Dragon Ball KY (だてやまと)
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from:現代

長らく離れていた二次創作に挑戦。
原作コミック準拠で、アニメ版は基本的に考慮しません。GTもかなり無視してます。


 いつもいつも親友に置いていかれる。どれだけの苦労を重ねて、どれだけの傷を負っても。

 常人には到底辿りつけない境地に達していても、それでも親友は、いつだってその先を行っている。

「そう思い詰めるなよ。お前だって凄いと思うぜ」

 気さくな友人は、いつだって肩に手を置いて慰めてくれる。だが、嫌だ。いつだって親友に助けてもらい、ただ横で眺めているだけなんて耐えられるはずが無い。

「仕方ないさ。オレ達は地球人。あいつらサイヤ人は生まれついての戦闘民族。それに加えて、悟空はあのベジータさえ天才だって認めるレベルなんだろ。いくらオレ達が努力したって、どうしようもないぐらいに差が出来ちまったんだよ」

「でも、ヤムチャさん。オレは思うんですよ。悟空が小さかったときには、そりゃオレ達よりも強かったけど……今みたいな差は無かった。悟飯は子供の頃から凄かったけど……結局ブウも、全部悟空が倒したんだ。あの頃だって武天老師さまの厳しい修行をしてたのに、悟飯のような強さには至らなかった」

 クリリンはすっかり老いた手を眺めながら、隣に並ぶヤムチャを盗み見た。彼もまた戦いを離れ、随分と年老いた。未だに若い女と遊んでいるようだが、それも空しさを紛らわせるためだろう。サイヤ人やブウのような存在が無ければ、彼もまた地球では最も強い男の一人には違いないのだから。飽くなき闘争心を秘めていなければ達することのできない境地に至った一人なのだから。

 西の都の片隅にある、小さな酒場。二人は地球人としては桁外れの強さを持ちつつも、最強とは程遠い存在だ。数十年の付き合いと似た境遇から、世界が平和になり、それぞれがそれぞれの生活をしていく中でも、何かと連絡を取り合っていては、このように酒を舐めながら懐かしさに目を細めることが増えていた。

「覚えてますか。ラデイッツに悟空が殺されて、オレ達が神様の神殿に登ったときのこと」

「そりゃ覚えてるさ。あの頃はベジータも敵だったんだよな」

「じゃあ、その後は……サイバイマンに殺されて、界王様のところに行ったんでしたよね?」

 クリリンの問い掛けに、ヤムチャは苦笑いを浮かべる。思えば、あの頃から自分は一度も勝っていない。隣にいるクリリンはその後、ナメック星にて最長老に潜在能力を引き出して貰って、更に強くなったというのに。

「嫌なことを思い出させるなよ」

「違いますよ。むしろ、逆です。ヤムチャさん達は、悟空よりも早くに蛇の道を通り抜けたんでしょう?」

「あ、ああ。悟空は半年掛かったんだっけな。オレ達は一ヶ月もかかっていない」

「それに、ナッパとかいうハゲが言ってましたよ。サイバイマンはパワーだけならラディッツと同等だって。オレ達は、あの頃はまだ悟空の強さにたどり着いていたんだ。先に行くのは悟空でも、ちゃんと追いかけられていた……悟空より後でも、悟空より短期間でクリアしてきた」

 クリリンの言葉に、ヤムチャは頷く。悟空とピッコロが二人がかりでようやく倒したラディッツと、同じだけの戦闘力を持つサイバイマンを、天津飯は一方的に。ヤムチャも油断して相打ちとなったが、クリリンは纏めて数匹を倒したのだ。悟空も既に大人になっており、才能が開花するには十分すぎる年齢になっていただろう。それなのに、自分たちは追いついていた。

「……そりゃ、超サイヤ人になられちゃ敵わないけど……一人だけ、可能性を提示してくれたんです」

「可能性?」

「ええ。あの悟空が、育てれば自分と拮抗すると確信した少年。ウーブですよ。彼はブウの生まれ変わりらしいですけど、肉体はれっきとした地球人です。オレ達と同じですよ」

「……そうかもしれないけど、今更だぞ。もう俺たちもトシだ。神龍に頼んで、若返らせて貰うにしても……すっかり平和になっちまったこの世界で、ストイックに修行ばかりはできないさ」

 そうだ。クリリンの言葉は全て、どうやっても届かなかった過去の自分を悔いているだけの、単なる懐古である。すっかり平和に慣れて、かなりおっかないものの美人の妻を娶り、娘にも恵まれた自分が、再び修行に身を入れられるであろうか。答えは否だ。

 燃え滾る闘志などではないのだ。単なる後悔なのだ。だからこそ、クリリンは思う。どうして、あの頃の自分は弱かったのかと。親友がボロボロになって戦う横で、ただ眺めることしか出来なかったのかと。

「悟空への劣等感だけじゃないな、クリリン。お前は……悟空を助けたかったんだろう」

「ええ。できれば時間を戻したいぐらいですよ。流石に、それは神龍でも出来ないでしょうけど」

「ん。出来るんじゃないのか?」

 ヤムチャがあっさりと言うのを、クリリンは信じられないという目で見た。

 神龍は神の力を超えることは出来ない。神様は人をよみがえらせることは出来ないが、神龍はできるという矛盾は差し置いてもだ。

「いやほら、未来のトランクスがやってきたのは、タイムマシンだろ。ブルマが作ったって聞いたけど、荒廃した未来でだって作れるようなモノならさ、神龍にだって似たようなこと出来るんじゃないか。若返らせることだって出来るなら、全部纏めて元に戻すこともできるだろうし」

 唖然とするクリリンに、ヤムチャはあっけらかんとした様子で説明する。なるほど、確かにそうだ。理屈としては、不可能ではない。

 ただし、時間を戻してしまうとなると、またサイヤ人と死闘を繰り広げて、再びフリーザと戦い、セルやブウという手も足も出ない敵を眺めるだけの日々となってしまう。あの頃だって、ギリギリだったのだ。悟空がもしも負けてしまうとなると、平和な未来を壊してしまうことになる。

「ま、夢物語だな。それにオレ達だって頑張ったから、この未来があると信じたいぜ」

 ヤムチャが自嘲気味に呟くと、クリリンもまた苦笑いを浮かべた。

 そうだ。これが正しい未来だ。この結末を勝ち取ったのは、決して悟空一人の力ではないはずだ。サイヤ人だけではないはずだ。

「だから、そうだな。もしも神龍に頼むんだったら、こうだ。たとえ歴史が変わっても、この世界には影響のないように。そうして、オレ達をあの頃に戻してくれって頼むんだ」

 ヤムチャの言葉は、例え話だ。どう足掻いても、自分たちはサイヤ人のように強くはなれないだろう。

 だが、もしも。もしも強くなれるのであれば。

 あの頃に戻り、親友と肩を並べて、助け合いながら地球を救うのも悪くは無いと、クリリンは思った。

 

 

『御安い御用だ。その願い、聞き届けた』

 

 

 或いは、空耳だったのだろうか。それとも白昼夢だったのだろうか。

 ふと気付いたときには、隣に居たはずのヤムチャが消えていた。否、先ほどまで自分たちが居たのは西の都の酒場だったはずだ。それなのに、どうしてだろうか。カメハウスにいる。

「へ……?」

 クリリンは驚いて辺りを見回すが、確かにカメハウスだ。しかも、身体の様子が先ほどとは違う気がする。老いたりとは言えど鍛え上げた筈の肉体ではなく、若々しいが頼りない。気の総量は落ちているが、力には満ち溢れている。まるで若い頃の自分だ。

「い、いや……違うぞ。まるで若い頃じゃない……これは、本当に若い頃の……」

 咄嗟に周囲を見渡して、鏡を探す。都合よく全身を映すものを見つけて、その前に身を晒したときに、クリリンは思わず飛び上がっていた。

 若い。否、幼くすらある。すっかり懐かしくなった坊主頭に、ウーロンと変わらぬほどの体躯。

 この頃は。そうだ、この肉体の頃を、覚えている。

 悟空がピッコロ大魔王と戦い、打ち勝った後だ。自分は一度タンバリンという魔族に殺されて、ドラゴンボールで蘇った直後だ。

「まさか、本当に神龍が……いや、でもまさか。あの時はドラゴンボールも集めてなかったし、願いがかなうはずが無い」

 状況を整理しようとして、クリリンはハタと気付く。なるほど、これは夢だ。酒に酔い、懐かしい思い出に浸っていた所為で、こんな夢を見てしまっているのだ。

 だが、それにしてもリアルな夢だ。まるで本当に時を遡ったようですらある。

「へへ。この頃はまだ、空も飛べなかったんだよな」

 なんだか懐かしくなって、気を集中させてみる。やはり、全盛期は愚か、年老いた頃のほうがよほど強い。だが、身体を浮かせる程度は出来そうだった。

「お、浮いた浮いた」

 元々、気をコントロールさえすれば、空を飛ぶことはできる。悟飯の妻になったビーデルですら出来ていたことなのだ。彼女もまた中々に強かったが、この頃のクリリンのほうがよほど強い。

「へへ。身体は弱いけど、気のコントロールは感覚だしな。長年の経験は生きるってことか」

 試しに外に出て、手のひらに気を集中させる。自分が編み出した必殺技で、こればかりはフリーザにさえ通用した気円斬である。

 気そのものが少ないためにかなり小さいが、これは気の大きさに威力が依るではなく、気を薄く引き延ばし、回転させることによって切り刻む技である。

「たあっ!」

 中空に目掛けて放つと、見事に飛んでいくではないか。夢にしても、この若さで気円斬を使いこなしていると思えば気分はいい。

「なんと、死ねばパワーアップでもするんかいのう」

 気分良く空中で彼方へと消え去る気円斬を見送っていると、後ろから声がした。亀仙人がクリリンの気に気付いたらしく、ひょっこりと顔を出していた。

「武天老師さま」

「うむ、舞空術といい、先ほどのものも見事な技じゃ。いつの間に身に付けおったんじゃ?」

「あ、あはは。隠れた修行の成果ってやつですよ」

 クリリンは地面に降り立ち、一礼をする。いつまで経っても見た目の変わらない亀仙人に、周囲は特別驚くことも無かったが、自分も年老いてみて初めて、この人は幾つなのだろうかと疑問を覚える。

「しかし、これではもうワシが教えることなど無いのう。カリン塔に登り、さらに修行に続けるか?」

 亀仙人の言葉に、クリリンはこれから先にどのような展開が待っていたのかを思い出す。三年後に行われる天下一武道会で、再び――今度はクリリンも良く知るピッコロと悟空が戦うのだ。否、その前に自分もピッコロと戦う。

「勿論ですよ」

 クリリンが言葉を発そうとしたときに、先にその台詞を奪った男が居た。聞きなれた声であるが、まだ若い。振り返ると、ヤムチャがそこに立っていた。天津飯との試合で折れた足がまだ癒えていないらしく、松葉杖をついているが、顔は溌剌としていた。

「いつまでも悟空に遅れを取るわけにはいきませんからね。クリリン、早速行こう」

 ヤムチャが笑顔で松葉杖をつきながらクリリンに並ぶ。そして、ふわりと身体を浮かべて、するすると上空へと昇っていった。

「なんと、ヤムチャまでが舞空術を。少し見ただけでもう自分のものにしてしまいおったか」

「は、はは。まあ、そういうことです。では、私も行ってまいります」

 クリリンは苦笑いを浮かべながらも、トンと地面を蹴ってヤムチャに並ぶ。ヤムチャがにやりと笑うと、クリリンもそれに答えるように笑った。

「どうやら、願いがかなってしまったようだな。何故かは知らんが、こうなったからにはオレはとことんやるつもりだ」

「オレも、もしかすると夢じゃなくて、本当にそうかもしれないって思ってたところです。やりましょう、ヤムチャさん。目標は……」

「わかっている。まずは次の武道会だろう。オレはシェン……神様に。お前はピッコロに。それぞれ勝って、その次は……オレ達で勝負だ。勝ったほうが悟空と対決できるってことだな」

 ヤムチャの顔には、沸々と込み上がってくる闘志が隠し切れずにいた。やはり、彼もまた戦士なのだ。はっきりとついてしまった実力差に諦めてしまっていたものが、彼の胸にも戻ってきていたのだ。

「行きましょう。こうしちゃいられない……悟空は神様のところで修行している筈です。まずは、そこまで追いつかないと」

「ああ。まずはカリン塔を制覇だな」

 クリリンとヤムチゃはガシッと拳を叩きあい、果てしなく広がる大空に向かって飛び立っていった。

 



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カリン塔

 蘇ったばかりのクリリンと、片足を骨折しているヤムチャであったが、その道のりに苦労は無かった。

 如何せん、追体験のようなものであるから、わからないということがない。ましてや、過去の経験をそのまま受け継いでの追体験だ。気のコントロールや勝負勘、技のキレなど、培ってきたものは幾らでもある。

「足が治るまで登れなかったが、空を飛べるなら話は違うぜ。カリン様に会えば仙豆も貰えるだろうし、それだけでも差をずっと縮められるはずだ」

 ヤムチャの言葉に、クリリンは深く頷いてカリン塔を見上げる。かつての自分は、これをヒイヒイ言いながら登ったものだ。天津飯と餃子は空を飛んでいたが、クリリンとヤムチャはよじ登る他無かったのだ。

 二人は舞空術であっという間にカリン塔を攻略していく。登ることも修行の一環であったはずだが、それを差し置いてもまず、ヤムチャの骨折を治すことが必要だった。

 二人は一時間ほど空を飛び続け、ようやくカリン塔の頂上に到着した。仙猫のカリン様と既にこの場所を住処としたのか、ヤジロベーもが二人を出迎えた。

 カリン様は悟空の仲間である二人を快く受け入れ、修行をつけてくれることになった。仙豆でヤムチャは骨折を瞬く間に直すと、気合を入れてギブスを吹き飛ばす。

「何なら、二人同時に挑んでみるか?」

 カリン様は自信たっぷりに尋ねるが、ヤムチャとクリリンは笑顔で首を横に振る。確かに気も肉体もまだまだ発展途上の二人であるが、知識と経験だけは老成の域だ。

「じゃあ、まずはオレから挑みます」

 ヤムチャが指をポキポキと鳴らして、カリン様お得意の超聖水の試練に挑む。単なる水を得るために苦労をすると知っていれば気も萎えるが、若い頃の肉体の感覚に慣れねばならない。

 余裕の佇まいを見せるカリン様に、ヤムチャはまず真正面から腕を伸ばす。それを軽々と避けるカリン様に、再びヤムチャは馬鹿正直に単調な攻めを続けた。

「ほれほれ、そんなスピードで同じ動きばかりじゃ誰でも避け続けることができるぞ」

 カリン様の軽快な動きに、ヤムチャは口元をにやりと歪ませる。相手が若造で、猪突猛進であると油断をしたからこそ、そのような言葉が出たのだと確信する。

「ふっ!」

 余裕の表情を浮かべるカリン様に、ヤムチャは瞬間的に、出せるだけの気を出して一気に間合いを縮める。不意を突かれたカリン様であるが、流石は御年数百年のベテランである。咄嗟に上体を捻り、見事にヤムチャの腕を避け、超聖水の水差しを守った。筈であったのだが。

「な、なんと!?」

 杖の先に掲げていたはずの水差しが、いつの間にかヤムチャの手の上に乗せられていたのである。そんな馬鹿な話があるかと思うが、事実として超聖水はヤムチャの手にある。

「ど、どうやって……?」

「なぁに、簡単ですよ。幾ら素早くても、避ける時に取る行動にそう差はありませんし、杖の先に引っ掛けた超聖水を動かせる範囲なんて、多寡が知れてます。不意打ち気味の攻撃なら、咄嗟に避けるしかありませんから、自然と一番守りやすい形になるはず。そこさえ見切れば、あらかじめそこに腕を伸ばすだけで済みますからね」

 ヤムチャが超聖水を軽く口に含み、ふうと一息つく。カリン様もヤジロベーも開いた口が塞がらないようであるが、クリリンは平然としていた。あれは、ヤムチャが実際にカリン様との修行で必死で考えた攻略法である。当時は気のコントロールと、的確な動きができずに何度も失敗をしたが、そこが補われている今、一発で獲ることができたのは半ば自明の理である。

「む、むむむ。見事としかいいようがないのう。油断したとは言えども負けは負け。クリリンよ、悪いがヌシには本気で行くぞ」

「は、はは。お手柔らかに」

 苦笑いをするクリリンだが、かつて天津飯や餃子を含めた四人の中で、最も早くにカリン様の修行を終えたのはクリリンであった。純粋な身のこなしで言えば、ピッコロやベジータさえも「中々のもの」と褒めたことすらあるのだ。素早い動きとそれを制御するバランス感覚は誰よりも秀でている。

「では、行きますよ」

「いつでも来い」

 クリリンはしばらくじっと構えたまま、カリン様の様子を窺う。人間ではないので呼吸はつかみにくいが、気の流れで何となく読むことが出来た。

 極力隠していたはずのカリン様の呼吸の間隔をつかむと、クリリンは静から動へと急激に動きを変えた。その刹那、あまりの速度に残像が生まれ、あたかもクリリンは少しも動いていないように見える。

「甘い!」

 だが、流石に油断をしていないカリン様にそのような手は通じない。即座にクリリンの位置を見抜いたカリン様が身を翻すが、それもまたクリリンの計算どおり、クリリンの身体に働いた慣性では体制を整えねば到達できない位置に逃げている。ならば、答えはひとつしかない。慣性に逆らい、安全だと判断しているカリン様の元に一瞬でたどり着くしかない。

「波ッ!」

 クリリンが採った行動は、悟空が舞空術を使いこなすまでの間に多用していた、かめはめ波を推進力とする移動法である。大した威力のかめはめ波ではなかったが、クリリンの小さな身体を制御するには十分すぎるものであった。急激に動きを変えたクリリンに、カリン様は為す術もなく捕まり、その拍子に超聖水を掠め取られる。

「へへっ、一丁あがりっと」

「な、な……悟空でさえ三日かかったというのを、僅か一日。否、たったの一度の挑戦で……」

 驚きを隠せないカリン様だが、クリリン達にとってはこれも通過儀礼のようなものである。とりあえず、これにて仙豆の確保はできた。悟空は今頃、神殿にて神様に修行をつけてもらっているのだろうが、それに合流するか、或いは自分たちで修行をするか。

「カリン様、超聖水は単なる水なんでしょう。悟空に聞きました」

「う、うむ。そうじゃが……それを知っていながら来たということは。超神水を飲みにきたということか?」

「いえ、確かに力を得られるならそうしたいですけど、死んでは元も子もないですからね。まずは修行です」

「そうか。いや、良い判断じゃな。悟空のように、切羽詰っていなければ危険が高すぎるからな」

 まだまだ限界が先にあると知っているクリリンとヤムチャにとって、超神水は敢えて通る必要の無いものである。まずは身体を徹底的に鍛え上げて、自身の最盛期に近づくことが先決なのだ。それでもまだ足りないならば、そのときに飲めば良い。

「で、ではどうだ。悟空も今頃はここの上空にある神様の神殿にて修行をしておる。それに加わってみる資格が、おぬし達にはあるじゃろう」

「神様の修行か……確かに悟空と同じ修行をすれば、悟空に近づくことは出来るけど……ヤムチャさん、オレは自分でやってみようと思うんです」

「奇遇だな。オレも同じことを考えていた」

 クリリンとヤムチャはちらりと目を合わせると、にいっと笑う。わかっているのだ。確かに空気が薄く、ミスターポポという修行の相手が居る神殿は格好の修行の場所であるが、悟空と同じことをやっていては、彼を追い越すことはできない。より短期間で、より良い結果を出す必要があるのだ。

 そしてもうひとつ。心を空にするという修行は、肉体的なものよりも寧ろ、精神的なものであり、それを鍛えるのには長期間を伴う。二人にとってそこは既に通過した場所であり、改めて行う必要は極めて薄かったのだ。

「オレ達は、自分で修行をします。まずは、自分たちで限界まで高めるためにも」

「そうか。うむ、おぬし達もまた立派な戦士よのう。悟空は今よりも更に強くなっていくじゃろう。超えるのは並大抵のことではないぞ?」

「……わかってます。きっと、誰よりも」

 既に大きく引き離されているのだ。そして、本来通っていた道筋では、その差は開くばかりだった。それを改めてやり直すことで、果たして超えることができるのだろうか。

 否、無理だろう。無理だということなど、嫌というほどわかっている。だが、わかっていても、やるしかないのだ。そのために時間を越えてやってきた。そのために、十数年に及ぶ長い苦労を再び味わう覚悟を固めたのだ。

 そう、この世界での悟空の負担を、少しでも減らすために。この世界の悟空に、少しでも強敵であると感じさせたいが為に。

「クリリン、時間は思っている以上に早いもんだ。早速行こう」

「ええ。では、カリン様……オレ達が悟空に勝つところ……ここから見ていてください」

「はっはっは。そう言われるとおぬし達を応援したくなるのう。うむ、しっかりと見届けよう」

 カリン様はそう言うと、仙豆を袋に詰めて、二人に渡す。

「餞別じゃ。少々の無茶な修行でも、これがあれば平気じゃろうて」

「恩に着ます」

 クリリンたちはありがたく受け取り、深々と礼をしてカリン塔を飛び立っていく。その様子をヤジロベーが不思議そうに見送る。

「なんだぁ、あいつら。何しに来たんだかよくわかんねえな」

「……仙豆が欲しかっただけじゃろ。それに見合う実力の持ち主じゃて。スピードもパワーも悟空に劣るが、妙に戦い慣れておるというか。あの若さで老練と呼ばれるような動きをするとは、末恐ろしいもんじゃ」

「ふうん。若作りなだけのジジイだったんじゃねえ?」

 ヤジロベーの適当な言葉が、あながち的外れでないことを知っている人間がいれば、苦笑を禁じえなかったであろう。



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修行!

 カリン塔を離れた二人が向かったのは、カプセルコーポレーションであった。別にヤムチャがブルマに会いに来たわけではない。確かに現時点では恋人同士なのだが、未来を知る二人にとって、ブルマはすっかりベジータの妻として定着してしまっており、ヤムチャとしてはあまり顔を合わせたくないほどである。しかし、それでも向かうのは、悟空を超えるためには、どうしても必要なものがあったからだ。

「何、重力制御室?」

 ブルマの父、ブリーフ博士に面会をした二人は、理由を告げることもせずに要求を突きつけた。これは決して無礼を働こうという思惑ではなく、博士を理解しているからこその振る舞いである。ホイポイカプセルという重力や質量を制御するシステムを開発したブリーフ博士は、一代で巨万の富を手に入れた人間である。だが、その本質は根っからの科学者であり、新たなる研究が最大にして唯一の道楽なのだ。特許によって幾らでも転がり込んでくる金の使い道などロクに無く、適当に寄付をしたり面白そうな研究をしている科学者に支援をしてみたりと、かなり大雑把な使い方をしている。手元に巨額の金を使わずに置いておくと、経済が滞って最終的に自分も損をすることを彼はよく知っていた。

 そんな博士であるからこそ、娘の友人の頼みなど朝飯前に受け入れてしまう。ましてや、彼らがピッコロ大魔王に立ち向かい、自分たちの命を救ってくれたに等しい存在であれば尚更であった。

「ふうむ。確かにホイポイカプセルの原理を応用すれば難しくないがね。修行に使うとなると広さと頑丈さが必要になってくるだろう?」

「出来れば、気圧操作もできると尚更ありがたいです。高所トレーニングも兼ねられるので」

「ほう、それは面白い。肉体への負荷は相当だが、効果的な修行を同時平行で行える環境というのは研究として楽しそうだ。幸い、庭にスペースがあるからそこを改造しよう」

 実にアッサリと話は決まった。そして、博士の恐ろしいところは作ると決めた時には、既に実行に移しているという点だ。重力制御室という言葉を聞いた時から構想がすぐに頭に浮かんでいたのだろう。電話を取り出して瞬く間にカプセルコーポレーションの社員に必要な資材を集めるように連絡している。

 悟空がナメック星に行くために使用した宇宙船など、数日で作られたものである。ブルマの頭脳や行動力もまた賞賛に値すべきものであるが、それが父親譲りであることは間違いない。

 

 ちなみに、クリリンとヤムチャが重力制御室での修行を決めたのは、亀仙人の甲羅つきトレーニングから始まり、神様謹製のの超重いシャツやリストバンドをつけての修行。さらに界王星での十倍重力下でのトレーニングに、宇宙船での修行と、とにかく悟空が超重力下での修行を幼少からずっと続けてきたことにある。

「やっぱり、気の強さじゃ勝てないと思うんだ。あいつらホラ、そのうち金色になるし」

「ですよねえ」

「でもさ、セルのときにトランクスが気ばっかり強くして、セルにボコられてただろ。やっぱり戦いはスピード優先だ」

 元々、ヤムチャとクリリンはパワーで押すタイプの戦士ではない。小柄なクリリンに至ってはその傾向が特に顕著で、豊富な技と素早い動きだけを見れば、ピッコロやベジータでさえも認めたほどである。ヤムチャもまた、単純なパワー勝負では天津飯に遅れを取るが、その本領は狼牙風々拳のような速度と技量での勝負。或いは操気弾のような高度な気のコントロールにある。気の絶対量で敵わない反面、二人の持ち味を最大限に伸ばしてやれば、活路を見出すことはできるのだ。

「オレ達はがむしゃらに強くなることばかりを考えていたが、それだけじゃきっとダメなんだ。長所を伸ばしに伸ばして、自分たちだけの強さを手に入れる。勿論、基礎もしっかりとやらないとすぐに戦いについていけなくなっちまうけどな」

 自分たちの長所で戦う。それは本来ならば当然のことであるはずだが、戦力に於いて圧倒的な差がある場合、長所や短所は無意味になる。クリリンもヤムチャも、己を限界まで極めて尚、サイヤ人や多くの敵には手も足も出なかった。ならばこそ、まずは己の限界を超えるという荒業を成し遂げねばならないのだ。そして、彼らに追いついた上で、自分たちの長所で戦う。少なくとも、現時点ではまだそれは可能なはずだ。可能であるならば、それをしないわけにはいかない。

「じゃあ、重力制御室が完成するまで、とりあえずは軽く組み手といきましょうか。カリン様相手じゃ本気も出せなかったですし」

「おう。けど、気円斬だけは勘弁しろよ。もう死ぬのは勘弁だから」

 クリリンとヤムチャは、笑いながら距離をとって、不意に気を静める。軽い組み手といえども、同格の存在との勝負である。

 まず最初に動いたのはヤムチャだった。素早い身のこなしという一点においてはクリリンに分があるが、狼牙風風拳のような、格闘の連携攻撃にはヤムチャのほうが一日の長がある。間合いを詰めて、格闘戦に持ち込めばリーチや体格の差で優位に立てる。

 風をまいて突進するヤムチャに、クリリンも素早く反応する。まずは後方に大きく跳び、距離をとってから小さな気弾を牽制で放ってヤムチャの勢いを殺そうとするが、ヤムチャも戦闘においては老練の域である。手刀で気弾を弾いて、さらに距離を詰める。

「しゃあっ!」

 クリリンを間合いに捉えたと見て、ヤムチャが鋭い突きを繰り出す。クリリンはそれを身を低くして避けると、敢えて前進して懐に潜り込み、脇腹を狙って拳を突き出す。小柄で手足も短いクリリンであるが、それ故に最大限まで近接すると、極めて格闘が困難になる。勢いを乗せた攻撃を行おうとするには近すぎるのだ。尤も、相手の懐に入り込むのが至難の業であるため、ヤムチャのように突進を仕掛けてくる相手でなければ取れない戦法でもあるのだが。

 クリリンの拳は、咄嗟に身体を捻ったヤムチャに寸前でかわされたが、体勢を崩したところに追撃をかける。牽制の足払いから、不意打ちの顔面への連携攻撃に、ヤムチャは分が悪いと見て大きく後方に飛びのいた。

「リーチが短いことを武器にするとはな」

「あんまり身長、伸びなかったものですから」

 クリリンが自嘲気味に呟く。武闘家として、大きな体格はそれだけで憧れであり、クリリンもまた成人してからも身長が伸びることをずっと期待していた。だが、結局人並みの身長に至ることは無く、それを運命と割り切って短躯ならではの戦法を編み出した頃には、戦いについていけなくなっていた。気の操作を得意としており、それを最大の武器にするとは決めているが、格闘戦が出来なくては話にならない。

 一拍の間を置いて、今度はクリリンが攻撃を仕掛ける。先ほどは意表を突いた攻撃で機先を制したが、格闘戦においてはヤムチャに利がある。

 クリリンを迎え撃つ形になったヤムチャは、クリリンが取った行動とは逆に、ぶつかり合うように突撃する。すかさずクリリンは気弾で自分の進路を急激に変えてかわそうとするが、ヤムチャがすがるように軌道を変えて追いかける。直線の動きでは分が悪いと見て、クリリンは舞空術を随所に織り交ぜた撹乱戦法に切り替える。

「はっ!」

 ある意味、愚直なまでにクリリンを追いかけるヤムチャの拳が空を切る。目で感じようとせずに、気を捉えて攻撃を繰り出すのだが、初動の差からクリリンには攻撃が届かない。

 さらにクリリンは動きに緩急をつけて、ヤムチャの攻撃を誘う。ヤムチャもそれが陽動であることは理解していたが、敢えてクリリンの作戦に飛び込んだ。

 逃げてばかりでは話にならない。クリリンはヤムチャの攻撃の隙を見て、飛び蹴りを放つ。だが、ヤムチャはそれを待っていた。

 クリリンの飛び蹴りを、かすかに身体を捻ってダメージを最小限に抑えると、そのままクリリンの胴を両腕でがっちりとつかみ、地面に叩きつける。

「ぐぇっ!?」

「しゃあっ!」

 身体が軽くバウンドして、反応しきれないクリリンにヤムチャはすかさず連打を浴びせる。一度捕まえてしまえばヤムチャ得意のラッシュで、一気呵成に勝負はつく。

 風をまいて襲い掛かる、狼の牙の如き拳。亀仙流として一から鍛えなおしてからは、その修行から導き出された動きで翻弄しつつ攻撃する、新狼牙風風拳である。

 激しい連打に、クリリンは為す術も無く打ちのめされていく。だが、ヤムチャもスピードだけは本気だが、パワーは抑えている。決してクリリンを倒したいわけではなく、あくまでも組み手である。さほど堪えてもいないだろうが、一旦仕切り直すために距離を開ける。

「いてて……やっぱり連打となるとヤムチャさんから逃げるのは難しいなぁ」

「お家芸ってやつだ。そう簡単に逃げられちゃ話にならないさ」

 ヤムチャが手を伸ばすと、クリリンはその手に掴まって身体を起こす。

「さあ、続けようか。経験はあっても、まだ勝負勘が帰ってきていないみたいだしな」

「へへ、また修行しなくちゃいけないことより、また強くなれることのほうが嬉しいとか。俺たちどこかおかしいですね」

 クリリンとヤムチャは呵々と笑い、再び組み手に明け暮れた。

 

 

 重力制御室はブリーフ博士の指示の元、三日で作り上げられた。

 分厚いコンクリートを敷き、鋼鉄で囲って、重力を閉じ込めた上に、衝撃に耐える仕組みになっている。広さも天下一武道会の武舞台程度はあり、まだ全盛期とは程遠いクリリン達にとっては十分すぎる頑丈さと広さである。ブリーフ博士曰く、ステレオの位置が定まらないとのことだが、基本的に修行中に音楽は聴かないので、全く無用の長物である。

 内部に入ったクリリンとヤムチャは、ステレオセットを無視して早速修行を開始することにした。

「何倍から始めようか?」

 ヤムチャが制御パネルを開いて、重力の設定コンソールを表示させる。重力は1,5倍から100倍まで自由に入力できるようになっていた。100倍と言えば、ナメック星に行く途中に悟空が修行していた時と同じ重量だ。

「まずは5倍くらいから始めましょうか。界王星で修行をしたときが、確か10倍でしたよね?」

「ああ、あのときよりも身体はまだ弱いからな。5倍だと俺で400Kg程度になる計算だが、まあそれぐらいなら容易いだろう」

 ヤムチャがコンソールを弄り、重力を5倍に設定する。途端に、二人の身体は地面に縫い付けられたかのようにずしりと重くなり、クリリンは思わず膝をついた。

「うげ……5倍でこれか……」

 想像を超える重さに、ふと先ほどまで自分たちが修行用に鉛入りのシャツを着込んでいたことに気付く。合計で50Kgになる錘であるから、小柄なクリリンにとっては自分の体重が倍になっているようなものである。実質、10倍の重力を受けている計算だ。

「ぬ、う……し、失敗した……と、とりあえず服を脱ぐぞ」

 ヤムチャは必死に服を脱ぎ、ようやく立てる程度の重みになった。クリリンも服を脱ぐと、立って見せる。

「……とりあえず、歩くところから始めようか」

「そうですね」

 二人の修行は、赤ん坊レベルからのスタートとなった。

 片足を上げる程度で手間取り、数時間後には耐え切れずに元の重力に戻した。歩くだけで一苦労である。

 だが、成果を得ることはできた。たった数時間の重力でも、元に戻ったときに嘘のように身体が軽かったのだ。成果が出れば修行は一気に楽しくなる。翌日も二人は5倍重力での歩行訓練に挑み、さらに日を重ね。最終的にボロボロになって動けなくなると、仙豆を食べて万全の状態に戻る。そんな無茶な修行を一週間も繰り返すと、5倍重力の中でも腕立て伏せ程度ならできるようになってきた。

 さらに一ヶ月。思うように身体が動くようになってくれば、組み手へと修行を移行。超重力下での組み手は思っていた以上にハードであり、二ヶ月を要した。

 結局、5倍重力を完璧にものにするのに要した時間は三ヶ月半近く。天下一武道会への期間のうち、八分の一が過ぎてしまっていた。

 だが、おかげで随分と気の総量と肉体の頑強さは増したといえる。組み手の相手が同じ修行を続けているものだから、誰かを圧倒するような達成感が無いのは残念であるが、成果は全て天下一武道会で見せればいいだけのことだ。

5倍重力の次は7倍。ここでも大いに苦労した。元々、通常の重力で生活するように構成された肉体であるから、どれだけ鍛え上げても、最初から10倍の重力の中で生まれたサイヤ人とは違って、中々成長してくれない。気を開放すれば10倍重力下でも動くことが出来るようになったが、肉体への負荷が減ってくれないのである。

 十数年、通常の重力に慣れ親しみ、その環境下で鍛えられてきた肉体を何とかしなければならなかった。どのような手段を取るべきかと相談するクリリンとヤムチャであったが、答えは長い戦いの記憶の中にきちんと存在していた。

「セルと戦ったとき、悟空は超サイヤ人の状態をベースにしてた。要は、あれだ」

 本来は戦闘形態である超サイヤ人の状態を日常生活でも維持することによって、負荷を減らす。つまり、強引に肉体を慣れさせてしまうという手段である。

 さらに強くなるためには、まず強くなるための土台を作らねばならなかったのだ。悟空が強いのは、生まれた環境や血によるものに、修行を上乗せしたものだ。同じ修行を続けてきたクリリンとの違いは、土台の部分でしかない。

 二人は早速、重力制御室に家財道具を持ち運び、まずは3倍重力下での「生活」を試みた。食事や読書、テレビ観賞など、リラックスできる環境で、きちんとリラックスできるまで身体を慣らそうとしたのである。

 勿論、トレーニングも欠かさないのだが、あくまでも筋力トレーニングと瞑想などに留め、人が生きるための活動のほとんどを超重力下で行うようにしたのである。もっとも、サイヤ人などには及ばないにしても、趣味も日常も概ね鍛錬に費やしてきた二人である。ただでさえ叶えられなかった夢を、改めて追いかける機会を得て修行こそが人生であると思い至っているのだ。食事や家事は兎も角、暇潰しに本を読むことすらあまり得意とは言えずに、結局イメージトレーニングをしてしまったりと、思わぬ難航を見せたのだが。

 それでも、一週間で寝転がってテレビを観ることが出来るようになった。一ヶ月ではじめて欠伸をすることができた。さらに三ヶ月を経て、睡眠にまで成功した。最も無防備で、リラックスした状態である睡眠に至ったということが、重力を克服したという証明であろう。二人は続いて4倍に挑戦して、少しずつ、少しずつ強靭な肉体への土台作りを進めていく。

 結局、二人が天下一武道会に出場するまでの期間で克服したのは、7倍重力まで。ボロボロになった道着を新調して、修行の場を作成した上に、修行中の食事や寝床の面倒まで見てくれたブリーフ博士に丁寧に礼を述べると、二人は確かな手ごたえを感じつつ、天下一武道会の会場へと向かった。

 



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クリリンVSマジュニア

ようやく本格的なバトルですが、実はバトル書くの苦手です。


 第二十三回天下一武道会。懐かしい面々との再会もそこそこに、予選が始まる。

 クリリンとヤムチャにしてみれば若い仲間たちに会うのはそれこそ数十年ぶりである。改めて見てみると、なるほど悟空はずっと若いままだと思っていたが、この頃は幼さがまだ少し残っている。

 餃子の超能力のおかげで仲間たちとは予選でかち合わないようにしてもらうのも前回と同一。決勝に駒を進めた面々も全く同じであった。

 あまりに同じ展開であるために、クリリンとヤムチャは懐かしい気持ちで見守ることができた。案の定、第一試合の天津飯と桃白白の旧師弟対決は、天津飯に胸の傷が出来るだけの結果に終わり、第二試合の悟空対チチは結婚して終わった。

 続く第三試合。遂にクリリンとマジュニア――つまりピッコロとの勝負が始まる。

 考えてみれば、油断していたとは言えどピッコロとしばらくはまともに格闘をしていたものだとクリリンは過去を懐かしむ。最終的にピッコロは人造人間たち。つまりクリリンにとっては嫁の強さと同等にまでどんどんと強くなっていくのだ。セルゲーム前に精神と時の部屋で修行を行い、さらに強くなったはずなので、おそらくは嫁以上。あのときに戦っていたとしたら、殴っても蹴っても、まあミスターサタンがブウに殴りかかるのと大差ないレベルであっただろう。

 だが、かつての現在。つまり、第二十二回天下一武道会においては、油断しているピッコロとならばいい勝負ができていた。そして今この瞬間。クリリンは当時よりも強くなっているはずだ。勝機はあるはずだ。

 何よりも、この瞬間でようやく、この無謀な試みの結果が出るのである。当時でさえ、限界を越えようと必死であったのを、さらに超えた強さを身に付けるという、ほとんどマゾヒストのような挑戦に、果たして意味はあったのだろうか。まだここは最終目的の場ではないが、少しは目に見える成果が欲しいと思うのは、致し方ないことであろう。

 武舞台で対峙するピッコロは、クリリンの内心など知る由もない。薄らわらいを浮かべて、明らかに格下だと余裕の表情を見せていた。

「ザコめ」

「……わかっちゃいるけど、キザなヤロー」

 今のピッコロは基本的に悪と考えても問題ない。悟空やヤムチャ達に次いで付き合いの長いピッコロであるが、このときはまだ敵なのだ。

「クリリン、頑張れよ!」

 悟空の声援が頼もしい。一方、同じ夢を抱き、三年間みっちりと修行を共に続けたヤムチャは、じいっとクリリンとピッコロを見比べている。彼もまた、気になっているのだ。自分たちは、一体どれほどに強くなったのか。一体、この超戦士にどこまで通用するのかを。

「第三試合、はじめ!」

 審判の掛け声と共に、クリリン対ピッコロの試合がはじまる。

 素早く構えを取るクリリンに対して、ピッコロは余裕の表情を浮かべている。なるほど、これ以上ないほどに舐めてかかっているわけである。

 ならば、度肝を抜いて本気にさせるしかあるまい。クリリンは構えを取り続けたまま、気を溜め始める。

「くく、どうしたかかってこんのか?」

「……ちぇっ、そんなに来て欲しいなら……いってやる!!」

 ピッコロの挑発に乗った振りをして、一気に気を開放させてクリリンは突撃する。

「!!」

 驚いたのはピッコロだった。侮っていたザコが、思いもよらない速度で突っ込んできたのだ。咄嗟のことに反応しきれず、先制の拳をモロに腹に受ける。

 重く、鋭い一撃であった。ずん、という鈍い音が客席にも伝わるほどで、ピッコロの身体が「く」の字に折れ曲がる。

「が……っ!!?」

 ずるりとクリリンの身体にもたれかかり、そのまま地に伏せる。

「あ、えーと……マジュニア選手、ダウン!」

 あまりの早業に、一瞬誰もが反応できずにいた。ただ、多くの激戦を間近で見てきただけあり、どうやら随分慣れてしまったのだろう。審判は一人先に忘我から抜け出すと、カウントを取り始める。

「す、すげえ……クリリン、あんなに強くなってたのか」

 悟空がたまげたように目を見張るが、ヤムチャは首を傾ぐ。確かに強くなったが、クリリンの本気の速度はあんなものではない。先制の様子見でしかないはずだ。もしかすると、自分たちは予想よりもずっと強くなっているのではないだろうかと頬を緩めそうになるが、すぐに首を振る。そう思って油断した結果が万年一回戦負けである。

「ファイブ……シックス……」

 一方、審判のカウントに、ピッコロがのろのろと立ち上がる。有り得ないという驚愕の表情を浮かべていたが、やがて大きく息を吐き、心を静める。

「貴様、ザコとばかり思っていたが、中々やるようだな」

「へへ、オレも驚いてるよ。思ってた以上に、中々やるよな、オレ」

 軽く挑発したつもりのピッコロであったが、クリリンは妙に素直に頷く。あのピッコロにダメージを与えただけで、あの頃とは違うということがわかったからだ。

 妙なヤツだとピッコロは鼻白むが、己が油断していたことと、クリリンが一筋縄ではいかないことを悟り、精神を集中させていく。つまり、本気を出すということだ。

「きたきたっ……」

 クリリンはピッコロの気が高まるのを感じ取りながら、負けじとばかりに気を高める。

「はっ!」

「しゃっ!」

 両者が弾かれたように飛び出し、武舞台の中央で激突する。両者の拳が重なり、そのままお互いの手を重ねての力比べに移行。クリリンは渾身の力を込めるが、体格差もあって、不利な姿勢を強いられる。

「ぐ、ぐ……」

「思っていた以上にやるな。だが、ザコではないがチビだ」

 ぐいぐいとピッコロが押し始め、不意打ち気味に目から怪光線を放つ。咄嗟にクリリンはそれをかわすが、バランスを崩して一気に押される。

「波ッ!」

 崩れたバランスもそのままに、両の手のひらをピッコロと重ねたまま気弾を放つ。密着していた手から、直接放たれたそれはピッコロの両腕を弾き飛ばし、体勢を崩させる。

 好機とばかりに、クリリンは一気に間合いを詰めて格闘戦を仕掛ける。短い手足を活かした、相手の懐での連打を浴びせかける。

「おおおおおっ!!」

 チビにはチビの戦い方がある。体格で負けようが、腕力で負けようが。気で負けていても。スピードと技では譲らない。

「ぬ、ぐっ!?」

 一撃の威力はさほどでもないが、その場所と積み重なりによって大きなダメージとなる。腹筋の合間の鍛えようが無い急所。肺の酸素を奪うような心臓打ち。人体の中でも特に脆い顎。全てがクリリンのリーチの範疇だ。

 浴びせかけるような連打に、ピッコロが気を放出してクリリンを弾き飛ばす。周囲に熱波が走り、観客達の悲鳴が響いた。

 クリリンは咄嗟に後ろに飛びのいたものの、至近距離にいたことが災いして結構なダメージを食らう。だが、この技は全方位に気を放出する逃げようの無い攻撃であり、ぶっちゃけた話どこに居ようが大差ない。むしろ、全方位に放出したピッコロのスタミナのほうが危ぶまれるほどだ。

「く、クソガキが……!」

「へへ、やっぱ強いなアンタ。今なら悟空がワクワクするって言ってたの、わかる気がするよ」

 クリリンは確信する。決して押しっ放しの優勢ではないにしろ、本気のピッコロを相手に引けをとってはいない。あの時、ほとんど一方的に打ちのめされた自分とは違う。

 気を満たし、いつでも組み合いに持ち込める状態でありながら、心は驚くほどに冷静で、ピッコロが予想外の出来事に平静を失っている様子もよくわかる。戦いが熾烈を極めるにつれて観戦するしかできなかったクリリンだが、戦闘の天才である悟空の戦いを見続けてきたと言い換えてもいい。ベジータと戦ったときも、フリーザと戦ったときも、セルのときも。たとえ実力で及ばずとも、悟空は我を忘れて突撃するような真似はしなかった。冷静に相手の力と行動を押し測り、自分に出来るベストを選択していた。

 それを眺め続けていたクリリンもまた、悟空の卓越した戦闘を熟知していたのである。

 頭に血がのぼったピッコロだが、クリリンをザコと侮っていないこともあって慎重な部分が残っている。もう一押しすれば、我を忘れて力押しになる。

 ならば、小賢しい手で挑発するのがベストだ。

「太陽拳!」

 ほとんど不意打ちだと言っていいだろう。お互いに仕切り直しをするタイミングで、抜き打ちで放った太陽拳はピッコロの視力を一時的に奪い、最大の攻撃のチャンスを生んだ。ここでラッシュを浴びせれば、ピッコロは激怒して大振りな攻撃を仕掛けてくるに違いない。そうなれば矮躯なクリリンにとっては最も捌き易い相手と化す。

 目を眩ましているピッコロに、クリリンは颯爽と突撃する。折角視覚を奪ったのだ。悠々と後方に回り込んで飛び蹴りを後頭部に叩き込もうとする。

 しかし、これは逆にクリリンの油断であった。ピッコロはまるでクリリンが後ろに居ることを知っていたかのように、後方に回し蹴りを繰り出したのである。相手の攻撃を考慮していなかったクリリンは肩に蹴りをモロに喰らって武舞台に叩きつけられる。

「ぐぎっ……な、なんで……?」

「目に頼って戦うなど愚かなことだ」

 気を探って位置を把握するという、基本中の基本のことだ。勿論クリリンにも出来ることであるし、常にしていることでもある。だが、クリリンが元の時間軸でそこに到達したのは神様に修行をつけてもらった後のことである。このときのピッコロは、既にその境地にまで到達しているということなのだろう。

 なんて差なのだろうと思う。戦闘タイプのナメック星人やサイヤ人というのは、ここまで戦いに順応できるものなのだろうか。

 否、疑う余地などあるはずもない。今まではこの差がどんどんと広がっていったのだ。クリリン達だって努力を怠っていたわけではないにも関わらず、差は広がっていく一方だった。

「……ほんと、オレって馬鹿な真似してるよなぁ」

 クリリンは体勢を立て直しつつ、今更ながらに自分のしていることが馬鹿げていると再確認する。

 先に行けば行くほど遠くなっていく存在に追いつくという、無謀な挑戦。その最初の関門ですら梃子摺るという現実に、ただただ笑みがこぼれてくる。

「はあっ!」

 クリリンは気を開放して、風をまいてピッコロに突進する。無茶や無謀ではない。攻めねば負けるのだ。あれだけの修行をしても、まだ「いい勝負」でしかないならば、全力を出し切らねばならない。

「はっ!」

 ピッコロも一筋縄ではいかないと見て、視力の回復を確認すると弾かれたように前に出た。両者が激突して、激しい拳の応酬に移行する。

 一般の観客からは、二人が何をしているのかなど見えるはずも無い。戦いを捉えているのはごく僅かな人間。悟空は流石に正確に捉えているが、隣で観戦する天津飯はやや追い切れていない。神様も見えてはいるようだが、既に亀仙人の目は追いつかず、ほかに見えているのはヤムチャだけだった。

「!」

「!」

 ぴくりと悟空とヤムチャが反応する。激しい格闘戦は拮抗していたが、微かにクリリンが押され始めてきたのである。

「マズいな。スピードではややクリリンに分があるが、マジュニアにはパワーがある」

「ああ。しかもクリリンの体格じゃリーチが足りない。懐に入ろうにも、随分と警戒されてるみてえだ」

 どれだけパワーがあっても当たらなければ意味が無いのと同じで、どれだけ早くても威力が無くては意味が無い。

 無論、クリリンもパワーが無いわけではない。しかし、渾身の一撃を放つには悟空の言葉どおりリーチが圧倒的に足りないのだ。懸命に懐にもぐりこもうとするクリリンに、ピッコロはそれだけはさすまいと絶妙な距離を保ち、攻撃の手も休めない。

 驚くばかりなのは天津飯である。自分より弱いと思っていたクリリンが、明らかに自分よりも数段上の試合をしている。しかし、そのクリリンをピッコロは押し始めているのだという。

「参ったな。ライバルは孫だけじゃないらしい」

 勿論、天津飯にも四身の拳という一体、何をどうすれば出来るのか見当もつかない技を引っ提げて二連覇を目標としているが、四人になったところで勝てる気がしない。

 否、それ以上に驚いているのが激しい戦いを繰り広げている中で、悟空と同じく冷静に試合を眺めているヤムチャだ。前回は圧倒的な差でもって沈めた相手であり、今回も対戦するとなれば自分が勝つ自信があったのだが、この戦いを見て動揺している仕草が無い。

「ヤムチャ。お前、驚かないのか?」

「いや、驚いている。俺たち、随分強くなったんだってな」

「……は?」

「ああ、クリリンと一緒に修行をしてたもんでな。お互いに強くなっているとは思ってたけど、ほかに比べる相手が居なかったから、どれぐらい強くなってたのかわからなかったんだ」

「……つまり、お前もクリリンと同じくらい強いのか?」

「さあな。ただ、組み手の成績だと同じくらいだった気がする」

 これには天津飯も絶句である。もしかすると、オレは仲間内で一番弱いのかもしれないという危惧すらある。いやいや、チャオズには勝っていると思い直すが、下から数えたほうが早い。

「……大会が終われば、オレも一緒に修行していいか?」

 この大会は捨てる。だが、次の大会では再び優勝を勝ち取る。そのために今は恥を忍んでヤムチャたちの驚異的なパワーアップの秘訣を探ることが先決だろう。

「無事に終われば、な」

 ヤムチャは内心で天津飯もまた、元の時代で共に席を囲んでいれば同じ立場に居たかもしれないと思うと、彼の申し出を断ることは出来なかった。

 

 一方、クリリンとピッコロの試合はますますクリリンに旗色悪く傾いてきていた。

 このままでは疲弊するだけで勝つことは出来ない。クリリンは大きく飛びのいて、作戦を切り替える。速度だけで勝負できないならば、気のコントロールで勝負するしかない。

 気を溜めて、待ち構えるピッコロに追跡気弾を放つ。小型で威力も大したことは無いが、追尾性能はかなりのものである。ピッコロは一度は避けたものの、追ってくる気弾に鬱陶しいと思ったのだろう、気弾を放って相殺する。だが、その隙を突いてクリリンは再び追尾弾を放つ。しかも今度は二つである。

「ええい、小賢しいッ!」

 追ってくる二つの気弾に、ピッコロは目から光線を放って相殺する。が、何故かクリリン。今度は三つの追尾弾を放っていた。

「キサマ、馬鹿にしているのか!?」

「へへ、避けないと痛いぞ?」

 明らかに馬鹿にしているような言動に、ピッコロは苛立ち、迫り来る気弾を鬱陶しそうに弾き飛ばす。高々、威力は知れているのだ。

 だが、次にやって来た四発の気弾に、いよいよ嫌気が差した。最早、避けるまでも無いと判断して、強引にクリリン目掛けて突撃してくる。

「五発撃ってみろ。それがキサマの最後だ」

「御生憎。撃つのは後、一発だ」

 そろそろキレる頃だろうと待ち構えていたクリリンは、宣言どおりに一発の気弾を放つ。だが、それは単なる気弾ではない。曲芸のようなそれまでの気弾を囮にした、渾身の一撃だった。

「かめはめ波ッ!!」

「し、しまった!!?」

 思いがけない強烈な必殺技に、ピッコロは咄嗟に勢いを殺して防御に回るが、時既に遅し。特大のかめはめ波が直撃して、空中に弾かれる。

「やった!!」

 勝利を確信したクリリンが笑みを見せ、修行の成果を喜び合いたいがためにヤムチャを。何よりも悟空に報せようと振り返ったときだった。

「まだ終わってねえ。クリリン、避けろ!」

 悟空の叫ぶ声と共に、クリリンの身体がぐいっと引っ張られて、宙に舞う。

 ピッコロが腕を自在に伸ばすことを失念していたのだ。長く、数メートルも伸びた腕に足を掴まれて、引っ張られたというわけである。

「うわっ!」

 慌てるクリリンに、ピッコロは腕を元の長さに戻してクリリンを引き寄せる。かめはめ波を喰らい、ぼろぼろになったとは言えど、気の総量で言えばまだまだクリリンはピッコロに及ぶものではなかったらしい。一撃で全てにケリがつくと考えたクリリンが甘かったといえる。

 一方、ピッコロもクリリンの予想以上の能力と戦略に危惧を覚えていた。強敵だ。このまま勝負を長引かせれば、負けることは無くても疲弊が激しすぎる。この好機を逃さない。

 拳を握り、満身の力を込めてクリリンの顔面を殴りつける。吹き飛ばす方向は、芝生の生い茂った場外の部分だ。

 油断した上に、強烈な一撃を顎に叩き込まれたクリリンは、咄嗟に空中で体勢を立て直すものの、着地するのが精一杯。どかんと場外に身体をぶつけて、ピッコロを睨みつけるものの、己の敗北を悟ってその場にしりもちをついた。

「駄目だ……やっぱ強いや」

 まだ戦う力は残っているが、試合には負けた。しかも、戦えるとは言っても、お互いに消耗戦になるだけで勝つことはないだろう。

 散々修行をしておきながら、負けた。悔しさに涙が出そうになるが、流石は老練の戦士でもある。一呼吸で気持ちを落ち着けると、とんと地面を蹴って武舞台に戻り、一礼をして去る。

 通じなかったわけではない。過去に戦ったときよりもずっと良い勝負ができた。殺して良い相手であれば、気円斬などを駆使して倒せていたかもしれない。

「クリリン、すげえなっ。オラたまげたぞ。いつの間にあんなに強くなったんだ!?」

 少なくとも、悟空が心底嬉しそうに肩を抱きに来たこの状況があれば、ひとまずはよしとしよう。そう思ってヤムチャに目配せをする。ヤムチャもまた、深く頷いてクリリンの肩に手を置くと、精神を集中させていく。

 クリリンは負けたが、まだ終わっては居ない。十分に実力で伯仲するという証明をしてくれたのだ。

 ならば、オレは勝って見せよう。万年一回戦負けという汚名を返上してみせる。

「ヤムチャさん、後は頼みます」

「ああ。オレが勝つ」

 滾る闘志を胸に秘め、ヤムチャは試合の開始を静かに待った。

 



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足元がお留守ですよ

 白熱した試合に会場が盛り上がる中、審判にしてアナウンサーのグラサンがヤムチャとシェンの名を呼ぶ。

 頼りない、どこにでもいるオッサンに乗り移った神様だが、なるほど隠された実力を測ってみるととんでもない。ヤムチャはかつての己が油断したことを思い返しながら、武舞台に立つ。

 一方、シェンもまた、油断を一切していないヤムチャに舌をまきながら武舞台に立つ。

「いいですねぇ。どうやらアナタは、見た目で人を判断するような真似はなさらないようだ」

「……昔っからそれで、痛い目みてますからね」

 大いに自嘲しながら、それでもヤムチャは精神を統一してコンディションを整えていく。こんな自嘲で気が抜けていては油断以前の問題だ。もっとも、以前は油断せずとも負けていた戦いばかりではあるのだが、今回は違う。

「第四試合、開始!」

 審判の掛け声に、ヤムチャは弾かれたように飛び出す。先手必勝である。

「む!」

 シェンは流石に動揺することもなく、微かに身体を捻ってヤムチャの拳を避けると、そのまま蹴りを繰り出す。回避から攻撃までの流れがあまりにも流麗であり、吸い込まれるように死角になっていたヤムチャの脇腹に突き刺さる。否、突き刺さったように見えた。

「ぐうっ!!」

 シェンのカウンターが決まったかのように見えたが、うめき声を上げたのはシェンだった。蹴りを入れるための軸足をヤムチャに掬われて、バランスを崩したところを手刀で追撃されたのである。咄嗟に腕で防御したが、その威力は生半可ではなく、武舞台の端まで吹き飛ばされる。

「攻撃の隙を見つけたと思えば、囮か……!!」

「足元がお留守になっていましたよ」

 この屈辱的なセリフを忘れたことは無かった。ゆえに、ヤムチャは考えていたのである。

 絶対にシェンに対して、こっちからこのセリフを放ってやろうと。最初の攻防はいわばこのためだけにしたことであり、ダメージも何も期待してはいない。だが、思いのほかシェンに対しては堪えたようで、未だに体勢が整いきってはいない。

「勝機!」

「ぬっ!?」

 ヤムチャは体勢を立て直しつつあるシェンに超スピードで猛追をかける。天下一武道会はトーナメント戦で、しかも一日で全試合を完了させるハードスケジュールである。正直なところ、先に待ち構える相手が悟空とピッコロとあっては、余計な体力を消耗するわけにはいかない。勿論、仙豆の用意はしているが、自分だけが万全な状態を維持するのはフェアではない。

 正直なところ、シェン相手に体力の消耗などしている場合ではないのである。

「狼牙風風拳!」

 亀仙流の門下生ではあれど、ヤムチャの得意技はやはりこれである。風をまいての激しいラッシュ。修行で身につけた無駄のない動きと長年の戦いで得た冷静な心は、まさしく獲物を狩る狼の牙だ。

 迎撃姿勢のシェンだが、集中して気を開放させるには至らない。一度距離を置こうにも、ヤムチャの素早さはそれを許してくれそうにもないからだ。

 防戦に追い込まれるシェンだが、活路はあった。若さに任せた突進には必ず隙が出来るからだ。

 華麗な連続攻撃といえども、攻撃の合間に隠された隙がある。先ほどはその隙を逆手に取られたが、既に押し切ろうとしているヤムチャが、わざわざ隙を作って反撃を誘う真似はすまい。

 どうやら狼牙風風拳という大層な名のついたこの連打は、鋭い突きを決定打としているようである。少々のダメージは覚悟で隙を見出して攻撃に転じなければ負けが待つ。

「はっ」

 ヤムチャが牽制に近い連打を放った瞬間、シェンは一気に前に出てそれを躱すこともなく、反撃に転じる。しかし、ヤムチャは驚くこともなく拳を不意に緩め、シェンの特攻をやはり避けることもなく喰らう。

 少々のダメージを喰らうことはお互い様だったようだ。シェンの拳を受けつつも、ヤムチャはシェンの胸ぐらを掴むと、思い切り武舞台に叩きつけてしまう。

「ぐッ!」

 軽くバウンドしたシェンは今度こそ動きを封じられるヤムチャはここぞとばかりに連打を浴びせかけ、とどめとばかりに両手を前に突き出してシェンを場外まで弾き飛ばす。

 無論、舞空術を使えるシェンだが、弾き飛ばされながら彼我の実力の差について考えた。どうやら考えていた以上に人間は強く、先ほどのクリリンという戦士もピッコロと極めていい勝負にまで持ち込んでいた。地力で言えばヤムチャもまた彼に近く、ならばここで体力の削り合いをするよりも、万全の状態でピッコロとヤムチャを対戦させたほうが目的は達成されるのではなかろうか。

 少なくとも、この一撃の重みはたとえ元の身体であったとしても放つことはできない。瞬発力も技のキレも、どう考えても自分よりもヤムチャのほうが一枚上手である。小賢しい策ならば長年生きてきた自分に分があるのかもしれないが、それがピッコロに通用するかはまた別の話。

 それにである。別に試合にこだわらずとも良いのだ。要は魔封波をピッコロに当ててしまえば良いのだから、ピッコロがヤムチャか、或いは悟空に負けた時点で魔封波を仕掛けてしまえばいい。仮に二人に勝ったとしても、そのときのピッコロはおそらく相当傷ついているはずだ。

 ここで体力の消耗をして、ボロボロの状態でピッコロと相対するよりは全てにおいて都合がいい。

「神が人に希望を託す、か」

 自嘲気味に呟いたシェンは、体勢だけを整えて場外に着地すると、借主の身体に大事がないことを確認して、へらへらと笑ってみせる。

 審判がヤムチャの勝利を宣言して、シェンはよたよたと武舞台に戻ると、ヤムチャに一礼をして、そっと武舞台から去った。

 

 ヤムチャは苦笑しながらも、万年一回戦負けの汚名をついに返上したことに安堵して、武舞台を去る。見るからにショボそうなオッサンを倒しただけという結末しか観客には伝わらず、盛り上がりこそイマイチであったが、クリリンは素直に祝福し、悟空は神様が負けたことに少し戸惑ったようだが、ヤムチャが強くなったことの喜びが勝ったらしい。

「考えたら、ハラ減ってたとはいえ、じいちゃん以外にマトモな勝負をしたのはヤムチャが初めてだったな。あれから亀仙人のじっちゃんに負けたりしたけど……最初のライバルはヤムチャだった」

「……そう言えば一度は引き分けてたな」

 そんなこと、とっくの昔に忘れていた。そんなことを気にかける間もなく、悟空は強くなっていったのだから。

 だが、今の自分ならばもう一度。既に引き離されかけている身ではあれど、それでも一度だけ。悟空に勝ちたい。

「今度は勝ってみせる」

「へへ、そうこなくっちゃ」

 改めて悟空がヤムチャをライバルと認めた瞬間だった。

 

 

 続いての試合は、孫悟空対天津飯という前回の決勝戦対決であるが、天津飯の顔色は冴えなかった。

 一度は頂点を極めていると思っていたが、前回の大会で悟空と互角の勝負となり、その後のピッコロ大魔王戦では大きく力の差ができていた。厳しい修行で差を縮めて、あるいは追い越せたかと思っていたが、どうやら先ほどの観戦の落ち着き様を見ていると、悟空どころかクリリンとヤムチャにも手が届きそうにない。

 勝ち目は薄い。いくら四身の拳を使ったとて、地力に差がつきすぎている。だがしかし、負けるから棄権するなどという後ろ向きな姿勢もいただけない。

「ならば、この試合で強くなるしか無い……孫も、ピッコロ大魔王との戦いを経て一段と強くなった。その孫と戦えば……限界を超えることもできるだろう」

 ストイックに強さを求める天津飯ならばこその決意である。だがしかし、負けるとわかって消極的になるつもりもない。あくまでも勝利を目指して、勝利のために全力を尽くしてこそ価値がある。

 対戦相手の悟空は穏やかな表情で天津飯を見ていた。昔から悟空が何を考えているのかはよくわからないが、自分より実力が劣る仲間に対して得意ヅラをしたり、小馬鹿にするような真似はしない男だ。おそらくは、単純に勝負を楽しみにしているのだろう。天津飯の悲壮な決意を一切汲んでいないあたり無邪気であるが、楽しみにされていると思えば、少なくとも悪い気はしない。

「今度は負けねえぞ」

「……ああ、オレもだ。負けるつもりはない」

 武闘家というのは、おそらくもうどうしようもない人種なのだと天津飯は思う。先程まではこの大会は捨てようと思っていたのに、いざ勝負となれば勝つために動かざるを得ないからだ。

 

 結果から言えば、悟空と天津飯の試合は悟空が圧勝した。

 神様のもとで修行していた悟空に隙は無く、天津飯はまさしく手も足も出なかったといっていい。だが、勝負が終えた天津飯は実に爽やかな表情で、堂々と胸を張って武舞台から去ることができた。クリリンやヤムチャのときにも感じたが、そもそも動きの質そのものが以前と違っていたのだ。

 神様の修行の賜物である、空の修行。心を無にして、万物を感じ取る。後になればごくごく当然となっていた気を感じ取り戦うというスタイルが、三人には身についている。それに比べて、天津飯はあくまでも目で動きを見て行動している。逆を言えば、その戦闘スタイルさえ身につけてしまえば天津飯とて同じ境地に至ることができるということだ。かつては圧倒したヤムチャができたことならば、自分にできないということもあるまい。

「オレはまだまだ強くなれる……それがわかった。実際に戦ってみてよくわかったが、オレの動きにはまだまだムダが多すぎる」

 試合が終わった後、天津飯は同じく既に試合に負けているクリリンに声をかけていた。

「天津飯さん?」

「このあとは、ヤムチャとピッコロの試合だろう。すまないが解説してくれないか。気配を探って戦う方法からオレは教わりたい」

 クリリンは天津飯の姿勢を素直に尊敬した。彼のストイックな強さへのこだわりは嫌というほど知っていたが、以前は格下だった自分に教えを請うような真似すら厭わない、ある意味では器用な真っ直ぐさは、いつの間にか一線を退いていた己との差を感じさせてくれる。

 それでもまだ諦めきれずに、こうして時間遡行をしてまで強さにこだわっている自分がいるが、やはり彼もまた同じ場所で同じ話をしていたら、この場にいたであろう。そして、彼の才能を考えれば、今からでも決して遅くはないと思う。

「一緒に頑張ろうぜ。天津飯さんなら、すぐ強くなれる」

 強くなるために。ただそれだけを願う男を無碍にできるはずがない。全てを知って尚追いつこうとする自分たちにはない、いつか最強になるという強い志を持つ天津飯がいてくれるということは、遡行者たる自分たちにとってもプラスに働くかもしれない。それに加えて。

 強い戦士がひとりでも多く必要な時代は、もう目前まで迫っているのだから。

 




歴史がひとつ変わりました。ちいさなひとつですが、ヤムチャのヘタレ化の第一歩を踏みとどめたという意味では、やはり偉大なひとつ。
極力歴史を変えないスタイルか、積極的に変えてしまうかで未だに悩んでいますが、このレベルの変化は常に起こっていくかと思います。


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ヤムチャVSマジュニア 前編

熱が入ったのか、余計なことまで書いたのか長すぎたので前後編に分けます。


 続く準決勝二回戦は、ヤムチャ対マジュニア――ピッコロという組み合わせである。

 本来の世界であれば、ここで神様とピッコロが戦い、神様が魔封波を返されて魔でも無いのに封じられるという失態を犯すのだが、生憎とヤムチャは魔封波なんぞ使えないし、クリリンがピッコロといい勝負をしたという事実が、正攻法で行くという決断をさせている。

