夏凜の家に泊まるだけ (機玉)
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東郷が夏凜の家に泊まるだけの話
「夏凜ちゃんって可愛くなりましたよね」
いつもと同じ面子が集まり、いつもと同じように次の演劇の準備をしつつ行われていた勇者部の活動、しかし一つだけ違う点があった。
今日は夏凜がいないのだ。
といっても体調を崩したというわけではなく、行きつけのドラッグストアがセールをやっているので買い物に行きたいとの事だった。
今日は大事な活動日というわけでも無いので部長の風はこれを了承したのだ。
そして夏凜がいない事を見越した友奈が普段本人の前では恥ずかしがって止められる話題をここぞとばかりに始めたのだった。
「可愛くなった、ねえ」
「友奈ちゃんがそういう事を言い出すのは珍しいですね」
唐突な友奈の話題に作業を継続させつつ答える風と東郷。
二人は友奈の言葉にあまり同意する様子は無い。
「分かります!」
しかしただ一人の後輩、樹は珍しく主張をあらわにして友奈に強く同意した。
「夏凜さん凄く可愛くなりました!最初来た時は周りを威嚇するハリネズミみたいだったのに最近はもうお腹をこっちに向けて甘えてくる犬のようです!」
「だよね!流石樹ちゃん分かってる! この前なんかね、夏凜ちゃんが幼稚園でよく仲良くしてる女の子と私が一緒にうどん捏ねてたらすっと後ろから近づいて来てさりげなく隣で麺伸ばしながらこっちちらちら見てくるんだよ!!もうね、殺す気なの!?私ボウル放り出して抱きしめそうになったよ!」
「私はですね、最近夏凜さんタロット占いよくねだってくれるようになったんですよ!もう毎回夏凜さんが一喜一憂する姿が可愛くて可愛くてフェイントとか思わずかけちゃうんですよ!ちょっと深刻そうな顔すると夏凜さん私の前では強がるんですけどトイレ行くフリして扉からこっそり覗くと部室の中で凄く落ち込んでるんです!私思わずすぐに戻って抱きつきながらさっきの全部ウソですって言っちゃいましたよ!」
同意が得られた事で異様な熱気を放ちながら盛り上がる二人。
そんな二人を見て少し身を引きながら風と東郷は呆気に取られていた
「な、なんかあんな樹初めて見るわ」
「ええ…友奈ちゃんはいつも妙に元気ですけど樹ちゃんまであんなに目を輝かせるなんて」
「東郷さんそれ微妙に私貶してない?」
「そんなことないわよ、元気なのは良い事だと思うわ友奈ちゃん」
「そんな事より友奈さん、お姉ちゃんと東郷さんは夏凜さんの可愛さをまだ知らないんですよ!これは由々しき事態です!」
「おっとそうだ呑気に話してる場合じゃなかったよ。じゃあ東郷さんと風先輩が夏凜ちゃんの可愛さを理解出来るには…そうだ!」
「何か思い付きましたか?」
「お泊り会をしよう!」
友奈の提案はシンプルだった。
かつてテスト期間中の勉強をする為に夏凜とお泊り会をした事がある友奈はそれをきっかけとして仲がぐっと縮まったと考えている。ならばそれを他の部員と行えば彼女達とも仲良くなれるだろうというわけだ。
当初は何をさせられるのかと身構えた東郷と風だったが、割とまとも、というよりむしろ歓迎出来る提案だった為この合宿に賛同した。
東郷は勇者としての活動中、夏凜と仲が悪かったというわけではないが積極的に絡みに行く友奈と比べれば距離を感じていた。そして最終決戦時、東郷が壁を破った際に後遺症のリスクも恐れず獅子奮迅の戦いをして友奈や仲間を守ってくれた夏凜に、密かに負い目と感謝を覚えていた。これから先共に仲間として過ごす為にも1対1で仲良くなれる機会は大歓迎だった。
そして風の場合、夏凜とは後から来た勇者として先輩と後輩というよりはどちらかと言えば同僚のような対等な関係で接して来た。樹の後遺症を知って暴走した自分を必死に止めてくれたり、今まで後輩しか存在しなかった勇者部でまるで同級生のように話し相手になってくれた夏凜は、口にこそ出さない物の既にかけがえの無い存在となっているのは確かだった。しかし戦いが終わり、彼女との関係もまたこれから変わる事になるだろう。それをこの機会に見つめ直すのも良いかもしれないと思っていた。実は密かに友奈が夏凜とお泊りしたのを羨ましく思っていたのもあったのだが。
そんなわけで本人を抜きにしてあれよあれよと言う間に進んだこの計画は事後承諾の形で夏凜に伝えられ、翌週末から早速スタートする事になった。既に勇者部の一員としてすっかり馴染んでいた夏凜が快く合宿を了承してくれた事は友奈達にとっては幸いだった。
そして合宿当日、先陣を切る事になったのは同級生である東郷だった。
*
「東郷って背高かったのね」
「ふふ、友奈ちゃんにも言われたわ。今まで車椅子だったからね」
「ええ、変身中はてっきり追加ギミックで高く見えてるのかと思ったわ」
「小学生の頃は成長が早いなんて言われて友達から絡まれてたのよ」
「へえ、意外ね。今となっては勇者部のボケ担当筆頭なのに」
「あらそうかしら?風先輩には敵わないと思うけど」
「いやどう見てもあんたの方がキャラ濃いわよ!」
今日は夏凜ちゃんと一緒に帰り道を歩いている。先日友奈ちゃんが提案したお泊まり会は私と風先輩が夏凜ちゃんと仲良くなるのが目的なので、こうして帰りから二人きりになる事になった。
今まで送り迎えが必然的に友奈ちゃんと一緒になる事が多かった私としては、こうして誰かと自分の足で帰れるだけでも新鮮で嬉しい。
「そういえば東郷っていつもお菓子作ってるけど、料理も出来るの?」
「ええ、和食料理が得意よ。この前夏凜ちゃんがくれたにぼしは味噌汁の良い材料になったわ」
「それは良かったわ。でも良いなー私は料理出来ないからさ、いつも夕飯はコンビニ弁当だし、この前友奈が泊まった時もほとんど友奈にやってもらっちゃったし」
ふむ、夏凜ちゃんは料理が出来ない事を気にしているのね。
ならばやる事は一つ。
「料理が出来るようになりたいなら私が教えるわよ」
「え、良いの?」
「良いも何も当たり前よ。夏凜ちゃんは大切な友達なんだから教えるのは大歓迎よ」
「あ、ありがとう……私今までずっと勇者としての鍛錬以外はほとんどしてこなかったから、出来るようになったら嬉しいわ」
「可愛い」
「え?」
「いやごめんなんでもないわ」
照れたようにはにかむ夏凜ちゃんを見て思わず本音が漏れてしまったわ。
なるほど友奈ちゃんと樹ちゃんが夢中になるのも分かる、会った頃からは想像もつかないしおらしさ。
夏凜ちゃんもまた日本が誇る大和撫子の一人だったというわけね。
「では早速今晩夏凜ちゃんの家で夕飯を一緒に作りましょうか」
「私の家には殆ど食材が無いんだけど」
「じゃあ買って帰りましょう。スーパーに行けば大丈夫」
そんなわけでスーパーに到着したけれど、そういえば忘れていた事があった。
「夏凜ちゃん、今晩の夕飯は何にしようかしら?」
「私は別に何でも良いわよ」
「夏凜ちゃん、そういう返答はダメ。何でも良いっていうのは一番困るんだから将来お嫁さんに嫌われちゃうわよ?」
「いや私女だから!…じゃあそうね、何か簡単に作れる物を教えて欲しいわ」
「ふむ、ならありきたりだけど今晩はカレーにしましょうか」
「あれ、東郷は和食料理が得意なんじゃなかったの?」
「確かに得意なのは和食だけど、カレーは料理が出来る人きっと誰でも出来るぐらい基本中の基本の料理なのよ。
作り方は簡単だし肉、野菜、ご飯、必要な物が全部含まれているから他の食事みたいに何品も作らなくて良い、しかも冷凍しておけば保存も効く。
カレーは正に万能の食事なのよ」
「へえ、カレーって凄かったのね!」
「ええ!そもそもカレーはかつて日本の海軍でも正式に採用されていた主要な食事でその起源は
日露戦争当時の横須賀鎮守府が前線の兵士達に手軽に食べさせられる栄養バランスの取れた食事として
「あー東郷、悪いんだけどその辺りはまた今度にして取り敢えずカレーの材料買わない…?」
「あら、確かにもうこんな時間。教えながらだと時間がかかるから少し急ぎましょうか」
カレーの導入から旧日本海軍の構成から戦歴まで語るにはスーパーの片隅では時間が無さそうね。
とても残念だけど夏凜ちゃんにはまた別の機会に聞いてもらう事にしましょう。
「カレーの材料に必要な物は?」
「玉ねぎ、人参、じゃがいも、牛肉、カレールー、サラダ油、それからローリエね」
「ローリエ?」
「月桂樹の葉を乾燥させた香辛料よ。肉の臭みを消して良い香りにしてくれるの。
家で育ててる人もいるけど、市販の物を買えば大丈夫」
「へえ、そんな物が」
二人分だからあまり多くなくても良いかしら?いや、でも明日は風先輩が泊まりに来るんだったわね。
うーん……まあ中途半端に残りそうだったらまた私が遊びに行って料理を教えれば良いかしら。
考え事をしている間に大体材料は集まった。
「こんな所かしら」
「意外と材料少ないのね」
「あんまり多いと私達二人だけじゃ食べきれないでしょう?」
「あ、そうだったわね」
「ふふ、夏凜ちゃんは辛口と甘口どっちが好き?」
「中辛ぐらいかしら」
「じゃあ中辛のルーにしましょうか。これで全部ね」
精算を済ませて袋に食材をまとめると、荷物は夏凜ちゃんが持ってくれた。
「あんた一応まだ病み上がりでしょ?
