Sword Art・Online 《Strange Dramas》 【完結】 (与祢矢 慧)
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第一章 Aincrad
1st 始:決


初投稿です
よろしくお願いします

表現等が安定しないかもしれません

誰かが一回は考えたようなストーリーかもしれません





 

 

 軽やかな風が吹き、人の髪、木々を揺らす。

 そんな好天気の中、フィールド内にあるひときわ高い丘に置かれた小さく黒いオブジェクトの前に膝をつき、手を合わせている少年の姿がある。装備を見るとここ付近を拠点とするプレイヤーではないことが窺える。

 数分すると少年はフラリと立ち上がり、丘から眼下の風景を懐かしむような遠い目で見渡す。

 

「……お前の言ったとおりだな。ここは気分が良くなる」

 

 この地獄のような世界を忘れるほどに、と心で続ける。

 視界には街、所謂《圏内》と呼ばれるエリアがある。それ全てを一望できることも含め、ここからの風景は絶景と十人中九人が言うだろう。

 少年はまた黒いオブジェクトに視線を移し、ハァと深いため息をつく。

 

「どうして、お前だけだったんだろうな……。俺はこうやって、生きているのに」

 

 その眼は後悔と困惑を語っている。脳裏に浮かぶのは少年にとって”二つ目の地獄”。

 現在の彼の原動力にもなった奇怪な事件。

 

「…………次に来るときは、終わってからだ。その時まで、待っててくれ」

 

 既にいない人物にそう告げると長く濃い紫のコートを翻して丘を下って行った。

 その眼には先程までとは全く違う感情が灯っていた。

 

 

 

 

 沸々と湧き上がってくるモノを少しでも抑えるつもりでここに寄ったのだが、効果は真逆だったようだ。焦るな、ぶちまけるなと言い聞かせてもたがが外れそうになる。感情に身を任せるのは悪手でしかないと、自分が最も理解している。眼が曇り、剣が鈍る。

 常に冷静で利己的になれ。

 そう、決めたんだ。

 

『オレってさ、感情任せで猪突猛進だろ? 頭使うのは任せた、相棒!』

 

 眩しかった。憧れだった。まるで物語に出てくる主人公みたいだった。

 ……なのに、なんであいつだったんだろう? 物語じゃないのは知っている。それでも……信じたくなかった。

 

 ……やめよう。こんなこと考えるなんてくだらない。取り敢えず、今することは情報収集だな。情報屋は確か…………。

 

「アレ? もう終わったんだ。もっとゆっくりしていけばよかったのに」

 

不意に自分に掛けられる言葉で誰がいるかを認識する。

 

「此処に長居するのも、な。……欲しいアイテムは揃ったか?」

「うん、揃ったよ。ビショップがたくさん見つけてくれたから」

 

 目の前で座っている、世間一般では美少女と呼ばれるような容姿をしたプレイヤーは、寝転がっている銀色のオオカミを撫でながら返答をする。それだけの動作にどこか人の眼を惹きつける何かが潜んでいる。

 そんな人間が何故俺と一緒にいるのか、と疑問を口にしたことがあったが笑ってごまかされた。

 

「それじゃ、行こっか」

「あぁ、そうだな」

 

 此方の内を知ってか知らずか先を促す。俺は装備一式を登録装備欄から選択し、今の装備と付け替える。

 

「あれ? もう装備変えちゃうの?」

「あぁ。基本はこっちだからな。」

 

 ふ~ん、とつぶやいてるのを無視して足を進めようとすると

 

「もう、後戻りは出来ないんだよ。本当にいいの?」

 

 不意な質問故か、自分の心情の核をついたような質問故か体が硬直する。振り返ると彼女の視線が俺を射抜いて、いや俺の一片の動揺も見逃さないとばかりに探っている。

 

「君は……後で後悔しない?」

「………………わざわざついてくる必要は無い。そう言った筈だが?」

「違う。私は一生君に添って行く、そう誓った」

 

 ……一生、か。時に軽く、時に重たい。

 

「じゃぁ、一体何だ「私はッ、」とッ……。」

「……私はどんな形にせよ、君に苦しんでほしくない。…………ただ、それだけ」

 

 ……そんなことを、そんな眼で言うな。俺にはその言葉を受取る資格がない。それをしていいのは、俺じゃなくて…………

 

「今考えていても仕方がない。後悔するとしてもその時はその時だ」

 

 卑怯者、いや臆病者だな、俺は。自分のではなくアイツの言葉を使っている。目の前にいる者が持つ雰囲気は真剣そのもの。それなのに、自分の言葉で返すことすら出来ない。

 

「そうじゃなくてッ!…………いや、なんでもないよ」

 

 力なく項垂れるところを見ると、何でもないようには見えないが……。まぁ、いいか。

 

「じゃ、行くか」

「……うん、目的地は何処?」

「まずは……エギルの店だな。情報収集も兼ねて、アイテムを売買だ。次にアルゴとだ。……調子でも悪いのか?」

「別に。そういえば、情報屋はアルゴだけでいいの?」

「いや、ツテで他の情報屋からも入手する。アルゴだけだと、どうしても攻略方面の情報が、多いからな」

 

 一概に情報屋といってもそれぞれだ。武器情報がメインだったり、モンスターがメインだったりと。

 

「もっとも、俺が欲しい情報はフロアボスでも武器でもないがな」

 

 武器は以前に最高のドロップアイテムが手に入った。……今の俺に恐ろしいほど相応しい逸品がな。

 

「…………この剣で、俺は……」

 

 何気なく手のひらを見つめるが、そこには恐怖も歓喜も無い。ただ、ただ事を為し、これから為そうとする手が在るだけだ。

 

「どうしたの?」

「ッ、いや、なんでもないさ」

 

 さて、そろそろ行くとするか。情報収集にレベリング、アイテム補充とすべきことは多い。といっても、ゲームクリアまではまだまだ時間がある。それまでに果たせばいいだけだ。

 

「……首洗って、待ってろよ。斬り落としてやる、その時まで……」

 

 

 





どうでしょうか?
感想等お願いしますm(__)m


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2nd 備:惑

 

 転移門を使うときの独特の音と陽炎のように揺らめく青い光を後ろに、俺達は第五十層主街区《アルゲード》に踏み出す。このアルゲードは五十というキリの良い数字であるとともに、多くのプレイヤーが寝床としている。聞いた話ではこの第五十層のフロアボスが恐ろしく強かったらしく、通称《軍》、正式名《Aincrad Leave Forces(アインクラッド解放軍)》多くの戦死者を出し、本拠のある第一層《はじまりの街》に引っ込んだとかなんとか……。

 まぁ、そんなことはどうでもいいので取り敢えずは目的地に向かう。

 

 

 ワイワイガヤガヤ  カンカンキンキン  オッシャーコイヤー オウ、ヤッテヤラー  ナアナア、コレイクラ? マケルツモリハネーヨ

 

 

 このアルゲード、文字で表現しようなら必ず『雑』という漢字が入ると思ったことがある。『乱雑』『混雑』『猥雑』等。そしてアルゲードそのものを大まかなに表すとすると『複雑』だ。マップがあっても数日間行方不明になるプレイヤーが居るらしい。もっとも、餓死するようなシステムはSAOには存在しないのでなにも問題はない。精々、幻の空腹感に悩まされるぐらいだ。  

 体験したことは無いが……。

 

「っと、」

 

 思考に潜ると周りが見えにくくなる癖、どうにかしたほうがいいか。

 

「フフッ。その癖、直したほうがいいよ」

「解ってる。危ないことぐらい」

 

 少しばかり装飾に凝ったドアを押し開けると、色黒の巨漢が気色悪い笑顔で交渉中だった。相手は見たところ女性プレイヤー、おそらくは世間一般的に美人に分類されるような。

 

「はい、毎度! 武器買い取り7000コル! またのご来店お待ちしてます!」

「ありがとね、おまけしてくれて。機会があればまた今度」

 

 まぁ、予想通りといったところか。裏がありそうな雰囲気ではあったが。

 

「裏がない人なんていないと思うよ?」

「…………恐ろしいな、女とは」

 

 業突く張りと聞いた商人をこうまでするか。はたまた、単純にこいつが女に弱いだけか。

 

「っと、おお! ロキじゃねーか! 久しぶりだなぁ、何日ぶりだ?」

「さぁな、そんなこと覚えてねぇよ、エギル」

 

 さて、先ほどまでお世辞にも褒められるような表情をしていなかった巨漢商人はエギルという。アルゲードで店を開いていて、さらに攻略組では一流の両手斧使いらしい。ついでに人当たりもよく、初対面の相手でもなかなか気まずくなるようなことはない(顔以外)。

 

「相変わらず、セオリー通りの装備してんなぁ。特化アビリティとかしないのか?」

「まさか。攻略組でもねーのに、やる必要はないだろ」

「……そうか。お前なら最前線でも活躍できると思うんだがなぁ? それに、お前らはコンビで有名だからな」

「俺にはキツイって。《黒の剣士》とか《神聖剣》、《閃光》みたいなバケモノ揃いじゃ、活躍のしようがねーよ。コンビについては知らん」

「ハッ、よく言うぜ。ヨシナさんみたいな美人さん侍らせてんのによ?」

「侍らしてるんじゃ「私から付いて行っているんだよ」、だそうだ」

「ヒュゥ、羨ましいな。で、今日はどんな要件だ? まさか、駄弁るために来たとか言うなよ」

 

 ニヤニヤした顔から一変、商人の顔に早変わり。リアルでもこういった商売をしてるんじゃないか、と思うほど。

 

「アイテムの買い取りと、ポーションとかの補充だ。買い取りに関しては、二束三文でも構わん」

「なんだ、それだけか? もっと無茶を言われるかと思ってたんだが……」

 

 拍子抜けした顔のつぎには苦渋を飲まされたような顔。よく表情が変わるやつだな、と思いつつも何か他にもあったかと記憶を探る。

 

「その様子だと、経験したことあるな。それに、ごく最近」

「……ハァ~。相変わらずの洞察力にお手上げだ。キリトのやろうにぶちかまされたんだよ、コノヤロー」

 

 キリト。攻略組最強プレイヤーの一角である《黒の剣士》。主装備は片手剣らしい。聞いた話では常にソロプレイヤーでラストアタックボーナスを獲りまくっているとか。

 攻略組はやっぱりバケモノ揃いだな、と改めて思う。

 

「そうだな……、情報が欲しい」

「情報? なんのだ?」

「…………レッドギルドの動きだ。少し気になる」

 

 正直、エギルの情報には期待していない。餅は餅屋。それでも、『鍵』になる情報が得られるかもしれない。

 

「フム、レッドか。つってもラフコフぐらいだな。……珍しいな、お前さんがレッドを気にするなんて」

「なーに、ひ弱いプレイヤーは、情報が戦力なのさ。遭遇したくないからな」

 

 これは嘘じゃない。この姿で合うのは悪手だから。

 

「ラフコフかぁ。………………そういやぁ、ちょっと前にキリトがラフコフの三大幹部と対峙したってよ」

「なに? そんなことがあったのか」

「おう。知ってるかどうかだが、以前『圏内PK事件』ってのがあってな。それを解決する際にぶつかったらしい」

「待て、どういうことだ。圏内PKなんて出来たのか?」

「おっと、違う。実際は転移結晶と防具の耐久値ロストでの見せかけだ」

 

 転移結晶と耐久値ロスト?防具は耐久値がなくなるとポリゴン片になって消滅。それで転移結晶…………。

 

「そういうことか」

「お前……すごいな、それだけで解るとか」

「ヒントが良すぎるんだよ。相変わらずのお人好し」

「業突く張り、て言ったのはどこのドイツだ?」

「さてね……」

 

 こんなくだらないやりとりを俺は好まない性格だ。それでも、『こちら』の印象をより植え付けるためには必要なこと。以前よりも作り笑いがだいぶマシになったと思う。

 

「と、まぁそんなとこだ。幸いにも死人は出なかったとさ」

「そうか。……ま、礼は言っておこう」

 

 右手を縦に振って、メニューを開き、アイテムストレージを開こうとすると、

 

「なぁ、ロキ。お前さんはいつからそんな喋り方になったんだ? ヒョロっと消えて、ヒョロっと現れて。雰囲気も変わったしな」

「…………さて、ね。自分でも、解らないことってのは、よくあることだ」

 

 俺はどんな表情で言ったのか、少し気になった。

 

 

    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 上のやり取りの後、二人は持っていたドロップアイテム(低レア)を売り、ポーションや結晶アイテムを補充してエギルの店を去った。次に向かった先はアルゲードの少し奥に存在する怪しげなカフェ。そこで情報屋アルゴと落ち合う予定になっていた。

 複雑な道をスイスイと進んでいき、時折マップを見て道を曲がる。ちなみに道を通るプレイヤーは居らず、そこそこにNPCがいるだけである。現代社会ではいかにも碌な連中がいなさそうな雰囲気であるが、プレイヤーに絡んでくる可笑しなNPCもいないので予定より早く店に到達した。

 

「…………少々、早かったか?」

「かもね。まぁ、気長に待とーよ。…………あ、すいません。コレとコレください」

 

 店の奥の四人用テーブル席の片側に固まって座り、片方はしかめっ面でもう片方は詳細不明な料理を注文している。

 

「……そんな見覚えのない、文字の羅列をよく、食べる気になるな」

「者は試しって言うでしょ。食べてみないとわからないよ」

 

 呆れ顔でコップの水を飲み干す。水が喉を潤すように感じるが、やはりリアルのソレと差異がある。それでも、一年も居れば慣れてしまう。

 

「ハァ…………」

 

 無意識に溜息が漏れる。もどかしさが無性に苛立たせる。

 

(残り時間は単純に考えて後一年と少し。……クソッ、急ぐべきか?)

 

 今までの攻略スピードとこれからの迷宮区の難易度に適当な当たりをつけて、クリアまでの時間を大まかなに割り出す。ゲームクリアまでに『目的』を達成できるか? 今、彼の頭のなかはそれだけしかない。

 どんなに緻密な計画を立てても、ターゲットは意思あるもの。狸の皮算用となる可能性が高い。なにより、本人自身がその意志による気まぐれを体験している。

 

(……アレは気まぐれだった、かもしれない。もしくはただ単に、自らに限らされた道を行くヒトを、一笑に付したいだけかもしれない。それでも…………)

 

 俺は奴を殺す。歪んだ決意が眼に宿る。

 『殺す』。それはSAOでの最大の禁忌(タブー)。ただのRPGではなく、デスゲームと化したSAOでHPがゼロになれば、アバターは強制ログアウトとなり現実世界のプレイヤー本人も生きることからログアウトする。さらにSAOには特例を除きあらゆる蘇生手段は存在しない。

 遊びで済むことではない。一般プレイヤーはそう言いレッドギルドを、所謂殺人を好む集団に恐怖し、嫌悪する。

 

「ラフコフ、か。最近はそこそこだな」

「ろくに情報も仕入れずに何言ってるの。結構、活発らしいよ」

 

(正式ギルド名は『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』だったか? イカれたセンスだ)

 

 ラフィン・コフィン。殺人に快楽を感じる狂人の集団。SAOで人が死んでも責任は全て茅場晶彦にある。なら、ここで人殺しをしても犯罪者にはなり得ない。これはチャンスだ。誰も成せない、為そうとしない行動を起こすことでより高みに行ける。彼らの言い分はこうらしい。

 

「…………人殺しなんて、巫山戯てやがる。とは言えないか」

「殺しを決意してるもんね」

 

 得体の知れない食事を頬張りながらも返答をしているあたり、流石と言うべきか(何が流石なのかは不明)。

 なんとも言えない気分に内心溜息を付くと、視界の端にローブを纏った小柄なプレイヤーが映る。それが正面にまで来た瞬間に、彼の張っていた気が美人を前にしたエギルの顔のように緩んだ。

 

「ヤ、久しぶりの再会だナ。ヨーちゃん、ロー君」

 

 目に見える変化は無く、そして特有のヒゲ模様は健在だった。

 

 

    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 林檎ジュース、に似た緑色の液体が入ったグラスを傾けしっかりとではないが味わう。なんでだ? なんでジュースなんか飲んでる? 原因は目の前食事をリスのごとく頬張っている鼠だ。フードを外した頭には自然な金色の髪がある。予想だが、リアルでも金髪なんだろう。

 ……なんて考えてる時点で俺は諦めに入っているに違いない。

 

「…………いつまで食べてるつもりだ? 仕事をしろ、仕事を」

「モグモグ、まぁまァ、マグマグ、そう言ウ、モグモグ、なっテ」

「同時並行でも、していいことと、ダメなことがあるだろうが」

 

 そう俺が言ってから食事を黙々と続けるのは、攻略組の間でも名が通っている情報屋アルゴ。情報に見合うだけの料金を渡せば個人情報さえ売ってしまうと言う。

 

 ちなみに俺とアルゴは結構昔からの知り合いである。なぜなら、お互いにベータテスターだからだ。しかし、デスゲームプレイヤーとしての再会は早くなかった。正式サービス開始から約一ヶ月、第二層がようやく開放された二日ほど前にしっかりとした顔合わせをした。まぁ、第二層解放直後に俺が第二層の転移門から出て周囲を見渡そうとした瞬間、強烈なタックルを貰ったがな。犯人は言わずもがなアルゴ。

「へ?」と一瞬俺を見上げ、すぐに疾走を開始した。俺の右手を掴んで。その時はろくな状況判断が出来なかったからか、気づけば圏外にいたんだよな。で、目の前にはござる、ござる五月蝿い忍者が二人。取り敢えず威嚇したら、後ろから突進してきた牛型Mobに追い掛け回されてどっか行った。その後、何故か俺のことを知っていたアルゴから自己紹介して、後ろからヒョッコリ出てきた黒剣士と体術スキルを習得しに行ったな。…………俺は一時間以内で終わったのに、キリトはかなり掛かってたな。

 

 それはともかく

 

 アルゴはこの店に着くなり食事を注文し、牛馬も驚くような勢いでがっついている。

 

「ちょっト! いくらなんでも牛馬はヒドイだロ!」

「おっと、口に出ていたか。それより、早く食え」

 

 この食事は俺が奢ることになり、それが今回の情報料となった。これほど食うならそれなりに情報は貰えるだろうし、金は余ってるいるから問題はない。

 

「情報屋がこんなので、いいのか?」

「まぁまぁ、人それぞれだからね」

 

 聞き様によっては無礼に聞こえるぞ、とは言わない。言わないほうがいいだろう、と人生の経験から推測する。

 

「たかが十五年程度の人生なんて経験って言わないよ」

「……口に、出してないな。何故わかる?」

「女には色々あるんだヨ、ロー君」

 

 二人してウンウン、と頷かれても解からん。

 

「ま、いい。それより、食い終わったなら、仕事をしろ」

「わかってるヨ。結構食べちゃったカラ相応の情報は渡すつもりダシ」

 

 食い逃げしたら《軍》に突き出すつもりだがな。

 

「まず、現在の攻略、具合だ。主なギルドは、やはり血盟騎士団(KoB)か?」

「いや、今のところは聖竜連合(DDA)が主導してるヨ。《KoB》は出過ぎないようしたんじゃないかナ?後は《風林火山》がそこそこに頑張ってるヨ」

 

 プレイヤー間での不和は好まない、といったところか。まぁ、こんな狭っ苦しい空間で組織同士が水面下はともかく表面上で争うのは悪手と判断したのだろう。ヒースクリフ(神聖剣)め、抜け目が無い。

 

「レアアイテムをドロップする新Mobとかの情報は無いの?」

「ウ~ン、食べ物系も素材系もあんま聞かないネ」

 

 と言っても新しい層に突入したばっかりだケド、と付け加える。無い情報は言えんな、と俺も納得する。

 さて、これからが本題か。

 

「アルゴ、俺達はさっき、エギルからラフコフの、情報を手に入れた。と言っても昔のモノ、だがな」

「キー坊の圏内PK事件カイ? オイラも後から聞いた時はビビったサ。なんだって三大幹部が出てきたって言うからナ」

「よく、無事だったな、キリト」

「ハッタリが効いた、だそうだヨ」

 

 なるほど、キリトがやりそうな手だ。

 

「と、まぁそういうことで、だ。レッドの動きを、知りたい」

 

 ピクリ、とアルゴが肩を揺らす。いつになく真剣な雰囲気を放ちながら正面から俺を見つめる。

 

ロキ(・・)、なんでその情報がいるのカイ?」

 

 …………やはり、情報屋だな。俺の一挙一動をも見逃さない、という眼だ。

 

「情報料、払ってもらうぞ?」

「オット、そいつは御免だネ。まだ、ここのご飯代は払ってないからナ」

    

 肩をすくめる様なジェスチャーをすると、最初の頃の雰囲気が戻ってくる。

 

「……しいて言うなら、出会わない為だ。人間五十年の半分以下の、人生なんて、つまらないだろう?」

「………………」

「……どうした? 腹でも痛めたか?」

 

 軽く問いかけるが無言で首を左右に振る。何か気に触ったのか、とは考えない。俺は情報が欲しい、こいつは情報屋。

 すると、アルゴは懐から手帳を取り出し机の上に置く。

 

「ここにレッドの情報が細かく書いてアル。一応清書した奴ダ。持って行っていいヨ」

「……解った。形だけだが、感謝する」

「バーカ。そういうのは言わなくていいんだヨ。……特に、ネ」

「俺達はもう行くが、どうする?」

「少しゆっくりしていくヨ。ずっと潜ってたしネ」

「そうか……。また、今度な」

 

 バイバイ、の声を背中で受け店を後にする。

 …………さて、いまから考えるとするか。これからの予定を。

 俺が果たすべきことのための、予定を。

 

 思ったより安かったな。……また使うか。

 

 

   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「フゥゥゥ~……」

 

 NPC以外誰もいない静かな店の外で、フードを被ったプレイヤーは長い溜息を付く。その視線は二人組が去っていった方に向いている。暫くその方向を見つめてから、逆の方向に足を向ける。空腹感が満腹感に変わったからかその足取りは少し軽めだ。

 

(人間五十年の半分以下の人生なんてつまらない、カァ……。確かにネ)

 

 周囲に誰も居ないのが彼女は声に出さない。長く使ってきた性格が()に染みてきたのだろう。まぁ、もともと口調はこうだったようだが。情報屋というのは味方も作れるが敵も作りやすい。何処に敵がいるかわからない故の用心だ。

 

(ホントに面白いよネ、ロキは。アイツについていくヨシナも。…………そして、彼らに纏わる全てが)

 

 全て。つまりこう思っている彼女自身も範疇にある。彼に関わったものはどこかが変わる。そう確信している。その一つなのだ。彼女の心に燻る小さいモノは。

 

(さてさて、これからどう変わっていくのかナ(・・・・・・・・・)。面白いものが尽きることは無いんだカラ、面白イ)

 

 薄暗い路地を進む足を少しづつ早めていく。その高揚感からかつい口が開く。

 

次のイベントはなんだった(・・・・・・・・・・・・)ケナッ!」

 

 

 

 それを聞いたプレイヤーはいなかった。

 

 




二話でした

どうでしょうか?
アドヴァイス、誤字、感想等お願いします


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3rd 逃:恐

三話目です

すこし間が空いてしまいました。

働き者のキリギリスさん、お気に入り登録ありがとうございます


 

 

 夜の闇に覆われた平原エリアを一人のプレイヤーが疾走している。所属しているギルドのリーダーを真似て装備したぼろマントが激しくたなびいている。彼以外に他のプレイヤーは見当たらず、Mobが出現しているからレベリングにはもってこいの状況だ。

 しかし、疾走っている彼の目にはそれら一つも入っていない。ただ、『逃げる』という行動だけが彼の思考を埋め尽くしていた。

 

  ヒュン、シュパッ

 

 後方から飛んできたナイフが彼の頬に赤いラインを引く。

 

「ヒィッッ!!」

 

 何度目か覚えていない情けない声が喉から飛び出る。せめてものの幸いは麻痺毒が付与されていなかったことだろうか。

 

 

 オカシイ  フザケルナ     なんで、こんな目に……

 

 

 疑い、怒り、惑い、恐怖。頭にこびり付いて消えない。

 

 彼は現状(いま)に至るまでを思い出す。

 

 

 

 

 

 

 今日はいつも通りだった。ダンジョンに潜るパーティをメンバーで襲い、殺す。入手した装備品は使えるものだけを選び、残りを売却して金に変える。スリル二割快楽八割の日常を繰り返すものだと思っていた。

 

 

 

 …………とあるコンビが来るまでは。

 

 

 打ち合わせ通りの配置に着き、ターゲットがポイントに来た瞬間に麻痺要員の二人がナイフを投げる。正面からは自分が、背後からは三人が攻撃した。多くのパーティを葬ってきた、パターン化した、確実な方法だった。

 

 だからこそ…………

 

 

   

          …………目に写った光景に現実を感じたくなかった。

 

 

 数本のナイフは全て弾かれ、奇襲した三人の首が飛んでいた。

 三秒、いや一秒もない瞬時に二人はそれをやった。

 

 

 本能が警報をけたたましく鳴らす。

 

 このままでは…………………死ぬ、と。

 

 仲間を気にする余裕なんて無い。すぐさま身を翻し、出口へと走った。

  

 

 背後からのポリゴンが割れる音が二つ、いやに耳に入った。

 

 

 

 

 

 走り続けてどれほど時間がたっただろう。スタミナが存在しないこの世界では気の済むまで無限に走り続けることが出来るが、彼の精神は摩耗しきっていた。

 では、そんなボロボロな状態でまともな思考が出来るか?  

  

 出来るはずがない。

 

 故に、彼は選択を誤った。

 

 

 

 

 逃走を続けている彼の視界にあるものが映る。

 ゴースト系Mobが出てくるダンジョンだ。内部は基本的に薄暗く、ランプ系アイテムが必須とまでいかないが有ればかなり便利になる。また、壁が岩となっているのでボコボコであり、障害物となるような石もある。さらに構造が複雑で出口が複数あり、追跡者を撒くにも奇襲するにも絶好のステージである。

 

 

 ここで彼は『逃走』ではなく『報復』を選んだ。

 何故『逃走』ではないのか?

 デスゲームと化したSAOではリスポーンなど無い。

 普通なら可能性が低くても、生き延びる道を選ぶはずだ。まして、背後から襲った三人を一瞬で殺すような手練に立ち向かうなど愚行でしかない。

 

 それでも、彼は『報復』を選ぶ。

 レッドプレイヤーの時点で彼は普通ではない。

 命の価値観が常人とはかけ離れている。

 なにより、レッドにはレッドの誇りがある。

 殺す側が殺されるという、イレギュラーな事態が許せない。

 

 

 ダンジョンに突入し、道を右、左、右、右……と走っていき手頃な障害物を探す。二、三分ほど探索し、出口が間近にある岩に身を隠す。

 急いで《索敵》をし、マップを凝視する。

 

 (まだ来ていない)

 

 フッ、と息を抜きかけて可能性が頭に浮かぶ。

 

 (もし、《索敵》を上回るほどの《隠蔽(ハインディング)》なら……ヤバイ)

 

 

 一秒たりとも気を抜けない状況で、さらに精神が削れていく。

 ガタガタと極寒の中にいるように体が震える。

 

 

 

 コツッ、コツッ

 

 

 …………足音!

 

 遠くない。こっちに向かっている。

 チラッと、影から覗き見る。

 

 

 ダークレッドのロングコート、槍装備、フードで顔は見えないが他の見た目から女性プレイヤーと判断できる。

 

 ……間違いない。タッグの片割れだ。

 なら、もう一人は……、

 

 ブラックの、いやダークヴァイオレットのロングコート、両手剣装備、こちらもフードで顔が見えない。

 

 

 コツッ、コツッ、コツッ、コツッ…………

 

 

 ゆっくりと目の前を通りすぎて行く。

 彼は自分の『必殺』の距離まで待つ。

 近すぎず、遠すぎず、ソードスキルがジャストタイミングで発動する距離を感覚で覚える。

 

 麻痺ナイフを二本取り出す。

 

 狙いは、顔。

 

 特有のライトエフェクトが彼の周囲を照らす。

 

 ダッ、と二つの背中に向かって駆け出すと同時に《投擲(ダブルシュート)》を放つ。

 

 すぐさま抜剣し、ソードスキルを発動する。

 

 

 ーーー片手剣単発技《ホリゾンタル》ーーー

 

 

 「死ィイッ、ネエェェェェェエッッッ!!!!!」

 

 

 眩い閃光が大きな弧を描いた…………

 

 

 

  

 

 

 ……………………ザシュッ

 

 

 音が軽く響いた。

 

 目障りな蝿を払うように、小石を蹴るように、蟻を踏み潰すように、格下の邪魔者を排除するように。

 

 

 カランカラン、と武器が地面を転がる。

 

 

 

「………………ハ? ナッ…………何を、シタッ?」

 

 

 

 彼の体には二本のナイフが刺さっていて、右腕の肘から先が無くなっていた。

 

 理解が追いつかない    

   

                   まるで、悪夢みたいな   

 

 

      そう、コレは夢なんだ…………

 

 

 

 

「…………なぁ」

「ッッッ?!」

 

 目の前の男が口を開いた時、彼は全身に寒気を感じた。

 視線を腕から男に移す。

 

 

 目に映ったものは『仮面』

 

 ダークブルーとホワイトで陰陽を表すようなカラーリング。

 

 ただ見ただけで絶対零度の狂怖を植え付けられた。

 

 

 「……これでレッド、か。随分とおままごとを興じていたみたいだが…………雑魚だな」

 

 

 体を動かそうとしてもまるで凍りついたように動かない。

 

 仮面の男が両手剣を肩に担ぐように構える。

 

 異様な剣の形に目が惹かれる。

 

 

 ーーーーそれはまるで…………『死神』のような……

 

 

 

 「……それではな、名も知らぬプレイヤー」

 

 禍々しい剣が袈裟に振り下ろされる。

 

 

 …………ザシュッッッ

 

 

 

 レッドの彼の視界には《You died》の文字が表示されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「雑魚が…………六人。つまらない……」

 

  

 レッドプレイヤーのパーティを殺したタッグは闇に消えて行った。

 

 




どうでしょうか?
誤字報告、批評、感想等お願いしますm(__)m

学校が始まるので更に不定期になってしまいますが、頑張って更新していこうと思います!


