荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です りろーでっど (ラッドローチ2)
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01 定期収入って大事だよね

そんなわけで、やっちゃいました過去作のリメイク。
一部設定を変更、全文章を三人称化など色々と変えていったりする予定です。
前作を読んでた人でも楽しめる!ようにしたいなぁ。


 

その世界は、荒れ果てていた。

 

かつて昔、世界中の軍事基地から誰も命令していないのに放たれたミサイルに、暴走した自動殺戮兵器、更にどこからともなく現れたバイオモンスター。

 

ソレらが巻き起こした暴虐は、緩慢な死へと向かっていた惰弱な人類社会にとって致命的な傷を作り、その傷から立ち直れなかった文明社会は容易く沈黙した。

 

 

様々な生命を育んできた大地は割け、生命の源と呼ばれていた母なる海は汚染され。

 

人が作り上げた都市も建物も瓦礫と化し、人類はそのまま滅亡を迎えると思われた……のだが。

 

それでも人類は死滅する事なく、日々命をすり潰されながらも順応し生き足掻いていた。

 

しかし、生態系の汚染によって理を歪められ人の命を枯草のように刈り取る生物に、研究施設から逃げ出した野生化することで更に狂暴化したバイオモンスター。

 

そして、人類社会へ致命傷を負わせたあの日から……制御を受け付けなくなった殺戮機械達。

 

ソレらに加え自らの欲望を満たすために同族を食い物にする悪逆の徒らにより、生き残っていた人類は更なる窮地へと立たされていた。

 

 

しかし、それでも。

 

かつて栄華を誇っていた人類が生み出した兵器『戦車』を乗りこなし、人に仇なす存在を狩るもの達がいた。

 

そんな、明日とも知れない命を投げ捨てるかのように戦う彼らを、人々は畏怖を込めてこう呼んだ。

 

『モンスターハンター』と。

 

 

 

 

 

 

 アサノ=ガワの町にある酒場の中でも、最も大きい酒場である『驚愕の騾馬』亭。

 

 店内では、古ぼけたジュークボックスが適当なミュージックを流し……強面の堅気には見えない風貌の男女が酒を酌み交わしていて。

 

 そんな、真昼間から退廃的な空間が広がる酒場のたてつけの悪い扉が軋み、開く音が響く。

 

 

 入ってきたのは筋骨隆々で顔に痣を持つ強面の男…。

 

 

 と言う事はなく、肩に荷物が入っているらしい背負い袋を背負った140cm程の小柄な体躯に、その顔に幼さが残る可愛らしい顔付きの少女で。

 

 頭に巻いたバンダナや、使い古した皮製のツナギである程度緩和されてはいるものの、しかしその空間に似つかわしくない事は変わらなかった。

 

 そんな場違いとも言える少女、そんな存在に一瞬注目が集まるが……荒くれ共からヤジが飛ぶことはなく。

 

 

「よーぅアルトちゃん、今日も納品かーい?」

 

 

 むしろ、入り口に近い席に座っていた適度に酔っ払った……スキンヘッドが特徴な常連ソルジャーから気さくに声をかけられている事。

 

 その事がアルト、と呼ばれた少女がこの店にとって馴染みの存在である事を証明していた。

 

 少女は、そんな荒くれの声に愛想笑いを浮かべて軽く会釈をしつつ、グラスを磨いているやる気がなさそうなマスターへ歩み寄り……。

 

 

「マスター、依頼のぬめぬめ細胞にいもいも細胞、それと鳥のササミだよ!」

 

 

 背負っていた中身の詰まった袋をカウンターに置くと、更にビニール袋で小分けされている中身を店主の前で確認を求めるように広げていく。

 

 やる気のなさそうな店主は、グラスを磨いていた手を止めて無言で広げられたソレらを確認し……。

 

 

「…いつも通り、確実な仕事だな。 ほれ、代金だ」

 

 

 店主はやる気のなさそうな声で無愛想に少女を労い。

 

 アルトが持ち込んできた材料に応じた金額を用意し、袋に入れて少女へ手渡す。

 

 どこの酒場でも、今のやりとりのように酒のツマミの元となる素材の買取は行っているが……。

 

 

「しかし、あのアルトって娘も良く思いついたよな。ぬめぬめ細胞の安定供給なんてよ」

「全くだぜ、まぁおかげで俺達は安く美味いもんにありつけてるんだがよ」

 

 

 コレで酒も安くなりゃぁいい事尽くめなんだけどな、と誰かが呟きドっと酒場に笑いが沸き起こる。

 

 どこの酒場でも、モンスターハンターや旅人が持ち込んできたツマミの材料を買い取ると言う事は日常的に行っており、ハンターらにとっては良い小遣い稼ぎにもなっているが……。

 

 ソレらの供給は安定しているとは言い難く、自然と酒場が客へ提供する金額は割高になる傾向にある。

 

 しかし、そこに目を付けた少女……アルトが卸すようになってから状況に変化が訪れ、どこにでもある酒場の一つでもあった驚愕の騾馬亭は、今では安定して美味いものが安く食える店として町一番の酒場となっていた。

 

 

 

 

 

 

 そんな、酒場の荒くれ共にほっこりとした視線で見守られてるとは露知らず。

 

 鼻歌混じりに家路を歩く少女、アルトはと言えば。

 

 

「へっくし」

 

 

 小さなクシャミをしていた。

 

 

「…風邪、かなぁ」

 

 

 真っ当な経験と知識を持った医者が少ないこの世界において、風邪は容易く命を奪い得る。

 

 ついでに言えば、ハンターの友である回復カプセルはまだ安いが……風邪薬なんてもっとバカにならない、主に懐的な意味合いで。

 

 

「今日はもう、温かくして寝よう。そうしよう」

 

 

 つい多くなりがちな独り言をつぶやきつつ、少女は家路を急ぎ……。

 

 装備の点検は明日に回そう。そう心に決めて狭苦しくも素敵な我が家である……バラック小屋の鍵を開けて中に入る。

 

 一仕事を終えて帰宅した少女に対して『おかえり』、と声をかける家族もなく。

 

 かつては両親もいたけど今はいない、そんな環境で少女は日々を精一杯生きていた。

 

 

「……今日は特に冷えるなぁ」

 

 

 愛用のドラム缶風呂を沸かすのも億劫になった少女は、薄汚れたツナギを乱雑に脱ぎ捨てて寝間着へと着替え……。

 

 着替えの途中、見下ろした視線の先にある。 『記憶に残る前世』に比べ、胸が貧相であるどころかあばら骨すらもうっすら浮かんでる自らの体に重い溜息を吐く。

 

 

「なんでまた、こんな世界に産まれちゃったかなぁ……」

 

 

 誰も聞いてるはずのない、薄暗い部屋の中でお布団に包まりながら少女はやるせなさそうに呟く。

 

 少女には、生まれつき不思議な記憶があった。

 

 ソレは、厳しい環境に苛まれていくほどに違和感として少女の中から今の現状に対して訴えかけ続け……。

 

 その記憶は、皮肉にも少女の両親がトレーダーの護衛中に死んでから、少女の内部と完全に融合した。

 

 

「御飯は美味しくないし、下着も良いのがないし……」

 

 

 もぞもぞと寝返りを打ちつつ現状に対して不満を呟きつつ、少女の意識がゆっくりと眠気に降伏していく。

 

 

「……明日は、もっと頑張ろう」

 

 

 少しでも記憶に残る前世の生活に近づけようと心に誓いつつ。

 

 少女は、明日から頑張ると自分に言い聞かせて眠りの世界へと旅立った。

 

 




リメイクしたら、少しばかり文章が暗くなった不具合。
コレハ、早い段階ですっとこハスキーを出すべきか…。


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02 姉の心、妹知らずってヤツだね!

