男の進む軌跡 (泡泡)
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空の軌跡FC
百日戦役①


 閉鎖されたサイトで書こうとしていた作品となっています。


 

 七曜暦(しちようれき)1192年春の事だ。一発の砲弾が、リベール王国北部に位置するハーケン門を揺るがした。のちに『百日戦役』と呼ばれる争いへと発展してゆくことになるのだが、それを誰が予想できただろうか。

 

 ハーケン門の城壁は、中世の壁を補強しただけのものだったのでいともたやすく強固と思われていたその城壁は打ち破られた。砲弾を撃った帝国が使っていた導力性の戦車はその当時、最新のものとされているラインフォルト社のものだったので易々(やすやす)と破壊していった。

 

 最初の砲弾が揺るがしたのと同時刻、王都グランセルにある帝国大使館から、一通の書状がグランセル城のアリシア女王の所に届けられていた。すなわちエレボニア帝国がこれから行なうリベール王国への宣戦布告文書である。砲弾発射と同時に宣戦布告を行い、その着弾をもって先制攻撃とするという巧妙な正当化が行われたのである。それは導力通信を利用した綿密な連携なくしては成立しえない新たな外交戦術とも言えた。

 

 ハーケン門を文字通り粉砕した帝国軍は、そのままリベール領土の侵略を開始した。総兵力13個師団。これは全帝国軍の半数近くにして、王国軍の3倍近い規模に及ぶ大兵団である。開戦からわずか1ヶ月で、帝国軍はグランセル地方とレイストン要塞を除く全王国領土占領する。王国の親しい隣人で、帝国と長年に渡って対立してきたカルバード共和国も、迅速極まる電撃作戦の前に援軍を派遣する機会を逸してしまう。

 

 そして帝国軍は、ツァイス中央工房やマルガ鉱山を接収しつつ、王都の女王に降伏を迫るのであった。しかし思いもよらぬ助けというのは往々にして現れるものだ。

 

 3隻の軍用警備艇がレイストン要塞内で開発され、宿将モルガン将軍の指揮の元、大規模な反攻作戦が実行されたのである。戦車をはるかに上回る重装甲と、高性能の導力兵器を大量に搭載しながら、時速1800セルジュもの機動性を実現した警備艇を使って、精鋭中の精鋭と謳われた独立機動部隊が地方間を結ぶ関所を奪還した。そして王国軍の総兵力がレイストン要塞から水上艇で出撃し、各地方で孤立した帝国軍師団を各個撃破したのである。

 

 

 ※セルジュに関して。1セルジュ=100メートル。

 

 

 開戦から3ヶ月後、各地で抵抗を続けていた帝国軍師団の大部分は降伏した。それでも帝国本土から更なる増援の動きも見られたが、ここに至ってカルバード共和国を中心に大陸諸国がこぞって帝国への非難声明を出し、援軍派遣の動きが具体化していった。そんな中、七耀教会と遊撃士協会が協同で停戦を呼びかけ、開戦からおよそ百日ほどで戦争は終結した。それゆえ『百日戦役』と呼ばれる。

 

 翌1193年、王都郊外のエルベ離宮でリベールとエレボニア間の講和条約が結ばれた。賠償金は支払われなかったが、「不幸な誤解から生じた過ち」という表現で、帝国政府から正式な謝罪声明が出された。

 

 ここまではリベールに住む者なら誰でも知る歴史の数ページに過ぎない。しかし、市民の中では孤軍奮闘しながらも必死に抗った者もいるのだが・・・。そしてこれから語る青年は、過去にあった事柄ゆえに人との付き合いを最小限に抑えて生きていた青年の話だが百日戦役を(さかい)にしてどのように変わっていったのだろう。

 

 その青年の軌跡と言うものに焦点を合わせてみよう。

 

 

 

 




 どんなことでもいいので感想下さい。


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百日戦役②


 この作品では原作キャラが、亡くなったり亡くならなかったりしますがそれが嫌な方は戻ってください。そして百日戦役で亡くなった人と言えば・・・。


 

 「ひどい・・・・・・。」

 

 見渡す限り、瓦礫の山ができている。誰もが傷つきそして疲弊している。そこからここへと悲鳴が絶えず聞こえていた。そこに一人の青年が現れた。誰かが見ていたなら不思議さに気づいたであろう。そう彼はどこも怪我を負っていなかったのだ。ここにいる人は大なり小なり怪我を負っている。だが五体満足で立っているのだ。

 

 『お母さん~どこ?』

 

 『誰か助けてくれ。』

 

 『ここにけが人がいる。誰でもいいから助けてくれ。』

 

 切羽詰った声が街全体を覆っていた。

 

 「・・・・・・。」

 

 その青年はそれを他人事、所詮自分が関係することではないと見ていたかもしれない。だからそこをすぐに離れようとした。するとその街のシンボルでもある時計塔が倒れてくるのが見えた。砲弾により土台が脆くなっていたのだろう。それは静かに・・・それでも着実に倒れていった。

 

 一人の少女目がけて・・・・・・。

 

 「エステルッ・・・!」

 

 母親らしき女性がまだ気づいていない少女を庇うようにして、時計塔のがれきから我が子を救った。だが、その代償は大きすぎた。自分が無事であるはずがない。

 

 「お、おかぁさん・・・?」

 

 「エ、エステル、無事?」

 

 「う、うん。かあさんがたすけてくれたから。」

 

 「そう・・・・・・。」

 

 今にも事切れそうな女性(母親)少女(エステル)の目から溢れ出す大粒の涙。

 

 「っ・・・。な、なんだ。今の感情は。」

 

 それは一人の無表情な青年の心を大きく動かすのに十分すぎるほどだった。

 

 「おかあさんっ、おかあさんっ。だれかたすけて。」

 

 「・・・・・・。(どうしてあの少女の流した涙が俺を揺さぶるんだ?)」

 

 この感情の正体を探るべく、青年はその女性の元に歩み寄った。

 

 「っ、だれでもいいですからたすけてください。」

 

 「・・・・・・。」

 

 最初にその女性の上に覆いかぶさっていた全てのガレキを取り除いた。そしてその後、アーツ(ティア・オル)による怪我の手当てを行なった。

 

 「お、おかあさんっ!・・・た、たすけてくれてありがとうございますっ。」

 

 「礼はいい。お前の涙に惹かれただけの事。それより他にも手当が必要な人がいるだろう?ここの町長さんはいるか?」

 

 「うん、あそこでつえをついているおじいさんがえらい人だよ。」

 

 「そうか、ありがとう・・・。」

 

 教えてくれた少女の頭を撫で偉い人の元に行く。女の子は撫でられたことに躍いていたが、満面の笑みを浮かべて母親の元に走っていった。傷は治したが失った血液はすぐには戻らない。なので気絶したままでベッドに横になっていた。

 

 「おぬしは誰じゃ?」

 

 「誰でもいい。それよりもここに重傷者や怪我人がどれだけいるか教えてもらえないだろうか?」

 

 この街で見覚えのない人がいるので(いぶか)しむ町長だったが、その男性の迫る勢いで話しかけられたのでしどろもどろになりながら答えてくれた。

 

 「そ、そのテントの中にいるのが怪我人じゃ。不幸中の幸いで亡くなった人は今のところおらんが・・・・・・。」

 

 「そうか、俺には治す手立てがある。そしてそれを今使わない手は無い。一纏めに集めてくれないだろうか?」

 

 「それは助かるっ。じゃ、じゃがワシらにはお前さんにお礼することが出来ない。」

 

 「俺はお礼欲しさにやるのではない。人間(・・)の暖かさに触れて自分勝手にやるだけの事・・・。」

 

 「(人間?はて、まるで自分が人でないような言い方・・・。)」

 

 その後、町長や軽傷で済んだ人たちが軽傷以上の怪我を負った人たちを一纏めにした。

 

 「これで全部ですか?」

 

 「そうです。これで全員です。」

 

 「では治します。ホーリー・ブレス・・・」

 

 聞いたことのない詠唱後、外傷は消え骨折した人は歩けるぐらいまで回復を遂げることができた。

 

 「おおっ・・・。みなの怪我が、治った。」

 

 「ママ~、パパ~。」

 

 「・・・・・・」

 

 「お前さんのおかげでホント助かりました。ありがとうございます。」

 

 「・・・礼には及ばない。まだやるべきことが沢山あるだろう。また助けが必要な時は願ってくれ。その時は、また現れよう」

 

 「えっ?」

 

 町長や町民が見ている中でその青年は霞がかかったように消え、姿はどこにも見出すことができなかった。

 

 「クラウスさん、今の人は・・・?」

 

 「う、うむ。皆の聞きたいことは分かる。じゃが、今のところは保留にしておこう。今はまだやるべきことがあろう?」

 

 「クラウスさんがそう言うなら。だが俺たちはあの人を責めるなんてことはしないさ。あの人に命を救ってもらったのだから!」

 

 「そうさ、な。(伝承によると多分あれは・・・。)」

 

 

 ~ブライト家~

 

 エステルは、他の人の助けを借りてなんとか母親を自分の家まで運ぶことに成功した。瓦礫に挟まれた時には、もう助からないかと思っていたが今では気を失っているだけ。血色が悪くなっていた顔にも血の気が戻ってきている。そして息も絶え絶えだった呼吸も落ち着いてきている。

 

 「んしょ、んしょ・・・。」

 

 エステルはそんな母親の為に小さい体を引きずって、額の上に冷たいタオルを置いたり替えたりして看病していた。だが、エステルの表情は悲嘆に暮れているものではなかった。希望に満ち溢れている顔だった。

 

 「・・・・・・」

 

 「おかあさんのぐあいはどうですか?」

 

 「ええ、これなら大丈夫ですよ。あとは熱が下がったら一安心です。エステルさん、お願いできますか?」

 

 「はいっ、大丈夫です。」

 

 念のためクラウス市長が呼んだ医者が母親の様子を伺ったのだ。その結果、あと一息で目を覚ますということを知ったので希望に溢れていたのだ。

 

 「おかあさん。」

 

 「・・・んっ、ここは・・・?あら、エステル?」

 

 「お、おかぁさんっ。ヒック、ヒック・・・・・・。」

 

 「あらあら、エステルはまだ赤ちゃんねぇ~。」

 

 「エステル、赤ちゃんじゃないモン。」

 

 自分の体に抱きついてきたエステルを、なだめすかすように母親は優しく抱擁する。そして気づく。自分にあったはずの怪我のなさに・・・。

 

 「ねぇ、エステル。どうして私は助かったの?」

 

 「おかあさんを、はへんからたすけてくれた人がいたの。その人は、みんなのけがをなおして消えたの・・・」

 

 「そう。だったら、今度会った時はお礼言わないと、ね?」

 

 「うんっ、エステルも言いたい。」

 

 その日の夜は、その街は遅くまで歓喜の声で賑わっていた。それは名も言わぬ青年が起こした奇跡にほかならないであろう。

 

 

 ・伝承・

 

 ()の者――顕れる時、ゼムリアからの使者と知れ。それは始まりから終わりまで女神(エイドス)と共に()りし者。人ならざる者、しかし恐るにたらず。慈しむ心と共にあり。聖獣を従えし神獣なり。





