岩沢雅美の幼馴染 (南春樹)
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プロローグ

今日、雅美が死んだと聞いた。俺は耳を疑った。しかし、確かに医者は電話越しにそう言って来きた。俺は今急いで病院へ向かっている。俺にとってあいつは唯一の仲間だ。大切な大切な人だ。嘘であってくれっ……!雅美っ…!

 

 

 

 

何時間経っただろうか。医者からの言葉嘘では無かった。

 

1ヶ月程前から体調が悪くて入院していた雅美だが、俺にとっては居てくれるだけで心の支えになっていた。もしかしたら治るかもしれない。治ったらまた一緒に音楽やって、うどんの食べ歩きに出かけて……。

 

楽しかった日々を思い出すだけで涙が止まらなくなる。

 

 

 

 

 

「……ただいま……」

 

「ひぃっ!お、おかえりなさいませ!」

 

母親はいつも他人行儀なのだが、今日は特に他人行儀だ。雅美の一件があって俺に関わったら何をされるのかわからないとでも思ってるのだろう。

 

「……あのさ」

 

「は、はいぃ!」

 

「はぁ…」

 

そもそもなぜ俺がこんな対応をされているのかといえば、俺自身の力に問題がある。力が強すぎるのだ。

 

5歳くらいの頃だろうか。俺は雷に打たれた。それを境にして俺の力は異常なほどに強くなった。

 

大型トラックを持ち上げるなんて朝飯前。地面を殴れば地面に亀裂が入り、ジャンプをすれば50m以上飛び上がり、アメリカ軍が噂を聞きつけて戦車と戦わせたときには圧勝してしまった。

 

俺はこんな力なんて要らない。この力のせいで孤立してしまった。

 

別に俺は周りに危害を加えるつもりはない。それどころか必死に練習して力を抑えられるようになった。

 

それなのに周りは俺と接触しようとせずに、俺を公然の秘密として扱ってきた。

 

 

「……母さん」

 

「ひぃっ!な、なんでしょうか!?」

 

「俺、またちょっと出掛けてくるよ」

 

「い、いいいい、いってらっしゃいませ!」

 

 

そんなにビクビクしないでよ……。親子なのに……。

 

 

 

雅美との思い出の空き地にやってきた。ここは俺にとってたった一つと言っても過言ではない安らぎの場所だ。もっとも、隣に雅美がいればの話だが。

 

「そっか……もう……お前はいないんだな………」

 

また涙が溢れてくる。

 

「なんでだよっ……なんで死んじまったんだよっ……!」

 

 

1時間ほどして今日は家に帰った。

 

 

 

 

 

 

雅美の死から丁度1ヶ月たった今日、俺は再び公園に来ていた。

 

「ここで色んな話をしたよな……好きな音楽だとか……美味かったうどんだとか……昨日のテレビの話だとか……他愛もないどうでもいい話とか……」

 

1ヶ月ぽっちじゃ唯一の仲間の死という傷は癒えない。

 

「おい!神!聞こえているか!俺はお前を恨む!出てこい!」

 

俺はこんな運命を突きつけた神を恨んでいた。その恨みが頂点に達してこんなことを空に向かって叫んだ。

 

すると、空が突如雷雲に包まれた。

 

「こい!こんな世界もううんざりだ!俺を殺してみろ!」

 

ピシャーーーっ!!

 

「ぐあああああぁぁぁぁぁ!!!!」

 

その瞬間、俺は雷に打たれて短い生涯を終えた。



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第一話「入隊、挨拶、そして再会」

……ここはどこだ?

 

……確か雷にに打たれて……

 

……俺は…死んだのか…?

 

 

「ようこそ死後の世界へ。突然だけど入隊してくれないかしら?」

 

 

この女の子は誰だ?赤い髪の毛でカチューシャをしていて、それに顔はかなり整ってる。

それよりもいま死んだ世界って……。

 

 

「なによ。ぼーっと人の顔を見て」

 

「あっ、いや、ごめん」

 

「別に謝れって言ってるんじゃないわよ」

 

 

またごめん、っていいそうになって言葉を飲み込む。

何か言葉を返さなきゃ……。

 

 

「えっと……ここはどこ?」

 

「ここは死後の世界よ。たった今言ったばかりじゃない」

 

「ご、ごめん……」

 

「だから謝らなくていいわよ」

 

 

また謝ってしまった。

 

 

「えっと……ここは……死後の世界ってことでいいんだよね?」

 

「随分と飲み込みが早いのねぇ」

 

 

女の子が驚嘆する。

 

 

「ま、まあ……」

 

「飲み込みが早くて助かるわ。とりあえずあなた、入隊しなさい」

 

「に、入隊って……?」

 

「…っと、そうね。いきなりそんなこと言われても困るわよね」

 

 

そりゃあそうだ。

 

 

「そうねぇ……まずはどこから話そうかしら……」

 

 

女の子が顎に手を当てながら考える。

 

 

 

 

〜30分後〜

 

「……という訳なの」

 

「なるほど……」

 

大体わかった。ここは死後の世界。この世界には神がいて、理不尽な人生を歩ませたことに対する復讐をしたい。でも、それにはまず神の手下である天使をどうにかしなければならない。大まかこんなところだ。

 

でも今はそれよりももっと重要な問題があるわけで……。

 

 

「あ、あのさ!」

 

「ん?なに?」

 

「名前……なんて言うの?」

 

「おっと、そうだったわね。自己紹介がまだだったわ。私の名前は仲村ゆり。あなたは?」

 

「お、俺は篠宮太一」

 

「篠宮くんね?自己紹介も済んだことだし、入隊してくれないかしら?」

 

 

どうしても入隊させたいようだ。

 

 

「入隊したらどうなるの?」

 

「少なくとも悪いようにはしないわよ。それに入隊しなかったらNPC以外の人たち以外から孤立するわよ」

 

 

「孤立」という言葉が俺をビクッとさせる。さっきNPCについても説明を貰ったが、話を聞く限り不気味なもののようだ。ならまだ本物の人間のほうが断然良い。

 

 

「わかった。入るよ」

 

「ほんと!?やったわー!」

 

 

ゆりがぴょんぴょん跳ねながら喜んでいる。

 

 

「それじゃあ今から戦線の本部に行くわよ!」

 

「えっ?ちょ…今から?」

 

「善は急げよ!」

 

 

俺の手をグイッと引っ張る。

 

 

「そんなに急かさなくて行くよ!」

 

 

 

 

〜校長室前〜

 

「神も仏も天使もなし」

 

 

なんだいまの?

 

 

「みんなー!新人を連れてきたわよ!」

 

「おおー!また新人か!」

 

 

青髪の男の子がこちらに視線を向けてくる。

 

 

「けっ!使えるやつなのかよ?」

 

「まあまあ藤巻くん、そう言わずに仲良くしようよ」

 

「確かに体格は良いとは言えんな」

 

「そりゃあ松下五段に比べたらそうだろ」

 

「あさはかなり」

 

「What's your name?」

 

 

賑やかなところだなぁ……

 

 

「はーい、みんな注目!ってあれ?岩沢さんは?」

 

 

ん?岩沢さん?

 

 

「そういやまだ来てねーな」

 

「岩沢さんが遅れるなんて珍しいね」

 

「……ま、そのうち来るわね。話を進めるわ」

 

 

ちょっと待って、今岩沢って……。まさかな……。

あいつはもういないんだ。同姓に決まってる。

 

 

「いま連れてきたのが篠宮太一くん!新しい戦線のメンバーよ!」

 

「……」

 

「し、篠宮くん?」

 

「…え?あ、ああ」

 

 

雅美のことを思い出していてしまった……。

 

 

「お前、ゆりっぺの話を聞かないとは良い度胸してるな」

 

 

ハルバードを持った男が敵意をむき出しにしてくる。

 

 

「いっぺん……死ねえええぇぇぇ!!」

 

「えっ?う、うわっ!」

 

 

とっさにハルバードを掴んで男ごと投げ飛ばして、ついでに壁に穴を開けてしまった。

 

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 

しまった……。こんなの見られたらまた孤立だ……。

 

 

「す…すげー!」

 

「なになに!?なに!?いまの!?」

 

「…え?」

 

「篠宮くん!あなたなにをしたの!?」

 

「えっと……ハルバードを掴んで……投げました……」

 

「篠宮くん」

 

「は…はい……」

 

「是非仲間になって頂戴!」

 

「えっ?」

 

 

返ってきたのは予想外の肯定的な発言。

 

 

「うわ〜!あんなの初めてみたよ〜!」

 

「……少なくとも使えるやつだな……」

 

「どうやって鍛えたらああなるんだ……?やはり山籠りを強化しなくてはいけないのか……!」

 

「え…えっと……」

 

 

予想外の発言に戸惑う俺。

 

 

「篠宮くん、あなた一体何者?」

 

「ただの人間ですけど……」

 

「ただの人間があんなことできるわけないじゃない!」

 

「……」

 

 

どうしよう……なんて説明しよう……

 

 

「おいおい、ゆり、過去を模索しないんじゃないのか」

 

 

オレンジ髪の男が助け舟を出してくれた。

 

 

「……そうだったわね。リーダーのあたしがそれを守れないなんてね……ごめんなさい」

 

「悪かったなぁ新人。うちのリーダーが迷惑かけて」

 

「い、いや、大丈夫だよ。えっと……名前は?」

 

「俺か?俺は日向って言うんだ」

 

「大丈夫だよ。日向くん」

 

「そうか?ならいいんだけど」

 

「っていうかここにいる人たちの名前わからないんだけど……みんな教えてくれないかな?」

 

「そうだったな、自己紹介がまだだったな。俺は音無。ついこの間入ったばっかりだ」

 

 

オレンジ髪は音無っていうのか。

 

 

「ちょっと!あたしの仕事取らないでよ!」

 

「はははっ、悪い悪い」

 

 

どうやらメンバー紹介はゆりの仕事らしい。

 

 

「それじゃあ改めて紹介していくわね。そこにいる背の低い男の子が大山くん。特徴が無いのが特徴よ」

 

「へへへ、よろしく」

 

 

愛嬌のある笑顔を向けてくる。

 

 

「その隣の木刀を持った目つきの悪いのが藤巻くん」

 

「さっきは悪かったな。使えるのかなんて言って」

 

 

言葉遣いは悪いが根は良いやつみたいだ。

 

 

「その隣の体格が良いのが松下くん。柔道五段だからみんなは敬意を込めて松下五段と呼んでるわ」

 

「よろしくな」

 

 

頼りになりそうな人物だ。

 

 

「んで、さっきから部屋の隅っこにいるくの一みたいな格好をしているのが椎名さん」

 

「あさはかなり」

 

 

……よくわからなそうな人だ。

 

 

「Come on! Let's dance!」

 

「なっなに!?」

 

「彼はTKよ。本名もなにも分からない謎の男よ」

 

 

……もっとよくわからなそうな人だ。

 

 

「ああ、あとさっき投げ飛ばしたのは野田くん。別に覚えなくていいわよ」

 

 

あっ、そういうポジションの人か。

 

 

「あとは陽動班の……」

 

「遅れてごめん!」

 

 

えっ…………?

 

 

「おっ、丁度来たわね。彼女は……」

 

「えっ……?」

 

「えっ……?」

 

 

思わず声にも出てしまう。相手も同じだろう。

 

 

「あら、二人共知り合いだったの?」

 

 

知り合いも何も……

 

 

「………ま、雅美?」

 

「た、太一?」

 

 

「「…………」」

 

「「ええええぇぇぇぇぇ!!??」」

 

 

生前会いたくて会いたくて仕方なかった相手だったのだ。



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第二話「配属」

「ま、雅美なのか!?」

 

「本当に太一か!?」

 

「日向、この二人ってどういう関係なんだ?」

 

「俺に聞くなよ!」

 

 

音無、そりゃあ日向に聞いても分からないと思うぞ。

 

 

「ちょっと二人共落ち着いて。こっちも状況がわからないわ」

 

「あ、ごめん……」

 

「……そうだな、まずは落ち着くか……」

 

 

ゆり、ナイス助言。

 

 

「とりあえず二人共ソファーに座りなさい。そんでもってお茶でも飲んで頭を整理しなさい」

 

「ああ、ありがとう……」

 

「サンキュ、ゆり」

 

 

俺と雅美は向かい合わせに座り、しばらくしたら金髪のツインテールの無表情な女の子がお茶を運んできた。

 

 

「ゆりっぺさん、お茶を持ってきました」

 

「あら、ありがとう」

 

「あの…そちらは?」

 

「ああ、この人は遊佐さん。この戦線のオペレーターよ」

 

「よろしくお願いします」

 

 

ペコリ、と頭を下げられ俺も思わずつられて会釈する。

 

 

「さ、落ち着いた?」

 

「まあ…さっきよりは」

 

「落ち着いたよ」

 

「それじゃあ改めて二人の関係について教えてもらえるかしら?」

 

 

 

その後、俺は生前について語った。この力のこと、雅美との関係、周りからの扱われ方、死因等々だ。途中から我慢できなくなったのか雅美も話に入ってきた。

 

 

 

30分くらい経っただろうか。俺と雅美の話は終わった。

 

 

「つまりあなたたちは幼馴染で岩沢さんが先に死んでそれを追うように篠宮くんも死んだと」

 

「まあ大体そんなところかな」

 

「それにしても雷に左右された人生だったのね……」

 

「そりゃあ神を恨むわな」

 

 

そんな言葉とともにゆりと日向が同情の眼差しを送ってきた。

 

 

「なんで周りの奴らは太一を避けたんだろうな。こんなに良いやつなのに」

 

「ははっ……仕方ないよ……だってこんな力があれば誰だって怖がるさ……」

 

「そんなことない!太一に怖いところなんてあるもんか!」

 

 

俺はびっくりした。雅美があんな大声を出すなんて思ってもいなかったからだ。

 

 

「雅美……」

 

「太一は一度も誰かに暴力を振るったことなんてないんだっ……!それなのに……それなのに……!」

 

 

雅美は悔しそうに拳を握り締めている。

 

 

「岩沢さん、大丈夫よ。ここのみんなは誰も篠宮くんを怖がってなんかないわ」

 

「ったりめーだろ。仲間を怖がるやつがあるもんかっつーの」

 

 

少々臭いセリフで藤巻も加勢してくれる。

 

 

「そうだよ!篠宮くんは悪い人には見えないよ!」

 

「うむ、話を聞く限り悪人ではないな」

 

「あさはかなり」

 

「みんな……」

 

 

俺は少し泣きそうになった。なぜなら生前どんなに望んでも手に入らなかったものがここにあるのからだ。

 

 

「ね?大丈夫でしょ?岩沢さん」

 

「……ごめん……少し熱くなった……」

 

「いいわよ、あたしだって岩沢さんの立場ならそうなるもの」

 

「ありがとう……」

 

 

あ、もう駄目だ。泣くわ。

 

 

「ど、どうしたの?」

 

「いや……仲間ってこんなに良いものなんだなって……」

 

「太一、もう大丈夫だ。お前は一人なんかじゃない」

 

 

そう言って雅美が俺を優しく抱きしめた。思わず目頭が熱くなる。

 

 

「うっく……ひっく……ゲホっ…!ゲホっ…!」

 

「よしよし、辛かったな」

 

 

普通は立場が逆だがそんなことは気にしていられない。嬉しさと安堵が俺の心を満たしている。

 

 

 

 

10分後、俺はようやく泣き止んだ。

 

 

「もう大丈夫か?」

 

「ごめん……ありがとう、雅美」

 

「はーい、これにて暗い雰囲気はおしまい!ここからは明るく行くわよー!」

 

 

ゆりが場を明るくしようと頑張る。それに同調するように周りも掛け声をあげた。俺はまた泣きそうになってしまったが、ここで泣いてはゆりの頑張りが無駄になってしまうと思いなんとか我慢した。

 

 

「さあて、篠宮くんはどこに配属させようかしら」

 

「配属?」

 

「戦線には色々な役割をしている人がいるの。例えばオペレーターの遊佐さん、第一線で天使と戦う日向くんたち、武器などを製造するギルドメンバー、陽動部隊の岩沢さんたち、他にも様々な役割があるわ」

 

「へぇ〜……」

 

 

驚いた。そんなに沢山メンバーがいるのか。

 

 

「わたし的には第一線で戦って欲しいのだけど……」

 

「まあ確かに篠宮がいたら心強いな」

 

「基本的に篠宮くんの意見を尊重するわよ」

 

「お、俺の意見……」

 

 

どうしようかと悩んでいる時、ちらりと雅美の方を見たら陽動部隊に入って欲しそうな目線を送ってきた。

 

 

「陽動部隊で」

 

「……そう。楽器はできるの?」

 

「太一はこう見えてもめちゃくちゃ歌が上手いんだぞ」

 

「あー、ボーカルね」

 

「確かに男のボーカルはいなかったけど、それじゃあGirlsDeadMonsterじゃなくなるんじゃないか?」

 

「ガールズデッドモンスター?」

 

 

音無の発言にわからない単語が出てくる。

 

 

「ああ、私が組んでるバンド」

 

「へぇ〜、どんなバンドなんだ?」

 

「ガールズバンドだよ」

 

「いや、そりゃバンド名と話の流れからわかるよ」

 

 

もっともな発言に日向が笑う。

 

 

「曲はやっぱりオリジナルか?メンバーは何人?ライブの開催頻度は?あとそれと……」

 

「ストップ!」

 

「?」

 

「ゆり、百聞は一見にしかずって訳で太一を連れて行ってもいいか?」

 

「こちらとしては残念だけど……まぁいいわ」

 

「よし、そうと決まれば行くぞ」

 

「えっ?行くってどこへ?」

 

「練習している教室だよ」

 

 

雅美が俺の手を引っ張る。

 

 

「それじゃあまたライブの日程が決まったら教えてくれよな」

 

「ええ、分かってるわ」

 

 

ゆりと雅美が笑顔で言葉を交わす。

 

 

「篠宮もこっちが良いと思ったらいつでも帰ってこいよー!」

 

 

日向が手を振りながら見送ってくれる。

 

 

「ああ、分かったよー!」

 

 

俺も手を振りながら応える。

 

 

「それじゃあ行くか」

 

 

ああ、本当に戦線の人たちは仲間と呼んで良いんだな……。

そんなことを思いながら雅美と共に本部を後にして練習教室へと向かった。



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第三話「初めまして、GirlsDeadMonster」

「へぇ〜、じゃああれは校長室だったんだ?」

 

「そ、初期メンバーで校長室をジャックしたんだとさ」

 

「初期メンバーって?」

 

「ああ、ゆりと日向と大山と野田と椎名と私とひさ子とチャーだよ」

 

 

一人ずつ顔を思い浮かべてみるが、ひさ子とチャーっていう人たちだけは思い浮かばない。

 

 

「まあ、さっきのところにはひさ子とチャーはいなかったけど」

 

「先に言ってよ!もう忘れちゃったかと思ってあせったじゃん!」

 

「ははっ!悪い悪い!」

 

 

ケラケラ笑いながら謝られても……。

 

 

「それで、ひさ子とチャーっていうのは誰なの?」

 

「ひさ子っていうのはガルデモのメンバーの一人で、チャーっていうのはギルドの長だよ」

 

「じゃあひさ子さんにはこれから会えるんだ」

 

「そうだな」

 

「どんな人なの?」

 

「う〜ん、なんて言うか……」

 

「なんて言うか?」

 

「……会ってみればわかるよ」

 

 

なんじゃそりゃ。まあ会えば一発でわかるんだろうけどさ……。

 

 

 

 

それから5分後、俺たちは練習教室の前に着いた。

 

 

「よーし、入るぞー」

 

「ちょっ、ちょっと待って……」

 

「なんだよ、もう開けたよ」

 

 

ちょっとぉ!まだ心の準備出来てないよぉ!

 

 

「岩沢おかえり…っとそいつは誰だ?」

 

「こいつは今日入った新人の篠宮太一だ」

 

「ど、どうも……」

 

「こいつがゆりっぺの言ってた新人か。どうして連れてきた?」

 

「ガルデモのニューメンバーとして迎えるためだ」

 

「なっ!?ガルデモに男!?」

 

「なになに〜?」

 

「どうしたんですか?」

 

 

後ろから金髪の女の子と紫髪の女の子が駆け寄ってくる。……どうでもいいけど、このバンド顔面偏差値高いな……。

 

 

「どうした?岩沢。熱でもあるんじゃないか?」

 

「私は至って健康だぞ」

 

「じゃあなんでそんなぶっ飛んだことしようとするんだよ」

 

「えーっと……ロックだから?」

 

「ロックじゃねぇよ!」

 

 

首を傾げながらロックを主張する雅美にポニーテールの女の子が鋭いツッコミを入れた。どうでもいいけど今の雅美は中々に可愛かった。

 

 

「あ、あの!」

 

「どうした関根?いま岩沢を説得してるところなんだが……」

 

「その人、誰ですか?」

 

 

金髪の女の子が俺を指差して質問をしてくる。

 

 

「こいつは篠宮太一。今日入った新人で私の幼馴染だよ」

 

「えーっ!?岩沢先輩の幼馴染!?」

 

「えっ?こいつ、お前の幼馴染なのか?」

 

「そうだけど……言ってなかったか?」

 

「言ってねぇよ!初耳だよ!」

 

「そっかあ!岩沢先輩の幼馴染なんですね!私、関根しおりって言いまーす!よろしくお願いしまーす!」

 

「あっ……えっと、篠宮太一です」

 

 

関根しおりから自己紹介をされて俺も自己紹介をする。

 

 

「篠宮先輩ですね?パートはどこやってるんですか?」

 

「ぼ、ボーカルだけど……」

 

「ボーカルですか!いいですねぇ〜!」

 

 

なんかやたら元気な子だなぁ……。

 

 

「それじゃあ早速歌ってもらいましょう!」

 

「うえぇ!?」

 

「せ、関根!お前はまた勝手に……っ!」

 

「まあまあ、良いじゃないですか!ガルデモに入るかどうかは実力を見てからにしましょうよ!」

 

 

関根のお陰で半ば強引に教室で歌を披露することになってしまった。チラッと関根の方を見るとウインクを飛ばしてきた。まさかこうなるのが狙いで話に入ってきたのか……?

 

 

「太一、大丈夫か?歌えるか?」

 

「俺は大丈夫だよ。雅美は?」

 

「私もいつでもいける」

 

「そっか、じゃあ行くぞっ!Crow Song!」

 

 

俺が曲名をコールした瞬間、雅美のギターが掻き鳴らされる。Crow Songは生前雅美と一緒に作った曲だ。この感じ、久しぶり。

俺が歌い始めるとポニーテールの女の子が目をぱちくりさせながらこちらを見てきた。関根の方を見るとノリノリで手拍子をしてくれている。紫髪の女の子も同様に手拍子を送ってくれた。

 

最後まで歌い終わると、ポニーテールの女の子が胸倉を掴んできた。

 

 

「おい!岩沢!こいつは誰だ!」

 

「だからさっきも言った通り篠宮太一だって」

 

「そうじゃねぇよ!こいつ、昔はプロかなんかだったのか!?」

 

「ちょ…ちょっと……苦しい……」

 

「あっ…悪い……」

 

 

ふぅ〜……やっと開放された。本当は苦しくなんかないけど、胸倉を掴まれたままだと話し辛いから嘘をついて離すように誘導したのだ。

 

 

「私感動しちゃった〜!」

 

「わ、私もです!」

 

「そ、そう?ありがとう」

 

「この実力ならガルデモに入っても問題ないんじゃないですか?ひさ子先輩」

 

「確かに実力的には問題ないけどさ……」

 

「問題ないけどなんだよ?」

 

 

雅美が不満そうに問いかける。

 

 

「ちょっと生きてた頃の話を聞いてもいいか?ここまでの実力でスカウトされていないなんて絶対おかしい」

 

「せ、生前について?」

 

「あ、いや、別に無理にとは言わねえよ。話せる限りでいい」

 

「……いいよ。全部話す」

 

 

俺は生前について全部話すことを決意した。雅美が不安そうな視線を向けてくる中、俺は全てを包み隠さず話した。雅美との関係、日常生活、死んだ原因。もちろん力のことも、そしてその力によって受けた周りからの仕打ちも……。

 

 

「……そうか……そりゃあ…災難だったな……」

 

「まあね…」

 

「公然の秘密、か……そりゃあスカウトもされないわけだ」

 

「みんなもそれだけで避けるなんて酷いですね!」

 

「ひさ子、結局太一はガルデモに入ってもいいのか?」

 

「ここまで聞いといて今更断る訳にはいかないだろ」

 

「ってことは…!」

 

「ああ、よろしくな、篠宮太一」

 

「よっしゃああぁぁ!」

 

 

なんで雅美がそこまで喜ぶんだ?まあ俺も嬉しいけどさ。

 

 

「よろしく、ひさ子さん」

 

「ひさ子でいいよ」

 

「じゃ、じゃあひさ子」

 

「おう」

 

「は〜い!篠宮先輩!よろしくお願いしま〜す!」

 

「えっと……君は?」

 

「ああ!すみません!自己紹介がまだでしたね……。私、入江みゆきって言います!」

 

「よろしく、入江」

 

 

とりあえず全員との挨拶が終わり、俺はこのバンドに入れてもらえることが決定した。そしてこの後、俺の歓迎会と称しパーティを開くそうだ。

 

 

 

………女子寮で………。



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第四話「歓迎会in女子寮」

「よーし、じゃあ歓迎会は岩沢の部屋な」

 

「オーケー、待ってるよ」

 

「なに買って行こうかなぁ……」

 

「しおりん、一緒に購買寄って行こ?」

 

「もっちろーん!」

 

「ちょっと待て!」

 

「なんだよ」

 

「なんだよじゃないよ!なんで女子寮って言うのが決定事項なんだよ!」

 

 

女子寮に入れるのは正直嬉しいが、流石に校則を破るのはマズいんじゃないか?

 

 

「……太一は私の部屋に来るのが嫌なのか……?」

 

「い、嫌って訳じゃないけど……」

 

 

雅美よ、そんな目をしないでおくれ。なにも言えなくなってしまうじゃないか。

 

 

「だって女子四人が男子寮に行くより男子一人が女子寮に行ったほうが見つかるリスクが低いじゃねぇか」

 

 

ぐぅ……。ひさ子の正論に何も言えなくなる。

 

 

「第一、篠宮先輩って今日来たばっかりだから自分の部屋がどこか知りませんよね?」

 

 

入江のこの一言が決定打となった。

 

 

「ほらな?やっぱり女子寮でやるしかねえよ」

 

「……分かったよ」

 

 

しかし、どうやって女子寮に潜入しようか……。普通に行ってしまったら誰かと鉢合わせになって即刻通報されるだろう。となったら正面から行くのはリスクが高い。部屋に入るにはドアが窓しか……。ん?窓?

 

 

「ちょっといいか?」

 

「ん?どうした?」

 

「雅美の部屋って何階だ?」

 

「5階だよ」

 

 

5階か……。よし、行けるな。

 

 

「雅美、部屋の窓を開けておいてくれ。ついでに雅美の部屋ってわかるような目印をつけておいて欲しい」

 

「?別にいいけど……?」

 

「よし、そうと決まったら行くか」

 

 

 

 

 

 

みんなと別れてから30分後。俺は女子寮の外にいた。

 

 

「え〜っと……雅美の部屋は……っと、あれか」

 

 

5階に窓の開いている部屋があり、そこには雅美のハンカチが靡いている。

 

 

「ここの上か……っと、ほっ」

 

 

地面を蹴ってジャンプして雅美の部屋に入る。

 

 

「おまたせー」

 

「うわあああああぁぁぁぁ!?」

 

「し、篠宮!お前どこから入ってきた!?」

 

「えっ、窓からだけど」

 

「お前アホか!ここ5階だぞ!そんなの出来るわけ……」

 

 

ひさ子がツッコミの途中で言葉が止まった。どうやら察したらしい。

 

 

「……そうか、その力を使って跳んだんだな?」

 

「御名答!」

 

「はわわ〜……まさか本当に出来るなんて……」

 

 

入江が心底驚いたように言葉を漏らす。

 

 

「た、太一…心臓に悪いぞ……」

 

「はははっ!ごめんごめん」

 

「初めて見ましたけど、凄いですね〜!」

 

 

キラキラした目で関根が俺を見てくる。

 

 

「ま、まあこの話はここまでにして……」

 

「お、そうだそうだ。これは太一の歓迎会だった」

 

「篠宮、何飲む?」

 

「なにがあるの?」

 

「コーラにジンジャーエールにオレンジジュース、あとはワンカップ大関だ」

 

「なんで酒があるんだよ!未成年だろ!?」

 

「篠宮先輩、今日は歓迎会ですよ?」

 

「そっか……なら大丈夫……なわけあるか!」

 

 

危ない危ない。関根の言葉に惑わされるところだった。

 

 

「それで、どれにするんだよ?」

 

「じゃあコーラで」

 

「ちぇっ!つまんねーやつだな」

 

 

……なんでつまんねーとか言われてるんだ?酒はダメだろ、酒は

 

 

 

「それじゃあ、みんな飲み物は持ったか?」

 

「ああ」

 

「持ったぞ」

 

「持ちました〜」

 

「しおりんに同じく!」

 

「それじゃあ……かんぱ〜い!」

 

「「「「かんぱ〜い!!」」」」

 

 

ゴクゴクゴク……。うん、やっぱりコーラは美味しい。これは生前も死後も変わらないようだ。

 

 

「あっ、お菓子食べます?」

 

「なにがあるんだ?」

 

「え〜っと、ポテトチップスと板チョコとポップコーンと飴とマシュマロとお煎餅です」

 

「じゃあポテチを貰おうかな」

 

「は〜い」

 

「入江は良い子だなぁ」

 

「なにをー!私だって買ってきたんだからね!」

 

「じゃあ関根も良い子だな」

 

「ふっふっふっ〜、分かればよろしい」

 

「何様だよ」

 

「あははっ!篠宮先輩も言いますね〜!」

 

 

 

 

 

序盤はこんな感じでワイワイキャッキャッやっていたのだが……開始1時間ほど、状況は大きく変わっていた。

 

 

「お〜ぅ、太一〜、お前はいい男だな〜」

 

「雅美……酔ってるのか?」

 

「酔ってるわけね〜だろぉ〜!」

 

 

あーあ、完全によっている人のセリフですわ。

 

 

「太一〜!」

 

「ちょっ!抱き着くなって!」

 

 

酔っ払った雅美が後ろから抱きついてきた。まあ悪い気はしないが、酔が冷めたときを考えて引き離すべきだろう。引き離すのは至って簡単。力技でオッケーだ。

 

 

「なんだよぉ〜!私が嫌だっていうのか〜!?」

 

「おーおー、お熱いねぇ」

 

「ひさ子……茶化してないでどうにかしてくれ……」

 

「無理だな」

 

「こうなったら岩沢先輩は寝るまでまとわり付きますからねぇ」

 

「以前はひさ子先輩が主なターゲットだったんですけど、今日は篠宮先輩なんですね〜」

 

 

……仕方ない。寝るまで待つか。

 

 

「ほら雅美、こっち来い」

 

「なあに〜?」

 

「ここに頭を乗せろ」

 

「うい〜…」

 

 

寝るまでまとわりつくなら早く寝かせるのがベストだ。そんな判断から俺は雅美に膝枕をした。

 

 

「……昔からそんなことしてたのか?」

 

「まあ、ちょくちょく」

 

「その時の詳しいエピソードを聞かせてください!」

 

「えぇ〜……」

 

「私も聞きたいです!」

 

「入江まで……」

 

「私も聞きたいな〜」

 

「ひさ子もか……」

 

「観念するしかないんじゃないかぁ〜?」

 

 

ひさ子よ、なぜにお前はそんなにニヤニヤしてるんだ。

 

 

「……分かったよ、話すよ……」

 

「よっ!待ってました!」

 

「さあ先輩!早く!早く!」

 

「確か初めては中1だったっけなぁ……」

 

 

 

〜20分後〜

 

 

 

「……とまあこんな話だね」

 

「へぇ〜……」

 

「当時から熱々なんですねぇ……」

 

「当時からって……」

 

「だって今も熱々じゃないですか」

 

 

そ、そうかな?周りからはそう見られてるのかな?だとしたら……ちょっと嬉しい。

 

 

「そういえば岩沢、完全に寝たな」

 

「しょうがない、ベッドに運ぶか…っと」

 

 

俺は雅美を持ち上げる。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。

 

 

「本当に軽々持ち上げるんだな……」

 

「はは、こんな時には重宝してるよ」

 

 

関根と入江が「きゃー!お姫様抱っこ!」と騒いでいたが気にしない気にしない。

 

雅美は寝てしまったが、歓迎会はまだまだ続く……



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第五話「夜の散歩」

雅美が寝てから2時間、時計の針はもう夜の8時を指してた。

 

 

「よ〜し、もうそろそろ解散するか」

 

「そうですね〜、もうこんな時間ですもんね」

 

「それじゃあまた明日ですね!」

 

「うし、お前ら気をつけて帰れよ」

 

 

ちょっとここで問題発生。俺、自分の部屋知らないんだけど……。う〜ん、ひさ子に聞いたらわかるかな?

 

 

「あ、あの〜」

 

「どうした篠宮」

 

「俺の部屋って……」

 

「知らん」

 

 

まあそうですよね。わかってましたよ。ええ。

 

 

「じゃあ俺はどうすれば……」

 

「別に部屋の確認の仕方を教えてやらんこともない。ただ……」

 

「ただ?」

 

「このままの方が面白そうだから教えない!行くぞ!関根!入江!」

 

「あいあいさー!」

 

「あっ!待って下さいよ〜!」

 

「あっ、ちょっと……」

 

 

ひさ子の掛け声とともに三人は無情にも帰ってしまった。

 

さて、ここらでちょっと状況を整理しよう。この部屋には現在俺と雅美しかいない。しかも雅美は泥酔状態で眠っていて非常に無防備だ。

 

ということは、今ならいくらでもあんなことやこんなことも出来てしまう。しかし、そんなことをすれば間違いなく雅美は悲しむだろう。ここは俺の理性に頑張ってもらって我慢だ。

 

そんな中で俺が出した答えは……

 

 

「片付けでもするか」

 

 

お菓子の袋やらコップやらの片付けをするということだ。寝て起きたら自分の部屋が散らかっていた、なんてことは誰だって嫌だろう。それを雅美に味わってほしくない。だから気持ちを込めて誠心誠意掃除をした。

 

 

 

 

 

ほんの30分ほどで掃除は終わった。それはそうだろう。ゴミをまとめてコップを洗って床を拭くくらいだ。そんなに大変な作業はない。

 

 

しかし、ここでまた一つ新たな問題が発生した。

 

 

「………どうしよう…暇だ……」

 

 

そう、やることが無くなってしまったのだ。どうしようかと悩んでいると、ふと窓が目に入った。

 

 

「……ってか窓から出入りできるじゃん」

 

 

窓から出入りが出来るとわかったならこの部屋に留まる理由はない。ちょっと散歩にでも出かけるか。

 

 

 

 

 

 

入るときはそこまで気にしてなかったけど、結構高いな……。あと地面が見えないっていうのも中々怖い。

まあ大丈夫かな…。

 

 

窓を開けて飛び降りる。

 

 

「よっと」

 

 

無事に着地。あそこから飛び降りても無傷とは我ながら化け物みたいな身体だと思う。

 

 

「さあて、どこ行ってみようかなぁ」

 

 

今日来たばかりなので見ていないところはたくさんある。

 

 

「……どこか行く前に誰か案内役がほしいなぁ……」

 

 

学園を一目見てそう思った。なんせこの学園はめちゃくちゃ広い。ちょっと知らないところに行くとすぐに迷子になってしまいそうだ。

 

……仕方ない、部屋に戻ろうか。そう思いかけた瞬間、誰か人の気配がした。

 

 

「だ、誰だ!?出てこい!」

 

「私よ」

 

「うわぁっ!?」

 

 

ゆりだった。

 

 

「なによ、出てこいって言ったくせに出てきたら驚くって」

 

「ごめん……」

 

「あなたすぐ謝るわね」

 

「ご、ごめ……」

 

「ほらまた謝る」

 

 

謝るのは癖なんだよ……。

 

 

「………」

 

「ま、いいわ。」

 

 

いいんかい。

 

 

「なんで空から降ってきたのかしら?」

 

 

いや空から降ってきたって。

 

 

「ちょっと散歩でもしようかな〜と思って……」

 

「それで降ってくるの?随分アクロバティックな散歩ねえ」

 

 

アクロバティックな散歩ってどんな散歩だよ。

 

 

「そっちこそこんなところで何してるの?」

 

「私も散歩よ」

 

「そうなんだ」

 

「そういえばさっき篠宮くん案内役が欲しいって言ってたわよね?」

 

「うん。言ってた」

 

「私が案内役になってあげてもいいわよ?」

 

「ほ、本当!?」

 

「ええ。ただし条件があるわ」

 

 

条件?面倒なものじゃなければいいんだけど……。

 

 

「ちょっとあなたの力を見せてほしいの」

 

 

それは大丈夫だけど……明日じゃダメなのか?と考えて顔を少ししかめる。するとゆりは俺の気分を害したと思ったのか言葉を付け加えてきた。

 

 

「あっ、別に無理にって訳じゃないわよ?嫌なら断ってね」

 

「全然大丈夫だよ」

 

「い、いいの?無理してない?」

 

「うん」

 

 

なんだかんだで気を使ってくれる良い子だ。

 

 

「よし、それじゃあ早速行きましょうか」

 

 

そう言うとゆりは学習棟の方に向かって歩きだした。

 

 

「ねえ」

 

「なに?」

 

「どこへ向かってるの?」

 

「着いてからのお楽しみよ」

 

 

さいですか。

 

 

「それよりも篠宮くん」

 

「ん?」

 

「なんで空から降ってきたの?」

 

「えーっと……雅美の部屋にいたから?」

 

「それでなんで降ってくるのよ」

 

「普通にドアから出たら他の生徒に見つかって通報にされるかもしれないでしょ?だから窓から出入りしたんだよ」

 

「ふ〜ん……」

 

 

納得したのかしてないのかよくわからないなぁ。

 

 

「ま、ぶっちゃけそっちはどうでもいいわ。それよりも気になることができたから」

 

「気になること?」

 

「篠宮くん、正直に答えてね?岩沢さんとどこまでしたの?」

 

 

なんか盛大に勘違いしてないか!?

 

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

「なによ。誤魔化そうって言うの?」

 

「そうじゃなくて!俺と雅美はそんな関係じゃ無いよ!」

 

「じゃあ岩沢さんの部屋で何してたのよ」

 

「俺がガルデモに入ることになったからその歓迎会をしてもらってたんだよ!」

 

「……な〜んだ、つまらないわね」

 

 

悪かったな。

 

 

 

 

 

そんな話をしながら歩くこと約10分。ゆりが急に足を止めた。

 

 

「さあて、着いたわよ」

 

「……ここ、どこ?」

 

 

周りを見渡すと辺りは木々に覆われていた。

 

 

「どこって、森の中だけど」

 

「そりゃあ見ればわかるよ」

 

「なら聞かなくていいじゃない」

 

 

なんか特別な呼び名があるかと思って聞いただけだよ。まさか「森」ってそのまんま返ってくるとは思わなかったよ。

 

 

「ここで俺に何をしろと……?」

 

「そうねぇ……何してもらおうかしら」

 

「いや決めてなかったのかよ」

 

「き、決めてないわけじゃないわよ!とりあえずそこにある木を折ってみて!」

 

「決めてなかったよな?」

 

「うっさいわね!早く折ってみなさい!」

 

「はいはい……。この木でいいの?」

 

「あっ、そんなに太いのはさすがに厳しいと思うからそっちのもっと細い方で……」

 

 

メキメキメキ!ドォーン!

 

少し力を込めるだけで木は簡単に折れた。

 

 

「ほら、満足?」

 

「え、ええ……」

 

 

ゆりが顔を引きつらせながら答える。

 

 

「こんな大木をいとも簡単に折るなんて……」

 

「怖い?」

 

「いいえ。ただちょっと驚いているだけよ」

 

 

良かった。怖がられてはないようだ。

 

その後もゆりは顎に手を当ててなにかブツブツ言いながら考え事をしていた。そして……

 

 

「篠宮くん」

 

「はい?」

 

「あなたを陽動と第一線の両方に配属させるわ」

 

「と、言いますと?」

 

「篠宮くんには天使と第一線で戦いつつ、時には陽動もやってもらう、っていうことよ」

 

 

掛け持ちってやつか。まあ別に大丈夫だろう。

 

 

「ああ、分かったよ」

 

「話が早くて助かるわ。それじゃあ早速だけど明日の午前9時に校長室に来てくれるかしら?」

 

「オッケー。校長室っていうのは今日行ったところだよね?」

 

「ええ、そうよ」

 

 

明日の午前9時だな。遅れないようにしなくちゃ。

 

 

それからしばらくしてゆりと一緒に学生寮まで戻った。

 

 

「それじゃあ明日頼むわね」

 

「わかってるよ。それじゃあここでね」

 

「ええ、おやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

 

そう言った瞬間、俺は地面を蹴って跳び上がる。また雅美の部屋に戻るためだ。

 

部屋に入ると雅美はまだ寝ていた。時折苦しそうな顔をしている。なにか辛い夢でも見てるのだろうか。

 

 

「太一ぃ〜……どこだぁ〜……」

 

 

俺の夢を見てるのかな?それにしても苦しそうな表情だ。

 

 

「俺はここにいるよ」

 

 

少々臭いセリフを吐きながら手を差し出す。すると雅美が俺の手を握るや否やホッとしたような表情に変わった。スースーと気持ちの良さそうな寝息を立てている。

 

しかし、気持ちの良さそうな寝息を立てられては困るのだ。俺が寝れなくなる。かと言って手を引っ込めれば雅美はまた苦しそうな表情に戻る。う〜む……どうすればいいものか……。

 

まあ仕方ない。一緒に寝るしかないな。幼い頃はよく一緒に寝ていたし、大丈夫だろう。多分。

 

こうして俺は極限まで下心を押さえつけてこの世界に来て初めての睡眠を取った。



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番外編 Side:岩沢

岩沢さんからの視点です。読み飛ばしてもらってもあまり影響はありません。


私はその日珍しい夢を見た。幼馴染の夢だ。彼は私にとって本当にかけがえの無い人だった。優しくて男前で歌も上手い。なにより一緒にいると安心する。

 

そんな彼とは生まれた時から一緒だった。家が隣同士でよく遊びに行ったり来たりしていたので、物心がついたときから一緒というのが当たり前になっていた。

 

しかし、5歳の時に事件は起こった。彼が雷に打たれたのだ。幸いにも命に別状はなく彼は元気なままだったのだが、打たれた時にちょっと特殊な力を貰ったようだ。とんでもない怪力になってしまったのだ。それが彼の人生を大きく変えてしまった。

 

大人たちは彼を恐れた。彼が特になにかをしたという訳ではないが、ただ強大な力を持っているというだけで邪魔者のように扱った。

 

私にはなぜ彼をそう扱うのかが理解できなかった。どんな力を持っていても彼は彼だし、私にとってそれ以上でもそれ以下でもない。

 

小さい頃からの友達も何人かいたが、年々その友達も少しずつ離れていき、高校に入る頃には彼は完全に孤立していた。せめて私だけでも彼の味方でいよう。そう決心するまでにさほど時間は要さなかった。

 

 

 

……っと、だいぶ話がそれてしまったようだ。彼が夢に出てきたという話だったね。

 

さっきの話を聞いてもらったから彼は私にとって大切な存在だということは分って貰えただろう。

そんな大切な存在が久しぶりに夢に登場したんだ。もう嬉しくて嬉しくて仕方なかった。彼と二人きりでどこかへ出かけるという内容だった。ずっとこの夢を見ていたい。私は強くそう思った。

 

しかし現実とは無情なものですぐに目が覚めてしまった。二度寝をすればまた続きが見れるんじゃないかと思って私は二度寝した。次に起きた時にはすでに9時を回っていた。やばい、遅刻だ。すぐに身支度を済ませて校長室に行かなくては。

 

 

 

 

それから10分後。ようやく校長室前まで着いた。

 

 

「遅れてごめん!」

 

 

そう言いながら扉を開けた瞬間、私は目を疑ったね。だって目の前に彼のそっくりさんがいるんだもの。

 

 

「えっ……?」

 

「えっ……?」

 

 

彼も私の方を見て驚いた顔をする。

 

 

「………ま、まさみ?」

 

 

えっ……?なんで私の名前を……?まさか本当に……。

 

 

「た、太一?」

 

 

しばらく沈黙が流れた。そして……

 

 

「「ええええぇぇぇぇぇ!!??」」

 

 

私と太一の驚きが校長室に響き渡った。

 

 

「ま、まさみなのか!?」

 

「本当に太一か!?」

 

 

お互いにまだ状況を飲めていないらしい。そこでゆりから助け舟が出た。

 

 

「ちょっと二人共落ち着いて。こっちも状況がわからないわ。とりあえず二人共ソファーに座りなさい。そんでもってお茶でも飲んで頭を整理しなさい」

 

 

こんな時でもリーダーは冷静だ。

 

 

 

 

しばらくお茶を飲んで頭を整理していると

 

 

「さ、落ち着いた?」

 

 

と、リーダーが聞いてきた。

 

 

「まあ…さっきよりは」

 

「落ち着いたよ」

 

 

どうやら太一はまだ少し混乱してるらしい。

 

 

「それじゃあ改めて二人の関係について教えてもらえるかしら?」

 

 

ゆりがそう言うと太一は生前の話を始めた。私との出会い、力のこと、周りからの扱われ方。ただ、太一は少し気の弱いやつなので周りから避けられていたのは仕方のないことだと言いやがった。ふざけんな。仕方ないわけ無いだろ。私は我慢できなくなって途中から口を挟んでしまった。

 

30分ほどで話は終わった。

 

 

「なんで周りの奴らは太一を避けたんだろうな。こんなに良いやつなのに」

 

 

音無の問いかけに太一が答える。

 

 

「ははっ……仕方ないよ……だってこんな力があれば誰だって怖がるさ……」

 

 

まだ言うのか!?太一が怖い?ふざけんな!

 

 

「そんなことない!太一に怖いところなんてあるもんか!」

 

 

メンバーの視線が集まる。みんな驚いた顔をしている。中でも太一が一番驚いているようだ。

 

 

「太一は一度も誰かに暴力を振るったことなんてないんだっ……!それなに……それなのに……!」

 

 

みんな分かってくれ!太一は決して怖い人間じゃない!誰よりも優しい良いやつなんだ!

 

 

「岩沢さん、大丈夫よ。ここのみんなは誰も篠宮くんを恐がってなんかないわ」

 

 

私は顔をあげた。

 

 

「ったりめーだろ。仲間を怖がるやつがあるもんかっつーの」

 

 

藤巻……。

 

 

「そうだよ!篠宮くんは悪い人に見えないよ!」

 

 

大山……。

 

 

「うむ、話を聞く限り悪人ではないな」

 

 

松下五段……。

 

 

「あさはかなり」

 

 

椎名……?

 

 

「みんな……」

 

「ね?大丈夫でしょ?岩沢さん」

 

 

そうだな。このメンバーを疑うこと自体間違ってたよ。

 

 

「……ごめん……少し熱くなった……」

 

「いいわよ、あたしだって岩沢さんの立場ならそうなるもの」

 

「ありがとう……」

 

 

これは心の底からのお礼だ。太一に居場所を作ってくれてありがとう……。

 

ここで太一の方を見てみよう。やっぱり泣きそうになってる。こいつは昔から結構涙もろいところがあるんだよな。

 

 

「ど、どうしたの?」

 

 

ゆりが不安そうな顔で太一に尋ねる。

 

 

「いや……仲間ってこんなにいいものなんだなって……」

 

 

よし、ここは思いっきり泣かせてやるか。

 

 

「太一、もう大丈夫だ。お前は一人なんかじゃない」

 

 

そういって私は太一を抱きしめる。結構恥ずかしいな、これ。

 

案の定すぐに太一は泣き始めた。これで気が楽になるならいいことだろう。

 

 

 

 

10分くらいで太一は泣き止んだ。

 

 

「もう大丈夫か?」

 

「ごめん……ありがとう、まさみ」

 

「はーい、これにて暗い雰囲気はおしまい!ここからは明るく行くわよー!」

 

 

しんみりした雰囲気をゆりが突き破った。まあさすがリーダーと言うかなんと言うかだ。

 

その後、太一をどこに配属させるかという話になった。私としては是非とも陽動に来て欲しい。そしてまた一緒に音楽をやりたい。太一に視線を送ってみる。向こうも私の言いたいことが分かったのかコクンと頷いた。

 

 

「陽動部隊で」

 

 

私の気持ちが伝わったようだ。

 

 

「……そう。楽器はできるの?」

 

 

ゆりが心底残念そうなトーンで尋ねる。

 

 

「太一はこう見えてもめちゃくちゃ歌が上手いんだぞ」

 

 

そう、太一はめちゃくちゃ歌が上手い。そりゃあもうめちゃくちゃに。

 

その後、なんとか多少強引ではあるけどもなんとかまた一緒にバンドができるということが決まった。

 

これからの日々が楽しみで仕方がない。



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第六話「目覚めたら雅美の部屋でした」

雅美の部屋で一晩を過ごした次の朝。目が覚めて体を起こそうとするとなにかがまとわりついていた。

 

 

「んっ……スー…スー…」

 

 

雅美だ。まあ状況から考えて雅美以外いるわけないんだけどさ。それにしても幸せそうな顔をしている。これは起こしたら悪いかな……。俺は雅美を起こさないようにそっとベッドを出ようとした。しかし……。

 

 

「た…太一……」

 

 

抱き枕のように俺をホールドしてるのですぐに気づかれる。こりゃあ起きるまで出れそうにないな。幸いまだ7時前だ。集合まで2時間ほど余裕がある。

 

しばらく雅美の寝顔でも拝見していようかね。

 

 

 

話は変わるが、正直言って雅美はかなり美人だと思う。なんせ昔から顔を見てきた俺ですらドキッとするのだから。最初に異性として意識したのはたしか中学に入ってからだったっけ。久しぶりに一緒に風呂に入ろうと言われて入った時だ。少し女の子らしく成長した身体を見た瞬間、俺は性的な興奮を覚えた。当時はこれがなんなのか分からなかったけど、とりあえず今後一緒に入るのはまずい気がしてそれ以降一緒に入っていない。

 

雅美からは何度か誘われていたが、もちろんその都度断ったさ。

 

 

 

さて改めて雅美の寝顔を見てみよう。……うん、やっぱり美人だ。まだアルコールが抜けていないのかまだ若干頬が赤い。

 

もうちょっと顔を近づけてみよう。寝息が顔に当たるくらいまで顔を近づけてみた。するとその瞬間

 

 

「ん……んん………」

 

 

雅美が起きてしまった。慌てて顔を離す。

 

 

「太一……?」

 

「な、なに?」

 

 

平常心を装いながらも明らかに動揺しながら言葉を返す。

 

 

「ギューッ♪」

 

「ちょ!ちょっと!」

 

 

何を考えたのか雅美は俺に思いっきり抱きついてきた。その……色々当たってて色々アレなんですが……。

 

 

「太一〜♪」

 

 

俺の胸に顔をスリスリしながら埋めてきた。いつもの雅美からは想像できない行動だ。

 

 

「ま、まだ酔ってるのか?」

 

「酔ってないぞ〜♪」

 

 

なおもスリスリしながら答える。これはまだアルコール抜けてないですわ。

 

 

「と、とりあえずさ、ベッドから出してくれない?」

 

「なんで〜?」

 

「シャワー浴びたりご飯食べたりしたいんだよ」

 

「じゃあ私も一緒にシャワー浴びる〜♪」

 

 

ダメダメ!ダメ!絶対ダメ!そこまでやられたら俺の理性が耐えられない!

 

 

「雅美、俺達はもう高校生なんだぞ」

 

「だからなんだよぉ〜……」

 

「もう子どもじゃないんだから一緒にお風呂とかシャワーとかはダメだろ」

 

「……太一は私の事嫌いなのか?」

 

 

そんなシュンとした顔しないでくれよ……。

 

 

「嫌いじゃないよ」

 

「ならいいじゃないかぁ〜」

 

 

いや、そうじゃないよ。

 

 

「と、とにかく!俺はシャワーを浴びたいんだ!」

 

 

そう言って無理やり雅美を引き剥がす。

 

 

「あっ……太一〜!」

 

 

ここは心を鬼にして雅美の声は無視させてもらう。そうしなければ俺が持たない。

 

 

「風呂、借りるぞ」

 

「……うん」

 

 

ちゃんと了承もとったところでレッツ、シャワー。

 

 

脱衣所で服を脱いでから風呂場に行く。まあ当たり前の行動だ。別に説明する必要はなかったかな。

 

蛇口をひねると冷たい水が出てくる。

 

 

「うっわ冷た!?」

 

 

思わず叫んでしまった。すると……。

 

 

「大丈夫か!?太一!」

 

 

ドタドタドタと雅美が脱衣所に来た。

 

 

「今助けるからな!」

 

 

そう言うと風呂場のドアを開けようとしてきた。

 

 

「だっ大丈夫だから!マジで!めっちゃ大丈夫だから!」

 

 

ドアを手で押さえながら叫ぶ。もちろん突入は阻止させてもらうさ。っていうか助けるって何からだよ。

 

 

「開けてくれ!太一!」

 

「いいから!俺は本当に大丈夫だから!」

 

「じゃあ背中流してやるから!」

 

「それも大丈夫!自分でできるよ!」

 

「流させてくれー!」

 

 

もう自分の願望じゃねえか!

 

 

「頼むよ!流させてくれよ!」

 

「なんでだよ!」

 

「……やっぱり太一は私のことが嫌いなんだ……」

 

 

うっ……。それを言われると断りづらくなるじゃないか……。

 

 

「嫌いじゃないって!」

 

「じゃあ背中流させてくれ!」

 

「なんでだよ!」

 

「やっぱり私のことが……」

 

「わーったよ!いいよ!流してくれ!」

 

「ほんとっ!?やったぁー♪」

 

 

押しに弱いなぁ、俺……。

 

 

「それじゃあ失礼しま〜す♪」

 

 

雅美、上機嫌。

 

 

「ささ、ここに座って」

 

「はいよ……」

 

 

ゴシゴシと雅美が俺の背中を洗ってくれている。

 

 

「相変わらず太一は良い身体してんなぁ」

 

「そ、そう?」

 

「だって余計な肉とか付いてないじゃん」

 

 

そう言われて嫌な気はしないな。

 

 

「雅美だってそうじゃん」

 

「え…?そ、そう?」

 

 

雅美、照れ笑い。

 

 

「うん。凄い理想的な体型だよ」

 

「ほ、本当か〜?」

 

 

雅美、更に照れ笑い。

 

 

「本当だよ」

 

「〜〜〜///!」

 

 

顔を真っ赤にしながら背中をペチペチ叩いてくる。めっちゃかわいい。

 

 

「も、もう!流すぞ!」

 

 

おっ、誤魔化したな?ちょっとゴシゴシが強くなった。

ジャバーっとお湯がかけられて背中流しは終わった。しかし……

 

 

「ほら、次は前も洗うからこっち向け」

 

 

前はまずい。何がまずいかってアレがアレだからだよ。

 

 

「い、いいって!前はダメ!」

 

「なんでだよ!いいじゃないか!」

 

「なんでって……そりゃあ……。………とにかくダメ!」

 

「やだやだ!」

 

 

駄々こねるなよ……。

 

 

「後で一緒にうどん食べてあげるから、な?とりあえず今回は勘弁してくれよ」

 

「う、うどん!?あ…いや…でも……」

 

 

くそっ、うどんでもダメか……。こうなったら……

 

 

「じゃあ分かった。毎日一緒に食べよう」

 

「毎日!?よ、よし分かった!」

 

「じゃあとりあえず出てくれる?」

 

「うん!」

 

 

ほっ……。ようやく出ていってくれた。さっさと洗って風呂場から出よう。

 

 

 

 

 

 

風呂場を出ると雅美がドアのすぐ近くで待っていた。

 

「ほら、行くぞ」

 

「行くって……どこへ?」

 

「決まってるだろ。食堂だよ」

 

「い、今から!?」

 

「そうだよ」

 

 

うどんのこととなると凄い行動力だな。

 

 

「ほ〜ら!早く行くぞ!」

 

「わ、分かった!分かったから押さなくていいよ!」

 

 

ん?普通に出たらバレるんじゃないか?

 

 

「ちょっと待った!」

 

「なんだよ!」

 

「このまま出たら俺が女子寮に入ったのバレる!」

 

「あっ……」

 

「だから外で待ち合わせしよう?」

 

「そうだな……」

 

 

よし、そうと決まればまた窓から出るか。

 

 

「じゃ、玄関の前でね」

 

「ちょっと待って!」

 

「なんだよ」

 

「太一が私をおぶれば一緒に行けるんじゃないか?」

 

「……名案だと思うけど…」

 

「思うけど?」

 

「危なくない?」

 

「大丈夫。この世界ならどんな怪我しても治るから」

 

「そ、そうなの?」

 

「うん」

 

 

ここに来て衝撃的な新事実だよ!

 

 

「じゃ、じゃあ……いいかな……」

 

「よし、じゃあ太一、しゃがんでくれ」

 

 

いやいや、ここは折角だからおんぶなんかしませんよ。

 

 

「太一、しゃがめって」

 

 

ここはやっぱり……

 

 

「よっ…と」

 

「キャッ!」

 

 

お姫様だっこだろ!

 

 

「た、太一!?」

 

「しっかり捕まってて!」

 

 

そう言うと雅美は戸惑いつつ俺の首に手を回す。必然的に顔が近くなる。

 

 

「行くぞ!」

 

 

雅美が強く目を瞑る。やはり怖いのだろう。

 

滞空時間はそこまで長くないのですぐに地面に着いた。

 

 

「ど、どうだった?」

 

「……怖かった」

 

 

ちょっと震えてるな。

 

 

「立てそう?」

 

「多分……」

 

 

そう言って立とうとすると、雅美は尻もちをついてしまった。

 

 

「ごめん……やっぱ無理そう」

 

 

まあ仕方ないか。普通あんな高さから落ちることなんて無いもんな。

 

 

「しょうがないなぁ」

 

 

俺は再び雅美をお姫様だっこする。

 

 

「な、なに!?」

 

「このまま食堂まで連れて行くよ。道案内よろしく」

 

 

最初は若干抵抗していたが時間が経つに連れ抵抗も無くなった。

 

さあて、もうすぐ久しぶりの雅美とのうどんだ。




あけましておめでとうございます


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第七話「初食堂&初会議」

「太一、もうすぐ食堂だからおろして……」

 

「もう歩けるようになった?」

 

「うん、もう歩けるよ。それに……」

 

「それに?」

 

「周りの視線も気になるからさ」

 

 

雅美に言われて初めて気づいた。現在時刻は朝7時45分。朝ごはんのピークの時間帯で周りにはNPCたちがたくさんいる。昨日の関根の話によるとガルデモは校内でも絶大な人気を誇るバンドで、そのギターとボーカルを務める雅美の人気は恐ろしいものらしい。そんな超人気人物がお姫様抱っこされているのを見れば誰だって視線を送ってくるだろう。

 

 

「おっと、ごめんごめん」

 

「ん、ありがと、太一」

 

「どういたしまして」

 

「あれ?岩沢と太一じゃん。お前らも今飯?」

 

 

偶然通りかかったひさ子が話しかけてきた。なんかにやけてんなこんにゃろう。

 

 

「そうだよ。ひさ子は?」

 

「私もこれからなんだけど、一緒に食べる相手がいなくてさ〜」

 

「一緒に食べる?」

 

「えぇー!?良いのかー!?篠宮〜!」

 

 

ひさ子が手で口を押さえながら非常にわざとらしく確認をしてくる。若干うざい。

 

 

「ジョークだよ、ジョーク。私はそんなことマジでやるキャラじゃねーよ」

 

 

俺の心の声に気づいたのか自らフォローを入れてきた。

 

 

「んで、話を本題に戻すけど、私も一緒に食べていいんだな?」

 

「ああ、もちろん。俺は構わないぞ」

 

「私も全然オッケーだよ」

 

「よっしゃ!」

 

 

 

 

 

と、ひさ子と雅美と一緒に飯を食べることになったのだが、周りからの視線が痛い痛い。そりゃあガルデモのツートップと一緒に飯を食うなんてNPC達からしたら羨ましいだろうな。

 

 

「どうした?そんなキョロキョロして」

 

「いや、なんでもないよ」

 

「そう?ならいいんだけど」

 

 

二人は慣れているのかNPC達からの視線は全く気にしていないようだ。

 

 

「ほら、どれ食う?」

 

 

雅美が大量の食券を目の前に出した。

 

 

「お前、どれ食う?ってうどんしかねーじゃん」

 

「なっ!?うどんはうどんでも種類が違うだろ!ここの食堂にはそんな地方のうどんは無いにしても色んな種類がある!肉うどんに月見うどん、ざるうどん山菜うどんきつねうどんたぬきうどん素うどんとかほかにも……」

 

「ストップストップ!わかったよ」

 

「本当にわかったのか?」

 

「ああ、お前のうどんに対する情熱がわかったさ」

 

 

ひさ子面倒くさくなったな。回答が回答になってない。

 

 

「わかればよろしい」

 

 

あ、それで良かったんですか。

 

 

「さて話を戻して、太一はどれ食べる?」

 

「おすすめは?」

 

「肉うどんだな」

 

「じゃあそれにする」

 

「オーケー、注文してくるから待っててくれ」

 

「あ、私のも頼む」

 

「ひさ子もか?まあいいけどさ」

 

 

雅美が注文に行っている間、俺はひさ子と二人きりになる。

 

 

「なんか岩沢のやつが妙に機嫌がよさそうなんだけど、昨日はどこまでいったんだ〜?」

 

 

悪い笑みを浮かべながら聞いてきやがった。

 

 

「別に。雅美はずっと寝ていたし、特になんにもなかったよ」

 

「本当か〜?」

 

「うん」

 

「ちぇ」

 

 

なんの舌打ちだよ。まあいい、面倒くさいからこの話はさっさと変えよう。

 

 

「ところで今日って練習あるんでしょ?」

 

「ん?ああ、あるぞ」

 

「何時から?」

 

「9時からだ」

 

 

9時からか。聞いといてよかったな。

 

 

「ちょっと俺ゆりに呼ばれててさ。行くの遅れるよ」

 

「ゆりに……?ああ、制服とかまだだもんな」

 

「制服?」

 

「戦線には独自の制服があるんだよ。お前の着てるのはこの学園の制服」

 

「ああ〜……」

 

 

そういえば日向とか音無とか違う服を着ていた気がする。

 

 

「じゃあひさ子が着てるのも戦線の服?」

 

「そうだよ」

 

「おまたせ〜」

 

 

ここで雅美が帰ってきた。やけに早いな。

 

 

「いまちょっと混み合ってるから後で届けるだってさ。ほらこれ、番号札」

 

「まあまだ8時だし時間に余裕があるから大丈夫だよね」

 

「それはそうと、太一とひさ子は何話してたんだ?」

 

「篠宮が「岩沢の寝顔かわいい!」って熱く語ってただけだよ」

 

「なっ!?」

 

「た、太一が!?私の!?」

 

 

おいひさ子、周りの視線が一気に集まったぞ。

 

 

「なーんてな。嘘だよ」

 

 

意外と周りの様子には敏感なのかすぐに訂正をした。

 

 

「なんだ嘘か……」

 

「なんでそんながっかりした顔してんだよ」

 

「えっ?いや、がっかりした顔なんてしてないぞ」

 

「嘘つけ。顔にハッキリ書いてあるぞ」

 

 

そうひさ子に言われた瞬間雅美は自分の顔を触り始めた。

 

 

「「いやそうじゃねえよ」」

 

 

俺とひさ子がハモった。それに対して雅美はキョトンとした顔をしている。思い返してみれば雅美は昔から少し抜けているところがあって、音楽とうどん以外には基本無頓着なのだ。

 

 

「えっ……じゃあ……どういう……」

 

「岩沢、もういい。顔はなんとももない」

 

「太一……私の顔、なにか書いてあるか……?」

 

「なんにも書いてないよ」

 

 

書いてあるわけあるか。

 

 

「よかった〜。私なんか書いてあるまま食券を出しに行ったかと思って焦ったよ」

 

 

どんな心配してるんだよ。

 

 

「どんな心配してんだよ」

 

 

ひさ子がほぼ同じツッコミを入れた。と、その瞬間

 

 

「は〜い、お待たせ。肉うどん三つね」

 

 

肉うどんが運ばれてきた。まあ、腹ごしらえといきますか。

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさま」

 

「ごちそうさん」

 

「ごちそうさまでした」

 

 

10分でうどんを完食した。

 

 

「いや〜、この食堂は中々美味いね」

 

「そうだろ〜?」

 

「なんでひさ子が得意気になってるんだよ」

 

「いいじゃん」

 

「まあいいけどさ……」

 

 

いいんだけどさ……。

 

 

「よし、じゃあ飯も食べたし練習行くか」

 

「あ、ごめん。俺ゆりに呼ばれてるから行くの遅れる」

 

「ん、了解」

 

「あれ?あっさりオッケー出すんだな」

 

「どういう意味だよ」

 

「岩沢のことだから『ゆ、ゆりのところ!?な、何しに行くんだよ!?まさか……』とかなるんじゃないかと思って」

 

「ならねえよ。なんでなるんだよ」

 

「だって昨日篠宮が部屋に来る前に篠宮のこ…むぐっ!?」

 

 

雅美が凄い形相になりながらひさ子の口を押さえている。ひさ子もあんな顔の雅美を見たことがないのか少し目を見開いている。

 

 

「なんだって?」

 

 

その形相のままひさ子に顔を近づける。こえ〜。

 

 

「な……なんでもない……です」

 

「よろしい」

 

 

心無しかひさ子が若干震えているように見える。まああんなのされたらそりゃあ震えるわ。

ひさ子の方の要件が済んだのかこちらの方を向いた。

 

 

「よし、それじゃあまた後でな」

 

「うん。また後でね」

 

 

まだちょっと震えてるひさ子を横目に俺は校長室へと向かった。ひさ子、南無。

 

 

 

 

 

現在時刻は8時45分。俺は今校長室前にいる。少し道に迷ってしまったので時間がかかったが、無事に時間内に着くことができた。

ドアノブに手を運び、ドアを開けようとしたその瞬間、突然巨大なハンマーが俺を襲った。

 

 

「うおっ!?」

 

 

俺は咄嗟にハンマーを殴った。

 

バゴオォォォン!

 

ハンマーは10mほど飛んでいってしまった。

 

 

「な、なに!?なにごと!?」

 

「なんだ!?なんかすげー音がしたぞ!」

 

 

ゆりと藤巻が慌てながら様子を見に来た。

 

 

「篠宮くん……?」

 

「突然ハンマーが出てきたからつい……」

 

「す、すげぇ……」

 

「トラップのことはまた作り直せばいいからいいのよ。それより怪我はない?」

 

「特に無いよ」

 

「そう、よかったわ」

 

 

ハンマートラップを壊したのを責めるどころか心配をしてくれるなんて……。

 

 

「それよりも早く中に入って頂戴。色々しなきゃいけないことがあるんだから」

 

「あ、はいはい。お邪魔しまーす」

 

 

中に入ると日向、音無、大山、椎名、松下五段、TK、それと眼鏡をかけたインテリっぽい男がいた。

 

 

「ゆりっぺ!さっきの音はなんだ!?まさか天使の仕業か!?」

 

「落ち着いて日向くん。今の音は篠宮くんがハンマートラップを壊した音よ」

 

「なーんだ。安心した……って、ええ!?あのトラップを壊した!?」

 

「そうよ」

 

「そ、それって俺が飛ばされたやつか?」

 

「ええ、それよ」

 

 

部屋にいる全員が驚愕の表情で俺を見る。

 

 

「疑うなら見てくればいいじゃない」

 

 

ゆりがそう言うと日向は扉の外を見に行った。

 

 

「………マジだ……」

 

「だからそう言ったじゃない」

 

「あれ3トンぐらいあるんじゃなかった?」

 

 

大山の言葉にみんなの顔が引きつる。

 

 

「はいはい、この話はここまで。本題に入るわよ」

 

 

ゆりがぱんぱんと手を叩いてこの話を終わらせる。

 

 

「これ、篠宮くんの制服」

 

「おおそうだ。篠宮はまだ学園の制服だったな」

 

「これは私たちの仲間になった証よ。是非着て頂戴」

 

「うん。ありがとう」

 

「早速着替えてみろよ」

 

「うん。わかった」

 

 

ゆりから制服を受け取って着替えの準備をする。ズボンに手をかけようとすると、

 

 

「お、おい…篠宮……」

 

「ん?どうした?」

 

 

日向が急に話しかけてくる。

 

 

「ちょっと待って。私と椎名さんは外で待ってるから」

 

 

あっ……そういうことか。

 

 

「……ごめん……」

 

「いいわよ。なるべく早く着替えてね。さ、行きましょ、椎名さん」

 

 

ゆりと椎名が校長室を出る。パッと着替えたのでものの2分程で終わった。

 

 

「はい、着替え終わったよ」

 

「おぉ〜…結構似合ってるわね」

 

「そ、そう?ありがとう」

 

 

褒められたので素直にお礼を言おう。

 

 

「はーい、篠宮くんの着替えも終わったことだし今日のメインの話をするわよ。昨日武器庫から報告があったのだけど、そろそろ武器の貯蓄が切れるらしいの。だから今日はギルドに降りるわよ」

 

「ギルド?」

 

「ギルドってなんだ?」

 

「あー、そっか。音無くんと篠宮くんはまだギルドに行ったことなかったね」

 

「ギルドっていうのは私たちが使っている武器とか制服とかその他諸々を作ってる施設のことよ」

 

「ああ、そういえば昨日言ってたね」

 

 

うん、思い出した思い出した。

 

 

「いつギルドに行くの?」

 

「そうねぇ……夕方に行きましょ」

 

 

夕方か。それまでは雅美たちと練習だな。

 

 

「よーし、みんないいわね?ギルド降下作戦は本日午後4時より開始。集合場所は体育館」

 

 

体育館……?体育館からギルドに行けるのか?

まあそれは追々わかるからいいか。

 

 

「午後4時までは各自自由行動でいいわ。それじゃあ、解散!」

 

 

ゆりから解散の号令がかかると場の緊張が一気に解れた。

 

 

「うっし、音無、篠宮。この後時間あるか?」

 

 

日向が話しかけてきた。

 

 

「ごめん!この後ガルデモの練習行かなきゃいけないんだ」

 

「ガルデモの練習?マネージャーかなんかになったのか?」

 

「いや、ガルデモのメンバーに入れて貰ったんだよ」

 

「えっ!?お前ガルデモに入ったのか!?」

 

 

めっちゃ驚かれた。

 

 

「篠宮くんには陽動と第一線の両方で活動してもらうことになってるわ」

 

「掛け持ちってやつか……体持つのか?」

 

「んー、持つと思うよ」

 

 

まあこんな体だしな。体力の方もいくらでもあるさ。

 

 

「そっか……まあ体壊さない程度に頑張れよ」

 

「うん、ありがとう」

 

 

そういいながら俺は校長室を出る。そして昨日の空き教室へと向かう。

 

よ〜し、初練習、頑張るか!



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第八話「雅美との思い出話」

午前9時45分。校長室から出た俺はまたもや道に迷っていた。

 

 

「あれ〜?こっちだったっけ?」

 

「はい。そっちで合ってますよ」

 

「うわぁ!?」

 

「どうされましたか?」

 

 

声のする方を振り向いてみるとそこには昨日お茶を運んでくれた金髪の女の子がいた。

 

 

「えっと……確か……」

 

「遊佐です」

 

「そうそう、遊佐さんだったね。名前思い出せなくてごめん」

 

「いえ、これから覚えて頂ければ結構ですよ」

 

 

寛容な子だ。

 

 

「ところで篠宮さん、道に迷っていませんか?」

 

 

そうだ、俺は道に迷っている最中だった。

 

 

「うん。迷ってるよ」

 

「私が案内しましょうか?」

 

「本当!?ありがとう!」

 

「それではついてきて下さい」

 

 

むぅ……。無表情だな……。人形みたいというかなんというか……。やっぱり過去に何かあったのだろうか?それとも生まれつきだろうか?……いや、人の過去を模索するもんじゃないな。

 

 

「私の顔に何か?」

 

 

しまった。顔を見ながら考えていたら気づかれてしまった。……まあ気づくわな。

さて、なんて返事をすればいいのか……。

 

 

「いや、別に何でもないよ」

 

「そうですか」

 

 

これを最後に会話が止まった。こちらとしてはとても気まずいのだが、遊佐は全く気にしている様子はない。なるほど、沈黙に耐えられる子なのか。

 

最後の会話から5分後、遊佐の口が開いた。

 

 

「こちらです」

 

 

どうやら練習教室に着いたようだ。しかし、なぜか中から楽器の音は聞こえない。まあいいか。

 

 

「ありがとうね、遊佐さん」

 

「いえいえ、それでは頑張ってください」

 

 

そう言うと遊佐さんはどこかへ行ってしまった。次の仕事に向かったのだろうか。まあ今はどうでもいいことだ。

 

 

「よし」

 

 

そう意気込んで教室のドアに手をかける。

 

 

「ごめん!遅くなった!」

 

 

遅れることは伝えてあるが、一応謝っておく。謝るや否や、関根がいきなり近づいてきた。

 

 

「篠宮先輩!こっちです!こっち!」

 

 

いきなりなんだ?

 

 

「実は今岩沢先輩から篠宮先輩について説明して貰ってたんですよ」

 

 

俺の説明?っていうか俺は新しいおもちゃかなにかか。

 

 

「俺の説明って?」

 

「太一がガルデモに入りやすくなる為に太一の説明をしていたんだ」

 

「具体的にどんな?」

 

「篠宮先輩の昔話ですよ!」

 

 

関根がテンション高く答える。

 

 

「岩沢が川に流された時に篠宮が助けた話とかさ」

 

「あ〜、小学生の頃か」

 

「覚えてるのか?」

 

「そりゃあ覚えてるさ。雅美が死ぬんじゃないかと思って本当に焦ったよ」

 

「あの時はありがとな」

 

「ははっ、どういたしまして」

 

 

少し懐かしい気持ちになっていると、関根が横から口を挟んできた。

 

 

「はいは〜い!次は岩沢先輩の話を聞きたいで〜す!」

 

「わ、私の話!?」

 

「だって篠宮先輩の話、結構聞いたじゃないですか。岩沢先輩の話もしないと不公平ですよね?篠宮先輩?」

 

 

関根がキラキラした目で見てくる。

 

 

「うん、そうだな」

 

「ねっ!ですよね!」

 

 

関根、テンションMAX。

 

 

「た、太一〜……」

 

 

雅美、テンションDOWN。

 

 

「それで?どんな話を聞かせてくれるんだ?」

 

 

なんだかんだで興味津々なひさ子。

 

 

「出来るなら二人でどこかに出掛けた話とか聞きたいですね〜」

 

 

結構具体的な注文をしてくる入江。

 

 

「出掛けた話……出掛けた話ねぇ……」

 

 

なんかあったっけ。有ったような……無かったような……。

 

 

「あ!思い出した。二人で花火を見に行った話とかどう?」

 

「は、花火!?いいですね〜!」

 

「ん〜!なんか甘酸っぱそうですね!」

 

「ほう、岩沢もそういうの見に行くんだな」

 

 

三人とも食い付いた。雅美は少し顔を赤くしながら下を向いている。

 

 

「確かあれは中3の時だったね。二人で花火を見に行こうって計画を立ててたんだ。でも俺って避けられてたじゃん?だから屋台とか出てたり人が集まったりするところはやめて二人っきりになれるところに行こうっていう話になったんだ」

 

「二人っきりにですか!?」

 

「ちょっとしおりん、話の途中だよ!」

 

「だって二人っきりだよ!?二人っきりで花火だよ!?」

 

「まあまあ落ち着けって関根。それで?続きは?」

 

「うん、続けるよ。まず二人っきりになれる場所を考えたんだよね。別に自分の部屋でもよかったんだけどそれじゃあ味気ないってことで山に登って頂上から見ようってなったんだ。山って言ってもそこまで高い山じゃなくて標高250mくらいの小さい山」

 

 

 

 

 

 

それからしばらく話していると雅美が顔を真っ赤にしながら止めに入ってきた。

 

 

「た、太一!もういいだろ?」

 

「いや良くねえよ。これからクライマックスなんじゃねえか」

 

「そうですよ!ひさ子先輩の言う通りですよ!」

 

「邪魔しないでくださいよ!」

 

 

入江、邪魔ってちょっとトゲがあるぞ。

 

 

「だって……もう恥ずかしくて……」

 

 

雅美の頭から湯気が出そうになっている。

 

 

「それで、花火が始まったら岩沢先輩はどうなったんですか?」

 

「え?ああ、えっと……。確か寝ちゃったんだよ」

 

「え?」

 

「寝ちゃった?」

 

 

みんなが呆気にとられた表情になる。特に雅美だ。

 

 

「そ、寝ちゃった。仕方ないからそのままおぶって家まで送ったよ」

 

「な〜んだ。そんなに恥ずかしがること無いじゃないですか」

 

「ちぇっ!つまんねー結末だな」

 

「た、太一」

 

 

雅美が何かを言いたそうだがアイコンタクトを送って黙らせる。

雅美が何か言いたそうなのには理由がある。実はこの時雅美は寝ていないのだ。二人で花火を見た後帰ろうとすると、いきなり後ろから抱きついてきて「今日はありがとう。よければまた来年も行こう」と言ってきた。流石にそのエピソードは雅美も話されるのが嫌だろう。だから寝たことにして全部無かったことにした。

アイコンタクトを送られた雅美は話に深入りさせないように練習を始めようとしていた。

 

 

「もういいだろ?それより太一も来たことだし練習しようぜ」

 

「え〜?」

 

「もうちょっと話を聞きたいっていうかなんていうか……」

 

「それは明日以降。今日は練習だ」

 

 

雅美がそう言うと渋々ではあるが関根と入江が従った。ひさ子に関してはもうギターのセットが完了している。

 

 

「さ、始めようか」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!いま急ピッチでチューニングしますから!」

 

「なんだよ関根。まだチューニングしてなかったのか?」

 

「だって花火の話最後はあれでしたけど途中まですごい面白かったんですもん!なんですか!昼間二人で川に入って水を掛け合うとか!カップルですか!恋人ですか!」

 

 

こ、恋人!?俺と雅美が!?そ、それは嬉しいけど…………なんて言うか………雅美の気持ちが………。

 

 

「どうした篠宮、顔赤いぞ」

 

「え?い、いや!なんでもないよ!」

 

「そうか?ならいいんだけど」

 

 

危ない危ない。こんなの気づかれて雅美に知られたら今までの関係が崩れてしまう。それだけは避けたい。

 

 

 

 

その後は真面目に練習をしてお昼を食べてあっという間に3時40分になった。もうすぐギルド降下作戦が始まる時刻だ。



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第九話「ギルド降下作戦、そして告白」

「よーし、今日の練習はここまで!」

 

「うへぇ〜……疲れた〜……」

 

「しおりんお疲れ〜」

 

「今日は珍しく頑張ってたな、関根」

 

「なっ!いつも通りですよ!」

 

「そうか〜?」

 

 

練習終わりの一幕。今まで張り詰めていた空気が一気に消えて和やかなムードになる。

 

 

「だってしおりんいつもなら途中で休憩したいとか言うじゃん」

 

「あ、もしかして篠宮の前で悪い格好できないとか思ってたんじゃないか?」

 

「な、なんでそこで篠宮先輩が出てくるんですか!」

 

「お?図星か〜?」

 

 

なんでそこで俺の名前が出てくるんだよ。

 

 

「ち、違います!」

 

 

関根もそんな強く否定しなくても……。

 

 

「まあまあそこはいいじゃないか。それよりもうどん食いに行かないか?」

 

「なんでまたうどんなんだよ。まあ、丁度腹減ってたからいいけどさ」

 

「賛成!もちろんみゆきちも行くよね?」

 

「うん!もちろんだよ」

 

「太一も行くよな?」

 

「もちろ……」

 

 

あ、そうだ。これからギルドに降りるんだ。忘れてた忘れてた。

 

 

「ごめん、これから予定があってさ」

 

「予定?」

 

「ちょっとギルドに行くんだよ」

 

「太一は陽動だろ?なんでギルドなんて行くんだよ」

 

 

雅美がちょっと心配そうに聞いてくる。

 

 

「実は俺、陽動と第一線掛け持ちっていう扱いになっててさ」

 

「そ、そうなのか?」

 

「うん」

 

「そ…そっか。なら仕方ないな」

 

 

少し残念そうな様子だ。俺だって一緒にうどん食いに行きたかったよ。

 

雅美がちょっと落ち込んでいると

 

 

「篠宮がギルドに行くなら私も行こうかな〜」

 

「え?」

 

 

ひさ子が突拍子もない提案をしてきた。ちょっと待ってくださいよ。

 

 

「ひさ子、それ本気で言ってる?」

 

「ああ、一度行ってみたいと思ってたんだ」

 

「わ、私も!」

 

 

雅美さんもですか……。でもどうなんだろ。新入りの俺が勝手に連れて行くって決めてもいいんだろうか。

 

 

「まあ迷惑になるようなら行かねえよ」

 

「いや迷惑ってわけじゃ……う〜ん……」

 

 

どうしよう……ここで俺の口からOKを出す訳にはいかないし、かと言ってダメと決まってないのに断るわけにもいかないし……。

 

 

「とりあえずゆりのところに行って聞いてみればいいんじゃないか?」

 

 

………まあ、それが妥当か。聞いてみなくちゃわからないしね。

 

 

「そうするか。関根と入江はどうする?」

 

「わ、私たちはそんなギルドなんて……」

 

「ちょっと怖いよね?しおりん」

 

「そうそう!ちょっと怖いので遠慮しておきます!」

 

「そうか。よし、じゃあ行くぞ篠宮、岩沢」

 

「あっ、おい!待ってくれよ」

 

 

関根と入江に確認を取るとひさ子は素早く歩き始めた。

 

 

「どこに行くのかわかってる?」

 

 

俺がそう聞くとひさ子はピタッと動きを止めた。

 

 

「……どこ行けばいいんだ?」

 

 

どうやら見切り発進だったようだ。

 

 

「体育館だよ」

 

「よーし!体育館だ!走れ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんでそんなに息切れてるの?」

 

「ひ、ひさ子が……走れ……って……」

 

「篠宮が……ずっと……走り続けるから………」

 

 

体育館に着くと雅美とひさ子は息を切らしながら仰向けに寝てしまった。

 

俺?俺はこんなんじゃ疲れないよ。

 

 

「そもそもなんで二人がここに?」

 

「なんかギルドに行ってみたいんだって」

 

「なんでまた……」

 

「さあ?」

 

 

急に言い出したんだから俺だって分からないよ。

 

 

「まあいいわ。危ないところでもないし」

 

「えっ?いいの?」

 

「ええ」

 

「よかったな!雅美!ひさ子!」

 

「ゼェ……ゼェ……」

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

二人を見てみるとまだ仰向けになりながら息を切らしていた。

二人が回復したのはそれから5分後、3時55分だった。その頃になると今朝校長室にいたメンバーが全員集まっていた。

 

 

「あれ?岩沢とひさ子?なんでいるんだ?」

 

「二人の希望で今日は岩沢さんとひさ子さんも同行するわ」

 

「大丈夫なのか?」

 

「そんな危ないところでもないし大丈夫でしょ」

 

 

日向がメンバーを代表して疑問を投げかけ、ゆりがそれに答える。

 

 

「というわけで今日はよろしく」

 

「よろしくな」

 

「はーい!それじゃあ行くわよ!松下五段、椅子を出して」

 

「おう」

 

 

二人が挨拶をして、ゆりが松下五段に指示を出す。

 

……椅子を出すってどういうことだ?

