Be with you! (冥華)
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プロローグ -5 years ago-
00 ☆


賽は投げられた


月下の元で、その誓いは果たされた。世界の呪いをその身に受けた男は、彼の呪いを解き放った少年に全てを託し眠りについた。

ある冬の月の美しい夜のことだった。

 

さて、月日が経つのは早く――。

師走の終わり、いわゆる大晦日に当たる今日。冬木市の深山町にある武家屋敷に一人住む少年、衛宮士郎はその日、毎日の掃除では手を付けない土蔵の整理をしていた。

大晦日といえば大掃除。使う物も使わない物も押し込められて、一年を過ごしてしまったこの場所を一新する。思い出の品も、必要のないものも、どちらも満遍なくあるこの場所を士郎はどこか寂しそうな目で見つめている。そして、一つの箱を見つけてしまう。ノート二つ分くらいの大きさの木箱。特に目立った装飾があるわけでもない。だが、士郎はその箱を、段ボールに埋もれている中から見つけ出した時、何故だかこの箱を開けてしまいたくなった。何の変哲もないこの箱に、確かに士郎は魅了されていたのだ。

箱の蓋に手を掛け、ゆっくりと開けた。そして、それは士郎の前に現れた。

「ぷっは――!! やあっと外に出ることが出来ましたよ~」

ぴょ――んという効果音がつきそうな感じで、勢いよく箱から飛び出してきたのは一本のステッキ。日曜日の朝八時くらいからのアニメで、少女たちが振り回していそうな感じの、いわゆる魔法少女のおもちゃのステッキ。そう表現する物が、士郎の前で自分の力で浮遊し、喋っている。テレビの画面の中か、漫画のコマの中でしか見られないような光景が、現実となり自分の前で起きていることに、士郎の意識は若干、というかかなり驚きと言うものに支配されていた。

「ふ、ふええええ?!」

ずるずるとものすごい勢いで後退りをする。無機物であるはずのおもちゃのステッキは、自力で浮いていることが当たり前のように存在している。

いや、あり得ない。

目を丸く、白黒させていた士郎は、現実から目をそらそうと必死に首を振っていた。

そんな士郎にはお構いなしに、杖は士郎を覗き込むように頭頂部を眼前に滑り込ませる。

「あ、出してくださった恩人に自己紹介もせずにすみませーん。私は、愉快型魔術礼装カレイドステッキに宿る人工妖精、マジカルルビーと申します。あなたのような方に見つけてもらえて、ルビーちゃん幸せです。何かこう、騙されやすそうな感じで」

「つ、つ、杖が、しゃ、喋っ……?!」

杖が浮いている事実よりも、喋るという事実の方がショックの割合が大きいらしく、目をぱちくりさせながら更に距離を取る。土蔵の壁に自分の背中が当たったことで、士郎はそれ以上逃げ場がないことを知った。大きく跳躍して杖が自分の前に現れ、ひっ、と声を漏らす。その反応を楽しむかのように、杖は士郎の周りをくるんくるんと勢いよく回り出す。

「そりゃあ、杖だって喋りますよ? このご時世、どれほどの魔法少女物の版権作品があると思っているんですか? 魔法少女と契約するものが、喋るなんて普通すぎて普通すぎて。かわいいマスコットの動物になればいいってもんじゃない。反対にそっちの方が需要が大きいので、私は敢えて杖でありながらマスターと契約をし、意志相通を測ろうという新天地を求めているんですよ」

生き生きと語る杖の言葉の中に、不穏な一語が聞こえた。

 

「ま、魔法少女? 何だよそれ……」

 

何度も確認してしまうが、ここは日曜朝八時の女児向けアニメの画面の中でも、深夜の大人向けアニメの画面の中でもない。魔法少女など、全く持って笑えない冗談だ。士郎は自分の義父が語った、魔法使いという言葉を思い出していた。

「爺さんは魔術師でも、魔法少女じゃないはず……。なんでこんなものがここにあるんだ?」

杖は爺さんという言葉に、とんでもないと言うように体を大きく曲げて見せた。

「爺さん? あぁ、あのゼルレッチじじぃのことですか? 普通に考えてくださいよ、マスター。さすがの私、人格破綻ステッキルビーちゃんでも、じじぃを魔法少女にする趣味なんてありませんよ。目に毒ですから。そう、魔法少女にするなら……」

「な、何で俺の方を見るんだよ。俺は、男だぞ?!」

一体何がこの杖の感覚器官なのかは全く持って分からない。だが、何故か品定めするような視線だけは感じることができる。杖は心底楽しそうな声を上げながら彼との距離をさらに縮める。

「ふふ、何かルビーちゃん、今なら何でもできそうな予感がしますよ? 何というか、今ならあなたを性転換出来ちゃいそうな感じです。カレイドステッキとしての本能が、この少年を女体化させろと言っている……!」

この杖、マジカルルビーは簡単に言うと興奮していた。十年ぶりに目を覚まし、彼の心をちょっと覗いてみたところ、何やらいい感じに歪みを持つ可愛らしい少年と出会ってしまったのだ。これは何と言うか、運命。そう陳腐な言葉で片付けてしまうのはもったいないが、この少年と出会ったことに並々ならぬ意味があると感じていた。

まぁ、そんなルビーとは反対に、士郎の方は逃げ出したくてたまらないのだが。しかも、何か女体かとか聞いてはならない言葉も聞こえたし。

「な、何かすごく不穏な言葉が聞こえた気がする。ちょ、ちょっと待って、や、やだ何して……ふあああああああっ?!」

ぴったりとくっついてきただけでは飽き足らず、何やら服をごそごそし始めたルビー。士郎があらぬ悲鳴を上げていると、土蔵は一瞬にしてルビーから発せられた光に飲み込まれた。

そして、光が収まって士郎が目を開けた時、彼の世界は変わっていた。

 

「な、な、なんじゃこりゃああああ?!」

 

元々、年相応の少年たちよりも小さかった士郎の体はさらに小さく、小柄なものに変化していた。短く切ってあった赤茶の髪は、肩より長く伸びふわりと揺れている。そして、士郎はまだ気が付いていないが、ズボンの中にあったあるものが消え、その代わりに彼の胸部は布を押し上げる慎ましやかな膨らみを持っていたりする。グッバイ昨日までの俺、ハロー今日からの私、といったところか。

身体的な変化にだけ士郎が驚いているわけでは無い。

飾り気のないトレーナーにジーパンを履いていたはずの士郎の服は、ひらっひらといやもうひらひらふわふわのドレスに身を包んでいた。白を基調としたドレス、薄いオレンジ色のリボンが至る所にほどこされている。そして、誰得だと叫びたくなるイヌ耳と尻尾のオプションサービス付き。

「おぉっ! 思ったよりも随分と可愛らしい魔法少女が出来上がりましたね!」

満足気な声を上げるステッキは、持ち手の部分を曲げ、うやうやしくお辞儀をする。

「まぁ、とりあえず、魔法少女もあなたの目指すセイギノミカタも、大した差はありません。私と契約してくれたんですから、楽しい毎日を過ごしましょう、マスター!」

杖、もといルビーは士郎の右手に収まると、小さな羽を羽ばたかせ土蔵を飛び出す。若干体が浮いたような気がしたと感じると、士郎の体は大空を跳躍していた。

「う、そ……」

某四次元ポケットの漫画にある黄色い竹コプターを頭に乗せているように、何の抵抗もなく空を飛ぶ。

「嘘なんかじゃありませんよ、これはマスターの想像力が成している技です。何だかんだ言って、魔法少女になることを受け入れているという証拠でもありますよ」

高度は上がっていく。大晦日の昼間ということで、買い物に出かけている人々が道を行くのがよく見える。

「さて、最初に何をしましょうか? あそこで、ナンパに困ってるお姉さんを助けます? それとも、駄菓子屋で万引きして逃げてる子供をぶっ飛ばします? マスターの思うままにどうぞ、やっちゃって下さい!」

熱を持ったように、頬を興奮から紅潮させていた士郎は、ルビーに話しかけられたことで現実に戻る。自分の手の中に納まるルビーに、初め抱いていた恐怖感はすでにない。まぁ、信用しきっているわけでもないのだが、それ以上に、自分を夢に近づけてくれる存在なのではないかと感じていた。

自分のユメ、理想。あの男の語ったものを、現実に出来るのではと。

「うん、それもいいけど。まず、俺のことマスターじゃなくて、名前で呼んでくれないか? 俺は、士郎。衛宮士郎っていうんだ」

 

かくして、運命の夜の前に、運命の大晦日を体験してしまった衛宮士郎。ちなみに、女性の体になったとこに気が付くのは、万引き犯を警察に引き渡した時に、警官から「いやぁ、君は小さい女の子なのにえらいねぇ」と声を掛けられた時だったりする。

 

 

 

"Alea iacta est!”

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 




偽タイガー道場

弟子1号:ししょ―――!! 私のお株が士郎に取られちゃいましたよ――!

師匠:うむ、仕方あるまい。今の士郎は、女の子になってしまった士郎は、誰にとってみても、正義の味方に憧れる、健気なヒロインで……!

ルビー:申し訳ないですけど、うちの士郎さんにそんなこと期待しないで下さいまし。

弟子1号:うわ――元凶来た――!

ルビー:読者のみなさん、こんにちは。皆さんの心のアイドル、マジカルルビーちゃんです。TSで恋愛要素を入れるとなると、男といちゃいちゃすると、元が男だからBL? じゃあ、女子と仲良くすればいいと思ったけどそっちはGL?と混乱していますが、ばっちしラブコメってもらいます。R-15は、ちょっとくらいHなこと書いてもいいよね?という作者の迷いが付けさせたようですよ。
私の士郎さんは、最高に歪んでにぶっ壊れてる方なので、大変おいしい展開を考えております。また、次回の更新をお楽しみに――!

師匠:ちょっと、そこのステッキ! 士郎に変なことするなんて、聞いてないわよ!

弟子1号:恋愛要素とかも聞いてないわ! 誰とくっつけるの?! ううん、こうなったら男キャラ全員殺っちゃわないと……

師匠:うわわわ、残虐ロリっ子の本性が目覚めそうだから、今回はここまで! みなさん、ありがとうございました!


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2月2日 -first day-
01


不運であると考えなければ、何も不運では無い。


その光景を目にした時思ったことは、凄いとか、見惚れてしまったとかではなく、「あ、これ見つかったら死ぬわ」だった。

 

 

 

「全くもってお人よしですよね~、士郎さんって」

硬く絞った雑巾を持ち、せっせと弓道場の床を拭いていた士郎に声がかかる。友人からの頼みを、嫌がるそぶりも見せずに聞き入れた士郎に、声の主は少なからず憤りを覚えているようだ。

「大体にして、あの人も酷いことしますよね。士郎さんは、か・わ・い・い女の子なんですから。それなのに、まるで男の子の友達に雑用を押し付けるように言うとは。いやぁ、人間性根が腐ってはいけませんね。あーゆー風な人間にはなっちゃだめですよ、士郎さん」

「ルビーさっきからうるさいぞ。というか、今日はシャーロックホームズの再放送だから、さっさと家に帰るんじゃなかったのか? 俺を待たずに帰っていいんだぞ、別に」

士郎の耳元30㎝から離れようとせずにずっと浮いたままでいるステッキ。そう、ステッキだ。いわゆる魔法少女ものアニメで、ヒロインが振り回すアレ。契約したマスターとは一心同体だと言い張る彼女は、士郎が行く場所どこにでもついてくる。手足は無いため、ただ士郎の作業を邪魔するように話しかけ続けるルビーに迷惑そうな視線を向けた。

士郎の言葉に、ルビーは体を大きくくの字に曲げてため息をつく。人間であればアメリカ人張りに大げさに肩をすくめているだろうと想像できる。

「士郎さんが、そんなに私に一人で帰ってほしいなら、一人で帰ってもいいですけど。『怪奇! ひとりでに浮きながら、武家屋敷へと帰るおもちゃのステッキ!』なんていう都市伝説が冬木市に蔓延して、子供が怖くて夜眠れなくなってしまったら、それは士郎さんのせいですよね~。あれ~、いいのかな? 正義の味方になろうとしている人が、そんなのでいいのかなぁ?」

すでに弓道場を掃除し始めてから一時間は軽く超えている。日は沈み、夜がやってくる。ルビーの煽り文句を黙って聞きながら、そろそろ切り上げようか、と士郎は思っていた。友人である慎二に頼まれた、弓道場の掃除もほとんど終わった。

 

「帰ろう、ルビー」

雑巾を洗うために水道まで行く。自分の横で文句しか言っていなかったルビーは、蛇のように体をくねらせて蛇口をひねってくれる。

「ありがとう」

「もっと感謝してください。というか、ここの水道って冷水しか出ないじゃないですか。女の子が、冷えた場所で冷水で雑巾洗うとか信じられませんよ。ただでさえ冬で、手が乾燥しやすいっていうのに。指先真っ赤ですよ。ハンドクリーム、持ってますか、今日」

「置いてきたかも」

母親のように小言を言い続けるルビー。はいはい、と軽き聞き流しながら、元にあった場所に雑巾を戻す。鞄を持つと、ふよふよと浮いていたルビーは鞄の中に全身を突っ込む。士郎と出かける時に鞄の中に入るのは、デフォだったりする。

弓道場を後にし、外に出ると辺りはすっかり暗くなっていた。弓道場は雑木林に囲まれ、一層暗さが押し出されている。早くここから出て、家に帰ろう。そう考え、校門に向けて歩き出した時だ。

金属と金属がぶつかり合ったような、高い音。一度、二度、音はどんどんと重ねられていく。鞄の中のルビーもひょっこりと頭を出した。

「校庭ですかね? 誰が何やってんだか。見に行くんでしょう、士郎さん」

ルビーの言葉に頷き、なるべく音を立てないようにひっそりと歩いていく。フェンスの後ろから、士郎はそれを目にした。

 

青い何かと赤い何か。その二つはぶつかり合い、弾き、また襲い掛かる。あぁ、戦っているのだとしばらく見つめていて気が付いた。目を凝らしていると、ぶつかり合う二つは人の形をしていることに気が付く。いや、全く持って笑えない。人間は、あんな風に宙に浮かない。人間は、あんな風に地面に亀裂を入れたりはしない。

「何だよ……これ……」

士郎はすっかり目を奪われていた。じっと見ていれば、段々と戦闘を行っている人物の詳細が分かり始める。

青い方が使っているのは、長く赤いもの。恐らく槍だろう。空を駈ける流星のような体運びから繰り出される、とてつもないスピードの突き。赤と青の光は、冬の空に浮かぶオリオン座の二つの一等星のようだ。

そして、次にもう一人の赤い男。彼を猛スピードで襲う槍を、その手に握る双剣で防ぎ続ける。防戦一方だというのに、余裕すら感じさせて槍を弾いていく。守りでは負ける要素が無いとでも言いたげに。

二人は止まらない。恐らくどちらかが倒れ、動かなくなるまでこの戦いは終わらないのだろう。

二人は一度距離を置き、互いの武器を持ち直す。先に動いたのは、青い男のほうだった。自らの獲物を構えた時。冷水を掛けられたような錯覚に陥る。赤い槍に注がれていく魔力。槍と男から溢れていく威圧感。そしてそこに感じるのは、紛れもない「死」。

士郎の中に駆け巡ったのは、逃げるという選択肢だった。何とかして気づかれる前にここを去る。そう思って、音を立てないように慎重に後ろに下がろうとすると。

「これは、いけませんね、マスター。この冬木の平和を脅かす悪の存在発見です。正義の執行者として、がんつんと暴れちゃいましょう!」

ぴょこんとカバンの中から出てきたルビー。テンション高めに絡んでくる彼女の声が、しんとしていた校庭に響いた。だが、そんなことよりも、彼女の言った暴れるという言葉の真の意味に気が付き、士郎は叫ぶ。

 

「無理無理無理! 絶対に嫌だからな!!」

 

はっと気が付いた時にはすでに遅し。

「誰だ?!」

鋭い声が聞こえ、槍に注がれていた魔力が霧散するのを感じた。そして、その魔力の塊が自分に向かってくることも。

「ぎゃあ、見つかった!!」

「な、何してるんですか士郎さん。さっさと、とんずらしますよ!」

逃げよう。あんな人間離れした、というかもうあれは人間じゃない。あれ相手にどうにかできる力は自分には無い。ただ無心になって走っていると、何故だか校門ではなく校舎のほうに向かって走っている自分。

あ、これは完全に……。

「ねぇ、士郎さん、士郎さん。相手は後ろから私たちを追ってるのに、何で校舎に入ったんですか? 後ろから殺気がびゅんびゅんと飛んでくるのをルビーちゃん感じますよ?」

「俺も、失敗だったって思ってるよ!!」

だがもう逃げ道は、校舎の中にしか残っていない。階段を駆け上がる士郎に、ルビーは並走しながら話しかける。

「あの巨大な魔力と、ふざけた格好。どう考えても、マスターの通常形態でどうにかなる相手じゃないですよ? どうします? こうします?」

「それは、最後の奥の手だっていっつも言ってるだろ! それに、さっき校庭にいたのが学校関係者だったら、俺死ねる」

彼女の言う、暴れるや、こうする、という意味が分かっている以上頷くわけにはいかない。多くの人が行きかう新都ならまだしも、自分の見知ったこの学校という場所であの格好をするのは出来れば避けたい。登校するたびに、この日のことを思い出して、どうしようもない気持ちになる。

 

「鬼ごっこは終いか、坊主」

 

その声で一瞬にして現実に戻される。

「随分と遠くまで逃げたみたいだが……まぁ、運が悪かったな」

弾かれたように振り返ると、そこに立っていたのは青い槍使い。男は心底やりたくない、とでも言いたげな顔を見せるとこちらに歩み寄ろうとする。男の目は赤い。まるで、血を求めて荒野を彷徨う肉食獣のようだ。

「何してるんですか?! ほら、士郎さん早くして下さい。殺されちゃいますよ!!」

一瞬、男の瞳に意識を奪われていた自分を、ルビーが叱咤することで取り戻す。先ほどからのスピードを考えれば、この男が自分を殺すまで1秒とかからないだろう。ここで殺されるつもりはない。士郎はルビーの持ち手を掴み、自分の前に構えた。

鏡界回廊最大展開(コンパクトフルオープン)!」

非常灯の明かりのみが照らしていた廊下は、ステッキから放たれる光の渦によって昼間のように光り輝いた。

「何だっ?!」

予想もしていなかった、獲物の反撃に男は竦んでいた。そしてその光が晴れた時。

 

「冬木に住まう悪を絶つ、愛と正義の執行者。その名も魔法少女、マジカル☆エミィ!! ぴちぴち青タイツの不審人物、正義の鉄槌をお受けなさい!」

 

茶色いイヌ耳と尻尾を生やし、白とオレンジの衣装に包まれた一人の少女が立っていた。

「…………」

目を丸くして、目の前に立つ少女を頭の先からつま先までじっくりと見つめる。自分が追っていたはずの、男子生徒の姿はどこにも無く。赤茶色の長い髪を揺らし、ちょっとアレな格好をしている少女がいるだけだ。

「お前、さっきの坊主か?」

ひとしきり考えた後に男が口にしたのは、それだった。少女はくるりと一回転して見せ、男にウィンクを贈る。回った瞬間に、ふんわりスカートが持ち上がり、中のパニエが見えたことは黙っておく。

「あなたがそう思うのなら、そうなのだわ。私は、マジカル☆エミィ。それだけなのだわ――!!」

少女は廊下の床を蹴って、男との距離を詰める。先ほどまで自分から逃げるのに精いっぱいだった少年とは全く違う動き。気を抜いていたわけでは無いが、そのギャップに男はもろにステッキの一撃を受けてしまう。

「ぐっ……」

容赦なく男の脳天に振り下ろされたステッキ。見た目はプラスチックなのだが、ルビーはものすごく硬い。一瞬視界がホワイトアウトしたが、すぐに臨戦体制に戻る。だが、少女の次の一撃は打撃では無く、遠距離から発射された魔力の砲弾だった。

 

 

 

 

 

 

 

"Nihil est miserum nisi cum putes.”

 

 

 




偽タイガー道場

師匠:士郎が! 士郎が! 遠坂さんみたいな色物キャラに!?

弟子1号:作者はタイころやってたから、そこのマジカルルビーやマジカルアンバー、ファンタズムーン、マジカル紙袋のセリフを元にして、士郎の決め台詞を考えたらしいわね。

師匠:そういえば、気になったんだけど、何でランサーさんは士郎を「坊主」って呼ぶのかしら? 士郎、女の子になったんじゃないの?

ルビー:呼ばれて飛び出て、ルビーちゃん! 皆さんの疑問にお答えする、教えてくださいルビー様!のコーナーがやってきましたね!

弟子1号:うわぁ、呼んでないのに来たわ、このステッキ……

ルビー:確かに、士郎さんは身も、心は聖杯戦争やってるうちに女の子なのですが、とある事情から、この時青い犬さんには、男の子に見えているのです。詳しい内容は次回!
それでは、さよーなら!

師匠:特に解決もせずに終わらせた!

弟子1号:まぁ、お姉ちゃんとしてみると、士郎が傷物にならなくて良かったかなー。ランサーに一度殺されるのがFateのセオリーみたいになってるけど、一回くらい刺されないオープニングがあってもいいもの

師匠:まぁ、女の子だもんね

弟子1号:そうそう。女の子の士郎を傷つけていいのは、私だけだもの。

師匠:うんうn……ハイ?

弟子1号:だって、女の子になった、ってことはまだ(禁則事項です)ってことで。これからお姉ちゃんが(不適切な表現が使われております)してあげるってことよね。

師匠:ひええええ、残虐ロリっ子から、ヤンデレロリっ子に?! ヤンデレは、桜ちゃんの特権よぅ~。とりあえず、今回も読んでくださってありがとうございます。次回もよろしければどうぞ、お読みください!


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02

勇敢さを欠いて高位に到着した者はない



すでに意識はぶっ飛んでいる。だからこそ、自分もまた人間らしからぬ動きをすることが出来る。そして、こんなにも恥ずかしいセリフを言いまくれるのだ。

 

突き刺す、なんて生ぬるい。目の前の男から感じるのは、抉り出されるような殺気。自分の肌を切り裂いて、内臓を抉り出される、そういった感覚だ。だが、殺気すらも気分がいい。自分がこの殺気を受けて、なお男に向かおうとする。自身の無謀な勇気に、エミィは歪んだ笑みを見せた。

青い槍兵から繰り出される槍の一撃を、紙一重でかわす。安心するのも束の間、標的を見失うことなく次なる攻撃が士郎に放たれる。今回は完全に見切ることは出来ず、僅かに刃先が髪をかすり、暗闇に赤茶色の髪が弾けた。

続けて接近戦をするのは分が悪いと判断し、エミィは大きく跳躍し男から距離を取る。男も少女もどちらも、息一つ乱れてはいない。無音の圧力のある校舎は、毎日通っている場所とは思えないほど空気が張りつめている。緊張をほぐすように、右手に握っていたステッキを両手で包み込んだ。

 

「男に見せかけて、お前さんが女だと分かった時はどうしようかと思ったが……、これだけぶつかり合って汗一つかいちゃいねぇとは、女のわりに中々やるな」

男は槍をもてあそぶように手で回しながらエミィに言う。

「女だからと言って舐めている男に灸を据えてやるのが、私の得意技なのだわ。でもまだ、この程度じゃ足りない……」

雲の切れ間から月が覗く。黒が支配していた廊下に、銀の光が差し込んだ。男の赤と、少女の橙。その二つの瞳が混じり合った時、再び槍とステッキは交差する。

単純な力勝負でかなうはずは無い。だが、鍔競り合いをしたまま両者は一歩も動かない。ルビーを通してエミィに注がれる魔力は、肉体の強化とこの体勢の維持にあてがわれている。今の士郎には、この状態を少しでも長く維持する必要があった。残った魔力をステッキに溜め、男を完全に自分から引き離す一撃を放たねばならないのだから。

「まぁ、俺とここまでやり合える嬢ちゃんを、ここで殺すのは勿体ねぇな……」

吐き出すように言い、男はステッキごとエミィを弾き飛ばす。間合いを取る暇など与えない。赤き槍は刹那の間で、彼女の左胸を貫こうと数㎝のところに迫る。

その瞬間を待っていた。

 

琥珀の弾道(アンバー・スカッド)!」

「待ってましたよ、エミィさん!」

 

エミィが変身してからというもの、ずっと黙っていたルビーが歓喜の声を上げる。赤い槍は時が止まったかのように動かず、少女の胸を貫くことは無い。

そして、彼女と槍兵との間に一つの魔法陣が現れた。

ステッキに溜まっていた魔力が、全て魔法陣に注がれていることに気が付き、男は目を見開いた。先ほどの魔力の砲弾とはわけが違う。魔術を避けることはこの距離からでは不可能。魔法陣から溢れ出した光は収束し、琥珀色の閃光となって男を襲った。

 

 

 

遠坂凛は困惑していた。それは、学校に貼ってある趣味の悪い結界存在や、自分の元に現れたランサーのサーヴァントの襲撃では無く。自分たちの戦いを見てしまった、恐らく一般人がいるということ。そして、その一般人が逃げて行った学校の校舎からぶつかり合う二つの魔力を感じることだ。

一度目、誰もいないはずの廊下が光った時、もしやと思った。そして、次の瞬間から感じる、ランサーとぶつかり合う魔力。今まで感じたことの無い、知らない人物のもの。激しくぶつかり合うのが分かり、どうやら自分のサーヴァントであるアーチャーと同等、もしくはそれ以上の力を持つランサーと善戦しているのが分かった。

この学校に魔術師の存在は無かったはず。だが、走り抜けていった人物の服装を見る限り、この穂群原学園の制服を着用していた。それを踏まえて考えられるのは、この学園に自分が完全に見落としていた魔術師がいるということ。

「何なの……わけ分からない……」

舌打ちと共に吐き出した言葉に、自分の横に立つアーチャーが僅かに反応を見せるのを感じた。二つの魔力がぶつかり合う校舎を見つめながら、アーチャーは静かに凛に問いかける。

「凛、校舎で戦っているのは、ランサーと魔術師か?」

「えぇ、少なくとも私はそう思っているわ。どこの誰だか知らないけれど」

そうか、と一言告げまたアーチャーは黙ってしまう。彼が校舎を見つめる瞳が、何かを探るように揺れているのを見つける。一体何が気になっているのかと聞こうとした時。再び校舎から溢れんばかりの光が放たれる。次の瞬間には、廊下の窓が割れる音がし、青く光るものが校庭に叩きつけられるのが見えた。

 

「ぐあっ!!」

 

叩きつけられたものが先程アーチャーと戦っていたランサーだとすぐに気が付く。そう考えると、あの槍兵を吹き飛ばしたのは、先程ランサーに追われていった人物だと分かる。凛は自分の背中に冷や汗が流れるのを感じた。

「ランサーが死んだ……?」

アーチャーがぽつりと呟くと、土煙が上がる中から「死んでねぇよ!」と怒声が聞こえてきた。どうやらダメージはほとんどなく、単に少女の奇襲に引っかかったのだと分かる。

「あら、人間の形をしている割に丈夫なのね。でも、まだまだエミィの力の四分の一も出していなくってよ。変態青タイツ、勝負はまだまだ続くのだわ――!!」

まるで悪の女王のように高らかな笑い声を響かせながら、校舎の窓から一人の少女が現れた。イヌ耳や尻尾、リボン、フリル等をその身に着けている。少女の姿を二度見ならぬ三度見ほどしたところで、隣に立つアーチャーに声を掛けた。

「あ、アーチャー? 私、あなたを召喚した疲れがまだ残っているのかしら? なんか、へんてこりんなステッキを持った、魔法少女が見えるのだけれど」

こほんと咳払いをし、アーチャーは淡々とした声で言う。

「凛、同じことを私も聞こうと思っていた。記憶の混乱だけでなく、精神に混乱が見られるのかと思ってね。私には、いわゆる魔法少女の格好をしてランサーを吹き飛ばしたと考えられる少女が見えるのだが……」

二人して同じようなことを互いに確認し合ったことで沈黙が流れる。顔を見合わせ、もう一度少女に視線を向ける。自分たちが形容した通りの格好をしているのが目に入り、もう一度顔を合わせる。

 

「夢じゃない?!」

 

赤い主従のユニゾンはしっかりとランサーの元にも届いていた。

「ちぃっ……とんだ伏兵だな」

ドヤ顔で自分の前にふわふわと浮いている少女を見ながら、ランサーはやれやれと肩を下ろす。自分の戦況が不利だと分かった彼のマスターからは、すでに撤退するようにと命令されていた。気に食わない命令ばかりを受けるマスターではあるが、今回ばかりはその意見に全力で同意した。

どうにも分が悪い。ここで「仕切り直す」のが得策だ。

ランサーが戦闘を離脱しようとしているのを感じ取ったのか、士郎はランサーに飛びかかろうとする。

「逃がさないのだわ!」

「俺のマスターからの命令でね。勝ち目が無いんなら、帰って来いと言いやがった。てめぇの相手は、また今度だ。変なかっこした、嬢ちゃん」

獣を思わせる俊足は、エミィとの戦いの中では見せなかったものだった。あっという間に姿だけでなく気配も消えてしまった相手。エミィは頬を膨らませると、右手のステッキを見る。

「ルビー、逃げられちゃったのだわ」

「まぁ、何だかんだ言って、士郎さんってどんくさいですもんね。変身するのもかなーり渋りますし」

責任は自分には無いと言いたげなステッキに反論しようとすると、ピリッとした殺気が自分に向けられるのを感じた。振り向くと、そこには赤いコートを身に纏う黒髪の少女の姿があった。

 

「動かないで」

「!」

 

指先を自分に向けている少女のことを、士郎は知っていた。コートの下の制服は、自分の通う穂群原学園の女子制服だ。

「動けば、あなたの命は無いわ。大人しくその杖を置いて、私に従うことね」

黙って自分の前の少女をまじまじと見ていたエミィは、一度ステッキに視線を落とす。先ほどランサーを退ける時に使った魔力は、ルビーの力ですでに回復している。それに、ランサーとの戦闘では、まだ満足できない。

そんな主人の思惑をくみ取ったのか、ルビーは人の悪そうな声で彼女に尋ねる。

「エミィさん、新たな敵が現れてしまったようですよ? どうしますか、マイマスター?」

「決まっているのだわ。こんな夜に学校で危ないことする赤い悪魔も、その横のかっこつけてる赤い変な奴も。冬木の平和を脅かすものに、変わりない。ならば、私のやることは……」

地面を蹴って、目の前の赤に向かってステッキを振りかざす。

「冬木の平和を守るため、悪を倒すのだわ――!」

ステッキの五芒星の部分が光のが見えた。魔力の塊が打ち出されるのだと理解し、凛は応戦すべく指先に力を込める。

「誰が赤い悪魔よ!!」

エミィから放たれた琥珀色の光、凛から放たれた赤黒い呪いの魔力。二つはぶつかり合い、爆発した。白い煙が上がる中、ステッキの光を凛は視認する。もう一度打ち込もうとすると、彼女の前に赤い弓兵が立った。

「凛、私に行かせてくれ」

彼の背中を見ると、どことなく安心している自分がいた。凛は分かったと返答する。

「任せたわよ、アーチャー」

 

エミィから距離を取り、アーチャーに前衛を任せる。赤い弓兵と、ドレス姿の魔法少女が対峙しているのを見て、そのアンバランスさに気が抜けるのを感じた。どうにも締まらない。

両手に陰陽の夫婦剣を持ち、アーチャーはエミィの前に立つ。

少女は、ランサーとはまた違った闘気を放つアーチャーを前に、怯むどころか、自分が高揚しているのを感じた。正義である自分の前に立ちはだかるものは、全て悪。そうずっと思っていたが、目の前の赤い男は何故か悪と感じない。それよりも、自分と似たものさえ感じる。どくりと、心臓が音を立てているような錯覚に陥った。早くこの男と戦ってみたいと。

「君は、愛と正義のために戦っていると言っていたな」

「もちろんなのだわ。私は、正義の味方。この冬木を守る、唯一の善!」

きっぱりと言い切った少女。ついでに、決めポーズまでしている。アーチャーは痛いものを見てしまったとばかりに、自身の眉間を押さえる。

「むぅ、人のことをまるで痛い子のように見るなんて、許せないのだわ! ルビー、いっちゃえ――」

「了解です、マスター! ぶっちゃけ、エミィになってるあなたは、痛い子通り越して重症患者ですけど、ここはぱーっとやっちゃいましょう!」

エミィにとって二度目の戦闘が始まる。相手の攻撃は両手の双剣。ランサーとの戦闘のように、不意を突いて魔力の塊をぶつける戦法で行こう。そう考え、エミィはステッキ一本でアーチャーの攻撃を弾いていく。

戦闘をアーチャーに任せた凛は、目でエミィと彼女の持つ魔術礼装のステッキを観察していた。天才と呼ばれる彼女をもってしても、魔法少女の全貌を理解することは出来なかった。だが、どういったカラクリで彼女がサーヴァントと渡り合えるほどの戦闘を行えるかは見えていた。

『アーチャー、あの魔法少女は魔術礼装によって身体や魔術回路を強化してるわ。それと、魔術礼装の特性がなんとなく見えてきた』

『ほう、それはどのような?』

『あのね、とんでもない代物よ。何でかは分からないけど、マスターであるあの子がある限り、無限の魔力供給を行ってる。あの子の魔術回路の性能は分からないけど、ガス欠を狙うのは厳しそうね』

どうするの、と凛が聞こうとした時には、アーチャーはすでに行動を起こしていた。

「ならば……!」

少女の振り回すステッキを掴み、自分のほうへ引き寄せる。予想外のアーチャーの行動に、バランスを崩したエミィ。アーチャーは地面に倒れこもうとした彼女を抱きとめ、無防備にさらされた首元に手刀を入れる。

「ふみゅううう……」

「げえっ!! マスター? 士郎さ――ん?!」

ガクリと力が抜け、アーチャーにもたれかかる。と同時にアーチャーは、彼女の魔術礼装であり、魔法少女化の原因であるステッキを力の抜けた手から取り上げた。アーチャーは自分の後ろに立つ凛のほうを、若干ドヤ顔気味で振り向く。

「このように、マスターとこの杖を引き離してしまえばいいだろう」

「おおっ、すごいわね――って……え?」

ルビーがエミィの手から離れたことで、見ている方も恥ずかしくなる魔法少女のドレスは消え、元の男子制服へと変わる。

「む……」

少女を抱き抱えていたアーチャーは、怪訝そうに眉をひそめる。

「男子の制服……って、これ、衛宮君……?」

同学年の男子生徒、のはずだが彼の髪は先ほどの魔法少女と同じように腰まで伸びているロングヘア。とりあえず、アーチャーの膝に頭を乗せ、地面に寝かせる。

「ああっ、ダメじゃないですか。エミィさんと私を離してしまえば、マジカル☆エミィの洗脳……じゃなかった変身が解けて、衛宮士郎に戻ってしまいます! 私、士郎さんに、怒られちゃいますよ――」

アーチャーに捕まれたまま、何とか抜け出そうとぴょんぴょんと体を動かしている。一方の凛は、少女が少年だったりと色々とキャパオーバーだったりする。

 

「待って、私、頭の中が混乱してて。だって、さっきあの服着てたときは、女の子の格好で、胸あったし。でも、男子の制服着てるから男の子? でも衛宮君って髪、こんなに長かったっけ? 髪が長いと女の子? うわああ、よく分からない!!」

「落ち着け凛。気になるのなら、触って確かめればいい。うん、それがいい」

冷静な声で言っているが、アーチャーもだいぶ壊れているようだ。だが、目をぐるぐるとさせている凛は、アーチャーの言葉に何も疑問を抱かず、士郎の胸に手を伸ばす。で、手のひらを押し付けてみると。

「い、い、い、今、むにっとした!! むにっとした!!」

「な、そんな訳あるか。しっかり確認しろ、凛!!」

「だって、だって、むにっとしてるし。それに何か、私よりも大きいんだけど。え、どういうこと?」

むにむにと士郎の胸を何度も触っている凛は真顔だ。それと対照的に焦った顔をしているアーチャー。

「ありえん! ここにいるのは、衛宮士郎なのだぞ?! そんな訳あってたまるか!!」

「じゃ、じゃあ触ってみなさいよ! 結構大きいわ! 通常より絶対大きいもの!」

「な、な、何を言っているんだね君は! 女性の胸を許可なく触るなど、私がするわけないだろう!」

「それじゃあ、確かめられないでしょうが!!」

ぎゃんぎゃんと騒いでいる赤い主従を見て、ステッキは大きくため息をついてみせる。

「さっきから黙って聞いてれば、何ですか。私のおもちゃにセクハラしていいのは、タイガーさんだけですよ?」

士郎の胸をずっともんでいた凛だが、ルビーの声を聞き、はっと我に返る。

「そうよ、こっちも意味わかんないわ。何なの、この魔術礼装! 見たことない魔術理論ばっかり使われてるし! あぁっ!! わけ分かんないことばっかり……何でこんなことになってるのよ……私の聖杯戦争がっ!」

悲鳴にも似た凛の心からの叫びが起因したのか、まどろみの中にいた眠り姫はうっすらと目を開いた。

「う……」

「あ、目、覚めましたか? 士郎さん」

若干ぼやけている視界。その前に聞きなれた声がして、安心する士郎。だがすぐに、はっきりとした視界でとんでもないものと出会う。

「うきゃあああああっ!? と、遠坂?!」

「とりあえず、こんばんはかしら? 衛宮君、というか、衛宮さん?」

 

 

 

Nemo timendo ad summum pervenit locum.