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4th 会議:邂逅

 
遅れまして申し訳ありませんm(__)m

バラバラの日に書いたので、グダグダになってるかも……


晨月さん、お気に入り登録ありがとうございます!


今回はキリトさん視点です
口調が心配……


 黒い雲が空を覆い、雨を大量に降らしている。

 びしょ濡れになっても風邪をひくわけではないが、なんとなく今はこの雨を眺めていたい気分だ。

 まるで、今の俺に心情を表しているようで……。

 

 俺、キリトはつい先程まで迷宮区に潜っていたんだが、どうにも気乗りがせず出てきたところだ。

 このもやもやとしたモノの原因は、少し前の会議だ。

 

 岩陰に一人佇んでいるだけなので、実は少し暇だ。

 雨の具合を様子見しつつ、俺は会議のことを思い出す…………。

 

 

 

 

 

 「諸君も知っているアルゴ君から、とある情報を入手した。今後の方針に関わる可能性がある。会議を開きたいため集合してもらいたい」

 

 

 《血盟騎士団(Kob)》団長ヒースクリフから連絡が届いたのは約一週間前。今、ここ……第55層《グランザム》に置かれている血盟騎士団の本拠地にはほとんどの攻略組ギルドの幹部以上が集まっている。

 もちろん、少数だがオレのようなソロプレイヤーにも声がかかっている。

 それに、貰ったメールに不明な部分が多いことで不満を覚えたのはここにいるメンバーの大半らしい。

 なんで分かるかって? 

 該当者が一人しかいない関西弁で喚いてるの頭トゲトゲがいて、それに賛同してる奴が多いからだよ。

 

「よっ、キリト。お前も来てたのか」

「まあな、エギル。あんなイミフな連絡だったらむしろ知りたくなるんだよ」

「ハハッ、違いない。なんだろうな、『とある情報』ってのは……」

「気になるよな。提供者はアルゴだから信憑性は高い。……それよりも、なぁエギル」

「あぁ、わかるぜキリト。……それよりも、なぁ」

 

「「キバオウうるさい」」

 

 

 なんやとォッ! と聞こえたが無視だ。

 ただでさえビーターを名乗っているのに、アイツが来るだけで悪目立ちしてしまう。

 まぁ、周囲で同じように思っていたのか数人が頷いてたのを見れたし、いいか。

 

「オッス! キリの字、エギル。元気にやってっか!」

「よっ、クライン。そこそこってとこだな」

 

 いま来た所のクラインと拳を突き合わせ軽く当て合う。

 変わらない野武士ヅラに快活な性格、《風林火山》のリーダーは今日も好調なようだ。

 

「そういやぁよう、キリト。たぶんなんだがこの会議、結構ヤバイ内容だぜ」

「……なんでわかるんだ?」

「さっきここまで案内してもらった時にKobの団員が喋ってたのがチョロっと聞こえちまったのよ」

「で、何が聞こえたんだ?」

「レッド、とかPKとかだな。……ラフコフのメンバーに強力なのが出てきたのかもしれねぇ」

「オイオイ、まじかよ? こちとら商売が忙しくなってきたってのに……」

「エギルの商売云々はともかく、そうだとしたらマズイな。攻略組を減らされると士気にも関わる」

「だよな〜。《軍》の奴らが引っ込んじまったせいで戦力調整が大変だったてのに……」

 

 見るまでもなくがっくりと肩を落とし、辟易としているクラインに多少なりとも同情する。

 《軍》はかなり強大なギルドだ。

 そのため、人数に関しては影響力が大きい。

 人数に関してだけ、はな。

 

「うん? どうした、エギル。誰か探してるのか?」

「む、……まぁ、そうなんだがなぁ」

「どんなやつだ? ギルドのやつか?」

「いやソロ、っていうかタッグだな。ギルドには入ってない。特徴は青の……」

 

 

「待たせて申し訳ない。連絡を受けた者以外は揃ったようなので、会議を始めたいと思う。適当に座ってくれたまえ」

 

 

 この場に集った多くの猛者に臆すること無く堂々と言い放ったのは、ヒースクリフ。

 その身に纏うオーラに当てられたのか、一瞬で静かになる。

 

「……全員、座ったな。会議を始めるにあたって、まずは謝罪をしよう」

 

 スッと立ち上がり、深くもなく浅くもなく頭を下げる。

 

「今回の連絡の情報不足、それに伴う不信感はこちらに非があった」

 

 そうやそうや、とまたキバオウが喚く。

 いちいちうるさいやつだな。

 

「しかし、今回の議題にあたっては必要なことであったと思っている。情報の明記によっての漏洩を未然に防ぐためだったのだ」

 

 また静かになる。

 あの(・・)ヒースクリフがここまで言うからには、よほど重要な事態なんだろう。

 

「じゃあ、なんや? この会議に古参のトップと精鋭ばっかなんは、そういうことなんか?」

「そうだ。断言は出来ないが、ラフコフのスパイがいるという可能性も考慮した」

 

 スパイ。

 人数が多くなればギルドの管理もずさんになることを自覚してるのか、キバオウは黙り込んだ。

 

「勿論、ここにスパイがいないとも限らないが、諸君に注意してもらいたのは無闇矢鱈に疑うことだ。そうなってしまっては、攻略どころではなくなってしまう」

 

 そうだな、と同意していると前列で手が挙がる。

 

「ヒースクリフ。スパイの件については解った。だが、スパイが今回の議題と関係があるのか?」

「無きにしも非ずといったところだ、リンド。……そうだな、まずは要点から話そう。今回、目撃情報のあるラフコフのメンバーとは新たにP(プレイヤー・)K(キラー)が見つかった」

 

 戦慄が走る。

 並の相手ではない。

 ヒースクリフ、緊急会議、アルゴ等これらが揃っている時点で理解できる。

 

「………………強さ、は? ここのメンバーだと誰と同じくらいだ?」

 

 恐る恐るとクラインが聞く。

 誰もが思っていることだ。

 

「ふむ。…………実際には見たわけではないが、聞いた話では…………アスナ君と同等と見ていいかもしれない」

「なッッ!!」

 

 誰が口にしたかは判らない。

 誰が口にしてもおかしくない。

 アスナをチラッと見てみると、悔しげな表情だった。

 でも…………

 

「ヒ、ヒースクリフ。それが事実だとしても、対策が無いわけではないだろ?」

「うむ。確かに実力がアスナ君ほどあったとしても、それを上回る実力者または複数人で対処はできる」

 

 そこだ。

 攻略組で《閃光》と呼ばれるアスナであっても、それ以上の実力者はいないわけでもない。

 

「だが、それはあくまでも今までの事態にのみ対応できるだ」

「……前例が無いっていうのか?」

「そうなるな。……ここからが本題だ。この事件はボス攻略よりも厄介だと思ってくれたまえ」

 

 オイオイ、まじかよ。

 ボス攻略より厄介な事件でPKって……。

 

 

「今回情報が入ったのは…………PKK、つまりプレイヤー・キル・キラーだ」

 

 

 プレイヤー・キル・キラー……?

 

 

「ヒースクリフ、PKとPKKはどう違うんだ?」

 

 リンドが周りの反応を見たのか、質問する。

 イマイチ違いが分かっていないのか、首を傾げているのが大半だ。

 かくいうオレもその一人なんだが。

 

「まず、根本的な違いは殺す対象だ。PKは一般プレイヤーを、PKKはPKを対象にする」

「それは分かんねん。聞いとう限りやったらその辺のレッドとそない変わらへん。わいが知りたいんは、あんさんがそこまで警戒してはる理由(わけ)や」

 

 珍しく静かにしていたキバオウが珍しくまともな質問をした。

 その異様さに周囲のメンバーは呆けている。

 

「…………では、諸君に質問だ。プレイヤーのカーソルは如何にしてオレンジとなる?」

 

 ……馬鹿にしてるのか?

 そんなもの、プレイガイドを読めばすぐに分かる。

 

「馬鹿にせんといてや! プレイヤーに攻撃したらや」

 

 手違いでもなってしまうのが、少し不便なんだよな。

 

「詳しく言うと、グリーンのプレイヤーに、だがな」

 

 ……ん?

 聞き覚えがない声だ。

 

「キリト、さっき俺が探していた奴だ」

「……あれが。名前は……なんだ?」

「プレイヤーネーム、ロキ。結構やる奴だぜ」

 

 エギルがそう言うほどの実力者、か。 

 ……にしてもロキ、か。

 どこかの神様の名前だよな。

 昔、RPGで見た記憶がある。

 

「……では」

 

 っと、気が散っていた。

 集中集中。

 

「もう一つ。…………グリーンがオレンジを攻撃した際、そのカーソルは?」

「ああん? そんなん、決まっとるやないかい。カーソルはグリーンのまま……や……、ちょい待てや、……グリーンの……まま?」

「そう、グリーンの状態だ。 つまり、PKKはシステム上一般プレイヤーと見分けがつかない」

 

 

 タラリ、と冷や汗が垂れる……ような感触。

 つまり、つまりだ。

 可能性としては……

 

「……隣のやつが実は殺人者でした、ってのがある。……そういうことだろ、ヒースクリフ」

「オイ、キリトッ! 言っていいことと悪いこと「いや、構わない。落ち着きたまえクライン君」…………うぐ」

 

 流石にオブラート抜きはまずかったか。

 でも、結論に変わりはないし、撤回するつもりもない。

 事実を曲げて安心を得ようなんて考えは邪魔だ。

 ましてや相手はまがりなりにも人殺しだ。

 妥協なんて隙を作るだけで意味が無い。

 

「諸君、静粛に。先程の意見は的を得たものだったが、注意したように無闇矢鱈に疑ってはならない。組織だけでなく人の関係まで瓦解させてはならない」

「しかし! こんな話聞かされておとなしくしてろってのか?!」

「だからこその選定したメンバーだ。信頼出来ない者はいないだろう、リンド」

 

 グッ、と詰まった表情をする。

 確かにここにいるメンバーは信頼できる者達だ。

 俺はあまり知らないが、ロキに関してはエギルのお墨付きなので問題ない。

 

 

「……では対策を考えたいところだが、生憎と時間がもうない。日程が決まり次第、次会を開こうと思う」

 

 

 

 解散の一言で皆がゾロゾロと部屋を出て行くのを俺はボー、と観ていた。

 現実味を感じない、といえば嘘でも本当でもある。

 殺人者がいるのは事実で、殺人者を殺しているのも事実。

 対処方法か……、どうするんだろうな。

 

 

「……ト、……リト、」

 

 

 て、あれ?

 キバオウが言った、ヒースクリフの警戒する理由を言ってない?

 確かに殺人プレイヤーが紛れているのは怖いけど、圏内ならまず殺される心配は無い。

 それにターゲットがPKなら俺達に被害は無いはずだ。 

 ヒースクリフは一体何を警戒している?

 

「……キリト!」

「ウオッ! なんだ、エギルか。驚かすなよ」

「驚かすもなにも、お前さっきから話しかけてんのに反応がなかったぞ」

「え、マジか?」

「マジだ」

 

 ヤレヤレと溜息をつくエギルに苦笑交じりにゴメン、と謝る。

 

「で、どうしたんだ? 確かに内容が内容だがそこまで思いつめることもないだろ」

「そうだけど、ちょっとな。……ヒースクリフはキバオウの質問に答えていなかっただろ? そこがちょっと気になってな」

「………………言われてみればそうだな。まぁ、考えあってのことだろうよ。俺らがどうこう言っても仕方が無いぜ」

「そうだな。……じゃ、またテキトーにアイテムでも売りに行くよ」

「おう、ご来店お待ちしております。ってな」

 

 

 

 

 こうして会議自体はとくにもめることもなく終わった。

 でも、俺はどこかに引っかかりを感じてスッキリしていない。

 

 『問題点』。

 

 単純に人殺しがダメなのか、ターゲットが変わるのを恐れているのか、それとももっと別な何かか……。

 

「考え過ぎ、なのか……?」

 

 街に戻ったらアルゴから情報でも買うか。

 ここで迷っていてもどうしようもない。

 

「……それにしても、雨止まないな」

 

 一向に収まる気配を見せない天気。

 むしろ徐々に強まってきている気がする。

 

「今のうちに帰るか。転移結晶は勿体無いから、走りだな」

 

 俺は疾走を始めることにした。

 

 

 

 なるべくMobにタゲを取られないように、注意深く走る。

 雨足に衰えは見えないが増してもいないのでペースは変わらない。

 時たま剣の音が聞こえるのはレベリングだろう。

 

 

 …………なんだ?

 

 

 経験からの勘、みたいなものか。

 『何か』を確かに感じた。

 

 

 殺気、恐怖、絶望……

 

 

 「……ァ…………ァ……」

 

 聞こえた!

 確かに誰かの声が聞こえた。

 

 

 ーーー助けに行かないと。

 

 

 半ば反射的に体の向きを変える。

 

 

 ーーー生きてろよ!

 

 

 殺気が間違いじゃないなら、レッドプレイヤーが居てもおかしくない。

 全力疾走しながら抜剣して、いつでもソードスキルを放てるように構える。

 

 

 そして、俺の眼に飛び込んできたのは…………

 

 

 

 

 

 

 

    

 カーソルの赤いプレイヤーがポリゴンとなって砕け散るシーン。

 

 凶悪な大剣を持った仮面のプレイヤー。

 

 

 

 衝撃的すぎるPKKとの遭遇だった。

 

 




どうでしたか?

これまで戦闘シーンが無いという、SAOとしてそれはどうなのか?
と、若干困惑しています


意見、感想、誤字等お願いします
お待ちしております


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5th 闘:想

むちゃくちゃ遅れて、申し訳無いです。
何箇所で「あ〜でもない、こ〜でもない」とこんがらがっていました。
素人が何言ってんねん、と思われることでしょうが……。

定期更新ができる方はすごいですね。

最期の辺りなんかは深夜に書いたので、おかしくなってるかもしれません

t23 Senritsu トウキ takuchatto 唯斗 pa-pun 兎角 さん
お気に入り登録ありがとうございます!


 現在の最前線層のとある草原フィールド。

 激しかった雨はいつの間にか止み、少し霧が出てきている。傾いたグラフィックの太陽が浮遊城を赤く照らしている。 

 ほとんどのプレイヤーがホームや行きつけの店に向かっているこの時間、そこで激しい剣戟の音が響いている。

 それはプレイヤー二人によるものだ。デュエルでも模擬戦でもなく、敗北(HP全損)イコールログアウト(現実の死)という式が成り立つというSAOでは本来滅多に起こらない『殺し合い』が金属のぶつかり合う音を生んでいる。

 

 

 疾くて重い

 

 軽快で激烈で

 

 鈍いが鋭い

 

 

 一人は全身をブラック系の装備で固めている。もう一人は全身をダークヴァイオレットの装備で固めている。

 黒い剣士は片手剣を自在に操り右左、斜め、上下と手数多く、そのなかに一撃必殺の気合を込めた斬撃を混ぜる。

 紫の剣士は両手剣で的確に防御し、隙を見つけてはその大柄な武器の見栄えに似合わない鋭さの攻撃を放つ。

 

 片や攻略組トッププレイヤー、片や謎のPKK。

 

 対戦者名前を聞いただけなら、ほとんどが前者の勝ち信じて疑わないだろう。

 だが、この場にいたらどうなるだろうか?

 それはわからない。

 周囲には彼ら二人だけになってしまった(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)のだから。

 

 

 

 

 片手剣の黒い剣士、キリトは行き詰っていた。

 『死』を見て、マグマの様に煮えたぎっていた感情は剣を交えるごとに冷えていき、相手の行動を観察できる余裕が出来た。

 同時に攻めきれていない自分と攻め切らない相手にもどかしさのようなモノを感じている。

 当たると確信した斬りは弾かれ、意表をついて《体術》を繰り出しても風を切るだけ。

 更には予想外の速さで振るわれる異形の大剣の鋭さに、どこか『死』の恐怖を感じている。

 また、相手の装備している仮面が冷酷非情さを匂わせており、何かのイメージがちらついて集中しきれない。

 

 

 (……おかしい)

 

 

 途中から感じた違和感が大きくなっていることにキリトは一つの疑問を隠せないでいる。

 彼はフェイントも交ぜつつ剣を振るっているが、仮面のプレイヤーは一切引っ掛からない。

 加えて攻撃回数が少ない。

 いくら振りの大きい両手剣でも攻撃できるタイミングはいくらでもあったはずだと考える。

 

 (まさか…………手加減されているのか?)

 

 だが、考えるだけでは埒が明かない。

 キリトは思い切ってその疑問を明らかにしようと賭けに出た。

 

 滑るような踏み込みと同時に袈裟斬りをするが剣の腹で流され、お返しとばかりの斬り上げをバックステップで回避する。

 相手の剣が上に振り切られる前に懐に飛び込み、気合と共に突きを放つ。

 しかしそれは無理やり軌道を戻された大剣によって阻まれてしまう。

 

(……ッ、ここだ!)

 

 

 ガキィィィインッッ!!

 

 

 剣のぶつかり合いの直後に『隙』を作る。

 読みが外れ、運が悪かったなら死ぬ。 

 

 強く弾かれた剣を慣性にまかせて右に流し、わざと体の正面をガラ空きにする。

 鈍重な両手斧であっても確実に攻撃を加える事が出来る時間を作り出す。

 今のキリトの姿勢は上半身が後ろに仰け反り、右半身をガードする物が無い状態だ。

 相手に攻撃の意志があるなら、確実に殺られるだろう。

 

 仮面は大上段に構える。

 キリトは目をカッと見開く。

 何も見逃さない。見極める。

 そう強く思いながら。

 

 

 

 

 

 

 …………頭上に構えられたそれは、ゆっくりと持ち主の正面に居座った。

 

 

 

 

(……やっぱりか)

 

 

 無防備だったはずのキリトは斬り裂かれず、HPバーに変化はない。

 ピクリ、と仮面は『隙』に反応を示したが、攻撃はしてこなかった。

 そのことでキリトの中で組み上がっていた仮定が確信と変わる。

 

(アイツはグリーンを絶対攻撃しない。自身がオレンジになるのを避けている。…………そして、俺の攻撃が当たれば俺のカーソルがオレンジになり、アイツも『本気』の攻撃をしてくる)

 

 が、あくまでも確信を得ただけであって膠着状態が解けるわけでもない。

 むしろ余計に手を出せなくなってしまった。

 

 「……フゥ」

 

 溜め込んだ息を深く吐くと同時に緊張感を緩める。

 攻撃できないし、されない。

 

 なら何が今できるか?

 

(……とりあえず、話が通じる相手かどうかだな)

 

「……なぁ、アンタ。名前、なんて言うんだ?」

「………………」

「だんまりか……。ネーム表示がないのは裏ワザか? 見たこと無いぜ」

 

 対峙する仮面のプレイヤーには頭上にあるはずのプレイヤーネームが表示されていない。

 装備品の新しい付与効果か?それともシステムの抜け道か?

 どちらもあり得る話だ。

 付与効果なんて探せばいくらでもあるだろうし、抜け道もあったとしてもおかしくない。

 

 言ってしまえばPKKだってある種の抜け道である。オレンジにならずに『殺す』ことができる、つまり『合法』なのだ。PKをしても《圏内》に入ることもできるし、そのあたりの有象無象プレイヤーに紛れることだってできる。誰かに見られない限り、『普通』に生きれるのだ。

 

 キリトが感じているのは、危険。

 目の前の存在が、いつオレンジになるのも厭わずに殺戮に走るか。

 レッドのように、殺人に快楽を覚えるモノになるか。

 

 

「一つ、聞きたい事がある。……なんで、人殺しなんかするんだ?」

「………………」

「それに狙ってるのはオレンジ、いやレッドばかり」

「………………」

「お前は…………一体何がしたいッ、グァッッ!!」

 

 

 質問の返答は、強烈な斬撃だった。

 刹那の間に距離を詰められ、横薙ぎの一撃を食らった。

 間一髪ガードに成功したが、キリトは二つの意味で驚愕している。

 

(コイツッ! 俺が反応する前に間合いを詰めた?! それに……なんで攻撃ができる?!)

 

 攻略組トッププレイヤーと自他ともに認めるキリト。

 いくら気を抜いていたといっても、攻略組ですらないプレイヤーにこうまでも接近を許すほど馬鹿ではない。

 つまり、相手はキリトの察知速度を超えて移動と攻撃を行ったことになる。

 

 そして、相手はオレンジになることを恐れ攻撃できない、と予想していたにもかかわらず確実に殺る気で攻撃してきた。

 

 この二つの事実がキリトの混乱に拍車を掛ける。

 

(……もしかして俺よりステータスが上なのか? なぜ、攻撃が出来た? オレンジになってもいいっていうのか?!)

 

 

 たかが雑魚PKを相手にしてるPKK、とどこかで高を括っていた。

 攻略組じゃないならレベルは低いだろう、と勝手に決めつけていた。

 オレンジにはならないから直接攻撃は無い、と想定していた。

 

 

 それら全部が一挙にひっくり返された。

 

 

 

 再び斬撃がキリトを襲う。

 間一髪、片手剣のガードが間に合う。

 

 

 ギャギギィィギャァァァィィィン!!!

 

 

 金属のこすれ合う耳障りな甲高い音が鳴り響く。

 お互いに、いや片方は仮面で表情が判らないが顔をしかめる。その原因は音だけでは無いだろう。

 

 仮面のプレイヤーがバックダッシュで距離を取ろうとすると、逃さないとばかりにキリトは交差している剣を押し出す。

 その行動が予想外だったのか相手は一瞬バランスを崩す。

 それを見逃さずキリトは押し飛ばすように力を込めるが、瞬時に体制を立て直した仮面のプレイヤーもまた力任せに押しだす。

 

 容赦の無い鍔迫り合いがギリィ、と交叉する二振りの剣を不吉に鳴らす。

 

 「グゥッ、…………フッざけんなよッ!!」

 

 SAOトップクラスのSTRにものをいわせて、ガッと押し切る。

 流石というべきか相手は力を抜きバックステップで後方に跳ぶ。

 

「ハァ、ハァ…………スゥ、ハァ。もう一回、聞く。……なんで、こんなことをする?」

「………………」

「確かに、あいつらは人殺しだ。だけど、彼らにも家族はいるんだ。……お前に、その家族を不幸にする権利なんてあるのかッ?!」

「………………」

「黙ってないで、なんとか言えッ!」

 

 

 『これはゲームであって、遊びではない』

 茅場晶彦の言葉。キリトは今まさにそれを感じ取っている。

 

 SAOとは、住民(プレイヤー)が見る世界がVRワールドとなり日々のルーティンがファンタジックなモノへと変貌しただけだ。しかし、未だ見えることのないゲームクリアに到達すると、またかつての『現実』へと帰還する。

 ほとんどのプレイヤーには帰りを待っている人がいるだろう。そして、今も悲しんでいる人がいるだろう。

 PKだろうがPKKだろうが、家族がいる以上帰らなければならない。たとえどんなに粗悪な仲であっても。

 そう、キリトは思っている。

 

 だがこれはあくまでもキリトの持論だ。

 他人に、ましてや会ったこともない人に共感ができるだろうか?

 

 

 「…………フッ、それがどうした?」

 

 くぐもった声。仮面装着によりエフェクトがあるのだろう。

 キリトは驚愕した。

 一つは喋ったこと。もう一つは…………声が若かったこと。

 多少わかりづらいが、大人というには声が低くなく、子どもというには高くなかったからだ。

 

(……こいつは、まさか…………ほとんど同年代じゃないのか?)

 

「……どうした? お前が答えろといったから答えてやったぞ?」

「わるいな。もっと焦らされるもんかと思ってたよ」

 

 すると、仮面はクックックと声を抑えて笑い出した。

 

「……同類の質問を無下にするほど、馬鹿じゃない」

「同類? ……どういうことだ、俺は人殺しなんてしていない」

「……そうか、わからないか。ならいい」

 

 そう言うと右手の両手剣を逆手に持ち、それに左手を順手で添える。まるで居合のような構えを取り、ピタリと動きが止まった。

 警戒するキリトは何時もの構え、右半身を後ろに引き剣を正面から隠すように構える。

 

 ピリッと空気が肌を刺す。

 決着。

 言葉はなくとも二人は無意識に合意していた。

 

 物音一つ、しない。

 Mobのポップ音もプレイヤーの足音も無い。

 剣戟も咆哮もさえずりも掛け声も無い。

 

(先手必勝。アイツが踏み込む前に、接近するしかない)

 

 先程の異常なスピード、反応がコンマ一秒遅れていたらキリトは二分されていただろう。だから、先に相手の懐に飛び込む。これが仮面のプレイヤーに勝てる最良の一手。

 

「…………ッ、ハァッ!」

 

 AGIをフルに使って、彼自身が出せる限界のスピードで疾走(はし)る。片手剣から赤い光芒がほとばしる。ゴォォオッとジェットエンジンのような轟音が静けさを壊す。

 

 ーーー片手剣重単発技《ヴォーパル・ストライク》ーーー

 

 これまで数えきれないほど使ってきた愛技。

 ソードスキルの加速補正も相まってトップスピードからさらに加速する。

 

 相手は動かない。

 構えた姿勢から微動だにせず、ただジッとキリトを見ている。

 

(なんで動かないんだ? このままだと直撃だぞ?!)

 

 すでに二人の間の距離は二メートルもない。

 軌道を変えずに直進すればHP激減、もしかしたら全損もあるかもしれない。

 

 

 

 ーーー俺が、殺す……?

 

 

 ふと、キリトの頭に浮かぶ。

 視界が、思考がスローになる。

 

 

 アイツが避けなかったら、死ぬ? 

 

 ーーーアイツは人殺しだ。死んでもいいじゃないか。

 

 殺してしまう? 

 

 ーーー躊躇うことはない。

 

 俺が人殺しになる? 

 

 ーーー人殺しを退治した英雄だ。

 

 アイツの家族を悲しませる? 

 

 ーーー人殺しの家族なんてろくな奴がいないに決まってる。

 

 殺すなんて……。

 

 ーーー殺セ、殺シテシマエ。

 

 

(俺は………………)

 

 剣の輝きがピークに達する。残りの距離は一メートルもない。

 空間を切り裂くように突き進む一振りの剣。

 

 その切っ先は…………

 

(………………できないッ!)

 

 

 

 

 

 

 …………そのまま虚空だけを疾走り抜けた。

 

 

 

 「ハァ………………」

 

 何かに失望したような溜息がキリトの耳にいやに大きく聞こえた。間を置くこと無く視界の端でナニかが鈍く光った。

 

 

 ガキィィイイィィィンッ

 

 

 リアルだったら血がにじむほど強く握りしめていたものが消え、突然の衝撃に尻もちをつく。

 ジャキン、という音とともに首筋に冷たい感触が伝わる。

 見上げれば無機質な仮面がキリトを見下していた。

 

 視線をチラリと左に向けると、さっきまで右手に会った相棒が無様に転がっている。

 

(負けたのか…………)

 

 屈辱も絶望も面恥も感じない。

 生への執着も忘れた。

 敗北という事実、それだけしか考えられない。

 

 

 「………………フン」

 

 スッと首筋から剣が離れ、ゆっくりと所有者の背中に収まる。その所有者は飛ばした剣を拾い、キリトの左側に突き刺す。

 

 ーーー質問に答えてやろう、ビーター(・ ・ ・ ・)

 

 

 ボソリ、とくぐもった声でささやかれた。

 聞き逃してしまいそうなほど小さな声。だが、はっきりとキリトはそれを聞いた。

 

 それだけを言うと、仮面のPKKはどこかへと霧のように消えて行った。

 その去っていく姿隙だらけだったが、すでにキリトの戦意は霧散していた。

 

 

 

 

 

 

 しばらく呆けていたキリトは思考がスローになった一瞬を思い出した。

 

 ーーー殺セ……

 

 ゾクリと背筋が震えた。言いようのない恐怖が体中に広がる。

 あの時、感じた衝動は……

 

 

 

 

 …………殺意。

 

 

 僅かだとしても、確かに殺そうする意思を持った。

 生きている人間を。

 

 自身が何か恐ろしい怪物に思えた。

 感情のままに、殺す。そこに理由はない。

 右手の手のひらを目に入る。

 それは異形のモノではなく、怯えるように震える彼の手だった。

 

 鼓膜にドロリとした仮面の声が響く。

 狂っている。

 異常だ。

 彼ら(人殺し)は麻痺しているのだろうか? 人を『終わらせる』ことがどれほど恐ろしいのか、感じないのだろうか?

