ジョン・メイトリックスは元コマンドーである (乾操)
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1・乙女とマッチョ心

 気分転換に書いてたら大筋まで固まっちゃったので。ゆゆゆ二次少なすぎ泣いた。

注意点
・コマンドーのタグつけてますがトゥルー・ライズやらイレイザーやらコラテラル・ダメージやらのネタも多いです。
・樹が語り部ですが、一人称が練習途上なため「こんなの樹じゃない!」と思うかもしれません。
 
このことに耐えられないんなら、今すぐブラウザバックしろ。OK?



 讃州中学勇者部の部員は私、犬吠埼樹(いぬぼうざき いつき)を含めて五人。

 

 まずは、私のお姉ちゃんで部長の犬吠埼風(いぬぼうざき ふう)。とても優しくて、頼りになるお姉ちゃん。私も、お姉ちゃんみたいになりたいって思ってるんだ。

 

 二人目は結城友奈先輩。天真爛漫で誰とでも仲良くなれる凄い人で、みんなに好かれている。私自身、友奈さんの明るさに何度も助けられた。

 

 三人目は、友奈さんの親友でもある東郷美森先輩。彼女は愛国者だよ(案山子(カカシ)並みの感想)。

 

 四人目は、お姉ちゃんのクラスメイトのジョン・メイトリックス大佐。男性、身長190センチ、髪は茶、筋肉モリモリマッチョマンの変態だ。

 

 勇者部の活動は、大まかに言えば『人々が喜ぶことを勇んでやる』こと。具体的には、清掃活動だったり、子猫の里親探しだったり……つまるところボランティア活動なんだけど、「ボランティア部みたいな安易なネーミングよりこっちの方が良いよね」というお姉ちゃんの考えで勇者部という名前になった。

 

 そして、今日はそんな数ある勇者部の活動の中で最も大きな催し、すなわち『幼稚園での交流会』の日。勇者部謹製の演劇(全四国が泣いた感動の超大作)を上演するんだよ。私は音響担当なんだけど、失敗しないか心配で昨日は寝れなかった。でも、勇者部五箇条の一つ、『成せば大抵何とかなる』の精神で、頑張っていこう!

 

 

「……モスクワ市警のイワン・ダンコ大尉は、マフィアのボスを逮捕するため、連邦内を旅してました。そしてとうとう、ボスの潜伏するアジトへたどり着きました」

 舞台もいよいよ大詰、東郷先輩の緊迫したナレーションが明かりを落とした客席にいる良い子のみんなを緊張させる。そして、ステージが明転すると、そこには二人の人物が立っていた。

 一人は友奈さん演じるダンコ大尉。友奈さんの着ている衣装は東郷先輩曰く大昔のソ連という国の物で、図書館で資料を漁りまくって再現したらしい。ロシア帽に長い外套という季節感ゼロの出で立ちなことから、どうやらソ連は寒い国だったようだ。

 対する位置に立っているのは、お姉ちゃん演じるマフィアのボス。初め、マフィアなんて役いくらお姉ちゃんでも無理じゃないのかと思ったけど、いざやってみると凄まじい熱演だった。如何にも悪者って感じで、いつものお姉ちゃんからは想像できないほどだった。

 舞台照明に照らされながら、お姉ちゃんはダンコ大尉(友奈さん)に言った。

「何でお前らサツは俺達グルジア人を目の敵にしやがるんだ……」

「…………」

「俺達は田舎者で都会の暮らし方をよく知らねえ。だからお前らはそれを口実に俺達をいじめる」

 私と東郷先輩は舞台そでにいたんだけど、そこから見てもお姉ちゃんの熱演ぶりは凄かった。数人助っ人の演劇部員もいたけど、その人たちに負けないくらいだ。

「お姉ちゃん完全に役に入り込んでますね」

「さすがは風先輩ね。でも、友奈ちゃんも、入りこんでていつもの友奈ちゃんじゃないみたい」

 見ると、なるほど、友奈さんもいつもの天真爛漫さを封じて冷酷な公僕になり切っている。あの目に睨まれたら、そっちの趣味の人は嬉しさで卒倒してしまうだろう。

「この国は人民の国のはずだぜ!?」

「俺達を逮捕す(パク)る理由は何だ!?」

 演劇部員の取り巻きが友奈さんに詰め寄る。すると友奈さんはお得意の体術で演劇部員を放り投げた。そして、靴を無理やり脱がす。脱がした靴からは、白い粉がサーっと出てきた。

「コカインだ」

「…………」

 取り巻き立ちが、懐から銃を取り出しつつお姉ちゃんを守るように広がる。銃口は、友奈さんを向いていた。

『良い子のみんな! ダンコ大尉が絶体絶命だよ! 応援してあげて!」

 東郷先輩がそう煽ると、観客席から大きな声援が飛んだ。

「ダンコ大尉がんばれー!」「ロシアンマフィアに負けるなー!」「資本主義者に負けるなー!」

『みんなの応援がダンコ大尉のパワーになるんだ!』

「パゥワァァァァァァァァァア!」

 友奈さんは腕を振り上げ、力が漲る様をわかりやすく表現した。そして、懐からトカレフを素早く抜き取ると取り巻きを射殺した。身体に力が漲っても結局銃で敵を倒すあたり、かなり革命的な演出だと私は思う。

「世に混沌と麻薬をばらまくマフィアめ! 鋼鉄マンことイワン・ダンコ大尉が正義の鉄槌を下す!」

「ふははは! やってみるがいい!」

 友奈さんはトカレフを投げ捨ててコートも脱ぐとお姉ちゃんに駆け寄った。そして、

「勇者・パーンチッおっ!?」

 本来なら、ここで友奈さんがお姉ちゃんを殴って倒し(もちろん殴ったフリ)、悪は倒された!完!という流れ。でも、この時友奈さんは先ほど撃ち殺した演劇部員に躓いてしまった。

 友奈さんはバランスを崩し、態勢を立て直す間もなくお姉ちゃんに体当たりをかました。

「うおお!?」

「きゃあ!」

 二人はもつれ合ったまま舞台装置に突っ込んだ。背景のパネルがドンガラドンガラ崩れ落ちる。幸いパネルは安全のため敢えて軽く、もろく作ってあったけど、舞台はぐちゃぐちゃ、友奈さんはお姉ちゃんに馬乗りになる形で二人そろって呆然としている。

「えっ……ええ……」

 私は突然の出来事に対して大いに戸惑ってしまった。こういう時、何か気を利かせればいいのだろうけど、私にそういう能はない。ただのカカシですな。

 すると、さっきまで緞帳の陰で静かに劇を見ていた脚本兼舞台監督のジョン・メイトリックス大佐は私に向かって指示を飛ばした。

「樹、音楽だ!」

「えっ!? は、はい!」

 私は慌ててパソコンのキーを叩いた。音響装置から心躍る音楽が流れる。

「東郷! ナレーションだ!」

「了解です」

 さすがは東郷先輩、私なんかと違って状況に対処する能力が違う。

『ダンコ大尉はついに悪いマフィアを追い詰めたぞ! さあ、良い子のみんなは応援しよう!』

「ダンコ大尉がんばれー!」「悪い資本主義者をやっつけろー!」

「えぇ!? えぇー!?」

 盛り上がる観衆、テンポの上がる音楽。この二つに圧倒された友奈さんは勢いでお姉ちゃんの顔面を思いっきり殴りつけた。

「えいっ!」

「うげっ!」

 どうやらお姉ちゃんはその一撃で伸びてしまったらしい。けれども舞台は容赦なく進む。

『やったぞ! ダンコ大尉の革命的勇気により悪の権化は打倒された! 万歳! ウラー!』

「うらー!」「うらー!」「うらー!」

 客席は大歓声に包まれ、めでたく幕は降りた。閉幕と同時に私達はお姉ちゃんに駆け寄る。そんな私たちを見て、メイトリックス大佐は満足げに、

「この手に限る」

と頷いた。

 

「ごめんなさい風先輩!」

「いーのいーの。熱演だったよ?」

 学校に戻った頃にはお姉ちゃんは左目を大きく腫らしていた。しばらくは右目だけの生活になるだろう。

「早くも眼帯装着か」

「誰のせいだと思ってんのよ」

 大佐は巨体を窮屈そうに椅子に納めていていたけども何故か偉そうだった。確かに、お姉ちゃんの左目を犠牲にしながらも劇は大成功だった。保母の先生なんかは感動しちゃって、

「最後の戦いは圧巻でした! まるで本当に戦ってたみたい!」

と絶賛していた。つまり、お姉ちゃんの目が腫れてしまったのは所謂コラテラル・ダメージというものに過ぎない。目的のための、致し方ない犠牲だ。

「そんなことより、サイトに動画アップしたの東郷。そこまでやって、初めて私達の劇は終わり、この失われし左目も報われるってもんよ」

「ええっ!? 風先輩失明しちゃったんですか!?」

「友奈ちゃん冗談だよたぶん。……はい、アップ完了しました」

 東郷先輩は文字通りあっという間にサイトの更新を終わらせ、ビシッと見事な敬礼を見せた。

「さすがは東郷だね~」

「もちろんです、プロですから」

 東郷先輩のコンピューターの腕前はかなりの物で、風の噂だと大赦のネットワークにも侵入したことがあるとかないとか。私のパソコンの初期設定をしてくれたのは東郷先輩なのだけど、もしかすると変な機能を搭載されているかもしれない。

「さっ! 一大イベントも終わったし、打ち上げと行きますか!」

 サイトを確認して満足するとお姉ちゃんは背伸びしながら言った。でも、どうせ行先はいつものうどん屋だ。

 お姉ちゃんはうどんこそ女子力向上のキーアイテムだと言っている。どういう理屈かは知らないけど、神樹様の根を象ったと言われるうどんを恒常的に摂取することで脳内で女性ホルモンが云々かんぬん、とお姉ちゃんは言っていた。

「ジョンも来るわよね?」

「今日は山で木を切る日だ。チェーンソーで」

「今日は休め」

 バシン! お姉ちゃんは大佐の背中を叩いた。そして、お姉ちゃんが痛そうに自分の手をさすった。筋肉チョッキは伊達ではない。

 大佐は生真面目で筋肉だから一度決めた予定は中々変更しない。勇者部エースな大佐の長所であり、短所である。

「友奈と東郷も言ってやってよ~」

 よっぽど掌が痛かったのか目元に涙を浮かべながらお姉ちゃんは後輩に助けを求めた。

「まぁまぁメイトリックス大佐! うどんでも食ってリラックスしな」

「付き合わないものは、罰を受ける」

 じりじりと迫る三人。結局大佐は根負けして勇者部打ち上げ会に参加することになった。

 

 

 『かめや』は自慢のうどんとかつて美人だったウェイターが売りの素敵なお店で、私達勇者部は何かに付けてここに通っている。

「あたし肉ぶっかけうどん」

「私はお姉ちゃんと同じで」

「月見うどんお願いします!」

「私はきつねうどんで」

「プロテインうどん。プロテインマシマシで」

 かめやのうどんはとにかくバラエティ豊かで、大佐みたいな筋肉バカの要望にも応えられるメニューとなっている。

 しばらくするとうどんが五つ運ばれてきて、私達は頂きますの大合唱をするとうどんを啜り始めた。

「うどんを食べる! 私達は生きている!」

 友奈さんなんかはうどんを食べることで自らの命を実証している。

「友奈ちゃんの言葉は真理だわ。諺にもあるからね、『死人はうどんを食えない』」

 そんな諺はない。

 なんにせよ、私達勇者部はとにかくうどんが好き。もっとも、毎日通い詰めるほどまでに好きになったのはお姉ちゃんの布教活動の賜でもあるのだけど。

「ぷはー! うまい! すみませーん! もう一杯ください」

 お姉ちゃんは三杯目のうどんをたのんでいた。これで晩御飯もしっかり食べるのだから、姉ながら一体全体どんな胃袋をしているんだろうと気になって夜も寝られない。

「うどんは実に機能的な食品だ。エネルギーを飽きることなく効率的に摂取することが出来る」

 そういう大佐は五杯目に突入していた。ただ、この人はお姉ちゃんと違ってうどんが全部筋肉に消えると予想できるから、あまり不思議に思わない。

「ところで、今度の文化祭なんだけどさぁ」

 うどんと一緒に注文したおでんをつまみながらお姉ちゃんがそう突然切り出した。

「劇をやろうと思うのよ。今年こそ」

「去年は出来ませんでしたからねー」

 東郷先輩がしみじみと答える。

 去年の文化祭の時、私はまだ小学生だったからいったい勇者部内で何があったのかは知らない。なぜ劇ができなかったのかを聞いても、何故か固く口を閉ざすばかりだった。

「今回もメイトリックス大佐が脚本をやるんですか?」

「ああそうだ」

 大佐の脚本は非常に受けがいい。

 今日やった劇もそうだったし、以前やった人形劇『名探偵コナン・ザ・グレート』もスタンディングオベーションの嵐を巻き起こすほどの出来栄えだった。

「今回は古典で攻めようと思う。題材は『ハムレット』だ」

 大佐が作るからには古典といえどドンパチ賑やかな劇になること必至だ。ハムレットは銃を使うだろうし、クローディアスは爆発四散してオフィーリアは溶鉱炉で親指を立てながら溺死する。シェイクスピアもびっくりだね。

 大佐は構想を熱く語る。

「原作だとラストでハムレットは死ぬが、これでは死なない。親友との別れ際、こう言うんだ——」

「『戻って来るぜ』ですね」

 答えたのは東郷先輩だった。大佐が「その通り」と嬉しそうに筋肉を揺らす。

「私、その台詞大好きなんです。聞くたびに、こう、胸がキュンッとなるような……」

「東郷さん! それって恋じゃない!?」

 友奈さんが興奮して言った。東郷先輩はびっくりして、

「まさか! 更年期障害じゃないの?」

 中学二年生で更年期障害はないでしょう。

 そう言えば、大佐はそこそこ顔立ちが良いからモテないことはないはずなのに、勇者部内のみならず校内でもそう言った浮ついた話が何故か無い。お姉ちゃんが言うには、大佐の大人びた雰囲気がその理由らしい。たしかに、大佐は中学三年生にしては大人びている。離婚やカリフォルニア州知事を経験していそうなぐらい大人びている。

 とにかく、文化祭の出し物はおおよそ決まった。

 私にとって、初めての文化祭。勇者部の一員として、一生懸命頑張ります! 

 

 

 

 

 




序盤の劇はレッドブルなんですが、レッドブルとトータルリコールは玄田さん吹き替え版ソフトがないってマジですか?探しても見つからないんです。


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2・初めての戦い

筋肉的映像効果を文字にするというのはあまにも無謀な試みであると私は理解しています。


 ひどい夢……というか変な夢を見た。

 私が大切にとっておいた冷蔵庫のプリンが全部プロテインになっていて、明らかにメイトリックス大佐の仕業なのにお姉ちゃんを責めて喧嘩になってしまうという夢だ。

 そんな夢を見たから寝覚めが悪くて、お姉ちゃんを朝から心配させてしまった。こんな夢を見たのも、昨日大佐にプロテインうどんを食べせられたからだろう。

 でも、学校につくころには調子も戻って、授業には何の差支えはなかった。

 一時間目は国語。前回の授業経過から今日当てられることを予測して予習しておいた私に隙は無い。

「犬吠埼さん、この漢文の現代語訳を」

「はい。えっと、『車はアメリカで生まれました。日本の発明じゃありません、我が国の……』」

 その時、教室に携帯電話のアラームが鳴り響いた。

「こらー。学校では電源を切っておくように! 誰ですか?」

 準備してきて発表していただけに私は出ばなをくじかれた感じがした。全く、授業中に携帯を鳴らすようなカカシは誰なんだ。音量的には、私のすぐ近くなんだけど——。

 あれ?

「私の携帯?」 

 鞄を探ると、やっぱり、大音量で暴れまくる私のスマートフォンが出てきた。おかしいな、電源は切っておいたはずなんだけど……。なんか着信音も設定と違うし。

「犬吠埼さん~」

「すすすすみません!」

 謝りながら画面を確認した。

『樹海化警報』

「な、なにこれ……」

 私のスマートフォンはそんな表示を点滅させながら鳴ったかと思いきや、しばらくとせず鳴り止み、画面はいつもの表示に戻った。

「止まった……あれ」

 画面は戻ったけど、教室の中は異常になっていた。

 教室にいたみんなが、まるで時が止まったかのように硬直してしまった。教壇の先生も困った表情のまま固まり、部屋の隅でこっそりゲームをしていた男子の指もぴたりと止まっている。窓の外を見ると、飛ぶ鳥も羽ばたくのを止めて宙に浮いていた。あれは鳥が恐ろしく器用なわけではないと思う。

 席を立って、恐る恐る教室の外に出た。

「樹!」

 外に出ると同時、お姉ちゃんと大佐が慌てた様子で駆けてきた。

「お姉ちゃん、メイトリックス大佐! あのね、なんかみんな変で……」

「樹!」

 お姉ちゃんは私の言葉を遮ると肩をガシリと掴んだ。お姉ちゃんの顔はいつもと違って怯えて強張っていた。でも、それは私のように混乱しているからではなくて、私たちに訪れる事柄をすべてを理解しているからのように見えた。

「樹、よく聞いて、樹……」

「風、説明は後だ」

 大佐が窓の外を指す。

 そこにあったのは、いつもの平和な景色と、それを侵食するように広がる光の渦だった。

 

 

 私たちは光に飲み込まれ、それが晴れると、見知らぬ場所にいた。

「うわぁ……」

 そこはこの世のものとは思えない場所で、地平線の向こうまで木の根っぽいものに覆われ、一面が透明水彩を塗ったような空気に包まれていた。

「近くに友奈と東郷がいるな」

 大佐が言った。

「えっ、もしかして、筋肉レーダー的なものですか……?」

「違う。これだ」

 大佐は私にスマホの画面を見せてくれた。画面上には三人の名前と、それぞれの位置を示す光点が表示されており、近くには、

『結城友奈』

『東郷美森』

という表示もあった。

 とりあえず二人と合流することにした私たちは大佐の先導の元、根の中をかき分けて行った。果たして、勇者部五人は合流することかなった。

 友奈さんと東郷先輩は私たちを見るとほっとした表情を浮かべた。そして、いったい何があったのか教えて頂戴と質問した。それについては私も気になる。

 お姉ちゃんは手ごろな大きさの根に腰かけると、みんなと自分を落ち着かせるようにゆっくりと話し始めた。

「まず、みんなに伝えとかなきゃなんだけど、私とジョンは、実は大赦の人間なの」

「えっ」

「これはみんなにも、樹にも黙ってたことなの」

 お姉ちゃんの告白に私は驚いた。当然だ、いつも一緒に暮らしていたお姉ちゃんが、そんな重大な秘密を抱いていただなんて……大佐については驚かなかった。彼については、本当はスパイだったりターミネーターだったりしても驚かないだろう。

「私達が『あたり』じゃなきゃ、ずっと黙ってるつもりだった。でも、讃州中学勇者部が、『あたり』だった」

「えっと、私達が神樹様に選ばれたことは分かったんですけど」友奈さんが手を挙げた。「ここ、どこなんです?」

「ここは神樹様の作り出した結界の中なの」

「あ、じゃぁ、悪い場所ではないんですね」

「ああそうだ。だが、俺達はアレと戦わなければならん」

 ホッとした私達だったけど、大佐の指す方を見て言葉を失った。

 良く分からないけどでっかい前衛芸術的な『何か』が迫ってきている。プカプカと浮かぶ巨大なそれは空飛ぶ島だった。

「あれは……」

「ラピュタ……?」

「違う。あれはバーテックス。世界を殺すために生まれた、人類の敵」

 その『バーテックス』なるデカブツはどうやら私達の方へと向かってきているようだった。もしかして、戦うって、アレと?

「あれが神樹様までたどり着いた時、世界は滅びる」

「無理よ、あんなのとどうやって……」

 東郷先輩が弱音を吐いている。今起きていることがどれほどのものかを暗に示しているようだった。確かに、私達は極々普通の中学生だし、まさかぺちぺち叩いてどうにかなる相手ではない。

「方法はあるわ」

 お姉ちゃんがスマホを数回たたいて画面を私たちに見せた。

「戦う意思を見せれば、このアプリが起動して、私達は神樹様の勇者(コマンドー)になる」

「どうなるの? まさか変身するとでも?」

「ああそうだ」

 私の問いにお姉ちゃんは即答した。

 これはあれだ、小学校低学年のころテレビでよく見た変身ヒロインのようなものだ。リリカルマジカル変身して、悪い奴らを懲らしめるんだ。

 でも、今私たちが直面しているのはあの時テレビで見た状況よりずっと悪いし、向うに見えるのは悪戯する悪者なんてレベルではない。

 そうこうしている内に、バーテックスが私達めがけて砲撃してきた。

「危ない!」

 お姉ちゃんが言うや否や、私達のすぐそばで爆発が起きる。熱と破片が私達の身体を叩いた。

「みんな、大丈夫!?」

「大丈夫です!」

「私も、大丈夫!」

 友奈さんに続いて私は答えた。でも、東郷先輩だけが、すっかり震えてしまって返事できない。

「東郷さん!」

 友奈さんが駆け寄った。

「今日は厄日だわ!」

 東郷先輩はそう言いながら震えていた。全然怯えているように感じられない台詞だけど、そんなことは無い。先輩があそこまで怯えるのは非常に珍しい。足にハンディキャップを負いながらもいつも頼りになる背中をしていた、あの東郷先輩が……。

「友奈! 東郷を連れて逃げなさい!」

「……はい!」

 友奈さんは一瞬の思考の後すぐさま言う通りにした。お姉ちゃんは敵を見据えたまま、

「樹も! ここは私とジョンとでどうにかする!」

 お姉ちゃんは相変わらず頼もしかった。大佐も「I'll be back(戻って来るぜ)」と白い歯を見せている。頼もしさ全開だ。

 けれど、ここで逃げることは出来ない。

 確かにあんな訳の分かんない物と戦うなんて恐い。でも、このまま逃げて全部お姉ちゃんに任せっきりというのも嫌だった。私も、お姉ちゃんの役に立ちたい。

「逃げない! 私はお姉ちゃんについて行くよ!」

 そう言うと、お姉ちゃんは振り向くことなく、一瞬の間を置いて、

「流石私の妹だね……それじゃ樹、ジョン、行くよ!」

 私達は、手にしていたスマホをかざした。

 そして、一瞬光に包まれたかと思うと、あっさり変身完了していた。私の格好は、緑を基調とした可愛らしいドレス状の着ものだった。

「おお」

 思わず感嘆の声が出る。

「樹、ジョン、準備はいいわね!?」

 お姉ちゃんは黄色を基調としたカッコいい系の衣装だ。笑っちゃうほど大きい剣(もはや板)を軽々と振り回している。

 大佐の衣装もカッコいい系だった。軍用ブーツにズボン、チョッキ……ていうか、この人変身してなくね? 

 大佐の傍らには脱ぎ捨てられた制服が置かれている。

 彼はチョッキやズボンに弾丸や爆弾を次々装着し、腕や顔にカモフラージュ用のメイク(何にカモフラージュするつもりなんだろう)を施していき、最後は数挺の鉄砲を担いだ。

 デエェェェェェェェェェェェエン!!

「変身完了だ」

「なんでメイトリックス大佐だけ武装が現実的なんですか?」

 お姉ちゃんはファンタジーな大剣だし、私だってどんな武器かは分からないけどお姉ちゃんに準じてファンタジーだろう。でも、大佐は機関銃なんかを装備しちゃってる。

「俺の装備も十分ファンタジー的だぞ。このクレイモア地雷なんか何故か大爆発を起こす」

「何呑気に話してんの! 来るわよ!」

 バーテックスの砲撃が炸裂した。間一髪、私達はジャンプして避けた。避けた、のは良いけど……。

「のわぁぁぁぁぁあ!?」

 ジャンプ力が尋常じゃない。変身したんだから身体能力は上がってるだろーなーとは思っていたものの、これほどまでとは思わなかった。風が凄い。私は悲鳴を上げ続けていた。

「わあああジェットコースターぁぁあああああああ!」

「ターボタァーイム!」

「ええええなんで大佐も跳んでるのおおおおおおお」

「筋肉のおかげよ! 来るわよ!」

 バーテックスは次に子機かミサイルらしきものを数体発射した。それは高速で私たちに襲いかかる。

「手をかざして、戦う意思を示して!」

「こっ、こうぅぅぅぅぅぅぅ!?」

 腕をかざすと、手首あたりに花飾りの輪っかが現れた。そして、花飾りからワイヤーらしきものが飛び出して、腕を思いっきり振るうと敵を数体切断で来た。我ながらえぐい武器だと思う。

 残りの敵はお姉ちゃんが叩きつぶしたり大佐が撃ち落したりした。

 半ば飛ぶ形でジャンプした私達は長いフライトを終えて、大きな音も立てずスタッと見事に着地した。私を除いて。私だけ着地に失敗し、バインバインと数回跳ねた。不思議と怪我はなく、激しいめまいと嘔吐感があるのみだった。

「こういう時は精霊が守ってくれるのよ」

「せ、せいれい?」

 ぐわんぐわん揺れる視界を無理やり抑えると、私の目の前にモフモフしたまんまるな生き物が浮かんでいた。何これ可愛い。

「精霊は、この世界を守る存在で、神樹様の力を私たちに分けてくれるの」

 そういうお姉ちゃんの傍らにも精霊の姿があった。犬とネズミを足して二で割ったような見た目だ。可愛い。

「あれ、大佐に精霊はいないの?」

 対する大佐に目をやるとそこに精霊の姿は無く、隆々とした背筋が見えるのみだった。

「ジョンの装備は勇者(コマンドー)システムとは少し違うの。でも、精霊の代わりに筋肉が彼を守ってくれるわ」

「なるほど」

 理屈は分からないけど、筋肉ってすごい。

「私も鍛えよっかなぁ」

「きついジョークね」

 バーテックスは初心者の私もいるのに容赦なく攻撃してくる。もう少し手加減してほしいけど、無理な話だろう。

 それでも、お姉ちゃんと大佐は頼もしかった。お姉ちゃんは大剣を振り回し、大佐は使い捨てのロケットランチャーやショットガンでダメージを与え続けている。

 でも、逃げ回ってるだけの私を除けば実質戦っているのは二人。どうしても隙が生まれた。

「お姉ちゃん、大佐! 危ない!」

 二人の背後にバーテックスの放ったミサイルが迫る。

 私は思わず目をつむった……本当なら、ここでかっこよく飛び込んで、二人を守れたらいいのだけど、私にはそんな度胸も勇気もなかった。

 永遠のような一瞬が流れる。すると、私の耳を聞き覚えのある叫び声が打った。

「勇者・パァーンチッ!」

 爆発。

 爆煙が辺りを覆った。そして、それが晴れると、そこには、

「友奈!?」

「野郎生きてやがったか!」

 お姉ちゃんと大佐の声が飛ぶ。

「結城友奈、参上しました!」

「東郷はどうしたの!?」

「その辺は結構なドラマがあったんですけど、諸事情によりカットで!」

 友奈さんは綺麗な桜色の、動きやすそうな格好だった。手に甲を付けていることから、きっと格闘戦で戦うんだろう。友奈さんは私と違って武術の達人なわけだから、とっても頼もしい。

「よーし反撃開始よ! ジョン! 弾幕!」

「OK!」

 大佐の両手の機関銃が炎を噴いた。今更だけど、弾切れしないのだろうか。

「友奈は左! 樹は私についてきて!」

 大佐の弾幕はバーテックスの肌をゴリゴリ削っている。でも、なんだか削るのと同時に、回復しているようにもも見える。

「バーテックスはダメージを与えても回復してしまうの」

 お姉ちゃんが私の疑問に答えるように言った。

「じゃあどうやって倒すんですか!?」

「良い質問ね友奈! 方法は簡単。『封印の儀』を行うのよ」

「封印の儀?」

 お姉ちゃん曰く、

 『封印の儀』の手順は簡単。まず、バーテックスを取り囲みます。次に詔を唱えます。

 終了。

「詔はスマホで表示されてるやつね」

「あっ、これ?」

 その詔というのが馬鹿みたいに長い。なんでこういう類のものは長いんだろう。もっとコンパクトにしてくれてもいいのに。

 私と友奈さんはバーテックスを取り囲むとスマホを片手に儀式を始めた。ご丁寧に古分調な詔は今時の中学生には難しい。しかも私達を急かすようにバーテックスの下にはタイマー的なものが表示されている。これがゼロになると、世界は終わりらしい。迷惑なシステムだ。

 そんな中、お姉ちゃんは一生懸命唱える私達を他所に、

「大人しくしろぉぉぉぉ!」

と一喝しながら大剣でバーテックスを切りつけた。なんでも、心がこもっていれば何でもいいらしい。詔とは何だったのか。

 切り付けると、バーテックスはぐったりとして、頭をベロンと開いた。その中から逆四角錐の物体が姿を現した。

「あれが『御魂』。あれを破壊すれば、私達の勝ち!」

「ここは任せろ」

 弾幕を張っていた大佐が銃を捨てて、「とぁぁぁぁ!」と大ジャンプ、御魂の上に着地した。その上で、何か作業している。

「あっ、やばい」

 お姉ちゃんが何かに気付いた。

「樹、友奈、逃げるよ!」

「えっ、えっ?」

 私達は言われるまま走りだした。大佐も作業を終えると私達と共に逃げる。そして、大佐がチョッキから何やら発信装置らしきものを取り出してポチッとボタンを押した。

 刹那、 

「な、何!?」

 御魂が爆発した。それも複数の爆弾が同時に起爆したような大爆発。空気を震わす轟音が私たちを襲う。御魂は見事木端微塵。

「やったぁ!」

 友奈さんが歓声を上げる。

 御魂を破壊されたバーテックスは一つ身震いすると、みるみる砂になっていった……。

 

 

 

 

「あれ」

 気が付くとそこは学校の屋上だった。屋上には祠があって、その近くにいた。

 見渡すとあたりはいつもの見慣れた風景で、そよそよと風が吹き、空では鳥が啼いていた。

「もどってきた……」

 他のみんなも呆然と立ち尽くしている。

「みんなお疲れ様」

 お姉ちゃんが言った。 

 その姿を見ると、私の中でこらえられない何かが爆発して、思わず涙が出てきてしまい、そのまま啼き声を上げてしまった。

「よしよし」

「うわぁぁ……怖かったよぉぉ……」

 そんな私をお姉ちゃんはそっと抱きしめて、慰めてくれた。

「よく頑張ったね、樹」

 お姉ちゃんの声は優しくて、強張ってた私の心をみるみるもみほぐしてくれた。

「お姉ちゃぁぁん……」

「冷蔵庫のプリン、半分食べていいからさ……」

「うわぁぁぁん」

 そのプリンは元々私のだマヌケェ……。




おうどん食べたい


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3・颯爽たる煮干し

こんなにひでぇサブタイトルはさすがの俺も始めてだ

事前に断わっておきますが、東郷さんと友奈の間に繰り広げられる熱いドラマ(アニメ二話に相当)はすんげぇカットされています。詳しい内容が知りたい方はディレクターズカット版(アニメDVD)をご覧ください。


 いきなり報告になるけど、東郷先輩もこの度めでたく『勇者(コマンドー)』になった。遠距離攻撃を得意とするスナイパーだ。銃を使うと言う点では大佐とキャラが被っている気もしたけど、別にそんなことは無かった。プリンとゼリーの違いみたいなものだ。

 で、なんであんなに嫌がっていた東郷先輩が仕事人へと変貌を遂げたかというと……正直、私にもわからない。

 

 

 前回の戦闘ですっかり怯えてしまっていた東郷先輩(奴らしくもねぇです)だけど、翌日の部活中、案の定というか、事実を内緒にしていたお姉ちゃんと大佐に対して、

「最初からそれが目的か……ハメやがったな!? このクソッタレィ! 嘘つきめ! ボランティアだの()()()だの、あれは私達を引っ張り出すための口実か!?」

と怒った。激オコである。そして部室から出ていってしまった。

 当然のことながら友奈さんがこれを追う。二人が部室を去って、私とお姉ちゃん、そして大佐だけが残された。そんな折に突如バーテックスが出現、戦闘になり、気が付くと東郷先輩が遠距離から私達を援護していた。

 

 きっと私達の知らない内に東郷先輩と友奈さんの間で何らかのドラマが展開されたのだろう。

 

友奈さん「東郷さんどうしたの!?」

東郷先輩「友奈ちゃん、私は恐い……」

友奈さん「よしてくれぇ、恐れを知らぬ戦士だろうが!」

 

みたいな。

 そして恐れを克服した東郷先輩は勇者(コマンドー)になった。精霊を三体従える凄腕スナイパーだ。

 こうして五人全員が勇者(コマンドー)(大佐は微妙に違うけど)となり、勇者部はその名前の通りの部活動となった。

「いつでも来いバーテックス! 讃州中学勇者部が相手だ!」

 お姉ちゃんなんかはこう叫んで、みんなで盛り上がっていた。

 

 でも、その後しばらくバーテックスが来ることはなかった。

 

 

「いやー久々だねぇ」

 お姉ちゃんは遠くに臨むバーテックスを見ながらしみじみと言った。前回の戦闘からちょうど一か月。私達は久々の戦いに緊張していた。今回の敵で五体目。お姉ちゃん曰く、十二体倒せばお役目終了らしいから、もうすぐ半分ということだね。

「一カ月ぶりだからちゃんと戦えるかなぁ」

「友奈さん大丈夫ですよ、ほら、マニュアルを確認すれば……」

 私と友奈さんはアプリのマニュアルで戦い方の復習をしようとした。諺にもある。『説明書を読めばロケットランチャーを逆に構えることもない』と。

「ふむふむ」

「なるほど」

「……だー! 煩わしい!」

 お姉ちゃんは両腕を上げ、叫んだ。

「戦いなんて、その、バァーッと、その場の乗りでやればいいのよ!」

 お姉ちゃんは言う。それに答えるように、大佐も両腕の銃(EM銃のプロトタイプ)をガチャリと鳴らした。

 とは言え、大佐は割と、というかかなり頭脳プレイを行う。周到な準備をしておき、マッスルパワーを最大限に引き出す。その辺は、勢いで器用にやってのけるお姉ちゃんと微妙に違うところ。

「勇者部ファイトー」

「おー!」

 戦いを前に、私達は気合を入れた。が、それと同時。

「……は?」

 バーテックスが爆発した。

 私達はあまりにも突然な出来事に変な声を出してしまった。バーテックスは巨体を震わせて悲鳴を上げるように身体を軋ませている。

「なになに? ジョンの素敵クレイモアが爆発したの?」

「今日はクレイモア持ってないぞ?」

「あらそう、じゃ東郷?」

「私じゃないです」

 あれ~、と首を傾げながら私達は目を凝らした。

「……あっ!?」

 私たちの目に飛び込んできたのは、真紅の衣装に身を包み、ものすごいスピードで飛び回るもう一人の勇者(コマンドー)の姿だった。

 その勇者は細身の刀を二本装備していて、それをバーテックスに投擲して突き刺したり、切りつけたりして着実にダメージを与えていた。刀を投擲した後も、まるで手品のように新しい刀を取り出している。

「すごいわね」

 東郷先輩がスコープで追いかけながら言った。

 その勇者の動きは私たち以上に戦い慣れしている様子で、自由自在に飛び回る様はうっとりするほど華麗だった。

 しばらくすると、その勇者は封印の儀の態勢に入った。

「ひ、一人で封印する気!?」

 お姉ちゃんの驚愕の声を他所に、バーテックスはベロリと御魂を露出させた。儀は確実に進行している。そしてその勇者は二刀で瞬きする間に御魂を両断した。

 哀れバーテックスは砂となっていく。

「すごい……」

 私もあんな戦いをして、少しでもお姉ちゃんの役に立てたら……。

 そんなことを考えている内に、赤い衣装の勇者は私達の前にスタッと降り立った。

 その人は、背はそんなに高くないし顔立ちも幼っぽく見えるけど、それを補うほど鋭く、自信に満ちた目を持っていた。

「あなたが犬吠埼風ね」

「そ、そうよ」

 赤い勇者は返事を受けると私達をサッと見回した。私達の並びに筋肉モリモリマッチョマンがいることに少し驚いたようだったけど、すぐに驚きを顔から消して、フッと鼻で笑ってこう言った。

「こんなトーシローばっかりよく集めたもんね。全くお笑いだわ」

 

 

 彼女は三好夏凜(みよし かりん)といった。大赦から派遣されてきた(本人曰く『監視役』)らしい。学年は中学二年で友奈さん、東郷先輩のクラスに転入してきた。

「私はアンタ達みたいなカカシと違って正式な訓練を受けた『正式な』勇者なのよ。まっ、大船に乗ったつもりでいなさい」

 放課後の部室で夏凜さんは高慢ちきに言った。でも、どこか憎めないというか、面白い雰囲気を纏っている。きっと、根は良い人なんだろう。

「私が来たからにはもはや完全勝利と言っても過言ではないわ! もっとも、アンタ達はお役御免だろうけど」

「ヤクでもやってんだろこの馬鹿女」

「そこの筋肉、聞こえてるわよ!」

「夏凜ちゃんかぁ。これからよろしくね」

 友奈さんは相変わらずの社交性で夏凜さんに挨拶した。夏凜さんは友奈さんみたいな人柄と関わったことがないのか、急に顔を赤らめて、

「い、いきなり下の名前で呼ばないでよ、馴れ馴れしいわね!」

「え~、じゃあ何て呼べばいいの? 馬鹿女?」

「馬鹿はアンタでしょ! そもそも馴れ馴れしいってレベルじゃないわよそれ!」

 夏凜さんは深く溜息をついた。

「呆れた、そんな調子だからトーシローなのよ。いい、勇者の仕事っていうのはおままごとじゃないのよ……ってうわぁぁぁ!」

 説教を始めた夏凜さんだったが、突然悲鳴を上げた。夏凜さんの精霊が友奈さんの精霊に捕食されたのだ。ちなみに友奈さんは『牛鬼』という名前の割に超絶愛らしい精霊を持つ。この精霊は『牛のくせに好物がビーフジャーキー』というロックなキャラクター性を持っている。

「この腐れ畜生プレデター! うちの義輝に何すんのよ!」

『ゲドーメ!』

 夏凜さんの精霊『義輝』は鎧武者のマスコットといった体で、言葉を話す。とはいえ、語彙数に関してはイクラちゃんと同程度なようだ。(それにしても『腐れ畜生プレデター』とは、中々オリジナリティあふれる暴言だよね)

