

《イスカンダルと地球の往復29万6000光年という前代未聞の旅路を、技術班の修理だけで乗り越えて無事に帰って来たぞ?》

《……!!》

《ガトランティス戦役の際、デスラーとの戦いで大破した後も応急修理のみで地球へ舞い戻り、白色彗星へ果敢に攻撃を仕掛け、これを撃破している》

《地球存亡の危機だった当時と今では、》

《ガトランティス戦役からわずか一ヶ月後にはイスカンダルへと遠征に行っている。それも、補充乗組員の教錬も兼ねてだ。それでも、暗黒星団帝国の艦隊や要塞にも一歩も引かずに戦い、帰って来た》

《……》

 

 

つらつらと、司令官は宇宙戦艦ヤマトの偉業を列挙していく。

エドワードは反論の目を次々と封じられていく。

何故なら、それらは『ヤマト』が行ったまぎれもない事実であり、『ヤマト』はエドワードにとって『シナノ』以上に憧れであり目標であったからだった。劣等感と言い換えてもいい。

『ヤマト』が実際にやってのけたことをエドワードが「できません」と拒否することは、彼にとっては耐えがたい屈辱であった。

司令官は、なおも例を重ねる。彼のプライドを刺激するように、「ヤマトができたことを貴様はできないのか」と挑発するように。

 

 

《暗黒星団帝国が攻めてきたときは、どこにあるのかも分からない敵の本星をはる40万光年先の広大な暗黒銀河から見つけ出し、これを消滅させているな》

《…………》

《ディンギル帝国が侵略してきたときには、虎の子の波動砲を撃てない損傷を負いながらも都市衛星ウルクを撃破している》

《…………仰るとおりです》

《さて、もう一度聞こう》

 

 

外堀を埋めたと言わんばかりに、司令官の口に笑みが漏れ出ている。エドワードは、それがひどく醜いものに感じた。実際、理屈では受け入れられなくてもプライドがそれを許さないという矛盾に苦しむエドワードを、司令官は知らずの内に楽しんでいたのである。その状況に持っていったのが自分の話術だった事実が、彼の優越感と自尊心を大いに刺激したのである。

一言一句を区切って相手に言い含めるように、エドワードを屈服させるために、司令官は言葉を紡ぐ。

 

 

《わずか2万光年先の、うお座109番星系のいずこかにいると強く推定される、たった二人の人間を探しに、ドックに入って恵まれた状況で修理と補給を受けている貴艦が、出撃することは、可能かな?》

 

 

チェックメイト。

もはやエドワードに「YES」以外の返事は無かった。

 

 

通信が切れてしばし、ようやく状況を客観的に理解したエドワードは、どうして司令官の言葉を最後まで突っぱねなかったのかと後悔した。

『ヤマト』をモデルとして作られた『シナノ』に対抗すべく、『ニュージャージー』は造られた。ならば合衆国の期待を一身に受けて造られた軍艦としては、その行いも『シナノ』、さらにはそのモデルである『ヤマト』に負けないものでなければならない。エドワードは常々そう思ってきていたし、部下たちにもそのように発破をかけてきた。

そんな普段の言動を、司令官に利用された。

『ヤマト』をいちいち例に挙げて、「普段から『ヤマト』に追いつけ追い越せと言っているのだからこのくらいやってみせろ」と暗に脅してきたのだ。

 

 

「上層部は、アイオワ級戦艦に『ヤマト』以上の功績を期待している……それは分かるが、こんなところまで真似させる必要はないだろうに。クソッ、やらなきゃいけないのか」

 

 

エドワードの顔が苦渋に歪む。肘掛に置いた握り拳が震える。自他ともに勇猛と認めるエドワードが、これほどにまで気が乗らない出航は初めてだ。

うお座109番星系から冥王星に帰還する際、第一艦橋クルーはその場に残っての捜索と救出を主張した。あの時のエドワードは自らの突出癖を反省して、命令に従うことを選択した。基地に戻って辺境調査団の任務から解放されれば、いつでも出直せると思っていたからだ。

しかし入渠して詳しい損害状況を知ってしまえば、艦の責任者としては不完全な状態で出航させることは躊躇われる。とりわけ、宇宙空母―――実質的には戦闘空母だが―――の存在意義たる航空機運用能力に大幅な支障が生じている以上、『ニュージャージー』は裸の王様に他ならない。艦隊を組んで行くならばまだしも、単艦で敵支配宙域に敵の手中にある物を取り返しに行くなど、暢気な自殺と変わらない。

ならば、基地に戻って落ち着いてしまう前に、いや、あの時に部下の進言を受け入れて残るべきだったのだ。

 

 

「艦長も所詮は中間管理職か。そんな単純なことに、この歳になって気づくとな」

 

 

自嘲めいた薄ら笑いを浮かべる。

せめて、マイク越しではなく直接会って指示をしないと、申し訳が立たない。

エドワードは席を立つと、エレベーターではなく階段を使って重い足取りで降りて行った。




次の第二十三話で、「遠征編」は終了となります。続編となる「混迷編」はいまだ一話しか完成しておらず、必然としてここで更新はいったん凍結させていただきます。
そこで、次々回からは新規小説として、外伝である「宇宙戦闘空母シナノ外伝 ~○○かもしれない未来」を投稿したいと思います。これは「もしも復活篇に『シナノ』がいたら」という作品です。
更新ペースがどの程度になるかは不明ですが、これからも『シナノ』シリーズをよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十三話

例え物語の中でも、一度心が折れてしまった人間を復活させるのって、意外と難しい。
ありきたりな熱血説得やご都合的な復活劇をやらないとなると、難易度はより上がる。
だから、拙作の主人公はいつまでもウジウジしています。


2208年3月19日5時49分 冥王星基地 『シナノ』艦長室

 

 

艦長室のベッドで就寝していた芹沢が目を覚ましたのは、起床ラッパにはまだ若干の余裕がある時間であった。

それは、たまたま早く起きたという訳ではなく、起床ラッパと同時に行動を開始するためにはそれよりも前に目を覚ましていなければならないという、軍人の習慣によるものだった。ただひとつ他の乗組員と異なるのは、個室であるがゆえに、起床ラッパよりもベッドから離れても、見咎める者がいないという事だ。

寝間着姿の芹沢は艦長席まで歩き、基地の天井から暴力的なほどの光を浴びせる照明の前に姿を晒した。いまだ立ち上がりの悪い意識をはっきりと覚醒させ、体内時計をリセットするためである。

全高77メートルの頂点、艦長室から見る景色は、すべてが小さい。艦橋構造物に密接している八連装ロケット発射機は見えず、二番主砲は砲身がかろうじて見える程度だ。一番主砲の先には水上艦だったころよりもはるかに細くシャープになった艦首と、宇宙艦艇になっても何故か残されているフェアリーダー。ほかの艦には存在しないことを考えると、この無駄な構造は『ヤマト』の設計を流用したせいだろう。『シナノ』が、そして『ヤマト』がいかに急ごしらえだったかが窺える。

軍艦色が映える甲板から視線を正面に移せば、そこはさながら女郎蜘蛛が『シナノ』を捕捉しようと節足を絡ませているよう。天井クレーン、ジブクレーン、船台とガントリーロック、さらにはそこから伸びる鋼鉄の糸が左右上下から艦体にまとわりつき、『シナノ』をがっちりと固定している。大小さまざまな太さのパイプが繋がれていると、まるで集中治療室に入院している患者のようであまりいい気はしない。

もっとも、艦長席から見える箇所に損傷個所はない。破滅ミサイルから逃げる際に負った被害は後部に集中しているので、工員や修理機材も当然ながらそちらに置いてある。艦橋から見えるのは、点検や補給の為の設備がほとんどだ。

左右を見渡せば、同じように損傷を受けた『エリス』、『ニュージャージー』、『ペーター・シュトラッサー』、さらには囮を務めた巡洋艦4隻、駆逐艦1隻が同じく肩を並べて傷だらけの体を休めていた。

 

 

「……?」

 

 

ふいに、隣のドックに入渠している『ニュージャージー』の異変に、芹沢は気が付いた。

『ニュージャージー』に点滴のように繋がれていたパイプ類が一切取り払われ、艦体周りが非常にすっきりしている。天井クレーンもジブクレーンも艦を避けるように向きと仰角が揃えられている。ドックの周辺も綺麗に片付けられ、工員の姿も将兵の姿も見当たらない。主砲塔、副砲塔は砲身を正眼に構え、対空パルスレーザー砲は仰角高く天井を睨んでいる。

ドックの出入り口を監督する管制塔に黄色いパイロンが灯ったとき、芹沢は何が起きているのか、ようやく理解した。

 

 

「まさか、出港するつもりなのか!?」

 

 

そのとき、警戒を促すブザーがけたたましく鳴り、広くも天井の低いドックが反響で満たされる。

鈍い金属音とともに船底を掴まえていたガントリーロックが艦首から順番に開き、外界とドックを隔てる重厚なゲートがゆっくりと左右に開かれた。

気圧差でゲートの向こうから吹き込んでくる突風が、クレーンを軋ませる。

どこからか出港ラッパの音が喨々と鳴り響くや、『ニュージャージー』が一度二度、大きく身震いすると船台がレールに沿って前進を始める。

 

 

「やられた……、修理が終わっていないのに出撃するとは、想像できなかった!」

 

 

ゲートの向こうの減圧室へ、空色の艦体が徐々に飲み込まれていく。

それを最後まで見届けることなく、芹沢は艦長室を駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

それからの芹沢の動きは早かった。手早く身支度を整えると第一艦橋に駆け込み、半舷上陸しているクルーへの帰艦命令と、同時に艦内に残っている者には出航準備を命じた。

現在進行中の修理作業をすべて中断、出港に向けた艦内チェックを行う。

 

破滅ミサイルで熔解してしまった後部外装は、地球連邦軍標準規格の装甲板の取り付けが完了している。『ヤマト』に比べれば段ボール並みの貧弱な装甲だが、重量バランスが崩れることを覚悟の上で重ね張りすることで、必要最低限の強度を確保した。同じく溶け落ちた四枚のウィングは付け替える時間を惜しんで全て破棄、大気圏内での運動能力の低下には目を瞑るしかなかった。

破壊された中層艦載機格納庫は放置、最低限修理した下部飛行甲板に露駐することで登載数は維持。整備と武器弾薬の装填は全て下部艦載機格納庫にて行う。発着艦は上部飛行甲板のみで行うことになるが、艦載機昇降用エレベーターは一基しかないので、敵襲に際しても要撃機の迅速な展開ができなくなった。冥王星基地に一時待機しているコスモタイガー隊は出港後に合流する予定だ。

ユニット交換中のサブエンジンは、部品だけ積み込んで航行しながら修理を続行することにした。運動性能こそ落ちるものの、三基あれば航行は可能だ。

補給物資は修理と並行搬入をして行っていたから、生活物資等の不足はない。

総じて、運動能力と艦載機運用能力の低下を引き換えに、『シナノ』は最短で翌朝までに出港できそうだった。

 

そして自らは、『ニュージャージー』追跡の許可を得るべく、防衛省へと通信を開いた。

正直なところ、芹沢は本国への通信には躊躇いがあった。つい昨日「疫病神」と皮肉られたばかりだし、顔を合わせた途端に連邦政府からの要請を伝達されるかもしれない。自ら火中に飛び込むような真似はしたくないが、上からの命令無しに冥王星基地がゲートを開けてくれないことは自明なため、頼らざるをえなかった。

そして案の定、要請はにべもなく却下された。連邦政府からの要請がなかったのは不幸中の幸いだったが、早朝から背広組特有の回りくどくてネチネチした文句を昨日の三割増しで浴びせられた。

 

正規ルートを断念した芹沢は、今度は南部が持つコネを利用することにした。

南部は『ビッグY計画』のときから『シナノ』に関わっており、前地球防衛軍司令長官の藤堂平九郎、地球防衛軍科学局局長の真田志郎とも浅くない関係だ。真田なら科学局局長の権限を使って、地球防衛軍参謀本部から防衛省の頭ごなしに『シナノ』へ“出撃命令”をひねり出せるかもしれない。

部下が持つコネに頼るなど、艦を統べる者としては恥さらしもいいところだ。しかしこの際、なりふりに構ってなどいられない。芹沢は南部に、一度艦を降りて私的な通信として真田と連絡を取るように命じた。根回しという反則技を使う以上、『シナノ』の通信設備を使って痕跡を残すわけにはいかなかったのだ。

艦長席の脇を通り抜けてエレベーターに乗ろうとする南部に、芹沢は思い出したように声を掛ける。

 

 

「帰り際に、寄ってほしいところがあるんだが……」

 

 

行先を告げられた南部は、厳しい顔つきで大きく頷き、第一艦橋を後にした。

 

 

 

 

 

 

2208年3月19日10時06分 冥王星基地内病院

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト ヤマトよ永遠に』より《傷ついた戦士たち》】

 

 

「入るぞ」

 

 

返事を待たずに入室した二人の人物は、出迎えたブーケのほっとした表情を、病床の人物の元に立った。

室内灯が点いているはずなのに、まるで真夜中のような暗さ。それは、まごうことなく恭介が醸し出す雰囲気によるものであった。

上半身を起こしてベッドで悄然としている恭介は、傷の回復と反比例するように確実に痩せ衰えていた。焦点の合わない目に生気は無く、眼下には隈が浮かんでいる。血色は悪く、とても二十代前半とは思えない。長い入院生活で伸びた髪が、より一層に彼を陰鬱な雰囲気にしていた。

そんな恭介を目の当たりにして、二人は顔を向き合わせせて視線で会話する。ブーケの言っていたことは本当だったかと、事態の深刻さを再認識していた。

 

 

《すまぬ。せっかく託してくれたのに、我輩では無理だった》

 

 

うなだれるブーケに気にしなくていいと慰めると、僅かに逡巡したのち、男の方―――南部が、努めて事務的な声を恭介に掛ける。芹沢が依頼した「寄ってほしい場所」とは、恭介をはじめ先の戦闘で負傷した『シナノ』クルーが入院している病院の事だった。

 

 

「篠田、出撃が決まった。1800時までに総員帰艦との命令だ」

「……随分と、急ですね」

 

 

蚊の鳴くような小さな声が、病室のよどんだ空気を弱々しく震わす。槁木死灰のような出で立ちだが、返事を返してよこすくらいは理性の灯が残っていたかと、二人はわずかに安堵する。

 

 

「すぐに支度しろ。30分後には退院するぞ」

「……俺、重傷患者、です」

「ピンピンしているじゃないの」

 

 

女の方―――冨士野シズカは恭介の体と病室を見回す。恭介の体には点滴もなければ心電図をとるための電極もなく、ベッドに設えられているベッドサイドモニターなどの機器は電源が入っていなかった。なにより、彼は既にICUから一般病棟に移されている。つまり、常時モニタリングする必要がないところまで快復しているのだ。

 

 

「……医者に、安静にしているようにって言われているんですよ。せっかく来ていただいて申し訳ありませんが、俺のことは……」

「行き先は、天の川銀河オリオン腕、銀河辺縁宙域。うお座109番星系を経由して、テレザート星宙域へ向かう。この意味、解るな?」

「…………どうして、ですか」

「お前がそれを問うのか?」

「……」

 

 

恭介は俯いていた顔をさらに伏せる。

力のない目で手元を見ながら、彼は口を噤んだ。これ以上言いたくない、考えたくないとばかりにきつく口元を結ぶ。

重症だ。二人は図らずしも同じ感想を抱く。ブーケだけでは荷が重すぎたかと、南部は自分の浅慮を悔いる。恭介の心をケアするには、彼の心情を正確に理解できる者が当たるべきだった。あくまでサンディ王女の事を最優先に考える立場であるブーケには、それは役者不足だったのだ。

 

 

「篠田、貴方……まさか、来ない気なの?」

 

 

恭介の肩がビクリと震える。図星を突かれたというところか。ならば、行かないという自らの選択に、罪悪感を感じているのかもしれない。

 

 

「医師から、お前の怪我の具合は聞いている。胸の傷は既に完治しているんだろう?」

「……俺、まだ治っていません」

「篠田、いいかげんにしろ。治っていないわけ、」

「胸をレーザー銃で撃たれて死にかけてた人間が、二週間やそこらで完治するわけないでしょう!?」

 

 

さらに畳み掛けようとする南部を、恭介の怒声が遮った。

憔悴しているとは思えない、二人がおもわずたじろいでしまうほどの大音声だった。

それでも病み上がりの体には負担なのか、言い切ったまま臥せってしまう。

その下がった頭を見た南部は、思わず息を飲んだ。

 

 

「おまえ、その髪……」

「……あかねのこと、怒れなくなっちまいました」

 

 

アハハ、と乾いた自嘲の笑い。先程まで黒かったはずの髪が、いつのまにかまばゆい黄金色に替わっていた。

それは、かつて恭介が目撃した出来事。

あかねの身に起こった髪の変色が、恭介の身にも起きていたのだ。

 

 

「興奮したり生命の危機が迫ったりすると、イスカンダル人の細胞が活性化して発光するそうです。細胞が活性化している間は、地球人の範疇を遥かに凌駕する生命力を発揮して宿主を守るんだとか。短時間ならば宇宙服なしでも活動できるらしいですよ?」

 

 

化け物じみてますよね、と不器用に嗤う。歯車が引っかかって動きに詰まった鳩時計のように、肩をカタカタと震わせる。

 

 

「南部さんには、分からないでしょう。目が覚めたら、体に何か得体のしれないものが埋め込まれてて。それがどんどん自分の体を侵食していって、全く別の生き物にすげ替わってしまうんですよ? 自分という存在が削り取られていくのを、何もできずにただ手を拱いているだけしかできない事が、どれだけつらいか。自分が無力だと思い知らされて、情けなくて……」

 

 

悲嘆に暮れる恭介。

きっと彼の胸中には、母親と慕っていた人に裏切られたという思いが渦巻いているのだろう。

南部には、彼の気持ちを分かってやれるとは言えない。当事者でない人間の言葉だけの薄っぺらい同情は、今この場では何の役にも立たない。

それでも、彼には今すぐ立ち直ってもらわないといけないのだ。

いつの間にか、南部の両拳は青白くなるまで握りしめられていた。

 

 

「……悲劇の主人公を演じて、満足か?」

「……なんですって?」

「ちょっと、南部さん?」

 

 

冨士野が眉を顰めるのを無視。

心を鬼にして、辛辣な言葉を吐いた。

 

 

「自分だけが不幸だなんて思うな。あかね君とそら君が今どんな目に逢っているのか、お前は心配じゃないのか?」

「……」

「……何で、そこで返事が出来ないんだ」

 

 

咎める視線を正視できず、恭介は視線を逸らした。図星だった。

その態度は、元来気が早い彼を激高させるには十分だった。

瞬間的に沸騰した南部は、恭介の胸倉を両手で掴み上げる。

 

 

「篠田、お前それでも二人の兄貴なのか!」

「ちょっと南部さん! 彼の心は不安定なんです、むやみに刺激しないでください!」

 

 

たまらず冨士野が割って入ろうとする。

南部はかまわずに恭介を揺さぶる。

恭介も、意地でも視線を合わさない。

 

 

「出撃前に、俺はお前に言ったよな? 『俺は第一艦橋で艦を守る、お前は艦内で二人を守れ。それがお前にできる責任の取り方だ、二人を守って地球に帰って来るんだ』って」

 

 

航空指揮所でのやりとりを思い出す。あれは、ほんの3週間前の出来事だ。

たった3週間で、どうして二人の間にこんな隙間風が吹くようになってしまったのだろうか?

 

 

「あの時、確かにお前は頷いたよな? いいか、お前はまだ何も責任を取っていない。お前が、二人を迎えに行かなきゃいけないんだよ! 二人も、それを望んでいる! 何故それが分からない!」

「……二人が望んでいるかなんて、分からないじゃないですか。案外、あっちでVIP待遇を受けているかもしれませんよ?」

「本気でそんなことを言っているのか? だとしたら、それは二人に対するひどい侮辱だ」

 

 

篠田は答えない。

 

 

「お前が地球人だろうがイスカンダル人だろうがバケモノに成り果てようが、二人がお前の義妹である事に変わりはない! それを否定するのか!?」

「もう、何もかも分からなくなったんですよ!」

「何も変わっていない! 不安に感じるようなことは何もない!」

「適当なこと言わないでください! 俺もあかねも、由紀子さんに体をいじられた! なら脳は? 俺の心が、精神が操作されていないなんて保証、どこにありますか!?」

「そんなことをするメリットが無いだろう!?」

「由紀子さんは言っていた! 『父親を亡くしてひとりっきりのあかねの遊び相手にあてがった』って! 冗談だと思ってた! 本当でもかまわないと思ってた! でも、その為に俺の心を誘導されていたんだとしたら、ひどい裏切りだ!」

「全部仮定の話だろう、被害妄想もいい加減にしろ!」

 

 

激昂にようやく南部に目を合わせた恭介は、両目に涙を湛えて睨みつけた。

 

 

「……なぁ篠田。お前の気持ちは分かるが、ふてくされて自棄になっている場合じゃない、時間が無いんだ! 今このチャンスを逃せば『シナノ』は当分の間、地球防衛艦隊の指揮下に入らざるを得なくなる! そうなったら、次に助けに行けるのは何カ月後か何年後か! だから俺たちは、“今”助けに行く! 次なんて無いんだぞ!?」

「でも、」

「そんなことを聞きたいんじゃない! 助けたいのか、助けたくないのか! どっちだ!!」

 

 

掴んだ胸倉を絞り上げて迫る。これが最後のチャンスと、南部は心に決めていた。

 

…五秒。

 

―――待った。

 

……十秒。

 

―――まだ待った。

 

………十五秒。

 

―――辛抱強く待った。

 

…………二十秒。

 

―――もう、限界だった。

諦観に項垂れた南部が両腕を下すよりも早く、冨士野が諭すように言った。

 

 

「南部さん、もう良いでしょう? 今の彼の精神状態では航海に耐えられません。今来られても、技術班としては正直足手まといなだけです」

「……そう、だな。その方がいいかもしれない。こんな腑抜けた奴を連れて行っても、あの二人が幻滅するだけだ」

 

 

力なく両手を離すと、恭介は苛立たしげにひとしきり咽た後、拗ねた子供のようにこちらに背を向けて横になってしまった。

こちらなど、もう視界にも入れたくないということなのだろう。

肩を落として深い溜息を一つ、南部は思う。

いつから、こいつはこんな情けない奴になってしまったのだろうか。こいつが直面しているものは、彼をこんなにしてしまうような深刻な状況なのだろうか。

小言を言い合いながらも確かな絆で結ばれていた義妹たちのことは、どうでも良くなってしまうことなのだろうか。

いや、きっと俺が理解できないだけなのだろう。

思い返せば、自分が恵まれた存在だということは、自覚していた。コンプレックスすら抱いている。

家は地球滅亡の危機に財を成した南部重工。復興が成った今では、地球防衛軍の装備に対して大きなシェアを占めている。両親がしきりに見合いを進めてくるのは辟易とするが、それでも家族が健在なのはありがたい話だ。

古代のように、両親を遊星爆弾で失ったことも無ければ、兄夫婦を星間国家の侵略で失ったことも無い。唯一残った姪っ子を、自らの手で殺すという決断を迫られた経験も無い。

森雪のように、恋人のために命を投げ出した経験も無ければ、敵の捕虜になったことも無い。

島や揚羽のように、異星人との報われぬ恋をしたことも無い。

彼らも、不幸自慢をする気はないだろう。だが、

こんな男が目の前の、その身に余る不幸に打ちのめされている男に言葉をかけるなど、傲慢を通り越して滑稽でしかないのかもしれない。

 

 

「帰りましょう。出港準備の作業に戻らなければいけません」

「ああ」

 

 

出航準備中に戦闘班長と技術班副班長がいつまでも艦を離れていては、支障が出てくる。失望を胸に、二人は扉へ向かう。

扉を閉める直前、南部はもう一度ベッドを振り返る。

 

 

「……出港時刻はまだ未定だが、明日中には出航するだろう。ギリギリまで、待ってるからな」

 

 

篠田は相変わらず、二人を拒絶したままだ。

諦めて扉を閉めようとしたとき、

 

 

「…………なんで、二人のためにそこまでできるんですか。たった二人のために……」

 

 

そんな、今さらな問いが漏れ聞こえてきた。

南部は振り返り、とても小さく見えるその背中に語りかけた。

 

 

「そこそこ長い付き合いだから、じゃ駄目か? 同じ船に乗っている仲間だから、じゃ説明にならないか?」

「修理を途中で放り投げて、国や連邦政府を欺くリスクに見合うものではないはずです」

「『ヤマト』にいた時は、参謀本部に喧嘩を売ってでも出撃したことがあるぞ?」

「今回は地球の危機でも何でもありません。何でもかんでも『ヤマト』を引き合いに出すのは、言い訳に過ぎません」

「そう言われても、『シナノ』の幹部連中は半分が元『ヤマト』クルーなんだが……まぁ、いいか」

 

 

言われて、南部は確かにそうだと思う。

確かに、一国の王女とはいえ公式には存在しないことになっている異星人一人に、頭脳優秀ではあるが民間人に過ぎない女性一人。

いくら同じ船に乗る仲間とは言えども、たった二人のために軍艦一隻を動かすのは非合理的だ。二人がガトランティス残党軍の手に落ちたのなら、奪還はすなわち彼らとの決定的な対決を意味する。単艦で挑むのは無謀としか言いようがない―――普通ならば。

同じようにブーケに問われたとき、南部は「救出は皆の総意だ」と答えた。今考えれば、他者を使って自分の意見を有耶無耶にしていたように思う。

なら、自分はどんな理由で彼女たちを助けに行きたいのだろうか?

考えることしばし、思い至った南部は自嘲的に嗤う。

 

 

「眩しかったんだよ、お前らが」

「……眩しかった?」

「ここから先を聞きたかったら、『シナノ』に乗ることだな。……待ってるぞ」

「……」

 

 

最後に恭介の興味を引けたことに僅かな希望を抱きつつ、南部は扉を閉めた。




事前に告知していましたが、理想郷で書き溜めていたストックが切れたのでここで一度更新を凍結します。本当は混迷編の第一話があるのですが、キリがいいのでここで一旦ストップ。五話くらいまでストックが溜まったら更新を再開しようと思っています。
代わりに、次回からキリ番記念で投稿していた「宇宙戦闘空母シナノ外伝 ○○かもしれない未来」を別枠で順次投稿します。
できれば一話毎に簡単な挿絵を差し込みたいので、投稿ペースがどのくらいになるかは不明です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人物紹介

遠征編までの登場人物一覧です。


地球連邦 日本

 

『シナノ』乗組員

 

篠田恭介

本作主人公。2184年5月29日、旧東京都東十条生まれ。10歳の時に遊星爆弾が東京付近に落着した際に家族と死に別れ、一年間の療養後に簗瀬家に引き取られる。2199年の中学校卒業と共に宇宙戦士訓練学校に入学、技術科の道に進む。2201年に34期生として卒業し(徳川太助と同期)、国立宇宙科学研究所造船課に配属される。2206年より「ビッグY計画」に参加し、宇宙空母の建造を着想する。翌年の『シナノ』の完成と共に技術班として『シナノ』乗り組みを命じられる。

引き取られた簗瀬家の一人娘、あかねに密かに恋心を抱くも、本人の勘違いやらあかねの言動やら兄妹としての倫理意識から叶わぬ想いと半ば諦めている。あかねの好意には気付いているものの、「兄妹としての好意に違いない」と勝手に思い込んで振られたと勘違いして凹むことしばし。決してテンプレ主人公のような朴念仁ではないはずだが、あかねに関しては自身の思い込みが先行してサインを見逃すことが多い。簗瀬家のことはもう一つの家族と思って大事におもっているが、何故か一定の距離を置きたがる。普段はあまり酒を飲まないが、いざ飲むとなるとザル。

 

簗瀬あかね

本作ヒロイン。2185年9月7日、旧東京都白山生まれ。9歳の時に遊星爆弾落着に遭う。この時に父を亡くすが、かわりに恭介と出会う。本来は体があまり丈夫でなく性格も大人しかったが、高校入学の頃を境に体質も性格も頭の中も変化。才色兼備な健康美人に育つ。連邦大学に進学後はコスモクリーナーの研究に身を投じている。

簗瀬家に引き取られた一歳上の男の子に恋心を抱くも、兄妹同様に過ごしているうちに脈無しと悟る。それでも恭介が宇宙戦士訓練学校に入学して離れ離れになってしまうと、諦めきれない自分に気付く。2207年1月に告白(?)されたことを切っ掛けに彼我の関係の改善を決意するも、照れと恥ずかしさとプライドが邪魔してなかなか行動に移れない恋愛初心者である。

 

サンディ・アレクシア

さんかく座銀河イーズァー太陽系アレックス王国第三子にして第一王女。6歳(地球では20歳相当) ガトランティス帝国侵攻に際して、イスカンダルへ救援を要請するべく大使として戦艦『スターシャ』に乗艦する。その正体は、イスカンダル王族の遠い末裔。現在は簗瀬家の庇護下にあり、「簗瀬そら」という日本人として『シナノ』に乗艦する。地球での立場は「地球連邦大学特別招聘講師兼生命工学研究所バイト見習い候補生兼宇宙技術研究所造船課技師見習い」。典型的なワガママお姫様としての側面と悪戯好きな天の邪鬼としての側面を併せ持つ。工学博士でもあり、造船学に明るい。

 

ブーケ・アレクシア

サンディの侍従猫。人語を話し年齢は61歳と、地球人から見れば十分な化け猫。星に居た頃は王女の次の待遇だったらしく、年齢も相まって上から目線な口のきき方をすることしばし。弱点はサンディのおてんば所業。

 

南部康雄

原作キャラ。ヤマト沈没後は予備役に退いて南部重工名古屋工廠造兵部庶務課に勤めていたが、『ビッグY計画』始動とともに名古屋軍港第一建造ドック現場副監督に就任。完成に伴い予備役より復帰、『シナノ』初代戦闘班班長に就任。ちなみに彼は古代のような無双キャラではないのでコスモゼロに乗ったりすることは(おそらく)ない。

 

芹沢秀一

『シナノ』艤装委員長にして初代艦長。山南艦長の後輩で、ディンギル帝国戦では、土星宙域で水雷戦隊の指揮を執っていた。白髪交じりの髪をオールバックに固め、色の薄いサングラス(メーカーはRay-〇an)をかけている。揉み上げから顎まで不精髭を生やし、体格は50代とは思えないほどに筋肉質を維持している、まさにセーラーマン。

 

北野哲

原作キャラ。イスカンダル遠征後は第十四号パトロール艇の艇長を勤めていたが、暗黒星団帝国奇襲の際に古野間の誘いで空間騎兵隊の一員として抵抗活動を行う。戦後も空間騎兵隊に所属し、月面基地で訓練に勤しんでいた。『シナノ』ではその経歴からの船外活動の際の現場指揮を執ることもある。

 

藤本明徳

原作キャラ。2199年の初出撃以来ずっとヤマトのクル―だった。ヤマト自沈後は駆逐艦『たえかぜ』の技師長をしていた。『シナノ』では真田役を担おうと頑張っているが、特にチート頭脳はない。

 

坂巻浪夫

原作キャラ。普段の性格は軽いが戦士としてのプライドは高く、戦闘になると厳しい態度で部下に指示を出す。『シナノ』第一艦橋では良かれ悪しかれ一番騒がしいキャラ。

 

来栖美奈

『シナノ』レーダー手。17歳。レーダー手伝統の腰まで伸びる金髪を、ツーサイドアップに結っている。加藤四郎に憧れを抱いていて、裏で流出している写真集を艦に持ち込むほど。

 

葦津綾音

『シナノ』通信班長。黒髪を襟足のあたりでボブカットに切り揃えた、本来なら和装が似合うだろう美人。プロポーションに関しては、和装が似合うあたりで察してほしい。オジサマスキーでブーケも守備範囲内という猛者。来栖、館花と同期。

 

館花薫

航海班副長。髪型はサイドポニー。同年代の女子に比べて身長が若干低い事をコンプレックスにしている。北野がいない間は操艦を任されることもあるが、初めての配属先で重大な仕事を任されることにプレッシャーを感じている。来栖、葦津と同期。

 

島津忠昭

30代ながら新鋭戦艦の波動エンジンを任される、前途有望な機関長。時代遅れのティアドロップ型の眼鏡をかけている。

 

古川康介

『シナノ』戦闘班員。宇宙戦士訓練学校を卒業していきなり第三艦橋勤務になった、ついてない青年。小太りながら軍人としての能力は高く、臨検隊や増設パルスレーザーの臨時砲手といった船外活動隊に選抜されている。武谷にキュンときてしまった被害者の一人。

 

大桶圭太郎

技術班で恭介の部下にあたる新米宇宙戦士。調子いいことを言って、長いものに巻かれるところがある。そのくせ笑いについては全くの無知で、ジョークにマジレスするボケ殺し。

 

冨士野シズカ

原作没キャラ。ヤマトⅢで工作班として真田の部下になるはずだったが、女性が悉くケンタウロス座で下艦してしまったため、原作アニメでは出番が無くなっていた。「冨士野シズカ」としての没設定は、容姿端麗、趣味は高尚、仕事もできて熱心。これ以上の女性はいないと自他ともに認める存在で自分が一番と思い、注目されないと不満を感じる女性であった。真田に憧れているが、真田自身は山上トモ子(没設定では「トモノ」)に対して優しかったとの没設定であった。(by Wikipedia)

本作では第一艦橋に詰めていることが多い藤本に替わって技術班の実質的なトップとして君臨する。キャライメージは2199の新見薫。

 

武谷光輝

オリキャラ。国立宇宙技術研究所砲熕課副課長。『シナノ』では主砲・パルスレーザーの整備・修理を担当している。額の生え際でゆるやかに七・三に分けられた長い前髪、肩まで届きそうな後ろ髪。女のような曲線めいた身のこなし、敬語というわけではないが誰にでも丁寧な口調と、女性と間違われやすい特徴を持っている。その実、心の奥底には熱い魂を宿しているが、付き合いが長い者でないとそれに気付きにくい。

 

成田健次郎

オリキャラ。同上水雷課副課長。『シナノ』では魚雷・ミサイルおよび発射管の管理を担当。

 

後藤慎吾

同上電気課副課長。

 

徳田崇彦

同上造機課副課長。篠田とは麻雀仲間でもある。童貞の恋愛小説かぶれを二階堂と米倉にいじられる毎日だが、内心それを楽しんでいる。酔うと敬語になる癖アリ。さりげなくそらとあかねをちゃん付けで呼んで恭介に睨まれることしばしば。

 

遊佐丈士

同上航海課副課長。顔や身体つきは痩せ細っているが、篠田ほどではないが相当なうわばみである。武谷の天然衆道製造機っぷりに危機感を抱いている。

 

小川忠義

同上異次元課副課長。義兄義妹のシチュエーションに思うところあり。

 

坂井建一

シナノ食堂のチーフコック。みためはまんま某フレンチの鉄人。名前はフレンチと中華の人より。元ネタの人と違って、彼の周囲だけ時間の進みが遅いようなのんびりした喋り方をするが、その実は無自覚ドS。他人の心内を見抜く事に長けていて、出会って数日のうちに恭介とあかねの気持ちを看破した。

 

本間仁一

宇宙船の船医から宇宙戦艦の艦内医を経て、『シナノ』艦内医になる。長年勤務する内にいつのまにか医療スタッフを結成してしまい、転属の際にはスタッフごと他艦に移る。異星人を治療するのは今回が初めて。佐渡酒造とは気の置けない友人である。名前は某有名医療マンガ2作の主人公の名前より。

 

西達史

萩原洋

菅原孝雄

本間率いる医療スタッフ。長年本間の助手を務めており、あらゆる箇所の手術も行えるゼネラリスト。

 

柏木卓馬

本間仁一の医療スタッフの一人。スタッフの中で一番年下なので、面倒事を押し付けられる事多し。負傷したあかね、そらの担当として病院船『たちばな』に移った。

 

籠手田亮志

『シナノ』航空隊β大隊第三中隊隊長。ヤマトの英雄譚に憧れてパイロットになるが、なかなか実戦に恵まれないでいるバトルジャンキー。口下手で、感情を表には出さないタイプ。台詞の頭に三点リーダが入るのが特徴。

 

白根大輔

β大隊第三中隊2番機。パイロットとしての腕は籠手田より優れているが、命令を破ることに極度なストレスを感じるタイプゆえ、自分の信念のためなら独断行動を辞さない籠手田に秘かに憧れている。キャライメージはACEC○MBAT5のケイ・ナ○セ。性別逆だけど。

 

渡邊拓海

β大隊第三中隊3番機。通称タク。隊のムードメーカーで、軍人としてはノリが軽い。戦闘中もジョークを考えている事が災いして後方不注意になること多し。キャライメージは同じくエスコン5よりアルヴィン・H・ダ○ェンポート大尉。

 

安場利穂

β大隊第三中隊4番機。子犬系女子で、真面目に任務をこなす優等生。籠手田の事を慕っているが、本人以外にはバレバレ。

 

中島護道

α大隊隊長兼第一中隊隊長。『シナノ』航空隊を総指揮する。

 

神田秋平

β大隊隊長兼第一中隊隊長。

 

柴原和人

γ大隊隊長兼第一中隊隊長。三座型雷撃機を指揮する。

 

 

 

ビッグY計画 推進者

 

真田志郎

原作キャラ。2207年時点では地球防衛軍科学局局長に復帰。科学者としての眼と戦士としての経験と局長の立場を使って、「ビッグY計画」を陰で支えている。

 

籐堂平九郎

原作キャラ。前地球防衛軍司令長官。「ビッグY計画」首謀者のひとり。引退後は横浜市郊外に念願の一軒家を建てていた。今の立場はオブザーバーでしかないが、そこそこの影響力はまだ持っている。ヤマト沈没後の地球を憂い、宇宙戦艦の質的向上を画策する。

 

 

飯沼幸次

国立宇宙技術研究所所長。「ビッグY計画」を藤堂や真田に持ちかけた人物である。

2153年3月、旧福島県会津若松市生まれ。防衛大学校卒業と共に防衛省技術研究本部に就職、建艦技師としての道を歩む。巡洋艦の技術班員を経て研究所の副所長に就任。2198年に所長に昇進すると同時に、移民船として改装中のヤマトの再設計を指揮する。

口は悪いがさっぱりした性格で、部下の面倒見がいい。食事や宴会が大好きだが、本人は酒に酔いやすく醒めやすい。この人が似非名古屋弁を使うときは厄介事になる事が多く、研究所の面々はビクビクしている。

 

宗形茂

国立宇宙技術研究所基本計画班のメンバー。仕事柄、3DCGの作成技術に優れている。親戚はPS2版ゲームに空間騎兵隊隊員として登場する宗像。

 

馬場勝

同右メンバー。宗形と同じく3DCGの作成技術に優れている。篠田、徳田とは麻雀仲間。

 

水野宗一郎

同右メンバー。設計データの管理も担当。

 

鈴木憲人

同右メンバー。役所、南部重工以外の関連企業・団体との折衝を担当。

 

渡辺理樹

同右メンバー。建造に関する関係役所への書類申請を一任される。

 

三浦一平

同右メンバー。旧帝国海軍に憧れを抱いている。自宅はオンボロ(風)アパートの二階。

 

奥田宏

同右メンバー。研究所内でのスケジュールの管理も受け持っている。

 

岡山頼人

同上砲熕課課長。

 

米倉彰久

同上水雷課課長。女性観にやや難あり。口癖は「ケツにアスロックぶっ放すぞ」。

 

高橋弘紀

同上電気課課長。

 

久保正仁

同上航海課課長。自分の仕事に自信がないのか、いつも意見が言えないでいる。

 

二階堂泰人

同上異次元課課長。中世紀のサブカルチャーにやたら詳しい。脳内での妄想が口から洩れることもしばしば。外見はどうみてもおもちゃの「起き上がり小法師」なのだが、本人曰く「世をしのぶ仮の姿」らしい。

 

木村貴彦

同上造船課課長。恭介の直属の上司にあたる。

 

 

 

その他

 

酒井忠雄

現地球防衛軍司令長官。

 

水野進太郎

日本国防衛省事務次官。典型的な駄目役人で、保身と他者を蹴落とすことに専心している。

 

南部康憲

南部重工社長にして南部康雄の父親。

 

簗瀬由紀子

地球連邦生命工学研究所の研究員で、簗瀬あかねの母。穏和な性格と母親然とした容姿で、人に安心感を与える。一方で、怒ったときは一言も発さず、笑顔のままオーラだけで相手を恐怖させる。あかねと恭介の恋路を応援しているような節も見られるが、詳細は不明。

 

武内理沙子

地球連邦生命工学研究所の研究員。由紀子の部下に当たる。細い赤ブチ眼鏡にオールバックにまとめた髪を無造作にまとめてポニーテールにしている。普段の人当たりはいいものの典型的な理系研究者らしく、ときには冷徹で辛辣な言葉を並べることも。

 

 

アメリカ

 

『ニュージャージー』乗組員

 

エドワード・デイヴィス・ムーア

『ニュージャージー』艦長。目覚めのブラックコーヒーをこよなく愛する、壮年のアメリカ軍人。芹沢ほどではないにせよ宇宙戦士としての経歴は長いが、少々直情的な部分がある。米国の復権を願い、『ニュージャージー』のアイデア元になった『シナノ』をライバル視している。特殊部隊SEALSの統括も行う。

 

アンソニー・マーチン

『ニュージャージー』戦闘班長。新卒クル―が多い『ニュージャージー』において数少ない歴戦の勇士。

 

カレン・ホワイト

『ニュージャージー』通信班長。24歳。ゆるいウェーブのかかった金髪がチャームポイント。

 

シャロン・バーラット

『ニュージャージー』航海班長。

 

クレア・G・ローレイター

『ニュージャージー』レーダー班長。

 

スティーブン・ジンデル

『ニュージャージー』航海班副長。

 

ドミトリー・ニコラエヴィチ・デシャトニコフ

『モスクワ』艦長。

 

マイケル・ヒュータ

SEALSセイバー隊隊長、セイバー1。白が混じったフルフェイス髭が特徴の40代。キャライメージはAct of Valorのアレン。

 

スティーブ・ダグラス

セイバー隊副隊長、セイバー2。背が高くて浅黒い、30代の黒人兵士。マイケルとともにガトランティス文字を解する数少ない米国人。

 

ローランド・クリーケスコット

セイバー3。バイザーを実弾で貫かれて即死。

 

バーナビー・セヴァリー

SEALSバックラー隊隊長。かつてのSEALs時代の伝統を遵守することにこだわるタイプ。慎重で物事を見定めてからじゃないと動かない性格が、部下には臆病と見られている。

 

ゲイリー・S・ハートフィールド

バックラー隊副長。見つかりそうになったら殺せばいいと思うタイプで、SEALsの伝統と隠密行動を好む隊長に対する軽蔑を隠さない。

 

 

ドイツ

 

ロルフ・ファーベル

『ティルピッツ』艦長。

 

カイ・クラルヴァイン

『ペーター・シュトラッサー』艦長。ドイツ軍人に典型的な角刈り頭に口元まで深く刻まれた皺が特徴的。30代前半と若いが、敢闘精神が評価されて新型艦を任される。

 

フロレンウィア・ヘルフェリヒ

『ペーター・シュトラッサー』副長。亜麻色の髪をシニヨンに纏め、赤い縁で天地が浅い細い眼鏡をかけている。艦が沈む様を見て恍惚な表情を浮かべる、籠手田とは違うタイプのバトルジャンキー。艦長より10歳も年下ながらも重度の艦長スキー。

 

 

 

地球連邦行政府、連邦議会

 

ヴィルフリート・オストヴァルト

原作キャラ。ガトランティス戦役以来、地球連邦大統領を勤め続けている。かつての苦い経験から、宇宙の異変に対しては慎重かつ敏感になっている。

 

ミッシェル・A・オラール

地球連邦外務大臣。40代と閣僚内で最年少ながら、太陽系外の星間国家との外交交渉を担当する優秀な人材。とはいえ星間国家としてはひよっこな地球連邦にお友達は少なく、もっぱらガルマン・ガミラスとの関係構築に腐心している。(想定CV:石田彰)

 

デイビット・L・キング

福利厚生大臣。

 

ローハン・ヴィファール

国防大臣。酒井忠雄長官の上司に当たる。

 

エリク・アブラハーメク

農商務大臣。アフリカ方面で深刻化しつつある食糧問題に取り組む一方、戦乱期に蓄えた財禿頭に肥えた身体を持つ。

 

ナムグン・ジョンフン

内務大臣。閣僚の中で最年長ゆえ閣議を取り纏める事が多く、閣僚同士の諍いを諌める立場にいる。

 

コンスタンス・カルヴァート

財務大臣。

 

エドワード・マグルーダー

ヨーロッパ洲代表兼英国首相。

 

ブライアン・スタッフォード

北アメリカ洲代表兼米国大統領。

 

ワン・ドゥーファイ

アジア洲代表兼中国主席。

 

 

 

地球連邦 その他

 

フランク・マックブライト

地球連邦大学教授。コスモクリーナーDの量産化に成功した。改良型であるコスモクリーナーEの試験の為に、大学院生を連れて『シナノ』の試験航海に同行する。地球に帰還後は簗瀬あかねに自身の研究成果を授けて送りだす。

 

アナトリー・ゲンナジエヴィチ・ジャシチェフスキー

第三辺境調査船団司令兼『エリス』艦長。痩せた頬に荒れた肌の、壮年のロシア人軍人。小さな目はその人当たりの良さ外形とは裏腹に常に何かを観察しているように見える、宇宙戦士というよりは情報将校にいそうな面構えをしている。

 

 

 

 

 

ガトランティス帝国

 

ラルバン星防衛艦隊

 

ガーリバーグ(リォーダー)

旧テレザート宙域守備隊司令兼ラルバン星防衛艦隊司令。地球換算で20代後半。ズォーダーの家系に共通する白髪を角刈りにしている。ラルバン星に司令部を置き、彗星都市侵攻の足掛かりとしてテレザート恒星系に駐屯していた。現在はたびたび来寇する暗黒星団帝国軍を追い払いつつ兵を温存し、支配領域の富国強兵に努める。(ちなみにザバイバル将軍率いるテレザート星守備隊とは命令系統が異なる)ズォーダー大帝の12番目の実子で、母がルミラウラがズォーダーに手籠にされた際に妊娠した子。他の兄弟姉妹と仲が悪く、義兄アリョーダーが統治するアンドロメダ銀河からの補給もままならない状態である。

 

ソー

旧テレザート宙域守備隊副司令。ラルバン星防衛艦隊の参謀を務める事もある。虚弱体質で常に顔色の悪い

 

アンベルク

旧テレザート宙域守備隊参謀長。ラルバン星防衛艦隊の参謀を務める事もある。先天性の病気ゆえのサングラスと無精髭が、見る者に軍人よりもハンターかターミ○ーターの印象を与える。

 

アルマリ

ラルバン防衛艦隊所属潜宙艦『プラウム』艦長。キャライメージは『うたわ○るもの』のベナウィ。男としては女性的な名前と甘いマスク、軍人としては確かな戦力眼は戦場における勇猛さで国民の高い人気を誇る英雄。無表情で厳しい教官としての一面も。

 

ガーデル

潜宙艦『プラウム』副長。ガラガラの声で好戦的、気性が荒いがアルマリには頭が上がらない。おつむはそんなによくない故に、アルマリのお小言や突発的に始まる講義が苦手。キャライメージは『うたわれ○もの』のクロウ。

 

 

新生アレックス星攻略部隊

 

ダーダー

さんかく座銀河方面軍司令にしてズォーダーの11番目の実子。唯我独尊にして冷酷な性格。父親譲りの好色で人間としては最低だが、軍人としては非常に優秀。キャライメージはベルセ○クのグリ○ィスと銀河英雄○説のラインハ○トのニコイチ。第19艦隊と司令直衛艦隊でさんかく座銀河のアレックス本星に総攻撃を仕掛けていたが、アレックス星のワープに巻き込まれて天の川銀河辺縁にワープアウトする。ラルバン星に寄港後第19・1遊動機動艦隊を吸収・再編成し、新生アレックス星攻略部隊として再攻略に向かう。

 

オリザー

さんかく座銀河方面軍第19・1遊動機動艦隊司令官。戦艦『スターシャ』追撃任務の後は新生アレックス星攻略部隊の特別参謀に任じられる。

容姿はゲーニッツと似ているが、ゲーニッツが口髭なのに対してオリザーは顎髭である。

異星人を見下すところは典型的なガトランティス帝国軍人だが、部下に対する思いは他と一線を画している。敵を見下しつつも、少数の敵に対しても侮らずに全力で立ち向かうところは軍人然としている。

 

グレイガ

オリザーの副官。ひどく痩せ細っている。

 

ウィルヤーグ

第19艦隊司令。アレックス星攻略部隊再編後は決戦部隊司令に任命される。

 

ミラガン

遊撃支援部隊司令。ガトランティス帝国が過去に侵略した星の先住民族の子孫とガトランティス人の混血。水色の肌と青紫の髪の女ながら、実力の身で直衛艦隊の参謀にまで上り詰めた。

 

ダルゴロイ

空母機動部隊司令。ガトランティス人にしては珍しい金髪で、ミラガンと親しい。

 

カーニー

偵察部隊司令。常に指揮棒を携帯している。実は軍人としても指揮官としても地位に見合った実力はなく、無意識に参謀長におんぶにだっこ。しかも本人がそれを意識していない。ダーダーの機嫌を取ることに命をかけており、映像記録に残る戦いに関しては見栄えの良さも重視する徹底ぶり。

 

ドットブルト

カーニーの参謀長にして腰巾着……と見せかけて、実はカーニーを煽てて操っている張本人。さすがに最近は辟易としつつある。

 

ツグモ

上陸部隊司令。

 

 

 

 

 

暗黒星団帝国(ウラリア帝国)

 

 

マース

旧テレザート星宙域遠征軍司令。地球侵略失敗後、新鮮な肉体を求めてラルバン星のガトランティス人を狙って定期的に侵攻してきては、ガーリバーグに返り討ちにされる。度重なる敗北で兵力が枯渇しつつあり、古い兵器を他の方面軍から調達して帳尻を合わせている。

 

アルフォン少尉

原作キャラ。重核子爆弾攻略作戦でパルチザンに胸と頭を撃たれた際、瀕死の所を救われた。現在は生身である頭部のみの状態でシリンダーの中に幽閉状態にある。




思ったより多い……しかも大抵のキャラがその場かぎりという使い捨てっぷり。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

混迷編
第一話


外伝のイラストが進まないのでこちらを先に投稿します。
本編の時間稼ぎのために外伝の投稿を始めたのに、外伝が行き詰まるというポロロッカ現象。


2208年3月19日9時50分 冥王星基地 『シナノ』第一艦橋

 

 

「艦内全機構正常、いつでも発進できます……」

 

 

正面上部のディスプレイに映る『シナノ』の断面図が全てグリーンに輝き、南部が発進準備完了を報告する。芹沢は目を瞑って厳しい表情のまま、無言で頷いた。

出港前だというのに、雰囲気は暗い。いや、沈鬱していると言った方が良いだろうか。

無機質な機械音だけが皆の耳朶に届き、省エネ状態になった画面がほの暗い光を浮かべている。

 

 

「……来ませんわね」

「ああ、来ないな」

 

 

通信席に座る葦津の呟きに、一番近い席の島津機関長が答える。

 

 

「来ませんね……」

「来てないな」

 

 

サイドポニーを揺らして漏らす館花の溜息に、隣の北野が不機嫌そうに答える。

 

 

「本当に、来ませんねぇ……」

「三回目を言うつもりはないぞ」

 

 

ツーサイドアップの金髪の先端を指先にクルクルと絡めて弄ぶ来栖の天丼ネタは、藤本には通じなかった。

 

 

「艦長……」

「待つんだ」

 

 

座席を回して艦長席に振り返った坂巻が、困惑した表情で決断を促す。芹沢はただ一言口を開くのみ、目を瞑って両腕を組んで吉報を待つ。

待っているのは、地球からの通信。昨日、芹沢が仕込んだ根回しの結果だ。

現在、『シナノ』は公的には今なお入渠・修理中ということになっている。しかし実際には修理も補給も打ち切って、艦内チェックも済んでいる。クルーも、ただ一人を除いては全員乗艦している。足りないのは篠田恭介と、出港の口実だけという段階だ。

 

 

「そもそも、科学局長に打診する方もそれを引き受ける方も、変な話ですよね?」

「普通に考えれば、連邦政府の技術局長に日本が所有する軍艦へ命令する権限なんかないはずだが?」

 

 

館花と島津の疑問に、元ヤマトクルーの坂巻、南部、北野、藤本が次々に反論する。

 

 

「館花に島津さん、そいつは甘い考えッスよ」

「確かに、普通に考えれば島津さんの言うとおりでしょう」

「でも、真田さんだからなぁ……」

「一度でも真田さんと航海すれば、分かりますよ。あの人の凄い所は、豊富な科学的知識と鋭い洞察力だけじゃありません」

「イカルス天文台をまるまる『ヤマト』の使い捨て改装ドックに改造してしまう、あの良くわからない政治手腕はどこから来るのだろうか……」

「俺は『ビッグY』計画に最初から関わっているが、あの人は表向きがおとなしくしている時こそ裏でアレコレ仕込んでいるからな」

「ごめんなさい、皆さんが仰っていることの意味が全く分からないんですけど」

「「……」」

 

 

来栖のツッコミに反応する元ヤマトクルーは誰もいなかった。

 

 

「「………」」

 

 

そして訪れる沈黙。第一艦橋の真ん中に、重苦しい空気が居座って蜷局を巻き始める。

気まずい雰囲気に侵食されて、皆の心内に忍び込んできそうになる。

 

ピピー! ピピー!