 クリリンのときは油断をしていたピッコロだが、どうやら注意深くヤムチャの気を探っていたらしく、眼光に緩みは無い。最低でもクリリンと同程度ほどの能力は有していると見抜いているのだろう。事実、気の総量で言えばクリリンとヤムチャにほとんど差はない。一応、クリリンのほうが僅かに多く、動きの素早さや気のコントロールで見てもクリリンが微かに上をいく。しかし、クリリンには体格という弱点も存在するのだ。確かに矮躯ならではの戦法を得手としているが、あくまでも苦肉の策である。

 また、気弾のコントロールにおいてはヤムチャの操気弾ほど正確な技もない。フリーザも追尾する気円斬のようなものを使ったらしいが、己の意思で完璧なコントロールができないのは、自らその気円斬に真っ二つにされた事実からも明らかである。

「それでは、準決勝第二回戦、はじめっ!!」

 思案も束の間、審判の声で二人はすぐさま戦闘態勢に入った。

 対峙したヤムチャとピッコロは一切の慢心も油断もなく、じっと構えたまま睨み合う。クリリンとの戦闘で、ピッコロに通用する実力を身につけた実感を持つヤムチャ。同じく、クリリン戦で一筋縄で行かないことを知ったピッコロ。気を抜くことなどできるはずもない。

 勝負は最初が肝心である。お互いの呼吸を探り、仕掛けるタイミングをお互いに窺う。

 五秒、十秒とにらみ合いが続くにつれて、観客は二人の水面下での駆け引きなぞ知るはずもなく、次第にブーイングが起こり始める。かつてのヤムチャであればここで面子を気にして攻撃に移っていたかもしれない。だが、既に精神は老人のそれであり、また、長らく前座に甘んじていたおかげもあってか、罵声も嘲笑も気にならない。あくまでもピッコロのみに集中して、彼の呼気を読む。

 まんじりと動かない二人に、クリリンや悟空、天津飯は額に汗を浮かべる。迂闊なフェイントなど、逆に手玉に取られかねないほどに二人の実力は拮抗しているのだ。

「っ!」

 だが、その均衡もついには崩れる。ピッコロの一瞬の息の継ぎ目を狙い、ヤムチャが地面を蹴って突進を仕掛けたのである。

 小細工は無用。真っ向勝負で勝ちたいと思うヤムチャと、孫悟空以外の人間に手こずるわけにはいかないというピッコロの思惑はこのタイミングで見事に一致。ピッコロもほとんど誤差なくヤムチャに向かって地を蹴った。

 後の先を取ろうとするピッコロに、それを読んでいたヤムチャは握った拳を振りかざすことなく、気弾を後方に放って推進力を使っての急加速。機先を制してラッシュに持ち込む腹積もりだろうと考えていたピッコロにとっては、予測外の行動と言える。

 しかし、ピッコロも戦闘の天才である。急加速してくるヤムチャが頭突きに来ると見抜き、小さな気弾を素早く放つ。

 それは微かにヤムチャの頭部を掠めるだけに留まったが、慌てたのはヤムチャだった。気弾で動きを制御していた上に高速である。微かに軌道を変えられただけで、狙いは逸れてしまう。

 結果、ヤムチャの突進からの急加速頭突きはピッコロに寸前で躱される。一瞬の出来事に、既に観客は試合をほとんど理解は出来ていなかった。

「はあっ!」

「ずあっ!」

 裂帛の気合と共に、両者は体勢を整えて再び激しくぶつかり合うと、今度は打撃戦へと移行する。

 手数の多さと鋭さにおいて、ヤムチャにも自負がある。この展開は願ってもないことだ。

「狼牙風風拳!」

 一気に畳み掛ける戦法は格下相手へとするものでもあるが、得意分野でとにかくダメージを稼ぎたいときにも有効となる。相手はピッコロであり、悠長に出方を伺い機を逃すわけにはいかない。

 練達の域に達したヤムチャの狼牙風風拳は既に過去の隙だらけの我流拳法ではない。この時代に来る以前に亀仙流で動きの無駄を省き、カリン様の修行で速度を上げ、神様の修業で相手の気配に合わせた複数の型を作り上げ、さらに界王様との修業で型に囚われない、元来の我流拳法ならではの迫力と変幻自在の動きに至った。

 素人が見ればがむしゃらな攻撃の中にも、ヤムチャが培ったあらゆる技術が詰まっているのだ。

「むっ!」

 攻撃の質が変わったことに気づいたピッコロは迫り来るヤムチャの拳を防ぎつつ、反撃の機会を窺う。だが、流れるような攻撃はすべてが一本の線で繋がっているかのように途切れがなく、強引に突破しようにも、一撃一撃が無視できない破壊力を秘めている。前回のシェンとの戦いで見せた狼牙風風拳とは一味違う。あのときも強烈な連打であったが、これはあらゆる攻撃が喰らえば戦闘に大いに響く箇所――喉笛や肺、心臓、首筋など、明らかに喰らえば致命となる箇所が狙われているのである。

 ピッコロとヤムチャのスピードはそこまで変わらない。しかもヤムチャが攻撃を緩めない上に、その攻撃がどれも喰らうわけにはいかないもの。

 これこそが狼牙風風拳の恐ろしいところである。一度防戦に回れば、反撃の隙など作れないのだ。

「はああああっ!!」

 一撃を当てた瞬間に、ピッコロの体勢は崩れて激しい連打を浴びせることができるヤムチャは、とかく攻め続ける。

 変幻自在で決まった型がないことがまた、ピッコロに動きの予測をさせずに反撃を許さない。

「すげえ、すげえぞヤムチャ!」

 悟空はこの場にいる中で、まともに狼牙風風拳を食らったことのある唯一の存在である。育ての親たる孫御飯を除けば、初めて己の力量に迫る相手との戦いであり、その決め技たるこの連撃を食らったときは、正直なところかなり堪えたものだ。それが、あの頃よりも数段洗練されており、自分でも防ぎきれる自信がない。

 同じく、防ぎ切ったにしても狼牙風風拳を放たれたことのある天津飯も驚いていた。前回は、確かに決め技にふさわしい高度な連打であったが、まだ荒く、野性というよりも猪突な部分が目立っていた。しかし、これは狩人として徹底的に無駄を省いた末の連打である。

「あれが前回完成していたら、それだけでゾッとする……」

 戦いを楽しむ傾向のある天津飯。否、むしろ悟空やピッコロ――ベジータやフリーザ、セルからブウに至るまで。すべての戦士は戦闘を心のどこかで楽しんでいる。だからこそ、戦いのさなかであれど言葉を交わすこともあれば、先ほどの試合では、悟空がシャツを脱ぐという宣言に、天津飯は何の迷いもなくそれを待った。

 だが、今のヤムチャの狼牙風風拳にはそのようなゆとりはない。あくまでも敵を倒すことを至上目的としており、鬼気迫るものすらある。

 しかも、それは一回戦で見せた、シェン相手の狼牙風風拳と使い分けることすら可能であるということだ。相手はピッコロ大魔王であるから、殺せるものならば試合を無視してでも殺してしまったほうがいいだろうと天津飯は思うが、それにしても強烈だ。

 どこかお人好しで、およそ過去に強盗を生業としていたとは思えないヤムチャに、ここまで冷徹な意思のもとに敵を屠るような技があったとは。

「おおおっ!」

 一方、ヤムチャは激しい連打の悉くを紙一重で躱すピッコロに舌を巻いていた。クリリンとピッコロの試合でわかっていたことだが、やはりピッコロは強い。

 一年ほどの修行だったとはいえ、まるでマゾヒストのように身体を痛めつけながら、これならば悟空にも勝てるかもしれないと思っていたのに、ようやく戦えるようになっただけ。つまり、追い越せてはいないということだ。

 しかし、自分たちは単純な戦闘力の強さを求めているだけではない。勿論、戦闘力は絶対的に必要だが、どう足掻いても地球人では届かない境地がある。それを補うのは、経験と知恵。つまり老練の域に至った強かさである。

「せっ!」

「調子に乗るなァ!!」

 しかし、ピッコロもやはり埒があかないと感じていたのだろう。何よりも押されっぱなしでプライドに障ったはずである。クリリンの時と同様に己を中心とした気の放出によってヤムチャの勢いを殺すと同時に突進。一気に勝負を決めるために、咄嗟のことで無防備なヤムチャを拳で滅多打ちにする。

「人間風情が、思い上がるな!」

「人間風情だから、足掻くんじゃないか!」

 殴られながらも、ヤムチャは超スピードで間合いを取り、ピッコロの背後に回り込む。人間風情の足掻きであることは、この上なく理解しているのだ。

 だが、あの孫悟空でさえサイヤ人の中では落ちこぼれと呼ばれていた。悟空が特別だったのかもしれないが、それでも足掻けば限界を超えることができることなど、偉大なる友人が証明してくれているのだ。

「つぇい!」

 渾身の蹴りを放つと、ピッコロは咄嗟にガードして間合いを取る。両者譲らない展開に、会場からは既に声は失われ、二人の激突を見守るほかない。

 しかし、接近しての格闘戦となるとヤムチャに分があると感じていたピッコロは、ここで作戦を変える。気を溜めて、気功波での勝負を持ちかけたのだ。慌てて接近を試みようとするヤムチャだが、寸前で思いとどまる。確かに気の総量ではピッコロが上で、格闘戦に再び突入させたほうがいいのだが、先ほどの全方位攻撃を間近で喰らうとなれば、流石に不味いのである。咄嗟の一撃であった先ほどの攻撃では大したダメージにはならなかったが、気を溜めている今ならば一撃で戦闘不能にまで追い込まれかねない。

 



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ヤムチャVSマジュニア 後編

「ちっ……やるしかないか」

 ヤムチャもまた気を溜めはじめる。気功波として扱えるヤムチャの技は二つ。かめはめ波と操気弾だけだ。かめはめ波は威力に優れて気の消費もほかの技に比べると控えめという、実にスタンダードかつ有用な、悟空を含めた戦士たちにとっては基本であり切り札ともなり得る技。

 操気弾はヤムチャが独自に開発した技であるが、こちらは少々エネルギー効率が悪く、一発当てるだけではかめはめ波ほどの威力には至らない上に、かなりの気を消耗する。

 それでも、ヤムチャには愛着があったし、何よりも活用法として幅広いのは操気弾である。そもそも、気の総量で負けているのだから、かめはめ波で力勝負に挑んでも結果が見えている時点で選択肢は無いに等しい。

「いくぞ、操気弾!!」

 気を溜めるというシンプルな所作ひとつではあるが、実年齢で言えば三歳であるピッコロより気の扱いに慣れていた。無論、過去の大魔王であった頃の生まれ変わりに近いわけであり、純然たる三歳児でないことは明白であるが、ヤムチャもまた過去の五十年がしっかりと感覚として残っている。先に技を完成させたのがヤムチャであったのは、経験の差である。

「ぬっ!?」

 気を溜めている最中であったピッコロが、ヤムチャの放った操気弾に反応して逃げる。しかし、避けられても無駄にならないのが操気弾の長所である。

 気の技術が過去に比べて飛躍的に向上しているヤムチャの操気弾は、もはや操作に両腕の所作を伴う必要はない。素早く追尾する操気弾に続いて、ヤムチャ自身も突撃する。

「なっ!?」

 困ったのはピッコロである。得意分野で勝負を仕掛けようとしたら、あろうことか先に相手が技を出してきた上に、本人まで来た。しかも気弾はまるで生き物のように追尾してくるのである。

「先に気弾を潰す!」

 操気弾を潰そうと、ヤムチャの攻撃を掻い潜って小さな気弾を撃つが、操気弾が、ピッコロの気弾を避ける。これにはピッコロも驚愕である。自動追尾の気弾はピッコロも撃てるが、相手を自動で追うだけあって、相殺も容易であるという弱点があったはずなのだ。

 操気弾は自分やクリリンの追尾弾とは違う。そう勘づいたが、時すでに遅し。気弾を放った隙をヤムチャが捉えていた。

「かめはめ波ッ!」

 最大限に貯めた気ではないが、それでも強力な必殺技たるかめはめ波と、操気弾の挟み撃ちである。喰らうと明らかに不味いかめはめ波にまずピッコロの意識は向き、これを相殺。当然、ヤムチャはこれを読み切っている。

 本命は操気弾。かめはめ波を相殺するために足止めされたピッコロに最早、避ける術などない。

 猛追してきた操気弾の直撃を食らったピッコロは、流石に堪えたのか吹き飛ばされる。以前はここで油断して反撃を食らったヤムチャだが、そもそもまだ操作可能なわけであるし、彼我の実力を把握していれば油断しようがない。

 操気弾による連打。それがヤムチャの戦闘スタイルを追求した上での最も好ましい必殺技だった。

 二発、三発と的確に操気弾の攻撃がピッコロにヒットする。ドッヂボール大の気弾が、まるで人間をボールのように蹴り飛ばしているようにさえ見える。

 クリリンは修行の中で、取り分け狼牙風風拳を鍛えるヤムチャしか見ていなかったのだが、どうやら操気弾と狼牙風風拳はその性質が似ているようだ。獲物を追い詰めていくさまは、どこか共通している。

「舐めるなッ!!」

 しかし、これにはピッコロも屈しない。渾身の力で気弾を放って操気弾を打ち消し、攻撃に転じてきたのである。

 再び打撃戦に移行するとみたヤムチャが待ち構えるも、ここでピッコロ、大きく腕を伸ばすというナメック星人ならではの戦闘スタイルを取る。格闘戦であるのに一方的な間合いで戦えるこの手法はヤムチャにとっては驚異である。慌てて逃げようとするが、足を掴まれ、一気に引き寄せられる。

 そのまま強烈な殴打を頬に喰らって、ヤムチャは武舞台に叩きつけられた。これに追撃をしようとするピッコロであるが、流石にド派手に倒れたヤムチャに、審判がダウンを宣言。カウントに移行する。

「ワン、ツー、スリー」

 この大会に参加した理由が孫悟空打倒であるピッコロとしては、流石にルールを無視して攻撃に転じることができない。ヤムチャは半ばルールに救われる形になったが、流石にピッコロの怒りの一撃を顔面に食らっては、ダメージが無いわけがない。

「フォー、ファイブ、シックス……おっと、ヤムチャ選手立ち上がりました!」

 しばらくゆっくりと休み、ヤムチャは軽やかに立ち上がる。さて、とりあえず実戦で狼牙風風拳と操気弾が有用であることは確認できたのだが、問題はこの勝負である。既に手の内の半ば以上を見せてしまったヤムチャとしては、ここからは同じことの繰り返しとなってしまう。一度見た技をそうそう食らってくれるピッコロではあるまい。

 しかし、それはピッコロにとっても似たような状況であった。先ほどのクリリンといい、このヤムチャといい。勝てるとは思うが、いくらなんでも強すぎる。

 クリリンはそれこそ、場外というルールによって下したが、流石に同じ戦法を二度とは使えまい。孫悟空という父を倒した相手だけが危険だと踏んで、それ以外は単なる雑魚だと考えていたが、明らかにクリリンとヤムチャは孫悟空の強さに迫っている。

「こうなれば、この島ごと吹き飛ばして、まとめて殺すしかないか」

 試合である以上、殺しては不味いが、そもそも孫悟空を殺すのが目的のようなものであるからして、特に不都合は無い。ゲームを楽しむという目的も無いわけでは無いが、孫悟空とクリリン、ヤムチャが徒党を組んで迫ってくると、流石に負ける。

 ピッコロは意を決して上空高くに舞い上がる。全力を出し切れば、おそらく自分も疲労で立てないだろうが、相手は全員死んでいる。水さえあれば生きられるナメック星人である。食料には困らないので、ゆっくり休めばそれで世界征服は完了したと同義である。

 空中戦では得意の狼牙風風拳の真価を発揮できないヤムチャは、ピッコロの行動を観察しながらも危機を察知して気を高め始める。突っ込んでくるにしろ、気功波を撃つにしろ迎撃には最適のかめはめ波がベストであろう。

 対するピッコロもまた、気を溜め始める。気の総量で言えばヤムチャより上を行くピッコロである。おまけに爆裂魔波という技は全方位に放つ上であの威力である。それを指向性を持たせて、照準を絞ることによって凝縮。威力はさらに高まることになる。

「やべえ。ありゃ、やべえぞ」

 気の高まりにただ事ではないと気づいた悟空とクリリンは、イザというときのためにやはり気を貯める。間違っても試合に水刺すような二人ではないが、せめて仲間を連れて逃げればドラゴンボールで会場の人間を蘇らせることができるという算段の悟空と、一度死んでいるクリリンはもう死ねないので、防御のためである。

 一方、せっかく一回戦を勝ち進めてようやく暫定トップレベルの武闘家となったヤムチャは、逃げることを許されない。

「か……め……は……め……!!」

 最大限に高めた気を両の掌に集中させて、さらに練り上げる。冷静に考えれば若干変な技名をわざわざ呟くのは、実のところその言葉が不思議と気を集中させる呼吸にしっくり来るからだ。亀仙人が狙ってつけた名前なのかは知らないが、悟空以下仲間たちはこの技名の呼吸を重用している。

 ヤムチャの気の高まりに、ピッコロはさらに狙いを絞って武舞台とその周囲に限定する。これで悟空とクリリン、ヤムチャは確実に葬れる。

「はあああっ!!」

 こうして、マックスパワーの爆裂魔波がピッコロの掌から放たれる。凄まじいエネルギーの余波で突風が巻き起こり、観客たちは途端に阿鼻叫喚に陥る。悟空は大慌てで先ほど結婚したばかりのチチと、隣にいた天津飯を。クリリンはやはり近くにいた審判を抱きかかえて全力で逃げ出した。

「波ッ!!!」

 ヤムチャは既にそんな周囲のことなど見えてはいなかった。極限にまで高めた気を一気に放出。特大の――勿論、この時の周囲の感覚で言う特大ではあるが――間違いなく、ヤムチャの現状の最大瞬間火力をピッコロに向けて放った。

 爆裂魔波とかめはめ波は両者を結ぶ線上で激しくぶつかり合う。バチバチというスパーク音が鳴り響き、余波で会場全体に熱波が走る。

「はああああっ!!!!」

「ぐ、ぐぐっ!」

 全力のピッコロとヤムチャの必殺技合戦は、流石というべきか、ややピッコロの有利に進む。これには観客も身の危険を感じたのか、身を竦めるもの。或いは逃げ出すものが続出して、会場はまさしく阿鼻叫喚に陥った。

「おっと、これはヤムチャ選手のかめはめ波を放ち、マジュニア選手も似た技を放っております。ややヤムチャ選手不利か!!」

 審判、まさかのクリリンの腕の中での実況再開である。半ば呆れつつもクリリンは安全圏に逃げると、審判の心意気も組んでヤムチャとピッコロの激しい攻防を見守るべく空を舞う。審判も最早、空を飛ぶクリリンのことなど不思議がることもなく、懸命に理解の範疇を超えた超常現象の行方を、誰が聴いているのかも構わずに言葉にしている。

「クリリンさん、どう思われますか?」

 そしてまさかの即席コメンテーターへの起用である。もはやプロ根性と呼べるレベルではなく、執念すら感じさせてくれる。よくよく考えれば、この天下一武道会にて既にピッコロ大魔王の存在を知り、セルを倒したのがサタンでないことも見抜いていたりと、影の理解者であったのだ。事実、審判の胸の内は恐怖よりもこの強烈すぎる試合の行方に傾いており、クリリンというこれまた超実力派の戦士が自分を守ってくれていることもあって、俄然実況を進める気でいる。

「えっと、とりあえず見たまんまですね。このままだとヤムチャさんが危ないです」

 思わず普通に答えてしまったクリリンだが、おそらくヤムチャなら堪えるだろうという憶測の元、冷静さを取り戻している。

 じりじりと押されているヤムチャは、それこそ決死の覚悟でのかめはめ波であり、その威力は悟空のそれと比べてもほとんど大差はない。やや劣るにしろ、相対するピッコロの技が爆裂魔波の凝縮砲でなければ押し返していたであろうレベルである。

 しかし、流石に限界だった。気の総量で劣る上に、相手の技が明らかにまずい。精一杯のかめはめ波は遂に爆裂魔波に飲み込まれ、ヤムチャは咄嗟に両腕で身体をガードして耐えようとする。

 ずん、という音と共に爆裂魔波がヤムチャを包み込み、光が爆ぜる。サングラスをしている審判は光の中で辛うじて堪えるヤムチャの姿を確認するが、喧嘩中とはいえ恋人たるブルマは卒倒しそうになる。

「ヤムチャ様!!?」

 それ以上に慌てふためいていたのはプーアルだった。飛び出したいのを何とか堪えて、ヤムチャの無事を祈るが、それでも身体は自然と前に行く。ウーロンが尻尾を捕まえて懸命にそれを制止しなければ爆裂魔波の余波で吹っ飛んでいたかもしれない。

 ピッコロは光がヤムチャを包み込むのを確認すると、流石に気のほとんどを放出した反動か、ふらふらと漂うように武舞台に降り立つ。孫悟空たちを殺せなかったのは失敗ではあるが、少なくともヤムチャという強敵は屠ったのだ。試合中の事故として片付けられれば、よもや生まれてこの方、個人として何か悪いことをしたわけでもない自分を悟空は攻撃できまい。

 後は、試合を放棄してクリリンと悟空を片方ずつ、順番に殺していけば天下は目の前である。天津飯もかなりの達人ではあるが、今のピッコロの敵では無い。

 そんな思案をするピッコロであったが、予想外な出来事が起こる。爆裂魔波が直撃した部分――ヤムチャのボロクズのような死体が転がっているであろう場所が、もぞもぞと動き出したのである。

「くはっ……流石に痛いで済むレベルじゃないな」

 無論、ヤムチャである。倒れ方がなんとなく、栽培マンの自爆を喰らった後のような感じであったので一瞬ヒヤリとしたクリリンであったが、完全に油断していたあのときとは違い、かめはめ波で随分と威力を相殺した上で、咄嗟とはいえどガードまでしたのだ。相当のダメージを喰らってはいるが、死ぬようなことは無い。

「おおっと、これは凄まじい!! ヤムチャ選手何とか堪えきった模様です。しかし、ダウンのまま起き上がれません。ワン、ツー、スリー……」

 審判に司会に実況にと、とにかく多忙な審判は忙しなくカウントを取り始める。ヤムチャの無事に一同は喜び、ピッコロは驚いて呆然としているが、ダウンした相手に殴りかかるとなれば、流石に悟空も黙っては居ないだろう。

 一方、ヤムチャは懸命に起き上がろうとするが、如何せん気を使い果たしている上に、肉体もボロボロである。立ち上がることは出来るかもしれないが、そこまでだ。余力としては、まだピッコロに分がある。

「へへ。まあ、一回戦敗退じゃなかっただけマシか」

 ヤムチャはそれだけを呟いて、どうと武舞台に寝転がる。やるだけやったのだ。これが結果ならば受け入れざるを得まい。

「エイト、ナイン、テン……マジュニア選手、激闘の末にヤムチャ選手をKO。遂に決勝戦への切符を手に入れました!!」

 審判の言葉に、ヤムチャは不思議と爽やかな気分でよろよろと立ち上がると、飛びついてくるプーアルの頭を撫でながら拍手の中、武舞台を後にした。




最大限、狼牙風風拳をその名前から理論立てて活躍させてみました。


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修行!!

 小さな。ほんの小さな歴史の変更を果たしたヤムチャではあったが、それが悟空の助けになったかと言えば、甚だ疑問である。

 第二十三回天下一武道会は、クリリン達がかつて辿った記憶と同じように悟空の優勝で幕を閉じた。クリリン・ヤムチャとの連戦で――特にヤムチャ戦で大幅に気を消費したピッコロだったが、フェアじゃねえと悟空が言い出して、試合前にピッコロに仙豆を食べさせるという、実に戦闘好きで実直を通り越して性質の悪い無邪気さを発揮させたが、結局のところ悟空がギリギリのところで勝利。違いといえば、精々のところ武舞台が焼け野原になるのを免れたというところだろうか。

 大会は無事に終了し、満身創痍の悟空も仙豆で完治。神様の「私の代わりに神になれ」というありがたいお言葉を「つまんないから嫌だ」というおそろしく適当な理由に、アカンベーまで加えるという師匠に対するあるまじき無礼を働きつつ、しっかり新妻チチを筋斗雲に乗せて、どこかに行ってしまった。

 それを見送ったクリリンとヤムチャは、やっぱり悟空は悟空だなあと思いつつ、顔を見合わせてニヤリと笑った。

「負けたけど、努力ってのは無駄ばっかりじゃないな。正直、ピッコロといい勝負ができるとは思わなかった」

「ええ。しかも、これからはチャンスですよ。ぶっちゃけて言えば、悟空は新婚生活ですからね。せっせと頼れる息子づくりに励んで、そっから子育てですよ」

 ここから五年間ほど、悟空は戦士として大した成長はしていない。ピッコロとて、やはりあまり成長はしなかった。おそらく修行の限界を感じていたのだろう。特に彼らは自分よりも数段上の人間がいなければ修行による効果が薄いようであり、実際、悟空はフリーザ打倒のための宇宙船での修行のときに凄まじいまでの速さで成長した。

 セルに備えた精神と時の部屋の修行を終えた悟空が言っていたように、一度に一気に修行したとしても限界が来るというのは、要するに目指す高みがなければ引き上げることの出来ない底力が彼らにはあるということだ。

 そういう意味では、既に先を知るクリリンとヤムチャは、この時点で既に魔人ブウという凶悪な敵を知っている。限界など来るはずがない。これから先に出会う敵で言えば、ラディッツが該当するが、これも今の状態では手も足も出ない。

 しかし、ピッコロを悟空が倒して、世界は平和になったときのクリリンやヤムチャではないのだ。限界がまだまだ先にあると知っており、しかも一気に戦闘力の上がる敵との戦いが待っているということも知っている。

「いくぞクリリン。まずは超重力の修行を完成させよう」

「ええ。けど、どうしましょう……天津飯さんも一緒に修行ですか?」

「ああ、そのことだがオレに考えがある」

 ヤムチャはそう言うと、悟空を見送ったまま、目的を果たしてシェンの身体から出てきた神様と話す天津飯に近づいた。

「おいヤムチャ、神様に謝っておかなくていいのか。かなり殴ってしまっただろう?」

「試合なんだから仕方ないだろう。それより天津飯、お前はこのまま神様と一緒に神の宮殿に行って、修行してこい」

 相手が神様と知って流石に戸惑っていた天津飯に、ヤムチャは事も無げに言う。既に悟空が神様に修行してもらっていたことを知っている天津飯は、当然行ってみたいわけだが、それよりも以前は自分よりも弱かった二人が急激に強くなっていた、クリリンとヤムチャの修行法に惹かれてしまう。

「お前たちは行かないのか。確かにピッコロや悟空とお前達にはそこまで大きな差は無いようだが、悟空に追いつけるかもしれないぞ?」

「オレ達は、もう相手の気を探って戦うことが出来るからな。お前も悟空との試合で体感しただろう。目に頼らない相手の測りかたを」

 目のいい天津飯は、目に見えなくても気を探ることができる悟空に翻弄された。それだけが悟空の強さではないが、その戦い方の極意を知りたいのは確かである。

「神様の修行は心を無にする修行だ。生憎とオレ達は前に同じ修行をしたから、行く意義があまり無いんだ。チャオズと二人で修行してこいよ。お前達なら一年もせずにマスターできるんじゃないか?」

「勿論オレたちが教えてもいいですけど、教え方はやっぱ神様のほうが上手いですからね。オレ達はカプセルコーポレーションで修行してるんで、終わったら来て下さい」

 クリリンとヤムチャの言葉に、天津飯は素直に頷く。神様も快く天津飯とチャオズの修行を了承して、三人はそのまま神様の宮殿に飛んでいった。ちなみにランチさん、この頃から天津飯を追いかけるのに夢中であり、カリン塔に天津飯が登ったときは、なんとカリン塔をよじ登る挑戦までしている。流石にてっぺんまで登ることはできなかったが、地味に強くなっている。今回はさらなる高度にある神様の宮殿であるから追いかけようも無いが、カプセルコーポレーションならば行くことができる。一年待てば会えるのならば、料理修行でもして待っていようかなどと考えた。

 ブルマはこれからしばらく、一応カプセルコーポレーションの社員として研究しつつ、恋人のはずのヤムチャと過ごそうなどと考えているのだが、当のヤムチャは既にブルマと自分が恋人であるという自覚がほとんどない。万が一、ベジータとブルマの間にトランクスが生まれなければ、セルや人造人間の存在を知ることも危うく、ブウとの戦いでゴテンクスが危機を救ったりできなくなるのだ。その分だけ自分が強くなればいいわけだが、それが出来ればそもそもこんな時間を逆行しての修行人生やり直しなどしていない。

「ヤムチャ。修行ってウチでするんでしょ?」

「あ、ああ。次こそは悟空に勝ちたいしな。それにピッコロとまた戦うかもしれない」

「まあ、確かにすっごく強くなったみたいよね、ヤムチャもクリリン君も。昔は孫君に全然敵わなかったのに」

 素直に感心しているブルマに、ヤムチャはどうしたものかと首を捻る。いや、少々口うるさいが良い女には違いないのだ。元々の歴史どおりであれば、この後もやはり喧嘩をしてすぐにヤムチャは修行の旅に出たわけだが、喧嘩の原因は修行に時間を費やしたいヤムチャと、遊ぶ時間が欲しいブルマとの見解の違いである。恋人という名目ではあるが、実際のところヤムチャは天下一武道会に出場しはじめた頃から、頭の中のほとんどが強くなることに集約されている。はっきり言って異常なのはヤムチャのほうだ。だが、それに輪を掛けて異常な時間遡行であるから、変えてはいけない未来を変える必要など無い。

 喧嘩しておかないとトランクスが生まれない。しかし、喧嘩をするとカプセルコーポレーションの重力修行室が使えない。中々困った展開であったが、ヤムチャは決心をする。

「よし、この調子でどんどん強くなるぞ。クリリン、早速舞空術の勝負といこう。カプセルコーポレーションまで、競争だ」

「受けて立ちましょう。あ、ブルマさんたちはゆっくり飛行機でどうぞ」

 咄嗟にヤムチャの考えを見抜いたクリリンは、軽いフォローの後に空高く舞い上がる。ヤムチャは既に空中にいた。

「よし、このまま重力室に引き篭もろう。10倍重力の中までブルマは入ってこない」

 まさか、恋人から逃げるという行為に出なければならないとは思わなかったヤムチャだが、致し方あるまい。最早、ブルマはヤムチャにとって恋人というよりも仲間の一人であり、ベジータの妻なのだ。不必要に歴史を変えるのも問題であるし、正直なところ恋愛に憧れていた過去とは違い、今は強くなることしか頭にない。

 

 天津飯とチャオズを神様のもとで修行させ、自分たちは十倍重力を克服する。

 本来、この流れはもっと先。少なくとも五年以上あとのことだった。五年間、修行をしなかったわけではないが、やはり効率的とは言えないものだった。

 カプセルコーポレーションで重力制御室に引きこもったヤムチャとクリリンは、七倍重力から一気に十倍まで引き上げて修行を再開することにした。

「今度来るラディッツっていう悟空の兄貴は、ずっと十倍重力の星で生活していたんだろう。まずはその部分で対等にならなきゃな」

 ヤムチャの弁であるが、少なくともラディッツの強さに迫る術は地力の強化以外にはない。何よりも、この頃から明確に敵に一切歯が立たなくなってくる頃でもあるのだ。

 ほとんどが重力を強化しての繰り返しとなる単純作業であるが、ヤムチャもクリリンも愚痴の一つも言わず、淡々と。しかし懸命に修行をこなしていく。天下一武道会から三ヶ月ほど、みっちりと修行に費やした結果。なんとか十倍重力を克服することに成功した。

 言葉にすれば多寡がしれたものに感じるであろうが、十倍と言えば悟空が界王星で感じた重力である。ラディッツ戦の後であるから、今から五年後となるのだが、悟空は一歩を踏み出すのも辛そうであった。

 その環境の中で、平然と人差し指一本で身体を支えるクリリンとヤムチャの苦労を考えれば、この先の五年間ほどを、悟空がどのように過ごしていたのかは明白であろう。鈍ってはいないだろうが、新妻チチと悟飯をこしらえ、せっせと牛魔王の財産を食いつぶしながら平和を満喫していたに違いない。

 無論、悟空を責めることなど誰もできない。そもそも悟空がピッコロ大魔王を倒して手に入れた平和であるし、その生まれ変わりたる現在のピッコロもまた、悟空が倒しているのだ。五年間ぐらい人並みの幸せを得たとして、一体誰が文句を言うことができようか。新技を開発していたというピッコロとて、五年間で魔貫光殺法ひとつである。戦闘力自体は天下一武道会とそう大きく変わってはいないのだ。

 かつての世界では大きく水をあけられていたクリリンとヤムチャは五年間、それぞれ修行をしながら過ごしており、悟空との差を少しは縮めたわけだが、現在のように効率的な修行と気の扱いを身につけていたわけでもなく、大いに伸び悩んでいた時期でもある。

「今なら、悟空より強いんじゃないのか?」

 つまり十倍重力の修行を終えたヤムチャが思わずそう呟いてしまうのも、以前の五年間を考えると少しも不思議ではないことだった。

 十倍重力下で、重い道着を身につけて苦もなく組手をしていたクリリンとヤムチャである。少なくともラディッツ戦のときの悟空よりは強いはずだ。戦い方やリーチなど、様々な差はあれど、気の量で言えば間違いなく悟空より強いと言わざるを得ないのだ。

「うわ、それを考えるとオレ達すごいですね。数十年間、ほとんど差を広げられていく一方だったのに」

「あいつら、老化すら遅いからなあ」

 悟飯が成長して高校生となった頃、既にクリリンもヤムチャも肉体のピークは過ぎており、もう差を埋める術なんて何一つなかったのだ。

 今のところ、悟空は十八歳か十九歳ほど。クリリンで二十歳である。ヤムチャは二十三歳と、本来ならば一番伸びてもおかしくない時期なのだ。悟空は結婚と子作りが早すぎたと言わざるを得ない。尤も、そのおかげで悟飯がセルを倒したりと、早すぎる子作りにも良い結果はあった上に、この最高の時期に父親修行ではなく普通の修行をせずして、尚も銀河最強戦士にまで至っているのだから凄まじい。

 勿論、地球人であるクリリンとヤムチャはこの時期を逃すことなどできるはずもない。悟空を抜いたは良いが、サイヤ人が金色になった瞬間、即時逆転されるのである。今のうちに精一杯、とことんまで伸ばしきるつもりでやるしかないのである。

「ざっくりと計算して、あいつら光ったらどれくらい強くなるんだ?」

「体感で言えば、普通の超サイヤ人で五十倍ぐらいだったかな……」

 五十倍。この数値は嘘ではない。正しく気を探ることのできるクリリンであるし、二十倍界王拳のかめはめ波でも倒せなかったフリーザを超化したらボコボコにしたのであるから、それくらいの気の跳ね上がり方をするわけだ。さらに超サイヤ人には2と3がある。

「マジか」

「マジです」

 最初からわかっていたことだが、改めて考えると途方もない。しかも単に五十倍ではなく、サイヤ人も努力して基礎能力を高めていく上に、たまに瀕死になって超回復からのパワーアップという修行する気を一発で喪失させるような性質まで持っている。悟空が100倍重力を一週間ほどで克服したのも、この瀕死からの超パワーアップを繰り返すという反則技を駆使しまくった結果だ。

「なあ。今から悟空をボコボコにして仙豆を食わせるってのを繰り返せばいいんじゃないか?」

「あー、悟空も人造人間戦に備えてやってみたけど、ダメだったみたいですよ。超サイヤ人になるための壁までは良いらしいですけど、そこから先は効果がないみたいですね」

 なるほど、確かに世界の危機にお手軽修行法を使用しないのもおかしな話であるし、特にベジータはバビディの下僕になる道を選択するほど強くなりたかったにも関わらず、この方法を使っていない。どれもこれも超化した前後ではっきりと別れていることである。

「つまり、現時点で悟空に勝っているならば、そのサイヤ人の特性分を修行で補えばいいわけだ」

「超サイヤ人はどうします?」

「それに関しては、一つ案がある」

 にやりと笑うヤムチャに、クリリンは首をかしげる。

 今までは、とにかく悟空に追いつく一心で修行に明け暮れていたが、とりあえず暫定ではあるが追い抜いたわけであり、この先の展望にまでようやく考えが至るようになったのだ。

「既に神様との修行を終えたようなもので、十倍重力も克服したわけだ。つまり、今の俺たちはほとんど、ベジータと戦った頃に近いはずなんだ」

「ええ。おそらくそうでしょうね」

「今の俺達ならば、おそらく一ヶ月ほどで蛇の道を踏破できると踏んでいる」

「へ、蛇の道?」

 聞いたことはあるが、クリリンはそれを知らない。何度も死んだクリリンだが、肉体を木っ端微塵にされたりで、あの世で修行を受けることがなかったからだ。そこへ行くと、ヤムチャはサイバイマンに殺された後に、蛇の道を通って界王様の修行を受けている。そして、界王様との修行での目玉と言えば、なんといっても界王拳である。

 戦闘力の底上げではなく、技による一時的な強化。サイヤ人ではないクリリンとヤムチャが可能なものと言えば、界王拳においてほかはない。ナメック星での悟空ですら肉体に過度な負荷をかけずに戦うとなれば十倍が限度であり、超サイヤ人の五十倍とは比べようもないが、何もしないよりは明らかに良い。

「半年ほどしか修行できず、界王拳は習得できなかったが、もう少し時間をかければきっと習得できるだろう」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。蛇の道って、要するにあの世ですよね。ヤムチャさん、死ぬんですか?」

 クリリンが驚くのも無理はない。勿論、死んでもドラゴンボールがあるので蘇ることは可能だが、だからと言って軽々しく死ぬのは如何なものか。

 しかしヤムチャは冷静だった。界王拳の習得はこの先の戦いには必要不可欠であり、五年間という長時間を修行のみに費やせるタイミングもほかないのだ。単純な強さを求めるならば、この先も重力トレーニングでいいのだが、それだけで超サイヤ人に勝てるはずもない。

「死ぬのが一番手っ取り早いが……サイバイマンに殺されることは流石に無くても、生き残ったら次はフリーザだ。クリリンも死んだし、俺も危ないだろう。いくらその頃にナメック星のドラゴンボールがあると言っても、次は人造人間に、さらにセル。命がいくつあっても足りないとはこのことだな。無駄死にはできんさ」

「けど、死なないと界王様には会えないでしょ」

「まあ、よく考えてみろよ。神様は生きてるのに閻魔様に悟空を紹介するとき、あの世に行ってた。占いババは普通にあの世と往復してる。悟空はセルと一緒に瞬間移動で界王星まで飛んでいってるし、死ななくても行く方法はあるはずだろ」

 なるほど、言われてみればこの世とあの世の境目は極めて曖昧である。占いババか神様の力を借りることができるならば、或いは生きたまま界王星での修行も可能かもしれない。

「じゃあ、行きましょうか。神様に頼んでみます?」

「いや、行くのは俺一人だ。クリリンはこのまま修行を続けてくれ」

 ヤムチャの言葉にクリリンは耳を疑った。同じ夢を抱いて、長らく寝食を共にしながら修行を続けたのだ。界王星に行くにしても二人で一緒に行くのが道理ではないだろうか。

「オレも行っちゃマズイですか?」

「いや、そういうわけじゃない。単純な効率の問題だ。蛇の道は言ってしまえば走るだけの単純すぎる修行しかできない上に、特に重力の負荷があるわけでもない。今の俺たちにとっては蛇の道なんて長いだけの迷惑な道のりでしかないんだ。ならば、俺が界王拳を習得してクリリンに教えればいいだけの話だろう。気のコントロールに関して言えばクリリンの方が得意だが、界王拳はおそらく体内の気の操作になってくる。細かい気の操作だけで言えば、操気弾を使う俺の方が上手い」

 得手不得手は誰にでもあり、ヤムチャの言うとおりに気の性質そのもののコントロールはクリリンの方が上手い。気円斬のように気の形状を変化させて、高速回転を加えての攻撃。拡散エネルギー弾のような、追尾こそ緩やかだが、威力と殲滅力の高い技。そして見よう見まねで気を光に変える太陽拳を操るなど、ヤムチャとて太陽拳などはすぐに習得できるだろうが、見ただけで真似できるほどではない。あまつさえ、初めて触れる元気玉の集中など、およそできる気がしない。

 だが、気の動きを細かく定めるという点においてはヤムチャに分があるのだ。だからこそ操気弾を編み出したわけであるし、既に蛇の道を攻略した過去によって、ペース配分も諸々理解している。

「……わかりました。その代わり、必ず界王拳を習得してきてくださいね。オレも界王拳が使えないと、この先は乗り越えることができそうもないですし」

 クリリンの言葉にヤムチャはしっかりと頷くと、善は急げと言わんばかりに修行室を出て神の宮殿へと飛んでいった。

 一人になったクリリンは、ふうと息を吐く。このまま修行を続けてもいいが、ヤムチャはあまり大した修行にならない蛇の道を通り抜けるという面倒を引き受けてくれたのだ。ならば、自分もまた面倒を引き受けねばならない。

 こと、技の多さと多彩さに定評のあるクリリンである。かめはめ波・拡散エネルギー波・気円斬に加えて太陽拳も扱い、それぞれの役割も明確である。最もバランスの良い必殺技としてかめはめ波。多人数を一気に殲滅できる拡散エネルギー波。そして、よほど大きな差が無い限り、打ち消されることはなく、攻撃力も高い気円斬。目くらましの太陽拳はフリーザ戦でも大いに活躍した。また、気円斬は連射も可能で、これもまたフリーザを慌てさせるほどの切れ味を見せた。

 それに対して、ヤムチャは気功波だけで言えばかめはめ波と操気弾だけである。狼牙風風拳が実力が伯仲した時の威力はクリリンも天下一武道会でよく理解できたが、瞬間最大攻撃力で言えば、やはり気功波の類が一番なのだ。

 極めて使い勝手のいいかめはめ波を抱えているだけ、並の相手ならば遅れは取らないだろうが、これから先に戦うのは並どころか桁外れであるので、クリリンを含めて戦闘力自体で遅れを取ることが想像に容易い状態で、必殺技を持たないのはあまりにも分が悪い。

 単純にかめはめ波の数倍の威力を引き出すならば、天津飯の使う気功砲が良いのだが、命を削る技は厳禁だ。ならば、それに見合う何かを考えねばならない。

「……界王拳に見合うモノ、考えないとな」

 クリリンは十倍重力の中、ごくごく自然に腰を降ろして、じっくりと新技について考え始めた。




今後の展開の見直し(戦闘力関連)を行い、かなり間を空けてしまいました。
第二十三回天下一武道会編は終わり、次回あたりからラディッツ編に突入しようと思います。
それが終われば、早くもサイヤ人来襲。続いてフリーザ。いよいよインフレの幕開けです。


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VSラディッツ

 クリリンと別れて、一人蛇の道を行くことにしたヤムチャは、まず近場にあった占いババの屋敷を訪ねた。

 占いババは既にヤムチャが来ることを予見していたのか、出迎えの幽霊もヤムチャの顔を見るなり、すぐに門を通してくれた。

「ふむ。なるほどなるほど。以前にここに来た時よりも、ずっと強うなっておるな。用件はあの世への行き方で良かったか」

 さすが、話が早くて助かるとヤムチャは舌を巻く。どうやら地球の危機レベルにまで至ると占いもままならないらしいが、ヤムチャの来訪とその意図程度ならば見えるらしい。

「閻魔様に聞いたことがある。界王星での修行がお望みとな?」

「ええ。今より強くなるためには必要ですから」

「ヒエッヒエッ。わざわざ未来からご苦労なことじゃて」

 占いババの言葉に、ヤムチャはヒヤリとする。自分が未来から時間を遡行していることまで気づかれていたということだろうか。

「ヌシらの心意気は、よくよく理解しておるて。まあ、少々無茶な願いではあるようじゃがな」

 カラカラと笑う占いババにヤムチャは苦笑で返す。この不思議な老婆は一体、どこまで知っているのかわからないが、少なくとも自分たちを応援してくれるようではある。

「それで。可能なのでしょうか?」

「あの世に行くには死ぬのが手っ取り早いが、流石に死にたくはなかろうて。ワシが連れて行ってもいいが、閻魔様の許可がなければ界王様には会えぬ。面会するならば神様に頼む方がよかろうて」

 やはり、地球の代表たる神様のほうが話を通しやすいようだ。

「では、神様にお願いしてみます」

「うむ。しかし、先にカリン様に仙豆をできるだけ貰っておいたほうが良いじゃろうて。死人は腹が空かんが、生身ならば餓死してしまう」

「あ。それは忘れてました」

 危うく餓死するところであった。生きたまま行って、そのまま死んでしまっては話にもならない。仙豆は十日は何も食べなくてもいいぐらいに腹が膨れるのだ。傷の治癒ばかりに目が行きがちではあるが、こちらも忘れてはならない。食料の持ち運びが、小さな袋一つで済むのだ。

 それを失念していただけ、占いババを訪ねた意味はあった。ヤムチャは丁寧に礼を述べるとカリン塔に向けて飛び立っていった。お付きの幽霊が不思議そうにヤムチャの背中を見送り、隣で愉快そうに笑う占いババに問いかけた。

「あの人、そんなに凄いんですか?」

「大して強くなかった……いや、あくまでも過去のことで、彼の仲間の中ではの話じゃがな。少なくとも、今は地球で最強じゃろうて」

 地球人として見たとき、彼は間違いなく世界で二番目に強い。それは過去の歴史でも変わることなど無かったことだ。しかし、サイヤ人やナメック星人を踏まえても、今この地球上で一頂点に立っているのだ。

 地球人も捨てたものではないと占いババは笑い、幽霊はその様子をやはり不思議そうに眺めるだけだった。

 

 一方、カリン様に仙豆を貰った後に神殿に向かったヤムチャは、神様に修行をつけてもらっている天津飯とチャオズに挨拶もそこそこ、ミスターポポに取り次いでもらい、神様に界王星に行く許可を得ることを申し出た。

「なるほど、確かにお主ならば蛇の道を通って界王様に会えるかもしれん。しかし、一体どこで界王様の存在を知ったのだ?」

「あー……えっと、占いババにもっと強くなる方法を教えて貰ったら、界王様の噂を聞いたんですよ」

 このあたりの処世術はヤムチャの得意とするところでもある。無論、神様とて他人の嘘程度は見破れるが、生憎と占いババのように未来を見通す力は無い。ただ、ヤムチャの性根に悪意がないことは理解できた。少なくとも、あの世とこの世を自在に行き来できる占いババならば、界王様の噂ぐらいは知っていよう。嘘にしても、最低限の筋は通していた。

「よかろう。本来は生身で行くものではないが、閻魔様に頼んでやるとしよう」

 神様は物分りが良かった。否、本来はこのような人間の願いを一々聞き届ける義務などないのだが、ヤムチャには一度、いくら人間の体を借りていたとはいえど負けているのだ。元々天才格闘家であるという自信があった神様は、内心で負けを悔やんでいた。そして同時に、このヤムチャという男。それに悟空やクリリン。今この場で修行を続ける天津飯やチャオズなど、若く強い戦士の育成に楽しみを見出していた。

 自分よりもずっと強くなれる戦士たちを、より良い環境で学ばせてやりたい。天津飯とチャオズは未だに神様でも十分に鍛える余地が残っているが、ヤムチャとクリリンはもう神様を超えており、教えることなど何もない。かくなる上は、もう界王様しかいなかったのも事実なのである。

「では、行くぞ。準備はよいな?」

「ええ、お願いします」

 神様とヤムチャがあの世へと移動しようという時に、後ろから彼らのやり取りを眺めていた天津飯が声をかけた。

「神様。その界王様のいる星に、オレも行くわけにはいかないでしょうか?」

 既に心を無にして、気を捉える修行を天津飯は終えている。チャオズの修行は未だに続いており、天津飯はミスターポポを相手に組手を繰り返しており、まだまだ伸びしろはあるのだが、ヤムチャやクリリンに追いつきたいという一心に、よりハードな修行を求めていたのだ。

 ヤムチャは天津飯の気を探る。抑えてはいるが、潜在力は既にかなりのものであり、未だにヤムチャやクリリンには及ばないものの、蛇の道の攻略にさほど時間はかからないであろうことが容易に想像できた。先祖は三つ目族という宇宙人である天津飯は、先祖返りを起こして、その能力も地球人よりも一段上だ。また、彼のストイックな性格も手伝って、修行の効率はヤムチャやクリリンを超えるところがある。

 神様は流石に天津飯の言葉を素直に頷くことはせずに、ヤムチャを見る。ヤムチャの裁量に任せるということだろう。

 一人で手早く済ませようとしていたが、天津飯ならば足手纏いになるようなこともあるまい。最悪、途中で遅れたとしても行きも帰りも一本道であるから迷うことなどありはしない。

「チャオズはいいのか?」

「うん、ボクはここでもっと強くなる」

「そうか。じゃあ天津飯と二人で行くか」

 あっさりと了承したヤムチャに、神様は多少驚いたものの、天津飯の稀有な才能は神様も知るところである。まだまだ自分でも教えることがあるにはあるが、界王様に鍛えられたほうが良いに決まっている。

 かくして、ヤムチャと天津飯は揃って界王星への道のりを進むことになった。

 

 平和な五年の月日を過ごす戦士たち。

 孫悟空はチチとのあいだに悟飯をもうけて、薪割りや狩りで一応の雑事をこなしつつも、のんびりとした鍛錬を続けている。

 ピッコロは修行を続けながらも、新必殺技を考案中。クリリンもまた、重力制御室内にてヤムチャも使用可能な新技を開発している。

 ヤムチャと天津飯は生身のまま界王星へと向かい、チャオズは神様のもとで修行を続けている。

 平和であることを喜び。そして、それでもまだまだ強くなりたいという思いを胸に秘めて。

 一年、二年と月日が経ち、まるで走馬灯のように五年が過ぎていく。

 

 

 

 とある惑星を責め滅ぼすために、人数が要る。同胞ならば相性も良いであろうし、何よりも今では唯一の家族となってしまった弟の成長した姿を見てみたい。

 そんな思惑をもってして地球に降り立った一人のサイヤ人。名をラディッツといった。地面につきそうなほど長い髪が特徴的で、目元は血筋なのか弟であるカカロット――孫悟空とよく似ている。

 何故か滅んでいない地球人に驚き、しかもいきなり戦闘力5のおっさんに発砲されて二度びっくりのラディッツであったが、とりあえずはカカロットと合流しようとスカウターを遠距離探索に切り替える。一番近くにいたピッコロに向かっていったが人違いであり、これまたいきなり埃を巻き上げられるという嫌われっぷり。何もしていないのに攻撃されるとは、地球人の方がよほど好戦的である。

 続いて、ようやくカカロットらしき戦闘力を捉えることに成功して、意気揚々と海の上を飛んでいく。反応は小さな島にぽつんと一件の家が建った場所から出ていた。地球人にしては珍しく、戦闘力が400ほどの者がほかにもいるようだが、1500のラディッツの敵ではない。

 かくして、自信満々の表情でカメハウスに到着したラディッツを出迎えたのは、彼の弟の孫悟空と、その脇にいる甥っ子の孫悟飯。それにカメハウスの住人たる亀仙人とウミガメ。連絡を受けたブルマとクリリン――だけではなく、そのクリリンが連絡したヤムチャと天津飯、チャオズが揃っていた。

 けっこう強い奴が多い。そうは思いつつも、まずは弟にはるばる宇宙を渡って地球にまでやってきた意図を説明する。

 俺たちはサイヤ人で、今は惑星単位の地上げ屋稼業であるということ。どうにも定職についていなさそうな弟にとっては、良い就職口であろうという世話の気持ちもあったのだ。まずは再会を喜びたいところだが、目的を先に済ませておくあたり、ラディッツは根が真面目なのだ。

 だが、何を血迷ったのか――あくまでもラディッツの感覚としてだが――弟が裏切って「働かない。自分は地球人だ」と吐き捨てたのである。誇り高きサイヤ人にあるまじき意見である。

 これにはさすがのラディッツも怒り、役に立たないなら殺そうかとも思ったのだが、まずはお互いに冷静にならねばならない。どうやらどっぷりと地球に染まってしまった弟は一筋縄で意見を変えることはすまい。ならば、まだ幼いが賢そうな甥にサイヤ人の誇りと強さをしっかりと教えてやり、子が親を導く形で弟を懐柔しようと企んだ。

 流石に抵抗した悟空だったが、兄には勝てずにあっさりと一撃でノックアウト。これに周囲も驚いて何もできないであろうと踏んだラディッツであったが、ここでまた計算が違った。

 坊主頭のチビが悟空を守るように立ち、顔に傷のある男が甥を。三つ目と白いチビがジジイと女と亀を守るように布陣を整えていたのだ。

「おいチビ。戦闘力が400ほどの貴様が、1500の俺に敵うはずがないだろう?」

「やってみなくちゃわかんないだろ。悟空の子供は渡せない」

 これだから弱い奴はダメなんだと、ラディッツは仕方なくクリリンを殺そうと殴りかかる。だが、その拳はクリリンの腕にがっちりとガードされ、気づけば懐に潜り込まれており、強かに腹を十発以上殴られて吹き飛ばされた。おそろしく速く重い拳に、ラディッツは空中で制止しながらスカウターで再度計算する。

 坊主のチビ――クリリンの戦闘力は、2056。さきほどの5倍近くに跳ね上がっていたのである。

「そ、そんな馬鹿な……?」

 慌てるラディッツだが、慌てる暇すら無い。

「どどん波!」

「どどん波!!」

「操気弾!!」

 天津飯、チャオズ、ヤムチャからの援護が飛んできたのである。二つのどどん波を辛うじて避け、最後の操気弾もギリギリで躱したラディッツだが、そこにクリリンの追撃が入る。

 思い切り顔面を蹴飛ばされ、流石に逃げたほうがいいと飛んで帰ろうとしたところで、ラディッツを追いかけてきたピッコロと鉢合わせする。

「げ……!」

「む……!」

 まさかこの緑色も強いのかと警戒するラディッツと、先ほどのまったく攻撃が効かなかったピッコロは、お互いに一歩を躊躇った。が、突如としてラディッツが随分まったりとヘッドバッドをカマしてきたので、思わず蹴り返すピッコロ。蹴り返してから、それがヘッドバッドではなく、後頭部から操気弾をブチ込まれて前に倒れただけだと気づいた。

「よし、押さえ込め!!」

 海に落ちていこうとするラディッツを、ヤムチャの操気弾がカメハウスへと弾き飛ばし、そこに天津飯が組み付いた上で、チャオズが超能力で動きを止める。一瞬のできごとに、悟空や亀仙人たちは呆然と眺めるしかできなかった。

 

 

「いや、マジですまなかった。どうか命だけは助けてくれ」

 ラディッツは平身低頭、弟とその仲間たちに助命嘆願をせざるを得なかった。鎖で縛られていたとしても平気で引きちぎるラディッツであるが、目の前の数人の地球人が睨むだけで身動きなど取れるはずもない。

 悟空とピッコロはともかく、後の仲間はどれもこれも強すぎるのだ。戦闘力を測ったところ、クリリンが2056。ヤムチャは1998。天津飯がやや落ちて1719。チャオズが1356。悟空とピッコロは共に500ほどであったが、どういうわけか地球人が強すぎた。

 いくらなんでもおかしすぎる。地球人など最初に遭遇した5のおっさんがいいところで、6を超える奴などそうそういない。8までいけば適うものなしの天才クラスなのだ。余談であるが、幼少期――ブルマと出会って旅に出た悟空で10であり、レンガを指一本でブチ抜く強さを持っていた。天才で8である。2000超えなど、もう地球人として既に存在がおかしいのだ。

「カ、カカロット……俺たちは兄弟だ。もはや、惑星ベジータは無く、俺たちは最後の血縁者なんだ!」

「あー……いや、悟飯もいるしなあ」

 血の絆を頼る兄に、悟空は我が息子を見てぼそりと呟く。確かに、五年前までは悟空とラディッツは間違いなく最後の血縁者だったが、それも今では通用しない。

「そ、それでも兄であることは変わりあるまい。オレは幼くして離れ離れになった弟にわざわざ半年かけてやってきたんだぞ。しかも、仕事まで紹介してやろうと思ったのに!!」

 これは事実であった。地球人からすれば外道も外道。惑星単位の地上げなど侵略を通り越して狂気の沙汰であるが、サイヤ人としての常識で言えば別にさほど悪いことでもないというか。むしろ仕事として誇らしい部類に入るのだ。戦闘民族であるがゆえの価値観であるし、その環境で育ったラディッツも当然ながら「弟にいい仕事を紹介してやれる」という思いやりしかなかった。確かに三人だけで制圧するには難しい惑星だが、頼りない戦闘力しか持たない弟を敢えて誘ったのは、ひとえに肉親の情である。

 この魂の叫びにも近いラディッツの言葉に、盗賊稼業をしていた過去を持つヤムチャと、殺し屋を職業にしようと思っていた天津飯は少しだけ理解を示した。

 善悪の基準など、その場所や環境で容易に変わる。荒野で生きてきたヤムチャはそうする他に生きる手段を思いつかなかったし、天津飯は稀代の殺し屋たる桃白白に憧れて育ったのだ。強さを求めて、地球を救わねばという意識を持ち始めてから、彼らの意識は大きく変わったものの、ラディッツの言葉を全否定などできはしない。

「悟空、兄貴ってのは本当だろうし、許してやろうぜ。多分、普通にお前のことを考えてやってきただけだろうし」

「今ヤムチャが良いことを言った。オレもそう思う」

 調子の良いヤムチャを筆頭にして、口下手な天津飯が追随する。悟空は流石に悟飯を攫おうとした兄を許す気にはなれなかったが、ヤムチャにしても天津飯にしても悟空より明らかに強くなっていた。クリリンやチャオズですら、悟空やピッコロを超えているのだ。別に強い弱いで仲間の発言力に差が出るわけではないが、自分より強い奴が許すのに、弱い自分が文句を言うのも如何なものかと悟空は口を出せない。

「クリリン、どうする?」

 とりあえず、最も信頼の置ける仲間に相談するぐらいしか、今の悟空にできることはなかった。

「いいんじゃないか。ラディッツだっけ。こいつが地球人を殺したなら、ちょっと許せないが」

「……一人殺した」

 嘘を言うこともできたが、クリリンの穏やかな表情とは裏腹の、強大な威圧感にラディッツの口は、不思議と真実を語った。心を読むことができる亀仙人が、ラディッツの心情を察知する。本来は自分より圧倒的に強いラディッツの心を読むことはできるはずもないのだが、既に戦意を喪失したラディッツの心に壁はない。

「どうやら、何もしとらんのに銃を撃たれて、その弾を撃ち返したようじゃの。悪くないとは言わんが、一応正当防衛とも言えるわけじゃ」

「ギリギリでセーフかな。ヤムチャさんと天さんも良いって言ってるし、二度と悪さしないならいいんじゃないか?」

 クリリンの言葉にラディッツが顔をあげる。一応、本人としては仕事の紹介と、何故か攻撃してきた男に反撃しただけという彼なりに真っ当な理屈があるだけに、それが認められたことが、このハゲ達は話せばわかる存在であるということを理解させる。

「ならば、二度とここには来ないことを約束する。カカロットに仕事をやろうと思ったが、無理には誘えないようだしな。弟と甥を見ることができて、それで十分だ」

 これだけ凶悪な人間がいる星に長居をしたくはないラディッツは、許されているうちに退散しようと話を切り出す。だが、それに待ったをかけた男がいた。

『おいおい、弱虫ラディッツさんよ。あろうことか地球人に負けて、しかも逃げるたぁサイヤ人の面汚しじゃねえのか?』

 突如として聞こえた声は、ラディッツのスカウターが発信源であった。スカウター、通信機能を有しているので当然通話も可能である。

「ナ、ナッパ……!?」

『ようラディッツ。今ベジータと話していたが、お前もろとも地球を滅ぼすことに決まった。逃げても無駄なことは、よおっくわかってるだろ?』

 聞き覚えのある声に、クリリンが内心でニヤリと笑う。

 ラディッツを余裕で倒せるようになったのは良かったのだが、どうやってナッパとベジータを地球におびき寄せようかと悩んでいたのだった。スカウター越しにドラゴンボールの話を聞かせてやるつもりであったが、手間が省けた。しかも、運のいいことにラディッツが標的のなかに入っている。

「そ、そんな。待ってくれナッパ。確かに負けはしたが、俺は弟を誘いに来ただけだぞ!?」

『弱いサイヤ人などいらん』

 ナッパの言葉はそれきり聞こえず、通信が終了したことがわかった。ラディッツとクリリン、ヤムチャ以外は状況をよくわかっておらず、首をかしげている。

 まずは説明させたほうがいいだろう。クリリンはラディッツに説明を求め、ラディッツもまた、この話のわかる弟の仲間たちに素直に現在の状況を訴えた。

 

 

「つまり、ものすごく強い二人のサイヤ人が一年ほどかけて、地球にやってくるということか。俺たちやラディッツを殺すために」

 天津飯のまとめに、ラディッツが頷く。弱虫と嘲られて、一切の反論ができなかったということはそれほどに力が離れていることを示している。

「すまないカカロット。お前を殺すつもりはなかった……俺が来たことで、こんな結果になろうとは」

 手をついて謝るラディッツに、遂に悟空も心を許す。それと同時に、自分がほとんど一方的にやられた兄を怯えさせる敵に、勝たなければならないことを理解させられる。

「オラ、悟飯とチチにかまけてすっかり修行サボっちまったからな……兄貴、オラを鍛えてくれ。一緒にそのナッパとかいうやつを倒そうぜ」

 悟空の言葉に、ラディッツがきょとんとする。兄貴と呼ばれ、先程までまったく自分に心を開いていなかった弟が、教えを請うてきたのだ。

「い、いや……いくらお前の仲間たちでも、ナッパ……は、まあ修行すればなんとかなるかもしれんが、ベジータには勝てるはずがない。あいつの戦闘力は18000だ」

「戦闘力……って、オラはどれくらいだ?」

「500ほどだな。この中で一番強い、クリリンだったか。それでも2000ほど。ナッパで4000あるんだ。勝てるはずがない」

「ク、クリリンはオラより3倍も強いのか!!?」

「4倍だ、悟空」

 思わず突っ込むヤムチャだが、五年で随分と差をつけすぎてしまった感がある。勿論、気を開放していないので、クリリンや悟空も、本気でやればもっと強いのだが、現状でベジータと戦えるほどではない。

 悟空もさぞ衝撃を受けていると思いきや、その表情はおそろしくキラキラと輝いていた。

「す、すげえぞクリリン。ヤムチャも天津飯も、チャオズまで。おいピッコロ、おめえもオラと修行しようぜ。悟飯、おめえもだぞ。オラ、正直これ以上強くなれると思ってなかったんだよ。けど、まだまだ強くなれる気がしてきたぞ!」

 これである。とにかく、強くなれることに喜びしか感じられないのが悟空であるからして、恐怖や不安などお構いなしに、まだ四歳ほどの悟飯まで鍛える気でいる。ピッコロはそんなことよりも、自分が下から数えたほうが早いどころか、この中の戦士の中で一番弱いという驚愕の事実に、呆然としていた。

 修行だってしていたのだ。伸び悩んではいたが、子作りにかまけていた悟空と違って真面目に新技まで開発したのだ。だというのに、何故かの最下位である。

「ぐ……オレを鍛えろ。世界征服はサイヤ人を倒すまでお預けだ!」

 強くなりたいのは誰だって一緒である。ピッコロはプライドを無理やり叩き折って悟空と共に修行する道を選ぶ。悟空とほとんど同等のピッコロもまた戦闘力は500程度であり、どう足掻いても18000に届きはしない。クリリンやヤムチャにすら敵わないのであるならば、世界征服など夢どころか単なる妄言にしかなるまい。

 全員の思惑が概ねのところで一致したところで、クリリンは一つ頷くとブルマを省みた。

「よし、じゃあ……まずはブルマさん。ラディッツのスカウターを改造して、数を揃えてくれませんか?」

「へ。いいけど、どうするの?」

「気を探れば強さはわかりますけど、具体的な数値があれば明確な目標になりますから。どれだけ強くなったのか、目安にもなりますし」

「わかったわ。みんなの分を用意しておくわね」

 話が早いのは、ある意味で天才の特権かもしれない。ラディッツからスカウターを受け取ると、ブルマは早速研究するためにホイポイカプセルで飛行機を用意して、カプセルコーポレーションへと向かっていった。

「それじゃあ、悟空とラディッツ。それにピッコロと悟飯。まずはこの四人を鍛えよう。ヤムチャさん、お願いできますか?」

「ああ。任せろ」

 クリリンとヤムチャが気軽に受け答えをするのに、悟空は笑顔で。ピッコロは苦虫を噛み潰したような顔で受け入れる。ただ悟飯とラディッツが呆然としていた。

「お、俺もか?」

「ぼ、僕も?」

 セルとの戦いで最強の座を手に入れた、溢れんばかりの潜在能力を有した悟飯は、クリリンとヤムチャにとって最優先で鍛えなければならない存在である。そして、ラディッツ。彼もまたサイヤ人であり、悟空の兄ということは、下級戦士の血筋ながら叩けば伸びる可能性が大いにある。場合によっては、ベジータ並か、それ以上かもしれないのだ。

 ヤムチャはそっとラディッツの肩に手を置いて、にこりと笑った。

「弱虫ラディッツは今日限りで返上しようぜ。ナッパとベジータだっけか。あいつらが俺たちを皆殺しにしようってんなら、俺たちは当然戦う。ラディッツだってサイヤ人なんだろ。戦闘民族でもない俺たちだって鍛えればこんな強さになったんだ。お前だってまだまだ強くなれるはずだ」

 弱虫ラディッツ。この小馬鹿にしたようなアダ名は、当然ながらラディッツにとっては気持ちのいいものではなかった。ただし、どう足掻いてもナッパやベジータには敵わず、言いなりになっていたのだ。

 そんな自分でも、強くなれるとヤムチャは言う。確かに地球人は弱いが、修行すれば強くなれるのだ。戦闘民族たるサイヤ人の悟空も、これから伸びるだろう。

 ならば、自分もまた伸びるのだとラディッツは確信する。弱虫だった自分は卒業だ。これからは、この地球人たちと共に強くなるべきなのだと決意を固める。

「見てろよ、ナッパにベジータ。俺は、お前たちを超えてやる!」

 ラディッツが仲間になった。

 




ラディッツさんは良い人。
少なくとも俺はそう信じてます。


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修行!!!

