俺の妹がコスプレに目覚めるわけがない! (雨あられ)
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1話

「おにいちゃん…?」

 

諸君、妹は好きか?

 

「おにいちゃん、あの…」

 

ここで、イエスと答えたあなた。おめでとう、君は紛うことなきシスコンだ。

 

「ねてるの…かな…」

 

そして、ノーと答えたそこのお前。その気持ちはよぉくわかる。だって、妹が好きなシスコン野郎なんてのは気持ち悪いだけだからな。

 

「おにいちゃん、はいっても…いいですか…?」

 

だけど、こいつを見ても、そう言い続けられるのか?

ガチャリとドアを開けて部屋から出ると、あっと、少し驚いた顔を見せた、流れるような金髪のブロンドヘアーに碧い日本人離れした宝石のような瞳を持つ小さな少女。名前を、ブリジット・エヴァンス・高坂。

 

「ごはん、できましたよって、その…おかあさんが」

 

「ありがとな、ブリジット」

 

ぽんと頭に手を置いてやるだけで、向こうはキラキラと輝いた瞳でこちらを見上げて、嬉しそうな笑顔で頷く。

 

なんつーか、信じられねぇよなぁ。

だって、俺の妹がこんなに可愛いわけが…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きょうちゃん。きょうちゃん。どうしたのー?」

 

「ん?ああいや、なんでもねーよ。ただの考え事だ」

 

「そっかぁ。考え事かぁ」

 

学校の下校途中、カバンを肩から下げて歩いていると茶色いボブカットをした、俺よりも幾らか背の低い眼鏡をかけた、同じ制服を纏っている幼馴染は田村麻奈実。性格は温厚で真面目。ちょっとのんびりしているような所もあるが、俺よりもやることはきっちりやっている優等生だ。

 

「ぶりじっとちゃんのこと考えてるの?」

 

「……そんなんじゃねーよ」

 

「そっかぁ」

 

…どうして麻奈実には、俺の考えることがこうもわかるんだ?

ニコニコとこちらに微笑んでいる麻奈実は、まるで、何でもお見通しの物知りお婆ちゃんのようだ。

 

ブリジット・エヴァンスについて、考えていた。

俺には元々妹なんていなかった。親父は警察官。お袋はどこにでもいる専業主婦。

親父の教育方針もあり普通よりも厳しい環境で育ったが、それ以外は何てことない、どこにでもいる普通の一人っ子として育ってきた。しかし、中学2年生の夏の事だった。

 

激しい雨の降っていた夜。突然、制服姿の親父が当時7歳だった金髪碧眼の幼い少女を引き連れて帰ってきたのだ。驚いたなんてもんじゃないが、親父はあまり詳しい説明もせずに、今日から家で引き取ることになった。ブリジットだ。とだけ言って、さっさと寝室に入っていびきをかいて寝始めた。

 

 

取り残された俺とお袋はブリジットと呼ばれた少女と一緒に玄関で立ち尽くす。

 

俺はもっとちゃんとした説明がほしかった。何故、突然、しかもこんな外国の少女を。どういうつながりで?どういった経緯で?どういう過去を持っていて?

 

だから、当然、お袋も驚いているものだと思ったのだが、お袋は意外にも、何を突っ立ているの、早く入りなさい。と、初めから家の娘だったかのように戸惑うブリジットを普通に迎え入れていた。後で聞いたが、初めからブリジットのことを知っていたわけではないけれど、親父がそうしろと言ったからそうしたと言っていた、ある意味大物だ。

 

そして、当時の俺はと言うと……何とも痛々しいくらい若気の至り全開の、超がつくほどお節介な野郎だったから、お袋と同じように、その異国の少女に対して抵抗感なく接することにしたのだ。積極的に声を掛けて、たまにボロボロの英語スキルを使って、たまに簡単な日本語を教えて。

 

初めは、暗い顔をしていて馴染んでいなかったブリジットも、今では日本語を少し拙いながらもぺらぺらと話せるようになった。小学校に通っていて、高坂家に欠かせない家族として迎え入れられていたのだ。

 

その、俺の妹が……最近冷たい。

 

いや、本当。前までなら普通にお兄ちゃんお兄ちゃんと甘えて来ていたようなブリジットがすごく静かなのだ。家で話すのも簡単な日常会話程度で、前よりも親密な話はしない。星くず☆ウィッチめるるというブリジットの大好きなアニメを見ているときはいつものように元気なのだが…それが終わると俺が話しかけても、さっさと部屋に籠ってしまう。

 

「きょうちゃん。ちゃんと古文の宿題、やるんだよぉ」

 

「わあってるよ。」

 

「ふふ、また明日~!」

 

いつの間にか、麻奈実との分かれ道まで来ていた。忘れかけていた宿題の存在を教えてもらうと言う最後のお節介を焼かれると、手を振っている麻奈実に軽く手を上げて別れをつげる。

 

……まぁ、仕方がないのかもしれないなぁ。普通の兄妹ってのは、もっと殺伐としてて、死ねとか居たの?とかそういう会話の応酬が繰り返されるらしいし、ブリジットももう10歳だ。俺の手伝いなんて、何にも必要ないのかもなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がちゃんと、鍵の開いていた玄関のドアを開けて家の中に入ると、シーンとした静寂だけが俺を迎えてくれた。前までならば、トタタタタっとリビングを駆けて、金色のポニーテールを揺らした妹が笑顔で出迎えてくれていたと言うのに。今ではおかえりという返事すらない。

 

靴を脱いでリビングにやってきたが、部屋を見渡す限りブリジットの姿はない。外に行っていない当たり、どうやら、2階の自分の部屋に居るらしい。冷蔵庫から麦茶のパックを取り出し、とくとくとコップに注いでいき、それを一気に喉に流し込むと口の中が幾らか潤った。

しゃーねぇ。忘れないうちに。宿題、やるか…

 

麦茶のパックをしまって、数歩歩いて、リビングのドアを開けたその、瞬間だった。

 

「!?」

 

「うお!」

 

びたーん!と、何かが体にぶつかってきて、思わずしりもちをつく!

 

相手は俺の胸に頭突きを食らわせるような形になったので、その反動で同じようにしりもちをついていた。それは、そう。見たことのある、金色のポニーテールに小さな背丈。白い清楚なワンピースをきた…ブリジット。

最近冷たい……俺の、妹だ。ぶつかった拍子に、何か雑誌のようなものが手から階段にこぼれ落ちたのが見えた。

 

「わ、悪い」

 

「う、ううんわたしがはしったから…ごめんね、おにいちゃん」

 

軽く顔を振って、大丈夫だと言う風に微笑んだので俺もつられて笑みが出る。まぁ冷たい、って言っても。ちょっとコミュニケーションが減っただけだ。俺たちの仲はそう悪くはない…はず。

 

「何か落ちたぞ」

 

その、ブリジットの手から落ちた雑誌を拾い上げようと、腰を持ち上げた瞬間。

 

「や、やめて!!!」

 

きーん!と声が響く。慌てて、その雑誌を俺よりも早く回収してトタタタタと再び階段を上って行ってしまった。

ぽかん、と開いた口がふさがらない。まさか、やっぱり俺って……嫌われてる…のか?

 

「ん?」

 

なんだこれ。先ほどまで落ちて居なかったであろうA4サイズほどのピンク色の紙が落ちている。さてはさっきの雑誌に挟んであったか、ページの一部なのか?と思って拾ってみる。

 

って、な、なんじゃこりゃあ!?

 

第1回、星くず☆ウィッチめるるコスプレ大会!!とデカデカと書かれた、あのピンク色のツインテールをした魔法少女、めるるが映った全体的にピンク色っぽいポスター。そして、そこの開催日と、エントリー日時の所、優勝賞品の所に、妹が、ブリジットが書いたであろう赤い文字の筆跡があって…

 

メルルのフィギュアほしいほしい!とか、

いいなー、いいなー。スペシャルめるるいいなー!とかいった、願望がぎっしり、可愛い文字で書かれているではないか!

 

ブリジットがメルル好きなのは知っていた。まだ日本語もうまく話せないような頃に、このアニメを見て。どこに琴線が触れたのか俺には分からないがいつの間にか大嵌りしていたのだ。日本語を積極的に学ぶきっかけになったと言っても良い。

ただ、親父もお袋もアニメとか、ゲームとか、そういうのは悪影響があるからと、ブリジットがアニメを見ることには否定的だった。しかし、二人ともなんていうか、ブリジットには大甘なのでなんだかんだ言ってクリスマスに変身ステッキを買って上げたり、誕生日にDVDを買って上げたりしてるので少しづつ認めているようにも思われる。あのブリジットにほっぺをキスされたときのでれでれした親父の顔と言ったら写真に収めておきたいくらいだった。しかしだ。

 

確かに、親父たちもめるるを認めつつあるが…流石に、こ、コスプレの、しかも大会なんて…

 

「お、おにいちゃん!」

 

「ぶ、ブリジット。お前これ」

 

「あ…うぅ」

 

しゅんと、上から現れたブリジットの頭が垂れ下がった。最近、こそこそとして冷たかったのは、まさか、この大会に出る準備でも、してたんじゃ…!?

ブリジットは、もじもじとして、困った顔で俺のところまでやってくる。階段の一つ上の段に立っているから、目線も合う。

 

「お、おにいちゃん。あのね……

 

お、おねがい…があるんだけど」

 

服の端っこを軽く摘まんで、涙目の上目づかいにそんなことをお願いしてくるブリジット。俺は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コスプレ…コスプレ…っげ!?たっけー!?嘘だろ、こんなちっこい服がこんなにすんのか!?」

 

額を見て驚愕する。学校の終わった夕方、諭吉様を何人か引き連れて、そう言うコスプレ衣装が売っているらしい、ちょっと勇気の居る店にやってきたのだが…メルルのコスプレは諭吉様が束になってかからないと太刀打ちできない金額だった。それに、売られていたのは、ブリジットの欲しがっていたアルファ・オメガの方の衣装じゃない。

 

やっべーなぁ…大見得切ってあんなこと言ったのに、駄目だったなんて今更言えねぇよ。

 

 

 

ブリジットに可愛いシンプルな女の子らしい部屋に招かれると、俺は早速そのお願いの内容を聞くこととなった。もうなんとなく予想していたが、ブリジットはこのメルルのコスプレ大会に出て、スペシャルなメルルフィギュアが欲しいらしい。

 

「そもそも、ブリジット。お前コスプレ衣装なんて、持ってるのか?」

 

「…ううん、ない……。で、でも、このアルちゃんになれば、ゆうしょう、できるかも…」

 

「優勝ったってお前…」

 

ブリジットのやつは、勝算まで立てて出る気まんまんだったのだ。

アルちゃん。金髪のポニーテールが特徴的な、青い魔法少女の服を着ているブリジットそっくりなアルファ・オメガというキャラクターのことだ。控えめで優しい性格も似ていて、初めてそのキャラクターを見た時には俺も驚いたくらいだ。

 

「やっぱり、ムリなのかなぁ…」

 

正座して、悔しそうにポスターを握りしめているブリジットを見て、俺は、何か、こう何とかしてやりたい!っていう気持ちが溢れてきてしまい…

 

 

ブリジットに、何とかしてやるから、任せとけ、なんてデカい口叩いてしまったんだよなぁ……

嬉しそうに俺に飛びついてきて、お兄ちゃん大好き!なんて言われて、俺も得意になってた。その後もブリジットはずっと鼻歌なんて歌って終始ご機嫌で、興奮したようにポスターをゆらゆらと振っていた。

 

それだけこのコスプレ大会に出られると言われて嬉しくて楽しみなのだ。なのに、なのに期待を裏切るなんてこと……

自分の無力さが恨めしい。頼みの綱の麻奈実は、めるるのめの文字も知らないような奴だし……そうだ!インターネット。インターネット通販とか、そう言うのでは売ってるかもしれない。

 

最近得た知識をまさか早速使うことになるとは。最近、ニッチな買い物にはインターネットを利用するのが当たり前になってきているらしいからな。クラスメイトの赤城のやつが鼻を高くして目当てのブツを手に入れたぜーとか言って、自慢してたのを思い出す。だけどこれで光が見えた!

 

しかし家にはパソコンなんてものはない。少女向けのコスプレが書かれた無料カタログだけもらうと、その店を足早に出て、俺はパソコンの借りられる市立の図書館へと足を急がせた。

すっかり今日のお日さんも淡く輝いていて消えかけたいたが今から走って行けば、ぎりぎり間に合うだろう。後ろポケットにカタログを丸めて挿して、更に足の速度を速めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいぃ!てめーいい加減にしろよ!さっきから!」

 

何だ。ゲームセンターを通り抜けようとしたとき。ドスの聞いた、いかにもな怖い男の声が響いてくる。何だ、喧嘩か?ちらっと、好奇心からそちらに近寄って目を向けると長身の、耳にピアスをあけた強面の男が立って居た。すげー、世紀末に出てきそうだ。

 

「あら、このゲームはこういう仕様になっているのよ。それに、ゲームに負けたからって、直接いちゃもん?

そういう事をしているから、格ゲーマーは民度が低いなんて言われてしまうのよ」

 

男の影に隠れてみることが出来ないが、ぼそぼそとした感じの女の声。言っている内容は半分しか理解できないが、態度的にいちゃもんに挑発で返したらしい。

 

……関わらない方が良さそうだ。

 

そう思ったのだが、その女の声音は少し……震えているように思えた。

 

「んだと…!」

 

「ま、まぁまぁ落ち着いてください!こら、お前も挑発しちゃ駄目だろ!」

 

「あん?」

 

「え?」

 

飛び出していた。その男の前に素早く回り込むと、落ち着かせるようにどうどうとジェスチャーして宥めるようにしてみる。そして、今度は女の方を見て、軽く叱るふりを…って、なんつー、格好してるんだ!?こいつ!

 

腰まで伸びた黒髪に、黒いドレスに黒い薔薇のカチューシャと黒尽くし。目元には泣きぼくろと目には赤いカラーコンタクト?てやつを入れてて、何て言うか、街を出歩く恰好じゃねぇ!しかし、割って入ってしまったのだから、もう遅い。

 

「すみません。こいつには俺からきつ~く言っておきますんで…そいじゃ!」

 

「ちょ、あなた…」

 

強引に、その黒い女の子の手を取って、惚けた相手と、近くに集まり始めていたギャラリーの間を抜けて外に出ていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、ここまでくれば、もう良いだろう」

 

「…」

 

ゲームセンターから数百メートル離れた公園までやってくると、ようやく緊張から解き放たれ、張った力が一気に抜けた。あぁ、ビビった。なんで俺はあの時咄嗟に身体が動いちまったんだ?今思えば、放っておけばよかったのに…

 

「手」

 

「え?うわ!す、すまん!」

 

ぱっと握っていた手を離す。咄嗟の事で、ぜ、全然気が付かなかった。

改めて、その少女を見ると、夕焼けに映ったオレンジ色の顔、黒い綺麗なストレートの髪が夕日に照らされて光っていると、中々の美少女。だが、この痛々しい何とも言えないドレスが全てを台無しにしている。少女は手をもう片っ方の手で何度か自分で触って、こちらと目が合ったのに、すぐに逸らされた。

 

「まぁ、余計なお世話だったかもなぁ」

 

「ええそうね。どうしてこんなことをしたのか…理解に苦しむわ」

 

うぐ、ひっでー!?そりゃ、わざわざ頭を下げて感謝しろとは言わねーけどさぁ。あの状況で助けに入ってあげたんだから軽く礼の一つくらいほしいもんである。ま、こっちが勝手に焼いたお節介が仇になることもあるしな…

 

「悪かったよ…じゃあな、気を付けて帰れよ」

 

「あ…ま、待ちなさい!」

 

後ろを向いて、さっさと図書館に行こうとしたら少女に服の裾をつままれ

 

「その…ぁりがとう」

 

消え入りそうなくらい小さな声でそう聞こえてきた。痛い格好なのに、ちょっとだけ、可愛いと思うような笑顔も添えて。

…ったく、素直じゃないやつだな。

 

「いいよ、気にすんな」

 

顔だけ後ろを向いて、少女に笑顔を向ける。さっきは礼なんて欲しくないっ思ってたけど。やっぱり、礼を言われると気持ちがいいもんだな…って

 

どさ。っとポケットの丸めていたカタログが落ちた。や、やべ!?それは!?

 

「あら、落ちたわよ。これ……は?」

 

びしっと、さっきまでのしおらしい感じは消え失せて、ぎぎぎと、鈍い錆びついたロボットのような動き方をするゴスロリ少女。

 

「ひ、人の趣味にとやかく言うつもりはないのだけれど、さ、さすがに女装は辞めた方が良いわよ。特に、あなたのような平凡な顔の男子の場合…」

 

「着ねぇよ!!?誤解だ!!つーっか、今さりげなく俺の顔に対してひでぇ事言わなかったか!?」

 

「そ、そう。観賞用かしら。見たところ幼女向けのコスプレカタログのようだけれど。あなた、まさか…ロリコン?」

 

「断じて違うし!んなこともしねぇえ!!!」

 

何、露骨に距離とってんだ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう、妹さんのために…」

 

「あぁ、コスプレ大会に出たいって言うもんでよぉ。でもコスプレの衣装ってどれも高いんだなぁ。びびっちまったよ」

 

公園のベンチに座って。俺たちは話をすることになった。もちろん、誤解も解いた。笑顔のブリジットの写メを見せた時は犯罪を疑われたが何とか信じてくれた。

 

「当たり前よ。質とクオリティに拘れば当然、それに比例してコストもかかってくるものよ。労働的なものも含めてね。その上、このカタログに載っているコスプレはどれも小さな子供向けみたいだし、大人の衣装よりも製造ロットが少ないのよ。普通の子供服も大人の物に比べて高いことが多いでしょう?それと理由はほとんど一緒ね」

 

「へぇ、詳しいんだな」

 

「…まぁ」

 

って、こいつは良く考えたらその道の人。なのか。今着てる、服も何かのアニメのコスプレだろうし。色々と聞けるかも知れない。

 

「なぁ、その服もなんかのコスプレなのか?」

 

「ふ、ふふふ、よくぞ聞いてくれたわね」

 

あ、あれ?こいつ何か急に雰囲気が。得意げな笑みを浮かべて耳にかかった髪を払いのけて喋りだす少女。テン!テレテンテテンテンテンなんてタンゴな曲が聞こえてきそうだ。

 

「これはマスケラのクイーンオブナイトメアよ。マスケラ、正式名称はMaschera 堕天した獣の慟哭。ストーリー、作画ともに今期最高峰のアニメよ。木曜夕方5時半にやっているから、ぜひとも見て頂戴」

 

「お、おう」

 

何か一気に色々と言われてしまったが、夕方の5時半にそのアニメがやってることしかわからなかった。ご丁寧に携帯で元となったキャラまで見せてくれたが、どう反応していいのか困る。

 

「ってか、お前もその衣装、すげー高かったんじゃないの?よく出来てるし…」

 

「これは自作よ。コストもそれほどかかってないわ」

 

「え!?これが!?お前すげーんだな!」

 

「そ、それほどでもないわ。このくらい」

 

そのクイーンオブなんちゃらの画像と、今こいつの来ている黒いドレスを見比べてみるがほとんど違いがない。ってか、そっくりだ。こいつ、もしかしてとんでもなくすごいやつなのか!?

 

「な、なぁ、一つ頼みがあるんだけど…」

 

「えぇ、何かしら?」

 

「俺にもその、コスプレ衣装の作り方っての、教えてくれないか?」

 



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2話

「よぉ、悪いな、昨日の今日で」

 

「別に、構わないわ…それほど忙しいわけでもないし…」

 

次の日、俺は再び昨日二人で話をしていた公園までやって来ていた。向こうは昨日と同じゴスロリ衣装を着て公園のベンチに座っている。

あれから、意外にも快く俺の頼みを聞いてくれた彼女は俺に簡単な指示をして、帰らなければいけないからと早々と家へと帰っていった。別れてから、連絡先も名前も聞いてないし、大丈夫か?と思ったのだが無事に会えたし杞憂だったな。

 

「昨日は闇の者たちに生贄を用意する必要があって……それよりも、きちんと寸法を測ってきたんでしょうね?」

 

「おう、バッチリだ」

 

昨日の夜、家に帰ってからブリジットに頼んで調べさせてもらった。もちろん、妹の寸法を測るなんて、何だか変態臭い行為だったのでくれぐれも親父たちには内緒にしてくれと深い念を押してからだ。

…俺にとっては妹のささやかな成長を知ると言うイベントにもなったが、これはまぁいいだろう。

 

「じゃあ行きましょう」

 

「え?行くって?」

 

「私の家に決まってるでしょう。」

 

「なぁ!?」

 

な、な、何考えてんだこいつ!!

確かに、おかしな恰好をしている奴だが、健全な女子の家に自分から招き入れるなんてこいつ、まさか…痴女?

 

「な、何を可笑しな想像をしているの!?気持ちが悪い…

こんなところで縫うわけにもいかないし、あなたの家には機材がないのだから、仕方がないじゃない」

 

そ、そりゃそうだよな。軽蔑のまなざしを受けながらも何となくほっとしたような、残念なような…って、本当に何考えてんだ俺。

 

「だ、だよな。でも良いのか?こんな見ず知らずのやつを…」

 

「ふ、コスプレを楽しみたいと言う同盟者を増やせるなら、良い機会だわ。それに、あなたが家に来てどうこうするような度胸があるとは思えないし」

 

「うぐ」

 

こいつたまに、すさまじい毒舌を吐く、思ったことを素直に口にしてくれると考えれば隠されるより良いがもう少し、言い方ってものがあるだろうに…。

 

「それで、一体どんなアニメのコスプレを作りたいのかしら?」

 

「あぁ、知ってるか知らないんだけど、星くず☆ウィッチめるるっていう、アニメの…ほら、このキャラクターなんだけど…」

 

と鞄から、サンプルにもってこいと言われていたアルファオメガのDVDのパッケージを見せると先ほどまで、ほどほどに機嫌が良かった彼女の頬がぴくりと動く。

 

「ま、まさか、あの星くず☆ウィッチめるる…?」

 

「え?」

 

「そう…めるるの…」

 

え?なんで俯いちゃったのこいつ。

もしかして何か地雷踏んだ?

 

「まぁ…いいわ。このキャラの服ね……確か青い生地はまだ家に……ついてらっしゃい」

 

「あ、あぁ」

 

明らかに機嫌が悪くなった後、ぶつぶつと何やら呟いている少女の背中を追う。

俺が麻奈実にではなく、この、痛々しい変わった少女の力を借りたことが、今後の俺の人生に大きな影響をもたらしたことを、この時は知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、お前、何て名前なの?」

 

「え?」

 

「いや、いつまでもお前とか呼ぶのもどうかと思って」

 

道を歩きながらだんまりを決め込んでいた少女に意を決して声を掛ける。この雰囲気のまま家に上がるのもどうかと思ったからだ。

 

「人に名前を尋ねるときは、まず自分からという言葉をしらないのかしら?」

 

「わ、悪い。俺は高坂京介。すぐそこの高校2年だ」

 

「そう、私は…そうね、黒猫とでも呼んで頂戴」

 

「く、黒猫?」

 

何だそれ、変わった名前だな。まるでどこかの宅配会社みたいな名前だ。

 

「もちろんハンドルネームよ。真名を気安く教える程私は安い女じゃないの」

 

「ハンドル…?」

 

「はぁ…あなた、あんまりネットとかしない性質のようね」

 

「す、すまん」

 

「まぁいいわ。ここが私の家よ」

 

コツ。っと靴が止まったので俺もそこで立ち止まる。へぇ、何て言うか…年季の入った貫録のある家だ。うん。普通の日本屋敷って感じ。てっきりこのコスプレに合うような悪魔城にでも住んでるのかと思った。

…あ。表札をちらっと見たら五更と書かれていたので、多分、こいつの本当の名前は五更なのだろう。真名、すぐわかっちまったぞ。

 

「何をぼーっと突っ立っているの。あがりなさい」

 

「あ、あぁ」

 

ガララっと開かれた戸の近くに立つ黒猫を追う。何となく、雰囲気はさっきよりもマシになったが、よくよく考えたら、年頃の女の子の家に行くなんて、ノーカウントの麻奈実の家を除けば初めてのような……妙に緊張してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

「おかえりー、ルリ姉」

 

「おかえりなさいです!」

 

黒猫が抑揚のない声を出すと、家の奥から声が二つ聞こえてきた。小さな女の子の声だ。ルリ姉…黒猫の名前か?

