リリカル!黄金十字! ──What a beautiful nostalgia── (るべおら)
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サブストーリー 追憶編
プロローグ 黒い髪の少女


始まりますよ追憶編。
初っ端から鬱展開注意。ちょっとグロいかも。


プロローグ 「黒い髪の少女」

 

 

 

─────あははは…

 

─────あははは…

 

 

誰かが笑う。暗闇の中で。

ただ、無邪気に笑っている。

無邪気であるが、無垢ではない。そんな、笑い声。

子供の笑い声にも似ているけれど、例えるならむしろ…玩具の様な笑い声、が正しいか。

次に響いてくるのは、感情を孕んだ高い声で。

 

『彼が動いた』

 

楽しそうに、そう告げる。

 

『まただ、また動いた。彼が。懲りもせず』

 

紡ぎ出されていく、見下した旋律。

 

『あははは。彼はまた足掻くのか。今度は、幼い少女を連れて』

 

機械仕掛けの、無機質な声音。

聞くものを戦慄させる、その言霊。

 

『彼はまた、その力を悪戯に振るうんだ』

 

『赤褐色の発条(ぜんまい)も見つけられない癖に』

 

『また、手を伸ばすんだ。性懲りもなく。飽きもなく。それが無駄と知りながら』

 

『あの、変わり者の数式医の様に』

 

『ねえ、2代目の地球王』

 

『ねえ、2代目の輝光王』

 

『─────君の黄金瞳は、憂いているよ』

 

 

─────あははは…

 

─────あははは…

 

嗤う嗤う。

ただ、何時迄も嗤っている。

彼は、彼女は、これは。

 

ただ、世界の果てより人々を嘲笑する。

ただ、それだけの《存在》─────

 

無垢な者にとって、それは知る必要の無いものだった。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

─────聞こえるだろうか。この、音が。

聞こえないだろう…それも、いい。

この音を聞く必要はない。

狂人が穴を掘り進める音を聞いてしまえば、それだけで狂いに堕ちていってしまうだろう。

 

─────聞こえるだろうか。この、声が。

聞こえないだろう…それも、いい。

この声を聞く必要はない。

輝きを笑うこの声を聞いてしまえば、それだけで人は発狂してしまうことだろう。

 

なれば、なれば…

 

「なればこそ、私はこう言おう」

 

1人の男が、そう呟く。

 

世界の片隅で、そっと輝きを守る彼。

虹の男と呼ばれる彼。

光にも、黄金にも例えられる彼。

赫い黄金瞳と呼ばれ、恐れられたその瞳は真っ直ぐに、大空を睨めつけるように開かれている。

 

強い、風に。

 

─────赫い軍服が、はためく─────

 

「呪われた我が身、脆い牙」

 

「輝きを喰らいし、我が形」

 

「故に、私はお前を赦せない」

 

「全てを失っても、輝きを、世界の、先へ」

 

「─────それを、契り、誓いと、私は呼ぼう」

 

契約か。否、それは『誓約』だ。

ガクトゥーンの鐘の如く、彼は輝きを纏い誓いをたてる。

 

─────全ては。全ては…

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

朝、私は暖かな日差しを受けて目が覚める。

窓から差し込むその光は部屋を照らし、窓辺に置いてあるビンでキラリと反射した。

日差しは大好き。ポカポカする。あたたかい。

零れ落ち、降り注ぐその光を少しだけ見つめた後に部屋を見渡す。

いつもの部屋。

ハルトと、私…プレシア・テスタロッサの部屋。

いつも通りの部屋。

何も変わらない、何も変わる筈もない。

ただ、そこにハルトの姿はない。…何時もの事だ。

彼は、私よりも遅く起きてくる事も無ければ、私よりも早く眠る事はない。本当に寝ているのかさえわからない。…何時もの事だ。

取り敢えず顔を洗わなきゃ。

そう思い立ち、私は重い体を引きずるようにベッドから這い出る。朝の弱い私は何時もこうだ。

フラフラとする頭を抑えながらなんとか洗面所まで来て、蛇口をひねる。

そしたら、出てくるのは冷水で。

あたたかくなる前に急いで顔を洗う。

あたたかい液体は、何となく苦手。

あたたかいパンは好き。

あたたかいハルトの手は好き。

でも、あたたかい液体だけは苦手。

理由は、わからないけれど。でも…何だか嫌なことを思い出しそうな気がするから。

顔を洗ったら、今度は少しだけ髪の毛をチェックする。ついこの間、ミゼットやリア、そしてハルトに整えてもらった長い髪の毛。

別段、お洒落などに興味は無いけれど。…それはそうだ。私はまだ子供。

でもこの髪の毛は…ハルトが綺麗だと言ってくれたから整える、一応。

ついでに鏡で自分の顔を覗き込んで、少しだけ鏡に映った自分と見つめ合う。

みんなが綺麗だと言ってくれる瞳。でも、自分はそうは思わない。

だって、リアの瞳の方がずっとずっと、綺麗。

あの、キラキラとした猫のような黄金の瞳。あれにはいつも魅入ってしまう。

あの瞳をもし私が持っていたら、ハルトはもう少し私を見てくれるのかな?なんて。

そんな、下らない事を考えて…止めた。こんな意味のない事。

わからないのだ、理由は。…でも、出会った時から、あの救われた時から、私の瞳はハルトを追うことが確かに多くなっていて…

少しだけ溜息を吐いて、洗面所を離れる。

窓の外を見上げれば、何時の間にか曇り空になっていて。

もしかしたら、直ぐに雨が降るかもしれない。

─────空を見るのは好き。

それが、例え曇天であったとしても、私にはそれがとても綺麗な空に映る。

それはきっと…

私が子供だからだろう。

私が何も知らない子供だからだろう。

水溜りではしゃぐ子供は、脚が濡れるという煩わしさに気付きはしない。それと、同じ。

同じなのだ。私が、何も知らない事は。つまり。そういうこと。

こうして、明けたばかりの空を見つめながら、私は静かにハルトの帰りを待つ。

 

 

 

* * * *

 

 

 

─────雨は、嫌いだ。

 

誰もが眠っている、明けたばかりの空。

小降りの雨の中、ハルトはある人物に会うために早朝の道を進んでいた。前を見ずに、空ばかり見上げて。

 

彼は何時もいつでもそうだった。

 

ずっと、空ばかりを見ている。

そこに何があるって、何もない。

そこには澄み渡る蒼天が広がっているだけ。

そう、灰色の雲に覆われた彼の故郷では最も尊きもの、すなわち青空が。

そういえば、とハルトは思い出す。

遥か昔の事ではあるが、雨が好きだと言っていた友人がいたな、と。

まだ、ハルトが「エル」という人間であった頃の事。

輝きを持ち、存在しない筈のモノとも会話が出来るハルトにだからこそ出来た友人。

薄赤色の瞳を持った少女を連れた、あの変わり者の数式医(クラッキング・ドク)

ハルトが出会った頃には、既に彼は正しく人と呼べる存在ではなかったが、常に彼の傍にいた太陽の様な笑顔を咲かせる少女を見れば、なるほど、彼らはそれで幸せなのだとわかった。

それは、ハルトが黄金の螺旋階段を登る前のことだ。

その友人から、ハルトは数式医としての技術を教わった。いわば友人でもあり師でもある。

その友人を通じて、彼は彼処に…学ぶことの多かった機関都市(インガノック)に立ち入ることとなったのだ。

 

降りしきる雨を見ながら、ハルトは漠然と考える。彼のことだ、今も何処かでクラッキング光を輝かせているのだろう。

ハルトは全ての物事を忘れない。…だが、その過去に想いを馳せるのは珍しい事だ。

─────珍しくも想いを馳せた理由は、おそらくプレシアと、彼の傍にいる薄赤色の少女が少しだけ重なって見えた所為だろう。

そう結論付けて、ハルトはまた歩き出す。既に一攻隊の基地どころか街さえも抜けている。

彼に物理的な距離においての「遠い」という概念は存在しないが、それでも歩くには結構な距離だ。

それを彼はわざわざ歩く。

それが、単なる人間の真似事だというのは彼にもわかっている。だが、それでも彼は人間の振りを辞めない。辞めようと、しない。

規則正しい靴音だけが、湿り始めた路に響いていた。

 

─────彼の予想通りならば、もうそろそろ目当ての人物が来る頃だ。

そう、ほら。ハルトの、すぐ後ろに。

 

─────1つの、影─────

 

 

「ハルト様。少し遅くなりました」

 

そう言ったのは、1人の男。

黒い肌。色の抜けた白い髪。魔女に従う顔の無い男と限りなく似た、しかし全く異なる存在。

ハルトに比肩する長身もさることながら、強い印象を与えるのはその瞳だ。

不思議な青い、青い瞳。

そう、今はその瞳は青色だった。

その前は、確か赤い色だった。

その前は、果たして黄色だったか緑だったか…

会うたびに違う、その瞳。

ハルトでさえ彼の瞳の色を知らない。いや、正確にいうならば覚えていない、が正しいか。

物事を、そして他人の事を忘れないハルトには考えられないことだ。普通なら。

そう……それが「他人ごとなら」ハルトは決して忘れないだろう。

だが、違うのだ。彼は。この、影のような男は。

これは正しくハルトの影であり、自分自身であり、また違う個体でもある。

それ故に、ハルトはこの男を記憶の牢獄に留めることは出来ない。他人以上に知らない、他ならぬ自分のことだから。

大いなりしバルドーラトテップ、その顕現体が1人─────

 

「お前にしては珍しい、Y(ワイ)。だが、別段構わない」

 

ハルトが朝早くから出たのは、この男に会うためだ。

Y。

ハルトの目当ては、彼が集める正確な情報。

記録に残る情報ならば、この男に会わずともリアが至る所にハッキングして集める事は出来る。が、そうでない情報は「情報屋」に頼むしかない。

ハルトが絶対の信頼を置く情報屋、それがこのYという男だった。

 

「では」

 

そう言うYの手元には、書類なども何もない。

それが無意味だと知っているからだ。

ハルトの頭脳ならば、媒体を介せずとも口伝てで完全記憶できる。故に、彼に書類などの記録媒体は必要ない。それがわかっているから、Yもわざわざ書類を用意したりなどしないのだ。

 

「では…話しましょう。ハルト様が欲するのは…プレシア・テスタロッサについての情報ですね」

 

─────これが、ハルトがわざわざ町外れまで出てきた理由。

プレシア・テスタロッサ…彼女に、これを聴かれるわけにはいかなかった。どうしても。

聴かれる危険性すら排除する必要があった。故に、ハルトはわざわざここまで来た。

 

「そうだ」

 

「では、どうかご静聴をお願い致します」

 

そう言って、青い瞳の彼は静かに語り始めた…

それは、まるで歌のようだった。

それは、まるで詩のようだった。

 

 

 

* * * *

 

 

 

目の前が、真っ暗だった。

物理的にも

精神的にも。

 

物心がついた後の1番最初の記憶。それは…

 

振り上げられた腕。

 

その腕は真っ直ぐ振り下ろされ…

私の頰に鋭く熱い痛みが奔ったのが同時で。

 

『なんでアンタなんかが生まれてきたんだっ!』

 

それは果たして自分の母親の声だったのだろうか?

記憶にあまり自信が無い。

覚えて、いない。

いや…覚えている。

その時根付いた感情だけは。

 

 

 

私は…生まれてきちゃダメだったの?

 

 

 

 

幼いながらに、何度もそう反芻した。

自分の母の腕が振り下ろされる度に、心がどんどん冷たくなっていくのがわかった。

 

『いたい…やだぁ…』

 

自分の事ながら、情けない声が出ていたと思う。

自分が初めて覚えた言葉。

「いたい」「やだ」

この二つを、私は1日中言っていた様に思う。

ただ、目の前の人が怖かった。

目の前にいる、自分の母が。

…ううん、それは正しい表現じゃない。

だって、私はその人のことを母親とも思っていなかったから。

 

私の中のお母さんは、いつも私に優しかった。

夢の中のお母さん。

自分の空想。

でも、私にとってはそれが本当の「お母さん」で。

自分を叩いているあの人は偽物で。

 

上手くできたお絵描きを、お母さんは褒めてくれて…頭を撫でてくれた。

 

でも、目の前に振り下ろされた手は、決して私の頭を撫でようともしてくれない。

 

 

やっぱり…にせものだ。このひとは、にせものだ。

 

 

そう思った瞬間に、激しい憎悪が私を襲った。

 

褒めてくれないくせに!

撫でてくれないくせに!

お母さんじゃないくせに!

 

偽物のくせに!!!!!!

 

 

 

 

 

 

家の外に出て目につくのは、綺麗なお花。

それを見るのが好きで、私はこっそりと外に出ては道端のお花を観察した。

綺麗だった。

まるで、世界中でそこだけが色付いているみたいで。

 

次に目につくのは、お母さんと手を繋いでいる自分と同じ位の子供。

幸せそうな、笑顔。

 

いいな。いいな。

私も手、繋ぎたいな。

 

笑顔も作れない私はいつもそう思っていて。

 

私も笑顔になってみたい。

 

間抜けな、夢。

ずっと憧れていて。

 

 

でも…家に帰った私の表情は、氷みたいに動かなくなってしまって。

 

頰を叩かれるのは慣れてしまった。

それじゃあと、あの人が取り出したのは長い鞭のようなもので。

 

叩かれるのは、いつもいつでも右の腕。

叩かれた所は自分でもビックリするくらい腫れ上がる。

血が出ても、あの人はやめてくれなくて。

 

右の腕は、皮とかも剥がれてぐちゃぐちゃになっちゃった。

でも、そんな腕を他人に見せたくなくて。

私はずっと隠すことにして。

 

お気に入りのノースリーブのワンピースが、着られなくなっちゃった。

 

なんでこんな事するの?

お母さんじゃないくせに。

偽物のくせに。

 

 

 

 

そして…そして、とうとう。

私の世界から光が無くなった。

 

あの人に水みたいな物を目に突然かけられて、びっくりして目を閉じて。

次に目を開いたら…

 

もう、私の世界は黒しかなかった。

 

お花も、見れなくなっちゃったな。

 

なんでこんな事をするの?

お母さんじゃないくせに。

偽物のくせに。

 

 

…夢の中の本当のお母さんは。

いつも私に優しいのにな。

 

 

 

* * * *

 

 

でも、その後に私が痛いの思いをすることはなかった。

なんでも、シスターさん?みたいな人が私を叩いていた人を保安官?さんに引き渡したらしい。

目の見えない私に、現状を知る術はなかったけど。

 

『大丈夫よ?もうお母さんはいないわ』

 

この人は何を言ってるの?

お母さんは、ここにいるのに。

 

『お母さん、ここにいるよ?』

 

そう言ったら、目の前からその人が泣く声がして。

 

 

 

可哀想に

 

 

 

 

その言葉が、何故か耳に残った。

 

 

* * * *

 

 

何かが起きたのかはわかった。

だって、身体が動かない。

 

すごく大きな音がしたと思ったら、次の瞬間に私の身体は熱くなり動かなくなった。

 

何も見えないよ。

何が起きたの?

 

そう声を出しても、返ってくる声は無くて。

 

なんでだろう?

私の身体に何が起きたの?

そう思ってじっと考えてみる。

 

あ、そうか。

 

私の身体は、痛いんだ。

 

その熱さの正体に気付いた。

わからなかった。随分懐かしい感覚だった。

 

熱いところに手を当ててみる。そしたら手には水のような触感。

 

あぁ…これは「血」だ。

これも随分懐かしい。

でも、私が知ってる血じゃない。

だって、こんなに一杯出てるもん。

止まらない。

熱い。

でも、それ以外は妙に冷たくて…

 

とても、眠くて。

 

そして、気付く。

私は、気付く。

きっと、私は死んじゃうんだって。

 

…でも、それもいいかな?と思ってしまう。

 

だって、眠ればお母さんに会えるし。

 

私にとって、この世界は痛くて辛いだけだったから。

 

 

 

 

…そう思った時だった。

 

 

何も映さない…真っ暗な筈の私の世界に、一筋の光が見えたのは。

 

すごく眩しくて綺麗で…

とっても暖かい光。

 

そして…私の耳に響く。

 

「君は死を選ぶのか?…それもいい」

 

男の人の、声が響く。

 

「だがもし、もしも…君がもう一度輝きたいというなら、私は君を救おう」

 

誰だろう。

この人は、何を言っているんだろう。

 

「あなたは…だあれ?」

 

そう尋ねたら、その人は…

 

「私は…」

 

 

 

「…私は君を救い出す正義の類だ。君を連れ出す騎士の類だ」

 

そう言う、大きな………陽だまりのような男の人。

大きな大きな、光の王様。

 

救う?誰を?私を?連れ出す?

何処へ?

 

「光の中へ。愛ある世界へ」

 

「光…あい…?」

 

わかんない。光はわかる。でも…愛がわからない。

わからないけど…

それは、とても暖かい気がした。

 

「わたしを…暖かいところに連れてってくれるの?」

 

「君が、それを望むなら」

 

私が、望むなら。

 

望むなら…?

私が望むの?こんな、私が?

 

私はもう一度…

 

光の中にいけるの?

 

「行けるさ」.

 

だったら……

 

だったら。

 

私は……

 

 

 

「いきたい」

 

 

 

行きたい。

 

 

……生きたい。

 

 

 

 

 

「君の輝き、受け取った」

 

 

そう、王様は頷いて─────

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

「君の名前は?」

 

「…わかんない。シスターさんは、わたしのこと『プレシアちゃん』って呼んでた」

 

「そうか…」

 

「…あなたの、お名前は?」

 

「ハルスタッド。ハルスタッド・ローゼンクロイツ。近しい者にはハルトと呼ばれている」

 

ハルト…ハルト…

なんだか暖かい名前。

 

「ハルト」

 

「なんだ」

 

「ハルト」

 

 

 

「ハルト…ハルト…」

 

そうやって、声に出して確認する。やっぱり、なんだか暖かい名前だ。

名前…名前…

 

「テスタロッサ」

 

男の人が、突然そう言った。

 

「え?」

 

「プレシア・テスタロッサ…君の名前だ。どうだろう、私の友人の名前を借りたのだがな」

 

てすたろっさ…

 

ぷれしあ・てすたろっさ…?

 

「よく、わかんないです」

 

そう、よくわからない。

けれど。

 

 

「とっても…暖かい、です」

 

 

 

 

 

 

それが、私とハルトの出会いで。

 

 

 

私は…

 

 

ハルトの家族になった。

 

 

 

* * * *

 

 

どうやら、ハルトを待っているうちに眠ってしまったらしい。

 

─────懐かしい、夢を見た。

あの人と会った時のこと。

あの人と会う前のこと。

 

そんな、ボケっと窓の外を眺めながら考えごとをしていた私の耳に聞こえたのは、扉の開く音……それは、あの人が帰ってきた合図で。

 

「帰ったぞ」

 

やっぱり、ハルトだった。私の、思った通り。

何処に行ってたの?なんて私は聞かない。聞いたって教えてくれないのはもうわかっている。

私の言うべき言葉は別にある…言うのは少し、恥ずかしいけれど。

 

「……おかえりなさい」

 

「ん」

 

そう、短く返答するだけのハルト。別に、いいんだけれど……

……少し、寂しい?かな。

でも、そんなことで後寝ても仕方がないのもわかっている。

 

「……お腹、空いた」

 

「そこのパン屋で買ってきた。好きなのを選ぶといい」

 

そう言ってハルトが渡してきたのは、近所にある私の大好きなパン屋の袋。

色々なパンが入っているそれの中を一通り眺めて、目当てのものがあったのを確認しそれをすぐに取り出した。

取り出したのは、大好物のメロンパン。

 

「……お前はいつもそれだな」

 

呆れたようにハルトが言う。

 

「……なに?」

 

「いや……別に」

 

いつもハルトは表情を動かさないけれど、今のはわかった。

だって瞳に「よく飽きずに食えるな」と言いたげな馬鹿にしたような光がチラついたから。

だから、とりあえず。

ボカリ、と。

ハルトの脛を蹴っておいた。

 

 

 

 

 

 




追憶編はゆっくり更新します。
本編の前に投稿していくので分かりづらいかも。すみません。
ここら辺のアドバイスをくれるととても助かります。

プレシアちゃんは、どうやら「偽物」が嫌いな様ですな。


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第0.5章 黄金の瞳を持つ少女

 

硝煙の立ち昇る瓦礫群。

そこはかつて『花の街』とまで言われた程に美しい街であったというが、今では見る影もなく全てが焼かれ、花はたった一輪さえも残されていない…

不幸にも花に囲まれたこの街は必要以上に燃え上がり、たった数刻で焦土と化した。

街を包み込んでいた芳しき花の香りも消え、そこにあるのは硝煙の香りと、無残に砕かれた家々、瓦礫。

 

 

その瓦礫と化した花の街「フロイド」に、複数の人影が足を踏み入れた。

 

『こちらブロッサム。救助班『ガーベラ』応答せよ』

 

「こちらガーベラ3。現場に到着しました」

 

通信機を耳に当て、ガーベラ3と名乗った男は街の惨状を報告した。

 

「…間に合いませんでした。街は全壊。犯人はこの場から既に逃走した模様…生存者は…絶望的です…っ」

 

唇を歪め、男が血を吐くように告げる。

その声には、隠しきれない怒りがあった。

後悔があった。

悲愴があった。

だが…いくら悔やんでも、状況が好転する訳ではない。

彼は救助班。

街を隅から隅まで捜索し、1人でも多くの生存者を救い出すのが仕事だ。

決して、下を向いてはならない。

自らを叱咤し、膝をつきたくなる脚に力を込める。それと同時に、食いしばった歯のせいか唇から一筋の血が流れ落ちた。

 

「ふさぎ込む暇があるのなら、1人でも多く生存者を探せ」

それが、彼らの隊長の言葉だった。

 

『…そう…引き続き生存者の捜索をお願いします』

 

「はっ!!」

 

『あぁ…そうそう、言い忘れてたわ」

 

「なんでしょうか?」

 

『ローズがそっちに向かったわ』

 

「はっ?……隊長殿がっ!?」

 

男が仰天して声を上げる。

それはそうだ。本来後ろで控え指示を飛ばす立場の部隊長が、立場を無視して現場に向かっているというのだから。

 

男が返答しようとしたその時…

 

「既にいる。捜索を始めるぞ」

 

いつの間に後ろにいたのか。

 

男の後ろからこちらに悠然と歩を進めてくるのは、ローズのコードネームを持つ彼の所属する部隊の隊長「ハルスタッド」その人であった。

 

「隊長っ!!まさか貴方自らが…」

 

「…そんな事を言う暇があったら捜索魔法の一つでも編んだらどうだ?」

 

…これだ。

ハルト隊長はこれだから…

まるで人の言うことを聞かないし、自分の立場もわかっていない。

故に周りには軽率に見えるのだろう、本局の上層部では彼の評判はかなり低いという話だ。

 

…まあ、それは所詮外の評価に過ぎない。

 

「はっ!!!了解しましたっ!!!」

 

こんな隊長だからこそ、自分はどうしてだかついて行きたくなってしまうのだ。

 

男はハルトの向かった逆側に向かう…わざわざ同じところに行って捜索範囲を狭めることはない。歩きながら覚知範囲を最大にして救助活動を再開する。

 

確かに、生存は絶望的だ…だが、だからこそ…周りの通常部隊なら諦めてしまうような状況でも…

自分達は諦めてはならない。

 

それが…男たちが所属する「第一魔攻戦隊」だった。

それが全てで、誇るべき事なのだ。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

正直に言って、少し驚いた。

何が?

ハルト先輩が救助した女の子を連れて来た事が、だ。

あの人が子供を救うのは一度や二度ではない…それこそ数え切れない位の人を救ってきている。

でも、それでも、ハルト先輩が救助した子供を「保護」する事は無かった。

そんな、彼。

こんなことは、初めてで。

 

「プレシアちゃん、でいいのかしら?」

 

そう言うと目の前の女の子は、小動物よろしくコクリと頷いた。

女の子。

綺麗な黒髪で紫がかった瞳をしている可愛い女の子。

うん、凄く可愛い。絶対将来は美人さんね。

 

「えっと…名前はプレシア・テスタロッサ。出身地はフロイド。経歴…は…あれ?」

 

可笑しいなー…経歴の情報だけ綺麗さっぱり消えてる…?

 

「あぁ、言うのを忘れていた。すまんがミゼット、あいつに頼んでプレシアの情報は改竄した」

 

なんてことを。

管理局員にあるまじき行為ね…

それって犯罪よ?

 

「あいつって…あぁ、妖精?」

 

「あぁ」

 

「全く…あの子は…ハルト先輩の言うことなら何でも聞くんだから」

 

思わず溜息を1回。

 

とそこで…

 

「…ようせい?」

 

女の子…プレシアちゃんが小首を傾げていました。どうやら妖精に興味を持ったらしいです。

 

「ハルト、ようせいって何?」

 

「後で会わせる」

 

…この人に保護者が務まるのかしら。

決して口数が多くはなさそうなプレシアちゃんが、折角話題を振ってくれたのに…

一言で即リバって。

…心配だわ…

 

「…大丈夫なの?」

 

思わず口に出してしまった。

 

「当然だ」

 

なんの根拠もない癖に、やたらと自信満々に頷く。…この慢心王め。

 

まあでも…プレシアちゃんもさっきからハルト先輩の袖を掴んで離さないし…

なんとかなるのかもね、なんて。

 

それにしても、プレシアちゃんはハルト先輩と一緒に暮らすのかな?

 

…ちょっと羨ましいなー、とか思ったりなんてしてませんよ?

 

 

 

* * * *

 

 

 

「ハルトたいちょーっ!!…っと!」

 

廊下の向こうから元気よく駆けてきた、1人の男の子。

歳は10くらいだろうか?

快活そうな笑顔に青い髪の好少年だ。

 

「あぁギル、丁度良かった。プレシア・テスタロッサ。私が保護責任者を務める少女だ」

 

そう言って、ハルトは咄嗟に自分の後ろに隠れたプレシアを前に突き出そうとするが…

イヤイヤと中々前に出てこない。

 

「ははは…えっと、ギル・グレアムです!よろしくね、プレシアさん!」

 

持ち前の明るさで自己紹介を始めるギル。

天真爛漫に見えて、いざ戦闘となると驚くほど冷静に周りを分析出来、その点でハルトはギルを非常に買っている。

 

「……よろしく」

 

ボソリ、と。

いかにも「イヤイヤ言わされてるんですけど」といった風な乾いた言い方だが、ギルは気にしなかったらしい。

実によく出来た子供である。

…念のためにいうと、ギルを育てたのは別にハルトでは無い。「私が育てた」とでも言いたげに頷いているけれど。

 

「歳も近いんだ…と言っても5つか4つぐらいだが。まぁこの部隊では1番歳が近いのに変わりない…仲良くしろよ」

 

「はいっ!」

 

「…」

 

相変わらずプレシアからの返事は無いが、その無言は先程よりも随分とマシになったように思う。

対人恐怖症とまではいっていないらしく、時間が経てば歳相応の反応も返ってきそうだ。

 

…まぁ、当分先の話だが。

 

「ギル、子猫(キティ)達は一緒じゃないのか?」

 

「はい、ロッテとアリアは訓練に疲れて寝てますよ。最近なんだかすごい頑張ってくれてて」

 

少しは休んで欲しいと思ってたんで丁度良かったですよ、なんて言って笑うギル。

内心でハルトは苦笑する。

あぁ…そういえばあの猫達に発破かけたな…

だからか、と思い至ったが即刻で思考を破棄する。

頑張るのは良い事だ。

 

「…きてぃ?」

 

聞きなれない単語に、プレシアは小首を傾げて質問する。

 

「キティっていうのは子猫の事だよ」

 

ハルトに代わってギルが答えた。

…まぁ、実はほんの少し違うのだが。

 

「ねこ?」

 

「猫だ。プレシアは猫、好きか?」

 

「…すき。ねこ、かわいい」

 

「可愛いよね!」

 

猫好きという共感するものがあったからか、ギルは少し…いや、だいぶ嬉しそうに相槌をうった。

 

「…やまねこ、すき」

 

山猫が好き、か。

 

覚えておこう、とハルトは忘れぬように頭の中でメモを取った。

 

いずれ山猫を飼わせてやるのもいいな、なんて思いながら。

 

 

 

* * * *

 

 

先程から、プレシアは幼い頭で思考している。

…思考しているのは、ハルトについてだ。

 

そう、ハルト。

 

自分の事を助けてくれると言った人。

自分を暖かい所へ連れて行ってくれる人。

 

全く見えなかった目も、彼に触れられたらいつの間にか治っていて。

今ではもう、目の前の景色を見て取れる。

 

よく、わからない人。

自分に名前を…

プレシア・テスタロッサという名前をつけてくれて。

それが、何故だかすごく嬉しくて。

 

この人の事を何も知らないのに…

この人を信じ始めている自分がいた。

 

本当に、よく、わからない…

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

「部屋はどうする」

 

ハルトに突然声をかけられ、プレシアは少しだけ顔を上げた。

 

「へや?」

 

「部屋だ。お前の」

 

部屋。そういえば教会にもあった…筈。

目が見えなかったから、どんな場所かわからなかったけど。確かベッドがある所だ。

 

「ベッド、あるところ?」

 

「ん…あぁ、そうだな。自分のベッドがある所だ」

 

「…ひつよう?」

 

「必要だ」

 

そして、考え込むように俯いたプレシア…と思ったら割りと直ぐに顔を上げて

 

「ハルト」

 

「?」

 

「ハルトのところでいいよ」

 

なんだ「いいよ」って。

しょうがねえなぁとでも言いたげな表情をするプレシアを、思いっきり小突いてやりたい衝動に駆られつつ返事をする。

 

「私の部屋か?…構わんが、2人住むようには出来てな「だめ?」…構わん」

 

この男、即答である。

 

幼い子供の言うことを断れない性格が災いしているのだが…

それがハルトという人物で。

周りは既に仕方のない事だと諦めている。

 

…まぁ、既に三十路近いミゼットが「私には優しくないっ!」と大いに憤慨していたが。

 

 

と、いうことで。

プレシアの部屋はハルトと同室と言うことで決定した。

 

…一部の女性隊員はハルトと同室のプレシア(5歳)に羨望と妬みの視線を送っていたが…

 

…そこはそれ、プレシアの不器用な愛らしさにやられ、結局プレシアは一攻隊の全部隊員から非常に可愛がられる事になる。

 

「あぁ…思い出すわね。あの時は本当に皆さんウザかったわ…」

とは、その後のプレシアさんにじゅっさいの談である。

 

 

* * * *

 

 

 

「明日はお前の物を色々買いに行くぞ」

 

「わたしの?」

 

「あぁ」

 

「…いらない」

 

「そういうな。見てみると欲しいものがあるかもしれないぞ」

 

「…めいわくじゃない?」

 

「考えすぎだ。お前は黙ってヌイグルミでも強請っていればいい」

 

優しさの欠片もない物言いだが、プレシアにはかえってこれぐらいが丁度良い。

 

「…ん」

 

ベッドにくるまっていたプレシアも、流石に限界らしくウトウトと舟を漕ぎはじめている。

夜も遅い上、眠り慣れていない布団なのだ。寝付けないのも仕方がないが、子供たるプレシアでは睡魔には決して勝てない。

 

「…おや、すみ…」

 

そう一言、呟いて。

プレシアは完全に眠ってしまう。

 

 

 

 

 

 

─────おやすみ、か。

 

この子は、今までに何度この言葉を使った事があるのだろう。

ハルトは、ふとそんな事を思った。

僅かに震えていた声。

詰まっていた言葉。

この一言を言うために、今この子はどれだけの勇気を振り絞ったのだろうか。

 

…そう考えていたハルトは、無意識の内に手を眠っているプレシアの頭に乗せていて。

 

優しく撫でれば、その黒い髪は淀むことなくスルリと揺れる。

 

1回、2回と撫でた後、起こさぬ様に手を離す。

相変わらず寝息を立てているプレシア。

会ったばかりだというのに、その無邪気な寝顔を愛おしいとさえ思う。

 

守る。

この子は、必ず。

 

黄金に魅入られたこの子を。

 

 

 

「安心しておやすみ、プレシア…大丈夫だ、君が望む限り、私は何処までもお前の騎士だ」

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

─────翌日。

 

 

 

「ミゼット、『ようせい』って何なの?」

 

ハルト先輩に押し付けられた書類を片付け、ひと段落ついたーと背筋を伸ばしていた私は、遊びに来ていたプレシアちゃんにそんな事を聞かれた。

その腕にはこの前ハルト先輩に買ってもらったというウサギのヌイグルミが抱えられている。

最近ようやく私にも声をかけてくれる様になったプレシアちゃんは、着実に明るくなってきていると言えるけれど…表情がハルト先輩よろしく無表情なだけに…

抱えられているヌイグルミがさながら拉致されている様に見えて仕方ない。

「私の言う通りにしないと、このウサギの首をキュッとしちゃうの」…みたいな。

ハルト先輩が言うには、これで部屋ではヌイグルミで遊んでいるというから驚きだ。

…まあ、プレシアちゃんは元々が人形の様に可愛らしいから、その光景は絶対に悶絶するほど可愛いのだろう。

 

自他共に認める無類の可愛いもの好きのミゼットから見たら、プレシアはもう思わず抱きすくめてしまいたいほど可愛い。

この一攻隊の一部では、既にファンクラブまで出来ているという程の人気ぶりだ…

ロリコン共がっ!と言いたくなるが、プレシアの前では体裁など無いも等しい。

…こんな話がある。

熟女好きで有名な隊員が、周りがあまりにも可愛いと騒ぎ立てるものだから、一目見てやろうじゃないか!と他の隊員に見守られながらプレシアを見に行ったらしい。

そして帰って来たその隊員の手には、何時の間にかファンクラブ会員カードが握り締められていたという…

そいつが言うには、「気が付いたら握り締めていた」らしい。

 

そんな本人の知らぬところで大人気のプレシア、元来人と話すのが苦手な彼女は、未だにハルト、ギル、そしてミゼット以外と会話をした記憶がない。

妖精に興味を持ったようだが、それが既に珍しいこと。

訊ねられたミゼットは、内心でプレシアの成長を喜んでいた。

 

「妖精?…それはハルト先輩の方が詳しいんじゃないかしら」

 

「…ハルト、教えてくれない…」

 

そう言って、悲しそうに顔を俯かせた。

…そんな顔!卑怯だわ!可愛すぎる!

いや、なんかもう…ハルト先輩が隠すなら私から話すのは控えようかな?…とか思ってたけど…

うん、これは無理ね♪

 

「じゃあ、教えてあげようかな?妖精って言うのは…ある女の子の異名なの」

 

「いみょう?」

 

「あだ名みたいなものかな…?その子は人前に滅多に出てこないんだけどね?その子を偶然見かけた隊員が、その子の可愛らしい容姿を『妖精』って表現したのよ。それが由来かな」

 

「じゃあ、ようせいって人なの?」

 

「そうよ」

 

理解したようにウンウンと首を振るプレシア。

 

「…お話、出来るかな」

 

投げ出された脚をプラプラさせながらそんな事を呟く。

言動がいちいち可愛らしいから、なんかもう卑怯である。

 

「…私では難しいわね。あの子はハルト先輩にしか懐いてないから…ハルト先輩に頼めば会わせてくれるんじゃない?」

 

そう、そうなのだ。あの子は本当にハルト先輩にしか懐いてない…

顔は、本当に同じ人間かと疑いたくなる位に可愛らしいのに、愛想というものが欠落してるから実に惜しいのだ。

ハルト先輩の前では猫被って甘えているが、その時には必ず流し目で勝ち誇った様な視線を私に送ってくる。生意気な。

…懐いているといえば。

そういえば、プレシアちゃんも最近ハルト先輩に妙に懐いているような…?

