魔塔建築日誌 (巻尺)
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00.基礎

 魔塔建築士という職業がある。特殊な力を用いて天高くまで届く魔塔を建築する力を持つ存在であり、希少な才能が無ければなれないため、非常に数の少ない存在でもある。

 この日、とある王国に新たな魔塔建築士が誕生した。

 

 

「緊張するような、そうでも無いような」

 

 少年が誰に言うでもなく呟く。意味のない独り言を零した自分に気が付いて、やっぱり緊張してるかも、と少年は椅子から立ち上がると軽く肩を回した。

 ややくすんだ黄色いコートには緑色のラインが走っている。背にでかでかと『安全第一』の文字があるのは正直どうなんだよと思う少年だったが、センスの悪さが気にならないほど少年はこの衣を纏えていることが嬉しくて仕方がなかった。

 

 何せ、この格好は魔塔建築士の正装なのである。

 

 才能があると拉致同然に王都に連れて来られ、以来必死に魔塔建築士になるべく修行し続けて来たのだ。最初はそのことを恨みもしたが、この才能を持っている人が殆どいないことを幾度と無く聞かされて折り合いも付いた。

 元々商人の次男坊で、跡継ぎにもなれなかったことだろうし、と今となっては良い道に進めたのだと少年は思っている。王都に連れて来られた直後は泣き喚いたものだが、ともあれ。

 十年近く修行を続けてようやく一人前だと認められたのだ。これまで積み重ねてきた努力が報われたのだから嬉しくない筈もない。

 今日は王城で正式な任命と指令が下されるということで呼び出された少年は、謁見の準備が整ったと声が掛けられるまで待っているようにと通された部屋の中を落ち着きなく歩き回るのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 大理石の床に赤い絨毯が扉から一直線に敷かれた玉座の間。煌びやかなシャンデリアが部屋を照らし、荘厳な雰囲気が張り詰めている。

 

「よく来てくれたのじゃ」

 

 ショートカットの青い髪に白い髭。斜めに被った王冠に赤いマントはこの国の国王である証――なのだが。髪と髭の色が違って、明らかに髭の方は付け髭じゃないかと思う少年だったが、それ以前に。

 

 ――あれ、テモットさんじゃないか?

 

 テモットさんは魔塔建築士にのみ生成を許された人工精霊(ホムンクルス)である。大きさは手のひらに乗る個体も居れば一メートルを優に超える者も居る。魔塔建築士に希少な才能――膨大な魔力が必要になるのは、魔塔の建築とテモットさんの生成に凄まじい量の魔力が必要になるからだ。

 他にも道具の作成等魔力を使う仕事が多く、並大抵の量ではそれを賄うことが出来ない。それ故魔塔建築士は皆膨大な魔力の持ち主であり、かくいう少年もその一人である。

 ともあれ、目の前でふんぞり返っている二頭身半の存在が人間である筈もなく。魔塔建築士が作り出すテモットさんであることは間違いなかった。

 

「はっ。魔塔建築士見習い、ホーエンハイム。参上致しました」

 

 少年――ホーエンハイムは片膝を着き、頭を下げた。王冠を被ったテモットさんに驚きはしたものの、どうにか表に出さずに済んだ。

 

「ふむ。国王様は今留守にしておっての。ワシが代理をさせてもらっておる」

 

「……申し訳ありません」

 

 表に出さなかったと思ったホーエンハイムだったが、どうやら国王代理のテモットさんにはお見通しだったようで、それを詫びるために更に深く頭を下げる。

 よいよい、皆驚くのじゃ、と笑う国王代理には普通のテモットさんには無い威厳もようなものがあって、ホーエンハイムはひとしきり恐縮した。

 

「さて、ホーエンハイムよ。お主を正式に魔塔建築士として任じるのじゃ。無限の高みを目指し、精進するのじゃぞ」

 

「はっ。このホーエンハイム、魔塔建築士として王国に尽くさせて頂きます」

 

「うむ。励んでくれい。詳細な指令は後ほど遣わせるのじゃ。期待しておるぞ」

 

 そう言って国王代理がひょこひょこと部屋を辞して行く。マントを引きずっているところや見た目はテモットさんなのだが、やはり普通のテモットさんとは随分違うようだとホーエンハイムは思う。