少し驚いている俺を尻目に、ずんずんと家に入っていく黒猫を追う。靴を脱いで遠慮がちにおじゃましまぁっすと声を出すと羽目板が軋む廊下を歩いた。

 

「今日は隣の部屋を闇の儀式に使うわ。入ってこないように」

 

「またぁ?まぁいいけどー」

 

「はいです」

 

先ほど聞こえてきた声と同じ声。黒猫は居間の方に顔を向けてそんなことを言っている。別に隠れていろとか、こっそり来いと言われていたわけではないが、何だか心拍数が上がってきた。何かこえぇ。てか本当に上がって大丈夫なのかよ。先に進む黒猫の後を追うために俺もその2つの声の主たちに挨拶をする。

 

「ど、ども。おじゃまします」

 

だらーんとちゃぶ台の傍で寝転がっていた顔が、豆鉄砲を食らったかのごとく硬直する。一人はおかっぱ頭の幼女。もう一人はシンプルなおさげを二つ垂らした少女。どちらも何処と無く顔が黒猫に似ている。硬直した瞬間俺も固まってしまったが、段々と向こうの目に好奇心の光が宿っていき。

 

「う、うわ!だれだれだれ?ルリ姉の彼氏!?」

 

「姉さま。この人は?」

 

二人はすくっと立ち上がって、俺そっちのけで廊下に顔を出し、数歩前に居た黒猫に大慌てで訪ねている。

 

「この男は私の…契約者よ。ある密命によって行動していて、私の魔道具の製作技術が必要だと言うから、少し力を貸してあげるだけよ」

 

「?」

 

「えーっと、つまり、色々あって、お前らの姉ちゃんに、俺が縫い物作るの、手伝ってもらうことになってさ。ほら、衣装作るのすげぇうまいだろ?それで色々と教えてもらおうと…」

 

「そうなんですか」

 

「ふ~ん?」

 

おかっぱ幼女は俺の話を聞いて素直に納得していたが、おさげの子はちょっとませてる感じの疑った目を俺に向けてくる。

 

「…兎に角、おかしなことは何もないわ。気にしないで頂戴」

 

「はーい」

 

「はいです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妹居たんだな」

 

「えぇ、まぁ…」

 

「元気な妹さんだったな」

 

「そうね」

 

がさがさと、和風な箪笥の中を漁る黒猫を見ながら、俺は畳に胡坐をかいて座って、少なからず居心地の悪さを感じていた。他人の家の匂いって嗅ぎ慣れないって言うか…フワフワしてくつろげない感じだ。

やがて、幾らか青い布を持って黒猫は俺の対面へと腰を下ろした。

 

「あなたの見せてくれた寸法なら、生地はこれで十分足りるはず。色合い的にも問題ないと思うわ」

 

「何から何まですまん」

 

「それで、初めは型を図にしてしまいたいのだけれど、このパッケージ以外にも資料はあるのかしら?」

 

「あ、あぁ言われた通り、借りてきた」

 

ごそごそと、ブリジットの秘蔵の本をいくつか取り出すと、比較的無表情だった黒猫がある一冊に興味を示す。それは確か…俺がブリジットと階段でぶつかったときの。

 

「これは…ファンブックじゃない。ということは」

 

よくはわからないが、ぺらぺらと黒猫がその大きめの雑誌みたいなのをめくっていくとある一ページを見てニヤリと口を吊り上げる。

 

「やっぱり、あるじゃないの。こういうものは、もう少し早く出してほしかったわ」

 

そう言って俺の方へと得意げにアルファ・オメガのページを見せる。よく見てみれば、確かに、細かい衣装の設定、図がきっちりと書かれていた。ブリジット、お前いつもこんな詳しい雑誌を読んでたのか。どんだけ好きなんだっつーの。

 

「この型紙なら…私の持っているものを流用すれば……それに、装飾も難しいように見えて、意外とシンプルだし…2、3日もあれば終わるかもしれないわ」

 

「本当か!」

 

「ええ……でもその前に、あなたに一つ聞いておきたいことがあるわ」

 

パタンと、ファンブックを閉じると、今までで、一番真剣な赤い目を俺に向け、姿勢を正す黒猫。俺も思わず正座になってごくっと生唾を飲み込み、何だか知らないが、覚悟を決める。

 

「あなた……本当に、実の妹にこの衣装を着せるつもり?」

 

「う!」

 

ピタピタと、アルファオメガの魔法少女の衣装を指差す黒猫。

そう、このお願いを引き受けた時から散々悩み抜いて今も取れかけの歯のようにぐらついている問題だった。

 

ブリジットのお願いを聞いて喜んで引き受けられなかった一番の理由はそれだった。この衣装。っというか星屑ウィッチめるるのキャラ全般は、前々から思っていたが、どうにも露出度が高い衣装ばかりだった。

背中が開いていたり、へそが出て居たり、変身シーンなんてほぼ全裸になったりする。そんな俺を見て、はぁと呆れた様に黒猫はため息をついた。

 

「……星くず☆ウィッチめるると言うアニメはキモオタや萌え豚ニート、大きなお友達御用達の個性のない萌え系アニメよ。子供向けの割にいかがわしすぎるこの衣装もそう言った大きなお友達を上手く引き込むための戦略と言ったところね。

そしてその大きなお友達の集まるコスプレ大会なんてものになると、気持ちが悪いハッピを着た大人の集団が、こぞってあなたの妹の露出度が高い衣装を見て群がってくるはずよ。

 

あなたは、妹さんがそう言う目で見られても、平気なの?」

 

「そ、それは…」

 

言ってることはところどころ専門用語みたいなのでわからなかったが、要は、妹がこのエッチな格好をして、エッチな視線を向けられても大丈夫なのかー?と言う心配をこいつはしてくれているのだ。

そうか、コスプレ大会ってことは、観客もたくさんいるのか。それに、それを見るやつが良い年した野郎ばっかりの可能性も……くそ、なんでそんな単純なことも考えつかなかったんだ、俺は。

 

「それに……アニメのコスプレは大衆には受け入れがたいものよ。

あなたの妹が、世間から冷たい目で見られることもあると思うわ。あなたも、あなたの妹さんも、それに耐えられるの?」

 

「黒猫…」

 

黒猫がこちらを見上げる様にして聞いてくる。

その言葉も、瞳も、今まで以上に強い意志が宿っていて、経験者にしかわからない業を語っているようにも見える。そして、俺がひしひしと感じているのは。

 

「今なら、まだ引き返せるわよ?」

 

こいつ、すげー痛々しい格好してるのに、内面は麻奈実なみにお節介で、優しいってことだ。わざわざこんな面倒くさい依頼を受けてくれて。おまけに俺の事もブリジットの事もきちんと考えてくれて……

 

「お前、すげー良い奴だな…」

 

「なっ!?……」

 

だけど俺は!

 

「ありがとよ。黒猫。だけど俺はあいつに、ブリジットにこの衣装、着せてやりたいって、思う」

 

「……そう、それはどうしてかしら?」

 

「俺の妹は…普段あんまり我が儘とか、言わないやつだからさ。成績も優秀で、素行も大まじめで、つらい事があったのに、それをおくびにも出さない…絵にかいたような出来た妹だよ。だから、多分、やっぱり無理だった。って言えば、それであいつも納得して、ちょっとだけ笑顔も見せてくれると思う」

 

「…」

 

「だけどよ!例え世間が何て言おうと、俺が、あいつのやりたいことを否定しちまったら、あいつは…あいつのやりたいことを、一体誰が肯定してやるっていうんだよ!

珍しく、いや、多分初めて言いだした、大人しい妹の我が儘なんだよ。だから、それくらい兄貴がなんとかしてやんなきゃいけねーんだよ。きっと。」

 

……自分でも、今ようやく杭を打ち込んだようにずしんと覚悟が決まった。ブリジットがどんな気持ちで俺にこれを相談してくれたか。一体、どれほど俺が持ってきてくれるであろう衣装を期待して待っているだろうか。

 

黒猫は、無表情のまま俺のことを真っ直ぐに見ていたが、やがて、はぁとため息をついて

 

「筋金入りのシスコンね。兄さん?」

 

「誰がシスコンだ!ってかなんだよその呼び方!」

 

肩をすくめて笑ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさい!おにいちゃん」

 

「おー…ただいま」

 

少し、ボロボロになった手で玄関のドアを開けると、目の前にはまるで玄関の前で座って待っていた犬のように、目を輝かせて興奮した様子のブリジットが出迎えてくれた。犬だったなら、今頃ぶんぶんと尻尾を振ってくれているだろう。

 

「…あー、まだ時間かかりそうだわ。もう少し待っててくれ」

 

「あ、うん…」

 

本当、わかりやすいな。こいつは…垂れ下がった頭に軽く手を置いてやると、すぐにいつもの明るいブリジットに戻って。一緒にリビングに入る形になる。

そこには既に私服に着替えた親父が新聞を広げて椅子に座っており。台所にはお袋が居た。くんくんと匂いを嗅ぐといつも通りのお袋のカレーの匂いが部屋に充満している。

 

「あら、おかえり」

 

「ただいま」

 

「うむ……京介、お前何か俺に隠し事をしていないか?」

 

「いや、とくには…」

 

「そうか」

 

っぶねー!一瞬驚きそうになっちまった。親父のやつ、こういう時は妙に鋭いからな。それに、俺が妹にいかがわしいコスプレをさせようとしているなんて知ったら……

 

『京介…あんたそういう…』

 

『死ね』

 

ってなるのが目に見えてやがる!食事の用意が終わる前に、背負っていたリュックを持って一旦2階に上がる。俺の部屋に入る前に、一度、無人のブリジットの部屋に入る。…プレゼントってのは、ドッキリがいるからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさま」

 

そう言って食べ終わった食器を洗面台に置き。冷蔵庫から麦茶を取り出すと、ぐいっとコップに注いで飲み干す。

2階に戻って、部屋の電気をつけるとベッドの上に倒れ込む。あー、疲れたぜ。手を広げて伸ばし、電球にかざすと傷の多い男の手が目に入る。なるべく親父にはばれないように気を使ってカレーを食べるのが大変だった。

 

「でもこれで…」

 

トントントン、とちょうどそこで、聞きなれた軽い感じの階段を上る音が聞こえてくる。この軽快な足音を出せる人物は、家の中には一人しかいない。

 

来た。

 

ばっと、身体を起こして、思わず壁に耳を当ててみる。きぃ、と扉があいた音がして、それからぱちりと電気をつける音……何だ?気付いてないのか?しばらく、何も音が聞こえてこないと思ったら

 

ドンドンドン!

 

と大慌てて駆けだしてきた音が聞こえてきたので、慌ててベッドの上でくつろいでいたふりをする。

 

 

「お、お、お、おにいちゃん!!!こ、これ!」

 

「ん?どうした?ブリジット」

 

「これ、これこれ!アルちゃんの!!」

 

いつもなら遠慮して中々入ってこないようなブリジットが、バン!と扉を大きく開けて俺のすぐそばまで詰め寄ってくる。ベッドに腰掛けてその様子を見ていると、ブリジットは言葉もつっかえつっかえに、見つけたらしいアルファ・オメガの青い衣装を上下させる。そう、本当に完成しちまったのだ。俺と黒猫の作ったアルファオメガのコスプレ衣装が。

俺が作成したというより、なんといっても黒猫が色々としてくれた。じゃなきゃ、今頃日本中のコスプレカタログを漁る羽目になっていただろう。

 

無事、完成したそれを、さっき勉強机の上にこっそり置いておいてあげたのだが、目論見は、大成功だと言っても良いだろう。

 

「アルちゃんの!アルちゃんの!」

 

「わかったわかった。お袋たちにばれちまうだろ?」

 

興奮して衣装を抱えたままぴょんぴょんと飛び跳ねはじめたブリジット。本当、こんなに喜んだブリジットは初めて見る。俺がそう言って注意してやると、ブリジットははっとして、もじもじと顔を赤らめる。

 

「あのね、きて…いい…かな?」

 

「おう」

 

ぱっと輝いて、またどたどたと部屋へと戻っていく。

これだけ大喜びしてくれたのなら、多分、俺の決断は間違っては無かったのだろうな。

 

 

 

しばらく、座って待っていると。ブリジットが、そっと、ドアから顔だけ出してこちらを覗き込んだ。そして

 

「やぁー!」

 

ぴょんと飛んで、現れたのは青い、魔法少女の衣装を身に纏ったアルファ・オメガ、じゃない、ブリジット!?やべー、似てる!?てか本物!?

 

「みよー!わがけんぎー!」

 

は!っはー!と魔法の杖(殆ど剣)を振り回すブリジットはアルファ・オメガになりきっているのか。いつもより3割増しで真剣だ。

 

「はー!」

 

とフィニッシュすると。間を置いて、顔をあげ

 

「おにいちゃん…おにい…ちゃん」

 

な、泣いた!?

 

「お、おいブリジットどうし」

「おにいちゃん大好き!!!」

 

ぎゅっと飛びついてきたブリジットに勢いのまま、一緒にベッドに倒れてしまう。

 

……はぁ、ったく。泣くほど喜ぶこたぁないだろうと。自分自身の顔も少し緩みながらブリジットの小さな頭を撫で続けた。

 



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3話

「それでブリジットのやつ、大喜びでさぁ」

 

『そう、それは良かったわね』

 

「あぁ、全部お前のおかげだよ。ありがとな、黒猫」

 

『…別に、大したことはしていないわ』

 

携帯電話越しに抑揚のない声が聞こえてくる。

あれからブリジットはそのまま俺の布団の上で寝てしまった、それはもう嬉しそうに笑いながら。軽いその体をベッドに運んでやって、今、少なからず達成感が湧いていた俺は、黒猫に成功と感謝の電話をするに至ったと言うわけだ。

 

「てか、俺、お前に衣装の費用とか払ってなかったな。大体これって、いくらくらいするんだ?」

 

『気にすることないわ。元々家に余っていた要らない布を使っただけだし』

 

「そうは言うけどよぉ…」

 

あの布の感じ、明らかに安物って感じじゃなかった。それに、装飾のために幾らかアクセサリーを代用していたようだし、ただってわけにも……

 

「そうだ、じゃあ今度は俺が、お前に何か困ったことがあったら、そん時に手ぇ貸してやるよ」

 

『え?』

 

「まぁ俺なんかじゃ頼りないかもしれないけどさ。やれることなら何でもやってやるからよ」

 

『……考えておくわ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋葉原。通称アキバ。いつだったかブームが来て注目されていたころに比べて、そこまでオタクオタクした感じのやつらは歩いていない。わくわくしたような、緊張したような複雑な顔をしているブリジットの手を引いてとりあえず駅のホームを降りた。

 

「ここが、秋葉原かぁ。意外と普通か?」

 

少なくとも、俺の想像していたメイドたちがそこらへんに居て、大きなアニメの広告がそこらじゅうに貼ってある様な場所じゃなかった。

 

「おにいちゃん、おにいちゃん!」

 

くいくいっと、手を引いたブリジットの指差す方向を見ると、大きなビルの画面にはメルルの新しいシリーズのプロモーションビデオが流れていた。ふんふんと興奮したようにそれを眺めている妹が微笑ましいが。同時に、俺たち以外にも立ち止まって広告を見ている人たちを見て、この人たちももしかしたらコスプレ大会に来るのかと思うと今の内に目を潰しておきたい気分だ。

 

「おっと、さっさといかねぇと、時間まにあわねーぞ」

 

え~!と少し残念そうにしているブリジットの手を引いて、再び歩き出す。

 

あれから数日たったコスプレ大会当日。俺は保護者として、ブリジットの出る大会に一緒に付いて行くことにした。当然危ない奴が出たら俺がはったおすし、もしもブリジットの格好を見て欲情するような変態がいたら、この手でブッ飛ばしてやるつもりだ。

 

作ったコスチュームは原作を再現した少し、露出度が高いアルファオメガの魔法少女服だ。俺はそこを上手く改変できないか?と黒猫に相談したのだが……

 

「コスプレをする上で一番大事なのは…その人物が好きな心と再現度なのよ!」

 

と激情されて、手を動かしながらも延々と説教を聞く羽目になったのは記憶に新しい。どうやら、細かいディテールに凝ってこそらしい。よくわからんが。

 

 

 

 

 

暫く、ビルというビルを歩いて、広告に書かれていた通りの場所へとやってきたのだが……なんつーでっけぇスタジオ……!ってか、本当に周りに居るのは成人男性ばっかりじゃねぇか!

 

関係者口は…あそこか。看板の指示に従って歩くと受付にはスーツの女の人が名簿みたいなものを持ちながら座っていた。見るからに、コスプレ―って感じの服を着た女の人も結構いる。う、なんだ、あのタナトス。無理があるだろおばはん…

 

「す、すごい!ダークウィッチ!それに、めるるも!」

 

しかし、ブリジットはそんなこと関係ないとばかりに目を輝かせて大喜びしている。確かに、大会の趣旨も、可愛いとかじゃなくてコスプレの再現度をどうのこうのって書かれていたからそういうのは関係ないのか?黒猫の言っていたことは本当だったのだろう。

 

「お名前は?」

 

「えっと、ブリジット・エヴァンス・高坂で登録してあった…あ、俺は保護者で…」

 

「はい…ブリジットさんですね。17番です。奥に進めば仕切り付きの控室がございますのでそちらをご利用ください」

 

「はい」

 

ふぅ…エントリーは大丈夫っと、ここまで来て引き返すのはちょっとなぁ。

 

「あ、それからその、申し訳ないのですが、今回出場者は女性の方限定ということですので、男の方はこれ以上先へは…」

 

「へ!?あ、あぁ、そうっすね。あはは」

 

そ、そりゃそうだよな。

しかし、その言葉を聞いて、ブリジットはあ…と不安そうな声を出して、ズボンをつまむ。眉は八の字になって、青い瞳は揺らいでいる。

 

「そんな顔するなって。ほら、さっさと優勝してこい」

 

衣装の入っていたカバンを持たせて、ぽんと頭に手を置いてやると、うん!と笑顔で頷き、奥へと走って行った。さぁて、俺は観客席から妹の勇姿でも見守るか……って、あれは!?

 

「黒猫!」

 

そう声を掛けると、俺の声に気が付いた黒猫がこちらに振り向いた。いつもと変わらない、黒いドレスに赤いカラーコンタクト。それにこれだけ野郎だらけの会場だとあの長い綺麗な黒髪は目立ってしょうがない。

 

「来てくれたんだな」

 

「…言った通りでしょう。メルルのコスプレ大会の観客何て成人男性ばかりだと…」

 

「あぁ…来てびっくりしたぜ…」

 

「ふん、所詮メルルなんて見ているのはおつむの緩いお子様脳の大人ばかりということよ。こんな駄作アニメがあるから…」

 

お、おい。お前、その大人たちの本拠地みたいなところで、よくそんなに堂々と毒舌が…

 

「ッチ。ちょっとあんた、さっきから後ろでごちゃごちゃごちゃごちゃと!」

 

み、見ろ。前に居たピンク色の大きくメルル命と書かれたハッピを着た…あれ、女?がこちらに向ってけんか腰で声を掛けてきた。モデルみたいなおしゃれな服に、染めた茶髪。こ、こんなやつもオタクなのか。周りのいかにも、って感じのやつらとは少し違ったオーラがあって、何て言うか、世の中わからないもんだ。

 

「あら?私は事実を述べていただけよ。そもそも子供向けアニメと銘うっているのにこの会場には子供は一人として見当たらない、猛った雄が醜い欲望のはけ口にしているとしか思えないわね。」

 

ちょー!黒猫さん!?なんでまた煽りに行っているんだよ!こいつ、良い奴のはずなのに、メルルに対しては親の仇のように厳しい気が…

 

「はぁ?キモ!ありえないし!!

あんたにメルルの何がわかんの?大体何?その流行おくれのコスプレ?水銀燈のつもり?似てないし」

 

こ、こいつはこいつで何なんだ一体!?見ず知らずの俺たちに対して凄まじい攻勢に出て来るハッピ女。俺だって、初め黒猫がこんな恰好をしていたら話しかける気にもならなかっただろうに、そんなことはものともせずに率直な言葉をぶつけてくる。

 

「は?どこに目を付けているの?これはマスケラのクイーンオブナイトメアよ」

 

「マスケラ?あぁ、あのメルルの裏番?オサレ系中二病アニメの」

 

「!?…き、聞き捨てならない事を言うわねあなた。視聴率的にもそっちが裏番じゃない。大体、ストーリーも演出もからっぽのキッズアニメにマスケラのような作品の本質を求めることこそ間違いないのかもしれないけれど?」

 

「はぁ!?邪気眼中二病電波で小難しい言葉ばっかり並べてるあのアニメの本質ぅ?ありえないし、大体あんた、本当にメルルみたことあるの?1期のラストバトルなんて、めちゃくちゃぬるぬる動く映像と燃える挿入歌でめちゃくちゃ熱いのに!」

 

「お、落ち着けお前ら!いい加減!」

 

「「っチ!」」

 

反発しあう磁極のように、同時に舌打ちをすると腕を組んで視線を外す二人。周りの目がやばいほどに集まっている。こ、こいつら周りがまるで見えてねぇ!どんだけ頭が熱くなってんだよ!

 

「マスケラなんて打ち切り寸前の腐向けアニメじゃない…」

 

「!?とうとう言ってはならないことを口にしたわね。メルルだって…」

 

ぼそりと、ハッピ女が呟いた一言に、怒りで言葉と拳が震えだした黒猫。た、頼むからどっちも黙ってくれぇ!周りの目が、注目がッ!?

と、その時、どこからか音楽がかかって来て

 

『ほーしくずウィッチめるる!はーじまーるよー!』

 

「あなた「キタアアアアア!!!キタキタキタクララちゃんキタアアアア!」」

 

壇上でメルルと同じ声が聞こえてきたと思ったら、さっきまで険悪だったハッピ女の表情が一転、意味不明な奇声を発して、持っていた白いマスコットの描かれた団扇を振り回して狂気乱舞しはじめた。俺も黒猫も、あまりの女の変わり身に一瞬気後れしてしまう。

 

『今回は総勢17人の女の子が、メルルのコスプレをして集まってくれましたー!!』

 

うおおおおおおおおおおおお!!っと会場全体が野太い男の声で震える。そして、その声の中には目の前のハッピ女の声も当然入っている。

 

「うははは!キタキター!クララちゃーん!やっば、超たのしみー!!!」

 

「お、おぞましい光景ね」

 

「あ、あぁ…」

 

俺と黒猫は、まるで戦前の兵士たちの詰所に放り込まれた一般人の気分だ。そんな俺たちはそっちのけに、エントリーナンバー1番の方から―と、メルル声の司会が話を進めて行ってしまう。ブリジットはこんな空気で平気だろうか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたの妹はまだ出ないのかしら?」

 

「そうだなぁ、確か、17番だったから一番最後だな」

 

「!あ、あんたの妹出んの?てか妹いるの!?」

 

「じゃなきゃこんなところにはこねーよ」

 

「ふぅん。ひひ、つってもあんたの冴えない顔を考えたら。優勝は12番のメルル着てた子かなー!あーちきしょー!私に似ているキャラが居ればなー!」

 

「失礼な奴だな」

 

『それでは、最後にエントリーナンバー17番!ブリジットちゃんでぇす!』

 

「は、はい!」

 

う、うげ!?カッチコッチに固まったブリジットがぎこちない動きでゆっくりとステージの真ん中へと歩いている。俯いてて、おどおどしてて、相当緊張してやがんな、あいつ。

 

「あ、あいつ緊張しす「ふおおおおおおおお!!??え?え?うそでしょ!?本物のアルちゃん!!?うはああああ!!金髪幼女キタコレ!!って、えええ!?