 五年の修行の成果は如実であった。

 悟空とピッコロの二人がかりでも手に負えず、悟飯の一撃の後に悟空を犠牲にしてようやく倒したラディッツを、いくら大勢とはいえどもあっさりと倒せてしまったのだ。

 勿論、クリリンやヤムチャ。それに天津飯ならば一対一の勝負でも勝てる。それだけの修行をしたのだ。

「カイオウケン?」

 不思議そうに首を傾ぐ悟空に、急拵えで用意した重力制御室弐号機の中、クリリンとヤムチャが指導をしていた。当初はクリリンとヤムチャの二人が修行するために作られた初号機は、天津飯にチャオズ、悟空にピッコロ。さらに悟飯とラディッツという八人を賄うには狭すぎたのである。流石に弐号機はカプセルコーポレーションの敷地内では収まらず、西の都から少し離れた荒野に設置されている。

「あの世には蛇の道という長い道のりがあり、その先に界王様がいるんだ。界王様との修業でヤムチャさんと天津飯さんは界王拳を身につけた。オレもそれを教えてもらったんだ」

「俺と天津飯。それにクリリンとチャオズは習得している。悟空にピッコロ。それにラディッツと悟飯も覚えてもらう」

 界王拳とは、体内の気をコントロールすることで爆発的な戦闘力を手に入れる技である。否、技というよりも戦闘スタイルと言い換えたほうが良いかもしれない。通常の界王拳ではおよそ1,5倍の戦闘力を手に入れることが可能である。

 界王拳の肝である気のコントロールは、ひとえに気の開放の手段に尽きる。気とは生命エネルギーであるが、エネルギーである以上、指向性を持たせてロスを減らして効率よく運用することが可能なのである。

「かめはめ波は掌から放つだろう。両手を塞いでまで手から放つのは、掌が放射に適した位置だからさ。武天老師様はそれを長年の修行で理解したんだ」

「そして、体内にも勿論、効率よく気を高めることができる場所がある。単純に気を開放するだけではなく、決まった位置に気を誘導して、そこから放つんだ。一箇所ならば大した苦労ではないが、体内の数十箇所ほどに集中させる」

 クリリンとヤムチャの説明に、ピッコロはなるほどと頷くが、悟空は半分ほどしか理解できていなかった。

 頭が悪いわけではないのだが、小難しい話自体に拒否反応が出るらしい。

「要するに、気の集中を数十箇所同時に行う。体内の決まった場所で。ただし、全部集めるとダメだ。放出できる限度があって、肉体の強さに依存する。気を抑えながら集中させなければ、すぐに自分の身体が悲鳴を上げるぞ」

「逆に言えば、強くなれば強くなるほど、界王拳の限界も上がっていく。地力があればあるほど、界王拳を使用した時の強さも上がるから、基本的な修行も欠かせない」

 元々が1000の戦闘力であれば、界王拳の二倍にも耐えられないだろう。つまり界王拳を使用して1500が限界となる。これが5000ともなれば2倍界王拳を使用して10000の戦闘力になる。少々無茶だが4倍程度までなら一瞬で引き上げることも可能であり、その時の戦闘力は20000。これが仮に100万を超える戦闘力で行えば、20倍界王拳にも耐えられるだろう。これだけで2000万である。強くなればなるほど、界王拳の倍率を上げることが可能で、さらに地力が上がっているので飛躍的な戦闘力の向上が望めるわけである。

「試しに、オレが気を開放して界王拳を使ってみる。気の流れをよく見ておいてくれ」

 ヤムチャが気を高めて、界王拳を使用する。元々の戦闘力は1998であったが、それもあくまで気を高めていない状態である。スカウターで計測していたラディッツは、まず気を高めただけのヤムチャの戦闘力が3000を超えたことに度肝を抜かれ、さらに界王拳の使用で5000近くまで上がったことで腰を抜かした。

「ナ、ナッパを倒せるレベルだぞ!」

「今の俺なら、一分に満たないが二倍界王拳まで使用可能だ。はああっ!!」

 一瞬にして戦闘力は6000を超える。計測していたラディッツはこんな男を敵に回していたのかもしれないと思うと、最早苦笑いしか浮かばない。

「すげえ……ヤムチャ、オラわくわくしてきたぞっ!!」

「俺もだ、カカロット。悟飯、お前もサイヤ人の血が騒ぐだろう?」

「え……は、はい……?」

 イマイチ理解できていない悟飯に、ラディッツは少しばかり思案する。どうもこの孫悟飯。地球人とのハーフであることもあってか、いささか強くなることに関心が薄いようである。

「なあ、カカロット。悟飯を鍛えるのは良いが、こいつ自身にまったく覇気もタフネスもなさそうなのだが……潜在能力も、俺たちは下級戦士の子供だ。そう高くはあるまい」

「そんなことねえさ。兄貴は気が探れねえからわからねえだろうけど、悟飯の潜在能力はオラよりよっぽどすげえ。鍛えれば間違いなくこの中でも最強だと思ってる」

 親の贔屓目など抜きにしても。というより、悟空の場合、強さに贔屓目など使えない。実際に悟飯が最強の潜在能力を秘めていることはクリリンもヤムチャも予測ではなく、事実として知っているのだ。これを鍛えず放置してはセル戦が危うい。

「間違いないな。今から鍛えたほうがいい」

「ああ、その通りだ」

 悟空の意見に同調するクリリンとヤムチャに、ラディッツは納得するしかない。しかし、それでもこの甥の頼りなさはいただけない。

「どうだ。少し俺に任せてみないか。サイヤ人流の鍛え方で、半年ほどで見違えるように育ててみせるぞ」

 これはラディッツの善意である。が、悟空は未だにまるっきり任せるほど兄を信じきってもいない。

「どうするつもりだ?」

「なに、簡単だ。恐竜がウロウロするような荒野にほうっておくだけさ。半年もすれば、生きる術とタフネスを身につけた悟飯になっているぞ」

「うむ、そうすべきだろう」

 これに即座に賛成したのはピッコロだった。自分が鍛えるとしても、まったく同じ方法を取っただろうからだ。それほどまでにこの悟飯という少年は生きようとする力がない。極限状態のひとつでも味あわせなければ、甘さが取れることがないであろう。

「ちょ、ちょっと待てよ。メシとかフロはどうすんだ?」

「メシは恐竜がいるだろう。恐竜のメシになりたくなければ、自分が恐竜をメシにするしかあるまい」

「フロは?」

「水場があれば水浴びぐらいできるだろうに」

 子供に甘い悟空に、イラつくようにラディッツが答える。当の悟飯は父親が押されているのを見て、内心で自分の行く末に激しい不安を覚えている。

「クリリン、いくらなんでも無茶だろ?」

「いや、お前だって山で生活してただろ」

「あ、そっか。じゃあ悟飯も大丈夫だな」

 悟飯の予感は的中した。元が野生児の悟空がメシとフロの心配など本気でするはずがなかったのだ。少々平和ボケしていたものの、基本的にメシは自前で調達するものだという発想を悟空は持ってしまっている。泣きそうになりながら助けを求める悟飯だが、荒野で生きてきたヤムチャも、僻地で修行するのに慣れきった天津飯もチャオズも一様に「そりゃできるだろう」という目で悟飯を見ていた。

「お、お父さん……」

「心配すんな。恐竜はでっけえから、食うに困るこたぁねえ」

 でっけえから、逆に食われるという感覚がない。悟飯は泣きべそをかくが、ここで鍛えておかないと後々大変な悪影響となってしまうだけに、クリリンとヤムチャも必死である。

「一週間に一度ぐらいは様子を見に行ってやるよ。まあ、死んでたらドラゴンボールで生き返らせてやるから」

「し、死ぬ前に……」

「ええい、ゴチャゴチャぬかすな。貴様はそれでもサイヤ人か。戦闘民族サイヤ人は、たとえ母星が破壊されようが歯を食いしばり生き抜く力があるのだ。大した能力もない、ひ弱な地球人のこいつらを見ろ。俺たちサイヤ人よりも数段劣っているはずのこいつらは、進んで血反吐を吐いてこのような強さを手に入れているのだぞ。その努力たるや凄まじい。お前は地球人とサイヤ人の血を引いているのだろう。これは俺たちサイヤ人の誇りと、地球人の誇りを併せ持つということだ」

 ラディッツの激しい言葉に、悟飯は怯えながらも真理を見る。

 母親から受け継いだ地球人の血。そして、父親から受け継いだサイヤ人の血。大好きな両親から、それぞれの素晴らしい才能と誇りを受け継いでいることを、叔父は激しい言葉の中に織り交ぜていた。幼いながらも将来は学者にまで至る少年である。人の言葉の本質を見極める賢さを持っているのだ。

 しばらく黙りこくっていたが、やがて悟飯は静かに顔を上げると、ラディッツとピッコロの顔を見て頷いた。

「僕、強くなるよ」

「それでこそサイヤ人だ」

「こいつは立派な魔族にしてやりたいところだな」

 二人共、思わず笑顔を見せて悟飯の行く末に期待を馳せてしまう。とりあえず大きな問題は起きなかったが、厄介な問題だけがひとつ残っている。教育ママにして鬼嫁のチチが黙っていないということだろう。

「チチさんにどう説明しようか。悟空、お前から説明できるか?」

「冗談じゃねえよ。オラ殺されちまう」

 死んだら死んだで、界王星に行けば良いのだが、愛想をつかされて悟天が生まれないという未来はいただけない。そもそも、悟空が死んでいたからこそ働かずに一年間ほど修行ができたわけだが、生きているならば家計をどうにかしろとチチにせっつかれることは目に見えていた。

 だがここで、意外なところから妙案が出てくることになる。それまで黙って界王拳について考えていた天津飯だが、ふと顔を上げたのだ。

「あちこちの武闘大会に出場して、優勝しておけば賞金で十分に暮らせるだろう。悟飯が悟空よりも強くなるならば、チチさんもまさか止めるとは思えんが」

 この意見は斬新だった。そもそも、天津飯は普段こそ僻地でサバイバルをこなしながら修行をしていたが、たまに必需品を揃えに街に出向いては、適当なアングラ武術会で高額の賞金を得て収入としていたのだ。悟空の実力は確かにこの時点では仲間内でも下の部類だが、普通の格闘家を相手にするには強すぎるレベルだ。

「そ、そんなことで稼いでいいのか……?」

 悟空が目から鱗をぼろぼろと落としながら、天津飯に聞き返す。別に悪いことをしているわけではないのだが、そもそも強い相手と戦うために武術大会に出ることはあっても、賞金を目当てにすることはなかったのだ。

「お前は戦う以外に金を稼ぐほうが難しい。うってつけと思うが」

「サイヤ人は戦うことは仕事だろう。殺してはいかんというならば、それが一番良いだろう」

 ラディッツのサイヤ人論からも、戦って金を得ることに異論は無かった。安定した収入さえあればチチは怒ることもないだろうし、それが人並み以上の収入であれば悟飯に天賦の才があることさえ理解させてしまえば、鍛えることを止めはしないだろう。

 最大の難関は、かくして実にあっさりと氷解してしまったのである。

 

 

 チチは悟空が大金を持って家に帰り、悟飯に素晴らしい才能があることを説明される。流石に勉強をさせないわけにはいかないので、必ず悟飯に渡すという約束で勉強道具を悟空に託して、修行を許可した。無論、どんな修行かは悟空は説明していない。

 以前の歴史と違って、悟空が死んでいない上にラディッツが仲間になるという状況に至ったわけだが、なんとかそれぞれが強くなる環境を手に入れたことになる。ちなみに、悟飯の修行場所はラディッツとピッコロが激しく論争した結果、恐竜がウヨウヨしている荒野――ただし、以前の歴史よりも少々過酷な場所――に決定した。数日おきにクリリンが様子を見に行くことにして、各々が修行に移る。

 ラディッツはまず、気の扱いを覚えるためにヤムチャが指導する。気功波ならば放てるラディッツであるので、気の開放と気を消す修行さえしてしまえば問題なく、そう時間がかかることはない様子である。

 悟空とピッコロは、重力下での修行と界王拳の習得が並行してはじまった。担当はクリリンとなり、こいつらならば大丈夫だろうと、いきなり10倍重力から始めて、講義も鍛錬もすべて10倍重力下で行うことにした。

 天津飯とチャオズはひたすらに自己鍛錬を進め、取り分けチャオズはかつてのライバルであるクリリンに追いつこうと必死である。天津飯はヤムチャに追いつきつつあるが、それでもまだ戦えば勝てないので、こちらも必死である。

 強さの指針としてのスカウターも、彼らの成長を促すのに一役買っている。自分がどれだけ強くなったのかを明確に数値として弾き出すスカウターは、自分の成長をしっかりと認識することができる。悟空など一週間ほどの修業で早くも戦闘力700を突破して周囲を唖然とさせたものである。流石はサイヤ人。きちんと鍛えればクリリン達の努力をあざ笑うかのような速度で成長していく。

「はは……やっぱ悟空はすげえや」

 改めて生まれ持った才能や能力の違いを見せつけられて、苦笑いをするクリリンだが、それを承知でこの世界にやってきたのだ。悟空よりも強くなることは目標だったが、弱い悟空を望んでいるわけではない。もしも、それこそ有り得ない話ではあるが、悟空が以前よりもさらに成長した上で、さらに自分がそれよりも強ければ、それ以上の喜びはない。

「いいぞ悟空。体内の気に流れができてきた。あとは、それを数十箇所に集めていくんだ!」

 修行に明け暮れる時間は、瞬く間に過ぎていく。

 どんどんと伸びていく悟空とピッコロ。気の操作を習得して、地力が高かったラディッツもすぐに彼らに合流して界王拳の取得を目指す。

 悟飯はひとり、荒野でサバイバル。地球人たちは彼らの修行を見守りながらも、自分たちの修行も欠かさない。

 サイヤ人襲来までの一年という時間は、文字通りあっという間に過ぎていった。




強くなることが目標の話なので、必然的に修行に費やす分量が増えます。
今回は界王拳の理屈を原作から乖離しない程度に独自に解釈。斬新ではないでしょうが、なんとなく有り得そうな感じになってるんじゃないかと思います。

ちなみにチチさん、この世界では旦那を失わずに済んでいますが、やっぱり一年間ほど放置プレイです。


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襲来、サイヤ人

 ラディッツ襲来から一年ほどが過ぎようとしていたある日。不意に強い気を感じ取ったクリリンとヤムチャは、修行を中断すると、共に一年間修行を続けてきた仲間たちの顔を見た。

 孫悟空。天津飯。チャオズ。ピッコロ。そしてラディッツと悟飯。全員が一様に修行の手を止めて、それぞれ顔を見合わせた。

「来たか……思っていたよりも遅かったな」

 天津飯は冷静につぶやいて、チャオズと共に重力制御室を出て行く。二人の横顔は決して明るいものではないが、それでもこれまでの修行に確かな手応えを感じているらしく、自信に満ちていた。

「ナッパとベジータ……なるほど、一年前の俺じゃ弱虫と馬鹿にされていたわけだ……悟飯。地獄のような荒野での半年間、よくぞ耐えて、逞しく育った。残りの半年間で、サイヤ人の戦闘というものをすべて教えたつもりだ。相手もまたサイヤ人。自ずと戦い方も見えてくるだろう」

「奴らめ、世界征服の邪魔は孫悟空一人で十分だ……悟飯。あの環境で育ったお前は、既に魔族と言ってもいいほどだ。そして、このオレがここまで鍛えたのだ。魔族の力を……己の運命を恨む者の力を、単なる快楽主義者どもにしっかりと教えてやるがいい」

「ラディッツ叔父さん、ピッコロさん。ボク、やってみます!」

 悟飯は自分が育てた。そう確信してやまないラディッツとピッコロは、それぞれに悟飯の肩に手を置いて、悟飯の頭上で激しく火花を散らした。

「おい緑色。悟飯はサイヤ人だ。魔族とかいうイマイチよくわからんものに勝手にするな」

「黙れ弱虫。悟飯はサイヤ人でもない、地球人でもない……俺と同じく、寄る辺なき存在。すなわち魔族だ!」

「俺は弱虫じゃない。それに悟飯は家族と仲間に囲まれているではないか!」

「ええい黙れ。他人とは違う存在である苦悩など、貴様にはわかるまい」

 この二人の喧嘩はいつものことである。片や将来有望な甥に対する期待と、片や戦うことを義務付けられた境遇に対する親近感。積極的に悟飯の修行を買って出た二人は、当初こそ修行法において意見の一致をみたものの、その後は悟飯の修行方針でことごとく対立。結果として両方の修行をこなすしか悟飯の道はなく、チチに勉強まで強いられていたので、ほとんど寝る時間を削っての五歳児にあるまじきスパルタ修行となったのだ。

 それでも大好きな父親と共に過ごし、やがて厳しい中にも悟飯に対する思いを込めた二人の師匠の心も察知する。母に義務付けられた勉強は進みこそ遅かったが、自分の将来を案じてのことである。痛すぎる愛に耐えるだけのタフネスを半年間で身につけていたのが幸いしたのかもしれない。素直で真面目な性根は変わっていないが、やや好戦的になっているのは、ラディッツ加入によるものだろう。

「サイヤ人なんかぶっ飛ばしてやる!」

「よし、いいぞ悟飯。その意気だ」

「それはオレのセリフだぞ」

 悟飯をあいだに挟んで、それでも三人は揃って重力制御室を出ていく。苦笑いをしながら残ったのは、悟空とクリリン、ヤムチャだった。

「オラも頑張らねえとな。クリリン、ヤムチャ……平和になったらよ。おめえ達とまた戦いたいぞ」

 悟空に緊張の色合いは無く、どこか楽しそうですらある。無論、それは悟飯を除く全員に言えることだ。サイヤ人は概ね全員が戦いが大好きであるようだが、地球人の中にも戦いが大好きな者もいる。戦闘狂と言っても差し支えのない者ばかりだからこそ、己の肉体を苛め抜き、絞り上げて、幾度も叩き伏せて尚、それまでよりも強く雄々しく立ち上がってきたのだ。

 おそろしく強い二人のサイヤ人も、スカウターにて数値化された上に、自分たちがそれに匹敵できると踏んでいる戦士たちにとっては、地球の命運を賭けた戦いというよりも、己たちの力量を発揮できる良い機会と捉えている。

 その根幹。かつて、悟空にとっては仲間ではあるが、頼りになるというまでに至らなかったクリリンとヤムチャは、悟空の言葉に思わず頬を緩ませてしまった。

「へへ。楽しみにしてるぜ」

 クリリンと悟空は拳を軽く重ねると、既にサイヤ人たちが降り立った地へと飛び立っていった仲間に続く。最後に残ったヤムチャは、ゆっくりと息を吐いて、これまでの苦労を思い返す。

 あの悟空が。出会ってから最後まで、追いつくどころか突き放されていく一方だった悟空が、今はほとんど同じ強さにいるのだ。一時期は突き放したものの、一年の修行のあいだですっかり追いつかれてしまった。しかし、それでいいのだと思う。意を決して、ヤムチャもまた重力制御室を出ていく。

「とりあえず、栽培マンだったか。あいつら、見てろよ」

 積年の恨みを晴らすことだけは、忘れずに。

 

 

 空を飛ぶこと、しばらく。サイヤ人たちもラディッツの気をスカウターで察知して向かっていたため、両者はほとんど同時に動きを止めて、人っ子一人いない荒野で対面した。

 サイヤ人の一人、ハゲ頭に口ひげという筋骨隆々たる偉丈夫、ナッパは眼前に並んだ戦士たちの戦闘力をスカウターで計りながら隣に並ぶベジータに笑顔を見せていた。

「おいおい。ちったぁ強くなってるじゃねえか。あのラディッツが戦闘力3000だぜ。倍になってやがる」

 ナッパの言葉に、ベジータも余裕の笑みでスカウターを外す。

「どうせ、こいつも戦闘力のコントロールを覚えているに違いない。どうやら一年間、遊んでいたわけではないようだが……ふん、以前のナッパなら手こずったかもしれんな」

 ベジータの言葉に、ナッパは笑う。

 一方、戦士たちはやや緊張した面持ちをしていた。ピッコロは悟飯を間に挟んで並び立つラディッツに小声で話しかけた。

「おいラディッツ。貴様、ナッパは4000ほどで、ベジータは18000と言っていたな……スカウターが無いから細かい数値はわからんが、ナッパとかいうハゲは6000近い気がするぞ」

「……どうやら、修行したらしいな。ベジータは20000近くありそうだ……まいったな」

 歴史は変わっていた。クリリン達が一瞬でラディッツを捩じ伏せて仲間にした上に、悟空も生き残っており、さすがのベジータも警戒をしていたらしい。本来は修行などする余地のない小さな丸型宇宙船だが、ベジータは一度、根城の惑星に帰還。ナッパと共に修行のできるスペースがある宇宙船を用意して、一年ほど二人も修行を重ねてきたのである。

「へへ。まあ、同じ期間の修行なら、最初からの差が埋まるわけねえか……けど、こうも数が多いと面倒だな」

 ナッパはそうつぶやきながら、仕舞っていた小瓶から種をいくつか取り出した。

「むっ、栽培マンか……けっこうな数を持ってきてやがるが、今の俺たちの敵じゃないぜ」

 ラディッツがナッパの行動に一瞬気色ばむが、かつてはパワーだけなら匹敵された量産戦闘員も、今では単なる雑魚である。十粒ほどある種をナッパがせっせと土に埋め、成長液をかけている最中、ベジータが丁寧に解説をいれてくれた。

「馬鹿か貴様。明らかに強くなっているであろうお前たちを倒すために、負けるとわかっている栽培マンを持ってくるはずがなかろう。こいつらは人工マンだ。下手なサイヤ人より強いと封印されていたが、サイヤ人の王子たるオレには封印など無意味なことだ。オモチャ代わりに持ってきてやったんだ」

 一度、根城に帰ったこともあって、部下の強化までされているらしい。かなり変わってしまった歴史に、クリリンとヤムチャはさすがに焦った。

 味方が強くなり、ラディッツが増えたことまではよかったが、この展開は予想外だ。もっとも、まだまだ負ける気は全然しない。

 思案をしているうちに、地面からぼこぼこと人工マンが生まれ出てくる。緑色だった栽培マンとは違って、濃い青色をしているが、容姿は変わらない。ただし、戦闘力は高く、数値にすれば4000近くもあった。

「どれ。せっかくだから余興でもどうだ。地球人程度には丁度いい相手だろうよ。一対一で戦っていくというのはどうだ。もしも人工マンが負けたら、俺たちが相手をしてやろう」

 ここは歴史と変わらない。悟空を待つ必要がない今、時間稼ぎという目的は無いが、それでも人数的には劣勢に回っているのだ。取り分け、ベジータは修行もあってか、一筋縄では勝てそうもない。組まれると厄介になるので、ここで数を減らしておくことに異論はない。

「よし。まずは俺がいこう」

 一番手を買って出たのは、やはり天津飯。相手の戦闘力を瞬時に見抜き、侮れないものの負ける気はしなかったのだろう。戦闘経験も豊富で、場馴れしている彼こそが戦士たちの先鋒にうってつけである。

 一匹の人工マンが前に出て、薄ら笑いを浮かべながら天津飯に対峙する。先手を取ったのは人工マンだった。

 戦闘力に見合う、修行する前までならば驚愕していたであろう速度で飛びかかってくる人工マンに、それでも天津飯は慌てることもなく、冷静に初撃を躱し、鳩尾らしき箇所を狙ってカウンター気味に拳を突き入れる。すぐさま体勢を立て直して天津飯に飛びかかってゆく人工マンだが、その攻撃の悉くを弾き、隙を見つけては堅実にダメージを重ねるという天津飯に手も足も出ない。

「つあっ!!」

 そうしているあいだにも、天津飯は一方的に押しまくり、敵わないと悟った人工マンが特攻を仕掛けてきたところで、どどん波を放つ。

 過去、どどん波は命中時に起爆していたが、それはあくまでも力量が近い場合に限る。そもそもこの鶴仙流のどどん波とは、亀仙流のかめはめ波と違って、威力こそ抑え目ではあるが速度と貫通力に優れている。あくまでも敵を屠ることを目的とした場合、ダメージよりも致命傷を与えたほうが得策であり、より優れた技とも言える。

 天津飯の放ったどどん波は、既にダメージを負って動きの鈍った人工マンの頭部を貫き切る。ぱたりと倒れる人工マンに、ナッパは思わず口を開けたまま呆然と立ち尽くした。

「な、なんだと……人工マンの戦闘力は4400だぞ。単純なパワーだけならばかつての俺に匹敵していたはずだが」

「単純な計算だ。奴の戦闘力はそれを超えていたということだろう。しかし、これは侮れんな。ゲームはここいらで終わりにしよう。いくら地球人とは言えども、数が多ければ厄介だ。人工マンに足止めをさせて、俺たちで各個撃破してしまうほうがよかろう」

 瞬時に相手の戦闘力を見抜き、遊びから戦闘へと思考を切り替えるベジータは、なるほど確かに戦闘の天才なのかもしれない。

 戦士たちの人数は、悟空・悟飯・ラディッツ・ピッコロ・クリリン・ヤムチャ・天津飯・チャオズの8人。ベジータたちは、ベジータとナッパに、九匹の人工マンで11人。おそらく、個々の戦闘力では人工マンは敵わないであろうが、足止めにはなるだろうという塩梅である。

 一斉に戦闘態勢を取ったベジータたちに、ピッコロもまた戦闘態勢を取る。

「敵は作戦を切り替えたようだな。オレがサイヤ人とやる」

「おいおいピッコロ。美味しいところ持ってくんじゃねえよ。オラだってあのサイヤ人とやりてえ」

「弱虫と嘲られたお返しは、俺がさせてもらおう」

 すかさず強敵と戦おうとするのがサイヤ人の血であろうか。しかし、クリリンもまたベジータと戦ってみたいと感じているあたり、全員が同じ気持ちなのかもしれない。

 ヤムチャは冷静に彼我の実力を分析して、一人頷く。ヤムチャもどうせならベジータと戦いたいのだが、全員でベジータに突撃して、うっかりベジータが死んでしまうと事である。

「悟空、ラディッツ。お前たち兄弟で、ベジータを止めてくれ」

 ヤムチャの指示に、悟空とラディッツが顔を見合わせる。確かに戦いたい相手ではあるが、二対一というのはあまり喜べない。どうせなら正々堂々と戦いたいし、敵の方が数が多いのだ。

「オラ一人でやりてえよ!」

「ダメだ。いくら界王拳があると言っても地力はベジータが上だ」

「……カカロット。ベジータは確かに二人でかからねば危ういほどの天才戦士だ。ここで俺たちが死ぬよりも、勝ちに行くべきだろう」

「ちえっ、仕方ねえなあ」

 ヤムチャとラディッツの説得で、悟空も渋々ながら納得して、構えを取る。ヤムチャは続いてチャオズを見た。

「チャオズ。ナッパと戦えるか?」

「ボクが?」

 まさかの指名に、チャオズがただでさえ丸い目をさらに丸くする。ベジータのように二対一ではなく、一対一でサイヤ人と戦うというのだ。今まで大きく周囲と実力を離されていただけに、まさか自分にそんな大役が来ることはないだろうと思っていたので、さすがに驚きを隠せなかった。

「足止めならば、チャオズの超能力が生きる。それに、ナッパ程度はチャオズなら倒せると思うんだけどな」

「へへ。わかった……ボクに任せて」

 チャオズの底力を、ヤムチャは知っている。この小さな戦士は、最後まで天津飯と共に修行の人生を歩んでいったのだ。実力こそ周囲と離されていくばかりであったが、いくら大好きな天津飯と共に過ごしたいという思いが強かろうが、自身にも強さへの執着がなければ修行など続くはずがない。

「悟飯、人工マン一匹と戦うんだ。ピッコロも同じだが、悟飯のフォローを頼む。潜在能力は凄まじいが、これが初の実戦だ」

「う、うん!」

「チッ、ザコが相手か……だが、悟飯に実戦を経験させるのは必要なことだな」

「よし、天津飯は二匹の人工マンだ。いけるだろう?」

「造作もない」

「任せた。クリリン、残りは俺たちだ。五対二だが……へへ、一番楽をさせてもらうかな」

「そうっすね」

 各自の役割が決まる。無論、相手の都合もあるので思惑通りにいかないこともあるだろう。そもそも、チームプレイにあまり向かない面々でもあるのだが、一年間、同じ場所で同じ修行をしてきたのだ。それぞれの実力と行動は自ずと知れている。

「いくぞ!!」

 ヤムチャの掛け声に、全員がおうと応えた。




実は映画館で働いていて、DBの新作映画「神と神」の予告に毎度毎度、えらく心を揺さぶられて困ります。


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VS人工マン

 戦いの口火を切ったのは、悟空とラディッツのサイヤ人兄弟だった。

「いいかカカロット。ベジータは本物の天才戦士だ。シッポも鍛えており、弱点はない。最低でも二倍界王拳を使わないと話にならんだろう」

「ああ、けどヤムチャに策があるみてえだ。三倍までで抑えて、四倍は封印しねえと身体にガタがきちまう」

「よし、とにかく足止めだ!」

 どう、と勢いよく二人がベジータに殺到する。先手を打った悟空たちに続くように、ピッコロが一匹の人工マンに気功波を放って注意を引きつけた。

「悟飯、一匹に集中しろ。他は周りに任せるんだ!」

「はい、ピッコロさん!!」

 そうしている間に、チャオズもナッパと対峙をして、超能力を放つ。思わず蹲るような腹痛を引き起こすような超能力ではない。全身の神経を麻痺させる強烈な超能力を放つが、さすがにナッパの動きを完全に止めるには至らない。

「ぐっ……妙な技を使いやがるが……腹が痛くて戦えないなら名門出のエリートではないわっ!!」

 これで、チャオズがナッパとの戦いを引き受けることが確定する。ヤムチャの策がほとんど当たりである。

 しかし、天津飯を囲うように散った四匹の人工マンは、少々ヤムチャの思惑を外れた。残る三匹がヤムチャとクリリンに対峙して、足止めにかかってきているのだ。

「天津飯!!」

「任せろ。お前たちはその三匹を早く片付けるんだ!」

 天津飯は両腕を交差して、ゆっくりとそれを開く。すると、まるで残像のように天津飯が二人に分かれていく。

「四身では少し危うい。二身でいくが……腕は八本だ」

 二身の拳に重ねがけするのは、四妖拳。力を込めると肩口から腕が二本、にょきにょきと生えていくという、一体何がどうなっているのかさっぱりわからない技だ。戦闘力を半分にして二人に分かれた分を、腕の数で補う形である。それでも、戦闘力4400の人工マンをそれぞれが二匹ずつ相手にするには分が悪い。

「ヤムチャさん、三匹なら一気に押し込めます。天さんを助けないと」

「ああ。早速だが使わせてもらおうか……クリリンが考えてくれた、俺の新しい技の出番だ」

 ヤムチャはすうっと腰を落とし、気を集中させる。そしてゆっくりと、狼牙風風拳の構えを取る。ヤムチャと天津飯が界王星へと赴き、界王拳を習得しているあいだにクリリンが考案し、ヤムチャがそれを改良して実戦に投入した、この技。名を――

「真・狼牙風風拳!」

 かつて、新と銘打って狼牙風風拳を披露したのは、天下一武道会。相手は天津飯だった。実力及ばず決まりはしなかったが、この技であったならば、天津飯は死んでいたかもしれない。

「しゃあっ!」

 超スピードで一匹の人工マンに詰め寄り、鋭い手刀を振るうヤムチャだが、ギリギリで人工マンはそれを躱す。

 だが、気づいたときにはその人工マンの肩口から腰辺りまで、袈裟懸けに身体が裂かれていたのである。残りの二匹がヤムチャを見ると、その両の拳はぼんやりと光って――まるで爪のような形に研ぎ澄まされたエネルギーが見えた。

 これこそが、クリリンの考えた新しい狼牙風風拳。既に単なる連続攻撃の域を抜け出して、古今無類の近接格闘攻撃に上り詰めたヤムチャの代名詞を、よりそのモチーフに近づけつつ、性能を高めるために考えたのが、気による爪を作り出しての攻撃であった。

 気の形状を変化させる術は気円斬にて習得しており、気をいくつも箇所に集中させるという界王拳の修行もこの技の習得に一役買った。拳の甲から鈎爪の如く伸びた気爪は、気円斬のような回転こそしていないものの、切れ味はその鋭さで十分。しかも一発勝負ではなく、ヤムチャが接敵している限り、この爪の驚異は消えない。虎視眈々ならぬ狼視眈々とでも言うべきだろうか。

「おおおッ!!」

 続けざまにもう一匹の人工マンの背後に回り込み、両腕を突き出して気爪で人工マンを引き裂く。その勢いや留まることを知らず、天津飯に集中していたうちの一匹も頭上から縦に割っ裂くと、本来相手にすべき最後の一匹を見やる。

「はっ!!」

 が、既にクリリンが面倒とばかりに界王拳を行使。瞬時に人工マンの腹をかめはめ波で撃ち抜いて屠っていた。

 流石に強い。そう思いつつ、天津飯は三匹のうち一匹をどどん波で撃ち抜くと、やはり界王拳を行使。彼もまた独自に編み出した技を披露する。

「八連どどん波!!」

 二人の天津飯が、それぞれ四の腕から同時にどどん波を発射する。うち二発が先行し、人工マンの動きを封じた後に、それぞれに三発ずつの本命が飛んでくる。頭、心臓、腹と見事に打ち抜かれた人工マンは二匹同時に突っ伏した。

「うへえ。助ける必要なかったんじゃないか……」

「それよりも、全部きちんと息の根を止めただろうな。うっかり瀕死で残すと、ボロクズになりかねんぞ」

 ヤムチャは二の轍を踏まないように、倒した人工マンの気が完全に消えていることを確認する。問題ない、これで神様に続き、苦渋を舐めさせられた相手への――もっとも、それの亜種のような奴らではあるが――時を超えた復讐は完了だ。

 ノルマを達成した三人は、周囲の様子を確認する。

「どうする。加勢するか?」

 天津飯の問いに、それぞれの戦闘を見たヤムチャはゆっくりと首を横に振った。

「大丈夫だろう。もしも劣勢ならば駆けつけるが……みんな、修行の成果を発揮したくてウズウズしていたんだ。自分たちの技がどれだけ通用するか、ちゃんと確認できるまで待ってやろう。悟飯はある程度、経験を積んだほうがいいだろうしな」

 決して暢気に観戦するわけではない。それぞれが目の前の戦いに集中できるようには動くが、必要以上の手助けはしないだけだ。

 この戦いに勝つためだけならば、一気呵成に決めてしまうのも悪くはない。だが、後に続くナメック星――全員が生き残れば行く必要があるのかどうかもわからないが――での戦いでは、戦闘力が数万を超える敵がウヨウヨとしているのだ。悟飯に死闘の経験がなければセル戦も危うく、そうなれば未来はない。

「ヤムチャ……俺はチャオズが気がかりだ。確かにチャオズは強くなった。あのスカウターで測った最後の数値は、4300。界王拳を使えばナッパに負けはしないだろう。だが……」

「ああ。弟弟子だもんな。だが……心配はいらないようだぞ?」

 やや離れたところで戦うチャオズとナッパを見て、ヤムチャは相好を崩す。

 そこには、短い体躯ながらナッパと懸命に戦うチャオズの姿があったのだ。




遂にやらかしました、オリジナル技。
オリキャラだけはやめておこう。それだけはしないでおこうと思ってはいますが、オリ技は入れないとヤムチャの技が足りないんですよ……


思い出したんですが、オリジナル小説でも弱い主人公で異世界を旅する話とか書いてました。いや、ヤムチャとクリリン強いですけど、後半の空気っぷりから弱い印象拭えません。
弱いキャラが好きみたいです。


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チャオズVSナッパ

 幼い頃から兄弟子の天津飯と共に厳しい修行に明け暮れ、矮躯ながらも常識をはるかに超える達人へと成長したチャオズだったが、ひとりのハゲによってその輝かしい戦歴に傷がついた。

 師匠である鶴仙人がライバル視している亀仙人。その弟子たるクリリンという、同じく矮躯でありながら、心技体の全てにおいて敗れた決定的な敗北であった。

 鑑みれば、チャオズは未だかつてどんな強敵を相手にしても勝ったことがない。挙句、かつての恩師の変わり果てた姿に動揺して、自分だけが天下一武道会の決勝に駒を進めることすらできなかった。

 なんて情けないのだろう。兄弟子であり親友。否、家族とすら思っている天津飯は、魔封波を自力で身に付けて魔族と戦い、あの桃白白を一撃で倒したというのに。孫悟空に本気で戦わせるにまで至ったというのに。

 小さな体を突き抜けるのは、いつも天津飯の足を引っ張ってしまうのではないかという不安と、自分ひとりが弱いという劣等感だった。超能力こそ身につけてはいるが、格上には効果もなく、かつての歴史ではサイヤ人という強敵に自分の力が一切通用しない場合のために、自爆する覚悟をあらかじめ決めていた。一人弱い自分が、天津飯の忠告も無視してついていったのは、もしもの時に天津飯の命を救えるようにと思ってのことだった。

 それだけの劣等感を抱きながら、それでも戦士たる自分を否定することもできなかった。強くなりたい。誰よりも、どんな時でも強くありたい。

 人という存在を超越するために必要な、断固たる意思。そう、たとえば。もしも平和な世界になり、老いた手を見て――あの頃にもっと強ければと後悔していた時に、時間を遡行できるのならば、迷わずしているであろうほどの、強烈なまでの信念を、チャオズもまた胸に秘めていた。

「どどん波!」

「ちっ!」

 チャオズとナッパの戦いは、既に数分を経ていた。小さなチャオズを見て、捻り潰してやろうと息を巻いて突進するナッパの勢いを超能力で殺ぎ、距離を保ちながらどどん波で応戦する。

 まだ足りない。界王拳を使えば対等の戦闘力に至るであろうが、体格と戦いに対する慣れにおいては、ナッパとチャオズに大きすぎる隔たりがあった。

 チャオズは高速で不規則に飛び回り、ナッパを振り回す。体力がありそうなナッパに持久戦はあまり得策ではないが、機を見つけねば勝てるものも勝てない。

「いつまで逃げるんだ、このチビが!!」

 本来の戦闘スタイルに持ち込めないナッパは、見るからに弱いチャオズに振り回されていることに苛立ちながらも、まだ自分が優位であるとの見立てで頭に血が登りきっていない。

 チャオズの戦闘スタイルは、その矮小な身体と容姿で油断を誘い、相手の本来の力を発揮させないというものに形成されていた。気もまだ抑えたままであり、数値上は3000に満たないであろう。故に超能力も足止めほどにもならず、ナッパもだからこそ追いかける。

「ええい、ハエか貴様は。逃げ回ってばかりの弱虫が!」

「ひひ。攻撃が当たらないだけだろ?」

 挑発も織り交ぜて、とにかくナッパから理性を消すことを優先させる。果敢に攻めるナッパの攻撃が随分と大味になってきて、より守りやすくなっている。あと少しだった。

「クソチビがッ!!」

「ここだあっ!!」

 攻撃に移るときにできる僅かな隙をチャオズは見逃してはいなかった。それまで抑えていた気を一気に開放。さらに界王拳を使って、突っ込んでくるナッパの腹にめがけて頭突きをカマす。

「お、おおうッ!!?」

「はあっ!!」

 態勢が揺らいだところで、超能力を発動。界王拳との併用はどう修行しても不可能だったために、界王拳は一度消した状態である。しかし気を開放した状態での超能力は、ナッパの身体を一瞬ではあるがピタリと止めた。

「たあっ!!」

 追い打ちの蹴りを加え、反動で大きく距離を取る。思わぬ反撃に遂にナッパの理性が消し飛んだ。

「ち、チクショウがぁああッ!!」

「新鶴仙流、太陽拳!!」

 ここで選択した技は、太陽拳。元来、鶴仙流のこの技は後に多くの戦士が使用している。悟空にクリリン。そしてセルに至るまで。如何に目くらましが有効なのかがよくわかる。

 当然ながら、チャオズも太陽拳の使用は可能である。チャオズを中心に強烈な閃光が走り、視界を奪われたナッパは混乱によってその場でぶんぶんと拳を振り回して暴れだした。

「どどん波!!」

 動きが鈍いナッパにどどん波が直撃する。しかし、流石はタフなナッパである。直撃にも関わらず、超硬ラバープロテクターが砕けただけであり、少々のダメージを食ったものの一層猛り狂っている。

 チャオズの持つ技で最も威力の高い技であるどどん波で大したダメージにならないというのは、チャオズにとっては決め技が無いということになる。自分のペースではあるが、このままずるずると戦い続けてもタフなナッパにいつか捕まり、手痛い攻撃を喰らうことになる。

 ならば、こちらも全力を尽くすのみだ。チャオズは再び気の流れをコントロールして界王拳を発動させる。しかも今回は二倍。チャオズの気を開放した戦闘力が4300であるため、一気に8600まで跳ね上がっている。

 チャオズが2倍界王拳で戦える時間は三分間が限度である。気のコントロールに対する技術は決して悪くはないのだが、超能力という独自の技術の研鑽に努めたためだ。元々、超能力も気を利用した技術であるのだが、この超能力と界王拳の相性がとにかく悪い。共に体内の気をコントロールする技術であったために、界王拳で集中させるべき箇所と、超能力の行使のために集中させるべき箇所が全く違うという現象が起こってしまった。

 ただし、利点もあった。ヤムチャのように気の流れのコントロールは不慣れであったが、体内の気を特定の場所に集めるという技術に関しては誰よりも得意とするところであったのだ。界王拳の習得が最も早かったのはヤムチャと天津飯という教える側を除けば、チャオズだった。

 急激に戦闘力を高めたチャオズの突撃に、ようやく視界が戻ってきたナッパは反応することもままならない。

「はあっ!!」

 突撃の勢いをそのままに頭突き。クリリンよりもさらに矮躯という格闘家として恵まれないにも程があるチャオズは、もはや懐に潜り込んでの格闘すらままならない。超能力を駆使した戦いを主としているが、戦闘力で明らかに格上の相手に腹痛程度では話にならない。

 かくなる上は、突撃しかなかったのだ。小さな身体でも、速度と気で強靭になった肉体はそれだけで武器となる。

 チャオズの作戦は見事に功を奏した。少なくとも、後ろで手に汗を握り締めながら観戦していた天津飯にはそう見えた。

 だが、戦闘民族サイヤ人のエリートとして育ったナッパにも意地があった。百戦錬磨の戦士としての経験と知恵もあった。避けきれないと悟り、戦闘力でも分が悪いと見るや、ナッパは敢えてチャオズの一撃を正面から受け、多大なるダメージと引き換えに、意識だけは手放さず、丸太のような太い両腕でチャオズの身体をがしりと掴んだのである。

「ぐ、ぐふふ……捕まえたぞ、チビが!」

「あ、あぐっ!?」

 両腕でがっちりと脇腹を掴まれたチャオズは、そのままナッパの膝に身体を叩きつけられて、さらに頭突きを喰らう。界王拳は維持していたものの、ナッパのタフネスとパワーは戦闘力という単純な数値だけで推し量れるものではなかったらしい。素早い動きは苦手なようだが、それを補うパワーがあり、それが発揮されると手がつけられない。

 膝蹴りと頭突きで滅多打ちにされていくチャオズに、天津飯が不味いとばかりに飛び出す。それに気づいたナッパは、まずは数を減らすべきだとチャオズを始末しようと口をカパッと大きく開いた。

 ナッパの最強の技である、口からのエネルギー弾である。至近距離でのこの技は死に繋がる。

「チャオズ!!」

 天津飯が叫び、必死に飛びかかるが時すでに遅し。放たれたエネルギー弾を止める術がない。

 だが、チャオズはかつてのチャオズではない。天津飯とともに神様のもとで修行を重ね、天津飯がヤムチャと界王星へと修行に行った後に、きちんと神様の修行を終えた。さらに、クリリンたちと合流してからは超重力下で亀仙流の面々と修行を重ねてきていたのだ。

 もはや、チャオズの必殺技は超能力とどどん波だけではない。

「かめはめ波ッ!!」

 ナッパが気を口に集中させていることに気付いていたチャオズもまた、時を同じくして亀仙流の必殺技――組手で幾度となく見て、そして喰らった技――を放っていたのである。

 貫通力や殺傷力で勝るどどん波とは違い、かめはめ波は純粋な攻撃力。すなわち火力に優れた技だ。至近距離でぶつかりあったナッパの気弾とチャオズのかめはめ波は激しくぶつかり合い、ほとんど互角の競り合いをした後に掻き消えた。

「はっ!!」

 必殺の技を瞬時に切り返されて唖然としているナッパに、遅ればせながら助太刀に入った天津飯の蹴りが炸裂する。不意打ちの一撃にチャオズを手放してしまったナッパは大きく吹き飛び、チャオズはようやく解放されたものの、サンドバッグにされたダメージは流石に大きく、がくりとその場に倒れた。

「チャオズ、仙豆だ!」

 最早、過保護にも思える天津飯だが、天涯孤独の身であり、長年の恩師たる鶴仙人のもとを離れた天津飯にとって、チャオズは弟弟子というだけの存在ではない。すでに家族なのだ。

 戦いに備えて、あらかじめカリン様に仙豆を極力作っておいてもらうように頼み込んでいたのが、ここで功を奏した。かつての歴史でも仙豆はサイヤ人戦を前にカリン様からクリリンたちも受け取っていたが、修行に傷ついた身体を癒すために使い切っていたのだ。考えなしの結果ではなく、悟空とピッコロの二人がかりでも敵わなかったラディッツよりも強いサイヤ人を相手にするためには、本番での回復ではなく、少しでも強くなるための修行だっただけの話だ。寸暇を惜しんで鍛えてきたからこそ、仲間たちは死にながらも、辛うじてクリリンは生き残って元気玉を作り出すという役割を果たした。

 クリリンが生き残ったのも、それまでに天津飯たちがナッパと戦い、攻撃の隙を与えたりと、微力ながらも勝利へと貢献していたのだ。仙豆の無駄使いなどはしていない。

 だが、今回はすでにクリリンとヤムチャによって、平和な時でもカリン様に仙豆を作ってもらうように頼み込んでいる。修行中もうっかり組手で半殺し状態に陥った場合などに使ったが、実は全員が袋いっぱいの仙豆を持参しているのである。

 無論、己の力試しの場でもあるので、戦闘中にポリポリと食べることはしなかったが、チャオズはすでに限界だった。十分な戦果とまでは言えなくとも、自爆でも驚かせるだけに終わったかつてと違い、確実にダメージを与えて、本来ならば三倍界王拳で圧倒することもできた。ナッパのタフネスがチャオズの計算の上をいったという意味では、敵を測り損ねたチャオズにも反省すべき点はあるのだが、それでも上々の成果であろう。

「よくやったぞチャオズ」

 天津飯の言葉も、純粋な賞賛のものだった。小さな身体で、よくもあの大きなナッパと渡り合えたものだと、心の底からチャオズを褒めた。

 だが、チャオズの顔は浮かないものだ。やはり、自分は勝てないのだ。あれだけの修行を重ねても、自分は負けてしまう。それが悔しくて仕方なく、目頭から涙がぽろぽろと溢れた。

「天さん、ボクは……弱いね……」

「何を言うんだ。お前は強い。サイヤ人相手に、確かに手痛い反撃は食らったが、十分に戦えていただろう?」

「ううん。結局、天さんに心配をかけた……それが、悔しい……」

 いつも、兄弟子についていくだけで精一杯だったチャオズだが、それでも天津飯と対等の強さにまでたどり着きたいという思いを秘めていた。

 これでナッパに勝つことができれば、少しは胸を張れるだろうと思っていたのだが、やはり結局はこうして介抱されている。

 悔しい。だが、なぜ悔しいばかりで諦めようとは思わないのだろうか。

 これだけはっきりと、自分の力が及ばないと理解していても、どうして諦めるという選択が頭をよぎることすらしないのだろうか。涙で視界が歪む中、チャオズはそれでも「足りない」と呟いた。

 まだ、足りない。もっと強くなりたい。今回は心配をかけてしまったが、次は安心してもらいたい。

 ならば、答えは決まっている。涙を拭って、両の足で大地を踏みしめる。

「天さん、ボクはもっと強くなるよ。もっともっと、強くなるよ!」

「ああ……ああ。そうだ、チャオズ。俺たちはもっともっと強くなる。サイヤ人よりも、ほかのどんな奴らよりも強くなろう!!」

 チャオズとは逆に、涙を目に浮かべた天津飯は力強く応えて、チャオズと同じくまっすぐと立つ。

 二人の姿の眩さに、さらに後方で見守っていたヤムチャとクリリンは己の立場を鑑みて苦笑する。

「……やっぱり、あいつらがいてくれてよかったな。金色の戦士もピンクの魔人も知らないあいつらが前向きでいるから、ここまで来れた」

「ええ。オレたちより純粋に、強さを求めてますからね……ああ、記憶があるから前より強くなってるけど、記憶が邪魔になるとは思わなかったなあ」

 それでも、やはり諦めることを知らない二人もまた、戦士なのだろう。




原作ではまともに戦うシーンが天下一武道会でのクリリン戦。そしてサイヤ人編での自爆のみというチャオズ。
悟空と直接話をしたことすらないという、Z戦士に数えられているにも関わらずの不遇キャラです。

まともな格闘をしたのはクリリン戦だけで、蹴りと頭突きが印象的だったので、そこから戦法を拾い上げて構成してみました。


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悟飯VS人工マン

 クリリンとヤムチャ、天津飯が人工マンを相手にして、チャオズがナッパを。そして悟空とラディッツがベジータの足止めにかかっているところで、悟飯とピッコロはそれぞれ人工マンとの一騎打ちに挑んでいた。

 もっとも、ピッコロにとって人工マンがいくら栽培マンより強かろうが、並々ならぬ成長を遂げているのだ。まったく問題にならない。

「しゃあっ!!」

 勢いよく腕を伸ばして、人工マンの足を掴むと、手刀で首を狙う。急所を狙って相手に大ダメージを与えるつもりだったのだが、本人の予想以上にピッコロは強くなっていたらしい。人工マンの首が胴と離れて、ころころと転がっていった。

「しまった。悟飯に戦いの見本を見せるつもりだったが……まあいい。悟飯、貴様の腕でも十分に倒せる相手だ。落ち着いて対処しろ!」

「はい、ピッコロさん!!」

 孫悟飯の初陣である。本来はナッパとの対峙で怯えまくり、窮地に立ってようやくその才能を開花させた悟飯であるが、今回は格下とは言わずとも、手頃な相手であろう。ヤムチャの狙いも悟飯に良い初陣を飾らせて、自信をつけさせることにある。

「シャアアッ!」

「たあっ!!」

 人工マンと対峙した悟飯は、相手が子供ということで油断している人工マンの突撃を迎え撃つ形で蹴り飛ばし、距離を取る。

「ふうっ……ふうっ……!!」

 初の実戦という緊張感が悟飯を凄まじく襲うが、動きは悪くない。サイヤ人の血を引く悟飯もまた、生まれながらの戦闘の才能を持っている。

 ましてや、母親は地球人の女性としては現時点で間違いなく最強の座についているチチである。いずれは人造人間ながらもベースが地球人でありながら、超サイヤ人のベジータと互角であったクリリンの嫁が最強となるが、今の時点ではおそらく改造すらされてはいまい。

 後に好敵手から「お前がナンバーワンだ」と賞賛される戦闘民族サイヤ人の生き残り、孫悟空。そして生身の地球人女性としては義娘と並んで最強格たるチチ。サイヤ人と地球人の混血児は強いということもあるが、それ以上に地球人としても祖父、母ともに達人である血筋が悟飯の驚くべき潜在能力の秘密でもある。

 この一年で頼りない少年としての面影はなりを潜め、まだ幼いながら組手のときは戦士の表情を見せるようになってきた。まだまだ戦闘力は未完成で戦士たちの中では基礎力は最も低いが、伸び代が一番高いのも悟飯である。

 人工マンは悟飯手強しと見て、慎重に攻める作戦に切り替える。十分な距離から頭頂部を真っ二つに割り、溶解液を悟飯にめがけて飛ばしつける。

 そのモーションに警戒をしていた悟飯は大事をとって大きく距離を取り、先程まで自分がいた位置が溶解液によってジュウジュウと音を立てて溶けるのを見てぞっとする。

「ピ、ピッコロさん……」

「お前のスピードならば十分に避けられるだろう。恐れずに戦うのだ」

 戦いの師匠であるピッコロの指示は端的だ。半年間の修行でも、ピッコロは多くを語らずに実践にて悟飯を鍛えた。戦いにおいては勿論パワーも技術も重要であるが、事前に敵の攻撃を察知する観察眼などが勝敗を大きく分けることがある。すべてを丁寧に教えていては、単に従順なだけで応用力のない戦士となってしまうので、あくまでもアドバイスは最低限に抑える。今回は実戦であるが、実戦こそが最も勘が磨かれるときだ。悟飯の最終戦闘力は4400ほどと、人工マンとは互角な上に、まだ気のコントロールが完璧でないので界王拳も使えない。しかし、悟飯はその潜在能力の一端を垣間見せることにより、飛躍的に戦闘力を増す。その力の引き出し方もまた実戦でなければ磨かれない。

 溶解液は予備動作が長いので、簡単に避けることができると悟飯は見切りをつけて、しかし直撃すれば気の防御など関係なく溶かされそうでもあることを注意する。遠距離戦ならば避けることもたやすいと思って、気弾を放って人工マンを追い詰めようとした。

 しかし、甘いとピッコロは舌打ちをする。予備動作が長ければ当然、近づけば溶解液など飛ばしている暇がなくなるということでもある。寧ろ、溶解液を頼るような腕であるならば、格闘戦に持ち込んで押し込むほうが有利に働くであろう。未だに恐れの残る悟飯の戦い方は歯痒いものすらあった。

 かくして、悟飯の気弾はあっさりと人工マンに躱され、悟飯に怯えの色が見えることを理解すると、逆に押し込めようと近接戦に挑んでくる。

 悟飯は慌てて迎撃するが、全てが後手後手となり、思うように攻撃に移れない。苛立つピッコロだが、潜在能力さえ発揮すれば悟飯にとって人工マンなど一瞬で消滅させることが可能であることも知っている。

 サバイバル修行の中、腹を空かせた恐竜に追いかけられていた悟飯は、決死の場面で底力を発揮して恐竜の顎を撃ち砕く一撃を放ったのだ。以後、恐竜は悟飯を見ると怯えて逃げるほどであり、追いかけては手刀で恐竜の尻尾をスライスして食料にしていた。

 まだロクに戦闘も教えていない五歳児にしては、破格の戦闘力を引き出したのだ。きちんと育てた今、それを発揮させれば人工マンなど相手ではなくなるはずなのだ。

 しかし、悟飯は消極的な戦法であるが故に、手痛いダメージを喰らうわけでもなく、だらだらと戦闘を長引かせている。勿論悟飯は必死で戦おうとしているのだが、ピッコロにとっては本気を出さずに手古摺っているのと同義である。

 何か、爆発的なきっかけがあれば良いものを、と思っている時だった。

「かめはめ波ッ!」

 少し離れた場所で戦っていたチャオズが、ナッパの気功波をかめはめ波で相殺していた。

 その姿はボロボロで、おそらく厳しい戦闘で激しく傷ついたのだろう。しかし、天津飯の助太刀でナッパと大きく距離をとったチャオズの目から、闘志は消えていなかった。

 ろくに体も動かないほどに痛めつけられているにも関わらず、目は死んでいなかったのだ。

 チャオズは修行の時、いつもだれかの影に隠れているように静かに、まるで自分が邪魔にならぬようにと配慮しているのではないかと疑うように、端の方で淡々と己を鍛えていた。悟飯の目から見れば、あまり戦いを好まない、少し自分に似ている存在でもあったのだ。

 そんなチャオズが、己の力量が敵に届かなかったことを悔やみ、涙まで流している。

 自分が、こんな量産型の雑魚に手間取っているあいだに、激戦を繰り広げた仲間が傷ついているのだ。

「……う、うわあああッ!!」

 危機的状況ではない。否、それどころかさしたる劣勢ですらない。それでも、悟飯は己の勇気を奮い立たせて気を一気に開放した。

 どうん、と土煙が舞って、人工マンの視界が一瞬遮られる。戦いの最中によそ見をする間抜けに、止めを刺そうと突進している最中であった。

「ギ!?」

 土煙の中から、小さな影が飛び出してくる。幼いながらも、闘士を滾らせた小さな戦士が、自分を倒そうという断固たる意思を瞳に宿していた。

 これは不味い。そう思って横に軌道を変えようとするが、悟飯の動きは人工マンよりもずっと早かった。逃げようとする人工マンの顔面を思い切り殴りつけて、地面に叩きつける。

「ギャッ!!」

「はあぁっ!!」

 地面をボールのように跳ねる人工マンの身体に、悟飯は思い切り頭突きをカマし、もつれ合うように地面に転がった。

「うううッ……くらえっ!」

 素早く姿勢を整えてトドメとばかりに、気功波を放って人工マンを消滅させる。まさしく一瞬のできごとに、人口マンは痛みを感じる間もなく、この世から消え去った。

 あとに残った悟飯は、大きく肩で息をしながら、少し離れたところで見ていたピッコロを振り返る。

「……ピッコロさん」

「まあまあだな」

 ニヤリと口元だけで笑うピッコロは、それだけ呟いてそっぽを向く。

 素っ気ない師匠だが、ピッコロが自分を褒めることなどそうはない。むしろ、まあまあとまで言われたのは初めてのことである。

 初めての戦いは、とりあえず一段落。悟飯はへたりとその場に座り込むと、一番離れた場所で戦っている三人の男に目を向けた。

 敵であるベジータ。そして優しく強い父親と、もうひとりの師匠である叔父へと。



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ラディッツVSベジータ

 仲間たちがそれぞれ戦う中、悟空とラディッツはベジータを相手に唯一、数で勝る勝負を展開していた。

 即席のタッグであるが、一年間も一緒に修行をしていた上に、二人は血を分けた兄弟でもある。連携に不安は無く、攻防に隙もない。

 だが、それでも押されているのは悟空たちであった。

「はああっ!!」

 ベジータが正面から向かってくるのを、ラディッツが防御に専念して悟空が裏に回り込む。がっしりと受け止めたはずのベジータの拳は重く、受け止めた右腕が痺れそうになるほどの破壊力を秘めている。

 裏に回った悟空が蹴りを放とうとするが、それを回し蹴りで迎撃するベジータに、悟空は敢え無く吹き飛ばされる。

「くく、所詮は最下級戦士だな。兄弟揃ったところで、俺に傷一つつけることなどできん」

 嘲笑うベジータだが、事実として悟空の攻撃は一度もベジータに届くことはなく、全てが躱されるか反撃で返り討ちにあっている。

「ちっ……カカロット、まだ戦えるな?」

「あたりめえだ。けど、正直なところきっついぞ。2倍じゃついていけねえや」

 悟空の言葉にラディッツも頷くしかない。2倍界王拳でもってしても、ベジータの戦闘力には追いつかない。悟空たちの界王拳は、身体に極端な負担を強いずに可能な倍率は3まで。4倍になると一分ほどで体中が痛み出す。

 だが、3倍とて長時間戦えるわけではない。もって五分が限度だろう。

「仕方ない。カカロット、お前は手を出すな」

 ラディッツはそれだけ言って、一気に界王拳のレベルを一つ上げる。三倍界王拳である。

「あ、兄貴?」

「三倍が通用しなければ、体力を消費するだけだ。俺が様子を見てやろう」

 そう言うか否か、ラディッツはベジータめがけて突進する。急激に伸びた速度に、ベジータは咄嗟に避けて難を逃れるが、反射神経でギリギリ躱せたという様子で、驚きが表情に出てしまっている。

 好機とばかりに、ラディッツは次々と拳を繰り出していく。様子見とは言ったものの、ラディッツの本音で言えば、一対一の勝負をしてみたかったのである。

「ベジータ。お前はいつも俺を馬鹿にしていたな。だが、それも今日までだ!!」

 足元に気弾を打ち込み、土煙を巻き上げるラディッツに、ベジータは嘲笑う。

 所詮は最下級戦士である。視界を奪って攻撃するつもりであろうが、それはラディッツにもベジータが見えないということだ。少し場所を変えて、襲ってきたラディッツに反撃すればそれで終いである。

 すうっと身体を移動させて、元々いた位置に狙いを絞ってラディッツが来るのを待ち構えるベジータだが、当然というべきか。ラディッツは気を正確に探り当てて、油断しているベジータの頬を思い切り殴り飛ばした。

「ぐうっ……貴様ッ!!?」

「最下級戦士を舐めるなよ。俺のオヤジは、最下級戦士だが、エリートを超える力を持っていた。俺は最強の下級戦士、バーダックの息子だ!!」

 かつて見た、父親の背中は大きく広く、逞しかった。

 いつからだったろうか。あの大きな背中に憧れつつも、最下級戦士であることを理由に修行を怠ったのは。自分よりも弱い奴を相手にしてばかりで、成長などひとつもしなくなったのは。

 亡き父親の誇りを忘れ、のうのうとベジータの言いなりに働いていたのは。

「エリートを超えたところでどうなる。俺はエリートの上にサイヤ人の王子、ベジータだ!!」

 思わぬ攻撃に怒ったベジータが、本気の一撃をラディッツに放つ。だが、それをがっしりと受け止めたラディッツは、全力でベジータを投げ飛ばし、気を一点に集中させる。

「サイヤ人など、ここにいる四人に、カカロットの息子で五人しかいない。王子を気取るお前は、単なる子供だ!!」

 最大限に高めた気を拳に集め、振りかぶってベジータに投げつける。これぞ、闘士を再び燃やしたラディッツが界王拳よりも真っ先に習得に励んだ技。憧れ続けた亡き父親が得意とした、まだ赤ん坊だった悟空には知る由もない、父の形見とも言える技。

「ライオットジャベリン!!」

 気を投げつけるという、放射するかめはめ波とは違う種類の気功波であるライオットジャベリンは、常に放ち続けることができるかめはめ波と違って軌道を変えたり、気功波同士の勝負で押し勝つことはできないが、当たれば強烈なダメージを与えることができるという特性も持っている。言わば、一撃必殺の博打技にも近い特性である。

 しかし、そんな技を父であるバーダックは好んで使用した。一瞬のタイミングを見極め、たとえ格上であろうとも絶対に負けないという気概で、この技を選び続けてきたのである。

 だが、今のラディッツは界王拳によって父の戦闘力を超えているものの、長年の激戦で培った相手の動きを見切るという経験が不足している。ライオットジャベリンの特性を瞬時に見抜いたベジータが、すかさず気功波の衝突による相殺を図る。

 だが、それを見越してこそのライオットジャベリンだ。ベジータが相殺して油断した隙を狙って、立て続けに二発目のライオットジャベリンを放つ。

 この技は相殺されると弱く、博打技で気の消費も激しい。だが、威力と速射性が高いのだ。一発目は布石。威力も敢えて抑えた。しかし、今度のライオットジャベリンは違う。ラディッツが最大限に気を込めた、全身全霊の父の忘れ形見である。

「ぬ、ぐうううッ!!」

 完全に想定の範囲外であった二発目のライオットジャベリンに、ベジータは懸命に逃げようとする。だが、虚をついた一撃というものに、身体は思うように反応できないものである。なんとか直撃を避けたものの、足元に着弾したライオットジャベリンは激しい爆風を巻き上げてベジータの身体を包み込んでいく。これが父バーダックであったならば、確実に直撃させていただろうとラディッツは思うが、ならばそれができるまでに、自分を鍛えぬけば良いだけの話である。

 サイヤ人の全盛期は長い。そして、その間は地球人では衰える一方であるにもかかわらず、成長を続けることができる。戦闘民族と自ら言って憚らないのは、この戦闘に特化された肉体の成長もあってのことだ。

 そして、そのサイヤ人のエリートにして王子。ベジータは戦闘民族の誇りを持つ、気高い男である。渾身のライオットジャベリンはベジータの超硬ラバースーツを吹き飛ばすほどの威力があり、左半身のスーツはあちこちが破損していたが、本人は未だに健在であった。

 無論、手痛いダメージはくらっている。弱虫と侮った下級戦士が、まさかこれほどまでに高い威力を持つ隠し球があったとは思いもしなかったのだ。

 だが、それはベジータにとってマイナスの事実だけではなかった。高いプライドと唯我独尊の性格ではあるが、相手の力量を正しく測り、それに対応する術を持っているのは百戦錬磨の戦士たる所以である。

 思うに、ラディッツや悟空の急激な成長には、戦闘力を操作した上で、さらに効率的に戦闘力を発揮する――界王拳と彼らが呼ぶ技があってのものであるということを、ベジータはよく理解していた。そして、その高度な気のコントロールは、おそらく通常時の肉体でなければ不可能であるということも。

「く、くく……人工マンは全滅。ナッパも地球人のチビに押される始末。なるほど、弱虫という言葉だけは取り消してやろう。だが、ここで貴様らは死ぬ」

 ベジータとしても、この手はあまり好まなかった。何よりも、醜くなることを嫌う男だからだ。

 だが、そうも言ってはいられない。わざわざ日数を調整してやってきたのは、あくまでも奥の手を使うためだった。

「ナッパ、空を見ろ!!」

 チャオズと戦い、距離をとっていたナッパに、べジータの声がかかる。

 すでに夕刻に差し迫り、赤く染まりかけた大地。その空に浮かぶのは、真円を描いた夕月だった。

 歴史はクリリンやヤムチャの知らないところで変わっていた。ピッコロは悟飯が大猿化することによって、月を消さねばならないという判断を下したが、この世界では悟飯は大猿化することなくサバイバルを終えた。したがって満月を見るとサイヤ人が変身するということを知っているのは、この中では最初に尻尾を切るという術を編み出したヤムチャ。そして天下一武道会で目撃したクリリン。本人がサイヤ人のラディッツの三人のみである。