「外道じゃないよ牛鬼だよ。ちょっと食いしん坊なんだー」

 友奈さんはそう言ってビーフジャーキーを牛鬼に与えた。美味しそうに食べている。

「せせ精霊のしつけも碌に出来ないなんて! ただのカカシですな」

「牛鬼ったらみんなの精霊も齧っちゃうから、みんな精霊を外に出せないんだ~」

「なによそれ、そいつしまっておきなさいよ」

「勝手に出てきちゃうんだよ」

「壊れてんじゃないの!?」

 まだ夏凜さんと知り合って僅かしかたってないけど、一つ分かったことがある。

 この人面白い。

「まま、そんなことよりさぁ」

 友奈さんと夏凛さんの間にお姉ちゃんが入った。

「この後みんなでうどん食べに行くんだけどさぁ、夏凜も来るよね?」

「う、うどん?」

「そそ。私達勇者部は新入りをうどんで歓迎するんだよ」

 お姉ちゃんは何か口実を作ってはみんなでうどんを食べたがる。大人がお酒でコミュニケートするように、お姉ちゃんはうどんでコミュニケートする。

 でも、夏凜さんはお姉ちゃんの誘いを「お断りだわ」と一蹴した。

「なんで、うどん美味しいよ?」

 友奈さんが不思議そうに訊いた。

「興味ない。それに、私は別に勇者部に入ったわけじゃないわ」

 ツン、と夏凜さんはそっぽを向き、ササッと荷物をまとめていしまった。そして、

「私帰る」

と言って帰ってしまった。

「……行っちゃった」

「あーあ、夏凜ちゃんとうどん食べたかったなぁ」

 あの人、人付き合いが下手そうだ。絶対悪い人じゃないと思うんだけどなぁ。

「あれ、メイトリックス大佐、どうしたんですか」

 ふと大佐の方を見ると、何やら考え中のようだった。顎に手を当て、ウームと唸っている。

「た、大佐?」

 声を掛けると同時、大佐は何かひらめいた様子でポンッと手を打った。

「良い考えがある」

 

 

 三好夏凜は海辺で剣技の練習を終えると大赦が用意したマンションの一室に帰って来た。殺風景で、無駄なものが一切ない部屋である。備え付け品以外であるのはテレビとテーブル、そしてルームランナーのみ。段ボールに入ったままの小物にも無駄なものは一切ない。

 彼女は冷蔵庫からミネラルウオーターを取り出すと一口飲んだ。

「まったく、緊張感のない奴らなんだから」

 やはり、急ごしらえの勇者なんかに任せておいちゃダメなのだ。神樹様も、なんであんな奴らを選んだのか……理解に苦しむ。

 夏凜は一つ背伸びをして、この後のスケジュールを考えた。まず、ルームランナーでひとしきり走って、晩御飯、お風呂、宿題を済ませて、軽いストレッチをした後就寝……。

 ふと、普通の女の子なら、家でどんな事をして過ごすのだろうと考えた。が、すぐに振り払った。今は非常時なんだ。私は、家で安穏としているような人間とは違う。神樹様に選ばれた勇者(コマンドー)なんだ。

 そう思いながら、彼女は運動着に着替えようとした。と、その時。 

「……ん?」

 外から何やら音がする。トラック……とはまた違う、もっとごつごつした音だ。

 彼女はベランダから外を見た。どうやら、ゴミ収集車が来たらしい。

「こんな時間に回収するんだ」

 普通は朝か夜中にするものだと思っていたが……このあたりは夕方にも収集するらしい。彼女はキッチンをちらりと見た。そこには、ゴミ袋に入れられた梱包材やらが置いてある。引っ越しの際に出たゴミだ。さっさと捨てたいと思っていたのだ。

「……持ってくか」

 彼女はゴミ袋を手にすると部屋を飛びだし、階段を半ば飛び降りるような形で下って行った。早くしないと、収集車が行ってしまう。

 一階に降りると、まだ収集車の姿はあった。夏凜は胸を撫で下ろす。

「おーい! 待って! ちょっと! 待ってくれ」

 彼女は淡いグリーンで統一された帽子にツナギという出で立ちの作業員に呼びかけた。作業員は二人いて、二人とも声に気付き振り向いてくれた。

「はぁ、はぁ、行ったかと思ったよ」

 夏凜がホッとした調子で言う。すると、作業員二人は帽子を脱いで言った。

「とんでもねぇ」

「待ってたんだ」

「げぇっ、犬吠埼姉妹!?」

 なんと、作業員の正体は風と樹だった。二人は懐からサブマシンガンを取り出すと夏凜に向けて発射した。

「うぉわぁぁぁ」

 哀れ夏凜は蜂の巣にされてぶっ倒れた。止めとばかりに二人はトリガーを引く。弾を受けた夏凜の身体は数度痙攣して、動かなくなった。

「麻酔弾だよ」

 すっかり眠りに落ちた夏凜に風がそっと語り掛ける。

「樹、足持って」

「はーい」

 犬吠埼姉妹はぐっすり眠る夏凜を持ち上げるとエッサホイサ運んで後部座席に放り込んだ。この収集車は室内を大きめに作られていて、巨漢一人に女子中学生五人が乗るには十分なスペースがあった。運転席にメイトリックス、助手席と後部座席にそれぞれ東郷と友奈が座っていた。

 全員がのりこむと、ゴミ収集車はゴミを回収することなく夕日に照らされて走りだした。

 

 

 

 

「はっ!?」

 夏凜さんが目を覚ました。ひどく混乱しているようで、恐怖とも驚きともつかない表情で私達の顔を順繰り順繰り見ている。

「こ、ここは……」

「かめや。うどん屋さんだよ」

 友奈さんがにこやかに言う。夏凜さんはガバと起き上って辺りを見渡した。壁に貼られたメニューやうどんをおいしそうに啜る他のお客さんを見ているようだ。

「確かに、うどん屋ね……」

「そうに決まってんじゃん。さ、注文しようか。すみませーん、肉ぶっかけうどん六つ! 一つはプロテイン入りで」

「待て」

 当然のように注文を始めるお姉ちゃんに夏凜さんが待ったをかけた。

「あっ、肉ぶっかけうどん嫌だった?」

「そうじゃない」

 夏凜さんは自分を落ち着かせるように深呼吸してから話し始めた。

「あの収集車は?」

「クリーンセンターから『借りてきた』」

「あの銃は?」

「麻酔銃」

「何で私をさらったの?」

「うどんを食べさせるために決まってるでしょ」

 お姉ちゃんが答えるとちょうどそこへ肉ぶっかけうどんが運ばれてきた。肉ぶっかけうどんはここの看板商品。激ウマだでぇ!

 私達は箸を手に取り、頂きますの合唱をしてからうどんを啜り始めた。

「あっ、うどんを食べたらこの入部届けにサインしてね」

 友奈さんは言う。

 夏凜さんはテーブルを叩いて立ち上がった。

「アンタ達いったい何なのよ! 車は盗む! 銃は乱射する! 私はさらう! うどんでも食えと突然めちゃくちゃは言い出す! 挙句は勇者部に入れと言い出す! アンタ達何者なの!?」

「何者って、勇者部よ、ねえ友奈ちゃん」

「そうだよ。我ら讃州中学勇者部」

「もうやだ!」

 夏凜さんの悲鳴が店内に響いた。

 

 

 

 

 なお、このあと夏凜さんはうどんを食べていたく気に入った様子だった。そしてお姉ちゃんたちに何か良い感じに話をまとめられて、そんまま勇者部入部届けに照れながらもサインした。

 この人と出会って少ししか経ってないけど、もう一つ分かったことがある。

 この人はちょろい。    

 

 

 

 




『水曜ど〇でしょう』だってこんなひどい拉致はしない。


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4・部活に参加すると言ったな、あれは嘘だ

日付変わってるとは言えこんなにも早い投稿。俺らしくもねぇです。
こんなに早いのは今回ぐらいで、今後はリアルが忙しかったり他のも完結させたいのでややスローリィな投稿になるかもです。ご了承ください。


 文句たらたらな夏凜さんだったけど、入部届けにサインしてしまった手前部活動に参加せざるを得なかった。翌日の放課後、彼女はエスケープすることなく部室に顔を出した。

「勇者部も六人。賑やかになるね!」

 部内で一番賑やかな友奈さんが嬉しそうに言った。それに対して夏凜さんはツンと……でも少しだけ照れくさげに、

「形だけだからね、勘違いしないでよ……」

 ツンデレだ。悪かねぇぜ。

 

 そんなこんなで讃州中学勇者部は新しい部員『三好夏凜』さんを加えて合計六人となった。

 

「いいこと、これからは私がアンタ達の事をビシバシ鍛えてくからね!」

「ちょっとちょっと、部長のあたしを差し置いて、何言ってんのよー」

「何言ってるとはこっちの台詞よ。私は大赦から派遣されてきたのよ!」

 夏凜さんはエッヘンと胸を張った。正式な勇者(コマンドー)であることに誇りを持っているらしい。

 そんな夏凜さんの手には徳用煮干しの袋が握られており、そこから度々とりだしてはポリポリ食べている。

「何で煮干し何ですか」

 私は率直に質問した。夏凜さんはニヤリと笑って「良い質問ね」と答える。

「私はこれまで色んな健康食品を試してきたわ。当然ね、勇者として体調管理には気を付けないと。そして行きついた結果が煮干しなわけ。しかもおいしい。余裕の味だ、栄養価が違いますよ」

「でも、女子中学生が煮干しをマリマリ食べる、ってのもねぇ」

 お姉ちゃんが苦笑しながら言う。対する夏凜さんは、

「煮干しを馬鹿にすると煮干しに泣くわよ! いいこと、煮干しは栄養もあるし激ウマなのよ。つまり、完全食なの。アンタは煮干しを単なる出汁取に使う食材だと思っているみたいだけどそれこそカカシ的かつ短絡的な堕落した発想よ! 第一……」

「デカい声でわめくな! 耳があるんだ!」

 夏凜さんは一息に言い続けたけどお姉ちゃんが耐えられなくなって終了した。夏凜さんはまだ言い足りない様子だったけど、そこは『大人の対応』ということで、我慢していた。

「さてと、まず訊くけど——」

 言うや夏凜さんはポケットからスマホを取り出し、席に座る私たちに見せた。画面に映るのは、私たちも良く知る、『勇者システム』の画面だ。スマホ自体は少し使いこまれている印象だったけど、それだけ夏凜さんが訓練に励んでいたという証拠だろう。

「これが何か分かってるわよね?」

 私達は顔を見合わせる。初めに口を開いたのはメイトリックス大佐だった。

「最新のコーヒー沸し機か?」

「違いますよー。かき氷を作る機械だよね」

「違うわよ友奈ちゃん……あれは温水装置よ」

「ふざけないで!」

 夏凜さんは顔を真っ赤にして言う。大佐は「いや、すまなかった」と言って彼女を落ち着かせた。

「まったく。もう一度聞くわよ、これは何?」

 夏凜さんはめげずにもう一度質問した。大佐が神妙な顔で回答する。

「……ソ連製のマーヴ6だ」

「今度余計なことを言うと口を縫い合わすぞ」

 夏凜さんの目が光線を発射しそうなレベルで血走っている。ご立腹だ。それを見かねてか、お姉ちゃんが間に割って入った。

「まぁまぁ。夏凜もさ、いくらお役目が大事でもそう気張ってちゃダメよ。張り過ぎた風船は破裂するんだから」

「分かってるわよ。でも……」

 夏凜さんは反論しようとしたけど、何ともいえない表情になって黙ってしまった。すると、お姉ちゃんはそんな夏凜さんの肩をポンポンと叩いて、

「大丈夫大丈夫。それに、今度のレクリエーションの事もあるしさぁ」

「……え」

 お姉ちゃんは夏凜さんの肩をぐわしと掴んだ。

「日曜日、近所の幼稚園児とレクリエーションするのよ」

「はぁ……って、まさか私に参加しろっての!?」

「ご名答。夏凜は体力があり余ってるみたいだし、園児たちのサンドバックになってもらおうかしら」

 幼稚園児というのは小さいながらも実にエネルギッシュで、加減というものを知らない。それのサンドバック役というのは、それこそ訓練された者でもキツイものだった。

 夏凜さんは言う。

「こんな有事に良くそんなのんきなこと出来るわね」

「有事だからこそ、未来を背負う幼稚園児たちを大切にしなきゃ、でしょうが。それに、形式上とは言え勇者部の一員。働いてもらうわよ」

「むむむ……」

 唸る夏凜さん。そんな彼女に東郷先輩は優しく、

「大丈夫よ。私達と違って大赦で訓練しているんだから。さ、ぼた餅でも食べて元気出して。家庭科で作ったのよ」

「東郷さんはお菓子作りの天才なんだよ! 粒あんのぼた餅だぁ激ウマだでぇ!」

 友奈さんが太鼓判を押す。私も東郷先輩のお菓子は好き。素朴ながらも奥深い味わいにぞっこんです。

「いらないわよ!」

 でも夏凜さんは断って、煮干しをわが子のように抱きしめた。煮干しに対する信頼が篤いらしい。煮干し教徒だ。この人は煮干しが禁止されたら世界を相手に戦うだろう。真紅のジハードとか名乗って、四国の主要都市へ爆弾攻勢をかけるのだ。テロリストならぬニボリストだ。 

 東郷先輩はちょっと残念そうな顔をした後ぼた餅を私たちに分けてくれた。先輩の作ったぼた餅が死ぬほどくいたかったんだよ!

「ま、いずれにせよ日曜日は空けといてよ~。あと、折り紙とか、練習しときなさいよ?」

「分かったわよ!」

 夏凜さんは怒りながらも了承した。良い人だ。

 

 

 

 

 三好夏凜は使命に燃える少女であった。で、あるから、のほほんとした勇者部の連中を見下していた。

 しかし、出会って数日、ああいうのも悪くないと思い始めていた。私も大赦の家系に生まれなかったら、ああやってのほほんと生活で来たのだろうか……。

 彼女はスーパー袋に目をやった。そこには折り紙と折り方の本が入っている。

 折り紙のようなことはやったことは無い。しかし、

「私にかかればチョチョイのチョイよ」

 彼女は日課のトレーニングを早めに切り上げると、さっそく折り紙の練習に取り掛かった。

 

 日は過ぎて、日曜日。午前の日差しが間もなく夏であることをほのめかしていた。

 夏凜はじんわりとした熱気に包まれる廊下を歩いて勇者部部室の前に立った。

「来てやったわよー」

 ガラガラ、と戸を開ける。

「……」

 しかし、室内は無人だった。電気も消えていて、窓も締まっている。早く聞過ぎたのだろうか。彼女はしばらく待つことにした。

 ……待てど暮らせど来ない。

「まったく何ってんのよあのトーシローどもは……」

 この時、彼女はふと気になって鞄の中から風に渡されたプリント……今日のレクリエーションについて記されたプリント……を取り出し、文面を読んだ。

『現地集合』

「しまった……」

 迂闊だった。学校で集合だとすっかり思い込んでいたのだ。

 彼女は慌ててスマホを取り出し、連絡を取ろうとした。……でも、電話したとして何と言えばいいのだろう。

「……」

 こういう人付き合いになれていない彼女にとってこれは大問題であった。

 スマホを持ったまま硬直すること三十秒。

 ぴりりりりりっ!

「うわっ!?」

 スマホに着信があった。番号は結城友奈のものだ。あまりにも来ないから気になってかけてきたのだろう。夏凜はパニックになった。出るべきか、出ざるべきか……結局彼女は電話を切ってしまった。

「き、切っちゃった……」

 かけなおすべきだろうか。

 ……いや、その必要はない。

「そうよ、元々私は乗り気じゃなかったし、勇者のすることじゃないわ」

 彼女はそう自分に言い聞かせた。そして、逃げるように学校を後にするとマンションの部屋に引きこもった。外にいれば、みんなとばったり出会ってしまうかもしれないからだ。

 携帯の電源も切った。そして、テーブルに突っ伏した。

「あっ!」

 夏凜が気付いた頃には外はすっかり暗くなっていた。寝てしまったらしい。時計を見ると七時を回っていた。

「しまった、今日は何のトレーニングもしてない……」

 ひどくお腹が空いていた。昼食を抜いているのだ、当然である。何てことだ、こんなことで貴重な日曜日を無駄にしてしまうなんて。勇者(コマンドー)失格だ。

「晩御飯、買いに行かなきゃ……」

 すっかり落ち込んでしまった彼女はふらふらと立ち上がり、よろめきながら玄関へと向かった。

 勇者部にもいられなくなって、勇者もダメだとしたら、私は、どうすればいいのだろう……。

 そのようなことを考えながら彼女は玄関の戸を押し開けた。

 

 するとそこにはタクティカルスーツに身を包んだ完全装備の大男が立っていた。

 

「邪魔するよ」

「えっ」

「突入!」

 大男がそう号令を掛けると男の脇を縫うように同じくタクティカルスーツに身を包んだ兵士たちが三人、夏凜の部屋に飛び込んできた。

 呆然とする夏凜に大男は、

「そこに立ってろ」

「えっ、えぇっ」

 訳が解らなかった。部屋の奥からは「クリア!」「クリア!」と声が聞こえてくる。

 ようやく我を取り戻した夏凜は慌てて兵士たちの元へ駆けた。

「何よアンタ達! も、もしかして大赦に反旗を翻すテロリスト!? 怖いわ~テロリストよ~」

 戦おうにも、スマホは寝室で充電中だ。夏凜は訓練を受けているから人間相手なら一応勇者システム無しでも戦える。しかし、こちらは一人な上、相手は完全装備で四人だ。

 彼女は部屋の隅に追いやられた。四人は銃口をきっちりこちらへ向けている。

「な、何よ、何が目的なのよ!?」

「いい天気なので、煮干しの密売人を殺しに来た」

 四人の中の一人が言う。すると、内二人が夏凜に飛び掛かり、身動きが取れないようがっちりと取り押さえた。一人が腰のホルスターから拳銃を取り出し、銃口を向けながら取り押さえられた夏凜に迫る。

「ちょっと、放しなさいよ! こんなことしてただで済むと思ってんの!?」

 兵士は答えない。覆面をしているから表情もわからなかった。ガション、と、兵士が拳銃をコッキングした。

「チクショー殺すなら殺せ! 私を殺してもきっと第二第三の三好夏凜がアンタ達を見つけ出して皮を剥いで木にぶら下げてやるんだからー!」

 夏凜は覚悟を決めた。お役目を果たすことなく死ぬのは悲しいし悔しいけど、これもきっと運命なのだろう。

 引き金が、引かれた。

 銃声が部屋に響く。

 

 しかし、銃口から発射されたのは弾丸ではなく、一枚の紙だった。そこに書かれていた文句は、

『夏凜ちゃん誕生日おめでとう』

「……えっ?」

「ハッピーバースデー夏凜ちゃん!」

 拳銃を突き付けていた兵士が覆面を外しながら脳天気な声を上げた。

「ああっ! お前は結城友奈!?」

「えへへ」

 

 

 残念だったな、ドッキリだよ。

 私の知らないところでシリアスに話が進んでいたみたいだけど、このまま良い感じに話がまとまると思ったら大間違い。勇者部を舐めんじゃねぇよ。

 夏凜さんはすっかり肝を冷やしたみたいで、私とお姉ちゃんに解放された後も目をパチクリさせていた。冷静に判断していれば、私達が突入の際にきっちり靴を脱いだことに気付いただろうに。東郷先輩も大佐にお姫様抱っこされて部屋に入ってきた。

「改めて、誕生日おめでとう、夏凜ちゃん!」

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

 温かい拍手が夏凜さんの身体を包む。

「ありがとう……ってなるか! ボケ!」

 夏凜さんの部屋は今、タクティカルスーツの集団に占領された面白空間となっている。そんなおもしろ空間の主はようやくいつもの調子に戻り、ぷんすか怒りだした。

「この私をこんなわけわかんない手段で騙しやがってぇ!」

「ごめんね夏凜ちゃん、良い子のみんながエキサイトしちゃって来るのが遅れちゃったんだー」

「そういうことじゃないわよ!」

 夏凜さんの部屋のテーブルにはみんなで持ちよった食べ物やら飲み物が広げられていた。どうやら晩御飯がまだだったらしく、夏凜さんは並べられたそれらに涎をたらしそうになっていた。

「そもそも、初めは良い子のみんなと一緒に夏凜をお祝いしようとしてたのよ?」

 お姉ちゃんが言いながら台所から鍋を持ってきた。家で作ったものをこの部屋のキッチンで温めなおしたのだ。

「来ないし携帯にも出ないから、寝込んでんじゃないかと心配したんだから」

「うっ、それは……」

 言葉を詰まらせる。きっと、何かしら事情があったのだろう。そのことをちゃんと汲み取って、お姉ちゃんはそれ以上追及しなかった。

 テーブルの中央に鍋敷きが置かれ、美味しそうな香りをたてる鍋が置かれた。

「何これ」

 夏凜さんが訊く。

「これ? 仔牛の煮込みよ。食べたがってたでしょ?」

「えっ、一言も言ってないけど……」

「嘘? だってこの間夏凜、『仔牛の煮込みが死ぬほど喰いてぇんだよもう半年もまともな飯食ってねぇやってられっか!』って」

「言ってないわよ!」

「あんれぇ~」

 お姉ちゃんの思い込みだったらしい。でも、仔牛の煮込みが美味しそうなことには変わらない。

「あ、私もデザートにジェラート作ってきたんですよ」

 東郷先輩がどこからともなくクーラーボックスを取り出した。東郷先輩は基本和菓子しか作らないけど、何故かジェラートは作る。

「味は三種類、宇治金時にメロン、そして醤油」

「醤油味?」

 お姉ちゃんが興味を示してクーラーボックスを開けると一口食べた。

「あっ、風先輩はしたないですよ」

「堅いこと言うなよー。……うん、これは中々イケるねぇ」

 どうやら美味しいらしい。お姉ちゃんはスプーンに一口すくって私にも食べさせてくれた。……う~ん、何とも複雑で、難しい味……。

「大人の味ですね」

 友奈さんも私と同意見だった。夏凜さんも、一口食べて首をしきりに傾げている。ただ、大佐だけがお姉ちゃんと同意見で、

「面白い味だ気にいった、食べるのは最後にしてやる」

と言った。

 やっぱり、お姉ちゃんや大佐が好む『大人な味』だったらしい。

 ていうか、夏凜さんったらいつの間にやら怒るのを止めて普通に仔牛の煮込みを食べてる。

 そんな夏凜さんの後ろにあるテレビ。そのテレビ台に、数羽の折鶴と折り紙が置かれていることに気付いた。やっぱり、何だかんだで良い人だ。

 

 

 家に帰ってお風呂を済ませると、後は寝るだけだ。

 そんな時に、お姉ちゃんは私にスマホを見ろと言ってきた。

 私達のスマホにはとあるコミュニケーションアプリが入ってるんだけど、それに夏凜さんも加入したというのだ。

 さっそくアプリを起動させる。

 すると、ネット上では夏凜さんが東郷先輩怒りのぼた餅攻撃を受けている真っ最中だった。

「邪魔しちゃ悪いかな」

 そう思ったから、私は、

『これからもよろしくお願いしますね、夏凜さん!』

と打ちこんだ。

『任せときなさい』

 返事はすぐに来た。そして、同時に、

『東郷のぼた餅攻撃をどうにかして』

というコメントも来た。

 タイムライン上には、ぼた餅と、それを煽るお姉ちゃんとマイペースな友奈さんのコメントで大変なことになっている。そしてそこに大佐の筋肉談義が加わってきたため、いよいよ阿鼻叫喚となっていた。

『樹!助けて!』

 夏凜さんの悲鳴が文字越しに聞こえてくるようだった。

 とりあえず、私は寝ることにした。

 

 




銀「醤油味のジェラードはイネスで生まれました。東郷さんの発明じゃありません、イネスのオリジナルです。しばし後れを取りましたが、今や巻き返しの時です」
園子「ジェラードは好きだ」
銀「ジェラードがお好き?結構、では益々好きになりますよ。どうぞ試してみてください。余裕の味だ。素材が違いますよ」
園子「一番気にいってるのは……」
銀「なんです?」
園子「……メロン味だ」




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5・歌でも唄ってリラックスしな

投稿がスローリィになると言っておいて次の日には投稿するカカシ。
なんかお気に入り数凄く増えててびっくり。コマンドー効果すげぇ。さすがだメイトリックス。
これを期にゆゆゆ二次を書こうと思う人が出たらいいなぁ。


 私、犬吠埼樹は朝っぱらから沈んでいた……いや、いつも寝起きは沈んでいるんだけど、今日はそれとはまた違った理由で沈んでいた。

「樹、どうしたの?」

 さすがはお姉ちゃん、私の異常をすぐさま見抜いてきた。少し怖いくらい。

「いやね、実は今日音楽の授業があってさぁ……」

 私は音楽や歌が大好き。大好きなんだけど、歌うとなるとこれはまた別。私は歌うのがとんでもなく下手なのだ。

 そんな私にとって音楽の授業は耐えがたい。何しろ先生ときたら、生徒一人一人に課題曲を歌わせるんだ。テストも歌。それをみんなの前で歌わされる。チョー最悪だ……。

「へぇー。で、課題曲は何?」

「『早春賦』と『ラテン農民のラップ』」

「あーそれ私たちもやったわ」

 早春賦は『春は名のみの 風の寒さや』でおなじみのこの国を代表する古典的名曲だ。とっても綺麗な歌だから、私も好きな曲なんだけど、歌うとなると話は別。

 ラテン農民のラップは『ブンツピツッピ、ブンツピツッピ、ウホウホウホ』で始まる古典的名曲だ。とってもクソみたいな歌だから、私も好きな曲なんだけど、やっぱり歌うとなると話は別。

「でもさ、私思うんだけど、樹って絶対歌上手いよ」

「お姉ちゃんったらまた適当言って」

「いやホントホント」

 分かってるんだ、私。お姉ちゃんは私を傷つけたくなくてそう言ってるだけなんだ。

 本当に歌が上手いのなら、もっと自信を持って歌えるのに。

 

 

「課題曲?」

「友奈たちも歌ったでしょ、早春賦とラテン農民のラップ」

「ああ」

 この日の勇者部では新聞の製作やホームページの強化をしていた。そんな中で、私の歌のテストの話題になった。友奈さんと東郷先輩はちょうど一年前のことに思いを馳せる。

「ラテン農民のラップ懐かしいなぁ」

「異国情緒あふれる名曲ね。『ゲリラ、スリラ、連れてってマニラ』」

「『口当たりいいのはバニラ~』ってね」

「変な歌歌わされてんのねアンタ達」

 ラップで盛り上がる同級生二人に夏凜さんは驚きと呆れの入り混じった声を掛けた。でも、こんなときでも、友奈さんも東郷先輩も上手に歌っていた。

「歌って、どうすれば上手くなりますかねぇ」

「なんだか切実な感じだねぇ」

 友奈さんがウームと考える。東郷さんはこんなアドバイスをしてくれた。

「上手な歌というのは、α波が関係しているのよ」

「それって、かめはめ波みたいなものですか?」

「そんなところね」

「全然違うわよ!」

 夏凜さんの熱い突っ込みが入る。夏凜さんも東郷先輩に代わってアドバイスしてくれた。机の上に、錠剤のボトルやオリーブオイルなどの如何にも健康によさげな物品が並べられる。曰く、どれもこれも気管や喉に良いらしく、これで声質も良くなるとのことだった。

「何だそれは。コカインか」

 銃の掃除を終えた大佐も話に参加する。彼の目には、プロテイン以外のサプリは麻薬に見えるらしい。

「違うわよ! コラーゲンとか、そういうのよ」

「さすがはにぼっしーちゃん。健康に詳しいね」

「にぼっしーって私の事?」

 私の目の前に並べられたサプリメントは見たことないものも含めて十種類はあった。すべて飲むことを考えると、胃のあたりがキュンとする。

「いきなり全部飲むのは無理そうです……」

「そう? まぁ、サプリ初心者には厳しいわね。メイトリックス大佐は何かアイディア無いの?」

「まず胸筋を鍛える」

「聞いた私が馬鹿だった。友奈は? 何か無いの?」

「そうだねぇー」

 友奈さんが首をぐるぐる回して考える。そして、「あっ!」と何かを思いついた。思い付いたら、お姉ちゃんに向き直って、ビシッと敬礼しながら言った。

「樹ちゃんの歌の練習のため、勇者部一同カラオケ屋さんに出撃することを具申します!」

「許可する!」

 お姉ちゃんはちょうど今度の遊戯会でやる劇の脚本に詰まっていたこともあって大大大賛成と言った感じだった。その場で明日、つまり土曜日、カラオケ屋へ繰り出すと宣言した。

「ジョンも来るわね?」

「OK!」

 ……余談だけど、大佐はYESもNOも「OK!」と答える場合があるので、とってもややこしい。ただし、NOの場合はOKと言うのと同時、銃を撃つ(もちろん麻酔弾だけど)。

「かかっしーも来るでしょ?」

「『かかっしー』ってまさか私の事?」

 夏凜さんはサプリを片付けながらフンッと鼻を鳴らした。

「くだらない、こんな有事にカラオケなんて。第一、勇者たる者、音楽に現を抜かすなんて、全くお笑いだわ。先代の勇者が見たら、彼女たちも笑うでしょうね」

「そうかな~。どう思う、東郷さん」

「さぁ、そもそも会ったことないし」

「まったく夏凜はさぁ、うちの妹が可哀想だと思わないの?」

 そう言われると夏凜さんはうっ、と後ずさった。でも、すぐに気を取り直して、

「知らないわよ!」

と言うと部室を飛びだしていった。

 夏凜さんが去った部室には、不穏な空気が流れていた。

 

※ 

 

 夏凜はその夜、ちょっとだけ後悔していた。

 みんなの手前あのような事を言ったが、実のところ彼女は人並みには歌は好きだった。カラオケなんかも、行ってみたいと思っていた。

 しかし、断ってしまった。もう少し素直になれたらいいのだろうが、勇者としての使命感がそれを許さない。

 ……しょうがない。

「明日はトレーニングしたりして過ごそう」

 彼女はそう思って床に就いた。

 

 

 寝坊した。

「しまった……」

 いつもは五時起きの彼女だったが、うっかり寝過ごして八時に起きてしまった。陽はすっかり昇り、ベランダの縁で小鳥がさえずっている。

「寝過ぎは身体によくないのに」

 彼女は慌てて顔を洗い、歯を磨いた。朝ご飯は昨日買っておいたパンと煮干し、サプリでいいだろう。

 そんな慌ただしい休日の朝を迎えていた彼女の耳に、何やら重厚な音が聞こえてきた。この音は……。

「ゴミ収集車だ。燃えるゴミって今日だったっけ!?」

 彼女は寝巻のまま慌ててゴミをまとめると部屋を飛びだし、階段を駆け下りた。早くしないと収集車が行ってしまうからだ。下に付いた時、幸いまだ収集車は行っていなかった。

「おーい! 待ってくれ! ちょっと! 待ってくれ!」

 夏凜は呼びかけながら走る。作業員が夏凜に気付いた。

「はぁ、はぁ、行ったかと思ったよ」

 夏凜はホッとした様子で言う。すると、作業員は帽子を脱いで、夏凜に言った。

「こういうケースは、前にもあったよなぁ?」

「げぇっ、犬吠埼姉妹!? しまったまた騙された!」

 今回も夏凜は麻酔銃で蜂の巣にされた。そしてぐっすり眠る夏凜を乗せると、収集車は朝の街を走り抜けていった。

 

 

「はっ!?」

 夏凜さんが目を覚ました。前回同様ひどく混乱しているようだ。でも、さすがに二回目ともなるとすぐに事情を察したようで、一つ溜息を吐いた。

「ここはどこ?」

「地球よ。よく来たわね」

「んなこと分かってんのよ!」

 東郷さんの小粋なジョークを一蹴すると夏凜さんは辺りを見渡した。

 ここはとあるキッチンで、私達勇者部は同じ食卓を囲んでいる。マンションのキッチンなこともあって、女の子五人にマッチョが一人となるとかなり窮屈だった。でも、整理の域届いた、綺麗なキッチンだ。

「……いやマジでどこなのココ」

「犬吠埼家よ。はい、サンドイッチお待ちどー」

 お姉ちゃんが大皿に載せたサンドイッチを卓の真ん中に置いた。

 今日はみんなでカラオケで行くわけだけど、朝食をここ犬吠埼家で一緒にとってから行こうという話になったんだ。

「風先輩のサンドイッチはとっても美味しいんだよ」

「和食派の私も風先輩のサンドイッチは好きだわ」

「サンドイッチを不味く作る方が難しいんじゃない?」

「うるさいわね。さ、みんなで頂きますの挨拶よ。はい、頂きます」

「頂きまーす」

 みんなでサンドイッチにかぶりつく。うん、美味しい。美味しいけど……。

「お姉ちゃん、これ中身何?」

「知らない方がいいわ」

 まぁ、お姉ちゃんが作るものだから変なものは入ってないとは思うけど。

 それにしても、勇者部のみんなでの朝食と言うのは初めてのことだった。キッチンは狭いけど、幸せな空気が流れている。

「そう言えば、夏凜まだパジャマなんだね」

 言われてみれば、私たちの中で夏凜さんだけがパジャマだった。

「しょうがないでしょ、アンタ達が急に拉致してきたんだから……そもそも、あんな騒がしいことやって、近所迷惑よ」

「大丈夫。了承は取ってある」

「えっ」

 夏凜さんだけが知らなかった衝撃事実である。残念だったな、ご近所みんなグルだよ。

 それに、夏凜さんがパジャマだろうが何の問題もない。

「夏凜ちゃんの服、持ってきたわよ」

 東郷先輩が綺麗に畳まれた夏凜さんの私服を取り出した。大人になったらきっと良い奥さんになるだろう。

「まって、何で東郷が私の私服持ってるのよ」

「この間突入した時に確保しておいたわ」

「私はアンタ達が怖い……」

 よしてくれぇ、恐れを知らぬ勇者だろうが!

 とりあえず、夏凜さんは私の部屋で私服に着替えて、勇者部一同準備完了となった。

 

 

 カラオケ屋さんは私達学生が良く使うお店で、リーズナブルなお値段と飲食類持ちこみOKなのが魅力。私達はコンビニで食べ物と飲み物をしこたま買い込んで部屋に入った。

「さぁ、バカスカ歌うわよ~」

 お姉ちゃんの掛け声に合わせてみんなで「いえーい!」と歓声を上げる。ただし、夏凜さんは少し照れくさげに、大佐は「とぁぁあああああ!」と叫んだ。

「一番、犬吠埼風! 『のっぽのサリー』歌いまーす!」

「いえーい!」

「とぁぁあああああ!」

 お姉ちゃんがノリノリで歌う。全編英語歌詞なのに、滑らかに歌いきる様は圧巻だ。

 ここのカラオケマシーンは歌を採点してくれる。高得点を取れば、店の入り口に名前が載る。

『初めての歌の採点をしてやろうか。96点だよ』

 順位は堂々の一位。凄い。

「次はジョンよ! バーンとやっちゃって」

 大佐のチョイスした歌は、某筋肉映画のエンディングだった。どんな映画かと言うと、筋肉モリモリマッチョマンな元軍人がさらわれた娘を救出するべく敵の潜む島へ殴り込み、ドンパチするというものだ。

 重厚な前奏が響く。

「I WILL——」

 重厚な音楽に負けないほど大佐の声は太く、力強かった。それでいて、歌は普通にうまい。採点結果は——95点。流石だメイトリックス。

 次に歌うのは東郷先輩なのだけども……私達は起立して背筋をピンと伸ばした。東郷先輩の歌を聴く時、思わずそうせざるを得ない。何でだろう。

 東郷先輩の歌が終わると次は友奈さんの番だ。

「夏凜ちゃん、デュエットしよう!」

「嫌よ」

 ツン、と拒否する夏凜さん。そんな彼女をお姉ちゃんが煽った。

「そうよねぇ~、高得点三人の後だと、歌えないわよねぇ~」

 夏凜さんの短所は煽り耐性がないことといえる。

「ふざけやがってぇ!」

 結局友奈さんと歌うことになる夏凜さん。三好夏凜怒りの熱唱である。

 二人は最後まで歌いきった。

「点数は!?」

『採点してやろう……95.853点だよ』

「おお、惜しい」

「なんで急に小数点以下の点数表示なのよ!」

 でも、友奈さん&夏凜さんも何だかんだで高得点だ。というか、音楽に現を抜かすのは云々言ってた割に可愛らしい歌を知っているものだ。

 次は私。ちゃんと歌えるかな。

「さぁ、樹の番だよー」

 私が歌うのは今度テストで歌う『ラテン農民のラップ』だ。モニターに陽気なお兄さんがリズムを取る映像が流れる。緊張で手に汗が滲んだ。

「ぶ、ブンツピツッピ、ブンツピツッピ……」

 こんな調子でも最後まで歌いきった私は我ながら凄い。

『初めての歌を採点してやろうか』

 採点装置がおじさんの声で語り掛ける。

『……63点だよ』

 リアクションに困る点数だ。いっそのことズバボーン! と低評価になればいいのに。

 お姉ちゃん以下勇者部面々もうーん、と微妙な表情をしていた。泣きそう。でも、先輩たちの評価は妙に分析的で、

「下手なわけじゃないよね~」

「なんというか、固すぎんじゃないの?」

「アルファ波が……」

 二年生トリオはうんうんと頭を振る。

「そうなのよ樹。アンタ一人っきりの時は歌すっごい上手いのよ。人前だと、緊張して上手く声が出せないのね」

「まさか……」

 でも、確かにひと前だと緊張して喉が引きつくような感じがするのは事実だった。それさえなければ、もっと上手になれるのかしらん。

「樹ちゃん、人々を芋だと思うのです」

 東郷先輩が突然伝道師か何かのような口調になった。

「芋が嫌なら石だと思うのです。そうすれば、救われるでしょう」

「そうだ。樹、緊張を和らげて歌を上手に歌えるようになるサプリをあげるわ」

「ヘロインか?」

「違うわよ!」

「ヘロインより良いものがある。ウォッカだ」

「未成年なんですけど……」

「じゃあ樹ちゃん、お父さん直伝の緊張をほぐすマッサージ、教えてあげる!」

 みんながずんずん迫って来る。怖い。

「そ、それより皆さん、もっと、ほら、歌を……」

「あっ! そうだねぇ」

 みんなは思い出したかのように曲名を入力していった。

 私はほとんど歌わなかったけど、みんなの歌を聴いているだけでもとても楽しかった。楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。

 

 

 帰りはそれぞれ自分の家に直帰となって、帰り路は私とお姉ちゃんの二人っきりだった。

「樹、練習出来? たって、ほとんど私たちだけで歌ってたわね」

 歌いまくったからお姉ちゃんの声はガラガラだった。

「ううん。でも、みんなの歌を聴いてるのは楽しかったよ。それにね」

 友奈さんや東郷先輩、夏凜さん、大佐が困っている私に一生懸命アドバイスしてくれたのがとてもうれしかった。私は、こんなにも素敵な人に囲まれてるんだなと実感できた。

「そっか」

 お姉ちゃんは優しく笑ってくれた。そして、それをすぐに満面のものに変えて、

「さぁ、今日の晩御飯は豪勢にするわよ。持ちこんだお菓子、全部牛鬼に食べられてお腹ぺこぺこなんだからさ!」

「そうだね!」

 今度の歌のテスト、ちゃんと歌えたら、もっと私は自信を持てるようになるだろう。

 

 

 翌日、私は夏凜さんから貰ったサプリを飲んで、マッサージした後、教室のみんなを石だと思いながらテストに挑んだ。

 結果、緊張して詰まることもなく、スムーズに歌いきることが出来た。自分では解らなかったっけど、先生も凄く褒めてくれて、友達やクラスメイトも一体全体突然どうしたんだと私を質問攻めにした。中には泣いてる子もいて、

「樹ちゃんのラテン農民のラップすごくよかったよぉぉぉ」

と言ってくれた。正直、あのラップで泣いちゃう人の感性は微塵も理解できないけど、とっても嬉しかった。

 

 放課後、私は教えてくれた先輩たちにお礼を言った。

「おかげでちゃんと歌えました。本当にありがとうございます!」

 すると、夏凜さんと友奈さんはハッハッハッと大笑いし始めた。

「あのサプリはただのビタミン剤よ。緊張を和らげる効果なんてないわ」

「え?」

「マッサージも肩こりに効くマッサージだよ」

「えぇ!?」

 私は仰天した。てっきりそういうものだと信じ込んでいたのに。

「要は、気の持ち様という事ね」

 東郷先輩も言う。どうやら私は一杯喰わされたようだった。

「良い先輩を持ったなー、樹」

「まったくだ」

 お姉ちゃんと大佐も言う。

 なんてこったい。全くお笑いだ。

 

 

 

 でも、このおかげで、私にも一つ夢が出来ました。

 お姉ちゃんにはまだ秘密だけど……いつかこの夢を胸を張って話したいと思う。そして、その時には後ろについているばかりじゃなくて、お姉ちゃんの隣に、一緒に立てるようになりたい。

 

 

 




 良い感じに話がまとまったかのように見えるか? いやぁ違うね、どうせ次回からは元通りだ。
 あとアニメ本編の話の前に少しやりたい話がある。BD特典のエピソードなんて最高だぜ。余裕の面白さだ、可愛さが違いますよ。そんなところに筋肉を放り込んでみろ、讃州中学がバル・ベルデになっちまう。



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6・眼だけが光ってた……人間じゃない

たくさんのお気に入りと感想ありがとYO!
どうでもいいけど、超絶今更サルゲッチュ2を買いまして。懐かしさで失禁しそうになりました。故郷の味だ。
後今回は自分でも何書いてるのかわからなくなる時がありました。とんでもなく変な文法やら誤字やら見つけた時は教えてください。さもなくば、娘のバラバラ死体が届くぞ?