あ、あんたの妹!?アルちゃんが!?」………そうだよ」

 

「見ればみるほど似てないわね…」

 

「うっせぇ、ほっとけよ」

 

鼻の穴を広げて大興奮のハッピ女と黒猫の毒舌を躱しながらも、頭の中は目の前のブリジットのことでいっぱいだった。大丈夫か?あいつ。

 

「えっと、ええと、きょ!は!あ!」

 

か、噛みやがった。かあっと赤面して、その場で立ち尽くすブリジット。男たちはそれを見てうおおおおおおお!!と一層声を上げるが…くそ、しょうがねぇ…

 

「借りるぞ!」

 

「え!?あ、ちょっとー!」

 

ハッピ女の持っていた団扇をひったくると、ごった返している前の方の人々を押しのけてぐいぐいと前の方へと無理やり出る。そして一番前にやってくると

 

「ブリジットー!いつものやれー!」

 

団扇を掲げながら、腹の底から思いっきり声を上げる。すると、それに気が付いたブリジットが、一転輝いた顔になって、前に向き直るとキッと真剣な面持ちになる。

 

「……みよ!わがけんぎーッ!」

 

杖を構えると、それと同時にスタッフがメルルの戦闘BGMを流し始める。

先ほどまで騒がしかったギャラリーも、「アニメを何度も見て覚えた」完璧なブリジットの……アルファ・オメガの乱舞をみて、ウオォ!と興奮したような声が上がる。

 

「ひっさつー!めておすまっしゃーーっ!はーーっ!」

 

アルファ・オメガの必殺技である、メテオスマッシャーの構えをすると、杖を振って、いつものように憧れのアルちゃんになりきってフィニッシュを決めるブリジット。さながらアニメから直接出て来たような迫力を見せつけると、姿勢を正して、「俺」の方を見て、笑顔を見せる。

演技を仕切ったその姿を見て、観客たちがシンとした静寂の後に、うおおおおおおおお!!と一斉に湧いた!

 

『はーい、とっても元気な演技、ありがとうございましたー!では早速得点を見てみましょうー!』

 

100点満点中、95点以上取ればブリジットの勝ちだ。ドルルルとドラムロールが聞こえて来て、何かを話し合う審査員と不安そうな面持ちのブリジット…そして……ジャーン!!という効果音と共に得点表には…!

 

『100点満点!出ちゃいましたー!』

 

うわあああああ!!っと再び熱気に包まれる会場、恥ずかしそうに手を振る魔法少女姿のブリジット。し、信じらんねーけど、本当に、優勝しちまった。でも、考えてみれば当然だ、だって、メルルが大好きな心は今日出ていた誰にも負けていないんだから。…その可愛さもな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おにいちゃん!」

 

嬉しそうに、優勝賞品であるスペシャルメルルフィギュアを持ったまま、関係者口のすぐそばに来ていた俺に近づいてくるブリジット。

 

「凄いなブリジット!優勝しちまうなんて」

 

「うん!……あ……」

 

ん?あぁ、近くに立って居たコスプレした黒猫と興奮して涎を垂らしそうなハッピ女を見て怯えているのか。

 

「こいつは黒猫。ほら、お前の衣装を作るの手伝ってくれたのも、こいつなんだ。こんな恰好だけど、スゲーいい奴だからよ」

 

「こんな恰好?これは由緒正しい闇の悪魔のみが着ることの許された…」

 

「はいはい、中二病は良いから。私は桐乃!ねぇねぇブリジットちゃあん!一回だけ、一回だけで良いから…ぎゅーってして髪の毛くんかくんかして良い?」

 

「だ、駄目に決まってんだろー!お前は一体何を言ってやがるんだ!!」

 

「ッチ、うっさいわね。あんたには聞いてないわよ」

 

「お、おにいちゃんをいじめるのは…やめてください…」

 

「うはあ!?健気っ子妹キターー!!?やばい、やばい!鼻血でそう…」

 

「こ、ここまで度を越えた変態だったなんて、想像以上よ…」

 

「おにいちゃん…」

 

こいつら、フリーダムすぎんだろ!ってか、ここに居ると、優勝したコスプレ姿のブリジットも居るからかスゲー目立つ……さ、さっさと帰らないと。

 

「帰るぞ、ブリジット。黒猫」

 

「え…うん!」

 

「そうね、これ以上にここに居ると穢れてしまうわ…」

 

「ああん、まってー!そだ、アキバのメルルグッズ売ってる店、色々案内してあげるからー!!」

 

「!…お、おにいちゃん…」

 

桐乃がそう叫ぶとわかりやすいくらいぴたりと動きの止まるブリジット。そして、目をぱちぱちさせて、懇願するように目を揺らしてこちらを見上げる。あーくそ、出来ればあいつとはもう関わりたくないってのに…黒猫にちらっと目線を向けると、はぁやれやれね、と視線を外した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、お前は俺の妹をなんて所へ連れて来るんだ!」

 

「え?」

 

思いっきりここ18禁のコーナーじゃねぇか!チラっと周りを見てみると、どこもかしこも如何わしい感じの触手や首輪が書かれていたり、メルルやアルファの服がそもそもなかったりしている。ブリジットは、あうあうと両手で顔を覆って、指の隙間からちらちらと周りを見ていた。

 

「ふん、やっぱりメルルなんて低俗な男たちの欲望のはけ口でしかないのよ」

 

「はぁ?あんたのマスケラだって、見て見なさいよ、ほとんどがBLコーナーに山積みよ!?」

 

バチバチと火花を散らす二人に対して、俺はもう素直に帰りたいと思ったよ。本当。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れ、電車の中で揺られる俺たち4人。

どうやら、このキリノのやつも千葉に住んでるらしくて、切符を買う時に同じ駅で思わずうげ、何て声を出してしまった。当然、俺に対しては厳しいキリノはヒールで足を踏んずけてきて、私だってあんたと一緒に帰るなんて願い下げ!と返してきたわりに、ブリジットちゃん一緒に座ろーえへへ~!なんて言ってデレデレしている。こいつは、本当に…

 

夕暮れの光を背中に感じる。歩き疲れたのと、電車独特のリズムが何とも言えない眠気を引き寄せる。現に

 

「寝ちゃったの?」

 

「あぁ、色々あって、疲れたんだろうよ」

 

俺にもたれ掛って、すぅすぅと規則正しい呼吸で身体を上下させるブリジット。本当、今日は色々あったよ…あの後ゲーセンに行ってプリクラとらされたり、フィギュアショップに行ってまた口論になったり……それでも、ブリジットのやつも楽しそうに笑っていた。手にはいまだに優勝賞品のメルルのフィギュアを抱えていて、メルル…なんて寝言まで聞こえてきて、自然と口元が緩む。

 

「ねぇ、あんたって、重度のシスコンだよねぇ」

 

「はぁ?」

 

「さっき黒いのに聞いたけど、衣装まで自分で用意したんでしょ?妹のために必死過ぎっていうかぁ。」

 

「ほっとけ……兄妹なんだから、仕方がないだろうよ」

 

「良いお兄さんね」

 

黒猫の優しい言葉に、思わず胸を撃たれる。くそ、それに比べてキリノのやつ…は…?

 

「お前、なんでそんな顔してんの」

 

「っ!?」

 

何か、オレンジ色の光を浴びて、じーっと間抜けにも口を半開きにして、俺の事を見ていたキリノはなんていうか、良いなーって顔をしてるブリジットと全く同じ顔をしていた、違うのは、こいつは妹じゃないってことと、八重歯が良く見えるってことくらいだ。

 

「くくく、羨ましいの?兄さんが?」

 

「~!っち違うし!誰がこんな冴えない変態シスコン男のこと!そもそも何よ、その兄さんって!?」

 

「静かにしなさい、起きるでしょ」

 

はっとしたようにして、フンっと鼻息荒く正面に向き直る桐乃。こいつに限ってそんなわけないだろ絶対。例え俺がこいつの兄貴がだったとしても、絶対その辺のゴミみたいに扱われるんだぜ、きっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあな。今日はありがとう」

 

ブリジットを背負いながら、目の前の二人に礼を言う。3人ともここから家へは道が一緒じゃないみたいだし、今日送っていくのはちょっと無理そうだ。まだ暗く成りきってないし大丈夫だろうけど。

 

「別に、ブリジットちゃんとお近づきになりたかっただけで、あんたたちとは…」

 

「ええそうね、私もまさかアキバに行ったのにこんなビッチと行動しなければいけないなんて思いもよらなかったわ」

 

「はぁ?ッチ……ん。携帯」

 

「え?」

 

「電話番号とメアド、登録」

 

「え、ええ…わかったわ」

 

…驚いた。

あれだけぶつかりあっていた二人が、なんだかんだ言って連絡先を交換する仲にまで発展しているのだから、世の中わからない。肩を並べて、赤外線、行ける?とか聞いてる桐乃も、ええ、この前初めて使って…と答える黒猫も普通の友達って感じに見える。

 

「なにぼさっと突っ立ってんの。あんたも、携帯!」

 

「へ?」

 

お、俺もか?

 

「キモ。デレデレすんな。勘違いしないでよね、あんたの連絡先わかんなきゃ、ブリジットちゃんと連絡とれないじゃないの」

 

「何だよ、そういうことかよ」

 

こうして、俺が出会った、桐乃という、普通の中学生なのに変わった趣味を持つ少女のせいで、俺の人生は更に混沌としたものになってしまうのだった…

 



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4話

「はい、そこまで」

 

「うへ~…ちかれた~」

 

「お疲れ様です」

 

お前、まだ30分も勉強してねーぞ…って、何だよこの答え!

 

「へへ、全問正解だべ?」

 

簡単の反対語は簡単じゃない、りんごの英訳がRingo、アメリカ大陸を初めて発見した人物は、どこかのおっさん……

 

「あ、あはは、ちょっと間違いが多いかなぁ」

 

「え~!マジ!?うっそだー」

 

おっかしーなーと頭を抱えているのはブリジットよりも小柄で、染めた髪をツインテールにした幼児体型の中学生ギャル……来栖加奈子。

くそ~…頭を抱えたくなるのはこっちの方だってのに……多いどころか全問間違ってるじゃねぇか!本当になんでこんなアルバイト……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きっかけは、何だったか。些細なことではある。

 

 

 

 

「あーなーたーのむーねにーとびこんでゆくーのー♪」

 

俺の目の前にはご機嫌でメルルのオープニングを見ながら魔法のステッキを振り回すブリジットの姿がある。

 

「いーんせきよりも~キラ!きょだいなパワーで~キラ!」

 

普段は声を張り上げて騒ぐことのないブリジットも、このアニメを見るときだけはこのテンションである。この前のコスプレ大会でゲットしたフィギュアは、部屋の押し入れにキリノに買ってもらったショーケースと一緒に大切に保管してある。今では俺と黒猫が作ってやったコスプレ衣装同様、ブリジットの大切な宝物だと言う。

 

「だ・か・ら!わたしのぜんりょく~ぜんかい~」

 

あれから桐乃と黒猫と何回か秋葉原に行くのにつき合わされたり、家に突然遊びに来たりと…まぁまぁ良くも悪くも不思議な縁が続いていた。おかげで、今では多少?なりともオタクっぽい話に抵抗がなくなりつつあるので、良いのか悪いのか…

 

「めーるめるめるめるめるめるめ!」

 

歌を歌いきると、しゅたっと、正座してテレビの前でならうブリジット。まぁ変な知り合いは出来ちまったが、これで、案外悪くないんじゃないかって、思ってる。そう考えていた矢先の事だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

『今度!実は大規模なメルルフェスティバルが開かれるんだ!』

 

「ええ!!!?」

 

うとうとと、ソファで半分寝ていた所にきーんとブリジットの声が耳に響いてくる。なんだ、とぼやけた両目で画面を見ていると、答えが何となくわかってきた…

メルルフェスティバル…メルフェス?ちっこいメルルとお供のペットが本編が終わった後に告知のようなものをし始めたようだ。ブリジットも、正座をといて立ち上がって画面にくぎ付けになっていた。

 

『ここでしか手に入らない、オリジナルグッズ。ここでしか手に入らないオリジナルDVD!』

 

「す、すごい…」

 

『そして、新キャラである…おおっと、ここから先は会場に行って、君の目で直接確かめてくれ!』

 

『みんな~!待ってるよ~!あ!?いっけない!でもそのメルフェスの開催地って!?』

 

「ちば!ちば!」

 

『今回は、待望の関西ファンには嬉しい大阪!!』

 

「あ、あぁ…」

 

大阪、こりゃまた遠いな。ここからだと新幹線にでも乗ってかないとだろうし…案の定、ブリジットはテレビを凝視しながら悲痛な声を漏らす

 

『みんなー!大阪に乗り込め―!』

 

と、そこで提供の映像が流れて、告知も終了してしまった。開催日は来月の日曜か、こりゃ無理だ……!?

ブリジットが突然走り出した。そのまま凄い勢いで階段を上って行った音が聞こえる。俺もその異常とも思えるような突発的な行動を見て思わず体を起こす。

そうした瞬間、ブリジットはすぐに滑るように階段を降りてきた、ばーん!とリビングのドアを開けると、俺の前にはめるるのマスコットが描かれた小さな財布。

 

「おにいちゃん!こ、これでおおさかに、いけるでしょうか?」

 

財布をひっくり返して、じゃらじゃらと、俺の前にお金を落として並べるブリジット、小銭が多いし、札もその、どちらかと言えば頼りない野口さんが折りたたまれて控えめに鎮座しているだけだった。

突然の事に、自分の目と耳を疑う。

 

「えーっと、ブリジット。お前、大阪がどこにあるか、知ってるか?」

 

「え、えっと、ずっと向こうのほう?」

 

多分、なんとなくで指差した方みたいだが、確かにそっちは西。それに遠いってこともわかってるらしい。

 

「あ~…そうだなぁ…」

 

「あの、あの、これじゃ、た、足りませんか?」

 

今にもあふれ出しそうな瞳で俺を見ているブリジットの青い目に、俺は、もうなんていうか、行けるに決まってるだろこんちきしょー!と言う勢いで、俺に任せろ、と言って立ち上がるほかなかった。

ぱぁああっと顔を輝かせて、やったーやったー!とくるくる回って喜びを表現しているブリジットを見ていると、俺は、黒猫たちが言う様に本当にシスコンなのでは?と思えてきてしまった。

っていうか、しょうがないだろ。お袋も親父も、アニメイベントのためになんて、絶対大阪何て連れてってくんねーんだから……

 

俺が、俺が何とか、してやんねーと…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっかぁ、きょうちゃん、あるばいとをはじめたいんだぁ」

 

「あぁ、ちょっと、来月までに何とかお金を貯めたくてな」

 

ニコニコといつも通りの笑みを浮かべながら歩く麻奈実に早速事態を報告する。情けない話、大阪まで二人となると、俺の持っている予算ではちょっとだけ足りない。おふくろに小遣いの前借を頼んでも、それでも足りない額だ。調べたけれど意外と金がかかる、大阪まで。それに、向こうについて何か食べたり、グッズ買ったりするお金も居るだろうし…

 

「じゃあきょうちゃん。家庭教師をはじめてみるって言うのは、どうかな?」

 

「家庭教師~?そんなの俺には向いてねぇっての。俺、そんなに頭良くねーし」

 

「ううん、そんなことないよ~。それに、きょうちゃんは一個一個丁寧に解いていくタイプだから、人に教えてあげるのも得意だと思うなぁ」

 

「家庭教師ねぇ…」

 

確かに、何の資格もいらない家庭教師なら、俺にだって出来るだろう。コンビニや居酒屋と違って、多くの人の目に留まらないから親父たちにばれることもないだろうし……

 

「わかった。サンキュな、麻奈実」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日、麻奈実と一緒に家庭教師募集の求人広告を見て、俺はあるアパートのドアの前にやって来ていた。電話したら、明日から、来られたらすぐにでも来てくれ~という返事があったからだ。

とりあえず一回家庭教師をやってみて、それで判断するという感じらしい。麻奈実もそれが良いよ~っと頷いていた。

 

話を聞いてみたら、今日教えることになるのは中学2年生で、しかも女の子だっていうから少なからず緊張して、怖くなって、どこかでほんのわずかに、期待もしていた。あまりの緊張で心臓の音が早くなりながらも、ドアの横に備え付けられているインターホンのボタンを押す。

第1印象が大事、だよな。軽く身だしなみを整えて、しばらくするとドアが開いた。

 

「はーい」

 

「こんにちは、あの、家庭教師の件でお伺いした高坂と申します…が…」

 

ち、ちっさ!?ぺたぺたとスリッパをならして俺を出迎えてくれたのは、ツインテールを揺らした、ラフなシャツとジーンズ姿のブリジットよりも小さな女の子。まさか子供さんが出るなんて。でも、この高い独特の声、確かに電話で聞いた声のような…

 

「ああ!君がこうさかきょーすけくん!あがってあがって!ごめんねー、まだかなちゃんかえってこなくってー!」

 

凄く、ハイテンションな人だ。それに何かアニメのヒロインみたいな独特の声。この家の事を掌握している感じからして、雇い主で間違いないんだろうけれど、何だろう、少なくとも俺より年上?と思うと人体の神秘すら感じる……お邪魔します、と靴をそろえて中に遠慮しながら上がると…

 

うお!?ずらっと並んだ本棚。そこには漫画やら雑誌やら、最近知った、同人誌とかが壁一体に陳列している。それに、あれは黒猫の好きな…マスケラ?それにメルルも?桐乃や黒猫が見たら喜びそうなフィギュアがたくさん並んでいる。

 

「あ、座って座って」

 

「はい、失礼します」

 

すっと椅子を引いて席に座ると、彼方さんがぱたぱたとお茶を入れて運んでくれた。入れてくれたのはレモンティーみたいで、さわやかな匂いを嗅ぐと少しだけ緊張が和らいだ。

 

「改めまして!わたしの名前は来栖彼方!よろしくね、きょーすけくん!」

 

「はい、よろしくお願いします…来栖さん」

 

「もう、かたいなー!」

 

いやどうしろっていうんですかい。注いでもらったレモンティーを口に運んで、それから一つ深呼吸をしてこの変わった依頼主に雇ってもらえるように自分を売り込まないと。

 

 

 

 

 

30分、彼方さんと今日俺が勉強を見ることになるらしい、妹の来栖加奈子について様々な話をする。

 

どうやら今度の学校で期末テストがあるらしく。彼方さんとしては何としてでも点数を上げたいらしい。というのも、加奈子ちゃんという子はどうにも頭が、その、よろしくないらしい。

いつも赤点でそろそろ留年が本気で心配なるくらいってんだから相当だ。それで、今回は緊急で家庭教師を募集することにしたらしい。

 

教えてもらった必要な情報をメモに取り、それからこちらもいくつかどういう方針で勉強を教えるかの相談と何点を目標にするかの相談…あぁ、まじで麻奈実に教えてもらった段取りが役に立つ……感謝だ!お婆ちゃんの知恵袋!

 

「では、えーっと、とりあえず、今日はバイトとして雇ってもらえるかという試運転と言いますか、様子見ということで。それで妹さんの進行状況に合わせまして「あー!大丈夫大丈夫!」」

 

ぶんぶんと顔の前で手を振ると、びしっと俺の方に指を突き刺し

 

「きみ、採用!!だから、全部おまかせ!がんがんいこうぜ!」

 

にこっと笑って、えらくあっさりそう言った。って、え?まじで?なんで?と口が空いたままぽかんとしていると

 

「ただいまー」

 

先ほど入ってきた入り口、玄関からだれかが声を出して入ってきたではないか。

 

「おっそーい!かなちゃん今日は早く帰ってきてって言ったのにー!」

 

「うっせーなぁ、ほっとけや。勉強してきたんだよ、べんきょー」

 

「うはw嘘乙ww」

 

?ウソオツ?良くわからない言葉を発して、ケラケラと笑う彼方さんと、部屋に入ってきたのは……この見かけ彼方さんにそっくりな、しかしどこか不良ギャルっぽい制服姿の少女。まさか、この生意気でアホそうなのが、俺の…。

 

「ん?だれだよ、こいつ」

 

「あーっと俺はー」

 

「じゃあ、きょーすけくん!かなちゃんにビシバシお願いね~!」

 

「へ?あの…」

 

「ちょ、姉貴!?」

 

二人まとめて、何処か、てか、多分このちんちくりんの少女の部屋に押し込められる。ばたんとしまった、部屋。少しだけ夕焼けを感じさせる薄暗い部屋。

 

「あー、俺は高坂京介、です。よろしくお願いします。加奈子、ちゃん」

 

「はぁ?馴れ馴れしく名前呼ばないでくれる~?」

 

こ、このやろう!なんつー生意気な…

 

とりあえず、乗り気ではない加奈子をほこりの被った勉強机に座らせて参考書を取り出す。今日は、麻奈実に言われた通り、学力テストのようなものを作ってきた。それをやらせてみてどのくらい出来るのか、いや、駄目なのかを見極めないと……

 

 

 

 

そして今に至る。

 

こいつはどうやら、勉強大嫌いな、典型的なギャル風女子中学生らしくて、今も、俺が採点をしてるというのに、悪びれもせずに携帯を取り出して、ぴこぴこといじりはじめた。かと言って、初めてだし大きな声でやめろと言う気にもなれない。

まぁ採点もそろそろ終わる、全部、間違いだし。こういう時、何て切り出せばいいんだ?えーっと、、そうだなぁ、麻奈実なら…

 

「うーん、そうだなぁ、加奈子ちゃん。わかりづらかった問題とか、あったかな?」

 

こんな感じで優しく聞いてあげるだろうな。うん。そんで相手の得意科目、苦手科目とか冷静に分析して少しづつやる気を…

 

「全部よゆーだったし。てか、もうあたし疲れたから寝てて良い~?」

 

「へ?」

 

「あんたも時間来るまで携帯なりいじってていいからさ~。、楽な仕事で良いだろ~?」

 

こいつ!?

 

「…ってことで、おやすみー「まてよ」」

 

もうあったまきた!

椅子から逃げ出そうとした加奈子の腕を思わず握って引き留める。

俺の中で何かが湧きたっている!

 

「なぁ、さっきのお前がやった小テストの点数、当てて見ろよ?」

 

「な、なんだヨ…突然……」

 

「良いから、いくつだと思う?」

 

「…80点くらい?」

 

「0点だよ!コンチキショー!さっきの全部!

いくつか小学生の問題も混ぜておいたのにそれすら解けてねーんだよお前は!」

 

「…だ、だからなんだってんだよ」

 

「良いか?はっきり言ってお前は、馬鹿だ!」

 

「はぁ!?」

 

「そんで、何で馬鹿かって言うと、お前に勉強する気が微塵もねーから、自然とそうなるんだよ!

寝てるだけで成績何て、上がるわけないだろ」

 

「……っせーなぁ…たかがカテキョのバイトの癖に。それに~?加奈子ってばアイドルになるから?別にべんきょーなんてできなくてもいいしぃ」

 

こいつ、世の中なめきってるな!?

冗談とかではなく、本気でそう言っているのはもうここまでのやり取りでなんとなくわかっていた。落ち着け、こいつが勉強したくなるように、勉強したくなるように…そうだ。

 

「ふーん、だったら、なおさら勉強しないといけねーじゃねーか」

 

「え~!?どうしてだよ」

 

「アイドルってことは、お前も働いて給料もらうわけだ?そん時に、お金ちょろまかされてたり、勘定の計算も出来ないようだったらお前一生ただ働きさせられるぞ。それに、ある程度常識つけとかないと、業界に入ってからも苦労すんじゃねーの?」

 

「…はぁ?要するに…どういうこと?」

 

……やばい、まじで頭いたい…

頭にいっぱい疑問符を浮かべる様に首を傾げて俺に訪ねてくる加奈子を見ていると怒りを通り越して悲しみがどっと溢れだしてくる。本当に、馬鹿なんだ…こいつ…

 

「つまりだな、アイドルも勉強出来ないとなめられるって話だ!」

 

「あ~!!ならそう言えよ、わかりにきーんだヨ!ごちゃごちゃと~!」

 

満足したように笑う加奈子を見てひきつった笑みを浮かべてしまう。

ここまで来ると、もはや尊敬の念すら覚えるぜ…

 

「てゆ~か~、さっきから口調変わりすぎじゃね?