 

 

「篠宮くん、ここが入り口よ」

 

 

ゆりが指す方を見てみるとギルドへの入り口とみられる穴が開いていた。それは松下五段が椅子をどけた場所にあった。

 

なんか秘密基地みたいで男心がくすぐられるね。

 

 

「すげえー……」

 

「こんなところにあったのかよ……」

 

 

雅美とひさ子も驚きながらもワクワクしているのか目が輝いて見える。

 

 

「よくこんなところに作ったな」

 

「結構苦労したのよ〜?」

 

「あー、あのときは大変だったな」

 

 

音無の言葉で作成当時を思い出したのか、他のメンバーがしみじみとした顔になる。

 

 

「ま、感傷にひたるのは後でもできるわ。さっさと行きましょ」

 

 

 

 

 

 

 

「みんないる?」

 

「おう、全員いるぞー」

 

「まて!誰かいるぜ!」

 

 

ゆりが点呼を終えると、藤巻が懐中電灯で照らした先に何かが立っていた。メンバーに緊張が走る。

 

しかし、よく見てみるとそこにいたのは……

 

 

「うーわ、バカがいた」

 

 

野田だった。

 

日向、野田を見て第一声がバカって……。

 

 

「音無とか言ったか。俺はお前をまだ認めていない」

 

「わざわざこんなところで待ち構えてる意味がわかんないよなあ」

 

「野田くんはシチュエーションを重要視するみたいだよ」

 

「意味不明ね」

 

 

この場にいる全員が呆れている。

 

 

「篠宮はいいのか?」

 

「俺はあいつを認めたんだ」

 

 

音無が俺の名前を出した瞬間ビクッとして声が裏返った。トラウマになってなきゃいいんだけどなあ。

 

 

「単に俺が弱そうだから狙ってるんだろ?」

 

「うるせえ!貴様、今度は1000回死なせ…グハァ!」

 

 

野田がなにか言い終わる前に校長室前にしかけられていたようなハンマーが野田を襲った。

 

 

「っ!臨戦態勢!」

 

「トラップが解除されてねーのか!」

 

 

なんかわかんないけどとりあえずヤバイ状況だというのは読み取れた。

 

 

「何事だ?」

 

「見ての通りだ。ギルドへの道のりには対天使用の即死トラップがいくつも仕掛けられてある。そのすべてが今もなお稼働中というわけさ」

 

「え?それってヤバいんじゃないか?」

 

 

雅美が不安そうに日向に聞く。

 

 

「ああ、そりゃあもうヤバいぞ」

 

「トラップの解除忘れかな」

 

「まさか俺たちを全滅させる気かよ!」

 

 

全滅という言葉にいままで冷静でいたひさ子も少し不安そうになった。

 

 

「いいえ、ギルドの独断でトラップが再稼働されたのよ」

 

「なんのために」

 

「答えは一つしか無い。天使が現れたのよ」

 

「この状況に天使まで加わるのかよ……」

 

「不安なら引き返せばいいんじゃないか?」

 

「そうもいかないのよ。ギルドは私達が使っている武器を製造しているの。そのギルドが天使にやられたらどうするの?」

 

「行くしかないってことだね……」

 

 

キュッと服の袖を雅美が掴んだ。

 

 

「大丈夫だって。いざとなったら助けるよ」

 

「太一……」

 

「私も頼むぜ、篠宮」

 

「そうね。篠宮くんはできるだけ二人の護衛を頼むわ」

 

「他のみんなは?」

 

「私たちは何回も経験してるから大丈夫よ」

 

「お、俺は初めてなんだが……」

 

 

音無が弱く質問した。

 

 

「男の子なんだから大丈夫よ」

 

 

一蹴されたけど。

 

 

「よし、進軍よ!」

 

 

 

 

 

 

ギルドへの道のりでゆりは常に周囲を警戒しながら進んでいった。どこに何があるのか自分たちでもよく把握していないらしい。

 

 

「そういえばどんなトラップがあるんだよ?」

 

「いろんなのがあるぜ〜?楽しみにしてな」

 

 

いや全然楽しみにできないんですけども。むしろ不安でいっぱいなんですけども。

 

 

「まずい…くるぞ!」

 

 

不安になっていた矢先、椎名から不吉な言葉が飛び出た。

 

 

「えっ?なにが?」

 

 

グラグラと地面が揺れ始めた。すると、次の瞬間

 

ミシミシ……ドーン!

 

ドデカイ鉄球が天上から落ちてきて転がってきた。

 

 

「走れ!」

 

 

椎名の掛け声と共にメンバーが一斉に走り始める。

しかし鉄球のスピードは結構早くこのままではみんな下敷きになってしまう。

 

 

「なんとかならねーのかよ!ゆりっぺ!」

 

「そんなこと言ったって走るしかないでしょ!」

 

「ダメだ!早すぎる!」

 

 

ドンッ

 

 

「え……?」

 

「て、鉄球が……止まった……?」

 

「みんな!早く行って!」

 

「し、篠宮くん!?」

 

「俺は後で行くから早く!」

 

「お、おう!」

 

「後からちゃんと来いよ!」

 

 

みんな激励ありがとう。ってか最初から俺が止めればよかったんじゃん。まあ万が一手を滑らせることもあるだろうから早く行ってもらおう。

 

 

ゴロゴロゴロ………

 

 

「はい、お待たせ。怪我人は?」

 

「……いないわ」

 

 

ならよかった。

 

 

「太一も怪我はないか?」

 

「え?俺?あるわけ無いじゃん」

 

「あるわけ無いじゃん、ってお前なぁ……」

 

 

日向が呆れた顔をしている。なんだよ。

 

 

「……まあいいわ。進みましょ」

 

 

 

 

 

 

次はなんだ?なんか近代的な部屋だぞ?

 

 

「開く?」

 

「もち無理だぜ」

 

 

ガシャン!

 

 

「な、なに?」

 

「ああ〜!しまった忘れてたよ!ここは閉じ込められるトラップだったよ!」 

 

「そんな大事なこと忘れるなよ!」

 

「あさはかなり」

 

 

赤暗い部屋が一気に明るくなる。

 

 

「ここからやばいのが来るわよ…!」

 

 

ヤバいのってなんだよ……。

 

 

「避けろ!」

 

「しゃがんで!」

 

 

殆ど全員がしゃがんだが、眼鏡のインテリ男だけは遅れてしまったようで……。

 

 

「グアっ!」

 

「な、なに!?」

 

「見ちゃダメだ!」

 

 

雅美が振り返ろうとすると日向が阻止をする。

 

 

「くっ!」

 

 

椎名が何かを投げると煙が部屋中に広がった。そして浮かび上がってきたのは……

 

 

「なんだありゃあ……」

 

「当たるとどうなるんだ?」

 

「最高の切れ味で胴体を真っ二つにしてくれるぜ」

 

 

なんだそのトラップ!こえーよ!ってかそんなのよく作れたな!

 

 

「第二射来るぞ!」

 

「どうすりゃいいんだよ!」

 

「くぐるのよ!」

 

 

第二射は全員クリア。と、思ったのも束の間。

 

 

「第三射来るぞ!」

 

「第三射なんだっけ?」

 

「エックスだ!」

 

「あんなのどうしろって言うんだよ!」

 

「それぞれなんとかして!」

 

 

ゆりの言う通りそれぞれがくぐるなり飛ぶなりで避けた。

 

 

「おい!開けろ!」

 

「ちょっとどいて!」

 

 

ドォン!

 

 

「みんな逃げて!」

 

 

ドアを蹴破った。

 

 

「おう!」

 

「ありがとな!」

 

「みんな!早く!」

 

 

しかし……

 

 

「どわあああぁぁぁ!!」

 

「ま、松下五段!?」

 

 

松下五段がやられてしまった……。あの体格なら仕方ないのか……?

 

 

「見るな!見ちゃいけねぇ……」

 

 

松下五段を見ようとした俺を日向が抱きしめる形で視界を遮る。ちょっと気持ち悪いんだが。

こらこら雅美さん、ひさ子さん、そんな冷たい目で見るんじゃない。

 

 

「……お前これなのか?」

 

「ちげーよ!」

 

 

俺の思ってたことを音無が代弁してくれた。サンキュー音無。

 

 

 

 

 

 

 

次はなんだ?梯子を使ってなんか広い部屋に出たぞ?

 

少し歩くと上からパラパラと小石が落ちてきた。

 

 

「っ!?トラップが発動してるわ!」

 

「しまった忘れたよ!ここは天井が落ちてくるトラップがだったー!」

 

「だからそんな大事なこと忘れるなよ!」

 

 

そう言ってる間にも天井はどんどん落ちてくる。

 

 

「みんなしゃがんで!いいから!早く!」

 

 

俺がそう叫ぶとみんなは戸惑いつつもしゃがんでくれた。

 

 

「よぉし……」

 

 

ちょっと気合を入れて俺は天井を受け止める。

 

 

「うらぁ!」

 

 

そして天井を跳ね返す。

 

 

「今のうちに!」

 

 

俺が走り始めるとみんなも走り始めた。

 

 

 

 

「どうやら全員無事のようだな」

 

「今回は篠宮くんに助けられてばかりね」

 

「困ったときはお互い様だよ」

 

「太一らしいや」

 

「このお礼は後でたっぷりするとして、先に進みましょ」

 

 

お礼?なんだろ?楽しみだなぁ〜。

 

 

 

 

 

 

次はなんだぁ?なんか床がグラグラ揺れてるぞ?

 

ガシャーン!

 

 

「うわあああぁぁぁ……!忘れてたよ!ここはーー………」

 

「だからそんな大事なこと忘れるなー!」

 

 

床が崩れ落ちた。

 

俺は壁に指を食い込ませてなんとか留まってる。雅美とひさ子は奇跡的にも俺の足にしがみついていて助かっていた。

 

 

「た、太一……!」

 

「篠宮!」

 

「ちょっと動くけど我慢してくれ……よ!」

 

 

二人をぶら下げたまま横に移動し、そのまま落ちていない床を目指す。

 

まあ、すぐそこなんだけどね。

 

俺と雅美とひさ子は早々に安全地帯に来ていたが、見てみるとゆり、音無、日向、藤巻がまだぶら下がっている状態だ。

 

これは助けなきゃいけないね。

 

 

「椎名、ちょっといい?」

 

 

そう断りを入れて椎名のロープに手をかける。

 

 

「きゃ!なに!?」

 

「体が上がってく……?」

 

「みんな耐えろよ!」

 

「し、篠宮!」

 

「次!ゆり!」

 

 

ぐいっとゆりを引き上げる。

 

 

「日向!手を掴め!」

 

 

同じく日向も引き上げる。

 

 

「音無!」

 

 

同じく音無も。

 

 

「他のみんなは?」

 

「全員……落ちたわ……」

 

「そっか……」

 

「ま、まあ死ぬわけじゃないんだからさ」

 

 

落ち込んだ様子の俺とゆりに日向が励ましの言葉をかけてくれる。

 

 

「……そうね」

 

「にしてもよく新入りの二人と初めての岩沢とひさ子が残ってるもんだな。大したもんだぜ」

 

「俺はたまたまだって」

 

「俺もたまたまだよ」

 

「何言ってんだよ。私たちがここまで残れたのは篠宮のおかげじゃねえか」

 

「そうだぞ。太一がいなかったら私は鉄球でやられてた」

 

「そうね、今回は篠宮くんを連れてきてよかったわ」

 

「なんだかんだで俺らも助けられたしな」

 

「そ、そう?」

 

 

みんながうんうん、と頷く。

 

 

「さあて、次に進むわよ!篠宮くん、今後ともよろしくね?」

 

「え?あ、うん」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー

 

 

「こいつカナヅチだったのか……」

 

 

次のトラップ、「水責め」によって藤巻が脱落した。

 

これはどうしようもない。うん。

 

 

「出口はこっちだ」

 

 

椎名が出口を見つけたらしい。

 

 

「行きましょ」

 

 

水責めのトラップは藤巻以外全員クリア。

 

その先には川が流れていた。

 

 

「こんな洞窟の中にも川が流れてるんだな……」

 

「もちろんこの川は天然よ?」

 

「流石にここれまで作るなんて思ってないよ」

 

「あー!子犬が流されてるー!」

 

 

椎名が叫ぶのと同時に走り出した。

 

 

「椎名さんだめー!」

 

 

ゆりの声をよそに椎名は流されてる何かを掴み上げた。しかし、そこにあったのは……。

 

 

「ワンワンワンワン」

 

「っ!?ぬいぐるみ!?」

 

 

犬のぬいぐるみだった。ってか見ればわかるだろ。

 

 

「不覚っ!」

 

 

その言葉を最後に椎名は滝から落ちてしまった。

 

 

「あれもトラップなのか!?」

 

「ええ、そうよ」

 

 

なぜ椎名にしか効果のないトラップを作った。

 

 

「こうなっては仕方ないわ……進みましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ広い通路をひたすら歩く。どうやらここにトラップは仕掛けられていないようだ。

 

 

「……篠宮くんがいなかったら全滅だったわ……」

 

 

ポツリとゆりが呟く。

 

 

「ゆり?」

 

「ど、どうしたの?」

 

「本当の軍隊ならみんな死んで全滅じゃない……リーダー失格ね……」

 

「仕方ないだろ。対天使用のトラップだ。これくらいじゃねえと意味ねえよ」

 

「………」

 

 

音無の励ましも虚しくゆりは下を向いて黙ったままだ。

 

 

「あ……うーん………少し休憩していくか?」

 

 

日向の呼びかけに全員足を止めて道端に座る。

 

しばらく沈黙が流れた。みんなどう話を切り出せばいいのかわからないでいるみたいだ。

 

 

「……ゆりはなんでリーダーになったんだ?」

 

 

沈黙を破ったのは音無の言葉。

 

 

「最初に天使に歯向かったからよ」

 

「そーそー、ゆりっぺが最初に歯向かったんだよな」

 

「日向は知ってるのか?」

 

「俺、こう見えても戦線メンバー最古参だぜ?」

 

「へぇ〜……」

 

 

通りでみんなに溶け込んでると思ったらそういうわけなのか。

 

 

「私は……」

 

「ん?」

 

「私は生前守るべきものを守れなかったの……」

 

 

ポツリポツリとゆりは自分の過去を話し始めた。

 

四人姉弟の一番年上として生まれ、長女として弟と妹を大切にしてきたこと。しかし、両親不在のときに強盗に入られわずか30分でその大切にしてきたものを全て奪われてしまったこと。

 

それはもう壮絶な物語だった。

 

 

「私は本当に神がいるなら立ち向かいたいだけよ。だって理不尽すぎるじゃない……!」

 

「ゆ、ゆり……」

 

「悪いことなんてなにもしてないのに……。あの日までは立派なお姉ちゃんでいられた自信もあったのに……」

 

「………」

 

 

ゆりの目に涙が溜まり始める。

 

 

「守りたい全てを30分で奪われた。そんな理不尽てないじゃない……。そんな人生なんて……許せないじゃない………!」

 

 

そう言い終わるとゆりの目から涙が一筋流れた。

 

 

「はい、これ」

 

 

俺は持っていたハンカチを差し出す。

 

 

「……ありがとう」

 

「ゆりは立派だよ」

 

「……どこがよ」

 

「そんな悲惨な体験をしても神に抗えるところがだよ」

 

「……」

 

「あとさ、ゆりを見てるとさ、人一倍責任感が強いんだよね。でも、なにも責任を自分だけで背負わなくてもいいんじゃない?」

 

 

ゆりは不思議そうな顔で俺の方を見つめる。

 

 

「困ったときの仲間だよ?もうちょっと俺たちを頼ってもバチは当たらないよ」

 

「そうだぜゆりっぺ、お前は頑張りすぎている。俺達も心配だ」

 

「私たちも同意見だ」

 

「みんな……」

 

 

ゆりがまた涙ぐむ。

 

 

「……そうね、私も少し悩みすぎてたかもしれないわ。これからはみんなのことも頼るから覚悟しなさい!」

 

「おっ、ようやくいつものゆりっぺらしくなったじゃねえか」

 

「特に篠宮くん、あなたのことを頼りにしてるわよ」

 

「えぇ!?なんで俺!?」

 

「当たり前じゃない。ここまで残れたのは誰のお陰だと思ってるの」

 

 

自分で言うのもアレだけど……まあ俺のお陰かな。

 

 

「みんな、心配かけたわね。私はもう大丈夫だから先へ進みましょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆりが通常に戻ってから約10分。ギルドの入り口と思われる扉が出現した。

 

 

「さ、更に潜るのか?」

 

「ええ、そうよ」

 

 

入り口と思われる扉があったのは地面。つまり、ここより更に深いところにギルドがあるのだ。

 

 

「篠宮くん、開けてちょうだい」

 

「はいよ」

 

 

ギギギギ……と扉を開ける。

 

 

「この梯子を降りればギルドよ」

 

 

ゆりが梯子を指差しながら言う。

 

 

「行きましょ」

 

 

ゆりを先頭に音無、日向、ひさ子、岩沢、俺の順番で梯子を降りる。

 

それにしても相当な高さがあり、足を滑らせたら俺以外なら一貫の終わりだ。慎重にみんなが降りていく。が……。

 

 

「きゃっ!」

 

 

ひさ子が足を滑らせてしまった。

 

 

「っ!ひさ子!」

 

 

俺は咄嗟に梯子を蹴り、落下中のひさ子をめがけて手を伸ばす。

 

 

「ひさ子さん!?篠宮くん!?」

 

 

ゆりが叫んでいるが知ったこっちゃない。

 

 

「ひさ子!手!」

 

「っ!篠宮……!」

 

 

ひさ子が俺に気づき手を伸ばした。

 

そのままガシっと手を掴みひさ子の体を抱き寄せる。

 

 

「このまま落ちるぞ!」

 

 

俺が下になりひさ子を上にする。

 

 

「怖かったら目瞑って!」

 

「し、篠宮……!」

 

 

やはり怖いのか、かなり強く俺に抱きついてきた。

 

俺たちはそのまま自由落下を続け……

 

 

ドオオオォォォォン!!

 

 

地面に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

「ひ………ひさ子………大丈夫……?」

 

 

流石に肺が潰れて中の空気が押し出されたのでキツい。

 

 

「し、篠宮!私は大丈夫だ!お前は大丈夫なのか!?」

 

「だ…大丈夫……」

 

「な、なんだなんだ?」

 

「どうした?」

 

「誰か落ちてきたぞ……」

 

 

ギルドのメンバーと思われる人たちが集まってきた。

 

 

「おい!お前らどうした!」

 

「チャーさん!上から人が落ちてきました!」

 

「上から……?ってひさ子じゃねえか。こんなところで何やってんだよ」

 

「助けてくれ!篠宮が……篠宮が……!」

 

「落ち着け。篠宮っていうのはこいつか?」

 

 

チャーと呼ばれた男性が俺を見ながらいう。

 

 

「ああ!そいつだ!」

 

「どれ……ふむ……脈はちゃんとあるな……ただ、呼吸が苦しそうだ」

 

「ど、どうすれば!」

 

 

と、そこへ……。

 

 

「太一!ひさ子!」

 

「篠宮くん!ひさ子さん!大丈夫!?」

 

「大丈夫か!篠宮!ひさ子!」

 

「様態は!?」

 

 

他の四人が到着したようだ。

 

 

「おお、ゆりじゃねえか」

 

「チャー!篠宮くんは無事なの!?」

 

「外傷とかは特に無いが……少々呼吸が苦しそうでな」

 

「どうするんだ!?」

 

「まあ……人工呼吸だな」

 

 

その言葉にゆり、雅美、ひさ子がビクッとする。

 

 

「「「人工呼吸!?」」」

 

「ああそうだ。肺に空気を送ってやらなきゃいけん」

 

「「「……」」」

 

 

三人が何やら睨み合っている。

 

 

「わ、私は太一の幼馴染だし!私がやるよ!」

 

「いやいや!私がリーダーだし!私が!」

 

「いやいやいや!篠宮は私を庇ってこうなったんだ!私に人工呼吸をする義務がある!」

 

 

三者三様の言い分を吐いてまたもや睨み合う。

 

しかし……。

 

 

「ふぅ〜……治った〜……」

 

「太一!?」

 

「篠宮くん!?」

 

「篠宮!?」

 

 

そりゃあこの体であんだけ時間あれば治るわ。

 

 

「ん?どうしたの?」

 

「「「………」」」

 

 

三人とも心底がっかりしたような顔だ。

 

 

「お前鈍いな〜」

 

 

日向がからかうように言ってきやがった。なんだよ、そのニヤケ顔は。

 

 

「ま、まあいい。治ったならなによりだ。それより今は天使のほうが問題だ」

 

「っ!?天使は!?」

 

 

一瞬でリーダーの顔に戻ったゆりがチャーに問う。

 

 

「まだここには到達してないが……時間の問題だな」

 

 

一同に不安が走り、ざわつき始める。

 

ゆりが何やら真剣な表情で考えている。そして出された結論は。

 

 

「ここを破棄するわ」

 

「マジかよゆりっぺ!」

 

「正気か!?」

 

「そうだぜ!武器の製造ができなくなってもいいのかよ!」

 

「大切なのは場所や道具じゃない、記憶よ。あなたたちそれを忘れたの?」

 

「どういうことだ?」

 

 

俺も思っていたことを音無が質問した。

 

 

「この世界では命あるものは生まれない。けど、形だけのものなら生み出せる。それを構成する仕組みと作り出す方法さえ知っていれば本来なにも必要ないのよ。土塊からだって生み出せるわ」

 

 

へぇ〜。へぇ……ええっ!?

 

 

「だが、いつからか効率優先となりこんな工場でレプリカばかり作る職人だらけになってしまった」

 

「チャーさん……」

 

「本来私たちは形だけのものに記憶で命を吹き込んでいた筈なのにね」

 

「なら、オールドギルドへ向かおう」

 

 

俺が驚いている間になんか話が進んでる……。

 

 

「ねえ」

 

「ん?」

 

「本当に土塊からなんでも作れるのか?」

 

「ああ、作れる。チャーは最初の頃それで銃を部品一つ一つから組み立てたんだぜ?」

 

「ええ!?銃を!?」

 

「ああ、俺らも驚いたさ」

 

「そりゃあ驚くよ……ってかチャーは銃の仕組みを知ってたってわけ!?」

 

「まあそうなるな」

 

「何者だよあの人……」

 

「お前にだけは言わたくないな」

 

 

声のする方を振り返るとチャーが立っていた。

 

 

「篠宮とか言ったな。お前は何者だ?あの高さから落下しても外傷が一つもつかないなんて」

 

「いやまあ他人より頑丈なだけですよ」

 

「……まあいい、この件に関しては後々たっぷりと聞かせてもらおう。このギルドにダイナマイトを仕掛けてくれ。ここは爆破することになった」

 

 

そう言ってチャーは山積みのダイナマイトを指した。

 

 

「これを全部?」

 

「そうだ」

 

 

正直骨が折れそうな仕事だ……。なんせ数が数だからな……。

 

 

「そういえばゆりはどこにいったんだ?」

 

 

音無に言われてハッと気づく。周りを見てもゆりの姿がない。

 

 

「ゆりなら天使の足止めに行ったぞ」

 

「天使の!?」

 

 

そういえば俺はまだ天使とやらをみたことがない。

 

 

「四人とも!ダイナマイトの設置は任せた!俺はちょっと天使と戦ってくる!」

 

「あっ!おい!」

 

「太一!」

 

 

下で四人が呼び止めるが、今回はゆりを優先させてもらおう。あんだけのトラップで止められない相手となればゆり一人で太刀打ち出来るわけがない。

 

 

「ゆり!」

 

 

梯子を駆け上がった俺はすぐにギルドの入り口へと着いた。

 

 

「篠宮くん!来てくれたのね!」

 

 

俺の顔を見るや否やゆりは安堵の表情を浮かべる。

 

 

「天使は!?」

 

「あそこよ」

 

 

指の先を見てみると白髪の女の子が立っていた。

 

 

「君は天使なの?」

 

「私は天使なんかじゃないわ」

 

「天使じゃないって言ってるけど?」

 

「あれは決まり文句みたいなもんよ。正真正銘、紛うことなき天使よ」

 

 

確かに見た目は天使みたいだけど……。

 

 

「悪いけどここを通すわけにはいかないわ」

 

 

ゆりが銃を構えた。ってか撃つのか!?あんな女の子を!?

 

しかし、次の瞬間。

 

 

『ガードスキル・ハンドソニック』

 

 

腕から透明な剣が生えてきた。

 

 

「な…なにあれ……?」

 

「あれが天使である証拠よ。あれのせいで私たちは何度もやられてきたわ」

 

「そんなに厄介なの?」

 

「厄介なんてもんじゃないわ…よっ!」

 

 

パァン!

 

銃弾は天使に当たる弾道だったが、透明な剣によって弾かれてしまった。

 

 

「ね?」

 

「ほぉ〜……」

 

 

思わず関心しちゃったよ。

 

 

「こうなったら接近戦しかないの…よっ!」

 

 

ゆりが懐に隠し持っていたと思われるナイフを片手に天使に向かっていく。

 

 

「ふっ……!くっ…!ええいっ!」

 

 

すげぇ……。ゆりのやつ、天使と対等に戦ってる……。接近戦得意なのかな。

 

 

「篠宮くんも加担して!」

 

「えっ?あ…ああ!」

 

 

忘れてた。何のために俺は来たんだよ。

 

 

「ゆり!ちょっと離れて!」

 

 

俺は地面を蹴り、そのままの勢いで天使を30mほど突き飛ばす。

 

砂埃が立ち込めて視界が悪くなる。

 

俺はてっきり天使を倒したと思っていたが甘かったようだ。悪くなった視界から天使がものすごいスピードで現れた。

 

天使の剣が明らかに俺を狙っている。俺はその剣を素手で掴む。天使も流石に驚いたのか今まで無表情だったのが少し崩れた。

 

俺は掴んだ勢いのまま天使を投げ飛ばす。

 

 

「うぉらぁ!」

 

 

天使は抵抗するすべもなく背中から岩に叩きつけられた。

 

 

「や…やったか?」

 

 

しかし、天使はゆっくりとではあるが立ち上がった。

 

 

「ば、化物かよ!?」

 

「篠宮くん、あなたも人のこと言えないわよ」

 

「どうすればいいんだ……」

 

 

俺が途方に暮れていると、いきなり地面が揺れ始めた。

 

 

「な、なんだ!?」

 

「なに!?」

 

 

振り返ると巨大な大砲が現れていた。ギルドのメンバーが乗っているから彼らが作ったものだろう。

 

まあ何はともあれこの状況なら救世主だな。

 

 

「あんたたち、やればできるじゃない!そんなの簡単に作れないわよ!」

 

 

確かに簡単に作れそうにない。まあ今はそんなことどうだっていい。

 

 

「ゆり!篠宮!こっちだ!」

 

 

ひさ子が俺とゆりを呼んでいる。

 

 

「総員、退避ー!」

 

 

ジリリリリリリリと通路内に警告音が響き渡り、俺とゆりはひさ子たちが避難しているところへと走る。

 

全員の避難が終わった瞬間

 

 

「撃てー!」

 

「「「「「うわああぁぁぁぁ!!」」」」」

 

 

という合図とともに大砲を火を吹いた。爆風の影響で砂埃がより一層立ち込もり、周りが見えなくなる。

 

 

「やった?」

 

 

爆風が収まり外を見ると大砲に乗っていたギルドメンバーが倒れていた。

 

 

「砲台…大破……」

 

「やっぱ記憶に無いものはテキトーには作れな……」

 

「テキトーに作るなぁ!」

 

 

ゆりのエルボーが炸裂。

 

 

「天使が起きるぞ!」

 

「くそっ……全員退避!」

 

 

ゆりの号令で全員予め作られていた通路から逃げる。

 

 

「全員退避完了!」

 

 

この間わずか30秒。早え〜。

 

 

「よし、ギルドを爆破する。いいな?」

 

「やって」

 

「爆破!」

 

 

カチッとスイッチが押される。するとけたたましい爆発音が響き渡る。

 

 

「た、太一……!」

 

 

怖いのか雅美が抱きついてきた。

 

 

「大丈夫、心配無いよ」

 

 

抱きしめ返すと胸に顔を埋めてきた。ちょっといまそういう雰囲気じゃないんだけど……。

 

その後はゆりの案内で俺たちはオールドギルドに来ていた。

 

 

「何年ぶりだろうな。本当になんもありゃしない」

 

「はははは!笑えるな」

 

「壁を続いたらどけだけでも土塊は落ちてくるわよ」

 

「ひでえ寝倉だよ」

 

「また一つ、よろしく」

 

「ああ、よおし、とっとと始めるぞお前ら!」

 

「「「「「おー!」」」」」

 

 

あれだけの施設を失ってもギルドメンバーは全く凹んでいなかった。それどころかこれから忙しくなるのを喜んでいるようだ。

 

 

「バカども、お目覚め?ギルドは破棄、天使ごと爆破したわ。総員に告ぐ。至急オールドギルドへ。武器の補充はそこで急ピッチで行われている。天使が復活する前に総員オールドギルドへ。繰り返す。急げ、バカども」

 

 

かなり上から目線のアナウンスが行われる。

 

 

「いや〜、一時はどうなるかと思ったよなぁ〜」

 

「ほんと、無事でよかったよ」

 

「これも太一のお陰だな」

 

「い、いや!俺はそんな……」

 

「少なくとも私が助かったのは篠宮のお陰だ」

 

「ひさ子……」

 

「そ、その……改めてお礼を言わせてくれ。ありがとう……」

 

 

そんな改まって言われると照れくさいじゃないか……。

 

 

「おっ?ひさ子の顔が赤いぞ〜?もしかして、篠宮に惚れたとか?」

 

 

日向がからかう。

 

 

「なっ!?」

 

「なにっ!?」

 

 

いやひさ子が反応するのはわかるけど、なんで雅美まで反応するんだよ。

 

 

「だ、ダメだぞ!ひさ子!太一は私のだ!」

 

 

なんの主張だよ。ってか私のだって……。

 

 

「べ、別に篠宮はお前のものじゃないだろ!」

 

「どうなんだ!太一!」

 

「どうなんだよ!」

 

「う、うえぇ!?」

 

 

なんで矛先が俺に……。

 

 

「やめとけって。篠宮が困ってるじゃないか」

 

 

音無、ナイスフォロー。

 

 

「そうだぜ、それに篠宮のことだから多分なんの話か分かっちゃいないさ」

 

 

そうなんだよ。これなんの話だよ。

 

 

「あー……はっきり言わなきゃいけねえのかぁ……」

 

「もしかして、太一は私の言ってることもわかってない?」

 

 

コクン。

 

 

「私まで言うのかぁ〜……」

 

 

二人共頭を掻きながら困った顔をする。

 

 

「……しゃあねぇ」

 

「ひ、ひさ子!言うのか?」

 

「ああ、言わなきゃ一生わかってもらねえからな」

 

 

そう言うとひさ子は俺の前に立ち、深呼吸をして口を開いた。

 

 

「私は篠宮のことが好きだ。付き合ってくれ」 

 

 

え?

 

 

「うおおおぉぉぉ!言ったああぁぁぁ!!」

 

「日向!茶化すな!」

 

「ひ、ひさ子に先を越された……!」

 

 

未だ理解が追いついていない。それなのにさらに追い打ちをかけることが……。

 

 

「わ、私も太一のことが大好きだ!付き合ってくれ!」

 

「岩沢までええぇぇぇぇ!!」

 

「日向、うるさいぞ」

 

 

ひ、ひさ子と雅美が俺のことを好きって……?

 

 

「えっと……それはどういう意味で……?」

 

「どういう意味もあるもんか。異性としてだよ」

 

「私も異性として太一が大好きだよ」

 

 

しばらく沈黙。そして……

 

 

「ええええぇぇぇぇ!!!??」

 

 

俺の叫び声がオールドギルドに響き渡った。



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第十話「関根に始まり関根に終わる」

雅美とひさ子の告白から一週間、二人は以前より積極的になったように思える。

 

例えば練習の合間の休憩時間には飲みかけのペットボトルを渡してきたり妙に体を密接させてきたり、食事の時にはあーんとかしてきたり……。

 

関根と入江はそんな俺たちの様子を見てキャーキャー言ってる。もちろん関根も入江も雅美とひさ子が告白したのは知っている。なんせみんなの前で告白したのだから、そりゃあ噂は瞬く間に広がるさ。

 

ちなみに今はガルデモメンバーでまた雅美の部屋に集まっている。なんでも今度のライブの打ち合わせをするらしいのだが……。

 

 

「はいは〜い!岩沢先輩は篠宮先輩のどこに惚れたんですか?」

 

 

とまあ関根主催ただの雑談会になっているのだ。

 

 

「んー、特にどことかはないな。私は太一の全てが好きだ」

 

 

よくもまあそんな恥ずかしいセリフをスラスラと……。

 

 

「ひさ子先輩はー?」

 

「なっ!?私も言うのかよ!?」

 

「私もひさ子先輩の聞きたいですね〜」

 

「入江まで……」 

 

「ひさ子、言うしか無いみたいだぞ?」

 

「うぅ……」

 

 

ひさ子が頬を赤くしている。こりゃあ珍しい。

 

 

「も、元々良い男だとは思っていたけど……」

 

「思っていたけど?」

 

「ギルドのとき私を助けてくれただろ?あの時抱きしめられて……その……すごい安心したんだよ……」

 

「ひさ子先輩も乙女チックですねぇ〜」

 

 

にやけながらひさ子を見る関根にどこか落ち着かないひさ子。珍しい組み合わせだね。

 

 

「それじゃあ最後に篠宮先輩!どっちのほうが好きなんですか!?」

 

「うえぇ!?」

 

「太一!どっちなんだ!」

 

「篠宮!」

 

「ちょ、ちょっと!二人とも近い!」

 

 

二人がグイッと顔を近づけて迫ってくる。どちらの顔を見ても期待のこもった目で見てくるのでたちが悪い。

 

 

「はぁ……どっちかなんて選べないよ……」

 

 

そう、これが本心だ。雅美は雅美で良いところがあるし、ひさ子もひさ子でいいもころがある。それに二人とも飛び切り美人だ。見た目で判断するのは良くないとは思うが、そこだって一種の重要なポイントだろう。

 

 

「じゃあ岩沢先輩とひさ子先輩で対決してみたらどうですか?」

 

「対決?」

 

「対決って……まさか殴り合うのか!?私とひさ子で!?」

 

「ち、違いますよ!そんな物騒なことさせるわけないじゃないですか!」

 

 

雅美さん、そんなあなたたちの姿は見たくないです。

 

 

関根からの提案をまとめてみるとこういう事になる。

 

雅美とひさ子でそれぞれ一日ずつ俺の彼女となり生活してもらう。そして両者との生活が終わった時点でどちらのほうが彼女として相応しいか俺に決めてもらう、というものだ。

 

 

「順番はどうするんですか?」

 

 

入江の一言に二人ともハッとする。この場合後にやったほうが前の者を見て学習できるし、印象にも残りやすい。後攻の方が断然有利だ。

 

 

「私は昔からの付き合いもあるし先でいいよ」

 

「おっ?岩沢先輩強気ですね〜」

 

「当たり前だ。何年一緒だと思ってるんだ」

 

「幼馴染っていうのは大きいですね〜」

 

「だろ?だからひさ子が後でいいよ」

 

「畜生……舐めやがって……いいだろう!私に有利にしたのを後悔させてやる!」

 

 

まあそんなこんなで決まった。公平性を保つために今日はこれで解散、明日になるまで俺との接触を断ち切ることになった。

 

それはそれで寂しいんだが……。

 

 

「はーい、それじゃあ太一、また明日な」

 

「ほ、本当にやるのか?」

 

「ここまで決めたんだから当たり前だろ。あ、部屋は507で良かったよな?」

 

「合ってるけどさ……」

 

 

あ、ギルドから帰った日にちゃんと日向に俺の部屋を教えてもらいました。はい。もうホームレスじゃないですよ?

 

 

「じゃあまた明日。楽しみにしてるからな!」

 

 

そう言われながら半ば強引に部屋から追い出された。集まれって言ったり出て行けって言ったり……。振り回されっぱなしだなぁ。

 

 

「先輩、ここからは私と行動してもらいますよ!」

 

「ん?ああ、関根?なんでお前と?」

 

「公平性を保つためです!」

 

 

一緒に部屋を出てきたらしい。全く気づかなかった……。

 

 

「それじゃあ先輩、まずはご飯でも食べに行きましょうか?」

 

「ああ、まあ確かに腹は減ってるけど……」

 

「じゃあ行きましょ!ほら!早くぅ〜」

 

「わかったから手引っ張るなって!」

 

 

 

 

 

 

食堂。

 

 

「せんぱ〜い、どれにしますか?私もうお腹ペコペコで〜」

 

「まあまあそう急かすなって。どれにしようかな〜?」

 

 

俺がどれにしようか悩んでいると

 

 

「えいっ!」

 

「あっ!なにすんだよ!」

 

 

勝手に押しやがった……。そして出てきた食券を見てみると……。

 

 

「麻婆豆腐?」

 

「あちゃ〜…先輩すみません……」

 

「え?」

 

「それ、辛すぎて誰も注文しないメニューなんですよ……」

 

「ほ〜う?」

 

「だから先輩、私がお金払いますんで選び直しても……」

 

「いや、いいよ。これ食べてみる。そんなの聞いたら興味出てきたよ」

 

「無理しなくても……」

 

「いいんだって」

 

 

関根の頭を撫でてやる。

 

 

「ううぅ……」

 

「俺が食べたいから食べる。いい?」

 

「は…はい……」

 

 

下を向きながらもじもじしている。これもまた珍しい。

 

 

「さ、行こっか」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

「辛っ!辛い辛いっ!水水水!」

 

「せ、先輩!水です!」

 

「んっ…んっ…んっ…ぷはぁ……」

 

「だ、大丈夫ですか……?」

 

「はぁ…はぁ…正直舐めてた…」

 

 

ここの麻婆豆腐を目にした瞬間これはやばいと俺の本能が警告したが、案の定やばかった。

 

口に入れた途端に全身が火傷をしたかのような衝撃が走り、数秒間息ができなくなる。こんな危険なもの普通に売るなよ!

 

と、さっきまで思っていたが、だんだんと後味が良くなってくる。

 

 

「あれ……?美味い……?」

 

「え〜……?」

 

 

おい関根、こいつ頭おかしくなったんじゃねーのって言う目で見るな。

 

 

「いやマジだって!後味スッゲー美味いんだって!」

 

「ほんとですか〜?」

 

「疑うなら食べてみろって!」

 

 

俺はスプーンの上に麻婆豆腐を乗せて関根の口の前に差し出す。

 

 

「あの〜…篠宮先輩?これは俗に言うあ〜んってやつですか?それに関節キス……」

 

「あ、悪い」

 

 

異性と関節キスなんて誰だって嫌だろう。

 

そう思ってスプーンを戻そうとすると。

 

 

「あ、いえいえ!いいですよ!頂きます!」

 

 

そのままパクっと一口。別に気にしない人なのかな?

 

 

「ひゃぁ〜〜!!辛い!辛い!」

 

「はい、水」

 

「んぐ…んぐ…んぐ…ぷはぁ……」

 

「どう?」

 

「辛いですよ!」

 

 

そりゃあそうだ。

 

 

「あれ…?でも……」

 

「な?」

 

「はい……後味が凄く良いです……先輩、もう一口!」

 

 

まさかのおかわり。ま、食欲が旺盛なのはいいことだよ。

 

 

「はい、一口」

 

「あ〜ん♪」

 

 

上機嫌でまた一口。

 

 

「やっぱり辛い!ヒィ〜!」

 

 

この子はアホなのかな?

 

 

「でも美味しい!」

 

「良かったな」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

その後は無事に食事を終え、今は二人で屋上にいる。

 

 

「良い天気ですね〜」

 

「そうだな」

 

「こんな日は昼寝したくなりますね〜」

 

 

あくびをしながら背伸びをする。なんか猫みたいだ。

 

 

「じゃあ寝る?」

 

「いえいえ、先輩もいるので寝るわけには…ふぁ〜あ……」

 

 

またあくび。

 

 

「ちょっとだけでも寝なよ。ほら、あそこにベンチあるし」

 

「うぅ〜……じゃあ……少しだけ……」

 

 

ベンチへ移動。

 

 

「おー、ここは一際日があたって気持ちいいな」

 

「はい〜そうですね〜……ふぁ〜あ……」

 

 

もう目がトロンとしてる。

 

 

「先輩ごめんなさ〜い……。そしておやすみなさ〜い♪」

 

 

ドサッと俺の膝に倒れてきた。いわゆる膝枕という体制だ。

 

やられた時はビックリして退かそうと思ったが、関根の気持ち良さそうな寝顔を見ているとそれもできなくなる。

 

というか男のひざなんかに頭乗っけて気持ちいいか?

 

 

「すぅ……すぅ……」

 

 

もう寝息立ててるし……。まあいいか。幸せそうだし起きるまでこのままにしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

関根が寝てから30分、異変が起きた。

 

 

「うっく……ひぐっ……」

 

「関根!?」

 

 

突然泣き始めた。

 

 

「ひっく……ズズズっ……ゲホゲホ!」

 

「だ、大丈夫か!?関根!」

 

「せ、先輩……?」

 

「関根!どうしたんだ!」

 

「うぇ〜ん!せんぱ〜い!」

 

「うおっ!?」

 

 

泣きながら抱きついてくるなんて……相当なことがあったに違いない。

 

 

「うぇ〜ん!」

 

 

いやうぇ〜んって。随分幼い泣き方を……。でもまあ本当に泣いてるんだし、とりあえず落ち着かせなきゃ。

 

 

「関根、大丈夫。大丈夫だから」

 

 

関根の背中に手を回し、背中を擦る。

 

 

「ううう……せん…ぱい……ぐすっ」

 

「どうした?何があったんだ?」

 

「先輩が……先輩が〜!」

 

「俺がどうしたんだ?」

 

「先輩が成仏しちゃった〜!」

 

 

ん!?

 

 

「ちょ、ちょっと待て、関根。俺は成仏なんかしてないぞ」

 

「へっ?」

 

「ほら、お前が抱きついてるの」

 

「………せんぱ〜い!」

 

「おわっ!?」

 

 

俺を確認すると更に泣き出した。なんなんだよもう……。

 

関根が泣き止んだのは5分後のことだった。

 

 

「落ち着いたか?」

 

「はい……すみません……」

 

「どんな夢を見たんだ?」

 

「先輩が成仏する夢です……」

 

 

さっき言ってたね。

 

 

「私先輩がいなくなるなんて……悲しくて悲しくて……」

 

 

また涙目になる。

 

 

「……私、岩沢先輩とひさ子先輩が篠宮先輩に惚れた理由が分かった気がします」

 

「え?」

 

「先輩……凄く優しいんですもん……。ますます好きになっちゃいました」

 

「好き……って?」

 

「私も岩沢先輩とひさ子先輩と同じように篠宮先輩が大好きなんですよ!」

 

「………いつから?」

 

「初めて見た時からです。一目惚れってやつですよ」

 

「………」

 

「でも先輩には岩沢先輩がいるって分かってましたから……。それに、ひさ子先輩まで……」

 

 

こんなに寂しそうな顔の関根は初めて見る。

 

 

「だから先輩のことは諦めて忘れようとしなのに……どんどん好きになっていくんですよ……!」

 

「………」

 

「今日だって私に優しくしてくれて……本当に大好きです」

 

「関根……」

 

「岩沢先輩とひさ子先輩がいるのは分かってます。でもそれを承知の上で言わせて下さい。篠宮先輩、私と付き合って下さい」

 

 

驚いた。関根が俺に告白をしてくるなんて思ってもみなかったからだ。

 

でも関根の言った通りまだ雅美とひさ子の件もある。

 

 

「………ごめん関根。今は答えられない」

 

「分かってますよ。今を逃したらずっと言えない気がして言っただけです」

 

「言っただけって……」

 

「いいんです。今日は私の気持ちを伝えられただけで太鼓判なんです」

 

 

関根はどこか満足げな顔をする。

 

 

「だから先輩、明日明後日のデートの後、私ともデートして貰いますからねっ!」

 

「あ、ああ……」

 

「それじゃあ公平性を保つために私も自分の部屋に帰ります。また明日お会いしましょう!」

 

 

そう言い残すと関根は走って屋上から出ていった。

 

残された俺は……

 

 

「関根もか……」

 

 

そうぽつりとつぶやいて空を見るしか無かった。




まさかの関根回でした。


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第十一話「試練のデート〜岩沢編〜」

朝6時。この日の天気は晴れ。説明していなかったが、季節は夏で非常に暑い。

 

そんな中俺は布団の中に違和感を感じて目を覚ます。

 

 

「んん……?」

 

「太一♪」

 

「うわぁ!?雅美!?」

 

「そんなに驚かなくたっていいだろ……」

 

 

そりゃあ驚くよ。朝起きていきなり女の子がベッドにいたらびっくりするよ。

 

 

「……何しに来たの?」

 

「何しにって、太一を起こしに来るついでにベッドに潜りに来たんだよ。なんたって今日は太一の彼女だからな!」

 

 

まだ朝ですよ……?

 

 

「こんなに早くなくてもいいんじゃ……」

 

「少しでも太一と一緒にいたいんだ」

 

 

食い気味に返答する雅美。その顔を見ると少し赤くなってる。

 

さて、冷静になって現状を考えてみよう。俺の部屋に美人の幼馴染がいる。そしてその幼馴染は俺と一緒にベッドで寝ている。更に言うなれば一週間前にその幼馴染から告白された。

 

う〜ん、素晴らしいシチュエーションだ。

 

正直言って悪い気はしない。むしろ良い気持ちだ。昔から俺の味方でいてくれた女の子が好意を寄せてくれているだと?最高じゃないか。

 

しかしここで問題なのは告白してきたのはこの幼馴染一人ではないということだ。幼馴染の相方と言っても差異のない子からも告白され、更には後輩のイタズラ好きからも告白されている。

 

修羅場、とまでは行かないが俺の胃に負担を与えるには十分な状況だ。

 

さて、ちょっとベッドにいる雅美を見てみよう。

 

恥ずかしそうにしながらも俺の顔をしっかりと見て、なんというか……可愛いな。頭撫でてやる。

 

 

「ん……」

 

 

目を瞑って更に嬉しそうな表情になった。

 

 

「今日、なにする?」

 

「なにするって?」

 

「ほら、俺だって一応雅美の彼氏ってことじゃん?少しは彼氏らしいことしたいなって」

 

 

言っていて絶妙な背徳感が出てくるが、今日からの三日間は気にしないことにした。相手の三人が本気なら俺もそれに相応しいことをしなければ失礼だろうと勝手に自分の中でたった今決めたからだ。

 

 

「とりあえず……二度寝したいかな」

 

「なんだそれ」

 

「やっぱり少し眠くてさ……」

 

 

そうだよな。こんな朝早くから来たら眠くなるよな。

 

 

「ん、分かった。はい」

 

「?」

 

「腕枕。彼氏らしいでしょ?」

 

「ああ、そういうことか」

 

「なんだと思ったのさ?」

 

「腕が痺れて伸ばしてるのかな〜って」

 

「なんでだよ」

 

 

雅美は少し常人とは違うところがあるからな。天然というか……う〜ん。まあそんな雰囲気があるのだ。

 

今日の天候から考えたら暑苦しいかもしれないが、この寮にはエアコンが着いていて今はそれをフル稼働中だ。

 

故にそこまで暑くない。

 

 

「まあいいや。ほら、頭乗せて」

 

「それじゃあ……」

 

「どう?」

 

「よく眠れそう。でも……」

 

「な、なにか不満が?」

 

「こっちのほうがよく眠れそう〜♪えいっ!」

 

「おわっ!?ちょ、ちょっと!」

 

「ん〜、太一の匂い♪」

 

 

思いっきり抱きついてきた。そんでもって胸の辺りに顔を埋めてる。

 

普段なら引き剥がすところだが、今日は恋人同士ということで俺も受け入れる。

 

 

「よく眠れそう?」

 

「うん♪」

 

 

超ご機嫌。更によく寝れるように背中を擦ってやろう。

 

 

「あ〜、安心する……」

 

 

その言葉を最後に雅美は安らかに眠ってしまった。なんか死んだみたいだけどただ単に寝ただけだからね?

 

 

「俺ももう一眠りするかなぁ……」

 

 

雅美を見てたらなんか眠くなってきたよ。

 

 

「おやすみ、雅美」

 

 

俺も意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2時間後。

 

 

「あの……なんで俺の上に乗ってるんですか?」

 

「そこに太一がいるから」

 

 

いや訳がわからん。

 

今の状態を説明すると、俺が仰向けでその上にうつ伏せの雅美が乗っかっている、という風になる。

 

 

「お顔が近いのですが……」

 

「よく見えるからいいじゃん」

 

 

確かによく見えますけども……。むしろ見えすぎてますけども。

 

ってか肌めちゃくちゃ綺麗だな。

 

 

「あと色々当たってるのですが……」

 

「相手が太一だからいいんだよ」

 

 

嬉しいお言葉ですけども……。流石にこれ以上は俺の理性が危ういので退いて貰おう。

 

 

「雅美、気持ちは嬉しいけど下りてくれない?」

 

「え?なんで?」

 

「なんでって……ほら、ご飯とかも食べに行きたいし」

 

「私はこのままがいいんだ」

 

 

困った。いい感じの理由が浮かばないぞ。

 

仕方ない。奥の手だ。

 

 

「雅美、後でなんでも言うこと聞いてあげるから…」

 

 

そう雅美の耳元で囁く。

 

すると顔を真っ赤にしながらすぐに退いてくれた。

 

 

「な…なんでも……?」

 

 

尚も真っ赤のまま聞いてくる。

 

 

「うん。なんでも」

 

「その…き、き、き、キスでも……?」

 

「き、キスぅ!?」

 

「なんでもって言ったじゃないか……」

 

 

いやなんでもって言ったけどさ……。キス……キスかぁ……。まあ恋人なら……。

 

 

「……うん、いいよ。雅美が望むならキスするよ」

 

 

ぼんっ、と音を立てたように雅美が更に赤くなる。

 

 

「……ありがとう」

 

 

もじもじしながらお礼を言ってくる。めっちゃ可愛いんだけど。っていうかなんのお礼?

 

 

「さ、ご飯食べに行こうか」

 

「う、うん……」

 

 

身なりを整えて部屋を出る。

 

 

「あ、あのさ!」

 

「ん?」

 

「今は恋人なんだから……腕…とか……組んじゃだめかな?」

 

「うんいいよ。はい」

 

 

腕を差し出す。多少暑くてもこれくらいはな。

 

 

「ん…」

 

 

雅美が腕を絡めてくる。

 

 

「じゃあ改めて行こっか」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂に行く間にやはり多くの人の視線が送られてきた。なんか最近慣れてきたよ。

 

 

「太一、なにうどんにする?」

 

 

あ、やっぱりうどんなのは決定なんですね。

 

 

「じゃあ月見うどんで」

 

「はい、月見うどん」

 

「ん、ありがと」

 

 

5分後。

 

 

「はいよ、月見うどんと山菜うどんお待ち」

 

 

いつも通り雅美もうどんを注文した。

 

それぞれ品を貰うと近くの空席に腰を下ろし、向かい合わせに座る。

 

 

「「いただきま〜す」」

 

 

ズルズル。

 

 

「ん〜!幸せ!」

 

「そんなに幸せなの?」

 

「私がどれだけうどんが好きか太一だってわかってるだろ?」

 

「まあね」

 

 

雅美は本当にうどんが大好きだ。多分音楽と同等くらいに好きなんじゃないか?

 

 

「それに……今日は仮にも太一の……恋人として一緒に食べてるから……」

 

「えっ!?恋人っ!?」

 

 

雅美が下を向きながら恥ずかしそうに言うとそれをたまたま近くにいたゆりが聞いたようで、非常に驚いた表情をしている。

 

 

「篠宮くんと岩沢さんって恋人同士だったの!?」

 

「ち、違う!いやでも違くもない……」

 

「……どういうこと?」

 

 

昨日の出来事を説明する。

 

 

「へぇ……モテる男って辛いわね」

 

「別に辛くはないよ」

 

「モテるは否定しないのね?」

 

 

ニヤニヤしながら見てくる。なんだよその目。

 

 

「まあ実際モテてるしいいんだけど。それよりそのデートとやらに私も参加出来るのかしら?」

 

「えぇっ!?」

 

「まあ…出来るんじゃないかな?でもなんで?」

 

「純粋に好奇心よ」

 

「はぁ……」

 

 

好奇心でまた一日増えるのか……。

 

 

「ライバルがまた一人……」

 

「雅美さーん?」

 

 

なんか上の方見てぶつぶつ言ってるぞ。

 

 

「え?な、なに?」

 

「いや、なんか遠くを見てたからさ。大丈夫?」

 

「……うん、大丈夫…だよ」

 

「そっか、なら良かった」

 

「じゃあ篠宮くん、私とのデートはいつかしら?」

 

「順当に行けば明々後日かな」

 

「オッケー、了解よ。それじゃあ明々後日楽しみにしてるから。それと岩沢さん」

 

「な、なに?」

 

「私、負けないわよ」

 

「っ!」

 

 

そう言い残してゆりは食堂を後にした。

 

雅美を見てみると少し悩んでいる顔をしている。

 

そして。

 

 

「太一」

 

「ん?」

 

「今日は最高の日にしような!」

 

「え?あ、ああ!もちろん!」

 

 

 

 

 

 

 

ご飯を食べ終わって食堂を出る。時計を見ると時刻は午前9時を回っていた。

 

 

「そう言えば今日の練習ってどうなるの?」

 

「今日も明日も明後日も練習は休み。明々後日についてはこれから相談する。そんなことよりこれからどうする?」

 

「この世界には娯楽施設がないからなぁ……また俺の部屋に戻る?」

 

「まあそれしかないか」

 

「またお姫様抱っこしながら窓から入ってみる?」

 

「い、いやいやいや!いいよ!」

 

 

軽い気持ちで言ったらガチで断られた。トラウマになっちゃったのかな?だとしたら申し訳ない……。

 

 

「じゃあ普通に入るか」

 

「あ、でも……」

 

「ん?」

 

「お姫様抱っこは……して欲しい……かな」

 

「うん、いいよ」

 

 

という訳で雅美をお姫様抱っこする。雅美ももう慣れっこなのか、自然と手を首に回してきた。

 

幸いこんな体なのでちょっとやそっとじゃ汗はかきづらい。首に手を回されても雅美が不快な思いをすることは無い。と思う。

 

ここで周りを見てみよう。前は丁度ご飯時ということもあってNPCからかなり視線を浴びていたが、今は授業中なので誰からの視線を浴びることもない。

 

ないと思っていたのだが……。

 

 

「ひゅ〜、お熱いねぇ」

 

「……なんだよ日向」

 

 

あった。

 

 

「いや〜たまたま通りかかったらなんかいちゃいちゃしてたからさ〜」

 

「ふーん。こんなところでなにしてるの?」

 

「え?あ、ああ!いや!ちょっと散歩をな……」

 

「第一線の奴らが集合する時間なのにか?」

 

 

お姫様抱っこされたまま、雅美が鋭いメスを入れる。

 

 

「うっ……そ、それは!今日は俺だけ休みなんだよ!」

 

「はいはい、わかったよ。偵察という名の休みをゆりから貰ったんだろ?」

 

「ギクぅ!」

 

 

雅美の一言が真実だったようで明らかに動揺している。っていうかわかりやす!

 

 

「お前アホだなー。話しかけずに遠くから見ていりゃバレなかったのに」

 

「しまったああああぁぁぁぁ!!」

 

 

いや本当にアホだな。

 

 

「お前らにバレたことは内緒にしておいてくれ!頼む!」

 

「え〜?どうしよっかな〜?ねえ、雅美」

 

「どうしようかね〜?太一」

 

「頼む!この通りだ!」

 

 

めっちゃ必死。もうちょっとからかってやろうか。

 

 

「でも俺たちに言わないメリットがないしな〜」

 

「……一週間分のうどんの食券でどうだ?」

 

「オッケー。言わないでおいてやる」

 

 

早っ!?雅美さん早いっすよ!もうちょっと遊びたかったのに!

 

 

「んじゃ、頼むぞ!」

 

「そっちこそうどんの食券持ってこなかったら即チクるからな」

 

「わかってるって!」

 

 

そのままスタコラと帰っていった。

 

 

「さ、邪魔者もいなくなったし早く部屋に連れてってよ」

 

「ああ、行こっか」

 

 

 

 

―――――――――

――――――

―――

 

 

「さて、部屋に着いたことだし……」

 

「着いたことだし?」

 

「ちょっと作曲の手伝いをしてくれ」

 

 

ズコー。

 

 

「そんなのいつでも出来るじゃん……」

 

「いや、太一と二人っきりで昔みたいにやりたいんだ」

 

「ああ、そういうこと」

 

 

昔みたいにとは、なにも特別なことをするわけでもなく、ただただ雑談をしながら作曲をするというものだ。

 

そんなんでいいのか?と思うだろう。俺だってそう思ってる。でも本人的にはこれが一番いいのが降りてくるそうだ。

 

最近では大体ガルデモメンバーと一緒にやっていたので、二人っきりで作曲というのは確かに無かった。

 

 

「でも改まって話すことなんかある?」

 

「一つ気になってたことがあるんだよ。太一の限界ってどこ?」

 

「限界?」

 

「どれくらいの重さなら持ち上げられるかってこと」

 

「ああ〜……わかんない」

 

「わかんない?」

 

「いままで重いって感じたことが無いんだよ」

 

「え……?」

 

 

言葉を失ってしまったようだ。まあそうか。

 

 

「……ちなみに今まで持った中で一番重量があったのって?」

 

「う〜ん……戦車かな」

 

「ああ、あのアメリカ軍にやられたやつか。重さは?」

 

「確か80トン?90トン?とか言ってた気がする」

 

「………………?」

 

 

またもや言葉を言葉を失う。しかもよく理解してないようだ。

 

 

「きゅ、きゅうじゅっとん?それはどのくらいの……」

 

「大体雅美2000人分」

 

「……………………」

 

 

3回目。

 

 

「えっと……それでも重くなかったのか?」

 

「うん」

 

 

雅美が4度目のフリーズを起こして会話が終了する。

 

 

「いいの降りてきた?」

 

「……全部飛んでいった」

 

 

そりゃあ残念だ。

 

 

「じゃあ話題変えるね。夏休みの思い出でどう?」

 

「お、いいなそれ。良いのが降りてきそうだ」

 

「また一緒に花火見た話する?」

 

「いや、二人で肝試しした話とか」

 

「あ〜…あれは怖かった」

 

「太一は本当に怖がりだからな〜?」

 

 

そう、俺は怖がりなのだ。虫とか動物とかは大丈夫なのだが、オカルト系にはめっぽう弱い。

 

 

「珍しく私に抱きついてきて涙目になってたよな〜」

 

「い、いいじゃんか……」

 

 

そんなニヤニヤしながら見ないでくださいよ……。誰だって苦手なものの一つや二つはありますよ……。

 

 

「あのときは嬉しかったよ」

 

「え?」

 

「初めて太一が私のことを必要としてくれたと思ってさ。太一ってなんでも一人で出来るから私は必要ないのかなって、どこかで思ってたんだ」

 

「そんなこと思ってたんだ……。大丈夫、俺にとって雅美は必要な存在だったから」

 

「そう言ってくれて嬉しいよ」

 

 

ちょっと顔を赤めながら喜んでくれた。

 

喜んでくれたんだけど……。

 

 

「……あれ?なんの話だっけ?」

 

「肝試しの話」

 

「ああ、そうだった」

 

 

本筋を忘れてたようだ。

 

 

「まだ中1だったっけ」

 

「うん。またあの山でやったんだよな」

 

「俺の親は俺のこと怖がって何も言ってこないし…」

 

「私の親はそもそも私に興味なかったから何も言ってこなかったから…」

 

「「自由だったよね(な)〜」」

 

 

そう、二人とも親からの監視が無かったため、どれだけ遅く帰っても何も言われなかったのだ。

 

流石に日をまたぐことは無かったが、11時頃に帰るなんてザラだった。

 

まあそのお陰で楽しい思い出がいっぱい出来たんだけどね。

 

 

「肝試しの時は夜8時くらいに待ち合わせして、そこから行ったから…」

 

「あっ!今良いの降りてきた!ちょっとメモするから待ってて!」

 

 

よくこんなので降りてくるよなぁ。天才だよ。

 

 

「ごめん、それからどうしたんだっけ?」

 

「それから自転車に二人乗りして山に行って…」

 

「ああ、思い出した。向かってる途中にうだうだ言ってたよな」

 

「そりゃあ言うよ……途中でもすっごい怖かったんだから」

 

「鳥が飛んだだけでもビクってなって……」

 

 

雅美が笑いを堪えながら言う。

 

 

「また行きたいなぁ〜」

 

「絶対やだ!」

 

 

心の底から行きたくない。

 

 

「っていうかなんであの時行こうっていう話になったんだっけ?」

 

「え〜っと……あの山に何か出るらしいから見に行こうって雅美が言い出したんだよ」

 

「あー、そうだそうだ。確か山姥が出るとかなんとか言って行ったんだ」

 

「結局見れなかったんだけどね」

 

「見たかったの?」

 

「うんにゃ、全然」

 

 

見てたら卒倒してたさ。

 

 

「久々に怖がってる太一、見たいなぁ〜」

 

「いや、チラチラ視線を送られても絶対嫌だから」

 

「あの時どうやって説得したんだっけ」

 

「行かなきゃ家出するって脅してきたんじゃん」

 

「ああ、そうだそうだ」

 

 

笑ってますけどあの時結構参ったんですよ?

 

 

「ごめんごめん。もうあんなことしないからさ」

 

 

俺の表情を読み取ったのか謝ってくる。笑いながらだけど。

 

 

 

その後はまた雑談を続けながら作曲を続けていた。忘れてるかもしれないけど、作曲中なんですよ?

 

まあそんなこんなでもうお昼時になった。

 

 

 

 

 

 

 

「ほんと、あの時はヒヤヒヤさせられたよ……っと、もうこんな時間だね。お昼どうする?またうどん?」

 

「それは勿論なんだけど、今日はちょっと違うぞ」

 

 

ちょっと違うってなんだろう。

 

 

「今日はなんと……手打ちうどんを作る!」

 

「おお!」

 

 

ちょっとテンションが上がった。なんせ雅美の作るうどんは美味い。なぜなら元々うどん屋でバイトしていたのでノウハウがあるからだ。

 

 

「またこねるのお願いできる?」

 

「もちろん!」

 

 

昔からこねるのは俺の仕事だった。力が強いのでいいコシがでるらしい。

 

さて、早速調理を開始するのだが、調理中は特に面白いこともないので割愛させてもらう。

 

 

1時間後

 

 

「「いただきま〜す」」

 

 

ズルズル。

 

 

「ん〜!これこれ!これだよ!絶品!」

 

「ふふ、太一の麺が良いからだよ」

 

「いやいや、こんな美味いつゆを作る雅美の腕だって」

 

 

本当に美味いんだよ。普通に店を出してもおかしくないレベルだ。1杯1000円払ってでもぜひ食べたいね。

 

 

「はい、あ〜ん」

 

 

雅美が目をぱちくりさせる。まあ急にやれば驚くか。

 

忘れがちだが、今日は恋人という設定だ。今までの過ごし方ではただの幼馴染同士の一日で終わってしまう。

 

 

「あ、あ〜ん……」

 

 

恥ずかしそうに食べる。可愛い。

 

 

「ほら……太一も…あ、あ〜ん」

 

「あ〜ん……。うん、美味しいよ」

 

「そ、そうか」

 

 

今日何度目か分からない顔真っ赤。やっぱり可愛い。

 

可愛い雅美を見れたところで話題はこの後のことへ。

 

 

「午後からどうする?」

 

「う〜ん……私はなんでもいいぞ」

 

「なんでも……なんでもねぇ……」

 

 

なんでもって一番困るのよね。

 

朝も述べたがこの世界には娯楽施設というものが無く、学生がエンジョイ出来るものは大変少ない。

 

 

「う〜ん…………」

 

「あ、あのさ」

 

「ん?」

 

「川とか……どう?」

 

「川?」

 

「そう、川」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、言うわけで雅美の提案で川にやってきました。

 

 

「……今更だけどなんで川?」

 

「ほら、ゆく河の流れは絶えずして、しかも元の水にあらずってあるじゃん?」

 

「ああ、方丈記ね。それがどうしたの?」

 

「………?」

 

 

いやいやいや。首を傾げられましても。普通に水周りは涼しいからとかでいいんじゃないですかね。

 

 

「まあいいや、川入って遊ぼうぜ」

 

「まあいいけどさ……」

 

 

川に向かおうとしたその時、雅美が服を脱ぎ始めた。

 

 

「ちょ、ちょっとちょっとちょっと!」

 

「なんだよ」

 

「なんだよじゃないよ!なに脱いでんのさ!」

 

「水着着てるからいいだろ」

 

「女の子が野外で裸なんて……ん?水着?」

 

「うん。ほら」

 

 

そう言って白いビキニ姿になる。

 

 

「………」

 

 

思わず見とれてしまった。スラリと伸びた手足、綺麗な肌、決して大きくはないが成長した胸とお尻。それなのにしっかりとくびれがあり、あの時よりも女の子らしい体つきになっていた。

 

なんというか……スタイル抜群だ。

 

 

「なんだよ…そんなジロジロ見て……」

 

「いや…そりゃあ見るでしょ……っていうかいつ着替えたの?」

 

「太一が洗い物してる時」

 

 

あの時か……と思いつつまだまだ凝視。

 

雅美は少し恥ずかしそうにしながらこう言った。

 

 

「ま、まあ太一なら見てもいいぞ。っていうか見てもらう為に着替えたんだし……」

 

 

雅美はぼそぼそ言っているが俺の耳にはハッキリ届いている。理由はまあわかってもらえるだろう。

 

 

「で……どう?」

 

「どうって?」

 

「そ、その……水着になった私……」

 

 

もじもじ&顔真っ赤。しかも白ビキニ。なんだこの可愛いの。

 

 

「か、可愛いよ……」

 

「た、太一〜!」

 

「うわぁ!ちょ、ちょっと!」

 

「太一〜!」

 

 

そんな格好で抱きついてスリスリはだめ!色々まずいって!暑いとかそういう問題じゃない!

 

 

「ま、雅美!暑いんだし泳ごうぜ!」

 

 

強引に話を変えてみよう。

 

 

「やだ。今はこのままがいい」

 

 

強引すぎたね。何か他に策はないか考えてみよう。

 

 

「あー…えーっと……その……雅美」

 

「なぁに〜?」

 

 

あ、ダメだこれ。すっげー上機嫌だもん。

 

 

「その……なんでもないよ」

 

「? 変な太一」

 

 

 

 

 

ここから20分間、俺はひたすら我慢した。素数を数えたり、徳川歴代将軍のフルネームを思い出したり、山手線の駅の名前を思い浮かべたりなど様々な手を使ってきたが、もうそろそろ限界かもしれない。

 

このまま続けられたら理性が吹っ飛んでヤバいことになる。

 

ヤバいっていうのは……まあ想像通りだよ。

 

 

「ま、雅美。そろそろいいだろ?泳ごう?な?」

 

「もうちょっと堪能したかったけど……まあ満足かな」

 

 

良かった。離れてくれた。

 

 

「部屋に帰ったらもっと堪能させてもらうからな」

 

 

……まだまだ戦いは続きそうだけど。

 

 

 

 

 

 

「太一ー!こっちこっちー!」

 

 

俺を開放した雅美は川の中ではしゃぎ回っていた。

 

こっちこっちって言われても俺は服を着ているので行けないんですよ。

 

 

「早く来いよー!」

 

「服着てるから行けないー!」

 

「あ、そっか」

 

 

素でわかっていなかったようだ。

 

バシャバシャと泳ぎながら俺のところへ来る。

 

 

「太一も脱げよ」

 

「俺水着着てないんだけど……」

 

「じゃあ服着たまま泳ごうぜ」

 

「いや意味わかんない」

 

 

意味わかんない。

 

 

「一人で泳いでもつまんないじゃん」

 

「そんなこと言われたってなぁ……」

 

 

そもそもなんで川って提案したんだよ……。

 

 

「じゃあ足だけ捲って浅いところまででどう?」

 

「う〜ん……まあいいか」

 

 

妥協してくれた。

 

 

「準備するから先に行ってて……」

 

「な〜んちゃって」

 

 

靴を脱ごうとした瞬間、ぐいっと手を引っ張られる。

 

 

「おわっ!?」

 

 

バシャーンと二人で川に飛び込む。いくら力が強くたって不意打ち喰らえばそうなるさ。

 

 

「なにすんの!」

 

「アッハッハ!太一びしょびしょ〜!」

 

「全く雅美はいつもいつも……」

 

「まあまあ、涼しくなっただろ?」

 

「涼しいけどさ……」

 

 

思い返せば俺はよく雅美に振り回されていた。

 

毎回雅美がなにかやりたいと言い出して俺がそれに付き合う。そして大抵俺が何かしらのいたずらをされるのだ。

 

もちろん最初の頃は嫌な気もしたさ。

 

でも、雅美がいたずらを仕掛けてくるのは決まって俺がつまらなさそうにしている時だ、と気づいた瞬間、嫌気なんてどこかへ飛んでいった。

 

それに、仕掛けた後は決まって雅美はとびっきりの笑顔になる。その笑顔を見ると自然と俺も笑顔になってしまう。

 

 

「ほら、太一、仕返しはいいのか〜?」

 

 

楽しそうに尋ねてくる。

 

ああもう。そんな顔されたら楽しまずにはいられないじゃないか。

 

 

「くっそ〜!いくぞ〜!」

 

 

どうせもうびしょびしょになってしまったんだ。思いっきり水遊びを楽しんでやろう!

 

 

「きゃっ!やったな!」

 

「うおっ!?まだまだぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

――――――

―――

 

 

結局2時間も川で水遊びをした。

 

なんだかんだで楽しんだのだが……。

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

 

雅美はすっかりバテて、あのギルド降下作戦の直前みたいになってる。

 

 

「大丈夫?」

 

「はぁ…だ…だめ……はぁ…はぁ…」

 

 

ダメみたいです。

 

それから10分後。

 

 

「……よし、もう大丈夫だぞ」

 

 

雅美、復活。

 

 

「んじゃあ部屋戻る?」

 

「うん」

 

 

戻る前に服着てもらいますけどね。

 

着替えを済ませて川を後にする。もう少し日が傾きかけていた。

 

 

「太一、また腕組んでもいい?」

 

「いいけど、俺の服濡れてるよ?」

 

「あー……そっかー……」

 

 

ちょっと残念そうに答える。

 

 

「ま、部屋に戻ればまた抱きつけるからいいか」

 

 

そうだったね。それがまだ残ってたね。

 

 

「あ、ちょっとその前に購買に寄ってもいい?」

 

「? いいけど?」

 

 

何のために購買に寄るかといえば、入浴剤を買うためだ。

 

別に俺は入浴剤が好きだとかいい香りのお風呂に入りたいだとか疲れを取りたいから等の理由で買うわけではない。

 

恐らく部屋に戻れば風呂に入るだろう。

 

風呂に入れば雅美は「私も一緒に!」と言い始めるはずだ。

 

前回はなんとかやり過ごせたが、今回はどうなるかわからない。

 

だから今回はどう転がっても大丈夫なよう白濁タイプの入浴剤を買わなければいけないのだ。

 

 

幸いこの学校の購買は通常では考えられないレベルで品揃えが良い。

 

少し探したらお目当ての品はすぐに見つかった。

 

購買のおばちゃんにお金を払い、寮に向かい、再び俺の部屋に帰ってくる頃にはもう5時を回っていた。

 

 

「太一、夕飯まで時間あるけど、どうする?」

 

「とりあえずお風呂に入ろうかな」

 

「あ〜…そうだね」

 

 

少し申し訳なさそうに言う。

 

 

「じゃあまた背中流してやるよ」

 

 

予想通りの展開。

 

 

「ああ、頼むよ」

 

「えっ……?」

 

 

予想外の展開。

 

 

「ど、どうしたの?」

 

「いや…いつもなら断られるのに……」

 

「今日は水着を着てるからさ」

 

「ああ、そういうことか」

 

「俺も下着着たまま入るし」

 

「うん、分かった。じゃあ脱衣所に行くか」

 

 

と、言うわけで脱衣所。

 

俺と雅美はそれぞれ脱ぐ。さっきも会話してた通り俺は下着(パンツ)着用、雅美は水着着用だけど。

 

 

「はい、太一、座って。シャンプーからするから」

 

「ん」

 

 

お湯で髪の毛を濡らしてシャンプーでシャカシャカ。

 

中々良い手付きだ。

 

 

「痒いところはありませんか〜?」

 

「ありませ〜ん」

 

 

再びシャカシャカ。

 

そしてジャバー。

 

擬音でしか表現できなくて申し訳ない。

 

 

「はい、次雅美も座って」

 

「ん」

 

 

お湯をかけて髪の毛に手を触れた瞬間、ビクッとされた。

 

 

「ど、どうしたの?」

 

「いや…人に髪の毛洗われるの何年ぶりだから……」

 

「ああ、そう言うことね。続けて大丈夫?」

 

「うん…大丈夫だ…」

 

 

シャカシャカシャカシャカ。

 

 

「痒いところはございませんか〜?」

 

「右側がちょっと痒いかな」

 

 

あ、言うんですか。素直に申告する人初めて見ましたよ。

 

 

「ここ?」

 

「あーちょっと右すぎ」

 

「ここ?」

 

「そこからもうちょっと後ろ」

 

「う〜…ここ?」

 

「ああ、そこそこ。気持ちいぃ〜」

 

 

お気に召したようです。

 

 

「よし、こんなもんだね」

 

 

お気に召したところで、お湯をかける。

 

「うわっ!か、かけるならかけるって言ってくれよ!」

 

「ごめんごめん」

 

「も〜……」

 

「はい、次はこのまま体洗うから」

 

「ん」

 

 

ボディソープを手に出し、少し泡立ててから背中を触る。

 

すべすべしていてとても綺麗な肌だ。

 

 

「……背中流してもらうなんて中学以来だな」

 

「そういえばあの頃からこんなことしてたっけ」

 

「その頃からめっきり一緒に入ってくれなくなったからなぁ」

 

「だ、だってさぁ……」

 

「だってなんだよ?」

 

 

ええ!これ言うの?すっげー言い辛い……。

 

 

「だって……」

 

「だって?」

 

「その……雅美が……」

 

「私が?」

 

「雅美が……なんでもない!」

 

「えぇー?」

 

 

恥ずかしくて言えるか!

 

 

「ほら!背中お湯かけるぞ!」

 

「ぶー……」

 

 

ふくれっ面されても言いません!

 

 

「まあいいか。次は私が太一のを流す番ね」

 

「ん、お願い」

 

 

入れ替わって次は雅美が背中を流してくれる。

 

 

「……なんか安心感があるな、太一の背中は」

 

「なんか親父臭いなぁ〜」

 

 

少し笑いながら言うと……。

 

 

「そ、そんなつもりじゃないぞ!何というか……包容力があるというか……」

 

 

いやいや、背中に包容力って。

 

 

「大丈夫、冗談だって」

 

「なんだよぉ……冗談かよ……」

 

「ごめんごめん」

 

「もう……お湯かけるぞ」

 

「ん」

 

 

ジャバー。

 

その後、雅美が前も洗おうとしてきたがお断りした。

 

いくらパンツ着用してたってそれはまずい。

 

その後は各自で身体を洗って湯船に浸かる。

 

 

「ふぅ〜……」

 

「夏場だから少しぬるくしたんだけど、どう?」

 

「気持ちいいよ」

 

「良かった〜」

 

 

さて、改めて状況を説明しよう。

 

湯船の大きさはそこまで大きくない。なので直接肌と肌が触れ合う。

 

正直気まずい。俺も雅美もさっきから目を合わせていない。

 

すると、痺れを切らしたのか雅美からアクションを起こしてきた。

 

 

「そういえばまた抱きつかせて貰うって言ったよな」

 

「……うん?」

 

「えいっ!」

 

「ちょ、ちょっと!ええ!今!?」

 

 

さっきよりヤバい。布で隠されているところ以外の肌が触れ合っているのだから。

 

 

「服来てる時もそうだけど、直接だと改めてがっちりした身体だってわかるなぁ」

 

「ま、雅美さん……さっきよりダイレクトに当たってます……」

 

「太一だから良いんだって」

 

「俺が持たないんですが……」

 

「…興奮する?」

 

「……え?」

 

 

驚いた。まさか雅美からそんな言葉が飛び出るなんて思ってもなかったからだ。

 

 

「私がいくら抱きついても平気に見えるからさ……。女として魅力が無いのかなって……」

 

「そんなこと……ない。俺だって抑えるのにいっぱいいっぱいだよ……」

 

「……抑えなくていいのに」

 

「………」

 

 

抑えるよ。

 

 

「ま、まさ……んぐっ!?」

 

 

雅美に話しかけようとした瞬間、俺の唇に柔らかいなにかがあたっていた。

 

それは紛れもない雅美の唇だった。

 

 

「ぷはっ……私だって……抑えるのに必死だよ……」

 

「ま、雅美…?」

 

「でも、もう限界……」

 

「………」

 

「ふふ、キスだけで抑えられるなんて我ながらすごいと思うよ」

 

 

頬を染めながら言う。

 

 

「それで……?どうだった?」

 

「どうだったって……?」

 

「私の……キス」

 

 

目をそらしてもじもじしながら聞いてくる。

 

 

「その……良かったよ……」

 

「良かった〜……ファーストキスは太一にあげるって決めてたんだ」

 

「え!?ファーストキスだったの!?」

 

「うん、そうだよ」

 

 

さも当たり前のように言う。

 

 

「太一は何回目なんだ?」

 

「いや…俺も初めて……」

 

「ふふ、じゃあ私が初めてのキスを奪ったわけだ」

 

「ま、まあそうだね」

 

「……嬉しい」

 

 

ここでなぜか雅美が泣き出した。

 

 

「ま、雅美!?どうした!?」

 

「……すっごく嬉しいんだよ…いままで伝えたくても伝わらなかったことが伝わって……」

 

 

尚もボロボロ泣いている。

 

 

「太一……好き……大好き……愛してる……」

 

 

また抱きつきながら言ってくる。

 

ここから泣き止むまで5分ほどかかった。

 

 

「落ち着いた?」

 

「うん……ごめんな」

 

「いいよ」

 

 

ここでお風呂から出て少し頭を冷やすことにした。

 

それぞれ別々に脱衣所で着替えを済まし、ソファーへと腰掛ける。

 

 

「なんか…ごめんな」

 

「なにが?」

 

「突然キスなんかして」

 

「ううん、嬉しかったよ」

 

「そう言ってもらえると楽だよ」

 

 

ここでふと時計を見てみると、時刻はもう午後7時を回っていた。

 

 

「ご飯、食べに行こうか」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂ではいつも通りのやりとりしか無かったので割愛させてもらう。

 

そして夕食を食べ終えて再び俺の部屋。

 

 

「そういえばさ、風呂でも聞いたけどなんで一緒に風呂に入ってくれなくなったの?」

 

「え〜…それ言わなきゃだめ?」

 

「キスまでしたんだから今更恥ずかしがることないだろ」

 

「まぁ……そうか」

 

「よし、理由を聞かせてくれ」

 

 

俺は当時の心境を余すこと無く語った。

 

ざっくり言えば、雅美の体つきが女の子らしくなったことによって性的な興奮を覚えた、ということなんだけどね。

 

流石にドン引かれるかと思ったが……。

 

 

「……そっか。なんか…その頃から異性として意識してくれるなんて……嬉しいよ」

 

 

出てきたのは喜びの言葉。

 

 

「うん、それだけ聞ければ今日は満足だよ」

 

「満足って?」

 

「私は部屋に帰るってことだよ」

 

「まだ早いんじゃない?」

 

 

事実、まだ8時を過ぎたくらいだ。

 

 

「今日は色々付き合わせちゃって疲れてるかなって。だからもう休んで明日のひさ子の番に備えてよ」

 

「随分余裕だね」

 

「幼馴染だからね」

 

「そっか」

 

 

誰よりも一緒にいる時間が長かったからこその信頼があるってわけか。なんか照れくさいな。

 

 

「じゃあ、今日一日ありがとうな」

 

「おう」

 

「それと……」

 

「ん?」

 

 

チュッ

 

 

「私の事、絶対選んでくれよな」

 

 

またもや唇にキスをして、そう言い残し帰っていった。

 

しばらく俺は玄関に立ち尽くしていた。

 

 

「……ファーストキスを雅美に……か」

 

 

つい2時間もしない内に幼馴染と口づけを交わしたのだ。

 

そりゃあ多少放心状態になるさ。

 

しかし、いつまでも放心状態ではいられない。

 

 

「ふぅ…明日に備えてもう寝ますか」

 

 

そう、明日はひさ子の番なのだから。




こんなシチュエーションが見たい!と言うのがありましたら送って下さい。


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第十二話「試練のデート〜ひさ子編前〜」

ひさ子編前半です。


二日目。朝4時。

 

前日早く寝すぎた影響からか、目が覚めてしまい、更に悪ことにもう一眠りしようとしても目が冴えて眠れない。

 

ベッドの上でうだうだするだけでは時間が勿体無い。

 

なにか時間の潰せること……。あ、そうだ。今日の予定を考えよう。

 

昨日は一日中雅美の提案に従うだけだったからな。今日のひさ子はちょっとエスコートしてやろう。

 

さて……どんなのがいいかなぁ……。

 

あれ?そもそもひさ子の好物とか知らないや。

 

麻雀好きとか聞いてるけど、俺麻雀分かんないし……。

 

むう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

考え始めて1時間経ったが、ほとんど案が思い浮かばなかった。

 

運動神経とか良さそうだというイメージがあるので、なにか一緒に運動でもしようかと思ったが、なんというか……デートっぽくない。というかそもそも運動が好きかどうか分からない。

 

ひさ子の情報、少ないなぁ……。

 

う〜ん………………。

 

と、悩んでいたその時。

 

 

ガチャ

 

 

ドアの開く音がした。

 

 

「おじゃましま〜す……」

 

 

ひさ子だった。

 

っていうか朝早いな。人のこと言えないけど。

 

 

「スー…ハー……ここが篠宮の部屋か……。篠宮の匂いがする……」

 

 

そりゃあ俺の部屋なんだから俺の匂いするよ。

 

 

「さてさて、篠宮の寝顔でも拝見するとするか……」

 

 

ベッドに近づいてくる音がする。

 

ここは寝たふりをしたほうが良いのか、それとも、起きてることを教えたほうがいいのか。

 

……そうだ。少し脅かしてやろう。

 

 

「篠宮〜……」

 

 

そろりそろり近づいてくる。

 

もうそろそろいいかな?