 ホーエンハイムの作るテモットさんは仕事はしてくれるもののお気楽かつイタズラ好きが多い。込める魔力の量や本人の性質にもよるらしいのだが、一人前とはいえまだまだ経験の少ないホーエンハイムにはその辺りの調整が上手く出来ない。

 国王代理を生み出した魔塔建築士は余程の凄腕なのだろうとホーエンハイムは思う。

 

 ――やってやるさ。

 

 折角魔塔建築士になったのなら、天辺を目指すのだとホーエンハイムは心に決めるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 さて、元居た部屋に戻ったホーエンハイムの目に飛び込んで来たのは、白衣の少女だった。だぶだぶで袖の余った白衣のせいもあるだろうが、ホーエンハイム自身よりも幾つか幼いように思える。オレンジ色の髪に、額帯鏡を付け、ポケットからは工具が飛び出している。

 何より目を引くのが、その手に持った巨大な工具。プライヤー。中でも先の少し曲がったウォーターポンププライヤーという分類の代物。

 奇妙な格好をした少女ではあったが、ホーエンハイムはそんな存在に心当たりがあった。

 

「失礼。建姫の方でしょうか?」

 

「うん。あたしは、ウォーターポンププライヤーだよー。オヤカタはー?」

 

「私はホーエンハイムと申します」

 

 のんびりとした、甘い声で少女が応える。ぱっと見普通の少女にしか見えないのだが、彼女は建姫と呼ばれる超常的な力を持つ女性である。

 尤も、超常的な力を持っているだけで基本的に人間だ。基本的に、というのは聞くところによるとエルフや龍族といった異種族にも建姫は居るのだとか。

 神器と言われる古の工具に適合した女性は敬意を持って建姫と呼ばれるのだ。ちなみに理由は分かっていないが神器に適合するのは女性だけで、男性が適合出来た例は今のところ報告されていない。

 ともあれ、魔塔を建設するにあたって欠かせない存在である。

 

「これオヤカタにーって」

 

 白衣越しに掴まれた書類を差し出され、ホーエンハイムはそれに軽く目を通す。塔の建造場所や資材などの細々した指示の最後に、ウォーターポンププライヤーを王国から派遣するという文字があった。

 

「ありがとう。そして、これからよろしくお願いします。至らないところは多々あると思いますが――」

 

「――ねーオヤカター」

 

 何でしょう、とホーエンハイムが返すと、ウォーターポンププライヤーが小首を傾げながら言う。

 

「もっと普通に話していーんだよ。それじゃ疲れちゃうでしょー?」

 

 ウォーターポンププライヤーの言葉に、ホーエンハイムは虚を突かれて目を見開いた後、ありがとうと小さく笑った。

 

「じゃあ、改めて。僕はホーエンハイム。親しい奴からはハイムって呼ばれてるよ」

 

 何せ名前が長くてね、と戯けたように言うハイムに、ウォーターポンププライヤーは私と同じだねーとこちらも笑って口を開く。

 

「じゃああたしのことも水ポンでいいよー。よろしくね、オヤカタ」

 

「じゃあ水ポンちゃんって呼ばせて貰うよ。こちらこそ、よろしく」

 

 白衣姿の少女を見てハイムは思う。これなら上手くやって行けるかもしれないな、と。魔塔建築士になるにあたって建姫が女性だけであることは覚悟していたが、どうコミュニケーションをとったものかとハイムは不安に思っていたのだ。

 何せハイムは幼い頃に拉致――もとい王都に招かれて魔塔建築士になるべく修行の毎日。女性と関わることなど殆ど無く、どう関われば良いかなどさっぱり分からないのだった。

 しかしこれならどうにかなりそうだ、そんな風に考えるハイムに、声が掛けられる。

 

「ねーオヤカター」

 

「何だい?」

 

「……オヤカタの体、改造してもいい?」

 

 唐突に何の脈絡も無く怪しげな声で言う水ポンに、ハイムは思う。

 

 ――駄目かもしれない。

 

 

 

 




書いてて思ったんですが、名前がシュールになってしまう不具合。


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