 

 




NG集

その1

槍「まぁ、俺とここまでやり合える嬢ちゃんを、ここで殺すのは勿体ねぇな……」

ランサー、ステッキごとエミィを弾き飛ばす。
ゲイボルグがエミィの左胸を貫こうと数㎝のところに迫る。
ゲイボルグが刺さる。

槍「あれ?」

エミィ「ふみゅうう……。ぱたり」

槍「あ、間違えた! 刺しちゃいけないんだよな、今回! 夜の学校で何度も何度も刺してたから、勢い余って刺しちまった! お――い、嬢ちゃん、起きろ――起きてくれ――!」



その2

弓「君は、愛と正義のために戦っていると言っていたな」

エミィ「もちろんなのだわ。私は、正義の味方。この冬木を守る、唯一の善!」

エミィ、自信満々に決めポーズ。
ついでに投げキッスのサービス。

弓(イラッ)

干将莫邪がエミィにぐさり。

エミィ「きゅうううう……ぱったり」

凛「こらぁ!! 勝手に殺さない!! アーチャーが士郎をぐさりとやるのは、柳洞寺でしょうが!!」

弓「……性別が変わったとしても、イラッとくるものは、イラッとくものだ」

凛「開き直るな!!」


その3

士郎「思ったんだけどさ」

弓「何だ」

士郎「許可があれば、女の子の胸触っていいのか?」

弓「な、ナニガイイタイノカサッパリワカラナイゾ」

士郎「あ、逃げた!!」


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03

曖昧な場合には、行動してはいけない



その少女はここだけの話、自分の憧れだったりする。ミス・パーフェクトと称されるほどの優等生。容姿端麗、文武両道、才色兼備等の四字熟語は彼女のために存在しているのではないかと思うほどだ。いつか彼女と友人となれる日が来れば、などと思っていたが、こんなにも早くその夢が砕け散るとは思ってもいなかった。うん、ホントに。

 

「さ、さ、さいあくだあああああ!!」

アーチャーの膝の上から飛び起きる士郎。と同時にもの凄い勢いで二人から遠ざかる。

「な、何よ。いきなり」

士郎がランサーやアーチャーと渡り合う力を持っていると分かり、少なからず警戒していた凛は、彼女の反応に毒気を抜かれていた。自分の前で顔を真っ赤に染め、俯き加減で自分の顔を窺っている少女には自分とアーチャーへの敵意などは存在していなかった。

「最悪だ、よりにもよって、遠坂に見つかった。もう俺、死ぬ。前、警察官に見られた時も思ったけどやっぱ死ぬわ。さよならルビー」

「ちょっと、ちょっと、気が早いですって、マスター。こんな赤いコンビ、マスターの魔術で簡単に記憶消せますって~」

「もう無理。首つって死にます」

「まったく、士郎さんってば、気にしすぎですよ。大体、高校生なんですから黒歴史の一つくらい必要ですって!」

完全に落ち込んでいる士郎をステッキが慰めているという不思議な状況。もうすこし見ていてもいいが、凛はこほんと咳払いをして士郎と視線を合わせる。

「ちょっと、そろそろいい? 衛宮君に聞きたいことあるのよ」

びくりと肩を震わせ、おずおずとした様子で凛の言葉に応じる。

「……今日のこと忘れてくれるなら、何でも答えるけど……」

「忘れないわよ、こんな面白い格好してるんだから」

にっこりと悪魔な笑みを見せると、ひっと声を上げて士郎は更に距離を取る。アーチャーが重いため息をつき、凛は慌てて訂正する。

「ご、ごめんって。忘れないけど、口外したりはしないわよ。私だって、今日のことあなたにバラされたら困るし」

「なら、いいけど……」

 

5mほど離れていた士郎は、少しずつ凛の元に近づいてくる。その姿は、餌を与えることで懐きだした小動物を思わせる。

「まず、あなたは衛宮君よね?」

「うん……」

歯切れの悪い返事から、訳アリなのだと理解する。凛は士郎の肩を掴んで互いの目を合わせる。

「私、あなたが魔術師だっていう事実よりも、あなたが女の子かもしれないっていう事実の方がびっくりなのよね。そこのところ、説明してもらえるかしら?」

凛の口調は厳しく、有無を言わせずに真実を語らせようとする強さがあった。ぱちりと瞬きをすると、士郎も気を引き締めて凛と目を合わせる。

「えっと、どこから話せば……」

「任せてくださいまし、士郎さん。漫画や小説で必要な、説明役は私が買って出ましょう!」

士郎の肩の上に乗っかっていたルビーは、胸を張るように棒の部分を捻って二人の間に割って入る。凛は心底嫌そうな顔をしているが、士郎にとってみれば助け舟が出された気持ちだ。目の前の「憧れの少女」を前にして、彼女が聞きたい恐らく魔術が絡んだ問いにきちんと答えられる自身は無い。

 

「まずですね、赤い悪魔さん」

ルビーが口を開いた瞬間、凛が棒の部分を掴み地面に叩きつけた。

「だ・か・ら、誰が赤い悪魔よ! 私には、遠坂凛っていう名前があるんだけれど?」

「すみません、赤い悪魔っていう表現があまりにも似合いすぎていて、本名だと信じて疑わなかったんですよ」

「いや、おかしいって気づきなさいよ! このアホステッキ!!」

悪びれもせずに、若干笑い声も交じりながら言うルビー。凛は更に地面にめり込ませる。慌てて士郎が掘り出すと、ルビーは少し凛と距離を取って離し始めた。

「まず、士郎さんの性別ですけど、紛れもなく生物学上は女の子ですよ? 私と出会ってすぐに、お赤飯も食べましたし」

「お、せき…………でも、毎日学校で見る時は男子よね?」

男の子らしからぬ仕種や行動を見ることは多々あった。女子顔負け、というか全国の主婦顔負けのお弁当を持っていたり、友人のほつれてしまった制服を高速で縫ってあげていたり、等々。その行動が、本当は女性だった、というのならまぁ頷ける。

「士郎さんは、元々私と出会うまでは男の子だったんです。ですが、何か士郎さんを見た時に『この子を女の子にしてみたい!』何ていう私の願望や、何かよく分からない力のせいで女の子に性転換しちゃったんですよ~」

「な、何そのふざけた理由は……」

アバウトすぎる説明に頭を抱えた。まず、性転換をする魔術なども聞いたことは無いのだが、それ以上にこのステッキが告げた内容はぶっ飛んでいる。というか、元々が男の子で女の子になってしまっているが、学校では男の子に見えるけど本当は女の子って、どれだけめんどくさいことになっているのだ、目の前のこの少女は。

結果よりも過程を知りたいと思い、どんな原理で起こったのかを問い詰めようとするが、お構いなしにルビーは話を続けていく。

「まぁ、そんなこんなで女の子になったはいいんですが、『女の子の格好をして日常を過ごすなんて絶対無理!』っていう士郎さんの願いを叶えるため、私が常時、視覚誤認の術を掛けているんですよ」

「じょ、常時?! そんなことが、おもちゃみたいなアンタに出来るの……?」

「まぁ、基本的に魔術は何でも使えますよ、私は」

ふふん、と得意げにルビーは答えた。凛は先ほどアーチャーと士郎が対峙していた時に、この魔術礼装の能力を探ったことを思い出す。確かに今目の前で浮遊している分には、特に問題を感じない。だが、戦闘の時はどうだっただろうか。目の前の少女が、サーヴァントの攻撃を受け流すほどの力を得るために、魔力を供給していたのだろう。

ルビーは考え込んだ凛を他所に、ぴったりと士郎の胸にくっつきながら言葉を続ける。

「簡単に言えば、士郎さんは魔力の保管庫、私は保管するための魔力を持って来たり、別の何かに加工するために魔力を外に出したりする役目ってことです。私と士郎さん、つまり、ステッキとその持ち主がいなければ、こんな芸当できませんけどね!」

運命共同体なんですよ、と言うルビーに士郎は呆れた目を向ける。どの口が言うか、この問題児。くらいの想いが詰まってはいるが、あいにくルビーには届いていない。

「分かった、衛宮君が女の子で、私が今まで衛宮君を見る時はこのステッキの魔術にかかっていたことは分かったわ」

凛は、男子制服の胸部を押し上げる士郎の胸に、刺すような視線を向けながら言う。

 

「じゃあ、もう一つ。さっきの魔法少女は何?」

一番聞きたかったのはこれだったりする。魔法少女という、日本でのみあり得そうな、俗物に塗れたというか。そういったものと魔術の結びつきがどうにも思いつかない。なんとなく、この風変りというか、ぶっちゃけ色々と破綻しているステッキの趣味な気がするのだが。

「あれは、士郎さんの戦闘形態ですよぅ。一目見た時から私とのリンクが通常よりも強くなることで、破格の魔術を使うことが出来るのです! 士郎さんの意識は完全に奪ってるので、私が好きなように暴れさせてるんですよ~。その気になれば、この街一つ消すことも出来ちゃいます。私と士郎さんの相性って、最高なので」

にっこりという効果音が付きそうな口調で言うルビー。彼女の「街を消す」という部分に凛と士郎は過剰に反応した。

「はぁ?!」

「そんなこと出来るのか?! 初耳だぞ、ルビー!」

凛だけでなく士郎も驚いた声を上げた。

「その気になれば、ですよ。別に悪いことになんか使ってませんからいいでしょう? パトロールと称して、夜の街に現れる痴漢とか、窃盗犯とかそういうのをやっつけてるんですから!」

「あなた、そんなことしてるの……?」

お人よしね、と凛の瞳が語っていることに気が付き、士郎はさっと顔を赤らめる。

「まぁ、趣味みたいなものだから……」

士郎の趣味、という言葉に凛はぎょっとした顔を見せた。趣味って……、趣味って!!

「魔法少女の格好をするのが趣味って、どんな趣味よ?! 学校に女の子の格好してくるほうがマシでしょう」

「そっちじゃない、街をパトロールするほうだ!」

慌てて言葉の訂正をすると、怪訝そうな顔で士郎を見る。嘘はつかなくていいのよ、何て顔に書いてある。士郎は顔を真っ赤にしながら、凛の言葉を否定する。

 

「と、まぁこんなところです。次は、悪魔さん。あなたとそこの赤い人が戦ってた、青い変態タイツについて教えてくれませんかね?」

二人の少女のじゃれ合いを見ていたルビーは、はぁと息をつきながら凛に言う。こちらの持てる情報は出したのだから、次はそちらの番だと言いたげに。

凛はこほんと、咳払いをすると士郎を真剣な瞳で見つめる。

「……衛宮さん、両手の甲を見せてくれる?」

「え、いいけど」

凛が何故自分にそんなことをいうのか、実に不思議そうにしている。特に抵抗もなく、士郎は両手を差出した。

(……令呪は無い、か)

凛の手の甲にある赤い痣。サーヴァントを従えるマスターを表すそれは、魔術師であろう士郎の手には無い。その事実にホッとしながら凛は士郎の手を取って立ち上がらせる。

「ありがと。さっきの奴は、いずれ私が倒すわ。だから、あなたはもう家に帰りなさい」

用済みだというように背を向けようとする彼女にルビーが噛みつく。

「ちょっと、ちょっと! こっちだけべらべら喋って、つり合いがとれませんよぅ!!」

ルビーの言葉は無視して、凛は士郎にだけ語り掛ける。

「死にたくないのなら、夜は出歩かないこと。そうね、三週間くらいかしら」

「でも、さっきの奴、人間っていう括りに入りそうに無かったよな。そんなのを野放しにして……」

大丈夫なのか、と続く言葉を遮るように凛は言う。

「もう一度言うわ。死にたくないのなら、今夜のことは忘れること。私は、無関係の人間を巻き込みたくなんかないの」

無関係、と自分から出た言葉に思わず失笑してしまう。令呪が無かったからといって、自分が全く気が付かなかった魔術師を野放しにするなど、自分は実に甘い性格をしていると。いくらあの子が懐いているとはいえ、この行動は心の贅肉だとよく自分に言い聞かせなければと感じる。

凛の言葉に何か言おうとしていた士郎だが、その気迫に押されたように否定の言葉は出てこなかった。

「………分かったよ、遠坂」

「それじゃあ、衛宮さん。次に会うときは、衛宮君かしら? とりあえず、ごきげんよう」

凛は恭しくお辞儀をして見せる。彼女の黒髪と赤のコートは冬の風にあおられ揺れる。彼女が身を翻して去っていく後ろに、無言でついて行く赤い外套の男。男の赤を見つめながら、士郎は戦闘で男と対峙した時とは違う、胸が締め付けられるような痛みを感じていた。

 

夜の住宅街を歩いていく士郎とルビー。

魔法少女化するのには多くの魔力を使用するため、なった後はしばらくルビーの視覚誤認作用の魔術は施されない。パトロールと称して夜の街に出る時は、いつも途中で変身が解けても問題ないような格好をしている。だが、今回は学校で変身したため、着替える暇などなかったため、男子制服を着ているが、士郎の髪は腰まで伸びているというアンバランスな見た目をしている。幸いここまで誰ともすれ違っていないのが、唯一の救いといえるだろう。

無言で歩いていた二人の沈黙を破ったのは、ふてくされたようなルビーの声だ。

「良かったんですか、士郎さん。セイギノミカタとして、さっきのごたごたは見過ごせないでしょう?」

士郎は先ほどやり取りを思い出しながら、淡々とした声で言う。

「もちろん放っては置かない。まぁ、明日から調べればいいさ」

「あれ、あの人に夜遊びは控えるように言われてませんでした?」

ルビーの言葉の中に聞き捨てならないものがあったと、士郎はむっとした表情で反論する。

「語弊が生まれる言い方はやめてくれないか、ルビー」

士郎の言葉に、やれやれといった様子でルビーは答える。

「何をおっしゃいます。士郎さんのパトロールって、夜遊びみたいなものじゃないですか。余ってる魔力を……」

「ルビー!」

「はいはい」

それ以上は言わず、ルビーは大人しく士郎の鞄へ戻って行った。

 

家に着くと、ルビーはすぐに録画していたテレビの前にかじりつく。やれやれと肩を竦めながら士郎は制服の上着を脱ぐ。学校の戦闘で埃っぽくなっているため、夕飯よりも先に汗を流したい、と思った。

「シャワー、かかってくるから」

今のルビーに声を掛けるが、返答は無い。いつものことだと割り切って士郎は浴室へ向かう。バスタオルを用意して、シャツを脱ごうとした時だ。

からんからん、と聞きなれない音が家に響く。その音を聞くのは初めてだったが、すぐに何なのか理解する。義父である切嗣が施した結界に侵入者があったことを知らせているのだ。

今の自分には侵入者と戦う術を持ち合わせていない。まずは武器を探さなくては、と思い浴室から廊下に出た時。呼吸が止まってしまうかと思うほどの威圧感と殺気。心臓を鷲掴みにされたように、胸が苦しい。

 

「よぉ、また会ったな。嬢ちゃん」

 

振り返った先に立っていたのは、やはりと言うべきか。士郎が先ほど学校で戦った青い槍兵だった。

 

 

 

 

"In dubiis non est agendum."

 




偽タイガー道場

弟子1号:結局ランサー、士郎のところに来てるじゃない!!

師匠:で、でも、ほら。衛宮邸でのエンカウントは、あれでしょ。あれの伏線よ!

弟子1号:え――? 結局士郎は召喚しちゃうの――? 代わり映えもなく、s……

師匠:仕方ないわ――。作者はアーチャーさんを召喚させたかったみたいだけど、魔法少女化して、さらにアーチャーをサーヴァントとか、詰め込み過ぎてなにが何だか分からなくなるって言ってたわ――

弟子1号:……ランサー、士郎に何もしないわよね?

師匠:さ、さぁ? どうでしょうかねぇ……?

弟子1号:ふふっ、変な真似したらお仕置きね☆

師匠:私はもうツッコまないぞ――。では、みなさんまた次回よろしくお願いしま――す!


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04

人は各々自分自身の運の作者である



「いいですか、士郎さん。セイギノミカタのお手伝いはしますが、私の力を使って魔法少女になれるのは、一日15分までですから、そこんとこ肝に銘じてくださいね。あんなに大量に魔力を消費して、魔術回路を酷使するんです。時間以上使えば、きっと士郎さんの魔術回路は焼き切れて、それはもう惨たらしい死体が出来上がるでしょうね!」

 

自分と契約を果たし、初めて魔法少女となった日の夜。ルビーが自分に言った言葉だ。嬉々とした声で告げられた内容は、まだまだ小さかった自分にとってはかなり衝撃的だった。挙句の果てには、惨たらしい死体、というものがどんなものなのか一から説明される始末。夜眠れなくなるどころか、次の日は一日中嘔吐感と戦っていたのが懐かしい。

 

 

 

人の家に土足で上がるなとか、持ってる赤い槍で板張りの廊下を傷つけないでくれとか。自分の生死の心配よりもそちらが先に出てきたことに、笑ってしまいそうになる。全く持って衛宮士郎は、衛宮士郎なのだと。

ルビーが加勢に来る気配はない。大方今日の業務時間は終わりだとか、来たところで魔法少女にはもうなれないのだから無意味だと言い訳する姿が予測できる。

士郎は男を睨みつけると、背を向けて一気に廊下を走り出した。

「!」

当然士郎が応戦するものと考えていたのか、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。彼女の姿が視界から消え去ったことで、大きくため息をつく。その姿は、捕らえた獲物で遊び飽きた獣を思わせた。

 

学校での戦闘を思い出す。校内の廊下も狭かったが、衛宮邸の廊下は当たり前だがもっと狭い。魔法少女にはならないとはいえ、あんな場所で戦闘は行えない。縁側まで走り、体をぶつけて窓を割った。破片が自分の肌をシャツの上から裂いたのか、腕から僅かに出血していた。痛みに目を細めつつ、武器となるものがある土蔵へ足を進めようとした。

空気を裂く音が聞こえた瞬間、青の槍兵の蹴りが彼女の脇腹を襲った。

「っ……!」

跳ね飛ばされた少女の体は地面を滑っていく。想像を超える痛みに、声を漏らすことも出来ない。それでも彼女は、震える足を叱咤し立ち上がろうとする。士郎が顔を上げた瞬間、ランサーは彼女の前に立っていた。

「おいおい、さっきは随分と強気でぶつかってきたってのに、いきなり逃げ出すとは、拍子抜けだな。嬢ちゃん」

彼の赤い瞳が士郎の全身を見定めるように眺めている。彼の赤い槍は士郎の首に向けられていた。その気になれば、いつでも殺せるというように。

「あの変な格好をしては、戦わないのか? あんな魔術、俺のいた時代には無くてよ。できれば、嬢ちゃんを殺す前にもう一度くらいは見ておきたかったんだが」

右足に重心をかけ、やっとのことで立ちあがった。全身を支配する痛みにくらりと眩暈がするが、ランサーに鋭い視線を向けて自分はここに居るのだと自覚させる。士郎は脇腹を押さえながら、ランサーに答えた。

「残念だが、あれは一日一回限定なんだ。もし見たいなら、この場から去って、明日にでももう一度来てもらえないか?」

「……本当に残念だな。俺も、マスターの命が無けりゃそうしてもいいと思えるほど、嬢ちゃんともう一度戦いたいんだがね。それは無理な相談だ」

ランサーから発せられる殺気。これは校庭で凛と共に居た、赤い弓兵に向けられていたものと同じ。目の前の相手を本気で殺そうとしている。

「っ……ぁ……」

彼から伸ばされた手が士郎のシャツの襟を掴み、体を持ち上げる。首が締まり一気に苦しくなる呼吸に、士郎は足をばたつかせる。僅かに涙にぬれた士郎の瞳は、眼前の男の瞳を見つめる。哀愁、憤り、愛情。様々な色が灯った赤の瞳が、いまは自分だけを映している、そんなことがどうしようもなく心を躍らせた。それと同時に、士郎の中に「まだ死ぬわけにはいかない」という強い意志が再び燃え上がる。

 

彼が槍を構えた時、渾身の力を振り絞り左手に握りこんでいたガラスの破片を、自分を掴んでいたランサーの腕に突き立てた。

「っ……」

予想できなかった思わぬ反撃にランサーは手を離す。阻害されていた呼吸を整える暇もなく、彼女は土蔵に向かって走り出す。

四肢が悲鳴を上げているのが分かる。ランサーによって、好き勝手傷つけられているのだから当たり前だ。それでも、僅かな可能性に賭けて前へ進んだ。やっとのことで土蔵の中に入り、武器となりそうな物を手に取ろうと、咄嗟に地面に転がっていた丸まったポスターを掴む。

(――――同調開始)

瞬時にポスターを広げ、その隅々にまで自分の魔力を注ぎ込む。決して溢れることなく、しかし余すところなく。槍の先端が士郎の胸を貫く前に、それは鋼鉄の板となりランサーの一撃を防いだ。

「あ……っ……」

防いだ、といっても刃が自分を貫かなかっただけであり、士郎の体は衝撃によって土蔵の奥、ガラクタの山へと体を沈める。土蔵の入り口から見えていた月は、ランサーがそこへ立つことで見えなくなる。

「今のはちょいと驚いたぜ、何だ普通に魔術も使えるのか。となると、嬢ちゃんは七人目だったかもしれないってことかね」

痛みを堪えて体を起き上がらせるが、士郎の左胸に向かって槍の刃は真っ直ぐに向いていた。ぴたりと静止したまま動かさずにいるのは、いつでも貫くことが出来るという余裕からなのか。

「くそ……」

万事休す、という文字が脳裏を過り、思わず悪態をついてしまう。それは目の前に立つ男への憤りではなく。ここで死んでいくことが決まってしまった己の弱さ。自分はこんなところでは死ねない、否、死んではいけない。助けてもらった命を、ここで散らすことなどしてはならないのに。あの日誓った約束を、果たすことが出来ていないのに。それなのに、自分はここで殺されるのだ。

ランサーは彼女のそんな思いを知らずか、槍の標的はそのままに士郎の顔を覗き見る。

 

「さっきからずっと戦ってばっかで、じっくりと見れなかったが、中々いい顔してるじゃねぇか」

自分に頬を撫でられ、顎を掴まれたことで、強気な色だけを灯していた少女の瞳に、恐怖の色が滲んでいるのを見つけた。

「や、だ……」

力なくランサーの胸を押しのけようとする。ランサーはその手をつかみ、正面から士郎をじっとみつめる。薄く涙を溜め、先ほどの戦闘でよれているシャツ。扇情的かつ、人の嗜虐心を煽る士郎の姿に彼は笑みをこぼした。

「そそるねぇ」

ランサーはぴゅうと口笛を吹き、心底楽しそうな声を上げる。

「さっきまでの、強気な瞳と今の瞳。たまんねぇな、嬢ちゃん。せめて気持ちいいまま、死なせてやろうか」

彼の言葉の意味が一瞬分かり兼ねた。だが、ランサーの指が自分の唇を一撫でし、顔を寄せてきたことで事の重大さが分かる。「初めては好きな人とですからね、間違えないで下さいよ」とルビーに言われたことを思い出す。せっかくあの時に忠告してくれたのに、ごめんと心の中で呟き、士郎は目を瞑ってしまう。

次の瞬間、びゅうんという風を斬る、というか風をぶち破る感じで飛んできたものが、ランサーの後頭部を強打した。

 

「ぐぉっ……」

「呼ばれて飛び出て、ルビーちゃ――ん!!」

 

緊迫した空気をランサーごとふっとばして土蔵に入ってきたルビー。ランサーの顔が土蔵の床にめり込んだことを確認すると、自身の主人である士郎の元へ飛んでいく。

「士郎さん、純潔はまだ守られてますか~?」

まだ、の部分を強調して彼女のもとへ行くと、うるうると若干涙を溜めている士郎の姿があった。散々死にかけて、挙句の果てにファーストキスを奪われそうになるなど、悪夢としか言いようがない。

「る、ルビー!!」

「あぁ、もう泣いちゃって~。これだから士郎さんと一緒にいるのはやめられませんよっ!」

うふふ、と安心しているのか、この状況を楽しんでいるのか判断を下すのは微妙な感じのルビーの声。ステッキの羽の部分でよしよしと彼女の頭を撫でていた。

「ってぇな……さっきも思ったが、その杖、固すぎやしねぇか?」

士郎が突き立てたガラスの傷よりも、ルビーによって後頭部を強打した方がダメージは大きいらしく、頭をさすりながらランサーは言った。すぐに起き上がったランサーを見て、舌打ちを漏らしながらルビーは士郎とランサーの間に出る。

「何ですか、ルビーちゃんの必殺の一撃を食らってまだ生きているとは……。私にも言わせてくださいよ、『ランサーが死んだ!』って」

「死んでねぇよ! ったく、この程度で死ぬんだったら、英霊なんざやってねぇっつの」

「ちっ、脳挫傷を狙ったんですが」

ふよふよと士郎を守るかのように浮いているステッキ。三度目の正直といったように、ランサーが槍を構えるのを見た。士郎は、自分を守るように存在している彼女に士郎は必死に手を伸ばす。

 

「ルビー、私はっ……!」

ルビーを掴み再び立ち上がった彼女の瞳には、強い意志があった。

「私は、助けてもらった。だから私は、私の義務を果たすまで、死ぬわけにはいかない……!」

血を吐くようにして告げられた言葉と共に、彼女の右手に魔力が集まっていく。誰の魔術でもない、彼女が選ばれたことを示す証がそこにある。月の光に照らされ、士郎の足元に描かれていた陣がその光を放つ。

自らと同じ気配を持つ者が現れようとする異変に、ランサーは気が付いた。しかし、突き出した槍を引くことはなく、真っ直ぐ士郎の左胸へと進めた。

士郎は叫ぶ。その想いは集まり、右手の甲に完全なる紋様を刻んだ。

「貴方のように、簡単に人を殺そうとする人に、殺されるわけにはいかない!!」

 

そして、少女の叫びと共に、青き騎士が現実世界へと召喚された。

 

騎士としての清廉な気を纏い、それでいて戦士としての闘気も持ち合わせる少女。その姿は、ギリシア神話の戦の女神であるアテナを思わせる。

少女の気に押されながら惚けた表情をしていた士郎は、はっと気が付き自分の横のルビーを見た。

「え……、る、ルビーまた変なの出して……」

「残念ながら、それ、私の魔力で出したものではないですよ。そんな規格外なもの、さすがのルビーちゃんでも無理です」

規格外、と称したのは彼女から発せられる魔力だ。先ほどから士郎に突っかかってくる青い槍兵や、凛と共にいた赤い弓兵に似たものを感じる。

「サーヴァントセイバー、召喚に従い参上した。マスター、指示を」

指示を、と言われ無言になった土蔵のなか。それに気が付きルビーが士郎をつっついた。

「あ、士郎さん。そこの子、士郎さんのことをマスターって呼んでるんですよ」

「お、俺……?」

いきなり振られたことで戸惑いを隠せない士郎を見て、セイバーは言うべきことのみを淡々と告げた。

「……これより私は貴女の剣となり、あなたの運命は私と共にある。ここに契約は完了した」

そこまで言うと、セイバーは外で闘気を持て余していたランサーに向かうべく、土蔵の入り口を蹴って飛び出していった。

「け、契約って……っう……」

セイバーの動きにつられて勢いよく駆け出したが、ランサーとの戦闘のダメージが残っており、土蔵の入り口の壁に寄りかかってしまう。そこで士郎が見た物は、やはりというか、少女とランサーの人間離れした戦闘だった。

飛び出したセイバーは手に携えた不可視の武器を手に、ランサーへと斬りかかる。一度、二度、二つの武器がぶつかり合い互いに間合いを取る。思わぬ敵の出現に、ランサーの口角は上がっていた。

息をつく間もなく、再びぶつかり合う。人の目で追うことは出来ないほどの速さで繰り出される剣と槍。

「うわお! アンビリーバボー! あの子、変態青タイツさんとやり合ってますよ。ちっちゃいのに、ちっちゃいのに!!」

目の前で繰り広げられる戦いに、ルビーは目を輝かせている。

士郎は自分から脅威が離れたことで、冷静に二人のぶつかり合いを見ていた。速さに長け、その俊足を生かした戦いをするランサー。不可視の武器を使い、相手に間合いを悟らせること無く戦うセイバー。あれほど自分が苦戦したランサーは、セイバーの不可視の武器に翻弄されているように見えた。

「ったく、武器を隠されるっつーもんは、やりにくいったらありゃしねぇ」

吐き捨てるように言うランサーを挑発するようにセイバーは声をかける。

「どうした、ランサー。自慢の脚は、もうここまでか? 止まっていては、槍兵の名が泣こう」

「うっせーよ、剣使い」

 

二人の間の闘気は再び膨れ上がる。どちらかが動いた時、それは弾け再びぶつかり合う。ランサーは場の空気を変えるようにして、一度構えを解く。

「こっちは、様子見だけしてろって言われてきたんだが。こうにも熱が入った戦いをすることになるとはな」

彼はそう言いながら赤い魔槍を改めて構え直す。

「で、こいつは提案なんだが、お互いこれが初見だろう? ここいらで分けってことにしねぇか? うちのマスターは腑抜けた奴でね。様子見だけしたら帰ってこい、なんていいやがる」

「断る。ランサー、貴方がマスターの元に帰ることは無い」

間髪入れずにセイバーは彼の提案を切り捨てる。

「え」

「おぉ! 大きく出ましたね!」

完全に観客モードだった士郎とルビーの声が聞こえ、ランサーは笑いを漏らす。

「どうやらお前のところのマスターは乗り気じゃないみたいだが?」

「いいえ、貴方はここで倒れる、ランサー」

セイバーのゆるぎない返答を聞き、やれやれと肩を竦める。次の瞬間、彼の槍に持ちうる全ての魔力が注ぎ込まれるのを感じる。校庭で見た時と同じ、だが距離が先ほどより離れていない分、自分に襲い掛かる威圧感は何倍にも膨れ上がる。脚から力が抜け、床に膝をついてしまう。十分に注がれた魔力を持つ槍は、一つの爆弾のような印象を受ける。ランサーは目の前の敵に向かって告げた。

 

「その心臓、貰い受ける」

 

 

 

 

"Faber est suae quisque fortunae."

 




偽タイガー道場

弟子1号:ランサーは死刑で相違ないですよね、師匠!

師匠:うむ、仕方あるまい。女の子蹴り飛ばして、あわよくばファーストキス奪おうとしやがったランサー兄貴は死刑でオッケー!
ちなみに作者は腹パンチや、本格的な首締め、その他もろもろを考えていたのですが、内容が一気にR-18になるのでやめたそうです!

弟子1号:よーし、師匠の許可もいただけましたし、惨殺しに行っちゃえ――! バーサーカー!!

ルビー:こんなおまけコーナーでですら死の輪廻から解き放たれることの無いランサーさん、実においたわしや……

弟子1号:分かってないわね、腹黒ステッキ。こういったおまけコーナーだからこそ、やっちゃわないと。ギャグでの爆発落ちで人が死なないのと同じ原理なんだから

師匠:それで、ルビーちゃん、何しに来たの?

ルビー:あぁ、いえですね。作者のやつが、感想や評価、お気に入りの数にビビってるんですよ。「士郎魔法少女化TSとか誰得wwww 俺得以外の何物でもねぇからwww」みたいな感じで、もうそれはふざけたプロット立てたので頭抱えててですね。

弟子1号:へ、へぇ……まだ私も出て来てないから、序盤の序盤よね? 修正は効くんじゃないの?

ルビー:作者のこの小説のコンセプトが「歪みとハッピーエンド」というものでして☆

師匠:何それ怖い!!

弟子1号:ちょっと、タグにギャグって付けてるでしょ? ギャグもあるのよね?

ルビー:私の口からは何とも……。ですが、一つ言えるのは、わ・た・し・の士郎さんはもうそれはさいっこうに歪んでるっていうことですかね!!

師匠:へ、閉幕! 閉幕! 幕下ろして!! とにもかくにも、皆さん今回も読んでいただいてありがとうございます。次回もよろしければよろしくお願いします!