 

 

「おはよう!」

 

「きゃああああ!?」

 

 

ベッドからガバッと勢い良く起き上がってみると、余程驚いたのかひさ子は悲鳴を上げながら尻もちをついてしまった。

 

 

「あははは!」

 

 

こんなリアクションを取るひさ子は見たことがない。故にとても面白い。

 

 

「びっくりした〜……って!驚かすなよ!」

 

「ごめんごめん。面白そうだったからつい……ぷふっ」

 

「わ、笑うなよ!」

 

 

頬を染めながら上目遣い。ひさ子もこんなテクニックが使えたのか。

 

 

「ひさ子、何しに来たの?」

 

「何しにって……そりゃあ……その……」

 

「その?」

 

「し、篠宮の寝顔でも見て……そして…ベッドに潜り込もうかと……」

 

「ほう…」

 

 

雅美も同じことやってたな。

 

 

「それなのに篠宮起きてんだもん」

 

「ちょっと拗ねた?」

 

「だいぶ拗ねたな」

 

 

ちょっとやり過ぎたかな。

 

 

「ごめんごめん、ほら、おいで」

 

 

俺は再びベッドに入り隣をぽんぽんする。

 

 

「ん……」

 

 

ちょっとふてくされながらもベッドに潜り込むひさ子。

 

 

「篠宮」

 

「ん?」

 

「お返しだ!」

 

「うわっ!?ちょ、ちょっと!」

 

 

思いっきり抱き着いてきた。雅美とはまた違ってボリュームが……。

 

 

「ん〜、篠宮の匂い……」

 

 

ひさ子が顔を埋めると自然と女の子独特の匂いがする。

 

 

「あ、あの……ひさ子さん……」

 

「なんだよ。岩沢も同じことやったんだろ?」

 

「ま、まあ、やったけどさ……」

 

「ならいいじゃねえか」

 

「えぇ〜……」

 

 

超理論。

 

 

「篠宮も」

 

「え?」

 

「篠宮も私を抱き締めてくれ」

 

 

なんちゅーことを言い出すんだこの人。

 

 

「な、なんで……?」

 

「私が抱き締めて欲しいから。今日一日は彼氏彼女の関係なんだろ?」

 

「そ、そうだけど……」

 

「なら早く」

 

「……わかったよ」

 

 

昨日に決心した通り、背徳感は気にしない。

 

 

「ああ……あの時みたいで安心する……」

 

「あの時?」

 

 

抱き締める力をゆるめてひさ子の顔を見る。

 

 

「ギルドで私を助けてくれた時。忘れたとは言わせないぞ?」

 

「ああ、あの時ね。大丈夫、しっかり覚えてるから」

 

 

っていうか忘れようにも忘れられないから。

 

 

「あの時は…私の大切な思い出なんだ……。あの瞬間、私は篠宮に惹かれたんだ」

 

 

わーお。あの瞬間か。

 

 

「その…私、昔から男っぽいって言われてきて恋愛とか慣れてないから上手く言えないんだけどさ、愛してるよ、篠宮」

 

 

思わずドキッとする。

 

ひさ子は男勝りとは言えれっきとした女の子であり、しかも美人。

 

そんな人から目を真っ直ぐ見つめられて「愛してる」なんて言われればドキッとしない方がおかしいと思う。

 

 

「あ、今は返事は要らねえよ。彼氏彼女ってもまだ仮の関係だからな」

 

「ひさ子……」

 

「だけど、良い返事は期待してるからな」

 

 

ニコッと笑いながら言う顔を見て再びドキッとする。

 

この笑顔だけ見れば男勝りなんて言われても信じないだろう。

 

 

「っと…まだ6時にもなってないんだな。朝っぱらから何言ってんだろ」

 

 

確かに雰囲気的には朝という感じでは無かった。

 

 

「っていうか眠くないの?こんな早起きして来て」

 

「少し眠い」

 

「じゃあ寝る?」

 

「いや、少しでも篠宮と一緒の時間を過ごしたいから起きてる」

 

「起きてるって……無理してない?」

 

「無理はしてねえよ」

 

 

ならいいんだけど。

 

 

「じゃあ何するの?」

 

「何って、このままでいいじゃん」

 

 

抱きつかれたまんまですか。

 

 

「まあ……いいけどさ」

 

「お、素直だな」

 

「彼氏彼女の関係でしょ?普通だって」

 

「はっはっはっ、分かってんじゃん。それじゃあたっぷり堪能させて貰うぜ」

 

 

その言葉を最後に結局ひさ子は寝てしまった。

 

俺?俺はたっぷり寝たのとドキドキで眠れないよ。

 

そして朝7時頃。

 

 

「ん…くぅあぁ〜……」

 

 

盛大な伸びとあくびでひさ子が目を覚ました。

 

 

「あ〜……私寝ちゃってたのか……」

 

「おはよう、ひさ子」

 

「おはよ」

 

 

まだちょっと眠そうだ。

 

そんでもってちょっとエロい。

 

 

「よく寝れた?」

 

「ああ、そりゃあもう気持ちよく寝れたさ。誰かさんのお陰でな」

 

「そっか。良かった。朝ごはんどうする?」

 

「ん〜、まだいい。今はもう少しこのままでいたい」

 

 

そう言って再び俺の背中に手を回す。

 

まだドキドキしているが、俺もひさ子の背中に手を回す。

 

 

「ふふ、篠宮も乙女心がわかってきたじゃねえか」

 

「からかうなよ……」

 

「ごめんごめん」

 

 

まあすぐ離したけどね。

 

理由?ちょっとまずいかなーって。

 

 

「……なんで離すんだよ」

 

 

少し口を尖らせながら聞いてくる。

 

 

「なんでって……ひさ子は女の子だよ?」

 

「ほう、私を女と認識してくれていたのか」

 

「当たり前じゃん!」

 

「ここでか?」

 

 

そう言って胸を押し当ててくる。

 

 

「ひ、ひさ子!」

 

「はっはっはっ!ウブだな!」

 

「うぅ〜……」

 

「……でも……篠宮にそういう目で見て貰えて……ちょっと嬉しいぜ」

 

 

多分今の俺はゆでダコのように顔が真っ赤になってるだろう。

 

ひさ子だってゆでダコみたいになってるんだもん。

 

 

「……自分から言っといてあれだけど……すっげー恥ずかしいな……」

 

 

しばらく沈黙。

 

 

「………」

 

「………」

 

「……えーっと……ご飯、食べに行こうか?」

 

「……うん」

 

 

沈黙に耐えかねた俺はこの状況を打開すべくご飯を食べに行こうと誘った。

 

ひさ子も気まずかったのか、すぐに応じてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寮を出て食堂へと向かう。

 

時間が少し早いのもあり、人影はまだまばらだ。

 

 

「二人で食事なんて初めてだな」

 

「そういえばそうだね」

 

「いつもなら岩沢とか関根とか入江とかと一緒に食べるもんな。ってかそう言えば関根も篠宮に告ったんだって?」

 

「え?んあ、ああ、まあ…」

 

 

今このタイミングで聞いてきますか。

 

 

「関根もライバルになるのか〜。ま、私の方が上だけどな。な?篠宮」

 

「ノーコメントで」

 

「なんだよ。そこはお世辞でもそうだよって言うところだろ」

 

「……ソウダヨ」

 

「だよな!」

 

 

ビシッと親指を立てて笑顔を向けてきた。

 

 

「……ソウダネ」

 

「よーし!テンション上がったところで食うぞー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事中は大して変わったことも無かったので割愛させてもらう。

 

大して変わらなかったと言ってもあーんくらいはあった。

 

しかし、雅美もやったし、どうせ明日関根もやるだろうからそこまで取りだたすことでもないだろう。

 

 

「「ごちそうさまでした」」

 

「この後どうするんだ?」

 

 

俺は結局プランを決められずにいた。

 

 

「ひさ子はなんか案ある?」

 

「ああ、あるぞ」

 

 

よかった。

 

 

「ちょっと篠宮にギターを教えようと思ってた」

 

「俺に?ギターを?」

 

「あの歌声でギターもやったらすっげー格好いいと思うんだよなぁ」

 

 

ギターか……確かにギター弾いてる雅美とひさ子は格好いいと思う。

 

ただ俺にできるかなぁ……。

 

まあ、ものは試しにやってみるか。

 

 

「わかった。やってみるよ」

 

「そう来なくっちゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、言うわけでいつも練習している空き教室にやってきた。

 

 

「ほら、これ」

 

 

そう言ってひさ子はギターを手渡してくる。

 

あまり詳しくはないが、恐らくアコースティックギターと呼ばれているものだろう。

 

ギターを手に取りちょっと鳴らしてみる。

 

すると、少し違和感があった。

 

 

「ひさ子、これひさ子たちが弾いてるのより1/4音くらい低くない?」

 

「え?ちょ、ちょっと貸せ」

 

「はい」

 

 

ギターを受け取ったひさ子はチューナー(?)を使って音を確認しだした。

 

 

「……本当だ……1/4音低い……篠宮、チューナー使わなくてもわかるのか?」

 

「え、わからないの?」

 

「わかんねえよ!なんでお前絶対音感持ってんだよ!」

 

「ぜったいおんかん?」

 

「道具使わなくても音の高さがわかる能力のことだよ!」

 

「それって凄いの?」

 

「スゲーよ!私たちミュージシャンは喉から手が出るほど欲しい能力だよ!しかも1/4音まで当てられるってどんだけ精度いいんだよ!」

 

 

へぇ、知らなかった。

 

俺はいままで歌うことはしてきたが、専門的な知識は全部雅美に丸投げしてきたため、殆どそういうことはわからないのだ。

 

 

「……まあいい……チューニングについての説明は省く。次は……」

 

 

そこからひさ子先生によるギターの基礎講座が始まった。

 

説明しようにも俺の知らない単語が沢山出てきたので説明できない。

 

よって、割愛させてもらう。

 

 

 

 

 

 

 

「……と、まあ、これくらいでいいか」

 

 

講座開始から4時間、ようやく終わった。

 

 

「お疲れさん、篠宮」

 

「ひさ子もお疲れ様。楽しいもんだね、ギターって」

 

「ああ、そうだな。初めてであそこまで上手けりゃ楽しいだろうな」

 

 

若干やさぐれ気味。

 

 

「なんか嫉妬しちまうよ。私が初めてギターを触った時は一音一音弾くのがやっとだったのにさ、篠宮はfコードまでのらりくらりこなすんだから」

 

「そう?fコードには手こずったじゃん」

 

「1時間つっかえるだけじゃ手こずるなんて言わねーよ。むしろ天才って褒められるぜ。私なんてあれマスターすんのに2ヶ月もかかったのに……。こりゃあ抜かれるのも時間の問題だぜ」

 

「そんなそんな、ひさ子を抜くなんて有り得ないよ」

 

「いーや、このまま行けば私は抜かれる。だからこれ以降私は篠宮にギターを教えない」

 

「えぇ!?」

 

「だって抜かれたらショックだもん」

 

 

ちょっと頬を膨らませながら言うひさ子。可愛いです。

 

 

「ははは、じゃあひさ子を抜けるように雅美にでも教えて貰おうかな」

 

「なっ!?岩沢に教わるくらいなら私が教える!」

 

「結局教えてくれるのかよ」

 

「あ、いや、教えない!」

 

 

どっちだ。

 

 

「はは、まあそれは追々考えればいいさ。ご飯食べに行こ?お腹空いちゃった」

 

「……そうだな。追々じっくり考えなきゃいけない問題だな……。まあそれより今は飯にするか」

 

「うし、何食べる?」

 

「昼は私が昨日作ったカレーがあるからそれを食うぞ」

 

「ひさ子が作ったの?」

 

「そうだぞ。私が篠宮の為に愛情をたっぷり入れて作ったんだ」

 

「ほぉ……そりゃあ楽しみだ」

 

「楽しみにしとけって。んじゃ、私の部屋に行くぞ」

 

「はいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところ変わってひさ子の部屋。なんだかんだで初訪問だったりする。

 

 

「おじゃましま〜す」

 

「う〜い、上がって上がって」

 

「ほぉ〜」

 

「なんだよ」

 

「ここがひさ子の部屋か〜って思って」

 

 

俺の想像ではもっとこう、乱雑に服が脱ぎ捨てられていて、物で溢れかえり、足の踏み場がないものだと思っていた。

 

しかし、実際はそんな想像とは真逆で、きちんと整理整頓されていた。

 

流石にぬいぐるみなどの類は置いてなかったけどね。

 

 

「こら、人の部屋をそんなにまじまじ見るな」

 

「ごめんごめん。予想以上に綺麗な部屋だったからつい」

 

「お前の中で私はどんな生活を送ってると思ってるんだ?これでも恋する乙女だぞ」

 

「そうだったね」

 

「分かればよろしい。さ、カレー温めてくるからちょっとそこらに座って待っててくれ」

 

「はーい」

 

 

そう言ってひさ子は台所へ消えていった。

 

5分もしない内に部屋中にカレーの良い匂いが充満してきた。

 

 

「よ〜し、出来たぞ」

 

 

ひさ子がカレーを運んでくる。

 

 

「めっちゃ良い匂い……」

 

「そうだろ〜?私の自信作なんだぞ。なんせ篠宮のことを想いながら作ったからな!」

 

 

豊満な胸を張りながら満足げに言う。

 

 

「味にも期待していい?」

 

「ああ、大いに期待しとけ!」

 

「そんじゃあ、いただきます」

 

 

パクっと一口。もぐもぐ。

 

んん!?

 

 

「美味っ!?」

 

「だろ〜?」

 

「めっちゃ美味い!」

 

「そんなに急いで食べなくても残りはちゃんとあるから」

 

「だって美味いんだもん!」

 

 

ガツガツとかき込むようにして食べる。

 

 

「でもまあ気に入ってくれたようでなによりだよ」

 

「おかわり!」

 

「はやっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ごちそうさま」」

 

「ふぅ〜、食った食った」

 

「篠宮食べ過ぎだぞ」

 

「そういうひさ子だって2杯食ってたじゃん」

 

「いいんだよ、この世界ではいくら食っても太らないから」

 

 

さらっと羨ましい情報。

 

 

「じゃあ俺もいくら食ってもいいじゃん」

 

「5杯は流石に食いすぎだ」

 

 

まあね。

 

 

「3日は持たそうと思ったのに1食で無くしやがって……」

 

「だってひさ子の美味しいんだもん」

 

「そう言ってもらえるのは嬉しいけどさ……」

 

 

ちょっと腑に落ちない様子のひさ子。それでいてどこか嬉しそうだ。

 

 

「よし、カレー作ってくれたお礼をしよう。ちょっとそこにうつ伏せに寝転んで」

 

「? これでいいのか?」

 

「うん。いくよ」

 

 

グイッと背中を押す。

 

あ、ちゃんと大丈夫なように力加減はしてるからね。

 

 

「んんっ!?」

 

「結構疲れてるねー」

 

 

グイッグイッ。

 

 

「んん〜!」

 

「どう?」

 

「気持ちいい〜……」

 

 

昔っから雅美にちょくちょくやってたのでマッサージは得意だ。

 

 

「あ゙あ゙〜…そこそこ……」

 

「ここか!」

 

 

グイ〜っ。

 

 

「ん゙ん゙ん゙〜!」

 

 

30分後。

 

 

「ふはーっ!気持ちよかったー!」

 

「どうだった?」

 

「なんか肩こりとか全部吹っ飛んだよ」

 

「それはよかった」

 

 

やっぱ大きいと肩こりとかで悩まされるのかな?

 

 

「よし、次は私の番だな。篠宮、ここ」

 

 

ひさ子は正座をしたかと思うと自分のももをぽんぽんと叩いた。

 

 

「へ?」

 

「耳かきしてやるから、膝枕」

 

「ああ、膝枕ね……」

 

 

少し戸惑いながらもひさ子のももにお邪魔する。

 

なんというか……柔らかくて良い匂いだ……。

 

 

「は〜い、まずは右から」

 

 

右耳を上に向ける。

 

 

「ほう、意外と綺麗だな」

 

「まあ耳かきは結構やってるからね」

 

「でも、こことか結構取りこぼしあるぜ」

 

「あー…そこいつも怖くて出来なかったんだよねー…」

 

「気持ちいいか?」

 

「気持ちいい……」

 

「でも残念だったな。右耳はもうおしまいだ。次、左耳」

 

 

少し名残惜しいが体制を変えて左耳を上にする。

 

上にするのだが、ここで少し問題が……。

 

 

「あの、左耳を見せるとなるとスカートの中とか見えるんだけど……」

 

 

そう、ひさ子のパンツが丸見えなのだ。

 

色についてはひさ子の威厳を損なうといけないのであえて言わない。

 

 

「別に篠宮なら構いやしないさ」

 

 

ここらへんは男っぽいのね。

 

 

「そ、そう?じゃあお言葉に甘えて……」

 

 

体制を変えると一気に女の子の匂いがする。

 

なんで女の子っていうのは良い匂いがするのかね。

 

更にそれに加えて耳かきだなんて、ここは天国か?

 

 

 

 

 

 

 

なんて考えている内に耳かきは終わった。ちくしょう、勿体無いことをしたぜ。

 

 

「ん、ひさ子、ありがと」

 

「礼を言うのはこっちの方だぜ。篠宮こそマッサージありがとな」

 

「そんなの大したことじゃないよ。またしてほしくなったらいつでもするよ」

 

「じゃあ私もいつでもやってやるよ」

 

 

お互い約束を交わしたところで一つ問題が起きた。

 

 

「これからどうする?」

 

 

またもやノープランなのだ。

 

 

「ちょっとまた私の我儘に付き合って貰っていいか?」

 

「我儘?俺にできる範囲ならいいよ」

 

「ちょっとグラウンドに行ってキャッチボールでもしないか?」

 

「キャッチボール?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

という訳で、ところ変わってグラウンド。

 

俺の手にはグローブ、ひさ子の手にはグローブと軟式球がある。

 

どこから持ってきたのやら……。

 

 

「篠宮はこう言うの初めてか?」

 

「いや、少しだけならやったことあるよ」

 

「じゃあやり方わかるよな?」

 

 

キャッチボールに説明しなきゃいけない行程なんてあっただろうか。

 

少し疑問に思いつつも俺は頷く。

 

 

「あ、ただ少し問題が……」

 

「問題?なんだよ」

 

「球が速すぎるかもしれなくて……」

 

 

そう、俺がちょっとだけしかやったことがない理由はここにある。

 

昔体育の授業でキャッチボールがあったのだが、その時に投げたボールがあまりに速すぎて俺以外誰も目視出来なかったのだ。

 

そこで危険と判断した先生はそれ以降俺にボールを握らせることは無かった。

 

まあ、あの時ばかりは俺も危ないって思ったから、別に先生を責める気は無いけどね。

 

 

「ほう、じゃあ一球あっちに向かって投げてみろよ」

 

 

ひさ子が指差すのは森林の方。なるほど、あっちなら人もいなくて安全だな。

 

 

「よーし、じゃあいくよー」

 

 

森林の方に向かって投げた次の瞬間、

 

 

パァーン!

 

 

ボールが粉々に砕け散った。

 

 

「………え?」

 

「は……?」

 

 

俺もひさ子もしばらく理解が追いつかない。

 

 

「えっと……篠宮、ボールは?」

 

「今投げたけど……」

 

「じゃあ今破裂したのは……?」

 

「多分ボール?」

 

「……まさかボールが空気抵抗に耐えられなくて破裂したとかそんなオチじゃないよな?」

 

「あー……そのまさかかもしれない」

 

「…………」

 

 

ひさ子、フリーズ。

 

俺自信もまさかだった。

 

まさか俺の投げたボールがあんな木っ端微塵になるとは予想もしていなかったからだ。

 

というかたった今新しい事実に気がついた。

 

あの時より確実に力が強くなっている。

 

俺も薄々そんな気がしていたが、今確信に変わった。

 

昔、力を抑える方法をマスターして以来、徐々に徐々に力が強くなっていったから気づかずにそのまま慣れていったのだろう。

 

頭の中で合点がいった俺はひさ子の方を見てみる。

 

 

「……………」

 

 

まだ固まってる。

 

 

「お〜い?ひさ子?」

 

「……………………なに?」

 

 

おーっと、ラグが凄い。CPUが火を噴いているようだ。

 

 

「その……大丈夫?」

 

「……ちょっと頭を整理する時間をくれ……」

 

 

そう言って少し考え込む。

 

5分後。

 

 

「オーケー、篠宮。もう大丈夫だ」

 

「……なに考えてたの?」

 

「どうやれば一緒にキャッチボールできるかだよ」

 

「……本当に?」

 

「ああ、本当だ。どうした?」

 

「いや、これからの俺との付き合い方について考えていたのかと……」

 

「はあ?」

 

「あ、いや……俺、嫌われちゃったかなーって……」

 

 

正直内心不安だった。

 

生前はあんな感じのを見られるだけでかなり騒ぎ立てられ、遠ざけられていたからだ。

 

そのトラウマが少し蘇ったような気がした。

 

 

「なんで私が篠宮のこと嫌うんだよ」

 

「だって…怖かったでしょ?」

 

「いいや、全然」

 

「でも……」

 

「あのな、よく聴け。私は篠宮のことを愛してる。何があっても篠宮の味方でいるんだ。そんな風に思っている私があんなこと如きで篠宮のことを嫌いになるわけないだろ?第一、篠宮が優しい人間だってことは岩沢程じゃないけど、私だってわかってる。だから安心しろ。篠宮を遠ざけるなんて絶対に有り得ねーから」

 

 

俺が何か言おうとすると、ひさ子はスラスラと俺に対する考えを述べた。

 

それは俺が生前、雅美以外の人に言ってもらいたくても言ってもらえなかった言葉だった。

 

 

「ひさ子……」

 

「だからな?私たちに嫌われるとかそういうこと考えるのはやめようぜ?」

 

「……ごめん……ごめんね……」

 

 

思わず泣き出してしまった。

 

以前、校長室でも同じような理由で泣いたことがあったが、やはり慣れないものだ。

 

 

「お、おいおい……なにも泣かなくたって……」

 

 

ごめんひさ子、俺には我慢出来ない。

 

グラウンドの真ん中でなに泣いてるんだって思われるけど、今の俺には関係ないね。

 

 

「ありがとう……本当にありがとう……」

 

「べ、別にお礼を言われるようなことじゃねーよ……私はただ好きな人に好きって言っただけだ……」

 

 

その言葉で更に泣いてしまった。

 

いい年した男が、情けないね。

 

それから10分後。

 

 

「泣き止んだか?」

 

「うん…ごめんね……」

 

「いいって。気にすんなって」

 

「ありがとう……」

 

「ほーら、泣き止めって。せっかくのデートなんだから楽しもうぜ」

 

「……うん、それもそうだね!」

 

 

ひさ子の一言でなんとか泣き止むことができた。

 

なんか……ひさ子に任せっぱなしだな、俺。

 

 

「よーし、篠宮も笑顔になったことだし、これからどうする?」

 

「キャッチボールは……無理だよね」

 

「そうだな……篠宮、なんかやりたいこととか無いのか?」

 

「俺?俺は……う〜ん……」

 

 

う〜ん……。

 

 

「……ひさ子の昔について聞きたいかな」

 

「私の?そんなもん聞いても面白く無いぜ?」

 

「パッと思いつくものって言ったらこれなんだよ。あ、別に嫌だったら話さなくていいから」

 

「まあ…確かに告白したのに過去を明かさないっていうのはおかしいよな。いいぜ、話してやる」

 

「ほんと!?やったー!」

 

 

正直ひさ子の過去は興味がある。

 

別にいやらしい想像をしてるんじゃないぞ。

 

 

「あー、こんなところで話すのもなんだから移動するか」

 

「じゃあ俺の部屋来る?」

 

「おう、女子寮より男子寮の方が近いしな」

 

 

そんなわけでひさ子の過去を聞けることとなった。




次回、流れから予測できる通りオリジナル設定が入ります。
読まなくてもストーリーに影響はないようにします。


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第十三話「試練のデート〜ひさ子編後〜」

お久しぶりです。ひさ子編後半です。


ところ変わって俺の部屋。

 

 

「さてと、どこから話そうか……」

 

 

俺とひさ子はテーブルを挟んで向かい合わせに座っている。

 

自分から聞きたいと言っておいてあれだが、やはり人の過去を聞くというのは少し緊張する。

 

だから、自然と正座になってしまう。

 

 

「……別に正座になって真面目に聞く必要はないんだぞ?」

 

「あ、いや、雰囲気的にというか……」

 

「ま、いいんだけどさ。それより話、始めるぞ?」

 

 

そう言ってひさ子は自分の過去について話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

――――――

―――

 

 

私は幼い頃に両親を失った。原因は交通事故。

 

別に両親を失ったことはどうだっていい。むしろ私にとっては嬉しいことだ。

 

父親はアル中で頻繁に暴れまわり、母親は「躾」と称して私に暴力を振るった。

 

そんな両親から開放されるとなると喜ばずにはいられなかった。

 

しかし、問題もあった。

 

このとき私はまだ5歳。当然大人が一緒にいないと生活などできないのだ。

 

両親の葬式の後、集まった親戚で今後私をどうするかという話し合いが行われた。

 

なんせあんな二人に育てられた子どもだ。まともに育っているはずがない、と親戚たちは思っていたようで、私を引き取ろうとする人は中々現れない。

 

そんな中で唯一私を引き取ると言ってくれた人物がいた。

 

遠い親戚のおじさんだった。

 

 

 

 

 

 

 

おじさんに引き取られてから、私の人生は大きく変わった。

 

両親とは違って暴れなければ暴力も振らない。

 

これだけでも十分なのに、更に私に優しく接してくれる。

 

もう私にとっては幸せすぎる日々へと変わった。

 

きちんと洗ってあるきれいな服、何もしなくても出てくる食事、そして静かで清潔な家。

 

何もかもが十分すぎる程だった。

 

そんな日々を過ごしていたある日……。

 

 

「おじさん、何してるの?」

 

「ん?ギターのお手入れだよ」

 

「ギター?」

 

「ほら、これ」

 

「わ〜……」

 

「こうやって弦を弾くと音が出るんだ」

 

 

ジャーン

 

 

「すごーい!」

 

「ひさ子ちゃんはこういうのに興味があるのかい?」

 

「うん!」

 

「はっはっはっ、じゃあちょっとやってみようか」

 

 

このことをきっかけに私はギターを始めた。

 

おじさんも共通の趣味を持ってくれたのが嬉しかったのか毎日私にギターを教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな幸せな日々を過ごし始めてから3年、変化は突然起きた。

 

私が学校から帰ってくるとおじさんが倒れていたのだ。

 

原因はクモ膜下出血。私はすぐに救急車を呼んだが手遅れだった。医師も最善を尽くしてくれたが、搬送先の病院で死亡が確認された。

 

その後、おじさんの葬式も終わり、私がおじさんの死の悲しみに明け暮れる中、私を引き取ると言ってくれた人物がいた。

 

一見すると優しそうな遠い親戚のお兄さんだった。

 

親族からの信頼も厚いらしく、すぐにそのお兄さんとの共同生活が始まった。

 

初めは優しかったけど、1週間ほど経ったある日、そいつが突然変わった。

 

暴力を振るうようになったのだ。

 

調べたところによると、そいつは覚せい剤をやっていて、どうやらそれが切れたようだった。

 

私は怖くなってそいつの親戚に相談したが、「あの人がそんなことするはずがない」と言われ、終いには私が変人扱いされたさ。

 

それから地獄のような毎日が続いた。

 

覚せい剤が切れる度に思いっきり殴られ、蹴られ、体中が痣だらけになった。

 

そいつもこのまま学校に行かれるとバレると思ったのか、私を部屋の中に監禁しやがった。

 

毎日毎日狭い部屋の中に一人閉じ込められ、食事もまともに与えられず、風呂に入るのも週に一回程度。トイレ以外はその部屋を出して貰うことは許してもらえなかった。

 

そんな中で私を支えてくれたのがおじさんの形見のギターだった。

 

毎日ずっと部屋で練習していたから、皮肉なことにギターの腕だけは着々と上達していった。

 

そんな日々を過ごし、私は中学生の年齢になった。

 

その頃になると流石にもう諦めがついていたね。ああ、私はここで死ぬんだって。

 

そんな時に一つの光が差し込んできたんだ。

 

家に警察がやってきた。

 

別に私を助けに来たわけじゃない。そいつが覚せい剤を持っているのがバレたから家宅捜索に来ただけだ。

 

それでも私は嬉しかった。この生活からやっと開放されるんだって。

 

警察に保護された私は孤児院に入れられた。

 

私の学力は小学校低学年で止まっていたので、まず独学で小学生の勉強を始めなければならなかった。

 

しかし、私にとってそんなことは大した問題ではない。

 

勉強をしている方があの生活よりも数百倍マシだと思えば勉強が楽しくて仕方がなかった。

 

高校に入るまでには同年代の奴らと同じくらい、いや、少し高いくらいの学力を習得したさ。

 

私はそこそこの高校に入り、新聞配達、コンビニの店員等のバイト、そしてたまに路上ライブをしながら生活費を稼ぎ、生活を送っていた。

 

しかし、ここでも問題が起きた。

 

どっかの誰かが私の過去について聞き出したのか、私が小、中とまともに学校に行っていないことを噂し始めたんだ。

 

あるものは私を避け、あるものは汚物を見るような視線を送ってきて、またあるものは私をいじめの対象にした。

 

別に前の2つはどうだってよかった。問題なのはいじめの対象になったということだ。

 

そのいじめというのも陰湿なもので、財布から金を取られるだの、教科書を捨てられるだののそういう類のものだった。

 

自分で生活費を稼いでる身としては金のありがたみが物凄くよくわかる。

 

私はなんとしても許せなかった。

 

先生に相談したが、学校の評価を気にしているのか相手にしてくれず、終いには「お前の勘違いだろう」とまで言われた。

 

これを機に私は学校を退学した。

 

あんなクソみたいな奴らとクソみたいな教師に金をむしり取られてたまるもんか。

 

ここからは岩沢と被るところがあるんだけど、私も路上ライブを本格的にやりながらレコード会社のオーディションとかを受けまくった。

 

初めは中々結果は振るわなかったものの、徐々に知名度が上がっていき、少しずつではあるが希望の光が見えてきた。

 

しかし、18歳になったある日、事件は起きた。

 

路上ライブをやっている最中に変な男から声をかけられた。

 

見るからに陰湿そうで、いかにもヤバいやつ。

 

話を聞くと、いわゆる「性交渉」というやつだった。

 

もちろん断ったさ。でも、相手もしつこくてね。

 

何度も何度も断っている内に相手が見るからに苛立っているのが分かった。

 

本能的にヤバいと判断し、ギターを持って逃げたが、もう手遅れだった。

 

奴の隠し持っていた出刃包丁によって私は腕と頭を刺された。

 

そこからのことはよく覚えていない。

 

気づけば病院で横になっていた。

 

幸いにも傷は浅く、手術をすれば命に別状はないとのこと。

 

しかし、血液が足りていない。医者は急いで輸血の準備をしていたようだ。

 

思い返せばこの輸血がいけなかった。この輸血で大きなミスが起こった。

 

医者が私の血液型を間違えていたのだ。

 

普通はありえない医療ミス。なのに私の時は起きてしまった。

 

そしてそのまま私は死んだ。

 

死因は不適合輸血による血液凝固のショック死。

 

こうして私は夢を掴みかけた一歩手前で全てを失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

――――――

―――

 

「と、まあこれが私の過去だ」

 

「……凄い人生だったんだね……」

 

「まあここに来てる奴らはみんな酷い人生を送ってきてる奴らだからな。別に私だけじゃねーよ」

 

 

ひさ子は努めて明るく言うが、目が笑っていない。

 

それもそうだろう。あんな辛い人生を思い出したんだ。

 

未だに引きずっている所はあるに違いない。

 

余計な迷惑かもしれないが、少しでも楽になってもらいたい。

 

 

「……よく頑張ったね」

 

「え……?」

 

 

そう言って俺はひさ子を抱きしめる。

 

 

「よく頑張ったよ、ひさ子は」

 

「え…ちょ、おい、なに篠宮が泣いてるんだよ……」

 

 

そりゃあ、あんな話を聴けば涙くらい出るだろう。

 

 

「辛かったよね……辛かったよね……」

 

 

俺は更に力を込めて抱きしめる。

 

すると……。

 

 

「…………ああ、辛かったさ……なんであの時おじさん死んじゃったんだろう……」

 

 

ひさ子の声が震え始めた。

 

 

「なんで私を置いて行っちゃったんだろう……なんで……なんであんな野郎に閉じ止められて……なんで……なんで……」

 

 

おじさんを思い出し、ひさ子は本格的に泣き始めた。

 

 

「ぐすっ……う…うう……ひっく……」

 

 

普段のひさ子からは想像も出来ない姿。

 

大粒の涙をこぼしながら俺に思いっきり抱きついてくる。

 

俺はそんなひさ子の背中を優しくさする。

 

 

そして5分後。

 

 

「落ち着いた?」

 

「ああ……」

 

 

ひさ子の涙がようやく止まった。

 

 

「なんか……暗い空気になっちまったな」

 

「………」

 

 

俺は何も言うことが出来ない。

 

この俺よりも壮絶な人生を送りながらも明るく振る舞い続けた少女に、なんと声をかけて良いのかわからないのだ。

 

過去を聞きたいと言ったのは俺だ。その俺が何も言えないなんて情けない話だ。

 

 

「……でも、こんな人生だったおかげで篠宮に出会えたんだよな……そう考えるとこれで良かったのかもな……」

 

「ひさ子……」

 

「なーに暗い顔してんだよ。はい、この空気はここでお終い!切り替えるぞ」

 

 

パンパンと手を叩きながら強引に空気を変えるひさ子。

 

表情を見るといつも通りのひさ子に戻っているようだ。

 

多少気が引けるものの、俺自身もこの空気を引きずるのは嫌だったので、ひさ子の提案に乗ることにした。

 

しかし、切り替えると言っても現在時刻は午後3時。

 

何かをするにも中途半端な時間だ。

 

 

「……切り替えるのは良いけど、なにするの?」

 

「何しようかねぇ……」

 

 

またもや無の時間。

 

生前の世界なら借りてきたDVDだのを見て過ごす時間なんだろうが、生憎この世界にそんなものはない。

 

どうしようか悩んだ挙句、出した答えは……。

 

 

「俺はまたギター教えて欲しいかな〜って…」

 

「ダメだ」

 

「え〜……」

 

「絶対に抜かれたくない」

 

 

一蹴されてしまった。

 

 

「じゃあどうするのさ」

 

「私は今度はなんか篠宮から教わりたいな」

 

「俺から?何を?」

 

「何をって……得意なもんでいいよ」

 

 

得意なもの……得意なもの……なんかあったかな。

 

 

「ほら、歌とか」

 

「あれは俺自身どうやって歌ってるとか意識したこと無いから教えられないよ」

 

「そうなのか……」

 

 

少し残念そうだ。

 

 

「なにか教えられるものかぁ……」

 

「篠宮って何が趣味だったんだ?」

 

「趣味……趣味ねぇ……」

 

 

強いて言えば動物と触れ合うことくらいだろうか。

 

動物だけは俺を避けずに心を癒やしてくれる。

 

しかし、本能的に怯えているのか、どの動物も慣れ始めは足が震えていた。

 

でも時間が経つにつれ、無害だと分かってくれるのか、懐いてくるのだ。

 

今頃あいつらはなにしてるだろう……。

 

 

「し、篠宮?」

 

 

思考が脱線していた俺はひさ子の呼びかけで元に戻った。

 

 

「ん……?ああ、ごめんごめん、ちょっと昔のこと思い出してた」

 

「昔のことって……大丈夫なのか?」

 

「大丈夫大丈夫、思い出したのは悪い思い出じゃないから」

 

「そうか……ならいいんだけど。んで、趣味は思い浮かんだのか?」

 

「思い浮かんだけど……この世界じゃちょっと出来ないことなんだよね」

 

「なんだよそれ」

 

「動物と触れ合うこと」

 

「へえ……確かにこの世界じゃできないな……」

 

 

やっぱり無理よね。

 

他のことを考え始めた時、ひさ子がなにかを思いついた。

 

 

「でも、似たようなことならさせてやれるぜ?」

 

「え?」

 

 

なんだろうあの笑顔。なにか悪いことでも考えてなければいいんだけど。

 

 

「ちょっと待ってろ。すぐ戻るから」

 

「な、何しに行くの?」

 

「ヒ・ミ・ツ♡」

 

 

そう言うとひさ子は俺の部屋を出てどこかへ行ってしまった。

 

5分後、ドアが開いた。

 

ひさ子が帰ってきたのだろう。そう思い玄関まで出向くと、そこには俺の想像を超える光景があった。

 

 

「篠宮、ただいまだにゃん♪」

 

 

俺、フリーズ。

 

ちょっと待て。なんだこれ。

 

今目の前にいるのは紛れもなくひさ子だ。しかし、猫耳としっぽが付いている。

 

はて……彼女はこの短時間でなにか悪いものでも食べたんじゃないか。それともどこかに頭をぶつけたんじゃないか。

 

どう考えてもおかしい。俺の知っているひさ子はこんなことする奴じゃない。

 

猫耳としっぽを付けた挙句に語尾に「にゃん」だと?

 

この世界に来てから五本の指に入るくらいの衝撃だ。

 

あ、パラレルワールドか?俺はパラレルワールドっていうやつに来ちゃったのか?参ったな〜、どうやれば帰れるんだろ?

 

と、色々考えていると。

 

 

「どうしたんだにゃ?早く入れてほしいにゃ!」

 

 

ああ、ひさ子さん、色々破壊力抜群です。

 

私はとりあえず説明を求めたいです。

 

 

「ま、まあ……とりあえず入って……」

 

「お邪魔しますにゃ♪」

 

 

ひさ子をソファーに座らせ、事情聴取開始。

 

 

「とりあえずひさ子、その格好とその喋り方はなに?」

 

「篠宮が動物と触れ合うのが好きって聞いたからちょっとでもそれに近づけようと思っているんだにゃ」

 

「キツくない?」

 

「…………………正直キツい」

 

 

手で顔を覆うひさ子。

 

やっぱりそうですよね。キツいですよね。ずっと顔真っ赤ですもの。

 

確かに可愛いですよ。それを否定する気は一切ありませんよ。

 

ただ、語尾に「にゃ」をつけるのはどう考えてもひさ子のキャラではない。

 

 

「その……無理しなくてもいいんだよ?」

 

「……わかった。やっぱり慣れないことはするもんじゃねえな」

 

「えっと……俺が動物と触れ合うのが好きだって聞いて猫耳としっぽを付けてきたんだよね?」 

 

「ああ、そうだ。愛する篠宮の為ならこれくらいのことはやるさ」

 

 

さらりと嬉しいやら恥ずかしいやらの情報を伝えてくる。

 

 

「そっか……ありがとね」

 

 

俺は猫耳を付けた状態のひさ子の頭を撫でる。

 

すると、気持ち良さそうに頭をスリスリしてきた。

 

 

「ちょ…なにしてるの?」

 

「いや、猫っぽいかなって」

 

「っぽいけどさ……」

 

「にゃ〜ん」

 

 

( ゚д゚)

 

 

「にゃあ?」

 

 

( ゚д゚)……?

 

 

「にゃ♪」

 

 

( ゚д゚)……

 

 

「……ちょっとはリアクションしてくれよ」

 

「……わいい…」

 

「ん?」

 

「可愛い〜!」

 

 

もう我慢できない。

 

俺の動物愛護心が思いっきり愛でろと指示を出してくる。

 

生きていた頃は動物園に行ってライオンだのトラだのとも仲良くしてたじゃないか。それのもっと大人しくなったやつだぞ。

 

え?ライオンだのトラだのと直に触れ合ったのかって?

 

もちろんだ。

 

どうやって触れ合ったのかは秘密だけどな!

 

と、ここで猫耳ひさ子に目をやると、不思議そうにこちらを見ていた。

 

撫でまくってやる。

 

 

「ああ〜、よしよし」

 

「にゃ、にゃ〜?」

 

「んー!可愛い〜!」

 

 

ギューッと抱きしめる。

 

 

「し、篠宮……ちょっと苦しい……」

 

「「にゃあ」でしょ?」

 

「え……?」

 

「ひさ子は今猫なんだから」

 

「……にゃあ」

 

「あーよしよしよしよし!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2時間後。

 

 

「し、篠宮……そ、そろそろ良いんじゃないか……?」

 

「え〜……」

 

「疲れた……」

 

 

息を切らしながらぐったりした様子で訴えかけてくるひさ子。

 

確かに長い時間頑張ってくれたもんな。この続きはまた今度としよう。

 

 

「はぁ…はぁ…ちょっと寝ていいか?」

 

「そんなに疲れた?」

 

「疲れたさ……あんなムツゴロウさんの超強化バージョンみたいなのを2時間もやられたら……」

 

 

確かにちょっとやり過ぎた感は俺にもある。

 

体中を撫で回すのは当たり前、首の下をこしょこしょしたり、しっぽの付け根を割りと強めに撫でたり。

 

ライオンとか相手だったらあれでも大丈夫なんだけどなぁ……。

 

ま、ひさ子は人間だし、それはそうだよね。

 

 

「わかった、夕飯の時まで休んでて」

 

「ありがとう……」

 

「あ、それとひさ子」

 

「なに?」

 

「ありがとうね、俺のためにここまでしてくれて」

 

 

そういった瞬間、ひさ子の目が少し見開き、顔がほんのりと赤くなった。

 

 

「そう言われたらやりがいがあったってもんだ」

 

 

ぼそっと呟く。

 

 

「ああ、どういたしまして」

 

 

そのままひさ子は眠りに着いた。

 

さて、問題はここからだ。夕飯までの時間、なにをして過ごそうか。

 

今寝ると夜に響く。かと言ってすることもない。

 

部屋にあるものといえば勉強道具、辞書、参考書、食器類、そしてなぜか毎週届く生鮮食品(in冷蔵庫)くらいだ。

 

生鮮食品でも使って昼飯のお礼になんか料理でもしようか…………ちょっと待て、Good idea。

 

そうだ、夕飯までの時間で夕飯を作ればいいんだ。そうすればわざわざ外に出る必要もないし、食券を消費する必要もない。

 

おまけに食堂では食べられないメニューも作れる(かもしれない)。

 

そうと決まれば早速調理開始だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2時間後。

 

 

「よし、完成!」

 

「ん〜……どうしたんだ〜?篠宮〜」

 

 

丁度ひさ子も起きた。

 

と言うか今の声で起きたのかな?

 

 

「おはよう、ひさ子」

 

「おはよ……」

 

 

ひさ子は寝起きがあまり強くない方なのだろうか。

 

まあそんなことはどうでもいい。

 

 

「夕飯の準備出来てるからソファーに座って待ってて」

 

「はいよ〜……ん?」

 

「どうしたの?」

 

「夕飯の準備出来てるって、篠宮が作ったのか?」

 

「うん」

 

「ほぅ……」

 

 

なにやら嬉しそうな笑みをこぼすひさ子。

 

 

「楽しみに待ってる」

 

 

そう言うと台所を出てソファーに座った。

 

そして……。

 

 

「はーい、お待たせ」

 

「お、来た来た」

 

 

若干食い気味。別に上手いこと言ったとは思ってないっすよ。

 

 

「はい、ピザ」

 

「ピザぁ?」

 

 

ひさ子はちょっと予想外だったのか素っ頓狂な声を上げた。

 

 

「学食のメニューにもないし、好きかなーって」

 

「いや確かに好きだけどさ……」

 

「よかった。食べよ?」

 

「まあ……いただきます」

 

「いただきます」

 

 

ピザを一切れ手に取り口へ運ぶ。

 

もぐもぐ。うん、美味い。今回も上手くできたね。

 

チラッとひさ子の方を見ると。

 

 

「………美味い……」

 

 

目を真ん丸にしながら驚いていた。

 

 

「美味いっ!篠宮!美味い!」

 

 

なんだか興奮しているようだ。お気に召して頂いたようでなによりだ。

 

 

「そんながっつかなくても大丈夫だよ」

 

「美味いんだから仕方ないだろ!」

 

 

なんか昼飯の時と逆だね。

 

そして、あっという間にひさ子はピザを平らげた。

 

 

「ごちそうさま」

 

「お粗末さま」

 

「昼間料理教わればよかったなー。ってかなんで趣味聞いたとき料理って言わなかったんだよ」

 

「趣味って言うほどのことじゃないしなーと思って」

 

「……ちなみにレシピのレパートリーはどんだけあるんだ?」

 

「う〜ん……細かいのも入れたら400くらいかな?」

 

 

親が作らないなんてザラにあったから自ずと料理をするようになったんだよな。うん。

 

 

「…………そうだな、趣味(の領域)じゃないな」

 

「でしょ?」

 

 

その後は洗い物と台所の掃除をパパッとやって、あっと言う間に時計は8時半を指していた。

 

 

「ふぅ〜、おつかれ」

 

「篠宮こそおつかれ」

 

「さて、お風呂に入るか」

 

「うし、んじゃあ私は帰るかな」

 

「えっ?」

 

 

予想外だった。

 

てっきり一緒に入るもんだと思って入浴剤入れちまったよ。

 

 

「流石に一緒に風呂に入るのは楽しみに取っておくよ」

 

「楽しみって……」

 

「なんだよ、篠宮は楽しみじゃないのかよ」

 

「いや、まぁ………」

 

 

男ですから。あとは察してね。

 

 

「んじゃまあ、そんなことで私はそろそろ帰るわ。篠宮も疲れてるだろうから早く寝るんだぞ」

 

「うん、わかった。送っていかなくて大丈夫?」

 

「大丈夫」

 

「そっか。おやすみ、ひさ子」

 

「おやすみ、篠宮」

 

 

ひさ子が玄関のドアを閉めようとした瞬間。

 

 

「あ、そうだ。忘れてたわ」

 

「ん?なにか忘れ物?」

 

 

チュ

 

 

「へっへ〜、あっぶねー。んじゃ、また今度な!」

 

 

そう言い残しひさ子は部屋を出ていった。

 

俺はというと。

 

 

「…………」

 

 

ただただそこに立ち尽くすしか無かった。




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第十四話「試練のデート?〜関根編〜」

3日目朝、俺の部屋はいつもよりも少し騒がしかった。

 

ゲホっ!ゲホっ!

 

部屋に鳴り響く咳の音。

 

その音源である関根を見てみると。

 

 

「ゲホっ!ゲホっ!」

 

 

完全に風邪を引いていましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遡ること30分。

 

俺は関根の訪問に備えていた。

 

あの元気一杯な関根のことだ、朝とは思えない程ハイなテンションでやってくるに違いない。

 

どんなやばいテンションで来ても対処できるようにしておかなければ。

 

そんなことを考えていると。

 

 

ガチャ

 

 

ドアが開いた。

 

さあ、来い!どんなテンションでも受け止めやる!と、意気込んでいたが。

 

 

「お邪魔しま〜す……」

 

 

俺の予想に反してかなりのローテンションで関根はやってきた。

 

よく見ると顔色が良くない。

 

 

「ど、どうしたの?」

 

「なんでもないですよ〜……ズズッ」

 

 

鼻水も啜ってるし……まさか。

 

 

「風邪?」

 

「ギクぅ!」

 

 

わかりやすいなぁ。

 

 

「いえいえ!風邪なんて引いてないですよ!ほら!この通り私は元気一杯……」

 

 

言い終わる前に足がふらつき、倒れそうになる。

 

 

「おっ…と、大丈夫?」

 

 

倒れそうになる関根を支えながら声を掛けてみたものの明らかに大丈夫ではない。

 

支えている腕から伝わってくるのは平熱とは思えない熱い体温。

 

間違いなく風邪だ。

 

 

「だ、大丈夫ですよ〜!今日は先輩とのデートなんですから…へっくょん!」

 

「関根、今日は諦めて寝たほうがいい」

 

「そ、そんな〜……」

 

「またこの埋め合わせはするから、ね?しっかり休んで体調を整えたほうがいいよ」

 

「で、でも!」

 

「でもじゃないの…っと」

 

 

俺は関根をお姫様だっこする。

 

 

「わっ!わっ!わっ!せ、先輩?」

 

「俺のベッド使っていいから、今日は安静にしなくちゃだめだよ」

 

 

そう言いながら関根をベッドに寝かしつける。

 

 

「うぅ……すみません……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで今日は関根の看病をする日となった。

 

 

「そういえばなんか朝ごはんは食べた?」

 

「食欲無くて食べてないです……ズズッ」

 

 

普段たくさん食べる関根も流石に風邪を引いた時は食べれないようだ。

 

 

「食欲無くてもちょっとは胃にものを入れないと……お粥なら食べれそう?」

 

「はい……」

 

 

食べれそうか……よかった。

 

 

「ん、それじゃあちょっと待ってて」

 

 

そう言って俺は台所に行き、お粥を作り始めた。

 

5分後。

 

 

「お待たせ」

 

 

お粥ができた。

 

炊いてあったお米を沸騰した鍋の中に入れてそこに溶き卵を入れるだけというシンプルなものだが、まあ風邪の時はこれくらいが丁度いいだろう。

 

 

「あ…先輩……ありが…ごほっ!ごほっ!」

 

「無理して起きなくていいから」

 

 

ベッドから出ようとする関根を止める。

 

 

「大丈夫です……それより先輩、一つ我儘言っていいですか?」

 

「なに?」

 

「その……あーんして欲しいな〜なんて……」

 

 

風邪を引いてる時くらい多少の我儘はオッケーだ。

 

まあ、あーんに関しては風邪を引いてない雅美とひさ子にもやったけど。

 

しかし、ここで問題発生。

 

 

「うん、いいよ。はい、あ〜ん」

 

「あ〜…あっち!あっ…ゲホっ!ゲホっ!」

 

 

うっかり冷まさずに、出来立てのお粥をダイレクトに入れてしまった。

 

 

「あ、ごめん!」

 

 

そりゃあ出来立てのお粥は熱いさ。

 

俺は反射的に謝った。

 

 

「だ、大丈夫?」

 

「大丈夫じゃないれす……」

 

「とりあえず水持ってくるから待ってて!」

 

「はひ……」

 

 

急いで台所まで行き、コップに氷と水を入れる。

 

 

「はい、水」

 

「ありがとうございます…んぐっ」

 

「本当にごめん……」

 

 

今度は反射的でなく、心からの謝罪だ。

 

 

「い、いえいえ!これは事故ですから仕方ないですよ!」 

 

 

風邪を引いていてもやはり関根は関根だ。周りに対する配慮だとかを怠ることはない。

 

っていうか病人に気を使わせるなんて、俺ダメだな…。

 

 

「それより先輩!ふーふーしてからあ〜んしてくだ…ゲホっ!」

 

「う、うん…ふーふー…はい、あーん」

 

「あ〜……ん」

 

 

今度はしっかり咀嚼をする関根。

 

 

「どう?」

 

「う〜ん……鼻詰まっててわからないです…」

 

 

うん、まあ、そうですよね。鼻詰まってたらわかんないっすよね。

 

 

「あっ、決して不味い訳じゃないんですよ!ただ何というか……」

 

「別にいいよ、そりゃあ風邪引けばわからなくなるよ。それよりもう一口、ほら、あーん」

 

「あ〜……あっち!」

 

「あっ!ごめん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなでお粥は食べ終わった。

 

あの後も何回か関根に熱い思いをさせてしまったのは反省している。

 

 

「さてと、片付けも終わったし、ちょっと購買に行って風邪薬とか、あれば体温計とか買ってくるよ。なんか欲しいものある?」

 

「う〜ん…先輩からの熱いキッスとか…キャーっ!」

 

 

顔を赤くしながら手で隠す。

 

セリフだけ聞いていれば元気そうなんだけどな……。

 

 

「それは風邪が治ったらね」

 

「えっ!?風邪治ったらしてくれるんですか!?やった……ゲホっ!」

 

 

デートがまだだから、その時にするという意味だ。

 

 

「熱いキッス以外でなんかない?」

 

「無いです!それだけ貰えるってわかっただけでも十分です!」

 

「ん、わかった。じゃあ購買行ってくるから、大人しくベッドで横になってるんだよ」

 

「はーい!」

 

 

会話を終えると俺は少し急ぎ足で購買へと向かった。まあ、俺の急ぎ足と言っても普通の人の全力疾走よりも早いのだが。

 

部屋を出てから1分もしない内に購買に到着した。

 

流石に体温計無いかな?と内心思っていたが、あった。それに加え、水枕や冷却ジェルシートまでもが売っていた。しかも水枕に関してはもう水を入れて凍らせてある。

 

どんだけ品揃えがいいんだこの学校。

 

俺は取り敢えず風邪薬と体温計と水枕と冷却ジェルシートを購入することにした。

 

ちょっとでも早く良くなって貰いたいからここら辺をケチるということはしないさ。

 

おばちゃんにお金を払い、すぐ様部屋へと戻った。

 

 

「ただいまー」

 

「早っ!行って帰ってくるだけでも15分はかかりますよ!?」

 

 

関根が驚くのも無理はない。部屋を出てからものの5分で帰ってきたのだから。

 

 

「まあまあ、それよりほらこれ、水枕」

 

「え?あ、はい…ありがとうございます…ってか水枕なんて売ってたんですね……」

 

 

やっぱりそこは驚くよね。

 

 

「ちょっと水持ってくるから待ってて」

 

「あ、はーい」

 

 

薬と水を用意して関根に差し出す。

 

 

「んぐ…んぐ…ぷはぁ。はい、ありがとうございます」

 

「ん、それじゃあ体温を測って」

 

 

コップを受け取り体温計を差し出す。

 

 

「あ、あの…先輩……」

 

「ん?」

 

「少しの間向こう向いててもらえますか…?その…下着とか見えちゃうかもしれないんで…」

 

「ああ!ごめん!」

 

 

俺は即座に回れ右をする。

 

 

「すみません…良いって言うまで振り向かないで下さいね」

 

 

ピッ…がさがさ…

 

体温計から電子音が発せられた直後、布の擦れる音がする。あまり想像するのはよろしくないが、恐らく俺の後ろでは少し肌を露出した関根がいる。

 

振り返りたい。超振り返りたい。だって男だもの。

 

しかし、そんなことは常識的に考えてしてはいけない。

 

体温が測られている数分の間、俺はこの葛藤に耐えなければいけないのだ。

 

体温計さん、早くして下さい。

 

 

ピピピピッピピピピッ

 

何分経っただろうか。ほんの3分くらいなのだろうが、俺にとっては30分くらいに感じた。

 

やっと関根の体温が測り終わった。

 

 

「先輩、ありがとうございました。もう振り向いても大丈夫ですよ」

 

「ん、何度だった?」

 

「3は…ごほっ!ごほっ!38度7分です…」

 

「結構高いね。今日中に熱が下がればいいけど……」

 

 

明日はゆりとの約束があるので看病ができない。

 

まあ、ゆりなら事情を話せば予定を先延ばしさせてくれるだろう。でも今日中に熱が下がったならそれに越したことは無い。

 

 

「ま、ゆっくり寝て体を休めるしかないね」

 

「は〜い……」

 

「俺もここにいるから、なんかあったら遠慮なく言ってね」

 

「えっ、先輩ここにずっといるんですか?」

 

「一応そうする予定だけど……だめ?」

 

「い、いえ!全然だめじゃないです!むしろ嬉しいですけど……その…暇じゃないかな〜って…」

 

 

ああ、そこね。

 

 

「別に暇じゃないよ。やること結構溜まっててさ」

 

「ほ、本当ですか?」

 

「うん、本当。だから関根も安心して寝てていいから」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

 

ガサゴソっと布団の中に潜る関根。熱があるからか、若干顔が赤くなっている。

 

 

「それじゃあ先輩、おやすみなさい」

 

「ん、おやすみ」

 

 

その挨拶から5分もしない内に関根はスースーと寝息をたて始めた。

 

さて、なにをしよう……。

 

関根にはやることが溜まってると言ったが、あれは関根に気兼ねなく寝て貰うための口実であり、実際はなんにもやることがない。

 

ひさ子から教わったギターでも練習しようかと思ったがうるさくなるので出来ない。

 

こういう時は……。

 

……掃除でもするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、こんなもんかな」

 

 

関根が寝てから2時間、俺はひたすら部屋を掃除していた。もちろん音を出さないように拭き掃除オンリーだけど。

 

なんだかんだで3日間くらい掃除できてなかったから、スッキリした。

 

ついでに洗濯機も回して、洗濯物を干すことが出来たので、この2時間は中々に有意義に使えただろう。

 

さあて、次はなにを……。

 

 

「んん……先輩?」

 

 

っと、関根がお目覚めだ。

 

 

「どうしたの?」

 

「いま何時ですか?」

 

「丁度12時くらいだよ」

 

「はわわ〜…じゃあ私2時間くらい寝てたんですか……」

 

「ぐっすり寝てたよ」

 

 

今日中に風邪治るんじゃないかっていう勢いでな。

 

 

「もうお昼だけど、うどんとかなら食べれそう?」

 

「あ、はい。少しなら……」

 

「じゃあ半玉くらい茹でてくるね」

 

「なにからなにまでありがとうございます……」

 

「いいんだって。それじゃあ俺台所行くから」

 

 

そう言うと俺は関根に背を向け、台所へと入っていった。

 

うどんを茹でると言っても雅美みたいにあんな本格的にはやらない。

 

袋に入ったものをお湯で茹でるだけの簡単なものだ。

 

あとはつゆを作って器に注いで、そこに茹でたうどんと刻んだネギと卵を落としたら完成。

 

超簡単月見うどんの出来上がり。

 

出来上がったうどんを関根の元へと運ぶ。

 

またあ〜んでもしてやろうかと思ったが、関根から丁重にお断りされた。

 

朝の失敗もあるし、麺類ということで危険性も上がっているからだそうだ。

 

まあ、俺が関根なら確実に断るな。

 

 

半玉しか茹でてないということもあり、すぐに完食した。

 

 

その後、何故か話題は俺のことについてとなった。

 

 

「先輩って風邪とか引いたりしないんですか?」

 

「そういえば引いたこと無いなぁ」

 

「やっぱり免疫力とかも滅茶苦茶なんですかね?」

 

「多分そうかも。雅美がインフルエンザになったとき付きっきりで看病したけどなんとも無かったし」

 

 

24時間体制でマスクもせずに同じ部屋に居たが、本当になんともなかった。

 

 

「なんだかちょっと羨ましい気もしますね…」

 

「羨ましい?俺が?」

 

「あ、いえ!気に触ったらすみません…。ただ、私は非力だし、今みたいに風邪を引くときだってあるし……。その点先輩は力も強いし健康じゃないですか。ちょっと羨ましいって思う部分もあるかな〜って…」

 

「別に気にしてないから大丈夫だよ。でも力が強いって言っても限度があるからねぇ。これは明らかに強すぎだよ」

 

 

確かに便利な場面も無くはない。

 

ただ、これのせいで避けられてしまったらその便利さなんて要らないものだ。

 

 

「こうなっちゃってからしばらくは苦労したんだよ…。まずものを持とうとしたらなんでも粉々になっちゃうんだよ。茶碗だって箸だって持てないし」

 

「え?じゃあどうやってご飯食べてたんですか?」

 

「初めの内は母さんから、少し経ったら雅美から食べさせて貰ってたよ」

 

 

多分それが母さんが俺に対して普通に接した最後の時だろうな。

 

関根はああ〜、と納得した表情を見せた。

 

 

「じゃあどうやって物を持てるようになったんですか?」

 

「初めは公園とかに落ちてる木の枝を箸に見立てて練習してたんだよ」

 

「岩沢先輩と一緒にですか?」

 

「そうだな、大体一緒だったね」

 

 

そう言えば当時からずっと側にいてくれてたな。

 

 

「そんで猛練習を重ねて3ヶ月後には普通に物も持てるし、人と握手をすることもできるようになったんだよ」

 

「へえ〜……やっぱり先輩にとって岩沢先輩は特別な存在なんですね…。少し悔しいですけど……」

 

 

確かに特別と言えば特別だな。幼い頃からずっと一緒だったし、色々お世話になった。

 

 

「あ〜あ、私も先輩みたいな幼馴染欲しかったな〜」

 

「俺みたいな?」

 

「先輩みたいに格好良くて優しくて頼りになる人なんていくら探しても見つからないですよ」

 

 

それは過大評価しすぎじゃないか?

 

 

「おまけに家事も卒なくこなして……。賃貸物件で例えたら、東京の都心部で駅から徒歩1分、3LDK、26階のオートロック、プールとジム完備、それで月12000円くらいの超好物件ですよ」

 

 

なんで賃貸物件に例えたは分からないが、確かにそれは超好物件だ。

 

でもそれって事故物件なんじゃ……。

 

 

「しかも事故物件じゃないやつです」

 

 

それは凄い。

 

 

「こんな物件なら1人じゃなくてみんなで住もうってなるじゃないですか」

 

「いや、意味わかんない」

 

 

意味わかんない。

 

 

「まあ私も見切り発車で話し始めましたからね」

 

 

関根もわかってなかったんかい。

 

 

「はいはい、いい感じで落ちたところで薬飲むよ。持ってくるからちょっと待ってて」

 

「あ、は〜い」

 

 

関根の食べ終わった食器を持ち上げ、台所へと運び、コップに水を入れる。

 

そして薬とともに関根へ手渡す。

 

 

「俺は食器とか片付けてるからその間に体温測っておいてね」

 

「は〜い」

 

 

俺は再び台所へと行き、食器を洗い始めた。

 

と言っても洗う量は少ないからすぐに終わるんだけどね。

 

食器を洗い終わり、乾燥機に入れてスイッチを押し、関根のいる部屋へ行く。

 

しかし、この時はまだ関根は体温を測っている途中なわけで……。

 

 

「せ、先輩!あっち向いてて下さい!」

 

「ああ!ごめん!」

 

 

一瞬ではあるが、関根の下着を見てしまった。

 

色?まあ……関根らしい色だったよ。

 

それから少し経つと。

 

 

ピピピピッピピピピッ

 

 

測り終わったようだ。

 

 

「先輩、もういいですよ」

 

「ふぅ〜…ごめんごめん、忘れてた」

 

「その…見えました?私の下着……」

 

「え、え〜っと…その……」

 

「そうやって誤魔化すってことは見えたんですね?」

 

 

はい。ご名答です。

 

コクリと頷く。

 

 

「はぁ…まあ事故ですからいいです」

 

「ごめん…」

 

「気にしないで下さい。それより体温言いますよ?」

 

「な、何度だった?」

 

「37度9分です」

 

 

朝より下がったな。

 

とはいえどもまだまだ熱はある。

 

 

「先輩の看病のお陰で熱が下がりまし…ゲホっ!」

 

「まだまだ安静にしなくちゃね。冷却ジェルシート買ってきたから貼るよ?」

 

「あ、そんなものまで。ありがとうございます」

 

 

ピタっと関根のおでこに貼り付ける。

 

 

「んん〜!気持ちいい〜!」

 

「水枕冷やしてる間はそれでしのいでてね」

 

「はーい」

 

「んじゃ、おやすみ」

 

「はい、おやすみなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んん……」

 

「ん?起きた?」

 

「はい…おはようございます…」

 

 

関根が再び眠りについてから5時間。

 

少し顔色が良くなったかな?

 

 

「関根、ちょっと熱測ってみて」

 

 

そう言って体温計を手渡す。

 

今度こそ学習したぞ。直ぐに回れ右をして色々なものが見えないようにしたぞ。

 

そして数分後。

 

 

ピピピピッピピピピッ

 

 

「どうだった?」

 

「37度2分です」

 

 

おお、かなり下がってる。

 

 

「体調は?」

 

「朝より大分楽になりました」

 

「そう、良かった。食欲は?」

 

「結構お腹空いてきました…」

 

 

本当に良くなったみたいでなによりだ。

 

 

「ん、じゃあ夕飯作ってくるからちょっと待ってて」

 

「は〜い」

 

 

そう言って俺は本日3度目となる調理を開始した。

 

しばらく経って……。

 

 

「はーい、できたよ」

 

「わぁ〜!餃子ですか!」

 

 

本日の夕飯は餃子にしてみた。

 

理由?個人的に俺が食べたかったっていうのが8割かな。

 

そこにスープとご飯を用意して食べる準備ができた。

 

それでは、手を合わせて…。

 

 

「「頂きまーす」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余程食欲があったのか、関根はぺろりと餃子を平らげてしまった。

 

 

「いや〜、先輩の料理は美味しいですね〜」

 

「そう言ってくれると嬉しいよ」

 

「今日は本当にお世話になりました。朝より随分楽になりましたし、なにより美味しいご飯も食べれて幸せでしたよ〜」

 

 

今日一番のとびっきりの笑顔を見せてくれる関根。

 

元気になった姿を見れば看病した甲斐があったというものだ。

 

その後は他愛もない雑談をし、時計を見ればもう9時になっていた。

 

 

「それじゃあ先輩、今日はありがとうございました!」

 

「ん?帰るの?」

 

「はい!これ以上先輩に迷惑をかける訳にもいかないんで、今日はもうお暇させて頂きます!」

 

 

いくら体調が良くなったとは言えまだ本調子ではない。

 

気を抜いてぶり返すなんてこともあり得る。

 

 

「関根、今日は泊まってって」

 

「えぇ!?泊まってってって……えぇ!?」

 

 

予想に反してリアクションが凄い。

 

 

「そ、そんな……い、一応勝負下着ですけど……。それにしてもまだ心の準備が……」

 

 

んん!?

 

 

「な、なんか勘違いしてない?」

 

「へっ?」

 

「風邪がぶり返すといけないから、今晩は外に出ないで俺の部屋で泊まっていったほうが良いっていう意味だったんだけど……」

 

 

俺がそう言うと、ほんの少し時間が止まった。そして関根の半端ではない赤面と共に時間は動き始めた。

 

 

「そ、そそそそそそそそうですよね!やだ私ったら!すみません!勘違いしちゃって!」

 

「あ、いや…」

 

「あーびっくりした!私ってば嫌ですね!もう!先輩がそんないきなり誘うわけないですもんね!あっはっはっは!」

 

 

照れ隠しのマシンガントークが止まらない。

 

 

「お、落ち着いて……」

 

「落ち着いてられないですよ!こんな恥ずかしすぎる盛大な勘違いを好きな人に聞かれるなんて!」

 

「俺は気にしてないから……」

 

「私が気にしとんじゃー!」

 

 

あ、これどうしよう。多分しばらく手に負えない。

 

どうやって収拾をつけようか考えた結果……。

 

 

収まるまで観察することにしました。

 

 

観察している間は、手で顔を隠したり、赤くなった顔を仰いだり、あたふたしたりと、様々な関根を見ることができた。

 

しばらく経って。

 

 

「落ち着いた?」

 

「はい…取り乱してすみませんでした……」

 

「ううん、いいよ。なんだかんだで元気になったって改めて分かったからさ」

 

 

関根の頭をぽんぽんする。

 

 

「あうぅ……」

 

「さ、遅くまで起きててまた体壊すと悪いし、もう寝よっか」

 

「は、はい……」

 

「それじゃあ関根はベッドを使って……」

 

「あ、あの!」

 

「ん?」

 

「今日最後の我儘言ってもいいですか?」

 

 

このタイミングでか?まあ、多少の我儘はオッケーって決めたからな。

 

 

「うん、いいよ」

 

「その…添い寝していただけませんか?」

 

「………へっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで俺の隣には関根が寝ている。

 

あ、別にやらしい意味じゃないよ?

 

普通に睡眠を取るだけだからね?

 

 

「先輩……」

 

「な、なに?」

 

「えへへ、なんだか本当に恋人になったみたいで嬉しいです」

 

 

とびっきり笑顔で腕に抱きついてくる。

 

ひさ子の様な柔らかな感触は少ないが、細く可憐で女の子らしい感触が伝わってくる。

 

 

「せ、関根」

 

「はい?」

 

 

気持ちは嬉しいが正直離れてもらわないと色々マズイ。

 

「離れて」と言えれば良いのだが、こんなに良い笑顔の関根には非常に言い辛く……。

 

 

「どうしました?」

 

「その……おやすみ!」

 

「はい!おやすみなさい!」

 

 

結局言えずにそのまま一晩過ごすこととなった。

 

さあ、ここから長い夜が始まるぞ。




ちょこっとオリジナル設定
風邪を引くこともある


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第十五話「5人は大きな一歩を踏み出す」

お久しぶりです


4日目朝6時。

 

俺は唇に当たった柔らかい感触で目を覚ました。

 

この柔らかいものはなんだろうか。目を閉じたまま考えてみる。

 

すると。

 

 

 

「えへへ、先輩に私のファーストキスあげちゃいました」

 

 

 

急いで目を開けると非常にニコニコした関根の顔が目の前に広がった。

 

まだ完全に起きていない脳をフル稼働させ、なんとか答えをはじき出した。

 

………うん、多分関根のキスで目覚めたんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せ〜んぱい♪」

 

 

 

現在時刻は朝の7時。関根のファーストキスから1時間経ったが、未だに関根は俺をホールドしたままだ。

 

そろそろ離れて貰わないとゆりが来てしまう。

 

別に関根に抱きつかれているのが嫌というわけではない。むしろ嬉しさも感じる。

 

ただ、今日はゆりとの約束が入っているため関根ばかりに時間を割くわけにはいかないのだ。

 

 

 

「おっじゃましま〜す!」

 

 

 

ほら、そんなこと考えてると早速来……ん!?

 

き、来ちゃった!?

 

 

 

「篠宮くーん!もう起きて……」

 

 

 

修羅場。

 

 

 

「な、なななななんで関根さんが!?」

 

「ゆ、ゆりっぺ先輩!?」

 

「ちょ、ちょっと!篠宮くん!なんで関根さんがいるの!?」

 

「あ〜っと…昨日関根が風邪を引いて…それで看病して……」

 

「そして夜になって熱は下がったんですけど、先輩がまたぶり返すと悪いから今夜は泊まってけって…」

 

「あ〜…なるほどね。そういう訳なら仕方ないわね」

 

 

 

良かった…ゆりが理解のある人で良かった……。

 

 

 

「それで?関根さんはもう良くなったの?」

 

「あ、はい!」

 

「そう、なら良かったわ。なら今日は気兼ねなく私とデートできるわね」

 

 

 

ブレることはないみたいだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあて、篠宮くん!今からあなたを骨抜きにしてみせるわ!」

 

 

 

関根が部屋を出るやいなや堂々なにかを宣言してきた。

 

あ、別に関根は追い出した訳じゃないよ?ちゃんと先約だからって納得してもらったからね?

 

それよりも。

 

 

 

「え…?骨抜きって…?」

 

「知らないの?惚れさせるって意味よ」

 

「意味は知ってるけどさ…。興味本位でデートするんじゃないの?」

 

「……あなた本当に鈍いのね……」

 

 

 

ゆりが心底驚いたという感じでこちらを見てくる。

 

 

 

「え?なにが?」

 

「はぁ…岩沢さんとひさ子さんの言う通りだわ…。ちゃんと言わないとダメなのね…」

 

 

 

 

どういうことだ?

 

ゆりを見てみると大きく深呼吸している。

 

そして……。

 

 

 

「篠宮くん、大好きです!付き合って下さい!」

 

 

 

 

 

 

―――――――――

――――――

―――

 

同時刻、女子寮のとある一室。

 

そこには岩沢、ひさ子、関根、入江の四人が集まっていた。

 

入江以外の三人はどこか落ち着きがなく、表情も強張っているようだ。

 

 

 

「はぁ……」

 

「はぁ……」

 

「はぁ〜……」

 

 

 

岩沢が溜息をついたのを皮切りに二人も釣られて溜息をつく。

 

 

 

「……一体誰が選ばれるんだろうな……」

 

「やめろよ岩沢…なるべく考えないようにしてるんだからさ…」

 

「ああ、ごめん…」

 

 

 

非常に空気が重い。

 

アフリカゾウ3匹分くらいの重さはあるんじゃないか。

 

この空気を作り出している三人は大して重いと感じていないが、問題は入江だ。

 

篠宮太一が誰を彼女にしようと入江にはほぼ関係ない。それなのにこの場にいる。

 

この重い重い空気に圧し潰されそうだ。

 

この状況を打破しようと様々な策を打ってきたが、全て逆効果となり、更に自分を追い込んでしまっている。

 

 

 

「じゃあもう一夫多妻制を認めて全員篠宮先輩の彼女になったらいいんじゃないですか!?」

 

 

 

咄嗟に出た言葉だった。

 

誰か1人を選ばせるという方法だから不幸になる人が出るんだ。

 

ならばみんなが選ばれればみんなが幸せなのではないか。

 

 

 

「そうか…その手があったか!」

 

「入江!お前天才かよ!」 

 

「流石みゆきち!そうだよね!なにも生きていた頃の法律に縛られる必要なんてないんだよね!」

 

 

 

普通ならば一夫多妻制と言うのは抵抗があるものだが、流石はガルデモと言ったところだろうか。この面子なら特に問題ないという顔をしている。

 

 

 

「よーし!そうと決まったら早速太一のところへ行くぞ!」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!篠宮先輩はゆりっぺ先輩と一緒ですよ?」 

 

 

 

関根が岩沢を止める。

 

 

 

「なあに、構うもんか。ゆりだって彼女になれるんだ。デートなんて必要ない」

 

「そう……ですね!もうデートなんて必要ないんですもんね!」

 

 

 

しかし、逆に納得させられてしまったようだ。

 

 

 

「よし!改めて篠宮のところへ行くぞ!」

 

「「「おー!」」」

 

 

 

 

 

「はぁ……三人とも篠宮先輩が認めるかについては考えてないんだね…」

 

 

 

入江の客観的な意見は三人の耳に届くこと無く、ただ一人の部屋の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

――――――

―――

 

「さて、骨抜きにするとは言ったけど……どうすれば骨抜きになってくれる?」

 

 

 

知らんがな。

 

以外なことにゆりは恋愛経験というものが無いようだ。さっきの告白も人生初なのだという。人生にカウントしていいのか微妙なところだが。

 

ゆりくらい美人なら恋愛経験の一つや二つあってもおかしく無いと思うのだが、人は見かけによらないようだ。

 

 

 

「う〜ん…キスはまだ早いわよねぇ…」

 

 

 

普通なら早いかもしれないが、幼馴染と姉御肌とイタズラ好きな後輩の例があるから別に違和感はない。

 

が、それを言うとキスを催促しているようなので、あえて言わないでおく。

 

 

 

「そう言えば篠宮くんって何が好きなの?」

 

 

 

おっと、ここに来てとても初歩的な質問。

 

 

 

「動物かな」

 

「へぇ〜。例えば?」

 

「基本的になんでも好きだよ。犬とか猫とか鳥とか……うん、本当になんでも好きだね」

 

「蛇とか蜘蛛とかでも?」

 

「うん、好きだね」

 

「へ、へぇ〜…」

 

 

 

なんだよ、その「うわっ、こいつマジでなんでも好きなのか」みたいな視線は。マジでなんでも好きなんだよ。

 

 

 

「ゆりは何が好きなの?」

 

 

 

逆に質問をしてみる。

 

 

 

「私?私は……そうねえ……篠宮くんかしら」

 

 

 

わーお。

 

 

 

「だめ?」

 

「………」

 

 

 

ダメじゃないし、嬉しいけど、肯定出来ない微妙なラインだ。

 

ガチャリ

 

俺が返答に困っていると部屋のドアが開いた。

 

 

 

「だ、誰よ?」

 

 

 

俺とゆりの目線の先に居たのは……

 

 

 

「よ、太一。久しぶり」

 

「二人っきりのところわりーな、ゆりっぺ、篠宮」

 

「ゆりっぺ先輩、篠宮先輩数時間振りです!」

 

 

 

雅美、ひさ子、関根の入江を除くガルデモメンバーであった。

 

 

 

「な、なななななななんであなたたちが来るのよ!?今は私の番でしょ!?」

 

「ゆり、それなんだけどもう必要無いんだ」

 

「必要ないですって?どういうことよ!」

 

 

 

なにそれ。俺も気になる。

 

 

 

「さっき話し合いをした結果、全員篠宮先輩の彼女になっちゃえばいいんじゃないか、ってことになりまして〜」

 

「そうすれば私も岩沢も関根もゆりっぺもみんな幸せだろ?」

 

 

 

あ〜、なるほど〜、そうすればみんなしあわ……んんっ!?

 

 

 

「そ、それはそうだけど…」

 

「ちょっと待ってよ!みんな彼女ってどういうこと!?」

 

「簡単に言えば太一がハーレム状態になるってことだな」

 

「一夫多妻制ですよ♪」

 

 

 

なんか俺の意見ガン無視だぞ!?

 

 

 

「それだと自分以外の人と付き合ってるってことになるけど、いいの!?」

 

 

 

そう、そこだ。通常彼氏彼女というのは一対一で構成されるもので一対複数というのは日本ではあまり聞かないというか聞いたこと無い。

 

なんか自分と付き合っていながら他の女の人とも付き合っているって複雑なんじゃないか?

 

しかし、返ってきた言葉は意外なものだった。

 

 

 

「私は別に気にしないぜ?太一と一緒にいれるならそれでいいんだ」

 

「私も岩沢の意見と同じだ。選ばれなかったら永遠に彼女になれないかもしれないけど、こうすれば篠宮の近くにいれるんだ」

 

「私も何番目でもいいから先輩の近くにいたいな〜って」

 

「………」

 

 

 

言葉を失った。

 

自分で言うのもなんだが、俺はここまで愛されていたのか。

 

雅美たちの目を見ると相当本気のようだ。

 

正直なところ、俺も誰か一人を選べと言われたら選べなかった。雅美を選んだとしてもひさ子を選んだとしても関根を選んだとしてもゆりを選んだとしても、選ばれなかった人の悲しむ顔を見たくなかったからだ。

 

この全員彼女案は俺にとってもありがたいもので、雅美たちにとってもありがたいものである。

 

 

 

「……そうね、話を聴いて納得したわ。そうすれば誰も不幸にならないわね」

 

 

 

ゆりも納得したようだ。

 

 

 

「私もそのハーレムの一員になってもいいのかしら?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

「後は篠宮がオッケーを出したら成立なんだけどな」

 

「先輩、どうなんですか?」

 

 

 

全員から期待のこもった眼差しを向けられる。

 

さっきも言った通りこの提案は非常にありがたいものである。ここ数日の胃痛が一気に解消される。

 

しかし、それと同時に背徳感もある。複数の女の子と関係を持つなんて多から少なかれの抵抗はあるさ。

 

 

 

「先輩、背徳感とか気にしなくていいんですよ?私たちみんなが納得した上でこうなってるんですから」

 

 

 

関根は読心術が使えるのだろうか。俺が今気にしていることをドンピシャで当ててきた。

 

さて、ここで関根以外の人を見てみよう。みんな頷いて関根の意見を肯定している。

 

……そうだよな、隠れてこそこそやっているならダメだけど、みんなが納得した上でなら何にも問題なんて無いよな。

 

俺だって好意を向けられているのにそれを断るなんて嫌だし。よし、決めたぞ。

 

 

 

「わかった、その案、受け入れるよ」

 

「やったー!」

 

「ついに太一の彼女になれる…!」

 

「篠宮くんと甘い日々…」

 

「ふぅ…これで肩の荷が降りたぜ…」

 

 

 

俺が受け入れた瞬間全員から安堵の言葉が漏れる。

 

 

 

「改めてよろしく、みんな」

 

「よろしくな!太一!」

 

「よろしく頼むぜ」

 

「よろしくお願いします!」

 

「よろしくね、篠宮くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん〜!久々の太一だ〜!」

 

 

 

問題が解決し、気持ちの整理が一段落したとき、急に雅美が右腕に抱きついてきた。

 

 

 

「あ!ずるいぞ岩沢!」

 

 

 

左腕にひさ子。

 

 

 

「あっ!私も!」

 

 

 

背中からゆり。

 

 

 

「みんなずるいですよ!私は……私の場所が無いじゃないですか!」

 

「まあまあ関根、ほら、あぐらの上に座って」

 

 

 

そう促すと大人しく俺のあぐらの上に座る。

 

 

 

「っていうか、彼女になったんですから下の名前で呼んでくださいよ」

 

「えっ?」

 

「岩沢先輩は雅美って呼んで、ひさ子先輩はひさ子って呼んで、ゆりっぺ先輩もゆりって呼んでるじゃないですか。私もしおりって呼ばれたいです!」

 

 

 

そう言えばそうだった。関根だけ苗字で呼ぶっていうのも変だよな。

 

 

 

「わかったよ。今度からしおりって呼ぶね」

 

「本当ですか!?やったー!」

 

 

 

振り返って俺を見ながら喜ぶ関根……もといしおり。だめだ、早く慣れないと。

 

 

 

「私もこれを機に太一って呼ぼっかな〜…」

 

「ひさ子さんも?じゃあ私も太一くんって呼ぼうかしら。いい?」

 

「べ、別に構わないけど……」

 

「ほんと!?じゃあ太一くんね!……なんだか新鮮な感じがするわね…」

 

「た、太一……。本当だ…。なんか新鮮だ」

 

 

 

喜んでもらえたようで何よりです。

 

 

 

「私も呼び方変えたほうがいいか?」

 

「なんて?」

 

「えっと……特に考えてないや」

 

 

 

考えてなかったんかい。そもそもこれ以外なんて呼ぶんだよ。

 

 

 

「雅美は今まで通りでいいからね?」

 

「うん…」

 

 

 

なぜかちょっと不満そう。これは本当になぜだろう。

 

 

 

「まあ、呼び方については追々慣れていくとして、ご飯食べに行こ?」

 

 

 

そう、まだ午前8時。ご飯食べてない。

 

 

 

「それもそうだな、よし行くか」

 

 

 

雅美の音頭で全員が部屋を出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂にやってきた。

 

いつものごとく雅美と俺はうどんを頼む。ひさ子は焼き鮭定食、ゆりは焼きおにぎり、せき…しおりはオムライスを頼んでいた。慣れねば。

 

それぞれの料理が出来、席を探す。

 

混雑している時間帯ではあったが、運の良いことに6人席が開いていたので、そこに座る。

 

 

 

「「「「「頂きま〜す」」」」」

 

 

 

5人声を揃えて合掌。なんか小学生みたいだが、大切なことだ。

 

席を巡ってちょっと揉めるかと思ったが、この4人にはそんな心配は要らないようだ。事前に決めてあったかのように左隣に雅美、右にひさ子、正面にゆり、左斜め前にしおりが座っている。

 

お、今回はすんなり言えたぞ。

 

雅美が一瞬うどんをこちらに差し出したが、すぐに戻してしまった。

 

流石に今の時間帯はNPCが多い。故にあーんしようものならとんでもなく目立ってしまう。ましてやガルデモの4人中3人からという素晴らしいメンバーだ。俺はNPCたちから襲撃に合うだろう。まあ、勝てるから良いんだけどね。

 

それぞれがご飯を食べ終わり、食器を返却口に置く頃にはもう既に時計は9時10分前を指していた。

 

 

 

「さて、これからどうする?」

 

「ちょっと太一くんには校長室に来てもらうわ」

 

「なっ!?ゆり!抜け駆けかよ!?」

 

 

 

雅美が問たてる。

 

 

 

「ち、違うわよ!普通に今度の作戦を伝えたりするだけ。あくまで仕事として来てもらうわ」

 

 

 

実にゆりっぽい答えだ。

 

 

 

「私だって本当は太一くんとイチャイチャしたいわよ……。でも仕事は仕事って割り切らないとリーダーとして示しがつかないでしょう?」

 

 

 

流石は我らがリーダー。公私の混合はしないようだ。

 

 

 

「冗談だよ、冗談。ま、仮にゆりが太一とイチャイチャしても後で私もするから良いんだけどな」

 

「!」

 

 

 

一瞬ゆりの眉毛がピクッとしたぞ?