「しまったッ!!!」

 ラディッツがナッパを止めようと地を蹴るが、ベジータが足止めに入る。クリリンとヤムチャがその隙にナッパに殺到しようとするが、それを見逃すベジータではない。気功波を連射してクリリンとヤムチャの注意を引きつけた上に、我を忘れて突進してくるラディッツを蹴り飛ばした。

 ほかの仲間は、一体何が起こっているのかわかっていない。ただ急にクリリンたちが青ざめて突進しただけに見える。そして、わからないままに、チャオズとの戦いを終えたばかりのナッパの身体に異変が起こったことだけを察知する。

「やべえ、ナッパを倒すぞ!!」

 悟空がいち早く反応して、ピッコロがそれに続くが遅い。すでにナッパは空に浮かぶ満月の光を両目に浴び、大猿へと変身を終わらせようとしていた。

 間に合えと、悟空がかめはめ波を放つが、変身をほぼ終えたのだろう。大猿と化したナッパの拳に弾き飛ばされ、虚空へと消えてゆく。あとに続いたピッコロが爆裂魔波をナッパにめがけて放つが、これも分厚い皮膚に遮られて、掻き消える。

「う、うぐ……」

 これまで数多の敵を倒してきたかめはめ波が、まるで玩具のように弾かれるという事態に、さすがの悟空も動きを止める。すっかりと変身を完了させたナッパは、今度はベジータの前に立って、あたり構わずに口から気功波をどかどかと撃ちまくった。

 まるで迫撃砲の連射である。荒野に次々と振り注ぐ気功波は爆風を巻き上げて悟空たちに回避を余儀なくさせる。こうしているあいだに、ベジータもまた大猿に変身を完了させて、二体の化物が戦士たちの目の前に立ちはだかることになる。

「な、なんてことだ……まさか、こうなっちまうなんて」

 クリリンはナッパとベジータの途方もない気に呆然とする。大猿と化したサイヤ人の戦闘力は十倍に跳ね上がる。界王拳三倍を行使してようやくベジータと対等に近い戦闘力になる戦士たちにとって、この差は絶望以外の何者でもない。ましてや、ナッパも変身してしまったのだ。戦士たちはまだ全員が生きているが、それでも状況は一気に悪くなったと言わざるを得ない。

「あ、あれは何なんだ!?」

「サイヤ人は満月を見ると、大猿に変身するんだ。尻尾を切るか、月が無くなれば変身は解ける」

 天津飯の驚きの声に、ヤムチャが簡潔に説明する。かつてはヤムチャとプーアルが協力して尻尾を切り、次は亀仙人が月を消して悟空の大猿化を戻した。この状況で最も手っ取り早いのは、二人まとめて大猿化を元に戻す、月を消すという方法だ。

 戦闘力で言えば、大きな差がある亀仙人ができたことである。今のヤムチャ達にとっては容易いことだ。

 だが、それを素直に実行できるかと言えば、そんなことはない。二匹の大猿が暴れ狂う中、それを掻い潜って気を集中させたかめはめ波を放つのは至難を極める。

 それでも、やるしかない。歴史を変えて、悟空たちを助けるという未来を創るはずが、思わぬところで苦しめる形になってしまいつつあるのだから。幸い、向こうが大猿化したと言っても、こちらにもサイヤ人は三人いる。悟空は尻尾を無くしたが、悟飯とラディッツは尻尾を生やしたままである。

「ラディッツ、大猿になって食い止めてくれ!」

 これしかないとヤムチャがラディッツに頼む。だが、ラディッツはむしろ満月を見ないようにうつむいている。

「ダメだ……俺やカカロット。そして悟飯は下級戦士の子供だ。下級戦士は変身すると理性を失ってしまう。サイヤ人の本能のまま、破壊の限りを尽くすだろう」

「な……ッ!?」

 思わず絶句するヤムチャに、周囲も動揺を隠せない。悟空が凶暴になったのは、子供で自制が効かないだとか、そういうレベルの話ではなかったのだ。下級戦士と呼ばれる最大の理由は、その戦闘力の大小などではなく、変身後も理性を保てるかどうかが大きい。寧ろ、サイヤ人の最終形態として名高い大猿化によって理性を保てないことが、下級と蔑まされる最大の要因と言い換えたほうが正しいだろう。

「ふはははは。こうなっては貴様らにはどうしようもあるまい。戦闘力の差は最早絶望的。多少は鍛えていたようだが、残念だったな」

 高笑いするベジータに、クリリンは奥歯を噛み締める。何か、良い方法はないのだろうか。

 前回はナッパは既に殺されており、ヤジロベーの援護などがあって運良く尻尾を切れたが、二体も居てはフォローされあって、およそ隙など無いだろう。気円斬とて、迂闊に放っただけでは躱されるのがオチである。

「く、くそ……なんとかしないと。なんとかしないといけないのに……!!」

 心の底から絶望が顔をのぞかせる。

 自分たちが蒔いた種である。いくら元の世界に影響がないようにと神龍に頼んだと言っても、この世界で既に十年近くも修行に明け暮れているのだ。この世界で、自分たちと肩を並べて修行に勤しんだ仲間たちを失いたくはない。

 クリリンが必死にこの危機を乗り越えようと頭を巡らせる。だが、妙案など浮かばなかった。

 だが。それまで黙っていたピッコロが唐突に口を開いた。

「一匹はオレが引き受ける。お前たちは、全員でもう一匹を何とかしろ」

「へ……?」

「勝てるとは言わんが、食い止める程度ならできるだろう。お前たちがもう一匹をなんとかすれば、活路は開けるはずだ」

 ピッコロは確かに強くなった。共に修行した仲間の中では悟飯の次に弱かったが、元々の才能と種族。それに加えて、悟空に負けられないという思いが彼を急激に成長させた。

 だが、それでも今のクリリンとピッコロならば、まだクリリンのほうが一歩上なのだ。確かに再生ができるピッコロは強敵相手で腕を吹き飛ばされようが問題ないが、死ねば神様とドラゴンボールが無くなってしまう。

 止めなければと思うヤムチャだが、クリリンは一つだけ思い当たる節があった。

 ピッコロは彼我の実力差を測れない馬鹿ではない。破れかぶれならば、食い止めるなどと中途半端なことなど言わずに倒すと宣言するだろう。つまり、冷静な判断による決断と見て取れる。

「よし、ナッパは頼んだぞピッコロ!」

 クリリンがそう言うと、ピッコロはこくりと頷いて、気を高め始める。ならば、それに賭けようと、ヤムチャも頭を切り替える。

「俺たちはベジータか。とにかく、月を消す形がいいか?」

「いや、ベジータはパワーボールという人工の月を作る能力がある。尻尾を切ってしまったほうが早いだろう」

 ヤムチャの提言に、ラディッツが答える。どうやら、元から選択肢など無く、尻尾斬り一択であったようだ。

「斬るとなれば、クリリン。気円斬しかないだろう?」

「ええ。ですが、気円斬は避けるのはそう難しいことじゃない……」

 大猿化したベジータの尻尾を切ろうと、気円斬で背後から攻撃した過去を思い出したクリリンが答える。よほどタイミングを合わせなければ、避けられてしまうのは目に見えている。

「よし。じゃあオラたちが隙を作るぞ。兄貴とヤムチャに天津飯。オラと一緒に攻撃だ。悟飯とチャオズは援護してくれ」

 決断の速さは、悟空の長所でもある。全員が迷うことなく頷いて、一斉に行動に取り掛かる。

「へへ……元気玉を当てなきゃいけないときよりは、プレッシャーは低いかな」

 クリリンは久々の大仕事に緊張しながらも、一息ついて仲間たちが作ってくれるであろう隙を見逃さないために、神経を研ぎ澄ませていった。

 




兄弟タッグは尺と今後の都合でまともに描くことができませんでした。


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気円斬

 まずは、ナッパを任されたピッコロが動き出した。

「かああああっ!!」

 最大限に高めた気を開放したピッコロは、攻撃に移るわけではなく、その場に留まり続けていた。だが、その肉体に起こった変化に、ナッパは戸惑いを隠せない。

 身体が、膨れ上がっている。否、巨大化している。

 敢えて技の名をつけるとすれば、巨身術とでもいおうか。ピッコロが天下一武道会にて悟空と対峙したときに披露した技である。

 これもまた四妖拳と同じく、どのような理屈で成立する技なのかクリリンにはさっぱりわからないが、相当のインパクトであった。大猿と戦おうというのであれば、気功波による攻撃しか戦法がないに等しいクリリン達であったが、サイヤ人でなくとも、巨大化だけはできる戦士が仲間にいたのだ。

 決して気の最大量が上がるわけではないが、巨大化したことによって速度はそのままに攻撃力は増している。気の強さだけでは測りきれない戦闘力という数値は、確実に上がっているだろう。勿論、大猿化したサイヤ人の戦闘力十倍という数値も、巨大化して増した攻撃力などを含めた倍率だ。

「な、てめえは……さてはナメック星人だな……へへ、聞いたことがあるぜ。不思議な力を持っていて、例えばどんな願いだって叶えてくれる球を作ったりできるんだってな」

「へっ、生憎俺は戦闘型でな。できることは精々、お前たちを倒すぐらいだ」

 巨大化したピッコロは、ナッパとがっぷり四つに組み合って、力比べの勝負を挑む。大猿化したナッパの腕力に、単に巨大化しただけの自分がどれほど対抗できるのかを知る必要があった為だ。

 大猿化したナッパは、強さに絶対の自信を持っている。ピッコロが挑んだ力比べを堂々と受けて立ち、四肢に力を込める。案の定、ぐいぐいと力で押すと、ピッコロはいとも容易く押され始めた。

「ぬうっ……!!」

「ぐはははっ、所詮はナメック星人だな。大猿化したサイヤ人に敵は無いわ!!」

「言いたいことを言いやがるぜ」

 力では分が悪い。ならば速度ではどうだと、ピッコロは巨体を翻してナッパと距離を取ると、超スピードでナッパの背後に回る。だが、ナッパとて巨体ではあるが、速度も落ちてはいない。すぐにピッコロの超スピードに反応して、逆に裏をとったかと思えば、すぐさま蹴り飛ばし、追撃に口から気弾を飛ばす。

 これを避けきれないピッコロは、全身の気を防御に回して耐えると、弾き飛ばされる勢いをそのままに距離を取る。なるほど、現時点で速度もパワーも相手が上である。だが、それは承知の上で一対一を挑んだのだ。

 巨大化したピッコロと大猿化したナッパでは、戦闘力の伸びが違う。倍率で言えば大猿化のほうが良いので、元々の戦闘力で言えばナッパに分があるだけ、その差は開く一方となる。

 だが、今のピッコロには界王拳がある。大猿化と違い、肉体の構造は変わらないために、界王拳と巨大化の併用は当然可能である。

「本気でやらせてもらうぜ。魔王だって命は惜しくてな」

 一気に引き上げる界王拳は三倍。ピッコロが気を開放した瞬間、周囲に浮いていた雲が全て吹き飛び、驚愕したナッパは、自分と同等の巨体が猛然と襲いかかってくるのに対応しきれなかった。

 強烈な拳を腹に受ける。だが、獣と化したナッパの体毛と弾力に富む皮膚は、界王拳によって高められた威力をも殺ぎ、逆にナッパの反撃を許す。力任せに振り上げられた拳がピッコロに襲いかかり、咄嗟に腕でガードするが、巨体が大きく吹き飛ばされる。

「ちっ……クリリン、早くベジータを何とかしろよ……」

 かつては卑下していた。だが、見直した。さらに、いつの間にか大きく差をつけられていた地球人。百戦錬磨の技を持ち、その姿は小さいなれど、味方であるという現在は頼もしくも見える。

 修行中は、彼の多岐にわたる技と素早い動きには翻弄されっぱなしで、どちらかというと力でぐいぐいと押すタイプのピッコロは、結局一度も組手で勝てなかった。

 クリリンならば、ベジータでもなんとかしてくれるのではないだろうか。そう思ったからこそ、自分ひとりでナッパを引き受けたのだ。界王拳を使えば、大猿と化したナッパ相手でも、なんとか戦える。

 勝てなくても、活路は見える。一人きりで世界を征服しようと考えていた頃からは、およそ考えられないことだとピッコロは自嘲した。

 

 一方、クリリン達はベジータを囲むように展開しながらも、凶悪と言いたくなる様なベジータの猛攻に攻めあぐねていた。

 果敢に足元に潜り込もうとする天津飯を、ベジータは踏みつぶそうとする。流石に潰されるのはゴメンだと逃げるしかなく、その隙を突いて後ろから迫る悟空とラディッツは尻尾に弾かれてしまう。悟飯とチャオズが気功波で援護するが、これに至っては無視されてしまっているという塩梅である。

 ヤムチャは一人、上空に舞い上がって、空からの攻撃を行っているが、ぶんぶんと振り回されるベジータの拳を避けるのが精一杯。クリリンはこの状況を打開するために、敢えて攻撃には参加していない。

 月を消すのは不可能に近い。そして、本来ならばお互いにフォローしあうはずのベジータとナッパが、ピッコロの奮戦によって分断されている。ベジータの尻尾を斬る最大のチャンスである。

 使用する技は気円斬以外に有り得ない。そして、気円斬を使えるのはクリリンだけである。

 気を操る術は皆が習得しており、気円斬もその応用である以上、修行次第では身につけることは可能である。実際、格上の敵がこの先に待ち構える中、ヤムチャも気円斬の特性を知って練習したのだが、クリリンのように鮮やかな切れ味の技に至らなかった。後にフリーザも気円斬のようなものを放ったことはあるが、悟空にしてつまらない技と言わしめている。

 親友の必殺技をしてつまらないと言う悟空ではない。悟空は知っていたのだ。クリリンの気円斬は、他の者が扱うそれとは切れ味も速度も違うのだと。

 丹念に気を練り上げて、薄氷のような厚みに仕上げ、さらに超回転を重ねる。気の扱いに長けて、それを己の長所として磨き上げたクリリンの必殺技は、そんなことをせずとも敵を屠ることのできるフリーザのそれよりも、精緻である。しかも、その高度な技術を死闘の最中に素早く繰り出すのは、もはや離れ業とも言える。あろうことか、それをフリーザ戦では連射するという神業にまで昇華させたクリリンは、単純な気の操作だけで言えばヤムチャはおろか、悟空よりも上を行く。

 ヤムチャもそれを知っている。ヤムチャが空中に舞ったのは、クリリンの気円斬を決める機会を増やすためでもある。

 そして、ピッコロが巨大化したことによって思い出す。悟空の行動を。それを実行できるのは、この場においてヤムチャしかいないことも。

「悟空、かめはめ波だ!」

 ヤムチャの声に、悟空が即座に反応する。気を高める隙は、天津飯が咄嗟に四身の拳で数を増やしての攻撃に切り替えてサポートする。戦士たちの連携は、この一年の修行でずっと高まっていた。

「かめはめ波ッ!!」

 界王拳で高めた気をもってして放たれた特大かめはめ波は、流石にベジータも無視できない。相殺を狙って口から気功波を放つ。

 戦闘力の高まったベジータの気功波は、見事に悟空のかめはめ波を相殺するが、そもそも防がれるのはわかっていた。ヤムチャの狙いは、相殺のためにベジータが大口を開けたことにあった。

「繰気弾!!」

 悟空同様に、気を高めていたヤムチャの放った繰気弾は、吸い込まれるようにしてベジータの口の中に入っていく。かつて、巨大化したピッコロの腹の中に入っていった悟空の如く。

「ぬぐっ!!?」

「りゃあああああッ!!」

 これにはベジータも悶絶した。なにせ、繰気弾は当たっても爆発せずに、ヤムチャが操作を手放すまで消えない。腹の中の鍛えようのない部分を、繰気弾が散々に暴れまわっているのだ。繰気弾の踊り食いとでも言おうか。悶絶するベジータに、ヤムチャは執拗に腹の中の繰気弾を暴れさせる。

「グアアアアッ!!?」

 未だかつて食らったことのない胃の中への攻撃に、ベジータはジタバタと暴れ狂う。この好機を逃すクリリンではなかった。

「気円斬!!」

 あくまでも目標はベジータの尻尾だ。ヤジロベーの刀で切れて、気円斬で切れないということはまず有り得ない。問題はバタバタと跳ねるように動く尻尾にどう当てるかだが、これにいち早く反応したのがラディッツだった。

「俺が抑える!」

 果敢にも暴れ狂うベジータに近づき、跳ね回る尻尾を捕まえようとする。その様子を見ていたチャオズは、全力を向けて尻尾のみに超能力を注ぎ込む。

 たとえ、全身の動きを止めることはできなくとも、ほんの一瞬。尻尾をピタリと止めることならばと。

「止まれええっ!!」

 チャオズの全力を放った超能力は、確かに一瞬だけではあったが、確実に動きを止めた。すかさずラディッツが尻尾を思い切り抱きかかえ、ぐいぐいと引っ張る。

「たあっ!!」

 この機を逃せない。クリリンは狙いを定めて、正確に気円斬を放った。

 長い修行の中でも気円斬の練度を上げることに費やした時間は殊更長い。かつてはフリーザにさえ通用した、敵が平然と再生するような環境でなければ己にも役割があるはずだと信じて練り続けてきた技である。セルやブウなどの再生が当然と言わんばかりの敵についぞ出番はなくなったものの、それでも長年の修行が嘘をつきはしない。

 気円斬は見事にベジータの尻尾を切り裂き、虚空の彼方へと消えていく。思わぬ攻撃の連打にベジータは成すすべもなく、矮小していく身体に唖然としながら、遂に相手が雑魚ではなく、強敵なのだと思い知った。




おそろしく間が空いてしまいました。
思いのほか難産で、仕事の忙しさと相まって死んでました。


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ヤムチャVSベジータ

 満月こそ想定外ではあったものの、パワーボールで大猿化することを先んじて知っており、十分に対策を立てていたヤムチャとクリリンにとって、ベジータを大きな被害なく元に戻したのは、ほぼ想定の範囲内であったと言えるだろう。

 畏敬の念を抱くベジータの尻尾が切られたとあって、ナッパも焦るだろうと踏んでいた戦士たちであったが、こちらは少々想定外の方向になったようだ。

 がっぷりよつに組み合ったピッコロとナッパであったが、至近距離からナッパが自身の最高の技である気功波を、口から発射したのである。防ごうにも両腕を塞がれ、逃げ場のないピッコロはこれに直撃して、辛うじて頭部は避けたものの、左半身を失う痛手を負った。最高の技と自負するだけあり、その威力は大猿と化した今、山の一つを軽く吹き飛ばす威力がある。

「やべえっ!!」

 悟空と悟飯が左半身を失い、地面に伏せるピッコロの援護に向かう。致命傷を負わせたと確信したナッパは、すかさずクリリンに狙いを定めて攻撃を開始していた。

 サイヤ人は戦闘民族である。たとえ仲間が危機に陥ろうが、平静を失うような愚かな真似はしない。ベジータが尻尾を失った今、ナッパが率先して尻尾切りをしたクリリンを狙う。危険を冒してまで尻尾を切ったということは、すなわち大猿化したサイヤ人に地球人が敵わないと自白しているようなものである。クリリンの気円斬さえなければ大猿化は解かれない。

 勿論、それはベジータとて同じだ。随分と頭にくる野郎共だと思いながらも、冷静にどう戦うかを考える。

 おそらく、大猿化したナッパをクリリン一人では抑えられない。数人がかりで尻尾を斬るように動いてくるだろう。だが、ナッパはクリリンを意識して動き始めたので、不意を突かれることはまずない。ならば、自分は尻尾を斬る最大のチャンスを生み出した男――ヤムチャを仕留めてしまえば、ナッパが暴れる横で一人ずつ順番に仕留めることができる。

「あの世で自慢するといい。誇り高きサイヤ人の王子の尻尾を切ったことを。地球人にしては上出来だった!」

 ベジータがヤムチャめがけて突進する。これに反応したのが、ヤムチャ本人と、近くにいた天津飯だった。

 二人がかりでベジータを止めて、みんなにナッパのしっぽを切ってもらう。その算段が天津飯の頭の中で瞬時についた。

「いくぞヤムチャ!」

「来るな天津飯!」

 界王拳で加速しようとしていた天津飯に、ヤムチャが待ったをかける。直後、ベジータが猛スピードでヤムチャに突っ込んだ。

 単純ゆえに強力な頭突きであった。これをヤムチャは咄嗟に両腕を十字に組んで受け止める。空手で言う十字受けであり、これを崩すのは至難と言われる鉄壁の守りである。

 そのような技術程度で、どうにかなるのか否か。答えは、どうにかなる。

 小細工や技術が意味をなさないほどの実力差。それがヤムチャたち地球人が戦いについていけなくなった理由である。逆を返せば、実力が拮抗すればするほど、ヤムチャたちが諦めきれずに磨き抜いた技が生きるのである。

「ヤムチャ!」

「悪いな天津飯。こいつの相手は俺に任せてくれないか?」

 ベジータを大きく突き飛ばして距離をとったヤムチャが、天津飯に笑みを浮かべながら頼む。

「ひとりで戦うのか!?」

「ああ。ずっと考えてたんだけどな……やっぱり、許せないんだ。俺自身でケリをつけたい」

 天津飯には、ヤムチャの言葉の意味がよくわからなかった。当然である。ヤムチャが許せないのは、これから先に起こることに対してのものだからだ。

「頼む、天津飯。俺にやらせてくれ」

「……いいだろう。任せるぞ」

 天津飯は多くを聞くこともなく、ヤムチャに任せてナッパとの戦いに赴いていく。

 すまないと思いつつも、ヤムチャはこの時を待っていたのだ。どれだけ自分の行動が馬鹿げているかなど、よくわかっているのだが。

 それでも、いつの間にか最愛の恋人を目の前で奪っていった男を、許せるはずがなかった。

「あいつは、やっぱり渡せない……何も言わず、ただ修行ばっかりしてる俺を、結局愛想をつかさずに心配してくれてた。そんなあいつをずっと無視してきた俺も許せないが、奪っていくお前は、絶対に許せない!」

 最初は、今更恋愛などにうつつを抜かすことはないと思っていたし、事実、この世界に来てからブルマの手すら握ってはいない。

 それでも、ブルマはちっとも愛想を見せることのないヤムチャと別れるでもなく、浮気をするでもなく。たまに様子を見に来ては文句を言いながらもヤムチャの顔を見ると安心したように笑った。

 愛していたのだと、思い知ったのだ。自分はこの女性を本気で愛していたのだ。結局、結婚することもなく老いたのも、この女性より愛せる人をみつけることができなかったからだ。

 奔放に強さを求めていたあの頃の自分は、それでも遠くベジータに及ばなかった。

 だからだ。いつの間にか子供を産んでいたブルマに何も言えず、ベジータに文句をつけることもできなかった。

 この世界で、もしも後ろを省みることができるほどの強さを得たのならば。世界を守るだけの強さを手に入れることができたのならば。

「来いよベジータ。地球人を舐めるなよ」

 トランクスという一人の青年が、人造人間の襲来を伝えてくれた。悟空の心臓病を治してくれた。そして、未来から来たのではなく、この時間に生まれたトランクスは悟天と共にブウを追い詰めた。

 それだけではない。ベジータが地球に馴染み、家族を得ていつしか仲間となっていった影に、ブルマの存在が無いはずがない。下手をすれば、トランクスどころかベジータさえも味方となることはなく、この無謀な挑戦は無謀のまま終わるだけになるかもしれない。むしろその可能性が高すぎるほどだ。

 自ら危機的状況に追い込むような真似をして良いはずがない。そして、おそらくは仮にここで勝ったとしても、いずれは追い抜かれてしまう。

 ベジータは努力を惜しまない。悟空という最大最強のライバルに対して、最後まで追い抜こうと血のにじむような努力を繰り返してきた。サイヤ人の特性や強さも相まって、どう足掻いたところでヤムチャが敵う相手ではなくなるだろう。

 だが、それでも。戦士としてそんな強大な存在を打ち破りたいと願うのは単なる無謀であるはずがない。今なら倒せるという思い上がりでも、打算でもない。

 この先。たとえ金色に光ろうが、その壁を越えようが。自分はそれを超えていく。

「小細工ばかりの貧弱な地球人が、図に乗るなァ!!」

「いくぞ、狼牙風風拳!」

 弾かれたように飛び出すベジータと、それに呼応するように果敢に前に出たヤムチャが激しく交差する。

 界王拳によって高めた気と、一撃が致命となり得る急所攻撃を絶えず繰り出す狼牙風風拳の相性はいい。対するベジータも体格的には小柄な部類であり、速度と技量に優れた戦士である。そう易易とヤムチャの攻撃を喰らうことはしない。

 激しい拳の応酬が必然的に起こる。ヤムチャの拳がベジータの喉笛を狙ったかと思えば、すかさずベジータがそれを拳で弾き、そのまま蹴り飛ばそうとする。そこを見切ったヤムチャが蹴りを肘打ちで迎撃。傾いた姿勢をそのままにローリングソバットを繰り出すが、ベジータも同じく回転をしながら遠心力を乗せた拳で相殺する。

 一瞬の攻防に幾つもの技が使用され、それらをお互いに認識すると、また別の技を繰り出す。ベジータの天性によってヤムチャの技は見切られ、ヤムチャの長年の経験がベジータの技を封じる。お互いに技を消費しあい、一撃を与えることを至上命題と据える。

 一度相手の足を止めると猛追が可能なヤムチャ。そして、一撃さえ決まればギャリック砲で止めをさせると考えているベジータも、必然的に同じ状況を求めているのだ。

「ふっ!」

 やや牽制気味に放ったヤムチャの拳は、ベジータを捉える。だが、あくまでも牽制であることを見抜いたベジータが敢えて覚悟して喰らい、微かな隙に乗じて蹴りを食らわせようとする。

 これを避けようとするヤムチャだが、直撃こそ避けたものの胸に一撃を受ける。ダメージで言えばヤムチャが多く食らった形だが、体制を崩すには至らない。追撃で足を封じようとするベジータにカウンターとして気功波を選択。これに出鼻をくじかれたベジータは、流石に作戦を変えようと距離を取る。

「……驚いた。まさか、ここまでやってくれるとはな」

「まだ余裕があるようだが、それもここまでだ。次は決めるぞ」

 言うや否や、ヤムチャが再び突進する。だが、ベジータはそれに付き合うことはせずに、大きく距離を取ると、全身に力を込める。気の開放を知らないベジータだが、力をセーブすることぐらいはできる。

 つまり、今までのやりとりはあくまでも実力を出し切っていなかったということだ。

「覚悟しろ。ちょっとだけ、このベジータ様の本気を見せてやろう」

「……ちっ、野郎。本気じゃなかったか」

 スカウターで数値化したときのベジータの戦闘力は20000。だが、今のベジータは軽く26000を超えている。

 そして、ヤムチャ。修行の最後に測った数値は6800。元の世界での同時期の悟空が5000ほどであることを考えれば、破格の成長である。今まで3倍界王拳でベジータと攻防を繰り広げていたが、4倍ともなれば肉体への負担が激しい。

 だが、ヤムチャは笑う。何も本気を出していなかったわけではないが、己に文字通り枷をつけていたからだ。

「俺も本気でやろう……いい修行だと思ったが、そうも言っていられない」

 ヤムチャはそう言うと、腕につけていたリストバンドを外し、靴を脱ぐ。

 ご理解いただけたであろう。修行の最中から、着替えることもせずに現地に向かったヤムチャである。当然、衣服も修行中のものである。

 もっとも、重い装備を身につけているのはヤムチャとクリリンだけである。他の者は超重力での修行を最初からこなす必要があったが、クリリンとヤムチャは既に克服していた。そのために、地力を少しでもあげようと、全身に重りを仕込んで修行を重ねていたのである。

 合計で200kgの重りを全て外したヤムチャ。敢えて数値化すれば、界王拳を使用することなく8000に至る。だが、それでも界王拳3倍ではまだ負けてしまう。4倍も使用可能ではあるが、肉体への負荷を考慮すれば3倍がベストなのだ。

「まだお前の方が戦闘力は上だ……だが、負けん」

 ヤムチャは界王拳3倍のまま、ベジータに突っかかる。本気のベジータにとって、相手もまだ本気ではなかったことの驚きはあったものの、戦闘力で言えば2000の開きがある。先ほどよりもヤムチャの速度に翻弄されることはなく、余裕を持って攻撃を躱すことができた。

「ふん、それが限界だろう。少々重りを外したところで、サイヤ人には勝てん」

「繰気弾!!」

 ベジータが喋っているあいだにも、ヤムチャは攻撃を緩めない。元々、戦闘力が及ばない勝負を考慮し続けたヤムチャである。後の圧倒的なまでの実力差を考慮すれば、24000と26000など誤差に等しい。

 戦闘力が全てだと思い込んでいる奴らを倒すために、ヤムチャは修行を重ねていたのだ。

「腹の中でなければ、そんなもの!」

「そうかい。じゃあもう一個繰気弾!」

 繰気弾を単に腹で暴れまわっただけの鬱陶しい気弾と勘違いしていたベジータに、その必殺技を追求したヤムチャ。その違いは如実に現れた。

 二発の繰気弾はヤムチャの周囲をゆっくりと周り、まるでヤムチャを護るかのようだ。だが、これは防御ではない。

 三つ目族の末裔たる天津飯が腕を増やせるのを知っているヤムチャだが、自分にはそれができない。だが、似たことならばできると考えて編み出した、ヤムチャ流の四妖拳がこれである。

「はあっ!」

 繰気弾を纏いながら、ヤムチャがベジータに突撃する。大振りの初撃をベジータは難なく躱すが、その隙に一つ目の繰気弾がベジータの脇腹めがけて飛んでいく。

「ぬっ!?」

 腕でガードするベジータに、二つ目の繰気弾が飛来する。今度は顎を狙っており、これを頭を下げて躱したベジータだが、躱した先にはヤムチャの膝が待ち構えていた。

 下がってくる顎にめがけて、渾身の力で膝蹴りをぶち当てるヤムチャに、さすがのベジータも大きく吹き飛ばされてしまい、どさりと地面に倒れる。

「ぬ、ぐッ!?」

 顎を揺らすと、膝に来る。それはいくら鍛えようが抗えない肉体構造であり、脳を揺らされる衝撃は胃の中への攻撃の比ではない。倍の拳で攻め立てるかのような攻撃だが、それだけではない。繰気弾には体勢など存在せず、予測不可能な部分を狙われるのである。思った以上に厄介だと認識したベジータは、これ以上この戦法に付き合うのは得策ではないと、再び突っ込んでくるヤムチャに対して、カウンターを仕掛ける。

「ギャリック砲!!」

 咄嗟ゆえに威力は絞られてはいるが、それでもベジータの必殺技とも言えるギャリック砲。まっすぐと向かってくるヤムチャに避けるすべは無い。

 否、無いはずだった。

 ギャリック砲の光に飲み込まれるヤムチャの姿を確認したベジータがにやりと口角をあげた瞬間、背後から強烈な飛び蹴りがベジータの後頭部を打ち抜いていた。

「な……なん、だと……?」

「古い手だが……残像拳だ」

 目で敵を捉えることしかできないベジータにとって、残像拳は悪夢と化す。目が回りそうな一撃に意識が飛びそうになるが、辛うじて堪えてヤムチャに相対しようとするが、時はすでに遅い。

 疾風を巻く荒野の餓狼は、この好機を逃すほど暢気でも悠長でも無い。

 左右から襲いかかる繰気弾をいなそうとしたところに、ヤムチャの狼牙風風拳が炸裂する。喉を狙った掌撃は辛うじて防いだものの、肺を狙い打った拳をモロに喰らい、続けざまに顎を打ち抜かれ、上半身をガードすれば繰気弾が両脚の太腿を執拗に攻め立てる。

 大腿部への攻撃は、相手の速度を鈍らせる。天津飯の言であるが、戦いにおいて最も重要なのはスピードであり、取り分け速度に自信のあるヤムチャは、実力の拮抗する相手の機動力を削ぐことによって、本来の得意な戦法を可能とするのだ。

 鳩尾を貫くような激しい突きから、さらに急所という急所を滅多打ちにしていくヤムチャに、ベジータは為すすべもなくボロ雑巾のようになっていく。

 だが、無論戦いの天才であり、サイヤ人の王子たるベジータが体勢を崩されてラッシュをくらった程度で戦闘不能になるはずがない。ヤムチャの拳は変幻自在で、およそ隙らしい隙は見当たらないが、連携を意識している上に、急所を狙うことを至上命題としているために一撃の重みは、急所を微かにズラしてやるだけで随分と軽減される。

 ベジータは守備に専念しながら待っていた。ヤムチャがトドメを刺すために渾身の一撃を放つ瞬間を。

「はあああっ!」

「馬鹿め!」

 かくして、ヤムチャの本気で放った拳は、ベジータの拳で相殺される。

 拳同士が激しくぶつかり合い、痛み分けに思えるがそうではない。ヤムチャはベジータの鼻っ柱を狙う一撃。それに対してベジータは最初からヤムチャの拳を狙っていた。

 パンチ一つをとっても、そこには長年の技術が詰まっている。最高速に乗り、相手にヒットさせる瞬間に威力を生むためには、スナップを効かせる必要があり、裏を返せば本来の目標よりも手前で当ててしまうと、拳が固まりきらずに手首を痛める結果となる。

 カウンターということもあり、ベジータの作戦は見事に決まった。ヤムチャは思わず悲鳴を上げて飛び退る。繰気弾もコントロールを失って虚空へと消えていった。

「ふははっ、感触でわかるぞ。貴様の右腕は骨が折れたな」

「くっ……流石に、簡単には勝たせてくれないか」

 右の拳はベジータが言うように罅が入り、まともに動かない。痛みなど我慢できるし、おそらくはこのまま殴ることもできるだろうが、それは腰の入っていないパンチと同じく、大きな威力には至らない。

 腰にぶら下げた仙豆の袋がヤムチャの脳裏を掠める。仙豆さえ食べればベジータの打倒は容易である。軽く20粒以上あるのだ。だが、そうして勝ったところで、嬉しいのだろうか。

 最終的には勝たなければならない。元の歴史でもヤムチャや天津飯は死んだものの、クリリンや悟空のおかげで撃退には成功した。勝利は必要だ。

 だが、いくらナッパが大猿化したとしていても、クリリンが健在である以上、尻尾を斬ることに関してはそう難しくはないのだ。

「すまん、みんな」

 ヤムチャはそれだけ呟いて、全身の気を一気に開放する。界王拳5倍。それが現在のヤムチャが肉体へ過度の負荷をかけつつも維持できる最大値だ。

「終わりだ、ベジータ!」

 数値化すれば、戦闘力は4万に至るヤムチャの気に、ベジータは流石に慄いた。ただし、あれほどの底力がありながら今まで使わなかったのも不思議だと考える。

「さては、時間に制限があるな」

 瞬時に見抜いたベジータは、ヤムチャを侮ることなく距離を置くことを優先した。凄まじい速度で突っ込んでくるヤムチャに、ベジータは回避にのみ専念して、とにかく時間を稼ぐ。本来ならば5倍界王拳で捉えられない相手ではないのだが、片腕が使い物にならないヤムチャは、逃げるベジータを追い詰めることができなかった。

 ならば、これはどうだろうか。

「か…め…は…め……波ァッ!!」

 界王拳5倍によるかめはめ波。現在のヤムチャが出せる最大威力の攻撃だった。

 ベジータは当然逃げようとする。だが、ふと気づく。なぜ、この当たるはずのない唐突なタイミングでのかめはめ波なのかと。

 そして、気付いたときにはベジータは全力でギャリック砲を放っていた。逃げることはできたが、状況がそれを許さなかった。

 5倍界王拳のかめはめ波とギャリック砲がぶつかり合い、激しいスパークを引き起こす。全力でエネルギーを放出させるベジータだが、そもそも戦闘力で言えば今のヤムチャは、ベジータの倍近くあるのだ。

 辛うじて威力を落としたものの、かめはめ波はベジータに迫り、飲み込んでいく。

「う、おおおおおッ!!」

 それでも尚、ベジータは両腕を突き出して懸命にかめはめ波を止める。

 彼の背中には、朧げな満月があった。

 そもそも、月を破壊できないのは二体の大猿によって気を溜める時間がなかったことと、仮にあっても気功波そのものをかき消されるおそれがあったからだ。だが、ベジータは逃げている。その状況ならば、月の破壊は可能となるのだ。

 ベジータとしては、大猿になったナッパがいるからこそ、ヤムチャと対峙できているわけである。消耗は痛いが、ナッパの戦闘力では元に戻った途端に大勢に嬲られる。戦友を思ったわけではなく、単純な計算でベジータはかめはめ波と向かい合った。そして、なんとか堪えた。

 ギャリック砲で威力を殺ぎ、身体を使って食い止めた結果、月は無事であった。ベジータとしては上々の結果となったが、ヤムチャにとっても悪いことではない。月を消すことができれば悟空たちの助けとなり、ベジータが受け止めれば多大なダメージか、消耗を促すことができる。理想はベジータを倒し、月まで消してしまうことであったが、それは望み過ぎであろう。

 既にヤムチャの全身には痛みが走っている。あまり長引かせることはできそうにもない。

「次で決めるぜ……」

 ヤムチャはさらに気を集中させて、界王拳を一段階引き上げる。すなわち、6倍へと。

 ビキビキと身体中が軋み、少しでも気を抜けば痛みが意識を掻っ攫いそうになる。だが、これが今のヤムチャの限界であり、最大の攻撃なのだ。

 激しい土煙を巻上げ、ヤムチャがベジータへと真っ直ぐと突き進んでいく。この気迫は避けきることができないと直感したベジータも、攻撃は最大の防御であると迎撃する。

「おおおおッ!」

 速度も、力も、そしてタフネスも。今のヤムチャはベジータを凌駕する。激しい痛みと引き換えに、渾身の力をもって放ったボディブローはベジータのガードを弾き飛ばし、深々と腹に食い込んだ。

「かはっ!?」

「ぜああああっ!!」

 連打。片腕が使えないヤムチャだが、既に感覚が麻痺しているのであれば、これほど便利な盾も無い。ベジータの反撃を使えない拳で受け止め、そのまま蹴りを浴びせかける。

 一発。二発。三発。四発。五発。

「波ーーーーッ!!」

 散々に打ち据えたところに、残った気を全て詰め込んだ渾身のかめはめ波で追撃する。為すすべなく直撃を許したベジータは勢いそのままに地面に叩きつけられ、盛大に血を吐いてぴくぴくと身体を小刻みに震わせる。

 最早、戦闘力など残っていない。虫の息であった。

「へ、へへ……頑丈な野郎だ……殺しちゃマズいから、助かったぜ……」

 ヤムチャもまた、全ての気を使い果たしてゆるゆると地面に降りると、そのままどうと倒れ伏した。

 勝ったのか、或いは引き分けか。もう立つ気力も無いヤムチャと、動くことすらままならないベジータ。やはり6倍は無理があったのか、一瞬の出来事であったにも関わらず、ダメージは多大である。

「引き分け、だな。倒したけど……自分が立てなくちゃ話にならない」

 ヤムチャはそれだけを考えると、もういいだろうと震える手で腰につけていた袋を開き、仙豆を口に放り込む。たちまちに全身の傷が癒え、拳の骨も元通り。体力まで回復した。

 驚いたのはベジータである。何とか耐え切って、とにかくナッパが大猿になっている間に逃げようと考えていたのだが、目の前の男がいきなり元気一杯の状態にまで戻ってしまったのだ。

「な、なんだと……」

「地球って惑星はな、でっかい宝島なんだ。不思議な球やら豆やら、いくらでも転がってる」

 ヤムチャは仙豆をもうひとつ取り出すと、半分に割って、さらにそれを割る。四分の一ほどのかけらになったが、これだけでも体力はある程度回復する。

「食え」

 このままでは死んでしまうかもしれないと、ヤムチャはベジータの口の中に仙豆を放り込む。反射的に飲み込んでしまったベジータだが、一瞬で歩ける程度にまで体力が回復して、思わず大きく跳び退った。

「き、キサマ……何故……」

「悟空でも同じことをしただろうからな。代わりに倒したんだ……最後まで真似させろよ」

 それだけ言って、ヤムチャはクリリン達がどうなっただろうと様子を見やる。

 体力が全快しているヤムチャと戦って勝てるはずの無いベジータも、仕方なくヤムチャに倣ってナッパを見るのだった。




ヤムチャ「元気玉!」
クリリン「似てるだけで繰気弾です」

ベジータ戦で考えたけど即ボツにしたネタ。


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VS大猿ナッパ

 ベジータとヤムチャが激しい戦闘を繰り広げている間に、クリリンたちは大猿化したナッパとの攻防を展開していた。

 尻尾を切れば勝てる相手であり、当然ながら尻尾を切ることに全力を尽くしているのだが、クリリンは戦いながらも、ひとつの考えを頭によぎらせていた。

 もしかすると、大猿のまま戦っても勝てるのではなかろうか。

 いくら大猿化しても、ナッパの元々の戦闘力は6000前後。10倍しても6万程度となり、界王拳を使えば数値上ではかなり近づく。そして、こちらには人数の分がある。

 これから先は、少々の修行で差を埋めることが出来る相手ではなくなってくる。圧倒的な経験不足の悟飯のためにも、強大な敵との戦闘は必要なのではなかろうか。

「みんな。このままでも倒せるぞ。全力でいくぞ!」

 クリリンの決断は早かった。こと、ナメック星では最も弱い戦士としてのポジションになりながらも、知恵と立ち回りでドラゴンボール集めに奔走して、ピッコロの蘇生に大きく貢献しているのだ。戦闘力も技術も磨きぬいてきたクリリンだが、戦士たちの頭脳となりうるだけの知略も持ち合わせている。

 一番驚いたのは、大猿化したときの恐ろしさを良く知るラディッツだった。

「勝てるのか!?」

「勝つんだよ!」

 ラディッツの言葉に反射的に言い返したクリリンは、ヤムチャと同じく身に纏っていた錘(おもり)を取り外し、本来の速度を取り戻す。さらに、界王拳を5倍まで高めて突撃する。

 最も警戒するクリリンが突っ込んできたとあって、ナッパもこれを迎撃に入る。巨大な腕で横から薙ぎ払ってくるが、クリリンは地を蹴る瞬間に足の裏からかめはめ波を打ち出して爆風で急加速。腕を潜り抜けて腹に体当たりをぶちかます。

 界王拳によって高められた気と、急加速によって高まった威力に、さすがの大猿ナッパもダメージを負う。激しく咆哮して、躍起にクリリンを追い払おうとするが、大振りの攻撃に掴まるわけがない。

 自分よりも格上と戦った経験は、誰よりもクリリンが多い。あのフリーザとでさえも、クリリンは恐れながらも勇敢に立ち向かったのである。

「なるほどな。小さいことも武器になるのか」

 さきほど、ナッパに対抗しようと巨身術を行使したピッコロが、クリリンの戦い方に感心した。悟飯に仙豆を食べさせてもらい、さきほどの戦いで失った左半身を再生すると、同じくクリリンの戦い方に活路を見出していた悟空とラディッツに目配せをする。

 どう、と三つの気炎が上がり、三人の戦士がナッパに向かう。

 真っ先にナッパに至ったのはラディッツ。クリリンの一撃でかすかによろめいたナッパの膝頭を狙い、やはり界王拳で強化して突っ込む。これにナッパの拳が近づくが、その拳めがけて悟空がかめはめ波を打ち込む。

「いいぞカカロット。それでこそ我が弟だ!」

 悟空の援護もあって、ラディッツはナッパの膝に強烈な蹴りを浴びせて、さらにナッパの身体を土台にして頭の上まで飛び上がっていく。悟空は横に、ピッコロは背後に回りこみ、三者三様に構える。

「魔貫光殺砲!」

「かめはめ波!」

「ライオットジャベリン!」

 それぞれの必殺技を三方向から打ち込む。貫通力に優れ、致命の一撃となるピッコロの魔貫光殺砲をまずナッパが避けるが、そうなれば当然巨体のナッパにかめはめ波とライオットジャベリンを避ける手立ては残されていない。

 腕でライオットジャベリンを防ぎつつ、かめはめ波の直撃を許すナッパだが、全身の体毛がぶすぶすと煙を上げる中、それでも雄雄しく立っている。

「天さん!」

「いくぞチャオズ!」

 追撃に入るのは鶴仙流の兄弟弟子。防御姿勢に入ったナッパの後頭部にチャオズが全力で頭突きに入る。小さな体躯を大砲の弾に見据えたかのような突撃は、誰よりも舞空術に優れたチャオズにとって下手な気功波よりもよほど優れた攻撃となる。

「ちょこまかと!!」

 チャオズの突撃に気付いたナッパが振り返り、口から気功波を打ち出してチャオズを迎え撃つが、先ほどに述べたとおり、今のチャオズは下手な気功波よりも強力な弾である。

「貫け、チャオズ!」

「だあああああっ!!」

 小さな体躯がナッパの気功波に飲み込まれていく。だが、天津飯は慌てない。

 チャオズならば。そう、あの頼りない弟弟子ではなく、戦士として立派に戦うチャオズならば、これしきの攻撃で消し飛ぶはずがないと確信していた。

 チャオズは全身から気を放出しながら、荒れ狂う気功波を掻き分けるように突き、進み、破る。消し炭になっているであろうチビが無傷で突っ込んでくる様に、ナッパは思わずぽかんと呆け、その直後に鼻っ柱を穿たれた。

 追撃は止まらない。これを好機と見据え、天津飯が禁断の技とまで言われた秘技を披露する。

 ただし、威力こそ少々落ちるものの寿命を縮めたりするわけでもない。あくまでも高い威力を持つ技として洗練された形へと昇華させたものである。

「新気功砲!!」

 どどん波のような点の攻撃ではなく。かめはめ波のような弾でもない。そう、敢えて言うならば面での攻撃。

 一定範囲を照射する気功砲は威力もさることながら、あらかじめ宣言しなければ避けることなど不可能なほどの範囲攻撃である。真正面にナッパを捉えた新気功砲は強靭で柔軟な大猿の皮膚をも裂いていく。元の時間ではこのとき、まだ新気功砲は完成していなかったが、効率的な修行とクリリンとヤムチャによる助言により、彼らの気のコントロール技術は飛躍的に上昇している。

 完璧な連携。そして、確かなダメージ。

 そして、その先にあるのは十二歳と十三歳というまだ中学生になるかどうかという若さで伝説の格闘家と謳われた武天老師に弟子入りした、二人の戦士。

 孫悟空の長い戦いの歴史の中でも、最初期に共に武に励んだ親友にしてライバル。かつての歴史では地球人という種族によって大きく実力が離れてしまったが、その技の発想や技巧は、多くの戦士に影響を与えただろう。

「クリリン!」

「悟空!」

 お互いに声を掛け合うときには、二人は既に同じ構えを取っていた。

 両の手を腰だめに構え、気を集中させる。

「か……」

 実力こそ今の悟空たちにはるかに及ばないとはいえども、それでも戦士たちに尊敬されている師匠。助平でダメな部分も多々にあるが、みんなで集まるといえば決まってその師匠の家だった。結局、彼の考案した技は戦士たちにとって最も好まれる奥義に至る。

「め……」

 無邪気に強さを追い求めた孫悟空。女の子にモテたいという不純な動機ながらも、いつしか地球人最強に至ったクリリン。

「は……」

 共に学び、共に鍛え、共に戦った。

「め……」

 かつては最大のライバルではないのかもしれない。実力は遠く離れていただろう。

 だが、今この時間では二人は親友にして、紛れも無いライバルでもある。

「波ーーーッ!!!」

 二つの特大かめはめ波がナッパめがけて放たれる。地を割り、風を縫って突き進む二つの閃光に、ナッパは死を感じる。

「う、うわああああああッ!!」

 あらゆる生物を凌駕する、最強の戦闘形態たる大猿化。命ある限り成長期たるサイヤ人にとって、或いはこの形態ならばあの恐ろしい主ですら、いつか倒せるとナッパは思っていた。

 だが、何と言うことだ。変身もしていない下級戦士と、弱小民族たる地球人の放った奥義に、死を感じ取ってしまっている。

 本来、逃げるのに不向きな大猿という形態だが、本能が勝った。ナッパは震える身体に鞭打って、懸命に身体を翻して逃げに入る。幸い、特大かめはめ波の軌道はナッパの腹目掛けて撃たれており、後ろに下がればかめはめ波同士がぶつかって消滅するはずだ。

 生存本能が見せる、瞬間的な反応は流石に凄まじい。長い溜め時間があったとしても、避けにくい大猿の身体がああも機敏に動けるものかとピッコロは舌を巻く。

 だが、悟空はニヤリと。クリリンは不敵に笑っていた。

「てやっ!」

「ふんっ!!」

 悟空は思い切り腕を右に振り、かめはめ波の軌道を強引に変える。クリリンは拡散気功波の要領で、悟空のかめはめ波に追随するようにかめはめ波を五つに割り、螺旋を描いてナッパに殺到する。

 悟空の特大かめはめ波に、クリリンのかめはめ波が吸収されて行く。これこそ、共に修行に励んだ二人だからこそできる、一対一を好む戦士たちが、それでも地球を守るために編み出したひとつの答えだ。

「合体かめはめ波だーーーッ!!」

 軌道を変えて、威力が膨れ上がったかめはめ波は、容易くナッパの背中を穿ってゆく。

「がは……っ!?」

 避けきったと思っていたナッパは、突然のことに何が起こったのかわからないまま、血を吐いて倒れる。

 ナッパが最期に見たのは、己の胸を穿ち、雲を突き抜けていくかめはめ波の軌跡だった。




神と神、観ました。仕事先が映画館なので速攻で観ました。
なんか敵が「超サイヤ人じゃないとフリーザに勝てない」と悟空に言ってました。
ブウ編終わった後の悟空の素の状態での戦闘力は1億5000万以下ってことですかね。

とりあえず指標のひとつにさせてもらいます。


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戦いの後に

 終わったと、ベジータは思った。

 ヤムチャとの勝負が終わり、ナッパを見たときは既に、カカロットとチビでハゲの地球人が特大のかめはめ波を放ったところであった。あれはたとえ、万全の状態で大猿になったとしても、多大なダメージを負う上に避けられない。しかも、地球人たちは不思議な豆で体力を回復してしまう。

 ナッパは息絶えて、己も立って歩くことはできても、戦うほどの力は回復していない。カカロットの息子と一対一でも負けてしまうだろう。

「貴様、名前は?」

 隣に立つ男に、話しかけた。相打ちとは言えども、自分を倒した男の名前ぐらいは知っておきたかった。

「ヤムチャだ」

「そうか、ヤムチャ。早く殺せ。カカロットの真似だと言っていたが、ナッパをあっさり殺したぞ」

 それはヤムチャにとっても少々予想外だったことだ。まさか、殺してしまうとは思わなかった。

 よくよく考えれば、割と悟空は容赦なく殺している。レッドリボン軍など、生身で突撃した兵士はともかくとして、飛行機に乗ったりしていた者は容赦なくかめはめ波を打ち込んでいたりする。無理に命を奪うことはないという方針を固めたのは、ベジータを逃したあたりからだった。

「さて、どうしたものやら」

「殺せ。ナメック星人のつくった願い球で永遠の命さえ手に入れれば、フリーザとて倒せるかと思ったが潰えた」

 結局、自分はサイヤ人の王子であるという誇りを持っていたが、単なるフリーザの駒でしかなかったのだろうと思う。

 宇宙最強の戦闘民族であるはずだと思い込んでいただけで、地球人にさえ負けるようではフリーザを倒すなど夢のまた夢。最強に至れないのであれば、死んでしまったほうがいいような気がした。

「……フリーザ?」

「ラディッツに聞いただろう。オレ達はフリーザの部下として働いてきた。安心するといいぜ、どうせお前達も死ぬ。オレを倒して息が上がるようじゃ、フリーザには勝てない」

 自嘲気味に呟いたベジータに、ヤムチャは内心でほくそえむ。

 ピッコロが死なないままにベジータを倒してしまい、あまつさえ大猿になったナッパをそのまま倒してしまったので、どうしたらフリーザに到達できるかと思っていたのだ。

 直接会ったことがないフリーザだが、宇宙の平和のためには倒しておかねばならない存在だ。そして、これ以上先に進むための絶好の壁でもある。

「……まあ、そう慌てるなよ。地球はいい惑星(ほし)だぞ。なんと言っても、良い女がいる」

 ヤムチャはそれだけ呟いて、ナッパを倒した悟空たちと合流した。

 

 

「すまない。お前達には馬鹿な話に聞こえるかもしれないが、どうか見逃してやってくれないか?」

 歴史を少し変えたら、未来は大きく変わる。トランクスが現れただけで、人造人間がえらく強くなっていたのだから、変化とは予想しない方向に行くらしい。

 居並ぶ面々に頭を下げて頼み込むのは、悟空の兄にして、ベジータに散々馬鹿にされ続けてきたラディッツだった。

「確かに地球を滅茶苦茶にしようとして、俺たちを殺そうとした相手ではあるが……それでも、俺たちサイヤ人の最後の同胞なんだ……できることならば、ナッパも生き返らせたいと思っている」

 ラディッツの言葉に、悟空たちは苦笑していた。

 どうやら悟空が甘いのは遺伝か何かなのだろう。当初は血も涙も無い戦士と思っていたラディッツだが、基本的に甘いのだ。

 かつての歴史でも、肉親を殺すことに何の情も湧かないと言いつつ、甥を殺したくないと言ったり、何かと矛盾していた。それは、冷酷でなければならないという戦士の性分を貫こうとする気持ちと、出来ることならば殺したくないという気持ちが入り混じっているからだった。

「よせ、ラディッツ。貴様のその甘えた部分には反吐が出る」

 ベジータが吐き捨てるように言うが、ラディッツは動じない。ラディッツの甘さは、決して他人に対してだけではなく、ラディッツ自身に対してもまた甘いものだった。鍛錬を怠り、自分よりも弱い相手とばかり戦う軟弱な姿勢は、およそ戦闘民族とは言いがたい。故にベジータはラディッツを弱虫となじり、あざけた。

 ラディッツが動じなかったのは、己への甘さを精算したからに他ならない。それこそ血反吐を撒きながらも、懸命に強くなろうとする地球人たちと共に過ごし、共に血反吐を吐いた。

 己への甘えを捨て、そして残ったのは悟空と同様。人に優しく、己に厳しく。そんな標語のような精神を完成させてしまったのだ。それはベジータの言うとおり、戦士としては致命的な弱点となりえる。だが、そんな甘さを抱えた地球人たちにのおかげで、ラディッツはとてつもないパワーアップを果たした。

「なあ、カカロット。頼む!」

「オラはいいけどよ」

「クリリン、ヤムチャ!」

「……まあ、ベジータはとりあえず生きてるんだし、無理に殺さなくていいんじゃないか。幸い、俺たち誰も死んでないし」

「そうだな。それに、さっきベジータに聞いたんだが、フリーザってのが親玉らしいぞ。そいつを倒さないと同じことの繰り返しにならないか?」

 ヤムチャの問いに、ラディッツはびくりと身体を震わせる。知っているに決まっている。

「だが、フリーザは巨大隕石の衝突で滅びた惑星ベジータから、俺たちサイヤ人を救ってくれた恩人だ」

 おそろしく強く、残酷な悪の化身。だが、絶対的なカリスマも併せ持つフリーザに、ラディッツは心酔はしないまでも、恩義を感じていた。

「……つくづく、お前の甘さにはムカッ腹が立つぜ。フリーザが救ってくれただと……あいつが滅ぼしたに決まっているだろうが。ヤツはサイヤ人を恐れ、芽が出ないうちに滅ぼした」

「な、何を言っているんだベジータ」

「そうでなければ、他所の惑星を攻めていたお前の父親が何故死んだ?」

 ラディッツは今まで信じてきたことを否定されて、目の前が真っ暗になったような気がした。

 誰に聞いたわけでもない。ただ、ベジータは確信していた。戦闘民族として、フリーザの部下として各地で戦闘を繰り広げていたサイヤ人が一気に四人にまで減った。本来ならば有り得るはずのない現象だ。

「……フリーザが、親父を……俺たちの星を……?」

「ああ。しかも、長年の夢とかいう永遠の命を手に入れるために、ヤツは今、ナメック星を探しているはずだ」

「……ドラゴンボールか。確か、ナッパが緑色の故郷と言っていたな……ということは、おい緑色。お前の故郷が危険じゃないか!」

 ラディッツの言葉に、ピッコロは黙ったままだった。どうやら己がナメック星出身ということは戦いの最中に知ったのだが、ピッコロ大魔王は地球で神様に追い出された悪であり、いわば地球生まれである。その生まれ変わりたるピッコロは、ナメック星人と言われてもピンと来ない。

 だが、もしも自分のルーツがそのナメック星にあり、そこが危機というのであれば、気にかかるのも確かである。ラディッツは己の価値観を破壊され、悟飯の師匠ポジションを争うとは言っても仲間に違いの無いピッコロの故郷の危機とあり、わなわなと拳を震わせている。

 クリリンはそっと目を瞑り、これからのことを考える。やはり、フリーザとは戦っておかねばならない。まかり間違って不老不死になられても困る上に、悟空の超サイヤ人への覚醒は必須と言える。ナメック星に行かねばならない理由はいくらでもあった。

「行こう」

 クリリンの言葉に、ラディッツとピッコロが振り返る。自分たちの惑星を守るために戦った今回とは違い、ピッコロが死んだ過去ともまた状況が違う。敢えて行く必要は無いように天津飯たちには見えるだろう。

 事実、ラディッツやピッコロは何故クリリンが行くと言い出したのか、不思議がっている。ピッコロの故郷ではあるが、あまりピッコロに帰属意識も無いので尚更だろう。

 だが、先を知るクリリンにとっては、やはり行かねばならない場所なのだ。すなわち、詭弁でも良いので周囲を納得させてしまえばいい。

「ベジータが地球に来たってことは、フリーザもわかってるはずだ。これで終わってくれるとは思わない……先手を打って不老不死になる前にフリーザを倒さないといけない」

 実際にフリーザがわざわざ地球まで来るか否かはわからない。前の時間ではサイボーグ化して、父親まで連れてやってきたが、悟空に対する復讐のためにやってきたわけであり、そっとしておけば当分は攻めて来ないだろう。だが、実際に放置していい問題でも無い。魔人ブウを探すのに躍起になっている界王神は、フリーザの悪行三昧を放置しており、宇宙の平和を考えれば、倒しておくに越したことは無いのだ。

「はっ……地球人風情が、フリーザを倒すだと?」

 ベジータが鼻で笑うが、その地球人風情と戦い、ものの見事にボロボロにされた身である。だが、それでもフリーザの恐ろしさを知る身としては、クリリンの言葉が絵空事どころか単なる妄想にしか聞こえなかった。

「いいか。別に貴様らが死ぬのは勝手だが、フリーザはたとえオレが十人いようが勝てる相手ではないんだぞ」

「修行するさ。お前、一年前のラディッツの戦闘力を知ってるだろう。たった一年で、ラディッツはここまで伸びたんだ。オレ達だってまだまだ強くなれる」

 クリリンの言葉に、ベジータはふと顔を上げる。

 確かに、この一年間で修行をしたのはベジータも同じであるが、ラディッツはカイオウケンという妙な技を使っていたにしても、一時的にベジータを凌駕する戦闘力に至っていた。決してベジータは適当に修行をしたわけではない。基本的に悪と呼ばれる存在のベジータだが、強さを求める姿勢は至って真摯であり、前の歴史ではセルとの戦いの後、最大の宿敵が死んだにも関わらず修行を続けていたのだ。

 だが、そんなベジータよりも、ラディッツ達は伸びていた。元々の戦闘力に開きがあったからこそ今回は良い勝負にはなったものの、元が同じであったならば惨敗であっただろう。下級戦士のラディッツやカカロットが伸びて、エリートな上に天才で王子たる自分が伸びないのは、修行法に違いがあるからだ。

 しかも、地球人は戦闘力のコントロールもこなし、無駄な体力を消耗させずに。しかし時としてカイオウケンたる爆発的な戦闘力の上昇を実現させていた。

 戦闘力のコントロールはラディッツにできていたならば、自分に出来ないはずが無い。しかも、気を完全に消せばスカウターに察知されることもなく、隠密行動すら可能となる。これはスカウターに頼り切ったフリーザ一味にとっては行動面で極めて有利である。

 だが、ベジータはまだ完全な気のコントロールができていない。クリリンたちと戦ううちに、その方法はわかってきたのだが、取り分け重要なカイオウケンという驚異的な技術がなくてはフリーザにはおよそ届かない。

 それに踏まえて、地球人と侮っていたが、ヤムチャという男はベジータと互角の力を持っていた。はっきり言って、戦力として敵に回ると厄介なことこの上ないが、味方になれば役に立つ。ザーボンやドドリア。それにキュイなどは各個撃破すれば恐れるほどの相手ではなくなっているが、ギニュー特戦隊だけはいただけない。まとまって行動する上に個々が強い。

「貴様ら、本気でフリーザと戦うつもりか?」

「お前が恐れるぐらいだから、よっぽど強いんだろうな。けど、倒しておかないといけない相手ってことは、そのお前が一番よくわかってるはずだぞ?」

 クリリンの言葉に、ヤムチャが頷き、後ろで様子を見ていた戦士たちも次々に頷く。

 今の自分たちよりも遙かに強いという宇宙の覇者、フリーザ。これほどいい目標は他に無いと天津飯など燃えに燃えている。唯一、悟飯ぐらいのものだろう。大勢の命を救わなければならないという使命感に燃えていたのは。

「はっきり言うぞ。今の数十倍はレベルアップしなければ、フリーザとはまともに戦えない。そして、フリーザは貴様らが地球人だとわかった以上、地球に向かったオレも処刑するだろう。やるからには一蓮托生だ」

 さりげなく。そう、実にさりげなくベジータは言外に行動を共にする旨を伝えている。後に仲間と呼べるまでに至るベジータなので、クリリンとヤムチャは少々早い加入という気分であるが、先ほどまで死闘を繰り広げ、実際にナッパは少し離れた場所で死んでいる。人工マンなど既に戦いの余波で塵芥となって吹き飛んでおり、他の戦士たちにとってみれば何故いきなり仲間になろうとしているのか不思議であった。

「いや、別に怖いなら逃げておけばいいんじゃないのか?」

 天津飯がベジータが己のプライドを傷つけず、こっそり仲間になろうとしていることなど気付かずに助言する。良くも悪くも空気を読めない硬派な男である。

 これに慌てたのはベジータである。サイヤ人の王子であり、エリート戦士たる自分がせっかく仲間になってやろうとしているのに、空気を読まない三つ目の所為で台無しである。

「ば、馬鹿者っ。貴様らの科学力で作った船では一生かかってもナメック星にはたどり着けんぞ! オレの宇宙船でなければな!!」

 これでどうだ。流石にこれならばなくてはならない存在として、実に有り難がられて迎え入れるであろう。ベジータはやはり自分は天才だと確信する。

「操縦方法がわかればオレ達だけでも行けるんじゃないか?」

「ええい、オレの船だぞ!」

 空気の読めない天津飯と、プライドの高いベジータのまさかの舌戦に、クリリンは流石に苦笑いを浮かべながらも、これでベジータがへそを曲げてしまっては、折角早くから仲間になってくれる機会を逃すことになる。

「天さん、ベジータの力は是非とも必要だって。俺達が知らないことだって沢山あるんだし、いい修行相手にもなる」

「そ、そうか。いや、別に嫌だというわけでもないから構わないのだがな」

 取り立てて被害の無かった戦士たちは、以前よりもベジータに対する当たりが弱い。ベジータを毛嫌いしていた天津飯も過去のことであり、ピッコロやラディッツを受け入れて慣れてしまったこともある。無理に着いて来なくても構わないという気持ちがあっただけで、ベジータを憎んでいるわけではない。

「じゃあ、よろしくなベジータ」

 悟空が改めてベジータに挨拶をするが、それに素直に返せないのがベジータであり、つい「馴れ合う気はない」と跳ね除ける。

 プライドを保ちつつ、仲間ポジションをキープしておこうという何とも図々しい態度であるが、ラディッツはそんなベジータの性格を知っている。

「とりあえず、ここにもう用は無いだろう。ナッパも出来れば蘇らせてやりたいから、死体を回収してくるぞ」

 あまり長々と喋るのをベジータは嫌う。クリリンとヤムチャもそのあたりは承知であり、とりあえずベジータの宇宙船をカプセルコーポレーションに運び込み、具体的な作戦を練ろうと、話を纏め上げる。

 悟空とラディッツがベジータと共に宇宙船を回収しにいき、ついでにナッパも宇宙船に運んでカプセルコーポレーションに向かう。天津飯とチャオズ、悟飯にピッコロは空を飛んでいき、クリリンとヤムチャは少しだけ遅れると言い残し、今後について話し合う。

「とりあえず、ひと段落ついたな。フリーザがドラゴンボールについて知っていたのは少々予想外だったが、おかげでナメック星に向かうことが出来る」

「ええ。神様の宇宙船じゃなくて、ベジータの宇宙船って違いはありますけどね。悟空がナメック星に行くときに使った宇宙船、たった一週間ぐらいで到着してましたから、きっと神様のより早いんでしょう。その間に、幾つかやっておかないといけないことがあります」

 クリリンの言葉に、ヤムチャは思い当たる節があった。

 ここまでの戦いは、良くも悪くも修行で追いつける範囲。逆を言えば、過去にも到達していた強さである。界王拳などの新しい技を手に入れたりという変化もあるが、少なくともかつてセルと戦ったときのクリリンは、今よりもまだ強かった。

 だが、ここから先。すなわちフリーザと戦うとなると、かつての自分を超えねばならない。効率的な修行で遙かに力を増した状態でサイヤ人と戦ったわけだが、限界値が同じままではフリーザとは戦えない。