2話からいきなり、リメイク前とは大きく違う展開になる不具合。
主に、チョイ役だった宿屋のお姉さんの出番大幅増加+宿屋と酒場の関係強化なお話です。
後、じみーーーにダメ人間ソルジャーがしょっぱなからダメ人間だったりします。


 

 

 今日も今日とて、砂埃を巻き上げた汚れた風が吹き抜ける荒野。

 

 そんな荒野の岩陰に、少女ことアルトは父の形見でもある愛用のボルトアクション式ライフルを手に構え、機会を待っていた。

 

 狙う獲物は、ピンク色の不定形の体の中央に血走った目を持ち、体の各所から複数の細い触手をゆらゆらと伸ばす化け物……殺人アメーバである。

 

 普通のソルジャー、むしろ戦車に乗っていないハンターですら真正面から簡単に蹴散らせる程度の化け物であるが、それでも少女は彼らの前に姿を現すような行動をとる事はなく。

 

 軽く深呼吸し、ライフルのサイトを覗き込んで殺人アメーバの急所である血走った目へ狙いをつけ、次の瞬間発砲。

 

 放たれた第一射は狙いを違える事なく獲物の目玉を撃ち貫いて絶命させ、慌ただしくなり始めた獲物たちの様子にアルトは構うことなくリロード、第二射を発砲する。

 

 二発目の弾丸もまたアメーバの目玉を貫通して目標の命を容易く奪い去る。

 

 立て続けに二匹の仲間が絶命した状況に、さすがのアメーバ達も異常事態を察知したのか散り散りバラバラに逃げ始めるが……。

 

 物陰に逃げ込む前に、三匹目の目玉を弾丸が潜り抜けていき。無事逃げおおせた一匹を除いて屯していたアメーバ達は屍を晒す事となった。

 

 

「よし、絶好調っ」

 

 

 使い始めた当初はロクに狙いもつけれなかったライフルであるが、生き残るために必死に腕を磨いた努力が齎した結果に、少女は自然とその顔を綻ばせる。

 

 前世では血を吸いに来る蚊や、日々の生活を脅かす虫くらいしか殺した事がなかったアルトであったが……。

 

 鉄と荒野と瓦礫の世界に産まれおち、早15年近く過ごした今のアルトにとっては化け物の一匹二匹、殺害してもなんら痛痒を感じない程度には逞しく成長していた。

 

 

「さーて、早くはぎとらないとダメになっちゃうな。っと」

 

 

 双眼鏡を取り出し、周囲の安全状況を確認した上で岩陰からアルトは這い出し。

 

 小走り気味に残骸を晒すアメーバの元へ急ぎ、不意打ちによる砲撃を受けなかったことに安どのため息を吐きつつ、少女は剥ぎ取り用のナイフを手に持つ、そして。

 

 

「うへぇ……どれだけやっても、コレには慣れないなぁ……」

 

 

 独特なぬめりと生臭い臭いに少女は顔をしかめつつ、テキパキと選別しつつ目的の『ぬめぬめ細胞』をはぎとってはビニール袋へ詰め込み。

 

 最後に粘液と肉塊がこびり付いた手をタオルでふき取ると、少女は立ち上がりライフルを担ぎ直して次の獲物を狩るために歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 あれから時間をかけて、少女は『いもいも細胞』と『とりのササミ』もきっちり確保に成功し。

 

 これまたいつもの酒場である、驚愕の騾馬亭へ卸しに行く。

 

 しかし、一つだけ違う事があった。

 

 

「マスター、厨房借りていい?」

 

「……藪から棒になんだ。笑えないジョークはその貧相な体くらいにしておけ」

 

「めっさ酷い事言われたー!?」

 

 

 無愛想かつやる気のないマスターから代金を受け取りつつ、小柄なアルトはカウンター越しにマスターを見上げ、上目遣い気味に若干猫を被りつつお願いし。

 

 拙い猫かぶりを看破したマスターは、辛辣な言葉でソレを一刀両断。わかっていたとはいえ容赦のない返答に思わず涙目で反論するアルトであった。

 

 そんなマスターの様子に、昼間から酒をかっ食らっている自称ベテランソルジャーのスキンヘッドが眩しいディックが口を挟む。

 

 

「おいおいマスター、さすがにひでぇんじゃねぇの?」

 

「そうだよディックさん! もっと言ってあげてよ!」

 

 

 想定してなかった方向、酒場の常連からの言葉にそーだそーだ!と強気になるアルト。

 

 そんな少女の想いを受け取り、酔っぱらったソルジャーはキリッとした表情で言い放つ。

 

 

「その貧相な体が……良いんだろうが!!」

 

「信じたボクが馬鹿だったよーーー!!」

 

 

 自称ベテランソルジャーであり、決して腕は悪くない男であるディック。

 

 唯一の難点は、小さい女の子が好きという性癖であった。

 

 

「そぉい!!」

 

「ナッパ!?」

 

 

 そんなダメ人間一直線なソルジャーは、顔馴染みのハンターが容赦なく踵落としを決めて無理やり沈黙させられたりしているが。

 

 その光景について誰一人言及する者はいなかった、ある意味コレも驚愕の騾馬亭の風物詩である。

 

 

「……で、何でまた厨房を使いたい?」

 

「……あー、えーっと……ちょっと新メニューに挑戦したくて」

 

 

 そんなスキンヘッドソルジャーが撃沈させられる光景をやる気のない目で眺めつつ、マスターはちんまい卸売業者、アルトへ視線を向けて問いかけ。

 

 一連のハイスピードアクションな流れに思考が若干置いてけぼりになったアルトは、気を取り直しつつマスターからの問いかけに素直に応じる。

 

 

「新メニュー? ふん、まぁいい……宿屋の方から回って着替えてこい」

 

「やったー!ありがとうマスター!」

 

 

 アルトの両親も知っており、その関係で幼いころからアルトを見てきているマスターは少女の物理的台所事情が芳しくない事を思い出し、面倒くさそうに了承を出す。

 

 その返答に少女は顔を綻ばせて喜ぶと、小走り気味に酒場を出て行く。

 

 そして、隣接している宿屋の扉を開き……。

 

 

「シェーラ!割烹着貸してー!」

 

「藪から棒に何言い出すのよ、このまな板娘は」

 

「親子そろって酷い?!」

 

 

 幼馴染の、宿屋の看板娘(山盛り)兼宿屋の店主であるシェーラに開口一番で割烹着のレンタルを申請。

 

 そんな入ってくるなりトンチキな事を言い出した幼馴染のまな板娘(文字通り)の言葉に、シェーラと呼ばれた女性は父親譲りなやる気のなさそうな目で容赦ない言葉のナイフを突き立てた。

 

 

「冗談よ。その様子だとハンター辞めて従業員になりに来た、ってワケじゃなさそうね?」

 

「うん、実はかくかくしかじかで……」

 

「まるまるうまうま、ってワケね。いいわよ、適当にサイズが合うヤツ見繕って着替えていってね」

 

 

 妹分のように想っている幼馴染にハンターなんていう危険な職業は辞めてほしい、などと思ってる事などおくびにも出さずにシェーラは適当に割烹着レンタルの許可を出し。

 

 地味にアルト自身も前世の記憶があるとはいえ、色々と世話を焼いてくれている姉のような存在の言葉の裏を理解しつつも、表情に出さず呑気にお礼を言って更衣室へと入っていった。

 

 そんな、小動物のような物理的にも体型的にも小さい少女の後姿を眺め、シェーラはため息を吐き……。

 

 

「ほんっとに、危険な事も荒事も嫌いなくせに。なんで変に遠慮してんのかしらね……あのアホの子は」

 

 

 あまり客が来ないのを良い事に、シェーラは宿の受付のカウンターで頬杖を突きながら……誰も聞いていない独り言をつぶやいた。

 

 アルト本人はと言うと、単純に縁故採用がごとき勢いでお世辞にも経営状態がよろしくない宿に勤めるのは如何なものか、という非常に単純な理由でシェーラの好意を断ってたりするのだが……。

 

 

「アンタ一人生活できる程度に給料出すくらい、ワケないって言うのよ。ほんとにもう」

 

 割と顔に出やすい妹分の事を思いながら、アルトよりも少しばかり年上なだけの女性は重い重い溜息を吐いた。

 

 




いきなりシリアス終了のお知らせ、ヤツは良いヤツだったよ……。
次回は、例のアルトが荒野の料理人として動き出したきっかけの料理を出します。お楽しみに!


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03 ハンバーグは、鉄板だよね!