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05 ☆

無知は恐れの原因である



その槍が放たれれば、目の前の少女はきっと死んでしまう。そんな予感があった。それは、彼女が弱いという問題では無い。まるで、槍がランサーの手から離れたことによって運命が決められてしまったかのような。事象の捻じれがそこにはあった。

士郎は恐怖を感じるよりも強く、その槍の美しさに目を奪われていた。この世の物では無いようなほどの光を放つ。ランサーが自分を殺そうとした時に、ただ持っていたのとは全く違う。

――この槍にだったら、殺されてもよかったかもしれない。

そんな思考が微かに士郎の脳裏を過った。

 

 

 

「"―――刺し穿つ"」

燃えるように赤く揺らめくのは力の全てを注がれているため。

「"――――死棘の槍――――!"」

赤い魔槍はおびただしい量の魔力を携え、彼の手から離れる。剣を構え躱そうと試みるセイバーは、投げられた槍の軌道を見切っていた。穂先を捕らえ、弾こうとした瞬間。まるで初めからそうであったように、槍は彼女の胸に吸い込まれていった。

「セイバーっ?!」

地面に叩きつけられた少女の元に走り出そうとする士郎の足に。ルビーが体を曲げて絡みつく。

「っう……」

一瞬の浮遊感の後、足がもつれ、前のめりになって派手に転んでしまう。うつぶせで倒れる彼女の前にルビーが来た。

「よく見てくださいって、士郎さん」

何を言われているか分からず、士郎は少女が落ちていった地面に視線を向ける。砂煙で覆われていた場所は、だんだんと晴れていく。そこには、地面に座り込み、自分の左胸を押さえているセイバーの姿。

ランサーは士郎との戦いでは見せなかった凶悪な表情を見せていた。

「かわしたな、我が必殺の一撃を……!」

セイバーは左胸の傷を確認しながら呟く。

「これは……呪詛、いや今のは因果の逆転っ!?」

ランサーが放った槍、そして槍自身が持つ力。その二つを理解し、セイバーは彼を仰ぎ見る。

「ゲイ・ボルグ……そうか、御身はアイルランドの光の御子!」

「はぁ、有名すぎるってのも考え物だな。こいつを使うのなら、必殺じゃなきゃいけねぇってのに」

自嘲気味に笑うと、ランサーは背を翻し、その場を後にしようとする。セイバーはその様子に声を荒げた。 

「待て、逃げるのか?!」

「言っただろ、俺のマスターは様子見だけしたら帰ってこい、なんて言う臆病者だ。これ以上やり合う気はねーよ」

血気盛んなことで、と言い彼は土蔵の前にいる士郎に視線を向ける。

「それと、嬢ちゃん」

ルビーが介入してくるまでの間のランサーとのやり取りを思い出し、僅かに士郎が顔を赤らめる。ランサーは気にした様子もなく、自然な様子で言う。

「アンタとは、また殺り合ってみたいねぇ。どうせなら、あの馬鹿げた格好の嬢ちゃんの心臓を、俺の槍で貫いてやるよ」

「け、結構だ!!」

悲鳴のように上げられた少女の声に満足げな顔をするランサー。一度セイバーを目に映すと、ひらりと手を振ってみせる。

「じゃあな」

軽く告げると、疾風のように瞬く間に去って行った。

 

ようやく身の危険から解放されたことで、ほっと一息をつく。だが、すぐに今までランサーと戦っていたセイバーのことを思い出し彼女の元へ走り出す。

あの槍に貫かれ破損していた鎧の傷はすでにない。そればかりか、貫かれた胸の傷さえふさがりかけている。

「あ、えっと、大丈夫か? というか、お前は一体……」

「……見た通り、セイバーのサーヴァントです。ですから、私のことはセイバーと」

厳しい表情をしていた彼女がふわりと、士郎に微笑む。やっとのことで引いていた頬の赤みは、それによって再び誘発される。

「あ、お、俺は、士郎。衛宮士郎」

「! 衛宮……」

士郎が名乗ったことで、セイバーの表情に影が出来る。彼の名乗った名前に、信じがたいものが含まれていたかのように。それに気が付くと、話題をかえるように士郎は言う。

「えっと、あの青タイツのこと、じゃなくて。まずはセイバーが何なのかとか、その……」

彼女に近づこうと足を前に出すと、急に視界がぼやけ、意識が混濁する。このままでは地面にぶつかる、と身を打つ衝撃に構えてしまう。

「マスター!」

まるで風に抱きとめられたようだった。一切の衝撃は感じることは無かった。少女の硬い鎧を感じるが、自分の腕に回された彼女の手は暖かい。目を開くと、心配そうに自分の顔を覗き込む、美しい少女の碧眼があった。

「ご、ごめん。セイバー」

慌てて離れようとすると、彼女が優しく士郎を立たせ、ガラスを払った縁側にセイバーは士郎を座らせた。

「恐らく、私を召喚する時に、大量の魔力を消費したのでしょう。マスター、あなたはここに居てください」

再び両手に剣を構え、壁の外を睨みつけるセイバー。

「外に敵の気配が二つ。あと一度の戦闘であれば、この傷を負っていても問題は無い。貴女はどうか、ここで待機を」

言うことだけ言い、彼女は外にいる敵の元へ跳躍していった。

「ちょ、待ってってば!」

士郎の声は聞こえていないようで、彼女からの返答は無い。呆気にとられていると、士郎の横にちょこんとルビーが座る。

「ありゃりゃ、どうします? 士郎さん」

「どうもこうも……」

全く持って事態は飲み込めない。だが一つわかるのは、外にいる人物を敵と判断したセイバーは、先程のランサーとの戦闘のように戦いをしかける。そして、最終的に敵を殺す。

それが分かっただけで、次に士郎がすることは決まっていた。

「ルビー」

「はいよっ! 士郎さん!」

外にいる素性も分からない人物と、自分の命の危機。士郎にとってみれば、天秤に掛けるほどのことでもない。ルビーを掴み、いつもの呪文を唱える。体中が悲鳴を上げている。これ以上は無理だと。それを無理やり押し込め、士郎は再び魔法少女へと姿を変えていた。

 

「待つのだわ!セイバー!」

門から飛び出して右を向く。そこにいたのは、やはりというか剣を構え敵に向かって斬りかかっていたセイバーの姿。彼女は先ほど契約したばかりの少女の声を聞き、振り返る。が、数分前に見た時の服装と全く異なることに衝撃を受けていた。

「! ま、マスター?」

マスターと呼ばれたことに対し、彼女は頬を膨らませて見せる。

「エミィのことは、士郎と呼んでくれないと嫌なのだわ」

「で、ではシロウと……」

何度も言うが、魔法少女マジカル☆エミィの姿はぶっ飛んでいる。そんな彼女はセイバーの腕をぎゅっと引っ張る。

「この街で、セイバーのようなコスプレをして一般道を歩いていたら、絶対に警察に連れてかれて、補導されるのだわ!! だから、いっちゃダメ、というか一緒にいる私が恥ずかしいのだわ!!」

「な、シロウの今の格好の方がよほど恥ずかしいでしょう!」

「ひ、酷い!! 本当のことを言わなくてもいいのにっ!」

セイバーからの、お前が言うな攻撃を受け、腕を掴む力が弱まる。それを見計らったように、彼女は再び敵に斬りかかろうとする。

「とにもかくにも、止めるのだわ、セイバー!!」

手を伸ばして、セイバーを止めようと叫ぶ。その時、彼女の右手の甲にあった赤き紋様が力を発揮する。魔力の奔流はセイバーに絡みつき、その動きを強引に止めさせる。

「っ……正気ですか、シロウ?! 今なら、確実に彼らを倒せ……っ!」

怒りとも取れるセイバーの言葉。彼女が自分のマスターを振り返った時、そこにはふざけた格好をした少女では無く、先程の戦闘での傷を押さえてうずくまる姿があった。

「っう……」

痛みに耐えるようにして、彼女はセイバーを見上げた。

「待ってくれ、セイバー。マスターとか、敵とか。俺にしてみれば、訳が分からないことのオンパレードなんだ。まずは、これが何なのかを説明してくれ」

「敵を目の前にして、何を言うのです!」

憤慨するセイバーの声を遮るように、その場に新たな声が響いた。

「ふぅん、つまりそういう事。素人のマスターさん」

数時間前に聞いた、澄んだ少女の声。士郎が声の主に目を向けると、予想通りの人物がそこに立っていた。

「遠坂……」

「とりあえず、二回目の挨拶ね。こんばんは、衛宮さん」

 

「遠坂、その……話を始める前に一ついいか?」

「何、突拍子もないことじゃなければいいけど」

真剣な瞳で迫られ、何事かと思う凛。心を引き締めて聞かねば、と思っていると思いもしなかったことを士郎は言う。

「シャワーにかからせてくれ」

時間にしてきっかり5秒。

「……はぁ?」

それだけの間を開けて、凛は疑問詞を士郎に返す。すると、彼女は言いにくそうにしながら話し出す。

「あの青タイツが来る前、お風呂入ろうとしてて。でも戦闘が始まってそれどころじゃなくなっちゃったし、血も気持ち悪いし」

シャツを引っ張り、ほらと血の付いた箇所を見せてくる士郎。しかし、凛の視線は、シャツ一枚で色々と危険なことになっている胸元に、嫉妬の色を交えながら注がれる。そんな凛は、はっと自分の家訓を思い出す。「遠坂たるもの常に優雅たれ」という父から受け継いだもの。そうだ、いくら目の前の彼女が、自分よりも女性らしい体つきをしているからといって、優雅さを見失ってはいけない。羨ましいが。実に羨ましいが。

「……いいわよ。というか、あなた殺されかかってたっていうのに余裕ね」

凛の返答に士郎は苦笑して見せる。彼女は長い髪を揺らしながら、ぱたぱたと廊下を駆けて行った。

 

 

下着と着替え、バスタオルを用意し、浴室へ入る。ランサーの襲撃前に沸いていた風呂は、蓋をしていたため冷めることなく、湯気を立ちあがらせていた。

士郎は、湯につかる前にシャワーのコックを捻り、全身にお湯を浴びる。流れていく湯と共に、埃や血が排水溝に流れていく。長い髪も湯にさらし、汚れを払っていく。シャンプーを取って丁寧に泡立てていく。髪を含め全身を清めたあとにようやくゆっくりと浴槽に体を沈めた。

体中に熱が染み渡り、やっと一息つくことが出来た。しかし、ここから出ればすぐに凛からこの状況の説明を受けることとなる。自分でも厄介なことに巻き込まれているという自覚はある。そしてだからこそ、自分は知らねばならないとも。大きく伸びをして、温まるのもほどほどに士郎は風呂から上がった。

あらかじめ用意していたバスタオルで体を拭いていく。髪は水気を取り、すぐに着替えに袖を通していく。学校に行くときは男子制服だが、家で過ごすときは女性の格好をしろとルビーに言われ、僅かながら持っているワンピースに着替える。白のシフォン生地に、小さな花の柄があるというルビーの趣味の物だ。出かける時の服、というより普段着を思わせる。冷えは女性の天敵、といつも言うルビーに従い、冬はいつも履いているタイツに足を通し、着替えは完了した。

ただでさえ待たせてしまっているのに、のんびり髪を乾かしている暇は無い。そう考え、軽くタオルドライをした後にゴムで一纏めにし、居間へと急いだ。

「あ、れ?」

「やっと帰ってきましたよぅ、士郎さん」

家主が戻った今は、張りつめているというか、殺気に満ちていた。テーブルに向かい合って座っている凛とセイバー。セイバーのほうは、明らかな殺気を放っていた。そして、部屋の隅に佇んでいるアーチャー。彼もまた、セイバーを牽制するように気を緩めずに視線を向けている。

「せ、セイバー。そんなに気を張らなくても」

姿を現した士郎に、とんでもないと言ったようにセイバーは返す。

「何を言っているのですか、シロウ。彼女たちは敵です。敵を目の前にして、気を立たせない戦士がいるとでも?」

「遠坂は、俺に現状を教えてくれるためにわざわざ来てくれたんだ。それに敵と決まったわけじゃ……」

彼の口からでた、敵ではないという言葉に凛はため息をつく。

「はぁ、何も分かってはいないとはいえ、あなた結構軽率よ。こんな敵意丸出しの獣と人間を同じ籠に入れておくなんて」

「ごめん……」

彼女が称した獣というのが、セイバーのことだと分かる。士郎が謝罪の言葉を聞くと、凛は悪魔な笑みを彼女に向ける。

「で、客人である私に、お茶も無しに現状について話させようというのかしら? 衛宮さん」

「うぅっ……分かったって、緑茶しかないけどいいか?」

「えぇ、構わないわ」

にこりと笑みを見せ、凛は了承する。次に士郎は申し訳なさそうにしながら、セイバーに視線を向けた。

「セイバー、その……」

「……マスターの命とあれば」

彼女の言わんとすることを読み取って、セイバーは頷く。その顔には不服だと書いてあったが、彼女の言葉を信じ、台所へ行った。

士郎がお盆に乗せてきた湯呑の数を見て、凛は怪訝そうな顔を見せた。

「四つ?」

「あ、遠坂のアーチャー、さん? にもどうかと思ったんだ」

だめだったか、と首を傾げて聞く少女を見て凛は吹き出してしまう。

「ぷっ、あはははっ。あなた、面白いわね!」

心底面白そうに笑っていた彼女は、我関せずとしていたアーチャーに視線を向けた。

「だそうよ、アーチャー?」

「私は結構だ。凛、外を見張っていよう」

「はいはい、ぷくく」

アーチャーの返答に頷くと、彼はさっさとその姿を粒子に変え、その場から消えてしまう。視線すら合わせずに去って行ったアーチャーを見て、士郎はぽつりと言葉を漏らす。

「嫌われてるのかな……」

士郎の瞳に、僅かに悲しそうな色があるのを凛は見つけ、意外そうな顔をして問いかけた。

「何、私のアーチャーに冷たくされて寂しいの?」

「いや、そうじゃなくて。理由もなく嫌われるのは、悲しいなって思っただけだ」

士郎の言葉に、セイバーが反応する。

「シロウ、アーチャーは敵のサーヴァントです。彼にとってみれば、あなたは敵のマスターであり倒すべき相手。いずれ倒す相手に気を掛ける必要はないと彼は態度で示しただけでしょう」

あの反応は当たり前だ、というセイバー。まだそれがよく分かっていない士郎は、歯切れの悪い返事を返していた。

「まぁ、いいわ。そこのところも含めて、私がちゃんと衛宮さんに教えてあげるから」

そう言うと凛は湯呑に手を付け、緑茶を一口飲む。ふぅと息をつくと、彼女は士郎に向かって語り始めた。彼が巻き込まれてしまった、聖杯戦争という儀式についての全てを。

 

 

 

 

"Timendi causa est nescire."

 

 

 

【挿絵表示】

 




偽タイガー道場

師匠:作者がジャンピング土下座をしながら、皆さんにお礼を言っています!

弟子1号:初めて投稿したのに、こんなに反応を頂けてうれしいとでんぐり返ししながら言っております!

師匠:いやーそれにしても、士郎は可愛いのう

弟子1号:入浴シーンは、体洗うとこを丁寧に書きたかったけど、もう変態みたいな文章になったから、一回全部消したと作者はいってやがりましたです!

ルビー:Fateの二次って、一人称の小説が多いじゃないですか。作者も一人称で書こうと思ってたらしいですけど、士郎さんを取り巻く皆様がどんなふうに士郎さんを見ているかを描写したくて、三人称に挑戦しているらしいですよ。
あ、そうだ師匠さん。あれ、お願いします。

師匠:あ、そうそう忘れてた。士郎のプロフィールを公開しちゃうわ!

衛宮士郎(♀)
身長:160㎝ 体重:48㎏
スリーサイズ:B86 W56 H80
イメージカラー:琥珀色
天敵:ルビー、どこぞの似非神父、金ぴか

ルビー:ひどい!! 私が、神父と金ぴかと同列なんて……! 士郎さんにはお仕置きが必要みたいですね、うふふ

師匠:あ――、公開したのを後悔、なーんて。みなさん、今回も読んでくださってありがとうございます! 嬉しすぎて、作者は壁倒立してたわ。次回も良ければ、よろしくお願いしまーす!


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06 ☆

与えよ、さらば与えられん


赤茶色の長い髪に、琥珀色の瞳。力を入れれば、すぐに壊れてしまいそうなほど小さな体。紛れもなく、自分の膝の上で目を回している存在は、生物学上で女性に分類される容姿を持っていた。自分の知っている、かつての姿とはかけ離れている少女。だが、彼女の存在は自分が殺したいと思ってやまない、「過去の■■」と同じ魂を持つ存在に違いないはずだった。

聖杯戦争。

七人のサーヴァントと七人のマスターが、万物の願望機である「聖杯」を奪い合うために行われる殺し合い。アーチャーが喚ばれたのは、彼が召喚されるのを願っていた、ある時間軸のもの。それを知った時に、彼は歓喜した。ようやく、自分の願いが達成する可能性が出てきたと。だが、それは夜の学校での邂逅の中で儚くも打ち砕かれることとなる。

 

ふざけた格好をした魔法少女を、気絶させることで確保する。女子の身でありながら、こんな無茶をするなど、一体何を考えているのかと説教をしてやりたくなる。少女を抱き抱えながら自分のマスターのもとに戻ると、彼女はぎょっとした顔で少女を覗き込む。

「男子の制服……って、これ、衛宮君……?」

えみやくん、エミヤクン、衛宮君。と凛の声が自分の中でリフレインする。その、なんだ。うん、よく分からない。

これが衛宮士郎なら、男子制服を着ているのは間違っていないが、制服を押し上げている胸のふくらみや、長い髪とか、小柄な体とか。そういうのが自分のかつての記憶と全く結びつかない。というか、これは性別が違う。誰の? だから、衛宮士郎の性別だ。

一生懸命確認しようとして、少女の胸をまさぐっているマスターの姿を見て、少し冷静になる。驚くことは無い、この世界ではそうであっただけだ。平行世界、と片づけてしまうのは惜しいが、まぁそういう奴なのだろう。元の大木は同じでも、自分が歩んでいった枝とは違う場所。叶うかもしれないと思った願いは、今回もどうやら空振りのようだった。

己はここまで世界に嫌われているのか、とため息を吐き出した。

少女とステッキから事情を聴き納得した様子の凛は、彼女に令呪があるかを調べる。兆候も見られないことを確認すると、忠告を残し学校を去る。凛の後ろに続いて歩き出した自分の背中に注がれる、衛宮士郎という歪な少女の視線を感じながら。

 

「時にして凛」

遠坂邸に戻り、先程のランサーとの戦闘についてぶつぶつと話していた凛にアーチャーは声を掛けた。

「何よ、アーチャー。魔術師なら、あの子を何で殺さなかったのか、なんていう訳? あの子の手に令呪が無い限り、聖杯戦争に関わることは無い。放っておいてもいいでしょ」

折角の思考を途中で中断させるなと言いたげな彼女に、アーチャーは冷静な声で伝える。

「いや、彼女が関わる気は無くとも、さきほどの青の槍兵はそうは思わないのではないかと思ってね」

「え?」

考えもしていなかった、といった彼女の表情を見て内心ため息をつく。どうやら、彼女の悪い癖が出ているようだと。

「見られたら殺す。それが通常の反応だろう。私がランサーの立場であったら、時間をおいて再び襲撃するだろうと思っただけだ」

「つまり、それって……」

「あの少女を殺すために、ランサーは再び彼女の前に現れるだろう」

さっと顔を青ざめさせて凛は叫ぶ。

「ああっ! 私の馬鹿! そうよ、普通そうよ!」

あぁもう、とそばにあったクッションを反対側の椅子に向かって投げつけた。そしてすぐに凛は立ち上がり、赤いコートを羽織る。アーチャーを一瞥し、部屋の外に駆け出す。

「アーチャー、ランサーの魔力をたどって行くわよ!」

「了解した」

 

結論を言うと、外側が変わっていたとしても、衛宮士郎が辿る大筋は変わらない。彼女はランサーに追い詰められたところ、土団場でセイバーを召喚し、セイバーはランサーの必殺の一撃の槍を交わし、外にいた私たちに向かって攻撃を仕掛けてくる。

そんなセイバーの美しさに一瞬見惚れてしまった自分を叱咤し、彼女と剣を合わせる。彼女の剣撃を己の剣で防いでいくが、分が悪い。このままの戦闘で勝利を収めるのは厳しい、そう感じた時。あのふざけた格好をした衛宮士郎が現れた。セイバーとの口論の末、令呪を使ってその体を止めさせる。

こんなにまでも、衛宮士郎は愚かで、甘い存在だ。

実に自然な流れで、自分にまでお茶の準備をされ、いたたまれなくなりアーチャーはあの場から出て来ていた。凛に行った通りに、屋根に上り辺りを警戒する。敵のサーヴァントや魔術師の姿は無い。だからといって、安心できるわけでは無いのだが、アーチャーは緊張の糸をわずかに解して、士郎のことを思い浮かべていた。

確かに彼女は自分が殺したいと願う人物とはかけ離れている。だが、そうならないとも限らない。重要なのは外側では無く、中身である魂なのだから。もし彼女が、アレと同じような道を歩むのだとしたら……。

その時にすべきことは、アーチャーにはもう分かっていた。

 

 

 

「とまぁ、こんな感じかな。どう、分かった衛宮さん?」

途方もない話だった。何とかそれを自分の中で噛み砕き、半分ほど理解した士郎は一応返事を返す。

「うん……」

「聖杯戦争ですか……どこかで聞いたことあるような、ないような。でもやっぱりあったような……」

結局アーチャーの分のお茶はルビーが飲んでいた。とりあえず、どこに口があって、どこに消化器官があるかは全く分からないのだが、彼女は羽で上手く湯呑を掴み、中のお茶を飲み干していた。ルビーの奇怪な様子に、気味の悪いものを見るような顔を向けながら、凛は言う。

「まぁ、あなたは巻き込まれたっていうのはあるけれど、これはこれって割り切るのが一番よ。ぼーっとしてたら、真っ先に殺されちゃうもの」

殺される、と聞いてランサーとの戦闘を思い出す。学校で戦った時も、衛宮邸で戦った時も、彼は自分を殺すために戦っていたのだ。あんな敵があと4人もいるなど考えるだけで胃が痛い。

「それじゃあ、あなたが分かったところで行きましょうか」

湯呑をテーブルにおいて立ち上がった凛を不思議そうな目で見つめる。

「こんな時間から、どこに行こうっていうんだ?」

「まだスッキリとしてないんでしょう? なら、あなたの疑問に答えてくれる奴がいるところへ、よ」

 

渇いた髪はゴムを取って流し、こげ茶色のコートをワンピースの上に羽織る。赤が基調のマフラーを掴むと、編み上げのショートブーツを履き、外に出た。門の所で待っている凛とセイバー。深夜ということでルビーは人目を気にせずに、そのままの状態で浮いている。

「お待たせ」

マフラーを首に巻きながら、士郎は二人の元に駆け寄る。

「え、えぇ……」

士郎の姿を見て、歯切れの悪い返事をする凛。じっと士郎を見つめたかと思うと、どこか不服そうな表情を見せる。

「俺、何か、変なとこでもあるか?」

「ち、違うわよ。ただ、本当に女の子なんだなって思っただけ。その、服とか」

男子制服を着ていた時とは全く異なる。別段、人目を引く格好をしているわけでは無いが、コートの裾から見えるレース、コートの後ろにあるリボンなど。いつも男子として振る舞っているとは考えられないほど、可愛らしい格好をしていた。

「まぁ、俺が選んだわけじゃないけどな」

こいつが選んでいる、とルビーを指さす。胸を張っているつもりなのか、ルビーは持ち手の部分をそらせていた。

と、士郎は凛以外に自分をじっと見つめている存在に声を掛けた。

「セイバー?」

士郎の声に、はっと気が付くと表情を引き締める。

「いえ。少し、あなたの姿を見て知り合いを思い出していたもので」

彼女の言う知り合い、というのが生前の知り合いなのか、はたまた聖杯戦争に召喚されたときのものなのか。それを聞くことは憚られた。

「そっか。それと、ごめんな、そんな変な格好させて」

「構いません。家で待機するようにと、貴女に言われたらどうしようかと思っていましたので」

黄色い雨合羽をかぶっているセイバー。鎧を外すことは出来ない、といった彼女との妥協案がこれだった。家で待っていてくれ、とは凛の話を聞く限り言えなかったためだ。

夜の住宅街を歩いていく三人と一本。士郎は自分がまだ行先を聞いていなかったことを思い出し、凛に尋ねる。

「で、どこに行くんだ、遠坂」

「新都の教会よ」

「魔術師の戦いに教会が関係するのか?」

魔術師同士の殺し合い、と凛が言ったのを思い出す。そして、教会と魔術という関わり合いが全く見えず、凛に尋ねた。

「えぇ、この戦いで手に入るのは聖杯、つまり聖遺物じゃない。聖杯と名が付くからには、教会が監視役として目を光らせてるの。あそこにいるのは、正真正銘のエセ神父よ」

彼女のいう神父、そして新都の教会、という言葉を聞き、士郎はあることを思い出していた。

「何か、急に行きたくなくなってきた……」

「あ、思い出しました? 士郎さん」

「衛宮さん、あそこのエセ神父のこと知ってるの?」

意外、という顔で見られ何と説明しようか迷う。

「いや、えっと」

士郎が口ごもっていると、ルビーが体を伸ばして凛に顔を向けた。

「前に、マジカル☆エミィとなって街を渡り歩いていた時に、警察に補導されたことがありまして」

「はぁ?」

「その時に、通りがかりの神父さんに助けてもらったことがあるんですよ。ここらへんにある教会なんて、新都のだけですから、恐らくこれから会う人と同じ人物かと」

凛は、エミィとなった時の士郎のこと、そしてあの教会の神父の性格を思い出していた。うん、なんというかご愁傷様、衛宮さん。

「それは……まぁ、頑張りなさい」

 

教会の立つ丘に続く坂道を登りきると、木々の合間から十字架が覗いていた。目的地に着き、中へ入ろうとすると、セイバーは頑なにここで待つ、と言う。それならば、と士郎はルビーに声を掛けた。

「セイバーが来ないなら、ルビーも一緒に待ってくれ」

「えぇ~? あの神父さん、何か私と波長が似てそうで、もう一回会ってみたいと思ってたんですよ」

「ハウス」

マスターに言われてはしょうがない、とルビーは珍しく一度で彼女の言うことを聞いた。凛と士郎は教会の門を開け、敷地内に入っていった。

「それにしても、いいのかこんな時間に来て。寝てたりしないのか?」

時刻は日付をとうに回り、草木も眠る丑三つ時、という奴だ。教会の入り口にある聖母像に気を取られながら、士郎は凛の開いた教会の扉の中に身を滑り込ませる。

「いいのよ、そんなの。どうせ年中暇してるんだから、それに仮に寝てたとしたら、叩き起こせばいいだけのことよ」

静まった礼拝堂に、凛の声が響いた。扉が閉まるのと同時に、ぱたんと本の閉じられる音がする。

「自らの師に対しての言葉とは思えないな、凛」

祭壇のすぐそばに人影を見つける。男は真っ直ぐ士郎たちの元に歩を進めていた。

「再三の呼び出しに応じず、どこで何をやっているかと思えば、どうやら客人を連れてきたようだな」

「うっさいわね、この子、マスターなのよ。素人の」

凛に連れられるようにして礼拝堂の奥まで進む。自分よりも30㎝は高いのではないか、と思える長身の男と視線が交わった。

「……おや?」

「えぇっと……」

頭の先からじっと見られることがじれったく、身じろぎをする。そんな士郎に、にやにやと人の悪そうな笑みを向けながら神父は問いかける。

「何処かで出会ったことがあったかね?」

「い、イエ、初対面デス」

「そうか、ならば君の名を聞こうか。確か、マジカル☆エミィだったか」

「お、覚えてんじゃねーか!」

思わず叫んでしまったが、自分で墓穴を掘っただけな気がする。心底楽しそうな笑みを浮かべている神父に、心の中で舌を突き出しながら噛みしめるように自分の名を名乗った。

「俺は、衛宮。衛宮士郎」

「ほぅ、衛宮、か」

二度目だと思った。自分の名乗る、衛宮と言う名に、何かを懐かしむような、それでいて憎悪を感じさせるような反応を示されるのは。

神父はそれ以上は何も言わず、監視役として、彼女に聖杯戦争の全貌について語り始めた。

 

神父、言峰綺礼は語る。

彼が語るのは聖杯戦争のルールともう一つ。10年前の冬木の大火災。それは聖杯戦争によって起こされたものであるということ。

時に人を導く説法のように、人を裁く尋問のように。男はいとも簡単に士郎の心を言葉によって揺さぶっていた。夜の教会。罪を犯した罪人を迎え入れる懺悔室のような空気は、彼女の心をさらに惑わせた。

「――――話はここまでだ。衛宮士郎、君が聖杯戦争に参加するか否か。ここで決めよ」

彼の言葉を聞いている間、何故だか迷ってしまった。衛宮士郎ではありえない迷い。それではいけない。自分が何のために、ここに居るのかもう一度自分に問い直す。そして、彼女は決断した。

「決まってる。あんな悲劇を、もう二度と起こさないためにも。俺は聖杯戦争を終わらせる」

「よし、なら決まりね。帰りましょう、衛宮さん」

士郎の言葉を聞くと、凛はさっさとその手を引いて彼女を外に連れ出そうとする。この場に、一秒でもいたくないというように。

「この聖杯戦争という舞台に立つことになったことを喜ぶと良い、衛宮士郎」

出口まで引きずられていった士郎に、言峰は声を掛けた。

「?」

何を言われているのか、分からない。いや、分かりたくない。彼女の心は、言峰の言葉を聞くことを拒否していた。だが、彼はお構いなしに続ける。

「君の願いには、君の敵となる明確な悪が必要だ。その悪を倒すことによって、君の正義は確立する。君にとって最も崇高な願いと最も醜悪な願いは等しい。君がその事実から目を背けたいと願ったとしても、それこそが君の追い求めるものだ」

背筋を撫でられたように悪寒が走る。何故この神父は、衛宮士郎の中身を暴こうとするのだろう。そこに何があるというのか。そこに、何の影があるというのか。

分からない。ただ士郎は、真っ直ぐな瞳を彼に向け言い放つ。

 

「だから何。私は、戦いから逃げたりはしない」

 

その言葉と共に、礼拝堂の扉は閉められる。一人残された、監督者という名目の男は乾いた笑みを漏らしてた。

「ふふっ……。あの少女にこそ、相応しいだろうに」

 

 

 

 

"Date et dabitur vobis."

 

 

【挿絵表示】

 




偽タイガー道場

師匠:うむ、今日も士郎は可愛いよー!

弟子1号:あったりまえですよ、ししょー! なんたって、私の自慢の弟…うーん、妹? なんですから!

師匠:そういえば、弟子よ。そろそろ貴君の出番ではないかえ?

弟子1号:そーなんすよ、ししょー! やっと私の出番が来るんですよ!

ルビー:どうせ、やっちゃえ、バーサーカーからの虐殺ルートでしょう? そろそろ飽きるんですけど

弟子1号:むかーー! 何よ、ただのステッキのくせに! それに、今回は士郎は女の子だもの。女の子は綺麗なまま、私のものになってもらうんだから!

ルビー:いや、本質的には変わってないですって。全く、作者が西野カナ永遠リピートして必死に書いているというのに、残虐さを捨てられないとは……

師匠:ちなみに、西野カナの何聞いてるの?

ルビー:we don't stop、always、aright、happy song、happy happy 等ですって。前向きソング聞きながら、鬱プロット作るって、あの人おかしいですって

師匠:うわぁ……
兎にも角にも、今回もありがとうございます! 次回も読んでいただけると嬉しいです!


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07

口で指示するのではなく、身を持って模範を示せ


決めたことを覆すことなんてできない。自分にできることは、ただ前に進むことだけ。

 

 

 

「ごめん、待たせたよな、セイバー」

教会の出てきた士郎は、門の前でずっと立たせていたセイバーに声を掛けた。俯いてただ待っていたセイバーは、被っていた雨合羽のフードを一度取り、士郎を真っ直ぐ見据える。教会で本当の意味で聖杯戦争を知った、自身のマスターの返答を聞くためだ。

「いいえ、お気になさらず。それで……?」

セイバーの声は僅かに上ずっている。それもそのはずだ。彼女には願いがあり、その願いのために召喚された。士郎がここでマスター権を放棄すると言えば、願いを叶えるための手順が更に増えることとなる。

士郎は左手にある自分の令呪を右手で握りしめながら答えた。

「俺はマスターとなって、この聖杯戦争で戦う。だから、セイバー。その、俺のサーヴァントとして一緒に……」

士郎の言葉は最後まで言われることは無かった。彼女の表情を見て、セイバーは悟った。彼女は、自分と共に戦う存在だと。セイバーは自分の胸に手を当て語る。

「貴女の手にその令呪がある限り、私は貴女の剣となり共に戦います。そう、誓ったでしょう」

「うん、よろしくセイバー」

士郎はそう言って右手を差し出す。ごく自然に差し出された手を、戸惑ったような表情で彼女が見ているのに気が付き、士郎は表情を曇らせた。

「あれ、握手ってダメかな?」

「いえ。よろしくお願いします、シロウ」

セイバーにとって、士郎から握手を求められたことは、嬉しいものだった。サーヴァントを使い魔、道具として見る人間では無い。対等に接してくれるマスター、それが士郎なのだと、そう分かったからだ。

互いに手を握り、正式に契約が完了した。

士郎をここまで連れてきた凛は、その様子をどこかほっとしたように見つめていた。彼女が戦いを選ばなければ、それでもいいと思っていた。叶えたい願いなんてなさそうな、無欲な人間だ。だが、彼女が戦いを選ばないということはどこか違和感があるようにも思えていた。だからこそ、彼女が戦う意思を見せたことで、凛は安心していた。自分がまだ知らない事実が、そこには隠されているのだろうと感じながら。

 

行きと同じように新都に続く坂を下りながら、三人と一本は歩いていく。坂も中盤に差し掛かったところで、凛が立ち止まる。

「ここまででいいでしょう」

彼女よりも先にいた士郎は、凛を振り返る。自分に現在向けられている視線が、今までのものとは違う、冷え切ったものだと気が付く。

「遠坂?」

感情を押し殺すようにして、凛は淡々と語っていく。

「あなたは、これでようやくマスターとなって、聖杯戦争に晴れて参加する身になった。私は、さっきみたいに何も分かってないあなたと戦う気は無かったから、ここに連れてきただけ。あなたがマスターとしてのスタートラインに立ったのなら、私はあなたの敵よ」

「俺は、遠坂と戦いたくは……」

敵という言葉を否定する士郎を見て、凛は頭を抱える。

「あのねぇ、さっき綺礼に何を聞いてきたのよ。ここまで連れてきたってのに、何も進展してないじゃない……」

呆れを通り越して、だんだん悲しくなってくると呟いた彼女の横に、衛宮邸から霊体化をしていたアーチャーが姿を現した。

「凛」

「何よ、アーチャー」

面倒くさそうな顔を隠しもせずに凛はアーチャーを見る。彼は士郎を一瞥し言葉を続ける。

「倒しやすい相手が目の前にいるというのに、君は見逃すのか? この場で仕留めたほうが良いだろうに」

アーチャーの言葉は最もだ。聖杯戦争は殺し合い。今目の前にいる少女によって、自分が殺されるかもしれない。ならば、何も出来ないうちにその芽を摘めばいいとアーチャーは言った。だが、凛は首を振って否定する。

「私はね、この子に借りがあるの。その借りを返し終わるまでは殺さないわ。自分が甘いなんて、百も承知。でも、これだけは譲れない」

「はぁ……その借りとやらが返し終わったら呼んでくれ」

大きくため息をついた後、全く実に甘い、などと小言を漏らしながら彼は再び霊体に戻る。

「それじゃあ、明日からは敵同士ってことでいいわね」

「俺は、戦いたくないんだって……」

凛の清々しい宣戦布告に、いまだ渋った反応を見せる士郎。いい加減自覚しろと声を荒げようとした時だった。

 

「お話は終わりかしら?」

 

高く、澄んだ声。暗闇の中に映える白。それが士郎が先に目にしたもの。雪を思わせる銀髪と血のように赤い瞳。雪の精霊というのが相応しい、美しい少女の姿があった。

「バーサーカー……!」

対する凛が先に目にしたのは、少女のすぐ後ろに立つ巨大な英霊の存在だった。2mはある背丈に、ただそこにあるだけで全てを圧倒するような威圧感。この敵は、普通のサーヴァントとは格が違うと理解する。

「ごきげんよう、リン。私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。アインツベルンのマスターって言えば分かるかしら」

うやうやしくお辞儀をして挨拶をしてみせるイリヤ。アインツベルンと聞き、彼女の表情は凍り付いていた。

「それじゃあ、殺すね。バイバイ……あれ?」

少が下そうとした命令は途切れる。彼女の赤の瞳は、真っ直ぐ士郎を射抜いていた。

「…………様……」

風に靡く赤茶色の長い髪。そのまま宝石を埋め込んだような琥珀色の瞳。あの人とは、なにもかも違うはずなのに、一瞬彼女があの人のように見えてしまった。途中で言葉を止めたイリヤを窺うようにバーサーカーが唸り声を上げる。イリヤは心配ないと言いたげに首を横に振る。

「ううん、何でもない。……何でもないの」

ここでの戦闘は避けられないと判断した凛は、そばに控えるアーチャーに言う。

「アーチャー、あなたは本来の戦いの姿に戻った方がよさそうよ」

「防ぎきれるのか、バーサーカーの攻撃を」

バーサーカーは英霊の理性を奪うことで、更なるステータスの強化を行っている。そもそも英霊と人間が戦うこと自体、話にならない。それだけでなく、相手はバーサーカー。無謀とも思える行動だが、凛はきっぱりと言い切る。

「こっちは三人、何とかなるわ」

凛の言葉が終わるや否や、アーチャーはこの場所を狙うための高台を目指し飛び去っていく。

「勝手に頭数にいれちゃったけど、衛宮さん。あなたは逃げなさい。出来るだけ遠くへ」

凛の言葉が終わると、イリヤは歌うように口を開く。

「やっちゃえ、バーサーカー」

その声は無邪気に、そして残酷な殺戮を始めさせる合図となった。

そして始まった戦闘は、一歩的なものとなった。宝石での凛の攻撃は通じず、セイバーの剣技でさえバーサーカーと打ち合うのだけで精いっぱい。いつ倒れてもおかしくない二人は、自分を逃がすためにそこに立っている。しかし、二人の少女が戦っているのを、士郎は見ていることしかできない。

「どうしますか、士郎さん。凛さんの言う通り、逃げます?」

彼女の答えが、どんなものになるか分かっていながらルビーは聞く。それは一種の形式のようなものだ。あくまで、これは士郎の意志。ルビーの意志での変身では無いという確認。

バーサーカーの斧を受け、吹き飛ばされるセイバーの姿を見た。士郎の返答はすでに決まっていた。

 

「いこう、ルビー」

ルビーの持ち手を両手で掴み、呪文を口にした。

鏡界回廊最大展開(コンパクト・フルオープン)!」

先ほどセイバーを止めた時にあった体を裂くような痛みは無い。そういえば日付が変わっていたのだと、すぐに気が付く。これは好都合だとも。痛みは判断を鈍らせる感覚だ。それがなくなれば、いくらでも戦える。

士郎は空中を駈けるようにしてバーサーカーの前に躍り出た。

「狂気につかりし、筋肉ダルマ。正義と愛の伝道者、マジカル☆エミィがここであなたを倒してあげるのだわ!」

逃げて、とそう告げたはずの彼女が現れたことで凛が悲鳴にも似た声を上げた。

「ちょ、無茶よ! やめて、士郎!!」

「シロウ、逃げてください!!」

困惑したのは凛だけでは無い。士郎を守るために前に出たセイバーも同じだ。サーヴァントと戦うのは同じサーヴァント。マスターはあくまでも、後方支援に向かうのが通常の戦いといえよう。

二人の声を聞きながら、エミィは笑う。

「大丈夫なのだわ。私は、あの斧で体を貫かれたくらいじゃ、簡単には死なないのだわ――!」

地を蹴って体重を乗せながらステッキをバーサーカーに振り下ろす。バーサーカーは煩わしそうに斧を振る。彼女の体が吹き飛ばされるのを予想し、顔を覆いそうになる凛。しかし、エミィはその斧を両手でもったステッキで受け止めていた。

彼女のステッキとその対角線上の後ろに当たる部分に、集中して防御魔法を使っていることが分かる。

「うおおお、重いです。重いですよ、この一撃。私が強化プラスチックで作られていたなら、木端微塵ですよ!」

ルビーの声を聞き、士郎は一度距離を取る。まぁ、分かってはいたが接近戦であれを仕留めるのは無理。そして、普通に魔力弾を打ち出すだけでも倒すことは不可能に決まっている。

「ルビー」

エミィの呼びかけに、やれやれといった声で応じる。ルビーの五芒星は、これまでにないほど輝き放つ。そして飾りの羽は、大きく形を変えて白鳥を思わせる大きさに変化していた。

「はいはい、士郎さん。大丈夫ですよ。あなたが私をその手で掴んでいる限り、あなたは無敵なんですから」

士郎の体からルビーへと魔力が流れてゆく。それと同時に、ルビーの元にある魔力が次々に肥大していくのが分かる。

平行世界(パラレルワールド)からの魔力供給完了(インストール・セット)。ステータスアップ、アンバーモード!」

士郎はそこで祈るようにつぶやいた。

「乙女の儚き幻想、琥珀の銀河(アンバー・ギャラクシー)

光は空を裂き放たれる。

ほんの15㎝ほどのステッキから放たれた光は、バーサーカーをゆうに覆う巨大な光球となり、轟音と共に地を走る。熱を持っているそれは、前に進むたびに地面に焼跡を残していく。