 潜在能力の解放による強化を考慮しても、ここで大きく力を伸ばすに越したことは無いのである。

「カリン塔に行きましょう」

 クリリンが言うと、ヤムチャは苦笑しながら頷き、ふわりと浮いた。




ストーリーを進めるために戦闘がない話も挟みつつ、サイヤ人編はこれにて一段落。
どうやったらフリーザ編に進めるのか。そんなことを考えながら書いたらこうなりました。


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すばらしい神の水

 聖地カリンに聳え立つ、一体誰がどうやって作ったのかわからないカリン塔。

 その頂上に住むカリン様は、再び訪れた二人の戦士の逞しい姿に、思わず見蕩れていた。

「うむうむ。よくぞここまで強うなったものじゃ。地球の危機を救った英雄じゃのう」

 全てを観ていたカリン様は、先ほどの死闘も御存知であり、まずは労をねぎらった。ちなみにヤジロベーは神様の修行も受けず、カリン塔でぐうたらしながらも、仙豆の栽培という大役を仰せつかっており、着実に在庫を増やしている。

「して、何用かな。仙豆はまだ随分と余っているようじゃが」

「……単刀直入に言えば、超神水をいただきにきました」

 クリリンが言うと、カリン様はふと首を傾いでポリポリと短い手で頭を掻いた。

「何故今なのじゃ?」

 ナメック星に行き、フリーザの野望を挫くという目標は遠見の術で知っていた。だが、これまで地道に修行を重ねてきたクリリンとヤムチャが急に超神水に頼るという行動に出たのが理解できなかったのだ。

 だが、それはあくまでも地球という惑星の中での常識だからこその判断だ。無論、カリン様はフリーザが恐ろしい強敵であるということをベジータの言葉から把握している。だが、それでもクリリンたちならば何とかできるのではないかと思うのだ。

 しかし、ただ単に修行をしただけでは到底敵わない相手であることを、クリリンは知っている。かつての歴史でもクリリンは厳しい修行を繰り返してきた。地球人としての限界はとうに超えていた。

 だが、足元にも及ばなかった。それだけの相手なのだ。

「カリン様、お願いします」

 多くは語らなかった。ただ、思いは伝わったのだろう。カリン様はやれやれと肩をすくめて超神水を取り出した。

「わかった。ヌシらの強くなりたいという気持ちには何も言えぬわい」

 カリン様はコップを二つ取り出して、とぽとぽと超神水を注ぎ込む。クリリンとヤムチャはそれを躊躇うことなく手に取り、ぐいっと一気に呷った。

 身体を痛めつける修行は散々繰り返し、今更それを厭う事は無いが、毒を呷るという行為は初めてであり、流石に不安はある。

 超神水に打ち勝ち、パワーアップするためには強靭な生命力と、凄まじい精神力が必要だという。幼かった悟空よりも今のクリリンたちのほうが生命力は高いだろう。

 ただ、精神力。これに関しては当時のピッコロ大魔王打倒という悟空の精神に勝れるか否か。当然ながらわかるようなものではない。

「……ぐッ!?」

 二人の身体に、異変が起こる。

 これまでの修行や戦闘で受けたダメージのどれとも違う、内部から焼かれるような苦しみ。肉体への苦痛には違いないが、痛めつけるのが目的ではない。明らかに生命そのものへの攻撃である。

 いくら肉体を鍛えようが、これに打ち勝つのにどう関係するというのだろうか。クリリンとヤムチャはその場に倒れこみ、必死に焼けるような苦しみに耐えようとする。

「ぐああああっ!?」

「ぎゃああああっ!!」

 先ほどまでの死闘でも出なかったような苦悶の悲鳴がカリン塔の頂上からこだまする。あまりの痛々しさに、ヤジロベーは仙豆を引っ掴んでクリリンの口に放り込もうとするが、カリン様がそれを留める。

「死ぬぞこいつら!」

「仙豆で回復するようなものではないのじゃ。打ち勝たねばならん」

 カリン様とて、援けられるものならば援けている。だが、それでは駄目なのだ。

 あくまでも、己の力で超神水を克服しなければならない。今まで、十五人の達人がこれに挑み、たった一人を残して全滅した。その一人が、孫悟空。

 或いは彼の仲間ならばと思うが、これまでの悲しい結果を見れば、確率は低い。それでもカリン様は願う。

「勝て、クリリン、ヤムチャ。打ち勝つのじゃ!!」

 

 

 

 クリリンとヤムチャが超神水を飲んでから、三日が過ぎようとしていた。

「……う、うぅ……」

 痛みに呻くクリリンに、最早体力は残されていない。様子を見守っていたカリン様も、痛々しいクリリンの様子に思わず目をそむけるようになっていた。

 孫悟空が超神水を飲んだときは、六時間で効果を現した。だが、その10倍以上の時間が経っても、クリリンたちはただ苦しむばかりだ。

「ぐ……はっ……」

 ヤムチャもまた、ぜえぜえと息を吐く最中、苦痛に声をあげる。底知れない体力と生命力。そして精神力である。三日間、地獄の苦しみにもがいている。悟空よりも素養が低い所為で長引いているのか、或いは精神が打ち勝てないでいるのか。いずれにせよ、そろそろ限界だろうとカリン様が登り来る朝日をみた。

 クリリンは、途方も無い苦しみの中で、己の精神の中を彷徨っていた。

 この境地に至ったのは二日目を過ぎたあたりからだ。必死に耐えようとする中、気付けば意識を失っていたのか、意識の中にもぐりこんだのか。よくわからない闇の中に佇んでいた。

 空を飛ぶ要領で意識の中を進んでいく。途中、大きな光の塊をみつけた。

 気を感じ取ると、このような光の塊のようなビジョンが脳裏を掠める。だとすれば、この光の塊はクリリン自身の気ということになるのだろうか。

 クリリンは、気を探る。他にも幾つかの塊があるようだった。

「……奥がありそうだな」

 クリリンはさらに意識の奥深くへと進んでいく。感じ取った気の中でも、最も大きいものを見つけ、手を伸ばす。

 どうやら潜在能力を引き出すという特殊な能力の正体とは、この意識の中の光の塊を解き放つということなのだろう。本来は修行によって無意識に解き放っていくものかもしれない。ただ、悠長にそれを待つ時間が無いのも確かだった。

 大きな光を解き放つと、ふわりと身体が浮いたような気がした。

「……なるほど。こういうことか」

 潜在能力の解放を最長老様に行ってもらったことのあるクリリンは、覚醒しようとしている肉体と、先ほど触れた光の塊が融合していくような感覚に、ひとり得心した。

 

 

「ほほ、うまくいったようじゃの」

 意識が現実に引き戻されたクリリンを待っていたのは、ヤジロベーによる仙豆の投与とカリン様の笑顔だった。隣を見ると、ヤムチャが晴れやかな笑顔でクリリンを見守っていた。

「ヤムチャさん」

「俺もさっき目が覚めた。我ながらびっくりだよ」

 苦笑するヤムチャの気を探る。なるほど、界王拳も使わず、気を開放すらしていないにも関わらず凄まじいパワーだ。クリリンもまた、己の力が大きく上がっているのがわかった。

「二人そろって、大したもんじゃ。強さに際限がないようじゃて」

「はは、だったら苦労しませんよ」

 カリン様の言葉に自嘲気味に呟くヤムチャに、クリリンもやはり苦笑いを浮かべる。

 パワーアップは果たした。おそらく戦闘力に換算すれば、気を開放して2万近くに至るであろう。界王拳も一瞬であれば10倍近くまで使えそうで、だとすれば最大で20万。

「とりあえず、あと33万は底上げだな」

「……先は長いなぁ」

 今までの修行で地道に積み上げた成果よりも、この三日の苦しみで得たパワーのほうが大きいというのは少々癪な部分もあるのだが、背に腹は変えられない。戦いについていけなくなっては、そもそも時を越えてまで再び戦う意味がないのだから。

 クリリンとヤムチャは丁寧にカリン様に礼を述べ、ヤジロベーから仙豆を追加で受け取ると、再び修行に戻るためにカリン塔を飛び立った。

「……あいつら、ここを何だと思ってるんだ?」

「少なくとも、ヌシが何故ここにいるのかもワシにはわからんのじゃがな」

 

 

 急激なパワーアップを果たしたクリリンとヤムチャが戻ってきたとあって、戦士たちはその秘密を問いただし、既に超神水を飲んだ悟空以外の面々が我先にとカリン塔にすっ飛んで行った。ただし、悟飯は流石に悟空と留守番であり、実戦を経験したこともあって、かなり本格的にクリリンとヤムチャ、悟空の三人で悟飯を鍛えた。

 潜在的な能力の高さは折り紙つきの悟飯であるが、精神力に一抹の不安が残るのも確かである。前の歴史よりも精神的にタフになったとは言えども、悟空のように幼少から死闘の中にあり、大魔王打倒への激しい執念を持っていたりはしないのだ。強くなるということに喜びを見出すほかの戦士たちと違い、悟飯は必要に駆られて強くなっている側面がある。

 無論、本人とて自分の意思で修行をしている。だが、それに人生を捧げる者と、必要だからとこなす者に、実力は兎も角として精神的な違いが生まれるのも仕方の無いことであろう。意志など強要するものでもなく、まだ幼い悟飯を責めたりする者はいない。

 ただし、少なくとも本人に強くなろうという意志はあるので、修行となると本格的だ。悟飯に足りないのは敵との戦闘経験と、底知れない潜在能力を扱うための気のコントロールの二点である。組み手による擬似戦闘の繰り返しにより、この一年間でかなり良い動きをするようになったが、まだ気の開放となると不十分な面がある。戦闘はやはり実戦の緊張感なくしては効果も薄い。どうせ長い時間を取ることが出来ないのならばと、ヤムチャによる気のコントロール技術の講義と、悟空による組み手。さらに必殺技となる気功波にはクリリンがそれぞれ悟飯に指導する。

 いきなり強くなったクリリンとヤムチャが気功波を受け止める修行を悟飯に施した結果、うっかり殺しかけて悟空が青ざめたが、仙豆で事なきを得て、ついでにサイヤ人の特性が発揮。悟飯が図らずも戦闘力を一気に伸ばすという事態になった。

 無論、ベジータの乗ってきた宇宙船はカプセルコーポレーションに運び込まれ、ブリーフ博士の指揮のもとで、徹底した改装が施されている。まず、メインの部屋は重力を300倍まで設定可能な超重力トレーニングルームとなり、誰が聞くかもわからないステレオセットも完備である。

 ちなみにナメック星の場所であるが、一年前に生身のまま修行に赴いたヤムチャと天津飯を界王様はよく覚えていてくれた。サイヤ人戦もしっかりと観戦しており、心の声でヤムチャに賞賛を送り、フリーザと戦うと言い出したときには流石に慄いていたものの、フリーザと戦わずにナメック星を救うという条件の下に場所を教えてもらった。当然、そんな約束を守るつもりなど皆無である。

 かくして、クリリンたち同様に無事パワーアップを果たした天津飯たちがカリン塔から帰って来たときには、かなり強くなった悟飯が出迎え、宇宙船も急ピッチで改造中であった。留守中に自分の船を勝手に改造されていたベジータは文句を散々に言ったが、文句を言うだけしか出来ないのも事実であった。

 ベジータはまだ界王拳が使えない。迂闊に教えると裏切ったときに面倒ということもあり、どうせ超サイヤ人になったならば、負担の大きな界王拳は無用の長物となる。ナメック星に行くまでに会得できるほど簡単な技でも無いので、ベジータは地力の底上げと気のコントロールに絞って修行することになった。

 元の歴史では、一度の戦いで気を探る術と戦闘力のコントロールを身に付けるという離れ業をやってのけたベジータである。プライドが邪魔をして素直に説明を受けない一面などはあったものの、自分と引き分けたヤムチャには一目を置いており、主にヤムチャが教えるという形で決着がついた。

 

 ベジータとナッパがやってきてから、十日。宇宙船の改装は終わり、ナメック星に向かう準備は整った。

 だが、元々二人で使用するために乗ってきた宇宙船である。丸型宇宙船に比べれば遙かに大きく、修行の場も確保したものの、全員が乗り込むには狭すぎるという問題もあった。

「頑張っても五人が限度だな」

 完成した宇宙船を見て、ヤムチャが呟いた言葉であった。大型化する案もあったのだが、ベジータが流石に猛反対したのである。地球人の科学力と、フリーザ一味やサイヤ人の科学力には宇宙船ひとつを取ってみても、大きな開きがあることは一目瞭然であり、いくら地球随一の科学者であっても、下手をすれば壊れてしまうとの危惧である。当然といえば当然の危惧ではあるが、ベジータの想像以上にブリーフ博士は優秀であった。

 悟空やベジータが戦闘の天才であるならば、科学の分野でそれ以上の天才っぷりを発揮するのがブリーフ博士なのである。

 質量保存の法則を無視したホイポイカプセルの発明。超重力装置。さらに元の歴史では一ヶ月に満たない期間で、丸型宇宙船を超重力装置完備で大型化に成功させている。ロボットや人造人間の製造という点では他の科学者に遅れを取る部分もあるが、総合力と人格を踏まえてみれば、間違いなく宇宙でもトップクラスの天才である。一人娘のブルマもタイムマシンを限られた設備で開発してしまう天才であるが、これはもう血筋としか言いようがない。

 だが、ベジータがそれを知る由はない。思いのほか、まともに仕上がったと内心で胸を撫で下ろすだけだ。

「問題は誰が行くかだな」

 クリリンの言葉に、戦士たちはそれぞれの顔を見る。

 孫悟空・孫悟飯・クリリン・ヤムチャ・天津飯・チャオズ・ピッコロ・ラディッツ・ベジータ。合計九人が候補であり、約半数しか乗ることが出来ない。真っ先に口を開いたのはベジータであった。

「当然だがオレの船だ。オレが行くのは当たり前だろう」

 流石にこの理屈は筋が通っていた。全員が素直に頷く。

「故郷を踏み躙られようとしているのだ。指をくわえて見ているわけにはいかんな」

 次に名乗り出たのがピッコロである。これもやはり心情的に文句をつけようがない。そして、問題はここからだった。

 元の歴史を辿るのであれば、クリリンと悟飯。それに悟空となる。ヤムチャは留守番の憂き目に会うし、天津飯も黙ってはいない。

「オレの気円斬は格上相手にも有効だし、行くならオレかな」

「宇宙人共に狼牙風風拳を御披露させてもらおうか」

「悪いが俺が行かせてもらうぞ。超神水で得た力を試してみたい」

「オラも行きてえよ。フリーザって野郎と戦ってみたいしな」

「故郷を破壊されたのだ。サイヤ人の生き残りとして、フリーザを倒したい」

「お父さんやラディッツ伯父さん、それにピッコロさんが行くなら、ボクも行きたいです」

「天さんが行くならボクも行く」

 当然の如く、全員が全員譲る気持ちなど皆無であった。悟飯の挙手には驚いたが、サイヤ人戦で思うところがあったのだろう。留守番に甘んじるつもりはない。

「どうやら、素直に譲るようなヤツはいないようだな」

 クリリンが苦笑いを浮かべると、全員は無駄に力強く頷いた。戦士として全員が全員一流であり、己の力量を試す場所を求めている以上、これは止むを得ない。

「どうすんだ。ジャンケンでもすっか?」

 悟空の問い掛けに、クリリンはしばらく考えたが、やがてゆっくりと首を横に振った。

 不満が出ずに、五人を選ぶ方法。ジャンケンで負けて留守番では納得できない者が多いだろう。最も効果的かつ、全員が認める方法はひとつしかない。

「仕方ない。勝負するしかなさそうだ」

 クリリンの言葉に、戦士たちは我が意を得たりと嬉しそうに頷くのであった。

 



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仲間一武道会

 ナメック星に向かう戦士を決めるために仲間達だけの武道会を行うことになり、戦士たちはヤムチャの提案によりパパイヤ島に向かった。

 パパイヤ島といえば、天下一武道会の会場がある。どうせだからそれぐらいの余興は良いだろうという計らいであった。

 会場の使用が可能かどうかはわからなかったが、幸いなことに前回にマジュニアことピッコロが会場を荒野に変えなかったので、修繕が進んで、平時は練習試合の会場となったりしているようである。

 長らく審判を務めるおっちゃん。どんな超常現象的な試合展開でも実況まできちんとこなす彼は、すっかり悟空たちのファンであり、会場を少し借りたいと申し出ると、自分が観戦する権利と引き換えにあっという間に許可を取り付けてくれた。

「いやあ、君たちの戦いが見れるならば安いものさ」

 世の中には自分が夢中になれるものの為ならばあらゆる労力を惜しまない人間がいる。ブリーフ博士や審判のおっちゃん。そしてクリリン達も例に漏れない。それぞれ分野は違えど、そこに何かしらの共通する意識があり、だからこそ馬が合う。

「いやあ、それにしても凄い面々だね。九人いるけど、どうするんだい。前回優勝者の悟空君がシード選手になるというのはどうだろう」

 集まった九人のうち、悟空と天津飯は優勝経験者であり、ピッコロは準優勝。クリリン、ヤムチャ、チャオズは本戦出場経験がある。前回は予選で敗れたチャオズではあるが、審判からみても、前回よりも目に見えて覇気が違う。天津飯にくっついている存在だったのが、一人の戦士として立っていることがわかった。

「どうしようかな。ベジータとピッコロは行くのが決まってるけど」

 クリリンが二人を見るが、二人とも参加するつもりで来ている。くだらない余興とは思いつつ、ベジータはパワーアップした力を試してみたく、また、ここで勝てばいまいちサイヤ人の王子を尊敬しない不敬者たちを黙らせることが出来るとも考えている。

「良い機会だ。サイヤ人の王子たるオレがナンバーワンだということを教えてやろう」

「十日前にナンバーワンでないことが証明されたはずだが」

 速攻で天津飯に切り返されて、ベジータはまたこいつかと怒りをあらわにする。毎回毎回、本当に空気の読めない男である。

「いいだろう。殺されたいようだな」

「いや、死にたくはないが……まあいいだろう。一回戦はオレとベジータにやらせてくれ」

 勝手に組合せを決めてしまうあたり、やはり空気の読めない天津飯であるが、チャオズの超能力で組合せを勝手に決めたこともあるあたり、どうやら習慣化してしまっているらしい。後に悟空もウーブと戦うためにブウに頼んで組合せを勝手に決めているあたり、戦いそのもの以外に関しては本当にダメ人間の集まりでもある。

 クジを作る必要はなさそうだと審判が思っている横で、ピッコロはちらりとラディッツを見て、にやりと笑う。

「弱虫。いい加減にどちらが悟飯の師匠に相応しいか決めてやろう」

「ふん、顔色が悪いぞ緑色……ああ、元からだったか?」

 どうやら組合せは両者の合意で決める方向のようだ。以前からライバル視していた二人が決着をつけるべく、バチバチと火花を散らす。

 これは願ってもいない展開だと思ったのがクリリンとヤムチャである。ヤムチャは引き分けになりつつもベジータとの因縁を果たしたが、まだ悟空と戦うという目的が残っている。

 クリリンも長年の親友と久しぶりに真剣勝負をしてみたい。やはり修行の一環としての組み手と試合は異なるのだ。効率的な修行を求めた結果、試合形式ということをしていないだけに、この機会を逃せばいつになるかわからない。

 だが、積年の因縁は彼らだけに留まらない。チャオズもまた、輝かしい経歴にはじめて傷を付けた男との因縁があったのだ。

「クリリン。今度こそボクが勝つ」

「……へへ。算数の修行はしてきただろうな?」

 挑戦を無碍にできないのが戦士である。悟空と戦いたいとは思うが、チャオズも基礎戦闘力を上げて界王拳を使い、さらには超能力によるトリッキーな戦法まで駆使する強敵に違いない。ナメック星に行くのが自分だったとして、チャオズの超能力はグルドに対する良い経験にもなるだろう。

 対戦カードが次々と決まっていき、残るは悟空と悟飯。そしてヤムチャである。

 ヤムチャとしては当然、悟空との対決を望むわけであるが、悟飯がシード選手というのも不思議な話である。どうしたものかと考えていると、やはりここは父親なのだろう。悟空が晴れやかな笑みで悟飯を指名した。

「悟飯には父ちゃんを超えてもらいてえ。それが今日かどうかはわかんねえけどな」

「お父さん。本気でやるの?」

「安心しろ。界王拳は使わねえ。けど、それ以外は真剣勝負だ」

 無論、骨肉の争いというわけではなく試合としての真剣勝負である。悟飯も偉大で優しい父親の期待に応えるべく、こくりと頷く。結局、残ったのはヤムチャということになったのだが。

「ああ、もしオラが悟飯と勝ったら、ヤムチャと試合がしてえな。お互いに修行らしい修行もしてねえ頃に戦ったっきりだったし」

 この言葉に、ヤムチャは悟飯に申し訳ないと思いながらも、悟空の勝利を願うのだった。

 

 かくして、組合せはくじ引きではなく各々の同意によって決まり、試合順は第一試合に天津飯対ベジータ。第二試合にピッコロ対ラディッツ。第三試合にクリリン対チャオズ。第四試合に悟空対悟飯となった。ヤムチャは悟空と悟飯の勝ったほうと戦い、勝てば準決勝進出となるので、実質シードというよりも、悟空か悟飯が一試合多くこなす計算になる。

 審判がうきうきと武舞台に立ち、ルールを説明する。基本的に天下一武道会と同じであるが、使用料金を取らない代わりに会場を壊さないことだけは厳命した。

「壊した奴は留守番確定だぞ」

 クリリンの言葉に、戦士たちから不平が漏れるが、流石に飛び込みの上に無料で使わせてもらっているので、壊してしまうのはいただけない。取り分けベジータは不満そうであるが、兎にも角にも、ここで勝利しておかねばこの先の発言力やリーダーシップに多大なる影響を及ぼすことは必至である。たとえ一人であろうがフリーザを上手く出し抜いてドラゴンボールを集めることは可能であろうが、己と同等の力を持つ地球人たちと協力して、この戦士としては甘すぎる面々を出し抜いて永遠の命を手に入れることのほうが簡単である。

 ある程度、信用を得ておかねばならない。発言力を持ち、事をスムーズに運ぶようにしなければならない。戦士たちにとって、発言力は強さに大きく依存するものだ。勝ってはじめて意見を言えると、少なくともベジータはそう考えている。

 幸い、相手は天津飯という三つ目族の末裔らしき男だ。ヤムチャがおそらくナンバーワンであろうと勝手に決め付けたベジータは、にやりと笑みを浮かべて武舞台に立った。

「クリリン、少しいいか?」

 天津飯は武舞台に立つと、実質この試合を取り仕切る形となっているクリリンに声をかけた。

「真剣勝負に水を差すのもどうかと思うが、やはり気を探れないのは致命的だ。ベジータはスカウターを使って良いことにしたいのだが、どうだろう?」

 なるほど、確かに実力は伯仲していようとも、気を探れないようでは話にならない部分がある。スカウターに頼りすぎるのは愚の骨頂であるが、今回限りにして使用するのは問題ないはずだ。

「対戦相手の天さんが良いって言ってるんだ。いいんじゃないか?」

 クリリンは即答したが、これに気を悪くしたのが当のベジータである。格下がまさか、自分にハンデが必要だと言ってきたのである。これほどまでにコケにされたのは初めてのことかもしれない。頭に血が上り、思わず「必要ない」と叫ぶ。

「いいのか。やるからには短所を突くぞ?」

「オレに弱点などない!」

 天津飯としては善意での忠告なのである。特に友好的に接してやる必要は無いのだが、一年間も共に修行したラディッツがベジータを仲間として温かく迎え入れるようにと、ベジータも根っからの悪人ではないと説明して回っている。また、共にカリン塔で超神水を呷り、死の淵で新たなる力に目覚めたという親近感もある。

 それでも、跳ねつけるということは、それだけ自信があるのか、たとえ無くてもハンディキャップなど邪道だと思う戦いに対する誇りなのだろうと解釈した。その実、戦争に汚ねえもクソもあるかというのがベジータの思考回路であり、隙あらば出し抜く気まんまんであるが、天津飯はその辺りには疎い。

 ただし、戦士として当然ながら、真剣勝負ならば手を抜くような愚かしい真似はしない。

「では、本気で行くぞ」

「ふん、好きにしろ。どうせオレには勝てん」

 潜在能力が開放されたベジータは、元々の才能もあって飛躍的に戦闘力を伸ばしたという自負がある。一対一であれば、ヤムチャにすらもう負けないという自信もあった。

 一方、天津飯は油断とは無縁のストイックな性格であり、ベジータの強さも知っている。三つの目をぎらりと光らせて、精神を集中する。二人の用意が整ったと、審判が実に嬉しそうに武舞台の中央に立つ。観客は当然誰も居ない――と思いきや、たまたま通りかかった若者が、物珍しそうにこちらを見ていた。かなり濃い顔つきで剛毛なのかアフロヘアーに青髭で、筋骨隆々としている。おそらく格闘家なのだろう。彼の今後の成長につながるならばと、折角なので実況も加えることにする。

 審判はサングラスの上から装着したスカウターのスイッチを入れる。好意的に会場を貸してくれた審判に、より戦闘を楽しんでもらおうと悟空が貸したのである。これならば、戦士たちと同じように戦闘力を測りながらの実況まで可能である。試しに自分を測ってみたところ、5と出た。暢気に談話しているクリリンは5000ほどと、その力の差にますます嬉しさはこみ上げる。

 そうなのだ。このような圧倒的な強さが存在して、そんな雲の上の戦士たちが拮抗した実力を競わせるのが天下一武道会なのである。それを間近で観戦できるからこそ、この職業に就いたのだ。

「第一試合。天津飯選手対ベジータ選手。試合開始!」

 明瞭にして、力強い審判の声が吸い込まれそうな青空の下響き渡った。

 

 真剣勝負ならば、あらゆる技を用いて勝利に結びつける。それが天津飯の持論である。

 試合開始の合図と同時に両手を額に掲げ、先ほどの忠告を無視した愚か者に制裁を与える。

「太陽拳!」

 まばゆい閃光が放たれる。いわば猫騙しに近い不意打ち気味の行動であるが、誰も天津飯を責めはしない。気を探れない強敵相手に視界を奪うことなど当然の戦略である。

 だが、ベジータも既に太陽拳は先の戦いで経験している。チャオズがナッパとの戦いで使用して、手玉に取った技である。

 対抗策は単純で、目を閉じて顔を腕で覆えば、いくら強烈な光であっても目が眩むことはない。不意打ちに成功したと思い込んでいる天津飯にカウンターを決めてしまえば、勝利は早くもベジータの手中に転がり込む。

 だが、ベジータの予想は裏切られることになる。天津飯はかつて、悟空に太陽拳を見切られて手酷いダメージを食ったことがある。おそらくは対処してくるであろうと読み、太陽拳を放った瞬間に突撃。視界を奪われなかったかわりに、目を閉じていたベジータの腹に界王拳3倍のボディブローを叩き込む。

「おぐっ!?」

「排球拳、いくわよ~っ!!」

 ヤムチャに狼牙風風拳があるのならば、天津飯には排球拳がある。思い切り蹴り飛ばして宙を舞ったベジータを掬い上げるようなレシーブ。そして、上空高く舞い上げるトス。とどめに渾身の力を込めたアタックを狙う。

 バレーボールではコート内に入れるのが目的のアタックであるが、この勝負は武舞台の外に落とせば勝ちとなる。しっかりと狙いを定めて、強烈なアタックを場外狙って打ち込む。

 少々アホ臭い技に思える排球拳だが、敵を空中に舞い上げて、身動きが取れないところにトドメの一撃を加えるという単純ながら効果的な戦法を軸に作られた、侮れない技である。悟空にもかなりのダメージを与えた経験もあり、天津飯の完全なる趣味から派生した技にしては強力だ。

 激しいアタックにベジータはやはり中々のダメージを食らうが、舞空術にて場外負けを辛うじて避けて、武舞台に舞い戻る。流石にこれだけで勝てるとも思っていなかった天津飯も武舞台に立つ。

「小癪な真似を……」

「スカウター、今から使っても構わんぞ?」

「ほざけッ!」

 ベジータが全力で天津飯に突っ込んでいく。審判のスカウターに表示されたベジータの戦闘力は5万2000。対する天津飯は界王拳を5倍まで高めて迎撃する。負荷が少なく長時間の戦闘も可能な3倍から、かなり消耗するものの、ベジータの気を超えることができるであろう倍率に引き上げたのだ。天津飯の読みは正しく、スカウターには11万という数値が出る。ちなみにスカウター。ラディッツが装着していたものを改造して量産されたが、これから先を見越したクリリンの助言で、3億程度までは計測できる仕様となっている。

「おっと、これは凄まじい。戦闘力10万を超えた天津飯選手。5万のベジータ選手、分が悪いか!?」

 審判の解説に度肝を抜かれて慌てて正面突破を中止するベジータだが、天津飯はその隙を見逃さない。一気に距離を詰めて格闘戦にもつれこむ。

 当然ながら、単なる打撃戦ならば戦闘力の高い天津飯が圧倒的に有利である。辛うじて防いでいたベジータだが、次第に天津飯の攻撃についていけなくなり、地味ながらダメージを重ねられていく。

「ぐ、ぬっ!」

「おおっと。これはベジータ選手厳しい。天津飯選手の猛攻に為す術がありません!」

「黙れクズがあ!!」

 自分の負けっぷりを解説されて、ベジータは思わずギャリック砲を打ち込んだ。会場が壊れることなどお構いなしであったが、壊してはならないと天津飯が咄嗟に空中に移動して、ギャリック砲が会場に被害を及ぼさないように気遣う。ただし、それが災いして避ける術がない。

「おおおっ!!」

 全力でギャリック砲を押さえ込む天津飯を見て、ベジータはまさかの形勢逆転に勝機を逃さないようにと全力でギャリック砲を放射し続ける。

「お、おい……会場が壊れるぞ!」

「知ったことか。強い者が勝つのだ!」

 わざわざ会場を傷つけないために空中に舞った天津飯は、流石にこの言葉には怒りを示した。気遣った結果が、恩を仇で返す行為である。もう許さんと、界王拳を最大値である10倍にまで引き上げて、ギャリック砲を片手で握りつぶした。

「……は?」

 必殺技がまるで風船のように潰されたをみて、ベジータは目を疑った。まったく意味がわからない。だが、仕方がないことであろう。10倍界王拳を使った今の天津飯の戦闘力は22万である。元の歴史であればギニューすら軽くあしらうレベルだ。

「覚悟しろ!」

 天津飯が今度こそとばかりに、10倍界王拳のまま突っ込んでくる。流石にこれは不味いが、ベジータにできることは、既に迎撃以外にないのである。だが、ベジータもまた不屈の闘志を持つ戦士であり、ただ単に迎撃するだけでは勝てないことを理解して、打開するべく賭けに出る。

 天津飯に全てが劣っているわけではない。気のコントロールをするからこそ、天津飯は強いのだ。界王拳を見よう見まねで成功させることなど出来ないが、一点に気を集中させることぐらいならば出来るのではないかと、右腕に気を集中させようと試みる。

 幾度と無く説明したが、ベジータは天才である。紛れもない、本物の天才である。

「これが気か!!」

 危機に追い込まれ、その戦闘本能が足りなかったモノを喚起させる。敵が強ければ強いほど己もまた強くなるのがサイヤ人であり、それは何も死に直前した場合のみではない。

 気を感じるという、他の戦士たちにとっては当然とも言える技能を、長い修行ではなく刹那の境地において会得したベジータは、本能的に右腕に気を集中させて、天津飯の一撃を辛うじて受けきった。

「な、なんと戦闘力5万のベジータ選手、22万の天津飯選手の一撃を食い止めました!」

「くっ、なんてヤツだ。戦闘中に気を操ることができるようになっちまうなんて」

「オレはサイヤ人の王子ベジータ様だ。なめるなよッ!」

 ベジータの気を込めた反撃に、天津飯は直撃はまずいと後ろに引いて仕切りなおす。だが、新たなる才能の開花に逸ったベジータの勢いは止まらず、追撃に出る。

 面白くなってきたと、天津飯はこれを迎え撃つ。戦闘力に4倍の開きはあるが、一撃に気を込めたベジータの拳は、少なく見積もっても5万で済む威力ではない。

 天津飯も当然、気を集中させた一撃を放つことは出来るが、消耗する上に、現段階で地力が勝っている。それに加えて界王拳は全身の気を飛躍的に増大させる技であり、かめはめ波のように放出するならば兎も角、肉体に留めつつ維持させることは難しい。

 右腕一本だけで言えば、ベジータの攻撃力は今の天津飯に十分なダメージを与える破壊力を秘めている。審判のカウンターもベジータの右腕に20万近い戦闘力が集中していると表示された。

「これは凄い。勝負は依然わからない形へと変化していきます!」

 ベジータが目くらましに小さな気弾を撒き散らし、その光の中を突き進んで右の拳を天津飯に突きたてようとする。しかし、それを待ち受けるのは天津飯の必殺技、どどん波である。

 拳の先目掛けて放たれたどどん波に、ベジータの右腕は弾かれる。これを好機と見て、天津飯は一気に勝負を決めようと、多彩な技の中から、最も相応しいものを選んだ。

「狼牙、風風拳!」

 天津飯は、一度見た技ならば即座に自分のものにしてしまう器用さがある。無論、限界はあって界王拳の習得には時間が掛かったのだが、狼牙風風拳は技術こそ詰まっているものの、別に特殊な修行が必要な必殺技ではなく、平たく言えば急所狙いの連打である。

 だが、それでもヤムチャにとって狼牙風風拳は必要な技であり、その獲物を狩る能力は凄まじいものがある。天津飯も組み手で幾度と無くヤムチャの隙がなく、それでいて致命傷を常に狙うこの技を喰らって、その性能をよく知っていた。

 もはや、常人に見えるようなシロモノではない戦闘である。

 たまたま通りかかっただけの男――最近、格闘家としての才覚を顕し、期待の新星と呼ばれている男。リングネームをサタンという――は、武舞台にいたはずの二人が消えて、あちこちで空気が破裂するような振動を感じるだけだった。

「なんだ。映画の撮影か」

 中々迫力のある映画になりそうだと、サタンは暢気に公開を楽しみにする。武舞台の上ではあるが格闘技とは思えないので、SFか何かだろう。だが、もしも格闘技を主題にしているのであれば、最近人気が出始め、幾つもの大会で優勝している自分を主役にしても良さそうなものである。妻に先立たれ、男手一つで一人娘を育てつつ格闘家として頂点を極めつつあるサタンである。映画の主役となれば安全かつ多大な収入となり、一人娘の願いである「自分も強くなりたい」という願いのために、新しい設備を購入することだってできるだろう。

 しかし、武舞台に立っていた二人は、時折力比べをするように組み合うときだけ姿を現している。消えたり現れたりを繰り返すということは、かなりの速度であろう。或いは自分よりも早いかもしれない。

「……陸上選手か何かか。俳優にしちゃハゲとチビだしな。しかし、主演を狙うとなれば、あれぐらいの速さがいるのか……ビーデルのためにも、そのあたりのトレーニングを追加してみるか」

 常人レベルで言えば間違いなくトップの強さを誇る後の世界チャンピオンは、この頃はまだ胡坐をかくだけの実績も無く、真面目であった。彼もまた努力なくして勝者とはなっていない。

 凄まじい迫力の映画撮影から、今後の格闘家としての自分に何かプラスがあるかもしれないと、サタンはただ一人の観客として二人の試合を見守るのだった。




戦士なのかどうか疑問ですが、サタン大好きです。この頃には悟飯と同い年のビーデルも生まれ、まだチャンピオンでないので真面目なはずです。
まあ、活躍する機会があるかは不明ですが。


ええと、感想をいただけるのは嬉しいことですし、ありがたいのですが、あんまり先の予想を書かれると、非常にやりにくいです。
あと、今のうちにセルの破壊とか、クリリンがサイヤ人になったりはしません。地球人が頑張る話です。


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弱虫VS緑色

 サタンが勘違いしながら見守る中、天津飯とベジータは超スピードで乱打戦を展開していた。

 急所を抉ろうとする天津飯の狼牙風風拳。それをいなし、隙あらば反撃に転ずるベジータ。界王拳によって高まった気に、どう足掻いても天津飯の優勢は変わらないのだが、ベジータの刹那での状況判断力。そして勝負勘は凄まじい。紙一重で致命的なダメージを避け、ひたすらに待つ。

 界王拳の最大の弱点である、過負荷による時間制限。耐えれば、勝機は訪れるのである。全神経を集中させて、とにかく攻撃を正面から喰らわないように心掛ける。単に防戦だけではない。ヤムチャに比べると必勝の気合に欠ける狼牙風風拳であり、隙も少ないものの存在している。これを見逃さずに反撃していく。

「息詰まる攻防戦。もはや、私の目には何が起こっているのかすらわかりません!」

 審判はただひらすらにスカウターを頼って、攻防を見守る。目で追いきれずとも、肌で二人の激突がわかるのだ。ビリビリと大気が震えるような拳の重なる衝撃に、審判は思いつく限りの言葉でたった一人の観客にこの戦いのすばらしさを伝えようとする。

「ん……どうしたことでしょう。天津飯選手、戦闘力が下がっているようですが……」

 そして、気付く。天津飯の戦闘力が22万から5万近くまで減っていることに。どうやら、肉体への負荷が大きすぎて、界王拳を3倍にまで引き下げたようだ。天津飯の通常状態での最大値は22000。激しい戦いで消耗した結果、ベジータとの差がほとんど無くなってきていた。

 これを見逃すベジータではない。巡ってきた勝機に、一気呵成に反撃に出る。

「ふははははっ。サイヤ人の王子たるこのオレ様の頭脳に敵うものなどいるものか!」

「ここにいるぞ」

 渾身の力で天津飯を殴りつけようとしたベジータに、その天津飯がにやりと笑い、ベジータの拳を真正面から、人差し指一本で受け止める。再び何が起こったのかわからなくなり、呆けるベジータだが、気を読まずとも理解できるほどに、天津飯の身体からオーラのようなものが立ち上っていた。

「ま、まさかキサマ!!」

 ふと気付いたベジータだが遅い。界王拳10倍の負荷に耐え切れずに、引き下げたのではなかったのだ。勿論、維持する限界時間は近かったが、余力を残した。

 すなわち、この機を狙ってくるベジータをカウンターで仕留める為に。

「つあっ!」

 ベジータの脇腹に天津飯の蹴りが深く突き刺さり、流石のベジータも気を込めていない箇所への強烈な一撃に吹き飛ばされ、場外――ちょうど、サタンの真横――にぼとりと落ちた。

 映画撮影だと思い込んでいたサタンは、いきなり吹っ飛んできたべジータに慌てつつも、咄嗟に出演のチャンスと思って、観客らしく慌てつつも、ベジータを気遣う様子を見せる。

「だ、大丈夫か……?」

「ええい、うるさいっ。ちくしょう、たかが三つ目族になんてザマだ!」

 サタンが差し出した手を払い、負けたことに憤慨する独特のヘアスタイルをしたチビは、なるほど中々の演技派である。普通はいくら負けたことが悔しくとも、差し出された手を払うような真似はしない。しかも悔しそうな顔は演技とは思えぬ鬼気迫るものがあり、これほどの役者を知らなかったことを恥じた。

 その後、すぐに派手な色の道着のハゲたチビが、演技派の男に豆を食べさせると、肩で息をしていたはずの男は急に元気になり、やはり映画の撮影で演技だったのだろうと一人、サタンが得心した。

「あれ、サタンじゃないか」

 だが、ふと声をかけられてサタンは振り返る。ハゲたチビ。すなわちクリリンがサタンの顔を見て驚いていたのである。

 知らない男だが、サタンも幾つかの格闘大会で優勝経験があり、まったくの無名というわけではない。さてはファンかと、にこやかな笑顔でクリリンと握手する。

「いやあ、私も有名になってきたかな」

「はは、相変わらずだなあ。そうだ、折角だから見物していくか?」

 クリリンの言葉に、先ほどから見物していたサタンであるが、どうせならば撮影を間近で見ようと頷いた。妙にフランクなチビだが、少々の無礼など気にしない度量の広さを持たねば、後に圧倒的なカリスマなど持ち合わせはしない。サタンはクリリンに案内されて、選手控え室と武舞台を繋ぐ、最も見晴らしの良い場所に陣取った。

 審判が試しにスカウターでサタンを測ってみると、中々に強い66,6という数値であった。審判自身が5であるから、彼も稀有な才能を持った立派な格闘家である。孫悟空たちがあまりにも強すぎて相手になることはないが、スカウターを見なくとも、長年格闘技を最も間近で見続けてきた審判にはわかる。彼は悟空たちさえいなければあらゆる大会で優勝できるほどの腕の持ち主だ。

「……クリリンさん、武天老師様に彼を鍛えていただいては如何でしょうか?」

「んー。悪くないですけどね。中途半端に強いサタンも嫌だなあ」

 クリリンからすれば、自分とは違う意味で地球人の最強の男であるサタンを下手に鍛えるのは如何なものかとも思う。娘のビーデルが舞空術を使いこなしているあたり、彼もまた鍛えればかなりの線まで行くのであろうが、下手に気を感じたりすればセルと戦う前に逃げ出してしまうだろう。地球を救ったヒーローとしての彼は、後にその名声を活かしてブウ打倒に大きなウエイトを占めることになる。また、地球人で唯一、一度も死ななかった男でもある。迂闊に戦いの場に出して死なれては、なんとも後味が悪い。

「まあ、アドバイスぐらいはしておきますよ」

 結局、クリリンはサタンを無理に鍛えることはしないでおいた。

 

 悔しがるベジータをヤムチャが宥めている間に、第二試合へと移行する。

 武舞台に立つのは、かつては世界中を恐怖に陥れた悪の化身。現在はすっかり悟飯を気に入ってしまい、周囲の戦士とも仲間意識が芽生えたピッコロ。

 そして、彼に向かい合うのは宇宙の強戦士、戦闘民族サイヤ人にして孫悟空の兄。最下級戦士で弱虫と揶揄されていたが、克己に努めて殻を打ち破ったラディッツ。賢く優しい甥をサイヤ人流の溺愛。つまり、厳しく鍛えるという少々尖った愛情を注いでおり、ピッコロとは悟飯の師匠ポジションを常に争っている。

「へへ、緑色よ。キサマとは一度、きっちりと勝負をつけておかねばならんと思っていたんだ」

「それはこっちの台詞だ弱虫。いいか、悟飯よく見ておけ。本当の戦い方を教えてやるぞ!」

「あ、ズルいぞてめえ。悟飯、見るのはオレのほうだ。腕を伸ばしたり巨大化したり、こんな野郎の戦い方なんぞ参考になるか!?」

 既に勝負は始まっているのだろうか。二人の師匠に名指しで呼ばれた悟飯はオロオロしながらも、やがて妙案を思いついた。

「二人とも頑張って!」

 もう、どっちも応援してしまえばいいという結論である。二人の師匠は同時に頷いて、審判の合図と共にいきなり全開で真正面から挑みあった。

「界王拳10倍!!」

「界王拳10倍!!」

 二人の戦闘力はほぼ互角。超神水によってパワーアップした後も、二人の実力差は変わらなかった。数値にして23000。10倍界王拳を使用した今、23万という数値である。

 奇しくも、二人の戦法は同じであった。様子見などという温い真似はせずに、一気呵成に攻め勝つべきだと判断したのだ。

 両者が先制攻撃を狙い、全く同時に拳を突き出す。拳同士がぶつかり、それを機にピッコロは反動を利用した回し蹴り。ラディッツもまた回転しながら裏拳を繰り出す。

「はあああっ!!」

「だああああっ!!」

 がつんと両者の脚と拳が再び交差する。拮抗する戦闘力と、長い修行でお互いの技を知る二人の戦いは全くの互角だ。

 このままでは泥試合になると、両者は直感する。実力が同じでは、長引くだけで決着がつかない。

「やっちまうか……界王拳、15倍だッ!!」

 ラディッツが先んじて限界を超えた界王拳の選択を決断する。一気に戦闘力は34万に至り、審判は実況することすら許されないまま、再びぶつかり合いが始まる。

「へっ、焦ったな弱虫。てめえがパワーならオレはスピードだ。一生かかっても追いつけんぞ!」

 同じ実力だからこそ、界王拳の限界値もわかる。10倍でも相当の負担である。それを15倍にしたとなれば、一瞬で身体にガタが来てしまうのは目に見えている。

 ベジータ同様、一旦回避と防御に努めようとするピッコロだが、それを判らずに界王拳を引き上げるラディッツではない。

「ずあああッ!!」

 真正面から突っ込み、ピッコロを追い詰める。狭い武舞台ではそうそう逃げ切れるものではない。だが、当然ながら戦士たちにとって武舞台などちょっとした足場のようなもので、空を飛べば360度、回避の方向は増す。迷うことなく空に飛んだピッコロに、ラディッツはにやりと笑う。

 武舞台を壊してはいけないという制約の中、新たに考案した技を使う方法を考案していたのだ。

 そもそも、ラディッツの持つ父譲りの必殺技であるライオットジャベリンは一撃必殺の博打技であり、当たると格上相手でも通用するが、当たらなければ損失が大きい。素早さに特化した敵には向かないこともあり、状況を極めて選ぶ技である。

 父、バーダックはこれを決して外さないという気概で使い続けたが、気概だけでどうにかなる戦闘が続くわけがない。ベジータ戦以降、新技の開発に取り組んでいたのである。

 参考にしたのは、修行の中で見せてもらった天津飯の気功砲である。溜めが長く威力の高い面攻撃であるが、速い敵に当たらない上に隙が大きい。そこで速射性に増して、威力こそ控えめであるが面攻撃を可能とする、いわばライオットジャベリンと対を為す技。その名も――

「ライオットマーベリック!」

 空を舞うピッコロに向けて右の拳を突き出した刹那、数え切れないほどの小さな気弾がラディッツの拳から放射状に放たれる。いわばショットガンのように気弾を放ったのである。

 無数の気弾は一発の威力こそ低いものの、回避は不可能に近く、迎撃も数が多すぎてままならない。さらに、元々の気を界王拳15倍によって高めておくことで一発の威力の低さをカバーすることにも繋がる。

 このラディッツの新必殺技には、流石のピッコロも反応しきれず、空中で気弾の滅多打ちを喰らう。一発一発の威力は大したものではないが、大量に。しかも一斉に襲い掛かるのがこの技の長所である。

「はああっ!!」

 そして、さらにこの技の長所は連発が可能であることにある。続けざまに左の拳を突き出したラディッツに、しかしピッコロも負けてはいない。ラディッツ同様に両手の拳を突き出し、真っ直ぐとラディッツに向かって突き進む。

 放射状に放たれる気弾に逃げ場は無いが、身体を一直線にラディッツに向けることで被弾を最小限にとどめることは可能だ。さらに、両の拳に集中させた気が少々の弾など軽く掻き消してしまう。

「20倍だッ!!」

 一瞬。ほんの一瞬だけではあるが、限界を超えた界王拳を行使するピッコロに、ラディッツは慌てて身体を腕でガードするが、思わぬ形で技を封殺された上に、突然の凶悪なまでの戦闘力の上昇についていけずに、防御姿勢の整う前にピッコロの突撃を喰らう。

 なんとか腕で受けたものの、その衝撃は生半可なものではない。バランスを崩され、大きく吹っ飛ばされたところに、超スピードで回り込んでいたピッコロがトドメの蹴りを放つ。

 ラディッツはさらに遠くまで吹き飛ばされ、なんとか舞空術で場外だけは免れたものの、強烈な二発を喰らい、戦闘続行は困難であると判断する。いくらピッコロが限界を超えた界王拳を行使したと言っても時間にして僅か一秒にも満たないものであり、一瞬全身が痛みを覚えた程度であろう。気のコントロールの経験において一日の長があるピッコロにできることで、ラディッツにはまだ一瞬で界王拳を瞬時に高め、すぐに戻す真似はできない。ただでさえ激しいダメージに、界王拳15倍どころか、10倍すら続行困難である。

 冷静に考え、最後にちらりと悟飯を見るラディッツだが、現時点で踏ん張ったところでやはり敵わないだろう。それでも最後までと思わないでもないが新技であり、他の誰もが使っていない散弾をモチーフとしたライオットマーベリックにはまだ改良の余地もある。

「……悔しいが、参った」

 ラディッツは潔く負けを認め、ふわりと場外に着地する。ピッコロはにやりと笑い、ラディッツに仙豆を投げて寄越す。

「悟飯の師匠として相応しいのはオレのようだな……だが、あの技は悪くない。改良して悟飯に教えてやるといい」

「……へっ、借りを作っちまったか」

 ラディッツはピッコロの投げた仙豆をダイレクトに口でキャッチすると、そのまま飲み込む。すうっと身体が軽くなり、先ほどよりも戦闘力が上がったことを実感する。死の淵というほどのダメージではなかったが、一瞬とはいえども自分よりも遙かに高い戦闘力を持つ相手と対峙したことが、サイヤ人の戦闘本能を喚起させたのだろう。より強靭な肉体へ、より破壊力を増した攻撃へと本能が肉体を導く。

「くそ、地球人たちは血反吐を吐きながら強くなっていくというのに、オレはこんなことで」

 宇宙の強戦士、戦闘民族サイヤ人の中でも戦いこそ好きだが甘さの抜けないラディッツは、地球人の持つ不屈の闘魂に尊敬の念を抱かずにはいられない。

 蘇るたびに強くなるような真似をせずとも、彼らは激しいトレーニングによって限界を超えて、なおも強さを求めている。自分もまた、そうありたいと願う。そのためには、危機に陥らないほどの強さを見につけねばならない。

 ラディッツの克己の精神は今、サイヤ人という生まれ持った戦闘本能にすら打ち勝つに至ったのである。




オリジナル技紹介

ライオットマーベリック
散弾銃のごとく気弾を放つ、ああ幽白で見たアレですね。という技。
名前の由来は散弾銃「マーベリック 88 ブルパップ ライオット・ショットガン」から。
ラディッツさんはゲームとかでサタデークラッシュとかいう直訳「土曜日を壊す」という、よくわかんない名前の技を使うのですが、あんまり好きじゃないので自分で技増やしました。
ライオットジャベリンというバーダックの技の名前は好きです。


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幕間 女たちの戦い

ついカッとなって書いてしまったものです。本編とは何の関係も無いような話ですが、まあ小休止代わりに。



 戦士たちがナメック星に行くメンバーを決める中、カメハウスでは三人の女が集っていた。

 一人はカプセルコーポレーションの御令嬢――とは思えない勝気で冒険心溢れる天才、ブルマ。

 もう一人は後に宇宙最強戦士に至る、孫悟空の妻にして、自らも地球では超人の域に達した格闘家であるチチ。

 そして最後に、最初期から悟空たちを知り、ここ数年は天津飯を追いかけ続ける案外一途な女性、ランチ。

「ほんっと男って馬鹿よね。こんないい女がいるってのに、やれ修行だ。やれ強敵だって」

「んだ。悟空さは仕方ねえにしても、悟飯ちゃんまですっかり感化されちまって。おら、なんか子育て間違えただかなあ」

「けっ。お前らまだいいぜ。オレなんてまだ手も握ってねえんだぞ」

 いわゆる女子会というものであろうか。勝手に会場にされた亀仙人はたまったものではないが、怒ったら手のつけられない女傑三人に茶汲み爺と化すしかない。

 兎にも角にも、この三人の男運は滅茶苦茶である。

 ヤムチャはいい歳して働きもせず、ふらふらと修行ばかりしている。悟空なんて所帯を持ったにも関わらず働いたら負けと言わんばかりに修行漬け。あろうことか息子まで巻き込んでいる。

 天津飯に関しては、別に交際しているわけでもなく、働こうが働くまいが本人の自由であるが、恋愛に無頓着すぎてランチとしてはそちらのほうが問題である。

「ちょっと亀じいさん。あんたが孫君たちを鍛えるからこうなっちゃったのよ?」

「へ。そんな無茶苦茶な。ワシが悟空を鍛えたから大魔王やらサイヤ人やらを倒して、世界は平和なんじゃろうが」

「鍛えすぎだべ。どこの世界に素手で岩砕いて、空飛んで、月を消し飛ばす旦那を持つ女房がいるだべか」

「いやいやいや、それぐらいしてもらわにゃ、ワシが育てたんじゃから」

「いんや。おらだっておっ父に亀仙流を習っただが、せいぜい岩砕くぐらいしかできねえだ」

 砕けるのか、とブルマとランチが顔を見合わせる。身の回りの男は大体、岩を砕けるし、基本的に空を飛んで移動するし、多分月も消せるだろう。だが、女は比較的まともであると思っていた。

 どうやらチチも十二分に規格外生物の一員のようである。

「舞空術はそもそも、天津飯やチャオズが使っていた鶴仙流の技じゃて、ワシが教えたわけじゃない。かめはめ波も教えずとも勝手に身につけおったんだぞ」

 いつの間にか、女同士の愚痴大会から亀仙人を元凶と見据えての尋問会となっている。亀仙人としては、門を叩いて弟子入りを希望した男達を鍛えてやっただけなのだが、女の理屈と都合はそのようなことはお構いなしである。

 やれ困ったもんじゃ、と嘆息する亀仙人であるが、女達の話は止まるところを知らない。

「あいつら、ビンタ食らわせても痛くも痒くもないのよねえ。ヤムチャったら喧嘩したとき、こっちが殴っても堪えないのをいいことに謝るだけで済ましちゃうし」

「んだ。一回悟空さが働かねえもんだから、つい手を出しちまっただが、組み手と勘違いされてえらい目に遭っただ」

「いーよなー。オレなんてカプセルコーポレーションで修行してる天津飯にタオル渡しただけだぜ」

 恋人。嫁。片思い。三者三様ではあるが、とりあえず憎きは男達が夢中になって仕様が無い武術である。最強を目指すとか、限界を超えるとか。既に地球では仲間たちに敵うものはいないのに、仲間と一緒に修行をしながら仲間より強くなろうと躍起なのである。いたちごっこもいいところだ。

「あー。悟飯ちゃんがどんどん不良になっていくだ」

「ヤムチャ、枯れちゃったんじゃないでしょうね」

「……会いてえなあ」

 母としての悩み。女としての不安。そして一人は純情。それぞれが溜息をついて、相手を想う。

 いや、いいと思うのだ。自分の男が強いのは嬉しいことだし、少なくとも貧弱でナヨナヨしている青びょうたんよりは、筋骨隆々で頼り甲斐のある男には違いない。それにしても、少しぐらい省みることぐらいしてくれても良い様に思う。

 チチに至っては一年間の放置プレイを受けた後である。四年間、働かない旦那とすくすく育つ息子と、なんだかんだで仲良く過ごしてきたのを、急に一人ぼっちになってやることがなくなった。結局、暇を持て余して始めたのは、父を相手にする組手であった。彼女もまた基本的に武を修めた人間であり、あの無敵の孫悟空の嫁になるからにはと、牛魔王から亀仙流の修行をばっちりと受けている。いつか帰って来るであろう旦那に太った姿で出迎えるのはあまりにも情けないし、悟飯には綺麗な母親であるとずっと思っていてもらいたい。

 女心といえば女心であるが、組手の相手にされた牛魔王はやはり、たまったものではなかった。我が娘ながら強いのだ。それこそ、地を割り岩を砕くレベルで。

 どうやら溜まっていた鬱憤を晴らすように組手を続けるうちに、嫁入り前より強くなっているようである。旦那の悟空がチチが中々強いことを知っているので、ほぼデート感覚で組み手なんぞを施していたのも問題であろう。

「そういや、ランチさんも中々強いんだべな」

「は。オレは別に修行なんかしてねえよ」

「んだども、カリン塔よじ登ったって悟空さが言ってただ」

「途中で諦めたよ。半分ぐらいしか登れなかった」

 悔しそうに言うランチだが、亀仙人は危うく持っていたお茶を零しそうになった。半分も登ったとは驚きである。

「も、もしかするとお前さんたち、相当強いんじゃないか?」

 ブルマは兎も角、チチとランチはかなり強いはずである。取り分けチチは後に悟天に組手を施し、超化させるまで鍛え上げた張本人ですらある。

「どうじゃ。どうせ待っておるだけも暇じゃろうて、美容にも良いし修行してみんか?」

 亀仙人は半ば冗談のつもりで言うが、それにぴくりと耳を傾けたのがランチであった。

「……やっぱ、強いほうが天津飯の好みか。そうだよな、あいつ強い奴に興味があるんだもんな」

 そうなのかなあ、とブルマは首を傾げるが、ランチに同意したのがチチであった。

「んだ、んだ。悟空さとは新婚時代はよく組手しただ。あれはお互いを知るのにすごく良いことだっただな」

「やっぱそうか。よし、やってやるぜ。チチも一緒にやろうぜ。ガキも強い母親の言うことなら聞くだろ」

「ご、悟飯ちゃんを不良から元に戻せるだか……?」

「そりゃ、旦那と息子より強ければ、文句言われずに教育できるだろ」

「お、おらもやるだ!」

 えらいことになったと、ブルマは盛り上がる二人を見る。確かにチチが強いのは知っているし、ランチもまあ強いのかもしれない。レッドリボン軍の兵士程度ならば軽くボコるレベルで強い。

 だが、この流れでは自分も鍛える羽目になりそうだ。頭脳労働のインテリこそが似合うのであって、肉体労働は自分の領分ではないと知るブルマは、素早く危機を察知。迂闊に逆らうと強引にでも仲間に加えられるおそれがあるので、亀仙人の後ろにまわりこみ、力強く頷いた。

「修行するなら、私が全力でサポートするわ。重力室だって何だって作ってあげるわよ」

 下手に逃げるよりも、サポート側として安全圏に鎮座してしまうほうが無難であると、悟空との冒険で身に染みているのだ。カプセルコーポレーションの令嬢による手厚いサポートとなれば心強いと、チチとランチが気合を滾らせる。残るは、師匠なのだが。

「ジジイ、頼むぜ?」

「武天老師さま、おらを悟空さより強くしてけろ!」

「頑張ってね、亀じいさん」

 えらいことになったと、亀仙人が冷や汗を流した。

 

 

 

 とりあえず、悟空より強くなるのは幾らなんでも無理がある。というか、チチは諸々含めて悟空より強いのだが、どうやら戦闘のみでも強くなりたいらしい。

「えー。ワシは滅多なことでは弟子を取らんのじゃが」

「旦那と息子が働きも勉強もしないのは滅多どころじゃないだべ」

 逃げ場も無く、仕方ないので修行をすることにした。エロ本一冊で意見を変えてしまうぐらいであるから、亀仙人の弟子取りは単に気分で決まるのかもしれない。

 それにしても、チチはどれくらい強いのだろうかと気になるところである。ランチはカリン塔を半ばで諦めているのだから、少なくとも登りきった経験のある亀仙人よりも弱いのであろうが、悟空とまがりなりにも組手をしていたというチチは未知数だ。

「よし、まずは実力をみるぞ。チチ、ワシと組手じゃ」

「スケベなことしたら、ただじゃおかないわよ?」

 すかさずブルマのツッコミを喰らう。それにしても、まったくもって天下の武天老師を尊敬しない面々である。クリリンはそういう意味では、亀仙人より遙かに強くなっても尊敬の念を抱いていた良い弟子であったと嘆息する。

「武術のことにはマジじゃわい。ヌシらが本気で強うなりたいならば、ワシだって本気で鍛えてやるぞ」

 この辺りの感覚は、チチにはよくわかる。武闘家としての誇りは、いくらスケベでどうしようもないジジイであろうが消えるはずが無い。

「んだ、おら本気だべ。それに、おらはあの悟空さの嫁だ。いくら武天老師さまと言ってもひけはとらねえだよ」

 二人は早速カメハウスを出て、砂浜にて対峙する。亀仙流の極意は『よく動き、よく学び、よく遊び、よく食べて、よく休む』という小学校の目標のような一見すると陳腐なものである。だが、それを誰よりも真面目に、誰よりも一生懸命にこなした者には屈強な肉体と強い精神が備わるのだ。亀仙人が言うには拳法というのは独自で編み出すものであり、本来必要な体力や腕力、精神力などを鍛えることが何よりも重要らしい。

 これが真実であることを、チチはよく知っている。地球最強の旦那のそもそもの腕力や体力は、まあ宇宙人なので当然なのかもしれないが、常軌を逸している。あの屈強な肉体があればこそ、磨いた技が生きるのだ。

「では、早速はじめようかの。いつでもいいぞ、かかってきなさい」

「……はああッ!!」

 亀仙人の言葉に、チチは一旦心を鎮めた後、裂帛の気合でもって亀仙人に打ちかかる。若くて綺麗な奥さんから、一人の武道家としての目になったチチに、亀仙人はサングラスの奥できらりと目を光らせて、先制の拳を打ち払った。

「てやっ、たあっ!!」

「ふむ、動きは中々。しかし腕力はやはり落ちるかのう」

 鋭い連打にも、亀仙人はまるで涼風を受けるかのような調子で軽やかに避けていく。チチの放った蹴りを後方宙返りで鮮やかに避け、砂浜に着地した瞬間。亀仙人は突如としてチチに向かって突撃。鋭い突きをチチの額めがけて放つ。

 チチはそれをしゃがんで避けると、足払いを仕掛ける。砂浜という悪条件であるが、両者の動きは鈍る様子が全く無く、亀仙人はチチの足を手で押さえ、その手を軸に宙に飛びつつ、チチの後頭部めがけて蹴りを入れた。

「あでっ……流石は天下の武天老師さまだべ」

「ふぉっふぉっ。おみそれしたか?」

「馬鹿言うでねえ。本気でいくだよ!」

 言うや否や、チチはそれまでよりもずっと力強く砂浜を駆け、強烈な手刀を亀仙人に放つ。武術の神様と謳われた亀仙人といえど、既に耄碌した爺様かもしれないと様子を見たのだが、どうやら心配ないと判断したようで、本気を出したのである。

 対する亀仙人も、やはり武道の上で男女など関係ないとはいえども、女性相手にいきなり本気を出すこともできず、また、あくまでも実力を見るための組手であったので力を抑えていたが、本気でかからねばならない相手のようだ。

 チチの手刀は亀仙人の蹴りと交差し、力比べに移行。本気とあって、お互いに一歩も引かない。

「ぬ、ぬう……やりおるの。流石は牛魔王の娘で悟空の嫁さんじゃて」

「く、ぬ……そったらこと言う武天老師さまも、さすがだべ。悟空さ以外でおらが本気を出すなんてはじめてだ」

 チチの強さに、亀仙人は拮抗しているものの、これが本当に四年間も妻として、母として過ごしてきた女の力なのかと驚いていた。確かに亀仙流の修行は日常のあらゆる所作を参考にしているが、三食を用意して、家事をこなすだけで武術の達人になれるはずがない。悟空と組手をしていたと言っても、二人の実力差から言って児戯のようなものであっただろう。

 それでも、この強さ。本気で鍛えれば、まさか悟空に勝つはずもないが、それなりに良い線までいくのかもしれない。

「合格じゃ。基礎体力はできておるし、あとは気をコントロールする術を身に付ければ自ずと強くなる方法がわかるじゃろうて」

「んだ。空だって飛べるようになれば買い物も便利になるだよ。悟空さと悟飯ちゃんが帰ってきたら、うんと美味えもん食わせてやりてえからな」

「……ま、まあ目標があるのは良いことじゃて」

 亀仙人は苦笑しながら、この地球最強の旦那に相応しい嫁が、基本的に嫁であり母であることを理解する。或いは、だから強いのかもしれない。

 兎にも角にも、ライバルのクソジジイが編み出した舞空術にばかり目がいっているのは遺憾であるが、また一人、育つのが楽しみな武道家が増えたと思えば心は軽やかになる。

 だが、その横で膨れっ面で見ていたランチが、遂にたまらず口を出した。

「お、オレはどうすりゃいいんだ。天津飯が文通してくれるぐらいまで、どれくらいやればいい!?」

「……そうじゃな。まずは、悟空たちが最初にしていた修行からはじめるとするか」

 恋する乙女――というには少々年増ではあるが――の底力も、或いは大成するきっかけになるのかもしれないと、亀仙人は笑う。

 なにせ、あのクリリンは女の子にモテたいという動機が元で、地球人最強にまで至ったのだから。




本当に軽いノリで書いたので、マジで悟空より強くなったチチが出てくることは無いです。ただ、映画版の「スーパーサイヤ人だ孫悟空」というタイトル詐欺な作品で、珍しくチチの戦闘シーンがあったのを思い出して、こんなのはどうだろうと思っただけでして。


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クリリンVSチャオズ

 審判は震えていた。最早、彼らに実況を挟む余地など無いのではないか。先ほどの戦いなど、見蕩れるばかりで一言も発することができなかったではないか。

「さあて、次はオレとチャオズか。あいつの超能力は鍛えるとか関係なく痛えからなあ」

 クリリンは実に嬉しそうにぐっと背伸びをして、武舞台へと向かっていく。対するチャオズもまた、控え室からふわりと空を飛んで武舞台に降り立つ。

 こうして向かい合い、戦うのは前々回の天下一武道会以来となる。クリリンにしてみれば、その後からこの世界に遡行してきたので、実に数十年ぶりという形になる。あの頃はまだ亀と鶴で争っていたわけだが、もはや二人は戦友であり、あのときのような因縁は無い。

 だが、それとは別にできあがった因縁はある。あくまでも一個人の、武道家としての因縁だ。仲間であり、共に武に励んだ同志であるが――否、同志だからこそ、真正面からぶつかり合いたいのである。

 武舞台で両者は毅然と立ち、試合開始の合図を待つ。精神は研ぎ澄まされ、悟空やヤムチャたちはごくりと唾を飲んだ。しかし、審判はわからない。はたして、彼らの勝負を、ただ近くで見たいからという理由だけで存在している自分が宣言していいのかどうか。

 そんな迷いを打ち消したのは、他でもない。先ほどの戦いで度肝を抜かれ、もしかして撮影などではないんじゃないかと薄々思い始めたサタンである。隣で観戦している悟空に「これ一体何なんだ?」と小声で確認したところ「誰が宇宙船に乗るか決めてんだ」という、まったく意味のわからない返事が返ってきた。

 ただ、どうやら映画の撮影ではないらしい。派手なトリック合戦だと思いたいサタンであるが、トリックで空を飛んだり手からオーラのようなものが出てくるものであろうか。

 わからないことだらけではあったが、唯一わかるのは格闘家として、審判の合図なくして試合は始まらないということだけだった。

「審判、さっさと合図してやるんだ!」

「し、しかし……」

「審判が居なければ単なる組み手か喧嘩。最悪殺し合いになる。お前がいるから試合なんだ。ほら早く始めろ」

 格闘家としての本分。決して相手を殺すことを目的にするのではない。己の磨いた技をぶつけ合い、勝利に邁進する。闘争本能という人間が生まれながらに持ち合わせているモノを、心置きなく全力で発揮する場所は、やはり試合という形式でなければならない。