……こちとらお金払ってる生徒様なんだけど?」

 

「はぁ?」

 

「んなこと言ってさ~、どうせ金目当てなら加奈子の言うこと初めみたいに聞いてニコニコしておけよな~。姉貴には、色々教えてくれたけど~難しくてわかんなかった~って言っといてやるからヨw」

 

悪びれもせずにそういう加奈子に対して俺は少し面食らったが、頭に血を上らせたまま真剣な顔で返す。

 

「いや……俺はお前の点数が上がらなきゃ、金を受け取るつもりはねぇ!」

 

「は、はぁ!?」

 

今度面食らったのは加奈子の方だった。

 

「んなの、オマエに何の得が……」

 

「いいか、加奈子。確かに、俺は金が欲しくて家庭教師のバイトを始めた。それは本当だし、否定するつもりもねぇ。だがな!んなキタねぇことして手に入れた金を、使おうだなんて気持ちで教えに来てねぇんだよ!」

 

サボってもらった金なんかであいつが、ブリジットが喜ぶわけがねぇ!

 

「だから加奈子、俺は結果が出なけりゃ金を貰うつもりはねぇし。もちろん、ため口利いてて気にくわねぇってんなら、彼方さんに言ってこれっきりクビにしてもらっても良い」

 

「……」

 

「だがな、お前が俺を信じて勉強するってんなら……俺は、お前のテストの点数を出来る限り上げてやる!それに、馬鹿だからって絶対に途中で見捨てたりしねぇ」

 

「……」

 

珍しく、俺の言うことを黙って聞いていた加奈子が俺と目を合わせたまま固まってしまう。そして……

 

「……ふーん、あっそ。勝手にしろよな」

 

と、怒った様子もなくカラカラと歯を出して笑う加奈子。てっきり、何か反論してくると思ったのだが、そうではないらしい。

こうもあっさり認められるとなーんか、拍子抜けしちまうって言うか一方的に熱くなってた自分が恥ずかしいっていうか…って、あ!

 

「おい!もうこんな時間じゃねーか!さてはお喋りばっかして、勉強しないつもりだったろ、お前!」

 

「あ、ばれた?」

 

「当たり前だ!」

 

ちくしょー…麻奈実…恨むぜ…自分で言い出したことだが本当にこんなやつの成績何てあげられるのか!?俺は!?

 

「兎に角、今日は間違ったところ一つずつやってくぞ。ほら、ペン持て、ペン」

 

「え~、もう良いんじゃね、今日はさぁ」

 

一応、こいつにも口で説明すれば何とかなるんじゃないか。と、そう思い、隣で解説をしていくのだが…こいつはことあるごとに屁理屈をこねまわして、雑談に話を持っていこうとするし、隙あらば寝ようとしたり、俺の持っている答えを盗み見ようとしたりと、まともに勉強する気がねぇ!

 

そうこうしている内にたった3問ほど解いてあっという間に今日の分の時間は終わってしまった。……くそぉ~こんなんじゃ、テストの点をあげるどころか、今日限りでクビ確定だろうな……

 

「あ~、こうすんのか!こんなの教科書の書いてることがわるいべ」

 

「ま、教科書ってなんでかわかりにくい書き方してることもあっからな……よし、まぁこんなもんか。解けた問題は少ないけど、しっかり手順は理解できたみたいだし、後は復習を重ねてけばその手のタイプの問題は解けるようになるはずだぜ。頑張れよ」

 

「はぁ?オマエ、何他人事みたいに言ってんの?」

 

「あん?だから今日でクビだろ?俺?だから、少しでも……」

 

「だったらさっきの時点でとっくに帰らせてるっつーの」

 

「へ?」

 

不満そうに腕を組む加奈子。

 

「じゃあ……」

 

「……オマエの事、少しは信じてやるってこと……ひひ、ま、せいぜい加奈子様に愛想つかされないようにしろよな!センセ?」

 

などと、加奈子の奴は口を釣り上げて楽しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

ちっちゃな彼方さんに手を振られながら見送られて、来栖家を後にすると、次には言い知れない疲労感が体中に溢れてきた。

 

そのまま暗くなった夜道を重い足取りで家を目指しているとき、ふと空を見上げると一番星が見えた。



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5話

「ねぇねぇ!この前、駅前にオシャレなスイーツの店出来たの知ってるー!?」

 

「うん、見たことあるよ。桐乃も気になってたんだ!」

 

彼女は桐乃。成績優秀、容姿端麗、リーダーシップもあって、友達もたくさんいて部活動でも大活躍の、私の親友。今日も、授業が終わるとムードメーカーの彼女は私たちを楽しい放課後の時間へと誘ってくれる。そっか、あの店、桐乃もチェックしてたんだ。

「あやせも!?通りかかっただけなんだけど、すっごく良い雰囲気だったよね!開店記念限定パフェとかだしちゃうらしーし!今日の帰りに寄ってかない!?」

 

「もちろん、良いよ!加奈子も行くよね?」

 

「ん……あー、加奈子はパス」

 

「「ええ!?」」

 

気怠そうに机から顔を上げた加奈子の一言に、思わず桐乃と顔を合わせて驚いてしまう。新しいお店、限定スイーツ、加奈子はそう言った単語にめっぽう弱い。例え何か用事があっても、気にせずに食い付くと言うのに。

 

「あ、加奈子もしかして今月ヤバい感じ?にひひ、ま、今、私の財布けっこー潤ってるしー、たまにはおごったげても良いけど」

 

「え?嘘!?マジで!?嘘じゃねぇだろうな!?」

 

「マジマジ!行くっしょ?」

 

「……あー、でもやっぱ良い。今日は帰んべ」

 

「「え、えええええええ!?」」

 

う、嘘、嘘嘘嘘!?あの加奈子が、桐乃の、「桐乃」のおごりに食いつかないなんて。しかも、よくよく見てみたら、加奈子、いつもは置き勉している教科書を、鞄に詰めている!?教科書なんて枕代わりの彼女が何故!?

 

「な、何か用事なの、加奈子?」

 

「ん~?何かしんねぇけどさぁ、姉貴が勝手にカテキョなんか雇ってたんだよねぇ。行きたくねーけど、一応小遣いもらってる身としては姉貴に逆らえねーって言うかぁ…」

 

「家庭教師!」

 

加奈子のお姉さんが家庭教師を…。「桐乃」のおごりよりも、お小遣いがなくなってしまうことの方が加奈子の中で痛いと判断したのだろう。それに、不真面目なように見えて加奈子は、こういう所、義理堅いから、すぐに納得がいった。

 

「ふ~ん、ね、どんな家庭教師~?」

 

「それがさぁ、何か冴えない感じのふっつ~の高校生何だよねぇ。将来ふつ~のサラリーマンして~、カチョーとかやってそうな~。折角ならもっとイケてるやつ連れて来いって感じでー!そのくせ、加奈子に向かってガンガンため口聞いてくっし、微塵も遠慮しねー奴で…」

 

そう言って帰り支度をしながら悪口を言う加奈子の顔は、辛辣な言葉とは裏腹に何処か、機嫌が良さそうに見える。

 

「つーわけでぇ、加奈子ぉ、遅刻したらまたセンセにどやされっから、先帰るわ!んじゃ」

 

ヒラヒラと手を振って教室を出て行ってしまった加奈子を、ぽかんと口を開けた桐乃と二人で見送る。あの加奈子がお小遣いのためとはいえ勉強のために急いで帰るなんて…一体どんな人なのだろう、加奈子の家庭教師って。あ、そう言えば、加奈子が居ないってことは…

 

「ど、どうする桐乃?二人で…行く?」

 

桐乃と二人っきり…

 

「ううん、また加奈子の空いてる日にしたら良いじゃん」

 

「そ、そうだね」

 

やっぱり、やっぱり桐乃って優しい!

それにしても、加奈子の家庭教師…少し、気になる、かな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は今日も家庭教師の仕事を遂行すべく、ここ、来栖家のマンションへとやって来ていた。少しばかり数をこなしたからと言って、この友達でもない人様の家を訪れると言うのは、どうにも緊張してしまって慣れないものだ。

 

「はーい」

 

背筋を伸ばすと今日も、彼方さんに出迎えられて…

 

「いらっしゃーい。あら…どなた?」

 

「へ?」

 

め、メイド!?

 

がちゃりと、ドアが開いたと思ったらそこに居たのは黒くてふんわりとしたツインテールに、所謂、白と黒の少し露出のあるメイド服というやつを着た、どっかで見たことのあるような、ないような容姿をした…知らない女の人だった。

 

「す、すんません、家、間違えました。」

 

「あー!きょーすけくん、入って入って」

 

奥から聞こえてきた声は、間違いなく彼方さんのもの。ってことは、家はやっぱり間違ってなかったってことか?

黒髪ツインテのメイドさんはにっこりと俺の方を向いて微笑むと。

 

「おかえりなさいませ、ご主人様?」

 

「はぁ!?ゴホッゴホ!?」

 

そう言ってお辞儀をして出迎えてくれた。な、なんだ、このぞわぞわーって感じは!!黒猫と言い、この人と良い、ブリジットと言い、女の子ってコスプレ好きなのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

メイドさんに連れられて部屋に入ると、彼方さんは何やら頭に鉢巻を巻いてカリカリカリと凄まじいスピードで原稿にペンを走らせていた。ちょっと待ってねー。と言いながらもペンを動かすのをやめず、シャっと最後の一コマを描き切ると、んふー。と満足そうに鼻から息を漏らして、こちらへと振り向いた。

 

「あ、きょーすけくん、ごめんねー、今手が離せなくって……むむむ?」

 

彼方さんは椅子から飛び降りて俺の方へと一息に近づくと、じろじろと俺を下から見たり、背伸びしてみたり、回り込んでみたりして舐め回すように俺を見る。

 

「な、なんっすか?」

 

「んん…ちょっと、きょーすけくん、右手をこう、ばーっと前に向けて立ってくんない?ときはなてー!みたいな!」

 

「は、はぁ。こうっすか?」

 

特に断る理由もないので、彼方さんに言われた通り、手を前へと突き出す。しかし、彼方さんだけならともかく、メイドさんもこちらを凝視しているものだから、何だか気恥ずかしくて仕方がない。彼方さんは俺のポーズをちょこちょこっと修正するとうんうん!と言って、机に向って行った。なんだかよくわからんが、モデルにされているらしい。彼方さんだけじゃなくて、メイドさんも机に座ってカリカリとペンを走らせ作業を始めた。

 

彼女、来栖彼方は本棚や机を見て分かる通り、漫画家さんらしい。加奈子のやつが遅れて帰ってくるのを待つ間。何度かトーンを張るのを手伝ったり、セリフに使うためなのか、単語の意味を質問されたりした。今日もそんな感じだろう。

 

「良いね良いね~!!じゃあじゃあ、次は顔をこーんな感じで、手は軽く顔を隠して、「ふ、闇にのまれよ」って言って~!」

 

「えぇ~……な、なんか流石にそれは恥ずかしいような…」

 

「だいじょーぶだいじょうぶ!きょーすけくん、かっこい「あーー!何やってんだよ、姉貴!」」

 

と、そこへ、部屋の中から現れたのは少し不機嫌な顔を作っている来栖加奈子。俺の現在担当している生徒様である。

ずんずんと俺の方へと大股で近寄ってくると、指を差したまま、1、2回と俺の胸をつついて怒る。

 

「お前もお前だよな!来てたんなら、すぐに加奈子の部屋に来いっての」

 

「ちぇー、かなちゃん最近帰ってくるのはやくなーい?私もきょーすけくんともっと触れ合いたいー!」

 

「ば、ばっか!べんきょーのためじゃん?」

 

「デュフwwだから、嘘乙www」

 

「あーもう!兎に角、来いよな」

 

「おい、引っ張るなよ」

 

ぐいぐいと小さなぷにぷにの手を引かれて、加奈子様の言われるがままに俺は部屋の中へと入って行くのだった。

 

「いや~、かなちゃんもか~」

 

「え?なんですか?」

 

「ん~、やっぱり姉妹だから好みも似るのかな?ね、ほっしー?」

 

「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しっかし、最近の加奈子様はやる気だよなぁ。今までは俺が来たところで、こいつは寄り道したり、補修させられたりで中々予定の時間に勉強を始められなかったと言うのに、3週間経った今では、このように教科書まできちんと揃えて準備だけは万端なのだ!準備だけは。

 

「ははは、えらいぞ~加奈子~」

 

「うえ!?が、ガキ扱いすんな!良いから、さっさとはじめろヨ、せんせ」

 

ポンポンと軽く頭を叩くと歯をむき出しにして顔を赤くする加奈子。ま、中学生ってそう言うお年頃だよな。ブリジットだったら褒めてあげたら超喜ぶのに。

 

「おう。んじゃ、とりあえず、この問題やってみてくれ、それで、わかんないところあったら俺に…」

 

「ん~わかった、わかんね!」

 

「ど、どういう意味だ?」

 

「わかんないところがあったら、せんせーを呼ぶってのはわかったけど~、1問目からわかんないんだよねww」

 

…こいつは…本当に。

全く悪びれた様子もなくケラケラと笑う加奈子の姿を見ていると呆れを通り越してその潔さに感服する。

 

「つっかさ、数学って、ぶっちゃけいらなくね?れんりつほうていしき?とかいうのって、生活で使うわけ?」

 

「今度のテストで使うじゃねーか。で、どの辺がわかんねーの?」

 

「どのへんってか…この辺?」

 

そう言って、ばんばんとプリント全体を手の平で叩く加奈子。

 

「全部じゃねーか!…はぁ、しゃーねぇ。じゃあ、一個ずつやってくか」

 

加奈子の学校の期末テストがあるまで残り一週間弱と言ったところだ。ところが、その肝心の加奈子の学力はと言うと…

 

はっきり言って、まるで成長していない…!

 

安西先生も真っ青な感じの成長具合だった。例えば今やっている数学。こいつは中1時代の公式も全て忘れてしまっている(てかそもそも覚えてない)からそこから教える羽目になったのだが、今作ってきたプリントが全部わからないところを見るに、その場で覚えてもすぐに忘れてしまう鳥頭タイプだ、こいつは。

とりあえず、根気よく教えてやるしかないか…

 

「良いか?ここで、下の式を、上の式に代入するだろう?すると…」

 

「…-なー?センセってー、彼女とかいんの?」

 

「こら…今そう言う話は関係ねーだろ、前向け、前」

 

「ま、居るわけないか、センセ、地味だしww」

 

「う、うっせーほっとけや!それより今は「え?マジでいないの?へーw」あのな…」

 

勉強に飽きると、加奈子はこうしてすぐに話を逸らそうとする。集中力が持つのは開始からわずか5分。そりゃ成績も悪くなるってもんだ……。

 

…まずいよなぁ、こんだけ勉強教えといて、全く成績上げられなかっただなんて、高い給料をもらう資格がない。せめて赤点回避できるくらいは何とか下駄履かせてやりたかったんだが…この調子じゃ1点取れるかも怪しい…この1週間で、な、何とかしねーと…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー…!」

 

夕方。結局、加奈子に碌な事を教えられないままに家に帰ってきてしまった。くそー、あいつ、本当にやる気がないからなぁ。それを何とかしないと…?

 

「ん?」

 

何やら、家の中の空気がおかしいことに気が付いた。リビングのドアを開けると、中には腕組みをした仏頂面の親父がソファの上に座っていて、ブリジットは、その対面に座って小さく縮こまって、顔を伏せている。親父は俺と目が合うと、いつも、怒ったときにする睨みを利かせてから、ブリジットに、部屋にいって反省してなさい。と声をかけた。

 

そして、気が付く。

 

ブリジットと、親父の間に挟まれた机の上には、雑誌…!?そう、ブリジットが、アルファのコスプレを着た時の写真が載った雑誌が置いてあったのだ。

 

「…!」

 

ブリジットは音もなく立ち上がると、弾けるように駆けだした。俺の顔を見もせずに横をすり抜けていく!な、泣いてる!?

 

「お、おいブリジット」

 

「京介!…座れ」

 

「!……」

 

そうだ、ブリジットの様子は気になったが、まずは、この今、直面している問題に、立ち向かわねーと。いつかは、ばれるんじゃないかとは思っていた。親父のやつは、ブリジットがコスプレ大会に出たのをどこかしらで知ったのだ。

 

「京介、これが何か、説明してもらおうか」

 

とんとんと、親父が指で叩いた雑誌には、この前の、秋葉原UDXで開かれたメルルのコスプレイベントの情報がデカデカと掲載されていた、優勝したブリジットは、当然一番大きな切抜きでどどんと名前付きで載っているわけで、言い訳が通じるものではないだろう。

 

「メルルの、イベント…だな」

 

「そうだ…大体の事情は本人から聞いた、お前が、連れて行ったそうじゃないか」

 

「…」

 

もしかしたら、ばれるかもしれない。とも思っていた。しかし、実際どうする?

親父に素直に言うべきなのか?俺が怒られるとか、殴られるのとか、そんなことはどうでもいい。しかし、今の受け答えによって、妹が、ブリジットがやりたいことをやらせてもらえないんじゃないかってのは、問題だった。

 

アニメを見るくらいなら、ギリギリ黙認してくれていた親父だが、コスプレとなると話は変わってくるはずだ。

 

「答えろ、京介。お前が連れて行ったんだな?」

 

「…そうだ」

 

親父が、ブリジットからメルルを奪うかもしれない。テレビを見るのも、グッズを集めるのも、コスプレするのも禁止されるかもしれない…。慎重に、受け答えをすすめないと…

 

「今日、このイベントの関係者とやらから家に電話があった。また、コスプレをしてメルルのイベントに出てくれと言うブリジットに対する、依頼の電話がな……」

 

「え?」

 

い、依頼?そうか!大会に出た時に送った電話番号。あれでばれたのか!?

 

「京介、お前、こういった格好をする奴らが、世間にどういった目で見られるかは知っているだろう?」

 

「それは…」

 

知っている。多くの人が、コスプレと言う趣味を冷ややかな目で見ることだろう。いや、俺だってそうだった。理解できない異形な存在。頭のネジがずれている、変なやつ。関わりたくないと、そう思っていた。

 

「アニメにしろ、この衣装にしろ、今はまだ良いかもしれん。ブリジットも子供だからな…」

 

続けて、親父はくわっと目を見開くと

 

「だが!だからこそ今の内にしっかりとした常識と言うものを身に着けなければならん。お前は良かれと思って連れて行ってやったのかもしれんが、それはブリジットの将来を考えていない軽率な行動だ!」

 

ビシャっと、冷や水をぶっかけられたように、後頭部が真っ白になった。俺がしてやったこと、それは、ブリジットのためにはならなかったって言うのか?

 

「こういったアニメを見るようなおかしな大人が、ウチのブリジットに目をつけないとも限らん。お前は本来、兄としてそう言った行動を嗜めるか、矯正してやるべきだったんじゃないのか、京介!」

 

「…で、でもよ、ブリジットはあんなにメルルのことが…」

 

「…俺もあのアニメを見るなとは言わん。だが、コレは別だ。ブリジットももうすぐ10になる。物事の分別くらいはつけていかねばならん。それが、躾というものだ」

 

「…」

 

コスプレを着たブリジットを指して、コレ、と呼ぶ親父の言葉に、押し黙る。

 

「今後、ブリジットがこう言う物を着たがったら、きちんと説明して、お前からも諭してやれ。良いな、京介?」

 

……最悪の結末は免れている。想定していたメルル禁止とまでは言っていないが…やっぱり、コスプレは禁止される方向に向かっている。そんなのは、

 

「なぁ、親父」

 

「なんだ?」

 

「確かに、ブリジットがコスプレしてこんな大会に出てたら、おかしな大人に目を付けられたりしてしまうかもしれねぇ。大きくなっても続けるかはわからねぇけど、趣味としてつづけたら、冷ややかな目で見られるのも確かだ」

 

「…」

 

携帯を取り出し、待ち受け画面を、親父に付きつけてやる。

 

「む…」

 

「けどな!見ろよ!このブリジットの笑顔をよ!ブリジットが家で大人しくめるるを見てるときだってこんな満面の笑みをうかべたことはないぜ!」

 

大会で優勝して、緊張しながらも、本当に嬉しそうにトロフィーを掲げるブリジットの写真を見せる。親父は、それを見てもなお、眉ひとつ動かさない…。だけど!

 

「あいつは、あいつは、ずっと我慢してたんだ、好きなものをやりたいことを、俺たちに遠慮してずっとずっと!

だから、例え、危ない趣味に走ろうが、妹の本当にやりたいことを手伝ってやる!認めてやる!それが、それがアニキってもんじゃないのかよ!」

 

「…わからんやつめ!」

 

「や、やめて!やめてーーー!!」

 

俺と親父が立ち上がって、一触即発と言う所で、聞き覚えのある、声。

そちらに振り向くと、問題となっている、そう、青いアルファオメガのコスプレを着た、金色のポニーテールを揺らした…ブリジットの姿が。

 

「お、おにいちゃんをいじめちゃ、い、いや!」

 

俺と親父の間に割って入ると、ブリジットは、震える身体で泣きながら親父にそう言った。カチカチと杖は震えているのに、目は、しっかりと親父を見ている。

 

「ぶ、ブリジット…」

 

「わ、わたしがわるいんです。だから、だからお兄ちゃんは」

 

「む、むぅ…」

 

ブリジット、お前…

 

「ぐ、ぐわああ」

 

へ?

 

次に起こった出来事に、俺もブリジットも一瞬驚いた。だって、あの親父が、突然大きな呻き声を出して、胸を押さえて苦しみ始めたのだから。

 

「お、お父さん!?」

 

「ど、どうやら、俺は悪い奴らに心を操られていたらしい」

 

「ええ!?」

 

ええええ!?声にこそ出さないが、俺も叫びたいくらい驚いている。

あの、あの超が付くほど真面目な親父がまさか、まさかこんな下手な演技を?

倒れ込んだ親父に駆け寄ったブリジットは、すっかり演技と言うことに気が付かず、親父の作り出した世界観にのめり込んでいる。

 

「だ、大丈夫だ。ブリジット、いや、アルファオメガ、…お前のおかげで、俺はどうやら善の心を取り戻した…」

 

「そ、そうなんですか?お、おとうさんがぶじでよかった」

 

「うむ」

 

やばい。吹き出しそうだ。しかし、今笑ったら親父に何をされるかわからないので、無理やり声を殺して、顔を引きつらせる。でもやばいって、これ。

 

「じゃ、じゃあ、おにいちゃんともう、けんか、しませんか?」

 

「うむ」

 

「じゃ、じゃあコスプレ大会に出ても良い!?」

 

「うむ……む?ま、まてまて、それは…」

 

「だ、だめ…ですか?」

 

うるうると、目を揺らすブリジットを前に

 

「…好きにしろ」

 

「お、おとうさん…う、ううん、パパ!」

 

「ぱ、ぱぱ!?」

 

ブリジットに抱き着かれると、親父は顔を真っ赤にして凄まじく照れている。マジかよ、俺が全然説得できそうになかった親父を、たった1言で…

 

「ぐうう、きょ、京介、お前が絶対についていてやれ。良いな」

 

「お…おう」

 

「俺は、今日は寝る。少し、何だ、悪の心のせいで疲れたからな」

 

親父は俺に指を指してそう言いつけると、ブリジットを引きはがして、本当に寝室の方へと向かって行った。飯も食べずに、もう寝るのか?