 

「…ハルト、わたしのお願い聞いてくれるかな」

 

…うん、まず100%聞いてくれると思う。

あの人がプレシアちゃんのお願いを断るビジョンが浮かばないもの。

あの人は、あれで結構親バカだから…

 

…親バカ…子供かぁ…

…私もいつか…ハルト先輩との…

─────はっ!いけないいけない、私ったら何を考えてるのかしら。

 

そのあと、プレシアちゃんにさえ「ミゼット、お顔赤いよ?お熱?」と心配されてしまった。

…威厳も何もあったものじゃない。

─────くそう、私はこれでもちょっと前までは「氷結の美女」とか言われてたんだぞ。

…なんて。

既にプレシアの居なくなった部屋で一人、誰に向かってか憤慨しているミゼットがいた。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「妖精に会ってみたい」

 

プレシアにそう言われたハルトは、困ったように言葉を濁した。

…なんとなく、あれをプレシアに見せるのは憚られる…と。

なるべく哀しませないように、やんわりと断る予定だったのだが…

 

「ダメ?」

 

そう言って、コテンと首を傾げるプレシア。

気づけば、掌を返した様に肯定してしまった。

おかしい…魔性か?と邪推する。

単に親バカなだけだと突っ込んでくれる人は、残念ながらここには存在しなかった。

 

そんなことがあって、ハルトはプレシアを連れて基地の廊下を歩いていた。

向かうのは、地下。

『彼女』のためにハルトが設立した、妖精の住処。

地下に続く、分かりにくい場所にあった階段を下りていく…

それに連れて、何やら基地に無数に張り巡らされているであろう、コードのような物が剥き出しで繋がれているのが見受けられた。

それがプレシアには、なぜか大脳に続く神経の様に思えて。

 

辿り着いたのは、一つの部屋。

 

「ここは?」

 

「この基地のシステム中枢だ。改造して、今ではもう彼女の私室だが」

 

そう言って2人が立ったのは扉の前で。その扉は何やら厳重にロックされているようだ。

完全に来るものを拒んでいる。

 

「まぁ、この部屋を知る者自体少ないがな」

 

「そうなの?」

 

「あの子は人見知りだからな」

 

ハルトはその後に何も言わなかったが、プレシアは自分を見るハルトの目に気付く。

その瞳は「お前と同じだな」と皮肉げに光っているようで、暗に声を出さずに此方を馬鹿にしていたのは明白だった。

 

…とりあえず、その視線に腹が立ったのでハルトの脚に一発蹴りをいれておく。

…まあ、プレシア如きの蹴りじゃハルトはビクともしないが。

 

「…まあ、似た者同士気があうかもしれん」

 

そう言って、ハルトは扉のすぐ横にある機械に声をかける。

 

「リア、私だ。開いてくれ」

 

言うが早いか、すぐさますごい勢いで扉が開いた。

 

なんとなく、なんとなくだけど。

今まで何処か拒絶的だったその部屋が、ハルトが声をかけただけで一瞬の内にウェルカム状態になった気がする。

 

そのまま2人は扉をくぐって奥に入り、その更に奥にあった光の漏れている部屋の前まで辿り着く。

 

なんだか、ドキドキする。

と、プレシアは似合わない緊張を密かに感じていた。

…その緊張、隠していたつもりだったのだが、ハルトにはお見通しだったらしい。落ち着けるように頭を優しく撫でられた。

 

入るぞ…

 

そう呟き、ドアを、開いた─────

 

刹那

 

 

むっぎゅーっ!!!

 

という擬音が聞こえてきそうなほどに、プレシアの目の前を通り過ぎた何かがハルトにしがみついていた。

 

「ハルト、ハルト…久しぶりです」

 

そう言ったのは、ハルトにコアラよろしくしがみついている少女。

その言葉を尻目に、腕の力を緩めることなく…いや、さらに強めてしがみつき直した。

ハルトの胸に頭をグリグリと擦り付ける少女は、さながら飼い主に擦り寄る愛犬か。

 

「…ハァ…一昨日会っただろう」

 

「…言い直します。39時間ぶりです」

 

そう言って、離れるそぶりも見せない少女…

プレシアなど、まるで目に入っていない。

 

「…ハルト、この人?」

 

妖精と呼ばれる少女に会うことを楽しみにしていたプレシアは、ハルトにそう訊ねる。

 

「そうだ、紹介しなければな。…リア、離れろ」

 

言いつつ、ハルトはそのリアと呼ばれた少女の肩を押して引き剥がす。引き剥がされた少女は何やら不服そうだ。

 

「プレシア。この子の名前は戴冠石(リア=ファル)。一攻隊の電子戦闘の要だ。…で、リア…こっちが私の娘の…」

 

「知ってますよ」

 

何故か、矢鱈滅多ら不機嫌そうな声音でリアが告げる。

 

「プレシア・テスタロッサ…ハルトの娘ですよね。データの改竄の折、一通りのプロフィールは見ました」

 

ああ、そう言えばこいつにデータの改竄を依頼したな…と、今更になって思い出す。

 

「まぁでも。直接会うのは初めてですね」

 

一呼吸。

 

「初めまして、リア=ファルです。…ハルトの『婚約者』です」

 

「こんやくしゃ…?」

 

「真顔で妄言を吐くな。そんな事実は無い」

 

「ちっ…」

 

露骨に舌打ちをするリア。だが、これも美人の特権か、それさえも可愛らしく映る。

 

さて、プレシアと言えば。

…内心で、疑問に思っていた。

それは、リアの容姿。

 

なぜか儚い印象を受ける、白に近い亜麻色の髪。

端正な顔立ち。

それだけならまだいい…だが、妙に印象に残ったのはその瞳だった。

 

金。金の瞳。

それも、何か…違う。

右目はまだいい。少し違和感があるけど、別に普通。

…問題は、彼女の左目。

明らかに、右目とは違う金。

言い表すなら金ではなく…黄金。

黄金を思わせる、その瞳。

それだけではなく、その黄金の左目は何故か猫科の瞳の様な印象を受けて…

 

その黄金が、キラリと光った気がした。

その瞳にプレシアは…

明らかな異質を感じた。

明らかな奇怪を感じた。

 

でも、それが何なのか…

それは、まるでわからなかった。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

ハルトは、自分で言ったとはいえ少々驚いていた。それは…

 

「リア、この基地のシステムは全部管理してるの?」

 

「そうですよ。基地内は常時モニタリング可能ですしね」

 

「すごい…」

 

確かに、気が合いそうだとは思った。2人とも人見知りであることだし。

だが…まさかここまで早く打ち解けるとは。

 

今、3人はリアの部屋でソファに腰掛けて談笑を始めている。

プレシアがハルトの膝の上に座り、リアはハルトの左腕を人質と言わんばかりに抱きしめている体勢だ。

 

「ほかにどんな事が出来るの?」

 

「…ん、管理局のシステム中枢をハッキングして乗っ取る位は朝飯前です」

 

「…よくわからないけど、やっぱり凄い気がする…」

 

「まぁ、そんな大仕事はしませんけど。疲れるし……もしするとしたら、ハルトにキス1回は約束して貰わないと」

 

キス1回で管理局をハッキングするのか…

と、その感覚に首を捻るばかりである。…某マッドサイエンティスト涙目だ。

 

「いずれ、本当にお前にそれを頼むかもしれんがな」

 

「…ホント?」

 

「ん?…あぁ…まあな…」

 

「…もし本当にそうなった時は、キス1回では済みません」

 

朝飯前というのは嘘だったらしい。それはそうだ、科学の最先端技術で守られてる堅牢なシステム中枢をハッキングするなど、いくらリアでも難しい事だ。

 

「H…1回で許してあげます」

 

「ちょっと待てリア」

 

思わず、柄にもなく突っ込んでしまったハルト…それはそうだ。プレシアの目の前でその発言は教育に良く無さすぎる…!

 

「…そうですよね。わかりました…3回にしてあげます。…本当にHなハルトさんですね」

 

「そういうことじゃない…」

 

そう、この子はこういう子なのだ。やたらと自分に求愛してくる。…まあ、別にそれが嫌なわけではないのだが。

ただ…プレシアに妙な事を教えそうで怖いのだ。

…最初は、こんな子では無かった筈なんだが…

自分の育て方が間違っていたのかと、人知れずハルトは落ち込む。

 

尻目でリアとプレシアが何やら言い争っているが…仲良くすることは良いことなので、とりあえずハルトは無視することにした。

 

 

 

* * * *

 

 

プレシアは、内心でよくわからない感情に駆られていた。

なんでかわからないが…リアがハルトの腕を抱き締めるたびに、言いようのない苛立ちが湧くのだ。

ハルトは私のなのに…

と思ったのも1度や2度ではない。

なんでかわからないが、ハルトの腕を抱き締めて、サラリと流し目で此方を見つめてくるあの金の瞳も腹が立つ。

…実はこれは、リアが「ライバル」と認めた証拠なのだが…

5歳児に何を、とも思うが、リアはことハルトの事に関しては呆れる程に容赦がないのだ。

 

だが、幼いプレシアはこの感情を持て余すしかなかった。

 

その15年後、彼女はハルトの隣に立つことになるのだが…

それはまた、別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い地下の遺跡に、大いなる光が推参する。

マリン・ガーデンと呼ばれるそこの地下深くには何やら研究所のようなモノがあり、まるでそこは人を寄せ付けぬ結界でも張られているかのようで、生き物の気配は一切なかった。

そこにあるのは、微かに明滅する電子の機器と…

カプセルのような物の中に横たわる、幼い少女の呼吸音だけで。

他には、何も無かった。

ただ、それだけがあった。

 

─────そんな場所で、1人。

横たわる少女に、何者かが這い寄る気配があった。

…それは、先程来た「光」そのもので。

 

「…来たよ、イクス」

 

その光は、優しい声音で呟いた。

そこに来たのは、1人の男。

一筋の、光。

イクスと呼ばれたその少女を収容したカプセルのすぐ横で立ち止まり、覗き込むような体勢に変わる。

次に、そのカプセルを一回、二回と優しく撫でた。

それはまるで、少女を慈しみ優しく撫でているようで。

そこには、電子の機器と少女の呼吸。

そして、男が呟く慈悲の響き。

他には、何も無かった。

ただ、それだけがあった。

 

「1000年経ったよ…イクス。お前が起きるのは、あと何年後なのかな」

 

その声音は、何処までも透明で。

その男を知る者が今の声を聞けば、彼の声とはとても信じられなかっただろう。

それ程までに、そこに佇む男は何時も違っていて。

 

ずっと、じっと、懇々と眠る少女を見つめる男…

何時までも、ただ優しげに見つめ続けていて。

 

そんな男…いや、ハルトに見守られる中、安心したように眠り続ける少女…

 

その少女の胸元には、鈍く輝く何かがあった。

それは、純金で出来たアクセサリーに見えて。

 

解読不能の歪な文字が彫り込まれた、小さな十字のアクセサリー。

 

鈍く輝き続けている…

 

『黄金十字』が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 





そしてギル・グレアムが原作の面影が全く無い!ミゼットも。

…まぁ、そこら辺はほぼオリキャラと変わらないから…
他の原作キャラも全然出てこないだろうし、追憶編はオマケ程度で良いかも。


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本編 空白期編
プロローグ 他の誰でもない「誰か」のために


 

─────例題です。

 

いえ、是はおとぎ話です。

昔、昔のこと。

あるところに……。

一本の薔薇がありました。

とても美しい、赫い薔薇でした。

人々に見放され、世界に否定された黄金の薔薇でした。

世界の敵であるけれど、正義の味方にはなれない青空の薔薇でした。

─────けれど、薔薇は。

それでも人々を、

世界を、

全てを愛していました。

とても優しい赫だったのです。

孤独を愛する薔薇だったのです。

誰かが自らの棘に触れぬよう─────

自分を戒め、縛り、壊し……

薔薇はいつまでも、たった一人で……

 

そんな薔薇の前に、一人の男が現れました。

白い、鋼鉄のような男でした。

輝く雷電の如き男でした。

世界の果てで、世界を守り続ける男でした。

正義の味方、尊い輝きの味方であるその男は、嘆き続ける薔薇に向かって問いかけます。

 

Q.お前にとっての輝きとは?

 

薔薇は答えました。

 

「この両腕に抱ける、愛する者ただ一つ」

 

─────薔薇は、正義の味方にはなれませんでした。

無辜の人々を見捨ててでも、愛する者を護ることを選んだ薔薇は─────

世界の敵であり、

正義の敵であり、

騎士ではなく戦士であり、

人々の敵であり、

─────唯一の、愛する者にとっての世界そのものになりました。

 

そうして薔薇は。

今も、世界のどこかで。

または全く別の世界で。

 

輝きを、求め続けるのです─────

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

静かだな…

 

あまりの静寂さに眉根を寄せる。

光の感知しない瞼の裏に疑問を持ち、目を、開いた。

するとそこは…

暗い…

暗い世界。

温度も気配も感じない。

自分の姿さえ見えない無限の暗闇。

音も無く

光も無く

ひょっとすると自分も無いのかも、なんて。

自らの吐き出す呼吸だけが静寂に響き、その吐息も闇に溶けていく。

でも、その小さな吐息だけが自分の存在を保証してくれた。

 

─────いや、違う。

音は、あった。

暗闇の中、遥か遠くから。

または、自分のすぐ近くから。

聴こえる。

聴こえる響きがある。

それは……その響きは……

 

─────チク・タク

 

─────チク・タク

 

……時計の、響き。

 

「ここは…?」

私は…

そうだ。

任務中にロストロギアが暴走して──

私は、そのロストロギアの発した光の奔流に巻き込まれたんだ。

 

じゃあ、ここはロストロギアの中…?

 

自分の状況を確認する…

うん、これはマズイ。

洒落にならないくらい。

 

友人である八神はやてが言うには、このロストロギアは牢獄の様な物らしい。

つまり、私は閉じ込められたということ?

その事実を確認した途端、脳が痺れ、胸の奥がスッと冷たくなっていくのを感じた。

しかし、それとは裏腹に私の思考はどんどんと熱を帯びていく。

─────待って。

─────落ち着いて。

非常事態に落ち着くのは執務官の初歩。

取り乱しても何一つ事態は好転しないという事を、私は嫌という程(でもないけれど)知っている筈だ。

落ち着いて。

心を鎮めて。

─────まずは、そう。

 

「バルディッシュ」

 

とりあえずは、長年の相棒に現在状況の確認をとる。

 

<現在位置は不明。その他情報もありません>

 

自分の愛機。

低い機械音声。

 

「出口らしきものは?」

 

<不明>

 

予想、当たった。

やっぱり、状況は最悪だったらしい。

 

「…このロストロギアの中に囚われている人がいるはず。生命反応は…?」

 

<ありません>

 

そんなバカな。

そも、私達の任務はこのロストロギアに囚われている人を救出するのが目的だったはず。それが…無い?

それでは、この任務は無駄骨になってしまう。

 

「…」

 

果てしない闇を、見渡す。

そこにあるのは変わらない黒。

音も無い

光も無い

 

意味も、無い。

 

いや、ただ一つだけあった。

 

─────チク・タクと鳴り響く、時計の様が……

 

…思考が堕ちる。

この暗闇に、心が塞ぐ。

…終わりが、こんなに呆気ないものだとは思わなかった。

執務官という仕事上、危険な事態に陥る事は珍しくない。

自分が任務中に命を落とす事は十分に考えられる。

でも、それは任務。

誰かのために死ぬのなら、この命は無駄ではないと信じてきた。

なのはに救われたあの時から、私の信念は変わらない。

『他の誰でもない「誰か」の為に』

2年前、なのはが堕ちたあの日にその信念は揺るがないものになった。

なのはがくれた、命。

みんなが支えてくれた、心。

そんな優しい世界に恩返しが出来るのなら、自分の命など喜んで差し出せる。

けれど…

 

無駄死には、嫌だ。

誰かのためならばいい。

ただ…何の力にもなれず死ぬのには耐えられない…!!

 

「なのは…」

 

嫌だ。

 

「なのは…っ!!」

 

親友の名を、呟くだけで暖かくなる名前を呼ぶ。

しかしその魔法の言葉でさえ、この世界では吐息と同様。

 

暗闇に溶け込み…

 

───やがて、消えた。

 

 

 

* * * *

 

 

 

…どれだけの時間が経ったのだろう?

その間はずっと叫び続けていた。

そのせいで、喉、痛い。

魔法は一切使えなかった。まさに八方塞がりだ。

でも一通り叫んだおかげかな、また落ち着いてきた気がする。

視界を、くるりと。

周りをよく観察してみる。

…やっぱり真っ暗で何も見えないや。

 

─────寂しい世界だと思った。

ここにいるだけで、心が思い出したように凍りついていってしまう様で。

まるで身体が独りの様で。

まるで心が孤独な様で。

…でも、なんでかな。

不思議と、この暗闇には見覚えがある。

なんでかな。なんで知ってるのかな。

 

─────そうだ。あの時だ。

母さんに否定され、人形だと、大嫌いだと告げられたあの時と同じ。

目の前が真っ暗になって、世界が離れていってしまうような、この感覚。

 

「…ねぇ、バルディッシュ」

 

その寂しさと、自分を覆い尽くしつつある絶望から逃げるように相棒に語りかける。

縋るように。

請うように。

けれど……

 

「バルディッシュ…?」

 

おかしい。

 

「バルディッシュ!?ねぇ!バルディッシュ!」

 

…返事が、無い。

 

「そんな…」

 

バルディッシュが、いなくなった。

なんの反応も、返してくれない。手元のデバイスは明滅さえしない。

じゃあ…私はこの闇の中で…

 

「ひとりぼっち…?」

 

私は…一人なの?

 

いつまで?

死ぬまで?

ずっと?

考えれば考えるほど、絶望、闇が私を喰らい尽くしていく。

 

「待って…待ってよ…」

 

自覚した途端、身体が震える。

嫌…嫌…嫌…

ひとりは嫌だ。

一人は嫌だ…

独りは嫌だ…

そうだ…私は…

一人になるのが嫌なんだ。

寂しいのには、耐えられない。

この暗闇に…何も見えないこの場所に

私は、ひとりぼっち…?

 

私はこんなに弱かったのだろうか?

多分、弱かったのだろう。

─────強くなった気でいただけだった。

周りのみんなが強い人達だったから、自分も強くなったんだと錯覚していただけだった。

だって、ほら。

私の心は。

─────こんなにも、弱い─────

 

────アルフ

────リンディ母さん

────クロノ

────はやて

 

嫌だよ…ひとりはヤダよ…助けて…

…私を助けて…

 

 

─────なのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────母、さん…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君は、誰だ?」

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
るべおらと申します。よろしく。

さて、この作品のオリ主は、ライアーソフトのスチパンシリーズの設定が多く詰め込まれています。
電気王とか万能王だとか…名前だけ出てきて、キャラ自体は出ないんですけどね。だから、これはクロスなのかなぁ…ってちょっと判断が…
一応、スチパンシリーズを知らなくても大丈夫なように書くつもり。
難しい用語が出てきたら、あとがきに補足説明を書くつもりです。

そういうことで、よろしくお願いします!
お付き合い下さい!


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第一話 そして蠢動する

続いて次話を投稿します。
主人公出ねえ…


 

「危険性の低いロストロギアの回収?」

 

部屋に少女の声が響く。

少女にしては、低めの声。

少女にしては、落ち着いた音。

器量の良い見た目に、流れる金糸の髪。

目を合わせた者を惹きつけずにはいられない、その紅の瞳。

その少女の名前は「フェイト・T・ハラオウン」……特徴的な瞳を、今は驚きに瞬かせている。

 

……別にフェイトはこの任務を軽く詰った訳では無い。

「そんなん他の雑魚に任せろや」などという性格ではないし、そも執務官試験に受かったばかりとも言える彼女は、そういった仕事をこなすのは日常茶飯事だ。

ただ、危険性の低い任務にしては不可解なことがあった。

 

「えっと…何か訳ありなのかな?」

 

フェイトの親友、高町なのはが思った事を口にする。

思った事をすぐ口にする癖はどうかと思うが、それを咎める者は誰もいない。

フェイトなどはそれもなのはの可愛さの一つ!と無駄なイエスマン魂を見せている始末だ。

 

「詳しくはわからへんけど、怪しいなぁ…」

 

その2人の横に立っていたもう一人の親友…「八神はやて」もこの任務に疑問を持っているらしい。

だが彼女たちの疑問は最もである。

わざわざ「危険性の低い」と強調された任務にエース級の魔導師三人、そしてヴォルケンリッターの2人であるヴィータとシグナムも動員するなど…

 

「過剰戦力だと思うけど…」

 

勿論戦力があるのに越したことはない…が。

元々彼女達が勤めている時空管理局なる組織は慢性的な人員不足。

一つの任務にエース級の魔導師をつぎ込むなど……

 

「効率的じゃないと思うの」

 

考えられるとしたら、この任務に裏があるということ。

それは単純にして容易に想像出来る。

腑に落ちない、スッキリとしない任務内容に眉根を寄せていたフェイトとなのは。

その2人を一瞥して、はやては考えるように手元のお茶を一口含んだ。

 

「ただなぁ…この任務の依頼人、実はミゼットばあちゃんなんよ」

 

はやてのこの言葉に、フェイトとなのはの2人は驚きを隠せない。

 

ミゼット・クローベル統幕議長。

 

管理局で知らない者のいない「伝説の三提督」の一人だ。

 

「えっ…ミゼット統幕議長が?」

 

これは実はかなりとんでもない話だ。

絶対的権力を持つ三提督の一人がこの任務の依頼人…

 

「この任務には機密があります!って言ってるようなもんやな」

 

おちゃらけた口調にしては、瞳に動揺が隠し切れていない。

これが異常な事態だとはやて自身も理解をしているからだ。

 

「……でもそうすると、受けないわけにはいかないね」

 

フェイトは苦笑してそう溢した。

三人とも三提督には恩がある、その恩を仇で返すような真似はしたくないというのが共通意識だ。

─────いや、いずれにしろこの任務は受けるつもりだったけれど。

 

「頑張るしかないね」

 

なのはは思案顔を緩め、いつもの笑顔で呟いた。

 

「うん、そうだね」

 

その言葉にフェイトも頷く。その顔はやはり笑顔だ。

 

「せやね…ただ…」

 

と、はやてはまたその表情を陰らせる。

 

「どうしたの?はやて」

 

「うん…ミゼットばあちゃんを疑ってるわけやないけど…」

 

はやてはとても言い辛そうに口を閉ざしたが、気になる二人は尚も言及する。

 

「何か不安なことがあるの?はやてちゃん」

 

「不安とは違うんや。ただな…この任務の人員を集める時な、ミゼットばあちゃんがやたらとフェイトちゃんを推していた気がするんよ」

 

勿論、勘違いの可能性の方が高い。

そもそも、人の心中を予測する事の得意な捜査官であるはやてであっても、腹芸ではまだまだ年季の入った局員には太刀打ち出来ない。

その上、ミゼットは最古参と言える伝説の局員だ。

そのミゼットが、はやてが異常に勘づくような態度をとるとも思えない。

 

そのはやての言葉に驚いたのは、当然本人であるフェイトで。

 

「ミゼット統幕議長が?…はやての勘違いじゃないかな」

 

フェイトとしては、あの三提督に自分が推される理由に皆目見当がつかない。

そもそもフェイトは自分の事を過小評価かしすぎる傾向がある。

昔は自分の容姿を「雑魚寝してるゴブリンの方がまだ可愛げがあると思う」などと公言し、周りから集中砲火を受けたこともあるのだ。

勿論、真っ先に否定したのが高町なのはであることは言うまでも無い…

素晴らしきかな、友情。

 

「勘違いやあらへん。なんかいつものミゼットばあちゃんと違った気がするんよ…」

 

けれど、やはりあの時のミゼットは何処か焦っていたようにも思えた。

……フェイトは自分が推される理由はわからないけれど、とある見当は思い当たっている。

 

「…もしかして…プロジェクトF…?」

 

思い当たる節といったらそれくらいしかない。

プロジェクトF。

フェイトの抱える大きな闇。

唯一の黒。

宿命。

 

─────運命。

 

「…認めたくはない。けど…可能性は、あると思うで」

 

 

* * * *

 

 

現場に到着した後、はやては慣れたように迅速な手つきで報告を行っていた。

 

「八神です。現場に到着しました。ヒトマルマルマルより、作戦行動を開始します…覚悟はええか?みんな」

 

一呼吸。

そして、告げる。

 

「…作戦開始!」

 

『了解!!!』

 

力強い、仲間の声。

 

…作戦、開始。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「主はやて。こちらシグナム…目標ロストロギアを発見。これより回収を行います」

 

『…了解や』

 

桃色の髪をした烈火の将…

シグナムは、目標発見の旨をはやてに伝える。

美しい容姿を持つ女性だ。

鋭利な刃物のような鋭さを持つ女性だ。

揺るがぬ意志を持つ女性だ。

反して、その瞳は猛禽の類だった。

 

「さて…いくぞ、テスタロッサ」

 

「はい。…だけど、あれが今回の目標?」

 

…フェイトが疑問に思うのも無理はない。

眼前にあるロストロギアは、魔力こそ観測できないとはいえ外見は異質にして異常。

 

─────黒い。

漆黒の立方体。

闇を切り取ったような黒。

あるいは、闇そのものか。

外装は何もなく

魔力もなく

存在する気配もない。

そう、気配もなければ目的もない。

何故あるのか。

何故生まれたのか。

何一つわからない。

 

─────まるで、あれだけ時間の流れが違うかのような…

 

「不気味だ…」

 

フェイトは人知れずそう呟く。

 

「主はやてから聞いた情報では、あれは空間を封鎖するタイプのロストロギアだ」

 

シグナムの告げた言葉に、フェイトは首を傾げた。

 

「封鎖…?」

 

「早い話が、牢獄のようなものらしい」

 

牢獄。

仕事上、割と聞き慣れた言葉だ。

時空管理局にだって、犯罪者を拘留する牢獄はある。

だけど…アレは、そんなものではない気がする…

あの黒いものは……

……!

 

「もしかして…!シグナム」

 

フェイトの頭に、一つの可能性がかすめる。

 

「む、なんだ?」

 

今、正にロストロギアに突入をしようとしていたシグナムが訝しげに聞き返す。

「俺今から突入しようとしてたんだけど?あぁ!?」とは勿論口に出していないが、出していなくとも顔が不満をありありと語っていた。

 

「あれ、牢獄系に類似するロストロギアなんですよね…」

 

「あぁ、そう聞いた」

 

「もしかして…あれの中に捕らえられている人がいるんじゃ…!だとしたら、下手に手は出せない!」

 

 

* * * *

 

 

 

「『「もしかして…あれの中に捕らえられている人がいるんじゃ…!だとしたら、下手に手は出せない!」』…うん、私もフェイトちゃんと同意見や…ミゼットばあちゃん」

 

フェイトとシグナムの会話を拾い、はやては少しだけ息を吐く。

そう言って見据えるはやての通信相手は…

 

『…』

 

伝説の3提督が一人、ミゼット。

本来ならはやてごときの官位ではまともにミゼットと通信も出来ないはずだが、個人的に交友があるため通信くらいわけないのだ。

─────いや、そういうことではない。今回に限っては、何故かミゼットは必要以上に現状報告を気にしていた。

 

「予想に過ぎんけど、アレの中に捕らえられている人…ミゼットばあちゃんの知り合いかなんかやろ?」

 

『…あら、流石捜査官♪やっぱりばれちゃったわねぇ…』

 

深刻な表情のはやてとは違い、ミゼットは楽しむように返答する。

まるで悪戯の見つかった子供のような、明るい声音で。

 

「…私が聞きたいんは、どうしてミゼットばあちゃんがこれを話してくれへんかったのか、ってことや。ロストロギアに捕らえられた者の救出ではなく、ロストロギアの回収って命令にした意味がわからん」

 

『…必要なことだったから、かしら』

 

「…それを、信じても?」

 

『……』

 

はやては、その無言を肯定と受け取った。

しかし、この判断が正しかったのか、それとも間違いであったのかは…

誰にも、わからないことだった。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「了解。…テスタロッサ、主はやてから突撃の許可が出た。少々手荒でも構わんということらしい」

 

待つこと数十分。

下されたのは突撃命令。

 

「わかりました。なのは達もすぐこっちに来るそうです」

 

突撃といっても、やることは安全を確保した上での牽制。

封印はなのは達が到着してからだ。

 

「それと…今回の任務、ロストロギアの回収ではなく、ロストロギアに捕らえられた者の救出が目標になった」

 

「…!やっぱり!」

 

─────予想、あたった。

 

「あぁ…では、行くぞ!」

 

そう言い放ち、二人はロストロギアに突撃する。

何が起こるかわからないため、細心の注意を払いつつ接近。

 

…ミゼットさん…信じるよ…!!

 

…だが。

現実とは無慈悲なものである。

…現実では

…戦場では

その信用など、大きな意味を持たない。

必死の思いは脆くも崩れ去ることになる。

 

なぜなら

 

唐突に

前触れもなく

無慈悲に

無遠慮に

ロストロギアが活動を始めたからだ。

 

「なっ…!!」

 

「なんて魔力…!!」

 

そう、その漆黒のロストロギアから感知できる魔力量…

はっきりと言って異常である。

それはそう、この魔力量は夜天の魔導書にも匹敵するかもしれない。

いや、あるいはそれ以上か。

 

「…!はやてっ!緊急事態!」

 

『わかっとるっ!!少し離れて様子を見るんや!』

 

「了か…っ!!?」

 

だが、それさえも牢獄は許さなかった。

その何もないはずの立方体の表面。

そこから伸びてくる、何本もの黒い鎖…

 

「これはっ!?」

 

まずい!近づき過ぎた───

逃げ切れないっ!?

 

フェイトの四方を鎖が囲う!!

その数、目測で30以上!!

 

 

 

 

 

 

『あかんっ!!フェイトちゃん!』

 

「テスタロッサっ!!高町たちが来るまで持ちこたえろっ!!」

 

速さ的に先行することになるフェイトは、結果的にシグナムよりも牢獄に近い位置になる。

その鎖は正確にフェイトだけを狙い宙を蹂躙していく!

 

「これはっ…!すみませんシグナム!逃げ切れません!後のことは…っ!!」

 

そしてとうとう鎖に捕まってしまったフェイト。

ギシリ、とフェイトの身体を締め付ける。

苦しむように。

逃がさないように。

 

「ぐぁぅ…ぅくっ…!!」

 

苦悶が、溢れる。

 

「テスタロッサ!くっ!この鎖…!!」

 

『フェイトちゃん!!』

 

そして…

 

 

 

フェイト・T・ハラオウンはロストロギアに取り込まれた。

 

 

 

これが、6時間前のことである。

 




そしてプロローグへ。
次も早めに投稿します。…なんとか続けたいですねー。
というかスチパンシリーズとのクロスって…
今更需要を気にし始めました。


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第二話 閉ざされた牢獄の中で

主人公とフェイトの会話です。
大分厨二要素アリ。そしてスチパン用語が多いのであとがきに少し解説を。


 

「君は、誰だ?」

 

突然、暗闇の中に響いてきた声。

男の人の声。

低く

それでいて柔らかく

けれども硬い

……そして何よりも悲しさを含んだその声に。

私の心は知らないうちに惹きつけられ、震えていた。

 

震える、心

 

それは闇に取り残された寂しさから来たものだったのだろうか?

それは定かではないけれど…

姿の見えないその声に、私は深い安心を覚えた。

何故だかは、わからない。何も。

 

声のした方を振り向く。

この暗闇で視認など出来るはずはない。それはわかっていた。

 

……けれど。

けれど。

 

 

─────暗闇の中に─────

 

 

─────輝く赫瞳、一つ─────

 

 

 

 

 

 

「もう一度問おう、少女(セニョリータ)。清き心の美しい少女よ…君は、何だ?」

 

静かに「彼」が問う。

 

「あっ…ぇっ…と…フ、フェイト・T・ハラオウン…といいます」

 

少し、声が震えてしまったけれど。

それを気にする余裕は私には無い。

ついさっきまで私を押し潰していた孤独の文字が、誰かと話すことを渇望していたから。

静寂が戻る。

音が戻る。

世界、が戻る。

彼が誰なのかは、わからないけれど。

 

「…フェイト」

 

そう、呟く声が聞こえる。

名前だ。

私の名前。

なのに…彼が言うと、何故かその名前が特別に感じて。

不思議だった。

不思議に、その響きは暖かかった。

 

「あの…貴方は?」

 

だから、今度は私が問う。

彼を。

彼の名前を。

 

「…私は…」

 

 

「…私は世界の、全ての、凡ての敗者だ。……故に、私に名乗る名前など無い。名前も無ければ生きる価値もない…だから、私はこの時間牢獄にいる。永久に囚われたままに。ただ、その運命のままに」

 

彼の声音。

聞いたことがある。

そう、それは……後悔の、声音だ。

懺悔の響きだ。

 

─────そんな…

 

価値が無いって…そんな。

寂しい事を言わないで欲しい。

人は誰でも生きる権利があるのに。

そう。

私のような紛い物でさえ。

それを認めてくれた人達がいるのだから。

 

「そんな…そんな寂しい事を言わないで下さい」

 

だから、漏れる。

言葉が、溢れる。

 

「君は」

 

姿の見えない彼の息遣いを感じる。

ため息にも似た吐息。

 

「君は優しい。そして、何処までも優しく限りなく美しい。君のような心の持ち主が時間牢獄にいるのを心苦しく感じる……」

 

「時間…牢獄?」

 

さっきも言っていた、その言葉。

それがこのロストロギアの名前なのだろうか。

 

「時間牢獄。だが、かの≪チクタクマン≫の作りしオリジナルとは違う。これはこの世界に合わせて作られた言わば贋物。かつて我が師…ニコラ・テスラが囚われていたという≪アルカトラズ時間牢獄≫に限りなく似た、しかし全く非なる牢獄だ」

 

チクタクマン?…誰だろう。

ニコラ・テスラ、その名前は聞いたことがある。確か、そう……地球の物理学者の名前だった筈。

─────それよりも、わからない。

難しい言葉。

理解が、出来ない。

 

「えっと…チクタクマン?それって…?」

 

「それを」

 

一呼吸。そして、紡ぐ。

 

「…それを、君に言う意味など無いし、言うつもりもない。君のような幼子が≪時計仕掛けの神≫と関わりを持つべきではない。例え、名だけだとしても」

 

明確な、拒否。

これ以上聞いても、この人はチクタクマンについて口を割らない。

そう、感じる。

決意を感じる。

覚悟を感じる。

 

「…この時間牢獄から出る術は…無いんですか?」

 

だから、私は話題を変えることにした。

気になったことから、核心へと。

 

「あぁ。出る術は本来無い。私にも、そして君にも≪雷電王(ニコラ・テスラ)≫のように女神の祝福も無ければ≪万能王≫のように牢獄を引き裂く力も無いのだから」

 

じゃあ、本当に…

本当に出る術は…

 

再び、堕ちる。

闇が。

黒が。

鎖のように、心に絡みつく。

 

「出る……術がない……?」

 

「最早。……≪一輌だけの地下鉄≫はこの地を走ることはない。また、あの万能を求められそれを体現するしかなかった≪万能の男(ウォモ・ウニヴェルサーレ)の作り出した巨神は忌まわしきナコト・ファンタズマゴリアに打ち砕かれた。……ここから出る術は現状存在しない」

 

淡々と話す彼。でも、私はその話を聞いてなどいなかった。

……だって。

……だって。

 

「君の…心の震えを感じる」

 

思考の海に沈もうとすると、突然彼が語りかけてきた。

先程よりも、優しい声音で。

 

「…え?」

 

「君は今悲しんでいる。君は今絶望している…」

 

そんなの、当たり前だ。

出られない…この闇の中で、ずっと取り残されたままなのに。

落ち着けという方が無理だろう。

 

「君の香りを感じる。酷く優しく懐かしい香りだ。そう…私が愛するべきだった幼子の様」

 

そう呟く彼の声は…

悲しみも勿論だけど…

どこか懐かしむような、どこか愛おしそうな声音だった。

まるで幼子に語るような。

 

まるで、愛娘に囁くような。

 

「な、何を…」

 

「フェイト」

 

突然、名前を呼ばれる。

その事に酷くドギマギとしてしまう。

 

「君の…君の顔が見たい」

 

だが、言われたことはよくわかなかった。

 

「…え?」

 

この人は今何と言ったんだろう…?

 

「私に…その顔をよく見せてくれ」

 

…へっ?

 

「か、顔!?」

 

肯定を示すような、頷く気配。

 

「そ、そんな事を言われても…こんな何も見えない所で…」

 

どうやって顔を見せるというのだろう。

下を見れば、自分の身体さえ見えないというのに。

こんな、漆黒に塗りつぶされた様な空間で。

 

「見えずとも視える事はある。ただ、この闇に委ねて欲しい…眼を、閉じろ」

 

言われたままに、慌てて眼を閉じる。

相変わらずの暗闇だ。

怖くなるぐらいに

溶けてしまうくらいに

…でも、何だろう…

さっきまでとは違う気がする…

闇なのに…なんだか暖かい。

それは…なんでだろう…

すごく心地いい…まるで…

 

母さんの腕の中にいた時みたい…

 

「……」

 

…気配がする。

闇の中に…光の気配が。

そっか、この光のせいなのかな?