 レナ・ブライト

 エステル・ブライトの母親であり、本来であれば百日戦役の時にロレントの時計塔からエステルを庇って亡くなった人。

 私がこの人を生存させた大きな理由のひとつは、ルシオラの幻術でエステルが見た夢の中に出てきたレナさんとの内容に初見プレイの時泣きまして、自分が書く作品では生存させたほうがイイなと思ったワケです。

 あと最後に載せている伝承は考えたものですのであまり批判しないでくださるとありがたいです。


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黒髪の少年


 さてここから少し原作に沿った話となります。あとオリ主の名前が出ていないのはワザとです。


 

 暖炉の火が煌々と照らし、夕方から夜へと移りつつあるエステル家の空間を暖かいものとしていた。広すぎず、狭すぎないちょうどよい広さの茶の間にはエステルが父親の帰りを今か今かと待っていた。

 

 「うーん・・・。とーさん遅いなぁ・・・。今日帰るってギルドから連絡があったのにぃ。」

 

 座っていた椅子から降りて、窓から外を見る。憂いに沈んだその表情は父親がまだここにいないことを心底心配しているようだ。

 

 「エステルは本当にお父さんが好きなのね。お母さんのことはもうどうでもいいの?」

 

 「ふえっ?」

 

 慌てて後ろを振り向くと、手を腰に当てたレナがにこやかにエステルを見守っていた。用事を足して部屋からエステルの元に戻ったのだろう。形式上の不機嫌さを表しながら、どことなく眺めているその顔は笑顔だ。

 

 「もぅ~。お母さんの事も大好きだよ。」

 

 たたたっとレナの元に走り寄ってエステルは腰らへんに抱きつく。それを優しく抱き返してレナはエステルと同じ視線へと腰をかがめた。

 

 「分かってるわよ。エステルがお父さんと私のことを大好きだってことぐらいはねっ!」

 

 「うんっ」

 

 満面の笑顔で頷き返す。

 

 「(それにしてもあの時の男の人は見つかっていないのよね。私たち家族を救ってくれたあの人は・・・)」 

 

 あれからレナやカシウスはその青年の行方を探していた。勿論、市長にも尋ねてみたし他の住民にも聞いてみたりしたが、霞のように消えた・・・だけしか手掛かりはなかった。

 

 「おーい、今帰ったぞ!」

 

 玄関の方から聞きなれた男性の声が聞こえてくる。どうやらエステルが心待ちにしていた父親が帰ってきたようだ。

 

 エステルとレナは手を繋いで玄関へと迎えに行った。

 

 「おとーさん!」

 

 「おかえりなさい。」

 

 「ただいま、エステル、レナ。待たせちまったようだな。いい子で留守番できていたか?」

 

 「ふふん、あったりまえよ☆とーさんのほうも何もなかった?魔獣とたたかって怪我とかしてない?」

 

 「おお、ピンピンしているぞ。それよりエステル。実はお前にお土産があるんだ。」

 

 「えっ、ホント?釣りザオ、スニーカー?それとも棒術の道具とか?」

 

 「・・・・・・育て方間違っちまったか?」

 

 女の子らしからぬ発言に少し・・・いやかなり意気消沈したカシウスだった。それとは対照的にレナのほうは、手を口に当ててどこか楽しげな様子を浮かべている。

 

 「それでお土産ってなんです?その毛布に包まれているものですか?」

 

 「おっ、鋭いな。・・・よっ、と・・・。」

 

 カシウスは懐に抱いている毛布の中身を、エステルたちに見えるように少しめくって見せた。

 

 「ふえっ・・・・・・。」

 

 そこには頭に包帯を巻いた黒髪の男の子がいた。寝ているのとは違って意識を失っているものと思われ、身じろぎ一つしなかった。

 

 「わりとハンサムな坊主だろ?」

 

 「な、な、な・・・なんなのこの子ー!」

 

 エステルは驚きを隠せずに大きな声を出した。

 

 「エステル、そんなに大きな声を出しちゃいけません。男の子が起きてしまうでしょ?」

 

 こんな時でもレナは冷静だった・・・。いや、訂正しよう。

 

 「あ・な・た?どういう事かきっちりとお話してくれるかしら?」

 

 「おっ、おい。レナ?」

 

 カシウスが見たのはレナの手に握られた包丁らしき鈍く光る刃物だった。

 

 「しゅらば?ねぇ、しゅらば?」

 

 「まっ、待ってくれ。理由を説明させてくれっ!」

 

 「理由(言い訳)ですか?まぁ聞きましょう」

 

 台所に刃物を置き、カシウスにひと時の安楽が訪れた。

 

 「手当はすませているが、ベッドで休ませる必要があるな。その間に話させてくれ」

 

 「いいわ、エステルはお湯を沸かしてくれるかしら?」

 

 「らじゃー!」

 

 そして、ぐったりしている男の子をカシウスはベッドに横たえて話し合う時がやってきた。

 

 「よく寝てるね。この子、わたしと同じぐらいだけど・・・。こんなに真っ黒なカミは初めて見るかも」

 

 「確かに見事な黒髪だな。ちなみに瞳の色はアンバーだぞ。」

 

 「ふーん」

 

 「それであなた、そろそろ話ししてくれるかしら?」

 

 その雰囲気が一気に氷点下まで下がったかのような気がした。

 

 「ハイ、ワカリマシタ・・・。」

 

 「ひょっとして隠し子?もしかして私を裏切っていたの?」

 

 鬼の目にも涙なのか、レナ()の目に涙が浮かんできたのを見たカシウスは、どんな魔獣に遭ったとしても平常心でいられるはずなのにレナには敵わない様子だった。

 

 「断じて違うから。俺はお前を裏切ったことなんて一度も無いぞ。今までも、そしてこれからもずっと・・・・・・。」

 

 「あなた・・・。」

 

 「ほえ~っ。」

 

 今までの状況を一転させて、その場に漂う雰囲気にいたたまれなくなったエステルの声が響いた。

 

 「・・・それでしたら、この子の正体は?」

 

 レナはエステルに見られていたのが恥ずかしくなったのか、佇まいを正してカシウスを問い詰めた。

 

 「この子は仕事関係で知り合ったばかりなんだ。まだ名前も知らなかったりする。」

 

 「仕事って遊撃士の?」

 

 「まあな。おっと・・・・・・」

 

 「目を覚ましたようですね?」

 

 カシウスとレナの視線が連れてきた黒髪の少年に向く。すると段々と目を開けつつある少年がそこにいた。

 

 「わっ、本当にコハク色・・・」

 

 「・・・・・・ここは?」

 

 「目を醒ましたか、坊主。ここは俺の家だ。ひとまず安心していいぞ。」

 

 「・・・・・・どういうつもりです?」

 

 どうやらこの少年には思うところがあって、ここにいることが気に食わないらしい。それを如実にしているのは眉間に寄ったシワかもしれない。

 

 「正気とは思えない。・・・どうして放っておかなかったんですか?」

 

 「どうしてって言われてもなぁ。まぁ成り行きってヤツ?」

 

 「ふ、ふざけないで!カシウス・ブライトッ!あなたは自分が何をしているのか・・・・・・。」

 

 「こらっ!」

 

 エステルの肘が黒髪の少年に当たる。・・・結構強めに。

 

 「ケガ人のくせに大声出したりしないの!ケガに響くでしょ!」

 

 「・・・・・・だれ?」

 

 「エステルよっ。エステル・ブライト!」

 

 エステルの存在に今気づいたようで、ややしばらく後に聞いてみた。

 

 「っ、そんなことを話しているんじゃない!」

 

 ――ゲシッ、ゲシッ――

 

 またエステルの肘打ちが少年に当たった。これもまた強めに・・・。

 

 「あたっ。」

 

 「大きな声を出さないっ。」

 

 「わ、わかったよ。でも君の行動の方がよけいに怪我に響くんじゃ・・・。」

 

 「なんか言った?」

 

 口を一文字に結び、エステルは少し怒ったように口を開いた。

 

 「だから怪我を悪化させる・・・」

 

 「な・ん・か・言・っ・た?」

 

 「何でもないです・・・・・・」

 

 エステルにタジタジの少年だった。

 

 「もぅ、エステルもこの子はけが人なんだからもう少し優しくしないとね?」

 

 しかしレナも、エステルの怪我人を怪我人だと思わない行動に驚いたのかやんわりとたしなめた。

 

 「う、うん・・・・・・」

 

 「まぁ、ここではレナに逆らわんほうがいいかもな・・・。本気で怒らせたらオレでも敵わない。」

 

 「そうみたいですね・・・・・・」

 

 さっきのやり取りを見ていた少年も、レナの恐ろしさが身にしみたのか小さめの声で返事する。

 

 「ところでなにか忘れていることない?」

 

 「えっ?」

 

 「名前よ、名前。あたしもさっき言ったでしょ。こっちだけが知らないのってくやしいし、不公平じゃない」

 

 「あ・・・・・・・・・」

 

 「まぁ、道理だな。今更隠していても仕方あるまい」

 

 エステルの発言にカシウスも同意する。その横では、微笑みを浮かべたレナも頷いている。

 

 「分かり・・・ました。僕の名前は――」

 

 

 

 




  
 アンバーとは琥珀色を指すようです。

 人物紹介ですが、数話後にオリ主を出すつもりなのでその時に纏めて書きたいと思います。

 わかりにくい単語があれば後書きのほうで書きますので、感想などにわからない単語が出てきたら遠慮なくお伝えください。


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用語説明


 数話に一度の割合で用語説明を挟みたいと思います。「これって何?」って思われている読者が対象です。


 

 ・百日戦役・

 

 百日戦役①で説明した通りのことが生じました。七曜暦(しちようれき)と言うのが西暦に当たりますが、七曜暦1192年春に生じる。原因はまだ出てこないが、「ハーメルの悲劇」が関係している様子。

 

 ・ハーメルの悲劇・

 

 百日戦役の少し前ぐらいに起きた出来事。百日戦役と逆で帝国の領土内にあるハーメル村にリベール王国の武器を持った猟兵が侵入し、数人の生存者を残して全滅に至る。それを口実に百日戦役勃発。

 

 ・導力器通称『オーブメント』・

 

 導力で動く機械仕掛けのユニット。中には七耀石(セプチウム)を加工した回路が格納されており、その機構に応じて様々な現象を起こすことができる。50年前に発明されてから、またたく間に大陸全土に広がり、照明・暖房・通信・兵器・魔法・飛行船など様々な技術に応用されていった。

 

 ・遊撃士協会・

 

 地域の平和と民間人の保護の為に働く遊撃士たちの民間団体。大陸全土に支部があるため、少なからぬ影響力・発言力を持っている。

 遊撃士は最初見習いと言う準遊撃士から始まり、実績を重ねることによって正遊撃士となる。正遊撃士はその人格・実績に応じてAからGの7階級に区分されている。

 公式での最上級階級であるA級遊撃士は大陸全土で20数名程度。非公式にはさらに上となるS級が存在し、国家に大きく関わる事件の解決をした者に与えられている。S級遊撃士は大陸全土で4人しか存在しない。

