金色の闇としての日常 (夜未)
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始まりの日
目覚める金色



 とりあえず改訂完了。

 この物語のテーマは退廃です。
 主な変更点は活動報告にまとめておきます。
 よろしくお願いします。


 

 

   全ては高校二年の春休み初日に起きたことだった。

 

 ずっと変わらない日常を夢見て、ずっと変わらないことを願って、そして、ずっと変わらないのだろうと思って、ずっと変わらないと、そう言われた。

 変わっていくのは世界だけで、いつまでも、俺は……私は、変わらない。

 

 

  ※  ※

 

 

 その日もいつものように携帯の機能として付いている目覚まし時計が耳元で鳴り響き、俺は心地よい無の世界から引きずり出される。

 気持ちの良い、永遠に燻っていたい状態からの無理な覚醒がとても煩わしいのだが、そうも言ってられない。

 しかし、意識が肉体に宿ろうとも、俺はもう少しこのまま浸っていたいという思いから逃れられない。

 体を包む感触を感じることがとても嫌だと思う。

 まぁ、端的に言えば、それはただ目が覚めただけとも言うのかもしれない。

 

(とりあえず、学校だし、起きるか……)

 

 そんなことを、これまたいつも通りに思い、現在進行でアラームの鳴り響いている携帯へと手を伸ばした。

 金色の糸が絡んだ小さく綺麗な手が伸びていく。

 携帯に触れる前に、身体と思考が止まった。

 

(…………は?)

 

 理解不能の事象を確認!

 エマージェンシーコール発令! 

 俺の灰色の脳細胞が瞬間的に眠気を振り切り覚醒へと促される。

 一気に起床しようと体を少し乗り出して

 

(さむっ!?)

 

 その気持ちが断たれる。

 どうやら季節が春でも寒いものはまだ寒いということを忘れていたようだ。

 問題を先送りにして、まずはもう一度しっかり布団へくるまり、暖を取ることにする。 

 しかし、そこでちょっとした異常に気付いた。

 ……あれ?

 

(俺、ちゃんと服着てたよな? というよりも……)

 

 いつもよりも大幅に布団へ触れる肌面積が小さく、背中に大量の糸のようなものがあることが感じられる。

 意味がわからない。

 

(マジでどういうことだ?)

 

 当然のことだが、俺は自らを糸で縛り上げてから眠る趣味などない。 

 つーか、それはどんな趣味だ。

 いや、世界は広いのでもしかするとそんな趣味を持つ人の一人や二人はいるのかもしれないけれど。

 ここで先送りにしようとした問題に関係があることに思い至った。

 

(腕にかかっていた金色の糸、背中に大量にあるその糸の感触……)

 

 不意に思いついた予測。

 仰向けで見慣れた天井を向いていただけだった顔を横へと向ける。

 金色の糸は俺の恐らく頭部から流れていた。

 というかそれは俺の髪の毛だった。

 混乱に陥る寸前で冷静になれと言い聞かせる。

 

(ふー、落ち着いて考えろ? つまり、俺が長髪で髪が金髪ならこれらの事象は全て有り得るものとして解決されるはずだろ)

 

 そういった予想から解決を図ろうと、自分の頭へと手を伸ばす。

 その伸ばした自分の手に再度驚愕。

 小さく、きめ細かい肌の小さな手がある。

 

(わ、忘れてた……。そういえば手も小さくなってたじゃんか)

 

 高校生男子として並程度の手の大きさだったものが、一夜にして女子中学生のような手になるわけがない。

 いや、女子中学生の手がこんなのか俺は知らないけどね!

 ただの知ったかからくる予測です、あくまで。

 

(てか、俺、そもそも長髪じゃねーし。金に染めてもねーよ)

 

 俺はしっかりと混乱していたようだ。

 一体自身の身に何が起こっているのか? 

 起きて立ち上がり鏡を見れば全て解決しそうなことだが、自身の体温で温められた布団という楽園世界から出る勇気がない。 

 ついでに言えば、事実を受け止める勇気も出ない。

 もぞもぞと布団の中で動き回る。

 それほど大きなスペースでもないので、なんとか体が極寒世界、外気に触れないようにしながら。

 

(服の感触もおかしいぞ……)

 

 やはり違和感を感じる。それも物凄く激しく。

 しかし、布団から出る勇気も姿を確認する勇気も出ない。 

 ど、どうすれば…………。

 取り敢えず携帯の未だ喧しく鳴り響き続けているアラームを止めた。

 

 

  ※  ※

 

 

(腹、減ってきたな……)

 

 起床してから布団に包まれたままで一時間程が過ぎた。 

 初めは色々と焦っていたが、今が春休みだったと理解するとだんだんと落ち着いてきて思考停止をしていたようだ。

 焦る必要が無い、という時間無制限状態が効いた。

 そのままあわや二度寝して全てを夢幻世界に置き去りにしてやろうかとも考えるほどだ。 

 しかし、空腹を自覚するっことによって、俺は起床を余儀なくされていた。

 狭く古臭いアパートでの一人暮らしなので勝手に食べ物が出てくることはないのだ。

 誰か俺にご飯を作ってください。

 こんな時に白水さんが居れば……などという意味の無い思いを描いていると、なんというか、色々と萎えた。

 つまり、暖を取ることも俺自身の意味不明な状態もどうでもよくなったのだ。

 人間悩み過ぎると色々と丸投げしちゃうよね。

 

(いい加減起きるか)

 

 そんなことを思って布団から脚を出す。

 驚愕する。

 いや、何回驚いてんだよと思うかもしれないが、驚くものは驚くのだ。

 俺は素直な人間だった。

 そこにはまるで女子中学生のような綺麗な脚がある。

 どうやら夢幻世界へ置き去りにすることは出来なかったようだ。

 そもそも布団の中で既に体の違和感に慣れてきていることが根本的におかしい。

 

(夢でもなんでもなかったのか。だよなぁ。だって、身体が明らかにおかしいもんな……) 

 

 男子高校生のすね毛など全く見当たらない綺麗な脚だ。

 それに足のサイズ自体が違う。 

 そろそろ現実を直視しなければならない時が来たようだ。

 覚悟を決めて身体を起こすと、視界の横に見慣れてきた金色の糸が流れた。

 包まっていた布団から出て、立ち上がる。

 ちょっとした立ちくらみと、自身の視点の高さからくる違和感を伴う気持ち悪さが飛来してくる。

 無視した。

 諦めて受け入れて流すのは俺の得意分野なのだ!

 大多数の人間がそうだろうけれど。

 

(まず、確認だな)

 

 一つ、自分の中でそう思う。

 ちなみに声は出さない。

 なんとなく。

 本当になんとなくだぞ?

 実はもう色々と解っているとかそういうことではない。

 逸らせるものならば目は逸らしておくべきだ。

 日本人の固有スキルたる、ことなかれ精神を俺は極めている。

 よたよたと歩きながら、部屋に設置されている大型の鏡の前に歩いていく。

 目がしぱしぱするので、腕で拭った。

 まぁ、薄々はわかっていたけど。

 ただ、理解したくなかっただけなのだ。

 やっと鏡の前に立ち、自分の身体全てを見る。 

 

「なんで……」

 

 とうとう声が出てしまった。

 いや、俺、実は独り言はわりと多い方です。

 ちなみに家の中限定。

 さすがに外で独り言をぶつぶつ言うようなことはない。

 恥ずかしいし。

 部屋の中には鈴の音のような高く、鋭い声が響いた。

 そして、事実をしっかりと自分に認識させるために、言葉に出した。

 

「なんで、女になってんだよ……」

 

 鏡の中には引きつった顔の金髪美少女がいた。

 本当、意味がわからない。

 いや、そもそも、これに意味はあるの?