リメイク前は、サラっと完成したものが出ていたアレが掘り下げて出てくるお話です。
書いていった結果、シェーラさんがすげぇ動いたのは内緒です。


 開店から閉店まで、酔っ払いの声が絶えない驚愕の騾馬亭。

 

 例え酔いつぶれたとしても、併設されているマスターの娘が営業している宿屋に泊れる事から一山当てたハンターらにとっては有難い酒場でもあった。

 

 そんな店であるが……奇妙なことに、普段耐える事のない喧騒がその時はピタリと止んでいた。

 

 その理由は……。

 

 

「ぬめぬめ細胞よし、いもいも細胞よし、乾燥させたぶにょぶにょの種よし。と」

 

「また、変なモノ揃えたわねぇ」

 

 

 驚愕の騾馬亭の名物でもあるチンチクリンな小娘が、割烹着に身を包んで厨房に立っていたからである。

 

 その隣には、別に心配してるわけじゃないんだからね!と言い放った上で宿屋の主であるシェーラも居たりする。

 

 

「ふっふっふ、まぁ見ててよ!」

 

「ふーん……お手並み拝見ってところかしらね」

 

 

 やる気のなさそうな目で眺めつつ言い放ったシェーラの言葉に、アルトは不敵なドヤ顔を浮かべながら言葉を返すと。

 

 ほい、とシェーラが差し出したまな板の上に新鮮なぬめぬめ細胞を乗せるとミンチ状に切り刻んでいく。

 

 一心不乱にぬめぬめした細胞を切り刻んでいくアルトに、シェーラは……。

 

 

「……何か手伝おうか?」

 

「えーっと、じゃあいもいも細胞を同じようにミンチ状に刻んでくれるかな?」

 

「任せといて、お安い御用よ」

 

 

 手持無沙汰になった事もありアルトに手伝いを申し出、渡りに船だったアルトは素直にソレを受け入れる。

 

 妹分の言葉に、シェーラはえへんと胸を張って豊満な胸部装甲を揺らしながら頼みを引き受け、予備のまな板を取り出して手際よくいもいも細胞を刻んでいく。

 

 

「やっぱり、シェーラ可愛いっすよねぇ。胸でかいし」

 

「バッカお前、アルトちゃんも可愛いだろうが。胸小さいけど」

 

「そうだな、確かにアイツも可愛い。胸小さいけど」

 

「聞こえてるよ! そこの酔っ払いどもぉ!!」

 

 

 厨房が見える位置に座ってるハンター共は、そんな二人を興味津々に眺め。

 

 並ぶことによって際立つ二人の体の一部、有体に言って胸部装甲を見比べながらゲスい感想を交わし合い。

 

 酔っ払い達の言葉が聞こえていたまな板娘は、フカー!と叫ぶ勢いで全力で叫んで厨房から突っ込みを入れた。

 

 

「ほらほら怒らないの、それに大きくても邪魔なだけよ?」

 

「持つ者に、持たざる者の苦悩はわからないんだよぉ……」

 

 

 ミンチ状の肉がこびり付いてる関係で、隣でぬめぬめ細胞を切り刻んでいる妹分を撫でれないシェーラは。どこか暖かい苦笑いを浮かべてアルトを宥め。

 

 宥められた少女は、恨めしそうに隣に立つ幼馴染の女性の豊満な胸を見詰める。

 

 

「むぎぎ、手にぬめぬめ細胞がついてなかったらもぎり取ったというのに」

 

「何アホな事言ってるのよ。刻み終わったら次はどうするの?」

 

「あ、後はこっちでやれるから大丈夫だよー。ありがとね、シェーラ」

 

 

 その瞳に嫉妬という名の炎を燃やしつつ少女はうなり、アホな事を口走ってる妹分にやる気のない目で突っ込みを入れつつ、シェーラは次の仕事を尋ね。

 

 アルトから返ってきた言葉に、そう。とだけ返して汚れた手を洗い始める。

 

 

「次に取り出したるは、この乾燥しきったぶにょぶにょの実の種!」

 

「種ね。ソレ齧ると舌がバカになるから私嫌いだけども……で、ソレどうするの?」

 

「コイツはね、こうするんだよ」

 

 

 パッパパーと謎な擬音を口に出して種を掲げるアルトに、突っ込み疲れたのかシェーラは普通に言葉を返す。

 

 少し突っ込みを期待していたアルトはと言えば、空ぶった事に若干頬を紅くし……。

 

 ぬめぬめ細胞をまな板の上からボウルの中に移しつつ、まな板の上に種を数粒適当に置くと。

 

 ソレを、包丁の背で木端微塵に叩き割った。

 

 

「んー……ここは、今は敢えて聞かない方が驚きが大きいかしら?」

 

「わかってるじゃんシェーラ、まぁ見ててよ!」

 

 

 砕かれたぶにょぶにょの種を小鉢へ移し替えつつ……アルトはにんまりと笑みを浮かべてシェーラへ言葉を返す。

 

 そして、シェーラが切り刻んだいもいも細胞を刻んだぬめぬめ細胞が入ったボウルへ放り込み。

 

 ソレを混ぜ始める。

 

 

「うーん……正直、中々に衝撃的な光景ねー」

 

「そう?」

 

 

 ミンチをニッチャニッチャと音を立てながら混ぜている光景に、シェーラは少しげんなりした表情を浮かべて口に出し。

 

 前世の記憶を引っ張りながら作業をしているアルトはと言えば、シェーラがげんなりする理由が思い至らないため本気で首を傾げる。

 

 そうやってのんびり言葉を交わしてる間に、ぬめぬめ細胞といもいも細胞のミンチは綺麗に混ざり、独特な質感になっていく。

 

 そして。

 

 

「ここで、コイツを入れるのさー」

 

「うーん……ちょっと、本気で何作ろうとしてるのか解らないのが腹立つわ……」

 

 

 さらさら、と粗挽き状になったぶにょぶにょの種と塩を混合ミンチへ練り込んでいくアルトの姿に……。

 

 宿の客に料理を出す事も多々あるにも関わらず、アルトが何を作ろうとしているのか読めないシェーラは微妙に敗北感を感じる。

 

 

「これで準備は完了、後は焼くだけだよー」

 

「……ふーむ、肉で作るパン? いや、何なのかしら……」

 

 

 平たい楕円状に混合ミンチを成型し、アルトはまな板の上へ並べていき……。

 

 ボウルの中身が空になったところで、一度手を洗う。そして。

 

 

「ほんじゃ、焼くね」

 

 

 シェーラ、酔っ払い共、さりげなく横目でチラチラと見ていたマスター。

 

 それぞれが見守る中、フライパンの中へ投入された成型された混合ミンチ達は……。

 

 どこか食欲を誘う音と共に、香ばしい匂いを上げながら焼かれていく。

 

 

 誰かがゴクリ、と音を立てて生唾を飲み込む音が響く。

 

 その間もアルトはと言えば、のんきに鼻歌なんぞを歌いながらテキパキと手際よく混合ミンチを焼いていく。

 

 そして、十分に焦げ目がついたソレをアルトは少し中身を切って確認し……。

 

 

「よーし、出来たよ!」

 

「……最初はどんなゲテモノ作るのかと思ったけど、中々に美味しそうね」

 

「食べてみる?」

 

「……頂くわ」

 

 

 フライパンの上から焼きあがったソレを、アルトは一枚皿の上へ載せてガスコンロの火を止め。。

 

 乗せられたソレを見たシェーラが呟いた言葉に、得意げな表情のアルトが即座に反応する。

 

 そんな、自信たっぷりな少女のドヤ顔にシェーラは若干イラっとしつつも、焼きあがったソレから漂う香ばしい匂いに食欲をそそられ。

 

 素直にソレを受け取ると、フォークで切り分け。一口状の欠片を口へ放り込んだ。

 

 

「……どう?」

 

 

 神妙な顔で咀嚼している姉のように思っている女性の反応を窺うアルト。

 

 しかし、シェーラはそんな少女の様子に言葉を返すことなく二口目、三口目と次々と口へ放り込んでいく。

 

 そして、一枚丸々食べてしまったシェーラは……。

 

 

「……やるじゃないアルト、いったいどんな魔法使ったのよ?」

 

「ふふふー、教えてあげなー……イヒャイイヒャイ!?」

 

 

 素直に、賞賛の言葉をアルトへかける。

 

 その後の少女の言葉に、思わずイラっとしたシェーラがアルトのほっぺをぐにぐに引っ張ったのは致し方ないかもしれない。

 

 

「いたたた……砕いたぶにょぶにょの種の効果だよ、砕いたの舐めたらピリっときたからいけるかなー。って思って」

 

「ぶっつけ本番だったのね……けども。うん、これ凄いわ……ぬめぬめ細胞といもいも細胞の食感が良い感じに混ざってるし、生臭さも殆ど無いじゃない」

 

 

 引っ張られた頬をさすりつつ、アルトは素直にネタばらしをし……。

 

 アルトの言葉に、腕を組んでシェーラはなるほどね。と言葉を漏らす。

 

 

「けどさ、色々聞いた私も私だけど……作り方殆ど筒抜けになっちゃってるわよ?」

 

「んぃ? 別にいいよー、どこででも作れたらソレだけあちこちで美味しいモノ食べれるじゃん」

 

「……そうだったわ、アンタそういう娘だったわよね」

 

 

 根掘り葉掘り聞いた自分の事を棚に上げつつ、シェーラは物凄い勢いで儲け話の種を投げ捨てた妹分に問いかけ。

 

 返ってきた言葉に、妹分のアホの子っぷりを再認識しつつ頭を抱える。

 