 

沈鬱な雰囲気を吹き飛ばすアラームが鳴り響いたのは、そのときだった。

弾かれたようにモニターに正対した葦津は、すぐに後方の艦長へと振り返る。

 

 

「来ました! 地球連邦科学局より通信です」

「メインパネルに回せ!」

 

 

艦長の声に、待ちきれんと全員が立ち上がる。

メインパネルに映った真田は、自分の手元にモニターに映し出された『シナノ』クルーが自分のことを親の仇でも見るような形相で睨みつけてくると、思わず顔を引き攣らせて仰け反りそうになった。しかし、頭の回転の速い真田のこと、すぐに彼らの心中を察して真面目な表情に戻った。

 

 

「真田局長、事情は南部が話した通りです。時間がありません、任務内容を簡潔にお願いします」

「わかった。詳細はそちらと港湾湾管理部にデータを送ってあるから、後で見てくれ。今は概要だけ説明しよう」

 

 

その前に、と真田は声を低くする。

 

 

「つい3日前、改正ヨコハマ条約が賛成多数で可決された」

 

 

瞬間、画面の向こうがざわめく。艦長が一喝して静まるまで、真田はしばらく待った。

 

 

「俺や藤堂さんが懸念した通り、建艦制限に空母も含まれることとなった。つまりは、ロンドン軍縮条約の焼き直しというわけだ」

 

 

改正されたヨコハマ条約は、大約すると以下のような内容だ。

一、口径8インチ以上の衝撃砲・実体弾砲を装備する宇宙空母を主力艦艇と認定し、第四次環太陽系防衛力整備計画発動まで開発及び建造を禁止する。

二、各国が年間に建造する宇宙艦艇は、5種類以上でなければならない。

三、戦略指揮戦艦・主力戦艦の建造数の増加。但し、各国が建造する比率は変わらない。

四、新造される巡洋艦は基準排水量を23500トン以下、駆逐艦は6400トン以下とする。

五、この条約は3月17日の公布を以てただちに施行とする。

 

一および二はあきらかに宇宙空母の量産を阻止する内容で、日本を狙い撃ちしていることは明白だ。しかもご丁寧に、四で巡洋艦・駆逐艦の大きさを制限して、戦艦並みの大きさの巡洋艦を造れないように手を打たれている。

つまり、「分類上は他艦種で実質は戦艦」という裏技を使ったビッグY計画成就は、完全に命脈を絶たれてしまったのだ。

南部が顔を強張らせたのを、真田はあえて無視した。

彼には、ビッグY計画をともに推し進めてきた同志の気持ちが、痛いほどよくわかる。

彼の心内を駆け巡る感情は、3日前に自身を襲ったものと同じなのだ。

 

 

「だが、ここで『ヤマト』の血脈を絶やすわけにはいかない。第四次環太陽系防衛力整備計画に向けて、ヤマト型を建造した技術と経験は継承していかなければならない。だから、条約の改正案が議会に提出されたときから、我々は条約の抜け道を模索してきた」

「真田さんがその話をするということは、我々に与えられる任務に関係があるんですね?」

 

 

南部の問いに、真田はそうだと答える。

 

 

「改正ヨコハマ条約と、本艦の任務が?」

「関係あるようには思えませんけど……?」

「技術局が命令できる任務って、何でしょう…?」

 

 

ボソボソと小声で疑問を口にする女性陣。彼女らには、何故真田が改正ヨコハマ条約の話をしているのか、全く想像ができない。

それは南部をはじめとした元ヤマトクルーも同様だが、真田が無駄なことをするような男でないことを知っている彼らは、無言のまま真田の次の言葉を待つ。

両者の反応の違いは、新兵とベテランの差なのかもしれない。

真田の事は良く知らないが女性陣のように疑っているわけでもない芹沢は、ひとつ咳払いをして彼女たちを諌めた。

彼女たちも、時間を浪費するわけにはいかないことは理解しているので、すぐに口を噤んだ。

 

 

「幸い、抜け道は見つかった。『シナノ』には、その抜け道を確実なものにするための任務に就いてもらう。それは―――」

 

 

真田が披露した任務を、一同は半信半疑といった表情で受領した。

 

そして、予定から遅れること10時38分。地球連邦科学局からの正式な任務依頼を受けた水野防衛事務次官の、胆汁を舐めたように眉間に皺を寄せた顔が『シナノ』のディスプレイに映し出される。

悔しそうな顔をした水野から任務内容が改めて告げられ、晴れて『シナノ』は冥王星基地を出て、堂々と『ニュージャージー』追跡任務に就くことができるようになった。

なお、水野の顔が映し出された瞬間、その衝撃的な映像に三人の乙女たちから悲鳴が上がったのは、全くの余談である。

 

 

 

 

 

 

2208年3月19日9時30分 冥王星基地内病院

 

 

《助けたいのか、助けたくないのか、どっちだ!》

 

 

南部の言葉がいつまでも頭の中をリフレインして、執拗に恭介を責め立てる。

身体的にはすっかり完治しているので今日から個室から相部屋に移された恭介は、布団を頭から被って煩悶していた。

南部と冨士野が恭介を訪れてから丸一日、自己批判をしては自己弁護を繰り返す。

 

 

《うるせぇ……》

 

 

いつまでもこうして燻ってはいられない。理屈の上では、わかっていた。

いつまでも自分の不幸に酔って、ふがいない自分をごまかし続けても、状況は何一つ変わらない。

イスカンダル人のDNAが混じってしまったこの身は変わらないし、少しでも興奮したり体調が悪くなったりすると――ときにはきっかけもなく唐突に――自分が散々嫌っていた金髪に変化してしまう厄介な体質とも、一生付き合っていかなければいけない。

そしてなにより、

 

 

《アナタは、なぜ行かないのですか》

 

 

頭の中に響いてくる、妄想なのか幻覚なのか分からない代物となんとか折り合いをつけなければ、俺はこのまま精神病院に直行だ。

 

 

《義妹たちのことが、心配ではないのですか?》

 

 

まるで、猫をかぶっているときのそらと同じような口調と声色で、南部と同じことを言って俺を責め立てる。

 

 

「うるせぇなぁ……」

 

 

彼女の声が聞こえ始めたのは、体内に入り込んだ異物の正体がサーシャの細胞だと知らされた、その日だった。

最初は、夢の中で聞こえてくるだけの存在だった。三日目には、起きていても言葉にならない声が幻聴のように聞こえてくるようになった。一週間が経つころには、一日に数回、こうやって話しかけてくるようになったのだ。

誰もいない個室に声が聞こえてきたとき、自分はとうとう気が狂ってしまったのかと思った。由紀子さんから聞かされたS細胞の存在と、その直前に見た夢がなかったら、迷うことなく首を括っていたに違いない。

彼女は一方的に語りかけてくるだけで、こちらが呼びかけても答えてくれるわけではない。向こうもこちらの声や思考が読み取れるわけでもないらしく、互いに一方通行の関係だ。

だから最近では、耳をふさいでも聞こえてくる雑と割り切って、顔を顰めながらも聞き流している。

 

 

「あ、うるさかったですか?」

 

 

不意に。カーテンの向こうから、声がかけられた。

どうやら、俺の独り言が隣のベッドにまで漏れ聞こえていたようだ。

恭介は自分のベッドを囲っていたカーテンを開き、隣人の顔を見た。

 

 

「すみません、独り言なんで気にしないでください」

 

 

そう言われた隣の患者は、左腕を包帯でぐるぐる巻きにした姿で、すまなそうに笑った。ここでようやく、恭介は彼が話しかけてきた訳を知る。何故今まで気づかなかったのか、彼のベッドから歌が漏れ聞こえていたのだ。

 

 

「イヤホン?」

「いえ、自分も聴きたいので」

 

 

右手に持って耳にかけるしぐさをする男に、恭介はつまみを回すしぐさで返す。その意に気づいた男は、リモコンでTVの音量を上げた。

テレビの音を聴いていれば、頭の中の声も少しはまぎれるだろう、という打算もあった。

テレビ番組はどうやら歌番組のようで、過去のアイドルのライブ映像が流れていた。

ガミラス戦役以降、度重なる侵略に伴う人口減により、音楽をはじめとする娯楽文化は大いに衰退した。ここ一、二年、人心も政治・経済も落ち着いてきてようやく、世の中に音楽というものが復活してきたのだ。まだまだ新たな音楽文化が誕生するほどの力はないが、テレビでは今までの分を取り返さんとばかりにしきりに音楽番組や特集が組まれていて、非常に活気付いている。

耳を傾けると、ちょうど前に流れていた曲が終わり、次の曲の前口上が始まるところだった。

 

 

【推奨BGM:『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』より《ヤマトより愛をこめて》】

 

 

「ああ、懐かしい歌だ」

 

 

ベッドに体を横たえて聴いていた男は、目じりを下げてスピーカーから流れてくる旋律に身を委ねる。

それは、男に女を愛する覚悟を促す曲だった。

男は、惚れた女のためならば身を挺することもいとわない。男が考えることなど、愛する人の為だけでいいのだ、と。

愛する女の為に体を張る男の悲哀と潔さをとも取れる心境を歌った、かつての大ヒット曲だった。

特に感じることも無く聞き流していると、男は唐突に自己紹介を始めた。

 

 

「自分は、白根大輔です。日本国自衛隊宇宙軍、宇宙空母『シナノ』航空科β第三中隊所属。あなたは、技術班所属の篠田恭介さんですよね?」

「……初めまして、ですよね?」

 

 

同じ艦のメンバーだとは驚いたが、恭介は彼の顔を知らない。狭い艦内とはいえ200名を超えるクルーの全員と顔見知りというわけではない。

そんな疑問が顔に出て来たのか、白根と名乗った男は「有名ですよ、貴方は」と言って、破顔した。

 

 

「柳瀬あかねさんとそらさん、そして貴方を加えた三人組は、いつも賑やかでしたからね。艦内で知らない人はいませんよ」

「賑やか、でしたか」

「賑やか、でしたね」

 

 

にっこりと答える白根と対照的に、恭介は渋柿でもかじったような顔。

航空科にまで知られていたのかと、頭を抱えたくなった。

 

 

「それに、貴方が襲撃されて医務室に運ばれてきたとき、私も怪我で医務室に居ましたから。貴方は瀕死の重傷でしたから覚えていないでしょうけど」

 

 

白根は左手をぎこちなく動かす。それは白根のパーソナルデータから特注された逸品だ。

本間の心配もよそに、白根は腕の再生よりも義手の装着を選んだ。しかし、まだ義手が体に馴染んでいないのは初対面の恭介からも明白で、肘から下と上がワンテンポずれて動いていた。

 

 

「それ……義手ですよね?」

「ええ。義手なら治療も少ない工程で済みますし、日常生活に復帰できるのが早いですからね。他の部分の怪我が治れば、また戦場に戻れますよ」

「怖くないんですか?」

「戦場に戻ることがですか?」

 

 

よくある質問かと思い、白根は恭介の言葉を先取りする。

しかし、彼の関心は違っていた。見た目だけなら本物の手にしか見えない左上肢から上を指差して、

 

 

「体の中に、異物を受け入れることです」

 

 

自身と彼を重ねあわせて聞いた。

白根はS細胞の事も、恭介の頭に今なお響いてくる声の事も知らない。

恭介自身、自分と彼を比べることに意味も道理もないことは理解していた。

それでも、彼は白根が機械の腕――つまり、異物である――に対してどう思っているのか、聞いてみたかったのだ。

問われた白根は庇うように左の義手を擦り、しばらく中空を見つめて考えると、

 

 

「別に、何とも思いませんね。自分が無茶をした代償ですから、命があるだけでも儲けもんです。機械の腕ぐらい、大したことありません」

「再生治療ならば、すべて元通りになるんですよ?」

「未練がないわけではないですが、これはこれで悪いことばかりじゃありませんよ? 器械の腕なら壊れても何度でも簡単に付け替えられますから便利でしょう」

「それは……真田さんには聞かせられないですね」

 

 

両手両足が義足の真田が聞いたら噴飯ものであろう彼の発言に、恭介は期待した答えと違って落胆する内心を苦笑いで隠しながら受け答えする。

 

 

「それに、まぁ……命令違反をした自分への罰ですから。ハンデを背負っている方が、かえって気が楽ですよ」

「命令違反? どういうことですか?」

「それはですね……」

 

 

白根が言うには、彼は中隊長の命令を無視して無人要塞に単機侵入して内部から破壊したものの、脱出の際に味方艦の射線に入り込んでしまい、撃墜されてしまったのだという。

 

 

「私は、杓子定規な性格でして。命令されたことは確実に実行できる自信がありますが、不測の事態が起きた時に自分の判断で勝手に行動していいのか、判断できなくなる時があります」

 

 

軍人失格ですねと苦笑いする彼の表情は、しかし憑き物が落ちたようなスッキリとしたものだった。

 

 

「戦場では、常に臨機応変が求められます。自分の性格では、判断の遅れが仲間を殺してしまうかもしれない。だから私は小隊長の座を譲り、二番機として隊長の命令に従ってきました」

 

 

それは、卒業してすぐに技術畑に進んだ自分は全く考えたことのない悩みだった。

小さな歯車となって働く、軍艦のクルーとは違う。一個人には身近すぎてリアルすぎる、4人の命を預かる小隊長という立場。自分の判断が部下の死に直結する重責に自分は耐えられないと、彼は自覚していたという事だろうか。

 

 

「そんな私にとって今回の命令違反は、何故できたのか自分でも不思議で仕方がないんです。あの時、隊長が立てた作戦が効果を上げ始めた矢先に台無しになってしまいそうになって、それが許せなくて咄嗟にトンネルに飛び込んだんですが……やはり、“自分らしくない”んですよ。だから、そのしっぺ返しが来てこうして義手義足になって、ああ、バランスが取れているな、ってホッとする気持ちもあるんです」

 

 

その、あまりにも未練ない様子に、恭介は違和感を覚えた。

 

 

「後悔してないんですか、自分のとった行動を?」

「ええ、全く」

 

 

答えにくいであろう恭介の問いに、白根は笑顔を崩さずにきっぱりと答えた。

 

 

「あの時自分が独断行動をとっていなければ、『シナノ』は光子砲の直撃を受けていたでしょう。手足の犠牲だけで艦を救えたなら、安い取引ですよ。自分の感情との折り合いは、自分の中で消化すればいいだけですからね」

 

 

そんなものなのだろうか、と恭介は不思議に思って白根を観察する。

見たところ、彼は恭介よりも年下だ。おそらく二十歳かそれ以下だろう。

軍人にしてはサラサラな髪が、目にかかりそうなくらいにまで伸びている。猫のような細目が、人の良さそうな印象を与える。

軍人と言われなければ、年相応に清潔感のある爽やかな青年にしか見えない。

だが恭介には、目の前の男が自分なんかよりもよほど大人なんだと、思い知らされた。

そういえば、と思い出したように、唐突に白根がつぶやく。

 

 

「『シナノ』が、もうすぐ出港するそうですが」

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《魔女はささやく(歌)》】

 

 

瞬間、恭介に緩んでいた警戒心が戻ってくる。

そして、眼前の男に対して抱きかけた評価も白紙に戻る。

この男も、自分に行けと言ってくるのか。

昨日の南部や頭の中のサーシャのように、自分はこうして『シナノ』クルーとして体を張ったのにお前は何故行かないのかと俺を責め立てるのかと、次の展開を想像して失望した。

しかし、次に彼が口にしたのは

 

 

「篠田さんは行かなくて後悔しないのですか?」

 

 

思いがけない方向からの言葉だった。

 

 

「……こう、かい?」

 

 

ええ、後悔ですと彼は応える。

TVの音が小さくなったような、気がした。

今回身に染みて分かったのですが、と白根は続ける。

 

 

 

「時々刻々と変化する戦場では、自分の感情など瑣事でしかありません。まず、やるべきことをやる。自分の信念との折り合いなんてのは、全てが終わった後にゆっくりやればいいんです」

 

 

感情を棚上げにして、やるべきことを為す。

目を瞑っているかのような笑顔を張り付けたまま、身を乗り出してくる。

白根は静かに、しかし畳み掛けるように恭介に問いかける。

 

 

「貴方には、やらなければならないことはありませんか?」

「それ、は」

 

 

彼の雰囲気は変わらない。笑顔で、しかし、なぜか気圧される。

 

 

「それは、いま貴方が抱えている感情に流されてしまうような、些細なことですか?」

「あんた、どこまで知って、」

「貴方が決断を鈍らせている原因。それがどれだけ強く根深いものなのか、私にはわかりません。貴方にとっては、重大事なのでしょう。でも、」

 

 

―――今のままだと貴方、絶対に後悔しますよ?―――

 

 

恭介は、彼の言葉が自分の心に浸透/侵食していくような錯覚を覚えた。

世界から、音が消える。

自分が唾を飲み込む音が、やたら大きく聞こえる。

頭の中の声も、いつしか聞こえなくなっていた。

 

 

「貴方が、自分でやるべきと分かっていることをやらないという選択をしたとき、その結果を後悔せずに受け止めることができますか? あかねさんとそらさんがいない未来を、篠田さんは想像できていますか?」

「……」

「あなたは、あの時の私と同じです。やるべき事、やらなければならない事があって、でも自分の感情とは衝突してしまっている」

 

 

自分のやらなければならないこと。

『シナノ』に乗って、あかねとそらを助けに行くこと。

自分の感情。

自分のアイデンティティーを喪失した悲しみ。憎しみ。

由紀子さんに裏切られた失望。恨み。

 

 

「私は感情を、信念を蹴飛ばして、やるべきことを優先しました。貴方は、どうします?」

「おれ、は」

 

 

反論しようとして、言葉が出てこないことに気づく。

頭の中が真っ白になっていく。

自分のやらなければならないこと。

『シナノ』に乗ること。

あかねとそらを助けること。

自分の感情。

自分のアイ■ンティディーを喪失した悲しみ。■し■。

由■子さんに■切られた失■。■み。

 

 

「……俺は、あかねを見捨てられない。俺は、あかねを、助けなきゃ。…あかねを、助けなきゃ。あかねを助けなきゃ」

 

 

自分の心に刻み付けるように、二度と忘れないようにと、恭介は同じ言葉を何度も何度も呟く。

最初は目の焦点の合っていなかったが、徐々に心が研ぎ澄まされるにつれて顔付きがマシになっていくのを確認した白根は、テレビの電源を切った。

 

 

「……さて、私は少々トイレに行って来ます。少しは義足も動かさないと、リハビリになりませんからね」

 

 

そう一方的に言って、白根はベッドから足を下ろす。

立てかけてあった前腕部支持型杖を右手に装着して、そのまま病室の外に出てしまった。

 

 

「……」

 

 

恭介だけが、病室に独り残された。




当初の構想ではラジオから流れてくる「ヤマトより愛を込めて」の歌詞を引き合いに白根が恭介を説得するはずだったのが……いざ書き始めたらあれよあれよと話はひん曲がり、BGM≪魔女はささやく≫で台無しに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話

気が付けば、二か月ぶりの本編更新。外伝の挿絵を描く暇がない……


【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト ヤマトよ永遠に』より《ミオの悲しみ》】

 

 

病室から廊下に出た白根は、トイレがある右へと方向転換し、そのまま杖をついて歩き始めた―――が、階の端にあるトイレよりも遥か手前、自室から三部屋先にある誰も使っていないはずの病室の前で立ち止まると、ためらいもせずにドアを開けて入って行った。

 

 

「御苦労さま。その様子だと、うまくいったようね?」

 

 

無人のはずのそこには、怪我も病気もしていない二人の人物が、見舞い客用の丸椅子に腰かけていた。

 

 

「ええ、武内さん。さて、彼は『シナノ』出港までに間に合いますかね?」

「問題ないわ。防衛省には、少し時間稼ぎをしてもらうように連絡をしてあるから。水野さんはまだ、『シナノ』に通信すら入れてないんじゃない?」

 

 

あくどいですねぇ、と苦笑いする白根に、このくらい当然よ、と武内は返す。簗瀬由紀子は俯いたまま黙して語らず、ただ静かに一筋の涙を溢した。

 

 

「本当、貴方には感謝しているわ。貴方が説得してくれなかったら、私達にはもう取れる手段がなかった」

「礼を言う必要はありません。昨日、貴女達が突然やってきたときはびっくりしましたけど、十分に見返りのある依頼でしたし」

 

 

武内は、そうだったわね、と一息つく。

 

 

「もちろん、仕事は達成できたんだから、約束した報酬は払うわよ。左手足の再生治療、最優先でやってあげる。もちろん、タダでね」

「よろしくお願いします。できるだけ早く軍役に復帰したいので」

「義手のままの方が、よほど早く復帰できるわよ?」

「確かにそうですが。S細胞、でしたっけ? 短時間ならば真空暴露にも耐えられる強靭な肉体と再生能力を持つことが可能になる、夢のような細胞。軍人として、その魅力には勝てませんよ」

「成功率がほとんどゼロなのを承知で?」

「一度死にかけてますから。それに、相性が悪かったら切り落としてまた義手に戻せばいいんです」

「恭介君を見て分かる通り、移植すると体表に発光現象が起きるわよ? それでもいいの?」

「腕が光るみたいなんて、必殺技みたいですよ?」

 

 

武内は「アンタも男の子ねぇ」と呆れると、一息つきに廊下に出ようとする。ドアノブに手を掛けたところで、ピタリと動きを止める。その直後、廊下をバタバタと駆けてくる音が聞こえた。

耳を澄まして足音がドアの向こうを通り過ぎたのを確認して、彼女は僅かにドアを開けて、そっと廊下を覗きこむ。

足音の主の背中が見えなくなるのを確認してから彼女は廊下に出て、やがて携帯音楽プレイヤーと携帯スピーカーを持って部屋に戻ってきた。

それは武内から、白根が恭介を説得する際にこっそり流すように依頼されたものであった。彼女はどうやら、白根のベッドからそれを回収してきたようだ。

 

 

「彼、行ったみたいね。ベッドがもぬけの殻だったわ」

「それはいいですけど……本当に役に立ったんですか、それ? 言われた通り、テレビの音に紛れさせて音を流しましたけど、何も聞こえませんでしたよ?」

「いいのよ、本人にはバレにくいように可聴域じゃない音域でできているらしいから。暗示を受けている人があの音を聴くと、その人の潜在意識に刷り込まれた後催眠暗示プログラムが発動する仕組みなのよ」

「……彼にどんな暗示が掛けられているのか知りませんが、篠田さんに同情します。あれ、軽くイッちゃってましたよ? 艦に戻ったとして、使い物になるんですかね?」

「どんな暗示なのかは、私よりも彼女の方が知っているわ。ねぇ、所長?」

 

 

話を向けられた由紀子は一度ピクリと肩を震わせたものの、こちらに向き直ることはない。どうやら、母も息子とおなじくらいに精神的に参っているようだ。

 

 

「……あれは、暗示なんて大仰なものじゃないわ。『兄は妹を助けるものだ』と強く自覚させる、それだけの効果しかないわ」

「まぁ、本来暗示なんてものは思考や傾向を大まかに靡かせる程度のもので、個人の行動を細かくコントロールできるほど便利なもんじゃないですからね」

「話を聞く限り、暗示を掛けるほど大した内容じゃないですが、何故そんな暗示を彼にかけたんですか?」

「恭介君が本当に兄になってくれるか、不安だったのよ。出会った頃の恭介君は遊星爆弾で家族を失って独りぼっちになったばかりで、精神的にとても不安定だった。それは、父親を失ったあかねも同じだった。でも、恭介君にはどうしても、あかねの家族になってもらいたかった。もしものときに、無条件で娘の味方になってくれる存在が」

 

 

だから、もしも彼が兄の立場を拒絶したときの保険として暗示が必要だった、と。

由紀子は生気の無い声でそういうと、流れた涙を拭った。

 

 

「私は職業上、家族をすべて失って独りぼっちになってしまった子供の末路を、たくさん見て来たわ。子供同士で徒党を組んで地下都市で盗賊になる子、それすらもできずに物乞いになる子、悪い大人に騙されて奴隷同然に使役される子、体を売って日々の食べ物を得る子。人類が総力を結集してガミラスに立ち向かっているその裏で、そういった子供が無限に出てきては身も心も荒んだ人生を送り、最終的にはうちに被験者としてやってくる。そして、私から見れば質素に見える食事を喜んで頬張って、幻のような幸せを噛み締めながら実験を受けて、苦しんだり、苦しまなかったりして死んでいくの。あかねには、あの人が遺してくれた大事な娘には、そんな人生を送らせるわけにはいかなかった」

 

 

母の独白は続く。

 

 

「それでもあの時の私は、自分の研究で精いっぱいだった。人類を救うことがあかねを救うことにつながると信じて、皮肉にもそのせいで、あかねに全然構ってやれなかった。だから、私の代わりに家族の役割を、恭介君に押しつけた。父親がいなくても、私がいなくても、兄さえいれば、娘は生きていける。最初は、それだけだった」

 

 

グスッと、涙をすすり上げる音がして、話が途切れる。拭ってもすぐに瞼に溜まって零れ落ちる涙がやつれた頬と目尻を刺激して、熟れ過ぎた杏子のように充血していた。

彼女は顔を隠すように、窓の方を向く。病室の窓の外には、冥王星地下に造られた防衛軍基地の、灰色の風景が広がる。

停泊中の軍艦が見えない地下軍港に、一般人が興味を惹かれるものなどありはしない。

 

 

「でも、恭介君には、暗示なんか必要なかった。私が余計な事をしなくても、あの子はあかねを、ちゃんと大事にしてくれた。それが兄妹愛から来るものだけじゃないことも、後で気付いたけど、それはそれで、親としては嬉しかった。だから、私も暗示の事なんてすっかり忘れていた……」

「彼も所長もすっかり忘れていたみたいですけど、私はしっかり覚えていましたよ? 暗示をかけたその場に、私は立ち会っているんですから」

「でも、やっぱり、暗示プログラムは起動させるべきじゃなかった」

「そういう割には、ブロックワードの入った音楽データを持ってきているじゃない。つまり、最初からその気だったわけでしょう?」

「違うわ。そもそも、暗示プログラムを起動させる必要が無かったのよ……」

 

 

どういうことですか? と尋ねる白根と、ああそういうことね、と納得する武内。

由紀子は問いに答えず、口を真一文字に引き締め、しかしこみ上げる涙を堪えきれずに嗚咽を漏らす。

由紀子がこれ以上は喋れないのは明らかだ。

そんな彼女に焦れたのか、代わりに武内が「簡単に言うとね」と口を開いた。

 

 

「あんな抜け殻みたいな状態の恭介さんでも、あかねさんを助けたいという強い気持ちは失われていなかった。時間を掛ければ、いずれは気持ちを整理して自力で立ち直ったかもしれない。だから、暗示プログラムの起動は余計なことだった、って言いたいよ」

「余計なこと?」

「後催眠暗示プログラムを発動させてしまったことで自らの意志と暗示の内容がダブッてしまい、彼の心の中では強迫観念にまで成長してしまっているんでしょうね」

「それって、栄養ドリンクを何本も飲んで興奮して鼻血が出ちゃってる感じですか?」

「あら、面白い例えね。今度から使わせてもらうわ……でも、正確にはちょっと違うかしら? 具体的に言うとね……」

 

 

両腕を胸の下で組んだ武内は、恭介の身に起きていることを本当に楽しそうに、興味深そうに語る。

今の彼女には、恭介は上司の息子ではなく貴重な被験者としか見えていなかった。

 

 

「彼は、この後どうなるんですか?」

「強迫観念を自力で消化するなり忘れるなりして緩和できなければ、二人を救出しない限り治らないんじゃないかしら?」

「じゃあ、あんなクスリをキめちゃったような状態が続く、と?」

「あんなハイテンションがいつまでも続くわけないでしょ、疲れるし。でも、あかねさんを助け出すためなら、強硬手段に出ることも辞さない可能性があるわ。一般的には、自分の命を危険に晒すような行為は暗示を以てしても強制できないはずだけど……」

「今の篠田君なら、やりかねないですね」

「それはそれで、とってもいいデータが取れそうだわ」

 

 

一緒にいけないのが残念ね、と呟く武内に、白根は狂気と同時に妖しい頼もしさを感じた。

 

 

 

 

 

 

白根が危惧し、武内が期待していたように、恭介はさっそく無茶をしようとしていた。出港準備が整って舷側乗降タラップも収納され、今まさに出港しようとしている『シナノ』に、乗り込もうとしていたのである。

冥王星基地の場合、宇宙船が修理ドックから基地の外の宇宙空間に出るには、基地側の出港ゲートを通って減圧室―――閘室とも呼ばれる―――に入り、空気を抜いて真空になってから地上側ゲートを開放しなければならない。当然ながら閘室は密室であり、船が進入してゲートを閉鎖してしまったら、基本的に人間が室内に入ることはできない。従って、恭介が『シナノ』に乗り込むには、ゲートが閉鎖される前に『シナノ』に取り付き、減圧が始まる前に艦内に入らなければならない。宇宙戦艦が入る巨大な閘室の中は減圧作業の際に強力な風が吹き荒れるため、ゲート閉鎖から減圧までの約二分間が勝負だった。

 

恭介は全力で走る。

デザインセンスのかけらもない直方体の建物の屋根越しに見える、修理用ドックの塔型クレーンを目指す。

基地内の病院から『シナノ』の修理ドックまで、どんなに速く走っても5分。

手入れされていない髪はボサボサで、しかし黄金色に美しく光っている。剃らずに伸び続けていた髭も金色に脱色され、まるで白髪のようだ。

彼の服は当然、薄水色の入院服のまま。真空空間に出たら、体内の水分が蒸発してあっというまに脱水ミイラになってしまうだろう。

今の恭介には、そんな当たり前のリスク感覚も無い。『シナノ』や港湾管理部に連絡をとって出港を差し止めようという考えも浮かんでいない。

『シナノ』に乗り込むためには、ゲートが閉まる前に艦体に取り付くしかない。そんな、百人が百人考えもつかない無謀を、やろうとしていた。

 

二週間以上もろくに体を動かしていない恭介にとって、準備運動もなしの全力疾走はきついなんてものじゃない。

つぎはぎだらけの心臓は、サーシャの細胞で補強されているといえども完全に馴染んでいるわけも無く、急に掛けられた負荷に悲鳴を上げている。

そして、乱雑に積まれた鋼材と加工前の甲板が収められた建造物の角を曲がり、ブルーシートにくるまれた人の背丈ほどもある貨物の群れを抜けると、恭介が求めていた姿が視界に飛び込んできた。

胴体ほどもある太さのケーブルを飛び越え、臨時に建てられたテントや作業小屋の隙間を通り抜け、クリアブルーのジャケットにヘルメットの作業員にぶつかりそうになるのをフラフラになりながら避けて、それでもひたすら見慣れたガンメタルの構造物を追い続ける。

視界が開けて『シナノ』が鎮座するドックの下に辿り着いたとき、けたたましいブザー音とともに出港ゲートの黄色いパイロンが回り始めた。

 

 

「くそっ、遅かった!」

 

 

船底を挟み込んでいたガントリーロックが次々と開放されていく。減圧室への扉が開かれ、冷たい風がゲートから吹き付けてくる。ゴトンという音とともに『シナノ』が乗っている滑走台が動き出した。

恭介は病院から履いてきたスリッパのまま、船渠の底へ続く階段を三段抜かしで駆け降りる。目指すは艦底、第三艦橋の最後部にある緊急用ハッチ。『シナノ』に数ヵ所しか設置されていない、外から開けられる扉の一つだ。

65000トンの重荷を背負った滑走台だが、意外と移動速度は速い。

最後の踊り場から、勢いに任せて階下に飛び降りる。スリッパがどこかに飛んで行ってしまったが、構うものか。むしろ、何故今まで律儀に履いて走っていたのかと自分に呆れるくらいだ。

ドックの底に辿り着いた所で、『シナノ』が、閘室へと進入する。

閘室の中は照明が点いておらず、『シナノ』を照らすものは無い。恭介は固定台を飛び越えて、『シナノ』の真後ろに回る。入院服の乱れた胸元から、光が漏れる。その光は、『シナノ』に近づくたびにどんどん強くなっていく。

『シナノ』が止まる。喧しい滑走音が止んだおかげで、ブザー音がより一層に腹に響く。ハッチまでの距離はまだまだ遠い。

短距離走並みの速さで走る足は止まらない。歪な心臓は悲鳴を上げ、何年かぶりにフル稼働している全身の筋肉は今この瞬間も限界を訴えかけているというのに。何故か、足は止まることなく地面を蹴り続ける。おかしい。限界ならば走り続けることなんてできないはずなのに、まるで長距離走を走っているような感覚で全力疾走を続けている。いくら宇宙戦士訓練学校を出たとはいえ、『シナノ』乗艦に際して訓練を受け直したとはいえ、元来が技術者でしかない自分が、ここまで走れるとは思えなかった。

ドックと閘室を繋ぐゲートが、ゆっくりと降りてくる。厚さ3メートルはあろう分厚い一枚板がガラガラと音を立てて、その身に似合わぬ速さで恭介の前に立ち塞がろうとしてくるのを、

 

 

「させる、かぁ!」

 

 

捨て身のダイビングで、頭から閘室へと飛び込んだ。

 

 

「痛ってぇ!」

 

 

受け身も取れず、跳んだ勢いそのままに地面を滑り、まもなく停止する。

入院服は肘も脛も出ているので、固いコンクリートで擦ったところはもれなく擦り剥いている。

 

 

「……スリッパを脱がなきゃ良かった」

 

 

擦り剥いたのは主に右半身、具体的には着いた両手の掌と、入院服から露出していた右の肘から手首まで。右足もふくらはぎの外側から小指にかけて、固いコンクリートで擦ったところはもれなく擦り剥いている。いや、入院服も擦り切れてしまったようだ。破れた右肩、右太腿は土埃と赤黒い血で汚れていた。

擦り傷や切り傷といった皮膚の表面にできる傷は概して活動には支障がないことが多く、程度としては軽傷に分類されるが、ヒリヒリとした疼きと粘性の高い体液がじゅくじゅくと傷口から染み出てくる不快な感覚は集中を乱す。

 

 

「ハァ……ハァ……ハァ……、クソッ……」

 

 

衝動のままに病院からここまで全速力で走ってきたが、ひとたび立ち止まって我に返ってしまえば、忘れていた疲労が体中に充満してくる。両足裏はいつのまにか踏ん付けた小石の感覚が骨まで響き、ふくらはぎはこむら返りを起こしてピクピクと痙攣しているのが見なくても分かった。普段の自分ならば―――いや、人間ならば絶対に持続しないようなペースで走り抜けた代償が一気にやって来て、無言のまま悶絶する。

左胸から漏れていた光もいつのまにか消え失せ、走っている間は感じていた麻薬の昂揚感にも似た情動も今は感じられない。代わりに全身を巡るのはどうしようもない疲労感と、

 

 

「うご、け……ねぇ」

 

 

体の熱がどんどん奪われ、冷え込んでいく感覚。筋肉が硬直して、刻一刻と動けなくなっていく。減圧によっておこる風が、恭介から体温を奪っているのだ。

恭介は全身を駆け巡る種々の痛みに耐えて、やっとのことで仰向けになる。

心臓は急停止に伴う血量の増加で負荷がかかり、鼓動が早鐘を通り越して8ビートを刻んでいる。

 

 

「あと、ちょっと……な、のに」

 

 

視界の端には、真っ赤な艦底色に塗装された鋼鉄の艦体が見えている。名古屋での建造中にはさんざん目にしてきた、第三艦橋の後ろ姿。そのさらに艦底最後部、緊急用ハッチに手が届けば……

 

 

「――――あ」

 

 

そこで、気付いた。

『シナノ』が滑走台の上に載っている、第三艦橋の姿に。

―――地球防衛軍の宇宙艦艇は一般的に、艦体の底部が一番下ではない。第三艦橋や通信アンテナ、ウィングが艦体から張り出していることが大概だ。『シナノ』の場合、第三艦橋の後ろにある波動エンジン強制冷却装置から生えているウィングの先端が、第三艦橋の底よりも1メートルほど低い位置にある。船を船台に乗せる際、当然ながらこういった先端部分が地面や側面に接触しないように支持アンカーで艦体を持ち上げている。つまり―――ああ、面倒くさい。ようするに、届かないのだ。

緊急用ハッチは、思っていたよりも2メートル弱ほど上に。冥王星の重力が地球に比べて弱いことを考慮しても、ジャンプしても絶対に届かない高さだ。

 

 

「マジか……こいつは、想定外だ」

 

 

風はますます強くなってくる。手の先、足の先、血の流れているところから体が冷えていく。閘室の中が、どんどん外の宇宙空間に近づいているのだ。

 

 

「あかね……そら……」

 

 

疲労と寒気、そして絶望。雪の山中に遭難したような状況に晒された恭介が、猛烈な眠気に意識を手放すのは間もないことであった。

 

 

 

 

 

 

2208年3月18日 うお座109番星系

 

 

 

もう一日待っても、結局帰って来なかったカーニー。

なおものんびりと待つつもりであったダーダーを説得し、ようやく新生アレックス星攻略艦隊が移動を開始したのは、3月13日のことであった。

そしてやって来たのは放浪中のアレックス星ではなく、何故かうお座109番星系。

ようするに、司令官自ら部下を迎えに来たのである。

全体の五分の一を構成する味方が消息を絶ったのだ、普通ならばもっと早くにここに来て捜索するか、あるいは全艦沈んだものと見切りをつけてアレックス星へ向かう所である。それを今日まで待っていたのは、ダーダーがカーニーのことを信頼しているからに他ならない。

そもそも、彼はカーニーが逃亡したとも叛逆したとも思っていない。カーニーの長年にわたる太鼓持ち生活は、たった一回の連絡不通ごときでは崩れないほどにはダーダーの好印象を得ていたのだ。

ウィルヤーグをはじめとする幕僚たちもそれを知っているから、溜息こそついていても、おとなしく追従している。

 

星系の中心、恒星の近くにワープアウトした199隻はただちに惑星の公転面に沿って放射状に散開し、カーニーの艦隊を捜索した。51隻という、星一つの防衛隊にも匹敵する大艦隊だ、簡単に見つかると思われた。

実際、それはある意味では正しかった。第七惑星『スティグマ』周辺宙域に、分遣隊の艦船と思われる残骸が大量に発見されたのだ。

発見したのは、ダルコロイ率いる空母部隊が捜索に放った一機。報告を受けたダルコロイは早速現場に赴き、自ら宇宙服に身を包んで検分に乗り出した。

残骸群は大きく分けて二ヶ所に分かれており、両者はあまり離れていない。しかし、両者には大きな違いが見て取れた。

片方は、戦闘の相手と思われる宇宙艦艇の残骸群より少し離れた個所で発見された。敵味方の艦の距離がほぼ一定であることから、単縦陣または複縦陣による同航戦の最中に沈没したと思われる。

しかし、問題はそのやられ方だ。

通常、艦隊同士の砲雷撃戦における沈没とは爆散か漂没を指す。つまり、艦内の弾火薬庫に誘爆して内部から爆発するか、敵の攻撃で指示系統、機関部や操舵系をやられて航行不能になる場合がほとんどだ。だが、ここに沈んでいる味方艦はまるで蒸散したかのごとく艦体の一部もしくは殆どがごっそり失われていた。

何隻がここで沈んだのか、数を特定するのは時間がかかるだろう。

もう片方の残骸群は、ある点を中心に円形状に点在していた。こちらの沈没艦は多数の弾痕と破片が残っていて、沈んだ数の特定が可能だった。さらにその周辺には、撃墜された敵の航空機の残骸も発見された。そこから推測するに、この残骸群は敵の空襲によって沈んだものと思われる。

しかし、こちらも残骸の散らばり方が妙だ。

対空戦闘を行なったのならば、艦隊は防空に適した密集陣形を採っているはずだ。ならば、その沈没艦の残骸の分布は空間上の一点を中心に球状になる。もし対艦戦闘の最中に空爆を受けたのなら、縦一列に並んでいなければならない。

そして、何よりもおかしいのは、

 

 

「どう考えても、数が足りん」

 

 

沈没した船の残骸が、カーニーが引き連れて行った数の半数ほどしか見当たらないのだ。

火焔直撃砲のような決戦兵器で丸ごと消滅した? それにしてもなんらかの痕跡は残るだろう。

それに、高速中型空母6隻が行方不明なのもおかしい。対艦戦闘を仕掛けたならば空母は戦闘宙域から離れたところに待機させているだろうし、攻撃を仕掛けられたならば空母が一隻もやられていないのもおかしい。護衛艦が空母を守り切ったというのなら、今になっても姿を現さないのはもっと奇妙だ。

 

 

「敵に追われて今現在も逃走中? ならば、星系の外に逃げたか……?」

 

 

もしその推測が当たっていたとして、どこに向かって逃げたのか。

いくら軍人としては凡才なカーニーでも、逃げ込む先も考えずに闇雲に逃げるという事はあるまい。どこか、艦隊の安全を確保できる場所を目指したと考えるのが普通だ。

 

 

「ここからもっとも近い帝国の勢力地は、旧テレザート星宙域になるが……いやいや、ありえんな」

 

 

リォーダー義弟の所に転がり込むなど、司令の顔色伺いに長けたカーニーがするはずがない。

ダーダー司令とリォーダー義弟が互いを快く思っていないのは、いわば公然の秘密だ。

リォーダー義弟も、快く思っていない相手の部下が厄介事を運んでくることに良い顔をしないだろうし、たとえリォーダー義弟が受け入れたとしても、それを知った司令から不評を買うことは間違いない。格下の義弟に借りを作ったなどと他の義兄たちに知られれば司令の面子は丸潰れだし、そうでなくても司令自身のプライドが傷つく。

 

 

「しかし、旧テレザート星宙域に逃げ込んだのでないとしても、わざわざアリョーダー殿下の所まで行くとは思えない」

 

 

アリョーダー殿下が治めるアンドロメダ座銀河まで傷ついた艦隊を連れまわすほど、カーニーも馬鹿ではあるまい。ではやはり、何の連絡もないならば逃げ切れずに全滅したと考えるのが妥当なのだろうか?

ならば、偵察艦隊を倒した地球とやらの艦隊はその後、どこに行ったんだ?

 

 

「……駄目だ、これだけじゃ情報が足りない。ミラガンとツグモが何か掴んでいればいいが」

 

 

自分が集めた情報だけでは、ここで何が起こったのかは分からない。ダルコロイはウィルヤーグが事前に指示した通り、いったん旗艦『クロン・サラン』に集まることにした。




後催眠暗示プログラムだとか善意の裏に潜む悪意だとか、どこまでもマブラヴ臭ただようヤマト作品です。この世界では愛は宇宙を救えません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話

今年最後の投稿です。


2208年3月19日20時04分 『クロン・サラン』艦橋

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199 星巡る方舟』より《ダガーム》】

 

 

艦隊旗艦『クロン・サラン』に出頭したダルコロイは、ダーダー司令に仔細を報告した。

続いてミラガン率いる遊撃支援部隊が小惑星帯域を、ツグモ率いる上陸部隊の戦闘艦が恒星中心の宙域を捜索した結果を報告する。

ダーダーとともに報告を聞いていたウィルヤーグとその部下が、たちどころにデータとして入力していく。

やがて、全ての情報を纏めた3Dデータがダーダーの眼前に現れた。

 

 

「……で、だ。ダルコロイが発見した戦没艦は、カーニーの分遣隊で間違いないのだな?」

 

 

私室のものよりは控えめな、かといって気品を損なわない程度の装飾が施された椅子に座り、つまらなそうに尋ねるダーダーに、下段の礼をしたダルコロイが答える。

 

 

「はい、殿下。現時点では遊撃支援部隊のミサイル潜宙艦『ガレオモフィ』、上陸部隊の高速戦艦『ブロッケージナ』『ランフォルゲノン』の残骸を確認しております。間違いなく、カーニーに貸した艦です」

「生存者は?」

「残念ながら」

「ほかに、何か分かったことは?」

「比較的損害の程度が低い艦の内部を調査したところ、艦内の時計はいずれも3月6日の0時半前後で止まっておりました。戦闘が起こったのはその頃と思われます」

 

 

ダーダーは眼前のホログラフを一瞥する。

リォーダー義弟が地球艦隊発見の報をよこしたのが3月3日。

星々の密集度が高い銀河系内は詳細な宇宙図無しでの超長距離ワープができないこと、こまめに偵察機を出して索敵しながらの行軍であることを考慮すると、カーニーがこの宙域に来るまで2~3日はかかる。

とするならば、分遣隊はワープアウトしてそう長くないうちに戦闘をしたことになる。

地球艦隊の方が先着していることを鑑みれば、カーニーは待ち伏せを受けたと考えるのが妥当か。

 

 

「地球艦隊については何か分かったか?」

 

 

ダーダーは視線をダルコロイに戻して問う。

 

 

「同宙域にて小型艦4、大型艦2の残骸を発見。破孔から、我が軍の艦艇により撃沈されたものと判明しました。また、大型艦については遠隔操作されていたものではないかと」

「遠隔? 何故そのようなことが分かる?」

「我が高速戦艦に匹敵する大きさにも関わらず、兵員の寝床や食堂などの設備が一切ありませんでした」

「なるほど、無人だから遠隔操作だというわけか。奴らが来た目的は?」

「それに関しまして、私の方から報告があります」

 

 

ダルコロイと並んで下段の敬礼で立つミラガンが、報告を引き継ぐ。

 

 

「恒星付近の小惑星帯域にて、地球軍所属と思われる船の残骸を多数発見。調査したところ、2隻の小型艦艇と19隻の大型非武装船で構成されていることが分かりました」

「大型非武装艦……兵員輸送艦か? なら、目的地は旧テレザート星宙域か?」

 

 

この宙域の周辺で攻撃目標となるガトランティス帝国の拠点と言えば、ラルバン星しかない。それとも、他の勢力の拠点が近くにあるのだろうか。

そんなふうに推測しての発言だったが、ミラガンは「いいえ」と否定する。

 

 

「非武装艦は、構造的には輸送艦でした。付け加えるなら、兵員輸送艦にしては死体の数が少なかったように思います」

 

 

ミラガンが乗り込んだ船は、機関部付きの円筒形の船体を左右に持つ三胴船であった。円筒形の船体の内部は貯蔵スペースと思われるがらんどうの空間で、人の姿も物資もほとんど無かった。人間が居住するスペースは中央の船体にしかなく、船を運用するのに必要な程度の人数しか乗せることを想定していないように感じられたのだ。

 

 

「つまり、地球軍は旧テレザート星の占領目的ではなく、資源採掘や輸送のためにこの宙域に来たということか?」

「そこまでは、まだ。現在、船内をくまなく調査中です」

「ふむ……」

 

 

自身の貌の左右を飾る、ゆるやかにカーブした髪を人差し指に巻きつけてダーダーは黙り込む。その仕草の意味するところに気付いた幹部は、一様に口を閉じて待つ。彼に近しい者ならば知っている、あまり機嫌がよくない時に考え事をしているときに出る癖だ。

状況は、彼にとって面白くない方向に進んでいる。

正直なところ、ダーダーにとって今回の分遣隊派遣は大して重要に思っていなかった。

彼にとってはアレックス星攻略とサンディ・アレクシアの確保こそが最優先事項であり、地球艦隊のことなど些事に過ぎなかったのだ。

アレックス星攻略への景気付けが半分、先帝陛下を倒した星の軍に勝利したという功績がいずれ来るガトランティス大帝争奪戦に役立つと思ったのが半分。

星を滅ぼすわけではないから大した手柄とは言えないだろうからなおのこと、ついでにしか思っていなかったのだが。

 

 

「ウィルヤーグ、貴様はこの地球艦隊の動向、どう思うか?」

「リォーダー殿下の情報によりますと、テレザート星消滅以来、この宙域に地球艦隊が進出してきたことはないそうです。つまり、地球にとってこの辺りは勢力の範囲外ということなのでしょう。それが今回、6年の沈黙を破ってやってきたということは、何か彼らの興味を引くようなことが起きたということではないでしょうか」

「最近、この周辺で起きた異変……我々が来たことか?」

「注意深く監視していれば、惑星ひとつがワープアウトしてきたことは2万光年先からでも気づくでしょう」

「……まさか、奴らもアレックス星を狙っているわけではないだろうな?」

「証拠はありませんが、否定する材料もありません。いずれにせよ、地球がアレックス星攻略の障害になる可能性は大きいかと思われます」

 

 

その言葉を聞いた途端、椅子をひっくり返して立ち上がるダーダー。

下問を受けていたウィルヤーグ以外の3人が、わずかに肩を震わせる。ウィルヤーグも、内心では彼の逆鱗に触れてしまったのかと冷や汗をかいている。皆、ダーダーの怒りの矛先が自分に向けられることを恐れているのだ。

ダーダー自身は、腕力が優れているわけでもなければ頻繁に部下を折檻するわけでもない。

手中に入れた女に対するドSっぷりが相当なものであるのは事実だが、それを以て部下が彼を恐れているわけでもない。

彼の怖しいところは、口調と表情と動作と本心が一致しないことがある点だ。

内心ではらわたが煮えくり返っている時ほど、ダーダーは能面のような凍った笑顔を顔面に張り付ける。リォーダーに見せた、爬虫類のような笑顔と脅し文句が、その典型だ。

 

 

「……殿下、非武装艦だけであれだけの数です。相当な規模の本隊が、このうお座109番星系のどこかに潜伏しているかと思われます」

「……」

 

 

内心の冷や汗と震えを隠し、ウィルヤーグが沈黙を破る。それを契機に、沈黙を強いられていたダルコロイ、ミラガン、ツグモも堰を切ったように次々に口を開いた。

 

 

「詳細はいまだ不明とはいえ、カーニーの艦隊を壊滅させるほどの力を持つ地球艦隊、無策のまま戦えば思わぬ苦戦をするかもしれません」

「……」

「今ここでアレックス星に引き返しても、地球艦隊に背後を突かれる可能性があります。とはいえ、このまま闇雲に敵を求めても、向こうが仕掛けた罠にまんまと嵌ってしまう恐れがあります」

「……」

「殿下、ここは殿下のお気持ち次第です。地球艦隊とアレックス星、どちらを先に攻略なされますか?」

 

 

鉄面皮のまま、ダーダーは家臣達を見やる。

四人の部下は一様に口を真一文字に閉じ、真剣な表情でダーダーを見据え、決断を待っている。

ダーダーは先程と同じように巻き髪を人差し指に絡ませて、

 

 

「ウィルヤーグ」

「ははっ」

「アレックス星は追跡できているな?」

「本艦およびラルバン星が定期的に超長距離観測を実施しております。並行して空間震動波の観測も行っておりますので、万が一ワープしても失探することはありません」

「アレックス星の艦隊はどのくらい復旧していると思う?」

「本星があの状況です。艦隊どころか、国が滅んでいても不思議ではありません。たとえ復旧していたとしても、正面からぶつかれば確実に勝利できます」

「ダルコロイ」

「はっ」

「大規模対艦戦闘2回に惑星攻略戦、航空機の燃料と弾薬は十分だな?」

「もちろんであります!」

「ミラガン、星系内での戦闘は宙域を熟知した方が勝つ。索敵と周辺宙域の事前探査を頼むぞ」

「おまかせください!」

「ツグモ、本来任務とは違うが、貴様の部隊は予備戦力だ。その高速で、カーニーの代わりに戦場を掻き乱してくれることを期待する」

「ご期待に応えてみせます」

 

 

よろしい、とダーダーはひとつ頷く。

その薄い唇の口端が吊り上ったのを見て、部下たちはダーダーの不機嫌が闘志に切り替わったことを察した。

マントを翻しながら右手を正面に掲げ、ダーダーは昂然と宣言した。

 

 

「これより本艦隊はアレックス星攻略に際し後顧の憂いを絶つため、地球艦隊に対して決戦を挑む!」

 

 

 

 

 

 

同日23時52分 うお座1109番第三惑星

 

 

ダーダーの号令一下、若草色の艨艟たちが艦隊戦に有利な宙域を調査すべく、今一度星の海へ散らばって行く。

その中の一隻が地平線の向こうに艦影が見えた途端、濃緑色の宇宙服に身を包んだ兵士が二人、白砂の大地に身を投げ打って隠れる。ゴマ粒ほどの大きさにしか見えなかった艦が徐々に大きくなり、若草色の艦体が大戦艦のものだと判別がつくほどにまで接近すると、大戦艦は二人のはるか上空を通り過ぎて、後方に飛んで行った。

 

 

「ふう……見つかったかと思ったぜ」

「ああ、毎度毎度、心臓に悪い」

 

 

大戦艦のロケットの煌めきが見えなくなったのを確認して、二人はやれやれと立ち上がる。

男は無意識に額にかいた冷や汗を拭こうとして、コツンという音に我に返る。

苦笑いしたもう一人の兵士は後ろを振り向いた。

 