 『殺す』ことが存在意義なんだろうか?

 

 

 『俺が俺であるため。俺が俺として在るため』

 

 

 キリトは生きるためにMobを狩る。

 それと同じなのだろうか?

 

 

 答えが在るか解らない疑問を帰路の間、考えていた。

 ホームのベッドに倒れ伏し眠りが意識を奪う直前、仮面の隙間から覗く双眸を思い出した。

 

 寂しく、苦しげな眼だった。

 

 

 

 茅場晶彦が望んだ世界はこんなものなのか。

 

 窓の外で二つ、涙のように流れ星が消えていった。

 

 

 




どうでしたか?

アレですね。
ゲームし始めたら、夢中になってしまいます。
デュティー(vita)とか、レイジバースト(vita)とか、SAOホロフラとか。

誤字、意見、感想などなどよろしくお願いします。




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6th 情:想

遅くなりまして、大変申し訳無いです
綱引きで引きずられる側のごとく、ズルズルと延びてしまいました

後半部分なんかアレです……

通算UA1000を超えました!
お気に入り登録、ありがとうございます!


 

 昼間の雨が嘘のように、晴れ渡っている夜空。

 雲ひとつ見当たらないその空は無数の星で飾られている。

 

「……スゥ……ハァッ」

 

 浅く吸い込んだ空気は冷えていて、肺をヒンヤリと冷たくした。

 乱雑に音をたてながら森の中を抜けていく。いつもならこんな事をしないのだが、時刻が既に午前二時を過ぎていることもあり人目がないと判断した。

 勿論、《索敵(Search)》は怠っていないがマップには表示されるものはない。

 

 体に当たりガサガサと鳴る草葉。知らぬ間に蹴飛ばしコロンカランと響く小石。地を蹴りズシャッ、と足跡と一緒に残る音。

 どれもこれも彼の耳には入らない。

 疾く早く速くと体を急かす。

 装備を変える時間すら惜しい。

 

 ピィンッ!

 

 突如、マップに光点が現れる。色は……グリーン。

 向かっている方向は……同じ。急に現れたということは隠れていたと考えられる。

 

(……見られたのか?だとしたら厄介だな。……殺すか)

 

 内ポケットから仮面を取り出し、顔に付けようとして気づく。

 自分の口角がニヤリと歪んでいる。

 

「何を楽しみにしてんだか……」

 

 ロキは自嘲するように呟く。

 表情を戻すために少し強めに顔に仮面を押し付け装着する。

 

 グッと足に力を込める。姿勢を出来るだけ低く、上体が地面と平行になるぐらいまで落とす。

 ベルトの投擲用ピックを二本引き抜き、左手の指の間に挟む。

 

「……フッ!」

 

 鋭く息を吐き、強く地を蹴る。

 同時に《消音(スニーキング)》スキルを発動させ、足音を消す。一連の動作は一瞬で終わり、異常に手慣れているように見えた。

 

 五秒ほど疾走していると、プレイヤーらしき影を見つける。

 体格は……小柄。装備はマントのようなモノで判らない。

 

(……なかなか、速いな)

 

 全速ではないといえ、ロキのAGI(敏捷値)は攻略組平均を凌駕する。それに追い付かせない前方にいるプレイヤーも並みのステータスではないだろう。

 ならば、とロキはとある(・ ・ ・)スキルを使用する。

 ズシャッと一歩地面を蹴った直後、ロキの姿がブレ(・ ・)た。

 直後、彼の姿が瞬間移動したかのように前方にいたプレイヤーの左横に現れた。

 

「……なッッ!!」

 

 唐突すぎるロキの出現にプレイヤーは驚愕した。

 その隙に左手に持っていたピックを連続で投げつける。《投擲》スキルの発動により威力と速度、眩しいライトエフェクトが加わる。

 

「くっ! ッハァ!」

 

 一本は避けられ、もう一本はガキィンと右手の武器で弾かれる。けれどもロキは牽制用と考えていたのか動揺していない。右手を背中に、愛剣の柄へと伸ばす。

 

「……ハッ!」

「うぉット!」

 

 抜剣から流れるような動きで上段から振り下ろす。それをプレイヤーはギリギリで地面に転がることで回避した。

 追撃は、無い。ロキは体制を戻すまでの挙動を観察している。いや、正確には右手に装着されている武器(・ ・)を見ている。

 ほとんどのSAOプレイヤーは主武器(メインアーム)をプレイヤーの持つ最大の特徴と認識している。ロキは両手剣使い。キリトは片手剣使い。エギルは両手斧使い。……そして、目の前のプレイヤーは鉤爪(クロー)

 ロキの記憶に鉤爪を装備しているプレイヤーとして該当する者は、一人。

 

「……お前は、情報屋のアルゴだな?」

「…………人気者はつらいネ。何の用だイ、青白仮面のピエロ君?」

 

 やはりな、とロキは得心すると同時に『道化(ピエロ)』という言葉に苦笑する。

 

(アイツが殺され、他人からすれば狂った道を歩んで、いや歩まされている俺は確かに『道化(ピエロ)』だな)

 

 フッと軽く笑うが仮面で表情は判らない。緊張感が多少緩んだのをアルゴは感じたがなにも言わなかった。見た目からして怪しい相手であり、情報(・ ・)と近似する点が幾つか思い当たったからだ。

 気を引き締め直したロキはアルゴがどれほどの情報を持っているか知るために、武器を突きつける。

 

「……最初に言っておく。…………逃げることはできない」

 

 

 僅かに見える両眼には狂気が渦巻き、太極を表すような青と白の仮面がグニャリと嗤ったように歪んだ。

 

 

 

 

 

 

   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 カツンっ……カツン。石畳を蹴るたびに音が響く。喧騒の失せた通りの隙間まで音は染み渡り、よりいっそう不気味な静けさを引き立たす。

 だが、ロキは原始的な恐怖など気に留めず街の中を走り抜けていく。恐怖より、今にも爆発しそうな衝動を抑えこまなければならない。

 角を曲がると借りている宿が見えた。町の中央より少し離れた穴場だ。

 少し減速して扉を通って階段を登り二階へと駆け上がり、バンッと音をたててドアを叩くように開く。部屋に入り乱暴にドアを閉める。

 

 トタトタと小さい足音と共に奥からヨシナが顔を出す。どうしたの、とでも言いたそうな表情をするがロキの異様な雰囲気を感じ、開きかけていた口を固く閉じる。

 音に反応したのか銀色のオオカミ、ビショップが顔を上げるがまたすぐに眠った。

 

 トンとドアにもたれる。そのままズリズリとドアに背を預けたままずり落ち、片膝を立て座り込む。

 

 

ーーーーーもうダメだ、限界だ、我慢できない。

 

 

「……クハッ、フフッ、ククッ」

 

 

 彼は胸の奥から込み上げてくるモノを一気に吐き出した。

 

 

「…………ハッ、ハハハハハッ、フハハハハハッ、クハハハハハッッ!!」

 

 ロキは(ワラ)う。

 『勝負』に勝った。今までのPK狩りは『勝負』なんかじゃなかった。

 純粋な『勝ち』を手にした。

 単純に楽しい。単純に嬉しい。

 彼の顔は喜色を浮かべている。

 

 

「カハッ! クハハハハハハハッ、アハハハハハハッッ!!」

 

 (ワラ)いは止まらない。

 攻略組最強の一人、キリトに勝った。

 あの時の諦めた、負けを認めた顔は滑稽だった。

 レベルもアビリティも及ばない格上を圧倒した。

 本当に愉快だ。

 とても痛快だ。

 愉悦が彼を満たしていく。

 

 

「ハハハッ、クハッ……ハハ………………」

 

 彼の嘲笑(ワ ラ)いは少しずつ消えていく。

 キリトに勝った。……それがどうした?

 攻略組最強を圧倒した。……だからなんだ?

 

ーーーー愚かだな。お前は何がしたい?

 

 脳裏に浮かぶ声。

 この嘲笑(ワ ラ)いは自嘲だ。己に課した決意を忘れ、ただ無意味な時間を使った。あまつさえ仮面越しだとしても喋ってしまった。

 所詮、こんな存在だったのか。どうせ、俺なんか……。

 黒々としたナニかが思考を乱す。

 ギュッと右手がズボンを握りしめる。

 

「……クソ、ッタレ………………」

 

 誰に向けたのかすら判らない言葉が漏れる。

 ワカラナイ、シリタクナイ、コワイ、サビシイ、ミニクイ、オゾマシイ、クルシイ………………。

 ドロリと体が闇に沈んでいく。そんな錯覚を感じても、抵抗しない。

 

「……オレ、は………………」

 

 

 頭の中が朦朧とする。

 クシャっと左手で前髪をかきあげる。

 

 その時、何かがロキの顔に触れた。

 顔を上げると、ヨシナが目の前でしゃがみ右手にハンカチを持っていた。

 ハッとして目元を腕で拭うと、袖が濡れた。

 

「…………なんで、涙が……」

「少し前ぐらいから、かな。……気付かなかったの?」

 

 ヨシナは優しく声をかけ、丁寧に涙を拭いてく。

 その腕を右手で掴み動きをやめさせる。

 

「……ロキ?」

「やめてくれ。…………俺は、どうせ俺なんか……」

 

 口を開き言葉を続けようとした瞬間………………

 

 

 フワリ、と柔らかいものがロキを包む。強く、そして穏やかに抱きしめられた。

 突然の行動にロキは硬まる。

 ヨシナは耳元で話し始める。

 

「『どうせ俺なんか』なんて私の前で言わないで……」

 

 抱きしめる力が少しだけ強くなる。

 ロキはそれに何も言わず、行き場を失っていた右手で自分のものじゃない服の裾を握った。

 ポタリ、ポタリと涙は頬を伝い落ちる。

 

「以前、あなたは私のことを覚えていない。……そう言った。けど、私はあの時のことを今でも鮮明に、まるで一秒前の出来事みたいに覚えてる」

 

 覚えていない。

 ヨシナと出会った層は覚えていない。ただ、偶然目が合った瞬間に

 

 『あなたはあの時の……私のこと、覚えていますか?』

 

 と聞かれたことは覚えている。ちょうど今みたいな誰もいない、たった二人だけの夜だった。……いつの間にか止んでいた雨が降っている。

 左手も服を握る。さっきより少し力が入った。

 ピチャリと涙が小さい滴となって落ちる。

 

「二度と会えないと思ってた。……SAOがデスゲームになってから、その不安は大きくなって……壊れそうだった」

 

 声が少し小さくなった。

 ロキの背中に回している腕が小刻みに震える。

 

 儚くて……壊れそうで。

 気づけば両腕はヨシナを護るように(いだ)いていた。

 

「本当に限界が来るかも。そう思ってた時に……あなたに会えた。……嬉しい、なんて言葉じゃ言い表せなかったんだよ」

 

 お互いがお互いの存在を確かめ合うように、優しく抱きしめる。

 自分を信じてくれる存在を。

 自分が愛しく想う存在を。

 

「あなたが傷つくのを見ると、私も辛くなる。……自分を嫌いにならないで、なんて私は言わない」

 

 少し体を離し、顔と顔が正面で向き合うように位置を変える。

 けれど、と言って真剣に眼を見る。

 

「あなたは私を護ってくれた。あなたと出会って救われた。その事実は変わらないよ。…………私にとって唯一大切な存在、それがロキなんだから」

 

 心の底から、ヨシナの根幹から発される言葉。

 一瞬、視線が交差する。それだけでロキはヨシナの気持ちを理解する。

 

「…………少し、寝かせてくれ」

 

 気遣わない単なる我が儘。それだけでもヨシナは嬉しく感じた。

 

「うん!」

 

 

 よほど疲れていたのか、ロキはベッドに倒れると泥のように眠ってしまった。

 その隣、寄り添うように寝転んでいるヨシナは眠りに落ちるまで、彼の寝顔を愛おしく眺めていた。

 

 

 

 

「……ウフフ。そうだよ、ロキ。あなたは私だけを見ていてくれればいいの。……私だけを」

 

ーーーーそれが、『幸せ』だから。

 

 右手で柔らかにロキの頬を撫でる。

 意識が眠りに落ちる直前の、ヨシナの呟きだった。 

 

 

 

 

 雨は再び止んだ。

 月と星が夜空を彩る中で二筋の光が寄り添って煌めいた。

 

 

 

 




どうでしたでしょうか?
結構メチャメチャですね

感情って難しい

いままで読んできた作品や小説などを思い出しながら、で書きました

誤字、感想、アドバイス待ってます


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7th 記憶:発覚

え〜、どうも地獄飛蝗です。
ちなみに読みはキックホッパーです。
 
前回のことで、ヨシナヤンデレ化?でしたが……。
読者の方々は、ヤンデレ好きなんですか?
作者はどちらでもないですが。

今回は少し短いかもしれません。


タグ追加、タイトル変更しました。
タイトルはなんかしっくりこなかったので変えました。
お気に入り登録ありがとうございます!




 

 

 

 

『……君、名前なに?』

 

ーーーー誰の声だ?

 

『わたし? 私は■■■■』

 

ーーーーここはなんだ?

 

『ふぅん……、□□□□っていうんだ』

 

ーーーー……あぁ、夢か。どうりで見覚えがない景色なわけだ。

 

『君は、あの大人達と同じ?』

 

ーーーー……何故、懐かしいと感じている?

 

『知るか、って。……まぁ、いいよ』

 

ーーーー俺は知らない……はずだ。

 

『なんでわたしは、こんな所にいるんだろうね?』

 

ーーーーまるで隔離されたような狭い部屋。

 

『もう飽きちゃったよ、想いの篭ってない上辺だけの言葉は』

 

ーーーー夢ゆえか、何故か見える無数の大人。……貼り付けたような表情の。

 

『……□□君なら、どんな言葉を紡いでくれる?』

 

ーーーー達観した、諦めた、そんな表情。

 

『私は普通じゃないの。……言っても信じないと思うけど』

 

ーーーーだけど、かすかに希望を持っている。……同類という希望を。

 

『そんな私に、君は何を言ってくれる?』

 

ーーーー何か大事な根幹を失ってしまったような笑顔。

 

 

 それを見た直後、視界は白く染まっていった。

 

 

 

   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 目を開けば何処にでもありそうな簡素な木造の天井がある。もっとも見た目が木造なだけであって、実際は【Immortal Object(不 死 属 性)】というシステム的に保護されたハリボテだ。流石に内部構造までの再現はしていないだろう。

 広くもない窓から光が入ってきているので、灯りがなくても部屋は少し明るい。

 

「……夢、か」

 

 誰に聞かせることもなく呟いた。

 精神世界であるここで夢を見るとは思ってもいなかった。……しかし、夢を見たということは何らかの『トリガー』があった、という訳だ。

 

「昨日の、アレか……」

 

 『私にとって唯一大切な存在、それがロキなんだから』

 思い出すと形容し難い感情が沸き起こってくる。世間一般で言う甘いモノでなく……。

 

「……まぁ、いい」

 

 グッと伸びをして思考を切り替える。確認すると時刻は午前九時。窓の外を覗いてみるといくつかのパーティを見えた。チラホラと雲が見えるが天気は良いのでレベリングでもするのだろう。

 精々無駄に足掻いてくれよ、と口には出さず呟く。

 暫く外を眺めているとドアが開く音が耳に入る。振り返ると帰ってきたヨシナがこちらに気づいた。

 

「あ、起きたんだね、ロキ。おはよ」

「おはよう。……で、それはなんだ?」

 

 ヨシナの右手にある籠を指さす。大きさはデパートなんかにあるサイズと変わらない。中身は布が掛けてあって見えない。

 まぁ、朝食だろう……。

 テーブルの上に置き、布が取られると中身は予想通り食事だった。一つだけ予想外だとするとその豪勢さと豊富さかもしれない。

 

「ごめんね、料理スキル取ってないから手作りは無理なんだ」

「いや、構わない。俺はそこまで、食い物に執着が無い」

「私が構う。……リアルだと上手なんだよ」

「……そうか」

 

 思わぬリアルの情報に言葉が少し詰まり会話が途切れる。

 何気に高そうなパンをかじりつつアイテム整理をしていると、新着メールの通知が表示された。

 

『from Argo』

 

 その二語を見ただけで、嫌な予感がした。手元のパンを口に放り込み、咀嚼もせずに飲み込む。続けてドリンクも煽り、フゥと一息つく。

 

「……ヨシナ、アルゴからメールが来た。そっちはどうだ?」

「えっと……、来てないね」

 

 メニューウィンドウを可視化してテーブルの中央に移動させ、メールを開く。

 件名は無し、本文には短い文が一行だけ。

 

『重要な話があるからヨーちゃんと前の店に来てほしい。キー坊とアーちゃんも一緒だよ。』

 

「………………」

「………………」

「……どう思う、これを?」

「キリトはともかくアスナがいるってことは血盟騎士団が関わってるかな?」

「重要、ってことは攻略関係か。……それも、あまり(おおやけ)にしたくない、ことだな」

 

 少人数での会合、さらに言えばSAOダブルトップである。ロキ自身、そこに参加する必要性を感じないのだが相手が相手だ。襲撃した相手ではあるが断って変に勘ぐられるより、堂々と対面したほうがいい。

 そう思考をまとめて食事を再開する。

 

「……食べたら、行くぞ。準備はいいか?」

「いつでもオーケーだよ」

 

 

 決定事項だけ伝えても、ヨシナはそれに不満の欠片も思っているようには見えない。なぜ、と質問すらしない。それが普通なのかどうかを俺は知れない。この『今』が普通と感じているから。

 

 

 

 

 

 数十分後、俺達は《アルゲード》の奥にある怪しげなカフェに向かうため宿を後にした。

 

 

 

 

 

 

   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 目の前に並んで座る二人。どちらもSAO屈指のプレイヤーであり、その佇まいも並のプレイヤーとは違う。

 一人はキリト。真っ黒な衣装で防具らしい防具を装備していない。その見た目から『黒の剣士』や『ブラッキー』、とある事件から『ビーター』などの二つ名を持っている。盾を使わない片手剣というスタイルで所属ギルド無し、パーティ無しのソロプレイヤーを貫いている。背負っている黒剣は無駄な装飾が無く、『魔剣』というイメージがしっくり来る。

 もう一人はアスナ。白と赤を基調とした血盟騎士団特有の装備に身を包んでいる。SAOではかなり少ない女性プレイヤーであり、彼女の文句のつけようのない華麗な容姿ーーーー周囲の評価からするとーーーーからファンになる者は多い。また、その実力も確固たるもので血盟騎士団副団長という肩書と《閃光》という二つ名がそれを物語っている。主武器(メインアーム)細剣(レイピア)。白銀に煌めくそれはプレイヤーメイドだろうが、まさに渾身の傑作という言葉が似合う。……人気度トップを誇るアスナに使ってもらえるなんて、職人冥利に尽きるだろうな。

 もう一人、俺達を呼んだアルゴは何故か正面ではなく右隣りに座っている。

 正直、くだらない話だったらさっさと退散しようと思っていたのだが……。

 

「……確かに、重要な話だな」

「そうだ。結果次第だが今後の攻略にも影響を及ぼす」

「キリト君の言う通り、成功すれば犠牲は減り、効率は上がります。でも逆に失敗すれば……」

 

 アスナはそこで言葉を区切り、顔をしかめる。失敗した時のことでも予想したか……。

 

「……失敗した場合、攻略組の戦力が激減。重ねて士気は、著しく落ちる、だろうな」

「ロキ君、そういうことを言うのは「いや、構わない。」……キリト君」

「……解ってるじゃないか」

 

 以前のPKK対策会議の時のように、事実に向き合う姿勢には好感が持てる。

 ……だが、覚悟が足りないな。

 あの時俺は、俺を殺さなかったキリトには失望した。

 今回の作戦での働き次第、といったところか。

 

「……で、日時は未定か?」

「はい。現在各ギルドのギルマスと話し合いを進めていますが、PKKという件もありますので……」

「そのPKKなんだけド、情報が少ないんだヨ」

「俺も戦った時以来見てないな」

 

 そのPKKが目の前にいるんだがな……。

 まぁ、ばれることはまず無い。あの『仮面』を装備している限り、俺は俺じゃなくなるからな(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

「不安要素を、考えてたら、キリがないぞ。…………特に、『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)掃討作戦』なら、なおさらな」

 

 

 『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)掃討作戦』

 

 

 俺達がここに呼び出された要件であり、最前線で戦うプレイヤー達にとって最大の悩みだ。

 血盟騎士団のデータによると、犠牲者は既に五十人を超えたらしい。だがこの数字も確認出来た範囲なので実際はさらに多いはずだ。

 殺人に快楽を感じる狂人集団。それが嗤う棺桶(ラフィン・コフィン)というギルド。 

 ……俺も殺人者だが、殺す事を楽しいとは感じない。かといって罪悪感がある訳でもないが。

 

「確かにそうなんだが……」

「PKK会議の時の誰かさんの発言で皆が疑り深くなってるのよ。ねぇ、キリト君?」

 

 表情はにこやかだが、眼が笑ってない。

 そんなアスナを見て、キリトの顔が真っ青になる。

 …………いくら感情表現がオーバーでも、ここまでは初めて見たぞ。

 

「え〜と、その、アスナさん? なんで怖い顔をしておられるのでしょうか?」

「怖い顔? 私は別に怒ってなんかいないよ、キ・リ・ト・君?」

 

 パンッパンッ

 

 アルゴが二人の会話を止めるように手を叩く。 

 

「はいはイ、痴話喧嘩はまた後にしてくれヨ」

「ち、痴話喧嘩?!」

「おいアルゴ! これはそんなんじゃない!」

「いや〜、明日の新聞の一面は決まりカナ〜?」

 

 ニヤリと意地悪そうに笑う。

 アスナとキリトの顔が真っ赤になる。

 

「うぅ〜……。ロキ君、伝えたかった用件は以上です。何らかの進展があった場合、また連絡します。行くよ、キリト君!」

「うぇッ!分かったから引っ張るな!じゃぁな、アルゴ、ロキ、ヨシナ!……だから引っ張るなって!」

 

 言葉をまくし立て、慌ただしく店から出て行く二人を見送る。

 ……金はしっかり払うんだな、アスナ。

 

「にひひ。実際、お似合いだと思うけどネー」

「からかうのも、ほどほどにしろよ。そんな一面が出てみろ? 色んな意味で攻略が、止まるぞ」

 

 アルゴを諌めるが、俺の言ったことを想像したのかさらに笑いが増した。

 気持ちは解らんでもないが……。

 

「人気が有りすぎるのも考えものだナ。その内『アスナ様』とか出てくるんじゃないカ?」

「……やめろ。あり得そうだ」

「居たら居たで、かなり気持ち悪いけどね」

 

 まれな美貌を持つ少女ーーーー見た感じでは高校生ぐらいかーーーーに跪き、『アスナ様』と崇拝するような中年男性。

 

 …………気色悪い。さっさと忘れよう。

 

「さて……」

 

 帰るか、と言おうとすると急にアルゴが立ち上がり、俺達の正面に移動した。

 

「さーてト、ロー君達を呼んだ本当の用事はここからダ」

 

 ……ガラリと雰囲気が変わったな。

 ニヤリと笑っているが、さっきまでとはその種類が違う。

 

「……さっきのは、あくまでもついで、だったとでも?」

「イヤイヤ、結構重要なはなしだったロ?」

「作戦への、参加は任意だ。やるかどうかは、気分次第だな」

 

 俺がこう言うと、大げさに手を広げ、やれやれとばかりに首を横に振る。

 ……策か? 

 だがこいつともそれなりに長い付き合いだ。この程度で俺が苛つくはずがないと知っているだろう。

 なら、狙いはなんだ?

 

「……オレっちはネ、きっと参加するって思ってるヨ」

「根拠は…………なんだ?」

 

 俺から視線を外さず、真剣そうに口を動かす。

 

 

 

 この時、俺は朝の『嫌な予感』が的中したことを痛感した。

 

 

 

 

「……なぜならロキ(・ ・)は、いやロキ(・ ・)が謎のプレイヤー・キル・キラーだから()

 

 

 

 

 この時のアルゴの眼はまるで…………新しい獲物を見つけた猛禽類のような眼だった。

 

 

 




どうでしたでしょうか?

感想、評価、アドヴァイス、誤字報告待っています。
短くても作者は喜びますので。


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8th 思惑:心情

遅れましてすいません
第八話です
今回は後ろほとんどを深夜に書きました(=メチャクチャ)

GE2RBストーリークリアしました(数日前ですが)
『雀刺し』でストップ食らいまして

通算UA2000超えました!ありがとうございます!
お気に入り登録ありがとうございます!