 

 

 

 




 雰囲気が変わってないといいなぁ……(遠い目


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連絡する金色

 

 自分の身体がなぜか女となっていたことを認識した俺はしばらく鏡の前で固まっていた。

 そして、あることに気付く。

 

(この服、この顔、この声、この髪、というか、この姿、どっかで見覚えがある……)

 

 しばし黙考。

 記憶の中を探り、引っ掛かりを探す。

 顎に手をやり、首を傾げ、いかにもな考えてますポーズを取る。

 うん、絵になるな。

 

「って、なにしてるんですか!」

 

 突発的な一人漫才でテンションを上げようと画策して、その出てきた言葉に聞き覚えがあった。

 

(この敬語、やっぱりどっかで……)

 

 引っ掛かりを感じたならば、試してみればいい。

 ということで、俺は発声練習を始めた。

 

「アメンボ赤いなあいうえおー、うきもに小エビも泳いでるー……ここまでしか知らんわ」

 

 そもそも『うきも』ってなに?

 あれ、うもきだっけ?

 わけわかんなくなってきた。

 後で椎名か白水さんにでも聞こう。

 

「! 違った!」

 

 そう、重要なのは発声練習などではないのだ。

 自分の声に引っ掛かりを覚えた敬語、そう、敬語の言葉だ。

 ちなみに、お隣さんには迷惑にならないような声量で言っている為、独り言の五月蠅い危ない人とは思われない。

 気を取り直して、

 

「よし。まずは……

『おはようございます』

 ん? やっぱりなにかあるな

『また会いましょう』

 お? っぽいぞ。なにっぽいのかわからないけど

『私です』

 誰だっけ

『覚えてないんですか?』

 自分で自分にそう言って意識をさせてみる

『わかりません』

 あ、え、お、う?

『私の名前は』

 あ、わかったかも……あれでしょ? あの台詞で有名なあのキャラだ

『愚者(ザ・フール)!!』 アッフォオオオーーーン!!

 あっははは! キャラ違うよ、違う違う。

 うん、わかった、完全にわかりました。これだ

『えっちぃのは嫌いです!』

 はい頂きましたー! 私の名前は金色の闇こと『ヤミ』です!」

 

 いやー、わかってよかった、すっきりした。

 こう、胸のつかえが取れたような清涼感を感じる。

 そっかぁ、俺、『ヤミ』になってるんだ……。

 なるほどなるほど。

 確かにこの黒い衣装、あのなぜ少年誌に載っていたのか意味不明だった青少年向け漫画で描かれていたデザインだった。

 で……

 

「……だから、なんで?」

 

 そして、ぽつりと言葉が漏れて出た。

 なんで俺、『ヤミ』になってるんだろう……

 

 

  ※  ※

 

 

 とりあえず俺は朝食を取っていた。

 もともと空腹で起きたので当然と言えば当然の行動だ。

 え? 悩み? 葛藤?

 全部保留です。

 わからないことを考えても意味ないし、どんな姿に成ろうと、俺は生きていくだけの話ではあるのだ。

 けれど

 

(どーするかなぁ……)

 

 焦ることもなく冷静に考える。

 どうしてこうなったかの思考ではない。

 これからどうするか、という思考を、俺はしていた。

 そして出てきた結論が

 

(とりあえず、アイツらに連絡取ろう)

 

 自分一人で考えても解決できないと悟ったからだ。

 それに、アイツらの俺を見た時の反応も笑えるだろうし。

 むしろそれがわくわくしてきた。

 携帯を手に取り、シャッシャ、と動かしていく。

 ちなみに、携帯=スマホです。

 フリック入力は既に極めていたのだが

 手が変わると、すごくやりにくい。

 手がちっちゃくて、上手いことフリック出来ないのだ。

 そうして四苦八苦しながらも、なんとか打ち終わる。

 

 

~メール~

 

 宛先:椎名裕紀(しいなひろき)

 件名:事実は小説より奇なり

 

 本文

朝起きたらスゴイ事になってたんだけど。今すぐ来れない?

 

~送信完了~

 

 我ながら単純明快、端的な内容だなぁ。

 とりあえずこの内容のメールを宛先だけ変えてあと二度繰り返した。

 

 今の時間からして、返信してくれるのは一人だけだろう。

 さて、なにしてようか、などと考えている、さっそく返事が返ってくる。

 ちゃっちゃと確認してみてみると、案の定、椎名からだ。

 

『面倒だし嫌だ。

つか、何があったのかをメールすればいいじゃん。』

 

 俺以上に端的な文が返ってきた。

 

(コイツ……)

 

 明らかにやる気が感じられない。

 親友?が困っているというのに駆けつけようとかそう言う気持ちが一切なかった。

 普段ならこのままだらだらとメールのやり取りをするのだが、今の俺は違う。

 そのまま電話を掛ける。

 数コールの後、繋がった。

 

『なに? なんで電話?』

 

 着信画面で俺だとわかっていたようだ。

 とりあえずお決まりの台詞を言ってみる。

 

「もしもし~?」

 

『え、誰?』

 

 わからないのか、所詮頭がいいとは言ってもその程度なのか貴様は。

 

「俺だよ俺! 俺俺!」

 

『……ほんとに誰? なんで綜の番号から掛けてきてる?』

 

「えっちいのは嫌いです!」

 

『えっ! ちょっと待って下さい。え、え? あの……』

 

 どうやらかなり混乱しているようだ。

 御遊びはもうこのへんでいいだろう。

 というか、俺が飽きた。

 

「すまん俺だ椎名。調子に乗った。金城綜(かねきそう)です。この度『金色の闇』として現実にログインしました。どうすればいいですか?」

 

『知らんがな。なんで質問風? でも、えっと、は? 綜? 本気で言ってるんですか?』

 

「残念ながらマジだよ。なんでお前まで敬語? とりあえず今、俺の家の鏡の中には携帯片手に喋ってる金髪美少女がいるぞ。逆に聞きたい。今って現実だよね?」

 

 全部夢だったらいいのに。

 いや、むしろその可能性が一番高くないか?

 どうしてそこに思い至らなかった?

 真っ先に確認すべきところじゃないのかそこは。

 

『おーい』

 

 あ、しまった。

 どうやら思考に没頭しすぎて全然椎名との会話に意識を裂いていなかった。

 とりあえず、言う。

 

「ごめん、やっぱここ夢かどうか試してからまた掛け直すことにするわ」

 

『いや待てそれはおかしい。なら僕はいったい何なんだよ』

 

「俺の夢の中の椎名の可能性がある。そして夢なら夢の中の登場人物と会話している今はかなり無駄なことをしていることになるからな。じゃあ切るぞ」

 

『あぁ、その勝手すぎる自己完結、お前やっぱ綜だ……。とりあえずそっち行くk……』

 

プッ、ツーツーツー……

 

「さて、試すか。……でも、その前に」

 

 俺は落ち着くために紅茶の準備をすることにした。

 起床してからの一杯と言う日課は辞められない。

 俺はコーヒーよりも紅茶派なのだ。

 コンビニで売ってるティーパックしか使ったことないけど。

 

 

  ※  ※

 

 

 炬燵で温もりながら考える。

 もし、ここが俺の見ている夢の世界と仮定した場合、俺は何をすればこの夢から覚めることが出来るのだろうか。

 頬っぺたを抓っただけでは無理だった。

 というか、夢の中で痛覚の有無とか曖昧だし、それだけでは断定できない。

 部屋の中を見渡してみる。

 寸分違わず、俺の部屋である。

 しかし、夢の再現率は半端ないからな。

 この程度、想定の範囲内だ。

 どうすべきか……。

 俺はしばし思索に耽る。

 それと同時にスマホからアプリを起動させ、お気に入りのゲームをすることも忘れない。

 例えここが夢の中だとしても、俺には時間経過によって回復する体力やポイントが溢れるということが許せないのだ。

 なんとなく時間を貯金しているような気がするんだよね、こういうの。

 溢れた時の時間を無駄にしてしまった感はすごいものがある。

 