二人の後ろには真っ白に焼けた砂の大地と二組分の足跡、二人が背負っている通信機械に繋がっている有線ケーブル、そして直径10キロはあろうかという大きな窪み。

陽の光が全く差さないクレーターの底には、周囲から流れ落ちて積もった砂利や礫の層と、二隻の潜宙艦が身を潜めていた。

濃紺色をした紡錘形の物体が二つ、クレーターの影に物音ひとつ立てずに潜んでいるその様は、あたかも冬の池の底で身じろぎせずにじっとしている鯉のごとし。

艦隊がラルバン星に帰投した後も109番星系を哨戒していた潜宙艦『クビエ』と、暗黒星団帝国との戦闘で負った損傷の修理が完了し、戦線復帰した潜宙艦『レウカ』であった。

 

元々哨戒任務の交替の為に合流した2隻だったが、新生アレックス星攻略部隊の本隊、約200隻がこの宙域にワープアウトしてからというもの、停泊していたクレーターから一歩も動けないでいた。

ダーダーの艦隊がワープアウトしてすぐに全艦を星系全体に派遣したことで、『クロン・サラン』が駐留している恒星付近を中心に艦艇や艦載機がひっきりなしに行き来しているため、隠れ続けるしかないのだ。

深さ数百メートルもあるクレーターの底で偽装の為に砂の中に半身を埋もれさせている状態では情報収集もままならないため、宇宙服を着た乗組員がわざわざクレーターの縁まで行き、目視による監視と通信傍受を試みている。しかし、乗組員が持ち出せる機械など艦の装備品に比べればいかにも役者不足であり、案の定傍受も解析も上手くいっていない。

 

新生アレックス星攻略部隊がカーニーを捜しにこの宙域に来るところまでは、予想の範囲内だった。その偵察の為にガーリバーグ司令は2隻を偵察に寄越したのだから、この状況も想定の範囲内ではある。ただひとつの誤算は、一週間近く経っても艦隊がこの星系から立ち去らない事だった。

あれだけアレックス星とサンディ王女への執着を見せていたダーダーだから、カーニー艦隊の残骸を発見したらすぐに戻るものだと思っていた。しかし、艦隊は6日間に渡って星系をくまなく調査したあげく、一旦全艦が集結したかと思ったらつい先程、再び四方八方へ散開していった。

これでは艦隊を尾行するどころか、ラルバン星の司令部へ通報することさえできない。

 

 

「……あれ?」

「どうした、相棒?」

 

 

クレーターの向こう、大戦艦が地平線の先に消え去った先をぼうっと眺めていた兵士の呟きに、もう一人が反応する。

 

 

「あれって、ワープアウトじゃないか?」

 

 

男が指差す方向に、体ごと振り向く。

目をすがめて見つめる虚空の先では確かに、漆黒の空間を歪めて青白い光線の束が差し込み、宇宙船が細長い実体を形成しつつある。

明らかに民間船とは異なる威容を湛えたその船は、ワープアウトの燐光を振り払いながらこちらに接近してくる。

輪郭がはっきり見えてくる。

 

 

「あー、確かにそうだな……て、そんなこと言ってる場合か、隠れろ!」

 

 

相棒の頭を叩きつけるように、自分もろとも地面に押し倒すと、ワープアウトしてきた艦の巨大な影が二人の体を舐める。

張り出したウィングやレーダー、砲身のトゲトゲに身を包んだ闖入者は、ラルバン星ではもはや拝むことのできない綺麗な空色をしていた。

 

 

 

 

 

 

同刻 旧テレザート星宙域 ラルバン星

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199 星巡る方舟』より《幻影ホテル》】

 

 

サンディがガーリバーグと接見してから、一週間が経った。

彼女らの待遇は変わらず、客人としてもてなされている。食事の際に給仕が付くのはもちろん、身の回りのことを全てやってくれるメイド―――様々な肌の色をしているが青肌の娘は1人もいないことを考えると、植民星から連れてこられた者達か、その末裔だろう―――が宛がわれるという厚遇ぶりだ。あかねはサンディの双子の妹「アカネ」として認識され、サンディと同様の扱いを受けている。

地球では妹扱いだったサンディが今度は姉扱いされるとは何とも皮肉な話であるが、今のあかねを見ていれば、サンディを姉だと誤解するのも、「今まで公表されていなかった」などというすぐバレそうな嘘が通っているのも納得がいくというものだ。

 

 

「ほら、あかね。食事の準備できたって」

「……うん」

「ほら、あかね。お風呂に行くわよ」

「……ええ」

「ほら、あかね。もう寝ましょう?」

「……そうだね」

 

 

二人は終始、こんな感じである。甲斐甲斐しく妹にかまう姉と、暗闇の世界に一人佇むがごとく心を閉ざす妹の、微笑ましくも痛々しい生活が一週間も続いているのである。

姉に促されるがままにベッドに入り、あかねが間もなく静かな寝息を立て始めたのを見届けてから、サンディはため息をついて自分のベッドに戻った。

 

 

「いつまで続くのかしらね、こんな生活……」

 

 

地球にいた時よりも豪華でふかふかなベッドに身を沈め、天井をぼんやりと見つめる。

思い出すのは、この生活の始まりのとき。

接見したガーリバーグが提案してきた、ダーダー暗殺計画。

計画の参加を条件に、ガーリバーグは二人の解放とアレックス星攻略部隊の撤退を約束したのだ。

彼が言うには、ダーダーという男は占領した星の王姫を手籠めにすることに至上の喜びを感じる、なんとも下衆な性格らしい。当然ながら私もその対象で、過去に国営放送に映った時の映像を取り込んで持ち歩いているらしい。想像するだけで身の毛のよだつ話だ。

その性癖を利用して、自分を貢物としてダーダーに献上する。当然ながらダーダーは嬉々として私を私室に迎え入れるだろうから、二人っきりになったときを狙って暗殺するのだ。

ガーリバーグは司令官の混乱に乗じてアレックス星攻略部隊の指揮権を奪い、ラルバン星防衛艦隊の戦力として吸収する。計画がうまくいけば、私を敵の司令官を殺して敵艦隊を撤退させ、母星を救うことができる。ガーリバーグは鼻持ちならない義兄を排除した上に、自軍の戦力を大幅に増強させることができる。ガトランティス帝国の次期大帝に名乗りを上げる足掛かりにもある。互いに大きく得する、文字通りwin―winの関係だ。

 

 

「私にとっても渡りに船……そのはずなのに」

 

 

あの場で承諾の返事をすれば、すぐに事態は動いただろう。私はすぐにアレックス星攻略部隊に連行され、今頃、ダーダーの寝首を掻き切っているかもしれない。もしかしたら既に母星に戻り父母や兄上たちと再会できていたかもしれない。

だというのに、即答できなかった。あろうことか、「しばらく考えさせてほしい」と言ってしまったのだ。

その返答があまりに予想外だったのか、ダーダーは指揮棒を私に突きつけたまま暫し呆然としていた。隣にいた顔色の悪そうな男も、信じられないと言わんばかりだった。

普通ならば祖国を救うために計画に乗るか、敵の姦計だと断じて拒絶するかのどちらかだろう。だというのにこの囚われの姫君は、「しばらく考えさせてくれ」とのたまったのだ。アレックス星には時間が遺されていないというのに。

 

 

「ホント、自分自身の馬鹿さ加減に呆れ果てるわ」

 

 

生まれ故郷が滅亡する日まで、両手の指で数えられるかもしれないという切迫した状況で、目の前にそれを一挙に解決する方法があるにもかかわらず、しかし私の心には小魚の棘のように刺さったような違和感がある。気になって気になって、ダーダーの提示した破格の条件の提示にも返事を躊躇ってしまうほどに。

何が自分をそんなに躊躇わせているのか。

視線を天井から隣のベッドに落とす。

そこには、サンディが心を痛めている元凶が、何も知らずに静かな寝息を立てていた。

 

 

「……こっちの気も知らずに自分の殻に籠っちゃって。泣きたいのはこっちだっての」

 

 

あかねの存在を知らない――知るわけもないのだが―――ダーダーが興味を持っているのは、私一人だ。私の妹として彼女を連れて行って喜ばせる理由など、こちらには微塵もない。

それに、民間人の彼女を危険な地に連れて行く訳に行かないし、逃走の時には足手まといにしかならない。第一、暗殺の現場にあかねを付き合せたことが妹スキーの恭介にばれたら、私が殺される。

 

 

「自分の生まれ故郷と異郷の星で体裁を繕うための形だけの姉……迷う必要なんかないはずなのに」

 

 

私は王族だ。星を統べる者の一族として、母なる星と私たちを奉戴してくれる民を救う義務がある。父王からは遠御祖の星、惑星『イスカンダル』へと救援を求める任を与えられている。

イスカンダル軍を連れてくることはもはや叶わないが、違う手段とはいえ星を救う千載一遇のチャンスを手に入れた。ならば、迷う必要はない。ないはすなのに、私はたった一人のイツワリの異星人とアレックス星30億の臣民を天秤にかけているのだ。

 

別に、ガーリバーグが約束を反故にする可能性を疑っているわけではない。本来なら、あかねを人質にして私に暗殺を強要すれば簡単なのに、彼は私に考える時間をくれた。あの男とは一度会って話しただけだが、彼には何か信念……というよりも、譲れない一線のようなものを感じた。彼女をこの星に置いて行っても無下に扱われることはないだろうし、彼女の正体をばらしても彼の態度は変わらないだろう。

 

事態を整理すればするほど、ローリスクハイリターン。

それでも決断できないのはあかねのことが心配で目を離せないから―――それが本心なら、まだ自分を許せるのだが。

単に私が、あかねと離れて王族に戻るのを躊躇っているだけなのだ。

敗色濃厚な戦争中で殺伐としたアレックス星を離れ、平和な地球の市井の人として過ごした数ヶ月は、恭介とあかね、『シナノ』クルーたちとわいわい騒いでいた時間は、小さいころからの夢が叶って、本当に楽しかった。

自分の手で手放すのは、本当に名残惜しいけど―――

 

 

「それでも、決めなきゃいけないのよね。いつまでもあかねをここに留めてたら、恭介に怒られるわ」

 

 

ここに来て、ガーリバーグに言われて久しぶりに、本当に久しぶりに、自分が何者なのかを思い出した。

やはり、私とあかねは別の存在。

私が帰るべき場所はあの星で、あかねが帰るべき場所は地球―――恭介の隣なのだ。

暗がりの中、静かに寝息を立てるあかねをもう一度見る。

ここに連れてこられてから、あの娘は一度も笑顔を見せていない。

私が何度話し掛けても、その感情が抜け落ちた能面のような顔を綻ばせることはできなかった。

この娘が笑顔を浮かべるのは、間違いなく恭介の隣だけなのだと、つくづく思い知らされる。

 

 

「明日……明日一日だけ。そうしたら、そうしたら、返事しよう」

 

 

それで未練を断ち切れるかは、本人にも分からなかった。




今年も一年、拙作を読んでいただき、まことにありがとうございました。
来年は挿絵をもっとうまく描けたらいいなぁ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話

いつの間にか2018年にワープアウトしていたようです。
それでは本編をどうぞ。



2208年3月20日 0時26分 地球 大統領官邸

 

 

人間、怒りや悲しみといった激しい感情は体力を消費するため、長時間は持続しにくいと言われている。

それはつまり、喧々諤々非難轟々の閣僚会議も、いずれは体力切れの時が来るわけで。

紛糾に紛糾を重ねた閣僚会議も、3日目の深夜に至ってようやく沈静化―――というよりも、皆疲れ果てて怒鳴る気力も体力もないだけなのだが―――することとなった。

喧騒が静まった頃合いを見計らって、これまでずっと沈黙を貫いていたヴィルフリート・オストヴァルト大統領が、ようやく口を開いた。

 

 

「諸君、もういいだろう。そろそろ、これからのことを考える時間だ」

「これからのこと……ですか」

 

 

ナムグン・ジョンフン内務大臣が、疲労を滲ませた声色で続きを促す。

普段は激昂する閣僚たちを宥め、場を取り納める役割の彼も、今回は随分と疲れ果てている。ガミラス戦役以来、閣僚最年長として閣僚の重し石となっていた彼も、度重なる戦災と寄る年波には勝てず体力・精神的に衰えていた。ここ一、二年はこの程度の紛糾でも大いに疲弊するありさまなのだ。

それでも大統領の言葉に一番に応えるあたり、彼もまだまだ現役の政治家といったところなのだろう。

 

 

「調査船団が攻撃を受けたという事はすなわち、ガトランティスが地球に対して積極的行動に出たということだ」

「確かに、近年のガトランティスとの戦闘は太陽系内に散らばっていた残党軍や、サンディ・アレクシアを追ってやってきた艦隊との偶発的戦闘だけでしたが……今回は、あきらかな作戦行動です」

「大統領閣下、内務大臣。何がおっしゃりたいのです?」

「このまま何もせずに座視しているわけにはいかないということです、Mr.カルヴァート」

 

 

財務大臣の質問に、内務大臣が言下に応える。

その意味するところにいち早く気付いたのは、国防大臣のローハン・ヴィファールだ。

 

 

「それは……まさか、戦争という事ですか?」

「その通りだ。少なくともこちらの損害に見合うだけの、そして相手が侵略を諦める位には痛い目に逢ってもらわないと」

「しかし、ガトランティスがどれだけの兵力でやってくるか分かりません。敵は銀河を股に掛ける大帝国です、たとえわが軍の艦艇の性能がガトランティスより優秀だとしても、それを飲み込むほどの大戦力で来られたら……」

 

 

そう言うアブラハーメク農商務大臣の声が心なしか震えているのは、彼が老体だからか怯えているからか。

三ヶ月前の冥王星宙域会戦の時には「あの時とは違うんだ」と敵を侮り、警告を発する国防大臣を嘲笑していた人と同一人物とは思えない。

アブラハーメクの消えそうな声に、ヴィファールはさらに言葉を重ねる。

 

 

「それ以前に、我々の軍事技術が飛躍的に進歩したように、敵もこの6年間で進歩しています。現に、第三調査船団のジャシチェフスキー司令からは潜宙艦が破滅ミサイルを装備していたとの報告を受けています」

「……ガミラスに援軍を頼むことはできないか? 天の川銀河の事実上の盟主である彼らなら、座視するとは思えないが」

「それは難しいと思います、大統領閣下」

 

 

難しい表情で答えたのは、外務大臣ミッシェル・A・オラールだ。

 

 

「『旧テレザート星宙域に調査艦隊を派遣するつもりはあるか』と尋ねた大使に、キーリング参謀長は言われたそうです。『デスラー総統がいまだ次元の向こうから帰還していない以上、総統閣下から与えられた命令を逸脱することはできない』だそうです」

 

 

去年十一月にガルマン・ガミラス本星へと出発した派遣艦隊は、デスラー遠征中の留守を任されているキーリング参謀長との会談・交渉を終えて一月三日に帰還した。

予想していたことではあるが、ガルマン・ガミラスもアレックス星のことは知らなかったようで、かつてのイスカンダル星がさんかく座銀河にまで版図を広げていたことに驚愕していた。その上でガトランティス軍がふたたび天の川銀河に現れたことを告げると、「現在の領土を侵略されない限り、特別の対応はしない」と断言されたのだ。

 

 

「ガルマン・ガミラスも、デスラーと『ヤマト』が絡んでいなければとんだ孤立主義だな……。つまり、独力で敵を排除しなければならないのか。Mr.サカイ、現状の兵力と配置は?」

 

 

国防大臣の背後に控えていた地球防衛軍司令長官が立ち上がり、手元のメモに視線を落とす。

 

 

「三ヶ月前に防衛基準態勢2を発令して以来、第十一番惑星軌道上で哨戒をしているパトロール艦と宙域警備用の護衛艦、系内輸送船団の護衛を除いた全戦闘艦艇が土星周回軌道上に集結しています。また、新造艦も最低限の公試と完熟訓練を終えた艦から逐次合流しています。太陽系外周艦隊、内惑星防衛艦隊、冥王星圏防衛艦隊を解体、ガトランティスとの決戦に向けて再編成を行いました。衛星『タイタン』には主力艦隊と支援艦隊、衛星『レア』には水雷戦隊、空母機動部隊、『エンケラドゥス』には予備兵力として巡洋艦と駆逐艦、無人戦艦が編成を完了。大統領閣下の命令があれば3時間以内に出撃が可能です」

 

 

2201年のガトランティス来襲の際にも地球防衛艦隊の拠点となった『タイタン』には、アンドロメダⅢ級『ヘリアデス』を旗艦としてアンドロメダ級15隻、第三世代型主力戦艦33隻、護衛の駆逐艦12隻で編成された主力艦隊。アンドロメダⅢ級『ヘスペリス』を旗艦に第一世代型戦艦13隻、第二世代型主力戦艦19隻と第三世代型巡洋艦24隻、駆逐艦36隻からなる支援艦隊が駐屯している。

『レア』の水雷戦隊は第三世代型巡洋艦『ウィーリンゲン』を旗艦に第三世代型巡洋艦23隻、第二世代型巡洋艦15隻、駆逐艦60隻。アンドロメダⅢ級『アイテル』を旗艦とする空母機動部隊は、戦闘空母5隻、第一世代型巡洋艦15隻、駆逐艦24隻。

『エンケラドゥス』の予備兵力は第一世代型巡洋艦3隻、駆逐艦24隻の他、暗黒星団帝国との戦闘を生き延びた無人戦艦だ。

2201年のガトランティス襲来時と比べれば数は同程度、アンドロメダ級の数こそ充実しているものの新造艦と旧型艦の間に練度の差が生じており、戦力としての評価は難しいところだ。

一度顔を上げて閣僚の様子を窺った酒井長官は、誰も口を開かないのを確認してから再びメモに視線を向ける。

 

 

「その他、基地航空隊は衛星『タイタン』『ディオネ』『テティス』の各基地に周辺からかき集めたコスモタイガーⅡ、中型雷撃機が合計5000機配備されています。とはいえ航空機は艦艇に比べて航続距離が短いので使いどころが限定されますから、やはり主戦力は宇宙艦艇となるでしょう」

「しかし、300隻以上いる艦の半数は駆逐艦、主力艦も竣工から一年も経っていない艦が大半だから、決して練度が高いとは言えない……守るには決して数が多いとは言えない状況です」

「……」

 

 

重苦しい沈黙が場に流れる。

腕組みして目を閉じる大統領。

両手を机の上で組んで項垂れるナムグン内相。

腕を組んで空を仰ぐアブラハーメク農商務相。

手にしたペンで手元の紙にしきりに点描画を描いているのはオラール外相。

先程から一言も発しないものの、貧乏ゆすりが止まらないのはキング福利厚生相。

一方、冷や汗が止まらないのは酒井長官だ。

そんな時だった。

 

 

「いっそのこと、こちらから先制攻撃を仕掛けるのはどうだ?」

 

 

ぽつりと呟いたその言葉に、一同が目を見開いて驚愕する。大統領は、太陽系ではなくその外でガトランティス艦隊を迎え撃つと言ったのだ。

 

 

「こちらから打って出るというのですか?」

「そうだ、Mr.オラール。精鋭部隊のみで敵の根拠地を奇襲して、停泊中の敵主力部隊を全滅させる。そうだな、例えるなら……」

「かつて日本が真珠湾攻撃をしたように、ですか? その後の日本がどうなったかは、大統領閣下もご存じのはずですが」

「違う、『ヤマトが暗黒星団帝国の中間補給基地を破壊したように』だ。ガトランティスが複数の侵攻ルートを設定しているとは考えにくい。つまり、前線基地である旧テレザート星宙域を潰してしまえば敵の侵攻は大幅に遅らせることができるはずだ」

 

 

ヴィファールは枯れた喉を振り絞って叫ぶ。

 

 

「無茶です! 第三次環太陽系防衛力整備計画が完了していない現状では……いえ、たとえ第三次計画が完了していたとしても、遠征艦隊を編成する余裕などありません。国防大臣として、現状でガトランティスとの正面衝突は断固として容認できません!」

 

 

地球連邦の歴史上、太陽系の外に大規模の艦隊で遠征したことは一度もない。

それは、地球が太陽系外縁部程度までしか勢力圏を拡げていないため遠出する理由がないという事もあるが、兵力が足りなくて太陽系内の守りで精いっぱいという事情もある。

仮に遠征するとなれば、遠征艦隊の他に太陽系を護る艦隊を編成する必要がある。

そうなれば、ただでさえ少ない兵力を二分することになり、各個撃破される可能性が非常に高い。

加えて、基地航空隊の支援も無く土地勘のない宙域での戦闘は概して純粋な戦力差が勝負を左右しやすく、なおのこと兵力の少ない地球連邦軍が勝てる要素は無くなる。

 

 

「戦力が足りないのはいつものことだ。敵はこちらの都合など考えてくれん」

「向こうの動きを見てからでも遅くないのでは? 分かっているのは、うお座109番星系にガトランティス艦隊がいたというだけです。地球圏へ侵攻してくるとは限りません」

「Mr.アブラハーメク……先程、Mr.ナムグンが言っていたことを忘れたのか? それに、先日の冥王星宙域での遭遇戦の折にMr.オラールが行っていたではないか。『遠くない未来、白色彗星帝国が体制を整えて再侵攻してくる可能性がある』と」

「た、確かにそうですが……」

 

 

国防大臣、農商務大臣の意見を、大統領はにべもなく一言で却下する。

困ったことになった、とヴィファールはため息をつく。

 

 

「大統領閣下。たとえ閣下の仰る通りだとしても、200隻以上の大艦隊が移動をすればたちどころに気付かれてしまいます。我々が先方の艦隊を把握したように、敵もまた我々の接近を察知して防衛体制を整えるであろうことは、想像に難くありません。ならば、敵を引き込んでこちらに有利な条件で戦う方が、まだ勝機はあります」

「ならば、漸減作戦はどうだ? 第十一番惑星、冥王星宙域で小規模な艦隊に一撃離脱の奇襲を仕掛けさせて、決戦前に数を減らすというのはどうだ」

「閣下の言う漸減邀撃作戦は、確かに図に当たれば非常に効果的です。しかしその作戦は、敵がこちらの思い通りに動いてくれた場合にのみ有効という点で致命的なのです」

 

 

どういうことだ、と視線だけで続きを促す大統領。自分が思いついた提案をすぐさま否定されたのが気に入らないらしく、眉間のあたりに不機嫌の相が見えていた。

これは7年前の際にも話し合われたことなのですが、と前置きして酒井は説明する。

 

 

「漸減邀撃作戦は常に敵の位置を把握し、兵力を減らしつつ我が方が決戦宙域と指定した場所に誘導することが前提となっています。そのためには広範囲に偵察艦隊を派遣し、また敵を発見した際には直ちに分散していた兵力を集結して奇襲を仕掛け、その後には敵艦隊に追いかけられる必要があります。7年前の時は敵が400隻を超える大艦隊であったこと、本体の彗星が到着するまでに決着をつけなければならないという事情から、敵は小細工せずにまっすぐやってくると推測したのです。それでも、我々は敵の現在地を把握するのに非常に苦労しました。今回、同じように事が運んでくれる保障はどこにもありませんし、そんな戦力的余裕もありません」

 

 

しかし大統領はまだ諦め切れないらしい。しかめっ面のまましばらく考えた挙句、絞り出すように聞いてくる。

 

 

「戦力が足りないといえば、各国が保有している宇宙艦艇は招集したのか? 整備計画の時の試作艦ならば、練度はそこそこあるだろう」

「試作艦艇はクセが強い艦が多いので、大規模な艦隊戦闘にはあまり向きません。火星基地で最終防衛ラインの防衛に当たっています」

「これだからワンオフの試作品は役に立たんのだ……もともと戦力に数えていないなら、ヒペリオン艦隊や空母艦隊のように小規模の別動隊という形で参戦できないか? あるいは、彼らに旧テレザート星宙域に行ってもらってはどうだ。戦功を目当てに飛びついくるかもしれんぞ」

「あー、それについて一点ご報告しなければならないことが」

 

 

投げやり気味に提案した大統領に、気まずそうな声とともに挙手したのは酒井だ。

 

 

「なんだ、Mr.サカイ。これ以上に悪い報告があるのかね」

 

 

酒井を見る誰もが半眼で、「聞きたくない」という心の声が聞こえてきそうだ。

 

 

「先日冥王星基地に帰投して修理と補給を受けていた第三辺境調査船団ですが……船団護衛の任に就いていた数隻の艦艇が、今朝出港して以来行方不明になっております。まるで示し合わせたかのように……」

 

 

そしてまた訪れる、何度目になるか分からない溜息と沈黙。

会議が終わる気配は、まだない。

 

 

 

 

 

 

2208年3月20日 10時56分 うお座109番第三惑星

 

 

「どうするよ、相棒」

「どうするって……どうしよう?」

「俺に聞くなよ……指示があるまで監視してるしかないだろ」

「なら聞くんじゃねぇよ……」

 

 

ヘルメットの中で困惑の表情を浮かべる二人の顔は、はたから見たらさぞや滑稽に映るであろう。巨大クレーターの縁に伏せながら、二人のガトランティス兵は招かれざる珍客の登場にただただ困惑していた。

ダーダーの艦隊を監視するために持ち込んでいた赤外線カメラを、正体不明の宇宙戦艦に向ける。カメラと潜宙艦『クビエ』『レウカ』とは有線ケーブルで繋がっているので、二隻の艦長もリアルタイムで映像を見ているはずだ。

レンズが追いかける空色の船は、あろうことか近くの――とはいえ、二人のいるクレーターから10キロ以上は離れているのだが――の断層崖の僅かな窪みに着陸している。空気の極端に薄いこの星では光の減衰がほとんどないため、この距離でも艦の姿かたちをかなり鮮明に把握できる。

 

 

「平面と曲面を複雑に組み合わせた細長い船体……砲身は円筒形か。ありゃ、ウラリアじゃねぇな。どちらかといえばガトランティスやガミラスに近い」

「しかし、いくら宇宙艦艇に迷彩色がほぼ無意味とはいえ、あんなド派手な青色っていうのも珍しい。あれか、噂に聞いていたボラー連邦ってヤツか?」

「あれは薄紫色だったような。あんなこれみよがしにトゲトゲしてて、美しくないなぁ」

「全体的に余裕のないデザインだな。小さい艦体に武装をぎっしり積んで……後ろの短い平面は、まさか飛行甲板か? 詰め込みすぎだろ」

 

 

二人はさらに不明艦を観察する。

艦体の前部には三連装長砲身砲が3基。側面にもやや小振りな砲塔が見える。艦橋構造物の下には三連装の球形小型砲塔。対空砲の類だろうか。

艦橋の後ろには斜め後方に伸びる四角形の構造物。冷却装置か、あるいは我がガトランティスの大戦艦が装備している艦橋砲のようなものか。

後部は飛行甲板らしき平面と、その下にロケットのノズル。さすがに、このあたりはどこの星間国家の船も似たり寄ったりだ。

 

 

「ガトランティスでもガミラスでもウラリアでもボラ―でもないってぇと、それじゃ一体この軍艦はどこから来たってんだい?-」

「……あと考えられるとしたら、ダーダー殿下がご執心なアレックス星と、大帝陛下が討たれたという地球ぐらいだが。確か、地球の船は銀色をベースに黄色の縁取りだったはず」

「アレックス星は深海のような濃い青が特徴だろ」

「じゃあ、もう分からん!」

「なにスネてんだ、お前?」

 

 

ボケと突っ込みを織り交ぜながら、また二人はときおり上空を警戒しながらも、所属不明艦への観察を続ける。

件の艦が崖下に身を潜めてから、既に10時間が経つ。おそらく、ワープアウトしたら周り中にレーダーの反応があったので、びっくりして隠れたのだろう。下手したら自分たちが潜伏していることまでバレる可能性があるので甚だ迷惑な話だが、幸いというべきか周囲の艦には見つかっていないようだ。

こうしている今もまた、頭上はるか上空を一筋の煌きが流星の如き高速で去っていく。噴射炎の大きさから推測するに高速駆逐艦だろうか、艦影を見つけるたびに今度こそ見つかるのではないかと心臓に悪いことこの上ない。

 

 

「なぁ相棒、あいつらの目的は何だと思う?」

「知らねぇよ、そんなこと」

「あそこに隠れて、かれこれ10時間だぞ?」

 

 

どこかへ向かう途中ならば早々にワープして離脱すればいいし、この星に用があるのならば調査隊を出すなり、何らかのアクションがあってもおかしくない。それでもいまだにここで息を潜めているということは、“周囲の宙域をうろついている艦がいなくなってから行動するつもり”という事か。

 

 

「機関でも故障して直してる最中なんじゃねぇの?」

「さっさとどこかへ行ってくれないと、俺たちの艦も見つかるリスクが高まるからなぁ。俺、もう疲れてきたよ」

「そんなに気になるなら、直接聞きに行ったらどうだ? 『オタクハドコカラキタンデスカ、ドコニイクツモリデスカ~』って」

「やめとけって、そんなこと言うと嘘から出た実になるから」

「いや、さすがに艦長も俺達に潜入レポートしてこいとは言わないだろ……ん、なんだあれ?」

「おいバカやめろ、その振りは10時間前に聞いたぞ。現実になったらどうする」

「いや、だってよぉ。あれ……」

 

 

ひょいと指差す相棒につられて、何気なく頭をそのまま真上へ。

そこには、まさに10時間前に見たのと同じ現象が起きていた。

即ち、ワープアウトである。それも、十時間前の船よりもはるか上空に。

 

 

「……」

「……」

「…………」

「…………」

 

 

ポカリ。

相棒のヘルメットの中に、滑稽な金属音ととともに衝撃が伝わる。

 

 

「痛ってぇ! 何すんだテメェ!」

「ヘルメット越しで痛い訳ないだろうが!」

「気分の問題だボケェ!」

「うるさい! お前がいらんこと言うから本当に来ちゃったんだろうが!」

「んなわけあるか! 俺が言わなかったらあと10秒は気付かなかったろうが!」

「いいやお前の所為だ! どうしてくれんだよ、あの船、確実に哨戒中の連中に気付かれたぞ!」

「畜生、ワープアウトするならもっと低くやれっての! で、相棒。どうする!?」

「どうするって……そりゃあ……」

 

 

二人はもう一度空を見上ようと、視線を上げる。

茶色の地面が下に追いやられて真っ黒な闇が下りてくる。巡りまわる世界の片隅に、地平線の向こうにまっすぐ飛んで行って消えかけていたはずの流星がいつの間にかこちらへ針路を変えつつある光景が飛び込んできた。

その進路の先には、たった今ワープアウトしてきた所属不明艦―――今度の船は船底が紅色に塗られている―――の姿。

視線を戻し、二人は合わせ鏡のように息ピッタリのタイミングで、互いの顔を見る。

表情を引き締めた真剣な顔の相棒。

互いに見つめあい、一拍の沈黙。

そして二人は、

 

 

「逃げよう」

「賛成」

 

 

持ってきた機材を放り投げて、クレーターの中へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

同日同刻同場所

 

 

『シナノ』第一艦橋

 

 

船酔いにも似た幻覚を越えてワープアウトすると、見覚えのある砂色の惑星が見えてきた。

日に焼けた土の色や山谷が幾重にも折り重なる姿は一見して火星のようであり、しかし至る所に大小のクレーターが空いている殺風景な姿は月面のようにも思える。

戦闘班長席から身を乗り出して眼下の光景を確認した南部が、眉を顰めて毒づく。

 

 

「うお座109番星系第三惑星……『ニュージャージー』の奴、やっぱりここに戻ってきたか」

「これはもう、完全にクロですね。タイムレーダーの映像で大体分かっていたことですが」

 

 

ワープシークエンスから通常航行へと移行する作業をしながら、北野が相槌を打つ。

地球に帰還するという名目で冥王星基地を出港したはずの『ニュージャージー』だが、アステロイドベルト周辺宙域にワープアウトしたのを最後に、連邦宇宙局が設置したレーダー網から忽然と姿を消していた。

『ニュージャージー』を追ってアステロイドベルトまでやってきた『シナノ』は、レーダーが最後に観測して宙域でタイムレーダーを作動し、わずかに残ったワープエコーから『ニュージャージー』が旧テレザート星宙域方面へワープしていたことを突き止めたのだ。

 

 

「前方、微弱な赤外線反応! 11時方向地表面、距離30キロ!」

 

 

そして鳴り響く、警告音と館花の切羽詰まった声。

すぐさま坂巻と南部が反応して、双眼鏡を構える。

 

 

「……見つけた! 南部さん、地平線手前の崖下!」

「こっちも確認した。青色だから目視でも分かりやすいな」

「艦長、『ニュージャージー』に通信回線を開きますか? この距離ならタキオン通信でなくともすぐに繋がりますが」

「……」

「……艦長?」

 

 

葦津に問われた芹沢は、いつものように制帽を目深に被って内心の焦りを部下に知られないように努めていた。

実のところ、こうして『ニュージャージー』を追ってきたはいいが、そこから先どうすればいいのか、皆目見当がつかないのだ。

我らには『ニュージャージー』を責める権限もなければ、決定的な証拠もない。

タイムレーダーが映し出したガトランティス潜宙艦と白集団と黒集団の遭遇戦は、どちらの集団もどこの国の所属なのが分かっていない。エドワード艦長を問い詰めたところでしらばっくれるのは目に見えているし、拉致を手引きした柏木卓馬が米国の手先である証拠もない。もしかしたら本当に米国が関与していない可能性も――わずかではあるが――捨てきれない。

それなら、「何故修理も終わっていないのにここにいるのか」と問い詰めるか? だがそれは『シナノ』にも言えることで、「米国本土から特命を受けた」と言われればそれまでだ。

 

 

「……通信を繋げたところで、情報を吐いてはくれまい。同行しようとしても、こちらを撒こうとするはずだ」

「『ニュージャージー』の鼻っ先に一発撃ち込んで脅せばいいんですよ! もともとは柏木の野郎の所為で……!」

「徹底的に付きまとってやればいいんです! 後ろからせっついて、二人のところまで案内してもらいましょうよ!」

「坂巻、北野も落ち着け」

 

 

南部が両隣で鼻息を荒くする二人を宥めるが、あまり効果がない。

かつては自分自身が二人のように気炎を上げていた過去があるためか、南部も躊躇いがちになってしまっているのだ。

 

 

「艦長! 『ニュージャージー』から通信です」

「向こうから?」

「はい、向こうからです」

「…………メインパネルに出してくれ」

「メインパネルに出します」

 

 

椅子から立ち上がって通信に応じる姿勢をとりつつも、芹沢は頭の中では向こうの意図を図りかねていた。

我々の目を盗んで、わざわざ一芝居売ってまでここまでやってきたというのに、見つかっても逃げようともせずに接触を試みるとは、一体どういう考えなのだろうか。第一、通信回路を開いたところで話すことなど向こうにはないはずだ。こちらには聞きたいことが山ほどあるが、素直に教えてくれるとも思えない。何らかの条件をつける為の交渉をするつもりなのだろうか?

湧き上がる疑問を頭の端に追いやりつつパネルに注目すると、果たして映し出されたのは、柳眉を逆立てて額に青筋を立てたエドワード・D・ムーアの赤ら顔だった。

 

 

「こちら、第三辺境ty『馬鹿野郎、さっさと艦を着地させろ! 敵に見つかるだろうが!』なんだと貴様!?」

 

 

芹沢が一気に激昂しかけた途端、けたたましい警報音が鳴り響く。

 

 

「艦長、12時方向の地平線上に反応! 距離70000、ガトランティスの高速駆逐艦です!」

『クソ、だから言わんこっちゃない!』

 

 

捨て台詞とともに通信が切れ、代わりにカメラの映像に切り替わる。

メインパネルの中心、極々小さい光点が、不自然に大きくなってくる。

さらに、流れ星でもないのにこちらに急速に接近してくる星がひとつ、ふたつと徐々に増えてくる。

『シナノ』にとって、三度目の戦いが始まろうとしていた。




68話も本編やってて、意外にも『シナノ』が戦うのは三回目。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話

気付けばもう秋……前回は2202の映画版第四章が上映されている頃だったのに、いつの間にか2202がTVで放映される時期になっていました。


2208年3月20日 10時56分 うお座109番第三惑星

 

 

新生アレックス星攻略部隊、ツグモ上陸部隊所属の高速駆逐艦『サルディシシュルド』がうお座109番星系第三惑星の上空を航過したのは、『シナノ』がワープアウトしてくる30秒ほど前の事であった。

その航路に、特に意味があったわけではない。地球の大規模艦隊を探している彼らにとって、クレーターの中に半ば身を埋めている潜宙艦2隻の存在など知る由もなく、なにより第三惑星周辺宙域は既に捜索済みであった。あえて言うならば、担当宙域に向かう進路上に第三惑星があったため、スウィングバイで速度を稼ぎつつ通り過ぎようとしただけであった。

『シナノ』が慎重を期してもう少し手前で、あるいは『ニュージャージー』の航路を厳密にトレースしてもう少し高度を低くしていれば。もしくは、『サルディシシュルド』がもっと速度を上げて通り過ぎていれば、あるいはこのようなことは起きなかったのかもしれない。

しかし現実には、惑星の丸みの向こうへ隠れてしまうほんの数秒前に『サルディシシュルド』のレーダーは大型艦の反応を捉えてしまったのである。

 

 

「取り舵回頭180度、レーダー反応のあった地点へ向かう」

 

 

艦長の号令一下、『サルディシシュルド』は高度を上げつつ左ターンを切って、今しがた通ったばかりの宙域を逆走する。地平線の向こうを索敵する場合、高度を稼げば目標を遠くから探知することができる。敵の射程外から索敵する技術は、敵に遭遇する機会の多い駆逐艦乗りには必須項目だ。

 

 

「艦体傾斜、180度」

 

 

スラスターを兼ねた回転砲塔から炎が吹くと艦が左回転し始め、寂れた大地が視界に入ってくる。

電子兵器や武装が集中している艦体上面を地表面に向けることで、敵に対して素早い対応ができるのだ。

ただし、惑星表層宙域における行動としてはセオリーであるこの行動も、今回ばかりはタイミングが悪かった。

 

 

「敵艦発見! 前方70000、地平線上です!」

「敵艦発砲! 高エネルギー体接近中!」

 

 

相次いで二つの報告が上がる。

地球防衛軍が誇る長距離衝撃砲は、水平線から顔を出したばかりの『サルディシシュルド』をも射程に捉えて狙い打ってきたのだ。

艦長はすぐさま声を張り上げる。

 

 

「艦体回転停止、高度1000まで降下!」

「それでは時間がかかり過ぎます!」

「くそ、ならば回転続行、捻り込みで頭から突っ込め!」

「了解!」

 

 

全身の回転砲塔から吹く炎が輝きを増す。艦体が裏返しになるのを待たずに艦底スラスターが爆発的な火炎を噴き、無理やり艦首を地面に向けようとする。

ドリフトめいたトリッキーな動きで対向面積を最小限に抑えたまま、艦尾エンジンからのバーナー炎が長く伸びる。

鎌の刃のような機動で無理やり進路を捻じ曲げた『サルディシシュルド』のすぐ傍を、衝撃砲の光芒が螺旋を描いて通り過ぎていった。

 

 

「高エネルギー体、艦尾至近を通過!」

 

 

惑星に存在するわずかな大気が熱膨張で震え、『サルディシシュルド』を振動させる。

 

 

『うわあああ!』

『ひいぃ!』

 

 

誰もが顔を引きつらせ、少女のように甲高い悲鳴を上げる

声こそ出さないが、艦長も内心で悲鳴を上げていた。

しかし、攻撃が直撃しなかったことを理解してからの立ち直りは早かった。

 

 

「損害報告急げ! 高度200まで降下後に旗艦へ通報!」

「艦長、針路指示願います!」

「……迂回路を取りつつ触接を試みる。右前方に見える山脈の裏側を地形追随航行して、敵艦に接近する」

「山脈手前の崖沿いを通っては? その方が高度は低くなります」

「いや、ただ高度が低いだけだと敵艦のレーダーに引っかかる可能性がある。山の陰に隠れた方が確実だ」

 

 

高速駆逐艦は地平線の影に隠れるとすぐさま姿勢を水平に戻し、大気との摩擦熱でわずかに減速しながらもぐんぐん高度を落としていく。プラズマ化した大気によって、若草色の船底をほんのり橙色に染まる。

急激な姿勢変更と急速降下に、誰もが体に伸し掛かるGに歯を食いしばって耐えた。衝撃砲が直撃して欠片も残さず消滅してしまうことに比べれば、この痛みは生きている証のようにも思えた。

衝撃波で砂埃が舞うほどにまで地表に近づいたころには、『シナノ』は『サルディシシュルド』を完全に見失っていた。

 

 

「艦長、暗号電送信完了!」

「よし。高度、速度そのまま、面舵20。艦長指示までレーダーはパッシブのみ。ここからは一瞬の判断ミスが命取りになるぞ、気を抜くな!」

 

 

ロケットを噴かして艦体を右に傾ければ、左右に広がった若草色の下部艦体が水平翼代わりとなって風を捉え、右にゆっくりと旋回する。目指すは目の前の断層崖を乗り越えた向こう、屏風のように折り重なる峻厳な山脈だ。

山肌の様子を見るに、もともと褶曲で大きく盛り上がっていた大地が、風化で岩肌が削れたり地殻変動で地層が剥がれ落ちたりして研ぎ澄まされるように尖っていったのだろう。なだらかな麓から生えた壁のような山体が幾重にも重なり、そしてはるか地平線の向こうまで続いている。

麓付近を超低空で飛行すれば、上空から降り注ぐレーダー波からも確実に逃れられるだろう。

暗号電を終えてひと段落した通信班員が、艦長に尋ねる。

 

「艦長、あれがチキュウの船なんでしょうか。大帝の座乗する彗星都市を陥したという……」

「タイミング的には間違いないが……。レーダー班、映像は撮れたか?」

「遠距離から一瞬でしたが撮れました。拡大鮮明化してメインパネルに映します」

 

 

その言葉通り、正面のパネルいっぱいに映っていた岩山のライブ映像が記録画像に切り替わる。画像の一部分、地平線部分の豆粒ほどのドットが切り取られズームインしていくと、周囲の砂色とは明らかに異なった灰色と赤の人工物が出て来た。

 

 

「これは正面からの画像か? 識別は?」

「……」

「どうした、識別表にない艦か?」

「艦体形状、色、赤外線解析などから、該当する艦が一種だけありましたが……」

「なんだ、もったいぶらずに早く報告せんか。チキュウの船だったのか、そうでないのか」

「……『ヤマト』です。大帝が唯一恐れていたテレザート星のテレサと接触し、難攻不落だった彗星都市を陥した、我が帝国不倶戴天の敵です」

「……なん、と」

 

 

長年、駆逐艦の長として最前線で命を張って来た艦長も、さすがにこれには驚いた。

『ヤマト』という宇宙戦艦については、彗星都市の生き残りが持ち帰った情報が旧テレザート宙域守備隊司令のリォーダー殿下経由で、我が艦隊に情報が齎されている。

他の地球艦隊とは一風変わった艦体構造と艦体色を持ち、長射程と高い命中率の主砲および濃密な対空兵器、驚異的な防御力と継戦能力を誇るという。

幾度となく我がガトランティスの艦隊や地上部隊に攻撃を仕掛け、満身創痍にもなお立ちはだかり、最後にはズォーダー大帝陛下の座乗する彗星都市をも撃破した、恐るべきフネだ。

正面スクリーンと艦長席には、『ヤマト』のデータベース――三面図、戦闘中の写真や動画が送られている。

テレザート星をめぐる帝国第一艦隊との交戦映像、ゲルン率いる第一機動艦隊プロキオン方面駐留空母部隊との戦闘詳報、彗星都市や超巨大戦艦の生存者などの証言を纏めたもので、『ヤマト』の特徴が非常に細かく記述されている。

大きさは中型高速空母と大戦艦の間くらい、武装は長距離砲三連装3基を前部2基、後部1基、中距離砲三連装2基、艦体中央には対空砲を多数装備。ミサイル発射管は全方位に配備。艦載機はマルチロール機を40機以上。

そして、艦首には彗星都市の白色中性子ガスを吹き飛ばしたタキオン拡散砲と同種と思われる武装が一門。

目的ごとに艦種を分けるガトランティスとは根本的に設計思想が異なる――いや、一般的な地球艦隊とも違う、まさに艦隊一つを丸ごと一隻に詰め込んだような異形のフネだ。

 

 

「何故、『ヤマト』がこんなところに単艦でいるんだ……」

「情報によりますと、『ヤマト』は艦隊を組まず、単独行動をする傾向にあるようです。理由までは分かりませんが……」

「いずれにせよ、『ヤマト』がここにいるということは地球艦隊もこの周辺にいるということだ。今この瞬間にも、敵艦隊にでくわすかもしれん。警戒を怠るな」

『了解!』

 

 

もうすぐ山脈が途切れ、レーダーと画像から割り出した『ヤマト』出現地点に差し掛かる。予定としては、『サルディシシュルド』は高速を維持したまま山脈の端から飛び出して、『ヤマト』の前方至近距離に躍り出る。Uターン気味に『ヤマト』の鼻先を左舷側から右舷側へと横切り、一通り情報を手に入れたら煙幕とECMで攪乱しつつ加速、星から離脱する。信頼と実績の、いつものやり方だ。

 

 

「……今回は、ちと厳しいかもしれんなぁ」

 

 

しかし、艦長は眼前に映る『ヤマト』の映像から禍々しい何かを感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

「主砲一番二番、外れた!」

「敵高速駆逐艦、地平線の下に隠れる!」

「艦長、追い掛けましょう! 報告される前に撃沈するべきです!」

「いや、もう遅い! それより一刻も早くこの場を離脱するべきです!」

 

 

南部、来栖、坂巻、北野の声が矢継ぎ早に飛び交う。

それらを耳に収めながらも、艦長の芹沢の視線は正面ディスプレイに向けられたままだった。

「さっさと艦を着地させろ」「敵に見つかる」というムーア艦長の言と、発見した際の『ニュージャージー』の位置。

それらの事から分かるのは、『ニュージャージー』が敵から艦を隠していたということだ。

敵に発見されにくい単艦でありながら隠れなければならないほどに厳重な哨戒網を、ガトランティスはこのうお座109番星系に敷いていたという事だ。

もしかしたら、ガトランティスはこちらの動向を全て把握しているのではないか。

輸送船団が襲われたのも、あかね君とそら君が拉致されたのも、全てガトランティスの思惑通りなのではないか。

そこまで思い至って、背筋を冷や汗が流れるような錯覚に陥る。

過去の対ガトランティス戦とは全く違う。

潜宙艦に破滅ミサイルを搭載する狡猾さ、罠を仕掛けたこちらの裏をかいてさらに罠を仕掛ける戦術眼、なおかつ退避させた輸送船団をも襲撃する非道さ。

かつて全宇宙に覇を唱えたズォーダー大帝の、圧倒的でありながらも王道な攻め口とはまるで違う。

こちらの出方を見極め、周到に準備して、執拗にこちらの死角や弱点を衝いて来る、それでいて自らは隙を見せない。一番厄介な相手だ。

ならば、今の状況は最悪だ。

万全の哨戒網の只中に策もなく迷い込んでしまったこちらには先制して打てる手はなく、相手はいつでもどこからでもどのような攻撃でも可能なのだ。

 

 

(ここは一度、ワープして包囲網を脱出するべきだが……)

 

 

その場合、『ニュージャージー』の追跡はほぼ100%不可能になるだろう。

こちらが『ニュージャージー』を追跡していたことは、既に相手の知るところとなっている。少し考えれば、ワープエコーを辿ってここに辿り着いたことに気付くだろう。ならば、今度は足跡を残さないように隠蔽工作をするに違いない。

せっかく銀河の果てまで追いついたというのに、二人の消息を知る唯一の手掛かりをここで見失うわけにはいかないのだ。

敵艦に包囲されつつある現状、芹沢に与えられた時間は長くない。どうするべきか、と今一度視線を正面に向けたところで、視界に入ったメインパネルに違和感を覚えた。

そしてようやく、ムーア艦長との通信が途絶えていることにようやく気付いた。

突然の敵駆逐艦発見の報と砲撃指揮の所為で、そこまで頭が回っていなかったのだ。

 

 

「……来栖。『ニュージャージー』はまだそこに居るか?」

「え……『ニュージャージー』……えっ!?」

 

 

喧々囂々と持論をぶつけるばかりの南部、坂巻と北野を遠巻きにただ眺めていた来栖が、慌てて画面に向き直る。

三人もはっと正気に戻ると、身を乗り出して前面のガラスに張り付いて崖下に隠れているはずの『ニュージャージー』を探さんと目を凝らした。

 

 

「艦長、『ニュージャージー』がいません! レーダーロスト!」

「館花! ワープエコーを調べろ!」

「はいっ!」

「北野、高度を上げてレーダーの探知範囲を広げろ! 南部、総員戦闘配置!」

 

 

そう指示しつつも、芹沢は『ニュージャージー』は既にこの星にはいないと思っていた。

芹沢の焦燥を表すようなけたたましいサイレンを内に響かせ、『シナノ』は艦底のスラスターを細長く噴かして高度を稼ぐ。

第一艦橋トップの簪状のコスモレーダーがわずかに震えて遠く地平線へと電波を走らせ、第三艦橋底部のフェイズドアレイレーダーが足元の地面を走査する。

地面という地面がレーダー波を浴び、第一艦橋下に鎮座する中央コンピュータが地表の形状、有機物か無機物か、自然物か人工物か、いずれかの星間国家の文明によるものかを判別していく。

間もなくして、敵性反応を示す警告音が鳴り響いた。

 

 

「6時下方、クレーター内に熱源反応多数! ミサイル!」

「ミサイル? 南部!」

「第三艦橋、下部兵装使用自由! 撃ち落とせ!」

 

 

しかし、総員戦闘配置の発令からミサイルの発射まで、あまりにも時間が短すぎた。

『クビエ』『レウカ』が真下から撃った対空ミサイルは、第三艦橋要員が対空パルスレーザーを起動させる前に深紅の艦底部へと到達する。

 

 

「駄目です、間に合わない!」

「総員、衝撃に―――」

 

 

芹沢がそう言い終える前に、足元から突き上げるような激しい衝撃が第一艦橋に伝わり、間髪入れずにフライパンを叩きつけたような鈍い金属音が聞こえて来た。

赤黒い煙が艦体を包み込むように湧き上がり、艦橋からの視界を隠す。

真下からの奇襲と目の前が真っ暗になったことに館花が「きゃっ」と場に似合わぬかわいらしい悲鳴を上げた。

 

 

「被害報告!」

 

 

音と衝撃が収まっても艦体は余震のようにガタガタと小刻みに震え、前のめりに傾いていく。

 

真っ先に異常を察知したのは、来栖と館花だった。

 

 

「下部フェイズドアレイレーダー、ブラックアウト!」

「赤外線カメラ、空間スキャナー、使用不能! 第三艦橋に被弾した模様!」

 

 

半球状のレーダーに大きく「故障中 Out of Order」の文字が映る。

館花の席のパネルにも同様の文字が明滅している。

続いて操舵を司る北野が、操舵輪を目一杯手前に引きながら悲鳴じみた声を上げる。

 

 

「高度が下がっています! 艦底部スラスター損傷の模様!」

「北野、艦の姿勢を保て! 前進強速!」

「了解! 加速します!」

「艦長、三番・四番補助エンジンが反応ありません。被弾して損傷した可能性があります」

「クソッ! 今朝修理が終わったばかりなのに!」

 

 

艦腹の灰色と紅色の境目から大きな主翼が迫り出し、『シナノ』は船から飛行機へと姿を変えた。僅かに星を覆う大気の力を借りて、なんとか揚力を生み出そうと試みる。

艦底部スラスターが破壊されて艦の頭が下がりつつあるので、艦体を水平に保つために艦体後部スラスターを噴かして無理やり艦尾を押さえつける。

一方、技術班の藤本は第三艦橋へと通信を繋いでいた。

 

 

「第三艦橋! 無事か!?」

『ミサイルらしきものが第三艦橋に二発着弾。レーダー類は全損しましたが人的被害はありません!』

「兵装の被害は?」

『下部一番主砲以外は使用不能です』

「すぐに技術班を向かわせる。それまでそちらで対処してくれ」

「こちら艦長だ。そこから敵の姿は視認できるか?」

『被弾箇所からの煙のせいで、何も見えません』

「了解した。敵を発見次第、攻撃しろ。指揮は一任する」

『了解!』

 

 

緊張と士気に震え気味な返事を聞くと、芹沢は眉間に皺を寄せて悪態をついた。

 

 

「ミサイルを数発受けただけでスラスター損傷にパルスレーザー全損だと……『ヤマト』の後継だというのに情けない」

「艦長、それは致し方無いことです。艦底部には市松装甲が張られていないのですから。むしろ、ミサイルを至近距離から喰らってこの程度であることを喜ぶべきです」

「……それはそうだが」

 

 

宇宙戦闘空母『シナノ』の装甲は、『ヤマト』並みの重装甲を実現するべく『信濃』本来の鋼材と主力戦艦の鋼材を碁盤の目状に交互に張った「市松装甲」が採用されている。だが、市松装甲は替えのない貴重な装甲板であるため艦全体に張ることはできず、重要度の低い艦底、艦尾には主力戦艦の装甲板を重ね張りすることで代用している。宇宙艦艇同士の戦闘は互いに正面を向いて行われることが多いからだ。

しかし、今回はその判断が裏目に出た。

 

 

「艦長、この後の針路指示を願います」

「うむ……」

 

 

選択肢はおおまかに二つ。

攻撃してきた敵に反撃するか、このまま戦場を離脱するかだ。

航海の目的から考えれば、ここに長居するのは無意味だし、危険だ。二人の行方を知る唯一の手掛かりである『ニュージャージー』は既におらず、さりとてこの地にヒントがある訳でもない。先程撃ち漏らしたガトランティス駆逐艦がいつ増援を引き連れて戻って来るとも限らない。

とはいえ、反撃もせずに尻尾を巻いて遁走するのか? この場を逃げても、どこまでも追い掛けられて追撃を受けるだけなのではないか? いっそのこと、やってくる敵を捕虜に捕って、二人の行方を聞き出した方がいいのではないか?