こんなにも暖かいのは…

 

「…見えた。君の顔…」

 

「へっ!?」

 

突然の言葉に返事が出来ない。

 

「美しい」

 

「はいっ!?」

 

「まるで芸術。東の園に忘れられた花のように可憐で、その肢体は静かに佇む若木の様に品やかだ」

 

「ちょっ…!ちょっと…!!」

 

いきなり何ですかっ!?

流石に、慌ててしまう。

でも、本当にいきなりだ…

頬、勝手に熱くなる。

 

「いきなり何を言うんですか!?」

 

そう言えば、素知らぬ顔で

 

「感想を述べただけだ。君の美貌の」

 

などと言う。

…なんだろう、この人。

─────美貌、とか。

いきなり!

 

「は、恥ずかしいからやめて下さいっ!!」

 

まったく、もう…なんなのだろう、この人は。

 

しかし、次の彼の言葉は─────

 

「…似ているな。かつて私と共にあった少女と…そう…」

 

 

 

 

「プレシアと瓜二つだ」

 

 

 

─────容易く、私の理性を砕いて。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「はやてちゃん!!まだダメなの!?このままじゃフェイトちゃんが…!!」

 

黒いロストロギア。

そこから少し離れた所に位置する簡易基地。

そこには美しい栗色の髪を横に纏めた…

そう…高町なのはがいた。

 

「少し待ちぃ!!無闇に突っ込んだ所でフェイトちゃんの二の舞や!」

 

そう叫んでいるのは八神はやてだ。

 

「だって!あれからもう6時間も経つんだよっ!?もしフェイトちゃんに何かあったら…!!」

 

「高町、いい加減に冷静になれ」

 

「し、シグナム…さん…」

 

熱くなってたなのはの肩に、シグナムの腕が諌めるように置かれる。

まるで割れ物を扱うように。

慰めるように。

発破するように。

 

「ここで主はやてに激昂したところでどうにかなる事でもないだろう。いい加減にしろ…わかるだろう?」

 

そう諭すように言われれば、頭に登っていた血が下がり始める。

 

「…はい。ごめんね…はやてちゃん」

 

「いや…気にせんでええよ…」

 

そう言い、はやては冷めかけのコーヒーを口に運ぶ。

その口元は、言いようのない悔しさで歪んでいた…

 

 

 

* * * *

 

 

 

「プレ…シア…?」

 

待って

待って欲しい。

プレシアって…そんな…え?

 

「知っているのか、あの子を。…あの悲しく、美しく、酷く優し過ぎた少女を。私の、守れなかった輝きを」

 

自らの耳を疑う。

幻聴じゃ、ない?

だって…その名前は…

プレシアは…

 

「プレシア…母さんの事?」

 

「……何?」

 

話して初めて、彼が動揺した。けれど、それは私も同じ。

明確に伝わる。

息遣い。

気配。

それ以上に動揺しているのは私だけれど……

だって…こんな所で…母さんの名前を聞くなんて。

この人は…一体?

 

「そう…か…ようやく…会えたな……」

 

聞こえてきたのは彼の声。

だけど…その声は震えていて…

まるで、泣いているようで。

 

「美しく育ってくれたな……アリシア」

 

……アリシア!?

……まさか!?

 

「アリシアを知っているんですかっ!?」

 

「何…?」

 

「どうしてアリシアを知っているんですか!?貴方は……一体何者何ですか!!」

 

やっぱり……

 

「プロジェクトFの…関係者ですか!だとしたら…時空管理局の執務官の名にかけて、貴方を捕縛します!」

 

言い切る。

感情の赴くままに。

迸るままに。

 

「待て、少し落ち着いて欲しい」

 

あ…

言われても我に返る。

感情に任せ過ぎた。

冷静さを欠くなんて執務官失格だ…

 

「落ち着いたか?執務官殿」

 

苦笑した様な声が聞こえる。

その笑い声に、私はどうしようもない恥ずかしさを感じた。

 

「あぅ……し、質問に答えて下さいっ!!」

 

「先程も言っただろう。私は敗者で、この牢獄の中で嘆くだけの存在だよ」

 

「そういう事を聞きたいんじゃありませんっ!!貴方は…!」

 

「フェイト」

 

名前。私の。

アリシアではない。私の。

 

「っ!!」

 

また、冷静さを失っていた。ダメだ、アリシアやプロジェクトFの話になるとどうも…

 

「フェイト。一つだけいいか?君は…テスタロッサなのか?」

 

テスタロッサ。

そう…私の元のファミリーネームだ。

 

「…はい」

 

そう、私は

どこまでも

いつまでも

テスタロッサだ。

この名を捨てるつもりなど無い。

例え、ハラオウンを名乗っていても。

そう言った瞬間、闇の向こうから息を吐く気配がした。

 

「君は……そうか」

 

こぼれ落ちる彼の言葉が、私の耳に届く。

 

「フェイト…美しく可憐な少女よ。そして…テスタロッサの末娘よ。君がこの擬似時間牢獄に囚われた意味がようやくわかった…」

 

「どういう…ことですか?」

 

意味もわからずそう答える。そんな事も気にせず、彼は続け様に言葉を紡ぐ。

 

「君は、私を救うために来たのか。……君は、私に輝きを届けてくれた」

 

「─────え?」

 

「よもや、≪ふるきもの≫である私を覚えている者が基底現実にいようとは。それが誰か……いや、おそらくは……」

 

彼の瞳が、暗闇の中で朧げに輝く。

 

「─────フェイト。…君は、今幸せだろうか?」

 

「…?」

 

「君には友人がいるか?君を愛する家族はいるのか?」

 

私には…

 

「……はい」

 

私は…

 

そうだ…

はやて…リンディ母さん…クロノ…エイミィ…アルフ…シグナム…ヴィータ…シャマル…すずか…アリサ…

 

……なのは

 

「……そうか」

 

「……」

 

「ならば、君をここから出そう」

 

「……え?」

 

出す?誰を?私を?

ここから……私は出られるの?さっきは……出られないと言ったのに?

 

「出られる」

 

「君が望むのなら、出られる」

 

私が……望むなら……

 

「言葉にしろ。その、気持ち。必ずその言葉は、輝きに届く」

 

本当に……それで。

出られるのならば。

 

「私は…みんなの世界に帰りたいです…!!」

 

私の帰りを待っている人がいるから。

 

「…」

 

「…私は!!!」

 

 

 

 

 

「ならば、願え。そして委ねよ…我が愛しき子よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「私を…助けてっ!!」

 

 

 

 

暗闇が晴れる。

当たりに「光」が溢れる。

 

そして…ようやく見えた、彼の顔…

 

見た瞬間、私は凍りついた。

だって…

そこにいたのは金の髪。

 

「その≪輝き≫、しかと受け取った…

なればこそ、我が光は照らし穿つ!」

 

私と同じ、紅の瞳───

 

次の瞬間光に包まれ、私は意識を手放した…

 

 

 

* * * *

 

 

 

「…まだ…話してくれないんですか?」

 

八神はやては静かに、だが確実に相手に怒りを見せている。

 

『…』

 

その相手はミゼット・クローベル統幕議長。

 

「知ってることを教えて下さいっ!!フェイトちゃんを任務に強引に就かせた事に関係あるんやろう!?」

 

『…はやてさん…』

 

「ミゼットばあちゃんっ!!教えてっ…友達が…友達が危ないんよ…」

 

知らずに、目の淵に涙が溜まる。

いかに成長しようと、強力な魔導師であろうと…

やはり彼女は14の少女に過ぎないのだ。

 

『…確かに、私はフェイトさんを利用したわ…』

 

「っ!!なぜ…っ」

 

はやてにとって、その言葉は何よりショックだった。

闇の書事件の後、後ろ指を指され続けたはやて達に優しくしてくれたこの人が、まさかフェイトを利用するなんて、と。

信用していた。

信頼していた。

 

『本当に申し訳ないわねぇ…でも、それがどうしても必要だった。彼女が、あの牢獄に囚われる事に意味があったの』

 

「どういう…ことですか?」

 

『あの牢獄に囚われているのは…私の知人。でもね…彼はあの牢獄から出てこようともしない。だから…出てくるきっかけが必要だったのよ』

 

そう、フェイトは「彼」が出てくるきっかけに過ぎない。

いや、彼女以外が彼を連れ出すのは不可能だ。

だから、ミゼットはフェイトを「わざと」ロストロギアに取り込まれるように仕向けた。

絶望した彼に、輝きを届けるために。

 

それこそ、はやてには意味がわからなかった。

何故…

 

「どうして、フェイトちゃんなん?」

 

それは純粋な疑問。

不可解な事実。

 

『…』

 

「教えて…ミゼットばあちゃん…」

 

『フェイトちゃん……彼女は……彼の……』

 

ビッーッッッッ!!!!!

 

突如、緊急アラームが辺りに響く。

それは、異常を知らせる鐘の音。

 

「なんやっ!?どうしたん!?」

 

『はやてちゃんっ!!!!ロストロギアから…!すごい魔力が!!!』

 

突然ウインドウが開き、なのはからの通信が入る。

 

「なんやてっ!?」

 

慌てて魔力サーチャーの数値を確認する。すると…

 

「な、なんや…これ…!?あかん!!!これは…っ!!!」

 

そのサーチャーの表す数値は、はっきり言って異常の一言。

 

「あかん…!!!なのはちゃん!!!退避や!!!」

 

『でも……フェイトちゃんが…!!!!』

 

フェイトが心配だ、と留まるなのは。

だが…

それは既に手遅れであった。

 

「そこにいたらなのはちゃんも巻き添え食う!!!」

 

『イヤっ!!!』

 

明確な拒絶。なのはが平静を欠いているのは明らかだ。

 

「っ!!…シグナム!!!」

 

『はっ!!』

 

命令を伝えていないが、長年ともにいてくれた騎士は正確にはやての言わんとすることを読み取った。

 

『高町!!』

 

『いやっ!!離して!!!』

 

シグナムがなのはを連れて退避する映像が映る。

 

(なのはちゃん…すまん…)

 

そして…

 

ロストロギアを中心に、荒れ狂った魔力の放流が始まった…

 

 

 

* * * *

 

 

 

『全く……心配をかけて……40年ぶりのご帰還かしらねぇ?おかえりなさい…≪輝光王≫閣下…』

 

 

 

 

 

 

最後に映った映像…

気絶しているフェイト・T・ハラオウン執務官を抱えた…

 

真紅の男の姿が映っていた。

 




第二話終了!
いや、話が進みませんなぁ…
そして出てきましたね≪輝光王≫!
彼は一体誰なんでしょう…
まあ、主人公なんですけども。
というか、なんだこの主人公。

下に少し用語説明です。

≪チクタクマン≫
時計人間。時計仕掛けの神。
本名はロード・アヴァン・エジソン。
超強くてメッチャ頭いいイケメン。
悪者です。
この小説では名前だけの出演でした。
登場作品「紫影のソナーニル」

≪電気王≫
オリ主の師匠で、すごく強い。
本名はニコラ・テスラ。
テスラコイルで有名ですね。
この人も名前だけ出演です。でも、師匠設定のため結構名前出てきます。
登場作品「黄雷のガクトゥーン」

≪万能王≫
本名はレオナルド・ダ・ヴィンチ。
よくわからんがすごい。

登場作品「若干ネタバレを含むので割愛」

その他、この用語がわからない!
などがありましたらお気軽にどうぞ。わかる限りで…wikiを駆使して説明します。
…文章力が向上する兆しを見せない…


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第三話 ローゼンクロイツ

まだ、まだまだプロローグが続きます…


 

その人の姿を見た時は驚いた。

だって…

高い身長。

綺麗な金髪。

紅い瞳。

まるで…

フェイトちゃんのような人だったから。

 

魔力放流が終わったすぐ後に、私はロストロギアに涙ながらに接近した。

もちろん、フェイトちゃんを探すため。

局の人は、フェイトちゃんの生存は絶望的だと言っていたけど、私はそんなの信じられなくて…

いや、信じたくなかった。

フェイトちゃんがいなくなる?

そんなの、考えたくもない。

二年前…私が墜ちた時に挫けずにリハビリを続けられたのは、みんなと…

何よりもフェイトちゃんがいてくれたから。

だから、挫けなかった。

だから、飛べた。

だから、歩けた。

 

…フェイトちゃんも、私が墜ちた時こんな気持ちだったのかな。

 

こんなにも…

心に冷風が吹き荒れるような…

 

だから、どうしようもなく不安で。

早く、フェイトちゃんの顔が見たくて…

 

「フェイトちゃん…フェイトちゃん…」

 

私は、夢中で現場に向かった…

 

 

…なのに…

 

フェイトちゃんを抱えた男の人は、その間に仮説基地に到着したらしい。

 

…悔しい。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

目を開くと、そこには見知った天井が。

ここは…次元航行艦の医務室…?

 

「あれ…私は…一体…?」

 

そうだ…

私はロストロギアの暴走に巻き込まれて…

その中で…

 

「フェイトちゃん!気が付いたっ!?」

 

すると突然、部屋の中に声が響く。

暖かい声。

大好きな音。

 

「なのは…?」

 

見ると、なのはは涙目でベッドに駆け寄ってきて…

そのまま私の方に倒れこんできた。

 

「わっ!!なのは……?」

 

「フェイトちゃん…フェイトちゃん…」

 

グリグリと、私の胸元に頭を擦り付けてくるなのは。

はっきり言って、とても可愛いです。

 

「全く…気絶してるだけ言うたやん。なのはちゃんは心配し過ぎなんよ」

 

「はやて…」

 

はやてもなのはの後に続いて部屋に入ってきていたらしい。

全然、気づかなかった。

 

「さて…フェイトちゃん…」

 

「フェイトちゃん…フェイトちゃん…」

 

「早速で悪いんやけど…」

 

「フェイトちゃん…フェイトちゃん…」

 

「あのロストロギアの中で何があったのかを…」

 

「フェイトちゃん…フェイトちゃん…」

 

「聞いても………って!!!!いい加減やかましいわっ!!!」

 

バシッ!!!

 

「うにゃぁぁっ!!??」

 

「っ!?なのは!?」

 

私に擦り寄ってきていたなのはを、はやては問答無用でど突いた。

結構…いい音がしたけど…?

 

「うにゃ…はやてちゃん…とっても痛いよ……」

 

涙目のなのはも可愛い。

いや、違くて…

 

「自業自得や。全く…なのはちゃんはフェイトちゃんを好きすぎなんよ」

 

「にゃっ!?」

 

「ちょっ!!はやて!」

 

いきなりなんて事を言うんだっ!

頬が赤くなっていくのを感じる。

 

「え…なんでフェイトちゃんも赤くなるん?」

 

なのはちゃんをからかったんやけどなぁ

…なんて。

わかってるくせにそういうことをする。

 

そんな友人を、一睨み。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「で、誰なん?」

 

一息ついた後、仕切り直してはやてが尋ねてきた。

なのは?私の腰に抱きついたままだけどそれが何か?

 

「えっと…誰って…?」

 

「そう!フェイトちゃん!あの人は一体誰なの!?」

 

なのはまで…

誰って言われても…

誰のこと?

心当たりなんて……

…あ…

あるよ。

あったよ、心当たり。

 

「もしかして、あの男の人?」

 

そうだ、今まですっかり忘れていた。

…なんで忘れてたんだろう?

あんなに衝撃的だったのに。

 

「そうや…誰なん?あのハンサムさんは」

 

そのはやての問いには首を傾げるしかない。

 

「えっと…誰…なんだろうね?」

 

「フェイトちゃんも知らないの?」

 

そう、知らない。

知りたいけど。

 

「うん…」

 

結局、聞きそびれちゃったし。

 

「はぁ…フェイトちゃんも知らんのか…全く…何者なんやろ…ミゼットばあちゃんとも面識あるみたいやし」

 

それは初耳だ。

 

「あぁ、フェイトちゃん。その人は今別室のミゼットばあちゃんの所にいるから、後でお礼言っとくんよ」

 

「えっ?あの人もいるの?」

 

そう言われると、少し緊張する。

 

「まあな…お礼はちゃんとな。なんせフェイトちゃんをお姫様抱っこで医療班まで連れてきてくれたんやから」

 

そっか…あの人が…

 

「って!!お姫様抱っこ!?」

 

何それ恥ずかしいよっ!!

 

「ちゃんと映像もバッチリや!」

 

ちょっとはやて!!いらないこと言わないで!!

 

 

 

* * * *

 

 

 

「…久しぶり、でいいのかしら?」

 

「ああ。…あれから何年経ったかは知らんが、お前の老いを見る限り相当の年月が経っているようだ」

 

「嫌な判断の仕方ねぇ…」

 

次元航行艦のある一室。

柔和な老婆と、凛とした青年が40年振りの邂逅を果たしていた。

老婆の名はミゼット・クローベル

伝説の3提督の一人で時空管理局の重鎮だ。

 

「さて…ミゼット。これはお前の知謀か?…」

 

男が、尋ねる。

低い音。

呟くような声。

なのに、しっかりと耳に入る不思議な声音。

 

「あら、あの子はいい子だからねぇ…あの子のために何かしてあげたかっただけなんだけどねぇ…」

 

戯けるように言えば、男は呆れたように。

 

「お節介は相変わらずか……全く」

 

そう言って、男は手元のコーヒーをすする。

 

「……ふむ。まぁ飲めなくはないが…美味ではない」

 

「貴方も、相変わらず辛口ねぇ…」

 

茶汲みが泣くわよ?と顔が語っている。

 

「そんな事はいい…お前の事だ。私が何を聞きたいのかわかっているのだろう?」

 

そう言うと、澄まし顔のままコーヒーをソーサーに置いた。

途端、ミゼットも少し真剣な様子でソーサーにカップを置く…まぁ、柔和な顔はそのままだが。

 

「……フェイトさんの事?」

 

出たのは名前。

金と、黒。

美しい少女の名前。

 

「あぁ。…あの子は何だ?アリシアでは無いのだろう?」

 

呟いたのは名前。

金と、青。

蒼。

そう、彼女。フェイトと名乗った彼女。

彼の記憶によればあの少女の存在は矛盾に過ぎる。

 

「えぇ…あの子は少し事情があってねぇ…まぁ、あなたに隠す事ではないかしら」

 

「頼む」

 

「あの子はね…『F・A・T・E』という計画によって生み出された…アリシア・テスタロッサのクローンよ」

 

ちなみに、作ったのはプレシア・テスタロッサ本人よ?

と付け足すと、男は僅かに肩をすくめた。

 

「…」

 

「あら、驚かないのねぇ?」

 

男は困った様に苦笑する。

でも、それだけで。

 

「驚いているさ。ただ、私はそれが顔に出にくいだけだ…そうか…あの子はアリシアのクローンか…」

 

慈しむように。

焦がれるように。

そう、呟いた。

 

「……貴方は…どうするの?あの子の事を…」

 

「……私は…」

 

コンコン

 

突然、横槍を入れるようにドアをノックする音が響いた。

どうやら来客が来たらしい。

 

「どうぞ」

 

ミゼットが答えて数秒経った後、三人の少女が部屋に入ってきた。

 

「失礼します!八神です」

 

一人は張り上げる様に。

 

「高町です!」

 

1人は僅かに緊張している様に。

 

「テスタロッサ・ハラオウンです…ぁ…」

 

フェイトは自己紹介中は男と目が合い僅かに止まる。

 

「あらよく来たわねぇ…楽にしていいわよ?」

 

ミゼットがそう言った後も、三人は楽にせず棒立ちしたままだった。

恐らく、その部屋にいた男の姿を認めたためであろう。

 

「…ミゼットが言うんだ。楽にして構わん」

 

男がそう言って、やっと三人は力を抜いた…フェイトだけは、相変わらず僅かに緊張していたけれど。

……といっても、部屋の主であるミゼットよりも100倍はデカいハルトの態度を気にする余裕は、この三人にはなかった。

 

 

* * * *

 

 

 

「えー、私は八神はやてといいます。よろしゅうな」

 

「えっと…私は高町なのはっていいます」

 

「ん」

 

そのあと、ミゼットの「この人にかしこまる必要は無いわよ」と言われた三人は、無礼講ということでとりあえずの自己紹介を始めた。

 

─────それにしても、この無愛想な態度である。

 

「えっと…貴方の名前、今度こそ教えて欲しいんですけど…」

 

「…」

 

フェイトが尋ねても、目を瞑って沈黙を保つ男。

 

…ふたたび無視されたフェイトは、最早泣きそうである。

というか既に泣いてる。

 

「私に名乗る価値など……」

 

「彼はハルスタッド・ローゼンクロイツ。私の先輩よ」

 

「…おい、ミゼット……」

 

あっさり名前をばらされたハルスタッドは、咎めるようにミゼットを睨む。

しかし、その視線を受けてもミゼットはどこ吹く風だ。

 

「はぁ…そういうことだ。名前は長いからハルトでいいぞ…ん?おい、君達?」

 

男…ハルトが疑問の声を上げる。

なぜなら、三人が何故か固まったように身じろぎ一つしなかったからだ。

 

「おいフェイ「先輩っ!!??」…はぁ…」

 

呆れたようにため息を着く。

そこに突っ込まれるとは思わなかったのだ。

いや、3人の反応は至極当然だろう。

 

「それがどうした?」

 

「いやいやいやいや!!ミゼットばあちゃんの先輩って!ハルトさん何歳なんや!?」

 

管理局の黎明期を支えたミゼット。

管理局が設立されたのが70年以上前なのだ。そのミゼットの先輩…

間違いなく齢90はいっているはず。

それなのに目の前の男、ハルトの見た目からはそんな年月を感じない。

 

「年齢か……不老の我が身には縁のないものだな」

 

さらっと問題発言をするハルト。

 

「へぇ………不老!?」

 

「不老って!?え!?」

 

「ん?不老が珍しいか?」

 

「「「いやいやいやいやいやいや!!!!」」」

 

「あなた達、この人と関わる時は驚くだけ無駄よ…?」

 

 

 

* * * *

 

 

 

「私やレオーネ、ラルゴの指導官だったのよ、ハルト先輩は」

 

「はぁ…ハルトさん、すごい人なんですね…」

 

なのはは純粋に驚き…

 

「くっ…突っ込みたい!非常に突っ込みを入れたい!けどあかん…頭痛くなってきた…」

 

はやては自分の性と戦い…

 

「…名前、隠すことないじゃないですか」

 

フェイトはまだ根に持っていた。

 

「ん…まあな…私なりのケジメのつもりだったんだよ。許せ」

 

今だに根に持つフェイトに驚きつつ、当たり障りのないよう答えてから、了解を得ずにフェイトの頭を撫で始めたハルト。

 

「ちょっ……!何するんですかっ!?」

 

「良い子だ」

 

「や、やめて下さいっ!!」

 

「何をそんなに怒る」

 

「え?いや……だって……その……あんまり知り合ってもいないのにそんな……」

 

「ふむ」

 

ふむじゃない、とその場にいる誰もが思ったが、幸いと言っていいのか口に出すものはいなかった。

 

「綺麗な髪だ」

 

「あぅ……」

 

周りからの胡乱な視線も顧みず……というか気づかずにフェイトの頭を撫で続けるハルト。

 

「ハルト先輩……相変わらずだけど、フェイトさんが嫌がってるのがわからない?」

 

見かねたミゼットがハルトにそういえば、彼は実に意外な事を言われたといわんばかりに目を見開いて……

 

「ん?」

 

言われて、ようやく彼は気付いた。

そう、ようやくだ、この男は。

この傲慢な男は。

この不遜な男は。

フェイトが、嫌がってるは言い過ぎにしても反応に困っているかのように、目を泳がせていることにハルトはようやく気が付いた。

 

「ああ……いやすまん。困らせるつもりはなかった」

 

「あ、いえ……そんな……」

 

「全く……これでは40年前と変わらんな。相変わらずに子供の扱いというのがわからん」

 

「……そんなに、子供ではないです」

 

「照れずともいい。子供であることは尊いことだ。今でしか名乗れない眩いものだ。……淑女を志すのは当然だが、今は幼い躍動に身を焦がすのが正しい在り方だ」

 

随分な物言いにフェイトはおろか、なのはとはやてまで面を食らったような顔をしたが、ハルトという男はそれさえ気付かない。

昔に付き合いのあったミゼットは変わってないとため息をこぼしたが、何処か嬉しそうにも見えた。

 

「ああー…そや。ハルトさん、質問いいですか?」

 

このなんとも言えない微妙な空気を変えるために、はやてはハルトに質問をすることにした。

 

「ああ、構わんよ」

 

と、ようやくフェイトの頭から手を離したハルトが応えた。

 

─────では。

と、はやては仕切り直す。

真面目な口調で。

捜査官としての色を見せて。

 

「まず、あのロストロギアは何なんですか?」

 

─────あまりにも、直球なその質問。

それにハルトは何食わぬ顔で答えた。

 

「あれは「擬似時間牢獄」と呼ばれるものだ。製作者は知らんが余程の天才だろう。あの牢獄に捕らえられた者は外の世界と違う時間軸に放り込まれる。…こっちの一年が…牢獄の中だと五年といった所か」

 

「……えっ…と…ハルトさんが捕らえられたのって…」

 

「こっちの時間で40年前…牢獄の中だと200年前だな」

 

それが何だ、とまるで気にも留めていないような態度に…

 

「………は」

 

息を飲んだのは誰だったのだろうか。

200年。

それは少女達には想像もできない時間だ。

かのミゼットでさえ落ち着きを失っているようにも見える。

感情を滲ませない男の声に…

その裏に、いったい何があるのか。

悲痛?

慟哭?

彼女達にはそれがわからない。

いや、唯一あの牢獄の「中」を知るフェイトの顔は既に蒼白だった。

あの孤独の闇に、200年?

あり得ない、とフェイトは思う。

そんなのが人間に耐えられるはずはない。

自分は外の世界で6時間……つまり30時間でも既に気が狂いそうだったのだ。いや、あの時ハルトが声をかけてくれなければ自分は確実に壊れていたという確信がフェイトにはあった。

フェイトは自分は弱い人間だと自覚していたが、それでも。

それでも、だ。

 

「…っと…じゃあ次の質問ええですか?」

 

いち早く復帰したのは、はやて。

こういったところはやはり流石の一言である。

 

「ん」

 

やはり、ハルトは何時もの無表情。

 

「…あのロストロギアを破壊したのはハルトさんでええんよね?」

 

「ああ…」

 

これにも、素直に頷く。

 

「あの魔力放出が出来るなら、いつでも出られたんじゃないですか?」

 

…賢いな。

と、ハルトは思う。

この子は幼くも頭の回転が速い。

この話の行き着くところには結局、ミゼットを問い詰める節が見受けられる。

 

……見事だ。

と、ハルトは内心で関心していた。

目の前のこの幼い少女……八神はやてにハルトは惜しみない賞賛をする。

周りに誰もいなければ喝采の言葉を口に出していただろう。

 

「……出る気がなかっただけだ」

 

賞賛の代わりに、彼はありのままの真実を語ることに決めた、

いやもっとも。

彼は「雷電の戦士」と同じく、あらゆる虚言は許されないのだけれど。

 

「出る気がなかった……何故です?」

 

踏み込みすぎだよっ!と隣にいるフェイトがはやての裾を引いた。

だが、はやてとてそんなことはわかりきっている…

ただ、ここで聞かなければならない、と。

そう、はやては思ったのだ。

 

「40年前、私は罪を犯した。…罪の事は問うなよ。答える気は無い。……故に、私には外界にて生を啜る価値も無かった」

 

その言葉に反応したのは。

勿論、フェイトで。

 

「あの牢獄の中で言ってた…自分には価値がない…と言っていたのはそのことですか?」

 

「…」

 

無言の、肯定。

 

「…私も、聞きたい事があります」

 

はやて、いい?と隣に確認をとる。

するとすぐに、はやてはこくりと頷いた。

自分よりもフェイトに委ねた方がいいと考えたのだろう。

 

「…どうしてプレシア母さんを…アリシアを知っていたんですか?」

 

その言葉に驚いたのはなのはとはやてだ。

 

「ちょっと…フェイトちゃん!それ本当!?」

 

「ホンマかっ!?フェイトちゃん!」

 

「うん。…ハルトさん…」

 

それにも、ハルトは目を瞑って答えるだけだ。

 

「…40年前に少し関わりがあっただけだ」

 

特別な事は何もない……とハルトの目は語っている。

 

「…っ!!嘘ですっ!!」

 

フェイトは思わず。

大きな声、張り上げる。

 

「…何故?」

 

「関わりが薄いなら、私の顔を見て泣いたりなどしないからです」

 

「……」

 

初めて、ハルトの顔が歪む。

いや、何時も通りの無表情だが、何故かその顔が歪んだとフェイトにはわかった。

 

確かに…あの時ハルトは感情を抑えられなかった。

 

「…あの闇の中で、涙を流したかどうかなどわからんだろう」

 

苦しい言い逃れだ。

虚言が許されないのならば、濁すしか彼には出来ない。

だが、冷静さを失ったフェイトには十分。

 

「…っでも!!」

 

「この話は終わりだ。ミゼット、馳走になった。私は借りた部屋に戻る」

 

「…いいの?」

 

確認を取るように尋ねるミゼット。

 

「ハルトさんっ!!!!」

 

叫ぶのはフェイトだ。

それもそのはず…彼は…自分の母と、姉を知っているのかもしれないのだ。冷静でなど、いられる筈がない。

 

「ではな。君達も、身体を大切にしろよ」

 

そう言って部屋を出て行くハルト。

 

「フェイト…君は…誰よりも幸せに…な…」

 

幸いにしてその最後の呟きは、ドアに阻まれた三人には聞こえなかったけれど。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「フェイトちゃん…そんなに落ち込まないで…」

 

「…うん…」

 

「…それにしても、ハルトさんは露骨に態度が変わったなぁ…よっぽど言いづらい事だったんやろ」

 

部屋に残された三人は、そのまま椅子に座って身体を休めていた。

すぐに部屋を出て行こうとしたのだが、ミゼットに「もう少しいなさいな」と言われれば、まさか拒むことなど出来ない。

 

「フェイトちゃん…」

 

心配するように、なのはが囁く。

 

「あの人…なんだか懐かしい気がしたんだ。本当に…何と無くだけど…」

 

「確かに…なぁ…フェイトちゃんに似とるしな」

 

落ち込むフェイトに二人が語りかける。

それはまさしく、親友と呼べる関係。

 

「ほら、フェイトちゃん。コーヒーでも飲んで落ち着きなさいな」

 

「…ありがとう…ございます…」

 

明らかに、フェイトは落ち込んでいる。

だが、ミゼットにはそれが慟哭に見えた。

どうしても、ミゼットはその姿を寂しいと思ってしまったのだ。

だからだろうか

 

「ねぇ…フェイトちゃん?」

 

 

 

「少し昔話をしていいかしら?」

 

 

そう、彼女に提案したのは。




第三話しゅーりょー
そしてやっと主人公の名前が…

はい、ということで!主人公の「ハルスタッド・ローゼンクロイツ」が出てきましたねぇ…
あ、ちなみに「黄金王」とかの話しも出ませんし、スチパンシリーズの話しはあまりしませんよ。
前回のように≪電気王≫やらと、単語で出てくるのみです。
あくまでこの中二主人公ですすむリリカルなのはをお楽しみください。

ちなみにプロローグの時、フェイトが牢獄の中で「大分時間が経った」と言っていますが、現実の時間で6時間と記載したため、牢獄のフェイトが体感した時間は約30時間程です。

ということで、また次回!
では!


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第四話 御伽噺と罪と罰

第四話投稿します。
次も…なるべく早めに…


 

「はい、コーヒーです〜」

 

ここは西亨……いや、地球のハラオウン家。

ここの家主の部下であり、その息子の恋人でもあるエイミィが二人分のコーヒーを淹れリビングに入る。

そのリビングにいるのは四人。

リンディ・ハラオウン。

クロノ・ハラオウン。

養娘であるフェイト・T・ハラオウン。

そして…

 

「馳走になる、レディ」

 

─────ハルスタッド・ローゼンクロイツと名乗る男の人。

金糸の髪に、紅い瞳。

それは、まるで…

 

 

 

 

 

…時は、少し遡る。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

昔話をしていいかしら?

 

そう言ったミゼットさんの顔は優しくて…

そして、何かを決意したような顔だった。

何かに区切りをつけた顔。

そしてその表情の隅から感じたのだ…

この話は、私……フェイトは聞いておかなければならない…と。

 

だから、私はそれに頷いた。なのはもはやても聞く気だったらしく、自分らも聞いていいかとミゼットさんに尋ねていた。

結局三人で話を聞くことになり、私たちが少し緊張してきた手前、ミゼットさんは静かに語り始めた…

 

小さな子に御伽噺を紡ぐように。

小さな子に歌を唄うように…

 

 

 

* * * *

 

 

 

これは、御伽噺です。

 

昔々、一人の男がいました。

とても優しい男でした。

とても強い男でした。

とても勇猛な男でした。

そのあまりの強さ、異質さに孤独を強いられる、とても寂しい男でした。

 

周りの人々は彼の優しさに縋り、彼の強さを頼り、彼の勇猛さを讃えていました。

 

ですが、男の隣に立つものは決して現れなかったのです。

なぜならば、男が「光」そのものであったから。

男に救われた人は、時間が経つにつれ男のことを忘れていきます。

それは彼が一つの「光」に過ぎず、思い出を重ねる「人間」ではないためでした。

男を理解できる人間など存在しないのです。

ですが彼はそれでも立ち止まらず

曲がらず

真っ直ぐ前に向かい続けました。

まるで一筋の光のように。

いくら畏怖されようと、男にとってそれは関係のない事。

男にとっての幸福は、無垢な人間が戦場に立たない事なのですから。

それゆえに、男が戦場を離れることは許されない事だったのです。

男はまさしく、戦場の「光」でした。

 

…そんなある日、男は一人の少女を拾いました。

とても幼い女の子でした。

光の失った少女でした。

全てに絶望した少女でした。

 

男はその少女を救おうとしましたが、少女はたった一言

 

「私を殺してくれ」

 

…男は尋ねます。

 

「何故」

 

と。

少女は答えます。

 

「私は全てを失いました。私に生きる意味などありません。名前もない、生きる理由もない。光を失った瞳では何も見つけられない。だから、私は目の眩む様な「光」である貴方に私の全てを終わらせて欲しいのです」

 

その言葉を受けた彼は酷く心を打たれました。

 

そして彼が使ったのは…

この世ならざる力でした。

御伽の力

魔法の力

少女に「光」を与え

生きる「名前」をつけ

さらに、少女に「三つの我儘」を与えました。

 

少女はその光に驚き、その与えられし名前に涙したといいます。

そして少女は男に無垢な感謝と、無償の愛を誓ったのです。

 

男は感謝されるためにやったのではなく、自己を満たす為にやったことだと断りましたが、少女はそれでも光に寄り添うことを決意しました。

 

それが、少女の第一の我儘です。

 

…やがて、少女の無垢で無償なりし愛を男は拒まないようになりました。

周りの人々は二人を見て思い思いに語ります。

少女の愛はやがて歪み、男に依存するようになりましたが、それでもやはり二人は幸せであったのだと思います。

 

しかし忘れてはならないのが、彼が「光」であり、戦場を離れられないということ。

男が戦場に立つ度に、少女は神経をすり減らしました。

彼を思い

焦がれ

欲す。

その日々に限界を迎えた少女は、彼に言いました。

 

「貴方と共にありたい。故に、戦場には行かないで欲しい」

 

少女の、二つ目の我儘です。

 

拒めない男は少女を見て、怒るでもなく諌めるでもなく、ただ涙を流しました。

その我儘を呈した少女の心が、あまりに悲惨であったためです。

少女に生きる意味を与えた男は、少女の中では無くてはならない存在になり、依存にとどまらず少女の世界そのものになっていたのです。

その危うさに、彼は涙を流しました。

 

そして、男は言うのです。

 

「承知した。優しく、美しく、そして悲しい少女よ。君の心を救えなかったのは他の誰であろうこの私。君の命尽きるまで、私が君を守り続けよう」

 

その後、男を戦場で見たものはいません。

そうして、戦場から光が無くなったのです。

 

時が過ぎ、男とその少女…

いえ、女は子宝に恵まれました。

男と女は誓いこそしていませんでしたが、それでも二人には強い繋がりがありました。

女にとって、宿った命は何より愛しい存在でした。

こうして、胎内の命を含めた三人はゆっくりとした時を歩み始めます。

…いえ、歩む筈だったのです。

 

突然のことでした。

必然のことでした。

最恐にして最悪の災厄でした。

 

…歩み続ける三人の前に

とある巨大な「鱗」が現れたのです。

その鱗の力は強大で、多くの人の命が散りました。

 

その鱗が定めた「失うべくして失う命」。

そこにはあろうことか二人の子供も在ったのです。

 

こうして、子供の命は失われてしまいましたか?