「今回のイベはマラソン系だったしな。体力回復は重要だ」

 

 どうやらアプリ内での記憶すら再現しているようだ。

 ……夢の可能性が下がってきたかもしれない。

 いや、だが、しかし……

 そんなことを思いながらは俺は睡眠時間によって溜められていた分の消費を終えていく。

 

「なんとなくこの手の大きさにも慣れちゃったな。独りで喋ってるせいか、声もすんなりと自分のものに聞こえるし……」

 

 自身の口を通して発せられている音を自分の声ではないと思い続けるのも無理な話だった。

 そうやってしばし記憶通りに進んでいくアプリの時間が過ぎていく。

 そこで、思った。

 

「あ、そうだ。もしここが夢なら、俺が知らないことは再現できないはずだ。なら、未読のラノベとかゲームとかやれば……」

 

 そう言って、俺はPCの電源を入れた。

 ブーンと言う起動音を聞くとなんとなく落ち着く。

 俺だけかもしれないけど。

 なんだか完全にいつもの日常になってるな。

 そんなことを思ったが、別にそれでもいい事に気付く。

 夢なら無理して覚醒する必要なんてないのだから。

 そのままPCの立ち上がる時間を潰すために、俺は未読のラノベへと小さくなった手を伸ばした。

 

 

 

 



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気付く金色

 ピンポーン、というチャイムが鳴る。

 完全に起動しているPCを放置してそのままラノベを読んでいた俺はその音に一瞬ビクッとなった。

 なんだ誰だ。

 せっかく今いいところなのに。

 居心地のいい炬燵からわざわざ抜け出て応対するのがとても嫌だ。

 いっそ居留守でもしてやろうか。

 などなど内心で考えながら、俺はその音を無視した。

 もしかすると、聞き間違いの可能性がある。

 もう一度鳴ったら行こうと心に決めて、ラノベにもう一度目を落として読んでいた文を探した。

 見つけて読もうとした瞬間に

 ピンポーン、と再度チャイムが鳴る。

 嫌がらせか。

 俺は少し不機嫌になりながらも炬燵から身を起こし、立とうとした。

 そして、クラッと体が傾き、ドテ、という擬音が出そうな感じで、顔から床に激突した。

 

「ぐはっ」

 

 立ち眩みである。

 何度も経験していることなので、別段驚くことなどなかったが、咄嗟に出たその声には驚いた。

 いや、慣れたつもりだったのだが、すっかり忘れていた。

 どうやら俺はいまだにヤミボディのままであるし、ここは夢でもないようだ。

 何故なら、読んでいたラノベが完全に面白かったからである。

 しょぼい理由だが、それだけで俺にはここが現実だと判断するのには十分だった。

 というより、面白いラノベがある夢ならずっと覚めなくてもいいので問題ないとも言える。

 ちゃちゃっと立ち上がり、またピンポーンとチャイムを鳴らしている者へと対応すべく、玄関に向かい、ドアに手を掛け、止まる。

 あれ、俺、この姿で応対してもいいのか? という疑問が頭を過ぎったからだ。

 どうすべきだ?

 俺はいったいどうすればいい。

 そもそもこのドアの向こうにいる奴は誰だ?

 もしこれでドアを開けてネメシスとか芽亜とかいたら笑ってしまいそうだ。

 そして聞くだろう。

「いつからここは漫画の世界になったんですか?」と。

 一人玄関ドアの前でそんなことを考えながら小さく笑っていると、携帯が鳴りだす。

 ちょっと焦りながら画面を見ると、椎名から着信しているらしい。

 あぁ、そういえば現実だったらまた掛け直そうとしてて忘れてた。

 特に慌てることも無く、普通に出る。

 

「もしもし?」

 

『やっぱり本当っぽいなぁ。とりあえずなんで僕相手に居留守使ってるんだ。さっさと開けてくれ。あぁ、でも外には出なくていいよ。その判断は正しいと思う。僕も配慮が足りなかったかも』

 

「あ、もしかして、外にいるの、椎名か」

 

『……なんていうか、もういいや。とりあえず、開けて……』

 

「うぃうぃ、了解」

 

 ネメシスじゃなかったのか、残念。

 俺はちょっとだけ落胆しながら、ドアの前に突っ立っていた長身の眼鏡男、椎名を部屋に招き入れるのだった。

 

 

  ※  ※

 

 

「うわー、本当に三次元にヤミがいるよ」

 

 玄関で靴を脱ぎながら椎名は俺を見てそう言った。

 

「まぁね!」

 

「なんでドヤ顔?」

 

 などとくだらない会話をしながら、移動し、二人で炬燵に入る

 思ったより椎名は驚いてくれなかったので、俺はちょっとショックを受けた。

 そして、ほんのちょっと、いや、極僅かにだけど、安心する。

 いや、本当にちょっとだけ。

 元々俺は取り乱してないし!

 

「なにちょっと赤くなってるのさ? 普通に可愛いからやめてくんない? その体型だと、微妙に僕のストライクゾーン掠めてるから困るんだけど……」

 

「黙れ生粋のロリコン!!」

 

 俺はそう言って立ち上がり、紅茶の準備のために、キッチンへと向かう。

 後ろから、「え、僕、泣いていい?」などという声が聞えたが、無視した。

 紅茶の準備をする、といっても、庶民の中でも貧乏の部類に入る俺がすることは五十個入りの安っぽいパックを使った紅茶のことになる。

 質より量を重視する俺はでっかいマグカップをキッチンにある棚から取り出し(ちなみに、俺の住むアパートは2Kである)ティーバッグをその中に入れる。

 どうでもいいことだが、ティーバックとティーパックはわりとどちらでもいい言葉だったりする。

 いや、わりとティーバックで卑猥なパンツのことを想像する人もいるかもしれないが、ティー(お茶)のバッグ(かばん)という意味なのだ。パックも同様。

 ポットでお湯を注いで、上から小皿を乗っけて、蒸す、なんとなくこうした方が味が逃げない気がするだけで、意味は無い。

 まぁ椎名から言わせれば

 

  「これ、紅茶じゃなくて色の付いたお湯じゃん」

 

 とのことらしいけど。

 ボンボンは死ねばいいのに。

 俺にそこまで趣味を紅茶に割くような気はない。

 一分程放置して小皿をどけ、ティーバッグをスプーンで押しつぶす。

 これも何となく味がよく出る気がするからだ。

 特に意味は無い。

 でも実際、色は濃くなるからちょっとは意味があったらいいな(願望)。

 あとはティーバッグを抜いて砂糖を大さじで適当に投入。

 完成である。

 特に良い香りなんてしないし、味も大して良くないが、紅茶を飲んでいるという事実には変わりないだろう。

 二人分を両手に持って、炬燵に戻る。

 椎名はiPhoneを弄っていた。

 ぶれない奴だ。

 

「ん」

 

 気付いてないようだったので、小さく声を掛けて、目の前に置いてやる。

 椎名はちょっとこっちを見て、片手をあげた。

 無礼な奴だが、正直、友人同士で礼を尽くすのも面倒くさいということはお互いによく解っているので、俺は特に何を思うでもなく、自分の場所に着いた。

 というか、何故奴はこんな重大な異変を起こしている俺ではなく、iPhoneを見ているんだ?