 

 

 

「え…?私イチャイチャしてていいの…?」

 

 

 

おーい、リーダーとしての示しはどうした。

 

 

 

「でもそれだと示しがつかないんだろ?」

 

「そ、そうよね!やっぱり仕事が終わってからにしなくちゃだめよね!」

 

 

 

ひさ子の一言で戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がちゃりと校長室のドアを開け、ゆりと共に中に入る。

 

なんだか久しぶりだ。

 

 

 

「あ!篠宮くん!久しぶり!」

 

「大山!久しぶり!」

 

「おお、元気にしてたか?」

 

「音無も久しぶり!」

 

「はいはーい、そこらへんのあいさつはこれが終わってからにしなさい」

 

 

 

長引くと予想したのか、ゆりが話を遮った。

 

そして、一息つくと。

 

 

 

「遊佐さん、報告をお願い」

 

「はい、ギルドから『新しく武器を作ったから試しに来て欲しい』と連絡がありました」

 

「と、言うわけで、今日は再びギルドに潜るわよ」

 

「オールドギルドってことは対天使用のトラップがねーんだよな?」

 

 

 

ゆりの言葉に藤巻が反応する。

 

 

 

「ええ。だから絶対に天使にバレないように行かなきゃいけないわ」

 

「ということは陽動を使えばよろしいのでは?」

 

 

 

高松……だったっけ?陽動班を使って天使をおびき寄せる提案を出す。

 

 

 

「そうしたいところは山々なんだけど、生憎ガルデモのメンバーの準備がちょっとできてないのよ」

 

 

 

みんな『ああ〜』という目線を俺に向けてくる。

 

一応ここ数日の事情は知ってるみたいだ。

 

 

 

「じゃあどうするのさ?」

 

「今回は少人数でグループを作って時間別に分けてギルドへ向かうわ。少人数ならバレにくいでしょ?」

 

「成る程な。しかも少人数ならギルドに入った時に個々が試す時間が多くなるしな」

 

 

 

日向が賛同する。

 

 

 

「誰と組むかは自由だけど、多くても4人よ。あと、私と太一くんが組むのは決まってるから」

 

 

 

さっきとは違ってものすごい勢いの視線が飛んでくる。すごい勢いの視線の意味がわからないと思うが、とにかくすごい勢いの視線なのだ。なんとなくニュアンスで伝わって欲しい。

 

そんな視線の中で一番勢いが凄いのが野田だ。

 

しかし、初日の恐怖感が残っているのか視線だけでなにも行動は起こしてこない。

 

 

 

「それじゃあメンバーが決まったら私のところに報告に来て頂戴。期限は正午まで。それじゃあ解散!」

 

 

 

ゆりの解散の一言で校長室内に会話が溢れ始める。

 

そんな中、日向が近づいてきた。

 

 

 

「篠宮、ゆりっぺを選んだのか?」

 

 

 

こそこそと小声で訊いてきた。

 

 

 

「いや…ゆりを選んだというか……」

 

「全員選ばれたのよ」

 

 

 

声の発信源を聞いて日向が一瞬焦った顔をした。

 

が、それよりも発言内容の方が気になったようだ。

 

 

 

「全員選ばれたってどういうことだよ…?」

 

 

 

まあ、そんなリアクションになるわな。

 

 

 

「そのまんまよ。岩沢さんもひさ子さんも関根さんも私も全員篠宮くんの彼女ってこと」

 

「「「「えええええええぇぇぇぇぇ!?」」」」

 

 

 

その場にいた全員から驚愕の声が上がる。遊佐と椎名は除くが。

 

 

 

「……意外と篠宮くんやるねぇ…」

 

 

 

一拍置いて大山からそんな言葉が漏れる。

 

 

 

「いやいや、俺はそんなんじゃないよ」

 

「そうよ、篠宮くんは女をたぶらかすような人じゃないわ」

 

「いや、そこまでは言ってないけど……」

 

 

 

うん、言ってなかった。

 

 

 

「一夫多妻制は確かに抵抗があるかもしれないけど、本人たちが幸せならそれで良いじゃない」

 

「ま、まぁ、それなら……良いんじゃねえか?」

 

 

 

日向が若干納得(?)したようだ。

 

しかし、次の瞬間しびれを切らした野田が襲いかかってきた。

 

 

 

「ゆりっぺは俺の物だあああああぁぁぁぁぁ!!」

 

「あんたの物の訳無いでしょ!」

 

「ぐはっ!」

 

 

 

ゆりに顔面を蹴られて沈んだが。

 

 

 

「さ、私たちのことはいいから、さっさとメンバー決めちゃって頂戴」

 

 

 

みんながゆりの一言で再び相談を始める。

 

 

 

「篠宮、一緒に組まないか?」

 

 

 

再び場が一瞬静まった。

 

そして。

 

 

 

「うおおおおおおおおお!!!椎名が喋ったああああ!!!!!!」

 

 

 

日向、うるさい。

 

 

 

「椎名が自ら話しかけるなんてそうそう無いぞ……」

 

「ああ、俺も久々に見た気がするぜ」

 

「俺は初めて見たぞ……」

 

 

 

あっち側で松下五段と藤巻と音無が盛り上がっている。

 

 

 

「それで?私は一緒に行って良いのか?」

 

「べ、別にいいけど……ゆりは?」

 

「別にいいわよ」

 

「じゃあ一緒に行こうか」

 

「よしっ」

 

 

 

ん?なんか小声で『よしっ』って言わなかった?

 

……気のせいか。

 

 

 

「じゃあ、私は他の仕事に取り掛かるから、正午になったら再び報告しに校長室に来て頂戴」

 

 

 

そう言い残してゆりは校長室を出て行った。

 

俺も雅美たちのところへ行こうかと思った瞬間。

 

 

 

「篠宮、ちょっと私に付いて来てくれ無いか」

 

 

 

まさかの椎名からのお誘いがあった。

 

 

 

「別に良いけど……」

 

「そうか、じゃあ行こう」

 

 

 

周りの反応は見て無いけど、大体雰囲気でわかる。

 

口をぽかーんと開けて俺と椎名を見ているんだろう。

 

そんなことは気にしても仕方ないので、スルーさせてもらう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここだ」

 

 

 

校長室を出て椎名についていくこと10分。

 

見たこと無いところへ連れてこられた。

 

洞窟(?)の入り口のようだ。

 

 

 

「ここは私がこの世界に来て初めて来た場所だ。いまは練習場として使っている」

 

 

 

へぇ〜。いくら椎名でもトレーニングは欠かさ無いのか。

 

 

 

「どうだ。一戦交えてみないか?」

 

「えっ!?」

 

 

 

まさかだ。椎名から戦いを申し込んでくるとは。

 

 

 

「以前から篠宮の身体能力に興味があった。どうか一戦お願いしたい」

 

 

 

今度は頭を下げられる。

 

正直乗り気にはなれ無い。

 

いくら相手が望んでいるからと言っても暴力は良く無い。

 

天使の場合はどうしようもなかったが、極力無駄な争いごとは避けたい。

 

 

 

「ごめん、できない……」

 

「そうか……」

 

 

 

少し残念そうな顔をする椎名。期待に応えられなくて申し訳ない。

 

が、次の瞬間、椎名は地面を蹴り、俺に向かってものすごい勢いで飛んできた。

 

さすがはくノ一、とんでもなく速い。恐らく常人なら目で追えず、突き飛ばされるだろう。

 

が、俺にははっきりと見える。

 

仕方が無い、戦いはしないが、力ずくで止めよう。

 

椎名との距離はあと3m、2m……と、ここであることに気づいた。椎名が木刀を持っている。

 

俺は咄嗟に木刀を掴み、抱きしめる形で椎名を止める。

 

椎名を見てみると驚愕の表情を浮かべている。

 

 

 

「……本当に何者だ?これを防げたのは今までにいない……。と言うか木刀を持っていると見破った者もいない……。それどころか余裕の表情をしているじゃないか……」

 

 

 

よほどショックだったのか、俺の胸の中でボソボソとつぶやき続けている。

 

 

 

「……椎名、なんでいきなり襲いかかってきたの?」

 

 

 

ちょっと怒り口調で聞いてみた。

 

再発防止のためだ。

 

 

 

「……篠宮の…実力を知りたかった…」

 

 

 

少し怯えながら答えた。珍しいな。

 

 

 

「実力とやらは、わかった?」

 

「あ、ああ……」

 

「じゃあもうやらないね?」

 

「ああ…篠宮には到底敵わないとわかった……。もう二度としない……」

 

「ん、わかった。もうやらないって聞けたからいいよ」

 

 

 

椎名の頭をポンポンする。

 

すると、少し安心したような表情になり、俺の胸へと顔を埋めた。

 

しばらくすると、椎名の方から離れていった。

 

 

 

「すまない、軽率な行動だった」

 

「もう大丈夫だよ」

 

「しかし…いざ目の当たりにすると化物みたいなやつだな」

 

 

 

むっ。失礼なやつだ。

 

 

 

「ああ、すまない。褒め言葉のつもりだったんだ」

 

 

 

俺的には褒められた気はしなかったが、椎名的には褒めたようだ。

 

 

 

「好きだ」

 

「……うん?」

 

 

 

なんて?

 

 

 

「聞こえなかったか?好きだ」

 

「な、なんで?」

 

「私は自分より強い男が好きなのだ。しかし、今まで出会った男に私の条件を満たす男はいなかった」

 

 

 

そうでしょうね。

 

 

 

「何百年も条件に合う男を探してきた」

 

「何百年も…?」

 

「そうだ。もう数えるのはやめたが、私がこの世界に来たのは少なくとも300年前だ」

 

 

 

そんな長いこといたのか……。

 

 

 

「そんな頃から待っていて、つい数日前やっと私の求める条件の男を見つけた。篠宮だ」

 

 

 

俺の目をまっすぐ見て言う。

 

思わず引き込まれるような綺麗な瞳だ。

 

 

 

「ゆりの話によると、どうやらお前は一夫多妻になっているらしいな。どうだ、私もその中に入れてくれないか」

 

「……俺さ、まだ椎名と話したりしたことがあんまりないんだよね。だからさ、お互いをもっと知り合ってからでどう?」

 

 

 

今すぐにはOKと言えない。

 

本当に椎名のことはよく知らないし、椎名も俺のことはよく知らないだろう。

 

 

 

「なんだ、そんなことか。それならば問題ないぞ」

 

「え?」

 

「篠宮太一。誕生日は7月5日。身長174cm、体重63kg。血液型はA型。得意なことは歌うこと、苦手なものは心霊現象。非常に温厚な性格をしており、滅多なことでは怒らない。岩沢とは生まれた時からの幼馴染でよく一緒に風…」

 

「ストーップ!なんで知ってるの!?」

 

 

 

そんな誰にも言っていないような個人情報素スラスラと……。

 

 

 

「遊佐から聞いた」

 

 

 

あっさりと情報源をバラす椎名。

 

そもそも遊佐もなんで知ってるんだ!?

 

 

 

「この学校の名簿に全部書いてあったと言ってたぞ」

 

 

 

なんで名簿持ってるんだよ!ってかその名簿こえーなおい!

 

 

 

「それで?篠宮は私の何が知りたいんだ?」

 

「何が知りたいって……」

 

 

 

急にそんなこと言われても思いつかないよ。

 

 

 

「無いのか?」

 

「なんていうか…無理やり聞き出すより自然とわかった方がいいかな〜って……」

 

「ふむ……一理あるな。まあ今日は一緒に行動するわけだ。機会はいくらでもあるだろう」

 

 

 

この場しのぎ感がすごいが、今は気にしないでほしい。

 

断っておくと椎名のことを避けたいからとか嫌いだからだということはない。

 

気持ちの整理がつかないので保留したいだけだ。

 

 

 

「付き合わせてすまなかったな。また午後に会おう」

 

 

 

そう言って椎名はどこかへと消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、せんぱ〜い!お待ちしてました!」

 

 

 

ドアを開けるや否や、関根が俺の元へ駆けつけてきた。

 

正午まで暇なので久々のガルデモの練習にやってきた。

 

 

 

「おう太一。今日はもう終わったのか?」

 

 

 

関根の次に口を開いたのはひさ子だった。

 

 

 

「いや、正午からギルドに潜るよ」

 

「ぎ、ギルド!?大丈夫なのか!?」

 

「大丈夫だよひさ子。今回は天使用のトラップとか無いから」

 

「っていうかそんなのがあっても太一ならなんとも無いだろ」

 

 

 

ごもっとも。あれが襲ってきても特に問題無い。

 

 

 

「……それもそうだな。よし、時間もないし練習再開するか」

 

 

 

納得したひさ子の音頭で練習を再開する。

 

久々ということもあり、みんないつもより気合が入っている。

 

しかし、いくら気合が入っているとはいえ、疲れるものは疲れる。

 

少し音に張りがなくなってきたのを機にひさ子が休憩のコールを出した。

 

 

 

「よーし、休憩!」

 

 

 

張り付いめていた緊張感が一気に消え、和やかな雰囲気になる。

 

 

 

「太一〜!」

 

「おっと…」

 

 

 

雅美が自分の定位置とでも言うかのように左腕に抱き着いてきた。

 

それを皮切りに、ひさ子は右腕、しおりは背中から抱きついてくる。

 

正直ちょっと暑い。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 

 

みんななんか話をするわけでもなく、ただただ俺に抱き着いている。

 

 

 

「え…っと……」

 

「ん?どうしたの?みゆきち」

 

「……これなんの時間?」

 

 

 

それ、俺も聞きたい。

 

 

 

「太一に抱きつく時間に決まってるだろ」

 

 

 

そんなの常識だろ?とでも言うように返す雅美。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 

 

再び静寂が訪れる。

 

10分くらい経っただろうか。耳を澄ませてみると、三人から寝息が聞こえてきた。

 

 

 

「寝ちゃいましたね〜…」

 

「寝ちゃったね」

 

 

 

ここ数日色んなことがあって疲れが溜まっていたのだろう。

 

 

 

「先輩は眠く無いんですか?」

 

「別に大丈夫だよ。どうして?」

 

「岩沢先輩たち以上に色々疲れてるんじゃ無いかな〜って思いまして…」

 

 

 

まあ、色々あったと言えば色々あったが、しっかり睡眠もとっていたので大丈夫だ。

 

 

 

「特になんとも無いよ」

 

「……やっぱりすごいですねぇ……」

 

 

 

あれ?若干呆れられてる?

 

 

 

「それより、岩沢先輩たちどうするんですか?」

 

「とりあえず横にさせようと思っているんだけど……全然離れてくれないんだよね…」

 

 

 

俺があぐらをかいてその周りで俺にしがみつきながら寝ているという状況だ。

 

何度か離そうと思ったのだが、離れてくれない。

 

仕方ないのでこのままをキープしているというわけだ。

 

 

 

「話は変わりますけど、ちょっと先輩に質問してもいいですか?」

 

 

 

質問?なんの質問だろう?

 

特に断る理由もないが。

 

 

 

「別にいいよ」

 

「好きな食べ物は何ですか?」

 

 

 

初歩的すぎる。

 

 

 

「えっと……スイカだけど……」

 

「じゃあ、好きな曲はなんですか?」

 

「……Crow Song」

 

「好きな飲み物は?」

 

「…玄米茶」

 

「好きなアーティストは?」

 

「…SAD MACHINE」

 

「好きな動物は?」

 

「…猫」

 

「好きな…」

 

「ストップ!」

 

「どうしました?」

 

「なにその小学生みたいな質問のオンパレード!」

 

「あれ…?だめでした?」

 

 

 

別にだめではないけど……。

 

 

 

「篠宮先輩と二人っきりになった時色々聞いてみようかと思って考えていたんですけど……」

 

 

 

とても残念そうな表情をする入江。

 

そんな顔されたら続けざるを得ないじゃないか。

 

 

 

「ご、ごめん!続けて!」

 

「はい〜!じゃあじゃあ、好きな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局この一方的な質問は雅美たちが起きるまで続いた。




ユイと天使をハーレムに入れるか悩んでいます。入れたほうが良いかどうかを是非活動報告を覗いて、教えて下さい。
お願いします。


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第十六話「再びギルドへ」

正午。再び校長室。

 

既にメンバーは全員集まっている。

 

そして、いつもは端っこにいるはずの椎名が俺の隣にきている。

 

 

「さーて、みんないるわね?ギルドに行く順番を発表するわよ!はずはじめに私と太一くんと椎名さん、時間は午後1時から。二組目に日向くんと大山くんと音無くん。時間は……」

 

 

俺たちがはじめに潜るのか。

 

 

「みんなわかったわね?前に行った組が戻ってこなくても、指定した時間になったら行って頂戴。それじゃあ、各自時間になるまで解散!」

 

 

再びゆりの号令で校長室から話し声が溢れる。

 

 

「よ、篠宮。ちょっと時間あるだろ?一緒に昼飯でもどうだ?」

 

 

日向だ。

 

 

「うん、別にいいよ」

 

 

特に誰かと食べる約束もしていないので、OKだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ、お待たせ」

 

「お待たせ〜」

 

 

俺のほうが先に料理ができたので場所取りをしていた。そこへ日向と大山がやってくる。

 

 

「さて、じゃあ食べるか」

 

 

日向の言葉で食べ始める。

 

2人とも余程お腹が空いているのか、無言で食べ進める。

 

半分ほど食べたところで日向が口を開いた。

 

 

「そういや、さっきは椎名とどこに行ってたんだ?」

 

「ん?なんか知らない洞窟の入り口」

 

「ああ〜、多分椎名さんのいた洞窟じゃない?」

 

「おお!あそこか!懐かしいな」

 

「知ってるの?」

 

「知ってるもなにも……あれは忘れらんねえよね?大山」

 

「そうだねぇ……あれは忘れようにも忘れられないね」

 

「なにがあったの?」

 

「まー、話してやりてーのは山々だが、今は時間がない。お前、1時からだろ?」

 

 

日向の言葉で俺は時計を見る。

 

既に12時50分。あと10分しかない。

 

 

「ほんとだ!また後でね!」

 

「おう!また後でな〜」

 

「また後で〜」

 

 

別れの挨拶も早々に食器を返却し、校長室へと向かう。

 

まあ、俺の足なら1分とかからないから若干余裕はあるんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さっきまで食堂にいた筈じゃ…?」

 

 

校長室に入るなり、ゆりにそんなことを言われた。

 

指定された時間に間に合うように走ってきただけなのに……。

 

 

「ゆり、なんで知っているんだ?」

 

 

椎名の口から疑問が発せられる。

 

確かにそうだ。なんで知ってるんだ?

 

 

「ギクゥ!」

 

 

わっかりやすいなー。

 

絶対良からぬこと企んでたでしょ。

 

 

「そ、それは……」

 

「それは?」

 

「……」

 

「……」

 

 

いい感じの言い訳が思い浮かばなかったんだろう。

 

ゆりは冷や汗をかいて目を泳がせている。

 

 

「まあまあ、椎名。そこまで咎めることじゃないよ」

 

 

ちょっと可哀想だ。助け舟を出そう。

 

 

「……篠宮がいいというなら、私はなにも口出ししない」

 

「ほっ……」

 

 

安心した表情になるゆり。

 

まあ、これに関しては後々聞き出そう。

 

それより。

 

 

「もう時間だけど、行かなくていいの?」

 

「おっと…そうね、早く行きましょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よお、よく来たな」

 

「あなたが呼び出したんじゃない」

 

「そうだったか?」

 

「そうよ」

 

 

オールドギルドに着くや否や、夫婦漫才のようなやりとりを始めたゆりとチャー。

 

あ、本当の夫は俺ですけどね?

 

 

「ま、いいわ。新しい武器は?」

 

「こっちに揃ってるぜ」

 

 

チャーが武器が揃っているであろう方に向かって歩き出し、俺とゆりと椎名があとをついていく。

 

 

「これだ」

 

 

ほぉ〜、と、思わず感嘆の声を上げてしまった。

 

この世界に来て間もない俺でもこれは凄いと分かるほどの武器が揃っていた。

 

種類は判らないがとにかく凄そうなのも沢山ある。

 

 

「ほらよ、これだろ?ベレッタM92F」

 

「ありがとう」

 

 

よくわからない名前のものが出てきた。恐らくハンドガンと呼ばれるものだろう。

 

 

「あとM4-M1」

 

「これももう出来てたの?やるじゃない!」

 

 

いやいやいやいやいや。ちょっと待って。

 

 

「な、なにそれ?」

 

「ん?アサルトカービンだけど…知らない?」

 

「知ってるわけないじゃん!」

 

 

銃マニアだとかそういうのが好きっていう人なら知ってるかもしれないが、生憎、俺はそういうものには疎い。

 

 

「ま、いいわ。それより篠宮くんの武器は?」

 

「それはこれから作る。ちょっとついてこい」

 

 

これから作る?

 

そう疑問に思いつつもチャーについていく。

 

 

「ここでお前の身体能力を測る。それに応じて武器を作るって訳だ」

 

 

案内された場所を見ると、メジャーが置いてあったり、線が引いてあったり、砂が敷いてあったりと、学校で見たことがあるあの光景が広がっていた。

 

 

「まずは握力からだ」

 

 

そう言われ、握力計を手渡される。

 

しかし……。

 

 

「チャー、振り切っちゃった」

 

 

まあ予想通りだろう。128kg以上は絶対あるって。

 

 

「だろうな。だが、そんなことは想定内だ。特別にその10倍まで測れるものを作っておいた」

 

 

用意周到だね。

 

ってことは1280kgまで測れるのか。

 

 

「じゃあ、やってみるよ?」

 

「おう」

 

 

お?ちょっと抵抗がある。この身体になってから初めての感覚かもしれない。

 

が、ほんの少し力を入れると、パキッという音と共に抵抗がなくなった。

 

握力計を見てみると。

 

 

「ごめん、振り切った」

 

 

振り切ってしまっていた。

 

 

「……そうか」

 

 

呆れたような表情になるチャー。

 

この結果には俺自身も呆れてるよ。

 

 

「…まあいい。次はシャトルランだ」

 

 

なぜシャトルラン?

 

握力は武器を持つ上で必要なのはわかるが、シャトルランの意味はあるのか?

 

 

「ね、ねえ、シャトルランって武器作る上で要らなくない?」

 

「持久力を測って、どれくらいの長さまで戦えるか知るんだよ。弾数とかも決まってくるしな」

 

 

ああ、なるほど。

 

 

「それじゃあ早速スタートラインに立ってくれ」

 

 

チャーの指示通り、スタートラインに立つ。

 

 

「いくぞ?よーい、スタート!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ご苦労だったな」

 

 

結果:完走。

 

正直全く疲れていない。

 

 

「ってか最後の方ってあんな感じなんだね」

 

「……ああ、俺も初めて聴いたよ」

 

「次は?」

 

「…重量挙げだ」

 

 

重量挙げ?そんな種目あったっけ?

 

 

「武器を作る上でのテストだ。普通に学校でやっているテストじゃあ測れやしねえよ」

 

 

確かに学校のやつでは武器を持つための測定ではない。

 

というかそうであってはいけない。

 

 

「あ、でも、多分重量挙げは測定いらないと思うよ?」

 

「どういうことだ?」

 

「実はさ、生きてる頃に戦車を持ち上げたことがあってさ」

 

「…………お前はどんな人生を送ってきたんだ?」

 

 

銃のパーツとか構造とか暗記してる人に言われたくない。

 

 

「……ちなみにその戦車の重さは?」

 

「80トン?」

 

 

確か。

 

それを聞いてチャーは本日何度目かわからない呆れ顔をする。

 

 

「……じゃあ重量挙げは必要ねえな…。次は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間後。測定が終わった。

 

 

「ゆりっぺ、結果が出た」

 

「お疲れ様。それで?どうだった?」

 

「こいつに武器は必要ねえ。存在自体が兵器だ」

 

「存在自体が兵器って……そんな言い方しなくてもいいじゃない」

 

 

ちょっと口を尖らせながら講義をするゆり。

 

 

「じゃあちょっとこれを見てみろよ」

 

 

手渡されたのは俺の測定結果。

 

 

握力:測定不能(少なくとも1280kg以上)

シャトルラン:完走(未だ余裕あり)

重量挙げ:測定不能(少なくとも80t)

反復横とび:目視不能

跳躍力:測定不能(少なくとも10m)

50m走:目視不能

 

 

俺自身兵器と言われても仕方ない気がする。

 

 

「……」

 

 

ゆりも目を丸くして結果を眺めている。

 

 

「……まさかここまでとは……」

 

「な?」

 

「え…ええ……」

 

「全く…とんでもねえ新人だよ。こいつなら天使を倒せるかもな」

 

「そうだ。篠宮なら天使を倒せる」

 

「椎名さん?」

 

「私の惚れた男だ。倒せないわけがないだろう」

 

 

チャーを含めギルドメンバーの視線が集まる。

 

 

「ほ、ほれ?」

 

 

動揺を隠しきれないゆり。

 

 

「そうだ。私は篠宮のことが好きだ。私もハーレムの一員に入れて欲しい」

 

「椎名さん!それはあんまり言っちゃダメ!」

 

「なぜだ?」

 

「そういうこと言うと……」

 

「ゆりっぺ、ハーレムってなんだ?」

 

「ほ、ほらぁ〜……」

 

 

チャーが興味を示した。

 

ちなみに俺は質問攻めに合うのを見越して天井に張り付いて身を隠している。

 

飛んでいい感じの凸凹を掴んでぶら下がるだけの簡単な技だ。

 

 

「そ…その…ハーレムっていうのは……」

 

「ゆり、岩沢、ひさ子、関根の4人が篠宮の彼女になっているということだ」

 

 

ゆりがなにか良い言い訳を考えようとしている隙に椎名がど真ん中の豪速球を放った。

 

 

「「「「「えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」」」

 

 

その瞬間ギルドメンバー全員から驚愕の声が上がる。

 

 

「お前ら黙れー!」

 

 

チャーの一言で辺りが静かになる。

 

流石はこのギルドの長である。

 

 

「こういうのは張本人に直接聞くのが一番だ。なあ?篠宮?そろそろ降りてこいよ」

 

「ギクゥ!」

 

 

ば、バレていたのか……。

 

 

「そういえば太一くん…どこ?」

 

「上だよ、上」

 

「上?」

 

 

そこにいた全員の視線が俺に集まる。

 

バレてしまっては仕方ない。降りるか。

 

 

「よっ……と」

 

 

無事着地を決める。

 

何人かに呆れた顔をされたのは言うまでもない。

 

 

「な、なんで太一くんは天井に…?」

 

「いや〜、どうせ質問攻めに合うだろうから先に逃げないとな〜って……」

 

「だからと言って天井なんていう逃げ道があるか」

 

 

ごもっとも。次からはもうちょっと考えるよ。

 

 

「まあ、お前の予想した通りこれから質問攻めに合って貰うんだけどな」

 

 

不敵な笑みを浮かべるチャー。

 

嗚呼、とっても怖いです。

 

 

「よーし、お前ら!質問あるやつは手ぇ挙げろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふへぇ〜……終わった……」

 

「お…終わったわね……」

 

 

俺たちは今ギルドから帰路についている。

 

こんなに披露困憊なのは言うまでもなくあの質問攻めのせいだ。

 

ざっと50個くらいは答えたんじゃないか?

 

 

「椎名…今度から発言するときは時と場所を考えてね……」

 

「す、すまない……」

 

 

ちょっと申し訳なさそうな表情をする椎名。

 

 

「まあまあ、過ぎたことは良いじゃない。それより私的には椎名さんのあの発言の方が気になっているんだけど?」

 

「ああ、篠宮が好きだというやつか?」

 

「そう、それよ」

 

「私は篠宮のことが好きだ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

 

ゆりの目をまっすぐ見て言う椎名。

 

 

「……太一くん」

 

「はい?」

 

「あなたって罪な男ねえ……」

 

 

どういう意味だ。

 

 

「あの椎名さんまで惚れさせるなんて……」

 

「それでだ、ゆり。私もハーレムの一員に入れて欲しいのだ」

 

「ああ〜…そんなことも言ってたわね」

 

「ダメか?」

 

「入れてあげたいのは山々だけど……私だけじゃ判断できないわ」

 

「ふむ…ならば岩沢たちに許可を貰えば良いということか」

 

 

簡単な話だとでも言うような言い方だ。

 

確かにあの3人なら普通にOKをしてくれそうだけどさ。

 

 

「そうと決まったら行くぞ。場所はどこだ?」

 

「ええっと…多分今の時間なら空き教室かな?」

 

「いつも篠宮たちが練習しているところか?」

 

「うん」

 

「よし、じゃあ早速行くぞ、ゆり、篠宮」

 

「わ、私も行くの?」

 

「当然だ」

 

 

そう言うと椎名は雅美たちがいる教室の方へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空き教室に着き、ドアを開ける。

 

今は練習中であり、みんなこちらに視線を向けるが、演奏する手を止めることはない。

 

いまやってる曲は確かAlchemyだっけ。

 

椎名とゆりも思わず聞き入っているようだ。

 

少しすると演奏が終了した。

 

 

「ゆりに椎名?どうした?」

 

 

ひさ子が近づいてきた。

 

 

「ちょっと椎名から大事な話があるみたいでさ…」

 

「大切な話?」

 

 

雅美、ひさ子、しおり、入江が思わず身構える。

 

 

「ま、立ち話もなんだから椅子出そ?」

 

「…そうだな」

 

 

端に寄せてあった椅子を人数分出し、円陣を組むようにして座る。

 

 

「さ、椎名さん、話して頂戴」

 

「ふむ…単刀直入に言う」

 

 

4人が身を乗り出して構える。

 

 

「篠宮が好きだ。私もハーレムの一員に入れて欲しい」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 

しばらくの間、沈黙が教室を支配する。

 

そして、最初に口を開いたのは雅美だった。

 

 

「なーんだ、そんなことか」

 

「そんなこととは、どいういう意味だ?」

 

「だって太一だぜ?」

 

「?」

 

 

ひさ子としおりとゆりは「うんうん」とうなづいている。

 

入江はなんかわかるようなわからんようなっていう顔をしている。

 

俺にはなんのこっちゃさっぱりなんだが。

 

 

「こんなにいい男だ。好きになるなという方が無理だってことだよ」

 

「そうですよ」

 

 

ひさ子の言葉にしおりが賛同を送る。

 

なんか過大評価しすぎじゃないか?

 

 

「つまり、私はハーレムに入っていいのか?」

 

「もちろんだ」

 

「私たちと同じ感情を抱いていて入れないなんて酷ですもん」

 

「い…いいのか!?」

 

「ああ」

 

「篠宮ーーーー!!」

 

「わっ!?」

 

 

ギューッという感じで抱きしめてくる椎名。

 

そんでもってすりすりしてくる。

 

 

「椎名さんがここまで感情的になるのも珍しいわね……」

 

「ま、まあ私たちもあんな感じになりましたし…」

 

 

まじまじと見つめるゆり。

 

それに対しフォローっぽいものを入れるしおり。

 

 

「なにはともあれ、一件落着だな」

 

「よーし、私たちは練習再開するぞー」

 

「えぇ〜……」

 

「練習はしなきゃだめだよ、しおりん」

 

 

しおり以外は練習をする気でいっぱいなようだ。

 

それに流される形でしおりも練習を再開することとなった。

 

ただ、一つ問題がある。

 

 

「あ、あの……」

 

「どうしました?太一先輩」

 

「俺はどうすれば……」

 

 

俺も練習に混ざりたいのは山々なのだが、絶賛椎名に抱きつかれ中なのだ。

 

 

「椎名さん、太一くんはいまから練習しなきゃいけないから、離れて頂戴?」

 

「……」

 

 

ゆりに言われるもギュウっと抱きしめる力が強くなる。

 

 

「ま、また後で会えるから、ね?」

 

「……後って、いつだ?」

 

「え?えーっと……夕飯の時?」

 

「ふむ……もう3時間ほどか……」

 

「それくらいなら我慢できるでしょ?」

 

「…………」

 

 

考え込んでいるようだ。

 

 

「椎名さん、我が儘言わないの。私だっていますぐにでも抱きつきたいのよ?」

 

「……」

 

「私だけじゃないわ。岩沢さん、ひさ子さん、関根さんもみんな我慢してるのよ?」

 

 

ゆりの言いたいことを理解したのか、椎名は離れた。

 

 

「……軽率な行動を取ってしまった。すまなかった……」

 

 

ぺこりと俺たちに向かって頭を下げる。

 

 

「いや、大丈夫だよ。な?みんな?」

 

「そうそう、太一を目の前にしたらそうなるって」

 

「だから気にする必要なんてないぜ?」

 

「仕方のないことですよ!」

 

 

あれー?てっきり「気にしてない」っていう返答が来るかと思ったら「仕方がない」っていう返答が来たぞ?

 

なんだか小っ恥ずかしいな。

 

 

「ありがとう……」

 

「それじゃあ練習の邪魔して悪かったわね」

 

「じゃあ篠宮、またな」

 

「うん、また後でね」

 

 

ゆりが椎名の手を引っ張り教室から出て行く。

 

 

「いや〜、椎名先輩までも虜にするなんて、流石ですね〜」

 

 

にやにやという視線を送ってくるしおり。

 

 

「それにしても、椎名があそこまで感情的になったのは初めて見たな」

 

「岩沢もか?」

 

「ああ、ちょっと驚いた」

 

「普段は誰よりもクールなのにな……」

 

「恋の力って偉大ですねえ……」

 

 

三人が何かしらの雰囲気に浸っている。

 

そこへ。

 

 

「あ、あの〜…」

 

「ん?みゆきちどうしたの?」

 

 

今まで口を閉じていた入江が口を開いた。

 

 

「そろそろ練習しませんか?」

 

 

ごもっとも。

 

 

「おっと、そうだな。悪りぃ、時間使わせちまって」

 

 

ひさ子が入江に謝る。

 

 

「あ、いえ、全然大丈夫ですよ」

 

「よーし、ここからは真面目にいくぞー!」

 

「「「「おー!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜。自室。

 

俺は1日の疲れを取るために風呂に入っていた。

 

 

「太一、かゆいところは?」

 

 

………雅美と一緒に。

 

 

 

ことの発端は夕食時。

 

何気なく俺が「今日は久しぶりにゆっくり風呂に入るか」と言ってしまったことだ。

 

すぐ様5人が「風呂!?」と食いついた。

 

その後はすぐ様、誰が一緒に入るかという話になった。

 

いくら設備がいいとはいえ所詮は学生寮、二人も入ればいっぱいだ。

 

当然話し合いでは決まることもなく、最終的にじゃんけんで決めることとなった。

 

お分かりの通り、雅美がじゃんけんで勝ったのだ。

 

 

 

はい、回想終わり。

 

ちなみに今は二人とも水着を着用している。

 

もう彼氏彼女の関係だからいいんじゃね?と思うかもしれないが、俺たちは高校生、健全なお付き合いがモットーなのです。

 

まあ、雅美からは水着なんていらないって言われたけどさ。

 

頑張って説得したよ。

 

 

「ん〜♪」

 

 

超上機嫌で俺に抱きつてくる。

 

 

「太一…」

 

「ん?」

 

「キス……」

 

 

突然すぎる。

 

顔を赤らめ、目を閉じ、唇を突き出している。

 

何これ超かわいい。

 

キスまでは健全だよね?っていうか以前してるから問題ないよね?

 

ほんの一瞬だけ考えて、雅美の要望に応える様にキスをした。

 

数秒…十数秒…数十秒……。

 

今までした中で一番長いキスだ。

 

 

「…ぷはっ」

 

 

1分を超えた頃、雅美の唇と俺の唇が離れた。

 

雅美の顔を見てみると、目がトロンとしている。

 

 

「太一……」

 

 

再び抱きついてくる。

 

先ほどとは明らかに雰囲気が違う。

 

……オトナノカイダンノボルノカナ?




健全なお付き合い?なにそれ?おいしいの?


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第十七話「はじめて」

お久しぶりです


「おはよー」

 

「おはよ」

 

「うーっす、おはよう、太一、岩沢」

 

 

午前8時30分。

 

俺と雅美は少し早めに朝食を済ませて空き教室に来ていた。

 

今日の集会は無し、各自自由に過ごすようにとゆりから通達が有ったため、こうして気合を入れて練習しに来ているわけだ。

 

 

「早いなー、ひさ子」

 

「お前らだって一緒だろ?」

 

「ちなみに何時からいるんだ?」

 

「7時くらい?」

 

「早っ!?」

 

 

予想より早かった。

 

てっきり8時くらいかと思っていたのに。

 

 

「それより、岩沢」

 

「ん?」

 

「今日はやけに肌の艶が……まさか…」

 

 

ははーん、と、からかうように言うひさ子。

 

雅美の顔を見てみると、赤くなっている。

 

 

「ついにその段階まで行ったかー」

 

 

さらに赤くなって俺の裾を掴みながらもじもじする。

 

 

「じゃあ今夜は私な」

 

「………ん?」

 

 

イマ、ナントオッシャイマシタ?

 

 

「聞こえなかったのか?今夜は私の番だ」

 

 

嗚呼、どうやら聞き間違いでは無かったようです。

 

 

「別に……断る理由はないけどさ……」

 

 

同じ彼女だからね。

 

 

「よし、じゃあ今夜お邪魔するぜ」

 

 

グッと親指を立て、満面の笑みで言うひさ子。

 

まあ、ここまで嬉しそうにしてくれるなら彼氏としても甲斐があるというものだ。

 

 

「よし!今日も一日頑張るぞ!」

 

 

そう言いながらひさ子は天井に拳を突き出す。

 

 

「あれ?どうしたんですか?ひさ子先輩」

 

 

丁度そこへしおりと入江が教室に入ってきた。

 

 

「おはようございます〜」

 

「あ、おはようございます、太一先輩、岩沢先輩、ひさ子先輩!」

 

「ああ、おはよう!」

 

「おはようさん」

 

「おはよう」

 

 

入江につられて思い出したようにあいさつをするしおり。ちゃんとあいさつは返さないとね。

 

 

「それで、ひさ子先輩、なんかいいことでもあったんですか?」

 

「いや〜」

 

 

にへら、とだらしのない表情になるひさ子。

 

 

「た、太一先輩!ひさ子先輩が壊れてます!」

 

「壊れてねえよな〜?太一♪」

 

 

壊れてはいない。ただテンションがハイで思考回路が切れているだけだ。

 

 

「それで、本当に何があったんですか?」

 

 

入江が質問してくる。

 

もうそろそろ正直に答えて良いだろう。

 

昨晩の出来事とさっきの会話の内容をそのまま伝える。

 

 

「ああ〜、だからひさ子先輩が壊れたんですね」

 

「だから壊れてねえって」

 

 

しおりの言葉に反論するも表情が明らかににやけているので説得力がない。

 

 

「完全に壊れているよね?みゆきち」

 

「…………」

 

「みゆきち?」

 

 

見てみると顔を真っ赤にして動かなくなってしまっている。

 

 

「あちゃ〜…みゆきちには刺激が強すぎたか〜……」

 

「相変わらず入江はウブだな…」

 

 

なんというか…イメージ通りだ。

 

ついさっきまでニヤニヤしていたひさ子も少し呆れ顔になっている。

 

 

「おーい、入江。起きろー」

 

「……」

 

 

雅美が呼びかけるも、反応がない。

 

多分もうしばらくこのままなんじゃないか?

 

 

「…だめだな」

 

「起きませんねえ…」

 

「おーい、入江?」

 

 

顔を覗き込んでみる。

 

 

「はわっ!?」

 

「おー、起きた」

 

「わ、私がなにか!?」

 

 

いや別になにもしてないんだけどな。

 

 

「…ひさ子先輩、いつもなら起きませんよね…?」

 

「ああ、起きないな……」

 

「恐るべし太一だな……」

 

 

なんかヒソヒソ話してるぞ?

 

 

「し…篠宮先輩…」

 

「ん?」

 

「その……昨晩……」

 

 

滅茶苦茶顔が真っ赤になっている。

 

次の瞬間、頭から湯気を出し、入江は俺の方に倒れこんできた

 

 

「い、入江!?大丈夫!?」

 

「あーあ、無理するから……」

 

「無理?」

 

「みゆきちはすんごいウブなんです」

 

 

いやいや。ウブってレベルじゃねーだろ。もう高校生ですよ?

 

抱きかかえている入江の顔を見てみる。

 

やはり真っ赤になって目を回している。

 

 

「ね?」

 

「ま、まあ、世の中にはこういう人もいるんだな……」

 

 

そう納得せざるを得なかった。

 

とりあえず椅子を並べて簡易的なベットを作り、そこに入江を寝かせる。

 

恐らく寝相はいいと思うので大丈夫だろう。

 

 

「さて、どうする?こうなったらしばらくは起きないぜ?」

 

「どうしましょうか」

 

 

どうしよう。

 

せっかく練習しようって朝早くから集まったんだ。有意義に使いたい。

 

 

「そうだ太一、麻雀打てるか?」

 

「麻雀?なんで?」

 

「親睦を深めるにはいいだろー?」

 

 

いやいや、もう十分深まってますから。なんなら夜の約束までしましたから。

 

 

「んー、時間あるから別にいいけど……俺、ルールとかわかんないよ?」

 

 

やったことないし。

 

 

「その都度教える」

 

「その都度でなんとかなるもんなの?」

 

「ルール自体は簡単ですからね。役を覚えるのが大変ですけど……」

 

「あと点数もな」

 

「雅美としおりもできるの?」

 

「昔ひさ子先輩に教えられまして……」

 

「私も同じく」

 

 

雅美まで打てるなんて意外だった。

 

 

「じゃあやってみようかな」

 

「そう来なくっちゃ!」

 

 

ひさ子は卓と牌を持ってくる、と言い残し教室から出て行った。

 

 

「この中だったら誰が麻雀強いの?」

 

「圧倒的にひさ子だな」

 

「ひさ子先輩ですね」

 

「そんなに?」

 

「そりゃあもう豪運の持ち主ですよ!」

 

「藤巻とか松下五段とかいつもカモられてるからな」

 

 

それは藤巻と松下五段が弱いということではないんでしょうか。

 

 

「私も結構やられてますからね〜」

 

「私も」

 

「二人も?」

 

「みゆきちも相当やられてますよ」

 

 

へえ。じゃあ本当に強いんだな。

 

 

「どこからあんな運がくるんだろうな」

 

「生前は1日5回くらいおばあさん助けてたんじゃないですか?」

 

 

そりゃあ運が上がりそうだ。

 

 

「ありえるな……」

 

 

ないだろ。

 

そんなこんなで10分ほど他愛もない雑談をしていると、ひさ子が戻ってきた。

 

 

「お待たせ」

 

「待たせたわね」

 

 

ゆりと共に。

 

 

「あれ?ゆりっぺ先輩?どうしたんですか?」

 

「面子合わせよ」

 

「本当は?」

 

「太一くんに会いたくて立候補したわ」

 

 

なるほど。

 

愛されるとは素晴らしいものですね。

 

 

「んじゃ、始めるか」

 

 

なんかよくわからない作業が始まった。

 

東西南北ってかいてある牌を4人で選んだかと思ったらゆりがサイコロを振った。

 

 

「えっと…これなに?」

 

「親を決めるんだよ。ま、そこらへんは今度じっくり教えるから今は私の指示に従ってくれ」

 

 

今ので親が決まるのか。摩訶不思議。

 

席が決まってようやく見たことのある作業に入った。

 

ジャラジャラと牌が混ざり合う音が教室に鳴り響く。

 

その音が鳴り止んだと思うや否や各自山を作る。

 

みんな手馴れてるなあ。

 

ちなみに俺の分は初心者だからという理由でひさ子がやってくれている。

 

 

「まあ、これは太一に教えるためだから本気でやる必要はねえよ?場合によっちゃこの牌持ってるやつ切ってくれっていうかもしれないしな」

 

「あくまで練習ですから食券かけなくてもいいんですよね?」

 

「え?いつも賭けてるの?」

 

「ああ、賭けなきゃつまんねーだろ?」

 

「確かに面白くはなるけどさ……」

 

 

※賭け事はいけません

 

 

「さて、私と太一が親だ。張り切って行くぜ」

 

 

そう言いながら牌をあげる。

 

 

「………」

 

 

なぜかひさ子の手が止まった。

 

 

「どうしたの?」

 

「……ありえねえ…」

 

「?」

 

 

メンバー全員が頭にハテナマークを浮かべていた。

 

 

「い、いや、なんでもない……始めよう」

 

 

確かに見てみると綺麗な形に牌は並んでいた。一つを除いて。

 

 

「役があと一つの牌で出来るってなったらリーチをかけることができる。別にやらなくてもいいが、今はちょっとやらせてくれ」

 

「早っ!?」

 

「うわ、なに切っていいのかわかんねーよ…」

 

「怖いわねー…」

 

 

ゆりが九萬と書かれた牌を切った。

 

 

「嘘だろ!?」

 

 

ひさ子が声を上げると、ゆりが「ああ、しまった!」という顔をした。

 

多分ひさ子のリアクションから凄いのが揃ったと思ったのだろう。

 

 

「……ロン、純正九蓮宝燈、一発、ダブリー」

 

「はあっ!?」

 

「すっげー…初めて見たぜ……」

 

「私の時じゃなくてよかった〜…」

 

 

ジュンセイチュウレンポウトウ?なにそれ?

 

 

「嘘でしょ!?」

 

「私だって嘘だと思ってるよ……」

 

「ね、ねえ、ジュンセイチュウレンポウトウってなに?」

 

「簡単に言えば物凄い役ですよ。やったら死ぬんでしたっけ?」

 

「し、死ぬ?」

 

 

死ぬ……もう死んでる……死んでいるから問題ない……問題ないから揃った……。

 

 

「なるほど」

 

「太一の想像していることは絶対違うからな」

 

 

ひさ子に心を見透かされました。

 

 

「まー、ゆりっぺ先輩も食券賭けてなくてよかったですねー」

 

「本当よ……もし賭けてたらと思うとゾッとするわ……」

 

「ん?今のゲームは終わり?」

 

「ああ、ゆりが跳ねちまった」

 

 

よくわかんないけど、どうやらまた始めからのようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2時間後。

 

 

「あーもう!なんで勝てないのよ!」

 

 

バンっ!と机に手をつくゆり。

 

なんと6連敗中だ。

 

そんでもって俺とひさ子は6連勝中。

 

 

「なんか先輩方強すぎじゃありませんか?」

 

「そういえば太一って昔から運はよかったよなぁ…」

 

「おかしいわよ!なんで私ばっかりこんなに負けるのよ!」

 

「そりゃあ……ゆりの運が悪いからでしょ」

 

「一応言っとくけど、別にイカサマなんてしてねーからな?」

 

「くっ……」

 

 

眉間にしわを寄せ歯をくいしばる。

 

 

「まあまあいいじゃないですか。おかげで太一先輩も少しはルールを覚えれたようですし」

 

「そうだね。役とかはまだだけど、やり方は大体わかったよ」

 

「……今度こそ負けないわよ」

 

 

次の勝負に移ろうとしたその時。

 

 

「う…うん……?」

 

 

入江が起きた。

 

 

「おっと、みゆきちが起きましたぜ?」

 

「本当だ。おはよう、入江」

 

「お…おはようございます……」

 

 

まだ若干顔が赤い。

 

 

「入江、もう大丈夫なのか?」

 

「あ、はい…多分……」

 

「そういえばなんで入江さんは倒れていたの?」

 

「あー…それは話すと長くなるけど…」

 

 

ゆりにも昨晩からの流れを全部話した。

 

 

「へぇ…岩沢さんとねぇ…」

 

 

ニヤニヤしながら俺と雅美を交互に見る。

 

 

「な、なんだよ……」

 

「別に?ただ、岩沢さんとやったんだからいずれかは私の相手もしてくれるんでしょうね?」

 

「そりゃあするけどさ……」

 

「いよっし!」

 

 

グッと小さくガッツポーズをするゆり。

 

 

「あ、あの〜」

 

「ん?どうしたの?」

 

「そろそろ話題変えませんか?」

 

 

振り返ってみると全力で入江の耳を塞いでいるしおりがいた。

 

 

「おっと…悪い悪い。入江も起きたし、練習しようか」

 

「そーすっかぁ」

 

 

ほんの少し残念そうに言うひさ子。よほど麻雀が好きなのだろう。

 

果たして彼女の中では「音楽≦麻雀」なのか「麻雀≦音楽」なのか……。

 

それは後々聞いてみればいいや。

 

 

「じゃあ私は校長室に戻るわね。邪魔するのも悪いし」

 

「あれ?聴いていかないのか?」

 

「気持ちは嬉しいけど……他にも仕事があるのよ」

 

 

雅美が呼びかけたがどうやら忙しいようだ。

 

ってか仕事あるのに麻雀立候補したのか……。

 

 

「そっか。じゃあ頑張ってこいよ」

 

「ええ、遊んだ分取り返すわよ」

 

 

あ、自覚はあるんですね。それなら安心です。

 

じゃ、頑張ってという言葉を残してゆりは校長室へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃ〜疲れた疲れた……」

 

「しおりんお疲れ様〜」

 

 

丁度お昼時になった頃、ひさ子から休憩のコールが出た。

 

それと同時にしおりと入江のいつもの会話が出たというわけだ。

 

 

「午後からどうするの?」

 

「んー…私は書きかけの曲があるからそれを仕上げる」

 

「私たちはちょっと予定が入ってまして……」

 

「私は暇だ」

 

 

ひさ子のみが予定が入っていないようだ。

 

 

「じゃあ午後は各自自由行動だね」

 

「そうなるな」

 

「お昼ご飯くらい一緒に食べませんか?」

 

 

そういえばまだお昼ご飯食べてないんだった。

 

しおりの提案により5人で食堂に行く。

 

それぞれ思い思いのメニューを頼み、食べ始め、色々して、食べ終わる。

 

色々っていうのは何かって?

 

色々だよ。

 

 

「さて、太一」

 

「なに?」

 

「これから夜までどうやって過ごすんだ?」

 

 

どうしよう。特に決めてない。

 

このまま部屋に帰ってだらだらしてもいいし、日向辺りと遊んでもいい。いや、遊ぶというか訓練だとかこの世界について教えてもらうだとかだけど。

 

 

「う〜ん……特に決めてないよ」

 

「じゃあさ、私と一緒に過ごさないか?」

 

 

多少は予想していましたよ、この展開。

 

嬉しいからいいんだけどね。

 

 

「もちろんいいよ」

 

「よし、じゃあ私の部屋に行こうぜ」

 

「オッケー」

 

 

ひさ子の部屋へと移動する。

 

移動中はもちろん手を繋いだ。

 

例のごとく、正面から入るのはまずいので窓から入った。

 

 

「さ、いらっしゃい」

 

「お邪魔しま〜す」

 

 

カレーをご馳走になって以来のひさ子の部屋だ。

 

 

「二人……きりだな……」

 

「え?あ、うん。そうだね」

 

「……」

 

「……」

 

 

少しだけ無言が続く。

 

そんなこと言われたら意識しちゃうじゃないか。

 

 

「……き、キスくらい昼間からしてもいいよな?」

 

「うえぇ!?い、いいと思うけど……」

 

 

突然の要求に変な声が出てしまった。

 

 

「じゃ…じゃあ……」

 

 

頬を赤らめ、目を閉じて、唇を少し尖らせてきた。

 

俺の方からやれということなのか。

 

ま、まあいいだろう。やってやろうじゃないか。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

雅美とはまた少し違った雰囲気に緊張してしまう。

 

 

「……太一?」

 

「ちょ、ちょっと待って!今息整えるから……」

 

 

ひさ子を待たせてしまってるのは申し訳ない。

 

ただ、緊張が半端じゃないというのは言っておきたい。

 

呼吸を整え、よし、行くぞと意気込んだ瞬間。

 

 

「隙あり!」

 

「むぐっ!?」

 

 

ひさ子の方からキスをしてきた。

 

 

「ん……」

 

「……ぷはっ」

 

「ふふ、どうだった?」

 

「どうって……気持ちよかったよ」

 

「そうか…」

 

 

そっと抱きついてくるひさ子。

 

 

「太一がなかなか来ないから待ちきれなかったぞ…」

 

「ご、ごめん……」

 

「今夜は太一の方から来てくれるの待ってるぜ」

 

 

そう言うと案外早い段階でひさ子の方から離れた。

 

 

「このままだと我慢できなくなっちまうかもしれないからな……」

 

 

なるほど。Me too.

 

 

「さて、本題に入るか」

 

「え?今のが本題じゃないの?」

 

「今のは私が突発的にしたくなってしただけだ」

 

「ふーん」

 

「なんだよ。嫌だったか?」

 

「全然。むしろ嬉しかったよ」

 

「そっか。んじゃあ本題に入るぞ」

 

 

口元が若干緩みながら話題を戻すひさ子。とっても可愛いです。

 

 

「今日は再びギターを教える」

 

「おお!……ん?」

 

「以前あんだけ教えないって言ってたのになんで教えるんだっていう顔だな」

 

 

ええ、そうです。その通りです。

 

 

「教えてくれるのは願ったり叶ったりなんだけど…どういう風の吹きまわしで?」

 

「なんかさ、せっかくの太一の才能を私の嫉妬で殺しちまってるみたいでさ」

 

「そんな才能なんて……」

 

「謙遜なんかいらねえよ。間違いなく私なんかより才能がある。そんでもって化ける」

 

 

ひさ子のような技術の高い人に言われると嬉しくなる。

 

 

「それにさ、岩沢に教えられて上手くなるより私が教えて上手くなった方が私的に嬉しいじゃん?」

 

「なにそれ」

 

「単なる独占欲と我が儘だよ」

 

「ふーん…」

 

 

やっぱりひさ子でもそういうのはあるんだな。

 

 

「じゃあ前回の復習から行くぜ?ほれ」

 

 

部屋に置いてあったギターを手渡される。

 

 

「えっと…Aマイナーは…」

 

「ちょっと待て」

 

「ん?」

 

「なんでAマイナーからなんだ?」

 

「えっと……なんかロックじゃん?」

 

「……さっぱり意味わかんねえ…。やっぱり岩沢と長い時間過ごしてきただけあるな…」

 

「それって褒めてる?」

 

「太一がそう思うんならそれでいいさ」

 

 

やれやれと、あきれ顔になった。

 

 

「よーし、じゃあ始めるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3時間後。

 

 

「ふんふんふ〜ん♪」

 

「ちょっと待て」

 

「うん?」

 

「もうCrow Song弾けるようになったのか?」

 

「うん」

 

「いや『うん』じゃねーよ!」

 

 

状況を説明しよう。

 

ひさ子から一通りざっと教えてもらった。

 

その後、自由にやってていいと言われ自由にやった。

 

いつも雅美が弾いてるのをイメージしてCrow Songを弾いてみた。

 

弾けた。

 

 

「弾けたじゃねーよ!私たちがどんだけ苦労してきたと思ってんだよ!」

 

「いやいや、ひさ子の教え方が上手かったからだって」

 

「え?ああ、そっか。ってなるかぁ!」

 

 

おお、ノリツッコミ。珍しい。

 

 

「吸収早いっていうレベルじゃねーだろ!頭どうなってんだよ!」

 

「いやぁ…どうなってんすかねぇ…」

 

「こっちが聞いてるんじゃー!」

 

 

ちょっとしおりとキャラ被ってませんか?

 

まあいいや。しばらく観察してみよ。

 

 

「大体なんだ!?その成長速度は!?」

 

 

なんなんでしょうねえ。

 

 

「私や岩沢が長年かけて築いてきたものをたったの10時間足らずでマスターだと!?」

 

 

お、そう聞くとすげえな。

 

 

「すげえで済むかぁー!」

 

 

あ、壊れた。これアカンやつや。

 

別に力ずくで押さえようと思えばできるけど、そういうのはあんまりしたくない。

 

でもこのまま放っておくのもやだ。

 

どうしよう。

 

 

「と、とりあえず座ってお茶でも飲もうよ。ね?」

 

「…………」

 

 

渋々ではあるが座ってくれた。

 

 

「あ、座って早々悪いんだけど、お茶煎れてきてくれない?俺お茶どこにあるかわかんなくて……」

 

「わからずに提案してたのかよ!」

 

「ご、ごめん…」

 

 

なんだかんだで台所に行ってお茶を煎れてくれた。

 

 

「落ち着いた?」

 

「ああ…少しは…」

 

「そっか、よかった」

 

 

ずっとあの調子じゃひさ子も疲れちゃうからね。

 

 

「それにしても、改めてとんでもない奴に恋しちまったって思うよ。ほんと、頭ん中どうなってんだ?」

 

「え…さ、さあ?」

 

「ギルドの連中って脳波とか計測する装置って作れんのかな…」

 

「いやいやいや、それはやめて」

 

 

脳裏に浮かぶのはあの適当に作って爆発した大砲。

 

記憶にないものを適当に作ったらまたああなるかもしれない。

 

別にあのくらいの威力なら大丈夫だけど、怖いは怖い。

 

 

「ふふ、冗談だよ冗談」

 

「なんだ…冗談か…」

 

 

冗談を言う余裕が出てきたか。よかった。

 

 

「ふぅ……ごめんな、取り乱しちゃって」

 

「え?ああ、大丈夫だよ」

 

「それにしても、私は本当にとんでもない奴に惚れちまったんだな」

 

「どうしたの?急に」

 

「昨日の夜ゆりから聞いたぜ?」

 

「何を?」

 

「身体測定の結果」

 

 

ああ、その話か。

 

 

「その気になればこの世界とか簡単に手に入れられるんじゃないか?」

 

「多分できる……じゃないかな?」

 

「手に入れたらどうするんだ?」

 

「別にどうもしないよ。強いて言うならみんなが仲良く過ごすことって命令するかな」

 

「ふーん…優しいんだな」

 

「ひさ子ならどうする?

 

「私か?私なら最低でも1日1回は麻雀をすることっていうルールを作るな」

 

「ひさ子らしいや」

 

「だろ?」

 

 

どの道平和そうな世界が待っていそうだね。

 

 

「さて、ちょっと岩沢のところに行って3人で合わせてみるか」

 

「ん?何を?」

 

「Crow Songだよ。まあセッションってやつだ」

 

「おお!いいね!」

 

 

ギターを弾けるようになるとそういう楽しみも出てくるわけだ。

 

 

「岩沢、きっと驚くぞ」

 

「それも楽しみに行ってみよっか」

 

 

二人してニヤニヤしながら女子寮を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもの空き教室前。

 

教室の窓を覗いてみると、雅美が一人で熱心に作曲をしていた。

 

 

「あれ、途中で入っちゃって大丈夫かなあ?」

 

「構やしないさ。あいつ、そうでもしないと飯を食うのすら忘れて作曲し続けるからな」

 

「それもそうだね」

 

 

二人で教室の中に入る。

 

 

「岩沢ー」

 

「……」

 

「岩沢!」

 

「……」

 

 

全然反応しない。

 

 

「しゃーねえ……ライブが始まるぞー!」

 

「え?ライブ?ひさ子!チューニングできて…ってここ教室じゃねえか」

 

「ようやく気づいたか?」

 

「あれ?ひさ子に太一?何してんだ?」

 

「本当に気づいてなかったのか……」

 

「昔っからそういうところがあったよね……」

 

 

ひさ子と二人で呆れる。

 

 

「それで?どうしたんだ?せっかく二人なのに私のところに来るなんてよっぽどのことがあるのか?」

 

「ああ、実は3人でセッションしたいと思ってな」

 

「なんだ。そんなの結構やってるじゃないか」

 

「違う違う。今回は太一もギターだよ」

 

「…は?」

 

「へへ、実は雅美に内緒でひさ子に見てもらいながら練習してたんだ」

 

「つってもほんの2日だけどな」

 

「ふ、2日?」

 

 

半信半疑の雅美。

 

 

「ま、百聞は一見に如かずってことで…いや、この場合は一聴か?」

 

 

どっちでもいいよ。

 

 

「まあいいや。ちょっとやってみようぜ」

 

「あ、ああ…いいけど…」

 

 

雅美の返事を聞くや否や早速準備に取り掛かるひさ子。

 

手際よく作業をしたためすぐに準備は終わった。

 

 

「曲はCrow Songでいくぞー。岩沢と太一がメロディ弾いてくれ」

 

「あ、ああ…」

 

「わかった」

 

 

ひさ子が本体の木の部分を叩いて演奏が始まる。

 

弦を弾いた直後、体に電撃が走った。

 

初めてアンプに繋いで弾いてみたがこんなにすごいものなのか。

 

ちらりと隣の雅美を見てみる。

 

目をぱちくりさせ、驚きの表情で俺を見ている。

 

1番だけを歌い、そこで演奏を止めた。

 

 

「……」

 

「どうだ?岩沢。すげーだろ?」

 

「……」

 

「雅美たちにはまだまだ敵わないけど…どうかな?」

 

「………」

 

「岩沢?」

 

 

反応がない。

 

 

「……すげぇ…」

 

「ん?」

 

「すげーよ太一!!」

 

 

目をキラキラさせ、興奮気味で聞いてくる。

 

 

「そ、そう?ありがと」

 

「ふふふ…こりゃあ太一用にも曲を書かないとな……」

 

 

不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「よし!今から私は新たに作曲する!」

 

 

そう言うと再び机に向かって筆を走らせ始めた。

 

 

「はぁ…相変わらずの音楽キチだな」

 

 

やれやれとひさ子は首を振る。

 

 

「私たちは片付けして戻ろうぜ」

 

「そうだね。多分もう俺たちのこと見えてないし」

 

 

ちらりと雅美のほうを見てみるとやはり俺たちのことは見えていないようだ。

 

俺とひさ子はアイコンタクトをとり、片付けを始めた。

 

別にアイコンタクトをとる必要はないけど、流れ的にそうなってしまっただけだ。

 

片付けが終わった後は二人で食堂に行き、少し早めの夕食をとり、今度は俺の部屋にやってきた。

 

 

「たーいち♪」

 

「うおっ!?」

 

 

部屋に入った瞬間、後ろからひさ子が抱きついてきた。

 

 

「一緒に……風呂入るか?」

 

 

そう耳元で囁いてくる。

 

 

「ふ…不束者ですが……」

 

「……」

 

「……」

 

「ぷっ…はは!なに緊張してんだよ!」

 

「い、いいじゃん!それよりほら!入るよ!」

 

「はいはい」

 

 

なんかニヤニヤしてんなこのやろう……。

 

 

「じゃ、先に行くから」

 

 

そう言って一人で脱衣所に入っていった。

 

良いよって言うまで入ってくるなってことかな?

 

俺は3分程ベッドに座って待っていた。

 

 

「おまたせ♪」

 

 

ひさ子の声が聞こえ、顔を上げるとそこにはバスタオル一枚のひさ子が立っていた。

 

 

「……」

 

 

思わず見とれてしまった。

 

それはそうだろう。自分の彼女が生まれた姿に布を一枚だけ巻いた状態で目の前にいるのだから。

 

 

「……何か言って欲しいんだけど……」

 

「あ…え…っと……凄く…綺麗だよ…」

 

「ほ、本当!?」

 

「ち、近い近い!」

 

 

ぐいっと顔を寄せてくるひさ子。それに伴い豊満な胸の谷間も露わになる。

 

 

「なんだよー…嫌かー?」

 

「嫌じゃないし…むしろ嬉しいけどさ…」

 

「よし、なら早速風呂場へレッツゴー!」

 

 

強引に俺の手を引っ張る。

 

 

「ほら!さっさと脱いだ脱いだ!」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 

お風呂に入る前に再び脱衣所にきた。

 

そこでひさ子に急かされながら俺は服を脱いでいる。

 

 

「岩沢からも聞いてたけど、すっげー筋肉だな…」

 

 

ペタペタと身体を触ってくる。

 

 

「こりゃあこの後が楽しみだ!」

 

 

そう言うと俺とひさ子は風呂場へと消えていった。

 

風呂からあがった後、ひさ子と俺はオトナの階段とやらを登るのだった。




ユイと天使についての方向性がまとまりました。
ぜひ、活動報告を覗いていってください。


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第十八話「ネコ」

お久しぶりです


「……なぜ新曲がバラード?」

 

「いけない?」

 

「陽動にはね」

 

 

現在の状況を説明しよう。

 

戦線の幹部が全員校長室に集まり、雅美の新曲を聴いている。

 

 

「その、陽動ってのはなんなんだ?」

 

「トルネードの時聴いてなかったの?」

 

 

音無は首を傾げる。

 

 

「彼女は校内でロックバンドを組んでいて一般生徒の人気を勝ち得ている。私たちは彼らに直接危害は加えないけど、時として利用したり、妨げになる時はその場から排除しなくてはならない。そういう時彼女たちが陽動するの」

 

「NPCのくせにミーハーな奴らだなぁ…」

 

 

音無の言う通り、話を聞く限りではミーハーである。

 

それよりも。

 

 

「その…トルネードって何?」

 

「あ、そっか。篠宮くんはまだやったことなかったっけ」

 

「音無より後にこの世界に来たからな」

 

 

大山と日向が俺の質問に乗ってくれた。

 

 

「さっき『時として利用する』って言ったじゃない?その利用するの代表格みたいなものね」

 

「つまり?」

 

「NPCから食券を巻き上げるのよ」

 

「巻き…えぇっ!?」

 

 

巻き上げる!?強盗!?恐喝!?ダメダメダメ!そんなのダメ!

 

 

「多分篠宮くんの想像しているのと違うわ。風の力を利用して食券を巻き上げるのよ」

 

「なーんだ、風の力を利用して……えぇっ!?」

 

 

それもそれでびっくりだよ!

 

あ、ちなみにゆりが俺のこと「篠宮くん」って呼んでるけど、公私の混合はしないという理由でみんなの前では苗字で呼ぶらしいです。

 

それよりも。

 

 

「風の力って何!?」

 

「その辺は今度やる時の楽しみにしときなさい。それより、本題に戻るわよ」

 

 

今度って…そんな物騒なオペレーションちょくちょくやってんのかよ……。

 

 

「岩沢さん、改めてバラードはちょっとダメね。しんみり聴き入っちゃったら私たちが派手に立ち振る舞えないじゃない」

 

「そ、じゃあボツね」

 

 

ゆりの言うことも尤もだが、そんな簡単に新曲をボツにしてもいいのだろうか。

 

 

「それじゃ気を取り直して総員に通達する。音無くん、カーテン閉めて」

 

 

そうこう思っているうちに新しい説明があるようだ。

 

ゆりの後ろの巨大なモニターが光始めた。

 

 

「今回のオペレーションは天使エリア侵入作戦のリベンジを行う。決行は3日後」

 

「「「「「おぉ〜」」」」」

 

 

周りから感嘆の声が漏れる。

 

 

「その作戦ですか……」

 

 

あまり乗り気では無い様子の高松。

 

 

「ですが、前回は……」

 

 

そこまで言ったところでゆりに止められた。

 

 

「今回は、彼が作戦に同行する」

 

 

そう言って椅子を少し移動させると後ろから小柄なメガネをかけた少年が現れた。

 

 

「よろしく」

 

 

無表情で平坦に挨拶をする。

 

 

「椅子の後ろから!?」

 

「メガネ被り……」

 

「ゆりっぺ、なんの冗談だ?」

 

「そんな青瓢箪が使いもんになるのかよ」

 

 

相対的にこちらは全員動揺を隠せ無いようだ。

 

それと、高松。それはいまはいいだろ。

 

 

「まあまあ、そう言わ無いでくれる?」

 

 

ゆりは笑顔のまま表情を変えない。よほどこの少年を信用しているのか。

 

 

「っはぁ!なら、試してやろう!」

 

 

野田がハルバートを少年に向けるも、少年はビクともしない。

 

 

「お前、友達いないだろ」

 

 

音無、ナイス突っ込み。

 

 

「ふっ…」

 

 

少年が微笑む。と、そのとき。

 

 

「3.1415926535897932384626433832795028841971……」

 

 

円周率を唱え始めた。

 

懐かしいなー。たしかその続きは693993751058209749445923078164だっけ?

 

なんかふざけ半分で見てたら結構覚えたんだよな、これ。

 

ここで野田を見てみよう。

 

 

「ぐっ……ぐぅぅあぁ…やめろお!」

 

 

なぜか床でのたうち回っている。

 

 

「まさか円周率だとぉー!?」

 

「メガネ被り…」

 

「やめて!その人はアホなんだ!」

 

 

いやいやいや、アホにしても限度があるでしょ。

 

あと高松、後でじっくり話し合え。

 

 

「そう、私たちの弱点はアホなこと」

 

 

あ、認めるんっすか。リーダー認めちゃうんっすか。

 

 

「リーダーが言うなよ…」

 

 

ほら、音無も同意見。

 

 

「前回の侵入作戦では我々の頭脳の至らなさを露呈してしまった」

 

 

なにそれ超気になる。

 

 

「しかし!今回は天才ハッカーの名を欲しいままにした彼、ハンドルネーム竹山くんを作戦チームに登用。エリアの調査を念密に行う」

 

「…いまのは本名なのでは…?」

 

「僕のことは……クライストとお呼びください」

 

 

最高の決め顏をする竹山。

 

しかし、あれは本名だったな。ハンドルネームが竹山で本名がクライストなんて有り得ないし。

 

 

「ははは…」

 

「見ろ……かっこいいハンドルが台無しだ…さすがゆりっぺだぜ…」

 

 

ああ、さすがゆりだ。

 

 

「で?天使エリアっていうのは?」

 

 

そう、そこ。俺と音無はわかっていない。

 

 

「天使の住処だ」

 

「「天使の住処?」」

 

 

俺と音無の声が被った。

 

天使のことだから空に浮かぶお城にでも住んでいるのだろうか?

 

……そんなわけないか。

 

 

「中枢はコンピュータで制御されてるんだよ」

 

「「えぇ?!機械仕掛け(か)!?」」

 

 

またも被った。

 

天使のことだからなんか動くお城にでも住んでいるのだろうか?

 

んなわけねーな。

 

 

「そのどこかに神に通じる手段があるの」

 

「それはとんでもない作戦だ!」

 

「2度目ということもある。あっちも前以上に警戒しているはずよ。ガルデモには一丁、派手にやってもらわないとね」

 

「ん、了解」

 

「え〜っと、俺はどうすれば?」

 

「太一くんは今回はガルデモの護衛に回って頂戴。ステージに上げたいのは山々だけど、いかんせん今回は作戦が作戦だから失敗は許されないわ。もし篠宮くんが上がってNPCたちが動揺してライブが盛り上がらないなんてなれば困るもの」

 

「オッケー、了解」

 

 

そうだよね、今回の作戦は相当重要なものだもんね。

 

雅美もちょっと残念そうだけど納得したような顔してるし。

 

 

「よし、それじゃあ解散!」

 

「Get Chance&Luck!!」

 

 

TK、なんでこのタイミングで入ってきた。

 

 

「太一、行こっか」

 

「うん」

 

 

各々が校長室から出て行く。

 

俺と雅美もそれに乗ろうとした時。

 

 

「待て」

 

「椎名?」

 

 

椎名に止められた。

 

 

「どうしたの?」

 

「ちょっと話がある。岩沢、篠宮を借りていいか?」

 

「あ、ああ…別に構わないけど」

 

「よし、行くぞ」

 

「え?ちょ…行くってどこに!?」

 

「私は先に教室に戻ってるからなー!」

 

 

そして椎名に腕を引っ張られながらどこかへ連れて行かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後、到着したようだ。

 

 

「……ここは?」

 

「体育館裏だ。人目につかなくていいだろ?」

 

 

確かに人目につかない。でもなんでこんなところに?

 

そう思った矢先、椎名が草陰からダンボールを取り出した。

 

 

「これだ」

 

「っ!?こ、これは!?」

 

「にゃー」

 

 

そこに入っていたのは猫だった。

 

 

「か、可愛いいいぃぃぃぃ!どうしたの!?この猫!」

 

「先週あたりにこの辺を歩いていたら偶々見つけたんだ」

 

 

まあそうでしょうね。そんな感じだとは思ってましたよ。

 

 

「へぇ…この世界にも動物はいるんだね」

 

「いや、それなんだが…」

 

「どうしたの?」

 

「私も長いことこの世界にいるが動物を見たのは初めてだ」

 

「え?じゃあ本来はこの世界に動物なんていないってこと?」

 

 

その問いかけに椎名はこくりと頷いた。

 

なるほど、この猫はイレギュラーな存在だってことか。

 

さて、この猫を改めて見てみよう。

 

毛の長さは短く、色は白をベースとして後は茶色と黒で構成されている。

 

 

「三毛猫だね」

 

「ほう、この猫はみけねこというのか」

 

「うん。3色の毛が生えてるから三毛猫。単純でしょ?」

 

「確かに見た目通りの名前だな」

 

 

再びダンボールの中にいる三毛猫に目を向け、手を伸ばしてみる。

 

かなり怯えているようだが、こんなことはいつも通りだ。

 

みんな本能的に勝てないと悟っているのかこんな感じだ。

 

 

「その…篠宮。相当怯えられているようだが?」

 

「大丈夫大丈夫。すぐに懐くから」

 

 

そう、すぐに懐く。

 

ものの5分もあれば懐く。

 

ほーら、怖くないよー。と言いつつ猫を抱きかかえ、5分待つ。

 

ほら、足の震えとかおさまった。

 

「にゃー」と、俺に向かって文字通りの猫なで声を出してくる。

 

 

「…本当に懐いたんだな」

 

「ね?」

 

 

なんか椎名が羨ましそうな目線を送ってくる。

 

 

「抱いてみる?」

 

「い、良いのか!?」

 

「もちろん」

 

 

そう言って椎名に猫を手渡そうとする。

 

 

「にゃ!にゃ!にゃ!」

 

 

足をジタバタさせて嫌がる猫。

 

 

「な、なんだよ?」

 

 

椎名に手渡すのをやめ、再び俺の腕の中に戻す。

 

 

「にゃ〜♪」

 

「……」

 

 

猫の機嫌と反比例する椎名の機嫌。

 

俺と三毛猫を見る視線は羨ましさと悔しさが混ざっている。

 

 

「ま、まあ、ほら。だんだん懐くと思うよ?」

 

「篠宮は出会って5分で懐いたのにか?」

 

「俺は昔から懐かれやすかったんだよ」

 

 

納得がいっていない様子だ。

 

まあそれはそうだろう。

 

少なくとも椎名は俺よりも前にこの猫に出会っていた。

 

恐らくだが、水やら餌やらもあげたことだろう。

 

それなのに出会って10分も経っていない俺に懐いて自分は懐かれない。

 

確かに猫は気まぐれと言えども理不尽ではある。

 

 

「ほら、お前を助けてくれたんだからお礼くらいは言わないと」

 

「…ナ〜…」

 

 

うっわ、すっげえ渋々って感じだ。

 

 

「一応お礼は言ってるみたいだよ?」

 

「そうか…毎日土手煮をやってたのにその程度か……」

 

 

ん?いまなんて?毎日土手煮?

 

 

「ど、土手煮って…?」

 

「知らないのか?牛すじ肉を味噌やみりんで長時間煮込んだものだ」

 

「いや、それは知ってるけど…なんで土手煮なんかあげてたの?」

 

「犬も土手煮を食べる。だから猫も食べると思ってだな」

 

 

いやいやいやいやいやいやいや。食べないってわけじゃないけど、動物にあげるには味が濃すぎるよ、土手煮。

 

 

「椎名、多分懐かれないのは土手煮を食べさせ続けたからだよ」

 

「そ、そうなのか!?」

 

 

なんで心底驚いたって感じなんですかね。

 

 

「まさか、その土手煮にネギは入っていないよね?」

 

「上に添えてある程度だが……」

 

 

あ、わかりました。懐かれない原因それです。

 

 

「椎名、今後猫に餌やるの禁止」

 

「っ!?なぜ!?」

 

「猫にネギあげたら死んじゃうんだよ。この世界は死んでも生き返るけど、死ぬ苦しみは味わうからね」

 

「そ、そうなのか……」

 

 

相当落ち込んでいる。

 

助けようと思ってやっていたことが実は猫を苦しめていたなんてなれば俺だって落ち込む。

 

 

「すまなかった…本当に申し訳ない……」

 

「にゃ?」

 

 

猫に向かって深々と頭を下げている。

 

猫もちょっと驚いた様子だ。

 

うんうん、そうやってちょっとずつでも距離が縮まっていけば良いんだよ。

 

 

「今度からはネギの入ってない土手煮にするからな…」

 

 

違う、そうじゃない。

 

いや、そうなんだけど土手煮じゃない。

 

どうやら猫と椎名が分かり合うのはもう少し先なようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって渡り廊下。

 

いつもの空き教室に向う途中、なにやら音無がピンク色の髪の毛をした背の低い女の子に絡まれている。

 

 

「それでそれでー!ガルデモっていうのはー!」

 

「………」

 

 

音無、明らかに面倒臭そうな顔してるな。

 

ふと壁を見ると3日後の体育館ライブのチラシが貼ってある。

 

恐らくあのピンク髪の子が貼ったものだろう。

 

 

「それでですね!最近新しい人が加入したみたいなんですよ!」

 

 

おっと、俺のことだ。

 

 

「その人、この世界に来て僅か数時間で入ったらしいんですよ!さらには男!ガールズバンドなのに男ってって思うじゃないですか!それが私の勝手な思い込みだったみたいで、滅茶苦茶良いんですよ!特に岩沢先輩との兼ね合い!昔から一緒にやってたんじゃ無いかってくらい息ぴったりなんですよ!」

 

 

おお、めっちゃ褒めてくれてる。

 

なんだか照れくさい……っていうかいつ聴いたんだ?

 

 

「残念ながら今回のライブには参加しないみたいなんですが、早く私もステージに上がってるところを見てみたいで……おおっ!?」

 

 

この瞬間、ピンク髪の女の子と目が合った。

 

 

「ん?どうし…おう、篠宮。こんなところでなにやってんだ?」

 

 

音無もこちらに気付いた。

 

 

「あ、あなたはガルデモの新メンバー!」

 

 

なんかテンションさらに上がったっぽいぞ。

 

 

「サインしてください!ついでに頭とか身体中いろんなところ撫で回してください!」

 

 

おいおい、そりゃあまずいんじゃ無いか?

 

 

「えっと…とりあえず一旦落ち着こっか」

 

「はい!」

 

 

尚もまだ興奮気味のようだが、とりあえずはお口が止まったので良しとしよう。

 

 

「えっと、君の名前は?」

 

「はい!ユイって言います!宜しくお願いします!」

 

 

深々と勢いよく頭を下げてくる。

 

 

「音無、この子何者?」

 

「ガルデモの下っ端らしいぞ」

 

「はい!今はポスター貼ったりとか準備を手伝ったりしています!」

 

 

へぇ、そんな人員もいるのか。

 

 

「いつもお世話になっています」

 

 

俺たちがいつも活動できているのはこういうサポートをしてくれている人々のお陰だ。

 

最低限お礼くらいは言っておかないとね。

 

 

「い、いえいえ!頭を上げてください!私も好きでやってることなんで!」

 

 

ユイが慌てた様子だ。

 

 

「それに、私も大好きなガルデモの近くで活動できてるんで、win-winってやつですよ!」

 

「そ、そう?それじゃあこれからもよろしくね」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

 

いくらwin-winって言えども、いつもお世話になってるんだからなにかお礼くらいはしたいよね。

 

なにがいいんだろうか……。そうだ。

 

 

「このあと練習に行くんだけど、一緒に来る?」

 

「え!?良いんですか!?」

 

「多分大丈夫だと思うよ。それに、みんなにも紹介しておきたいし」

 

「じゃ、じゃあお言葉に甘えさせていただきます!」

 

 

すんごい喜んでくれた。

 

ガルデモのファンって言ってたし、多分このお礼が一番だろう。

 

 

「音無も来る?」

 

「俺は……どうしようかな」

 

 

なんだか迷っているようだ。

 

 

「この後日向と一緒に訓練をする約束をしていてな、そっちに行かなきゃならないんだ」

 

 

行けないという主旨を俺に伝える音無。

 

まあ、先約があるなら仕方ないよね。

 

 

「オッケー、了解。また時間があるときにいつでも来てよ」

 

「おう!そのときはよろしく頼む」

 

 

そう言いながら俺たちと音無は別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや〜楽しみです!憧れのガルデモの練習風景を見れるなんて!」

 

「今まで見たことなかったの?」

 

「私なんかが見て良いのかなーって思ってまして…」

 

「そんなに遠慮すること無いよ。多分ファンが見てるってなったら雅美たちも喜ぶと思うよ」

 

「ほ、本当ですか!?なら私24時間365日見てます!」

 

 

極端な子だ。

 

 

「さすがにそれはちょっと迷惑じゃ無いかな……」

 

「じゃあ遊佐先輩に頼んで随時最新情報をお伝えしてもらいます!」

 

「実現しそうだから遊佐に頼むのはやめて」

 

 

と、若干の恐怖が残る雑談をしていると、いつもの空き教室が見えてきた。

 

中からは聴き覚えの無い曲が流れてくる。

 

恐らく昨日も作っていた新曲だろう。

 

 

「わぁ〜!新曲ですねー!なんて曲なんですか?」

 

「俺も初めて聴いたからわかんないな」

 

「じゃ、じゃあこの曲はメンバーにも今日初披露……」

 

 

目が半端じゃなくキラキラしている。

 

 

「先輩!早く入りましょう!こんな特ダネ逃せませんよ!」

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 

ユイの腕を掴んで止める。

 

 

「なんで止めるんですか!」

 

「もうすぐ休憩に入ると思うからそのときになったら入ろうよ」

 

「えー……」

 

 

ジト目をするな、ジト目を。

 

 

「演奏中に入っちゃったらみんなに迷惑だよ?」

 

「うぐっ…」

 

「それに今回の作戦は特に重要なんでしょ?いま邪魔したせいで演奏が上手くいかなくて陽動に失敗したなんてなったら……」

 

「ひゃああああ!わ、わかりました!待ちましょう!」

 

 

多分こんなことじゃ失敗はしないけどね。

 

しかし、今やってるのは新曲。

 

万が一…いや、億が一という可能性がある。

 

少しでも集中させるべきだろう。

 

 

「それにしても本当にいいですね〜この新曲。あ、いや!ガルデモの曲は全部いい曲ですよ!?」

 

 

いや別に何も否定してないけど…。

 

 

「女の子だけであの演奏力!そして何と言ってもボーカル&ギターの岩沢さんの存在感!」

 

 

あれ?なんかスイッチ入った?