 

「あら、あなた、ご飯は?」

 

「いらん!」

 

お袋、居たのか…。ずんずんと、親父はリビングのドアを閉めて出ていってしまった。それと同時に、さっきまで親父の居たところに突っ立っていた、ブリジットとも、目が合う。

 

「お、おにいちゃん!」

 

「あ、ああ。助かったぜ、ブリジット。流石、アルファ・オメガだぜ」

 

「うん!」

 

さっきまでの泣きそうな顔はどこへ行ったのか。目元を拭って、屈託のない笑みを浮かべたブリジットは、そのまま杖を置いて俺の膝元に抱き着いてきた。

何はともあれ、これで、家でのコスプレ発覚事件は幕を閉じたのだが……

 

 

 

 

 

 

「京介、お父さんがもしもコスプレ大会に行くならこれを持って行けって」

 

「まじかよ、親父…」

 

次の日の朝、高級そうな1眼レフのカメラが俺の物となった。

 



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6話

「おい、ブリジット、ちゃんと「アレ」、持ったか?」

 

「うん!」

 

「ハンカチ持ったの?それからティッシュも」

 

「んな遠足にいくわけじゃねーんだから」

 

「おい、京介。ブリジットとはぐれたようなことがあればすぐに連絡しろ。…ウチから捜索隊を出す」

 

「何大げさな事言ってんだよ!たく、んじゃ、そろそろ電車の時間も近いし、行くぞ、ブリジット」

 

「うん!おにいちゃん!」

 

親父の許可が得られたのは、やっぱり大きかった。

 

こそこそと大阪に行くのに適当な理由を考える必要もなくなるし、いざってときに、やっぱり行先を告げてあると安心だ。それに、今首にかかっているカメラだけじゃなくて、鞄の中には持たせてくれた交通費まであるっていうんだから、この前までの絶対絶命が嘘みたいだ。そんなに中身の入っていないリュックを背負って立ち上がると、先に玄関のドアを開けて、靴を履いているブリジットが出て来るのを待つ。かかとが中々入らないからか、時間がかかっていたが、やがてすっぽりと足を収めると、金色のポニーテールを揺らして立ち上がり…

 

「行ってきます!パパ!ママ!」

 

そう告げて、親父とお袋に満面の笑みを浮かべて見せる。

 

「パ…!?う、うむ」

 

「道中、気を付けるのよ。」

 

「はい!」

 

「じゃあ、京介、付いたら連絡しなさいよ」

 

「わあってるよ。大げさだなぁ」

 

何となくだが、親父とお袋と、ブリジットの距離が一気に近くなった気がした。隠していたコスプレという趣味を受け入れらたことで、ブリジットの中で、何かが変わったのかもしれない。にしても、3年間も一緒に住んでいて、距離が縮まったのがアニメのコスプレがきっかけって言うのも、家ぐらいのもんだろうよ。

朝日が眩しい外へと飛び出し。ブリジットの用意がちゃんとできているのを確認すると、二人で背負ったリュックを揺らして千葉駅の方へと歩き出したのであった。

 

「パパ…か」

 

「あら、あなた、嬉しそうね。」

 

「何を馬鹿な。母さんこそ、口が緩んでいるぞ」

 

「ふふふ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新幹線の座席ってのは、意外と落ち着く。ガタンゴトンと普通の電車のように五月蠅くはないし、指定席を取れば、確実に座ることが出来ると言うのもまた嬉しい。座席を少し倒して目を瞑りながら息をゆっくりと吐くと、今にも夢の世界へと…旅立てそうである。

 

「みてみて!おにいちゃん!」

 

「ん?おお、富士山か!」

 

「うん!」

 

嬉しそうに、窓に手を当てていたブリジットがわぁ、と声を出してまた窓にくぎ付けになる。6月下旬と言うこともあり、外の天気は曇ってって、そんなに良くなかったが、まぁ雨が降ってるよりはましだ。おっとそうだそうだ。

 

パシャっと、ブリジットの方へと、1眼レフのカメラを構えてシャッターを切る。すると嬉しそうに窓を覗き込む自然な笑顔のブリジットがカメラの液晶の中へと納まっていた。が、うーん、ちょっとぶれてるか?まだまだ修行不足だな。

それにしても…ブリジットのやつも朝からこの調子じゃ、バテてしまうんじゃないかって、少し不安だ…まぁ念願のメルフェスだ。むりもないか…かく言う俺も、初めての大阪に内心のわくわくを隠せてねーからな!!

 

「ブリジット、まだまだ時間かかるから、ちょっと寝とけ。お前昨日も碌に寝てねぇだろ」

 

「ううん!へいき!」

 

何て言って、わざわざ目をいつもより大きく開いて起きようとしていたのだが、5分、10分と電車に揺られている内に、ブリジットは冷房が寒くなってきたのか、身を寄せるように俺の方へとくっついてきた。そして更に3分ほどすれば、こくこくと首を揺らし、やがて右肩の上から小さな寝息が聞こえ始めた。

 

 

 

 

 

 

ここに来るまでには、親父にばれたこと以外に、もう一つ試練があった。それが家庭教師の仕事、加奈子の学校のテストの点数上げだった。家庭教師をやっているっていうのに、俺は加奈子の点数をどの科目もわずか30点しか上げることが出来なかった。話だけなら30点も!?と思うかもしれないが、0点が30点とか、33点とかになると言う上がった内に入るのかわからないものだった。一か月も雇ってもらった結果がそれ(30点)って。情けなくなる。麻奈実にアドバイスをもらいながら、暗記シートや、範囲を絞ったテストまで作ったってのに……ただ、それでも。

 

「見ろよせんせー!加奈子ってばやれば出来るじゃん?」

 

「あのなぁ、赤点とって、それで学校で補修までさせられてちゃ、家庭教師の俺の立つ瀬がねぇの。」

 

「ううん、きょーすけくん!これが、まじパネェのww

てか、カナちゃん、これが人生初の2桁得点じゃない!?すごーいww」

 

「だべ!?」

 

じ、人生初!?浮かない顔を浮かべる俺を尻目に、加奈子と彼方さんはまるで100点でも取ったかのような大騒ぎだ。ちなみに、アシスタントメイドのきららさんは、微笑ましそうに二人を見ている。ちょっと、引いてるけど。

 

「いやいや、大したもんだよ?「あのカナちゃん」が0点以外の点を!それも、2桁もとってくるなんて!!」

 

「だべだべ!?」

 

「しかも!全部30点オーバー!!ほ~んと!明日、大地震でも起こるんじゃないかって思っちゃうもんww」

 

「だべ~~!!」

 

加奈子、お前今馬鹿にされたんだよ。何素直に喜んでんだ。

 

「まぁ、兎に角、多分きょーすけくんが思ってる以上に、これはすごい事なのww

だから、これからもカナちゃんの家庭教師、よろしくね?」

 

へ、これからも?

 

「いや、でもテストまでの約束じゃ…」

 

「だから~、お前が加奈子の家庭教師を~、ど~しても続けたい、って言うなら、続けさせてやるって話じゃん?」

 

「そりゃどうも…でも彼方さん。本当に俺、大したことやってあげられなくて」

 

「ううん、だいじょーぶだよ。考えといてね、きょーすけくん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、家庭教師ねぇ」

 

元々、家庭教師のバイトなんていうのは、この大阪行きの為に一時的に始めただけのものだ。でも、今となっては、お金はもう親父たちが出してくれたし、これ以上稼ぐ必要もない。あんなに喜んでもらえたから、悪い気分でも無いが、実際成績はそんなにあげられてねーし。どうしたもんかね。

 

 

『まもなく、新大阪、新大阪…』

 

 

お、そろそろか。寝ていたブリジットを軽く揺すって起こすと、瞼をこすってまだ眠そうにしていたブリジットが顔を上げる。大阪だぞ。と告げると、はっとしたように口ごもる。

 

「ね、ねてないよ。目を、とじてただけで…」

 

「へいへい」

 

「ほ、ほんとだもん」

 

顔を少し膨らませたブリジットの鞄を棚から降ろしてやり、渡してやる。すると、しょぼしょぼとした目は次第に色彩を取り戻し。いつものように歯を出して笑う。

 

「おおさか!」

 

「おう、この町はな、たこ焼き食い放題なんだぜ?」

 

「ほんとに!?やったー!」

 

流石に、んなわけねぇけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブリジット、まずは腹ごしらえにするか?向こうの会場で食えるかわかんねーし」

 

「うん!」

 

新大阪から新快速へと乗り換えて、ごみごみとした人が群れていた改札を抜けると俺たちは、ここ、大阪駅まで来ていた。天気は関係ないかもしれないが、この季節だ。むしむしとして結構暑い。

 

「まぁ、駅の中に食い物屋くらいいくらでもあるだろうけど。折角だし、大阪名物くってこーぜ」

 

「うん!おにいちゃん」

 

「へへ、きっとうまいんだぜ。本場のたこ焼きとか、お好み焼きってよ。それに、味付けも関東と違うから、新鮮かもしれねーし」

 

「おっと、そうだそうだ。帰りにはこの駅で麻奈実や黒猫たちにお土産も買っていかねーとな。ブリジット、お前の友達にも…」

 

ん?

 

「ブリジット?」

 

待て、まてまてまて!待ってくれ!さっきまで、確かにここに!?

立ち止まって辺りを見回すと、目まぐるしいほどに人が動いている。今俺たちの居る大阪・梅田駅と言うのは、非常に複雑になっていて、一度はぐれると中々再開できない迷宮とまで呼ばれている。となれば、当然、今この中から小さなブリジットのやつをみつけるのは困難なわけで。慌てて、数歩後ろに戻る。すると、金色のポニーテールの後ろ姿が目に見えた。ど、どうしてあんなところに。

慌てて乗っていた流れと反対に早足で歩き、その背中を追う。あの、白い服、金色のポニーテール。間違いなくブリジ……ん。まて、違う。ブリジットのやつはあそこまで背が低くないぞ。それに、リュックもないし、服もちょっと違う。別のやつだ。

 

再び、足を止めて辺りを見回す。人の流れが、俺を置いてどんどんと流れていく。カップル、サラリーマン、外国人に、修学旅行生。だけど、その中にはブリジットの姿は無い!

 

頭が真っ白になる。ま、まさか、あれだけ余裕ぶっこいてたのに。もうはぐれちまったのか!?

 

ここが千葉ならいざ知らず、見知らぬ地、土地勘もない。どうやってブリジットを探し出せばいいんだ。そうだ、電話。

 

今日の日の為に、と言うわけではないが、ブリジットのやつも一応携帯電話を持っている。ポケットから緑色の携帯を取り出し、電話帳に見つけたブリジットの名前。通話を押そうとした。まさにその時。

 

「げ!?」

 

なんてこった。携帯電話の残量まさに今、切れた。ぷぷーっと、無慈悲にも最後の力を振り絞って電話は身体を震わせると、その液晶には黒く、何も映さないモニターだけが映っている。いや、俺の間抜け顔が映ってみえらぁ。

 

って、そうじゃねーだろ!

 

まだそんなに遠くにはいってねーだろうし。走って…

 

「おに…ちゃん!!!」

 

ふと、声がした方へと振り返る。すると、その人ごみの群れの奥から、ブリジットが、天井に着きそうな程高い位置に居てぶんぶんとアルファオメガのステッキを振っていた。

あいつ、何であんなに背がたけーんだ!?

 

そちらに向かって走って行くと、段々とブリジットが何故大きくみえていたかの理由もはっきりしてくる。ブリジットは、誰かに肩車してもらっているのだ。それも…

 

「お兄ちゃん!」

 

「ブリジット!…!?」

 

喜ぶブリジットを尻目に、こちらは驚きを隠せない。だって、お前、こいつを見て見ろよ。身長180センチを超えていて、青いジーパンにインした緑色したチェックのシャツ、ぐるぐるの眼鏡に鉢巻、軽く2つに結った髪に、それから、大きな大きなリュックサック…

 

「ははは、い、いやぁ、兄上と再会できて何より……と、と、とりあえず、降ろしますぞ」

 

「はい!」

 

秋葉系ファッションに身を固めた正真正銘のオタク女だった!

 

「すみません。妹を助けていただいて」

 

「いえいえ!拙者、幼女困っていれば助ける。人として、当然のことをしたまでござるからな!」

 

「は、はは。」

 

お前は忍者かなにかか。と初対面にも関わらずツッコんでしまいそうになったが、妹を助けてもらった手前、そんなことは言い出せない。それに、間違いなく「良い人」なのだろうが……。一言で言えば変わってるから少し尻込みしてしまう。

 

「あ、あの、お姉ちゃん。お名前は!」

 

「ふ、拙者は、人呼んで、沙織・バジーナ」

 

「っぶ!?」

 

!?な、何故バジーナ!?って言うか、お前、どう見ても日本人だろ!

 

「さおりばじーなさん!わたしはブリジット・エヴァンス・こうさか、です!おかげでおにいちゃんにあえました。ありがとうございます!」

 

「おお、これはこれは、ご丁寧に。どういたしましてでござるよ、ブリジット氏」

 

ぺこりと礼をしたブリジットに対して、口をωという形にしてお辞儀して返す沙織・バジーナ。ブリジットがこんなにもちゃんとしたお礼が出来るということに少し驚いたが、俺の方も、保護者としてきちんとお礼を言っておかないと。

 

「兄の、高坂京介です。沙織さん、本当にありがとうございました。」

 

「いやーなんのなんの。そんなにお礼ばかり言われると、拙者、照れてしまいますぞ。」

 

顔を軽く赤く染めて、照れくさそうに頭を掻くと、続いて忍者が印を結ぶように手を合わせて。

 

「ではでは、拙者はこれにて、ドロンさせていただくでござる。ニンニン」

 

沙織バジーナは姿を消した。

 

「…良い人も居るもんだなぁ…。じゃ、俺たちも行くか」

 

「…あ、あの、おにいちゃん」

 

「ん?」

 

「もうはぐれたら、いや、だから。その…」

 

もじもじと照れくさそうに、俺のズボンを摘まんだかと思えば顔を赤らめ。

 

「て、つないでて…」

 

小さな白い手が、俺の手と重なった。すると、青い眼は細まり、安心したように微笑むのだ。

 

俺の、俺の妹がこんなに可愛いわけがない!!!

 

その後、ソースたっぷりの大阪のお好み焼き、たこ焼きとを満喫し、俺たちはインテックス大阪。今回のメルルのイベント会場へと足を進めた。

イベント会場では、ブリジットのやつが終始展示物や販売グッツに目を光らせ、小さなコスプレ大会には、あのアルファ・オメガの服を着て飛び入り参加したことで、会場を沸きに沸かせたのであった。結果は、言うまでもないだろう。

 

一眼レフのカメラには、照れくさそうに優勝のスペシャルトロフィーを掲げるブリジットの姿がしっかりと納まっていた。

 



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7話

ごろごろと自室のベッドで寝転がりながら、ファインダー越しに部屋の天井を覗き見る。そこから徐々に視線を降ろしていき、狙いを定めて、置いてあったコンポをパシャリ。

 

しかし、親父のやつ。どうしてこんなカメラ持ってたんだ?

普段からそんなに写真を撮ったりしないはずなのに。それに、コスプレ大会も終わったってのに、返さなくて良いって言うんだから、随分と気前が良い。

 

「ま、おかげで思わぬ棚ぼただけどな。」

 

勢いよく立ち上がって、パシャリパシャリと適当に部屋の中でシャッターを切るだけで、次第に自分の中でプロのカメラマンになったかのような謎の高揚感が生まれる。写真なんて全く興味は無かったが、携帯のカメラとは比べ物にならないほどに綺麗な画質で、ピピッ、カシャ!と良い音が響くと中々に気持ちが良い。手にしっくりくる重さも良い。

 

しっかしなぁ…難点があるとすれば。

 

「写真が味気ねぇよなぁ」

 

撮った写真を確認するものの、まぁ当然ながら取れているものはいつもと何一つ変わらない自分の部屋。見ていて面白いわけがない。

 

「もっと、こう、見た瞬間におぉ!って思うような写真がとりてーよな……モデルが欲しい?」

 

椅子の上にドスンと座り、くるくると回っていると、こんこんと、控えめなノックな音が聞こえてきた。残念ながら、うちのお袋にはノックという人類の最低限必要なマナー、いや、健全な男子の部屋に入る前に必要な儀式が出来ていない。ほぼ、間違いなくこのノックはブリジットのものだ。

 

「おー、ブリジットー。どしたー?」

 

と、大きめに声を出すとガチャリと扉が開き、扉の隙間から覗くようにして、ブリジットの顔だけが現れる。

 

 

「おにいちゃん、あの、明日はおともだちがくるけど、

あ、あんまりおへやからでないでね」

 

きぃ…バタン。

僅かに、それだけの言葉を残すと扉はあっけなく閉まった。

 

オーケーオーケー。友達が来るから、部屋から出るなってか。

 

「…」

 

……ん?って?え?ま、待て、今なんて!?

 

あのブリジットだ。

ブリジットはどんな友達を連れてこようと、俺を邪険に扱うようなことは今までなかった。それどころか、じまんのおにいちゃんです!と鼻を鳴らして紹介してくれるくらいだったはずだ。それなのに…

 

まさか

 

まさか、これが、反抗期ってやつなのか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、麻奈実、お前んちの弟って、いつから反抗期が来た?」

 

「ふぇ?どうしたの?きょうちゃん―」

 

「いや、なんとなく」

 

帰り道、麻奈実と二人並んで歩く。

いかにものんびり一人で育ったように見える麻奈実にも、一応年頃の弟がいる。なんで、参考程度に話を聞いてみようと思ったのだが。

 

「ん~、反抗期かーこの前、私のだいふく、勝手に食べたの!」

 

「お前に聞いた俺が馬鹿だった」

 

そう言えばそうだった。この姉にして、あの弟。麻奈実の弟は親がしっかりしてることもあって変なことをやり出すようなことはあっても、本格的な反抗期みたいなものは無かった気がする。聞いた相手が悪かったなこりゃ。

 

「む~なぁに、その言い方。それより、きょうちゃん、何かあったの?」

 

「いんや、別に。じゃあな、大福には名前でも書いとけよ」

 

「書いてたもん!…またね~」

 

まぁ、何にせよ、部屋を出るなとは言われたが、帰ってくるなとは言われていない。足取りは少し重かったが、それでも足は自分の家へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミーンミンミンと、蝉の声を聴きながら、俺はリビングのソファで項垂れていた。たく、じめじめした梅雨が終わったと思ったら、この茹だる様な暑さである。ダレてソファにへばり付きたくもなるってものだ。

 

本当は、ブリジットに言われた通り、部屋の中から出ないつもりであったが、黒猫にメールで反抗期が妹に来たか?とか、私はいつも部屋から出てこないでと言われているわ、とかそんなくだらないやり取りをしながら、カメラをいじったり、麦茶を飲んでリビングデごろごろし始めてしまい、いつの間にか眠ってしまっていた。

 

だからこそ、今起きたのは。

 

ピンポーン

 

家の、チャイムが聞こえてきたからである。

 

ピンポーンピンポーン。

 

「へいへい…」

 

「はーい!入って―!」

 

ん?ソファから、今まさに起き上がろうとしたその時だ。上から凄い勢いで走ってきたブリジットがガチャリと玄関のドアを開ける音が聞こえてくる。ついで、

 

「失礼します」

 

「おっじゃましまーす!」

 

と、大人しそうな声と、元気な声がそれぞれ聞こえてくる。ぼーっとした頭でリビングのドアの方を見ていると、入ってきたのは先行して駆けていくブリジットと…

 

「…あ、おじゃまします」

 

「おじゃましまーす!…て、あ!!」

 

「ん?げぇ!?」

 

一人、は、うさぎのマークがついたキャスケットに、触覚のように垂れた2本の前髪が印象的な童顔の少女。この少女については既に何回か会っているから知っている。筧沙也佳(かけいさやか)。見た目はクールで少しボーイッシュな感じではあるものの、中身は年相応の立派な少女である。初めはなんつー生意気な少女だと舌を巻いていたが、まぁ、ブリジットの面倒を良く見てくれているし、家に通っている内に、俺にもそれなりには馴染んでくれた。相変わらず、言葉は、素気ないけどな。

そして、もう一人は…つい先日あったばかりの人物。そう、あれは黒猫の家にアルファ・オメガのコスプレ衣装を作りに行った日に出会った…

 

「ルリ姉の彼氏―!」

 

「「え?」」

 

「ち、ちがーう!断じて違う!」

 

黒猫にそっくりな容姿にシンプルに二つに結んだおさげ。活発そうな印象を受ける大きな瞳…彼女こそ、先ほども少しメールでやり取りしていた黒猫、の妹。名前こそ知らないが、何て言うか、ませてる少女だ。

 

「ひ、ひなたちゃん?おにいちゃんが、か、かれし?」

 

「んふふー。まぁまぁ、その話は後でゆっくりたっぷりしよーよ!」

 

「…別に興味ないけど。まぁ、ちょっとくらい」

 

「あ、おい」

 

わーっと、どたどたと、ブリジットの背中を押して階段を上って行く日向ちゃん一行。や、やべー。完全に油断していた。それに…

 

とんとんとんと、軽快な足音が戻ってきた。かと思えば、ドアを開けたブリジットは俺の方を見て、軽く口を尖らせている。無言で3つのコップをお盆に乗せて、カチャカチャと麦茶の用意をし始める…そして、それが終わると帰り際にブリジットはぽつりとつぶやく。

 

「おへやでないでって、いったのに…」

 

バタンとドアが閉まって。

とんとんとんと、再び、階段を駆け上がって行く足音が聞こえてきた。

 

………ぐ、ぐわああああ。きつううう。何だこれ、何だこれええ。

ソファの上でもだえ苦しむ。ぶ、ブリジットがあんな言葉を口にする日が来るなんて…。それに、まさか、黒猫の妹と俺の妹に繋がりがあるなんて予想外にもほどがある。

 

ガクッと、ソファの上に倒れ込む。…大人しく、部屋に退散しよう。これ以上、このリビングに居ることによってライフを削られる前に……

携帯と、置いてあったカメラを手に持つと、のっそりと気怠い身体を起こしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『え?私の妹が』

 

「ああ、今日、家に来てる。前から知ってたのか?」

 

『そう言えば…最近外国の綺麗な子と仲良くなったって言っていたわね。あれは、あなたの妹の事だったの』

 

って知ってたのかよ!かく言うこっちも、そう言えば、最近元気で明るい子と友達になったって言って気がするが…まさか、黒猫の妹とは。

しかし、外人の子って言ったら、相当限られてくるぞ。流石に気が付くんじゃ…

 

『ごめんなさい。だって、あなたとあの可愛い妹さんが一緒に暮らしてるだなんて想像も出来ないもの』

 

「うっせ、そんなこと俺もわかってるよ」

 

『…ま、まぁ顔は兎も角、私はあなたのなか…』

 

『えー!ひなたちゃんのおねえちゃんと!?』

 

「!悪い、黒猫!ちょっと切る」

 

『あ、ちょ…』

 

ぴっと、携帯の電源を切ると、思いっきりベッドに近づき、壁に耳を当てて忍者の如く息を殺す。

あのませガキ~。い、一体何をブリジットたちにふき込むつもりなんだ?

 

『本当だって~、うちのお姉ちゃんあれから携帯……でずっとそわそわしてて~。よく『……くん』のお話ししてるもん。あと、ビッチさん』

 

『お兄さんに、そんな度胸ないと思うけど』

 

『お、おにいちゃんは、かのじょなんていません』

 

『どうかな~。案外ああ見えて、裏で付き合ってたりするんだって~!こっそり付き合った方が、ドキドキするし~』

 

っぶ!?本当にませてんな!?

壁に耳を上げた姿勢のまま、握った拳がぷるぷると震えはじめる。って言うか、さやかちゃんの俺の評価が辛口すぎないか!?

 

『そんなこと、ないもん』

 

『まぁ、そうだね。ルリ姉も、全然まだそんな感じじゃないし。これからかなぁ~』

 

『うん。おにいちゃんは、かのじょなんていらねーっていってたもん』

 

『そっかそっか、なら、私の勘違いかな~』

 

『うん!』

 

いや、本当はスゲー欲しい…

見栄で言ったこと真に受けられるとちょっとつらい…

 

『ごめん、私トイレ』

 

『はいはーい』

 

『うん、ばしょわかる?さやかちゃん』

 

『うん。何回も来てるし』

 

『そういや、ブリジットちゃんって英語しゃべれるんだ~!難しそうな本まである!』

 

『ううん、そんなにむずかしくないよ』

 

『ほんとうかなーこんなの読めたらルリ姉の闇の書よりかっこいいけどなー』

 

ふぅ、俺の話は終わりか。

にしたって、はぁ、黒猫と付き合ってるなんて。想像もできねーっての…。

ベッドから離れて、ぼすんと椅子に着席すると、くるくると回る。と、そこへ

 

こんこん、とノックが響く。え?まさかトイレの場所間違えたか?

と思ったが、違うらしい、がちゃっと、俺が答える前に、扉は開いて、そこには、キャスケットを脱いだつやつやのロングヘアーと、2房の触覚を生やした小さな少女、さやかちゃんが立っていた。ドアを開けた割に、間違えましたとか、そういう事もなく、俺の方をみて、なぜか、目線をきょろきょろと動かして、また俺の方へと目を向けた。

 

「えっと、さやかちゃん。どうかした?」

 

「カメラ」

 

「ん?ああ」

 

机に置いてあった、黒い重厚なボディを持つ1眼レフのカメラを手に取って相手に見せる。すると、珍しく、目を輝かせて、それを見つめるさやかちゃん。さっき居間に置いてあったのを見つけたのか。それにしても、彼女の方から俺にアプローチをかけて来るなんてこと、今回が初めてじゃないか?