―――芹沢の悪いところは、咄嗟の時は瞬時に的確な指示を飛ばすことができるが、戦略的な行動を指示する際には、様々な可能性や選択肢を考えすぎるがゆえに決断までに少々時間がかかることであった。

それは通常航行の際には広い戦略眼を持っていると評価されるであろうが、今のような状況の場合、それは致命的な隙となる。

 

 

ピピーン! ピピーン!

 

 

「コスモレーダーに反応! 六時方向、至近距離!」

「至近距離!? 何故今まで気付かなかった!?」

 

 

芹沢が逡巡しているうちに、『シナノ』は山脈の裏に隠れて接近してきた高速駆逐艦『サルディシシュルド』の接敵を許したのだ。

 

 

 

 

 

 

「おいおいおいおい、近い近い近いって馬鹿!」

「ぶつかる、絶対ぶつかるって!」

「かかか、艦長、どうしましょう!? 敵艦まで100メートルも無いですよ!」

 

 

 

『シナノ』の至近距離に飛び出てしまったのは、『サルディシシュルド』にとっても想定外であった。

さらに都合が悪いのは、『シナノ』が当初の場所から移動していたため、『シナノ』の前方に出るつもりだったのが真後ろにピッタリ付く形になってしまったのだ。おかげで、これ以上なく間近で『シナノ』を調べることができるが、代わりに離脱もできなくなった。

 

 

「……いや、このまま『ヤマト』の背後に付き続けろ!」

「ええっ、本気ですか艦長!?」

「大丈夫だ、これだけ近付けばこちらも攻撃できないが向こうも攻撃できない! それよりできるだけ多くの情報を送れ!」

 

 

動揺をおくびにも出さず気丈に振舞う艦長は、クルーを叱咤して任務に集中させる。

こちらも攻撃できないが向こうも攻撃できない? そんなのはハッタリだ。こちらが攻撃をすれば被弾箇所の火炎や煙、破片などをもろに浴びることになるが、向こうがこちらを攻撃してくる分には一切の障害がない。だが、嘘をついてでもこの場を抑えなければ、艦は本当にコントロール不能になってしまう。

今、図らずも場の流れは戦闘ではなく追いかけっこになっている。『ヤマト』が冷静になって反撃を試みた場合、こちらに有効な反撃の手はない。

“なんとなく始まってしまった追いかけっこの空気”を続けるには、絶えず『ヤマト』に圧力を掛け続けて焦らせ、冷静な判断能力を奪うことが唯一の方法なのだ。

 

 

「くそ、煙が邪魔だ……艦長、マニュアル操舵からオートパイロットに切り替えます。有視界航行では危険です」

「承認する。しかし、この煙は何だ? まさか地球の艦は石炭で動いているのか?」

「まさか。煙は艦の下の方から出ているようですから、何か艦内に不具合が起きたか、戦闘による損傷か……『ヤマト』が攻撃してこない事と、関連があるのかもしれません」

 

 

『ヤマト』はやがて、黒煙の帯を振り乱しながら艦を大きく左右に振って蛇行するようになった。こちらの追跡を振り払おうとしているのだろうが、マニュアルならともかくオートパイロットならば振り切られることは万が一にもあり得ない。機動ロケット兼用回転砲塔を多数装備して機動力に優れている高速駆逐艦ならば、なおのことだ。

『サルディシシュルド』は至る所からロケットの炎を吹かして細かく姿勢制御をしながら、『ヤマト』にぴったり追随していく。両艦は山脈に沿ってチェイスを続けながら、高度を落とすにつれてじわじわと加速していった。

 

 

「それに、いくら至近距離とはいえ、全く攻撃しようともせずただ逃げ回るだけというのも気になる……まさか、本当に攻撃できない事情があるのか?」

 

 

疑念を持って見つめる先には、黒煙でその姿の大半を覆われた『ヤマト』の艦橋が辛うじて見えるのみ。『ヤマト』には無いはずの飛行甲板に気付くのは、もう少し後である。




次に投稿するころには2202が終わってるかも。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話

一年ぶりの投稿です


2208年3月20日 11時00分 うお座109番第三惑星

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199 星巡る方舟』より《ガトランティス襲撃》】

 

 

北野が焦燥に強張った手で操縦桿を握り、大きく左右に動かす。

それに連動して、ヤマト型宇宙戦艦特有の巨大艦橋が大きく振られる。

その様、さながら激浪に小突き回される小舟のごとし。

いくら慣性制御で絶え間なく体を襲うGを大きく相殺しているとはいえ、完全に相殺しきれるものではないし、外の景色がぐらぐらと揺れ動くのは見ているだけで船酔いしそうだ。

4基あるサブエンジンのうち下2基がウィングごと破壊されているため、艦のバランスが取りづらい。

折れたウィングの断面が乱気流を生み出し、不愉快なノイズを生み出す。薄い大気のおかげで音自体はそれほどの大音量でもないが、艦体を通して伝わって来るモスキート音のような甲高い音が耳障りで仕方ない。

 

 

「くそ、引き剥がせない……!」

 

 

必死に操舵で追跡を引き剥がそうとする北野から、悪態が漏れる。

北野の巧みな操艦で、艦は高度を極力維持しつつ蛇行を繰り返す。真っ黒な星空と薄茶色の砂山が振り子のように互い違いに視界に入り込む。遠心力は人工重力で大きく軽減されているのに外の風景が大きく揺れ動いている光景は、船酔いを誘いかねない。

 

メインパネルに映っている航空指揮所からの映像には、望遠鏡で覗いたのではないかというくらいドアップに映ったガトランティス高速駆逐艦。真っ白な艦橋が間近にあって、じっと見られているような錯覚を覚える。いや、実際にあの艦橋にいるガトランティス人は目を皿のようにして睨みつけ、振り払われないように艦を操っているのだろう。

藤本は自席のディスプレイに表示されている艦のステータス表示を見て、苦虫を噛みつぶしたようなしかめっ面をした。

艦の下半分が被弾を表すオレンジから赤に染まっていた。

特に装甲の薄い後部の損害がひどく、補助エンジン二基、艦底部スラスターの破損に加えて補助ウィングが脱落していた。

このような状態でよく艦を操縦できるものだと、藤本は逆に感嘆する。

北野の操艦技術もさることながら、残るメインエンジンと補助エンジン二基の出力をこまめに調整して北野のアシストをしている島津機関長の手腕によるものだろう。

 

 

「坂巻、本当に後方に撃てる火器はないのかよ!?」

「無茶言わないでください、南部さんも分かってるでしょ!? 後ろに撃てるのは三連装パルスレーザーが2基のみ! 主砲も副砲も無けりゃ魚雷発射管もないんです!」

「藤本!」

「坂巻の言う通りだ。本艦は後部に航空設備をあてがっているから、主砲も副砲も魚雷発射管もないし、パルスレーザーも指向できん」

 

 

正確に言えば、側面のパルスレーザー砲塔の駆動範囲は0度から180度にまで及ぶので、後方にも砲身を向けることはできる。しかし、他の砲座や艦橋構造物が射界に入り込んで邪魔してしまうため、敵艦がいる真後ろには2基6門しか発砲することができないのだ。ゼータ星無人要塞攻略戦で活躍した追加装備の単装対空パルスレーザー砲も、航空隊を収容する前に全て取り外してしまった。

 

 

「本来、後方の敵に対しては煙突や舷側のミサイルによる迎撃とソフトキルで対応する予定なのだが、ここまで至近距離にまで近付かれると逆に何もできないんだ」

「設計の時には想像もしなかったな……俺のミスだ。『ヤマト』に乗っていたときは何度も接舷攻撃を経験したというのに、」

「気にするな。『ヤマト』も艦載機発進口は弱点だったろ?」

 

 

藤本のフォローにも、南部は苦い顔を崩さない。

本人曰く、彼は『ヤマト』の運用経験から用兵側の意見を求められて、ビッグY計画に最初から参加していたという。おまけに解体・建造は南部重工だ。

『シナノ』の設計・建造に携わったというのに、それを生かせなかったことを悔やんでいるのだろう。

藤本に言わせれば、『ヤマト』の防空網はもっと穴だらけだったから、『シナノ』はまだマシな方だと思う。

 

 

「結局、どうするんですか? このままだと、いずれ増援に囲まれてジリ貧ですよ?」

「何でもいいから早くしてくれ!」

「ほら、航海長もいっぱいいっぱいですし」

 

 

館花が視線を向けた先には、操縦桿とサブエンジン、スラスターをひっきりなしに操作して辛うじて艦を安定的に航行させている北野の姿。目がキョロキョロと動いている割に顔は正面を向いたまま、微動だにしていない。彼に精神的余裕が全くないことが丸分かりだ。

 

 

「小回りが利くミサイルを真上に打ち上げて、そのまま敵艦に落とすのは?」

「ガトランティスの駆逐艦は対空兵器のバケモノだから、打ち上げている間に撃ち落とされるだけだろう」

「じゃあ、機雷とか波動爆雷は?」

「安全距離を割り込んでいるし、接触信管にしても爆発に巻き込まれるぞ」

「艦をドリフトさせてパルスレーザーを浴びせるのは?」

「スラスターが壊れているのにどうやって?」

「ならば、アンカーを岩山に打ち込んだらどうだ?」

「なるほど、それなら駆逐艦の旋回半径より内側に入り込める……!」

 

 

坂巻の言葉に、南部が顔をぱっと輝かせる。

しかし、すぐに館花が慌てて否定した。

 

 

「そんな事をしたら、いよいよ艦がコントロール不能になります。敵を撃破できても、そのまま回転しながら墜落してしまいます!」

「軟着陸できれば、できるんじゃないのか。どうだ、藤本?」

「艦底部スラスターが全て機能停止しているから、着陸は不可能だ。修理が完了するまで飛び続けるしかない」

「つまり、今の状態を維持したまま敵を倒す必要がある、と……」

 

 

誰ともなく、落胆の吐息が漏れる。打開案が思いつかないという事実が、諦観の空気を滲み出しつつあった。

操縦に必死で隣席の議論を聞く余裕が全くない北野、被弾の影響か出力が不安定になりつつある波動エンジンから目が離せない島津。焦燥感が、平常心をすり減らしていく。

 

 

「じゃあ、どうすればいいんですか……艦長、どうしましょう?」

「……敵が至近距離にいる以上、どう攻撃してもこちらへの被害は避けられない。ならば、手当たり次第にやってみるしかなかろう」

「艦長、それでは……」

「技術班には迷惑をかける」

「……分かりました」

 

 

沈黙を保っていた艦長が、ようやく口を開く。サングラス越しに見える覚悟を、振り返った第一艦橋要員たちは感じた。

南部と坂巻が、彼の意を酌んでただちに動いた。

 

 

「煙突ミサイル、側面ミサイル発射用意。目標、敵高速駆逐艦!」

「煙突ミサイル一番から八番、側面ミサイル一番から十六番、諸元入力開始!」

 

 

南部の命を受け、坂巻はミサイル発射の準備を指示する。

坂巻、そして弾薬庫付きのミサイル手の手元には、航海科から館花を通じて送られてきた周辺宙域の気象状態のデータ、来栖からはコスモレーダーによる索敵で判明している敵艦の詳細な高度、進行方向、速度などのデータが送られている。

アクティブ誘導ミサイルは発射後にこちらの管制を受け付けない仕様なので、事前に入力した情報が多ければ多いほど命中率は上がる。

しかし、航海科から送られてくる情報量にはムラがある。特に地球連邦の勢力下にない宙域は事前情報が少ないせいで得られる気象データは量・質ともに心もとないのが現実だ。

さらに、ほとんどの場合は限りある時間の中で装填・入力・発射をこなさなければならない。

坂巻が務めるミサイル担当士官は、大量のデータから必要なデータを取捨選択したり、足りない情報を経験と勘で補ってミサイルへと転送する、技術とセンスが必要だった。

 

坂巻の席のディスプレイには、早くも「煙突ミサイル発射準備完了」「側面ミサイル発射準備完了」の文字が浮かび上がった。

背後の煙突は煙突ミサイル発射機と側面ミサイル発射口には、ワープ前に既に初弾が装填されているので、発射準備命令から準備完了までの時間は早く、データ入力と信管のロックを解除するだけだ。煙突ミサイルはところてん式、側面ミサイルはベルトコンベア式に給弾ができるようになっているから次発装填も早い。

 

 

「第一艦橋より第三艦橋、『攻撃委任を解除、続いて側面機雷発射準備。準備後は命令あるまで待機』」

『第三艦橋了解、委任解除、機雷発射準備の指揮を執ります』

 

 

続けて南部は、艦長の命であった「下方の敵を発見次第攻撃する」という命令を解除し、第三艦橋の管掌事項のひとつである機雷・爆雷の準備を指示した。

パルスレーザー群直下の六連装大型ハッチには初期装備としてチャフ・フレアが装填されていたため、機雷に装填しなおす必要がある。再装填の際には使用する弾種に応じて煙突下の弾火薬庫から弾を搬送するので、連射性も低い。

 

 

「ミサイル発射準備完了!」

「北野、回避運動を止めて直進運動に移れ」

 

 

蛇行で左右に揺さぶられていた身体がぴたりと止み、星空と大地が正しく上下に分かれる。

回避運動をしているときは気付かなかったが補助エンジンが二基とも咳き込み始めていたようで、メインエンジンとの出力バランスが崩れて艦尾が小刻みに上下する。

大時化の海に出てしまった子舟のように仰け反りと拝み込みを繰り返す『シナノ』の煙突と艦腹、二十枚のシャッターが次々と開いた。

 

 

「煙突ミサイル、側面ミサイル一斉射、攻撃開始!」

「ミサイル発射!」

 

 

艦長の号令一下、坂巻がコンソール上の四角いボタンを慣れた手つきで押す。

シャッター下の排炎口からオレンジ色の火炎と煤煙を噴き出しながら、黄色い尖頭の対空ミサイルが射出された。

被弾部からなお湧き上がる黒煙と相まって、『シナノ』の上下左右から煙が濛々と噴き出し、それらをもろに被った『サルディシシュルド』は『シナノ』が完全に視認できなくなった。

 

 

 

 

 

 

目の前が真っ暗になっても、『サルディシシュルド』の艦長は動揺しなかった。

今まで本艦を振り切ろうとジグザグに回避運動をしていた『ヤマト』が、突然直進を始めたのだ。

そろそろ攻撃を仕掛けて来るであろうことは、十分に予想出来ていた。

 

 

「赤外線画像に切り替えろ! レーダー! 『ヤマト』に動きはないか!?」

「艦長、『ヤマト』の周囲にミサイルを探知! 左右と真上です!」

「撃ち落とせ! 一発でも当たったら終わりだぞ!」

「了解、手空き全砲門開け!」

 

 

機動ロケットを兼ねた回転砲を除いた十連装回転速射砲3基、連装対空回転砲9基、四連装対空回転砲20基が一斉に稼働し、若葉色の火箭を投射した。

ヤマアラシが全身のトゲを逆立てるように、高速駆逐艦の全身から光の槍を間断なく撃ち上げる。

『シナノ』の至近距離にいるため、エネルギー弾はまだ撃ち上がっている最中のミサイルを次々に撃墜していく。

あるミサイルは胴体を貫かれ、火薬が爆発した。またあるミサイルはロケット部分に着弾し、燃料が異常燃焼を起こして粉々に砕け散った。かと思えば、あるミサイルは何発もの直撃に耐え、穴だらけになっても上昇を続けたものの、ボディがダメージに耐えられなくなって分解して果てた。

爆発した欠片が2隻に傘を掛けるように落下してくるが、『シナノ』も『サルディシシュルド』も降り注ぐ断片が当たる前に駆け抜けていく。

爆発の振動が薄い大気を通して伝わって来る不快感に眉を顰めていると、前席に座るレーダー班長が声を上げた。

 

 

「艦長……おかしいです。これ、本当に『ヤマト』なんでしょうか?」

「……どういうことだ? 『ヤマト』だと断言したのは貴様だろう」

「ええ、最初に捉えた望遠画像は、間違いなく『ヤマト』の特徴と一致していたのです。ですが、これを見てください」

 

 

艦長の手元の画面に、四枚の画像が映し出される。一枚は超長距離から敵艦の正面を映した光学画像、次の一枚は敵艦の鼻先に飛び出た時に写した、敵艦の左前方の映像、さらにたった今撮った敵艦背面の赤外線画像。最後の一枚は、旧テレザート星宙域守備隊から受け取った『ヤマト』の三面図だ。

 

 

「今までは黒煙に隠れて見えなかったのですが……艦体後部を比較してみてください。『ヤマト』は主砲があるのに対し、目の前の敵艦にはそれがありません。逆に、『ヤマト』には無いはずの位置に主砲塔があります。それ以外にも、細かな差異が随所に見受けられます」

「つまり貴様は、この船は『ヤマト』ではなく、全く別の艦だといいたいのか?」

「大規模な改装をしたのでなければ、『ヤマト』に似ているだけの別物ではないかと」

「姉妹艦、か……」

 

 

比較してみれば、確かに『ヤマト』と目の前の敵艦ではいろいろと相違点があることが分かる。メインエンジンノズルの位置、サブエンジンの数、兵装の配置。特に、後ろ半分は似ている部分を探す方が難しい。なるほど、後方を指向できる兵装がないから真後ろの我々を攻撃できなかったのか。

 

 

「ならば、ミサイルさえ凌げればこちらが急減速しても若干の余裕があるか?」

 

 

現状を打破するには、どちらかが撃沈されるか離脱するかの二択しかない。

高速駆逐艦ごときが戦艦を撃沈するのは不可能だし、撃沈されるのもまっぴらごめんだ。

離脱をするにも敵艦はどうみても機関に異常を抱えているようだから、そうなると折を見てこちらが退くしかない。それも、反撃を受けないようにワープで一気に逃げなくてはならないのだ。

しかし、ワープをするには一度エンジンをアイドリングにして、一連のワープシークエンスをこなさなければならない。

ワープインのタイミングおよびワープアウト地点の算出、通過する亜空間航路の設定は当然の事、亜空間へ突入するためのエネルギーを溜める必要があるのだ。

小ワープや無差別ワープならば細かい設定はある程度省略できるが、エネルギーを溜めるにはどうしても多少の時間がかかってしまう。

敵艦が転舵してこちらを射界に入れるのが先か、それともこちらがワープインするのが先か。

勝算の無い危険な賭けであることは百も承知だが、これ以外に打てる手も思いつかない。

 

 

「敵艦、側面より何かを射出!」

 

 

艦長が「撃ち落とせ」と下令する前に、待ち構えていた回転対空砲が唸りを上げる。『シナノ』が噴き上げる濃厚な煙をものともせずに貫いて、12口の多目的大型ハッチからばらまかれた機雷48発は、『サルディシシュルド』に触接する4秒までの間にひとつ残らず光と黒煙へと姿を変えた。

勢いのまま煙の中を突っ切ると、機雷の破片がトタン屋根に降る雹のごとくバチバチと艦体を叩く。

いよいよ打つ手が無くなったのか、敵艦は再び蛇行を始めることもなく、直進のまま何もしなくなった。

艦長は、今が千載一遇のチャンスだと決意した。

 

 

「総員、ワープ準備!」

 

 

眦を決して胸を張り、大音声で命令する。皆がぎょっとした顔で一斉に振り向く。

 

 

「航海長、無差別ワープだ。一秒でも早く、この場を離脱する!」

 

 

更なる命令を立て続けに下して、何か言おうするのを防ぐ。反論は受け付けない、議論をする余裕はないと、有無を言わさぬように威厳を持った態度で示した。

 

 

「どうなっても知りませんよ?」

「大丈夫、待っているのはいつもの地獄だ」

「……これだから駆逐艦に乗りたくなかったんだチクショウ! 時空連動計起動、エンジンカット!」

 

 

そんな艦長の意図を察したのか、それとも偶然か。口汚く文句を言いながらも、皆はせわしなく手を動かしてくれた。

 

我が艦がワープシークエンスを終えて亜空間に逃げるのが先か、それとも敵艦が何か新たな一手を打ってくるのが先か。

推力をカットしてエンジンパワーを全てワープシークエンスに回した『サルディシシュルド』は、星の大気摩擦を受けてじわじわと減速していく。

既に賽は降られた。いや、自分が賽を投げ入れたのだ。

艦長は臍のあたりをひと撫でして、腹に力を込めた。

 

 

 

 

 

 

ミサイルも機雷も撃ち落とされた。波動爆雷は威力があり過ぎて至近距離では使えない。相変わらず、106門を誇るパルスレーザーは全て射角の外。

いよいよ、アンカーを岩山に打ち込んでドリフトをするべきかと、誰もが覚悟をした。

その時、藤本が信じられないものを見たと言いたげな表情で艦長へと振り向いた。

 

 

「艦長! 艦尾シャッターが開いています!」

「何、被弾したのか?」

 

 

芹沢はすぐに、背後にぴったり付いている高速駆逐艦による攻撃だと思い至った。

ガトランティス帝国が誇る高速駆逐艦は、威力は弱いが連射性に優れる回転速射砲を多数搭載している。

果てのないチキンレースに焦れた敵艦が、自身への被害を顧みずに回転速射砲を撃ち始めたと思ったのだ。

しかし、藤本はかぶりを振る。

 

 

「被弾でも故障でもありません。誰かが航空指揮所の開閉ボタンを押したんです」

「コスモタイガー隊に発進命令は出してないぞ? 南部、貴様か!」

「違います、戦闘班は何も命令していません!」

 

 

艦長に睨まれた南部は慌てて首を振る。

島津は首を捻る。

 

 

「それなら誰が……まさか、敵が接舷してきた?」

「まさか。艦がぶつかって来たなら相応の衝撃があるはずだし、報告があるだろ」

「レーダーでも、敵艦はまだ本艦の後方50メートルにぴったり追随してきています」

 

 

坂巻、そして来栖が島津のつぶやきを否定する。とはいえ、二人にも何が起こっているのかさっぱりなようだ。

その時、葦津の席に設えられた通信機が鳴り、通信元を示す緑色が点滅した。

 

 

「艦長、第二航空指揮所からの通信です」

「何? 繋げ」

「艦長席に繋ぎます」

 

 

芹沢が不審な顔をして艦長席の受話器を取る。

 

 

「航空指揮所、中島です」

「艦尾シャッターを開けたのは貴様か?」

「はい、コスモタイガー隊を総括する立場として私が命令しました」

「何故だ?」

「その説明のために、艦橋に繋ぎました」

 

 

航空機管制塔の真下にある第二航空指揮所、つまり発艦用飛行甲板の最奥にて航空機の発艦を司る部屋に、中島護道はいた。

飛行甲板を睥睨する窓ガラスの向こうでは艦尾シャッターの開放を示す赤いパイロンが回転し、真っ白の照明と銀色のシャッターの向こうに漆黒の宇宙が姿を見せ始めている。

 

 

「現在、上下の飛行甲板に2機ずつ、計4機のコスモタイガーを準備中です」

 

 

窓の外が一瞬、キラッと光ったかと思うと、眼前を二枚の縦板と巨大なエンジンノズルがせり上がって来て、中島の目の前が真っ暗になる。

コスモタイガーの機尾と、それを載せた灰色の一枚板が、下から上にゆっくりゆっくりと昇っていく。先程のエレベーターに載っていたコスモタイガーのキャノピーが、照明に反射したようだ。

既にカタパルトにコスモタイガーをセットし終えた発艦用飛行甲板に対して、着艦用甲板はこれからコスモタイガーを運ぶところだ。

現在、艦載機用エレベーターに載せられた最後の一機が、上部格納庫から着艦用甲板まで運ばれている。

先に上がった一機は、赤の宇宙服とヘルメットを被った整備員が、狭い甲板を慎重に誘導しているはずだ。

 

 

「意見具申の前に動いた事のお叱りは後で受けます。しかし、先に話を聞いてください」

 

 

作戦は単純。後方へ撃てる武器が無いなら、持ってくればいい。

コスモタイガーを飛行甲板に並べて、パルスレーザーと機関砲で敵駆逐艦を撃つ、それだけだ。

発艦用甲板の1番・2番カタパルトに載った2機と、着艦用甲板に並べられてワイヤーで固着された2機。指向できる武器は30ミリパルスレーザー32門、12,7ミリ実体弾機関砲40門、数だけなら『シナノ』搭載の三連装パルスレーザー砲よりも多い。

これに後方を指向できる三連装パルスレーザー2基を加えれば、パルスレーザー38門、実体弾40門になる。

放たれた弾は迎撃する間もなく駆逐艦の艦首から艦橋にかけて直撃し、至近距離に張り付いた駆逐艦を蜂の巣にするだろう。撃沈せずとも、艦橋を破壊することができれば、敵艦を一時的に機能不全に追い込むことができるはずだ。

 

 

「……」

 

 

簡潔に説明を終えた中島は唾を飲み込み、受話器を握り直す。

受話器の向こうからは沈黙を表す微かなノイズだけが聞こえる。

その間にコスモタイガーは天井に空いた四角い穴の向こうに消え、エレベーターの床が天井を塞ぐと、ガラガラと動いていたリフトチェーンとシリンダーがガチャリと大きく揺れて止まった。

 

 

「……よし、許可する」

 

 

その言葉が聞こえてきた時には、最後のコスモタイガーが所定の位置に着こうと動き出した頃だった。




2202、終わっちゃいましたね。正直、オチはよく分からなかったけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝 ―〇〇かもしれない未来―
外伝1 ―あるかもしれない未来―


別作品として投稿していた外伝1を、こちらに編入します。内容は変わりませんのであしからず。


2220年4月1日 地球より17000光年の宙域

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト 完結編』より《抜けるヤマト》】

 

 

窓の外が赤く、青く、鮮やかに瞬いては消えていく。

星明かりと競い合うかのように、彼我の間を多数の閃光が煌めいているのだ。

とりわけ強い、鈍い光がきらめくと、遥か遠くで味方の艦が炎を纏わせて戦列を離脱していく。

青い光線が味方の艦から宇宙に突き刺さり、その先端が赤く膨らみ、やがて色を失うと闇の底に沈んでいく。

敵か味方か分からない戦闘機が燕のように鋭いターンを打ち、隼のような獰猛さを以て突撃し、後ろを取られた被捕食者を血祭りに上げていく。

 

互いの間を光のシャワーが行き来する様子は、幻想的ですらある。

しかし、そのシャワーの行きつく先では命の火が激しく燃え立ってはかき消され、炎の雲が澄み切った宇宙を汚していくのだ。

ミサイルの白煙が、墜とされた航空機が引く黒煙が、両者の間に幾何学模様を形成していく。

衝撃砲の閃光が、爆散する艦体が、二度と取れない染みを乱雑に塗りたくっていく。

そう。そこは、まさしく戦場であった。

 

地球と惑星アマールの中間点まで辿り着いた第3次移民船団は、敵の索敵網を避けるため、ブラックホールを利用したフライバイを決断した。

しかしその作戦中に、第1次・第2次移民船団を攻撃したと思われる複数の敵艦隊が待ち伏せを仕掛けてきたのである。

地球艦隊はすぐさま敵艦隊と交戦を開始、足止めをしている間に船団はワープを続行している。

現在、全体の70%がワープで戦域を離脱したところだ。そろそろ護衛隊も撤退を開始するだろう。

本艦の遥か遠くでは今なお対艦・対空戦闘が続いている。既に互いの陣形に食い込み、両者入り乱れて乱戦の様相を呈している。その様子はさながら、古代に行われたという歩兵による野戦か、それとも水軍の海戦か。

しかし、防衛線を抜けた一部の艦が、単縦陣で航行している移民船団に向かってきている。

 

当初は船団の右舷後方で始まった戦闘は、今では左舷の戦闘が正念場を迎えている。

まずいことに、船団は今、前後を敵に挟まれている。

此方からみて11時10分の方向、仰角15度。

迂回して戦域を突破したと思われる黒地に赤い光の筋を纏った敵艦が、前方の移民船団に向かって突っ込んでくる。

武器庫とナイフを組み合わせたような、珍妙なデザイン。しかし、それは正面火力を重視した結果なのだろう、槍衾のような攻撃を見舞ってくる。

狙われている移民船は、回避行動をとれない。

ブラックホールを使ってのフライバイのために決まったコース以外の航路をとれない上にものすごい乱気流の所為で、安定翼も無い鈍重な移民船は針路の維持だけで精いっぱいなのだ。

 

今すぐ援護に行きたいが、こちらも7時32分の方角から敵の追撃を執拗に受けているため、動こうにも動けない。

 

 

「くそ、こんなときの為の戦闘空母なのに、何故肝心な時に何もできないんだ!」

 

 

篠田は思わず叫んだ。

他の軍艦と違って、この艦の後部には主砲が搭載されておらず、代わりに上下二段の飛行甲板になっている。

本来なら、そこには120機近くの艦載機が搭載されたはずだ。

戦闘空母『シナノ』は、後方へ張り出した上部飛行甲板に2基、下部格納甲板に2基のカタパルトを搭載している。カタパルトは一基につき最大2機を同時発艦可能で、最大でいっぺんに8機が発進可能となっている。緊急事態においても、10分で2個飛行隊24機が発艦可能なように設計されているのだ。

しかし今、『シナノ』には一機のコスモパルサーも搭載されていないのだ。

 

移民船は乱気流にあおられそうになりながらも必死に進路を維持し、大小の岩塊に小突き回されてひっきりなしに揺さぶられている。強大な推力を持つ戦闘艦と違い、2000メートルちかい巨艦ながら波動エンジンを4基しか搭載していない移民船団は、見るからに不安定で見ていられない。

敵の攻撃の多くは周囲の岩塊に防がれるが、余りに多くの火線に被弾する船も出てきている。

 

上部一番・二番主砲が左舷前方の敵を睨み、衝撃砲を放つ。

6門の砲口から放たれた眩い光芒がほんの一瞬、視界を青く染める。

 

 

「下部一番主砲、発射! 続いて艦首1番から6番、バリアミサイル発射!」

 

 

戦闘班長遠山健吾の、落ち着きながらも迫力ある声が聞こえた。

 

 

「『ヤマト』より全艦に通信! 『交戦を続けながら後退し、移民船団に続いてのワープに備えよ。敵艦隊はヤマトが引き受ける』」

 

 

通信班長を務める庄田有紀の報告に、南部康雄艦長が焦りを押し隠した声で航海班の佐藤優衣に確認を取った。

 

 

「移民船団がワープ完了するまであとどれだけだ!」

「あと5分7秒です!」

「技師長、艦のダメージは!?」

 

 

南部艦長が、今度は篠田に向けて怒鳴った。

篠田は慌ててパネルをタッチして艦のステータスを呼び出し、状況を確認する。

艦首左舷、および艦後部にふたつある艦載機発進口、下側にある第二飛行甲板の先端と波動エンジンの間の空間、艦尾収納庫が赤く点滅している。先程敵の衝撃砲が直撃した個所だ。

収納庫は壊滅して艦尾に大穴が空いてしまったが、ダメージが他の場所に伝播している様子は無い。延焼もしていないようだし、当面は放置しても問題は無いだろう。

しかし、すぐ前の第二格納庫に被害が及ばないとも限らない。

 

 

「被害の拡大はありません! 第二格納庫の避難民は、現在艦の中央に退避中です!」

 

 

本来艦載機が満載されているはずの第一・第二格納庫には、地球からの避難民1070人が肩を寄せ合って身を震わせている。

この艦、宇宙戦闘空母『シナノ』は本来の役目から外れて、移民船でありながら船団の護衛も任されているのだ。

 

最初にこの任務を知った時、篠田は運命を呪った。

戦闘艦として護衛任務に就くこともできず、かといって純粋な移民船でもなく、船団の航路に張り付いて敵の攻撃を防ぐ最後の盾となる。なんとも矛盾した話ではないか。

どうせもう一往復するんだから、一隻多くすればいい話ではないのか、と何度も陳情したが、あえなく却下された。

こんなことの為にこいつを造ったんじゃない。こいつも艦隊に加えて欲しい。しかし、その願いは叶わなかった。

そうしたら案の定、この状況だ。航空機という片羽をもがれた状態で、同時に二方向から来る敵を文字通り最後の盾になって受け止め、それでいて乗艦している避難民は守らなければならない。

ここまで無茶苦茶な状況、普通の宇宙戦艦だったらあっという間に袋叩きにされてしまうに違いない。

 

幾隻もの戦艦が交戦しながら強引な舵取りで移民船団の針路に合流すると、10万人の命を乗せた移民船に寄り添うように、そして盾になるように並走し、同時にワープに入る。

そんな中、『シナノ』は最後の移民船グループの左側に陣取り、前後から迫りくる敵を相手に必死の防衛戦を繰り広げている。

 

敵の攻撃がまさに移民船に着弾せんとしたとき、バリアミサイルが移民船を庇うように展開して6輪の青い花弁をひらく。

直後、立て続けに爆発が起き、6枚の青き盾は移民船に代わってミサイルを吸収した。

今ので敵艦隊がこちらの存在に気づいたのか、針路を変える。

 

 

「敵艦隊、こちらに向きを変えました! 距離、38000宇宙キロ!」

「笹原、取り舵5度、上げ舵30度! 攻撃来るぞ、避け切って見せろ!」

「庄田、こちらの映像をヤマトに送って援護を要請!」

 

 

立て続けに艦長の声がイヤホンから聞こえ、すぐに艦が敵艦隊に正対する方向へ転舵する。

間もなく、鮮血のような赤みを宿した数十本もの光の長槍が、一斉にこちらに向けて放たれた。

『シナノ』と真正面から向かい合った弾雨はこちらを恐れるかのようにすぐ手前で散開し、第一艦橋の左右を通り過ぎていく。

それでも全弾回避とはならず、4発が左舷前部、第一砲塔下部を痛打した。

 

 

「「「「「……ッ!」」」」」」」

 

 

左前方からの強い衝撃に艦橋は大きく揺さぶられ、慣性の法則に従って艦内のものがつんのめるように飛び出しながら右から左へ吹き飛んでいく。

第一艦橋の誰もがうなり声をあげ、身体を襲うGを気合いで耐えた。

体が痺れるような振動に耐えながらも、篠田の眼はステータス画面から目を離さない。

被弾箇所のダメージは……よし、軽微だ。ヤマトと同じ装甲は伊達じゃない。

お返しとばかりに放たれた6門の衝撃砲は、敵の先頭艦を貫く。敵の数は多いものの、攻撃力の性能ではこちらに劣るようだ。

その間も前後の敵はバリアの範囲外にいる移民船に砲撃をかけている。致命傷に至った船はまだないようだが、このまま被弾し続ければやがて失速し、ブラックホールへ飲み込まれていくのは必至だ。

やはり、単艦でグループ一つを護り切るのはとてもじゃないが無理があるのだ。

 

 

「艦長、ヤマトがこちらに針路を変えました!」

「『ヤマト』より本艦に入電! 『我、これより移民船団の護衛にあたる』」

「古代さん……。よぉし!」

 

 

これで、後方の敵はなんとかなる。『ヤマト』が後部の移民船を守ってくれるだろう。

ならば本艦は、正面の敵を叩くことに集中できる。

南部艦長は勢いよく立ち上がり、まなじりを決してマイクをとった。

 

 

「艦長より達する。本艦はこれより前方の敵艦隊へ集中攻撃をかけたのち、船団を追ってワープに入る。針路そのまま、速力130宇宙ノット!」

 

 

なおも迫り来る光芒の中、篠田は心の中で叫んだ。

『シナノ』よ耐えてくれ、お前はあの宇宙戦艦ヤマトの姉妹艦だろう……!

 

 

 

 

【挿絵表示】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝2 ―ありえるかもしれない未来―

連投です。
今度は、ヤマトがSUS要塞と戦っている裏で起きていた出来事です。


2220年 4月9日 惑星「アマール」周回軌道上

 

 

【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト2199」より《ファースト・コンタクト》】

 

 

「本艦正面にワープアウト反応!」

 

 

優衣の声が、沈黙に張りつめた場の空気を切り裂いた。

正面上部の大型モニターを見ると、進行方向正面の遥か遠く、惑星アマールの丸い地平線の先が、僅かに歪み始める。まるで波立つように空間が歪むと、青い染みが次々と現れてアマールの曙光を汚した。

 

 

「レーダーに反応、敵艦隊出現。方位11時34分、伏角12度、距離14万1000宇宙キロ!!」

「やはり現れたか、星間連合め。決戦の留守を狙ってくるとはなんて卑怯な奴らなんだ……」

 

 

続いてレーダー班の真貴が報告を上げる。

予期していたこととはいえ、決戦の間隙をぬってアマール本星を攻めようとする敵の所業に、南部艦長は侮蔑の意思を隠さない。

 

 

「ま、『こんなこともあろうかと思って』の我々ですからね」

「技師長、その台詞は真田さんの専売特許だ。今後その発言を禁止する」

「代々技師長が受け継いでいくものだと思っていたんですが?」

「篠田なんぞ、真田さんに比べたらまだまだだ」

「この艦、設計したのは俺なのにな~」

「馬鹿、そんなこと言ったら造ったのはうちの会社だぞ」

 

 

艦長と技師長の軽口に、艦橋が明るい笑いに包まれる。敵の出現にあって第一艦橋要員は皆プレッシャーも無く、冗談を笑う余裕もある。前回の護衛戦ではガチガチに緊張していたが、今回は若い奴らも大丈夫そうだ。

 

 

「よぉし庄田、全艦に通達! 『第三戦隊は波動砲のチャージを開始、第二戦隊に突撃命令。第一戦隊は本艦に続け』。笹原、本艦進路面舵30度伏角20度。遠山、対艦対空戦闘発令。砲雷撃戦用意、艦載機の発進を急げ」

『了解!』

 

 

矢継ぎ早に出された命令に、篠田より10歳は若い部下達が気力に満ちた返事を返す。この状況でも元気なものだ、と篠田は少し羨ましくなる。

もっとも、元気なのは南部艦長も同様だ。確か艦長は小規模とはいえ艦隊の指揮を任されるのは初めてのはずだが、まるで初めて会った時の頃のような生き生きとした声で命令を飛ばす。

 

 

(きっと、ようやく戦闘空母らしい働きができるからだろうな)

 

 

篠田は、そうアタリをつけている。

前回の移民船団護衛戦は、避難民を載せながらの戦闘であったがゆえに思うように戦う事が出来なかった。

南部艦長も、歳を重ねた今こそ落ち着いてきているが元来の性格としては熱血漢だ、さぞやストレスの溜まる思いだっただろう。

今回は避難民がいないだけでなく、艦載機を満載した上での戦闘だ、張り切るのも無理はないというものだ。

かくいう篠田自身も、生みの親としてこの艦が万全の働きができることを喜ばしく思っていた。

 

 

――2220年4月7日、第三次移民船団団長古代進の判断により、地球連邦は星間連合に対して宣戦を布告。

アマール国首都へと侵攻していた敵陸上部隊を、ヤマトはミサイル攻撃で一掃した。

その後、直ちに護衛艦隊司令部と地球連邦大統領、地球連邦科学局長官真田志郎を交えて協議がなされ、報復に訪れるであろう星間連合艦隊を積極的に迎撃する事が決定された。

移民先である惑星アマールとその月を戦場にするわけにはいかないので、できるだけ離れた宙域に進出して決戦を挑むのだ。

第三次移民船団がアマールに到着した時点で、地球防衛艦隊の戦力は第一次・第二次船団の生き残りを合わせて約200隻。

地球へ戻った移民船6隻の護衛にスーパーアンドロメダ級2隻を伴わせ、ヤマトは残りの護衛艦のうち180隻を率いて、再び宇宙へと上がった。

残りの20隻は『シナノ』とともにアマールに残り、本土防衛の任に就くこととなった。

地球艦隊とアマール艦隊が出撃した事は、向こうも把握しているだろう。

万が一だが、星間連合が決戦を避けて本星を直接攻撃して来る可能性も無いとは限らない。

そうなった場合、主力艦隊が舞い戻ってくるまでの間、持ち堪えるだけの戦力が残されたというわけだ。

 

残されたのは、ドレッドノート級が12隻、スーパーアンドロメダ級が8隻。航空戦力は、各艦が搭載していたコスモパルサーの残存機が、合わせて100機。既に全機『シナノ』に収容して再編成され、5個飛行隊となっている。

本土防衛艦隊の司令を兼ねることになった南部艦長は、21隻からなる艦隊を3つの戦隊に分けた。『シナノ』と6隻のドレッドノート級からなる第一戦隊、6隻のドレッドノート級からなる第二戦隊、スーパーアンドロメダ級戦艦8隻からなる第三戦隊である。

艦隊編成が終わるや否や、艦長は艦隊を周回軌道上に上げ、戦闘配置のまま哨戒活動を行ってきた。

 

 

哨戒を始めて40時間あまり、果たして懸念した通り星間連合はやってきた。しかも、主力艦隊との決戦と同時並行である。

ヤマトからタキオン通信で敵艦隊及び巨大要塞との開戦が伝えられてきたのが、20分ほど前。

今頃は、両軍相乱れての総力戦になっていることだろう。

とてもではないが、増援がやってくるとは思えない。

つまり、現状の戦力だけで敵艦隊を殲滅しなければならないという事だ。

交戦の報を受けて、既に陣形は変更してある。

それまでは正面火力を確保しつつ正対面積を減らすため、単横陣を逆三角形に敷いていた。敵の突撃を真正面から受け止めつつ、戦闘時間を引き延ばす作戦だった。

しかし、増援が来ない事が判明した現在は、敵の撃破を企図した陣形になっている。航行序列は鶴翼の陣、第三戦隊を波動砲戦隊形、他の2個戦隊が第三戦隊よりやや上空に占位し、単縦陣で第二戦隊の両脇を固める形だ。

 

作戦としてはこうだ。

会敵と同時に第三戦隊の半数は波動砲のチャージを開始。その間、第一・第二戦隊が敵を両側から挟みこんで敵艦隊の散開を阻止するとともに、チャージの時間を稼ぐ。しかるのち、第三戦隊が波動砲を一斉射。固まっている敵をまとめて吹き飛ばす。

すかさず第一・第二戦隊が肉薄し、混乱している残敵を掃討する。

両戦隊による掃討が困難な場合、第三戦隊の残り半数が波動砲の第二射を見舞って更に敵数を減らすのだ。

 

―――地球連邦軍の戦訓からして、波動砲戦は失敗に終わる事が多い。過去の事例では、ガトランティス戦役では波動砲よりリーチの長い火炎直撃砲によるアウトレンジ攻撃、またディンギル帝国戦役では小ワープ戦法によって波動砲を避けられ、必殺のハイパー放射ミサイルを撃ち込まれて全滅した。

それ以来、波動砲戦についての研究が盛んに行われた。

その結果得た結論は、

 

「波動砲のみに頼った戦術は柔軟性を欠き、敵の対応策に対して脆弱である」

「波動砲を発射する場合、発射担当艦を護衛する艦の存在が必要不可欠である」

「波動砲発射までの間、敵を波動砲の射線から外さない方策が必要である」

 

の3つであった。

 

今回の陣形はそれらの考察を参考にして立案されたものであるが、いかんせん不安要素も多い。

まず、星の近くでの波動砲戦のため、下手を打つと敵ごとアマール星を吹き飛ばしてしまう。

次に、敵の数や出現場所などが不明な為、戦法が図に当たる保証がない。特に、第三戦隊の真後ろにワープアウトしてきたら最悪だ。

なにより、―――これが最も大きな問題なのだが―――篠田や南部艦長、それに古代司令のようなベテランはともかく、他の艦の連中はまともな実戦経験もなければ波動砲を撃ったこともない。

先の移民船団護衛戦においても殆どの艦と乗員が初陣で、敵への攻撃やダメージコントロールがちっとも訓練通りにいかずに撃沈される艦が少なくなかった。

複数の艦種による艦隊運動も満足にできないため、戦闘の際はドレッドノート級とスーパーアンドロメダ級を分けて行動させをる必要があった。

これでは、艦隊防空という点において非常に問題がある。対空火力が偏在することで、弾幕に濃淡が生まれてしまうのだ。

幸い、護衛戦の時は敵艦載機をヤマトとコスモパルサー隊が吸収したようだが、今回は上手くいくかどうか。21隻しかない小規模艦隊だから問題にはならないと信じたいが、何が起こるのか分からないのが実戦である事は、篠田自身が良く知っている。

 

 

「敵の詳細判明! フリーデ艦が10、ベルデル艦が24、SUS艦が17! 艦載機は未だ発進しておりません、敵はまだこちらに気づいていない模様!」

 

 

アマール軍との情報交換により、既に敵艦の性能は熟知している。前回のような闇雲な攻撃ではなく、敵艦のウィークポイントを狙撃する事も可能だ。

正面上部のメインパネルに映った敵の姿を、唇の端を笑みに歪めながら睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

「波動砲充填率80パーセント!」

 

 

窓ガラスの向こうには、惑星アマールの稜線近くにそばかすのようなブツブツが見える。

 

 

「敵艦隊、こちらに気付きました、全艦左一斉回頭でこちらに向かってきます! 距離、10万8000宇宙キロ」

 

 

窓ガラスの真上、艦橋いっぱいに広がるメインスクリーンには、スラスターを吹かしてその場で方向転換をする敵艦の姿が見える。

馬鹿め、回避行動も散開行動もとらずにその場で旋回するとは、狙ってくれと言っているようなものではないか。

 

 

「『シナノ』より入電。『雷王作戦開始』。繰り返す、『雷王作戦開始』」

 

 

通信班長の報告に、第三戦隊旗艦『ノース・カロライナ』艦長は頷きで返す。

作戦名は、かつて土星宙域にて行われたガトランティス帝国残党掃討戦に名付けられたもの。当時駆逐艦の戦闘班長として作戦に参加した身としては、なんとも感慨深い名だ。

あのときは、残党軍が木星圏にいた戦艦部隊と遭遇してしまい、戦場へ到達するのが遅れてしまった。だが、今回は完全にこちらの思惑通りにことが進んでいる。万一にも失敗することはないはずだ。

敵の回頭が終わらないうちから、視界の右下と左上からミサイルが次々と放たれる。

 

 

「第一戦隊、第二戦隊、攻撃を開始しました」

 

 

単縦陣を組んだ両戦隊が、敵を遠巻きに囲みながらミサイルによる一斉攻撃を開始する。事前の打ち合わせより早く攻撃が開始したのは、敵がこちらに気付いたからだろう。

旗艦を先頭に、進路を敵艦隊の真正面から真横に占位するように進撃する。敵を全主砲の射界に捉えつつ正対面積が減るように接近していく。「イの字戦法」と呼ばれる、接近と丁字を両立する水上戦闘艦時代からの伝統的艦隊運動だ。

第一戦隊の艦首発射管から放たれた合計28本の円筒形の物体は、発射してすぐに左上方へと駆け上がっていく。

対艦ミサイルは衝撃砲よりも速射性能で大きく劣り、また大きく鈍重な弾体が迎撃可能な為に会戦における投入火薬量の総量は決して多くない。そのかわり射程、誘導性、破壊力で通常兵器の中では最も優れているため、命中すれば敵に大ダメージを与える事が可能だ。

『シナノ』から発艦した彩雲で構成される重爆撃隊も、両戦隊の間を埋めるように右上と左下から無誘導爆弾を投下する。

彩雲の両翼端に装備された複合爆装ポッドから、次々と子弾が射出される。爆装ポッドを丸ごと投下するのではなく、一隻でも多くの敵に損害を与えんと、尾翼とスラスターをこまめに調整しながら高性能炸薬弾をばら撒いた。

泡を食ったように始まった対空射撃も空しく、第一斉射が着弾する。

先頭を行くSUS艦の、平面で構成された装甲をミサイルが突き破る。

遅発信管により艦内部まで侵入してから爆発した徹甲弾頭は、破片が隔壁を千々に引き裂き、紅蓮の炎は廊下を縦横無尽に走り渡って乗員を次々と殺傷した。

重爆撃隊の放った子弾はミサイルほどの貫通力は無いものの、絶え間なく着弾する高性能爆弾は装甲に確実にダメージを与えていく。

 

 

「第一斉射、着弾。命中率は89パーセント」

「初撃にしては命中率が高いな。最大射程からの攻撃だから迎撃されるかと思ったが」

「強襲が成功したという事でしょうか」

「というより、重爆撃隊の命中率が高かったのが理由だろうな」

 

 

続いて側面発射口から放たれたミサイル群は、第一斉射とは異なる形状をしていた。

84条のミサイルの噴射煙が再び味方艦と敵艦を繋ぎ、敵艦に接触する直前に爆発する。白い閃光が放たれたかと思うと、青い波紋が次々と広がって艦隊を阻む大きな壁となった。

その姿は、ファンタジー世界の物語に出てくる魔法障壁のようで、一種幻想的な姿である。

 

 

「なるほど、時間稼ぎとしては極めて効果的だ」

 

 

第一撃を加えた直後にバリアミサイルを敵の目の前に展開する事で、敵の攻撃を最前線で封じる。

敵は左右を塞がれて前進するしかないし、敵はバリアを張った第一・第二戦隊への報復に意識を向けることになる。それだけ、真正面にいる第三戦隊は攻撃を受ける確率が下がるというわけだ。

檻に押し込められた猛獣を思わせる激しさで、敵戦艦がバリアを壊しにかかる。

衝撃砲の驟雨のような連撃が、バリアを叩く。

緑色の光が、緋色の光が障壁に到達する度に真円状の波紋が広がる。

フリーデ艦がミサイルを放つも防がれ、バリアと敵艦隊の間に爆煙が煙幕のように展開して彼我の視界を塞ぐ。

味方の両戦隊は一切攻撃を仕掛けない。

向こうの攻撃が届かない代わりに、こちらの攻撃も届かないのだ。

やがて、円錐形の艦が一斉転舵して、次々と蒼璧へと突っ込んでいく。

業を煮やしたのか、ベルデル艦隊がバリアを強引に突破して第二戦隊へ突撃しようとしているのだ。

 

 

「無駄だよ、そんなことをしても」

 

 

一人呟いた。

バリアミサイルを構成しているのは、波動エネルギーの源泉であるタキオン粒子だ。

三次元を不安定にする性質を持つタキオン粒子に触れればどうなるかなど、見なくても分かる。

果たして、艦長が予想した光景が眼前に現出した。

バリアに接触したベルデル艦は立体を維持できなくなり、衝突事故を起こした自動車のように接触面から崩壊していく。

崩壊によって生じた煙や破片が、哀れな生贄の姿を覆い隠す。

煙で充満した空間から鈍い光が断続的に煌めいた。

ガラス張りの水槽の中で悶える魚のように、パニックに陥る敵艦隊。その眼前で第一、第二戦隊が回頭して同航戦に入る。

空いている上下の空間には重爆撃隊が殺到し、脱出せんとする敵艦に爆弾をポッドごと投下して片っ端から血祭りに上げている。

 

 

「ここまで御膳立てされたなら、こちらも期待に応えてみせよう! 波動砲発射準備はまだか!」

「充填率120パーセント、発射準備完了!」

「戦闘班長、操艦を渡す。頼んだぞ!」

「了解、ターゲットスコープオープン。電影クロスゲージ、明度10」

 

 

戦闘班長が眼前に現れたトリガーのグリップを握り、撃鉄を引いてコンバットスタイルに構える。

 

 

「『ワシントン』、『ライオン』、『テレメーア』も発射準備完了」

「全艦に通達、『波動砲発射準備完了、直ちに射界より退避されたし』」

 

 

右隣りには、合衆国が造ったスーパーアンドロメダ級戦艦『ワシントン』。左にはイギリスの『ライオン』、『テレメーア』。四隻の左右には護衛として『アルザス』『ノルマンディー』『サン・ジョルジョ』『クロンシュタット』が控えている。

8隻の宇宙戦艦が横一列に整然と並ぶその様は、古に聞く鋼鉄の重騎士が馬上槍の穂先を揃えて突撃をかけんと、腰を沈めて構える姿に見える。

自身の艦その戦列に並んでいる喜びに、体が震えた。

 

 

「発射10秒前、総員対ショック・対閃光防御!」

 

 

両戦隊が一斉転舵して一目散に距離を取り、コスモパルサーが我先にと避難する。

それを確認してから、艦長は黒のゴーグルをかけ、シートベルトを確認した。

タキオン圧力調整室の動作音が早鐘のように鳴り、『ノース・カロライナ』の逸る気持ちを表しているようだ。

先の護衛戦では、撤収後のワープを考慮して波動砲を発射する事は出来なかった。

あの時に溜まったストレスを今ここで晴らさんと、艦首拡散波動砲の二つの砲門が、青の燐光を纏わせて今か今かと発射の瞬間を待っている。

 

 

「5……4……3……2……波動砲、発射!」

 

 