 

「……それに、コレで終わりだと思った?」

 

「何よ、その瓶詰め」

 

 

 ニヤァ、と笑みを浮かべつつアルトがさりげなく持参していた袋から取り出したソレ。謎の液体が詰まった瓶詰めにシェーラは首を傾げ。

 

 アルトはシェーラの問いかけに答えず、未だ焼きあがったソレが何枚も載ったままのフライパンに瓶詰めの中身をぶちまけ、フライパンに蓋をするとガスコンロを再点火した。

 

 酔っ払いの内の誰かが生唾を飲み込み、誰かが腹の虫を盛大に鳴らす中……フライパンはクツクツと音を立ててソレを煮込み。

 

 そろそろ、と判断したアルトが蓋を開ければ……。

 

 

「……バズさん、俺超腹減ってきたっす」

 

「奇遇だな、俺もだ」

 

 

 空きっ腹に直撃するかのような、香ばしくも濃厚な香りが厨房から漂い。

 

 見守っていたハンター達は、互いに思い思いの言葉を交わす。

 

 

「よし、これで完成かなー。シェーラ、食べてみる?」

 

「そうねぇ、ソレもいいけど……」

 

 

 さり気なく味見し、仕上がった味に大満足しつつアルトは試食役に再度シェーラを抜擢しようとし……。

 

 話を振られたシェーラは、口元に人差し指を当てて酒場の方へ視線を向ける。

 

 まず真っ先に視線が向いたのは父親であるマスターであったが、厨房に背を向けてグラスを磨いてたので除外された。

 

 実はつい先ほどまで見詰めていたのだが、物欲しそうな視線を娘に気取られるのがイヤだったから背を向けてたりするマスターであった。

 

 

「あ、ファング丁度良いわ。コレ味見してみる?」

 

「うぇ、俺っすか?」

 

 

 次に視線が向いた酔っ払いの中に、子供のころからの付き合いである駆け出しハンターをシェーラは見つけ。

 

 ちょうど良い、と言わんばかりにシェーラは手招きし……アルトから差し出された、ソースのかかったソレが乗った皿をファングへ渡した。

 

 

「アンタ割と良いモノ食ってんだから批評できるでしょ? 食べてみて」

 

「あ、確かにファングさんなら適任だよね。反応わかり易いし」

 

「アルトちゃんまで……俺、そんなに単純じゃねぇっすよ」

 

 

 酒造所の末息子でありながらハンターを選んだ、ボンボン息子な幼馴染にシェーラは笑いながらフォークを渡し。

 

 シェーラ繋がりで、何回か顔を合わせた事があるアルトもまた試食役として適任だねー。などと呑気に笑う。

 

 まるで単純だと言われた気がする、まだ少年とも言える風貌のファングはと言えば憮然とした表情を浮かべ、フォークでソレを切って口へ運び……。

 

 

「うますぎるっす!!」

 

「期待以上のリアクションだね!」

 

「はっ!? ち、違うっすよコレは!」

 

「そう言いながらアンタ、どんどん平らげてるじゃない」

 

 

 二、三咀嚼して目を見開いて少年は叫んだ。

 

 そんな少年のリアクションに、まるでグルメ漫画の解説キャラみたいだなー。などと前世の記憶を思い出しながらアルトは呑気に笑い。

 

 まな板娘の言葉を、ファングはあわてて否定するも……その体は素直で、シェーラは半眼で少年の体たらくに溜息を吐いた。

 

 

 

 

 こうして、驚愕の騾馬亭に時を超えて永く語り継がれる名物メニューが誕生した。

 

 ソレは簡単なレシピでありつつも、十分すぎるほどの味を持っている事からアサノ=ガワの街に瞬く間に広がり……。

 

 アレンジのし易さから、それぞれの酒場や食事処で独自のメニューが生まれ……のちに街の名物にまで上り詰める事となる。

 

 そのメニューの名は……。

 

 

 

 

 

「そういえばアルト、これって名前決まってるの?」

 

「え? うん、『ぬめいもハンバーグ』って言うんだよー」

 

「ぬめいもはともかく、ハンバーグって何よ……」

 




そんなわけで、アルトの十八番の「ぬめいもハンバーグ」回でした。
ハンバーグという言葉の謎は、後日大破壊前の知識を持った人物によって解明されたりしなかったり。

そして、地味にハンバーグに1工程追加してたりします。
ぶにょぶにょの種については、ねつ造なので信じないように!

次回は、すっとこバイオドッグを出す予定です。お楽しみに!


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04 なんでこんなに忙しいんだろうね! え? 自己責任?

前回、あとがきで4話でハスキーが出るといったな……アレは、嘘だ。
コマンド―風味でこんばんは、すいません。文章書いてたら思った以上に膨らんだのでハスキー君出せませんでした。
5話には、間違いなく出せる……はず!


 

 

 

 新たな新メニューが登場し、酔っ払いだけではなく食事目当ての客も多く足を運ぶようになった驚愕の騾馬亭。

 

 そんな少しばかり慌ただしい店内にて、一人のトレーダーがマスターへ売り込みをしていた。

 

 

「……確かに、今使っているヤツよりもこの浄水器はかなり性能が良いな」

 

「でしょう? マスターの酒場とは色々と取引もありますし、特別に値引きしますよ」

 

 

 ちょくちょくと道具や調味料を卸しているトレーダーの青年、カールが売り込みし。

 

 そろそろ浄水器もガタがきている事も合わせて、マスターは顎に手をやりつつ真剣に購入を検討する。

 

 そして、そんな中アルトはと言えば……。

 

 

「アルトちゃーん! こっちにもぬめいもハンバーグ二つ!」

 

「こっちは三つだ!」

 

「は、はーい!」

 

 

 ヒラヒラとしたウェイトレス衣装に身を包み、こまねずみのように酒場の中をチョコマカと給仕していた。

 

 ぬめいもハンバーグを新メニューとして登録した結果、今まで以上に忙しくなった驚愕の騾馬亭。

 

 その状況を打破すべく、マスターが打った手がアルトのウェイトレス起用であった。

 

 

「うっへっへ、胸は平たいけども良い尻にふとも……モォ!?」

 

「あー、アイツここ来たばかりか。無茶しやがって」

 

「アルトちゃんのお盆チョップ、更にキレが増したな」

 

 

 そんな少女のスカートをすれ違いざまに捲り、尻を撫でまわす酔っ払いも居たりするが……。

 

 カウンター気味に放たれるアルトの反撃により、大体が為す術もなく撃沈されたりしている。

 

 

「こ、この小娘がぁ!……あ?」

 

「あー、ちょいと酒場の裏までこいや若造」

 

「逆さに吊るして泣くまで棒でつつこうぜ」

 

 

 たまに激昂してアルトへ襲い掛かろうとする輩もいるが……。

 

 その手の輩については、良い具合に酔っぱらっているスキンヘッドソルジャーが容赦なく酒場の裏まで引きずっていき、常連らの手で割と情け容赦のない粛清が下されるのが酒場のルールと化していた。

 

 

「あの、マスター……アレほっといて良いんですか?」

 

「ん? ああ、従業員へのボディタッチは自己責任だからな」

 

「アレ自己責任で片付けて良いんですかねぇ」

 

 

 酒場の裏まで引きずられていった荒くれ者のモノと思われる断末魔に、浄水器の売り込みをしていたカールはその笑みを引き攣らせ。

 

 既に慣れた、とばかりに言い放つマスターの言葉に本気で首を傾げる。そして。

 

 

「まぁいいか、で。どうでしょう、この浄水器」

 

「お前も中々にイイ性格をしているな……よし、買おう」

 

「毎度あり」

 

 

 青年トレーダーことカールは自分に不利益を齎さないと判断し、商談を優先した。

 

 そんなカールをマスターは半眼で睨みつつ、浄水器を買い取って代金を払い。

 

 無事商談が済んだカールは、にんまりと笑って代金を受け取り商品を引き渡す。

 

 

「ま、マスター。商談が済んだなら厨房お願いしますよぉ」

 

「む、すまん」

 

 

 そして、そのタイミングを見計らっていたのか厨房と店内を往復していたアルトがマスターへ泣き付き。

 

 思った以上に話し込んでいた事にマスターは詫びを入れつつ、厨房の作業へと戻っていく。

 

 ちなみに、商談の間マスターの娘であるシェーラがピンチヒッターと言う事で厨房でひたすらぬめいもハンバーグを焼く作業に従事させられていたりする。

 

 

「そう言えばアルト、お前確か大破壊前の本を欲しがっていたよな?」

 

「何ですマスター、唐突に。まぁ確かにその通りですけども」

 

 