 

 

 

 数人が賑やかにしているとある店の一角。そこだけ温度が周りよりかなり低い、そう錯覚させるほどの空気が満ちていた。

 その空気を正面から受けているプレイヤーはどこ吹く風、とばかりにすました顔をしている。

 

 冷たい。

 

 殺気、とでも言うべきか。

 この濃密な気配は近寄ろうとした者たちを震え上がらせた。

 

「…………何のことだ?」

 

 殺気を出している本人ーーーー見た目十五、六歳の少年ーーーーが重々しく口を開いた。彼の眼は『いかに目の前の邪魔を排除するか』と語っている。

 その『邪魔』とされている相手は依然として態度を崩さない。ニヤリと口角を歪め、飄々としている。

 

「ロー君。そんなに警戒心丸出しだト、自分から認めてるようなものだヨ?」

 

 解ってないナ〜、と挑発するように首を横に振り更に笑みを深めた。

 しかし、彼はそれに乗らず冷静を保っている。

 

「それこそ、何のことだ?」

 

 否認の姿勢を変えない彼を見て、アルゴはわざとらしくため息をつく。

 

「はぁ〜。……分からないならもっかい言ってやるヨ」

 

 スッと顔から笑みが消え、表情と雰囲気が真面目そのものへと変わった。いつもと違う凛とした眼は思惑を全て見透かすように彼の眼を見つめている。

 

「ロキ、お前がプレイヤー・キル・キラーだナ?」

「………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「………………チッ」

 

 ドサッと大きな音をたてて椅子に勢い良くもたれる。

 右手で顔の上半分を覆う。隠れていない唇は少し開いていて、強く噛みしめる歯が見えた。

 

「いつから……気づいていたの?」

 

 沈黙していたヨシナが探るように尋ねる。彼女もロキと似たような感情と不安が顔に現れていた。今彼女にとって最も恐れているのはロキがPKKであることがばれる

より、その近い未来にあるであろう二人が離ればなれになってしまうことだ。そうなれば彼女の精神は再び崩壊の一途を辿るに違いない。

 

「ヨーちゃん。そんなに警戒しなくてもいいッテ」

 

 ヨシナの心情を敏感に感じ取ったアルゴは手をヒラヒラと振り、取り敢えず攻撃の意志が無いことを見せる。

 それでも当たり前だが警戒を解くつもりはないらしい。

 

「……取り敢えず言っておくケド、このことを言いふらすつもりは無いヨ」

「……フンッ。その言葉を、信じる根拠が、何処にある?」

 

 アルゴの本心としては二人と敵対したくない。というよりロキと敵対したくない。

 だが信用出来ない相手をとことん疑うロキにとって、目の前のアルゴは敵でしかない。

 ヨシナは彼の意思を尊重するだけである。

 

 ここまでの間にロキは《索敵》を発動し、周囲に攻略組プレイヤーなどが居ないことを確認している。

 この時にアルゴの言うことは本当か、と思ったのだが情報伝達手段はいくらでもあるので疑いは消えなかった。

 

「ンー、…………無いネ。それでも二人には、せめてヨーちゃんだけにでも信じて欲しいんだヨ」

「……なんで、私だけ? ロキが貴女を敵と言うなら、私も敵として見るよ」

 

 根拠は無い。それでも信じて欲しい、それも本人ではなく側にいるヨシナに。

 意図が読めない、無茶な要望だ。

 そう思うが…………。

 

「だってネ…………オレっちも同じ(・・)なんだヨ、ヨーちゃん」

「……それって、どういう…………ッ!!」

 

 少し躊躇いがちに話すアルゴの様子に疑いを持ったが、ヨシナはその様子の正体にすぐ気がつき、驚愕した。

 

「アルゴ……冗談、だよね?」

 

 恐れるように尋ねる。

 アルゴの答えは、無言だった。

 さっきまで凛としていた眼は恥ずかしげに伏せられ、時折ロキをチラリと見る。

 

 表情、仕草、会話。

 それらに常に注意を払っていたヨシナは確信した。

 

 アルゴは『同類』であり『敵』だ、と。

 

「おい、どうしたヨシナ?」

 

 いつの間にかヨシナはロキの左腕に抱きついていた。それは無意識下での行動だった。

 気づいても離れようとはしない。

 離したら彼が何処かに行ってしまう。そんな不安に駆られる。

 だからといってアルゴを消すことはできない。彼女は数少ない彼の理解者。

 自ら人殺しになった人間だと知っていても、好意を抱く。

 本質を見ることができる彼女の存在は後々に重要となるかもしれない。

 

 そんな考えがよぎり、ヨシナはアルゴを生かすと決めた。

 

「……ロキ、コイツはあなたの敵じゃない。……けど私の敵」

  

 小さい声だった最期を除くその言葉を聞いて、「……そうか」とだけロキは言い右手でヨシナの髪を撫でる。

 それだけでヨシナの不安は何処かへ消え、幸せが心を満たしていく。

 名残惜しそうに腕から離れた。

 

「というわけデ、解ってくれたかナ」

「……アルゴ。お前の目的は……狙いは、何なんだ?」

 

 理解不能。

 今のアルゴに対するロキの印象がそれだ。

 PKKの正体を知っても公表しない。すれば攻略組の中のアルゴの評価は上がり、功労者として名を挙げる。

 彼女にとってメリットは多いはずなのにしないと言う。

 むしろデメリットが大きい。殺人者の情報を秘匿、さらには協力する。バレた時の非難は並のそれじゃない。

 それでも、アルゴはデメリットを選んだ。

 

「目的ネ……。しいて言うなら『見届ける』こと、カナ」

「見届ける……」

「そう。ロー君……君という存在がどこまでこの『ストーリー』に影響を及ぼしていくのカ。これを見届けることがオレっちの目的だヨ」

  

 他人がこれを聞いても「何のことやら」と思うだろう。

 だが、アルゴには確信があった。

 

 この二人、少なくともロキは『同じ』である、と。

 

「今言えるのはそれダケ。いつか……このSAOがゲームクリアされテ、現実(リアル)で再会した時に全部話すカラ」

「……わかった。お前が、そう言うなら、待ってやろう」

「サンキュ。ヨーちゃんもナ」

「うん……」

 

 二人の返事を聞き、満足したように笑む彼女の顔は今までのようにふざけたものではなかった。

 残っていたジュースを一口で飲み、フードをかぶり直す。

 そしてまた、ニヘラと笑った。

 

「んジャ、そろそろ行くカ」

「ああ。……またな」

 

 言外に「死ぬなよ」とロキは告げる。

 口には出さないがヨシナも似たような表情だ。

 

「にひひ。そんな簡単にゲームオーバーするつもりはないヨ。前にロー君がいっただロ?」

「……人間五十年の半分以下の、人生なんて、つまらない」

「そーゆーコト!」

 

 陽気に振る舞うアルゴを見ても、ロキは神妙な顔つきのままだ。

 そんな彼を見て少し考えこみ、とあることを思いつく。

 席を立ちロキの真横に近づき………………ロキの頭を抱きしめた。

 

「お、おいアルゴ?」

 

 ロキは椅子に座っているがアルゴは小柄なので、抱きしめる位置は必然的に胸の辺りになる。

 慌てるロキを見て口元が緩みそうになるが我慢する。

 ……彼も一応は男なのである。

 

 そして、耳元でしっかりと言葉を掛ける。

 

「……ロキ。苦しかったらいつでもオネーサンを頼りナ。君は独りじゃないんだカラ」

 

 ピタリと動きを止めたロキはぎこちなく頷く。

 その様子に満足したアルゴは一度彼を離し、今度は顔を近づける。

 何をするかいち早く気づいたヨシナは止めようとするが、一瞬遅かった。

 

 ロキの頬に柔らかい感触と共にチュッ、と小さく音がした。

 

「ジャーナ! ロー君、ヨーちゃん!」

 

 バタバタと慌ただしく二人の元から逃げるように出口へと走っていった。因みに金はしっかりと払った。

 颯爽と去っていった彼女を見届けると、ロキはおもむろに頬を触る。

 そこにはまださっきの感触が残っているように感じた。

 不思議な感覚に包まれていると、右腕に再び誰かに抱きつかれた。

 その誰かとは言わずもがな、ヨシナ。……ついでに眼に光がなく、薄く笑っている。

 

「ねぇ、ロキ」

 

 ゾッとするような冷たく甘い声で(ささや)く。

 だが何故かロキは恐怖を感じていない。

 

「ヨシナ?」

「どこに……されたの?」

 

 なんだそんなことか、とばかりに頬を指さす。

 それを見てヨシナは視線を口に向け、妖しく美しい笑みを深める。

 

 

 

 

「……ふふ。じゃあ、私は………………」

 

 

 

 

 

 

   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 とある宿屋の一室。そこでは一つの人影が壁に頭をぶつけたり、ベッドで転がりまくっていた。

 

「ウゥ、調子に乗ってやっちゃったヨ〜」

 

 思い出すは先刻の自分の行動。

 流れでやってしまったのだが、鮮明に記憶に焼き付いている。

 部屋に入ってから赤面、にやけを繰り返し身悶えている。

 

「いくらボク(・ ・)の気持ちを明かしたって言っても……。流石にアレはないよ!」

 

 

 アルゴは妙な所で『鼠』じゃなかった。

 

 

 

 




うん、もうね、イロイロとおかしい
深夜テンション怖い
無理矢理感が半端ない

いままで恋愛系について興味のKすらない人生でしたので……(これからも)
書けてるか不安です

次辺り『笑う棺桶討伐作戦』の予定
戦闘シーン頑張ろー

あ、SAOロスト・ソングをプレイしている方がいましたらどんな感じか教えてください
今買うか迷ってるんで

感想、アドヴァイス、誤字報告等待っています
批判カモンです


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9th 殺:憎

前回からかなり間が空いてしまった……。
すいませんでした。

いつもどおりの素人文章です。

お気に入り登録30件!
ありがとうございます!


 

 

 赤、青、緑、黄、紫……。見える範囲で七人、それぞれのソードスキルを発動させ接近してくる。先頭の奴との距離は三メートルもない。

 それなりにスキル上げをしたのか、なかなかに速い。同時に七人もの攻撃、それもシステムアシストにより速度と威力を増幅されたそれら全てを見切り、捌き切ることは常識的に考えて不可能だ。

 背後を尻目に見ると、なにやら喚いている奴等が何人かいた。まぁ、「避けろ」だの「逃げろ」などと相場は決まっている。

 助けてもらった人間には死んでほしくない、とかでも思っているんだろうな。

 勘違いも甚だしい。

 俺は助けたつもりなんぞ、微塵もない。

 

「……さてと、そんな馬鹿どもに教えてやるか。格の違いってのを」

 

 流暢な自分の言葉には慣れた。この『仮面』はやはり優れ物だ。視界も案外広い。

 その広い視界には狂気の宿った剣が七本見え、色のついたラインが七本ある。

 既に数えきれないほどのオレンジを狩った両手剣(相棒)を手首だけで上に投げ、一回転した所で逆手に持つ。

 目前に迫る七本のラインで最も紅い左上のそれに沿うように斬り上げると……、

 

 ギャギィィイン!

 

 耳障りな音を鳴らしながら剣の腹で敵の剣を滑らせて軌道を流し、即座に手首を返しガラ空きの胴に向って斬り下ろす。

 

 ズシャッ!

 

 敵の体は容易く斬り裂かれ、胴体が二分割される。

 

 ……残りラインは六本。

 右、左、上と三本の赤が紅へと変わる。

 このラインだけを見ていれば、全て捌ける。

 右から殴りつけるように腕を振る。それだけで二人の剣は弾き飛ばされ、ソードスキルは強制終了となった。

 少し力を込めて真上に跳び、上から攻撃してきた奴より高く上がる。曲げた腕を伸ばし、背中に剣を突き刺す。その勢いのまま地面に降り立つと同時にポリゴンが砕け散る。

 スキルの強制終了により態勢を崩している二人を、回転斬りの要領で……一閃。

 上半身と下半身が分離し、空中に舞い上がる。HPバーは勢い良く無くなり、砕けた。

 

 ……あと、三本。

 ここまで減れば見切ることもない。

 ちょうどいい具合に横に並んでいるから、一撃で終わらす。

 右手は逆手持ちのまま、両手で柄を握る。右肩辺りで構えると、ソードスキルの初動(ファーストモーション)をシステムが検出し、俺の剣が水色に輝く。

 この持ち方を初めて見たのか、三人は目を見開いた。

 

「……特に恨みは無いが、死ね」

 

 輝きが最高潮になった瞬間、剣が動き、同時に右足で踏み込む。体が自動的に動き、三人を武器もろとも斬り裂いた。

 

 ーーーー両手剣単発技《アバランシュ》ーーーー

 

 両手剣スキルを取得した際に最初に得られる技だ。故に使用回数が最も多く、練度も高い。攻撃範囲が広く、前方にダッシュしながら発動するのでリスクも少ない。

 わざと(・ ・ ・)スキル後硬直を受け、三人分重なって割れるポリゴンの音を背中で聞く。

 硬直が解けると、剣を手首だけで上に投げる。

 五、六回転したところで柄を掴み、鞘に納める。

 ふぅ、と一息つき振り返ると、

 

 ガシャアッ!

 

 ビビって後ずさりした奴らの鎧の音が響く。

 それほど俺が怖いか。まぁ、常識外れな事をした自覚はあるが……。

 取り敢えず、聞くだけ聞く。

 

「……それで、討伐隊(お前等)はどうするんだ?」

 

 と、問いかけてみたが反応は無い。予想はしていた。

 

 人を殺すぐらい(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)で躊躇う馬鹿の集まりだ。

 俺が来なければどうなっていたのか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日この日、秘密裏に進められていた『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)討伐作戦』が決行された。

 数日前、ラフコフ側からの裏切り者の密告により、アジトの場所が判明。

 《聖竜連合》、《血盟騎士団》を筆頭とした有力ギルドやソロプレイヤーの実力者が参加し、五十人規模の討伐隊が組織された。

 そして、アジトに突入してラフコフを不意打ちで捕まえる。……という作戦だったはずだ。

 

 そもそも、俺はこの作戦に参加していないので、中で何があったのかを詳しく知らない。

 『ロキ』より『PKK』の方が都合が良いと考え、不参加の意思を伝えた。

 彼らの出発を見送るとすぐに装備を変え、アルゴ先導のもとこの洞窟に忍び込んだ。

 見張りや敗走者に遭遇しないよう慎重に進み、戦闘が行われている場所にたどり着く。

 壁に身を隠し、中を覗いた。

 

 そこで、仮面越しに目を疑った。

 乱戦の中、瀕死のラフコフのメンバーに討伐隊三人が殺され、敵前で頭を抱えてうずくまっている馬鹿がいた。

 

 

 これを見た時、俺の中に激しい怒りが沸き上がってきた。

 

 

 『アイツ』は生きたかったのに、殺された。

 俺に『力』が無かったから、殺された。

 

 馬鹿どもには『力』がある。

 生き残れる『手段』を、『技術』を持っている。

 

 それなのに。

 殺人という恐怖に怯え、ただ死に甘んじる姿が、俺に剣を抜かせた。

 持ちうる『力』を棄て、現実を直視しない弱さが、俺の足を動かした。

 碌な覚悟も持たず、ハリボテの正義感で動く醜さを、俺は壊したくなった。

 

 気がつけば、俺は討伐隊の一人を入口近くに投げ飛ばし、ラフコフの一人を斬り捨てていた。

 

 そうでもしないと、『アイツ』の死が、穢される。

 

 そんな思いが、体中を駆け巡った。

 

 

 

 

 

 その後、俺は討伐隊全員を投げ飛ばして一人でラフコフを殺していた。

 さっきの殺したのは七人、残りが二十人ほど。

 警戒されてるのか、襲いかかってこない。

 奴らは聞く耳持たないだろうから、再び馬鹿どもに聞く。

 

「……もう一度聞く。お前等はどうするんだ?」

 

 二度目の問いかけでやっと空気が動き始める。

 《聖竜連合》の幹部らしき人物と《血盟騎士団》副団長のアスナが全員に声をかけ、拙いながらも臨戦態勢を取る。

 細剣(レイピア)を俺に突きつけ、アスナは口を開く。

 

「……助けて頂いたことには感謝します。ですが、私達はあなたを信用できません。プレイヤーネームを教えて下さい」

「断る。……ついでに言うが、お前等を助けたつもりはない。邪魔だったから、投げ飛ばした。それだけだ」

 

 教えるつもりがないから、この『仮面』を付けている。

 『仮面』の効果の一つに、装着者のプレイヤーネームを隠すという効果がある。

 デメリットは視界が多少狭くなること。

 

「……そうですか。……私達はラフコフを捕まえ、黒鉄宮の監獄エリアに送ります。協力してもらえますか?」

「知らん。俺の邪魔をするなら、容赦はしない」

 

 俺の言ったことにアスナは頷き、全員にその旨を伝える。

 見たところ、馬鹿どもの士気はかなり落ちているが、それなりに覚悟を決めた奴らもいる。

 その一人、キリトが剣を抜いてこちらに来る。

 

「……久しぶり、だな。もう二度と会いたくないと思ってたよ」

「そうか。……空に投げ出された気分はどうだ?」

「……意外とおもしろいかった。今度、お前も投げてやるよ」

 

 一メートルほど距離を開けて、軽口を叩き合う。

 こいつが俺の正体を知った時はどんな表情をするだろうか。

 そんな想像をしていると、キリトは重い表情で俺に聞く。

 

「……あんたは、なんで殺せたんだ?」

 

 その声には純粋な疑問が込められていた。

 

「なんで、か。……俺にはすべき事がある。その邪魔をする者は、排除する。そう決めただけだ」

「……すべきこと、か。……わかった」

 

 わかった、と言いつつもやはり苦しげな表情だ。

 こいつは命のやり取りとは無縁の世界で生きてきたんだ。仕方がない。

 

「……理解しろ、とは言わない。……だが、割り切れ。そうでないと……死ぬぞ」

「……でも、やっぱり俺はっ! 後ろだッ!」

 

 その声で後ろを振り向こうとした瞬間に、頭を吹っ飛ばされそうな衝撃をくらった。

 

 

 割れるような鋭い音が鳴り響き、視界が急に広くなる。

 完全に不意を突かれた攻撃によって体勢は崩れ、軽く後方に飛ばされた。

 無理やり体の向きを変え、足を地面につける。素早く抜剣し、相手を確認しようとして顔に違和感を感じる。

 あるべき仮面が無い、と。

 何処に行った、など探す前にカラン、と目の前で音が鳴り、そして…………砕け散った。

 

 

「Oops……。この有り様はどういうことだ?」

 

 パリンッ、という音の向こうから声がした。

 艶やかな美声、だがイントネーションに仄かな異質さが潜んでいる。

 

 ゆっくりと視線を上げると、ラフコフの後方にその声の主が見えた。

 膝上まである、艶消しの黒いポンチョ。目深に伏せられたフード。

 気怠げに肩を叩く右手に握られているのは、中華包丁にように四角く、血のように赤黒い刃を持つ肉厚の大型ダガー『友切包丁(メイトチョッパー)』。

 

「…………『PoH(プー)』……」

 

 誰かの口から声が漏れた。

 ユーモラスなプレイヤーネームに反して、冷酷非情な長身の男。

 PoHは俺を見て、納得するように微笑った。

 

 ふと気づけば、視界に一本の赤いラインがあった。

 ソードスキルにはない、一直線のライン。それが投擲スキル特有のそれだと気づくと同時に、飛来したモノを右手の人差指と中指で挟む。

 それは刀身が緑に濡れた、細身のナイフ。

 

 バキッ。

 

 俺がそれを握り折ると、PoHの更に後ろから甲高い声が発せられた。

 

「はぁーっ?! ありえねぇだろ、なんでわかるんだよっ?!」

「……やはり、貴様か。…………『ジョニー・ブラック』」

 

 PoHがいる時点で、予想はしていた。だからこそナイフを察知することができた。

 ブーツからアーマーまで非金属、かつ黒で統一されている装備。

 頭部には、頭陀袋のような黒いマスクに覆われていた。目の部分だけが丸く繰り抜かれ、そこから狂気と怒りに染まった視線が注がれるのを感じる。

 

「……PoH、ジョニー・ブラック。貴様等が、いるということは……」

 

 この時になってようやく俺は、俺を斬った奴を見た。

 

「……まさか、避けられるとは、思っても、いなかった。だが、お前の、仮面を、取ることは、できた」

 

 全身に襤褸切れのようなものが垂れ下がっている。

 顔には髑髏(どくろ)のようなマスクをつけ、眼は赤く光っていた。

 右手にあるのは、エストック。血の色に発光するかのような地金の煌きが、スペックの高さを伝えている。

 

 忘れようのない、その出で立ち、そのプレイヤーネーム、その武器。

 

 

 あの時『アイツ』を、俺の親友を殺した、復讐の標的。

 殺すべき、敵。

 俺は正体がばれることも構わず、叫んだ。

 

「……『赤眼のザザ』っ!」

 

 

 

 PoH。

 ジョニー・ブラック。

 赤眼のザザ。

 

 SAO最大級のお尋ね者であり、恐怖の対象。

 殺人ギルド『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』のトップスリーが、彼ら討伐隊の僅かな希望を絶望で塗りつぶした。

 

 




……どうでしたか?

そろそろ、話の展開を進めないと……といった感じでラフコフ戦でした。
中途半端に終わってますが。
終わり方もなんか……。

次もできるだけ早く書きます。
関係無いアイディアばっかり出てきますが。

感想、アドヴァイス、誤字報告等待っています。
批判カモンです。


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10th 戦:終

たいっへん、遅くなりすいませんm(__)m
忙しかったわけでは無いのですが、書けなくて……。
代わりに別のアイディアばっか浮かんできます。

サブタイに「終」とありますが、完結はまだ先です。
(てか、完結までどれくらいかかるんだ?)

これも十話か……。


 標的を見据え、強く地を蹴る。

 瞬間移動したように距離が縮み、十メートルはあった間合いは既に二メートルもない。

 だが俺の眼は、近づく奴の挙動をスローモーションのように鮮明に捉えている。これはシステムアシストなのか、それとも現実(リアル)の反映なのかは判らない。

 僅かながらも遅れてザザの体が動き始めた。赤く光る眼が驚愕で見開かれている。想定外だったスピードでの接近により、攻撃のリズムが崩れたからだ。

 逆手に持った大剣で横一文字に、斬る。

 ザザはバックステップで後退しようとするが、俺の攻撃範囲は広い。そのまま、剣は奴の無防備な胴体を真っ二つに――――

 

 ガキィンッッ!

 

「オイオイ、俺を無視するなんてイイ度胸じゃねぇか?」

 

 ――――することはなく、阻まれた。エストックではなく、赤黒いダガーによって。

 こすれ合う剣が火花を散らし、衝撃が空気を震わせた。

 力比べは、負ける。

 一瞬で判断し、強く力を込めて後方へと跳ぶ。

 

「ハッ! これでも喰らえッ!」

 

 怒声とともにジョニー・ブラックが現れ、ばら撒くようにナイフを投げつける。

 赤いラインが十本以上、前からだけでなく左右からも、目に映る。俺はそれが現れる順番を見て、冷静に対処する。

 右、左、右、正面と右腕を振り、ナイフを剣で叩き落とし、斬り裂き、弾き飛ばす。一本たりとも、当たらない。

 視線を前に向けると、奴が地団駄を踏む姿が見えた。

 

「なんでだよッ! なんで当たらねぇんだよッ?!」

「……いくらナイフが、多いといっても、全てが同時に、当たるわけじゃない。必ず時間差(ラグ)が、できる」

「テメェは……そのラグを全て見切ったって言うのか?!」

「……フッ」

 

 怒りの混じった喚きに、俺は鼻で笑うことで答える。

 かなりのスピードの《投擲》は視認することすら常識的に不可能だが、俺だからそれ以上のこともできる。

 攻略組の連中も唖然としているが、それ以上に《笑う棺桶》のメンバーが呆然としている。

 

「Wow……。やはり、お前は惜しい」

「……惜しい、だと?」

 

 大げさに腕を広げ、やれやれとばかりに首を横に振る、PoH。

 斬ってやるか、と考えたがさっきの奇襲を防がれたこと思い、止めた。

 そんな俺の思惑を知ってか、笑いながら此方を見る。

 

「そうだ。……お前のその技術、スキルだけじゃないだろう? それに、人を殺す時にお前は罪悪感を感じないはずだ。例えそのプレイヤーがレッドじゃなくても、なぁ」

「……だから、なんだと言うんだ?」

 

 ここが戦場であることを忘れたかのように語りだすPoHに、俺はよりいっそう警戒心を持ってしまう。

 対して、奴はさらに笑みを深くし、右手のダガーの背でとんとんと肩を叩いた。

 

「同じなんだよ、俺とお前は。プレイスタイルじゃない、根本的な部分からな」

「…………黙れ」

「殺ればいいじゃねぇか。グリーンは殺さない? 薄っぺらい正義感なんか捨てちまえよ。お前も感じているんだろ? 人を殺す、快楽ってやつを」

「黙れッ!」

 

 カキンッ。再び投げられたナイフを弾く。

 

 ――――ふざけるな。貴様等は、俺の親友を殺したんだ。

 柄を握る手に込め、そこに左手も添える。これだけで《両手剣》のソードスキルの発動条件は揃う。

 順手に持ち替え、剣を構える。

 

「……っと、オイオイどうした? 殺すことは『悪』じゃねぇことぐらい知ってるだろ。これは俺たちプレイヤー全員に与えられた権利なんだ」

「……確かに、そうだな。だから、俺は殺した」

「だったら、俺たちと一緒に「……だがな」っ、……なんだよ?」

「……アイツの、俺の親友の仇である、貴様等は、絶対に殺す」

 

 その為だけに俺はあの日から生きて、力をつけて来た。燃えるような復讐の想いが、ひたすら殺し、壊してきた。

 そして俺はここで、その復讐を遂げる。

 

 ふと、背後から足音がした。後ろを見れば、キリトとアスナが近づいて来る。

 

「……何しに来た?」

「何って、助っ人だよ。お前でも、流石にあの三人は手こずるだろうと思ってな」

「私としては、トップを抑えることができれば作戦が終わると思ったのよ」

 

 まるで、手伝うことが当たり前、のような言動に苛立ちを覚える。

 俺は構えをやめ、二人に剣を向ける。

 その行動が予想外過ぎたのか、二人は目を丸くする。

 

「失せろ。貴様等は不要だ」

 

 アスナが口を開こうとするが、剣を首元に押し付けて黙らす。

 誰にも邪魔はさせない。これは、俺一人でないと意味が無い。声のない言葉を視線に乗せ、二人を睨みつける。

 

 キリトはどうするか一瞬ためらい、三歩ほど下がった。それに追従するかたちでアスナも下がる。

 邪魔をする意思が無いことを確認し、俺は剣を下ろす。

 

「いいのかお前一人で? 言っておくが俺たちは強いぞ?」

「自惚れも、大概に、しろ。お前は、どうせ、殺される、だけだ」

 

 いつの間に集まったのか、ザザはPoHと同じように嘲笑っている。

 別に俺が殺されるのは構わない。その前に、こいつらを殺せばいいのだから。

 勝つ必要はない。

 

「そういうことは、戦ってから言え。実力も、見ていないくせに、強いだとか、自惚れだとか言うのは、自分が弱いって、言っているようなもんだぞ」

「ハッ、言ってくれるじゃねぇか」

「その顔が、絶望に、染まる、時が、楽しみだ」

 

 恐らく、こいつらは俺の事を覚えていない。

 当たり前、といえばそうなのだが。装備も武器もスキルも、何もかもあの日に全て変えた。

 そのおかげで、俺は新しい力を手に入れた。

 

「なら……やってみろよ」

 

 つぶやくと同時に一歩踏み込み、斬り上げる。それをザザは左に、PoHは後ろに跳んで回避した。

 比較的近いPoHと距離を詰め、振り上がった剣をさっきの軌道をなぞるように斬り下ろす。

 PoHはチィッと盛大な舌打ちをし、友切包丁(メイト・チョッパー)で受ける。

 

 STR(筋力値)で劣っている俺は力押しを諦め、弾き返された剣を角度を変えて再び斬る。

 横薙ぎに近い大振りな攻撃をPoHはしゃがんで避けた。

 ガラ空きになった俺の胴に、すかさずPoHがダガーで斬りつける。

 素早く左のガントレットで受け止めるが……、ピシリと嫌な音がした。それを無視して、奴の重心を崩すように押し返す。

 奴は大きくバックステップをして、距離を開ける。

 

「っと、危ねぇな。……そういや、てめぇの名前聞いてなかったな」

「……ロキ、だ。覚えなくていい、殺すからな」

「忘れてやるよ。殺してからな」

 

 ほぼ同時に、互いが走りだす。

 俺は右下から、PoHは上から斬撃を繰り出す。風を切りながら剣は二人のほぼ中間、武器の種類上PoHに近い位置だが、火花を散らし交叉する。

 ガァンッ! 

 叩きつけられるような鈍い音が耳に響く。続けて、PoHのうめき声も聞こえた。

 

「……なッ、きっ……貴様ァ」

 

 それを無視して上を見れば、洞窟内の僅かな光を反射して光るモノがあった。

 徐々にソレは高度を下げる。

 

 タイミングを測り、落ちてきた所を……蹴り飛ばす。

 

 ソレ、友切包丁(メイト・チョッパー)は高速で回転しながら、壁に激突し派手の音をまき散らす。

 

「さて、これで貴様は、武器なしだ。残念だったな」

「チッ、やられたぜ。………………俺で終わりじゃ無いがな」

「はぁ?……とっ!」

 

 顔の真横を通る赤のラインに気づき、振り向く。

 予想通り、いやシステム通りに迫るエストックを剣の腹で受け流す。

 その場を飛び退くと、俺とPoHの間にザザが身を滑らし割り込んだ。

 

「ヘッド。今の、うちに、武器を」

「Thanks、ザザ。……ちょっとばかし任せた」

 

 二人は二言三言言葉を交わすと、PoHは奥に、ザザはこちらに歩を進める。

 その行動に俺は無意識に高揚した。

 

「ここからは、俺が、相手だ。精々、足掻いて、くれよ」

「いつまで、その余裕が持つか、楽しみだ。……もともと貴様を、殺す気だった。そっちから、来てくれるとは、感謝するぜ」

「……どういう、ことだ?」

「どうもこうも、そのままの意味だ」

「………………フン」

「さぁ、殺ろうぜ。手加減なんか、するなよ?」

 

 深く息を吐く。剣を握る右手に力を込め、目を閉じる。

 集中力が高まり、周囲の喧騒が自分から消えていった。

 Mobと対峙する時以上に神経が研ぎ澄まされていく。

 システムには無い、殺意が俺を満たしていくのを感じる。

 

 目を開けるとザザが構えたまま、こちらを見据えていた。

 早くしろ、と赤い目で訴えられる。

 

 了解、と頷き心の中で思わず笑ってしまう。

 ――――手加減無しと言ったのにな。

 

 両足を肩幅以上にに開き、左半身を前にする。

 切れ込みの入ったガントレットを盾にするように、顔の前に構え、腰を落とす。

 剣を逆手に持ち、右腰に添える。

 

「………………」

「………………」

 

 ――――キンッ。

 どこからか飛ばされた剣が二人の間で跳ね上がり、砕けた。 

 

 それを合図にザザが勢い良く飛び出す。

 右手から攻略組顔負けの鋭い刺突が放たれる。

 それを俺は確実に防御する。

 僅かな隙に乗じて、カウンターを仕掛ける。だが、ザザは上半身を反らすだけで刃を紙一重で避けた。

 追撃に《体術》を使うが、距離を取られる。

 

 間を置かずに接近し、ソードスキルを発動させる為に構える。

 これを見たザザはマスク越しでもわかるぐらいに口元に笑みを浮かべた。

 

 なぜなら、対人戦においてソードスキルを使うことは基本的に悪手だからだ。

 ソードスキルの使用後、スキル硬直が起こる。たった数秒程度だが、体の自由を奪われる。

 つまり、大きすぎる隙を作ってしまう。

 ザザほどの手練なら二秒だけで、少なくとも十回は刺せるだろう。

 

 後ろに振りかぶった両手剣がライトエフェクトを発しながら、ザザに――正確にはザザの左手に――向かって撃ちだされる。

 だが、ザザは軽くステップで逃れ、俺は大きく空振りした。

 

「残念、だったな。ゲーム、オーバーだ」

 

 エストックがライトエフェクトを纏う。

 視界にソードスキルの予測軌道の赤いラインが表示される。

 

 スキル硬直により、体が縛られる。

 

 ザザの動きがスローモーションのようにはっきりと見える。

 

 静かに、俺は心の中で謝った。

 

 

 

 ――――悪いな、ザザ。……手加減していたのは、俺だ。

 

 

 地面が割れるほどの力で地を蹴る。

 空中で後ろ向きに一回転し、着地する。

 即座にスキルを二つ発動。

 一つはソードスキル、《アバランシュ》。

 もう一つは瞬間移動のように距離を詰める、《ラピッド・ステップ》。

 

 ソードスキルを放った直後のザザは右腕を伸ばしきった状態で止まっている。

 その腕を、肘から斬り落とす。

 硬直は解けていない。

 手首を返して肩から左腕も斬る。

 ついでに頭を殴り落とす。

 

 苦悶の声を上げるザザの頭に足を乗せ、首筋に剣を当てる。

 それだけで自分の中を優越感が満たしていく。

 

「クックックッ。いい眺めじゃねぇか、なぁザザ?」

「……何故だ? 何故、貴様は、動けた?」

「決まってるだろうが。……スキルだよ」

「そんな、スキルは、聞いた、ことが、ない」

 

 赤い目で睨みながら、憎々しげに言葉を発する。

 それすらも俺の愉悦を満たす糧に変わる。

 やっと、殺せる。そう思うと自然と口角が上がる。

 

「聞いたことがなくて、当たり前なんだよ。無いんだからな」

「……なんだと?」

「在るわけがないんだよ。このSAO(世界)に、たった一人しか、会得できないスキル」

「……まさか、貴様!」

 

 驚きで赤眼が見開かれる。

 自身が殺される事態にあることを忘れすらいるようだ。

 気に入らないから、さらに踏みつける。

 

「そのまさかだ。……俺はユニークスキルを、手に入れたんだよ」

「ぐぅッ。……どうして、俺たちを、狙う? 討伐隊(あいつら)、みたいな、理由、じゃない、だろう」

「理由、か。……覚えてないだろ、お前は。あの時の事を」

「……あの、時?」

「俺はぼろっクソにされて、親友が殺された日だ」

 

 答えてやったものの、やはり覚えていないらしい。

 別に、それでもいい。

 今こうやって、やっと殺すことが叶うのだから。

 

「……どうだ? 良い冥土の、土産話になったか?」

「お前が、俺たちに、固執する、理由は、復讐だった、ということか」

「正確には、お前だ。PoHもジョニー・ブラックも、本当はどうでも良かった」

 

 邪魔だったから、戦っただけだと加える。

 もうザザの眼に反抗の色はなく、諦めが浮かんでいた。

 

 ――――潮時、か。

 

「話はもういいだろ?」

「ああ。どうせ、もう、逃げれない」

 

 そう言ってザザは目を伏せる。

 頭に乗せていた足を背中にずらす。

 首が露わになる。

 マスクの下を少し見たかったが、もういい。

 

 

「……じゃぁな、赤眼のザザ」

 

 

 

 

 

 俺は、復讐の終わりへ剣を振り下ろした。

 

 

 




どうでしたか?