 「国家権力に対する不干渉」を規約として掲げることにより、ゼムリア大陸各地に支部を持っている。その中立性から、時には国家間交渉の仲介役を担う場合もある。紋章は「支える篭手」の紋章を掲げる。 

 

 ・猟兵団・

 

 猟兵団(イェーガー)とは特に優秀な傭兵部隊を呼ぶ称号で、ミラ次第でどのような――非武装の民間人を虐殺するような――仕事であったとしても躊躇うことなく請け負うため、民間人保護を目的とした遊撃士協会とはしばしば対立することがある。

 

 

 人物紹介

 

 レナ・ブライト

 

 エステル・ブライトを娘に持ちカシウス・ブライトの妻。原作では百日戦役で倒壊した時計塔から我が子を庇ったことにより死亡する。しかしこの作品では亡き者ではない。

 

 

 エステル・ブライト

 

 七曜暦1186年生まれ。原作が始まる頃に16歳を迎える。カシウスから教わった棒術を駆使して戦う。外見は長い栗色の髪をツインテールにしており、色気はないが素材は良しと評されている。人々に親しみを与える天真爛漫な性格で、持ち前の明るさと前向きさで出逢った多くの人々に影響を与えるが、本人は自分の良さには無頓着。

 趣味はストレガー社製のスニーカー集めと釣り。

 

 

 カシウス・ブライト

 

 45歳。気さくな性格の持ち主だが、実は大陸全土に4人しかいないS級遊撃士の1人。かつてリベール王国軍において大佐の階級で働いていたこともある。剣聖と呼ばれるほどの剣の使い手だったが遊撃士になった折に剣を捨てて、棒術を扱うようになった。こちらも達人クラス。

 知略においても、先を遠く見通すほどに大変優れ、百日戦役では軍事戦略上革命的な反攻作戦を立案・指揮して王国の危機を救った実績がある。名実共にリベールにおける最強の代名詞たる人物で、娘のエステルを始め、彼を尊敬し目指す者は多い。

 

 黒髪の少年=ヨシュア・ブライト

 

 七曜暦1185年生まれ。カシウスによって保護された少年。5年前にブライト家の養子となったエステルの義弟。

 「端正な顔立にリベールでは珍しい漆黒の黒髪と琥珀色(アンバー)の瞳をもった美少年であり女性からもて、また女装が非常に似合う(笑)





 彼の者が使った『ティア・オル』と『ホーリーブレス』はアーツと呼ばれ回復魔法と考えてください。他にも技のことをクラフトと呼んだりしていますが、出てきた次第で順次お伝えしようと思います。


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番外編①

 百日戦役終戦間近のカシウスの行動です。

 七曜暦1192・百日戦役勃発

 七曜暦1193・百日戦役終結


 カシウスside

 

 「はぁ・・・はぁ・・・・・・」

 

 俺は急いでいた。それは百日戦役が終戦に向けて動き出してからだった。ロレントを襲ったと言う報告を受け、いてもたってもいられなくなったので、部下に無理を言ってロレントに一時帰還するためだった。

 

 「無事でいてくれよっ」

 

 誰もが思うことだろう。自分の家族の安否を確認したいという思いは。そしてほかの連中にも両親であれ、恋人であれ、家族であれ確認したいのは山々だが俺に――。

 

 『行って下さい、私たちのことは大丈夫ですから。体を削ってまで終わらせようとして下さったのですから少し早めに戻っても誰も文句なんて言いませんよ』

 

 と、皆が口々に言った。

 

 ――ありがとう――

 

 ロレントのような田舎にも、目をつけた連中がいたという事に少しは驚きもした。それに、カシウス・ブライトの家族がいるということがバレているならアキレス腱を断ち切るために行動したのかもしれない。とにかく今は急ぐことが第一だった。

 

 ロレントの郊外に差し掛かったのでそれまで休みなく早めていた足を歩きに変えて、眺めてみた。

 

 「おや?あまり壊れていない?どういう事だ」

 

 想像していたのは、砲撃により無残に破壊され尽くした町並みを予想していた。が、そこにあったのは想像より綺麗に立ち並ぶ家々だった。

 

 「カシウスさんじゃありませんか」

 

 「クラウス市長?こ、これは一体・・・」

 

 遠くからカシウスの呆然とした様子を見て近寄ってきたのはロレントの市長クラウスさんだった。

 

 「それは・・・」

 

 ――説明中―― 

 

 「そんなことが・・・・・・。という事は私の家族も無事なんですね?」

 

 「ええ、見に行くとよいでしょう。こうしてロレントの住民は負傷者がいたものの、死者はおらず皆が安堵を浮かべているのが分かるでしょう?」

 

 「そうですね、それにしても・・・その青年が気になります。クラウスさんは気づいたことはありませんか?どんな小さなことでもいいんです。なにか・・・」

 

 ホッと一息ついてから、当たり前とも思える疑問を市長に尋ねてみた。

 

 「――()の者顕れる時、ゼムリアからの使者と知れ。人ならざる者、しかし恐るにたらず。慈しむ心と共にあり。聖獣を従えし神獣なり――と伝承にあり、それが・・・」

 

 「その青年と合致すると言う事ですか?」

 

 クラウス市長は伸びた髭を片手で触り、そう告げる。言われてから気づいた。確か自分も同じようなことをどこかで聞いたような気がしたのだ。

 

 「私もどこかで・・・。でも、それは今は重要なことではないですね?」

 

 「そうじゃな、今は住民が一丸となって復興せねばならん時じゃ。お前さんも家族のもとに行くといいさ。街のことはそれから話そう」

 

 「ええ、気遣い感謝します」

 

 カシウスはロレントから少し離れた自宅に向かった。その途中で、妙な気配を感じながら・・・。

 

 ――バタンッ――

 

 少し強めに扉を開いた、それは無理のないことだ。

 

 「レナ、エステル。無事だったかい?」

 

 「あっ、おとーさん。おかーさん、おとーさんがかえってきたよっ!!」

 

 「あら、あなた帰ってきたのね」

 

 「はぁっ・・・はぁっ。無事でなによりだっ」

 

 無事な二人の姿を見てカシウスは言葉少なめになった。そして落ち着いてから助けてもらったときのことを尋ねてみた。

 

 「レナ、エステル。助けてもらったときのことを教えてくれるかい?」

 

 「うんっ、いいよ。えーと・・・おかーさんの上に時計とうのはへんがいっぱい落ちてきたの。それからおかーさんが血をながしたときに、おにーさんからあったかい光があふれてきてあっという間にけが治ったの」

 

 「私も意識が薄れていたのですが、エステルの近くにいたと思われる男の人が手をかざすと光が溢れてきて、体が軽くなったのを覚えています。その後、その人は市長さんに連れられて怪我人が大勢いるところに行ったそうです。聞いたことのないアーツで全員を治したそうで・・・」

 

 「フム・・・。その青年はそのあとどうしたか分かるかい?」

 

 「ううん、わかんない」

 

 「私も分かりません。市長さんは“消えた”とおっしゃいました。それとこの事はあまり軍には言わない方が良いと箝口令ではありませんが、住民の皆さんに言ったそうです」

 

 エステルは、両親の横で青年がやったと思われる怪我の治し方をジェスチャーで再現していた。よほど嬉しかったのだろう。

 

 「こう、おにーさんが手を当てるとパーッと光が出てケガ治ったの!」

 

 「そうか・・・」

 

 その様子をレナは微笑ましく見つめ、カシウスは頭を撫でながらその青年のことを思いに留めようとしていた。それは警戒心からではなく、ただ大事な家族を救ってくれたことから来る感謝の念に溢れていたものだった。

 

 ――いつか、いつの日か会える時が来たらその青年を招待して、言えなかったありったけの感謝を述べるんだ――。それがカシウスの夢となった。 

 

 「ねぇ、あなた・・・」

 

 「ん?どうかしたかい?」

 

 「最近ずっと誰かに見られているような気配がするのよ・・・」

 

 それは寝耳に水だった。無理のないことだ、カシウスの家族がここに居るという事が明らかになっていれば、それを狙ってくる連中もいるということ。

 

 「いつからだ?」

 

 堅い口調になった。が、それもすぐに呆気にとられることとなる。

 

 「あ、安心して。その気配はすぐに消えるの。その監視しているような気配が消えると誰かに見守られているという気配に変わるのよ・・・。不思議ね」

 

 「へっ・・・?」

 

 見ると、レナは片手を頬に当てて『ホホホ』と笑っている。その気配の正体に気づいていると言わんばかりに・・・。

 

 「まさか・・・」

 

 「うん、私はそう思っているわ。それは私たちを助けてくれた時と同じような雰囲気が漂っているもの・・・」

 

 これにはカシウスも更に度肝を抜かれたことだろう。市長から伝承のことは聞いているし、自分もそれについては聞いている。ただ、“聖獣を従えし神獣”の時点で人とは関係を持ちたくない・・・そう思っていると考えていたからだ。

 

 「ま、まさか・・・。さっき微かに漂った気配の正体って」

 

 「うん、あなたが帰って来るまでの間ずっと感じてたけど今はもう見当たらないもの・・・」

 

 レナはカシウスの妻という事もあって武道家ではないものの、護身術ぐらいの腕はあるし気配を察知する能力に()けていた。

 

 「ま、何にせよ。俺たちは何度も助けられた・・・それでいいじゃないか?」

 

 「ふふっ、そうね。さっ、今日はあなたも久しぶりに帰ってきたことですから家族三人で美味しいものでも食べましょうか」

 

 「やったー。おかーさんの料理っておいしーんだよっ。あっ、わたしもてつだうー」

 

 今日は久しぶりに賑やかな夕食になりそうだ。これもロレントの街に現れた青年の起こした奇跡だったのかもしれない。  

 

 カシウスside end

 

 ――カシウス家上空――

 

 そこに一人の青年が浮いていた。横には聖獣レグナートと呼ばれる龍が一緒に浮かんでいた。

 

 『よろしいのですか。あのような形で介入されて・・・』

 

 『いいさ、人の優しさに触れそしてそれを潰すのは勿体無い事と判断したからな。それにしても・・・・・・』

 

 『どうかされましたか?』

 

 『レナとエステルを狙う連中がこんなにもいたとは・・・』

 

 『フフフ・・・』

 

 思い出すのは、百日戦役が始まってぶらりと立ち寄ったロレントの街での出来事だった。ここで住民を治したのは記憶に新しいことだったが、流れ弾に当てて亡き者にしようとしたり直接、殺そうとしたりと一年の間忙しく行動する結果となった。

 

 『レグもレグでカシウスが知り合いだったりと、驚くことばかり』

 

 『そうでした。数十年前、戦いを挑まれまして人間のくせにようやるもんだと驚いたものです。それから友人となりました』

 

 『レグの友人を亡き者にするのは俺の流儀に反する。さて・・・ここはもう大丈夫だろう』

 

 『はっ。では先に失礼いたします』

 

 翼をなびかせて高高度まで上昇し、たやすくその姿を小さくしていった。

 

 「まったく、俺が人にここまでのめり込むことになるとは・・・。分からないものだね・・・、これだから人生って面白い」

 