 ひたすらぬめいもハンバーグを焼いているシェーラから、焼きあがったソレが乗った皿を受け取りつつアルトはマスターの言葉に肯き。

 

 マスターはその返事に、ふむと呟いて顎に手を置く。

 

 

「何でもコイツが浄水器を見つけた建物で、大破壊前の本が大量に並んでた部屋があったらしい。それほど危険でもないようだし、行ってみたらどうだ?」

 

「ソレはとても有難いんですけど……そんな情報タダでもらっちゃって良いんですか?」

 

 

 浄水器を買い取ってもらい、ホクホク顔の青年トレーダーを指さしつつ。マスターはアルトへ情報提供を行い。

 

 情報提供を受けたアルトは、好意を受け取りつつも不思議そうに首を傾げる。

 

 

「構いませんよ、大破壊前の兵器の資料や絵本でもない限り売り物としては微妙ですし」

 

 

 アルトの不思議そうな視線を受けたカールは、ぶっとびハイで喉を潤しながら正直な感想を述べる。

 

 本という品物はこの世界においては、明確な需要が無い限りは……嵩張る燃料でしかないのである。

 

 

 

 

 

 

 そんなワケで、少し日を跨いだ天候の良いある日の事。

 

 アルトは、カールから情報提供された廃墟群へ足を踏み入れていた。

 

 

「……多分この辺り、大破壊前はオフィスビルとか並んでたんだろうなぁ」

 

 

 平和な現代日本で日々を過ごしていた前世の記憶が色濃く残っているアルトは、その廃墟を複雑そうな目で見詰める。

 

 

「えぇっと、トレーダーの人の話だとこの辺りのはずなんだけどなぁ……」

 

 

 既にめぼしいモノは漁り尽くされていそうな、辛うじて原型を留めているビルを探索していくアルト。

 

 時折襲撃してくる殺人アメーバやパラボラットを古ぼけた32口径ピストルで仕留めながら、少女はゆっくりと歩みを進めていく。

 

 

 

 何故、少女が大破壊前の書籍を求めているか。その理由はとても単純な話である。

 

 文明の欠片に縋り付いて生きていくこの世界で、確かに平和な文明があったという事実を情報の集合体である書籍から、少女は読み取りたいのだ。

 

 

「ここ、かな?」

 

 

 崩れかけている階段をひいこら言いつつ少女は上り、掠れた文字で『資料室』と書かれたプレートがかけられた部屋を見つけ。

 

 アルトは息を整えると、右手にピストルを構えながらゆっくりとその扉を開き。中の安全を確かめた上でその平たい体を中へ滑り込ませる。

 

 中には害を及ぼすような敵は見えず、その事に少女は安堵の息を吐き……部屋の中を見回してその目を輝かせる。

 

 

 奇跡的にも外壁が崩れていなかった資料室。

 

 その部屋に収められていた書籍は、ざっと見る限りにおいてこれ以上ないくらいに良好な状態が保たれていた。

 

 

 アルトは、ニヤける口元を抑える努力すら放棄し適当な本を手に取り。その中身を開く。

 

 最初に手に取った本は、今いる建物がどんな会社で。どのような遍歴を辿ってきたかを示す資料本であった。

 

 その次に開いた本は、犬種ごとにどのような特徴があるかを取りまとめた犬の図鑑であった。

 

 そして、その次に手に取った本は美味しそうなお菓子の作り方が掲載されている料理本であった。

 

 

 それらの本を、片っ端からアルトは読み漁り……めぼしい本を次々と持ってきたナップザックへ大切そうに詰め込んでいく。

 

 本を読み、平和だった時代の残滓を噛み締めるという作業。

 

 ソレは、割と人情味があるとはいえ容赦のないこの世界に放り出された少女にとって、未来への不安を押し殺す為の精神安定剤でもあった。

 

 

「あれ? なんだろ、これ」

 

 

 そんな中、適当に手に取り開いた本から零れ落ちたカードに気付き、アルトはソレを拾い上げて確認すると。

 

 ソレは、冴えない中年男性の写真入りのIDカード式の社員証であった。

 

 

「なんで本に挟んであるんだろ? 栞にでもしていたのかなぁ」

 

 

 この人、その後どうしたんだろ。などとすでにこの世に居ないであろううっかり会社員の事を思いつつ少女はソレを手の中で弄び……。

 

 

「……んぃー?」

 

 

 階段を必死こいて上っている時に、ふと瓦礫の隙間から見えた電源が生きていたコンピュータの事をアルトは思い出す。

 

 

「ここで、このカードで隠し扉が開いたー。とかなったら、笑っちゃうよねー」

 

 

 そんな事あるわけないかー、などと思いつつも少女は立ち上がり。本が詰まったことで重くなったナップザックに少しよろめきつつ、コンピュータを目指す。

 

 

 

 そして、なんとかコンピュータに到達したアルトは……未だ電源が生きているコンピュータに首を傾げつつ、試しにIDカードを挿入。

 

 もしやとは思ったが、正常に動いてしまったソレの画面に出ている。OPENのボタンをマウスで恐る恐るクリックすると……。

 

 金属が擦れる耳障りな音を立てながら、アルトの目の前に地下へと降りる為のものと思われる階段が現れた。

 

 

「……あっはっはっはっは」

 

 

 思わず乾いた笑いを上げてしまうアルト、誰も聞いてない中虚ろな笑いを上げ続ける少女という構図は。

 

 ちょっとしたホラー染みた光景であった。

 




アルトさん(改)は、リメイク前に比べて割と豆腐メンタルです。
原作知識がなく、元男だったりもしないので未来への不安が潜在的にかなり大きいのです。
その不安を少しでも誤魔化すために、アルトさん(改)は本が好きだったりします。


まぁ、ハスキー君が来たらそのあたりのネガティブ多分木端微塵にされるんですけどね!


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05 探検はほどほどにした方が良いよね! いやまじで!

リメイク前は割ととんとん拍子で探索できていた施設。
だがしかし……。

>何かあの世界だから腐リーマンがワラワラと来そうなフラグ気のせい?

感想のこの一言が、彼女の運命を決めた。しょうがないね!


 

 

 

 今、少女の目の前でその口を開いている入口。

 

 ソレは、舞い上がった埃や今も軋んだ音を立てている金属音から……長年閉ざされたままであったことを知らしめていた。

 

 

「…………よしっ」

 

 

 ひとしきり乾いた笑い声を上げ、すっきりしたアルトは。

 

 自らの頬をぱしっと叩くと、屋内における頼みの綱とも言える32口径の頼もしい重みを再度確かめ……。

 

 地下への入り口の先にある、ハンドル式の重厚な扉を開けた。

 

 

「うわぁ……さっきのコンピュータもそうだったけども、この中電気が通っているんだ……」

 

 

 真っ暗な内部を想像していた少女の想いとは裏腹に、その内部は天井に未だ灯っている照明のおかげで十分な明るさが確保されていた。

 

 長い年月のせいか、時折明滅している事が少女の不安を煽りはするものの……。

 

 

「……うん、歩き回ってるセキュリティは。いなさそう」

 

 

 息を顰めて耳をすまし、もし内部をうろついているならば間違いなく響くであろう音が聞こえない事にアルトは安堵の溜息を吐き。

 

 気合を入れ直して、文明の残滓が色濃く残る通路を歩き始める。

 

 

「んぃー……?」

 

 

 ふと、何かが這いずった音がしたような気がして振り向きつつも何も見えず。

 

 少女は気のせいか、と違和感を頭の片隅に放り込み。宝探し気分で通路を進み……。

 

 歩き始めてから数分で、アルトはいくつかの部屋の入り口を発見。

 

 押しても引いてもビクともしないソレに溜息を吐き、扉の隣にあるカードリーダーに地下への入り口の鍵となった、IDカードを通す。すると……。

 

 

「おーー」

 

 

 若干軋んだ音を立てつつ、扉が開き……入口からでもわかるほどに、不快な何かが腐ったような臭いが少女の鼻を打ち据える。

 

 一瞬アルトは開いたことを後悔しつつも、何か掘り出し物はないかと物欲と期待の赴くままにさまざまな薬品が並んでいる、保管室のような部屋へと足を踏み入れ。

 

 そして、ふとした瞬間に何かを踏み付け……踏み付けたソレを見て、少女の顔は思い切り強張った。

 

 

「ぴ、ぴきゃぁぁぁ!?」

 

 

 踏んでしまったソレに、思わず尻もちをつく少女。

 

 アルトが踏んづけたモノソレは……。

 

 白衣を着た、元の顔がわからくなる程度に腐敗した仏様であった。

 

 