 

「興味あるの?」

 

「…別に」

 

「撮ってみる?」

 

「良いの!?」

 

「おうよ。」

 

年相応、って言うべきか。何か拗ねてんじゃないかと思うような態度を取っていた彼女が初めて素直な笑みを浮かべて俺の方へと近づいてきた。ちょっと重いぞ、と言って、その小さな手にカメラを持たせてやると、可愛い童顔が一層輝き出す。

 

「どうやって撮るの?」

 

「ああ、ここに手当てて、このボタンがシャッター」

 

「それぐらい、しってる。レンズカバーのはずしかたがわかんないの」

 

うぐ、こいつ…あいかわらず小生意気な…。ブリジットなら絶対こんな言い方しねーぞ。カメラのレンズを覆っていたレンズカバーを、普通に捻って取り外してやると、向こうは、ファインダー越しにきょろきょろとあたりを見回し、俺の許可を取ることもなく、パシャ!と一枚、適当な風景をとった。かと思えばパシャっと、俺の方へとカメラを向けて一枚取る。何がすごいって、俺が何か言うまでもなく、さやかちゃんは再生モードを使いこなし、取った写真の確認を行っているってことだ。

 

「どうだ、綺麗に撮れたか?」

 

「うん被写体は兎も角、カメラが良いから」

 

見ると、なるほど。確かに、中々上手く取れている。って言うか、俺よりも上手いかもしれん。さやかちゃんは、再びカメラを写真モードに切り替えて、当たりの写真をぱしゃぱしゃと取り始める。

 

「上手いじゃんか。練習してんの?」

 

「…うん。」

 

「へぇ。プロのカメラマンみたいだ」

 

「…ほ、ほんとに?」

 

「ああ、俺よりそれっぽい」

 

「ふふ」

 

この子、こんなに笑う子だったかなぁ。嬉しそうに、ぱしゃぱしゃと照れ隠しのようにカメラで顔を隠して、俺の写真をまた何枚か撮り始めるさやかちゃん。まぁ、上手いって言っても、プロなんてレベルではもちろんないが、それでも彼女はすっかり機嫌を良くして、このレイアウトが良くないかも。とか言い出してノリノリだ。

 

「お兄さんはどんな写真撮ったの?」

 

「いやぁ、俺も最近カメラをもらっただけだか……!!」

 

ばっと、さやかちゃんの手からカメラを奪い去ると慌てて、カメラを後ろ手に隠す。そうだった、すっかり忘れていた。俺のカメラの中には今、あのコスプレ大会に出た時のブリジットの写真が、ばっちり50枚ほどおさめられている…

流石に、それを見られるわけには色々な意味でいけない。

 

しかし、突然、俺にカメラを取り上げられたことで、さっきまで上機嫌だったさやかちゃんの機嫌が一気に悪くなったようで。

 

「お兄さん。なんで?見られるとまずい写真でも入ってるの?」

 

「ち、ちが。そんなんじゃ」

 

「ふーん。エッチな写真なんだ」

 

っぶ!こ、こいつ本当に小学生か。逆にこんなにストレートに聞いてくるのは小学らしいっちゃらしいが。何か、話の方向を…!

 

「隙あり。」

 

「え!?あ。」

 

「くくく、さやかちゃんの可愛い上目使い、頂きだぜ」

 

「~~!!!」

 

可愛いと言う言葉にか、それとも俺の臭すぎるセリフにか、どちらかにはわからないが、顔を真っ赤にするとさやかちゃんはその童顔を真っ赤に染めて、し、知らないと髪を揺らして部屋を出て行った。しかし、やっぱり、取るなら人だな。

今さっきとれた、ジト目でこちらを見上げるさやかちゃんの写真は中々に良く撮れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おじゃましましたー!」

 

「…おじゃましました。」

 

「またね!ひなたちゃん!さやかちゃん!」

 

あれから、俺は特に妹たちと接触することもなく、オレンジ色の陽が差し込む、夕方の別れの時刻まで勉強して過ごすこととなった。2階の自室から、2人が帰って行くのを見届けていると、キャスケットを被ったさやかちゃんが俺の方へと気が付いた。そして

 

あっかんべ。

 

眼の下をひっぱり、舌を向けてそのまま怒ったように歩いて行ってしまう。次いで、黒猫妹が俺の方へと両手を振って、さやかちゃんの後を追いかけていく。

 

「…あの年頃の女の子って難しいな」

 

と、呟いていると、はたと思い出す。そう言えば、何でブリジットのやつは、俺を部屋から出したくなかったのだろう。理由はわからなかったが。次の日には、ブリジットの機嫌はいつも通りで、素直な優しい妹に戻っていた。やっぱり、あれくらいの歳の子ってわからん…

 



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8話

『これが、新しいタナトスの……ダークウィッチの力…!強すぎる…!』

 

『ククク!メルル!アルファ・オメガ!お前たちの悪運もここまでよ!』

 

『うぅ、このままじゃ、地球がやばいよ~!』

 

リビングに居るのは、ソファに寝仏の如く寝転がった俺と、興奮して立ち上がり、ぎゅっと両の拳を握りしめながらメルルを見守る妹、ブリジット。そして、椅子に腰かけ、煎餅をバリバリと食べながらお茶を飲むお袋の3人だった。

 

この星屑ウィッチめるる。まぁ、内容は良くも悪くも子供向けだから、俺はブリジット程熱狂的なファンにはなれなかった。いや、熱狂的なファンになったらなったで、それは問題だろうけどよ。しかし、楽しみがないわけではなかった…

 

『そろそろトドメよ!EX(エクスタシー)モード!』

 

うおー!キタキタキター!タナトス様のEXモード!

 

「あわわ、めるるが~!」

 

一気に強くなってドラゴンボールの如く、瞬間移動を繰り返し、めるるたちをぼこぼこにし始めるタナトス様。その衣装は、速さを重視したために、究極的に軽装…つまり、きわどい…!

それに、タナトスエロスはダークウィッチに変身する前は清楚っぽい外見だと言うのに、こう、変身した後のギャップが素晴らしい!

 

「やーねー。またいやらしくなってるじゃないの」

 

…バリボリと煎餅を齧るお袋の冷静な保護者目線の一言が一瞬でこの高ぶった気持ちを落ち着かせた。

ブリジットには、聞こえて居ないようだったが、確かに、2期になってきわどい演出が増えて来たな。今も、タナトスの攻撃で、どんどんとメルルたちの変身衣装が破かれて行っている。どうせ破けるなら、タナトス様のお衣装をだな…

 

『こうなったら…メルル、アルファ!!』

 

『きゃ!こめっとくんから…ピンク色の光が!!?』

 

『何をやろうと、無駄無駄よぉ!』

 

きらーんと、メルルのピンク色のマスコットが光り始めたと思えば、その謎の光にタナトスは怯み、そして光の中からは…

 

『これって…新しいマジカルロッド!!?』

 

『みんなの希望の力が集まったんだよ!』

 

「わぁ…!!」

 

新しい、白いマジカルロッドと、青いマジックロッド。その姿に目を輝かせて、羨望のまなざしを向けるブリジットに…

 

「嘘でしょ~!?この前新しい杖でたばっかりじゃない」

 

露骨な新商品の登場に悲鳴をあげるお袋。あんた、さすがに子供の前でそういうこと言うかね。

 

『行こう!アルちゃん!』

 

『うん!』

 

『く、でもアタシの新しいEXモードの前では!』

 

『『Wメテオインパクト!!』』

 

『キャアアアアアア!!』

 

おぉ!爆発でタナトス様の衣装がひん剥かれて、ドロ○ジョ様やふじ○ちゃんのように!…って、おい、待て、威力デカすぎだろ!画面の中、めるるたちの放った爆発魔法は町を飲み込み、海を越え、日本と中国くらいのところまで飲み込んで、爆発で消え去ったぞ!

 

「すごいすごい!」

 

『覚えていなさい!メルル、そしてアルファ・オメガ!!』

 

負け犬の如く、言葉を投げ捨てて消えていくタナトス・エロス。焼け野原になった大地で、危なかったね!と言いながら微笑み合う少女たちの図は、何だかシュールだ。

 

「あ、そうそう、京介。あんた、ちょっとスーパー行って、お豆腐買ってきてくれない?」

 

「はぁ?なんで俺が」

 

「今日はすき焼きにしようと思ったのに、お豆腐忘れてたのをすっかり忘れちゃってたわ」

 

「別に豆腐くらい良いんじゃねーの?」

 

「だめよ、お父さん好きだもの」

 

親父の奴。そんな好きだったか?豆腐?

あまり記憶にないが、無いならないで食事中に、豆腐はどうした?と渋い声で問いかけるのが目に浮かぶ。まぁ、無いならないでお袋が言えば、そうか…と言って落ち込んだ声で返す姿も目に浮かぶが。

 

「しょうがねぇな。」

 

「お金、その辺の鞄に入ってる小銭入れから持ってって」

 

「へーい」

 

ごきっと、音が鳴った身体をソファから起こして立ち上がると、お袋の鞄を漁ってピンク色のがまぐち財布をみつけたのでポケットへと突っ込んだ。リビングを出るとき、いってきまーす。と軽く声を出したが、画面に集中しているブリジットは、いってらっしゃい!と、声だけ出して俺の方をちらりとも見ては居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう夏も終わるのか、夕方の外は半袖にハーフパンツじゃわりと肌寒い。

オレンジ色の光を浴びながら、首を動かすとごきごきと何かが鳴る。辺りに居るのは、犬の散歩をしている主婦っぽい人や、部活帰りっぽい頭を丸めた男子生徒…何も考えずにスーパーまでの道のりを歩いていた。ソファの上で、ぼーっとしていたからなのか、それとも、ほんわかしたこの夕方の黄昏た空間がそうさせたのかはわからないが。足がついてないみたい非現実的な感じだ。

 

そんな状態だったから、角を曲がろうとしたときに人にぶつかる。

 

「うお!」

 

「きゃ!」

 

いや、誰かとぶつかりそうになり、すんでで躱して、とっとっと、と目の前の電柱につんのめる。あぶねーあぶねー。あやまんねーと。

 

「すみませ…」

 

「申し訳ありません。私、少し考え事してしまって…」

 

 

 

 

 

そこには、「天使」が居た。

 

 

 

 

 

黒くて艶のある長い髪、純白を思わせるような白い肌。体躯もモデルなんじゃないかって思うほどスラリとしていて、スカートから覗かせる白い足は、思わず目を見張ってしまうレベル。なによりは、すげー可愛い!?

学生なのだろう。制服を身に纏った彼女は一言で言うと天使(のよう)だった。

 

「俺の方こそすみません」

 

「お怪我はありませんか?」

 

「い、いや、特には」

 

「そうですか?良かったぁ…」

 

おっふ。お前!卑怯だろ、そんな、そんな控えめな笑顔!上目づかいで!

 

「じゃ、じゃあ」

 

「はい、お気をつけて」

 

馬鹿野郎、俺、何故立ち去ろうとする!

しかし、彼女の笑顔は俺には眩しすぎた。どことなく、変身前のタナトス・エロスに似ているような気がする。清楚で、良い子っぽくて、後は眼鏡さえかけていれば…

 

「あ、あの…」

 

「え?」

 

人生で一番早く振り返った。

そこには、先ほど別れたはずの天使がいて…、俺、まさか、惚れられ…?

 

「はいこれ、落としましたよ」

 

「あ、あぁ、ありがと…う」

 

「それでは」

 

俺にピンク色の小銭入れを渡すとぺこりとお辞儀をして、その美少女は去って行った。そんなわけ、ないよな。あたりまえだが、わずかに期待した自分が馬鹿らしい。

カーカーと、鴉の泣く声が聞こえる。それは、複雑な男心を弄ばれて虚しい気持ちを呼び覚ましてくれたが、財布をもったまま、彼女の去って行った壁際を眺めて動けないでいた。眼は覚めたのに、未だに夢でも見ているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、赤城。お前、天使、っていると思うか?」

 

「あん?天使?高坂、お前頭大丈夫か?」

 

次の日、学校に居る間も俺の頭の中では昨日の出来事が焼き付いて離れないでいた。だからこそ、目の前に居るクラスメイトの赤城浩平に、そんなとち狂ったような質問が平然と出来てしまったわけだ。行った後に、我に返って少し後悔した。

 

「いや妄言だった。すまん忘れてくれ」

 

「天使は居るに決まってんだろ?」

 

!?まさかこいつも…!

 

「なんてったって、瀬奈ちゃんはこの国に、いや、この宇宙に生まれいでた国宝だからな~!」

 

お前の妹かよ!

しかし、天使具合で言ったら家の妹だって負けていない。いや、はっきりいって赤城のところの妹なんかと比べたらコールド勝ちしちまって申し訳ないくらいだ。となると、昨日会った美少女は…天使以上の存在…女神…?

 

「赤城、お前女神って、居ると思う?」

 

「そりゃ、お前、瀬奈ちゃんのことだろ~。なんせ瀬奈ちゃんってば~、小学3年生の時に…転んで怪我した俺のこと…」

 

こいつも、これさえなければ彼女の一人や二人作ってそうだけどな。

顔ははっきり言ってイケメンの部類だし、サッカー部で活躍していて性格も明るい。しかし、妹にしか目が行かないシスコン野郎ってのが足を引っ張っている。まぁ、俺以外ほとんどのやつがそんなこと知らないみてーだけど。

 

「お兄ちゃんのいたいのいたいのとんでけーって!お前それ、飛んでくって話だよなぁ!」

 

「いや知らねーよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでね、おばあちゃんが今度、私のお菓子もお店に並べてみないかーって」

 

「へー!良かったじゃんか、麻奈実」

 

「うん。そ、それでね、きょうちゃん、よかったら先に、味見してくれないかなって」

 

「おー、良いぜ。ま、あんまり意味ないだろうけどな」

 

「え?ど、どうして?」

 

「だって、美味いのわかってんじゃん」

 

「っえ!そ、そんなことないよー!」

 

「あぁ、婆さんのお墨付きが出てるんだからきっとそうなんだろ。」

 

「…きょうちゃんの馬鹿」

 

何だよ。突然元気になったり怒ったり。

 

麻奈実と並んで、葉っぱがちらほら枯れ始めている並木道を歩く。長い夏休みも終わって、いつも通り、平穏な日常が戻って来ていた。妹の頼みごとも全部終わって、平穏そのもの……やっぱり、人間穏やかな日常が一番だよなぁ。

 

「じゃあな、麻奈実、またお前の美味い菓子、食わせてくれよ」

 

「……うん!きょうちゃん。また明日~!」

 

いつの間にか機嫌が良くなっていた麻奈実に対して肩にかけていた鞄を軽く上げるだけで別れを告げた。

ブリジットのコスプレ趣味だって、親父にすら認められているんだ。もう俺が気にすることは何にもない。順風満帆、全てが順調…

 

「…」

 

ぶー!ぶー!とマナーモードにしていた携帯が震えだす。誰だ。と思って取り出すと、名前の所には…黒猫?

 

「もしもし?」

 

『…兄さん?』

 

「お前の兄さんじゃねーけど、俺だよ。どうしたんだよ。突然」

 

『いえ、あなたに、いつかの契約を果たしてもらおうと思ったのよ』

 

契約?なんだそりゃ。

 

 

 

 

 

『…その、人生相談。が、あるのだけれど』

 

 



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9話

そう、それは運命の始まり……

 

幾度となく転生を繰り返し、輪廻の渦で導かれた魂……

 

彼の者たちは囁き合う…運命の記述(デスティニー・レコード)は改竄された……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガンダム?」

 

「えぇ、あなたも知っているであろう、あのガンダムよ」

 

オレンジ色の夕焼けを体に受けながら、俺と黒猫はいつもの公園のベンチに座っていた。

今日も今日とて、真っ黒いゴスロリ服に身を包み、赤いカラーコンタクトを入れた彼女は、普段よりも少し真剣な目をしていた気がした。

 

「じゃあ、人生相談ってのは」

 

「…有体に言えば、ガンダムの、今度あるゲーム大会で優勝することよ」

 

この黒猫。

出会ったのがゲーセンであることを考えれば大体想像つくかもしれないが、実はゲームがめちゃくちゃ上手い。漆黒の魔眼。とやらの力らしいが、要は動体視力がめちゃくちゃ良いのだ。目押しの精度が異常なほどで、何度か俺も挑んだことがあったが……コンボを決められるだけのトレーニングモードみたいなもんだった。

いや待てよ、ってことはなんで俺に相談なんだ?

 

「ふぅ、大方、私一人で出て、適当に優勝すればいいんじゃないか、と考えているようね」

 

「うっ、そりゃお前、俺よりゲームうまいじゃん」

 

「察しが悪いわね…今回のゲーム大会は2対2のタッグ戦なのよ」

 

「タッグ戦?」

 

「そう。そして、さらに不可解なことに、今回の大会は団体戦……3人以上でチームを組まないと参加できないのよ」

 

はぁと、額に手をやってため息をつく黒猫。

なるほど、それなら納得がいく。黒猫と桐乃と俺、3人でチームを組み……実際にゲームをするのはあいつら二人。んでもって、俺は、数合わせで呼ばれたってわけか。

 

「まぁ、数合わせくらいなら俺でも……」

 

「あら、何を勘違いしているのかしら?」

 

にやりと不敵な笑みを浮かべる黒猫。

ベンチから立ち上がると、夕日の光を受けながら、まるでダンスの誘いをするように手をこちらへと差し向ける。

 

「私はあなたと、タッグを組んで出場するつもりなのよ?……兄さん?」

 

「な!?……俺?」

 

「えぇ、そうよ。あなたは選ばれたの、私の隣に立つ……闇の眷属として……」

 

そういって、言葉を続ける黒猫。

……いや、しかし、わからねぇ。

 

「いやいや、俺とじゃなくて、桐乃のやつと組めばよかったんじゃねーか?俺、知っての通りそんなにゲーム上手くねーし」

 

「……ッチ」

 

こわ!!?

黒いオーラを身にまとった黒猫は何も説明してくれなかったが、その舌打ち一つで何があったのかは大体想像がつく。サルと犬ならぬ、ギャルと中二病だ。きっと俺が誘われる前に、何かひと悶着あったのだろう。想像するだけで恐ろしい。

 

「それで、兄さん。出るの?出ないの?」

 

「お前その兄さんて……まぁ良いぜ。黒猫が出たいっていうなら」

 

「ほ、本当!?」「嘘ついてどうするんだよ」

 

本当は、断ってもよかったんだが……最近何かとこの黒猫には世話になっているしな。それに、ここのところ、ブリジット関係で特に世話を焼くこともないし……。

 

「一緒に出て優勝しちまおうぜ、黒猫」

 

そういって小さな手を握手するように握ると。黒猫はピンとつま先を伸ばして顔を赤くする。

 

「そ、そうね、ええ……せいぜい足を引っ張らないでちょうだい」

 

笑顔を見せた黒猫が、つないだ手を更に強く握り返してきて、堅い握手を交わすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガンダム。なんてものは、あいにくテレビCMやら、アニメ名場面集とかの特集でアムロ、いきまーす!の部分くらいしかしらない。興味もなかったし、別段、周りでそういうものを見るやつもいなかった。まぁ、ガンダムSEEDだったかのゲームは、昔、とある友人と一緒にやったことはあったが…

 

「あなたのやったことがあると言っていたのは連合VSザフトね、通称連ザ。明らかにバランスの取れていない機体もあったけれど、重厚な機械らしさが出ていたあの連ザは今でも一部で熱狂的な信者がいるわ。それに、システムや操作性は当時のシステムを派生、進化させたもの。今のVSシリーズの礎を築いたと言っても良い作品ね」

 

「へぇ、そうなのか。しかし、色んなガンダムがあるんだな」

 

「あまりじっくり見ている暇はないわ。時間制限に気をつけなさい」

 

「あ、あぁ」

 

黒猫のやつに協力をするとは言ったものの、これはなかなか難しそうだ。

俺が黒猫と出るというゲームはこの、ガンダムVSガンダムという3D格闘ゲームだった。ガンダムの主役機やライバル機など、いろいろなシリーズの作品が一堂に会したお祭りゲーだ。実際に機体をフィールド上で動かし、ビームサーベルやらライフルやらで原作のガンダムを操作して敵を倒しているような感覚を味わえるのが売りのようだが、この2対2という協力することで奥深さが出るのが受けている理由ではないかと黒猫は言っていた。

 

試合は2週間後。あまり時間がないからと、黒猫と早速特訓に来たのだが…

機体もキャラも全然わからん。

 

「ガンダムZZ(ゼットゼット)?」

 

「ガンダムZZ(ダブルゼータ)」

 

「ガンダムOO(オーオー)?」

 

「ガンダムOO(ダブルオー)よ」

 

なんでこんなややこしい読み方が多いんだ。

かしゃんかしゃんと、キャラ表示を切り替えながらざっと画面を見ているが。どれがいいのかさっぱりわからん。黒猫はなんか黒い、女がパイロットの機体を選んでいるが、うーむ、何がいいんだ?…ってあれ。このキャラ。

 

「クワトロ…バジーナ?」

 

「シャアよ」

 

「え!?こいつシャアなの?」

 

「それより時間がないわ。百式にするの?」

 

「ま、まて」

 

壮大なネタバレを食らった気がする。しかし、バジーナ…バジーナどっかで聞いたような…カシャカシャとキャラクターを選びながら何かが引っ掛かる。やべ、時間が、こうなったら、ちっとは知っているガンダムSEEDのキャラで…って!

 

『君の視線をくぎ付けにする!』

 

「うわ、時間切れちまった」

 

「…スサノオね、悪い機体ではないけれど、初心者のあなたには難しいかもしれないわ」

 

黒いクワガタが、グラサンをかけたみたいな変な機体を選んでしまった。乗ってるパイロットも、ミスターブシドーって…一体どういうキャラなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『乙女座の私には、センチメンタリズムな運命を感じずにはいられない』

 

『もはや愛を超え、憎しみを超越し、宿命となった!』

 

『今日の私は阿修羅すら凌駕した存在だ!!』

 

うるせーなこいつ!

このキャラクターは、ビームボタンを押すと、射撃や格闘攻撃を強化できる機体らしいのだが、ビームボタンを押すたびに、セリフを喋る。それが、いちいちうるさいのなんの。

 

「兄さん?静かにしてちょうだい」

 

「いや、俺が言ってるわけじゃねーから!」

 

『逢いたかった……逢いたかったぞ……!!』

 

「兄さん?」

 

「だから、俺じゃなくてこいつがだな!」

 

と横で超絶テクを披露している黒猫の方をちらりと横目見ると、黒猫は冗談っぽくくすくすと笑っていて本気で言っているわけではなさそうだ。どうやら、こいつと俺の声が似ている(らしい)のでそれをネタにしているようだった。さっきまで、ゲーム画面にくぎ付けになっていたために、本気で黒猫にうるさいうるさいと言われていたのだと思った。と

 

WINと、最後だったらしいCPUを倒したことで勝利画面が表示される。ふぅと、スティックやボタンから目を離し、黒猫の方とお互い上手くいったなといった感じで目を合わせる。一番簡単なコースを選んだ一番初めの面にしろ、達成感で自然とうれしさがこみあげてくる。

 

「あなた、思ったよりも上手ね」

 

「へ、そりゃどうも。にしても、わけわかんねーかと思ったけど。結構わかりやすいな」

 

画面がごちゃごちゃしていて、見ているときはなんだかわからなかったが。やってみると意外と直感でプレイ出来て遊びやすい。

 

「そうね……まぁ、難しいことは後から覚えればいいわ。それよりも、どうかしら」

 

「どうって」

 

「その機体、難しいんじゃないかしら。初心者は素直にビームとバズーカがそろったような万能機がオススメなのだけれど」

 

「あぁ…それなんだが…もうちょっと、このキャラ使ってみるわ」

 

「そう」

 

なんかこう、五月蠅い五月蠅いと黒猫に言われながらやっていたせいもあるかもしれないが、二人で連携してプレイするのが楽しくて仕方がなかった。それにビームを掻い潜ってがきんがきんと格闘が決まった時の爽快感がやばい。

 

「それに、俺がこいつ使えば、お前の黒い機体とで黒チームになるじゃねーか」

 

「…馬鹿ね、機体の色でチーム分けしてるわけじゃないのよ」

 

呆れながらも、黒猫はなぜかうれしそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回の大会ってなんか景品でも出るのか?」

 

3,4面くらいクリアしたころだろうか、WINのリザルト画面が出ている間に、黒猫にそう尋ねてみると、ピクリと、彼女の体が震える。

 

「ええ。もちろん。確か…図書券1000円分ね」

 

「ふーん」

 

すげーが、なんかいまいちピンとこないな。まぁ地元のゲーセンの大会に景品があるだけでもましなのか?