 その青年もカシウスの家を一瞥した後、その姿を消した。




 追加人物紹介。

 ・クラウス

 ロレント市長で温厚かつ気さくな性格ゆえ住民から愛されている。

  
 ・レグナート 

 古代竜。1200年以上前から生きている竜。カシウスとは、20年前に一度剣を合わせたこともありそれから友人になる。 ※この作品では青年に従っている竜の一柱。


 用語紹介や人物紹介にて※が発生する場合がありますが、それはこの作品独自の設定を表すものです。この場合レグナートに関する最後の一文がそれに当たります。

 


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旅立つ二人


 ご都合主義であるのは仕方の無いこと。


 

 「あたし、ヨシュアと一緒に旅に出るわ!!」

 

 それはエステルとヨシュアが準遊撃士になったその日のことであった。その場に連絡のないカシウスの姿は無かったが、家族三人で夕食を囲んでいるときにエステルから提案があった。

 

 ややもすると、それは唐突な提案だったかもしれないがエステルとヨシュアは準遊撃士になってからすぐに決めていたことだった。

 

 でも、レナを置いていくのには少しの懸念があった。でも二人にはどうしても行かなければならない理由ができた。それは・・・。

 

 「どうしたの、急に・・・?」

 

 「あのね、お父さんの事なんだけれど・・・」

 

 「ん?あの人がどうかした?」

 

 それまで沈黙を守ってきたヨシュアが、口ごもるエステルに代わって理由を話しだした。

 

 「先程、準遊撃士になった直後ですが、お父さんが乗った飛空艇が消息を絶ったと言うのを聞いたんです」

 

 「そー・・・だったの?」

 

 「っ・・・」

 

 エステルはテーブルの下でギュッと服をきつく握り締めどうにかして見つけたいと思っていた。

 

 「あ、あの。それで、ですね・・・手ががりを見つけようと各地を回ろうかと思いまして・・・・・・」

 

 ストンと自分の椅子に座り、不安を隠せない様子のレナにヨシュアがしどろもどろになりつつ、話をしていた。レナが黙ったのはショックを受けたからだと思い込んでいた二人だったが、このあとカシウスの妻としての感情を露わにした。

 

 「うん、いってらっしゃい!!お土産は何もいらないわ」

 

 「「はい?」」

 

 「ん?どうかした、鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔をしちゃって・・・」

 

 顔を床の方に向けていたので、どんなふうにして言えばいいのか二人であれこれとシュミレーションをしていたが、全ては無駄になったようだ。

 

 「そ・れ・に、エステルはもう一つ譲れない目的があるんでしょ?」

 

 「へっ?」

 

 エステルのもう一つの目的は、ヨシュアにも告げたことのない昔のあのことだった。

 

 「う、うん・・・・・・」

 

 「エステル?今、ヨシュアに黙ってていたたまれない気持ちになっちゃってた?大丈夫よ、明日行くときに時計塔でお話しちゃいなさいな?」

 

 ヨシュアが自分に内緒の出来事があって、それがエステルの心の中で大事な部分を占めていることに少なからずショックを受けていた。それに対して『思い出のあの場所で打ち明けちゃいなよ』的なノリの母親の後押しを受けてエステルは乗り越えることができた。

 

 「って、明日?」

 

 「早いほうがいいでしょ?それとも何?私の娘は思い立ったが吉日に決めていたんじゃないの?ほれほれ、行った行った・・・・・・!」

 

 「うん」

 

 「分かりました・・・」

 

 レナの元気な様子に何も心配する必要はないと感じた二人はそれぞれの部屋に行って寝る支度をするのであった。

 

  ――レナの本当の気持ちに気づくことなく・・・――

 

 「ねぇ・・・・・・あれから私もツテを頼って探しているし、あの人も遊撃士の仕事の帰りとか探しているのに見つからないのよ。あの人は何者だったの?」

 

 一人になった自室で自問自答しているが、どうやっても答えは見つからなかった。達観したような眼差しもどこか別格な様子を醸し出していた。

 

 「まぁ、エステルの事だもの。私とあなたの子ですから、猪突猛進で突っ走るしかないんでしょうけれども・・・・・・。どうか、見守ってください」

 

 夜遅くまでレナは眠れなかった。それは旅に出る二人の子供たちの安全を祈ってのことだったかもしれないし、また違うことだったのかもしれない。けれどその中にカシウスの事は入っていなかった。

 

 「あの人はどこに行っちゃったんでしょうか?大陸で数人しかいないランクの持ち主ですから、心配はしていませんよ。けれど、戻ったら覚えておきなさいよ?」

 

 同時刻、カシウスの身に寒気が走ったのは無理のない事かもしれない。

 

 

 ――次の日――

 

 ブライト家から見送りをするレナ。その姿が見えなくなるまで振り返りつつ歩を進める二人だった。そしてエステルはヨシュアに話するために時計塔へと登っていった。

 

 「ふぅ~、やっぱり気持ちいい風が吹いているわ。ねぇ、ヨシュアもこっちに来てよ?」 

 

 「あ、あぁ・・・・・・」

 

 緊張した面持ちでエステルの横に並び、同じ方向を向く。

 

 「少し昔話をしてもいい?」

 

 「・・・うん」

 

 「ありがと・・・・・・。この街も百日戦役で燃えたのは聞いている?」

 

 「触り程度には聞いているよ。でもどうしてこの街は残っているんだい?」

 

 当たり前とも言える質問を投げかけてきた。

 

 「初めて聞くと思うけれど、この街には奇跡が一度起きているんだ・・・」

 

 「奇跡?」

 

 「うん・・・」

 

 エステルは深呼吸を一つすると、ヨシュアの方を向いて切り出す。まるでこの話が神聖で話すのも咎められるかのような・・・。

 

 「百日戦役の時、この街は一度燃えた。そして時計塔も崩れその下敷きになったのがお母さん・・・・・・」

 

 「えっ、ちょっと待ってよ。お母さんには後遺症らしき傷なんてどこにもなかったじゃないか?」

 

 「うん、それが奇跡・・・。時計塔が崩れたときどこからともなく、一人の男性が現れた。そしてお母さんを含めて街の人全員を一瞬で治したんだ・・・。聞いたことのないアーツを使って・・・。そしてそのまま消えた」

 

 「・・・・・・」

 

 「信じられない?でも、これがあの時生じた事なんだ。そしてあたしの目的はその人を探し出して、『ありがとう』って言う事」

 

 「そうなんだ・・・。じゃあその人も見つけないとね?」

 

 「うん!」

 

 こうして準遊撃士になりたての二人は、過酷ながらも楽しい旅を開始するのであった。

 

 

 

 ――龍ヲ探シテ・・・――

 

 ――レグナートガソノ鍵ダ・・・――

 

 ――ソレガ盟主ノオ目的・・・――

 

 ――使エルモノハ全テ活用セヨ――

 

 

  





 盟主・・・秘密です。少しでも伏線を張っときたいですから・・・。それと主人公の名前出したいなぁ。次、出す予定です。


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女王と親衛隊隊長

 次話で主人公の名前を出すとか言いながらまだ出てきません。最初考えていた名前が、違和感あったので考えている最中です。

 ※注意※

 この話には一部キャラが原作崩壊しております。その人物はアリシア・フォン・アウスレーゼです。

 知らないよーって言う方はそのままお読みください。知ってるよーって言う方はお気を付け下さい


 ここはリベール王国。アリシア・フォン・アウスレーゼ女王が、国家元首として王国に君臨しており通常だったら、厳粛に全ての事が運んでいる状態だったのに・・・。その様子について、王室親衛隊隊長のユリアが見たままを説明してくれるみたいだ。彼女のひとり言に耳を傾けてみよう。

 

 私はいつものように陛下を起こし、それから食事をとる陛下に一日のスケジュールを説明、その後は有事に備えて訓練に明け暮れる毎日を過ごすはずだった。それが訓練できない事態に陥った。きっかけは部下の信じられない証言だった。

 

 「ユリア隊長ーっ。へ、陛下が・・・」

 

 「落ち着け、何があった?」

 

 はぁはぁと息を切らしながら私のもとに、走り込んできた部下がいた。それでその部下を落ち着かせながら、他の部下たちを集め寄せ殿下の元に馳せ参じようとした・・・。

 

 「へ、陛下が踊ってます」

 

 「・・・・・・・・・はぁ?」

 

 その言葉に一気にその場に漂っていた緊張が拡散した。腰を抜かした部下もいたらしい。だが、私はしっかりしてないといけない。それであらんかぎりの冷静さをふるって、どうしようもない報告をした問い詰めようとした。

 

 「・・・もう一度聞くぞ。お前は陛下の何を見た?」

 

 「はっ。自分が陛下を呼びに行ったところ、声をかけても返事のなかったので扉を少し、少しだけ開けて中を確認したところ・・・」

 

 「・・・陛下が踊っていたというのか?」

 

 「ひぃ。は、はいぃ・・・」

 

 尋問のようになっていたのだろうか、部下が一歩後ずさりつつも答えた。走ってきた時に吐息を確認したが、酒に酔っているわけではなさそうだ。それにクスリをやっているわけでもなさそうだ。それを見たのは一人だけなので真偽の程を知るため、私が行って確認したほうが良さそうだ。親衛隊の間にも動揺が広がりつつあるからだ。

 

 「大体の話はわかった。ほかの皆は訓練に行ってくれ。私は確認しに行かねばならぬ。この事案に関して口外する事は断じてならん。口外した奴についてはこれもあるからな?」

 

 と言いつつ、手で首を掻っ切る仕草をした。すると、揃ったように首を縦に振り続けた。

 

 ――そのまま振っていると首、痛めるぞ――

 

 自分でも何、場違いな事を?と思いつつ殿下の元に急いだ。

 

 グランセル城に国家元首のアリシア女王がいる。厳格でいながらそれでいて民衆に好かれ、二つの大国に挟まれつつも平和なのはアリシア陛下のおかげと言っても過言ではない。それが踊っているなんて・・・。

 

 「ふっ、私も部下の冗談を本気にしてしまうなんてどうかしている。・・・疲れているのか、しばらく休暇でも取ろうか・・・」

 

 などと考えているとアリシア女王が、いつもいるテラス付きの部屋の真正面までたどり着いた。耳を扉に付けてあわよくば部屋の中の音を聞けるかどうか試してみた。

 

 「~♪~~♪~~~♪」

 

 どうやら鼻歌を歌っているようだ。・・・ん?歌って・・いる?この時間はまだ執務の時間のはず、朝一で殿下のスケジュールを確認した時にそのように聞いているのでこれはおかしかった。

 

 「へ、陛下?今お時間よろしいでしょうか?」

 

 少し声が震えてしまった。

 

 「っ、ユリアさんかしら?どうぞお入りなさいな・・・・・・」

 

 中から慌てた声も聞こえてきた。テラスに出ていたのだろうか、声が小さかったのが段々と大きくなってきて扉の近くから声が聞こえた。

 

 「は、失礼します」

 

 そこにいたのは見た目はいつもの陛下だった。いや、少し息が切れていたと言う違いがあったけれども。

 

 「どうかしましたか、ユリアさん?」

 

 「親衛隊の部下から陛下を心配する声を聞きましたので、安全を確認するべく参上いたしました」

 