 ……この考えはなにか嫉妬してるみたいで嫌だな。

 考えないようにしよう。

 熱くなったマグカップの取っ手を持ち、ちびりと飲む。

  

「ぁっ!?」 

 

 まだ早かったようで、舌が湯に焼かれてじんじんする。

 その様子を見ていた椎名が「大丈夫?」と聞いてくるが、俺は「うむ」と返してやった。

 それを見て、椎名はまたiPhoneに目を落とした。

 どんだけ俺に興味が無いんだコイツ。

 

「一応言っとくけど」

 

 それから俺がちびちびと舐めるように紅茶を飲んでいると、不意にiPhoneを仕舞い、こっちを見ながら自分の分の紅茶を飲み、椎名が口を開いた。

 

「別に今の綜の状態に興味がないわけじゃないから。というか、僕も結構色々考えてたりしてるし」

 

 そんなことを言ってきた。

 

「ふーん」

 

「せめて、ヤミじゃなく、ブラック〇ャットのイヴ幼少期だったら僕が……」

 

「お前はス〇ェンにはなれないぞ変態」

 

 そんなこと考えてたのかよ。

 どんだけ変態紳士なんだこの馬鹿。

 よくこの現実に適応して生きているもんだといっそ賞賛してやりたい。

 

「まぁ、冗談は置いといてさ」

 

 冗談だったのかよ。

 目が本気だったぞ。

 鳥肌立ったもん。

 心底まだヤミで良かったと思った。

 

「綜が今、金色の闇、つまりヤミの姿形になったことは実物を見て、理解したよ」

 

「そーですか」

 

「でも、いったいどこまでヤミになってるのかってことが、僕は重要だと思う」

 

「はい?」

 

 どこまでって、なに?

 体のどこからどこまでって?

 まさか見たいのか、俺の裸体を。

 クソっ、コイツ、ロリコンの皮を被ったケダモノだったか。

 早く射殺しないと。

 

「そういう意味じゃないから。というか、胸が膨らんでる時点で僕は勃起しない」

 

「あれ、違うの? つーかさらりと変態発言辞めてくんない? リアクションに困るし微妙に恥ずかしい」

 

 いきなり何言ってんだよ羞恥心が無いのかコイツは。

 まぁ、でも

 

「ちなみに、完全に女だぞ、今の俺。戦友の感触は無いし、胸もある」

 

「そんなの見ればわかるよ。その体で男だと思う方がおかしいし。僕が言いたいのはそう言うことじゃなくて」

 

 そこで一旦言葉を切り、椎名は改めてこっちを見つめて、言った。

 

変身(トランス)能力まで持っているのかってことさ」

 

 あぁ、その発想は無かった……。

 

 

 

 

 



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変身と金色

 変身(トランス)能力。

 まぁ、金色の闇、そしてそのモデルとなったブラック〇ャットのイヴにとって、ある意味代名詞とも言える能力だ。

 漫画では自身の身体をあらゆるものへと変身させ、戦闘を行っていた。

 当然だが、現実でそんなことが起こり得るはずがない。

 つまるところ、椎名が言いたいのは

 

「俺がどこまで三次元か知りたいってことか?」

 

「うん、まぁ、というより、はっきり言えば超常現象を見てみたいって気持ちもちょっとはあるけどね」

 

 なるほど。

 つまり野次馬根性と好奇心か。

 ……コイツ、そんな俗な感情を持ってたんだな。

 

「でも、変身能力かぁ。確かに使ってみたいな……」

 

 実際、かなり便利そうだ。

 上手くいけば炬燵から一切出ることなく全ての家事を行えるまである。

 俺は珍しくやる気を出して立ち上がった。

 

「おぉ、綜が珍しくやる気を……」

 

 椎名が驚いたような声をあげる。

 失礼な。

 俺だってやる気がある時くらいある。

 ただ、ちょっとまだやるべきではない時が多いだけだ。

 というか、お前が焚き付けたんだろうが。

 

「よし、さっそくやるぞ、見ていろ」

 

 俺はそう宣言した。

 椎名は紅茶を飲みながら俺を見つめている。

 ふっ、照れるぜ。

 そして、俺は天へと手を掲げ、叫んだ。

 

「変われ!」

 

「いやそれはおかしい」

 

 意気揚々と能力の有無を試そうとした俺に椎名が早口で突っかかってきた。

 

「なんだよ」

 

「わかっててやってたよね? 掛け声がおかしい。その姿でそれはない」

 

「いや、別に能力使うのに変身(トランス)って言う必要は必ずしもないし、なら分かり易い方がいいかなって」

 

 なにより、実はちょっと恥ずかしかったのだ。

 いくら気の知れた友人とはいえ、中二台詞を格好つけて叫ぶのは。

 ノリノリでポーズとか取ってたけど、あれが俺の限界です。

 椎名が溜息を吐いてこちらをじとっと見る。

 な、なんだよ。

 

「わかったわかった、わかりました。言えばいいんだろ。やってやるよちくしょー」

 

 俺はもう一度天へと手を掲げ、今度こそ叫んだ。

 

変身(トランス)……」

 

「声ちっさ!」

 

 うっせ。

 やっぱちょっと恥ずかしかったんだよ。

 なんで歳が17にもなってこんなことしなくちゃいけないんだ。

 なんの罰ゲームだよ。

 そして、その掛け声によって、俺の美しい少女の手は……

 

「何も起こらんな」

 

「何も起こらんね」

 

 良かった、小さく言って。

 ノリノリでやってこれなら、俺泣いちゃうかもしれない。

 

「やっぱ二次元の存在が三次に来ると、惨事になるんだなー。藤崎も良く言ってたよ。俺は生まれる次元を間違えたって」

 

 落胆しながら俺はそう言っていそいそと炬燵の中に戻ろうとした。

 

「いや、ちょっと、待ってくれ」

 

 と、そこにストップがかかる。

 椎名が何か考え込んでいた。

 そして、なにか思いついたようにして、俺に言った。

 

変身(トランス)って言った時、どうしようとしてた?」

 

「え?」

 

「だから、変身(トランス)って言った時、能力を使おうとしてたのは分かるけど、具体的には手をどう意識してたんだ?」

 

「あー……。何も意識してない」

 

 あぁ、そういえば、能力はあくまで能力であって、その能力名を言っただけでは発動しないのは道理かもしれない。

 何かしようとしなければ、口だけで終わってしまうのは悲しい人間の性みたいなものだ。

 

「やっぱり。じゃあ、今度はそこをちょっと意識しながらやってみて」

 

 まだやるのか。

 まぁ、いいけどさ。

 

「えー、あー、んー」

 

 今、椎名から見れば面白いものが見えるだろう。

 百面相しているヤミ、というものが。

 立ち絵の表情差分かよ。

 というか、そもそも

 

「どう意識すればいいんだ?」

 

「僕が知るはずないだろ……」

 

 ちぃ。

 人に意見を言うだけ言って自分は知らんとか。

 いや、俺もよくすることなんだけどね。

 

「うー、と、変身(トランス)?」

 

 掲げていた手をグー、パーさせる。

 開け閉めされる小さな掌(自前)。

 横目で椎名を窺うと、ちょっと笑ってた。

 こんにゃろう。

 そして、そのまま試行錯誤の時間が過ぎていく。

 

 

  ※  ※

 

 

「私は『ヤミ』です!!」

 

「駄目だ!もっと心から叫んで成りきって!!」

 

「私は『ヤミ』です!!!」

 

「ダメダメ! まだ心底からになってない。遠慮があるよ。もっと当然のことのように!」

 

「私は『ヤミ』です!!!!」

 

「心の垣根を取っ払うんだ! 今のお前は綜であって綜でない存在、(ヤミ)だ!」

 

「私はヤミです!」

 

「よーし、おっけぃ!」

 

 さて、俺が近所迷惑に大声出しながら何をしているかと言うと。

 変身(トランス)を使うための準備だったりする。

 あれからいろいろ試して駄目だった俺は、完全に諦めかけていたのだが、椎名が言い出したのだ。

 

「まだ体が馴染んでないんじゃないか?」

 

 と。

 何を言っているのかわからなかったし、わかりたくもなかったが、

 つまり、俺がヤミの身体をまだ完全に把握していないからこそ意識できないのではないか、ということだ。

 当たり前の話だが、俺は俺だ。

 私立高校に通い、二回目の春休みを迎えた平凡な男子高校生。

 学校ではそこそこの付き合い(主に課題の有無内容を聞ける程度の関係)を維持し、休みの日は日がな引きこもって偶に遊びにくる奴らとだべるだけの毎日を送っていた存在だ。

 波乱万丈な生い立ちと人生を過ごしてきた『金色の闇』なんかではない。

 しかし、その意識が妨げになっているのではないか、というのが椎名の推測だ。

 そこから、俺の意識改革が始まったのだ。

 

「ふぅ」

 

 普通に疲れた。

 ロールプレイというものはあくまで楽しみながら趣味でやるものであって、必要に駆られてやるものではないとよく理解できる。

 そもそも俺は、俺たちはいったい何をしているんだ?