 

「あ、あとは、おまけ程度なのだけれど」

 

「ああ」

 

「で、ディ○ニーランドの……ペア招待券」

 

「っぶ」

 

……いやいやいやどう考えてもそっちのが目玉だろう!

いくらここが千葉だからって、その扱いは…って、まてよ?

 

「ぺ、ペアチケット?」

 

「ええ」

 

「……」

 

「……」

 

ステージセレクト画面のまま、固まる俺と黒猫。それって、つまりは優勝したら、私と一緒に、ディ○ニーランドに行きませんか?って言われてると思っていいんだよな?いいんだよね!?なんだか無性に恥ずかしくなってきた!!

 

「ば、馬鹿ね。ペアチケットと言っても、それぞれに授与されるのよ。つまりは3人に、1枚づつ」

 

「な、何だよそうだったのか」

 

「一体何を想像したのかしらこの雄は…、ん、それで、あなたの妹さんと、私の妹たちをつれて、どうかしらって、思ったのよ」

 

「なるほど」

 

…読めてきたぜ、なんで黒猫が、ゲーム初心者の俺を誘ってまで大会に出たがったのかを。つまりこいつは、大好きな…

 

 

大好きな妹のためにここまでがんばっているんだ!

 

 

妹をディ○○―ランドに連れていきたいというただその一心で…健気な奴だ!

 

「そうと決まったら、勝つか、黒猫」

 

「ええ、もとよりそのつもりよ、すべて、運命の記述の予定調和…」

 

ブリジットをデ○ズニ―ランドに連れて行ってやりたいのは俺も同じ。よし、勝つぜ、今度の試合。俄然、燃えてきた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だいぶ様になってきたわね。」

 

「そうか?」

 

「ええ、無駄な被弾も少ないし、コンボは…まぁこのゲームにそこまでは不要だわ」

 

3日目の昼、俺は劇的にこのゲームが上手くなっていた(気がする)、少なくとも、CPUのコースをコンティニューなく一人でクリアできるほどにはなっている。前やった事がある連ザとそこまでシステムが変わっていないことと、このうるさいスサノオが妙に俺にマッチしているからだと思う。まぁ大体は黒猫のおかげだが。曰く、俺が被弾さえしなければ、なんとかして見せるとのこと、頼もしい相棒だ。

 

「黒猫の教え方が上手いおかげかもな」

 

「ん!……ま、まぁ当然それはあるでしょうけど……ふふ」

 

「おいおい……そういや、あと一人って、どうするんだ?形なりにも3人ひとチームなんだろ。なんなら、俺の友達でも数合わせで呼ぶか?」

 

基本的に2対2のこのゲームだが、あえて、状況判断の3人目を入れることで、2対2にはない新たな高みを目指そうというのが今回の大会の趣旨らしい。要はパイロット2人とオペレーターみたいな感じにしたいらしい。黒猫曰く、居なくても問題ないとのことだが…やっぱ桐乃のやつに頼んで…。

 

「それなら……あら」

 

「へ」

 

ピピピピ!っアラート音が鳴る。画面には見たことのない、点滅する

 

『未確認機体接近中』

 

の赤い文字。どうやら、誰かが乱入してきたらしい。

 

初めての、対人戦だ。

 

ドクン、ドクンと心臓の音が大きく、早くなっていく。

 

黒猫の方は……特に焦った様子もなく、いつものようにCPUに対して一番ダメージの出る所謂デスコンというものを繰り返している。その様子は普段通りで、いくらか緊張はほぐれたが、うお、それでも緊張するぜ…

 

「なぁ、作戦とか、どうする」

 

「あなたは後ろで適当にビームチャクラでも撃っていてちょうだ……

いえ、前に出てくれるかしら?私は後ろから援護するわ」

 

「わかった」

 

そうこうしている間に、VS画面になり相手の機体が判明する。

相手はマスターガンダムか、格闘機最強クラスの機体だ。何度かCPUとなら戦ったことがあるが、俺の機体なら不用意に近よらなければ何とかなる…しかし、あのムチと火力の高い覚醒には要注意だな…そしてもう一機はCPU?

2対1でよくやるなと、身体を動かし、筐体越しに向こう側を見ると…

 

「……」

 

ゴゴゴゴゴと、黒いオーラが見えそうになっているような人物が中指を立ててこっちをガン見していた!!?

そう、それは、恐ろしいことにこの白昼堂々にゲーセンで茶色いクマさんパジャマを着ているという非常に残念なファッションセンスの持ち主の…

 

「知り合い?」

 

「い、いや、まぁ、知り合いというか…」

 

櫻井秋美(さくらいあきみ)…!俺の中学時代の……クラスメイトである。

 

 

 

 



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10話

「高坂ぁ!失望したぞぉ!あたしゃあ!!」

 

「ば、馬鹿、声がでけーぞ!」

 

わざわざ、筐体から身を乗り出すと、櫻井のやつは俺と黒猫に指さしてながら大声で話しかけてくる。って、試合始まってんじゃねーか!慌てて操作すると、相手の機体に向けて、ビームチャクラを飛ばす作業に入る。

 

あいつのマスターガンダムは接近戦が得意な格闘機、それにしたって、俺の方ばっかり狙ってくる…!黒猫は…なんだ、CPUと戯れていて援護してくれる気配が全くねぇ!?あ、くそ、格闘食らっちまった、はえーな攻撃の速度が。

 

「あのー、黒猫さん、コンボ食らってんすけど…」

 

「そう」

 

攻撃をカット(相手のコンボを阻止)してくれない黒猫……なんか……拗ねてないか、こいつ?

櫻井の相方となったCPUへぶち込まれる容赦のないコンボの数々には心なしか殺意がこもっているような…。

 

「くそー、こら櫻井!こちとらまだ始めたての初心者なんだぞ!」

 

「うるさぁい!何なんだよぉ!そのゴスロリ全開の痛々しい、彼女はぁああ!!リア充爆発しろ!!」

 

「はぁ、お前何言ってんの。黒猫とは、別にそんな関係じゃないっつの!」

 

「へ?」

 

あ、コンボ止まった、一気になんか、動きもぎこちなくなったような…これなら勝てそうだ。相手に丁寧に射撃を当てると、こちらもお返しとばかりに格闘を決めていく。そして、相手の機体を倒し切ったところで早くもWINの文字とリザルト画面…、ど、どうやら黒猫がCPUをぼこぼこにしていたおかげで、相手のコストを削り切っていたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっははは、妹のコスプレ衣装を作るために?あははははは。で、今度はディズ○ニー?あはははは!!」

 

「笑いすぎだっつーの、ったく…」

 

対戦を終えて、俺たち3人はゲーセンの隣にあるワクドナルドへとやってきていた。

女の子2人を引きつれてというと両手に花のような気がするが、相手はクマのパジャマに、ゴスロリコスプレ衣装……周りの冷たい目線が突き刺さる。まぁ、慣れってのは、恐ろしいもんで、そんなものは気にしなくなってきていたが……。

 

「はぁ、笑った。相変わらずシスコンだなぁ、高坂は」

 

「お前も相変わらずめちゃくちゃだよ、櫻井…」

 

絡んできたときは怒り、黒猫との出会いのエピソードを語っている間、こいつ、はじめは真面目な顔になり、終盤に差し掛かるにつれて、このように、抱腹絶倒、腹を抱えて大笑いだ。隣に座ってる黒猫のやつは毒舌を吐くようなこともなく、黙ってシェークをチューチュー飲んでいる。

黒猫は黒猫で、なんかさっきから機嫌が悪いんだよなぁ。

 

「で、ようやくお前の紹介に入れるんだが…」

 

「ちーっす、あたしは櫻井秋美、よろしくねー、黒猫氏」

 

「随分と気安いわね……まぁいいわ。それで、彼とはどんな関係?」

 

「え?…え~、気になる?」

 

「……別に」

 

「そうか~気になるかぁ!あたしとこいつは、元彼と元カノ」

 

「「ぶふぉお」」

 

けほっけほ、何言ってんだ!!?見ろ、珍しく黒猫まで吹きだしてるじゃねーか。

 

「全然、ちげーよ!?俺とお前は中学時代のクラスメイト!」

 

「あっはははは、いやぁ、やっぱ良いツッコミしてんね高坂は」

 

「ったく、そういうお前はボケボケだっつうの」

 

「えー、あたし今の学校じゃ割と優等生キャラで通してんだから」

 

「はぁお前が?無理無理、明らかにギャグ要員じゃん。お前」

 

「なんだとー!……っぷ」

 

「「ははははははは!」」

 

「……」

 

…なんか懐かしい気分だ。こいつとは中学時代、色々あったけれど……最後にはこいつの転校という形で離ればなれになってしまって……。俺の生き方を変えるような事件もあったが…その辺はまぁ、どうでもいいだろう。って、そうだ!

 

「なぁ、黒猫。櫻井に入ってもらえばいいんじゃないか?」

 

「なになに?なんのこと?」

 

「ガンダムの大会に出るっつー話。3人まであと一人足りなかったろ?こいつは、まぁ、性格はこの通りで見かけも、なんだ、こんな残念だが「うぉい!誰が残念じゃごらぁ!」……まぁ、良い奴だし、中学時代、俺が連ザをやってたのはこいつに…「駄目よ」え?」

 

「駄目、といったのよ、聞こえなかったかしら」

 

ポテトを手に持ち、それを上下に揺らしながら俺にそう告げる黒猫。予想外の一言に思わず固まってしまうと黒猫は更に言葉をつづける。

 

「少し戯れただけでわかったわ。彼女はプレイヤ―としてもナビゲーターとしても不合格……」

 

「やっぱりかぁ」

 

まぁ、こいつ、はじめこそ俺もコンボを食らってピンチになってしまったが、そのあとも何度か再戦してきて、黒猫は言わずもがな、冷静になれば俺でさえ圧勝してしまうほどの…ゲーム音痴。弱すぎるのだ。

 

「なんだよぉ!って、高坂ぁ、もう秋美ちゃんのプッシュは終わりなのかよぉ!」

 

「すまん櫻井、俺にはどうすることもできん…」

 

「まだだぁ!あきらめたらそこで試合終了だよ!!

ほら、チームに一人、あたしみたいなポジションも必要じゃん?」

 

「…汚れ役かしら?」

 

「ちっがああう!!ムードメーカー!マスコット!超絶可愛いチームのアイドル!!」

 

「家に飾ってある木彫りのクマ的な?」

 

「テディ!せめてそこはテディベア!!」

 

「まぁ、兄さんがチームの3人目を気にかけてくれるのはありがたいけど……「無視!?最後は放置プレイかごらあああ」…どうしても私たちの聖堕天同盟✝ブラッティトリニティ✝に引き入れたい人物がいるの」

 

待て、なんだその禍々しいチーム名は!?いつの間にそんなわけのわからんチーム名がついていたんだ!?って、引き入れたい人物?知り合いじゃないってことか?

 

「誰なんだ?そいつ」

 

「それは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に来るのか?」

 

「ええ、間違いないわ、漆黒が黄昏を侵略するとき、マナの導きによって彼女は深淵に誘われる……」

 

「えーっと、つまりどういうことだ?」

 

「…つまり、夕暮れのこの時間に、よく来るって、ことであってるよね黒猫氏?」

 

「…ええ、まぁ」

 

俺と黒猫はそろって「あたし、あたしもいるってばぁ!」…と櫻井の3人はゲームセンターのガンダムコーナーの陰に潜むと、その目当ての人物が来るのをじっと待った。あの黒猫が目をかけている人物だ。相当すげーやつなのは間違いなさそうだが…

 

「っし…来たわ」

 

「おう、って…ん?あいつ」

 

「ああ、あの人ならあたしも何回かゲーセンで見かけたことあるよ」

 

すさまじく高い身長、ぐるぐるメガネに秋葉原のオタクくさいファッション、ポスターのはみ出たリュックを背中から下ろし、姿勢よく筐体の前に座ったそいつは、大阪でブリジットを助けてくれた……

 

「問題は、どうやって声をかけるかね、いきなりチームになんて…って、ちょっと、兄さん?」

 

 

「よぉ!」

 

「おろ?…おぉ、確かブリジット氏の…」

 

「兄の高坂京介だ、大阪では妹が世話になったな…」

 

「いえいえ、拙者、当然のことをしたまでででござるよ!それよりも、いやぁ拙者驚きましたぞ、まさかブリジット氏がメルルに出てくるあのアルファオメガのコスプレイヤーだったなんて!」

 

「え?見てたのか?」

 

「えぇ、拙者も何を隠そうあの時大阪にいたのは、メルフェスとガンダム展を見に行くためでしたからなぁ。いやぁ、それにしても、あの時のブリジット氏は本当に可愛かったでござるなぁ」

 

「なんだよ、じゃあ一緒の会場にいたのか、声かけてくれたらよかったのに」

 

「ふむ、それもそうでござったな、あっはっは」

 

頭を掻いて笑う沙織、しかし、過去の俺からは考えられない積極さだ。こいつがきっと初めて会うやつなら話が違うんだろうが、良い奴だってのはもう知ってるし。

それに、思い出した。沙織・バジーナってのは、このガンダムに出てくるキャラクターから取っていたのか。

 

「……ところで、京介氏、先ほどからこちらを凝視しておられるあちらの方々は…」

 

「ん、あぁ…」

 

ここから、先ほどまで隠れていた柱の方を見て見ると、なるほど、パジャマとゴスロリが柱から頭だけはみ出してこちらを見ているのが丸見えだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ、あなたが噂の✟千葉(せんよう)の堕天聖✟…黒猫氏でござるか!?

いやぁお噂は兼がね。」

 

「……噂というのはたまには役に立つわね。貴方のことも知っていたわ、沙織バジーナ大尉?再現魔眼で見たあなたの百式…キャラ愛が伝わってきて見ているこちらまで愉しめたわ」

 

「はっはっは、いやぁお恥ずかしい。そして、そちらのクマ氏が……」

 

「そうそう、有名人は辛いなー、自己紹介いらずだもんねー」

 

「…誰でござるか?」

 

「ズコー!!し、知らないの!?この櫻井秋美を!?」

 

「ははは、冗談でござる、なんでも、乱入されたと思ったら勝っていた、何が言っているがわからないだろうが、俺もわからない……という恐ろしく弱いクマのパジャマをきたプレイヤーがいることは拙者も噂で聞き及んでいるでござるゆえ」

 

「はぁよかった。5年もゲーセン通ってて知られてないとか悲しすぎるわ」

 

いや、俺としてはお前の思考回路の方が悲しすぎるんだが……その噂はどうなんだよ。

 

「ところで、お三方、拙者に用というのは…」

 

「えぇ、そのことなのだけれど、貴方、私たちの聖堕天同盟~ブラッティトリニティ~に入ってみる気はないかしら?」

 

「ブラ…?」

 

「ええっとだな、今度のガンダムの大会に一緒に出ないか?ってことだ」

 

「おぉ、そうでござったか。確かに、そろそろこのゲームセンターで大会が……しかし今度の大会には多分…うーん」

 

腕を組んで考え始める沙織。俺は黒猫にアイコンタクトを送ってみると、向こうはふるふると首を振るった。無理そうってことか。

 

「もう誰かとチームを組んでるのか?なら無理にとは…」

 

「…いえ……拙者も…是非、参加したいでござるよ」

 

「本当か!?」

 

「はい。いやぁ、出たいとは思っておったのですが、拙者には相方も居なかったゆえ…こちらこそ、よろしくお願いしますぞ、京介氏、黒猫氏、クマ氏」

 

「なんか、あたし語尾にクマー!とかつけてそうな名前になってんですけどー!」

 

「煩いわね。よろしく、バジーナ大尉」

 

「ふふ、拙者のことは沙織と呼んでくだされ」

 

「よろしくな、沙織」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふぅ…いやぁ、今日は色々あったな…本当。

あれから沙織を含めて4人でシャッフルといわれるランダムでチームを決める試合をしたんだが、いやぁ、櫻井がいるチームが負けるんで試合にならなかったな。

いや、黒猫と組んだときは唯一負けそうになったっけか、俺が組んだ沙織も、俺に合わせるのが上手いっていうか、非常に戦いやすかったおかげでなんとか勝ったんだった。沙織はゲームが上手かった、前に出るよりサポートしているときに輝くかんじがしたな。それに、機体についての知識がすさまじい。色々と勉強になったが、まぁ、語り始めたら関係ないガンダムうん蓄が始まるのが玉に瑕……。しっかし、なんて言うか今日は一日……

……楽しかったなぁ。

 

「ただいまー」

 

玄関のドアを開けると、すぐさま、金色のポニーテールを揺らし、妹のブリジットのやつが走り寄ってきた。なんだ、と思う間もなく、くんくんと、俺の着ていたシャツの匂いをはじめ。

 

「最近、お兄ちゃんから、たばこと香水のにおいがします…」

 

「え?」

 

言われて自分の匂いを嗅いでみるが、なるほど、確かにたばこの匂いだ、ゲーセンでの匂いが移ったのだろう。それに、香水っていうのは…

 

「えっと、臭いか?」

 

「う、ううん。なんでかなぁって」

 

「あぁ、それは…いや、ま、気にすんなって、ちょっと友達とたばこ臭い喫茶店行ってただけだからよ」

 

あぶねぇあぶねぇ。ブリジットを通して親父たちにゲーセン通いがばれるのはまずい気がする。ブリジットには甘いが俺には厳しい親父だからな、仮に、お前のことなど知らんと言われるならそれで良いが、あんな所にはいくなと、小遣いに変な制約がついたらかなわんし…。適当にごまかすのが最善だろうと思い、手をひらひらふってブリジットの隣を通り過ぎる。

 

「わた……いと」

 

「ん?なんかいったか?」

 

「ううん!おにいちゃん、なにかしてあそぼ!」

 

「おう、いいぞ!何するか―、そういや、黒猫に借りたゲームがあったな、それやろうぜ」

 



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11話

俺は、妹は頭の良いやつだと思っていたよ。

 

そりゃ、大好きな魔法少女に憧れる、なんて年相応の子供っぽさはあるものの、それ以外の面においては、バイリンガルな上、非の打ちどころのない学業成績と生活態度を持つ優等生だと思っていた。

 

それが!

 

「……じー」

 

ちらりと、駐車されている車のサイドミラーで後方を確認すると、おもちゃのサングラスにツバ付きの帽子、おまけにこんなに暑い日に厚手のジャンパーまで着て俺の後ろを尾行している……

そんな、そんなバレバレな変装してくる残念なやつだとは思わなかった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も黒猫たちとゲーセンで待ち合わせをしていたのだが……どういうわけだか、家から妹に下手な尾行でつけられているようだった。

 

何かの遊びかとも思ったが、明らかに、俺に見つからずにつけている……「つもり」のブリジットを見るに、どうやら、その類ではないようだが……。

 

「じー……」

 

しかし、どうしたもんかね。

このままゲーセンまで行ったところで、卑しいことなんてのはないが……いやまてよ?

万が一、ブリジットが親父たちに、俺がゲーセンに通っていると告げ口をすれば、俺には厳しい親父のことだ、ゲームに小遣いを使うなんて下らんと言われて月の小遣いがなくなってしまうということも想像に容易い。ここは、ひとつ……撒くか。

 

「よし!」

 

「なぁにが、よし!なんだヨ」

 

「うへぁ!!って、お前……加奈子ッ!?」

 

「へっへっへ、セーンセ!何やってんの?」

 

急に後ろから声をかけてきたと思ったら、俺の腕に手を回してきた、赤いツインテールにロリボディ。ちんちくりんの代名詞、こと、来栖加奈子……。元、俺の家庭教師の教え子様である。それにしても、こいつ、あんまその、柔らかいアレがないな……。

 

「加奈子?どうしたの急に走り出して」

 

「なになに~、誰、そい……つ。あ」

 

また誰か来たと顔を向けると、目の前にいるのはギャル全開のメルルオタク変態女桐乃!……と、あれは!!?

 

ぱっちりとした黒い瞳、流れるような美しい黒髪、すらりとしたスレンダーながらも細すぎないプロポーション……あの時の……天使(エンゼル)!!

ど、どういう組み合わせだ。それに桐乃のやつ、なんつー顔してやがるんだ。目がほとんど点になってやがるぞ。仕方がない、ここは俺がびしっと挨拶して……

 

「おう、きり……」

 

「ふんっ!!」

 

「ぎゃぁあああ!!」

 

なんだあああ!?目が、目があああぁぁ!!?

 

「って、てめーなにしやがる!!?」

 

「ちょ、ちょっとあんた……こっち!」「お、おい」「桐乃……?」

 

信じられるかこいつ!出合い頭に目つぶしくらわすなんて!っていうか、なんだよ急に。手を握られたまま数歩後ろまで引きづられるようにして連れられると俺の背中で、ちょうど加奈子たちから見えない角度までやってくる。

 

「あ、あんたわかってんでしょうね!」

 

ひそひそと、声は抑えているのにどこか迫力のある声で桐乃が怒鳴る。

 

「あん?何がだよ」

 

「何って、決まってんでしょうが!加奈子の知り合いか何か?わかんないけど、あたしの趣味の事喋ったら…………殺すから」

 

ひぃ!?

肩に爪を食い込ませ、耳元でそんなドスの聞いた声を出す桐乃……。こ、こいつの趣味って?確か、あぁ、メルルの……それは、確かにお前の年じゃ言いづらいかもしれねぇけど……。いや、それ以上にこいつ、まさかオタクってこと、こいつらに……

 

「お、おい、桐乃!なんだよおまえ、加奈子のセンセと知り合いだったのかヨ?」

 

「そうだよ桐乃。この人は、誰?桐乃の、ナニ?」

 

ゾクリ

 

と、背中に冷や汗がおちていく。あれ、なんだ、この感情は、恐怖?あるいは、快感?

黒髪の天使(エンゼル)に冷たい目線を向けられると、体中に緊張が走る……

 

「えっと、こいつは……その、あの……そう!あたしの兄貴!兄貴なのよ!」

 

そういって、人差し指を立てる桐乃……そうそう、俺はこいつの兄貴……って、はぁぁぁぁあ!?

 

「「えぇぇぇぇっっ!!?」」

 

2人が驚愕の声をあげる中、俺も驚きの声を抑えるのに必死だった。なんで、俺がお前の兄貴!?っていうかなんだその言い訳!?

俺の驚愕をそっちのけに、話は進んでいく。

 

「き、桐乃、そんなこと一言も……」

 

「あ、あ~、その、言わなかったっけ?あはは」

 

あはは、じゃねーよ!今作ったからだろ!その設定!