 「あら、そうだったの?でも私は無事よ。ホホホ・・・・・・。それで、聞きたいことはそれじゃないはずよね?ユリアさん、あなたはどうして私の元に来たのかしら?」

 

 微笑みのあとの質問だ。これにはユリアも体をこわばらずにはいられなかったようだ。まるで蛇に睨まれたねずみのように・・・。

 

 「そ、それは・・・ですね。部下の一人が声をかけても出てこない陛下を心配しまして、部屋を開けたところ踊っているところに出くわしたんです。こんなことは今まで一度もなかったので、親衛隊一同どうしたのかと思った次第です」

 

 しどろもどろになりつつ、ユリアは自分が言いたかったことを全部告げることができた。伏し目になりながら返事をしたが、アリシア女王から何もなかったので怒っているのかと思い目を上げてみると、そこには見たことのないペンダントを片手で触りながら微笑んでいる女王がいた。

 

 「陛下、それは?」

 

 「あぁ、これ?これはね、私が踊るぐらい嬉しかったとある男性から貰ったものよ。あれから数十年経ってようやく再会できるものね・・・。嬉しさは隠せないわ」

 

 見たところそれは白一色の水晶のように見えた。しかしユリアにとってそれは見たことのない物質だった。それで聞く事にした。

 

 「陛下、その・・・見たことのないペンダントですが(なに)で出来ているのですか?」 

 

 「これは、ゼムリアストーンで出来ているのよ」

 

 「はっ?」

 

 驚く答えが返ってきた。ゼムリアストーン・・・これはまだ加工する技術が整ったばかりの物質。しかし女王の話の流れからすると、数十年前に貰ったものだと言った。と言う事は送った人物は、少なくとも十数年前に加工する技術を持った者の仕業だということが分かる。

 

 「ユリアさんにも信じられないかもしれないわ。でもこれは本当の話。あとは本人に聞くしかないかもしれないわ」

 

 「は、はぁ・・・。もう一ついいですか?」

 

 「ええ、何でも聞いて」

 

 上機嫌な女王を前にしてまたもや見慣れないものについて聞く事にした。それ()加工された形跡などひとつも見られない七曜石だったからだ。値段は跳ね上がり、こぶし程の大きさでも数百万ミラはする代物なのにここにあるのは大人の頭より少し大きいぐらいの物だった。

 

 「そこで輝いている物は一体?」

 

 「これもあの人が、再会する時まで持っていてと言われて預かった国宝級の品物よ。値段・・・付けられないぐらいでしょうねー・・・・・・」

 

 ユリアは考えた。陛下にこれほどまで慕われている存在の男性とは一体何者なのだろうか。最初はお金目的や王族を狙ってのことと思いもしたが、それも有り得ない事。お金目的なら殿下の持っている二つの品物を預けるなんてしない。それに王族狙いだとしても数十年も待たせるだろうか?

 

 段々とその人について何もかもが分からなくなってしまった。しかし、その反面どんな人なのだろうかと会うことついても期待を抱きつつあった。そしてそう遠くないうちに女王とユリアは出会うのであった。




 アリシア・フォン・アウスレーゼ【女性、60歳】

 リベール王国の第26代女王。帝国と共和国という二大大国に囲まれながらも外交力と、政治力を発揮している女傑。慈愛を以て国民に接している事からとても慕われている存在。

 ユリア・シュバルツ【女性、26歳】

 王室親衛隊女中隊長。親衛隊には大隊長がいないので隊長となっている。レイピアを使う剣技を得意とする。女王の孫の、クローディア姫の護衛兼養育係も兼任しているため姫もレイピアを使用する。性格はいたって生真面目。

 ゼムリア・ストーン

 資料が余りないが原作中で最強武器を作るのに必要。

 七曜石【しちようせき】

 鉱山等から採掘される天然資源の結晶体。地・水・火・風・時・空・幻という7つの属性を持ち、重要なエネルギー資源となる。※女王が持っていたのは塊だったので値段がつかないと言う設定※


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マノリア村

 原作知らない読者の方たちにも分かるように書くって、自分のスキルアップに繋がるので大変でありながら楽しいです。

 書き始め21:13~書き終わり22:34


 マノリア村・・・。田舎でありながらも風情がある村。そして海を見渡せる場所には大きな風車が回り、日曜学校が開かれもする・・・時間がゆっくりと流れているかのような村にその青年はたどり着いた。白い花が咲き乱れているのは木蓮の一首のようだ。

 

 「・・・良い匂い・・・・・・。ここか?」

 

 どうやらこの青年(主人公)は、美味しそうな匂いに惹かれてこの村にやってきたようだ。青年は知らなかったが、彼が助けた母親を持つ少女もここを目指していた。

 

 ――白の木蓮亭――

 

 「・・・いらっしゃい、おや見慣れない方だね。旅人かい?」

 

 「・・・まぁ、そんなものだ。良い匂いがしたので来たのだけれど、料理を頼めるだろうか・・・?」

 

 「お安い御用だ。ちょっと待っててな。すぐ作るから・・・・・・」

 

 「・・・・・・」

 

 青年は、キョロキョロと辺りを見渡してみる・・・。この建物は木造の作りをしていて、とても落ち着く雰囲気を醸し出していた。

 

 

 「今時期は、スモークハムのサンドイッチと魚介類のパエリアの二品があるのだけれども、どっちがいいかな?それとも二品とも食べるかい?」

 

 「どちらも美味しそうだ。二品お願いするよ」

 

 「嬉しいねぇ・・・お兄さん気に入ったよ」

 

 白の木蓮亭とは宿場兼食事処と言った所だろうか。男性は妻との合作でよく売れていると独り言を呟きながら手際良く料理を作っていた。室内には数人のお客さんがおり、村人なのだろうか・・・会話を楽しみながら美味しいとほおばっていた。

 

 「・・・・・・」

 

 「へい、お待ちー!スモークハムのサンドイッチとパエリアさ」

 

 「ありがとう・・・。いただきます」

 

 両手を胸の前で合わせ、食事に感謝して食べる。

 

 ――うん、美味いっ!――

 

 横ではヘヘヘッと笑うご主人がいて・・・少し煩わしくも嬉しかった。そして厨房に入っていった。みるとそこに若い男女がこの建物に入ってくるのが横目に見えた。

 

 「ようこそ、“白の木蓮亭”へ。見かけない顔だけど、マノリアには観光で来たのかい?」

 

 「ううん、ルーアン市に向かう途中なの」

 

 「クローネ峠を越えてきたんです」

 

 「クローネ峠を越えてきた??は~、あんな場所を通る人が今時いるとは思わなかったな。ひょっとして山歩きが趣味とか?」

 

 木蓮亭の主人は心底驚いた様子だ。どうやらこの若い男女はあまり通る人がいないところを、通ってマノリア村へ来たようだ。

 

 「うーん・・・そう言う訳じゃないんだけど。ところで歩きっぱなしですっごく疲れているのね」

 

 「なにかお勧めはあります?」

 

 「そうだな・・・。今ならお弁当がお勧めだけど」

 

 「お弁当?」

 

 「町外れにある風車の前が景色のいい展望台になっていてね。昼食時は、うちで弁当を買ってそこで食べるお客さんが多いんだ」

 

 「あ、それナイス。聞いているだけで美味しそうな感じがするわ」

 

 「それじゃあそうしようか、どんな種類の弁当があるんですか?」

 

 乗り気な女の子に同意して男の子が弁当の種類を聞いていた。

 

 「(俺もそうすれば良かったかな?それにしてもあの女の子・・・)」

 

 青年はすでに二品を食べているのに、食い意地が張っているのか?弁当の話を聞いて食欲が増しているようだった。そして自分の両目で見ている先には、オレンジ色の服を着ている少女が写っていた。どこかで見覚えのあるその少女が気になって仕方ないようだ。

 

 女の子はスモークハムのサンドイッチ、男の子は魚介類のパエリアを頼んでいた。

 

 「(そっか、ここで食べることもできるけど弁当というサービスもしていたんだ。景色を楽しむのはまた今度にしよう。ここは美味しかったな・・・。レグにも教えておこうか・・・。あ、でもレグは人化(じんか)出来ないのか。一緒に食べることはできないけれど包んでいこうかな?)」

 

 思考しているうちに二人は外へ出る準備をしていた。そして横には二品を作った主人がいた。手にはとても良い匂いのする飲み物を持ってきていた。

 

 「これはうちで食事してくれた人にサービスしているハーブティーだ。良かったら飲んでくれないだろうか?」

 

 「あぁ、貰うよ・・・。うん、美味しい・・・・・・」

 

 「そうかい、そりゃあ良かった。兄さん気に入ってくれたようだし、また来て下さい」

 

 食べた後の余韻を堪能してから料金を払い座っていると、外からも何だか懐かしい(・・・・)気配を感じた。

 

 「おや?久しぶりに懐かしい気配がする?」

 

 「ヨシュア、早く早く・・・・・・」

 

 「ちょっとエステル。前を見て歩かないと・・・・・・」

 

 先程、弁当を買って外へ出ようとしていた二人の片方は浮かれているのか、外にいる少女にぶつかりそうになっていた。

 

 「あうっ・・・・・・」

 

 「きゃっ・・・・・・」

 

 エステルと呼ばれた女の子は、ヨシュアと呼ばれた男の子が抱えて転ばずに済んだ。ではもう一人の女の子の方は・・・・・・。

 

 「大丈夫・・・?」

 

 今まで木蓮亭でハーブティーを飲んでいた青年が、少女の後ろに回り込んで抱きかかえていた。

 

 「はい・・・。大丈夫です」

 

 「そう・・・・・・」

 

 そして青年は軽く手で叩き、服に付いたホコリを取ってから立たせた。少女は青年にお礼を伝えて二人の方を向いた。

 

 

 「ご、ごめんね。私が前を向いていなかったから・・・・・・」

 

 「は、はい。大丈夫です。この人が助けてくださいましたし・・・・・・」

 

 エステルはヨシュアから離れて、学校の制服を着ている女の子に謝る。それに対してその女の子も、青年が助けたことによってケガが無かったことをエステルに伝えた。

 

 「あのー私、子供を探しているんですが・・・・・・」

 

 「どんな子?」

 

 「帽子をかぶった10歳ぐらいの男の子なんですが、どこかで見かけませんでしたか?」

 

 「帽子をかぶった男の子・・・ヨシュア見かけなかった?」

 

 「いや、見てないな」

 

 「そうですか・・・どこに行ったのかしら?ではこれで失礼します」

 

 そう言うと村の外れの方向に向かって歩いて行った。

 

 「「・・・・・・・・・」」

 

 「ヨシュア?ねぇ、ヨシュアってば!!」

 

 「えっ、何?」

 

 「はっは~ん♡」

 

 「何か激しく誤解していない?」

 

 ヨシュアが制服を着た少女に見とれていたと思ったエステルは、何か誤解している?のだろうか。とりあえずケガをしなかった両人から離れていこうとした青年だった。

 

 「あのー・・・・・・」

 

 「何か?」

 

 それは叶わなかったようだ。ヨシュアと呼ばれた黒髪の少年が声をかけてきたからだ。

 