今日は東郷がお客さんだし私が荷物持つわよ」
「じゃあお言葉に甘えさせてもらうわね」
夏凜ちゃんは気が利く。
入ったばかりの頃の態度がでかかったので意外だったが彼女は周りをよく見ている。
部室で誰かが助けを必要としていれば何も言わずに手を貸すし、私が椅子に座る時にさり気なく椅子を引いてくれる事も何度もあった。
一年生で勇者部の未来を担える人材は当然の樹ちゃんだが、夏凜ちゃんもこれから皆を引っ張ってくれる人材となるだろう。
残念ながら友奈ちゃんはとても良い子だが組織で上に立てる器では無いので私か夏凜ちゃんが部長になるのが良いかも知れない。
「東郷東郷、着いたわよ」
「あら、ごめんなさい少し考え事をしていたわ」
「いいえ、じゃあ悪いけどこの鍵で扉開けて貰える?」
「はい、分かりました」
夏凜ちゃんから受け取った鍵で玄関を開く。
「お邪魔します」
「いらっしゃい、じゃあ食材を冷蔵庫に入れてくるわね」
「ああ夏凜ちゃん、サラダ油とローリエは冷蔵庫に入れなくて大丈夫だから」
「分かったわ」
私達は荷物を一旦置いてから私服に着替え、少し休憩してから料理を始める事にした。
「はい、Santaよ」
「ありがとう、夏凜ちゃんの家ジュース置くようになったのね」
「ええ、ちょくちょく友奈が遊びに来るようになったからね。
置いとかないと結構不便だからジュースは置くようにしたの。自分では飲まないんだけど」
「お泊り会を気軽に出来る仲というのも羨ましいわね」
「何言ってるのよ友奈と東郷は家隣同士じゃない。友奈あんたの家に毎日入り浸ってるでしょうが」
「毎日一緒だから新鮮味に欠けるのよね……こう改まってお泊り会とかをする気にもなれなくて」
「ああ言ってる事はなんとなく分かるけど…贅沢な悩みでしょそれ
まあ勇者の御役目も終わっていくらでも遊べるんだから二人でどっかに泊まりに行くとかでもすればいいんじゃないの」
「ふむ、その発想は無かったわ。確かにそれは良いわね。
じゃあこんど友奈ちゃんと二人で夏凜ちゃんの家に遊びに来させてもらおうかしら」
「いやなんで私の家になるのよ!」
「…嫌?」
「い、嫌じゃないけど」
「じゃあ今度二人で遊びに来るからよろしくね?」
「しょ、しょうがないわね、何も出ないわよ?全くこんな何も無い家に遊びに来て何が楽しいんだか…」
あああああ可愛い!!
っといけないいけない、夏凜ちゃんの可愛さで一瞬意識が飛びかけたわ。
「じゃあ夏凜ちゃん、そろそろ夕飯作ろうかしら?」
「あ、それもそうね。教わりながらだと少し時間かかるし。よろしく頼むわよ、東郷先生」
「任せなさい!」
「じゃあまずは手を洗ってから野菜を洗って皮むきから始めましょうか」
「分かったわ」
「あ、そういえば皮むき器が無いかしら」
「大丈夫よ、私は刃物の扱いが得意なの。包丁も例外ではないわ!」
「そう?じゃあ任せるわね」
うーん、少しだけ心配だから後ろか見てよう……と思ったけどどうやら不要だったみたい。
「よっ……と、よいしょ……」
「おお、夏凜ちゃん本当に上手ね。じゃがいもの皮むきなんて初心者だと凄く難しいはずなのに」
「ふふん、これぐらい朝飯前よ!」
「包丁の扱いが出来るなら料理はすぐ出来るようになるはずよ。基本的に一番難しいのが包丁だから」
「なるほど、それは良かったわ」
「皮を剥き終わったら次はじゃがいもの芽をしっかり取ってちょうだい」
「芽って?」
「このへこんでいる部分よ。じゃがいもの芽には主にソラニンという物質が含まれていて、これが人間にとっては非常に危険な毒なの」
「毒!?毒がじゃがいもに入っていたの!?」
「ええ、でも多く含まれているのは芽だけだからしっかり取れば大丈夫よ。あと今回は大丈夫だけど時間が経って緑色になったじゃがいもとかは食べられないから注意してね?」
「わ、分かったわ」
夏凜ちゃんはびくびくしながらじゃがいもの芽をしっかり抉り取っていく。
最初は少し怖がるぐらいがちょうど良いわね、芽は本当に危険だから。
決して怖がる夏凜ちゃんを見たかったわけでは無いわよ?