前話とか見なおして思ったことは、やっぱり「薄い」な、と。
どうにも薄っぺらいようにしか思えないのです。
素人ってのもあるでしょうが。

感想、アドヴァイス、誤字報告等待っています。
短くてOK。
批判カモンです。


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11th 不成:予感


m(__)m
すいません遅れました
待ってるやつなんかいるの?っというツッコミはなしで。

視点変更多めです。
では、どうぞ。


 

 

 這いつくばるプレイヤーとそれを見下ろしているプレイヤー。

 ……偶然にも似ている。人間が違うだけで、その構図は実に似ている。

 俺の復讐が始まった、あの時と。

 

 ――――■■ッ!お前だけでも逃げるんだ!

 

 一瞬、あの日の記憶がフラッシュバックした。

 懐かしく、忌々しい記憶。

 ……もし、あの日にアイツではなく、俺が殺されていたら、アイツは復讐を選んだのだろうか。俺がいないからと言って諦めるだろうか。

 ……もし俺が、復讐を選ばなかったら、俺はどうなっていただろう。

 

 思えば、たった一人の男によってここまで壊されたんだ。……そして、新たな出会いを得たことも。

 親友を殺した男、ザザ。

 

 それが今、俺の足元で這いつくばっている。

 その姿を見て、ふと思った。

 俺はなぜ、何も感じないのか。失望でも、達成感でも、快感でもない。喜怒哀楽すら感じない。

 

 ただ『終わり』があると、わかる。

 

 この剣で首を断ち斬り、HPバーをゼロにする(命を奪う)だけで、決着が着く。

 

 壊された『日常』に区切りがつき、復讐劇と決別する。

 そして、俺は再び(・ ・)生きる意味を失くす。

 

 これが正しいことなのか、答えは解らない。

 俺の生き方は他にも在ったのかもしれない。

 

 だが、するべき事はわかる。

 俺はゆっくりと剣を高く掲げた。

 

「……じゃぁな、赤眼のザザ」

 

 

 静かに、剣を振り下ろした。

 

 

 

 

 

   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 既に攻略された層のとあるエリアの端。そこにはひっそりと小さな洞窟エリアが存在する。

 特に強いMobがいるという情報もなく、レアアイテムが出るという噂もない。まるで製作者自体が忘れ去ってしまったような場所。

 そこの入口を何故か、その層に相応しくない高レベルの武具で身を包んだ四人が固めていた。

 全員の表情はこわばり、何かを恐れているように口を固く結んでいる。

 

 その様子を茂み(ブッシュ)の中で隠蔽(ハイディング)しながら観察する二人。

 二人、アルゴとヨシナはつぶさに状況を観察している。

 

「……どう、アルゴ。入れそう?」

「う~ん、微妙なとこだネ。四人いるなんて予想外だッタ」

「二人は戦闘、残りの二人が伝令だね。……殺してもいいんだけど、一人はやっぱり逃げちゃうよね」

「血盟騎士団の連中は量より質、だからナ」

 

 二人は中の様子、つまり『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)討伐作戦』がどうなっているかを知ろうとしている。

 正確には乱入したロキの安否だが。

 先刻、アルゴの情報を元に洞窟へ辿り着いたが、入り口に居座る血盟騎士団の四人により中に入れないでいた。

 

 当初はヨシナのテイムモンスターであるビショップを使い、おびき寄せようとしたがテイムモンスターはカーソルがグリーンであるため、敵Mobと誤認させられず、またテイマーが近くにいると思われる、と考えこの案はボツとなった。

 それから、数々の方法を考えたがどれも上手くいくとは思えないものだった。

 

「……仕方がないか。アルゴ、あなただけで中に行って」

「……いいのカ、ヨシナ」

「うん。私だと足手まといになるし、アルゴだけの方が行きやすいでしょ」

「ヨーちゃん……。わかったヨ、ちょっくら行ってくる」

 

 言うやいなや、いくつかのスキルを発動して走りだす。

 その様子を見送ったヨシナは投げナイフを取り出す。

 

「……援護くらいなら、できるかな」

 

 肩の上あたりで構え《投擲》を発動、狙いを定める。

 チラリとアルゴを見て鋭くナイフを放つ。ライトエフェクトを纏いながらナイフは思い通りに飛んで行く。

 いち早くそれに気づいたのは四人の内、一人。

 ナイフの向かう先に気づき、とっさに叫ぶ。そして、蹴り飛ばす。

 

「攻撃だ! 避けろ!」

「どわっ!」

 

 顔から地面にダイブした男が立っていた場所でナイフが、カンッと弾ける。

 すぐさま一人が抜剣しつつ、走りだす。

 うずくまっている者を残りの二人が守るように、陣形を取る。

 

 この時すでにヨシナはその場を離れて、後方の丘へと移動していた。

 

「……思ったより余裕だったね。さて、アルゴは……」

 

 眼を洞窟の入り口に向けると、ちょうどアルゴと視線がぶつかった。

 親指を立ててサインを送ってきたので、ヨシナも同様にすると…………一瞬、思考が交錯した。

 

(ありがとう、アルゴ。……ごめんね)

 

 アルゴはにやりと笑い、ローブを(ひるがえ)し、奥へと消えて行った。

 

 

 

 

 

「なんとか入れたナ。……ま、ヨーちゃんのおかげダ」

 

 上手く洞窟内に潜入したアルゴは《消音(スニーキング)》を使いながら、小走りで移動していた。

 薄暗い通路には松明の一本も無い。数分ほどで彼女は目的地に到達した。

 常に身を隠すようにしていたが、途中でプレイヤーには出会うことなく順調に進め、それにアルゴが少しの疑問を感じた。

 通路には少なからず見張りや、敗走兵がいると思っていたのに、気配もない。

 

「……おっかしいナァ。ヨシナの読み(・ ・)だと討伐隊がさっさと崩壊するはずなんだけど……」

 

 ――――……多分だけど、攻略組の連中はかなり『もろい』。あいつらは『勝てる』ってことしか考えてない。

 

 実際、彼らは崩壊したのだ。殺人への意識の違いは確かに三人の死をもたらした。

 だが、皮肉にもロキの乱入によって余裕が生まれ、態勢を治せた。これはロキ本人が自覚せず、また討伐隊のほとんどもそう認識していなかった。

 

 アルゴは笑う棺桶(ラフィン・コフィン)と討伐隊との戦闘場所の入り口近くで息を潜め、内部を見渡す。

 数カ所で斬り合いは続いているが、ほとんどは討伐隊に捕われていた。

 

「あんまり死んでないネ……。それはともかく、ロキは何処に……」

 

 突然、一際大きな音が響いた。剣と剣がぶつかり合うような音だ。少し遅れて、歓声が起こる。

 自然とアルゴの眼はそちらに向いた。

 そこには、髑髏(どくろ)を模したマスクを装備した男が踏みつけられていた。

 アルゴは持っている情報から、その男は《赤眼のザザ》と判断した。

 

 つまり、ザザを踏みつけているのは……

 

(……ロキ。目的は、そいつだったんだ……)

 

 ヨシナとアルゴ。この二人、特にヨシナはロキと行動を共にする時間が多い。しかし、ロキの復讐の対象が誰なのかを知らなかった。

 それは単にロキが話そうとせず、二人も聞こうとしなかったからだ。

 

 ロキが剣を振り上げる。

 ゾワリ、と空気が変わった。異形の剣への恐怖か、死ぬことへの緊張感か。

 周囲にいるプレイヤー達に止める意思はない。少なくとも、アルゴはそう見た。

 皆が皆、うっすらと嘲笑(わら)っている。

 

「殺人犯なら殺しても問題ないのかヨ……。やっぱり、あんな連中なんて……。ん、あれは……キー坊?」

 

 視界の端に疾走する黒いプレイヤーを捉える。特徴的な装備でキリトだと一目でわかる。

 向かっている先にはロキがいる。

 彼は今、まさに復讐を果たそうとしている。

 

「………………まさかっ?!」

 

 アルゴの中で最悪の事態が思い浮かぶ。

 とっさに走りだそうとして…………踏みとどまった。

 彼女の予想通りならキリトはロキの復讐を阻止するだろう。

 

 ――――それはダメだ。命をかけてでもキリトを止めなればならない。

 そう考えた。

 

(……だけど、ボクがあそこに行ってどうにかなる?)

 

 ステータス差は歴然。時間稼ぎにもならない。

 もしかしたらロキが不快に思うかもしれない。

 

 さらにキリトが距離を詰める。

 

「……アァッ! くそッッ!」

 

 ダンッ!

 力の限り壁を殴った音が洞窟内に響く。それでも小さな音だ。

 気づいた者はいない。

 こうしている間にキリトは走る。

 悔しさに奥歯を噛みしめる。

 

 

 

(……ボクは、無力だっ!)

 

 

 

 

 

   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「……何故だ」

 

 彼自身でも分かるほど声が震えている。

 いや、声だけじゃない。剣を持つ右手も、震えている。

 それだけ、この現状が彼を混乱させている。

 

「……何故、お前は……」

 

 いくら力を入れようが、腕はびくともしない。

 あと、たった、数十センチ、その距離が途轍もなく永い。

 

 彼の剣先(復讐)は、あと僅かという所で届かなかった。

 

 ――――やっと、終わる。

 

 そう、確信していた。

 彼の腕が掴まれるまでは……。

 

「……お前は……、お前如きが、何故邪魔をッ!」

 

 振り解こうとすると、予想外に簡単に腕を離された。

 そのまま、腕を掴んだプレイヤー、キリトの首を狙って剣を振る。

 

 ――絶対に当たる。

 ――逃げ場はない。

 

 完璧、とまでいかずとも鋭い一撃。

 だが………………

 

 ガキャンッッ!!

 

 キリトはロキに傷を負わすことなく、剣のみを弾き飛ばした。

 衝撃で一、二歩よろめきながら後退する。

 遠くで金属のぶつかる音が聞こえた。

 

「……かっ、くそっ。…………何故だ……」

 

 それでもなお、殺意は眼に篭っている。

 キリトは自然体で剣をぶらりと持っている。表情は俯いているせいで見えない。

 

 右足を引き、拳を腰にそえるように構える。

 ロキの右手から光が発せられる。

 

「……ラァァアッッ!」

 

 およそ言葉には聞こえない叫びを上げて、『邪魔者』に肉薄する。

 ただ、本能が繰り出した一撃。

 そのスピードは《閃光》のアスナが、一瞬見失うほどだった。

 

 しかし、計算も読みも備わっていない攻撃は軽くあしらわれる。

 受け流すように避ける。隙だらけのロキの足を、HPバーが減らない程度の力で蹴り払う。

 

 ロキは、無様に転んだ。

 

「……クソ。……負け犬が、邪魔を「もう、いいだろ」す…………」

 

 キリトがようやく発した言葉。ロキはその真意が解らなかった。

 倒れているロキを見下ろすキリト。彼の表情には『悔しさ』と『哀しさ』が現れていた。

 何故キリトがそんな表情をするのか、冷静になったロキでもやはり理解できなかった。

 

「……もう、いいんだ。これ以上、お前が背負う必要はないんだ」

「…………は?」

 

 ――――こいつは、何を言っている?

 突然の意味不明な言葉に、ロキの思考が混乱する。

 そんなロキを無視して、キリトはさらに続ける。

 

「……人殺しの汚名を被らなくてもいいんだ」

「…………何を、言って……」

 

 キリトがしゃべり続けば、それだけロキの混乱が加速する。

 まさに支離滅裂。

 キリトはロキの行動を、つまり自己犠牲だと言っている。

 当たり前だが、ロキにそんな思惑は、なかった。

 

「………………」

 

 言葉が出ない。

 何を言えばいいのか解らない。

 ふとザザの方を見る。彼は拘束され、連れて行かれていた。

 一瞬、ロキに顔を向け、なにか呟いた。最後に微笑(わ ら)うと、大人しく回廊結晶の光に入って行った。

 その姿がロキに実感させた。剣を握ろうとして、右手には何もなかった。

 

「…………ミスった、か」

 

 ふらりと立ち上がる。

 軽く息を吐き、キリトの所へ歩いて近づく。

 未だに悲痛な顔をしているキリト。唐突にロキはその首を鷲掴みにする。

 

「……いいか、俺に罪悪感なんぞ、無い。自己犠牲も、無い。負け犬の妄想は、ドブに棄てておけ」

 

 小枝を払うように、キリトを投げ捨てる。

 何か言いたげだったが、無視する。ロキは出口へと足を向ける。

 

 誰も、声をかけることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 コツコツと、足音だけがもの寂しくロキの耳に入る。

 漠然とした疲労感が彼から漂う。不安定な歩き方に、ロングコートが不規則に揺れる。

 洞窟の出口に続く廊下に一歩踏み出すと、見知った顔がいた。感情を我慢しているような顔だ。

 

「……アルゴか。……どうした?」

「……これ、飛んできたヨ」

 

 差し出したものは、キリトに飛ばされた愛剣。

 魔剣(エリュシデータ)の攻撃をもろに受けていながら、壊れていない。

 それを受け取り、背中の鞘に収める。

 

「……すまないな」

「別に。……言っただロ、もっと頼りなさいってネ。だから、さ……」

「……だから、って。どうした?」

 

 唐突に抱きついたアルゴ。その様子を怪訝に思った。

 するとロキの胸元辺りから、嗚咽が聞こえた。

 落ち着くまで、待つか。 

 そう考えたロキはされるがままに、アルゴの涙を受け止めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……落ち着いたか?」

「……ウン」

 

 場所をヨシナの所まで移動した二人。

 いつの間にか空は黒くなり、雨が降っていた。

 アルゴは自分のしたことを思い出し、顔を赤くして俯いている。

 ロキがそんなアルゴの頭を撫でると、小柄なアルゴがさらに縮こまる。

 それを面白くなさそうに見ているヨシナ。

 

「…………さてと」

 

 手を止めて、立ち上がる。

 眼下には撤収する討伐隊がいる。作戦前のような賑やかさは無く、誰も彼もが重い雰囲気を背負っている。

 すこし強まった雨がよりいっそう景色を暗くする。

 ロキはその中の一人、キリトを射殺すような眼で睨みつけた。

 

「……次に邪魔をするなら、容赦はない」

 

 言い切るその後姿は、ヨシナの印象に残った。

 肩は少し震え、拳を握りしめていた。声も少し、震えていた。

 

「……行くぞ、二人共」

 

 そう言って、足早に歩き出す。

 だが二人は見逃さなかった。

 

 

 

 彼の頬を伝うモノは、雨だけではなかった。

 

 

 

 

   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「今回の作戦の報告です。とくにお伝えすることもありませんでした。詳しくはここに」

「……ご苦労。下がってくれたまえ」

「では、失礼します」

 

 ドアの閉まる重い音が広くない部屋に響く。

 バタン、と完全に締まり静かになる。中にいるのは一人。

 その人物は、先程渡された紙に目を通す。上から順に見ていると、ある部分で視線が止まった。

 そこからじっくりと視線を下ろしていく。

 読み終わると、机の上に落とした。

 

「……ふむ。やはり、()の行動は興味深い」

 

 その人物は左手(・ ・)でウィンドウを開き、手を動かす。

 一度、手を顎に添えて考え、納得したようにウィンドウを閉じた。

 

「……一度話し合ってみるべきかな?」

 

 ヒースクリフは静かに呟いた。

 

 





はい、変わらずの低クオリティー。
正直、終わりまで間近です。

感想、アドヴァイス、誤字報告等待っています。
短くてOK。
批判カモンです。


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12th 予:兆

気がつけばはや一月+アルファ。
なんでこんなに遅いのかね、自分は?
本当は七夕あたりに投稿するつもりだったのに……。
サブタイも思いつかないし。
一応「予(あらかじめ)」と「兆(きざし)」です。



 『最強の男。生きる伝説。聖騎士など。

 血盟騎士団のギルドリーダーに付けられた二つ名は多い。もちろん、いい意味の二つ名ばかりだ。

 奴の名前はヒースクリフ。《神聖剣》という、唯一ユニークスキルを持つ男だ。

 ヒースクリフの十字盾を貫く矛なし。

 アインクラッドの定説の一つにすらなっている』

 

 『最凶のプレイヤー。歩く恐怖。殺人鬼など。

 何の前触れもなく現れた謎のプレイヤー。彼もその情報がSAO全体に知れ渡るまでに数々の二つ名を付けられた。こちらはどれも悪い意味ばかりだ。

 通称、PKK。名前も、素顔も不明。性別は男と解っている。バトルスタイルは両手剣を片手で扱う、システムアシスト無視、技能重視タイプ。

 通称の由来はプレイヤーキラーばかりをキルすることから。

 その強さは攻略組トップ層にも並び、かの《黒の剣士》本人が負けた、と認めている』

 

 『この相反する二人が衝突した時、どんな結果が生まれるのだろうか――――――

 

 

 

「……フウ」

 

 タイピングの手を止めて、一息をつく。

 画面をスクロースして、文章を読みなおす。

 

 ――――ま、これぐらいでいいダロ。

 重要な新聞の記事だ。あやふやな方が見る方も面白いだろう。

 テキトーに判断して、ウィンドウを閉じる。

 テーブルの上にある小皿に入っている小さい果実のようなものを口に入れる。

 

「……おっ、ウマイ」

 

 それの見た目は青色のレーズンだが、味はドライマンゴーだった。

 

「こんなモノ、どこで見つけたんダ? ねぇ、ロー君。………………ロー君?」

 

 買ってきた本人に聞いても返事はなかった。

 不思議に思い、座ったまま振り返る。すると、ロキはベッドの上で、座って寝ていた。

 片膝をたてて、愛剣を抱きながら眠る姿は警戒心を表している。

 

「……やれやれ、お疲れみたいだネ。まぁ、あんな男(・ ・ ・ ・)と一対一で対面したんダ。疲れるのも当たり前だナ」

 

 あんな男(・ ・ ・ ・)との対面。

 それは今アルゴが書いている記事にも関係している。

 SAOの数少ない娯楽の一つ、新聞。

 

『新聞の一面を借りて、載せろ』

 

 部屋に帰ってくるなり、ロキが言い放った一言。

 最初はわけが分からなかったアルゴだったが、ベッドに腰掛けながら言った次の言葉が予想外過ぎた。

 

『……神聖剣と話し合った結果、奴との決闘(デュエル)だ』

 

 思わず持っていたグラスを落としたほどだ。

 

 彼は数時間前、第五十五層の都市《グランザム》にいた。

 

 

 

   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 圏内エリアに悠然とそびえ立つ城。

 第五十五層《グランザム》を拠点とするギルド血盟騎士団の本拠地。

 その中心部に近い一室、幹部でも一部の者しか入れない部屋で彼らは対面していた。

 

 一人は堂々とした態度で椅子に座り、目の前のプレイヤーを、全てを見透かすような眼で観察している。

 もう一人は出された椅子に座らず、両手をポケットに入れたまま、探るような眼で相手を見下ろす。

 互いに口を開かない。

 そうして、五分が経とうとした頃に座っているプレイヤーが話を切り出した。

 

「特に警戒することもあるまい。まずは座りたまえ」

「……お前の考えていることは、解からん。故に警戒も、当たり前だ」

 

 緊張した空気でもないが、穏やかでもない。

 さらに視線をぶつけ合うが、立っているプレイヤーは軽く息を吐き、椅子に座った。

 

「ふむ。まずはじめまして、とでも言うべきかな?」

「……勝手に、しろ。こちらは一方的に、知っている。……《神聖剣》ヒースクリフ」

「それは私もだ。PKKと悪名高い君に会えて光栄だ、ロキ君」

 

 皮肉交じりの返しにPKKと呼ばれたロキは鼻で笑う。

 ヒースクリフは眉一つ動かさず、ただ見ている。

 ロキは椅子に深く座り直すと、部屋を見渡した。

 

「……いい部屋だな」

「一応、接客用の部屋でね」

「……重要、もしくは危険人物、っていう肩書がつく、客だな」

 

 そう言ってロキは挑発的に笑う。

 それに対し、ヒースクリフはフッと笑うだけだった。

 

「先日の作戦、援助に心から感謝する。君のおかげで崩壊寸前だった彼らは戦線を立て直すことができた」

「……あの程度の雑魚に、苦戦するなら鍛え直すことを、推奨する」

「そう言ってくれるな。彼らは攻略組の中でも選りすぐりだ。さらに上の実力を持つ者など片手で数えるほどしかいない」

「……実力の話、じゃねぇよ。……メンタルの方だ」

 

 ロキは呆れたように息を吐く。

 ヒースクリフはその言葉に苦笑する。

 

「あくまでも彼らの根本は『一般人』だ。現実世界で殺人など体験するはずが無い」

「……その言い方からすると、俺は体験したことがある、って言うのか?」

「数ある中の一つの可能性として」

「貴様は学者か何かか……」

 

 ロキの返答に彼は、さてね……とだけ呟き、正面を見据えた。

 その眼は金属のような光沢を放っている。

 どこまでも、達観して、傍観者のような眼。そんな印象をロキは持った。

 

「……で、俺が『一般人』じゃないとしたら、何か問題が?」

 

 肩をすくめて、とぼけたように質問をする。気迫に呑まれそうになるも、視線を逸らして回避する。

 

「ふむ……。人間は異質なモノを忌み嫌う。例えば、髪や眼の色。または性格や才能……」

「……なるほど、『人殺し』が怖いと。だから、PKKを辞めろって言いたいのか」

 

 予想通りすぎる要望だな、とうんざりしつつロキは答えた。もちろん、それを断る算段もついていた。

 だが、ヒースクリフは変わらずロキを見ている。首を縦にも横にも振らない。

 

「………………」

「………………」

 

 お互いに相手の眼を見て、思惑を探る。

 十数秒の沈黙を破ったのは、ヒースクリフだった。

 

「単刀直入に言おう、私と決闘し給え」

「…………何を言ったか、理解しているのか?」

 

 間抜けな声が出なかっただけ、ロキは理性さを保てていた。だが、あまりにも予想外な申し出だった。

 ヒースクリフは質問に対して、小さく頷いた。

 

「昨日、私を含む攻略組ギルドのトップ陣が集まり会議を開いた。議題はPKK、君の処遇についてだ」

「……だろうな」

 

 ロキは事前にアルゴから情報を聞いた。

 正体不明の『人殺し』プレイヤーが出てきて、対策を考えないほうがおかしい。

 

「私としては不干渉でいたかったのだが……、周りがうるさくてね」

「……不干渉? へぇ、貴様は恐れないのか、俺を」

「肩書は所詮、肩書だ。君はラフコフとは違うだろう?」

 

 つまり、『殺人に快楽を求めているわけではないだろう?』と。

 ロキは口元に笑みを浮かべる。無意識に挑戦的な笑みになる。

 その様子を知ってかヒースクリフは続ける

 

「話し合いの結果、君には血盟騎士団の監視下、いわば入団してもらう」

「オイオイ、待てよ。俺はソロだぞ。命令を受ける、義務はない」

「だからこその決闘だ。別に受けなくてもいい。その場合、君の行動は悉く妨害されるがね」

「……クソ。……俺が勝った、場合は?」

「君に関しての妨害行為や敵対行為といったもの全て辞めさせよう」

「……一つ、訂正だ。俺だけじゃない、俺達に関して」

「了解した。日時は追って知らせよう」

 

 ヒースクリフがウィンドウを開き、操作するとロキの前に小さめのウィンドウが現れる。

 フレンド申し込みのメッセージだ。

 ロキは躊躇うことなく『Yes』を押した。

 それを確認したヒースクリフは少しだけ笑みを浮かべ、すぐに表情を戻した。

 

「最後に一つだけ聞きたい」

「……なんだよ、いまさら」

「君はユニークスキルを持っているかね?」

 

 ロキの目尻がピクリと動いた。

 ユニークスキル。現時点でたった一人しか会得できていない、ゲームバランス崩壊を起こしかねない強力なスキル。

 ガタン。

 ロキは椅子から立ち、ヒースクリフに背を向ける。

 ドアノブに手をかけながら、肩越しに答えた。

 

「……俺が負けたら、教えてやるよ」

 

 それだけを言ってドアを開き、部屋から出た。

 

 通路を歩いていると様々な視線が突き刺さる。視線を飛ばしてくる者の中にはラフコフ戦で彼に助けられた者もいる。

 だがそれらのほとんどは敵意といったものばかり。

 

「……臆病どもが」

 

 聞かれない程度の声で呟く。

 敵意を向けられたからといってそれを気にしない。

 途中見知った顔を見かけたが、無視して《グランザム》を後にした。

 

 

 

   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 ロキをベッドに寝かし、頭を自身の膝に乗せる。青みがかっている黒髪を優しく撫でた。

 

「ホント、無茶ばっかり。ちょっとはボク達のことも考えてよ」

 

 寝顔を覗きながら拗ねたような口調で呟く。

 もっとよく見たいと思い、目の辺りまで無造作に伸びている前髪を分けると、右目の下にそれを見つけた。

 

「……傷跡?」

 

 こんなものがいつの間に、と思ったが違うと判断した。

 VRの傷は残らない。つまり、リアルでできた傷。

 決して小さくないそれは切傷には見えなかった。

 

「なんだろう、もっとえぐられた感じがする。……岩場でコケたとか?」

 

 自分で言っておいて、無いなと否定する。

 

 かつてロキと岩山フィールドで競走をしたことがあった。

 争った理由は思い出せないが、ロキの圧勝だったことだけは覚えている。

 AGI値はボクのほうが高いのに、とショックを受けたのも懐かしい。

 穏やかな寝顔に思わず、クスッと微笑った。

 そして、彼の口が動いた。

 

「人の寝顔がそこまで面白いか?」

「ンニャッッ!!」

 

 驚きのあまり変な声が出た。

 大きく見開かれたアルゴの目と、眠気で半眼になっているロキの目がしっかりと合った。

 硬直すること約二十秒。

 その間にロキは上半身を起こし、欠伸をした。

 

「……いつから起きてタ?」

「ついさっきだ」

「……迷惑じゃ、なかっタ?」

「心地よかった」

 

 また頼む、と言ってアルゴの頭にポンと手を乗せる。

 彼女は頬を染め、ニヤついた顔を隠すようにフードを被った。

 その様子を見たロキは微笑する。右目の下の傷を少し撫でた。

 

「……この傷、見たのか?」

 

 別段、責めるような強い口調ではなかった。

 それでも彼女は恐る恐る、横目でロキの表情を窺う。

 彼は懐かしむような、そして悔いるような、遠い目をしていた。

 コクリとアルゴは頷く。

 

「……以前、ヨシナにも言った。これは拳銃で撃たれた痕だ」

「ハッ?!」

「数年前のことだ。避けようとしたが、ミスってな。掠った」

 

 あの時はまだ未熟だった、と苦笑しながら言う。

 

「いやいや、笑って済むことじゃないロ!」

「笑って済むことだ。俺は今、ここで生きている。後遺症もない。それに、俺を撃ったやつなら、死んだ」

「そう、だけど……」

 

 淡々とした言い方にアルゴは気づいた。

 彼が殺したのではないと。

 彼はSAOより以前に、人の死を見たことがあるのだと。

 