 「あなた、先程まで木蓮亭の中に居られた人ですよね?どうして一瞬の内に・・・しかも倒れそうになっていた子の後ろに来ることが出来たんですか?」

 

 それは尤もな疑問だろう。この二人が外に出るために扉を開けていたとしても、風を感じさせることもなく三人に気づかせることもない内に、転ばないように助けていたのだから・・・。

 

 「・・・世の中には未だ知られていない移動方法があるってもんだよ」

 

 咄嗟に考えて出した結論は、けむにまく事だった。超短距離転移などどのように説明すればよいのだろうか・・・分からなかった。

 

 「・・・・・・」

 

 「少年、考えているのか?」

 

 「ええ」

 

 ヨシュアは納得していない様子、しかしヨシュアが納得できるまでここを動かないぞ的な雰囲気はお腹の空いた少女(エステル)によって崩されることとなった。

 

 「ねーえ、ヨシュア・・・。お腹空いたってば・・・・・・」

 

 「あっ、うん。分かった・・・・・・。あ、あれ?」

 

 町外れにある風車の方に歩いてたエステルに返事をしようと一瞬、青年から目を離しそしてもう一度青年の方を向いたときにはその人の姿はどこにもいなかった。

 

 その答えは、上空にハイジャンプして薄くかかった雲の陰に隠れていたからだ。

 

 「全く・・・カシウスが保護したという子供はこんなにも謎の多い子に成長したのか。それとエステルって言ったか?あの時泣いて母親を助けて!って言ってた子がエステルだとは・・・。それに俺が助けた女の子はもしや・・・・・・」

 

 




 舞台は国の中心に位置する巨大な湖・ヴァレリア湖を囲む様な形で、グランセル・ロレント・ボース・ルーアン・ツァイスと五つの地方に分かれている。各地方には五大都市と呼ばれる地方名と同名の中心都市がある

 マノリア村とは。
 開港都市ルーアンが中心都市となる。場所はヴァレリア湖の西に位置。


 新たな登場人物

 制服の少女【クローゼ・リンツ】
(詳しくは今後の物語の中心的存在となってゆきますので、その都度載せたいと思います)


  


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孤児院

 


 空中に浮いたままの青年は、そのままの姿勢で二人の男女がいなくなるまで少しの時間留まっていた。それから音を立てることもなく飛び立った時と同じように降り立った。それでもそこには小さな気配があった。それに青年がいた空より高くにも小さな気配が一つ・・・。

 

 「あのー・・・・・・」

 

 「何か?」

 

 後ろからかけられた声にも振り返ることなく返事を返した。『ヒッ』と怯えたような声を聞こえてきたがどうしようもない。(青年)は基本、人間が嫌いなのだ。・・・ただ例外は存在するが。

 

 「さっきはどうもありがとうございましたっ」

 

 腰が折れるんじゃないかと思うぐらい、90度ほど曲げてお礼を述べる少女がいた。それは倒れそうになった少女を青年が助けたことについて言っているのだろう。

 

 

 「別に・・・」

 

 「あっ、あのー。何かお礼がしたいんですけれども・・・」

 

 青年の感情がこもっていない発言に恐れをなしたのか、尻すぼみになっていく少女の声。いかんいかんと思いながらも突き放すような言葉だけが自分から零れてくる。

 

 「何かお礼を貰うことを期待して助けたわけじゃないから、それを君が気にすることはない。要件はそれだけか?」

 

 「・・・・・・・・・」

 

 「それならば失礼する」

 

 ――もう声はかけないでくれよ・・・――

 

 しかしそれはある意味叶わない事だった。その少女がとある老婆と似ていてポジティブだったからだ。今となってはその時気にせず、声をかけてくれたことは青年にとっての転機だったのかもしれない。

 

 「あなたが気にしなくても、わたしが気にするんですっ!!」

 

 顔を地面に向けていたので諦めたかと思っていたのに、駆け足で寄って来て青年の前に回り込みそう告げた。その少女の口からは出てくることのないものだと思っていたので、それはそれは驚きそして立ち去る機会を失った。

 

 「・・・分かった。君が満足するまで君と一緒に行動するよ・・・・・・」

 

 半ば諦めがかかっていた返事だったが、少女は表情をぱあっと輝かせて喜んだ。どうしてそこまで喜んだのかと後で聞いてみたかった。それでもそれは願わなかった。上空を飛んでいた鳥がけたたましく鳴いたからだ。

 

 「ピューィッッ!!」

 

 「っ。あ、ちょっと先を急ぎますね。・・・えーっとここで待って頂けますか?すぐに戻りますので」

 

 嬉しそう表情から一転、しかめっ面をしてT字路の森側へとかけていった。横にある看板には『マーシア孤児院』とかすかに読めた。

 

 「なぁ、どうして君のご主人は走っていったのかね?」

 

 左腕を目の高さまで上げ、それから上空にいる異変を知らせた()に声をかけた。すると彼はすぐさま青年の左腕に羽音とバサバサと立たせながら止まった。止まった時に、腕に彼の爪が少し刺さったがそれでも加減してくれたのだろう。

 

 『ピューイピュイピュイピュイ。(あのねあのね、子供に危険が迫ったの。)ピュ(声分かる)?』

 

 「ふむ、危険が・・・?あぁ、心配しなくても君の声は聞こえているよ。大丈夫さ」

 

 『ピュピュピューッッ?(あ、あなたがッッ?)

 

 「落ち着いて・・・な?あと君の飼い主には俺の正体言わないでくれよ?」

 

 『ピューイ(勿論よ)ピュイピュイ(クローゼのとこ行くね)

 

 「ああ、またあとでな?」

 

 嬉しさを羽でバサバサと音を出して表現し、それから青年の腕から離れて上昇する。みるみるうちに姿は小さくなり、少女の元へと急いでいった。

 

 「まったく・・・・・・。人間(・・)じゃなかったら俺も甘いもんだ」

 

 そう、青年の腕にいたのは人間ではなかった。羽音を立てている事や、人とは別の声を出している時点でわかっているだろうが腕にいた彼女は鳥だった。それからしばらくしてから慌てた様子の少女が来て一緒に来て欲しいと頼まれた。約束を反故にする事は、青年の理念に反しているので嬉しさを隠しきれない少女に着いていった。

 

 「ほぅ・・・・・・」

 

 森の中にあったのはこじんまりとしていながら、アットホーム的な雰囲気を醸し出しているほんわか暖かい建物だった。読みづらくなっていた看板に書かれていた孤児院が少女の目的地だったようだ。そこで少女の名前を知ることが出来た。クローゼ・リンツと言うらしかった。

 

 「あのーあなたの名前はなんですか?」

 

 「私の?私はファーブラ・イニティウム・ドラコと言う。親しい人はファーと呼ぶよ」

 

 「そ、そうですか?ではファーさんとお呼びいたしますね」

 

 「うむ・・・・・・。それにしてもこの家から複数の気配がするんだが・・・数人は子供で、あとはさっきの男女か・・・・・・」

 

 気配を探ると、先ほど出会い頭にぶつかりそうになったエステルと疑いの目を向けてきた少年の気配を含め幼い子供たちがいることを()た。

 

 「ファーさんは気配を探るのがとても上手なんですね?何かされていたのですか?」

 

 「うむ、長年の経験が身に付いたのでな・・・。それよりもクローゼとやら・・・畏まった話し方をしなくとも・・・年齢相応の話し方などはしないのか?」

 

 「こ、これが私の話し方なんです。・・・学友からは『堅い』とか言われますけれども・・・砕けた言い方をすることができないんです。やっぱり私って変・・・ですか?」

 

 孤児院の敷地に入ってから、両脇に畑があるところをゆっくり歩きながらクローゼと話す。

 

 「クローゼはクローゼ・・・だろ?話し方が他と違っていてもクローゼにはクローゼなりの考えがあってその話し方を選んだ・・・。それでいいじゃないか?」

 

 「そ、そうですね。ありがとうございます」

 

 「あー、クローゼお姉ちゃんが男の人とお話してるーっ」

 

 いつまで経っても来ないクローゼを心配した子供の一人が扉を開けて出てくる。それに連れられて年配の女性も出てきた。

 

 「あらあら、もう一人お客さんですか?」

 

 「はい、私が転ぶのを助けてくれたファーさんです。お礼がしたくて無理に誘っちゃいました。ファーさんこちらに来てください」

 

 「暖かそうな雰囲気の良い家だ。きっと幸せ一杯に暮らしているんでしょうな?」

 

 「ふふっ、分かっちゃいますか?あなたも不思議な方ですね」

 

 「???」

 

 「ねーねー、早くクローゼ姉ちゃんの作ったお菓子が食べたいー」

 

 それをきっかけに数人の子供たちが騒ぎ出す。それを収めようとしながらも、どこか嬉しそうな表情を浮かべている年配の女性。彼女の名はテレサと言い、テレサと亡夫ジョセフによって開設されたルーアン地方にある孤児院だった。そこには四人の子供たちがおり、テレサと共に暮らしていた。

 

 「おじゃまします」

 

 「「あなたはさっきの!!」」

 

 椅子に座っていたのはやはり新米遊撃士の二人だった。少年の方は少し警戒心を持ちつつこちらを見、少女のほうは興味津々な様子でこちらを見ていた。

 

 ――あれが私を最初に変えた子か・・・・・・――

 

 気づかれないように横目で確認してみるが、近くで見て確信した。あの子は私が百日戦役で助けた母親の子供。あれから随分と経っていたが男勝りなところは変わっていなかった。釣りが好きなところやスニーカーのコレクターである時点で変わり者と言えるかもしれない。

 

 「ねぇ、あなたとあたし・・・どこかで会った事ない?」

 

 ――聞いてくるか?――

 

 「私は旅をしているからどこかですれ違ったりしているかもしれないな。君はどうしてそんなことを聞くんだい?」

 

 「んーっと・・・昔助けてもらった事があるんだけれども、その人に似ていたからよ」

 

 「そうなのか?私としては思い出すことができないよ(認識阻害アーツは半分ぐらい成功しているようだ。無理もない。ゼムリア時代のアーツを引っ張ってきたからな。成功率50%でも高いぐらいか?)」

 

 当事者以外では何の話をしているのか、分からない話を繰り返しながら甘い物をご馳走になった。例えば黒髪の少年がしつこく移動方法について聞いてきたり、クローゼがエステルと何かを張り合っていたり、孤児院の子供たちが青年に懐いたり・・・と有意義な時間を送ることができた。

 

 楽しい時間というものは早くすぎるもので、新米遊撃士の二人がルーアンのギルドに顔を出さなければならないのを思い出したのをきっかけにそろそろ・・・と言ってそれぞれ解散することになった。

 

 クローゼは遊撃士に着いて行ってルーアンに行くようだ。ファーもあてもない旅を再開しようとしていたが、漂う不穏な空気を察知していたのかテレサに思わせぶりな発言を残していた。

 

 「もし・・・もしあなたたちの身に何かあったらこれを」

 

 「?なんですかこれは・・・・・・」

 

 差し出したのは手のひらサイズの結晶体。光を当てるとキラキラと輝いて綺麗だった。

 

 「これはいざという時のアナタの助けに必ずなるはずです・・・」

 