 

──いえいえ、そうはなりません。

──光の王が、そうはさせません。

 

男は女の元を離れ、立った一人で鱗の前に立ちはだかりました。

 

そこには、強い意思がありました。

揺るぎない信念がありました。

 

光と鱗はぶつかり合い───

 

 

そして────

光は敗北しました。

 

鱗は形のない虚数に帰り

 

光は時のない牢獄に囚われました。

 

 

それは、罪です。

守ると誓ったのに護れなかった、彼の罪。

女の心を壊した、男の罪。

 

当然、女は狂います。

彼女にとって、彼は世界だったのですから。

だから、女は決意します。

全てを失うことを。

もう、何もいらないと。

もう、生きる意味はないと。

自らの手で、命を絶とうと。

 

…生きる意味がない?

本当に、彼女は全てを失ってしまったのでしょうか?

いえ、そんなことはありません。

女には、残っているものがあるのですから。

 

それは命です。

 

自らに宿った小さな命こそ、彼女の生きる意味だったのです。

 

「女」は死のうとしましたが───

彼女の中にある「母」がそれを許しませんでした。

そう…

男がいないと嘆くなら

 

「男の事を忘れたい」

 

そうすれば────

苦しむこともないのだから。

 

…「少女」の三つ目の我儘でした。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

……そして女は子供を尽きるほど愛し続けました。

そして男は……闇に染まる牢獄で、いつまでも罪を懺悔するのです…」

 

昔話を終えたミゼットは、静かにコーヒーカップを傾けた。

それを聴き続けた三人の反応は様々。

一人は難しい顔をして考え

一人は涙を流し

一人は瞳を見開き震えていた。

 

「あの…それって…もしかして」

 

震えていた少女…

フェイトが戸惑うようにそう呟く。

 

「…」

 

ミゼットはカップを見つめ、その問いに「いえ、私は何も知りませんし」という様な顔を見せる。

 

…トボけていることは明白だが。

 

「フェイトちゃん…」

 

隣のなのはが、フェイトの肩を抱く様に寄り添った。

 

「…フェイトさん」

 

「…ミゼットさん…」

 

「私の話は以上よ。これが本当の話なのか、作り話なのか。そして誰の話なのか…私の口からはこれ以上は言わないわ…」

 

「…」

 

「フェイトちゃん…貴方は、どうするのかしらねぇ」

 

ミゼットがそう問いかければ、フェイトは迷うように揺らしていた瞳を一層揺らす。

 

「「フェイトちゃん…」」

 

「私…は…」

 

 

 

* * * *

 

 

 

─────ハルトは、割り当てられた部屋のベッドに仰向けに倒れ込んでいた。

簡素な部屋。

簡素なベッド。

一応監視カメラは作動しているようだった。それもそうだろう、艦は外部からの攻撃には強いが内部からの攻撃にはとことん弱い。

敵の多い管理局だ、信用のおけない客人に破壊工作などされてはたまらないのだろう。監視をつけるのは当然だった。

─────まあ、そんなことはハルトには関係なかったが。

どうせ、監視カメラに自分の姿は映っていない。他人に弱さは見せられない、が人の目がないのなら、ベッドに倒れ込んでも構わないだろう、と一つ頷いて。

 

ハルスタッドはベッドに、実に200年振りに倒れ込んだのだった。

─────あの牢獄から脱出する際、ハルトは随分と力を使ってしまった。

元々枯渇寸前だった彼の力を、あの少女の輝きがあったにしろ限界まで使ってしまったのだ。

脆弱な彼の身は一時の休息を必要としていた。

なにしろ、あの時間牢獄を砕く程の力だ。疲れるのも当然だった。

 

倒れ込んだハルトは、眠らずにあることを考える。

それは勿論、あの少女のこと。

牢獄で出会った少女。

あれに似て美しい顔立ち。

自らの髪と瞳の色。

まさしく、思い描いた通りに育っていた少女。

 

かつて、彼が護れなかった輝きだった。

幸せそうなその顔が、彼女が交友に恵まれている事を教えてくれた。

 

───自らは牢獄から出るつもりなどなかった。

だが、彼女を友人の元に帰らせることができただけでも、自分の存在価値はあった、と。ハルトはそう思い直して。

それで、それだけでもう十分だった。

決して自分は彼女の側にいることは出来ない。光の身体以前に、その身は罪に塗れているから。

 

─────もしも、この罪深い我が身が望むことを許されるのなら…

 

せめて彼女の人生に幸福が輝かんことを。

 

そう、呟いてから。

瞼を下ろして─────

 

 

コンコン…

 

 

「───ん…?」

 

部屋のドアを控えめに叩く、音。

リズム、雰囲気から察するにドアを叩いたのは女性だと容易に推測できた。

普段のハルトならば、ドアの向こうにいるのが誰なのかわかっただろう。

だが、睡眠状態に入ろうとしていたハルトは、幸か不幸か、ドアの向こうの相手がわからなかった。

 

だから、だろうか。

 

『あの…ハルトさん。…フェイトです。少し時間をよろしいでしょうか?』

 

彼女の来訪に、少しばかり動揺したのは。

 

─────正直に言って、ハルトはフェイトが来ることを予想しなかった訳では無い。

が…

それでも。

彼女の声を聞くと、震える。

罪に、震える。

歓喜に、震える。

 

「……」

 

言葉にならない。

…が一つだけ理解できる。

 

ハルトは彼女を……部屋に入れてはならない。

 

彼女の顔を見てしまったら、自分は彼女の輝きに飲まれてしまう、と。

 

拒絶しろ。

彼女を、拒めばいい。

だが…それは出来ない。

そんなこと、ハルトに出来はしない。

 

『…言いたい事があってきました。…開けてくれないのなら、せめてこのまま聞いて下さい』

 

震えていた、フェイトの声。

その次に、零れ落ちる言葉…

 

 

『父さん』

 

それは─────ハルトにとって。

 

─────最も酷な言葉だった。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「…ハルト先輩は、彼女の心をわかっているようで全くわかっていないからねぇ…」

 

ため息吐きつつ、ミゼットは呟く。

その手には淹れたてのコーヒーを持ち、呆れたような面持ちでソファに腰掛けていた。

 

「なんだか、そんな感じがしますね」

 

フェイトちゃんみたいだな

と、なのはは思う。

自分を卑下するところ、とか。

相手のことを考えてくれているようでいて、自分を追い詰めていってしまうところ、とか。

 

「罪深い自分なんかが。……まず先にそれがきてしまう人だから。人の我儘は全て許す癖に、自分はとことん許さないのよねぇ」

 

「なるほど…全く。フェイトちゃんのネガティブ思考は遺伝やね」

 

「にゃはは…そっくりさんなんだね。あの2人」

 

本当に…ね。

なのはの呟きに、二人は苦笑する様にうなづいた。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「あの…突然すみません」

 

「いや、構わん」

 

あの後、ハルトさんは私を部屋に入れてくれた。

部屋に入れてくれないかもしれないと不安だったけれど……

…まずは、良かったかな、なんて。

 

「…それで、話とは」

 

…それは、そうだよね。

もう少し心の準備が……欲しかった気がしないでもないような気もしなかったけれど。

…何を言ってるんだ私。

落ち着こう。

冷静に。

沈着に。

ほら、私は執務官(成り立て)だし。

 

「…それは…」

 

…覚悟を決めろ。

 

「…貴方は、私の……父さん、何ですか?」

 

そう。

単純にこれだけだ。

ただただ聞きたかった事。

それ以外は何も考えてなどいなかった。

─────あまりにも、直球すぎる質問ではあったけれど。

 

「違う……

とは言わない。君が特殊な産まれ方をしたとしても、君の遺伝子学上の父親は紛れもなくこの私だ」

 

「…!」

 

返されたのは、肯定の言葉。

 

「だが」

 

そして、彼は息を吐く。

 

「遺伝子学上では。…それだけで、子供の親に足る訳では無いだろう。…私はそうだ。私には、君の父親を名乗る価値など無いのだから」

 

冷静……に、話そうと思っていたのだけど。

その言葉についカッとしてしまう!

─────落ち着いてなど、いられない!

 

「っ!価値だとか!そんなの関係無いんです!…私は…私は…」

 

─────悔しい。

─────悲しい。

言葉に、出来ない。

この心を、どうやったら相手に伝えられる?

この人に、どうやったら伝えられる?

 

「…悲しむな、愛しい子よ。君が悲しむ必要などは無い」

 

「…どうして、ですか?」

 

何故彼がそんな事を言うのかわからない。

全然、見当も。

 

「…君には今の家族がいるのだろう?ハラオウンの娘よ」

 

「…それは」

 

「君は決して一人などではない」

 

そう言う彼。憎らしいくらいの断定口調で。

 

「今更、私などが出しゃばって何とする?君の今の家族の絆を荒らすのか。それこそ、私にも出来なければ君にも出来はしない」

 

そう、そうだ。

私には家族がいる。

暖かい家族が。もう。

 

─────でも、そうじゃない。

 

「…それでもっ!私にとっては…貴方は…唯一の血の繋がった家族なんでしょう!?」

 

紡ぎ出された言葉は…それ。

なんて、ありきたりな言葉。

自分でも悲しくなってくるくらい、口下手で。

やっぱり、なのはの様にはいかない────

 

「…そうだな。だがそもそも、だ。君の家族を死に追いやり、君を孤独にしてしまったのは誰だと思う。……そう、脆弱なりしこの私だ」

 

「─────っ! それは違います!」

 

「違わないさ。私だ。この私があれを…プレシアの心を殺してしまった。護ると誓った癖に、だ…その私がどうして君の家族だといえるだろう」

 

「…そんな…そんなこと…」

 

「その末に、私は─────アリシアでさえ、見殺しにした。あの子の顔も見ていない。この腕に抱いてさえ、いない」

 

違う。そうじゃない、そうじゃないんだ!私は…ただ…

 

父親が─────欲しいだけなんだ。

 

…あっ…

 

「……」

 

─────言ってから、自分で気付く。

我儘、だ。

これは。

私の…我儘。

─────どうして、こうも私は気持ちが先行してしまったのだろう。

相手の意見も聞かずに、耳を塞いで自分の言葉を叩きつけるだけ。

これでは、初めてなのはと会った時と同じだ。

 

「あ…」

 

…確かに、私は家族が欲しかった。

けど…

相手は、そうじゃないんだ。

もし、ハルトさんが私なんかと家族になりたくないなら?

拒むのも当然じゃないか。

─────意見も聞かず、我儘ばかりを言う私となんて家族になりたいなどと思うはずがない。

 

「…っ!!」

 

だから、私は駆ける。

─────部屋から今すぐにでも出たい。

─────ここから逃げ出したい。

─────恥ずかしい。

我儘を言って、困らせているんだ、私は。

他の誰でもない、私が。

我儘なんて、リンディ母さんにもクロノにも…

なのはにさえ、言ったことなかったのに。

駆ける。

だから、駆ける。

部屋を、飛び出す。

 

…ハルトさんは…

父さんは…

出て行く私を…

─────引きとめようとはしなかった。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「フェイトちゃん…大丈夫かな?」

 

隣にいるはやてちゃんにそう尋ねる。

私たちは今はもうミゼットさんの部屋を出て、フェイトちゃんが向かったであろうハルトさんの部屋に向かって廊下を歩いていた。

 

「…わからん。なんとも言えんなぁ…人の家の問題やし」

 

返されたのは、そんな答え。

そう答えるはやてちゃんの顔は、何かを危惧しているような感じだった。

 

「…いざとなったら、私たちがフェイトちゃんの力になってあげないとね!」

 

その私の言葉に

 

「そりゃ勿論や。惜しみはせえへんよ〜」

 

と、快活に答えてくれた。

 

─────そこで…

向こうから誰かが走ってくる音がした。

廊下の先を見てみれば……フェイトちゃん!!?

そう、走ってきたのは他の誰であろうフェイトちゃんだった。

ついさっき、ハルトさんの部屋に向かったのに!

 

「ちょっと!フェイトちゃん!?」

 

慌てて腕を掴んで引き留める。

 

「一体どうしたんよ!?」

 

走り去ろうとするフェイトちゃんの顔は…

 

涙で、グシャグシャに濡れていた。

 

 

 

* * * *

 

 

 

あの後、レイジングハートを持ってハルトさんの部屋に突入しようとしていた私ははやてちゃんに止められ、「まずは三人でミゼットばあちゃんのところに戻ろ」という提案に従いとんぼ返り。

今はミゼットさんがフェイトちゃんをなだめている最中だ。

 

「それで、どうしたの?フェイトちゃん。ハルト先輩に何か言われた?」

 

その言葉に、フェイトちゃんは力なく首を振る。

違うと言っても、ハルトさん関連であることは決定なの。

 

「わた…私が…っ…悪いんだっ…」

 

つっかえつっかえにフェイトちゃんが説明してくれる。

要するに。

 

「えっと…フェイトちゃんの親にはなれない…って言われたってこと?」

 

要約すると、どうやらそういうことらしい。

 

「成る程…」

 

ミゼットはそれを聞き、思わず苦虫を噛み潰した様な顔をして息を吐いてしまった。

─────予想していたが、ハルト先輩が本当にフェイトちゃんを拒絶するとは。

 

「私が悪いんです。私が、相手の気持ちも考えずに自分の我儘だけを言い張って…それで嫌われてしまって…だから…」

 

─────この子は、本当にハルト先輩に似ている。

とミゼットは思う。こう、何でもかんでもネガティブに捉えていってしまう所とか、もうそっくりである。嫌になる程。

ただ、ミゼットに言わせてみれば

 

(絶対にフェイトちゃんの事を嫌いになったわけじゃないと思うんだけど…)

 

という風になる。

というか、彼もフェイトと同じなのだ。

常に悪い方に考えていっている。

本当に、似過ぎだ。

やっぱり親子なのねぇ…と、ミゼットは今更に思った。

彼とフェイトちゃんは、重なるところが多すぎる。

70年以上前、自分を一人前にしてくれた彼と。

なによりも尊敬した彼と。

誰よりも敬愛した彼と。

誰よりも、愛していた彼と。

若かりし頃の思いは結局、実りなどしなかったけれど。

それでも、あの日々のことは覚えている。

ミゼットは、決して彼を忘れなかった。

 

─────これは、フェイトちゃんの方を一歩進ませるしかないわねぇ…

 

「フェイトちゃん」

 

そうと決まれば後は早い。

 

「フェイトちゃんは…彼と、ハルト先輩とどうなりたいの?」

 

 

 

* * * *

 

 

 

─────どうなりたいのか?

ハルトさんと、私はどうなりたいのか。

そんなこと…

 

「…私は…ただ…」

 

父さんに…

 

「そう、認められたいのよね?私が言っているのは、その後」

 

「後…?」

 

そんなこと、考えていなかった。

ただ、ハルトさんが本当に父さんなのか…

それが、知りたかっただけ。

 

「そう、貴方は…父親になったハルトに何を求めるの?」

 

父親になった…ハルトさん…?

私は、ただ父親が欲しくて.

─────それで…私は…?

 

「…わかった。フェイトちゃん…あなたの枷を外してあげましょう」

 

えっ…?

そう言って、ミゼットさんは私の瞳を覗き込む。

それが、なんだか……心まで見透かされているような気がして。

 

「フェイトちゃん…ハラオウン家の事を忘れなさい。貴方は、ただのフェイト」

 

ハラオウン…フェイト…

 

「もう一度聞くわね。フェイトちゃん。貴方は…父親であるハルト先輩と、どうなりたいの?」

 

父親…父さんと…?

…っ!

 

「私は…」

 

─────そう…か……

 

そういうことだったんだ。

ずっと、胸に痞えていたものが取れた気分になった。

そうだ。

私が…ずっと、考えていたこと。

 

母さんとしたかったこと。

 

(ジュエルシードを集め終わったら……母さんとまた─────)

 

あの時、私が一途に望んでいたことは。

 

「私は─────」

 

どうしよう。

自覚した瞬間から、涙が止まらない。

 

そうだ……私は─────

 

「私は…父さんと…一緒に暮らしたいです……」

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

そのあと、ミゼットさんはニコリと笑うと「少し待ってて」と部屋を出て行った。

 

なのはとはやては…

何故か、涙を流してこっちを見てきたし。

もう…恥ずかしい。

 

でも、ミゼットさんが帰ってきた時の一言で、他のことがどうでも良くなってしまった。

ミゼットさんは輝かんばかりの笑顔で……

 

「フェイトちゃん。…今から地球に帰るでしょう?その時、ハラオウン家にハルト先輩を連れて行ってあげなさい」

 

 

…え?

 

…どういうことなのでしょうか。

 

 

 

 

 




そして冒頭へ。
ミゼットさん。今までありがとう!あなたの出番は終了です!
…まぁ、ちょくちょく出てくると思うけど。
それにしても、長くなってきたなぁ…
…フェイトちゃんを泣かせたハルトさん、許せません。
読んでくださり、ありがとうございます!では、また次話で!

≪輝き≫
ちょくちょく出てくるであろう単語。
単純にそのまま。「人の輝き」まぁ、純粋さとか、思いの綺麗さとか、そんなん?人間の真価的なもの。

≪光の王≫
別名、輝光王。「きこうおう」と読みます。
ハルトさんの渾名ですね。

スチパンネタの裏設定ですが、≪黒の王≫と対になる存在として現界しました。
だからメチャ強いです。
The.Mとは酒を飲む仲で、殺し合う仲。


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第五話 貴方が私の

プロローグ編のラストです。


 

「フェイトが男を連れてくるらしい」

 

休暇でまったりとくつろいでいたリンディ、クロノ、エイミィ、アルフはその情報で一転、一種のパニックに陥った。

まぁ、それはそうだろう。

今までフェイトの浮いた話など皆無に等しかったのだ。

それこそ「このまま行くとなのはと結婚するのでは?」などと邪推される位に。

─────まあ、ミッドでは同性婚はそう珍しい事では無いのだけれど。

 

そんなことで、フェイトが男を連れてくるという話を聞いたハラオウン家は騒然となったのだ。

まぁ慌てているのはクロノとアルフとリンディで、エイミィは「フェイトちゃんにもようやく春が来たのねー」と少しノンビリではあるが。

 

─────そういえばアルフが先日からずっと「なんだか落ち着かない」と言っていたけど、それはフェイトちゃんとの精神リンクのせいだったっぽいなー、なんて。

エイミィだけ冷静に分析を始めている。

 

 

「結婚など、フェイトにはまだ早いっ!」

 

エイミィが考え事をしているうちに、いつの間にかクロノが暴走していた。

 

「落ち着いてよシスコンお兄ちゃん。結婚と決まったわけでは無いでしょう?」

 

「誰がシスコンだっ!!」

 

クロノの喝が響き渡る。

それに辟易としたエイミィはリンディに助けを求めようとした。が…

 

ニコニコ

 

そう、やたらニコニコしているのだ。

「あ、娘の春を歓迎しているんだな」…などと思うエイミィではない。

クロノやアルフはわかりやす過ぎるが、リンディも立派な親バカ…

その心境は計り知れないものである。

 

とにかく、この空気には耐えられない…

 

いち早くフェイトの帰宅を望むエイミィであった。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「実は少し用事が残ってるんだ」

 

そう言っていたなのはとはやてはまだ艦に残るらしい。

必然的に、今から地球に帰るのはフェイトとハルトのみとなる。

それは……

─────その…困る。

間が。

非常に。

 

「あの…その箱は?」

 

地球へ転送するゲートの前で、フェイトは無言に耐え切れずハルトの持っている箱を指摘した。

その箱から、なにやら香ばしい香りが漂ってくる。

 

「なに…手ぶらというのも心苦しくてな。ハラオウン家への粗品だよ」

 

そう言って箱を掲げる。

───やっぱり、いい匂い。

 

「いつの間に買ったんですか?」

 

次元航行艦の中にお店は無いし、買ってきたとしたら何処かに転送してもらったって事?もしくは送ってもらったとか…

どちらにしても、そんな時間あったかな…?

 

「作った」

 

─────衝撃発言だ!

 

「つ、作った!?」

 

その言葉に驚く私。

無理もないと思う。

 

「あぁ…時間が無くて簡単なものになってしまったが」

 

…びっくりした。

ハルトさん、料理も出来るんだ…

 

…なんだか、不思議な感じ。

そういえば身近で料理を出来るような男の人はいない。

それが、新鮮。

なんだか…

ドキドキする。

それに、身長も高い。

なのはのお父さんの士郎さんも高いし、ザフィーラも高いけれど…

ハルトさんは、群を抜いて高い。

私も身長は女子の中では高い方だけど、それでもハルトさんの肩位だ…

…それが、やっぱりなんだかドキドキする。

それ以外も、その雰囲気や態度、言葉遣い…

全てが、嬉しい。

この人と暮らせたら楽しいかな?…なんて。

父さんと呼べたら嬉しいかな?…

なんて。

 

そのためにも、まず…

ハラオウン家に行かないと。

 

フェイトは隣のハルトをコッソリと見上げつつ…人知れず決意を固めるのだった。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

ピンポーン

 

少しだけ間抜けなチャイムの音が鳴る。

 

(…フェイトが帰ってきたのかしら)

 

休暇で家にいる「見た目」年若い女性…

この家の家主であるリンディ・ハラオウンは待ち兼ねたように鳴るチャイムに耳を傾けた。

 

そして、感知する。

家の外から感じる気配は二つ。

一つは、養娘であるフェイトの慣れ親しんだもの。

そしてもう一つが…

 

(…?…これは………っ!?)

 

ここでおさらいをしておこう。

リンディ・ハラオウンは歴戦の艦長である。

その魔導師ランクはSSに相当し、管理局にも数える程しかいない実力の持ち主。

だが…

 

─────わからない。

 

それが、リンディの感知した感想である。

そう、よくわからないのだ。

 

まるで掴み所のない雲のようで。

手を伸ばしても届かない虹のようで。

…何故か、眩しくて目の眩む錯覚を覚える。

そのドア向こうの気配は…大きな陽だまりのように心地よいもの。

まるで、大きく…

とても大きく暖かい光のような。

 

(成る程。フェイトが墜とされるのも無理ないわね…)

 

まだ相手の顔も見ていないが、気配のみでそう判断するリンディ。

……ちなみにフェイトは墜とされてなどいないけれど。

気が早いの一言に尽きるが、それを突っ込んでくれるクロノも隣で険しい顔をしている。リンディ程ではなくとも、その気配を感じとったのだろう。

今の今まで

「どんな奴だろうと殴りかかってやるぜ!」

と言わんばかりに血の気バリバリだったアルフも、その気配にたじろいでいる。

それだけ、この気配の主は異常だった。

 

「あ、コーヒーの用意しなきゃ」

 

なにやら深刻な表情をするハラオウン一家。

唯一、エイミィだけはマトモな対応を取っていた…

 

 

 

* * * *

 

 

 

「…ただいま」

 

そう言って帰ってきたのは予想通り、フェイトだった。

ただいつもと違い、その顔は僅かに赤い。

正直言って、超、可愛いですね。

頬を染めた顔はしかし、少し緊張しているようにも見える…

そう、その顔はまるで…

婚約者を家族に紹介する時のような。

その様子にリンディはニコニコと、クロノは不機嫌な顔をし、アルフも何故か顔を赤くしている(精神リンクのせいだと思われる)。

フェイトの態度はエイミィにとって割と予想通りだったため、そこまで動揺しなかったが…

 

「急な詰問申し訳ない、レディ・ハラオウン」

 

隣にいる男性には、流石に少し驚いた。

 

クロノ君とは比べるべくもない身長(クロノ君ごめん)。

裕に190はあるだろうその背丈。

フェイトちゃんよりもさらに鮮やかな金髪。

そして…

紅い瞳。

その赤い瞳はやや曇っているようだが、それでも暖かさと優しさを讃える不思議な光を纏っているように感じる。

……あくまで、なんとなくだけど。

ずっと無表情なその人、機嫌は……よさそう?

 

…フェイトちゃん、すごい人を捕まえたなぁ…

 

エイミィの感想といったら、それ。

実はこっそりクロノと付き合っているエイミィはそんな感想しかなかったが、独り身の女性には堪らないであろう整った容姿なのは明らか。

いや、相手のいる女性にも放っておかれないだろう。

…エイミィはこう見えて一途なのだ。

浮気などしないタイプである。おのれクロノ。

 

「立ち話ではなんですので、どうぞお入りください」

 

「失礼」

 

固まっているリンディやクロノに変わって、エイミィがもてなす役目を請け負った。

…家主は何も言ってないけど、別にいいよね?

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

ハラオウン家のリビングに、六人が腰掛け向かい合う。

来客である男の隣にフェイト、テーブルを挟んで向かい側に左からクロノ、リンディ、エイミィ…アルフはエイミィの膝の上に鎮座している。

テーブルの上にはエイミィの淹れたコーヒー、そして男が作ったというレープクーヘンが並んでいる。

 

「極東に来たのは久しぶりだ。私の知っている文明とそう大した差は無いようで安心した」

 

そう言ったのは、来客であるハルト。

何故かものすごく偉そうにソファに踏ん反り返っており、家主であるリンディより3倍は態度がデカかった。知らぬ者から見れば「あ、あなたが家主なんですか?」と勘違いしてもおかしくはない。

 

「いや、そんなことは今はいい。今日は話があってきたのだ、レディ」

 

リンディ目の前に座るハルトが、落ち着いた声でそう告げる。

発される、低い声音。

最初こそ固まっていたリンディだが、いつまでもそうしていた訳ではない。

今はもうすっかり仕事モードの顔に切り替えている。

艦長という役職上、腹芸は基本である。

この態度から察するに、この男性はかなり不遜な性格だろう…とリンディは結論付けた。

いや、それはもう疑いようがない。

エイミィの淹れたコーヒーを飲み「まあまあだな」などと大変失礼なことを言っているのだ、不遜に過ぎることは明白だった。

 

「…成る程。ですが、先に名乗られては如何ですか?礼儀を失する方と話す事などありません」

 

…隣に座っていたエイミィは驚いた様な顔でリンディを見た。

その反対に座っていたクロノも少々驚いた顔をしている。

常に冷静で、どんな相手にも物腰の柔らかいリンディにしては、かなりキツイ言い方だったためだろう。

不機嫌。

一言でいえば、今のリンディはこれだろう。

頬を膨らませかねない拗ねっぷりであるが、それを指摘するものは幸いにしていなかった。

クロノだけでなくフェイトまで相手を見つけたのかと、内心憤然としているのだ。

まあ、デカイ態度に少々腹を立てたというのもあるかもしれないが。

 

「……失礼。礼儀などに無縁だった武辺者故に不快な思いをさせた。私の名前はハルスタッド・ローゼンクロイツ。長い名前故、知己にはハルトと呼ばれているが好きに呼んでもらって構わない」

 

と、男──ハルトは謝罪を述べ、頭を下げた。

 

──ほんの5mm程。

 

不遜すぎる態度のせいで、僅かにリンディの顔に青筋がたっている。

─────いや、多分それよりも…

リンディの機嫌が悪いのは……「何故か」ハルトの隣に座っているフェイトが、彼の裾を握っているのが原因だと思われる。

 

「こちらこそ失礼しました。私はリンディ・ハラオウン…フェイトさんの「母親」です、『ローゼンクロイツ』さん」

 

これにはハルトも苦笑を禁じ得ない…

が、フェイトは嬉しいような…

少し困った様な顔を見せた。

 

「では…ローゼンクロイツさん、当家にはどういったご用件で?」

 

『フェイトを貰いにきた』

 

…などと抜かしたら、即その首掻っ切るってやると子犬状態のアルフは思っていたが、そこまで過激ではないにせよリンディもクロノも同じような心境だったろう。

故に、ハルトの発した言葉に少し肩透かしを食らった。

 

「感謝を伝えに」

 

───まず3人が思ったのは、礼とは何かということ。

ハルトとはリンディ、クロノは勿論アルフも初対面の筈であり、礼み言われる用なことはしていない。

まさか───

 

(((フェイトを産んでくれてありがとう、などと言うのでは?)))

 

もう夫気分なのか!

と三人は憤慨したが、そもそもリンディが腹を痛めたのではない。

完全に的外れであり、気が早すぎる。

親バカ、シスコン、過保護…

と、三人の内心がわかるエイミィは呆れていたが…

 

「礼を。君たちの話は高町なのは、八神はやてから聞いている」

 

そういうとハルトは…

 

─────頭を下げた。

 

さっきのような不遜なものではない…

騎士のように、手を胸に当てて。

顔が見えない位。

深々と。

 

「ミセス・ハラオウン…フェイトを育ててくれてありがとう。君のおかげでこれはとても優しく育ってくれた。

ミスター・クロノ。これの兄になり、手を差し伸べてくれてありがとう。君のような優しい男が家族で良かった。

ミス・リミエッタ。これを見守ってくれてありがとう。君の人柄は先程からの態度でもわかる───

使い魔アルフ…これを支えてくれてありがとう。心壊れたプレシアからも、君はフェイトを守ってくれた。感謝と共に謝罪する」

 

その言葉に驚いたのは…

フェイトも含めて、全員だった。

まず、不遜と思われたハルトが深く頭を下げたのにも驚いたが。

 

「君たちには、感謝してもしきれない…」

 

そう言って、ずっと頭を下げている。

隣のフェイトはアワアワとしているが、幸いというか誰もフェイトに気を回す事は出来なかった。

 

「貴方は…」

 

そう呟いたリンディの言葉を…

 

「一体何者なんだいっ!?何故あの鬼婆ぁの事!?」

 

アルフが引き継ぐ。

鬼婆ぁって…アルフひどい…

とフェイトが少し涙目になっているが、これも周りには無視された。

 

「…」

 

「答えなっ!」

 

そう声を荒げるアルフ。

しかし、ハルトは頭を下げるのみ。

 

「…フェイト、彼は君のなんなんだ?」

 

クロノがフェイトに促す。

しかしこの判断は正しく、クロノが冷静である証拠だった。

ハルトは不遜で頑固な男だと感じた故に、フェイトに矛先を向けたのだ。

性格上フェイトは口を閉ざすことはないだろう、と。

 

「えっと…」

 

そう言って、迷ったように口を開けば、ハルトの顔を伺うように見上げる。

しかし、ハルトは首を横に振るだけ。

 

「少しいいかしら?」

 

するとリンディは閉ざしていた目を開いてハルトを見据える。

それはまさしく…

母親の光そのものこ瞳で。

 

「……ローゼンクロイツさん、あなたの容姿はフェイトに似ていますね。…そして今の言葉。それから察するに、貴方はフェイトさんの身内。…違いますか?」

 

その言葉に驚いたのはエイミィ。

クロノは予想していたのかさほど驚いていないように見える。

一番反応を見せたのはアルフだろう。目を見開いて全身の毛を驚愕のためか逆立てている。

その言葉にハルトは

 

「…ハァ…」

 

少し、震えるように息を吐いた。

 

「ミセス、貴方の光を認めた。まさしく君はフェイトの母親だ。よって、私も偽りなく答えよう」

 

一息つき、言い切った。

 

「私はフェイトの父だ」

 

 

 

* * * *

 

 

 

父だ。

ハルトさんは、そう言った。

向かいに座っている皆も、驚きに目を見開いている。

流石に、私のお父さんだとは想像していなかったんだろう…

 

「父…フェイトの、父親だと!」

 

クロノが叫ぶように問い返せば、ハルトさんはつぶやくように言った。

 

「…父とは言った。確かにこれの遺伝子学上の父は私であるが故。…だが、私は親ではない。…これの、フェイトの家族でもない」

 

…これは、次元航行艦でも聞いたこと。

────でも、これを聞くたびに胸が締め付けられるように痛くなる。

 

「家族では…無いだとっ!!紛れもなく、フェイトと血が通っているのにかっ!?」

 

クロノが激昂する。

その言葉には冷静さなど微塵もない。

ただ、感情の赴くままに声を荒げていた。

 

「…」

 

「よくそんなことがフェイトの目の前で言えるなっ!!」

 

「…クロノ…」

 

クロノが怒っている。

それも、今まで見たことも無いような剣幕で。

リンディ母さんもハルトさんを見据えて…

あのエイミィさえも怒っているみたいだ。

アルフは…

信じられないような顔で、ハルトさんをやっぱり、見てる。

…隣のハルトさんを見てみると…

─────口元に淡い笑みが刻まれていた。

…でも決してクロノをバカにしたような笑みじゃない…

何処か安心したような、そんな笑み。

 

「クロノ、落ち着きなさい」

 

そこに響く、リンディの言葉。

凛とした静止。

 

「しかしっ!」

 

「クロノ」

 

「くっ…」

 

唇を噛み締め、クロノは椅子に腰を下ろした。

 

「ローゼンクロイツさん…理由を聞いても?」

 

「理由とは?」

 

「父親では…家族では無いと、そう言った理由です。返答次第では…」

 

私は貴方を許すことは出来ません。

そう言い放ったリンディ母さんの雰囲気に、席に着いているハルトさんを除いた全員が息を飲んだ。

 

「母だな」

 

「はい?」

 

「君は母だ」

 

「…何を?」

 

言っているのかしら?

…リンディ母さんの言いたいことはわかる。私も、ハルトさんが何を言いたいのかわからない。

それでも、ハルトさんは無表情に言葉を紡ぐ。

 

「…君は母だ。クロノ・ハラオウンは兄。ならば…私は、何だ?」

 

自問。

問い。

例題。

 

「何だ…って…」

 

「私はなんだ?血が繋がっているからフェイト父親か?…いや違う…それだけでは親の資格はない。それで親に足り得る訳では無い。護ると誓ったプレシアとアリシアを死なせた…そして2人を死なせてしまった事を悔い、私はフェイトに目を向けず牢獄の中で嘆くばかりだった……そんな私が、どうしてフェイトの家族だと言える」

 

それは、まるで懺悔のような言葉に感じて…実際に、そうだったんだと思う。

 

「…でもっ!」

 

「それに…フェイトにはもう、君達の様な家族がいる。この子に幸せを与えてくれる、君たちが。今更私などが出て何とする。罪に塗れた私が」

 

そう言って、ハルトさんはコーヒーを口に運ぶ。

私は…その言葉を聞いて。

─────ただ、俯く事しか出来なかった…

 

そんな時に

 

 

─────バシッ!!

 

部屋に、乾いた音が響いた。

 

 

 

* * * *

 

 

 

あたしは、何も言えなかった。

支えてくれてありがとう。

何故、そんな事をこいつが言うんだと思った。

父親じゃない、家族じゃない…

そう言ったこいつに、怒りを覚えない訳じゃなかった。

でも、それ以上に悲しかった。

悲しくて何も言えなかったんだ。

今までに感じた事のない感情が、あたしを襲ってきたからだ。

それは、あの鬼婆ぁの時の様な戸惑いや絶望とは違う…

ただただ、純粋な哀しさ。

戸惑いもなく

是非もない、そんな哀しさ。

それが、フェイトから伝わってきて。

 

…あたしは、それで何も言えなかった。

「哀しい」が…

こんなに痛いことだと思わなかったんだ。

でも…そんな時に…

 

─────バシッ!!