「出来たわ」
「じゃあ今度はじゃがいもと人参を角切りにして、じゃがいもは器に水を入れてつけておきましょう」
「じゃがいもだけ水につけるのは何で?」
「二つほど理由があって、一つは空気中に晒しておくとじゃがいもは酸化してどんどん悪くなってしまうの。もう一つはそのままにしておくとデンプンが表明に出て来て煮崩れしやすくなるんだけど、水につけておくと表面を綺麗に保てるのよ」
「なるほど、つまりつけておけば綺麗なままに出来るって事ね」
「そういう事、料理には色々な手順があるけどそれぞれにはちゃんとした理由があるから疑問に思ったらすぐに調べるのが大事よ」
「分かったわ、東郷先生!」
皮むきが出来る夏凜ちゃんにとって角切りは造作も無い事だった。
じゃがいもだけ水につけて次の食材に手をつける。
「次は玉ねぎね。まずは皮を剥きましょう」
「包丁で?」
「いいえ、玉ねぎは簡単に剥けるから手で引っ張れば大丈夫」
「あ、本当だ」
「中身が見えるまで剥いてね。上と下の部分はあとで包丁で切り落とすから気にしなくて大丈夫」
「了解」
皮を剥いたあとは上と下を切り落として角切りにしていく。
切るのは簡単だけど、初心者だと目がしみるでしょうね。
「目が、目が滅茶苦茶しょぼしょぼするわ……」
「これは慣れるしかないわね」
「話では聞いてたけど本当に玉ねぎ切ると涙が止まらないのね」
「一応個人差はあるんだけど、夏凜ちゃんはよくしみる体質みたいね。才能があるわ」
「こんな才能いらないわよ!」
これで無事野菜の準備は完了ね。
「さて、じゃあ次は肉を焼くわよ。夏凜ちゃん、鍋を火にかけて油をしいてちょうだい」
「こうかしら?」
「ちょっと多いけどまあ大丈夫」
しっかり鍋が温まったら肉を入れて炒め始める。
「焼き色がつくまでしっかり炒めてちょうだい」
「分かったわ、だんだん料理らしくなってきたわね!」
「ふふ、炒めるのは確かに分かりやすくて楽しい工程よね」
肉が焼けたらまず玉ねぎ、次いでじゃがいもと人参も入れて炒める。
「こんなものかしら?」
「そうね、上出来よ。そしたら今度は鍋に水とローリエの葉を入れて煮て頂戴。水をはねさせないように気をつけてね」
「はい」
水が入った事で鍋が静かになり、しばらくするとだんだん煮えてアクが浮いてくる。
「アクは不味くなる原因になるからしっかり掬い取ってね」
「うーんこれ意外と具をよけて掬い取るのが難しいわね……」
「確かに最初は難しいけど、そのうち慣れると思うわ」
アク抜きは確かに難しい。しかも作業が地味な上に終わりが見えにくい。子供に教える時は大人がやってあげる事も多い部分なのよね。
「夏凜ちゃん、それぐらいで大丈夫よ」
「そう?じゃあ次はどうすれば良いのかしら」
「次はいよいよルーを入れます」
「おお!とうとうここまで来たのね!」
「ええ、ここまで来れば敵艦はもう沈没寸前。あと一回の急降下爆撃で轟沈といった所よ!」
「ごめん東郷その例えは分からない」
「むう、それは残念ね。取り敢えず一旦火を止めてルーを割って入れてからかき混ぜて頂戴」
「了解」
「ある程度溶けてきたら火を弱火にしてじっくり20分ほど煮込むの。程よく煮えたら完成よ」
「あと少しね」
最後の工程も滞りなく終わり、カレーは無事完成した。
「よし、完成!」
「やったわね夏凜ちゃん、見事なカレーよ」
「ええ、東郷のおかげよ。ありがとう!」
「どういたしまして。さあカレーをご飯によそって……あ」
「ところで東郷、カレーは出来たけど、ご飯はどうすれば良いのかしら?」
「わ、忘れてたああああああ!!?」
「えええええ!?」
すっかりカレーの事に夢中で忘れちゃってたわ!ど、どうしよう!?
「ご飯ってすぐ出来るの!?」
「いいえ、炊くのに時間がかかるから今からだと……あ!でもインスタントの物ならすぐに出来るはずよ!」
「すぐ買って来るわ!」
「わ、私も」
「東郷は待ってて!私なら自転車でひとっ走りよ!」
「……分かったわ、お願い!」
結局夏凜ちゃんに自転車でコンビニに急いで行ってもらい、すぐに出来るインスタントのご飯を買ってきて貰った。
本当は私が行きたい所だったが、私は長い車椅子生活のせいで自転車に乗れなかったのだ。
「ぜえ、ぜえ……最後に、思わぬ落とし穴が、待っていたわね……」
「本当にごめんなさい夏凜ちゃん、ご飯を炊き忘れるなんて先生、いや日本人失格だわ……」
日本料理の一番基本となる心、ご飯を忘れてしまうなんて、私もまだまだ未熟も良い所だわ……
「なーに訳の分からない事で悩んでるのよ。ほら、早く食べましょう。せっかく作ったカレーが冷めちゃうわ」
「で、でも」
「デモもクーデターも無いわよ!食べ物を大事にするのが日本人でしょ東郷先生!」
「……そうね、夏凜ちゃんの言う通りだわ。ありがとう」
「まったく、教えてくれたのは東郷なのになんで私がお礼言われてるのかしら」
「ふふふ」
夏凜ちゃんの作ったカレーはとても美味しかった。
「何これ美味しい!?これ本当に私が作ったカレーなのかしら」
「夏凜ちゃんの努力の賜物よ。作り方はちゃんと覚えられたかしら?」
「ばっちりよ!これなら毎日でもカレーを作れるわ!」
「毎日カレーは流石に飽きると思うから他の料理も覚えるのが良いわね」
「ほう、例えばどんな料理が良いかしら」
「ずばり日の丸弁当よ!まず日の丸は日本人の心を象徴するものであり、しかも日の丸弁当はとても安価で作りやすい。さらに栄養面でも一見不足しているように見えるけれどすぐにエネルギーに変わるという観点から非常に労働に適した食事であり
「あー東郷東郷、流石に私も日の丸弁当ぐらいなら簡単に作れるからもう少し難しい料理の方が良いかなーって思うのよ」
「ふむ、確かにそれもそうね。じゃあ次はカレーとはまた別の方向性の基本的な料理が良いかしら。
ハンバーグ、チャーハン、餃子辺りが良いかも知れないわね」
「良いわね、それ!どれも美味しそうだから覚えられたら嬉しいわ。ところで東郷が得意な和風料理とかは?」
「和風料理は私自身が未だ自分が他人に教える事が許されるような領域に到達していると認める事が出来ていないので多分先になるかも知れないわ……」
「あっ、そういうのがあるのね」
「和風料理に関しては風先輩も作れると思うから先輩に聞いてみると良いんじゃないかしら」
「分かった、そうしてみるわ」
こうして楽しい夕飯の時はあっという間に過ぎていった。
「あーお腹いっぱい」
「美味しかったわねー」
「あ、カレーは冷めるのをまってから袋に入れて冷凍しましょう」
「分かったわ、じゃあ私風呂沸かしてくるから」
「お願いします」
「ふふふ、じゃあその間に皆に自慢してようかしら」
私達は勇者の御役目が無くなってNARUKOが使えなくなったのでまた別のSNSを使い始めた。
ぼた餅NEO『夏凜ちゃんの家でお泊り中』
ゆーな『裏山けしからんですね』
ITU☆KI『今まで何してたんですか?』
ぼた餅NEO『料理の仕方を手取り足取り教えてました』
ゆーな『手とり足取りですと!?』
ITU☆KI『くっ、料理を教えられるのは私達には存在しないアドバンテージ…!』
ゆーな『東郷さんやりますな』
Foo『ふっふっふ、料理なら私も負けてないわよ』
ゆーな『Foo先輩!(゚∀゚)』
ITU☆KI『お姉ちゃんキタ━(゚∀゚)━!』
Foo『いや私は別にあんた達の味方じゃないわよ?』
ゆーな『何故!?』
ITU☆KI『神は死んだ』
「あらあら、私の自慢をしようと思ったのに話が逸れちゃったわね」
「東郷ー風呂沸いたわよー」
「はーい」
カレーの保存はスマホで遊んでいる間に終えてあるから大丈夫だ。
「じゃあ東郷が先に入ってね」
「え、夏凜ちゃんも一緒に入るでしょ?」