掛け声とともに、艦橋内が白い閃光に包まれた。

艦首が夜明けの太陽のように燦爛と輝き、青暗い宇宙を光に染める。

あまりに強力な光線に、第一艦橋正面に座る三人の輪郭線をも消してしまう。

強烈な光が乳白色から鮮やかな青に変わる直前、強烈な振動と轟音が艦を襲った。

波動バースト流が二門の砲口から放たれた反動が艦体を貫き、磁力アンカーに固定されているはずの巨大な戦艦が細かく震えるのを、肘掛けを掴み足を踏ん張って耐える。

 

 

「なるほど、こいつは堪える……!」

 

 

手足を通じて伝わる振動にしびれを感じつつ、艦長は言葉を漏らす。

地球連邦軍は波動エネルギーの導入後数多くの波動砲搭載艦を建造してきたが、一つの小宇宙に匹敵するというその威力ゆえにその実射を厳しく制限してきた。

その扱いの厳重さは核兵器のそれを上回るほどで、波動エネルギーに関する実証実験は必ず地球外、波動砲に関する実験は太陽系外と定められているほどだ。

艦長自身も、普段の訓練では臨界前発射訓練しか行わないので、26年の軍人生活の中で波動砲を実際に発射した事は一度も無かった。

 

螺旋を描く波動バースト流が二筋、徐々に互いの距離を近づけながら敵艦隊へ突進していく。

左右の僚艦からも破壊の奔流が伸びていく。

四筋の青い水柱は敵艦隊の面前まで到達した刹那、四方に破裂した。

二門の砲口から放たれた波動バースト流が交わり、拡散して散弾に変化したのだ。

ディープブルーの彼岸花が咲き、細い花弁同士が重なり合う。

正方形の四隅を突くように放たれた波動砲は子弾が放射状に分かれ、一枚の巨大な網を形成して何十隻もの敵を包み込む。

 

次の瞬間、開いた花火が更に無数に炸裂する様を目撃した。

 

網から槍衾と形を変えた波動バースト流が、空間丸ごと食いちぎらんと襲い掛かる。

四散したバースト流の直撃を受けた敵戦艦が、次々と誘爆を起こして炎の花を咲かせる。

澄んだ青と濁った緋色のコントラストが、場違いなほど綺麗に見えた。

流星のような輝きがベルデル艦に命中し、円錐部に収納されていた艦載機がボロボロと零れ落ちる。フリーデ艦の巨大な艦橋構造物に命中した一発は即座にミサイルの誘爆を引き起こし、引き裂かれた艦底部だけが力なく漂う。左舷を擦過されたSUS艦は慣性のままに激しく回転しながら右舷へと流れていく。

漂流する艦同士が衝突し、弾かれると再び他の艦と激突する。密集隊形ゆえに玉突き事故が絶え間なく起こり、被弾を免れた艦も被害を受けていく。

子弾の一発がバリアの一枚に命中すると、更なる散弾となって反射し、敵艦隊に真横から降りかかる。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

死屍累々

 

 

そんな言葉が当てはまる地獄絵図を前に、誰もが言葉を失う。

初めて間近に見る拡散波動砲4連一斉射撃の威力に、誰もが信じられない気持ちでいた。

50隻以上いた星間連合の戦艦艦隊が一瞬にして壊滅。生き残った艦も殆どは大なり小なりの損害を受けていて、無傷な艦はいないように思えた。

―――これが、小宇宙ひとつのエネルギーに匹敵するという波動砲の威力―――

艦長は、その威力に感嘆するとともに恐怖を抱いた。

20年前、イスカンダルからもたらされた波動エネルギー。

それと同等の兵器を、ガミラスも、ガトランティス帝国も、暗黒星団帝国も、ボラー連邦も所有していた。つまりは、それが星間国家の標準装備ということだ。おそらく、星間連合も所有しているのだろう。

広い大宇宙のどこかでは、このような大量破壊兵器を撃ち合う星間戦争が常に起こっているのか。

今眼前で起こっている凄惨な現象など、日常茶飯に過ぎないのか―――

 

沈黙は、数分だったのか、それとも一瞬だったのか。

 

場の空気を切り裂いたのは、旗艦『シナノ』からの入電だった。

 

 

「か、艦長、『シナノ』より入電。『波動砲の第二斉射に備えよ』」

 

 

艦橋内がわずかにどよめく。

目の前に広がる惨状を見て、まだ撃つつもりなのか。

これでは、ただの虐殺ではないか――

艦長は命令を実行に移すことに躊躇いを感じていた。

もう十分ではないか。あとは残存艦に降伏を促して、その後は救助活動をしたほうがいいのではないか。

 

 

「通信班長、『シナノ』に意見具申。『波動砲攻撃の効果絶大なり、第二射の必要な「艦長! 本艦後方にワープアウト反応!」なにぃ!?」

 

 

直後、ワープアウトの水色に全身を輝かせながら、巨大な物体が艦のすぐ真上を通り過ぎる。

―――数分後、彼は思い出すことになる。

この広い大宇宙には、波動砲をも無力化する技術があるということを。

 

 




復活篇本編では、アマール艦隊もヤマトに随伴することであたかも惑星アマールの防衛には一隻も宛がわれていないような印象を受けました。
そこで書いたのが、本編に登場しない『シナノ』を使ったアマール本土防衛任務のお話でした。
この話、意外と長く続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝3 ―紡がれるかもしれない未来―

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
ここ最近は亀更新で申し訳ありませんが、今年もよろしくお願いいたします。


2220年 4月5日 惑星「アマール」周回軌道上

 

 

【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマトpart2」より《彗星帝国艦隊出撃!》】

 

 

虚空を波立たせて現れた巨大な構造物が、第三戦隊の上空を航過していく。

巨人が両手を広げているような、あるいは巨大な十字架のような、ガンメタルに輝く鋼鉄色の艦が、我々など気にも止めていないかのように堂々とした様子で壊滅した敵艦隊に近づいてくる。

と、そこでようやく篠田は我に返った。敵の増援が来たというのなら、やる事は決まっている。

 

 

「第一、第二戦隊はこのまま単横陣で退避を続けろ。第三戦隊、波動砲のチャージが完了次第発射。加藤小隊、坂本小隊、椎名小隊は各戦隊の直掩にあたれ。山木小隊、小川小隊は直ちに帰還して弾薬の補充を受けろ! 笹原、下層の発艦用甲板も使って回収する。2分後に気密シャッターを開け」

 

 

呆然とする場を南部艦長の矢継ぎ早の指示が飛ぶ。通信班長の庄田有紀が我に返った様子で第二戦隊と第三戦隊に連絡をする。戦闘班長の遠山健吾が無線を右手に爆弾を落として身軽になったコスモパルサー隊へ帰還を命じる。

 

篠田は既に、ダメコン班のうち半数を飛行科の増援に向かわせている。

今までの経験からして、唐突に現れた敵の大型艦は今までの敵より強大なことが多い。

ならば、敵が攻撃をしてくる前にこちらも総攻撃の準備をしておかなくてはならない。

重爆撃隊を一度回収して、再度の出撃に備えるのだ。

出撃した50機の彩雲が矢継ぎ早に着艦してくるなら、着艦誘導に修理、燃料の補給と弾薬の再装填に飛行科がかかりっきりになることは目に見えている。

なら、補助・サポートに入る人間は絶対に必要だ。

 

幸いこちらはいまだ一切被害を被っていないから、現状でダメコン班に喫緊の仕事はない。

全員は無理でも半分くらいなら人員を割いても大丈夫だと判断して、技術班長としての判断で応援にやることにした。

やがて、敵の艦型を照合していた泉宮が自席のモニターから顔を外す。

 

 

「敵増援はSUSのマヤ型移動要塞と判明! データをメインパネルに出します!」

 

 

窓ガラスの上の大型モニター画面が二分割され、右側にマヤ型要塞の諸元が映る。

十字架状の艦体に、十字に並べられた主砲・副砲群。

後背部には艦載機発進サイロが多数配置されており、単艦で一個艦隊規模の戦力を有しているであろうことが容易に推測できる。

その大きさ、戦闘能力、まさに要塞。

 

――――――宇宙要塞。その言葉に刺激を受けて、篠田の脳はフル回転する。

 

思い出される映像。

思い出される経験。

『ヤマト』の経験と『シナノ』の経験を組み合わせると、もしかしてこいつは――――――。

 

 

「艦長」

 

 

椅子ごと振り向いて、南部艦長に強い視線を向ける。

それを察したように、南部も篠田に顔を向けた。

 

 

「分かっている、技師長。だが、それは艦載機の回収を完了させてからだ。それに、第三戦隊だけで話が済むならそれに越したことはない。まずは、事前の作戦通りにやってみよう」

 

 

頷いて意を汲んでくれた南部さんは、二つの命令を出した。

 

 

「庄田、『フジ』に通達。『本艦は艦載機収容の為、一時戦列を離脱する。第一戦隊の指揮を執れ』。機関班、いつでも波動砲を撃てるように準備しておけ」

 

 

何故かを問わず、ただ「了解」と頷いて作業に移る庄田と赤城機関班長。

 

 

「しかし、そうなると波動カートリッジ弾が使えないのは痛いですね。波動エネルギー弾道弾は『ヤマト』が持っていっちゃいましたし」

「いや、実体弾が効果あるかも分からないからな?」

「波動砲も実体弾も使えないとなったら、俺達には手が負えないですな」

 

 

深刻な状況を世間話のように軽く話す、篠田と南部艦長。

その様子を遠山が呆気にとられた顔で見ている。

 

 

「あの~。艦長も技師長も、何故そんなに余裕あるんでしょうか?」

「あ、私も思いました。お二人とも、余裕があるだけじゃなくて仲いいですよね」

「そうそう! 泰然自若と言いますか、腹が据わっていると言いますか。やっぱり、実戦経験の違いですかね~」

 

 

佐藤も泉宮も、視線をパネルから外さずに会話に参加する。

 

 

「そりゃ、15年の長い付き合いですからねぇ」

「俺は『シナノ』も篠田も信頼してるからな。篠田とは『シナノ』を造る前からの知り合いだし」

「またまたぁ、それだけじゃないんでしょう?」

 

 

庄田の良く分からない茶々の入れ方に、嫌な予感を感じる二人。

 

 

「15年も同じ艦にいるんですよ~。そんな、ただの仲良しで済むわけないですって」

「えぇ~、まさか、まさかなの?」

「艦長が責めかしら?」

「そりゃそうよ、先輩だもん」

「何言ってんの真貴。強気受けって可能性もあるわよ?」

「「「キャ―――――!! 副長×艦長!?」」」

 

 

彼女らの――非常に特殊な――趣味の対象にされた二人の目が、何か汚いものを見るような目に変わる。

普段の業務の時は非常に優秀な三人なのだが、こうなってしまうともう手が付けられない。というか、関わりたくない。

どうして3人が3人とも、このような趣味にどっぷり浸かってしまっているのだろうか。同じ女子同士の会話でも、第三艦橋の5人とは正反対だ。

そしてついに、篠田の口から鉄槌が下る。

 

 

「佐藤、泉宮、庄田。お前ら後で艦内の洗濯物全部担当な」

「「「ええ~~~!? 副長ひど―――い!」」」

「遠山、笹原。お前らは3人を止めなかったから後でパンツ一丁で艦内一周だ。艦長命令だ、拒否は許さん」

「「ええ~~~~~!? 横暴っすよそれ―――!!」」

「あ、それいいかも」

「庄田、お前はいい加減黙れ」

 

 

命のやり取りをしているとは思えない会話が、この瞬間だけは広がっていた。

 

 

「……南部さんも、年をとって丸くなったもんだなぁ」

 

 

かつての南部を知っている赤城が苦笑いしながらぼそりと呟いたが、それが南部に聞かれることは無かった。

 

 

 

 

 

 

同刻   第二戦隊旗艦『ヴィクトリア』艦橋

 

 

第一・第二戦隊が一目散に避退する間に、マヤ型移動要塞は星間連合艦隊の墓場と化した宙域に接近する。

 

 

「第二戦隊、取り舵90度。単縦陣に移行」

 

 

右向きのGがかかって艦が左へ旋回すると、第一艦橋左舷に巨大な鉄色の艦が映り込む。

高さ1キロはあろうかという要塞は真横から見ると、一枚の壁が聳え立っているように見える。

第二戦隊と反航する針路をとる敵移動要塞は、すぐに艦橋からは見えなくなる。メインパネルに視線を戻した。

 

手元のパネルには艦後部に設置されたカメラの映像が映っており、一斉転舵によって再度単縦陣に移行した各艦が、隊列の微調整のためにスラスターを噴かしているのがわかる。

失敗を誤魔化しているような気がして、少々見苦しい。

かつて戦艦が海に浮かんでいたころの艦隊運動は、先行する艦の航跡を綺麗になぞるほどの精密さであったという。

にわか作りの戦隊ということもあるが、やはり錬度の低さというものが艦隊運動に如実に現れていた。

 

 

「第三戦隊より警告。波動砲、発射します!」

 

 

ネガティブに偏っていた意識を引き剥がすように、通信班長が報告を飛ばす。

艦長は慌ててゴーグルをかけるように命じる。

 

その直後、左舷前方下方、ゴーグル越しに青い閃光が目を射抜いた。

8隻のスーパーアンドロメダ級の偶数番艦が、拡散波動砲を発射したのだ。

2本一組の波動バースト流が4筋、追いかけるように敵要塞に迫る。

敵は避ける素振りを見せない。

今度は一斉射目と違って4筋8本が敵要塞の手前で一点に交わり、極大の彼岸花を咲かせた。

要塞を丸ごと包み込むように青い光跡を引いて、散弾が次々とマヤ型要塞を襲う。

 

しかし―――

 

 

 

「なっ……!?」

「波動砲が――――効かない!?」

「まさか、無効化されたの……?」

 

 

次々に唖然とした声が漏れる。

艦長も、声にこそ出さなかったが眼前で起こった事が信じられなかった。

マヤ型要塞に子弾が命中した瞬間、瀑布が滝壺に落ちた瞬間のように激しく飛沫を上げて跳ね返り、霧散してしまったのだ。

 

子弾が次々と命中しては霧と姿を変え、マヤ型要塞の後背を煙だらけにする。

地球防衛軍最強の兵器を受けてもどこ吹く風、要塞は悠然として直進を続けた。

まもなく、煙と化したタキオン粒子を靡かせた要塞が、鉄色の艦体を薄灰色に染めて残骸だらけの宙域に到達する。

既に波動バリアは効果を失って消えてしまっていた。

 

 

「レーダーが、敵要塞の航跡に多数のエネルギー―反応を確認!」

「……煙で何も見えないな」

「どういうこと? 機雷を撒かれたとでもいうの?」

「いえ、違います! これは……艦載機です! 敵要塞から、艦載機が射出されています!」

 

 

パネルがチェンジし、赤外線によるスキャンがされる。

確かに、艦の後背部から次々に打ち出されている物があった。シルエットは、ヤマトからデータで送られて判明しているSUSの爆撃機に間違いなかった。

 

 

「なんてこと……第二戦隊、ソリッド隊形! 本艦を中心に防空陣を形成するのよ! 対空戦闘用意、各個に対空戦闘始め!」

 

 

慌てて、対空防御に適した陣形への変更を命じる。

スラスターが煌めいて艦が減速し、後続艦がそれぞれの位置へと移動していく。

二番艦が本艦の七時半上方へ、三番艦が二時半下方。四番艦が四時半上方、五番艦が十時半下方。六番艦は五番艦の真上。七番艦は四番艦の真下。八番艦が三番艦の真上にそれぞれ占位する。本来なら九番艦が二番艦の真下に就くのだが、残念ながら第二戦隊は八隻しかいない。

 

しかし、この陣形変更がまずかった。

相次ぐ陣形変更の為に艦隊が減速している間に、SUS艦載機が攻撃態勢を整えて煙から飛び出して来たのだ。

戦斧のような造形の漆黒の機体が、艦隊の左舷下方から、駆けあがるように迫ってくる。

対空ミサイルの発射準備はまだ整っていない。

艦隊の左側に向かっている3艦が独断で、艦橋下の無砲身パルスレーザーの射界に敵を収めようと、艦体を左に傾ける。

しかし、この行動は所定位置に移動中の艦を直進に走らせてしまい、密集隊形になるはずの艦隊が逆に拡散していってしまう。

 

 

「まずい。このままでは……」

 

 

艦長は先の護衛戦の悪夢を思い出す。

あの戦いは、陣形形成ができていない艦隊がまともな戦闘ができないことを、身を以て知った。

前後左右上下の6方向から敵機が三次元に襲ってくる宇宙空間の対空戦闘は、全方向に対応できる陣形でないとあっというまに防空網の隙を突かれてしまう。

ただでさえ第二戦隊は九番艦が欠けていて対空火力が不足しているのに、このまま各艦が孤立してしまったら、各個撃破されてしまう。

 

 

「紫雲隊、吶喊します!」

 

 

レーダー班の報告に、艦長ははっとして手元のディスプレイを見る。

敵艦載機隊の真横から、味方のアイコンが高速で迫っていた。

 

 

 

 

 

【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト完結編」より《FIGHT!コスモタイガーⅡ》】

 

 

第二戦隊の戦術空中哨戒を担当していたのは、加藤四郎率いる紫雲20機からなるファルコン隊だった。

 

 

「ファルコン1より各機へ。全機、攻撃開始! エレメントを崩すなよ!」

『了解!!』

 

 

マイクに声を叩き付けるようにして、加藤は命令を下す。

揮下の18機が、攻撃開始の命を受けて、2機一組になって左右に散開する。

自機の左後方には、自分とエレメントを組む2番機だけが残った。

 

 

「行くぞ高岡! ついてこい!」

『Roger that!』

 

 

スロットルを一気に押し上げ、ミリタリーレベルにまで加速する。

速度計の数値がめまぐるしく表記を変えていくのを視界に入れつつ、加藤は左から右に通り過ぎようとする敵艦載機をにらみつけた。

黒を基調としたカラーに、赤のスリットが鈍く光る。SUSの爆撃機に間違いなかった。

航空力学を無視したデザイン。宇宙空間ならともかく、ヤマトの報告によると、この爆撃機はアマール首都を空襲する為に大気圏内を飛翔していたというから驚きだ。ヤマトの対空ミサイルであっさりと殲滅されたのも納得のいく話だ。

第二戦隊へ向かう機数は30~40機程度。数としてはこちらの方が圧倒的に不利だが、魚雷を投下して身軽になった紫雲の敵ではないと確信していた。

 

20機の紫雲は2機ずつウェルデッド・ウィングと呼ばれる密集隊形を成しつつ、一心不乱に敵機に迫る。

遅ればせながらこちらの存在に気づいたのであろう、敵の集団に乱れが生じる。集団の前半分が機体を翻してくる。

アマールからもたらされた情報によると、SUSの航空機も地球防衛軍と同様に、戦闘機と爆撃機の機体性能上の区分はあまりないらしい。つまり、見分けこそつかないが、こちらの迎撃に向かってくる機体は護衛戦闘機という事になる。

旋回を終えたSUS戦闘機が、真正面から向き合う。

互いの戦闘機が、正々堂々と槍を繰り出す形になった。

 

 

「各機、向かってくる戦闘機にはミサイルで早々に御帰り願え! 一刻も早く爆撃機隊にとりつくぞ!」

『了解!』

 

 

HUDの中を、ターゲット・ピパーが敵を求めてフラフラと動き回る。

ピパーが敵と重なった瞬間、target lockの表示と共にピパーが敵機にしっかりと張り付く。

 

 

「ターゲット、ロック。ミサイル発射!」

 

 

加藤は握っている操縦桿の頂部、黒いボタンを2度、しっかりと押した。

その刹那、折りたたまれた主翼からコクピットに僅かな振動が伝わる。

ロケットに点火されたミサイルがキャノピーの上をあっという間に通り過ぎ、安定翼を出してフルスピードで機体を離れたのだ。

白煙を引いて、三角柱の形をした2発のミサイルが飛んでいく。

 

 

「発射! 発射! 11時から1時方向にミサイルの発射を多数確認!」

 

 

高岡がひきつった声で叫ぶ。

敵も、ノズルの両脇から杭のような形状をしたミサイルを放ってきたのだ。

互いの殺意が具現化したミサイルがすれ違う。

ミサイルを撃った直後、俺は操縦桿を勢いよく左へ倒した。

翼端のスラスターが煌めくと、突きあげられるように右翼が跳ね上がり、左翼がアマールの青い海を指す。

倒した右手を少し戻しつつ、手前に引く動きも加える。操縦桿を左手前に引く格好だ。

 

 

ヴ――ッ    ヴ――ッ   ヴ――ッ  ヴ――ッ ヴ――ッ、ヴ――ッ、ヴ―ッ、ブ―ッ、

 

 

機体は鋭い動きで左上方へと旋回し続ける。いわゆる、バレルロールと呼ばれる戦術空中機動だ。

キャノピーの天井越しにアマールの雲が見えた瞬間、機体の20メートルほど左を白煙が通り過ぎていった。

敵のミサイルは、数瞬前まで自分がいたところを貫いたのだ。

バレルロールを中止し、その場でのロールを行って態勢を整える。機体の進行方向は先程より20度ほど左にずれていた。

自分が放ったミサイルの行く末を確認するために、一瞬だけ視線を手前のディスプレイに移した。

自機から見て30度の方角、敵機が左旋回して逃げようとしているのをミサイルがターゲットの進路を予測して最短距離で追尾している。

視線と機体を敵機の方へ向けると、今まさに戦闘機が被弾するところだった。

ノズル部分に立て続けにミサイルが命中する。

被弾箇所から破片を大量にばら撒きながら、機体カラーにそっくりな黒煙と炎を振り乱して敵機は回転する。爆散とまではいかなかったが、無力化できたことは間違いないだろう。

 

 

ヴ―――ッ、ヴ――ッ、ヴ―ッ、ヴ―ッ、ヴッ、ヴッ、ヴヴヴヴヴヴ――ッ!!

 

 

唐突に緊急警報インジケーターが点滅し、警報音が耳をつんざく。

反射的に湧き上がる恐怖心とともに正面を向くと、既にミサイルが眼前に迫っていた。

 

 

「…………ッ!!」

 

 

避けるのは無理と直感的に判断し、咄嗟に加藤は右手の人差し指を強く引く。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

機首と胴体に搭載された8門の無砲身パルスレーザーと主翼端の6門の長砲身パルスレーザーが、地吹雪さながら猛烈にミサイルに襲いかかる。

敵が放った鋼鉄の杭が視界いっぱいに広がったところで、大小14門の火箭に絡めとられたミサイルが爆散した。

機関砲を撃ち続けながら煙や破片を突っ切ると、黒い機体が2つ、射線を避けるように上昇するのが見えた。

ミサイルを撃ってきたのはあいつか。至近距離から撃ってきたから、警報が遅れたのだろう。

持ち前の旋回性能をフル活用して、こちらも発砲しながら急上昇をかける。

真上からのしかかるGに歯を食いしばりつつ、敵機を追い求めて操縦桿を微調整する。

縦に薙いだビーム光が、宇宙をはためく旗となって顕現した。

遅れて上昇していた二番機のどてっ腹に、これでもかというくらいに青い焔が突き刺さった。

 

 

「ファルコン2、ミサイル発射!」

 

 

オーバーキルで文字通り木っ端微塵に砕け散った敵2番機を尻目にそのまま1番機に狙いを移そうとしたところで、ウィングマンを務める高岡の声が聞こえる。

自機の頭上を通り過ぎていったミサイルが曲がりくねった白煙の柱を靡かせながら、敵機のコクピットを下からアッパーカットのように貫いた。

 

 

「ファルコン2、1機撃墜」

「ふぅ―――――、ファルコン1、2機撃墜」

 

 

咄嗟に止めていた息をゆっくりと吐き出し、かつては幾度となく言ってきた言葉をマイクに吹きこむ。

パイロットとしては何年も前に第一線を退いていたが、久々に戦闘の最前線に躍り出ると、昔のカンが蘇ってくる。

 

 

『ファルコン3、1機撃墜!』

『ファルコン11、2機撃墜! 敵爆撃機へ向かいます!』

 

 

インコムから味方機からも戦果が報告される。

勿論、良い報告だけが入ってくるわけでもない。

 

『ファルコン5、ミサイル外れた、インファイトに移行する! 村田、援護しろ、シザーズだ!』

『ファルコン6、コピー』

『2機に食いつかれている! 7時方向から2機だ!』

「待ってろ、今片付けてやる!」

 

 

互いにミサイルを当てられなかったコスモパルサーと敵機は、絡み合うように近接戦闘へと移行する。

 

 

『メーデーメーデー! ファルコン4、左翼にミサイル被弾! 操縦不能!』

『脱出しろ、大池!』

『ダメです! 機体の回転が止まらない!』

『このままだと大気圏に引き込まれるぞ! いいからシュートしろ!』

『い、行きます! うわああああぁぁぁ!!!』

 

 

ミサイルを避けきれなかった紫雲が、翼をもがれた鳥がもがくように不規則な回転をしながら戦場から離れていく。

大池が無事脱出したか確認したかったが、細長いキャノピーの視界からすぐに外れてしまう。

部下の安否が気になるが、今は後ろを振り向いていられない。

紫雲隊を突きぬけた敵編隊は、四方八方に分散して旋回していた。SUS戦闘機のスリットから漏れる赤い光が、漆黒の宇宙に残像を残している。

敵護衛戦闘機の防衛網を突破した以上、すれ違った戦闘機が旋回して背後から迫ってくる前に、第二戦隊に襲いかかる敵爆撃機を1機でも多く、一瞬でも早く落さなければならない。

 

レーダースクリーンを確認する。

針路10度に敵爆撃機が21機。パルスレーザーの射程にはまだまだ遠い。

敵に最短距離で迫るべく、機体を気持ち手前に引きつけた。




復活篇本編ではろくに活躍しなかった、マヤ型中型移動要塞が再登場。
あれだけの貫録と重武装なのだからもうちょっと活躍してもよかったんじゃないかと思うのは私だけじゃないはず。
同様に、スーパーアンドロメダ級戦艦の専用艦載機という謎設定のうえにお蔵入りした、コスモパルサーの発展系である紫雲もイラスト付きで登場。絵の下手さはキニスルナ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝4 ―訪れるかもしれない未来―

挿絵が思いのほか早くできたので投稿。しかし、水彩絵の具は私には合わないみたいです。今回は鉛筆画に戻してみました。


2220年 4月5日 惑星「アマール」周回軌道上   『シナノ』下層飛行甲板

 

 

艦尾の気密シャッターが下ろされ、空気が急速に注入される。

一切のものが片付けられた飛行甲板の様子からは分からないが、自身の機体の揺れから天井を通っているダクトから突風が真上から、前後左右から床を駆け抜けて吹きつけられているのが分かる。

やがて風が収まり、航空指揮所の作戦状況表示スクリーンに表示された酸素マーカーがグリーンになったことを確認して、ヘルメットを外してうなじ部分のフックに引っかけた。

灰色の重作業服と白地にオレンジの軽作業服がわらわらと飛び出し、各々が機体に取りついた。

梯子が掛けられたのを確認してから、ヴァイパー隊隊長の山木貴久はRIOの吉岡に話しかける。

 

 

「吉岡、出るぞ」

 

 

キャノピーを開く。

 

 

「了解。早く言って下さいよ、タンデムシートはきつくてしょうがないんですから」

「そりゃ、お前の体型が残念なだけだ」

 

 

冗談を交えながらハーネスを外して、梯子に足をかけてスルスルと降りる。

吉岡がタラップを降りる度に、着陸脚のサスペンションがギシリと軋む。やはり、シートが狭いのは彼自身の問題のようだ。

整備換装中の機の周りでいつまでもうろついているわけにもいかないので、人とモノが飛行甲板に溢れかえる間をすり抜けて第二飛行隊受令室へ。

 

駆け寄ってきた整備士の一人からブリーフィング用の資料を受け取りつつ二人並んで歩いていると、視界にちらほらとクレーンが入り込んでくる。

 

『シナノ』の後部は上層の着艦用飛行甲板、中層の発艦用飛行甲板兼格納庫、下層の格納庫の三段に分かれている。

格納庫としての役割は主に下層が果たしている為、中層はヤマトの格納庫に比べてそれほど天井が高くない。左右の格納庫もヤマトの二段に対して一段だ。(下層格納庫は二段)

従って、巨大なクレーンがあまり高くない天井に取り付けられており、操作次第ではどうしても視界に入る程度まで下がってきてしまう事があった。

 

頭上を幾本ものクレーンがせわしなくレール上を往復してコスモパルサーを持ち上げ、整然と並べられたカタパルトドーリー台座に設置していく。

台座に乗ったコスモパルサーは、突貫で整備補修を受けた後に整備士の操作によって主翼を折りたたまれ、関節部分に複合爆弾ポッドを接続される。

さらにはホースを接続されて燃料が注入され、同時並行で機体と繋がれたパソコンによってシステムチェックが行われるのだ。

 

 

「しかし、彩雲も爆弾を落してしまえばただのコスモパルサーですねぇ」

 

 

データチップを胸ポケットに入れ、紙で渡された敵要塞の資料を読み込んでいると、周りに駐機している機体をキョロキョロと見回しながら、吉岡がのんびりと呟いた。

 

 

「そりゃそうだ、コスモパルサーに爆弾つけたのを『彩雲』って呼んでるだけだからな」

「いや、それはそうなんですけど。先代の『彩雲』に比べて随分といかつくなっていたのに、落とすもん落としたらスッキリしちゃっているなと」

「先代?」

「中世紀に日本の軍隊が持っていた艦上偵察機『彩雲』ですよ」

 

 

自動ドアを開けると、既に受令室に戻ってくつろいでいた部下が一斉に立ち上がって敬礼した。俺も左胸に右手の親指の背をつけるように構えて答礼する。

 

 

「山木先輩、お疲れ様です!」

「おう小川、お疲れ。全員座ってくれ。わずかしかない休憩時間だ、少しでも体力を回復させておけ」

『ありがとうございます!』

 

 

手をかざして座るように促すと、バラバラと座りだす。

俺は一番奥の演壇に立つと、最先任として場を仕切り出した。

 

 

「で、本隊から死傷者は?」

「いません。機体に損傷を受けた機はあるものの、戦闘行動に支障あるほどではありませんでした。パーフェクトゲームです!」

「ふっ。パーフェクトゲームぐらい、できて当たり前だ」

「そりゃ、ヤマトに乗ってたころはそのくらい求められましたけどね。若いルーキーどもはともかく、お互いこの歳ではきついですよ」

「確かに、三十を越えるとGが身に堪えるな、ってうるせぇ。俺はまだまだ現役だぞ」

 

 

若造どもがどう反応したらわからず、一様に苦笑いを浮かべる。

小川も口元と眉を曲げながら、先を促した。

 

 

「はは、分かってますって。それより、ブリーフィング始めなくていいんですか?」

「あとで覚えてろよ。んん、ではブリーフィングを始める。といってもここに来るまでに受け取った資料を読むだけだがな。吉岡、コイツを頼む」

 

 

脇に控えていた吉岡にデータチップを託し、自分は演壇に備え付けの指示棒を取る。

まもなく、ディスプレイに例の巨大要塞の三面図が映し出された。

紙資料に目を落とす。

 

 

「アマールからの情報によると、敵はSUSの中型移動要塞『マヤ』という。みてのとおり、巨大な十字架のような形状をしていて、主砲と副砲が十文字に敷き詰められている。縦横の交差部にエンジン、艦橋はてっぺんにある。艦の後部は艦載機発進口になっていて、発進した艦載機は現在紫雲隊と交戦中だ」

 

 

続いて動画が流れる。

無数のSUS戦艦に幾重にも守られた白銀色の『マヤ』の艦体が、夕焼けのオレンジ色に染まっていた。

アマール本星にSUSが侵攻してきたときの映像のようだ。見上げるようなカメラアングルからみて、突攻を仕掛けたエトス艦が中継で提供してくれたものだろう。

真っ赤な火箭が絶え間なく降り注ぎ、その度にカメラが痙攣を起こしたように激しく揺れる。

被弾箇所から黒煙を吐きながら、『マヤ』へぐんぐんと迫っていく。

 

 

「しかし、現在交戦中の『マヤ』はこいつとは少々違うようだ」

 

 

動画が右半分に縮小され、左半分にはリアルタイム中継の映像が入る。

こちらの「マヤ」は味方艦隊の残骸をその巨体で掻き分け、アマール本星への降下態勢に入っている。どうやら、味方残存艦を救出するつもりは一切なさそうだ。

現在、『マヤ』には『シナノ』が抜けた第一戦隊が群がる敵機を追い払いつつ、並走しながら砲雷撃戦を挑んでいる。

第二戦隊も攻撃を仕掛けてはいるが、敵機来襲の際に戦隊陣形を無闇に変更してしまった為隊形が乱れていて、回復に時間がかかる。

第三戦隊は波動砲戦隊形のまま敵後背部への攻撃を続けている。

しかし、あくまでも『マヤ』は大気圏突入を最優先するつもりの様で、一切砲門を開く様子が無い。

 

 

「今回現れた『マヤ』は、艦体色が白ではなく鉄色をしている。また、アマールの情報にはない機能として、拡散波動砲を無効化する能力がついている。敵がまだ砲撃をしてこないから分からないが、主砲や副砲も情報通りとは限らないな。どうやらこいつは、『マヤ』の進化発展形のようだ。一応、本艦隊では仮に『マヤMk-Ⅱ』と呼ぶことにした」

 

 

隊員達がどよめく。皆一様に、厳しい表情をしていた。

 

 

「波動砲が効かない相手に対して、どうやって攻撃していくつもりですか? 俺達が出撃したところで、役に立てるのでしょうか?」

 

 

後ろの方の隊員が挙手して疑問を呈する。そんなの、俺が知りたいぐらいだ。

 

 

「それは俺にも分からない。とにかく、俺達は補給が完了次第再出撃するだろう。映像を見ての通り、艦船の砲雷撃だけではダメージを与えられていない。俺達重爆撃隊が勝敗のカギを握るかもしれないぞ。気合入れていけ!!」

『はい!』

 

 

ヴヴ――ッ、ヴヴ――ッ、ヴヴ――ッ、ヴヴ――ッ、ヴヴ――ッ!!

 

 

そのとき、受令室のスピーカーから聞き慣れないブザーが鳴り響く。

勿論、宇宙戦士ならば誰もがこのブザーの意味するところを知っている。

立っていた俺と吉岡は空いている席へ駆け込み、部下達は条件反射で座席のシートベルトをまさぐる。

 

 

『波動砲発射用意! 総員、対ショック対閃光防御!』

 

 

スピーカーが告げるその前に、手すきの人員は座席に座る。窓の向こうの飛行甲板では、整備兵が工具もそのままに最短距離にある兵員待機室へと我先に逃げ込んでいる。

 

 

「なんだなんだ、波動砲は効かないんじゃなかったのか!?」

「連続で4発しか撃てないんでしょう? いいんですか撃っちゃって!?」

「上の考えている事なんて知るか! とにかくベルト締めろ!」

「昔は一発撃つ度にチャージしなきゃいけなかったんだ、連発できるだけマシと思え!」

 

 

若い部下達から、戸惑いと文句が口々に上がった。

しかし加藤は、この波動砲は様子見ではないかと推察していた。

2217年に改造を施して小波動炉心4基と大波動炉心1基を搭載している『シナノ』は、波動砲を4連射することができる。ヤマトに至っては6連装だそうだ。

かつてのように毎回ギャンブルじみた運用をしなくても済むのだ、こんなに嬉しい事はない。

ましてや艦長があの南部さんだ。何か意図があってのことだろう。

 

 

「総員、波動砲を発射したら直ちに自分の機体につけ! いつ出撃がかかるか分からんぞ!」

『了解!』

 

 

初めて経験する波動砲発射に動揺する部下を鼓舞する為に、隊長は今一度気合を入れた。

 

 

 

 

 

 

【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト ヤマトよ永遠に」より《巨大戦艦グロテ―ズ》】

 

 

「目標、敵移動要塞! 距離、47000宇宙キロ!」

 

 

『シナノ』の第一艦橋で、遠山が緊張した声で宣言する。艦長席とターゲットスコープと艦首を結んだ直線の先には、聖アンソニー十字に似た形の薄墨色に変色した『マヤMk-Ⅱ』がある。

47000宇宙キロ―――波動砲の射程としては至近距離だが、エンジン部分のみを狙うとなると難易度は一気に上がる。

角度は『マヤMk-Ⅱ』の進行方向に対して120度。サッカーに例えるなら、サイドコーナーから直接ゴールを狙うようなものだ。

艦首周辺に青い光が集まる。

砲口では青を通り越して白に変化した光が溜まり、溢れんばかりになっている。

 

 

「エネルギー充填、120パーセント」

「総員、対ショック・対閃光防御」

「庄田、全艦に通達。『波動砲を発射する。攻撃を中断して距離を取れ』」

 

 

発射シークエンスが着々とこなされていく。

 

 

 

“露出しているエンジン部分を狙う”

 

 

 

それが、南部と篠田が導き出した結論だった。

『マヤMk-Ⅱ』が出現した時にすぐに思い出したのは19年前、イスカンダル遠征で『ヤマト』と戦闘空母『デスラー・ガミラシア』が自動惑星ゴルバに遭遇した時の事だ。

ゴルバの装甲表面にはバリアが張り巡らされており、今回と同じように衝撃砲や波動砲の一切が効かなかったのだ。

あのとき、デスラーは主砲の砲口に乗艦を突っ込ませて主砲を封じ、『ヤマト』に自身もろとも波動砲で吹き飛ばすよう要請した。

暗黒星団帝国に遠征した時にも7基のゴルバに囲まれたが、波動カートリッジ弾を魚雷発射砲口に命中させ、内部から波動融合反応を起こして撃破する事に成功している。

 

―――そこから導き出される推測は一つ。

 

バリアを張っている敵に対しては、砲口などの内部が露出している部分を―――可能ならば強力な、あわよくば強力な実体弾を―――狙い撃てばダメージを与える事が出来るということだ。

 

この推測に基づいて、二人は現状を考えた。

あいかわらず『マヤMkⅡ』はこちらとの戦闘を避け、アマール地表に向けて大気圏突入する針路を取っている。

艦載機を足止めに放ち、自身はアマール本星への侵攻を強行するつもりなのだ。

アマールに降りてしまえばうかつに手出しは出来まいと考えているのだろうか、それとも最初から眼中にないのか。

 

艦隊全艦が砲雷撃による追撃戦を行っているが、四次元バリアを張った要塞に通用するとは思えない。収束型波動砲による一点突破しか道はないと思っていた。

ぐずぐずしていると、波動砲の射界にアマールが入り込んでしまう。

 

周囲に護衛の艦は一隻もいないが、あえて現状での波動砲の発射準備を命じた。

マヤ型要塞はその構造上、正面以外には主砲を発射できない。従って、『マヤMk-Ⅱ』のほぼ正横にいる『シナノ』は、既に敵主砲群の射界から外れている。

敵機も戦隊から離れてぽつねんと佇んでいる『シナノ』には見向きもしていない。

その点では安心してエネルギーをチャージすることが出来た。

 

 

「波動砲、発射!!」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

遠山が大音声で宣言した刹那、アマールの滄海よりも青々しい光がサングラスを貫いた。

艦首から波紋のように青い燐光が飛び散る。

同時に地震のような激しい震動と、鉄道車両が高速でトンネルを通過したかのような轟音が体を襲う。

アクエリアスの透過光のような幻想的な光芒が、軍艦色の『シナノ』から黒銀色の『マヤMk-Ⅱ』へ一直線に伸びていく。

砲口に刻まれたライフルによって回転を与えられた波動バースト奔流が、拡散されることなく密度を増していく。

敵の進路と重力偏向を予想して要塞前方に向けて撃たれた波動砲は、徐々に要塞と軸線が重なり、着弾の直前には軸線と敵要塞エンジンに重なりはじめた。

着弾をレーダーで確認するまでも無く、『マヤMk-Ⅱ』が巨大な白い光に包まれる。

光球の周縁部が分光されて虹色の模様に輝く。

 

 

「やったか……!?」

 

 

サングラスを帽子の上に掛け直して呟く。

全ての奔流が到達したが、なお光は収まる気配が無い。

 

 

「赤城さん、どう思います?」

 

 

篠田が波動エネルギーに詳しい機関長の赤城に尋ねる。

 

 

「波動エネルギーの効果は1か0しかない。効いているなら、すぐに三次元の崩壊と誘爆が起きるはずだ。バリアで弾かれたならさっきと同じ現象が起きるはずだ」

「佐藤、何か分かるか?」

「先程から観測しているんですが、変なんです。波動砲のエネルギーが、消費されずに敵要塞表面で留まって対流しているようです」

「なら……。そうか! 笹原、乱数回避だ! 庄田、全艦にも伝えろ!」

「な、なんでですか艦長!?」

「いいから! 早くしろ! 下手したら『シナノ』どころか艦隊が消し飛ぶぞ!!」

「「了解!」」

「技師長より総員、本艦はこれより緊急回避行動を行う。何かに掴まれ!」

 

 

笹原が両手で握った操舵桿を力いっぱい手前に引き、続いて左手でスロットルを一気に押し上げる。

操縦者の意思をトレースするように艦首スラスターと艦尾スラスターが炎を噴き、波動エンジンと補助エンジンが最大限の煌めきを放った。

『シナノ』は放物線を描くように滑らかな軌道で艦を垂直上昇させる。

敵要塞に腹を見せる格好だ。

遠心力で肩や足にGがかかり、足裏に疲労のような痺れが来る。

 

南部はモニターを見回し、指揮下の戦隊を確認する。

第一戦隊は唐突な命令にも反問することなく、直列陣形を崩して蜘蛛の子を散るように回避行動をとっていく。

第二戦隊は……だめだ、艦と艦の間が狭いソリッド隊形に移行した所為で、まともに回避行動がとれていない。

マルチ隊形の第三戦隊は奇数番号艦が上方、偶数番号艦が下方に艦首を向けている。悪くない選択だが、行動開始が他よりも一歩遅れている。

 

 

「な!? 敵要塞の複数個所に先程以上のエネルギー反応! 何で?」

「赤城! 機関出力120%!!」

「機関室、エンジンフルパワーだ! 波動エンジンがぶっ壊れるまで炊きつけろ!!」

『了解!』

 

 

宇宙のトラック野郎が発破をかける。こういうときの気性の粗さは昔から変わっていない。

 

 

「遠山、バリアミサイル発射! 展開距離は1000と1500!」

「左舷ミサイル発射口、バリアミサイル3連、距離1500! ……用意、発射!続いて右舷発射口、バリアミサイル3連、距離1000! ……用意、発射!」

 

 

左右の発射口から放たれたバリアミサイルがスラスターで鋭角に方向転換して、敵要塞へと針路を変える。

しかし、バリアが展開する前に佐藤の絶叫が響いた。

 

 

「敵要塞、高エネルギ―部分からビームが射出されました! 直撃コース!」

 

 

白い光が艦底側から湧き上がり、視界が真っ白に染まった。




初めて『シナノ』近景を描いたかもしれない。ありきたりなアングルだと『ヤマト』と『シナノ』の見分けがつかないんですよね。設定上仕方ないとはいえ、どうしてここまでそっくりな外見にしてしまったのか。
次回は色鉛筆で描いてみようと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝5 ―誰かが夢見るかもしれない未来―

予告通り、色鉛筆で挿絵を描いてみました。
『マヤMk-Ⅱ』の脅威を少しでもイメージしていただけたら幸いです。


SUS中型移動要塞『アコンカグア』艦橋

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト 完結編』より《驚異のニュートリノビーム》】

 

 

「ターゲットロック! いつでも発射可能です!」

「よし、超エネルギー反射システム、攻撃開始」

 

 

第二次アマール遠征艦隊の司令ベルイダは、敵を薙ぎ払うように右手を大きく振り払って、決戦兵器の稼働を命じる。

 

 

「しかし司令、今発射すると艦載機が巻き添えになる可能性がありますが……」

「……止むを得ん。今撃たないと次は大気圏突入後になる、機を逃す訳にはいかない。分かったらさっさとやれ!」

「はっ!」

 

 

命令一下、階下の部下が暖機状態にあった兵器を操作しはじめた。

テーブルの様なパネルに指先がタッチする度、レーザービームのような赤い光が走る。

艦橋からの指示を受けて、要塞を覆っていた光の潮流が変化する。

すると、艦の表面を対流していた波動砲と衝撃砲のエネルギーが、四ヶ所に集約し、滞留し始めた。

 

 

「エネルギー収束率120パーセント、間もなく臨界を越えます!」

「愚かな地球人共、SUSに喧嘩を売った報いを受けるがよい。自分の放った弾でやられるなら、本望だろう」

 

 

奥歯まで見えるような醜悪な笑いに顔を歪めながら、ベルイダは呪いの言葉を吐く。

 

 

 

超エネルギー反射システム

 

SUSが新開発した、敵の決戦兵器を無効化しつつ任意の目標に送り返すことが出来る、防御と反撃が一体化した兵器である。

その原理は空間磁力メッキやSUS要塞の防御盾船のそれと同じで、艦の表層を覆う強力な磁界であらゆるエネルギー兵器のベクトルを変える事で、かつてガミラスの反射衛星砲のように敵の攻撃を跳ね返すことが出来る。

ただしこのシステムが他と決定的に違うのは、ただエネルギーを反射するだけでなく、磁界が受け止めたエネルギーをベクトル操作によって二枚の磁気バリアの隙間で対流させることが出来る点だ。

これによって、敵から受けた強力なエネルギーを一時的に保存して任意のタイミングで任意の方向に放出することが可能になり、運用の幅が大幅に向上した。

 

それだけではなく、表層に滞留したエネルギーは防御スクリーンの役目を果たし、防御兵器共通の弱点である実体弾兵器を着弾前に破壊し、その爆発エネルギーさえもチャージする事が可能になった。

「アコンカグア」はこのシステムを搭載することにより、単なる中型移動要塞兼艦隊司令部というだけでなく如何なる国のあらゆる決戦兵器をも寄せ付けない、無敵の盾へと変貌を遂げたのだ。

 

 

収束と回転を繰り返し、強く白い輝きを増した特異点は、巨大な目の玉となって怨敵を睨みつける。

 

 

「臨界放出まで3……2……1……射出!」

 

 

号令じみた報告と同時に、目の玉はエネルギー弾となって敵へと飛び出した。

撃った波動砲が青い龍ならば、撃ち返されたものは真っ白い龍。

白龍の向かった先は、右方向に二つ、真後ろ、そして左後方。

スパイラルと緩やかな蛇行をしながら、エネルギーの塊はミサイルらしきものを撃ち出しながら回避行動を取る敵戦艦群を直撃した。

 

 

 

 

 

 

第一戦隊臨時旗艦「フジ」第一艦橋

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト 完結編』より《ハイパー放射ミサイル》】

 

 

『シナノ』から乱数回避とバリアミサイルの発射を唐突に命じられた第一戦隊は、悲鳴や怒声すら発せないほどのパニックに陥っていた。

 

 

「ビーム着弾まであと5秒! 回避不可能です!」

「諦めるな、フルスロットル!」

 

 

上下へと散開する後続艦と異なり、戦艦『フジ』艦長の物部晃は進路を維持したままスピードを上げることを選択した。

既に戦闘モードを解除、全兵器へのエネルギー供給をカットする代わりに艦は高速の巡航モードと移行した。

とはいえ、モード変更からといってすぐに速力を得る訳ではない。

巨大な炎の前では近づいただけでも高熱で火傷をしてしまうように、白く輝く太い光の束は直撃しなくとも至近距離を通っただけで艦を消し飛ばしてしまうだろう。

左舷から目が潰れそうなほど眩い光の束が迫って来る。

 

そうして、第一艦橋が光と陰のモノクロに染まったとき――――、

 

ほんの一瞬だけ、自身がコバルトブルーの大海を遊弋しているような幻を見た。

 

 

直後――――視界が、ズレた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

霧状に細分されたエネルギー弾の暴風が艦を襲い、300メートル近い大きさを持つドレッドノート級戦艦が、中のクルーを置いて右に凪ぎ払われたのだ。

立ち位置が一瞬左にズレたような感覚の後、瞬間的に左方から衝突してきた艦から右方向へのベクトルを全身に浴び、文字通り吹っ飛んだ。

艦長席を囲んでいるコンソール群に最初は左腕を、その後に右半身を強かに叩きつけられる。

ベクトルはまだ殺しきれない。

踏ん張っていた足が浮き上がり、跳ね上がって反対側へ落ちそうになるところを、反射的に艦長席の肘掛けに左足を引っ掛けてこらえる。

 

艦橋の左舷側に席を持つ通信班、砲術班は両膝をぶつけながらも座席の背もたれに体を埋もれさせて堪えることが出来た。

しかし、右舷側の航法班、技術班は座席を放り出されて今まで自分が操作していたコンソールやディスプレイに顔面を打ち、胸を打ちつけてしまった。

 

 

「う、うぐうぅぅぅううああああ……!」

 

 

内臓を掴まれるような感覚に、悶絶して呻り声を上げる。

『フジ』は艦橋を含む艦体後部にエネルギー弾の飛沫を浴び、その衝撃と反作用で独楽のように回転する。

元々重心が後部に寄っている形状をしている上にフルスロットルで推進しているため、艦首付近を中心として不規則に回る回転は乗組員に猛烈な遠心力を与えていた。

左回転と縦回転がランダムに訪れる『フジ』は、秋風にハラハラと翻弄される落ち葉そのものだ。

 

窓の向こうの景色はただただ何かが目まぐるしく回っているようにしか見えないが、それだけで嘔吐感がこみ上げてきそうだ。

 

 

「エ、エンジンて、て停止、し、姿勢、制御ォォォ!」

 

 

振り回されながら部下に指示を下す。

その難しさは、ジェットコースターに乗って急カーブを曲がりながらコースターの最後尾と話す事を想像すれば、分かりやすいだろうか。

 

 

「やってます! ぐ、うううう……動けぇぇぇ――――!」

 

 

そして、そんな中で姿勢制御ロケットの操作をしようとする事は、スパイラルをしながら鞄の中から小さな点眼薬を取り出すことと同じぐらい難しい。

だがそれでも、体を襲う慣性にパニックになっていた頭を必死にクールダウンし揺れる計器を見回し、スラスターを噴射させることに成功したのは、操縦桿を預かる者としての矜持ゆえか。

 

反時計回りに振り回されていた艦体が逆ベクトルのスラスターの噴射によって少しずつ相殺され、ただ薄白い青にしか見えなかった宇宙は無数の線―――星々の残像だ―――に変化した。

 

 

「……ぎ、技師長、回転が収まったら、ハァ、損害の調査を始めろ」

「りょう……かい……」

 

 

頭をぶつけた際に脳震盪を起こしていただろう、技師長の返事は蚊の鳴き声そのものだった。

 

 

「くっそ……一体、何が起きたんだ……?」

 

 

ようやく衝撃から立ち直ったレーダー班長は、頭を振って霞んだ意識を覚醒しようとする。

今だに目まぐるしく回転するレーダー画面に、映っているはずの味方艦がごっそり減っている事には、彼はまだ気付いていない。

 

 

 

 

 

 

同刻同場所  『シナノ』第一艦橋

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち』より《傷ついた戦士たち》】

 

 

敵光線の直撃を免れた『シナノ』はインメルマンターンを打って艦の上下を修正し、ひとまず敵要塞との距離を維持しつつ状況の把握に専念していた。

要塞は依然として高度を下げており、大気圏降下の意図は明らかだ。

しかし、止めようにもこちらに打てる手段はなく、敵要塞も我らが火器の射界に入り込んでいないことから、沈黙を保っている。

第二戦隊へと向かっていた敵編隊と紫雲隊がなおも戦闘を継続中だが、お互いに動揺しているようで、どこかぎこちなさというか真剣身が欠けている。

先程までの命がけの戦闘から一変、奇妙な小康状態が発生していた。

 

 

「第一戦隊は『フジ』、『シラネ』、『ヨウテイ』が戦闘続行可能、『タカチホ』が航行に支障あり。第三戦隊は『ノース・カロライナ』、『ライオン』、『クロンシュタット』戦闘続行可能、他は大破炎上中。第二戦隊は……」

 

 

泉宮は震える声で、半球状のレーダーパネルに表示されている残存艦を読み上げる。

第一戦隊は直列陣形の中央を射抜かれて『ダイセツ』、『ノリクラ』が跡形もなく消滅した。

第三戦隊は中央で平列に並んでいた偶数艦の直上を敵弾が擦過し、艦の頭脳である艦橋を抉られた。

第二戦隊はソリッド隊形の中央を打ち抜かれて、射線にいた旗艦はモロに食らって煙も残さず消滅。周囲の艦も後部を悉く食い千切られて残骸だけが力なく漂っている。

 

 

「全滅か……バリアミサイルが展開される前に被弾したんだな。密集隊形だったから、余計に被害が大きかったんだろう」

 

 

南部艦長が冷静に事態を推測する。

誰にともなく呟く艦長に、紡ぐ言葉が見つからなかった。

 

 

「技師長、艦のダメージは?」

「奇跡的に、全くありません。バリアを2重に張ったのが幸いしましたね。加害範囲を出るまでの時間を稼いでくれました」

 

 

同じく冷静に、技師長の篠田が返答する。

 

―――『マヤMk-Ⅱ』から放たれたエネルギー弾が直撃する直前、間一髪のところでバリアミサイルが炸裂した。

正三角形に展開された3枚の円環が、破壊の奔流をほんの一瞬食い止める。

遮られたエネルギー流は飛沫をあげ、バリアの枠外へと飛散していく。

しかし、拡散波動砲の子弾程度は跳ね返せるタキオン粒子フィールドも、『シナノ』の収束型波動砲と第三戦隊の拡散波動砲、さらに第一戦隊の衝撃砲を合わせた威力を抑える事はできなかった。

押し寄せる怒涛に押し切られ、為す術も無く突破される。

再び突進する白龍の前に、2枚目の壁が立ちはだかるが、これもいとも簡単に食い破られた。

 

しかし、2枚の障壁が稼いだ僅かな時間に『シナノ』は敵弾の軌道から脱出、幸運にも無傷で消滅の危機を乗り切ることができたのだ。

 

 

「技師長、機関長。今の攻撃をどう思う?」

 

 

艦長に意見を求められた赤城は、癖になっている右手の人差指と親指で顎を挟むポーズで思案する。

 

 

「佐藤の報告の言う通りなら、俺達を襲ったあの怪光線は波動砲のタキオンバースト奔流っすね。ということは、あの要塞の周囲には空間磁力メッキが展開されているという事になります」

「ただの空間磁力メッキだったら撃った瞬間に跳ね返ってくるはずです。要塞の表面を波動バースト流が対流していたってことは、敵の攻撃を一旦貯め込んで、好きな時に撃ち返せるってことですよ。おそらく、先の拡散波動砲や第一戦隊の砲撃も吸収されていたんでしょう」

 

 

篠田も両腕を組んで、赤城と同じ結論に達する。

ふむ、と一言頷いて、艦長は遠山の背中に視線を向ける。

 

 

「遠山、航空指揮所に連絡だ。『別命あるまで現状のまま待機せよ』……遠山?」

「か、艦長。俺……お、俺が撃った波動砲が、みみみ、みんな、殺し、、、うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「遠山君!?」

「健吾どうした!?」

「健吾さん!?」

 

 

庄田、笹原に続いて泉宮は頭を抱えて絶叫する遠山に駆け寄る。

 

 

「お、おれ、オレのせいで、味方が、第二戦隊が、何て事をしてしまっ、ごめっ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、」

 

 

「どうしたの遠山君、しっかりして!」

「健吾さん! 健吾さん! 落ち着いて!」

「ちくしょう、どうなっちまってんだ一体!?」

 

 

暴れる遠山を三人がかりで座席に抑えつける。

遅れて篠田も彼の両肩を強く押さえ、大人しくなるのを待った。

やがて暴れなくなった遠山はしかし、代わりに頭を抱え込んでブツブツと独り言を繰り返すようになってしまった。

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、」

「くそ、まさかシェルショックか? 庄田、笹原、泉宮、お前らは持ち場に戻れ。それから衛生兵を呼んで来い! 有馬、お前が臨時に戦闘班長をやれ」

「了解。有馬政一、戦闘指揮に就きます」

 

 

篠田が指示する間も遠山の懺悔は止まらない。涙を浮かべたまま眼を見開き、焦点の定まらないまま謝罪の言葉を延々と口にしている。

敵の反撃が自分の波動砲によってもたらされたという事実に、彼の心は折れてしまったのだ。

 

 

「どうしよう、こんな時に……」

「どうしようも何も、―――ええと、なんとかするしかないでしょ?」

「健吾さん……」

 

 

庄田の茫然とした呟きに佐藤が気丈に答えようとしているが、まともに答えられない。今まで見たことがないほど取り乱した遠山に、彼女らもまた動揺していた。

泉宮もまた、手をこまねいていることしかできなかった。

 

 

「どうしよう、このまま健吾さん、心が壊れちゃったりしたら……」

「真貴……滅多な事を言うもんじゃないわ」

「でも由紀、」

「どけ、泉宮」

「艦長……?」

 

 

南部艦長が、着ていたコートを脱ぎ捨てて駆け寄ってきた。

泉宮は一歩下がって、遠山の右隣を空ける。

 

 

「遠山、こっちむけ」

「え……?」

 

 

バキィッ!!