「な、なんまんだぶなんまんだぶ……」

 

 

 思わず両手を合わせ、荒廃したこの世界にいるかどうかは定かではない神仏に祈りをささげ。

 

 生まれたての小鹿のように足を震わせながらも、なんとか立ち上がった少女は……おっかなびっくり腐乱死体を跨ぎ、部屋の中へと進んでいく。

 

 幸か不幸か、この世界で生まれ育ってきた中で何回か死体を見てきたことで、豆腐メンタルでありつつも少女はなんとか気を持ち直す事に成功していた。

 

 

「う、うぅ。早くぱぱっと調べてぱぱっと帰ろう、そうしよう」

 

 

 半泣きになりつつも、資料やめぼしい薬剤をアルトは袋へ詰め込んでいく。

 

 小心者ではあるが、日々の生活を少しでも豊かにするための努力は欠かさないアルトであった。

 

 

「この部屋は、これくらいかなぁ……あ、状態の良い拳銃ある、けど…………」

 

 

 綺麗であるはずの床や壁に、不自然な沁みがあるところに弾を撃ちきった拳銃を発見し屈むアルト。

 

 ソレを不思議そうに拾い上げたその時、アルトは不穏な何かが這いずる音と気配を背後に感じ……。

 

 当たらないでほしい祈りながら、今この時もガンガンと警鐘を鳴らしてる嫌な予感に背後を振り向く。

 

 そこには。

 

 

「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「ぴゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」

 

 

 先ほどまで部屋の入り口で寝そべっていたはずの腐乱死体こと、腐リーマン(享年34歳)が立っていた。

 

 

「なんで!? なんでゾンビがいるのさーーー!?」

 

 

 半泣き、どころかもはやガン泣きしながら何度も感触を確かめていた32口径ピストルを引き抜き。

 

 アルトは、今この時も迫ってくる腐リーマンへひたすら鉛玉を叩き込む。

 

 腐リーマンは、腐っているからこそのタフさか一発や二発受けつつもそのまま前進するも……。

 

 アルトがピストルの弾丸を1マガジン分撃ちきる頃には、腐リーマンは今度こそ腐乱死体へのリクルートに成功していた。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 

 あまりの恐怖に、嗚咽をあげながら少女は息を整え……。

 

 あんな化け物、もういないよね。きっとそうだよね、と自分に言い聞かせながらピストルをリロードし。

 

 

「帰ろう、うん帰ろう。ディックさんとかバズさんとかカールさんにここの情報を売ろう」

 

 

 自分に言い聞かせながら、十分すぎるほどの恐怖体験を経験する羽目となった薬品室を出る。

 

 そして、来た方向。即ち地下への入り口のある方へ歩き出し……。

 

 次の瞬間アルトはUターン、全速力で走り出す。

 

 アルトが帰宅するために歩き出した方向に、何がいたかといえば……。

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁ」

 

「ヴぁぁぁぁぁぁ」

 

「や゛ずみ゛、ぐれぇぇ」

 

 

 今先ほどアルトが死闘を繰り広げた、腐リーマン達(生前の趣味:女子高生観察)がいた。

 

 

「もうやだ帰る! おうち帰るぅぅぅぅ!!」

 

 

 泣きながら地下施設内を全速力ダッシュするアルト。

 

 そんな、割と賑やかに逃げ回る少女を施設内をうろつく……大破壊前に地下施設へ逃げ込んだ社員のなれの果てが放置するわけもなく。

 

 

「ぴゃぁぁぁ?!」

 

「にゃぁぁぁ!?」

 

「もうゾンビやだぁぁぁぁ!!」

 

 

 曲がり角を曲がるたび、ここならばと部屋へ逃げ込むたびに。

 

 ワラワラと、アルトを追いかけるゾンビの数が増えていく。

 

 大破壊前ならば……まだいたいけな少女を追い掛け回す変態という名の紳士、と言う事で命の危険だけは回避できたかも知れないが。

 

 今アルトを追い掛け回してる面々は、見事なまでに心身ともに腐りきっており追いつかれたその時は、少女の命は間違いなく助からないであろう。

 

 だからこそアルトは全速力で、今にも倒れ込みそうになりながらも必死で走り続けているのだが……。

 

 

「……い、いきどまり……?!」

 

 

 ゼェゼェと息絶え絶えになりながら、たどり着いた道の先。

 

 腐リーマンの群から必死で逃げ惑ううちに、施設の奥へ奥へと進んでしまっていた少女の目の前には……。

 

 一際大きく重厚な、鉄の扉だけがそこに佇んでいた。

 

 

「……ぴぃっ!?」

 

 

 そして、そんな少女を追い詰めるべく……一匹の腐リーマン(生前の趣味:ヅラハンティング)が姿を現す。

 

 逃げ回る内に、ピストルの弾丸は既に撃ちきっており……ボルトアクション式の愛用ライフルは、咄嗟に撃ってからリロードしていないため同様に頼りにならず。

 

 アルトは最後の望みをかけ、この施設に足を踏み入れる切っ掛けにもなったIDカードを道を塞いでいる扉のカードリーダーへ通した。

 

 カードが認証されるまでの刹那な時間、ソレすらも今のアルトにとってはとてももどかしく感じる中……。

 

 少女の祈りがどこに通じたのか定かではないが、道を阻んでいた扉が音を立てて開き始め。

 

 アルトは開き切る前に、その小柄で凹凸の乏しい体を開いた隙間へ滑り込ませると。

 

 入った先にあった、扉の開閉を行っていると思われるコンソールを叩くように操作してその扉を閉めた。

 

 

 

 その上で、アルトは部屋の中を忙しなく見回し。

 

 うろつき回る腐リーマンが居ない事に安堵して、閉まったばかりの扉にもたれかかるようにして座り込んだ。

 

 

「たすかったぁ……こわかったよぉ……」

 

 

 当座の危機を脱した喜びと安堵で、えぐえぐと泣き始めるアルト。

 

 そのまま、人目がない事を良い事に大泣きを始めるが……。

 

 泣いている内に、何かが自分を見ている事に気付く。

 

 

「ひぐっ…………?」

 

 

 しゃくりあげながら、アルトは不安に満ちた表情を浮かべたまま室内を改めて見回す。

 

 そこはまるで、何かの研究施設のような部屋で……いくつかの人一人が入りそうなガラスと思われる物質で出来た、シリンダーが立ち並んでいた。

 

 そのシリンダーの殆どは割れており、中には骨が転がっている割れたシリンダーすらある中に。

 

 何かが浮かんでいる、液体が満たされた唯一のシリンダーがある事にアルトは気付く。

 

 

「なに、かな……?」

 

 

 液体が満たされたシリンダーの中に浮かぶ何か。

 

 ソレは、小柄な少女よりも大柄な一匹のシベリアンハスキーであった。

 

 

「犬……?」

 

 

 よろよろと立ち上がり、ハスキー犬が入ったシリンダーにアルトが恐る恐る近付くと。

 

 シリンダーの中に入ったままのハスキー犬が、首を動かしてアルトの動きに反応を示す。

 

 

「この子……生きてる……?」

 

 

 泣き腫らした事で掠れた声で呟くアルト、その声に反応したかどうかは定かではないが……。

 

 ハスキー犬は、シリンダーの中から理知的な光が見える瞳で少女をじっと見つめてくる。

 

 その視線にアルトは考え込み……何かを決心したのか、肯いた。

 

 

「……うん、出してあげる。一人ぼっちは寂しいもんね……一緒に行こう?」

 

 

 今先ほどまでの理不尽な恐怖を振り払う為にも少女は言葉にだし、シリンダーに配線がつながっているコンピュータを操作する。

 

 そして、中身の液体が抜かれ……シリンダーが開くと。

 

 永い間シリンダーの中で浮かんでいたとは思えない機敏な動きでハスキー犬は飛び出し、しっかりと四本の足で床へ降り立つと。

 

 その身を勢いよく振り、体にこびり付いた液体を弾き飛ばす。そして。

 

 

「へ? わ、わひゃぁぁぁぁぁ?!」

 

 

 そのままアルトを押し倒し、感謝の印かその顔をベロベロと舐め回しはじめた。

 

 




アルト、ゾンビ恐怖症のトラウマと引き換えにハスキー君を仲間にしたでござる。の巻。
何故だろう、設定変更という一言だけでは片づけられないほどに……リメイク前に比べてアルトの人生の難易度が上がっている気がする。


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06 さぁ、素敵なパーティしよ!