「え?」
「夏凜ちゃんも一緒に入るでしょ?」
「いや友奈ですら一緒に入ろうとか言い出さなかったわよ!?」
「友奈ちゃんああ見えてこういう所は結構理性的だから…」
「じゃああんたも理性的にして欲しいんだけど!?」
「夏凜ちゃん、今日私が泊まりに来たのは夏凜ちゃんと仲良くなる為なの。それは分かるわよね?」
「そ、それはまあ」
「でも私と風先輩は現時点で友奈ちゃんと樹ちゃんに遅れを取っているの」
「何の遅れ!?」
「だからここで二人のアドバンテージを覆す為には私は夏凜ちゃんと風呂に入るぐらいのイベントは必要なの」
「全く意味が分からないわよ……」
「それで良いの夏凜ちゃん、一緒にお風呂に入ろう?」
「ちょっと服に手をかけないで!分かった!分かった一緒に入るから脱がせないで!!」
ふ、ちょろい。
夏凜ちゃんの家の風呂は二人が入るともうパンパンになるぐらいの広さだった。
今度友奈ちゃんと泊まりに来た時は近所の銭湯に行った方が良いかも知れないわね。
「ふう、良いお湯ね、夏凜ちゃん」
「別に普通でしょうがただの家の風呂なんだし」
「夏凜ちゃんと一緒だからよ」
「……あんたも友奈もよくもまあそういう言葉を恥ずかしげもなく言えるわね」
「人との別れはいつやって来るか分からないわ。私の人生はいつもそうだった。
だから私はいつでも友達と全力で付き合う事にしたの」
「…この前までの友奈の事?」
「それもあるわ。かつて私が鷲尾須美という名前だった時、バーテックスとの戦いは精霊も満開も無いとても過酷な物だったの。
私がまだ小学生の頃、まだ引っ込み思案で固くて、そんな私をぐいぐい引っ張って遊びに出かけてくれるとても大事な友だちがいた。
その子は私の仲間の勇者で、とても元気で良い娘『だった』わ」
「東郷……」
「満開の後遺症が治るまではその事すら思い出せなかったんだけどね。今となっては大事な思い出よ」
そこで一旦話を切って後ろから夏凜ちゃんを抱きしめた。
「夏凜ちゃん、貴方は今まで勇者の役割に縛られ普通の女の子としての人生を多分全く歩めていなかった。
まだ勇者が適性のある名家の子供しか出来なかった頃の子ども達と同じように。
この国を守る大切な役目である以上それが悪い事であると言うつもりは無いわ。
でも貴方にはかつての私と同じような後悔をして欲しくない。
だから、私は夏凜ちゃんともっともっと仲良くなりたいし夏凜ちゃんにも皆と仲良くなって欲しいわ」
「……分かったわ、でも東郷、私と一緒に幸せにならないとダメよ?」
「あら、それは口説かれてるのかしら」
「ばっ違うわよ!!あんたが周りの事ばかり気にして自分を置き去りにしちゃうんじゃないかって心配してるの!!」
「ふふ、大丈夫よ、ありがとう。私は勇者部の皆のお陰で今とっても幸せだし、これからもきっとそう」
「そう、なら、良いけどね」
―― 銀、この優しくて不器用な貴方の後輩を、どうか見守ってあげてくれないかしら?
私は夏凜ちゃんの頭を撫でながら親友だった娘に密かに願った。
「まあもう何も言わないわよ」
「ふふふ、流石完成型勇者夏凜ちゃん、適応力が高いのね」
「勇者は多分関係無いわよ……」
私と夏凜ちゃんは一緒のベッドで寝る事にした。
「夏凜ちゃんもう少しこっち寄って良いわよ?あんまり離れると落ちちゃうでしょ?」
「東郷の身体大きいから近いとあまり落ち着かないのよ」
そう言いながらも夏凜ちゃんは私の方に少し身を寄せてくれた。
「夏凜ちゃん髪綺麗よね、ちょっと羨ましいわ」
「何言ってるのよ、あんたの方こそ綺麗な黒髪じゃない。
いかにも大和撫子って感じでこっちこそ羨ましいわ」
「ありがとう。でも友達の物って少し憧れない?」
「あー気持ちは分かるわね、普段は口に出さないけどあんたのメガロポリスな体型とか私も正直少し憧れるわ」
「あはは、まだ中学生だし夏凜ちゃんこれからきっと育つわよ…というか海でビキニ姿見た時結構夏凜ちゃんも良いカラダしてたと思うけど?」
「え、ちょっと東郷の言い方なんか怖いわ」
「ふふふ嬢ちゃんええカラダしとるな~」
「きゃははははは!!ちょっくすぐったいくすぐったいから!!」
「ここね!ここがイイのね!」
「いい加減にしなさい!!!」
ベッドから突き落とされました。
「ぜえ…ぜえ…あんたこんな調子でよく友奈に嫌われないわね……」
「いいえ、こんな絡み方するのは夏凜ちゃんが初めてよ」
「何で!?」
「友奈ちゃんって素直だからふざけて絡んでもツッコんでくれないのよね…夏凜ちゃんなら私のボケにも全力でツッコんでくれるから全力でボケられるのよ」
「全く嬉しくないわよ!」
「夏凜ちゃん、私とこれから勇者部のボケとツッコミを先導していきましょう」
「絶対イヤ!」
しばらくするとツッコミ疲れたのか夏凜ちゃんはすぐに寝付いてしまった。
会ったばかりの張り詰めた顔からは想像のつかない穏やかな寝顔ね。
「おやすみ、夏凜ちゃん」
私は夏凜ちゃんを抱きしめて寝付いた。
翌日、夏凜ちゃんが私の胸元で悲鳴を上げて目を覚ましたけど私はいつもより気持ちよく眠れたわ。
*
翌日、部室にて。
「東郷さん、夏凜ちゃんどうだった?」
「最高だったわ」
「羨ましいです!」
東郷は部室で周囲に夏凜との合宿について楽しそうに言って聞かせていた。
夏凜はその横で恥ずかしそうに机に頭を突っ伏していたのだが。
「あんた達ねえ……」
「むむむ、よーし夏凜今日は私の番よ!覚悟しときなさい!」
「お願い風少し休ませて、本当お願い」
「わ、分かったわ」
「あら夏凜ちゃん疲れたの?じゃあ私のぼた餅でも食べて元気を出して」
「あ、東郷さん私も!」
「私にも下さい!」
「はいはい、順番に一個ずつね」
「やれやれ」
夏凜はため息を付きながら一つ東郷のぼた餅を頬張った。
「美味しいわよ、流石東郷先生」
「ふふふ、ありがとう夏凜ちゃん」
満面の笑みを見せる東郷に夏凜は少し苦笑した。
皆さん初めまして。
本編で絡みの少ない東郷と夏凜を絡ませる話を見てみたいと思い、この話を書いてみました。
ご意見感想等ありましたら書き込んでいただけましたら幸いです。
これから結城友奈は勇者であるの二次創作がもっと増える事を願っています。
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風が夏凜の家に泊まるだけの話
夏凜家合宿二日目、今日泊りに行くのは風である。
休日の活動は短いのでお昼の時間を過ぎた辺りで早々に解散となった。
そして現在風と夏凜は二人で帰途に就いている。
まだ夏凜の家に行くには早い時間である為、せっかくだから二人で遊びに行く事にしたのだ。
*
いつもよりちょっと早い帰り道、私は夏凜と二人で歩いていた。
ここ最近は五人で帰る事が多かったから、夏凜と二人で帰るのってなんだか新鮮ね。
「風とは結構二人で過ごす事も多かったから今更二人でお泊りっていうのもなんだか変な気分ね」
「まあ良いじゃない。二人で過ごす事は多くても、こうして二人で遊んだ事は無かったでしょ?」
「確かに」
そう言って笑う夏凜。
戦いが終わって素直に見せるようになった彼女の笑顔が今は心地良い。
「それで、どこ行く?」
「うーん私あんまり外遊びに出かけた事無いからこういうの分かんないのよねえ」
「へえ、ちょっと意外ね」
「まー今まで樹の事で頭いっぱいだったしね、大赦との連絡やらお役目やらでてんてこ舞いだったし。
勇者部のメンバーに引っ張られて遊びに行く事はあったけど」
「あ……よく考えたらそうよね、なんかごめん」
「別に気にしてないから良いわよ。というか夏凜も勇者の役目にどっぷりだったでしょ?遊びとか知らないんじゃないの~?」
「ぐっ、その言われ方はムカつくけど確かに知らないわ……」