 みぃんみぃんみぃん……。

「ミンミンミンミン喚きやがって! それしか出来んのかこの大根野郎!」

「こらこらジョン。蝉に怒っても仕方ないでしょうが暑苦しい」

 半ドンの放課後の勇者部部室は灼熱地獄といった体で、立っているだけで溶けてしまいそうだった。アフガニスタンを思い出す……。(注・国立アフガニスタン臨海公園の事。一面砂場で、夏はくっっそ暑い)

 今日の活動内容は今度の老人会でやる劇の練習兼舞台装置製作。演目は『プレデター』。内容は、友奈さん演じるダッチ・シェイファーと夏凜さん演じるプレデターの壮絶なバトル。夏凜さんは死ぬ。

 二人が東郷先輩の演技指導の下で練習している傍ら、私と大佐は舞台装置の製作。この暑さで鋸を扱うのは、か弱い私には地獄だった。下着は汗でびっしょり。大佐みたいに上半身裸にでもなればいくらか涼しくなるだろうけど、私はまだその辺の理性を残している。ていうか、大佐の筋肉から発せられる熱で余計に暑い。

「ほら夏凜ちゃん! もっと『ペギャー!』ってしなきゃ」

 東郷さんの演技指示が飛ぶ。

「もう少しわかりやすく説明しなさいよ!」

 みんな熱でぐったり。夏凜さんの声にもなんだか張りがない。友奈さんもいつもより元気がなかった。

「あっついねー」

「そうね。でも、旧世紀はもっと暑かったらしいわよ?」

 何でも、夏の湿度が高かったらしい。つまり、街中がサウナ状態だったというわけだ。

「湿度ってわかる夏凜ちゃん? 空気のジメジメ度だ」

「友奈ぁ、アンタ私の事馬鹿にしてるでしょ」

「ご冗談!」

「変な掛け合いしてないで~」

 そういうお姉ちゃんは机に向かって書類整理とホームページ管理の真っ最中。動いていない分一件楽そうに見えるけど、勇者部の誇る無駄にハイスペックなコンピュータからの排熱はお姉ちゃんの精神を確実に蝕んでいた。

 そんな私達をどうにかこの世へ繋ぎ留めているのが、彼、扇風機先生だ。

「あぁあぁあぁあぁあぁ」

 身体が限界になると、みんなが揃って先生の前に膝をつく。先生は首を振って、勇者部部員に幸せを振りまいてくれるのだ。

「文明の利器だね~。先人は偉大だわ」

 お姉ちゃんも作業を放り出して先生の前に膝をついた。ちなみに大佐は身体に水を打ちつけることで暑さを凌いでいる。私たちにはまねできない芸当だ。性別的に。

 低い唸り声と共に清涼感を送り続ける先生。

「あぁあぁあぁあぁあぁ」

「いぎがえりまずねぇぇぇ」

 しかし、扇風機先生の絶頂期は割かし早く終焉を迎えることになる。

「あ、あれ?」

 扇風機先生の風圧が消えた。

「先生!?」

「扇風機先生が気を失った! 衛生兵! メディーック!」

「動けこのポンコツが! 動けってんだよ!」

「うるせえええええ!」

 私達の変なテンションで教室の気温が一度ほど上がったような気がした。

 それにしても、なぜ先生は急に活動を停止してしまったのだろう。バーテックスの襲来……でもないし。外では蝉合唱団が勢力を拡大させている。 

 天井を見ると、部室の電気も消えていた。

「停電ね」

 東郷先輩が呟く。廊下の方でも先生や他の生徒がガヤガヤ言っていた。

「こんなときに停電とは、間が悪いわね」

「こんな時だからこそ停電したのよ。発電所が電力消費に追いつかなかったのね」

 なるほど、そういうことか。

 でも、そうとは言え、この暑さで扇風機なしというのは厳しい。部室もそんなに広くないから、窓を開け放っていても熱がこもる。

「俺が扇風機になろう」

 そう言い出したのは我らがメイトリックス大佐だった。両手に団扇を装備している。

「こんなの扇風機じゃないわ! 羽のついた筋肉よ!」

「だったら扇げばいいだろ!」

 夏凜さんの指摘を一蹴すると大佐は両腕を振って風を起こし始めた。団扇とは思えない強風が部室内に吹き荒れ、プリントは宙に舞い、戸棚のガラス戸はカタカタ震えはじめた。

「やることが派手だねぇ」

 感心するお姉ちゃんだけど、部室内は大惨事だ。大惨事大戦だ。

「ストップ、ストーップ!」

 友奈さんの叫びで大佐は扇ぐのを止めた。散らばったプリントは床に季節外れの雪景色を生み出している。

 私達はそんな雪かきを終えると余計に汗をかいた。大佐はどことなく筋肉をすぼめてシュンとしている。良かれと思ってやったことが裏目に出たからだろう。

 はふぅ、とお姉ちゃんは汗をぬぐう。

 その時、勇者部が誇るスーパーコンピュータに何やら依頼が飛び込んできた。ここのパソコンは急な停電によるデータ損失に備えて東郷先輩謹製の予備電源に接続されているのだ。東郷先輩はパソコンの前に移動するとキーボードを数回たたいて依頼を呼び出した。

「迷子の猫を探してほしいですって。かれこれ二日帰ってきてないらしくて」

 こういう場合、猫というのはほっといても帰ってくるものだ。二日どころか一週間姿を消す時もある。

 でも、このカンボジアが天国に思える暑さ(注・スーパー銭湯のサウナ『カンボジア』の事)から脱出できるまたとないチャンスだ。室温は、外よりも高かった。

「はい! 私が行きます!」

「樹ちゃん積極的だねぇ」

 友奈さんが感心そうに言う。こんな暑さから脱出できるなら、ただでも喜んでやるぜ。

 お姉ちゃんも少し考えた後、

「ま、こんな暑さじゃ舞台装置作りも捗らないだろうしね。ジョン、一緒に行ってやって」

「任せろ」

 どうやらお姉ちゃんは熱源の一つである筋肉を部室から追い出したいらしい。

 

 

 外は日照りがあったけど風がそよそよ吹いていて気持ちよかった。

「でもこの中を徒歩で探すのは骨が折れますね」

 猫の特徴や画像はスマホに入っている。とは言え日差しが強いこともあって探すのに骨が折れることには変わりない。私は大佐に「コンビニで飲み物か何か買いましょう」と提案しようとした。

 そんな私の視界にちょっと面倒な絵面が飛び込んできた。

 私達が校外に出るには校門を出る必要があるのだけど、その校門のあたりにこれ見よがしに不良中学生が三人屯していたのだ。

 この不良中学生というのは讃州中の隣の学校の連中で、無免許運転、喫煙、飲酒をして粋がっているような輩だ。警察も手を焼く、とってもめんどくさい人たち。そんな連中が、校門前にバイクを停めて塞いでいる。

「どうします? 裏門から出ますか?」

 私は大佐に言った。でも、大佐は一言、

「丁度いい」

とだけ言うと不良連中の方へ歩いて行った。

 不良たちは煙草を吸いながらぺちゃくちゃ喋っている。その内の一人が、大佐の姿に気付いた。

「おいおい、讃州中の真面目君だぜぇ」

「彼女なんて連れてるぜ」

「ヒュー!」

 『彼女』というのは私の事らしい。迷惑な話だ。

 不良たちはニヤニヤしながら大佐の近くに寄った。三人のリーダー格の男に大佐は表情一つ変えずに言う

「君のメットと、バイクが欲しい」

「財布も欲しいって言わねぇのかよ」

 へっへっへ、と下種な笑い声を上げる。リーダー格の男が笑いながら大佐の腕に煙草の火を押し付けた。根性焼きだ。きっと、こうやって弱いものを恐喝したりしてるんだろう。ヒデェ事しやがる。

 でも、煙草の火ごとき、大佐にとってはホッカイロ程度の熱さでしかない。何しろ彼には分厚い筋肉が付いているのだ。煙草の火にびくともしない大佐に驚きを隠せない不良たち。彼らはその後大佐に掴まれてまとめて近くの川に放り込まれた。

「これを被るんだ」

 大佐が私にヘルメットを手渡した。

「こんなことして大丈夫なんですか?」

「どうせ奴らは無免許だ」

「そりゃそうでしょうけど」

「出発するぞ。しっかり掴まってろ」

 大佐の運転するバイクは私を後ろに載せると唸りを上げて走りだした。私は大佐の背中にしがみ付く。しがみ付きながら、疑問をぶつけた。

「どこでバイクの乗り方なんて習ったんです?」

「大赦だ。必修科目だった」

「へぇ。じゃぁ、お姉ちゃんも乗れるんですか?」

 私が言うと、大佐は一つ笑って、

「おいおい、風はまだ中学生だろう」

 言われてみればそうだ。お姉ちゃんは中学三年生で、まだバイクの免許は取れない。当然の話だ。……なにか釈然としないけど。

 

 バイクでの移動は楽ではあった。でも、この町だけでも一匹の猫を探し回るのは大変で、道行く人に訊いて回ってもみんな知らないと答えた。

「樹、特徴はどんなだ」

「えっと、性別はオス、毛は茶、筋肉モリモリマッチョな猫で、名前はジョン……つまり、メイトリックス大佐みたいな猫です。」

「理解した」

 かなり特徴的な猫だということはわかる。でも、町は広い。

 私たちは休憩がてら、コンビニで飲み物を買うことにした。

「買ってくる。樹はバイクで待ってろ」

「はいです」

 大佐はコンビニの中へ消えていった。それとほぼ同時、道の向こうから「あっ」という声が聞こえた。見やると、先ほど大佐が川へ放してやった不良のリーダーがこっちへ歩いて来るのが見えた。全身びしょ濡れだ。夏だし、ちょうどよかっただろう。

「クソッタレが! さっきはよくもやってくれたな」

 不良はしきりにあたりを見回している。大佐がいないか確認しているようだ。さっき川へ落とされたので怖がっているのだろう。で、一緒にいたか弱い私を脅しているということだ。ただのカカシですな、全くお笑いだ。

「ふざけやがって、どうオトシマエつけるつもりだこのタコ!」

「すみません。そんなことより、こんな猫見ませんでしたか?」

 私にとっては違法行為をカッコいいと思っているカカシの相手よりも件の猫を探す方が大事だった。スマホで画像を呼び出して、不良少年に見せる。

「あ? 知るかよそんなの」

 知らないとなると彼は用済みなので鼻っ柱を一発殴りつけた。不良少年はぶっ倒れてそのまま伸びてしまった。

「……タコが」

 しばらくすると、大佐が飲み物を買ってコンビニから出てきた。

「プロテインを探していたら時間がかかった……こいつはなんだ?」

「ここに住んでるそうです」

「そうか」

 大佐は納得すると私にジュースを手渡してバイクを発進させた。ジュースの冷たさが最高だなオイ。

 

 

 時刻は四時半を回っていた。そろそろ部室に戻っておきたいところ。

 でも、猫がまだ見つかっていない……もっとも、放っておいてもいずれ見つかるだろうけど……依頼を引き受けた手前、放棄するわけにはいかない。

 私達はバイクを停めて如何にも猫がいそうな路地裏に足を踏み入れた。雨樋から流れてくる水の生臭さがしみる。

「どこにいるんですかねー」

「いいか、こっちが風下だ。近づけば分かる」

「どうやって? 匂いを嗅げとでも?」

「ああそうだ」

 そんな馬鹿な……と思っていた矢先、大佐が鼻をクンクン動かした。そして、

「来るぞ」

「えっ」

 その時、路地裏の過度に一匹の猫が姿を現した。茶色い毛に、筋骨隆々たる猫離れした肉体。顔立ちもどことなく知り合いのマッチョマンに似ている。間違いない、ジョンだ。ジョンは目を爛々と光らせて、私達を威嚇するようにひと啼き。

「な゛ーご」

 

 

「いたぞ、いたぞおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 私は思わず走りだした。猫は挑発するように尻尾を振って駆け出した。

 路地裏はゴミ箱やらが入り組むように置いてあって非常に走りにくい。比べて猫は小柄な分人間より有利だ。

 でも、今日の犬吠埼樹は一味違う。火事場の馬鹿力というのかは知らないけれど、この時の私は自分でも信じられないほどの運動神経を発揮していた。

 障害物は飛び越えて、水たまりは飛び越えた。そして、あっという間に猫を捕まえることが出来た。

「やった! 捕まえたぞぉ、大佐ぁ、捕まえましたよぉ!」

「な゛うっ!」

「いたっ」

 そんな私に対して猫は爪を立てて私の手を引っ掻いてきた。私は思わず手を放してしまう。猫は逃げ出して、私の手にはひっかき傷だけが残った。血がツーッと流れる。

「ジョーン! 何だこれは! 私をこんな安物の爪で引っ掻きやがって!」

「樹、落ち着け」

 人間の方のジョンが私の背中をさする。

 猫の方のジョンとは言うと、器用にも二本足で立って近くに落ちていた木の枝を持っている。

「来いよ樹、かかってこい」

とでも言いたげだ。

 ということで私はもう一度猫のジョンに飛び掛かった。いつまでもお姉ちゃんの後ろでウジウジしている私ではない。

 私と猫のジョンの壮絶な戦いは三分ほど続き、結果、ジョンが疲れてしまったため私の勝ちとなった。

勇者(コマンドー)を舐めんじゃねぇよ」

「よくやった樹」

 大佐が駆け寄って来る。

「はぁはぁ、ようやく捕まえましたよ」

「ごろな゛ーご」

 大佐に猫を手渡す。大佐の事だから筋肉で押しつぶしてしまうのではないかとも思ったけどそれは杞憂だった。大佐は優しく猫を持ち上げると、顔の高さまで持ち上げて顔をじっと覗き込んだ。

「な゛ーご」

「なんと……可愛い顔なんだ……」

「えっ」

 

 

 

 

 猫を飼い主のところに返して、部室に戻った頃には五時を回っていた。

「ただいま~」

I'm Back(戻って来たぜ)

 全身キズまみれの私と全身筋肉まみれの大佐はそう言いながら部室の戸を開けた。すると、

「キシャー!」

と、なぜかスクール水着でプレデターマスクを被った夏凜さんが『相手を戦士と認めて決闘を挑むプレデター』のポーズで出迎えてくれた。ストリップかな?

「どうしたんですか夏凜さん。暑さでおかしくなりましたか」

 夏凜さんが震えている。マスクの下にある顔は真っ赤に違いない。

「おかえりー。遅かったわね」

 そう言うお姉ちゃんも水着だ。

「どうしたの樹、血が出てるわよ」

「拭いてる暇もないよ。ところで、なんで水着?」

「メイトリックス大佐もいなくなったことだし、いっそ水着になっちゃおうって、風先輩が提案したのよ」

「さすが、風先輩は私たちの思いもよらないことをやってのけるよねぇ」

 もちろん東郷先輩と友奈さんも水着。

 特に東郷先輩は何がとは言わないが凄かった。上げ底に見えるか? あー違うなあらぁ本物だ、間違いねえ。

 そんな犯罪集漂う勇者部部室。

「初めは恥ずかしかったけど、まぁ、背に腹は代えられないから」

 夏凜さんがマスクを装着したまま腕を組む。その姿があまりにも意味不明すぎて思わず笑いそうになった。

「それにね、風先輩がアイスを買ってきてくれたんだー。美味しかったぁ」

 なるほどそれは良い。……ん?

「友奈さん、もしかしてお姉ちゃんったら水着のまま購買に行ったんですか?」

「えっ」

 その時、部室の扉が勢いよく開けられた。生徒指導の先生だ。

「ここの部長がスクール水着着て購買にアイスを買いに来たと小耳に挟んだんだが。まさか違うよねぁ?」

 残念ながら勇者部の内四人は現在進行形で水着着用中だ。言い逃れは出来ない。この後先生にみっちりお叱りを受けた。

 

 あと、何故か私まで怒られた。ふざけやがってぇ!

 

 

 

  

 




樹ちゃんが変だぁ? みんな変だろ寝言言ってんじゃねぇや。ぬへへ。


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7・ワイヤーに気を取られて、こっちは見落とすかも

アニメ五話に相当する話です。
今回はえらく早足な話だとは思うさ。でもアニメでも早足な話だったろう? 現実を受け止めろ。
このことを踏まえて。



 

 さて、突然だけど私達讃州中学勇者部はただいま最大の危機に直面しております。

 

 

 全ては、久々の樹海化警報から始まった。

 私たちはその時部室で秋の文化祭へ向けての話し合いをしていた。脚本も大まかな流れが決まり、配役も決定した。

「クローディアス、俺の親父を殺したのは……大間違い(ビッグ・ミステイク)だぜ」

 友奈さんが葉巻(チョコレート製。甘い)を咥えながら言う。この人の演技の幅の広さにはいつもながら驚かされる。

「友奈ちゃんカッコいいわよ」

「なんで友奈っていつも筋肉質な役回りなの? メイトリックス大佐にやらせたほうがスッキリするのに」

「もう夏凜ちゃんったら短絡思考なんだ」

 東郷先輩と夏凜さんも感心している。友奈さんの男前演技には定評がある。どうも彼女には『パトリック・ロドリゲス』というイケメン系の持ちキャラがあるらしい。

「大佐は舞台監督をやりたがってるから無理なのよ」

「ふーん」

 そんな時だった。アラームが鳴り響いたのは。 

 私達はそれを聞いて、野郎ぉぉぶっ殺してやあぁぁぁる! と戦意を高めていた。今日も哀れなバーテックスの亡骸が生まれるのだ。可哀想に(適当)。

 そして、一帯が樹海化した時、私達は地平線の向こう……神樹様の結界の外に、何と七体ものバーテックスが蠢いているのを目にした。

 おぉイエイエイエイエふざけんなこんなのアリかよマジで契約違反だ。七体一気に攻めてくるなんて全く冗談じゃないよ。

 

「でもさ、逆に考えれば、今日でまとめて倒せちゃうって事だよね」

 呆然とする私たちに友奈さんが言った。

 なるほど、そう言われればそうだ。こんなの、願ってもない好機だ。コイツは最高のイベントだぜ。

「そうね、ウジウジしてて何か解決するわけではないし。さ、みんな頑張るわよー」

「おー!」

 私達は円陣を組んで互いを励ましあった後、気勢をあげ、変身した。

 今日の大佐の装備はでっかいチェーンガン。背中に弾薬箱を背負って、相変わらずファンタジーの『ファ』の字もない。でも、何とも頼もしい姿だった。

「さー、おいでなすったわよ!」

 さっそく七体の内一体が高速で飛翔してきた。不気味なのか可愛いのか分かんないデザインの、深海魚的なバーテックスだ。刺身にするぞ。

「一番槍ぃぃぃぃ!」

 板前は夏凜さんだ。華麗な太刀裁きでバーテックスを見事な活造りにしてしまった。マズそう。そして封印を始めると同時、露出した御魂は大佐がチェーンガンで微塵にしてしまった。

「凄い威力ね」

『ショッギョムッジョ!』

 夏凜さんと義輝は感嘆の声を上げる。あんなの食らったら怪我じゃ済まないだろう。この調子で行けば、七体なんてあっという間に倒せてしまいそうだ。

 でも、慢心はいけない。こういった感じの『わざとやられに来た』みたいな敵は囮だったりすることもある。

「あっ!?」

 友奈さんが叫んだ。振り向くと、いつの間にかでっかいバーテックスが私達の後ろに立っていた。ほれみろ、ホントに囮だったじゃないか。

 そのバーテックスは大きなドームのような形状で、頭頂部に大きな鐘が吊るされている。緑っぽいし、クリスマスツリーの化け物のようだ。

 ふざけた見た目だったけど、攻撃方法は地味に強力だった。そいつは頭の上の鐘を鳴らして私たちを攻撃してくる。鐘が鳴るたびに発せられる不思議な波長が私たちの脳をかき回す。ずっと聞いていたら、間違いなくおかしくなってしまう。

「ぐううう……」

 みんな頭を押さえて苦しがる。大佐はなぜか平気なようだったし、東郷先輩も音の影響外にいた。でも、二人とも別々のバーテックスの相手で私たちの援護どころではない。

 私はこれまで色んなバーテックスを見てきたけど、こいつほどふざけたバーテックスは流石に初めてだ。歌や音楽は元々人を幸せにするためにあるものだ。それを作りだす音をこんな風に使うなんて。ふざけやがってぇ!

「やめろクリスマスツリー!」

 頭の中の『ガンガン』をどうにか押さえ込んで私はワイヤーをバーテックスに発射した。どうやら私自身扱いが上達してたみたいで、四本のワイヤーはバーテックスの鐘にぐるぐると巻き付き、がっちり固定した。

 鐘の音が止む。

「でかした樹!」

 お姉ちゃんが飛びあがって、クリスマスツリーのバーテックスを両断する。んでもって封印の儀でベロリンチョと顔を出してきた御魂をバッツリ切り裂いた。

「どーよ!」

「流石ね犬吠埼風」

 これで倒したバーテックスは二体。始まって二千文字も行っていないのにご覧の有様だから、バーテックスも大したことない。

「この調子で行くわよー。東郷、首尾は?」

 お姉ちゃんが訊くとスマホから威勢のいい返事がかえって来る。

『交戦中ですけど、どうにかなりそうです』

「ご立派! ジョンは!?」

『ゲリラ基地を制圧!』

 戦局は良好らしい。

 でも、バーテックスは囮を使ったりと様々な戦術を駆使するようになっている。油断は禁物だ。

「!? お姉ちゃん危ない!」

 そんなことを思っているそばからお姉ちゃんが背後から襲われた。そいつはデカい水玉を抱えているバーテックスで、その水玉でお姉ちゃんを包み、天高く放り投げた。

「もががが」

「風先輩!?」

 敵はお姉ちゃんを溺死させたいらしい。ヒデェ事しやがる。

 水だから絶大な切れ味を誇るお姉ちゃんの大剣も空しく水を切るだけで、しかも面積が広い分上手く振るえないようだ。

 勇者(コマンドー)は神樹様から神の力を得ている。だから、理論上あのバーテックスの水を全部飲み干すことだって可能だ。でも、普通の脳みそをしていたら、そんなことはしない。

「ああ、お姉ちゃん……!」

「もごごご」

 絶体絶命だ。助けたいけど、私のワイヤーじゃ何もできない……。お姉ちゃんの葬式の喪主なんてヤダよ、私……。

 もはやこれまで、と私達はらしくもなく諦めかけた。

 その時。

「んんんんぬおおおおお!」

 溺死寸前だったお姉ちゃんの身体が突然まばゆい光を放ち始めた。その光に導かれるように、神樹様の根から細い枝が伸びている。そして光が晴れるとそこには。

「お姉ちゃん!? そのカッコは!?」

 なんか衣装のカッコよくなったお姉ちゃんがいた。お姉ちゃんは大剣をひと振りすると水を薙ぎ払い、私の側に降り立った。

「お姉ちゃん、いったい何があったのか説明して頂戴!」

「これはアレね、『満開』ってやつね」

「まんかい?」

 そういえば、アプリの説明に書いてあった気がする。勇者(コマンドー)は経験値をためると『満開』して、更に強くなることが出来る……と。

「ふふ~ん、どうよ、夏凜&ジョン」

「ま、まぁまぁ凄いんじゃないの?」

「すごぉい! こいつはカッコいいな!」

 夏凜さんと大佐もちょっぴり羨ましそうだ。大佐は勇者(コマンドー)じゃないから満開は出来ないんだけれども。

「私も満開できるかな」

「一応、樹もゲージ、溜まってるみたいよ?」

 夏凜さんが私の服を指さしていった。つまり、私も満開できるということだ。

「お姉ちゃん、満開ってどうやるの?」

「良く分かんないけど、変身の時と似たようなもんよ」

「なるほど。では、満開!」

 言うや、私の身体も光に包まれた。神樹様の根から、枝がうねうねと伸びてくる。中々どうしていやらしい動きをするもんだから、最初はストリップかな? とも思ったけど、どうやらこの根の先から神樹様の力を受け取れるらしい。

 果たして、私も満開を遂げた。

 服装はドレス調のものからどことなく巫女装束のような趣になり、背中には光背が付いていて、それには花が均等に並べられている。この花は、いつもワイヤーを吐き出していたアレのようだ。

「お姉ちゃん、どうかな?」

「すごぉい! こいつは神々しいな!」

 この満開というのは凄かった。力が無尽蔵に湧き出てくるような気がする。こんな力があれば、バーテックスも敵じゃないように思えた。

『もしもし、聞こえますか!?』

 東郷先輩が何かに気付いた。

「東郷、どうかした!?」

『一匹素早いのが神樹様の方に向かいました。私の狙撃でも当てられません……どうにかできますか!?』

「どうにかするしかないでしょうが!」

 お姉ちゃんはそう言うや私の方を見て、

「樹、頼んだわよ!」

「わ、私!?」

「ワイヤーの方が敵を捕えやすいから」

 なるほど。

 そうともなれば、ここは一つ頑張らなきゃ。

「カッコいいとこ見せましょ」

 私は飛び上がった。向うに、上半身をメトロノームのように振りながら疾走するバーテックスの姿が見えた。面白い見た目だ気にいった。倒すのは最後にしてやる。

 他の個体と比べると小柄で、見つかりにくいはずだ。

 ああいう輩は縄でとらえるのが一番。旧世紀の西部劇みたいに。

「えいっ!」

 無数の花弁から一斉にワイヤーが飛びだす。飛びだしたワイヤーは一つ一つ制御できる。私の脳がどうなったのかは知れないけど、この数を制御できるのは神樹様の力かな。

 バーテックスは御用となった。

「数秒前に最後に倒すと約束したけど」

 あれは嘘だ。

「お仕置きっ!」 

 ワイヤーに力を込めるとバーテックスはあっさり細切れになった。御魂も、ちんまりしたものが一つ出てきただけだったから、ワイヤーで貫いて壊した。

『樹やるぅ』

「もちろんです、勇者(コマンドー)ですから」

『それでだけどね樹、緊急事態よ』

 電話口のお姉ちゃんはおどけた調子だったけど、言葉の節々に緊張が走っていた。ふと、先ほどから結界の外にいたバーテックスに目をやる。

「な……なに、あれ……」

 私の目に飛び込んできたのは、バーテックスたちが合体しようとしている様だった。

 バーテックスたちは互いに身体をこすり合わせ、融合したり、または分離したりしている。まるでお友達みたいだね。ボディランゲージで愛情を示してる。って呑気なことを言ってる場合じゃない。

「ど、どうしよう……」

『私が弾幕張ります』

 私達が途方に暮れた時、上空に突然戦艦が出現した。

「見ろ! 象さんだ!」

「違うわよジョン。あれは東郷よ。満開したのね」

 東郷先輩の満開は色々凄かった。私達は武装が増えたり衣装が変わったりだったけど、東郷先輩はレベルが違う。たくさんの砲台を乗せた戦艦になっている。

 空中戦艦と化した東郷先輩は一斉に砲を撃った。紫色の砲撃が、合体したバーテックスの表面で炸裂する。やることが派手だねぇ。

「みんな、東郷に続いて!」

 お姉ちゃんの指示が飛ぶ。勇者部の一斉攻撃が始まった。

 バーテックスは合体することで私達勇者(コマンドー)に必死で立ち向かおうとしたのだろう。でも、それは無意味な努力というもので、私達はその程度でどうにかなっちゃうほどやわじゃなかった。

 特に人間戦艦(東郷先輩)人間武器庫(メイトリックス大佐)の攻撃が凄まじい。バーテックスの身体を回復させる間も与えずゴリゴリ削っている。

「なんだか、バーテックスが可哀想になってきた」

「こればかりは友奈に同意するわ……」

 可哀想には思っても、慈悲はない。だって、放っておいたら、世界を滅ぼされちゃう。

「さぁ、お次は封印の儀だ!」

 お姉ちゃんが吠える。私達は位置について、儀を始めた。

 すっかり弱ったバーテックスがベロン、と口を開け、御魂を露出させる……。

「何か御魂、デカくない?」

 夏凜さんが言った。

 『何か』どころの大きさではない。御魂のほとんどが宇宙空間に出てしまっている。

「おおっ、ホントにでけぇな! おお、ホントにでけぇな!」

「友奈ちゃんったら何で二回も言うの?」

「いや、これはさ、大事なことだから、ほら……」

 あまりの事に友奈さんのテンションも変なことになっている。

「でも、どうするんですか、これ……」

 私は封印を続けながらみんなに訊いた。ウーン、という唸り声が帰って来るばかりである。そんな中、大佐が一つ作戦を立てた。

「俺に良い考えがある」

 

 作戦はこうだ。

 まず、東郷先輩と友奈さん、そして大佐が御魂のある宇宙空間まで上がる。友奈さんは東郷先輩の空中戦艦に乗って、大佐はロックンローリングジェットなる装備で一緒に飛んでいく。

 次に、御魂の傍まで言ったら、友奈さんの勇者パンチで御魂に穴を開ける。

 そして最後に、

 

「俺がこの鉄パイプを投げつける」

 大佐はどこからともなく大きなパイプを取り出した。何故パイプなんだろう。

「このパイプは俺の装備の中で最強だ」

「そうなんですか」

「ああそうだ」

 何にせよ、時間がない。樹海の侵食は目に見える速度で進行している。

「行こう、友奈ちゃん!」

「うん!」

「行くぞ! ターボタァーイム!」

 三人は一斉に飛び立っていった。人類の未来と、一本の鉄パイプを携えて。

 

 

私達は封印の儀を続けながら空を見上げていた。ここからだと見えないけど、あそこでは三人が戦っているんだなぁと、しみじみと感じる。

「あっ、見て!」

 夏凜さんが叫んだ。

 堂々と浮かんでいた御魂から、シュコーッと蒸気のようなものが噴き出し始めた。大佐が鉄パイプを刺しこんだんだ!

「あの鉄パイプ何製よ……」

「鉄に決まってるでしょ。ほらほら二人とも、英雄たちのご帰還よ」

 御魂が砕け散った後、空には二つの流れ星があった。

 一つは東郷先輩と友奈さんだ。神樹様のご加護で大気圏も突破できるらしい。そしてもう一つの方は大佐だ。筋肉のご加護で大気圏も突破できるらしい。

「このままだと地面に激突するんじゃないの?」

 夏凜さんが不安げに言う。お姉ちゃんもそれに気が付いたらしく、慌てて、

「樹、ワイヤーでネットを張って、東郷と友奈を受け止めて!」

「大佐は!? いいの!?」

「どうせ平気よ」

 私は東郷先輩と友奈さんが落ちてくる進路上にワイヤーで網を幾重にも張った。これで減速してくれれば、地面に激突しないで済む。

 けれど、最初に張ったネットは全部突破されてしまった。

「ちょっとした隕石だよあれ」

「樹なら平気よ」

「そうそう。なんたって、私の妹だかんね」

 急いでネットを張りまくる。バーテックスを動けなくするほど固いワイヤーの筈なのに、バツンバツン切られていく。神樹様の力も重力には逆らえないのか。けど、勇者部五箇条にもある通り、『成せば大抵何とかなる』精神だ。必死になって網を張っていたら、どんどん減速してくれた。

「その調子よ樹!」

「とまれぇー!」

 そして、地面に激突する寸前、止まった。

「や、やった」

 思わずへたり込む。

 東郷先輩と友奈さんは大きな花のつぼみに包まれるように護られていて、その花が開くと、中から二人が出てきた。夏凜さんが駆け寄って安否を確認する。

「気を失ってるけど、無事みたいね」

「はぁ、よかった……」 

 胸を撫で下ろす。

「そういえば、メイトリックス大佐は?」

「ああ、アレじゃない?」

 お姉ちゃんが指さす。見ると、少し離れた空に大きな火の玉が流れているのが見えた。

「ちょっとした隕石だよあれ」

「ていうかただの隕石ですな」

 見ていると、大佐は私たちから少し離れた場所に激突した。ズシンという振動が地面を通して伝わって来る。

 私達は急いで墜落現場に向かった。

 墜落現場はちょっとしたクレーターになっていた。煙と水蒸気が立ちこめている。

「ジョーン、大丈夫?」

 お姉ちゃんが呼びかける。

 しばらくすると、煙が腫れてクレーターの中心に跪く形でうずくまる大佐の姿が見えた。

「えっ」

「は、裸!?」

 大気摩擦で服が焼けてしまったのか、大佐は裸だった。すっぽんぽんの大佐はやおら立ち上がって、辺りを見渡す。そして、私達の姿を認めると、しっかりした足取りで向かってきた。

 デデンデンデデン……デデンデンデデン……

「何か夏凜の方に向かってくるわよ」

「なななな何で私なのよ!」

 大佐はしなやかで筋肉質な四肢を見せつけるように歩いてくる。怖いわ露出狂のボディービルダーよ~。

 夏凜さんは顔を真っ赤にして必死に大佐の顔を見ている。下に目はやれない。私たちも上半身だけを見るようにしていた。

「…………」

「な、何よ……」

「……君の着ている服が欲しい」

「あげないわよ!」

 

 

 こうして、私達勇者部の御勤めは終わった。

 戦いの後、私達はすぐに病院に運び込まれた(大佐は警察署に連れて行かれそうになったがどうにかなった)。

 病院で診断を受けている時、私は声が出なくなっていることに気付いた。欠伸をしても、咳き込んでも、口から音の類が吐き出されることは無い。まるで、私の中から『声』という概念そのものが消失してしまったような……。

 お医者さんは長時間の満開で疲れとストレスが溜まったのだろうと言われた。その結果、声帯がどうにかなったらしい。幸い、不治のものではないらしいけど、しばらく不便な生活が続くだろう。

 

  

 

 

 

 

  

 

 

 

 




実のところ最初はカイジとかとクロスしようと考えてました。麻雀とかルール知らないのでやめたけど。
コマンドーもブラック・ブレットとクロスするはずでした。
それが巡り巡ってこうなったわけで、何というか、世の中わかんないですね。


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7.5・鷲尾須美はコマンドーである

今回は時間を遡りーの。
鷲尾本読んでない人にはちょい不親切かも


「撃たれたわね、血が出てるわよ」

「拭いてる暇もねぇよ」

「何はともあれ、追い返せたねぇ~」

 三人の少女が、橋の上で『壁』を見つめながら言い合った。三人は重大なお役目を受けた勇者(コマンドー)であり、たった今、そのお役目をとりあえず成し遂げたところなのだ。

 お役目……それは、人類の敵、『バーテックス』を神樹様に近づけないこと。もしもバーテックスが神樹様に接触したら、なんやかんやで人類が滅びる。

 彼女たちは幼いながらもそのお役目を見事果たすことが出来た。今回で追い返したのは二回目。それぞれ、良くもこんなとんでもない事をやってのけたものだと自分で驚いていた。

「凄いね~私達。不死身のトリオ!」

「おっ、園子中々のセンスじゃん」

「どうしてトリオなの? 三勇士にすればスッキリするのに」

「も~、わっしーったら古いんだ」

 三人は互いに顔を合わせて笑い合った。 

 この三人は元々それといった接点はない。性格もまるで違うし、趣味も違う。大赦から与えられたお役目こそが、彼女たちの共通点だった。

 そんな彼女たちは、共に戦う中で成長し、短いながらも友情を深め合うことが出来た。

 少女たちは名前をそれぞれ、鷲尾須美(わしお すみ)三ノ輪銀(みのわ ぎん)乃木園子(のぎ そのこ)といった。

 これは、三人の勇者(コマンドー)の、友情と、別れの物語。

 

 時間は、ちょっとだけ遡る。

 

 

 

「イネスのジェラートだぁ激ウマだでぇ!」

 銀が須美と園子に向かって楽しそうに言う。

 初めての戦いの後、この三人は今ショッピングモール『イネス』の一階にあるフードコートに初勝利を祝いに来ていた。

 祝勝会を提案したのは須美だった。彼女たち三人はバーテックスを追い返すお役目を持つ者同士という共通点しかない。本来は特別仲がいいわけではない、むしろ苦手意識すら持っているような仲だった。で、あるから、祝勝会なんかをやって、チームの結束力を高めようと思ったのだ。