 

頬を打つ乾いた音を聞いた。

顔を上げて見てみると…

リンディが、振り上げた手を下ろす所だった。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「ローゼンクロイツさん。貴方は、何もわかっていません」

 

静かに…リンディが語る。

その瞳には…

怒り。

燃えるような怒りがあった。

沈む様な憤怒があった。

 

「確かに、血が繋がっているだけで親になれる訳ではないでしょう。ですが…それを決めるのは大人ではなく、子供です。貴方が決めるのではありません。それはフェイトが決めることです」

 

「ミセス…だが」

 

ハルトは口を開こうとするが、それさえリンディは許さない。

 

「だが、じゃないわ。貴方のやっていることは、親の責任を放棄した事と同じ。それはフェイトを…娘を捨てたのと同じことよ」

 

「…」

 

その言葉に、ハルトは沈黙をせざるを得ない。

─────いや、正直に言うと戸惑っていた。

ハルトは、とうの昔にフェイトを捨ててしまったつもりだったのだ。あの、時間牢獄にいた時に、自分はフェイトの存在に気付かずに嘆いてばかりだった。その外で、フェイトがどんな辛い目にあっているかも知らずに。

─────それは、娘を捨てたのと同じことではないかとハルトは思っていたのだ。

だが、それが間違いだとリンディは指摘している。

 

「貴方の隣を見なさい。フェイトの顔を…赤の他人の貴方が、彼女にそんな顔をさせられる訳がないでしょう?」

 

フェイトの顔にあるのは…

寂しさと、哀しみ。

 

「羨ましいわ。…私では、そんな顔をフェイトさんにさせられないもの。わかるでしょう?あなたがどれだけ否定しようと、フェイトが貴方を思う限り、貴方はフェイトにとってたった一人の父親だということ」

 

その言葉を最後に、リンディは口を閉ざした。

ハルトも、クロノも、エイミィも、アルフも、誰一人口を開かない…

 

─────そう、たった一人を除いては。

 

「ハルトさん」

 

フェイトは、紡ぐ。

語るように。

唄うように。

 

「もう一度、言わせてください」

 

金の糸が、踊るように。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「リンディ母さんは、私の家族です。クロノも…エイミィも…もちろん、アルフも。でも…貴方は…ハルトさんは、私の…血の繋がった、この世でたった一人の…家族です」

 

光る瞳。

映るのは、涙。

 

そして、フェイトは手を伸ばした。

─────その白く小さな手を……

 

─────輝きへ……

 

「ハルトさん…貴方の苦しみは私にはわかりません。私が貴方の側にいることは……貴方をさらに苦しめるだけかもしれません」

 

優しい、言葉だった。

フェイトの紡いだ言葉は、相手の身を案じた温かい言葉だった。

─────けれど、今回はそれだけではない。

 

「……それでも…! 私は…貴方と共にいたいです」

 

フェイトは、手を伸ばすと決めていた。

それは自分の我儘に過ぎないのかもしれない。

それは、自分の願望に過ぎないのかもしれない。

それは、自分の我欲だったのかもしれない。

けれど。けれど。けれど。フェイトは。

 

 

─────あの時、母であるプレシアに届かなかった手を

 

「これは私のワガママだというのはわかっています。でも…

私は貴方に抱きしめてもらいたい。

私は貴方に頭を撫でてもらいたい」

 

今度は…

 

「私が貴方の娘だからじゃない…貴方が…私の『父さん』だから」

 

父であるハルスタッドに。

 

 

だから…

 

 

 

私と

 

 

 

─────暮らそう?

 

 

 

* * * *

 

 

 

痛かった。

そして…

眩しかった。

目が眩む程だった。閃光のような輝きだった。

それだけ母たるリンディと…

フェイトは輝かしい存在だった。

─────罪に塗れた私にとって。

─────断罪を請う私にとって。

 

少女の涙を見る度、心が割れる程に痛かった。

少女の笑顔を見る度、心が揺れる程に痛かった。

 

抱きしめたい、と思う。

この子の、父親になりたいと思う。

この子の、側にいてやりたいと思う。

それを…

─────この子も、フェイトも望んでくれている。

 

 

けれど。

けれど。

 

─────それでも。

 

 

「出来ない。それは、出来ない」

 

私は、それを否定する。

 

「…君が側にいると苦しい?……そんな事は無い。ある筈がない…」

 

そう、辛いはずがない。ただ、眩しいだけだ。

君は、優しい心を持っているから。

 

「君の頭を撫でたい。抱きしめたい。だが、私は自分をそれでも許すことは出来ない。幸せ……輝きなんだ、君の存在は私にとって。その幸せの享受を…私は許せない。私に許されるのは…断罪のみだ」

 

そう、それが…私の罰。

 

「…それでも」

 

フェイトは、それでも私の瞳を見る。

私の様に曇ってなどいない、純粋な光を讃える瞳を。

 

「私は貴方と暮らしたい。血の繋がった家族…それだけじゃない。私が貴方に思ったのは、それだけじゃないんだ」

 

次の一言は、私でさえ予想も出来なかったもの。

 

 

「貴方の作ったレープクーヘンが、いい匂いだったんだ」

 

 

* * * *

 

 

エイミィには、わかった。

 

フェイトちゃんの一言一言が、ローゼンクロイツさんの胸に響いているのが。

 

「料理、上手なんだね」

 

その言葉は優しく

 

「背も、高いよね」

 

鋭く

 

「隣に座ってて思ったんだ。座る時の姿勢がすごくいいんだって」

 

正確に

 

「カップを持つの、左手なんだね」

 

胸を、抉る───

 

「だから」

 

「貴方と」

 

「一緒に、暮らしたいんだ」

 

ハルトという、一人の人と。

 

 

 

* * * *

 

 

 

全員が口を閉ざす。

 

「…」

 

─────既に、テーブルのコーヒーは冷めてしまった。

 

「……ハァ…」

 

ため息を零したのは、ハルトだ。

 

「困った。…実に、困った」

 

その言葉は震えていて…

泣きそうで。

何時もの無表情なのに……何故か、それが涙を流しているように見えて。

 

「ハラオウンに感謝を述べて、フェイトの未来を頼んだ後…私は静かにこの運命、命を絶つつもりだったのだが」

 

「なっ!そんなのダメッ!!」

 

そう叫んだフェイトを、ハルトは目線で諌める。

 

「…どうやら、君の困るワガママはプレシア譲りらしい。しかし、なかなかどうして、私はそのワガママを断れない。何時だって、そうだった」

 

バッと、俯いていたフェイトとアルフが顔を上げる。

 

「それじゃあ…!」

 

「だが罪が消える訳ではない…だから、少しだ。フェイト、君が中学を卒業しミッドに移住するまでは…この地球に、私はいよう」

 

「…父さん」

 

フェイトは、俯く。

哀しみ、ではなく。

歓喜に。

 

「ミセス」

 

「…何かしら」

 

「…改めて、フェイトの事をありがとう。そして…一年と少し、フェイトを…愛しき娘を、私に任せてくれ」

 

その言葉に、リンディは…

 

「よろしく、お願いします」

 

笑顔と、少しの涙と共に…そう述べるのだった。

 

 

* * * *

 

 

…今父さんが言ったこと、嘘ではないのだろうか。

いや、そもそもこれは夢なのでは?

そう思って、少しだけ頬をつねってみる。

…うん、痛い。

 

ということは…

 

「父さん…?」

 

「なんだ?」

返事が、ある。

 

「私と…暮らしてくれるの…?」

 

そこに、いる。

 

「あぁ」

 

「私と…一緒にいてくれる?」

 

「1年と少し、だがな」

体が、震える。

 

「頭を…撫でてくれる?」

 

「当然」

心が…震える。

 

「…抱きしめて、くれる?」

…涙を、抑えられない。

 

「…おいで」

 

「…うっ…っ…」

 

「うあぁぁぁぁぁぁっ!!!父さんっ!!…父さんっ!!うっ…ぁ…」

 

ダメだ…

もう…何も考えられない。

父さんの胸に飛び込む。

父さんの腕の中で…

いつの間にか私は意識を手放していた。

 

 

* * * *

 

 

…フェイトが腕の中で眠り、少し経った。

 

「…そろそろ、君達も泣き止め」

 

そう言ってハルトはため息を吐く。

そこには…

 

「フェイトさん…っ…幸せにねっ…」

 

まるで今から娘を嫁に出すかのごとく涙を流すリンディ。

 

「僕は泣いてなどっ…っ…いない!」

 

強がるも、涙を隠し切れていないクロノ。

 

「良かったねっ…よがっだねぇぶぇいとぢゃん…ぅぇぇ…」

 

涙を隠そうともせず号泣するエイミィ。

 

「フェイト…うっ…っく…こんなに…嬉しいのっ…なのはの時以来だよっ…っ!」

 

子犬状態である癖に、涙をダラダラと流すアルフがいた。

 

「全く…」

 

ハルトは今日何度めかのため息を吐いたあと、腕の中で眠るフェイトに視線を向け…

少しだけ、微笑んだ。

 

その手は、しっかりフェイトに握りしめられている。

もちろん、ハルトも離すつもりなどない。

 

───そう。

かつて母であるプレシアに伸ばし、そして届かなかったその腕は…

しっかりと、父であるハルトに届いたのである。

 

その二人を泣きながら見ていた四人は思う。まるで…

 

まるで空白を感じさせない、ずっと暮らしてきた家族のようだと。




長い…なんて長いプロローグ…
ありがとう…ここまで読んでくれて…本当に…本当に…ありがとう…それしか、言う言葉が見つからない…

といことで、プロローグが終了しましたー!
長かった…長かったぞ…
延々とネガティブを垂れ流しまくる二人を書くのが、すごく辛い!
でも、これで一区切りですかね。
でも、やっと次から書きたかった日常編が始まります…っ!
お楽しみにっ!!
…次の投稿いつになるんだろ。


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第六話 日常生活に三億円

日常編スタートです。


 

 

「…んぅ?」

 

目を、開く。

目蓋が少し重いけれど、窓から入る日差しが目を焼き、そのせいで覚醒せざるを得なくなる。

 

…うぅ…太陽も、私の目覚めが悪いの知ってるくせに……もう少し優しく起こしてくれてもいいじゃないか…

 

と、なんだかよくわからない寝ぼけた思考を働かせて。

伸びを、一回。

そうすれば、ほら。

うってかわって、良い朝だ。

……ちなみに言うと、太陽はフェイトの目覚めなど知ったことではない。

 

「…あれっ…?」

 

やっとそこで、違和感に気づく。

なんだろう…?

なんか…少し変だ。

寝る時は……もっと大きくて暖かいものに包まれていたような…?

 

…って!!!!!!

 

 

「父さんっ!!!????」

 

あたりを見渡すが、いない。

そもそも、ここはフェイトの部屋だ。

あれ?

…私…いつの間に自分の部屋に…?

確か、最後の記憶では父さんの腕の中で…

 

もしかして…

 

「ゆめ?」

 

父さんの事は、全部夢?

 

…なにそれ、そんなのやだ。

……でも、言われてみれば……

 

自分に父親ができるなど、少し幸せすぎる気がする。

え、やっぱり夢…?

ちょっと涙が出てきた。

 

「おはようフェイト〜。ちなみに、昨日の事は夢じゃないよ。寝ちまったフェイトをハルトが運んだんだ」

 

聞こえてきたのは、信用も信頼もしている使い魔の声。

 

「アルフ?…おはよう」

 

アルフは、フェイトの部屋のドアに寄りかかって朝ご飯なのであろうドックフードをかじっていた。

 

…やっぱり、夢じゃなかったんだ。

そうだ…

そうして…父さんに抱きしめてもらって…

…一緒に、暮らそうって…

 

「えへっ…えへへへへ…」

 

 

「…まぁ…あたしゃフェイトが幸せならいいんだけどさ…それでも、少し顔が崩れすぎだと思うんだけど」

 

 

そう、そうです。

私、フェイト・T・ハラオウンに…

 

父親が、できました。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「おはようございます…リンディ母さん」

 

着替えて、アルフと共にリビングに入る。

 

「おはよう。今日は少し遅起きなのねぇ。クロノとエイミィは本局に言っちゃったわよ」

 

「あれ、2人とも今日仕事?」

 

自分の記憶とは少し違い、フェイトは首を傾げた。

 

「いえ、なんでもハルトさんの頼みとかで…三提督の所らしいわ」

 

─────さらっととんでもないことを言ったような……

 

……それは、そうだろう。三提督など、私用で会えるような人ではない。

クロノとハルトの会話を聞いていたリンディは、その時も内心呆然としていたものだ。

 

そう、それは朝のこと……

 

 

* * * *

 

 

『クロノ、君は今日は仕事か』

 

『いえ、今日は休暇ですが』

 

『そうか……ならばこれを頼まれてくれないか』

 

『これは……便書ですか?誰にです?』

 

『ミゼット・クローベル』

 

『─────は?』

 

『知らないか』

 

『いえ、知ってますよ!ミゼット・クローベル統幕議長を知らない局員はいません!僕が言いたいのは、何故ハルスタッドさんがクローベル統幕議長に便書など渡すのかということです!』

 

『必要だからだ。心配するな、ハルスタッドからと言えば受け取るだろう』

 

『……一体、どういう関係で……』

 

『あいつは友人だ』

 

『……はぁ……』

 

 

 

* * * *

 

といったことがあったのだ。

 

それを聞いたアルフは「はっ?」といった呆けた顔をしているが、フェイトは別段驚きもせず「へぇ」と返事をするだけ。

三提督に何の用なんだろう?

そんな純粋な疑問が沸き立つ。

 

「父さんは?」

 

「わからないけど、朝早くから街に出たみたい」

 

街に出た。

その情報だけで十分だ。

 

「いってきます!」

 

即、行動に移す。

閃光の名は伊達じゃないっ!!

 

「あ、そうそう。なのはさんから連絡来てたわよ。翠屋ではやてさん達といるって」

 

その言葉で更に加速する。

…それはそうだ。

なのは達をこれ以上待たせる訳にはいかない。

それに…

早く、みんなに父さんの事も話したいし。

 

フェイトの足取りは、自分でも驚くほど軽かった。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「ふむ…」

 

海鳴の街にある空き家を見ていた男は、とある屋敷の前で立ち止まる。

それは、背の高い男だった。

かつて断罪を求めた男だった。

そして、幸せを享受した男だった。

名を、ハルスタッド・ローゼンクロイツという。

その服装はシンプルな黒のスラックスに、これまたシンプルな白のカッターシャツ。

ラフな格好ではあるがそこから一種のズボラな気配など存在せず、ノリの乗ったズボンと汚れひとつないシャツを完璧に着こなし長い脚も助け、さながらモデルのような雰囲気を纏っている。

 

「…Brilliant」

 

呟き一つ、頷いて。

そこにあるのは、古びた洋式風の屋敷。

不動産で確かめたため、空き家であることは間違いない。

二階建ての屋敷でリビングは一階と二階どちらにもある。

キッチンもトイレもついているし、なにより風呂が広い。

部屋の数も多い上、屋敷の後ろには海も広がっている。

…いい立地だ。

 

…普通そこまでの屋敷なら売れてそうなものだが、何故売れていないのか…それは単純に古すぎるためだろう。床などすぐ抜けそうになる廃屋の様な物で、取り壊されていないのが不思議なくらいだ。

 

「よし、ここに住むか」

 

クロノとエイミィにミゼットの所に行って貰ったのは、この世界の戸籍取得と、金銭のためだ。

ミゼットやレオーネにかかれば戸籍なども苦労なくできるし、金もなんとかなるだろう。最悪あいつらに借金すればいいと考えている。

元々ハルトはこの世界に住んでいたこともあったが、その時はヨーロッパ周辺で活動していたし、戸籍はドイツだった。なによりそれは40年前の話である。そのため、ハルトは早急に戸籍を取得しなければならなかった。

 

─────故に、この屋敷を購入するのは今日の午後だとして…

 

「屋敷の修繕…そして家具…ふむ。住めるのは約三日後位だな」

 

フェイトの家具は自分で選ばせるから、買いに行く必要がある。

 

「やることは多いな…」

 

だがまぁ…

愛しき輝きと暮らすのだ。

苦労でもなんでもないが…な。

 

人知れずそう呟くハルスタッドだった。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「父親が出来たぁ!!??」

 

アリサの声が辺りに響く。

今五人がいるのは翠屋のテラス席。

フェイトは真っ赤な顔を俯かせてモジモジとしている…

アリサが大声を出したことにより、五人はかなりの視線を集めてしまっていた。

 

「ちょっ!それどういうことっ!?」

 

アリサは少し興奮気味にフェイトに詰め寄る。

 

「アリサちゃん!落ち着いて!」

 

そう諌めているのは、紫の髪を腰まで伸ばした美しい少女、月村すずかだ。

 

「そっか…フェイトちゃん…一緒に暮らすことになったんだ…良かったね…」

 

「うんうん…自分のことみたいに嬉しいわ。おめでとさん」

 

事情を知っている2人は祝福をしてくれる。

…はやてもなんだかんだ泣きそうで、なのはは既に泣いている。

 

「2人はフェイトの父親知ってるの?」

 

「にゃはは…うん♪すっごく背の高い男の人で、金髪で、瞳の色もフェイトちゃんと同んなじだったよ」

 

「その上、すっごいハンサムさんやで。この父にしてフェイトちゃんありかと思い知らされたわ」

 

2人が父親を褒めるごとにフェイトは「いやぁ…えへへ…っ」と照れまくっている。

…ちなみに周りの客はそんなフェイトに萌えまくっていたりするが。

 

「フェイトちゃん、父親が出来たって本当?」

 

そう言い五人の席に近づき話に加わったのは、なのはの母親である高町桃子その人だ。

 

「あっ、桃子さん」

 

「えっと…父親ってことは、リンディは再婚するの?」

 

「あ、違くて…えっと…私の実の父親が牢獄から出てきて…」

 

「「「牢獄!?」」」

 

なのは、はやて以外の三人が叫ぶ。

 

「ちょっ!フェイト!その人大丈夫なの!?」

 

「…フェイトちゃん?」

 

「フェイトちゃん…少しでも危ないと思ったら、すぐ私に言ってね!?いえ…むしろ今すぐ私の娘にして───!!」

 

三人が慌てるのも当然である。

フェイトが物心着いた時からもういなかったという父親が牢獄から出て来た、それは少なくとも十年以上は服役していたということ。

───それは、結構な犯罪者なのでは?

三人の頭がこの結論に行き着くのは必然である。

 

「あっ…っと違くてっ!!牢獄って言ってもそういうのじゃなくてっ!えっと…あぅあぅ…」

 

そのフェイトの慌てようを見て、笑っていたはやてとなのはが三人に事情を説明した。

 

 

* * * *

 

 

「ん…なんだか、気に入らないわね」

 

事情を聞いて、アリサが最初に言ったことがそれだった。

 

「アリサ?」

 

「…なんだか、今までフェイトを放ってたくせに、今更ー…っていうか…ね」

 

「アリサちゃん」

 

「わかってるわよすずか。でも…」

 

「うん。私もアリサちゃんの言いたい事はわかるわ」

 

「お母さん!?」

 

「アリサ…桃子さん…」

 

そう言った2人をみて、フェイトが更に言う。

 

「うん。言いたい事はわかるよ…父さんもずっと言ってた。自分なんかが今更だって。…でもね、アリサ…それに桃子さん」

 

「……」

 

2人は黙って聞いている。

勿論、他の三人も、だ。

 

「暖かかったんだ。父さんに頭を撫でて貰って…抱きしめてもらった時。それに、手を繋いで貰った時。その温もりが嬉しくて…ね。暮らしたいって、思ったんだ」

 

 

 

* * * *

 

 

 

その後翠家で昼食をし、少し話をして五人で店を出た。

出る時に桃子さんが「今度、お父さんを連れていらっしゃい」と言ってくれた。その時の笑顔を見るに、きっとお父さんと会ってみたいって思ってくれたんだと思う。

それが、嬉しい。

アリサも会ってみたいと言ってくれた。

だからだろうか。いつもみんなと別れるのは寂しかったけれど、今日はすごく気分よくお別れ出来た。

 

何気なくフェイトは空を見上げる。

そこには雲ひとつない空が広がっていて。

 

…うん。明日も、晴れそうだ。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「貴方は、一体何者なんですっ!?」

 

家に帰ってきたら、リビングの方からクロノの叫び声が聞こえる。

…ここはマンションなのに。近所迷惑になっちゃうよ。

 

そう思いつつ、声の発生源のリビングに入る。そこには既にみんないるようだ。

クロノは何を叫んで……あっ

 

「父さんっ!」

 

ソファの方に腰掛けている父さんを見つけた。どうやら帰ってきてたらしい。

 

「ただいまっ!」

 

そう言って父さんの胸に飛び込む。

それを優しく受け止めて、すぐに頭を撫でて「あぁ…おかえり」と言ってくれる…えへへ

 

「フェイト、帰ってきたのか……じゃないっ!!ハルトさんっ!貴方は一体何者なんだ!?」

 

そう言ってまた叫ぶクロノ。

 

「クロノ、どうしたの?」

 

「どうしたのじゃない!ミゼット統幕議長にハルトさんの手紙を渡したら…これがっ!!」

 

そう言ってクロノが懐から出したのは書類…?

 

「えっと…戸籍?」

 

父さんの名前が書いてある…この国の戸籍かな。

 

「そうだ!でもそれだけじゃないっ!もっとやばいのはこっちだ!」

 

そう言って取り出したのは…

今度は通帳のような物。

 

「これをミゼット統幕議長に『これで勘弁して下さい』って泣いて頼まれたんだっ!僕とエイミィが、だ!」

 

その通帳を開いてみる。それは…お給料?

 

「えっと…一…千…万…十万………億…?」

 

そう、そこに書いてあるのは億。

しかも、日本円で三億円。

 

「えっ!?クロノ、これどうしたの!?」

 

「だから!ミゼット統幕議長にハルスタッドさんに渡してくれと頼まれたんだっ!!『残りはいずれ…何卒!』と!」

 

えっと…つまり…この三億円は…父さんに…?

 

「三億か。もう少し用意して欲しかったのだが…まぁいい。あの屋敷と家具を買うには十分だろう」

 

そう言って、さも当然と言わんばかりに通帳を懐にしまう父さん。

ミゼットさんと仲が良いのは知ってたけど…

 

「父さん?このお金は?」

 

「ん?…あぁ…40年と少し前位まで管理局に勤めていたとは言っただろう?その時に私は給料や謝礼金やらその他諸々を受け取って無かったんだ。だから、そういった金をミゼットから失敬した」

 

なるほどと私は納得したけど、納得しなかったのが…

私以外の全員だった。

 

その後、父さんが三提督の教導官であったと知るや否や、クロノとエイミィが父さんに対してさらにに畏まった態度になったのは別の話。

─────そういえば、父さんは戦ったらどれくらい強いのかな?

 

 

 

* * * *

 

 

 

その翌日。

その日は平日のため、フェイトは普通に学校があった。

……だが……

 

「…うぅ…」

 

授業中も休み時間も、全然集中することが出来ない。

というのも────昨日のことだ。

 

『フェイト、明日の放課後に予定は?』

 

『えっと…特に無い…と思う』

 

『…ん。では明日の放課後に買い物に繰り出すぞ』

 

『えっ!?』

 

『ん』

 

『2人で?』

 

『あぁ』

 

『…え、えへへ…』

 

『では明日の放課後だ。フェイトの学校が終わる頃に連絡する』

 

 

────そう。

今日の放課後は───

父さんと買い物だ。

うん、すごく家族っぽい

「それは家族じゃなくて恋人なのでは?」

という無粋なツッコミをする者など学校には…いるにはいるが、幸いにして近くにはいなかった。

 

 

 

* * * *

 

 

 

授業中も、休み時間もフェイトはボーッとしている。

普段ではあり得ないことだが、なのはの言葉でさえ反応しない時がある。

……これは、昨日言ってた父親関係?

……それにしたった頬を緩めすぎな気がするけど…

その証拠に、授業中フェイトの事を伺っているファンの子がチラホラと……

そりゃ、幸せオーラ全開のフェイトが、授業中だろうがなんだろうがずっとフニャフニャしているのだ。

恋人が出来たのではっ!?と邪推してしまうのも無理ないというもの。

…それにしても、まだ三時間目。

放課後までにはまだまだ時間があるんだけど…

大丈夫なの?あの子。

と、無駄にお節介を焼くアリサなのであった。

 

 

 

* * * *

 

 

 

昼休みに、フニャフニャしてボーッとしてるフェイトちゃんの席にみんなで近づく。

……フェイトちゃん、ちょっと頬を緩めすぎなの。

 

「フェイトちゃんどうしたの?顔が溶けちゃってるよ?」

 

大変可愛いフェイトちゃんですが、この顔は少し他の人に見せられません。

完全に18禁の顔です。いや、それは言い過ぎかな?

 

「え、そうかな…?」

 

どうやら無自覚の様です。

午前中、ずっとチラチラ時計見てたし…

まさか…

放課後…

誰かとデートっ!?

デートなのフェイトちゃん!!?

 

「で、フェイトちゃんは放課後デートなんか?」

 

と思ってたらはやてちゃんがいきなり単身突っ込んだ。

うん、こういう時のはやてちゃんはすごく便利。聞きづらいことをズバズバと言ってくれる。

 

「でーと?…デートっ!?」

 

あ、フェイトちゃんが真っ赤になった。

その可愛い反応にクラスが少しざわついたけど、それを目で制する。

途端にみんな目を逸らすから不思議。

 

「デートってそんな…あぅ…」

 

流石フェイトちゃん、何人にも犯されない女子力の持ち主。

すごく女の子してる。

 

……その後、フェイトちゃんが言うに放課後はハルトさんと買い物に行くらしい。

…それは…

 

─────デート、なのでしょうか?

 




グダグダな上にキャラ崩壊しているっ!!!そして短い。でも構わないっ!!
…うん。書きたかった日常編なのに…
筆が進まねえ!!!びっくり。

それと次の更新は遅くなりそうです。
面白い!と思っている方々がもしいらっしゃいましたら、本当に申し訳ありません。

次回、「ドキドキデート大作戦!」

オタオタオタオタオタお楽しみにっ!
イリヤ可愛いよっ!Foo!!!


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第七話 ドキドキデート大作戦!

文才の無いスチパン中毒の末路。
てか全然デートしてねえ…


 

冷たい風は、東から。

春の訪れを待つ2月の夜天。その、下に。

一つの光が浮かび上がる。

 

───これは、ある日の夜のこと。

 

───フェイトと約束をした、夜のこと。

 

雲の切れ間からは月明かりが溢れ、地表を、街を、人を、淡い光で包み込んでいく。

 

場所は、海鳴。

 

街の中心部には高層のビルが立ち並び、風情ある海辺の街とは様相の違う姿が見られる。

風は、強風。

高い建物。

広い道路。

月光。

電灯。

照明。

 

月光の光と人工の光。

 

その、光溢れる街の端。

喧騒を外れた、海辺の区画に。

 

光の届かぬ屋敷があった。

月の光が届かない。街の光が届かない。

 

それはある種の結界だ。

魔力を漏らさぬ遮断の結界。

人の視覚を妨げる拒絶の結界。

 

見えない、気付かない、聞こえない───

 

その、一時だけ外界から遮断された屋敷の前に。

 

一つの、人型の光が明滅する。

 

夜天の下に浮かび上がる光だった。

人の輝きを愛する光だった。

それは、御伽の光だった。

 

黄金の名を持つ、光の王───

 

ハルスタッド・ローゼンクロイツは、結界の中で静かに屋敷を見上げていた。

 

その男の手には───異形の本。

 

「一項…二項…三項。確認。了承。逆算開始」

 

喧騒の届かぬ領域に、呟く声が響き渡る。

男の低い声音。

その呟きの後に、ページを捲る紙の音。

 

「屋敷を本来の姿に…腐敗を正せ。朽ちを癒せ。我が光の名の下に、現象数式(クラッキング)を展開する」

 

本が、輝く。

───辺り一片が、輝く。

 

凄まじい光の奔流!

輝かしき魔力の迸り!

 

そこにある種の怪異は無く───

そこにあるのはある種の異形。

 

「黄金写本を大計算機に接続。終了。根源を再現。…演算終了」

 

光が、結界内部の屋敷を包む。

 

───腐敗が、治る。

───老朽を、癒す。

 

腐敗し老朽化していた筈の屋敷は───

 

瞬く間にその姿を取り戻した。

 

 

だが、それに周りは気づかない。

その光を、知ることはない。

ただ、辺りを照らす月明かりと

喧騒を照らす街灯があるのみで。

 

男は本を閉じ、腕を軽く振る。

 

それと同時に月光を歪めていた結界は霧散し───

 

美しい屋敷が夜天の下に姿を顕した。

それが、人知れず起きたこの夜の出来事である。

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

───そして、放課後。

 

…放課後?

あれ?

 

今日、授業何をやったんだっけ…

まずい。思い出せない。ノートも当然、とってない。

 

…うん。

まぁ、いいよね!

 

「良くないわっ!!」

 

バキッ!

という音が頭から鳴ったその瞬間、猛烈な痛みがやってきた。

目が、クラクラと。

 

「あ痛っ…!」

 

「全く!真面目なあんたのことだか大丈夫だと思ってたら!放課後までボーっとしてるんだからっ!!」

 

後ろを振り向く。

やっぱりと言うかなんと言うか…私の頭を叩いたのはアリサだったらしい。

 

「痛いよアリサ…」

 

「あんたが悪い!」

 

うん。確かに。

 

「にゃはは…うん。フェイトちゃんずーっとボーッとしてたね?」

 

なのはまで言うなんて…私そんなにボーッとしてたかな?

 

「「してた」」

 

即答…酷いよ2人とも…

いや、私が悪いんだけど。

 

「フェイトちゃんずーっと心ここに在らずだったもんね?そんなにデートが楽しみだったの?」

 

「そ、そんな事ないよっ!!もう、すずかっ!!」

 

すずかの馬鹿っ!!笑顔で意地悪言うんだもんっ!!

 

「はぁー…ハルトさんのおかげで、フェイトちゃんの可愛さが割増やな」

 

はやてまで!

 

「うっ…!もう!知らないっ!」

 

そう言って、バッグを掴んで教室を出る。

途中みんなが呼ぶ声がしたけど、無視だ無視!

もう、知らないんだから!

 

 

* * * *

 

 

 

「にゃはは…結局待ってくれてる所がフェイトちゃんらしいね?」

 

周りのみんなも苦笑して頷いている。

…うぅ…

 

「だ…だってだって…みんなを置いて行くようなこと…」

 

出来なかったし…

と言おうとした瞬間、何故かなのはが飛びついて来た。

 

「うわっ!」

 

「フェイトちゃん可愛いっ!!」

 

「…またイチャイチャしだした」

 

「まぁ…管理局でも2人は『カップルランキング』の堂々No. 1やからね」

 

「え…それホント?」

 

「ホンマホンマ」

 

「ふふ…二人とも楽しそうだね」

 

「全く…ん?」

 

と、2人のラブラブ(?)っぷりに辟易としていたアリサがふと前の方を見ると、何やら人だかりが出来ていた。

どうやら校門の前に生徒が集まっているらしい。何かを囲むように生徒が群がっているのがうかがえる。

 

「なんや?あれ」

 

どうやらはやても気付いたらしい。気付いていないのは恐らく後ろの方でイチャついているバッカップル(暫定)ぐらいだろう。

 

「すごい人だね…?何かあったのかな?」

 

「人がゴミのようね」

 

「アリサちゃんが言うとシャレにならんなぁ」

 

「なんですって!」

 

そこで、ようやくイチャついていた2人もその人ゴミに気付いたようだ。

 

「なに?あれ」

 

「何かのイベント?」

 

前を見ると、人だかり。

 

人だかりは門を塞ぐ勢いでが出来ている。

…近づいてみると何やら女生徒達の黄色い声も聞こえてきた。

 

…あそこに溜まると…邪魔だなぁ…

 

五人の感想といったら、それ。

 

「避けて行こうか」

 

フェイトがそう提案する。けれど…

 

「面白そうじゃない」

 

「せやな。ちょっと興味あるわ」

 

はやて、アリサの2人がそれを即座に却下した。ネタ好きの2人にとって面白そうな事は見過ごせないのだろう。

そうして5人は人ゴミに近付こうとして。

 

……始めに気付いたのは、なのはだった。

 

「あれ?あそこにいるのハルトさんじゃ?」

 

そう言ってなのはが指差した方向───つまり人ゴミの方角。

周りが女子生徒で固められている為だろう…

高い身長が飛び抜けて目立って。

太陽の光に反射する金糸が、ここからでも見える。

…それは間違いなくフェイトの父親、ハルトの姿だった。

 

「はぁー…なんやあれ。凄まじいモテっぷりやなぁー…ってフェイトちゃん!?」

 

その姿を見つけるや否や、フェイトは尻に火がついたように駆け出した。

 

「───父さんっ!!」

 

 

 

* * * *

 

 

 

寒風が吹き荒ぶ中……

ハルスタッド・ローゼンクロイツは、実は無表情の仮面の下で内心焦っていた。

いや、彼の身はすでに光……故に寒さというものを感じないハルトにとって、この肌寒い気候は彼の焦る事象に足り得ない。

それならばなぜ彼は焦っているのか、それは勿論、彼の周りに所狭しと群がっている女生徒達が原因である。

……遠い昔に御伽の存在となって久しいハルトは、女性に言い寄られた事など数え切れない程にある。

かつて「母」と呼んだ女性……テスラ夫人にも、女性には優しくすべしと口を酸っぱくして言われたものだ。

それを忠実に守ってきた彼は当然、女性の扱いにも熟知していた。

─────しかし。

しかし、彼はそう……40年間、いや、彼の体感で200年もの間「虚無」の空間で過ごしていたのだ。

人と話すこと自体が久しいことだった。

それ故に、制服姿というある意味で若者の象徴である服装に身を包んだ少女達に囲まれる事に、ハルトは似合わない動揺を見せていた。

 

「誰かを待ってるんですかー?」

 

「私達とお茶なんてどうですか?」

 

─────別に、女子生徒達が苦手な訳ではない。

制服はいいものだとハルトも思う。

瑞瑞しい雰囲気が実に、よい。

 

─────だが、これはいかがなものか。

 

ハルトは別にマスター・テスラのように『淑女から男性に声をかけるなど……』などと硬い思想を持っているわけではない……ない、が。

この、まるでタブロイド紙に載るアイドルに群がるような接し方はどうなのだろう。 そんな大層なものになった覚えなど欠片もないハルトは内心でため息を吐きつつ状況の打開を図る。

さてはて、この麗しき少女達をどうしたものか。

そう考えていたところで……

 

「───父さんっ!!」

 

愛すべき娘の声が、響いた。

 

 

 

* * * *

 

 

 

人の波をすり抜けて。父さんの元に駆けつける。

そうすれば、ほら。

 

「フェイト」

 

私の名前を、呼んでくれるから。

思わずその腕に飛びついてしまったり

……この時にほんの少しでも冷静さを欠いていなかったら…

この後ももっと落ち着いた展開になった筈。

認めよう。

……私は少々浮かれていたと。

─────そして……父さんの側に群がる生徒達に、言いようのない感情が芽生えたことも。

 

───それに気付いたのは、周りの生徒の喧騒が聞こえてからだった。

 

「え……ハラオウンさんの彼氏っ!?」

 

「でも父さんって…?」

 

「え"っ…親子!?」

 

「それにしては若くない?でも、あの金髪…」

 

ワイワイと。ガヤガヤと。

噂が飛び交う只中で、私の顔にどんどんと血が集まっていく。

 

人前なのを忘れてたっ!!