 長じてからは名誉と利益に執着を見せるようになったサタンだが、格闘家としての本分を決して失ったわけではない。そして、未だチャンピオンという栄光を手にしていない彼は、夢中で強さを追い求める一人の天才格闘家である。

 サタンの言葉は審判に己の責務を自覚させる。そうであった。孫悟空の死闘は。ジャッキー・チュンとも、天津飯とも、マジュニアともそうであったように、互いの死力を尽くした試合をいずれも宣言したのは紛れも無く自分であり、勝利を宣言したのも自分であった。開始と終結を告げることが、試合を試合とする最も明確なものである。

「第三試合、クリリン選手対チャオズ選手。試合開始ッ!!」

 かつての好カードが再び、時を越えて始まった。

 

 

 先手を取ったのはクリリンだった。開始の合図の一拍後に、真正面から突進して距離を詰める。界王拳は使っていない。

 対するチャオズもやはり、界王拳を使わず、超能力も使わず迎え撃つ。

 戦闘力をどんどんと倍加させていく界王拳は最早、戦士たちにとって必須技能であり、それを使わないのは格下相手か、或いは長期戦に備えて消耗を抑える時ぐらいのものである。修行でも地力を上げる筋力トレーニング以外では界王拳を使っている。

 実際に、戦闘力2万ほどで一瞬とはいえど10倍や20倍まで引き上げることが出来るのも、長い修行の中、界王拳を使い続けた結果である。界王拳は単に便利な強化法ではなく、高度な気のコントロール技術の集大成であり、技術である以上は、高めることが出来る。

 そして、気のコントロール技術に関して言えば、戦士たちの中で特に優れているのがチャオズとクリリン。それにヤムチャである。取り分け界王拳は体内の気をコントロールする技術であり、気の操作ともいえるが、これを最も得意とするのがチャオズであった。次いでヤムチャが迫るが、クリリンは気の変化に秀でている分、操作は二人ほど得意ではない。

 だが、チャオズには無く、二人にあるのは数十年の経験値。取り分け、途中で修行をやめたヤムチャよりも、長く修行を続けていたクリリンは、仲間の誰よりも気の扱いに優れた戦士となっている。

 つまり、二人の戦いとは力と力ではなく、技と技の戦いなのである。

 クリリンはチャオズに迫る途中、一瞬にして界王拳を8倍にする。先ほどのピッコロのように、極力身体へ負担をかけないために界王拳を使うタイミングを見計らっているのである。

 しかし、何よりも特筆すべきはその切り替えのスムーズさにある。気をコントロールするために集中した様子は無く、瞬時に、そして流れるように戦闘力を8倍にしてみせたのだ。ギニュー特戦隊との戦いで悟空も瞬間的な気のコントロールで消耗を抑えたが、それを単なる開放ではなく、界王拳で行うことはしなかった。

 眼前で突如として戦闘力を跳ね上げたクリリンに、しかしチャオズも負けてはいない。

 繰り返すが、そもそも気の操作を最も得意とするのはチャオズである。界王拳の一瞬の切り替えをクリリンが行うことなど、長らく共に修行をしていたチャオズにとっては百も承知。迎撃のタイミングを見計らい、やはり一瞬で界王拳を10倍まで高めて初撃をかわすと、次の瞬間には界王拳をやめてしまう。切り替えの滑らかさも速度も、クリリンと遜色が無いものであった。

「まったく、真似しやがって」

「ボクにも必要なことだし、真似しないほうがバカだ」

「ははっ、そりゃ言えてらあ」

 二人はにやりと笑い、本格的に戦うべく構える。この戦いはやはり、単に戦闘力を高めて勝つだけのシンプルなものにはなりそうもないと、二人は理解する。どのタイミングで、どれだけの時間、どのような倍率で界王拳を使うかが勝負の分かれ目となる。迂闊に倍率を上げて長時間戦うと疲弊したところを、温存していた相手に倒される。かといって、温存しすぎると押し負ける。

 両者は武舞台の中央で格闘戦をはじめ、攻撃の瞬間。或いは回避や防御の瞬間だけに絞った界王拳を使う。倍率も状況次第で細かく選び、瞬時に切り替えて消耗を極力押さえ、そして最大の攻撃に転じようとする。

「うっひゃあ。すげえやクリリンとチャオズ。あんな戦い方もあるんだなー」

 これには悟空も驚きを隠せず、その場で界王拳の切り替えを試みるが、あまり速いとはいえない。ここまでの精度で切り替えられる戦士は、今戦っている二人を除けば、やはり長年の経験があるヤムチャぐらいのものであり、それでも速度で言えばチャオズとクリリンにはいくらか劣る。

 戦闘力が信条のベジータにしてみれば、尚更この戦いには目を見張るものがある。素直になれないプライドの高さはあれど、負けず嫌いで向上心は誰よりも強い男である。先ほどの戦いで会得した気のコントロール技術にあわせて、気を探る術をこの戦いの観戦で徐々に身に付けつつある。

 クリリンは攻撃の瞬間に一気に10倍まで高め、それをチャオズがギリギリの位置で15倍まで高めて受け流すと、そのまま拳をクリリンに叩き込む。お互いに何度も相手の攻撃を喰らっているのだが、当たる瞬間に界王拳で強化してダメージを最小限にとどめている。肉体への負荷と、ダメージのバランスを考えながら常にベストの倍率を選択している様子は、ベジータの気を探る訓練には非常にプラスとなっている。

「なるほどな。チビの考えそうなことだ」

 口ではそう言いながら、自身も背が低い部類に入るベジータである。戦闘力のコントロールが単に実力を隠すものだけではないことを明瞭に顕す戦いに、新たな修行項目を付け加える。あのレベルまでコントロールをできるようになれば、フリーザ戦で役に立つだろう。

 戦士たちが二人の戦いを参考にしつつも、熱く見守る中、クリリンはチャオズの見事な気の流れに感服しながらも、まだ超能力さえ使っていないことに対する不気味さを覚えていた。

 勝負であるから、あえて封印するようなことはしないだろう。かつては卑怯に思えた超能力だが、たとえ先天的に得た能力であろうが無かろうが、それを駆使するのは当然のことである。クリリンとて並の地球人とは比べ物にならないほどの才能を持っているのだ。宇宙規模で見れば凡才でしかないのだろうが、地球で考えれば紛れも無い天才。壁という壁を戦いのたびに乗り越えて、人間という枠を外れて強くなるには、努力だけでは到達できないものがある。

 サイヤ人や戦闘タイプのナメック星人。魔人や人造人間という人智を超えた存在が身のまわりにゴロゴロしているから卑下してしまいがちであるが、宇宙でも限りなく恵まれた才能の持ち主であることに違いは無い。

 そして、チャオズにもそれが言える。どうやら地球人というのは、可能性だけは他の強種族に匹敵するのではないかとヤムチャは思う。

 この無茶な遡行に一抹の光を見出したのも、ウーブという地球人の存在がある。悟飯の稀有な潜在能力は純粋なサイヤ人を超えており、地球人の血が為せる業であろう。トランクスと悟天など、7、8歳の頃から超サイヤ人に覚醒していたのだ。

 純粋な地球人は仲間の中ではクリリンとヤムチャ。それにチャオズぐらいのものである。鼻が無かったり、妙に色白で老けることを知らなかったりと、本当に地球人なのか疑いたくなる面々ではあるが地球人なのだ。

 閑話休題。つまるところ、地球人とは鍛えなければ脆弱ながらも可能性を秘め、そして気のコントロールに優れた種族と言うことが出来る。その二人の戦いであるから、技巧を凝らした極めて高いレベルに至るのは言ってしまえば必然のことであろう。

「どどん波!」

「かめはめ波っ!」

 不意打ち気味のチャオズのどどん波も、気の流れを完璧に把握しながら戦うクリリンに先読みされてかめはめ波で相殺される。二人は再び激しい格闘戦にもつれ込みながらも、格闘戦のまま宙に昇っていき、空高くでなおも戦い続ける。

「……チャオズのやつ、そろそろかな」

 天津飯が二人の勝負を見守りながら、ぽつりと呟く。格闘の勝負ではお互いの技量が互角に近い以上、僅かながらにリーチが長く、地力の戦闘力で勝るクリリンに分がある。それをここまでの勝負にしているのは、チャオズが切り札を残し、クリリンも常に警戒していたからだ。

「はっ!」

 そして、天津飯の独白から間もなく、遂にチャオズが超能力を使った。両手をクリリンに向けて、強烈な腹痛を伴う念波を叩きつける。

 これに対抗する術は一つしかない。相手よりも格段に高い戦闘力で、超能力を跳ね除けるしかないのだ。元の歴史のナッパにまったく超能力が効かなかったのは、その戦闘力に差がありすぎた為であり、クリリンは否応無く界王拳の使用を強制されるようなものだ。

 ただし、弱点も存在する。チャオズ自身が界王拳を使えなくなってしまうのだ。超能力を行使するのに集中させる気と、界王拳を行使するために集中させる気は、集中させる場所と性質が異なる。故に、クリリンは瞬間的な界王拳ではなく、他の戦士同様に常時界王拳に移行する。

 こうなってしまっては、勝負を決める必要があるのがクリリンである。最低でも3倍界王拳を維持しながら戦わねば、超能力の餌食となる。一方、チャオズは先ほどまでと変わらず、通常状態と界王拳を使い分けることが可能のままだ。

「でやあああっ!」

 3倍界王拳で突っ込むクリリンに、すかさず超能力から5倍界王拳に切り替えたチャオズがカウンターで頭突きを決める。鳩尾に強かに入った頭突きに思わず動きを止めたクリリンのパチンコ頭を、チャオズがサッカーボールよろしく蹴り上げる。

「ぐがっ!?」

「はああっ!!」

 矮躯である以上、どうしても渾身の一撃でも他の戦士ほどの威力に至らない。そのためにチャオズは速度をよく鍛えており、体勢を崩したクリリンに連打で攻撃を打ち込んでいく。

 一気呵成に決めてしまえると踏んだチャオズは、ポンとクリリンを宙に蹴り上げて、自身もクリリン目掛けて飛び上がる。大猿と化したナッパの気功波すら打ち破った、渾身の突撃からの頭突きである。しかも、チャオズはさらに改良を加えていた。

「でえいっ!!」

 ぐるんと、チャオズはクリリンに突っ込みながら自身に回転を加える。これぞ、矮躯で攻撃力に欠けるチャオズが知恵を絞って考えた威力の底上げ法。ボクシングで言うコークスクリューブロー。空手の正拳突きも、回転によって威力を上げている。頭突きであってもその原理に変わりは無い。

 回転を伴ったチャオズの頭突きは、クリリンの腹に直撃する。これにはクリリンも手酷いダメージを負い、とどめとばかりに場外を狙ったチャオズの蹴りを受け入れるしかない。

 顎を正確に打ち抜いたチャオズの蹴りに、吹き飛ばされながらもクリリンはにやりと笑う。

 ああ、やはりチャオズも戦士なのだ、と。元の歴史では最も早くに一線を退いてしまった仲間ではあるが、その実力は、高めればここまでになる。矮躯を技術でカバーして、実に多様なスタイルで戦うことが出来る。

 こんな相手と戦えることが嬉しい。そして、勝てばその喜びは格別のものとなる。

「波ッ!!」

 クリリンは場外を免れるためにかめはめ波を放ち、その反動で逆にチャオズめがけて突き進む。完全に決まったと思っていたチャオズだが、油断などしていない。クリリンの戦い方は何というか、実に慣れているのだ。

 たとえるならば、自分よりもずっと格上の相手との戦いですら何度も生き延び、勝利に繋げるような。粘り強く、多彩で、そして一撃必殺の可能性を秘めているように思えるのだ。

 迎撃しようと構えるチャオズに、クリリンは尚もかめはめ波を放ち続け、ぐんぐんとチャオズに迫る。まさかこのまま体当たりをしてくるのかと構えるチャオズだが、違う。

「でやあああっ!!」

 チャオズの目前まで迫ったクリリンが選択した攻撃は、後ろ回し蹴り。それを見切って避けたチャオズに、クリリンはさらに乱打を放って再び格闘戦に挑む。

 界王拳を高め、或いは解除して。チャオズもまた、そのいたちごっこに付き合う形で超能力を狙うフリをして界王拳からの攻撃を繰り出したりと、伯仲する実力の同タイプの戦士ならではの接戦を繰り広げる。

 先ほどの回転頭突きに手痛いダメージを食らったクリリンのほうが、微かに不利という状況。戦士たちや審判、サタンが見守る中、チャオズが長い格闘戦の中で遂に見出した絶好の隙に、ありったけの力で超能力を叩き込もうとしたときだった。

「ばっ!!」

 突如、クリリンがまるでチャオズを真似るように両腕を突き出した。何のことだと驚いたチャオズだが、次の瞬間、後頭部に激しい衝撃を受ける。

「ぎゃっ……!?」

 何が起こったのか理解できないチャオズに、クリリンは渾身のボディブローを叩き込む。『く』の字に折れ曲がったチャオズに、さらにヤムチャ譲りの連打を浴びせかけ、とどめとばかりに至近距離でかめはめ波を打ち込む。威力は大したことではないが、体勢を整えきれないチャオズは、かめはめ波に押されて場外の芝生に激突した。

「……い、痛たたた……な、なんで背中から攻撃が……?」

 チャオズは負けたことを知り、落胆しながらも先ほどの不可思議な攻撃に首を傾げる。まさか真剣勝負に水を差すような仲間たちではないし、間違いなくクリリンの攻撃であるはずだ。残像拳でもなく、間違いなく目の前にいたはずのクリリンが、どうして背後から攻撃を仕掛けることが出来たのだろうか。まさか、知らないうちに超能力を身に付けていたとでも言うのだろうか。

「へへ。答えはみんなが知ってるぜ」

 クリリンはすうっと地面に降り立ち、チャオズに手を差し出す。それを握って立ち上がったチャオズは、不思議そうに天津飯たちを見た。

 誰もが、ぽかんと呆けていた。それはそうだろう。彼らが見たものは、それほどまでに驚異的なものだった。

「天さん?」

「あ、ああ。クリリンは、チャオズに蹴られて場外を避けるためにかめはめ波を撃っただろう。あれが、土中に潜ったまま大きく後ろに回り込んでいたようだ。激しい格闘の最中に不意に土中から現れて、お前に当たった」

 かめはめ波は軌道を変えたり、場合によっては180度のターンすら可能な技である。土中を突き進んで後ろに回りこむことも不可能ではない。元の歴史で悟空がフリーザ戦で披露したような、その場に留めて時間差で発射するような芸当すら可能である。

 なので、戦士たちはクリリンの気のコントロール技術を知っていることもあって、そんなことで驚きはしない。何よりも驚いたのが、そんな高度な操作を息をつく間もない格闘戦をこなしながら行ったという事実であった。

「あ、あの戦いの中で、かめはめ波をコントロールしたの?」

 チャオズが信じられないという目でクリリンを見る。クリリンは少し照れくさそうに、無いはずの鼻の頭を掻くような素振りをしながらこくりと頷いた。

 前回の対戦のような、算数勝負とは比べ物にならないほどの高度な駆け引きによる戦闘だったのだ。相手の気を読み、ブラフを仕掛け。チャオズは目の前の戦いに集中して周囲など見えていないほどであった。

「ヤムチャさんが二つの操気弾を同時に操りながら、自分も格闘をしていただろ。オレも頑張れば似たことができるかもしれないって思って、試してみたんだ」

「で、でも……かめはめ波を撃ったのは場外を免れるためで……ってことは、あれも作戦だったってこと?」

「ワザと蹴られたわけじゃないけどな。舞空術じゃ場外になるような一撃が来たらこうしようって考えてたのは考えてたけど」

 事も無げに言うクリリンに、チャオズは感服するしかなかった。

 負けは負けであり悔しいという気持ちはあるが、以前のような憎しみに似た感情は沸きはしない。不思議と胸の内は爽やかで、駆け寄ってくる天津飯にも笑顔を向けた。

「へへ、また負けちゃったよ」

「いい勝負だったぞチャオズ。お前は俺の誇りだ」

 天津飯は励ましでもなく、フォローでもなく。ただ単なる素直な気持ちを述べた。

 あれほどまでに卓越した気のコントロールなど、天津飯にはできない。もしも自分とチャオズが戦ったならば、果たして勝てるのかどうか、極めて怪しい。どこか頼りない弟弟子は、ナッパという強敵との戦いでまた一つ自分の殻を打ち破り、戦士としての大きな成長を遂げていた。

 天津飯とチャオズが先ほどの戦いの感想や、さらに強くなるためにどうすべきかを語り合いながら控え室に帰っていく中、クリリンもまた控え室に戻る。そんなクリリンに、悟空が目を丸くしたまま近づいてきた。

「クリリン、オラすっげえ驚えたぞ。おめえ、ムチャクチャ強くなったんだなあ!」

「はは。超神水のおかげだよ」

「それだけじゃねえって。くっそー、悟飯とも戦ってみてえし、ヤムチャとも戦いてえし、クリリンとも戦いてえ!」

 よほど興奮したのだろう。戦いが大好きで仕方が無いサイヤ人の血が猛っている。好戦的といえばそれまでだが、血に飢えていると思われても仕方ない戦闘本能を、底抜けに明るく爽やかに表現してしまうのが、悟空がおおくの人々から愛される存在である理由であろう。

「今なら、悟空にだって負けないぞ」

「へへ。オラだって!」

 明るく笑いながら武舞台から帰っていく戦士たちの背中は、審判にとってまぶしいものだった。

 自分が求めていた戦いは、並の人間にはもはや観戦すらままならないレベルに至っていた。つまるところ、彼らが格闘家として世界に数多ある大会に積極的に参加しないのは、彼ら同士でしか満足できる戦いにならないからだ。

 なんという僥倖だろうか。唯一、その力を発揮しようと仲間全員を引き連れて参加する大会が、天下一武道会で、その審判が自分であるという幸運。

「第三試合、クリリン選手の勝利です!」

 感動に打ち震えて出なかった声を、ようやく出すことができた。



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ヤムチャVS悟空

 第四試合の悟空と悟飯の戦いは、半ば当然ながら悟空の勝利という形で決着がついた。

 秘めたる力はあれど、まだ幼く経験も浅い悟飯が、歴戦の戦士たる悟空の試合運びや見切り。さらに冷静さなどで敵うはずもなく、良くも悪くも若い父親と幼い子供という構図がそのまま当てはまったといえる。

 続く第五試合。疲れを残していない悟空はそのままヤムチャと戦うつもりであり、ヤムチャもまた、観戦に徹していてウズウズと疼く身体を抑えきれなくなっていた。

 武舞台で正面から立ち合い、試合の開始をじっと待つ。

「ヤムチャ……おめえはすげえよ。オラ、ぶっちぎりで強くなったと思ったのに、いつの間にか追い抜かれててよ。おかげでオラ、さらに強くなれた」

「あっという間に追いついておいてよく言うぜ」

 二人にそれ以上の言葉はいらない。二人の視線が火花を散らすかのようにぶつかり合い、これから始まる戦いに胸が躍る。

 そう、戦いとはこうでなくてはならない。ふつふつと燃え滾る闘志とは裏腹に、ぞくりとくるほどの相手の強さ。ぴんと張りつめた緊張感は、両者の実力が伯仲しているからこそ切れることなく、お互いの実力を最大限にまで高めてくれる。

「第五試合、開始!!」

 審判の掛け声に、両者はその緊張感を吹っ切るかのように真正面から激突する。

 ヤムチャは界王拳を一気に高め、両腕から操気弾を射出。ベジータ戦で披露した操気弾と狼牙風風拳の併用である。

 一方悟空も界王拳での突撃であるが、こちらは操気弾の代わりにと、小さな気功波を二発、ヤムチャめがけて打ち込む。ヤムチャの目論見では、いきなり操気弾との連携で一気呵成に序盤戦を押し切るつもりでいたのだが、アテがはずれて操気弾はまず気功波を撃墜。ヤムチャ本人より一歩遅れて悟空に突っ込む形になった。

 流れるような連続攻撃に、さらなる手数を生む繰気弾と狼牙風風拳の併用だが、隙のない攻撃ゆえに、連携もまた難しい。激しい乱打戦に突入した悟空とヤムチャの間に、繰気弾が割って入る隙が無い。

「だああっ!!」

 悟空はヤムチャの得意分野であるはずの純然たる格闘でも、やはり強い。繰気弾の介入を許さないように猛攻を仕掛ける。ヤムチャもこれに対応すべく繰気弾の操作をやめて格闘戦に集中する。

 体格は同程度。すなわちリーチも変わらず、両者の力量に勝負は委ねられる。

「でやああああっ!!」

「はああああっ!!」

 武舞台の中央で二人は紙一重の攻防を続ける。ヤムチャの拳が悟空に迫ると、それを悟空が弾いてカウンターの蹴りを放つ。しかし、それはヤムチャの肘打ちで弾かれる。

 一歩も引かないというわけではない。極めて短いスパンの中ではあるが、優勢劣勢がある。だが、それが極めて目まぐるしく入れ替わり、一進一退を繰り広げることから戦士たちは声を上げることも忘れて二人の戦いに見入る。

 それでも、クリリンにはお互いの長所と短所がわかっている。元々の戦闘力が同じ程度であるが、それぞれの特性とでも言おうか。たとえば、タフネスならば悟空に分があるし、技のキレならばヤムチャに一日の長がある。それらをすべて考えると、ヤムチャは早い時点での決着を望み、悟空は長期戦に持ち込むことも厭わないであろう。最初から繰気弾の併用で全力を出したのは、ヤムチャもお互いの性質を理解した上での戦略であった。

「このままじゃラチがあかないな。悟空、本気で行くぞ!」

「へへ、そうこなくっちゃ!」

 両者はがしりと両手を組みあい、力比べに移行する。界王拳の倍率をぐんぐんと上げていき、両者ともに10倍に至るが、拮抗するばかりでびくとも動かない。

 ここで悟空が先に動く。不意に力を抜いて腰を落とし、ヤムチャをつんのめらせたところを、下から思い切り両足で天高く蹴り上げたのだ。だが、これは一度ヤムチャが見たことのある展開である。予想して当然であり、対策は容易かった。

 蹴り上げられながらも、ヤムチャは思い切り悟空の手を握り、離さない。これには悟空も驚いて身体の制御がきかず、空中で舞空術によって体勢を整えたヤムチャが、強烈な前蹴りを悟空に突き入れる。

「かはっ!?」

「もらった!」

 相手の姿勢が崩れた状態というのは、ヤムチャにとって絶好の機会である。ここぞとばかりに得意の狼牙風風拳をたたき込み、このまま勝負をつけようとする。

 さすがの悟空も超神水によってパワーアップしたヤムチャには敵わなかったかと仲間たちが意外とあっさりとした結末に思わずため息をつこうとした時だった。悟空は滅多打ちにされながらも、かめはめ波を放って――およそ見当違いの方向ではあるが、その推進力によってヤムチャと大きく距離をとった。

「はっ……はっ……へへ、やっぱ強えな。オラ嬉しくてしかたねえや」

「試合だから流石に致命傷は与えられないが……その分、かなりダメージになる部分を狙ったんだがな。本当にタフだよお前は」

 殺すつもりではない試合という形になると、殺傷力に重きを置いた気の爪を作り上げることもままならないヤムチャにとって、なかなかの不利ではある。悟空もそのあたりは承知であり、殺し合いとなれば既に自分が負けているであろうことは悟っていた。

 試合だから仕方ないとヤムチャは割り切っているが、悟空としては、長い時間をかけて編み出したヤムチャの必殺技を封印させてしまっているというこの状況にフェアではない、もどかしさを感じている。

「どうすっかなあ。オラも何か技を封印してえところだけどよ。オラのオリジナルって技、ねえんだよなあ……あ、ジャン拳なら……って、あれもじいちゃんに習った技だな」

「気にするな。あと、ジャン拳を封じたところで、そもそも使わないだろう」

 ヤムチャが苦笑するが、確かに悟空は自分で技を考案したことはない。必殺技の代名詞ともいえるかめはめ波は亀仙人の編み出した技であり、その後も元気玉、瞬間移動と悟空にしかない特技を引っ提げてくるわけだが、どれもこれも習って身につけたものだ。

 対するヤムチャは、狼牙風風拳を筆頭として繰気弾もオリジナル。かめはめ波こそ亀仙人のもとで修業して身に着けたが、基本的に我流である。

「かめはめ波、無しにすっか」

「切り札をなくしてどうする。別に気にしなくていいから、早く決着をつけようぜ」

「けどよ、フェアじゃねえのに勝ったってオラ、嬉しくねえよ」

 悟空らしいといえば、悟空らしい。ヤムチャはやれやれと肩を竦め、ふわりと舞空術で空に舞い上がった。

「それじゃあ悟空、一発勝負だ。もしもお互いに、生きてフリーザを倒したら、そのときに真剣に戦おうぜ。ドラゴンボールがあるんだから死んでも平気だしよ」

「そっか。そうだな。けど一発勝負ってどうすんだ?」

「簡単だ。かめはめ波で勝負するんだ」

 ヤムチャの提案に、悟空はなるほどと頷いた。確かに有利不利を無しに勝負をするには、同じ技をぶつけ合ったほうがいいだろう。ヤムチャが空を飛んだのは、武舞台を壊さないための配慮であろう。

 全力を尽くし、その末に決着をつけたいと思う気持ちは悟空にもヤムチャにもある。だが、あくまでも後の強敵を意識してきたヤムチャが編み出した技は、到底試合のためのものではない。クリリンが気円斬を編み出した理由と同じだ。悟空でもまともに勝てる相手ではない強敵がやってくると知り、相手を殺すつもりの技を磨き上げた。

 事実、気円斬はフリーザにさえ危険視されて、一度目の変身を果たした後にも慌てて回避に努めたほどである。その刹那の時間が勝利にどれほどの貢献を果たしたのかはわからないが、一対多の状況で、自分の存在を無視させなければ、有利に働くことは間違いない。

「ヤムチャもクリリンも、地球を守るために、そういう技を編み出した。オラはサイヤ人だからかな。強くなることしか考えられねえみてえだ」

 悟空はふわりと宙に舞い、気を貯め始める。負けないために強くなると後にベジータが評したとおり、相手を殺すことなど優先しない悟空は、サイヤ人だからではなく、本人の性質によって殺めるための技を身に着けることなどしていない。

 結果として、元の歴史ではベジータと和解して、ベジットという最強の戦士を生み出すに至ったわけだが、その甘さゆえにラディッツの拘束を解いて絶好の機会を失ったこともある。

 どちらが良いとか、悪いかという問題ではない。ただ、その二人が同じ舞台で決着を公平につけることが困難なだけである。

 無論、クリリンの気円斬しかり、ピッコロの魔貫光殺砲しかり、試合ではなかなか使いにくい技もある。だが、それらが必殺技と呼ぶにふさわしい一撃必殺の大技であるのに対して、ヤムチャの気爪は常時展開可能な技であり、使えないことがあまりにも大きな損失となるだけである。

 二人は大きく距離を開け、最大限にまで高めた気を掌に集中させていく。

「か……」

 ぐんぐんと高まっていく気に、仲間たちはごくりと唾を飲み、状況がいまいち理解できていないサタンですらもこれから起こることが、この試合を決定づけることなのだと予感する。

「め……」

 さらに高まる気に、大気が震えて雲が吹き飛んでいく。既に人としての枠を超えて強くなりすぎた戦士たちは、ひとつの気圧程度ならばすぐに生み出してしまう。

「は……」

 ぼう、と二人の掌に青白い光の玉が現れる。小さい光の玉はそれぞれの気を注ぎ込まれ、凝縮されていく。風船に水を注ぎ込むように、密度が高まっていった。

「め……」

 光の玉が輝きを増して、限界を超えたかのように膨れ上がる。ビリビリと肌を突き刺すような強力な気の塊は、両者ともにほぼ互角。

「波ーーーーッ!!!」

 二人が同時に叫び、同時に掌から特大かめはめ波が放たれる。まるでジェット噴射のごとく放たれたかめはめ波は、二人を結ぶ線上で衝突した瞬間に衝撃波を生み、この展開を予想していなかったサタンは吹き飛ばされて、屋根の上に陣取っていたベジータにしがみつく。

「ひいっ!?」

「何をしやがる、このアフロ!」

「たたった、助けてくれ!!」

「ええい、離れろ!」

 振りほどいたベジータに、サタンは南無三とばかりに拳を武道会場の屋根に突き立てる。藁葺であることが幸いして拳が屋根を突き抜け、飛ばされるのを免れた。

 閑話休題。二つのかめはめ波が激しくぶつかり合い、スパークを引き起こしながら押し合う。やや悟空が押しているが、ここでヤムチャは既に5倍に高めていた界王拳をさらに引き上げ、8倍まで引き上げる。

「波ーーーっ!!」

「うわわっ、こっちは10倍だああッ!!」

 悟空が負けじと、さらに上の段階まで引き上げる。流石にこれ以上の引き上げは不可能な悟空であるが、ヤムチャも全力を尽くすつもりで、負荷の少ない7倍まで引き上げる。

 通常時の戦闘力がほとんど変わらない悟空とヤムチャ。すなわち、勝負の分かれ目は界王拳の倍率となる。ぐいぐいと悟空のかめはめ波がヤムチャのかめはめ波を押し込んでいき、今にもヤムチャが呑み込まれそうになるが、その寸前、今度はヤムチャが一気に界王拳を15倍にまで引き上げる。

「ぬおおおおおっ!!」

 ほんの一秒にも満たない、一瞬の切り返し。だが、悟空を慌てさせるには十分であり、すかさず10倍に切り替えたヤムチャは懸命に耐える。

 悟空に及ばないスタミナを、一瞬の切り返しのみの反撃で補う。だが、それは焼け石に水という塩梅である。7倍による微かな時間の負荷の軽減だけでは、およそ足りない。熟練した気の扱いをするヤムチャであっても、クリリンたちのように素早い界王拳の駆け引きをしなければ、10倍はかなりの負担となる。だが、逆を言えば、一瞬でよければさらに上を引き出すことも可能であった。

 20倍が、元の歴史において悟空が使用した最高の倍率。今のヤムチャよりもずっと強靭な肉体をもってして、それが限度であった。だが、界王拳を学んでからの時間は、界王拳そのものの習熟度を上げている。ただでさえ己の気のコントロールに卓越したヤムチャは、肉体への負荷さえ気にしなければ、一気呵成に勝負を仕掛けることもできるのだ。

 どうせ、このままではスタミナの差で負けてしまう。小細工を弄してみたが、やはりこの単純にして明快な決着のつけ方では、真っ向勝負が正しい選択のようである。

「ぐぎぎぎ……30倍だッ!!」

 ヤムチャの叫びと共に、かめはめ波は蛇口を大きく開放したかのように光の奔流の勢いを増して悟空に襲い掛かる。負けじと界王拳をたかめる悟空だが、気の操作・習熟度ではヤムチャに敵わない。それでも一瞬25倍ほどの気を放出したのだが、ヤムチャのかめはめ波の勢いは止まらず、悟空の間近まで迫る。

 あと一歩。最後の力を振り絞って気を込めるヤムチャだが、ここにきて、限界が訪れた。

 そもそも、10倍でも無茶だったのだ。それを続けた上に30倍という異常なまでの過負荷に、精神よりも先に肉体が限界を迎えた。

 悟空に迫っていたかめはめ波はふっと消え去ってしまい、ヤムチャは空中で気絶して、そのまま武舞台へと落ちていく。それを悟空が慌てて空中で受け止め、勝負は決着する。

「あいちちち……体中がバキバキになっちまった」

 気絶したヤムチャを武舞台におろし、悟空もそのまま武舞台に腰を下ろす。元々のタフネスの差が勝負を分けたが、もしもヤムチャがもう少しでも維持できれば、最悪悟空はかき消されていたかもしれない。

 それに加えて、ヤムチャはクリリンやチャオズのような細やかな界王拳の切り替えを行わなかった。流石に狼牙風風拳とは併用できなかったのかもしれないが、もしもクリリンとチャオズの試合のような動きをされていたら、そのまま押し負けていたかもしれない。

 実際のところ、悟空の考えた通りに使わなかったわけではなく、使えなかったという表現のほうが正しい。狼牙風風拳は間断のない連続攻撃であり、その動きの一つ一つが洗練され、あらゆる所作に繋がる道でもある。

 切り替えによる急な加速などが起こると、どうしてもヤムチャ自身が制御しきれないのだ。ただでさえ、操気弾の制御もあって神経を研ぎ澄ませている中、流石にそこまで手が回らない。戦士として、どうしても単純な強さではいずれサイヤ人やナメック星人に抜かれてしまうことがわかってしまうヤムチャは、自分だからできる戦闘スタイルを突き詰めようとしている。クリリンとチャオズが熟達した気の操作によって戦いを有利に進める手法を取っている以上、同じことができる人間が三人いる必要はない。戦闘力で言えばクリリンがどうしても頭一つ抜けるだけに、同じことをしているだけでは、自分は単なるクリリンの劣化でしかなくなる。

 ならば、格闘の技術を突き詰めていこうとヤムチャは考えた。狼牙風風拳という必殺技を持ち、体格にも比較的恵まれている自分には、それが最も良い道だと思ったのだ。

「……ぐっ……ん。どうやら負けちまったようだな」

 武舞台の上で意識を取り戻したヤムチャは苦笑いを浮かべ、道着の帯に結び付けていた袋から仙豆を取り出して、口に放り込みながら悟空を見上げた。

 単純なパワー勝負ではやはり勝てなかったが、かなり良い線まで行ったのではないかと思う。殺すことが目的ではない以上、どうしても磨いてきた技が使えない部分もあったし、クリリン達のような細やかな界王拳の制御が狼牙風風拳にも応用できるように改良を加えていかねばならないと痛感した部分もあった。

 ヤムチャは悟空と握手を交わし、揃って武舞台を去る。敗れたものの得るところの大きかったヤムチャは決して暗い表情ではない。フリーザという強大な敵を相手にしてみたかったものの、ナメック星に行かない分、地球にてまた修業できると思えば、より自分らしい技を磨くこともできるだろう。

「次こそは勝たせてもらうぞ」

 そう呟いて、ヤムチャはさらなる高みを目指すのであった。




PCが壊れてデータが吹き飛び、紆余曲折を経て時間が非常にかかってしまいました。
今後はもう少し早いペースを心がけます。


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超戦士は眠れない

 仲間内での試合の結果、宇宙船に乗ってナメック星に向かう面子はほぼ決まった。

 まず、最初から行くことが決まっていたベジータとピッコロに加え、天津飯。クリリン。悟空の計五人である。

 元の歴史を知るクリリンからすれば、悟飯をナメック星に行かせて潜在能力を引き上げなければならないとは思うものの、既に死にかけてから復活した影響もあってか、相当の実力を発揮しつつある。潜在能力開放はいずれ、超神水でも飲んでもらうことにするか、ゆっくり精神と時の部屋で修業してもらえばいいだろう。

 かくして、悟空たち五人はベジータの宇宙船に乗り込み、宇宙へと飛び立っていった。当然ながら宇宙船内では五人が激しい修業に取り組んでいる。

「カカロット。貴様のような下級戦士が修業とはいえどもサイヤ人の王子と戦えるのだ。実に運がいいと思え!」

「ちえっ、散々負けっぱなしの癖によく言うなあ」

 主に悟空とベジータが修業相手となり、ほぼ実戦のような形での修業である。重力は初日から30倍という倍率であるが、ラディッツ襲来からベジータたちとの戦いの一年で10倍重力は克服しており、悟空を除く四人は超神水でパワーアップ。悟空もヤムチャとの試合で全力を尽くした結果、戦闘力が上がったらしい。20倍は既に大した負荷にならなかったのだ。

 二人のサイヤ人の修業は激しい。宇宙船が壊れないようにと気功波は封印しているが、当初は超神水でパワーアップしたベジータが押し込んでいたものの、うっかり瀕死にまで追いやってしまった結果、悟空が仙豆で超回復。今度は悟空が勢い余ってベジータを全身複雑骨折になるまで叩き伏せ、再び仙豆の出番である。

 瀕死からのパワーアップを容易く行える仙豆は、ヤジロベーが常に量産体制を敷いている。具体的に言えば、亀仙人が歳の数だけ仙豆を食べても半分も減らないほどにある。宇宙旅行初日から既に三度ほど死にかけている二人のサイヤ人は30倍をとうに克服して、神様謹製の重量200kgを誇る道着でさらなる修業を積んでいる。

「うわあ、悟空のヤツ。戦闘力10万超えてるぞ……界王拳使ってねえのに」

 初日からこれである。クリリンは天津飯やピッコロと共に筋力トレーニングに励みながらも、瀕死からの復活によるパワーアップの凄まじさに恐れ入っていた。

 兎にも角にも、ベジータは明らかに敵意を向けて悟空と戦っている。仲間との修業では感じられないはずの殺気が、実戦としての緊張感を生み出してパワーアップ効果が如実に表れているのだ。どうせ、一人でも散々自分を痛めつけていただろうから止めることはしないのだが、それにしても反則である。

「オレたちは筋トレでいいのか、クリリン?」

 激しい修業を続ける二人の横で腕立て伏せをする天津飯は、基礎的すぎる修業に首をかしげている。

 だが、これしか方法がないのである。既に技はそれぞれ磨き上げており、勿論まだまだ磨いていくつもりであるが、フリーザの強さは異常である。対抗するには、何よりも地力をつけねばならない。肉体の強度が高まらねば、フリーザの尻尾ビンタで首を刎ねられるのがオチである。

 サイヤ人にはチート機能で強くなるが、一応地球人やナメック星人にも生物が本来持つ筋肥大というものを有している。簡単に説明すると、筋線維を傷だらけのボロボロにして、それを回復させると、筋線維が肥大するのである。筋トレとはつまり、この破壊と回復を引き起こすためのものであり、腕立て伏せというのは上腕二頭筋の筋線維を負荷によって引きちぎるのが目的である。

 超回復という理論が提唱されていたりするのだが、実際のところよくわかってはいない。ただし、筋力を上げるために必要なものはわかっている。高い負荷と良質な栄養である。

 そういう意味で、仙豆ほど有効なものはないだろう。基本的に傷の治療を優先する仙豆だが、体力も万全で怪我もなければ腹が膨れる仕様である。間違いなく栄養価は高く、これはサイヤ人そのものがチートなのに対する、地球が生み出したチート豆であろう。

 回復と栄養補給を一瞬で。しかも両者ともに至上である。ボディビルダー垂涎の一品であろう。

 無論、戦士たちにとってもこの仙豆が欠かせない。普段は数に限りもあるので、技の研鑽の合間に筋トレを行って効率よく進めているが、今回は時間がない。

 つまり、根性論ではなくトレーニング理論に基づいた最も効率的な修業というものをクリリン達は選択したわけである。

「よし、悟空たちも平気で修業しているし、倍率を一気に高めるぞ」

 クリリンは容赦なく倍率を100倍にまで高めて、再び筋トレに戻る。一回だけ身体を持ち上げるだけで、ほぼ全ての筋線維が悲鳴を上げる。

「ぐ、ぐぎぎ……!!」

 腕立て伏せ、腹筋、背筋、その他諸々。とにかく千切れるだけ千切って、もう身体が動かないところまで痛めつけてから、這うようにして仙豆をついばむ。そんなことを繰り返して、とにかく少しでもサイヤ人のチート機能に追いつこうと必死である。

 超戦士は眠れない。悟空とベジータはほとんど意地で殴り合っては仙豆で回復。100倍の重力なんてお構いなしに延々と戦い続けている。クリリン・天津飯・ピッコロはもうひたすらに無心になって筋トレを続ける。

 仙豆の効果は凄まじい。千切れてなくなった腕まで再生するぐらいであるから、肉体の疲労を回復するための睡眠、ひいては眠気なんて豆を食えば訪れないのである。基本的に疲れて動けなくなるまで修業するのが悟空たちであるからして、不眠不休のようで万全の状態が続くという異常事態を引き起こし、実に三日三晩、悟空とベジータは戦い続け、残る三人は延々と筋トレを続けたのである。

 五人が四日目にさしかかった頃に一旦休憩したのは、やはり疲労からではなく、流石に精神的に苦痛だからであった。

「気分転換にスカウターで戦闘力を測らねえか?」

 苦しいだけの修業は修業ではないと言い切る悟空は、精神面でのケアも万全である。自分を含めた戦士たちのメンタルを考慮して、休憩を提案したところ、全員が揃って頷いたのである。もっとも、ベジータだけは「軟弱な奴らめ」などと付け加えてメンタルでも自分は強いことのアピールは忘れないが、誰よりも先に腰を下ろしてしまう時点で苦笑の種である。

 実際のところ、仙豆を食べるごとに筋トレが楽になっていくクリリン達は地道だが確実に成長している実感があり、スカウターで計測したところ、クリリンでおよそ3万ほどであり、天津飯で3万2千。ピッコロも3万5千であった。クリリンが超神水でパワーアップした直後が2万程度であったので、この三日間のトレーニングが如何に効果的であったかが理解できる。無論、筋量が上がっただけであるが、肉体が強くてはじめて気も高まるのである。

 そして、悟空とベジータである。まず悟空を測ってみると、驚くべきことに80万。次いでベジータも測れば100万という数値が出てきた。界王拳を使わずして80万の悟空である。今ならば軽く10倍どころか、20倍にも耐えられるであろう。そうなれば、実戦での戦闘力となれば1600万となる。これが戦闘民族サイヤ人が地球や界王様の技術を取り入れた結果生まれた「地球育ちのサイヤ人」の恐ろしさだ。

 元の歴史であれば、20倍に耐えうる戦闘力ではなかったのかもしれない。しかし、界王拳の習熟度は明らかに過去よりも高く、既に20倍を超えた界王拳も短時間とはいえども使用していた。貪欲に強さを求める戦士としての性質と、生まれ持ったサイヤ人としての性質。地球人という宇宙で見ても貧弱な種族でありながらも武を突き詰めようとした亀仙人などの数々の技。すべてが噛み合い、悟空を桁外れの超人へと導いていく。

「ふははははは。やはりオレが最強のようだな!」

 とりあえず、ベジータは界王拳こそ使えないもののスカウターに表示された値が一番であったことで機嫌をよくしている。既にフリーザを超えたのではないかと思うほどに急激に強くなった自負さえあり、ナメック星に着いたら早々に裏切ってしまおうかという算段すら立て始めた。

「はあっ!!」

 それを見透かしたように、クリリンが一瞬ではあるが界王拳を限界まで高めてみる。一瞬であればヤムチャ同様30倍程度までは行くだろうと仮定していたが、修業によって基礎力が上がったこともあって、数秒ほど35倍まで引き上げることに成功。戦闘力は105万に至った。

「……また最強ではないことが証明されたな」

 天津飯がつい呟いてしまうと、途端にベジータは機嫌を悪くして悟空を睨み付ける。

「カカロット、何をグズグズしている。さっさと立ちやがれ!」

 プライドが高く、自己中心的で他人のことなど省みないのがサイヤ人の王子ベジータの性質である。だが、その性質が己を高めるという一点に集約されたとき、ベジータが天性の才能の持ち主であることも相俟って、驚異的な成長を促すことがある。

 それこそが元の歴史で宇宙最強の戦士、孫悟空が永遠の好敵手と認めた男の強さであった。

 

 

 

 一方、悟空たちを見送ったヤムチャら四人だが、悟空たちを見送ってすぐに、ドラゴンボールを使って、ある一人の男を蘇らせた。

「頼む。どうかナッパを生き返らせてくれ。オレたちサイヤ人はもう、カカロットとベジータ。それにオレと……混血の悟飯しかいない。男しかいない以上、種としての絶滅は決まったも同然だが、それでも一人でも多くの同胞に生きていてほしい……!!」

 ラディッツの頼み込みに、全員が折れた形であった。悟空たちナメック星遠征組も出発前に承諾しており、もしもの時のためにドラゴンボールはすでに集めていた。

 あらかじめナッパの遺体は回収して保存しておいたために、神龍に頼んで生き返らせてもらうのに苦労はなかった。仮に暴れようが、超神水でパワーアップを果たした戦士たちの実力はすでにナッパを軽く超えており、今度はチャオズ一人でも圧勝してしまえるほどである。

 生き返って暴れだしても大丈夫という打算的な部分ばかり目立つが、そのあたりの配慮はヤムチャが精神的に老獪な部分を持っているからである。戦いたい、強くなりたいという闘志は若いころと変わらないものの、段取りをしたり物事を進めるという点においては当然ながら安全策を用いる。

 かくして、万全の状態を整えたうえでヤムチャたちは神龍を呼び出し、ナッパを生き返らせた。神龍が消えて空が明るくなり、七つのドラゴンボールが飛び散って行った後、ナッパの肉体がぴくりと動いた。

 ナッパがうっすらと目を開けると、不思議そうに上体を起こして周囲を見渡す。

「……ん。次はどんな地獄だ……オレを殺しやがった野郎どもなんざ出てきやがって。また殺されろってのか」

 どうやら、ナッパは死んでから地獄にいたらしく、これも地獄の一種だと思い込んでいるようである。

 ヤムチャは苦笑してナッパに手を差し伸べ、ドラゴンボールで生き返ったのだと伝えた。また、ナッパが死んだ後にベジータも敗れ、今はフリーザ打倒のためにナメック星を目指していること。地球に害を及ぼさないならば、これまでのことを水に流すということ。それらをナッパは神妙な顔つきで聞き、最後に大きくうなずいた。

「ラディッツに感謝しろよ。数少ない同胞をなんとか助けてくれと俺たちに頼み込んだんだ」

「……そうか。へへ、弱虫ラディッツに助けられるとはな」

 ナッパの言葉に悪意はない。どちらかと言えば自嘲の色合いが強く、居並ぶ面々に勝てるわけがないと悟りきっているようである。

 ラディッツは苦笑いを浮かべ、ナッパを立たせると自分が乗ってきた丸形宇宙船をホイポイカプセルから出現させて、ナッパにリモコンを渡した。

「別に地球から去れというわけじゃない。ただ、居辛いならばどこか他の星に行くのもいいだろう」

「……どこに行けってんだよ。フリーザから逃げられるはずがねえだろうが」

「心配するな。カカロットやベジータが倒すはずだ」

 あっさりと。さもそれが当然であるかのごとく、ラディッツは言う。フリーザがどれだけ強いかを知らないわけではあるまいに、弱虫と揶揄されていた男がそれをあっさりと口にしてしまっていた。

 信じられるのだ。地球という惑星で育った弟やその仲間を。まぎれもない天才戦士のベジータを。一筋縄ではいかないかもしれないが、悟空たちならば必ず倒して凱旋してくると心の底から信じられるのだ。

「……へっ。まあ、負けたオレがお前の言葉を否定したところで、遠吠えにしかならんな。だが、やはりよその星には行かないでおく。ベジータが帰ってくるなら待っておくとするか」

 ナッパはそれだけ言って、ゆっくりとその場を離れようとする。それを引き留めたのは幼い悟飯であった。

「お、おじさん……一緒に修業しませんか……?」

「ん、カカロットのガキか。修業だと?」

「はい。おじさんもサイヤ人なんでしょ?」

 サイヤ人とは戦いが大好きで、強くなる努力を惜しまない種族であると、父や叔父。そして王子たるベジータを見て知っていた。ナッパもまたサイヤ人であり、ならば修業して強くなりたいと思うのは当然であろうという考えである。

 無論、ナッパもその思いはある。強くなりたいし、そのための努力も惜しまない。だが、一敗地に塗れた自分が、つい数日前に殺し合いをした相手と仲良く修業する姿が想像できなかった。

 下級戦士や貧弱な民族に負けたという屈辱は地獄でのたうち回りながら、嫌というほど味わった。生き返るまで心底憎たらしく、殺せるものならば殺したいと思うほどであったのだ。戦った時よりもさらに強くなった戦士たちを前に、流石に勝てる気はせずに、いまさら暴れようとも思わないし、ましてや生き返らせてもらったことには、素直に恩義を感じるほどだ。

 散々馬鹿にしていやラディッツが自分を超え、勝者の余裕ではなく、同胞だからという純粋な気持ちで自分を蘇らせてくれたことが、ナッパにもよくわかる。

 もしも仮にラディッツが死んでしまい、生き返らせる術があるならば、自分とてラディッツを生き返らせていただろう。

 だが、それでもナッパは本気で地球を滅ぼそうとしていた。そんな男を受け入れてくれるような星などありはしない。

「……オレは、この星にとっちゃ侵略者だぜ。そんな奴が修業してて不安にならねえ奴はいねえだろう」

 ナッパは自嘲気味に笑い、再び歩を進めようとする。だが、それを遮ったのはヤムチャであった。

「お前と巨大化して戦ったナメック星人……ピッコロだが、あいつも世界征服を企む悪者だったぜ。三つ目の天津飯も殺し屋志望で、このチャオズだってそうさ。それにオレは荒野の盗賊だったし、悟空がいなけりゃみんな今頃地獄行きさ。そんなオレたちが、お前たちと戦って地球を守ろうとしたり、わざわざ宇宙まで出向いてフリーザと戦おうとしてるんだ」

 ヤムチャの言葉に、ナッパは足をとめながらも、やはり首を横に振る。

「だからオレも仲間になれってか。オレは戦うのが好きなだけで、別に地球がどうなろうが知ったこっちゃない。生き返らせて損したな」

 底抜けの甘さを持つ地球人たちは、やはり甘いラディッツとは性分が似通っていたのだろう。ベジータは前々からフリーザをいつか出し抜こうとしていた節もあり、利害関係の一致から行動を共にしているようだが、自分は違う。敵は容赦なく殺すし、別に王子のプライドなど持ってはいない。ある意味で、最もサイヤ人らしいサイヤ人なのだ。誇りやら甘さやら余計なものは存在しない。単に戦いを求め、強さを求めるだけの冷徹な戦士なのである。

 遂に、ナッパは空を飛んで彼方へと消えていく。追うべきか迷うヤムチャだが、ラディッツが首をゆっくりと横に振った。

「地球人に迷惑をかけるほどヤツは馬鹿じゃないし、あれで義理堅い男だ。ベジータと合流したがっていたし、ベジータが帰って来れば姿を見せるかもしれん」

 馬鹿にされながらも、長い付き合いでナッパの性格をラディッツはよく知っている。侵略などサイヤ人にとっては当然の仕事であるからして、何の迷いもなく原住民を殺すことはするが、恩人に仇をなす行為はサイヤ人にとっても忌むべき行為である。

 その辺りを平然とやってのける冷徹さをベジータは持っているが、それはあくまでもベジータ個人が野望を秘めているが故のことであり、サイヤ人のすべての道徳が悪に寄っているわけではないのだ。そうでなければ、頭を打っただけで悟空は穏やかな優しい性格になったりはしていない。

「さあ、修業だ修業。カカロットやベジータはフリーザという強敵と戦うために、今頃はサイヤ人の特性を活かしてどんどん戦闘力を高めているはずだ。生半可な修業ではこれに追いつけん。試合では一敗地に塗れた俺たちだが、精一杯修業して見返してやろうぜ!」

 ラディッツの言葉に、悟飯とチャオズが笑顔で頷き、ヤムチャがニヤリと笑う。ラディッツが仲間になってくれたのは、思っていた以上に幸運だったのかもしれない。

 サイヤ人でありながら、地球人の持つ精神的な強さや粘り強さに尊敬の念を抱くラディッツは、悟空とはまた違った意味で地球を第二の故郷とみている。克己の精神は誰よりも強く、当初は強くなることに焦っていた節もあったが、唯一の家族となった悟空や悟飯と共に過ごすうちに、穏やかな心も手に入れた。

「……お前なら、きっとなれるぜ」

 ヤムチャはそれだけ呟いて、不思議そうな顔をするラディッツに背を向けて修業のために再びカプセルコーポレーションへと戻るのであった。

 

 

 

 少しでもナメック星遠征組に追いつこうと誓い合う四人。だが、その四人の戦士しかいない地球に、かつての歴史では起こらなかった出来事が起ころうとしていた。

 地球へと向かい来る宇宙船。その数は、三つ。

 

「ククク……いい惑星じゃないか。この惑星丸ごと栄養にしてしまえば、神精樹は素晴らしい力をオレにくれるはずだ」

 一つ目の宇宙船の長が、口元をにやりと歪めて呟く。

 

「悪くない惑星だな。陽の光が強すぎるが、じきに住み良い惑星となる……面倒な部下共を持つと要らぬ苦労をするがな」

 二つ目の宇宙船の長が、不敵な笑みを浮かべながら青い星を見つめる。

 

「ふん、あれが地球か。フリーザもわざわざナメック星なぞ行かずとも、この星のドラゴンボールを手に入れればいいものを。永遠の命など弟には勿体ないわ」

 最後の宇宙船の長は、実につまらなさそうに吐き捨てる。

 

 今、地球に最大の危機が訪れようとしていた。




死者蘇生発動。墓地のナッパを特殊召喚!
ナッパの効果発動。フィールドから除外される!

永続魔法、歴史改竄の効果発動。
エクストラデッキから三体の凶悪な敵を相手フィールドに召喚することができる!!

はい、実はデュエリストでもあります。ともあれ、劇場版を登場させようと色々考えてみた結果、なぜかこうなりました。



どうせ居残り組に劇場版の投入だろ、と考えていた人へ。
まさかまとめてやって来るとは思ってなかっただろう。これが意表を突くってヤツなんだぜ。
……ごめんなさい嘘です。思いついたからやっちゃったけど、まだ内容考えてません。いつも通り、行き当たりばったり、なるようになれの精神で書いていきます。


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とびっきりの最強対最強対最強対最強

 本来ならば起こらなかった出来事。そう、たとえば超サイヤ人に至ることなくフリーザを倒した悟空が地球に戻ってきた世界で引き起こされた災厄であるとか。

 もしも世界が様々な要因でまったく違う未来を作り上げていくとすれば、この不可思議な現象も、ほんの二人の遡行者によって現実となって地球に牙をむくのである。

 

「……なんだ、この気?」

 ヤムチャたちがナッパと別れて重力室で修業を再開してわずか二日。宇宙からやってきた巨大かつ邪悪な気に、一同はピタリと動きを止めて重力室を出る。

 宇宙から飛来する気が多数。とりわけ大きな気が三つ、それぞれ別方向から向かってきた。どれもこれも、ヤムチャの知らない気であった。しかも、そのどれもが悪の気を発している。

 そんな馬鹿なと、ヤムチャは戦慄する。確かに歴史は変化しつつあるが、それにしてもまったく未知の悪がゾロゾロとやって来るなどということが有り得るのだろうか。

「ラディッツ、わかるか?」

「……一人は、サイヤ人のような気がする。妙だな……サイヤ人は俺たち以外に生き残りは居ないはずだが……もう一人は、緑色のような……最後のは、どこかフリーザに似た感じがするぞ……?」

 気を辿りながら、ラディッツは首を傾ぐ。チャオズは、少し考えた後にヤムチャの道着の端を引っ張る。

「ピッコロに似てるけど、どっちかと言うとピッコロ大魔王……純粋な悪だと思う。ボクは一度見たことがあるけど、そっくりだよ」

 チャオズの言葉に、ヤムチャはなるほどと頷く。チャオズは亀仙人や天津飯と行動を共にして、一度はピッコロ大魔王と対峙したことがある。ほぼ一方的に殺されただけのチャオズではあったが、そのときの強烈な悪の気は身に染みているのだろう。

 ラディッツとチャオズの意見から考えれば、一人はサイヤ人。もう一人はナメック星人。最後の一人はフリーザに似ている者となる。果たして何のためにやって来たのか皆目見当もつかないが、わかっていることがある。

 相手は悪であり、悪は大抵の場合、地球に災厄しかもたらさない。

 そもそも、悪の定義や基準など曖昧なものではあるが、戦士たちは基本的にその尺度を地球の極々一般的な倫理観に委ねている。たとえば、殺人を楽しむのは悪であるし、人助けは善。そのような単純かつ地球で平和に暮らし、長らく戦争など起こっていないからこそ身に着いた倫理観ではあるが、どうやら宇宙全般から見れば地球の感覚は決してマイナーではなく、界王神ですら似たような倫理観を持ち合わせていた。

 閑話休題。兎角、それらの悪という存在は、感じ取る気もまた、悪とはっきり判る気をしているのだ。トゲトゲしい、剣呑した邪悪な気配は、隠しきれるものではない。ベジータは今でも。かつてはピッコロにも存在し、ラディッツはすっかり地球に馴染んで消え去っているが、ナッパは悪と呼ばれる部類に近いだろう。

 そして、飛来する巨大な気はどれもこれも、とびきりと言っていいほどの悪であった。

「……敵が来るんですね」

 悟飯がごくりと唾を飲み込み、歯を食いしばる。

 この幼い戦士は、未だに戦士として技も未熟で底なしの潜在能力もうまく引き出せてはいないが、地球の危機。ひいては家族や仲間たちの危機には勇敢に立ち向かう闘志は持ち合わせている。決して戦うことが好きではないのだが、守るべき存在があり、自分はそれらを守るだけの力を持っていることを理解しているのだ。

 ラディッツは賢い甥に相好を崩しつつも、迫りくる気に神経を集中させる。ラディッツすら知らないサイヤ人。そして、本来は善の種族であるはずが、悪に染まったナメック星人。最後に、フリーザに似た気。

「……フリーザに似ている……父親……いや、わかったぞ。クウラだ!」

 かつて、フリーザの側近であるドドリアに聞いたことがある名前。フリーザの兄にして、弟に勝るとも劣らない実力の持ち主だと聞いたことがある。本来ならばフリーザとは逆の方向に勢力を伸ばし、地球とはてんで違う方向に進んでいるはずが、どういうわけか地球に目をつけて侵略してきたのかもしれない。

 性格はフリーザに似て冷酷無情。フリーザが多くの傘下を率いているのに対して、より選民思想が高いのか、精鋭以外は部下とも思っていないと聞く。フリーザとの兄弟仲は敵対するほどではないが良好ではなく、お互いを自分より一歩劣ると思っている節があるようだ。

 そうなれば、自然とクウラの狙いも見えてくる。フリーザがナメック星へ向かったのはドラゴンボールの情報を得たためであるが、クウラも同じことを考えているに違いない。そして、戦闘型のナメック星人やそうでなくとも戦闘力が地球人とは比べ物にならないほど高いナメック星人ではなく、平均すれば多寡が5程度の貧弱な地球人が住む星へドラゴンボールを求めて来るのも不思議ではない。ましてや、フリーザと同じ目的でナメック星に行けば骨肉の争いとなるので尚更であろう。

「クウラの狙いはドラゴンボールか……サイヤ人とナメック星人は……よくわからんが、碌な理由ではないだろう」

 ラディッツはヤムチャたちにクウラについて知っている限りのことを話す。仲間たちの中でも、頭一つ飛び抜けている悟空や、多彩な技を持つクリリンがいない状況で、強大な悪が三人も来るという事実に、戦士たちは押し黙る。

「ヤムチャ、チャオズ。そして悟飯……はっきり言って、カカロットやベジータ。クリリン達がいても危うい状況だ。俺たち四人ではクウラ一人すら止められないだろう」

 元々、甘い性分ではあるが冷徹な戦士を目指していたラディッツは、迫りくる危機に対しても幾分落ち着いていた。仲間が少なく、敵が今までとは比べ物にならないぐらいに強いという状況ではあるが、今このときに行動でできるのは自分たちだけなのである。

 腐りきった性根を叩き直してくれた大恩ある仲間たち。ひいては地球という惑星を守るため、ラディッツは己を奮い立たせた。

「無理だろうが、無茶だろうが。無謀かもしれないが。俺たちしかいないのだから、俺たちがやるしかなかろう。幸い、到着まではまだ間がある。作戦を立てるぞ」

 

 

 ヤムチャとラディッツ。そして悟飯はカメハウスに向かいながら、迫りくる敵について考えを巡らせていた。

 カメハウスに向かったのは、実力こそ戦士たちに遠く離れているが、戦士たち全員にとって師匠ともいえる亀仙人がいるからである。カメハウスに到着すると、亀仙人も強大な気に勘付いていたらしく、眉間に深い皺を寄せながら戦士たちの到着を迎えた。

「武天老師さま。気づいていましたか」

「うむ。丁度、今しがたな。やれやれ、とんでもない連中のようじゃ……はて、チャオズはどうした?」

「チャオズはカリン塔に行き、仙豆を貰っている頃でしょう。神様に会って知恵を授けてもらうと言って別行動です」

 舞空術に優れ、カリン様や神様と面識のあるチャオズは率先して単独行動を買って出てくれたのである。万が一、神殿が狙われたときに守りを固めることにもなる。

「そうか……して、本題じゃが。正直言ってお主らでも今回ばかりは歯が立たん相手じゃろう。ドラゴンボールも少し前に使ったばかりで、死ぬことさえ危うい。敵の目的もわからない以上、迂闊に手を出すのはあまりにも危険じゃて」

 世の中の酸いも甘いも見てきた御年数百歳の亀仙人の言葉に、一同はこくりと頷く。せめて悟空やピッコロたちがいれば、まだ活路はあったのかもしれないが、四人という戦士の数では、迫る三つの敵に対しては危ういことこの上ない。

 慎重論の亀仙人だが、クウラの性格を伝え聞くラディッツは危機感を露わにする。

「だが、放っておけば間違いなく地球はおしまいだ。クウラのことだ、ドラゴンボールで願いを叶えれば、すぐに地球を滅ぼす……ましてや、ドラゴンボールが一年使えないと知れば、面倒とばかりに地球ごと破壊しかねんぞ」

「問題は、その三人が仲間同士なのか違うのかということじゃ。徒党を組んでいたのならば打つ手無しじゃが、ひょっとすると、潰し合ってくれるやもしれん」

 別方向からそれぞれやって来る三つの悪。それらのすべてと戦う必要があるのかどうか。亀仙人はそこを考えていた。

 或いは、各個撃破に持ち込めるかもしれない。まとめて相手をするとなると絶望的だが、消耗し合ったところであれば勝機が訪れる可能性があるのだ。

「けれども、それぞれ部下なのか仲間なのか、大勢引き連れているようですね。正直、そいつらは大したことないので俺たちでも十分に倒せますが……ナメック星人の一団だけ、妙に数が多い。一々倒していると厄介です」

 ヤムチャの言葉に、亀仙人はふむと頷く。どうやら少数の精鋭を連れて歩くサイヤ人と、クウラ。それに対してナメック星人は精鋭に加えて、雑兵とも呼べる者が数百人ほどいるようだ。まとめて倒してしまえるレベルなのかもしれないが、その隙を突かれては勝てるものも勝てなくなる。ただでさえ劣勢なのだ。およそ、それぞれの戦闘力は100に至るか否かというレベル。亀仙人でも十分に倒せる範疇である。

「よし。ワシも戦おう……お主らには到底及ばぬが、かつては天下の武天老師と謳われたもんじゃ……幸い、中々に優秀な弟子も最近できたところじゃて」

 亀仙人が背負っていた甲羅を外し、ちらりと視線を入り口に向ける。そこには、オレンジ色の派手な道着に身を包んだ二人の女性が立っていた。

「お……お母さん……?」

「ラ、ランチさん……!?」

 つい先日、謎の女子会にて亀仙人に押しかけ女房ならぬ押しかけ弟子となった二人である。既に亀仙流を一通り学んでいたチチは亀仙人との組手や、気のコントロールの修練を。ランチは基礎的な修業を早くも終えようとしていた。元々、ランチは恋する乙女の純情が過ぎてカリン塔を半分ほど登った経験があるのだ。その根性は並々ならぬものがあり、果てしなく遠い存在である天津飯に追いつこうと、無我夢中であった。

「武天老師さま。すんげえ気を感じるだ……悟飯ちゃん、心配すんな。おっ母が守ってやるべ」

「じじい。あいつら倒したら天津飯もオレを見直すだろ?」

 心強いのかどうなのか。よくわからない仲間が増えた。

 

 

 

 カメハウスで母の強さと乙女の純情という名の底力を発揮させるべく、二人の女流戦士が加わった頃。

 宇宙から飛来した一つの宇宙船が、地球に到着した。

「カカロットの間抜けさに感謝しなくてはな。こんなに良い環境の惑星、中々見つかるものではない。神精樹の種を蒔け……この惑星の栄養を全て平らげればフリーザなんて一瞬で始末できる」

 サイヤ人――悟空と同じく、生まれて間もなく他所の惑星に送り込まれた下級戦士にして、サイヤ人の冷酷さを持ったまま育ってきた戦士。それがこのターレスである。容姿は悟空と瓜二つ。下級戦士は使い捨てが多く、そもそもサイヤ人は少数民族であるが、完成された民族でもある。まったく違う遺伝子でも、姿かたちが似通るのだ。遺伝子が安定した生物ほど、個体差が少ないのである。

 ターレスの命令に、部下の一人。ダイーズは気功波で足元に大きな穴を開けて神精樹の種を放り込む。一晩で育ち切るこの不思議な樹は、根付いた惑星のあらゆる養分を吸い取り、成層圏まで届く巨大な樹木へと成長する。神精樹の実は食したものの力を爆発的に膨れ上がらせるのだ。ターレスはこれを手に入れてから、宇宙の覇者となるべく行動を開始した。

 母星である惑星ベジータが破壊されてからというもの、寄る辺なき宇宙のクラッシャーとして生きてきたのだ。失うものなど何一つなく、心の底から破壊と殺戮を好み、最強の存在を目指している。

「ターレス様。後は待つだけですね。青く美しいこの星も見納めです」

「くっくっく。随分と詩人の部下を持ってしまったな。だが、この滅びゆく景観は確かに良い。まどろっこしいものが、すべて朽ちて水の一滴もない砂漠に果てていく様は、青い星よりずっと美しい」

 ターレスは酷薄な笑みを浮かべて、神精樹の成長に巻き込まれぬように飛び立っていく。

「どうやらこの惑星にもなかなか強い戦士がいるようだが……お前たちでも容易く勝てるだろう。突っかかって来るならば始末しておけ」

 ターレスの言葉に、ダイーズたちは恭しく頭を垂れた。

 

 