 

 

「作詞作曲までしちゃうんです!」

 

 

知ってますよ。幼馴染ですから。

 

ついでに嫁ですから。

 

 

「私のお気に入りはCrow Song!サビの転調がですね!思い切りが良くていいんですよ!」

 

「あ!わかる!あそこ超良いよね!」

 

 

ついでに俺もスイッチが入った。

 

 

「ですよねー!さすが先輩です!話がわかりますね!」

 

「いやー、初めて雅美が歌ってるのを聴いた時は鳥肌立ったよ!」

 

「私もあのフレーズを聴いた瞬間に一目惚れしましたよ!あれ?一目?一耳?まあいいや!」

 

 

え?会話の内容が薄っぺらいって?

 

チッチッチッ……フッ……。

 

俺に専門知識を求めるなよ!

 

そんなこんなでユイとガルデモトークをしていると、あっという間に休憩時間になっていた。

 

 

「本当、入江先輩と関根先輩も凄いですよねー……っと、先輩、中から音聴こえてこないんですけど、休憩に入ってません?」

 

「え?あ、本当だ。入ろっか」

 

「はい!」

 

 

ドアに手をかけてスライドさせる。

 

 

「お、太一……とユイ?」

 

「はい!ユイ……って!岩沢先輩私のこと知ってるんですか!?」

 

「ああ、知ってるぞ。なあ?ひさ子」

 

「もちろん知ってるさ」

 

「ひさ子先輩まで!」

 

 

おっと、意外とメンバーからは知られているようだ。

 

 

「私たちも知ってるよ!ね?みゆきち!」

 

「う、うん!」

 

「関根先輩に入江先輩まで……!」

 

 

どうでもいいけど、なんかあの二人に「先輩」って違和感あるな。

 

 

「いつも裏で頑張ってくれてるんだろ?知っていて当然さ」

 

「あ、あ、あ、あ、あ、ありがとうございます!」

 

 

勢い良く、且つ、深々と頭をさげるユイ。

 

 

「お礼を言うのはこっちの方だ。いつもありがとうな、ユイ」

 

 

ひさ子がガルデモを代表してユイにお礼を述べる。

 

 

「い、いえいえ!私も好きでやってることなんで!そんなお礼とか……」

 

「遠慮すんなって。……そうだな、なんかやって欲しいこととかあるか?私たちにできることならやるぜ」

 

「ほ、本当ですか!?じゃ、じゃあ……皆さんとセッション……してみたいな〜…なんて……」

 

 

若干控えめに言うユイ。

 

大事なライブを控えてのこのお願いだ。ユイの性格を持ってしても気が引けるのだろう。

 

しかし。

 

 

「おう、そんなもんでいいならいいぞ。な?岩沢」

 

「ああ、私も前々から一緒にやってみたいと思ってたんだ」

 

「ん?前々から?どういうこと?」

 

 

ちょっとその言葉が気になって俺は口を挟んだ。

 

 

「駐車場があるだろ?ユイはそこでストリートライブをやってるんだ」

 

「えぇ!?岩沢先輩知ってたんですか!?」

 

 

ユイの目が大きく開く。

 

 

「ああ、初心を忘れそうになったらよく聴きに行ってるよ」

 

「ほ、ほ、ほ、本当ですか!?」

 

 

ユイの顔が真っ赤になる。

 

 

「私も岩沢に連れられて時々行ってるぞ」

 

「〜〜〜〜!!!」

 

 

ユイの口から言葉にならない声が出る。

 

なんか、忙しいな。ユイ。

 

 

「ま、そんな話はあとからいくらでもできる。今はセッションしようぜ」

 

「っ!は、はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いえーい!みんなー!盛り上がってるかい!?いえー…グえっ!」

 

「「「「「!!??」」」」」

 

 

2曲目の演奏を終えた後、謎のパフォーマンスをしたユイが突然首吊り状態となった。

 

流石の雅美も驚いた表情をしている。

 

 

「ロックだ……」

 

「どちらかといったらデスメタルだろ」

 

「本当に死んじゃってますけどね」

 

「いやいや!そんな呑気に話してる場合じゃ無いでしょ!」

 

 

なぜか冷静な3人を放っておいて、俺と入江でユイの救出にあたる。

 

絡まったコードを解いた瞬間に床に倒れこむユイ。

 

 

「うぅ……」

 

 

アクセサリーの尻尾がピクピクしてる。

 

……どういう仕組み?

 

 

「よし、ユイ。採用」

 

「ええええええええぇぇぇぇぇぇ!?な、なんでですか!?」

 

「何処に採用する要素があったんだよ!?」

 

 

伸びているユイを横目に雅美がユイをガルデモメンバーに加えた。

 

 

「なんか…こう…なんか感じたんだよ!」

 

 

ジェスチャー交じりに説明してくるが俺たちには全く伝わらない。

 

ただ伝わることと言ったらユイをメンバーに加えたいという意思だけ。

 

 

「と、とりあえず本人とゆりに確認しなきゃいけないんじゃない?」

 

「それもそうだな。よし、太一、伝えといてくれ」

 

「お、俺?」

 

「ああ、私たちはそろそろ練習に戻んなくちゃいけなくてさ。お願いできない?」

 

 

そういえば忘れてたけど、今は3日後に控えた大事な作戦の練習中だ。

 

確かにユイが目覚めるまで待っている時間は無い。

 

 

「な?」

 

 

なんだこの可愛いの。

 

そんなウィンクをして両手を合わせながらお願いされたら断れないじゃ無いか。

 

 

「はぁ…わかったよ」

 

「ありがとう太一〜!」

 

 

抱きつきながらキスをしてくる雅美。

 

 

「はいはい、それくらいにして練習再開するぞー」

 

 

それを引き剥がすひさ子。

 

 

「ごめんな太一、手間掛けさせちゃって。岩沢のやつ言い出したら聞かなくてさ」

 

 

ひさ子が小声で話しかけてくる。

 

 

「うん、知ってる」

 

「太一の方が付き合い長いもんな」

 

「おいひさ子。なに太一とこそこそ話してるんだ?」

 

「なんでもねーよ。じゃ、よろしく」

 

 

ひさ子からも頬にキスを貰う。

 

 

「じゃあ私からも!」

 

 

しおりからも頬にキス。

 

いや、しおりに関しては結構謎だわ。

 

 

「じゃ、また夕飯の時間になー…っと、そうだ」

 

「どうした?」

 

 

ユイをおぶりながら部屋を出ようとしたが、一つ忘れていた。

 

 

「雅美、俺たちが来る前に練習してた曲の名前ってなに?」

 

「ああ、あれか?『Million Star』っていう曲だよ」

 

 

Million Starか…ユイが目覚めたら教えないとな。

 

 

「オッケーありがとう。じゃ、練習頑張ってね」

 

「おうよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、ユイをおぶったは良いけど……何処へ行くのが最適なんだろうか。

 

俺の部屋?いや、彼女でも無いのに無闇に入れるのは気が引ける。

 

ユイの部屋?そもそも知らないし入るのはさらに気が引ける。

 

食堂?どこに寝かしつければ良いのか……。

 

どうしようかと悩んでいたところへ。

 

 

「お困りのようですね、篠宮さん」

 

「うわぁ!?ゆ、遊佐!?」

 

「はい、遊佐です」

 

 

びっくりしたなー…気配もなく現れるなよ……。

 

 

「校長室」

 

「ん?」

 

「校長室に行けば全部解決しますよ」

 

 

確かに校長室にはソファーもある…それにゆりもいるから報告しやすい……。

 

ナイス遊佐!……って

 

 

「なんで俺が何に悩んでるか知ってるの!?」

 

「オペレーターですから」

 

「いやいや、オペレーターの域超えてるから、それ」

 

「褒め言葉として受け取っておきます」

 

 

まあ、そこはご自由に。

 

さて、遊佐にアドバイスを貰った通りユイをおぶりながら校長室へと向かう。

 

どうでも良いけど、ほんと軽いな。

 

ちゃんとご飯食べてるのか?

 

そんなことを考えていると校長室に着いた。

 

 

「神も仏も天使もなし」

 

 

合言葉を言った後、ガチャりとドアを開ける。

 

どうでもいいが、以前俺が壊してしまったトラップは修復されたようだ。

 

 

「あら太一くん!いらっしゃい!」

 

 

満面の笑みで迎えてくれるゆり。

 

下の名前で呼ぶということは現在はオフモードなのだろう。

 

 

「あれ?ユイ?どうしたの?」

 

 

俺の背中を指差して言う。

 

 

「ちょっと色々あってさ、ここのソファーで寝かせさせてあげてよ」

 

「ふーん。ま、いいわよ」

 

「ありがと」

 

 

ユイを背中から降ろし、仰向けにしてソファーに寝かしつける。

 

 

「さて、色々あっての『色々』を詳しく聞かせてくれるかしら?」

 

「えーっと、まず最初に、猫を飼うことになりました」

 

「はあ?」

 

 

そうなりますよね。

 

 

「椎名が拾ったんだよ、猫」

 

「この世界に猫……?」

 

 

初めての事態に困惑しているようだ。

 

 

「命あるものはこの世界では生まれない……ということはその猫もこの世界にやってきた……?」

 

 

うんうん考えているゆり。

 

 

「太一くん、ちょっとその猫のところまで案内してくれないかしら?」

 

「いいけど、ちょっと待ってくれる?」

 

「どうしたの?」

 

「雅美がユイをガルデモに入れたいって言うんだけど……」

 

「あー、いいわよ。それよりも猫のところに早く行きましょ」

 

 

ユイの件、軽くあしらわれちゃったよ。

 

珍しくゆりが深く考えずに決断してるよ。

 

 

「一応ユイに教えなきゃいけないから目が覚めるまで……」

 

「そんなの置き手紙でもしとけばいいわよ。えーっと…ちょっと待ってなさい」

 

 

ガサゴソと机の中から比較的大きめの紙とマジックを取り出す。

 

 

「これでいいでしょ」

 

 

紙を覗き込んでみると「ガルデモ加入決定」と大きく書かれていた。

 

それをセロハンテープでユイのおでこに貼り付けた。

 

 

「さ、行くわよ!」

 

 

完全に猫>>>>>>ユイの様だ。

 

ユイが目覚めてこの紙を見たらどう思うだろうか。

 

…………。

 

 

「ま、いっか。行こうか」

 

「ええ!行きましょ行きましょ!」

 

 

なんか面倒くさくなって考えるのやめちゃいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃ〜」

 

「かわいい〜!」

 

 

猫現場に到着。

 

ゆりが目をキラッキラさせている。

 

 

「ねえ太一くん!触っていい?触っていい?」

 

 

それ俺に訊く?と思いつつも頷く。

 

 

「うわー!毛並み綺麗〜!」

 

 

すんげーテンション上がってるな。

 

 

「ほら、おいで」

 

「にゃ♪」

 

 

俺が両手を出すと、すぐさま猫が乗ってきた。

 

そしてそのまま抱きかかえる。

 

ゴロゴロ〜と俺の腕の中で喉を鳴らす猫。

 

その光景をゆりが羨ましそうに見ていた。

 

 

「猫、好きなの?」

 

「え?ええ…まあ」

 

「もしかして、なんでこの世界に猫がいるのか調査しに来たより、ただただ猫と戯れに来ただけ?」

 

「ギクゥ!ち、違うわよ!」

 

 

目が泳いで本当の目的がバレバレだ。

 

 

「はいはい、今は咎める人はいないから自由に戯れていいよ」

 

 

そう言ってゆりに猫を手渡す。

 

 

「ほ、ほんと!?わぁ〜♪」

 

「にゃ♪」

 

「かわいいいいぃぃぃ〜〜〜!!」

 

 

お、ゆりも中々懐かれてるな。

 

 

「ねぇ、名前なんていうの?」

 

「え?名前……そういえばまだ決めてなかった……」

 

 

一番重要なの忘れてたよ。

 

 

「椎名さんはなんて呼んでたのかしら?」

 

「いや、特になんとも呼んでなかった気がする」

 

「ふ〜ん……じゃあ今決めて頂戴」

 

「え?今?」

 

「そうよ。名前がないと困るじゃない。ねー?」

 

「にゃ〜」

 

 

ゆりが猫に話しかけると、猫も同調した様子だ。

 

 

「そんな急に言われても……」

 

 

名前なんてパッと思い浮かぶもんじゃないし……。

 

 

「……ちょっと時間もらえる?」

 

「いいわよ。その間私は猫ちゃんと遊んでるから」

 

 

ただ遊びたいだけじゃ……。

 

いや、そんなことはない。我らがリーダー様がただただ猫と遊びたいだけで部下に命令するなんてことは……。

 

 

「よしよーし♪」

 

「ナ〜」

 

 

あるんだよなぁ……。

 

まあいい、それよりも名前を考えよう。

 

体格は普通に三毛猫だ。

 

太くも細くもない本当にちょうどいいやつ。

 

どっかの出版社で図鑑に採用されそうなやつ。

 

でも顔は超かわいい。

 

いや、かわいいというより美人系かな?

 

キリッとした目元に少し高い鼻、それらに対して均衡のとれた口。

 

どれをとっても完璧だ。

 

性格は……人懐っこい……のか?

 

俺は特段動物に懐かれるからなぁ……わかんないや。

 

でも頭はいいみたい。なんかこっちの言ってること理解しているみたいだし。

 

 

「お手!」

 

「にゃ」

 

 

ほら。

 

違う。

 

 

「なにしてるの?」

 

「芸を仕込んでるのだけど?」

 

 

さも当たり前みたいに言われても。

 

 

「猫って普通芸とか教えない……」

 

「でもこの子はどんどん覚えるわよ?」

 

「にゃ!」

 

 

すげえな猫。めっちゃ頭いいな。

 

野田と対決させたら勝つんじゃないか?

 

おっと、それより名前名前。

 

ん〜……。難しい。

 

この猫が発見されたのは桜の木の下……。

 

……もうサクラでいいかな?

 

特徴とか色々観察したりしたけど、そんな捻った名前なんてつけられない。

 

ならば安直な名前でも良いのではないか。

 

 

「ゆり、サクラっていうのはどう?」

 

「サクラ?なんで?」

 

「見つかった時、サクラの木の下にいたからだよ」

 

「随分安直ねえ……ま、いいんじゃない。変な名前でもないし。むしろ良い名前ね」

 

 

よかった。ゆりも気に入ってくれたし、こいつの名前は「サクラ」で決定だ。

 

 

「よーし、お前の名前はサクラだ!」

 

「にゃ!」

 

 

どうやら本猫も気に入ってくれたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃。

 

 

「ん…う〜ん?ここは……ん?この紙……」

 

 

《ガルデモ加入決定》

 

 

「えええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!?????」

 

 

校長室に驚嘆の声が響いた。



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第十九話「わかい」

「わぁ〜!可愛い〜!」

 

「なぁゆりっぺ、この猫名前なんていうんだ?」

 

「『サクラ』ちゃんよ」

 

「へぇ〜サクラちゃんって言うんだ」

 

 

椎名からサクラを見せてもらった次の日、ついでに言えばユイがガルデモに加入した次の日、校長室に集まったメンバーにサクラのお披露目会が行われていた。

 

お披露目っていうとなんかサクラが見世物みたいになって嫌だな。

 

メンバーに紹介をしている、くらいにしておこう。

 

ちなみにさっきの会話は戦線最古参メンバーの3人、すなわちゆり、日向、大山の会話である。

 

いまサクラを抱いているのは大山。

 

その様子を羨ましそうに眺めているのは椎名。

 

なぜ発見者の椎名が懐かれていないかと言えば、土手煮事件のせいだろう。

 

昨晩、椎名の部屋にサクラを連れて行ったが、溝が埋まることはなかった。

 

ちなみに、その際発見者である椎名にもこの名前で良いか確認を取ったところ「問題ない」との返答が来た。

 

これで正式に名前が決定したというわけだ。

 

改めてサクラを見てみよう。

 

今は藤巻の腕の中にいる。

 

乱暴に抱くのかと思ったが、意外と緊張しているようで丁寧に抱いていた。

 

藤巻もどこか笑顔が溢れている。

 

 

「はーい注目!そろそろ定例会始めるわよサクラちゃんと戯れるのはこれが終わってからにしなさい」

 

 

パンパンと手を鳴らし、先ほどとは打って変わって真面目な雰囲気が流れる。

 

切り替えの早さが尋常じゃない。さすがは幹部だ。

 

ゆくゆくは俺もこうならないと。

 

 

「高松くん、報告をお願い」

 

「はい、今日は特に何もありません」

 

「ぃよーっし!サクラちゃんと遊ぶわよ!」

 

「「えぇーーーーーっ!?」」

 

 

俺と音無の声が被った。

 

 

「はやっ!?なにそれっ!?」

 

「いやいや、お前と音無が来てから結構報告することとか多かっただけだって。普段はこんなもんだぜ?」

 

「そうよ。毎日毎日なんかあったらたまったもんじゃないわ。休息だって必要よ」

 

 

日向の言葉に乗っかるゆり。

 

ONからOFFの切り替えの早さも尋常ではないようだ。

 

 

「So Cute!!!!」

 

「う〜む……可愛いというより美人系だな」

 

「毛並みも良くてツヤツヤだね〜」

 

 

あっちの方では大山がサクラを抱きかかえてそれを取り囲むように俺と音無と日向以外の男子メンバーが会話をしている。

 

 

「しっかし、この世界に猫までいるとはなぁ…」

 

「今まで無かったよね、こんなこと」

 

「ふん!たかが猫でここまで騒ぐとは……馬鹿らしい。ゆりっぺの方が100倍は美人で可愛いぞ!」

 

「にゃ〜」

 

 

野田の顔をじっと見つめて鳴くサクラ。

 

 

「うぐっ……仕方ない…10倍にしておいてやろう…」

 

「結局折れてんじゃねーか」

 

 

サクラの可愛さは野田をも多少素直にするようだ。

 

ちなみに野田は俺とゆりっぺが付き合ったのを知らないみたい。

 

ゆりっぺに小声で「教えなくていいの?」と訊いたところ、「言ったところでメリットがないからいいわよ」と返された。

 

確かに言ったところで発狂して襲いかかってくる未来しか見えないもんな。

 

まあそうなったら抑え込めるからいいんだけどさ。

 

そんなことをゆりと話していると、雅美がちょんちょん、と腕を突いてきた。

 

 

「ん?」

 

「太一、練習行くぞ」

 

「ん、オッケー。じゃあまた後でね、ゆり」

 

「ええ。また夜にでも」

 

「にゃ〜」

 

 

足にすり寄ってくるサクラ。

 

 

「ん?連れて行けって?」

 

「んにゃ!」

 

 

正解のようだ。

 

 

「いいな〜篠宮は。あんなに懐かれててさ」

 

 

日向が羨ましそうに声をかけてくる。

 

 

「生前から動物には懐かれやすくてね」

 

「俺なんて顔を見られた途端、寄ってこなくなったぜ……ったく」

 

「それは藤巻くんの目付きが悪いからだと思うよ」

 

「んだと大山!俺の目付きがわりぃってのかよ!?」

 

「ほ、ほら!そういうところ!今怖い目してる!」

 

 

目付きの他に短気もあると思うが。

 

 

「う〜ん…でも……」

 

「ん?どうした?太一」

 

「いやさ、教室に連れてったらものすごい音じゃん?びっくりしちゃうんじゃないかなって」

 

「あー…それもそうだな」

 

「でもここに置いていってもついて来ちゃうだろうし……」

 

「ん〜…」

 

 

顎に手を当て、少し考える雅美。

 

 

「ま、今日はいいか。どうせ明後日の天使エリア侵入作戦に向けて練習するだけだし。よし太一、今日は1日自由でいいぞ」

 

「えぇ!?急に言われても……」

 

「じゃ、私は練習に行くから。また後でな」

 

 

一人で練習教室に行ってしまった……。

 

追いかけてもいいけど……サクラがなぁ……。

 

 

「にゃ〜♪」

 

 

まだ足にすり寄ってるし。

 

 

「ま、つーわけで篠宮。今日は俺たちと存分にボーイズトークでもしようぜ」

 

 

日向が肩に手を置いてくる。

 

なんかむさ苦しそうな提案だな。

 

 

「ボーイズトークかぁ……」

 

 

思えばこの世界に来てから女の子とばっかり話してたから新鮮かも。

 

うん、と言いながら首を縦に振ると大山と藤巻と松下五段と高松が乗ってきた。

 

 

「もちろん、音無も来るよな?」

 

「え?あ、ああ。もちろん参加するよ」

 

 

考え事をしていたのか、若干反応が遅れる。

 

野田は?と尋ねると、あいつはお前に怯えて来ないだろうとの回答を日向から貰った。

 

校長室を見回してみると、もう姿が無くなっていた。

 

やっぱり怖がられてるのかと少し傷つくが俺は諦めない。

 

なるべく誰とでも仲良くしたい。

 

別に俺は野田に敵意があるわけでも悪意を持って接してるわけでもない。

 

強いて言えば……そう、野田の運が悪かっただけだ。

 

……いや、前言撤回。ボーッとしてたからとはいえ投げ飛ばしたのは俺が悪かった。

 

だからこそ、きちんと謝りたい。

 

 

「ねえ、野田って普段どこにいるの?」

 

「野田ぁ!?なんでまたあいつに……」

 

「ちょっと話したいことがあってさ」

 

「ふ〜ん……ま、篠宮がそう言うなら止める理由は無いけどな。え〜っと…あいつ普段どこにいたっけなぁ……」

 

 

日向はなんだかんだで親身になってくれるいいやつだ。

 

 

「野田くんなら今の時間帯河原にいるんじゃないかな?」

 

 

横から大山の声が飛んできた。

 

 

「河原?」

 

「うん河原。野田くんはいつもあそこで体を鍛えてるんだよ」

 

「ふむ…確かにあいつはあそこにいるな」

 

 

松下五段もそう言っているからほぼ間違いなく正しい情報だろう。

 

 

「え?あいつそんなところにいたっけか?」

 

「ええいます。私もなんどか見かけました」

 

「オッケー!ありがとう!ちょっと行ってくる。ほら、サクラ行くよ」

 

「にゃ」

 

 

もし野田が取り合ってくれなかった時用にサクラを連れていく。

 

サクラを話題にして少しでも距離を詰めようという作戦だ。

 

なんだかサクラを仲直りの道具みたいに扱っているのは気が引けるが、今度おいしいものでもご馳走して罪滅ぼしとしよう。

 

 

「あ、日向たちは俺の部屋にでも先に行ってて。場所わかるよね?」

 

「え?ああ、わかるけど……勝手に入っちゃっていいのか?」

 

「平気平気。やましいものなんて無……あ」

 

 

あった。正確には痕跡だが、非常に見られたく無いものがあった。

 

具体的な表現は避けるが、雅美やひさ子などという固有名詞を出せば察しが付くだろう。

 

 

「ごめん!やっぱ俺の部屋無理!」

 

「なんだ〜?やっぱやましいもんでもあんのかぁ?」

 

 

ニヤニヤと詰め寄ってくる藤巻。

 

まあ、あるよ。それは否定しない。

 

 

「ふむ…よしっ、漁るか」

 

 

何言ってんの松下五段!?

 

 

「おお!なんか楽しそうだね!」

 

「馬鹿なの!?」

 

 

珍しく比較的大きな声でツッコんだ。

 

いや、珍しくも無いかな?

 

まあそんな過去の大声の有無はどうでもいい。

 

 

「いいじゃねえか篠宮。俺たちはどんなものがあろうと絶対に引いたりはしねえぞ?な?音無」

 

「あ……ああ……」

 

 

もう既に音無に引かれてるんですが。

 

それはそうと、同じ校長室にいるゆりに助けを求めるアイコンタクトを送ってみるも、俺が狼狽えている様子が面白いのかニヤニヤして見てるだけだ。

 

一応言っておくと、ゆりっぺさんの私物とかもありますからね?

 

多分なんだかんだで断ると思っているのだろう。

 

……よし、こうなったらかけてみるか。

 

 

「わかった。部屋の鍵渡すよ」

 

「ええっ!?」

 

 

お、なんかあっちの方で素っ頓狂な声がしたぞ。

 

 

「ちょ、ちょっと!太一くん!」

 

 

予想通りゆりが駆け寄ってくる。

 

 

「……断ってよ?」

 

 

うっ……袖を引っ張りながらの上目遣いは卑怯だ……。

 

向こうで日向たちが「ゆりっぺもすっかり乙女になって……」と小さな声で言っている。

 

心なしかゆりの頬が赤くなってきた。

 

 

「と、とにかく!断ってよね?」

 

 

その一言を残して校長の椅子へと戻っていった。

 

いやまあ同じ室内にいることに変わりは無いんですけどね。

 

すっかり乙女になったゆりにみんな驚いたのか、その後の俺の断りにはすんなりと応じてくれた。

 

っていうかこれを話の種として男子会を進めるようだ。

 

各々校長室を出て、会場である日向の部屋へと向かう。

 

が、俺はその前に行かなければならないところがある。

 

そう、野田のところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところ変わって河川敷。

 

結果から言うと野田はいた。

 

なにやら自慢のハルバートを振り回してトレーニングをしているようだ。

 

少し気が引けるが、声をかけることにしよう。そうしないと先に進まないし。

 

 

「よ、よう」

 

「おわああああぁぁぁぁぁぁああああ!?」

 

 

ズザザァとすんごい勢いで後ずさりされた。

 

 

「な、なぜ貴様がここにいるっ!?」

 

 

ハルバートを向けられた。臨戦態勢のようだ。

 

 

「にゃ〜」

 

 

サクラ、ナイス。

 

可愛らしい猫を前にして野田の臨戦体制も少し緩和されたようだ。

 

 

「野田、俺は戦いに来た訳じゃないから安心して」

 

 

両手を上げて無害をアピールする。

 

少し困惑の表情を見せてからハルバートを下ろしてくれた。

 

 

「えっと……とりあえずそこらへんに座ろっか」

 

 

指差して指定した辺りに二人で腰を下ろす。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「………えっと…」

 

「っ!」

 

「いやいや、そんなに怖がらないでって」

 

 

ほら、と、サクラを野田の膝の上に座らせる。

 

 

「ナ〜」

 

 

サクラはジッと野田の目を見つめている。

 

野田の顔を見てみると少し落ち着いた表情になったようだ。

 

よし、本題に入ろう。

 

 

「その……野田!この間はごめん!」

 

「……は?な…なんのことだ?」

 

「この間さ、野田のこと投げとばしちゃったじゃん?あの時からなんか怯えられてるからさ……」

 

「………」

 

 

目を見開いてこちらを見ている。

 

威嚇というよりも驚きという表情だ。

 

しかし返事が無い。気を失っているとかではなく、考えが纏まらないのだろう。

 

数十秒の沈黙の後、野田の口が開いた。

 

 

「………俺はお前を勘違いしていたかもしれないな…」

 

「どういう意味?」

 

「正直な話、俺はお前のことをただの脳筋野郎だと思っていた」

 

 

そのセリフは野田にだけは絶対言われたく無いが……。

 

まあその考えが改まってくれたということで良しとしよう。

 

 

「だからこんな俺に謝ってきたことに少し驚いた」

 

「俺、そんなに脳筋に見える?」

 

「見た目はそうでも無いが、パワーが凄いからな」

 

 

見た目はそうでもないのね。

 

そこは一安心。

 

 

「こういう場合本来なら勝負をして親睦を深めるところなのだが……俺なんかがお前の相手になるわけ無いからな」

 

 

勝負で親睦を深めるって完全に脳筋じゃ無いですか。

 

 

「親睦を深めたいならさ、ちょっと一緒に来て欲しいところがあるんだけど……」

 

「一緒に来て欲しいところ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お察しの通り、日向の部屋の前。

 

サクラを肩に乗せながら野田と一緒にここまできた。

 

もちろん、野田にはこの中で行われていることは説明したし、野田もそれを了承の上でついてきた。

 

しかし、今になって緊張して一歩を踏み出せないようだ。

 

 

「ちょっと待ってくれないか……いま深呼吸を……」

 

「…何回目?」

 

 

記憶が正しければ6回目。

 

 

「よし……」

 

「大体なんでそんなに緊張してるのさ?数十年間共にしてきた仲でしょ?」

 

「いや、それはそうなんだが……今まであいつらと雑談というものを何もなしに交わしたことがなくてだな……長年の壁というか……」

 

 

なるほど、長年過ごしていればこのような悩みも出てくるのか。

 

ただ、あのメンバーから考えたら野田が特殊なような気もするが……まあそこら辺は心に閉まっておこう。

 

 

「気まずくなったら俺とサクラがフォローするから大丈夫だって!」

 

「にゃ!」

 

 

やっぱり賢いな、サクラ。

 

 

「……よし、わかった。もう大丈夫だ。ドアを開けてくれ」

 

「わかった」

 

 

ガチャリとドアノブを回す。

 

本来ならなんて事無い動作にも思わず緊張してしまう。

 

部屋に入ると、当たり前ではあるがみんなもう揃っていた。

 

 

「おー、篠宮に野田、待ってたぞ!」

 

「おっ、思ったより早かったじゃねーか」

 

「いらっしゃい!ささ、二人とも座って座って!」

 

 

予想外と言ってはあれだが意外にもみんなからは歓迎されているようだ。

 

歓迎されている本人も目を見開いて驚いている。

 

 

「何飲む?」

 

「ええっと…じゃあコーラで」

 

「俺も……」

 

「あいよ!」

 

 

日向が紙コップに二人分のコーラを注いでくれる。

 

 

「ほいおまたせ」

 

「ん、ありがと」

 

「……」

 

 

未だにどこか落ち着かないみたいだなぁ……。

 

ちなみに俺はあぐらをかいているが、野田は正座だ。

 

 

「しっかし、まさか野田が素直に来るとはなぁ…」

 

「……意外だったか?」

 

「まあ、意外だったな」

 

「珍しいよね、普通に野田君が来るのって」

 

「篠宮に脅されたんじゃねーのか?」

 

「いや、篠宮には脅されていない」

 

 

無理やりなんて連れてきませんよ、ええ。

 

その直後、野田の口から信じられない言葉が発せられた。

 

 

「ただ……せ、せっかく仲間が誘ってくれたんだから……その……他の仲間のところに……」

 

 

その場にいた全員がぽかーんとしている。

 

正直俺もぽかーんとしていたと思う。

 

 

「の……野田君の口から『仲間』って……」

 

「熱でもあるのですか?」

 

「な゛!?俺が仲間を意識しちゃいけないとでもいうのか!?」

 

「良いっていうかむしろ嬉しいことではあるんだがな……意外だったというか……」

 

 

ぽりぽりと日向は後頭部を掻く。

 

 

「まいいや。これからもよろしくな、野田」

 

 

野田はスッと差し出された日向の右手に戸惑っているようだ。

 

 

「な、なんのつもりだ?」

 

「なにって、そりゃあこれからも仲間でいることを誓い合う握手さ」

 

 

更に戸惑っている様子だ。

 

表情を伺う限り、未だに敵対視しているというより長年のいざこざによる気恥ずかしさによる戸惑いのようだ。

 

しばしの沈黙の後、ついに野田の手が動いた。

 

そして、力強く日向と握手を交わした。

 

 

「えーっと……なんというか……これからもよろしく……」

 

 

そこからはとんとん拍子であっさりと進んでいった。

 

もともと全員の意識の中に野田との距離を縮めたいという意識があったおかげだ。

 

そして歓迎ムードの冷めぬ中、話題は本日のメインであるボーイズトークへと移っていった。

 

いったのだが……。

 

 

「だからマグロの赤身が一番だって言ってるだろ!あれに勝るネタなんてない!」

 

「あんなのが一番だと!?ふざけんな!つぶ貝が最高に決まってんだろ!」

 

「なんだと藤巻ぃ!?お前マグロを馬鹿にするのか!?」

 

 

日向と藤巻がデットヒートしている。

 

普通のガールズトークならば大体が恋バナというものになるのだろうが、さすがはボーイズトーク。盛り上がるポイントが結構謎だ。

 

好きな寿司ネタって。

 

 

「なぁ」

 

「ん?」

 

「なんであんなに盛り上がってんだ?」

 

「さぁ?」

 

「にゃ〜…」

 

他のメンバーが藤巻と日向を囃し立てている中、俺と音無とサクラは部屋の隅っこで比較的冷静にその様子を見ている。

 

俺は内心藤巻を応援しているが、音無は呆れてサクラと遊んでいる。

 

なんで藤巻を応援しているかって?

 

普通に美味しいじゃん、貝類。

 

まああの話題に加わる気は無いから別にいいんだけどね。なんか疲れそうだし。

 

 

「そういえば篠宮、お前本当に岩沢と幼馴染なのか?」

 

「ん?そうだけど?」

 

「なんていうか……とんでもない偶然があるもんだな」

 

「確かにね。生前の知り合い、ましてや幼馴染とこんな世界で再会できるなんてね」

 

「俺にも大切な人とかいたのかなぁ…」

 

 

少し遠くを見つめる音無。

 

 

「まだ記憶戻ってないんだっけ?」

 

「ああ、これっぽちも」

 

「なんか力になれることがあったらいくらでも協力するよ。特に力仕事なら任せて!」

 

「物理的に力になるのか……その馬鹿力で殴って記憶を戻す……?」

 

「いやいやいやいや、そんなことしないって」

 

 

頭吹っ飛んじゃうからね。

 

 

「冗談だって。なんかあったときは是非お願いするよ」

 

 

そんな感じで俺と音無が約束を交わしていると…。

 

 

「おい篠宮もなんか言ってやれ!」

 

 

日向から飛び火が来た。

 

 

「篠宮は絶対につぶ貝だよな!?な!?」

 

 

藤巻からも。

 

こうなっては仕方が無い。

 

俺はすくっと立ち上がって二人の目をじっと見る。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

二人とも息を飲み、部屋は静寂に包まれる。

 

多少の緊張も含まれているようだ。

 

20秒ほど経って、俺は口を開いた。

 

 

「……つぶ貝」

 

「よっしゃああああああああああ!!!!!!!」

 

「ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう!!!!!!!」

 

 

藤巻からはガシッと肩を組まれ、日向は地団駄を踏んでいる。

 

 

「なんでだよ!?ホワァーイ!?」

 

「マグロも確かに美味しいけど、貝のほうが食感も楽しめて良いじゃん」

 

「さっすが篠宮だぜ!」

 

「でもちょっと待ってよ!篠宮君はどちらかと言ったらつぶ貝なだけで、本当に好きなネタはわかんないよ!?」

 

「なにぃ!?それは本当か篠宮!?」

 

 

正直言うとつぶ貝よりも鰹のほうが断然好きだ。

 

食感?はは、そんなこともありましたな。

 

さっきも言ったように俺はこの会話に加わる気は無かった。

 

無かったんだけど……聞いているうちにちょっと参加してみたくもなったのだ。

 

なんか面白くなってきたので本当のことを答えてみよう。

 

 

「……………鰹」

 

「てめぇ!裏切りやがったな!?」

 

「やっぱりお前は親友だぁー!!!」

 

 

今度は日向ががっちりと肩を組んできた。

 

確かに鰹はスズキ目サバ科マグロ属に分類されるからつぶ貝よりもマグロに断然近い。

 

 

「そもそもてめぇなんで鰹なんだよ!」

 

「普通に食べる以外にも出汁にするっていう選択肢があるじゃん!他の料理の引き立て役にもなるんだよ!?」

 

「うるせぇ!出汁なら煮干しが一番に決まってんだろ!」

 

「だいたい煮干しはあんなちっちゃいところからはらわたとか取らなくちゃいけなくて面倒なんだよ!」

 

「だからこその美味しさがあるんじゃねーか!」

 

 

その後もこんな身の無い議論(言い合い)が続いた。

 

あまりにも身が無さすぎるので割愛させてもらう。

 

そして2時間後。

 

 

「へっ、なかなか鰹も捨てたもんじゃねぇじゃねーか」

 

「つぶ貝こそ」

 

 

がっちりと握手を交わし、さらに友情を深めた。

 

深めたのだが……。

 

 

「待て待て待て待てぇーい!」

 

 

一人まだ解決してない奴が。

 

 

「なんで鰹は良くてマグロはダメなんだよ!ってかさっきの『つぶ貝こそ』ってなんだよ!『そっちこそ』みたいなフレーズで使うんじゃねーよ!聞いたことねーよ!」

 

「はいはい、マグロも美味しい美味しい。これで良い?」

 

「なんでそんな冷めてんだよ!もっとつぶ貝みたいに語り合おうぜぇ!?」

 

「えー……疲れたよ」

 

「テンションひっく!これじゃあ俺がバカみたいじゃないですかぁ!」

 

「えっ…違うのか?」

 

 

横から素で音無がツッコんだ。

 

 

「ちっがーう!」

 

「音無くん違うよ、日向くんはバカじゃなくてアホだよ」

 

「大山もどこ訂正してんだ!?」

 

 

好きな寿司ネタの話はどこへいったのやら、この後ひたすら日向がアホだという話で盛り上がった。

 

そして、つぶ貝と鰹の歴史的和解から更に30分後、話題はやっとこさボーイズトークらしく恋愛のことへと変わった。

 

変わったのだが……。

 

 

「さあて篠宮、洗いざらい話してもらおうか?」

 

 

まあそういうことになってるのは戦線メンバー内で俺しかいないもんね。

 

そりゃそうなるよね。

 

おそらくこの空間での一番の常識人の音無に助けを求めようにもサクラと遊んでいて助けて貰えそうにもない。

 

 

「っていうか野田くんはいいの?ゆりっぺが篠宮くんのものになっちゃったんだよ?」

 

「………確かに俺はまだゆりっぺのことが好きだ」

 

 

みんなが注目する中でぽつりと野田がつぶやく。

 

 

「だが、ゆりっぺはそれと同じように篠宮が好きだ。人を好きになる気持ちは痛いほどわかる」

 

「「「「「…………」」」」」

 

 

その場にいる全員が黙って野田の言葉を聞いている。

 

 

「俺は本当にゆりっぺのことが好きだ。本当に好きだからこそ、ゆりっぺに幸せであってもらいたい。だからゆりっぺが篠宮といて幸せだというなら俺はそれを受け入れる」

 

「じゃあ野田としては俺とゆりの関係は公認ってこと?」

 

「ああ」

 

 

おお〜と、感嘆の声が俺と野田以外の口から漏れる。

 

野田を除く全員がその考えは意外だったようだ。

 

もちろん、俺も含まれる。

 

 

「ただし!もしゆりっぺを悲しませるようなことをしたらその時はただで済むと思うなよ!」

 

 

ああ、そうだ。野田はまだゆりっぺのことが好きで好きでたまらないんだ。

 

大好きなゆりが幸せだからという理由で俺との関係を肯定しているんだ。

 

 

「わかった。絶対に悲しませることはしないし、幸せにするよ」

 

「ああ、約束だ」

 

 

そうして俺は野田と本日二度目の握手をがっちりと交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってことが昼間あったんだよね」

 

「ふぅん」

 

 

野田との和解当日の夜、俺の部屋にはゆりが来ていた。

 

ちなみにサクラは昼間遊び疲れたのかご飯を食べたらすぐに専用の寝床に入って寝てしまった。

 

ゆりにはソファーで横になってもらってマッサージを施し中である。

 

いつもお疲れのリーダー様に少しはご奉仕しないとね。

 

 

「野田のやつ、そんな風に思ってたんだね」

 

「まあ何はともあれ和解できて良かったじゃない」

 

「それは本当に良かったと思うよ」

 

 

内心、このまま野田に怯えられてたままじゃどうしようかと思ってたし。

 

これが原因で野田が戦線を離脱して人手が足りなくなった……何てことになったら俺としても責任は取れない。

 

多分可能性は限りなく低いけどね。

 

 

「いや〜、本当にいい報告が聞けて良かったわ」

 

「そんなに嬉しい?」

 

「野田くんとの和解ももちろんリーダーとして嬉しいけど、太一くんが私を幸せにしてくれるだなんて彼女として嬉しいわよ」

 

 

ゆりはいまうつ伏せなので表情はよく確認できないが、多分ニヤついてるだろう。

 

声色がなんかはしゃいでる時のやつだもん。

 

 

「ね、太一くん、今度は私がマッサージしてあげる」

 

「え?いいよ、俺そんなに疲れてないし」

 

「いいのいいの!かわいい彼女がやってあげるっていうんだからちょっとは甘えなさい!」

 

 

そういうとゆりはうつ伏せの状態から起き上がり、ソファーを降りて、逆に俺をソファーで寝るよう誘導してきた。

 

じゃあ今回は可愛い彼女のご好意に甘えるとしますか。

 

そう思いつつ、ソファーでうつ伏せになる。

 

 

「違うわよ、仰向けになってちょうだい」

 

「あ、仰向け?」

 

「そう、仰向け。いいツボ知ってるから大丈夫よ」

 

 

半信半疑でうつ伏せから仰向けになる。

 

 

「はい、体を楽にして、目も閉じてリラックスリラックス」

 

 

言われるがまま、なるべく全身の力を抜き、目を閉じた。

 

その直後。

 

唇になんか当たった。

 

っていうか何が当たったかくらいはわかる。

 

一応こういう経験は初めてじゃないんだし。

 

そーっと目を開けると予想通り、ゆりの赤面した顔が目の前に広がっていた。

 

 

「えへへ、ちょっとベタだったかしら?」

 

 

いや「えへへ」って。らしくないですよ。

 

 

「でも初めてで慣れてないんだからこれくらいベタでもいいわよね?」

 

 

一体誰になんの確認を取っているのでしょうか。

 

 

「だーいすきよ、太一くん♪」

 

 

そう言いながら仰向けの俺に向かって抱きついてくる。

 

ひさ子未満雅美以上のものが……ゲフンゲフン。そこで比較するのはやめよう。

 

 

「……お風呂、沸かしてくるわね?」

 

 

ホールドを解いたゆりの第一声はそれだった。

 

あんな笑顔で言われたら断ることもできない。

 

っていうか断る気なんて最初から無いんですけどね。

 

その後お風呂場から戻ってきたゆりとソファーで隣同士に座り、お風呂が沸くまでの十数分間、なんとも心地いい無言の時間を過ごすこととなった。

 

もちろんその沈黙を破ったのはお風呂が沸いたという合図の音。

 

ぴぴぴ、ぴぴぴ、と軽快な音だ。

 

 

「さ、行きましょ」

 

 

ただが脱衣所までの数メートルの距離でも腕を組みながら歩く。

 

そして脱衣場に着くと俺は緊張しながら服を脱ぎ始める。

 

雅美とひさ子でこういうのは経験済みなんだけど、やっぱりまだ慣れないね。

 

1分もしないうちにお互いが生まれたままの容姿になった。

 

 

「やっぱりゆり……服越しでも思ってたけどスタイルいいね……」

 

「た、太一くんこそ無駄な肉とか一切なくて引き締まってる……」

 

 

「「……」」

 

 

やはりゆりも緊張しているようで、顔が真っ赤っかである。

 

 

「……とりあえず入ろっか」

 

「……ええ……」

 

 

風呂場に入ってまずすることといえば全身を洗うこと。

 

シャワーから出るお湯でお互いの体と髪の毛を洗い合い、そして湯船に浸かる。

 

浴槽もいつもながら大きく無いので二人で入ったらいっぱいいっぱいだ。

 

まあ、必然的に肌と肌は密接するよね。

 

お互いこの状況には気まずさを感じている。

 

とは言ってもいい意味(?)での気まずさなんだけどね。

 

俺は必死にこの状況を打破しようと話題を模索中だ。

 

おそらくゆりもそうなのだろう。本人は無意識であろうが、目があっちへこっちへと泳いでいる。

 

 

「えーっと……」

 

 

なんかゆりが口を開いた次の瞬間、ゆりが俺に抱きついてきた。

 

そして、キス。さっきのようなキスではなく、10秒、20秒、1分と続く長いやつだ。

 

 

「ぷはっ」

 

「ふふ、どう?びっくりした?」

 

「…うん、びっくりした」

 

「……愛してるわよ、太一くん」

 

「……俺も…」

 

 

これを皮切りに俺とゆりは風呂場を出て、再びリビングへと戻った。

 

あ、一応寝間着は二人とも着てますよ?

 

 

「あ、やっぱりさっきの雅美から聞いたやつだったの?」

 

「う、うん……いざこうなった時どうすればいいかわからなくって……ついアドバイス求めちゃった」

 

 

通りでなんか似てると思った。

 

 

「ま、そうだよね。俺だって未だにわかんないし」

 

「た、太一くんも?」

 

「うん」

 

 

今までも今回も相手側から来てくれたし……あれ?俺ヘタレ?

 

いやいや、そんなはずは……。

 

……よし、たまには男っていうものを見せてやろうじゃ無いか。

 

 

「それでさ、太一くん、この後の流れ…むぐっ!?」

 

 

ゆりの言葉を遮ってキスをした。

 

再び1分以上もの長いキス。

 

 

「ぷはっ……」

 

「ここからは俺に任せて」

 

「う、うん!」

 

 

こうして俺はゆりと暑い夜を過ごしたのであった。




次回、副会長登場


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第二十話「生徒会」

ガルデモ初の事前告知体育館ライブ当日。

 

朝から戦線メンバーの動きは慌ただしかった。

 

念密にゆりが練った計画を一人一人頭の中に叩き込む。

 

無論、それはガルデモも例外では無い。

 

どの時間帯は先生が少ないから楽器を運びやすい、この時間帯にはこんな曲を演奏してくれ、もし天使や教師が乱入してきたら、など色々なマニュアルを覚えなければならない。

 

楽器運びと天使、教師の乱入に関しては俺が一人いれば済む話ではあるが。

 

でも楽器運びはともかく天使と教師との抗争は避けたいな……。

 

怪我とかさせたく無いし、できれば穏便に済ませたい。

 

……そういえば俺って天使と会話したことないな……。

 

ちょっとこの会議が終わった後ゆりに聞いて許可が出れば天使の偵察に行ってこようかな。

 

そんなことを考えているとあっという間に会議は終わった。

 

内容はボリューミーだが、全員慣れているのかスピード感のある会議だった。

 

…会議というより通告の方が近いか。

 

さてさて、今回は彼女ではなくリーダーとしてゆりの元へ向かいますか。

 

 

「お疲れさま」

 

「ああ、篠宮くん、お疲れさま。どうかした?なんかわからないところでも?」

 

「ううん。作戦の内容とはちょっと別の話」

 

「何?」

 

「この後ちょっと天使のところに行ってきてもいい?」

 

「……なぜ?」

 

 

いつもとは違い冷たい声で返される。

 

 

「偵察みたいなもんだよ。相手を知らずに戦うのは危険だと思ってさ」

 

「そ、ならいいわよ」

 

「ありがとう」

 

 

普通に猛反対されるかと思ったけど、そういう名目なら接触はOKなんだな。

 

 

「でも、言いなりになっちゃダメよ?消えるきっかけになりかねないわ」

 

「わかった。善処するよ」

 

「あと最後に、リーダーとしても彼女としてもお願いするわ。……絶対に消えないで」

 

 

鋭くも悲しそうな目で訴えてくる。

 

 

「大丈夫、俺は消えないよ。約束する」

 

 

そう言いながらゆりの頭を撫でる。

 

リーダーとして冷静を保っているように見えるが、若干顔が赤くなっている。

 

いくらゆりとは言えども血流まではコントロールできないようだ。

 

とんでもなく当たり前だけど。

 

さて、ところ変わって校長室前。

 

ドアを開けてみると雅美とひさ子が待っていてくれた。

 

 

「太一、練習行こうぜ」

 

「ごめん!ちょっと用事があって…」

 

「用事?」

 

「用事って、なんの用事だ?」

 

 

素直に伝えるべきか、それとも心配をさせないように少し嘘をつくか。

 

ほんの一瞬だけ迷った。

 

すると。

 

 

「太一、なんか誤魔化そうとしてるんなら正直に話してくれよ?」

 

「うぐっ…」

 

「お見通しだっつーの。何年一緒だと思ってんだ」

 

 

さすがは幼馴染と言ったところか。

 

隣にいるひさ子も雅美を見て若干驚いている。

 

 

「わかったよ、話す」

 

 

よしよしと雅美は満足げに頷く。

 

 

「ちょっと天使の偵察に行ってくるんだ」

 

「て、天使のところ!?大丈夫なのか!?」

 

 

満足げな表情から一変、目を丸くして積めよっってくる。

 

 

「別に戦いに行くわけじゃないし、大丈夫だよ」

 

「で、でも!消えるかもしれないだろ?」

 

「俺は消えないよ。根拠はないけど、約束する」

 

 

二人の目をまっすぐ見て言う。

 

俺がここまで言うのが珍しいのか、二人は顔を見合わせてアイコンタクトを送り合っていた。

 

そして。

 

 

「わかった。私たちは太一の言葉を信用する」

 

 

二人からのお許しがでた。

 

お許しが出て気兼ねなく天使の偵察に行けることになったのは良いのだが……。

 

 

「どこにいるんだろ?」

 

 

どうすれば天使に会えるかわからない。

 

生徒会室かと思い覗いてみたがいないようだ。

 

となれば教室……はどこかわからない。

 

詰みましたね。

 

仕方が無い。適当に鉢合わせるまで歩き回るかと思っていた矢先。

 

 

「何してるの?もうすぐ授業よ」

 

「うぉあ!?」

 

 

鉢合わせた。

 

急すぎるよ。

 

 

「?どうしたの?」

 

「い、いや…ちょっとびっくりしただけ」

 

「そう。それよりももうすぐ授業よ?」

 

「え…っと…授業に出たいんだけど教室がわからなくて……」

 

「そう。それなら仕方ないわね。教室へ案内するわ」

 

 

そう言って天使は歩き出した。

 

しばらく歩くと天使が止まった。

 

 

「ここがあなたの教室よ」

 

 

3-Aと書いてある。

 

 

「A組なんてあなた頭が良いのね」

 

「え?そうなの?」

 

「ええ。クラスは生前の成績によって決まるわ。A組はとても優秀だったってことよ」

 

 

ふうん。そういえば生前は成績なんて気にしたことなかったな。

 

 

「ありがとう。えーっと……名前……」

 

「立華」

 

「下は?」

 

「奏」

 

「ありがとう立華」

 

 

さすがに本人に面と向かって天使なんて言えないよ。

 

 

「あ、あのさ」

 

「なに?」

 

「初めての授業で不安だから一緒に受けてもいい?」

 

「別に構わないわ。ちょっと待ってて、机と椅子を持ってくるから」

 

 

そう言うと天使はどこかの教室へ入ってそこから机と椅子を持ってきた。

 

 

「お待たせ。さぁ授業を受けましょう」

 

 

まあ偵察のためだし授業は受けますよ。

 

でも教師の話には耳を傾けてはいけない。

 

あくまで聞いているフリだ。

 

ゆり曰く、聞いたら消えるきっかけになりかねないともことだ。

 

授業中はひたすら今夜の作戦のことを考えたり隣にいる天使の観察をしたりして時間を潰した。

 

そんなこんなをしていると、意外と早く授業は終わった。

 

 

「お疲れ様。どうだった?」

 

「ああ、とても有意義だったよ」

 

「そう。それはよかったわ」

 

 

別にいきなり攻撃とかはしてこないんだな。

 

そういえば敵意が無いとみなされたらなんにもしてこないんだっけか。

 

 

「あなた、この制服を着てるってことはあの人たちの仲間なのよね?」

 

「えっ?あ、ああ…まあ……」

 

 

な、なんだ?なんかされるのか?

 

 

「校内でこんなチラシ見つけたのだけれど」

 

 

天使が見せてきたのは今夜体育館で行われるガルデモのライブの張り紙だった。

 

 

「困るわ。こういうのはちゃんと生徒会に許可を取ってからじゃないと」

 

「は、はぁ…ごめん」

 

 

普通に怒られた。

 

 

「許可を取ればいいの?」

 

「ええ、ちゃんと許可を取れば何も言わないわ」

 

「…………」

 

 

……毎回許可取ればいいじゃん……。

 

 

「どうしたの?」

 

「えっと…今夜のやつって今からでも許可もらえる?」

 

「本当は一週間前に申請して欲しいのだけど……」

 

「そこをなんとか!」

 

「わかったわ。生徒会室まで付いてきて」

 

 

え?いいの?と若干困惑しつつ俺は天使の後をついていく。

 

いやぁ、言ってみるもんだね。

 

しばらく歩くと生徒会室についた。

 

 

「入って」

 

 

ドアを開けると机やら椅子やらが陳列されていた。

 

生徒会室だから当たり前なんですけどね。

 

 

「なんですかあなたは?」

 

 

中に入ると黒い学ランに黒い帽子をかぶった少年がいた。

 

少年と言っても多分俺らと同い年なんだろうけど。

 

 

「今夜のライブで体育館を使うからその許可を出すために連れてきたのよ。名前は……」

 

「篠宮太一」

 

「そう、篠宮くん」

 

 

ほぅ…と言いながら俺をまじまじ見る少年。

 

 

「あなたのその制服はあの迷惑団体のものですね?そのような団体に許可を出すわけにはいきません」

 

 

迷惑団体って……まあそうかもしれないけど。

 

っていうかこの少年はNPCなのかな?

 

今日授業を受けた感じだとこの制服を着ているからといって邪険にされたとは感じていない。

 

明らかに他の人とは違う思考……もしかして人間……?

 

いやいや、生徒会用のNPCかもしれない。

 

……でも一応聞いてみるか。

 

 

「えーっと……」

 

「なんですか?」

 

「名前はなんて言うのかなーって……」

 

「ああ、申し遅れました。生徒会副会長の直井文人です」

 

「じゃあ直井、前世の記憶ってある?」

 

「何を言ってるんですか?そんなのあるわけ無いじゃ無いですか」

 

 

いや、こいつはNPCじゃない。

 

ほんのわずかだが眉毛が動いた。

 

本当にNPCならばポーカーフェイスを貫こうとせずに普通に表情に出すはずだ。

 

 

「ねえ立華」

 

「なに?」

 

「直井とは何年間一緒に仕事してる?」

 

 

この質問により直井のポーカーフェイスが崩れた。

 

 

「う〜ん…そういえば何年かしら…?」

 

「か、会長!その話は後にしていまはこの方の申請の話を進めましょう!」

 

「え?いいの?」

 

「はい!それでは手続きを行いますので私についてきてください」

 

 

そう言って生徒会室を出ようとする直井。

 

しかし。

 

 

「どこへ行くの?申請書類はここにあるわよ?」

 

 

天使に止められてしまった。

 

 

「あーっと!忘れてました!ささ、早くここに必要事項を記入しちゃってください!」

 

 

とりあえず直井はNPCでは無いことは確定した。

 

……どうでもいいけどこいつなんか企んでそうだなぁ。

 

まあ、いいや。指示通り書類に記入しますか。

 

 

「はい、これでいい?」

 

 

そこまで記入しなければならない項目は多くはなく、ものの2分ほどで終わった。

 

 

「はい、確かに受理しました。次回からはちゃんと一週間前に申請してね?」

 

「一応先生たちにも知らされるんだよね?」

 

「ええ、先生たちにも知らされるから怒られることは無いと思うわ」

 

 

とりあえず校長室に戻ってゆりに報告するか。

 

あ、でも今夜のライブを正式に認可されちゃったら天使を引き付けられないかもしれないのか。

 

ん〜……結構まずいかもしれないぞ?

 

……ま、パッと思いついたアイデアを提案してみますか。

 

 

「ねえ立華」

 

「なに?」

 

「今夜のライブ一緒に見ない?」

 

 

こうやるくらいしか浮かびませんでしたよ、ええ。

 

さすがにこんな安易なアイデアが通るわけ……

 

 

「いいわよ」

 

 

通ったよ。

 

 

「どうしたの?そんな鷹がスタンガン食らったような顔して」

 

 

そこまでひどい顔してないでしょ。

 

 

「い、いや、普通に来てくれるんだって…」

 

「せっかく誘ってくれたんだから当たり前でしょ?」

 

 

……あれ?普通にいい人じゃね?

 

この場合はいい天使?

 

どっちでもいいか。

 

 

「ありがとう。それじゃあ今夜7時に体育館の入り口集合で大丈夫?」

 

「ええ、大丈夫よ。楽しみにしてるわ」

 

 

天使に一言「また後で」と声をかけて生徒会室をあとにしようとすると。

 

 

「し、篠宮さん!ちょっと着いてきていただけませんか?」

 

 

直井が声をかけてきた。

 

 

「ん?なに?」

 

「ちょっとお話が……」

 

 

そう言ってどこかへと誘導してくる。

 

 

「どこへ行くの?」

 

「着いてからのお楽しみです」

 

 

着いてからのお楽しみって……絶対なんか企んでるよ。

 

数分ほど歩くと、ギルドとは違う地下への入り口に着いた。

 

 

「ここは…?」

 

「この学校の倉庫です。マンモス校なものでいろいろな備品などは地下でも作らないと入りきらないんですよ」

 

 

なるほど、倉庫ね。

 

……にしては人が出入りしている様子は無いなぁ……。

 

梯子を降りるとコンクリートで覆われた冷たい廊下が広がっていた。

 

 

「ささ、こっちです」

 

 

こんなところまで連れてきてどうするんだろ?

 

 

「さ、この部屋です」

 

 

直井が指を差した部屋は非常に厳重そうな扉が入り口となっている部屋だった。

 

 

「ここで何をしろと……?」

 

「いいから入ってください」

 

 

入ってくださいったって……中には剥き出しのトイレと硬そうなベッドがあるだけ。

 

テレビやパソコンなどの娯楽設備は皆無だ。

 

これじゃあ倉庫というより牢獄じゃないか。

 

 

「ささ、どうぞどうぞ」

 

 

背中を押して俺を入れる直井。

 

俺が中に入ると部屋の扉は重く大きな音を立てて閉まってしまった。

 

はは〜ん……閉じ込められたな?

 

多分この扉も中からは開かないようになっているんだろう。

 

だが俺にはそんなの通用しない。

 

ちょっと力を入れれば鈍い音と共に扉が開いた。もとい壊れた。

 

 

「なっ!?」

 

 

外にいた直井は鷹がスタンガンを食らった顔をしている。

 

まあそれはそうだろうね。

 

俺だって逆なら驚くもん。

 

 

「貴様どうやって……」

 

「力づく」

 

「は?そんな馬鹿な……」

 

 

俺は直井を横目に壊れた扉を外し、片手で持ち上げた。

 

百聞は一見に如かずってことでね。

 

 

「ね?」

 

「なんだと……?恐らく天使でも開けられない扉を易々と……貴様何者だ?」

 

「ただの人間だけど?」

 

「ほう…面白い。人間ならば試してみるか」

 

 

直井が近づいてくる。

 

そして俺の目をじっと見つめる。

 

そして。

 

 

「貴様は今から僕の下部だ。なんでも僕の言うことを聞く忠実な下部だ。さあ、天使を始末してこい」

 

「…………何言ってんの?」

 

「…………は?」

 

 

なんか急に目が赤くなったと思ったら中2病臭いことを……聞いているこっちが恥ずかしくなってくるよ。

 

あ、もしかして催眠術をかけようとしてたのかな?

 

 

「なぜ僕の催眠術が効かない!?」

 

 

ビンゴでした。

 

 

「残念ながら俺に催眠術は効かないよ」

 

「なぜだ!?なぜ貴様は僕の催眠術が効かない!?」

 

「さあ?なんでだろうね?」

 

 

俺にもわかんないよ。

 

え?なんでかからないていうのを知ってるかって?

 

戦車の時に一緒に実験されたって言えば納得してもらえますかね。

 

 

「くそッ…!今日のところは見逃してやる!」

 

 

うっわすんごい雑魚キャラ臭。

 

その一言を残し直井は走って何処かへ行ってしまった。

 

……とりあえず今夜の件と直井の件をゆりに報告するか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

校長室。

 

 

「神も仏も天使もなし」

 

 

がちゃり。

 

 

「太一くん!おかえりなさい!無事だったのね!」

 

 

あ〜…やっぱり可愛い彼女の笑顔は癒されるね……。

 

 

「た、太一くん?」

 

 

あ、いかんいかん。

 

本題に入らないと。

 

 

「ゆり、真面目な報告が二つ」

 

「なに?なにか天使の情報でもわかったのかしら?」

 

「いや、生徒会副会長直井のこと」

 

「ああ、あのNPCね。あれがどうかしたの?」

 

「あれ、普通に人間だよ」

 

「えっ!?」

 

 

目を真ん丸くするゆり。かわいい。

 

いや今はそんな場合じゃ無い。

 

 

「あいつ、地下に変な牢獄作ってる。さっき閉じ込められた」

 

「と、閉じ込められたって……怪我は……無いわね」

 

 

ええ、無いです。

 

 

「しかも催眠術を使えるらしいね」

 

「催眠術?例えばどんな?」

 

「さあ?俺催眠術効かないからわかんなかった」

 

「ふ〜ん……『催眠術効かないから』にちょっと引っかかるけど……まあいいわ。生徒会副会長の件、把握したわ」

 

 

なんかこうやって新しい情報を伝えられるとスパイにでもなった気分だね。

 

実際スパイみたいなもんだったけどさ。

 

 

「それと、あともう一つの件は?」

 

「ああ、今夜のライブの許可正式に取ってきた」

 

「はあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

校長の机から体を乗り出すゆり。

 

 

「許可を取ったって……天使に!?」

 

「うん」

 

「どうやって!?許可を取ろうとするといっつも生徒会副会長に……あ」

 

 

合点いったみたい。

 

 

「その副会長の正体を見破ったからすんなり話を通せたってわけね?」

 

「まあ大体そんな感じ。あとついでに天使もライブに誘った」

 

「……というと?」

 

「足止めだよ。天使が部屋に戻ったら困るでしょ?俺と一緒にいてもらうから雅美たちにも害は及ばないと思うよ」

 

 

はぁ…と大きなため息をつかれた。

 

 

「しっかし、我が彼氏ながら恐ろしい人材ね。常々思ってるけど、太一くんをあの時しっかり勧誘できていて良かったわ」

 

 

そうだね、そうじゃ無かったら分からな……いや、そのうち雅美の事見つけてどの道仲間になってたか。

 

 

「こんな人と生前ずっといたんですもの、岩沢さんもああなるわよね……」

 

「ん?どういうこと?」

 

「なんでもないわよ。さ、太一くんはガルデモに合流しなさい。そして今夜のライブは安全に執り行われることを伝えてきてちょうだい」

 

「ん、了解」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもの空き教室。

 

 

「えぇー!?じゃあ今日は邪魔される心配無いんですか!?」

 

「うん、多分無い」

 

 

雅美たちに今日の夜の件を話した。

 

 

「はぁ〜よかったぁ……」

 

「みゆきち昨日からずーっと緊張してたもんね!」

 

「しおりんだって緊張してたじゃん……」

 

 

ほうほう、いつも元気でアホっぽいしおりも緊張するのか。

 

 

「……先輩いま失礼なこと思いませんでした?」

 

「いや、別に」

 

 

ちょっと焦った。

 

なんなんだろう?なんで女の子ってみんな勘鋭いんだろう?

 

 

「正直気は楽になったな」

 

「全くだ。多分いままでの陽動の中で一番危ない作戦だったもんな」

 

 

雅美とひさ子にも緊張はあったようだ。

 

そりゃあそうか。もしかしたら天使にやられてたかもしれないんだもんな。

 

 

「ま、どうなっても太一が助けてくれるけどな」

 

「ピンチの時に颯爽と現れて私たちを助けてくれる……まるで王子様みたいですね!」

 

「みゆきちはどんな王子様像を頭に描いてるのさ……」

 

「えー?でも先輩ならそんなイメージじゃない?」

 

 

どんなメルヘンな存在なんだよ、俺。

 

 

「いや〜…太一は王子様っていうより騎士っていうイメージかな」

 

 

雅美さんもまたメルヘンなイメージをお持ちで。

 

 

「しおりんはどんなイメージ?」

 

「私?私はー……普通に優しいお兄ちゃんって感じかな」

 

 

おっと、意外にも今の所一番まともな答えだぞ。

 

 

「だって風邪ひいた時も親身に看病してくれたし、私がわがまま言っても絶対に嫌な顔しないもん」

 

「あーわかる。だから私もいろいろわがまま言っちゃうんだよな〜…」

 

 

おやおや雅美さん、自覚ありましたか。

 

 

「あ、でもさすがに肝試し行こうって言った時はすんごい嫌な顔したなぁ」

 

「まあ…そりゃあするよ」

 

「え?太一おばけとか苦手なのか?」

 

「苦手。もう本当に嫌い」

 

「じゃ、入江の仲間だな」

 

「わ、私もおばけとか怖いものが苦手で〜……」

 

 

なんとなくわかる。

 

ってか入江のイメージ的にお化け屋敷バンバン行くってところを予想できない。

 

 

「いっつもしおりんに怖いDVDとか見せられるんですよ……」

 

「え?この世界に怖いDVDとかあるのか?」

 

 

ちょっとなんでこの幼馴染喰い付いてんの。

 

嫌な予感しかしないよ?

 

 

「はい!図書館に行けば生きていた頃のDVDがわんさかあります!」

 

 

なんでこの金髪元気に答えてんの。

 

 

「ほ〜う……」

 

「一応言っとくけど、絶対に見ないからね」

 

「やだ。絶対に一緒に見る」

 

 

こうなると雅美は絶対に引かないからなぁ…。

 

 

「ひさ子も太一と一緒に見たいよな?」

 

 

頼むひさ子。俺を困らせるなと言ってくれ。

 

今の状況では俺はホラー映画を見る羽目になる。

 

ひさ子の一言で変わるかもしれないんだ。

 

頼m…

 

 

「確かに見てみてぇな」

 

 

終わった。

 

 

「よし!決まり!」

 

「岩沢先輩!私も一緒にいいですか?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

「ちょっと待って、俺まだ一言も見るって……」

 

「みゆきちも見たいよね?ね?」

 

「怖いのは嫌だけど……先輩が一緒なら……」

 

「………」

 

 

このままでは俺がホラー映画を見るのは確実だ。

 

そんでもって打開策はほぼ皆無に等しい。

 

20秒ほど悩んだ結果、結論を出した。

 

 

「…………わかった」

 

 

おお!と、4人から歓声が上がる。

 

 

「ただし!今日のライブを絶対に成功させること!」

 

 

そりゃあ条件出しますよ。

 

せめてマイナスをプラスにしたいですもの。

 

 

「おう!まかせとけ!」

 

「久々に太一の怖がる顔が見れるんだもんな!」

 

「じゃあ今回はアドリブしません!」

 

「成功すれば先輩と映画……!」

 

 

俺とホラー映画を見るから頑張るというのは如何なものかと思うが……まあやる気が出たしOKとしよう。

 

 

「よーし!最終調整頑張るぞ!」

 

「「「オー!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後6時。

 

 

「ガルデモのみなさん、そろそろ時間です。準備を開始してください」

 

「お、もうそんな時間か。ありがとな遊佐」

 

「いえ」

 

 

それだけを言い残してどこかへ行ってしまった。

 

なーんか遊佐みたいな女の子見たことあるんだよなぁ……。

 

気のせいかな?

 

 

「よし、太一、アンプとドラムセット運んでくれ」

 

「はいよ」

 

 

アンプとかって結構重いらしいからね。

 

以前は運ぶのも一苦労だったらしいから俺が来て助かってるんだと。

 

流石に一括で運べないから何回かに分けたが、5分足らずで全て体育館に運び終えた。

 

 

「やっぱ太一がいると早いなー」

 

「いくらなんでも早すぎだろ……」

 

「ま、私達だけじゃ時間ギリギリだっただろうな」

 

「だろうな……」

 

「余った時間どうする?」

 

「腹ごしらえでもしとくか?」

 

「そうするか…」

 

 

と、いうわけで一同食堂へ。

 

食事中はいつもと特に変わったことは無いので割愛させてもらおう。

 

そして6時50分、ライブ開始10分前。

 

 

「よしっ!お前ら気合い入れていくぞ!」

 

「おう!」

 

「はい!」

 

「が、頑張ります!」

 

 

4人が機材チェックを終え、ステージ裏にスタンバイをした。

 

 

「んじゃ、俺は客席から応援してるよ」

 

「おう!頼むぜ!」

 

「私達の勇姿見ててください!」

 

 

軽く言葉を交わし、ステージ裏を後にした。

 

そして天使との約束通り体育館の入り口へと向かった。

 

約束の時間の10分前にもかかわらず天使はもうそこにいた。

 

 

「ごめん、待たせた?」

 

「いいえ、今来たところよ」

 

 

なんかカップルがデートをするときみたいなやりとりだな。

 

 

「それじゃあ入ろっか」

 

「ええ」

 

 

忘れてはいけないのが今回の俺の役割は天使を監視して、ガルデモの安全を確保すること。

 

決して気を抜いてはいけない。

 

果たして天使は本当に雅美たちを襲わないのか。

 

教師は乱入してこないのか。

 

様々なシミュレーションを頭の中で行っているうちに時刻は7時になりライブが始まった。

 

瞬間的に体育館内は暗くなりステージ上に立つ4人だけに照明が当たっている。

 

すげえ……。

 

言っちゃ悪いが普段のあいつらの姿からは想像もできないようなオーラとカリスマ性だ。

 

そう思った次の瞬間、入江のドラムからCrow Songの演奏が始まった。

 

 

「やっぱ最初はこの曲ですよね!」

 

「そうだよねー。この曲を聴くと始まるぞ!って感じが……ってユイ!?」

 

「はい!ユイにゃんです!……って天使!?」

 

 

びっくりした……ユイがいるなんて。

 

そんでもってユイも天使の存在にびっくりしている。

 

 

「せ、先輩!何やってるんですか!」

 

「ああ、大丈夫。今日は普通にライブを見に来ただけだから。ね?」

 

「ええ、篠宮君に誘われて」

 

「はぁ…事情はよくわからないけど分かりました!」

 

 

アホでよかった。

 

 

「先輩が天使とも付き合い始めたってことですか?」

 

 

本当にアホだった。

 

 

「違う違う。普通に誘っただけだよ。な?立華」

 

「………」

 

 

ステージを見つめたまま返事が無い。

 

 

「天使、ガルデモに釘付けですね」

 

「そうだね」

 

 

俺とユイもそのままガルデモの演奏に聞き入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言えば今回の作戦は成功に終わった。

 

ガルデモは危険にさらされることはなく、ライブも大いに盛り上がった。

 

天使エリア侵入班も無事に情報を仕入れることができたらしい。

 

そして何よりもすごいのが。

 

 

「今日は楽しかったわ。また誘ってくれるかしら?」

 

 

天使と仲良くなれたこと。

 

仲がいいっていうと語弊があるが、まあニュアンス的にはそんな感じだ。

 

距離は縮まった。

 

 

「うん、次もまた誘うよ」

 

「ありがとう。それじゃあ今夜はもう遅いから部屋に戻るわ。おやすみなさい」

 

「ああ、おやすみ」

 

 

天使の後ろ姿をユイと一緒に見送る。

 

 

「なんか、天使普通に楽しんでましたね」

 

「そうだね。普通に観客として楽しんでくれてた」

 

「なーんか拍子抜けしちゃいました。天使のことだからこう……ズババババーン!って攻撃してくるのかと」

 

 

どんな想像だよと言いたいところだが正直俺もそんな予想はしなくもなかった。

 

 

「ま、なんにせよ無事に終わったから良しとしますか。ユイ、今からステージ裏行くけど来る?」

 

「えっ?いいんですか!?」

 

「明日から正式にメンバーなんだしいいでしょ」

 

 

言い忘れていたが、ユイはこのライブの次の日から正式にメンバーとして加入することになっている。

 

あの紙を貼った日の夕飯はずっと質問攻めにあったなぁ。

 

先輩が交渉してくれたんですか?から始まり好きな食べ物は?まで。

 

意味不明だと思うが、それくらい幅広く質問されたと思っていただければ。

 

 

「う〜ん…いや、私今回はやめときます!5人のガルデモの最終夜なので5人だけで楽しんでください!」

 

 

変に気を使ってくれるなぁ。

 

ま、今回はお言葉に甘えさせて貰いますか。

 

 

「ありがとう、ユイ」

 

「いえいえ!それじゃあ明日からも引き続き宜しくお願いします!」

 

「うん、おやすみ」

 

「おやすみなさい!」

 

 

さて、ユイも見送ったし早く雅美たちのところへ行くか。

 

って言ってもすぐそこなんですけどね。

 

 

「あ〜……疲れた〜……」

 

 

なんかしおりが椅子に座って天を仰ぐ感じで燃え尽きてる。

 

 

「せんぱ〜い」

 

「ん?」

 

「お姫様抱っこで部屋まで連れてってくださ〜い……」

 

「こら関根!まだ片付け終わってないだろ!」

 

 

しおりがひさ子に怒られている。

 

 

「え〜!もう疲れました〜!」

 

「早く片付け終わったら太一がなんでも好きなことしてくれるってよ」

 

「え?」

 

 

なにそれ聞いてない。

 

 

「ほ、本当ですか!?一緒に寝てもいいんですか!?」

 

「いいぞ」

 

「やったぁ!頑張って片付けしちゃいます!」

 

 

さっきまでの燃え尽きは嘘のようにテキパキと片付けを始めた。

 

まあ片付けが進むし別にいいか。

 

 

「たーいちっ!」

 

「おわ!?」

 

 

いきなり雅美が後ろから抱きついてきた。

 

 

「どうだった?私たちの演奏!」

 

 

なんかライブ終わりでハイになってるみたいだ。

 

いつもとは明らかにテンションが違う

 

 

「なんていうか……シビれた。今までで最高のライブだったよ」

 

「よしっ!」

 

 

ガッツポーズが繰り出された。

 

そこまで嬉しかったのかな?

 

 

「ホラー映画だ!」

 

「そっちかよ!」

 

 

ひさ子から的確なツッコミを入れられている。

 

正直俺もそう思った。

 

 

「ひさ子楽しみじゃ無いのか?」

 

「確かに楽しみだけどさ……」

 

 

俺は全然楽しみじゃ無いんですけど……。

 

 

「何見ようかな〜……普通にストーリー仕立てのもいいんだけど、太一が苦手そうなのってホームビデオに映り込んだ感じのやつだと思うんだよなぁ…」

 

 

ええ、当たりですよ。さすがは幼馴染っす。

 

ただ今回の場合当たってほしくなかったです。

 

 

「ほ、ホラー映画の話は置いといて片付けよ?ね?」

 

「……ま、そうだな。先に片付けて後からじっくり考えるか」

 

 

どの道お先は真っ暗なようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ、私も結構楽しみですよ?ホラー映画」

 

「しおりもそっちサイドなのか……」

 

 

PM10:00

 

約束通りしおりが俺の部屋を訪ねてきた。

 

今はお茶を一緒に飲みながら談笑をしているところだ。

 

 

「あの怖がりのみゆきちですらこっち側ですからね〜。多分同志はいないと思いますよ?」

 

「えぇ〜……」

 

 

四面楚歌とはこのことか…。

 

確かに今日のライブは凄かったし約束もしたけどさ……。

 

いざ本当に見るとなるとやっぱり嫌だ。

 

 

「あ、そういえばなんかみゆきちから話しかけられたりしました?」

 

「入江から?特になんにも無いけど」

 

 

片付けの最中も黙々とやってたからな。

 

 

「みゆきちのやつ〜!ちょっと待っててください!」

 

「え?」

 

 

そう言い残すとしおりは急に靴を履いて部屋を飛び出した。

 

なにがなんだかわからないよ。

 

出て行ってから5分、なんだか扉の向こうで女子の話し声が聞こえる。

 

十中八九一人はしおりだ。

 

あと一人は……入江?

 

あんまり盗み聞きというのは良く無いが……俺の場合どうしても聞こえてしまう。

 

仕方ないよね。

 

 

「や、やっぱり無理だよ〜……」

 

「何言ってるのさ!ライブ前までの威勢はどうした!」

 

「い、いざ言うってなったらやっぱり緊張しちゃって……」

 

「そんな心構えだからいつまでたっても伝えられないんだよ!ほら!ズババババーン!と伝えてこい!」

 

「なんでスタンガンみたいに伝えるのさ……」

 

「細かいことはいいから!ほら!」

 

 

……男子寮で女子の話声はまずいなぁ。

 

部屋に入ってもらうか。

 

 

「……なにしてるの?」

 

「ひゃっ!?せ、先輩!?」

 

「とりあえず一応ここ男子寮だし、部屋に入りなよ。バレたら大変だし」

 

「そうですね!ほらみゆきち!入ろ?」

 

「う、うん……」

 

 

入江はおじゃましますと小さな声であいさつをしてから部屋に入る。

 

しおりはただいまー!と元気よく入ってきた。

 

ただいまに関しては言及しませんよ。

 

ちゃんとおかえりって返したけどね。

 

 

「それで、なんで入江がここに?」

 

「え、えと…えっと……」

 

 

下を向いてもじもじしながら顔を赤らめている。

 

 

「先輩に伝えたいことがあるんですよ!ね?みゆきち!」

 

「え?あ、ああ……うん」

 

 

伝えたいこと?

 

 

「ほら!勇気出して!」

 

「ちょ、ちょっと待って!深呼吸……」

 

 

スーハー。

 

そんなに改まってなによ。

 

 

「よし……!」

 

 

なにか覚悟を決めたようだ。

 

 

「先輩!す、好きです!付き合ってください!」

 

「おお!みゆきちやったよ!言えたじゃん!」

 

「しおりん!私言えたよ!」

 

 

抱き合って喜びを分かち合う入江としおり。

 

それよりも入江の告白よ。

 

 

「え?す、好きっていうのは……」

 

「異性としてです!お付き合いをさせてください!」

 

 

グイッと顔を近づけて目をまっすぐ見つめてくる。

 

もう入江の緊張は消えて、むしろ全てが吹っ切れているようだ。

 

 

「何番目でもいいです!先輩の傍にいたいんです!」

 

「何番目って……」

 

 

俺は彼女たちに優劣はつけない。

 

っていうかつけたら失礼でしょ。

 

 

「入江の好意は嬉しいし、受け入れたいけど他の人たちが……」

 

「そう言うと思って事前に聞いてあります!全員みゆきちなら問題無いとの回答でした!」

 

 

ビシッと敬礼するしおり。

 

それなら何にも問題無いね。

 

 

「わかった。入江、これからもよろしく」

 

「せ、先輩……!よろしくお願いします!」

 

 

入江は満面の笑顔になる。

 

隣にいるしおりも凄い嬉しそうだ。

 

 

「じゃあ今日はもう時間も時間ですしお風呂に入って寝ましょうか。私とみゆきちでお先に頂いちゃって大丈夫ですか?」

 

「え?ま、まあいいけど」

 

 

あれ?てっきりいつもの流れかと思ったけど…。

 

 

「じゃ、じゃあ私一回部屋に戻って着替え取ってくるね」

 

 

そう言い残して入江は部屋から出て行った。

 

 

「ま、今回はみゆきちがいるのでそう言うのはまた今度にしましょう」

 

「ああ、そういえばそう言うのに耐性無いんだっけ」

 

「ええ、戦線で一番のピュアですから。ま、これから色々慣れさせますけどね」

 

「あんまり手荒いことはしないようにね?」

 

「大丈夫ですって!私に任せてください!」

 

 

……不安だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、おやすみなさ〜い」

 

「お、おやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

 

3人ともお風呂を済ませてベッドに潜り込んだ。

 

1人用としては十分なベッドも3人で寝ると結構きつい。

 

しかも俺を真ん中にして小の字で二人とも腕に抱きついてくるもんだから色々柔らかいものが……。

 

ライブで疲れていたのか両サイドからすぐに寝息が聞こえてきた。

 

それに比べて俺は……。

 

ええい!煩悩よ消え去れ!