バーサーカーはそれを避けることは敵わず、エミィの放った光に飲み込まれていく。

イリヤはバーサーカーが倒れていくのをただ見ていた。

 

「なに、あれ……」

凛はその光景を呆然と見ていた。アンバーモードとルビーが伝えた時の士郎は、人間がやったとは思えないほどの魔力をそのステッキに溜めこんでいた。英霊が宝具を使うときと似ているが、それと完全に異なる部分がある。魔力が不純なのだ。一人の人間の魔術では無い、何十人もの人間の魔力を寄せ集めたような、そんな印象を受ける。

光が収まると、バーサーカーの立っていた場所には、下半身といくつかの肉塊が落ちていた。あの、でたらめな魔術で、彼女はバーサーカーを倒したのだ。

信じられないような目で惨状を見つめていた時だ。空中に浮いていた士郎の魔法少女の変身は解け、コート姿でどさりと地面に落ちる。

「士郎!」

慌てて駆け寄ろうとすると、それよりも先にセイバーが駆けつけた。士郎は意識を失っているようだった。あれだけの魔術を使ったのだ、それでいてぴんぴんされるとこちらのメンツが立たない。

とりあえず、バーサーカーという脅威が去ったことで、ほっと息をつこうとした時だ。

「え、何。離れろってどういうこと?」

遠距離からの攻撃を指示したアーチャーから、ライン越しに声が届く。それとほぼ同時に感じる、膨大な魔力の奔流。それは、士郎が放った光球に焼かれ、死んだはずのバーサーカーの立つ場所から。飛び散った肉塊は再びあるべき場所へ。自己再生などという言葉では軽すぎる。時間の巻き戻しに近い、それ自身が宝具であると凛の目には映っていた。

「衛宮さん……!」

 

教会の墓地から遠く。

凛から遠距離攻撃、弓兵としての戦いを行うように指示を受け、彼は新都の高層ビルの上に立っていた。構えるは、自らの洋弓。手にするは、アルスターの名剣。マスターである凛にはラインを通じて離れるように伝えた。士郎がバーサーカーとぶつかった時すでに距離を取っていたため、よほどのことがない限り巻き込まれることは無い。

「つくづく、違うものだな」

目に魔力を通すことで、数キロ離れていた墓地での戦闘の全てを見ていたアーチャー。バーサーカーにぶつかっていく凛とセイバー、そして衛宮士郎の存在。自分の魔力の全て、ひいては生命力すらをあの一撃に乗せて放った少女。

さて、この位置から今すぐにこの矢を放てば、あのバーサーカーだけではなく、凛が殺すことを躊躇していたセイバーとそのマスターも消すことが出来るだろう。

剣を弓に番え、弦と共に引く。螺旋剣は刀身の形を矢へと変えていた。呼吸を沈め、アーチャーは一本の矢へと自身の魔力を注ぐ。赤い揺らめきと共に、放たれた。彗星の如く、尾を引いて空を駆る。音速を超えた速度の矢は、再生したバーサーカーへ爆風と共に牙を剥いた。

 

「うわお、すっごい威力ですねぇ。これが、アーチャーさんの実力、なんてとこなんでしょうか。いやー、英霊ってマジすごいわー」

バーサーカーから10mほど離れた場所に、士郎を抱きとめたセイバー、そしてルビーの姿があった。爆心地からさほど離れていなかった彼女たちだが、その体に傷は無い。その代わりに、パリンと音を立てて彼女たちの周りにあったあるものが砕け散る。

「防御に徹した結界……あなたが?」

「そうですよ、別にこれくらいは朝飯前です。って、何で不思議そうな顔してるんですか?」

羽を一生懸命羽ばたかせながら宙に浮いているルビー。エミィが攻撃を防ぐときに使うよりも、大掛かりな防御魔術。一流の魔術師が作り上げるように、繊細かつ頑丈な結界に、少なからずセイバーは驚いていた。このおもちゃのステッキに、ここまでの能力があるのは何故かと。だが、とうの本人は当たり前のようにしており、どこか気が抜けてしまった。

「いえ。それより、アーチャーは確実に今、シロウが巻き添えになると分かっていてあの矢を……」

矢が放たれてきた方向を睨みつけるセイバー。ルビーもその方向を一応見てみるが、もちろんのことながら何も見えない。うーんと唸って見せ、衛宮邸でお茶を出した時のことを思い出す。

「そうですね、士郎さんがさっき言ってた通り、嫌われるんじゃないですかぁ?」

その時。

セイバーの腕の中の士郎のコートが不自然に濡れていることに彼女は気が付く。よく見ると茶色の記事は、腹の部分は赤く染まっている。鉄錆の香りが一気に充満し、彼女の血液なのだと分かる。

「! 士郎?!」

マスターの突然の変化に、驚きを隠せない。その横で、ルビーは「あぁ」と納得した様子を見せている。

「あ、忘れてた。今の結界張るのに、間違えて士郎さんから魔力もらっちゃいましたよ。あぶねー、生命力奪って殺しちゃうとこでした」

「なっ……!」

「まぁ、全知全能、天才魔術礼装である私の能力があれば、ちょちょいの……あれ?」

フラグを立て、回収までの時間およそ2.7秒。士郎の血は一向に止まらない。

 

アーチャーの一撃は、Aランクの宝具と遜色ないものだと凛は判断していた。しかし、あの爆発の中、傷一つ付けずに巨体は存在している。まだ向こうが戦うというのなら、こちらに勝ち目はないかもしれない。強く手を握りしめて、凛は白の少女を睨みつけていた。

「バーサーカー、戻りなさい」

イリヤの言葉で、あれほどの威圧感を放っていた存在は実体化を解き、粒子へと変わっていく。

「あら、逃げるの?」

「えぇ、見逃してあげるわ、リン。セイバーとリンには興味は無いけれど、あなたのアーチャーと……そこのお姉ちゃんに興味が沸いたわ」

止血、止血と叫びながら飛び回るルビーと、あたふたとしているセイバー。眠り姫のように美しく眠る少女に、イリヤは慈愛のこもった目を向けていた。

「また、夜に会いましょう」

殺し合いはまた今度、そう意味のこもった一言告げると、イリヤは夜の闇に溶けるように去って行った。

サーヴァントと魔術師の気配が完全に消え、凛はようやく息をつく。ひとまずの脅威は本当に去った。だが、これは退けたのではない、相手に生かされているだけ。その事実を受け止めて、自分はこれから戦わねばならないと心に強く誓う。と、自分の前にルビーがいることに気が付いた。

「凛さん。すみません、士郎さんがガチで死にそうなので手を貸してくださいな」

「はっ? 何言ってるのよ」

言われている意味が分からず、速攻で聞き返す。ルビーは物わかりがごにょごにょ、などと呟きながらセイバーと士郎を指さす。

「士郎さんの状況が、実にマズくてですね。ほらドラマとかで、よくあるじゃないですか、救急車で運ばれてきた患者の血圧とか心拍数とか見て、医者が『これは……いや、私が助けるんだ、必ず!』みたいな感じなんですよ~」

「状況がつかめないんだけど!」

そう言いつつ、凛は士郎のもとに駆けて行く。手持ちの宝石はまだ残っている。彼女を助けることなど、造作もないと思いながら。

 

 

 

かくして士郎にとっての聖杯戦争第一日目、時刻は回って二日目の午前三時過ぎ。貧血などその他もろもろの症状のため、気を失った状態で彼女は長い一日を終えた。

 

 

 

 

"Exempla docent, non jubent."




偽タイガー道場

師匠:改稿!

弟子1号:投稿!

ルビー:編集をいじるはずが、間違えて7話を消してしまいすみません。もう一度投稿しました。ホントすみません。ブリッジしながら謝る作者の代わりに私が謝罪します。

師匠:ともかく、士郎にとっての聖杯戦争第一日目終了ね。

弟子1号:次の日の朝の前に、幕間が挟まるとか何とか。

師匠:intervalってやつね~

ルビー:私と士郎さんのお話ですよ。楽しみにしててくださいね!

師匠:今回も読んでくださってありがとうございます! 次回もよろしければ、お付き合いください。


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幕間 -5 years ago-
Interval 1


ねぇ、マスター?


 

まどろむ意識の中。

少女は遠き過去の記録を回想する。

 

衛宮士郎にとって、忘れらえない記憶というものがいくつか存在する。そのうちの一つが、今の彼にとって初めての記憶である、赤い炎に包まれた5年前の記憶。そして、炎と瓦礫の中から自分を助けだした男との出会い、別れ。そして、今日だ。

初めて空を飛んだ。

初めてアッパーカットをした。

初めて警察に万引き犯を引き渡した。

初めて性別が変わった。

……あぁ、もちろんおかしいなんて気が付いていた。だがそれでも、気が付きたくなくて、目を逸らしてしまう事実というものが存在する。それが彼にとって今だったというだけ。

「いやぁ、それにしても士郎さん。さすがですねぇ、私との相性バッチリです。魔法少女のセンスありますよ、どうですか。今なら、初回月無料で永久契約プランなんていうものもありますよ?」

ジーンズにトレーナを着て、胸におもちゃのステッキを持ちながらすたすたと歩いていく士郎。少し服が大きめに見えるが、周りの人は特に気にすることはない。だが、当の本人は顔を真っ青にしながら人目を避けるように歩を進める。

「ありえない、何で性別が変化するんだ? どう考えてもおかしいだろ。どんな魔術だよ。というか、そんな魔術ってあるの……か?」

「いいじゃないですか、士郎さん。可愛いは正義ですよ? 今のあなたの姿、無茶苦茶可愛いですって」

男子から女子に変化して二時間。可愛いと言われても全く持って嬉しくない。そればかりか、穿いていたズボンは腰のところが緩いし、ただでさえ小さかった背はさらに小さく。

「良くない、全く良くないし、可愛いなんて言われても全く嬉しくない!」

俺は男だ、と消え入りそうな声で言う。そうでもしなければ、今の自分を見失ってしまうそうだ。対して、元凶であるルビーは消極的な士郎の言葉に唇を尖らせる。

「……さっきから文句が多いですね。なっちゃったものは戻せないんですから、諦めて新しい人生歩みましょうよ」

「戻れないのか、これ?!」

「えぇ、私以外の魔力も組み合わさって女の子になってますから、よほどの魔術師、というか魔法使いじゃないと無理ですね、きっと」

きっぱりと衝撃の事実を告げられた士郎は、放心状態で立ち止まる。深山町に向かう坂の途中。これほどまでにこの坂が長く、大きいものだと感じたことは今までなかった。

「そんな……」

絶望に満ち溢れた悲痛な声。彼の目にともっていたハイライトが消えていく。

「だって、女の子じゃ、正義の味方になれない……」

必死に絞り出した言葉を聞いて、ルビーはきょとんとしてみせた。だがすぐに彼の言葉を否定する。

「それは違いますよ士郎さん」

あはは、と笑いながらルビーは続ける。

「女の子だから、男の子だからなんて関係ありません。正義の味方が男子限定なんて決まり、無いでしょう? そもそも、士郎さんはなりたいんでしょう、セイギノミカタに。だったら、なればいいんですよ」

当たり前のことだというように言う。ぱちりと一度瞬きをして、士郎はルビーを見つめる。どう確認しても、このステッキには顔は無いが、顔っぽい五芒星の部分と目を合わせた。

「……なりたい、ううん。ならなきゃいけないんだ。そう……約束したから」

果たさねばならない誓い。

それだけに全てを求め、再びキラキラとしたハイライトを灯した士郎の姿にルビーは笑い声を漏らす。

「ふふふっ……」

「何だよ、気持ち悪い」

「いえ、マスターは何と純粋で……そうですね、悪徳商法に引っかかりやすそうな人間かと改めて思いまして。ブラック企業と知らずに、とある超エリート会社に永久就職して、どよーんと摩耗する未来が見えますよぅ」

随分と具体的な未来像。どこぞの英霊の座のとある赤い人がくしゃみをしていそうなほど具体的だ。褒められてはいないと分かり、ぷくぅと士郎は頬を膨らませる。

「馬鹿にしてるのかよ」

「とんでもない! 絶滅危惧種並みの士郎さんの性格を褒めることはあっても、けなしたり馬鹿にしたりなんかしませんって」

大げさに羽をばたつかせて弁解を始める。

「純粋であることは、悪いことではありませんよ。ですが、見えているものから目を逸らし続けると、グレて爆発した時の反動が大きくなりますから、ほどほどに。士郎さんだと何か、キザで皮肉屋の現実主義者になりそうです」

これまた随分と的を得た……では無く。まるで未来を見てきたような……でも無く。まぁ、再び具体的なことをルビーは言ってくれる。

「…………何が言いたいんだ」

「まぁ、何と言いますか……」

ふむ、と長考し言葉を選ぶ。

「深く考えずともいいです。私は、士郎さんにはなるべく今の士郎さんのままでいて欲しいと思っているだけですから」

ぽかんと口を開けて士郎は驚いているようだった。その様子に訝しげな視線をルビーは向ける。

「どうしました、士郎さん?」

「なんか、それって……。アンタが俺とずっと一緒にいてくれるみたいな言い方だなって思っただけ」

「ははーん、そんなに嬉しいですか? そう簡単には消えなさそうな存在と出会えて」

「なっ……」

ぽっと顔を赤らめさせる彼女。ルビーはからかうような視線と共に言葉を紡ぐ。

「いいですよ、士郎さん。貴女が望むのなら、私は何年でも何十年でも何百年でも一緒にいてあげます。貴女は私を選び、貴女を選んだのもまた、紛れもなく私ですから」

――あなたが意志に組み込まれるまで、ずっと共に。

そう続く言葉を押し殺し、ルビーは士郎の腕にすっぽりと収まった。士郎ももう文句は言わずに、屋敷に向かって無言で足を進める。時刻は午後三時を回っている。そろそろ世話焼きな隣の虎が、一人で年を越すことになる士郎を心配してと突撃してくるだろう。彼女に今の自分の格好をどうやって誤魔化せばいいのかと、頭を悩ませながら。

 

 

 

カレイドステッキ。

魔法使いであり、死徒二十七祖の第四位、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグが作り出した魔術礼装。その中には、人工精霊と自称する一つの人格が埋め込まれている。

彼女がそこに宿ったのは十年前。冷たく降りしきる雨の日のこと。しとしとと降る雨が窓ガラスを滴り落ちていくのを見て、人間が流す涙のようだと彼女は感じた。

絶望、落胆、憎悪、空虚。全てを背負い、全てを封じ、ステッキは一つの箱に納められた。そこに入ってしまえば、何も感じることは無い。ただ、運命に導かれ、箱が開くその時を待つのみ。それが何年、何十年、たとえ何百年だとしても、その時間はルビーにとって長くもなんともないものだ。造られた彼女にしてみれば、瞬きをするのと同じくらいの年月。

世界は滑稽だ。

くだらないものの意志によって、潰えそうな寿命を強引に引き延ばしているだけ。

そんな世界に生かされている人間に、興味を持つなど。

ありえないと。

そう、思っていたはずなのに。

 

――興味と関心が湧きました。宇宙の中の一つの惑星に生きる、ちっぽけな存在に。

 

彼女は嗤う。

運命を捻じ曲げられた一人の人間を。

ご愁傷様。

私と出会った時点で、あなたの未来も魂も。

 

『もう逃げることは出来ませんから』




偽タイガー道場

師匠:……え?

弟子1号:え?

二人:ええっ―――――?!

ルビー:どうかしましたか? そんな叫び声上げて。

師匠:い、いえですね、ルビーさん。何故だか、あなたが黒幕みたいな、そんな感じがするのですが――。

ルビー:嫌だなぁ~師匠さんってば。黒幕を務めるのは、ジョージボイスって決まってるじゃないですかぁ。私は、ただのマジカル割烹着ボイスじゃないですか。黒幕なんて、そんなぁ~

弟子1号:そ、そうよね。こんな奴に士郎をこれ以上どうにか出来るわけないもの、うん。

ルビー:えぇ、ですからご心配なく。作者はまどマギ大好きですけど、ご心配なく!

師匠:と、とりあえず次回は聖杯戦争二日目! 私の活躍もあるかも? ないかも!
今回も読んでくださってありがとうございます。次回の更新もまた、よろしくお願いしますぅ!!


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2月3日 -second day-
01


ラテン語名言コーナー飽きちゃったw
アリスの名言コーナーにしようかな。


夢だ。

記録の中に入り込んでくるような。

意味を為さない夢。

夢の中で自分はある荒野に立っていた。

荒野には無造作に突き立てられた無数の剣。

遠くに見える人影に手を伸ばそうとした時。

 

目が覚めた。

 

重い瞼を開けると、見慣れた日本家屋の天井。

体を起き上がらせようとすると、ずきんと頭が痛む。二日酔いになった時の頭痛、というものと似ているこれは、魔力を全力で使い使い切った時の症状。この頃は夜中に出歩いても、魔法少女となることが極端に減っていたため、この感覚は久しぶりだ。

こめかみを押さえながらやっとのことで起き上がると、自分の布団の横にちょこんと座っている金髪の少女の姿があった。

「おはようございます、シロウ」

「お、おはよう。セイバー」

セイバーを見た瞬間に、昨日の記憶が甦る。学校で戦い、家に帰ってセイバーを召喚し、遠坂がなんやかんや説明してくれて、教会に行って。そして、そこで別れてから俺は……。

「そうだ、もう一回変身して……それで」

巨大な肉ダルマに向けて魔術を放ったまでは覚えている。恐らくその後魔力切れで気を失ったのだろう。それにしても、妙に体が重い。いくら無茶をしたといってもここまで体力が回復していないのは珍しい。両手を大きく真上に上げて伸びをする。

「シロウの傷を治し、ここまで運んだのはリンです」

「遠坂が……そっか。お礼言わなきゃだな。それにしても、俺そんなにひどい傷負ったっけ?」

ランサーとの戦闘で負った傷はそこまで大騒ぎをするほどのものでは無かった。そうなると、筋肉ダルマと戦った時かと考えるが、自分が覚えている限りそこまでひどいことをされてはいないはず。ふむ、と考えている士郎にセイバーが言う。

「それは……その。シロウが気を失った後、ルビーが少し……」

歯切れの悪い返答を聞き、士郎は五芒星をつけステッキの存在を思い出す。首をかしげるように、ステッキの上部を動かして謝る彼女の姿が目に浮かぶ。そうか、あいつのせいか……。

「あの腹黒ステッキ……」

自由気ままに衛宮邸をうろうろとしているであろうルビーを思って嘆息する。見つけたらすぐに、事のあらましを語らせなければと思い、布団を体から除けた。布団の中で温められていた空気が逃げ、冬のしんとした冷たさを体全体で感じる。士郎が立ちあがろうとした時、セイバーが声を掛けた。

「シロウ、一つあなたに言っておきたいことがあります」

引き締まった声を聞き、自然と姿勢が伸びる。続きを促すようにセイバーを見ると、彼女は落ち着き払った声で続ける。

「……バーサーカーと対峙した時のあなたの行動です。私やリンだけで倒すことが出来なかったのは明白です。そして、あなたにはバーサーカーを倒す力があった。それでも、マスターとしてあなたがサーヴァントである私に守られる立場である、ということを分かって貰いたいのです」

「私を、守ってくれる……?」

思いもよらぬ言葉だった。

聖杯戦争の説明を受けた時に、凛かサーヴァントは人間を遥かに超えた存在であると聞いていた。それを考えると、人間である自分が昨日のように一人で立ち向かう、という行為はもっと責められるものだと思っていた。ぎゅっと胸の前で手を握りしめ、少し気恥ずかしそうに士郎はセイバーを見た。

「ありがとう、セイバー。すごく、嬉しい。でも、俺は守られるよりも守る方が似合ってる気がする。でもこれからは、昨日みたいな無茶は、あんまりしないようにするよ」

彼女の返答に少し不満は残るが、まぁ妥協点だというようにセイバーは頷く。もう一つ、とセイバーはさらに言葉を続ける。

「私とシロウの間には、僅かながらパスがつながっています。ですが、変則的な召喚でしたので、十分な魔力供給は望めません。ですので、食事による魔力供給をお願いしたいのです」

サーヴァントは魔力を動力源とする。その魔力はマスターから供給されるものであり、それが十分でないセイバーにとってみれば死活問題だ。魔力が足りなくなれば、現界することもままならなくなってしまうだろう。

「食事を作るのは、問題ない。呼び出しといて、魔力も十分にあげられないはずれのマスターでごめんな」

申し訳なさそうに眉を寄せて言う士郎。セイバーはゆっくりと首を横に振る。

「いえ、そのようなことは些細なことです。……シロウ、私は、バーサーカーと対峙し、臆することなく立ち向かったあなたを見て、無謀だとも思いましたがそれ以上にとても美しいと思いました」

張りつめた表情を見せていたセイバーは、そこでようやく微笑みを見せる。

「そんなあなたと共に戦えることを嬉しく思いはしますが、迷惑だとは思いません」

彼女の言葉が純粋に嬉しく、どきりと心臓が音を立てたのが分かった。

と、今まで違和感が無く気が付かなかったが、セイバーが昨日着ていた甲冑では無く、白いブラウスと青のスカートを着ていることに気が付く。そんなお嬢様風の服は、自分は持っていなかったはず、と士郎は考える。

「そういえばその服、どうしたんだ? 俺のじゃないよな」

「これは、リンから頂きました。その、シロウの服は……」

「?」

口ごもってしまったセイバーは、ごにょごにょと小さな声で言う。

「きょ、胸部が私には少し、合わないといいますか。大きすぎるといいますか。着ると、胸元が大変だらしなくなってしまいまして」

「……あぁ、そっか。うん分かった」

言いたいことを理解した。

じっとセイバーの胸元を見た後、自分のものに視線を落とす。うん、結構違うんだな。自分ではあまり気にしたことは無かったが、一回りくらい違う気がします。

「えっと、着替えるからセイバーは先に行っててくれ」

「はい」

若干顔の赤いセイバーは士郎に一礼すると、障子を開けて廊下に出ていった。

人の気配が減った自室は、沈黙に包まれる。自分が寝間着を着ていることを考えると、凛が着替えさせてくれたのだろう。寝間着を脱いで綺麗に畳む。箪笥から下着を出し、さっさと身に着ける。もう五年もこんなことをやっているのだ。手際よく済ませていく。

今日は休日のため、制服は着なくていい。さて、何を着たものかと少し考える。セイバーの格好を思い浮かべながら、服を手に取る。レモンイエローのニットワンピとインナーとしてシャツも引っ張り出した。セイバーのおしとやかな服と対照的な印象を受ける。髪は右側にゆるくまとめ、士郎は部屋の外に足を進めた。

 

「あら、おはよう。衛宮さん」

昨日聖杯戦争について話を聞いた時と同じように、凛は居間に座ってお茶を飲んでいた。

「おはよう、遠坂。えっと、昨日は……」

「しーろーうーさーーんっ!!」

凛の後ろからびょーんと飛んできたルビー。

「ぐほっ……」

彼女が士郎のみぞおちにすっぽりと入り、士郎は膝をつく。

「いや~一時はどうなるかと思いましたよ。うんうん、やっぱり士郎さん本体の魔力の量はカスですから、ちょっと多めにもらうとあのザマになっちゃうとは、難儀なことです」

「お前……本当になにやったんだよ」

ダメージから回復した士郎は自分からルビーを引きはがす。ぽいっと放り、前に座る凛に向き直った。

「遠坂、あらためてありがとう。色々助けてくれて、本当に感謝して……」

「礼なんて言わないで」

凛はぴしゃりと言い放つ。

「聖杯戦争は殺し合い。そう言ったわよね、何度も。私はあなたの敵よ」

「遠坂……」

士郎の声には答えず、凛はすっくと立ち上がる。

「寝込みを襲わなかったのは、フェアじゃないと思っただけ。あなたとは、魔術師として正々堂々と戦いたいから。じゃあね、衛宮さん」

士郎を学校で見ていた時とは違う、紛れもない魔術師の目で彼女を見据える。くるりと踵を返し、士郎に見向きもせずに凛はその場から立ち去って行った。

明らかなる拒絶を受け、士郎はしょんぼりと肩を落とす。

「うぅっ……遠坂にも嫌われたかな」

「まぁ、女性というものは自分の胸より大きい人間を見ると自然と敵対心を持つものですから。あまり気にやまずともいいですよ」

士郎さんの方が一回り大きいですし、といったルビーに全く信用していない視線を向けた。

「そうなのか?」

「知りませんけど」

いけしゃあしゃあと言い放ったルビーをむんずと掴み、畳に叩きつけた。士郎は一度大きく深呼吸をする。凛の反応は寂しいものがあったが、聖杯戦争というものが魔術同志の殺し合いだということを考えれば、自分に忠告をしてくれるだけ彼女は優しいのだと分かる。もし聖杯戦争が終わった後に彼女と友人のような関係になれたら。そんな先の未来を一瞬考え、すぐに振り払う。遠い未来よりも、まずは目先のことだ。

すぐさっき、セイバーに三食食事を頼むと言われたことを思い立ち上がる。冷蔵庫の中身を考えると焼き魚と味噌汁にサラダと簡単なものしか作れないが、急なことだしその分夕食を少し豪華にすることにする。

エプロンを付けて厨房に立ったことで、毎日の習慣を思い出す。

「ルビー、いつもの頼む」

衛宮邸には朝早くから後輩の桜や隣に住む大河が来るため、常に視覚誤認の魔術をルビーにかけてもらっている。土曜である今日は、朝早くから部活があるため二人とも来ないが、習慣のようなもので欠くことは違和感を感じるものだ。

畳にめりこんでいたルビーは士郎の元に浮遊していく。

「はいはい、しょうがないですね……あれ?」

了承してから5秒。首をかしげるように、ステッキの持ち手がくにゃりと曲がる。

「どうかしたか?」

「あれー、おかしいなぁ。なんだか、上手く術が使えません」

「……何ですと?」

ものすごく不穏な言葉が聞こえた。

「困りましたね、このままだと士郎さんはふっつーに女の子ですよ」

衝撃の事実に驚いていたのは士郎だけでは無い。居間のテーブルの前でじっと二人のやり取りを聞いていたセイバーだ。

「シロウは女性ではないのですか?!」

そういえば彼女に自分のことをまったく伝えていなかったと思い出す。

「あ、いや。見た目はそうなんだけど、えっと」

昨日凛に話した時のようにまた最初から話せばならないのか、と気が重くなっていると、ステッキがセイバーの前に現れた。

「何度も説明するのもアレなんで、かくかくしかじかつのしか、という訳なんですよ」

小説だからこそできる裏技を使って、ものの十字で事のあらましを伝える。

「な、そう、だったのですか……」

普通に驚いているセイバー。彼女は士郎の顔と胸を見比べてふむ、と考え込んでいる。

対照的にテンパっているのは士郎だ。

「ルビー、実にマズくないか。藤ねぇとか、桜とか。というか、学校とか。どうすればいいんだ?!」

血の気が引いて真っ青になっている。言い訳を考えようにも全く思い浮かばない。というか、性別の変化などどうやって言い訳することが出来ない気がする。あわあわとしていた士郎の頭をルビーは羽の部分でぺしりと叩いた。

「落ち着いてくださいまし、士郎さん。恐らく、セイバーさんと契約をしたことで、士郎さんは二重の契約をしていることになってるんです。セイバーさんとの魔力供給のラインが微妙にしか繋がってないのとか、私が第三者に向けての術を使えないのとかの訳はそこにあるんでしょう。どちらの契約も中途半端になってしまっているという訳です」

士郎にしっかりと触れたことで現状把握をする。

「どちらかに契約を集中させれば、恐らく問題はないでしょうね。例えば、昼間は私と契約を強めて女の子の体を隠し、夜はセイバーさんとの契約を強めて魔力の供給が少しでも出来るようにするとかですね」

「昼間は人目が付くから聖杯戦争も行われないし、それで行くか……」

げっそりとした様子で士郎は言う。自分とルビーだけで話していたことに気が付き、セイバーに視線を向ける。完全に納得していたようでは無かったが、セイバーは頷く。

「そうですね、昼間は危険が少ないですが、万が一ということを考え、常に行動を共にする必要があると思います」

彼女の常に、という言葉がどこまでなのだろうかと思った時。廊下にある電話が鳴り出した。

こんな時間に誰から、と思いながら士郎は廊下に出る。電話のディスプレイに表示された穂群原学園の文字。それを見て大体のことを察する。大方、朝から弓道場にこもっている奴からの電話だ。

今は女性の体で、当たり前だが声も変わっている。うかつに電話に出て「ねぇ、士郎。今日電話した時に出た女の子って誰?」なんて言われた日にはすごく困る。幸い、留守電の機能のスイッチは入っている。何コールか経った後「ただいま留守にしています」という電子音声が流れ始めた。

『あれー、留守電? でもいいや、しろーしろー、お姉ちゃんはね、今日も休日返上して弓道場にいるのよぅ。士郎のお弁当が食べたいなーということで、至急おいしいおいしいお弁当を持って、弓道場まで届けられたし!』

電話の相手は予想通りの女性、穂群原学園英語教師で士郎の家のお隣さんである藤村大河の物だった。

 

 

 

 

 



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02

アップルパイやショートブレッドを作ったりしてました。お菓子って作っている間が一番楽しい……


大河から要求されたお弁当、そして自分とセイバーの朝食を作るため、キッチンの棚に置いてあるエプロンを手に取る。オレンジと白のギンガムチェックのこれは、以前大河から貰ったものだ。

さて、何を作ろうかと悩み、とりあえず冷蔵庫を開けた。毎日の自分のお弁当のための食材は一通りあるのを確認し、手際よく冷蔵庫から取り出していく。卵、ちくわ、ソーセージ、挽肉、れんこん、ごぼう、にんじん、ほうれん草などなど。取り出した食材を並べ、包丁とまな板を用意する。それと同時に、雪平鍋を二つ棚から取り出す。一つには水と汚れをふき取った昆布を入れておき、もう一つはそのまま火に掛けた。現在時刻は八時ジャスト。セイバーの朝食だけであれば、15分ほどで出来るだろう。その後、大河に持って行くお弁当をゆっくりと作ればいい。

まな板の上にちくわを乗せ、縦と横半分に切る。ちくわのへこんでいる部分にマヨネーズを入れパン粉をまぶす。全体がパン粉で覆われ、その上にさらに青のりを少々かける。トースターにアルミホイルを引き、ちくわを置く。900wに調節し、4分にセットして、焦げ目が出来るまで焼けば完了。

次に手に取ったのはごぼうとにんじん。水で洗った後皮をむき、千切りにしていく。ごぼうは切った後すぐにボールにいれて数回かき混ぜ、ざるに上げる。ごぼうは水に晒して、軽くあく抜きをしていた方が食べやすい。フライパンを取り出して、コンロに置きごま油を引く。水を切ったにんじんとごぼうを入れて炒めていく。ごま油の香りと、トースターで焼いていたさくさくちくわの香りのどちらも鼻腔をくすぐった。

菜箸を使って焦げないように気を付けて炒めていると、隣の鍋が沸騰して白い湯気を立たせていた。少し火を弱め、手早くほうれん草を洗って鍋に入れてしまう。塩を鍋に入れて、今度はフライパンに戻る。フライパンの上のごぼうとにんじんがしんなりしているのを見て、料理酒を入れ全体になじませる。次に薄口醤油とみりんを入れて混ぜる。しばらく炒めれば甘辛いきんぴらの出来上がりだ。

「すごいですね」

いつの間にキッチンに入って来ていたのか、士郎がさっさかと料理を作っているのをセイバーがじっと見つめている。

「シロウの手はまるで魔法のようです」

「魔法って、大げさだよ。簡単なものしか作ってないし」

セイバーと話している間も、士郎は手を休めない。茹でたほうれん草を水にさらして絞る。一口大に切って、器に盛り付けた。ここまでで出来たおかずは三品。残りは昆布で出汁を取っただし巻き卵と、挽肉で肉団子を作る予定だ。

「士郎は、ずっと一人でこの家に?」

ボールの中に挽肉と卵、豆腐と長ネギとパン粉を入れて混ぜ合わせていた士郎に、セイバーが問いかけた。士郎の手がぴたりと止まる。セイバーの口にした、一人という言葉に無駄に反応していた。一人では無い、そう言いたかったのに士郎は何も言えなかった。

この家には大河も桜もほぼ毎日来ている。二人は自分にとって家族といって過言の無い存在だ。それを分かっているはずなのに。

「ちがう、一人じゃない。俺には家族みたいな大事な存在が、ある」

一つ一つ噛みしめるように言う。自分自身に言い聞かせるように。間違えなどないのだと、改めて確かめるように。そうでもしなければ、違ったことを口走ってしまう。

セイバーはそれ以上深く聞こうとはしなかった。元々士郎に対する興味は無かったのかもしれない。彼女にとってみれば、未熟なマスターが自分への最低限の魔力供給のために作っている食事の合間に、何気なく聞いただけのこと。衛宮士郎という人間に興味を持った訳では無いだろう。そうだ、そうに違いない。

肉団子を焼き、だし巻き卵も丁寧に巻き終え、出していた皿の上に盛り付ける。五品のおかずと、昨日から炊いてあった白米を茶碗についで食卓に並べる。大河のためのお弁当の分はすでに取ってあるが、二人分にしては多めのおかずがずらりと並んでいた。セイバーはキラキラと瞳を輝かせて、食卓に並んだ朝食を見ていた。

「冷めないうちにどうぞ」

「はい、いただきます」

きちんと手を合わせてから箸を持つ。そういえば、どう見ても日本人では無い彼女がお箸を使えるかふと心配になる。フォークやスプーンを持ってこようかと思い、セイバーに視線を向ける。そこには、外国人の見た目からは想像できないほどの箸さばきでおかずを小皿に取り、自身の口へと運ぶ。

「……!」

小皿に取られた中で、一番初めに口にしたのは肉団子。甘いたれと肉の味が絶妙なバランスを保っている。初めて感じるその味に、セイバーは言葉を失っていた。

「和食、口に合わなかったかな?」

セイバーが無言になったのを、彼女が生前食べていたものと違いするぎるからなのではと考えて、士郎が尋ねる。セイバーはそれに無言で首を左右に振った。しばらく箸を手にしたまま、俯いていたかと思うとぐっと身を乗り出して士郎の手を握った。

「せ、セイバー?」

「あなたが……あなたがもし、あの戦いの際に私の隣にいて、このような料理を作ってくれたとしたら。私は、私は……」

いきなりの行動に驚いていたが、それ以上にセイバーの声が震えているのに違和感を覚える。

「えぇっと、こんなのでよければいくらでも作るよ。セイバーが好きな食べ物とか教えてくれたら、それを中心に……」

「何でも食べれます。シロウの手で作られたものであれば、何でも!」

がっしりと手を握ったまま、熱い言葉と視線を投げかけられ、たじろぐ士郎。今まで黙って新聞紙を読んでいたルビーは初めて二人のやり取りに口を挟んだ。

「あらあら、お熱い告白だこと、セイバーさん。士郎さんも、お嫁さんのあてが出来て良かったですね」

「ルビー、お前はほんと黙ってろ」

彼女の楽しそうな発言を士郎はばっさりと切り捨てた。

 

朝食に出したおかずの残りをお弁当箱に詰め、炊飯器に残っていた白米でおにぎりを三つ握る。その全てを桜柄の風呂敷で包み、大河に持って行くお弁当は完成した。

先ほどルビーの言っていたことが本当なら、今の自分は周りからは女子に見えてしまう。ルビーが再び術をかけられるようになるには、最低でも一日は必要だと言われた。それが本当なのか、士郎に確かめるすべはない。だから、ルビーが一日と言ったら、最低でも一日は我慢しなければならない。そのことを憂鬱に思いながら、コートを羽織る。今日は二月にしては暖かくなると天気予報で言っていたため、マフラーは不要だろう。

「ルビー、くれぐれも家から出るなよ」

「ふぁいふぁい、わかってまふ」

あくびをしていた途中なのか、はっきりとしない口調で言う。契約者の士郎と一心同体であり、常にそばにいると言ったルビーだが、彼女のその期間は月曜日から金曜日までの平日に限る。毎日一緒にいるのだから、週二日は休みなのだと、意味不明な理屈を押し付けている。今回に限っては士郎としてみても、ルビーが自分に術をかけられないのであれば、特に自分から一緒に連れていくつもりはない。というか、術をかけてもらうために日中士郎はルビーと一緒にいるようなものだ。それでなければ、わざわざ高校生にもなって、魔法少女のステッキなどを自ら持ち歩こうなどとは考えない。マジカル☆エミィになるのは、基本夜中だし。

セイバーの姿は家の中には無かった。しっかりと大河へのお弁当を手に持ち声をかける。

「いってきます」

返答はない物と思っていたが、どうしてもそう口にしたかった。戸に手を掛けた時。

「いってらっしゃい」

そう返された言葉。自分の前にいるのはふざけた形のステッキのはずなのに。一瞬だけ、自分とは似ても付かない一人の少女が目の前に立っているような気がして。士郎はそれを振り払うように背を向けて外へ出た。

 

「ここが、シロウの学校ですか」

まじまじとセイバーは校舎を眺めている。彼女にしてみれば、いくら聖杯からの知識があるといっても珍しいものなのだろう。昔話に出てくるような英雄が自分の普段通っている学校に来ている、なんとも面白い話だ。

学校の奥にある弓道場に近づくにつれて、緊張感が増していく。

「弓道場の入り口に誰もいない時を見計らえば大丈夫……だよな」

基本的にこの時間は部員たちは的に向かって矢を射っているはず。よほど運が悪くなければ、弓道場の入り口まで人がいることはないだろう。まぁ、居るはずがないのだが、その少ない確率を引き当ててしまうのも士郎の力というわけだ。

「あれ、誰だ?」

「え、えっと……」

美綴綾子、士郎の同級生であり弓道部の部長。なぜか彼女がタイミングを見計らったように弓道場の前に立っていた。

「うちの生徒じゃ、無いよな?」

士郎を頭の上からつま先までじっくりと観察した後にそう評する。何か勘ぐられる前にさっさと当初の予定を済ませてしまおうと、士郎は手に持っていた風呂敷包みを見せた。

「その、ふ、藤村先生にお弁当を届けに来たんです」

「あぁ、ありが……ってそれ、衛宮に頼んだって先生から聞いてたけど」

余計なことを、と恨み言が口から出そうになるのを堪える。さて、何と言ってごまかすべきか、などとゆっくり考える時間は士郎には無い。パニックになった士郎が口走ったのは。

「い、妹です。衛宮士郎の妹です」

口から出た言葉に自分でも驚愕する。

俺は何を言っているのだと。

そして、同時にとんでもない墓穴を掘った気がする。

「衛宮に妹……初耳だけど」

えぇ、そりゃそうでしょう。俺だって初耳ですよ、そもそも妹なんていません、貴女の目の前にいるのが衛宮士郎です、と言いたいのをぐっとこらえる。まぁ言えるはずもない。ここで話を長引かせて、桜や大河が来てしまえば終わりだ。あの二人と綾子相手に、嘘をつきとおせる自信は無い。なんとかお弁当を渡して早くこの場から去らねば。

「い、生き別れの妹で昨日……そう、昨日兄を訪ねてきたんです。兄がどうしても外せない用事があるから、このお弁当だけは届けてほしいと。それだけです、はい。それじゃあ、さようなら」

もう、なりふり構っている暇は無い。綾子の胸にお弁当の入っている風呂敷を押し付けると、士郎はセイバーの手を取って逃げるように駆けて行った。

「……」

綾子は渡されたお弁当を見て、次に士郎の去って行った方を見る。

「衛宮の妹……っていうか、衛宮が女になったみたいに似てたな……」

あながち間違っていない感想を述べ、彼女は首を傾げながら弓道場の中へ戻って行った。

セイバーを連れて学校から離れてしばらく。ようやく足を止めた士郎は頭を抱える。

「やばい、完全にやってしまった……」

ルビーがこの場にいれば、大爆笑だろう。「士郎さん、妹いたんですね、初耳~。美綴さんに知られて、タイガーさんにばれるのも時間の問題ですよ? いやー、どんな言い訳考えるのか楽しみです」と嬉々とした声のルビーの幻聴が聞こえる。

「シロウ……大丈夫です。シロウの障害となるものは、私が斬り伏せますので」

「いや、斬られたら困るんだが……」

唯一の保護者を失うのは困る。というか、セイバーだと本当に斬ってしまいそうなのが怖い。綾子からさっきの一件を聞いた大河が、今日の夜押しかけてくるのは目に見えている。なるべく早く言い訳を考えねば死ぬ、いろんな意味で。

「とりあえず、買い物済ませないと……」

弓道部の活動は午後までみっちり入っている。午前中のうちに大河が押しかけてくることはない。一度頭を休ませて、食材を買うために士郎は深山のスーパーに足を向けた。

 




偽タイガー道場

師匠:賞味期限切れたバターは、一年は大丈夫よ!