 

喧騒は今も勢いを増していってる。…その真ん中にいる私と父さんは、はっきり言って檻の中の猿。

 

「と、父さんっ!!こっち」

 

「ん」

 

堪らず私は駆け出した。

父さんの腕を急いで引いて学校を出る。

後ろからなのは達の声が聞こえるけど、今は立ち止まってる暇はない。

一刻も早くここを離れないと…

私は恥ずかしさで倒れちゃうと思う。

ん……、もっとゆっくり歩いてくれ─────

そんな父さんの声が聞こえたけれど、私はこの場を離れることに一杯一杯で聞き入れることはとてもできなかった。

 

 

 

* * * *

 

 

 

所変わって、海鳴デパート。

 

8階建てのこのデパートは、何と言っても品揃えの豊富さが売りの人気店で、海鳴市民以外の人々も多く訪れ活気溢れる店だ。

家具やオモチャ、アンティークにフードコート。

学生は商店街の方に流れるから、このデパートに訪れるのはおおよそ家族連れが多い。

だから女子校生特有の姦しさも無く、静かな買い物が楽しめるのも人気の一つとして挙げられる。

 

そんなデパートの4階家具売り場に、私と父さんは学校から逃げるように来ていた。

 

「まずはお前の新しい机とベッドだな。選べ」

 

「え?机とベッドならハラオウン家に…」

 

お金も勿体無いし…ハラオウン家に家具を置きっ放しにしておくのも悪いし。

そう言ったら父さんは……

 

「馬鹿者。ハラオウン家は他人ではないだろう……向こうに泊まりに行く事もある。何より、彼女らはお前の家族だろう?遠慮をするな。新しいベッドを選べ」

 

……そう言われると。

確かに……ハラオウン家に行く時もあるだろうし……うん。

 

「うん。わかった」

 

「よし」

 

「あ、父さん!ダブルベッドがお買い得だよ!」

 

「……お前は何を言ってるんだ?」

 

 

 

* * * *

 

 

 

そんな2人を側から見つめる人影が、4つ。

 

「楽しそうやな〜」

 

「本当。フェイトちゃん幸せそう」

 

「それにしてもフェイトのお父さん若いわね…なのはの両親やリンディさんも若く見えるけど、それ以上じゃない」

 

「ホントだね…」

 

なのはやはやてはハルトの「不老」を知っているので純粋に2人の感想を述べるのみだが、それを知らないアリサとすずかはハルトの若さにしきりに首を傾げている。

まぁ、ハルトはどう見たって20前後くらいにしか見えないので疑問に思うのも当然だ。

 

「…お、また腕組んどる」

 

「にゃはは…親子というより完全に恋人さんだね」

 

そう、何を隠そうあの2人は見た目も様子も親子というより恋人である。

すれ違う人々が2人を羨まし気に見つめるのがその証拠。

道行くカップルは彼氏がフェイトに目を奪われては彼女に怒られ、彼女がハルトに目を奪われては彼氏に拗ねられるというのが固定化している。

 

「あ、移動したわよ」

 

「机とベッドは決まったみたいだね」

 

「追うんや!」

 

ぞろぞろと4人が尾行を始める。

…幸か不幸か、それを訝しげに見つめる客の視線に4人は気付いていなかった……

 

「あれ……階段の方に向かっていったのに戻ってきたよ?」

 

「ん?なんや?なんか言い争っとるで」

 

『もう!階段は疲れるからヤダって!お祖父ちゃんみたいなこと言わないの!』

 

『おい、年寄り扱いをするなよ。肉体はまだまだ若輩だ』

 

そんな会話が向こうから聞こえてきて、4人は深いため息をついた。

 

 

 

* * * *

 

 

買い物中にも色々あった。

ハルトなどは近代の家具デザインにやたら関心を示していたし、フェイトはフェイトでそんな年寄り臭いハルトの反応を楽しんでいた様に見える。

 

「父さん、すごいね」

 

2人がデパートを歩いていると、隣のフェイトが唐突にハルトに尋ねた。

 

「……何がだ?」

 

何の脈絡も無い言葉だ。

一体何がすごいというのか。

ハルトが聞き返すと、フェイトは少し顔を俯かせて…

 

「周りのお客さん、みんな父さん見てるよ?……モテるんだね」

 

などと、訳の分からないことを言い出した。

……何を言ってるんだ?この子は。

思わずといった風に、ハルトは首を傾げて。

 

「いや、私では無い。全員お前を見ているのだろう」

 

「いや、私の訳ないよ……」

 

ふむ。やはりプレシアにそっくりだな。顔立ちといい気の弱い所といい…

 

呟き一つ、頷いて。

 

「周りはお前の美貌に見惚れているんだ……流石私の娘だ。見目麗しい」

 

「なっ……!麗しいって…っ!!私なんて全然可愛くないよっ」

 

フェイトが可愛くなかったら、世の中の淑女の8割は何だ?ゴブリンか?

 

「そうか?私はフェイトは世界一可憐だと思うがな」

 

紛れもなく親バカの一言に尽きるが…

親というより、孫を可愛がるお爺ちゃんの様な気もする。

…まぁ、それはハルトの出す老練の雰囲気のせいかもしれないが。

 

「せ、セカ…っ!?」

 

案の定、フェイトはこれでもかと言うほど顔を赤くし声にならない声を上げている。

 

「全く、お前はもう少し自覚を…ん?」

 

そこで、ハルトはある店で足を止める。

その鋭い視線の先には…

 

ぬいぐるみが。

 

「?どうしたの父さん」

 

「あぁ……そう言えばぬいぐるみを買っていなかったな。選べ」

 

「……え?」

 

「なんだ、どうした?」

 

「いや…ぬいぐるみって…私そんな子供じゃ無いよ!?」

 

フェイトはもう中学二年生。

あと少しで三年生だ。そんな年にもなってぬいぐるみは…と、その気持ちは分からなくはない。

勿論、ぬいぐるみ好きの子も多いだろうが。

 

…だが、そこはこのハルトの事。

思春期真っ只中であるフェイトの気持ちなど少しも理解していない。

…いや、出来ない。

傲岸故に。

不遜故に。

年頃の娘の気持ちに気付かない。

 

「そうなのか?」

 

「そうだよっ!」

 

たが、ハルトは首を傾げるばかり。

 

「そうか……プレシアがフェイト位の時、あれはぬいぐるみを肌身離さず持ち歩いていたものだが」

 

……衝撃の事実が発覚した。

 

それはもう、とんでもない事実が。

プレシアのイメージ像が音を立てて崩れ去った瞬間である。

 

「えっ…プレシア母さんが…?」

 

流石は現ファザコンで元マザコンのフェイト、プレシアの名前が出た途端、恥ずかしそうな顔から一変して真面目な顔をした。

……実はプレシアがぬいぐるみを持ち歩いていたのは8割方ハルトのせいなのだが、それはまた別の話である。

 

「うむ」

 

何故か物凄く偉そうに頷くハルト。

その不遜過ぎる態度は、相手がフェイトでなければ訝しげに睨まれる所だ。

 

「…えと、その…ちなみに、母さんはどんなぬいぐるみを…?」

 

「ん……ウサギだ。確か」

 

「ウサギ…」

 

そう一言呟くと、フェイトはトテトテとウサギのぬいぐるみが売っているスペースへ移動する。

 

 

……ちなみに余談だが、このウサギのぬいぐるみの買い物が本日で1番時間が掛かった。

 

190強の大男と金の長い髪を持つ美少女が真顔でぬいぐるみを選ぶ様は、周りの客を唸らせるのに十分な程にシュールだった。

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

─────人知れず息を整える。

……うん、やっぱり緊張する。

 

当然だ。私がこれから父さんに言うことは、私達の今後にとっても大切な事なのだから。

 

買い物中も、ずっとその事を考えていた。

いつ、言おう。

いつ、切り出そう。

言うタイミングがなかなか見つからなくて。

 

気付けばもうデパートを出て、ハラオウン家に帰る所だ。

 

「そういえば、買った家って何処なの?」

 

なんとか切り出そうと、話題を振る。

 

「行けばわかる。…まぁ一種のサプライズだ、期待していろ」

 

…ダメだ。

一瞬で話題が終わってしまった。

父さんの馬鹿。もう少し話題を続けても良かったじゃないか…

 

「まぁ、住む「家族」は私達2人だけだからな。広さは十分だろう───」

 

───!

きた!チャンスだ。

家族…!

このタイミングで!!

 

 

「あの……父さんっ!!」

 

できるだけ声を、張り上げて。

 

「ん?なんだ」

 

父さんが振り返る。うん…やっぱり今言わなきゃ!!

 

「その…父さんに言わなきゃいけないことがあって…」

 

「ん」

 

少し首を傾げてるけど、そのすぐ後に真っ直ぐ私の瞳を見てくる。

言ってみなさい─────

瞳が、私にそう語りかけてきているのがわかる。

…やっぱり、父さんは優しいね。

それだったら、きっと大丈夫。

 

「実は───」

 

 

 

 

 

 

「─────私っ!子供がいるんだっ!!」

 

 

「──────────は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…父さんからの、反応がない。

 

「あの…父さん?」

 

どうしたんだろう?

父さんの顔を見てみると…

怒っているわけでもなく笑っているわけでもなく…いつもの無表情。

あぅ…出来れば何かを言って欲しいんだけど。

 

「あの─────」

 

父さん?

そう言いかけた瞬間、父さんは重い口を開いて…

 

「……相手は誰だ?」

 

やっと反応してくれた。

けど…相手?相手って何の相手だろう?

 

「相手って?」

 

「……質問を変えよう。相手の…名前は何だ?」

 

名前…?

相手っていうのは何だかよくわからないけど、名前を教えればいいんだよね?

 

「エリオだよ」

 

エリオ・モンディアル。

半年以上前に私が保護した子供だ。最近ようやく私にも笑顔を見せてくれるようになってきて…

 

「エリオ……エリオ…」

 

……父さんは、何だかしきりにエリオの名前を呟いている。

うん。気に入ってくれたのかな?

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

あかん。腹がねじ切れそうや。

 

物陰で話を聞いていたはやては、今にも大口を開けて笑い出しそうな自分の口を閉じるのに必死だった。

 

─────勘違いしとる。ハルトさん絶対にエリオの事勘違いしとる!!

 

私にはわかる。「エリオ…エリオ…」と何故か名前を繰り返しているハルトさん…

あれ、絶対怒っとるで。

 

ほら、今も─────

 

「エリオというのはどんな男だ?」

 

もう「子供」やなくて「男」言っとるやん。

 

「えっと……少し遠慮しちゃうところもあるけど…優しくて」

 

あ、ハルトさんの手が震えとる。

 

「思いやりがあって」

 

……無表情やけど、雰囲気が尋常やない。

なんでフェイトちゃんは気付かんの?

 

「……笑顔が可愛い子だよ!」

 

プチッ

 

っと音がした。……様な気がする。

 

「あの…はやてちゃん?」

 

「何?なのはちゃん」

 

「ハルトさん……絶対勘違いしてると思うんだけど…」

 

「そうやろなぁ…」

 

「本当のことを伝えた方がいいんじゃ…」

 

「あかん!あかんよ!これはフェイトちゃん家の事なんやから!ウチらが出ちゃあかん!」

 

「─────本音は?」

 

 

「この方がおもろいやん☆」

 

 

 

* * * *

 

 

 

「……エリオとやら……幼気な愛しき我が娘に手を出した愚かさ……必ず悔いさせてやる」

 

「何、君に落ち度はないさ……愚かさは人間の美徳だ」

 

 

ちなみに、ハラオウン家の人達もハルトの勘違いに気付いた様だが、あえてそれを口に出そうとはしなかった。

 

クロノなどは言おうとしたのだが、リンディ達に止められた。

 

理由は勿論─────

 

はやてと同じである。

 




ハルトが主人公なのに、フェイトさん視点で話が進んでいる事に気付きました。だが手遅れ。
もう、一章の主人公フェイトさんで良くね。

では、次回まで!さようなら!
読んで下さってありがとうございました!




≪現象数式黄金写本≫
ハルトの持つ異形の本。
その本の力は謎に満ちている。
万能王レオナルド・ダ・ヴィンチより賜ったとされるが、詳細は不明。
オリジナルの道具です。


≪現象数式≫
認識によって世界を書き換える力。
用途は医療や兵器など多岐に渡る。
御伽噺の魔法めいた力で、本来は個人で使える力ではありません。※一部wikiより引用


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第八話 提案しよう

更新遅くなるとは何だったのか……


 

2月上旬。

イギリス郊外にて。

 

「ん〜……今日も寒いなぁ…」

 

早朝。

人里離れたイギリスの郊外に、ある人物が住まう屋敷がある。

かつて、正義を誓った男の屋敷。

かつて、何も出来なかった男の屋敷。

その屋敷から、快活そうな印象を受ける少女が肩を震わせながら出てきた。

少女。

その頭から生える「獣耳」以外は、いたって普通の少女だった。

寒さに肩を震わせるその姿。

彼女が超一流の戦闘力を持った使い魔だと、一体誰が想像出来るだろう?

勿論、この地球で過ごしている以上人前では獣耳を隠しているけれど。

 

「ロッテ?郵便物を取って早く家に入って」

 

ロッテと呼ばれた少女の後ろ、つまり屋敷の玄関からこれまた獣耳を持つ人外の少女が顔をのぞかせていた。

 

「はーい。…アリア、父さんはもう起きた?」

 

「ええ。今は顔を洗ってるわよ」

 

ロッテは郵便物を取ると心無しか早い足取りで玄関へ向かう。

じゃあ、直ぐに朝ごはんだ?

そこで嬉しそうな顔をするのは、それだけ父が好きだという事だろう。実際、ロッテにとってもアリアと呼ばれた少女にとっても「父さん」というのは何にも代え難い特別な存在だ。

 

そうね。もうすぐ出来るわよ───

 

そう言って、2人で屋敷に入ろうとした瞬間だった。

 

 

「失礼、仔猫(キティ)。ギル・グレアムは御在宅か?」

 

─────背筋が凍った。

 

バッとロッテ、アリアの2人は玄関先を振り返る。

するとそこにいたのは、1人の男。

黒いズボン。赤いシャツ。

陽光を返す金の髪。……そして、恐ろしささえ称えるその赫瞳。

 

─────なんだこいつは!?

─────何故私達は気配に気付かなかった!?

 

先程の通り、この2人は歴戦の戦士だ。

過去で高町はなのはやフェイト・テスタロッサ、夜天の守護騎士達さえをも手玉に取った事もある。

そんな彼女達が気配にさえ気付かないとは。

この男は…一体───?

……2人の不信感は、一瞬で湧き上がった。

 

「ふむ。気配はするな…おい、仔猫」

 

そんな2人の焦りもどこ吹く風、男は不遜に語りかける。

 

「少々、屋敷に上がらせてもらっても構わないか?」

 

そんな事を、のたまった。

 

─────冗談じゃない。

 

2人の内心は、それ。

父さんは管理局を辞めて久しい。そんな父に、こんな得体の知れない男を屋敷に上げるものか!

と、内心では憤慨しているのと同時に…

 

(あれ…この男…?なんだか会ったことあるような…?)

 

2人の胸中で、言いようのない感情が思い出した様に溢れてくる。

それは、一体何なのだろうか?

 

故に、だろう。

この不思議な感覚を胸に、この男を屋敷に入れてしまったのは。

 

 

* * * *

 

 

 

「闇の書事件」をきっかけに管理局重鎮ギル・グレアムは希望辞職をし、この地球の英国にて隠棲生活を送っていた。

 

老兵がのさばるより、今の若い者達に託すべきだと悟ったためだ。

若い。

青い。

だが、若人には老兵にはない力がある。

その、柔軟な思考。

型にはまらない動き。

それが何にも勝るということを、ギル・グレアムは闇の書事件で思い知った。

 

そんなグレアムは、今自分の屋敷の客間にいた。

ロッテやアリアが言うには客が来たらしい。……私を訪ねてきたという事は、おおかた時空管理局の何かだろう。

面倒事この上ない。だが、それならばアリアやロッテが屋敷になど入れない筈。

という事は、客とは?─────

そこまで思考し…止めた。

考えても無駄な事だ。どうせ、もうすぐこの客間に来るのだから。

噂をすればと言わんばかりに、この客間に3つの気配が近づいてくる。

 

お客かな?

そう思い、客間に入ってくる男性を見て……

 

「久しいな、ギル」

 

私は、これは夢なのでは無いかと思った。

何故なら、そこに立っていたのは間違いなく…

 

「……は……ハルト……隊長?」

 

私の上司であり、私が誰よりも尊敬する人だったからだ。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「うむ。……ミゼットもそうだが、やはりお前も老けたな」

 

そう言って、懐かしむように目元を緩めるハルト隊長。

いや…それよりも驚いたことは。

 

「どうして…いえ…何故…私は…あ、あなたの事を『忘れていた』のでしょう…」

 

そう。そうだ。何よりも驚いた事…

それは、私がハルト隊長を完全に忘れていた事。

そして、忘れたことに何の疑問も持たず、ハルト隊長の存在自体を思い出すことすら出来なかったことだ。

 

「うっ…ぐっ…な…何故…」

 

頭が、回る。どうなっている?何故…私は…

 

「気にするな…君が特別なのではない。全ての人々が等しく、私の事を忘れるのだから」

 

私が『ふるきもの』故に。

 

そう、彼は呟いた。

恐ろしいほど穏やかな瞳で。

ただ、本音を仮面の奥に隠して。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「そ!そうだ!ハルトだっ!」

 

「…っ!本当、何故私達は貴方を忘れていたのでしょう…!」

 

少し経って、ようやくロッテとアリアの2人もハルトの事を思い出したらしい。

 

「ハハ……まぁ、この通りギルも忘れていたのだ、使い魔である君達が覚えていたというのもおかしな話」

 

「本当に申し訳ないハルト隊長……まさかあなたの事を忘れていたとは…」

 

「謝るな。君のせいではない」

 

4人は客間のソファに腰掛け、アリアの淹れたコーヒーを飲みながら談笑する。

 

「ふむ……まあまあのコーヒーだ」

 

「相変わらずコーヒーに関して厳しいね…」

 

「コーヒーは良いものだぞ?ギルは紅茶派だったな。確か、コーヒーが苦くて飲めないと言って…」

 

「いつの話ですか……それは子供の時の話ですよ」

 

穏やかな時間が流れる。

ロッテなどは懐かしさからか、ハルトの膝に擦り寄っては押し戻され…を繰り返していた。

 

カチャリ…

 

会話の間に、ソーサーが鳴る。

 

「…それで、今日はどのような用件で来たのですか?」

 

会話もそこそこ、グレアムが本題を切り出す。だがそこに剣呑なものは無く、あるのは一種の柔らかさだけだ。

 

「別に。お前がどうしているのかと気になってな。聞いたところによれば、闇の書事件とやらで失態を犯したそうじゃないか」

 

「あれはっ…!!」

 

反論しようとするロッテをグレアムは目で制する。

 

「ええ…老兵の失態を、若者がカバーしてくれましてね…私は現場を退き隠居の身です」

 

苦笑してグレアムが答える。

だが、そこにも暗さなどなく…瞳には純粋な輝きが。

まるで、その若者達に感謝をしているような瞳だった。

 

「…安心した。時は人を変えるが…ギルやミゼットは変わっていない様だ」

 

「変わりましたよ。最近では杖が欲しくなる程ガタガタで」

 

「馬鹿者。そういう意味ではない」

 

苦笑を、1つ。

 

「さて…ではそろそろ私は帰る。急な詰問悪かったな…アリア、ロッテ。ギルを頼むぞ」

 

「任せて下さい」

 

「えぇー!もう帰るの!?まだいいじゃん〜…ほら!またあれ教えてよっ!なんか『ビリビリ』?みたいな体術!」

 

「バリツか?」

 

「そう!それ!」

 

「…隠棲の君には不要に思うが?」

 

「うぐっ…」

 

痛いところを突かれた…!

と、ロッテは自慢の耳をペタンと垂れさせた。

そこでハルトはそんなロッテの頭に手を置いて、優しく撫でる。

そして

 

「また来る」

 

そう一言、呟いて。

 

真っ赤になったロッテと何故か睨んでいたアリアを後ろに、ハルトは屋敷を静かに出ていった。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「父さん遅い!!ご飯冷めちゃうよ!」

 

ハラオウン家に帰ったハルトは、早速フェイトに説教をされていた。

 

「すまん…」

 

「全く!どこ行ってたの!」

 

地球の裏側まで行ってました。

 

…とは、言えない。

 

 

 

* * * *

 

 

翌日。

 

とある屋敷の目の前に、1人の少女が立っていた。

 

風に舞うは、金の糸。

光を讃える、紅い瞳。

端正な顔立ちをした、美しい少女。

 

フェイト・T・ハラオウンは、その目の前にそびえ立つ屋敷を呆然と眺めるしかなかった。

 

「えっと…父さん?」

 

「なんだ?」

 

父さんと呼ばれた男は…僅かに得意げだ。

 

「この…屋敷が?」

 

「そうだ」

 

「……ホントに?」

 

「当然だ」

 

「…大きくないっ!?」

 

「私はともかく、お前が住むということだからな。近場でこれ以上の屋敷は無いだろう」

 

…フェイトはただただ呆然とするしかない。

いやだって…今まで5人で暮らしててマンションだったよ?2人暮らしなのに屋敷って…いいのっ!?

 

「さぁ、入れ。部屋は自分で選んでいいぞ」

 

…なんか。

父さんって実はトンデモナイ人なのかなぁ…

なんて。

今更思ったフェイトなのだった。

 

 

* * * *

 

 

 

「私は大抵この部屋かリビングにいる」

 

父さんが示した部屋。

中は…なんと言うか。

紙だらけ、という印象。

 

「ここは?」

 

「研究室…だ。私の」

 

研究室。その言葉自体は私は好きではない。

…色々な思い出がありすぎて。

 

「父さん、研究者なの?」

 

「科学者だ。物理専攻の。まぁ機械や他も出来るがな」

 

そうだったんだ…

プレシア母さんと同じ、科学者。

 

「この書類は?」

 

「ミゼットに送って貰った。最近の傾向を知りたくてな」

 

ミゼットさんということは、やっぱり魔法関係なんだ。

 

「術式とか?」

 

「あぁ」

 

呟いて、父さんは手元にあった書類を1枚手に取り難しい顔をする。

チラッと見ると、なんだか数式みたいなのが一杯…

論文みたいなものかな?

 

「どうしたの?」

 

「いや…書類に一通り目を通したのだが」

 

一通り!?この量を!?

 

「……ナンセンスだ」

 

吐き捨てるような言い方だった。

 

「この炎熱の変換資質の式など、特にナンセンスだ。2節までミッド式の数式を用いていたのに、ここからベルカ式を組み込む意味がわからない。統一感を乱すだけだ。実に美しくない」

 

…うん。父さんの言ってる事が全然わからない。

…あれ?私って科学者の娘じゃないの?

 

父さんはなんだか熱が入ってしまったようで、書類にしか目がいってない…

 

仕方なく、私は邪魔をしないように部屋を抜け出した。

 

 

 

* * * *

 

 

 

…「自分で選べ」って言ってたのに。

少し前に家具が入れられた部屋。買ったベッドに腰掛けながらフェイトは憤慨していた。

 

フェイトは自分で部屋を選んだ。

…1番狭くて、1番陽の当たらない部屋を。

フェイトの性格を考えれば、遠慮してこういう部屋を選ぶのは当然なのだが…

それを許さなかったのはハルトである。

 

「狭い。暗い」

 

次に選んだ部屋も…

 

「窓からの景色が悪い。海側にしろ」

 

また次に選べば…

 

「廊下の奥にもっと広い部屋があった。フェイトはそこでいいな」

 

 

…あれ?

自分で選べって…なんだったの?

 

全く自分の意思が反映されない事に、少しばかり涙がでてきた。

 

ぐすっ…いいんだ…どうせ私は満足に部屋も選べないダメな子なんだ…

 

先日買ったウサギのヌイグルミを抱いて、フェイトは夜まで自室でいじけていたらしい。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「あれ?アルフ?」

 

部屋を出てリビングに行くと、ハラオウン家に残ると言っていたアルフが屋敷にいた。

 

「おっ、フェイト!」

 

「どうしたの?やっぱりここで暮らすことになったの?」

 

そうしてくれれば私としては嬉しいけど。

 

「いんや?まぁここにはちょくちょく遊びに来るけどね…そうじゃなくて、ハルトに呼ばれたんだ」

 

「父さんに?」

 

なんだろう?その割には父さんの姿は見えないし…

 

 

「リンディ達も来てるよ。なのはやはやて達もね。今は全員下のリビング」

 

しかし、この屋敷広いねー

アルフはフカフカのソファが気に入ったのか、両脚を投げ出してくつろいでいる。

 

二階建てのこの屋敷には、一階二階共に広いリビングがある。

 

二階のリビングで私と父さんは主に生活して、一階のリビングはお客様が来た時…まぁ、客間の役割と決めたんだ。

 

「みんないるの?」

 

「みんなで晩ご飯だってさ。…ハルト提案だって」

 

少し驚いた。父さんはそういう事しなさそうなのに…

 

「じゃあ、下に行こうか」

 

「はいよ」

 

「…あれ?アルフは何で上にいたの?」

 

「ん?フェイトの住む家がどんな所か気になるから探索中」

 

あ、そう。

 

このお屋敷広いしね。私だってまだお屋敷全部を見て回ってないし…

 

後でアルフと探索する約束をして、私達は一階のリビングに下りていった。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「食べろ」

 

『──────────は?』

 

いや、多分今のがここにいる全員の心の声だったと思う。

ここにいるのはハラオウン一家になのは、そしてはやてと夜天の守護騎士。

 

だって、私達の前に並べられてるのは…

 

凄く豪華で、手の込んだ料理の数々。

お菓子作りをするぐらいだし、料理も得意なのかなぁーとは思ってたけど…

 

まさかここまでとは。

ハラオウン家では一階も料理してなかったし。

 

「全員の舌が日本人の舌だからな。調味料の加減で君達の舌に合うように調理した。……少し苦労したがな」

 

「え……と……普通の洋食じゃないんですか?」

 

なのはが思った疑問をぶつける。

 

「あぁ…大皿に乗っているのは主にフランスやイタリア料理だが、取り分けてあるのはハンガリー料理だ」

 

 

─────そこにいた全員が絶句した。

 

なんだか食卓が微妙な空気に包まれ始めた所で…

 

「食べろ」

 

再び、父さんの得意げな声が響いた。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「美味しかったー!」

 

エイミィの言葉に全員が頷く。

父さんの料理は本当に美味しかった…

私的には、特にパプリカチキンが美味しかったと思う。

 

デーザトも美味い!

と向こうのテーブルからヴィータとリィンの嬉しそうな声が聞こえる。

 

「ハルトさんは、何処で料理の勉強をしたん?」

 

「ん。あぁ……私の師匠の奥方が教授して下さった。特にハンガリー料理を叩き込まれたな」

 

「はぁー…なんや、一家の食事を担う身としては悔しいなぁ……その人はハルトさんよりも料理上手なん?」

 

「私など奥様の足元にも及ばないさ。……ネオン様の料理は本当に美味だったからな」

 

これ以上の腕前か……

その人は一体どれ位上手なんだろう?これ以上となるとちょっと想像出来ない……

 

「師匠って何の師匠ですか?」

 

純粋な興味でクロノが訪ねる。

 

「全て。人としての在り方から武術、学問」

 

「父さんが言ってた、マスター・テスラっていう人?」

 

「そうだ。師匠(マスター)・ニコラ・テスラ。偉大な男だった。気高く尊い雷電の戦士だった」

 

なんとなく凄い人な気がする。

一度会ってみたいなぁ…と思ったけど、それは何十年前の人なんだろうかと思い立った。

もしかしたらもう既に亡くなってしまっているかも。

 

「…失礼ハルト殿。不躾な事を言っていいだろうか」

 

突然、シグナムが父さんに声をかけた。

 

「なんだろうか……騎士シグナム」

 

「……手合わせを願いたい」

 

そう言い放ったシグナムの瞳。

凄く鋭い瞳だった。

敵意ではない。

なんだか凄い高揚をしているような…

早い話が、ギラギラしている。

 

「断る」

 

だけど、父さんは即座に拒否した。

 

「……何故?」

 

「理由が無い」

 

「……確かに貴方には理由が無い。だが…私にはある。…貴方は、そう、強い」

 

「私が強いから、戦いたいと?」

 

「そうだ」

 

「……猛禽め」

 

言葉に反して、父さんは少し楽しそう。

うーん…私も父さんの実力は見たかったんだけどなぁ……

 

と、そこで…

 

(フェイトちゃん、フェイトちゃん)

 

はやてから念話が入った。

 

(なに?)

 

(フェイトちゃんは、ハルトさんの戦いぶりを見たない?)

 

(それは見たいけど…でも、父さんは断ってるし…)

 

(そこで!フェイトちゃんの出番なんよ!あのな…)

 

 

…………………

 

 

(これで、ハルトさんもきっと頷くと思うんよ)

 

(え…それだけ?何で?)

 

(細かい事はいいんよ!ほら!フェイトちゃん!やったれ!)

 

(はぁ…わかったよ…)

 

絶対ダメだよ…と思ったけど、まあやるしかない。上手くいったら父さんの戦いぶりも見られるし。

 

「あの…父さん」

 

「…ん?」

 

父さんがこっちを向く。えっ…と…確か…

 

「あのね…?」

 

「…私も、父さんのカッコいい姿が見たいなぁ…?」

 

 

* * * *

 

 

 

自分で提案しといて何やけど、フェイトちゃんのこれは威力が絶大やなぁ…

 

そう、フェイトがハルトにやったのは単純にして明解。

 

女の子だから出来る技…そう。

上目遣いである。

 

 

「あの…父さん。あのね…」

 

これは…想像以上の破壊力や。

横で見てる私がこれやよ?当人のハルトさんはどれだけ…

あ…ハルトさんがフェイトちゃんの事を凄い凝視しとる。

 

そこで……

 

「…私も、父さんのカッコいい姿が見たいなぁ…?」

 

コテン。

と、言葉と同時に首を傾げるフェイトちゃん。

…なんやこの可愛さ!あかん!

頭から鼻血出そう!!胸揉みたくなる!

 

これは流石のハルトさんも「明日にミッドの演習場でいいだろうか?シグナム殿」

 

…なんという掌返し。

この親バカ!ロリコン!

と言いたいとこやけど……あのフェイトちゃんを相手に首を横に振れる奴などおらんやろな…

 

クロノ君なんて、結構離れてるのに真っ赤になっとるし。

 

まぁ…少しやりすぎた感はあるけど…

 

……シグナムが嬉しそうやし、まぁいいか。

 

 

* * * *

 

 

 

そして、翌日。

 

ミッド演習場にて。

 

桃色の髪をした騎士と。

 

いつもの格好をした男が対立していた。

 

演習場の周りには、多くの観客がいる。

野次馬、ともいうけれど。

それはそうだ、シグナムは良い意味でも悪い意味でも管理局で注目される存在で、その実力は保障されている。

 

「…まずは非礼を。突然の手合わせをお詫びする」

 

「構わん」

 

「有難い。……では……夜天の守護騎士!烈火の将シグナム!参る!!」

 

「私の愛しき輝きにかけて。

我が毅然たる≪光≫が応えよう」

 

 

そう、呟く様に男は応え。

 

その眼前に烈火の騎士が躍りでる…!!

 

 

 

 

 

 

「提案しよう」

 

 

 

 

 

「───演舞の時間だ」

 

 

 

 

 

─────≪機械帯(マシンベルト)、召喚≫─────

 

そう、呟く声が辺りに響いた。

 




お読みいただきありがとうございます。
出ましたねロッテとアリア。いや、私がこの2人好きなんです。
完全にお爺さんのハルト。彼に主人公が務まるのでしょうか…

次こそ!次こそ遅い投稿になるのでっ!!

さて、次は戦闘ですね。不安です。
まぁ…実は次も完成しているのですが、これから私用で少しの間忙しくなるんですよね……
だから、ストックが無いと……不安。

そして私のM好きがバレる。

タイトルを少し変更しました。
元々私が考えていたこのSSのタイトル
「虹光のミッドチルダ
──What a beautiful nostalgia──」
から少し引用してます。

というのも「追憶編」という昔の話を書きたくて、題名にnostalgiaを入れたかった。
追憶編は一応

暗黒時代編 何千年前の話。まだ聖王家など無く、空が闇に包まれ青空を失った時代の話。完全にオリジナルで、リリなのはほぼ関係無いです。

ベルカ戦乱編 ベルカ戦乱の時の話。オリヴィエやクラウス、リッドやらダールグリュンなどが出てきます。

管理局編 ハルトが管理局にいた頃の話。プレシアがメインヒロインです。

この3つを考えています。全部やれるかは疑問ですが、一つ位やりたいですね。

≪ふるきもの≫
説明が難しい。
自然の顕現。
形が無く、人々から忘れ去られる運命にある者たち。
ハルトのように形がある者も稀にいる。
スチパンシリーズを通して出てくる単語です。


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第九話 赫の瞳、輝いて

戦闘パート。
ストックしていた話はこれでラスト。


 

 

「私の愛しき輝きにかけて。

我が毅然たる≪光≫が応えよう」

 

凛とする不動の心で。

 

「提案しよう。…演舞の時間だ」

 

男は微かな息を漏らす────

 

 

機械帯(マシンベルト)、召喚』

 

父さんがそう言った瞬間、変わる。

 

何が?全てが。

 

父さんからそこまでの魔力を感じない?

それは、誤りだったと思い知らされる。

なぜならば…

今、目の前に溢れる魔力は

私を…

なのはを…

はやてを…

リンディ母さんさえも軽く凌駕するものだった。

 

絶対的な魔力。

目の眩む閃光。

 

そして眼前に映るのは…

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

変わる…変わる…

 

姿が、変わる。

 

男の周りを、光が踊る。

 

黒い外套がはためいて────

 

閃光が舞う────

 

まばゆい光が、迸る。

それは白く煌めく輝きだ。

憤怒を冠する輝きだ。

慈愛賜わう輝きだった。

 

光る、髪。

光る、腕。

 

男の魔力は輝き煌めいて、これを前にしては太陽さえ光の意味を為さない。

光の王、その輝き以外が暗闇に落ちる。

 

「───我が光を欲せし者よ。

我が煌きを欲せし者よ。

この光と共に思い出せ、尊き汝の輝きを」

 

 

纏っているのは、真紅の軍服。

灯っているのは、漆黒の外套。

 

一際輝くその腕に

 

白光が奔る─────

 

 

その腰部には機械の帯が輝き

両手には機械で出来た銀の籠手が輝く。

 

はためく黒い外套は僅かに明滅し、真紅の詰襟服には見たことのない銀の意匠。

 

遠い異国の服を纏い、

世界を照らす光を纏い、

刹那に、男はその姿を変えている。

 

 

踊る…踊る…

 

光が、踊る。

 

目の眩む閃光は温もりを讃え

反する牙を照らし穿つ。

 

 

───そして───

 

 

「君は強い…烈火の騎士よ。だが…」

 

 

 

 

────紅の瞳、輝いて────

 

 

 

 

黒に対を為す白の光。

その王の帰還が、目の前に。

 

「お前の剣は届かない」

 

凛とした声。

讃えるは、輝き。

 

 

「輝き纏い────推参しよう」

 

 

光、あれ───

 

 

 

* * * *

 

 

 

目の前に立つ、この男。

初めにその片鱗を見たのは、テスタロッサが捕らえられたロストロギアの回収の時。

 

あの時に放出された魔力…

 

感知した瞬間に背筋が震えた。

この男─────

実力がしれないっ!!

 

いつの間にか、私の口元は微かに歪んでいた。

 

 

「─────はっ!!」

 

まずは、横薙ぎ。

……自分の剣は管理局でもそうそう並び立つ者はいないと自負している。

この薙ぎも、素人なら斬られたことに気付きもしないだろう。

事実、この男も直前までまで微動だにしなかった。

 

──しまった!!刃を止めなければ───!!

 

だか全力で振るった剣は急になどとめられない!

だが─────刹那。

目の前の男は唐突に動く。

刃が当たるその直前。

ステップを踏んで後ろに身を捩る!

刃と首の間は─────僅か3ミリ

 

(─────バカなっ!!)

 

完璧なる見切り!!

完璧なる間合いの把握!!

ゾクリと背筋に走るものがある。

 

我が剣を初見で見切るかっ!!

 

奮い立つシグナムに、ハルトは呟きを叩きつける。

 

「遠慮はいらん」

 

耳に捉える、男の声。

─────まさか、この刹那で私が躊躇ったことまで勘付くとは。

いや、こうでなくては面白くない。

 

「ならば全力で行かせてもらう!!」

 

斜めからの袈裟斬り─────

そして、半歩踏み込んで返しで横薙ぎ。

だが、ハルトはそれさえ見切り最小限の動きで躱す。

一つ!

二つ!

三つ!!

 

翻し、捻り、屈み、跳ねる。

 

変幻自在の攻める剣技は、四方からハルトを襲う。だが────それすらハルトは避け、捌ききる。

 

「素晴らしい剣技だ」

 

「それは余裕かっ!!」

 

「賞賛だ」

 

躱し、逸らし、籠手で受け止め…

 

反転。

 

シグナムの縦斬りを躱しつつ前進し、今度はハルトがシグナムの腹部めがけて後ろ回し蹴りを叩き込む。

それを剣を立てて剣腹で受け止めると、身を回して反撃の横薙ぎを見舞った。

だが一瞬早くハルトが身を後ろに倒し斬撃を躱すと、バク転の勢いで間合を開ける。

 

2回…3回とバク転した後にハルトが身を起こすが、その隙を逃すシグナムではない。すぐさまそれに詰め寄り突きを繰り出す。

そこで初めてハルトが身を大きく捩った。

今まで最低限の動きで躱していたため、それだけシグナムの剣技が凄まじいということに他ならない。

シグナムの剣はまるで…

 

燃え盛る炎─────

 

レヴァンティンの刃が太陽光を反射し、翻るごとに鈍く輝く。

その刃はハルトの肩を

腹を

首を

容赦なく狙い、踊る。

 

─────だが

 

「Brilliant」

 

男の余裕は消えない。

光の王は動じない。

 

「ふ─────」

 

シグナムが剣を真上から振り下ろす─────

 

「今度はいい踏み込みだが……残念だったな」

 

ハルトは一歩踏み込むと…

 

「─────なにっ!?」

 

「─────まだ、遅い」

 

裏拳で剣を真横から殴り、反らす。

次にバランスを崩したのはシグナムだ。

咄嗟に手首を返して刃を横にするが間に合わない─────

レヴァンティンを完全に逸らされ、上体が崩れる!