 「どうしてここまでしてくれるのですか?」

 

 「初めて会ってみて思うところがあります。それはあなたが本当に大事に子供たちを守っていると言う事です。だから私もそれに加担したいと思ったんです。それに・・・」

 

 「それに・・・?」

 

 「あなたの作ったお菓子はとても美味しかった。その恩に報いなければ・・・と思いました。と言うのは建前でして、私も子供の将来は潰したくないんです。これが理由では駄目・・・ですか?」

 

 「・・・・・・」

 

 「もっと理由をあげるとすれば、私は人間が嫌いです。信用できないというか、生理的に受け付けません。しかしそれでも数人は信用に値するとみなして上手く付き合って来ました。あなたもその一人になると直感で思ったからです。その信用が足りないとみなした場合はこちらから切り捨てますので・・・。」

 

 テレサ院長は目を数回まばたきをしてから、表情を緩めて答える。

 

 「いいえ、ファーさんがここまでしてくださることにただただ感謝するだけです。願わくばこれが使われないことを願います」

 

 「どうぞ。それは私からあなたへの信頼と感謝の印です。使われなければそれでいいのですがここ数日の間が勝負となるでしょう。あなたの周りが嫌になるぐらい騒々しい雰囲気ですから・・・」

 

 その願いも虚しく結晶体は使われるのであった。それが結果として命を救うことになるのはこの時点で、ファーしか知らないことである。




 2ヶ月ほど更新が途絶えてしまって申し訳ありません。これからは一ヶ月に一度でも更新したいと思います。

 さて、この話で出てきたオリ主の名前「ファーブラ・イニティウム・ドラコ」ですがラテン語で「神話・発端・竜」となっております。


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旧知の友【改訂】

 半年の間を開けてしまって申し訳ありません。


 

 「あのっ、もしよろしかったら・・・」

 

 そろそろその場を後にしようとしている時に、背後から澄んだ声がかけられた。体全体をその声の方へ向ける。すると案の定、クローゼが声を発していた。

 

 「なにかな?」

 

 「もうすぐ私の通っている学園、ジェニス学園でなんですが学園祭が開かれるんです。よろしかったら見に来てくれませんか?」

 

 少し早口になりつつもそう言ってくる。どうして早口なのかは分からなかったが、それでも彼なりに返事だけはちゃんとしておこうと思った。

 

 「興味がある。近づいてきたらクローゼの空飛ぶお友達で知らせてくれないか。そうしたら見に行こう」

 

 「あっ。ありがとうございます。でも、あなたもジークと話せるんですか?」

 

 

 ――普通の人間は話せないし分からないのか・・・――

 

 「イントネーションでそれなりには・・・な。では失礼する。テレサさん、美味しいおやつをありがとう。(何も無ければそれでいいのだが・・・)」

 

 「ええ、また来てくださればいつでも歓迎しますよ」

 

 子供たちをからかいつつ、テレサのお菓子に集中して食べているエステスはファーが出ていこうとしていることに気づいていない様子だ。彼の気配が微かなものであるせいで、直視していないとわからないレベルであることも関係している。それでもヨシュアは視界に捉えていなくてもかろうじていなくなったことに気づいた。

 

 「あの人はいったい・・・」

 

 「ん、ヨシュア。このお菓子美味しいね~」

 

 「全く君ときたら・・・」

 

 「クスクス・・・」

 

 エステルのぶれることのない様子に半ば諦めたヨシュアと、その様子を微笑ましく思っているクローゼ。

 

 その後、港湾都市ルーアンに準遊撃士の登録を行なうためにクローゼがついて行き、有名どころを案内しつつも無事エステルとヨシュアは登録を行なうことができた。人手が足りないらしくこき使われることは目に見えていた。そしてヨシュアたちと別れて一人でジェニス学園へと戻ろうとしたクローゼの前に彼がいた。

 

 「あっ、ファーさん?」

 

 「・・・(モグモグ)」

 

 両手にはルーアンで買ったものと思われる、加工海産物を持ち口一杯に頬張っていた。

 

 「(ゴクン)クローゼか。どうしたこんなところで?」

 

 「エステルさんたちを案内して帰るところです。ファーさんは?」

 

 「ここまで来たからな、この付近に住んでいる・・・いたかもしれない知人に会いに行こうと思ってな。だが、どこにいるのか町民に聞いてみると王立学園にいるってな。それでクローゼをつてにして会えないか?」

 

 「・・・どなたですか?私がお役に立つことができればよろしいんですが」

 

 「コリンズだ」

 

 「えっ?」

 

 クローゼは学園内にいる友人の顔を脳裏に思い出しながら、目の前にいる男性が何を言ってもいいように構えていたはずだが、予想以上の返事が返ってきたことに若干戸惑った。

 

 「コリンズ学園長・・・ですか?」

 

 「ふむ、学園長などと言う職についているのか。あぁ、俺とコリンズの関係を知りたいわけだな。詳しくは言えないが旧知の仲としか言えないんだが」

 

 自分(クローゼ)の表情が固まったことに気づいて先回りして言った事にも終始驚きを隠せなかった。目の前の男性は自分より上、10歳上だとしても20代半ば、30代には行っていないかもしれないその男性が学園長と旧知の仲と言ったのだから。

 

 「とりあえず正門前まで一緒に来ていただいて、それから確認が取れるまで待っていただいてもよろしいですか?」

 

 「それで構わない。君も予想以上の答えが返ってきてびっくりしているのはこちらでも手に取るように分かったからな。それが人として正直な反応だよ」

 

 「そ、そんなにわかりやすかったですか?」

 

 あぁ。と返事しておく。クローゼの顔が少々赤くなったのは夕日のせいとしておいた。

 

 「(それにしても彼女の匂いがする。嗅ぎなれた匂いが・・・)」

 

 彼は変態ではない。人間より数十倍匂いに関して敏感なので、範囲にいる生物の状況をすぐに把握することができるのだ。それでクローゼの匂いに昔の彼女を思い出していた。

 

 「・・・さん。・・・ァーさん!!」

 

 「すまないな、少しボーッとしてしまったようだ」

 

 自分(ファー)の顔のすぐ前にはクローゼの顔が迫っていた。どうやら自分の思考に入り込んでいて黙ってしまったのを気にしたクローゼが、心配してくれたようだ。クローゼがどんな体勢になっているかに気づいて慌てるのは数秒後。

 

 「「・・・・・・」」

 

 それから学園の正門前までの街道ではずっと無言だった。気まずい思いをしているクローゼと、何も思っていないファーとの間には考えのズレがあったが、それでも冷たい雰囲気ではなくほんわかとした和んでいる雰囲気だった。

 

 「こっ、ここでしばらくの間お待ち頂けますか?」

 

 「あぁ、待つことにしよう」

 

 「それではっ!!」

 

 クローゼは小走りで学園の門を通りそびえ立つ建物へと入っていった。途中危うくこけそうになりながらもこけずに消えていった。

 

 「ふふっ、彼女は面白いな。・・・俺がこんなにも社交性を表に出して会話するとは・・・」

 

 彼は独りでいることが多かったせいか、社交性に関しては皆無と思っていたが心の中に入り込んでくるアウスレーゼ家の人々には心を開くことが多かった。

 

 数分後、慌てた様子ではないにしても去っていったと同じぐらいの小走りでこちらに向かってくるクローゼを視界に捉えた。

 

 「お、お待たせして申し訳ありません。学園長がお会いになるそうです。私は学園長室までご案内することになりました。どうぞ、こちらです」

 

 「よろしく頼む」

 

 ハァハァと荒かった息を整えてから、ファーを案内するために先を歩くクローゼ。その表情はどこか、疑惑の目に見えた。

 

 

 ~学園長室~

 

 ――コンコン――

 

 「失礼いたします。クローゼ・リンツ、ただいま帰りました」

 

 「お帰りなさい。あなたが無事に帰ってきてなによりです」

 

 数枚の書類を片付けているようだったが、その手を止めてクローゼに挨拶する老齢の男性。彼は王立学園の学園長を務めるリベールきっての賢人であり、市長不在時にはルーアン地方の代表も務める人物だった。

 

 「それで・・・ですね。学園長に会いたいという人がいるんですが・・・」

 

 「このような時間にですか?」

 

 「ええ、ファーブラさんとおっしゃる方が(ガタッ!!)が、学園長?」

 

 「か、彼は今どこにおられるのですか?」

 

 座っていた椅子から乱暴に立ち、目を見開いてクローゼに詰め寄りそうになる。

 

 「正門前に待って貰ってます」

 

 「な、なんと!!これは私が出向いたほうが良いだろうか。いや、しかしこれは正式な訪問ではないはず・・・。ご足労願う結果になるかもしれないが来ていただいた方が良いかもしれない」

 

 ブツブツと小声で話し始め狼狽する我が学園の総責任者、コリンズ学園長の初めて見る姿に驚きを隠せないクローゼ。

 

 「こちらに通してください。勿論、失礼の無いようにしてください」

 

 「わ、分かりました」

 

 呟いている姿を見られて恥ずかしかったのか、咳払いをして何もなかったかのように振舞おうとすることにしたコリンズ学園長だった。

 

 

 ~学園長室side end~

 

 

 「こちらの部屋の中に学園長が待っておられます。・・・ひとつだけよろしいですか?」

 

 「何でしょうか?」

 

 「学園長とはどんな関係ですか?あまり見たことの無い学園長の姿を見たものですから・・・」

 

 クローゼも気になっている様子だったが、部屋の中から『早く会いたい』のオーラが目に見えるぐらいだったので、簡単に返事することにした。

 

 「気になっているとは思うが、明日にしてもらえないだろうか。君の疑問が解決するまで君の前から消えたりはしないさ」

 

 「むぅ。約束ですよ」

 

 そう言って女子寮の方へ歩いて行った。 その姿が見えなくなるまで見、それから部屋の扉をノックした。

 

 「は、はい。どうぞ」

 

 緊張した声が中から聞こえてきた。年齢(とし)のせいか、最後に会った時に比べてかすれているようにも見受けられた。

 

 「邪魔するよ」

 

 そこには白く長い髭を立派にこしらえた老齢の男性の姿があった。

 

 「おぉ。私が生きている間にこうしてもう一度再会することができるとは思いもしませんでした」

 

 「それはこちらの台詞だ。近くを通ったものでな、友がどうしているのかを知るぐらいの事はしたいものだ。元気で何より」

 

 「もったいないお言葉。感謝致します」

 

 片膝をついて挨拶をしようとするのでそれを留める。

 

 「これは正式な訪問ではない。堅苦しくなくて構わないんだ。椅子に座って暫し語ろうではないか?」

 

 「ええ・・・。それにしても懐かしいです。あなたが私の幼少期に家庭教師としておられたことを思い出すことができます」

 

 「フフフ。そうだったな。君は、物事の根本的な考えを一度覚えたらその応用を考えることができた。それぐらい優秀な子供だった」

 

 「思い出します。一度だけあなたの完全龍化を見た時には驚きましたが・・・」

 

 「それもあった。勉強ばかりでは気が滅入る。だから気分転換がしたいと君が言ったから、腕だけ龍化したら恐るどころか興味津々に近づいてきて『乗せてください』と言った時には驚いたよ」