弟子1号:うちの作者が証明済みよ!

ルビー:いやいやいや。そんな危なっかしいこと、平然と人に進めないで下さいよ。

師匠:作者曰く、アフタヌーンティー用のお菓子をアーチャーさんと一緒に作る士郎を書きたいらしいわよ~

弟子1号:くぅ~痺れますね!! そこからお互いの関係が縮まったりするんですよね、師匠!

師匠:おうよ、弟子。二人だけの特別レッスンから、物語は始まるのだぜ

ルビー:そんなベタな甘々展開をうちの作者がするとでも……。というか、あの人「ちょっくら提督になってくるわ!」とか言って、白露型の子たち愛でてましたよね。お菓子作りよりもそっちが更新しなかった理由ですよね。

師匠:女にはなぁ、どうしても時雨たんや夕立たんを愛でて愛でて愛でまくりたくなる時があるのよぅ。

ルビー:いやいやいや。

師匠:さて、墓穴を掘りまくった士郎はセイバーちゃんと深山でお買い物よ! 次回もよろしくお願いします!!


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03 ☆

ぜかましと陸奥さんが建造できました。
龍驤ちゃんが好きなんですけど、しょっちゅう大破します。千代田さんが好きなんですけど、しょっちゅry


「あ、味噌切れてたんだ」

今日の夕飯はおでんにしよう。そう思って大根やこんにゃく白滝やさつま揚げなどを買ったスーパーのビニール袋を手に、士郎とセイバーは帰路についていた。家までの距離は半分といったところか。突然自宅の冷蔵庫の中身を思い出した士郎はその足を止めた。

「味噌、ですか?」

「うん、今日の朝もお味噌汁作ろうと思ったんだけど、切れてたの忘れててさ。走って買ってくるから、セイバーはこれ持って先に帰っててくれないか?」

すぐに買ってきてお昼ごはんの支度を、と思っていた士郎。だが、その提案をセイバーは全力で撥ね退ける。

「シロウ、あなたはまだ分かっていないのですか。今、この冬木は聖杯戦争が行われている。昨日のように、いつ襲われるとも分からない。サーヴァントを連れていないシロウは、襲ってくださいと札を付けて歩いているのと同じです!」

だから一人で行かせるわけには行かない。きっぱりと否定される。士郎もそれに頷きたいのは山々だ。少なくとも、先程買ったものの中にアイスクリームが入っていなければ。

「うん、セイバーの言うことは分かる。でも、せっかく買ったアイス、ダメにしたくないだろ? いくら冬っていっても、もう一度あったかいスーパーに戻って家に帰ったら、溶けちゃいそうだし」

「でしたら、せめて私がシロウの代わりに……」

まだそう言って頷きはしないセイバー。士郎もまた、ここで引き下がるつもりはなかった。

「セイバーは知識は聖杯から貰ってても、初めてだから手間取っちゃうだろ? それよりかは、俺がさっさと行った方が早いよ」

「ですが……」

セイバーの顔いっぱいに「心配」と文字が書いてある。

「大丈夫、商店街は人が多い。それに、こんな昼間から狙ってくる奴はいないよ。きっと」

「…………分かりました」

しぶしぶといった様子を隠そうともせずに、ようやくセイバーは頷いた。いくら彼女が強く言ったとしても、マスターであるのは士郎。それにあまりここで揉めて、昨日の夜のように令呪を使われたら元も子もない。士郎はふわりと笑みを見せて、もう一度大丈夫、と声に出した。

「ありがとう、セイバー。お昼ごはんは、軽くパスタ作るからルビーと待っててくれ」

スーパーの袋をセイバーに手渡し、士郎は駆け出して行く。その後ろ姿を見ていたセイバーは、士郎の前では見せないため息をついていた。

「前回とは違った大変さがありますね。はぁ……」

 

 

無事に味噌を買い終えた士郎は、商店街の一角の江戸前屋にいた。セイバーに無理を言ってしまった手前、何もなしに帰ることは憚られた。朝食の食べっぷりと彼女の言葉から、嫌いなものは特に無さそうなため、とりあえずここは定番の大判焼きを買って帰ろう。財布から小銭を出して、テイクアウト用のカウンターへ足を進めた時。

「こんにちは、お姉ちゃん」

背後から聞こえた声。自分の真後ろから掛けられたそれは、恐らく自分に向けられたものだ。だが、女の姿の自分のことをお姉ちゃんと呼ぶ存在に心当たりが無い。誰かと間違えているのだろうかと、疑問を持ちながら振り返った。

「!」

しっかりと着こまれたコート。そして少女の銀の髪と赤の瞳には見覚えがあった。

「お前は」

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。長いから、イリヤって呼んで。お姉ちゃん」

にっこりと笑顔を向けた彼女は、紛れもなく昨夜自分と凛を教会の帰り道で襲った聖杯戦争のマスターの一人だ。セイバーの言葉を思い出す。この街は戦場だと。サーヴァントを連れずに歩いている自分は、最も狙いやすい標的だと。

逃げなくては。

どうやって?

彼女がバーサーカーを現界させれば、一分と待たずに殺される。

まるで楽しんでいるかのように昨日の戦いを見守っていたこの少女は、昼間の人目など気にしないかもしれない。

士郎の強張った表情を見兼ねたイリヤは口を開く。

「大丈夫よ、お日様が出ている間は戦わないの。バーサーカーもお城でお留守番してるしね。お姉ちゃんとお話したくて、ここに来たの。ダメだったかしら?」

彼女の赤い目に覗き込まれて、一瞬そこに引き込まれた。昨夜見つめられた時には冷酷なものだと感じたそれは、彼女と同年代の少女と変わらない。大人の顔を窺っておねだりをするように見える。

不安材料は残るが、彼女に戦う意思は無いということを信じてみることにした。

「俺はいいけど、イリヤは俺と話したりしても楽しくないと思うぞ?」

「ううん、私。お姉ちゃんに会うのを楽しみにしてたの」

士郎の言葉を即座に否定した。次の瞬間、ほんの少しだけ彼女の目に冷たい光が宿った。

「お姉ちゃんは、衛宮士郎でしょう?」

彼女に見据えられて息が詰まりそうになる。衛宮士郎という人間だけでない。それを形作る全てを嫌悪しているような。彼女を衛宮士郎に仕立て上げた存在に向けている憎悪がそこにはあった。

「知ってるのか、俺を」

絞り出すようにして言葉を紡ぐ。

「うん、キリツグの息子だって聞いてるもの」

キリツグ。

その名を知っている彼女は何者なのか。士郎の脳は、一気に与えられた情報に錯乱していた。

「そしてね、私はキリツグとキリツグの息子であるシロウを殺すために、この日本に来たのよ」

がやがやと賑わっていた商店街が一瞬無音になったように感じた。そこでようやく分かった。昨日イリヤが自分を殺そうとしたのは、何も聖杯戦争のマスターに自分がなったからでは無い。自分が聖杯戦争に参加していなかったとしても、自分が衛宮切嗣に育てられた魔術師である限り。彼女はこの身をバーサーカーに殺させようとするのだろう。

「それは……俺にとっては穏やかな話じゃないな」

カラカラの喉から出た言葉は強がりでしかない。何の躊躇もなく殺すと口にした彼女に感じる恐怖。自分よりも幾分も小さい彼女に、この場を完全に支配されていた。

その空気を変えたのも、やはり自分の前の少女だった。

「でも、シロウは女の子なのよね。お爺様から聞いてた話と違って、ついでにシロウの雰囲気に圧倒されて、昨日は驚いちゃった」

驚いた、という彼女の言葉で昨夜自分を見た時のイリヤを思い出す。目を丸くして自分を見た時に、その先に何かを見ているような、そんな目を。

「まぁ、この姿は事故みたいなものだし。本当の俺は、ちゃんと男だぞ」

だから、切嗣の息子というのは間違っていない。そう伝えると、イリヤは小悪魔のような笑みをちらりと覗かせた。

「へぇ、何だか面白そうな話がありそうね」

「気になるか?」

「そりゃあ、せっかく殺そうと思っていた人間の性別が違うと戸惑うものよ。ねぇ、聞かせてシロウのこと」

士郎は黙ってうなずく。彼女に断るという選択肢は浮かばなかった。

頷いたものの、商店街の真ん中で立ち止まっている自分とイリヤに、脇から好奇の視線が向けられていることに士郎はやっと気が付いた。

「ここじゃ何だし、近くに公園があるからそこに行かないか?」

「公園……子供の遊ぶ遊具があるのでしょう? 今日は日曜日だから、いっぱいいない?」

「まぁそれなりに居るとは思うけど、イリヤくらいの子もいるから別に変じゃないさ」

どう見ても小学生くらいの彼女。休日の公園は、彼女と同じくらいの子供たちとその親が楽しげに遊んでいる。自分一人では行かないだろうが、イリヤと一緒ならそれもいいだろう。

「立派なレディは、そんなところで遊んだりはしないけど……。シロウが言うなら仕方ないわね」

ぶつぶつと言いながらも、結局は士郎と一緒に行くことを決めたらしい。案内して、と言うように士郎をみたイリヤに微笑んで見せた。

「それじゃ、ちょっと待っててくれ」

「なぁに?」

「大判焼き、って言っても分かんないか。小麦粉で出来た生地に、餡子っていう小豆と砂糖を煮詰めた具がはいってるお菓子なんだ。イリヤが甘いもの好きだったら、ちょっと食べてみないか?」

元々セイバーや大河に買っていくつもりだったため、一つくらい多く買っても問題は無い。軽い気持ちで提案したのだが、それに反してイリヤは目を丸くして驚いていた。

「え……いいの?」

「あぁ、イリヤが好きだったら嬉しいな」

ふわりともう一度笑顔を見せた士郎に、イリヤに対する恐怖はもう無かった。甘いものと聞いて顔を綻ばせる少女は、年相応の可愛らしさを持っている。

「甘いもの……、でも外で何か食べたってセラにばれたらうるさく言われるかな……でも、シロウが折角私に……」

またぶつぶつと自問自答をしているイリヤ。しばらく考え込んでいたが、突如顔を上げてシロウの瞳を覗き込む。

「オオバンヤキ、お願いするわ。でもねシロウ、ここで私がシロウとオオバンヤキを食べることは、二人だけの秘密よ? いい?」

一体何を言われるのかと思っていると、いたずらが母親にばれないようにお願いする子供のような顔でイリヤに念を押された。予想外の反応に、今度は士郎が驚きながらも了承する。

「うん、二人だけの秘密」

「じゃあ、指きりね」

士郎の答えにイリヤはご満悦のようだった。そしてごく自然な流れで、互いの小指を絡ませる。

どう見ても日本人では無いイリヤが、どうして日本のおまじないの指切りを知っていたのか。士郎はそのことに違和感を覚えることは無かった。

 

 

「ふぅん、あのステッキが……」

イリヤは両手で大判焼きを持ち、士郎の説明を聞いていた。自分がどうしてこんな姿をしているか。どうしてマスターになったのか。興味深そうに聞いていたイリヤは、少しだけ表情を陰らせた。

「シロウがマスターっていうことは、キリツグはもうここにはいないのね」

ぽつりと落ちた彼女の言葉。それに僅かに心が揺れながら、士郎は付け加える。

「切嗣は、五年前に亡くなってる」

月の美しい冬の夜だった。切嗣が死んだあの日の月以上に美しい月は、未だ見たことが無い。切嗣の死は、士郎にとって辛いものではあった。しかし、彼の夢を継ぐという理想を持ったことで、自分が生きることを許された。シロウにとって、微かな救いがそこにあった。切嗣の理想にしがみ付いて生きるという、歪な救いが。

「シロウは一人だったの? ずっと」

唐突なその問いは、今朝セイバーにも投げかけられたものだ。二度目であるがゆえに、今度はちゃんと正解を言えるはず。

「一人じゃ、ない。俺を兄弟みたいに思ってくれる人が、俺にはいた。切嗣がいなくなった後も、俺は一人じゃない」

目の前の少女ではなく、自分自身に言い聞かせているようだ。決められた言葉を一つ一つ言うことで、自分に染み込ませようとしている。

「そう」

イリヤは悲しそうな目で士郎の返答を聞いていた。ここで終わりかと思われたイリヤの問いはさらに続いていく。

「じゃあ、シロウはずっと幸せだった?」

幸せ、しあわせ、シアワセ?

それは何?

それは必要?

それは誰が持つべきもの?

問いは浮かんでは消える。イリヤの問いは士郎の内部(なか)に刃を突き立てた。

「私、は……」

 

上手く息が吸えない。

――今自分がいるのは日常なのに。

急に視界が暗くなる。

――目の前には白の少女がいるはずなのに。

 

声がする。

――苦しそうに助けを求める声だ。

世界が赤い。

――炎と血が世界を染めた。

体が痛い。

――その痛みは衛宮士郎の始まりで。

 

不意に自分の頭をぎゅっと抱きしめられているのを感じた。

「ねぇ、シロウ。もしシロウが聖杯戦争のマスターを止めて、私の所に来てくれるなら、昨日みたいに他のマスターを襲ったりしない、って私が言ったらどうする?」

ぽんぽんと頭を撫でられていた。温かい彼女の手で少しだけ乱れていた呼吸が元に戻っていく。イリヤは幼い子供に言うように、優しく続けた。

「私がシロウを幸せにしてあげるって言ったら。シロウはどうする?」

それが聞こえた時、士郎はイリヤを突き放した。二、三歩後ろに下がったイリヤ。彼女は眉を下げて士郎を見ていた。

「ごめんね、意地悪な質問だったね」

どくどくと心臓が脈打つのを深呼吸で鎮める。

忘れていた。こういった問いを投げかけられるのが久々すぎたのだ。答えはすでにあるのに、それを忘れてしまっていた。大きく深呼吸をした後、士郎はイリヤを見る。彼女は寂しそうに笑ってみせた。

「オオバンヤキ、ありがとう。やっぱりシロウは殺してあげる。でも、最後の一人になるまでは殺さずにいるね。聖杯戦争の最後にもう一回、さっきの質問をシロウにするから。その時までに答えを考えててほしいな。これ、私からの宿題ね」

くるりと踵を返して士郎に背を向ける。最後に一度だけ士郎に顔を向けた。

「バイバイ、お姉ちゃん」

 

 

 

家に帰った後、昼食を作るとすぐに士郎は自室に戻った。買って来た大判焼きをセイバーに見せると、顔を綻ばせていた。だが、彼女にはあの雪の少女と出会ったことは伝えていない。あの邂逅は、二人だけの秘密なのだ。

何をするでもなく、ただぼうっと畳の上に座っていた。鍛錬でもしようかと思ったが、どうにも竹刀を握る気が起きない。聖杯戦争を戦うと決めたのは自分だ。それなのに、逃げ出したいと思っている自分がいた。この聖杯戦争を戦うことで、自分の大切な何かを失ってしまう、そんな恐怖があった。

はて、自分に大切なものなどあっただろうか。

何かに縋ってしか生きられない自分に。

まるで、普通の人間のように、大事だと思えるものなど。

そこまで考えた時、玄関の扉がものすごい音を立てて開け放たれた。それと同時に、どかどかと家に入ってくる人の足音。

「しろ――――!」

そして聞きなれた声。

想像するまでもなく、これは冬木の虎、藤村大河だ。いきなりの訪問者に、セイバーが武装化しても困る。

「藤ねえ、あんまり大きい声出すと近所迷惑だぞ?」

やれやれと、肩をすくめて廊下に出る。そこには、白いダウンコートを着ている見慣れた姿、なのだが。彼女の弟分である自分に会っているというのに、彼女の目は驚きによって見開かれている。

何かおかしなところがあっただろうか、と思ったところ。

「ど、どちら様――?!」

大河の悲鳴によって、ようやく自分の姿のことを思い出した士郎だった。

 

 

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偽タイガー道場

師匠:うむ、ようやく私も本編に出られたぞ!。

弟子1号:私は二日続けて出ちゃいましたよ、ししょー! そういえば、作者のやつは、とうらぶの方はやってないんですかね?

ルビー:よくぞ聞いてくれましたね。作者の性別からしてそっちに走りそうなものなのですが、「子狐丸出ないし、藤四郎大杉ワロタ」とか言ってました。つまり、藤四郎が多すぎて刀剣の名前と顔が一致しないみたいですね。

師匠:四十過ぎて新入社員の顔を覚えられない会社員か! というか、やってはいるのね。

作者:子狐丸どころか、大太刀でないワロタwww ワロタ…………

弟子1号:艦これは艦これで川内さん出なくて第三艦隊解放されないみたいですよ、ししょー。

師匠:建造にドロップに、諦めたらそこで試合終了よ! さて、次回は修羅場となりそうな衛宮邸。ついでに何か、どこぞの金髪の青年の謎のサーヴァントが出てきそうな気がするわ。奴は一体何ガメッシュなんだ……? それでは、また次回もよろしくお願いします!


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04

3週間。長かった……
ようやく川内さんをドロップ出来た……!
そして、2-4で積んでおります。とりあえず、扶桑姉妹のレベル上げをしようかな!


ここ五年間しっかりと隠してきたはずの事実を、うっかり大河に知られてしまった。視覚誤認作用の魔術を使えないと分かった時に、今日の服は完全に女子の物を選んでいる。誤魔化すにも、スカートを穿いていたり無駄に長いこの髪の上手い説明は思いつかない。

いや、あえてここは何も気づかないふりをして、普通に振る舞うのはどうだろう。ふっと湧いた考えを、一刀両断する。男として普通に振る舞えば、その時点で失うものが多すぎる。女装が趣味の男子だと思われると、これからの未来に支障が出る。やはりここは、先程綾子にしたように別人として振る舞うのが得策。

士郎が思考を纏めていると、居間に繋がる襖が勢いよく開いた。

「シロウ、どうかしましたか? まさか、敵襲ですか?!」

「げ、セイバー」

武装化まではしていないが、殺気だった様子で片手にルビーを掴んでいるセイバー。自分のことで精一杯だったが、彼女の説明だってすんなりといくわけでは無い。想定外のことが重なり、軽いパニックになっている士郎がセイバーに握られているルビーを見る。彼女の魔術であれば、ここを切り抜けられるかもしれない。そんな期待を持って見るが、当の本人はどこ吹く風だ。

「しろう? あなた、士郎なの?」

セイバーの発した「シロウ」という名を聞き、大河は驚きで見開いていた目をさらに丸くしていた。そりゃそうだ。つい昨日まで、自分の勤める高校に通っていた衛宮士郎は男子生徒の制服を着て登校していたのだ。

「いや、私は……」

「そっか、士郎、士郎ね。言われてみれば、似てるものね。うん!」

まじまじと見つめられ、くすぐったさを覚える。だが、問題なのはそこでは無い。大河が今の自分を見て、衛宮士郎だと全く疑っていないという事実だ。このままでは、「そっかー、士郎は女の子だったのね。それじゃあ、戸籍とかいろいろと直さないといけないわ~」と言い出しかねない。いや、間違っては無いのだが。

「ちょ、ちょっと待ってください。私は、士郎さんの妹です!」

「んー? そういえば、美綴さんがそんなこと言ってたような」

そうだろう、そうだろう。

「えぇ、ですから別人です。衛宮士郎さんと私は、全くの別人なんです」

学校で綾子にしたものと同じ言い訳をする。だが、付き合いが大河よりも浅い彼女ですらあそこまで不審がられたのだ。この10年を一緒に過ごし、そして野生並みの勘を持っている大河を騙せる気は、正直言って全くない。

「うーん。でも、切嗣さんも、士郎も妹がいるなんて一言も言ってなかったけど……それに、そっちの方は?」

大河のごもっともな言葉に、士郎は片っ端から嘘を並べていく。

「士郎さんが衛宮切嗣さんに引き取られたように、私は別の方に引き取られたんです。私は、元々海外に住んでいる方に引き取られて、彼女はそこのお家の娘さんで……」

自分で言っていてとても辛い。元々嘘をつくのは苦手だ。それなのに、ほぼ口から出まかせなこの設定をよりにもよって大河に言わねばならないというのが実に厳しい。

「ふむふむ、なるほどね」

明らかに怪しい、と思われているのがひしひしと伝わる。だが、ここで止めてはいけない。作り話の佳境はここからだ。

「セイバーさんは、以前こちらの切嗣さんと外国でお会いしたことがあったそうで。学業が落ち着いたら、会いに行くという約束をしていたので、今回こちらにお邪魔したんです。私は生き別れの兄が冬木にいると聞いて、それでここに来たんです。本当は、もっと早くに行きたかったんですけど、なかなか日本行く予定が立てられなくて。ここに来たら、切嗣さんが兄を引き取った方だと知って、この家にお邪魔しました」

自分でツッコミを入れたい。どこの昼ドラだと。こんな偶然に偶然が重なった出来事など、普通起こるはずがない。自分がいきなり現れた人物にこんなことを言われたとしても、全くもって信じないだろう。

不安。今の士郎を支配しているのはそれだけだ。彼女の琥珀の瞳は頼りなさげに大河のものと交わる。大河は不審そうな視線を彼女へ向けていたが、思いを決めたように深くうなずいた。

「うん、分かった。それで、肝心の士郎はどこにいったの?」

目の前にいます。

という言葉を飲み込む。何がどうなったのかは分からない。しかし、大河が何故か自分のこの言い訳を、表向きには信じてくれることが分かったのだ。

「その、士郎さんは私がお世話になっている家にあいさつに行くと言って、たぶんもう飛行機の中かと」

「えぇー?! 士郎、私に何も言わずに行っちゃったの? ひどい――」

いくらなんでもこのまま話を終わらせるのは不味い。ついでに大河のフォローもしておかないと。

そう考えながら、士郎は慌てて付け足した。

「あ、でも。大河さんによろしくって言っていましたよ? 迷惑かけてごめん、と」

「ぶーぶー、士郎のお姉ちゃんとしてみれば、弟の行動がいささか問題あるような気がしますが……」

うっ、と言葉に詰まるのはもちろん士郎だ。大河はもう一度士郎をまっすぐ射抜く。士郎は先ほどとは異なり、大河を強く見つめ返す。

 

――しょうがないな、士郎は。

そう言ってやりたいのをぐっとこらえた。我儘なんて言わなくて、いつも人のためにしか動かないのが士郎だ。そんな彼が、必死にこの場を切り抜けようとしている。姉であるならば、ここは見て見ぬ振りをするのも必要なのではないか、と感じていた。

 

「まぁ、こんな可愛い妹ちゃんに免じて、許してあげますか!」

「あ、ありがとう、藤……じゃない、大河さん」

せっかく難を乗り越えたというのに、自分でぶち壊すところだった。誰かのうっかりが自分にうつっている気がする。

納得してくれたことで、ようやくこれで虎から解放される、と思うが大河の言葉は続いていく。

「そっか、士郎の妹さんね。もしかして、士郎の部屋に女の子の洋服とか

あるのって、あなたのためのだったりするの?」

「……。え?」

一瞬目眩がした。

聞いてはいけない言葉が耳に入ったのだ。いや、言葉というか事実というか。そもそも、年頃の少年の部屋のタンスの中身をなぜ知っているのでしょうか。

まあ、士郎は本当は女の子なんですが。

「ワンピースとか、ブラウスとかスパッツとか。いつの間に士郎に女装趣味があったのか、なんて思ってたんだけど。まぁ、思春期の男の子は難しいから、ほっておこうかとしてたけど、あなたへのプレゼントだったのねきっと」

「あ、はい。ソウデスネ」

ルビーの視覚誤認操作の魔術が使えるように戻ったとしても、当分は男の姿を見せたくない。士郎はげっそりとした顔で答えた。

ようやく話がひと段落したところで、大河はある事実に気がついた。

「あ、そういえば、あなたのお名前も聞かずにごめんなさいね。私は、藤村大河。切嗣さんが亡くなった後、私が士郎の保護者みたいなものなの」

「わたし、私は……」

あれほどの設定を瞬時に考えついたというのに、名前はさっぱり浮かばない。といっても、自分の名前を考え込む人間など、記憶喪失にでもなっていなければいないだろう。

「彼女は、シェロ。シェロ・ペンドラゴンといいます。私のことはセイバーとお呼び下さい」

助け船を出したのは、今まで黙ってことの成り行きを見守っていたセイバーだ。彼女が言ったシェロ、という名前。初めて聞くようなものだが、とても身に馴染む。士郎は肯定するように大きく頷いた。

「が、外人なのに日本語がお上手なのね……。シェロちゃんと、セイバーちゃんね。うん、よろしくね」

「よろしく、お願いします」

ぺこり、と頭を下げる。

なんだか不思議な感じだ。大河と改まってこんな風に挨拶を交わしたのは、おそらく初めて会った時以来だ。いつもはふざけている所ばかりを目にするが、きちんとした姉の大人の姿を盗み見てしまった気持ちになる。

――なんだ、ちゃんと大人なんだな。

自分しか知らない大河、自分の知らなかった大河。そのどちらもを知ることが出来たことが、どことなく嬉しい士郎だった。

 

ちなみに。

「どうせなら、明日とか穂群原学園に通わない? 制服ならあるし、見学のつもりでどうかしら?」

などという爆弾を投げつけられるのは、セイバーを交えた夕食の時間。最高に天パった士郎がよく内容を理解しないまま頷いてしまうのも、お約束なのだった。

 

 

 

草木も眠る丑三つ刻。

自分の隣の部屋で眠るセイバー。自分の真横で気持ちよさそうに寝返りを打つ大河。二人分の寝息が聞こえるのを確認し、士郎は起き上がる。

音を立てないように布団から出て、ハンガーに掛けてあったコートを手に取る。ゆっくり、静かに襖を開けて廊下に出た。冷えた板張りの床を足の裏で感じ、少しだけ身震いをする。押し殺すように息を吐いて、自分の後ろに浮遊するステッキに声をかけた。

「行こう、ルビー」

「はいはーい、士郎さん」

待ってましたとばかりに士郎の手の中にすっぽりと収まったルビー。セイバーと大河、どちらにも気づかれることなく部屋を抜け出せたのは彼女の力だ。

気配の遮断。

大河が泊まっているときに、どうしても冬木の夜の見回りに行きたい場合、何度かこの力を借りていた。相手に作用するものではなく、自分の気配を薄くすることで悟らせない。使い勝手のいいこれも、ルビー曰く魔術なのだそうだ。

武家屋敷の門を出て一息つく。空を見上げると、零れ落ちそうなほどの星が見えた。真冬の空を駆ける異国の英雄のオリオンの三ツ星と二つの一等星。雲一つ無いこの空では、一際この星座が大きく見えた。

「明日の学校とか、どうすればいいんだ……」

星を見ながら、ため息と共に吐き出したのは、明日からの自分の身の振り方だ。ルビーはくすくすと笑い声を上げながら尋ねる。

「セイバーさんを連れてくんですか? 学校に行くって聞かなかったじゃないですか。そうしたら、なんとも愉快なことになりそうですね」

「俺がまず女子の制服着てくだけで、神経すり減りそうなのに、セイバーまで連れていけるわけないだろ」

はぁ、ともう一度息を吐き出す。自分を守ると言って聞かない彼女を、何としても家に留めておかねば。

「おい」

「でも、何て言えば納得してくれるかな……。聖杯戦争は昼は行われないし、学校は人の目が普通の場所よりも多いし、心配無い……で了承してくれるかな」

「もう一押し欲しいとこですね。学校には聖なる結界が張ってあるから、邪悪な心を持ったサーヴァントとかマスターは入れない、とか」

「おい」

「いや……さすがにそんな子供騙しみたいな嘘に引っかかるとは思えないぞ」

「当たり前ですよ。そんなん引っかかるの、士郎さんくらいですもの」

あのなぁ……と文句を言おうとした時。先ほどから、地味に士郎とルビーの会話に割って入ろうとしていた人物がとうとう痺れを切らしたようだ。

「王である我を無視するとは、言い度胸ではないか、シロウ」

紅玉を埋め込んだような赤の瞳、大理石のように滑りのいい白い肌、黄金を糸に変えたかのような光を持つ金の髪。

日本人の見た目では、明らか無い男が士郎の前に立っていた。彼によって名を呼ばれたことで、士郎はようやくその存在を認識した。

「え、あ。ギル、居たのか」

それは残酷な返答だった。

そこにいたのに、いるとこを認識されていなかった。いるものを無視されることとはまた一味違う苦しみがそこにはある。ギル、そう呼ばれた男はにこりと貼り付けた笑みを見せ、額に青筋を浮かべていた。

「ふっ、よし殺そう。すぐに殺そう。シロウよ、我は僅かながら貴様に失望しているぞ。力の差が歴然としている相手に、そこまで殺されたいか。雑種のくせに生き急ぐとは難儀なことよ」

「そういえば、この頃うちに来てなかったけど、ご飯大丈夫だったか?」

人の話を聞いていない士郎。というか、意図的に聞かないようにしているとも取れる。男は士郎の問いを聞き、殺気を沈め反対にどんよりとした空気を纏い始めた。

「大丈夫だと思うか? 貴様の家に寄り付かなくなって二週間。毎日途切れる間も無く麻婆。豆腐だったり、茄子だったり。はたまたラーメン。朝昼晩、三食赤の麻婆」

聞いているだけで辛くなっていく。そんな三食刺激物を食べるなど、食に対する冒涜であろう。

「相変わらず、嫌がらせに満ち満ちたメニューですこと。金ぴかさんの同居人さんと私、とても仲良くなれるきがしましてよ」

楽しそうな声を出したのは、ルビーだ。

「と、危ない。貴様、わざと話を逸らそうとしたな!」

「いや、そういう訳じゃなくて。さっさと見回り行きたいから、ギルの相手したくないだけだ」

「貴様に聞きたいことはただ一つ。ここに、セイバーがいるかどうか、だけだ!」

びしっと人差し指を突きつけられる士郎。男の口から出た、セイバーという言葉。いつも食事をたかりにくるだけのこの男が、なぜ彼女を知っているのか。士郎は静かに金ぴかの彼に探るような視線を送っていた。




偽タイガー道場

師匠:ちょっといい感じなお姉さん。それが、わ・た・し。きゃー言っちゃった!!

弟子1号:大河なんかより、最後の金ぴかのほうが気になるわ。あいつ、士郎と知り合いなわけ? ありえない……!

ルビー:それに関しては、2日目の幕間でお話ししますね。金ぴかさんとは、大河さんと私に次いで長い付き合いなんじゃないですかねぇ……

師匠:あ、だから天敵のとこに「どっかの金ぴか」ってあったのね。

弟子1号:むかつくわ。前から気にくわない金ぴかだったけど。今日という今日は、私のバーサーカーがあいつを倒すんだから!!

ルビー:楽しそうなのでお伴しますねー

師匠:あ、二人とも行っちゃったわ。私も行こっかな〜。今回も読んでくださってありがとうございます! 次回もまた、よろしくお願いします!


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05

2-4クリアしましたー!


こほんと咳払いをして、士郎はギルガメッシュから視線を逸らしながら言う。

「セイバーなんて子、俺は知りません」

あくまでも知らんふりを続けるつもりの士郎。彼女の考えを分かり、ギルガメッシュは士郎に詰め寄った。

「シロウ、そこのステッキに向かってべらべらと、今、たった今話していただろう!」

「知らないものは知らない。ギル、俺は見回りで忙しいんだ。ご飯なら、明日の朝また来てくれ。正直、お前の相手を深夜にすると疲れるからヤダ」

しっし、と追い払うような仕種をする。犬や猫にするようなそれを自分にされて、ギルガメッシュのライフががんがんと削られていく。満タンの緑色から、すでに半分を切って黄色に入りかけていた。

「し、シロウ……見損なったぞ。我はいつも貴様に聞かせていたであろう。この地で出会った美しく、そして決して手にすることの無い正義と理想に憧れた騎士王。ふっ、王と呼ぶのもおこがましいが、あの女は……って聞けえ! せめて、我が話し終わってから立ち去れ!!」

彼が自分の話に酔っている隙を狙ってそろりと足を進めていたが、ばれてしまった。

かれこれ10分ほど、門の前で立ち往生だ。夜中にこれだけ騒いでしまうと、近所迷惑になる。それに、自分にはやることがあるのだ。ここであまり時間を食ってしまうのは、得策ではない。士郎はぐっと顔を近付け、ギルガメッシュの赤の瞳を覗き込んだ。

「ギルガメッシュ」

至近距離で交差する二つの瞳。互いの息が掛かるほど近い距離に立つ、一般人よりもかなり容姿が整った男女一組。甘えるように名を呼ぶ少女を、何も知らない人が見れば、恋人同士の逢瀬と勘違いするだろう。

だが、現実はそんなに甘くない。

「あんまりしつこいと、ホントに怒るからな?」

ばっさりと言葉の刃がギルガメッシュに一太刀浴びせた。少しばかり良い返事を期待しただけに、ダメージも大きい。何か言い返そうと口を開いたギルガメッシュを遮るように士郎は続ける。

「そもそも、ギルの言うセイバーさんとはどう考えても別人だし、会ってもがっかりするだけだと思う」

「がっかりなどするか! この十年間待ち続けたというのに」

「だから、十年間待ってたからこそ、違った時のがっかり感が……ってもういいや。俺はもう行くな」

彼の拘束が甘くなったことで、士郎は背を向けて足を進める。背中から、あーとかうーとか唸る声が聞こえていたが、諦めたように静かになった。そのことにほっとして、士郎が駆け出そうとした時。

「待て」

先ほどまでとは打って変わって、静かで冷ややかな声を投げかけられた。

「ギル、まだ何か俺に……」

いい加減にしろと言いたげに振り返った。そこには先ほどと同じように、ギルガメッシュが立っているはずだった。だが、黒い彼のライダースーツは、闇に溶けるように暗い。月に照らされた金の髪と、自分を見定めるようにして向けられた赤の目が恐ろしいくらい不気味に感じる。無意識にルビーを握る腕に力が入っていた。

「どこへ行く、こんな夜に。夜のこの街は危険だと言われなかったのか?」

確かに言われた。家から出れば、もう戦場だと。マスターとなった自分が、サーヴァントも連れずに歩いていれば、すぐさま殺されるだろう。

死にたくはない。

でも、この戦争が原因で傷つく人がいたとしたら?