 

 

「キャアッ!?」

「艦長!?」

「なっ……!」

 

 

遠山が振り向いたところを、艦長が左の拳を思いきり振り抜いていた。

右頬を殴られた遠山は、勢い余って床に倒れこんでしまう。

あっという間のできごとに、誰もが揃って唖然とする。庄田は目を瞑って身を竦めてしまった。

 

南部艦長は、おもむろに胸倉を両手で掴んで遠山を無理やり立たせる。

 

 

「遠山、勝手に自己完結して満足か。罪悪感に浸っているふりをしていれば満足か」

「艦長……、でも、俺は、」

 

 

反射的に何か言おうとする遠山を抑えるように、掴んだ胸倉を絞り上げる。

 

 

「そうやって泣いて謝っていれば、第二戦隊は生き返るのか? そうやって今やらなければならない任務を放棄して自分の殻に閉じこもれば、事態は解決するのか? そのくらいのこと、貴様なら分かるだろう? ええ?」

 

 

目尻から涙を零しながら、遠山は口を開く。

 

 

「俺には……俺は嫌です……! もう、味方を殺してしまうようなことは、できません……!」

「今お前がやらなかったら、更に多くの人が死ぬぞ。本土防衛艦隊は壊滅し、アマール人も、地球人も、皆あの要塞に殺されるんだ。それでもいいのか、貴様は」

「有馬がやってくれます! 俺じゃなくてもいいじゃないですか!」

 

 

南部艦長の手首を掴んで、涙声で遠山が叫ぶ。

 

 

「誰がやっても同じならば、戦闘班長のお前がやれ。お前がしようとしているのは、ただ現実に目を背けて逃げようとしているだけだ。それでは何の解決にもならない」

「あんたは何とも思わないのか! あんたの命令で何百人も死んだんだぞ! あんたには人の心が無いのか! あんたには良心の呵責は無いのか!」

「そうだ。貴様は軍人として、上官である俺の命令で引き金を引いただけだ。これは俺の判断ミスだ。お前が責任を感じる必要は全くない」

「質問に答えろォォォ!」

 

 

空いている右手で、遠山が艦長に殴りかかる。

艦長は左手を襟元から外しつつ身体を右半身に避ける。

左手を滑らせて伸ばされた遠山の右手首を掴み、襟を掴んでいる右手首を返して肘を懐へ。

足を交差させて体を潜り込ませると、膝を折りつつ強引に背負い投げた。

思いもよらない背負い投げを受けて、遠山は背中から床に叩きつけられてしまう。

立ち上がった艦長は、つまらなそうな顔で見下している。

 

 

「目、醒めたか」

「…………」

「人の心も良心の呵責も、戦闘には一切不要だ。それで引き金を引けなくなったら、死ぬのは自分だけではないからな。責任を感じるのも、責任を取るのも、戦闘に勝利してこそだ。……もう、持ち場に戻れ。まだ戦闘は継続中だ。続きは、終わってから聞いてやる」

 

 

艦長は振り返り、殴った時に落とした制帽を被り直すと、艦長席へと戻っていく。

 

 

「でも、俺は……」

「例えお前が嫌がっても、状況がそれを許してくれない。第一、お前はもうさっきのように取り乱していないだろう?」

「……」

 

 

体を起こした遠山は、顔を伏せたまま押し黙る。

 

 

「お前はそんなヤワな男じゃない。お前が抱いている感情は、俺だって、古代さんだって、沖田艦長だって通った試練だ。いずれはお前自身で答えを見つけ出すものだが、今はその時じゃない。今は戦闘に集中しろ。いいな」

「…………………………了解」

 

 

篠田と佐藤は既に席に戻り、庄田も通信席へと足を向ける。

席に戻ろうと立ち上がる遠山を、笹原が手を取って引っぱり上げる。泉宮は赤くなった右頬にハンカチを当てた。少し腫れていて、見ているだけで悲しい気持ちになってくる。

 

 

「すまない笹原、真貴。……迷惑かけた」

「ううん、私は大丈夫……健吾さんこそ大丈夫?」

「正直大丈夫じゃないが……今は我慢する。艦長の言ってた通り、今はそれどころじゃない」

「健吾さん……」

 

 

遠山の痛々しい姿を見て、泉宮は胸が苦しくなる。

そして、艦長の事が憎々しく思えてしまう。

 

わざわざ殴らなくたっていいのに。

わざわざ、背負い投げなんてしなくていいじゃない。

どうしてあんなインテリヤクザみたいな人が、あんな乱暴な事できるんだろう。

いくら銃の腕前が良くたって、歴戦の宇宙戦士だからって、あんな性格じゃきっと結婚なんてしていないに違いないわ。

あんな人より、健吾さんの方がよっぽど素敵な人なんだから。

カッコいいし、優しいし、私に気を遣ってくれるし、あんな眼鏡のおじさんよりもよっぽど魅力的な男性なんだから。

……あれ、何の話だったっけ?

 

 

ピピーッ、ピピーッ

 

 

「後方に新たなワープアウト反応!」

 

 

そのとき、警告音とともに佐藤の悲鳴のような声が響く。

 

 

「俺は大丈夫だから、行け、真貴!」

「は、はい!」

 

 

遠山の声に弾かれるように、泉宮はレーダー席へ戻った。

彼女を待っていたかのように、レーダー席から聞き慣れた音が鳴る。

コスモレーダーに新たな反応。機械が自動的にIFFの照会を行う。

 

 

「泉宮、敵か、味方か!」

「ちょっと待って下さい! 今照会中なんです!」

 

 

急かす艦長に思わずイラッと来て、ついつい泉宮は大声で返してしまった。

 

 

「お、おう。済まなかった……」

 

 

先程あれだけの啖呵を切っていた艦長が、泉宮の迫力に思わずたじろく。

 

全く、レーダーに映ってすぐに敵か味方かなんて、分かる訳ないじゃない。

宇宙戦士は艦長とレーダー員が結婚するパターンが多いっていうけど、あれって絶対嘘ね。

私と南部艦長って20歳近く離れてるのよ?

いくらヤマトの元戦闘副班長だからって、無理があるのよ。

それなら健吾さんの方が、南部さんより早く戦闘班長に就任してるし、歳も同じだし。

……何を考えてるんだろ、私ったら。

と、ようやく解析結果が出たわね。

 

 

「艦長、ワープアウトしてきた艦の詳細が判明しました! 所属は地球連邦軍!」

「なんだと? 『ヤマト』がもう帰って来たのか?」

 

 

いいえ違います、と泉宮はかぶりを振った。

 

 

「太陽系周辺宙域の救出に当たっていた、旧式艦ばかりの艦隊のようです。旗艦は……『武蔵』?」

 

 

聞き慣れない艦種に首をかしげながら、IFFで判明した艦のリストを読み上げる。

このときの彼女には、唐突に表れたこの艦隊が打つ手を無くした自分達にどんな影響を与えるか、全く分からなかった。




次回は例の実験艦と、カレンダーとHPにしか登場しなかった幻の艦が登場。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝6 ―語られるかもしれない未来―

挿絵が間に合わなかったけど、一応投稿します。
絵は描け次第追加の予定。
※挿絵を追加しました。(2016/4/9)


『シナノ』第一艦橋

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマトpartⅡ』より《傷ついたヤマト》】

 

 

戦闘開始から20分。

敵の反撃を食らってからはまだ5分と経っていない。

しかし、皆一様に先日の艦隊護衛戦のときよりも遥かに疲労していた。

その原因は、なによりも地球連邦艦隊の必殺兵器である波動砲であやうく命を落としかけたという点に尽きる。

 

地球防衛軍にとって最強の兵器であり、戦術の根幹を担っている波動砲。

それは、逆に言えば波動砲を封じられてしまったら地球軍には為す術がないという事だ。

かつて、白色彗星に拡散波動砲を無効化された防衛艦隊が、超重力に引き込まれて壊滅してしまったように。

拡大波動砲を小ワープで回避された防衛艦隊が、水雷艇の放ったハイパー放射ミサイルによって一網打尽にされたように。

今もこうして、大気との摩擦で赤く発光し始めている『マヤMk-Ⅱ』を遠巻きに追尾することしかできないように。

 

絶望感が、満ち潮のようにじんわりと第一艦橋に蔓延し始める。

それは、隣にいる遠山の表情を見れば明らかだ。

気丈に構えているように見えるが、目に覇気がない。

心がネガティブに落ちている人によくある症状だ。

戦闘が再開すれば、彼の傷口はまた開くだろう。

 

だが笹原達也という男は、「絶望」などという非生産的な感情は持ち合わせていない。

彼は、「絶望」は決まっていない勝負を確定付ける作用を持つと思っている。

つまり、諦めたらその時点で終了……死ぬということだ。

絶望している暇があったら、その分のリソースを思考に回した方がよっぽどましだ。

起死回生の一手、最悪でも相討ちに持ち込む策が思いつく可能性はある。

現に、艦長と技師長はまだ諦めていない。

二人が依然、沈黙を保っているのは、思考し続けているからだ。

他のクル―のように、諦念が心を蝕み始めているからではない。

 

 

「太陽系内第4救出部隊。構成は波動実験艦『武蔵』を旗艦に、アンドロメダⅢ級戦艦『ネトロン』、航宙戦艦『紀伊』、空母『ミズーリ』『ウィスコンシン』、改ドレッドノート級空母『まつしま』『リア』『バイエルン』、ほかに第三世代型巡洋艦3隻、駆逐艦11隻。更には脱出カーゴを連結した旧型巡洋艦が33隻。航空機は『まつしま』『リア』『バイエルン』に搭載されているコスモパルサーがそれぞれ60機ずつです」

 

 

ワープアウトから1分後、IFFとの照合で主な艦の艦名が判明した。

送られてきたデータを泉宮が読み上げる。

第三世代型の艦と改ドレッドノート級空母は見たことがあるが、他の艦は若い世代には初めて聞く名前ばかりだ。

その中で、艦長と技師長はある艦の名に反応した。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「なんと、『武蔵』だけでなく『紀伊』まで来ているとは……これも何かの運命か?」

「全く、今日ほど都合のいい展開というのを思い知ったことはありませんよ」

 

 

そうやって、顔を見合わせて不敵に笑う二人。

しかし俺達には、二人が何故笑っているのかが分からない。

 

 

「あの、艦長に技師長。なにが、そんなにおかしいのでしょうか?」

「そうか、庄田は知らないのだったな。泉宮、メインパネルに『武蔵』と『紀伊』の映像を出してくれ」

「了解」

 

 

すぐに映し出される、『武蔵』と『紀伊』の映像。

 

 

「……似てますね、『シナノ』に」

「艦体構造とか塗装が共通してますね。『紀伊』なんて特に、飛行甲板があるところまで似ている」

「確かに、艦橋のデザインとかそっくりだね」

「まぁ、主砲が全く無いからまともに戦闘は出来そうにないがな」

「『シナノ』も『ヤマト』を基にしてデザインされているから、『ヤマト』に外見が似ている3隻がこの場に集まっている訳ですね?」

 

 

政一、有紀、優衣、健吾、真貴の順に感想を漏らす。

 

笹原はもう一度、メインパネルに映し出された2隻をまじまじと見た。

波動実験艦『武蔵』は艦体構造や主砲の配置は―――対空砲が一切ないなど、多少の差異はあるが―――ヤマトとほぼ同じ位置にある。

外見上でヤマトと大きく異なるのは、上部構造物だ。艦橋があるべきところには円盤型のグラスドーム。その上にはヤマトの艦橋を前後に大きく引き伸ばしたような異様な形状。まるで旗がはためいているかのようだ。

第二艦橋にあたる部分は、あえて言えばスーパーアンドロメダ級に似ているだろうか?

第一艦橋は第二艦橋より後ろに引っ張られていて、艦橋登頂部―――ヤマトだと艦長室の部分―――は平坦になっている。

構造物の後ろ部分―――旗のような部分だ―――には、地球連邦のマークに見ているこっちが恥ずかしくなるくらいに大きく書かれた『武蔵』の二文字。

波動砲口に砲栓をしている点から見ても、『武蔵』が特殊な艦であることが良く分かる。

 

一方の航宙戦艦『紀伊』は『シナノ』を発展させたような形状で、飛行甲板が第一艦橋側面まで侵食している。

一番、二番主砲の位置には連装、四連装パルスレーザーが合わせて42門。側面パルスレーザー群の場所には側面煙突ミサイルの発射口と無砲塔型衝撃砲が一基ずつ。第一艦橋直前には『ヤマト』と同じように副砲が装備されている。

左右の無砲塔型衝撃砲のすぐ後ろには航空機管制用の通信マストがそれぞれ一基ずつ並列に立っていて、アクセントとなっている。

一方、後部の飛行甲板は『シナノ』のそれよりも肥大化していて、艦体よりも飛行甲板がはみ出ている。

『シナノ』が艦体と飛行甲板が一体化しているのに対し、『紀伊』はそのまんま『ヤマト』に分厚い板を乗せた印象。

飛行甲板のど真ん中には地球連邦軍を示す錨のマーク。煙突基部付近から放射状に描かれた3本の白線は、どうやら艦載機が発着艦する誘導線らしい。

飛行甲板の縁には3基の四連装パルスレーザーと6枚の大型ハッチ。

横向きに設えられているそれは、どうみても艦載機を発着させるためのものではない。

大型艇の類がそこから射出されるのだろうか。

 

 

「そうだ、『シナノ』を含めた三艦は、全て『ヤマト』をベースに再設計された艦。つまり、従兄弟同士という訳だ。『武蔵』は2210年に防衛軍本部の依頼で造られた波動エネルギーに関する実験を専門に行う実験艦で、『ヤマト』再建のテストモデルとしても設計された。勿論、その成果は『シナノ』の近代化改修にも生かされているぞ」

「『紀伊』は元々、『シナノ』の近代化改装案の一つでな。航宙戦艦とはいっているが、どちらかというと強襲揚陸艦に近いコンセプトになっている。実際には、新兵器の試験艦という名目で就航したがな。メイン武装は艦橋左右に配置された無砲身型衝撃砲と艦橋前の副砲、それから三方向に向いている煙突型ミサイル発射機。飛行甲板が乗っている艦後部には最大でコスモパルサー130機が収容できる航空機格納庫に、特殊雷撃艇を射出するハッチ。上陸地点の制圧から空間騎兵隊の派遣まで単艦でこなせる万能艦だ。とはいえ、『シナノ』をもう一度バラして改装するよりは1から新造した方が安上がりだという事が分かって、新たに『紀伊』として生まれたんだよ」

「ええと、つまり『ヤマト』の設計図を流用して造られたのが『シナノ』で、再設計して造られたのが『武蔵』と『紀伊』で、でもその設計図は『ヤマト』と『シナノ』の再就役にも流用されてて……だから、えっと、ええいややこしい!」

 

 

4隻の関係を整理しようと試みた有馬が頭を抱えて叫ぶ。

難しいことを考えずに「姉妹艦」でいいじゃないかと、笹原は内心思う。

 

 

「お、お二人とも随分と詳しいですね。『シナノ』だけでなく『武蔵』や『紀伊』にまで精通しているとは」

 

 

突然饒舌になった艦長と技師長にドン引きした遠山。

見れば、他のクル―も唖然とした表情だ。

 

 

「まぁ、『武蔵』を建造したのはうちの会社の横須賀ドックだからなぁ」

「『紀伊』は揚羽財閥が受注しているが、設計が俺の元勤め先なんだ。だから、同僚とか上司を通じて情報は入ってきているし、何より設計図をこの目で見たことがある」

「『武蔵』も『紀伊』も建造を認めてもらうまでが大変だったな、『シナノ』のあと、空母も建造制限に引っ掛かってしまって」

「そうそう、実験艦とか試験艦とか、無理くり艦種を探しましたね」

「みんな同じ事やるから、「標的艦」とか「新兵器搭載試験艦」とか「実験評価艦」とか何がなんだか分からない事になってたな」

「今では『武蔵』と『紀伊』以外、みーんな退役しちゃいましたけどね。ザマーミロ」

 

 

ハハハハハハ、と高らかに声をあげて笑う二人。

 

 

「何なんだこの二人、チート過ぎる……」

 

 

思わず声にして漏らしてしまった。

 

 

「一介の軍人が知り得るレベルを越えているわよ……」

「しかもそれを平気で私達に喋っちゃっているし。」

 

 

裏事情をペラペラと暴露する二人に、誰もが若干の戦慄すら覚える。

これ以上はヤバイ方向に進みそうなので、笹原は強引に話の転換を試みた。

 

 

「艦長、彼らに増援を要請する事は出来ないのですか?」

「そりゃ、アイツを倒さないと移民船団に被害が出るだろうから、頼めばやってくれるだろうが……。しかし、打つ手がない現状では彼らが合流したところでいたずらに損害を増やすだけだ」

 

 

一応要請はしてみるけどな、と艦長は渋い表情をして答えた。

 

 

「結局、あのバリアをなんとかしない限り、何をやっても意味がないってことですか」

 

 

図らずも美奈の口からため息が漏れた。

艦隊を半壊させた攻防一体のエネルギーフィールドの打破。

問題はただこの一点であり、最大の問題であった。

 

 

「艦長、俺も敵の解析をしてみます。もしかしたら、何か弱点を掴めるかもしれません」

 

 

篠田さんの進言に艦長が一瞬躊躇する。

小康状態とはいえ、現在は戦闘中だ。

戦闘が再開すれば、ダメージコントロールを担当する技師長が第一艦橋にいないと戦闘航行に支障がでかねない。

おそらく艦長は、それを危惧したのだろう。

しかし、結局はため息一つついて首肯した。

 

 

「……頼んだ。泉宮、第4救出部隊に連絡。『こちらアマール本土防衛艦隊旗艦、宇宙空母《シナノ》。現在本土防衛艦隊はSUS中型要塞と戦闘中。支援を請う』。それから残存艦は負傷艦の支援、救助が終了次第第一戦隊に合流するよう伝えろ。遠山、コスモパルサー隊はどうなっている?」

「はい。敵編隊の多数を撃破、現在は掃討戦に移っています。こちらの損害は撃墜が9、被弾が17です」

「パイロットの疲労もあるだろうし、次の出撃は無理だな……紫雲隊の出撃準備は?」

「波動砲発射の影響で準備に遅れが生じています。あと30分は無理です」

「佐藤。敵要塞が大気圏の再突入を始めてから地表に到達するまでの時間は?」

「進入角度を深くとれば30分程度、浅くとれば45分程度……といったところでしょうか」

 

 

頼みの艦載機隊が使えないことに、頭を掻き毟って苛立ちを見せる艦長。

打てる手がどんどん減っていく焦りが、俺達にも伝播する。

 

 

「―――厳しいな。第4次救助隊から艦載機を借り受けるしかないか」

「……もし、それまでに篠田さんや艦載機が間に合わなかったら?」

 

 

庄田が細い眉を八の字に歪めて不安げに尋ねる。

艦長席に振り返ったその肩は小刻みに揺れているように見えた。

 

 

「その時は……ゴルイ提督に倣うしかないだろうな」

「! ……艦長」

 

 

それで止められるかどうかは分からないが、と艦長は自嘲気味につぶやく。

最終手段を以てしてでも、アマール行きを阻止する。

いつもは強気な艦長の言外の決断に、皆一様に驚愕し、また悲壮な決意を固めざるを得なかった。

 

 

 

 

 

中型要塞「アコンカグア」

 

 

「まもなく、アマール軌道を一周してしまいます」

 

 

隣に立つ副官が、SUS人特有の広い額の先に生えている短い髪を鬱陶しげに撫でつける。

 

 

「このままでは埒が明きません。膠着状態を脱するには、やはり選択肢は二つしかありません。―――艦長、ご決断を」

 

 

ベルイダは即答を避ける。

戦闘開始から既に40分、依然続く膠着状態に、艦内の緊張は限界に達しつつあった。

これ以上この状態を続ける事は、もはや無理だろう。

しかし、彼には次にとるべき手を決めかねていた。

 

 

「……副長、君ならどうする。後ろを無視して『アマール』に突入するか、反転して敵艦隊と一戦交えるか」

 

 

ベルイダの計画では、戦闘開始直後に放った超電磁反射砲―――超エネルギー反射システムによって放たれる光弾のことだ―――で敵艦隊を殲滅し、しかる後にゆっくり大気圏降下つもりだった。

しかし意外にも、敵はこちらの攻撃を察知したらしく、バリアを展開して回避運動をとった。

それでも半数以上の敵艦を食うことができたが、敵にこちらの手の内を知られてしまったのは正直痛い。

超エネルギー反射システムは、一撃必殺のカウンター奇襲攻撃であると同時に、その一度で仕留めなければ存在意義が半減してしまう兵器である。

それは、攻撃に使うエネルギーが敵から供給されるものである故、敵が撃って来てくれないと使えないからだ。

案の定、あれ以降敵は一切攻撃してこない。

艦の構造上後方へ攻撃することはかなわず、また反射システムの展開中はこちらから攻撃することもできない。

それが、この奇妙な小康状態の原因であった。

 

 

「私は前者を支持します。強行突入する場合、確かに大気圏突入中はバリアを弱めざるをえませんが、全くバリアが無くなってしまう訳ではありません。それに、大気圏突入シークエンス中に攻撃行動をとれないのは敵も同じです。一方でこちらから攻撃を仕掛けた場合ですが、確かに本艦の砲門数ならば敵を行動不能に陥らせることは可能でしょう。後顧の憂いを断つ意味でも、意義は大きいといえます。しかし、こちらから砲門を開くという事は、射撃の前後3秒間はバリアを展開するためのエネルギーを全て砲撃に回すということです。万が一その瞬間を先程の巨大エネルギー砲で狙われた場合、我々は一巻の終わりです」

「敵は一度、本艦のノズルを正確に狙ってエネルギー砲を撃ちこんできている。つまり、一般的な偏向バリアの弱点を熟知している程度には賢いという事だ。とすると、攻撃に転じた場合、そこを再び狙われる可能性は大きい、ということになるか……。敵にただ撃たれるだけと言うのは気持ちのいいものではないのだがな」

「こればかりは仕方ありません。この艦のコンセプトは『後の後で敵を制す』にあるのですから」

 

 

『アコンカグア』が『マヤ』と異なるのは、まさに超エネルギー反射システムの一点に尽きる。

SUSでも『アコンカグア』で初めて艦載化に成功したこのシステムは、その一方で前身である空間磁力メッキと同様に磁場の展開と維持に膨大な電力を消費する。

そのためにエンジンも『マヤ』の2.3倍の出力を持つ新型を載せ、増加した重量を抑える為に装甲を『マヤ』よりも薄くしてバランスをとっている。

しかも砲撃の瞬間は砲門周辺の磁場を解除しなければならず、発射の瞬間に砲門に被弾した場合、『アコンカグア』は内部から爆発・崩壊してしまう。

 

もちろん、同じようなリスクは『マヤ』に限らず全ての宇宙戦艦に共通することである。

そして、普通ならばわざわざこちらが射撃する瞬間を狙って敵艦が弱点を狙い済ましてくることなんて事は、ほぼ無い。

しかし、敵の攻撃を防ぐ手段を持っている『アコンカグア』だからこそ、それを無くしたときに不安に駆られるのは致し方ないことだった。

 

 

「しかし、我々を追って大気圏突入してきたらどうする? 今のいたちごっこのままではないか?」

「我々が先に大気圏突入をする以上、大気圏内戦闘モードに移行するのも我々が先です。敵がのこのこ無防備な姿で降りてくるのを、今度こそ一斉砲火で一網打尽にするのがよろしいかと」

「―――副長のいうとおり、だな。よし、艦内に通達。『これより本艦はアマール本星の大気圏に再突入し、メッツラーが失敗した任務を完遂する。この任務に失敗すれば、私達はヤツと同じ穴のムジナだ。そうなれば、我々は世間の笑いものだ。総員、自らの誇りのためにも任務に一層邁進せよ。』以上」

「大気圏突入体勢に移行! 超エネルギー反射システムを前方に集中展開!」

 

 

副長の命を受けて、下の階では再びコンソールから赤い光が飛び交う。

眼前のパネルに映る外の風景が、黄色みがかった黄緑色に染まり出す。

大気圏突入時の衝撃と摩擦熱を緩和するべくバリアがその厚さを増し、濃度の上がっていく大気を磁気が掻き分けていく。

艦がガタガタと震え出し、徐々に白と青の渦へと降下していく。

戦闘は、新たなステージに向かわんとしていた。

 

 

 

 

 

 

『シナノ』第二艦橋

 

 

クルーにとっては砂時計が落ちるのをじっと見守るような、神経をすり減らす30分が経過した。

その間、『マヤMk-Ⅱ』は低軌道上を遊弋するだけで、一度は見せた大気圏降下の動きはすっかり収まってしまっていた。

現在は『アマール』低軌道上にて、いたずらに時間を浪費しているような気がする。

とはいえ、その浪費は篠田たち技術班にとっては僥倖だった。

 

 

「ついに動き出しましたか。こうなる前にヤツの弱点の一つでも掴めればよかったんですが」

「何も結果が出なければな……。おい田川、何か新しい事は分からないのか?」

「いえ……いろいろ調査はしてるんですが、バリアフィールドを突破できるようなものはなにも」

「くそっ……!」

 

 

恭介は目の前のパソコンを忌々しげに睨みつける。

そこに映っているのは、今度はもう少し前、第三戦隊が拡散波動砲を撃った瞬間だ。

筅状に広がった子弾が要塞の表面に到達した瞬間、青い飛沫のような燐光が着弾点から上がり、霧となって艦を包んでいく。

その一部始終を、一体何回見直しただろうか。

穴があくほどに見つめて、見つめ続けて、目を皿にして観察して、

 

 

「ああああうがあああ! 分からん!どこだ、どこに弱点があるんだ!?」

「ひぃっ!?」

 

 

篠田は頭を掻き毟って悶絶した。

隣の席の長田が怯えているが構うもんか。

 

 

「ビーム兵器どころか実体弾まで無効化できる兵器をどうやって突破しろと!? クールになれ篠田恭介、考えろ、過去の事例を参考にしてみるんだ! 自動惑星ゴルバのときはデスラーの吶喊や波動カートリッジ弾など実体系兵器でどうにかなったが、今回は波動弾道ミサイルもないしドリルミサイルもない。主砲は換装しちゃったから波動カートリッジ弾は使えないし、通常のミサイルを集中させたところで磁場に阻まれるばかりか敵に反撃の機会を与えるだけになってしまう。やるならば一撃必殺、それも敵に反撃の機会を与えずに瞬殺しなければならない。 となるとやはり、こちらの最大火力である波動砲をぶつけるしか方法はないのだが、それはバリアに依って封じられてしまっている。バリアを突破するには、実体弾を敵にぶつけてその運動エネルギーで装甲をぶち破るしかないのだが、最も高い運動エネルギーをぶつけられる波動カートリッジ弾は無いしうわぁぁぁぁああああ話が堂々めぐりしている!」

 

 

ふぅぅ、と篠田は細いため息を吐いて目頭をぐりぐりと揉んだ。

さっきから、考えが同じところをループしている。

考えが先に進まないのは、何か決定的な情報や考えが足りない証拠だ。

頭を冷やすために、現状のデータ分析で分かっている事を整理することにした。

 

一つ、敵要塞から放たれた砲撃のエネルギー量は、実は『シナノ』の波動砲の8割ほどの威力しかなかった。つまり、第三戦隊の拡散波動砲と『シナノ』の波動砲を受け止めた割には、エネルギー砲に再利用されたエネルギーは少ないということだ。もしかしたら、拡散波動砲のエネルギーは再利用すらされていないかもしれない。

 

一つ、磁気フィールドは2重になっている可能性がある。これは波動バースト奔流を要塞表面で対流させるにはなんらかの密閉空間がなければおかしいとの推測による。すなわち、二重になっているフィールドの隙間を波動バースト奔流をプールさせる空間として利用しているというわけだ。

 

一つ、実体弾とエネルギー弾では着弾時の反応が微妙に異なっている。実体弾はフィールドに衝突した瞬間に炸薬が起爆して黒煙を噴きだすが、エネルギー弾が衝突しても似たような煙を噴き出しているのだ。恐らくは、タキオン粒子が結晶となって霧状に拡散しているものと思われる。

 

とはいえ、これらのことが分かったからといって攻略の手掛かりが掴めるという訳でもなく。

 

 

「これがSFものなら、磁気フィールドをも突き破るような強力な一撃でも思いついたりするもんですが……」

 

 

隣の席で同じくパソコンとにらめっこしている長田が誰に言うともなしに呟いた。

『ヤマト』ならば真田が設計した全弾発射モードを使えばそういうこともできるんだろうが、戦闘空母の『シナノ』はそういう便利な機能はついてない。

発射したら艦体が耐えきれないかもしれない武器を、艦載機と武器弾薬満載の『シナノ』で使用できるわけもない。

もちろん、『ヤマト』ならばやっても構わないという話でもないのだが。

 

 

「SF、か。まさにこいつ自体がSFだよ、全く。ビーム兵器も実体弾兵器も効かないなんて、一体どうなってんだ?」

 

 

そもそも磁場はどうやって展開されている?

本当に空間磁力メッキと同じ方法なのか?

何か特徴はないのか?

 

半分諦念を含みつつ、篠田はもう一度画面を凝視する。今度は、『シナノ』の波動砲を受け止めたときの映像。

タキオンバースト奔流が、空間磁力メッキとおぼしき面に直撃した瞬間、反射されたタキオン粒子が霧状となって……

 

 

霧!?

 

 

「おい、長田! おまえ、波動エネルギーに詳しかったよな!」

「は、はひ、いったい何でしょうか!?」

 

 

思わず、ビクついている長田の肩を掴んで強引に振り向かせる。

 

 

 

「空間磁力メッキで波動砲を反射するとき、必ずタキオン粒子の霧は発生するのか?」

「い、いいえ。そんな話は聞いたことありませんが」

「なら、この霧は……まさか、消えた2割のタキオン粒子か?」

 

 

篠田の脳裏を、思考が駆け巡る。

その仮定が真ならば、謎だった波動砲と敵の反撃とのエネルギー量の差はここにあったということになる。

そういえば拡散波動砲が直撃したときも、タキオン粒子の霧は発生していたな。

もしも拡散波動砲が再利用されていないとしたら、あの砲撃は完全にシャットアウトされていたということになる。

ならば、完全にシャットアウトされた拡散波動砲とエネルギーを再利用された『シナノ』の波動砲とは何が違っていた?

 

拡散と収束?

初撃と二撃目?

後方と側面?

沈黙と反撃?

戦闘開始直後と戦闘中盤?

 

 

そういえば、一撃目は完全にシャットアウトされたなら、二撃目のときはどうやって二枚のフィールドの中に波動バースト奔流を注入したんだ?

 

 

「……待てよ、これってもしかしたら重要な事なんじゃないか?」

 

 

いつものように腕と膝を組み、目を半眼にして外部情報をシャットアウト。

回転数が上がっていく脳みそを更にギアアップ。

脳裏に単語が次々と浮かんでは消えていく。

 

 

―――実体弾とエネルギー弾の違い―――

 

―――フィールドと波動バースト奔流が衝突すると発生する霧―――

 

―――二枚の磁場フィールドとその間の空間―――

 

―――一撃目と二撃目の違い―――

 

―――それらを矛盾なく繋ぎ合わせる真実は―――

 

 

 

 

 

―――穴か!!

 

 

 

 

 

 

「長田!」

「はい!?」

 

 

再び、ビクついている長田の肩を強引に掴んで振り向かせる。

 

 

「ここは任せた! 俺は第一艦橋に行く!」

 

 

それだけ告げて、篠田は椅子にかけていた上着を引っ掴む。

そのまま第一艦橋へ繋がるエレベーターに向かった。

 

 

「ということは、何か分かったんですか!?」

 

 

長田が先程までと一転、期待に満ちた表情で振り返る。

エレベーターに入った篠田はボタンを押しながら、第二艦橋の面々を順々に見る。

 

 

「ああ。お前らの御蔭で、磁気フィールドの仕組みも、反射の仕組みも、敵要塞を倒す方法も、全部見つかった! それと、長田」

「はい!」

 

 

最後に元気を取り戻した長田の目をまっすぐ見据えると、

 

 

「見せてやるよ。SFでありきたりな方法で、アイツがアマールの海に沈む姿をな!」

 

 

自信たっぷりに言い切ってやった。




というわけで、復活篇ディレクターズカット版および小林誠カレンダーに登場した、『武蔵』『信濃』(本作では『紀伊』として登場)およびHYPER WEAPON2009に登場したドレッドノート改級戦闘空母『まつしま』、そして拙作の本編にも登場したアイオワ級戦闘空母『ミズーリ』『ウィスコンシン』、さらには旧型艦が大量に出てきました。
アニメ本編でも活躍できなかった、設定だけで本編に登場しなかった艦たちを登場させて供養しようという、本作の裏テーマ炸裂でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝7 ―選ばれるかもしれない未来―

お久しぶりです。挿絵が出来たのでようやく外伝の投稿です。
本編の執筆が進まないよう……


巡洋艦『ニュー・オーリンズ』艦橋

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト完結編』より《ファイナル ヤマト 斗い》】

 

 

「発射管開け、目標敵中型要塞!」

 

 

大音声が、第三世代型巡洋艦の狭い艦橋内に響き渡る。

ガコン、という音とともに足元から震動が伝わる。

艦首部分にある宇宙魚雷発射管に、弾頭が差し込まれたのだ。

 

 

「発射管、宇宙魚雷装填完了」

 

 

しばらくして、各部署から報告が上がる。

 

 

「艦長、攻撃準備完了しました」

 

 

戦闘班長の報告に、『ニュー・オーリンズ』艦長のクリフォード・エインズワースは深く頷いた。

 

現在、太陽系内第4救出部隊の「ゆきかぜ」級突撃駆逐艦5隻、第一世代型駆逐艦6隻および第三世代型巡洋艦3隻は、ウィング隊形を成してアマール低軌道上を航行している。

その右後方5000メートルには同じく第4救出部隊の戦艦、空母が単縦陣を組んでアマール上空に浮かんでいる。

左後方には同じく単縦陣で並走している、本土防衛艦隊の生き残り。

新たな味方を加えたアマール本土防衛艦隊は、以下の布陣でアマール上空40000メートルに待機している。

 

 

アンドロメダⅢ級戦艦 『ネトロン』

スーパーアンドロメダ級戦艦『ノース・カロライナ』『ライオン』『クロンシュタット』

ドレッドノート級戦艦『ふじ』『しらね』『ようてい』

改ドレッドノート級空母『まつしま』『リア』『バイエルン』

第三世代型巡洋艦『ニューオーリンズ』『ヴィクトリア・ルイーゼ』『トロンプ』

ゆきかぜ級突撃駆逐艦『ホッパー』『サン・ローラン』『グレーブリー』『チェ・ヨン』『かえで』

第一世代型駆逐艦『サンタ・マリア』『ラーヨ』『アルミランテ・リンチ』『マーシャル・シャポシニコフ』『スターレット』『ハンブルク』

 

陣形だけを見ると、二列の主力部隊とその先陣を切らんと轡を並べる水雷戦隊の姿と解釈するだろう。

敵戦艦と雌雄を決するべく主砲を振りかざしながら進撃する戦艦部隊と、決戦に割り込んでくるであろう敵駆逐艦隊を足止めするべく縦横無尽に駆逐艦隊が駆け回る姿が、容易に想像できる。

しかしその実、この作戦においては戦艦の強力な衝撃砲の出番はない。

そして、今回は本来脇役である駆逐艦こそが作戦の要であった。

 

 

「作戦開始まであと90秒!」

「了解。通信班長、水雷戦隊全艦に通信を繋げ」

「了解」

 

 

クリフォードは、手元の無線機を取り上げてスイッチを押した。

 

 

「諸君、アマール本土防衛艦隊水雷戦隊臨時司令のエインワースだ」

 

 

 

【推奨BGM:『Independence Day』より《The President's Speech】

 

 

 

「まもなく、我々水雷戦隊は、ビーム兵器も実体兵器も効かない、史上空前の強敵と戦うこととなる。

 

時間を同じくして、別働隊も攻撃を仕掛ける手はずになっている。

 

また、『ヤマト』率いる決戦艦隊はウルップ星間連合と雌雄を決するべく、アマール艦隊と共に決戦宙域へと向かった」

 

 

クリフォードは一度マイクから口を離し、僅かに考えを纏めた。

―――脳裏をよぎったのは、若い頃に観た古い映画の名台詞。

これから死地へ赴く我々の魂を奮い立たせる、最高の激励の言葉を引用しようと思った。

 

 

「惑星『アマール』……この言葉は今日、新たな意味を持つ。

 

ただ天の川銀河の外れに漂う一惑星ではなく、我ら地球人類の新たな住処となる。

 

これから生まれてくる子供たちにとっては、揺籃の地となるだろう。

 

そして、何よりも『アマールの月』に移住する我々にとって、本星に住むアマール人は心優しき隣人にして、新たな家族となるのだ」

 

 

うろ覚えだから、本当にこんなセリフだったか自信が無い。しかし、言いたいことが、『アマール』の存亡をかけた一戦を前にして言わなければならない事が自然と湧きあがってくる。

 

 

「今年はガミラス戦役終戦20周年。これも何かの運命だ」

 

 

皆がスピーカーの前で、私の声を傾注してくれているのが分かる。

他の艦でも、同じ事が起きているのだろうか。

 

 

「我々は今度も、自由のために戦う。

 

下らない星間国家同士の駆け引きや、独裁者の強欲に踊らされてではなく――――――――――

 

生き残るために。

 

この宇宙で存在し続け、次の世代に明るい未来を、もたらすために」

 

 

歴戦の勇士ならば、誰もが知っている。

この宇宙で生きるという事が、実はどれだけ困難なことであったかという事を。

自分達が生きている事が、どれだけ多くの偶然と幸運と気紛れに依って成り立っているかという事を。

「存在し続ける」という当たり前の為に、どれだけ多くの命と貴重な装備が失われてきたかという事を。

 

 

「ここアマール上空、そして遥か彼方で行われている決戦に勝利する事ができたなら――――――」

 

 

自然と語気が強まり、言葉が滔々と口から溢れてくる。

 

 

「今日という日は地球防衛軍が艦隊戦を以て敵を撃滅した記念すべき日であるだけでなく、」

 

 

地球防衛軍は、艦隊決戦でまともに勝利した事は一度しかない。

来寇する異星人は悉く、地球防衛艦隊を鎧袖一触の勢いで蹴散らしてきたのだ。

 

 

「地球人類が全宇宙に、その熱き魂を高らかに叫んだ日として記憶されるであろう!」

 

 

それでも我々は、生きたい。

何度やられても、

母なる星に別れを告げてでも。

 

 

「我々は無法な暴虐者に屈したりはしない!!

 

 

 

我々は存在し続け――――――

 

 

宇宙の平和のために戦い続ける!!

 

 

それが今日―――――――――」

 

 

知らずのうちに、記憶の中に残っている映画のワンシーンの通りに一段と声を張り上げて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我々が称える人類の独立記念日だ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――あ、映画のセリフをそのまま言ってしまった。

 

 

場がシーン、と静まり返る。

恐る恐る目だけで部下の顔を窺うと、誰もが顔を硬直したままだ。

 

 

(ま、まずい。「人類の独立記念日」って、水雷戦隊司令ごとき下っ端が言うセリフではなかった。いや、それをいうならそもそも戦闘開始前の訓示を言ってしまったんだ私は!?)

 

 

冷や汗が背中を伝う。

顔が強張り、目が泳いでしまう。

運命の一戦を控えた訓示で、映画のセリフを丸パクリしてしまったことがバレたら、末代までバカにされる。

 

どうする。このまま勢いで突っ切るか、それとも苦笑いでもしながら訂正するべきか。

――――――いや、戦闘を目前に控えてこれ以上士気が下がるような事はできない。

いやいや、もしも訂正しないで戦闘を始めてしまったら、映画のヒーローになりきってこっぱずかしいセリフを言って悦に入っている危ない人間と思われないだろうか?

 

 

―――――――――と、思ったのだが。

 

 

「「「「「「ウォオオオオオオ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!」」」」」」

 

 

意外にも、聴衆のボルテージは最高に盛り上がっていた。

 

腕を大きく突き上げる者。

決意を固めた表情で敬礼する者。

士気の向上を雄叫びで表す者。

めいっぱい拍手を送る者。

スピーカーからも、鬨の声が聞こえてくる。

 

それはまさに、あの映画で見た風景そのものだった。

 

 

(………………もしかして、誰も映画からとったセリフだと気づいていないのか?)

 

 

内心では心臓が激しく鼓動しているが、そんな素振りはおくびにも出さず、顔の表情を固めたまま静かに着席した。

どうやら、私の演説はそのまま受け入れられたようだ。

 

皆の表情から、闘志が漲っているのが見て取れる。

やはり、名台詞は伊達じゃない。

どれだけ昔の作品のセリフでも、時代を越えて人の心を揺り動かすことはでるのだ。

 

 

「お見事な演説でした、艦長」

 

 

側に控えていた副長が、私にだけ聞こえる声量で声をかけてきた。

 

 

「ああ。有難う、副長」

 

 

誰にもバレていないことに逆に困惑しかけるが、それを飲み込んで笑顔で副長に答えた。

 

 

「―――――――――それで、艦長はいつコスモパルサーにお乗りになられるので?」

「………………」

「艦長は、空の男なのでしょう?」

「……………………」

 

 

どうやら、副長にはバレていたようだった。

 

 

 

 

 

 

【推奨BGM:『SPACE BATTLESHIP ヤマト』より《敵艦隊消滅》】

 

 

 

「作戦開始まで5秒……3……2……1……」

「宇宙魚雷発射始め!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

連続して艦が振動し、艦橋の前面が灰色の発射煙に包まれた。メガネが湯気で曇ってしまったかのように視界が真っ白に染まるが、レーダーは艦から離れていく3つの光点を捉えていた。

 

前部にある三連装空間魚雷発射管から53センチ宇宙魚雷が、引き絞った弓から放たれた矢のように勢いよく飛び出していったのだ。

白煙を左右に掻き分けて、駆逐艦『グレーブリー』は進む。

『マヤMk-Ⅱ』を空間魚雷の射程ギリギリに収めるべく、敵と同じ加速度で大気圏へゆっくりと降下する道を辿っているためだ。

まもなく視界が開けば、強化テクタイト製のガラスの向こうには『アマール』の蒼海と、太陽の黒点のような禍々しさを漂わせる敵要塞。

一瞬、オレンジ色に輝くロケットのノズルが見えた。

 

 

「異星人の分際で十字架を模した船を造るなど、無礼千万。その罪、万死に値すると知れ」

 

 

艦長はそう呟きながら、宇宙服の上から首に懸けた十字架に手を当てる。

経年劣化でくすんだ金色に変色したそれは、牧師の家系だった我が家に代々伝わるものだ。

度重なる戦役で教会も信徒も無くしてしまったが、神への信仰と忠誠は忘れた事がない。

 

 

「貴様らにロンギヌスの槍は勿体無い。ありがたみも何もない、科学の槍で無様に砕け散るがいいさ」

 

 

この戦いは見方を変えれば、自らを新天地へ赴く清教徒に、星間連合は我らを拒む異教徒と置き換えることが出来る。

ならば、彼らを排して新たな星へと入植する事は、中世紀の「明白なる使命」の再現ではないのか。

フロンティア・スピリットの暴走で罪なき人々を殺戮していたあのときと違い、星間連合の連中は周辺国家をその武力で従わせ隷属状態に置き、国家および民族としての自由を抑圧している。

そんなことは、平和を愛する地球人としても、自由を愛するアメリカ人としても到底許してはおけない。

 

正義は、明らかに我らにある。

 

 

「次発装填!」

「次発装填開始」

 

 

周りを見渡すと、噴射炎を閃かせながら駆け下りていく無数のミサイル群。

作戦参加艦艇の全て―――とはいえ、量産型の戦艦には宇宙魚雷発射管がないため、巡洋艦以下の艦艇に限られるが――――――の発射管から、宇宙魚雷が放たれたのだ。

 

その数、実に195発。

 

白い軌跡を残しながら発光体が落下していくさまは、まるで大型輸送機がフレアを撒き散らしていくさまにも似ている。

唯一の違いは、ビデオを巻き戻しているかのように数多の射点から伸びた白煙が一箇所へと終結していることだった。

 

 

「第2斉射、発射準備完了」

「発射!」

 

 

つるべ打ちに次々と円筒形の凶器が射出される。

大気圏へ突入していく宇宙魚雷は、大気との摩擦で高熱化してプラズマを纏いながら、鋼鉄色の十字架へ吸い込まれていく。

 

 

視界いっぱいに広がっていたミサイル群が徐々に一点へと収束していき……一発も着弾することなく、バリアに阻まれた。

 

 

 

 

 

 

中型要塞『アコンカグア』

 

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト完結編』より《移動要塞》】

 

 

「ミサイル群第5波来ます! 数は195、距離1000!」

「バリアを維持しろ! いや、後方の表層バリアを30パーセント上げろ!」

「大気圏突入速度に影響がでますが……」

「かまわん! 元々バリアが無くても突入自体はできるんだ、さっさとやらんか!」

「了解!」

 

 

指示している間にも、次々と敵弾がやってくる。

怒涛の如く押し寄せてくるそれは、全て実体弾。

どうやら、敵はミサイルによる飽和攻撃を目論んでいるようだ。

 

 

「深層バリアは現状のままでよろしいのですか?」

「ああ。実体弾なら、何発来ようと表層だけで対処できる」

 

 

副長の進言を言下に却下した。

『アコンカグア』の磁気フィールドは、敵ミサイルを物理的ではなく電子的に破壊する。

従って、ミサイルの迎撃自体については特に問題には思っていない。

懸念があるとすれば、爆発エネルギーや破片が表層バリアを強引に突破してくる可能性だ。

 

 

「着弾予想位置、計算完了。表層バリア、開きます!」

 

 

部下が大音声で宣言するとともに、眼前の大型ディスプレイに艦のステータスが表示される。

黄緑の線だけで表示された本艦の三面図に、着弾予想地箇所が赤い点で次々と明示されていく。

瞬く間に艦の後部が赤一色に染まった。

 

表層バリアが幾何学模様を描き、着弾箇所に渦潮のような小さな穴が瞬時に開く。

その直後、灰褐色に塗装されたミサイルがバリア表面に到達した。

 

あらゆるエネルギーを歪めてしまうほどの強力な磁場によって電子回路を焼き切られた大型ミサイルは、穴に潜り込むことなく爆発する。

装甲に傷をつけかねない金属製の破片は、磁場に触れた瞬間にベクトルを逸らされてあらぬ方向へ悉く弾け飛んだ。

炸薬の着火によって生じた爆発エネルギーは、穴の中心部へと流れる磁気の流れに乗って表層バリアの内部へと誘われる。

 

拳ほどの大きさの穴から進入したエネルギーは、表層バリアと深層バリアの中間を占める大きな磁力のうねりに浚われて、『アコンカグア』の装甲に辿り着くことなく反撃への貴重な糧となった。

 

吸い込むだけ吸い取った磁場の穴はすぐに閉じられて磁場の波に戻り、次の瞬間には次のミサイル到達に備えるべく新たな穴が各所で開かれる。

そこまで、わずか一秒足らず。

 

上空から次々と襲い掛かる科学の槍を、『アコンカグア』が誇る鉄壁の盾は次々と受け止めては金色に輝き始めていった。

 

 

艦は上下左右に激しく揺れ、視界がブレる。

本来なら大気圏突入時にバリアを前方に分厚く展開することで大気との摩擦をゼロにし、振動に悩まされること無く地表への降下を行うつもりだったが、敵ミサイルから艦を守るために後方にも分厚くバリアを張っている。

そのため大気の衝撃を殺しきれずに、艦が崩壊してしまうのではないかと思ってしまうようなきつい振動を味わわざるを得ない状況となっていた。

 

 

「エネルギー充填率1パーセント……いや、2パーセントに到達。表層、深層ともに問題なく作動しています」

「うむ……」

 

 

一点を集中してみていると宇宙酔いにも似た症状が出てくるが、部下たちは根性と緊張感で押えつけて迎撃作業に没頭している。

ミサイルの破片を撒き散らしながら、『アコンカグア』は降下を続ける。

しかし、後方に展開している表層バリアを厚くしたため、相対的に前方の表層バリアが薄くなり、アマールの大気を受け流しづらくなっている。

分厚い空気の層のブレーキを受けて、降下速度が徐々に遅くなっていく。

脇に控える副長が、一層下の部下に尋ねる。

 

 

「敵の様子はどうなっている?」

「敵艦隊、相対距離を維持しつつ降下してきます。艦数は変わらず24です」

「――――――艦長。まさか、あの5隻は本当に戦域から離脱していったのでしょうか?」

 

 

敵による攻撃が始まる少し前、本艦の後ろを追尾していた地球艦隊から5隻の大型艦が33隻の小型艦とともに戦域を離脱していることが判明している。

最初はレーダーで行き先を追っていたのだが、敵が『アマール』の地平線の向こうへ消えてしまった為、行方知れずとなってしまったのだ。

 

 

「33隻は『アマールの月』へ向かいましたから、地球の移民船だと推測できますが、ならばあの5隻はどこへ向かったのでしょう?」

「別働隊、というには5隻という数は中途半端……もしかしたら増援を呼んだのかもしれん。警戒するに越したことは無いが、今この現状では気にする必要も無いだろう」

 

 

敵の意図を測りかねて副長と二人で首を傾げるが、事態は二人に長考を許さない。

 

 

「敵艦隊、ミサイル第6波発射! 数は変わらず195!」

「またか、しつこい奴らだ!」

 

 

ディスプレイをみれば、紺色から群青色にまで薄れ始めた空から、幾筋もの飛行機雲がこちらに追い縋ってくるのが見える。

 

 

「よおし、敵から6回目のプレゼントだ、ありがたく全部受け取ってやれ! 地表到達まで、なんとしても耐え切って見せろ!」

 

 

了解、と威勢よく答える部下たち。

高度は既に30000を切り、要塞は地表を目指して『アマール』を四分の一ほど周回していた。

 

 

 

 

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト 完結編』より《未知なる空間を進むヤマト》】

 

 

 

一方、『アマール』本星を挟んだ反対側の上空では、惑星の自転軌道に逆らうベクトルに波動エンジンを全力で噴かして、強引に大気圏を切り裂いて地表へ突き進む物体があった。

ひとかたまりになった5つの細長い影が、満天の星空に轟音を響かせながら駆け抜けていく。タキオン粒子の光の尾を引きながら通り過ぎていくそれはまるで流れ星のようであり、もうすこしロマンなく言ってしまえば、人工衛星の欠片が地表へと墜落していくようでもあった。

 

 

「『武蔵』より『ミズーリ』『紀伊』および『ウィスコンシン』へ! 隊列が乱れているぞ、しっかりしろ!」

 

 

波動研究艦『武蔵』艦長が、操縦桿を小刻みに震わせながらまっすぐ正面を睨んで叫ぶ。

小太りな身体に、航海班所属を表す青色の碇のデザイン。

茶髪がかった髪とやや童顔気味の丸い顔。皺に隠れて目立たなくなりつつあるが、見る人に幼い印象を抱かせる頬のそばかす。

そんな顔を気にしてなのか艦長としての威厳を付けるためなのか、最近まで彼は沖田艦長の様な濃い髭を蓄えていたのだが、久々に再会した古代が髭を綺麗さっぱり剃り落としていたので、彼も倣ったのだった。

 

 

「艦長、並走する『ウィスコンシン』との距離が近すぎます! 200メートルありません!」

 

 

本来だったら操舵棹を握っているはずの航海長畠瀬宗太が、戦闘班長を挟んで反対側の予備操縦席で顔面を真っ青にして叫んでいる。

 

 

「うるさい畠瀬、ひよっこが口出すな! 鳩村、地表まで何メートルだ!?」

「地表まで20000メートルを切りました!」

「作戦通り、10000を切ったらトリムを上げてエアブレーキをかける。総員、対ショック防御!」

 

 

慌てて全員が、腰につけているベルトが締まっている事を確認する。

現在、『シナノ』『紀伊』『ミズーリ』『ウィスコンシン』『武蔵』の5隻は2つの正三角錐を上下に張り付けて横倒しにしたような陣形をしている。すなわち先頭の頂点を『シナノ』が務め、『紀伊』『ミズーリ』『ウィスコンシン』の三隻が底面となるべく縦に正三角形を組むように並び、更にその後ろに『武蔵』が後詰めとして追従している。

 

伏角45度、速力マッハ20超。

 

通常よりも遥かに速い速度で、しかも陣形を組んでの突入となれば、突入体の後方に生じる乱流も普段のそれとはケタ違いのものになる。

現に前を行く3隻は、『シナノ』が作り出した渦のあおりを受けてときおりコースを乱し、ショックコーンの外に飛び出そうとしては分厚い空気の壁に当たってまたコースに戻り……を繰り返している。

 

そんな不安定な3隻の後方にいる『武蔵』は尚の事、不規則で気まぐれな気流を相手に陣形を維持しなければならず、そのためには何よりも繊細で先を読んだ舵取りが要求される。

増してや、『アマール』の反対側は夜。

まとわりつく空気はプラズマ化して明るく輝き、そして高温の空気は光を歪める。操縦席からは僚艦の緑と赤の誘導灯といくつかの自己照明しか見えず、彼我の距離と位置を知る術はレーダーのみ。

 

そのため、まだまだ経験の浅い航海長に変わって長年宇宙戦艦の操縦を握ってきた艦長の太田健二郎が、操艦を行なっていた。

 

 

「16000……14000……12000!」

「この程度の乱流を乗り切れないで、島さんに顔向けができるかっての……!」

 

 

そう口の中で呟きながら操縦桿とペダルを休み無く動かし続ける太田の脳裏には、17年前に死に別れた大先輩の背中があった。

 

 

 

 

 

島大介

 

 

 

 

 

宇宙戦艦『ヤマト』の初代航海長にして、自分が知る限り最も優秀な航海士。

腹に致命傷を負っても艦の操縦を続け、命の炎が消えるまで操縦席を離れなかった、航海士の鑑ともいうべき人。

 

そして、太田健二郎にとっては永遠の目標である。

 

経験だけなら島さんよりも長生きな自分の方が遥かに多いと自負しているが、それでも記憶の中のあの人よりも操艦が上手くなったなどと思った事は一度もない。

むしろ、艦長職を拝命して操舵席から離れて後輩の操舵を見るようになってから、なおさらに島さんの操縦技術の高さを思い知るようになったくらいだ。

 

しかし、だからこそ、かつての部下として島さんの名を汚すような無様な真似は出来ない。

動かしているのが『ヤマト』の姉妹艦である『武蔵』ならば、尚のことだ。

 

 

「距離10000!」

 

 

レーダー班長の報告と、先を行く4隻の誘導灯が上下に動きだすのは同時だった。

 

 

「機関長エンジンカット、トリム上げ、主翼展開!」

 

 

自ら宣言しつつ、太田は操縦桿をグイッと力の限り手前に引きつけた。

スラスターが作動して長大な艦首を押し上げ、艦底を地表に対して晒していく。

艦腹からは艦底色と同じ真っ赤なデルタ翼が展開し、更に後縁フラップを下ろして抗力を増やす。

星灯りの大空と街灯りの大地との境界線が上から下りてくる。

姿勢を変えた事により人口重力と『アマール』の引力と慣性が重なってほんの一瞬重圧感を感じるが、すぐさま1Gに調整された。

水平にまで艦を立て直すと、空気抵抗が大きくなった艦体は激しく震動しながら減速していく。

艦首の両側から僚艦の様子を見れば、姿勢変更により今まで見えなかった艦首側の誘導灯が視界に入ったことで、緑と赤の光の数が増えている。

 

 

「高度5000! 現在速度マッハ14!」

「畠瀬、磁力アンカー作動!」

「磁力アンカー作動ォ!」

 

 

ガクン、と見えない何かに引っ張られるように『武蔵』が動きを鈍らせる。

先程まで球形だった星がいつの間にか視界いっぱいに広がって、だだっ広い大地とそれよりも大きい蒼海が足元から圧迫してきた。

 

守るべき惑星『アマール』の巨大さに比べて、その星の命運を握る5隻の姿はあまりにも小さかった。




挿絵の艦艇は右手前がゆきかぜ級駆逐艦(ヤマトⅠ)、左奥が第一世代型駆逐艦(さらば・ヤマト2)、右奥が第三世代型巡洋艦(本作オリジナル艦)です。
5隻が大気圏に突入するシーンはヤマト2終盤、白色彗星に上下から奇襲を仕掛けるためにヤマトが大気圏に突入するシーンのパロディです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝8―繋がるかもしれない未来―

ようやく挿絵が完成しました。
せっかくお絵かきソフトを買ったのに、結局水彩画に逆戻りだよ!
アナログっていいね!