「お互い若い身空で枯れた青春送ってるもんねえ……」
揃ってため息をつく。
「しょーがないわね、こんな時の勇者部五箇条よ」
「五箇条?」
「『悩んだら相談!』」
「なるほどね」
スマホを起動してSNSの勇者部グループを開いた。
Foo『皆いるー?』
ゆーな『いますよ』
ぼた餅NEO『デート中にスマホを開くのは感心しませんよFoo先輩』
夏凜『デート言うな!あんた達に質問があるのよ』
ITU☆KI『オススメのデートスポットを教えて欲しいんですね分かります』
Foo『違う!いや概要としてはそうなんだけど方向性を歪めないで!』
ぼた餅NEO『それなら戦没者慰霊堂で御国の為に没した英霊達に祈りを捧げるオススメのルートがありますよ!』
ゆーな『あはは、じゃあ私が友達とよく行く遊び場リストアップしますね』
夏凜『ゆーな、あんただけが頼りよ……』
ITU☆KI『カラオケはこの前行きましたもんね、ゆーなさんにお任せします』
ぼた餅NEO『無視、だと…!?』
友奈がリストアップしてくれたのは近場のゲームセンター、イネスのショップ、それから景色の楽しめる公園等だった。
これは正直期待以上のアドバイスね、流石友奈。
「友奈って凄いわね。なんか普段脳筋なイメージしか無かったんだけど、もしかして私達の中では一番女子中学生らしい生活してたりする?」
「うん、ほら私達の家も東郷も引っ越して讃州中に来たじゃない?友奈って勇者部だと唯一の地元民なのよ。だからここに住んで一番長いのは友奈だし友達も多いからこの手の事に関してはあの娘が一番詳しいと思うわよ」
「なるほど…まだ知らない事だらけね」
夏凜はうむむと唸りながら呟いてる。
そういえばこの娘こっちに来たばかりの頃は友奈によく噛み付いてたわよね。というより友奈がよく夏凜に絡みに行ってたから相対的に噛みつかれる回数が多かったのかも知れないのかけど。
それが今やこんなに気になるな友達になるとは……感慨深いものがあるわ。
私も負けてられないわね。
「よし!無事行くあても出来た事だしどこ行く?」
「あ、そうだったわね。えーと公園は少し遠いから行ったらそれだけで一日終わっちゃいそうだし、ゲームセンターとショッピングモールとかが良いんじゃないかしら?」
「じゃあ早速行きましょう!レッツゴー!」
「はいはい分かったわよ、そんな腕引っ張らなくても急ぐから」
せっかく遊ぶんだから時間は無駄に出来ない。
私は夏凜とゲームセンターに向かって駆け出した。
「着いたわね」
「ぜー…ぜー…ごめん、ちょっと、休ませて…」
「な、情けないわねえ……あんたもうちょっと体力あると思ってたんだけど」
「いや面目ない、私、体力は確かに自身あるけど、短距離は苦手なのよ……」
「なら無理するんじゃないわよ……飲み物買って来るわ」
夏凜がいつもの挑発するような感じではなく本気で呆れたように言うので余計にへこむ。
うう、情けない……
「ほら、スポーツドリンク」
「ありがとう……悪いわね」
「別に良いわよ。そ・れ・よ・りも!こんな息切れするぐらい楽しみだったんでしょ?とっとと遊ばないと走り損よ。少し休んだら早く遊ぶわよ!」
「うう、夏凜本当に良い子になったわね……お姉ちゃん嬉しいわ」
「アホな事言ってると一人で遊びに行くわよ…!」
「ごめんなさい調子乗りました」
「まったく、風はもう少し…「よし犬吠埼風復活!さーて遊ぶわよー!」本当に早っ!?」
「体力はあるから復活も早いのよ!さあ夏凜、好きなゲームを選びなさい!」
「え、ど、どれにしよう……」
「えーと確かさっきの友奈リストに二人で遊べるオススメのゲームリスト書いてあったわよ」
「あ、これね」
・ダーツ
・エアホッケー
・レースゲーム
・クレーンゲーム
・プリクラ
「夏凜これそれぞれがどんなゲームか知ってる?」
「流石に名前ぐらいは聞いた事あるわよ。そうね…じゃあ最初はあまり激しく動か無さそうなダーツとかで良いんじゃないかしら」
「じゃあダーツに決定ね。店員さんにダーツ貰ってくるわ」
二人分のダーツを受け取って的の前に移動した。
「で、ダーツってどんなルールなの?」
「代表的なのは、『カウントアップ』『ゼロワン』『クリケット』の三種類みたいね。
オススメはこのゼロワンっていうのみたいよ」
「じゃあそれで行きましょう」
説明によればゼロワンというのは、的にダーツを当てていって規定の点数ピッタリに先に出来たプレイヤーが勝利するルールらしいわね。
ただ単に点数の大きさを競うわけではない所が面白い、との事。
「じゃあジャンケンで先攻後攻決めるわよ」
「「最初はグー!ジャンケンポン!」」
「くっ負けた…」「よし勝った!」
最初は私からになった。
このゲームは最初のプレイヤーの方が先に規定の点数に到達する可能性がある為基本的に先攻が有利なのだ。
「ふっふっふ、じゃあありがたく先に投げさせて貰うわよ」
「いーわよ、こういうのは観察して後から投げた方がデータを活かせるんだから!」
「なんとでも言いなさい、必殺!女子力投擲!」
当たったのは斜め右下、15のシングル。
これで15点ゴールに近づいたわけね。
ちなみに今回は合計701点減らせばゴールというルールになっている。
投げるのは一回の手番につき三本、この回で私は全てのダーツを命中させて27点を得た
「うん、良い滑り出しね」
「よーし次は私の番ね」
「ふふん、果たして私のスピードに付いて来れるかしら」
「言ってなさい、すぐに追いついてやるわよ!」
夏凜は立ち位置に立つとダーツを構えた。
立ち姿はなかなか様になってるわね。
「せいっ!」
しかしダーツは射線を逸れて的に当たらず、ハズレね。
「かりーん、もう少し力抜いた方が良いと思うわよ―」
「うっ、うっさい!!次は当てるわよ」
続いて第二射、宣言通り的には当たったものの、運悪くそこは7のシングル。
夏凜は今のところ二回投げて7点だけという状態なわけね。
「夏凜ファイトー!」
「ええい、いちいち声かけないで!集中するから……」
今度はしっかり深呼吸して体を軽くほぐしてから構える。
なんだかこんなに本気見せてくれると可愛いわね。
「当たれっ!」
そして投げたダーツ、当たったのはなんとトリプルの19。
つまり19×3の点数が一気に入り夏凜は合計64点もの点数をこの回だけて得た事になる。
「やったああああ!!」
「あちゃー、せっかく先手番もらったのにもう追い抜かれちゃったわね……」
「ふふふこれが完成型勇者の実力よ!」
「ぬぐぐ、だがまだ勝負は始まったばかり!ここからが本番よ!」
「上等、返り討ちにしてやるわ」
それからしばらくは一進一退の攻防が続いた。
「必殺!女子力ファイア!」
「やあっ!」
「女子力ストライク!」
「せいっ!」
「女子力乱れ撃ち!」
「風!いちいち技の名前叫ぶの私まで恥ずかしいからやめて!!」
「えーせっかく考えたのに」
技名は夏凜の苦情により禁止になった。
まあ、そんなこんなで勝負も終盤。
現在夏凜の残り点数は45、私は31だ。
一見私の方がゴールの0点に近そうに見えるが、このゲームはそうも行かない。
31点はキリが悪い為、私はどこかに最低で二回は命中させて0にしなければならない。
対して夏凜は15のトリプルを出せばそのままゴールインなのだ。
油断ならない状況である。
「集中…集中…」
ここまで来ると流石にお互い口数も少なくなる。
静かに後ろで見る夏凜の視線を感じながら第一射。
当たったのは4のシングル、残りは27。一応これでゴールが9のトリプル圏内になった。
続いて第二射、狙うのは左上だ。
「はぁっ!」
投げたダーツは左上に当たったが、その瞬間電子ダーツの画面からガラスが割れたようなSEが響く。