「……前から思ってたけど、ロキは怖くないノカ?」

「怖い? 何がだ」

「殺すことが。普通はためらったり、怖くなるもんダロ」

「……初めて、殺した時は実感がなかった。二回目は、嗤ったな」

 

 わらった?とアルゴが聞き返すと彼は自嘲的に笑い、ベッドに寝転んだ。

 右手を天井に向けて伸ばし、手の平を見つめながら、ゆっくりと話し始める。

 

「……命を消したと思うとな。訳が分からなくなって、嗤うことしか、できなかった」

「………………」

「……三回目からは、慣れた」

 

 慣れってのは、恐ろしいな。

 そう言い切ると、彼は無言になった。

 アルゴも、何を言えば良いのか分からなかった。

 何気なく時計を見ると、ちょうど午後十一時を過ぎたところだった。窓の外からの街灯の灯りも僅かにしか入ってこない。

 

 最低限の灯りしか点けていなかった部屋は薄暗く、ベッドの辺りには光が届いていない。

 暗さのせいか、二人はいつの間にか眠りについていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「ユニークスキル《暗黒剣》、か。本来ならさらに上層で発現するように設定したのだが……。これもまた、意志が為す力……なのか」

 

 暗闇を照らすのは複雑な文字列とツリーダイアグラムが写っている、複数のディスプレイ。

 それら全てを操作する白衣の青年は腕を組み、興味深そうに呟く。

 

「……彼を変えた(・ ・ ・)のは復讐。決闘が楽しみだ。……彼はどう思っているかな?」

 

 机に置いてあった写真立てを手に取り、懐かしむように眺める。

 

「……ロキ、いやミズキ君。久しぶりの勝負だ」

 

 写真には白衣の青年と、右目の下に傷がある少年が誇らしく笑って写っていた。

 

 

 

 

 

 数日後、闘技場にて《神聖剣》と《暗黒剣》。

 相対する二人の決闘の報せはアインクラッド中に響いた。

 

 

 




 
早く書けるようになりたい。そしてクオリティも。

感想、アドヴァイス、誤字報告等お願いします。




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13th 決闘:実感

 
夏休みだから比較的早めに書けました。
でも、遅い。
バトルシーンがしっかりと伝わるか、ビクビクと怯えています。
あと、サブタイ思いつかなかったのでテキトーです。

お気に入り登録五十件超え、本当に有難うございます。


 

 転移時に発生する青い光を潜ると、見知らぬ顔の男が見慣れた制服を着て立っていた。血盟騎士団の団員だ。

 嫌悪感をむき出しにしているその表情に俺は呆れた。

 

「……人殺し、お前だけついて来い」

 

 ぶっきらぼうに言うと、男は背を向け歩き出した。

 さすがにその態度に苛ついたのか、俺の両隣、アルゴとヨシナから不機嫌オーラがにじみ出ていた。

 そんな二人の頭を撫でて諌める。

 それでも何か言いたげな二人はこちらを見つめる。目には不安が映されている。

 

「……心配するな。死にに行くわけ、じゃない」

「でも、相手はあのヒースクリフ。言いたくないけど、勝率なんて有って無いようなものじゃない」

「ヨーちゃんに同意ダ。流石に今回ばかりはロー君も分が悪い」

「……だからといって、辞めるわけにもいかない。……何より、俺のために」

 

 この決闘に負ければ、おそらくSAOがクリアされるまで、または戦力不足になる時まで自由になることはない。

 俺はそう考えている。

 ならば、全力で刃向かうのみ。

 神聖剣の不敗伝説を俺が崩してやる。そう思うと、戦意も向上してくる。

 

「じゃあ、見てるからね」

記録(ログ)もバッチリ撮っとくヨ!」

 

 そう言って観客席へ並んで歩いて行く二人を見ると、少しだけ……寂しさを感じる。

 自分の中で、彼女らの存在がこれほど大きくなっているとはな……。

 鑑賞に浸っていると、後ろから苛立ち混じりの声が聞こえる。

 

「おい! グズグズするな、ガキ!」

 

 ガキ、という単語に引っかかったがスルーして大人しくついていく。 

 この男一人ぐらいどうってことはないが、厄介事は避けたい。

 …………これから最大級の厄介事が始まるのだが。

 

 

 

 

 連れて行かれた所は薄暗い小さな部屋。控え室、らしい。

 案内の男は着くなり早々に去って行った。

 闘技場への入り口からはざわざわとした声が聞こえ、観客の数が窺える。

 

「……見るのは、構わないが、うるさいな」

 

 俺は全ての装備(・ ・ ・ ・ ・)の最終確認を終え、両手剣(相棒)を背中の鞘から抜き、その禍々しい刀身を見つめる。

 全体は夜の闇のような黒、暗めの赤の縁取り。

 カラーリングだけでも特徴的だが、この剣には他の武器と比べ一線を画する特徴がある。

 まず両手剣には珍しい、刃の反り。カタナを無理やり両手両刃剣にしたような形。

 そして俺がもっとも気に入っている、反り側に直角以上に曲がった切先と同じ側にある三つの波のような突起。

 ……鎌を連想させる異質な形状。

 眺めながら、少し悦に入っていると入り口から雷のような歓声が轟いた。

 どうやら、ヒースクリフが入場したようだ。

 

「……さて、行くか」

 

 ギンッと音をたて鞘に納め、懐から仮面を取り出し俺は入り口へと足を進めた。

 

 

 俺が姿を現すと同時に、騒々しかった観客は一気に静まった。といってもひそひそ話は無くなっていない。

 円形の闘技場には数百人、いや千人ほどの観客が詰めている。

 興味津々な物好きもいれば、恨み満載の顔の奴もいる。

 前者は俺がヒースクリフに勝てるか見極めに、後者は……解らない。俺はグリーンプレイヤーを殺していない。

 

 ちょうど中央まで進んだ時、真紅を纏い、純白の十字盾を装備したヒースクリフが口を開いた。

 

「すまないな。まさかこれほどギャラリーが集まるとは、思ってもいなかった」

 

 苦笑しながら言うその姿からも、やはり威厳がにじみ出ている。

 

「……稼いだ分の、五割は貰うぞ」

「いや、君が負ければ我がギルドの団員だ。任務扱いにさせて頂こう」

「……勝てば貰える。そうだな?」

 

 ヒースクリフはただ謎めいた笑みだけで答えた。

 恐らく、肯定だろうが……どうにも信用ならない。……あの笑みを、どこかで見た気がするせいか。

 そう思っていると、彼は笑みを消し気迫とともに視線を飛ばしてきた。思わず、半歩下がりそうになるが堪える。

 深く、息を吐く。目を閉じ集中する。

 思考をクリアに、精神は静かに。冷静さを失うな。同じ間違いを繰り返すな。そう自らに言い聞かせる。

 ゆっくりと目を開き、殺気を乗せた視線を真正面からぶつける。スキルが発動していないにもかかわらず、俺の眼には奴の数通りの初動が映っている。

 ヒースクリフは視線を外すと、十数メートルほど距離を取り右手を挙げた。出現したメニューウィンドウを操作すると、俺の前にデュエルメッセージが現れる。『受諾』を押し、『初撃決着』を選択。

 カウントダウンが始まる。

 意識を目の前の男だけに集中させる。

 愛剣を抜き放ち、柄に左手を添える。両腕に力を入れず、ぶらりと垂らし自然体になる。

 ヒースクリフも細身の剣を抜き、構えた。

 カウントが一桁になることを確認し、正面を見据える。ヒースクリフはウィンドウすら見ていない。

 そして奴は【DUEL】の文字が光った直後に地を蹴った。十字盾で体を隠しつつ、凄まじいスピードで迫って来る。

 選択する行動は……迎撃。

 ヒースクリフの右腕側からライトエフェクトが見えた。同時に、俺の視界にその軌道が映る。だが姿勢は変えない。

 

 ――引きつけろ。

 

 袈裟斬りは光の軌跡を残しながら、軌道をなぞりながら剣は迫る。

 

 ――まだ。

 

 剣の輝きが最高潮に達し、軌道の終着点に先端が辿り着こうとする、その刹那。

 

 ――ここだ。

 

 俺は愛剣を鋭く振り上げた。

 狙いはただ一点、ヒースクリフの……右手首。理由は単純、そうすれば勝てるからだ。

 奴の強さはあの反則的な防御力にある。完璧に攻撃を防ぎ、できた隙を強力なスキルで確実に叩く。これ以上ない、最強最堅のバトルスタイル。

 ならどうやって勝つか?

 ……簡単だ。崩せばいい。

 盾と剣が揃って初めて奴のバトルスタイルは完成する。片手を使えなくすればヒースクリフは十字盾のみで戦うか、剣を取るか、どちらかになる。盾を選べば攻撃手段を失い、剣を選べば防御を失う。

 部位欠損が治るまでの時間、その間に一撃を与えればいい。 

 しかし、そう簡単にはいきそうではなかった。

 

「ぬおッッ……!」

「チッ……!」

 

 ガンッ、と俺の剣が左に強く弾かれた。

 ヒースクリフはあの瞬間にソードスキルをキャンセルし、盾で防いだのだ。

 その判断力と実行力は流石、としか言い様がない。

 だが、体勢が崩れている今は好機。

 慣性に逆らわず、右足を中心に体を回す。

 左足を曲げ、蹴りの一つ手前の動作中に足がライトエフェクトを放つ。

 《体術》スキル、《烈蹴》。言うならば、後ろ回し蹴り。

 システムの導くまま、俺はヒースクリフの十字盾の中心の少し下を蹴り飛ばす。

 ダァンッと重い音がしたが、感覚でわかる。……ダメージが通っていない。

 地面に五メートルほどの二筋の線を作ったヒースクリフはバランスを崩しながらも、屈しなかった。

 

「……恐ろしい集中力だな」

「貴様こそ、硬いな。……右手首、奪えたかと思えたが……」

「まさか、攻撃を引きつけて手を狙うとは……。まずあり得ない戦い方だ」

「……だろうな」

 

 対プレイヤー戦の経験だけはヒースクリフに優っている、と自負できる。

 勝機はそこにある。

 再び突進してくるヒースクリフを見据え、剣を肩に担ぐように構える。

 剣の黒色とライトエフェクトが混ざり、独特の色を創りだす。

 同時に《ラピッド・ステップ》を使い、コンマ一秒もかからずヒースクリフの目の前まで移動する。

 ヒースクリフが目を僅かに見開くが、とっさに盾を割りこませた。俺は構わず《アバランシュ》を発動。STRをフルに使い、奴が構えた十字盾に剣を叩きつける。

 

「……ラァッッ!」

「ぐぉッ!」

 

 ズガァァンッ! と炸裂音が響き、再びヒースクリフを跳ね飛ばす。

 今度は少なからずダメージが『通った』。目を凝らせば、奴のHPバーが一割弱減っていることが判った。

 

「君のような強プレイヤーは是非とも攻略組に欲しい。どうだね?」

「……雑魚の馴れ合いには、反吐が出る」

「副団長の座を用意すると言っても?」

「……俺は縛られるのが、嫌いなんだよ」

 

 剣を逆手に持ち替え、左前の半身で間合いを詰める。ヒースクリフも構え直し、地を蹴った。

 そこからはステータスの限界を行く、超高速の応酬が始まる。

 俺の斬撃はことごとく十字盾に遮られる。

 奴の狂いない剣を俺は的確にいなし、弾く。

 手数に差は無いと予想していたが、どうやら十字盾にも攻撃判定があるらしい。そこを考えると現状は俺が不利なはず。

 だが互いに小技すら当たらず、状況は膠着状態になりつつあった。……いや、違う。ヒースクリフが過剰に防御を気にしている。だから俺に隙ができた時も攻撃をしてこない。

 ヒースクリフのソードスキルをあえて正面で防ぎ、後方に飛び距離を取る。

 切り札(ジョーカー)を使うべきか? 事実、戦況に変化をもたらしたいなら使うべきだ。

 しかし、使えばさらにややこしくなることは目に見えている。

 

 ――どうする?

 

 負けることは論外。引き分けはシステム的に難しすぎる。

 ……残された選択肢は一つ。

 剣を地面に刺し、素早く右手を振りメニューウィンドウを開く。スキルウィンドウから選択しているスキルを変更。所持アイテムのリストから幾つかの武器を空白になっている部分に設定。

 最後にOKボタンを押しウィンドウを閉じると、自分の中に新しい力が宿ったような感覚を感じる。

 ヒースクリフを見ると、盾を構えたまま動いていない。

 

「……隙だらけ、だったはずだが?」

「なに、君の本気を見てみたいと思っただけだ。そのほうが面白いだろう?」

「……なら、その選択が、間違っていることを、証明してやるよ」

 

 俺は剣を掴まず、無手のまま一歩踏み出しスキルを使用。さっきと同じようにヒースクリフの目の前まで瞬時に移動する。

 十字盾を左手で横殴りして、ヒースクリフの正面を開く。深く踏み込み、腹部に向けて右腕を打ち出す。

 ヒースクリフはすぐに左足を後ろにずらし、俺の拳を避ける。そして、右手に持つ剣を俺に振り下ろす。いや、振り下ろそうとして、バックステップで俺から距離を取った。

 すかさず俺は右手に握った三叉槍(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)で追撃を仕掛ける。左足で踏み込みながら、槍の柄を下から回し左手で掴み突き出す。その部分には石突きではなく穂の長さが六十センチはある十文字槍が付いている。

 予想外だったのか、ヒースクリフは横に転がって避けた。

 

 ――それは悪手だ、ヒースクリフ!

 

 俺はヒースクリフが立ち上がる前に槍を叩きつける。それを奴は盾でガード。続けて左、右、下、右と両端の槍でひたすらに連撃を続ける。盾と剣にぶつかるごとに火花と破裂音が散る。

 時折、掠っているせいか奴のHPバーが少しずつ減っていく。このまま行けばHPが半分以下になり、俺の勝ちとなるだろう。

 だが、そんな終わり方を俺は望んでいない。

 この決闘は観客に俺の力を見せつけるという目的も含めている。だから、確実に一撃を決める。

 

「ぐぅッ、ぐぉっ!」

 

 僅かにヒースクリフの反応速度が落ち、口から苦悶の声が漏れる。不自然に奴の防御行動が鈍り、俺の槍に追いつかなくなっていく。

 槍を縦に半回転させ、十文字槍をヒースクリフに真上から振り下ろす。奴はそれを剣と盾を交差してかろうじてガードする。

 そして俺の槍はその二つをすり抜け、真紅の鎧をもすり抜けた。

 ここで初めてヒースクリフが目を大きく見開いた。

 その隙を逃さないように、三叉槍を下から掬い上げるように振り上げた。

 ガァンッ! という音が響き、ヒースクリフの剣は高く飛び、盾も振り上げた状態になった。

 即座に槍から愛剣の両手剣に持ち替え、盾を持つ左手を斬り落とす。

 ガラ空きになったヒースクリフにとどめを刺すべく、間髪いれず片手剣単発重攻撃(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)《ヴォーパル・ストライク》を放った。

 

「せ……やぁッ!」

 

 轟く金属質のサウンドとともに、灼けるような赤の煌きを纏った愛剣がヒースクリフの鳩尾を捉え、突き飛ばした。

 視界にはウィナー表示が大きく映っており、俺が勝者であることを表していた。

 俺はヒースクリフの所まで歩いて行き、声を掛けた。

 

「……言ったとおり、五割は貰うぞ」

「はは、私の完敗だ。君のユニークスキルの技術、実に見事だった」

「……対人戦でこそ、真髄を発揮する、使い勝手の悪いゲテモノだ」

「この私に勝てたのだ。誇れば良い、ロキ君」

 

 そう話すヒースクリフの表情は爽やかだった。

 俺はこの表情をどこかで見たような……。そんな気がしたが、気のせいだと割り切ってヒースクリフに背を向けた。

 背中の鞘に剣を収め、出口へと足を進めようとすると後ろから声がかかる。

 

「ロキ君、また機会があればリベンジを申し込んでもいいかね? もちろん、プライベートだ」

「……断る、といつもなら、言うところだが、相応の対価を、用意するなら、考えてやる」

「ありがたい。これを機に個人的な交友関係を持ちたいが……」

「……それは却下だ。わざわざ面倒事に、巻き込まれる、趣味はない」

 

 残念だ、と苦笑しながら言うヒースクリフを無視し、俺は控え室へと歩いて行った。

 

 

 

 

 第二十二層の南西エリアにある、それなりに大きいログキャビン。今回の決闘で貰った金で買った、そこのデッキの柵に座りながら俺は今日の新聞を眺めていた。

 

 『PKK、決闘でヒースクリフの伝説を破る!』 

 『二人目のユニークスキル使い現る?!』

 

 この一報は電撃的な速さでアインクラッド中に広まり、プレイヤー達に驚愕と畏怖をもたらした。 

 裏では、ヒースクリフが手加減した、チートを使ったなどと馬鹿な噂が流れているがそれら全てをヒースクリフが否定している。

 奴は全てのギルドに俺、ヨシナ、アルゴに対しての不干渉を力づくで決めさせたらしい。

 予想外だったのが、アルゴ以外にもあの闘いを記録していたプレイヤー達がいた事だった。おかげで俺のバトルを研究され、至った結論が『ユニークスキル』。

 全体像を知られたわけではないが、これは少々痛手だ。

 

「……といっても、ヒースクリフには、バレていか」

  

 新聞を四つ折りにし、ビリビリと引き裂いて外に投げる。

 散り散りになった紙片は風に舞いながらポリゴン片へと変わって行く。満月の夜と相まって、幻想的な光景を生み出す。

 それはまるで侵し難い、神聖な空間のようで……。

 

「……暗黒剣、か」

 

 ふと、自分のユニークスキル名を口に出す。

 《神聖剣》とはある意味、正反対のスキル。

 スキル名からしたら《神聖剣》は正義、《暗黒剣》は悪。

 

「……今回は、悪が勝った、というわけだ」

 

 『勝った』。

 何故だろうか。勝利という言葉がひどく甘美に感じる。

 今までレッドを殺した時は感じ得なかった、この感覚は初めてではない。

 

「……ああ、そうか。俺が初めて、人を殺した時、以来だな」

 

 久しぶりに、俺は自分が中毒者(ジャンキー)であることを実感した。

 

 

 まだSAOに出会うより前、現実世界で初めて殺した時のように………………。

 

 




どうでしたか?
クオリティは簡単に上がりませんね。
バトルシーンは難しいし、終わり方も無理やりな感じが……。

暗黒剣のスキルの詳細は最後に書きたいと思ってます。
感想、アドヴァイス、誤字報告等あればお願いします。
いまさらですが、非ログインの方でも感想書けますのでよろしくお願いします。


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14th 幕:間

お気に入りが増えて、本当に嬉しいです。


今回は特に進展はありません。
簡潔に主人公の回想がメインです。



 ヒースクリフとの決闘から既に一月以上経った、その日の気象設定は過去最悪と言っても過言ではなかった。

 風向きが定まらない暴風に、殴りつけるような豪雨。

 そんな状況の中、フードも被らず俺はずぶ濡れになりながらかつての丘の上に来ていた。

 

「……悪いな。自分で、言っておきながら、約束を守れなかった」

 

 俺の右側にある黒いオブジェクト。それは『墓』だ。かといって、誰かの名前が彫ってあるわけでもないし、遺品が埋まっているわけでもない。まして『魂』という非システム的なモノが宿っているわけでもない。

 ただ、俺の自己満足が作った体裁だけの墓。親友が死んだ、という事実を受け止めるための墓。そして、俺の弱さを表す、墓。

 

 俺はここで、ザザを殺して仇討ちの報せを持ってくると、約束した。

 

 そして、それを果たせなかった。

 あの時邪魔をされたとは言え、失敗は失敗だ。

 さらに、復讐を果たす機会はもうないだろう。現在、ザザは第一層の《黒鉄宮》に捕らえられている。ヒースクリフに頼んだところで解放されることはない。

 つまり、俺は…………生きる意味を失った、かもしれない。

 

「……どうしたら良いんだろうな、俺は……」

 

 などと、あるはずのない返事を期待してしてしまう。

 馬鹿か俺は、と自らを罵倒してもただ虚しいだけだ。

 話すことも、喋る気も無くなった。

 

 Mobの咆哮も、NPCの音声も聞こえず、雨音だけが煩わしく耳に響く。

 濡れた服が冷える、なんてシステムは無い筈なのにやけに寒さを感じる。

 水滴が頬を伝って滴り落ちる。手のひらでそれを受けるが、決して涙ではない。

 そう決めこんで、袖で目元を拭う。

 

「……はぁ…………」

 

 長い息を吐きながら立ち上がる。

 途端に風向きが変わり、雨風が正面から襲いかかってくる。濡れて黒さが増したロングコートがバタバタと音を立てる。

 それでも俺は目を閉じず、水浸しな灰色の風景をしばしの間見つめる。

 そこに誰かいるわけでもない。

 

「…………ははっ。…………じゃぁな、また来る」

 

 返事をしない相手にそう言う。

 次はいつ来るか、と考えながら転移門に行くために俺は丘から飛び降りる。

 

 あざ笑うような暴風雨が、鬱陶しかった。

 

 

 

 

「止まない雨はない。……SAOだからな」

 

 ログキャビン二階のバルコニー。そこで安楽椅子に揺られながら景色を眺める。

 すでに雨は止み、見事な曇り空が広がっていた。軽く鼻で息をするが、雨特有の匂いなど感じられない。……そもそもSAOの空気に匂いは無い。ついでに呼吸する必要もない。

 いまさらな確認をしていると、背後のドアがコンコンコンとノックされた。

 

「ロキー、お茶淹れたけど飲む?」

「……味による」

「多分、あなたが好む味だよ。あとお菓子も」

「そうか、なら、頂こう」

「手がふさがってるから、ドア開けてー」

 

 立ち上がり、先にテーブルと椅子をセッティングしてからドアに向かう。

 ドアを開くと、急須のような物と二つのカップ、そして焼き菓子らしき物を乗せた木目調のトレイを持ったヨシナが微笑んでいた。

 俺はその立ち姿に少しばかり見惚れた。……つくづく何故こいつは俺に惹かれたのか、疑問に思う。

 俺の内心を知ってか知らずか、鼻歌交じりにヨシナは茶を入れ始める。

 彼女の仕草を見ながら、椅子に座って向きを変える。

 

「このお茶は手作りでね、つい最近作ったんだ。……ロキが飲みたいって言ってたしね」

「……ほう。料理スキルの、調子はどうだ?」

 

 軽い返事程度の気持ちで聞いてみた。たしか、一週間ほど前は六割習得と言っていたはず……。

 記憶を辿っていると、さっきとは違う無邪気な笑みを浮かべた彼女の表情が目に入った。

 

「ついにコンプしたんだ」

「………………すごいな」

 

 素直な感想が口から出た。

 実際、スキルのコンプリートは並大抵のことではない。時間をかければできることだが、彼女の成長速度は異常と言ってもいい。

 

 カップを口に持っていき、透き通った赤色の液体を僅かに口にふくむ。

 同時に、懐かしい味が口内に広がった。

 俺は表情を隠さず、驚く。

 まだ母が生きていた頃に、淹れてもらった煎茶を思い出す。

 もう一口、味わって飲んで空になったカップを置く。

  

「……これは、現実(リアル)で飲みたかったな」

 

 独り言を呟くが、距離的にヨシナに聞こえたようだ。

 菓子を一つ取って、かじる。……これも見事なものだ。なんというか、俺の好みの真ん中を当てている。

 食事をするたびに好みの味を聞いてきたのは、このためか。

 

「あのね、ロキ」

 

 俺のカップを満たしながらヨシナは上目遣いでこちらを見てくる。

 手にある残りの菓子を口に放り込み、差し出されたカップを受け取った。

 俺が一口飲んでから、再び彼女は口を開く。

 

「私は現実のあなたに興味がある。だから、教えて?」

「……俺のことなど、知る必要はない。……と言いたい、ところだが、コレの礼だ。簡潔に、話してやるよ」

「えへへ、頑張った甲斐があったよ」

 

 頑張った、か。この茶も菓子も、プレイヤーに売りだせば相当の金を儲けられる。それこそホーム一つは買えるほどの。

 だが、ヨシナが求めたのは俺の話。……なんとも言えんな。

 もう一口、茶を飲む。

 俺はどこまで話すかを少し考え、ちょうど、カップの中身が消えたところでまとまった。

 

「……そうだな、昔の話か………………」

 

 

 

 

 ……何故か俺は生まれついた時から、今のように考える事ができた。

 暇だったが、いくらでもあった時間を使い、知識を貪った。

 そのせいで孤立したが、似たようなやつが一人いて、そいつとよく二人で読書なんかをしていた。気づけば親友になっていた。

 小学生のころ突然、母親を『事故』で失った。

 俺の家は少し特殊で、それに伴って親族と名乗るクズ共が財産目当てに擦り寄ってくた。父は母一筋の男だったせいか、それらは俺に回ってきた。

 下心丸出しな奴もいれば巧みに『仮面』を作り、騙そうとする奴もいた。……なにもかもが最悪だった。少しの希望も砕かれ、裏切られた。

 ……怒りと絶望。そして、人間の醜さを再び思い知ったな。

 

 そんな時に、アイツと出会った。

 

 俺が人間不信に陥り、虚しさを抱え、完全に引きこもっていた頃だ。家にとある同級生が訪ねてきた。

 ……死んだアイツだ。

 アイツからすれば、ただ学校に来ない生徒の様子を見に来ただけだっただろう……。

 初めは追い返していた。しかし、繰り返し繰り返し来るアイツに呆れ、会ってみることにした。

 その時はこう思ったよ。

 馬鹿で何も知らないガキだ、と。

 アイツの言うこと全部が上っ面だけの、軽薄な言葉にしか思えなかった。

 俺の様子を怪しんだアイツに、そのことを伝えた。

 すると、まさか、アイツは俺を平手打ちしやがったんだ。

 呆然としていた俺にアイツは言った。当時の俺にとって、心に響き、浸透するようなことを。……もう忘れたがな。

 こんな純真な人間がいるのか、驚きながらそう思った。

 

 それからアイツとつるむようになり、暫く会っていないもう一人の親友と学校で再開し、少しは満たされていたかもしない。

 それでも、心の奥に虚しさがあった。不満、満たされていない感覚が常にあった。

 中学に進む時、アイツと離れ、親友とも繋がりがなくなった。

 また孤独になったんだよ。

 

 そんな面白くもない灰色の景色を歩いていた時に……SAOに出会った。

 試しにβテストに応募して、予想外にも当選した。

 βテスト期間中はがむしゃらにプレイしていたから、終わりも早く感じた。

 正式サービス開始、デスゲームの始まりから数日後。ちょうど第一層ボス攻略会議の時に、アイツと再会した。

 ……あの時は驚いた。なにせ、数年前に別れた友人がデスゲームの中にいたからな。

 

 俺とアイツは再び、昔のように二人で一緒にいた。ギルドには入らなかったが、コンビとしては攻略組の中でもそれなりに有名だった。

 勇猛なアタッカーのアイツ、それを補佐する俺。猪突猛進じみた行動がアレだったが、アイツは強かった。

 たとえ死と隣合わせの日々だったとしても、少しずつ充足している気がしていた。

 だが、俺は満たされなかった。……いや、自身の『真に欲しているもの(リアリティ)』を感じ得なかった。

 

 ……そして、アイツが殺された。

 

 ちょうどアイツがあるレアドロップを手に入れた頃だ。当時ではかなり強力な武器で、買い取りの申し出は多かった。

 けど、アイツは全部を拒否していたな。よっぽど嬉しかったんだろう、自力で勝ち取った武器が。

 その武器にも慣れて、迷宮区から帰る途中に………………奴らが現れた。

 

 PoH、ジョニー・ブラック、……ザザ。

 嗤う棺桶(ラフィン・コフィン)の幹部達はおそらく、武器の噂を聞きつけたんだ。

 特に、ザザは武器を奪い、コレクションを作っているらしい。

 

 ……俺は何もできなかった。

 仲間が弄ばれ、惨めになっていく姿を眺めることしかできなかった。……血が凍った。

 PoHが俺を押さえこみ、ジョニー・ブラックが俺達の動きを封じ、ザザがアイツを殺した。

 

 すべてが終わった時には、涙も出なかった。

 烈火のような怒りと、深い空虚感だけが俺の中にあった。

 湧き上がる復讐心、自分の無力さに向ける憤怒、心の奥底に再び(・ ・)芽生えた……殺人への欲求。

 何回目か(・ ・ ・ ・)も憶えていない(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)孤独。

 

 だが、あの墓の前で決意した時から、復讐に身を投じていた時間に、しっかりと生きている『実感』があった。

 

 所詮、俺は殺すことでしか自分を見いだせない、殺人鬼(ジャンキー)だった、ということだ。

 

 

 

 

 

「………………俺のプレイヤーネーム、『ロキ』ってのは、神話に登場する神だ。物語の中で、あらゆる秩序を破り、物語を引っ掻き回す。そんな存在だ。……《ソードアート・オンライン》という物語(ストーリー)を、散々引っ掻き回してやった。殺して、殺して、殺した。おかげで俺は犯罪者呼ばわりだ。……まあ、俺が選択した道だ。よって誰にも積はなく、誰にも恩などない」

 