 

長い夜は続きそうだ。




次回、球技大会


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第二十一話「球技大会(前編)」

天使エリア侵入作戦の翌日。

 

幹部一同が再び校長室へと集結していた。

 

って言っても定例会だから当たり前なんだけどね。

 

今日の主な議題はユイのガルデモ加入について。

 

正確に言えばユイの加入は決定しているのでいわばお披露目会みたいなもんだ。

 

 

「誰こいつ?」

 

「聞いていなかったのか?ガルデモの新メンバーだってさ」

 

「ありえねぇ…」

 

「いいですか、ガールズデッドモンスターというのはロックバンドですよ」

 

「アイドルユニットにでもするつもりか……」

 

 

……幹部の男子からはあまり良い印象を持たれていないようだが……。

 

 

「ちゃんと歌えますから!どうか聞いてから判断してください!」

 

 

いつになくユイが真剣だ。

 

 

「形だけは様になってるな」

 

 

……やっぱり評価は低い。

 

まあ、普通に演奏を聴けばひっくり返るだろう。

 

普通に上手いし。

 

そんなこんなでユイの演奏が始まった。

 

曲はガルデモの代名詞でもある「Crow Song」。

 

雅美やひさ子くらいのレベルって訳では無いけど、下手くそと評する人はかなり少ないだろうって感じだ。

 

雅美を見ても納得している様子だ。

 

そしてユイの演奏が終わった。

 

 

「いえーい!今日はみんなありがとぅー!いぇ…グフっ!」

 

 

あ、これデジャブだ。

 

なんか前にも見た。

 

っていうかユイ学ばないな。

 

 

「何かのパフォーマンスですか?」

 

「デスメタルだったのか」

 

「Crazy baby」

 

「し…死ぬ……」

 

「いや、事故のようだぞ」

 

「な?ロックだろ?」

 

 

どんなタイミングで同意求めてるんですか、雅美さん。

 

とりあえず俺はユイの救助に向かいますか。

 

 

 

 

 

5分後。

 

 

「とんでもないお転婆娘だぜ……」

 

「ガールズデッドモンスターのメンバーとしては如何なものかと」

 

「入れないほうが良いんじゃ無いか?」

 

「そうだな」

 

 

上から藤巻、高松、松下五段、日向。

 

 

「コルァー!ちゃんと歌えてただろ!?」

 

 

ユイ、復活。

 

 

「これでも岩沢さんの大ファンで全曲歌えるんだからな!」

 

 

ほう、と小さく呟く雅美。

 

そこまで熱狂的なファンだと知って口元が少し緩んだみたいだ。

 

 

「とりあえずおっぱいが無いな」

 

「ありませんね」

 

「ねーな」

 

「コルァー!そんな的確な身体的な特徴をピックアップして若い芽を摘み取りにかかるなー!それでもお前ら先輩かー!」

 

「……確かにユイ、おっぱい無いな」

 

「岩沢先輩まで!?」

 

 

おっぱいは関係無いだろ……。

 

 

「うるさいやつだな」

 

「既に言動に難ありだぜ」

 

「どうするの?」

 

「おっぱいは無いけどやる気だけはありそうね」

 

「単に貧乳なだけだぜ」

 

「まあ入れるって約束しちゃったし、岩沢さんも異論無いわよね?」

 

「ああ、おっぱいが小さくても歓迎するぞ」

 

「本当ですか!?やったぁー!ってなるかぁー!」

 

 

どんだけおっぱいいじられてるんだよ……。

 

 

「大丈夫だ、入江もかなり貧乳だぞ」

 

 

ああ…本人の知らないところでなんか暴露されてる…。

 

 

「ま、そんなことはどうだって良いわ。次の議題に移りましょう」

 

 

知らないところで暴露された挙句どうでもいい扱い受けてる……。

 

 

「また今年も球技大会の季節がやってきたわ」

 

「球技大会?そんなものがあるのか」

 

「そりゃああるわよ。普通の学校なんだから」

 

「今年はどうするんだ?おとなしく見学か?」

 

「もちろん参加するわよ」

 

「参加したら消えてなくなるんじゃ無いのか?」

 

 

音無から疑問の声が上がる。

 

 

「もちろんゲリラ参加よ」

 

 

なるほど、普通に参加しなければ消えないっていうことか。

 

 

「また今年も種目は野球か?」

 

「当たり前じゃない」

 

 

野球かぁ……ボール投げられないんだけどなぁ……。

 

 

「いい?あなたたち。それぞれメンバーを集めてチームを作りなさい。一般生徒にも劣る成績を収めたチームには、死よりも恐ろしい罰ゲームよ」

 

 

うわこっわ。

 

うちのリーダーこっわ。

 

人間が最も恐れていることよりもさらに恐ろしいものってなんだよ……。

 

他のメンバーにも若干のどよめきが走る。

 

 

「こっちを無視すんなー!」

 

 

あ、ユイまだ喋ってたんだ。

 

 

「はーい、じゃあ解散!各々チームを組めー!」

 

 

ゆりの一言で一気に校長室にざわめきが起きる。

 

 

「雅美、チームどうする?」

 

「ん?私たちは毎年ガルデモ+NPCでちょっとしたチームを組んで出てるから…今年もそうなると思うぞ」

 

 

へぇ、NPCと組んでるのか。まあファンに声をかければすぐに人は集まるか。

 

 

「太一はどうするんだ?私たちのチームに入るか、他のチームに入るか」

 

「え?他のチームに行っても良いの?」

 

「第一線にも所属してるしな。オペレーションの時は別にわがままは言わないさ」

 

 

あら意外。

 

てっきりガルデモチームに入れられるのかと。

 

 

「本当は同じチームが良いけど……」

 

 

ボソッと本音を言いますね。

 

そういうところも可愛いよね、うちの彼女。

 

雅美と校長室の隅っこで話してると、日向がやってきた。

 

 

「篠宮、俺にはお前が必要だ」

 

 

開口一番に何言ってんだこいつ。

 

 

「お前アレなのか?」

 

「ちげーよ!なんでみんな揃いも揃ってそうなるんだよ!」

 

 

雅美が思ってたことを代弁してくれた。

 

 

「なんか日向がチームを組みたいから入ってくれだって」

 

「別にいいけど……」

 

「なんだよ?歯切れ悪いじゃねーか」

 

「俺ボール投げれないんだよね」

 

「ノーコンってことか?大丈夫だ、そんなことは問題じゃない」

 

 

結構な問題なようにも思えるが……俺が抱えてる問題はそんなレベルではない。

 

 

「なんか俺が投げるとボールが耐えきれないみたいで、破裂しちゃうんだよね」

 

「ああ、そうだな。多分そうなると思う」

 

「いやいや、岩沢、そこ納得するポイントじゃないぜ?」

 

 

幼馴染ゆえのリアクションに音無も冷静にツッコミを入れる。

 

 

「篠宮!どういうことだ!?」

 

 

一瞬フリーズしていた日向が戻ってきた。

 

 

「説明のまんまだけど…」

 

「説明されてわかんねぇから訊いてんだろうが!」

 

 

何でキレてるのこの人。

 

 

「百聞は一見に如かずってことで太一、見せたら?」

 

「そうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、いうわけで所変わってギルド。

 

 

「……お前ら何しに来た?」

 

 

チャーの言うお前らとは俺、日向、音無の3人である。

 

雅美は今回のオペレーションを他の3人に伝えるために教室へと戻った。

 

 

「ちょっと実験をだな」

 

「実験?何の実験だ?」

 

「こいつの」

 

 

そう言って日向の手が俺の頭の上に乗る。

 

 

「ああ、わかった。自由に使え」

 

「話が早くて助かるぜ」

 

「話が早いっていうか考えるの面倒くさくなってやめたって感じじゃないか?あれ」

 

「細かいことはいいんだって、音無」

 

「そうだ。細かいことは気にするもんじゃねーぞ」

 

 

完全に面倒くさくなった感じの返答だ。

 

 

「ま、とにかくやってみようよ」

 

 

そう言って俺は早速ボールを手に握り、投球フォームに入ろうとした。

 

のだが。

 

 

「待て待て待て!お前どっからボール出した!?」

 

「なに?投げようとしてるんだけど……」

 

「ああ、そっか。わりぃ…じゃねーよ!」

 

 

なんだよ……。

 

 

「さすがに物理の法則を無視できませんから!」

 

「何言ってんだ日向。こいついっつも無視してんじゃねーか」

 

「いやそうだけど!そうじゃなくてだな……そう!なんでボール持ってんだって聞いてんだよ!」

 

「同じこと聞いてるぞ」

 

 

チャーと音無はいたって冷静だ。

 

 

「普通に土から作ったよ。この世界じゃ命あるもの以外作れるんでしょ?」

 

「作ったってお前……いまの短時間でか?」

 

「ボールくらい十数秒もあれば作れるでしょ?」

 

「は?」

 

 

おーっと、チャーの目つきが変わった。

 

 

「お前、今ボールくらいなら十数秒でできると言ったか?」

 

「う、うん。言ったけど……」

 

「ちょっと見せてみろ」

 

 

チャーに指事されるまま、俺は足元の土塊を適量拾って集中する。

 

そして十数秒後、宣言通り手の中には立派な野球ボールが出来上がっていた。

 

 

「ほら」

 

「…………」

 

 

ボールを手渡すとそれを食い入るようにまじまじと眺めていた。

 

 

「本当にできてんじゃねぇか……」

 

「なぁ、二人とも何に驚いてるんだ?この世界じゃ土塊からなんでも作れるんじゃないのか?」

 

「いやな、音無。作れるには作れるんだが、普通じゃ何時間も集中してやっとできるんだ。それをこいつはわずか十数秒でやりやがった」

 

 

俺を指差す。

 

なんでなんかタブーを踏んだみたいになってるんですかね……。

 

 

「おい篠宮」

 

「…なんでしょう?」

 

「お前ギルドに入らないか」

 

「え…?」

 

「いやなにもずっとここにいろとは言わない。時間のあるときでいいからここに来て作業をしてくれないかとお願いしている」

 

 

柄にも無く俺に向かって頭を下げてくる。

 

 

「お誘いは嬉しいけど……」

 

「なんだ?だめなのか?」

 

「いや、俺個人としては別に大丈夫なんだけど、人事のことに関しては全部リーダーが握ってるから俺の一存で決められないんだよね」

 

「そうか、そういうことなら俺の方からゆりっぺに相談しておこう。時間とらせて悪かったな」

 

 

そう言ってチャーは作業員のいる方へと戻っていった。

 

さて、この一件も片付いたことだし、早くボールを投げれるように練習しなければ。

 

 

「お前本当にすげーな!ギルドにも長から直々に指名されるなんてよ!」

 

 

……と思っていた矢先、日向が興奮気味に話しかけてきた。

 

 

「そ、そう?」

 

「ああ!あんなにチャーが下から出てるの初めて見たぜ!だってチャーのやつ…」

 

「おい日向、篠宮の実験やらなくていいのか?」

 

「なんかそう言われると俺の体が改造されるみたいでちょっとアレだね」

 

「いやもうお前改造済みだろ」

 

 

おっと、音無から辛辣な一撃。

 

まあそんなことはどうだっていい。

 

 

「おお、そうだったそうだった。よし篠宮、今度こそ投げてみてくれ」

 

 

今回ギルドに来た目的はボールをまともに投げられるかどうかチェックすること。

 

ようやく目的の本線へと戻り俺は投球フォームに入る。

 

フォームが合っているか間違っているかわからないが、とりあえず振りかぶった。

 

ランナーがいない時にやるあれだ。

 

腕を大きく振りボールを手から離すと、案の定ボールは大きな音を立てて破裂した。

 

 

「ね?投げれないでしょ?」

 

 

ポカーンとしてる日向。

 

 

「さも当たり前みたいに言うことじゃないだろそれ…」

 

 

どこまでも冷静な音無。

 

 

「マジかよ……」

 

「マジだよ」

 

「ちょっと腕を振る速度を落としてもう一回投げてみてくれるか?」

 

「ええ…もう一回投げるの?」

 

「あったりまえよ!こうなったらお前が投げれるようになるまでみっちり特訓すっからな!」

 

 

……なんか面倒なことになった気がする。

 

そんでもって日向は球技大会に出るためのメンバーを集めるのを忘れている気がする。

 

まあいいか。なんとかなるっしょ。

 

そして、そのことに俺と音無が何もツッコミを入れないまま特訓開始から2時間が経過した。

 

 

「おっかしいなぁ〜…フォームも腕の振りの速さも問題ないのになんで見えねえんだ?」

 

 

特訓の成果かボールが破裂することはなくなったが、それでも未だに目視ができないようだ。

 

 

「手首のスナップじゃねーか?」

 

 

声の方を振り返るとチャーがいた。

 

 

「手首のスナップ?」

 

「ああ。フォームも問題なし、腕の振りのスピードも問題なしときたら後は手首のスナップしかなかろう」

 

「おお!なるほど!そりゃあ盲点だったぜ!」

 

「…元野球部がそこに気付かないってどうなんだ?」

 

 

チャーが毒突く。

 

 

「ま、その話は一旦置いておくとして、ちょっと手首のスナップに注意しながらもう一度投げてみてくれ」

 

「うん、わかった」

 

 

言われた通り手首のスナップに注意してもう一度投げてみる。

 

すると。

 

 

「おお!すげぇ!ボールが見えた!」

 

「え?本当?」

 

「ああ!マジだ!篠宮の投げたボールが見えたぞ!」

 

 

どうやら見えるようになったようだ。

 

だが、日向だけではまだ確信は持てない。

 

 

「音無は見えた?」

 

「ああ、見えたぞ」

 

「チャーは?」

 

「バッチリだ」

 

 

どうやら本当に見えるようになったようだ。

 

 

「ぃよっしゃー!これで球技大会優勝に……球技大会?」

 

 

あ、この人やっぱり忘れてたよ。

 

 

「しまったああああああああああ!!!!」

 

「なんだようるせえな」

 

「やべええ!すっかり忘れてた!メンバー集めねぇと!」

 

「アホだ……」

 

「こんなことしちゃいらんねぇ!」

 

 

今こいつ俺にやらせてたことを「こんなこと」って言ったよ。

 

 

「音無!篠宮!急いで戻るぞ!チャー!場所ありがとな!」

 

「おう、なんかよくわからんが頑張れよ」

 

 

こうして俺たちは急いで地上に戻りメンバー集めを再開した。

 

再開したのだが……。

 

 

「クッソ……もう殆ど誰かしらのチームに入っちまってんじゃねーか……」

 

 

案の定というか、残っているメンバーは殆どいなかった。

 

 

「あと6人集めるとか無理じゃね?」

 

「うぐっ…」

 

 

音無の一言に動揺を隠せない日向。

 

そういえばガルデモチームはどうなっているのだろうか。

 

NPCを入れて参戦すると言っていたが、もしかしたらそこに入れてもらえるかもしれない。

 

 

「えーっと……」

 

「あ?なんだ篠宮」

 

「ガルデモチームとかどうかな〜って……」

 

「ガルデモチームか………」

 

 

結構考えてるようだ。

 

 

「ま、現状このザマだしな、当たって砕けろで行ってみるか」

 

 

別に砕かれないとは思うが。

 

とりあえずいつもの空き教室へと俺たちは足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空き教室に着くといつも通り練習をして……いなかった。

 

何やら円になって話し合っているようだ。

 

 

「だから、私としてはここで思いっきってこれを切ればいいと思うんだよ」

 

「いや〜!怖いです!ここは現物ですよ!」

 

「それ捨てたら二翻減るだろ!?」

 

 

うん、なんか麻雀中みたいだ。

 

雅美がユイとペアを組んで打って言うようだ。

 

 

「なあ、ガルデモって結構麻雀やるのか?」

 

「ん?ああ、結構やるよ。今回は多分ユイの親睦会としてやってるんじゃないかな?」

 

 

まあなににしても今なら入っても大丈夫だろう。

 

 

「ロン!」

 

「ほらああああああああ!!!!!」

 

 

よし入ろう。

 

 

「お邪魔するぜ〜」

 

「お邪魔します」

 

「やっぱりやられたじゃないですか〜!」

 

「はっはっはー!岩沢もまだまだだな!」

 

 

どうやら麻雀に熱中しすぎて俺たちが入ってきたのに気づいていないようだ。

 

 

「おっかしーなー……ひさ子の癖というかそういうのはわかってるつもりだったんだけどなぁ……」

 

「ま、そう簡単には見破れないってことだな」

 

「クッソ〜……」

 

「おーい」

 

「あ、太一先輩……に日向先輩と音無先輩?」

 

 

入江さんところのみゆきさんが最初に気づいてくれた。

 

 

「やっと気づいたか……」

 

 

ポリポリと頭をかく日向。

 

 

「なんの用だ?」

 

「あーっと…お前ら球技大会どうするんだ?」

 

「もう直ぐNPCに声かけてメンバーを集める予定だ」

 

「よかったあ〜!」

 

 

はぁ?とういう表情のひさ子。

 

対照的に雅美はなんとなく全容を理解したようだ。

 

 

「おおよそ太一のことで時間がかかって、チームを組むメンバーがいなくなったってとこか?」

 

 

どんぴしゃり、お悩みが見透かされた。

 

別に一月一日に自分が生まれた年にできた一セント玉を拾ったことはないですよ。

 

 

「太一のこと?なんだそりゃ」

 

「さっき言っただろ?ギルドに行ってボールが破裂しないか確認するって」

 

「あれ?岩沢先輩そんなこと言ってたっけ?」

 

「みゆきち、そういうことは言ったというふうに処理するのが大人への第一歩というものだよ」

 

 

なんか間違った第一歩がみゆきに教えられてる……。

 

 

「ふーん。そういうことか。どうだ?でかい音立てて破裂しただろ?」

 

「それがよぉ!ちゃんと投げれるようになったんだぜ!篠宮のやつ!」

 

「マジか!?えっ、マジか!?」

 

 

ひさ子が目をまん丸くして驚嘆した。

 

そこまでびっくらこく事じゃないと思うんですがね……。

 

 

「んで、篠宮を戦力にしている間にメンバーの勧誘忘れちまってなあ……」

 

「そんで私たちとチームを組もう魂胆か」

 

「まあ…そんなところだ」

 

 

音無が力なく返す。

 

 

「頼む!もう後がないんだ!一緒に球技大会に…」

 

「いいぜ。なあ?岩沢、入江、関根」

 

「へ?」

 

「ああ、問題ない」

 

「私も大丈夫ですよ」

 

「私もさんせ〜い!」

 

 

ほら、やっぱり砕かれる事はなかった。

 

 

「ぃよしっ!これで罰ゲーム回避も見えてきたぞ!」

 

「ああそうか。負けたらお前らは罰ゲームがあるんだっけな」

 

「あれ?ガルデモは罰ゲーム無いの?」

 

「本来私たちの役割は陽動だからな」

 

「なるほど……じゃあ罰ゲームを受けるとしたら日向と音無ってわけか」

 

「お前だって受けるだろ!」

 

「あ、俺一応メインは陽動部隊だから」

 

 

事実、俺が最初に配属されたのは陽動であり、第一線は兼任という形でやっている。

 

多分ここにギルドも追加されると思うが。

 

 

「くっそー……こうなったら音無!死んでも勝つぞ!」

 

「お、おう」

 

 

もう死んでるじゃん、という誰もが思いそうなツッコミを心の中で入れる。

 

 

「安心しろ、太一がいれば勝てるさ」

 

「ああ、もとよりこいつをフルに活かすつもりだ。そのためにボールを投げる練習をしたんだからな」

 

「あんまり無茶させないでよ?」

 

「逆に太一が無茶って思うことってなんだ?」

 

「え?えーっと……」

 

「考えなきゃ出てこねえのかよ」

 

「………一週間白米だけしか食べれないとか?」

 

 

おかず無いときついし。

 

 

「よーし、球技大会で酷使しても問題無いなー」

 

 

なぜそうなった……。

 

 

「そういえば日向。野球って9人だろ?1人足りなく無いか?」

 

「ああ、そのことなら大丈夫だ。あてはある」

 

 

自信満々といった様子だ。

 

 

「とりあえず篠宮、ちょっとまた来てくれ」

 

 

そう言われて俺は再びどこかへと連れて行かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、いうわけで来たのは体育館裏の倉庫。

 

ってことは……。

 

 

「椎名を勧誘する」

 

 

やっぱりか。

 

 

「お前が言えば椎名は確実に首を縦に振る」

 

 

いや肩に手を置かれても…。

 

まあ、やるだけやってみますよ。

 

 

「おーい、椎名!」

 

「篠宮!」

 

 

早!出てくんの早!

 

 

「なんだ?どうした?」

 

 

普段のクールさからは想像できないような満開の笑顔だ。

 

 

「球技大会あるじゃん?一緒に」

 

「出る」

 

 

回答も早いなー。

 

お兄さんびっくりしちゃうよ。

 

 

「おい、あれ誰だ?」

 

「俺に聞くなよ」

 

 

同行している2人も困惑を隠せてないし。

 

 

「最近会えてなかったから寂しかったんだぞ?」

 

「ごめんごめん」

 

 

そう言いながら椎名の頭を撫でる。

 

そして顔を真っ赤にしながらも抱きついてくる。

 

可愛い。

 

 

「ん゛、ん゛ん゛!」

 

「なんだ、いたのか」

 

 

日向の咳払いによっていつもの調子に戻る椎名。

 

ONとOFFの切り替えすげえ。

 

ん?ON?OFF?

 

どっちでもいいか。

 

 

「いたのかじゃねぇよ…砂糖吐くかと思ったぜ」

 

「吐くわけないだろ」

 

 

椎名さん、そんな冷たく言わないであげてくださいな。

 

 

「ひとまずメンバーは集まったな」

 

「これからどうするんだ?」

 

「今日のところはここで解散。明日ちょっと練習して来週本番だ」

 

「明日ちょっと練習するだけで大丈夫なのか?」

 

「ああ、こっちにはそこのとんでもねえ2人がいる。余程のことがない限り大丈夫だ」

 

 

随分と期待をかけてきますね…。

 

正直不安なのだが……。

 

まあそん時は日向に声かけて個人練習お願いするか。

 

 

「うっし、じゃあ解散!岩沢たちに明日練習だって伝えてといてくれるか?」

 

「うんいいよ」

 

「サンキュー!じゃあまた明日な」

 

「うんまた明日」

 

 

日向と別れの挨拶を交わし2人の背中を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして訪れた球技大会本番。

 

我々はもちろんゲリラ参加だ。

 

トーナメント表に目をやると他の戦線チームは一回戦目にしっかりと勝利を納め、準々決勝へと駒を進めたようだ。

 

 

「戦線チームはどこも順調に勝ち残ってますよ!」

 

「んじゃ、俺らも一丁行きますか」

 

 

日向はそう言うと主審の方へ向かって歩きだし、自分たちのチームも出場すると交渉を始めたようだ。

 

 

「またか…」

 

「この次に進めるのは俺らのチームに勝った方ってことで、じゃんけんで決めてくれない?」

 

 

訂正。

 

交渉というより決定事項を伝えに行っただけのようだ。

 

 

「どんどんチームが増えて行きやがる…」

 

「だって!俺たちもこの学校の生徒だぜ?ほら、お前もお願いしろよ」

 

 

ユイにも頭を下げるように言っているようだ。

 

 

「本気で来いやゴルアアアアァァァァァ!」

 

「ドス効かせてどうすんだよ!」

 

「いたたたたたたた!関節が折れます!ホームランが打てなくなりますぅ!」

 

「んな期待最初からしてねぇよ!」

 

 

最近のユイと日向はいつもこんな調子だ。

 

別に喧嘩をしているというわけではなく、お互いに気の置けない仲になったと言った方が適切だろう。

 

そんなこんなで出場権を獲得した俺たちはベンチの前で円陣を組んでいた。

 

 

「そんじゃあオーダー発表するぞー。1番キャッチャーひさ子、2番ファースト椎名っち、3番セカンド俺、4番センター篠宮、5番ピッチャー音無、6番サード岩沢、7番レフト入江、8番ライトユイ、9番ショート関根だ」

 

 

パパッと日向からオーダー発表された。

 

音無にはピッチャーの素質があるらしい。

 

初めの頃日向は俺にピッチャーをやらせようと思っていたらしいが、そうなるとキャッチャーが務まる奴がいないということになりこの計画はおジャンに。

 

俺だって普通の球速で投げたかったよ。

 

その代わりと言っちゃあなんだが、外野に飛んだ打球はほぼ全て俺が任されることとなった。

 

確かにどんな打球でも来れば取れるし、俺的には全然可能なのだが、問題はレフトとライトを任されている2人だ。

 

守備の時間にやることが無くなるというのは如何なものだろうか。

 

と、聞いてみると意外や意外に返事はあっさりしたもので、みゆきは「私が取ろうとしてミスするよりは先輩に任せた方が良いかな〜って」、ユイは「ホームランしか狙ってませんので!」という回答だった。

 

ユイの発言は承諾かどうか微妙だが、とりあえず守備に重きを置いてないということで良いだろう。

 

正直ユイにホームランは打てないと思うのだが……それは言わないでおこう。

 

 

「ここで負けたら罰ゲーム決定だかんな!気合い入れていくぞ!ファイットォー!」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……お、おー?」

 

「……驚くべき団結力の無さだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、初戦は勝った。

 

1番のひさ子が流石の運動神経で三遊間にボールを送り出塁し、2番の椎名が流石の俊足でランナーを送りながらも出塁。

 

3番日向が謎のデッドボールをくらい出塁。

 

ノーアウト満塁という大チャンスで迎えた俺の打席。

 

試合前に日向から「ピッチャーのボールをよくみてバットに当てろ。当てたら押し返すようにしてボールを飛ばせ」とアドバイスをもらっていたので、その通りにやってみた。

 

椎名の攻撃を見極められる俺にピッチャーのボールを見極めるのは他愛もなかった。

 

タイミングを合わせてバットにボールを当て、そのまま場外へとボールを運んだ。

 

まあ、そんなこんなでひさ子に打順が回ってくれば得点はほぼ約束されたようなものなのだ。

 

もちろん音無以降の5人も健闘して、1回表に一挙5点を入れることができた。

 

守備も内野に飛べばそれぞれが処理してくれるし、外野にくれば俺のテリトリーだ。

 

この調子で3回までに13点を取り、この試合はコールド勝ちとなった。

 

あれ?このチーム意外と本当に強いんじゃね?

 

 

「日向チーム、3回コールド勝ちです」

 

 

ん?この声は遊佐?

 

 

『よし、順当に戦線チームが勝ち上がってきてるわね。みんな死より恐ろしい罰ゲームとやらを恐れて必死ね。滑稽だわ』

 

 

この声はゆりか。

 

トランシーバーを介しているところから推測するに、1人だけ校長室から双眼鏡か何かを使ってこちらの様子を見ているのだろう。

 

校長室の窓を見てみると案の定こちらを双眼鏡で見ていた。

 

 

「戦線ではゆりっぺさんの罰ゲームを受けたものは発狂して人格が変わると有名ですからね」

 

『そうね…ってどんな罰ゲームよ!』

 

「いえ、私は受けたことがありませんので」

 

 

と、2人の会話を聞いていると

 

 

「来やがったぜ…天使だ…」

 

 

日向がつぶやいた。

 

みんなの視線の先には天使がいる。

 

後ろにいるのは……誰だろう?すんごい野球強そう。

 

隣には直井もいる。

 

 

「あなたたちのチームは参加登録をしていない」

 

「別にいいだろ?参加することに意義がある」

 

「生徒会副会長の直井です。我々は生徒会チームを結成しました。あなたたちの関わるチームは我々が正当な手段で排除していきま……す」

 

 

最後の方、俺と目があって言葉に詰まってたね。

 

 

「なに?そっちは全員野球部のレギュラーってわけ?」

 

 

コクンと天使が頷く。

 

 

「……幾ら何でも厳しいぞ…」

 

「ッハ!頭洗って待っとけよな!」

 

「お前が一番足引っ張ってんだろ!」

 

 

再び日向の関節技がユイに決まる。

 

 

「それとそれを言うなら「首を洗って待っとけ」だ!頭だったら衛生上の身だしなみだ!」

 

「い゛た゛い゛て゛す゛う゛ぅ゛〜!」

 

 

痛がるユイを横目に野球部の軍団はその場を離れる。

 

おそらく練習前のアップにでも行ったのだろう。

 

いくらNPCとはいえども野球部は野球部、その道の熟練者の集いだ。

 

素人を寄せ集めたチームで勝つのは相当厳しい。

 

 

「これ本当にやばいかもな……」

 

 

ひさ子の口からボソッと呟かれた一言に俺たちは共感をせざるを得なかった。




次回、球技大会後編。

誤字がありましたら、誤字報告をしていただけると嬉しいです。


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第二十二話「球技大会(後編)」

前回のあらすじ:生徒会チーム登場でピンチになった。

 

 

日向とユイの茶番が終わって俺たちは生徒会チームの偵察へと来ていた。

 

偵察といってもただ試合を観戦するだけなんだけどね。

 

なんか、そういったほうがかっこいいじゃん?

 

 

「ひゃ〜…やっぱ本物の野球部は格が違いますね…」

 

「ああ、こりゃ厳しい戦いになりそうだ…」

 

 

高松のチームとの対戦を見ているが、全く歯が立っていない。

 

もちろん高松のチームがだ。

 

ピッチャーはなかなかの逸材のように思えるが所詮素人。

 

普段から訓練している相手にはバカスカ打たれてる。

 

結局3回でコールドゲームとなってしまった。

 

 

「とりあえず何か策を考えねえとまずいな」

 

 

この様子を見て俺たちは急遽作戦会議を始めた。

 

 

「多分俺がピッチャーやったら打たれると思うぞ」

 

「あんまりはっきりは言いたくねえが……そうなるだろうな」

 

「太一が投げるのはだめなのか?」

 

「篠宮なら打たれねえと思うが……取れるキャッチャーがいねえとな」

 

「打たれないんだったらミス前提で配置しちゃだめなんですか?」

 

「振り逃げっていうのがあってだな、ミスが重なると最悪相手に点が入っちまう」

 

「っていうか日向がキャッチャーやったらどうなんだよ」

 

「いくら元野球部でも目視がやっとの球なんて怖えよ……」

 

「日向さ、構えたところに必ず来るなら怖くない?」

 

「そんならまあ少しはマシだけどよ」

 

「それじゃあ俺ピッチャーやるよ。日向が構えたところに投げるから」

 

「え?お前そんなことできんのか?」

 

「うん、できるよ」

 

 

目に見えるように投げるってことは結構力をセーブして投げてるってことだ。

 

置きにいっているようなものなのでコントロールすることは容易い。

 

 

「多分口だけじゃあれだから、ちょっと練習させてもらってもいい?」

 

「ああ、できるならそうしてくれたほうが助かるぜ」

 

 

そう言って俺と日向は人気の少ないグラウンドの端っこに向かった。

 

幸いにも今大会はトーナメント戦で俺たちのチームに回って来るまでに少し時間がある。

 

他の7人には休憩を取って貰いつつイメージトレーニングに励んでもらっている。

 

さてさて、それでは本題の俺と日向のバッテリーだ。

 

おおよその距離を測り日向が構える。

 

が、明らかに腰が引けている。

 

いつでも逃げる準備は万端なようだ。

 

 

「ひ、日向。大丈夫だって。俺を信じてみて」

 

「信じてはいるんだけどよ……その、やっぱり生物に備わっている防衛本能ってやつがどうしても邪魔をして……」

 

 

まあ無理はない。

 

かと言ってそれを受け入れるわけにもいかない。

 

ここで取れる最善の策は一つ、完璧なコントロールをして日向を安心させることだ。

 

 

「んじゃいくよー」

 

「お、おう!来い!」

 

 

セットポジションを取り、完全に静止してから振りかぶる。

 

いま意識することはただ一つ、日向の構えているところにボールを放り込むだけだ。

 

指先からボールが離れたと思った次の瞬間、日向のキャッチャーミットからパァンという音が聞こえた。

 

 

「いってええええぇぇ!」

 

「だ、大丈夫!?」

 

 

思わず日向のところへ駆け寄った。

 

 

「大丈夫だ……多分」

 

「ほ、本当に?」

 

「ああ、それよりも、お前すげえな!ちゃんと構えたところに来たぜ!」

 

 

まだ痛いのか若干顔が引きつっている。

 

 

「ま、偶然かもしれねえからまだまだやってみねえとな」

 

「そうだね。もうちょっとやろうか」

 

「ああ、その前にちょっと買い出し行って来てもいいか?」

 

「買い出し?」

 

「キャッチャー用の手袋だよ。あれがなきゃ多分途中で骨が折れちまう」

 

「あ、そういうことね。……っていうかそんなの売ってるの?」

 

「この学校の購買部をなめちゃいけねえぜ。生前の思い出になりそうなものはなんでも揃ってやがる」

 

 

なんだと……白濁入浴剤で驚いている場合ではなかったのか……。

 

 

「ってなわけでちょっくら買って来るわ」

 

「あ、いいよいいよ、俺買って来るよ。そっちの方が絶対早いし」

 

「お?そうか?じゃあちょっくら頼むわ」

 

「了解」

 

 

とりあえず購買部の方へ向かって走り出した。

 

あれ?商品名って「キャッチャー用の手袋」でいいの?

 

まあ購買部のおばちゃんに聞けばわかるか。

 

そんなこんなで購買部に到着。

 

Q.キャッチャー用の手袋はありますか?

 

A.ありません。

 

 

「だってさ」

 

「だってさじゃねえよ!なんで無えんだよ!」

 

「球技大会でテンション上がったNPCがいっぱい買っちゃって在庫がないみたい」

 

「ガッデムっ!!」

 

 

頭をかかえる日向。

 

 

「篠宮…お前寸分狂わず球投げれるんだよな?」

 

「うん」

 

「じゃあ投げる時は手の平から少し外して投げてくれ」

 

「というと?」

 

「こう……こう構えているところのここに投げて来れってことだ」

 

 

言葉ではうまく伝わらないところを実践で教えてくれた。

 

 

「ああ、そこらへんね、了解」

 

 

どこだよってツッコミは今は無しにしようじゃないか。

 

 

「うっし、もうちょっと投げるか?」

 

「もうちょっとやろっか。とりあえず軽く肩慣らすくらいで」

 

「お前の肩慣らしプロの1軍選手並みだもんなぁ」

 

 

苦笑いをこぼす。

 

 

「まぁまぁ、頼むよ…っと」

 

 

パシィッ!と大きな音がキャッチャーミットから響き渡る。

 

その後も20球ほど投球練習をして、完璧に狙い通り投げられるということの確認が取れた。

 

 

「お前すっげぇな……。もうなんていうか……チートだチート」

 

「たはは……うまく活用すれば便利だからね、この力」

 

「じゃあうまく活用して次の試合絶対勝とうぜ!俺も全力でお前の球を受け止めてみせる!」

 

「あ、ああ!絶対勝とう!」

 

 

ガチッと腕と腕をぶつけ合わせる。

 

そして肩を組んでくる。

 

これはもしかして……。

 

 

「お前コレなのか……?」

 

「ちげーよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これに勝てばほぼ優勝は間違いねぇ……」

 

 

俺たちは全員で円陣になっている。

 

 

「逆に負ければ死よりも恐ろしい罰ゲームだ」

 

「お前らはな」

 

 

ひさ子さん、言わないであげてください。

 

 

「うぐっ……俺と音無と椎名っちはあるんだよ!」

 

「ゆりの罰ゲームなど朝飯前だ」

 

「だぁもう!とにかく負けらんねえんだよ!」

 

 

コクコクと音無も頷く。

 

 

「ま、私たちは負ける気なんてサラサラねえぜ?」

 

「そうですよ!ひなっち先輩の罰ゲームは見てみたいですが……」

 

「一言余計だ……」

 

「まあ私たちなら勝てるんじゃない?太一もいるし」

 

「そうですよね!太一先輩もいますし、安泰ですよ!」

 

「ま、雅美……しおり……そこまでプレッシャーかけないでくれ……」

 

「え?お前プレッシャーとかに弱いタイプなの?」

 

 

そうですよひさ子さん、意外と本番前は緊張するタイプなんだよ。

 

 

「まあ安心しろ。さっきの練習を見る限り大丈夫だ。リラックスリラックス」

 

「リラックス……リラックス……ふぅ……」

 

「よし、その調子だ」

 

 

ぶっちゃけこれでリラックスってできないよね。

 

人っていう字を手のひらに書いて3回飲むとかっていうのも絶対効かないし。

 

 

「安心してください。「日向チーム」でゆりっぺさんに報告しているので、負けても全責任は日向さんにいきます」

 

「うおっ!?びっくりしたぁ!」

 

「え?そうなの?」

 

「はい」

 

「じゃあ安心だね」

 

「ちょっと待てーーーーーい!」

 

「どうかしましたか?」

 

「なんで俺の責任になるんだよ!?」

 

「このチームのキャプテンは日向さんですから」

 

「キャプテン俺なのか!?」

 

「はい。日向さんが最初にメンバーを集め始めたので」

 

「まあ確かにキャプテンはひなっち先輩ですよね」

 

「お前も加勢してんじゃねぇよ!」

 

「イダダダダダダダダ!なんで私だけ〜!」

 

「こうなったら絶対負けらんねぇ!何が何でもボールを取る!篠宮!安心して投げろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「プレイボール!」

 

 

そんなこんなで試合が始まった。

 

正直ユイが関節技を決められてるのを見てリラックスできた。

 

なんか面白かったし。

 

さてさて、試合に集中しますか。

 

1回表相手の攻撃。

 

先頭打者を塁に出すのは好ましくない。

 

その後の流れに大きく影響が出かねないし。

 

日向が構えるのは…ど真ん中か。

 

狙いを定めて……投げる!

 

さっきの練習の時よりも大きな音がキャッチャーミットから響いた。

 

 

「は……?え……?」

 

 

相手チーム全員+審判の理解が追いついていないようだ。

 

相手チーム全員と言っても天使は動揺しているかわからない。

 

もともと無表情だし。

 

 

「審判さん、球はここにあるぜ?」

 

「す、ストライーク!」

 

「なんだよあれ!?打てるわけねえだろ!?」

 

 

バッターが叫ぶ。

 

 

「お前!なんかインチキしてんじゃねーのか!?」

 

「そうだそうだ!あんな球速おかしいだろ!」

 

 

相手のベンチからも怒号が飛ぶ。

 

 

「ターイム!キミ、ちょっと調べさせてもらうよ」

 

 

審判は試合を中断し、俺のいるマウンドに駆け寄ってきた。

 

なんだよ、まだ試合始まって1分も経ってないぞ。

 

 

「両手を上げて」

 

「はい」

 

 

腕や肩周りやその他諸々いろんなところを触って確かめられる。

 

ちょっとくすぐったい。

 

 

「ふむ……なにも異常なしか……。だとしたらなぜあんなに速い球を……?」

 

「あー、俺力だけは人より強いんですよ。日頃の鍛錬です」

 

「そうか」

 

 

そのまま定位置へと戻っていった。

 

 

「プレイ!」

 

「ちょっ、おい!おかしいだろ!」

 

 

バッターがまだ審判に抗議しているがそんなことは関係ない。

 

いまはもう試合が続行されている状態だ。

 

ちょっとずるいかもしれないがバッターがこちらを見ていない隙にボールを投げる。

 

 

「ストライーク!」

 

「卑怯だぞ!」

 

 

知ったことか。

 

プレイがかかってる状態でよそ見している方が悪いんだもんね。

 

次は……内角ギリギリか。

 

バッターにだけは絶対当てないように……それ!

 

 

「ひっ!」

 

「ストライーク!バッターアウト!」

 

 

さすがに野球部でも200キロくらいの内角ギリギリは怖いか。

 

こんな感じで初回は三者凡退に抑えることができた。

 

なんだ、案外いけるじゃん。

 

と、思ったが、問題はまだあった。

 

初戦のピッチャーは素人だったので、あんなにバカスカ点数を取れていたのは当たり前だ。

 

しかし、今回の相手は野球部、さっきまでの素人とはワケが違う。

 

おそらく打ち返せるのは元野球部の日向と圧倒的身体能力の椎名と俺くらいだろう。

 

もしかしたらワンチャンひさ子もいけるかもしれない。

 

……あれ?案外いけるんじゃね?

 

今試合の1番は椎名。

 

何が何でも先頭が出て相手のペースを乱してやろうと言う日向の作戦だ。

 

日向の思惑通り、椎名はとりあえずバットにボールを当てて出塁した。

 

さすがはくノ一、ゴロさえ転がせば出塁できるようだ。

 

続くひさ子は日向からの指示通り、送りバントを決めて椎名を2塁へと進めた。

 

1アウトで迎えた3番日向。

 

またもや謎のデッドボールを食らって出塁。

 

……こいつ何かに憑かれているのか?

 

そんなこんなで回ってきた1アウトランナー1、2塁でバッター俺。

 

いくら相手が野球部のエースだとしても俺からすれば止まったボールを打つのも同然だ。

 

自分で言うのもあれだが、予定通りボールは場外へと飛んで行った。

 

 

「ホームラン!」

 

「なんだあいつ……バケモンじゃねーか……」

 

「あんなやついたら勝てっこねぇよ!」

 

「このままじゃコールドゲームになっちまうぞ……」

 

「野球部としてそれはプライドが許さん!」

 

 

ダイヤモンドを一周して帰ってくると、生徒会チームのベンチが何やら騒がしい。

 

 

「おーおー、相手側は焦ってますねぇ」

 

「こっちには太一先輩と椎名先輩がいるって言うのに、勝とうって方が無謀なんだよ!」

 

「こらユイ関根!あんまり気を緩めるな!」

 

 

そうですとも、先制したからと言って気を緩めたら流れ持って行かれますよ。

 

 

「はぁ〜い……」

 

「わかりました……」

 

 

うんうん、二人とも反省しているようで何よりだ。

 

この後の打順は、5番音無。

 

野球部ピッチャーに必死に食らいつくが結果はキャッチャーフライで凡退。

 

そして2アウトで迎えた6番雅美。

 

こちらは手も足も出ず空振りで三振となってしい待った。

 

まぁ、これは仕方ない。

 

振って当たらないんだもの。

 

さてさて、ここで1回が終了した。

 

この時点でのスコアは生徒会チーム0点、日向チーム3点といった感じだ。

 

2回表、相手の打順は4番から。

 

4番なら普通いろいろと打たれないように工夫するものだが、今はその必要は無い。

 

1回の投球を見て少しビビっているのか、若干バッターボックスの外寄りに立っているんですもの。

 

あれじゃあ外角ギリギリに来たらバットが届かないよ。

 

そんなわけで日向は外角ギリギリに構えている。

 

罰ゲームかかってるからってガチすぎだろ……。

 

予想通り外角ギリギリに投げたら相手のバットは届かなかった。

 

しかし、さすがに2球連続で同じところに投げれば相手も気がつくもので、ホームベースの方へ寄って来た。

 

そこで日向の指示は……内角ギリギリか……。

 

悪だねぇ。

 

ま、素人は経験者の判断に素直に従った方が吉だ。

 

日向の構えているところへ……それ!

 

 

「ひぃっ!」

 

「ストライーク!バッターアウト!」

 

 

4番とは思えない声出したな……。

 

その後も同じような様子で5番6番を抑え、無事に2回表を終えることができた。

 

 

「篠宮!お疲れさん!」

 

 

バシッと日向が背中を叩いてきた。

 

 

「日向もお疲れ様。手の調子はどう?痛くない?」

 

「おう!おかげさまで今のところ大丈夫だ!」

 

「そっか、よかった」

 

 

まあまだ20球くらいだもんな。

 

この調子で試合が進めば日向の手を傷めることなく勝てそうだ。

 

さてさて、この回は7番みゆきから。

 

高松チームとの試合を見てたころから不安そうな顔してたけど……大丈夫かな?

 

 

「入江、無理すんなよ?」

 

「え?あ…は、はい!」

 

「入江が無理して点を入れなくても椎名っちと篠宮がどうにかしてくれるからな」

 

「どうにかって……まあ頑張るよ。だから、怪我だけはしないようにね」

 

 

可愛い彼女が怪我するシーンとか絶対見たくないし。

 

この世界ならすぐ治るとかそういう問題じゃなくて、痛がってるのを見たくない。

 

 

「は、はい!無理しませんが、精一杯頑張って来ます!」

 

 

そう言い残してみゆきはバッターボックスへと向かって行った。

 

 

「ひなっち先輩!私は?私は?」

 

「あ?」

 

「だーかーらー!私も怪我しないよにーとかないんですか?」

 

「別にねえよ」

 

「そんなぁ〜!こんなに可愛いユイにゃん☆の為に言ってくださいよ〜!」

 

「あ゛?もう一度言ってみろ」

 

 

あー、これは関節技の流れだ。

 

これもう一回「ユイにゃん☆」って言ったら卍固めとかになる流れだ。

 

一応オペレーション中なんだから言うなよ?絶対に言うなよ?

 

 

「ユイにゃん☆」

 

「そう言うのが一番むかつくんだよおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「いだだだだだだだだだだ!い゛た゛い゛て゛す゛ぅ゛〜゛!」

 

 

まあ、言うよね、あの流れなら言うよね。

 

 

「だいたいお前入江の次だろ!早くネクストに入れ!」

 

「な゛ら゛は゛や゛く゛解゛い゛て゛く゛だ゛さ゛い゛〜゛!」

 

「落ち着け日向。試合が終わってから続きをやればいいだろ?」

 

「おぉ、それもそうだ」

 

 

ひさ子からの提案に日向は納得し、卍固めを解いた。

 

 

「さ、早くネクストに入れ」

 

「こんにゃろう……後で絶対復讐してやる……」

 

 

殺意の篭った目で睨みつける。

 

絶対女の子がしちゃいけない顔だ。

 

一通りの流れが終わったところで試合に目を向けてみよう。

 

ちょうど審判がプレイをかけたところだ。

 

小動物のように震えながらバッターボックスの外の方に立っていた。

 

そりゃあ怖いよね、相手は玄人だもん。

 

結局空振りの三振で終わってしまった。

 

 

「ごめんなさ〜い……」

 

 

ずいぶんとしょぼくれて戻ってきた。

 

俺から言わせて貰えば、あの小心者のみゆきが野球部のピッチャーが投げた球に食らいつこうとしただけですごいと思う。

 

 

「大丈夫大丈夫、頑張ったよ」

 

 

そう言って俺はみゆきの頭を撫でる。

 

 

「はぅ……わ、私頑張りましたか?」

 

「うん、頑張った頑張った」

 

「えっと……良い雰囲気になってるところ悪いけど、お前らこれオペレーション中だからな?」

 

「わかってるよ。ね?みゆき」

 

「はい!」

 

 

ん〜、良い笑顔だ。

 

オペレーション中じゃなかったら抱きしめてたぜオイ。

 

 

「おい太一。なんで入江を抱きしめてるんだ?」

 

 

ひさ子がジト目で聞いてくる。

 

 

「え?あ、抱きしめてた?」

 

「「てた」じゃなくて現在進行形でな」

 

「ふああぁぁあ〜……」

 

「おっと、ごめんつい」

 

「別にいいけど、後で私にもやってくれよ?」

 

「ストーップ!オペレーション中になんでマジで良い雰囲気になってんのさ!?Why!?」

 

「ごめんって。今度から時と場合を選ぶから」

 

「あったりまえだ!そこら中でイチャコラされたら試合が成り立たなくなる!」

 

「そうですよ!もっと真面目にやらなきゃダメですよ!」

 

「お前はなんでもう戻ってきてんだ!」

 

「い゛た゛い゛い゛た゛い゛い゛た゛い゛い゛た゛い゛!!!す゛み゛ま゛せ゛ん゛!ホ゛ー゛ム゛ラ゛ン゛打゛て゛ま゛せ゛ん゛で゛し゛た゛!」

 

「んな期待最初からしてねぇ!」

 

「ギャーーーーーーーッ!」

 

 

またいつものが始まった。

 

っていうかユイ三振か。

 

仕方ないといえば仕方ないよね。

 

9番のしおりは頑張ってバットにボールを当てたものの、ショートゴロで三者凡退となってしまった。

 

2回裏終了時点でスコアは変わらず日向チーム3点、生徒会チーム0点。

 

この回の裏で得点が確定となっている3回表、相手の打順は7番から。

 

俗に言う下位打線である。

 

さてさて相手のバッターはどんなものか……って、天使!?

 

野手にも衝撃が走ったのか、後ろからざわざわと声がする。

 

 

「なっ!?て、天使!?」

 

 

日向からも驚愕の声が上がる。

 

 

「た、タイム!」

 

「タイム!」

 

 

マウンドまで日向が走ってきた。

 

 

「どうしようか……」

 

「篠宮、球速をあげろ」

 

「え、でもそうすると日向の手が……」

 

「なぁに、心配すんな。1日もあれば治る」

 

「だ、大丈夫?」

 

「大丈夫だ、心配すんな。お前の球は絶対取るから破裂しない程度に思いっきり投げてこい」

 

「う、うん。わかった」

 

 

心配するなって言われても……。

 

いや、日向を信用しよう。

 

俺はただ日向の構えるところに投げるだけだ。

 

 

「プレイ!」

 

 

天使は先ほどの野球部たちとは違って初めからホームベースよりに立っている。

 

やはり常人よりもずば抜けた身体能力を有しているのか。

 

俺もオチオチしてられない。

 

手加減なしでかからなければ最悪負けてしまう可能性があることも頭の片隅に置かなければ。

 

あ、手加減なしっていうのは力のことじゃなくて気持ち的なことだからね?

 

さてさて、我らが司令塔キャッチャー日向の構えているところは……ど真ん中。

 

球速をあげるから投げやすいところに構えたのか?

 

少し疑問を持ちつつもセットポジションを取る。

 

そしてさっきよりも力を込めて……投げる!

 

ズドンという重い音がキャッチャーミットから響くとともに日向から声が上がった。

 

 

「いっでええええええぇぇぇぇぇぇぇええ!!!」

 

「な、なんだ今の!?」

 

「ボールが見えなかったぞ!?」

 

「あいつまだ本気を出していなかったのか!?」

 

 

相手のベンチがまたうるさくなる。

 

 

「ス、ストラーイク……」

 

 

おいおい、もうちょっと声張りなされや主審さん。

 

 

「驚いたわ……」

 

 

天使からも声が漏れた。

 

いつも通りも無表情のままポツリと、普通の人では聞こえないような声量で呟いた。

 

 

「少し本気を出さないと」

 

 

ギュッとグリップを握り、第2球への準備ができたようだ。

 

天使が本気を出す……?

 

これは一発なにかあるんじゃないか?

 

そう思いつつ再びセットポジションを取り、投げる。

 

 

「っ!?」

 

 

ガギィッという鈍い音と共にボールはバックネットを越えて行った。

 

 

「あ、当てやがった……」

 

「生徒会長って何者なんだ……?」

 

「それよりも見ろ、金属バットがボールに負けて完全に折れちまってる……」

 

「っていうかありえないだろ、それ」

 

 

色々ごちゃごちゃ言われるがそんなことはどうでも良い。

 

俺の内心は穏やかではない。

 

打たれないようにと対策して投げた速球が物の見事に打たれてしまったのである。

 

今のはたまたま当たりどころが良かった(?)おかげでファールになったが、このままいけば次の球は高確率で打たれる。

 

まあ、これで打たれるというなら仕方ない。

 

それよりも打たれた後のことだ。

 

あの球速にあのスイングスピードが加わる。

 

ということは、考えただけで恐ろしい殺人兵器の出来上がりだ。

 

常人が処理しようとしたら最悪死にかねない。

 

すぐに動けるように構えなければ。

 

とんでもない緊張感の中投げる第3球目、日向は外角に外せと指示している。

 

しかし。

 

 

「しまった……!」

 

 

緊張からか手汗をかいてしまい、若干手元が狂ってしまった。

 

暴投にこそならなかったものの、ボールが向かった先は先ほどと同じど真ん中。

 

これまた先ほどと同じく鈍い金属音が発せられた。

 

 

「まずい!」

 

 

ほとんどの奴ら、というか俺と天使以外は反応できていないだろうが、打球は真っ直ぐなライナーとなってサードに襲い掛かった。

 

サードを守っているのは我が幼馴染の岩沢雅美。

 

無論、打球が来たことに反応できてない。

 

というか気付いてすらもいないかもしれない。

 

俺はとっさにマウンドを蹴って雅美の前へと飛び出た。

 

 

「くそっ!間に合え…!」

 

 

少なくともグローブで弾いて雅美に当たらないようにしなければと、必死に体を伸ばした。

 

その瞬間、嫌な音がした。

 

 

バキィッ

 

 

何かが折れる音。

 

おそらく骨だ。

 

その音の発信源は。

 

 

「うぐぅああぁっ!」

 

 

俺だった。

 

雅美を助ける一心でマウンドを蹴った。

 

ボールは無事に捕球できたが、ここで予想もしていなかった物体が飛んで来たのだ。

 

金属バットの断片だ。

 

どうやら先ほどの例にも漏れなく、またも金属バットが折れてしまったらしい。

 

そして最悪なことにその金属バットの断片は俺の胸部にクリーンヒット。

 

そのままサードの斜め後方へ行き、10メートルほど飛んだところで体は停止した。

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

その場にいた全員が何が起きたか把握できていないようだ。

 

そして、10秒ほど静寂が流れた時。

 

 

「だ、大丈夫か!?」

 

「おい!しっかりしろ!太一!」

 

「せ、先輩!大丈夫ですか?!」

 

 

みんなが駆け寄ってきて来れた。

 

 

「ゲホっ……だ……大丈夫……」

 

「大丈夫って……絶対大丈夫じゃねえだろ!」

 

 

ちょっと雅美さん、あんまり体揺さぶらないでください。

 

マジで痛いです……。

 

というかここまでの痛みを味わったのはこの体になってから初めてかもしれない。

 

ひさ子をギルドで助けた時は肺の空気が押し出されて息ができなくなっただけ(?)だったが、今回は確実に肋骨あたりが折れている。

 

骨が折れるってこんな感じなんだね。

 

 

「き、キミ、大丈夫か?」

 

「あ、審判さん、これ……」

 

 

俺は先ほど受け止めたボールを差し出す。

 

 

「一応完全に捕球したんでアウトですよね……?」

 

「アウトって…それどころじゃないだろ!おい!誰か担架!」

 

 

ああ、なんだか意識が遠のいていく。

 

死ぬという感覚がこれなのか、はたまたただの気絶なのかはわからないが、いずれにせよこれまた初めての感覚である。

 

 

「太一!?おい太一!」

 

「死ぬな!戻って来い!」

 

「先輩!先輩!」

 

 

走馬灯は見えてないからただの気絶なのかな……。

 

みんなごめん……これ以上闘えそうにないや……。

 

雅美が助かったし、これで良しとするか……。

 

 

「た……!お………な!」

 

「……!し…………か…………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!?」

 

 

……ここはどこだ?

 

あたりを見回してみると薬品っぽいものが棚に陳列されている。

 

そして辺りが暗い。

 

さっきまで昼だったはずじゃ……。

 

そう思っていると、誰かの声が聞こえた。

 

 

「目が覚めた?」

 

 

我らがリーダー、ゆりだった。

 

 

「ゆり……ここは?」

 

「保健室。あなた、随分と無茶したわね?」

 

「いやだってさ、雅美が危なくて……って!雅美たちは!?試合はどうなったの!?」

 

「落ち着いて。安心しなさい、岩沢さんは無事よ。試合なら残念だけど不戦敗という扱いになったわ。そりゃ8人になっちゃったんだもの、仕方ないわよね」

 

「え……あ、ごめん……」

 

「別に責めてないわよ。というかあそこまでのプレーを見せられたら責められないわ」

 

「そっか……そう言ってもらえると助かるよ」

 

「あなたが退場したことを悪く思っている人なんていないわよ。それよりどう?怪我の調子は」

 

 

そう聞かれて胸の辺りを触ってみる。

 

 

「うん……痛くない。治ったみたいだね」

 

「ま、この世界と篠宮くんの回復力が合わさればこんなもんで治るわよね」

 

 

お、苗字呼びか。

 

ということは何かしらの業務の真っ最中?

 

 

「安心していいわよ。彼無事だから」

 

「そう。本当に良かった……」

 

「て、天使……じゃなくて、立華!?」

 

「彼女、あなたに怪我させちゃったのをえらく気にしててね。どうしても目が覚めるまで付き添うっていうから私も一緒にいたの」

 

 

ああ、だから業務中か。

 

俺が寝ている間に消されないように監視していたってわけか。

 

 

「本当にごめんなさい……」

 

「いやいや!勝手に俺が突っ込んで行って怪我しただけだから気にしなくて良いよ!っていうか気にする必要はないよ!」

 

 

金属バットの破片がどこに飛ぶかなんて誰もコントロールできるはずがない。

 

というかコントロールはおろか、折れて飛んでくるなんて予想すらできない。

 

よってこれは誰のせいというわけでもなく、ただの事故なのだ。

 

 

「でも……」

 

「大丈夫大丈夫!俺もこの通りピンピンしてるし、他に誰も怪我してないんだから!」

 

 

何か言いたそうにしているところを無理やり遮る。

 

 

「立華が狙って打ったならそれなりに怒るけど、そうじゃないんでしょ?」

 

 

コクンと頷く。

 

 

「じゃあこの話はおしまい!誰も加害者じゃないし、誰も被害者じゃない。ただの偶然が産んだ事故。いいね?」

 

 

そう問うと、多少不服そうな顔をしながら再びコクンと頷いた。

 

半ば有無を言わせない感じだったけどね。

 

 

「わかったわ。そう言ってくれてありがとう。今日はもう遅いから早めに部屋に戻ってね」

 

 

ガラガラ、ピシャリと天使が帰って行った。

 

すると。

 

 

「太一く〜ん!」

 

「おわっ!?」

 

「もう本当に心配したのよ!?」

 

 

お仕事モードが終わったようだ。

 

 

「もしかしたら本当にこのまま死んじゃうのかもって思ったのよ!?」

 

「いやこの世界でそれはないでしょ……」

 

「いくらこの世界でも思っちゃったのよ!」

 

 

テンションMAXのまま思いっきり抱きついてきた。

 

 

「いくら呼びかけても返事しないし、太一くんがああなってるの見たことなかったし……」

 

「まあ……正直俺もああなるとは思わなかったけど……」

 

「もう私太一くんにもしものことがあったらと思うと心配で心配で……」

 

 

そのまま目と目を見つめあって顔を近づける。

 

英語で言えばKiss、日本語で言えば接吻をしようってことだ。

 

流れはよくわかんないが、まあ別に拒否する理由もない。

 

特に抵抗もせず、そのまま受け入れた。

 

そして唇と唇が重なりそうになったその時。

 

 

ガラガラ

 

 

「篠宮くん、言い忘れたことが…………」

 

「………………」

 

「………………」

 

 

天使が戻ってきた。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

 

辺りが静寂に包まれた。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………もう夜も遅いから、続きは明日にして」

 

 

ピシャリ

 

 

「ちょ、ちょっと待って!違うの!弁解させて!」

 

 

ゆりが天使の後を追いかける。

 

 

「別に大丈夫よ。お付き合いしてるんだもの、たまに時と場合とかわからなくなるわ」

 

「だから違うのよ!弁解させてって!」

 

 

別に弁解も何もないと張本人の俺も思うが…………。

 

というか場合は間違っていたにしろ時はあってるんじゃ?

 

結局ゆりは天使に弁明できないまま、その日は寮(俺の部屋)に戻ることとなってしまった。



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第二十三話「住処をめぐる長い1日」

球技大会からしばらく経ったある日、俺たちは例のごとく空き教室で練習をしていた。

 

 

「いやほんと球技大会の時は冷や汗かいたよなー」

 

「いきなりマウンド上から消えたと思ったら、うめき声あげて岩沢先輩の後ろにいたんですもんね」

 

「昔っからの付き合いだけど、あんな太一見たことなかったからなぁ。いやほんと焦った」

 

 

……ごめんなさい、練習はしていなかったです。

 

みんなでお菓子食べてお茶を飲みながら雑談していました。

 

練習そっちのけでお茶会って、一体どこの放課後なんですかね?

 

 

「私も初めは状況が飲み込めなかったんですけど、次第に先輩が死んじゃうんじゃないかなって……」

 

「いや、私たちもう死んでるじゃないですか」

 

「こらーユイ、ここはそんな野暮なツッコミを入れる場面じゃないぞー?」

 

 

ごめんなさいしおりさん。

 

僕もユイと同じこと言おうとしちゃってました。

 

 

「でもあの時の太一本当に不謹慎だけどかっこよかったなぁ」

 

「あーそれはわかる。本当に命がけで岩沢を守ったんだもんな」

 

「そりゃまあ……愛する彼女が危機に晒されたら何よりも最優先で助けるよ」

 

 

一瞬みんなキョトンとしたかと思うと、全員徐々に顔を赤くしていった。

 

 

「お、お前よくそんな恥ずかしいセリフをさらっと言えるな……」

 

「へ?俺なんか変なこと言った?」

 

「気づいていないあたり天然ジゴロなんですねこの人……」

 

「待って俺ヒモになった覚えない」

 

「そうだな、この中じゃ一番学校からの支給額多いし」

 

「え?そうなの?」

 

「この学校は優秀なら優秀なほど支給額多いんだってよ」

 

「っていうかなんでひさ子そんなこと知ってるの?」

 

「遊佐から聞いた」

 

 

遊佐こわぁ……。

 

どっから情報持ってきてるんだよ……。

 

 

「ということは先輩は優秀だったんですか?」

 

「ああ、本当にとんでもなかったぞ。頭にsimカードでも刺さっててネットを使ってるんじゃないかっていうレベルだ」

 

「どんなレベルだよ……」

 

「いやマジで太一ならどこでもいけたぜ?」

 

「そんなこと言ったら雅美だって進路相談の時先生から『君の成績ならどこへでもいける』って言われてたじゃん」

 

 

俺公然の秘密扱いだったから進路相談受けてねえけど。

 

 

「えぇー!?岩沢先輩もそんなに頭よかったんですか!?」

 

 

しおりが声を上げる。

 

 

「いやいや、私はそんなでもないって。ほら、音楽にしか興味なかったし」

 

「ほー。数式とか年号とかを楽譜に置き変えるっていう謎技術を駆使して毎回学年トップ10入りになってたのはどこの誰でしたっけ?」

 

「お前流石にそれは音楽キチすぎだろ……」

 

 

流石のひさ子も引いている。

 

 

「だって普通に覚えるより効率いいじゃんか!コード進行の勉強にもなるし、一石二鳥だろ?」

 

「い、意味がわかりません……」

 

 

みゆきも引いた。

 

 

「岩沢先輩の頭ってどうなってるんですか……?」

 

 

しおりも。

 

 

「さっすが岩沢先輩です!憧れちゃいます!」

 

 

……若干一名アホが混ざっておりました。

 

 

「っていうかそのテスト太一が1位だったじゃん。っていうか太一1位以外取ったことないじゃんか」

 

「え、そうだっけ?」

 

「いつも成績発表の時先生たちがバツが悪い顔してたの覚えてない?」

 

「いっつも俺がいるとバツが悪そうな顔してたからなぁ。特に覚えてないね」

 

 

先生に限った話じゃないんだけどね。

 

 

「先輩……辛くなかったんですか?」

 

 

しおりから純粋な疑問が飛んできた。

 

 

「もうその頃には慣れちゃってたね。それよりずっと一緒にいた雅美も変な目で見られるようになっちゃった方が辛かったかな」

 

「太一……そういう風に思っててくれていたのか……」

 

「そりゃあ俺にとって本当に特別な存在だったからね」

 

「太一……」

 

「雅美……」

 

 

お互いの目を見つめ合い、良い感じのムードになった。

 

なんで急に?と思うかもしれないが、俺たちの間では割とよくあることなので特に誰もツッコミを入れない。

 

しかし。

 

 

「はい、そこまで」

 

「っ!?」

 

「て、天使!?なんでここに……!?」

 

 

戦線の宿敵、天使が現れた。

 

 

「あなたたち宛に複数の生徒からクレームがきてるわ」

 

「クレーム?一体なんの?」

 

 

代表してひさ子が問う。

 

 

「あなたたちが男子寮によく潜り込んでいるというクレームよ。これ以上続けるようなら生徒会権限であなたたちの交際をやめさせるわ」

 

「なっ!?そんなことはさせないぞ!」

 

 

雅美が声を荒げる。

 

 

「ルールはルールよ。破れば罰則がつくのは当たり前じゃない」

 

「そんな……私先輩と離れ離れになるなんて嫌だよぉ……」

 

「それじゃ、注意はしたわ。今後は気をつけて」

 

「あ、ちょ、おい!待て!」

 

 

ひさ子の制止にも応じず、天使は帰ってしまった。

 

 

「くそっ!」

 

「こりゃあやべぇな……なんか良い案はないか……」

 

「ひとまずゆりっぺ先輩と椎名先輩にも報告しましょう!」

 

「そうだね……とりあえずみんな校長室に行こっか」

 

 

俺の一言に全員が頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

という訳で移動してきました校長室。

 

あ、ユイはこの件と関係ないから今日は自主練習ってことになったよ。

 

 

「さて……詳しく聞かせてもらいましょうか」

 

「詳しくも何も、さっき話した通りだよ。天使が現れてこれ以上みんなが男子寮に出入りするなら生徒会権限で交際を辞めさせるって言われた」

 

「あさはかなり……」

 

「そうね……本当にあさはかね……」

 

 

多分椎名は本当にあさはかだと思って「あさはかなり」とは言ってないと思う。

 

というツッコミは心の中にとどめておこう。

 

 

「ん〜、でも別に良いんじゃないですか?天使がなんと言おうと付き合い続けちゃえば」

 

「そ、そうですよ!天使になんと言われようと関係ないです!」

 

 

確かにしおりの言うことも一理ある。

 

天使になんと言われようと無視を決め込めば良いのではないか。

 

 

「そうもいかないのよ……」

 

「どういうことだ?ゆりっぺ」

 

「生徒会権限でということは私たちを更生させようとしているってことでしょ?今はまだ武力を行使してないけど、最悪の場合それもありえるわ」

 

「つまりそれって……」

 

 

恐怖からか、涙目になるみゆき。

 

 

「そ、常日頃から私たちは天使に狙われるかもしれないってこと」

 

「そ、そんなの嫌です〜!せんぱ〜い!なんとかしてください〜!」

 

「い、いや俺もなんとかはしたいけどさ……流石にこの人数全員を守るとなると物理的にも不可能というか……」

 

「あら、太一くんにも物理的に不可能とかあったの」

 

「あるよ!人間だものあるよ!」

 

 

全く……失礼な彼女だ。

 

まあそこが可愛いところでもあるんですけどね。

 

 

「しっかし、そうなるとますます厄介だなー」

 

「そうですよね……まさか全員でずっと固まって移動するわけにもいかないし……」

 

「なに辛気臭い顔してんのよ。対策案ならもうあるわ」

 

「えぇ!?本当ですかゆりっぺ先輩!?」

 

「どんなのだ!?何をすれば太一と一緒にいれるんだ!?」

 

 

みんながゆりに言い寄る。

 

対してゆりは得意げな表情だ。

 

 

「要は私たちが男子寮に出入りしているってことが問題でしょ?それならいっそうのこと寮から出ちゃえば良いのよ」

 

「おお!さすがゆりっぺ先輩!まるで揚げ足をとるかのような回答!」

 

「へっへーん…………いまの褒めてる?」

 

「多分しおり的には褒めてるんだと思うよ」

 

「……まあ悪気がないなら良しとしましょうか」

 

「いやいや、若干の悪意も含めましたよ!」

 

 

バチコン!

 

ゆりがしおりの頭を殴った。

 

 

「いったぁ〜……!」

 

「今のは流石にしおりんが悪いよ……」

 

「あさはかなり」

 

 

痛がるしおりをその場にいた全員がやれやれという感じで眺めていた。

 

っていうかしおりがそういう態度取るのってひさ子にだけじゃないんだ。

 

 

「ふん、まあいいわ。今は何よりも住む場所を探しましょ」

 

「そうだな。とりあえず出せる案を片っ端から出していこうぜ」

 

「ここじゃダメなのか?」

 

 

雅美が問う。

 

 

「ここ?」

 

「校長室」

 

「流石に定例会とかあるし……というか全員が集まるところをそういう場所にしたくないわ」

 

「そっか……まあそうだよな」

 

 

当たり前ではあるが校長室は却下。

 

 

「そんじゃあさ、ギルドとかは?」

 

「ギルドねぇ……。あ、そうだ、チャーに返事するの忘れてたわ」

 

「ああ、俺がギルドの助っ人になるってやつ?」

 

「そ。まあその返答も兼ねて一回行ってみましょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、いうわけでやってきましたギルド。

 

なんだかんだで久々だったりする。

 

 

「おう、どうしたお前ら、今日は揃いも揃って。まさか……一致団結して篠宮をギルドに入れさせない気か?」

 

「違うわよ。太一くんがギルドに入ることは特に問題ないわ」

 

「おお!篠宮がギルドに入ってもいいのか!」

 

「ちょこっとだけよ。彼一応本職は陽動なんだから」

 

「はぁ?こいつが陽動なのか?ゆりっぺ、流石にそれは宝の持ち腐れってやつじゃねえか?」

 

「何言ってんだ、太一の歌唱力を生かさないなんてそれこそ宝の持ち腐れだ」

 

 

雅美からの援護射撃。

 

いや別に俺は宝ってほどのもんじゃないんだけどな……。

 

 

「おい、今は別に太一をどこに配属するかの話じゃないだろ?」

 

「ああそうだったわね。ありがとうひさ子さん。実は……」

 

 

かくかくしかじかでと説明をするゆり。

 

 

「ほぉ、そんでギルドの一角を住処にさせて貰えないかと相談に来たわけか」

 

「ま、そんなところね。ダメかしら?」

 

「篠宮の通勤時間が短くなるって考えたら悪い提案ではないが……」

 

「なにか問題でも?」

 

「言っちゃあれだが、お前たちがイチャイチャしているのを間近で見せつけられると砂糖を吐きそうになる」

 

「なっ!?そんな人前でイチャイチャなんかしないわよ!」

 

「んじゃなんでお前らどこかしら篠宮の身体に抱きついてんだよ」

 

「べ、別にそれくらい普通でしょ!?」

 

「ほれ。それが普通ってことは本気出したら何をしでかすかわからん」

 

「何もしないわよ!」

 

「じゃあ夜の営みは一切ないんだな?」

 

 

チャーがにやにやしながらゆりを攻撃する。

 

ぶっちゃけ俺もできなくなるのはキツイ。

 

 

「そ、それは……」

 

「な?というわけでギルドに住むのは勘弁してくれ。どうしても解決できないって言うなら相談にも乗るがな」

 

 

と言うわけでギルドに住むと言うのは不可能となってしまった。

 

 

「まあそりゃそうだよね。普通に考えて職場をそう言うところにして欲しくないもんね」

 

 

我が発想ながら大変失礼な事をしてしまった。

 

 

「さて……ギルドは断られたし、どこ行く?」

 

 

ひさ子が全員に問いかける。

 

とりあえずと言う感じでギルドに来ていたので、その後のことはノープランだ。

 

……というかそれよりもですね。

 

 

「一旦みんな俺から離れない?そこそこ歩きづらいよ、これ」

 

 

そう、チャーに言われてもなお6人は俺から離れてくれないのだ。

 

俺だってできれば離れたくはないが、歩きづらいものは仕方ない。

 

 

「え〜……離れたくないです……」

 

「しおり、わがまま言わず頼むよ……」

 

「じゃあチューしてくれたら離れます!」

 

 

そんなものはおやすい御用と言わんばかりに頬にキスをする。

 

普段から結構やってるから恥じらいとかは薄くなって行くよね。

 

 

「もう……先輩は乙女心をわかってないですね!少しは戸惑ってくださいよ!」

 

「そうだぞ太一。もうちょっと恥じらえ」

 

「……なんでひさ子も加勢してるの……?」

 

「だいたい太一は女に慣れすぎなんだよ。もうちょっと異性に対して恥じらいというものをだな……」

 

「いやいや、こんだけ毎日囲まれてればそんなの段々薄くなっていくって」

 

 

ただでさえ生前から雅美と結構綿密な関係にあったし。

 

 

「……これは私たちも考えながら接さないといずれ飽きられるかもしれないわね……」

 

「えー!?太一私たちに飽きるのか!?」

 

「あさはかなり……」

 

「いやいやいやいやいやいや!飽きない!ずっと愛してるから!」

 

「本当ですか!?」

 

「ああ!みゆきのこともずっと愛し続けるよ!」

 

「私は!?」

 

「雅美も愛し続けるよ!」

 

「わたし……」

 

「だぁー!もううるせえうるせえ!お前らさっさと他のところ行け!唾液がガムシロップになっちまうわ!」

 

「あ、ご、ごめん!みんな、いこ!」

 

 

チャーにそこそこキレられてしまった。

 

そそくさと逃げるようにして俺たちはギルドを出た。

 

今度菓子折りかなんか持って謝りに行くか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「困ったわねぇ……どこ行こうかしら」

 

「パッとなんて思いつかねえよなぁそんなところ」

 

「ならば私の修行場はどうだ」

 

「椎名の修行場?」

 

「あそこなら雨風をしのぐ場所はたくさんある」

 

 

雨風をしのげればいいっていう発想がなんかもう椎名っぽい。

 

 

「現に私はあそこで何百年と過ごした」

 

「「「「「…………」」」」」

 

 

いやいやそんなドヤ顔で言うことじゃないっすよ。

 

多分みんなの感情はドン引きに近いものだろうと思われる。

 

 

「……ま、まあ、行ってみる?他にあても無さそうだし」

 

「そうね。とりあえず行ってみるだけ行ってみましょうか。椎名さん、案内よろしくね」

 

「まかせろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、言うワケで椎名の元住処現修行場。

 

俺も入り口までなら来たことがあるが、中に入るのは初めてだったりする。

 

 

「ひゃ〜!夏場なのに結構中寒いんですね!」

 

「風邪引いちゃいそうです〜……」

 

「懐かしいわー。確かここで椎名さんと出会ったのよね」

 

「ああ、そういえばあの時は済まなかったな。いきなり襲ったりして」

 

「あはは。まだ気にしてたの?済んだ話だし大丈夫よ」

 

 

なんだろうその話。

 

そこそこ気になる。

 

 

「ねえ、その話詳しく聞きたい」

 

「今度話すわよ、戦線の結成秘話」

 

「ま、いまはそれより住む場所だな」

 

 

ひさ子が話を戻す

 

 

「ここじゃダメか?」

 

「う〜ん……はっきりは言いにくいんだけど……ダメね」

 

 

結構はっきり言ったね。

 

 

「さっき関根さんと入江さんが言った通り空調が問題ね……流石に風邪引いちゃうわ」

 

「そうか……」

 

 

シュンとしちゃったよ。

 

 

「でも私はここで何百年過ごしたが、風邪なんて一度も引かなかったぞ?」

 

「それは椎名さんが異常なだけ。普通の人は1日も保たないわ。保つとしたらあとは太一君くらいよ」

 

「あー、保ちそう保ちそう!」

 

 

そこまで笑いながら同意するところじゃないですよ雅美さん。

 

 

「じゃあここは私と篠宮専用の空間ってことでいいのか!?」

 

「別にいいけど、俺的には普通の空調のところがいいなぁ」

 

 

別に風邪は引かないけど寒さは感じるし。

 

 

「そ、そうか…………」

 

「あ〜、先輩女の子を落ち込ませましたね〜?」

 

 

しおりがニヤニヤしながらからかってくる。

 

 

「いーけないんだいけないいんだー!せーんせに言っちゃーお!」

 

「子供か!」

 

 

即座にツッコミを入れてくれるひさ子。

 

こう言う時本当に頼りになる。

 

……っていうか誰だよ先生って。

 

 

「ま、ここが2人の専用の空間になるかどうかは置いておいて、先に7人の専用の空間を探しましょ」

 

「まあ、そっちが先だよね」

 

「それならばいいところがあります」

 

「「「「「うわあああぁぁぁぁ!?」」」」」

 

 

椎名を除く5人が叫びをあげた。

 

 

「どうしたんですか。そんなに驚いて」

 

「ゆ、遊佐……急に現れたらそりゃ誰だって驚くよ……」

 

「急になんて現れてませんが」

 

 

嘘つけ。俺でも全く気づかなかったぞ。

 

 

「せんぱ〜い……怖かったです……」

 

「あー、よしよし。怖かったね」

 

 

俺もビビったけどな。

 

 

「そうか……怖がれば入江みたいに頭撫でてもらえるのか……」

 

「いやもう雅美の性格わかってるから」

 

 

怖がられても「演技だな」ってなるから。

 

 

「じゃあ撫でてくれ!」

 

「いやなんでだよ」

 

「いい加減にしてください。いちゃつかないでください」

 

「それは無理な注文だな。常にいちゃついてないと死んでしまう」

 

「…………死ね、リア充どもめ」

 

 

こっわ!こっわ!

 

多分他の6人には聞こえてないけど!

 

俺バッチリ聞こえた!

 

マジで背筋凍った!

 

 

「冗談です」

 

 

また俺だけに聞こえるように言ってきた……。

 

冗談ならいいんだけどさ……。

 

 

「さて、話を戻しましょ。今日は脱線しすぎだわ」

 

「軌道修正ありがとうございますゆりっぺさん」

 

「遊佐のいう『いいところ』ってどこなんだ?」

 

「まあ、付いてきてください。来ればわかりますから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遊佐に案内されて俺たちが来たのは学校の裏にある森の中。

 

裏といっても結構学校からは離れている。

 

そんでもってそこそこ険しい道のりではあった。

 

俺にとっちゃ問題ないんだけど、彼女たちがね。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「き、きつい……」

 

「疲れた〜!!」

 

 

ね?

 

獣道というよりは道無き道という表現の方がピッタリだもの。

 

そんでもってこれ普通に登山だもの。

 

登山家に見せたら「アホか」って一蹴されるような格好で来ましたよここまで。

 

 

「ていうか遊佐さんはなんでそんなに涼しい顔できんのよ」

 

「普段から鍛えてますから」

 

「第一線の私より鍛えてるオペレーターってなんなのよ……」

 

 

息を切らしながらツッコミを入れるゆり。

 

確かにオペレーターがそこまで鍛える必要はあるのか?

 

 

「あります。誰よりも迅速にメンバーの動向を把握しなければならないのですから」

 

「あの……勝手に心の中読まないでもらえます?」

 

「顔に同意と疑問の表情が浮かんでいたので推測しました。心は読めません」

 

「まあ太一顔に出やすいもんな」

 

「え?ほんと?」

 

 

あんまり自覚ないんだけどな……。

 

 

「はーい、うるせえリア充ども」

 

 

嗚呼、遊佐の機嫌があからさまに悪くなってる。

 

 

「とりあえず、私が紹介するのはこの物件です」

 

「へぇ、森の中にこんな小屋があったのね」

 

「この間屋上から眺めていたら見つけたものです」

 

「へぇ……この世界の先住民が作ったものかしら」

 

「なんだか怖いです……」

 

「大丈夫です。以前中を確認しましたが、特に異常はありませんでした」

 

「そう、じゃあ中に入ってみましょうか」

 

 

ゆりの合図により、全員で小屋の中に入っていく。

 

 

「へー、結構綺麗じゃん」

 

「発見当初から埃等はありませんでした」

 

「ということは人が住んでいる形跡がある……?」

 

「それか幽霊の仕業だったりして!」

 

「し、しおりん……そう言うこと言うのやめようよ」

 

「そうそう。幽霊とか軽々しく口に出しちゃダメ」

 

 

重々しくでもダメだけど。

 

 

「せんぱ〜い……」

 

「あーよしよし」

 

「そうか、ああすれば私も抱きしめられながら撫でてもらえるのか」

 

「いやだから雅美の場合は演技だってバレバレだから」

 

「じゃあやってみるか?」

 

「へ?」

 

「せんぱ〜い……」

 

「………………」

 

 

上目遣いで少し目を潤わせる雅美。

 

いつもはサバサバとして、どちらかといったら男っぽい幼馴染が、突如として甘えん坊な後輩へと変身した。

 

これはアレだ、なんていうか……。

 

 

「…………」

 

 

ついぎゅーっと抱きしめて頭を撫でてしまった。

 

だめだ、頭で考えるより先に体が動いてしまった。

 

 

「えへへぇ〜……」

 

「おい見てみろ、あの岩沢があんなだらしない顔をしているぞ」

 

「はい、バッチリ見ましたとも」

 

「私もあんな顔になってる時とかあるのかしら……」

 

「ありますよ」

 

「えっ!?」

 

「というか、みなさん大体あんな顔になられてます」

 

「「「「「「………………」」」」」」

 

 

全員が息を飲んだ。

 

もしかして遊佐、俺らの情報を握っている……?

 

 

「まずゆりっぺさん、校長室の机の引き出しの中に篠宮さんの写真を入れて、時折眺めてニヤニヤするのは端から見ていて少し不気味です」

 

「なっ……!」

 

 

おお、ゆりの顔がみるみるうちに赤くなっていく。

 

っていうかいつのどんな写真持ってるんだろ。

 

入手ルートはどこだろ。

 

 

「べ、別にいいじゃない!業務中はわがまま言えないんだから写真くらいいいでしょ!?それに!恋人の顔を見て笑顔になる彼女なんて普通よ!」

 

「なあゆり、その写真私にも焼き回ししてくれなか?」

 

「いやそのお願い絶対今じゃ無いだろ岩沢……」

 

 

う〜む、相変わらず幼馴染様はマイペースである。

 

 

「次にひさ子さん」

 

「な、なんだよ……」

 

「枕を篠宮さんに見立てて抱きしめながら寝る姿、非常に可愛いです」

 

「可愛いですってなんだよ!罵るなら罵れよ!恥ずかしいだろ!」

 

「いやぁ、確かに可愛いね」

 

「太一も同調しない!」

 

「だって可愛いし」

 

 

寝るときは髪を解くから余計に可愛い。

 

 

「〜〜〜〜〜っ!!!!」

 

 

ぽかぽかと顔を真っ赤にしながら俺の腕を叩いてくるひさ子。

 

やっぱり可愛い。

 

 

「っていうか私たちにプライベートはねえのかよ……」

 

「これはこの物件も没ね。7人で住むには狭すぎるし、何よりプライベートが確保できないわ」

 

「そうですか」

 

「っていうか太一と岩沢と椎名と関根と入江の情報はねえのかよ?私とゆりだけ暴露されるとか不公平だぜ」

 

「篠宮さん以外の情報でしたらお話できます」

 

「はぁ?なんで太一のだけ教えてくれないんだよ?その……一番知りたいのに……」

 

 

あ、可愛い。

 

 

「うどんの食券30枚でどうだ?」

 

 

わお、この幼馴染買収に走ったよ。

 

 

「いりません」

 

「ガビーん!?」

 

「オノマトペを自分で言うなよ……」

 

「とにかく、ここは没よ。太一くんの情報はまた後で聞き出すとして、早急に住む場所を探すわよ」

 

 

あ、また後で聞き出すんですね。

 

 

「でも今日はもう無理っぽく無いですか?日も傾き始めたし、ここから下山したら多分もう夜ですよ」

 

「確かに関根さんの言う通りね……ひとまず今日のところは諦めましょ。また明日以降ね」

 

「えー!?それじゃあ下山したら今日はもうお別れなのか!?」

 

「仕方ないでしょ。今日太一くんの部屋に行ったのがバレたらもうそれこそずっとお別れになるわよ」

 

「うっ……それは嫌だな……」

 

「でしょ?なら今夜くらいは我慢よ」

 

 

流石の雅美も黙る。

 

俺だってバレて今後一緒にいられなくなったら嫌だもん。

 

 

「あの〜……それなら」

 

「ん?どうかした?入江さん」

 

「それなら今夜だけ空き教室で寝るって言うのは……その、なんか修学旅行っぽくないですか?」

 

「修学旅行……」

 

「いいじゃんみゆきち!修学旅行!」

 

「修学旅行か……そういや行ったことねえな」

 

「あれ?ひさ子高校はともかく中学の時に行かなかったの?」

 

「純粋に風邪引いちまってさ。行けなかったんだよ」

 

「ああ、それは残念だったね」

 

 

運がなかったとしか。

 

 

「そう言う太一は?」

 

「俺は行っても周りの空気悪くなるだけだし、行かなかったよ」

 

「私も太一が行かないなら行かないって言って行かなかった」

 

 

なんだそのゲシュタルト崩壊しそうな文面。

 

結論として行かなかったです。

 

 

「ちなみにゆりは?」

 

「私も行けなかったわ。椎名さんは……」

 

「あさはかなり」

 

「言わずもがなね。遊佐さんは?」

 

「私も行けませんでした」

 

「えー!?と言うことは先輩方全員修学旅行行ったことないんですか!?」

 

「まあ、そうなるね」

 

「それじゃあみんなでやりましょうよ!修学旅行!」

 

「正確には『修学旅行の夜っぽいこと』だけど……」

 

「良いんだよ!修学旅行のメインって地味に夜の部屋だったりするじゃん?」

 

 

へえ、そういうもんなんだ。

 

てっきり2日目か3日目辺りにある自由行動かと思ってた。

 

 

「そこまで言うなら……ちょっとやってみたいね」

 

「お!さっすが太一先輩!ノリがいいですね!」

 

「まあ楽しそうだし、やってみるかな」

 

「ひさ子先輩もさすがです!」

 

「それじゃあ私も参加で」

 

「私も参加するわ。楽しそうだし」

 

「あさはかなり」

 

「やったー!遊佐先輩はどうしますか?」

 

「私は恋人同士の空間に割り入る度胸はないので遠慮しておきます」

 

 

そんなに度胸はいらないとは思うが……。

 

まあ、そんなこんなで今夜はいつもの空き教室で7人で一緒に寝ることになった。

 

下山をして寮の前に戻ってきた時にはすでに午後7時になっていた。

 

登山という一般人にはそこそこハードであろう運動をしたということで俺、椎名、遊佐以外の4人は結構な汗をかいていた。

 

このままではニオイが気になるということで一旦解散し、着替えやお風呂を済ませて8時ころを目処に食堂前に集合しようという話になった。

 

 

「ただいまー」

 

「にゃー」

 

「おお〜よしよし」

 

 

部屋に帰るとサクラが出迎えてくれた。

 

いつものごとく抱き上げると喉をゴロゴロ鳴らしてきた。

 

 

「んにゃ!んにゃ!」

 

「あ。はいはい、ご飯ね」

 

「にゃ〜♪」

 

 

案外現金なやつだったりする。

 

パパッとできるご飯といえば……まあネギトロ丼か。

 

とは言ってもネギは使わないけど。

 

冷凍庫からご飯を取り出し、レンジで温める。

 

その間に刺身用のマグロをミンチ状にしてほんの少量の醤油を垂らす。

 

本当に少量だから。もう0.3gとかそのレベルだから。

 

そうこうしているうちに冷凍ご飯の解凍が終わった。

 

しかし、このままでは熱いので、ある程度うちわで冷ます。

 

そして少量のお米の上にネギトロ改めマグロの叩きを乗せる。

 

この時お米を盛りすぎないように注意。

 

あんまりあげすぎると太っちゃうからね。

 

これにてサクラの夕食完成。

 

 

「はーい、できたよー」

 

 

そう声を出すと、自分の住処からサクラがトタトタと走ってきた。

 

 

「にゃっ」

 

「はいはい、召し上がれ」

 

 

コトッと床に皿を置くとガツガツと食べ始めた。

 

……あんまり急いで食べて吐かないでよ?