 その提案に銀と園子……特に銀は大賛成した。イネスに行こうと言い出したのも銀である。

「あぁ~、美味しい。私クレープより美味しいお菓子があるなんて知らなかったよ~」

「私なんて、こんなところでこんな風に食べること自体初めてで……」

 園子と須美はそれぞれメロン味、宇治金時味のジェラートを食べている。

 須美なんかは厳格な家で育ったこともあって、フードコートのようなところに来たことすらなかったし、洋菓子のような類は生まれつき苦手だった。しかし、この宇治金時味のジェラートはそんな彼女のアイデンティティを崩壊させるに十分すぎる美味しさを秘めていた。  

「はふぅ、幸せ……メロン味大正解だよ~。クセになりそう」

「宇治金時味も素晴らしいわ」

「喜んでもらえて良かったよー。でもね、ここでアタシ一押しなのがこの醤油味」

 銀は手に持つ黒っぽい色のジェラートを指差していった。よっぽどお気に入りらしく、須美に一口食ってみろと強く薦める。

「どんな舌が肥えてる方でも大丈夫。ささどうぞ食べてみてください」

 須美は渋りながら(誰かの食べているものを分けてもらうというのは、彼女的に少々はしたないことだった)、一口含んで、舌の上で吟味してみる。

「余裕の味だ。素材が違いますよ」

「うーん……何というか……難しい味ね……」

 しかし、返事は銀の期待したものと違った。銀は首を傾げてあれれ~、という。

「ミノさんミノさん、私にも一口頂戴」

 園子も食べてみることにしたらしい。余談だが、彼女は須美の事を『わっしー』と呼び、銀のことを『ミノさん』と呼ぶ。

 銀はスプーンに一口ジェラートをすくって園子の口に運んでやった。

「んむ、んむ……はぁ~美味し~」

 園子はほっぺたを押えて顔を輝かせる。

「おっ、本当か、ええ?」

「いや、実を言うと真っ赤な嘘だ」

 園子は案外お茶目な女の子なのだ。

 とりあえず、醤油味のジェラートはあまりにも大人の味だったということだ。

 

 ジェラートを食べ終わった三人は銀の案内でイネスの展望台へと上がった。銀が言うにはお金をかけずに楽しむことが出来ることがあるらしい。

「わぁ……」

 屋上に上がった三人の目に飛び込んできたのは絶景だった。

 イネスは瀬戸内海に面するような形で建っており、屋上からは彼女たちが戦った場所である瀬戸大橋が見える。夕日に照らされた水面と大橋は美しく、思わず声が洩れた。

「糞溜めみたいなところだ」

「園子さ、さっきからアタシにケンカ売ってる?」

「冗談だよ~」

「綺麗なものね」

 三人には、自分たちが昨日あそこで死闘を繰り広げたということがにわかに信じられなかった。しかし、あれは夢ではない。間違いなく現実だったし、だからこそ、あの橋を壊されないようにしなければならない。

「あの橋を突破されたら、街に被害が出る」

 そのような現実的な問題もあるし、

「この町のシンボルだからね~」

という精神的な問題もある。

「いずれにせよ、ぶっ壊されないようすればいいんだよ!」

「そうね。そのためには、これからも訓練を重ねていかなきゃならないわ」

 須美が顔を引き締めて言う。園子も「そうだね~」と同意する。

「モチのロンよ。休日も訓練ってのは面倒だけど、神樹様がデストロイされたらおしまいだもんね。頑張らにゃあかん」

 三人は夕日を背景にこれからも鍛錬を怠らないよう誓い合った。

「特に銀なんて、学校みたいに遅刻しちゃダメよ?」

「分かってるよ! さすがに訓練に遅刻なんてしない!」

 

 

「遅刻しないと言ったな、あれは嘘だ」

「ふざけやがってぇ!」

 一週間後、銀は訓練に遅刻してきた。銀は三回に一回は遅刻してきている。さすがにこれは目的のためのやむを得ない遅刻ってレベルじゃないと須美はプンスカ怒っていた。

「銀には勇者(コマンドー)としての自覚が足りてないわ」

 須美は規律に厳しい。

「規律が全てよ。守らないものは……罰を受ける」

 罰というのは今のところ実行されてはいない。なんでも、蛇を生飲みするみたいなトンデモないものだという噂がある。

「何で遅刻したの?」

「いや、それがさ——」

 銀は頭を掻きながら説明しようとした。が、

「——いや、言い訳はしない」

「良い心がけね。でもだからと言って……」

 以降、須美の説教が続く。

 その後ろで、園子が気持ちよさげに眠っていた。

 

 

「遅刻の真相を探りましょう」

「お~」

 ある休日の朝、須美と園子は銀御自宅の前でコソコソしていた。ちょっと間違えれば立派な不審人物だが、まだ齢十二であるから、周りの大人たちには微笑ましく映る。

 須美としては、何故銀がこうも遅刻するのかを突き止めておきたかったのだ。もし何かのっぴきならない事情があるなら、同じ勇者(コマンドー)として、そして友人として、助けてあげるなりしなければならない。

「出発よ。五メートル間隔、音を立てないで」

「ねーわっしー」

「静かに!」

「何で私達ギリ―スーツ着こんでるの~?」

「身を潜めるためよ」

 神世紀の世ではギリ―スーツの小学生は微笑ましい存在として認識される。旧世紀では国家権力が召喚されてもおかしくないが、認識は数世紀の内に変わっている。

 二人はコソコソ動きながら銀の自宅の垣根に顔を突っ込んだ。

 銀の家である三ノ輪家は大赦内でも発言力の強い家系だ。しかし、家庭自体はそれほど裕福なわけでもなく、それが同じく大赦の有力家系である鷲尾家、乃木家との違いであった。

 銀の家は庭のついた品のいい日本家屋で、どことなく磯野さんの家を彷彿させた。

「ねーねー、わっしー」

 園子があることに気付き、中庭を指さす。

 そこでは、銀と小さな男の子が仲良さげに遊んでいた。銀には弟がいると聞いている。恐らく、その子だろう。

「あんな小さな弟がいたのね」

「あっ、今度は洗濯物干してる」

 銀は洗濯を終えると弟をあやしながら掃除を始めた。なんと、働き者なんだ……。

「私あんなのやったことないや」

 園子は少し尊敬の念を含ませて呟く。乃木家は大赦で最も発言力のある家で、財産も呆れるほどにあった。そのため家事などは家政婦や女中が全部やってしまう。園子にとって、家事手伝いをする同世代の子は新鮮だったのだ。須美は家事手伝いはするが、銀ほど本格的にはやらない。

「今度はお使いに行くみたいだよ~」

「後を付けましょう」

 須美と園子は足音を立てることなく銀の後をつけた。

 

 この後二人が見た光景は驚くべきものだった。

 

 彼女が近所のスーパーに到着するまでの五百メートルという短い距離で、様々なトラブルに見舞われたのだ。

 まず、彼女の目の前で男の子の乗った自転車が横転し、それを介抱してあげていた。

 次に、おばあさんが腰を痛めていたので荷物を持ってあげていた。

 更に、『真紅のジハード』を名乗るテログループが「これがなんだか分かるか?」と訊いてきたので「ソ連製のマーヴⅥだ」と答えてあげていた。

 

「これって、トラブル体質ってやつかなぁ?」

「遅刻する理由がわかったわね」

 須美は警察にテロリストがいることを通報しながら答える。

「あっ、ミノさん曲がり角曲がっちゃった」

「なんですって。追うわよ」

 二人は慌てて銀の曲がった曲がり角に向かった。しかし、ここで須美がハッと気づく。

「そのっち! 止まって!」

「え~?」

 園子は笑いながら曲がり角に躍り出た。その次の瞬間、物陰から突如として鉄パイプが振り下ろされ、園子の腕に直撃した。

「おおおおおおおお!?」

 突然の出来事と激痛に耐えきれず園子はのた打ち回った。

「あれ、園子?」

 鉄パイプを振り下ろしたのは銀だった。のたうち回る園子を見てポカンとしている。

「銀!」

「あれ、須美も」

 銀は少し驚いた後、鉄パイプで肩を叩きながら「もー」と頬を膨らませた。

「背後から迫ってくるから不審者だと思ったじゃん」

「ごめんなさい。でも、私たち銀の遅刻の理由を知りたくて……もし事情があるなら、手助けしたかったから」

「そういうことは口で言えよー……でも、ありがとな」

 銀は照れたように笑う。そんな彼女の足元では園子がようやく落ち着きを取り戻したところだった。須美がそんな園子に肩を貸そうとする。

「ほらそのっち起きて」

「あ、ありがとう」

 立ち上がった園子に銀は謝罪する。

「ご、ごめん園子、気付かなくて」

「も~ミノさんったら~」

 園子はずいっと銀に顔を寄せた。

「今度やってみろ。殺すぞ。おおん?」

(最近のそのっち、キツイや……)

 

 そんなこんなしていた時だった。

 

「……!?」

 三人の体をある違和感が貫いた。

 これは、バーテックスが襲来したとき特有のアレだ。周りを見ると、落ちる葉っぱが空中で静止していた。

「来たわね」

 須美が呟く。樹海化が進み、街を木の根が覆い尽くしていく。

 

 三人は勇者(コマンドー)に変身すると大橋までピョンピョン飛んでいった。

「スピードが命だ一時間で済ませよう」

「一時間もあれば余裕っしょ!」

「大橋が見えてきたよ~」

 神樹の樹海化は全四国を覆い尽くすものだ。しかし、大橋だけがその影響圏外にある。そこだけ神樹の力が弱いのだ。バーテックスはそこから侵入してくる。三人にとっての主戦場が大橋なのはそれが理由で、大橋以降の樹海で戦い、樹海に傷をつけでもしたら現実世界に影響が出る。

 大橋の向こうには、天秤みたいな奇天烈デザインのバーテックスが見える。

「なんだいありゃ」

「なんと……面白い見た目なんだ……」

 園子と銀が慄く……いや、慄いてはいない。

「見た目に気を取られてはだめよ。それと」

 須美は銀をズビシと指さして、

「銀は遮二無二突撃しちゃだめよ」

「わかってるって。訓練通り、な?」

「わかってるならよろしい。さ、戦闘開始よ!」

「久しぶりに味わうスリルだわっしー!」

(そのっちのキャラぶれぶれだなぁ)

 三人は位置についた。双斧が武器の銀と槍が武器の園子がフォアードで、弓が武器の須美がバックアップだ。

「それじゃ、まず私が射掛けてみるわ」

 須美は矢をつがえた。

(私の弓で決着をつけられるなら!)

 パシュン! という軽快な音とともに矢は放たれる。神樹の力を得ている矢は放たれた瞬間数本の光の矢に分かれ、空気を切り裂きながらバーテックスに直進する。須美渾身の一撃だ。

 が、矢はバーテックスに直撃する寸前で天秤の両側についている分銅に磁石よろしく吸い寄せられ、本体にダメージを与えることはなかった。

「なっ……もう一度!」

 弓をつがえ、放つ。しかし、結果は同じで、矢が敵の体を貫くことはなかった。

「くっ……」

 敵は、進撃をやめない。

 と、ここで園子が『ピッカーン』と閃いた。

「あそこの細い部分、脆いんじゃないかな」

 園子の示した場所は天秤の接続部分だった。なるほど、確かに脆そうなデザインをしている。

「なるほど」

「そうとわかれば~! ミノさんは左から!」

「おうよ!」

 二人は左右に分かれてバーテックスに両サイドから切り込もうとした。

 しかしここで、バーテックスは二人の意図を察したのか、分銅を振り回すように大回転を始めた。まるで竜巻のように風が巻き起こる。二人はたまらず吹き飛ばされる。

 おまけに先ほど須美の放った矢をそのまま三人に向かって放ってきた。 

 須美はかろうじて弓を避けたが、避けた矢は樹海へ飛翔していき、突き刺さった。

「わ、私の矢が樹海を……!」

「ヒデェことしやがる」

「園子、なんか手はないのか?」

 バーテックスは回転を速めて本格的に竜巻と化していた。これでは、手も足も出ない。困った。

 と、ここで再び園子が『ピッカーン』と閃いた。

「台風の目みたいにさ、頭の上がお留守なんじゃないかな~」

「おお、園子ナイスアイデア」

 それを聞くや銀は突撃の態勢に入った。しかしそれは目に見えて無謀な挑戦である。

 須美は止めようとした。

「考え直せ! 飛べば竜巻に巻き込まれてグチャグチャよ!」

「その通り!」

 銀は跳躍した。突風とバーテックスの攻撃が銀の身体を切り裂く。

「いってぇぇぇ!」

 しかし、それでも彼女は退く事なく敵に会心の一撃を撃ち込んだ。バーテックスの回転が止まり、ふらふらと身体を揺らす。

「今だよ!」

「りょーかい!」

 園子は素早くバーテックスの懐に潜り込むと槍撃をお見舞いし始めた。須美も矢が吸い取られない至近まで近づいて射ちまくる。

 あとはもうひたすらゴリ押しだった。そして、いくらか経った後、バーテックスはこりゃ堪らんといった様子で大橋を引き返して行った。

 大橋には、息も絶え絶えな三人の少女だけが残された。

「撃たれたわね、血が出てるわよ」

 須美が銀に言う。

「拭いてる暇もねぇよ」

 銀が応える。

「何はともあれ、追い返せたねぇ~」

 園子はほっと胸をなでおろす。

 三人はバーテックスが壁の向こうにすっかり消えるまで敵に目を向け続けていた。

 そして、完全に姿が見えなくなってようやくハァと息を吐いた。

「銀、ほんとに傷、大丈夫なの?」

「大丈夫だといってるだろうが!」

 とにかく、今回も勇者(コマンドー)三人に軍配が上がった。

「凄いね~私達。不死身のトリオ!」

「おっ、園子中々のセンスじゃん」

「どうしてトリオなの? 三勇士にすればスッキリするのに」

「も~、わっしーったら古いんだ」

 樹海化が溶けていく。変身を解いたら、銀は血まみれスプラッタだった。よくもまぁ生きていられるものだ。

「死んでんじゃない?」

「生きてるよ。それにしても、今回は園子が意外な能力発揮したナァ」

 血まみれの銀は笑っていった。それには須美も同意する。今回の戦いは園子の指揮のおかげと言って過言ではないだろう。

「えへへ、そ~かな~」

「そーそー。ちょっと意外だったよ」

 銀は笑って続ける。

「だっていつもの園子は何考えてるかわかんなくてのんびりポヤポヤ~としたただのカカシにしか見えないもん」「え~?」

 言うや、そんな銀に園子は顔を寄せた。

「私を怒らせると怖いぞ? 本当だ」

 

 

 

 

 




そのっちのキャラがブレブレなのは特に理由はない。趣味です。
でも「私を怒らせると怖いぞ?」は割と原作通りの性格だったりじゃなかったり。


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8・おたくみてえなイイ女はもっと遊ばなきゃだめだよぉ

 事前に入っておくと、今回のラストはコマンドーとのクロスssのくせに『プレデター』を見ていないとわけわかんないかもしれません。
 ていうか、見ててもわけわかんないかもしれません。
 だって俺自身良く分かってないもん。


 戦いが全部終わった後に私達を待っていたのは、ありふれた日常だった。

 検査の結果、私達の身体には目立った外傷とかは無くて、問題なしの健康体だと言われた。ただ、私とお姉ちゃんはそれぞれ声と右目の視力を、後から聞いた話だと、東郷先輩は左耳の聴力を、友奈さんは味覚を一時的に失っちゃったけど。

 そう一時的……一時的なものだ。私たちにはまだ沢山時間がある。私達が身体に不自由を感じるのはその長い時間の中の一時でしかない。

 だから、何も憂いる必要はない。

 仲間たちとの今を楽しんで、明日に夢を見て、私達は——。

 

 

 

 

 

 

 

 海。それは人類の故郷。

 偉い学者さんが言っていた。全ての生き物の祖先は、この広大な海から生まれたと。そう思うと、私たち人間はこの世界とつながっているんだなーと実感できる。

 空を飛んでいるカモメ(らしき鳥)も、浜辺にうち上げられたナマコも、向こうで一人ノルマンディーをしている筋肉も、みんな兄弟姉妹なんだ!

 そう、私たちは今海に来ている。私達勇者部は『合宿』と称して一泊二日の県内旅行をしているのだ。大赦の人たちが、私たちへのご褒美ということでセッティングしてくれた。

「おー、樹が哲学的思考に耽ってる~」

 お姉ちゃんはビニールシートの上でかき氷を頬張りながら言った。右目の視力を失って以来、お姉ちゃんは海賊みたいな眼帯をしている。

『その眼帯気にいってるの?』

 私はスケッチブックを使って会話する。

「そうよー」

 そう答えるや、お姉ちゃんはスクと立ち上がってフハハという笑い声を上げた。

「四国は我々の国だ! 今すぐ、出て行け、死か自由かだ!」

「何くだらない事してるのよ」

 ノリノリのお姉ちゃんに声を掛けたのは夏凜さんだ。太陽に背を向けて逆光になっている。鍛えていることもあって水着の時のスタイルが良い。

「も~、せっかく『超大国から祖国を護ると言いつつ結局はうどんの密売がしたいだけのテロリストこと四国解放軍の首魁』になり切ってたのに~」

「えらく具体的ね。そんなことより、勝負よ、犬吠埼風!」

 夏凜さんがズビシとお姉ちゃんを指さす。勝負、というのは泳ぎの勝負だろう。夏凜さんは散々お姉ちゃんにからわれてきたから、ここで見返してやろうと思っているのだ。なんでも、夏凜さんの泳ぐスピードは選手並みだとか。

「ふふん。夏凜、私に勝てると思ってんの?」

「な、なによ」

「私はね、『羽のついたカヌー』の異名を持つのよ」

「な、何ですって……!?」

 初耳だ。どうせ口からの出まかせだろうが。異名自体は全然カッコよくないのに、お姉ちゃんから溢れ出る無根拠な自信に夏凜さんは圧倒されていた。

「ちなみにジョンは『THE・肉体派』とか呼ばれてるわね」

「な、何ですって!?」

 これは聞いたことがある。ちなみに『鉄骨州知事』とも呼ばれているらしい。夏凜さんは私に顔を向けて、

「樹、私にも何かいい異名とかない!?」

 えっ、突然振られても……。

『にぼっしーとか、かかっしーですかね……』

「もしかしてそれ流行させようとしてたりする?」

「ま、いずれにせよ、異名というのは、経験を積んだ人間にこそ相応しいのよ!」

「何よ、私と一歳しか違わない癖に!」

 一触即発(お姉ちゃんはワザとそうしてるみたいだけど)だ。こんな時、頼りになるのは友奈さんと東郷先輩である。

「スイカ割りしましょ~」

 そう言いながら二人はスイカを運んできた。それにしても、東郷先輩の胸とスイカがほとんど同じ大きさなのには度肝を抜かれた。

「大型機、十一時の方向……ひゅ~」

「で、デカい……」

 一触即発な雰囲気だった二人(燃えてたのは夏凜さんだけなんだけど)も東郷先輩の胸に目を奪われる。いったい何を食べたらあそこまで大きくなるのやら。

 このスイカも大赦が用意してくれたものだ。ホント、至れり尽くせり。

 大佐も呼んで、勇者部スイカ割り大会が始まった。一発目は私、犬吠埼樹。目隠しをして、夏凜さんから借りた木刀を構える。

 太陽は強く照っているはずなのに、視界は真っ暗で、左右どの方向にスイカがあるかさっぱりわからない。

「そのまま前よー」

「樹ちゃんもうちょい右ー」

 指示が鼓膜を叩く。でも、私はその声には頼らない。風の流れでスイカを捉えるのだ。今はこっちが風下だから、匂いを嗅げばわかる。

 ふと、潮に混じって甘い果物の香りがした。

「いたぞおおおおぉぉ! うあああああああ! いたぞおおおおお!」

 私の中で変な黒人が吠える。誰だお前。

 私は木刀を振り降ろした。

 振り降ろされた木刀は風を切り、そのままスイカをかち割った。パキャッという小気味よい音と共に甘い甘い果汁の匂いがぱっと広がった。

「ヤロォ、仕留めたぞぉ! ……仕留めた!」

 黒人が吠える。だからお前誰だよ。

 目隠しを外すと赤々とした果汁を滴らせるスイカの亡骸があった。お悔やみ申し上げますわ。

「さ、私が切っといてあげるから、次はジョンの番よー」

 友奈さんが新しいスイカをセットする。

「それじゃぁ大佐、目隠ししてねー」

「OK!」

 大佐は固く目隠しすると大きく息を吐いた。何だか、目隠し越しに見えているよな佇まいだ。

「ちゃんと目隠し出来てんの?」

「ノープロブレム」

「ならいいけど。はい、木刀」

「必要ない」

「えっ」

 目隠しをしたまま大佐はどこからともなく(便利な言葉だ)拳銃を取り出した。そして、心の目で照準を合わせる。

 大佐がトリガーを引くのとスイカが破裂するのはほぼ同時だった。浜辺に場違いな銃声が響き渡る。

「ソ連式の方が効率的だ」

 私の知っているスイカ割りじゃない。ソ連って怖い国だったんだなぁ。

「何やってるのよジョン。スイカ割りってのは木刀でやるもんよ。銃でやるもんじゃない」

「木刀なんかより、このポドブィリン9.2ミリオートマの方が効率的だ。何しろ世界で一番強力な銃だ」

「バカ言え世界一はマグナム44と決まってらぁ。ダーティハリーも使ってんのよ」

「……ダーティハリーって誰だ?」

 ダーティハリーが何者かはともかく、他のお客さんもいる中で銃声を鳴らしたのは問題だった。すっかり注目を集めてしまっている。

「ヤクでもやってんだろあの筋肉」「怖いわテロリストよ~」「ホルモン剤を飲まなくちゃ……」

 私達は静かに素早く、痕跡を残すことなく海岸を後にして、宿へと戻ることにした。

 

 

「お手柄だったわね」

「ありがとう」

「皮肉で言ってんのよ」

「分かってる」

 旅館に戻るやお姉ちゃんはぶーたれ始めた。まだ海で遊びたかったらしい。といっても、もうそろそろクラゲが出始める時間だったけれど。

「君たちにはすまない事をした」

「構いませんよ、私は築城して満足しましたし」

「そうですよー。ほら、風先輩、もうすぐご飯ですよ。飯でも食ってリラックスしな」

「うー」

 お姉ちゃんは温泉まんじゅうをハムハムと食べている。

 しばらくすると、仲居さんたちが部屋に料理を運んで来てくれた。

「うわ」

 その料理というのが、今まで見たことがないほど豪華なものばかりであった。一人一杯大きな蟹があたって、立派な活造りも運ばれてきた。他の料理も良く分かんないけど高級そうで、見るからに美味しそうだった。

「これホントに私達が食べて言いの?」

 ぶーたれてたお姉ちゃんの機嫌が一気に治った。

「まぁ、ここは大赦系列の温泉だし……部屋も改めてみると豪華ね」

「すごいねー。おお、蟹さん、コンチワー」

 友奈さんが蟹で遊ぶ。

 でも、これぐらいもてなされて当然なのかもしれない。私達はそれだけのことをやってのけたということだろう。

 ただ、これだけの料理を出されると、私たちには一つ心配なことがあった。友奈さんの舌だ。友奈さんは今味が解らない。彼女は悲しむのではないだろうか——。

「んー! このお刺身の食感、溜まりませんなぁ!」

 そんなことを思ってる傍から友奈さんは料理をおいしそうに食べていた。

「お目が高いわぁ。そのお魚は瀬戸内海で獲れた今が旬のマナガツオですのよ」

 仲居さんが説明してくれた。

「瀬戸内の魚はお好き?」

「ええ、ぞっこんです」

 何故か男前に答える友奈さん。

「もう、友奈ちゃんったら、いただきますがまだよ」

「あっ! うっかりしてたよーゴメンゴメン」

 恥ずかし気に頭を掻いて謝る。それを見て、お姉ちゃんは、

「まったく、友奈には敵わないわ」

 でも、本当はみんな知ってる。友奈さんは、私達が気持ちよく「いただきます」と言えるように、わざとそんなことをしたんだ。味を感じないことなんて気にしていないということを示すために。

 そういうことも踏まえて私は、

『尊敬してるよ』

とお姉ちゃんに答えた。

 料理はどれもおいしかった。学生だけだからか、ご飯を多めに用意してくれたのは嬉しかった。この中で料理を肴にお酒を飲むのは大佐だけ(なんか釈然としないけど)で、女の子組はご飯をパクパク食べていた。

「東郷、悪いけどもう一杯貰えるかね」

 お姉ちゃんは相変わらずで、ご飯を二杯平らげて三杯目のおかわりをしようとしている。でも、ここに来て、お姉ちゃんが何故か急に遠慮しだした。

「どうしたんですか風先輩、そんな歯切れが悪そうに」

 おひつが東郷先輩の脇にあるため、今回は先輩がお母さん、つまりご飯をよそう係りとなっている。ご飯をよそうのは嫁の仕事というのも今時はやらないけど、東郷先輩は楽しそうだった。

「いやさ、三杯目ともなると遠慮しちゃって」

「何居候みたいなこと言ってんのよ。東郷、私もおかわり」

「俺も酒をおかわりだ」

 大佐が便乗して言うと、東郷先輩は頬をふくらまして、

「大佐は飲み過ぎです。自重してください」

「何を言う。俺はまだ酔っていないぞ」

「ははは、まあ良いじゃないか」

 ここで友奈さんが変な芝居を打ちながら話に参加してきた。そうなると、自然と即興劇(エチュード)が始まるのが勇者部だ。

「もう、あなたがそう甘やかすから、ジョンは際限なくマッチョになるのよ」

「ははは、良いじゃないか、マッチョ」

「良くないわ……このままマッチョになり続けたら、お嫁さんが来なくなっちゃう」

「ははは、心配するな。きっとジョンにも良い人が見つかるさ。『キャプテン・フリーダムのワークアウト』で己の肉体をシゴキまくるのが趣味みたいな奇異な女もいるさ。そう、丁度あそこにいる夏凜ちゃんみたいに」

「私を茶番劇に巻き込むな!」

「ということで夏凜ちゃん、うちの(せがれ)のジョンだ。口癖は『I'll Be back(戻って来るぜ)』だ」

「よろしく」

「だから巻き込むなっての!」

 

 

 お風呂からあがって来ると部屋には人数分の布団が敷いてあった。

 一瞬私達の脳裏には大佐と一緒の部屋で寝ることに抵抗を感じるというごくごく一般的な常識の発露があった。でも、結局、

「ま、大佐だしいいか」

という結論に至った。

 夏ではあるけど夜になると空調がなくても涼しい。私達はそれぞれの就寝前の身支度を済ませるとするりと布団の中に入りこんだ。お風呂上がりの身体を、布団が優しく包み込んでくれる。

「ところでおぬし等、よもやこのまま眠れるとは思うとらんだろうなぁ?」

 そんな時、お姉ちゃんがフッフッフと笑い始めた。

「こういう時にすることといったら、あれしかないでしょ……」

「あれって……なんですか?」

 友奈さんが首を傾げる。対する東郷先輩は「あっ」と声を上げて、

「分かりました。この国の起源と大和神話の関連性に基づく私達の世界観云々」

「違います」

 ちなみに私は気付いた。スケッチブックにさらさらと書きこむ。

『恋バナだね』

「左様。私達は華の中学生なわけで、恋に恋するお年頃なわけで、みんなのそういう話聞きたいわけで」

「なるほど分かりました。でも、私はそういった経験無いですよ?」

「私もです」

「私もないわ」

『右に同じ』

 後輩女子の不甲斐なさにお姉ちゃんは深い深いため息を吐いた。言いたきゃないけど余計なお世話だコノヤロウめ。

「私はあるわよー! あれは、去年の体育祭で——」

「その話十回は聞いてるぞ」

 大佐が天井を見ながら言う。

 そう、お姉ちゃんの『去年の体育祭でチアの手伝いした時にさー、男子にデートに誘われてさー!』という話は幾度となく聞かされているのだ。それこそ、耳にタコが出来るくらい。

「何よ何よジョンったら。じゃあアンタには何かあるっての~?」

「あるぞ」

「えっ」

 私達は大佐の口から発せられた衝撃的な返事に言葉を失った。

「……いや、俺じゃなくて友達の話なんだが」

 それでも、この歩く筋肉番付の周りで色恋沙汰があったという事実は驚愕するに値する。しばし沈黙が続いた。そして、お姉ちゃんが小さな声で、

「……どうぞ」

「あれは、俺が小学生のころだった」

 

 ある日、俺達はいつものように一緒に帰ろうとしていた。すると、仲間の一人の下駄箱に手紙が入っていたんだ。

 

「ほうほう」

 

 俺達は貰った本人よりドギマギしていた。で、封筒を開けるとそれはラヴレターだった。俺達は驚いた。そして、手紙の内容を読むともっと驚いた。

 

『何が書いてあったんですか……!?』

「なんと、その手紙は……同性からのものだった」

 

 何だそれ。

「中々濃ゆい話ね……」

「そうね。夏凜の好きそうな話だわ」

「風、アンタは私の評判を落とすよう密命でも受けてんの?」

 お姉ちゃんは適当に「そうよ」と答えて夏凜さんを動揺させると東郷先輩に向き直った。

「東郷、ここはお得意の怪談で盛り上げちゃって!」

「了解しました」

 私や友奈さんは慄いた。東郷先輩の怪談はとんでもなく怖い。内容もそうだけど、独特の話し方が私達の恐怖を煽るのだ。以前老人会で披露した時なんか、数人のおじいちゃんおばあちゃんが怪談の登場人物になりかけていたもん。

 東郷先輩は友奈さんに電灯を常夜灯に変えるよう頼むと、話す態勢に移行した。

「昔々……」

 

 昔々あるところに、お爺さんとお婆さんが暮らしていました。

 ある日、お爺さんは港湾労働者組合の組合員を使わずに積み荷をしているという話を小耳に挟んでボルティモア港へ、お婆さんは川へ洗濯に出かけました。

 お婆さんが洗濯をしていると、川上から大きな桃がドンブラコドンブラコと流れてきました。

「十一時の方向……ひゅ~、でけぇ」

 お婆さんは桃を捕まえると、それを背中に載せてえっちらおっちら家へと持ち帰りました。

 しばらくすると、お爺さんがボルティモア港から帰ってきました。お爺さんは家の中に鎮座していた桃を見てびっくり仰天!

「オオッ、ホントにでけェな! オオッ、ホントにでけェな!」

 そんなお爺さんにお婆さんは言いました。

「何で二度も言うのよ」

 するとお爺さんは驚いて、

「言ってねぇって」

 二人は首を傾げます。そして耳を澄ませます。するとどうでしょう、桃の中から微かに声がするではありませんか。

 お爺さんは台所から出刃包丁を持ってくると、意を決して桃に振り降ろしました。振り降ろした瞬間! 桃はまばゆい光と共に割れました。そして中から、

「オオッ、ホントニデケェナ! オオッ、ホントニデケェナ!」

なんと元気なプレデターが現れたのです!

 

「キャーッ!」

 あまりの恐怖に私達は悲鳴を上げた。私は声が出ないけど……それでも怖かった。

 意外なことに、一番怖がっていたのは大佐だった。大佐は物語にプレデターが登場するや「あああああああああああああ!!」と雄たけびを上げて部屋を飛びだし、旅館の庭で全身に泥を塗りたくった。そして庭で一番大きな木に登って、その上で松明に火を点け、天にかざした。

「あああああああああああああ!!」

 部屋の窓から暗闇に赤々と燃える松明の火が見える。

「綺麗……」

「あああああああああああああ!!」

 闇に浮かぶ炎と、大佐の雄たけび。この二つが合わさって、とても幻想的というか肉体的な空間が生まれていた。

「来年の夏休みも、みんなでどこか行きたいですね」

 炎に照らされながら友奈さんがポツリと呟いた。

「友奈、私とジョンは卒業しちゃうわよん?」

 お姉ちゃんが言う。私は急いで字を書くと、そんなお姉ちゃんに見せた。

『卒業しても、お姉ちゃん達も一緒に!』

「そうですよ。卒業しても一緒に行くことは出来ます」

 東郷先輩もそう言った。友奈さんも頷く。

「そうだよ! 来年も、再来年も、みんなで! ……もちろん、夏凜ちゃんもだよ?」

「な、何よ! ……そうね、来年も、みんなで、どこか……その……」

「おや~? 聞こえないわよ~」

「う、うっさい!」

「あああああああああああああ!!」

 夜の旅館。部屋には、私達の笑い声と、大佐の雄たけびが響いている。

 明日からも頑張ろう。

 なんか、そう思った。

 

 

 

 




実はこんなの書いてる場合じゃない。
「明後日までに完成させなきゃならないレポートがあるの付き合えないわ」

「今日は休め」


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9・おいこれは完全なる契約違反だぜぇ

 作者は吹替え版コマンドーをすでに持ってるのですが、さらに日本語吹き替え完全版を購入すべきか否かという重大な局面に立たされております。あと、ゆゆゆゲームのためにVitaを買うべきか否かも迷っています。情報を見る限り面白そうなんですよね。
 ちなみに作者は未だにプレ2ユーザーです。
 
 


 合宿(笑)で勝利を祝い合った後、私達は新たな敵と戦う必要があった。すなわち、夏休みの宿題である。小学校の頃は夏休みの友とか言う冗談みたいな名前のドリルをやらされていたけど、中学に上がってからは無くなっちゃったわ。ただし、量と内容は濃くなったけど。これで出来たってか、ふざけやがってぇ。

(終わらない)

 私は部屋でそんな宿題と戦っていた。膨大な宿題に、鉄パイプを投げて蒸気抜きしてやりたい衝動に駆られていた。

「ねー、樹ー」

 そんな時、お姉ちゃんが私に呼びかける。

「悪いんだけどさー買い物行ってきてくれる?」

『壊物?』

「違う、買い物」

 買ってきて欲しい物はメールで送ると言ってそのままお姉ちゃんは別の部屋に消えた。まぁ、宿題の気分転換がてら行ってこよう。

 

 買い物へは自転車を使う。いつも通学に使っている物で、高級品ではないけどちょっとやそっとでは壊れない。サドルはビニール。でもレザーなんて夏は蒸れるわすぐひび割れるわ、碌なことがない。

 私は自転車にまたがると商店街に向けてシャーッとこいで行った。余裕の音だ。夏とは言え、風は心地よい。立ち乗りなんかすると、風が身体を包んで最高に気持ちよかった。

 

 商店街は旧世紀の内に一度衰退しきったらしいけど、神世紀になってから再び繁栄し始めたという。時刻はちょうど買い物時で、商店街は人でごった返し、とても賑やかだった。

「今日は魚が安いよー!」「奥さん寄ってきな!」「キャディがお好き? 結構!」「リコ~ル、リコ~ル」

 個人的にはリコール社が気になるけど寄ってる暇はない。

(さて、最初は……)

 八百屋さんだ。買うものはキャベツと人参——人参は嫌いだなぁ……。最初はうっかり買い忘れたことにして買わないでおこうと思った。でも、人参に含まれるビタミンAは目に良いとか夏凜さんも言ってたし……。

『これください』

 結局ちゃんと買うことにした。八百屋さんにメモを渡して、買いたいものを伝える。

「お嬢ちゃん声が出ないのかい」

『ちょっと喉を痛めてまして』

「災難だねぇ。よし! 人参一本おまけしてあげよう」

『ありがとうございます』

 これは余計なお世話だった。でも、ご厚意は嬉しいので受け取っておく。今晩は人参のステーキか?

 商店街は自転車は押して歩く。乗っていたら通行の邪魔だし、たまに通る業務用のトラックなんかにこすって変な因縁つけられたら堪ったものじゃない。

(暑いなぁ……)

 人の熱気というのはこんなに熱いものなんだなぁ。お姉ちゃんはこんな中を買い物してるんだ。

(えっと、次は……)

 メモを覗きつつ、買い物ミッションを遂行していく。

 買い物自体はすぐに終わった。こんな暑い日だからスピードが命となるのは分かっていた。サッサとしないと魚なんかが腐ってしまう。

 すると、そこに「樹!」という筋肉質な声が響いた。振り返ると、ピックアップトラックの運転席から顔を覗かせる大佐の姿があった。

「このヤロウ生きてやがったか!」

『大佐もお買い物ですか?』

「近くの木材屋に納品しに来た。その帰りだ」

 そういえば、大佐って林業して生活してるんだっけ。中学生なのに大変だ。中学生なのに。何度でも言うよ。中学生なのに。

 それにしても、大佐の車はえらく年季が入っているようだった。

『車かなり古いですけど、車検通してるんですか?』

「いや、問題ない。中古だが、エンジン以外どこも壊れていない」

『物持ちいいんですね』

「そうだ樹、折角だから乗せてやる。外は暑いだろ」

 それはありがたい話だった。車の中は一体全体どういう理屈か冷房が効いてるみたいだし、お言葉に甘えることにした。自転車は荷台に載せる。

 車の中は予想以上に快適だった。カーステレオからは最近話題の連続テレビ小説『空手の恵子』のテーマが流れている。

「樹は風の手伝いで買い物に来てたのか」

 頷いてイエスと答える。

「偉いな。俺にも君みたいな妹がいたら、木こりの仕事も楽になるだろうに」

 大佐に妹がいるとしたら、どんな感じなんだろう。やっぱり、筋肉モリモリマッチョウーマンになるのだろうか。いや、意外と可憐で清楚なお嬢さんになっていたかもしれない。 

 ここで私はふと大佐の家族がどんな人なのか知りたくなった。こういう込み入った事は訊かないに越したことは無いのだろうけど、どうしても気になった。

『大佐のお父さんとお母さんは?』

 信号で止まった時に質問した。

「家族か……実は、家族の記憶が薄ぼんやりとしかないんだ」

(?)