 ……深い溜息を吐く。

 右目の下の傷が、無いはずの痛みで疼く。そんな気がした。

 気づけば雲の切れ目から、西日が差し込んでいる。

 

「……?」

「……ロキ」

 

 フワリ、と何かが、いやヨシナが俺を包み込むように抱きしめた。

 以前にされた時とはどこか違う感覚……。

 

「心に穴があるなら、私が埋める。充実を求めるなら、一緒に探そう。……ただ、私と出会った、それだけは必然だったのよ」

「………………」

「あなたは殺人鬼なんかじゃない。……さしずめ『聖騎士』を倒した『悪神』、『悪神ロキ』よ」

 

 優しく、そして力強い抱擁。

 最後だけ軽い雰囲気で言った彼女は、微笑みを浮かべている。

 

「……悪神、か。……いいな、それ。気に入った」

「ホント? 嬉しいな」

「……ヨシナ」

 

 彼女の肩を持って、少し引き離す。

 怪訝な顔をしている顔を、宝石のように黒い瞳を、見つめる。

 

「……俺達が出会ったあの日から、復讐を決意した時から、他にもいろいろあるが、……俺のそばに居てくれて、感謝している」

「あはは、なんでそんなに硬い感じで言うの?」

「……親の躾のおかげだよ」

「『ありがとう』とか、『サンクス』でいいの。……あ、キスでもいいよ?」

 

 からかい混じりに彼女は言った。

 ……俺が彼女に対して抱いてる感情は『恋』とか『愛』とかではない。

 さらに深い、『必要』という感情。

 

「ヨシナ、してやろうか?」

「……えっ…………」

 

 さっきとは逆に、引き寄せる。それだけですでに体が密着しそうだ。

 ヨシナの頬は赤く染まって、呼吸が浅くなった。

 

 少しずつ、少しずつ距離が近くなっていく。

 

 

 そして、俺とヨシナの影が、重なる――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「オオーーイ! ロー君! ヨーちゃん!」

 

 

 

 

 ――――――――直前で無遠慮な大声が響いた。

 

 一瞬ヨシナは固まり、即座に離れた。

 

「ろろろ、ロキッ! わわ私、お茶片付けるから、ロキはアルゴの相手して!」

「……ふっ。わかったよ」

 

 すれ違いざまに、「続きはまた今度だ」と耳元でささやいて下へと降りる。

 ドンドンと大げさに叩かれるドアを俺は……蹴った。

 

「ゲフッ!」

 

 変な声が聞こえたな。そんな事を考えながら外に出て、アルゴを見下ろす。

 

「……で、一体どうした? メールも寄越さずに」

「あ、そうか! メール出せばよかったんじゃないカ! ってそんなことはどうでもいい!」

「ちょっと落ち着け。一旦中に入ってから説明しろ」

 

 だがアルゴは首を横に振り、深呼吸した。

 

「ロキ、この新聞を見てくレ」

 

 そう言って出してきた新聞を広げると、大きい文字が目に入った。

 

 

『三人目のユニークスキル使い現る!』

 

『スキル名は《二刀流》』

 

『保持者は《黒の剣士》キリト』

 

『脅威の五十連撃?! 第七十四層フロアボスを単独撃破!!』

 

 

「…………おい、アルゴ。これは、つまり………………」

「そういうことだヨ、ロー君」

 

 

 いつもの雰囲気はなく、真剣な眼をしたアルゴは俺に告げた。

 

 

 

 

 

 

「……ついに、物語(SAO)が終盤へと動き出す」

 

 

 

 

 

 




何故か五千字を超えた……。


迫られた時のヨシナさんのアクションはよく解らなかったので、想像です。
知らないものはやっぱり書けないな〜。
心情の表現とか特におかしい所が多いかも……。

誤字、指摘、質問、アドバイス、感想等あればよろしくお願いします。


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15th 

最近けっこう寒くなってきましたね。
体調管理にお気をつけて。

サブタイは思いつかなっかた。


 

 

 

「……さて、今日か」

 

 呻くように、俺は呟いた。

 テーブルには新聞紙が広がったまま置いてある。元々、大した物ではないせいか、どのページにも似たようなことしか書いてなかった。

 それを持ち込んだ本人、アルゴは既に情報収集のためにどこかへ行った。

 

「コレって新聞? ……へぇ、《神聖剣》と《黒の剣士》がデュエルか。さぞかし盛り上がるんだろうなぁ……」

 

 背後から近づいてきたヨシナは新聞を一瞥し、興味が失せたような感想をこぼす。

 ……今頃お祭り騒ぎは間違いないだろう。

 なにせ、ヒースクリフとキリトの決闘(デュエル)だ。

 俺とキリトでは格が違う。かたや殺人鬼、かたや《黒の剣士》。ビーターと呼ばれていたが、いまやそれは負け犬の遠吠えに近い。

 今回のユニークスキル取得は、奴の功績の一つとして残る。

 そして、それを打ち破ればヒースクリフの名声は更に高くなる。

 

「……あの男、どこかで会った……、いやあり得ない。…………だが……」

 

 戦いの途中で奴が喋った言葉の一つ。

 『なに、君の本気を見てみたいと思っただけだ。そのほうが面白いだろう?』

 アレに似た言葉を聞いた記憶はある。それも現実世界で。

 

「……ヨシナ。少し出かける」

「付いて行った方がいい?」

「……いや一人で十分だ。戦いに行くわけじゃない」

 

 ウィンドウを開き、仮面を除いたPKKとしての防具を装備する。

 俺がPKKであることを知っているプレイヤーは限られている。よって俺が堂々としていていも騒がれることもない。

 ドアを開くと、まだ昇ったばかりの朝日が差し込み、目を細める。

 少し冷たく感じる息を深く吐いて、心身を研ぎ澄ませる。

 道に立つと同時に《ラピッド・ステップ》を使って加速する。蹴った地面が抉れた音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 青く揺らめく光、転移門から出ると、そこには古代ローマ風とでも言うような造りの街が広がっていた。

 つい先日開放された第七十五層の主街区の名は《コリニア》。

 剣士、商人など見た目様々なプレイヤーは多々いるが、やはり今日の目玉はあの決闘だろう。

 通りは活気で溢れていて、屋台も多く出ている。

 そういえば、朝飯を食べてなかったことを思い出した。

 

「……おい、これ貰うぞ?」

「はいはい! 十コルです!」

「……ほらよ」

「三本で三十、はい毎度!」

 

 でかい焼き鳥のようなモノを買う。

 串が刺さっても怪我などしないので、一本まるまる遠慮なしに口に突っ込む。

 

「……う、むぐ。……ふむ、悪くないな」

 

 続けて二本目、三本目にかじりつく。

 残った串を道に捨てれば、パリンと自然消滅する。

 二人の決闘が行われるコロシアムは転移門からかなり近いところにあり、すでに長蛇の列ができていた。

 入り口には血盟騎士団の服を纏った、腹の出たオヤジがしきりに宣伝している姿が見える。

 

「……馬鹿正直に、並ぶ必要もないな」

 

 隠蔽(ハイディング)を発動し、雑多の中をすり抜けて行く。

 こういった時、隠れていることを変に意識すれば、それが外面に浮き出る。

 あくまでも自然体に。オヤジの横を通るときに入場料を出っ張った腹に投げるのを忘れない。

 そのままスルスルと階段を登り、その途中で隠蔽(ハイディング)を解く。

 

「……さて、立ち見でもするか」

「場所は取ってあるから、ダイジョーブだヨ」

 

 声が横から聞こえた瞬間、距離を取ろうとして、知った声だと気づく。

 小悪魔めいた笑みを浮かべながらアルゴがいた。

 

「……いつからいた?」

「んー、来たのはついさっきデ、ロー君が姿消したとこを見てからついて来たヨ?」

「……お前とはいえ、見られていたとは……」

「いやー、でも何度も見失ったヨ。ロー君ってホント、そういった所に秀でてるよネ。……まずは座ろっカ」

 

 どこか上機嫌なアルゴの小柄な背について行くと、真正面の最前列に来た。

 彼女は既に座っていたプレイヤーに挨拶だけして、俺に向かって手招きをする。

 

「……お仲間か?」

「ま、そんなとこだヨ。はい、座った座った」

 

 強引に座らされ、ついでとばかりに飲料の入ったコップを渡される。

 映画鑑賞か……。

 そう思ったが口には出さない。どうせ始まったら飲み食いも中断する。今のうちに飲んでおけ、ということだろう。

 一口飲み、ひと呼吸した時に……観客が一斉に沸いた。

 

「……来たか」

「ロー君に負けたとはいえ、さすがの人気だネ」

 

 真紅の鎧を纏い、純白のマントを風に棚引かせながら中央まで進む。

 奴の様子を見ていると、一瞬、だが確実に目が合った。

 

「……ッ」

 

 思い過ごし、では無いかもしれない。

 

 ………………あの眼を、どこかで俺は見た。

 

 しかし、ヒースクリフを、あんな顔は見たことがない。……どこだ、どこで見た?

 

「お、キー坊が出てきたヨ」

「ッ、……あぁ」

 

 思考に呑まれる前に、アルゴの声がかかる。

 

 ……危なかった。

 悪い癖だが、治っていないな。

 

「さて、ロー君。どっちが勝つか賭けようじゃないカ?」

「……却下だ。どうせヒースクリフが勝つ」

「むぅ、つれないナー。…………確かに、キー坊にはきついバトルかもネ」

 

 聞いた限りでは、二刀流は攻撃特化のユニークスキル。攻防一体を旨とするヒースクリフ相手は分が悪い。俺の時は奴が俺のスキルを知らなかったことと、相性が良かったおかげで勝てた。

 

 ……キリトが勝てるとしたら、ヒースクリフの反応速度を上回り、防御を抜くことしかない。

 

「……さて、どこまで()れるのか、見せてもらう。……キリト」

 

 二人の頭上にウィンドウが現れる。

 二刀流を見極める。再び敵対した時、勝つために。

 【DUEL】の文字が光り、土が二カ所同時に弾け、黒と赤が火花を散らした。

 初っ端からキリトはソードスキルを使用。ヒースクリフは確実に防御し、キリトは距離を取った。

 今度はヒースクリフが盾を構えて突撃する。キリトはそれを盾の方向に回り込もうとして、ヒースクリフが盾で攻撃した。

 キリトが飛ばされる。が、すぐさま体勢を整え、《ヴォーパル・ストライク》を放つ。ヒースクリフは盾で防ぐが、吹き飛ばされた。

 そこからは超高速の剣技の応酬が始まった。二刀流を盾は阻み、剣で剣を弾く。突き抜けるような剣戟の衝撃音がコロシアム中に響く。

 徐々に音の感覚が短くなっている。

 

 ……おそらく、キリトの剣が加速している。

 

 突如、キリトは防御を捨てて二振りの剣で攻撃を開始した。ライトエフェクトが迸り、凄まじい剣閃がヒースクリフに襲いかかる。上下左右からの攻撃をヒースクリフは盾を掲げてガードするが、反応が遅れている。

 最後の一撃は、盾が振られすぎたタイミングを逃さず、光の軌跡を残しながらヒースクリフへと吸い込まれていく。

 

 ――――その刹那、ヒースクリフの盾があり得ないスピードで動いた。

 

 キリトの一撃は弾かれ、ヒースクリフは的確な攻撃でデュエルを終わらした。

 

 ……なん、だ。今のは一体……?

 

 明らかにシステムを超越した、あり得ない挙動とスピード。

 

「あちゃー、惜しかったナ。やっぱりヒースクリフかァ」

「………………」

「ウン? どうした、ロー君」

「……いや、なんでもない。……俺はもう行く」

「じゃあナー」

 

 アルゴの間延びした声と未だ興奮止まぬ観客の叫びを背に、階段を駆け降りる。

 ……まさか、そんなことがあるのか?  

 俺の頭にある一つの仮定。突拍子も脈絡もない、だが不可解な謎にカチリとピースが当てはまる。それを知るためには、奴に、キリトに聞かなければならない。

 ここの構造は以前俺が決闘した時と変わりは少ないはず。待機室があるはずだ。キリトが出てきた方向を考えると……。

 

「…………よし」

 

 思った通り、通路があった。

 そしてちょうど奥から出てきた二人と目が合った。

 

「……あんたか」

「ロキ君……」

 

 気の抜けた声を出すキリトと柄に手をかけ身構えるアスナ。

 俺は両手を上げることで戦う意志が無いことを主張する。

 

「……聞きたいことがある。用事はそれだけだ」

「なら、早く済ませてくれ」

 

 覇気がない。今のキリトの印象はまさにそのとおりだ。だが奴の背景に何があるかは俺の知ることではない。

 ……要望通り、早く済ませてやるか。

 

「……お前が最後に、連撃をした時、ヒースクリフの動きが、異様に速かったように、見えた。……実際は、どうだった?」

「……っ!」

 

 あからさまにキリトは目を見開いた。

 同時に俺は奴に対し、甘いな、と思った。

 交渉事において感情を隠すべきだと、俺は思っている。もともと一般人であるキリトには難しいだろうが。

 

「……あんたの言う通りだ。あの反応、スピードは人間の限界を超えていた。過言じゃない。奴のポリゴンも一瞬ブレた」

「……そうか。時間を取らせて悪かった」

「ま、待ってくれ!」

 

 踵を返そうとした矢先、キリトが手を伸ばして待ったをかけた。

 早く済ませろと言ったのは貴様だろうが。

 言いかけて、飲み込む。俺としても早く帰りたいのだ。

 

「あんたは、なんで勝てたんだ?」

「……単純に相性の問題だ。俺は、対人戦に特化している。……ユニークスキルもな」

「そう、なのか……」

「ロキ君……ユニークスキルって?」

 

 キリトに寄り添うように立っているアスナが、初めて聞くような顔で尋ねる。

 けれど、俺はこれ以上情報を渡す必要性はないと判断する。

 何も言わず、今度こそ踵を返し、出口へと向かう。

 ちょうど観客が帰り始めた頃なのか、朝と同じように混雑している。その流れに乗り転移門へと歩く。

 誰も彼もがキリトの剣技に驚きの感想を言い合い、そしてヒースクリフを褒め称える。こうして『神聖剣最強伝説』は造られていく。奴が、いや彼が意図しているのか、していないのか。まぁ、血盟騎士団なんてモノを創ったのだから、本人はその気なんだろう。

 

 転移門に乗り、数瞬考え、移動する階層を口に出した。

 

「……転移、二十二層」

 

 俺は青い光に包まれた。

 

 

 

 水面に映る夕焼けを眺めながら歩をゆっくり進める。どうやら思った以上に時間が過ぎたようだ。

 遠くに目をやれば、のんびりと釣りを楽しんでいるプレイヤー達の光景がある。

 

 ――彼らにとって、デスゲームなんてのは意識にないだろうな。

 

 ふと、そんなことを考えた。

 既にSAOの住人であることに慣れてしまった俺達は、はたして現実世界に対応できるのだろうか?

 握り慣れた剣が消え、戦いでの緊張感も失せる。物を創りだす鍛冶師やその他。果てにはレッドプレイヤー。

 仮想現実という、現実世界から隔離されたリアルで解き放たれる本性。それがプレイヤーの中に残ったまま、現実世界に戻ったら……。

 

「……はっ、考えても、仕方がない」

 

 俺がこんなことを考えたところで、何も変わらない。

 そもそも俺がこうやって他人を思考するなんて、気味が悪い。抑制された本性なんて他人の勝手だ。

 しかし……。

 

 ……俺は現実世界と、変わらないことしている。

 

 おそらく、俺ぐらいだ。あのヒースクリフでさえ、剣士なんてやっていない。ましてや剣術家でもない。

 水面に反射した光が眩しく、手のひらで遮った時、そのオレンジ色がラフコフ討伐戦を思い出させた。

 あの時、それ以前からだが、多くのプレイヤーを殺した。だが、そんなことは俺にとって日常(・ ・)だ。

 

「……何を今さら。………………腹が減ったな」

 

 気がつけば、脳が空腹を報せていた。

 ログキャビンはすでに目と鼻の先にある。

 多分、ヨシナはもう用意しているだろう。そして彼女の夕飯を楽しみにしている自分を自覚する。

 

「……まぁ、いいか」

 

 俺は呟いて、ドアを開けた。

 

 

 

 

 

   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 キリト対ヒースクリフの決闘から三日後。

 現在、ロキは五十五層を文字通り風よりも速く疾走している。

 岩などの障害物を難なく超え、スピードを落とさない。

 右手は背中の大剣の柄に添えており、いつでも抜剣できる状態でいる。

 右左と蛇行する道を時に壁を蹴って加速し、時に手足で地面をえぐり一瞬のブレーキをかける。

 風を切る音ばかり入ってくる耳に、僅かだが人の声が聞こえた。

 

「……俺の役割(・ ・)、奪うなよ」

 

 彼の手の中の剣が一瞬だけ青く光り、槍へと変わっていた。

 それを肩の位置で構え、システムがモーションを検出。

 何度目かわからない壁を曲がり、ライトエフェクトが最高潮に至ったその時……。

 

 ……道ができあがった。

 

 壁も障害物もない、直線の道。

 彼の視線の先に、標的(ターゲット)はいた。

 

 ズガンッ、と彼の腕から槍が放たれた。

 ロキのスピードとスキルによる補正が加算し合い、システムの限界に迫る速度を産み、強烈な光が迸る槍は、まさに隕石(メテオ)

 数十メートルはあった距離をコンマ一秒も経たず標的(ターゲット)の胴体に激突し、直進方向にぶっ飛ばし、壁に叩きつけ、その体を縫いつけた。

 遅れて響き渡る轟音。

 持ち主が手放した剣は力なく倒れ…………ロキが踏みつぶした。

 ポリゴン片となり空中に霧散する。

 

「……ジャスト、ってとこか」

 

 ロキは周囲を一瞥し、状況を悟る。

 血盟騎士団の団員はキリトを除いて一人。飛ばされた男だ。

 突然の出来事に口を開けているキリトの近くまで歩み寄る。

 

「あとで返せよ」

 

 そう言って、ポケットから取り出した回復結晶をキリトの腹の上に投げた。

 おぼつかない手つきで結晶を使用したキリトを見届けると、体をを標的(ターゲット)、クラディールに向ける。

 ロキの右手が青く光り、握りしめるような動作をすると、右手には禍々しい外見の両手剣があった。

 その体を壁に固定していた槍が消えると、クラディールは膝から崩れ落ちた。

 

 腐ってもトップギルドの一員、一撃では死なないか。

 

 ロキは別のポケットからポーションを取り出し、クラディールの口に突っ込んだ。

 中身の液体を飲み込んだ時、クラディールは目を大きく見開いた。

 瓶から口を離し、中身を吐き出そうとする。

 

 が、遅い。

 すでに彼のHPバーは黄色く点滅している。……すなわち、麻痺状態。

 

「ゴホッ、ガハッ! こ、このガキッ、グハッ!」

「黙れよ、人殺し」

 

 容赦無く頭を踏みつける。

 急に攻撃され、麻痺状態にされ、顔は地面に押し付けられる。クラディールの表情は怒りで歪んでいた。

 だが、ロキの眼には映っていない。

 

「人殺しィッ?! ガキが、何言ってやがるッ!」

「……うるさいな、もう一回黙っとけ」

 

 乗せていた足を一度離し、肩を下から蹴り上げる。鈍い音をたてながら、クラディールは転がった。

 間を置かず、ロキが腰のベルトからナイフを引き抜き、流れるような動作で投擲する。空気を切り裂きながら、ナイフは開いた口に見事突き刺さった。

 

 スキルを使用しないロキの技術に、回復したばかりのキリトは驚きを隠せなかった。

 動く人間の口、という小さすぎる的に対して、正確無比なコントールとスピード。やれ、と言われても再現できる根拠は無かった。

 

 クラディールは麻痺で震える腕を動かし、ナイフの柄に手をかけようとする。

 あと一センチで指が届くというところで、両腕が硬直した。

 風を切る重い音が二回。そして、瞬く間に甲高い音と一緒に砕ける。

 

「あ? え、は? ……ハァッ?!」

 

 何が起こったのかを理解すると、彼の表情は恐怖で歪んだ。

 立ち上がり、逃げようとして、無様に転ぶ。いや、落ちる(・ ・ ・)

 

 ヒュンッ、と風を切る音。

 うつ伏せになっているクラディールには、すでに両足が消えていた。

 

 四肢を切断され、口にはナイフが突き刺さったまま。

 後ろから近づいていくる砂を踏む音が、彼には死神の鎌が迫るカウントダウンに聞こえる。

 

「あ、あぁ、うああッ! アアッ、ウアァァ、アアアアアアッッ!!」

 

 言葉になっていない叫びを無意味に撒き散らし、『ゲームオーバー』に怯える。

 無い腕を伸ばす。

 無い足を動かす。

 

 もはや不協和音の製造機となった男にとどめを刺すべく、ロキは剣を走らせた。

 

 真一文字。クラディールの背中に赤い線が引かれた。

 同時に、彼のHPバーがゼロになる。 

 

 ……ピシッ、バシィンッ。

 

 数秒の硬直後、クラディールを構成しているポリゴンが砕け散った。

 サクッと支えを失ったナイフは地面に刺さった。

 

 ――静かすぎる。

 

 フィールドを吹き渡る風の中、キリトは呆然としていた。

 静かだと思ったのは、ロキの動きだった。作業のように手足を落とし、殺した。そこに感情は感じられなかった。

 そこまで考えてようやく、助けられたことを思い出した。

 

「あ、その、ロキ。……ありが」

「礼を言うなら、アルゴにしろ。俺はあいつの、依頼をしただけだ」

「……そうか、わかった」

「それに、殺したのは、俺が選んだからだ。くれぐれも、俺のせいだ、なんて自惚れるなよ」

 

 顧みず、剣を収めながら答えたロキは、ナイフを拾って腰のベルトに戻した。

 キリトはロキの言った『自惚れるなよ』の意味が理解できなかった。ゆえにそれを尋ねようとして……。

 

「……ロキ、その自惚れるなって」

 

「キリト君ッ!」

 

 突然、彼の眼に愛おしい亜麻色の髪が写り込んだ。

 涙を流しながら抱きついてきた彼女の名を、呼んだ。

 

「……あ、すな……?」

「うんっ、キリト君!」

 

 

 

 抱擁しあう二人を尻目に、ロキはポケットから転移結晶を取り出た。

 

「……転移」 

 

 目的地は二十二層。

 ログキャビンでは、いつものようにヨシナが昼食を作って、待ってくれているだろう。

 もしかしたら、今日はアルゴも一緒かもしれない。

 温もりのある『日常』。

 

 そして、その日常に終わりが刻々と近づいていることに、ロキは薄々気づいていた。

 




クラディールさんはあっさりと。
誤字、指摘、質問、アドバイス、感想等あればよろしくお願いします。


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16th

先週まるまる、おもいっきり風邪引いてました。
おかげで授業内容さっぱりわからん。
今回かなり短めです。なんか伸ばすとグダグダになりそうだったので。
というより、短めでテンポよくしたほうが、一話にいろいろ突っ込むよりいいんじゃないのか……。
すでにストーリー終盤に入って思いました。


 

「偵察隊の半数が死亡、か」

「今回のボスはクォーター・ポイントであり、可能性は高かったが、事態は予想以上に深刻だ。」

 

 血盟騎士団本部の会議室。ヒースクリフはこちらを見ず、ガラス張りの壁の外を見ながらそう答えた。

 周囲に席はあるが、誰一人として座っているものは無く、完全に俺とヒースクリフと一対一の状況。

 いま、こうして俺がここにいる理由は、単純に呼び出しを受けたからだ。

 数分前、俺が入室した直後にヒースクリフはこう話を切り出した。「偵察隊が壊滅した」と。その報せに驚いた一方で、やはり、という気持ちもあった。

 かつて二十五層、五十層のフロアボスには多大な犠牲者が生まれた。クォーター・ポイントとは、その百層までの四分の一ずつを示す。

 

「我々は五ギルド合同のパーティー二十人を偵察隊として送り込んだ」

 

 変わらず、外を見続け、抑揚の少ない声で続けた。表情が見えないことが相まって、感情が読めない。

 

「ボス偵察は慎重を期して行われた。十人が後衛として入口前で待機、最初の十人が部屋の中央に到達して、ボスが現れた瞬間に入り口の扉が閉じてしまった」

「……で、開けば中には、誰もいなかった、と」

「念の為に黒鉄宮まで名簿の確認しに行かせたが……」

 

 そこでヒースクリフは口を閉じた。

 マントの向こうの声色からは落胆や悲しみなどの感情は感じられない。

 しかし、扉が閉じたからといって、転移結晶が使えないわけではないはずだが……いや。

 

「結晶無効化空間……だったか?」

「流石、知っているとは話が早い。情報屋を抱き込むことはいい手だ」

 

 いい加減こちらを向いて話せ、と思うが変わらず外を見ている。

 何が見えるのか疑問に思うが、特に重要ではない。

 俺としてはこの後にやりたい事があるから、早めに終わらしたい。

 

「で、俺にどうして欲しい?」

「もちろん、ボス戦に参加してもらいたい。言ったとおり、今回はクォーター・ポイントだ。できうるかぎり、最大戦力をもって戦いに挑みたい」

 

 ……やっぱりか。この様子だとキリト、アスナも呼び出した。あの二人は参加するだろう。一度前線を離れたとはいえ、片やギルドの副団長、片や最強の一角。断ることもできない。

 だが俺は違う。俺は自分の意志でしか、動かない。

 

「悪いが、俺は参加するつもりはない。むしろ俺が、いないほうが士気も、上がるだろ?」

 

 それに、俺はやりたい事がある。たとえ殺されようが、この世界に終わりが来ようが、俺は自分の……やりたいことを貫き通す。 

 集団の中で、まともに戦えるとは思っていないこともある。

 

「……そう、か。残念だが、諦めるとしよう」

 

 この時、初めてヒースクリフは俺の方に向いた。

 かすかに笑みを浮かべたその表情の、眼が印象的だった。

 金属質な眼だが、そこに俺は感情を見た。悲しみでも、苦しみでもない、理解できない感情が。

 

「用はそれだけだな。俺は帰るぞ」

 

 足を出口に向け、進もうとした矢先に、背後から抑揚の少ない声がかかった。

 首だけ向けると、変わらない眼が俺を見つめている。人の内側まで見通しそうな眼だ。

 

「ロキ君。………………ありがとう(・ ・ ・ ・ ・)

 

 思わず息を呑んだ。

 俺は直感的に、その言葉が『ロキ』に向けたものではないと理解した。

 だが唐突すぎた。こいつが、知ってるはずがない。あり得ない。

 僅かながらも動揺してしてまった俺は一言返すのが精一杯だった。

 

「……それは終わってから(・ ・ ・ ・ ・ ・)に、してくれ」

「フッ……そうだな。また会おう」

 

 俺は手を振ることで返事を返し、部屋を後にした。ただ、俺の中には一抹の疑問が残った。

 

 

 七十五層に転移すると、広場にはすでに攻略チームと思われるハイレベルプレイヤーと、彼らの応援に駆けつけた一般プレイヤーが集まっていた。

 ちなみに俺は転移門ではなく、転移結晶を使用した。あまり人の目につかない方法が、今は望ましい。

 一旦、道から建物の陰に入り、装備を確認する。

 両手剣、槍、そして最近入手した刀身が長めの短剣、二振り。いつもの防具に、新しい仮面。効果は隠蔽(ハイディング)率上昇。

 

「……よし」

 

 表の道に戻ると、ちょうどヒースクリフと血盟騎士団の精鋭達がゲートから現れた。同時にプレイヤー間に緊張が走る。

 レベルには反映されない、結束力という強さではやはり血盟騎士団がずば抜けている。 

 今回のボス戦に限らず、こういった戦いは個より集団の力が重視される。

 俺は考えられる限り対人戦に重きを置いたステータスにした。つまり、こういったMob相手の集団戦は苦手だ。

 しかし、ヒースクリフにキリト、アスナ。その他ギルドのトップ陣が勢揃いだ。奴は言ったとおり、可能な限りの最大戦力を揃えたらしい。

 

「――解放の日のために!」

 

 考え事をしているうちにヒースクリフの声掛けも終わったようだ。

 奴が腰のパックから濃紺色の結晶アイテムを取り出すと、周囲のプレイヤー達からは「おぉ……」という声が漏れた。

 《回廊結晶(コリドークリスタル)》。それがヒースクリフの手にあるアイテム名だ。使用者のみを転送する通常の転移結晶と違い、任意の地点を記録し、そこへ向けて瞬間転移ゲートを開くことができるアイテム。売れば高く売れる。

 NPCショップでは販売しておらず、強力なMobからのドロップでしか出現しない、レアアイテムだ。さっきの声はそんな回廊結晶を躊躇いなく使用するヒースクリフに驚いた声だろう。

 

「コリドー・オープン」

 

 結晶を高く掲げた奴はそう発声した。高価なクリスタルは砕け散り、奴の目の空間に青く揺らめく光の渦が出現した。

 

「では皆、ついてきてくれたまえ」

 

 周囲を見渡すと、ヒースクリフは青い光の中へと足を踏み入れた。瞬時にその姿は閃光に包まれ、消える。間を置かず、KoBメンバーも続く。

 ボス攻略の話を聞いて見送りに来たプレイヤーが転移門広場を囲み、次々と光のコリドーに飛び込んでいく剣士達に激励の言葉を飛ばしている。

 俺は誰にも見つからないよう《隠蔽(ハイディング)》を発動し、攻略組の中に紛れ込む。俺はそのまま光の渦へと身を滑り込ませた。

 

 

 

 軽い浮遊感覚のあと、目を開けるとそこは迷宮の中だった。……広い、と感じる。壁際には太い柱が列をなし、その終着点に巨大な扉がある。

 周りのプレイヤー達は数人で固まってメニューウィンドウを開き、装備などの確認をしている。その隙に俺は壁際に移動し、身を潜めた。仮面を装着してさらに隠蔽率を上げる。

 扉の正面ではヒースクリフが十字盾をオブジェクト化させ、プレイヤーたちに声を掛けている。「――行こうか」とソフトな声で締めくくり、扉に近づき右手をかけた。よりいっそう緊張が走る。

 その様子を傍から見ている俺は、目の前の剣士たちの行く末を知ることはできない。誰が死に、誰が生きるか。判っているのは、ラスボスとヒーローだけ。そこに邪魔者はいない。

 その舞台を作ることこそ、俺がやることだ。

 完全に開ききった扉の中へ消えていくプレイヤー。彼らは今から文字通り、死闘を繰り広げる。命の駆け引きをする。

 そして俺も、ここで戦う。アインクラッド解放のために戦う彼らと違い、戦いたいから戦う。理由はすべて俺のため。死闘とは程遠いが、命の駆け引きだ。

 最後の一人がその姿を消すと、扉は鈍い音をたてながら閉まった。

 誰もいない中、俺は隠蔽状態のまま隠れている。

 

「……さて、やるか」

 

 俺の呟きは、広い空間の沈黙にかき消されていった。

 ……もう少し先になる戦いを思い、俺は拳を握りしめた。

 




どうでしょうか?
長さはどれくらいがいいのでしょうかね〜。

ゴッドイーターリザレクション買いました。
懐かし楽しいですね。

誤字、質問、アドバイス、感想等あればよろしくお願いします。


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17th

もう終わりも近くなってきました。
更新の間隔を頑張って縮めようとしてますが、キツイです。


 

 75層迷宮区ボス部屋前には、多くのプレイヤーが各々の武器を手に、今か今かとと扉が開く時を待っていた。装備も、武器も統一されていない彼らの共通点はただ一つ、カーソルがオレンジであり、レッドプレイヤーであることだ。彼らは皆、一人の扇動者の下に集ったのだ。その扇動者とは……。

 

「落ち着け。狩りの時間はまだだ」

 

 今は無きラフコフのリーダー、PoH。

 『殺しという快感は、SAOでしか味わえない。リアルに戻って窮屈に生きるぐらいなら、ここで朽ち果てるまで、殺し続ける』。彼は散り散りになっていたレッドプレイヤーに話し、彼らの心を震わせ、こうして大人数の戦力が集まった。

 ボス戦が終われば扉は開く。そこには疲弊しきった攻略組が、絶好の獲物として、座り込んでいる。

 ――そこを俺たちが襲う。

 見渡し、戦力を確認した彼の頬が、愉悦で歪む。

 彼の表情が伝染したのか、周囲のプレイヤーも同じように嗤った。

 

「さあ、黒の剣士。俺が殺してやるよ」

 

 

 

 

 

 

「……ギャァァァアアアっっ!!」

 

 突然、悲鳴が集団の後方から響いた。続けて、ビシィッと砕ける音。

 全員が硬直した。PoHも例外ではない。

 誰が死んだ? 