お待たせしました、ようやく6話お送りできました。
ちゃうねん、某幻想人形演舞にハマってたワケとちゃうねん。
9日にDLして、10日時点で紅魔館突破したけどちゃうねん(震え声)


 

 

 

 ガラスシリンダーの中に囚われていた大柄なシベリアンハスキーに押し倒され、顔を舐め回されるという熱烈なアピールを受けたアルト。

 

 少女は多少面食らったものの、お返しとばかりにシベリアンハスキーの顔から首にかけてワシャワシャと撫で返し……。

 

 シベリアンハスキーは囚われていた自分を解放してくれた少女への感謝の気持ちを、満足いくまで伝え。

 

 少女はと言えば、ゾンビの群に追い掛け回されてささくれだった心をこの世界に産まれ落ちて初めて触った犬の感触に心を癒された、ある意味でWin-Winと言えるかもしれない。

 

 そんな一人と一匹は、今……。

 

 

「おいしい?」

 

「ワフッ!」

 

 

 アルトが持ってきていた、携帯食料を仲良く分けて腹ごしらえをしていた。

 

 なお、携帯食料の内訳は……シェーラが宿で出しているパンの売れ残りを固く焼き上げたビスケットと、辛目に味付けした鳥のササミだったりする。

 

 そんな簡素なモノではあったが、シベリアンハスキーは瞬く間に分け与えられた分をペロリと平らげ……ジっとアルトが手に持っている分を無言で見詰める。

 

 そんな食いしん坊なシベリアンハスキーの様子にアルトは気付くと、ふわりとした苦笑いを浮かべ……。

 

 

「もー、しょうがないなぁ」

 

「ワォンッ!」

 

 

 ワシャワシャとシベリアンハスキーを撫で回し、自分の分も殆ど躊躇せずに与え……おねだりに成功した食いしん坊は千切れんばかりに尻尾を振ってあっという間に食べつくしてしまう。

 

 

「そう言えば、君の名前考えないといけないね」

 

 

 なすがままにされているシベリアンハスキーを撫で回しながら、少女は呟き。

 

 人差し指を口元へ当て、もう片方の手で撫でもふりを継続しながら考える。そして。

 

 

「よし、決めた! 君は今日からハスキー君だ!」

 

「ワォーーーーン!」

 

 

 シベリアンハスキーに、名を与えた。

 

 悲しい事に、少女のネーミングセンスはお察しの有様であった……が、ハスキーと撫でられた当犬は大喜びで遠吠えを上げているので、問題はなかった。

 

 

「しかしさー、うん。どうしようハスキー君」

 

「ワフ?」

 

 

 ひとしきり撫で回し、今自分が置かれている状況を思い出したアルトは今この時も部屋の入り口の前で出待ちしているであろうゾンビ達を想い、溜息を吐きながらハスキーに抱きついて全身をそのモフモフで包み込む。

 

 そんな主人の様子に、ハスキーは尻尾を振りながら首を傾げる。

 

 

「いやねー、ボクってゾンビに追われて逃げ込んだんだけどさー……出口そこしかないんだよねー」

 

 

 困ったもんだよねー、と乾いた笑いを上げながら少女は全身でハスキーに抱きつき。

 

 その顔をハスキーの腹毛に埋める。

 

 ハスキーはくすぐったそうにしつつも為すがままにされ……不意にスクっと立ち上がると。

 

 彼が立ち上がった際にこけたアルトを尻目に大股で重厚な扉へ近づいていく、そして。

 

「ワォン!」

 

 

 アルトへ向かって振り返り、力強く一声咆えた。

 

 まるで、自分が血路を切り開くと言わんばかりに。

 

 そんな頼りになり過ぎる様子を見せるハスキーの姿に、一瞬少女はあっけにとられ。

 

 

「……本当に、大丈夫?」

 

「ワフッ」

 

 

 恐る恐る問いかける少女の言葉に、当然。とばかりにハスキーは鼻息荒く一声で答え。

 少女もまた、ハスキーの様子に覚悟を決めると……逃げ回る間リロード出来なかったライフルへのリロードを始め。

 

 幾度となく繰り返したその作業を、いつも通りの時間で終えた少女は立ち上がり……。

 

 無言のままハスキーと視線を交わすと、扉脇にあるコンソールを操作してその扉を解き放つ。

 

 そして、強く軋む音と共に扉が開く中。うめき声が扉の隙間から聞こえ始める。

 

 扉が開いたその先には。

 

 

「う゛ぁーーー」

 

「ぁ゛ーーー」

 

「も゛りぞぉぉぉぉ」

 

「ぎっごろ゛ぉぉぉぉ!」

 

 

 アルトが逃げ込んだ時よりも、更に数が増え……作業用外骨格を纏ったゾンビ、強制労働神話まで追加された事で質、そして量が充実してしまったゾンビの群が少女たちを出待ちしていた。

 

 良く聞くと何人か妙なうめき声を上げていたりするが、短く引き攣ったような悲鳴を上げる少女にはそんなうめき声に気付く余裕などなかった。

 

 そして、少女が一瞬たじろいだその一瞬の間に。

 

 

 

 

 ハスキーは砲弾のごとき速度で飛び出し、その爆発的な加速でその大質量な大型犬ボディをゾンビの群へ叩き付けて。

 

 少女が事態を認識しようとしている間に……ゾンビ達は、まるでボーリングのピンのように錐もみ回転しながら吹き飛ばされていく。

 

 

「……す、すとらーーいく」

 

 

 手に持ったライフルで支援を行う事も忘れた少女が、思わずそんなことを呟いてしまったのを誰が責められようか。

 

 その間にもハスキーは自らに覆いかぶさろうとしてきたゾンビの攻撃をサイドステップで避け、そのまま壁を蹴って三角飛びし……攻撃を回避されてたたらを踏んでいるゾンビを踏み潰す。

 

 しかし、ハスキーの猛攻はこの程度では止まらず。

 

 ゾンビだったモノに転職させた腐リーマン(生前の趣味:ヅラ防衛)を踏み台にして回転しながらジャンプ。そのまま前方に居た強制労働神話へ襲い掛かり、中身ごとミンチより酷いスクラップへ変貌させた。

 

 

 一瞬、場に満ちる沈黙。

 

 未だゾンビの数は多く、ゾンビ達には既に理性も感情も残ってはいなかったのだが……。

 

 瞳をぎらつかせ、狂気とも言える闘志を滾らせているハスキー犬を前に。

 

 今確かにこの瞬間、ゾンビ達は行動を停止させていた。

 

 

 ゆっくりと前足を前に出すハスキー。

 

 見えない圧力に押されたかのように、後ずさるゾンビの群。

 

 そして。

 

 

「アオォォォォォォォォン!!」

 

 

 一際大きい雄叫びをハスキーが上げ、吶喊を開始。

 

 ゾンビの群もまた、負けじとハスキーへ襲い掛かろうとする。が。

 

 まるでフィルムの焼き直しがごとく、タックルで次々とゾンビが衝撃によって四肢をもがれながら吹っ飛ばされ。

 

 ソレらを歯牙にもかけずハスキーは跳躍、強制労働神話が集中してる場所の中心へ着地。

 

 いきなり飛び込んできたソレに、強制労働神話達(生前の趣味:エクストリーム女風呂覗き)はハスキーを蹴り殺そうとするも。

 

 ハスキーはその中の一匹の軸足にタックル、その結果バランスを崩した強制労働神話Aは仲間へヤクザキックを炸裂させてしまい、その行動によって攻撃を受けたと認識した強制労働神話Bは強制労働神話Aへ攻撃を開始。

 

 急に仲間割れし始めた仲間に強制労働神話C自分だけでも、と思考しているわけではないがハスキーへ攻撃しようとしたが、この短時間で身を屈め力を溜めていたハスキーの超短距離タックルが強制労働神話Cへ炸裂。

 

 まるで、高層ビルを粉砕する重機のハンマーにぶん殴られたかのように強制労働神話Cは吹っ飛ばされ……。

 

 吹っ飛ばされた先に居た腐リーマンの群を、強制労働神話Cごと木端微塵に吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、時間にして半刻にも満たない時間……ノンストップで暴れ続けたハスキー。

 

 もはや虐殺としか形容できない素敵なパーティは、駆逐目標の殲滅を確信したハスキーの勝利の雄叫びによってようやく終了した。

 

 




ハスキー君、どこぞの夕立さんリスペクトな勢いで素敵なパーティをやらかしました。の巻。
そしてアルトさん、ボディガード兼もふもふ精神安定剤な愛犬と合流です。


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07 心と体の洗濯なんだよ!