 意外な返答だった。てっきりお役目のために別れて暮らしているか、死別しているものだと思っていたから、驚いた。

「はっきりしている一番古い記憶は大赦本部の病室にいた記憶だ。それ以前の——小学生時代とか、家族の事はどれも断片的でしかない。大赦の施設で検査を受けた俺は、そのまま讃州中学に入学して、風と勇者部を作った」

 この間の合宿で大佐が話してくれたラブレター騒ぎも断片的な記憶の一つなのだろう。

「家族も……妹か、弟がいた気がする。もしかしたら従妹だったのかも……家も、それほど裕福ではなかった……いや、そこそこな名家だったような気も」

 何にせよ、新たな新事実だった。まさか大佐にこんな過去があったなんて。

 衝撃の事実に開いた口が塞がらない私だったけど、大佐にとってこの話はもうおしまいだったようで、彼の興味は別の方向に向いていた。

「樹、悪いが俺の買い物に付き合ってくれ」

『壊物?』

「買い物だ」

 大佐は商店街の一角にある店を指さした。看板には『アラモ鉄砲店』とある。この町に銃器店なんてあったんだ。意外だなぁ。

「あそこで武器を買う」

『なんで一介の中学生が武器を買いこむんですか』

「男の嗜みだ」

 そう言うと大佐は車を加速させた。さっきまでしんみりした感じだったのに、突然しんみりとは無縁な行動を取る大佐はやはり侮れない。

『なんでアクセル踏みこんでるんですか』

「入店するためだ」

 車は唸り声を上げて加速する。そして、目的地『アラモ鉄砲店』に文字通り突っ込んだ。ガラスの割れる音と、商品棚が砕ける音、そしてポール的な何かが倒れた『ポーンッ』と音が私の鼓膜を叩く。結局壊物じゃないか!。

 粉塵が立ちこめる店内で店主らしく人が吠える。

「バカヤロウ! 入り口をめちゃくちゃにしやがって!」

「いつもやってることだろうが! 今さら御託を並べるな!」

「毎度毎度入り口を破壊されちゃ堪らんのよ!」

 話から察するに、大佐はこの店の常連で、訪れる度にこうして入り口を破壊しているようだ。やることが派手だねぇ。

「まったく。で、今日は何買いに来たんだ」

 店主はひとしきり怒ると接客モードになった。

「そうだな。とりあえず、可変式プラズマライフル」

「ここに在るもんにしてくれ」

「なら、12ゲージオートローダーにウジ9ミリ……」

 大佐は色々な銃を手に取り吟味している。その顔つきはプロフェッショナルそのもので、とても中学生には見えない。

「で、何になさるんで」

「全部だ」

(大人買い……)

 銃のまとめ買いが出来るなんて、さすがは大佐、大人びている。

 店主は言葉を聞くと嬉しそうに「今日はもう店じまいだよ!」と小躍りしながら言った。

 そんな店主を尻目に、大佐は弾倉に弾丸を入れていた。

「ああ待って、ここで入れちゃダメだよ」

「良いんだ」

 言うや大佐は銃口を店主に向けて、引き金を引いた。当然ながら店主はもんどりうって倒れる。大佐はそのまま何事も無かったかのように銃を集めて荷台に載せると、運転席に戻って来た。

「行こうか」

『待って』

「なんだ」

 なんだではない。このまま見過ごせば、私は強盗殺人の共犯者になってしまう。ここは後輩として、自首して罪を償うよう説得しなければ。

「樹が何を勘違いしてるのかは知らんが、あれは麻酔弾だ」

『でも、万引きしてるじゃないですか』

「これは後から大赦が払ってくれる。別れ際はいつもこうしているんだ」

 なんだそりゃ。

 そういえば、外にいる人も店に車が突っ込んで店主が射殺(麻酔だけど)されたのにそれが日常風景の一つであるかの如くスルーしている。近くにいた聖歌隊のちびっ子たちも少しびっくりした程度で、全く季節外れの『諸人こぞりて』をようようと唄っている。この人(大佐)の周りには勇者部以外のまともな人がいないのだろうか。

「変な奴だな」

 大佐は一つ笑うと車をバックさせて発進させた。外からは、聖歌隊の歌声が聞こえる。

「主は来ませり~シュワキマセリ~シュワ来ませり~」

 不思議と他人事とは思えない歌だった。

 

 

 マンションにつくと私は大佐にお礼を言って車を降りた。そういえば、と私はスケッチブックに文字を書く。

『エンジン壊れてるのに、何で動いてるんですか』

「ン、この車か?」

 大佐はクラクションを一つならした。

「位置エネルギーだ」

『なるほど』

「それじゃぁ、またな。I'll Be Back」

 そう言うと大佐は車を発進させて坂道を登っていった。

 目の前で凄まじいまでの矛盾が発生した気もしたけど、それよりも買ってきた魚だ。冷蔵庫に入れないと。

 

 部屋に戻るとお姉ちゃんが洗濯ものを洗濯機から取り出しているところだった。

「お帰り」

 私は頷いて答えて、スケッチブックを見せた。

『お魚冷蔵庫に入れとくね』

「ああ、ありがと」

 何となく、お姉ちゃんに元気がないような気がする……気のせいか。うん。

 冷蔵庫に買ってきた食材を入れる。買い物も終わったし、宿題しなきゃ大赦も、宿題免除みたいなご褒美くれてもいいのに。

「樹」

 ため息をついていると後ろからお姉ちゃんが声をかけてきた。振り向いて、なに? とジェスチャーする。

「明日って、部活あったわよね」

 頷いてイエスと答える。

「そっか、うん」

 お姉ちゃんは心なしか沈んだ声で言うと部屋の外へと姿を消した。この匂わせぶりな態度、何かあります。私は鼻が利くから。

 でもまぁ、口ぶりからすると明日の部活で分かるだろうし、深刻そうとは言えどうせしょうもないことだろう。なにしろ、もう戦いは終わって、後はいつもと変わらない日常が続くだけなのだから。

 

 

「バーテックスに生き残りがいた」

「おぉイエイエイエふざけんなそんなのアリかよ」

 午前のまだ涼しい部室で、お姉ちゃんの口にしたことはあまりにも衝撃的だった。

 バーテックスがまだいる。つまり、戦いは終わっていない。部室に集まった勇者部一同はそれぞれ違いはあるものの、一様に驚いた。

 もしかしたら、昨日大佐が武器を買いこんでいたのは、このことを知ってのことだったのかもしれない。

そういうわけで、お姉ちゃんの手から、大赦から送られてきたスマートフォンが大佐を除く全員に配られた。

「いつ来るかは分からない。でも、来るのが解った以上、そう遠くない内に襲来するわ……ごめんね、ホントいつも突然で……」

「いいですよ。だって、このことは風先輩も知らなかったんですから」

 東郷先輩がフォローする。勇者の事を始めて知られたときは「この嘘つきめぃ!」と筋肉質な怒り方をしていたのに、今ではすっかり勇者の一人。お姉ちゃんに学んだのかな?

「その通りだ」珍しく、大佐もフォローに回る。「それに、これを倒せば今度こそ終わり。お役御免で、山の小屋で静かに暮らせる」

 友奈さんや私も、どこか沈むお姉ちゃんを慰めた。夏凜さんも、

「何よ、風らしくもない。勇者部のデスクワークで鈍ったのか? あ?」

と挑発的に慰めた。

 お姉ちゃんはちょっとだけ涙ぐんで、

「みんな、ありがとう。あと夏凜は後で屋上な」

「えっ」

 お姉ちゃんは開け放たれた窓に近づくと、望む海に向かって叫んだ。

「いつでも来いバーテックス! 私達五人の勇者(コマンドー)と一人の人間武器庫が相手だー!」

 

 

 

 

 

 

 大赦の一角、大橋の望める祭壇に置かれたベッドの上で、身を沈めながら、全身を痛々しいまで包帯で包まれた一人の少女が、口述記録装置にぶつぶつと語りかけていた。

「——拝啓、勇者部の皆様。カンボジアが天国と思える暑さが続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。さて、この度このような手紙をお送りしましたのは——」

「園子様! 園子様!」

「もぉ~口述記録なんだから余計な声入れたらダメだよ~」

 乃木園子は慌ててやって来た大赦のカカシ(神官)にゆったりした声で注意した。しかし、カカシは「もぉ~、じゃありません!」と言った

「園子様が現勇者をここに呼び出そうとしていると小耳に挟みまして駆け付けた次第でございます。これは、真で御座いますか」

「真で御座いますよ~」

「おやめください!」

 大赦の神官たちは一様に仮面を付けて表情が見えなくなっている。しかし、挙動や声音で大体の感情というものは分かる。園子には目の前にいる神官が大いに慌てているのが目に見えて分かった。

「第一、手紙を出そうとされても書史部の巫女や大宮司が検閲なさって配送できませぬ」

「え~」

「え~、では御座いません!」

「あなた明階でけっこうえらいんでしょ~どうにかならないの~?」

「なりません!」

 神官は言う。そんな彼に対して園子は「それならね~」と、微笑みながら、

「今度バーテックスが来た後、ここに呼び出そうかな」

 園子の近くには祠があった。讃州中の屋上に置かれているものと同様である。この祠に祀られているのは他ならぬ園子であり、邪魔さえ入らなければ戦いの後の勇者を呼び出すことは出来た。

 それを聞くや否や神官は恐れおののいたような調子で、

「なりませぬ! なりませぬ! そのようなことは! 第一、無許可の呼びだしは犯罪でございます! 巫女様にバレでもしたら」

「いつも平気でやってることだろうが! 今さら御託を並べるな!」

「そんなぁ」

 神官は気圧されて声をすぼめる。しかし、彼も負けはせず、言い返した。

「私は園子様に仕えし宮司で御座いますが、それ以前に神樹様に仕えし一神官でございます。私とて引き下がるのは」

「ふ~ん。じゃあ、『あの事』を査閲部の巫女様に教えちゃおっかな」

「何を仰ります。小生は清廉潔白で御座います」

「大事な仕事をフイしたことがあったよね~? 部下の巫女にナニさせて」

「……ご、ご存知でしたか……」

 しばらく沈黙が続いた。その沈黙の後、園子は、

「まぁ、失敗はあるよ~。神官も人間だからさ。だから、私が勇者を呼び出そうとしたのも、『うっかり』見落としちゃったのかもね~」

「………」

 再び沈黙。そして、神官は深々とお辞儀をすると祭壇を後にしていった。

 誰もいない祭壇。遠く水平線に、太陽が沈もうとしている。美しかった。が、それは園子にとって既に心を揺さぶられるものではなかった。

「真実ほど残酷なものは無い、か……」

 彼女は独り言ちる。

 余計なお世話かもしれないとも思う。しかし、それを知らされないままというのは、もっと残酷なことだ。もし知っていたら、もっと……。

 彼女は首を振った。どちらにせよ、久しぶりにわっしーに会える。そう思っただけでこみ上げるものがある。

 とりあえず、彼女はそんな興奮を抑えるべく、プレデター2を視聴することにした。

 

 

 

 

 

 

  

 




次話は勇者部の話はお休みして、時間を二年戻します。
そこそこ重要なような重要でないような話なので、期待せずにお待ちください。


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10・見ろよ。敵機来襲だ。

(実家に帰省中だから投稿が)遅れるぜ、いそぎなぁ。艦これも書いてるし、War Thunder で墜落したり撃墜されたり忙しいんだ(下手の横好き)。



「そう遠くない内に襲来するわ」

 

 と、言ったな。あれは嘘だ。

 バーテックスの残党の存在が明らかになってからかれこれ一カ月経過し、暦は九月に移って二学期が始まってしまった。大赦からの続報もなく、勇者部は『本当に残党なんているのか』という空気になりつつあった。

「まぁ、弘法も筆の誤りって言うし? 神樹様も勘違いすることはあるよ」

 放課後、備品の整理に忙しい部室でお姉ちゃんが笑いながら言った。それに対して夏凜さんは、

「そう気を抜いていると足元をすくわれるわよ。私の予想だと、明日か明後日あたりに来るわね」

「え~、明日は東郷さんのぼた餅作ってもらう日なのにー」

「ぼた餅なんていつでも作ってあげるわ」

「まったく二人は能天気ね! ……そんなことより」

 夏凜さんが部室を見回す。

 部室は今、ちょっとした百鬼夜行状態となっていた。私達の精霊が一斉に飛びだして、室内を飛び回っているのである。

 満開の後、私達の精霊が増えた。それによって、私の精霊も元よりいた木霊と新しく加わった『雲外鏡』の計二体となった。

 夏凜さんと大佐を除く人の精霊が増えて、それが一斉に部室を飛びまわっているのだから賑やかなんてものではない。どさくさに紛れて友奈さんの牛鬼が夏凜さんの義輝を捕食しているし、それはもうカオスだった。

『賑やかですね』

「そうだねー。これはもう、文化祭の出し物もこれでいいんじゃないかなぁ」

「だめよ、友奈ちゃん」

「ですよねー」

「それより、どうにかしなさいよこいつ等! 片づけの邪魔なのよ」

 私の木霊が夏凜さんの頭の上でポンポン跳ねている。面白い。写真に撮っておこう。

 大佐も精霊たちに人気だった。義輝を齧れなくなった牛鬼が大佐の二の腕に噛みついている。義輝も大佐がお気に入りみたいで、頭を刀で「ショギョームジョー」と言いながらペシペシ叩いていた。

「お友達みたいだね。ボディーランゲージで愛情を示してる」

 お姉ちゃんが評する。

 部室には平和な空気が流れていた。バーテックスとは無縁な、穏やかな時間。

 でも、基本的にバーテックスのような類はそういうタイミングに襲来するもので、

「!」

 スマートフォンが鳴り響いた。画面には、毎度お馴染み『樹海化警報』の文字。とんでもねぇ、待ってたんだ。いや、待ってなんかないけど。

「ほら、神樹様を疑うから。罰が当たったのよ」

「夏凜だって予測外してんじゃん。ただのカカシね」

「言ってる場合じゃないぞ」

 窓の外の景色は樹海に呑まれつつあった。

 また戦いが始まると思うと身体の芯が震える感じがするけど、これが終われば前に大佐が言った通りお役御免なわけだ。神樹様への最後の奉公だと思って、頑張らなくちゃ。

 

 

 辺りはすっかり樹海に包まれた。久々に見る景色は綺麗で、ちょっとだけ見とれてしまう。私達は変身を済ませると軽く体操した。

「よーし、さっさと終わらせるわよ。私たちなら瞬きする間に、皆殺しに出来る」

 お姉ちゃんが自信満々に物騒なことを仰る。

「あれ、そう言えば大佐は」

 東郷先輩が大佐の不在に気が付いた。そう言えば、さっきまで部室にいたのに姿が見えない。いつもなら私達の変身と一緒に『デエェェェェェェェエン』と完全武装しているのに。

「ま、ジョンの事だから何かしらの準備でもしてるんでしょ。さ、おいでなすったわよー」

 バーテックスは既に私達のそばまで来ていた。向うで土煙を上げながら疾走している。で、そのバーテックスなんだけど、

「あの『変質者』って前に樹が細切れにした奴よね?」

 お姉ちゃんが首を傾げて言う。

 確かに、向うで疾走しているバーテックスは以前の戦いで私が倒した面白い見た目の奴だ。メトロノームよろしく身体を振りながら走ってるアイツ。

「もしかすると、元々二体が対に存在する個体なのかも」

「双子ってこと?」

 東郷先輩の分析に友奈さんが訊き返す。なるほど、それなら納得。なんか腑に落ちない感じもするけど、うだうだ言ったところでバーテックスを倒せるわけではない。

「さー! さっさと倒してしまうわよ!」

 夏凜さんが意気込む。

 さっさと倒してしまうことには大賛成だった。

 でも、ここへ来て、どうしても足がすくんでしまう。さっきから自分を奮い立たせてきたわけだけど、今度また身体の機能が無くなったら……治るとは、治るとは分かっていても、私は怖い……。

 それはみんなも同じなようで、どうしても一歩踏み出せずにいる。恐れを知らぬ勇者だと思っていたけど、全くお笑いだ。

 しばし沈黙が続いた後、夏凜さんが「よし!」と覚悟を決めたように声を上げた。

「私が行くわ」

「えっ、夏凜ちゃんが行くなら私も」

「友奈はもう満開してるでしょ。私は、まだだから」

 そういえば、夏凜さんは自分だけ満開していないことをひっそりと気にしていた。私たち自身は別段何か言うつもりはなかったけど、コンプレックスに似たものを感じていたのかもしれない。

「行くわよ!」

 夏凜さんは友奈さんを振り払うと地面を蹴り、跳躍した。

 そして、飛び上がった瞬間、飛んできた戦闘機(ハリアーⅡ)に撥ねられた。

「ヴェッ」

 撥ねられた彼女は踏まれた蛙のような声だして私達のそばに落下してきた。かなりショッキングな映像だったけど、叩きつけられた夏凜さんは全く無事で、目を回してパニックになっているだけだった。凄い。

 いや、それよりも突如飛来したハリアーⅡだ。轟音を上げながら私達の真上をパスする、樹海の風景と見事にミスマッチな代物に私達は声を失った。

 しばしすると、みんなのスマホに着信があった。大佐からだ。

『ごめんなさいヨ』

「ちょっとジョン、アンタどこ行ってたの?」

『ハリアーの準備をしていた。ここは俺に任せろ』

「任せろって、ちょっとジョン!」

 お姉ちゃんは電話口に怒鳴っていたけど、間もなく切られたようで、私達の方を向いて肩を竦めた。

 電話が切れると大佐を乗せたハリアーⅡは私達の上を旋回し、機首を疾走するバーテックスに向けた。次の瞬間、機体に装備された機関砲が火を噴き、弾幕がバーテックスの身体を引き裂いた。バーテックスは軋みを上げながら転倒する。ハリアーⅡはその上を悠々とパスしていった。

「やることが派手ね」

 胸のサイズが派手な東郷先輩も驚嘆の声を上げる。

 ていうか、通常兵器の攻撃はバーテックスには効かないんじゃなかったっけ。だからこそ、勇者(コマンドー)システムがあるんじゃなかったっけ。ていうか……いや、もうこれ以上言うまい。どうせ筋肉の一言で片づけられることなんだから、今さら御託を並べても仕方ない。

 それに、大佐の航空支援は利はあれど害はない。せいぜい世界観が崩壊しかけるだけで、確実にダメージを与えている。

「敵が弱っているわ! 封印の儀、行くわよ!」

 お姉ちゃんの号令で一同は跳び上がった。例え大佐がとんでもない攻撃力を持っていたとしても、封印の儀ばかりは私達勇者(コマンドー)にしかできない。

 もがくバーテックスを取り囲む形で私達は降り立った。

「大人しくしろマヌケェ」

 封印が始まるとバーテックスは例のごとくベロンと御霊を出現させる。

 でも、今回は様子が違った。ベロンとした瞬間、大当たりのパチンコよろしくとんでもない量の御霊がドンジャラ溢れ出してきた。こんな光景はさすがの私も初めてだ。

「ひゅ~、キメェ」

「ど、どうしますか風先輩!?」

「どうするって、片っ端から潰すしかないんじゃないの?」

 溢れ出る御霊を前にして途方に暮れる勇者部一同。そんな私たちの耳に、エンジンの轟々たる音が響いてきたのはその時だった。

 大佐の乗ったハリアーⅡが、私たちから少し離れた場所でホバリングしている。ミサイルの先端がキラリと光った。こっちを狙ってるのかな?

 お姉ちゃんが慌てて大佐に連絡をつける。

「もしもし」

『どうした』

「どうしたじゃないわよ。もしかしてだけど、ここにミサイルでも撃ち込もうとしてるんじゃないでしょうね」

『その通り!』

「何偉そうに言ってるのよ!」

『心配するな。対地用のマーベリックミサイルだから、威力は絶大だ』

「そういう問題じゃないの……ヤバいみんな逃げるわよ!」

 お姉ちゃんがそう言ってみんなが飛び退いたのと大佐がミサイルを発射するのはほぼ同時であった。

 

 

『ぶっ飛べ!』

 

 

 ハードポイントから切り離されたミサイルは次の瞬間には炎を吐きながら御魂の群れへと突き進んだ。ミサイルは群れに直撃するや大爆発を起こして、逃げようとしていた私達を吹き飛ばした。

 私なんて一番そういう動きが鈍いわけだから、必然的に一番爆風の影響を受けやすいわけで、爆風にあおられたときは意識が一瞬持っていかれそうになった。で、身体を強かに打ち付けてしまって、その痛みで現実世界に戻って来た。声が出たら、大佐に文句を十ダースくらい言ってやるところだ。

 まあ、御魂は大佐の爆撃で跡形もなく吹っ飛んだわけだけど。

 大佐からみんなに着信があった。

『これで済んだ』

「アンタって誰かに野蛮だって言われたことない?」

 夏凛さんが言った。

『いつも平気でやってることだろうが! 今さら御託を並べるな!』

「そんなぁ」

 ハリアーⅡが着陸すると、コックピットから筋肉が現れて、はしごも使わず飛び降りた。

I'm Back(戻って来たぞ)

 そんな彼にお姉ちゃんは呆れたように言った。

「相変わらずドンパチ賑やかなバーテックス退治ね。樹海を傷つけてない?」

「ノープロブレム」

「ならいいの」

 いいんだ。

 そうこうしてるうち、樹海が解除されていく。

「樹海化が溶けたら部室の片づけよ~」

「はーい」

 ……ああ、これでやっとのこと終わりなんだ。

 そう思うと、嬉しいような、少し寂しいような。もっとも、寂しいと思うのは幻覚みたいなものなのだろうけど。

 

 

 

 

 

「あれ」

 樹海化が解けるといつもは学校の屋上にある祠へと出る。しかし、友奈、美森、メイトリックスの三人は見知らぬ場所へと帰って来た。

「ここは……」

「どこ?」

 友奈と美森は辺りを見渡してここがどこなのかを把握しようとする。どうやら神社の近くらしく、鳥居がでんと構えていた。

 メイトリックスも辺りを見渡す。そして、すぐそばに聳える構造物を発見した。

「見ろ! 象さんだ!」

「大橋だこの歴史的バカモンが」

「大橋かぁ。結構遠いとこまで来ちゃったんだね」

 夕日はもう少しで沈みそうで、空を照らすのは光の残滓だけだった。荘厳だが、どこか不気味さの漂う場所である。

 すると、

「会いたかった~」

と、のんびりした調子の声が三人の耳を撫でた。声のする方は鳥居の向こう側で、三人は五メートル間隔で足音を立てずにそっと覗きこんだ。

 鳥居の向こうには一台のベッドが置かれていた。そして、その上には全身を包帯でくるんだ、あまりにも痛々しい姿の女の子がいて、三人を微笑みながら見つめていた。

「ずっと呼んでたんだよ、わっしー。別れてからずぅっと会いたいと思ってきた……ようやくその日がやってきた。長かったぜ」

「大佐の知り合い?」

 友奈がそっと尋ねる。

「いや、知らない」

「じゃあ、東郷さん?」

「いいえ、こんなキャラがブレブレな子とは初対面だわ」

「今度余計なことを言うと口を縫い合わすぞ」

 包帯の少女は少し寂しそうな顔を見せた後、笑顔に戻った。

「『わっしー』っていうのは、私の昔の大親友のことで、時々思い出すんだ~。私は乃木園子。よろしくね」

「ゆ、結城友奈です!」

「東郷美森です」

「ジョン・メイトリックスだ」

 三人も自己紹介をする。園子は笑いながら「はじめまして」と答えた。

 戸惑いながら、友奈が質問する。

「あそこに、祠があるでしょ? 戦いが終わった後なら、呼び寄せられるんじゃないかなって」

「なるほど、でも、何でまた……」

「伝えておきたいことがあったの。余計なお世話かもしれないけど」

 園子は大橋を愛おしそうに、また恨めしそうに見やった。

「私も、みんなと同じ勇者(コマンドー)だったんだ~」

「えっ、そうなんですか!?」

 友奈が驚いて言う。

「じゃぁ、その包帯はバーテックスに?」

「ううん。違うよ」

「じゃ、じゃあ……」

「うるさいなぁ、いちいち質問ばかりしやがってトークショーの司会のつもりか? 黙ってろ」

「ご、ごめん」

 園子は視線を膝に落とすと微笑みを崩さないまま、やはり寂しそうに、

「もし、このことを知っていたら、もっと友達と、たくさん遊んで、たくさん笑ってたんだろうなって、少し後悔してるの。だからさ、伝えておきたくて……」

 園子は言うとポツリと涙を落とした。先ほどから口を閉じていた美森がそっと訊く。

「あなたの話はスカートの上から尻を撫でるようなもんだ。どうも、今一つ、実態が見えてこない。つまるところ、あなたは私達に何を伝えたいの?」

 美森の指摘に園子は一度黙った。そして、小さく息を吸って、三人を見据えながら、彼女は口を開いた。

 

 

 昨日は驚いた。樹海化が解けたら友奈さんに東郷先輩、おまけに大佐までいなくなってるんだもの。大佐に関しては度々失踪するから気にしないものの、友奈さんに東郷先輩がいなくなったのは驚きだった。

 でも、今日は普通に学校に来ていたようだし、神樹様の手違いか何かだったのだろう。ただ、少し元気がないように見えたのは気になるけど。

 そのせいもあってか、今日は部活はお休みだった。

 部活の帰りはおおよそお姉ちゃんと私は別行動になる。お姉ちゃんは夕飯の買い物に行かなきゃならないからだ。でも、今日みたいに早く帰れる日は一緒に買い物へ行ったりする。だから、学校の正面玄関でお姉ちゃんの姿を認めた私は「一緒に帰ろう」という意味を込めて手を振っていた。

「あっ、樹!」

 お姉ちゃんが駆けてくる。で、両手を合わせて「ゴメン!」と頭を下げた。

「先帰っててくれない? 友奈と東郷に呼び出されててさ」

 友奈さんと東郷先輩に?

「それで悪いんだけど、夕飯の買い物してきてくれる? メールで送っといたから」

 私がそれを承諾するとお姉ちゃんはお礼を言いながら階段を駆け上がって行った。友奈さんと東郷先輩が呼びだすというのも珍しい。もしかすると、昨日のことについて話すのかもしれない。

(気になるなぁ)

 でも、こっそり聞くほどのガッツはないから、私は大人しく校門をくぐると買い物へと繰り出した。

 

 

 私が買い物から帰宅してしばらくすると、お姉ちゃんも学校から帰って来た。

『お帰り。買ってきたものは冷蔵庫に入れてあるから』

「……ありがとう……」

 びっくりするほど元気がない。肩を落として、目もどこかうつろに見える。お姉ちゃんらしくもねえです。

 お姉ちゃんは重い足取りのまま着替えるべく自分の部屋へと消えていった。あんな感じのお姉ちゃんは、どこかで見たような気がする。

 でも、部屋から出て来たお姉ちゃんは「さー! 美味しいご飯作るわよー!」と、いつも通りの元気さに戻っていて、私がそれ以上思い出すことは無かった。

 晩御飯はキエフ風カツレツだった。鶏肉の中に香草入りのバターが入っているアレだ。それを齧りながら、黙々とした食事が続いた。

「……樹、どう? 美味しい?」

 私は頷く。キエフ風カツレツは激ウマだった。

「そう」

 しばし沈黙が続く。そして、お姉ちゃんはまた口を開いた。

「えっと、劇の練習しなきゃねー。ジョンの作った筋肉質な脚本に、私が素敵な脚色を加えておいたから、そりゃぁもうケッサクよ!」

 私は箸をいったん置いて、皿の横に置いてあったスケッチブックに文字を書きこんだ。

『私は台詞のある役は出来ないから』

「あ……」

 お姉ちゃんの顔に影が走るのを、私は見逃さなかった。

『裏方の仕事を頑張るね』

「そ、そうね……」

 お姉ちゃんは口元に笑顔を浮かべて答えると、食事に戻った。

 どうも、お姉ちゃんはまた何か隠しているような気がする……いや、間違いなく隠している。それも、私に訊かれると本人としては不味いようなことだ。それを隠すために、無理な空元気を装っているんだ。

 コイツは何か裏がありますぜ。

(明日、探りを入れてみよう……)

 そう思いながら、少し味の濃いお味噌汁を啜った。

 

 

 




次回はまた鷲尾回を予定しております。

ホントは鷲尾回をもっと早い段階で入れたかったというのは秘密だ。


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10.5・ 鷲尾須美はコマンドーである2

道が混んでた。
インフルのようでインフルじゃない風邪だった。何だったんだアレ。

あと、9.5話が7.5話に移動しました。


「みじめになるのは分かるさ、でも勇者でしょう? 現実を受け止めなさい!」

「う~」

 放課後の図書室は静かで、須美たち以外の影はなかった。瀬戸内のさわやかな風が開け放たれた窓から吹き込み、三人の少女たちの髪を揺らす。

これ(テスト)が終われば遠足よ。さぁ、励んで」

 この日、須美は銀に付きっきりで英語を授業していた。その傍らでは、園子が呑気にスヤスヤ眠っている。

「大体さ、四国以外滅びてるっちゅーのに何で英語の勉強が必要なのさ」

「人類文化を絶えさせないために決まってるでしょう。今の段階でも、旧世紀に存在した言語の九十九パーセント以上が消滅したと言われているのよ」

 英語は実用性を求める語学というより旧世紀文化学の入門という趣が強い。これで言語文化に興味を持つに至った子供たちはロシア語やスペイン語、ドイツ語、中国語などといった旧言語の研究へ歩みを進める。

 故に、彼女たちの通う神樹館でも英語科目は必修だった。

「調べによると、銀の英語の成績はお世辞にも言いとは言えないわ。この間の小テストも四十点だったし。このままだと今学期の通知表の評価が『トーシロ』になるわよ」

「わかってるよー。わかってるけど、日本語ですら怪しいのにさ……」

 そう言いながら、銀は園子をチラと見た。そして、不満げな顔をしながら、

「園子は良いの? ゼロ点だったじゃん」

「そのっちは良いの。回答方法を間違えてただけで正しく採点したら満点だったから」

「なんと、頭が良いんだ……」

「そのっちはすごいわよ。なにしろ寝言まで英語の時が……ほら」

 噂をすればなんとやら、園子は二人の会話に反応してかむにゃむにゃと幸せそうに蠢いて、口元を緩めた。

「Я люблю Мино……」

「すまねぇロシア語はさっぱりなんだ」

「こう言ったんだよ。『ミノさん大好きだよ……』」

「銀ったらロシア語ができるの?」

「ああそうだ」

 須美は意外だった。まさか銀がロシア語を習得しているとは……ていうかロシア語を出来てなんで英語が出来ないんだ。しかし、須美にとって気になるのはぶっちゃけそこではない。

「ねぇそのっち、私は?」

「むにゃむにゃ」

「私は?」

 こういう時、須美はかなりしつこい。明確な回答を得るためなら世界の果てまで追い詰めていくスタイルだ。この姿勢は彼女の長所であり、短所である。

 飽くなき須美の追及に、ついに園子が目を覚まし、机をバァンと叩いた。

「少し黙ってろこのオカマ野郎、ベラベラ喋りやがって!」

「この私が、オカマだとぅ?」

 須美も立ち上がって答えた。

「四国じゃそれは喧嘩を売る言葉よ、かかってこい!」

 こうして突如、鷲尾須美VS乃木園子の図書室デスマッチが始まった。銀はそれに対して「何やってんだ……」と呆れつつ、英語のテキストに向かっていた。

 銀は須美や園子に比べて勉強が出来るとは到底言えない。特に英語なぞは、発音やら綴りがもう生理的にダメといってよかった。

「何だよ『I will be』って。発音も腑に落ちないし、意味わかんねぇ」

「発音が腑に落ちないってどういう意味なの?」

「英語が出来る人には分からない悩みだよ」

 いつの間にか図書室デスマッチはお開きとなっていて、須美と園子は銀の向かいに座った。園子は身を乗り出して銀のテキストを覗きこむと、指をさしつつ教授してくれた。

「それはねぇ、『I'll be』って略すこともできるんだよ~。だから、例えばここの『私は帰ってきます』は『I'll be back』になるの」

「ほーん。略した奴はしっくりくるねぇ」

「その感覚、分からないわ……」

 銀は感心したように言葉を口の中で反芻していた。そして、ある程度反芻させた後、ムムムと首を傾げて、

「『I'll be back』かぁ。なんかさ、『私は帰ってきます』って訳はお堅すぎね?」

 ウームと彼女は思考を巡らす。やがて、閃いたように手を打った。

「『帰って来るぜ』とか『戻って来るぜ』なんてカッコよくない?」

「筋肉質な訳だね~」

「ちょっとふざけ過ぎじゃない?」

「いいんだよー。ほら」

 銀は立ち上がり、渾身のドヤ顔と共に親指を立てて、

「I'll be back!」

「ミノさんカッコいい~」

「ありがとYO!」

 

 

 

 

 銀のテストは(信じ難いことに)上手くいき、三人は気分良いぜぇと遠足の日を迎えることが出来た。

 神樹館の遠足先は、須美たちの住む街から車で一時間程の場所にある『カルロの森美術館』という場所で、有名アニメ制作会社の運営する複合型の大きな公園である。国内随一の観光施設でもあるから児童のほとんどが訪れたことがあった。が、それでも皆大興奮であった。

「いつ来ても糞だめみたいなところだね~」

「ええ、全くね」

「見ろ! 象さんだ!」

 カルロの森美術館はテーマパークとしての趣もあり、様々なキャラクターが大声で泣き叫びながら右往左往している。特に人気なのが映画『みてこいカルロ』に登場するキャラクター『カルロ』で、ピッチフォークで景気よく刺し殺される様は老若男女問わず絶大な支持を受けている。

「カルロ可愛いね~。あっ、こっちに手を振ってる~」

 園子の向く方には件のカルロがいて、「アッー!」と断末魔にも似た啼き声を上げながら手を振っていた。

「私は『フォレスタルの墓』の方が好きだわ」 

 『フォレスタルの墓』は『みてこいカルロ』と同時上映された映画で、売り物のキャディ(ニューモデル)を元グリーンベレーの男に乗り逃げされるという悲劇的なラストは映画界に衝撃と感動を与えた。

「『なんでフォレスタルすぐ死んでしまうん?』ってセリフでもう泣けるわ」

「分かる。私はちっこい弟がいるからさ、余計に泣ける」

 三人は映画談議を続けながら、銀の提案でアスレチックコーナーへと向かった。アスレチックの内容は吊り橋やらターザンやら電話ボックスやら多種多様だったが、所詮は一般ピープル向けであり、三人は勇者(コマンドー)の訓練もあって朝飯前だった。三人の軽快な動きに部外者は一様に驚いている。

「まって! 置いてかないで!」

 とは言え、園子は須美や銀に比べて運動神経はやや劣る。勇者(コマンドー)である時はピョンピョンバシバシ戦っているのだが、変身していないとこれである。

「置いてくわよそのっち」

「待ちやがれぇぇぇぇ!」

 園子がゴールし他のは三人がゴールして数分経っての事だった。

「はあっ、はあっ、もう、二人は待つということを知らないんだから……」

「いやーゴメンゴメン」

「修業が必要ね」

「う~、せめて二人に並んで走れるようにならなきゃ」

 アスレチックに嫌気がさしたのか、今度は園子が三人を工房へ行こうと誘った。

 美術館内にある工房では各人が自由な発想でモノ作りを楽しめる。手先の仕事になると、アスレチックの時と違って園子は銀を圧倒した。

「あっ! またやっちまった」

 銀は先ほどから数度材料を割ってしまっている。対する園子は器用にも立派なターボマン人形を作り上げていた。

「すごい、コイツはカッコいいな!」

「それにボタンを押すと喋るんだ~」

 園子が背中のボタンを押す。

『いくぞ! ターボタァイム!』

「やるわねそのっち」

 そう言う須美の完成度も高かった。といっても、園子のようなオリジナリティ溢れるものではなく、見本品と瓜二つの物だが。

「須美はアレだな。設計図通り作るのは得意だけど設計図を引くのは苦手だな」

「そのっちみたいな企画力が欲しいわ」

 ハァ!、とため息をつく須美。

「でも、三人で会社作ったらうまく回りそうだよね~」

 園子が何気なく言った。

「私が企画設計で、わっしーが工場長兼社長。ミノさんは契約をぽこすか取って来るスーパー外回り」

「考えたわね」

「楽しそうじゃん。会社名は?」

「う~ん、『スカイネット』とか?」

「核戦争を引き起こしそうな名前ね」

 その後三人は公園の中央広場でお弁当を食べると公園内を歩き回り、大声で泣き叫びながら右往左往しているマスコットたちと記念撮影したりした。

「ね、あれに乗りましょ」

 そんな時に、須美が大きな池のほうを指さした。そこには『羽のついたカヌー乗り場』があり、小学生以下無料という看板が吊るされていた。

 三人は乗り場へ向かい、係りのおじさんに案内されて羽のついたカヌーに乗りこんだ。エンジンをかけるとカヌーはポンポン音を立てて動き出す。羽はついているが、所詮はカヌーなので浮くことは無い。

 舵輪は須美が握っている。

「集合時間までどれくらい?」

「あと一時間ちょいだね~」

「なら、池の真ん中まで行きましょう」

 カヌーは池の中央まで滑って行った。この池は障害物(プレデター人形)がいくつかあって、多くの利用者が激突していたのだが、須美の華麗な舵裁きによって尽く回避されていった。

「綺麗な景色ね」

 池は穏やかで、澄んでいた。波に反射した陽光が三人を優しく照らす。向う岸に並んだ木々と青々とした空に浮かぶ雲が水面に写り、幻想的な風景を作りだしている。

「風情があるわ」

「須美の感性は大人びてるなぁ。ま、綺麗だけどさ」

「ぐ~……」

「うわ、園子ったら寝てるよ。起きろ! 起きろってんだよ!」

 その後園子と銀による戦いが始まり、危うくカヌーが転覆しかけたが須美の神がかった操船により何とかなった。集合時間の二十分前になって、三人のカヌーは乗り場に戻った。

「はい、お疲れさん」

 係のおじさんがボートを繋ぎとめる。

「300貰おう」

「信じられない。結局は金が欲しいのか」

「資本主義者め……」

 三人で仲良く踏み倒したころには集合時間ギリギリだった。

 最後はクラスの全員で集合写真を撮って、バスに乗り込んだ。

 行きは元気いっぱいだった児童たちも帰りとなると死ぬほど疲れているのか、バスの振動をゆりかごにぐっすり眠っていた。それは須美、園子、銀の三人も例外ではなく、後部席で三人仲良く肩を預け合ってグッスリ眠っていた。

 神樹館に帰りついた頃には陽は大きく傾いていて、寝起きの児童たちを優しく包み込んだ。児童たちはこの中をそれぞれ家路につくのだ。

「いやー、バスの中で寝たから元気いっぱいだ」

「明日はお休みだね~。午前は訓練で午後は……何しよっか」

「そうね。まずはお前さんを盾にして、首をへし折るってのはどうだ」

「きついジョークだ……」

 三人は夕暮れの街を並んで歩いていた。園子の言う通り明日は休日で、子供たちはそれぞれの予定を立てていた。

 こういう時、予定を立てるのに秀でているのは銀である。

「じゃじゃじゃ、明日はイネスフルコース巡りにご招待しよう!」

「いいねぇ~」

「でさ、フードコートでジェラート食いながら例の会社の事を話し合おうじゃァないか」

「会社って、スカイネットとか言う世界を滅ぼしかねない名前の?」

「そそそ」

 彼女が言うには、今のご時世赤ん坊だって会社を作れるわけだから、小学生が会社の会議をしたって何らおかしくはないということだった。

「バンバン会議して、商品を千羽海崖の果てまで売りまくれ」

 銀が楽し気に拳を握りしめる。将来の夢を友と語り合うのは楽しいものだ。戦友ってのはいいモンだよなァ。

「私の中では色んな商品が浮かんでるよ~」

「ほほう、例えば?」

「善は急げって言うからね。例えば、レールガンとか、何故か大爆発を起こすクレイモア地雷とか、ターミネーターとか」

「そのっち怖い」

「四国がドンパチ賑やかになるね~。毎日が楽しいぞ~?」

 フハハと笑う園子。

 