 

まあ吐くほどの量は作ってないけどさ。

 

 

「おいしい?」

 

「まーう」

 

「そ、良かった」

 

 

にしても可愛いなぁ。

 

ずっと見ていられるよ。

 

 

「食べ終わったら一緒にお風呂入ろっか」

 

「んにゃ!」

 

 

サクラは猫としては珍しく、お風呂が好きらしい。

 

ほぼ毎日、俺が風呂に入ろうとすると一緒に入ってくる。

 

それは俺以外の誰かと入るときも同じだ。

 

……ただし、椎名を除いて。

 

そういえば今後他の6人と一緒に住むとなったら、サクラと椎名も一緒に住むことになるんだよな……。

 

サクラだけこの部屋に残すっていうのはあまりに可哀想だ。

 

 

「ねえサクラ」

 

「にゃ?」

 

「椎名とは仲直りしないの?」

 

「……」

 

 

バツが悪そうに目を逸らした。

 

まあようだよね。

 

だけど俺としては2人とも仲良くしてくれた方が気を遣わなくていい。

 

無理なら無理でまた色々考えるけど、とりあえずサクラからも話を聞かないことには始まらない。

 

 

「にゃ〜……」

 

「あ、そうなの?」

 

「んにゃ……」

 

「んー……そんなことないと思うけどなぁ……」

 

 

なんだ、そこに関しては杞憂だったか。

 

 

「にゃ〜」

 

「多分それは触れ合いたいだけだって」

 

「…なにしてんだ?」

 

「お邪魔するぞ」

 

「うわっ!?日向!?野田!?入るならチャイム鳴らしてよ!」

 

「いや、鳴らしたぞ。でも反応ないから勝手に入った」

 

 

住人の反応がないから入るってどうなのさ。

 

手口としては空き巣だよ……。

 

 

「ちなみにいつ入ってきたの?」

 

「一緒にお風呂入ろうって言ってたあたりだ」

 

 

あー……、ご飯を食べるサクラを見るのに夢中になっていたあたりか。

 

そりゃ気づかないわ。

 

 

「ところで、何用?」

 

「いやさっきゆりっぺから聞いたんだけどよ、近々引っ越すらしいじゃん?お別れの挨拶にと思ってさ」

 

「俺は廊下で日向と会ってその話を聞いてな。せっかくだからと思って来たわけだ」

 

「耳が早いねぇ。ま、住処が見つかったら引っ越すっていう感じだからまだ先になると思うよ?」

 

「タイミングとかどうでもいいんだよ。その……善は急げ!ってな」

 

「そっか、ありがとね」

 

 

別に戦線から抜けるわけでもないし、毎朝定例会で顔は合わせると思うが、まあそこに突っ込むのは野暮だろう。

 

せっかくこうして来てくれたんだから、厚意は素直に受け取っておくとするか。

 

 

「んでよ、さっきなんで独り言をぶつくさ言ってたんだ?」

 

「独り言?」

 

「なんか『あ、そうなの?』とか『そんなことない』とか言ってたじゃんか」

 

「かなり不気味だったぞ」

 

「ああ、サクラと話してたんだよ。椎名と仲直りできないかって」

 

「あー、そう言うことか!なら納得……ん?」

 

「ん?」

 

「……お前、サクラちゃんの言ってることがわかるのか?」

 

「わかるよ。って言うかみんなもなに言ってるかわかるでしょ?」

 

「わかんねーよ!なんでわかるんだよ!Why!?」

 

「にゃっ…………」

 

「日向、そのWhyってやつやめて。サクラが片頭痛起こしてる」

 

「ああ悪い……って!今の議題はそこじゃねーんだよ!お前がサクラちゃんの言ってることがわかるってところだよ!っていうかそもそも猫って片頭痛になるのか!?」

 

「同じ哺乳類だしなるんじゃない?知らないけど」

 

「そっか、なるほどな……って!ちっがーう!」

 

「日向、落ち着け」

 

 

野田が日向をなだめると言う珍しい構図だ。

 

 

「まあアレだよ、俺生前は雅美以外友達いなかったじゃん?人間には怯えられてたけどさ、動物には好かれてたんだよ。それでさ、野良猫とかと仲良くしてたらいつの間にか言ってることがわかるようになったんだよね」

 

「いやどんだけ密な触れ合いをしたらわかるようになるんだよ……まあいいか。それよりサクラちゃんと椎名っちになんかあったのか?」

 

「いや以前にかくかくしかじかでさ」

 

 

日向と野田に前あった出来事の経緯を説明する。

 

 

「そうか……知らなかったって言うのも仕方ないが、サクラちゃんも大変だったなぁ」

 

「いやさ、案外サクラの方はそこらへん許してるんだよね。知らなかったのは仕方なかったし、お腹が空いてどうしようもなかった時に毎日ご飯をくれたのは感謝してるって。あと、その場ですぐに謝ってくれたからその件に関してはもう水に流したつもりなんだってさ」

 

「ほーん、そんじゃ、なんでまだ仲直りできてないんだ?」

 

「日中暇な時間に椎名のところに行くと獲物を狩る目で近寄ってくるんだって。それが怖くて近寄れないみたい」

 

「なんじゃそりゃ!」

 

「容易に想像できるな……」

 

 

日向は笑い、野田は青ざめた。

 

 

「グルルル……んにゃ!」

 

「いまサクラちゃんなんて言ったんだ?」

 

「笑うな!こっちは死活問題だ!だってさ」

 

 

っていうかサクラあんな感じの野太い声出せるんだね。

 

それを聞いてさらに日向は笑った。

 

 

「まあまあ、そこらへんは俺がうまく間とりもつよ。多分、椎名はかわいいものに目がないから本当に触れ合いたいだけなんだと思う」

 

「にゃ〜……」

 

「俺に任せなさいって」

 

「にゃ」

 

「よしよし。それより早くご飯食べな?俺そろそろお風呂入るよ?」

 

「にゃー!」

 

 

忘れてたー!と言ってガツガツ残りのご飯を食べ始めた。

 

 

「結構がっつくタイプなんだな、サクラちゃん」

 

「いんや、今日はたまたまだよ。いつもは結構味わいながら食べてるよ」

 

 

日向と野田とそんな雑談を交わしていると、あっという間にサクラはご飯を食べ終わった。

 

 

「にゃ〜」

 

「はい、お粗末様。お皿洗ってお風呂の準備してくるからちょっと待ってて」

 

「んにゃ!」

 

 

いい返事だ。

 

サクラの返事を聞くと、俺は皿を洗いに台所へと戻った。

 

洗うものといえばお皿とまな板と包丁くらいなもので、直ぐに台所を後にし、お風呂にお湯を張った。

 

あとは待つだけということで、再びリビングへと戻ってきた。

 

 

「んにゃ〜」

 

「お〜かわいいなぁ!」

 

 

日向と野田がサクラと触れ合っている。

 

 

「相変わらず人懐っこいな、サクラちゃん」

 

「お、俺にまで懐いてくれるぞ」

 

「まあねー。人にも慣れてるし、お風呂も嫌がらないし、言うこともちゃんと聞いてくれるし、本当にいい子だよ」

 

「ナ〜」

 

「ちょ、そこはいいでしょ!いやありがたいけど!」

 

「なんて言ったんだ?」

 

「えっと……その……」

 

「んにゃ!」

 

「急かさないの!その……よ、夜も彼女と一緒の時は集中できるように静かにしてるでしょって……」

 

「はは〜ん」

 

 

ニヤニヤしながら見てくる日向。

 

 

「べ、別に付き合ってるんだからいいでしょ!」

 

「……お前、そこまで進展してたのか?」

 

「え、いやまぁ付き合い始めて結構経つし……」

 

 

とは言っても付き合いたての時もみんな雅美に続けって感じでやってたけどさ。

 

 

「そうか……あ、いや、ゆりっぺが幸せならそれでいいんだ」

 

 

……なんか気まずいよこの話題。

 

 

「野田もさっさと諦めつけろよなー。もうゆりっぺは篠宮のもんだぜ?心も体も」

 

 

体って……。

 

まあ間違っちゃいないんだけどさ。

 

 

「アホか!諦めなどはとっくについている!」

 

「へー、そうなのか」

 

「話題を振ったのならせめて興味あるように相槌を打たんか!」

 

 

右から左へと受け流す日向。

 

 

「まあ、なんだその……今後ともゆりっぺを頼むぞ」

 

「言われなくとも幸せにするよ」

 

 

いやいや保護者か!と日向からツッコミが飛んで来た。

 

確かに会話の内容はそんな感じだったね。

 

 

「ところで日向。お前最近あのユイってやつといい感じだともっぱらの噂だが、実際どうなんだ?」

 

「はぁ!?なんであいつと!」

 

 

おっと、動揺してる?

 

 

「あ、そういえば今日だって一緒だったんでしょ?」

 

「一緒は一緒だが、ただあいつがギターの練習するっつうからオーディエンスになってやっただけだ!」

 

 

……結構いい感じじゃ……?

 

 

「ナ〜」

 

「だよね?」

 

「だよね?じゃねーよ!大方「あれ?いい感じじゃね?」とかって言ってんだろ!」

 

「お、正解」

 

「俺とユイは本当にそんな関係じゃないですから!」

 

「本当に〜?」

 

「ま、素直になれよ」

 

 

野田がポンと日向の肩に手を置く。

 

 

「くそッ……篠宮はまだしも、野田にやられると腹がたつな……。まあいい」

 

「なぜ俺はダメなんだ!?」

 

 

頭をボリボリ掻く日向。

 

 

「それよりお前、早く風呂入んなくていいのか?今夜奴らと待ち合わせしてるんだろ?」

 

「あ!そうだった……ってなんで日向が知ってるの?」

 

「ゆりっぺが嬉しそうに喋ってたぜ。みんなでお泊まり会だーって」

 

「にゃ〜」

 

「意外とね」

 

「……そんな感じで会話が成り立つお前らが羨ましいぜ……」

 

 

ちなみに今のは「いつも怖そうだけど、結構乙女なところあるんだね」と言っていた。

 

 

「そんじゃ、俺はここらでお暇するぜ。また住むところ決まったらみんなで引っ越し祝いしてやっからよ」

 

「楽しみにしとけよ」

 

「うんありがと」

 

 

そう言って日向と野田は部屋を後にした。

 

時計を見てみると結構いい時間。

 

今からお風呂に入って着替えたら丁度いいくらいだ。

 

 

「そんじゃ、入るか」

 

「にゃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂前。

 

 

「お、来た来た」

 

「お待たせーってみんな早いね?」

 

 

食堂前には既に6人が揃っていた。

 

 

「早いねって、もう10分前だぞ」

 

「いや早いでしょ」

 

「いいこと太一くん、彼女との待ち合わせには最低1時間前行動よ」

 

 

……不可能じゃね?

 

 

「冗談よ、私たちが早く来すぎただけ」

 

 

ですよね。

 

 

「でも太一なら頑張ればできるだろ?」

 

「できないよ」

 

 

ひさ子は俺のことなんだと思ってるんだ。

 

 

「って言いつつ実は〜?」

 

「できません」

 

「ちぇ〜」

 

 

訂正、しおりもだ。

 

 

「いくら太一でも不可能くらいあるぞ」

 

「例えば?」

 

「えっと……鼻から鳩を出すとか?」

 

「そのレベルかよ」

 

 

雅美のフォローがフォローになってない。

 

 

「まぁまぁ、そういう話は夜布団の中でじっくりするとして、早くご飯食べちゃいませんか?私お腹空いちゃいました」

 

「あさはかなり」

 

「確かにそうね。さっさとご飯済ませちゃいましょうか」

 

というわけで7人揃って食堂へ。

 

ちなみにサクラは部屋でちょっと待ってもらっている。

 

いくらお風呂好きとはいえども、猫を食堂に連れ込むのは衛生的にマズイからね。

 

抜け毛とかさ。

 

食堂に入ると、各々好きなメニューを頼んだ。

 

そして各々席に着いた。

 

 

「いただきます」

 

「「「「「いただきまーす」」」」」

 

 

ここに関してはいつもと変わらない風景だ。

 

他愛もない世間話をしつつ食事を摂る。

 

しかし、今日は少し違っていた。

 

 

「そういえばまだホラー映画の鑑賞会やってませんでしたよね?」

 

 

俺とみゆきの手が止まった。

 

 

「ナ、ナンノコトカナー」

 

「おい太一誤魔化すな」

 

「そういや、まだだったっけな」

 

 

なーしてこの後輩はこげなタイミングで思い出すっかね。

 

 

「あ、今日みんなで寝るついでに鑑賞会やっちゃいましょうか?」

 

「いいですねそれ!賛成です!」

 

「私も賛成だ!」

 

「岩沢と関根に同じく賛成」

 

「あさはかなり」

 

「やったー!賛成多数により可決よ!全体の2/3が賛成してるから、一度否決されても強行採決できるわ!」

 

 

いや否決する衆議院役は誰だよ。

 

っていうか椎名の返事は肯定かどうかわかんないよ。

 

 

「せんぱ〜い……」

 

「……俺も同じ気持ちだよ……」

 

 

みゆきが潤んだ目で俺を見てくる。

 

俺だってこの状況はなんとか打破したい。

 

 

「ねえ、それって今日じゃなくても……」

 

「ダメよ。思い立ったが吉日って言うでしょ?」

 

「俺にとっては凶日なんですが……」

 

「わ、私もです……」

 

「約束は約束でしょう?それに、入江さんもあの時は賛成してたじゃない」

 

「うぅ……」

 

 

がんばれみゆき!今の所味方はみゆきだけなんだ!

 

 

「確かに賛成って言いましたけど……」

 

「みゆきち!ここで見たいって言えば先輩の怖がっている貴重な姿が見れるんだよ!?もう二度とないかもしれないチャンスじゃん!」

 

「確かに……」

 

「いやいやいやいや!そこ折れちゃダメでしょ!折れたらしばらく鏡を直視できない生活になるんだよ!?」

 

「鏡を直視できないって……プッ」

 

「しおり!笑わないでよ!」

 

 

精神的に来る生活なんてまっぴらごめんだよ……。

 

 

「それじゃあ今夜は上映会ね」

 

「話聞いてた!?」

 

「聞いてないわよ。太一くんの怖がる顔が見たいだけ♪」

 

 

あれ、いつものSっ気が……。

 

 

「みゆき〜……助けて……」

 

「お、レアな太一」

 

「確かにレアだな」

 

「レアですね〜」

 

「あさはかなり」

 

 

ここまでレアならもう許してくれるんじゃね?

 

という淡い期待を胸にこの路線で猛プッシュを畳み掛けよ……

 

 

「でも上映会中や後ならもっとレアな先輩が見れるんですよね!」

 

「ああ、確実に見れるぞ」

 

「それなら……見たいかも……です」

 

 

終わった。

 

淡いが完全な無色になった。

 

 

「やったー!みゆきちがこっちサイドに寝返ったー!」

 

「さぁ太一くん、これであなたの味方はいなくなったわよ?」

 

 

Sっ気たっぷりの笑顔を向けてくるゆり。

 

もう諦めるしかないのか……。

 

 

「…………わかった。約束は約束だしね」

 

 

両手を上げて降参を表す。

 

それと同時に6人から「おおっ!」という歓声が上がる。

 

 

「但し!あんまり怖くないのにしてよ……?」

 

「お、またレア」

 

 

こうして悪夢へのカウントダウンを進めるとともに夕食も進んでいった。

 

明らかにテンションが下がり顔色が悪くなった俺をからかう彼女たちはいつもより輝いているように見えた。

 

って言うかみんな意外とSっ気あるのね。

 

そんなこんなで本日の夕食は終了。

 

またもや一旦解散して椎名を除く5人は図書館へ、俺と椎名はサクラを迎えに行くことに。

 

 

「ほ、本当にサクラと会って大丈夫なのか?」

 

「大丈夫大丈夫、あの件に関してはもう許してるって言ってたから」

 

 

そう、椎名とサクラを仲直りさせる為だ。

 

 

「って言うか時々椎名のところにも顔だしてるんでしょ?」

 

「ああ……でも追いかけるとすぐに逃げられてしまってな」

 

「サクラが言ってたよ。『獲物を狩る目で追いかけてくるから怖い』って」

 

「わ、私はそんなつもりは……」

 

「大丈夫、そんなつもりじゃなくてただ触れ合いたいだけだってわかってるから」

 

 

椎名の頭を撫でる。

 

 

「だからさ、誤解を解きに行こ?」

 

「う、うん!」

 

 

柄にもない返事をする椎名。

 

若干赤くなった頬と相まって可愛さは抜群だ。

 

動物の可愛さトークで盛り上がっていると、すぐに寮の前に着いた。

 

 

「んじゃ、ちょっと待ってて。すぐに戻ってくるから」

 

「なんだ」

 

「ん?」

 

「窓から出入りしないのか」

 

「普段はやんないよ……」

 

 

あの時は「見つかったらやばい」っていうことでやってたからね。

 

普通の時は普通に出入りしますよ。

 

そんなこんなで再び戻って来ました俺の部屋。

 

 

「にゃ〜」

 

「お待たせ。さ、行こっか」

 

 

しゃがみながら手を広げると、そこを目掛けてジャンプしてくる。

 

 

「みんなのところに行く前にちょっと椎名と会って欲しいんだ」

 

「にゃっ……」

 

 

気まずそうに目を逸らす。

 

 

「大丈夫、今回は俺も一緒だから暴走しそうになったら止めるよ」

 

「にゃ〜……」

 

 

それなら、と渋々ではあるが了承してくれた。

 

 

「ありがと」

 

 

若干不安そうなサクラとは裏腹に俺は内心嬉しかった。

 

前々から気がかりだった2人の問題が解決されるかもしれないからだ。

 

お互いが仲良くなるかは当事者同士の判断ではあるが、まずはきっかけの場を設けれるだけでも相当嬉しい。

 

椎名はサクラと仲良くしたがっているし、サクラも椎名のことを嫌っている訳ではない。

 

むしろ感謝をしているとすら言っていた。

 

ならばお互いの誤解をなくせばいい関係になるのではないか。

 

そんなことを考えながら寮の外へ出ると、椎名が目を輝かせながら待っていた。

 

 

「にゃっ……」

 

「ああ、違うってサクラ。あれ獲物を狩る目じゃなくて可愛いものと触れ合いたい時の目」

 

 

とりあえず抱きかかえたサクラを地面に下ろして様子を見ますか。

 

 

「サクラ……」

 

 

椎名が両手をわしゃわしゃさせて目をギラギラさせながらジリジリ近づいていく。

 

確かに獲物を狩るように見えなくもない。

 

 

「椎名ストップ」

 

「む、なんだ」

 

「サクラが怯えてる」

 

「なぜだ!?」

 

「その近づき方じゃない?もっとこう……普通にさ」

 

「普通とは……?」

 

「とりあえず手のわしゃわしゃ止めなよ」

 

「ああ……すまない。無意識だった」

 

 

手を下ろしたところで再び近づいてくる。

 

 

「椎名ストップ」

 

「むっ、なんだ」

 

「目のギラつき抑えて」

 

「それはどうやって……」

 

「もっとこう……笑顔に笑顔に。目を見開かないように」

 

「こ、こうか?」

 

「そうそういい感じ」

 

 

そして再び近づいてくる。

 

 

「椎名ストップ」

 

「むむっ、なんだ」

 

「ジリジリじゃなくて普通に近づきなよ」

 

「ああそうか……。というか、他に直すところはあるか?」

 

「いや、今のところは大丈夫」

 

「よし」

 

 

ようやく獲物を狩らないようになった椎名はサクラの元に近づき始めた。

 

そして、サクラとの距離が1メートルくらいになったところで椎名が足を止めた。

 

 

「サクラ……本当に済まなかった」

 

 

90度の綺麗な謝罪。

 

 

「にゃ……」

 

 

サクラはちょっと困惑している。

 

そりゃそうか、自分的にはもう水に流したことを改めて深々と謝られたんだから。

 

 

「にゃ〜」

 

「椎名、頭を上げてだって」

 

「?」

 

「にゃっ」

 

「あの時の件は本当にもう大丈夫だってさ」

 

「ほ、本当なのか?」

 

「本当本当。サクラの目を見てみなって」

 

 

まっすぐと椎名のことを見つめている。

 

それを見て少しは信じたようだ。

 

 

「やはり私の近づき方か?」

 

「にゃ」

 

「その通りだってさ。確かにあれは怖いよ」

 

「そうか……だとすると、私はもうサクラに触れるのか!?」

 

「にゃ〜」

 

「普通に来てくれれば問題ないって」

 

 

その言葉を聞いて椎名は恐る恐るサクラの背中に手を乗せた。

 

その瞬間、椎名としては珍しい満面の笑みになった。

 

 

「サクラ〜!」

 

「ぎにゃっ!」

 

 

サクラを思いっきり抱き上げた。

 

 

「ん〜!サクラ〜!」

 

「にゃっ!にゃっ!にゃっ!」

 

「し、椎名!強く抱きしめすぎ!苦しんでる苦しんでる!」

 

「あ、ああ、済まない」

 

「にゃ……」

 

 

力が緩められてホッとするサクラ。

 

やっぱりいくら女の子とはいえ思いっきり抱きしめられたら苦しいんだね。

 

まあ椎名の場合はそんじょそこらの女の子より遥かに強いと思うが。

 

 

「と言うより篠宮」

 

「ん?」

 

「お前はなぜさっきからサクラの言うことがわかるのだ?」

 

「まあ、俺動物の言葉わかるし」

 

「へぇ……ん?」

 

 

椎名が怪訝な顔をする。

 

 

「なんだその羨まし能力……ずるいぞ!」

 

「ずるいって言われても……」

 

「私もわかるようになりたい!」

 

 

キラッキラした目を向けてくる。

 

 

「どうすれば良い?どうすればわかるようになる?」

 

「どうすれば……う〜ん……とにかく動物と触れ合うことかな?」

 

「篠宮はそうやってわかるようになったのか?」

 

「多分」

 

「多分とは?」

 

「気付いたらわかるようになっててさ。正直どうやれば良いとかわかんないんだよね」

 

「そうか……」

 

 

結構がっかりしている。

 

その証拠にサクラを地面に下ろした。もとい、落とした。

 

そしてちゃんと着地した。

 

さすが猫。

 

 

「その……ふ、触れ合っていればいつかわかるようになるよ!」

 

「そうか……」

 

 

同じセリフではあるが、明らかにニュアンスが違う。

 

 

「にゃっ……」

 

 

何かを感じ取ったのか、ジリッとサクラが一歩下がった。

 

 

「それじゃあ今日からサクラとたくさん触れ合うぞ!」

 

 

猫ですら反応できない速度でサクラを再び抱き上げた。

 

 

「ん〜♪」

 

「にゃ……」

 

 

サクラも「ま、いっか……」的な感じで諦めたようだ。

 

 

「今晩は一緒に寝ような!」

 

「頑張れサクラ……」

 

「にゃあ……」

 

 

そんなこんなでサクラと椎名の和解(?)が成立した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺たちが再び落ち合ったのは午後9時の校長室。

 

プロジェクターがあるのでここで見ようと言うことになった。

 

 

「サクラ、怖いのとか大丈夫?」

 

「にゃ〜?」

 

「まあ、そっか」

 

「にゃ〜」

 

「呑気だねぇ……後悔するかもよ?」

 

 

雅美を除く5人が不思議そうな目で俺を見て

くる。

 

 

「もしかして、太一くんサクラちゃんと話せたり……?」

 

「はい、話せます」

 

「「「「「「うわぁぁぁぁ!?」」」」」」

 

「こんばんは」

 

 

またもや遊佐が現れた。

 

 

「何やら面白いことをやるようでしたのでお邪魔させていただきます」

 

 

断じて面白くない。

 

って言うかそういうのに敏感になっているときにいきなり現れるのはやめてほしい。

 

 

「今のびっくりで太一くんがサクラちゃんと話せるって言う話題飛んじゃったじゃない……」

 

「それならば補足いたします。篠宮さんはサクラさんに限らず動物たちと会話をすることが可能です」

 

「学校の帰り道とかでよく猫とかと戯れてたからなぁ」

 

「へぇ、ちなみに今サクラちゃんはなんて言ってたのかしら?」

 

「怖いのは見たことないから大丈夫かどうかわからない、どう転がるか楽しみだってさ」

 

「にゃ〜!」

 

「その通り!だって」

 

 

雅美と椎名を除いた4人が目を見開いた後、少し呆れ顔になる。

 

わかってるから、動物と会話できるのがおかしいって言うのはわかってるから。

 

 

「ま、太一だしな」

 

 

どうせその一言で片付けられるだろうとも思っていましたよ。

 

 

「ま、いいわ。いつものことよ。いちいち驚いてるとこっちまで疲れるわ」

 

「一つ新しい顔を知れたのは良かったけどな」

 

「お、ひさ子先輩いいこと言いますね!」

 

「だろ〜?」

 

「たまにはですけど!」

 

 

ゴツっと鈍い音が響いた。

 

 

「いっつ〜っ……!」

 

「お前は一言いつも多いんだよ!」

 

「にゃ〜……」

 

「だよね」

 

「んにゃ?」

 

「俺はまだないなぁ」

 

「おい太一、1人で会話楽しむなよ」

 

「あ、ごめんごめん。えーっと、しおりが殴られて痛そう、俺はひさ子に殴られたことはあるか、だって」

 

「いやいや、私は関根以外は殴んねぇよ」

 

「何で私だけなんですか!」

 

「お前が生意気なことばっかり言うからだろ!」

 

「にゃ〜……」

 

「まあいつもあんな感じだよ」

 

「はーいストップ!映画見るのが遅くなっちゃうわよ!」

 

「にゃ?」

 

「あれもあんな感じ」

 

 

目の前で繰り広げられる彼女たちの日常を一つずつサクラに説明する。

 

思い返せばあんまりみんなでいるところに来たことなかったな。

 

 

「おっといけねぇ。関根、寝る前にたっぷりやるからな」

 

「歯磨きみたいに言わないでください!」

 

 

強く生きろ、しおり。

 

 

「さて、今日見るのはこれよ!」

 

 

ババーンという効果音が乗りそうな感で出したDVDのタイトルは「戦慄!夜の学校50選」。

 

 

「……なんでこんなチョイスを……」

 

 

俺は絶望の淵に立った。

 

 

「だって太一、作り込まれたホラー映画より日常に潜む系の方が苦手だろ?」

 

「なんで苦手なものを選ぶの…………」

 

「そっちの方が面白いだろ?」

 

 

爽やかな笑顔を向けてくる雅美。

 

 

「あぁ……もうやだ……」

 

「項垂れてるわね」

 

「項垂れてますねぇ」

 

「あさはかなり」

 

 

俺は普通にみんなと寝れればそれでいいのに……。

 

 

「項垂れてても進まないわ。早速見ましょ」

 

「ほら太一先輩!一番見やすい真ん中にどうぞ!」

 

「わ、わかったから引っ張んないで!」

 

 

しおりに案内されるがままに特等席へと座る。

 

 

「さ、サクラ……せめて膝の上に……」

 

「ダメ」

 

「し、椎名!?」

 

 

椎名に一蹴されてしまった。

 

 

「ほら、代わりに私が隣にいてやるから」

 

「ま、雅美ぃ〜!」

 

「そうすりゃ、怖がってる顔も近くで見れるしな」

 

「雅美!?」

 

 

大分ショックだよその発言。

 

 

「はーい、もういい?それじゃ、スタート!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜12時、いつも練習している部屋。

 

布団を7枚並べて全員が横になっている。

 

新しい住処探しでみんな疲れたのか、俺とみゆき以外の5人プラスサクラからは寝息が聞こえてくる。

 

俺はと言うと。

 

 

「んん……あぁ……」

 

 

先ほどの恐怖映像が頭から離れず、寝ることができずにいた。

 

 

「みんな寝ちゃいましたね……」

 

「そうだね」

 

「……怖かったですね……」

 

「…………そうだね」

 

 

みゆきもまた然りだった。

 

 

「み、みゆき、こっちの布団に来ない?その……一緒なら独りより心細くないし」

 

「そ、そうですね!それじゃあお邪魔します」

 

 

みゆきが俺の布団に入ってくる。

 

 

「せ、先輩……怖かったです……」

 

 

暗くてよくわからないが、おそらく涙目であろうみゆきが俺に抱きついてきた。

 

それに対し、俺はギュッとみゆきを抱きしめた。

 

 

「い、一緒なら怖くないでしょ?」

 

「はい……先輩は怖くないんですか?」

 

 

後輩の女の子、それも彼女に抱きつかれながら言われると少し見栄を張りたくなると言うのが男というものだ。

 

 

「うん、みゆきも一緒だし、怖くな……」

 

 

ガタン!と何かの物音がする。

 

 

「うわぁ!?」

 

「ひっ……!」

 

 

見事にビビってしまった。

 

それはもう物の見事に。

 

 

「…………こんな生活いやだー!」

 

「せ、先輩!?」

 

「みゆき!今から天使の部屋にいこう!直談判!」

 

「先輩!落ち着いてください!もう12時ですよ!?」

 

「高校生ならまだ起きてるって!」

 

「起きてるとかじゃなくて迷惑ですよ!この時間に行っても逆効果だと思いますよ!?」

 

「……それもそうだね」

 

 

みゆきから宥められて今のところは踏みとどまった。

 

でも明日の朝一にでも直談判しようという意思は固まった。

 

 

「先輩……私たちどうなっちゃうんですかね」

 

「大丈夫、俺がなんとかするよ。みゆきは安心してて」

 

「て、天使と闘うってことですか?」

 

「いやいや!暴力じゃ解決しないよ!俺暴力とか苦手だし……」

 

「ですよね!ごめんなさい、変なこと言って」

 

「ううん、気にしなくて良いよ」

 

 

みゆきの頭をぽんぽんする。

 

 

「あうぅ……」

 

 

すると、顔を真っ赤にしながら更に抱きついて来た。

 

やっぱり可愛いなぁ。

 

 

「先輩ほんとうに優しいですね……やっぱり大好きです」

 

 

改めて言われると照れるなぁ。

 

 

「俺もみゆきのこと大好きだよ」

 

「私は?」

 

「うあ!?ま、雅美?起きてたの?」

 

「そりゃあんだけ騒がれれば目も覚めるぞ?」

 

「あ、ごめん……」

 

「いいってことよ。こうなるだろうってことは大方予想ついてたしな」

 

 

なぜかドヤ顔を向けてくる。

 

 

「昔っから怖いの見た夜はちょっとした物音でビクッとなるんだよな」

 

 

ドヤ顔から一転、ケタケタと笑ってくる。

 

 

「もう岩沢先輩……私たちからしたら死活問題なんですよ!」

 

「っていうかなんでみんなそんなに怖くないのさ?」

 

「だってあんなの作り物だし、幽霊なんて現実にいるわけないじゃん」

 

「死んでる人がそれ言う?」

 

「逆に死んだ奴が集まる世界なら幽霊なんて存在しないだろ。死んだ奴が更に死ぬか?」

 

「確かに…………」

 

 

ちょっと納得してしまった。

 

 

「じゃあこの世界に幽霊はいないってことだね」

 

「ちょっと安心しました〜。これでゆっくり眠れそうです!」

 

「そりゃよかった。ゆっくり休めよ」

 

「うん、ありがとね。それじゃおやすみ」

 

「おやすみ……っとその前に」

 

「なに?」

 

「太一、私のことは?」

 

「なにが?」

 

「その……入江に大好きだって言ってたけど……」

 

「ああ、もちろん雅美のことも大好きだよ」

 

「よしっ!おやすみ!」

 

 

とても勢いよく布団に潜った。

 

 

「私たちも寝ますか」

 

「うん、みゆきも今日は疲れたでしょ?ゆっくり休んでね」

 

「はい!それじゃあ、おやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

 

俺とみゆきは布団に潜った。

 

さて、明日は天使に直談判だ。

 

俺もゆっくり休んで明日に備えよう。



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第二十四話「オペレーションも料理も下準備は大事」

お久しぶりです(4年越し)


翌日、昼休み、生徒会室前。

 

 

「失礼します」

 

 

昨日決心した通り、天使の元へ直談判に来ていた。

 

ちなみに今は彼女たちはいない。

 

もしかしたら急に襲われるかもしれないからね。

 

ちなみに、直井はバツが悪そうな顔をしながらパイプ椅子に座っていた。

 

 

「あら、どうしたの?」

 

 

天使は俺の方を見ると、表情を変えずに訊ねて来た。

 

 

「昨日の件なんだけどさ」

 

「昨日の件……ああ、あのことね」

 

「お願いします!彼女たちが男子寮に入ることを許してください!」

 

 

俺は腰を90度に曲げて深々とお辞儀をする。

 

 

「そんなのできるわけないじゃない」

 

 

予想通りといえば予想通りだが、いざ言われると少し悲しい気持ちになる。

 

だがこんなことでは諦めない。

 

 

「そこをなんとか!無理を承知で!」

 

 

頭を下げたままなおもお願いを続ける。

 

 

「常識的に考えて男子寮に女子を入れるなんて危ないわ。襲われたりしたらどうするの」

 

「俺が全力で助ける」

 

「そうね。あなたなら簡単に助けられると思うわ」

 

「なら!」

 

「でも助けられれば良いというわけではないわ。襲われたらそれだけで心に大きな傷を負うもの」

 

 

確かにその通りだ。

 

今現在では襲われてはいないが、今後もそうだとは限らない。

 

NPC全員が全員、善人であるという保証もない。

 

何か、何か打開策はないか。

 

天使を説得できるだけの。

 

 

「それなら、篠宮さんを女子寮に住まわせてはいかがでしょう?」

 

 

座っていた直井が話に入って来た。

 

 

「篠宮君を女子寮に?」

 

「はい、そうすれば彼女たちが襲われる心配もありません」

 

「確かに彼女たちが襲われる心配はないけど、逆に篠宮君が女子を襲ったりしないかしら」

 

「襲わないよ!なんで彼女がいるのに他の女子に手を出すのさ!」

 

「とはいっても、篠宮君を寮内で見たら女子から苦情が来るわ。それに篠宮くんにだけ許可を出したら他の恋人がいる生徒に不平等じゃない」

 

 

まあ、そりゃそうだ。

 

現に来てる苦情は男子寮内に女子がいるってことだもんな。

 

NPCだって恋愛はするだろうし。

 

やはり寮内での同棲は諦めるしかないのか…………。

 

そう思っていた矢先。

 

 

「では女子寮1階にある倉庫を使用するのはどうでしょう。あそこなら裏口から出入りできます。そうすれば寮内で姿を見られることもないでしょう」

 

 

なんかやけに直井が擁護してくれる。

 

 

「でもそうすると倉庫内の荷物が取り出せないじゃない」

 

「中身を近くの地下にしまっておくのはどうでしょう?篠宮さんに協力して貰えば入れるのも出すのも簡単に行えると思います」

 

「あ、ああ!そういう力仕事なら積極的にやるよ!」

 

「彼、彼女たちの青春のために一肌脱ぐというのも生徒会の務めではないでしょうか?ね?篠宮さん」

 

「その、お願いします!俺たちの青春のために!」

 

 

再び頭を下げる。

 

 

「青春……」

 

 

お、なんか天使の心が揺れている。ように見える。

 

ここはもうひと押し。

 

 

「お願いします!」

 

「僕からもお願いします」

 

 

目を横に向けると、俺と同じように頭を下げている直井の姿があった。

 

 

「何かあったら私が責任を取ります。生徒会副会長の名の下に」

 

「ダメよ」

 

「え!?」

 

「はっ!?」

 

 

俺も直井も素っ頓狂な声が出た

 

 

「な、なんで!?絶対OK出る流れだったでしょ!?」

 

「少し考えたけど、常識的に良いわけないじゃない。男子を女子寮に住まわせるなんて」

 

 

……そう整理されて言われるとぐうの音も出ない。

 

 

「で、ですから!篠宮さんを女子寮に住まわせると言うことは極秘として、他の生徒から不満も文句も出ないように……」

 

「そんな秘密、いつか絶対にバレるわ。どこで誰が見ているのか分からないじゃない」

 

「で、ですが!彼らの青春が……」

 

「ダメなものはダメ。諦めなさい」

 

「そんな……」

 

「と言うわけで篠宮くん、現段階であなたたちに交際をやめなさいとは言わないわ。ただ、節度と規則を弁えて交際してちょうだい」

 

 

そう言われると、俺は天使に生徒会室を追い出された。

 

 

「はぁ……とりあえずみんなに報告して考えるしかないか……」

 

 

恐らくあれ以上お願いしたところで判断は覆らないだろう。

 

いやむしろ逆効果になるかもしれない。

 

ここはひとまず引いて作戦を練るしか無さそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

校長室。

 

 

「……ってわけでダメだった」

 

 

俺はことの一部始終を彼女たちに説明した。

 

 

「そう……まあ、そうなるわよね」

 

 

知らせを聞いた彼女たちは全員落胆の表情を浮かべていた。

 

 

「太一と離れ離れになるのか……」

 

「そう……だね。少なくとも夜間はそうなるね」

 

 

珍しく雅美が涙目になりながら話す。

 

 

「せっかく太一の温もりを感じながら寝られるようになったのに……」

 

「俺だってみんなとずっと一緒にいたいよ……」

 

 

校長室にいる7人全員が下を向きながら、誰かが何かを言うのをじっと待っていた。

 

そんな中、口を開いたのはひさ子だった。

 

 

「引き下がるのか?」

 

「まさか。当然、抗うに決まってるじゃない。太一くんもそのつもりでしょ?」

 

「まあね」

 

 

全員「だよな」という表情をしている。

 

湿っぽい雰囲気にはなったものの、諦めている訳ではない。

 

 

「でも、策はあるのか?」

 

「フフッ、もちろんよ。こんなこともあろうかと策を用意しといたわ」

 

 

ゆりは不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「もうすぐ期末試験があるわよね?そこで天使を陥れればいいのよ」

 

 

胸を張って自慢げに言うゆり。

 

 

「天使の答案用紙を改変して、ふざけた解答を並べまくる。そうすれば教師からの信頼は失墜して生徒会長退任を余儀なくされるわ」

 

「それってできるの?」

 

 

純粋に浮かんだ疑問をそのままぶつけてみる。

 

 

「そうね……多分できるんじゃないかしら?」

 

「おいおい、用意しといた策じゃないのか?」

 

「用意はしていたけど……実行できるかかなり微妙だったからボツにしたやつなのよ」

 

 

ああ、だから自信ありげな顔をしてなかったのね。

 

 

「そもそも天使と同じ部屋で受けられるか分からないじゃないか」

 

 

珍しく雅美からまともなツッコミが飛んできた。

 

 

「そうね……そこが第一関門よ」

 

「ンモー!ゆりっぺ先輩!」

 

 

コボちゃんみたいなセリフを吐くしおり。

 

 

「…………あ!生徒会副会長にお願いしてみるのはどうかしら?」

 

「ああ、なるほど。確かに副会長は太一側に着いてるからできるかもな」

 

「でしょでしょ!ちょっと太一くんお願いしてみてちょうだい!」

 

 

打開案を見つけた、と言わんばかりにゆりの表情が明るくなる。

 

 

「いやいや、なんか怯えられてるだけだから、別に味方なわけじゃないと思うよ?」

 

「じゃあ脅してでも条件呑ませて頂戴!従わなかったらそうね……『目を潰して耳を剥いだ後四股引き裂く』とか!」

 

「うわっ……」

 

「ゆりっぺ先輩……」

 

「さすがにちょっと……」

 

「ロックすぎるだろ……」

 

「浅はかなり」

 

 

珍しい。

 

他の5人がドン引きしてる。

 

まあ俺も引いたっちゃ引いたけどさ。

 

っていうかロックすぎるってなんだよ。

 

 

「どういう頭してりゃそんな発想出るんだ?」

 

 

代表してひさ子が切り込んだ。

 

こういう時は大体ひさ子の役目だ。

 

 

「う……うっさいわね!長年争ってるとこうもなるわよ!」

 

「ゆりっぺより長年そういうことやってる椎名もドン引きしているが?」

 

「椎名さんは……そういうことなの!」

 

 

うまい言い訳が思いつかなかったようだ。

 

あたふたしている様は非常に可愛らしいものがあるが、残念ながらさっきの発言のマイナスと合わせて打ち消しあった。

 

 

「た、太一君は引いてないわよね!ね!?」

 

 

救済を乞う目で見られても、俺も若干引いたのは事実だ。

 

よって、とるべき行動は一つ。

 

 

「なんで目逸らすのよ!」

 

 

直視しないことだった。

 

 

「もう!いいわよ!早く副会長のところに行って来て頂戴!」

 

 

あ、その赤面した顔可愛い。

 

打ち消しあったポイントがプラスに転じた。

 

などと考える暇もなく背中を押される。

 

第一線で常に戦っているので、並みの人よりは断然力が強いゆりだが、やはり元は普通の女の子である。

 

背中を押す力は強いといえば強いが、そこまで驚くほどでも無い。

 

もっとも、俺に限った話かもしれないが。

 

さて、ゆりに押されたことを原動力とした俺の足は見慣れた廊下を進んで行き、今日2度目の訪問となる生徒会室の扉の前へとやって来ていた。

 

コンコンコンと3回ノックし、失礼しますと一声かけてから扉を開く。

 

それほど時間も経っていないこともあり、天使と直井は生徒会室のパイプ椅子に座ったままだ。

 

 

「あら、どうしたの?さっきも言ったけど、女子寮に入るのは……」

 

「ああ、今回は別件。ちょっと直井に話があって……」

 

 

僕?と自分の顔を指差す直井。

 

 

「ここだとちょっとアレだから、ちょっと外で……」

 

 

極めて適当な理由をつけて直井を生徒会室の外へ出した。

 

ほんと、極めて適当だよ。

 

「アレ」って。

 

「なんですか?」とさっそく本題に入ろうとする直井を「まぁまぁ」と、とりあえずなだめて自動販売機の並ぶ渡り廊下に連れて行く。

 

 

「まぁ、飲みなよ」

 

 

俺は自販機でkeyコーヒーを買って直井に差し出した。

 

とりあえず一緒に一服して話に入りやすくしようっていう魂胆だ。

 

決して賄賂的な意味を含むわけではない。

 

うん、決して。

 

 

「それで?話っていうのはなんだ?」

 

「もうすぐテストあるじゃん?その時に俺たちを天使と同じ部屋で受けられるように手配してほしいなって」

 

「天使の同じ部屋に?なぜだ?」

 

「実は……」

 

 

カクカクシカジカで理由を話す。

 

今回は直井に協力を要請するのだから、作戦の内容を話しても大丈夫……なはずだ。

 

 

「なるほど……そういうことか」

 

 

直井は顎に手を当てて色々考える。

 

 

「……そういうことならなんとかしよう」

 

「ほんと!?」

 

「ああ、全面的に協力しよう」

 

 

なんだか不敵な笑みを浮かべる。

 

気になる感じではあるが、あえてここでは何も言わない方が良いだろう。

 

ここで「なんか企んでる?」と聞こうものならこの話はご破算になるかもしれない。

 

とりあえずお礼を言ってゆりに報告。

 

これがベストだ。

 

 

「んじゃ、ありがとう直井!」

 

 

極めて友好的な笑顔で手を握る。

 

それに対し直井はやはり企みのあるような笑顔で返して来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってことで、副会長から全面的な協力を得られたよ」

 

「いよっし!」

 

 

ゆりは特大のガッツポーズをした。

 

 

「これで私たちは勝ったも同然ね……」

 

 

すんごい悪い笑みを浮かべてるよ、この人。

 

 

「んで?期末試験っていうのはいつなんだ?」

 

「明日よ」

 

「あ、明日!?明日か!?」

 

 

ひさ子の声若干が裏返る。

 

 

「明日って……また急だね」

 

 

とんでもないご都合主義だよこりゃ。

 

 

「私もさっき確認して若干焦ったわ。でも大丈夫よ。遊佐さん」

 

「はい」

 

 

まぁたどこからともなく現れた。

 

最近は正直慣れてきちゃったよ。

 

 

「明日のオペレーション、あなたも参加するわよね?」

 

「もちろんです」

 

「へ?」

 

 

俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

 

「なにかしら?太一くん」

 

「あ、いや、遊佐を呼んだからてっきり戦線メンバーを緊急招集するのかなって思ったからさ」

 

「それもちょっと考えたわ。でも今回の動機はあくまで私たちの問題であって戦線の問題ではないわ」

 

「あー、なるほどね」

 

 

だから俺のことを「太一くん」って呼ぶわけか。

 

 

「いい?このオペレーションはさっきも言ったけど、元は私たちが交際を続けるためっていう動機から始まったイペレーションよ。でも、天使を生徒会長から降ろすことによって神への糸口をつかめるかもしれないわ」

 

 

その場にいる全員に言い聞かせるかのように話し始めるゆり。

 

実際に全員に話しかけているんですけどね。

 

 

「失敗は許されない重要なオペレーションよ。失敗すれば神へと糸口の一つを失うとともに……」

 

 

全員がゴクリと生唾を飲む。

 

 

「太一くんと一緒にいられなくなるわ」

 

「それは……何としても阻止しないと。俺だってみんなとずっと一緒にいたいし、もっとみんなを愛したい」

 

 

ぽかんとした顔で6人が俺を見てくる。

 

 

「ん?どうしたの?」

 

「い、いや……太一がそう言ってくれるとは……」

 

「え?」

 

 

雅美の言葉に思わず聞き返してしまった。

 

 

「いやな、いつも私達からラブコールを送ることはあっても太一が自発的にそういうこと言ってくれるっていうのは珍しくてさ……」

 

「ああ、確かに珍しいな」

 

 

ひさ子が同調する。

 

 

「割と仕草とか振る舞いで『大事にされてるな〜』って感じることはありますけど、言葉に出すことって少ないですよね」

 

 

しおりまでもが追随。

 

 

「…………もうちょっと口に出した方が……良い……かな……?」

 

「「「「「「もちろん」」」」」」

 

 

みんなの口が一斉に揃った。

 

いやね、心の底からみんなのこと本当に愛しているんですよ。

 

ただね、元々そんなに自分から喋るタイプでもないんですよ、私は。

 

生前は雅美以外の人間とほぼ関わらずに、というか関わることを望まれない状態で生きてきたわけじゃないですか。

 

つまり雅美以外の人との会話なんて皆無なわけですよ。

 

この世界に来てからは雅美の紹介とかもあってそれなりにいろんな人と関わったり喋るようになったりしましたけどね。

 

でも人間そう簡単には変われないもんですよ。

 

 

「って言いたそうな顔してるな」

 

「…………人の心の中読まないでくれます?」

 

「っていうかなんで岩沢はわかるんだよ……」

 

「細かすぎですぅ……」

 

「浅はかなり」

 

「んま、昔っからの付き合いだからな。ちなみに今は『顔から読み取れる情報細かすぎだろ』って顔してるぞ」

 

「……ご名答」

 

 

こりゃ隠し事もできないね。

 

元々隠してることなんて無いけどさ。

 

 

「はーい!そろそろ話戻すわよー!」

 

「ホラー映画の感想を言い合うのか?」

 

「戻しすぎだろ!それ昨日の話!」

 

 

雅美さん、こんなところで天然ボケ発揮しなくても良いんですよ。

 

気を取り直すかのようにゆりは咳払いをした。

 

 

「今回のオペレーションの内容よ。まず副会長の手配によって私たちは天使と同じ部屋でテストを受けられるわ。テストの席順はその日の朝くじ順で決定。これで天使の前の席じゃ無いと細工は一気に困難になるわ」

 

「細工っていうのは具体的にどうするんだ?」

 

「良い質問ねひさ子さん。簡単に言えば天使の答案を滅茶苦茶に書き換えるのよ」

 

「書き換える?」

 

「ええ、あらかじめ答案用紙を1枚余分に取る。それに滅茶苦茶な解答を書いて天使の答案用紙とすり替えるっていう作戦よ」

 

「なるほどな……そりゃ天使の前の席取らなきゃ厳しいな」

 

「もし天使が一番前の席になっちゃったらどうするんですか?」

 

「その時は太一くん、時間でも止めてちょうだい」

 

「無理だよ!できないよそんなこと!」

 

「冗談よ」

 

 

半分目がマジだった気もするが。

 

 

「ま、太一なら見事天使の前引き当てられるだろうよ」

 

「なんせ純正九蓮宝燈を配牌時にテンパイの男だからな」

 

「それじゃ、明日作戦決行よ」

 

 

ゆりの一言でその場は解散となった。

 

解散といっても一旦オペレーションの話が終わるだけでこの後みんなでご飯とか食べるんですけどね。

 

そう考えていたが、一つ忘れていたことがある。

 

 

「あ、そうだ。もう一つ報告いい?」

 

「なにかしら?」

 

「生徒会副会長、多分今回のオペレーションとかけて何か企んでる」

 

「……というと?」

 

「この話ってさ、俺らにメリットがあって別に副会長にはメリットないでしょ?なのに目的を話した瞬間すごい不敵な笑みを浮かべてた」

 

「なるほど……多分何かしらのメリットがあるようね。恐らく、会長の座に就けるってことだと思うわ」

 

「会長の座に就くとどんなメリットが?」

 

「生徒会の権限を全て掌握できることね。それを利用してどうするかまではわからなけど」

 

 

この学校の生徒会は絶大な権力を持っている。

 

その気になれば学校を私物化できるほどだ。

 

 

「わかったわ。報告ありがとう」

 

 

これにて本当に解散。

 

さて、ご飯でも食べにいきますかね。

 

とはいっても時刻は夕方の5時。

 

夕飯にはまだ早い時間だ。

 

 

「飯にはまだ早いよなぁ」

 

 

ひさ子も同意見のようだ。

 

 

「とはいっても今日はもうやることがないわね」

 

「このままボーッと過ごすのもアレですし……」

 

 

いやいや、練習しましょうよ、陽動班。

 

 

「そうだ!」

 

 

雅美がなにか閃いたようだ。

 

 

「太一!ご飯作ってくれ!」

 

「え?ご飯?」

 

「最近学食で食ってばっかりだっただろ?久しぶりに太一の手作りのご飯が食べたいんだ!」

 

「へぇ……太一くんの作るご飯ねぇ……」

 

「そういや、前作ってくれた時は滅茶苦茶美味かったな」

 

「ひさ子さん食べたことあるの?」

 

「以前にちょっとな。間違いなくこの世界に来て一番美味かった」

 

「そんな言い過ぎだよ」

 

 

多分恋人の手料理ってことで付加価値がプラスされているだけだろう。

 

 

「いいや、間違いなく世界一美味い」

 

「なんで岩沢が得意げに言うんだよ」

 

「太一の手料理を一番食べているのは私だからな」

 

 

にしても意味不明な理由である。

 

 

「じゃ、そう言うことで夕飯は俺が作るってことでいい?」

 

「異議なし!」

 

「賛成です!」

 

「同ずる」

 

「私も同席してもよろしいですか?」

 

「ええ、もちろん。ご飯を食べるときは大勢の方が美味しいもの」

 

 

ひとまず全員の了承が取れた。

 

 

「オッケー。ちなみにみんな何食べたい?」

 

「先輩が作るものならなんでも食べてみたいです!」

 

「そうねぇ……入江さんの言う通り太一くんの作るものならなんでも食べてみたいわ」

 

「右に同じ」

 

 

いっちゃん困る返答だね、コレ。

 

 

「ん〜……どうしようか」

 

「とりあえず家庭科室に移動しましょ。そこで食材を見てから決めてもいいと思うわ」

 

「そうだね。とりあえず移動しよっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すげぇ……」

 

 

思わず声が出た。

 

 

「すごいよコレ!なんでもあるじゃん!」

 

 

家庭科室に業務用の巨大な冷蔵庫があり、その中を開けると大量の食材たちが入っていた。

 

 

「いつ誰が補充しているかわからないけど、鮮度は大丈夫よ」

 

「そうだね、このマグロとかスジも均等だし、弾力があって肌の色がいいもん」

 

「って言うか解体前のマグロがあるのかよ……」

 

「流石に引くわね、この品揃えの良さ」

 

 

調味料も野菜も肉も魚も穀物類もなんでもとんでもない種類が揃っている。

 

 

「迷っちゃうね」

 

 

家庭科室に来て材料を見て決めようと思っていたが、ここまで材料が揃っていると余計に迷う。

 

 

「ん〜………………よし、決めた」

 

「お、何にするんだ?」

 

「出来てからのお楽しみってことで」

 

 

それから俺は調理に取り掛かった。

 

なんせ8人前を作らなければならない。

 

生前から作るときは雅美と俺の分の2人前、たまにお腹が空いてて3人前を作るくらいで、8人前は作ったことがない。

 

味付け等は大丈夫だと思うが、単純に考えて仕込み時間が2人前よりも確実に長くなる。

 

モタモタしていては最初にできた料理が冷めてしまう。

 

より手際よく、より効率よくこなさなければ。

 

 

「とりあえず…………よし」

 

 

やり始める前に一瞬考える時間が入る、あるあるだよね。

 

まずはお米を研ぐ。

 

俺と雅美で合わせて1合くらいだったから、4合くらいかな?

 

ちょっと多めに食べるかもしれないと予想して5合研げばいいか。

 

そして米を研いだら少し水にさらしておく。

 

次に鍋に水を張って乾燥した昆布を浸しておく。

 

本当は一晩中昆布を浸して出汁を取りたかったけど、今回は仕方ない。

 

できる範囲でやろう。

 

その後冷蔵庫からブリを取り出す。

 

そのままの姿のブリが学校の冷蔵庫に入っていることはもう突っ込まない。

 

 

「え?先輩魚さばけるんですか?」

 

「太一はなんでもできるぞ」

 

「だからなんで岩沢が答えるんだよ」

 

「あ、結構グロテスクだから苦手な人はちょっと目離してて」

 

 

みんなにそう注意した後、ウロコを取ってエラを取ってお腹を切って内臓を取り出して汚れを落とす。

 

 

「うわっ……本当に結構グロテスクね……」

 

「さっすが太一、いい手際だ」

 

「エラってあんな感じなんだな……」

 

「あんな真っ赤な大量の突起物が……」

 

「ちょっとしおりん!目瞑ってるんだからわざわざ言わないで!」

 

「浅はかなり」

 

 

三者三様のリアクションを頂いたところでふと疑問に思う。

 

 

「ところでさ、彼氏が『ご飯作るね!』って言っていきなり魚捌き出すのって彼女的にアリなものなの?」

 

「多分自分の部屋でやられたらドン引きしてたと思うわ」

 

「まぁここ家庭科室だしな」

 

「あ、やっぱり?」

 

 

そりゃ自分の部屋で解体ショーやり始めたら普通にドン引きするか。

 

次回からは気をつけよう。

 

 

「っていうかみんなずっと見てないで自分たちの用事済ませてきちゃっていいよ?多分まだ時間かかるし」

 

「いやいや、彼氏の調理シーンなんて胸が高鳴るだろ」

 

「どんな用事よりも最優先ですよ!」

 

 

そんなものなのか。

 

こっちとしては大人数のギャラリーに慣れてないからちょっと緊張しちゃうんだよね。

 

まあまあ、嬉しい緊張(?)として良しとしますか。

 

その後も6人の視線を集めながらブリを下ろし、着々と夕飯作りは進んでいった。

 

この場には俺を除いて7人いるが、みゆきが目を瞑っているため視線は6人分だ。

 

決して誰かを忘れたわけでは無い。

 

ブリを3枚に下ろして適度な大きさに切ったところで一度冷蔵庫で寝かせる。

 

他のメニューを作っている間に悪くなったら嫌だしね。

 

それと同時にみゆきへブリの処理が終わったと報告。

 

約15分ぶりに視界が開けてちょっとした安堵の表情を浮かべた。

 

かわいい。

 

次に人参、ジャガイモ、玉ねぎ、牛肉を食べやすい大きさに切る。

 

 

「やっぱり野菜切る手際も良いな」

 

「ちょっと女子として自信無くすわね……」

 

「一流の料理人みたいな手際です……」

 

「そんな大層なもんじゃないよ」

 

「ちなみになんで料理を始めたんですか?」

 

「ん〜……母さんが全然相手してくれなくて、俺がご飯を作れば一緒に食卓を囲めるかなって思ったからだね」

 

「結局それでも相手してもらえなくて、いっつも私と二人で食べてたもんな」

 

「ほんと、あの頃から雅美に助けられてたね」

 

「二人で食う飯も楽しかったよな」

 

 

ニシシという笑顔を向けてくる雅美。

 

 

「最高に楽しかったよ」

 

 

結果的に親のネグレクト脱出はできなかったけど、代わりに雅美との思い出が沢山出来たから良し。

 

 

「お母さんとの関係が修復できないってわかった瞬間から雅美を喜ばせるために作ってたからね」

 

「太一……!」

 

 

目を輝かせる雅美。

 

流石に包丁使っているときは抱きついて来ないようだ。

 

当たり前だけど。

 

 

「やっぱり羨ましいわね……」

 

「偶にもし太一と生前に出会ってたらって想像しちゃうもんな」

 

「あ〜分かる!私も偶にするわね」

 

 

全員が頷いている。

 

 

「へぇ、ちなみにどんな想像するの?」

 

「えっと……それは……」

 

 

顔を赤くして目を背けるひさ子。

 

普段こう言う仕草やらない子がやると破壊力がものすごい。

 

いま料理中じゃなかったら普通に抱きしめてるよ。

 

まあそんなこんなで野菜とお肉を切り終えた。

 

そうしたら昆布の入った鍋を火にかけ、だいたい10分で70℃〜80℃になる火加減で熱していく。

 

その過程でアクが出てくるので、それを取り除く。

 

 

「って言うか何してるんですか?」

 

 

しおりが問う。

 

 

「一番出汁を取ってるんだよ」

 

「カレーにも出汁って使うんですか?」

 

「カレー?」

 

「え?今先輩カレー作ってるんじゃないですか?」

 

「あ〜……確かに材料似てるね。和風出汁カレーとかもあるし。でも今回はカレーじゃないよ」

 

「ってことは今日は和食ですか?」

 

「うん、和食だよ」

 

「へぇ〜。今度作り方教えてくださいよ!」

 

「もちろん」

 

「あ、私も教えて欲しいわ」

 

「私もお願いできるか?」

 

「私も教えて欲しいですぅ」

 

「浅はかなり」

 

「じゃあ今度のデートは調理実習デートにしよっか」

 

 

デートと呼んでいいか微妙な内容だが、お家デート的な言葉があるんだから調理実習デートがあってもいいだろう。

 

そんな話をしているうちにお湯が温まった。

 

ここで一度火を弱めて昆布を取り除く。

 

そして今一度よくアクを取って再び加熱する。

 

そして沸騰したところで差し水をしてから鰹節を大量に投入。

 

再び沸騰したら火を止め、布でしっかりと濾す。

 

これにて一番出汁の完成。

 

そろそろお米も水から出していい頃だ。

 

ザルを使ってよく水を切る。

 

本当は土鍋で炊くと美味しいのだが、流石に面倒臭いので炊飯器で炊かせてもらおう。

 

ちなみに、お米を炊く時に氷水で炊くと、お米がしゃっきりして美味しくなる。

 

さてお次に白滝を茹でる。

 

小さな手鍋に水を張って火にかける。

 

沸騰したら白滝を入れて1分ほど茹でる。

 

1分経ったらザルにあげてよく水気を切る。

 

いやぁ、アク抜き不要タイプ様様だね。

 

食べやすい大きさに切ったら白滝の準備完了。

 

そうしたらいよいよ本調理だ。

 

鍋にサラダ油を入れて熱する。

 

鍋の温度がちょうど良くなったら玉ねぎを入れて炒め、牛肉も加える。

 

牛肉に火が通ったら人参、じゃがいも、白滝も入れて炒め合わせる。

 

ある程度炒めたら先ほど作った和風だしをいい感じの分量になるまで注ぐ。

 

沸騰したらアクを取り、醤油・酒・みりん・砂糖をそれぞれ適量ずつ入れる。

 

もうこの辺は感覚だよね。

 

本当は計った方がいいけどさ。

 

一煮立ちさせたらこれにて肉じゃがの出来上がり。

 

 

「あぁ〜この匂い!太一の肉じゃが!」

 

「懐かしい?」

 

「懐かしいなんてもんじゃねえよ!」

 

 

雅美のテンションがぐんぐん上がっている。

 

いやぁ、本当に作り甲斐がある。

 

作り手冥利に尽きるね。

 

さてそれじゃあ次は簡単に。

 

また鍋に水を張ってお湯を沸かす。

 

ほうれん草を入れて1分ほど茹でる。

 

茹で終わったらザルにあげて氷水でよく締める。

 

水気をよく切って食べやすい大きさに切る。

 

はい、ほうれん草のお浸しの出来上がり。

 

あとはお好みで鰹節とか醤油とかをかけてもらえばいい。

 

さてラスト。

 

生姜を摩り下ろす。

 

流石に生姜はチューブだと香りも全然違うから、ここだけは譲れない。

 

次に調味料類を準備。

 

醤油、砂糖、みりんを割合を2:1:1にしたタレを用意しておく。

 

今回は結構な量を焼くので、合計で150mlくらいになるよう準備しよう。

 

料理酒も別の器に準備しておく。

 

入れるタイミングが違うから別々にね。

 

そうしたら大きめのフライパンにサラダ油と生姜を入れる。

 

火をつけて香りが立つまで炒める。

 

香りがたったら冷蔵庫からブリを取り出し、焼いていく。

 

両面2分ずつくらいで大丈夫かな?

 

両面焼けたら料理酒を入れて蓋をして、蒸し焼きにする。

 

いい感じになったら先ほど作ったタレを入れて、ブリをひっくり返しながら汁気が半分くらいになるまで煮る。

 

これにてブリの照り焼きの完成。

 

とは言っても流石に一つのフライパンじゃ8人分一気に作れないから、もう一個フライパン取り出して同じことをするんですけどね。

 

 

「わぁ〜!いい匂い!」

 

「滅茶苦茶腹減ったぞ……」

 

「もうちょっと待ってね。まだご飯炊けてないから」

 

「えぇ〜!?あとどれくらいかかるんだ!?」

 

「えーっと……あと20分くらいだって」

 

「マジかよ!?腹減りすぎて死んじまうぞ!」

 

「ひさ子先輩の場合は死ぬ前にお胸におっきい脂肪があるのでエネルギー的に……」

 

 

しおり、ひさ子にゲンコツされる。

 

 

「いっつ〜!冗談じゃないですか!」

 

「冗談でも言うな!」

 

「Fカップあるもんな」

 

「岩沢も黙る!」

 

 

みんなひさ子のおっぱいの話になると生き生きするよね。

 

ちなみに俺の体感的に最近またちょっと大きくなった感じがある。

 

 

「おい太一、なんかいやらしいこと考えてないか?」

 

「……まあ多少は」

 

「〜〜〜!正直に言うんじゃねえよ!」

 

 

正直に言ったらひさ子の顔が真っ赤になった。

 

ちなみに俺は調理を終えて丁度手が空いたところ。

 

つまり、フリーである。

 

そして先ほど積極的にラブコールをしろと言われたところだ。

 

ここで取るべき行動は一つ。

 

 

「だってひさ子可愛いんだもん。そりゃあ考えちゃうよ」

 

 

そう言いながら抱きしめてみる。

 

 

「なっ……!」

 

 

みるみるうちにひさ子の体温が高くなっているのが肌を通じて感じられる。

 

 

「はわゎ〜!先輩が積極的に……!」

 

「どうしたの太一くん!?熱でもあるの!?」

 

「篠宮、大丈夫か?」

 

 

……言葉に出せって言われてその通りにしたら心配されたよ。

 

っていうか椎名にも普通に心配されたのが地味に心にくる。

 

まあせっかくだし、もうちょっとひさ子を愛でてみるか。

 

 

「ひさ子はよく気が強いって思われてるけど、実は誰よりも乙女で可愛らしい女の子だよね。そのギャップとかも最高に可愛いよ」

 

 

ちょっと抱きしめる力を強くして頭も撫でてみる。

 

 

「愛してるよ、ひさ子」

 

「あうぅ……た、太一……」

 

「なんだあのひさ子……」

 

「完全に乙女の顔になってるわ……」

 

「頭から湯気出てません?あれ」

 

 

ちょっとやりすぎたかな?

 

顔がゆでダコみたいに真っ赤になって俺の胸に顔を埋めている。

 

でも本当に思っていることを言っただけだから仕方がない。

 

そろそろ離れようかなと思ったその時。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!まだ離れたくないというか……いま顔がニヤケ過ぎてて顔をみられたくないと言うか……」

 

 

もうちょっとこのままがいいと言う要望があった。

 

俺としても全然嫌じゃないし、むしろ大歓迎だ。

 

 

「やっぱりひさ子先輩も乙女でしたか……」

 

「って言うか太一、今度それ私にもやれよな」

 

「うん、もちろん良いよ」

 

 

個別に一緒になった時に積極的にやることにするか。

 

結局ひさ子が元通りになるまで丁度20分くらいかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20分後

 

 

「あ、そうだ」

 

「どうした?」

 

「サクラにもご飯あげないと」

 

「ああ、そういえば姿が見えないわね」

 

「流石に調理中に猫を部屋に入れるわけにはいかないからね」

 

 

ほぼ毎日一緒にお風呂に入っているし、頭もいいから心配はないと思うけど、念の為。

 

 

「多分俺の部屋にいると思うからちょっと連れてきてもいい?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

 

珍しく椎名が一番に返事をした。

 

それに続くように全員が賛同してくれたので、早いうちにサクラを迎えに行こう。

 

ま、ご飯を蒸らすのに丁度いいかな。

 

 

「んじゃ、ちょっと行ってくるね」

 

 

そう言うと俺は窓から飛び出した。

 

 

「えぇっ!?ちょ……!ここ4階……」

 

「関根、太一だぞ」

 

「ああ……そうでしたね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま〜」

 

「ニャ〜……」

 

 

サクラが若干拗ねてる。

 

多分ご飯が無いからだろう。

 

 

「ごめんごめん」

 

 

頭を撫でてみる。

 

 

「んにゃ〜」

 

 

ふっ、ちょろいな。

 

目を細めて気持ちよさそうにしている。

 

 

「にゃ!?」

 

「ごめんごめん」

 

 

ちょろいと思われてちょっとご立腹なようだ。

 

 

「ほらほらほら」

 

 

顎の下も撫でてみる。

 

 

「んにゃ〜♪」

 

 

可愛いなぁ。

 

 

「んにゃ!?」

 

 

違う違うと首を振るサクラ。

 

ちょっとからかい過ぎたかな。

 

 

「サクラ、今日はみんなとご飯食べるよ」

 

「にゃ?」

 

「家庭科室で食べるから一緒に行こう」

 

「にゃ〜♪」

 

 

スルスルっと器用に俺の肩へ乗る。

 

やっぱり猫ってすごい。

 

 

「にゃっ!」

 

 

ビシッと右前脚を前に出し「よし行こう!」と意気込むサクラ。

 

よかった、みんなとご飯食べるのは嫌ではないようだ。

 

そのまま俺はみんなの待つ家庭科室へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「いただきまーす」」」」」」」」

 

 

ご飯も炊けて肉じゃがとブリの照り焼きも温め直して8人分の配膳も終えてようやく夕飯だ。

 

温め直している間にサクラのご飯もちゃんと用意しましたよ。

 

時間は夜7時。

 

調理開始から2時間経ってしまった。

 

 

「うまい!いつも通りうまい!」

 

 

雅美が一口肉じゃがを食べて声を上げた。

 

 

「この味だよ!私が食べたかったのは!」

 

「確かに凄く美味しいわね……」

 

「だろだろ!?」

 

 

なんで雅美がそんなに胸を張っているかはさておき、俺自身も美味しいって言ってくれて素直に嬉しい。

 

 

「このブリの照り焼きもとっても美味しいですぅ〜!」

 

「このお味噌汁もダシが効いてて美味しいです!」

 

「浅はか……美味い……」

 

「女子力の塊ですね、篠宮さん」

 

「いやいや、そんなことないよ」

 

「っていうか先輩がこんなに料理上手だったら私の出る幕がないじゃないですか!」

 

「おっ、しおりも料理するの?」

 

「え、えっと……えへへ〜」

 

 

あ、これしないやつだ。

 

 

「関根、誤魔化せてないぞ」

 

「いやしませんよ!?しませんけど!彼氏においしいご飯を振る舞って頭とか撫でられたいじゃないですか!そんでもっていい雰囲気になって『あ、片付けは俺がやるから』『いえ!私がやります!先輩は休んでてください!』『いやいや、作っておいてもらってそれは悪いよ』『じゃあ2人でやりましょう!そうすれば早く終わるし、一緒にいられますし!』『しおり……』ってな流れになって最終的にいい雰囲気のまま一緒にゴールインっていう流れにできるじゃないですか!?」

 

 

雅美からのツッコミでしおりからボロボロと本心が出てきた。

 

 

「いやゴールインまでの過程すっ飛ばしすぎだろ……」

 

「あさはかなり」

 

 

ほら、ひさ子も呆れ気味だ。

 

 

「そう言えば太一くん」

 

「ん?」

 

「得意料理とかは何があるかしら?」

 

「得意料理……得意料理ねぇ……」

 

「そういや太一の得意料理って知らないな」

 

「得意料理っていう得意料理は無いかなぁ」

 

「今日のご飯は得意料理じゃないんですか?」

 

「特段得意って訳じゃないよ」

 

「えっ……このレベルで得意じゃないって……」

 

 

なんだかしおりの顔が絶望になった。

 

 

「これじゃあどんだけ修行しても追いつけないじゃないですか……」

 

 

凹みながらブリの照り焼きを一口。

 

 

「ん〜!一生先輩に作って貰えばいっかぁ〜!」

 

 

すぐに立ち直った。

 

 

「っていうか同棲すれば毎日このレベルの飯が食えるのか……」

 

「そうだぞ〜ひさ子。和食だけじゃなくて洋、中、伊、その他いろんなジャンルの飯が食えるぞ〜」

 

「こらこら雅美、あんまりハードル上げないでよ」

 

「えー、上げてもなお余裕で飛び越えれるからいいじゃん」

 

「その一言でまた余計なハードルが上がったよ……」

 

 

ほら、みんな目がキラキラしてる。

 

 

「よぉーし!今後も太一くんの美味しいご飯が食べられるよう、今後も太一くんと交際が続けられるよう、明日は頑張るわよ!」

 

「「「「「「「おー!」」」」」」

 

 

ゆりからの号令にその場にいた全員が反応する。

 

 

「あ、あと神への糸口を掴むためにも頑張るわよ!」

 

 

もとはそっちがメインの活動じゃないんですかね、死んだ世界戦線。

 

その後は他愛もない雑談を交えご飯を食べた。

 

ちょっと多いかな?と思っていたお米5合も気づけば完食されていた。

 

残ったらおにぎりにして冷凍でもしておこうかと思っていたが、その目論見は外れてしまった。

 

 

「ふぃ〜、美味しかったです〜」

 

「久々に大満足だ〜」

 

「私もここまで美味しいごはんは初めてでした」

 

「あさはかなり」

 

 

皆さん満足してくれたようでなによりです。

 

明日の作戦も朝早いということで、ぱぱっと片付けて解散という感じになった。

 

片付けが終わった頃にはすでに時計は8時30分を指していた。

 

 

「じゃあまた明日ね」

 

「じゃ、また明日な」

 

「ええ、明日は頑張りましょ」

 

「おう、また明日な」

 

「寝坊しちゃだめですからね!」

 

「先輩はしおりんみたいに寝坊なんかしないよ……」

 

「あさはかなり」

 

「おやすみなさい」

 

 

家庭科室を出て校舎の外へ出て、少し歩いて寮の前。

 

非常に名残惜しいが、今日はもう解散だ。

 

俺は彼女たちが寮の中へと消えていくまで見送った。

 

そして全員の姿が見えなくなった。

 

 

「にゃ〜」

 

「ん、帰ろっか」

 

 

全員の姿が見えなくなったのを確認すると、俺とサクラは俺の部屋へと戻った。

 

そしていつものように一緒にお風呂に入り、ちょっとサクラと遊んで時刻はもう10時。

 

高校生にとって10時といえばまだまだ寝る時間ではないだろう。

 

事実、俺自身も10時に寝るのを習慣にはしていない。

 

ただ明日は大切な大切な作戦の実行日ということもあり、もう寝ることにしよう。

 

 

「にゃ〜」

 

「ん?今日は一緒に寝る?」

 

「んにゃっ!」

 

 

そういえば最近は彼女たちが泊まりに来ててサクラと一緒に寝るってしばらく無かったな。

 

 

「ほらほら、こっちこっち」

 

「にゃ〜」

 

 

布団を捲るとその中にサクラが入って来る。

 

普通は布団の上とかで丸くなるもんじゃないの?って思ったそこのあなた。

 

私もそう思います。

 

が、なぜか知らないがサクラは俺の腕に頭を載せて丸くなって寝るのが好きらしい。

 

まあ、毎日彼女たちに腕枕してるし、俺の寝る体制はあんまり変わらない。

 

 

「それじゃ、おやすみ〜……」

 

「にゃ〜……」

 

 

明日の頑張り次第で今後の運命が大きく変わる。

 

そう思いながら俺は明日へと備えて意識を暗闇の中へと落とした。




次回は8年後
嘘です。なる早で投稿します。


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第二十五話「テスト」

Q.なんでこんなに遅いの?
A.え?早くない?


第n話

「とうとうこの日が来たわね」

 

「って言っても昨日から動いた作戦だけどな」

 

「はいそこ!変なツッコミを入れない!」

 

 

昨日の作戦立案から早一日。

 

俺たちはテストが始まる前に校長室へと集まり作戦の打ち合わせを行っていた。

 

 

「それで?作戦は昨日話していた通りか?」

 

「ええ、概ねその通りよ。ただし、天使に気付かれたらまずいから、書き換え要員の他に全員の注目を集める役目が要るわ」

 

「全員の注目を集める?」

 

 

ひさ子が代表して問う。

 

 

「なんか突拍子もないことをしてクラスにいる全員の目線を集めなさい。そして見ていないうちに答案をすり替えるわ」

 

「えっ……それって結構難易度高くないですか?」

 

「ええ。でも普段からNPCの注目を集めているあなた達なら楽勝でしょ?」

 

「いや状況が違いすぎるだろ」

 

 

珍しく雅美がツッコミを入れる。

 

 

「とにかく、やらないと作戦失敗で終わる可能性が出てくるわよ?」

 

「うぐっ……」

 

「それを言われるとなぁ……」

 

「やるしかないっていうか……」

 

「やるしかなくなりますよねぇ……」

 

「あさはかなり」

 

 

5人とも渋々ながら了承したようだ。

 

 

「ところでゆりっぺさん」

 

「なぁに?遊佐さん」

 

「もし天使の前の席が取れなかった場合の作戦は考えてあるんですか?」

 

「ないわよ」

 

「「「「「ないんかい(ですか)!」」」」」

 

 

全員の声がハモった。

 

まあ、俺も言いそうになったけどさ。

 

 

「ま、期待してるわよ、太一くん」

 

 

パチンとウインクをするゆり。

 

そんなに可愛くお願いされても保証はできないよ。

 

 

「あ、そうだ。今回の作戦中は私たちと太一くんの接触は一切禁止するわ」

 

「はぁ!?太一と会話できないのか!?」

 

 

反射的に驚く雅美。

 

 

「忘れているかもしれないけど、あなたたちはGirl's Dead Monsterよ。もし太一くんと付き合っていることがバレたら校内での人気が地に落ちる可能性があるわ。そうなると今後陽動部隊として使えなくなるもの」

 

「そりゃあ……まぁ……」

 

 

んまぁ、真っ当な理由だ。

 

 

「ゆり」

 

「どうしたの?椎名さん」

 

「私は話しかけてもいいと思うんだが」

 

「ん〜……正直問題はないのだけど……」

 

「だけど?」

 

「陽動班の4人に対して不公平じゃない。一応チームプレーの作戦だから、全員で足並みを揃える必要があるわ。この不公平さが原因で仲間割れを起こして作戦失敗になったり、今後の関係にヒビが入っても嫌ね」

 

「そうか……」

 

 

わかりやすく肩を落とす椎名。

 

 

「っていう訳で遊佐さん、例の物を」

 

「はい」

 

 

遊佐から俺に黒い物体が手渡された。

 

 

「これは……」

 

「トランシーバーよ。緊急で伝えなきゃいけないことがあるときは遊佐さんを通じて連絡するわ」

 

 

なるほど、これで不公平さを無くそうっていうわけか。

 

 

「私も勿論我慢するわ。3日間の辛抱よ」

 

「「「「「「3日間も!?」」」」」」

 

 

遊佐を除くの声が揃った。

 

 

「あの、ゆりさん、流石に俺も3日間も交流できないとなると寂しいんですが……」

 

「彼女たちはライブか食堂以外では滅多に生徒たちの前に出ないのよ。それが試験の時に教室に現れる。そうなると熱狂的なNPCが彼女たちをつけてくるかもしれないわ。その結果付き合っているのがバレるってことも十分考えられるわ」

 

 

確かに考えられなくもない。

 

 

「じゃあ、校長室ならいいんじゃないか?」

 

「尾行された結果NPCが校長室のトラップに引っ掛かったらどうするのよ。一般生徒は巻き込まないっていう戦線のルールが破られるわ」

 

 

ひさ子の提案も一蹴された。

 

 

「私だって本音を言えばここまで厳しい条件を出したくないわ。でもこの作戦を遂行するにあたって今後のことも考えるとこうするしかないのよ」

 

 

苦虫を噛み潰したような表情をするゆり。

 

 

「まぁ……仕方ないか……」

 

 

諦めたように呟く雅美。

 

 

「みんなには大きな負担を掛けて申し訳ないと思うわ。でも成功すれば天使の目を気にしながら交際する必要もなくなるから、今回の作戦、絶対に成功させましょ」

 

 

ゆりの言葉を聞いて全員が顔を見合わせる。

 

そしてひさ子が口を開いた。

 

 

「……うしっ!一丁やってやるか!たった3日間の我慢で今後の太一との生活が決まるんだ!頑張らねぇわけにはいかねぇだろ!」

 

 

やたらと威勢のいい声で喋るひさ子。

 

過去の経験からいくとこれは無理をしているときの声色だ。

 

しかし、ひさ子の無理で全員の表情が変わった。

 

 

「……そうだな、頑張るしかねぇな!」

 

「はい!私も全力を尽くすことを誓います!ね?みゆきち!」

 

「はい!私も誓います!」

 

「私も誓います」

 

「あさはかなり」

 

「みんな……」

 

 

全員から理解が得られてゆりの表情が明るくなる。

 

 

「もちろん、太一くんもいいわよね?」

 

「もちろん」

 

 

全員の意思を確認すると俺たちは校長室を後にし、天使のいるテスト部屋へと移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テスト開始。

 

みんなそれぞれの席へと座り、テストを受けている。

 

もとい、テストを受けるフリをしている。

 

ガルデモが教室内に現れたことでテスト開始前はNPCたちが相当ざわついていた。

 

やっぱり凄いんだな、俺の彼女たち。心の底から尊敬する。

 

しかし、そのざわつきも教師の登場により鎮静化された。

 

ゆりから「真面目にテストを受けると消える可能性があるわ」と言われ、全員が思い思いの暇潰しをしている。

 

ちなみに、俺は無事に天使の前の席を確保できた。

 

ええ、自分でもかなりビックリしましたよ。

 

ビックリしたっていうか割と引きました。

 

くじ引きだけに。

 

つまんない?はは、ごめん。

 

さて、ゆりからは「バカみたいな答え並べといて」と指示をもらっている。

 

って訳で、上から将来なりたいものでも書き連ねていこうかと思う。

 

Q.20Ωの抵抗に3.0Vの電圧を加えたときに流れる電流は何Aか?