そういう可能性がある限り、自分に、衛宮士郎に渡される選択肢は自ずと決まっている。

「知ってる。でも、俺に行かないっていう選択肢は無い」

その後に続く言葉。それを口にしようとすると、ギルガメッシュは忌々しそうに舌打ちをした。士郎を真っ直ぐに見据え、一言告げる。

「柳洞寺」

「?」

「貴様は新都に行こうとしていただろう? だが、新都に行くよりも、面白いものが見れるだろうな」

それは助言なのか、それとも忠告なのか。その判断は彼の声音からだけでは判断を下すことは出来なかった。闇に溶けるようにギルガメッシュの姿は消えていた。ほんの少し前の彼との会話が嘘だったかのように、住宅街は静寂を取り戻していた。

 

「柳洞寺……」

教会の近くでバーサーカーのマスターであるイリヤと対峙したため、今日も新都に向かおうと考えていた。ギルガメッシュの言った柳洞寺は、自分の級友の実家でもある。もしあの場所にサーヴァントがいるとすれば、彼に危害が加わることもあるかもしれない。

そう考えると、今日の行く先は決まった。

士郎の右手に収まっていたルビーは久方ぶりに彼女に問いかける。

「歩いていけば、結構な距離ですよね、柳洞寺って」

「うん」

「でも、飛んじゃえばすぐ着きますよね」

「……うん」

ここまで来ると、ルビーの言わんとすることがなんとなく分かってくる。だが同時に、何とかして避けたいとも思ってしまう。

ルビーにそんなことが通じる訳もなく、彼女はテンション高めに輝きだした。

「じゃあ、とりあえず一発、変身いっちゃいましょうか!!」

「やっぱりか……」

予想していた最悪な展開に重くため息をつく。これも、冬木の平和のため、柳洞寺にいる柳洞一成のためだと割り切る。そうでもしないと、やってられない。

ルビーを強く握りしめ、契約の一節を紡ぐ。

鏡界回廊最大展開(コンパクト・フルオープン)!」

火花が弾けるように、士郎の周りが煌めきを放つ。光は帯となり、彼女の体を包んでいた。指先から、つま先へ。余すところなく光に包まれると、プレゼントのリボンを解くように、ゆっくりと光は士郎の体から解かれる。

フリルとリボンにまみれたドレスは相変わらず。ぴょこんと、彼女の頭に付くイヌ耳が存在を主張してみせた。

士郎はステッキを右手で持ち、空にかざす。某カードを集める魔法少女ものの漫画のように、ステッキの羽根の部分が大きくなることはなく、セルフでダッシュを始める。

「エミィ・フラーイ!!」

少しばかりダサい掛け声と共に、力強く地を蹴る。瞬間、士郎が地球の重力の法則の届かない場所に行ったかのように空へ翔ける。不可視の階段があるのかと錯覚するほど、滑らかに駆け上がっていた。

これも、自称天才ステッキのルビーの魔術だったりする。本人いわく、空を飛んでいるイメージを怠らなければ地面に叩きつけられることはないとのこと。一度、魔術の原理を聞こうとしたが、企業秘密だと言われた。原理を聞くと、飛べるイメージが出来なくなると言っていたが、本当かどうかは分からない。

そこそこの高度を保ちながら、士郎は道を走るように前へ進む。お山と称される、柳洞寺。歩けば1時間ほどかかりそうだが、空を駆ける士郎にはもうすぐ目の前に見えていた。長く続く石の階段。その前にすたりと地面に足をつけた。

「さすがです、士郎さん。あなたのその魔法少女の才能、惚れ惚れしちゃいますよ」

ルビーに褒められるが、あまり嬉しそうな顔はせずにスルーする。山門まで続く石段を見上げ、一歩踏み出した。一段、二段と上がっていく。半分ほど登ったところで、一度足を止める。

否、止めざるをえなかった。

「通りがかりにいきなり剣を向けるだなんて、物騒なのだわ」

右手のステッキは、それを受け止めていた。

「ほう、腰から下を切り捨てたつもりであったが。見かけによらず、かなりの手練れと見た」

士郎が防いだもの。月の光が照らす、一振りの日本刀。その柄を握る、和服の雅な青年。士郎は自分の後ろに立つ男を振り返りながら睨みつけた。

「女の子だって甘く見てると、痛い目見る……というか、痛い目見せてやるのだわ!」

片手で長刀を抑えるのはかなりの力を要するようで、彼女の手は僅かに痙攣していた。そんなことを気にさせないようなほど、彼女の男に向ける殺気は本物だった。それを翻すように和服の男は、ドレスをじっと見ながら言う。

「いや、おなごだからというよりも、その服が……」

服と言われ、士郎のこめかみに青筋が浮かぶ。

「シャーラップ! 自覚してることを、何度も言われるのは結構よ」

両手でルビーを掴み、男の剣を力一杯弾きかえす。数歩後ろに下がり、間合いを取った。距離にして10mほど。ステッキの先を男に突き付け、士郎は言い放つ。

「私は柳洞寺に用がある。そこをどいて、お侍さん」

「私はここの門番を言い遣わされていてな。おいそれと、仕事を放棄するわけにはいかなくてな。悪いがここを通りたくば、その力でもって行くといい」

通す気はない。

男から発せられる殺気は、より鮮明なものとなる。

「士郎さん、引きますか?」

「引かない。ギルの言ってたことも気になるし、それに」

風になびく長髪と羽織。それを目で追いながら、士郎は続けた。

「私の前に立ち塞がるものは、全て敵。冬木の平和を脅かす悪なのだわ。見過ごすわけには、いかない」

彼女の返答に、ルビーはやはりと心の中で声を漏らす。エミィとなった彼女は、普段の彼女よりずっと直情的で。目の前のことにしがみつく人間だ。

「あの方、引き分けることは簡単でしょうが、勝ちにいきますよね」

ルビーの確認に、無言で頷く。昼間、答えに揺れていた琥珀の瞳はそこには無い。自信に満ち溢れた、黄金の瞳。士郎は瞼を伏せながら、男へ声をかけた。

「この街の平和を守る、愛と正義の執行者。魔法少女マジカル☆エミィ。それが私。あなたを倒すのだわ!」

士郎が名乗りを上げたことで、男も静かに口を開く。

「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎。いざ、参るーー」

次の瞬間、士郎のステッキとアサシンの刀。ふたつはぶつかり合い、火花を散らしていた。

 

 

 

じわりと汗が頬を伝う。

相手がアサシンのサーヴァントと名乗った時点。いや、こんな場所で和服のコスプレをして日本刀を構えていた時点でただならぬ気配というものを感じていた。彼の剣は、ルビーの力で動体視力を上げている士郎でも、目で追うのがやっとのもの。こちらから打撃でダメージを与えようとするが、流れるような剣さばきで上手くかわされてしまう。魔術を使おうにも、石の階段の上という不安定な場所で相手の隙をついて術を展開することは難しい。

あまり良くない戦況に、苦しそうに士郎は息を吐く。

「撤退しますか?」

明らかに不利な状況で戦い続けようとする彼女に、ルビーは変わり映えしない声で尋ねた。

「するわけ、ないっ……」

肩で息をしながら、士郎はアサシンを睨みつける。考えていたものと全く同じな主の反応に、やれやれとルビーは羽の部分を揺らした。アサシンは薄笑いを浮かべながら、次の行動を待っている。

アサシンと充分な距離を取っていることを確認し、ステッキを握り直す。

 

琥珀の弾丸(アンバー・ブレット)

 

小規模な魔方陣がステッキの前に現れる。士郎がステッキを振り下ろすと、魔方陣から十発ほどの魔力の弾丸が打ち出される。拳銃から打たれたもののように、音速近くの速度でアサシンに襲いかかる。

アサシンとの距離は10m前後。打ち出された弾丸が届くまで、0.05秒とかからない。瞬きの後、そこには無残に霧散した魔力があった。

「さて、これで終わりか?」

声を掛けてきたアサシンの和服に乱れは無い。全てが当たるとは思っていなかったが、全て防がれるとも思っていなかった。圧倒的な人との差を見せつけられた気分だった。否、人かどうかでは無い、単純な士郎とアサシンの技量の差がそこにはあった。

これ以上の魔術を使うとなると、現在のアサシンとの間合いでは自分も被害を負うことになるものになってしまう。自分から仕掛けておいてカッコ悪いが、やはり離脱しかない、そう考えた時。

 

「よっ、嬢ちゃん。苦戦してんなら、手伝ってやろうか?」

聞き覚えのある声。しかし、それが自分に微かな好意を滲ませていることに違和感を持つ。士郎が見上げると、一つの木の枝に腰掛ける青の姿。

「お前……!」

「ピンチに駆けつけるのは、王子様の役目だろう?」

ケラケラと笑いながら枝から降りてくる。新たな客の登場に、アサシンは緊張の面持ちで探るような視線を送っていた。

見知った、しかし昨日と全く違う立場で現れたランサーに、士郎は警戒を解かない。このアサシンともしも同盟のようなものをくんでいれば、確実に自分は殺される。

「だ、誰が王子だ。この変態青タイツ!!」

ついでに、心臓を狙うだか、殺すだの物騒なことばかり言って去っていった男、ランサー。ぶっちゃけ、士郎の彼への印象はあまり良くない。それを感じ取ったランサーは、柔らかい物腰で彼女に言う。

「嬢ちゃんとはまた戦いたいからよ、ここで死なれちゃ困るんだわ。嬢ちゃんみたいなヤツは好きだしな」

士郎の想いなど露知らず。素直に想いをぶつけられ、彼女は頬を赤くする。士郎の右手を取って、手の甲にキスを落とすという徹底ぶり。初めてされたことに、リンゴのように顔を赤くした士郎。それを了承と受け取ったのか、ランサーは彼女を庇うように前に立った。

二対一。消耗しているとはいえ、形勢は逆転している。自分の戦況が思わしくなくなったためか、アサシンは顔を僅かに曇らせる。しかし、山門を守るという役目を放棄するつもりは無く、再び剣を持つ。

戦いの第二幕が始まるかと思われると。

「アサシン、そこまでよ」

初めて聞く落ち着いた女性の声が山門に響いた。それを聞くと、今まで一度も気を抜かなかったアサシンの表情が動いた。嫌なものを見てしまった、と言いたげに眉を寄せている。

「ようこそ、お嬢さん。歓迎するわ」

石段の上からゆっくりと降りてくる女性。暗い色で統一されたフードとワンピース。深くフードは被ってあり、表情を伺うことはできない。しかし、彼女から発せられるオーラから士郎はある判断を下した。

「あなたも、サーヴァントなの?」

「えぇ、いかにも。私は、キャスターのサーヴァント」

キャスター、魔術師のサーヴァントだと理解する。

そして、ギルガメッシュが先ほど言っていた、面白いものとはアサシン、キャスター二騎のサーヴァントがここにいるという事なのだと分かった。

「見た所、あなたはマスターのようね。私の拠点にきたとなると、殴り込みを仕掛けてきた、と考えていいのかしら?」

僅かににじまされた殺気に気がつく。そもそも、ギルガメッシュの言う面白いものが冬木の平和に関係するかどうかを調査しに来ただけだ。少し、多少アサシンとの戦いに熱くなった気もするが。

「いや……表立って俺は戦闘に参加するつもりは無いっていうか。聖杯戦争で、関係ない人が巻き込まれないために戦うって決めたんだ。出来ることなら、他のマスターたちと好んで戦闘はしたく無い」

キッパリと告げられ、少々驚いた顔をするキャスター。

「あら、そうなの……。残念ね」

ランサーと士郎の二人をじっと見つめた後、彼女は口を開く。

「柳洞寺は私、キャスターと私の使い魔アサシンの拠点よ。お嬢ちゃん、くれぐれもこのことを忘れないでね」

フードの下の形のいい唇が弧を描く。キャスターは踵を返し、寺の境内の中へ去っていく。それを見たアサシンも、自身の体を夜の闇に溶け込ませた。

 

張り詰めていた緊張の糸がほつれたことで、石畳みの上にへたりと座り込んでしまう士郎。自分の膝に目をやると、みえたのがフリルではなく黒のスパッツだったことに気がついた。

「……あれ、いつの間にか変身解けてる」

「アサシンさんとの戦闘が思いの外大変だったので、ランサーさんが来た時に切らせてもらいました」

士郎さんの魔力量はカス〜と歌っている彼女に、一応礼を言っておく。

「そっか、ありがとうルビー」

士郎の後ろに立っていたランサーは、大きく息を吐き出した。

「あー、やだねぇ。せっかく戦えるって思って来たのによ。結局、今日も戦果なしとはねぇ」

彼の口ぶりから見ると、ここでの戦闘が初だったようだ。そして、ちらちらとこちらを見てくることに気がつき、士郎は釘を刺しておく。

「俺はランサーと戦わないからな」

「わーったよ」

本当に了承してくれるのかは怪しいが、手に持っていた槍はしまってくれた。士郎はここで、ランサーが現れた時からの疑問をたずねる。

「それにしても、何で俺を助けてくれたんだ?」

「んー、まぁ嬢ちゃんを殺すのは俺と言ったし、他の奴に取られるのもなぁ」

ランサーは座り込んでいた士郎の前に膝をつく。整った端整な顔が目の前に現れ、僅かに視線をそらしてしまう。そんな士郎の前髪をかき上げ、額に軽く口付けを落とす。

「じゃあな、嬢ちゃん。あー、シロウだったか? 次はサーヴァント連れてこいよ。サーヴァントはこの槍で殺して、そのあと嬢ちゃんでじっくり楽しませてもらうからよ」

「え、な……!」

手の甲にキスされた時にもパニックになったが、今回はもっとひどい。至近距離で見つめられ、体温を感じて。そして、案外嫌では無かった自分。

「に、二度と来るな! このエロサーヴァント!!」

震える声で叫んだ時には、ランサーの姿はもう無かった。

「おやおや? 士郎さん、顔が真っ赤ですよ〜。惚れちゃいました、ランサーさんに」

「んな訳あるか! やだ、本当ありえない……」

そっと自分の額に手を添える。羞恥心から全身、特に顔が熱いがその中でも最も彼に口付けられたこの場所が熱い。

「何なんだよ……」

消え入るように呟いた声は、火照りとともに冬の空気の中に溶けていった。

 

 

 

 



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幕間 -5 years ago-
Interval 2


部屋が片付かない……。アポ読んでないから読みたいのに……


スーパーのビニール袋を一生懸命抱え、家までの道のりをえっさえっさと一人の少女が歩いている。牛乳や大根など、重いものが沢山入った袋は、小学生の彼女が持つにはかなり重い。しかし、彼女は自分の仕事と割り切っているのか、はたまた何の疑問も抱いていないのか。文句の一つも表情に出さず帰路を急ぐ。

三月も半分に差し掛かろうというのに、まだまだ寒い日が続いている。西高東低、冬の気圧配置がこの時期になっても続いているのだ、と天気予報で女性キャスターが言っていた。ビニール袋の中にはレタスも入っていたが、今日の夕飯でそれを使うことは無さそうだ。こんなに寒いのなら、牛乳を使ってクリームシチューを作ろう。野菜たっぷりのシチューで体を温める、と彼女は主婦のようなことを考えていた。

家までの道のりで最後の坂に差し掛かり、重い荷物に足を取られながらも前に進む。半分ほど来ただろうか。坂の途中に金色のものが落ちていることに気がついた。士郎は、ゴミのポイ捨てなど深山町でする人がいるなんて、と多少憤りを感じつつゴミと思わしきものに近づく。金色のゴミとなるとおもちゃなのかもしれない。ゴミ箱は近くには無いため、家に持ち帰ることになる。だが、この冬木を守るためならばそれくらいなんともない。

ゴミを拾い上げようとした時。士郎は衝撃に身を固くした。

 

「……!」

金色のゴミだと思ったものは人の頭部であり、地面に人間がうつ伏せで倒れ伏していたのだ。ゴミと判断していた金色は、この人の金髪であることも分かった。背丈は日本の成人男性よりも少し大きい印象を受ける。髪の色といい、彼は外国人なのかもしれない。

慌てて人を抱き起こそうとするが、自分よりも一回りも二回りも大きい成人男性を腕の力だけで抱き起こすのには無理がある。ごろんと体を仰向けにするくらいしか出来なかった。

仰向けにすることで隠れていた男の顔が露わになる。男の肌とは思えない白く大理石のように滑らかな肌、すっと通っている鼻筋、薄い唇。彼の目は伏せられているが、きっと瞼の下には美しい瞳があるはずだ。

「王様みたい……」

ぽつりと士郎は言葉を漏らした。おとぎ話の中に出てくる王様は、年を取り威厳を見せる王だが、目の前の彼は若々しく美しい。それなのに、お姫様と結ばれる王子様ではなく王のようだと、士郎は無意識に感じていた。

「まーぼー……」

呻き声と共に、男の瞼が開かれる。紅玉、ルビーのように深みを持つそれが惚けた表情をしていた士郎を写す。と共に、がばりと勢いよく体を起き上がらせた。

「ぐっ……」

「いたぁ……」

避ける暇もなく男の額と士郎の額が激突する。ゴチンと音がして、二人して額を押さえうずくまる。僅かに涙を滲ませていた士郎。彼女よりも回復が早かった男は若干赤くなった額をさする。

「この我がこんなことで……。おい、小雑種痛むか?」

小雑種、と呼ばれたのが自分だとはじめは気づかず、キョロキョロと辺りを見回してしまう。しかし、自分と男以外に人がいないことに気がつく。

「小雑種って、俺のこと?」

「当たり前だ。貴様以外にいるわけなかろう」

至極当然という顔で言い放つ男を見て、むっとする。雑種という言葉は、犬や猫で使われるのを聞いたことがある。そして彼の口調から、自分を見下しているのだと理解できた。

せっかく人が介抱をしようとしたのに、なぜこんなことを言われなければならないのか。むっとした表情をする士郎だが、彼女はこのまま金ぴかを捨て置くという選択肢は浮かばない心優しい少女だ。

「そう何でもかんでも見下してるような言い方だと、友達いなくなると思うぞ」

「なっ……?!」

でもムカついたものはムカついたので、一応警告。予想外に大きく反応を見せた男は、士郎の言葉に固まっている。彼の心の傷を抉るような言葉が、士郎の言葉の中に入っていたようだ。

「お兄さん、何でこんなとこに寝てたの? もうそろそろ春だけど、こんなとこで寝てたら風邪ひいちゃうし、警察に連れてかれると思う」

彼女の問いかけに我に返る青年。

「はっ、笑わせるな。我を誰だと思っている。我は風邪などひかんし、警察など疾風の如く巻いてやるわ!」

自分が気に掛けたことを、真っ向から否定されたことで、士郎はすっくと立ち上がる。

「そっか、じゃあ俺もう行くな」

バイバイ、と手を振ってその場から立ち去ろうとすると、慌てたように男が彼女の手を掴んだ。

「待て待て待て! 王である我をスルーしていいと思っているのか?! 扱いが雑だ!」

何やら必死な形相で離すまいと手を握られる。自分のことを王とか言っている彼。身体が弱くて倒れてしまっていたというより、頭がどうかなっている人なのかもしれない。であれば、なるべく気を悪くさせないように、分かりやすく説明して立ち去らねば。ノーと言える日本人になる、と士郎は考えていた。

青年に向き直り、気持ちゆっくり目に伝えていく。

「あのさ、俺、これから夕飯作らなきゃなんだ。藤ねえも来るし。お兄さん、俺がいなくとも別に大丈夫そうだろ。だから、それじゃ」

自分のことはしっかり伝えた。これでもしつこく来るようだったら、大河直伝の護身術でもお見舞いしよう。背を向けて歩き出そうとした彼女だが、男はまだ離す気は無いらしい。ぐっと手を引かれ、ぽすんと男の腕の中に納まってしまう。

「そろそろ、怒るぞ」

彼を見上げ、怒りを僅かに滲ませた目を向ける。

「だから、待て! 子雑種よ、貴様夕餉を作ると言ったか?」

「え、あ、うん」

こっちは怒っていたのに、予想外の言葉を投げかけられて焦ってしまう。人の話を聞かない、唯我独尊の我儘王子。なんていう言葉が士郎の頭に過る。

我儘王子は、恐る恐るあることを士郎に尋ねた。

「お前の作る夕餉、それは麻婆か?」

「ううん、今日はホワイトシチューだけど?」

どうしてそこで麻婆のチョイス。たしかに、麻婆美味しいけれど。青年の質問に疑問を持っていた士郎。青年はというと、士郎のホワイトシチューという言葉に、目を見開いていた。

「ほ、ほわいとしちゅー……。何だそれは? 現世ではワインか麻婆しか存在しないのではなかったのか?! 我が毎日口にしていた麻婆以外に食べ物があったとは……」

「なんか、どっちも赤い。って、お兄さんそんな偏った食生活してたのか? 見た目健康そうだけど、そればっかりじゃ体に良くないぞ」

健康への第一歩は、バランスの良い三食の食事。とこの前見たテレビでの謳い文句を思い出す。毎日、麻婆とワインのみの食事、本当かどうかはわからないが、そんな食生活をしていたら体に悪いのは間違いないだろう。彼が先ほど倒れていたのも、食生活が関わっていそうだ。

「うーん、うちに来る? 凄い豪華な料理とか作れないけど、毎日麻婆だったら飽きちゃうよね」

ふにゃりと男に笑みを見せた士郎。彼女の提案に、一瞬驚いた顔をした彼だったが、ふんぞり返りながら言う。

「ほう、臣下の礼として、お前の夕餉に我を招待すると。中々いい心がけだな」

「麻婆豆腐の素もあったかな」

笑顔はそのままで言い放った士郎に、慌てて聞き返す。

「な、ほわいとしちゅーだと言っていただろう!」

「冗談だよ。あ、お兄さんの名前は?」

そういえば、自分は彼の名前すら知らない。性格は、なんとなく分かったが、いつまでもお兄さんと呼び続けるのも嫌だ。士郎が尋ねた名前。それを聞くと、彼は表情を硬くした。

「む……」

「どうしたの?」

名前を聞いてはいけない何かがあったのか、と不安げに瞳を揺らす。すぐに、心配ないというように頭を撫でられた。

「アーチャー、いや。お前にその名を呼ばせたところで、何の意味もない。我は、ギルガメッシュ。世界最古の王、英雄王だ」

高らかに名乗りを上げたギルガメッシュ。その名をもごもごと言ってみるが、なじみの無い横文字に士郎は早々ギブアップを宣言する。

「うん、長いからギルな」

「勝手に略すな!!」

即座に訂正を求めるが、ギル、ギルと嬉しそうに呼んでいる彼女を見てそれ以上は何も言わなかった。

「子雑種、王に名乗らせておいて、自らは名乗らぬつもりか?」

「俺? 俺は士郎。衛宮士郎」

誰がどう見ても女の子の外見で、士郎という名が合ってはいないと普通の人間は思いそうだが、ギルガメッシュは気になっていないらしい。

「ほう、シロウか。ふん、せいぜい我の口に合う料理を作るよう、励むことだな!」

「麻婆茄子もありかな。豆腐は切らしてるけど、茄子なら……」

「ほわいとしちゅーだ! 今日の夜は、誰が何と言おうとほわいとしちゅーだ!!」

はいはい、と言いながら先導しようとした士郎だが、今まで忘れていた荷物の重量がここぞとばかりに主張してきた。重さによろめいた彼女を、ギルガメッシュは荷物ごと抱きとめた。

「え、ありがとう」

彼が自分のために動いてくれたことが、すごく不自然だったがとりあえずお礼を言う。

「そそっかしいものよ」

荷物を片手で持ち、士郎の体を抱き上げる。想像以上に軽い体に、少しだけ眉を寄せながら彼は歩き出す。

「シロウ、お前の家はどっちだ?」

「坂を上って、真っ直ぐ行った武家屋敷。すぐ、わかると、思う……」

ゆっくりと歩いていくテンポに揺られながら、今まで全く感じていなかった疲れがどっと襲ってくる。買い物、いやそれだけでは無い。夜中に飛び回ったり、彼女から精神的に色々やられたり、等々。

「では、お前の家に着くまで、王の腕の中で眠ることを許可してやろう」

「うん、ありがと……」

穏やかなギルガメッシュの表情を見て、自分も笑みを見せた。

 

 

そして、心の中で。

彼がこんな穏やかな顔をしていることに、違和感を感じている自分がいた。

初めて出会ったはずなのに。

どうしてそう感じるのか。

今の士郎には、分かるはずもないことだった。

 

 

 

 




偽タイガー道場

師匠:金ぴかさん……セイバーちゃんにご執心なとこでも思ったけど、ロリk(ry

弟子1号:し、ししょー! 世の中には、言っていいことと悪いことがあるって知らないんですか?!

師匠:あー、でもここって治外法権的なタイガー道場ですから。これくらいの発言は……ドゴッバキッ←大いなる意志からの制裁

弟子1号:し、ししょー!!

ルビー:あらあら、どこからともなく、様々な宝具の原典が飛んできましたね。世の中、言ってはいけないことを言ってしまった人間は、こうなるんですね、ふふふ……

弟子1号:ししょー! 固有結界の継承、まだ済んでませんよー!

ルビー:女の子になりたてだった士郎さんが、どうして精神的なダメージ的な物を私から負わされていたのか、とかは追々分かるかも? にしても、金ぴかさんは節操ないですよね……

弟子1号:読者のみなさん! いつも読んでくださって、ありがとうございます! 更新速度落ちまくってるのに、読んでくださってマジ感謝っす! 次回は、リンと追いかけっこくらいまで書けるといいなーなんて思ってるみたいね。
それでは、今回もありがとうございます。次回もまた、よろしくお願いします!!


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2月4日 -third day-
01


言い訳は後書きにて!


血に塗れた手を見つめている。

その手は何千という人を殺してきた。

今更何も感じることはない。

誰に理解されなくてもいい。

彼は自分に言い聞かせ、天を仰ぐ。

 

――あぁ、彼は泣きたかったのだ。

 

空を見上げて、表情を隠している彼を見てそう感じた。何故だか、自分の頬が濡れている事に気がつく。

「あれ、なんで……」

思わず漏れた声に、青年が振り返ろうとする。

「あ、ダメ……!」

理由もなく涙を流している姿を彼には見られたくない。思わず叫んでしまった。彼の背中がゆっくりと振り向いて。

 

 

 

ガンと頭に響いた衝撃で、士郎は目を覚ました。

「い、たっ……」

頭の頂点にクリーンヒットした腕。もちろん自分のものではなく、横にいる大河のものだ。次に襲ってきたのは背中に感じた寒気。自分の体をよく見ると、パジャマだけで、それ以外何もない。就寝時に被ったタオルケットや布団は、見事に隣の大河に奪われていた。

「藤ねぇ……!」

気持ちよさそうに寝息を立てて、まだ夢の中にいる彼女を恨めしそうに見る。鼻でもつまんでやろうか、と考えたがすぐに振り払った。衛宮士郎ならまだしも、昨日彼女に語ったシェロという少女がすることではない。仕返しが出来ないことは残念だが、士郎は潔く身を起こした。

タンスの横にかかっている穂群原学園の女子制服にどうしても目が行く。嬉々として大河が持ってきたこれに、自分が袖を通さねばならない。そう考えるだけで憂鬱になる。

今までひたすらに隠してきたことが、今になって自分に跳ね返ってくるとは。昨日の油断をしていた自分を叱咤してやりたい。まぁそんなことを思っても、変えられるわけでは無いので、僅かな抵抗とばかりに大きく深く一度ため息をついてみせた。それからさっさと制服に着替えていく。

胸元のリボンを結び終わったところで、まだ寝ている大河に一声かける。

「藤村先生、朝食の準備しますから、早めに起きてくださいね」

士郎の言葉に手を振って応える。どうやら微妙に意識はあるらしい。髪をゴムで纏めながら、部屋を出ようとする。そこで、隣の部屋の障子が開いていることに気がつく。障子の隙間から覗いてみると、布団は綺麗に片付けられて隅に置いてある。そこで眠っていたはずのセイバーの姿はすでに無かった。

「道場、かな?」

昨日家の中を一通り案内した時、剣の修行をする場所といって紹介した道場に興味を寄せていた。やはりセイバー、剣の英霊ということなのだろう。

道場に着いた士郎は扉を引いて、中を確かめる。

「セイバー、いる……?」

声をかけてすぐに彼女の姿を見つけた。板張りの床に正座をして瞼を閉じている。窓から入る日の光が彼女の金の髪にさらなる光を魅せていた。

彼女の声でセイバーはゆっくりと目を開く。入り口に士郎の姿を見つけると、表情を綻ばせた。

「おはようございます、シロウ。早いのですね」

「朝ごはんの用意とかあると、いつもこのくらいの時間に起きるんだ」

士郎はセイバーの隣まで来て、ちょこんと腰掛けた。冷静な彼女がどこかうずうずしていることに気がつく。そして、ここが剣道場だということを思い出す。

「セイバーがよければ、ちょっと竹刀握ってみる?」

剣の英霊である彼女からすると、剣道場はどこか惹かれるものがあるかもしれない。セイバーは士郎の言葉に面食らったような表情を向ける。

「いいのですか? 朝食の準備があるのでは?」

「ちょっとくらいなら大丈夫。あ、この竹刀使って」

隅に置いていた竹刀を二本持ってきて、セイバーに一つ手渡す。士郎が軽く構えて見せると、セイバーも竹刀を彼女に向けた。

「……それでは、いかせて頂きます」

彼女が敵と対峙した時のように、自分に向けて竹刀の先が真っ直ぐ向けられる。軽く息を吐き、士郎は自分から剣を振りかざして走り出した。

 

で、結論から言うと十分後。床に倒れ伏している士郎と、それを心配そうに見つめるセイバーの姿があった。

「すみません、シロウ。その、ここまでやるつもりは……」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ……。わたしも、ここまでボロ負けするとはおもってなかった、から……ガクリ」

人と英霊の違いというものを痛いほど思い知らされた。そもそも勝とうと思って始めたわけでは無かったのだが、負けず嫌いの性が出てしまった。勝てなくとも一矢報いたい、と思ったのが最後。体が限界を迎えるまで彼女と打ち合っていた。

申し訳なさそうな顔をしていたセイバーだったが、士郎が中々回復しないのを見て顔を青ざめさせる。

「も、もしや今朝はシロウの作る朝食が……」

何を言うかと思うと、気になったのは朝食のことらしい。真面目な彼女だが、食べ物のことになると少し人が変わったようになるところが面白いと思う。

シロウのご飯が食べられない、とガクブルしているセイバーを安心させるように彼女は体を起き上がらせた。

「大丈夫、大丈夫。五分くらい休めば多分平気だから」

「本当ですか、よかった……」

心底安心という顔つきのセイバー。そして、料理以外の士郎の仕事を少しでも減らせば彼女の負担は軽くなるだろうと即座に考えた。

「シロウ、何か手伝えることがあれば言ってください」

キリッと男前なことを言われる。料理は自分がやるため、他のことを頼むことにする。

「それじゃあ、俺が朝食作ってる間に、郵便物を取って来てもらえないかな。新聞くらいしか無いと思うんだけど」

「了解しました、シロウ。造作もありません」

士郎の依頼を快く引き受ける。セイバーは道場に一礼し、その場を離れていく。笑顔でそれを見送った士郎は、セイバーの姿が見えなくなったところで小さく息を吐く。

「かっこいいな……」

士郎からセイバーへの一番の印象はそれだった。

今のセイバーだけでなく、彼女の見せる全てがかっこいい。出来ることなら、自分も彼女のように凛々しく美しい女性になれたらいいのに。

そこまで考え、自分がこのまま女性の姿で生きることを肯定したような気持ちになり、それをすぐに振り払う。

「卵焼き、作ろう」

みりんを入れたふわふわの卵焼き。大河とセイバー、そしてズカズカと上がってくるであろう王様の分を作るために士郎はゆっくり立ち上がった。

 

 

 

昨日の朝食、昼食、夕食。どれを取ってもセイバーが口にした料理は、彼女が生きてきた中で食べた料理を凌駕していた。聖杯から与えられた知識で、彼女の作る食事はこの島国特有のものなのだとわかる。もし前回の聖杯戦争で、この食事を口にすることが出来たのなら。少なからずセイバーの士気にかかわっていたかもしれない。

前回の聖杯戦争で自分のマスターである衛宮切嗣。そして今回のマスターである衛宮士郎。自分のマスターとの関係は、第四次聖杯戦争の時より格段にいい。マスターから供給される魔力量や、戦闘の慣れ具合など前回より劣るものは沢山ある。だが、そんなことよりもサーヴァントとマスターの相性というのは重要だ。

どんなに強い組み合わせだとしても、互いに相容れない思想を持ち合わせていれば、六組の参加者よりも先に自分のパートナーが敵となりうる。前回は最後まで自分のマスターを理解することはなかったし、マスターもまたセイバーを理解することはなかった。

しかし、今回は違う。

彼女は自分をいないものとしたりしないし、不条理な嫌悪感を自分に向けない。セイバーと対等に立つことを良しとする彼女。彼女がマスターであれば、きっと今度こそ、自らの手に聖杯を。

そして、今度こそ自らの願いを聖杯に。

物思いにふけっていたセイバー。シロウから言われたお仕事を思いだす。

「いけません、シロウから郵便物を取ってくるように言われたのでした。郵便受けはどこなのでしょう……」

門のところと教えてもらっていたが、いまいち場所がぱっとせず、きょろきょろと辺りを見回す。すると、ぽすりと肩にものが乗せられる感覚があった。振り向かずにそのまま手に取ってみると、新聞とそれに挟まっていた広告のチラシなどがあった。

「郵便物とは、これのことか?」

後ろから聞こえてきた声。そうか、現世に慣れていない自分を助けてくれる存在が後ろに立っているのだと理解する。騎士たるもの、恩を受けたのなら礼を言わねば。彼女がそう思って顔を振り向かせると。

「俗世にまみれ、随分と腑抜けたものよ、騎士王?」

あり得ないものが目の前にある。

「なっ……!?」

驚愕に目を見開き、手にあった郵便物を地面にバラまいてしまう。

目に焼き付く金。妖艶さを放つ赤。その二つを持ち合わせる目の前の男を、セイバーは知っていた。すぐ前に彼女が想いを馳せた第四次聖杯戦争で刀を交えたサーヴァント。

「貴様はアーチャ、もごっ……」

「あまり騒ぐなよ。シロウに気取られたくないのは、互いに同じだろう?」

大声で叫びそうになったセイバーの口をふさぎ、彼女を牽制する。身を固くしたセイバーだったが、彼の口から出た自らのマスターの名を聞き息を飲んだ。

彼は、あの少女を知っている。

セイバーは彼の手を払いのけ、間合いを取る。今にも斬りかかりそうな勢いで睨みつけた。

「貴方がこの時代に現界をしているなどあり得ない。ですが、それよりも、なぜ貴方がシロウのことを。彼女が切嗣の娘だから近づいたというのですか」

疑問はいくつもある。それを聞きださねばとも思う。しかし、一番セイバーが気にしたのは彼が自分のマスターを知っているということ。殺気を隠しもしないセイバーに反して、ギルガメッシュは涼しい顔をしている。

「まぁ、細かいことは気にするでない」

「細かいことではありません!」

間髪入れずに声を荒げた。彼女の様子を見て、彼はやれやれと首を振った。

「血気盛んすぎるのも困りものだぞ、セイバー? 十年ぶりの再会ではないか」

彼女の頬に手を伸ばそうとした男を全力で拒否する。

「アーチャー、貴方が何を思ってここにいるかなど関係ありません。ですが、貴方は私とシロウの障害となる存在。ならば……」

続く言葉を一度切る。いや、言わずともそんなこと、最初から決まっている。

 

騎士王(セイバー)は聖杯を手にしなければならない。

それが自分に残された唯一の道。

目の前サーヴァントは敵だ。

敵は倒す。

ただそれだけ。

ならば迷う必要は何処にも無い。

 

瞬きの合間にブラウスにスカート姿だった彼女は、全身を鋼の鎧で包む。手には不可視の騎士王の愛刀。地を蹴り、獅子のように大きく剣を振りかぶり。

「あー、ギルっちだ。おはよー」

「はっ?!」

戦場の重い空気を吹き飛ばすのんきな声が響いたことで、セイバーの緊張は途切れ地面に落下する。ついでに、武装化も解かれてしまっていた。

先ほどまでぬくぬくと士郎の布団の中にいた大河。彼女が手を振って、二人の元にやってきた。大河がこの男と知り合いなことにも驚くことだが、目の前のサーヴァントが彼女に特に何もしないことにも同じように驚く。

「タイガ、この男を知っているのですか?!」

噛み付くように言われた知り合い、というセイバーの言葉に大河はにっこりと笑顔肯定する。

「うん、前に士郎が拾ってきてね、それで懐いちゃったからよく来るのよ、うちに」

「おい、人を犬猫のように語るでない! 特にセイバーにはな!」

ギルっちもとい、ギルガメッシュ。彼の言葉を大河はさらりとスルーする。

「ギルっち、士郎のご飯食べに来たの? 今日もおいしそうな匂いが台所からしてたのよぅ」

彼女のギルガメッシュのあしらい方、弟分とかなり似ていることにギルガメッシュは気づいていない。

「成程な。この我が来ると知っていたから、最高の料理を献上しようとしているのだな。あ奴にしては、中々の心がけだ」

うんうん、と頷いている彼は放置し、大河はセイバーに向き直る。

「ご飯がね、そろそろ出来そうだったから、セイバーちゃん呼びに来たの。ギルっちもセイバーちゃんも、早く行きましょ」

二人分の名前を呼ばれたことで、彼女は顔を曇らせる。大河とこの男の関係も、士郎と男の関係も自分は知らない。自分が知っているのは、この男はサーヴァントであり、自らの敵。そして、自分が知る限り最も危険なサーヴァントだということ。

「タイガ、しかし……」

頷きがたい、と眉をひそめたセイバーを見て、大河は彼女の両手を包み込んだ。

「大丈夫よ、セイバーちゃん。ここでは喧嘩とかはご法度だから。それに、彼女(シェロちゃん)も士郎もセイバーちゃんがギルっちと喧嘩したりしたら、きっと悲しむわ」

言いたいことはたくさんあった。それでも、大河の「士郎が悲しむ」という言葉にセイバーは渋々頷く。

「……わかり、ました」

「うん、それじゃあ行こっか」

大河が先導して衛宮邸の中に入っていく。ギルガメッシュも勝手知ってたる場所だというように、遠慮なく進む。自分から遠ざかる彼の背中を見ながら、セイバーは唇を強く噛みしめる。

 

あの男は危険だ。

前回の聖杯戦争の折に自分にいきなり求婚してきた時も感じた。この男の手に自分のマスターが堕ちてしまったら……。

確証はない。

しかし、もしそんなことが起きてしまったら。

それを止めるのは自分の役目であると、彼女の持ち合わせる直感スキルが強く囁きかけていた。

 

 

 




偽タイガー道場

師匠:で、言い訳とはいかに?