俺とこいつが兄妹などという事実は一切ない。あるとしても、こんなとんでもない妹をもつのは絶対にごめんである。

 

なんせこいつは、ブリジットとも、何回か遊んでくれたけれど……。

 

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おふくろがいない日にブリジットが桐乃の持ってきたゲームで遊んでいた時のことだ。

 

『桐乃おねーちゃんにまたかった~』

 

『ふひひ、まけちゃっちゃ~。ぶりじっとたんつよしゅぎ~も~うふふ~』

 

気持ち悪いくらいにやけ面を浮かべて遊んでいたまでは、まぁ良い。俺も実際、そこまでは意外と面倒見のいいやつなのかもなって、思い直してたところだ。

 

『じゃ~、ブリジットちゃん!そろそろお風呂、お風呂一緒に入ろっか?はぁはぁ』

 

『うん!いいよ!』

 

『うわああ、生アルちゃんとおふろきたああ』『何言ってやがるこの変態おんなああああ!?』

 

完全にアウト!事案一歩手前。

こんな変態女にはブリジットを指一本触れさせてはいけないと確信した瞬間だった。

 

 

 

 

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「改めまして、こんにちは。桐乃のお兄さん。私、桐乃の「親友」の新垣あやせって言います」

 

「へぇ、桐乃の……俺はこ……んん、あ、兄の京介、です。よろしく」

 

「すごい偶然だね~。まさか、桐乃のお兄さんが加奈子家庭教師だったなんて!」

 

「そ、ソウダネー」

 

「桐乃って、アニキ居たのかよ!へ~、あんま似てね」

 

へ~じゃないだろバ加奈子。なに、マジもんの兄貴だと信じてるんだよ。俺とこいつが兄妹だなんてふざけた話は、別世界線レベルでもやめてくれ。

こいつもこいつ、なんで俺を兄貴なんかに……もっとましな言い訳があっただろうに。

 

「センセはここで、何やってたんだよ」

 

「ん?まぁ、ちょっとブラブラな」

 

チラッと、後ろを確認すると、何やら変装したブリジットらしき影がわなわなと震えている。ここからじゃよく見えないが、なんか様子がおかしいぞ。

 

「ふぅん……」

 

「な、なんだよ」

 

「べっつに~……ならさ~、加奈子がお茶してやろっか?」

 

「は!?」

 

「だ~か~らぁ~!加奈子がセンセとデートしてやんよ」

 

嬉しいだろ~と、満面の笑みを浮かべていう加奈子。こいつ、な、なに急に「だめ!!」

 

「「「え?」」」

 

声がした方を見ると、そこにいたのは意外にも桐乃のやつだった。

そう叫んだあと、あいつははっとした顔をして。

 

「ほ、ほら、今日は噂の喫茶に3人で行くって話じゃん。こんな冴えない兄貴なんかと一緒にいてもさ」

 

冴えない兄貴で悪かったな。

 

「あん?……まぁ、確かに先に約束してたのは桐乃たちの方だけど……ん~、ごめんセンセ!やっぱいまのなし!」

 

「あっそう」

 

「あぁ?っち。つーかさ、お前マジで加奈子のカテキョまたやれよな~!お前いなくなってから授業いまいちわかんなくなってきたしさ~」

 

もともとわかってきてたみたいな言い方をするな。とはいえ、そこまで頼られると正直、まんざらでもない。

 

「まぁ。なんだ。近いうちにまたみてやるよ。「妹の」友達だしな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待ってください」

 

桐乃たちとの立ち話も終わって別れたその直後、いつかと似たようなシチュエーションで声がかけられる。この声は……

 

「あの、お兄さん。私たちどこかで、お会いしたこと、ありませんか?」

 

「え……!?」

 

ドクンと、鼓動の音が高くなったのが分かる。

ま、まさか、て、天使(あやせちゃん)の方が俺のことを覚えてくれていたなんて!

 

「あ、あの、実は、この前夕方に財布を拾ってもらって……」

 

「お財布……?……あぁ!あの時!」「そうそう!あの時!」

 

覚えていてくれたのか!

心の中のボルテージがぐんぐんと上がっていく。

 

「あの時はありがとうな。助かったよ」

 

「いえ、当然のことをしただけですよ」

 

この女神のごとき笑顔!こんな美人が覚えていてくれて嬉しい。それだけで胸がいっぱいだったというのに、あやせちゃんはあろうことか自身の携帯電話を取り出し……。

 

「せっかくですから、連絡先、交換しませんか?」

 

「え……!?」

 

俺はその日、神に感謝した。今日この日、生まれてきたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな~ふふん♪ふん~♪ふ~んふふふふん♪」

 

ポケットに入った携帯電話を触りながらご機嫌で歩く。今日はなんていうか、最高についてる!!桐乃の兄貴(仮)になってしまったのは最悪だが、あのあやせちゃん(天使)となんと連絡先を交換してしまったのだ!これが、嬉しくないわけがない。

 

「おや、京介氏!なにやらご機嫌でござるな~」

 

「おう、沙織。へへ、まぁな。黒猫と櫻井は?」

 

ゲームセンターについた俺を早速出迎えてくれたのはいつものようにチェックにバンダナ、グルグル眼鏡とリュックサックというオタク三種の神器を身に着けた沙織。そして、彼女が目を向けた方を見ると……

 

「ちょw待って待ってwなんで、なんであたし何にも操作してないのにキャラがバウンドしてwちょwえ……本当に一切操作することなく死んだんだけど……」『命は投げ捨てるもn』

 

「はぁ、言ったでしょう。これが……北斗よ」

 

「何それ怖い」

 

珍しく、ガンダム以外のゲームをやっているらしい二人。その二人も俺に気が付いたらしく目が合うと高坂―!とやかましい声が聞こえてくる。って

 

「高坂―!黒猫氏がいじめる~!ぎゅ~」

 

「ちょ、いじめてないわよ!?私はあなたが北斗をやりたいというから少し洗礼を与えただけで……」

 

「わかったわかった、つーか櫻井、暑いから離れろ」

 

「え~。嬉しいくせに~秋美ちゃんみたいな美少女に抱き着かれて~ほらほら~おっぱいだぞ~」

 

もうその流れはさっきやったぞ!とはいえ、さっきの加奈子とは「ある一点」がものすご~く違うので、俺もそこまで嫌ってわけでも……。ッチ、という黒猫の舌打ちが聞こえた気がした。

 

「まぁまぁ京介殿、黒猫氏、クマ殿と4人そろったのですから、そろそろガンダ……「そ、そこのひとたち!」?」

 

ん?なんだ、今、ものすごく聞き覚えのある声が……。

 

ザワザワと、あたりも露骨にざわつき始める。そして、そのざわつきの中心にいるのは……!?

 

 

「お、お兄ちゃんを離せ!こ、この、ふりょ~!」

 

 

「ふ、不良!?」「ブリジットッ!?」

 

青いアルファ・オメガのコスプレ衣装に身を包み、魔法のスティックを握りしめて俺たちに向けてくるブリジット。っていうか、不良って……。

 

「え、え、あたし?」

 

こくり、とブリジットが真剣な目をして頷く。

 

「ど、どこが不良!?どう見ても、一般JKなんですけどぉ!」

 

どこの世界にクマのパジャマみたいな服着てゲーセンに来る一般JKがいるんだっつうの!?っていうか、ブリジットもこいつ見て不良だと思う要素があるのか!?

 

「よく見て、よく見て、ほら、つぶらな瞳でしょ?それに、ほら、くまだよ~。怖くないでしょ~」

 

「ダークウィッチの気配がします!」

 

ぶっと黒猫が噴き出した。

 

「ククク、子供の慧眼には恐れ入るわね。あなたの奥底に潜むカルマを幼いながらに感じ入っているに違いないわ」

 

「なんじゃいカルマって!可愛い可愛い秋美ちゃんだ「はぁ~!」聞いてないし!って、あぶな」

 

ブン!とブリジットの振り下ろした剣が、櫻井の少し前で振り下ろされる!

 

「やべぇブリジットそいつは!」「きゃ!!」

 

べちゃ、っと何かが俺の顔にあたった。なんだこれ。

ペロンとはがしてみると柔らかいゼリーみたいな塊がくっついていて……

 

「あ、あぁ……」

 

「ん……?ぎゃー!!」「うわぁぁ!?」

 

目に光をなくし、立ち尽くすブリジット。そして……櫻井にあるはずの……あったはずの「胸」が片方なくなってしまっていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クックックックック、クックックックックあはは、無理、我慢できない!あはは!あなた、あなたあはははは」

 

「黒猫氏~」

 

「さ、流石の拙者も、申し訳、ぷ、くく、あはっはっはっは」

 

「沙織氏~」

 

あれから結構大変だった。

何せブリジットは櫻井の胸を斬ってしまったと思ったのか涙を流してワンワンなきだしてしまったのだ。櫻井は必死に「これはとれるもの!とれちゃうものだから~!」と自らの悲しい偽りを大勢のギャラリーの前で涙を流しながら告白するはめになってしまい、店の奥から怖いお兄ちゃんが出てきたしで店に居られなくなったのだ。まぁ、ブリジットも、ようやくあれが何だったのか理解して今は少し落ち着いた。

 

「ま、まぁ、なんだ、よかったじゃないか。す、涼しくなって」

 

「よくないわい!!秋美ちゃんの心も涼しくなってしまったわい!」

 

ばんばんとワクドナルドの机を叩いて異議を申し立てる櫻井であったが、だめだ。先ほどの、胸パッドぶっ飛び事件のせいで、まともに顔を合わせることができない。しかし、その中にも一人だけ暗い顔をした人物がいて……

 

「ご、ごめんなさい。わたし……「はい許したー!もう許した―!気にしないで~ポテト、ポテト食べよう、ポテト」でも、わたしのせいで、おねーちゃんのにせおっぱいが」

 

「ぐは」「あはははは!ダメ、あはは、最ッ高!あははは!」「ぷ、ふふふ」

 

黒猫お前は笑い過ぎだ。俺もやばいけど!今すぐ腹抱えて笑い転げたいけど!!流石に妹の不始末で笑えない!

そう、妹のブリジットだ。今日つけられてたことを、あの連絡先の一件ですっかり舞い上がっていた俺は忘れてしまっていたのだ。それにしても……

 

「ブリジットなんであんなことしたんだ……?」

 

そう、それが不思議だ。

さっきまで笑っていた黒猫たちも空気が変わったのを感じたのか、ピタリと笑うのをやめる。

机の下で足をモジモジしていたブリジットも、顔を上げて声を出す。

 

「……おにいちゃんをふりょーにしたくないです!」

 

「不良?」

 

「最近、お兄ちゃん帰ってくると、たばこのにおいがして……だから、今日ついていったら怪獣のダークウィッチにお兄ちゃんが襲われてて!おにいちゃんが操られてるんだって思って……」

 

「か、かいじゅう……」「ク!クク……」

 

「まぁ、こんな変なかっこしてるもんなぁ」「ちょおま!」「でもブリジット」

 

「見てみろ。黒猫は、知ってるよな。あいつもコスプレしてるけど……悪い奴か?」

 

ぶんぶんと首を振る。

 

「沙織もだ、覚えてるか?大阪で、困ったお前を助けてくれた…」

 

「……あ!!はい!あのときはありがとうございました!」

 

「いえいえ、こちらこそ。久しぶりに生ブリジット殿に会えてうれしいでござる」

 

「櫻井もこんな格好だし……俺もさ、初めはどうかと思ったよ。みんなこんな格好してて、変だ!って思った」

 

「……うん」

 

「けど、こいつら馬鹿みたいに面白くって、一緒にいると楽しくって…いいやつだよ。だから……」

 

「うん、ごめんなさい」

 

深々と櫻井に頭を下げるブリジット。

上手く言葉にはまとめられなかったと思ったが、ブリジットはきちんと伝わったらしい。櫻井も

 

「うん!全然気にしてないからね!ブリジットちゃんも、ほら、笑って笑って!」

 

「……はい!」

 

櫻井が自分の口角を上げて笑って見せてくれて、それにつられるようにブリジットも笑う。

 

「……そうでござる!今日はブリジット殿も交えて5人で遊ぶというのはどうでござろう!」

 

「え、でも……」

 

「拙者たちは大歓迎でござるよ!」

 

「えぇ」「もっちろん!」

 

沙織たちの言葉をきき、目を輝かせるブリジット。

ったく、こいつら本当に……

 

「だとよ。じゃ、今日は5人で遊ぶか、ブリジット」

 

「うん!お兄ちゃん!」

 

少し目じりをぬぐってそう笑うブリジット。

そう、恰好なんて関係ない。こいつらは間違いなく「俺の友達」だ。

 

フード店を出る途中、ブリジットの方から手を握られる。

俺もその小さな手をそっと握り返すのだった。

 

 



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12話

『ゴベーン!!というわけで、ゴホ、本当に、すごく、とっても、ぐず、残念だけご、ごほ!ごほ!ゴホッ!!』

 

「わーった!わーったよ!わかったから泣きながら咳するんじゃねぇ!ったく……じゃあ切るからな。大事にしろよ」

 

『えぇ!?そんなあっさり!?ここから秋美ちゃんの慰め看病イベンt……』

 

電話を切って周囲の景色に引き戻されると、ガヤガヤと、いつも以上に浮かれた空気の漂うゲームセンター。

 

「どうでござったか京介氏」

 

心配そうにこちらを見降ろしているのはグルグル眼鏡にチェックのシャツといつものようなオタクファッションに身を包んだ沙織・バジーナ……。

俺が首を横に振るとあ~と、察してくれたのか口をωからへの字にした。

 

「風邪だってさ。まぁ病状自体は大したことないみたいだぜ。随分元気そうだったしな」

 

「なるほど、それを聞いて安心したでござるよ。しかし、そうなりますと……」

 

 

「はーい、エントリーの受付。まもなく終了しまーす!」

 

そう言って係員の人が声を上げているのが聞こえてくる。

何を隠そう今日は俺達が練習して集まっていたガンダムの格ゲー……その大会当日だった。

 

チーム戦であり、3人以上でエントリーしなければいけないという条件があるので、まぁ正直櫻井が居なくなったといって本来ならば大きな問題はないのだが……。

 

と、そこで俺の手に持っていた緑色の携帯から電子音が鳴り響き始める。名前の表示には先ほど何度電話してもかからなかった”黒猫”の二文字。

 

「もしもし!黒猫か今どこに……」

 

『あ、もしもーし!おにーさんの携帯であってる~?』

 

「その声……日向ちゃんか!?」

 

黒猫の電話に出たのは、黒猫の上の妹あり、ブリジットの友達でもあるちょっとおませな少女、日向ちゃんだった。

 

『うん!あってるよ~!いや~いつも姉共々お世話になってま~す。って、今はそんなこと言ってる場合じゃないか』

 

「えっと、黒猫は……」

 

『それがさ!聞いてよ!お姉ちゃんったら携帯も財布も忘れて出て行っちゃってさ!!』

 

「なぁ!?」

 

んな!馬鹿な!?

アイツは身なりは「ああ」だが、俺なんかよりよっぽど生真面目でそう言ったドジっ子属性なんて持ち合わせていなかったはずなんだが!?

 

『え~っと、一応理由はあるみたいなんだけど……。と、とにかく!今こっちの最寄り駅まで届けに行ったんだけど、もう電車に乗っちゃったみたいで……そろそろそっちの駅にはついてるはずだから迎えに行ってあげてくれない!?』

 

「わ、わかった!!すぐに行く!」

 

そう言って電話を切るとおろ?と事情を説明してほしそうな沙織の肩に手を置いてまくしたてる様に説明をする。

 

「ちょっと黒猫を迎えに行ってくる!事情は後で話す!」

 

「きょ、京介さん!?んん、了解でござる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一心不乱に最寄り駅まで走ると、黒猫の姿を探し始める。

金がねぇのに電車にのったってことは電子マネーか何かを使ったのか?だとしたら、金額くらい表示されているだろうし、残額が残っているのなら普通に降りることだって、って…………!?

 

「黒猫!」

 

すると、長い黒髪に、特徴的な泣きぼくろ、見知った顔の人物が改札の向こう側にいるのが目に付いた。

 

 

……駅員二人に取り囲まれるという姿で!?

 

「に……兄さん?」

 

いつものようにゴスロリ服に身を包んだ黒猫は俺の姿に気が付くと、捨てられた猫のような俯いた泣きそうな表情から一変、ぱっと表情が明るくする。

少しだけ通してくださいと、カウンター駅員に声を掛けて半ば強引に改札を通り抜けると、すぐに黒猫は俺の背中に隠れる様に張り付いた。

 

さっきまで黒猫を取り囲んでいた駅員の人達がこちらの方を観察するようにじろじろと見回す。

 

「君は?」

 

「すんません、こいつ俺の連れで……」

 

「ん~?ん~、そうですか。先ほどから改札付近をうろついていたので声を掛けたんですが、黙り込んでしまっていてね」

 

こいつ、何となくそうなんじゃないかとは思っていたが、やっぱり重度のコミュ障だったのか……!駅員の方も、改札を通らずに黒猫みたいな恰好のやつがうろついていたら普通は声を掛けるわな。

 

「あーこいつ、財布忘れちゃったみたいで、あは、あはは、すみません!もう大丈夫なんで」

 

「あぁ、そういうこと。まぁそういう時はあまり大きな声では言えないけど、相談してくれたら何とかするから」

 

「あ、ありがとうございます。気を付けさせますんで……」

 

そう言って、係員の人たちは納得したように奥へと消えていく。

はぁっと、ため息をつくと、後ろで未だに申し訳なさそうに服の端っこを摘まんで俺の様子を伺っている黒猫に声を掛ける。

 

「はぁ~~。ほら、金なら貸すからさっさと出ようぜ?早く行かねーと大会のエントリーが」

 

「……して」

 

「黒猫?」

 

「…………どうして、あなたはいつも……そう私を……」

 

「?とにかく一旦出るぞ、ゲーセンで沙織も待たせちまってるしな」

 

そう言って俺は、立ち尽くしている黒猫の手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失望したかしら」

 

「何が?」

 

「無様な私の姿を笑うと良いわ」

 

「はぁ?」

 

駅を抜けた後も、黒猫はこんな調子で卑屈なオーラを全開にしている。

気持ちは、まぁ、解らないこともない。黒猫と同じ目にあって、メンタルが無事でいられる自信が俺にもない。だからこそ

 

「しねーよ。失望なんて」

 

「は!安い気休めなんて……」

 

「だって、今更だろ。お前がどんな奴かだなんて、もう知ってるからな」

 

「え?」

 

足を止めて、黒猫の方へと向き直ると俺は真剣な顔をしてこう言った。

 

「良いか、よく聞けよ?俺の知っている黒猫は毒舌家で、邪気眼中二病で、自信家で超絶コミュ障で……見た目ゴスロリ服を着たやべー女だよ」

 

「……」

 

「……だけど……自分の好きなものに一直線で、人のことを思いやれるいい奴で、尊敬できるところをいっぱい持ってる……そんな一緒にいると楽しい奴なんだ」

 

「……ッあ、あなた!?」

 

「……ま、そういうことだからさ、黒猫。あんまし気にすんなって。折角、今日はお前の出たかった大会の日なんだからさ」

 

照れ隠しするように頭を掻いて顔を逸らすと、俯いていた黒猫が口を開いたようだった。

 

「……全く、随分と好き勝手言ってくれるじゃない?兄さん?」

 

そう言うや否や、数歩前を歩いてバッとその場で両手を広げて天高く唱え始める!?

 

「我こそ、昏き闇の眷属にして深き夜の女王!!黒猫!!」

 

うおい!?な、何をいきなり叫でるんだ!お前はッ!!!?

み、見ろ!?周りの人たちが見てる!!?集まり始めてる!!?

 

「そして、あなたはその契約者にして共犯者!京介!!さぁ、我が手を取って……」

 

どこかうっとりとした顔でこちらに手を差し出す黒猫であったが、正直この状況で手を取るなんてこと、こっぱずかしくて仕方がない。

 

あーくそ!腹をくくるか……

 

「ククク、闇に飲まれよ……!我が契約者黒猫よ……今こそ……その秘めた力を共に解き放たん!」

 

「っ!!!」

 

俺がどこかで教えてもらったポーズをとってから黒猫の手を再び取ると、黒猫の目が、目がかつてないほどに輝き始める!

大衆の冷たい視線と子供の尊敬のまなざしを背中に受けながらゲームセンターへと向かう。

 

握られた黒猫の小さな手が……熱かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまん、沙織またせた……?」

 

沙織の元へと戻ってくると、何やら、タダならぬ雰囲気を感じた。

やけにピリピリと乾いた空気に、さっきまであれほど騒がしかった会場がシンとした静寂に包まれていて、まるでここら一体だけが時間が止まっているかのようだ。

 

「あん?……まさかこいつらが?」

 

「……そうですわ。私の仲間です」

 

立ち尽くしている沙織の前に居たのは、腕を組み、仁王立ちをしている黒いライダースーツの女性。髪を後ろに流したその姿からはどこかヤンキーのような豪快さと柄の悪さを印象付けられる。

 

「ふーん……おい、そこのお前「あー!」」

 

「ん?あー!?」

 

この特徴的な声は……!?

ひょっこりとライダースーツの女性の横から姿を現したのは、あの生意気なガキンチョ、加奈子の姉である漫画家の来栖彼方さんだった。やっほー!と手を振りながらトテトテと小走りでこちらに近づいてくる

 

「さおりーん!きょーすけくん!いえーい!」

 

「いえーい!」

「い、いえーい?」

 

パンパンとハイタッチが決まる。

そして、続いて後ろから……

 

「こんにちは~”お兄ちゃん”!」

 

「っぶほ!!?き、きららさん!?なんなんですか!?その呼び方!?」

 

「あれれ~。ご主人様ってば何動揺してるんですか~?うふふ、うすうす感じてましたけど妹属性好きですか?」

 

「大衆の面前で社会的に抹殺する気ですかいあんたは!?違います!だ、断じて違いますから!!」

 

「にゃはははは!相変わらずキレッキレのツッコミだね~きょーすけ君!」

 

手元を抑えて笑っているのは、一時期彼方さんのアシスタントとして働いていたメイド喫茶で働く女性、星野きららさんだ。

加奈子のバイトをしていた時はよく顔を合わせていたが、まさかこんな場所で、再び顔を合わせることになるとは……。

 

「さおりん氏も久しぶり~!」

 

「……ご無沙汰しております。彼方さん。きららさん」

 

「そだねー!前々回の夏コミ以来かな?」

 

「私は、よく『プリティガーデン』で顔を合わせていますけどねー」

 

「え~!?何それずっるーい!どうせなら私も呼んでくれれば良いのにー!」

 

「にゃははは……」

 

?ど、どういうことだ。

彼方さんと沙織さんたちは知り合いだったのか?

随分と親しそうに見えるけれども……。

 

「……ん!んん!!んんん!!!」

 

とわざとらしく咳をしたのはライダースーツの女。

……すっかり存在を忘れていた。

 

「あー!ごほん!ここに居る会場の諸君!!今日はよく来てくれた!!」

 

片手を上げると、マイクも使わずに会場中に響く声を出すライダースーツの女性。

俺達も、会場の全員もその声に引き込まれるようにして会話を中断する。

 

「今日は私、『fairy』の主催するゲーム大会にお集まりいただきありがとう!」

 

どよ、と会場中にどよめきが起こる。

 

あの『fairy』が日本に!?

女だったのか……?

結構おばさんだな……。

と言った声の数々。ちなみに、今おばさんといったやつはその『fairy』に現在進行形で絞められている。

 

「『fairy』ですって……!?」

 

「黒猫、知ってるか?」

 

「え、えぇ、海外の大会でも活躍している正体不明のプロゲーマーよ。特に格ゲー界では『fairy』の名前を知らない人は居ないほどに有名人、だったのだけれど」

 

そんな人物が主催だと急に宣言したかと思えば、椅子に足を乗せてマイクパフォーマンスは続く。

 

「初めは後ろで友人のプレイを眺める道楽で参加するつもりだったんだが……気が変わった」

 

大きく息を吸い込み、そして指を突き立てる……

 

「私も参加する!」

 

えぇ!?と、会場がどよめく。

プロゲーマーの参戦。俺もそれに驚いていると、それからと更に話は続く。

 

「私が参加するからにはそうだな、まず景品だが……ディ〇ニーランドと言わず、世界旅行に変更だ!!この私に勝ったやつは、どこでも好きな国へ旅行に行かせてやろう!」

 

わッ!?と今度は思わぬ景品のグレードアップに会場中が揺れる。

 

「もちろん……今日は私も本気で行く!!この私、『fairy』に勝って……最強の称号がほしくはないか!?」

 

どわー!!と更に会場全体が湧いた!

会場中の空気が一体となっている。……なんというかこの人、つい耳を傾けたくなるような力強い声をしている。自信たっぷりで、カリスマ性があるというか……会場はすっかりフェアリーコール一色になってしまった。

 

「では、組み合わせの抽選と行こうか!……じゃ、後は任せたぞ」

 

「え?あ、はーい。『それじゃあ、ここからは私、きららが!進行と実況・解説を担当させていただきますねー!みんなさーん今日は一日よろしくお願いしまーす!』

 

わーと会場の興奮は未だに冷めやらない。

 

「あの人、またあんなこと言って……どうせ誰にも負ける気がないくせに……」

 

「あは!でもでも、こっちの方が盛り上がるよねー!」

 

珍しく怒った様子の沙織に、楽しそうにしている彼方さん。

話の流れがわからずにチラチラとこちらを伺っている黒猫。まぁ、まずは俺達には話し合いの時間が必要だろう。

 



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