 

「よし、とりあえず一回休憩挟もうか」

 

 椎名が言う。

 つーかこいつはなんでこんなノリノリなんだ。

 どこの演技指導者だよ。

 無駄に様になってて逆らいにくいからやめてくんない?

 基本的に小市民に属する俺はこのように指導的立ち位置の人間には上手く反抗できないので辛い。

 文化祭だと勝手に割り振られた仕事を黙々とこなしつつサボるのが俺です。

 

「なぁ、こんなので……」

 

「演技!!」

 

「……こんなことで本当に能力が使えるようになるのですか?」

 

 俺の言葉を遮り椎名は言った。

 休憩じゃなかったのかよ。

 俺はいつまでそうしてればいいんだ。

 いっそ思考も染めろってか?

 無理です。

 俺は俺だ。

 

「正直、それは僕にもわからないな……」

 

「…………」

 

 馬鹿にしてんのかコイツ。

 

「いや待て、待って。よく考えてみなよ。ハッキリ言ってこんなの、前例がない出来事だ。いくら僕が優秀だったとしても、未知を既知の如く理解するなんて無理だ」

 

「なんでさり気にナルシーっぽい発言をしてん……ですかコノヤロウ」

 

 確かに、知らないことは手探りでやっていくわけだからそうなるだろう。

 俺も昔、中学生にも拘らず一方〇行さんに憧れてベクトル計算を独学でやろうとして投げたことがある。

 俺には未知の領域を探る能力も労力もなかったので、それに比べればまだコイツはマシなのかもしれない。

 やればわかるものではない、完全未知な領域だからな。

 やってることは意味がわからないが。

 

「それで、なにか手ごたえを感じてはいるかい?」

 

「なにも」

 

「それで、なにか手ごたえを感じてはいるかい?」

 

 リピートやめろ。

 わかったよ、ちょっとやってみるから。

 なにもせずに条件反射的に否定を返すのは俺のある種癖みたいなものだった。

 バイトの時にシフトを変わってくれ、と言われて何も予定が無いのに即断ってしまう感覚に似ている。

 面倒なんだよ。

 

「んー」

 

 少し体を動かしてみる。

 変身能力、か。

 実際、どんな感じなんだろうな。

 便利だろうということはわかるし、出来るなら是非使ってみたいとは思う。

 椎名は何も言わずにこちらを見ていた。

 しばらく、無為な時間が過ぎていく。

 結論。

 

「なんとなく、わかりそうでわからない、けど、出来るとは思う……ます」

 

 非常に曖昧で申し訳ないのだが、そうとしか言えない。

 おそらく、出来るのだ、俺は。

 変身(トランス)が出来る、ということはわかる。

 例えば、耳を動かすことの出来る人がいる。

 その人はまるで当たり前の感覚で動かすことが出来るのだろうが、出来ない人はその感覚がわからない。

 けれど、なんとなく、こうかな、程度のことはわかるだろう。

 今の俺は正しく、そんな感じだ。

 こうかな、レベルではあるが、手応え自体は感じている、が、結果が出せない。

 多分、あと一歩なんだけどなぁ。

 

「そっか。なら、まぁ、いいか。知りたいことは知れたし」

 

「ん、いいのか?」

 

「敬語」

 

 いやもういいだろ。

 

「あぁ。僕が知りたかったのは、出来るか出来ないかってことで、それに『出来る』という確信が持てたのなら、充分だよ」

 

 そう言って、椎名は自分のiPhoneを取り出した。

 なんだそれ。

 野次馬根性とか好奇心とかどうした。

 俺は何とも言えない微妙な気分になりながら、炬燵の中へと入る。

 そう言えばそろそろ、アプリのギルバトが始まる時間が近い。

 俺は髪を伸ばしてスマホを手に取る。

 

「あ」

 

 椎名がぽつりと声を漏らした。

 なんだ、と言いそうになって、手の中にあるスマホを見る。

 そして、もう一度スマホがあった場所を見て、理解する。

 

「あぁ……」

 

 なんというか、一切の感慨がない。

 

「出来た……」

 

「出来たね……」

 

 まるで当たり前の動作かのように髪の毛を変身(トランス)させてしまった。

 一昔前のコントのような空気が流れる。

 こうして俺の初めての変身(トランス)能力は、遠く離れた位置にある物を取るためだけに使われたのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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自覚する金色

 

 

 思うに、この現実世界で変身能力とはいったいどれほど使えるものなのだろうか。

 遠く離れたものが取れる。

 マジックハンドを買えばいい。

 いざという時に武器になる。

 そんな時はきっと来ない、はずだ。

 文房具になる。

 あ、それは便利かも。

 とまぁ、俺の貧困な発想でははっきり言ってこの程度が限界だ。

 変身(トランス)能力は確かに便利だが、それがあるからと言って何かが劇的に変わることも無いのだから。

 いや、俺だけかもしれないけど。

 

「うーん、フェスのこの確率二倍とか五倍とか言ってるこれは、どの程度信用していいんだろうな」

 

「急にどうしたんだ?」

 

 変身(トランス)に成功した後、時刻は既に正午をまわり、俺と椎名は椎名が買ってきてくれたコンビニ弁当を食べていた。

 最近のコンビニ弁当も馬鹿には出来ない。

 よく、ゲームやラノベでヒロインたちが主人公の食生活改善を謳って手料理を作ったりするが、言わせていただこう。

 コンビニ弁当を馬鹿にするな、と。

 そもそも食生活なんてあくまでちょっとした目安であって、この世でどれだけの人がそれを気にして生きているというのだろうか。

 健康な人は健康だし、不健康な人は不健康なのだ。

 そこに食生活なんて、少ししか影響を与えないし、俺は面倒臭さとちょっとした健康への影響を天秤に掛ければそんなものは軽く無視する程度の違いでしかないのだ。

 

「正直、確立なんて目安にもならないと僕は思うけどね。出るときは出る、出ないときは出ない、これが真実で、これ以外はただ人の気持ち的ものだろうさ」

 

 椎名は豆腐ハンバーグ弁当を口にしながらそう言う。

 

「まぁ、そうなんだけどさ……」

 

 俺も自身の唐揚げ弁当に添えてあるパスタをもそもそと口に運びながら答えた。

 今、俺はあるアプリでガチャを回すべきか回さざるべきかで悩んでいた。

 無(理のない)課金勢たる俺は、こういう見極め時が毎月のようにある。

 爆死する時もあれば、ガッツポーズを取ることもあり、わりと楽しんで生きている方なのではないかと思う。

 

「あーあ、変身(トランス)で運気を操作出来ればなぁ……」

 

「それもう変身能力じゃないから」

 

 変身(トランス)全く関係ない、と言いながら、椎名が弁当を食べ終える。

 それとほぼ同時に、俺も食べ終えた。

 

「それで、さ」

 

 二人分のゴミを集めて袋にまとめながら、椎名が切り出してくる。

 わりと真面目そうな顔だ。

 まぁ、コイツの場合、そんなのはあてになるものじゃないけれど。

 

「戸籍とか、どうする?」

 

「ぇ?」

 

 その言葉を受けて、俺は固まってしまった。

 戸籍、戸籍だと。

 

「はっきり言ってしまえば、今の状態の綜は、戸籍どころか日本国籍すら危ういかもしれない状態だよ。二次から三次に来た影響か知らないけど、少なくとも日本人にはちょっと見えない。元ネタを知らない人からすればただの金髪美少女って感じだ」

 

「こく、せき……」

 

 外国の幼女はいいよねぇ、愛らしさと年月による劣化具合がはっきりしてるし、などと笑って言いながら、椎名はそう言った。

 いやいや、戸籍、というか、国籍? なんだよそれ。

 高校生がなんでそんな問題を抱えなきゃいけないんだよ。

 俺は平凡な一般市民だぞ。

 勘弁してください。

 

「え、ちょっと、綜、泣きそうになってない?」

 

「なってねーよ!」

 

「あぁ、うん、そんな不安そうにならなくても……」

 

 なってません。

 断じて泣きそうになどなっていない。

 確かにちょっと予想外に大きく現実的な事柄を前に大きな不安には囚われているが、泣いてなどいない。

 椎名は俺に少し気を遣うかのように優しく話しかけてきた。

 ちょっと、ほんとにやめてくれませんか?