 

 「若気の至りというものでしょうか。その後、あなたに関する伝承を耳にして真相を知ったぐらいの時期に家庭教師を辞めたんでしたっけ」

 

 「うむ。伝承に捕らわれて君が萎縮しないようにする措置だった。それにこれが最後になるわけじゃないと言いくるめて去った」

 

 「その時は悲しい気分でしたが、それでも再会するときにはあなたに教えられた事が身になったことを教えたくて我武者羅に頑張りました」

 

 いつも一人でうずくまっていた昔の面影はどこにもなく、今目の前にいるのは心身ともに成長したコリンズだった。

 

 「そっか、君も頑張ったんだな。もう坊やとかコリ(ぼー)なんて言えないな」

 

 「そ、そうですね。アハハハハ・・・。今日は遅いですし、職員寮に泊まられませんか?一つ空きがあるんですよ」

 

 「そうか、世話になる。多分だが、この数日いや数週間の内にこの街は荒れるぞ」

 

 「・・・」

 

 聞こえていたが、コリンズ学園長はファーブラ・イニティウム・ドラコの言った言葉に何も返せずにいた。それは昔から変わらないことであったが、彼が告げたことは全てその通りになるか近いことが生じたからだった。

 

 「それはそうと・・・」

 

 「どうかしましたか?」

 

 くるりと振り返った彼が、思い出したかのようにコリンズに話しかけた。

 

 「ここまで案内してくれた彼女、クローゼと言ったか。今日一日一緒にいて確信したが、彼女はアウスレーゼ家の者で間違いないな?」

 

 「・・・ええ、間違いありません」

 

 「とぼけたっていいんだけれど?」

 

 少し迷ってから目と目を合わせてそう言った。その目には戸惑いなど微塵も見せることなく教育者の威厳を保っていた。

 

 「あなたはずっとアウスレーゼ家と共にありましたから。害を及ぼすことなど出来ないと確信しているんです」

 

 「ほぉ。そこまで高く見てくれているとは・・・。そうであればずっと戻るのに躊躇いを持っていたが、これは戻るしかなさそうだな」

 

 「もしかしてずっと会っていないのですか?彼女は首を長くして待っておられますよ?」

 

 慌てた様子でそう告げてくる。コリンズとファーの言う彼女とは、クローゼのことではないがそれに近しい人物でありファーにとって大切な人、コリンズの幼なじみとも言う存在――今は立場が違いすぎている――であり今でも連絡を取り合う仲だった。

 

 「最近口を開けば『あのお方はまだこられないのかしら・・・』と愚痴をこぼす始末。・・・早く行って元気な姿を見せて安心させてみてはいかがでしょう?」

 

 「考えておくさ。しかしそう遠くないうちに再会すると思うぞ」  

 

 楽しい会話というのは時間の経過が早く感じるものだった。

 

 「ふむ、コリンズよ。職務が残っているみたいだな。機密性の高くないものであれば私も手伝おうと思っていたが・・・」

 

 「・・・申し訳ありません。これはそうはいかない書類でして。私以外の誰の目にも触れることが許されていないのです」

 

 先ほどこの部屋を訪れた際に目を通していた書類を、サッと違う書類の下に隠した時点でそれが気密性の高い書類であることは見当がついていたがそれでも尋ねてみるのは本当にコリンズの事を信頼している証と言えるだろう。

 

 「そうか・・・。では私はこれで失礼するよ。どこか空き部屋があればそこを借りたいのだが?」

 

 「ええ、勿論です。時間が許されるならこの学園に留まり続けてもらいたいですから」

 

 二言三言交わしてから部屋を後にし、案内すると言ったコリンズ学園長に対して丁寧に断りを入れてから借りた部屋へと足を向けるのだった。首から下げているのはこの学園の滞在許可証だった。これを持っていることによって不審者として通報されるのではなく、正式に学園長から許可されている人物であることを明らかにしていた。

 

 数分後には学園長から割り当てられた部屋に到着することができた。すでに夜も更けており生徒の誰とも会うことは無かったのも一つの要因だろう。美形とまではいかなくとも、見たことの無い人物がいればそれだけで注目の対象となるのだから。

 

 「ふふ、やれやれだ。コリ(ぼう)があんなに立派になっているなんて。それに信頼できる人が増えたのも嬉しいことだ」

 

 彼は人間嫌いを全面に出しているとはいえ、信頼に値する人には多少の加護を与えて見守っているのだった。今まではブライト家の人々、コリンズ学園長、アウスレーゼ家・・・そして今日であったばかりの孤児院のテレサだった。

 

 「・・・・・・むっ!!あの方角は」

 

 窓を開けて外を見ていると、みるみる間にある一点の方角が煌々と光り輝いてきたのを目にした。それは自然に生じることのない真っ赤な色だった。町からは少し離れた森の中からそれ(・・)は見え、明らかに真っ赤になる勢いを増していた。

 

 「火事か」

 

 一言呟くとその部屋を出て、コリンズがいる学園長室へと走った。

 

 「コリンズ!!」

 

 「ふおっ、ファーさん。どうかされましたか?」

 

 「火事だ。多分あの方向は孤児院の方から出ている。急いで村と遊撃士協会へ連絡をしてくれ。あとクローゼにも伝えたほうが良いだろうか。それはコリンズに任せる。私は現地へ急ぐぞ!!」

 

 「分かりました。急いで連絡を入れます。それとクローゼさんにも私から伝えておきます。何か分かりましたら連絡をください」

 

 扉を蹴破る勢いで入って来たファーに驚きながらも、その内容がただ事ではないことに気づいて急いで各方面へ連絡を入れた学園長だった。この孤児院不審火から始まる事件が、これからの不可解な出来事の序章に過ぎなかったのだ。




 学園長云々の過去話は捏造です。それなりに指が走った結果こうなりました。この話以外で出る予定はありません。


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11話


 約三年ぶり?少し話がぶれていたりしているので修正するかも。


 

 孤児院の方向を見ながら敵意が見え隠れしているのも見逃さないようにする。人間とかかわり合いになると良いことばかりではないが、それでも知り合いが関わるとそれをそのままに放っておくことなどできない性分らしい。そのような傾向にあることを最近知った。

 

 孤児院のほうには町民が放水の手助けをしているし、子供らの気配もしっかりとしている。ということはこちらがするべきことは一つだけ。実行犯らしい気配はすでに薄くなっているので孤児院の方角から来た怪しい人を尋問する事。

 

 「何奴(なにやつ)?と聞いたとしてもそちらから返事をもらえるとは思ってもない」

 

 「・・・っ」

 

 無駄だとは思いつつも一言かけてみる。気配を隠したまま近づき声をかけたものだからそれ相応に驚いたようだ。暗闇で表情など見えない人影だが、驚いた時に出た息を飲む音が聞こえてきた。

 

 「孤児院の方向から来たということは無関係というわけでもなかろう。それに服からは微かに油の臭いもする。救助に当たったのであれば何も言わずにその場を立ち去るのも意味不明な行動である。目的は命を奪うことではなく、何かしらの警告と見ると救助して立ち去る・・・と言う行動にも理由が付くが・・・そのところどうだ?」 

 

 返事は得られないまま。その代わりに腰に帯びた剣を抜くことが返事となったようだ。抜いたままこちらの顔の高さまで上げられ、ピタリと止まる。これ以上調べることは無駄や叶わないと言わんばかりの仕草だった。

 

 「それがそちらの返事?相対してもこちらの強さが分からない時点でただが知れているが?」

 

 「っ!!」

 

 相手は黙っていられなくなったようだ。切っ先がこちらに飛んでくる。躱してもいいが面白そうなのでそのまま見ておく。ガキンと顔に当たった音ではない音がする。すると言うのは変な表現かもしれないが、そのままだ。剣が自分にあたってサックリ刺さるのかと思えばシールドでも張られているかのように顔の表面で停止したのだ。

 

 「ナゼ?」

 

 仮面をしている相手からこもった声が聞こえる。何げにこれが正体不明の相手が発した初めての声かも知れない。

 

 「それをそちらに教えるとでも?」

 

 少々あざ笑うかのように『ハッ』と声をかけてみる。これでキレてこちらに向かってくればいいのだが正体不明の相手は無言を貫いた。そして向かってくると思わせておきながらバックステップで間合いを離し、森の奥へと消えていった。ちょっと悔しかったので爪を振るっておく。力は入れていないはずなのにその行動は自分がいるところから海岸まで、三本の(わだち)より深めの道を造ってしまった。少し、いやかなり視界が開けていた。当然のように誰かがそれに巻き込まれているということもなさそうだ。

 

 「分け身?質量のある分身のようなものかな?どれ私も試してみようか・・・」

 

 早く戻らなければならないことは知っていたが、数分後には彼と同じような姿をした分け身が五体存在していた。

 

 「・・・割と簡単にできたな。ふむ、触ることができないのではなく触れることがちゃんとできるという事は戦闘を行なうときに便利だ。・・・少し手間取ってしまったが火の気が感じられなくなったな。孤児院の子供たちの気配も一つとして欠けてはいないし」

 

 これからどうするか、そして決断しようとしたとき学園長から念話が入る。もしもの時に渡しておいた自身の鱗から作った念話装置といったところだろうか。ギュッと握り締めて声に出さずに対象に話しかけると届くというもの。この場合は、鱗から作っているので使う人と届く人は限られているがなにげに使いやすいアイテムと言えるかもしれない。

 

 

 『今よろしいでしょうか?』

 

 『構わない。何か問題でも?』

 

 『ええ、クローゼさんなんですが取り乱して自分も現場に行くと言って聞かないんです。夜も更けていますし、朝になったら遊撃士が現場を訪れて原因を探るように遊撃士協会には言ったんですが・・・。状況が許すのであれば、こちらに戻っていただけないでしょうか?』

 

 『・・・分かった。数分後そちらに向かう。私の部屋にクローゼを連れてきてもらえないか?温かい飲み物と一緒に・・・』

 

 『お願いします』

 

 

 学園長からの連絡は多少なりとも予想できたものだった。クローゼにとって孤児院は意味を持つ場所であったからだ。一報が入った時、伝えない手もあったが朝になってから伝えたときのほうがショックが大きいと思ったからだ。グッと足に力を入れ、そのまま駆け出す。風を切って走るのは空を飛ぶときぐらい気持ちが良いものだが、今は良い気分にはなれない。数歩後には学園を囲む壁が見えてくる。そして自分が借りている部屋に明かりがついているのも見えた。

 

 少し手前でスピードを落とし降り立つ。クローゼと部屋が同じ子には学園長からの通達が行っているので今の心配はクローゼの事のみ。昔からアウスレーゼの名が付く者を見守ることはある程度決められていた。そしてクローゼは名前を隠してはいるが匂いが同じなのでアウスレーゼの名が本当は付いていることは確実。

 

 部屋の前で気配を探る。すすり泣きが聞こえてくるのでいることはいるが、学園長の指示がなければ多分と言うかおそらくすぐにでも現場に駆けつけようとするだろう。ノックをしてから部屋に入ることにしよう。

 

 「クローゼ?入るぞ・・・・・・」



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