 いや、そもそも何故死んだ?

 想定外の出来事に思考と身体が凍りつく。だがPoHはいち早く硬直から抜け出した。

 

「全員構えろッ! 中央は道を開けろ!」

 

 彼の叫びにより全体の硬直は解け、すぐさま指示どおりに動いた。

 開けた中央に《殺人者(キラー)》はいた。彼らレッドプレイヤーにとって忌々しい存在、仮面を着けたPKKが剣を肩に担ぎ佇んでいた。

 端から見ればただ立っているように見えるが、間近にいるレッドプレイヤー達は彼が纏う異様な空気に呑まれかけた。

 しかしその姿に誘発されたように、一人一人の心の内に、煮え滾ったマグマような殺意が噴き出した。そして、同胞たちを殺された恨みを、あの日の恐怖を、思い出した。

 PoHは呻くように、呪うようにその名を叫んだ。

 

「ロキィッ……!」

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 わめくPoHの様子を見て無意識に上がる口角を、俺は自覚した。

 仮面があるゆえに、彼らからは見えないが。

 

「残念だったな、PoH」

 

 優越感を含めた俺の呼びかけに、PoHは愛剣である《友切包丁(メイト・チョッパー)を俺に突きつけた。

 奴の口調からは怒りと戸惑いが感じ取れる。

 

「……何故だ? 何故、俺達がここに来ることを知っている? 今回は知らせた覚えはねぇぞッ」

 

 今回は、ということはつまり、前回の情報は『餌』だったわけだ。そんなことだろうとは思っていた。

 周囲をさっと軽く見ると、PoHと似たような表情のプレイヤーが多い。どうやら、リーダーの感情が伝染したようだ。

 その様子を好機と考え、俺はさらに挑発するように答えた。

 

「懇意にしている優秀な情報屋がいるのでね。貴様等の行動など筒抜けだ」

「……はっ! 粋がっていられるのも今のうちだぞ? 今日はあの時と違い、ここにいる全員が手練だ!」

 

 おかしいことを言う。俺は内心、そう思わざるをえなかった。

 俺はその言葉の返答として、呆れ混じりの溜息をついた。

 右手の両手剣をくるりと回して逆手に持ち替え、刀身を地面に平行するように体の前で構える。

 俺の動きを見て、慌てて剣を構えるレッド達。

 

「遅い」

 

 《ラピッド・ステップ》、発動。

 

 ダァンッ、と爆発音のような、地面を蹴った音が響いた。

 不幸にも俺の右側の最前列にいたレッド達は、皆一様に胴体が二分されている。バキィッと彼らの武器は主人より一足先に、砕け散った。

 唖然としている背後(・ ・)のPoHに、俺はささやいた。

 

「……手練? 弱いな」

 

 ――バシシィィインッ!

 七人ほどのポリゴンが同時に崩壊し、重複した音が迷宮内をさまよい消えていく。

 

「クソッ!」

 

 苦し紛れにPoHが短剣(ダガー)を横薙ぎに振るった。

 慌てず刀身の先に左手を添えてガードする。俺と奴の顔を、弾けた火花が照らす。

 奴がバックステップで大きく距離を取ると、その隙間を左右から現れたレッドが埋めた。

 視界に蔓延るオレンジカーソル。その数はざっと……三十以上。ボス攻略に挑む人数に等しい数だ。

 

 ……だからどうした。

 

「何人いようと変わらない。俺を殺したいなら、ヒースクリフでも連れて来い」 

 

 背後の扉を指さしながら、俺は嗤った。仮面をつけているから、奴らには見えない。

 目の前のプレイヤー達が後ずさる。だが、彼らの目にはギラつく殺意が残っている。

 

「このっ!死神がッ!」

 

 視界の左右から一本ずつラインが映る。ソードスキルの軌道だ。

 わずかに速かった右のプレイヤーに急接近し、両腕の肘から先を切り飛ばす。その勢いを使って体を反転、スキル後硬直で固まっているもう一人に剣を投げつける。鎌に似た形状である愛剣は、斬り裂いた男のHPを全損させる。

 即座に右手が青く光り、槍を手元に出現させ、手を失ったプレイヤーの腹部に突き刺す。こちらもHPが消え去り、激しく散った。

 スキルスロットに登録された武器の中から、使用中の武器と交換できる。それが《暗黒剣》スキルの一つ。さらに《暗黒剣》のパッシブスキルにより、ソードスキルを用いない攻撃はダメージ増加の効果を得る。少ない攻撃で殺せたのは、この効果があったからだ。

 

「死神じゃない。俺は……悪神だ」

 

 再び手が光り、槍が両手剣に変わった。

 直線のライン、投擲スキルの軌道が五本ほど現れる。ラインの発生点にはそれぞれナイフを構えたレッド達。

 奴らはナイフを避ける俺に急襲し、混乱させるつもりだろうが……。

 冷静に考えていると、ナイフが放たれた。ブレることなくラインを正確になぞる。

 ナイフが俺に到達する順番を見極め、剣を右腰で構える。一歩踏み出し、漆黒の刀身が光芒を放つ。

 一本目のナイフが間近に来た瞬間、右に切り払った剣が空中に光の尾を引く。

 ガキンッ! 飛来したナイフは真っ二つになる。

 手首が返り、システムが腕を誘導する。今度は左に切り払う。

 ガァンッ! 再度、ナイフは叩き折られる。

 剣の光はそこで消えた。片手剣二連撃技《スネーク・バイト》は寸分違わず標的を破壊した。だが、ナイフはまだ残っている。

 《暗黒剣》によりコンマ一秒以下まで短縮されたスキル後硬直が終わる。

 勢いを殺さない流れるような動作で剣を右肩まで運び、両手で柄を握りしめる。間を置かず、ライトエフェクトが噴き出す。

 一切の減速なしの動きにより、俺の剣は最大限に加速している。

 短い間隔で接近する三本のナイフ。それらをまとめて両手剣上段技《アバランシュ》で叩き落とす。

 

「どうせ最後の大騒ぎだ。チマチマせずに大暴れしようじゃないか」

 

 湧き上がる高揚感は止まらない。なにせ、相手は三十人以上に対して俺は一人。さらに全員が遠慮なしで殺しあう。

 Mob相手の『ごっこ遊び』では得られない、緊張と愉悦感。

 客観的に俺は圧倒的不利。下手なフロアボスより難易度が高いかもしれない。

 

 ……おもしろい。

 

 そう、俺は俺が望むモノにしか動かない。今こうして対峙しているのも、俺が求めた結果だ。ヒースクリフの邪魔をさせない、なんて理由じゃない。

 

「なぁ、PoH。俺は別に殺すことを欲しているわけじゃない」

「……はぁ?」

 

 人垣の奥から発せられた声には警戒と戸惑いが含まれている。

 俺自身、なぜこんなことを喋っているのか、解らない。

 『最後』ということを、惜しんでいるのかもしれない。

 

「だから、貴様等をギリギリまで殺さない」

「ふざけてるのかッ?!」

「俺が今、求めているのは……闘争だ。さっさと終わったらつまらないだろ」

 

 制限時間はゲームクリアのアナウンスが流れるまで。何時間あるかは解らない。一時間か、三時間か、または十時間か。終りが来るまで、戦おう。

 

「準備は万端、みたいだな」

 

 気づけば、レッド達の眼光は獰猛に鋭くなっていた。

 迷宮内の少ない光を反射する仮想の金属は、いつもより鋭く見える。

 

「楽しませろよ?」

「殺してやるッ!」

 

 期待という場違いな感情を隠さず、軽口を叩く。返事に込められた殺意が跳ね上がった。

 軽く息を吐く。剣を構え直し、脚に力を込める。

 初撃の目標を決め、踏みだす――――――

 

 

 

 

 

 

 ――私を、一人にしないで……!

 

 脳裏をよぎったのは、初めて会った時の、触れれば壊れそうな儚さを孕んだヨシナ。言葉を失うほど、見惚れた。

 

 ……何故、いま思い出した?

 ……俺は、死を……恐れているのか?

 

 ……違う。自問しなくても、解っている。

 

 薄々気づいていた。ヨシナという存在の大きさに。

 

 恋とか愛とか、俺は解らないが、それらの類の感情じゃない。

 

 もっと深い繋がり。仮想世界に留まらない、互いを必要とし合う、唯一無二の存在。

 

 くそったれと、吐き出したい。

 口の中に言いようのない感情の苦味がにじみ出てくる。

 凍えるような寂しさが背中にまとわりついてくる。

 

 

 振り払うように、俺はギラつく刃の群れに飛び込んだ。

 

 

   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ガチャンッ、とカップが割れた。唐突に立ち上がったせいで、テーブルに足が当たったせいだろう。

 だが落とした本人は気に留めていない。

 

「……ロキ?」

 

 ロキが呼んだ。声が聞こえたわけではないが、ヨシナは確かに感じた(・ ・ ・)

 あり得ない、と頭では否定しつつも心が不安になる。

 デッキの柵に手をついて、何かを探すように上を、上層を見る。

 

「ヨーちゃん、急にどうしタ?」

 

 隣でくつろいでいたアルゴはそんなヨシナの様子を訝しんだ。たまたま今日は休みだ、と言ってティータイムを楽しんでいたのだ。

 ヨシナがロキ以外の相手の近くで、感情を露わにすることは珍しい。それも不安といった負の感情だ。

 

「……アルゴは、聞こえなかった?」

「いや、ここにはボク達しかいないケド……」

「……そう」

 

 思わず素が出たが、気づいていない。

 いよいよおかしい。見たところ、メールが来たわけでもないし、近くに他のプレイヤーがいるわけでもない。

 なのに、ヨシナの狼狽え様はどういうことだ?

 情報収集の癖が、思考を働かせようとする。

 

「アルゴ。今から聞くことに嘘は言わないで」

 

 ヨシナの声が、背中を震わせた。

 

「……いま、ロキはどこにいるの?」

 

 冷たい声だ。ただ冷たいのではなく、衝動を押し殺す冷たさ。

 思わず、アルゴはつばを飲んだ。

 これは不味い。直感が告げている。しかし、彼との約束を破るわけにはいかない。

 

「い、いやぁヨーちゃん。ロー君はレベリングに行ってくるって言ってたジャン」

 

 こんな下手な嘘が、いやそもそも嘘自体が通用するとは思っていない。

 

「もう一回だけ、聞くよ。……ロキは、どこ?」

 

 やはり、バレている。

 アルゴの方へ振り向いたヨシナ。彼女の声に、抑揚はない。

 手が震え、足がすくむ。それでも、アルゴは答えを変えない。

 

「ロキが言ったとおり、レベリングだヨ。心配しなくても無茶なところには――」

 

 

 

 

 ――ドガンッ! 

 

「がッッ!」

 

 気づけばアルゴは、ヨシナに首を掴まれ、壁に叩きつけられた。

 至近距離から覗くヨシナの眼の奥には、殺意が宿っている。

 

「嘘言うなって、言ったよね」

「よ、ヨーちゃんッ」

「言えッ! 殺すぞッ!」

「……なら殺せヨッ!」

 

 叫んだアルゴの顔を見て、ヨシナは驚く。アルゴは泣いていた。

 そして悟った。アルゴも、同じなのだと。

 

「ボクだって、ロキの所に行きたいんだ! でも、ボクが行っても邪魔になるだけだ!」

「……アル、ゴ」

「ホントに……今日が最後なんだ。一緒にいたかった。終わりの瞬間まで……傍にいたかった。……でも、ロキは行っちゃった……」

 

 ヨシナが腕の力を抜くと、アルゴは座り込んだ。

 涙ぐむアルゴに、ヨシナは声を掛けられない。それはアルゴのことを考えなかったことへの後悔からではない。ロキが自分に伝えずに、行った。その事実にショックを受けたからだ。

 ――どうして、私に伝えなかったの? その考えの行き着く先を振り払うように首を横に振る。

 ――違う。ロキは私に傷ついてほしくなかったから、言わなかった。 きっとそうだ、と一人で納得する。

 

「……教えて」

「七十五層の……ボス部屋の前。だと、思う」

 

 さっきとは違う穏やかな声色に、アルゴは素直に話した。

 

「なんで、そんなとこに?」

「……PoHがレッドを集めて、ボス攻略のプレイヤー達を皆殺しにするっていう情報をボクがロキに教えた。だから、それを止めるため、だと思う」

「そう。……ありがと」

 

 小さな声で締めくくると、さっきまで座っていた椅子に、倒れこむように座った。

 彼女の整った顔を覆う両手のひらの隙間からは、一筋だけの涙が流れていた。

 

「……ロキ」

 

 消え入りそうな声に含まれた感情は、悲しみか、恋しさか……。

 ヨシナ自身、理解できていなかった。

 

 

   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 どれくらい時間が経ったのだろうか……。

 この場に三十ほどいたレッドはすでにいない。持ち主を失った剣が無残に散乱している。

 PoHだけは途中で逃げた。「俺はまだやることがある」と、俺だけに告げて。

 泥沼のような戦いだった。俺は何度吼えただろうか。喜びか、苛立ちか。今となってはもう憶えていない。

 楽しさを得るはずだった戦いの時間は苦痛にまみれていた。

 初めて感じた《寂しさ》は、予想以上に苦しかった。

 

「はぁ……。疲れた……」

 

 扉にもたれ、ドサッと座り込む。

 疲れなんて、仮想世界じゃ感じなかった。実際にスタミナが有るわけでもない。精神的な疲れだ。

 《切り替え(スイッチ)》は昔から得意だった。切り替えすることで、その時に適応する『自分』を創り上げる。だから疲れを感じなかった。

 こんな状態じゃ、《暗黒剣》も形無しだな。つい笑ってしまう。

 ユニークスキルなどと大層な名前が付いているが、俺の《暗黒剣》はピーキー過ぎた。だが、その細剣(レイピア)以上に尖った様々なスキルは興味深(おもしろ)かった。

 俺の傍で横たわっている愛剣の刀身を右手で撫でる。現実とは違う、言うなれば、仮想的な金属の感触が心地良い。

 

「……長い間、世話になったな」

 

 もちろん返答はないが、一瞬だけ刀身に光が流れた。「おつかれさん」と、そんな声が聞こえた、気がした。

 そろそろ、あちらも終わる頃だろう。つまり、SAOが終わる時も間近だ。

 ……結局、復讐は果たせなかった。

 リアルでザザを見つけられる可能性は限りなく低い。しかし、それは諦める理由にはならない。

 幸いにも、『情報』は手元にある。

 じっくりと、時間がかかっても、その時を待つ。

 

「そのために、俺は生きる」

 

 再び心に誓いを立てた、その時――――――

 

 

 

 

 

 

 ――――《ゲームはクリアされました》――――《ゲームはクリアされました》――

 

 

 

 

 無機質なシステムの声が鳴り渡った。

 精神と肉体が分離していくような感覚に襲われ、五感が麻痺していく。

 薄れゆく意識のなか、俺はもう一つだけ誓った。

 

 

 必ず迎えに行く、と………………。

 

 





誤字、質問、アドバイス、感想等あればよろしくお願いします。


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18th 最終話


期末考査も終わり、この小説も終わりです。(といっても後一話ほど予定してますが)

ちょうど初めて一年ぐらいですかね。
長いようで短かったです。


 

 風を感じる。

 目を開くと、美しい黄昏が広がっている。

 気づけば、俺は不思議な場所に立っていた。

 足元は透き通った水晶のような物だ。その下には赤く燃えるような雲が悠然と流れている。自分の体も同じように透き通っている。

 ……ここはどこだ。確かに、SAOはクリアされたはずだ。ならば次に見える光景は、おそらく病院の一室のはずだ。しかし、ここは……?

 右の人差し指と中指を揃えて軽く振る。聞き慣れた音と共に、ウィンドウが現れた。だがその表示だけはいつもと違ってメニュー一覧がない。代わりに、《最終フェイズ実行中 現在60%完了》と表示されている。

 風に混じって、かすかな轟音が聞こえる。誘われて下を見ると、《浮遊城アインクラッド》が、眼下にあった。現実では資料か何かでその外見を見たことはあった。だがこうして実物を見ると、その存在感に息を呑んだ。

 鋼鉄の城は、崩壊しつつあった。

 ……二年間、あそこで戦ってきた。そう思うと、消え行く戦場に寂しさを覚える。

 

「君でもそう感じることがあるのか」

 

 不意に背後から、懐かしい声が聞こえた。

 振り向けば、約二年ぶりの『友』が、穏やかに微笑って佇んでいた。

 

「久しぶり、とでも言うべきかね、ミズキ君」

「……その名で呼ぶなら、そうなんだろ。晶彦さん」

 

 最後に見た彼の姿の記憶と違わず、白衣を纏っている。紅鎧も十字盾も、俺の剣もこの場にはなかった。線の細い顔立ち、変わらない金属的な眼。茅場晶彦としての姿は、俺と同じように透き通っていた。

 彼には聞きたいことが多くあった。デスゲームを始めた理由、俺に何も言わなかった理由。だが、今となってはすべてがどうでもいいことに成り果てている。

 今聞きたいことは、さっきの彼の言ったことだ。

 

「そう感じる、とは?」

「寂しさ、かな。君の背中が語っていたよ」

「それだけで解るのか?」

「愚問だな。君とは長い付き合いだ」

 

 苦笑交じりにさも当たり前のように彼は言う。

 それに、と続けた。

 

「以前と比べて、君は随分と感情が出るようになった」

「……そう、か」

 

 実感はなかった。ただ、ヨシナ達との生活が、俺を少し変えたのかもしれない。

 俺に比べ、彼は何も変わっていなかった。外見も、内面も、俺との接し方も。

 知らないはずはない。俺が人殺しだということを。

 

「……何人殺したか覚えているかい、ミズキ君?」

 

 俺の隣に並び、浮遊城を眺めながら言った。その質問と俺の思考のタイミングに少々驚く。

 思わず彼を見るがその表情は変わらず、穏やかだ。

 同じように浮遊城を眺めると、先程とは違って色々なことを思い出す。

 

「覚えてないな。俺はSAO以前から、この手を血で染めていた」

 

 思い出すのは、数えきれないほど見てきたプレイヤーがログアウトする光景ばかりだ。そしてさらに昔の記憶、色あせた世界と、鏡に写った赤一色の俺の姿。

 やっぱり……自ら変わったことは、何一つ無い。

 自分の手のひら見つめ、固く握りしめる。

 

「……三千九百六十五人」

 

 小さい、だがはっきり聞こえる声で隣の友は呟いた。

 

「……SAOで死んだプレイヤーの数だ。……つまり、世間的には私が殺した数になる」

「そいつらは――」

「弱かったから、死んだ……かね? 確かにそうだろうが、世間はそう思わない。なぜなら彼らは明確な悪役を作り上げることでしか、安定を保てないからだ。……愚鈍だと思わないか?」

 

 その問いの答えを、声にする必要はなかった。互いの眼を合わせるだけで意志が伝わった。

 俺は散々そんな愚鈍な人間たちを見てきたし、排してきた。

 だが彼はどうだったのか?

 決められた道筋を辿るしかなかった彼は、どんな思いを抱き、諦めてきたのか。

 今でこそ、こうして同じ風景を見ている。しかしここまでの道のりは全く違うものだった。

 鋼鉄の城の半分以上が崩壊していた。無言でそれを見つめる彼は、何を思っているのか。

 

「私はね、ミズキ君。結局は『茅場晶彦』以上の存在にはなれないんだよ」

 

 再び開いた彼の口からは、やはり俺の聞きたいことが出てくる。

 

「君も解っているはずだ。この世界が、ソードアート・オンラインという物語(・ ・)であるということを」

「まぁ、な」

「『キャラ』である時点で、私に未来は無かった。予想通り、私は《ナーヴギア》を開発し、《ソードアート・オンライン》を創りあげた。しかし、それらを私に創らさせたのは空に浮かぶ鉄の城という空想ではなかった。『運命(ストーリー)』が、そうさせたのだ」

 

 口調は変わっていないが、込められた感情は十分すぎるほど感じられた。

 彼は、拳を握りしめている。

 

「私は、君が羨ましかった。華々しい運命(ストーリー)という外面のレールから逸脱した『存在したかもしれない』、内面のフロンティアを突き進む影の存在。……たとえ物語に多大な影響を与えなくとも、君には『自由』があった。…………私が得られたのは、せいぜい『神の視点』ぐらいか。面白くともなんともなかったよ。だからこそ、『神』は私達をこの世界に放り込んだのだろう」

 

 今度はゆっくりと、何かを思い出すような口調だった。

 拳の力を抜き、天を仰ぐ。彼の眼差しはVRを超え、リアルを超えたその先を見ている。

 ……俺には『その先にある何か』が解らない。

 すでにアインクラッドも、ついに辿り着かなかった先端を残すのみとなっていた。そこには見事な真紅の宮殿がある。ゲームが進んでいれば、俺はあの宮殿でヒースクリフと剣を交えただろうか。……いや、それは俺の役割でない。

 赤い空を背景にしてもひときわ紅い宮殿は、百層が崩れ落ちてもしばらくそこにあり続けた。それはまるで、別れを惜しむ俺達の心情を表しているように思えた。

 やがて時間とともに、真紅の宮殿は分解していき、雲間に消え去った。

 

「――もうこの世界は終わりだ」

 

 ぽつりと発せられた言葉に、俺は友を見上げた。彼は寂しげな表情で、こちらに右手を差し出した。迷わず俺はその手を取った。

 俺達は視線をぶつけ合った。

 

「また、いつか会える時が来る」

「もちろん……その時は」

 

「「友として、語り合おう」」

 

 風が吹き、かき消されるように――微笑みながら去っていった。

 行き場を失った右手で、目元をぬぐった。僅かに水滴が付いている。しばしの間、その場に立ち尽くした。

 俺は足場の端まで歩き、振り向いて世界を見渡した。

 

「……二年間、悪くなかった」

 

 呟くと同時に――後ろに飛び降りた。

 耳を叩くようなロングコートがはためく音も、風を切る音も煩わしくない。強烈な浮遊感が心地いい。

 体を反転させ、大地の姿を目に焼き付ける。

 風の音が、遠ざかっていく

 徐々に意識が薄まり、視界がぼやけてくる。

 ――さようなら。

 この世界には永久の、友にはしばしの別れを口ずさむ。

 そして、俺の意識は霧散していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 口が何かを吸い込んだ。

 慣れない感覚に驚き、すぐに吐き出そうとする。しかし異物はなかった。代わりに、匂いを含んでいた。

 匂いだけじゃない。感触や湿気もある。

 ……おかしい。呼吸が必要になっている。アインクラッドでは、呼吸は必要なかった。

 つまり、アインクラッドでは――ない。

 

 認識すると俺の意識は覚醒した。

 起き上がろうとして……力なく倒れた。おもしろいほどに力が入らない。全身に重石を乗せられた気分だ。

 ゆっくり目を開ける。最初に、薄暗い白色の天井があった。ゲームクリアされた時刻は……確か午後三時頃。いくら十一月でも、暗すぎる。

 首を動かして周りを見ると、窓と思われる場所は厚いカーテンが引いてあった。

 どうにか力を振り絞って右腕を掲げる。ふるふると頼りなく震えている。

 ――これじゃ、鍛え直しだな。

 あまりにも細すぎる腕を見て、内心ため息を吐く。万全の状態に戻すまで長くなりそうだ。

 

「長い旅は終わりましたかな、瑞利(みずき)様」

 

 なんの予兆もなく、その声はベッドの足側の向こうから発せられた。

 同時に、カチッと《切り替え(スイッチ)》が脳内で作動する。

 俺は現実を認識した。 

 声の発生源は、懐かしい顔だった。

 二メートルにも迫る長身をピシリとした執事服で包み、しかしそれは彼の屈強な肉体を隠せていない。白髪交じりの黒髪はオールバックで整えられ、左の眼窩(がんか)にはめ込まれた片眼鏡(モノクル)が妖しく光を反射している。

 俺は彼の名を呟いた。

 

「……戸隠(とがくし)

「おやおや、随分とひ弱になられましたな。しかし……」

 

 まるで我が子を見るような眼だ。

 彼は俺の横まで来て、俺の頭を覆っているナーヴギアを外して言った。

 

「なにやら一皮向けたようで、顔つきが鋭くなりました」

 

 その言葉が、心に浸透していった。そして俺の『核』を刺激した。

 あの世界での出来事が俺に変化を与えたのか? ……違う。ついさっきそう認めたじゃないか。

 まだ、俺にはやり残したことがある。俺が俺であるための、大切なことが。

 

「戸隠。俺の旅は、まだ終わらないらしい」

「……ほう?」

 

 そう、まだ終わっていないのだ。

 復讐対象(ザザ)をこの手で殺し、ヨシナと再び会うまでは。

 鋼鉄の巨城にある、アイツの墓標に報告するまでは。

 そして、友とまた語り合うまでは。

 

「目覚めて早々だが……頼めるか?」

「なんなりと。私の主は貴方なのですから」

 

 彼は胸に手を添え、軽く頭を下げた。二年前までは見慣れた、この時久しぶりに見たその仕草は、俺の愛剣のように頼もしく感じられた。

 弱々しい手のひらを、力強く握りしめる。

 

 ――いつかこの手で、奴を殺す。

 

 ――いつかこの手で、彼女を抱きしめる。

 

 俺はまだ、立ち止まるわけにはいかない。

 

 

 

 

 この世界の未来(ストーリー)が決まってるとしても。

 

 たとえ絶対的不可能な壁が立ちはだかったとしても。

 

 『常に冷静で利己的になれ』

 『邪魔をするなら、容赦はしない』

 

 それが、交わした約束。

 

 

 

 

 俺は、俺のために、再び歩み始める。

 

 

 




誤字、質問、アドバイス、感想等あればよろしくお願いします。


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