南部康雄side

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト復活篇』より《交響曲ヤマト2009 第四楽章》】

 

 

アマールの碧海に深く沈みこんだ『シナノ』以下3隻は陣形を若干広く取りながら、大気圏突入時の勢いのまま海底近くを進んでいた。

『マヤMk-Ⅱ』に発見されるのを、少しでも遅らせるためだ。

この作戦はまさに乾坤一擲、背水の陣で臨む作戦。

万が一にも失敗に終わることがないように、敵に対策を取られる前に決着をつける必要がある。

その為に行った、敵要塞と反対の西方向への大気圏突入であり、海中への潜伏であった。

 

艦首波動砲やアンカー、主砲塔など至る所から泡が零れ、列を成して後方へ流れていく。

宇宙空間から大気圏突入、果ては水中へとめまぐるしく環境が変わったことで、表面の装甲が膨張や収縮を繰り返して悲鳴じみた軋み音を上げている。

この光景は、見覚えがある。

ガトランティスの彗星都市に最期の総攻撃をかけるときに、ヤマトは今回と全く同じ行動をとったのだ。

……不思議なことに、シナノに乗っているとヤマトとの歴史を、追体験しているような錯覚に陥ることがある。

 

艦底からわずかに衝撃が伝わってくる。

『シナノ』がヤマトと同じ道を辿っているのなら……大方、第三艦橋か下部一番主砲が海底の岩にでもぶつかったのだろう。

 

 

「そろそろか……笹原。海面に浮上して、そのまま大気圏内航行に移れ。庄田、3隻に通信。『浮上、大気圏内航行に移行』」

 

 

頃合を見て、俺は指示を下した。

 

 

「了解。アップトリム40。機関出力70パーセント」

「遠山。指示通り、いけるな」

「……やってみます」

 

 

遠山の返事に若干の不安を感じるが、この際仕方ない。彼には戦闘終了後すぐに医務室に行ってもらうつもりだが、今だけはなんとしても任務をやりきってもらわなければ困る。

遠山から視線を外すときに、ふと篠田の背中が目に入った。

青い碇のマーク、つまり俺と同じ旧デザインの制服に身を包んだ姿に、若かりし頃の真田さんの姿を幻視する。

 

篠田と初めて出会ってから13年以上……研究所の若き副課長にすぎなかった彼は、幾度もの実戦を重ねて立派な宇宙戦士に大成した。先程は否定してみせたが、篠田は正にシナノにおける真田技師長だ。

その証に、今回の作戦も篠田が敵要塞の弱点を見抜いた事で生まれたものだ。

 

 

「全く、すごいんだかすごくないんだか……」

 

 

南部は、先程中央作戦室で行われた作戦の概略説明を思い出す……

 

 

 

 

 

 

照明を落とした薄暗い中央作戦室の真ん中に、二枚の立体映像が浮かぶ。

『シナノ』クルーは大きな輪になって、その映像を注視していた。

 

 

「二回の波動砲発射に対して、敵要塞は異なる反応を見せています。一回目はワープアウト直後に第三戦隊が拡散波動砲をぶつけたとき。この時は、全弾が要塞表面の磁気フィールドによって弾かれています。しかし、二回目にシナノが収束波動砲を撃った際には……右の映像を見てください」

 

 

会議には『シナノ』のクル―の他に、防衛艦隊の全ての艦長がデータリンクを通じて参加している。

その参加者の口々から、驚愕のため息が漏れた。

 

 

「着弾箇所に穴を空け、そこからタキオンバースト奔流を内部に取り込んでいます。おそらく磁気フィールドは2重になっていて、外側と内側の間のスペースに、波動エネルギーがプールされたのだと思われます」

「……なるほど。逆に、好きな場所に穴を開ければ任意の数と方向に貯め込んだエネルギーを送り返すことができるというわけか」

 

 

誰かの呟きに、篠田は「そうです」とだけ答えた。

 

 

「さて、これだけ見ると完全無欠の鉄壁の様に見えますが、当然ながら弱点――――――というより限界というべきでしょうか、我々が付け入る隙は存在します」

 

 

篠田の指示で左側の映像が消え、『シナノ』の波動砲が着弾した場面のズームに切り替わる。

 

 

「着弾箇所に青い霧のようなものが発生しているのが分かるかと思います。これは、外側の磁気バリアによって弾かれたタキオン粒子です」

「……それが、要塞の弱点にどう繋がるんですが?」

 

 

庄田の疑問に、篠田は人差し指を立てて答える。

 

 

「普通に考えれば、波動砲のエネルギーを全て取り込めばいいだろう? しかし、敵要塞はそうせず、2割ほどを無駄にせざるを得なかった。これが何を意味するのか。おそらく敵は、タキオンバースト奔流の直径よりも小さい穴を磁気バリアに空けることで、内部に取り込むエネルギー量を調整したんだ」

 

 

何故そのような手間のかかることをしたのか?

――――――逆だな、そうせざるを得ない理由があったんだ。

エネルギー量を調節せざるを得ない理由から考えられる攻撃方法は――――――

 

 

「そうか、飽和攻撃だな?」

「艦長、先に正解を言わないでください」

 

 

答えを尋ねると、篠田は顔を引き攣らせてしまった。どうやら、いつもの以心伝心が裏目に出てしまったらしい。

 

 

「話を戻しますと、取り込むエネルギー量を調節したということは、それ以上エネルギーを溜めることができなかったということに他なりません。つまり、『マヤMk-Ⅱ』はシナノの波動砲一発のエネルギーを溜める事はできないということ。ならば、やる事はひとつ。敵の許容限界量を越えるエネルギーを叩きこんで、内側から爆発させるんです」

 

 

作戦室にざわついた声が響く。

 

 

「確かに……エネルギーを吸収するタイプの敵に対してはオーソドックスな戦法だが」

「ンなこと言ったって、バリアが張ってあるのにどうやって中に注入するんだ?」

「結局バリアを突破できなければ意味ないだろう?」

 

 

口々に囁かれる疑問、不満。しかし、篠田が何も考えていないはずがないことは、俺は分かっていた。

喧騒をよそに、篠田は既に次の説明に入っていた。

 

 

「この映像は、拡散波動砲を弾いた直後の『マヤMk-Ⅱ』表面の磁気の流れを可視化したものです。磁力が平均は黄緑、強い場所が赤、弱いところが青で表示されています」

 

 

篠田はある点をレーザーポインタで指し示した。

 

 

「注目してほしいのはここ……子弾が着弾した場所に比べて、その周囲の磁気が減衰していることです。特にこの、5発の子弾がほぼ同じ個所に着弾している場所は、5か所の中心に当たる箇所の磁気が極端に薄くなっています」

 

 

子弾が着弾した所は、着弾点が真っ赤、その周囲が薄い水色、さらにその周りが黄緑色に染まっている。つまり、敵要塞は周囲の磁力を集めて着弾予想点のバリアの強度を高めているようだ。

そして、5発の着弾箇所は、円状に着弾したその中心部分だけが濃い青に染まっている。

1ヶ所から5ヶ所の着弾点に磁力を振り分けてしまった為、そこだけが極端にフィールドの強度が落ちてしまっている。

 

 

「それでは、具体的な攻撃方法を提言します」

 

 

アマール本星上空の概略図と、そこに展開している防衛艦隊の布陣が図示された。

 

 

「防衛艦隊より、収束波動砲を持つ『シナノ』、『紀伊』、『ミズーリ』と『ウィスコンシン』を決死隊として選抜します」

 

 

『マヤMk-Ⅱ』の正面に決死隊を示す青い三角形のマークが4つ現れる。

 

 

「まず、3隻が正三角形を形成して波動砲を一斉発射する。要塞は波動砲3発分のエネルギーを吸収することはできませんから、必ずバリアで弾いて防御するはずです。そうすれば正三角形の着弾点の中心は、バリアの強度が極端に下がっているでしょう。丁度、今見た映像のように」

 

 

赤い三角形の正面へ回り込んだ決死隊の3つのマークから、ひと際太い矢印が伸びる。

一瞬遅れて、3つのマークの真ん中に鎮座するマークから波動砲の矢印が突き刺さった。

 

「最後の一隻はこの1点に波動砲を命中させ、弱くなったバリアをぶち抜いてタキオンバースト奔流を無理やり注入。内部でエネルギーが飽和して、要塞ごと爆発するはずです」

 

 

場を、しばしの間さざ波の様な喧騒が支配する。皆、作戦を咀嚼して吟味しているのだ。

泉宮も佐藤も腕を組んで考え込み、笹原と遠山はヒソヒソと何やら相談している。

 

 

「……作戦としては決して上等ではないな」

 

 

口を開いたのは、ディスプレイ越しに説明を聞いていた、篠田より少し年下くらいの年齢の女性。

長い間女よりも軍人としての人生を歩んできたのだろう、サバサバした物言い。

口調に合わせた様なボーイッシュなショートカットの金髪。細い眉は吊り上がっていて、気丈そうな雰囲気をしている。

アンドロメダⅢ級戦艦『ネトロン』艦長、女傑で知られるクリス・バーラットだ。

 

 

「攻撃のタイミングがタイト過ぎて、急ごしらえの艦隊でそこまでの緊密な連携がとれるかどうか怪しい。何よりも推測に推測を重ねた作戦が成功するか、分かったもんじゃない。一か八かの大博打だな」

「……そう仰るのならば、私の作戦よりも成功率の高い代案があるのですか?」

 

 

篠田の険の籠った声にもどこ吹く風、ディスプレイに映った女艦長は髪を緩やかに揺らしてかぶりを振った。

 

 

「まさか、私は特攻ぐらいしか思いつかなかったからね。こんなわずかな時間で堅牢無比な要塞を攻略できる可能性を見つけただけで、称賛に値するよ。ただ、私は作戦が博打に過ぎるからもっと確実性を上げた方がいいと言っただけだ」

「……例えば?」

 

 

篠田も思い当たる節があるのか、声を押し殺して質問を返す。

一方のクリスは、ゴソゴソとコートをまさぐる動きをする。噂には聞いていたが自由奔放な女の様だよく艦長が勤まっているな。

 

 

「要するにアレだ、攻撃を仕掛けて表層のバリアを薄くすればいいんだろう?だったら波動砲3発といわず、全艦で総攻撃すればいいじゃないか」

 

 

ポケットから取り出したらしいシガレットを口に咥え、ジッポライターを右手に持つ。

親指で蓋を開くとそのまま流れるように回転ドラムに指を引っ掛け、慣れた手つきで人差し指と親指で上下を挟み込むように保持して、弾くように放り投げた。

 

 

「主砲は、敵にエネルギーを吸収される可能性がありますが? それに、全艦で向かったら新たに増援が現れた時にどう対処するのです?」

 

 

真上に投げられた銀色のジッポライターは、画面の外へ。クリスはジッポを視線で追うこと無く、篠田の反論に答えた。

 

 

「だったら、実体弾だけに限定すればいいだろう? 幸いにもこの場には巡洋艦も駆逐艦も艦載機も十二分に数が揃っている。十分に陽動はできると思うが? それに、また増援が来るかどうかなんて誰にも分からないじゃないか」

「来ないかどうかも、誰にも分かりません。現に我々は、来ないと思っていた敵増援にこうして苦慮しているんですが?」

 

 

落ちてきて画面の中に戻ってきたを手の平でキャッチ。ジッポライターは、既に火が点っていた。

おもむろにタバコに火を付けたクリスは、その先端を赤く輝かせてうまそうに紫煙を吐き出した。

……今更ながら、軍艦の中では指定された場所以外禁煙のはずである。

 

 

「そうだな……じゃあこうしよう。水雷戦隊と艦載機隊は空間魚雷やミサイルで敵要塞の背後から陽動攻撃を行う。その間に決死隊は要塞の正面に回り込んで、先程君が言った作戦で奇襲を仕掛ける。戦艦と空母は低軌道上に留まって、新たな増援に備える。どうだ、完璧だろう?」

 

 

そう言ってニッと愉快げにやける一方で篠田は眉間に皺を寄せてバーラット艦長を睨んだまま、黙ってしまった。

……どうせ、反論したくても突っ込むところがなくて、でも負けは認めたくなくて拗ねてるんだろう。こういったガキっぽい所は、この男の悪い癖だ。

やれやれ、ここは艦隊司令の俺が場を収める必要があるな。

 

 

「よし、いいだろう。バーラット艦長の意見を採用する。篠田、異論は無いな?」

「――――――は」

 

 

端的な言葉で同意する作戦立案者。普段はあれだけ頭が回る癖に、こういう所では機転が利かない。気の利いた言い回しで自分の不利を周囲に悟られないよう誤魔化すことができればプライドも傷つかないだろうに、不器用な奴だ。

 

 

「総員傾注。これより作戦を発動する。決死隊は私、陽動部隊は戦艦と空母がバーラット艦長、水雷戦隊はエインズワース艦長の指揮下に入れ。『武蔵』は……あー、しまった」

 

 

早速作戦を実行する為、防衛艦隊に分割の指示を下そうとして、ふと思い至る。

波動実験艦『武蔵』は主砲こそ三連装2基を搭載しているものの、それ以外は全くの非武装だ。

あくまでタキオン粒子を用いた各種実験と観測を行う艦で、『シナノ』や『紀伊』と姿形が似ていても実戦には何の役にも立たない存在である。

何故俺は移民船と一緒に避難させなかったのか、と自省しながら戦艦部隊と共に待機しているよう命じようとしたが、

 

 

「南部。『武蔵』は決死隊に同行するぞ。この作戦には『武蔵』が必要だ」

 

 

太田は俺も予想しない様なトンでもないことを言ってきたのだ。

 

 

 

 

 

 

「艦長、海面まで50メートル。浮上後、仰角を維持したまま高度500メートルまで上昇します」

 

 

笹原の報告に、意識が現実に戻る。

気づけば真っ暗だった窓の外はディープブルーに薄まっており、徐々に濃緑色に移りつつある。

何もなかった景色に色とりどりの海洋生物が泳ぎ始め、イルカのようなサメのような姿をした生物の群れが慌てて道を譲る。

 

揺れ動く海の天井が、オレンジ色に染まっている。飛び上がった空は、さぞ美しく輝いていることだろう。

 

 

 

 

 

ザバァッ!!

 

 

 

 

 

海と空の境界が、第一艦橋を一気に通り過ぎる。

期待に反して、アマールの夕焼けは、血に染まったような毒々しい赤だった。

 

白波が盛り上がり、続いて爆発的な水柱が高々と打ち上がる。

水柱が形を維持できずに崩れ、大量の海水が甲板を洗う。

荒れる海を真っ二つに割って、細長い鋼鉄色の艦首が姿を現した。

窓ガラスを海水が瀑布となって流れ落ち、艦首から飛沫が放射状に噴き上がる。

いつものような静かで荘厳な離水など嘘のように、シナノは荒々しく波飛沫を振り乱して勢いよく飛び立った。

 

後続する『紀伊』、『ミズーリ』、『ウィスコンシン』と『武蔵』も、水族館のイルカが跳躍するかの如くタイミングを合わせて水面に姿を現す。

 

デルタ翼を展開し、離水の勢いのままぐんぐんと高度を上げていくシナノ。

データリンクで齎されている情報によればもうすぐ……見えた、『マヤMk-Ⅱ』だ!

 

 

「敵要塞を確認、0時方向水平線上、距離925キロメートル!」

「庄田、全艦に通信。『敵要塞確認、作戦の第二段階を発動する』」

「『紀伊』『ミズーリ』『ウィスコンシン』、波動砲の準備を始めました。『武蔵』より入電、「トランスドライブシステム起動開始」」

 

 

オレンジ色の空に、一際目立つ黒い十字架。

その周囲には遥か上空から落ちてくる空間魚雷が突き刺さり、左右からは空母から出撃したコスモパルサーと彩雲が肉迫してミサイルや爆装ポッドを撃ち込んでいるのがシルエットとなって見える。

しかし――――――やはりというべきか、実弾兵器はいずれもバリアに阻まれ、本体へ直接ダメージを与えることはできていないようだ。

あとは、敵の意識が向こうに向いてくれていることだけを信じるのみだ。

 

 

「遠山、そろそろ波動砲発射準備だ」

「了解。ターゲットスコープオープン、電影クロスゲージ明度マイナス10」

 

 

今回は敵が朝日を背にして来襲してくる。逆光になるため、電影クロスゲージの明度はいつもより低めだ。

 

 

「機関出力80パーセント……90パーセント……」

 

 

赤城が落ち着いた声で波動エンジンの高鳴りを伝えてくる。

 

 

「座標固定、現在高度514メートル仰角23度。健吾、操縦を渡すぞ」

「了解。やってやるさ」

 

 

遠山が手袋を一度外して、手に滲む汗を服で拭う。

 

 

 

「敵要塞まで距離600キロメートル! 本艦と正対しています!」

「磁気フィールドの解析と可視化処理を開始します」

 

 

泉宮と佐藤が残像が見えるほどの高速でキーボードを叩き、波動砲発射のサポートをしてくれる。

既に、敵要塞のシルエットは誰の目にも確認できるほどの大きさになっていた。

 

 

「後方の3隻より入電! 『波動砲発射準備完了、これよりカウントダウンに入る』!」

「発射カウントダウン開始! 佐藤、『武蔵』はどうだ!?」

「今のところ異状は見られません」

 

 

波動実験艦『武蔵』の大きな特徴の一つ、トランスドライブシステム。

波動砲の強化システム案の一つで、トランジッション波動砲とは対を為す存在だ。

トランジッション波動砲は、波動エンジンを強化かつ小型炉心を複数搭載することで連射可能にした――――――と見せかけて、その真髄は6発を一気に発射する全弾発射モードという圧倒的火力による殲滅にある。

一方のトランスドライブシステムは、一発の波動砲の収束度を高めて一点突破を目的とした物だ。

『武蔵』は波動砲を発射する艦の後方に占位、システムを起動してタキオンフィールドを発生させて前方に展開。

発射艦の波動砲口から撃ち出された波動砲を収束させることで、従来よりも精密さを要求される射撃が可能になるのだ。

今回は、シナノの波動砲を収束して磁気フィールドの突破をより確実なものにする役割を担ってくれている。

 

 

「そうか……発射まで保ってくれればいいんだが……」

 

 

トランスドライブシステムで展開されるタキオンフィールドとは、バリアミサイルで展開されるそれと本質的には同じものだ。その効果は実体弾およびエネルギー弾を爆発・崩壊させ、波動バースト奔流を反射する。

この性質を利用して、バリアミサイルよりも遥かに多量のタキオン粒子を波動砲よりも遥かに精密に制御しつつ、波動砲とは逆に減圧して放出する。

例えるなら波動砲が水鉄砲でトランスドライブシステムがスプレー、といったところだろうか。

 

しかし、このトランスドライブシステムはそもそも研究途上の兵器で、その危険性から現在は実験そのものが中止されているほどなのだ。

 

 

「3……2……1……発射します!」

 

 

泉宮の叫びが終わる前に第一艦橋を、名伏し難い閃光が世界を包む。

頭上、右舷下方、左舷下方、シナノを包むように青い氷柱が要塞に向かって伸びていく。

『紀伊』『ミズーリ』『ウィスコンシン』の3隻から、収束型波動砲が一斉に発射されたのだ。

それを理解した瞬間、

 

 

「「「きゃあああああああああああああああああああああああ!!!」」」

 

 

轟音とともに、猛烈な振動がシナノを翻弄した。

 

 

「雷なの!?」

「バカ、どう見ても晴れだろ!?」

「こ、これは波動砲の音か!?」

 

 

神の見えざる手に揺さぶられているかのように、全長284メートルの巨艦が震える。

女性クルー3人の悲鳴さえかき消される程の大音量が耳を聾し、有馬と笹原が耳を押さえながら驚愕を顕にする。

 

有馬が思わず口を突いて出た推測は、実のところいい点を突いている。

怪獣の咆哮の様なおどろおどろしい音は、大気圏内を走る波動バースト奔流が大気を一瞬にして膨張させ、音速を超えた時の衝撃波――――――つまりは雷鳴と同じ原理で発生したものだ。

俺や赤城、篠田のような実戦経験豊富なクル―ならば大気圏内での波動砲発射は経験済みであり特段驚くほどの事でもないが、平和な時代に育ったクル―や宇宙空間でしか撃ったことがない者はさぞかし驚いていることだろう。

ましてや今回は3隻が至近距離で発射したんだ、その迫力も恐怖も3倍だ。

遠山が必死にステアリングを押さえつけて動揺に耐えているが、少しでも流されて波動バースト奔流に触れてしまったら、この船は木っ端微塵どころか跡形も残さないだろう。

 

 

「オラ遠山、いつまでもビビッてんじゃねぇ! 佐藤、敵要塞に変化は!?」

 

 

素早く篠田が喝を入れて、正気を取り戻させる。

3隻が放った波動砲は、既に『マヤMk-Ⅱ』に吸い込まれるように命中していた。

遠目でも、磁気バリアに衝突して発生したと思われるタキオン粒子の青い霧が見える。

やはり、敵は3発全てをフィールドで防御している。

だとしたら、その隙に付け込むことは可能なはずだ。

 

 

「は、え、えと、ちょっと待って下さい。……艦長! 技師長の推測通り、着弾点の三角形の中心に、フィールドの薄い個所を確認しました! モニターに映します!」

 

 

メインパネルにでかでかと映し出された映像は、まさしく篠田が予想した通りの光景だった。しかも、波動砲を受け止める為により強力な磁界を必要とするらしく、三角形の中心部分はほぼフィールドが無い状態だ。

 

 

「波動エンジン出力120%!」

「よし! 庄田、『武蔵』に通信、『トランスドライブシステム稼働!』」

「波動砲発射10秒前、総員対ショック・対閃光防御!」

 

 

南部は立て続けに命令を発し、自分もゴーグルを装着する。

この会戦で2度目となる波動砲発射。

しかも今回は大掛かりな作戦の大トリだ。

既に水雷戦隊は殆どミサイルを撃ち尽くし、身軽になった艦載機隊も退避を始めている。

戦艦群が大気圏突入をして主砲の射程に入るには、相当な時間がかかる。いや、入ったところで攻撃が効く保証などどこにもない。

つまり、今ここで我々が『マヤMk-Ⅱ』を倒せなかったら、今度こそお手上げなのだ。

 

ターゲットスコープに映るのは、恐らくはシナノの光学カメラが捉えた『マヤMk-Ⅱ』。普段ならば最大望遠でも米粒程度にしか映らないが、今回は至近距離ということもあって画面一杯に十字架のシルエットが映っているはずだ。

今回の針の糸を通すような狙撃を考えれば、これでも全く安心できないのだが、ここは遠山に期待するしかない。

 

青いカーテンが背後から艦を覆い、暁の空がさっきまでいた深海のような色になる。

『武蔵』から放出されたタキオンフィールドが、3本の波動バースト奔流の間を埋めるように蒼い奔騰となってシナノを包んだのだ。

見渡す限りの、青き清浄なる世界。

パネル・スイッチ類も、赤茶色の床も金色の次元羅針盤も、自分の肌の色さえもタキオン粒子が放つ青い光に染まっていた。

今この眼に映っている全ての物が幻想的に見えて、不覚にも美しいと思ってしまった。

 

メインパネルと電影クロスゲージに映っている磁気フィールドの分布図だけが、赤い色を残している。

その電影クロスゲージを覗き込んでいた遠山が、

 

 

「波動砲……、発射ァァァ!!」

 

 

カチリ、と撃鉄が落ちる音がして、一瞬の静寂ののち。

滄海を貫く螺旋の剣が、この世に現出した。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

中型要塞『アコンカグア』

 

ベルイダside

 

 

「前方に艦隊出現! 艦数5、先程戦線を離れた5隻です!」

「しまった、先回りされたか!?」

「3隻に高エネルギー反応! 先程と同じタキオン収束砲です!」

「くそ!? 着弾点にピンポイントバリア展開!」

「もうやっています!」

「真ん中の2隻にも高エネルギー反応!」

 

 

「艦長!着弾予想点のバリアが、周囲に張られたピンポイントバリアの為十分な強度を確保できません!」

 

 

「まさか!?そんな事が……!?」

「敵タキオン収束砲、来ます!!」

「くっ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………耐えた、のか?」

「どうなっているんだ……間違いなくやられたと思ったが……」

「艦長、分かりました! タキオン収束砲は、フィールドの強力な磁気で弾道が変化し、ピンポイントバリア部分に着弾した模様です!」

 

 

篠田の計画は、もろくも崩れ去った。

 




波動実験艦『武蔵』のトランスドライブシステムの描写については、完全に作者オリジナル解釈によるものです。
挿絵で『武蔵』が波動砲を撃っているように見えるのは、艦首砲口からタキオン粒子を『シナノ』越しに『アコンカグア』に向けて放射しているからなのです。
決して、作者の画力がないからではないのです。

……ホントだってば。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝9―謡われるかもしれない未来―

イラストが手探り状態です。鉛筆だったり色鉛筆だったり水彩画だったりと迷走しておりますが、どうかお付き合いください。


アマール本星周回軌道上 アンドロメダⅢ級戦艦『ネトロン』第一艦橋

 

 

クリス・バーラットside

 

 

 

「決死隊、波動砲発射しました!」

 

 

朝焼けに染まるアマールの地平線から一直線に青い光―――まるで、天使がかけた階段のように壮麗な姿だった―――が放たれ、十字架の形をした敵要塞を包み込んだ。

その瞬間、波動バースト奔流が磁気バリアに弾かれて激しく飛沫を挙げる。

一瞬、拡散波動砲が炸裂したのかと疑わせるような光景だった。

 

 

「……」

 

 

誰もが押し黙って、固唾をのんで状況を見守っている。

3隻の波動砲で表層バリアをこじあけて、開いた穴に『シナノ』が波動砲を注入し、飽和爆発に追い込む。

そんな、できるかどうか分からないでたらめな作戦に、私達は地球人類とアマール人類の命運をかけて臨んでいる。

 

よくみると、蒼い光の帯の中に、芯のように一際青い光が、ユニコーンの一角のように捻じれながら要塞に突き刺さっている。『シナノ』が放った本命の一撃だ。

作戦通りに事が進んだのなら、今まさに波動バースト奔流が『マヤMk-Ⅱ』に張られた二重のバリアの隙間に注ぎ込まれているはずなのだが・・・・・・。

 

 

「変化がないな。」

「ありませんね……」

 

 

副長とともに、どこか他人事の様に醒めた目で傍観している。

いつまで経っても、蛙の面に小便をかけているような絵が続いて、飽きがきていた。

波動砲が発射される時間は10秒程度。

早ければ、命中した瞬間に三次元の崩壊と船体の瓦解に伴う誘爆が起きるはず。

 

 

「あ、波動砲が消えた」

 

 

要塞と決死隊を繋いでいた青い光の帯が途絶える。

上空から見るアマールの海は、元の朝焼けに戻っていた。

波動砲4発の直撃を受けたのに、憎き黒金の要塞は何事も無かったかのように堂々と降下を続けている。

つまり、これは……。

私は咥えていた煙草を揉み潰して立ち上がる。

 

 

「艦長、もしかしてこれって」

「ああそうだ、作戦失敗だよ畜生! 全艦全速前進、砲雷撃戦用意! 敵要塞を追撃する!」

 

 

声を荒げて揮下の戦艦・空母に大気圏降下を宣言する。

『シナノ』技師長が考えた作戦が失敗に終わったのは明らかだ。

こうなれば、なりふりなど構っていられない。

我々も接近して、あらゆる手段を使って攻撃するしか、できることはない。

しかし、副長は驚愕して異を唱える。

 

 

「待って下さい、それでは大気圏内での戦闘になります! そうなれば、戦闘が本土へおよぼす影響がどのようになるか、予想がつきません! それに、衝撃砲が効かない事はすでに証明されているんですよ!」

「それじゃあ副長は、このまま拱手傍観していろというのか!? 何もしなければ、この星はあの要塞に蹂躙されるんだぞ!?」

「しかし、私達が今いたずらに戦力を浪費しても、何も状況を変えることはできません!」

「いいや変えられる! 少なくとも、敵の眼をこちらに向ける事は出来る! アマールの人々の被害を最小限に抑える事は出来る!」

「援軍を待ちましょう! SUSとの決戦に行った部隊が帰ってくれば、何かしらの活路が見出せるかもしれません、しかし、今ここで私達が全滅したら、」

「もういい、貴様の意見は聞かん!」

 

 

もう議論はたくさんだ。

副長の言う事はいちいち正しい。我々が戦っても適わない?そんなことは分かっている!

しかし、適わないからって抵抗することを放棄して、それで事態が進展するのか?

万が一援軍が来て敵要塞を倒すことができたとして、アマール人に「援軍が来るまで放置していました」と言い訳するのか?

できるわけがない!

 

 

「大気圏降下を実行する! 主砲弾薬装填開始、弾種は―――」

 

 

副長との口論を打ち切り、指示を飛ばそうとしたところを、通信班長が遮った。

 

 

「『シナノ』から緊急電! 《作戦続行》繰り返す、《作戦続行》!」

 

 

思いがけない内容に、思わず顔を顰める。

作戦続行?

失敗した作戦を、もう一度繰り返すというのか?

この作戦は、そのアイデアのさることながら「奇襲」であるという点も重要な構成要素のはず。

だからこそ、水雷戦隊がミサイルの飽和攻撃を行って敵の意識を決死隊から逸らしたのだ。

だが相手に手の内を晒した今、もう一度全く同じ作戦を行ったところで何の意味も無い。

前方にバリアを厚く張られてしまえば、それでおしまいだ。

そんなことは、あの実戦経験豊富な艦長と頭の回る技師長の事だ、すぐに気付いているはず。

 

隣に控える副長に、目線で問いかける。

副長も『シナノ』の行動を訝しがるばかりで、首を横に振った。

 

 

「どうします艦長、降下を続けますか?」

「……旗艦から指示があった以上、攻撃はやめておこう。だが、大気圏降下だけは実施する」

 

 

あの二人がまだ何かするなら、止めはしない。

それでも状況が変わらなかった場合、副長が何と言おうと攻撃を開始する。

そんな私の意図を察してか副長は渋い顔をしたが、何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

同刻 『シナノ』第一艦橋

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト復活篇DC』より《波動砲発射用意》】

 

 

「バリアの磁場が強力すぎて、波動砲のエネルギーが引きずられているんです! もう一度撃っても、同じことの繰り返しです!」

 

 

南部の決定に、佐藤が悲鳴めいた口調で抗議する。

しかし、艦長はただ自棄で言ったわけではなかった。

 

 

「一発だけだったらな。だが、全ての波動エンジンのエネルギーを一度に全部発射したらどうだ? できるか、篠田!」

「!……計算してみます!」

「波動エンジンのエネルギーを一度に……!? そんなことが可能なんですか?」

「可能か不可能かと言えば、可能だ」

 

 

遠山が疑うのも無理はない。

小宇宙ひとつほどのエネルギーを持ち、月をも破壊することが可能な新型波動砲。

それが4発撃てるだけで十分に過剰武装だ。

それを一発に凝縮して撃とうなどとは、考えつきもしないだろう。

 

波動炉心が4基になったことは、単に4連射ができるというだけではない。

最大4発分の波動エネルギーを艦内にチャージできるならば、それを一気に開放すれば4発分の威力を持った波動砲を撃てることも道理だ。

 

 

「もともと『シナノ』には過剰収束モードのプログラムが搭載されているが、船体強度の関係で2発までしか収束できないようにプロテクトがかかっている。だがこのプロテクトには抜け穴があってな」

 

 

遠山の疑問に、篠田が高速で計算式を構築しながら答える。

過剰収束モードは真田さんが発案した波動砲強化案で、リボルバー状に配置されている小炉心のエネルギーを4連装波動炉心コアの芯である大波動炉心に複数基分注入することで、より強力な一発を練り上げるシステムの事だ。

全ての小炉心を開放して大波動炉心へ注入すれば全弾発射モードとなり、同じく真田さんが作ったプロテクトが作動するが、2発分までならプロテクトは動作を起こさない。

だが、いくら地球連邦科学局長官にしてプログラム製作者の真田さんでも、実際にプログラムを実装させて改修に携わった俺や南部さんにしか分からないプログラムの隙間があるとは露ほども思わないだろう。

 

 

「艦長、理論上は可能です。ただ、航行用の旧波動エンジン、2基の小炉心、それら全てのエネルギーを解放した時に船体がもつかどうか……」

 

 

篠田の席のディスプレイには『シナノ』の断面図と、正面に大きくOUT OF CALCULATE―――計測不能―――の文字が浮かんでいる。

2220年の宇宙艦艇は、航行用と攻撃用の2つの波動エンジンを標準搭載しており、航行と波動砲を同時並行して行えるようになっている。

さらに航行用の波動エンジンと攻撃用波動エンジンはスーパーチャージャーを経由して繋がっていて、航行用エンジン内の波動エネルギーが攻撃用エンジンのスターターになっているのだ。

ヤマトを始めとするトランジッション波動砲搭載艦の場合、攻撃用エンジンで発生した波動エネルギーは波動エネルギーコンデンサである小炉心へ分配され、プールされる。

波動砲を発射する際には一発ごとに小炉心一基のエネルギーがシリンダーの芯である大波動炉心へ注入され、シリンダーごと突入ボルトへ接続される。

では、攻撃用エンジンだけでなく航行用エンジンのエネルギーも全て波動砲へ転用すれば、どうなるか。

真田さん謹製のプロテクトは小炉心を監視するタイプのものなので、新旧波動エンジンのエネルギーを小炉心2基経由で大波動炉心へ注入すれば、プロテクトに妨害されずに波動砲を発射することが出来るのだ。

 

旧波動エンジン2基+小炉心2基、合わせて4発分の波動エネルギーが大波動炉心、波動砲収束装置、波動砲最終収束装置の三段階で過剰収束される。

事実上、全弾発射モードと言っていい。

しかしいくら堅牢なヤマトの姉妹艦といえども、いやヤマトでさえも、全弾発射モードなどという過負荷を船体に与えたら、どこかに不具合が生じる事は想像に難くない。

さらに空母としての側面を持つ分、弾火薬庫引火の可能性は大いに高い。

そうなったら、ヤマトほど装甲が厚くない『シナノ』は沈没の憂き目を免れないだろう。

勿論それは、南部と篠田は十二分に理解している。

しかし南部は、それらを全て承知したうえで、

 

 

 

 

 

「生き残るべきは『シナノ』ではない、『アマール』だ!!」

 

 

 

 

 

眦を決して言い放った。

 

クル―達の顔が引き締まる。

南部艦長の意志は、戦闘開始前に突攻の覚悟で知っていた。

そして、自分たちもその覚悟を決める時が訪れたのだと、明確に自覚していた。

 

 

「南部さん、その言葉を待ってましたよ」

 

 

長年の友である篠田だけは、柔らかい笑顔でその言葉を歓迎する。

 

 

「『アマール』が助かるのならこの一撃、掛ける価値はあります!」

「今更命を惜しむ奴なんて、誰一人いやしませんよ!!」

「やりましょう、艦長!」

 

 

笹原が、遠山が、有馬が振り向いて力強く同意する。

佐藤も庄田も泉宮も、艦長に視線を向けて頷いてくれる。

南部は一同の視線を受け止めて、力強く頷き返した。

 

 

「庄田、決死隊全艦に通信、『作戦続行、波動砲過剰収束モード用意』。赤城、波動砲過剰収束モードに移行! 旧波動エンジンからエネルギーを回せ!」

「りょうっかいぃ! 野郎ども出し惜しみするな、缶が空っぽになるまでブチ込んでやれ!!」

『了解!』

 

 

赤城の荒々しい声にあわせて機関班は機関室を走り回り、小炉心から大炉心へのバイパスを開く。

小炉心のエネルギー充填用シリンダーがシリンダー内へ下がり、エンジンコア自体がゆっくりと回転を始める。

航行用波動エンジン内のエネルギーがスーパーチャージャーで増幅され、攻撃用波動エンジン、2基の小炉心を経由して大波動炉心へ。

新旧波動エンジンのフライホイールが最大速で回転し、機関室全体が振動に包まれた。

 

 

「波動砲、発射用意! 電影クロスゲージ明度10、対ショック・対閃光防御!」

「目標敵要塞、距離267キロ!」

「決死隊各艦より、作戦了解の旨返信がありました! 3隻の波動砲発射まであと10秒!」

「エネルギー充填率400%突破、計測不能!」

 

 

天井から防火隔壁がスーパーチャージャーと攻撃用波動エンジンの間に下りて遮断する。

砲口の奥、レンズシャッター状のシールドが開き、中の最終収束装置へオレンジ色をまとったタキオン粒子が吸い込まれていく。

4発分の波動エネルギーを溜めこんだ大波動炉心には電流が走り、稲妻のようなスパークが機関室を駆け抜ける。

本格的に危険になってきた機関室から、白地にオレンジのクル―達が我先にと避難していく。

過剰収束モードの準備を赤城に任せ、南部は帽子とコートを脱いで艦長席を立ちあがった。

 

 

「遠山、俺と代われ。波動砲は俺が撃つ」

「艦長!?」

 

 

遠山は振り向いて驚愕の顔で南部を見る。

他の面子も何事かを言いたげな表情で南部を見る。

 

 

「今度は前回よりもさらに精密な射撃が要求される。俺のほうが適任だ」

「……ですが」

 

 

グリップを握り締め、躊躇う素振りを見せる遠山。

遠山の席まで来た南部は彼の少し震えた手を見やり、彼の気持ちに思い至る。

遠山の肩に手を置いて控えめに微笑んだ。

泉宮の厳しい視線に南部はついぞ気付いていなかった。

 

 

「馬鹿。お前の腕が悪いと言ってるんじゃない。お前は良くやってくれているし、今までちゃんとできていたじゃないか。さっきの事を気に病む必要はない」

「しかし、俺は。ここで降りてしまったら……」

 

 

遠山の顔が苦痛そうに歪む。

その表情から、先程取り乱した事を強く後悔していることが窺えた。

 

 

「さっきお前は、波動砲のトリガーを引けたじゃないか。大丈夫、お前の宇宙戦士としての牙は折れてなんかいない。俺が保証するんだ、自信を持て」

 

 

意志を込めた強い目線で遠山と相対する。

かけられた言葉を吟味するようにしばらく南部の眼を見ていた遠山は、

 

 

「……分かりました、艦長。お任せします」

 

 

座席を立つ勇気を見せた。

 

 

「よし、お前は予備操縦席に行け。見ていろ、ベテランの腕ってやつをな」

「はい!」

 

 

不敵そうな笑顔で遠山の背中をバシッと叩き、送り出す。

艦長は懐かしき戦闘班長の席に座ると、昔の感覚を思い出すように波動砲のグリップを2度、3度としっかり握りしめた。

 

 

「総員対ショック、対閃光防御!!」

 

 

再び耳を聾する雷鳴が響き、3本の波動バースト奔流が敵要塞に突き刺さる。

3本とも前回よりも遥かに太い。期待通りに、ありったけの波動エネルギーをつぎ込んでくれたようだ。

ターゲットスコープの中の『マヤMk-Ⅱ』が激しく揺れる。

過剰収束モードの波動バースト奔流に挟まれ、一気に膨張した大気が暴風となって『シナノ』を小突き回しているのだ。

 

 

「新たな隣人アマールと、我らが新たな故郷の命運を懸けて、」

 

 

燦爛と輝く琥珀色の光を背に負って迫り来る黒い十字架に、それを消し去らんと瑠璃色の光芒が挑みかかる。

『武蔵』が生み出したタキオンフィールドのベールに包まれて、ターゲットスコープの視界が暗くなる。

ターゲットスコープと波動砲トリガーとの間に設えられているディスプレイには、敵要塞の磁気バリア分布が色分けされて表示されている。

南部はディスプレイとターゲットスコープを何度も見比べ、迅速かつ慎重に照準を合わせていく。

ターゲットスコープに投影された三重の円、その中心に位置する波動砲の着弾点を表すホログラフィックサイト。

その小さな円と敵要塞の交差部分が重なった瞬間、

 

 

「発射!!」

 

 

南部の渾身の叫びが響いた。

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

中型要塞『アコンカグア』

 

ベルイダside

 

 

敵のタキオン収束砲の直撃を幸運にも防いだ『アコンカグア』が、対策をとっていないはずが無かった。

後方に厚く張っていた表層バリアの分布を前面重視に設定し直したのだ。

ベルイダは、念の為に前面のバリアを60パーセントにまで上げていた。

『アコンカグア』の表面が油膜の様に玉虫色に美しく輝く。

それを待っていたかのように、敵艦隊から二撃目のタキオン収束砲が斉射される。

前回と違って余裕で受け止めるはずだったはずの敵の攻撃はしかし、再び敵の思惑通りに中心部分に致命的な弱点を晒すことになってしまった。

 

 

「何故だ!? 出力を3倍にまで上げたんじゃないのか!」

「艦長! 敵の巨大エネルギー砲は先程よりも威力が強くなっています!」

 

 

『アコンカグア』から見える視界の全てが、敵の放ったタキオンフィールドで真っ青に染まっている。

タキオン収束砲が当たっているところは波動バースト奔流とピンポイントバリアがせめぎ合い、水鉄砲をぶつけられたように弾かれたタキオン粒子が放射状に飛び散っている。

そして3発のタキオン収束砲の直撃によって空いた隙間を突く形で、螺旋の長槍がバリアを突破してくる。

その行きつく先は艦橋直下、縦横にびっしりと並んだ主砲群だ。

 

しかし、細く細く絞られた波動バースト奔流は見えない深層バリアに阻まれ、派手な飛沫を上げて後方へ流れていく。

 

 

「エネルギー充填率100パーセント突破、安全稼働域を越えています。このままではもちません!」

「艦長ォ!」

 

 

2枚のバリアの間に溜めこまれていくタキオン粒子の濁流が視界を青く染め、たちまち群青色から濃紺へ色を濃くしていく。

下階のコンソール席で火花が飛び始めた。

バリア発生装置に想定を越える負荷がかかっているのだ。

かつてない危機に動揺する部下を、艦長は厳しく諌める。

 

 

「うろたえるな、馬鹿者! まだ手はある!」

 

 

艦長は敵がバリアの穴を作り出そうとしたときに、その意図に見当がついていた。

このままではもう数瞬もしないうちにバリア内のエネルギー貯蓄限界を越えて暴走したエネルギーは、『アコンカグア』を跡形も無く塵芥も残さず消滅するだろう。

それこそが、敵の目論見だろう。敵ながら、ほんのわずかな間によくも超エネルギー反射システムの弱点を見抜いたものだ。

だが、それならそれでこちらにもやりようがある。エネルギーを溜め続けて破裂しそうならば、溜めなければいいだけの事だ。

 

 

「バリアの後方、90度から270度までをカットして余剰電力をバリアの補強に充てろ。急げ!」

 

 

バリアを前方に集中展開し後方をわざと開けて、入りこんできた余剰エネルギーを発散させる。

エネルギーをプールする媒体が機械装置ならば吸収と解放を同時に行うなどという本来の機能にないことはできないが、それをも可能にせしめるのが『アコンカグア』の画期的たる所以だった。

超エネルギー反射システムは、バリア発生装置をひとつにせず艦全体に点在させる事で、ピンポイントに絞ってバリアの強度を上げることができる。ベルイダはこれを応用して、艦背面のバリアを停止させることで波動バースト奔流を受け止めるのではなく受け流すことを思いついたのだった。

 

 

「バリア発生装置の145番から352番までを停止します」

 

 

側面ディスプレイで後方監視用艦外カメラを見ると、発生装置の停止で薄くなった磁気バリアを波動バースト奔流が堪え切れずに突き破って逃げていく様が映っている。

火花を纏った3本の波動砲は表層バリアが受け止め弾き、中央の1本は深層バリアがいなして後方へ流していく。

大瀑布の流れを両断する大岩の如く、濁流を割って登る龍が如く、『アコンカグア』は決死隊へと近づいていった。

クル―たちから、感嘆と安堵が混じったため息が漏れる。

ベルイダは密かに拳を握りしめて、賭けに勝った事を確信した。

その距離127キロ、高度5366メートル。既に大気圏内だ。

 

 

「艦長、既に主砲の射程内です。攻撃目標の指示をお願いします」

 

 

余裕を取り戻したのか、クル―は次の一手を問うてくる。

恐慌状態から脱したクル―達に満足し、ベルイダは鷹揚に頷いた。

 

 

「中央の艦を最初に討つ。あの艦が敵の作戦の要のようだからな」

 

 

敵がとった作戦はおそらく、5隻が全部揃っていないと成り立たない。

3隻がバリアに小さな穴を空け、中央の2隻が何らかの手段でタキオン収束砲をさらに収束して注入してくる。

ならば、本命打を撃ってくる1隻に火力を集中して沈めてしまえば、それで彼等は烏合の衆になり下がる。

 

ふいに、視界を埋めていた青の濃度が薄くなる。

気付けば、タキオン収束砲を受け止めてできる波紋の数が少なくなっていた。

3隻の攻撃が止んで、急速にバリアの穴が狭まっているのだ。

表層バリアが回復し、穴を貫いていた波動バースト奔流と接触して飛沫を上げ……やがて、穴は完全に塞がれた。

 

 

「敵攻撃終了……敵艦隊、落伍します!」

「艦長、電気系統にオーバーヒートが起きています。戦闘航行に支障はありませんが、しばらくの間はバリアを使用することはできません」

「むう……さすがに彼奴らの捨て身の攻撃は防ぎきれなかったか」

 

 

敵艦はあきらかに砲口の口径よりも太い直径のエネルギー砲を撃ってきていた。

タキオン収束砲のような艦そのものを砲身とするタイプの兵器は、無理をすれば艦全体を危険に晒すことになる。運が悪ければ、その場で大爆発してもおかしくない。

確かに、乾坤一擲の攻撃は無駄ではなかった。撃破という当初の作戦目標こそ達成できなかったが、限界以上の力で放たれたエネルギー奔流はバリア発生装置に想定以上の負荷を与え、『アコンカグア』の切り札である攻防一体の鎧を剥がすことに成功したのだ。

 

 

「だが彼奴らは満身創痍、我らはいまだに一発も直撃されていない。いずれにせよ、今が好機だ。大気圏内航行モードに移行、砲撃戦用意!」

 