当たったのは運悪く14のダブル、28点を獲得して701点を超えてしまったのだ。
「あちゃー……バーストしちゃった」
「なるほど、0を超えちゃうとこうしてその前の点数に戻るのね」
「そうみたいね、そして手番は交代と。さあ今度は夏凜の番よ」
「よーし気合い入れて行くわよ!」
頬をパンパン叩いて夏凜は的の前に立った。
「やあっ!」
夏凜が当てたのは右下、10のシングルだった。
「惜しい惜しい」
「ぬぐぐ、次こそ」
続いて第二射。
残りが35になったので夏凜が狙うべきは後二回で0に出来るような場所のはずだけど。
無言で放ったダーツが当たったのは17シングル。残り18。
「(18のシングルか9のダブル、6のトリプルに当てれば勝ち。なら狙うは右上ね)」
ふふふ考えてる考えてる。
いつかの砂浜で友奈との棒倒しに夢中になってる時もこんな感じだったっけ。
そんな事を考えている内に放たれた最後のダーツが投げられた。
当たったのは4のシングル。残り14で夏凜の手番は終わった。
「あーあと少しだったのに……」
「まだまだ勝負はこれからよ!」
「しょうがないわね」
そこから先は非常に地味な攻防しかなかったので割愛する。
お互いバーストを何度も繰り返した後に夏凜が勝利をもぎ取った。
「よっしゃあああ勝った!」
「負けた……」
「なかなか楽しめたわね、さあ次行きましょう!」
「よーしじゃあ次はエアホッケーよ!」
「望む所!」
「せいやぁっ!吹き飛べぇっ!!」
「夏凜力入り過ぎ!当たったら死んじゃうから!!」
「え、そう?」
「ホッケーはホッケーを相手にぶつける競技じゃないのよ!」
「お、バスケットゲームね。なつかし~」
「へえ、こんなのもあるのね」
「試しにやってみる?」
「そうね、せっかくだしやってみようかしら。よいしょ」
「夏凜ストップストップ!これ中に入らずに外から投げ入れるゲームだから!」
「え?」
「プリクラ、ってどうやるの?」
「この手順通りに進めれば大丈夫みたいよ」
「ふーん、二人一緒に入るようにカメラの前に立って、と」
「なんかこうして並ぶと夏凜ちっちゃいわね」
「余計な事するな!背比べなくて良いから!」
「きゃー夏凜ちゃんかーわーいーいー!」
「ちょっ、ぶれるぶれる!あーもー!!」
そんなこんなで私と夏凜はゲームセンターで遊び倒した。
ゲーセンってこんなに色々遊べる物があるとは思わなかったわ。
「いやー遊んだ遊んだ。楽しかったわね―」
「そうね、誰かとゲームセンター行くなんて初めてだったわ。
こんなに楽しいならまた来ても良いかも知れないわね」
「良いわねそれ!また今度勇者部の皆で来るのも悪く無いわ」
「まだ遊んでないゲームもあるから今度はそれで遊びたいわね」
そんな事を語りながら出てきたゲームセンターを出た時間はおおよそ三時頃。
まだ外で遊ぶ時間は残ってるわね。
「じゃあ次はショッピングモール行きましょう」
「そうね、まだ時間あるし。イネスだっけ?」
「そう、ここから近いのはイネスね。じゃあレッツゴー!」
「さて、着いたわねイネス。私は自分だけでショッピングモールとかあまり来た事無いから分からないんだけど、何するの?」
「何するのってそりゃあ勿論買い物するのよ。ショッピングモールなんだし。
そして私は前から夏凜と来たら絶対行こうと思ってた場所が実はあるのよ」
「え、な、なにそれ?どこに連れてく気よ?」
「ふふふそんな怯えなくても大丈夫よ。夏凜、まずは服を見に行くわよ!」
私は夏凜の手を引くと真っ先に服売り場へと向かった。
「というわけで服売り場に来たわけだけど」
「風新しい服が欲しかったの?」
そう言って首をかしげる夏凜。
あ、なるほど確かにこういうのは最初の頃は見せてくれなかった仕草かも。
友奈と樹が言っていたのは可愛くなったっていうのはこういう事なのかも知れないわね。
「確かに服は欲しかったけど今日欲しいのは夏凜、あんたの服よ」
「ふぇっ!?わ、私?なんでよ!」
「あんた私服着てる時いつも似たような服着てるじゃない、酷い時は制服着たままだし。
前から気になってたんだけど服屋に連れて行く暇無かったからね。
年頃の女の子がそんなんじゃダメ!ほら選ぶわよ!」
「ちょ、ちょっと待って!服とか買った事ないから!」
「私が選んだげるから!」
いくつかの服を見繕って夏凜を試着室に押し込む。
「ほらほらこれ着てみて。どこに出しても恥ずかしくない服装出来るようになるわよ」
「う、うーん」
・白のワンピース+黒のジャケット+黒リボン
「シンプルだけど悪くないんじゃない?」
「ワンピースとかは恥ずかしいんだけど……」
「だからジャケットと合わせたんじゃない。夏凜は真っ白だとちょっとキラキラしすぎだと思ったし。
似合ってると思うわよ、買うから畳んでそっちのカゴに入れといて」
「わ、分かったわ」
「ちょっ、脱ぐのは閉めてから!!」
「わっわあああああゴメン!!」
「どんだけ緊張してんのよ……」
・ショートパンツ+グレーのインナー+赤のジャケット
「これは活発そうな夏凜にぴったりの服だと思うわよ」
「うん確かにこれは動きやすくて落ち着く」
「ズボンだしね、今日みたいにゲーセン行ったり公園行ったりする時良いんじゃないかしら。
これも買うわよ」
「分かったわ」
・ブラウス+紺色ロングスカート
「うーん好みが分かれる所ね」
「そうなの?」
「おとなしそうな女の子が普段着るには良いと思うんだけど。
夏凜ならたまに着る分には普段のギャップと良いとかそんな感じ?」
「まあせっかく選んでもらったし買うわよ。どうせ普段は制服だし」
「それもそうね」
・フリフリフリフリ&フリフリ
「これはイヤ!!」
「何言ってんの勿体無いわよ凄く可愛いじゃない!」
「動きづらいし似合わないって!」
「いや似合ってるから!そうだ今から写真撮って勇者部の皆に聞くのが良いわよ!」
「やめて!!」
こんな調子で夏凜をひたすら着せ替えること約1時間、たくさん服を買った。
「つ、疲れた」
「いやー買った買った!これで夏凜はしばらく服に困らないわね」
「なんか半分も出してもらっちゃって悪いわね……」
「いーのよ、たまには先輩らしい事させなさい。
夏凜には結構お世話になったしこれは普段のお礼よ」
「そんなに何かした記憶は無いけど……」
「気にしない気にしない、また何かあった時に夏凜からも贈り物してくれれば良いから」
「……分かったわ、ありがとう」
「どういたしまして!」
そう言って笑いかけると夏凜は赤くなって目を逸らした、可愛い。
ふふふ、買ってくれた私服を見るのが楽しみね―、今度の勇者部の活動で着てもらおう。
「じゃあそろそろ帰る?」
「え、まだ早くない?」
「でも夕飯作るならこれぐらいが多分ちょうどいいわよ」
「あ、そうね、夕飯ね」
「東郷から聞いたわよ~料理の仕方覚えたいんだって?可愛い事いうじゃな~い」
「わ、悪い!?私だって料理ぐらい出来るようになりたいし……」
「夏凜それ反則」
「え?」
「よしきた!私が教えてあげるから今日は材料買って早めに帰るわよ!何教えて欲しい」
「え、えーと……今日は疲れたし簡単な物で」
「うーん、じゃあ鍋とチャーハンどっちが良い?」
「じゃあ鍋にしてもらおうかしら」
「オーケーじゃあ今晩は鍋に決定!早速材料買って帰るわよ」
「あとうち土鍋が無いわ」
「土鍋ね、分かったわ。多分安く買えると思うしついでにそれも買って帰りましょう」
「大丈夫?服もあるし結構な荷物になると思うけど」
「大丈夫よ、夏凜の4つ小麦粉の袋まとめて持てるような怪力があれば余裕よ余裕!」
「って私頼みなんかい!」
「まあまあ私も持つし大丈夫よ」
「本当かしら……」
さあちゃっちゃと買って帰ろう!