 同時刻、やはり地球に到着したナメック星人、スラッグは早速部下に命じて巨大な暗雲を発生させていた。

 スラッグはかつてナメック星が異常気象により滅びかけた際、地球の神様と同じく宇宙船で脱出を図った生き残りである。神様同様にたどり着いた惑星にて悪に染まったのだが、悪を追い出すことなく完全に悪そのものに染まり切った。純粋なる悪のナメック星人。いわば、分離することなく強大な力を保持したままのピッコロ大魔王のような存在である。

 年齢的には御年数百歳。神様と同じかそれ以上。最長老よりは年下という頃合いであろうか。いずれにせよ棺桶に片足を突っ込んでいる老齢のジジイであったが、運よく先日、若返りの薬を手に入れて全盛期の強さを手に入れたばかりである。そもそもスラッグ軍団は魔族の中でも日光に弱く、普段は暗雲で覆った惑星を改造してクルーザーとして住居兼移動要塞にしているのだが、若返りの薬を手に入れる代償として惑星クルーザーが大破。辛うじて脱出用の宇宙船にて手頃な惑星を探していたのである。

「スラッグ様、三日ほどですべての作業は完了します。暗雲は既に地球を覆いはじめ、氷の世界となりつつあります」

「うむ。何、急ぐことはない。寿命はまだまだ先なのだからな」

 老い先短いと感じていたスラッグは気が短い部分も目立ったが、若返った反動で最近は部下にも寛大な部分を見せることがある。無論、怒ると手が付けられない上に、無礼を許さないので部下たちはキビキビと動いているが。

「地球人の殲滅も急げ。大した科学力もないようだが、地下に逃げ込むことも考えられる」

「はっ。仰せのままに!」

 精鋭の一人、メダマッチャが即座に踵を返し、殲滅部隊を引き連れて飛び立っていく。

 スラッグはニヤリと笑い、すべてが上手く運ぶ様子に心の底から酔いしれていた。

 

 

 さらに同時刻。フリーザの兄であるクウラの宇宙船が地球に到着した。

 クウラ機甲戦隊という最精鋭部隊である三人を引き連れ、ドラゴンボールで永遠の命を手に入れるためである。

「クウラ様。ドラゴンボールを探す手筈は如何いたしましょうか」

 機甲戦隊のリーダーであるサウザーが、クウラに問いかける。

「愚か者め。フリーザが部下にしていたサイヤ人が負けて、その時の会話でドラゴンボールの存在が知れたのだ。知っているのは戦闘力の高い奴……この星の民族は弱いが、稀に強力な戦士を生む。スカウターで探せばそう苦労はするまい」

「な、なるほど……では、そ奴らを探してドラゴンボールの在処を聞き出してから殺します」

「当たり前のことを一々言わなくてもいい。早く行け!」

 クウラの一族ではない者にしては戦闘力の高い部下であるが、それでも頭のほうは少々弱い。決して馬鹿ではなく冷徹さも上々であるが、知恵の回らない者ばかりである。

 これだから低能は嫌になるとクウラは溜息をつく。くだらないことで一々と動くことを嫌うために仕方なく傍においているが、命令するのも面倒である。

「……フリーザはよく耐えられるものだ。詰めの甘い奴だが、そこだけは兄を超えている……そこだけだがな」

 クウラは独り言ちて、それでもこの程度の任務ならば早々に済ませてくるだろうと思い目を閉じた。

 

 

 

 かくして、時は進む。

 ヤムチャたちはカメハウスにて気の動きを注意深く探りながらも打開策を講じ合うが、妙案は浮かばずに、自分たちの存在を隠すために気を消すことしかできない。

 このままではジリ貧だと焦りが募る中、待った甲斐があったのだろう。サイヤ人――ターレスの一味に動きがあった。

 何ということはない。スラッグの地球寒冷化に伴い、神精樹が思うように育っていないのである。そろそろ実を成らせるはずの神精樹は未だ若木という有様であり、これではそのうち枯れてしまう。植物の発芽や成長は、条件が整わねばなしえない。地球という惑星が神精樹の苗床に選ばれたのも、その環境が適していたからであり、地球全土が寒冷化してしまうと、流石の神精樹も植物である以上、動いて暖かいところに移動したりはできはしない。

「ちっ。どうやら他にも地球を狙ってる奴らがいるようだな……神精樹の成長を邪魔するとはいい度胸してやがるぜ。地球より先に滅ぼしてやる」

 ターレスは部下を引き連れ、暗雲の発生源であるスラッグの宇宙船が止まっている地域へと移動を開始する。そして、その動きを察知したスラッグ軍団とクウラ機甲戦隊もまた、行動を開始する。

「スラッグ様。どうやら他にも地球にやって来た者どもがいるようです。始末いたしましょうか?」

「うむ。どうやらこちらに向かっているようだ……まさか、手を取り合おうとは思っていまい。殺せ」

「はっ!!」

 スラッグ軍団の幹部たちが、ターレスの動きに合わせて飛び出していく。そして、スカウターで強い戦闘力を探っていた機甲戦隊も、この動きの場所へと向かっていた。

 かくして、スラッグの拠点付近に三陣営が集結しつつあったのである。戦士たちも気の動きでこれを察知。行動を開始する。

 未だにチャオズが戻ってきてはいなかったのだが、事態は急を要する。最低限の気で空を飛び、スラッグの拠点に近づいていく。

 三つの悪と、地球の戦士たち。四つの勢力が今、激しくぶつかり合おうとしていた。

 

 

 




 はい。いろいろと突っ込みたいところもあるかと思うのですが、大体原作に追いつく度にオリジナル挟むアニメと、そのアニメの合間にパラレルでやる劇場版にはどうしようもない矛盾が引き起こります。とりあえずドラゴンボール何度使えばいいのかと。

 そういうわけで、スラッグは先んじて若返っていますが、ナッパ復活の代償でありまして、ご容赦ください。クウラもフリーザの尻拭いというか、泥を塗られたプライドを取り戻すためではなくて永遠の命のために来てますが、勘弁してください。まだフリーザ様存命中です。

 それぞれの勢力の行動を追っていく形になり、どうしても細やかな表現が抜けていまして、ダイジェストみたいになっちゃってるんですが、分量のバランス上、長々とやる部分でもないので「ああ、とりあえずそういう設定ね」的に捉えていただければ幸いです。

 本当に技量不足の作者でありまして、文章力や構成力を高める超神水があれば飲みたいと切に思うほどです。


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ウルフハリケーン

 亀の甲より年の劫と言うが、両方を背負っている人間も珍しい。地球が誇る天下無敵の武術の神様、武天老師――亀仙人その人である。

 長い年月をかけて体内の気をコントロールする術を見出し、奥義かめはめ波を編み出したのも亀仙人であり、悟空やクリリンの才能を開眼させて幼くして地球最強クラスの達人に育て上げたのも亀仙人。御年数百歳を数えても平然と生き抜いており、そこらの若者よりもよほど溌剌と、貪欲にエロに食い付く姿は、不老長寿の水を飲んだという話もあながちウソには聞こえない。

 その亀仙人の経験と知識。とりわけ知恵はイザというときに頼りになる。普段こそおちゃらけた姿を見せるが、悟空たちにとっては尊敬する師匠であるのだ。

「武天老師さま。どうやら精鋭部隊は潰し合いを始めたようです……かなり良い流れですね」

 ヤムチャの報告に、亀仙人はこくりと頷き、周囲の様子を確認する。戦士たちは気配を殺しながらスラッグの拠点付近の物陰に隠れており、緊急の事態にもすぐ対応できるように構えている。もっとも、戦士たちと言ってもカリン塔に向かったチャオズがいないので、ヤムチャとラディッツ。それに悟飯の三人しかおらず、あとは戦士と呼べるかどうか怪しい亀仙人にチチとランチである。一応、チチは気のコントロールをすぐに覚えた結果、舞空術も使えるようになっている。ビーデルですらできたことであるので、亀仙流を修めて悟空と組手を幾度も交わしたチチにとっては、そう難しいことではなかったのである。

 一方、ランチは未だに空を飛ぶ段階までは到達していないものの、カリン塔をよじ登ろうとした腕力と体力だけは生半可なものではなく、技術面はともかくとして大いに伸びている。雑魚を蹴散らす程度ならば十分に可能であろう。

「……よし、ヤムチャ。お主は精鋭部隊の集まる場所へ行き、共倒れしたところに殴り込みをかけるのじゃ。正々堂々と戦いたいかもしれんが、地球の危機であることをよく考えてな」

 やや消極的ではあるが、亀仙人の言葉にヤムチャは迷いなく頷く。亀仙人ほどではないが、やはり元の世界で重ねた年月によってヤムチャも老獪な部分を持っている。さらに、自分ではどう足掻いても越えられない壁というものにぶち当たった経験だってあるのだ。未知の危機に対して慎重すぎるほど慎重に動くのは当然である。

「それなら、俺も行こう」

 ラディッツも名乗りを上げるが、これを亀仙人が制する。

「お主はこの場の要じゃて。悟飯も強いが、経験が浅い。万が一クウラやサイヤ人、悪のナメック星人と相対した場合、お主がおらねば誰が戦うというのじゃ」

「……確かに。機を見て突撃するならば、素早くて勝機をよく知るヤムチャが適任でもあるか……わかった。ヤムチャ、この場はオレが命を賭して守ろう」

 素直に納得するラディッツだが、これは亀仙人の存在が戦士たちの中でも特別であることを理解しているからだ。弟やヤムチャ、クリリンが普段着ている道着が、そもそもこの亀仙人の流派の証であることを知って以来、この老人に興味が尽きないのである。確かに実力は戦士たちにまったく敵わないが、その教えに感銘を受けたのだ。

「武道を学ぶことによって心身ともに健康になり、それによって生まれた余裕で、人生をおもしろおかしくはりきって、過ごしてしまおうというものじゃ!」

 クリリンや悟空が弟子入りして最初に教えられたことだそうだ。

 あくまでも強さを求める戦士たちではあるが、根底には人生を楽しもうとする気概が満ち満ちている。強くなることは即ち敵を一方的に嬲ることができると考えていた頃には想像もつかない発想であった。

 強くなれば、周囲を眺める余裕が生まれる。そうすれば、人生は楽しくなる。それがこの老人が長い年月をかけて辿りついた答えであったのだろう。

 様々な強敵が現れていく中、戦士たちは必要に駆られて。あるいは、より高みを目指して修業に明け暮れているが、どんなに辛い修業でも、一日の終わりにシャワーを浴びると、とても良い笑顔で笑っていた。人生を楽しんでいるからこそ生まれる笑顔であろう。ラディッツは己の弱さを知り、より強くなりたいと願うと同時に彼らのように人生を楽しみたいと願うようにもなっていった。

 つまり、ラディッツにとっても武天老師は精神的な師匠であり、尊敬に値する人物であったのだ。

「どう呼ぶべきか……弟に倣って亀仙人のじっちゃん……やはりしっくり来ないな」

「ほっほ。好きに呼べばよかろうて」

「そうか……否。そうですか……武天老師さま。地球の危機です。一致団結した動きが必要になるでしょう。オレを好きに使ってください。生命すら惜しくはありません」

 ラディッツがフリーザ以外に。そして、心の底から敬語を使ったのは初めてのことだった。

 だが、ラディッツの言葉に、亀仙人はにこりともしない。まるで、幼子を諭すようにポンとラディッツの頭に手を置き、静かに呟いた。

「死ぬな。これが一番大事で、何より優先する命令じゃ」

「……わかりました」

 涙を流しそうになるのを堪えて、ラディッツは深々と頭を下げた。

 

 

 そして、かつて同じく「死ぬな」という言葉をアドバイスとして受け取ったことのあるヤムチャは、気を消しながらそれぞれの精鋭部隊が集まる荒野に辿りついていた。

 それぞれがお互いを敵とみなしているようで、激しい戦闘が展開されている。どうやらサイヤ人であるターレスは部下にこの場を任せて、一足先にスラッグの拠点に向かったようであり、姿はない。

「はっはっは。神精樹の実を食い続けてきた俺たちだ。多寡が魔族に後れを取るか!」

「ふん。魔族を舐めるなよ……その神精樹とやらで得た貴様らのエネルギーはオレが頂いてやろう」

「ククク……雑魚どもが吠える吠える。クウラ機甲戦隊、参る!!」

 三すくみの様相を呈する精鋭部隊のぶつかり合いは、数で勝るターレス一味。特殊技能に長けたスラッグ軍団。そして少数だが戦闘力が頭一つ抜けたクウラ機甲戦隊という塩梅である。

 個々の戦闘力で敵わないとみるや、ターレス一味は連携を図ってフォローし合い、それに呼応してスラッグ軍団の動きもまとまり始める。一点突破を目指して、一気呵成にターレス軍団の一人、アモンドを討ち取ろうとするが、全員まとめて殺してしまおうと、クウラ機甲戦隊が気功波を放って、結果として状況は膠着。ヤムチャはじっとその様子を見ているしかない。

 乱戦は続く。どうしても個々の力で劣るターレス一味が次第に押され始め、クウラ機甲戦隊が有利となっていく。このままでは機甲戦隊が丸々生き残ると判断したヤムチャは、一瞬だけ気を高めて繰気弾を作り出すと、地面に向けて放つ。繰気弾は土中を掘り進み、クウラ機甲戦隊の一人、ドーレの背後から襲い掛かる。

 後頭部に繰気弾が直撃したドーレは勢いよくスラッグ軍団の方向へと吹き飛ばされ、これをドーレの攻撃だと勘違いしたスラッグ軍団の一人、巨漢のゼウエンがカウンターのつもりで拳を放つ。

「ぐはっ!?」

 無防備な後頭部を打ち抜かれた挙句、続けざまに鳩尾に拳を突き立てられたドーレはたまったものではない。そのままゆるゆると倒れ、気絶したところをゼウエンが首を踏みつけて骨を折り絶命させる。

「くっくっく。馬鹿な野郎だ……吹き飛ばされてきたようにも見えたが、流れ弾でも食らったか」

 ゼウエンが笑うが、繰気弾はまだ消えてはいない。笑って大口を開けていたゼウエンの、その大口の中に強引に押し入って、そのままぐいぐいと体内へと侵入。大猿化したベジータならばともかく、巨漢であるだけのゼウエンは食道をぶち破られ、内臓を破壊されてそのまま斃れる。

「くそ、この妙な気功弾はあのクラッシャー共の攻撃か!!」

 仲間を倒されたクウラ機甲戦隊とスラッグ軍団は、こっそりと裏で操っているヤムチャではなく、繰気弾が狙わなかったターレス一味の仕業であると勘違いしたようだ。無論、ヤムチャの思惑通りの形となったわけである。

 急に敵が減ったと思って喜ぶのも束の間、ターレス一味に二つの勢力の矛先が向いたことにより、一層攻撃の手が厳しくなる。ターレス一味のアモンド・レズン・ラカセイの三名は瞬く間に討ち取られていき、数で勝っていたはずが残りはダイーズとカカオの二人だけとなる。

 だが、こうなると不思議なもので、今度はまだ三人残っているスラッグ軍団へと攻撃の方向が向けられる。まるでバランスを取らねばと思っているかのようであるが、個々の実力で勝るクウラ機甲戦隊は、既にスラッグ軍団を壊滅させれば勝ったも同然であり、ターレス一味としては、勝つためにはスラッグ軍団とクウラ機甲戦隊に潰し合いをしてもらう他ない。戦闘は継続しているがその実、安全圏から気功波を撃っているだけの消極的攻勢である。

 こうして、今度はスラッグ軍団のドロダボが追い詰められた末に殺されてしまう。残るスラッグ軍団はメダマッチャとアンギラ。クウラ機甲戦隊はサウザーとネイズとなった。

 ヤムチャが亀仙人にこの単独任務を言い渡されたのは、単に機を見るのが得意なだけではなく、乱戦になればなるほどトリッキーな活躍をする繰気弾を使うという部分もあったのだ。自由に操ることができるだけに、乱戦でも不意打ちを決めやすく、特定の勢力を敢えて狙わないことにより場のコントロールさえこなしてしまう。

 さらに、ヤムチャは繰気弾をネイズの後方まで土中で移動させて、そのネイズを無視して、サウザー目掛けて一直線に突き進ませる。

「ぬっ!!?」

 この精鋭部隊の乱戦の中でも、最も戦闘力が高いのはサウザーである。流石に向かい来る繰気弾に気づいて気功波で迎撃するが、これを繰気弾は軽やかに避けてしまう。結果として、サウザーの気功波はネイズに直進することとなり、まさか味方の攻撃が飛んでくるとは思っていなかったネイズは為す術もなく黒こげになって事切れる。

「へへへ、馬鹿が同士討ちをしやがった。いくぜ、アンギラ!」

 メダマッチャが好機と見て、残ったサウザーに突進を仕掛ける。これに呼応したアンギラも突進していくが、二人同時でもサウザーは一歩も引かずに格闘戦を続ける。

「よし、今のうちに背後から全員撃ちぬくぞ!」

 蚊帳の外と化していたターレス一味が一気に勝負を仕掛けようと拳に気を集中させるが、そんなことはさせはしないとばかりに、ヤムチャは繰気弾でダイーズの頭を撃ちぬき、そろそろ良い頃合いだとみて、直接カカオにかめはめ波を放つ。

「う、うぐっ……き、貴様は地球人かっ!!?」

 突如現れた巨大な気の塊に掻き消されゆくカカオは、不敵に笑う地球人の姿を見た後に、この世から消え去る。

 ばたばたと倒れゆく精鋭たち。最後に残ったのは、スラッグ軍団の二人と、クウラ機甲戦隊のサウザーの三人であった。そして、ヤムチャがターレス一味に代わって乱戦の輪に入る。

「いくぞ、真・狼牙風風拳!!」

 ヤムチャの持つ技の中でも、最も殺傷能力に優れた技。それが気で爪を作り出して連打を浴びせる真・狼牙風風拳である。

 突然の闖入者に、三人は一斉にヤムチャに注目するが遅い。界王拳を一気に10倍まで高めたヤムチャは一気に距離を詰めて不意打ち気味にアンギラを引き裂き、メダマッチャを突き殺す。地球の危機であるからして、容赦はしない。

「……ふっ。なるほどな、貴様がドラゴンボールの在処を知る地球人最強の戦士か。確かに強いが……俺のほうが強い!!」

 サウザーはスカウターの数値を見て、にやりと笑って突撃する。

 だが、サウザーは勿論知らない。ヤムチャが瞬間的な界王拳の切り替えを行うことができることを。スカウターで拾いきれない一瞬の気の増幅が可能であることを。

 それでも、ヤムチャも知らない。サウザーもまたヤムチャと同じく気で作り出した刃での攻撃が得意技であることを。

 サウザーが攻撃の瞬間に、気の刃を発動させてヤムチャに斬りかかる。不意打ちのことで、流石にヤムチャも驚いて避けきれないと思っての一撃であった。袈裟がけに真っ二つになるヤムチャを脳裏に描いたサウザーだが、気の刃はヤムチャの頬を微めただけであり、次の瞬間、ヤムチャの気爪がサウザーの腹を貫いていた。

「……な、何故……?」

「簡単だ。手刀にしては間合いがやや遠かった。わざわざ空振りするような攻撃を繰り出すはずがないからな。似た技を持っているとすぐにわかったぜ」

 それだけ言って、ヤムチャは気爪をぐいっと引き上げてサウザーを切り刻む。残酷なようだが、地球を滅ぼしかねない悪を相手に情けをかける余裕はない。ベジータのように仲間になるかもしれないと脳裏をよぎりもしたが、それにしてもサウザーをはじめ、この精鋭部隊はあまりにも純粋すぎる悪なのだ。

 フリーザに渋々従いながらも野望を秘めていたベジータや、そもそも詰めの甘いラディッツ。大魔王ではない、純粋な悪ではなくなっていたピッコロなどとは根本が違う。

「……謝らないぜ。攻めてきたのはそっちなんだからな」

 無残な死体が転がる荒野に、ヤムチャはそれでもやり切れない思いを残しながら、仲間たちと合流すべく再び元の場所に戻っていくのだった。




たまには無双するヤムチャがあってもいいと思うんです。


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龍球戦隊ドラゴンファイブ

 折角の暗雲発生装置を壊されてはたまらない。幹部たちは出払っており、突撃を仕掛けてきた一人のサイヤ人はスラッグ軍団の一般兵が太刀打ちできる相手ではなかった。

「仕方あるまい。相手をしてやろう」

 スラッグは重い腰を上げて、宇宙船の外に飛び出す。暗雲発生装置を探していたターレスがこれに気付き、二人は睨み合う。

「へっ。ナメック星人か。おとなしい連中と聞いていたが、サイヤ人に喧嘩を売る馬鹿もいるんだな……しかも、一番相手にしちゃいけないサイヤ人にな」

「くくく。思い上がった若造か」

 スラッグは腕慣らしには丁度いいだろうと判断して、まずは暗雲発生装置を壊されないように、場所を変える。ターレスもスラッグを倒さねば装置の破壊は不可能であることを悟り、仕方なくスラッグの後を追う形となる。

 二人の姿が完全に消えるのを見計らい、亀仙人はふうと溜息をついた。どうやらヤムチャは上手く事を運んだらしく、遠くで精鋭たちの気が次々と消えている。クウラは未だ姿を見せていないが、スラッグとターレスが相対するという形は願ってもないことだ。

「今しかあるまい。どうやら、暗雲を発生させる装置はサイヤ人にとって都合が悪いようじゃの。これを破壊しては、二人が戦う理由がなくなってしまう。無視して雑魚を殲滅しようぞ」

 亀仙人の言葉に、チチとランチが頷く。ラディッツはこの場合、自分がどうすべきかを考える。

 このまま亀仙人たちと一緒に攻め入るのは簡単であるが、そもそも雑魚を殲滅するのは自分たちの役目ではない。ラディッツたちには、強大な敵と戦うという他にできない役割があるのだ。

「……悟飯。俺たちはサイヤ人とナメック星人の後をつけるぞ。気配を殺しながらなるべく急ぐんだ」

「はい、ラディッツおじさん!」

 二人のやり取りを眺めながら、亀仙人は相好を崩す。悪の気配を辿って後を追う二人を見送ると、亀仙人は再び険しい顔つきに戻り、二人の弟子を見た。

「チチ、ランチさん。最初が肝心じゃぞ。まずは全力で敵を叩き伏せて、迂闊に手を出すと返り討ちに遭うという印象を持たせるのじゃ。相手は大勢……一気に攻め切られれば、流石に押し切られてしまうからの」

「んだ。悟空さがおらに頭が上がらないのも、全部最初におらがビシっと言ってやったおかげだべ」

「そうか。文通から始めようなんてヌルいこと言ったのが間違いだったのか!」

 中々独特な解釈の方法ではあるが、言わんとするところは理解してくれたらしい。この二人に限ったことなのか、女性全般に言えることなのかはわからないが、すぐに教えを自分の尺度で解釈しようとする。そのほうが呑み込みが早いようなので何も言わないが、素直な悟空と敏いクリリンを思い返すと、やりにくさを感じてしまう。

 いやいや、今から攻め入るのだから精神を研ぎ澄ませねばならないと、亀仙人は深呼吸をする。戦いにおいて集中力とは戦闘力以上に重要なものだ。無論、どうしようもない差を埋めるには至らないが、多少の差ならばひっくり返すことができるのは、集中力によるところが大きい。それを維持するメンタルの強さや、劣勢を覆す知恵もまた必要。戦いとは、単なる腕力や気の強さだけでは勝てないのだ。

「いくぞい。敵を混乱させるには奇襲じゃ。チチ、同時に撃つんじゃ!」

「んだ!!」

 師匠と弟子が並び立ち、同時に両腕を腰だめに構える。掌に気を集中させ、全身からまるで血液を凝縮させるかのように、気をどんどんと送り続けていく。

 二人の手の中に光の玉が浮かび上がり、徐々に膨れ上がっていく。

「か、め、は、め…………波ーーーーッ!!」

 まさしく本家本元。元祖かめはめ波を放つ亀仙人と、その亀仙人の教えを忠実に守り、覚えたばかりの技を披露するチチ。

 二つのかめはめ波は、当然ながらヤムチャ達の放つそれの比ではないが、それでも亀仙流の奥義として相応しい威力を持つ。宇宙船の付近を警備していたスラッグ軍団の兵士たちがこれの直撃を受け、数人が吹き飛ばされていく。

「今じゃ!!」

 亀仙人の合図と共に、三人は颯爽と宇宙船に向かって駆け出す。

「て、敵襲! 敵襲ーーーッ!!」

 スラッグ軍団の兵士たちは突然の出来事に右往左往しながらも、まっすぐに突っ込んでくるジジイと人妻とヤンキー女を敵だと見定めたらしい。数人が気功波を撃ってこれの迎撃にあたる。

「温いのう」

 しかし、亀仙人はこれを軽く避けて、するすると一人の兵士に近づいては鮮やかに突きを入れる。ばたりと倒れる兵士に、周囲には動揺が広がっていく。

「うおおおおおおッ!!」

 これに追随したのがランチである。飛び道具を持たないランチであるが、その威勢の良さと眼光の鋭さは突撃という戦法にぴたりと当てはまる。手近にいた一人を豪快に殴り飛ばし、さらにもう一人に飛びかかって腕を掴むと頭突きをカマし、完全に気絶させた後に敵が群がる場所へと勢いよく投げ飛ばす。

「チチ!」

「任せるだ!!」

 これに乗じるのは最強孫悟空すら恐れる鬼嫁チチである。気のコントロールを修業するため、敢えてカリン塔を地面から舞空術のみで制覇するという荒行をこなした結果、彼女の背中にはカリン塔の頂上に突き刺さったままであった、かつて夫が愛用していた武器が収まっていたのである。

「伸びるだ、如意棒!!」

 摩訶不思議なこの如意棒、ただ伸びるだけの棒ではあるが、何しろ下界と天界を繋ぐための棒であるからして、絶対に折れることはない。超サイヤ人の一撃に耐えるかどうかは不明であるが、少なくともチチが振るう分には全く問題がない。

 武術といえば体術ばかりを連想しがちであるが、棒術というものも存在する。ましてや天下の武天老師である。武器を使っての戦闘もお手の物であり、その手解きを受けたチチもまた、如意棒の性質をよく理解し、自在に操る。

 ぶんぶんと振り回される如意棒は伸縮を繰り返し、スラッグ軍団を薙ぎ払っていく。たった三人の地球人によって次々に倒れる仲間にスラッグ軍団はじりじりと後ずさり、押され始めていく。

 だが、それでも逃げない。敵前逃亡などしようものならば、スラッグに処刑されることがよくわかっていたからだ。こうなれば一斉にかかるしかないと一致団結し、まずは猛威を振るうチチに目掛けて一斉に攻撃が開始される。

「まずい、退くぞ!」

 亀仙人がいち早く危機を察して、チチとランチに指示を飛ばす。チチは如意棒を地面に斜めに突き立て、一気に伸ばして敵から距離をとるが、ランチは走って逃げるしかない。必死に逃げるランチだが、いつしか敵に囲まれてしまっていた。

「ぬ、いかん。ランチさんを助けねば!!」

 チチに攻撃が集中したと思っていた亀仙人は、ランチがいつの間にか取り残されていたことに気づいて踵を返すが、そうはさせまいと亀仙人を十数人のスラッグ兵が取り囲む。

 このままでは危ないと歯ぎしりする亀仙人の耳に、ランチの悲鳴が飛び込んでくる。

「ぐうっ……あああッ!?」

 数の暴力によってランチは四方八方を塞がれ、気功波の集中砲火を浴びる。大した威力ではないが、それでもランチにとっては堪らなく痛い上に数が凄まじい。必死に身体を縮こまらせて防御に徹するが、肌が裂け、鮮血が噴き出す。

 このままでは死んでしまう。その時であった。

 

 

 

 特別に修業することもなく、気ままに暮らしていた一人の少年がいた。

 天賦の才であろうか。少年は強く、たくましく、図太い。人と慣れあうことを嫌い、いつも山奥で魚を捕って腹を満たし、たまに強盗をやらかして車を乗り回すなど、立派なアウトローにして野生児であった。

 だが、そんな少年も不思議な縁で、一匹の猫との共同生活を送ることとなる。並外れた膂力を活かすでもなく、天高くそびえたつ塔の頂上でぼんやりと豆の木を栽培するのは、それはそれで気楽なもので性に合っていた。

 戦いが好きなわけではない。ただ、生まれつき強かっただけだ。だから修業なんぞ好んでするはずもなく、ただただ、居候先の猫が「様子を見てこい」と言うものだから、仕方なく下界に降りてきただけであった。

「……冗談じゃねぇぞ。なんであいつらが戦ってんだ。ありゃ悟空の嫁さんと、亀のジジイに……あと、あいつ誰だ?」

 様子を見に来た男――ヤジロベーは、宇宙船と思しき巨大な船の前で圧倒的無勢にも関わらず勇ましく戦う二人の女性と、一人のジジイの姿を見た。

「まあまあ、地球の危機だから女もジジイも黙って見てられねえんだろうな」

 そう呟いて、まあ様子を見てこいと言われただけで戦えなどと言われてはいないと、観戦を決め込むヤジロベーであったが、状況は一変する。よく知らない金髪で鋭い目つきの姉ちゃんが、敵の集中砲火を浴びて大ピンチに陥ってしまったのである。

 これは死んだな、と内心で思ったヤジロベーであるが、やはり良心が痛む。少なくとも、自分は彼女たちよりも強いだろう。見て見ぬふりは、いくらアウトローで野生児だとしても心地よいものではない。

 ましてや、戦っているうちの二人は顔見知りである。

「……しゃあねえ。たまには運動しねえとな」

 かちりと刀の鯉口を切り、ヤジロベーはまるで散歩に行くかのような気軽さで敵陣に突撃を仕掛けた。

 

 

 時を同じくして、やはり同じ場所に、もう一人の男がいた。額に脂汗を浮かばせながら、とりあえず高いビルの上に立っていた。

「パパは強いんでしょ。あいつら、絶対に悪者だもん。パパなら倒せるよ!」

 数時間前に愛する娘に頂戴した言葉である。突然地球全体が凍えてしまい、暖かいスープで暖を取っていたのだが、テレビで暗雲の発生源が特定されたと報じられ、その場所が判明すると、娘が騒ぎ出したのだ。

 自分の父親は格闘技の選手であり、ここ最近はめきめきと腕を上げて、最早敵う者がいないとまで言われている。今、世界で一番強いと言われているのだと、娘は知っていた。

「パパ、お願い。地球を救って!」

 父親――ミスターサタンはとにかく娘であるビーデルに弱い。さらに、自分が最強であるという自覚も最近芽生えつつあった。ここは一丁、世界の平和を取り戻してやろうと息巻いてやって来たのだが、来てみるとジジイと二人の女が既に戦いを始めたところであり、つい最近見たトリックまがいの光の玉を発射しようとしていた。

「げ……そういや、あのハゲや傷面やツンツン頭と同じ道着……こ、これは……?」

 間違いなくあの一派だと、サタンは確信する。なんと女性の格闘家まで抱えていたのである。動きは以前に見た戦士たちと違ってサタンでも目で追える程度であるが、動きのキレは半端なものではない。

「よし、いいぞ。よくわからんが頑張れ!」

 たった三人で侵略者を排除していく姿に、サタンは精一杯の応援をする。だが、そんな折に、一人の女――ランチが敵の集中砲火を浴びて蹲ってしまったのである。

「ぐ……いかんぞ。ええい、仲間たちは何をしておる。早く助けてやらんか!」

 サタンは思わず拳を握りしめ、ぐいっと身体を前にせり出す。あの不思議な一派ならば、これぐらいの攻撃など軽くはじいて仲間の女性を助けることぐらいできるであろうに、なぜかこの場にはハゲのチビも、誰も彼もいない。

「女や老人が戦っているのだぞ……あいつらは何をしているんだ……」

 呟いて、サタンは気づく。

 何をしているのかという言葉が、そのまま自分にも突き刺さるということを。娘の言葉に勇ましくここまでやって来たのはいいが、女や老人が戦っているのに、自分は一体何をしているのだろう。この場にいるのに、いない連中を頼ろうとしているではないか。果たして、世界チャンピオンという存在は、そのような真似をしていいものだろうか。考えるまでもないことであろう。

「……ふ、ふはは……ふはははははは!! 待てい、悪党ども。未来の世界チャンピオン、格闘技の天才であるこのミスターサタンが相手だーーーーッ!!!」

 こうして、世界チャンピオンどころか。

 後に地球の英雄として幾度となく世界を救った男までもが、この戦いに身を投じようとしていた。

 

 

 

 ずんぐりと太った体躯とは思えぬほどの素早さで地を蹴るヤジロベーの介入は、幾人ものスラッグ軍団が気付くが、ヤジロベーは全く気に掛けることなくランチに向かって真っすぐと駆け抜けていく。

「くそ、新手か。撃てい!!」

「そんなもん、効くわけねーでしょ」

 ヤジロベーは飛んできた気功波を拳でパシンと払い落とし――気づいたときには、スラッグ兵は一刀両断されていた。元の歴史ではピッコロ大魔王の部下を両断したり、ベジータの尻尾を斬ったりと大活躍をした刀である。雑兵を斬るのに何の苦労もなく、ヤジロベーは切り刻んだ敵を見ることすらせずにランチの救助に向かう。

 それに呼応するかのように、サタンもドタドタと敵に突っかかっていた。確かにスラッグ兵は強いが、動きは洗練されたものではなく、数を頼みに強引に突破するだけのようである。

「な、なんだこいつ!?」

「ダイナマイトキック!」

 とにかく、サタンの見事なアフロヘアーと筋骨隆々たる体躯は威圧感が凄まじい。決して大したことのない突撃も、持ち前の顔の大きさで迫力は二倍増しである。

 あくまでも一般人レベルから見れば素早く、強烈なサタンの必殺技、ダイナマイトキックを見事に兵士の一人に炸裂させて吹っ飛ばすと、ランチの救出に向かおうとするのだが、流石に魔族を一撃で仕留める威力ではない。すぐさま起き上がったスラッグ兵がサタンに気功波を発射するが、その手の動きによって、サタンはやばいと身をかがめる。アフロヘアーを掠めるだけにとどまった気功波に、スラッグ兵はこの男も強いのかと二の足を踏む。

「避けた!?」

 慌てて第二波を放つスラッグ兵だが、敵がどうやら大した腕ではないことを悟ったサタンは気をよくして、再び攻勢に出る。

「ローリングアタックサタンパンチ!!」

 サタンの二つ目の必殺技。前転しながら間合いを詰め、渾身の一撃を加える攻撃である。この一見無駄な動きは、紛うことなき無駄であるが、スラッグ兵はあまりにも無駄なこの動きに警戒しすぎて、ついつい身構えてしまう。

 かくしてサタンのパンチは兵士の顎を正確に捉え、それでも倒れない兵士にサタンは本来の格闘家としての洗練された動きを見せる。

 何も打撃技ばかりが格闘技ではない。サタンは気功波を食らわないように間近まで詰め寄り、そのまま兵士を足払いで崩して、腕を取る。

「あだだだッ!?」

「どうした、関節技を知らんのか?」

 腕を極め、強引に振りほどこうとする兵士をぐいぐいと押して、サタンはランチ救出に突き進む。本来多数の敵と戦う場合に組み技や関節技は隙を晒すことになるが、極めたまま敵と一緒に動けば、中々便利な弾除けになる。

「おらおらおら、道を開けろーー!!」

「いでででで!!」

 関節を極められながら弾除けにされた兵士はたまったものではない。関節技は放っておくと脱臼や腱の損傷を招く、かなり凶悪な技なのである。

 ヤジロベーとサタン。この奇妙な二人の攻勢が、ランチを倒そうと群がっていたスラッグ軍団に再び動揺を与える。これに亀仙人も好機到来とばかりに反撃に出る。

「なんと、ヤジロベーと……誰か知らんが加勢が来たか。チチ、攻めるんじゃ!!」

「ランチさん、今助けるだ!!」

 増援によって勢いを取り戻した地球勢は、これを機に果敢に前に出る。如意棒が敵をなぎ倒し、亀仙人は二発目のかめはめ波で敵を一掃する。

 ランチへの攻撃は遂に止まり、ボロボロになりながらも持ち前の根性により耐え切ったランチは、救援に現れたヤジロベーに仙豆を渡され、すぐに復活。戦線に復帰を果たす。

「てめえら、ただじゃ済まさねえぞ!!」

 ランチは散々痛めつけられて怒り心頭である。遅ればせながらサタンもランチの前に現れ、極めすぎて脱臼した兵士の首筋に手刀を入れて気絶させると、三人は背中合わせに立つ。

「む。ずいぶん元気だな……助けに入るまでも無かったか?」

 サタンは隣で構えるランチに出しゃばりすぎたかと感じたが、ここまで来てしまったのだから仕方がない。どうやらもう一人の助っ人であるデブも強そうであるし、最初からいた老人と黒髪の女も達人のようだ。

「よし、オレに続け。悪党どもを退治するぞ!!」

 サタンは勇ましく号令をかけるが、当然と言えば当然ながらランチもヤジロベーもそんな言葉に耳を傾けるわけがなく、勝手気ままに突撃を仕掛ける。が、サタンはサタンで自分の呼びかけに応えたのだろうと勘違いをして、不思議と三者は同時に敵に向かう形となった。

 五人の地球人。壁という壁を叩き割っていく戦士たちには遠く及ばないものの、それでも地球人からすれば天下無双の達人たちである。

「つぇい!!」

 亀仙人は最小限の動きで確実に敵を仕留め、年齢を感じさせない軽快な動きで次々に各個撃破をはかる。

「悟空さ、おらに力を貸してけれ……筋斗雲、来るだ!!」

 チチの呼びかけに、筋斗雲は応える。完全に幼少の悟空と同じスタイルだが、筋斗雲は悟空とチチにとっては思い出深いものである。新婚旅行もこれで回った。水洗便所より綺麗なチチの心に、筋斗雲は彼女を操縦者であることを認め、チチの意のままに飛ぶ。

 筋斗雲で自在に飛び交い、如意棒で敵を纏めて薙ぎ払うチチは、敵全体に大きな隙を生む。

「おおおりゃあああ!!」

 ランチは女性とは思えぬ膂力でスラッグ兵にラリアットをカマし、何のためらいもなく股間を踏み潰す。果たして金的が存在するのかどうかは不明だが、急所ではあったようで、スラッグ兵は悶絶して転げまわる。

「ひでえことするな……ああいう手合いの女はあれで純情だったりするから始末が悪いんだよ」

 ヤジロベーは一人、ランチの凶悪な攻撃法に肝を冷やしながらも刀を一閃。まとめて三人を斬り伏せると、あっという間に次の標的へと向かっていく。途中、何人かに組み付かれるが意に介することすらなく、他の敵にたどり着いたときに纏めて斬り伏せてしまうので、こちらはこちらで始末に負えない。

 サタンはやはり、実力は彼らの中でも低い部類に入り、一人を相手にするのが精いっぱいであるが、先ほどのやり取りで関節技に関しては敵が素人であることを理解しており、サタン本人も決して得意ではないにしろ、異種格闘技で優位に立つために磨いた技で首を極め、足を極め、順調に一人ずつ仕留めていく。

「ふははは、いいぞ。何故雲が人を乗せているのかさっぱりわからんし、棒が伸びたり光が飛んだりするが、味方ならば問題ない!!」

 この割り切り方は、サタンのある意味長所でもある。トリックかもしれないし、本当に原理など不明なのだが、トリックならばトリックでいいと割り切ってしまえるのである。

 少なくとも敵は驚き、竦んでいる。故にサタンは一人ずつを相手に立ち回れるのだ。

 五人の達人の猛攻により、スラッグ兵は次々に打ち倒されて、いつしかその数が半減していた。

「い、いかんぞ……このままでは全滅だ……逃げればスラッグ様に殺される」

「一斉だ。あの女も一斉攻撃には防御しかできなかった。一斉に一人を狙え!!」

 スラッグ兵も必死である。宇宙船は大勢の兵士たちにとっては狭く、是非ともこの惑星を手に入れる必要があった上に、逃げては殺される宿命である。まずは一番強そうなヤジロベーを仕留めねばと、悪は悪で一致団結。全員が散開してヤジロベー一人に狙いを定めて気功波を全方向から逃げ場のないように発射する。

「げ!?」

 さすがのヤジロベーもこれにはたまらず、先ほどのランチ同様守勢に回るしかない。だが、元々タフで戦闘力ならば五人の中でもトップの220である。元の世界のように神様の神殿で修業をしていないので、戦士たちに大きく水をあけられているが、スラッグ兵が概ね100を超える者がいないこともあって、守勢を敷けばほとんど効かない。

「ほとんど気が減っておらんし、どうやら平気なようじゃな。ヤジロベーが耐えている内に、撃破するぞ!」

 完全に敵のターゲットから外れた亀仙人は、ヤジロベーを囮にする作戦を敢行。ヤジロベーとしては酷い作戦であるが、正直なところ耐えているだけでいい上に、懐に忍ばせている仙豆があるので、少々ダメージを食らったところで問題ない。

 亀仙人は気を練り上げ、一気に全力を開放する。普段は萎んでいる身体は筋骨隆々と膨れ上がり、禿げ上がった頭には血管が浮かび上がる。

「かめはめ波!!」

 突きを消し飛ばすほどの威力を持つ亀仙人のかめはめ波は、流石に暗雲発生装置を壊すわけにもいかず、あくまでも敵の殲滅に絞っているので最大出力というわけではないが、その使い方に長年の技が光る。

 かめはめ波は常に放出し続けるエネルギーの塊である。当然、常に気を消費し続けるのだが、裏を返せば、放っている間は方向転換も自由自在。ぐいっと腕を左から右へと動かすと、亀仙人から放たれたかめはめ波は敵を薙ぎ払うかのように横にスライドしていき、多くの兵士がこれに巻き込まれていく。これに乗じてヤジロベーはかめはめ波に巻き込まれないよう安全圏に退避する。

「ジジイ、最初っからそれをやれよ!!」

 ランチが叫ぶが、亀仙人にも限界がある。敵の半ばを薙いだところで息が上がり、その場にぺたんと座り込む。

「ふい~~。流石に歳じゃわい。長く保たんのう」

 残る敵はまだ数十人ほど。体力の限界を迎えた亀仙人に一同は冷や汗を流すが、ヤジロベーは落ち着いたもので、仙豆を亀仙人の口に放り投げ、どかりと座る。

「ほれ、もう一回だ」

「年寄りは労わるもんじゃぞ。けっこう疲れるんじゃ」

「やかましい。まだ仙豆はあるから何発でも打てばいいだろ」

 ヤジロベーに言われて、仕方なく亀仙人は再びかめはめ波を放つ。残る敵のほとんどがこれに巻き込まれ、ばたばたと倒れた。残りはたったの二人になる。

「ふぉっふぉっ。もうこれで良かろうて。チチ、ランチさん。後は任せたぞい」

 亀仙人はそれだけ呟いて、よっこらしょと腰を下ろす。チチとランチは顔を見合せた後に、最後に残った二人のスラッグ軍団を見据える。

 二人はあっという間に倒れていった仲間を見渡し、観念する。数百人で敵わなかったのだ。二人になって勝てるはずがない。

「……い、命だけは……」

「何でもします。助けてください!」

 どうせスラッグに殺されるのだろう。だが、命乞いをして匿ってもらえば生き残れるかもしれない。二人は最後の生き残りの道を二人の女性に懇願するしかなかったのである。

「どうするだ。おら、降伏した相手を殺生なんてできねえだよ」

「殺しゃいいじゃねえか。生きててもロクなことしねえよ」

 ここで、二人の意見が食い違う。こうなっては二人は中々に頑固であることを知る亀仙人は、万が一に備えて持ってきた小瓶を懐から取り出すと、ランチに向けて降り掛ける。

「は、は……はくしゅんッ!!?」

 小瓶の中に入ったコショウが鼻に入り、たまらずランチはくしゃみをする。その途端、鋭かったランチの目は優しげなものに変わり、髪も今まで超化していたのかと勘違いするほど、金髪から濃紺へと変貌していた。

「……あらあら。私ったらまた喧嘩しちゃいましたか?」

「いんや。仲良くしようって話をしてただ。なあ、そこの二人?」

 チチが二人のスラッグ兵に目を向けると、二人は壊れた人形のように首を縦に何度も振る。よくわからないが、助かりそうである。

 兎にも角にも、これにて雑兵は片付いた。残るは三人である。

「悟飯ちゃん、お義兄さん。頑張るだよ。あと、ヤムチャも」

 チチは大きな気の行方を探り、自分ではどうにもならない戦いの行方に思いを馳せた。




タイトル補足
ドラゴンシルバー:亀仙人
ドラゴンゴールド:ランチ
ドラゴンホワイト:チチ(牛乳ってことで
ドラゴンブラウン:ヤジロベー
ドラゴンブラック:サタン

おそらく二度とできない地球人たちの無双劇。
書き終えてからチチがゲーム作品で筋斗雲と如意棒装備してたり、かめはめ波撃ったりすると知ってびっくりしました。
ランチさんがこんなに強いのは多分この作品だけ。
サタンは世界チャンピオンなんだし関節技くらい使えるんじゃね、という適当設定ですが、ドラゴンボールはサブミッション要素はほぼゼロなので、相手も相手だし効くんじゃないかなーって思いまして。
ヤジロベーは唯一に近い原作より弱体化したキャラ。ヤムチャ達の遡行の弊害ですが、本人は強くなりたいわけじゃないと思うので、まあいいかなーと。
亀じいさん、ダイの大冒険のドルオーラ二連発を元ネタに活躍させてみました。


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VSスラッグ

 亀仙人が率いる地球人精鋭チームがスラッグ軍団を殲滅している頃、ヤムチャはどのように動くべきか迷っていた。

 ラディッツと悟飯はおそらく、移動したスラッグとターレスの後を追ったようであり、だからこそ亀仙人たちはスラッグ軍団の殲滅に乗り出したはずだ。スラッグ軍団にヤムチャ達が手間取らなくて済むようにと亀仙人たちが戦ってくれているのだから、これに合流する意義は薄い。

「悟飯たちと合流するか……クウラは遠い場所で居座ったままだし……だが、クウラだけが消耗しない状態を維持するのも不味い。参ったな、流石にそうそう上手く潰し合ってくれないか」

 ヤムチャは独り言ちて、どうすればクウラがターレスたちと消耗し合ってくれるかを考える。ここまでは上出来であった。だからこそ、気付いていない。

 スカウターには通信機能が備わっているということを失念している。サウザーがヤムチャに対して「貴様がドラゴンボールの在処を知る地球人最強の戦士か」と発言したことを忘れている。部下たちが敗れたことを知ったクウラが、どのように動くかということなど、考えもしなかった。

 老獪なヤムチャにしては珍しいミスなのかもしれない。だが、この時のヤムチャはそれまでと違っていた。

 今までならば倒れ伏して。或いは命を落として、ただ悟空の勝利を願っていただけのヤムチャではなかった。敵の幹部と思しき連中を一掃し、久々の勝利に慢心していたのだ。長らく味わうことのできなかった勝利という結果が、ヤムチャに危機的状況であるという現実をしばし忘れさせた。

 クウラは当然ながら動く。頭が弱い上に敢え無く死んでしまう情けない部下に苛立ちながらも、とりあえず概ねの位置は理解できた。面倒だが自分が行くのが一番確実な方法であるし、何よりも部下がいない。

「情けない部下を持つと苦労する。それにしても、地球人風情が調子に乗って……」

 クウラはふわりと空中に浮かび、ヤムチャがいた場所へ向かって高速で移動を開始する。気を隠すことはできないが、最強たる自分が気を消す必要すら感じはしない。スカウターを頼りに、ぐんぐんと速度を上げていく。

 このクウラの動きは、流石に浮かれているヤムチャも気付く。明らかに自分が先ほどまでいた場所に目掛けてやって来ているのである。気を消しながら移動していたので、そう遠くない上に周囲は隠れやすい物陰もない。クウラの動きはあまりにも早く、このままでは見つかってしまうことは避けられなかった。

「……不味いな」

 仮に隠れたとしても、クウラがフリーザと同等以上の力を持っているならば、周囲一帯を吹き飛ばされかねない。真正面からまともに戦って勝てる相手ではない以上、正面突破も不可能である。

 迫る危機に対してヤムチャは浮かれていた自分を戒め、対策を練る。真っ向から勝負ができない以上、選択肢は多くない。

「これは賭けだな……よし、行くぞ!!」

 ヤムチャは一つ頷いて、一気に気を開放すると、全速力で空を駆け抜けた。つまり、逃げの一手である。

 相手がスカウターを持ち、自分よりも速いという状況で逃走を選択するのはあまりにも下策である。だが、それは単なる考えなしの逃走である場合だ。ヤムチャ達の目的が敵の潰し合いであり、敵が自分を追いかけているのであれば、取るべき手段は一つしかない。

「サイヤ人とナメック星人が戦い始めた……いいぞ、このペースなら間に合う!」

 ヤムチャが全力で向かう先は、当然ながらターレスとスラッグが戦っている場所。クウラが自分を狙っているのならば、自分がその場所に行くだけで自動的に三人の悪が鉢合わせする形となるのだ。

 果たして三人の悪がどれだけ削り合ってくれるのかわからない。感じ取る気からすれば、クウラが一番大きいのだ。場合によってはクウラが他の二人を瞬殺してしまうかもしれない。だが、少なくとも悪は一つに絞られる。そうなれば、少なくとも活路が今よりは開けることだろう。

 だが、ヤムチャがその期待が実に淡いものであることをすぐに知ることになる。

「ほう、地球人にしては中々のスピードだったが――何なら部下にしてやってもいいぞ。丁度、人手が足りなくてな」

 気が付いたときには、クウラは目の前にいた。

 

 

 そんな馬鹿なと、ヤムチャは絶句していた。クウラとの距離は、どう見積もっても数分は追いつけないほど遠いものだと信じ切っていたのだから。

 まさか瞬間移動かと危惧するヤムチャだが、違う。それならば最初から追いかけるような真似はせず、すぐに表れていたはずであるし、瞬間移動は場所ではなく、相手の気を感じ取ってその近くに移動する技である。多くの宇宙人は気を感じ取るという技術を知らず、それを示すようにクウラもまたスカウターを装着していた。仮に場所をイメージして瞬間移動できたとしても、つい最近宇宙からやって来たクウラが地球の場所をイメージできるはずもなく、高速で移動するヤムチャの目の前にピンポイントで現れるはずがない。

 したがって、クウラは瞬間移動ではなく、自前の速度で追いついたのだ。ヤムチャとしては瞬間移動のほうがまだマシであった。少なくとも、一瞬にして距離を詰めるほどに速度に差があるということは、もう逃げることもできず、そして絶対に敵わない相手であることを示しているのだから。

「……へへ、冗談じゃないぜ。反則だろ、こんなの」

 セルや魔人ブウを知り、超サイヤ人の2や3を知るヤムチャだ。それらに比べればクウラの気は確かに小さい。だが、そんな相手と戦ったことなど無いのだ。悠然と腕を組んでヤムチャと相対するクウラは、かつてのどんな強敵よりも威圧感に満ち、自分ではどうやっても敵わない相手であることを知った。

 フリーザと戦った時のクリリンは、こんな感じだったのかもしれない。そう思うとヤムチャは自分たちが望んで突き進んできた道が如何に無謀であったのかを、初めて『体感』した。

「さて、その表情では悟ったようだな。では早速だが、ドラゴンボールを持ってこい」

 ただ向き合っただけで決まる勝負がある。クウラはその圧倒的な強さで、今までに幾度となく戦わずに勝ってきた。気に入らなければ降伏しようが問答無用で殺してきたが、少なくともヤムチャはクウラにとって、ドラゴンボールを手に入れるために必要な駒である。殺してしまっては元も子もない。

 圧倒的な戦闘力の差に絶望の淵に追いやられたヤムチャだが、クウラの言葉に我に返る。

「聞いているのか、地球人。一時間だけ待ってやる」

 クウラの冷たい声は、暗にそれ以上経てば殺すという意味合いが含まれていることを示している。だが、生憎とヤムチャは既に死を覚悟しており、死ぬこと自体は何も怖くない。蘇ることもできるのだし。

 だからこそ、このクウラの言葉に光明を見出すことができた。短いクウラの言葉の中には、いくつもの情報が含まれている。

 まず、ヤムチャの速度を知ったうえで一時間で持ってこいと命令したクウラはおそらく知らない。ドラゴンボールが七つ揃わなければ効力を発揮しないことを。

 そして、既に数日前に使ってしまい、一年待たねば使えないどころか、探すこともできないということを。つまり、一時間で勝負は決しない。

「クウラ、最初に言っておくが……ドラゴンボールは七つ集めないと意味がない。一時間でとても集めきれるような代物ではないんだ」

 ヤムチャの言葉に、クウラは「ほう」と呟いた。

「嘘をつくと為にならんぞ?」

「すぐにバレるような嘘は言わないさ」

 ヤムチャの言葉に、クウラは一理あることを認めて素直にうなずく。少なくともヤムチャが生き残る道は、素直にクウラに協力して部下として働くことしか残っていないのである。嘘をついて誤魔化すならば、最初から「わかりました」と言って逃げ出せばいいだけの話だ。そこからも信憑性は得られる。

「探してこい……探せるのだろう?」

「まあな……ただし、一つだけ問題がある。お前と同じ時期に来たヤツが、一つを持っている……情けない話だが、俺では手も足も出ない」

 ヤムチャはそれだけ言って俯く。

 これは賭けだ。勿論、ターレスもスラッグもドラゴンボールを持っているはずがない。それでも、自分が追い付かれてしまった以上、クウラをターレスたちにぶつけるには、これしか方法がなかったのである。

 クウラはニヤリと笑い、ヤムチャの胸ぐらを掴み上げる。

「くっくっく。なるほどな。オレを使おうとするとは良い度胸だ」

「へ、へへ……嘘だと思うなら殺せばいいが、俺を殺せばドラゴンボールの行方はわからんだろう?」

 ギリギリと胸ぐらを締め付けられながらも、ヤムチャはニヤニヤと笑って見せた。

 クウラは迷う。嘘の可能性も考えられるが、少なくともこの男を殺せばドラゴンボールを探すのが酷く手間取る。それに、本当にやって来た二人が持っているならば地球人に敵う相手でないことも確かであった。永遠の命が手に入るのだから、少々のタイムロスなど些事にも思える。

「もし嘘ならば、わかっているだろうな?」

「へへ。死ぬのには慣れてるから大丈夫だ」

 ヤムチャの言葉に、クウラは冷たいまなざしを向けて手を緩める。どこまでもふざけた男であるが、命を握られているにも拘わらず不敵な態度を貫いたことは評価に値する。

 少なくとも、単に従順で面白みもない部下よりは、手元に置いて弄ぶのも楽しそうである。クウラはスカウターで大きな戦闘力を察知して、ヤムチャを見ることもなく飛び立っていく。

 逃げたところですぐに追ってくるわけではないだろう。否、むしろヤムチャが逃げるということを最初から考えていないようでもある。仮にもっと実力が近ければこうも無警戒ではなかったかもしれない。

「ほんと、嫌になるぜ……」

 ヤムチャはそれだけ呟いて、クウラの後を追いかけていった。

 

 

 一方、ターレスとスラッグの戦いは、スラッグの有利に運んでいた。

 超ナメック星人とさえ言われるスラッグの実力は、いくら神精樹を食べてきたターレスとはいえども守勢に回る一方であり、ナメック星人の特技でもある腕を伸ばした攻撃など、強い上にトリッキーな戦法に後手後手になっていた。

 この様子を観戦していた悟飯は、父親によく似たサイヤ人をやはり心のどこかで応援してしまう。だが、ラディッツは当然ながら下級戦士にタイプが少なく、他人の空似がよくあることを知っている。

「悟飯、慌てるなよ。あれはお前の父親ではない……悪の気に満ちているだろう?」

「はい。でも、このままだとサイヤ人が負けちゃいます。ナメック星人はほとんど消耗していませんよ?」

「……仕方ない。悟飯はここで待っていろ」

 ラディッツはぽんと甥の頭に手を置き、二人が激しく戦う中に躍り出る。

「くらえ、ライオットジャベリン!!」

 半ば不意打ちのようにスラッグに向けて放ったライオットジャベリンに、スラッグは介入者の存在に気づいて後方に下がる。ターレスが何事かとラディッツの顔を見て、ふむと頷く。

「貴様は、カカロットの兄のラディッツだな。貴様までいながら地球が無事だったとは、いよいよ間抜けな兄弟だな」

「ほざけ。折角サイヤ人のよしみで加勢してやったって言うのによ。しかし驚いたぞ、俺たちのほかにサイヤ人の生き残りがいたとはな」

 ターレスに並ぶようにラディッツが構え、スラッグを見る。ターレスよりも戦闘力は低いが、中々の威力を秘めた一撃であったと危惧をするスラッグだが、それでもまだ余裕はある。

「サイヤ人は死にたがりが多いようだな。戦闘民族か何か知らんが、所詮は悪にも染まりきれぬ中途半端な奴らばかりだ」

 スラッグの笑みに、ラディッツは黙って構えたままである。宇宙全体の定義として、善は平和を好み争いを避ける。悪とは破壊や戦闘を好んで侵略を繰り返す。サイヤ人はやはり悪の部類に入り、フリーザに併呑されるまでは悪として栄えてきた。

 元々が悪なのだ。染まるも染まらないもない。ただ、単なる虐殺よりも、拮抗した戦闘に対する思い入れが強いので冷酷な悪魔というよりも情熱的な戦士としての側面が強くなる。それにラディッツは知っている。悪ではあるが、克己の精神により、悪と言う枠組みから抜け出せるということを。

 二人のサイヤ人は、思惑こそ違えども目の前の敵を倒さねばならない点では一致。即席のタッグでスラッグに飛びかかる。

「はああッ!!」

 ラディッツの鋭い一撃を、スラッグは太い腕で容易く防ぎ、次いで迫るターレスにカウンターの拳を突き入れる。辛うじてガードが間に合ったターレスだが吹き飛ばされ、ラディッツは蹴り飛ばされる。たった一度のやり取りではあるが、彼我の実力差が明確になり、ラディッツは苦笑する。今のままでは足元にも及ばない。

「俺が足を止めてやる。攻撃に専念しろ」

 ラディッツは自力で勝るターレスに攻撃を譲り、援護に回る。命令される覚えはないターレスであるが、現状もっとも有効な手段であることに違いはない。

「いくぞ、ライオットマーベリック!」

 足止めとしてラディッツが選択したのは、散弾銃のように気弾を放出するライオットマーベリック。大した威力ではないが避けにくいこともあって、この状況ならば非常に有効である。

「ふん。小賢しい」

「おおおおッ!!」

 ラディッツから先に潰そうと迫るスラッグに、ライオットマーベリックを連射して応対するラディッツ。放射状に飛ぶマーベリックは近づけば近づくだけ威力は高まる。直進するスラッグも少しは足を止めるかと思ったが、意に介することなく突き進むスラッグに、ラディッツは慌てて逃げる。

「おい、足止めにもなってねえぞ!」

「……ちっ。いいから黙って隙を狙ってろ」

 スラッグの猛攻に界王拳で対応するが、それでも全然追いつくことのない実力差に、ラディッツは嫌になる。

 少しでも体力を削り、ダメージを与えねばならない。それをするためには、やらねばならないことがある。できることならば使いたくなかったが、地球の危機を救うためには、こだわりを捨てなければならない。

 ラディッツは界王拳を最大の20倍まで高める。まだ気の操作の技術がヤムチャたちほど成熟しておらず、実力は近くとも最大値は低い。

 それでもピッコロとの試合で基本戦闘力が2万5000まで高まったラディッツの戦闘力は一時的とは言えど50万に達する。

「ライオットジャベリン!!」

 最大戦闘力での最大威力の技。これしかスラッグに通用するものはない。だが、ライオットジャベリンは博打技に近く、あらかじめ警戒していたスラッグはひらりと避けて、そのままラディッツの腹部に拳を突き立てる。ライオットジャベリンの威力だけは侮れないとみたスラッグも本気であり、200万に達するのではないかと思うほどの戦闘力を全開にした一撃に、ラディッツは腹を突き破られ、血を吐いて倒れる。

「ぐはっ……!?」

 感覚がマヒしているのか、痛みはさして感じない。ただ、意識が飛びそうになる。

 それだけは絶対にいけないと、ラディッツは渾身の力で腰に結び付けていた袋を開き、仙豆を口にする。ライオットジャベリンは布石。そして界王拳は攻撃力を高めるだけではなく、防御力を高めてくれる技である。即死さえしなければ、仙豆の数だけ復活できるラディッツにも勝機はある。サイヤ人の血が、より戦闘力を高めてくれるのだから。

 どうせすぐ死ぬだろうと思い込んでいたスラッグは、足元で必死に仙豆を食べるラディッツを無視していた。それがスラッグの第一の失敗だ。

「ライオットジャベリン!!」

 傷がふさがり、体力も全快。そして戦闘力が跳ね上がったラディッツが足元からまさかの不意打ちである。ターレスに意識を向けていたスラッグは虚を突かれ、膝にライオットジャベリンを食らって吹き飛ぶ。

「ぬぐッ……!?」

 驚いたのはスラッグだけではない。ターレスもまた死んだと思ったラディッツがピンピンしていたことに目を疑う。

「攻撃しろ!!」

「くっ、何がどうなってんだ!?」

 サイヤ人の特性で戦闘力を増したラディッツの一撃は確かなダメージをスラッグに与える。ターレスは戸惑いながらもラディッツに追随して攻撃を仕掛ける。

 空を飛んで体勢を立て直そうとするスラッグに、ターレスの追撃が迫る。強烈な蹴りがスラッグの胸を穿ち、吹き飛ばされた先にラディッツが構えており、連打で畳みかけようとする。

 だが、虚を突いた一撃ならともかく、単なる攻撃ではスラッグにダメージらしいダメージを与えることはできない。ラディッツが必死に殴り続けるのを意に介することなく、全身から気を発してラディッツを吹き飛ばすと、悠然とターレスに突き進む。

「死ね」

「くそッ!!」

 ターレスとスラッグには大きな実力の差がある。まともに太刀打ちして敵う相手ではないことを悟っていたターレスは、ここで逃げを選択する。

 ターレスにとってスラッグは暗雲を発生させて神精樹の成長を阻んだからこそ戦う相手であり、逆に言えば、暗雲発生装置さえ壊してしまえばスラッグと戦う理由はなくなる。戦いは避けられないと思っていたし、当初はスラッグがここまで強いとは思っていなかったが、こうなれば作戦の変更を余儀なくされる。

 ラディッツという駒がいる以上、ターレスは逃げて暗雲発生装置を破壊することが可能なのである。

 ターレスを追うスラッグと、そのスラッグを追うラディッツ。挟み撃ちにできると踏んだラディッツがスラッグの背中目掛けてライオットジャベリンを放ち、それに合わせてターレスも気功波を放ってスラッグの足を止めると、ターレスは一気に加速して戦いの場を離れていく。

「ちっ、流石にうまく削り合ってくれないか……さて、こうなればせめてナメック星人だけでも倒さねばな」

 ターレスの行動は正直好ましいものではなかったが、そもそも敵同士を戦わせるという作戦は極めて難しく、少しでも削れただけでも御の字と言えよう。

 スラッグもまた、ラディッツを倒さねば話にならないと理解したのか、ラディッツと向かい合って構えをとる。

「雑魚どもが、調子に乗りおって」

「へっ。やるしかねえ……!!」

 ラディッツが地上に降りて、スラッグを仰ぎ見る。スラッグもまた空中戦よりも地上戦を好むのだろうか、地面に降り立ち、ラディッツに猛然と迫る。

 戦闘力が上がり、ラディッツとスラッグの差は先ほどよりも縮まった。起死回生からの超回復によってラディッツの戦闘力は8万にまで至っている。スラッグの戦闘力はおよそ200万ほど。差は歴然であるが、それを埋めるのは勿論界王拳である。

「はあああ……!!」

 ラディッツは界王拳を高め、20倍に至る。正直なところ、気のコントロールに関してはクリリンやヤムチャほどの卓越した技能を持たないラディッツであり、相当無茶をしているのだが、それでも戦闘力は160万。まだ40万ほどの開きがある。

 だが、少なくともこれで『戦い』にはなる。たとえどれだけ辛かろうが、ここで倒しておかねばならない相手なのだ。

「おおおりゃあああ!!」

 気を噴出させてスラッグに向かうラディッツは、渾身の力で拳を突き入れる。それまでよりもずっと速く、重い一撃にスラッグは意表を突かれたもののがっしりと受け止めて蹴りを放つ。咄嗟に上体を反らして蹴りを紙一重で避けるラディッツだが、追撃となる拳を食らい、体勢を整える前に胸に一撃を受ける。

「ぐぐ……てあッ!!」

 負けるものかと踏ん張って足払いをかけ、体勢を崩しにかかるラディッツだが、これをスラッグは避けることもなく、ただ脚に力を込めるだけで堪えてみせ、思惑が外れたラディッツの頭を踏みつける。

「ふん。話にならんな」

 ぐいぐいと頭を踏みつけるスラッグに、ラディッツは地球人の戦法で対処を試みる。両手に気を集め、倒れ伏した状態から気功波を地面に向けて発射。爆風で身体が大きくのけぞり、スラッグの足を弾いて距離をとる。

 いったん仕切りなおしになった戦いに、ラディッツは彼我の実力差を分析して、内心で毒づいた。なんとか戦っているが、まだスラッグは全力ではないだろうし、それなのに全力のラディッツの上を行くのだ。まともにやって勝ち目はなく、何とか勝てる方法を見出さねばならない。

 だが、そんな間をスラッグは与えない。強者の余裕を見せるほど、スラッグにも時間が残されているわけではないのだ。息つく間もなくやって来たスラッグの攻勢にラディッツは防戦にならざるを得ず、界王拳の限界も近かった。

 一人では耐え切れない。そう悟ったラディッツは近くにいるであろう悟飯を呼ぶことを考える。だが、いくら底力のある悟飯であってもスラッグに対抗できるわけではないし、何よりも拳を交わしたラディッツには、スラッグの戦闘経験の豊かさが理解できていた。圧倒的に経験不足の悟飯は手も足も出ないだろう。