 そんな物騒なことを話していた時だった。三人の体をいつもの違和感が駆け抜けたのは。

 世界が樹海化する前触れだ。

 

「私は今ドンパチしたいわけじゃないのに~」

 園子がため息をつく。答えるように須美と銀も、

「遠足の日くらい最後まで楽しく賑やかでいさせてくれてもいいのに……」

「これだからバーテックスは気に食わねぇんだ。こっちの都合も考えずに全く身勝手な連中だよ」

と落胆した。

 世界が樹海に包まれていく。空は透明水彩を塗ったような色合いになり、辺りは神樹の根に包まれた。

 三人は勇者(コマンドー)に変身した。

「ではでは、隊長に就任した園子さん、お言葉を一つ」

「あ?」

 遠足の数日前、三人の担任教師であり、大赦から派遣されたお目付け役の女性から園子は

「コマンドー部隊の隊長をお願いしたい!」

と指名されていた。

 三人……もちろん自身も含め、てっきり須美が隊長になるだろうと思っていただけに驚いた物だが、その後の戦闘で園子の指揮官振りが発揮され、須美、銀の納得のもと、名実ともに隊長となっていた。

「そうね。そのっち……いえ、隊長。お言葉を」

「えぇ~?」

 園子はウームと腕を組む。そして、よし、と言うと、

「指揮官はこの私だ。命令には従ってもらうぞ」

「最近のそのっち、キツイや……」

 三人は跳び上がって、決戦の地である大橋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……」

 園子が目を覚ますとそこはいつもの祭壇で、須美や銀の姿は無かった。

「夢か……」

 二年前だというのに、ずいぶん昔の事のように感じられる。

 空には夕陽があった。あの日三人で見たのと同じ夕陽だ。今では感動も呼び起こされることのない、空虚な夕陽。

「将来の夢……かぁ……」

 会社の事、語り合いたかった。実現しなくたっていい。ただ、みんなで同じ夢を見て、ぶつかり合って、喜び合いたかった。しかし結局、どれもこれも、三人で考えることは出来なかった。

 今頃、勇者たちはどんなことを考えているだろうか。強く生きようと思うか、こんな世界なくなってしまえばいいと思うか、それとも、また別の何かか……。

 自分のしたことは間違っていないと断言することは出来ない。

 でも、このまま知らないまま全てが終わってしまうのは、もっといけないと思った。

「ねえ東郷さん」

「『わっしー』でいいわ」

 横たわる園子の傍らには、須美……東郷美森の影があった。

 

 

 




なんかシリアスっぽい終わり方したから今のうち言っときますが、次回はそこそこ超展開です。「なんだよこのssは!」と思いかねないけど、そこんとこよろしくお願いします。


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11・頭のイカれた勇者がいる。一人では手に負えん。

 物語はクライマックスで、ちょいシリアス。筋肉質に。


 次の日の放課後、私はお姉ちゃんの周辺を探るべく東郷先輩の家を訪ねることにした。幸いにしてお姉ちゃんは私のクラスの担任の先生に呼び出されており、私の行動が知られることもなく、また怪しまれることは無かった。それにしても、何故呼びだされたんだろう。

 そんなことはさておき、東郷先輩への事情聴取だ。私は家に帰るとパソコンのメールボックスを確認して(お気に入りのサイトからメールが来てることが多々あるのだ)、制服を着替えることなくそのまま自転車乗って東郷邸へと赴いた。

 東郷先輩の家は豪邸というほど立派な作りではないにせよ荘厳な雰囲気のある佇まいだった。ドアチャイムを鳴らすと上品な音がした。しばらくしてドアが開き、太っちょのオジサン(氷の上を自在に滑りながら特製のスティックで敵をぶった切り血の滴る寿司を作る天才料理人)が出てきた。

「何か御用ですか」

『いい天気なので、東郷美森先輩に会いに来た』

 書いて見せると、オジサンはヌフフと笑って家の中に消えていき、代わってサングラスをかけた危ない雰囲気のオジサンが出てきた。

「東郷美森に興味があるそうだな」

『先輩のお父さんですか?』

「いや、忠実な使用人だ」

 忠実な使用人のオジサンが言うには、東郷先輩は大赦に用事があるらしく家にいないらしい。なんと、間が悪いんだ……。

 私はオジサンにひとつ礼をすると踵を返して東郷邸を後にした。

(困った……)

 東郷邸と並んで立つ家に目をやる。

 東郷先輩の家の隣には友奈さんの家がある。東郷先輩がだめだとすると、友奈さんに訊くしかない。

(友奈さんかぁ)

 明るくて、能天気な友奈さん。情報を聞き出すなら、友奈さんに訊いたほうがよさそうな感じがする。

 でも、私は知っている。こういう時の友奈さんは口が堅い。

 うーん。

 少なくとも友奈さんと東郷先輩はお姉ちゃんに何かしらの秘密を話したはずだ。そして、お姉ちゃんがそのことを私に話さないということは、三人のうち誰かが口止めしているからだ。そしてその『誰か』というのはお姉ちゃんだろう。

(大佐は知っているかな)

 戦いの後、友奈さん、東郷先輩と共に大佐も姿を消していた。もしかしたら彼も秘密を知っているのかもしれない……。もっとも、大佐の家がどこにあるのかは知らないのだけど。

 私は友奈さんの家の前に自転車を移動させると、意を決してドアチャイムを鳴らした。ドンパーチと上品な音が響く。「はーい」という返事の後、男の人が玄関の引き戸を開けて現れた。大佐に負けず劣らずな偉丈夫だ。

「はい」

『友奈さんはおられますか』

 紙に書いた文句を見せる。男の人は家の奥に向かって呼びかけた。

「おーい、友達が来たぜー!」

「はーい!」

 トタトタと軽やかな足音が近づいてきて、男の人の影からひょっこり友奈さんが現れた。

「あれ、樹ちゃん。どうしたの?」

『実は、訊きたいことがありまして』

「そっか。まぁ、上がって上がってー」

「なんだ? 二人でしっぽりか? このスケベ野郎」

「もーお父さんったら百合厨なんだ」

 偉丈夫は友奈さんのお父さんだったようだ。

 私はお邪魔しますとジェスチャーして友奈さんの後ろについて行く。部屋に入ると、彼女は飲み物とお菓子を取りに行った。

 友奈さんの部屋は歳相応といった感じで別段変わったことは無い。カーペットの上に据えられた小さなテーブルの上にはスマートフォンが置かれていた。もしかして、あの中にはお姉ちゃんとのやり取りなんかが入っていたりするのだろうか。

「おまたせー」

 そうこうしてる内に友奈さんがジュースとポテトチップスを持って来た。コップはしっかり二人分。これだから、友奈さんは抜け目ないんだ。

「こんなのしかなくてね。ごめんね」

 そう言いながらポテチの袋を開けて、ひょいと一つを口に放り込む。

「で、訊きたいことって?」

 友奈さんが私の前に座る。

 私はスケッチブックに訊きたいことを率直に書いた。ここは下手に前置きを書くより、はっきりと突き付けてしまった方が良い。

『お姉ちゃんや東郷先輩との間で、何か隠し事してませんか?』

「え?」

 友奈さんがコップにジュースを注ぎながらキョトンとした顔を見せる。そしてすぐに笑顔にもどって、「樹ちゃんったら、どうしたの?」と少しおどけて見せた。いつも通りの友奈さん通り。

『実は、昨日友奈さんと東郷先輩に呼び出された後からお姉ちゃん元気がないんです』

「風先輩が?」

『お姉ちゃんは何も話してくれないし、もしかしたら、友奈さんは何か知ってると思って』

「う~ん」

 首を捻りながら、パクリとポテチを頬張る。私はそれを見ながらジュースを一口含んだ。

「ごめん、分かんないや……あの時も、話した内容は文化祭の事だったし」

 何で私に秘密なんですか……と訊き返そうとしたけど、やめた。返答は分かってる。「樹ちゃんは声が出ないし、そうなると疎外感があると思うから」……。

 でも、私はもうそんなに弱くないし、声が出ないのだって、いつか治るのだからそんなに気を使ってもらう必要はない。勇者(コマンドー)としてドンパチしたりしてたら、嫌でも逞しくなる。

『ホントに何も知らないんですか?』

「うん、ごめんね」

 いかにも申し訳なさそうに言う友奈さん。思わず本当に知らないのかな、と思ってしまいそうになる。しかし、状況的に考えて絶対に友奈さんは知っているはずなんだ。

 窓の外はいつの間にか夕焼け模様となっていた。お姉ちゃんも先生から解放されて家に帰ってきている頃だろう。

「ごめんね、力になれなくて」

 友奈さんはまたそう言って手を合わせた。

『いえ』

「送ってくよ」

 私達はよいしょと立ち上がった。

 やはり、友奈さんの口は固かった。結局秘密は聞けないままだった。

 ちょうどそんな時、テーブルの上に置かれた友奈さんスマートフォンが暴れ出して、着信を知らせた。

「あれ、夏凜ちゃんからだ」

 着信画面を確認してから電話に出た。

「もしもしー。どうしたの?」

 電話の内容は聞きとれないけど、こぼれる夏凜さんの声はえらく切羽詰まった感じだ。それを聞いている友奈さんの顔も驚きと緊張の入り混じったものになっていった。

「えっ!? ……う、うん、分かった!」

 電話を切る。

『何かあったんですか?』

「うん、ふ、風先輩が……」

 友奈さんはスマホを慌ただしくポケットにしまいこんだ。

『お姉ちゃんが?』

「国道をブルドーザーで暴走してるって……!」

 

 

「大赦ぶっ潰してやあぁぁぁある!」

「やめなさい風!」

 夕闇に沈もうとする国道は不思議と交通量が少なかった。そんな静かな街並みを、ドーザーブレードを振り上げながら風の駆るブルドーザーが走り抜ける。

「何考えてんのよアンタは!」

 夏凜は運転席から落ちないようにしがみ付いている。勇者(コマンドー)に変身しているから全体的な力は上がっているが、同じく風も変身しているため、足でゲシゲシ蹴られるとずり落ちそうになる。

「大赦をぶっ潰してやるのよ! アイツら、私達を騙してたんだ!」

「何を騙されてたのは分からないけどとにかく降りなさいよ! 泣きじゃくりながらブルドーザーで暴走とか変な人みたいでシュールよ!」

 風は夏凜を振り落とそうとブルドーザーを蛇行運転させる。その最中、ドーザーブレードが国道沿いのうどん屋の一部を破壊した。

「このマヌケ! 今のは四国名物のうどん屋よ!」

 夏凜は運転席に無理やり身体を入れて、諭すように言う。

「どうしたのよ風らしくもない! そりゃ今の時期嫌なことだってあるわよ。でも勇者(コマンドー)でしょ? 現実を受け止めろ!」

「受け止めれるわけないでしょ! 私達の障害……樹の声は治らないのよ!」

「はぁ!?」

「大赦は私達にこのことを隠してきたんだ! 満開は、代償に身体の一部を神樹様に捧げることだって、捧げたものはもう帰ってこないって……」

「嘘だわ!」

「嘘じゃない!」

 風はアクセルを踏みこむ。夏凜は「ブルドーザーってこんな速度でたっけ」などと思いながらしがみ付いていた。ブルドーザーは国道を抜け、大赦へ向かう海岸線に入った。

「大赦はこのことを隠して私達を縛り付けていたのよ! 世界を救う代償が、こんなのなんて……!」

「だからって、ブルドーザーで暴走はどうなのよ……あっ! あんたこれで大赦に突っ込むつもりね!?」

「その通り!」

 大赦の施設の警備システムは非常に厳重だ。しかし、勇者(コマンドー)の操るブルドーザーが突っ込んでくるとなれば話は別だ。そんなことを想定しているわけがない。

「コイツで神樹を掘り出して、材木屋に売り払ってやるのよ!」

「落ち着きなさい!」

 ついに夏凜は風に飛び掛かった。二人はそのままブルドーザーの外に転げ出して、ブルドーザー自体は近くの臨海公園の並木に激突して動きを止めた。

 態勢を整えながら、二人は武器を構える。

 

 

「夏凜ちゃんの話だと、風先輩は臨海公園の辺りにいるよ!」

 自転車の後ろに乗る友奈さんが風の音に負けない声で私に言った。

 国道沿いの臨海公園と言えばここから結構な距離がある。私の自転車の行動範囲としてはそこそこ遠い。

 こういう時は友奈さんにハンドルを握らせて私が後ろに乗った方が良いのかもしれない。でも、この自転車は私用に調整されているし、私自身、ここしばらくの間でずいぶん体力がついた。変に筋肉をつけると背が伸びなくなるというからちょっと心配。

 私がペダルをこぐ最中、さすがにこうなっては隠していても仕方がないと判断したのか、友奈さんは昨日知ったことを話してくれた。

 勇者(コマンドー)システムのこと、満開の後遺症の事、そして、その後遺症は永久に治らないということ。

 なるほど、お姉ちゃんが私達に秘密にしたわけだ。それが納得できるほどに、真実は残酷だった。

「風先輩は樹ちゃんのことを思って秘密にしようと思ったんだ。樹ちゃんの希望を、奪いたくなかったから」

「…………」

 やっぱり、お姉ちゃんは優しい。私やみんなのことを考えてくれて、大切にしてくれる。それは、とてもうれしいことだ。

 声が戻らない……それが真実でも、お姉ちゃんと一緒なら前向きに生きていける。絶望なんてしない。

 それをお姉ちゃんに伝えて、安心させてあげなくちゃ。

 私はそんな決意と共に顔を上げて、右手に広がる輝く海を見据えようとした。

「…………」

「やあ」

 でも、海と私の間には大佐の濃ゆい顔があった。

「あっ、メイトリックス大佐」

「風が大変だと聞いたからな。俺も行かせてもらう」

 いつの間にやら、大佐が私達の自転車と並走するように走っていた。アスファルトを蹴るたびに躍動する隆々たる筋肉が夕日に輝いている。何てことだ、シリアスに感動的な場面が台無しだ。

「それにしても、二人は自転車で臨海公園に行くつもりなのか」

「はい」

 友奈さんが私に変わって頷く」

「フム。しかし、自転車では些か遅いだろう」

 そう言うや大佐は走りながら突如私達に腕を伸ばし、そのまま掴んで自転車から引きはがすと両脇に抱えこんでしまった。私の自転車は主を失った挙句近くの電柱にぶつかって壊れた。

「なな何するんですか!?」

「おっと友奈、あまり暴れるなよ。そっちは利き腕じゃないんだぜ」

 大佐は私達を両脇に抱えたまま走る速度を上げた。そして、

「行くぞ! ターボタイム!」

 ジェットの轟きと共に飛び上がった。地表がみるみる離れていく。私の声が出たなら、思わず悲鳴を上げていただろう。友奈さんは悲鳴の一つも上げなかった。でもこれは恐怖のあまりとかそう言うのじゃなくて、単なる慣れだと思われる。

「待ってろよ風!」

 大佐と私達は夕焼けに染まる空を飛行した。そこから見える景色は、ため息が出るほど美しかった。

 しばらくせずと臨海公園の上空まで到達した。下には、なるほど、お姉ちゃんと夏凜さんの姿が見えて、互いの武器を交わらせているようだ。

「本当の事を知っていれば、みんなを勇者(コマンドー)になんかしなかった! 樹が夢をあきらめることだってなかった! どうして私達がこんな目にあわなければいけない! どうして樹が……!」

「風!」

 夏凜さんはお姉ちゃんの覇気に押され気味なようだった。

「お友達みたいだね。ボディーランゲージで愛情を示してる」

『そうでしょうか』

「友奈、取りえずお前をここで降下させるから、あの二人の間に入るんだ」

「えっ、ここで?」

 現在、私達は高度百数十メートル地点を飛行している。こんなことをしようものなら地面に叩きつけられてめちゃくちゃだ。しかし大佐はYESと答える。

勇者(コマンドー)に変身するんだ」

「え」

「オリルンダ」

 言うや大佐は友奈さんを放してやった。

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

 友奈さんの悲鳴が海岸線に響き渡る。でも、問題ないはずだ。勇者(コマンドー)システムが、彼女を望みと関係なくとも護ってくれる。

 事実、友奈さんはギリギリのところで変身して、着地と同時にお姉ちゃんの夏凜さんへの斬撃を受けとめた。

「樹、お前も放すぞ」

 私はコクンと頷く。

「姉を説得できるのは妹だけだ」

 大佐の腕が緩められて、私は大空に身を投げ出された。放されると、地面がすさまじい勢いで迫って来る。

「……樹!?」

 お姉ちゃんが私に気付いて驚愕の表情を浮かべる。私は構わず変身して、そのままお姉ちゃんへ腕を広げた。

『お姉ちゃん!』

 声が出ないのは分かっているけど、私の口はそんな風に動いた。

 お姉ちゃんは大剣を放り出すと落下地点に駆け寄って、私を受け止めてくれた。

「!」

 私は広げていた腕でそのままお姉ちゃんに抱き付いた。

「樹……」

 んで、そのままぎゅーっと絞めつけた。

「アッ、アァッー!?」

「樹ちゃん何してんの」

 私はお姉ちゃんを解放すると、懐からメモ帳を取り出して、腰を押えてオウオウ唸っているお姉ちゃんに伝えたいことを記した。

「い、樹、何を……ウン?」

 そして、そっと差し出した。

『私は昔と違ってこんなに強くなったんだから、何も心配しなくてもいいんだよ』

「いや……そういうことじゃなくね……」

『そういうことだよ。夢なんて、いくらでも変えられるもん』

 私が勇者部に入ってよかったことは、みんなが私に勇気を与えてくれたことだった。いつもお姉ちゃんの後ろに隠れていた私だけど、今はそれだけじゃない。お姉ちゃんと並んで立って、自分で自分の道を切り開いて行く勇気があるんだから。

『それに、勇者の仕事は誰かがやらなきゃいけないことだし、例え満開の事を全て知っていても、私はお姉ちゃんと一緒に戦っていたよ』

「樹……」

「樹ちゃんの言う通りですよ。私たちは知っていても戦っていました。だって、それが世界を救う方法だから。私たちは、勇者部だから!」

「友奈……」

「その通りだ」

 そう言いながら大佐がシュゴオォォと降下してきた。

「樹は風が思うほどもう弱くない。現に、樹はお前を心配して走り回ったり、ここにも友奈を後ろに乗せて自転車で来ようとしていたんだ」

「ジョン……」

姉ちゃんは柄にもなく諭すようなことを言った様子な大佐に少し驚きながら、険しかった顔をほぐした。そして、それと同時に涙がとめどなく溢れてきて、私にしがみ付きながら崩れ落ちてしまった。

 私はお姉ちゃんに慰めの言葉をかける代わりに頭を抱きかかえるように撫でた。いつもお姉ちゃんが私を慰める時にしてくれたことだ。あの時のお姉ちゃんは笑顔だった。

 でも、人を慰める時に笑顔でいるというのは、なんと難しいことか。

 

 

 犬吠埼風の暴走劇が開幕する少し前、美森は先代の勇者である乃木園子の元を訪れていた。

「わっしー……じゃなかった」

「いいえ、わっしーで構わないわ」

 美森の言葉に園子は少し驚いて、すぐに表情を穏やかな笑顔に戻した。

「真実を知るというのは、とっても残酷なことだし、知らない方がいいということもある」

「分かってるわ」

「それでも、わっしーは知りたいんだね」

「ええ。この世界の真実を……」

 園子はゆっくりと瞳を閉じた。そして、数秒の思考の後、再び開いた。

「この世界の真実は、実際に見てもらった方が早いんだけどね~。まぁ、そのことは一旦置いといて」

「……?」

「わっしーの部活仲間に、筋肉モリモリマッチョマンの変態がいるでしょ~?」

「ええ。メイトリックス大佐……良く知ってるわね」

 美森が首を傾げる。園子はうんうんと満足そうに頷いた。

「一緒にいて、変だと思ったことは無い?」

「まぁ、無いと言えば嘘になるわ。中三にしては妙に大人びてるし」

「大人びてるってレベルじゃないような気もするけど、まぁいいや」

 園子は身体をよじらせると大橋に目をやった。途中でひしゃげて、先が天に向かって聳える、不思議な橋だ。美森は、彼女が理由は分からないでも、その橋に特別な思いを抱いていることを感じ取っていた。

「……乃木さん?」

「ジョン・メイトリックス大佐……。あの人は——」

 園子は再び瞳を閉じる。

「私達の夢なんだ」

 




 アニメのこのシーンは大好きです。風を抱きしめる樹が唇をかみしめているのが印象的でしたね。あの時樹はどこに行ってたんだろう。
 あと、ここで出てきた重機(ブルドーザー)ですけど、覚えておいてください。


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12・勇者が世界を滅ぼそうとしてますが止めますかぁ?

 ゆゆゆゲームのためだけにVita買うのはどうかと迷ってましたが、アサシンクリード レディ・リバティのVita版があることを知って、買っちゃおうと決めた作者である。


 神世紀298年。

 三人は満身創痍だった。

 大橋をつたい出現した二体のバーテックス。初めは善戦できた。今までの経験と、訓練の賜である。しかし、伏兵……三体目のバーテックスの出現と同時に、戦局は逆転した。

 三体目は遠距離から矢の雨を降らせながら前衛の二体を援護していた。三人は矢の雨に対してとっさに防御の態勢を取ったが、前衛の二体がそれを見逃すはずがなかった。二体のバーテックスはそれぞれの得物を振るい、三人の勇者(コマンドー)を激しく攻撃した。

 この攻撃で三人の内二人が重傷で、システムの力を持っても息をするのがやっとという有様だった。

 そのような中で、一人だけ怪我の程度が軽いものがいた。彼女は二人を抱えると、制止も聞かずに橋の下に放り投げた。

戻って来るぜ(I'll be back)

 それが最後の言葉だった。

 彼女は一人、三体のバーテックスに挑み、命の炎が燃え尽きるまで戦い、勝利し、そして、逝った。

 

 

「それが、三ノ輪銀?」

「そうだよ~。私はミノさんって呼んでたんだ。思い出せそう?」

 園子の横たわるベッドの傍らにいた美森は、訊かれると同時、眉間にしわを寄せて俯いた。園子は「そっか~……」と少し残念そうに言った。

「……それで、その三ノ輪銀がどうかしたの?」

「うん。まぁ話した通りミノさんはこの時死んじゃったんだ」

 

 

 生き残った二人の勇者は友の意志を継いで戦いを続けた。仲間の分も精一杯生きようとした。その結果、二人は咲き誇り、一人は脚の機能と大切な友達との記憶を、もう一人は、身動きが取れなくなるほどに身体を捧げた。

 身動きが取れなくなった勇者(コマンドー)上等なベッド(祭壇)に祀られて、神に等しい扱いを受けるようになった。

 神になった彼女はこの世界のありとあらゆる真実を伝えられた。

 

 

「真実?」

「それについては後々教えてあげるよ。……それでね、私が祭壇に祀られた日に、大巫女様と審神者(さにわ)がやってきたんだ」

 園子は神樹と間接的に会話したのか……そのことに気付いた美森は無意識に唾を飲みこんでいた。静かな薄暗い部屋に、布のすれる音だけが大きく響く。

「な、何を、話したの?」

「う~んとね、とりあえず、一通り悪口を言ってやったよ。ペテン師、泥棒、人間のクズ、チンピラ、ゴロツキ、犯罪者だって」

「神様に『人間のクズ』って変じゃない?」

 美森の細かい突っ込みに園子は思わず吹き出した。

「わっしーは変わらないね~。うん、変だよ。でも、言わずにはいられなかった」

 

 

 勇者(コマンドー)は泣きじゃくりながら神樹を罵った。

 神を罵るなぞ言語道断だが、この時ばかりは少女に同情したか、神樹は巫女の口を借りて言った。何を言っているのかイマイチ理解できなかったが、審神者が意訳してくれた。

「お前の働きに感謝して、一つ願いを聞き入れよう。我に叶えられる範囲に限るが」

 少女は涙を拭いて、その問いに答えた。

「私の友人で勇者(コマンドー)であった三ノ輪銀は神樹様をお護りするために幼くしてこの世を去りました。もっと彼女と話して、いろんなことを教えてもらいたかったです。出来ますことなら、彼女をもう一度、常世より現世へお戻しください……」

 このいたいけな少女の願いを、神樹は叶えた。

 

 

「えっ、叶ったの!?」

「まぁ、見ようによってはね。神樹様は、私の記憶から『三ノ輪銀』という要素を抽出して、もう一度作りだそうとしたんだ~。ミノさんの身体自体は、大赦に保管してあったみたいだし、それを核として、復活させようとしたんだね」

 生命の創造や復活というのは人類にとって禁忌である。そういったことは、まさに神だからこそ許されることなのだろう。

「でも、私の記憶から抽出したからかな。ちょっと変なことになっちゃって……」

 

 

 少女には夢があった。

 勇者(コマンドー)仲間の三人で将来会社を建てようというものだ。その会社は将来的に世界を破滅に導きそうな名前ではあったが、その事業内容は夢溢れるものだった。具体的に言えば、レールガンや、何故か大爆発を起こすクレイモア地雷、ターミネーターなどである。他にも、一般向けにターボマン人形などの製造も考えていた。

 神樹は、ご丁寧にその夢も汲み取った。

 すると、どうだろう。

 

 

「生まれたのは、ミノさんとはまるで違うものだった」

「ま、まさか」

「そう……」

 生まれたのは、笑顔が眩しい少女ではなかった。

 生まれてきたのは、車に轢かれても、飛行機から落ちてもビクともしねェ、タフネス設計なTHE・肉体派の筋肉野郎、ジョン・メイトリックスだったのである。

「いやいやいや、ちょっと待ってよ」

「ミノさんは弾けるような笑顔、メイトリックス大佐は弾けるような筋肉……似てはいるけど……」

「いや全然似てねぇよ?」

 美森は大いに混乱していた。メイトリックス大佐は神樹様に作られた? しかもそもそもは三ノ輪銀といういたいけな少女を基に作られた?

 一体全体どうやったら小学生の少女の身体から筋肉モリモリマッチョマンの変態が生まれるんだ。

「よく言うでしょ、『真実ほどに、筋肉なものは無い』」

「言わないわよ」

「生まれ変わったミノさんは、もう前のミノさんじゃなかった。ていうか別人だった」

「そりゃそうでしょうね」

「メイトリックス大佐はその後讃州中学に転入する形で入学した。ミノさんの年齢を考えるとわっしーや結城さんと同学年にすべきなんだろうけど、さすがにあの身体ではキツイから」

 それ以前な問題な気もするが、美森は黙っていることにした。

 しかし、迂闊だった、と今さらに美森は思った。

 冷静に考えれば、あの肉体は大人びているってレベルじゃないし、そもそも中学三年生の時点で何で車やバイクを運転できるんだ。

「……このことを、大赦は隠していたのね……?」

「そう……まぁ、言ったところで信じないだろうけど~。ていうか普通おかしいと気付く」

「まあね」

「それより、私がショックだったのは、生まれ変わってもあの人はバーテックスと戦っていたということかな~……大佐の肉体は、ある意味で最も完成された勇者(コマンドー)システムなんだって」

 満開の必要もなく、ありとあらゆる状況下で戦うことが出来る……当然だ、なぜなら、彼はある意味で命そのものを神樹に捧げているのだ。肉体そのものが常に満開状態のお花畑システムといえる。

「大佐に、そんな秘密があったなんて……」

「あと、四国以外はウイルスで壊滅って言ってるけど、実際は太陽表面よろしく火の海で、倒したバーテックスが復活しようとしてるからそこで」

「マジかよ」

 

 

 

 

 お姉ちゃんがやっとのこさ落ち着いた時、スマートフォンが鳴り響いた。樹海化を知らせるアラームだ。でも、今回のアラームは今までの物と様子が違って、より大きな危険が迫っていると知らせるような音だった。それに、いつもならすぐ鳴り止むのに、終わる気配を見せない。

「アラームが鳴り止まないよ!?」

 友奈さんが慌ててスマホを覗きこむ。それと同時、固まって私達を呼び寄せた。

「見て!」

「うわ」

 画面に映し出されているのは、四国を取り囲む『壁』を突破して流れ込む無数の星屑(バーテックスのカカシ)の光点だった。

「何よ……これ……」

 お姉ちゃんは座りこんでしまった。せっかく立ち直りかけてたのに、何と間が悪い。これだからバーテックスは気に食わないんだ。

「風は動けそう!?」

 夏凜さんの問いに私は首を横に振って答えた。夏凜さんは数秒の思考の後、私に指示を出した。

「樹とジョンは風の傍にいてあげて。友奈、行くわよ」

「うん!」

 二人は跳びながら『壁』の方へ向かっていった。星屑の大軍が、私達にも迫る。大佐はどこからともなく機関銃を取り出すと、

「俺が弾幕を張るから、樹は風をどうにかするんだ」

 どうにかしろと言われても、お姉ちゃんったらすっかりふさぎ込んじゃって、顔を膝の間に埋めちゃってる。これは、回復させるのは至難の業と思えた。

(お姉ちゃん! お姉ちゃん!)

 声の出ない口をパクパクさせながら、私はお姉ちゃんの肩を揺らす。背後では機関銃の発砲音が聞こえだした。どうやら星屑の群れがいよいよ接近してきたらしい。弾切れの心配はないだろうから、お姉ちゃんに集中する。

(お姉ちゃん!)

「………………」

(お姉ちゃん!)

「………………」

 お姉ちゃんってば、ドツボにはまるとここまでめんどくさい人だったか。

 しばらく肩を揺らしていると、見かねたのか大佐が「代われ」と私と立場を交代した。ワイヤーを伸ばして、迫りくる星屑を細切れにしていく。

「おい風!」

「………………」

 大佐の強い呼びかけにも、お姉ちゃんは反応しない様子だった。しばらく、大佐は私と同じように呼びかけ続ける。そして、数度呼びかけたころ、大佐の堪忍袋の緒が切れたのか、ついに、

「動けこのポンコツが! 動けってんだよ!」

とお姉ちゃんの頭をゴンゴン叩き始めた。

 すると、

「……誰がポンコツよ!」

 お姉ちゃんが復活した。

「この手に限る」

 何を言うか、その手しか知らない癖に。

 ホントにお姉ちゃんは呆然自失だったようで、辺りをキョロキョロ見渡しながら、「わ、私どうしてた?」と訊いた。

「ここで塞ぎこんでた。その間、ずっと樹がお前を護ってくれていたんだぞ」

「えっ?」

 大佐ったら、私がずっと星屑を防いでいたとお姉ちゃんに信じ込ませるらしい。まぁ、有効な手かもしれないけど。

「樹が?」

 私は取り合えず頷くことにした。頷きながら、星屑五体をまとめて刺身にする。

「……樹ったら、よく『私の隣に一緒にいたい』なんて言ってたけどさ……」

「?」

「もう、私の前を歩いてるじゃない……」

 お姉ちゃんの声には少量の寂しさと嬉しさがにじみ出ていた。それを聞いて自然と頬がほころぶ。お姉ちゃんは大剣を手に握ると、それを振り払い、「ふん!」と鼻を鳴らした。

「さーて! バーテックスどもに犬吠埼姉妹の女子力とジョンの火力を見せつけてやろうじゃないの!」

「どうして女子力と火力なんだ? 筋力にひとまとめにすればスッキリするのに」

「もージョンったら筋肉バカなんだ。さ、行くわよ!」

 

 

 三人で走ること数分、神樹様の根の影に、友奈さんと夏凜さんの影があるのを認めた。二人とも変身を解いていて、夏凛さんは横たわっている。

「夏凜!」

 お姉ちゃんが慌てて駆け寄り、抱き上げた。

「夏凜! 夏凜!?」

「う……」

「夏凜! 死んだはずじゃ?」

「残念だったな、生きてるわよ馬鹿……! く、くだらない冗談を言えるってことは、風はもう大丈夫なのね?」

 夏凜さんのすぐ傍では友奈さんが座りこみながらしきりにスマホの画面を叩いていた。一目で、何か重大なことが起きたと解る。

「友奈!」

 夏凜さんを横にするとお姉ちゃんは友奈さんに駆け寄った。友奈さんはいつもの明るい表情を一転させて、今にも泣きそうな顔をしている。

「ふ、風先輩……。それが変なんです、勇者(コマンドー)システムが反応しないで、変身できないんですよ」

「何ですって?」

 画面を覗きこむと、『使用者の意思が安定しないため、システムを起動できません』と表示されている。つまり、勇者システムに必要な要素である戦う意思が今の友奈さんには欠落しているというのだ。

「何があったの友奈!?」

「東郷が……東郷が、あそこにいるのよ……」

 友奈さんに代わって夏凜さんが説明して、身を起こしながら壁を指さした。そびえたつ『壁』には大きな穴が一つ空いていた。そこから濁流の如く星屑が、そしてバーテックスが流れ込んでくるのが見える。そんな場所に、何故に東郷先輩が?

「あの穴を空けたのは東郷なのよ……」

「は?」

 お姉ちゃんが間抜けな声で訊き返す。それは私も同じだった。夏凜さんの言っている意味がちょっと分からない。

「どういう意味よそれ」

「そのままよ。とにかく、三人で東郷を止めてきて。ここは私が持たせるから……」

「わ、分かった。樹、ジョン、行くわよ」

「OK!]