無事買い物を終えた私達は夏凜の家に到着した。
「流石に重かったわね……」
「だから言ったのに……」
「でもこうして無事帰宅出来たんだし言う事無しよ。
さて手洗いうがいしたら早速料理始めるわよ」
「分かったわ、風先生」
「せ、先生!?」
「?どうしたの」
「先生って…?」
「東郷も料理教わる時先生って呼んでみたんだけど、嫌だったかしら?」
「い、いや構わないわよ。遠慮無く呼ぶが良い!」
「じゃあ準備しましょう、風先生」
「ぬおおおよっしゃああ先生頑張るわよおおおおお!!」
「!?」
今回作るのはキムチ鍋。
材料は豚肉、白菜、ニラ、人参、えのき、豆腐、長ネギ、そしてキムチ鍋のもとだ。
「鍋は材料きって全部放り込んで茹でておしまい!本当に簡単な料理よ」
「なら覚えといて損は無さそうね。あ、ご飯はどうする?」
「二人だけだしご飯は少なめが良いわね。締めのうどんもあるし」
「あ、だからうどん買ってたのね」
「当然!しめのうどんは鍋に欠かせない要素よ!じゃあ作り始めましょうか」
「了解!」
・
・
・
その頃の犬吠埼家。
「はーい今晩のご飯は鍋焼きうどん勇者盛りだよ!」
「わ~美味しそうです!」
「ありがとう友奈ちゃん」
「ふふふ、じゃあ皆で食べよう!」
「「「いただきます」」」
犬吠埼家では少し早めの夕飯を樹、友奈、東郷の三人が食べていた。
樹は家事が出来ない、特に夕飯を作れないのは一日だけでも致命的である。
その事を見越した風があらかじめ友奈と東郷にお願いをして泊まりがけでの樹の世話を頼んだのだ。
可愛い後輩のお世話を出来るという事で友奈と東郷は喜んでこれを了承した。
風としては妹が家事を出来なくてはまずいという事を痛感したのでこれから先の妹の教育計画を立てる事になったわけだが……ともかく今日三人は楽しいお泊りに興じていた。
「友奈さんの鍋焼きうどん美味しいです!」
「そう?それは良かったよ!」
「友奈ちゃんも大分料理が上手くなったわね、私も負けていられないわ」
「あはは、東郷さんにはまだまだ敵わないよー」
「お二人共凄いですね、私なんてからっきしですから…」
「樹ちゃんも覚えれば直ぐ出来るようになるわよ、私が教えてあげるわ。夏凜ちゃんも今修行中なのよ」
「ええ夏凜さんもですか!?じゃ、じゃあ私も置いていかれないようにしないと!」
「おお!樹ちゃんが燃えてる!じゃあ私達と一緒に料理勉強しよう!
目指せ歌って踊れて料理も出来るアイドル!」
「はい!頑張ります!」
ひと通り夕飯を楽しんだ後、軽く食器を片付けて三人は食休みをしていた。
「あ、風先輩と夏凜ちゃん帰ってきたみたいね。今晩は鍋にするみたい」
「え、東郷さんスマホに何かメッセージでも入ったの?」
「いいえ、夏凜ちゃんの家に仕掛けたカメラと盗聴器から」
「ぶっふぉ!!?」
「わー東郷先輩凄いです」
「樹ちゃん!?え、これ犯罪だよね!?」
「友奈ちゃん、合意の上なら大丈夫なのよ」
「あ、なんだ、ははは、合意なら大丈夫だね―、夏凜ちゃんよく許可したね―」
「事後承諾になる予定よ」
「それは許可取ったとは言わないよ東郷さん!!」
「東郷先輩いつの間にカメラと盗聴器設置したんですか?」
「この前お泊りした時こっそり、ね」
「東郷さん何やってるの……」
「友奈ちゃん、友奈ちゃんも風先輩と夏凜ちゃんが仲良くなる所見たいと思わない?」
「た、確かに見たいと思うけど勝手に見るのはダメでしょ!?」
「大丈夫!今日だけ!今日だけだから!」
「勇者パァアアアアンチ!!」
親友と後輩を犯罪者にしない為に人知れず勇者が活躍していたりしたがそれはまた別の話。
・
・
・
「本当に鍋って簡単ね」
「でしょー?しかも皆で囲んで食べられる量を一気に作れるからお泊り会では重宝するのよ」
「良いわね、得した気分だわ。その皆で食べるはずの量の大部分をあんた一人が食べられるのは謎だけど」
「良いじゃない、放っておいても夏凜だけじゃ食べられないんだし」
「いや文句があるわけじゃないんだけど、純粋にあんたの体のどこにそんなに入るのか謎なのよ」
「ふっふっふ、こうしてたくさん食べた食べ物があたしの体内で女子力に変換されているわけよ!」
「理屈になって無いわよ……」
鍋を食べながらゆっくりする時間。
いつもは樹と二人で食べているからなんだか新鮮ね。
「しかし樹は大丈夫かしらね―」
「大丈夫でしょ、あの娘はしっかりしてるわよ。それに友奈と東郷もいるんだし問題があるわけが無いわよ」
「それもそうね。いやなんだか妹ってどうしても心配になっちゃうのよね」
「まあ確かに樹は可愛いしその気持ちも分からないでは無いけどね」
「でしょー?あげないわよ!」
「大丈夫よ、樹があんたから離れる所なんて想像出来ないわ」
「そう真面目に返されるのもなんだか照れるわね…」
鍋を食べ終わると夏凜は立ち上がった。
「じゃ、風呂沸かしてくるわね。今日は汗かいたし早く入りたいわ」
「ういうい、じゃあ私は食器洗っとくわ」
「ありがとう」
うーんこうして家事をやってくれる子がいると助かるわね。
いやここ夏凜の家だから当然なんだけど。
やっぱり樹にも一通り家事覚えてもらった方が良いわよね、私も高校生になっちゃうからどうなるか分からないし。
そんな事を考えながら皿を洗っていると、風呂が沸いたようだった。
「風呂沸いたわよ」
「ありがと、じゃあ夏凜ちゃん、せっかくだから一緒に入る~?」
「そうね、じゃあ一緒に入ろうかしら」
「…え、本当に入るの?」
「何よ、あんたが言い出したんじゃない」
「いや夏凜の事だからこの歳になって何言ってるのよとかそんな感じで突っぱねられるかと」
「東郷とも一緒に風呂に入った時点で色々諦めたわ」
「あーあの子ね……うんなんとなく分かったわ」
東郷はなんというかこう、友奈のスキンシップに慣れてる部分があるからそういう所もあるのよね。
「じゃあ入りましょうか」
「ふふ、背中流してあげようか?」
「流石に一人で洗えるわよ」
体を流し終えた私達は湯船に浸かっていた。
「あー生き返るわ―」
「中学生なのにババ臭いわよ」
「いやだって今日たっぷり動いたし仕方ないじゃない」
「あんまり年寄り臭いと樹にも何か言われるんじゃない?」
「それは困るわね」
湯船に浸かると体も心も安らぐ。
こんな時は普段は出来ない話がさらっと出来たりするのよね。
「ねえ夏凜」
「んー?」
「ありがとね、色々」
「…突然どうしたのよ?」
「いや、なかなか言う機会無かったから」
「別に、何かした覚えは無いけど」