 

「あー、まー、正直、警察とかに近寄らなければ大丈夫だよ。外に出て呼び止められたらかなり怪しいことになるかもしれないし、多分、綜だと上手く切り抜けられそうにないから、春休みの間は基本的に家に引きこもってればいい」

 

「ちょっと待って」

 

 春休み、春休みだと?

 そういえば、忘れていた。

 俺、学校はどうすればいいんだ。

 まさかこのままで制服に身を包んで通うことになるのか。

 無理だ、サイズが合わない。

 いや、そういうことじゃないけど。

 

「まぁ、気付いたかもしれないけど、学校のことだ。『朝起きたらこうなってましたが俺は金城綜です』なんてことが通るはずないよね。そもそも性別からして違うし」

 

「ぇ、え、え……ヤバいじゃん」

 

「そうだね」

 

 そうだねって、いや、お前。

 え、ちょっと俺、本気で泣きそうなんだけど。

 

「あーあーあー! あー、ほら、だから泣きそうにならなくていいって!」

 

「いや、だってさぁ……」

 

 自分でもわかる。

 不安が大きすぎて感情が制御出来ない。

 どうなるかわからない、怖いのだ。

 涙が目から溢れるのを堪えられない。

 そんな俺をじっと見つめ、椎名は言う。

 

「うわー、綜、今の顔、すっごい可愛いかもしんない……。表情はあんまりかわらずに、はらはら涙流してる金髪美少女って、これ……。あと四年若かったらなぁ」

 

「死ねよクズ」

 

 どんだけぶれないんだよお前。

 くっそ、こんなのでちょっとだけ落ち着いてきた自分が嫌になる。

 必死で腕で目元を擦り、涙を止めようとしていると

 ピンポーン、とチャイムが鳴った。

 そして遅れて、ガチャガチャと音がして、ドアの鍵が開く音がした。

 なんでこのタイミングで……。

 

「おーす。予想以上に仕事が早く片付いたんで、来たぞー」

 

 見れば、片耳にイヤホンを差してPS〇を片手に部屋に入って来た痩せ形の男、藤崎がいた。

 余談だが、俺は合鍵を椎名、藤崎、白水さんに渡している。

 不用心かもしれないが、まぁ、一種の信頼の上に成り立っている関係ではあるのだ。

 しかし、今はそれが仇となったのかもしれない。

 

「あれ、椎名、綜は?」

 

「この状況で真っ先に聞くことがそれかよお前、すげーな」

 

 椎名は藤崎を見て、呆れたように言った。

 友人の部屋で涙を流している少女と男がいるんだぞ。

 どんだけ三次元に興味ないんだ。

 

「んー。あれ、その人、何その格好、コスプレ? あ、金色の闇だ。同人では良い夜の御供として世話になっております。で、なんでその人いるの? てか綜は?」

 

 いや自由過ぎるだろ。

 確かに俺、面倒だったし必要性も感じなかったから着替えてはなかったけど、真っ先に初対面の女性相手に言うことじゃないだろ。

 一般女性だったら殴られるぞ。

 まぁ、でも

 

「あ゛ーー。ちょっと落ち着いた……」

 

「うわ、声まで似てる。すご……」

 

 コイツは本当、椎名以上にぶれない奴だなぁ。

 とりあえず俺は顔を洗うために洗面所へと向かうのだった。

 

 

 

 

 



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がんばる金色

 

 俺が顔を洗っている間に、だいたいのことは椎名から説明を受けたらしい藤崎は、炬燵に入りながらPS〇をしていた。

 そのなにも変わらない対応に、俺は尊敬すらしてしまいそうだ。

 

「でも、不思議なこともあるもんだなー。オレ、三次のことちょっと舐めてたわ。まぁ、でも、二次と比べれば全然劣化してるけどな」

 

 藤崎はちらりと俺を見て、そう言う。

 さすが、認められるのはFFシリーズ程度のリアルさまでの男は言うことが違う。

 椎名レベルで頭おかしい。

 

「で、だ。落ち着いたみたいだから言うけど、戸籍とか国籍は正直、日常生活を送る上では、問われなければ問題ない。でも、学校はそうは行かない。個人個人を把握されてるわけだからね」

 

 まぁ、このレベルの変化を誤魔化すことは不可能だろうな。

 いや、しかし、クラスの奴らとはほとんど接点ないし、もしかすると……無理か。

 

「へーそんな話してたんだ。大変だな」

 

 藤崎はあくまで他人事のようだ。

 いや、実際にそうなんだろうけど。

 まぁ、コイツだし、仕方ないか。

 あ、このラノベまだ読んでないや、ちょっと借りる、と言いながら置いてあったラノベを手に取り読み始めた藤崎。

 本当、なにも変わらないな……。

 

「それで、なにかいい案でもあるのか、椎名。いや、頼むからあってください」

 

 俺は椎名の方を向いて切実に願う。

 

「あー、まぁほら、だから僕は能力の有無が知りたかったんだよ」

 

 俺は疑問を挟むことなく、椎名に続きを促した。

 早く案を言え。

 

「つまるところ、綜の元の姿に変身(トランス)で擬態さえすれば、大したことになりはしないさ。どうせ綜はクラスメイトとも付かず離れず程度の付き合いしかしてないんだろう?」

 

 前に俺は友達が居ない、なんて言ってたしね、と言いながら、椎名はそう言った。

 

「なるほど、いや、でも、大丈夫なのか……?」

 

 あまりにも簡単すぎて、ちょっと不安になるんだが。

 

「なぁ、綜」

 

 俺がそう言うと、椎名はいつもより随分と穏やかな口調で言ってきた。

 

「世の中はさ、別に複雑になんか出来ちゃいない。複雑に見えるだけで、本当は簡単なのさ。よく世界は辛く厳しく残酷だ、なんて言うけれど、そしてそれ以上に、人に甘くも出来てる。所詮、人の造った社会なんて世界は、そんなもんさ」

 

 な、なんだ椎名、突然。

 どうしたって言うんだ、おまえ、そんなだったっけ?