 

 壁の上へは大佐のハリアーⅡにしがみ付く形で移動した。勇者(コマンドー)システムのおかげでジャンプすれば届かないこともないけど、こっちの方が圧倒的に楽だ。文明の利器万歳。

 壁の上には夏凜さんの言う通り、東郷先輩の姿があった。どうにも、私達が来るのを待っていたような様子でもある。

 ハリアーが着陸するのと同時、私たち三人は機体から降り立った。お姉ちゃんが、東郷さんに問いかける。

「あんたがこの『壁』に大穴を空けたって小耳に挟んだ。まさか違うよな?」

「いいえ、私がやりました」

 即答だった。

 四国を取り巻く壁に大穴を空けるとは、やることが派手だねぇ。などと言ってる場合ではない。いったいなぜ、東郷先輩はこのような凶行に出てしまったのか。

 東郷先輩は私達のそんな疑問を知ってか、「見せたいものがあります」と言って壁に沿って張られている結界……樹海化前は対岸の本土を見ることが出来る……の向こうへと姿を消した。

「あっ! 待ちなさい!」

 お姉ちゃんに続いて、私と大佐も結界の向こうへと飛び込んだ。

 

「………………」

 飛び込んだ先は、地獄だった。

「なにここ……」

 構えた大剣を思わず取り落としそうになりながら、お姉ちゃんが呻く。

 そこに広がっていたのは、果てしない灼熱地獄と、空を覆い尽くさんばかりの星屑の群れという景色だった。輝く海も、美しい緑も、そこには無かった。

「私達が壁の向こうに見ていた景色。あれは、神樹の作りだした幻覚だったんです」

 東郷先輩が、呆然とする私達に淡々と説明する。

「私達の習った歴史では、世界は未知のウイルスで壊滅し、神樹の加護の届く四国だけが被害を免れた、となっていました。ウイルスに対抗する手段が見つかれば、人類は再び本土で暮らせるようになると……。でも、全部嘘だったんです」

 

 旧世紀の最後、天の神々は愚かさを極めた人類の粛正のため、究極の生命体である『バーテックス』を遣わした。バーテックスは瞬く間に地球全土を焼き尽くし、ありとあらゆる文明を無へと消し去った。

 そのような中、地の神たちは力を結集し、一本の大木となって天の神の脅威から出来る限りの土地と文明を護った。それが、現在の四国である。

 

「天の神々の粛正は、まだ終わってはいません。あれを」

 東郷先輩が指し示したほうを見やると、そこでは星屑たちが合体してバーテックスに進化しようとしていた。しかも、そのバーテックスというのが、以前私達が倒したはずのバーテックスで……。

「バーテックスは復活して、何度も何度も何度も何度も! 神樹を殺さんと襲ってきます。その度に、私達は満開して、身を捧げて、ボロボロになりながら、戦っていかなければならないんです……」

「何が言いたいの……東郷……」

 息を呑んで問うお姉ちゃんに対して、東郷先輩はどこまでも冷静に、でもどこか熱を帯びた調子で返答した。

「この苦しみから解放されるには、神樹を殺すしかないんです」

 東郷先輩は銃口をお姉ちゃんに向けた。

「風先輩ならわかってくれるはずです。こんな生き地獄、もう耐えられない……大切な思いでも、すべてなくしてしまう」

 冷静に見えた東郷先輩だけど、目元に涙が浮かんでいるのが見えた。なるほど、東郷先輩の葛藤と悲しみに触れたからこそ、友奈さんは戦えなくなったのか。

 東郷先輩は銃口をお姉ちゃんに向けたまま話を続けた。

「なるほど、神樹のおかげで私達は護られています。毎日何の疑問も抱くことなく、進歩もなく、退化もなく、ひたすら安穏とした日々を送っていました。それも幸せなのかもしれません。でも、それじゃあ私達は? 神樹を守っているはずの私達が、何故天罰よろしくひどい目にあっているんですか……? どうして、大切な思い出を無くさなきゃならないんですか?」

「東郷……」

「こんな世界おかしいんです。神樹に生かされているだけのこの世界に……友達のことを守ることもできないこの世界に、もう価値なんてないんでぶっ」

 泣きながら訴えていた東郷先輩だったけど、その涙は大佐には効果なしだったようで、哀れ東郷先輩は隆々たる大佐の拳を顔面に受けて殴り飛ばされて、壁の向こうにおっこちて行ってしまった。やることが派(以下略)。

「話が長い」

「うわ~イタソ」

 お姉ちゃんがちょっと引きながら言う。そりゃあれは痛いよ、私見てたもん。

 大佐は手をぱんぱんと払った。

「この手に限る」

「その手しか知らないでしょ。ていうか、ジョンって誰かに野蛮だって言われたことない?」

 大佐は「何で?」とでも言いたげに首を傾げた。お姉ちゃんは呆れて溜息を吐いた。

「とりあえず、東郷にはしばらく眠っててもらうわよ。夏凜と友奈も心配だし、穴もどうにかしないと……」

 考えを巡らす。そんな時に、私はふとあることに気付いた。

 辺りを見渡すと、星屑の動きが止まっているのがわかった。さっきまで元気にウネウネ飛びまわっていたのに。

 考えるお姉ちゃんの裾を引っ張る。

「ン、どったの樹?」

 ジェスチャーを使って星屑の動きが変だということを伝える。幸いにしてお姉ちゃんは声が出ない私と寝食ともにしている分ジェスチャーの理解も早かった。

「確かに、変ね……」

 その時、大佐が何かに気付いて、上を見ながら叫んだ。

「見ろ!」

 初め、大佐が何を言っているのかわからなかった。でも、大佐と同じく視線を上にすると、ようやく事態を理解することが出来た。

 バーテックスだ。それも、今までに類を見ないほど大きな。星屑たちが結集して、今まさに生まれようとしているところだ。

「ひゅ~、でけぇ……」

「あまりにも大きすぎて気が付かなかったな」

 そんなバーテックスの傍に、見知った人影があるのを私達は発見した。

「東郷! コノヤロウ生きてやがったか!」

「満開してる……!?」

 そこにいたのは空中戦艦と化した東郷先輩の姿だった。相変わらず強そうだったけど、先輩のほっぺたは赤くはれていて、手でしきりに撫でていた。

「畜生痛かった!」

「そうだろう。システムがなければ即死な勢いで殴ったからな」

「うわぁ」

 ヒデェ事しやがる……。

 そんなことより、バーテックスだ。大きさは軽く二、三十メートルはある。これだけ大きいということは、それだけ強力と考えられる。これはヤバい。

「何が始まるの?」

「大惨事です。勇者(コマンドー)の攻撃は神樹に通用しない。だから、こいつを連れて行くんです」

「なるほど、コイツは賢いな!」

「いや感心してる場合じゃないし。先輩として、部長として、許すわけないでしょ!」

 大剣を構えてお姉ちゃんは跳び上がる。

「なら、押し通すまでです!」

 東郷先輩の砲が唸る。発射された砲撃は跳び上がったお姉ちゃんに直撃した。

「ぶっ」

 吹き飛ばされるお姉ちゃん。

 あれは痛い。東郷先輩がここまでするということは、本気で世界を滅ぼそうとしているんだ。ワイヤーで捕縛してみようとしたけど、展開されているビットに邪魔されて上手くいかない。

 私と大佐は樹海方面に吹っ飛ばされたお姉ちゃんを追って壁を降りた。

 バーテックスは東郷先輩の誘導で穴を通り、結界の内側に入った。先輩はバーテックスの目の前に移動して、静かに語りかける。

「こいよバーテックス! 私を殺したいでしょう」

 バーテックスはヤロウぶっ殺してやると言わんが勢いで火の玉を生成し始めた。あれが神樹様に当たろうものなら、ひとたまりもあるまい。

「よせー!」

 お姉ちゃんが絶叫する。

 でも、嘆願空しく火の玉は発射された。東郷先輩がさらりと回避する。火の玉は、遠く神樹様へと直進し始めた。

 すると、その時。

「おおおおおおおおおおおおおおおお!」

「うっ!?」

 勇ましい雄叫びと共に、樹海の根の隙間から人影が飛びだした。

「友奈ちゃん!?」

「友奈!」

 驚きと歓喜の入り混じった声の中、友奈さんは拳を握りしめる。

「勇者・パァァァァアンチッ!」

 友奈さん渾身の一撃は巨大な火の玉を容易く粉砕した。弾けた火は私達の方まで飛んできたものの、大佐の筋肉フィールドでどうにかなった。火の玉を破壊した友奈さんは、そのまま私たち三人の傍に着地した。

「結城友奈、参上しました!」

「ゆ、友奈。大丈夫なの?」

「はい! 夏凛ちゃんとの間で結構なドラマがあったんですが、諸事情によりカットで!」

 友奈さんはさっきまでの不安げな表情から一変、凛々しい顔つきで宙の東郷先輩とバーテックスを見据えた。

「この世界と東郷さんは、私が守る!」

「死ぬぞ! みんな死ぬ!」

「大佐は黙ってて!」

「はい」

 私達はそれぞれの『武器』を構えた。

 いよいよ、人類存亡の危機と仲間の危機を救う戦いが、始まろうとしている。

 




 とあるアニメでは、良き心を持った知的生命体を生み出すため、古い人類が滅亡させられるというお話がありました。主人公たちは最後まで抗い続けましたが、ダメでした。
 ゆゆゆは背景は似てるけど、結末が違いましたね。愚かな人類である友奈達は、抗い続け、ひとまずの勝利を得ました。
 そして、コマンドーはそれらの集大成といえる作品です。人間の力強さや、真の愛とか、なんやらかんやら作品を通して表現しています。
 まぁ何が言いたいのかというと、イデオンとゆゆゆとコマンドーを見まくろうということです(ダイマ)。
 


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13・今や巻き返しの時です。

ついに最終回!(?)


☆前回までのあらすじ☆

 かつて精鋭部隊コマンドー(不死身のトリオ)の隊員として名を馳せた鷲尾須美は、名前を東郷美森と変えて親友の結城友奈と二人でしっぽり静かな生活を送っていた。そんなある日、彼女の前にかつての上司である乃木園子が現れ、部活の先輩ジョン・メイトリックスの正体と、ついでにこの世の真の姿を聞かされる。真実を知らされた彼女は「もう死ぬしかないじゃない!」と超虚無主義(マミリズム)に傾倒し、ついには世界を滅ぼさんと画策する。そんな彼女の前に、親友の友奈と愉快な仲間たちが立ちふさがるのだった。

 

 

 

「この世界と東郷さんは、私が守る!」

と豪語している友奈さんだけれども、一体どうするつもりなのだろうか。守るべき世界を滅ぼそうとしているのは、これまた守るべき存在の東郷先輩なのに。

 そのことを大佐が訊くと、

「あそこに行って、バーテックスを倒します。そうすれば、東郷さんも冷静になって話を訊いてくれます」

「ソ連式の方が能率的じゃないか?」

 『ソ連式』というのは、人権とか倫理とかをひとまず無視して相手を実力でねじ伏せる方式の事である。なるほど、気は退けるけど今の東郷先輩はまともじゃないし、大佐の言う通り、能率的かもしれない。

 でも、

「そんな事しても、東郷さんには意味ないですよ! それに、私は東郷さんを殴りに来たんじゃないです」

「なるほど」

 大佐は素直に納得した。友奈さんが、バーテックスを見据えたまま拳を握り、私に指示を出す。

「樹ちゃんは風先輩をお願い! 大佐は援護を!」

「OK!」

 友奈さんが跳躍すると同時、大佐は使い捨てのロケットランチャーを肩に担いだ。本当今更だけど、どこから取り出してるんだろうアレ。

「行くぞ! 満開!」

 バーテックスに迫りながら友奈さんは躊躇なく満開する。身体の両サイドに巨大な腕が生えて、なんとも強そう。バーテックスは友奈さんを撃ち落すべく無数の星屑を発進させた。無論、それらは大佐の放ったロケットに撃墜されていく。明らかに弾数が多いけど、弾切れとかそんなみみっちいこともう気にしない。

 お蔭で、友奈さんは割と素早くバーテックスの懐に飛び込んだ。

「スーパー勇者パァーンチッ!」

 大きな腕が唸って、バーテックスの巨体を砕く。満開時の渾身の一撃ともなればその威力は尋常じゃない。敵はたまらず御魂を吐き出した。

「御魂っ! 封印を……」

「ダメよ友奈ちゃん!」

 ここで、東郷先輩の砲が唸った。砲撃が御魂と友奈さんとの間に割って入り、封印を阻止する。

「東郷さん! やめようよこういうことはさ……何も知らないで暮らしてる人もいるんだよ!?」

 友奈さんは東郷先輩の説得に入った。

「私達があきらめちゃダメなんだよ! だって、私達は——」

「勇者だから、でしょ……?」

「!」

 東郷先輩は相変わらず泣いていた。目元と頬を赤くして……ああ、頬が赤いのは大佐のパンチが原因だった。とにかく、友奈さんの登場に少なからず動揺してるし、心が揺れ動きもしてる。

「他の人なんて関係ないの……友奈ちゃん、戦いは終わらないの……こんな生き地獄、終わらせるべきなのよ」

「寝言言ってんじゃないよ! 東郷さんが……勇者部のみんながいれば、どんなに苦しいことも、乗り越えられるよ! 大丈夫だよ!」

「大切な気持ちや思い出も、みんなみんな忘れてしまうのよ!? 大丈夫なわけないよ!」

 東郷砲が唸る。友奈さんは紙一重のところで避けていたけど、最後の一発に当たって、地面に叩きつけられた。「……くっ……」

 満開してるとは言え、痛みというのは常人と変わらない。もう声を出すだけで身体が痛むはずだ。それでも、友奈さんは声を張り続ける。

「忘れないよ! 絶対に!」

「嘘よ!」

「嘘じゃない!」

「どうしてそんなこと言えるの!?」

「忘れないって、強く思ってるから! 滅茶苦茶強く思ってるから!」

 叫びながら立ち上がる。勇者(コマンドー)は何があろうと立ち上がる。

「ていうかさぁ!」

「!?」

「こんな濃い思い出、忘れたくても忘れられないって絶対!」

「……一理あるわね……」

 東郷先輩が呟く。

 私とお姉ちゃんは傍にいる大佐に目をやった。「何だよ」とでも言いたげな顔で見返してくる。

「でも、それはあくまであそこいる筋肉モリモリマッチョマンの変態の思い出でしかないじゃない!」

「十分だよ! それに、それを忘れないなら、私達のことだって忘れない!」

「そんなの……! あの人が、大切な人だったということも、思い出せないのに!」

「いったい何があったのか知らないけど! 大佐を見て大切な人を思い出すとか、ちょっとした特殊能力だから!」

 一理ある。

 仮に思い出せたとしても、過去の東郷先輩の交友関係が気になりすぎるところだ。

 友奈さんの説得に、東郷先輩は明らかに心を動かされていた。それでも、『一度決めたらどこまでも』な先輩がそうそう簡単に納得するはずもない。

「でも……でも!」

「でもでもでもでも! それしか言えないのかこの大根野郎!」

 友奈さんは飛び上がった。動揺する東郷先輩の隙をついて、一気に距離を詰める。

 そのまま満開の腕が、東郷先輩の砲を捕えて動きを封じ込めた。

「!?」

 友奈さんは満開の腕から離れると(着脱可能だったのか)固く固く拳を握りしめた。

「歯ァ食い縛れェェェ!」

「友奈ちゃん!ぶっ!」

 格闘技で鍛えている友奈さん渾身の右ストレートが、東郷先輩の頬を的確に捉えた。「私は東郷さんを殴りに来たんじゃないです」と言ったな、あれは嘘だ。

 ちなみに殴られた頬は先ほど大佐に殴られたのと同じ場所。痛そう。

 殴り飛ばされた東郷先輩を、友奈さんは強く抱きしめた。

「忘れないよ」

「嘘……」

「絶対忘れないよ」

「嘘よ……」

「忘れないといってるだろうが!」

「はい」

 友奈さんはより強く東郷先輩を抱きしめる。半ば強引な感じだけど、そこそこ感動的な場面だ。東郷先輩の号泣が、樹海に響き渡る。

「ま、東郷も戻って来たし、良かった良かった」

 痛みをこらえるように身体を起こしながらお姉ちゃんが言う。私も頷いてそれに同意した。

 でも、まだ戦いは終わっていない。

バーテックス(あの野郎)はどうする」

 大佐が今度はEM銃を構えながら訊いてきた。見やると、件の超巨大バーテックスが、自らの身体を巨大な火の玉へと変貌させていた。その姿は、まるで小さな太陽がそのまま現れたようで、暑苦しいなんてものじゃなかった。たぶん、自らの身体を使って神樹様を破壊する腹なんだろう。

「オオッ、ホントにでけえな! オオッ、ホントにでけえな!」

「友奈ちゃんったら何で二回も言うのよ……そんなことより、私のせいで、なんてことに……」

「うん、全部東郷さんのせいだよ。だから今度、飛び切り美味しいぼた餅を作ってね!」

 東郷先輩の謝罪を打ち切らせると、二人はバーテックスに突撃した。バーテックスを押し返すつもりらしい。でも、いくら満開しているとはいえ、あのバーテックスを止められるとは到底思えない。何しろあのバーテックスは馬力が違いすぎる。

そんな二人を見て、お姉ちゃんが立ち上がりながら私に語りかけた。

「……後輩ばかりに良いカッコさせて、網の外にはなりたくないわね」

 蚊帳の外だよお姉ちゃん……。

 それはさておき、私も同様に満開する気満々でいた。この世界がダメになるかならないかなんだから、やってみる価値はある。

「しかし、無計画ではいけないだろう」

「じゃあジョン、アンタに何か案があるの?」

 大佐にお姉ちゃんが意見をぶつけた。すると、大佐は全く不敵な笑みを浮かべて、

「俺に良い考えがある」

 

 

 私たち二人は大佐から作戦を伝えられるとすぐさま満開して、バーテックス阻止に加勢した。この時丁度友奈さんは疲れから一度散華していた。でも、気合ですぐに回復して、再び満開していた。後遺症とかそういうのは、もう恐れではなくなっていた。

「風先輩!? 樹ちゃん!?」

「東郷! ぼた餅の件、約束よ!」

 満開した勇者(コマンドー)が四人ともなればそれはそれは強力なものとなる。

「くっ、強い……」

 友奈さんが唸る。と、そこへ、

「そこかぁあああああ!」

 勇ましい叫び声と共に満開した夏凜さんが刀を交叉させてバーテックスに切りかかった。これは頼もしい援軍だ。今までこれほど夏凜さんが凛々しく映ったこともあるまい。

「夏凜! 大丈夫なの!? ……夏凜!?」

 お姉ちゃんが呼びかけるも、夏凜さんは反応しない。どうやら、目と耳をやられているようだった。お姉ちゃんは一旦バーテックスから離れると夏凜さんの傍に寄った。

「!? 誰!? ふ、風なの!?」

「そうよ!」

 お姉ちゃんは夏凜さんの背中を叩いて返事すると、「勇者部各員へ!」と声を張り上げた。

「今からジョンの考えた作戦を伝達するから、よーく聞くように!」

「……!? はい!」

 

 作戦は単純かつ筋肉質なものだった。

 

 まず、全員でバーテックスの真ん中へ集中攻撃をかける。

 

「一点集中よ! 撃って斬って殴りまくれ!」

 言われるままに私達は一点への集中攻撃を始めた。

「化け物めえええええぃ! チキショォオオオ!」

 中でも東郷先輩悲しみの砲撃は効果てきめんだった。火の玉はゴリゴリ削られ、まるでクレーターか何かのような穴が開き始める。

 

 次に、友奈さんの力でクレーターを起点に掘削していく。

 

「友奈、頼んだわよ!」

「穴掘りなら任せてください!」

 友奈さんの装備する両腕が、火を払いながらみるみるバーテックスの体内を掘り進んでいく。その姿は圧巻そのもので、人類の力を見た気がした。

 

 さて、ここで賢明な勇者(コマンドー)しかり組合員の方は解ると思うけど、この作戦、実は以前に実施したことがあるものだ。

 そう、宇宙にまで達する大きさの御霊に引導を渡した、大佐の究極奥義!

 

「見えた! 御魂!」

「よーし全員退散!」

 お姉ちゃんの号令で勇者(コマンドー)たちは飛び退いた。

 バーテックスの進路上、そこには鉄パイプを構えたマッチョの姿がある。

「地獄に落ちろバーテックス!」

 はち切れんばかりの筋肉を躍動させて、大佐は鮮やかなフォームで鉄パイプを投擲した。投げられたパイプは裕に音速を越えて、樹海の根を千切れ飛ばす勢いのソニックウェーブを発生させながら、バーテックスに空けられた穴にスポッと進入。そのまま後ろに突き抜けて、遠く『壁』に突き刺さった。

 ——一瞬の静寂が樹海を包む。

 そして、静寂を引き裂くような断末魔が世界に響き渡り、閃光が、樹海全体を覆い尽くすように広がった。

「何!? うっ!」

 爆発のような閃光は、私達の意思をいとも簡単にはぎとって行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの戦いは夢物語ではなかった。

 それは、ニュースが伝える山火事の被害と、見えなくなった右目が証明してくれている。

 外を見れば、何の変哲もない日常が広がっていた。この先変わることのない不変な日常。私達が守り抜いたのはそれだった。

 でも、この日常は、私達の払った犠牲に見合うほどに尊いものなのか。

 戦いの後、勇者部の部室には誰一人として来ることは無かった。あんなに賑やかだった部室には、今はシーンと寂し気な音が響くだけ。

 私の周りはこんなに変わったのに、世界は、永久に不変であるかのようにサイクルを繰り返している。

 時折ふと考えることがある。東郷先輩は言う通り、こんな世界は滅ぼしてしまった方が良かったんじゃないかと。大切なものを失ってまで守るべきものは無かったんじゃないかと。

 でも、その度に思い出すのは部のみんなの顔で、何の他愛もない無価値なこの日常が、私にはエメラルドより貴重なものであったという事実を脳裏に蘇らせてくれる。

 

「はい、肉うどんお待ち」

 ウェイトレスのおばちゃんに私は頭を下げてお礼した。相変わらずかめやのうどんは美味しくて、学校帰り、何かに付けては訪れている。

「それにしても、最近は一人だねぇ。何かあったのかい?」

『ちょっとみんな手が離せないんです』

 私はスケッチブックにそう書いておばさんに見せた。

「そうかい。でも、根の詰めすぎは良くないからね。美味しいうどん、用意しとくよ」

 おばさんはそう言うと他のお客さんに呼ばれて駆けていった。

 私はお代を払うと店を出て、そのまま真っ直ぐ病院へと向かった。そこは大赦系列の病院で、四人の勇者(コマンドー)が入院している。

 正門を通り、エレベーターを使って特別病棟へ向かう。

 特別病棟は豪奢な作りの病棟だった。でも、それはホテルや旅館で言う豪華さではなく、神社のような祈祷施設を彷彿とさせる、非人間的な荘厳さを持った造りだった。

 病室に入ると、まず入って右手前のベッドに横たわる東郷先輩が私を出迎えてくれる。

「あっ、樹ちゃんいらっしゃい」

 すると、今度は向かいに横たわるお姉ちゃんが声を上げる。

「おお、妹よよく来てくれたわねー。ほら、夏凜、樹が来てくれたわよ」

 お姉ちゃんが隣で横になる夏凜さんの身体を手探りで叩き、私の来訪を知らせる。

「ん……何……? あぁ、樹が来てくれたのね」

 その光景は、いつ見ても痛々しかった。

 まず、夏凜さんは度重なる満開で聴力に視力、両足の機能に右腕の機能を失った。動くのは左腕だけで、そこだけを頼りにコミュニケーションを取っている。

「訓練してたからね。何てことないわ!」

とは言っていたものの、明らかに元気がなかった。それに、突然泣き出してしまうこともあるらしい。

 お姉ちゃんは両目の機能を失った。今は盲人リハビリの真っ最中で、私が来るたびに盲導犬どうしよっか―と楽し気に話している。でも、同時に、

「もう樹やみんなの顔は見れないのか……」

とも言っていた。

 東郷先輩は今までの物に加えて両腕の機能を奪われた。これでは車いすを転がすこともできない。

 そして、いつも東郷先輩の車いすを押していた友奈さんは、『魂そのもの』を、持っていかれた。

 東郷先輩の隣で横たわる友奈さんの瞳はどこもみておらず、いつも笑顔を象っていた口元は真一文字に閉じられたまま開かない、植物人間となっている。

 私の日課は、毎日この病室を訪れ、学校であったことや様々なことをみんなに教えてあげるということだ。スケッチブックを東郷先輩に見せて、それを読み上げてもらいお姉ちゃんにも伝える。夏凛さんは、そっと手を握って声にならない思いを伝える。友奈さんにも、同様に。

「ごめんね樹ちゃん、迷惑かけて」

 東郷先輩が言った。

『気にしないでください』

「いやー、甲斐甲斐しい妹を持ってお姉ちゃん、幸せだわー!」

 お姉ちゃんが笑いながら言う。

 もし、私の声が出たならば、病室の窓を開けて、世界中の人に叫び伝えたやりたい。

 ここにいる四人の女の子たちは、皆さんの明日を守るためにこうなりました! どうか憐れんで、感謝して、そして、忘れないでいてあげてください! と。

 そうこうしている内に日は暮れて、帰らなければならない時間となる。

 私は東郷先輩に挨拶をして、お姉ちゃん、夏凜さん、友奈さんの手を握って行く。その度に、お姉ちゃんと夏凜さんは「あっ」と消え入りそうな声を上げて、何かを言おうとする。でも結局、「気を付けて帰りなさいよ」とだけ言う。

 私達が取り戻した日常は、これからこうやって永遠に続いて行くのだろうか——。

 私はそんな思いを胸に抱き、名残惜しみながら今日も病室を後にする。

 

 

~完~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『完』と言ったな、あれは嘘だ。

 しんみりした気持ちのまま病室を出ると、そこには制服姿の巨大な筋肉がいた。

「いい天気なので、シリアスムードを殺しに来た」

『どうしたんですか。上腕筋をいからせて』

「このまま終わらせるのは、俺のスタイルじゃない」

 大佐は私についてくるように言った。言われるままについて行き、そのまま病院の外に出る。正面玄関のロータリーには大佐の愛車である『第四のエコカー』こと位置エネルギー車が停めてあった。この病院は坂の上にある筈なのだけれども、相変わらずどういう原理で登ってきたのか予想もつかない。

 大佐は運転席に乗りこむと、助手席のドアを開けて、

「樹、早く乗れ」

『家まで送って行ってくれるんですか?』

「いいや、まだだ」

『じゃあどこへ?』

「『交渉』だ」 

 交渉……?

 一体誰と、何の交渉をするというのだろう。これから夜になるという時に、私のようないたいけな制服姿の少女を連れだして。

 私は様々な疑問を込めて訊いた。

『何が始まるんです?』

 大佐は不敵に笑って答えた。

「第三次大戦だ」

 




 公式のゲーム動画見てたら樹がビーム撃っててびっくり。なんやあの子そんな汎用性高い設定だったのか。使いやすそう。
 ところで、次回はたぶん最終回だ。


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14・気を悪くしないでよ…あんたターミネーターだろ?

次回が最終回だと言ってけど予想外に話が長くなった。前後編で言うなら今回は前篇だ。

みなとそふと版ゆゆゆのケースを開けたら入れ替え忘れていたコマンドーのDVDが出てきた衝撃よ。


 金曜ロードショー、今夜は超アクション大作『結城友奈は勇者である』。

 かつての凄腕勇者(コマンドー)(かわいい女の子)も今やすっかりゴツ~イ筋肉。

 人間を引退し、仲間と過ごす平和な毎日。

 そんな仲間の幸せが突然奪われた! 身体機能を生贄に、バーテックス退治を強いられたのだ!

 ミノさんの怒りに火が付いたー! 敵のわずかな隙を突き、一世一代の賭けに出たマッスルミノさん!

 愛する仲間の身体を救えるのは、俺しかいなぁ~~~い!

 時、まさにミノさんの筋肉絶頂期! (ジョン・メイトリックス的な意味で) 相棒に、まだ初々しい十二歳の犬吠埼樹。(最近ちょっと筋肉がついてきた)

 このボディから繰り出すスーパーアクションは必見!

 1対1から1対1000まで、もぉ~戦いまくり!

 『結城友奈は勇者である』この後すぐ!

 

 

 ※

 

「『交渉』だ」

 大佐はそう言っていた。でも、いったい誰と、何を交渉するのだろう? 

 病院を出てしばらく走っていると、辺りはいよいよ暗くなってきた。信号で止まっている時に私は大佐に訊いてみた。

『交渉ってなんですか』

 私は学校からかめやを経由して病院に行っていたから制服姿のままだ。こんな格好で徘徊しようものなら警察に捕まって臓器を売られちまう。

 しかし、そんな私の心配を吹き飛ばすほど、大佐の計画は恐ろしいものだった。

「大赦に行くんだ。そして、神樹と交渉する」

 ああなるほど、神樹様と。わかったわかった。

『頭大丈夫ですか?』

「ノープロブレム」

 何がノープロブレムだ。

 神樹様と交渉!? 気でも狂ってんじゃないの!?

 そうとしか言いようがない。だって、神樹様は紛れもない神様なわけで、いくら大佐が常識外れな筋肉野郎だからと言って対等になれる相手ではない。

『ちょっと畏れ多いですよ』

「そうか?」

 信号が青になる。大佐は車を発進させた。

「だが、お前だって声や右目の視力は取り戻したいだろうし、病院で寝てる連中もそれは同様だろう」

 それはそうだ。どうせなら、みんなの身体を返してほしい。でも、相手はやっぱり畏れ多くも神様なわけで、どうも気が引けた。

「それに」

 大佐は懐から一丁の拳銃を取り出した。

「神と拳銃どちらを選べと言われたら俺は銃を選ぶ」

 大佐らしいものの考えだ。

 でも、畏れ多いとかそう言うのは抜きにしても、神樹様と接触するのはほぼ不可能と言っていい。

 神樹様のご神体である木は四国のほぼ中央に位置する。それのお世話をするのが新樹様を取り囲むように建っている大赦本部の施設であり、多くの神官がそこで働いている。私達のお父さんとお母さんもそこで働いていたし、夏凜さんのお兄さんは今もそこで神官を務めている。

 そんな大赦本部だけど、数多くいる神官の内、神樹様に直接謁見できるのはイタコである巫女様くらいなものであり、乃木家、鷲尾家を代表とする有力家系の高級神官でさえ緊急時のみに限られている。いくら勇者(コマンドー)とは言え、一介の中学生がおいそれ会えるわけではない。

 私は首を傾げた。

 それに気付いたのか、大佐は笑いながら、

「まさか、わざわざ手続きを踏んで神樹に挨拶しに行くとでも思っているのか?」

 えっ、違うの?

 私は数秒思考した。そして、トンデモないことを想像した。それに気付いたのか、赤信号で車が止まると大佐が応えた。

「そうだ。殴り込みだ」

 第三次大戦ってそういう意味かよ!

 いやいやいや、さすがに不味いでしょ。やってることがあの時の東郷先輩と変わらないじゃないか。

「だから交渉だと言ってる」

『さっき殴り込みだって言ってたじゃないですか』

 第一、大赦本部ともなると警備は厳重。まるで要塞だ。そんなところに飛び込むなんだ暁には銃で撃たれて滅茶苦茶になっちゃう。

「心配するな。俺に良い考えがある」

 大佐がこの台詞を言う時は必ず事は上手くいく。でも、不思議と不安しか覚えない台詞でもあった。

 

 

 大佐が車でやって来たのは警察の管理する違法駐車車両の保管場だった。金網と有刺鉄線のフェンスに囲まれて、入り口には警備ゲートが設置されている。あたりはすっかり闇に沈み、ゲートにあるボックスだけが闇に浮かんでいた。

 大佐は車を道路脇に停めて、フェンスの向こう側を指した。

「あれを見ろ」

 そこにあったのは一台のブルドーザーだった。そう、以前お姉ちゃんが乗って暴走していたあのブルドーザーだ。いつの間にか無くなっていたけど、こんなところにあったんだ。

『で、あれをどうするんですか』

「借りる」

『ですよねー』

 この『借りる』が何を意味するかなんて、もう言わずもがな。

 私達二人は車を降りると歩いてゲートへと向かった。ボックスの中から小太りの警官が新聞を畳んで面倒くさげに出てくる。

「車の受け取りは午前十時から午後四時まで……」

 しかし、大佐は聞く耳を持たない。懐から銃を素早く抜くと警官を撃ち倒した。弾はもちろん麻酔弾。もうこの光景に驚きすらしない。慣れって哀しいなぁ(適当)。

 ボックスの窓を拳でかちわり、そのままボタンを勢いよく叩いた。ゆっくりとゲートが開けられていく。警官をボックスに放り込んでから、私達はこっそりと保管場へ足を踏み入れる。

「声を出すなよ……」

『元より出ませんよ』

 警備はゲートにいた一人だけだったようだ。当然だ。まさかこんなところを武装した筋肉が襲うなぞ夢にも思わない。

 事前に場所を確認しておいてあったこともあり、目的の物はすぐに見つけることが出来た。ところどころに錆が出ている黄色いブルドーザーは、激戦を潜り抜けてきた勇士に見えた。

 大佐は運転席に乗りこむと何やら配線を弄り回してエンジンを始動させた。エンジンの唸りが夜の街に低く響く。排気の煙臭いにおいが鼻をついた。

「早く乗れ」

『本気ですか?』

「当たり前だ」

 ふと気が付くと、シートの後ろにはAKライフルやらグレネードランチャーやらミニガンやら数多の武器が詰め込まれていた。ランボーみたい……ていうかどこから取り出した。服装も、ライダージャケットにサングラスというものになっている。

「樹も早く乗れ」

 大佐は私を急かす。でも、このブルドーザーは単座だし、後ろには武器が収められているしで乗る場所がない。

『どうするんです? 膝の上に乗れとでも?』

 私は冗談で訊いてみた。すると、大佐は何を言っているんだという顔をして、

「そうに決まっているだろう。さぁ」

と、自分の膝の上をバシバシと叩いた。

 私は思わず顔を赤くした。そんな、いくら先輩とは言え男子の膝の上に乗るなんて、恥ずかしくてとてもできない。私は初心な乙女だから……もう一度言うけど初心な乙女だから。

「何をしている。早くしろ!」

『でも……』

「でもではない。イソグンダ」

 ……私は観念してブルドーザーのはしごを登って大佐の膝の上に腰を落ち着けた。うう、恥ずかしくてどうにかなりそう……。

 かと思ったけど、実際に座ってみると何てことなかった。大佐の膝の上はどうも『先輩』というより『お父さん』のような印象だった。ロマンチックの欠片もなかった。

「よし、出発するぞ」

『はい』

 私たちを乗せたブルドーザーのエンジンは大きなうなりを上げて、ゲートをくぐると闇夜を駆け抜けていった。

 

 

 大赦本部の玄関ホールには毎日当直警備員が控えている。本部を後にする人や、何らかの用事で施設に入るには彼に声を掛けなければならない。とは言え、見回りの時以外は暇なものであるから、大抵の場合本を読んでいたりする。

 今日も警備員はのんびり雑誌を読んでいた。そこへ、医療部の医師と助手が退出手続きをしに来た。

「やぁシルバーマン先生。今日は早いあがりですな」

 警備員が雑誌を畳んで挨拶する。

「やぁ。明日は入院中の勇者(コマンドー)の診療の日でね」

 医師は端末に自身の登録番号を入力し、退出手続きを済ませた。そんな彼にに、助手が話しかける。

「そう言えば、入院中の勇者(コマンドー)が情緒不安定になることが多々あるそうです」

「うむ、こうなっては仕方がないな……。明日から投薬量を250ミリグラムに増やそう」

「一回に?」

「うん」

 助手も手続きを済ませる。

 そんな時であった。外がにわかに騒がしくなった。

「ん?」

「何だ……?」

 三人は外に目をやる。

 外では何やら警備員がゲートの前でわめいていた。そんな彼の前にはみるみる大きくなるヘッドライトの明かりが見える。

「ここに入っちゃダメですよ! 待て! 止まれ!」

 警備員が車両に叫んでいる。しかしその車両は止まるどころか逆に速度を増して正面ゲートを突き破った。間一髪で回避した警備員の悲鳴が響く。

「なんだあれは!? ブルドーザー!?」

「こっちに向かってる!?」

 彼らは慌てて逃げようとしたが遅かった。ブルドーザーは巨大なドーザーブレードを振り上げながら大赦の本部施設に突っ込んできたのだ。三人は哀れ衝撃で吹き飛ばされ、警備員と助手はすっかり伸びてしまっていた。

 

 

 うわぁ、やることが派手だねぇ。

 私たちを乗せたブルドーザーはゲートを突破するとそのまま直進、大赦本部の建物に突っ込んだ。玄関はめちゃくちゃに壊れて、玄関ロビーには粉塵が漂っている。

「重機での入室を想定していない大赦が悪い」

 大佐はそう言いきった。すごい、私にはこんな図太い真似到底できない。

 大佐は私をブルドーザーから降ろすと武器を全て背負って飛び降りた。見るからに重そうだけど、いったいどう鍛えればこんなに平気でいられるのか。

「樹も変身しておけ」

 私は大佐に言われるままに端末を起動させる。すると、存外あっさり変身出来た。大佐のことを気でも狂ったのではないかと言っていた私だけど、どうやら私自身闘志メラメラらしい。全くお笑いだ。

 変身を終えて、辺りを見渡す。

 玄関には人が三人いたらしい。二人は倒れていたがどうやら気絶しているだけで無事らしい。一人には意識があった。その人には、見覚えがある。以前満開した時に診察していた髪の毛前線が大きく後退している医者だ。

「腕の骨が折れた……」

 医者は半泣きで呻いている。人間には215本も骨があんのよ! 一本ぐらい何よ!

 そんな声を無視して玄関にいた一人一人に大佐は銃を発射していった。何度も言うようだけど、これは麻酔弾だから問題ない。

「樹どうだ、ワイヤーは使えそうか」

 空になった弾倉を入れ替えながら、大佐がきいてきた。

 言われて試しに軽く出してみると、ワイヤーはいつも通りするすると出てきた。でも、なんだかいつもより強度が弱そうというか、ナヨナヨしている。

「神樹が樹への力の配分を弱めたからだろう。精霊の補助なしの力ということだ」

 そういえば、さっきから木霊も雲外鏡も姿を現さない。精霊は神樹様の分身なわけだから、その神樹様が力を止めれば自然と姿を現さなくなって当然ということだ。つまり、今の私は精霊の補助のない、正真正銘自分の実力が反映される状態。

「変身している分常人ほどでないにしろ、死ぬ可能性もある。銃で撃たれたりしたらな」

 ヤダ怖い。

 以前よりはずっと良くなったけど、私は発射された弾丸を回避するほど素早くはない。どうにかしないと、リアル蜂の巣になりかねない。

「とにかく、進むぞ」

 大佐は武器類を背負い直すと施設の奥へ奥へと進んでいった。私はそれを慌てて追いかける。

 大赦の建物は想像よりずっと近代的な作りで、無機質な印象の内装だった。そんな大きな通路がずっと向こうまで続いていて、時折見かける伝統的な祈祷の設備や中庭にある禊用の滝なんかがなければ、ここが大赦の本部だと言っても信じてもらえないかもしれない。

「このまま奥に進んでいけば、神樹があるはずだ」

 大佐がそう言った次の瞬間。

 バシン、と館内の電灯が赤色灯に切り替わり、アラームが鳴り始めた。どうやら館内にいた別の警備員が異変に気づき、アラームのスイッチを押したのだろう。

『どうしますか?』

 遠くから大勢の足音が聞こえる。

「大赦の武装警備隊だ」

『神樹様のそばで銃を使うなんて』

「俺たちも人のこと言えんがな」

 大佐にしては常識的な発言だ。明日は雪が降るに違いない。

 そんなことを話していると、私達の後ろに武装警備隊が追いついた。防弾チョッキに身を包み、なおかつ例のお面を身に付けているものだからとても怖い。

「動くな!」

 警備隊は警告と同時にサブマシンガンを発射してきた。弾丸が壁に跳ね返って高い音を上げる。私が手にしていたスケッチブックとペンもその弾丸の餌食となってしまった。コミュニケーションツールが無くなっちゃったわ。

 その時私は右肩に何かが噛みついたような鋭い感触を覚えた。同時に、大佐に肩を掴まれて、もみくちゃになりながら近くの小部屋に飛び込んだ。

 飛び込んだ部屋はベッドとデスクが置かれているだけの簡素な部屋だった。

「撃たれたな、血が出てるぞ」

 大佐がそう言いながらベッドのシーツをちぎり始めた。右肩を見ると何やら血で真っ赤になっており、中々にショッキングなことになっていた。勇者(コマンドー)システムのおかげで傷は浅かったようだけど、それでもすぐに止血できない程度には深い傷だったらしい。大佐は私の肩をシーツで手早く縛るとデスクの引き出しを開けて、そこからノートとペンを取り出した。

「これで出来た。無いと不便だろう」

『ありがとうございます』

「ノープロブレム」

 そう答えると大佐は武器を一旦降ろし、ミニガンだけを手にすると私に「俺の後ろにいろ」と言って部屋の外に出た。私もぴったり大佐の背中に張り付く形で外に出る。

 大佐が廊下に出ると、廊下の向こうで突入準備をしていた警備隊が驚いたように慌てて銃を構え直した。

「動くな! 静かに武器を降ろせ!」

 今度はちゃんと警告するらしい。良く分かんない人たちだ。

「動くんじゃない!」

 警備隊は警告し続けるが、大佐は聞く耳持たずでゆっくりと警備隊に向かって歩みを進め続ける。

「ええい構わん! 撃て! 撃ち殺せぃ!」

 再び私達に向かって弾幕が張られる。私のすぐ横の壁で弾がはじけて熱いものが頬にチクチク当たる。私は大佐の後ろでずっと体を縮めていた。対して大佐は身を縮めるどころか弾幕に堂々と身体を曝しながら堂々たる足取りで警備隊に歩いて行く。

 大佐は警備隊に向かってミニガンを構えた。モーターがウィィンと音を立て始めた。

「地獄出会おうぜ、ベイビー」

 大佐がトリガーを引くと同時、銃身が高速回転を始めて麻酔弾を勢いよく吐き出し始めた。大佐はそれを扇に振って警備隊にまんべんなく浴びせる。毎秒百発の麻酔弾の嵐の前に敵は一人残らず倒された。いくらミニガンなんかで撃ったら麻酔弾でも死ぬんじゃないかとも思えるけど、そんなことを考えようものなら口を縫い合わすぞ。

『すごいですねぇ』

 どうやら弾が切れたらしく、大佐はミニガンとバッテリーを全部その場で捨ててしまった。もったいない気もするけど、ミニガンもこうなってはただの重しですな。

『そう言えば大佐、弾幕の中歩いてましたけど大丈夫なんですか?』

「ノープロブレムだ。弾丸は全て筋肉が弾いてくれる」

 そう言われてみれば、大佐の上着はボロボロだったけど血は一切出ていなかった。部屋から今いる場所までの道のりを振り返ってみると、弾頭の潰れた弾丸が大量に転がっていた。

「鍛え方が違うからな」

 んなアホな。まぁ、今更でもあるんだけど。

「ところで樹、肩は大丈夫か」

『大丈夫です。さすがは勇者システム』

 私はノートを見せた後腕をブンブン振り回した。

「それなら安心だ」

 大佐はそう言いながら部屋に入って行き、AKとグレネードランチャーを手に戻って来た。

「今度こそ神樹のところへ向かうぞ。五メートル間隔、音を立てるな」

 

 

 




樹ちゃんは可愛いなぁ(迫真)
ちなみに裏設定的なものだけど、二人が飛び込んだ部屋はかつてメイトリックスが目覚めた(起動した?)部屋だったりする。


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最終話・また会おうメイトリックス

弾けろ女子力! 飛び散れ出汁!