「うーんいや、今まで私後輩しかいなかったからさ。勇者になってから夏凜が来てくれて良かったわ」
「ああ、そういえばそうね、でもやっぱり私は何もしなかったわよ。
勇者部で部長として頑張ったのはあんたの力でしょ」
「そんな事ないわよ、あの日だって私、あんたがいなければきっと取り返しがつかない事してたわ」
「……」
あの時の私は後悔と怒りと悲しみがぐちゃぐちゃになっていて、ただただ目の前の現実を壊したかった。
でもそんな事をしても私達の日常は返ってくるわけもなくて、あの時夏凜と友奈と樹に止められなければ私は取り返しのつかない事をしていたかも知れない。
「あの時」
長い沈黙の後に夏凜は口を開いた。
「あの時私が風を止めたのは、私が大赦の勇者だったからよ。
だからあんたの事を思って止めたとかそういうのじゃなかったの。
風がお礼を言うべきなのは、友奈や樹の方よ」
「そう、そうだったの……なーんて言うわけ無いでしょうが!」
俯く夏凜を私は後ろから抱き寄せた。
「なっ!?ちょ、ちょっと風!?」
「私は知ってるわよ、あの後壁が壊れた結界の中で、夏凜はたった一人で私達の為に戦ってくれたじゃない。
私と樹も、あんたの勇姿をしっかり見てたわ。あの時は東郷を止めなきゃいけないから助けに入れなかったけど。
後で友奈からも聞いたわよ、夏凜が私達の日常を壊させない為にたった一人で戦ってくれたって」
「あ、あれは、その、友奈が泣いてたから……」
「ありがとう、夏凜」
「ふぇっ!?」
「私と友達になってくれてありがとう。
難しい事色々言ったけど、夏凜と会えて、友達になれて良かったって、それだけ言いたかったのよ」
「…ど、どういたしまして?」
「うん、それで良いの!さあ上がるわよ、そろそろのぼせちゃうわ」
真っ赤な顔は風呂にずっと浸かってたせいだって事にしときましょう。
「夏凜の家ってベッド一つしか無いわよね」
「そうね」
「この前はどうしたの?」
「友奈と東郷は、一緒にベッドで寝たわ……」
「あの二人も大概大胆ねー……」
ベッドの前で少し考え込んだけど、迷えば迷うほど恥ずかしくなるからこういう時はとっとと行動するに限る。
「えーい私達も一緒のベッドで寝るわよ夏凜!」
「はいはい、言うと思ったわ」
「な、慣れてる、夏凜がいつの間にかプレイガールに……」
「私だって慣れたくて慣れたわけじゃないわよ!」
「モテモテで羨ましい事だわ」
あーだこーだ言いながら二人でベッドに入った。
あ、結構大きいわね、このベッド。
「あー今日はたくさん遊んだからすぐ眠れるかも……」
「そりゃあ何よりだわ」
「ね~夏凜」
「…今度は何よ」
「あんたは何か話とか無いの?こうして二人で話せる機会なんて滅多に無いわよ」
「話…ね」
夏凜は悩みだした。
なんか話す内容を考えているというよりも、言おうか言うまいか悩んでいるような感じだった。
「何でも聞いてあげるわよ、ほら言ってみなさいよ」
「……まああんたもあんな話してくれたし良いか」
「お、なになに?」
「私に兄貴がいるって話はしたっけ?」
「いや、初耳ね」
「樹には前にした事あったんだけどね、あの子あんたには話さなかったのか」
「あーあの子そういう他人の話はあまりしないわよ?その辺りは結構きちんとしてるし」
「しっかりしてるわね、本当。まあそれはともかく、私には兄貴がいるのよ」
「意外ね、なんか一人っ子っぽいイメージがあったから」
「うん、まあそれは良いんだけど、その兄貴とは正直そこまで仲が良いわけじゃなかったのよ。悪くもなかったけどね」
「なるほど」
うーん兄妹仲についての相談とかかしら?
だったら私に言える事が少ないんだけど、いやでも夏凜が相談してくれるなら何かしら力になりたいけど。
「風」
「何?」
「良い?一度しか言わないわよ?一度だけだからね!?」
「は、はい」
「私は!今まで兄貴とそんなに親しくしたことも無かったしそんなに兄妹っぽい事した事もなかったから!風と仲良くなって、その、お…お、お姉ちゃんってこんな感じなのかなって……ちょっとだけ、そうちょっとだけ思ったのよ!!!」
「……え」
真っ赤になって言い切った夏凜を呆然と見つめる私は、夏凜の言葉が脳に浸透するに連れて眠気が吹き飛び第二の人格が目覚めそうな程意識が覚醒して言葉に出来ない感情が一気に胸から溢れだした。
「あーもう恥ずかs「か、かりぃいいいいいいいいいん!!!」ちょ、どうしたのよ!?」
「どうしようあたし今すっっっごく嬉しくて泣きそう!!夏凜もうあたしの妹で良いわよ大好きよ妹おおおおおおおおお!!!」
「ふ、風が壊れた!?」
「夏凜愛してるー!!!」
「だああああくっつくなああああああああ!!」
その後も騒ぐ夏凜を抑えこんで抱きしめぐりぐり頭を撫でて夏凜が諦めて大人しくなっても抱きしめ続けて気がつけば意識を失って朝になっていた。
当然の事ながら夏凜は私に対して近づこうとしなかったが、そんな夏凜を見ながら私は笑顔が止まらなかった。
*
次の勇者部の活動日。
何故かよそよそしい夏凜と風を見て他のメンバーは首をかしげた。
「夏凜さんとお姉ちゃんどうかしたんでしょうか…?」
「うーん分からないね…」
「まるで初夜を体験した恋人同士のようだわ、怪しい」
「東郷さんまだ顔が痛むでしょ話さないほうが良いと思うよー」
「痛い痛い友奈ちゃんごめんなさい腫れてる所はやめて!」
友奈と東郷が漫才を繰り広げているのにも全く反応を示さない。
いよいよもって心配になった樹は思い切って風に声をかけた。
「お姉ちゃん夏凜さんと何かあったの…?変だよ二人共」
「樹……いや大丈夫よ、それよりもね、樹」
「?」
「あんたにお姉さんがもう一人増えたって言ったらあんたどうする?」
「え?」
「はい?」
「あ!?いや、その」
「「「……ええええええええええええええ!?」」」
無意識に思わず口を出た言葉にどうごまかそうかと慌てる風、異様に食いつく東郷にそれを止める友奈、形容し難い凄い目で夏凜を見る樹。
奇しくも東郷が泊まった次の日と同じようにそれを見ないふりをして机に突っ伏したまま夏凜は小さく呟いた。
「……お姉ちゃんのバーカ」
というわけで風の番でした。
東郷がだいぶぶっ飛んでしまったのが果たしてこれで良かったのか……
ここまで呼んでくださった皆さんありがとうございました。
よろしければ感想もいただければ幸いです。
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