 

 

 

【推奨BGM:『地獄の黙示録』より《ワルキューレの騎行》】

 

 

 

 

ベルイダが眉間に皺を寄せて仇敵を睨みつけ、腕を前方に突き出して堂々と下令する。

見れば、5隻の空母はいずれも艦の各所から穴を空けて暴走したエネルギーを噴き出し、真っ赤な火焔と黒煙を噴き出して高度を落としている。

タキオン収束砲の砲口から、艦首から、艦腹から爆炎の塊が盛り上がり、錨とおもわしき構造物が船体から剥がれ落ちる。

一番主砲直下から爆発が起こって砲身が捻れ曲がり、甲板の破片が艦橋を直撃して波動砲用測距儀を切り断つ。

小さな船体に見合わぬ大きな力を使った代償をその身に受けつつ、力尽きた敵艦は黒煙を棚引かせて墜落していく。

 

 

「目標、正面の空母。攻撃開始!」

 

 

縦に並んだ23門の主砲群が一斉に火を噴き、断罪の太刀となって襲いかかる。

艦橋近くの小口径の弾が当たれば敵艦の装甲は弾き飛ばし、艦底側の大口径の弾は赤い船体を穿って大穴を開ける。

流れ弾は後ろにいる艦橋の大きな敵戦艦にも当たり、艦橋トップに火球を生み出す。

 

敵艦の姿が見る見るうちに形を変えていく。

灰色の塗装は剥がれて赤茶色を曝け出し、斜めに張り出していた4本のウィングは根本から吹き飛んだ。

艦内で起こる爆発も合わさって、10年も20年も時を進めたように廃艦へと急速に変えていく。

 

 

「副砲、射程に入りました!」

「艦長、現在攻撃中の艦の左右に位置している艦は同型艦と思われます」

「確かに、上部構造物の形状が似ている。船体の塗り分けも他の3隻とは異なっているし、同型艦だろうな。いいだろう、副砲は青い艦を叩き潰せ」

 

 

ベルイダの意を受けて副長は、片翼47門ずつの副砲群を左右の青い艦―――つまり『ミズーリ』と『ウィスコンシン』のことだ―――へ振り分けた。

巨大な主砲群に比べればいかにも豆鉄砲と言わんばかりの小口径な副砲だが、速射性能と主砲の倍以上の門数はそれを補って余りある。

たちまち両艦は血の豪雨と言わんばかりの弾幕に晒され、ダメージを間断なく受け続けた。

「涓滴岩を穿つ」の格言の如く、一発受けることで生じる装甲板の小さな凹みは次の一発によって大きさと深さを増し、まもなく大きな窪みとなり、やがては小さな孔となる。

一度開いた孔はすぐに直径を広げ、周りの装甲を侵食するかのようにその大きさを増していく。

たちまちに蜂の巣となった両艦は、秋風に翻弄される木の葉さながらフラフラとしながら『アマール』の重力に導かれるまま遠ざかっていった。

 

ベルイダの口元が哄笑に歪む。

先程までの威勢などどこへやら、打つ手を無くし力尽き、身を翻して逃げることすら適わぬ敵艦は無敵要塞『アコンカグア』の圧倒的な火力の前に成す術も無いままサンドバッグと化している。

もはや眼前の敵艦隊は無力化されたに等しい。

あとは『アマール』の都市という都市を巡り、徹底的に破壊し尽くす。

その間に低軌道上をうろついている地球艦隊が降りてくるならば、全力で迎え撃つ。来なければ抵抗する術を失った愚かな『アマール』国民の虐殺に移行すればいい。

いずれにせよ、我が方の勝利は揺るぎない。

メッツラーがしくじった惑星『アマール』攻略を、私は成し遂げるのだ。

そう思った瞬間、ベルイダの気分は最高潮になった。

 

 

「フハハッ、フハハハハハハ! いいぞ、もっとやれ! 我がSUSに抵抗しようなどという地球人も、奴隷国家としての本分を忘れたアマール人も、二度とSUSに逆らおうなどという気を起こさなくなるまで徹底的に調教してやる!」

 

 

ベルイダは、目前に迫った勝利に既に酔っていた。

副長も同じく、劣勢から持ち直した事に安心し、逆に一方的に敵艦を甚振っている乗艦の雄姿を見て興奮していた。

 

 

「艦長! 後方から高速飛翔物体接近!数は8! ミサイルと思われます!」

 

 

だからこそ、このタイミングで報告してきた部下の言葉など、二人は歯牙にもかけなかった。

 

 

「そんなもの放っておけ!」

 

 

部下を叱りつけて、ベルイダと副長は視線を艦橋の外へと戻す。

『アコンカグア』はマヤと同じ中型移動要塞。

単独敵拠点制圧を目的に建造されたのだから、『マヤ』ほどではなくともある程度の抗堪性はある。

たかだか8発程度のミサイルに意識を割いている内に、目の前の敵が爆沈する様を見逃したらどうするというのだ。

 

しかし、それが間違いだった。

彼は慢心せずすぐにバリア発生装置を再起動させて、今までやってきたように敵弾を完璧に防ぎ切るべきだったのだ。

 

ベルイダが『シナノ』の飛行甲板に大爆発が起きたことに歓喜した瞬間に敵弾は着弾し、

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン粒子の青い光がベルイダを背中から襲い、姿形も影すらも消し去った。




初めて人物のイラストに挑戦してみました。
南部の髪形って意外と難しい……というか、原作アニメだと顔の向きによって前髪の分け方が変わるからややこしい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝10―記されるかもしれない未来―

ようやく? アマール本土防衛戦は終結です。


【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト2199」より《絶体絶命》】

 

 

万策尽きた決死隊は文字通りの満身創痍、どの艦の艦体も乗員も傷だらけの状態だった。

限界を越えた波動砲過剰収束モードによる発射の反動が、艦首の最終収束装置、空っぽになったリボルバー式波動炉心に亀裂を発生させる。波動エネルギーが亀裂を突き破って外へ漏れ出し、あるいは波動伝導管を逆流して波動エンジンに流れ込んだ。

艦首魚雷庫や舷側ミサイルの弾薬庫が引火し、分厚い装甲板を吹っ飛ばして爆炎が上がる。

敵の衝撃砲によって穿たれた穴から黒煙が噴き出し、艦を覆い隠す。

炎の濁流は乗員を片っ端から飲み込んで艦内を駆け抜け、ついには艦後部の飛行甲板や格納庫に姿を現した。

狭い空間から広い格納甲板に躍り出た炎は、そこにあった大量の酸素、そして大気圏突入のため整備途中で放置されたコスモパルサーの航空燃料と反応して、文字通り爆発的な力を得る。

 

兵員待機室のドアが吹き飛び、ガラスが木っ端微塵に砕け散る。

室内にいた整備員およびパイロットは宇宙服を着ていたが、襲いかかる爆風は彼らを鯨飲していった。

艦尾の気密シャッターが見えざる拳の連撃を食らったかの如くあちこちが凹み、生じた隙間から更に空気が補充されて滅びの炎はさらに勢いづく。

艦が力なく落下していくその間にも、『マヤMk-Ⅱ』からの砲撃は艦を小突きまわす。

 

 

そんな中、ただ一箇所だけ蹂躙を免れた個所があった。

第三艦橋。近代化改装後も下部兵装の管制および予備艦橋としての役割を与えられているこの設備は、ヤマトの後継艦にしては珍しいことに一発の着弾も無く健在であった。

 

 

「第一艦橋! 第二艦橋! どこでもいい、応答して!」

 

 

高野明日夏は、恐怖と焦燥に心臓が潰れそうな思いをしながらも、一縷の望みをかけてマイクに向かって叫び続ける。

第三艦橋は図らずしも下部一番砲塔が盾となって、敵大口径砲の直撃を免れていた。

だが、むしろそれが故に、雨霰と降ってくる敵の攻撃の中に晒されていることにこれ以上ない恐怖を感じていた。

 

 

「お願い、誰か、誰か返事を……ぐす、ひっく、助けて!」

 

 

堪えていた涙が頬を伝うと、抑えていた感情が溢れだす。部下の前で精いっぱい張っていた虚勢が剥がれ落ち、第三艦橋を統括する宇宙戦士から22歳の女の子に戻っていた。

更なる衝撃に肩を震わせ、固く目を瞑る。

下部一番主砲は数十発もの砲弾を浴びて、既に鉄屑と化していた。

右砲は先端がひしゃげ、中砲は根本から折れて天―――この場合は下方だが―――を向き、左砲は千切れ飛んでしまって用を成さなくなってしまっている。

 

外見は改装前のまま、中身は再就役後のヤマトと同じく高度に自動化と省力化が進んだ設備に変貌を遂げた第三艦橋。

4人いる部下―――いずれも女性ばかりだ―――も恐慌状態に陥っており、被弾の衝撃の度に悲鳴が上がる。

その中でも高野は最後まで指揮官然としていたが、主砲の天蓋が弾け飛ぶのを目の当たりにしてついに決壊してしまっていた。

握りしめていたマイクを手放した高野は、そのまま崩れ落ちて操作台に突っ伏して嗚咽を漏らす。

さもあらん、お互いに銃を撃ちあっている際に感じる恐怖と、一方的に銃を眉間に突きつけられる恐怖では、比べ物にならない。

 

 

「もういや、死ぬのは嫌…克人ォ…」

 

 

衝撃の度に埃が舞い、ギシギシと建てつけの悪い家の様な不安げな軋み音が鳴る。

艦底から吊り下げられている第三艦橋特有の現象だが、目を真っ赤に腫らして泣いている高野には、ただただ恐怖心を煽るものでしかない。

 

 

「克人…助けて、克人……!」

 

 

高野はうわごとの様に助けを請う。

絶望に塗り潰された心に浮かぶは、将来を誓い合った恋人の名前。

第二次移民船団にスーパーアンドロメダ級戦艦のクル―として参加し、行方知れずになった男の名前だ。

 

 

『誰に助けを縋っているのか知らないが、その前に右に避けろ。そこからでも操艦はできるだろう?』

「………へ?」

 

 

だが、高野の走馬灯はどこからか聞こえてくる思いがけない言葉に中断された。

 

 

『おい貴様、聞こえているのか! さっさと右に避けなって言ってんだよ、流れ弾に当たって死ぬぞ!』

「だ、誰ですか?」

『戦艦《ネトロン》艦長のクリス・バーラットだ! 分かったら艦をどかしな! 他の艦はとっくに退避を始めてるんだ!』

「でも、操艦は第一艦橋で航海長が、」

『そっちが音信不通だから第三艦橋に通信してんだよ! 今はアンタが最先任だ! アンタが艦を動かすんだよ!』

 

 

強い口調で命令された高野は、ようやく状況を飲みこんだ。

ここから第一艦橋に通信が繋がらないように、他艦からの通信にも応答していない。

艦の頭脳である艦橋に深刻なダメージが発生しているのだ。

 

 

「わた、私が、艦を…?」

 

 

思いがけない言葉に、高野は狼狽する。

たしかに自分は第三艦橋を統べる立場にあり、緊急時には艦を操縦する権利を有している。

とはいえ、私が『シナノ』を操縦したのはシミュレーション上だけのことだ。訓練でも本物の操縦桿を動かしたことはないし、システムを起動させたこともない。

そんな私に、ぶっつけ本番でできるだろうか?

 

 

『そうだよアンタしかいないんだ! 時間がない、もうすぐ着弾するぞ! 流れ弾が当たっても知らないぞ!』

 

 

今一度強く諭された高野は、頬に流れた涙を両手でごしごしと拭って唇を真一文字に結ぶ。

内心の動揺を抑えながら、恐怖心を飲みこんで頷いた。

外がどうなっているかは、意識して見ないようにした。

 

 

「高野、操艦を受け取ります!」

 

 

誰に聞かせるでもなく、自らの決意を宣言する。

ディスプレイ前のテーブルが、戦闘班長席の波動砲トリガーと同じ仕組みでポップアップする。

高野の前に現れたのは、コスモパルサーのそれと共通規格ながら、遥かに多くのボタンが取り付けられている、レバー・ボタン一体型ジョイスティック。航海長席にある操縦桿を大幅に簡略化した予備操縦桿だ。

元来非常用ゆえ機能の多くがオートマチック化されており、航海長が行う操舵に比べて大味な操作しかできないのが難点だ。

同時にディスプレイの映像が操舵モードに切り替わり、操縦系統各所のステータスが表示される。

 

 

「攻撃用波動エンジン緊急停止、航行用波動エンジン稼働率20%、右主翼大破、左主翼稼働率低下、磁力アンカー喪失、姿勢制御翼全損、艦首スラスター群全滅、健在なのは艦尾スラスターのみ……絶望的ね」

 

 

大気圏内での航行に便利な二枚の主翼、四枚の姿勢制御翼がほとんど使い物にならない。

宇宙空間での転舵に使うスラスターは、敵に正対していない艦尾スラスターのみ。

それでも、やるしかない!

 

 

「面舵一杯!」

 

 

指の背が涙で濡れた右手で操縦桿をしっかりと握り、右に傾ける。

限界までスティックを傾けたことで艦尾スラスターがオートで作動し、ドリフトの要領で艦首が右に振られる。

左主翼が甲高い軋み音を上げ、つっかえつっかえながらエルロンが下がる。

もどかしくなる遅さで艦体が右に傾いて、緩い坂道に置かれたボールの如く、ゆっくりゆっくりと「シナノ」は右回頭を始めた。

 

その間も、『マヤMk-Ⅱ』の弾幕は容赦なく艦を小突きまわす。

艦が正対から右構えに移ることで、今まで下部一番主砲の陰で守られていた第三艦橋も敵に左舷を晒すことになるのだ。

艦首方向から流れてくる黒煙に大穴を空けて、赤い光芒が降りかかってくる。

夕陽よりも眩しい紅色の光が第三艦橋に差し込んできだ瞬間、ひと際大きな衝撃が第三艦橋を襲う。

 

 

「……!!」

 

 

閃光と振動に、思わず目を瞑る。

根元から千切れ落ちるのではないかという激しい衝撃はしかし、直前で左に逸れて第三艦橋から左右に張り出していたウィングを一瞬で蒸発させた。

 

 

「キャアアアッ!!」

 

 

四人の部下の悲鳴が、大気を斬り裂いたビームが生みだす爆音にかき消される。

敵の衝撃砲が至近距離を通過するたびに、熱せられた空気が膨張し、衝撃波が至近距離から第三艦橋を襲うのだ。

絶え間ない砲撃は苛烈を極め、光線が5発、10発と小さな艦橋を掠めるたびに、ときおりもげ落ちるのではないかと思うような大きな揺れが高野を翻弄し続けた。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

―――しかし、艦がバラバラに砕けるまで続くかと思われたエネルギー弾の暴風雨は、唐突に止んだ。

赤い閃光に代わり、深海のような青い閃光が窓ガラスから差し込んできたのだ。

間もなく空が熟柿の実の色に戻ると、そこには敵要塞の衝撃砲が曳く鮮血のような光の束は無く、ただただ水平線に沈みつつある日が齎す柔らかな斜陽だけがあった。

轟音も衝撃も無い時間が五秒、十秒と過ぎる。

誰もが突如訪れた沈黙を訝しがり、顔を伏せて恐怖に怯えていた部下達も恐る恐る辺りを窺い始めた。

 

 

「何が……?」

 

 

高野は硬化テクタイト製の窓ガラスの向こう側を凝視する。

敵要塞は太陽を背にして『アマール』本星に降下してきていた。

全高400メートル以上もの巨大要塞の魁偉な姿が、十字架のような影となって見えていたのだが……

 

 

「敵要塞が、消えてる?」

 

 

そこにあるのは、一点の曇りも無き、上下天光の夕暮れ。

卵色の太陽が海面を照らし、金波銀波の織りなす光の帯は、まるで錦絵のよう。

月をも吹き飛ばす威力の波動砲を、過剰収束モードでバーゲンセールのように大盤振る舞いに乱れ打っていたのが嘘のようだ。

 

 

「助かったんですか、私達……?」

「分からないわよ、私にも。敵がいないはずないんだけど……」

 

 

部下の呟きにも似た問いに、高野は眉を顰めたまま答える。

そんなことは、こちらが教えてほしいぐらいだった。

 

 

「レーダーに反応は?」

「それが、レーダーは砲撃ですべて破壊されてしまって、ブラックアウト状態です」

「赤外線は? エネルギー反応は? ワープアウト反応は?」

 

 

敵を検知する手段を思いつく限り問うても、部下は「お手上げです」と言わんばかりに首を振るばかり。

 

 

「目視で探すしかないってわけね?」

 

 

茜色の太陽光に目を眇めつつ、視線を左右に巡らせて、どこかにいるはずの中型要塞を探した。

惑星『アマール』の太陽、恒星サイラムは地球のそれと同じ主系列星で、海の中にゆっくりと沈みゆく姿は15000光年の彼方に置いてきた思い出と寸分変わらない。

暮れなずむ『アマール』の城下街は、上古の時代の地球を再現したかのようだ。

どこか懐かしさを感じる『アマール』の夕焼けを、しばし眺めた。

遊覧飛行と錯覚しそうなのんびりとした風景に、ここが戦場であることを忘れそうになる。

 

 

「………私達、今まで戦ってたんですよね? 『アマール』の命運をかけて」

「私も今、同じことを考えていたわ。何もかもが夢まぼろしだったんじゃないか、て思えるくらい……綺麗な景色だわ」

「でも、あれは夢なんかじゃないですよ。ほら、あそこにコスモパルサーの編隊が見えます」

「ええ、分かっている。でも、それじゃあ要塞はどこへ行ったの?」

 

 

高度を高くとって大きく旋回するコスモパルサー隊は、戦闘機動をとる気配は見られない。

名残惜しそうにその場でゆっくりと一周すると、銀色の翼を翻して、機首を高く上げて大気圏から離脱するコースを取り始めた。

まるで、黄昏時に烏が森へ帰るかのような、長閑な光景だ。

 

 

『《シナノ》、こちら《ネトロン》。まだ生きてるか?』

「バーラット艦長!」

 

 

今度は自信たっぷりの表情で、クリス・バーラットがディスプレイに現れた。

一仕事終えたとばかりにシガレットの煙を美味そうに吸い込み、紫煙をくゆらせる。

 

 

「これより我ら支援艦隊は、衛星軌道上まで戻り、警戒態勢に移行する。後のことは任せたよ」

 

 

言いたいことだけを一方的に言いきって通信を切ろうとするバーラットに、高野は慌てて食い下がる。

 

 

「ま、待ってくださいバーラット艦長! 敵は、敵要塞はどうなったんですか!?」

「はぁ? 見てなかったのか、お前?」

 

 

目を丸くして心底驚いたという表情をしたバーラット。

しかし、何か得心がいったらしく、乗り出していた身をイスに収めると、噛んで聞かせるように穏やかな声で告げた。

 

 

「そうか、アンタは操艦に手いっぱいで外を見る余裕なんてなかったのかもしれないね……安心しな。『マヤMk-Ⅱ』は私達が撃ち落としたよ。波動カートリッジ弾でな」

 

 

そう言って無邪気な表情を浮かべるバーラットに、高野達第三艦橋の面々は暫し茫然とした表情のまま凍り付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠山健吾side

 

 

【推奨BGM『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』より《悲しみのテーマ》】

 

 

地球人類とアマール人類の命運をかけた戦いから、6時間が過ぎた。

「マヤMk-Ⅱ」が爆発した音が今ごろになってこの地にやってきて、殷々と夜空に響き渡っている。

はるかな距離を渡ってきた轟音はその旅路の中で波長が間延びし、汽笛を思わせるおどろおどろしい超重低音に変わっている。

それは送葬曲の調べのようでもあり、悲鳴もあげずに死んでいた敵が叫ぶ怨嗟の声のようでもあった。

 

頭上には星。

地球から仰ぎ見る夜空とは全く違う星座が、満天の夜空を彩っている。

沈没艦の乗員救助活動の護衛と敵増援の警戒を兼ねて水雷戦隊と戦艦部隊が今も低軌道上に展開して、星屑の合間に波動エンジンのバーナー炎を煌めかせていた。

足元には海。

大破の損害を受けた決死隊の4隻―――『武蔵』だけは、「シナノ」の背後に隠れていて軽傷で済んでいる―――が、力なくその身を横たえている。

この星の固有種なのだろう、背中を淡い蛍光色に光らせたイルカのようなサメのような生き物の群れが、公園で走り回る無邪気な子供のように、遊弋する艦の周りで戯れに泳いでいた。

 

俺が覚えている最後の記憶は、真っ赤な煌めきが眼前一杯に広がったところまでだ。

どうやらそのときに敵要塞の衝撃砲が第一艦橋を直撃し、強化テクタイト製のガラスが木っ端微塵に砕け散ったらしい。その時に俺達は椅子から投げ出され、気絶したようだ。

第一艦橋が機能不全に陥っている間に、敵要塞は大気圏降下してきた「ネトロン」が斉射した波動カートリッジ弾を受けて跡形もなく吹き飛んだらしい。迂闊にも要塞は後方の磁気バリアを解除していたらしく、要塞の背中に深々と突き刺さった8発の実体弾は内側から大爆発を起こした。

 

戦闘終了後、推力が回復せずに『アマール』本星に軟着水した「シナノ」は、穿たれた破孔から大量の海水が入り込み、浮力を保てずにその場でゆっりと着底した。

幸いだったのはその場所が遠浅の海で、最上甲板が冠水する前に第三艦橋が海底に着いてくれたことだ。

艦は沈没の憂き目をかろうじて免れ、アマール軍の船に曳航されて港に入ることができた。

おかげで俺達第一艦橋の面々は生き残り、こうして上部一番主砲の残骸の前に集まってほんの僅かな休息を得ることができていた。

 

俺の左隣で、泉宮が潮風に揺れる金髪に軽く手櫛を入れる。

腰まで伸びる金糸が風の流れを受け入れて気持ちよさげに揺蕩い、サラサラと彼女の背中で流れた。

右隣では笹原が、物憂げに水平線をじっと眺めている。

さらにその隣に座っている有馬は、手慰みにそこいらに落ちている艦体の欠片を拾っては海に放り投げている。

有馬、笹原、泉宮を含めた四人は甲板の縁に並んで腰掛け、濃紺に染まった夜の海を眺めていた。

 

皆が皆、無事だったわけではない。

南部艦長は第一艦橋に被弾した際に飛び散った破片を頭に受け、医務室で緊急手術を受けている。

庄田は座席から放り出された際に、左肩を打撲した。

その他にも、被弾した個所にいたクルー、飛行甲板や航空機格納庫にいて弾火薬庫の引火に巻き込まれたパイロットが負傷し、命を落とした。

決して手放しでは喜べない、紙一重の勝利だったのだ。

 

 

「俺達がやったことって、何だったんだろうな?」

 

 

潮騒の音を聞きながら、俺はずっと感じていた疑問を口にした。

 

 

「私達は『アマール』を、人類の新たな故郷と隣人を守ったんですよ?何を言ってるんですか」

「いや……。健吾が言いたいのはきっと、そういうことじゃないんだ」

 

 

時折吹いてくる潮風に目を細める笹原が、俺の独り言に同調する。手近にあった何かの欠片を掴んで、

 

 

「無茶な機動をして、無茶な攻撃して、大量の死者を出して、結局は陽動部隊が止めを刺したって……結果だけ見れば、どっちが陽動だか分からねぇ。あんな簡単な方法で決着がつくんだったら、他にもっといい方法があったんじゃないか、て言いたいんだろ?」

 

 

力任せに投げると、弓なりの軌道を描いてポチャリと拍子抜けした音を立てて海に沈んだ。

 

 

「俺も、遠山の気持ちはなんとなく分かる……波動カートリッジ弾は、決死隊が空けた穴じゃなくて、敵が無防備にも空けた背中から着弾した。だったら、あんな力押しでバリアを破らなくても、何か相手の油断を誘ってバリアを解除させれば良かったんじゃないか、て……思いたくなる」

 

 

有馬は悔恨の表情を滲ませたまま、手に握った欠片をコロコロと手の中で弄ぶ。いくらか逡巡した後、そのまま下手投げにバラバラと放り捨てた。

 

 

「で、でも! あの時はアレ以外に方法はなかったじゃないですか? 相手の油断を誘うなんて遠回りで不確実な方法、できるような状況じゃなかったと思いますけど」

 

 

泉宮が、俺達は悪くないと擁護してくれる。

確かに、あの場ではあれが思いつく最善の方法だったし、結果として人類移住の地は守られた。

だが、それで溜飲が下がるかといえばそうではなく、俺達の無力感は消えることはない。

波動カートリッジ弾はカートリッジ給弾式の衝撃砲を搭載する旧型艦にしか配備されておらず、最新鋭のドレッドノート級やスーパーアンドロメダ級はおろか、近代化改装を施した決死隊の5隻にも無かったものだ。

もしも敵が怠慢やうっかりで『マヤMk-Ⅱ』の背面にバリアが張っていなかったのだとしても、さすがに攻撃を受けたらバリアを再展開するだろう。

そうしたら、もはや俺達に打つ手は残されておらず、チェックメイトだったのだ。

あの瞬間に必要だったのは、陽動部隊が持っていてなおかつ中型要塞を一撃で屠る破壊力のある兵器だった。

旧型艦で、たまたま砲塔の改装を受けていなかったアンドロメダⅢ級の「ネトロン」がこの作戦に加わっていなかったらと思うと、ゾッとしない。

 

 

「別に、艦長や副長を批判するわけじゃないんだ」

 

 

そういって、泉宮の勘違いを正す。

作戦会議の場には俺達も参加していたし、篠田副長の案に納得して作戦に臨んだのだ。二人を責める権利などあるはずがない。

 

 

「戦闘がひと段落してこうやって落ち着くと、ああすればよかった、こうすればよかった、もっと良い方法があったんじゃないか、て反省点が見えてくるってだけのことだ。……でも、それを失敗だと悔やんで嘆くだけじゃいけないってことは、艦長が教えてくれたから」

 

 

左頬を撫ぜる。

艦長に殴られたところが、思い出したように痛くなってきた。

 

 

「健吾さん、あのときのことをまだ……」

 

 

不安そうな顔を見せる泉宮に、苦笑いで答える。

そのことについては、今はあまり触れないでいてほしかった。

 

 

「それはそうと俺達、これからどうするんだろうな?」

 

 

有馬が気を利かせてくれたのか、重くなりそうな雰囲気を吹き飛ばす明るい声で話題を切り替えた。

 

聞いた話では、星間国家連合との決戦に臨んだヤマト率いる地球艦隊とアマール艦隊は、甚大な損害を受けたという。

奇しくもこちらの戦線と同じように敵は艦隊と共に磁気バリアで守られた要塞―――しかも、こちらの中型要塞とは比べ物にならない強大な―――が現れ、敵味方見境なく砲撃してきたらしい。

要塞を含めて星間国家連合軍の全てを撃破あるいは撤退せしめたものの、アマール艦隊は文字通りの全滅、地球艦隊もヤマトを含む40隻ほどが生き残ったのみのようだ。

笹原が拳に顎を乗っけて考える。

 

 

「太陽系内第4救出部隊は、また太陽系に戻って逃げ遅れた避難民の収容に向かうんじゃないか? 今回だって、たまたま居合わせてくれたから作戦に参加してくれただけだし」

「じゃあ、俺達アマール本土防衛軍は?」

「さぁ……全く分からないな。まずは『シナノ』が直らないと。まだドック入りすらしてないから、損傷の具合も修復の目処もつかない」

 

 

俺はそう言って、周りを見回す。

目を凝らすと、「シナノ」と並行して停泊している船舶のシルエットがぼんやりと見える。

連想するは、刀折れ矢尽き、落城寸前の天守閣。

決死隊として共に戦った戦友の姿だ。

敵要塞の総攻撃をノーガードで食らい続けた3隻の戦闘空母は、いずれも撃沈破されていないのが不思議なくらいの大損害を受けた。

「シナノ」と「紀伊」は主砲で強かに打ち据えられ、「ミズーリ」「ウィスコンシン」は中口径の副砲で細かい穴を満遍なく穿たれた。浮力は失われ、現在はアマール軍が貸与してくれたバルーンの補助でようやく着底状態を免れている。

砲塔はことごとく破壊され、レーダーマストは折れ、装甲板の損傷具合は蜂の巣という表現がぴったりだ。

バラバラに砕け散ったわけではないので、破棄されることはないだろう。あの「ブルーノア」だって廃棄処分にならないのだ、いくら旧型艦とはいえ貴重な戦力を見捨てるとは思えない。

近いうちにアマール軍基地のドックに収容されるだろうが、全ては推測の域を出ない。決戦部隊の生き残りが帰ってくれば、ドックが損傷艦で溢れ返るのは火を見るより明らかだ。

 

 

「今の『アマール』は防衛戦力に欠いている状態だ。次また、今回のような規模の敵が来たらどうするんだ?」

「……もしも敵がまたやってくるようなら、損傷を押してでも出撃せざるを得ないだろうよ」

 

 

笹原と有馬の発言は至極尤もだ。

アマール本土防衛軍で現在も戦闘行動が可能なのはスーパーアンドロメダ級戦艦「ノース・カロライナ」「ライオン」「クロンシュタット」、ドレッドノート級戦艦「フジ」「シラネ」「ヨウテイ」。緒戦のように相手に攻撃のチャンスを与えずに初撃で殲滅できなかったら、圧倒的に火力が足りないこちら側は圧倒的不利に立たされる。

 

 

 

「今度、敵が来たら……」

 

 

言いかけた言葉を飲み込む泉宮。

かける言葉が見つからず、俺達も黙り込んでしまう。

しまった、せっかく有馬が暗い雰囲気を変えようとしてくれたのに、また場が重くなってしまった。

今度は俺がなんとかせねば。

 

 

「さ、さあて。そろそろ第一艦橋に戻るか。いつまでも修理作業を副長に押し付けてたら、後々うるさそうだからな」

 

 

かなり無理のあるフリだが、あながち嘘でもない。

篠田副長は敵弾直撃の際には軽傷で済み、今は本職である技師長として修理作業の陣頭指揮を執っている。

俺達は副長の許可を得て休憩しているが、あまりのんびりしすぎるのも気が引ける。

 

 

「ま、ご老体にばかり仕事させるのも気が引けるってね。力仕事は若い者の特権!」

 

 

縁から立ち上がった拍子に両手を上げ大きくて伸びをした笹原が、そのままムキッと力こぶを作る。

制服越しでも分かる分厚い胸板がピクピクと動いて、気持ち悪いこと極まりない。

笹原に続いて、有馬が引き攣った顔で立ち上がる。

 

 

「いや、笹原。普通の人は機械任せだから。筋肉ダルマなお前だけだから。あと、今言ったこと副長にチクるから」

「げ! 今の無し! おい、ちょっと待てって! 俺既にパンツ一丁で艦内一周なんだぞ!」

「今度はパンツ一丁で飛行甲板10周とかになるんじゃないか?」

「更なる羞恥プレイ!? ていうか、なんでお前だけお咎め無しなんだよ!?」

 

 

ぎゃあぎゃあ言い争いながら、俺達をほったらかしにして先に行ってしまう二人。

俺も立ち上がろうと右膝を立てたところで、

 

 

「……もしも辛かったら、私に言ってくださいね?」

 

 

波音に紛れてしまいそうな小さな声と、左手に重なる柔らかな感触。

振り向くと、暗がりでも分かるほどに顔を赤らめた泉宮と至近距離で目があった。

いつもはどこか控え目な彼女が、恥ずかしがりながら一生懸命に視線を合わせてくる。

その真剣な瞳に、吸い込まれそうになる。

 

 

「あ、ああ。もしそうなったら……頼む」

 

 

何故か彼女を見ていられなくて、彼女の視線を避けるように正面に向き直る。

胸に甘い痛みが落ちた……ような気がした。




という訳で、まさかの波動カートリッジ弾オチでした。主役に活躍させないのが夏月クオリティー。
ちなみに、止めを刺したアンドロメダⅢ級は外伝だけでなく、本編でも活躍しています。(出撃編第九話参照)
さらにちなみに、バーラット艦長のあのセリフは、某赤い弓兵のパクr……オマージュです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝11―綴られるかもしれない未来―

皆さん、2205はご覧になりましたが?
戦闘空母と補給艦が出てくるとは、想像もしませんでした。



【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト完結編』より《島大介のテーマ》】

 

 

アマール本土防衛戦から一ヶ月。

あれ以来、「アマール」にも移民船団にも敵が襲いかかって来ることはなかった。

凪いだ海のように変化のない日々が、カスケード・ブラックホール発見以来の激動の三年間は何だったのかと文句の一つも言いたくなるような穏やかな日々が、連続ワープの如くあっという間に過ぎていっている。

第三次移民船団までの生存者約6億3千万人に最後の移民船6隻に乗った60万人、そして太陽系内外に分散していた開拓民約1200万人を合わせた全地球人類約6億4300万人は、二重惑星のどちらかへの移住が完了。

地球防衛軍旗艦『ブルーアース』が移住地アマールβ、通称「アマールの月」に到着して以降は、「国家並びに政府再生プログラム」が稼働を始めたこともあって、野放しだった無限の荒野に開拓の手が急速に進んでいった。

 

その一方で、人類が見捨てた地球は、科学者たちの予測通りにカスケード・ブラックホールに呑みこまれていった。その様子は最後に地球を脱出した宇宙戦艦ヤマトが映像に残しており、直後に合流した太陽系残存救助隊を経由して「アマールの月」に送信され、一般公開された。

科学局長官だった真田さんは、最後まであの地球と運命を共にしたという。その理由が「科学者として最後まで見届けたい」というのだから……本当に、あの人らしい。

カスケード・ブラックホールに飲み込まれた地球は、何故か銀河系中心部分のブラックホール周辺に現れたことが、太田さんが艦長を務める波動実験艦『武蔵』の超長距離探査によって分かっている。今は宇宙戦艦ヤマトがその最後を見届けに行っているが、それっきり消息が途絶えている。近々、捜索隊が編成される予定だ。

 

銀河中心方面と言えば、アマールの二連星があるこのサイラム恒星系は天の川銀河の中心からほど近く、かつては巨大国家ガルマン・ガミラスとボラー連邦をはじめとして、いくつもの星間国家が勢力を争っていた宙域だ。赤色銀河衝突以降、両大国の勢力が大幅に減衰して混沌に陥った間隙を縫ってSUSが版図を拡大し、大ウルップ星間国家連合を創設したらしい。

サイラム恒星系に住む以上は大ウルップ星間国家連合のみならず、ガルマン・ガミラスおよびボラー連邦の動向にも注視しなければいけない。いずれ、ボラー連邦やガルマン・ガミラスの現状を含めた銀河中心宙域の情報収集が必要だろう。

 

閑話休題。

 

人類の新たな隣人となった惑星アマールα、通称アマール本星も、徐々にではあるが復興が進んでいる。

弾痕と瓦礫に埋め尽くされていた古式ゆかしい石の街は、往時の姿を取り戻さんと建築ラッシュに湧いているという。かつての中東文化圏のそれを彷彿とさせる街並みを再び見ることができるのは、とても素晴らしい事だ。

地球人とアマール人との仲は―――アマール本星の地球人居住区では、個人間で多少の意見の違いや諍いもあるようだが―――少なくとも国家間では概ね良好だ。ヤマトが在アマールSUS地上軍を殲滅して陥落寸前だった王宮を救った事が、イリヤ女王やアマール国民の心証を大幅に向上させてくれたらしい。

 

それを恩義に感じてかどうかは不明だが、現在アマール本星の軍港には何故か地球防衛艦隊の艦艇がひしめいていて、あたりには金属を叩く音が響き、溶接の際に生じた焦げた匂いが充満している。アマール政府が、地球防衛軍艦艇の修理のためにドックを無償貸与してくれたのだ。

もちろん国家と国家の間で交わされたこと、単なる善意だけによるものではない。

アマール国は、地球防衛軍の再建に協力する代わりに、自国の防衛を一時的に地球が肩代りしてくれることを期待しているのだ。

 

一ヶ月前のあの日、アマール国が所有する宇宙艦隊はSUS率いる星間国家連合と雌雄を決するべく、ヤマトを追って出撃していった。

そして、その悉くが還ってこなかったのだ。

元々アマール国は、資源を提供することを見返りにSUSの軍事的庇護の下にあった。それゆえに戦力は―――その質はともかくとして―――少なく、圧倒的規模で迫りくるSUS艦隊に勝ち目は全くなかったそうだ。また、艦隊を統べるパスカル将軍が本土防衛の指揮に忙殺され、艦隊への指示が上手く伝達されなかったとか。

国土が蹂躙されているにもかかわらず艦隊が動かなかったのも、どうやらそのあたりに理由があるらしい。

ヤマト、そしてエトス艦隊がSUSの魔の手から「アマール」を解放したことでようやく指示系統が回復し、地球艦隊の決戦に同行することが叶ったのだ。

 

しかし、結果を見ればアマール艦隊は全滅。

今度こそ完全に制空権は失われ、「アマール」本土を防衛する手段が全く無くなってしまったのだ。

そこで、アマール政府は戦力が残っている地球連邦に協力を仰ぐことにした、という訳だ。

 

 

「でもそれって、依存する相手がSUSから地球に変わっただけじゃないですか?」

 

 

とは、退院してきた佐藤優衣の言葉だ。

 

 

穿った見方をすればアマールは地球に犠牲を押しつける形になるが、地球連邦側もこれを拒否することはできない。地球連邦にとっても移住先を提供してくれたアマール政府には大きな恩を感じているし、アマールαとアマールβは一蓮托生の運命にあることも十二分に理解している。アマール本星には地球人居住区もあるのだ。

アマール政府の全面的な協力のお陰で、地球防衛艦隊―――という名称は一応まだ変わらないでいるのだが―――の戦力は急速に回復しつつある。とはいえ、ヤマトが引き連れていったドレッドノート級、スーパーアンドロメダ級は大半が沈没してしまったため、現存する兵力の多くが旧型艦だ。

おかげで地球防衛軍は、移民船団護衛戦で沈没判定を受けた艦まで回収してサルベージする破目になってしまった。

 

……まぁ、サルベージして『シナノ』を造った身としては、苦笑いするしかないのだが。

 

原型を留めないほどにまで散々に痛めつけられた第一次移民船団旗艦にして第一艦隊旗艦の『ブルーノア』は、外装こそまだ張り付けられておらず骨組みが丸見えではあるが修理は順調に進んでいて、到着直後に見た消し炭同様の姿の面影はもはやない。

第二次移民船団の旗艦にして第四艦隊旗艦『ブルーオーシャン』は比較的損害が軽かったため、既に戦線復帰して「アマール」周辺宙域の警戒に当たっている。

第六艦隊旗艦になるはずが未完成のまま政府に接収され、動く連邦政府中枢としての機能を果たしてきた『ブルーアース』はその任を解かれ、武装を施したうえで正式に軍艦として完成した。ある意味では、新天地で初めて完成した軍艦ともいえる。

他にも第二艦隊旗艦『ブルーアルゴ』、第三艦隊旗艦『ブルースカイ』が修理待ちの状態だが、修理の進捗具合によっては共食いして一隻に統合するかもしれないという。ちなみに、第五艦隊旗艦『ブルームーン』はあまりに損傷がひどいため修理用鋼材としての利用も期待できず、そのまま廃棄となった。

 

修理が進んでいるのは、我が『シナノ』も例外ではない。

艦の顔である第一艦橋は概ね修復が完了し、残るは簪―――コスモレーダーのことだ―――を飾り付けておめかしするだけとなっている。

過剰収束モードの負荷に耐えきれずスパークを上げて故障し、最後には大破着底の際に水没してしまった波動エンジンも、すっかり元通りだ。

さらに嬉しい事に、アマール政府がSUSに提供していたという鉱物資源を使うことで、その膨大な負荷に(計算上は)耐えられるようになった。つまり、これからはいつでも過剰収束モードで波動砲が撃てるようになったのだ。

もっとも、過剰収束モードを使うことは二度とないだろう。

あのときは『アマール』を救いたい一心でやったが、今考えてみれば恐ろしい話だ。月一つ噴きとばす力を持つ最新の波動砲を4発分、しかも『武蔵』のトランスドライブシステムでさらに収束させたのだ。目の前のディスプレイに「計測不能」の文字が出た事、つまり艦の安全が保障されていない兵器を運用して艦とクルーに損害を与えてしまったことに、副長として一人の技術者として、激しい後悔の念を感じていた。

 

そう、俺は責任を取らなければならない。

艦を危険に晒し、クルーを犠牲にしてしまった片棒を担いだ俺は、宇宙空母『シナノ』の副長としては相応しくないのだ。

だというのに―――

 

 

「俺が、艦長?」

 

 

目の前でベッドに背中を預けている、俺にとって先輩で、旧友で、上司の男は、そんなことをのたまっているのだ。

ここは、アマール本星は地球人居住区にある病院のとある個室。

移民船団の護衛途中で発生した諸々の戦闘で傷ついた兵士が療養するために、第一次移民船団の生き残りがアマールに到着してすぐに建築された施設だ。

 

一ヶ月前、アマール本土防衛戦の最後、第一艦橋を直撃した敵要塞の衝撃砲は強烈な衝撃と沢山の破片を生んだ。

第一艦橋の正面前面、戦闘班長の席にいた南部艦長は飛んできた破片を頭に受け、頭部裂傷の大怪我を負った。すぐに医務室で緊急手術が行われ、戦闘終了後はここに搬送されて療養していたのだ。

 

 

「ああ。お前にやってもらいたんだ、篠田」

 

 

地球防衛軍のキャップを浅くかぶって頭に巻いた包帯を隠している南部さんは、両肩に懸けたコートを左手で押さえつつ、病室の窓から見えるアマールの夕焼けを見つめている。

 

 

「何故、俺なんですか?」

 

 

表情を固め、押し殺した声で、俺は問う。

 

 

「お前、副長だろうが。負傷した艦長の代わりを務めるのが副長の役割だろう?」

 

 

南部さんが「そんなことも知らないのか」と言わんばかりの呆れ顔をする。

だが俺は、そんなつもりで言ったわけではない。

 

 

「……俺は本来技術屋なんです。向いてませんよ、指揮官なんて」

 

 

目の前にいるのは、波動砲発射を決断して実際に撃ったいわば「実行犯」。そして俺は、艦長にそれを教唆した「真犯人」。

唆した身としては、過剰収束モードを用いたことを後悔しているから、とは気まずくて言えなかった。

 

 

「だが、『シナノ』のことは、建造から関わってきた俺とお前が一番よく知っている。加えて、実戦経験もある歴戦の戦士だ」

「赤城さんがいるじゃないですか。彼は第二の地球探しの時から実戦に身を晒しているんでしょう?」

「大六は波動エンジンの運用のプロフェッショナル……いや、あいつはただのエンジン馬鹿だ。艦の指揮とか頭を使うことはできねぇよ」

 

 

それを言ったら俺は機械馬鹿だ。設計図と艦の事は分かっても戦争と部下の心は分からない。

 

 

「俺は指揮官としての訓練を受けていません。副長という立場だって、技術班長と兼任だったから副長らしい事なんて何もしていません」

「入植のアレコレででてんてこまいの現状で、そんな形式的で瑣末なことを上が気にする暇があると思うか?資格と適性のある軍人をよそから探して連れて来るより、副長がそのまま昇格したほうが書類仕事が楽だし、混乱もないだろう?」

「資格じゃなくて、能力の話をしているんです!……俺は、艦長の器じゃありません」

 

 

思わず声を荒げてしまう。

まずいと思いすぐに声を落としたが、寄った眉間だけは直らなかった。

 

 

「篠田。お前とは、10年以上の付き合いだ。俺達が名古屋にいた時から、お前を長年見てきた。それこそ、弟のように思ってきた」

「南部さん……」

「その経験から、お前なら艦長の職が務まると判断した。よそからやってきた艦長よりも、俺はお前の方を信用する。『シナノ』には、『シナノ』のクルーにはお前が必要なんだ」

「ですが……」

 

 

それでも躊躇する俺に、南部さんは窓の外を向いたまま、なおも言葉を重ねる。

 

 

「……ここからは、アマールの夕日が良く見えるんだ」

 

 

南部さんに無言で促されて、窓に近づいた。

そこには地球人居住区の街並みと、その向こうにアマールの大海へと沈む太陽の姿があった。

雲間から顔を覗かせた夕陽が海面を照らして、金波銀波が織りなす光の綾波は、まるで錦の織物を敷いたかのようだ。

差し込んでくるオレンジ色の光明に、俺は手を翳して目をすがめる。

 

 

「夕焼け空は、まだ苦手か?」

「……いえ、海ならばまだ大丈夫です」

「そうか。……綺麗な、太陽だな」

「ええ。本当に、そう思います」

 

 

そうか、と呟いたきり、俺と南部さんは無言で太陽が海の向こうに隠れゆくのを見届けた。

正直なところ、夕焼けはいまだに俺のトラウマだ。

だが、地球では当たり前だったあの光景が今となってはもう見られないのかと思うと、今見ているこの夕日もとても貴重なものに思えてくる。

太陽がとっぷりと沈んで夜の帳が下りてきた頃、遠い目をしていた南部さんが昔を懐かしむ口調で、沈黙を破った。

 

 

「暗黒星団帝国が地球を侵略してきたあのとき……命からがら逃げのびた当時のヤマトクル―は、誰に言われるでもなく、英雄の丘に集まった。俺も、夕焼けだか空が燃えているのか分からなくなるような横浜の街を、太田と一緒に英雄の丘まで逃げてきた」

「……」

 

 

その語り口に懐古以外のものを感じ取り、俺は言葉を挟む事が出来なかった。

 

 

「英雄の丘に着いたのは、日が暮れた後だった。あそこで見上げた空も、今見ているこのアマールの夜空のように……本当に綺麗な星空だったよ。街が遠くで燃えている以外はな」

「本当に絶望的だった。お前も知っている通り地球の主たる大都市が同時に奇襲され、地球はあっという間に占領されてしまった。地球連邦の中枢もあっと言う間に掌握されて、何の情報もない俺達は、ただただ嘆き悲しむしかなかった。……そんなとき、相原が持っていた通信機で真田さんに連絡をとったら、イカロスにヤマトが隠匿されていると知った。あのときは嬉しかったね。最後の希望が残っている、これで敵と戦える、地球を救うことができるって」

 

 

そう語る南部さんの目が、心なしか涙に輝いているように見えた。

その日見た夕日と今ここにある夕日をダブらせて見ているのだろうと、根拠もなく確信した。

 

 

「あのときだけじゃない。ガミラス戦役のときだって、ガトランティス戦役のときだって、アクエリアス接近のときだって。いつでも地球にとって、ヤマトは人類の最後の寄る辺、希望の象徴だった」

 

 

南部さんがゆっくりと窓から視線を外し、こちらに顔を向けた。厳しい表情の俺と、視線が合う。

前言までの明日の天気を聞くような軽い声とは裏腹の、至極真面目な表情だ。

 

 

「『《シナノ》が新たな地球のまほろばにならなければならない』……この言葉、覚えているか?」

 

 

その真っ直ぐ真摯な眼差しは、目を逸らすことを許さない。

 

 

「……ええ、勿論です。12年前のあの日、試験航海の時に芹沢艦長が演説された言葉です」

 

 

あの時の芹沢艦長の演説は、今でも全文覚えている。

 

君はこれまで何を失ってきた?

君はこれまで何を守ってきた?

君はこれから何を守る?

君はこれから何を手に入れる?

 

誰もが、何かを失っていた。

誰もが、もう失いたくないと思っていた。

そんな俺達の心を代弁したあの言葉は、今でも色褪せずに俺の戦意の源泉として息づいている。

 

 

「そうだ。ヤマトが銀河系中心部に行ってしまった今こそ、『シナノ』が新たな地球のまほろばに、希望にならなきゃいけない。俺はそう思っている」

 

 

艦長の静かな熱意が、少ない言葉からも伝わってくる。

芹沢艦長の意志を継ぎたい、完遂させたい。それは、俺も同じ気持ちだ。

ならばこそ、俺は南部さんが艦長を続けるべきだと思う。

俺は、南部さんと一緒にやりとげたいのだから。

 

幸い、怪我は軍人生命を奪うような深刻なものではない。今はゆっくり養生して、しっかり体を直してから復帰してくれればいいのだ。

それなのに、何故南部さんは俺に艦長職を譲ろうとするのだろうか。

拳を、肩を震わせて、悔しそうに唇を真一文字に噛みしめて、それでも俺を推す理由は何なのか。

 

 

「できることなら、俺がやりたい。だが、この怪我では足手まといになるだけだ。だから篠田、芹沢艦長のあの演説を聞いていたクルーとして、同じ道を歩んできた同志として、頼む。お前に俺の、あのとき芹沢艦長の演説を聞いていた皆の願いを託したいんだ」

 

 

この通りだ、と南部さんは制帽を取って深々と頭を垂れた。

その姿に悲しい衝撃を受けつつ、しかし俺は頭の片隅で彼の言葉に違和感を覚えた。

彼の肩を両手で支えて、俺は言った。

 

 

「頭を上げてください、南部さん。おかしいですよ、部下に頭を下げるなんて。……もしかして、出撃が近いんですか?」

 

 

俺がこんなことを質問してくるとは思いもしなかったのだろう、きょとんと目を丸くした南部さんは、やがて「お前にはかなわないな」と呟いて苦笑いを浮かべた。

こんなときばかり当たる俺の勘が、いまだけは恨めしく思えた。

 

 

「お前の推理通りだよ、篠田。一週間後、1000時。それが、出港の日時だ」

 

 

ようやく、俺に艦長を勧めてくる理由に得心がいった。

次の出撃に自分の治療が間に合わないから、俺に託そうということなのか。

 

 

「敵襲……というわけではありませんね。それなら一週間後なんて時間を指定するわけがない。どこかの星へ向かえということですか?まさかSUS本国へ?」

「いや、それはない。仮にSUS本国への侵攻だとしても、まだ戦力が充分に回復していないだろう?」

「確かに、回復どころか一隻も新造されていませんから今はアマールの防衛だけで精一杯ですね。それじゃあ、どこへ?」

「それは――――――」

 

 

南部さんが告げた目的地に、俺は驚愕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマトⅢ』より《ヤマト新乗組員のテーマ》】

 

 

ついに、出撃の日が来た。

その日は軍艦の出発に相応しくない、のどかな快晴だった。

見上げる空は碧落一洗、見渡す海は一碧万頃、アマールの太陽の日差しは春の陽気のようにうららかで、小舟で漕ぎ出した沖合で小波に揺られながら居眠りをしたら、さぞかし気持ちいい事だろう。

 

時間は出港前の午前9時。

場所は『アマールα』首都沿岸部の軍港内にある、とある乾ドック。

注水口から轟々と流れこんでくる海水にわずかに身を揺らす、黒鉄色に輝く艋艟が一隻。

その姿は、つい一ヶ月前には瀕死の状態だったとは思えない。

雨霰と穿たれてフジツボの群生の様相を呈していた孔は完全に塞がれて元の曲線美が戻り、煤と煙に汚れていた硬化テクタイト製のガラスは徹底的に磨かれて光り輝いている。

塗りたての塗装は、いまだにシンナーの香りがしそうな程だ。

復旧した対空砲火群は銀色の細長い砲身を高々と掲げ、46センチ衝撃砲は巨木のような砲身を横たえる。その巧緻なデザインが人々に愛されていた艦橋は、まさに空に聳える黒金の天守閣。

水線下を赤く染められた舷側も、久々に浴びる海水を玉と弾いて喜んでいる。

 

アマール国の技術供与もあってめでたく修復成った、宇宙戦闘空母『シナノ』。

2隻の曳航船によってドックから引き出された『シナノ』は湾内の停泊場所まで曳航され、乗組員が乗った内火艇を次々に収容していった。

 

出港30分前。

 

『シナノ』の上部飛行甲板には、クルーが全員集まっていた。

戦闘班、航海班、技術班、航空科だけでなく、普段は波動エンジンの整備にかかりきりで機関室から出てこない機関班も整列している。

ずらりと揃った顔は、従来のクルーの間に学生と見紛うばかりの若者が多く混じっている。

アマール本土防衛戦の際に戦死したクルーの補充要員が―――とはいえ、そのほとんどが新兵なのだが―――着任したためだ。

 

彼らが見つめる先、航空指揮所の前には朝礼台が置かれ、その左右には『シナノ』の幹部クルーたる第一艦橋メンバー。

その場に、南部康雄の姿はない。

やがて一人の男が、朝礼台の上に立った。

遠山健吾戦闘班長の号令で乗組員は一斉に右の握り拳をまっすぐ前に伸ばし、肘を折り曲げて右親指を心臓に当てた。

彼らの一糸乱れぬ敬礼に、壇上の男は右手を制帽のひさしの右斜め前部に当てる、いわゆる挙手注目の敬礼で応えた。

 

 

「副長の篠田恭介だ。南部艦長の命により、艦長が快復されて軍務に戻るまでの間、私が艦長代理としてこの艦を指揮することになった。よろしく頼む。」

 

 

本来ならばここで訓示の一つでもするのだが、と一言断り、篠田は一度咳払いをする。

 

 

「早速だが、本艦はこれより特殊任務のためただちに出港する。『アマールβ』低軌道上にて味方艦隊と合流し、艦隊を編成して天の川銀河中心部へ向かう。目的地は――――――エトス星だ」




イラストを同時投稿するつもりでしたが、遅々として進まないので、文章を先に投稿。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。