 

「あ、と、ちょっと目と雰囲気が怖いんだけど……」

 

「ん、あぁ、悪い。まぁ、そんなわけで、僕はそういう対応で充分だと思うよ」

 

「そ、そうか……」

 

 なんだったんだ。

 まぁ、別に良いけどさ。

 

「あ、もしかして綜、変身(トランス)能力まであるのか!? すごいな! 三次もそんな器がデカかったんだなー」

 

 どうやら会話が中途半端に聞こえていたのか、藤崎がラノベから目を離してそう言う。

 いやお前……もうなにも言うまい。

 

「まぁな。でも、全身を変身(トランス)させるのか。出来るかな」

 

 俺がそう不安を漏らすと、椎名は言った。

 

「別に、春休みはまだ始まったとこだし、それも今日そんなことになったんだ。時間を掛ければ出来るだろうと思うけどね」

 

 確かに、そうかもしれない。

 肝心の変身(トランス)能力自体はあるのだ。

 頑張ればなんとかなるだろう。

 頑張る、か。

 

「頑張りたくないなぁ……」

 

 椎名が呆れたような目でこちらを見ていた。

 

 

  ※  ※

 

 

 あれから、なんだかんだといつものように、つまり、ただ堕落した集団としての時間が過ぎていった。

 椎名は俺のパソコンを我が物顔で使ったり、iPhoneを弄ったりしているし、藤崎はラノベを読みながら片手がPS〇を操作している。

 俺はぐでっと炬燵の中で伏せ、自分の手を見ていた。

 

変身(トランス)……」

 

 小さく、そう呟いて、指を思い描いたものへと変化させる。

 

「……我ながら、ほんと、無駄なことに使ってるなぁ」

 

 そう言って、俺は耳かきへと変わった指を自分の耳の中へと入れた。

 実は内心ちょっと恐いのは秘密だ。

 俺がこうして金色の闇というキャラ、の姿と成り、その能力まで持っていても、なんら変わることなく、俺の日常は続いている。

 それは少し、素敵なことなんじゃないかと、そんな風に思えた。

 

「なぁ、綜」

 

 耳掃除が終わり、俺が指を戻して一息ついていると、藤崎が口を開いた。

 相変わらず、こちらには顔を向けていない。

 

「晩御飯、どうすんの?」

 

「あぁ、確かにお腹空いたなぁ」

 

 藤崎のその言葉に、椎名が反応する。

 パッと時計を見てみれば、時刻は既に20時を超えていた。

 うーむ、確かに、腹は空いたかもしれない。

 立ち上がって、キッチンへ向かうも、特に大したものは無かった。

 調味料ぐらいで、食材は無い。

 ただし、米だけは炊いてある。

 昼に無いことを知ったため、その時に炊いていたのだ。

 

「久々に、焼き肉のタレでもかけて白米を食べる?」

 

 俺は冷蔵庫を見て、言った

 

「おー、いいねー」

 

「うへぇ、ほんとに言ってんの?」

 

 前者は藤崎で、後者は椎名だ。

 貧富の差が窺える言葉である。

 美味しいんだけどなぁ。

 何よりも、安上がりだし。

 

「じゃあどうする? 言っとくが、この家には米以外食材は無いぞ」

 

 冷蔵庫を見て思わず愕然としたものだ。

 まさか卵まで切らしていたとは。

 

「……ピザでもとろうか」

 

 椎名は溜息をついて言った。

 ピザか、文句は無い。

 だが、問題はある。

 俺はチラリと炬燵で寝転び完全に寛ぎながらラノベを読んでいる藤崎を見た。

 同時に、藤崎も、俺の方を見た。

 

「お金はわりか……」

 

「ピザかぁ、でもなぁ、藤崎?」

 

「あぁ、実はオレ、今月給料かなり課金でぶっ飛んでるしなー、綜?」

 

「うんうん。俺たちは焼き肉タレご飯で安くいくしかなぁ……」

 

「あーあ、ピザ、高いんだよなー」

 

 間延びした会話を続けながら、ちらちらと椎名に視線を送ることを2人して忘れない。

 椎名はまた大きく溜息をつきながら

 

「わかった。6:2:2だ。僕が6でいい」

 

「もう一声」

 

「そこまでいくならもういっそ……」

 

 俺たちが更にごねようとしたところを見て、椎名は静かに言った。

 

「別に、僕がピザを食べてる横で2人して焼き肉タレご飯を食べるってことでもいいんだぞ?」

 

 俺と藤崎は白旗を上げた。

 ケチめ。

 まぁ、実際どっちがケチなのかは一目瞭然なのだが、俺も藤崎も、そして椎名も、自分の事を棚の上に放り投げるのは得意なのだった。

 

 

 

 

 

 



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金色の闇としての日常を

 始まりの日の改訂が完了しました。
 かなり、というか大分変わっています。ほぼ別物です。
 詳しくは活動報告にて。




 ピザの宅配には、椎名が対応した。

 餓えた俺たちには当然ピザ一枚で足りることはなく、一人一枚(それでも現金は6:2:2)頼んでいたのだが、しばらくして、俺は違和感に気付いた。

 

「んー、どうした、綜。半分しか食べてないじゃないか」

 

 椎名がそう問いかけてくる。

 見れば、藤崎は既に食べ終えごろ寝しているし、椎名もほとんど食べ尽くしている。

 

「……た、食べきれない」

 

「は?」

 

「いや、もう、既に腹八分目状態なんだ。確実に食べきれない……」

 

 目の前にあるピザ(マルゲリータ)を見て、俺はそう言う。

 いつもなら余裕で食べきれていた。

 それどころか、その後にサイドメニューで頼んだポテトなどを齧りながら皆で駄弁っていただろう。

 しかし、今の俺はすでに八分目、というか、もう満腹だ。

 これ以上は食べきれない。

 

「金色の闇って、小食の設定だったっけ?」

 

「さぁ? でも、たいやきはかなりの量食べるぞー」

 

 椎名が問い、藤崎が答えた。

 くそ、こんなことならいつもと同じ大きいサイズを頼むんじゃなかった。

 少し小さめのものなら気持ちよく食べきれていたものを。

 

「まぁ、いいじゃん。白水さんの夜食にでも出してあげればいいさ」

 

「もうちょっとすれば来る頃だしなー。多分、日が変わるぐらいには来るんじゃない?」

 

「……そうするか」

 

 二人に言われ、俺はラップでピザを包んでゴミをまとめる。

 完全に白水さんが残飯処理班の立ち位置だったが、誰も気にする者はいなかった。

 

「そういえば」

 

 そのまま三人して炬燵に入り、思い思いに過ごそうとしたところで、俺はふとあることを思い出した。

 藤崎は既にラノベを読み始めているが、椎名がこちらを向いた。

 藤崎の自由さにはもう何も言えない。

 

「多分、俺、基礎的な身体能力も上がってる気がするんだよね」

 

「へぇ……」

 

 藤崎は完全に聞いていないが、椎名は反応を示した。

 藤崎のぶれなさは椎名以上かもしれない。

 

「なんというか、多分、体操選手染みたことは簡単に出来ると思う」

 

 本当の事だ。

 やろうと思えばだいたいのことは出来る、と思う。

 そもそもからして、この身体は戦闘に適したものになっているんだろう。

 というか、元はそういう設定だし。

 

「やっぱり、変身能力だけじゃないってことか……」

 

 椎名はある程度予測出来ていたようだ。

 まぁ、ほとんど変身能力のおまけみたいなものだろう。

 いや、だが、考えてみれば、基礎身体能力の向上ってかなり良くないか?

 日常生活を過ごす上なら下手すると能力以上に便利かもしれない。

 

「夜中にこんなこと頼むのもなんだけど、ちょっと見せてくれない? どの程度のことが出来るかってだけでいいから」

 

 椎名がそう言ってきたので、俺はわかったと了承を返し、立ち上がった。

 ……ちょっと待て。

 身体能力の高さを見せるってどうしろと言うんだ?

 ここが外なら良かったのかもしれないが、部屋の中だぞ?

 寒い上に万が一人の目がある外には行けない。

 

「どうした、綜?」

 

 椎名は早くやって見せてくれと目で語っている。

 いやいや、だから、何を?

 何を俺に求めてるんだ?

 見れば、藤崎も顔を上げてこちらを見ていた。

 そこは興味持つなよ。

 大人しくラノベ読んでればいいだろ。

 あ、読み終わったの?

 そうですか。

 

「あー、えー、」

 

 えーと、えーと。

 もう、バク転でいいか。

 多分、それっぽく見えるだろう。

 前の身体だと出来なかったことだし。

 俺は覚悟を決めると、手を挙げて宣言した。

 

「一番、金城綜こと金色の闇、いきます」

 

 立った二人の観衆を前にした新体操。

 とくと見るがいい、(ヤミの性能)を!