 

A.電車の車掌さんA〜

 

…………うん。これはヤバいほどのバカだ。

 

真面目に書いているのだとしたら救いようがない。

 

ちなみに本当の答えは0.15アンペ……おっと、いかんいかん。

 

真面目に答えちゃだめなんだった。

 

その後も将来なりたそうな職業ランキングを勝手に想像し、いよいよ一つ目のテストの終わりを迎えた。

 

チャイムがなると同時にしおりが席から立ち上がり、グラウンドの方を指さした。

 

 

「な、なんじゃありゃあ!グラウンドから超巨大なたけのこがニョキニョキとぉーー!!」

 

 

……………………。

 

誰も何事も無かったかのように答案用紙を後ろから前へ流している。

 

はぁ……、と項垂れるようにして席に座り直すしおり。

 

ゆりの口から「ったく……仕方ないわね」とつぶやかれた瞬間、しおりの椅子の下から推進エンジンが作動し、しおりは天井へと頭をぶつけた。

 

 

「グハッ……」

 

 

そのまま気絶をするしおり。

 

流石に全員の目線がしおりに行った。

 

俺はその隙に答案用紙を無事にすり替えることに成功した。

 

 

5分後。

 

 

「あなたがミスした時のために椅子の下に推進エンジンを積んでおいたのよ。どうだった?ちょっとした宇宙飛行士気分は」

 

 

サラリと恐ろしいことを述べますねゆりさんは。

 

 

「一瞬で天井に激突して落下しましたよ!ってか推進エンジンなんてよく作れましたね!」

 

 

しおり、かなりご立腹だ。

 

ちなみに俺はNPCと同じ制服を着てずっと自分の席で待機している。

 

この会話も彼女たちのものを盗み聞きしているものだ。

 

 

「フォローしてあげたんだから感謝なさいよ」

 

「うぐっ……」

 

 

やっぱり、ゆりは業務モードに入るとかなり横暴というか冷酷というか、作戦成功の為には手段を選ばないというか、そんな性格になるようだ。

 

……この作戦が終わったら思いっきりしおりのことを甘やかそう。

 

 

「とりあえず、作戦は成功したみたいね」

 

 

ゆりが俺の方にアイコンタクトを送ってくる。

 

事前にゆりから「肯定する時は1回咳払い、否定する時は上を見なさい」と言われている。

 

俺は一回咳払いをした。

 

 

「じゃ、次は岩沢さん」

 

 

特に俺の咳払いにリアクションを起こすことなく、淡々と作戦の打ち合わせを続ける。

 

まあ、変に反応する必要もないし、伝わっているだろうからそれで正解だ。

 

 

「私?」

 

「みんなの気を引く役ね」

 

「それは関根の役割じゃねえのか?」

 

「オオカミ少年の話、知ってる?」

 

「繰り返される嘘は信憑性を失っていく……」

 

「そう言うわけ♪」

 

 

満面の笑みで答えるゆり。

 

…………ドSだなぁ……。

 

 

「辞退してもいいか?」

 

「ふふ〜ん……やるのよ」

 

 

一切笑顔を崩さないところが凄いよね。

 

 

「諦めて飛んで下さい。そして天井に激突して下さい」

 

 

しおりが仲間欲しさに脅しをかける。

 

 

「絶対全員が注目する何かを考えださねぇと……」

 

 

お、珍しく雅美の焦っている様子を見られた。

 

これはレアだね。

 

って訳で2時間目。

 

世界史のテストだ。

 

う〜ん……地球は宇宙人に侵略されていることにして答えるか。

 

割と面白い設定で解答できたけど、これ完全に関○夫の世界観になったな。

 

まあ、妄想を膨らませて楽しく書けたし、2時間目もあっという間に終わった。

 

って訳で2時間目終了。

 

注目の我が幼馴染、岩沢雅美さんの出番だ。

 

 

「みんな聞いてくれ」

 

 

雅美が席から立ち上がり、そう一言言っただけで全員がそっちに注目した。

 

 

「今度またライブをやる。新曲も盛り込んで新メンバーも入れたスペシャルなライブだ。是非みんな見に来て欲しい」

 

 

そういうとNPCたちから歓声が上がった。

 

その隙に答案用紙をすり替える。

 

やっぱりスゲーな、俺の幼馴染。

 

驚くべきカリスマ性だ。

 

何点か引っかかる箇所があるけども。

 

 

5分後

 

 

「流石よ岩沢さん!」

 

「咄嗟に考えたんだけど……良かったか?」

 

「ええ!最高だったわ!」

 

「でも良かったのか?新曲とか新メンバーとか勝手に言っちゃって」

 

「いいのよ別に。新曲だってあるし新メンバーだっているもの」

 

「ちょっと待てぇーい!」

 

 

しおりが急に不服を申し立てた。

 

 

「なんで岩沢先輩の時だけみんな振り向くんですか!私の時は誰も注目しなかったのに!」

 

「そりゃあ大きなたけのこなんか生えてないもの。どう聞いても嘘の言葉なんか誰も聞く耳を持たないわ」

 

「うぐっ……」

 

 

そういう問題なのだろうか……?

 

まあ、あえて多くは語らないでおこう。

 

 

「じゃあ、次リベンジする?」

 

「ええ!リベンジします!」

 

 

何かしらの盛大なフラグが成立したことを確信した3時間目。

 

教科は英語だ。

 

う〜ん、全部カタカナで書いとくか。

 

内容は全て正解だが、表記は半角カナ。

 

バカみたいな答えというよりバカにしている答えだね。

 

文字を書いていると無駄にフォントとか凝り出してしまった。

 

あ、影とか付ければ素敵かもとか、立体的に書いたら素敵かもとか。

 

なんだかんだ退屈せずに3時間目終了。

 

そして、しおりのリベンジだ。

 

例の如くしおりは椅子から立ち上がり、さらには机の上に立った。

 

 

「みんな聞いて!今度のライブ、私も頑張って演奏する!いつもより気合い入れて練習してる!だからみんな、絶対聴きに来て!」

 

 

ミュージカルでやるような大袈裟な動作と媚を売るような表情を使うが、NPC達は我関せずといった感じで答案用紙を前に流し続ける。

 

その瞬間、机の下から再び推進エンジンが作動した。

 

 

「うぉおおお!?」

 

 

しおりの断末魔と同時にNPC達の視線が集まる。

 

その隙に三度答案用紙をすり替えることに成功した。

 

…………っていうか机にも仕込んであったのか……。

 

 

5分後

 

 

「なんで事実を言ったのにダメなんですか!って言うかなんで机にまで仕込んであるんですか!」

 

「万が一を考えて準備しただけよ」

 

「万が一が過ぎますって!」

 

「っていうか関根、お前人気無いな」

 

「うぐっ……!?」

 

 

ああ、雅美さん、火の玉ストレートです。

 

みんな内心思っていても口に出さなかったやつです。

 

 

「ほ、ほら!しおりんと私は縁の下の力持ちって言うか、基本あんまり目立たないポジションだから!わかる人はわかる言わば隠れた名店的な存在だから!」

 

 

みゆきが必死にフォローを入れている。

 

うん、この3日間が終わったら思いっきりしおりを慰めよう。

 

大丈夫、俺にはしおりの必要性、わかるぜって感じで。

 

 

「さて、今日のところはこれでおしまい。みんな、お昼にしましょ♪」

 

 

そういうとゆりはみんなを引き連れて教室の外へと出て行った。

 

全員すれ違いざまに俺の方をチラチラと見ていくが、俺はなにもリアクションできない。

 

…………思ったよりもこの生活、寂しいな……。

 

あと2日間も続くのか……。

 

…………耐えられるかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、ところ変わって自室に戻ってきた。

 

 

「にゃ〜」

 

 

サクラがお出迎えしてくれた。

 

 

「おーサクラ。よしよし」

 

「んにゃ〜♪」

 

 

ゴロゴロと目を細めながら喉を鳴らすサクラ。

 

可愛いなぁ本当に。

 

さて、午後からどうしようか。

 

いつもなら彼女たちと過ごすため退屈のたの字も感じられないが、今日明日明後日は本当に退屈だ。

 

改めて俺の生活は彼女たちに支えられているんだなぁと実感する。

 

今後はもっと言葉に出して感謝していかなきゃ。

 

そんなことを考えていると部屋のドアがノックされた。

 

 

「あ、はーい」

 

 

ガチャリとドアを開けると、そこには日向がいた。

 

 

「よう!」

 

「お、おう。どうしたの?」

 

 

急すぎてビックリしたよ。

 

 

「んだよつれねーなぁ。ゆりっぺから聞いたぜ?今滅茶苦茶暇なんだってな?」

 

 

なんだその雑な説明。

 

まあ間違っては無いけどさ。

 

 

「つーわけで、これから俺の部屋で麻雀大会やるんだけど、どうだ?」

 

 

あら、とても魅力的なお誘い。

 

前回の親睦会麻雀の後もひさ子からちょくちょくルールと役を教わって、そろそろ実戦に移りたいなって思ってた頃なんだよね。

 

 

「うん、いいよ。やろう」

 

「っしゃ!面子ゲット!そんじゃ、早速行こうぜ」

 

「にゃ〜」

 

「え?行かないの?」

 

「にゃっ!にゃ〜ん」

 

「あ、それはナイスアイデア!サクラありがと〜!」

 

「んにゃあ〜♪」

 

 

サクラを持ち上げて抱きしめる。

 

 

「おいおい、俺にもサクラちゃんがなんで言ってるか教えてくれよ」

 

 

日向がやれやれという感じで聞いてくる。

 

 

「あ、ごめんごめん。サクラが日向の部屋には行かないけど、俺の彼女たちのところへ行って様子見て、夜報告してくれるってさ」

 

「ほー、その手があったか!やっぱりサクラちゃん頭いいなぁ!」

 

「にゃ!」

 

 

当然!と得意げになるサクラ。

 

 

「じゃあサクラよろしくね。夕飯は奮発するよ」

 

「にゃっ!」

 

 

了解!と言ってそのまま部屋を出ていくサクラ。

 

いやぁ、頭の良いペットがいると助かるよ。

 

え?頭良すぎ?

 

それは俺も思う。

 

 

「んじゃ、行こうぜ」

 

「はいよ」

 

 

日向に着いていきながら寮の廊下を歩く。

 

テスト週間ということもあり、廊下には沢山のNPCたちが出歩いていた。

 

なるほど、これはガルデモも尾行される可能性があるわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁーて!始めるぞ!」

 

 

日向の部屋を訪れるとそこにはすでに麻雀卓と牌が並べられていた。

 

面子は俺と日向と……。

 

 

「よう、久しぶりじゃねえか」

 

 

藤巻と……。

 

 

「……なんでここにいるの?」

 

「ゆりっぺに用事があって来たんだがな、なにやら面白そうなことになっていると聞いてな」

 

 

チャーだ。

 

 

「チャーが卓囲むなんて珍しいな」

 

「ああ、俺も本来の予定通りならそのままギルドへ戻るんだがな、面白そうでつい」

 

 

いやいやいや、ついじゃないよ。

 

 

「まぁまぁ、打ちながら話そうぜ」

 

「ま、それもそうだな。今日は勝つのが目的というより篠宮の面白そうな話をギルドの土産にするのが目的だからな」

 

 

ハッキリいうね、チャーは。

 

まあ、そんなこんなで始まりました日向主催の麻雀大会。

 

今回は各々の所有する食券を賭けて勝負するようだ。

 

焼き鳥アリの馬は10-20、点数の端数は五捨六入。

 

10P毎に食券1枚トレードの全部終わってから精算だそうだ。

 

って言われてもよくわかんないや。

 

ま、勝てば良いんでしょ。

 

山を積んで親まで決め、配牌が終わったところからスタート。

 

東一局、親はチャー。南家は日向、西家は藤巻、北家は俺だ。

 

 

「んで、篠宮。お前彼女たちとどこまで行ったんだ」

 

「いやいや、話ぶっ込みすぎでしょ」

 

「そうだぞチャー、まずはABCのAくらいのエピソードから聞くもんだぞ」

 

「違う違う、もっとかるーい日常的なところとか、最近の様子とか聞いて場が温まってからだよ。あ、ツモ、地和、緑一色、四暗刻」

 

 

ツモっちった。

 

 

「はああぁぁぁぁぁ!?」

 

「トリプル役満……だと……!?」

 

「お前、積み込みとかやってねぇだろうな?」

 

 

まあ、疑われるよね。

 

 

「やってないよ。っていうか藤巻と日向の山から取ってたでしょ」

 

「た、確かに……」

 

 

はい、嫌疑不十分。

 

っていうかそもそもやってないし。

 

 

「そういやゆりっぺが言ってたなぁ。篠宮はとんでもねぇ強運の持ち主だって」

 

「トリプル役満一巡目ツモって強運どころじゃねぇだろ……」

 

「まぁ、疑うんなら今のノーカンでも大丈夫だよ。正直俺自身申し訳ないし」

 

「いや、麻雀に慈悲はいらねぇ。仮にテメェがイカサマしてたとしても現場を抑えられなかった俺らの落ち度だ」

 

 

なんか藤巻が男らしい。

 

っていうかイカサマはやってないって。

 

 

「ま、藤巻の言う通りだな。負けは負けだ」

 

「しゃーねぇ、受け入れるしかねぇかぁ」

 

「なんか、ごめんね」

 

「いやいや!篠宮が謝る必要なんてないんだぜ?」

 

「そうだ。って言うか今のは完全に運だから誰が悪いってこともねえよ」

 

 

あ、ホントに?

 

じゃあいいや。

 

 

「うし、じゃあ次始めっか」

 

「あ、俺一応山積まないどくよ。お願いしてもいい?」

 

「別に積んでもかまわねぇが……篠宮がそうしてぇっつうならいいぞ」

 

「ありがと、日向」

 

 

さてさて、そんなこんなで2回戦目。

 

東一局、親は俺、南家が日向、西家が藤巻、北家がチャー。

 

 

「さて、改めて聞くけどよ」

 

「なに?」

 

「あいつらとはどこまで行ったんだ?」

 

「いやいや、だからぶっ込み過ぎだって。あ、それカン」

 

「白カンかよ」

 

「俺の国士が……」

 

 

日向の国士が無くなったようだ。

 

 

 

「あ、發暗槓」

 

「おいおい……」

 

「あ、中暗槓」

 

「おいいいぃぃぃぃ!!!」

 

「二巡目で役満確定ってマジか……」

 

「だめだこんなの、運だ運。わかりゃしねぇよ」

 

「しかも親満だぞこれ……」

 

「いやぁ、なんか集まって来ちゃうね」

 

「『なんか集まって来ちゃうね』のレベルじゃねーぞこんなん!」

 

「篠宮、お前はもっと自分がやばいことをしてるのを自覚した方がいい」

 

「こんなん見たことねぇぜ……」

 

 

全員みるみるうちに顔色が変わっていった。

 

特に日向は「切るの怖ぇえよ!」と騒いでいる。

 

 

「い、いや流石にな?流石に大丈夫だよな?」

 

 

そう言って捨てたのは北。

 

 

「あ、カン」

 

「あっぶねぇぇぇぇぇ!けどやべええぇぇぇぇ!!!」

 

「おいおい、ダブル役満どころかまたトリプル役満狙えるぞこれ」

 

「やべ、四槓子とか初めて見たわ。チャー、カメラ持ってねぇか?」

 

「藤巻、気持ちはわかるが写真撮ってる場合じゃなさそうだぞ」

 

「あ、ツモ。大三元、四槓子、字一色」

 

「「「………………」」」

 

 

全員言葉を失ってしまった。

 

いや、ごめんて。

 

 

「………………も、もう今日は麻雀やめて他のことするか?」

 

「いや、ここまで来たらやってやろうじゃねぇか!」

 

 

逆に藤巻が燃えている。

 

 

「日向!チャー!お前ら食券は残り何枚だ!」

 

「俺は150枚あるけどよ……」

 

「俺は200枚ちょっとあるぞ」

 

「なら全ツッパすんぞ!」

 

 

「なら」の意味はわからないが、とりあえず続行するようだ。

 

そして1時間後。

 

 

「あ、ロン。人和、国士無双十三面待ち」

 

「うおおおぉぉぉ!すっげー!」

 

「だから一巡目に役満に絡みそうな牌は切るなとあれほど言っていただろう」

 

「くっそおおぉぉぉ!」

 

 

これで10戦目が終わった。

 

 

「いやー、無理無理。絶対お前には勝てねぇわ」

 

「毎局天文学的確率出されたら勝ち目なんかねえわな」

 

「ってか一回も東一局より後いってねぇぞ」

 

「はは、まあ、偶々だよ」

 

「これが偶々ってお前マジかよ……」

 

 

藤巻が信じられねぇという目で見てくる。

 

 

「んま、精算すっかぁ」

 

「そうだな。えーっと、篠宮が+1580……マジでバケモンじゃねぇか……。んで、日向が-618、チャーが-456、俺が-506と……」

 

「あ、みんな食券10枚ずつで大丈夫だよ。なんか貰いすぎちゃって申し訳ないし」

 

「いや、キチンと受け取ってくれ。ここをなぁなぁにしたら賭け事ってもんは成り立たなくなる」

 

 

やはり麻雀に対しては人一倍熱い男、藤巻。

 

そんなこんなで俺は一気に156枚の食券を手に入れた。

 

え?158枚じゃないのかって?

 

端数は切り捨て計算みたいよ。

 

 

「さぁ〜て、どーすっかなぁ」

 

「これ以上麻雀続けても傷口を広げるだけだぜ」

 

「お、麻雀狂の藤巻も流石にやめか」

 

「ったりめーだ。毎局トリプル役満で和了るバケモンがいるんだぜ?」

 

 

字面だけみたらギャグだよね。

 

 

「んで、篠宮」

 

「ん?」

 

「ゆりっぺたちとはどこまで行ったんだ?」

 

「いやいやいやいや」

 

 

いやいやいやいや。

 

なに改めてストレートに聞いてきてんのさ。

 

 

「麻雀中はそんなこと聞く余裕もなかったからな。改めて教えてくれ」

 

 

チャーがニヤニヤしながら聞いてくる。

 

こんにゃろうどうしてもギルドへの手土産をゲットするつもりだな。

 

 

「いや〜教えたいのは山々なんだけどさ〜。俺個人じゃなくて彼女たちのプライベートも言うことになっちゃうから、俺の口からは言えないな〜」

 

 

と白々しくチャーの質問をかわそうとしたその瞬間、ポケットに入っていたトランシーバーから声が聞こえた。

 

 

『篠宮さん、篠宮さん聞こえますか?』

 

「この声は……遊佐か?」

 

 

日向が反応する。

 

 

「あ、えーっと、聞こえるよ。何かトラブル?」

 

『いえ、特段トラブルということはありません』

 

「じゃあどうしたの?」

 

『少し、篠宮さんの声が聞きたくなりました』

 

 

なんじゃその理由。

 

 

「ごめん、今ちょっと日向の部屋にいるからさ、後ででも大丈夫?ざっと5分後くらい」

 

『はい。お待ちしております』

 

 

ザッというトランシーバー独特の音が鳴ったあと遊佐の声が途絶えた。

 

 

「お前まさか遊佐まで……」

 

 

最高の手土産を手に入れたと勘違いをするチャー。

 

 

「いや別に遊佐とはそんな関係じゃないよ……」

 

「いやいや、普段遊佐から話しかけてくるなんてあり得ねぇぞ?」

 

「しかも理由が『声が聞きたいだけ』とはなぁ……」

 

 

藤巻と日向もチャー側の人間のようだ。

 

3人ともニヤニヤしながら俺を見てくる。

 

 

「お、俺部屋に戻るね!」

 

「おう、ごゆっくり〜」

 

 

3人の暖かい目を背中で感じながら日向の部屋を後にする。

 

……暖かいというより生暖かいの方が適切だったな、あの目線。

 

と言うわけで戻ってきましたマイルーム。

 

サクラはまだ戻って来ていないようだ。

 

多分夜まで彼女たちに密着しているだろう。

 

椎名に捕まって身動きが取れなくなっていなければいいけど。

 

さて、サクラがどうなっているか身を案じるのも大事だが、今の最優先事項は遊佐だ。

 

遊佐のことだから本当に声が聞きたくなっただけということはあるまい。

 

きっと何か重大なトラブルが起きたに違いない。

 

俺は少し緊張しながらトランシーバーを取り出し、ボタンを押そうとした。

 

そのとき。

 

 

『篠宮さん、5分経ちました』

 

 

丁度遊佐から無線が入った。

 

 

「え?あ、ああ、ごめん」

 

 

タイミングの良さに思わず戸惑ってしまった。

 

 

『乙女との約束の時間を守れないと嫌われますよ?』

 

「ごめんって……善処するよ」

 

『冗談です』

 

「冗談かい……」

 

 

俺の予想と反して遊佐は軽口を叩いてくる。

 

…………本当にトラブルなんかなく、ただ話したかっただけ……?

 

 

「ねぇ遊佐」

 

『はい』

 

「一応確認なんだけど、特に重大なトラブルとか起きてない?」

 

『サクラさんが椎名さんに捕まって身動きが取れなくなっている以外で特にトラブルは起きていません』

 

 

あ、やっぱり捕まっていたか、サクラ。

 

 

「……ってことは本当にただ話したかっただけ……?」

 

『だから初めからそう申しているじゃないですか』

 

「はぁ〜……よかった……」

 

 

よかったよ、特にトラブルが無くて。

 

いやまぁサクラは今トラブルに鬼巻き込まれている最中なんだろうけど。

 

 

『そう言えば昨日の夕飯、とても美味しかったですよ』

 

「あ、本当?良かったぁ」

 

『今まで食べたご飯の中で間違いなく一番でした』

 

「あはは、みんな買い被りすぎだなぁ」

 

 

自分の作った料理を褒められるのはとても嬉しいが、あんまり高すぎる評価を受けすぎると背中がムズッとするね。

 

 

『照れ隠しですか』

 

 

まぁ照れ隠しの一種ではある。

 

 

「いやぁ、あんまり褒められるのに慣れてなくてさ」

 

『篠宮さんはもう少し自分が凄い人物であると自覚した方がいいですよ』

 

「別に俺は凄い人じゃないよ」

 

『6人も彼女がいる時点で胸を張るべきです』

 

「いやいや、俺よりも他の女の子と付き合っていることを受け入れている6人の方が凄いよ」

 

 

それでいてそこまでギクシャクしている感じは今のところないし。

 

もしかしたら俺の知らないところでなんかギクシャクしてるのかな?

 

今度何気なしに聞いてみようかな。

 

 

『確かにそうですね。あと、その心配は無いですよ。皆さん篠宮さんのいないところでも仲良くやっています』

 

「あ、本当に?良かった」

 

『おや、驚かないんですか?』

 

「ん?なにが?」

 

『どうして考えていることが分かったの?的なリアクションを期待していたのですが』

 

「あ〜……俺なんかみんなから考えていること見抜かれちゃうんだよね。だから多分慣れっこになっちゃったのかも」

 

『どれだけ顔に出やすいんですか』

 

「自分では意識してないんだけどなぁ……って、もしかして遊佐、俺の部屋覗いてる?」

 

『はい、覗いてますよ』

 

「えっ、マジで?」

 

『冗談です』

 

 

遊佐が言うと冗談かどうか分からないなぁ。

 

ま、遊佐のことを信じますか。

 

その後も遊佐との他愛もない雑談は2時間ほど続いた。

 

最近の出来事や俺の昔話、戦線の昔の話、それぞれのメンバーの近況など、本当に様々な話をした。

 

って言うか遊佐ってこんなに話すんだ。

 

ちょっとどころじゃなく、かなり意外。

 

 

「ははっ、それはユイも災難だったね」

 

『はい……っと、もうこんな時間ですね』

 

「あ、本当だ」

 

 

時計を見ると短針は5と6の間を指していた。

 

 

『そろそろ私はお風呂に入ってご飯を食べます』

 

「ん、じゃあそろそろお開きだね」

 

『はい、今日は長々とありがとうございました』

 

「ううん、こっちこそありがとう」

 

『では明日も頑張ってください』

 

「うん、遊佐も頑張ってね」

 

『はい。ではまた』

 

「うん、また」

 

 

軽くお別れの挨拶を済ませてトランシーバーを置く。

 

……今更ながらトランシーバーってこんな長話する為のもんじゃないよな……?

 

さて、俺もそろそろご飯の準備しますか、と思っていたその時。

 

 

「んにゃあ……」

 

 

サクラが帰ってきた。

 

 

「あ、おかえり、サクラ」

 

「にゃ……」

 

 

すんごい疲れている様子だ。

 

 

「やっぱり、椎名?」

 

「にゃっ」

 

 

その通りと訴えかけてくる。

 

 

「それは大変だったね〜」

 

 

そう言いながらサクラを抱きしめ、背中をさする。

 

 

「んにゃあ〜」

 

 

甘えた声で鳴きながらゴロゴロとのどを鳴らすサクラ。

 

ん〜、可愛い。

 

そこからサクラから雅美たちの様子を聞いた。

 

サクラ曰く、今日はみんなでゆりの部屋に集まって俺について語り合っていたらしい。

 

どんな内容?と聞いてもそこは教えてくれなかった。

 

なにも乙女の秘密だそうだ。

 

そういえばサクラも女の子だったね。

 

別に悪口とかは言ってないから安心して、だそうだ。

 

まぁ悪口言われてなきゃいいか。

 

まぁまぁ盛り上がってて、今もなお続いているとのことだ。

 

明日に響かなければいいけど。

 

さて、そろそろご飯作って風呂入ってサクラと遊んで寝るとしますか。

 

明日もあるし、今日も早めに寝よう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3日目午後。

 

俺は音無と2人で屋上に来ていた。

 

 

「んで?どうだったんだ?今回の作戦」

 

 

音無が問う。

 

 

「まぁ、作戦自体はうまく行ったと思うよ」

 

「けど、こんなことで何が変わるのか?」

 

「さぁ?」

 

「さぁって……そんな悠長な……」

 

「結果が出るまで上手くいったかなんてわかんないよ」

 

「……そうか」

 

 

音無はこの作戦に消極的な意見を持っている様だ。

 

確かに、何か変わるなんて保証はないが、それにしてもこの作戦に肯定的ではないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそんなこんなで孤独の3日間が終わった。

 

まぁ、孤独って言ってもサクラがいたからそこまでの孤独じゃなかったけど。

 

2日目には椎名が流石の身体能力を駆使し、サーカスのような技で生徒たちの注目を集めたり、しおりがまた推進エンジンで天井まで飛んでいったり。

 

3日目にみゆきが天使に告白したときには割とショックを受けたりした。

 

あと、ひさ子が教壇に登ってセクシーなポーズを取った時にはなんか嫉妬心が沸いてきた。

 

嫉妬心というか独占欲というか。

 

そしてその3日目も無事に終わり、俺たちは久し振りに校長室へと集まっていた。

 

 

「それじゃあみんなグラスは持った?かんぱ〜い!」

 

「「「「「「かんぱ〜い!」」」」」」

 

 

ゆりの音頭に始まり、俺たちは一足早い祝勝会を開いていたという訳だ。

 

 

「いや〜大変だったわね」

 

「主に私たちがな」

 

「ええ。とっても感謝してるわよ」

 

「……ま、それなら良いんだけどよ」

 

 

ひさ子からの冷たい目線もなんのそのと言った感じのゆり。

 

やっぱりリーダーたるものそのくらいで動揺なんてしていられないのかな。

 

 

「んで?本当に成功したんだろうな?」

 

「ええ、既に天使が全教科0点を取った噂はNPCの間で広まっているわ。しかもそれが教師を馬鹿にした解答ばかりだったってね」

 

「NPCのくせにミーハーな奴らだなぁ」

 

「NPCだからミーハーなのよ」

 

 

言い得て妙ではある。

 

 

「ま、時が来るのを待ちましょ。今出来ることは大人しく待つのみよ」

 

「てことは……」

 

 

なんか雅美が目を輝かせながらこっちを見ている。

 

 

「太一〜!」

 

「おわっ!?」

 

 

ギューっと抱きついてきた。

 

 

「3日間寂しかったぞ……!」

 

 

俺の胸に頭を擦り付けてくる雅美。

 

まるで3日分の穴を埋める様な感じだ。

 

思い返せば前世から含めて3日も雅美と口をきかないなんてことは無かったからな。

 

そんなことを思っていると、俺の手は自然と雅美のことを撫でていた。

 

 

「〜〜〜〜っっ!!」

 

 

声は出ていないが、喜んでいてくれるのはハッキリとわかった。

 

そして、その様子を見ていた他の面々からも声が上がった。

 

 

「おい太一、岩沢が終わったら次私な」

 

「はいはい、分かってるよ」

 

 

そんなこんなで俺と彼女たちは3日間の穴を埋める様に抱きしめ合ったり、愛を囁き合ったりして過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

 

戦線メンバー幹部とガルデモ4人は体育館前の踊り場に集まっていた。

 

そして、それは全校集会で告げられた。

 

 

「と、言うわけでありまして、立華奏さんは本日をもって生徒会長を辞任」

 

「そんな……!」

 

 

音無が反応する。

 

 

「つきましては生徒会副会長の直井くんが生徒会長代理として……」

 

 

なおも校長先生の話は続く。

 

 

「辞任じゃなく、解任ね」

 

「ゆりっぺ……」

 

「果たして一般生徒に成り下り、大義名分を失った彼女に私たちが止められるかしら?今夜オペレーショントルネード決行よ」

 

「え……?」

 

 

雅美から素っ頓狂な声が出る。

 

 

「聞こえなかった?オペレーショントルネード決行よ」

 

「いやゆり、そりゃ無理だ」

 

「はぁ!?無理だって、なんで無理なのよ!」

 

 

雅美の言葉に動揺を隠せない様だ。

 

って言うかやるならやるって事前に伝えておけよ……。

 

 

「テストの時に『次はスペシャルなライブをやる』って言っちゃっただろ?まだその準備は出来ていない」

 

「んなもん誰も覚えていないわよ!つかなんでそんな所律儀なのよ!」

 

「誰も覚えていなくてもそれはファンに対して失礼じゃないか?」

 

「お前らいっつもファンから食券巻き上げてるだろ!?それは良いのかよ!」

 

「あれはガルディストがチケット代の代わりに買ってくれてるものだろ?双方納得しているから問題ない」

 

「意外とその辺割り切ってるのな!ってかガルディストって何だよ!お前らファンのことをそんな名称で呼んでいたのか!?」

 

「いや」

 

「私たちは……」

 

「呼んでないです……」

 

 

ひさ子としおりとみゆきが否定する。

 

 

「ああ、私がたった今考えた適当な呼び名だ」

 

「なんだその小ボケは!?急に痛々しいアイドル気取りになったかと心配したわ!」

 

「ねぇゆりっぺ、盛り上がってるところ申し訳ないけど、結局今夜どうするの?」

 

「別に盛り上がってなんかないわよ!」

 

 

どう見ても盛り上がっていたが。

 

 

「そうね……もう一度確認するけど、ガルデモは今夜は無理なのね?」

 

「いや、いけるぞ」

 

「「「「「「「いけるんかい!!!」」」」」」

 

 

その場にいた全員がツッコミを入れた。

 

 

「じゃあなんでさっき無理って言ったのよ!?」

 

「私は太一を入れたライブを考えていたけど、よく考えたらユイがいたなって今思い出したんだ」

 

「ゆ、ユイか?」

 

 

ひさ子が不安そうに問う。

 

しかし、雅美は特に心配していない様子だ。

 

 

「ああ、以前校長室で披露してくれただろ?あの感じなら大丈夫だ。しかもガルデモの曲は全部できるって言ってたしな」

 

「……ま、関根みたいに変なアドリブとか入れなきゃ大丈夫か」

 

「ギクっ!」

 

 

しおり、流れ弾。

 

 

「そんなこんなで私たちは今夜大丈夫だぞ」

 

「了解。それじゃあ、今夜オペレーショントルネード決行よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところ変わって夜の食堂。

 

スポットライトを浴びて全員の注目の的となっているのは、もちろんガルデモだ。

 

初めてお披露目となる5人体制のガルデモだが、今のところNPCたちの反応は悪く無い。寧ろ、良いと言っても良いくらいだ。

 

1曲目に演奏しているのは「Thousand Enemies」という曲らしい。なんでも、雅美が作った曲をユイがアレンジして、作詞したそうで。

 

そういえばこのフレーズ、この前空き教室で雅美が演奏していたなぁ。

 

さて、俺はと言うと、万が一天使が攻めて来た時の為、護衛についている。他の主な戦線メンバーは体育館の外で見張りをしているが、俺はゆりと遊佐と一緒だ。なんでも、最後の最後に食い止める役だそうで。

 

前回はキチンと許可を取ってからのライブだったが、今回は完全にゲリラでの開催だ。

 

いつ何時どんな妨害があってもおかしく無い。

 

曲も2回目のサビに差し掛かり、会場の熱気はかなり高まっている。

 

そして、その直後、体育館内の高松からハンドサインが送られた。

 

 

「天使っ……外は何してるのっ……?」

 

 

どうやら体育館内に天使が入って来たようだ。

 

ここは俺の出番かと身構えたが、天使の様子がおかしい。そして、それはゆりも感じ取ったようだ。

 

天使を目で追うと、ライブには目も暮れず、券売機へ向かっていた。

 

 

『どうしますか?』

 

 

高松から無線が入る。

 

 

「ちょっと待って」

 

 

少し慌ただしく返答するゆり。

 

 

「ねぇ、天使、様子いつもと違うよね……?」

 

「ええ……」

 

 

俺の問いかけにも生返事だ。リーダーとしての判断を求められる場面。これ以上は邪魔せず、天使の動向だけを見守ることにした。

 

さて、券売機前の天使に目を向けると、普通に食券を購入しているところだ。品目は麻婆豆腐。意外と辛いもの好きなのかな?と思っていると、ゆりが驚いた表情を浮かべていた。

 

……そんなに辛いのかな……?

 

まぁ、余りに辛すぎる麻婆豆腐を買ったから驚いた、なんてことはないか、流石に。

 

 

「ゆりっぺさん、盛り上がりは最高潮を迎えていると思いますが」

 

 

遊佐の冷静な声で我に返ったゆり。

 

曲はラスサビを迎え、確かに先程よりも盛り上がっている。

 

 

「あ、え……」

 

 

ゆりが一瞬たじろいだ。

 

 

「指示を」

 

 

なおも冷静な遊佐。

 

天使を目で追うゆり。

 

そして、一瞬覚悟を決める顔をして。

 

 

「回せ!」

 

「回して下さい」

 

 

ゆりの指示により、巨大ファンが回された。

 

そして、宙を舞う食券たち。

 

天使の麻婆豆腐も例外ではなかった。

 

鮮やかとも言える紙吹雪と、ガルデモの曲の融合は美しく、それが人混みの中で切ない表情を浮かべた天使と、痛々しいまでのコントラストを描いた。

 

俺やゆり、その他の戦線メンバーも、それを黙って見ていることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライブ終了後のフードコート。戦線メンバーは、オペレーショントルネードによって手に入れた食券を持ち込み、各々好きな物を頼んでいた。

 

 

「何だお前?それ、誰も頼まないことで有名な激辛麻婆豆腐じゃん」

 

 

日向の声が耳に入った。

 

どうやら天使の食券は音無の元へ行ったようだ。

 

 

「猛者でも白いご飯と一緒にして、丼にして食うんだぜ?」

 

 

あ、本当にそんなにヤバい激辛だったんだ。

 

 

「これ掴んじまったんだから仕方ないだろ?」

 

 

そう言ってそのまま注文する音無。

 

そして、俺とゆりが隣り合って座った席の前に、2人が着席し、音無が一口食べた。

 

 

「う゛お゛ぉ゛!?一口で激辛っ……!」

 

 

オーバーでは?とも思えるリアクションをした音無。

 

 

「あ……でも、美味いぞ?」

 

 

ホント〜?

 

 

「日向、食ってみろよ!」

 

 

罠に嵌めて道連れを作りたいだけじゃないの〜?

 

……ま、音無はそんなことする奴じゃないけどさ。

 

多分本当に美味しいんだろう。

 

 

「じゃあ一口だけ……うわああああぁぁぁああぁぁあぁあ!?」

 

 

音無よりオーバーリアクションじゃん。

 

 

「痛い!辛い!痛い痛い痛い……!」

 

 

机をバンバン叩きながら辛さを表現する日向。

 

 

 

「……しかし、後から来るこの風味……なるほど、こいつは味わい深いかもしれない!」

 

 

しかし、その後に出る言葉は音無同様、麻婆豆腐を賞賛するものだった。

 

 

「だろ?こんな美味い麻婆豆腐、食ったことねえだろ?」

 

「案外当たりメニューなのかもな!」

 

 

気になるなぁ、麻婆豆腐。ちょっと一口貰おうかと思ったその時。

 

 

「それ、天使が買った食券よ」

 

 

リーダーが口を開いた。

 

 

「こ、これ?」

 

「そ」

 

 

その言葉を聞き、神妙な顔する音無。何やら思考を巡らせているようだ。

 

そして、数十秒後、口を開いた。

 

 

「もしかしたらさ」

 

「んー?」

 

「今の天使なら、俺たちの仲間になれるんじゃないかな?」

 

「はぁ〜!?バカ言ってんじゃねぇぜ!これまでどれだけの仲間がやつの餌食に……いやぁ……餌食っつうか……みんなピンピンしてっけど、どれだけ傷めつられてきたか!」

 

 

後ろに座っていた藤巻が声を荒げる。

 

 

「そうだそうだ!今日は大人しかったかもしれねぇが、いつまた牙を向くか!」

 

「寝首掻かれかねねぇぜ!」

 

 

その他のメンバーからも文句が吹き出した。

 

 

「愚問だったな、音無くん」

 

「みたいだな」

 

 

一旦は認めた音無だが、表情は尚も考え込んでいる様子だ。今回の作戦に消極的だった点も含めて気になるところでもある。

 

今回の作戦は元々と言えば俺たちの我儘が発端だったが、最終的には天使を生徒会長の座から降ろすことに成功した。このことに意味があるのか、今の段階ではわからないが、何かしらの変化は起こるはずだ。

 

…………正直言って、俺自身も天使と仲間になれるかもしれないと言う考えは無いことはない。確かにギルド降下作戦や球技大会での能力を見れば、今まで戦線が手こずって来たことは想像に難くない。

 

しかし、本当にそんな悪者なのだろうか。

 

前回のガルデモライブの時は邪魔をするどころか普通に楽しんでいたし、球技大会で俺に怪我をさせてしまった時は日が暮れるまで目が覚めるのを待っていてくれた。

 

…………………………わからない。

 

 

「どうしたの?太一くん」

 

「あ、いや、別に」

 

「ふーん」

 

 

考えを巡らせていると、ゆりが話しかけてきた。

 

このことについて少し話し合いたかったが、俺の考えが纏まっていないし、何より時と場所が悪すぎる。

 

戦線メンバーとして、今度ちゃんと話さないとな。

 

 

「さて、ご飯も食べ終わったし、俺はガルデモと合流して来るよ。また後でね」

 

「ええ、また後で」

 

 

ステージから捌け、そのままNPCたちの目に触れぬよういつもの空き教室へ帰ったガルデモメンバーに会うため、俺は一足早くフードコートを後にした。急に言われ、打ち合わせの時間も少なく、それでも完璧に任務を遂行した彼女たちを労わなくちゃね。

 

ガラガラっとドアを開けると、雅美、ひさ子、しおり、みゆきの4人が飛び付いてきた。

 

 

「「「「太一(先輩)〜!」」」」

 

 

俺は難なく4人を受け止める。

 

 

「みんなお疲れ様」

 

 

4人の頭を順番に撫でる。

 

 

「とりあえず、中でゆっくりお祝いしよっか」

 

「おっと、そうだな、わりぃわりぃ」

 

 

ひとまず抱きつきから解放された。

 

いやまぁ、続きはこの後教室の中でたっぷりやるんですけどね?

 

そして、改めて俺を含めた6人で、打ち上げを開始した

 

 

「さて、まずはユイ」

 

「は、はい!」

 

 

俺からの呼びかけに少し緊張した様子だ。

 

球技大会の時はリラックスしていたのは、日向のお陰だったのかな?

 

 

「お疲れ様。凄く良いステージだったよ」

 

 

自然とユイの頭に手が伸びていた。

 

そのままユイの頭を撫でる。

 

 

「え、えぇ〜……それ程でも……」

 

 

直球に褒められて、少し照れているようだ。

 

 

「急にステージに立てって言われて、そこから軽くしかリハ出来てないのに、他の4人と息ピッタリで演奏できたのは、普段のユイの努力の賜物だな」

 

 

雅美がユイを更に褒める。

 

 

「ほんとほんと!しかも岩沢先輩の曲もアレンジしてたとはね〜」

 

「歌詞もめっちゃ良い感じだったよ!」

 

 

しおりとみゆきも続く。

 

 

「新メンバーになるって聞いたときはどうなるかと思ったけど、この調子なら安心したぜ」

 

 

更にひさ子からも称賛が送られた。

 

 

「み、皆さん……」

 

 

ユイの目がウルウルしだした。

 

 

「よ゛か゛っ゛た゛ぁ゛〜゛!」

 

 

そして泣き出した。

 

 

「おいおい、泣かなくても良いだろ?」

 

「だって……だってぇ……」

 

 

ステージ上では感じさせなかったけど、本当は滅茶苦茶緊張していたことは想像に難くない。

 

その緊張の糸が切れたんだろう。

 

ひとしきり泣いた後、落ち着いたユイから衝撃的な言葉が出て来た。

 

 

「先輩、お兄ちゃんって呼んでも良いですか?」

 

「えっ」

 

「なっ!?」

 

「はっ?」

 

「へっ?」

 

「ほっ?」

 

 

俺も他の4人も全員から素っ頓狂な声が出た。

 

 

「お兄ちゃんですよ!お兄ちゃん!私、昔から兄妹に憧れてたんだ〜!」

 

「えっと……なんで急に?」

 

「ほら、先輩ってなんて言うか、メッチャ優しくて包容力あるじゃないですか!すっごく強いのにそれもひけらかさないし、頭も良いし、私の理想のお兄ちゃん像にピッタリなんです!」

 

「買い被りすぎだよ」

 

「おいユイ」

 

 

雅美の声が響いた。

 

ユイに鋭い視線を送る雅美。

 

数秒の沈黙の後、雅美が口を開いた。

 

 

「お前よく分かってんな!太一は最高の男なんだよ!」

 

 

えぇ……何今の緊張……。

 

 

「そんだけ分かってるなら大丈夫だ。太一を本当の兄のように慕ってやってくれ」

 

「お、おい岩沢……」

 

「本当ですか!?わーい!」

 

 

ひさ子が止めようとしたがもう遅いようだ。ユイも雅美も、もう聴く耳を持っていない。

 

って言うか俺の意思は……ま、いっか。別に悪い気はしないし。

 

まぁ、直ぐ飽きるでしょ。

 

ひさ子としおりとみゆきは、「やれやれ」と言った感じだ。

 

 

「それじゃあ、これからも宜しくね!お兄ちゃん!」

 

 

今回の作戦は回り回って「妹ができる」という意外な結末で幕を閉じたのであった。




前回「次回は8年後」と言いましたが、6年も前倒しで投稿できました。
次回は年内目指します。


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第二十六話「雨降って地固まる」

他のAB小説も再開してほしいですよね


俺に妹(?)が出来たその日の夜。手渡されていたトランシーバーに無線が入った。

 

 

『こちらゆり、こちらゆり、篠宮くん聞こえる?』

 

 

苗字で呼ばれているってことは……任務中か。この時間に任務中ってことは……。何か嫌な予感がする。

 

 

「こちら篠宮。聞こえているよ、どうぞ」

 

『篠宮くん、あなた今どこにいるの?』

 

「え、どこって、自分の部屋だけど……」

 

 

先程空き教室でのお疲れ様会が終わって、今は部屋に俺とサクラ、そしてお風呂にみゆきがいる状態だ。

 

 

『良かった……無事だったのね』

 

「なんかあったの?」

 

『実は、篠宮くんが行った後、生徒会長代理が大勢のNPCと共に食堂へ来て、そこにいた戦線メンバー全員が拘束されたわ』

 

「えぇ!?ほ、本当!?大丈夫!?誰も怪我してない!?」

 

『怪我人は居ないわ、安心して』

 

「はぁ……良かった……いや、良くはないんだけどさ」

 

『まぁ、そこは不幸中の幸いってところかしらね』

 

 

普通に通話している声色を聴く限り、そこまで危険な状況では無いようだ。

 

 

「ところでさ、何で拘束されたの?」

 

『色々容疑はあるが、時間外活動の校則違反により反省室するって言われたわ』

 

「反省室……」

 

『僕が生徒会長になったからには、貴様らに甘い選択は無いとも言ってたわね』

 

「その反省室さ、地下にある?」

 

『あら、篠宮くん知ってるの……って、あなた一足先に入れられてたわね』

 

「そうなんだよね」

 

 

直井の正体を見破った時に入れられたんだよね。すぐ扉壊して出たけど。

 

 

「よし、すぐ助けに行くよ」

 

『残念だけど、それは難しそうね』

 

「え?」

 

 

場所もわかるし、あの程度のドアだったらすぐに壊せるのに……どうしてだろ。

 

 

『あの生徒会長代理、NPCをドアの外で大量に待機させているみたいだわ』

 

「え、NPC?」

 

『そ、戦線の掟ではNPCに攻撃出来ない。生徒会長代理はそれを承知の上でNPCを待機させているわ』

 

 

……なかなか卑劣な作戦を取るなぁ、直井。

 

 

『恐らく、いくら篠宮くんがこの扉を壊せたとしても、確実にNPCに被害が出るわ』

 

「そ、そっか……」

 

 

仲間のピンチに何も出来ないとなると、かなり歯がゆい。

 

 

『別にピンチってわけでもないわよ。現にこれ以上の乱暴はされてないし、しばらくすれば開放されると思うわ』

 

「……トランシーバー越しでも俺の考えって読み取れるの?」

 

 

すごいよ、俺の彼女たち。

 

 

『別に、ただ、あなたが考えそうなことはお見通しってだけ』

 

 

あくまでリーダーとして対応しているようだが、少し声色が高くなったのを俺は見逃さなかった。これはこれでめっちゃ可愛いね。

 

 

『ん゛、ん゛ん゛っ!』

 

 

咳払いで牽制された。やっぱり考えていることを読み取れているようだ。

 

 

『今回あなたに連絡をしたのは、ガルデモのみんなを守って欲しいからよ。私達は戦線メンバーの殆どが揃っているし、何かあれば最悪対応できるけど、ガルデモメンバーは個々にバラバラで過ごしているでしょ?』

 

「…………」

 

 

変な冷や汗が出た。ゆりの言う通り、ガルデモメンバーはみゆき以外全員バラバラだ。

 

 

『彼女たちも無許可でライブをした。言わば校則違反ね』

 

 

そう、今回のライブは、天使の出方を見るためあえて許可を取らなかった。

 

 

『この状況で部屋に襲撃されてみなさい。ひとたまりもないわ』

 

「わかった、すぐに全員の安全を確保した後、部屋で一緒に過ごす」

 

『正直それも校則違反だからあんまり推奨できないんだけど……今はそれが最善ね』

 

 

頼んだわよ、と言い終わると、トランシーバーが切れた。

 

 

「ふぅ〜……先輩、良いお湯でした〜」

 

 

ちょうどみゆきがお風呂から上がってきた。風呂上がりの彼女はとても魅力的だし、今すぐにでも抱きしめてイチャイチャしたいところではあるが、グッと我慢。ガルデモメンバーの安全を確保するのが最優先事項だ。

 

 

「みゆき、すぐに外出の準備して」

 

「え、え?どういうことですか?」

 

「ごめん、説明は歩きながらする。今は一刻を争うかもしれないんだ」

 

 

ただならぬ雰囲気を感じたのか、何も言わずパジャマから制服に着替えてくれた。本当に理解のある彼女がいて、俺は幸せものだ。

 

そして、俺はサクラを抱き抱え、みゆきと一緒に外へ出た。

 

 

「せ、先輩、何があったんですか?」

 

「実は……」

 

 

俺は歩きながらみゆきに事情を説明した。

 

 

「えぇ!?大変じゃないですか!」

 

「直井がまさかそんなことを企んでいたとはね……」

 

「……先輩、本当は今聞くことじゃないと思うんですけど……」

 

「ん?なに?」

 

「……先輩は私達のこと守ってくれますよね?」

 

 

何だ、そんなことか。そんなこと、答えは1つに決まってるじゃん。

 

 

「もちろん、全力で守るよ。俺の命を掛けてでも」

 

 

少し安堵の表情になったみゆき。

 

 

「でも、先輩の命は掛けないで下さい。先輩がいなくなったら、私……ううん、みんな悲しみますから」

 

 

ああ、本当にみゆきはいい子だ。時と場合が許すならギューッと抱きしめたい。

 

しかし、今は緊急事態。我慢我慢。

 

その後、俺の部屋を出て3分ほどで、まずは雅美の部屋へと到着した。

 

ピンポーンとインターホンを鳴らす。

 

ドアに耳を当てても、特に人の気配は無い。

 

 

「……岩沢先輩、居ませんね……」

 

「にゃ〜……」

 

 

不安そうな声を出すみゆきとサクラ。俺も背中に一筋の汗が流れた。もしかして、もう寝ちゃったのか……。それとも……。嫌な思考ばかりを巡らせてしまう。

 

 

「と、とりあえずしおりの部屋に行ってみようか」

 

「そうですね……」

 

 

二人して大きな不安を抱えたまま、しおりの部屋へ。しかし、ここでも気配がない。インターホンを鳴らしても、誰も出てこないし、家の中から物音一つしない。

 

いよいよ手遅れだったかと勘ぐってしまう。

 

 

「せ、先輩……しおりんも……」

 

 

少し涙目になるみゆき。

 

 

「だ、大丈夫だよ……多分……」

 

 

俺は自分にも言い聞かせるように言った。

 

心臓の音がやけに大きく聞こえる。もし彼女たちが寝ているだけではなかったら?もし彼女たちが襲われていたら?

 

……もし彼女たちと二度と会えなくなったら……?

 

ああ、だめだ、最悪の予想しか考えられなくなっている。落ち着け……。落ち着くんだ……。

 

早く確認したいが、現実を受け入れたくない。そんな相反する思考が、ひさ子の部屋までの足取りを重くする。

 

体感的には10分、現実では1分ほどで、ひさ子の部屋の前へ到着した。

 

 

「……いない……な……」

 

 

ひさ子の部屋でもインターホンを鳴らしたが、一切の気配が無かった。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

「…………にゃ……」

 

 

二人とサクラの間に重い沈黙が流れる。

 

お互い、なんと言えば良いのかわからなくなってしまっていた。

 

30秒ほどの沈黙をみゆきが破った。

 

 

「……と、とりあえずユイの様子も見に行きましょうか」

 

「そうだね……」

 

 

正直、頭の中に浮かぶ文字は絶望だ。ゆりと椎名は周りに戦線メンバーも居るし、トランシーバーで安否確認も出来ているが、ガルデモメンバーは全く安否がわからない。もし、もし彼女たちが一人ひとり直井の襲撃に合っていたら?……考えたくもない。

 

俺とみゆきは絶望を感じたまま、ユイの部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さんって、いつからお兄ちゃんのこと好きになったんですか?」

 

「私はもう物心がついたときから大好きだったな」

 

「私はその……ぎ、ギルドで足を滑らせて……その時体を張って助けてくれたときから……」

 

「私は初めて見たときにもう一目惚れだったよー」

 

「な!太一って顔もめちゃくちゃカッコいいからな!」

 

 

ユイの部屋から声が聞こえる。

 

………………居るじゃん。みんな居るじゃん。

 

 

「……みんな居ましたね」

 

「……………………」

 

「せ、先輩?」

 

「良かったぁ〜…………」

 

 

俺は緊張の糸が解け、その場で座り込んだ。

 

良かった良かった、ほんとみんな無事で。

 

 

「あー良かった!みんな居た!」

 

「ね!みんな居ましたね!これで一安心……って、ひゃあっ!先輩!?」

 

 

安心のあまりみゆきを抱きしめた。なぜ安心したからといってみゆきを抱きしめるのか、それは俺にも謎だが、とにかくそうしたくなったのだ。

 

 

「あれ〜?お兄ちゃんどうしたの?」

 

 

俺たちの声が聞こえたのか、ユイが出てきた。

 

 

「お、太一に入江……とサクラ?お前ら、今日は一緒に過ごすんじゃねえのか?」

 

「なんだよ太一、私たちに会いたくなったのか?」

 

「みゆきちも先輩と2人で過ごさなくていいの?」

 

 

部屋の中にいた他の3人も次々出てきた。

 

 

「とりあえず、中に入ります?」

 

 

ユイの勧めで俺とみゆきは中に入った。

 

 

「んで、どうしたんだ?」

 

 

中に入るや否や、ひさ子から質問を投げられた。

 

 

「実は……」

 

 

俺は今戦線で起きていることを4人に話した。

 

 

「えぇー!?それってメッチャ大変じゃないですか!」

 

 

ユイが驚きの声を上げた。

 

 

「あの生徒会長代理、中々性格が悪りぃな」

 

「ホントにね……」

 

 

ひさ子の発言に同意する一同。

 

 

「それで、みんなの安全を確保するために俺がここに来たってわけだよ」

 

「なるほどなぁ」

 

 

納得いった様子の雅美。

 

 

「まぁ確かに、私たちも無許可でライブやったしなぁ。生徒会長代理から狙われてもおかしくねぇか」

 

「それにしても太一、よくここがわかったな」

 

「いやいや、めっちゃみんなの部屋回ったよ」

 

「そうですよ!どの部屋にも誰もないから、すっごく心配したんですよ!」

 

「そりゃ悪かったな」

 

 

ケタケタと笑う雅美。悪びれる様子は無く、寧ろ俺とみゆきが焦っていた様子を思い浮かべて面白がっているようだ。

 

まあ、確かに悪びれる理由なんて無いんだけどね。

 

 

「それで、お兄ちゃんたちは今日泊まるの?」

 

「あー……ユイが良いなら泊まらせて欲しいな。なるべく外に出ないほうが安全だし」

 

「うん!全然良いよ!」

 

 

ノータイムで返事をしてくれた。

 

 

「みんなも大丈夫?」

 

「ああ、大丈夫だぞ」

 

「先輩と一緒なら!」

 

「もちろん」

 

「にゃ〜!」

 

 

全員の承諾を得られた。

 

 

「よーし、そうと決まれば……」

 

「決まれば?」

 

「寝るぞ!」

 

「「「「「寝るんかい!」」」」」

 

 

雅美の提案に全員がツッコんだ。

 

 

「いやだってよ、今も幹部の連中は囚われているんだろ?」

 

「そうだね」

 

「そんでもって、まだ生徒会長代理の件は何も解決してないだろ?」

 

「まぁ、確かに」

 

「ってことは明日以降も一悶着あるかもしれないだろ?今日は早く寝て、明日以降に備えた方が得策だろ」

 

 

おぉ〜、と感心する4人。

 

 

「岩沢先輩ってただの音楽キチじゃないんですね!」

 

「ふふ〜ん、そうだろ」

 

 

得意げな顔をする雅美。若干貶されたことには気付いていないようだ。

 

まあ、雅美の言う通り、早めに寝た方が得策ではある。

 

 

「よし、じゃあ俺は見張ってるし、みんなゆっくり休んで」

 

「え?太一寝ないのか?」

 

 

ひさ子から質問が飛んできた。

 

 

「寝込み襲われるかもしれないし、俺は起きて見張ってるよ」

 

「えー!それじゃあお兄ちゃん休めないじゃん!」

 

「あー、俺は特に休まなくても大丈夫だよ」

 

「って言ってもなぁ、なんか太一1人だけ起きていてもらうのも忍びないし……」

 

「じゃ、じゃあ、みんな交代しながら先輩と一緒に過ごす……って言うのはどうですか?」

 

 

みゆきが提案する。

 

 

「あ、それ良い!さっすがみゆきち!」

 

 

と言うわけで、彼女と妹がローテーションで一緒に過ごしてくれるようだ。

 

何しながら時間を潰そうかって考えていたけど、杞憂に終わったね。

 

あ、そうだ。

 

 

「ねぇみゆき」

 

「はい?」

 

「落ち着いたら穴埋めするからね」

 

「は、はい!」

 

 

直井が原因とは言え、結果的に予定崩れちゃったしね。

 

そして、徹子の部屋的な方式で代わる代わる彼女達と話しながら夜を明かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、8時頃。

 

 

『あー、あー、篠宮くん聞こえる?』

 

 

ゆりから無線が入った。

 

 

「こちら篠宮、聞こえるよ。みんな無事?」

 

『ええ、おかげさまで。そっちは?』

 

「こっちも全員無事だよ」

 

 

スヤスヤと眠る彼女たちとユイの顔を見ながら応える。途中まではみんな代わる代わる俺と話してくれたが、疲れたのか全員寝てしまった。とは言っても2時間前くらいの出来事だけどね。

 

 

『そ、よかった』

 

 

素っ気ない返事に聞こえるが、ホッとしたような声色だ。

 

 

『私たちもさっき全員解放されたわ』

 

「本当?良かった」

 

 

今後も直井の目を気にしながら過ごさなければいけないことに変わりはないが、ひとまず全員が無事なのはなによりだ。

 

 

『ひとまず9時くらいから緊急集会をするから、ガルデモの5人も連れて校長室に集合して頂戴」

 

「ん、わかった」

 

『それじゃあ頼んだわよ』

 

「あ、ゆり」

 

『どうしたの?』

 

「ひとまずお疲れ様。愛してるよ」

 

『〜〜〜〜っ!!!ま、また後で!』

 

 

ザッという雑音と共に無線が切れた。向こうで1人顔を赤くしているゆりの顔が目に浮かぶ。ちょっと意地悪だったかもしれないが、ちょっとした労いだ。

 

そして、全員を起こして準備をし、午前9時校長室。

 

 

「で、これからの活動はどうしますか?」

 

 

高松が問う。

 

問われたリーダーはそこそこ不機嫌そうに椅子に座り、肘掛けのところを指でトントンし続けている。

 

 

「……試しにちょっと動いてみましょ。とりあえず、それぞれ好き勝手授業を受けてみて。あ、一般生徒の邪魔はあんまりしないように。以上、解散」

 

 

緊急集会と言うからみんなで集まって話し合うのかと思ったが、いつも通りリーダーから今後の指針を出され、それを確認する会だったようだ。

 

 

「あと、篠宮くんはちょっと残ってちょうだい」

 

 

ゆりがそういうと、俺を残して、他のメンバーは外へ出た。最後の1人が部屋を出て、扉が閉まったのを確認するや否や、ゆりがアクションを起こした。

 

 

「太一く〜ん!」

 

「おっと」

 

 

まあ、おおよそこのアクションは予想できていたため、特に驚くこともなく俺はゆりを受け止めた。

 

 

「私も愛してるわよ〜!」

 

 

先ほどのシリアスな雰囲気から一転、どうやらゆりは甘えモードのようだ。顔を俺の胸に埋め、スリスリと擦ってくる。

 

 

「さっきも言ったけど、とりあえず一晩お疲れ様」

 

 

俺はゆりの頭を撫でる。

 

 

「ふー……あとちょっとだけ、あとちょっとだけ……」

 

 

どうやら一晩中リーダーとして振る舞うのに疲れ、そのしわ寄せが来ているようだ。

 

 

「…………よし!ありがとう、太一くん!」

 

「もう大丈夫なの?」

 

「ええ、本当はもっと抱きついていたいけど、他の5人に顔が立たないわ」

 

 

なるほど、一応リーダーとしての配慮はあるようだ。

 

 

「さて、篠宮くんも、オペレーションに参加して来て頂戴」

 

「ん、了解。ゆりも直井に気を付けてね」

 

「ええ、何かあればすぐトランシーバーで連絡するわ。篠宮くんも、オペレーション中に何かあったら連絡して頂戴」

 

 

じゃ、また後で、と軽く言葉を交わし、俺は校長室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学習棟A棟、とある教室。

 

ここで天使と戦線メンバーの一部が授業を受けていた。他に行く宛も無いし、俺もこの教室で授業を受けてみることとしよう。

 

さて、まず目に入ってきたのは大山。何やら緊張した面持ちで、授業中にポテチを食べている。

 

 

「何してるの?」

 

「し、篠宮くん……!すごいドキドキするよ……!授業中にお菓子を食べるなんて……!」

 

 

……まあ、確かにドキドキするけど……。俺からすれば普通に銃を扱うほうがドキドキすると思うが、大山は生前、余程真面目に授業を受けていたのであろう。

 

パクッと一口食べると、とても満足げな顔になった。

 

 

「食べた……!今食べた……!僕授業中に堂々とお菓子食べちゃってる!なんて思い切ったことしちゃってるんだ!」

 

 

目を輝かせ、すごく興奮しながら、そして最大限配慮した声量で俺に報告してきた。

 

 

「俺も一枚貰える?」

 

「うん!もちろん良いよ!」

 

 

こういうちょっと悪いことは、共有する仲間がいることによって、罪の意識が薄れるものだ。それに、俺も授業中にお菓子を食べるなんてやったことはないから、少し興味が出た。

 

大山から一枚ポテチを受け取り、口へ運ぶ。

 

パクッと一口。…………なるほど。

 

 

「これはちょっと悪いことした気分になるね……」

 

「でしょでしょ!?篠宮くんにもその気持ちがわかる!?」

 

「うん、教師に見つからないように食べて、見つからないように音を消しながら食べる……ちょっと楽しいかも」

 

「た、楽しい!?篠宮くん、これ楽しいって感じるの!?生前はかなりの悪だったの!?」

 

「いやいやいやいや」

 

 

そこまでの悪じゃ無いでしょ。

 

だって、俺と大山より明らかな悪が後ろの方にいるし。

 

 

「通れば……追いリー!」

 

「残念、リーチ、七対子、ドラドラ、親満」

 

「くっそー!ひさ子の一人勝ちじゃねえか!」

 

「女相手になんたる体たらくだ……!」

 

 

ひさ子、藤巻、TK、松下五段の4人が麻雀をしている。

 

これに比べればお菓子を食べるなんて、可愛いもんでしょ。

 

ってかひさ子また勝ってるんだ。

 

 

「そこの一角、もう少し静かに……」

 

 

ほら、先生からも注意されてるし。

 

っていうか絶対 NPCに迷惑かけてるし。

 

 

「ああ、すんませーん」

 

 

藤巻が全く心の込もっていない謝罪をした直後。

 

 

「せんせー!トイレ!」

 

「またお前か……行ってこい」

 

 

ユイが元気よくトイレに行った。

 

 

「あいつ何をしているんだ?」

 

「1分置きにトイレに行く生徒だとさ」

 

 

教室の後ろの方に座っていた音無と日向の会話が聞こえてきた。

 

 

「アホだな……」

 

 

日向のつぶやきに、まあ俺も同意だ。

 

 

「俺たちはどうする?」

 

「こうやって駄弁っていればいいさ」

 

 

音無と日向はその方向で決めたようだ。

 

俺も大山がお菓子を食べ終わったら合流しようかな。

 

 

「にしても異様だな」

 

 

そう言う日向の目線の先を追うと、椎名がいた。

 

椎名は何をやっているかと言うと、右手の親指にハサミ、中指にホウキ、薬指に何かしらの棒を立て、バランスを取っていた。

 

普通に凄いことをやって言うのだが、あまりにひょうきんなその見た目で、凄さが薄れてしまっている。

 

その他にも、高松は筋トレ、野田は机を二つ並べて昼寝、雅美は作曲、みゆきとしおりはこっくりさん、と言った感じで、それぞれが思い思いの過ごし方をしている。

 

教師は怒らないものの、かなり不満そうな顔をしている。

 

 

「せんせー!トイレ!」

 

「いってこーい」

 

 

ユイが教室に戻り、着席したと同時に再びトイレへ行こうとし、教室のドアを開けたその時。

 

 

「ひいぃぃ!」

 

 

ユイの悲鳴が聞こえた。

 

 

「そこまでだ貴様ら」

 

 

直井が現れた。戦線メンバーに緊張が走る。

 

 

「来たぜ?直井文人様だ」

 

「ひえぇ!トイレですからぁ!」

 

 

一目散に教室を飛び出すユイ。

 

 

「撤収するぜ!」

 

 

神がかった速さで麻雀道具を片付け、教室の窓から脱出するひさ子、藤巻、TK、松下五段。

 

 

「I`ll be back.」

 

 

……TKよ、別に戻ってくる必要はないぞ。

 

椎名と高松は気付いたらもういなくなっていたし、大山はポテチの袋を机の中に押し込んだ。しおりとみゆきもこっくりさんのセットを片付け、真面目に授業を受けているように装っている。音無と日向は元々何の道具も広げていないし、雅美に至ってはノートを広げてペンを持っているため、側から見たらちゃんと授業を受けている人に見える。

 

さて、そんな中で未だに対策を講じていないやつといえば……野田だ。

 

直井が来ても気にすることなく、昼寝を続行している。

 

……あいつ、どんな図太い神経してるんだ?

 

直井が野田に近づき、問う。

 

 

「貴様、何のつもりだ?」

 

「…………」

 

「聞こえて無いようだな」

 

「…………」

 

「いいだろう、このまま反省室へ運べ」

 

 

NPCが直井の合図と同時に野田を運び出そうとしたその時、野田が起き上がってハルバートをNPCに向けた。

 

 

「何を反省しろと言うのだ!」

 

「ひゃあぁぁ……!」

 

 

しかし、ハルバートの矛先は、全く関係ない一般の女子生徒に向けられた。

 

 

「あ……!?」

 

「授業中に堂々と眠り、あまつさえ罪のない一般生徒を恫喝しておいて、よくそんな疑問が抱けますね」

 

 

直井の口から正論が飛び出た。

 

うん、これは弁明できないわ。直井の言う通りだもん、コレ。

 

 

「ある意味あっぱれです」

 

 

うん、本当にあっぱれだよ。

 

 

「んだとぉ〜!?」

 

 

野田がハルバートを直井に向け振り回そうとしたその瞬間。

 

 

「ガッ……!?」

 

 

音無と日向によって野田が教室の外へと運び出された。

 

…………こいつ、神経が図太いんじゃなくて、ただ単にアホなだけだったわ。

 

さて、教室に取り残された俺、大山、雅美、しおり、みゆきの5人だが、授業を妨害した現場を押さえられていないため、特段何かしらのペナルティが科されることはなかった。

 

直井は何やら不服そうな顔をしていたが、俺たちを連行できる理由がない為、そのまま教室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本史の授業が終わった後の10分休みに音無が教室に戻ってきた。どうやら天使に用事があるようだ。

 

 

「あのさ、腹へってないか?」

 

「減ってないけど。こんな中途半端な時間に」

 

 

天使の後ろに座り、話しかける。しかし、天使は机に向き合ったまま、淡々と答えた。

 

 

「そうか……学食に辛すぎて誰も手を出せないって噂の麻婆豆腐があってさ。試しに食ってみたら驚くほど美味くてさ」

 

 

なるほど。確か天使はその麻婆豆腐を注文しようとしてたんだっけ。

 

 

「あ、あのさ、良かったら奢るよ……」

 

 

音無が言い終わる前に天使が席を立った。

 

 

「どう……かな……?」

 

 

そのまま天使は出口に向かって歩き出した。

 

 

「何してるの?」

 

「お、ああ、行くよ」

 

 

そんなにあの麻婆豆腐が好きなのか、次の授業も放り出して学食に行くようだ。

 

 

「ねぇ篠宮くん。音無くんと天使、2人でどっか行っちゃったね」

 

「そうだね」

 

「もしかして、音無くん消されちゃうのかな……」

 

 

大山が不安そうな面持ちで話しかけてきた。

 

 

「音無に限って……大丈夫でしょ、多分」

 

「なんでそう思うの?」

 

「だって、天使の言いなりになって真面目に授業を受けると消えるんでしょ?でも、2人して授業をサボってるじゃん。少なくとも、真面目じゃないから大丈夫だと思うんだよね」

 

「なるほど……」

 

「ま、一応ゆりには報告入れとくよ」

 

「ああ、それが良いね」

 

 

俺はトランシーバーを取り出した。

 

 

「あー、ゆり、聞こえる?」

 

『聞こえるわよ、篠宮くん。どうしたの?』

 

「たった今音無と天使が2人で学食に行った。念の為と思って報告」

 

『そ、ありがとね』

 

 

オペレーション中と言うこともあり、普段より素っ気ない態度だ。

 

 

『それじゃ、引き続きよろしく』

 

 

終始業務的なやり取りだったね。

 

 

「ゆりっぺと篠宮くんって、本当に付き合ってるの?」

 

 

今の会話を聞いて、大山に疑念が生まれたようだ。

 

 

「うん、付き合ってるよ。でも、オペレーション中は割とあんな感じだよ。普段は下の名前で呼んでくれるんだけど、オペレーション中は苗字で呼んで、公私混同を避けてるみたい」

 

「へぇ〜、なるほど」

 

「ゆりが俺のこと名字で呼ぶもんだから俺も『仲村さん』って呼び返したことがあったんだけど、流石に距離を感じすぎて嫌って言われちゃったね」

 

「だから篠宮くんは変わらずに名前で呼んでるんだね」

 

「そういうこと」

 

 

大山の疑念が晴れたところで10分休みが終わり、先生がやってきた。

 

結局残ったメンバーで、その教室で最後まで授業を受けた。5時間目が終わった直後、サクラが俺のところへやってきた。外は大雨だ。

 

 

「にゃ」

 

「ん?どうした?」

 

「にゃあ!」

 

「えっ!?ほ、本当!?」

 

「にゃっ!」

 

「よし、すぐ助けに行こう」

 

「太一、何て言ってるんだ?」

 

 

雅美が問う。

 

 

「音無と天使が地下の独房に閉じ込められたって」

 

「えぇ!?一大事じゃないか!」

 

「にゃー!」

 

「……またかぁ……」

 

「今度はなんて?」

 

「また独房の前にNPCを配置してるってさ」

 

「またかよ……」

 

 

雅美も呆れ気味だ。

 

 

「ま、取り敢えずゆりに連絡するよ」

 

 

俺はトランシーバーを取り出す。

 

 

「あー、あー、ゆり、聞こえる?」

 

『あら、太一くん、どうしたの?』

 

 

……ん?オペレーション中なのに名前呼び……?

 

 

「え、えっと……音無と天使が独房に閉じ込められたらしい。そんで、直井はまたNPCを大量に配置してて、手出しできないんだ」

 

『そ、天使が閉じ込められているのね。なら良いじゃない』

 

「ちょ、ちょっと!音無はどうするの!?」

 

『仕方のない犠牲よ』

 

 

……絶対におかしい。ゆりは時に厳しいことをするが、無闇に仲間を犠牲にする人間ではない。

 

初めの疑念は徐々に確信に変わりつつあった。

 

 

「……お前、誰だ?」

 

 

俺はいつもより少し低い声でトランシーバーに向かって尋ねた。

 

その直後、ザッという音と共にトランシーバーが切れた。

 

 

「……なぁ太一」

 

「……」

 

「た、太一?」

 

「先輩……?」

 

「…………」

 

「先輩……凄く怖い顔してます……」

 

 

…………雅美としおりとみゆきが何か言っているようだが、全く頭に入ってこない。

 

 

「…………ごめん、ちょっと行ってくる」

 

「あ、おい!太一!」

 

 

雅美に呼び止められた気もするが、それも頭に入らない。今は兎にも角にもゆりの安否が第一だ。

 

ものの10秒程で校長室へ到着し、ドアを蹴破った。

 

 

「ゆり!」

 

 

……いない。

 

 

「クソッ!どこ行った!」

 

 

校長室に争った様子はない。ゆりが外へ出たときにやられたのか、それとも、校長室内で催眠術を掛けられたのか。

 

どっちでもいい、今はゆりを見つけることが最優先だ。

 

 

『太一さん、太一さん』

 

 

トランシーバーから遊佐の声がする。

 

 

『ゆりっぺさんはグラウンドにいます。生徒会長代理は催眠術を使ってゆりっぺさんを消そうとしています。お急ぎ下さい』

 

「……ありがとう、遊佐」

 

『ゆりっぺさんを救って下さい、お願いします』

 

「そんなの……言われなくてもやるよっ!!!」

 

 

俺は校長室の窓を突き破り、そのままグラウンドへ降り立つ。

 

降り立った瞬間、惨劇と呼ぶに相応しい光景が目に入ってきた。……こりゃあ酷い。戦線メンバーの幹部たちも血だらけになり、びしょ濡れになった地面に横たわっている。

 

直井はグラウンドの真ん中でNPCを周りに配置し、ゆりに向かって催眠術を掛けようとしているところだ。

 

 

「ほほぅ、やはり来ましたか」

 

「お前、何のつもりだ?」

 

「生徒会長代理として命令する。大人しく部屋に戻れ」

 

「…………」

 

 

俺は無言でゆりと直井に近づく。

 

 

「逆らうのか?神に」

 

「…………神?」

 

「ここは神を選ぶ世界だと、誰も気づいていないな。生きていた記憶がある。皆一様に酷い人生だっただろ。なぜか。それこそが神になる権利だからだ。生きる苦しみを知る僕らこそが神になる権利を持っているからだ。僕は今、そこに辿り着けた」

 

 

……何言ってるんだ、コイツは。

 

 

「……神になってどうするんだ?」

 

「安らぎを与える」

 

「…………」

 

 

ダメだ、話が通じない。

 

 

「君たちは神になる権利を得た魂であると同時に、生前の記憶に苦しみ、もがき続ける者たちだ。神は決まった。ならば僕はお前たちに、安らぎを与えよう」

 

 

そう言うと直井は、再びゆりを乱暴に起き上がらせた。

 

 

「な……何よ……」

 

「君は今から成仏するんだ」

 

「おい、ゆりから離れろ」

 

 

俺は直井とゆりに向かって歩き始める。

 

その瞬間、大量のNPCが銃を俺に向けてきた。

 

 

「貴様、止まれ。止まらないと撃つぞ」

 

 

直井が俺に話しかける。

 

 

「ああ、撃てば良いさ」

 

「くっ……総員、撃て!」

 

 

直井の合図でNPCが一斉に俺を目掛けて乱射してきた。

 

それでも俺は歩みを止めない。

 

 

「っ……!?ば、バカなっ!?」

 

 

俺に向かってきた銃弾は全て素手で捕らえ、そのまま無効化されていった。そして、ものの十数秒ほどで全員の銃弾は切れてしまったようだ。

 

 

「クッ……クソッ!近づくな!これ以上近づいたらコイツを……」

 

 

直井がナイフを取り出し、ゆりに向けようとしたその瞬間、俺は地面を蹴って加速し、一気に距離を詰め、ナイフを弾いた。

 

 

「カァッ……!?」

 

 

直後、直井を軽く突き飛ばし、ゆりから離れさせることに成功した。

 

これで直井に攻撃の手段は残っていない。

 

 

「…………なぁ、直井」

 

「ヒッ……!」

 

「お前、俺の大切な人に何してくれたんだ?」

 

「そ、それは……」

 

「分かってんだろうな?」

 

「ご、ごごごごご、ごめんなさい!」

 

 

惨めったらしく土下座する直井。

 

ああ、ダメだ俺。完全に頭に血が昇っている。冷静に土下座する直井を見下ろしている反面、とにかくコイツを1発殴らないと気が済まない。

 

手加減なんて出来るかわからない。もしかしたらグラウンドに巨大なクレーターを作って、直井を粉々にしてしまうかもしれない。でも、そんなことは関係ない。

 

振りかぶって直井を殴ろうとしたその瞬間。

 

 

「ダメ」

 

 

雅美が両腕を広げながら、直井と俺の間に現れた。

 

 

「ま、雅美?」

 

「ダメだ」

 

 

真っ直ぐな瞳で俺を睨む雅美。周りを見ると、ひさ子としおりとみゆきと椎名も、不安そうな顔で様子を見ていた。

 

 

「ダメだ太一。太一の力はそんなことに使うものじゃない」

 

 

いつも俺に接する態度とは違い、ものすごい緊張感と真剣さを纏っている。

 

 

「……はぁ……、ありがと、雅美。お陰で冷静になったよ」

 

「……よし!」

 

 

雅美の表情が綻び、広げられた手も下げられた。

 

 

「ふぅ……さて直井」

 

「は、はいぃ!」

 

「聞かせてよ、直井の過去」

 

「か、過去……?」

 

「そ、直井の過去。確かに直井の言う通り、俺たちはみんな酷い人生を送ってきたよ。俺なんてさ、この力が原因で雅美以外の全員から無視されて相手にされなくてさ、親にだって怖がられて、まともに会話すら出来なかったんだ。でも、そんな酷い人生だったとしても、それは間違いなく俺が歩んできた人生だったし、懸命に生きてきたし、何一つ嘘なんてないんだ」

 

 

直井は表情を変えず、俺を真っ直ぐに見つめる。

 

 

「それを催眠術なんていう紛い物の記憶で成仏させるなんて、必死に生きてきた人への冒涜だよ。直井の人生だって、本物だったでしょ?」

 

 

そう言うと、ぽつりぽつりと直井は自身の人生を語り始めた。

 

陶芸の名家に双子の弟として生まれたこと。兄の方が才能があり、自分はあまり期待されていなかったこと。そんな最中、兄が死に、直井文人が兄として生きるようになったこと。しかし、陶芸の腕は中々上がらず、兄のような作品を作れず、父親から厳しく叱責され続けたこと。必死に修行し、父の理想とは離れていたが、ようやく入選を果たし、父から少し認められたこと。そんな中、父が病に倒れたこと。そして、兄が死んだ時に、本当に死んだのは自分だったと悟ったこと。

 

それはもう本人にしかわからないであろう、過酷な人生だったようだ。

 

 

「お前の人生だって、本物だったはずだろ!」

 

「えっ、え?お、音無?」

 

 

直井が話し終わった時、音無が急に直井を抱きしめた。

 

思わず俺は場にそぐわない声を出してしまった。

 

…………いつからいたんだ?

 

って言うか、天使と一緒に脱出できたんだ。

 

 

「頑張ったのもお前だ!必死にもがいたのもお前だ!違うか!?」

 

 

なおも音無の勢いは止まらない。

 

 

「くっ……何を知った風な……」

 

「わかるさ……!ここにお前もいるんだから……!」

 

「なら、あんた認めてくれんの?僕のことを」

 

「お前以外の何を認めろって言うんだよっ!俺が抱いているのはお前だ、お前以外いない……!お前だけだよ……!」

 

 

音無の言葉を聞き、だんだん穏やかな表情に変化する直井。

 

………………なんか、音無に良いところ全部取られてない?

 

 

「ねぇ立華」

 

 

近くに天使もいたので、話しかけてみた。

 

 

「なに?」

 

「音無と立華はどの辺りから話聞いてたの?」

 

「えっと、篠宮くんが直井くんを殴ろうとしたあたりで、私たちがグラウンドに来たわ」

 

 

…………アレ?そこから見てたら俺なんか悪者っぽく写ってない?

 

 

「それは大丈夫。流石にこの惨状を見れば篠宮くんが悪く無いことは分かるわ」

 

 

とうとう天使にまで心を読み取られるようになってしまったが、それはまぁさて置き。

 

 

「なぁ、直井。俺も直井のこと、認めるよ」

 

「…………そうか……」

 

 

先ほどまでのギラついた目はどこへやら、穏やかな目付きへと変わる直井。

 

 

「…………ただ、まあ、認めるんだけどさ。ちょっと音無、離れてもらって良い?」

 

「え?あ、ああ……」

 

 

音無が直井から離れ、安全が確保されたのを確認すると、俺は直井の額に手を持っていき、構えた。いわゆるデコピンというやつだ。

 

 

「大丈夫、手加減はするよ」

 

 

直井の返事を待たずに、俺は直井の額へデコピンを発射した。

 

 

「いっつぅ〜……!」

 

 

額を押さえ、その場にうずくまる直井。

 

 

「これは俺の怒りの分。本当はもっとぶん殴ってやりたいところだったけど……雅美に感謝しなよ」

 

「っつううぅぅぅ〜……」

 

 

まだうずくまっているね。ちょっとやりすぎ……いや、ゆりを消そうとしたんだ。それ相応の痛みを……ってゆり!?

 

 

「ゆ、ゆり!大丈夫!?」

 

「何今更心配してんのよ」

 

 

振り向くと、ゆりが平然と立っていた。

 

 

「ゆりー!」

 

「ちょ、ちょっと篠宮くん……!い、今オペレーション中……!」

 

 

俺はゆりを抱きしめた。

 

 

「ごめん……」

 

「なんで篠宮くんが謝るのよ」

 

「ゆりのこと、守れなかった……」

 

「何言ってんのよ。今は死んだ世界戦線のリーダーよ。部下がリーダーを守ろうなんて生意気よ」

 

 

抱きしめていて、ゆりの顔は見えないが、少し棘のある言葉とは裏腹に、安心したような声色だ。

 

 

「でも、篠宮くんが来てくれて、本当に助かったわ。あのままだと、私消されてたかも」

 

「本当に間に合って良かった…………」

 

 

俺も改めて状況を整理し、落ち着きを取り戻しつつあった。

 

 

「……さて、篠宮くん。そろそろ事後処理をしなくちゃだから、離れてくれるかしら?」

 

 

俺はもう少し抱きしめていたかったが、渋々離れた。

 

 

「さて、生徒会長代理さん」

 

「…………」

 

「よくも私の部下たちに酷いことしてくれたわね?」

 

「…………」

 

 

直井は俺のデコピンを食らってうずくまった体勢のまま、沈黙を貫いている。

 

……っていうかそろそろ痛み引いたでしょ……。

 

 

「何か答えないと、また篠宮くんからデコピンされるわよ」

 

「っ!」

 

 

直井に反応があった。ごめん、そんなに痛くしたつもりは無かったよ。

 

 

「ふん、まぁいいわ。あなた、入隊しない?」

 

「えっ!?」

 

「なっ!?」

 

 

周りで見ていた戦線メンバーにも衝撃が走る。

 

 

「ゆりっぺ!正気かよ!」

 

 

日向も反応した。

 

 

「あら、戦線をここまで壊滅状態に追い込んだのよ?戦闘力としては申し分無いわ」

 

 

……すげえなぁリーダー。俺なんか感情的になって、復讐心でいっぱいになったっていうのに。

 

 

「でも、逆に言えばまた俺たちを壊滅させられるってことだろ!?」

 

 

藤巻が問う。

 

 

「あら、その心配はもう無いわ。私たちには篠宮くんがいるもの。何かあやしい動きをすれば、すぐに篠宮くんから〆てもらうわ」

 

 

〆るって言い方、普通に使う人あんまり見たこと無いんだけど……。

 

直井もその言葉を聞いてちょっと震えてるじゃん。

 

 

「……神である僕を従えるのか?」

 

「まだそんなこと言っているの?良い?耳の穴かっぽじってよく聞きなさい。私たちの仲間になるか、これからも敵対を続けて篠宮くんと戦うか、好きな方を選びなさい」

 

「仲間になります」

 

 

即答する直井。

 

どうやら、今回の部屋探しからの一連の騒動は、直井の戦線加入と言う意外な結果をもって、幕引きとなったようだ。

 

 

……あれ?部屋の問題ってまだ解決してなくない……?




次回、オリジナル日常回(予定)


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