作者:そ、卒業式とか

弟子1号:ほうほう?

作者:だ、大学の入学案内とか

ルビー:他には?

作者:卒業旅行の奈良とか

師匠:そして、最大の原因は?

作者:……。艦これととうらぶやってましたぁっ!!!!(土下座)

師匠:であえー! であえー! この者をひっ捕えよーー!!

作者:ど、どうかご慈悲をお願いします、お代官様!!

師匠:ええぃ、聞く耳を持たぬ! 艦娘愛でて、剣を愛でて、楽しかっただろうな!!

作者:マジ楽しかったです。連続で、雪風と阿武隈と鬼怒と伊8が出た時、むっちゃテンション上がりました。大太刀もようやく出て……

弟子1号:ふふふ、そしてもう一つある様ね、執筆しなかった理由

作者:そ、それは……

ルビー:吐いちゃってくださいよ。私たちも、無駄に苦しめたい訳ではありません。

作者:五月にある……

師匠:五月にある?

作者:とあるオンリーイベントに申し込んじゃったよ、てへぺr……ぐほあっ

師匠:よって、この者の罪は決まった。死刑ー死刑ー!

ルビー:今までの応援ありがとうございました。次回からは、「ドキッ、男だらけの第四次聖杯戦争! 愛を貫けマジカル☆エミィ」をよろしくお願いしますね

凛:ちょっと待ったーーー!!

作者:あ、あなたは!!!

凛:とある時は学園の優等生、とある時は夜の街を駆ける天才魔術師。遠坂家当主、遠坂凛!

ルビー:見せられないよカレイド☆ルビーと、もっと見せられないよ英霊トーサカが抜けてますよ

凛:だまらっしゃい!! いいこと、この作者は殺させない。そもそも、アーチャーが偽・螺旋剣を打った時点でこれは、四月から二期が始まるUBWいわゆる凛ルート! どのルートでも輝く私が、もっとも輝くルートなの!
打ち切りなんて、この遠坂凛が絶対に許さないわ。

作者:り、凛さん……!

凛:でも、お灸は据えないといけないと思うわ

作者:え?

凛:これだけひっぱといて、私の出番ないとかおかしいんじゃないの? そのこと、ちゃんと分からせてやらなきゃね!

作者:え、え? ちょ、ちょっと凛さん何してうわあああああああ

ルビー:という訳で、作者がグッバイしたので、次回からは「チキチキ! 士郎子に似合うのは、白の水着? 黒の水着? ぽろりもあるよ冬木市第三回ビーチバレー大会」をお送りします。是非お楽しみに!

師匠:と色々ありましたが、今回も読んでくださってありがとうございます。またちまちまと更新していくと思うので、よろしくお願いしまーす!


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02

食卓に並べられた四人分の朝食。鮭の塩焼き、ふわふわ卵焼き、ほうれん草のお浸し、大根の味噌汁と白米。いわゆる日本の朝食というものが並んでいた。自分の料理を楽しみにしてくれていたセイバーは、彼女の横に腰かけているギルガメッシュにピリピリとした視線を送っている。こんなことが数日前にもあったような気がする。この気まずすぎる空気から逃げようと、大河の空になった茶碗を持って台所へ向かった。

「士郎さん、士郎さん」

炊飯器を開けて白米をよそっていると、にょきっと自分の後ろからステッキが現れる。いつもは家に人が来ている時彼女が姿を現すことを良しとしないが、今回は別だ。

「何、ルビー?」

「いえですね、何とも凛さんとアーチャーさんがここに来た時のデジャヴだなって思ってですね」

この気持ち共感してくれるのなら、少しくらい出て来てもらっても構わない。ひそひそと小声で士郎は返す。

「うん。俺もちょっと思った」

柱の影から食卓の様子を覗き見る。大河は相変わらず黙々と幸せそうな顔をして食べている。問題なのは、ギルガメッシュとセイバー。自分の分の卵焼きを箸で掴み、セイバーの目の前でひらひらさせているギルガメッシュ。食べ物で遊ぶなとか、セイバーで遊ぶなとか言ってやりたい。そして、セイバーはセイバーで差し出された卵焼きを警戒しつつも最終的には全て胃袋に回収している。

「知り合い……のわけは無いよな?」

セイバーとギルガメッシュのやり取りを見ていると、どうしても初対面とは思えない。だが、セイバーが過去の英雄であることを考えると彼と知り合いのはずはない。無いのだが……。うーむ、と唸りながら見ていると、満面の笑みを浮かべた大河が彼女の名を呼んだ。

「シェロちゃん!」

「は、はいっ!」

無言で黙々と食べていた大河に話しかけられ、声が上ずってしまう。だが、緊張していた自分とは裏腹に大河の表情は柔らかい。

「士郎と同じくらい料理上手なのね。お姉ちゃん、感激だぞ!」

そりゃ中身同じですから、と返しそうになるのを抑えて曖昧な笑みを見せる。自分の横で浮遊していたルビーは、ほふく前進のように床に這いつくばって進んでいる。持ち手の部分をうにょうにょと曲げているのを見ると、ちょっと芋虫っぽい。

大河とギルガメッシュには見つかってくれるな、と思いながら視線を送っていると、うっとりとした声で大河が続ける。

「シェロちゃんって得意料理とかあるの? 今日の夕飯も楽しみよぅ」

得意料理はもちろん和食。今日の夕飯もそのつもりだった。昨日買ってきた食材で、今日の夕飯は三人分くらいはまかなえるだろう。二人が喜んでくれるのなら、少し今日も豪華目にしてしまおうか。などと考えながら茶碗を持って居間に帰ってくると、彼女が時計を見て叫び声を上げた。

「って、もうこんな時間! シェロちゃん、学校までダッシュよ。遅刻、遅刻ー!」

手続きとかあるのよ、と彼女の手を引っ張った。バランスを崩す前に茶碗をテーブルに置き、まだ食べ物が賑やかに並べられているその上を指差した。

「あ、でも片付けとか、このご飯とか……」

いつも学校に行くときは、片付けを全て終わらせてからしか家を出ない。その習慣を放り出して、このまま登校するというのは気が引ける。

がたりと音を立ててテーブルに手をつき、セイバーが身を乗り出した。

「シェロ、私に任せてください。食器を空にし洗って、棚にしまえばいいのでしょう? 造作もありません」

ドヤッと主張するセイバー。彼女が、自分の学校についてくるということを完全に忘れているため、士郎はそれ以上何も言わなかった。説得する手間が省けたやったー、くらいは思っているが。

「ありがとう、セイバー。それじゃあ、よろしくね」

士郎は学生カバンを引っ掴み、部屋を走り出ていった大河を追う。

「藤村先生、待ってくださーい!」

遠ざかっていく士郎の声を聞きながら、セイバーは彼女が置いていった茶碗を手にする。

「ふふん、私だってこれくらいはシロウのためになれるのです」

「ふむふむ、自らの主を一人で向かわせるとは。よほど自分のマスターの強さに自身だあるようだな、セイバーよ」

幸せそうにご飯とおかすを頬張っていたセイバーを、ギルガメッシュは呆れた目で見つめていた。彼女が第四次聖杯戦争の折に自分に最後まで抗った、誇り高き剣の英雄だと言われてもピンとこない。どちらかというと、試食係の英雄っぽい。

「え、あ、あぁっ!!」

彼に諭されたことで、みすみすと自分の主を一人で出歩かせてしまったことに気が付く。いくら食事に気を取られていたとはいえ、サーヴァントらしからぬ行動のオンパレードだ。

「くっ、アーチャーに指摘されるまで気が付かないとはなんてことを……。昨日はまだ良かったとはいえ、今日は丸一日シロウを一人にすることに!」

箸と茶碗は離すこと無く、セイバーは立ち上がる。昨日彼女と行った学校が士郎と大河の目的地だということはわかっている。道は記憶しているため、今から後を追えば問題ない。後片付けとか任されたことを完全に忘れて、士郎の元に行こうとした彼女を静止する声が響いた。

「心配ありませんよ、セイバーさん」

声は、馴染みのあるものだった。しかし、どこかいつも聞く者よりも大人びており、声の主がまるで人間であるような錯覚を覚える。

「貴様か、魂の入れ箱」

セイバーのみを目に映していたギルガメッシュは、反対方向に立つ声の主を振り返る。慌ててセイバーもそちらを向くと、そこには一人の少女が佇んでいた。

「その呼び方、好きじゃないですね。金ぴかさん」

短くそろえられた赤の髪に結ばれている青のリボンと、ひょっこりのぞく狐耳。白いエプロンの下には太ももまでの改造されているミニスカ着物。濃いピンク色のオーバーニーソックス。見たことのない少女の姿に、セイバーの碧眼は点になる。

少女は形の良い眉をひそめ、僅かな殺気を滲ませる。ギルガメッシュに対するささやかな牽制がそこにあった。そして、手に持った箒の柄の部分をセイバーに向け言い放つ。

「士郎さんを守るのは私、セイバーさんじゃありませんから。どうぞ彼女のことは私に任せて、そこの金ぴかさんとランデブーしてくださいな」

「誰が、この成金とランデブーしますか!!」

というか、そもそもランデブーってどんな意味ですかと尋ねるはずの相手の姿はもう無く。部屋に残されたのは、自分とお味噌汁を啜っている英雄王と食卓のご飯のみ。では、あの少女は一体誰なのか。自分をセイバーと呼ぶあの口調の存在は、今のところ一人、いや一つしか思い浮かばない。

「……待ってください。今の、ルビーですか……?」

肯定も否定もせずにギルガメッシュは箸を置いた。セイバーは士郎が駆け抜けて行った障子の先を不安げに見つめていた。

「どうして、魔術礼装であるルビーが人の姿をとって、いる?」

 

 

 

るんるんとスキップをしながら校舎を歩いていく士郎と大河。多くの生徒が登校していく時間はまだ先のため、廊下を行き来する人の数は少ない。少ないはずなのだが。

冬木の虎、藤村大河が見知らぬ少女の手を引いて歩いている、という情報をキャッチしたやじ馬たちが階段の踊り場や教室の窓から二人の姿を覗いていた。

 

――あの子、初めて見る。

――転校生かな。

――それなら、何でタイガーが連れてるんだよ。

――結構可愛いよな。

――良妻感漂いすぎだろ。

――あ、こっち見てくれたぜ。

 

そりゃあ、影からひそひそとずっと話し声が聞こえていたら気になるにきまっている。自分がここまで注目されると思っていなかったため、なんとなく人々の視線が煩わしい。

大河の行先は言わずもがな、職員室。ようやくたどり着いたと思ったら。

「それじゃあ、シェロちゃん。ここで待ってて。すっごく頼りになる、うちのクラスのエースを向かわせるから!」

「は、はぁ……」

まだこの好奇の視線の中に晒されるらしい。ついでにいうとうちのクラスのエース、そう言われてただ一人士郎が思いつく人物がいた。

先生は仕事あるからここで待ってて、と言われ手持無沙汰となる。大河の呼んだ、クラスのエース。一成早く来ないかな、などと考えていると。

「衛宮?」

呼ばれることの無い名前を呼ばれた。

「!」

自分の後ろから聞こえた声に勢いよく振り返る。赤茶色の髪がふわりと弾け、それと同時に制服のスカートも揺れる。彼女の瞳に、衛宮士郎の友人である柳洞一成が映った。

対する一成はというと。

「あ、いや。すまない、ええっと。人違いだ」

思わず呼びかけてしまった名前の主。毎日のように見ている彼の色と同じものを目の前の少女から感じた。そう思った時に、自然とその名が口から出てしまった。実際、彼とは見るだけで分かるように性別が違うのだが。そのへんの若干の気まずさからコホンと咳払いをして、目の前の転校生である彼女に自己紹介をしていく。

「俺は柳洞一成。この学園の生徒会長を務めている。藤村先生から、君に案内を頼むと言われたのだが、うむ」

ぐっと顔を近付けて、彼女を至近距離から見つめる。

「どうか、しましたか?」

で、その反応に驚くのはもちろん士郎であって。一成の眼鏡のフレームがすぐ近くにあることにドキドキしながら、自分の名を呼んだ訳を聞いてみる。

「君が少し友人と似ていてな。友人の名を、思わず無意識に呼んでしまった」

苦笑しながら言った一成を見て、士郎の悪戯心が疼く。

「その友人って、男の子?」

士郎の口から出た問いかけに、一成は目を丸くして驚く。

「え、あ」

歯切れの悪い返事。滅多にそんな顔を見せない一成が見れて、少しだけ得をしたと思ってしまう。ついでに、もう少し彼の焦った顔がみたいと思ってしまう。

「ふーん。柳洞君は、出会ったばっかりの女の子を、友達の男の子と見間違えちゃうような人なんだ。へーえ?」

「う、あ、っと。すまない、女性に対して失礼だったとは思っているのだが」

顔を赤くしたり青くしたりと変えた後、一成はしょんぼりと肩を落として謝る。その本気度合いに驚き、士郎は慌ててフォーローする。

「じょ、冗談だ。落ち込まないでくれ」

士郎の言葉で顔を上げた。

「そういえば、君の名前をまだ、聞いていなかったな」

「おれ、じゃなくて。コホン、私はシェロ。シェロ・ペンドラゴン。よろしく」

見た目は日本人なのに、外国の名前という点に突っ込まれるかと思ったが、一成が気になったのはそちらではなかった。

「よろしく。あー、呼び方はペンドラゴンさん、でいいのか」

「まぁ、それでもいいんだけど。シェロって呼んでほしいかな、なんて」

いつもは衛宮、と呼び捨てにされているのだ。自分の姿が違うことは分かっているが、よそよそしい呼び方を彼にされることは少し辛い。

そう思って言ったのだが、一成の眼鏡の奥の瞳が僅かに見開かれるのが見える。とたんに、彼の頬が紅潮していった。

「しかし、会って間もない女性のファーストネームを、いきなり呼び捨てにするというのはだな」

どうかと思う、と消え入りそうな声で続けられた。ころころと表情の変わる一成を見て、小悪魔のような笑みを浮かべた。

「一成にだったら、シェロって呼んでもらいたいな、なんて」

ぐっと彼の手を掴んで言う士郎。彼女のオネガイに、あたふたとした様子を見せる。こういった彼を見られるのも、本当に珍しいものだ。

「君がそう言うのなら、か、構わないというか。俺のことはその、名前で呼んでくれるのだな」

「ダメ、だったか?」

若干上目使い気味で尋ねられ、少しだけ視線を逸らす。だが、すぐに彼女に向き直った。

「いや、君のような(ひと)に呼ばれるのは光栄だ」

ふっと見せられた彼の笑顔。それが他の誰でもない自分に向けられていることに気が付き。

「っ……」

油断していた。

「よろしく、一成。く、クラスまで案内してくれると助かるっ!」

声が裏返りそうなくらいの勢いでまくしたてると、彼の手を取って廊下を歩き出す。

「あ、あぁ、分かった。承ろう」

彼もまた声が上ずりながら早足で士郎と共に歩いていく。

 

その二人のやり取りを余すところなく見ていた、一人の男の存在があるとも気が付かずに。

 

 

 

――放課後。

いつもならば学校内を回って、備品の修理などの必要が無いか聞いて回ったりもするものなのだが、転校生の自分がいきなり衛宮士郎のようなことをしては、怪しまれること間違いなし。それに、連続殺人事件などの影響で校内の居残りも認められていない。

少し物足りない気もするが、今日の所はセイバーもいることだし早く家に帰って、と思っていた。学生カバンを持って教室を出る。と、ここでいつもカバンの中の面積をかなり取る魔法ステッキの存在が入っていないことに気が付いた。

「嘘だろ……」

あの魔法ステッキが動いてしゃべっている姿が、この学園の人間に見つかってしまったら。「怪奇! 穂群原に出現した喋るステッキ」などという見出しの学内新聞が発行される日も遠くない。

「探し物はこれかしら? 衛宮さん」

自分一人だけだと思った廊下で声を掛けられた。

「遠坂」

昨日の朝会った少女、彼女の手には士郎が今まさに探しに行こうとしていたステッキがあった。

「遠坂が見つけてくれたのか、ルビーのこと。ありが……」

お礼を言い彼女に近づこうとした彼女の足元に、一発のガンドが撃ち込まれる。

「っ!?」

廊下の地面が抉れ、ひび割れているのを視認する。自分の足にこのガンドが当たっていたら。そう考えるだけで血の気が引く。

「見つけたんじゃない。私が取って、調べていたの。朝、学校に来るときにステッキが一本だけでふよふよ浮いてたんだから! 私がどんなにびっくりしたと思ってるのよ。魔術は秘匿されるべきものっていうのは魔術師ならアンタでも知ってるでしょ!」

「う、ごめん」

このステッキに自由行動権を与えたのは自分だ。自分に非があるのが分かり、素直に謝る。

「まぁ、いいわ。この魔術礼装を見ることが出来たのは、私にとってプラスなことだったもの。それで、衛宮さん、あなた、昨日私が言ったこと。もう忘れちゃった?」

忘れたつもりはなかった。それを受け入れるかどうかは別として。

「次に会った時は敵同士。そう言ったはずよ。それなのに、セイバー連れてこないわ、あなたの魔術礼装であるこのステッキすら持ち歩いていない。それじゃあまるで、殺してくれって頼まれてる気がするわ」

「人目の多い場所で、魔術を使ったりはしないだろ。それなら、学校なんて大勢の人がいるところでいきなり襲われたりは……」

「えぇ、でも、今のここだったらどうかしら?」

凛が辺りを見回す。

下校時間が早められ、生徒たちは帰宅している。教師たちも仕事は家で片づけるように言われたと、大河が終礼時に言っていた。自ずと導き出された答えに、彼女は悲鳴のような声を上げて否定する。

「待って、私は遠坂と戦いたくなんかっ……!」

無情にも凛は士郎の言葉を最後まで聞くことなく、左指に集まった魔力を放った。

「あなたは戦いたくなくてもね、私にはあなたと戦う理由がある!!」

真っ直ぐ自分に向かって来たガンド。咄嗟に無を翻すことでその一撃は避けることが出来た。しかし、凛から打ち出されるガンドは止まることを知らない。彼女の左腕のシャツの袖から覗き見えた魔術刻印。魔力を通すだけで展開される無限にも感じられるガンド撃ち。それに太刀打ちする術を、今の士郎は持っていない。

それを理解すると、士郎は階段を目指して一気に走り出す。

「ちょこまかと、逃げるなッ!」

士郎に続いて廊下を駆ける凛。乱れ撃ちされたガンドを全て避けきることが出来ず、左腕の制服のシャツを切り裂く。

「っぁ……」

ガンドが命中したことの衝撃で、バランスを崩してしまう。足がもつれ、床に倒れた士郎。痛む左腕を押さえるとシャツにじわじわと血が滲んでいく。だが、ここで時間を費やすことは出来ない。

「覚悟なさい!」

今日で何度目になるか分からない凛の怒声。彼女の気配をすぐそばまで感じる。動け、と自身の足を叱咤し、もう一度立ち上がる。階段を踊り場まで駆け下り、窓を開けた。危険だと分かってはいるが、これくらいしか思いつかない。

「ここから飛び降りる?! 馬鹿じゃないのっ!!」

追いついた凛は、士郎が窓の枠に足を掛けているのを見て目を見開く。一度だけ凛を振り返るが、それ以上士郎は気にすることなく宙へと駆け出した。

「嘘っ?!」

慌てて窓に駆け寄ると、どさりという音が聞こえた。血の気が引きながら窓の下を見ると、花壇の茂みの中で腰をさすっている士郎の姿が見えた。

「よ、よかった……」

突拍子もないことをされて、このまま彼女が死んでしまったら。きっと、あの子も悲しむ。そこまで考えたところではっと気が付いた。

「って、何考えてるのよ。私……」

今、すぐ前まで殺そうとしていた少女の安否を気にして、一喜一憂するなど。つくづく自分の甘さを思い知らされる。非情になり切れない自分の掌に爪を立てた。

 

 

 

「っう……いたた」

あのまま廊下を追いかけっこしても勝ち目はない。そう考えたからゆえの行動だったが、ぎりぎり生き残れたようだった。下も見ずに飛び出してしまったが、運よく花壇の茂みがクッションのようになって衝撃を防いでくれたようだ。

「大丈夫、だいじょう、ぶ」

腕の痛みも、打ち付けた腰の痛みも、捻ってしまった足首の痛みも。全部全部、このくらいなら耐えることが出来る。よろよろと立ちあがり、校門を目指して駆け出した。

早く、早く。

世界が闇に覆われる前に。

夜が、魔術師の刻が訪れる前に。

前へ。

「あ……」

あと少し、士郎が感じた時、目の前の風景が滲み出す。それと同時に感じる殺気。身を翻す間もなく、気が付いた時には士郎の首元には双剣の片割れが添えられていた。

「動くな、衛宮士郎。動けばその首を落とす」

赤い弓兵。嫌というほどに目に焼き付くその姿は、まぎれもない。

「アンタ、遠坂のサーヴァント」

失念していた。自分はセイバーを連れておらず、凛の方から一人で仕掛けてきたため彼女だけから逃げきれればそれでいいのだと勘違いをしていた。

「凛はあんなことを言ってはいたが、君を殺すことは出来ない。最優のサーヴァントを従える半人前の魔術師。殺さずして、どうしろというのだね」

ひやりとした剣の刃はいつでも自分の喉を切り裂ける。対する自分は戦う術を持っていない。ここで彼に殺されるのは決定事項だろう。

それなのに。

――まだ、ここで終わりたくない。

義務を、約束を、何一つ為すこと無く、ここで肉塊となるのは御免だ。

――それなら、いつもみたいに私のこと、呼んでくださいよ。士郎さん。

そう、彼女の声が聞こえた気がした。

 

「どうした、命乞いでもするのか」

顔を伏せたまま何も言わなくなった士郎にアーチャーは問いかける。

「ふふっ、あはは、あはっ……」

その笑い声に、違和感を覚える。

「何が可笑しい、衛宮士郎」

アーチャーの問いかけに、俯いていた士郎は顔を上げる。その表情には張り付けたような笑みと、背筋を凍らせるような笑み。

「だって、笑っちゃいますよ、アーチャーさん」

その口調に、違和感を覚える。

彼の脳内に警告音が鳴り響く。

 

「掃除屋ごときが、この私に勝てるとでも?」

 

例えるならば、氷のように冷ややかな声だと誰もが言うだろう。すっと血の気が引くような冷酷さを含んだ声音。少女はゆらりと体を動かした。その動きは、動かぬ体を目の前の少女の中のあるものが、無理やり動かしている。壊れた玩具を、電池を入れ替えることで強制的に動かそうとする、そんなものに見えた。

自分のマスターやセイバーに見せていた柔らかい色をした瞳はそこには無く。目の前のアーチャーを敵とみなした、殺意が交わる『琥珀』の瞳。

そこでようやく気が付く。これは衛宮士郎であって、衛宮士郎でない。

アーチャーが彼女の喉元から剣を引き、間合いを取った瞬間。悍ましいほどの魔力が彼女を包み込む。

 

「さあ、始めましょう」

 

 

 

 




偽タイガー道場

師匠:やっと、追いかけっこまで来たわね~

弟子1号:ちょっとだけ、今回は長いのに気が付いたかしら? 一成とのやりとり書いてたら思いの外長くなっちゃったみたいなのよね。

師匠:それよりも、見ましたかUBW2nd!!

ルビー:その話題を、イリヤさんの前で振る大河さんは凄まじい存在だと思いますよ。

弟子1号:私、天使じゃなかった?! OPであーんなに可愛くしてもらえて、マジ感激ッス! まぁ……次回予告のあの男の声を聞いた瞬間に、こう胸が、きゅーってしたんすけどね!

ルビー:恋ですよそれ。

師匠:うむ、恋だな弟子よ!

弟子1号:わーい、二人の微妙な優しさが更に胸をきゅーっとするッス。と、今回も読んでくださってありがとうございます。別に、アニメ始まったから執筆速度上がったりしませんけど、これからもよろしくお願いします!!
あと、この小説もUBWっぽいけど、私大丈夫よね?! だれか、大丈夫って言って!?


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03

くすくすという笑い声が二人のみの校庭に響く。少女を睨みつけ、地を這うような声でアーチャーは言う。

「衞宮士郎ではないな」

少女の頭の先からつま先まで。十分観察することで導き出した答えがそれだった。衛宮士郎は目の前の少女のように、他人に魅せるように歪んだ笑みを浮かべたりはしない。

少女は驚く素振りは全く見せずに、彼の言葉をさらりと笑顔で肯定する。

「えぇ。さすが、アーチャーさんです」

よくできました、というようにぱちぱちとまばらな拍手を返す。

「ですが、外側が衞宮士郎である限り、内側に潜む存在が何であれ、私は衞宮士郎だということが出来る。そうは思いませんか?」

自分は衛宮士郎ではないと言っておきながら、衛宮士郎の形をしていれば同一の存在だという。矛盾する言葉を、本来であるならば否定するのが正しいのかもしれない。

だが、アーチャーにとっては違った。中身が違ったとしても、目の前の存在が衛宮士郎と名乗るのであれば。

「そうか。貴様が衞宮士郎だというのであれば、私は何の問題もなくこの剣を振るえるというものだ」

そこに、剣を取る理由、戦いに身を投げる理由、彼女を殺す理由が存在するのだから。

にやりと口元が歪むのが分かる。一度目はまだこの少女が誰なのか分からずに戦闘を行い、二度目の機会はあのへんてこなステッキの力で邪魔をされた。三度目の正直、ここで己の目的を果たす。アーチャーの手には干将莫邪、陰と陽を司る中華剣が握られていた。

彼が完全に武装をしたのを確認し、彼女も自分の獲物を手にした。

「士郎さんに与えている中途半端な力じゃない。本当の魔法少女の力をお見せしましょう、アーチャーさん」

彼女の手に現れたのは、一本の竹箒。チアに用いる時のバトンのようにくるくると回していたかと思うと、持ち手の先をアーチャーに向けた。

まさかこの竹箒が彼女の武器ではないだろうと思い、本当の武器が現れるのを待つ。だがしかし、いつまで経ってもそれ以上の物は出てこない。

「まさか、それでサーヴァントである私と戦う気か?」

魔力も何も帯びていないただの竹箒。持ち手の部分を振り回せば、痴漢くらいは撃退できるかもしれない。しかし、彼女の今の相手はサーヴァント、規格外の英霊だ。

アーチャーの最もな言いぶりに、彼女はウィンクを返した。

「せっかちですねぇ、アーチャーさん。まぁ見ててくださいって。ケミカル、マジカル、メディカル!」

箒を振り上げ、魔法の呪文的な何かを唱える。

すると、あら不思議。

たちまち彼女の前に、不気味な色の液体が中に入っている注射器が十数本現れた。

強制魔術注射(カレイド・ドラッグ)! いっちゃいましょう!」

行け、というように箒を振り下ろす。狙いはもちろん目の前のアーチャー。彼はカラフルな注射器をばっさばっさと切り落としていく。謎の液体に自分が触れることの無いように、最新の注意を払いながらだ。最後の一つを叩き割り、彼女の動きは終わりかと思うと。箒の持ち手を引き抜き、彼女はアーチャーに斬りかかった。

しっかりと見えた銀の鉛の刃。剣が触れあう金属音もあり、これが本物だと分かる。ぎりっと押し合うが、すぐに彼女は剣を離してしまう。

その行動に僅かに違和感を覚え、夜の校庭で魔法少女の姿となった士郎との戦いのことをアーチャーは思い出していた。あの時の彼女は、ステッキを使って全力でぶつかってきていた。彼女のいきなりの登場に驚いていたこともあるが、あの時押していたのは士郎だった。しかし、今は違う。仕込み刀を振るった彼女の力は、見かけと変わらないほどの腕力でしかなかった。接近戦に優れているアーチャーが、彼女に負けることはまずないだろう。

それを分かっていてか、彼女はふぅとため息をつく。

「エミィさんの時のように全身を強化できてるわけじゃないですから、些か分が悪いですねぇ。魔術戦では負ける気はしないんですが、この至近距離だとどうにも……」

そう言いながら仕込み刀の僅かに刃こぼれした部分をすぐに直している。分が悪いと分かっていても、接近戦を止めるつもりはないらしい。

「衞宮士郎のあのふざけた魔法少女の姿と、今の貴様は違うということか」

彼女の言葉で、今の存在が魔法少女である時の産物ではなく、全く別のものだと分かる。似たような波長があることはあるのだが。アーチャーの考察に彼女は頷く。

「えぇ。あれは、姿やあり方はぶっ飛んではいますが、士郎さん自身。彼女の理想の一部です。彼女を形作る、本物ですよ」

魔法少女が衛宮士郎の理想。

いくら彼女が女性としてここ数年を生きてきたとしても、容認できるような姿や性格をしていないアレ。アーチャーは首を横に振って一蹴する。

「衞宮士郎にあのような願望があるだと? 信じられんな」

「あらあら。あの姿だって、立派な正義の味方じゃないですか。私は好きですよ、あんな風に自分に正直になってる士郎さんのこと」

アーチャーと戦っていた時とは違う、心からの微笑み。愛するモノに向けるようなそれは、今の彼女が巣食う少女への物だ。

すぐにその笑みを消すと、彼の言動から感じ得たことを口にしていく。

「いえ、それにしても可笑しいですねぇ、アーチャーさん。あなたは凛さんに召喚されたサーヴァントに過ぎないのでしょう? そんな言い方じゃ、士郎さんのことをよーく知っている。まるで……」

続く言葉を聞くつもりは無い。

態度で示し、アーチャーは双剣を振りかざす。彼女も再び無数の注射器を出現させ両者がぶつかり合うかと思われた時。

 

「そこまで――! アーチャー、ストップ。一旦ストーップ!」

 

自らのマスターの声にアーチャーは仕方なく動きを止めた。彼が特に逆らう素振りを見せなかったため、凛の手の令呪が二画目の輝きを失うことは無かった。

校舎の入り口から全力疾走してきた凛は、息を乱しながらアーチャーと士郎の間に割って入った。

「何だねマスター。戦いに水を差すとは、随分と無粋な真似をする。君は私に、衛宮士郎を校舎で取り逃がした場合はよろしく頼む、と言っていなかったか?」

つい数十分前の会話を蒸し返され、うっと言葉に詰まる凛。しかし、すぐに勢いを取り戻してアーチャーと士郎二人に命令口調で言う。

「やめよ、やめ! とりあえず、アーチャーは剣をしまうの。衞宮さん、あなたもその変な箒、しまいなさい。仕込み刀の竹箒とか、危険極まりないもの学校に持って来ないの!」

凛の言葉に素直に従うアーチャー。ここで躊躇して彼女に令呪を使われるのは、これからの戦略的にもよろしくない。

対する士郎は、がくりと膝から力が抜けてしまい、地面についていた。

「ん……、あ、れ……」

アーチャーに剣を向けられていたのははっきりと覚えているが、それから後、凛に声をかけられるまでの記憶が若干曖昧だ。

何も言わなくなってしまった士郎を凛が心配そうにのぞき込む。

「ちょっと、大丈夫? アーチャーと戦って、英霊の気に当てられた?」

「ううん、大丈夫。立ち眩みしただけで……」

それ以外は何もないと答え、すぐに立ちあがろうとする。しかし、上手く力が入らず腰を下ろしたままだ。

「もー。士郎さんったら、そんなんで大丈夫ですか〜?」

貧弱キャラは別の主人公、と言いながらふよふよとルビーが寄ってきた。

「朝ぶり、だな。ルビー」

「えぇ。今日のことは、士郎さんが家を出る前に、私がちゃんとカバンの中に入っているか確認しておけば起きなかったはずですよ」

自分が凛に回収されたことは端に置いて、とりあえず士郎をディスってみとくのが彼女のスタイルだ。

「凛さんに私、あんなことや、こんなことされて……もう、お嫁に行けません……」

およよよ、と顔を羽で隠しながら言ったルビーに、凛は必死にツッコミを入れる。

「誤解を生むようなこと言わないでくれる?! アンタが何で出来てるか解析しただけじゃない!」

「結局分からなかったみたいでしたよね~。私の中身」

「う、うるさい! 分かんないものは、分かんないんだからいいのよ! 士郎の魔術礼装のアンタは、よく分かんないもので出来てて、よく分かんない魔術理論が使われてるってことが分かったの。つまり、私には手の負えないもの。近づかぬが吉って」

何も収穫が無かったわけでは無い、と強く主張する凛。またまた~と彼女をおちょくるルビーを苦笑いしながら士郎は見ていた。先ほどまでの戦いの気配はなりを潜め、穏やかな空気に変わっていた。

 

どこかで。

キラリと何かが光った。

どこから。

ともなく。

鎖につながれたそれは。

真っ直ぐに彼女を貫こうとして。

それに気が付いた時。

 

「遠坂、危ないっ!!」

 

士郎は手を伸ばした。

 

校庭の地面にぽたぽたと落ちる血。士郎の手を貫いた武器は、僅かに形を見せるとすぐに霧散してしまった。

「ぐっ……ぅ」

痛みが脳を支配する。

悲鳴を上げてしまいそうだったのを堪えて、唇を強く噛みしめた。

苦しげに息を吐いて、士郎は自分の右腕を見た。制服のブラウスの袖は、白い色は見る影もなく真紅に染まる。

傷口が熱い。

体から抜けていく血で体温が下がる。

むせ返る鉄錆の匂いが、過去の一時点を思い出させる。

ぞくぞくと背中を駆ける悪寒が、身の危険を教えてくれているのだろう。

だが、そんなことはどうでもいい。

士郎はゆらりと立ち上がる。

「ちょ、ちょっと何してるの。ううん、そんなことより、血が。血がそんなに出てて、い、痛くないの!?」

彼女が前に一歩足を進めたのを見て、凛は混乱気味に叫んだ。

あぁ、確かに自分の脳は痛みを理解している。

「……痛いよ。すごく痛い」

でも、それよりもすることが自分にはある。

「ルビー、行こう」

使い物にならない右手はそのまま。左手でステッキを掴み、鉄の光が見えた林の中へ走り出した。

一人先に行ってしまった士郎に、凛は声をかけて追いかけようとする。

「ま、待ちなさいっ……て……」

しかし、目の前に広がるおびただしい血だまりを前にして、凛はすぐに立ち上がることは出来なかった。

 

地面に染み込んでいく衛宮士郎の流した血。凛はそれを見つめながら、自分の横に立つ存在にぽつりと問いかける。

「アーチャー、どうして今の攻撃を見逃したの? 分からなかったわけじゃないでしょう」

彼のマスターである凛に向けて放たれた攻撃。それをアーチャーは弾くことなく見過ごそうとした。あの一撃が当たって入れば、凛もただではすまない怪我を負っていたかもしれない。