 ヤムチャがいてくれれば。そう願わざるを得ない。

 じりじりと押されていく中、仙豆を口にする間もない。辛うじて繰り出した反撃の拳もスラッグに軽く受け止められてしまい、カウンター気味に突き立てられた拳に為すすべもなく吹き飛ばされる。

 界王拳が限界に近づきつつあり、食らったダメージと共に肉体を蝕んでいく。クリリン達のように一瞬でも界王拳を30倍まで引き上げられれば良いのだが、気のコントロールに関しては一枚落ちるラディッツには、それすらもできない。

 万事休す。まったく歯が立たないわけではないが、埋め切れない実力差は如何ともしがたい。そして、スラッグがサイヤ人の特性を知っているか否かにかかわらず、呑気に仙豆を口にする間を与えてくれないのは明白だった。

「……だが、諦めん」

 このまま戦っても勝てないが、諦めてしまえば万に一つがあるかもしれないチャンスすらふいにするかもしれないのだ。

 地べたを這いつくばってでも戦う、戦士としての意地を地球人に教わった。最後まで絶望せずに全力を尽くし、最後まで勝利にすがることを心に決めたのだ。

「来いよ緑色。その血色の悪い顔、今度は青色に染めてやる」

 ラディッツはきしむ身体を奮い立たせ、にやりと笑ってスラッグに言い放つのだった。

 




身内に不幸がありまして、急遽北海道へ。帰ってきたら妹一家の帰省。
気付けば随分と間が空きました。


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白い悪魔

 ラディッツがスラッグとの一騎打ちに挑む中、ターレスは一人で暗雲発生装置に向かっていた。

 暗雲さえ払いのければ神精樹が実り、勝利を手にすることができるだろう。正直なところ、部下を失い、這う這うの体で逃げ出している現状、ターレスはかなり追い込まれているわけだが、不思議と怒りはなかった。

 そもそも、彼にはあまりプライドがない。サイヤ人という戦闘民族に生まれはしたが、使い捨ての下級戦士であり、しかも惑星ベジータが無くなってからはフリーザの勢力に一応は属しながらもほとんど無縁に動いてきたのだ。権力も無ければ、勢力もない。プライドなど持つはずもなく、ただ単純に破壊を好み、強さを求めてきた。

 たとえ宇宙で一番になろうとも、その行動が変わることはないだろう。自らの支配する場所を壊すなど、無意味な真似はしない。ただ単に破壊するだけならば、わざわざフリーザのように支配していく必要はなく、ただただ壊せばいいのだ。

「へへ……ここで神精樹さえ実れば、何も恐れることはない」

 神精樹の種とて無限ではない。また、豊かな土壌の星も限られている。地球こそ、現在最も神精樹の成長に適した惑星なのだ。これを逃す手はない。

 幸い、ラディッツがスラッグを足止めしており、ここで暗雲発生装置を壊して身を隠せば良いだけの話である。予想外の戦闘を強いられはしたが、目的は達成することができるであろう。部下も失ったが、何ならラディッツあたりを配下にしてやらないこともない。同族であるし、中々使えそうでもある。

 そんなことを考えながら空を飛んでいたターレスだが、暗雲発生装置を目の前にして、ふいに止まる。

 ぞわっと。そう、背中から尻尾の先まで悪寒が走り抜けたのだ。そして、気付いたときには眼前から一筋の光線が伸びてきており、ギリギリでそれを躱す。範囲は狭いが、貫通力に優れたこの光線に当っていればただでは済まなかったであろう。

 だが、そんなターレスは再び戦慄する。今度は光線よりも速く、人が飛んできたのだ。自分目掛けて。

「ぐっ!?」

 これも辛うじて避けたが、その刹那に見た人影にぎょっとする。随分と小柄で、子供のようだが、それにしても白い。色白というレベルではなく、完全なる白だ。

「どどん波!!」

「ちっ!」

 白い子供――チャオズが放ったどどん波は、やはりターレスに避けられるが、チャオズはニコニコと相好を崩し、悠然と宙に浮いている。

「へへ。神様から状況は聞いてる。神精樹を育てさせることなんて、絶対にしない」

「ふん。今度は地球人か……まったく、どいつもこいつも」

 ターレスはチャオズに飛びかかる。だが、その慢心した突撃は敢え無くチャオズに躱されて、カウンターの頭突きを食らってしまうのであった。

「……なるほど、どうやらお前が地球人で最強のようだな。こんなチビが最強たぁ、地球も落ちたもんだぜ」

「へへ。ボクが最強だなんて、否定しなくちゃいけないんだけど……困ったことに、事実だ」

 チャオズはふと笑みを消したかと思うと、次の瞬間ターレスの背中に回り込んでおり、鋭い蹴りから拳の連打を浴びせかける。思わぬ攻撃にターレスは狼狽する。

 不意打ちに狼狽したわけではない。問題はその速さと重さだ。色白のチビだと思い込んでいた敵は、ターレスの目に追えないほどの速度で、ターレスよりもよほど重い攻撃を仕掛けてきていたのだ。

「なん……だと……?」

 反撃のできないままに殴られ続けるターレスに、チャオズは思い切り後頭部を蹴りつけて地面に叩きつける。小さなクレーターよろしくターレスが激突した岩盤が凹み、身体がめりこむ。

 チャオズは手を緩めない。鶴仙人の元で修業をしていた頃に教え込まれたことがある。戦いを楽しむなど愚の骨頂であり、殺せるときに殺すのが一番であるという、殺人術の教えである。師匠の下を離れ、一人の戦士として武道家の道を歩き出してからは封印していた教えであったが、この地球の危機に関していえば、鶴仙人の教えは是である。

 神様に知恵を借りに赴いたチャオズは、神様から神精樹について聞き、不幸中の幸いとしてスラッグの暗雲によって成長が妨げられていることも知った。この危機的状況は、裏を返せば暗雲次第でしばらくの小康状態を保つのである。したがって、まず真っ先に倒すべきは暗雲を払おうとするターレスであり、意地でも神精樹を実らせようとする彼を殺さずに置くことは地球を滅ぼすことになる。

「ここで殺す。恨むなら、地球に来た自分を恨め」

 チャオズはそれだけ呟いて、どどん波を放つ。それはターレスの腹部を貫き、ターレスは大量の血を口から吐いた。

「がはっ……ち、ちくしょう……こんな強い奴いなかったはずだ……スカウターの故障か……」

「昨日までのボクなら、負けてた。故障してない」

「……へっ。よくわからねえけど、ついてねえ……ちくしょう。結局、オレは……」

 最後まで言い切らないうちに、ターレスは再び血を吐いて倒れ伏す。今までとは比べものにならぬほど強くなっていたチャオズは、ターレスにとって完全に予想外で、何も出来ぬままに倒された。

 一体、何を言おうとしていたのかはチャオズにはわからない。悪には悪の言い分があることを、かつては殺し屋になるべく鍛えられてきたチャオズはよく知っている。それは境遇であったり、生まれ持った心の歪みであったり、本人には如何ともしがたいものだってある。できることならば、かつての亀仙人のように救いの道を示したいとも思うのだが、やはりチャオズには理解できてしまう。ターレスは決して改心しない。天津飯やチャオズのように武闘家としての誇りを持っていたり、ラディッツのように根底に家族や同族への情があるならばともかく。ターレスは戦闘民族としての誇りや意地もなく、野望や情熱すらない。ただ、破壊を楽しむだけの快楽主義者だ。同族への甘さはあるのだが、それはチャオズにとって知る由もなく、またラディッツのような情ではなく、道を共にしやすいという計算からくるものだ。

 倒さねばならないと理解したチャオズは、容赦などしない。ターレスが油断している間に、戦いを楽しむことすら放棄して一気呵成に片づけた。

 そして、それを可能にするほどのパワーアップを果たしたのだが、無論、答えは決まっている。神様の宮殿にあるこの世ではない世界――精神と時の部屋である。

 空気は薄く、重力は高く。まるで何もない真っ白な世界は時間の経過が元の世界とは違う。一日が一年になるという摩訶不思議なこの部屋にて、チャオズは徹底的に修業をしたのである。

 たった一人で一年間、黙々と修業をするのは辛かったが、地球の危機という状況。そして、不幸中の幸いのように膠着した状況。それが、神様にチャオズの修業という選択肢を与えたのである。ベジータとナッパの襲来に備えて天界で修業した元の世界とは違い、ラディッツの襲来より前に天界での修業を積んだチャオズと天津飯。その中でも、途中で蛇の道へ挑んだ天津飯と違い、チャオズは神様の修業を最後までやり遂げた。

 悟空がミスターポポに修業をしてもらっていたことはあるが、神様直々に、最後まで修業をつけてもらっていたのはチャオズぐらいのものなのである。当然ながら、神様のチャオズに対する思い入れはひとしおである。

 何よりも、チャオズにはまだ『伸びしろ』があることを神様は知っていた。そこで精神と時の部屋をチャオズに勧め、チャオズは一も二もなくこれに賛同。一年間で徹底的に鍛え上げて、こうしてここに舞い戻って来たのである。

「……悟空にそっくりだ。もしかすると、仲良くなれたのかもしれないけど」

 息絶えたターレスを見て、チャオズは少しだけ感傷に浸った後に、ふわりと浮いて次の目的地へと向かった。

 今このとき、地球最強の戦士としてすべきことを為すために。

 

 

 正直、もう限界だ。ラディッツは内心で降参しつつも、動かぬ身体をそれでも懸命に引きずって、スラッグに向かっていた。

 界王拳を最大に上げてもスラッグの戦闘力には通じず、仙豆を口にする機会すら与えられなかった。既に右腕は力を込めることも叶わず、満身創痍とはこのことであり、既に痛覚は麻痺しているほどだ。

 だが、それでも逃げるわけにはいかない。今ここでスラッグと『闘える』のは自分だけだからだ。界王拳を使いこなせない悟飯ではスラッグの戦闘力に太刀打ちできず、頼りになる弟やクリリンたちは遥か宇宙の彼方。ヤムチャはクウラに向かったことを気の動きで感知しており、他の誰も、この地球上に悪に立ち向かえる実力者などいない。

 それに、圧倒的な実力差こそあるものの、ラディッツの奥義であるライオットジャベリンの威力に関してはスラッグも警戒しており、強引な攻め方をしてこない。身体中傷だらけだろうが、まだ動くのだ。闘志は決して衰えておらず、迂闊に飛び込もうものなら、一発逆転を秘めた一撃を繰り出してやるという気迫が、ラディッツの目に宿っていた。

 暗雲発生装置は破壊されるかもしれないが、スラッグは目の前の敵を確実にしとめることを優先することにしていた。装置はあくまでも装置であり、たとえ壊されようとも一瞬で暗雲は消えることなどない。そして、戦闘員こそ倒されてしまったが、装置を管理する科学者たちは宇宙船の内部で未だ健在であり、彼らがいれば再び装置を作り上げることなど造作もない。

 それよりも、このサイヤ人に確実にとどめを刺さなければ、思いもよらない痛手をこうむることになる。長く宇宙で悪の名を轟かせてきたスラッグは、サイヤ人の特性と闘志をよく知っていた。戦うことに関していえば、実力はともかくとしてその意欲は戦闘型ナメック星人の比ではないほど、サイヤ人は凄まじい。死を恐れないというような生易しいものではないのだ。死んでも戦い続けようとする気概がある。

「サイヤ人を抱え込むとは、厄介なものだ。地球など一息で吹き飛ばせるかと思っていたが、中々どうして余興が残っておったわ」

 厄介と言いつつも、決して負ける気がしないスラッグは、サイヤ人ほどではないが戦闘が好きな戦闘型ナメック星人であり、にやりを笑みを浮かべる。

「……へへ。勝てる勝負ってのは、楽しいよな」

 ラディッツはスラッグの笑みに、思わず苦笑いを浮かべる。勝利を確信して、戦いを楽しむ笑みを浮かべた経験はラディッツにもある。以前はそんな表情を浮かべる自分が好きだった。圧倒的な力で敵をねじ伏せるのは楽しいものだし、それ自体を否定はしない。ただ、それよりも楽しいことを見つけてしまったのだ。

 既にいたるとこに傷を負い、気も減って体力も少ない。それでも――否、それだからこそ浮かべられる笑みがある。

「だが、こんなピンチをひっくり返して勝てば、楽しいどころの騒ぎじゃないってことは知らないらしい」

 ラディッツは全身の気をコントロールして、再び界王拳を行使する。

 戦闘民族サイヤ人の血が騒ぐ。そう、絶望的な差をひっくり返してこそ、勝利という名の美酒は格段に美味くなる。

 全ての気を左腕に集めて、一撃に賭ける。右腕が碌に動かない以上、できることは限られている。

「はあっ!!」

 意を決してスラッグに飛びかかるラディッツだが、その速度はスラッグにしては軽くいなせるレベルのもの。ライオットジャベリンを警戒して余裕を持った回避さえすれば恐れることはない。

 素早く距離を取り、死角からラディッツを蹴り飛ばすスラッグに、だがラディッツは蹴り飛ばされた体勢のまま、ライオットジャベリンを放つ。

「むっ!?」

 捨て鉢になって無茶な攻撃を繰り出したと見たスラッグだが、狙い自体は正確であり、避けねばならない。確かに無茶な攻撃ではあったが、僅かに隙を作ったのも確かであり、気付くのが遅ければ食らっていたかもしれない。

 スラッグはラディッツ渾身のライオットジャベリンを素早く回避すると、ラディッツを見る。姿勢の制御をしないままにライオットジャベリンを放ったので、勢いを殺しきれずに遠くまで飛んで行っていた。

 ここで、ふとスラッグが気付く。確かに意表を突く攻撃ではあったが、博打を仕掛けるにしては少々無謀である。トドメをさそうとスラッグが動いたときならばいざ知らず、まだまだ様子見を崩していないスラッグに対して、いきなり博打を仕掛けるのはあまりにも短気が過ぎる。

 そこで、ラディッツの狙いを推しはかったのが、スラッグが今まで圧倒的優勢を保っていたが故の、危機感の薄さだろう。

 そして、早々に博打に出たラディッツの狙いでもあった。ライオットジャベリンを放った後、吹き飛ばされるがままに腰に結んでいた袋に手を伸ばしたラディッツは、一粒の仙豆を取り出して口にしようとしていた。

「させん!!」

 寸前に気づいたスラッグが、慌てて気功波を放ってラディッツを消し飛ばそうとする。だが、ラディッツは慌てない。

 今までずっと沈黙していた、心強い仲間がそばにいることを知っていたからだ。

「魔閃光ッ!!」

 それまで気を消して隠れていた悟飯が、スラッグの放った気功波を自身の最大の必殺技で弾き飛ばす。それまで存在を感知していなかったスラッグは、流石にこれにまで対処をすることができない。

 そして、咄嗟の一撃でラディッツを倒せなかったという結果は、あらゆる意味で危険を伴っていた。

「ライオットマーベリック!!」

 吹き飛ばされていたはずのラディッツが、スラッグ目掛けて気の散弾銃でもあるライオットマーベリックを放つ。先ほどまではほとんど目くらまし程度の威力であったはずの技が、急に気を高めてガードしなければならないほどの威力に上がっている。

 サイヤ人の特性。戦い、傷ついて、それでもしぶとく生き残って回復した後には、飛躍的な成長を遂げるという戦うための特性が、ラディッツに働く。相手が強ければ強いほどにその成長も高まる。

「はああああッ!!」

 ラディッツがスラッグ目掛けて猛攻を仕掛ける。界王拳を駆使して、それでもまだスラッグには及ばない。

 だが、及ばないだけだ。目に見えて素早く、重くなった攻撃にスラッグはそれまでのような悠長な対応はできない。矢継ぎ早に繰り出されるラディッツの攻撃に手間取り、新たに戦線に加わった悟飯がスラッグ目掛けて気功波を放って援護をする。

「ちいっ。サイヤ人風情がッ!!」

 怒りによって気を解放したスラッグは、ラディッツを殴り飛ばして、悟飯に突進する。悟飯はこれを避けることすらできずにガードするしかなかったが、そのガードを吹き飛ばされて腹に強烈な一撃を食らう。

「……ッ!!?」

 もはや、声も出ないほどに強烈な一撃に、悟飯は己の腹部を見る。どうやらなんとか、即死だけは免れたようだが腹からはぼたぼたと血がこぼれ、致命傷であることが即座に理解できた。

 まずは五月蠅いハエを片づけたと得心するスラッグだが、甥の腹を目の前で突き破られる光景に激昂したラディッツが、我を忘れてスラッグに飛びかかる。

「き、貴様ーーーッ!!」

「ふん。頭に血を昇らせおって」

 一直線にスラッグに向かうラディッツに、スラッグは悠々とカウンターで拳を突き入れる。だが、それでも食らいついてくるラディッツは、なるほど確かに強くなっている。

 放っておくと厄介だと、スラッグはライオットジャベリンを警戒した消極的な戦法から、積極的にラディッツを倒す戦い方にシフトチェンジを図る。頭に血が上り、単調な攻めしかできないラディッツはいくら戦闘力が上がったと言っても、単なる猪突猛進でしかない。スラッグにとっては御しやすい相手である。

 だが、スラッグは知らなかった。孫悟飯という少年が、いざと言うときにおよそ子供らしからぬ底力を発揮させることを。時として、あまりにも残酷な手段すら厭わないことを。

 たとえ我が身を犠牲にしても、仲間を救う行動を取るほどに優しい少年であるということを。

「魔閃光ーーーーッ!!」

 致命の一撃を食らったはずの悟飯から、それまでとは比べ物にならない威力の魔閃光がスラッグに向けて放たれていた。

 完全な不意打ちに、スラッグは避けることができずに光の濁流に飲み込まれる。ラディッツが我に返って悟飯を見ると、そこには傷一つなく、ピンピンした悟飯が立っていた。

 仙豆で回復したのだろう。だがしかし、仙豆を食べるほどの余裕すらなかったはずが、どうやって食べたのか。

 何ということはない。悟飯はあらかじめ、口の中に仙豆を含んでいただけである。ラディッツの危機を救うために様子を見ていた悟飯だが、二人の戦いについていけないことを悟ってからは、自分の役割をラディッツが仙豆で回復する隙を作ることと定めて、その準備をしていた。

 一番大きな隙を作るのは、スラッグの攻撃を自分へと誘導することにある。しかし、スラッグの攻撃をまともに食らっては致命傷は避けられない。そこで悟飯は、即死だけを防げば回復できるように口に仙豆を放り込み、そのまま戦列に加わったのだ。

 全力で防御をしたものの、やはり腹に穴が開くほどの一撃を食らい、危うく意識を手放すところではあったが、仙豆を嚥下するだけの猶予はあった。

 サイヤ人の特性と、お互いを護るための絆。そして地球という惑星が育んだ摩訶不思議な力を持った豆。全てが噛み合ったとき、一人の超天才戦士が狼狽えるほどの結果を生み出すこととなる。

 魔閃光に少々のダメージを負ったスラッグが、このあまりにも面倒な二人を相手にすることに苛立ちを募らせ、ギリギリと奥歯を噛んで二人を睨み付ける中、ラディッツは呵呵大笑したくなる気持ちを抑え、ゆっくりと悟飯に近づいた。

「肝を冷やしたぞ。無茶はするなと言いたいが……助かった」

「へへ……こんなところで死ねないよ」

 二人の戦士が、スラッグを見る。先ほどよりも戦闘力が上がっており、それは確かに脅威ではあるのだが、それ以上にスラッグが不安を覚えるのが二人の表情であった。

 勝利を掴もうとする闘志が宿った瞳。それ自体に以前との違いはない。否、ラディッツに関しては以前より鬼気迫る感が消えている節さえある。

 だが、それとは別に宿ったのは、冷静さと余裕。命を賭けた戦いであるにも関わらず――実力では、依然スラッグが上であり、まともに戦って勝ち目はないはずであるのに、そこに焦りや不安を感じない。まるで、勝利を確信しているかのような落ち着き様である。

 油断や慢心ではない。だが、勝利を確信している。悟飯はともかくとしてラディッツは経験豊富な戦士であるから、単なる希望的観測ではないだろう。

「……最早、余興とは思わん。全力で潰してくれるわっ!!」

 遂に、スラッグも本気を出すことを決めた。




仙豆コンボ発動。

更新が遅れた理由は、劇場版挿入による整合性の取り方について考えていたこと。
で、方向性が見えたかなーと思ってたらモンハンが発売されたこと。
モンハン一通りクリアしたら人狼プレイヤーとの交流が増えて夜は大概人狼やってたこと。
あと、ちょっと仕事の上で資格試験受けるために勉強してたこととか。

すんません、半分以上は遊んでました。
世の中、誘惑が多いです。


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噛ませ犬の足掻き

危うくエタりかけました。人狼が悪い。


 ターレスを一方的に降したチャオズ。

 スラッグと戦うラディッツと悟飯。

 クウラを言い包めてスラッグにけしかけるヤムチャ。

 悟空やピッコロ。ベジータにクリリン、天津飯という頼れる仲間がいない中、地球の運命は未だに絶望の淵に立たされたままである。

 それでも戦士たちは折れず、活路を見出すために懸命に足掻く。

 

 

 激しい戦闘による気の動きは、チャオズやヤムチャにとって手に取るように理解できた。

 チャオズは一人、神精樹の種を蒔いた場所まで飛ぶ。幸い、地球の危機を知った神様によって場所は特定されており、苦労はなかった。

「育ってたら危なかったけど……よかった。ほとんど根を張ってない」

 チャオズは超能力を使って、地盤に食い込んだ神精樹の根を引きはがしていく。まだほとんど成長していないものの、周囲の岩盤を突き破っていることから、とんでもない代物であることが理解できる。

 これが育っていれば、確かに地球ごと消滅させるしか手は無かっただろう。岩盤ごと引っぺがして、根を全て引き上げたチャオズは気で消滅させて、念のため、さらに神精樹の気を探る。

 植物とは生命であり、当然気を有している。莫大な成長力と生命力を持つ神精樹ともなると、その気も並の人間よりははるかに大きく、容易に探り当てることができる。

「……うん、完全に消えてる。これで、あとはスラッグとクウラ……待ってて、みんな。ボクがいくまで持ちこたえてて!」

 チャオズは再び気を探る。探るまでも無く大きな邪悪な気と、よく知った二人の気が伝わってくるのだが、それに近づく二つの気も感じ取れた。

「ラディッツと悟飯、強くなってるなあ。ヤムチャは……クウラと戦ってないのに一緒にいる。とにかく急がなきゃ」

 チャオズは気を噴出させてラディッツと悟飯が戦う場所へ向かった。

 

 

 不思議な偶然なのか、或いは必然だったのか。

 チャオズがラディッツ達のところに到着するのと同時に、クウラとヤムチャも姿を現していた。

 ラディッツと悟飯。それにスラッグは激しく争っている場面であったが、突然の闖入者に気付いて距離を取る。悟飯の隣にチャオズが降り立ち、ヤムチャとクウラはスラッグの前に立った。

「貴様が地球に来たムシケラか。運が悪かったな……オレがいなければ、死なずに済んだものを」

 クウラの言葉は、スラッグに向けられたもの。スラッグはクウラの戦闘力を探り、軽い絶望を覚えた。

 規格外。化け物。それは本来、自分に向けられるべき言葉であると思っていたが、それを目の前の異形は軽く飛び越えている。

「……ぐ、ぬう」

「死ね」

 宣告はたったの二文字。クウラが指先から放ったデスビームはいともたやすくスラッグの頭部を貫き、スラッグはどさりと倒れた。

 地球人とは違う、血の色。ナメック星人は再生能力を有しているが、頭の核が無事である限り再生ができるだけであり、逆に言えば、核さえ壊せば再生は不可能となる。脳などの主要臓器と、核を破壊されては、さしものナメック星人も容易く死に至ってしまう。

「……ふん。どれほどのものかと思えば、こんなクズか」

 クウラはくるりと振り返り、ヤムチャを見る。ヤムチャは苦笑いしながらも、スラッグが死んだのを確認すると、クウラと真っ向から視線を合わせた。

 先ほどまで次元の違う強さを誇っていたはずのスラッグが、たった一発の攻撃で。しかも、何気なく放ったかのように見えた技で死んでしまったことに、ラディッツと悟飯はたじろぐ。これがクウラ。規格外の強さを誇る、文字通りの化け物だ。

 だが、ヤムチャだけは知っている。フリーザを直接見たことはないが、一度地球にフリーザが来たとき、これ以上のパワーを感じたものである。まだまだクウラが本気ではないことも、ここまでに圧倒的な力の差があることも、わかっていた。邂逅を果たしてすぐのときのような絶望感は既に消え去っていた。

「助かったぜ。おかげで、倒さなきゃいけない奴が一人になった」

「くっくっく。騙されてやったのだ。ありがたく思え」

 この展開を予想できないほどクウラは馬鹿ではない。どちらにしてもスラッグはクウラにとっても邪魔な存在であるから、倒すことは決定していた。案内役になるだけ、騙されてやったほうが楽なものだと判断したに過ぎない。

 無論、ヤムチャもそれはよく理解している。状況を把握してきた仲間たちも、やるべきことがはっきりと理解できた。

 あとは、この絶望を切り抜ければいいだけだ。

 

 戦闘経験において、今地球にいる戦士の中で豊富と呼べるのはヤムチャとラディッツであった。

 数々の惑星を滅ぼしてきたラディッツと、時間遡行の末にこの場にいるヤムチャ。慣れているが故に、戦って勝ち目がないことも理解していた。

 戦闘力に換算すれば、クウラはおよそ7000万。現在は気を抑えているのか、半分にも満たないものの、潜在能力を探れば大よその数値は見えてくる。

 対する地球の戦士たち。まずヤムチャであるが、超神水の効果で戦闘力を上げただけであり、2万ほど。界王拳をほんの一瞬だけ30倍まで引き上げることに成功はしているが、それでも60万が限度である。

 ラディッツは二度の起死回生により、大幅な戦闘力の上昇を果たしているが、それでも15万前後。20倍程度の界王拳ならば使えると仮定しても300万。

 悟飯は界王拳が使えない。戦闘力は元々の潜在能力の強さが引き出されたのか10万に至っているが、怒りを爆発させたとしてもクウラには遠く及ばない。否、存在しないに等しいレベルだろう。

 そして。一年間、精神と時の部屋で修業を重ねたチャオズ。今は気を抑えているが、開放すれば界王拳を使わずとも、20万に至っている。

 チャオズの強さ。そして、元の時代で数々の強敵を打ち破ってきた戦士たちの強さには、理由がある。彼らは、敵がいなければ強くはなれないのだ。

 目前に迫る強敵と言う目標が、戦士たちを強くする。元の時代でサイヤ人の襲来という危機に、ヤムチャやクリリンは一年間で200前後から1000を超える戦闘力に至っている。5倍を超えるほどの急成長である。

 もちろん、神様という新しい師匠がいればこそではあったが、それでも悟空が神様のもとで修業をしていても、そこまでは伸びなかった。悟空とピッコロの二人で、悟空を犠牲にしてようやく勝てたラディッツを知り、それより強いという二人のサイヤ人の存在を知ったからこそ、ヤムチャ達は急激な成長を果たしたのだ。

 平たく言えば危機感によって、修業への取り組み方が変わってくるわけであるが、遡行者でもない人間からすれば、そうそう凶悪な敵が攻めてくるなどという想像などできるはずもなく、致し方ないこととも言える。

 そういう意味では遡行者たるヤムチャとクリリンの成長は極めて緩やかなものだともいえるわけだが、別に仲間と足並みを揃えたわけではない。無論サボっていたわけでもない。

 悟飯は足を竦ませて、完全に腰が引けている。ラディッツは忌々しげに顔を歪ませて、クウラを睨み付けるが彼我の実力差に軽い眩暈を覚えるほどだ。

 チャオズとヤムチャ。この二人は、ただ意志の強い瞳をクウラに向けるだけだった。

「チャオズが修業してくれていたのはラッキーだった。攻撃は任せたぞ」

「……じゃあ、それ以外は任せたよ」

 二人の地球人は慌てることも、怯えることもなく、クウラに対峙する。

 ヤムチャはたった2万。チャオズは20万。まだ実力の半分も見せていないクウラだが、それでも2000万はあろうかという戦闘力に敵うはずがない。それでも、二人は前に進む。

「ふん。サウザー共よりは使えそうと思ったが、忠誠心が足りんな」

 クウラは面倒とばかりに、まずはヤムチャに矛先を向ける。戦闘力としてはこの場で一番低いヤムチャは、尻尾を振り回すだけで首を落とすことができるだろう。

 ただし、わかっていたからと言っても己を欺いた罪は重い。顔を潰して苦しみながら死なせようと、拳をヤムチャの顔に目掛けて突き入れる。

 2000万と2万。その差は歴然であり、結末も瞭然である。はずだった。

 ほんの少し力を込めただけで消し飛ぶはずのヤムチャであったが、クウラの拳を受け流し、にやりと笑う。

「どうしたクウラ。オレを殺すんじゃなかったのか?」

 一撃で殺さず、嬲る算段が裏目に出たのであろう。憎まれ口をたたくヤムチャにクウラは舌打ち、これ以上神経を逆なでされるのも癪だとばかりに勢いよく蹴り上げようとする。

 だが、これはヤムチャが避けていた。まさしく紙一重。風圧でヤムチャの道着は引き千切れ、細切れになって散っていく。

「む?」

 絶対にヤムチャには避けられない速度であったはずだ。今の二人の差は、蟻と象のようなもの。軽く撫でるだけで殺せる相手であるはずが、なぜかヤムチャは死んでいない。

「どうした。痛めつけるにしても、当てないと意味がないぞ?」

 ヤムチャの挑発は続く。ならば、今度は確実に殺そうと少しだけ力を入れて殴りかかるクウラだが、違和感を覚える。

 ヤムチャの胸を突き破るはずの拳が、横合いからヤムチャの腕で払われている。まるで腫物を扱うかのような、丁寧な受け流しであった。触られたという実感すらないままに、クウラの拳は空を切り身体が泳ぐ。

「馬鹿な……お前の速度で見切れるはずがなかろう」

「……だよな。どうして当たらないのか、よおっく考えてみろよ」

 相も変わらずヤムチャは薄ら笑いを浮かべてクウラを見る。苛立つクウラに、ラディッツや悟飯は呆然とするばかりである。

 クウラの一撃はどれも、ヤムチャでは見切ることができないほどの速度であり、まともに食らえば即死を免れない強烈なものであった。たとえ界王拳を全開にしたとしても、耐えられるはずもなければ見切ることすらできない。

 しかし、ヤムチャはまるで羽毛のようにゆるやかに、クウラの攻撃をほんの少しの動きだけで躱している。

 クウラは苛立ちながらも、ならばとばかりに連打で攻める。

 左の拳は完全な撒き餌。それを躱したところに本命の右の蹴りを叩き込み、それで終い。それも見切られていたとしても、今度は右の拳を使えばいい。

 クウラの読み通り、初撃は躱されたものの、右足の蹴りはヤムチャの腹を捉えようとする。しかし、これはヤムチャが蹴り脚を軸に身体を回転させて衝撃を分散させる。ならばと追撃した右の拳は、再びヤムチャに受け流されて、泳いでしまった体勢を立て直そうというところで、ちくりと左わき腹に何かが触れる。

「……ふん」

 ヤムチャが受け流しから素早くクウラの脇腹目掛けて蹴りを入れていたのだ。しっかりと捉えていた攻撃ではあったが、彼我の実力差に如何ともしがたくダメージと呼ぶのも烏滸がましい、本当に触れただけのようなものになってしまっている。

 クウラの攻撃は当たらない。ヤムチャの攻撃はダメージにならない。

 戦闘力は1000倍。それでも両者は極めて短期間ではあれど、互角と呼べる勝負をしている。

 クウラは苛立ちながらも、ヤムチャのパワーが脅威ではないことを悟る。それと同時に、後方にて隙を伺う二人の戦士に注目する。

 チャオズとラディッツが気を溜めている。気を探る能力がないクウラではあるが、ヤムチャの消極的ともいえる戦法と、黙して構える二人を見ていれば、おのずと戦法は見えるというもの。確かに二人の攻撃であれば微細ながらダメージは受けるかもしれない。

 だが、笑止。全ての戦士を一撃で屠る力を持つクウラが大砲であるならば、ヤムチャは輪ゴムを飛ばしているようなもの。ラディッツやチャオズでも玩具のピストルでしかない。

「調子に乗るな、カス共!」

 気功波をヤムチャに放ち、消滅させようとする。しかし、ヤムチャは気功波さえも受け流し、距離を詰めてくる。鬱陶しいだけのハエにも似た動きにクウラは猛スピードでヤムチャを迎え撃ち、真正面から殴りかかる。

 ヤムチャは慌てない。繰り出された拳を横合いから受け流し、すれ違いざまに小さな気功波をクウラの後頭部に打ち込む。決してダメージを狙った攻撃ではない。あくまでも、注意を自分に向けておき、クウラを苛立たせるためだけの行動だ。

 クウラの攻撃は確かに致死確定の威力を秘めており、本来ならば掠っただけで身体が砕けかねないものだ。それでも、ヤムチャは自分の上を行く速度のクウラの攻撃を見切り、すべて受け流している。

 これぞ、ヤムチャが元の時代で長らく時間を費やしていた技の一つ。戦いについていけなくなり、それでもライフワークとなっていた修業をやめることができずに編み出した奥義とも呼べるもの。

 繰気弾や狼牙風風拳のような、攻撃のための技ではない。敵にダメージを与えることすらできないほどの、圧倒的な力量差のある敵との戦いだけを想定して鍛えた技。

 そう。このヤムチャの奥義は、相手が自分よりも遥かに格上でなければ通用しない代物となっている。

 自分が絶対強者であるという自負を持ち、全力の勝負などほとんどしたことのないような怪物にだからこそ通じる技。少々悪く言えば、力におぼれて技を磨いていない者に対する切り札である。

 触れれば死ぬような凶悪な攻撃も、横から軌道をズラすだけで当たらない。そして、相手を弱者と見下して行う攻撃は予備動作も丸出しであり、一手先、二手先を読むのは極めて容易い。相手が強ければ強いほどに、ヤムチャは手に取るように先を読み、避け続ける。怒れば怒るほどに攻撃は単調になり、判断力を失っていく。

 クウラは未だダメージらしいダメージもなく、疲れてもいない。だが、ヤムチャは動じない。少なくともこの時点で、ヤムチャはクウラと幾度か拳を交わしているが死んでいない。

 途方もない戦闘力の差と、不思議と拮抗した勝負に悟飯は呆ける。このような戦いは初めて見た。当らない攻撃と、当てても意味のない攻撃。この最強の矛と盾のような二人の攻防は、なぜか圧倒的不利に見えるヤムチャに余裕があり、クウラが追い詰められているようにも見えるのだ。

 クウラはしばらく様子を見ていたが、やがて苛立ったのか、戦闘力を引き上げる。

 求めるのはこれ以上の攻撃力ではなく、速度。攻撃が見切られているのであれば、それを超える速度で粉砕すべきであるとの結論だ。

 小賢しいことに、技ではヤムチャに圧倒的な分がある。だが、クウラはそれに苛立つことはあっても負けたとは思っていない。技術など、弱者が足掻いて頼るものであり、圧倒的な戦闘力こそが最大最強のこの世の理であると確信しているからである。

 戦闘力は4000万に至り、大地は震え、雲が消し飛ぶ。少しでも気を感じ取る能力があるならば、存在を感知するだけで消し飛んでしまいそうな圧倒的なパワーだ。

「……足りないな」

 ヤムチャはにやりと笑い、歩を前に進める。クウラの放つ威圧感は以前にも増しているが、過去の記憶の中にあるセルや、遠くから気を感じ取っていたブウ。それに超化した悟空やベジータたちサイヤ人に比べるとあまりにも弱い気だ。

 自分では決して到達しえない戦闘力なのかもしれない。しかし、先ほどの戦闘が既に答えを出している。

 クウラの攻撃は以前にも増して速度を求めた単調な攻めになっており、見切るだけならば一層容易くなっている。

 まっすぐに突き出された拳を、横から弾くように受け流し、泳いだ体勢のクウラの顎に目掛けて肘打ちを増したからかち上げる。これもダメージにはならないが、一端はインファイトに持ち込む必要があるのだ。

 クウラの拳が次々に繰り出され、ヤムチャはそれを的確に捌く。気をピンと張りつめ、相手の予備動作から予測するのだが、ヤムチャが見るのは単に予備動作だけではない。気の流れや筋肉の収縮。目に頼るだけではなく、五感を研ぎ澄ませて、あらゆる角度から次の攻撃を予測するのだ。

 クウラがこれでも足りないのかと苛立ちを隠さなくなってきたところで、ヤムチャは距離をとる。追撃に入ったクウラだが、回り込むことすらせずに直進するという、あくまで絶対王者の戦い方をしたのが不味かった。

 ヤムチャとクウラの間に割って入るかのように、一筋の光線がクウラ目掛けて飛んでくる。ヤムチャしか追っていなかったクウラは、どうせ目くらまし程度であろう小さな光線など無視して突き進む。それが、丹念に練り上げて凝縮した気の塊であることなど、王者には知る由もない。

 どどん波。殺傷力だけで言えばかめはめ波の上を行く、これもまた強敵相手に通用しやすい技の一つである。通常、その連射力を生かした早撃ちとして使うことの多い技であるが、チャオズほどの気の熟練者がこれを扱う場合、幾つものスタイルに分けることができる。

 ヤムチャがしっかりと時間を稼いだおかげで、その威力を最大限まで高めている。20万の戦闘力を持つチャオズが、一瞬で引き上げた界王拳の数値は50倍。戦闘力1000万で放ったどどん波は、いくら4000万のクウラといえども全く無視できるほどの貧弱な攻撃であるはずがなかったのだ。

 正確にクウラの鼻頭を狙い撃ったどどん波はクウラの上体を反らせ、顎を持ち上げるに十分な威力があった。並の敵ならば貫通しているところであるから、それだけでもクウラの強さがわかる。だが、いくら強かろうが顎をカチ上げられてすぐさま行動に移ることのできる者などいない。

「ライオットジャベリン!!」

 完全に浮いた顎に、畳みかけるように放ったラディッツのライオットジャベリンも見事に命中。いくら強かろうが、これはかなりのダメージになったはずだと笑うラディッツだが、爆風の中からクウラは突如として現れる。

「サイヤ人風情が、調子に乗るな」

 先にラディッツとチャオズを始末しようと目標を変えたのであろう。クウラの突撃に不意を突かれたラディッツであるが、横合いからクウラの身体を一筋の閃光が弾き飛ばす。体勢を泳がされたところに、再び閃光は襲い掛かり、戦場を縦横無尽に駆け巡る。ヤムチャがクウラの行動を読み、先に用意していたものだ。

 本来ならば捉えることのできないほどの動きを見せ、従来ならば絶対に押し負けるパワーを持つクウラだが、ヤムチャの経験則と研ぎ澄まされた感性。さらに天性として与えられた、翻弄するかのような戦い方。どれもこれもが、格上相手との負けないための戦いに向いている。

「どうしたクウラ。俺を殺すんじゃなかったのか?」

 まるで蠅のようにブンブンとクウラにまとわりつく繰気弾にクウラは苛立ちを隠せず、気を全身から放出して繰気弾を掻き消す。迸る熱波に表情をゆがめながらも、ヤムチャはクウラの真正面に立つ。

 クウラにダメージらしきものはほとんど見受けられない。気は減るどころか、怒りによって膨れ上がるばかりである。このまま地球ごと消しかねないような力に、ただ構えてみることしかできない悟飯は死を予感する。だが、不思議と逃げ出す気にはならなかった。

 悟飯のそばにいる仲間は、誰一人して怯えた様子など見せていない。チャオズはいつものまん丸の目をして、無表情ではあるが、長らく修行を共に続けた悟飯には、静かな闘志が奥で渦巻いていることがよくわかる。ラディッツにしても、ヤムチャにしても、諦めたり悲観したりする様子は微塵もない。むしろ、勝つための算段を着々と進めている。

 幼い悟飯にとって、彼らの背中は途方もなく大きく、そして憧れるに足るものである。微かに震えた足は、武者震いだろう。そして考える。今の自分にできることを。ヤムチャの神業や、チャオズのような一撃も放てない。

「……よし!」

 悟飯は静かに気を溜め始める。クウラに比べればあまりにも小さな気かもしれない。どう足掻いても敵わないかもしれない。だが、それでも出来ることがあることをヤムチャが教えてくれた。

 悟飯の様子に、ラディッツは思わずニヤリと笑う。この状況を打破するためには、この小さな戦士の活躍が必須だったからだ。甥の精神的な強さもまた、笑った理由ではあったのだが。

 

 

 クウラとヤムチャの格闘戦は圧倒的な戦力差を覆すことはなくとも、致命的な一撃を食らうこともなく進んでいた。

 だが、全神経を研ぎ澄まして戦い続けるヤムチャと、怒りこそしているが圧倒的な自信で攻めるクウラでは疲労の溜まり方も違う。チャオズが第二撃を放ってこれを命中させているが、やはり大したダメージにはなっていない。

 ヤムチャの流れるような動きに、クウラは翻弄されている。が、その実でチャオズさえ始末してしまえば終わることを確信しており、ここで強引な戦法に切り替える。ヤムチャに攻撃を受け流された勢いそのままにチャオズに向かって突進を開始。完璧に頭に血が上っているように見せていたのが幸いしてか、ヤムチャの反応が一歩遅れる。

 向かい来るクウラに、チャオズは三発目のどどん波を放つ。しかし、真正面から撃ったそれは容易くクウラに弾かれ、ぐんぐんと距離を詰められていく。

 これに唯一反応したのがラディッツだった。全身に滾らせた気をそのままに、全力でチャオズとクウラの間に割って入る。界王拳で一気に気を高め、真っ向から迫りくるクウラの拳を受け止めようとする。

 どん、と衝撃が走り、ラディッツの両腕が文字通り、ミンチになってはじけ飛ぶ。圧倒的な破壊力の前には、いくら気を高めようが話にならない。

 それでも、ラディッツは笑う。チャオズはすかさず太陽拳を放っていたからだ。

 凄まじい閃光に、クウラは思わず目を腕で覆い、その隙をついてチャオズがラディッツを抱えて飛び下がっていた。途中で仙豆をラディッツの口に放り込み、両腕も再生させてしまう。

「魔閃光!!」

「繰気弾!!」

 ここぞとばかりに、悟飯とヤムチャがクウラに攻撃を重ねる。しかし、やはりそれらはダメージと呼ぶにも烏滸がましいものだ。だが、復活したラディッツの戦闘力を感じ取れば少しでもダメージを与える価値がある。

 数値にして、100万。つい先ほど、15万前後だったラディッツが凄まじい勢いで成長したのだ。サイヤ人の特性の恐ろしさはここにある。敵が強ければ強いほど、起死回生の強さは跳ね上がる。より強靭に、より素早く。だからこそ、フリーザはサイヤ人を危惧したのだ。

「はあああああっ!!!」

 逆転の系譜。それは、やはりサイヤ人にかかっていた。ヤムチャは苦笑する。やはり、どう足掻いても自分たちはクウラやフリーザのような敵には敵わない。

 だが、今考えるべきは目前の脅威であって、自分たちのエゴではない。ヤムチャもまたクウラとの戦いで擦り減った気を仙豆で回復させると、再び近接戦に挑むべく前に出る。

 ラディッツは界王拳を20倍に引き上げて2000万の戦闘力で立ち向かう。およそ、クウラの半分ほどであるが、これは無視できるレベルではない。ヤムチャが受け流し、ラディッツが攻める形を取りつつも、チャオズと悟飯が控える。

「ええい、雑魚どもがッ!!」

 クウラは遂に怒りを爆発させて、戦闘力を7000万に引き上げる。クウラの――少なくとも今のクウラにとっての最大の力を引き出して、全力でヤムチャ達を葬ろうとする。

 全方面に気を放出させて、ヤムチャ達を消し飛ばそうとする。だが、その気の流れなどヤムチャにとっては手に取るようにわかってしまう。後ろに大きく引いて、ダメージを最小限にまで抑える。それでも全身が焼け焦げるが、すぐさま仙豆で回復する。

 最早、仙豆に頼るしかないのである。地球と言う豊かな星で、弱小民族として育ってきた地球人には、確かに圧倒的な戦闘センスを誇るサイヤ人や宇宙の覇者たるフリーザ一族のような強さは無いが、弱いからこそ身に着けてきた気の操作や、たちどころに傷を回復する仙豆がある。地球人として戦うヤムチャは、それらを最大限に駆使するしか道は無い。

 これは持久戦だ。圧倒的破壊力を持つクウラとて、最大限の力をいつまでも維持できるはずがない。戦えば戦うほどに気は減る。そうなれば、ラディッツやチャオズがその力を最大限に放出する機会が生まれる。

 ヤムチャは、痛みすら心地よく思えてきて、ボロボロの道着を破り捨てながら、ニヤリと笑うのだった。



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VSクウラ

 クウラと戦士たちの戦いは、泥沼と言っていい様相を呈してきていた。

 全方面への気の放出以外でヤムチャに対してダメージを与えることができないクウラ。しかし、それすらも気の流れで看破されてしまい、致命傷には至らずに不思議な豆で回復されてしまう。

 一方、戦士たちも決め手に欠ける。ラディッツやチャオズの攻撃はクウラに届きはするのだが、決定的なダメージに至らず、いたずらに時が過ぎていく。

 怒りに我を忘れるクウラは、ヤムチャにとって一撃の恐れはあるものの、捌きやすい相手と化している。しかし、自分から攻撃できないのもまた事実。強敵と真っ向から戦うために身につけた技巧は間違いなくその力を発揮しているのだが、これはあくまでも悟空のような最強の戦士や、クリリンのように格上を一撃で仕留める気円斬のような必殺技を持っている仲間がいてこそ真価を発揮する。クウラほどの強敵を相手に、チャオズやラディッツの攻撃力では足りないのだ。

 打開策を練るほどの余裕は、ヤムチャにはない。掠るだけで身体が吹き飛びそうなクウラの攻撃を引き受け、全神経を注ぎ込まねばならないのだ。

 ラディッツはヤムチャとクウラの戦いの隙を窺いながら、渾身のライオットジャベリンを叩き込むべく気を高めている。急に立場を取られたチャオズだったが、慌ててはいない。まだ、奥の手があるのだ。そして、ラディッツという僅かでもクウラにダメージを与える存在が出てきたことで、チャオズは長い精神集中の時間を得ている。

 界王拳を高め、気を増幅させたチャオズは、溢れんばかりの気を両腕に集中させる。

 亀仙人の教えに光の道を歩みだした天津飯とチャオズだが、鶴仙人の教えや技術を忘れたわけではない。ましてや、気の扱いに優れつつも肉体的に劣っていたチャオズには、鶴仙人によって幾多の技が仕込まれている。

 自爆とて、その一つ。己の肉体を無視してすべてを爆発力に変える禁断の技は、亀仙人は開発すら思いつかなかったであろう。残酷な技ではあるが、チャオズは決して自爆を忌避しない。要は使い方であり、どのような意思のもとに行使するか。大事な存在を護るために命が惜しくないのならば、それはきっと百万語の正義の言葉よりもまっすぐに、正義を貫くことになるだろう。

 ただし、今はその時ではない。今、全力で自爆をすればクウラにダメージを与えることも可能かもしれないが、現時点でチャオズたちは絶望的な状況ではない。自爆せずとも、勝てる道が残されている。ならば、まずはその勝ち筋を目指すのが最善である。

 両腕に溜めこまれた気が激しく渦巻き、チャオズの精神を蝕もうとする。本来は全身を流れる気を一か所に溜めこんで放つ気功波は集中力を伴うが、この技はそれだけではない。気を暴れさせてその破壊力を跳ね上げるということを、己の肉体の中で引き起こすのである。当然、コントロールに凄まじい労力が伴い、下手にすべての気を注ぎ込むと発射と同時におのれも力尽きる恐れがある。

 これぞ、鶴仙流の奥義、気功砲である。天津飯は消耗を抑えた、より洗練された新気功砲を開発して使用したが、当然ながら威力は落ちる。チャオズは気の熟練でこそ秀でるが、気の総量では戦士たちの中でも劣る。ならばこそ、安定した必殺技ではなく、たとえ身が滅びようとも破壊力に秀でた元来の気功砲を選んだのである。

 チャオズが気功砲を練り上げていく中、ヤムチャはクウラの拳を受け流しつつ、遂に追い詰められていく。クウラがヤムチャの動きを落ち着いて読みはじめ、少しずつ逃げ場所を無くすような戦い方を始めたのだ。

 さすがに王者の風格を落とすような戦いはしないが、それでも一撃の威力を殺してでも、追い詰めようとするクウラの動きにヤムチャは焦りを覚える。そして、クウラの拳が遂に避けきれないタイミングを見定めて、ヤムチャの腹部に向けられる。

「ぐッ……!!」

 ヤムチャのくぐもった声が漏れるが、クウラが思い描いていたような、腹を貫かれて絶命しているヤムチャは存在しなかった。完全に身動きを取れないタイミングだったはずのヤムチャだが、体勢とは関係なく動くことのできる繰気弾が、ヤムチャを弾き飛ばしていたのだ。自分で自分を攻撃する形でもあるが、致命の一撃に比べれば大したことではない。完璧に捉えたと思っていたクウラは突然獲物が横合いに吹っ飛んでしまったことで虚が生まれる。

 最大の好機に、チャオズは両の手に溜めこんだ気を一気に放射する。

「気功砲!!」

 ヤムチャが弾き飛ばされ、クウラとの距離が開いたところで渾身の気功砲が炸裂する。まばゆい閃光が奔り、クウラを飲み込んでいく。

「ぬっ!?」

 その迫力に危機を察知したクウラだが、逃れる術はない。王者としては防御など屈辱であるが、それでも屍を晒すよりはよほどいい。両腕で身体を護り堪えるが、チャオズが全力を注ぎ込んだ気功砲は確かにクウラの皮膚を焼き、蝕んでいく。

 じりじりと焼かれる感覚に、クウラは遂に全力で防御に回る。これほどの気の放出を今まで繰り出さなかった理由は、明らかである。極めて危険を伴う技か、ひどく時間のかかる技であるか。クウラは瞬時にそれを見抜き、ならば耐えてさえしまえばいいという結論に達したのだ。

 だが、そこで気づく。あの地球人たちは、瞬時に体力を回復させて、傷を癒す不思議な豆を持っている。ならば、この責め苦はずっと続くのではなかろうか。

 気の奔流は止まる事を知らぬかのように続く。このままでは、こんな矮小な種族に、負けてしまうのではないか。

 一瞬だが、クウラの脳裏をよぎったのは得も言われぬ不安であった。そして、その不安はクウラに一つの決心をさせる。

「こ、こんなことが……まさか、こんなことで……!!」

 クウラは怒りにわなわなと震えながらも、気功砲の光に身体を焼かれていく。しかし、焦りはしない。

 もはや、恐れるものは何もないのだから。

 

 

 チャオズは暴れ狂う気をなんとか制御しながら、ひたすらに気功砲を放出し続けていた。

 クウラの気が、減っている。それがわかる戦士たちにとって、この攻撃をやめるという選択肢は無い。だが、チャオズの気の残量も、既に尽きかけている。悟飯が仙豆を与えようとするが、必死に歯を食いしばって気をコントロールするチャオズにそんな余裕があるはずもない。

「が、がんばって! チャオズさん、がんばって!!」

 悟飯に残された手段は、最早応援しかなかった。必死で気功砲を放ち続けるチャオズに声が届いているかはわからないが、それでも悟飯は叫ぶ。

 そんなときだった。

「おおおッ!!!」

 不意に、悟飯は横合いから、思い切り蹴り飛ばされていた。

 岩盤に叩きつけられ、何が起こったのかわからない悟飯は、咄嗟に新たな敵かと体制を整えるが、違う。

 悟飯を蹴り飛ばしていたのはラディッツだった。鬼のような形相のラディッツが、悟飯を見て、にやりと笑う。

「……へへ」

 ラディッツの口から漏れでたのは、安心したかのような微かな声。そして、それがラディッツの最期の言葉だった。

 ごぷりと、ラディッツの口から大量の血が吐き出される。胸元からは、何故か拳が突き出ている。そして、その拳が引き抜かれると共に、ラディッツはその場にどさりと倒れ、事切れる。

「……ラディッツおじさん?」

 何が起こったのか、悟飯は理解ができなかった。強く厳しい伯父であったが、優しくもあった。父である悟空とは違うその優しさと厳しさは、悟飯に戦う意思を教えてくれた。その、ラディッツが一瞬のうちに死んだ。しかも、自分を庇って。

「ふん、殺す順番が変わったか。まあ良い……耳障りなガキの声が、心地よい悲鳴に変わるかと思えばそれもまた一興」

 斃れたラディッツの後ろに立っていた敵――先ほどと同じ声で、同じ性質の気を持った――は、だがしかし、その姿を変えていた。身体は一回り大きくなり、厳つくなっている。

 そして、そんな外見よりも、その気の量に、悟飯は言葉を失う。先ほどの倍は裕にある。これぞ、クウラの奥の手であり、普段はその力を持て余すことから封印していた真の姿である。

「……やられた」

 あまりの速度に気付くことすらできなかったヤムチャは、ラディッツの死に、顔をゆがめた。

 悲しいとか、怒りだとか。そういう感情は既にどこかに消えている。ドラゴンボールという存在が、人の死をひどく曖昧にしてしまっているからだ。事実、ラディッツはこれが「初めて」の死である。元の時間に比べれば遅いぐらいであり、生き返らせる機会はきっとある。だが、今この状況を乗り切らねば、それすら危うい。

 そういう、冷徹ともいえる戦士の思考になっているのだ。

 サイヤ人であるラディッツは、即死さえしなければ、仙豆の併用でクウラを倒すほどの力を身に着けていたかもしれない。ヤムチャは、そのような算段もつけていた。

 だが、仙豆を与える間もなく殺されてしまった今、それも望めない。残るは、碌にダメージを与えられないヤムチャと悟飯。それに、チャオズのみ。

 事実上の敗北であった。かくなる上は、逃げるしかない。逃げて生き残れば、まだ悟空たちが生きている今、取り返しがつく。

「チャオズ、悟飯、退くぞ!!」

 ヤムチャの決断は早かった。だが、次の瞬間、再び予想だにしない展開が巻き起こる。

「うわあああああああああッ!!!」

 悟飯が、キレていた。がむしゃらに、一体どこにそんな力を隠していたのかと言うほどの気を爆発させて、クウラに殴りかかっていた。

 だが、それもクウラには蚊がさす程度のものである。全力で殴り掛かった悟飯の一撃を尻尾で払うと、そのまま軽く蹴り飛ばす。悟飯は再び岩盤に叩きつけられ、小さな体をボロボロにして、そのまま痙攣を繰り返す。

 今まで、怒りによって驚異的な力を発揮させてきた悟飯であるが、如何ともしがたい実力差では、それも虚しい。やむなく、ヤムチャはチャオズを見る。こうなれば二人で逃げるしかないと思ってのことだった。

 だが、そのチャオズは、最大の奥義を打ち破られたばかりか、仲間が死んだ中ですら、戦う意思を放棄してはいなかった。

『ヤムチャ。ボクが戦う……けれど、この技は未完成。ヤムチャがさっきクウラと戦っていた時のように、ボクの気の流れを、よく見ていて』

 ヤムチャの脳に直接、チャオズの声が聞こえてくる。

 チャオズの言葉の意味がヤムチャにはよくわからない。しかし、チャオズの顔にはまだ敗北を示すような色は無い。仲間の死に怒り、だが決して冷静さを欠いてはいない、戦士の顔をしていた。

 ならば、賭けるしかない。未完成の技を試したいだけではないはずだ。ヤムチャに気の流れを見ていてほしいと頼んだことに、きっと意味がある。

「はあっ!!」

 チャオズは裂ぱくの気合いと共に気炎を巻き上げて、クウラに立ち向かっていく。界王拳すら使っていない。クウラは変身を遂げた上にラディッツを屠り、悟飯を戦闘不能に追い込んだことで溜飲を下げたのか、チャオズの突撃を嘲笑ってゆっくりと相対する。

 所詮はムシケラの一撃。敢えて一撃を受けて、チャオズの動きが止まったところを粉々に砕く算段であった。

 チャオズは止まらない。渾身の力を振り絞り、短い体躯を最大限に使って、クウラの顔面に殴り掛かる。

 そして、次の瞬間にヤムチャは確かに見た。どん、と鈍い衝撃音が響き、チャオズの一撃にクウラが吹き飛ばされる姿を。微動だにしないはずのクウラはその威力に吹き飛ばされ、岩山に叩きつけられ、それどころか突き抜けてさらに吹き飛ばされていく。

 さほどのものではないが、変身して最強となったはずの肉体に、確かにダメージを受けた。クウラは理解ができずに、吹き飛ばされながら激しい怒りに囚われる。

 一方、ヤムチャはチャオズが殴り掛かった瞬間の気の動きを見て、戦慄していた。

 チャオズが今まで使わなかった理由と、その威力の凄まじさの理由が、すべて理解できた。

「界王拳……」

 ヤムチャの呟きに、チャオズはにこりと笑う。そう、界王拳なのだ。原理はまさしく界王拳そのものである。だがしかし、その威力は今のチャオズに出せる代物ではない。

 そのカラクリは、界王拳の集約にある。

 本来、界王拳は基本的な戦闘能力を跳ね上げるブースターである。格上とも対等以上に戦うための、一時的なドーピングと思ってもいい。無論、原理はドーピングなどではなく、効率的に気を開放することによるロストエネルギーの回避であり、悟空が界王拳を「気をコントロールして」と発言している。

 それをクリリンは、瞬間的に界王拳を使うことで気の消耗を抑えて、界王拳の弱点である継戦能力を補った。いわば、瞬間界王拳。

 それに対して、今回チャオズが使用したのは界王拳の集約であり、つまるところ、拳にのみ界王拳を発動したわけである。至極、単純な計算である。全身から開放するための界王拳を、一点に集中すれば、その倍率は凄まじいことになる。

 チャオズが使用した界王拳は、本来の界王拳で換算すれば20倍。それを拳に凝縮したのだ。至極単純に計算するだけでも、威力は数十倍になっていることだろう。

 ただし、チャオズがヤムチャに伝えたように、この技は未完成。全身を巡らせる気を一点に集中させることにより、気のコントロールが極端に難しくなっているのだ。チャオズの元々の界王拳は50倍までの数値となるのに対して、20倍ほどでしか使えない。

 そして、チャオズがヤムチャに見ているように伝えた理由は、この技の危うさである。一点に集中させたことにより、他の部分は界王拳が発動していない。いわば、極端に防御力が下がった状態なのである。

『危ない技だけど、ヤムチャのあの見切りがあれば、活用できる。クリリンほどじゃないけど、クウラも倒せる技だってある……隙はボクが作るよ!!』

 チャオズのテレパシーに、ヤムチャはこくりと頷いた。やるしかない。見様見真似ではあるが、原理は界王拳と、気の一点集中の二つであり、ヤムチャは両方とも十分に習熟している。

 クウラが土煙の中から現れ、チャオズに向かう中、ヤムチャは全身の気を右の拳に集め、界王拳によって右の拳だけを高める。

 なるほど、確かに難しい。だが、チャオズには無い利点がヤムチャにはある。

「真・狼牙風風拳」

 気の爪を右拳に生み出したヤムチャは、今、自分が作り上げたそれに驚愕した。今までよりも鋭く、強いその爪は、これならば間違いなくクウラに通用するであろう技に進化していたのだ。

 チャオズはクウラの突撃に、土中に潜って姿を消したかと思えば背後に回って、再び拳に集めた界王拳で強襲を仕掛ける。その戦法はかつて、クリリンとの試合で食らったかめはめ波を自分の肉体に置き換えたものである。

「……よし!」

 ヤムチャは意を決すると、気の集中をやめて、気を窺う。チャオズが必死に開発したこの技であるが、著しい防御力の低下以外にも、もう一つの弱点があった。

 戦闘力そのものを高める界王拳の利点である、速度の上昇が無いのである。先ほどのように相手の油断やトリッキーな戦法なら通用するが、威力を悟ったクウラは回避を選択するであろう。それに、攻撃の威力は、速度によって大きく変わる。だからこそ、チャオズもこの技を最初から使うことはせずに、危機に陥ったこの時に、半ば賭けで使用したのである。

 だが、ヤムチャはこの技に希望を見出した。必殺の威力を秘める攻撃があるのであれば、勝機はある。

「ラディッツ……仇は取るぞ!」

 ヤムチャは覚悟を決め、一気に駆け出す。クウラはそれに気づくが、チャオズがここぞとばかりに太陽拳を放つ。

 この太陽拳に、視界を奪われたのはクウラだけではなくヤムチャもである。だが、気を探ることができるヤムチャに視界など不要である。そして、闇雲に拳をふるうクウラに向かい、まずは右脚に気を集中。界王拳を凝縮して地を蹴り、一気に加速する。

 その瞬間、ヤムチャの右脚の皮膚が裂け、血が噴出する。あまりの気の凝縮に、肉体がついてこれなかったのだ。だが、それを気に掛ける暇などない。急激な加速により、ヤムチャは今度こそ右拳に気を集中。凝縮界王拳で気爪を作り出し、クウラに突撃する。

「このクズがぁあああ!!!」

 視界を奪われたものの、ヤムチャの迫力に危機を察知したクウラが、気配を頼りに、ヤムチャを迎撃する。だが、当たらない。ヤムチャの見切りにより拳は空を切り、ヤムチャは受け流した勢いをそのまま加速に用いる神業を見せる。

「おおおおおおおおッ!!!!」

 ヤムチャが吼え、気爪がクウラの喉笛を掻き切る。ヤムチャが長年培った技術に、クリリンが気円斬を元にヤムチャのために開発した気爪。そして、チャオズが到達した最強の一撃。それらがすべて組み合わさり、ほんの一瞬だが、閃光のように眩しく燃える。

 それが人間の。地球人が持つ最強の力の所以である。

 クウラは、己の頭と胴体が切り離されるのを感じ取り、不思議な気持ちに陥っていた。

 先ほどまで、自分が圧倒的優位にいたはずである。変身を完了させて、最も強かったラディッツを一撃のもとに屠り、勝利を確信していたはずだ。それを、二人の地球人にあっさりと打ち破られた。

 一瞬のことだった。目が眩んだと思ったら怖気が奔り、迎撃すら叶わず、次の瞬間に首が飛んでいた。最強のであるはずの自分が、己の死を覚悟することすらできずに死ぬ。理解ができない。

「何故だ」

 胴から離れた首が呟く。最強の存在であるはずの自分が、脆弱な地球人などに負けるはずがない。一体、何故だ。

「認めん」

 最後に吐いた言葉は、意思を持つ。クウラが己の死を悟り、しかしそれをよしとせずに放った言葉は、離れてしまったはずの肉体をも動かした。

 すべての力を一撃に賭けたヤムチャは、右の拳も砕けたようで、血を流して肩で息をついていた。その背中目掛けて、首のないクウラが腕を動かし、デスビームを心臓目掛けて放つ。

 勝利を確信していたヤムチャにそれを避けることなど出来るはずもなく、背後から心臓を穿たれて血を吐いて倒れる。

「なっ!?」

 ヤムチャは起こったことが理解できず、クウラの頭を見る。その表情は最期に憎々しい地球人を道連れにしたことで、ざまあみろとでも言いたげな薄ら笑いを浮かべたまま、動かない。どうやら完全に死んだようだ。非情の敵ながら、その強大なパワーは凄まじかった。およそ自分の敵うレベルの敵ではなかったのだ。相討ちでもいいのではないかと、ヤムチャは笑う。

 心臓を貫かれたヤムチャに、チャオズは慌てて仙豆を食べさせようとするが、ヤムチャは口から血を吐きながらも、それを苦笑いで断った。

「へ、へへ……敵の油断を逆手に取ってきたが、最後の最後に詰めが甘かったらしい。俺も油断してやられるなんて、修業が足りない証拠だな」

「いいから仙豆を食べて!」

「いいや。ラディッツがあの世にいる……ちょっと、あの世で修業してくるさ。けど、ちゃんとドラゴンボールで蘇らせてくれよ」

 なるほど、かつての世界の悟空は、ラディッツ共々に死んだときに、死ぬのが嫌な感じだと表現していたそうだが、確かにこれは嫌なものである。ヤムチャは己の体が冷えていくような感覚の中、やれやれと目を閉じる。

 ここで死ぬのは想定外であったが、そう悪い話でもない。

 少し離れた場所で、心臓を貫かれて絶命したラディッツが倒れている。なるほど、自分も心臓を貫かれており、この状況は元の世界で悟空とラディッツも陥ったものである。今回は仲間であったが、死に方が一緒だとは皮肉なものである。

「旅は道連れ世は情け……か。まあ、旅って言っても死出の旅だけどな」

 ヤムチャは最期まで冗談を言い、思わず涙ぐむチャオズに向けて笑顔を作り、静かに息を引き取った。




長かったです。本来は全員でナメック星に行って、チャオズVSグルドとか、まあアニメでやった流れも多少回収しようかな、なんて思ってたわけなんですけど。

おかげさまでヤムチャ一乙。ついでにラディッツも一乙です。チャオズまで死んでたらクエスト失敗してるところでしたね。

ちなみにこのヤムチャとラディッツの死亡は完全に想定外&思い付き。クウラを倒すための凝縮界王拳は本来、対フリーザ戦のために連載開始前から温めていたネタでした。くっそ、こんなところで使うことになるとはな。
まあ、クリリンには別の方法で頑張ってもらいましょう。
ちなみに凝縮界王拳、威力は数十倍と書いていますが、完全オリジナル技なので倍率は作者が自由に(後付けで都合よく)設定できるわけです。2万のヤムチャが一瞬、50倍まで高めたとして100万。それを数十倍なので、まあ仮に50倍して5000万。
クリリンの気円斬がフリーザの尻尾を両断したところを見ると、多少切れ味で劣っても、なんとかなりそうな感じがしますね。
クリリン、あのときで確か10万にも及ばない戦闘力で最終形態フリーザ様の尻尾切り敢行ですから。

とまあ、時間がかかった割に内容は急ぎ足でしたが、多大なる犠牲を出しつつも無事、劇場版の敵との戦闘を終えることができました。
次回は少々、解説や事後処理などを加えつつ、いわゆるフリーザ編へと突入です。


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