ハルトはその隙を逃さずレヴァンティンを持っていたシグナムの左手を掴むと、内側に捩った。

 

「─────ッ!!」

 

「私には師より授かったバリツがある」

 

腕の痛みで僅かにシグナムが体を右に傾ける…

その瞬間、完全にシグナムの重心が右足に。

ハルトは大外刈りのようにその右足を弾き、シグナムを後ろに倒す────っ!

 

それと同時にシグナムの首に肘を乗せ────

 

シグナムを地面に叩きつけると同時に首の骨を砕く……

 

 

「……純粋な体術では私の勝ちだ」

 

肘は首を潰す直前で固定されたまま静止していた。

 

「……あぁ……私の負けだ。まさか、レヴァンティンの刃を拳で弾くとは……私の剣の速度を追い越したというのか」

 

「悪いが。─────万物が等しく、私の前では速度の意味を為さないのでな」

 

 

 

* * * *

 

 

 

さっきまで騒いでた野次馬が、ピタリと黙っている。

それは、そうや。

それ程までに─────ハルトさんとシグナムの戦いは凄かった。

お互い、肉体強化の魔法などは一切使っていない─────

それなのに、この速度。

この力。

おそらく、多くの者が2人の動きを捉えきれなかったと思う。

まさに、人の極みやった。

誰しもが憧れるような─────

 

「ねぇねえ、はやて」

 

「なんや…」

 

「父さんのあの赤い軍服?格好いいね…」

 

私もバリアジャケットあれにしようかなぁ…って。

あかん。誰かこのファザコン止めて。

 

 

* * * *

 

 

 

「さぁ立て……騎士よ。次は全力で来い」

 

勿論、先程は手を抜いていた訳ではない。

ここで言う全力とは─────

 

すなわち、魔法戦。

 

「─────いいのか?」

 

「お前は魔導騎士だろう?まぁ戦る前は少し捻って終わりにしようと思っていたのだがな……気が変わった。お前の本気を見せてみろ」

 

シグナムは、滾る心とは反対に理解していた。

 

この男には────敵わない。

 

だが、戦わなければわからない。

必ず負けるとは、思わない。

それは騎士ゆえの傲慢だった。けれど……目の前の男は、それよりさらに不遜だった。

 

「─────感謝する」

 

「我が身に刃を届かせてみろ。それがお前の輝きならばな」

 

「では─────行くぞっ!!」

 

その言葉を最後に─────

 

2人は遥か空中に飛翔した。

 

 

…だが。

違う。違った。

先程までの戦闘とは。

観客全員が思っていたことだろう。

さっきの肉弾戦と同じく、壮絶な戦いが繰り広げられると。

 

だが、違う。

そこから始まったのは─────

 

─────一方的な蹂躙だった。

 

 

 

* * * *

 

 

 

…なんだ?

 

シグナムは思考する。

先程までとは一切違う、ハルトの構え。

 

腕を高々と組み、こちらを見据えている。

 

─────隙だらけだ。

 

最初は、此方を愚弄しているのかと思ったが…どうやら、それも違うようだ。

 

なぜならば…ハルトから尋常ではない魔力の波を感じるのだから。

 

ここまでとは…なんと濃密な魔力だ。

 

下がったレヴァンティンを構え直す。油断できる相手ではないなど百も承知。

速度、技術共に相手は私を上回っている…

それならば、自分は火力で勝負をするしかない。

ふっ…私が火力に頼ろうとは。本来ならば考えられんことだな…

 

苦笑を、一つ。

 

だが、やるしかない。

 

「行くぞ…」

 

人知れず呟く。

意気込みの吐息。

 

「来い」

 

そう返したのは、男。

未だに腕を組んだままで、静かにこちらを見据えている。

 

─────油断しているのなら好都合!

先手を取らせてもらう!!

 

「─────紫電」

 

自らが絶対の信頼を置く技を!!

 

 

「一閃─────!!!」

 

 

炎の輝きが辺りを覆い、空を焼く。

 

放たれたるは、炎の剣。

 

ハルトは腕を組んだまま静止している────

 

勝負は、その一瞬でついたのか。

 

 

─────否、そんな筈はない。

 

 

何故ならば…

 

シグナムのその一撃を

 

ハルトの周りに浮いていた光が絡め取ったからだ。

 

「─────バカな」

 

光の剣。

 

それが─────5つ。

 

ハルトを守るように浮かんでいる。

 

「いい技だった。だが惜しい…」

 

言葉を、紡ぐ。

 

「私の輝光五剣は突破できん」

 

「見切った。というのか」

 

「輝きがあれば。私は赫炎(ポルシオン)の右手さえ見切って見せよう」

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

紫電一閃がこれほど容易く受け止められるとは。

最早…速度、火力と共に及ばないか。

 

「私の負けだな…」

 

「…」

 

「─────だが、まだ終わりではない」

 

「ほう」

 

そう、まだ…終わりではない。

 

「私の敗北、それは認めよう。だが…ハルト殿。強大な力を持つ戦士よ、私の…私の全てを受け止めてはくれないだろうか」

 

そう、勝負は私の負け。当然だ。

この男は私よりも遥かに強いのだから。

だが─────だからこそ。

この男の強さに。

私の全てをぶつけ…

それを打ち砕いて欲しいという願望が湧く。

 

手の届かない、遥か頂きにいるこの男に…

少しでも近づけるように。

 

「─────お前の輝きを、受け取った。ならば…私も応えよう」

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「─────はぁ…行くぞ、レヴァンティン」

 

<Bogenform!>

 

そう、これこそシグナムの持つ最後の一撃。

そして…

最高の一撃…!!

 

 

 

…狙いをつける。

前方にいる、あの男に。

 

 

 

魔力を圧縮

 

 

心を静めろ

 

届く

 

 

いや、届かせる

 

 

我が弓は音速の壁を越える

 

 

正真正銘、全てを賭けた最後の攻撃

 

 

魔力が交差し、死線が過る。

 

お互いがお互いしか見ていない、まさに究極の時間。

 

─────ハルト殿

 

─────貴方は強い

 

─────だからこそ

 

─────この剣を届かせてみせる

 

 

「翔けよ」

 

 

矢の形を成した炎が

 

 

「────隼!!」

 

 

空間を裂き、唸りを上げ、音を置き去りにして飛翔する。

 

─────その弓矢は音速を遥かに越え…

 

ハルトの煌めきに殺到する…!!

 

 

刹那

 

 

「言っただろう……私は光。私より速いものなど……この世には無い」

 

ハルトの、声が。

 

─────後ろからっ!!!

 

 

「なっ!!?」

 

バカな…

 

まさか…

 

─────光速っ!!??

 

「穿つぞっ!!!」

 

叱責!!

 

咆哮!!

 

「う…」

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 

 

「≪荷粒光子の永炎(エターナル・ブレイズ)≫!!!」

 

 

 

 

 

 

瞬間。

 

煌めく閃光が─────

 

 

 

─────空を照らして─────

 

 

* * * *

 

 

 

私の敗けか…

長く…長く生きてきて…

それこそベルカ戦乱以前より戦い続けた私が…

 

この…平和と言える時代に、生涯最強の戦士と戦えるとは…な…

 

────この情調をなんと言ったか…

 

────あぁ…そうだ…

 

憧れ…だ

 

いつか…私も…

 

 

 

* * * *

 

 

 

目の前の光景が、信じられなかった。

シグナムとは何度も模擬戦をやっていたから、その実力の高さはよく知っている。

 

そのシグナムが…こんなにアッサリ…?

 

隣のはやてやリィン、ヴィータも信じられないものを見たような顔をしている。

それは、そうだろう。

私だってそうなのだから。

 

父さんが─────あんなに強かったなんて。

 

 

「あら…急いで来たのに…終わっちゃったの?残念だわぁ…」

 

後ろからの声。

優しく、少しだけ掠れた声。

振り向くとそこには…

 

「ミゼットさんっ!?」

 

「えぇ…フェイトちゃんは今ハルト先輩と暮らしてるんですって?良かったわねぇ」

 

「あ、その…ありがとうございます」

 

なんだか、この前からミゼットさんにお世話になってたから忘れてたけど…

ミゼットさんってとんでもなく偉い人だよね?こんな所に来ていいのかな?

 

「…あら、シグナムさんは負けちゃったかぁ…まぁ、仕方ないわぁ」

 

残念そうに呟いたミゼットさんに、私の隣にいたはやてが質問をした。

 

「…ミゼットさん、ハルトさんが強いっていうのはわかってたんやけど…あれ程強かったら、管理局に資料が大量に残ってる筈や。あれはエース級どころやない」

 

「…んー…まぁ、彼にも事情があったしねぇ…」

 

「管理局に在籍してた言うけど、資料が全然ないんよ?」

 

それは確かにおかしな話だ。

どんな局員にも、証明書やらなにやらはあるはず。

それに、父さんの実力ははやての言う通りエース級どころじゃない。

歴史に名が遺っていても全然おかしくないレベル、むしろなんで遺ってないの?

 

「…フェイトちゃん、はやてちゃん。『第一魔攻戦隊』って知ってるかしら?」

 

「…はい、知ってます。50年くらい前に活躍してた、創設者不明でメンバーの詳細も不明の伝説の機動隊ですよね」

 

「資料が異常な程少ないから、私の先輩達も御伽噺だーて言うとるよ」

 

うん、私の執務官の先輩もそう言ってた。

管理局がイメージアップのために捏造した部隊だって。

 

「うん。そう…その第一魔攻戦隊…まぁ一攻隊って言うんだけど…」

 

 

 

 

「その創立者、彼よ」

 

前言撤回。

しっかり名を遺していたらしい。

 

 

「「────は?」」

 

「ハルト先輩は隊長。ちなみに私も隊員だったし、ギル…グレアム元提督も隊員だったわよ。ギルは1番若かったけどねぇ」

 

「グレアムおじさんも!?」

 

……一攻隊。ホントに…あったんだ。

 

「シグナムさんが勝てないのも仕方ないのよ。彼は…間違いなく、管理局史上最強の魔導師だもの」

 

 

 

* * * *

 

 

 

「父さんっ!!」

 

父さんが演習場からこっちに向かってきている。一攻隊の事を聞くよりも、まず労ってあげないと!

…その…すごくカッコよかったし……

 

「父さ……っ!?」

 

……と、思ったんだけど…

思ったんだけど!!!

 

「フェイトか」

 

そう言う(心なしか得意げな)父さんの腕の中には…

 

「…シグナム」

 

そう、シグナムが抱かれていた。しかもお姫様抱っこで!!

後ろではやてが「シグナムをお姫様抱っことはやるなー」とか言ってるけど、そんなのは無視!

シグナムはどうやら気絶しているようで、凛々しく光る瞳は今は閉じられている。

 

…いや!そんなことより!!

 

「父さん!何してるの!?」

 

何がダメかって…それは、シグナムの格好にある。

 

だって…シグナムの服が所々破れて…

脚とか!!おへそとか!

特に……胸とかっ!!!

 

「父さんっ…シグナムの服がっ…服っ!」

 

「ん…あぁ」

 

あぁじゃないよ。

ほらっ!…チラチラと…なんか…見えてるし!!

 

「はぁー…シグナム…エロいカッコしとるなぁー」

 

「はやては黙ってて!!」

 

「ひどい…」

 

…うぅ…

 

「というか、フェイトちゃんは何を怒っとるん?」

 

…怒ってる…訳じゃない…けど。

なんか…なんか…

 

「…安心しろフェイト」

 

え…?

 

「お前が成長するのはこれからだ」

 

 

……………へ?

 

 

「シグナム殿は…なんだ…形が良い。いい乳房をしているのは確かだが」

 

そう言って、シグナムの胸を舐め回すように見る父さん。

 

 

…………………………………………………………………………バルディッシュ…

 

「ソニック……」

 

…うん。

…なんだろう。

なんだか、なんでなのはがO☆HA☆NA☆SI☆したくなるのかわかる気がするなぁー

 

「父さんの…」

 

「ん…なんだ…っ」

 

 

「バカぁぁぁぁっ!!!!!!」

 

 

 

* * * *

 

 

 

「ハハハ…で、娘さんから一発ですか」

 

「全く。あれは強い女になるぞ…」

 

シグナムと模擬戦をした、夜。

 

ハルトは先日と同じく英国のグレアム邸を訪ねていた。

勿論、ハルトの膝の上にはグデーっとしたロッテがもたれかかっている。

手にはドイツ産の白ワイン。

ハルトの好物だ。

 

「へぇー…テスタロッサはハルトの娘なの?」

 

「ロッテ、重いぞ…あぁ、今はハラオウンだがな」

 

「重くないだろっ!!…そっか…ハルトの娘だったのか…」

 

難しい顔で考え込むロッテ。

そんなロッテを見つめるアリア…

まあ、ロッテの気持ちはわかる。

自分だって同じ気持ちなのだから。

 

「いや…確かに。貴方を思い出して気づきましたよ。テスタロッサ君はハルト隊長によく似ている」

 

「髪と瞳は、な…。あの子を初めて見た時は私も驚いた。幼い頃のプレシアによく似ていたからな…」

 

そう言って、グラスを傾ける…

僅かに、その瞳が光ってる様にも見えるが…

 

「……ハルト隊長なら娘たちを任せられるのですが…」

 

「ちょっ!!父さんっ!!」

 

「いきなり何言うのっ!!」

 

グレアムの言葉に慌てる2人。

耳や尻尾を逆立てて、頬を真っ赤に染めてアタフタとしている。

 

「それもいい。今住む屋敷が広くてな…2人ほどハウスメイドを雇おうかと考えていた」

 

「「ホントにっ!?」」

 

勿論ハルトは冗談のつもりだったのだが…

 

「そういう任せられるじゃないんですが…」

 

1人、グレアムだけが重い息を吐いていた。

 

ちなみに、これがきっかけでハルトはハウスメイドを少し本格的に雇おうかと考え始めたらしい。

 

 

…一体、ハウスメイドは誰になるのやら…

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

帰宅した後はフェイトと2人で晩飯を済ませ、1日を終えた。

 

…フェイトが寝静まった夜。

 

屋敷で1人、ハルトはグレアムに貰った白ワインを傾けた。

テーブルの上には、ワインが注がれたグラスがもう1つ置いてある。

 

「あれが……ヴォルケンリッターか。奴が創り出した夜天の魔導書…」

 

呟きを一つ。

それは哀愁か…

それとも、追憶か。

 

「まだ開発段階だった夜天の騎士が、あれ程までに成長するとは…な」

 

 

「友よ…お前の生み出した騎士達は、遠い未来で眩い輝きを放っているぞ…」

 

…チンッ─────

 

グラスを打ち合わせた音が夜に溶ける。

 

ワインは波紋を作り、ゆるゆると。

 

ゆるゆると…揺れ続けていた…

 

 

 

 




こんな戦闘でごめんなさい。精進します。


グレアムさん、プレシアをちゃん付けです。
グレアムさんの年齢がわからなかったので、このSSではプレシアさんよりも少し上設定です。

あー…ハウスメイド、誰にしよう?
オリキャラを出してもいいけどなぁ…

てか、ハルト何歳だよ本当に。


おまけ
ハルト 能力紹介

「光輝奏神」
光子・光波・電子・電波を操る能力。
色々できます。

「クロイツ式光速回避」
光速で移動する。

英国に度々訪れる事が出来るのもこの能力のおかげで、地球の裏側程度なら一瞬でいける。だって1秒で地球を7.5周できますし。
…が、この世の摂理であらゆる質量を持った物体は光の速度に到達できない。
そのため、光速で移動できるのはハルトのみで誰かを抱えた状態では移動できず、その場合は亜光速となる模様。


「クロイツ式バリツ」
師匠であるマスター・テスラより学んだ武術であるバリツを独自進化させたもの。
とても強い。

「輝光五剣」
ハルトの周囲に浮かぶ五本の光の剣。
万物を切り裂く力を持っていて、この世に斬れない物はないらしい。
これも光速で操作できる模様。攻防一体。

「手加減」
ハルトの使う魔法は完全に御伽の力であり、リリなのの世界の魔法とは根本的に違うため非殺傷設定などがない。
それ故、相手に致命傷を与えず気絶させるだけに留めるための結構な手心が必要だった様です。今では独自に非殺傷設定に似た効力を持つ術式を組んで使用している模様。

というかハルトさんも≪黒の王≫並みの顕現体があるから、本気になれば宇宙を砕けるんだけどね。

魔力光は…虹色が1番近いかな?


ハルトさんは光を操れるため、光の屈折で姿を消したりする事も可能です。
そして、テスラ直伝で女性の下着の柄を把握することも出来ます。

ハルトがフェイトと一緒にいる時は、大抵フェイトの下着を見ながら会話をしています(嘘)


≪ニコラテスラ機械帯≫

ハルトの師匠である「狂気なりし≪雷電王≫閣下」から賜った碩学機械。
これに魔力を込めることで形態変化…つまり変身できます。
他にもハルトの能力を助ける機能が多く搭載されています。

…裏設定ですが、ハルトは西亨にいた頃このベルトに自らが製作した「ユスタッド回路」を導入。そしてその動力…『ユスタッドエンジン』を開発することで「碩学」の1人として名を遺しました。



ストックを全て出し切ったので、これから不定期更新になります。
感想から質問、要望、批評もあるのなら是非。
それでは、またいずれ。
…ハルトのキャラ紹介書いた方が良いかな…


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第十話 子煩悩

何も起こらない、日常。


 

『作り物の命は所詮作り物』

 

母さん

 

『何処へなりとも消えなさい…』

 

母さん…っ

 

『大嫌いだったのよっ!!!』

 

 

──────────っ!!!

 

 

 

* * * *

 

 

 

「…っ!はぁ…はぁ…」

 

早朝。

身体が跳ねて、目を覚ます。

…最悪の、目覚め。

 

昔…PT事件以降によく見ていた夢。

 

「…はぁ…最近は……見てなかったのにな」

 

最近は毎日が幸せで…

悪夢なんて、見ている暇が無かったから。

 

でも、違う。

今日は、見た。見てしまった。

何故だろう。

 

………なんだか、すごく…

嫌な予感がする。

 

 

 

…母さん…

 

父さん─────

 

 

* * * *

 

 

 

「その…父さん。…どうぞ…」

 

広い屋敷の、二階に位置する居間。

そこに、2つの人影がある。

1人はゆったりとしたソファに座り、何故かとても偉そうにふんぞり返っている男。

そう、この屋敷の家主であるハルトである。

 

もう1人は金色の髪をなびかせ、慈愛に満ちている紅い瞳をした少女、フェイト。

 

2人がこの屋敷で暮らし始めてからそろそろ1週間。この様子では2人暮らしはうまくいっているようだ。

何てことのない、有り触れた景色…

 

の、筈なのだが。

フェイトが『何故か』着ているメイド服なる物、それのみが一般的な風景を著しく害している。

…まぁ、これ以上なく似合ってはいるけれど。

 

 

「ん」

 

恐る恐ると、フェイトがハルトにカップを渡す。

 

過度な装飾が控えられたカップからは湯気が立ち昇り、コーヒーの芳しい香りが部屋中に漂っている。

ハルトは居間のソファに深く腰掛け、フェイトの持ってきたカップを受け取ると鼻を寄せ2回3回と香りを楽しんだ。

優雅に。

気品に。

…勿論、流し目で気付かれぬようにフェイトのメイド服姿を観察するのを忘れない。

 

ちなみにこのメイド服、リンディが引越し祝いと称して贈ってきたものである。

とある事情でメイドなど腐る程見てきたハルトだが、フェイトのこの姿には驚いた。

勿論、先に出会ったメイド達の方が動きは洗練されている…が、フェイトはそんな次元ではない。見るもの全てに癒しを与える何かがそこには存在していた。

初めてそれを見たハルト(親バカ)は、そうするのが当然のようにべた褒めをしまくったらしい。

以来、たまにだが屋敷でメイド服を着たフェイトが見られる時があるのだとか。

ほんの少しのジェネレーションギャップに肩を落としたハルトだが、フェイトならば仕方ないと無理矢理自分を納得させ、コーヒーを飲もうと手を伸ばす。

 

カップを傾け一口飲むと、目を瞬かせて一言

 

「美味い」

 

…その一言に、フェイトは安堵した様に強張っていた肩の力を抜く。

その顔にはだんだんと喜色が表れてきていて、傍目から見ても「私、嬉しいよ…」と言いたげなのがわかる。というか、口に出していた。

大変可愛らしいそのフェイトの姿に、無性に頭を撫でたくなったハルトだが、そこは意地を通してコーヒーに集中する。

 

…元々、フェイトはコーヒーを淹れるのには少し自信があったのだ。

それは、なのはの父親で喫茶店のマスターである士郎から少しだけ教わっていたためであり、そこらの下手な喫茶店よりは上手いというお墨付きも貰っている位で。

 

『ハルト先輩はコーヒーに関しては厳しいわよぉ?』

 

ミゼットからそう聞かされていたフェイトはそれこそ、正に今から生存確率の低い戦地に赴く戦士のような心持ちでハルトにコーヒーを振る舞ったのだ。

…以前までのフェイトだったなら、もし「不味い」と言われたら…という恐怖でコーヒーなど振る舞えはしなかったろう。

ハルトは昔のフェイトを知らない故に「うむ」と不遜な頷きを一つするのみだったが、もしここにリンディやアルフが居たのなら、成長したねフェイト…と涙の一つくらい落としても不思議ではない。

 

「ほ、本当に…?本当に美味しい?」

 

「美味い。強い苦味が絶妙だ」

 

そう言うハルトはいつもの無表情なのだが、一緒に生活しているフェイトだからこそわかる。

これは上機嫌な時の父さんだ、と。

 

それはえっと…つまり、父さんは私のコーヒーを飲んで上機嫌な訳で…

 

「え、えへへ…///」

 

つい、頬が緩んでしまう。

 

いつもフェイトはコーヒーを普通よりも少し苦めに淹れるのだが、どうやらそれがハルトはお気に召したらしい。

みんなに万人受けはしないコーヒーだと言われたこともあり最初は普通に淹れようとしたのだが、ハルトの要望は「フェイトがいつも淹れているコーヒー」とのこと。

不味いと言われたらショックもでかい…何故ならそれが自分の好みのコーヒーだから。

そんなこともあり恐々としていたフェイトだが、ハルトはこの苦めのコーヒーを美味いと言ってくれた。

それが嬉しくない筈はない。

 

フェイト自身も何時もの定位置…ソファに座っているハルトの隣…に腰掛け、コーヒーを飲む。

 

うん…何時もの味。

 

どこの家庭でもある、普通の一時。

だが特殊な出生を持つフェイトにとって、それは何にも代え難いものである。

2人は3回4回とカップを口に運んだ後、何気ない会話を交わし始めた。

 

「父さんは今日出かけるんだっけ?」

 

「ん。翠屋へ行く」

 

翠屋。

なのはの両親が営む喫茶店だ。

 

「翠屋?」

 

「リンディに呼ばれた。何やら高町夫妻に私を紹介したいらしい」

 

「桃子さん達に?」

 

「あぁ。まぁ丁度いい。お前が迷惑をかけている高町やその親には…私も会いたいと思っていた」

 

うっ…そんなに迷惑はかけて無いと思うんだけどなぁ…

それにしても翠屋で…か…

いいなぁ…私も行きたいなぁ…

 

と、そんなことを考えていると

「フェイトは何か予定があるのか?」

 

「私?…特に無い…かな」

 

悲しいことに、フェイトは本日予定など無かった。

少しだけ「父さんと過ごせるかなぁ」などと思っていたフェイトは、ハルトが出かけると聞いて項垂れてしまう。

 

「そうか」

 

そうかって…それだけ?

なんとなく不満が募るフェイト。その頬を餅のように脹れさせて…

愚痴を、一つ。

そんなフェイトを見て、ハルトは苦笑しつつ

 

「土産は買ってくる。…待ってろ」

 

そう言って、フェイトの触り心地の良い髪をひと撫で。

 

「…黒か」

 

「えっ?」

 

「いや…行ってくる」

 

「うんっ。いってらっしゃい♪」

 

笑顔で見送るフェイトだが…

この場合は哀れというべきなのだろうか。

 

フェイトは、気付かない。

 

ハルトの電子を操る能力、それに準じたスキャンの応用で、自分の黒い下着が覗かれているという事実に…

 

 

* * * *

 

 

カランカラン

 

ドアに付けている鈴が鳴る。

それは、ご多聞にもれずお客様の来店の合図である。

 

「いらっしゃいませー」

 

ほぼ条件反射で口に出すこの言葉だが、高町桃子にとってはこれはとても大切な言葉。

しっかりと相手の目を見て、を心掛けている彼女。

この店の評判が良いのも、それが一因かもしれない。

 

「いい店だな、レディ」

 

入ってきたお客様。

背の高い…士郎さんよりも高い男の人。

金の髪。赫い瞳。

身長は高いけれど…見たところ、おそらく年齢は20前後位だと思われる。

…瞳だけを見れば、倦んだ老人の様だが。

でも、ボソリと呟くような声音なのに、不思議と桃子の耳に強く残って。

それが、先程の言葉が彼の本音からの言葉だということを教えてくれる。

 

「ありがとうございます」

 

だから、こちらも笑顔で答える。

 

「リンディの紹介で来た。高町なのはの母親に会いたいのだが…」

 

リンディの紹介?と、桃子は少し疑問を持つ。ということは…魔法?関係の人かしら?

 

「はい。私がなのはの母ですけど…」

 

桃子が軽い気持ちでそう言った瞬間…

 

「─────は?」

 

その男の人は、何故かその場で固まってしまった。

その表情は道端の石ころが宝石にでも化けたかのような反応で。

 

「高町桃子です。失礼ですが…貴方は?」

 

「…あ、あぁ…こちらこそ失礼した、ミセス。私はハルスタッド・ローゼンクロイツ。此方でよく世話になっている、フェイト・T・ハラオウンの父親だ」

 

「─────はい?」

 

その言葉に、今度は桃子が固まった。

 

フェイトちゃんの父親?いやだって…え?

若過ぎないかしら…?

 

「…」

 

「…」

 

お互いがお互いを信じられないと言うように見つめ合う。

 

…ちなみに、その見つめ合いは遅れてきたリンディが来るまで続いていたらしい。

 

…そんな桃子と見つめ合っているハルトを士郎がカウンターからずっと睨みつけていたのだが…

殺気に満ちたそれを、ハルトはまるで気づいていないかのようにスルーしていた。

 

何者だ…?

 

これが、ハルトの桃子を除く高町一家3人の感想だった。

 

 

* * * *

 

 

「驚いたな…まさか貴方が子持ちの母とは。美しい上に若い。ミセス・モモコはまさに青空の様な女性だ」

 

口にするだけで死にたくなるようなキザなセリフを平気な顔でのたまうハルト。

 

「あら。もう、調子がいいんですから…」

 

「ウフフ…ハルトさんは感性が一昔前なのよね」

 

…考えようによっては少し失礼なリンディの発言も、残念ながら事実である。

ハルトが育ったのは、異世界ではあるが地球の20世紀…

地球上での純粋な計算でも優に100を超えている。我々のお爺ちゃん世代ということだ。

(ハルトは様々な異世界、未来、過去を練り歩いているため、単純に年齢計算はできないが)

 

「…美味いな。このスイーツは君が?」

 

「ええ。昔パティシエをしていまして」

 

「道理で。特にこのシュークリームは絶品だ」

 

「あら。ありがとうございます」

 

「でも桃子のシュークリームも絶品だけど、士郎さんのコーヒーがあるとまた違うわよね」

 

「士郎さんは私の自慢の旦那様ですから♪」

 

「確かに。本当に美味いな、このコーヒーは。やはり本職ともなると違う…その上私が飲んできたコーヒーの中でも美味い。素晴らしい店だ」

 

「ハルトさんは色々な国に行ったことが?」

 

「地球だけでも五周はしたな」

 

「本当ですかっ!?それじゃあ後でスイーツの詳しい感想を頂いても?」

 

「構わん」

 

「やった♪」

 

などなど。

保護者同士の談笑が展開されるここ、翠屋。

周りの客のほぼ全員が3人に視線を向けている。

まぁ全員が子持ち、その癖に見た目はまだ大学生で通じるような美男美女達が談笑していたら、一目見ずにはいられないのもわかるというもの。

 

「ミセス・モモコは…」

 

「桃子、でいいですよ」

 

「…わかった。ならばモモコも敬語じゃなくていいぞ。私達は親同士…それに、私だけ不敬というのも肩身が狭くてな」

 

「了解♪」

 

「それで、モモコは何処でパティシエの修行を?」

 

「主にフランスとイタリアかしら?」

 

「成る程フランスか…マルセイユ洋上学園都市にもこれほどのスイーツは無かったが」

 

「え?」

 

「すまない。此方の話だ」

 

そう言ってハルトはコーヒーのカップを傾け、一口。

 

「…フェイトが今朝淹れたコーヒーに何処と無くだが似ているな」

 

「あぁ、フェイトちゃんは士郎さんにコーヒーを教えて貰っていたのよ?」

 

「ほぅ、そうか。士郎殿には後で私からも礼を言わねば」

 

そしてハルトが士郎に視線を向けたその時に

 

「ハルトさんっ!フェイトさんにコーヒー淹れてもらったの!?」

 

何故かリンディが焦ったように問いかけてきた。

 

「何故驚く…」

 

「ずるいっ!私なんて淹れてってお願いしても恥ずかしがって淹れてくれなかったのに!」

 

「実に美味かった。あれの淹れるコーヒーは私に合っていて」

 

「うぅ…」

 

…いい年した女性の反応とは思えないが、リンディならば許される…特権だ。

 

そこで、クスクスという笑い声が桃子の方から聞こえる。

 

「どうしたの?桃子」

 

「いや…仲良いなぁと思って♪2人とも夫婦みたいよ?」

 

「なっ…何言ってるの桃子っ!」

 

「まぁ…同じ(フェイト)を持つ間柄ではあるがな」

 

「ふふっ…♪リンディ可愛いわよ♪」

 

「桃子っ!!」

 

 

 

 

 

「見て!このなのはっ!可愛いでしょ♪」

 

1時間後、談笑していた3人は趣向を変えてアルバムを囲んでいた。

 

「あら…5歳くらいかしら?可愛いわね…」

 

「愛らしいな」

 

「でしょ♪この頃のなのはずっとこの帽子被っててね…」

 

アルバムに映っているのは、どうやら高町なのはその人の子供の頃の写真らしい。

 

「ん、これはフェイトか。9歳の頃会ったというからそれぐらいか?」

 

「そうね。この頃のなのはったらずっとフェイトちゃんフェイトちゃ「にゃぁぁぁっ!!!お母さん何してるのっ!!!???」…あら、なのは?」

 

桃子のセリフを遮って此方に駆け寄ってきたのは、当の本人である高町なのは。

その後ろにはフェイトもいる。

 

「フェイト。来たのか」

 

「うん、父さん。…邪魔、だったかな?」

 

「お前が邪魔な筈は無い。私の隣に座れ」

 

「うんっ♪」

 

「フェイトさんったら…本当に甘甘ね。少し私は寂しいわ…」

 

そんなことを言っている間に、もう一方のなのはは桃子からアルバムを取り上げようと奮闘していた。

 

「もうっ///!やめてよっ!」

 

「酷いわなのは!今から私達はちょっとした子供自慢大会をする予定だったのよ?」

 

「なにっ///!それっ///!」

 

周りのお客の迷惑になるのではないか…

否。周りのお客は全員が微笑ましげに見るのみで大した問題ではない。

 

「父さん達。アルバム見てなにしてたの?」

 

「別にどうもしない…が、強いて言うなら先程桃子が言っていたように子供自慢といったところか」

 

「子供自慢?」

 

「そうよ。ほら見てー♪このクロノ可愛いでしょ?」

 

そう言ってリンディが取り出したのは通信端末…地球でいう大きめの携帯の様なものだ。

流石にここでモニターを出すわけにはいかないので、写真を端末に表示して見せる。

 

「本当だ。クロノちっちゃいね」

 

「7歳程か?…それにしては大人びているが」

 

「えぇ…この頃からしっかりして手間のかからない子だったわ」

 

「あ、こっちはエイミィと映ってる。…この頃から仲良かったんだね」

 

等々、クロノとエイミィの小さい頃の写真で盛り上がる3人…

桃子となのはの喧嘩…というかじゃれ合いも終わったらしく2人も此方に加わる。

 

「…と、これはフェイトか?」

 

「あぅ…///」

 

「そうね。聖祥に転入してすぐかしら」

 

「流石フェイトだ。天使の如く愛らしい」

 

「ちょっ///!?父さんっ!?」

 

共に暮らしている以上、ハルトのこのストレート過ぎる物言いを必然的に多く受けるフェイトだが…

慣れずに今でも初々しい反応を見せてくれることを、ハルトは大変気に入っている。

 

「もう…。父さん達はなんでいきなり子供自慢なんか?」

 

「いきなりではないぞ。私達はそれぞれに自慢の子供がいることだし…必然といえる」

 

「じ、自慢の子供って…///」

 

大変に微笑ましい、この光景。

だがそれを面白くなさそうに見つめる者がいた……勿論、リンディである。

 

「…でも、ハルトさんとフェイトさんは髪の色とか瞳の色は似てるけど、顔立ちはあまり似てないわよね?…目元は少し面影あるけど」

 

手元のコーヒーをシルバーでかき混ぜつつ、リンディが問う。

……内心、なんとかして2人の会話に入りたい気持ちで一杯の提督。大した腹芸である。

 

「それはそうだろう。フェイトは私ではなくプレシア似だからな」

 

「…!プレシア母さんと…?」

 

「あぁ。お前は幼い頃のプレシアにそっくりだ」

 

「そ、そうなんだ…」

 

その時のフェイトの胸中は誰にも分かる筈は無いだろうが…それでも、その表情からは確かな喜びが見て取れる。

…フェイトの様子にハルトは内心で舌を巻いていた。

…全く、なんて優しい子だ。

 

ハルトは、ここ1週間でミゼットの手引きにより過去の事件…PT事件の全貌をある程度把握していた。

その当時、心の壊れたプレシアがフェイトに対してどの様な仕打ちをしたか、など。

…そのプレシアに対して、フェイトは未だに確かな愛情を向けている…

これ程心の綺麗な子はそういない。

 

「ハルトさんはプレシアさんといつ位に会ったの?」

 

いつの間にやら会話に参加していた高町なのはな興味本位でハルトに尋ねる。

 

「ん…今から50年以上前だ。次元犯罪者によって壊滅させられた街の、廃墟になった教会で死にかけていた5歳のあれを拾った。…生存者はプレシア一人だったな」

 

 

「「「……」」」

 

 

少しだけ垣間見た、プレシアの過去。

壊滅させられた、都市。

 

「苦労したよ。プレシアは最初目が見えなくてな、私を漁りの犯罪者だと思って怯えていたんだ」

 

「目が…見えなかったの?」

 

そういえば、ミゼットさんが御伽話と称した話にそんな事を言っていた気がする。

 

「失明の場合にもよるけど、目を治療するのは簡単な事ではないでしょう?どうやってプレシアさんは視力を?」

 

「私が治療した。…大抵の怪我、欠損も治せるが、私が最も得意なのは眼の治療だ。光を与えればいいだけだからな」

 

…念のために言うと、勿論そんな簡単にはいかないし、光を与えるという御伽噺にも思える表現はイマイチ今の魔導師には理解できない。

…当然だが、一般人の桃子は蚊帳の外である。

 

「えっ…光を与えるというのは?そういう術式の治療法があるということですか?」

 

「否。…君達には今一つ理解が出来んだろうな。君達が行使する力は科学とも言える故に」

 

一呼吸。

 

「だが、私は違う。…ローゼンクロイツの名を持つ私が言うのも笑止だが、私の魔法は正しく魔法であり、科学ではなく御伽の類だ」

 

 

…当然、彼の言うことの半分も理解できない一同。

魔法関係者であるはずのなのはも、桃子と共にほえーっとしている。

わからなすぎて考えることを放棄したらしい。

 

とはいえ、貴重な話だったのは事実。

 

…そして、この場で言う話ではない事もまた、事実である…

 

士郎の淹れたコーヒーは、いつの間にか冷たくなってしまっていた…

 

 

* * * *

 

 

「父さん」

 

「ん?」

 

夜、屋敷の居間で寛いでいる2人。

外は既に太陽が沈み、淡い月の光が地表に降り注いでいる。

 

「…私、父さんの話聞きたいな」

 

「…」

 

「…プレシア母さんの、話とか」

 

俯きがちにフェイトが言う。その瞳には微かな期待と…

微かな、恐れ。

 

「いずれ、話す時が来るだろう」

 

返事は、それ。

手元のワインを傾けて、嚥下する音が居間に響く。

 

「…そっか」

 

残念そうに顔を背けるフェイトだが…ハルトは気付いていた。

フェイトのその表情に、確かな安心があった事を。

ホッとした、フェイトの心を。

 

「じゃあ!父さんの話をしてよ!」

 

顔を上げて、突然明るく言い放つ。

 

「私の?」

 

「うんっ!例えば…この前のシグナムとの模擬戦とか!」

 

「あぁ…あの美しい夜天の騎士か。強かったな」

 

「…父さんは、あの時全力だったの?なんだか余裕そうに見えたけど…」

 

「全力ではない、と言っておこう。全力なんて出したら相手が死ぬ。…まぁ、速度は本気だったがな」

 

「そうなんだ…一度でいいから父さんの本気、見てみたいなぁ…」

 

ボソリ、と呟いたフェイトの言葉に

 

「その内時が来るさ。…嫌でもな」

 

「…え?」

 

「いや、何でもない…」

 

フェイトは一瞬だが確かに感じた。嫌でも来ると言ったハルトが…明らかな殺気を持っていた事を。

 

「それに、私は今全力など到底出せん。黄金十字の担い手が目覚めていないからな」

 

「黄金十字?」

 

聞きなれない単語だ。黄金十字…うん。

 

「黄金十字は私に輝きを与えてくれる物。輝きを持つ者が祈る祭壇。…まぁ、魔導師のイメージだと召喚道具が一番近い。輝光王たる私を呼び出すための物だから」

 

うん。わからないかな。

 

「へぇ…その黄金十字っていう物があれば、父さんの本気が見れるって事?」

 

「いや。無理だ」

 

「なんでっ!?」

 

「それはそうだろう…私が全力など出したら」

 

不遜な声。瞳。

まるで、自分より強い者などこの世に存在しないと言い張っているような…

そんな、越え。

 

「宇宙が砕けてしまうからな」

 

 

 

 

 

「父さん。…その、お願いがあるんだけど」

 

「なんだ?」

 

「その…体術を教えて欲しいんだ」

 

「何故?」

 

「…強くなりたいから。強くなって…沢山の人を護りたいから」

 

「…ん。わかった」

 

「本当っ!?」

 

「あぁ」

 

「ありがとうっ!」

 

 

 

 

 

…勿論、いいだろう。

 

お前には、強くなってもらわなければならないから。

 

…これから来る黒に負けぬ様に。

 

なぁ……

 

気付いているのだろう?