「目の前にサーヴァントと渡り合う力を持った、おかしな魔法少女がいてね。彼女がいつマスターに牙を剥くかと思うと、そちらに意識を持っていかれたということだ」

彼女の問いかけからするりと抜けだすように並べられた、かりそめの返答。凛は強く首を横に振る。

「違う。アーチャー、あなたは、あの子が私を庇うことが分かってたから動かなかった。あの子が身を呈して、私を守る行動すると分かっていたから」

だから見過ごしたのだ。

凛から非難の籠った視線を向けられるも、彼はゆっくりと否定する。

「考えすぎだ、マスター」

その言葉を信じたい。

だが、なぜだか自分の口から出てしまった考えが、思いもしないくらいしっくりきている気がしていた。

まるでこの英霊は、衛宮士郎という少女をずっと昔から知っているように。

辺りに充満する血の香りで、凛は我に返る。自分をかばった少女は、姿が見えない敵に立ち向かっていった。助けられた自分が成すことはもう決まっている。

 

腕から滴る血の雫は止まることを知らない。おとぎ話のヘンゼルとグレーテルの道しるべのように、校庭からここまでの道は血で描かれているはずだ。

林の中に充満する殺気。

ガンガンと痛む頭は、血が足りていないと士郎に言っていた。それを無視するように士郎は右手で握りしめたルビーに囁く。

「変身は……」

出来るか、と聞く前に彼女の大きなため息が聞こえる。

「その腕の傷があるのに、よくそんなこと考え付きますねぇ。生命力を枯渇させる気ですか」

「やっぱりそうだよな」

変身が出来ないのなら、セイバーを呼ぶべきか。浮かんだ考えを打ち消した。聖杯戦争は序盤。これから彼女の力が必要になる時が訪れるだろう。いくら自分の身が危険だと言っても、これに首を突っ込んだのは自分自身だ。

士郎は姿を現さないサーヴァントを、ルビーで迎え撃つことを決めた。

「驚きました。あなたは令呪を使わないのですね」

しんとした林に響き渡る、聞きなれない女性の声。この声の主こそ、先ほど凛に向けて武器を放った存在。聖杯戦争に関わるサーヴァントなのだと理解する。

「この戦闘は、私もセイバーも望んだものじゃない。彼女の手を煩わせるわけにはいかないから」

しっかりとした士郎の言葉に、一瞬声の主は息を飲んだ。このようなマスターも存在するのだと。

「……私のマスターとは随分と違う。あなたは勇敢です。しかしーー」

一陣の風が吹いた。

次の瞬間。士郎の前には、目を隠し、長髪を優雅にうねらせた女戦士の姿があった。身を引こうと思った時にはもう遅い。唇が触れあいそうなほどの近距離。妖艶な笑みを口元に浮かべた彼女が、士郎の耳元に囁きかける。

「勇敢と無謀というのは別でしょうに」

「っ…………ぁ、あああっ?!」

傷を負った右手を捻りあげられ、耐えていた悲鳴が口から迸る。ステッキは叩き落とされ、木の幹へと体は叩きつけられた。

「あ、ぅ……」

痛い。

苦しい。

息が止まりそうなほど辛い。

「貴女は、私が優しく殺してあげます」

サーヴァントの声が遠くに聞こえる。士郎の意識は混濁を始めていた。無防備にさらされた少女の白いうなじ。そこに蛇の牙が突き立てられようとするが。

「!」

風を斬って進む無数の矢の音が聞こえた。士郎に寄り添っていたサーヴァントを狙った弓筋は、一つも彼女自身を傷つけることなく進んでいく。弓兵の矢を避けるために彼女から離れたサーヴァント。

地面にずるりと膝をつきそうになった彼女を、赤の弓兵が抱き抱えていた。

「どう、して?」

先ほどまで敵として対峙していた彼が何故。士郎の最もな問いに、アーチャーは簡潔に答える。

「私のマスターからの命令でね」

ほら、と言われて彼の指さす方を見ると、そこには魔術刻印に十分な魔力を通した凛の姿があった。

木の枝に降り立っていたサーヴァントに向けて彼女の術が放たれる。

「ガンド乱れ打ち!!」

ガトリング並の威力を持った彼女のガンド。アーチャーに続けて遠距離からの攻撃を受けた女戦士は、鎖を翻し、姿を影に溶かして霊体化していった。

「くっそ、逃したっ!!」

忌々しげに言い放つ凛。どうせなら、アーチャーに仕留めてもらえたら、などと思っていたが、そう上手くは行かないようだ。

凛の姿を見ていた士郎は、彼女に見惚れていた。自分を助けに来てくれた彼女の姿が、あまりにも強く美しく見え。やはり、敵と言われたとしても、彼女は自分の憧れだ、と。

そこまで考え、士郎の意識はぷつりと途切れた。

アーチャーの腕の中で、ガクリと気を失った士郎。彼女の姿を見て、凛が駆け寄ってきた。

「士郎、士郎?!」

けが人のため、強く揺さぶることはせずに名前を呼ぶ。しかし、だんだんと彼女の顔は青ざめていき、体温もどんどんと下がっていく。

「これだけドバドバ血が出てるんです。貧血ですよ、貧血」

よっこいしょ、と言いながら出てきたルビー。サーヴァントに弾かれた時に、勢い余って落ち葉の中に突き刺さっていたのだ。ぴっとりと士郎にくっつき、彼女の容体を確認している。

「うちに運ぶわよ、アーチャー」

ルビーの動きを見ながら言った、有無を言わせぬ凛の言葉。アーチャーは表情を曇らせる。彼が反論しようか、と思った瞬間に凛は令呪をかざす。「はぁ……了解した。マスター」

自分の行動が完全に読まれていることと、彼女の行動。そのどちらにもアーチャーは大きく息を吐き出した。

 

 

 




偽タイガー道場

師匠:はい、作者は建造で三連続陸奥が出て、長門出ないオワタとか言いながらこれを執筆してたわ~

弟子1号:だからあれほど、3-3ドロップにしろと……

ルビー:あとは、重巡のレベリングですよね~。上がらない、上がらない♪

弟子1号:でも、大型建造で矢矧が来てテンション上がってたりもしたわ

師匠:艦これとかとうらぶやる時間が少ないと、今回のように短い期間で上げられたりするらしいわ!

ルビー:うふふ。ルビーちゃん大活躍な今回。次回もゆるーく活躍しますから、是非是非読んでくださいね!



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04

二か月ぶり……そんなバカな!
アニメにカフェに私、かなりFate充してましたですし!


すごく、いいにおいがする。

例えるなら、日中太陽に当てて干していた布団に寝っ転がっているような。いつまでも、こうしていられたら。それはすごく気持ちいいな、なんて思ったりして。

「ん……」

薄く眼を開くと、ぼやけている視界。そこに映る人影を見て、自分を覗き込んでいた人物がいることに気が付いた。重い瞼で何度かパチパチと瞬きをすると、視界いっぱいに広がる褐色の肌に白髪の男、アーチャーの姿が。

「あ、れ?」

こんなふかふかのベットがあるところに、どうして彼がいるのだろう。というか、何故自分のことを覗き込んでいるのだろうか。あまり深く考えられず、ぼっーとしていると彼はすぐに自分から離れて行ってしまう。

「凜、目を覚ましたぞ」

机の前に座って何やら作業をしていた凛は、アーチャーに呼ばれたことで士郎の元へすたすたと歩いてくる。そこでようやく、ここは凛の家なのだということが分かってきた。

「どう? 気分は。少しは顔色良くなった気もするけど」

士郎の額に手を当ててうーんと唸る。怪我のせいで発熱していたのは、体力の回復と共に少し収まっているようだった。自分よりも少し体温の低い彼女の手が心地いい。目を細めて士郎はふにゃりと笑ってみせる。

「うん……ちょっとぼーっとするくらい」

「アーチャーと戦って魔力を消費した後に、あれだけ血を流したのよ? そのくらいでよく済んだわね」

案外タフなんだ、と言われほんの少しだけ嬉しくなってしまう。ほんのりと笑みを浮かべた士郎を見て、凛は目を丸くしている。

「何よ、気持ち悪い。まだ、具合悪いなら寝てなさい」

「いや、遠坂に認められた気持ちになって、ちょっと嬉しくなっただけだ」

少し頭がくらくらするが、先程の戦闘を思えばしょうがないことかもしれない。凛と校内を追いかけっこした後に、紫色をしたサーヴァントと対峙したのだ。そういえばあの時に自分の負った傷は、殆どもう痛まない。右腕を持ち上げて不思議そうにする士郎に、凛が声を掛けた。

「さっきの傷は、手持ちの宝石で何とかしたわ。あのね、あんなに血が出てて、もしかしたら腕がなくなってたかもしれないのよ? もっと、こう、気をつけなさいよ。女の子でしょ?!」

がしりと、怪我をしていなかった方の左腕を握られる。厳しい声でまくしたてるように言った凛を、士郎はきょとんとした目で見つめていた。自分に言われている言葉が、自分に当てはまると思えていないような。凛が士郎の反応に怪訝そうな目を向けると、机の上からよっこいしょという声が聞こえてきた。

「もー、凛さんのえっちー。学校でだけじゃなくて、家に帰ってまで私のこと隅々まで見るちゃうなんて、酷いですぅ~」

ゆるーい声を上げたのはもちろんみんなが予想した、迷惑ステッキルビーだ。へにょへにょと浮きながら二人の元に飛んでくる。

「えぇ、隅々見たわ。見ましたとも! でもね、アンタが一体どうやって動いているのか、全く分からなかったわよ、くっそー!」

学校で見ることが出来る優等生の遠坂凛というものは、目の前には存在せず。彼女の素の姿がありありと見せられている状態だ。本人ももう隠す気は無いらしく、べしべしとルビーを床に叩きつけている。

今回の凛との戦闘はルビーの失踪が原因のため、士郎は凛の行動を止めようとはしない。しかし、学校でのサーヴァントの奇襲の前の凛の言いかけた言葉を思い出す。

「それで、遠坂。休戦って、さっき学校で言ってたの、あれは何なんだ?」

「あ、そうそう。この馬鹿ステッキのせいで忘れるとこだったわ」

士郎の咄嗟の機転で破壊をまぬがれたステッキは、いそいそと凛から離れ士郎の元に近づいていく。

「で、あなたにしたい話っていうのはね、さっき私たちを襲ったサーヴァントがいるでしょう。あのサーヴァントが張った結界が学校にあるの。それを起動されると、学校中の人間が魔力を根こそぎ奪い取られる、ちょっとまずいことになるのよ」

魔力、ひいては人間の生命力。それを無条件に根こそぎ奪われるといわれれば、何が起きるかなんて容易く想像がついた。

マジカル☆エミィとなった自分が、魔力を使い果たした時に襲われる倦怠感。それよりも強い衰弱状態に、学校中の聖杯戦争と無関係の人間がなる。

それを考えるだけで、言いようもない怒りが込み上げてくるのを感じていた。

「まぁ、目星がついてないわけじゃないんだけど、学校にいるもうひとりのマスターを探し出すまで、私と停戦しない?」

誰かからの頼みを断る術を衛宮士郎は持たない。まして、誰かが犠牲になる未来の可能性があるのなら絶対に。

「あぁ、よろしく頼む。遠坂」

だから、士郎のその選択は必然だった。凛は自分よりも優れた力を持っていて、彼女と協力すればきっと最悪の事態を避けられる。

笑顔とともに士郎から伸ばされた手を、はにかみながら凛は握り返した。

「衛宮さんが私を裏切るまでは、あなたのことを助けてあげる。まぁ、短い間だと思うけれどね」

ふいっと顔を背ける凛の頬は薄く赤に染まっている。

「俺から遠坂を裏切ったりはしないさ。なら、ずっと一緒だ」

 

 

 

それから二人は、少しだけ互いの話をした。アーチャーの淹れたという紅茶とともに、少し遅めのアフタヌーンティーを。

穂群原学園の同級生としての互いは知っていたとしても、魔術師としての側面は何も知らない。凛が士郎のことを魔術師だと知らないように、士郎もまたそうだった。

士郎本来の魔術のこと、ルビーの正体が本当に分からないこと、士郎の魔術の師である衛宮切嗣のこと。士郎の魔術師らしからぬところや、切嗣の行動に怒りを見せた凛だった。それでも、何故だかこの少女ならそうであってもいいのかもしれないと。

ティーポットの中の紅茶がなくなったところで、少女たちのお茶会はお開きとなった。

 

「じゃあ、アーチャー。衞宮さんを家まで送ってあげてね。私は色々やることあるから」

ひらひらと手を振って凛は部屋を後にする。部屋の主の立ち去った場所に残されたのは、彼女の従者と士郎のみ。

アーチャーは何か言いたげに、凛が出て行ったドアを見つめている。出来ることなら、彼女を連れ戻してこの役割を断りたいと。なんとなく、なんとなくだが、彼が自分の側に居たくないと思っているのが伝わってきてしまって。

「……」

きゅっと口を結び、膝の上で手をきつく握りしめる。理由もなく彼に拒絶されるのは当たり前のような、そうではないような。何とも複雑な気持ちで表情を変えていた。

「……はぁ」

いつの間にか彼女に視線を向けていたアーチャーがため息をつく。何か言いたそうな表情は変わらずだが、椅子に腰かけている彼女へ手を差し伸べた。

「立てるか?」

突然差し出された男の手を凝視してしまう。

「え、あ、はい」

カラカラの喉から出たのは、何故か敬語で。自分の前に立つ彼を見上げる。士郎の反応に、アーチャーは大きく肩をすくめて見せる。

「何をそこまで緊張している。私のマスターである凛が君と停戦すると決めた。私はそれに従うだけだ」

ほら、と言われてアーチャーに右手を引かれ、勢いに任せてよろよろと立ちあがる。30㎝ほどの身長差。見下ろし、見下ろされるこの形にも少しだけ慣れてしまっている。アーチャーは窓の外の空を見ながら、突き放すような口調はそのままに士郎に言う。

「もう外は暗い。セイバーも心配しているはずだ。さっさと行くぞ」

彼に手を引かれたまま。

何事もないようにずんずんと進んでいくアーチャーに、士郎は慌てて抗議の声を上げた。

「あ、の! て、手がその、い、いつまで握ってんだ、馬鹿!」

声を荒げた士郎を、めんどくさいものを見るような目で一瞥する。もう一度、深くため息をつかれた。何とも酷い反応をされている気もするが、仕方ないだろう。誰かと二人っきりで手を繋ぐイベントなど、自分からしてみれば全くもって必要ないものだ。気恥ずかしいったらありゃしない。

ぱっと、掴まれていた手を離される。彼が自分の言い分を聞いてくれたことに驚くが、それ以上にほっとした。そもそも、凛はああいったが一人でも十分帰れるはずだ。うん、だから自分の見送りは断って、などと物思いに一瞬でも耽ったのがまずかったのかもしれない。

ふわりとした浮遊感。それが、何か理解するのに一秒とかからない。

「な、な、なにしてんだよ。アンタ、馬鹿、本当に馬鹿だろ!!」

俗に言うお姫様抱っこ、というものをされながら遠坂邸の階段を降りていく。ぶんぶんと手と足を振り回して抵抗してみるが、英霊の彼にとってみれば腕の中で子猫が暴れているようなものだろう。

「ぎゃあぎゃあとうるさい。そこまでフラフラな君を歩かせて家まで見送って行けば、何時間かかるか分かりはしない。こちらも、夕食の準備や家の掃除がまだ残っている。君一人のために、多くの時間を割くことは出来ない」

玄関の扉を開けて、外に出る。日が落ちて間もないというのに、すでに空は群青に染まり夜が、魔術師の時が近づいてきていた。

「とりあえず、落ちても責任は取らんから、しっかり掴まっていろ」

彼が駆け出そうとするが、嫌々と駄々をこねる子供の様に必死に士郎が首をふる。

「あ、ちょ、本当にやだ。私重いから……」

抑え込むように彼女の口からでた言葉。

思いもよらない言葉だった。衛宮士郎でも、そんなことを気にするものなのか。とは、アーチャーが最初に感じたことだった。しかし、自分の与えられた任務を遂行するには彼女の言い分はごくごく小さなものだ。

「君は、英霊である私の腕力を舐めているのか。君や凛であれば片手で足りる。まぁ確かに凛の方が若干かる……ぐっ」

頭頂部に鈍い痛みを感じ、言葉に詰まる。

「ひ、人が気にしてること、ズバズバとっ……」

犯人はもちろん自分が抱えている少女である。女子で人をグーで殴るやつがあるか、と小一時間ほど説教をしてやりたい気分だ。対する士郎は、頬を真っ赤に染めてアーチャーの胸元をぺしぺしと叩いていた。最初の一撃はかなりの力が入っていたが、二発目からは威力が激減しているようだ。

「む、君はそんなこと気にするような人間には……いや、すまない。私が悪かった」

頬を羞恥で赤く染め、琥珀色の瞳は涙がにじむ。

僅かにうるんでいる士郎の瞳を見て、アーチャーは発言を撤回した。

「アンタいい人かと思ったけどキライだ」

消え入りそうな声でそう言ったかと思うと、彼女はアーチャーの腕の中で縮こまってしまう。これは、色々とまずい。この体勢のまま、何かに気が付いた凛に見られたら、と考えるだけで怖い。

「……悪かった。そうだな、女性に対する配慮が欠けていた」

相手が衛宮士郎だということで、色々と失念していた。

「お詫びと言っては何だが、まぁ、いいものを見せてやろう」

「え?」

縮こまっていた体を緩く解いていると、首にぐるぐると巻きつけられた。それがふわふわとしたマフラーだと気が付くまで数秒。そして、アーチャーが自分を抱えたまま夜の空を駈けているのだと気が付くまでまた数秒。

「あ……」

どんどんと地上の明かりが遠くなる。それと同時に、頬に当たる風が一層冷たくなっていく。彼が自分にマフラーを渡したのは、体を気遣ってくれたということなのだろうか。さすがに、空の上で暴れて落下しても困るため、大人しくアーチャーの腕の中に収まる。抱き抱えられ密着したことで、彼の体温を感じる。サーヴァントだ、何だと言ってもここにいる時点で彼は生きているのだ、と。セイバーに感じた想いと同じものを心に感じる。腕の中で大人しくなった士郎を見て、アーチャーは口を開いた。

「ふん、君でもさすがにここで地面に落ちればどうなるのかくらいは分かるようだな」

相変わらず人を馬鹿にしたような言い分に、文句をと思った瞬間それが目に映った。

「綺麗……!」

どこかの大きな建物の屋上。いや、ここは冬木のセンタービルだろう。夜の街でも爛々と輝く、人工的なネオン。眼前いっぱいに広がる夜景に、それ以上の言葉を失っていた。冬木の夜景は、日本でもベスト3に入るほど名高いものだと誰かが言っていた。しかし、実際にこの街に住んでいるとわざわざそれを見ようとすることなんてあまりない訳で。その上、こんな普通人の立ち入らないような場所で見ることなんて、今後二回目は訪れないかもしれない。

こういう、特別なもので女子を釣ろうとするだなんて、全く男の考えることは単純だ。それでも、彼からもらったこの景色は、きっと忘れられないのだろうなと、それ以上に単純な自分自身に少し笑ってしまった。

 

 

 

ささやかなアーチャーからのお詫びを堪能し、士郎は衛宮邸の前に送り届けられていた。明かりのついている家の中をみて、セイバーだけではなく大河も来ていることが分かる。夕食の支度をせかされるだろうな、と少しだけ憂鬱になりながら家の中へと足を進めた。

「衞宮士郎」

「なに、アーチャー?」

呼び止められ、くるりと士郎が振り返る。長い明るい色をした髪が、夜の闇の中で弾けるように輝いていた。幼い顔立ちとはいえ、彼女はまぎれもなく成熟している一人の女性で。

あぁ、どれほど願ったって、アレとはもはや別物だ、と。アーチャーは憎々しげに心の中で嘆息した。

「いや、大したことでは無い。ではな」

踵を返し立ち去ろうとしたアーチャーの背中に、慌てたような声が掛けられた。

「あのさ、ありがとう」

ぴたり、とアーチャーの足は止まった。

「ありがとう、その。助けてくれて」

学校で敵のサーヴァントと対峙し、彼の矢で自分は助けられた。また、誰かに助けられた。

アーチャーは背を向けたまま、何も言おうとはしない。

――助けた、誰が、彼女を助けたという?

胸の中で底知れぬ感情が湧き上がってくるのを感じた。

嫌悪、厭忌、憎悪、怨嗟。それのどれとも近く、どれとも異なる。しかし、その想いは黒く、醜いものだということだけが分かっていた。

彼女の礼には何も返さずに。アーチャーは自らのマスターの元に戻るべく、体を粒子に変えていった。

 

何も言わずに消えてしまったアーチャーを、名残惜しそうに見ていた。彼の自分への反応を思い出せば、そんなに驚くことでもないだろう。ふと、自分の首に残るマフラーを思い出す。毛糸で編まれている赤いマフラー。嫌いな相手にも、こんなものを送ってくれるあの男は、存外お人好しな一面がありそうだ。

丁寧に首から外し、畳んで手に持つ。明日の学校で凛に渡せばいいだろう。家に入る前に郵便受けを確認するが、夕刊も入っていない。大河がそこまで気を回してくれたとは考えにくい。一体誰が、と一瞬不思議に思うが、玄関に近づきふわりと薫ってきた料理中であることが伺える匂いでこの家に来てくれた人物が分かる。

今日の夕飯は、肉じゃがを作ってくれたのかなんて嬉しく思いながら玄関の引き戸を開けた。ガラガラと音を立てたことで、その人物にも自分の帰宅が分かったようで。パタパタと廊下を駆けてくる音がする。そして、予想通り。ピンク色のエプロンをつけ、満面の笑みで自分に声を掛けてくれる存在。

「あ、おかえりなさい、先ぱ……」

「ただいま、さく……」

ら、と最後まで彼女の名を言う前に気が付いた。しかし、すでに時は遅い。しまった、またやってしまった、と。弁解をしようとする前に、紫の少女の驚愕に満ち溢れた悲鳴が迸った。

「ど、どなたですかーー?!」

 

 

 

 




緊急キャラ別予告!

師匠:これからのBe with you!で活躍する(はずの)キャラたちのセリフを集めたぞ!


「先輩の彼女とかでは無くて、先輩の妹さんなんですか? その、彼女とかじゃなくて? 彼女とかじゃなくて!」
「あのですね、私、先輩のこと好きなんです」

大河
「うんうん、桜ちゃんとシェロちゃんが並ぶと、良妻感たっぷりって感じよね!」
「……し、ろ………」

キャスター
「さあ、あなたの返答を、今ここで聞かせてちょうだい」
「あはははは、歓迎するわ!」

ワカメ
「人違い? 馬鹿にしてんのかよ、お前はどこからどう見ても衛宮士郎だっつーの」
「命乞いしろよ、衛宮。そしたら、遠坂と一緒に助けてやってもいいぜ」

金ぴか&セイバー
「よい、実によいぞ。セイバーを正室、シロウを側室として迎えてやろうではないか!」
「英雄王、そこから動かないでください。今すぐにぶった斬りに行きますから」

ランサー
「悪りぃな、運がなかったと諦めてくれや」
「ったく……また、こんな役回りか。いつもいつも、俺の女運はひでぇもんだな……」


「聖杯戦争にも息抜きは必要なの。いいから、四人で出掛けるわよ!」
「何それ……。最低よ、アンタッ!!」

アーチャー
「戦う意義の無い衛宮士郎は、ここで死ね」
「……なんだその目は気味が悪い」

???
「ルビーちゃんに不可能はありません」
「呼ばれて飛び出て……あら? 版権の問題でこれ以上は言えない? まぁいいです。私は誰か、と聞きましたね。仕方ありません、お教え致しましょう! 私は宇宙の平和と秩序を守る絶対的正義、超銀河系魔法少女、その名を……」

士郎
「いや、好きとかそういうのじゃなくて、憧れというか、その、えっと。かっこいいなって、そう思ったんだ」
「ごめんなさい。約束、破っちゃった」

師匠:えー、ここで使用されたセリフは、本編で使用されない場合もございますので、あらかじめご了承ください!

弟子1号:とりあえず、アニメ見ながら頑張って行くッス! 私もう出番ないけど

ルビー:イリヤさんはプリヤがありますから。いやー、それにしてもHFの金ぴかさんが楽しみですね! それではまた次回、お会いしましょう!!



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05

あるぇ??


落ち着け、自分。

今にも口から心臓が飛び出しそうなほど、ドキドキとしているのが分かる。

こうなるのは、昨日に引き続き二度目。学習しない自分を叱咤というか、ぶん殴りたい。何故、郵便受けの中身が空になっているときに気が付かなかったのか。何故、おいしそうな夕食の香りがした時点で気が付かなかったのか。そのどちらも、家にいる虎やセイバーのすることではない。これをしてくれるのは、衛宮邸に出入りする人間の一人で、大事な後輩の桜だけなのだから。

こんな単純なことに気が付かないのも、どれもこれも、全部あの弓兵のせいだ。と、先程自分に色々としてくれたアーチャーの後ろ姿を思い出す。彼が自分にあんなことをするから、こちらの判断力が鈍る。そもそも、異性にあんな近くであんなことをされるなんて思ってもいなかったのだ。思い出すだけで顔に熱がいってしまうくらい、人に恥ずかしい思いをさせておいて、何食わぬ顔で帰って行ったガングロサーヴァント。いくら自分を助けてくれたりした、凛のサーヴァントだとはいえ、あれはれっきとしたケダモノだ。心の中でまくしたてるように士郎の思考は右へ左へとぐるぐる回っていく。

青くなったり赤くなったりと忙しそうに顔色を変える士郎を見て桜は、薄桃色のエプロン、彼女専用のそれを外し士郎に詰め寄ってきた。彼女の姿に一瞬気圧されたように見つめていた桜だったが、意志を固めたようにずいっと身を乗り出した。

「誰なんですか、あなた。ここは衛宮先輩の家であって、ぶ、部外者は立ち入り禁止ですっ!」

すみません、俺が家主です。

と言いたい気持ちを押さえつけた。普段の柔らかな態度はどこへやら、何故だか少し気が強めで自分に向かってくる桜が少し新鮮なようで、ちょっと怖いようで。なんと返すべきかと口ごもっていると、彼女はぐいっと顔を近づけてきた。

「せ、先輩の一番近くは私の……あれ、でも先輩に似た雰囲気」

厳しい目で見られていたが、桜の雰囲気ががらっと変わる。強気だった表情は姿を消して、はっと何かに気が付いたような顔をする。ゆっくり後ずさりをしながら、恐る恐るといった様子で士郎の顔を見上げる。

「も、もしかして、彼女、ですか」

震える声で桜に言われたのは、またなんともいえない勘違いだ。

「あ、いや、私は……」

すぐに否定をしようとするが、桜はみるみるうちにしょんぼりと小さくなっていく。彼女の姿を見ると、罪悪感が湧き上がってきた。とにかく、自分自身と恋人同士などというふざけた誤解を解くため桜へ一歩近づいたところ。

「あー、シェロちゃんだ。おかえりなさい」

緊張に包まれている玄関を打ち破る間延びした声。るんるん、と効果音がつきそうなくらい楽しそうに姿を現したのは大河だった。彼女の動きから夕飯を心待ちにしているのがひしひしと伝わってくる。

「シェロちゃんが帰ってくるの遅いから、セイバーちゃん、すごく心配してたわよ」

女の子だから、早く帰って来なきゃ、と念を押すように言われて言われるがままに頷く。そして、大河の口から出たセイバーという名に強く反応した。

「私、セイバーに伝えなきゃいけないことが……」

放課後の学校で起きた出来事、そして凛と結んだ同盟。自分のサーヴァントである彼女には一番に伝えなくてはならない。やはり彼女は道場にいるのだろうか、と考えていると、隣でどさりと崩れ落ちる音が聞こえる。ぎょっとして横を見ると、目元を制服の袖で押さえながら床に座り込む桜。

「ま、まさかの藤村先生公認。これが、本物の通い妻っ?!そう、所詮私は、先輩のお料理教室の一生徒でしかない……」

「えっと、何か勘違いしてないか」

ようやく言いたかった一言を彼女にかけてはみるが、すでに桜の中で色々話が進んでいる。時代劇に出てくる悪徳領主に捕まった娘のように、力なくさめざめと悲しげな声を上げる。

「いいんです、私なんかは先輩の隣にふさわしくない。そんなこと、ずっと前から分かっていたこと……。日陰の女と言われても仕方がない」

このまま彼女の一人芝居らしきものを見守っていてもいいが、先ほども言った通り誤解は解いておきたい。今後の彼女との関係にも影響が出ては困るのだ。

「えーと、だから、私は衛宮士郎の妹です。その、双子の」

妹です、とここ二日で何度もついた嘘を口にする。その前に、深手を負っていたはずの桜が動いた。

「せ、先輩に妹さん、ですかっ!?」

勢いよく立ち上がったかと思えば、がしりと両腕を掴まれる。少し痛い。品定めをするように見ていた先ほどとは異なり、幾分か柔らかい目でこちらを見てくる。

「先輩の、妹、さん」

ぎゅうっと握られている手に痛みを感じるが、解いてくれとも言えず、そのまま会話を続ける。

「シェロって言います。ええっと、桜さんのことは兄から聞いていて……」

「せ、先輩から?! なんて? なんて聞いているんですか!?」

衛宮士郎のことを出すと食いつきがすごい。握られている手にさらに力が加わった。なんて、と言われても桜のことは自分にとっては可愛い妹分と思っているため、そのまま伝えることにする。

「いつも家の手伝いをしてくれる、優しくて可愛い後輩さんだと、そう教えてもらいました」

だからよろしく、と続くはずの言葉はまたしても桜によって遮られる。

「やさしい、かわいい、こうはい……」

その三つの単語を何度も繰り返し口に出している。何かまずいことでも言ったのだろうか。こう、言ってはいけない何かのような……。

「さ、桜さん?」

ぶつぶつと繰り返していた彼女に恐る恐る声をかけてみる。と

「初めまして、私は間桐桜と申します。士郎さんとは、兄がお世話になっていて、その関係で私も良くしてもらっているんです。妹さんがいらっしゃるなんていう話は聞いたことがなくて、少し気が動転してしまって……。シェロさんとも、ぜひ仲良くできたら、嬉しいです」

さらさらと出てきた自己紹介の言葉。あれ、桜ってこんな子だったっけ、と。思いつつ、こくりと頷いた。

「私も、桜さんと仲良くできたらって……」

「そんな、桜さんだなんて他人行儀です! 先輩の妹さんなんですから、先輩と同じように桜って呼び捨てしてください」

ぐいぐいくる感じの彼女に、気圧されているのは間違いなく自分の方だ。この後輩はもっと、こう奥ゆかしくて、静かな方だと思っていたのだが。どちらにしても、誤解が解けたならそれで良し。

「それじゃあ、桜。これからよろしく」

そう言って手を差し、握手を交わした。

 

 

もう少しでお夕食が出来るので、先輩は待っていてください、と桜に言われ。着替えを済ませ、セイバーのいるはずの道場に向かって足を進める。戸を開き道場の中を見ると、その中心に正座をしているセイバーの姿があった。

「えーと、セイバー」

色々話すとこはある。何から話そうかと考えながら彼女の名を口にすると、セイバーはゆっくりと目を開いた。

「おかえりなさい、シロウ。そして、私に言うことがありますね」

疑問符すらついていない断定系。このまま勢いに任せて土下座してしまいそうなくらいの威圧感があった。

何から話したものか、と悩みつつも小さな声で今日の放課後の話をしていく。

凛との追いかけっこ、アーチャーと対峙したこと、学校に現れたサーヴァント、凛との同盟。そこまで話し、その後のアーチャーとの一幕を思い出したが、それは自分の中だけに留めておくことにした。

一連の話を聞いた後、セイバーはその容姿からは想像もつかないような深いため息をついた。

「せ、セイバーさん?」

思わずさん付けで呼んでしまった。

「シロウ、あなたは令呪の存在を忘れてはいませんか?」

令呪。

聖杯戦争に参加するマスターが得ることのできる、サーヴァントへの三回の絶対命令権。なぜ彼女が今その話をするのか、いまいちピンと来ず首を傾げてしまう。

「令呪は三回という回数の制限の代わりに、奇跡にも近い力を発揮することができます。例えば、シロウが凛に襲われた時、私に学校に来るようにと令呪を以て命じれば、私は瞬時に駆けつけることができる」

分かりますか、と言いたげにセイバーは片目を閉じて見せた。

「今回は運が良かったとはいえ、次、もしも何か危険なことがあったら、真っ先に私を令呪で呼んでください。いいですね?」

あ、今度はちゃんと疑問符がついている。しかし、彼女の表情からすると、返答はイエスしか求められていないようだった。

「分かった、セイバー。肝に銘じておく」

士郎の返答にうんうん、と頷きながらセイバーは素早く立ち上がる。

「私からは以上です。リンとの同盟は、士郎の判断ですから、私はそれに従います」

「そっか、良かった」

あの夜、いきなり凛たちに襲いかかったセイバーがこの同盟の件を受け入れてくれるか地味に心配だったのだ。

「同盟は、私にとってではなく、シロウにとって必要なものでしょう。あなたは聖杯戦争というものの本質を理解していない。それがどれだけ危険なことか。リンと共にいる間に、しっかり理解してもらいます」

覚悟はいいですか、と彼女の顔に書いてあるのがわかる。士郎が小さく頷くと、セイバーは表情を和らげる。

「では食事にしましょう。夕食はサクラが腕によりをかけて作っていると、先ほど私に教えてくれたのです」

どうやら自分が不在の間に、桜とセイバーはうちとけていたらしい。

キラキラと目を輝かせながらセイバーは続ける。

「シロウが作ってくださったのは、和食、この国の料理だと聞きました。サクラは洋食を作っているとも!」

彼女のこの顔には見覚えがある。楽しみにしていたことが近づいたときの子供のような無邪気さ。

「何はともあれ、腹が減っては戦はできぬ、とこの国では言うのですよね? 明日からのことは、また食事の後にでも話しましょう」

うずうずとしているセイバー。おそらくお腹が空いているのだろう。その原因は自分がきちんと魔力を彼女に供給出来ていないからなのだが、セイバーの姿はおやつを前にする子供のように可愛らしかった。

 

 

 

 

 

 

「先輩にまさか妹さんがいらしたとは」

間桐桜は衛宮邸の縁側を歩きながら、ただ純粋にそのことに驚いていた。毎日一緒にいる士郎自身からそんな話は聞いたことはなかったが、誰よりも彼のことを知っている藤村大河もあの調子だ。本当の事なのだろう。

不思議と、あの少女に嫌悪感は抱かなかった。どちらかというと、複雑そうな身の上のある彼女に自分と似たものを感じたのかもしれない。それだけでなく。彼女があまりにも、自分の先輩、衛宮士郎に似ていたから、というのもありそうだ。容姿、は置いておき、仕草や話し方。生き別れの兄妹というには少し疑ってしまうようなくらい似ていたのだ。女性の姿という鏡を通して士郎を見ている。シェロと話すときに桜はそんな印象を持っていた。

「仲良く、できるかな……」

無意識のうちに漏れた声。

それが自分のものだと気がつき、足を止めてしまう。自分がシェロという少女に興味を持っていることに。何より、彼女と友達というような関係になりたいなんて考えている自分に。本当に驚いているのだ。

うつむいていた顔を上げる。冬の冷たい風が頬を撫で身が引き締まる。ふと縁側のガラス戸を見ると、少しだけきちんと閉まらずに空いている。ここから風が吹き込んできたのだろう。

あの少女は少し抜けているところもあるんだな、と小さく笑って戸を閉めようと近づいていく。

その戸の先、庭の中心に。

見慣れない、黄金が。

「え……?」

思わず声をあげていた。

なぜここにそれがいるのか。

なぜここでそれと出会うのか。

何もかも噛み合わず、何もかも間違っている。

だというのに、その男はまるで何でもないことのように自分を見て嗤った。

「ふむ、貴様か、娘」

庭の中心で空を見上げていた男は、きっちりと自分に視線を向けていて。

「今のうちに死んでおけよ、娘」

などと言い放った。

愉しそうに、これ以上の娯楽は無いと言いたげに。男は嗤う。憐れみと侮蔑。その二つが混じり合う瞳で、彼は静かに桜のナカを切り裂いた。

「馴染んでしまえば、死ぬことも出来なくなるのだからな」

何を言っているのだろう。

分からないし、分かりたくない。

それでもただ、この男が自分の知らない中身を知っているということは明白で。

打ちひしがれるように桜はうつむいていた。

「どちらにせよ、……む」

さらに彼女を追い詰めるように言葉を続けようとした男は、途中で言葉を止める。彼は目を細め、忌々しげに桜が彼を視認した先ほどと同じように空を見上げた。

「そうか、この娘にも目をつけているとは。相変わらず、小賢しい真似をする」

吐き捨てるように言い、彼は桜に背を向ける。

「命拾いをしたな、娘」

その声が聞こえると同時に、男の姿は影となって消えていた。

一人残された縁側で。

桜は静かに目をふせていた。

 



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