 部屋の中でバッと後ろ向きに飛び上がる。

 実は跳躍力も上がっているため、天井にぶつからない様に注意もしている。

 視界がぐるりと一回転し、そのまま手を地に着けて、元の状態に戻る。

 着地の足音は完全に殺したため、無音だった。

 会心の出来だ。

 どやっ。

 

「え、それだけ?」

 

「え?」

 

 自信満々で観衆兼審査員の二人を見る。

 藤崎がまるで期待外れだとでもいう様に言う。

 いや、着地の衝撃を完全に殺したんだぞ。

 どう考えてもすごいだろう。

 俺が沈黙していると

 

「あー、その、綜、他になんかない?」

 

 椎名までそんなことを言ってきた。

 コイツら、どうすれば満足なんだ。

 わかったよ、やればいいんだろうやれば。

 

「そんな拗ねないでさ」

 

「拗ねてません」

 

 くそ、見てろよ、今度こそ、あっと言わせてやる。

 バク転に捻りを加えてみよう。

 四回転、いや、今の俺なら五回転はかたい筈だ。

 ……すごいこと=バク転って今更だがすごい安直な気もしてきたが、全力で目を逸らすことにした。

 ここまで来たからにはちょっとした意地です。

 俺は再度深呼吸し、また手を挙げる。

 

「二番、金色の闇、行きます」

 

「どうでもいいけどなんでそんな宣言してるの?」

 

 ツッコミを無視し、俺は捻りを加えたバク転を開始する。

 しかし、脚が地から離れた瞬間、ピンポーン、と音が鳴った。

 そして、ガチャガチャとドアの鍵が開く音がして、

 

「ごめん、遅くなった。スゴいことってなに?」

 

 回転する視界の中、丁度俺の着地点付近に長身体躯の男、白水さんが現れていた。

 

「ちょ、あぶなっ!」

 

 さすがの(ヤミ)とはいえど、空中で移動する術はない。

 どうしてそうタイミングが悪いんだお前は。

 主人公属性か? 主人公なのか白水さん。

 いや知ってたけど。

 

「え、ちょ、は?」

 

 戸惑いながらも白水さんは自らへと飛来する金髪美少女()に対応しようと動き出していた。

 この辺の対応が如何にも出来る男って感じだ。

 素早い動きで前へ出ると、身体を横に向け、両手を俺の方に伸ばす。

 しかしながら、俺の身体は今、縦にも横にも回転していた。

 戸惑いから愚かにも空中でバランスを崩してしまった俺は、衝撃に備えて、目を閉じる。

 だが、

 

「ふぅーー」

 

 思っていたような落下の衝撃は来なかった。

 ふわりと、衝撃を吸収したかのような勢いと、膝の裏と頭に感じる感触。

 なにが起きたんだ。

 つーか、なにをしたんだ白水さん。

 俺が瞑っていた目を開けると、そこには白水さんの顔があった。

 普通に驚く。

 

「おわっ!」

 

「わ、危ないって!」

 

 うるさいよ。

 なにが悲しくて男にお姫様抱っこされなきゃいけないんだ。

 俺はその場で暴れ、白水さんの抵抗むなしく地に転がった。

 背中から地へと落下し、腰を打ったが、そんなことよりすごく恥ずかしい。

 見れば、椎名も藤崎も爆笑している。

 くそ、なんでこんなことに。

 

「えーと、君、誰?」

 

「触んな!」

 

「えっ!?」

 

 とりあえず俺は、倒れた俺へとおずおずと問い掛けてきた白水さんが差し出してきた手を払い飛ばすのだった。

 

 

 ※  ※

 

 

「これは確かに、すごいこととしか言えないよね……。というか、現実って案外許容範囲広いんだなぁ。初めて知ったよ、おれ」

 

 全員で炬燵を囲み、白水さんへとさっさと説明をしてやる。

 現実の許容範囲の広さを語るなら今四人の美女・美少女と半同棲中のお前は何だと言うのだ白水さん。

 空想の存在ですか?

 

「あぁ、一応既に僕から戸籍・国籍云々の話とかはしてある。身分証明がないとこの世の中キツイからね。保険だってタダで受けられるわけじゃない」

 

 椎名がやれやれとした調子で言った。

 ちなみにだが、藤崎は既にゲームに夢中だ。

 最近PSvi○aにご執心である様子。

 神狩りゲーでもしてるのかと思えば、違った。

 

「オレはさ、俺○2で爆死した大馬鹿野郎だけど、買ったからには、ちゃんとやってやりたいんだ……。苦しいからぶっ続けじゃなくて、ちょいちょい間を空けてにしてるけどね……」

 

 藤崎は遠い目をしてそんなことを語っている。

 もちろん、画面から目を離すことはしていない。

 ある意味、コイツのゲームへの執念はすごいと思う。

 そんな風に、俺が藤崎へと気を取られていると、椎名と白水さんが少し議論している。

 

「対処法、というか応急処置レベルだけど、現状それしかないか……。で、現段階では出来ないみたいだけど、現実的に可能?」

 

「本人のやる気にも関わってくると思うけど、僕は可能と見てる。楽観とかじゃなくて、実際に数時間見てきて、そう思ったよ。まぁ、一応最悪の事態にも備えとこうか」

 

「そうだね。おれも一応備えとく。まぁ、そっちみたいに何が出来る、とかの範囲は狭いかもだけど」

 

「まぁ、あくまで『最悪』だから。僕は大丈夫だとは思うけど、一応ね」

 

 どうやら俺についてのことのようだ。

 当事者を置き去りにして話が進んでいる気がするが、あまり難しいことを振られても俺にはイマイチよくわからない。

 でも、話の流れ的に、俺が元の姿に変われれば問題ないだろうということだった。

 

「…………」

 

 なんとなく、俺の、友人の姿形すらも変わっているのに、こいつ等はそんな俺をすぐに受け入れて、いつもの日常の風景の一部へと戻してくれているように感じる。

 そんなの、俺の勝手な思いすごしかもしれない。

 それでも、俺は、そんなこいつ等がいてくれて、良かったと思えた。

 絶対、口には出さないけどさ。

 ありがとう、だなんて、改めて言うのは、ちょっと恥ずかしい。

 だから

 

「久し振りに、スマブラしようぜ。六四の」

 

 

 ※  ※

 

 

「うわ、一つコントローラーのスティック壊れてんじゃんコレ」

「あぁ、それ敢えて買い換えてないんだよ。藤崎のハンデとして」

「えぇー、まぁ、オレは別にいいけど、悔しくないの?」

「いや全然?」

「まったく?」

「微塵も?」

「あぁ、はい……」

「強者は常に余裕を持つことを、傲○王さんから学ぶんだな」

「あそこまでいくとあれだけどなー」

「さて、と。うわ、やだ、ロクヨンのスマブラ起動画面すごい懐かしい……」

「やば、セーブデータ飛んでるよこれ」

「キャラ少ないなぁ……」

「藤崎ピンクの悪魔自重」

「スマブラをコンボゲーとして極めている、そんなお前には配管工さんをお勧めする」

 

 いつもの日常の夜が更けていく。

 漫画の様に金色に輝いているわけじゃない、良くて金メッキでしかないけれど、俺はこの日常を、どんな姿になろうとも楽しんでいこうと、そう思うのだった。

 

「うわ、ちょ、藤崎、くそ!」

「綜、おま、リアル妨害は外道だぞ!」 

「手も足も出してない!」

変身(トランス)能力をゲーム妨害に使うなんて、流石のティアーユさんも泣いてしまわれるんじゃないだろうか……」

「おれは案外笑うんじゃないかと思うよ……」

 

 

 




 なんだか、だいぶ雰囲気変わってしまったかもしれない。
 次回は未定です。
 たぶん、次回も完全に別物となっていくと思います。
 以前のものが好きだった人には申し訳ないとしか言えないですね……。


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