 

輝きを嘲笑する影なるモノよ。

 

美しきを食らう醜い鱗よ。

 

…私は、帰ってきたぞ。

 

 

─────故に。

 

 

今度こそ、決着を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ローゼンクロイツ』

 

『支配を嘲笑せし薔薇十字』

 

『愛を尊ぶ黄金十字』

 

『輝き纏し裏切りの魔人』

 

『イースの偉大なる種族、その末裔』

 

『いや、北欧の光の神と言うべきか』

 

『─────やはり、生きていた』

 

『我が、天敵』

 

『まずは、ほんの腕試し』

 

『せいぜい足掻け。輝光王』

 

『憐れなりし輝光王』

 

 

 

『貴様の救いは、届かない』

 

 

 

 

影が─────動く。

 

 

 

 

鱗が─────蠢く。

 

 

静かに。

そして、柔らかに。

 

 

決戦の日は、決して遠くはないだろう。

 

 

 

 

 




思った以上にハルトが枯れてた。
どうしよう…この人ちゃんとモテモテ主人公になれるの?不安しかないんですけど。

次は早目の更新で。
…そろそろエリオ出てこないかなぁ…

≪鱗≫
完全にオリジナルキャラクター。
諸悪の元凶で、正体は不明。


さて、目覚めていない黄金十字とは何なのでしょうかねー…


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第十一話 輝きを愛する者

初めに一言言わせて下さい。申し訳ありませんでしたっ!
あまりにも筆が進まないのと、急展開ぶりが気に入らなかったので数話削除しました。
この話も一部修正でお送りします


 

 

 

「よし…2人とも、その踏み込みを忘れるなよ」

 

「「はいっ!!」」

 

3月に入り海鳴の肌を刺す様な寒さも少しだけ和らいだが、いくら和らごうと寒いのに変わりはない。コートが無ければ雪男よろしく凍えてしまう。

 

そんな寒さの中、ローゼンクロイツ邸では快活な声が響いていた。

 

その広い庭にいるのは。

何時も通り、黒いズボンに赤いワイシャツを着たハルト。

動きやすい服装に身を包んだシグナム。

 

そして─────

 

 

何故か学校指定の体操着を着たフェイト。

 

 

ハルトを戦技の目標と定めたシグナムが、フェイトと共にハルトに師事したのはもう何日も前のことだ。

以来、3人はこうして屋敷の庭で訓練をするのが日課となっている。

…まあ、シグナムも訓練を受ける事になった旨をフェイトに伝えた時は、ハルトが焦るほど娘に拗ねられてしまった訳だが。

頰を膨らませるフェイトも可愛らしかったが、流石にあれ程拗ねられるとはハルトも想定していなかった。

…実際、フェイトはシグナムが訓練を受けるのに拗ねた訳ではない。

過度な優しさを持つフェイトが独占欲を曝け出す事などあるはずが無い。

ただ、その時ハルトが「美人に慕われるのは良いことだ」などと余計な事を言ったためにフェイトが拗ねてしまっただけで。

 

シグナムは確かに美人だけど…

 

とはフェイト談。

 

「…ふぅ…」

 

ため息をこぼし、疲れ切った身体を労うように座り込んだフェイト。

 

その首筋を伝う、汗。

 

髪の毛が暑いのか、長い金糸を煩わしそうにバサリと払う。

その仕草は14にしては妙に色気に溢れていて。

もしここに男性局員がいたのなら、そんなフェイトを見て感動のあまりむせび泣く事だろう…

 

そも、フェイトのバリアジャケット姿(勿論露出度高め)の写真は、局で高値で取引されているのだ。

その写真を拝みつつ

「俺、生きててよかった…」と涙ぐむ奴までいるぐらいで。

そんな自慢の娘を見てハルトは

 

「流石は私の娘だ」

 

と1人満足気に頷いて。

その視線は体操着を着ているフェイトの姿に完全に固定され、一切の揺るぎもない。

 

…これに下心が無いなど誰が信じられるだろう…

 

「しかし、ハルト殿は何処でこれ程の剣術を?」

 

あの模擬戦以来、何故か妙にハルトに懐いてしまったシグナムは感じていた疑問をハルトに尋ねる。

 

「なに、伊達に年を食ってはいない…悠久の時をかけて実戦で培ったモノだ」

 

「では自己流で?」

 

「そうなるな。『剣術』の師は私にはいない」

 

その一言に、またもやキラキラと瞳を輝かせるシグナム。

その瞳に気を良くしたハルトは、ならば、とシグナムの剣技を褒め称えた。

 

「なに、剣技自体はシグナムの方が上だ。その技術はいや、素晴らしい。美しくも凛々しさを讃えている…シグナムは正しく敬意を払うべき騎士だ」

 

「え…あ…ありがとうございます…」

 

少しばかり赤くしたシグナムに、更に気を良くするハルト。

更にシグナムを褒め称えようとして…

 

…ハルトのシャツを誰かが引いている様な感触に気付いた。

後ろを見ると…

そこにいたのはフェイトで。

そして、いかにもボソリといった風に

 

「…あんまり褒めちゃ、ヤダ」

 

上目遣い気味に呟いたそれは、容易にハルトの理性を決壊ギリギリまで砕いた。

脇目も振らず頭をかいぐりしたくなる衝動に駆られるが、そこはそれ。

シグナムの前だからと鋼の精神で耐え抜く。

 

「…そういえば、お前は今日管理局に行くんじゃないのか」

 

あくまでも冷静を装って促す。

ここまで来れば腹芸も褒められるべきだろう…

 

いやまあ、実際に慌ててなどいないのだけど。

 

「あ!そうだっ!支度しないとっ!」

 

そう言って屋敷に慌てて駆け込むフェイト。

 

「待て、私も同行する。管理局に用があってな」

 

「本当にっ!?」

 

珍しいハルトからの誘いに、フェイトが喜ばない筈はない。

こうしてはいられないと言わんばかりにシャワーを浴びに行ったフェイトの後ろ姿を、微笑ましく見守るハルト。

 

どこの家庭でもあるような…

確かな「家族のひと時」がそこにはあって。

 

 

「今日も黒、か…」

 

 

─────最低だった。

 

 

 

* * * *

 

 

「じゃあ、行こう!」

 

支度の終わったフェイトがハルトの腕を引く…その顔には喜色が浮かび、なんとも嬉しそうな雰囲気だ。

…実際は、これからミッドに行って今携わっている怪奇事件の調査なのだが。

 

「ん。…あぁ、下着も変えたのか」

 

さらり、と。

 

本当にサラリと発言するこの男。

 

「…えっ?」

 

何を言われたのかわからない、という風に素っ頓狂な声を上げたフェイト。

それはそうだろう。

いきなり下着の話を父親にされたのだ。思春期女子なら引っ叩いても何の文句も無い。

 

「…っ!?なんでそんなことわかるのっ!?」

 

真っ赤になって自分の体を掻き抱く仕草をする。

変質者を相手にしているような反応に少し傷付いたハルトだが、勿論文句など無い。

というかやってることは変質者と変わりがない。

しかし、困ったのはハルト。

「私の能力だ。お前の下着の柄など一目でわかる」なんて正直に話すのも気がひける。

 

「ん…それは、あれだ」

 

その間もフェイトは「うぅ〜…」と唸りながらハルトを睨みつけ、よく見ると耳まで真っ赤になっていた。

 

「愛しいお前の事ならば、私にわからない事はない」

 

…言うことはカッコイイが、状況が状況。

その発言も今ではただの変態である。

 

だが

 

「えっ…あっ…その…えへへ…」

 

その言葉を聞いた途端照れたように頰など掻いているところを見るに、どうやら返答がお気に召したらしい。

 

 

その後、ハルトはこう語ったという…

 

「単純で愛おしい」

 

失礼極りない発言である。

…まぁ、それの全面肯定は否めないが。

 

 

 

* * * *

 

 

 

─────何が起こってるの?

 

その数刻後、ミッドチルダの時空管理局本部に着いたフェイトを待ち受けていたのは、あまりに異様な光景で。

 

…まぁ、より正確に言うならば

「この人達は何してるの?」

となるが。

 

フェイトの目の前にいる男、それは誰であろうフェイトの父親たるハルトで。

それはいいのだ。だが…

そんなハルトに、地面に頭を擦り付けんばかりに頭を下げている科学者達の姿がそこにあった。

 

「ねぇ、父さん。この人た「Dr.ローゼンクロイツ!!是非とも私どもの研究室に!!!」…うぅ…」

 

フェイトの発言に被せるように、1人の科学者が喉を裂かんと言わんばかりに声を張り上げる。

 

「父さん…この人達は?」

 

「本局の研究班だ」

 

「…?」

 

「この間少し…な。実験に少々助言をしたんだが…」

 

その一言で理解した。

なるほど、つまり父さんは本局の研究班に勧誘を受けているということかな…?

 

すごい!流石父さん!

…通常ならば、フェイトは我が事のように誇らしく、そしてこう手放しに喜んだ事だろう。

しかし今回に限っては何故か顔を俯かせて黙りこくっているだけ。

 

その理由は単純に、ハルトが本局付けになったら一緒にいる時間が減ってしまうからである。

つまり、フェイト的には喜び難いことだった。

 

「ローゼンクロイツさん!是非私の研究室にっ!!」

 

「あなたが来てくだされば、変換資質のみならず非殺傷設定も一新できるかもしれません!」

 

「ハルトさんっ!この論文を読んで頂けませんか!?」

 

「てめっ!抜け駆けか!?ローゼンクロイツさんっ!俺の論文もお願いしますっ!」

 

などなど。

その光景を傍目に眺めつつ、フェイトはこっそりとため息をつく。

 

そんなフェイトの心情などいざ知らず、ハルトは研究者達に断りをいれている最中で。

…ちゃっかり論文は貰っているけれど。

 

でも…と、フェイトは考える。

ハルトのことを考える。

そう、自分の父は…「科学者だった」と考える。

 

正直に言って、一ヶ月強共に暮らしていたけれど、フェイトはその間にハルトを科学者だと思った事が無かった…いや、ハルトの姿と科学者が重ならなかったというのが正解か。

 

自分にとっての科学者は、母の…プレシアの様な人のことだという思い込みがあったのだ。

プレシアなどは研究に忙しそうで、滅多な事では顔さえ見る事が出来なかった。

その点、ハルトは全く違ったのだ。

いつも居間のソファーに深く腰掛け、フェイトの淹れたコーヒーを飲みながら新聞やら論文やら小説などを読んでいる。

此方が話しかければそれにしっかり返事してくれる。

 

だから、フェイトはハルトを科学者だと思った事が無かった。

しかし、こうしてみると…

やっぱりハルトは科学者で。

しかも本局の研究員が欲しがるほど優秀な様で。

 

─────ズキリ、と少し胸が痛んだ。

 

何てことはない…

それはフェイトのトラウマ。

科学者であった母の言葉。

 

『大嫌いだったのよ!!』

 

─────っ!!

 

反射で思わず胸を抑えてしまう。

 

科学者…

科学…

実験…

人造…

 

─────プロジェクトF。

 

それを考えるたびに怖くて堪らなくなるのだ。

…自分は、人間ではない。造られた生命体。

実験の末に産まれた…アリシアの偽物。

 

でも、本当に怖いのは…

 

かつての母のように、父に捨てられること。

 

怖い…怖い。

ハルトが自分の事をどう思っているのか、聞くのが怖い。

それによって否定されたら、今度こそ私は壊れてしまう…

 

さらに、強く胸を抑える。

これ以上痛まぬ様に。この苦しみを漏れ出さないように。

決して、この痛みをハルトに気付かれては…いけないから。

 

 

 

* * * *

 

 

ハルトはフェイトと数分前に別れ、今は本局の廊下を1人で歩いていた。

コツリ、コツリというまるで時計のように正確な靴音が廊下に鳴り響く。

 

 

『うん…目撃者は犯人のことを「影」としか言ってくれなくて…ちょっとだけ事件が行き詰まってるんだ』

 

本当はナイショにしなきゃだめなんだからね?

 

なんて、少し頰を掻きながら言っていたフェイトを思い出す。

本局の捜査チームが「紫影事件」と名付けたこの事件。

 

影。

 

実はと言うと、ハルトはその影と呼ばれる犯人に心当たりがあった。

 

影。

すなわち、混沌。

すなわち、災厄。

すなわち、鱗。

 

禍々しきは赤き月の王。

猛き岩の王。

 

かつて輝光王たるハルトが挑み、そして敗れた怪異。

 

─────もし、本当に鱗が今回の事件に関わっているのならば。

…自分は戦わなければならない。

…今度こそ討たねばならない。

 

遥か遠い世界では『抑止力』とも呼ばれるそれに。

遥か遠い世界では『秩序の力』とも呼ばれるそれに。

あの、恐るべき力を持つ…

 

 

─────巌窟王─────

 

 

奴に。

 

2度も輝きを奪われてなるものか。

…ハルトは思考する。

 

彼とて普通の人間などではない。

彼こそは支配を嗤う青空の下僕。

 

愛の黄金薔薇。

嘆きし黄金十字。

科学を従え、お伽の中に生きる者。

 

─────静かに拳を握る。

 

この拳で、影を今度こそ光に掻き消すと、不屈の心に誓いながら…

 

 

 

 

 

 

─────いや、それはさておき。

 

「……ふむ」

 

本局の廊下のど真ん中で立ち止まるハルト。

不遜な呟きを1つ、頷いて。

 

─────迷った。

 

そう、迷ったのだ。この男は。

わからないことなどあまり無い、と大言壮語するこの男は。

全てに達観したこの男は。

世界、あるいは闇の社会から「青空王」と畏怖されるこの男は。

 

ミゼット・クローベル統幕議長。

─────いや、ハルトのコネはそれだけではない。

三提督の残り2人、ラルゴともレオーネ共とも面識のあるハルトは、事件の情報など集めることは比較的たやすい。

だが……その強力な情報源も、会えなければ意味などない。

 

50年前ならば管理局にも顔パスで案内されたハルトだが、今ではただの「すごく偉そうな一般人」に過ぎない。

だめ押しに、この数十年で本局は改装をされたのだろう、ハルトの記憶と構造が違う。

 

─────どうしたものか。

 

何時迄もこんな所にいるわけにはいかないが…

 

「困った」

 

…全然困ってるようには聞こえない声音だった。

 

と、そこで。

 

「あの、もしかして迷われたのですか?」

 

突然、凛とした涼やかな声が廊下に響く。

ハルトが振り向くと、そこにいたのは…

修道服に身を包んだ麗人。

金に輝く長い髪が美しい女性。

 

─────ほう、なかなかの美人だな…勿論フェイトには劣るが。

 

ハルトは内心で大変失礼な結論を下しつつ、目の前の女性に返答をする。

 

「あぁ、恥ずかしながら」

 

そう言うとその女性は…

 

「何処に向かわれようとしていたのでしょう?よろしければ案内しますよ」

 

「それは助かる」

 

優しく微笑むこの女性は、その笑みの通り優しい女性の様だった。

 

輝く髪。

慈悲は微笑みを讃え。

それは、ハルトの愛する「輝きを有した女性」で。

 

 

…ちなみに。

その女性に、ミゼットの所へ行きたいという旨を伝えたら「何者ですかっ!?」と驚かれたのはどうでもいい余談だ。

普通、ミゼット・クローベル程の人物に一般人など早々会えるものでは無いのである。

…その時、大声を出してしまったからか顔を赤くした女性。それが何故か妙にハルトの記憶に残った。

 

 

* * * *

 

 

…何者でしょうか、この殿方は。

 

「成る程、君は聖王教会のシスターか。道理でその修道服に見覚えがある訳だ」

 

「ええ。騎士として局員も務めていますが」

 

「レディ、君は…」

 

「カリム。カリム・グラシアです」

 

「ハルスタッド・ローゼンクロイツだ。長い名前故、ハルトで構わん」

 

「では、私のこともカリム、でいいですよ」

 

低めの声音。

落ち着く音だと思った。不思議な人だと思った。

何より、眩しいと思った。

本当は声をかけるつもりなんて無かったのに…気付けば声をかけていた。

 

不思議。

自分でもよく、わからなくて。

ただわかっていることが1つある。

それは…この人が。

 

とても、不自然な存在だということ…

 

と、そんなことを考えてたら突然…

 

「…なるほど、カリム。君は良い」

 

─────はい?

 

「ぇ…っと……はい?」

 

なに。何を言っているのでしょう…この殿方は。いきなり。

 

「君は、稀有な女性だ。条件さえ満たせば、その左目に黄金を見るときも来よう」

 

左目?黄金?

本当に、彼が何を言っているのかわかりません。

 

「…ぁ…」

 

落ち着きなさい、カリム。こんなことで動じる私ではないでしょう?

 

「…」

 

…う、うぅ…なんでこの人、私を見てるの?

 

その、不思議な光を持つ赫い瞳で。

 

見つめられたら…なんだか……

は、恥ずかしい…?

 

「─────っ!!ここ!ミゼットさんの部屋はこの廊下を曲がってすぐに左の扉ですから!」

 

耐えきれなくて、私はミゼット統幕議長の部屋を指してから直ぐに駆け出す。

…こんなに取り乱したのは、久しぶりで。

 

「では、私はこれでっ」

 

できるだけ彼の方を見ないようにしてその場を離れる…

 

「─────また会おう」

 

後ろの方から、そんな声が聞こえた。

酷く、優しい声音で。

 

─────何故か、その声は私の中に強く響いた。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

カリムと別れ、ミゼットの部屋に一直線で向かう途中。

…ハルトは、どうしようもない感情に苛まれた。

 

─────ハルトは、聖王教会というのが苦手だった。

別に彼らの信仰を否定するでも、軽んじるわけでもない。

…ただ、傷むだけだ。

心が。

身体が。

 

聖王。ゆりかご。

 

「…オリヴィエ・ゼーゲブリヒト」

 

人知れず、呟く。

 

かつて、笑顔の咲き誇っていた少女。

輝きを持っていた少女。

戦うしかなかった王。

…ハルトが、守らなければならなかった少女。

 

戦時中で無かったなら、あれは幸せな家庭を築いていただろう…

 

それくらいの子だった。

幸せの似合う少女で、幸せにならなければいけない少女。

 

かつてハルトは、彼女の敵に回ることしか出来なかった…

 

悔やまれる。

何時迄も。

手を伸ばせば…ハルトが手を伸ばせば、あの少女は救えていた筈なのだ。

…彼女の運命を覇王に託したのを間違いだったとは思わないけれど。

けれど

けれど

それでも。

ハルトは悔やみ、悲しむ。

そして、それが吹き抜けていくのだ。

 

─────朽ちた心を、風のように。

 

彼は、それをいつまでも覚えている。

 

それが、千年以上も前のことであっても決して忘れることはない。

忘れることなど許されない。

 

聖王家。

それは…ハルトの…

 

 

─────ハルトの─────

 

 

 

* * * *

 

 

「残念ながら、私もこの事件の詳細はわかってないわ。多分、レオーネやラルゴも」

 

コーヒーのカップに視線を落としたまま、ミゼットが事件の現状を短く告げる。

シルバーを手に取り、コーヒーをかき混ぜること一回、二回。

 

「…そうか。あぁ、そうか」

 

上等のソファに深く腰掛け、ハルトもコーヒーを一口啜る。

 

三提督も知らないとなれば、いよいよ持ってこの事件は「闇」だ。

 

「影…ハルト先輩は気になるの?」

 

「…まあな。おそらく私の顕現では無いだろう、流石に。そんな事はしない筈だ…ともなれば、影はすなわち「鱗」…」

 

そう、流石にこの事件の犯人だという「影」はハルトの顕現の類ではないだろう。

顕現。

それは、ハルトの分身。

ハルトの空蝉。

ハルトと同じであり、そして違う個体でもある存在。

 

 

「…鱗。40年前の…?」

 

察したようにミゼットが訊ねる。

 

「おそらくな。だとすれば奴の狙いは…私だろう」

 

「…」

 

目を数回瞬かせ、ミゼットは音を立てないようにカップを置く。

そして一言…

 

「私のせい…かしら」

 

それは、何処か悔いるような声音で。

 

「…何故?」

 

ハルトとしては、そう聞くしかない。何がミゼットのせいなのか、全く見当もつかないからだ。

 

「私が、あの子を…フェイトちゃんを利用して貴方を呼び戻したから…」

 

俯きつつ語るミゼット。

 

対してハルトは「なんだそのことか…」と少し肩透かしを食らったようにため息を零した。

 

確かに、断罪を求めていたハルトはあの時間牢獄から出ようとは思っていなかった。

それを見透かしたミゼットは、わざとフェイトをあの作戦に参加させ危険にさらし、これまたわざとあの時間牢獄にフェイトを囚われさせることでハルトとの接触を図った。

その結果は、この通り。

まんまとハルトはこの世界に戻ってきたというわけだ。全て、ミゼットの考えていた通りに。

 

「だとしても、お前のせいでは無いだろう?」

 

「…そう…かしら…」

 

それでも、ミゼットは瞳をうつむかせるしかなかった。そもそも、ハルトをこの世界に呼び戻したかったのは自分のエゴだ。いや、ただ単に自分のためだった。

 

─────昔、慕っていた男性を暗闇から解放したかった。

 

そんな歳でもないのにねぇ…

 

人知れず、ミゼットは内心で肩を竦めた。

 

「そんなことより、だ。」

 

言葉を切り、今度はハルトが訊ねる。

 

「ミゼット…お前たち三提督に一切気付かれずに、闇に関わることが可能な人物はいるか?」

 

「…一切?」

 

闇に関わっている管理局員は…哀しいことにごまんといる。

が、自分達に全く勘付かれることなく闇と接触をすることなど…

 

 

「だとしたら…そんなの…」

 

と、そこで。

 

ピッ…ピッ…

 

部屋に鳴り響いたコール音。

それはミゼットの端末からで。

 

「…?」

 

どうやら、それはメールのようであった。

しかも、その相手が…

 

「…ハルト先輩」

 

メールの差出人を見たミゼットが、驚いたように声を上げた。

 

「ん?」

 

コーヒーを啜っていたハルトは、思わずミゼットの声に振り返った。

 

「ビンゴ、みたいよ」

 

そう言って、端末をハルトに見せるように傾ける。

 

そこに書いてあった差出人の名前は…

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

闇。

あたり一帯が、漆黒に包まれた一つの部屋。

そこには意思があった。

動かない意思。

管理局の闇。

人はそれを…『最高評議会』と呼ぶ。

 

 

『久しいですな、輝光王閣下』

 

空気を震えさせる、機械音声。

 

『貴方に再び会えるとは、光栄です』

 

その声には温度も無く。

 

『ロード・ユスタッド。偉大なりし大碩学』

 

その声には感情もない。

…いや、そもそもこれは「声」ではない。

こんな温度の無い音、こんな意味のない音、こんな感情も無い音を「声」と認めてなるものか。

 

「ははは」

 

声。

男の声。

「音」ではない「声」。感情を孕んで辺りに響く、少しばかりの低音。

いや─────それは嘲笑。

 

「笑わせてくれる。心にも無いことを平然と宣うとは…道化としては及第点だな」

 

『…成る程、貴方は変わらない』

 

『支配を否定せし黄金十字』

 

『貴方が死亡したと報告された時、我々がどれ程嘆いた事か』

 

「──くだらん」

 

一言の下、男…ハルトは吐き捨てる。

その声に含まれる怒り…その一言に込められた力。

もしも評議会が身体を失ってなどいなかったら、もしかしたら姿勢を正すくらいの事はしたかもしれない。

だが幸か不幸か、彼らには既に身体など無い。

 

嘆いた?笑わせてくれる。

ハルトの死亡に、何より狂喜したのは他の誰であろう評議会だろうに。

 

「…私を呼び出したのだ。それ相応の要件があるのだろう?」

 

そう、ミゼットの端末を介してハルトを呼び出したのは、この評議会だった。

 

『…では、要件を』

 

一呼吸

 

『貴方には、この事件に関わらないで頂きたい』

 

『薔薇の出る幕ではない』

 

『ふるきものたる貴方に居場所はない』

 

「…言ってくれる」

 

笑う。

嗤う。

そんな評議会を、光が嗤う。

 

『…何か?』

 

「…何時から貴様らは私に指図出来るほど偉くなったのだ?」

 

『…不敵』

 

「面白い冗談を言える様になったじゃないか」

 

嗤うことを、辞めない。

 

何時もの、穏やかな光を纏うハルトではない。

そこにいるのは…

 

支配を嗤う黄金の薔薇。

 

『…何時迄嗤う、光の王』

 

『愚かなる異形の薔薇』

 

『我らを嗤うのか、青空の薔薇』

 

「嗤うとも。貴様らを。他の誰でもない貴様らを。わかるか?貴様らに」

 

不遜に見下す、赫の瞳。

闇に光る、赫の輝き。

 

『…』

 

「愛を忘れた貴様らに、最早価値など無いも等しい。貴様らの音では私は動かん」

 

『…貴方は、本当に変わらない』

 

『その、不遜』

 

『愛を尊ぶ黄金の薔薇。支配を嘲笑する青空の薔薇』

 

『バルドーラトテップ。存在するはずのない神性たる貴方は』

 

一方的に会話を切り、最早ハルトは踵を返して部屋を出る。

まるで、そこに居たくなど無いと言うように…

 

「…良き、青空を」

 

皮肉のように、そう残して。

 

 

 

* * * *

 

 

 

『─────奴は本当に変わらない』

 

『─────左様、あまりにもあの存在は危険すぎる』

 

『青空の薔薇』

 

魂喰らい(ソウルイーター)

 

『即刻排除すべき』

 

『異議なし』

 

『だが、あれを殺すなどまず不可能』

 

『然り。あれに勝てるものなど存在しまい』

 

『我々にとってでさえ脅威である《クリッター》と呼ばれる怪物でさえ、視線だけで殺すあの赫瞳』

 

『全ての生物、兵器、力が等しく奴の前では無力だ』

 

『奴に勝てる可能性があるとすれば、それは《這い寄る混沌》くらいのものだろう』

 

『─────だが』

 

『─────だが』

 

『─────だが』

 

『奴には一つ、弱点がある』

 

『そう、奴には致命的な弱点がある』

 

『輝き』

 

『そう、輝きだ』

 

『─────神々しき黄金十字』

 

『あれを─────』

 

『まずはあれを─────』

 

『殺す、こととしよう』

 

 

 

* * * *

 

 

 

「貴方は、何者ですか?」

 

廊下を歩いていたハルトは、突然後ろから声をかけられた。

そこにいたのは先程会ったカリム…

などではなく、これまた美しい金髪の女性。

先程もいた、評議会の秘書。

 

ハルトには…わかる。

彼女の、その正体。

 

 

「機関人形か」

 

「ッ!?」

 

ハルトの呟いた一言で、その声をかけてきた女性が大きく飛び退き距離を空けた。

 

「どうしてっ…それを…!?」

 

狼狽する女性に、ハルトは不遜に応える。

 

「私を誰だと思っている?私はハルスタッドだぞ、わからないことなど無い」

 

────本当に不遜に過ぎる発言であるが、幸か不幸か女性の方には腹をたてる余裕など無かった。

頭の中では、既に目の前の男をどう始末するかを考え始めている。

 

「…知ってしまったのなら…生きては返しませんわっ!!」

 

自分の正体を知っている以上、

その女性が飛びかかる、刹那。

 

「…ッ!」

 

眩い光が女性の網膜を焼く。

眩しい一瞬の閃光。

煌めき。

 

なんとか瞼を開くが…

既に、目の前からは男が消えていた。

 

「…血の気の多いことだ」

 

遥か後方、廊下の奥から響く男の声。

見下した声音。

 

ハルトが去った廊下で、その女性…

ドゥーエは人知れず戦慄する。

 

あれは…なんだ?

 

戦闘機人、ドゥーエは体感をした。

 

「ワカラナイ」というモノを。

 

遭遇したのだ…怪奇に。

 

それが作られた彼女にとって…未知との、初めての邂逅だった。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「─────で、なんで貴方は当然のように我が家にいるのかしら」

 

「私はワインを嗜むがビールも好んで飲むんだ」

 

「…そんなこと聞いてないわよ」

 

─────夜。

地球のハラオウン家のマンションにて。

 

そこにリンディがいるのは勿論、アルフ、クロノ、エイミィが揃っていた。そんな彼女たちは夕食の準備の真っ最中。

─────そんな、家族の団欒の中で、1人。

 

準備も手伝わずソファでふんぞり返ってビールを煽っている男がいた。

……当然、ハルスタッドである。

 

「クロノ、お前もどうだ」

 

意外にも皿並べなどの準備を手伝っているクロノを酒に誘うハルト。

 

「……いや、遠慮しておきますよ。酒はあまり嗜みませんし」

 

「そう言うな、このビールはギルから失敬したドイツ産の一級品だぞ」

 

「失敬って……グレアム元提督の家から盗んできたんですか?」

 

「盗んだとは人聞きの悪い。頂戴しただけだ」

 

そう、この酒はかのギル・グレアムの家から(無断)で頂戴してきたものだった。

イギリスに住むギル・グレアムの家までどうやっていったのか、それは勿論空を飛んで行ったのだが……光の速度を誇るハルトにとって、日本からイギリスなど瞬きする間に着いてしまう。

─────あらゆる意味でぶっ飛んだ存在なのだ、ハルトは。

……無断で人の酒を盗んでくる厚かましさを含めて。

 

「今日はフェイトちゃんはどうしたんです?」

 

気を取り直して、場の雰囲気を変えるためかエイミィがハルトに訊ねる。

 

「あれは今日は遅いらしい。……全く、仕事とはいえ少女が深夜まで帰ってかないとは。世界の現状を嘆くばかりだ」

 

やれやれ、といった風に肩を竦めつつ答える。

「世界」などかなり大仰な事を言っているが、これがハルトの独特の言い回しだとエイミィ達はわかっているのでわざわざ目新しく反応したりなどしない。

 

「ということは、ハルトさんは今日1人?」

 

「でなかったら、ここで酒を煽ってなどいない」

 

「家ではお酒呑まないの?」

 

「呑むが、流石にこの時間からはな…あの子がいる時は食事の用意をしている」

 

それは、結構リンディにとって意外なことだったらしく、すかさずハルトに聞き返した。

 

「意外ね。てっきり食事の支度はフェイトがしているのかと思っていたけど」

 

「初めはやりたがっていたが、な。私が留めた。あの子に今必要な温もりは、できる限り私が用意してやりたい」

 

「─────優しいの、ね」

 

 

「……いや、どうかな」

単に私がやりたいだけだ、と呟くように続けるハルト。

あの、巡回医師の隣にいた……薄赤色の瞳をした少女も。

我が師である電気王(ニコラ・テスラ)の奥方も。

ハルトが料理を教わった女性達は、みんな声を揃えて言っていた。

 

『料理は、大切な人への愛情を好きなだけ注げる』

と。

 

─────ハルトは、その言葉を未だに覚えているのだ。

自分を忘れていたハルトに人間の温もりを思い出させてくれたのは、いつも誰かの料理だった。

 

だから。

だから。

 

─────ハルトが自ら料理をするのは、本当に大切な者にだけ─────

 

 

 

* * * *

 

 

 

「結構呑んでたけど大丈夫ですか?」

 

とハラオウン家の面々に心配されつつ(ちなみにアルフはかなり心配していた。おそらくフェイトにとってハルトが絶対に必要な存在だと感じているためだろう)家路を歩くハルト。

 

─────まあ、確かにハルトはそこまで酒に強いわけではないが、心配される程呑んでもいない。

永遠の命を持つ人外であっても酒に酔うとは、とハルトを知る者には随分と驚かれたものだ。

ほろ酔いか、少しばかり気分が高揚しているのをハルトは感じていた。

今は酔い覚ましのためかゆっくりと歩いて家に向かっていた。

 

少しだけ高い気分で思考する。

 

今の幸福。

愛すべき娘のこと。

その子の周り。

友人。

笑顔。

 

─────輝き─────

 

 

思い立ち、ハルトは空高くへ舞い上がった。

人の住む世界の、その上に飛ぶ。

見下ろせば、街、街、街……

 

誰もいない夜天。

 

ハルトを照らしているのは朧月のみ。

 

─────いや、輝いているのは果たして月なのか。

 

その夜天の中で腕を広げ、何時もは出さない大声を張り上げる。

 

まるで、誰かに届けと言わんばかりに。

まるで、誰かに宣告をするように。

 

 

 

 

 

 

「喝采せよ!喝采せよ!

 

ああ、ああ、素晴らしきかな。

我が愛しき輝きは、未だ褪せず満ちている。

遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!

世界の望んだその時だ。

闇を好く影よ、慄くがいい。

全てを許された幼子よ、輝くがいい。

我が愛、我が黄金がある限り、消え去ることのない最後の幻想!

この私がいる限り、この世に光は亡くならない。

 

 

─────忘れるな」

 

 




お久しぶりです。
あまり時間が取れなかったり筆が進まなかったりと全然更新できませんでした。
これからもゆっくりとですが更新していきたい所存です。


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