なんかものすごい勢いで更新停止してしまった、申し訳ない……。
そして唐突で露骨なOFURO回、はたしてどこまでがセーフなのだろうか。


 

 

 

 新たに家族の一員となったハスキーの大活躍により、ゾンビパラダイスin地下施設を乗り切ったアルト。

 

 帰りが遅いアルトを心配してやってきた酒場の常連客と鉢合わせたりしつつ、まず彼女がした事は……。

 

 

「ほらハスキー君、暴れないの!」

 

「キュゥーン」

 

 

 家の裏手のお風呂で、ゾンビ汁やら何やらが付着した愛犬を丸洗いする事であった。

 

 お風呂と言っても、衝立で外から見えないようにして地べたに簀子を置き……中央に風呂釜代わりのドラム缶が置いてある程度の、間に合わせな代物だったりする。

 

 ちゃんとしたシャワーや水道が付いた風呂は、この世界に置いてはトップクラスの高級品なのであった。

 

 

「わぷっ……もー、おとなしくしてよー!」

 

「クーン」

 

 

 さり気なく地下施設でナップザックがパンパンに膨らむレベルに詰め込んできた、未だに品質を保っていた石鹸を早速使い、自らの窮地を救ってくれた愛犬を丁寧に洗っていくアルト。

 

 しかしハスキーにとっては、ある意味で水攻めとも言える有様である為……イヤイヤとばかりに身をよじり、逃れようとする。その結果。

 

 

「きゃっ」

 

 

 水しぶきが跳ね、タンクトップに短パンというラフな格好で愛犬を洗っているアルトにも水が大量にかかる羽目となってしまう。

 

 水分をたっぷりと含んだタンクトップと短パンは、少女の体にぴっちりと張り付きその凹凸に乏しい体のラインを露にしたりする……が。

 

 衝立のおかげでソレを見ている人間は誰も居ないので、少女は気にせず愛犬の丸洗いを続ける。

 

 そして。

 

 

「ふぃー、ようやっと綺麗になったね。ハスキー君!」

 

「ワフゥ……」

 

 

 良い仕事をした、とばかりに良い笑顔をアルトは浮かべてその手で汗を拭い。

 

 綺麗に丸洗いされてしまったハスキーは、ぐったりとした様子で簀子の上に寝そべっていた。

 

 そんな愛犬の姿に少女は口元に笑みを浮かべつつ、愛犬を洗う為のお湯をくみ取っていたドラム缶を覗き込み……。

 

 

「ハスキー君洗うのに結構お湯使っちゃったなぁ……水汲んでまた沸かすのも大変だし、今日はお湯浴びるだけにしよっと」

 

 

 湯船という名のドラム缶に浸かるには少々心もとない湯量に、少女は若干眉尻を下げて溜息を吐くと。

 

 

 腰、とまではいかないがそれなりに長く黒い髪を一本に束ねている紐を解き、今は亡き母親に良く褒められていた髪を広げ。

 

 逃げ回った時に結構あちこち汚れた事もあり、まだ日は高めであるが体を綺麗にしようと少女はタンクトップをまくり上げ、短パンを下ろし……。

 

 凹凸に乏しくも、若干のふくらみを主張しているサラシのような布を巻いている胸と、飾り気に乏しい下着が露となり。

 

 衝立がある事に、そして今まで一度も覗かれた事がない経験から少女は躊躇いなく布を取り、下着を下ろして一糸纏わない姿となる。

 

 

「あれ? ハスキー君どうしたの?」

 

 

 未だ湯気を立てているホカホカのお湯を浴び、ほふーと溜息を吐きながら少女は振り返る。

 

 そこには、簀子の上でやる気なく寝そべってたはずのハスキーが4本の足で立ち、忙しなく耳を動かしている姿があった。

 

 

「何か聞こえたのかなぁ?」

 

 

 しかしアルトは、愛犬の変化を気に留めず。ケロヨソと書かれた大破壊前の産物な樹脂製の手桶でお湯を汲んでは自らの体にかけていく。

 

 普段の警戒心が強い少女であれば、即座に違和感に気付いたかもしれなかった。が。

 

 今は、命の危機を脱した事による虚脱感と……。

 

 

「うーふーふー、ちゃんとしたボディソープとかシャンプー拾えただけでも。頑張った甲斐あったなぁ」

 

 

 鼻歌混じりに、今先ほどもハスキーを丸洗いするのに使った乳液状の薬剤を使い……凹凸に乏しくも確かに膨らみは存在する胸や、その頂点にある突起。

 

 普段からの狩りによって、適度に締まっているほっそりとした腰に。かもしかのような足や下半身を洗っていき。

 

 ボディソープによって作られた泡をアルトはお湯で洗い流していく。

 

 そして、お湯を頭へ被ると……その手にシャンプーをつけ、髪を洗い始めた。その時。

 

「……アレ? ハスキー君?」

 

 

 一際大きい音がしたことに驚き、アルトが振り向いてみれば。

 

 先ほどまで耳を動かし警戒していたハスキーが、衝立を軽々と飛び越えて外へ飛び出していた。

 

 

「え、え、ええぇ?!」

 

 

 突然の愛犬の行動に思わず目をきょとんとさせるアルト、次の瞬間目に染みるシャンプー。

 

 この世界に産まれ落ちて初めて経験した、目に染みるシャンプーの刺激に少女は若干悶絶しつつ……。

 

 急いでお湯で髪を洗い、目を洗い……飛び出していった愛犬を追いかけるべく体を拭こうとして。

 

 

「ワフゥー」

 

「……あ、お帰りハスキー君」

 

 

 タオルを手に取った瞬間、軽々と衝立を飛び越えて戻ってきた愛犬の姿に、少女は毒気を抜かれた。

 

 

「もーハスキー君、どこ行ってたのさー?」

 

「ワゥー」

 

 

 ワシャワシャと、一仕事終えてきたとばかりに表情を浮かべている愛犬の首筋を撫でまわすアルト。

 

 そんな少女の行動にハスキーは目を細め、気持ちよさそうになすがままに撫で回されていくのであった。

 

 

 

 しかし、この時少女は見落としていた。

 

 愛犬の口元に、若干の紅い汚れがあった事を。

 

 

 

 

 

 後日、街の外れで……ズタボロのボロ雑巾同然の姿で一人の男が発見された。

 

 その男はうわごとのように「犬が、犬が……」と呟くのみであり、その全身には膨大な数の噛み傷が確認されたが……犯人は不明なままである。

 

 

 

 

 

 

 愛犬丸洗い祭、およびボディソープとシャンプーを使って心と体の洗濯を終えたアルト達。

 

 いつもならば酒場にウェイトレスのアルバイトに出ている時間帯であるが、一仕事を乗り越えてきたと言う事もありマスターからはお休みをもらっていた。

 

 そんな彼女達が何をしてるかと言うと……。

 

 

「ふーむふむ、ハスキー君って普通の犬とは違うんだねー」

 

「ワォーン」

 

 

 地下施設にて回収してきた本を、ベッドに腰掛けたアルトが読み漁り……。

 

 ハスキーはと言えば、アルトの足元でやる気なさそうに寝そべりアルトの足で背中をワシャワシャと撫で回されていた。

 

 ちなみに、今アルトが読んでいる本はバイオドッグに関する書籍だったりする。

 

 

「専用の武装を装備可能、ねー……」

 

「ワゥ?」

 

 

 足元で為すがままにされているハスキーをアルトは見下ろし、愛犬が武装した姿を思い浮かべる、が。

 

 ゾンビの群を特に何も装備しないまま蹴散らしていた愛犬の姿が印象強かった事もあり、ハスキーが武装している姿が特に思い浮かばなかった。

 

 

「まー、そんな物騒な代物いらないけどねー。うりうり」

 

「ワフィー」

 

 

 本をパタリと閉じ、アルトは両足でハスキーをくすぐるように撫で始め。

 

 為すがままとなっている、生物兵器ことハスキーはごろんと寝そべってお腹をアルトへ見せ……洗われてふかふかとなった、ハスキーの腹毛に少女の素足が埋まる。

 

 

「こんなに可愛いのにねー、なんで昔の人って兵器にしようとしたんだろ」

 

「ワフワフ」

 

 

 ちょっとした足元専用暖房がごとき有様になっているハスキーのふかふかの腹毛を足で堪能するアルト。

 

 色々と大暴れし、大破壊前の技術の結晶ともいえる強力な力を持つバイオドッグであるが……。

 

 少女にとってハスキーは、用心棒や武器というよりも……大事な大事な家族で愛犬でしかなかった。

 

 

 




ボロ雑巾さんは、特に酒場の常連とかではなく……なんかとても賑やかな衝立の向こうがきになったので、少し穴をあけて覗いてただけの善良な通行人さんです。


しかし、お風呂描写はどこまでセーフなんだろう。
教えてエロい人!


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