これがTHE・家庭派! 犬吠埼風の真・髄だ!

車に轢かれても、飛行機から落ちても、ビクともしねェ! 鉄骨勇者はタフネス設計!

愛する妹を救うため、一人、敵のアジトに殴り込む!

その強さは、もう! どうにも止まらない! 全員まとめてぇ、かかってこんかぁ~い!
これぞ豪快! スーパーバトルアクション!

『結城友奈は勇者である』、●月●日放送!

戦うお姉ちゃんは、カッコイイ!!


※本編とは無関係です。


 大赦本部の中は意外と複雑な作りになっていた。大きな一本道を辿れば神樹様にたどり着けるかと思っていたけど、世の中そんなに甘くないようだった。

 でも、そんな時にも頼りになるのが私と一緒にいる筋肉さんだ。

「誰かいるだろ。そいつに道を訊けばいい」

『あんな大騒ぎして、普通に人がいるんですかねぇ』

 普通は一般職員は避難か何かしているはずだ。時間的にも家に帰っている人もいるだろうし。

 そんなことを話していると、向うで電話している人の姿が目に入った。

「わ・た・し! シンディよ。今度のお遍路がキャンセルになっちゃって。それで…食事でもどう?」

 こんな時にデートの約束とは、中々どうして度胸のある人だ。いや、単にアラートに気付いていなかっただけか。

 大佐は私に角で待っているように言うと、そのシンディなる色黒な女性の背後に音を立てることなく近づく。一見すると筋肉オバケが女性を襲おうとしているようにしか見えない。まぁ事実なんだけど。

「……オッケー……。えぇ、私も大好き。それじゃね、また近いうち。バァイ」

 断られちゃったみたい。

 シンディさんは携帯電話を切るとハァと溜息を吐いた。恋愛と仕事の両立はキツイよねぇ。私はそういう経験無いけど。

 そんなシンディさんを、大佐は後ろから捕まえて口を塞いだ。

「!?」

「動くな! ……何もしない。樹もこっちへ」

 私は大佐に言われるままにシンディさんの前に出ていった。私と大佐の顔を交互に見比べながら戸惑っている。大佐はゆっくりと口から手をどかした。

「ぷはぁ。アンタ達いったい何なのよ!?」

「讃州中三年のジョン・メイトリックスだ」

「三年生……えっ?」

『同じく一年の犬吠埼樹です』

 シンディさんは私の名前を見ると少し考えてから、思い出したように手を叩いた。

「犬吠埼さんって、あの勇者の?」

『ハイです』

 答えると、シンディさんは申し訳なさげな顔つきになった。きっと、満開の事を思っての事だろう。でも、大赦の人たちなりに考えてのことだったのは知ってるし、今更言ったところで後遺症がどうにかなる話でもない。

「それよりもだ」

 大佐が口を開く。

「俺達を神樹まで案内してほしい。後遺症のことで交渉したいんだ」

 シンディさんは大佐の言葉に驚きを隠せないといった顔をした。

「無理よ!」

「頼む、助けてくれ!」

「七時半にカラテの稽古があるの付き合えないわ」

 今日は休め。

 結局シンディさんは大佐の筋肉交渉(マッスル・ネゴシエーション)で説得されて私達の案内をすることになった。薄暗い館内を三人で歩いて行く。

「言っておくけど、私にそういう権限はないわよ?」

「案内するだけで良い」

「……あらそう?」

 大佐の言葉に意味が解らなさげに頷く。ちなみに私は大佐が何を考えてるか分かっちゃってたりする。

 しばらくして、重厚そうな扉の前にたどり着いた。木造の三メートル程度の大きさの観音開きで、表面には金箔や瑠璃で美しい装飾が施されている。扉の横には電子錠らしきものがあり、ここに証明書なりを入れると会場される仕組みなのだろう。

「この先に神樹様がいらっしゃるわ。入るには、まずあそこの滝で禊をして……」

 説明するシンディさんを無視すると、大佐は扉に触れて、数度手の甲で叩いた。そして、数歩離れるとグレネ-ドランチャーに弾を入れてまっすぐ扉に構えた。

「伏せてろ」

「何するつもり!?」

 私は慌ててシンディさんに飛びついて床に伏せた。同時に大佐が引き金を引き、ポンッという音と共に発射された弾頭は扉に着弾すると同時に大爆発。重厚な木製の扉は木くず同然と化した。威力がどう考えてもおかしいけど、私は素人だからわからない。こういうもんなんだろう。

「これで開いた。シンディは?」

『びっくりして気絶しちゃいました』

 シンディさんは爆発の音と神樹様を奉る空間の扉をあろうことか爆破するという不敬なんてレベルじゃない事態に衝撃を受けるあまり倒れてしまった。うわ言のように、

「今日は厄日だわ!」

と呟いている。

 大佐はランチャーに弾を装填して構え直した。そして、私の方を見て、

「ここは一つ、景気づけに占っておくか」

 私は常にタロットカードを携帯している。女子の嗜みとして当然だ。取り出して、シャコシャコシャッフルして一枚引いた。

『「塔」の正位置です』

「意味は?」

『悲劇的な結末』

「占いと銃を選べと言われたら、俺は銃を選ぶ」

 じゃあ最初から占わせるなマヌケェ……。

 私と大佐はとりあえずシンディさんを安全な場所に移してから神樹様の聳える場所へと足を踏み入れた。

「邪魔するよ」

 足を踏み入れた瞬間、ぶわっと全身を包み込む気のようなものが感じられた。

 その空間は円形の吹き抜けになっていて、天井は無く、床の類もない。黒い湿った土の上に柔らかなコケがむしている。その空間の真ん中に、一本のどっしりした木があった。

「これが『神樹』か」

「そうだよ~」

 のんびりとしたその声は、神樹様の影から聞こえてきた。大佐はその声の主を知っているらしく、警戒することなくドシドシ言いながら神樹様の影に回った。私もそれについて行く。

 木の影にいたのは、全身を包帯でぐるぐる巻きにしてベッドの上に横たわる女の子の姿だった。

「園子! コノヤロウ生きてやがったか!」

 大佐の『コノヤロウ~』はもはや挨拶である。

 園子、というのは乃木園子さんの事らしい。先代の勇者で、数多くの満開と引き換えに身動きが取れないほどに後遺症を得てしまったという。友奈さんに教えてもらった。

「大佐も元気そうだね~。えっと、そこの子は、樹ちゃんだね~?」

 はいと頷いて返事する。

「はじめまして~」

『初めましてです』

「びっくりしたでしょ、神樹って、意外と小さいんだよね~」

 確かに、樹海化した時は神樹様はとんでもなく大きく見えるのに、実際見てみるとそれほど大きな木ではない。四国の山にはもっと大きな木なんていくらでもあるだろう。木材屋に売ったらそこそこの値が付きそうではある。

 この何の変哲もない木に、途方もないエネルギーが詰まっているなんて。

「私がここにいるのは、二人の『交渉』を手伝うためなんだ~」

「どこでそんな情報を仕入れた」

「コネと金を使って」

「資本主義者め」

 園子さんが言うには、勇者(コマンドー)には多かれ少なかれ巫女としての素質も備わっているらしい。(大佐が『巫女』とか片腹痛いけど、あくまで能力的な話だからノープロブレム)

 巫女の能力があれば、神樹様の『お告げ』を聞くことが出来る。

 でも、お告げというのはあくまで神樹様からの神『託』なわけで、情報は一方通行となる。交渉は出来ない。

「そこで、私の出番なんだよ~」

 曰く、園子さんは神樹様に身体を貢ぎ過ぎてある種神様に近い存在となっている、らしい。そんな園子さんが媒体となることで、巫女としての能力をより高めることが出来る、らしい。

「便利なもんだな」

「でしょ~。さ、始めるなら、私の手を握ってね」

 園子さんが両手先の指を微かにぴくぴくと動かした。ここを掴めという意味だ。

『ちょっと怖いですね』

「何言ってんだ樹。早く掴め。ターボタイムだ」

『大佐ってば躊躇しませんねぇ』

 でも、それだけ私たちの事を思ってくれているという証拠なんだろう。

「さ~、樹ちゃん右手、掴んじゃって~」

 私は覚悟を決めると園子さんの右手をそっと掴んだ。 

 その手は、酷く冷たかった。その冷たさが、全身に伝播していき、意識が、遠のいて行く。

 

 

 

 

目が覚めると、私は見知らぬ場所にいた。

「ここは……」

 見たところ、製鉄所のようだ。重厚な機械音が響き、下では溶けた鉄的なものが赤々と流れている。熱気が私のいるラッタルの網目越しに伝わって来る。

「なんで……って、え?」

 あれ、声が出てる。喉に手を当てて声を出してみると、きちんと声帯が震えていた。一体、なぜ……。

 いや、そんなことより大佐だ。あの筋肉番長が近くにいるといないとでは安心感が天と地ほどの差がある。どこにいるんだろう。

「交渉しようというのは、君かな?」

 戸惑っていると、突然背後から声を掛けられた。びっくりして振り向くと、そこにはウネウネと蠢く液体金属的な何かがいた。何だあれ。キモイ。

「神と交渉とは、何とも大それたことだと」

「もしかして、神樹様ですか?」

「まぁ、そうと言えばそうだ」

 うわ、私『キモイ』なんて考えちゃった。

 でも、神樹様には私の心を見透かす力はないらしく——というより、気付いていても気にしないのかな——特に何も言ってこなかった。

 ウネウネの神樹様は徐々に人の形に近づきながら話を続けた。

「神樹はありとあらゆる国津神の集合体だ。私は、出日流嗟嘆彦(でびるさたんひこ)という」

 すごく悪そうな名前だ。具体的に言えば、いたいけな女の子に自分の子を産ませて世界を滅ぼそうとしてそうな名前。

 ていうか、この状況だと私が神樹様と交渉せざるを得ない感じなのかな。言いだしっぺは大佐なのに。

「あの……神樹様、お願いがあります。私達のものを、返してほしいんです」

「ふむ」

 液体金属の神様は言いながら身体のディテールを加えていく。どうやら女の子に変身しつつあるようだった。あれは……神樹館あたりの制服でしょうか?

「『満開』は、神樹の神通力を得て発揮される能力だ。それへの代償に供物が捧げられるのは、古来からのしきたりと言うものだ」

 女の子になった神樹様はゆっくりとした足取りで私の周りを歩いた。神樹館の高学年くらいの女の子だ。ちょっとボーイッシュな……。不思議と、始めて見たようには思えない。

「だが、私とて悪魔ではない。君たちの活躍で我々も護られた。その礼のような事は出来る」

「お礼?」

「幸せを戻してやろう」

 そう言った瞬間、辺りの風景が暑苦しい製鉄所から徐々に見知った風景に変化していった。この風景は……。

「私の……家……?」

「それほど広くはないが、幸せの詰まった家だなぁ」

 女の子の姿の神樹様は壁によりかかって腕を組んでいた。そして指を一つ鳴らす。

 すると、部屋にあるテーブルの席に、人影が浮かび上がってきた。その影は、三つあって……。

「ああ……」

 お姉ちゃんと……お母さんに、お父さんが……。

「樹、何してるんだ。ご飯なんだから席に着きなさい」

「そうよ、ご飯が冷めちゃうわ」

「ほら樹、今日は樹の好きなもんばっかりよー」

 呆然と立ち尽くしている私の肩を、神樹様は掴んだ。

「戻る筈のないと思っていた風景だ。幸せだろう?」

「これは夢でしょ……」

「夢でも変わらん。胡蝶の夢ともいうだろう。夢もまた、現実の一つの形だ。さぁ、席に着きたまえよ」

 ゆっくりと、私の席に向かう。服も、いつの間にか部屋着に代わっていた。

 お母さんもお父さんも、二年前にバーテックスの攻撃で発生した災害で死んでしまった。恋しいと思いはしたけど、お姉ちゃんのおかげで寂しさは消えていた。でも、こう目の前にこんな景色が広がると、言いようのない思いがこみ上げてくる。

 自分の席に腰を落ち着けた。目の前に広がる料理と、家族の顔はとても夢だとは思えない。

「どうしたの樹?」

 お母さんが心配気に言う。その声の響きの、なんと甘美なことか。

「え……何でもないよ」

 うん、何でもない。こうやって、家族で食卓を囲む幸せがあるのだから。

 例え夢でも、醒めない限り現実と同じようなもの。もう、辛い思いもしないで済む。

 そう思いながら、私は窓の外に広がる無限の星空を見上げた。

 

 

~完~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『完』と言ったな。あれは嘘だ」

「ま、ままま窓の外に!?」

 筋肉がヤモリよろしく張り付いている!? 

 その筋肉は部屋の窓を蹴破って中に侵入してきた。そして、そのままグレネードランチャーをテーブルに向けて構えた。

「た、大佐!?」

「ぶっ飛べ!」

 引き金が引かれる。発射された弾はテーブルに当たって、大爆発を起こした。食器の砕ける音と、煙が辺りに立ちこめる。私は椅子から転げ落ちた。

「げっほげっほ」

「樹、大丈夫か」

「た、大佐……」

 なんてことを……家族が吹き飛んじゃったわ……。この鬼! 悪魔! 筋肉!

「しっかりしろ樹」

 大佐が私の肩をブンブンと前後に揺らす。

「うう……はっ!?」

 ふと気が付くと、私は製鉄所のラッタルで尻もちをついていた。家や家族は跡形もなく消え去って、立ちこめる熱気だけが肌をじっとりと撫でる。私は大佐の手を借りて何とか立ち上がった。

 そんな私たちを見て、神樹様が、

「やれやれ、私を怒らせるな。私を怒らせると怖いぞ? 本当だ」

「何が怒らせると怖いだ」

 大佐はランチャーに弾を込めた。なんか怒ってるっぽい。もしかして、神樹様にぶっ放したりする感じかな?

「いっちょまえに神を気取っても無駄だ。俺に言わせりゃ聖歌隊のガキ以下だ!」

「ふむ、マジで怒ってるな?」

 神樹様はおどけたように肩を竦めた。

 大佐は私に後ろに隠れているように言うと、武器を構えた。

「まぁ落ち着け。銃を突き付けられちゃビビッて話もできねぇ」

「交渉したい」

 どう見ても交渉のスタイルではない。脅迫のスタイルだ。

「要件は二つ。一つ、()の仲間である勇者部全員のモノを返せ。二つ、()の親友である乃木園子のモノを返せ」

 大佐が言うと神樹様は驚いたような表情を見せた後、顔に笑みを浮かべた。

「なるほど。しかし、交渉と言うからには交換条件があるのだろう?」

「散々護ってもらっといて、まだ要求するか」

「神樹が護られるということは彼女たちの生活を護ることにもなる。あの関係は等価なものだった。だが、今回はそうはいかない」

 私は唾をゴクリと飲みこんだ。要するに、神樹様は私達の身体に見合うものを捧げろと言っているのだ。そんなもの、私達は持ち合わせていないし、何ならいいのか見当もつかない。

 でも、その神樹様の要求に、大佐はすぐさま答えた。

「俺自身を捧げよう」

「た、大佐!?」

 色々な意味で衝撃的なその回答に、私は思わ言葉を失った。

「純粋な心と、健康な身体だ。これを『返す』。その代り、モノを返せ」

 神樹様はまるでその回答を待っていたとでも言いたげに笑みを浮かべた。いったいどういうことだ。生贄は、無垢な少女が相場じゃないのか。無垢なら筋肉まみれでもいいのか。

「……いいだろう。交渉成立だ」

 神樹様はふわりと跳び上がって、溶鉱炉の上にチョンと立った。そして、ゆっくりと沈んでいった。どうやらあそこが神の世界との境界線らしい。大佐も、あの溶鉱炉に沈むのだろうか。

「そういうわけだ。達者でな」

「ま、待ってください!」

 溶鉱炉に身を投じようとする大佐を、私は引き止めた。

「私達と引き換えって……おかしいですよ!」

「神樹が求めているのは生贄だ。そして、俺が要求したのはお前たちの身体機能や記憶……利害が一致したまでだ」

 大佐は溶鉱炉に飛び込むためか準備運動を始めた。

「身体が元に戻れば、勇者部も活動を再開できるようになる」

 確かにそうだ。放課後と昼休み、あの部室に集まって子猫の里親や、他の部活の助っ人に駆け回るというようなことだって出来るようになる。

 でも。

「私と、お姉ちゃんと、友奈さん、東郷先輩、夏凜さん、そして大佐がいての勇者部じゃないですか!」

 こんな筋肉星人でも、勇者部の一員で、私の先輩で、大切な仲間なんだ。その現実がどれだけシュールでも、この人は、勇者部にはかかせない人なんだ……。

 あぁ、何か知らないけど涙が出てきた。

 そんな私に大佐は語り掛ける。

「俺は勇者部に入る前、自分が何者かなのさえ分からなかった。だが、お前たちは俺に思い出させてくれた。人がなぜ笑うか、人がなぜ怒るか、そして——」

 大佐は私の涙をそっと拭ってくれた。

「——人がなぜ泣くか。だから俺は、そんなお前たちに礼がしたい」

 そう言うと大佐は背を向けた。見慣れていたはずの背中が、いつも以上に大きく見えた。そうか、これが、真の勇者(コマンドー)の背中なんだ。

「樹、皆によろしく伝えといてくれ。それと」

 背中を向けたまま続ける。

「園子に、ありがとうと言っておいてくれ」

「わかりました」

 私は鼻を啜って涙を拭いて答えた。

 大佐は背中越しに手を振ると、手にしていたグレネードランチャーを肩にかけ、近くにあったクレーンに掴まった。クレーンはモーター音を立てながら、ゆっくりと大佐を溶鉱炉へと降下させていく。大佐の身体が徐々に赤々とたぎる溶鉱炉へと吸いこまれていった。

「また会おうメイトリックス」

 私はそう呼びかけた。

 大佐は何も答えない。

 ただ、身体全体が沈みきる瞬間、腕を天に伸ばして、親指を立てていた。いったい、これが何を意味するのかは、私には分からない——。

 

 

 

 

 

 

 

「——! ——! 犬吠埼さん!」

「……あ……」

 目が覚めると、私は神樹様のすぐ横にいた。私の側には心配げなシンディさんがいた。

「大丈夫? 死んでんじゃない?」

 生きてるよ。

 ゆっくりと身体を起こす。

 空を見上げると、もう青空が広がっていて、当の昔に夜が明けたことを私に伝えていた。辺りをキョロキョロ見回して、シンディさんに訊ねる。

「あの、大佐は……ジョン・メイトリックスは……」

「犬吠埼さん、声が……!?」

「はい……で、ジョン・メイトリックスはどこへ?」

 シンディさんが言うには、目が覚めて駆け付けた時、ここにいたのは私と傍で寝ている園子さんだけだったらしい、なるほど、脇を見るとベッドの上で気持ちよさげに眠る園子さんの姿がある。

「そう……ですか……」

 やはり大佐は、自分を生贄に捧げたんだ。

「むにゃむにゃ……樹ちゃんおはよ~」

 そんな時、園子さんが目を覚ました。

「あっ、園子さん」

「あれ~、樹ちゃん、声が出てる~」

 そう言いながら園子さん自身も自らの身体に起きた変化を感じていたらしく、すこしびっくりしたような表情を見せた。

「身体が……」

「あ、そういえば園子さん、大佐が、園子さんに伝えておいてほしいことがあるって……」

「?」

「『ありがとう』って、言ってました」

 それを聞いた途端、園子さんはまた少し驚いたような顔をして、しばらくの沈黙の後「そう……」と答えて微笑んだ。私には何もわからないけど、園子さには分かる何かがあるんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みなさーん! こーんにーちはー!」

 文化祭の日、私はステージの上でここぞとばかりに大声で叫んでいた。私の声に呼応して、観客席からもこーんにーちはー、と返事がかえって来る。

「あれぇ~!? 聞こえないぞ~!? もう一回! こーんにーちはー!!」

「こーんにーちはー!!」

「うるさいぞ! 耳があるんだ!」

 そう言い捨てて上手(かみて)舞台袖に戻ると、勇者部舞台の舞台監督である園子さんが迎えてくれた。

「イっつん凄い声張ってたね~」

「いやぁ」

 園子さんは後遺症が落ち着いた後に讃州中に転入してきて、勇者部に入部した。今回の文化祭でやる劇、『マッスル☆ハムレット』の脚本は大佐が途中まで書いた物を園子さんが修正、完成させたものだ。初めはお姉ちゃんがやるはずだった修正作業だけど、ネット小説『愛と勇気とプロテイン』の作者が園子さんだと知るや、

「是非とも園子に脚本を完成させてもらいたいッ!」

と懇願した。お姉ちゃんはそのネット小説の大ファンだったのだ。

「じゃぁ、イっつんは引き続き音響お願いね~」

「はい!」

「よ~し、ゆーゆと風先輩は準備はいいかな~?」

 園子さんが無線機に呼びかける。下手(しもて)側には友奈さんとお姉ちゃんがいて、見ると腕で丸を作っていた。準備できてるらしい。

「みもりんと夏凜ちゃんは?」

 中割り幕の奥に控える東郷先輩と夏凜さんに訊く。

「ええ、準備完了よ」

「いつでもOKだわ」

 東郷先輩は綺麗なドレス姿で、自分の脚で立っている。とてもきれいだった。メイトリックスが見たら、やつも驚くでしょう。

「よ~し、それじゃぁ、緞帳(どんちょう)あげて~」

 劇に幕が上がった。

 

 『マッスル☆ハムレット』はシェイクスピアの古典『ハムレット』をより筋肉質に、より派手にしたものだ。友奈さん演じるハムレットはすがすがしいまでに迷いが無く、立ちふさがる者すべてを「大間違い(ビッグ・ミステイク)だぜ」と言ってはマシンガンで射殺していく。

 舞台はドンパチ賑やかに進み、会場全体が興奮に包まれる中、クライマックスを迎えた。

 舞台の上は照明が落され、二つのスポットライトが舞台上に立つ友奈さん演じるハムレットと夏凜さん演じるホレイショーを照らしだしていた。

「どうしても行くのかハムレット」

「ああ。奴を倒さぬ限り、世界に平和は訪れない」

 なんか壮大な話になっている。ハムレットってこんな話だっけ。でも、観客席の人々は誰も気にしてないし、構わないのだろう。

「お前に何の義理がある」

「義理ではない。私は勇者だからだ」

「馬鹿な、死にに行くようなものだ」

 夏凜さん(ホレイショー)友奈さん(ハムレット)を引き留める。しかし、友奈さんは不敵な笑みを浮かべて、親指を立てながら言い放った。

I'll be back(戻って来るぜ)

 この台詞が放たれた瞬間、私の横にいた園子さんと東郷先輩が嗚咽を漏らしているのに気付いた。必死に抑えている涙が、床を叩いている。

 友奈さんは夏凜さんに背を向けると、しっかりとした足取りで歩きだした。このまま友奈さんが私達のいる上手までやって来たらこの劇は終わり。幕が下りる。

 しかし、ここでトラブルが起きた。日ごろの疲れのせいか、友奈さんが立ちくらみを起こし、身体のバランスを崩したのだ。

「!?」

 舞台上の夏凜さんがあわてて友奈さんを受け止めようとする。舞台袖にいた私たちも同様だ。

 が、その時。客席の中から一人の男が素早く飛び出し、友奈さんを優しく受け止めた。設置されているスポットライトの全てが、その人物を照らしだす。

 筋骨隆々たる、弾けんばかりのマッスルボディ。そのあまりに見慣れた姿に、私達は驚愕せざるを得なかった。

 そんな私達に向けて、男は大胆不敵な笑みを浮かべ、言い放つ。

 

I'm back(戻って来たぜ)

 

 

 

 

~完~




(度重なる終わる終わる詐欺ですが)今日が最後です。
 最終話を読んで、読者のほとんどの方がこう思ったでしょう。
「こんなのコマンドーじゃないわ! ただのターミネーター2よ!」
 やっぱりそうか俺もずっと前からそう思ってたんだ! おまけに最後はラスト・アクション・ヒーローと来たわ!
 でも、これは連載前から考えてたことなんだ。ラストは筋肉ハムレットで、とにかく大佐に「I'm back」と言わせたかった。 
 ちなみになぜ大佐が戻ってきたかというと、まぁ話せば長くなるんですが、とりあえず溶鉱炉に沈む時一緒に武器も持って沈んでいったということだけ言っておきます。
 いろいろ疑問に思うことがあったでしょうが、質問してくだされば、ただでも喜んで答えるぜ。
 あと、作者自身が気づいていない問題点を指摘してくれたら、十万ドルPONとやるぜ。

 とにかく、これにて完結でございまする。
 番外編については未定ですが、やるとすれば『樹海の記憶』として独立させると思います。たぶん本編以上に支離滅裂筋骨隆々たる惨状になると思いますが、どうか、よろしくお願いします。
 Удачи тебе
 До свидания


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ジョン・メイトリックスは元コマンドーであるS 彼らは皆、愛国者だ

 この番外編はアニメ本編終了後、及び当SS本編最終回後の時系列となっております。はっきり言って蛇足なので、「もうお腹いっぱい」という方は読まない方が良いでしょう。も筋肉の過剰摂取で死にます。
 そういえば、にぼっしーの誕生日とニコ生の日って同じなのねん。


「死神の正位置だね。今回はダメかも。お悔やみ申し上げますわ」

「ぐぬぬ……」

 私は「男なんて星の数ほどいるんだから……」と自己暗示をかけながら去る級友の背中を見送りつつ、タロットカードを箱に仕舞った。

 文化祭の日、私のクラスで『300年目の樹』とかいう占いをやったら、これが妙に受けて、以来占いの依頼が増えたのだ。私の占いは空気を読むことが出来ないから今回みたいに最悪の結果が出ることもあるけど、そのことで私を恨むようなカカシはこの学校にはいない。

 カードを鞄に入れて、勇者部の部室へと戻る。

 部室にはいつも通りの光景が広がっていた。

 お姉ちゃんが書類整理をしていて、新しく園子さんを加えた二年生カルテットは楽し気なボケとツッコミが乱舞している。。そんな四人を眺めるでもなく、大佐が隅で懸垂トレーニングをしていた。

 カオスだ。 

「犬吠埼樹、恋愛相談より帰還しました!」

「おかえりー。どうだった?」

「死神の正位置だったよ」

「ああ、ごしゅーしょーさま」

 お姉ちゃんが残念そうに言う。

 勇者部は文化祭前後を境に賑やかさをより一層増大させた。勇者としてのお役目から解き放たれた解放感もあるだろうけど、なにより、新しく勇者部に加わった園子さんの存在が大きい。

「いっつん、ホント引っ張りダコだね~」

 引っ張りダコな要因の一つには間違いなく園子さんの存在がある。『300年目の樹』を私のクラスの委員にこっそり提案したのは、他でもない園子さんなのだ。

 そんな園子さんの言葉を受けて、お姉ちゃんがフンスと胸を張った。

「当然よ。『あの犬吠埼の妹なら、恋愛相談は間違いない』ってみんな思うもの」

「ん?」

「えっ?」

「は?」

「うん?」

「ヤクでもやってんだろこの馬鹿女」

「うるさい筋肉馬鹿」

「フーミン先輩って、そんなに恋愛豊富なんですか~?」

 プンスカ言っていたお姉ちゃんだったけど、園子さんの言葉で一気に機嫌を直した。目をキラキラさせながら、エヘンと胸を張る。

「おっ、訊いちゃう聞いちゃう? そう、あれは去年の夏……」

「今度チアガールと言ったら口を縫い合わすわよ」

 夏凜さんに先制される。お姉ちゃんは頬を膨らませながら、「なんでよ!」と抗議する。

 それにしても、園子さんは私達に色んなあだ名で呼んでくれる。

 私は樹だから『いっつん』、友奈さんは『ゆーゆ』、東郷先輩は『わっしー』ないしは『みもっしー』、夏凜さんは『ニヴォッシー(ヴォにアクセント)』などなど……。大佐については、もう『大佐』自体があだ名だから園子さんもそう呼んでいる。

「フーミン先輩は名前が軽やかだから、色々試したくなっちゃうね~」

「私のも、『ゆーゆ』になるまで色んな候補があったの?」

 友奈さんが訊く。

「そうだよ~。『ゆっきー』とか『ゆどうふ』とか~」

「美味しそう! 私も園子ちゃんの新しいあだ名考える!」

 園子さんは東郷先輩から『そのっち』と呼ばれているけど、友奈さんは友奈さんで、自分なりのあだ名を考えたいらしい。

「えーと……園ちゃんとか、ソノコフとか?」

「ソ連人っぽいね~」

「革命的だね! 同志ソノコフ!」

「いえーい、同志ゆーゆはシベリアの刑務所送りだ~」

「ムショには戻りたくねぇよォー」

「友奈ちゃんにそのっちったらはしゃぎ過ぎよ。 食べなさい。ぼた餅を」

「わーい」

 賑やかな三人。それを見ながらお姉ちゃんは夏凜さんの肩をポンと叩いた。

「アンタが部長になったら、あれを取り纏めなきゃなんないのよ」

「ヒデェこと言いやがる……」

 でも事実だ。完成型勇者であった夏凜さんが勇者部の部長に一番ふさわしいのは明らか。ちなみにほかの部長候補は東郷先輩に友奈さん、そして園子さんだ。

 お姉ちゃん的には、自分と大佐が抜けた後も、みんなが楽しくいてくれればそれでいいのである。

「ところで、今日は他に依頼はないのでしょうか」

 東郷先輩がお姉ちゃんに訊いた。

「そうね、今日のところはもうないわ。よーし、かめやへGOよ! みんなにうどん、奢っちゃうぞー」

「イェア!」

 太っ腹なお姉ちゃんに一同は歓声を上げる。もう半月もかめやのうどん食ってねぇやってられっか!

 でも、ここで東郷先輩が、「すみません」と声を落とした。

「今日は私、もう家に帰らなくてはいけなくて」

「えっ、そうなの?」

「ええ、ごめんなさい」

 先輩は申し訳なさげに頭を下げた。

「そっかぁ」

 友奈さんがちょっぴり残念そうに言う。理由に関してはプライバシーだから訊かないけど、まぁ、東郷先輩に限って変なことはしないだろう。

「ごめんね友奈ちゃん」

 そう言うと、東郷先輩は鞄を手にして先に家路についた。今まではこういう時、必ず友奈さんが一緒について行った物だけど、足が治って以来、そういうことも少なくなった。友奈さんとしては嬉しいと同時に少し寂しくもあるらしい。

「ちょっと距離を置いた方が、愛は膨らむんだよ~」

 園子さんが寂し気な友奈さんを見ながら私に囁いた。いや、何の話だ。

「よーし! 私は、東郷さんの分までうどんを食べる!」

「その意気だ友奈」

 大佐が応える。私たちも「おー」と答えて、勇んでかめやへと歩きだした。

 

 

 

 

「樹ちゃん、国防仮面のニュース見た?」

「こくぼうかめん?」

 翌日の中休み、友達が私にそう話題を振ってきた。

 なんでも、度々街に現れては困っている人を助ける正義のヒーローらしい。なるほど、世の中にはなんて趣味的な人がいるんだ。

「これが写真なんだけどね」

 写真に写っていたのは、綺麗な満月をバックに颯爽と立つ国防仮面さんの勇姿だった。紺の立て襟にマントを羽織り、乗馬靴を履いて、頭には官帽が載せられている。海軍か陸軍かよく分からないスタイルだ。顔は暗くて見えないけど、『仮面』と呼ばれるのだから何かしら顔を隠すアイテムが着けられているのだろう。

「ふーん。これって女の人かな」

「ああそうかも。胸もそこそこあるし」

 この胸の大きさからすると国防仮面は大人の女性がやっているようだ。良い歳して何やってるんだか。

 でも、善行を働くところは尊敬できる。私も大人になったら、『普通に』人助けできる素敵なレディなろう。

 

 国防仮面は全学年で話題になっているらしく、友奈さん達も部室でしきりに国防仮面談議をしていた。

「国防仮面さん、カッコいいね!」

「カッコいいかはさておき、まぁ、やってることは良い事よね。軽く変質者だけど」

 友奈さんは国防仮面さんのミステリアスなカッコよさ(?)にメロメロだ。夏凜さんもなんだか一目置いてるみたい。国防仮面さんは、いまや地域のヒーローのようだ。

 それにしても、国防仮面さん、いったい何者なんだ。

 お姉ちゃんが指を立てて推理する。

「あくまでこれは女の勘なんだけどさ、意外と身近な人だと思うのよ」

「じゃぁ、国防仮面の正体は~……ゆーゆ?」

「えっ、私国防仮面だったの?」

「どうやら違うみたいよ、そのっち」

「ならばあれだ。国防仮面の正体はプレデターだな」

「えぇ~、勇者部にとってプレデターって身近な存在なの~!?」

 ある意味身近だろうけど、絶対に違うと思う。

 それにしても、国防仮面とは面白い名前だ。きっと国を愛する人なのだろう。そう、ちょうど東郷先輩のような。

 そういえば、東郷先輩は近頃休み時間になるとグースカ眠っているらしい。国防仮面さんの活動時間は夕方から深夜にかけてだというけど……まさかね。東郷先輩はお淑やかな大和撫子だ。いくら善行を重ねているとはいえ、深夜に軍服姿で徘徊するような真似はしないだろう。

 そうだ、と私は思い提案する。

「こっくりさんで占ってみましょう」

「どこの女だいそりゃ」

 夏凜さんが訊く。

 こっくりさんとは!

 この国に古くから伝わる降霊術で、『こっくりさん』と呼ばれる狐だか何かの霊を降ろし、「B組のタカシ君の好きな子は?」とか「お前の至上の喜びは?」とか「私がバル・ベルデの大統領に返り咲くには?」のようなくだらない事を訊く占いの事である。旧世紀に大流行して、一時社会問題にもなったとかならなかったとか。

 私は五十音の文字『はい』『いいえ』、そして鳥居の書かれた紙を広げ、十円玉を取り出した。

「まだ始めたばかりで上手くできないけど、やってみましょう。皆さん十円玉に指を添えてください。終わるまで絶対に指を放さないでくださいよ」

「なんで?」

「頭がおかしくなって死にます」

「マジかよ」

「これでいいの?」

 小さな十円玉にみんなで指を添える。大佐の指がごつくて難儀したけど、どうにかなった。

「こっくりさんこっくりさん、おいでください。おいでになったら『はい』へお進みください……」

 すると、十円玉は一人で動きだし、ゆっくりと『はい』を選択した。

「こっくりさんこっくりさん、国防仮面さんの手掛かりについて教えてください……」

「おお~、十円玉が勝手に動くぅ~」

 十円玉はゆったりとした動きで文字をたどり始めた。

 ゆ

 う

 し

 や

 ゆうしや……勇者?

「お姉ちゃんの勘冴えてるねぇ」

「当然です、女子力(プロ)ですから」

「謎が謎を呼ぶメッセージだね~。やっぱりゆーゆじゃないの?」

「えー違うよ」

「はっはっは言えよ」

「も~違うって」

「でも、相当身近な人には違いないですね!」

「やはりプレデターか」

「それはない。じゃぁ、こっくりさんには帰ってもらいましょう。こっくりさんこっくりさん、もういいぞ帰れ。クソして寝な」

 すると十円玉は『き つ い や』の文字をたどり、ぱたりと動かなくなった。どうやらお帰りになったらしい。

 こっくりさんの情報が正しければ、さっきから何度も言うように国防仮面さんは私達に身近な人物、つまりこの勇者部内にいる可能性が高い。

 なんだか、面白くなってきた。

 

 

 数日後の夜。

 何となくニュースアプリを眺めていた私に、興味深いニュースが飛び込んできた。

「お姉ちゃんお姉ちゃん」

「どうしたの樹」

「国防仮面さんが今まさに現れたらしいよ。割と近くだし、見に行こうよ!」

「なーに言ってんのよ。こんな夜に女子力の権化たる私たち姉妹が表に出てみなさい。捕まって、臓器を売られてしまうわ」

「世紀末だね」

 ちょっとがっかり。

 でも、お姉ちゃんはスマホをビッ、と取り出して、どこかへ電話を始めた。

「あ、もしもしジョン? 実はお醤油切れかけててさー。夜に女身一人で出るのも怖いから護衛に来てよ」

 流石はお姉ちゃんだ。

 

 数分後、大佐は例のごとく位置エネルギー車を駆って私達を迎えにきた。

 お姉ちゃんが『護衛に来て』などと言ったものだから、武器が満載してある。一応私達分のスペース

「いやー助かったわ」

 乗りこみながらお姉ちゃんが言う。

「構わんよ。で、どこのスーパーまで行くんだ」

「いやね、お醤油が切れかかってるからってさっき言ったんだけど」

 大佐の言葉にお姉ちゃんは頭を掻きながら苦笑した。

「あれは嘘だ」

「なに?」

「実は、近所に国防仮面が出たらしいのよ。だから、その護衛兼ドライバーとして来てもらったわけ」

「最初からそれが目的か……ハメやがったな!? このクソッタレィ! 嘘つきめ! 醤油だの護衛だの、あれは俺を引っ張り出すための口実か!?」

「そうよ。でも、ジョンも国防仮面、気になるでしょ?」

「まあな」

「よしなら行こう!」

  位置エネルギー車はゆっくりと夜の町を走りだした。

 「最初から国防仮面さんを見に行こうと言って誘えばよかったのに」などとは言ってはいけないし考えてもならない。

 出現ポイントには車を使ったこともあってすぐに到着した。車から降りて、辺りを見回す。

「確かこのあたりなんだけど」

「もう帰ったのかしらね」

 その時、大佐が何かを見つけて電柱の上を指さした。

「見ろ!」

 私達は一斉に指先を見やる。

「出たのね、国防仮面!」

 空には満点の星、煌々と照る月。それをバックに、人影が浮きあがっていた。

「あなたの落としたカギはこれではないでしょうか」

「ああ、それ! 探していたのよ!」

 電柱のふもとのは一人の女性が。仕事帰りのOLだろう。国防仮面さんは電柱から軽やかに飛び降りると女性に鍵を手渡した。

「こんな暗い中でよく見つけてくれたわね」

「目の良さに関しては自信があるので」

「ありがとう……えーと」

「憂国の戦士、国防仮面!」

 そう名乗ると、国防仮面は夜の闇にスゥー、と消えていった。

「ありがとう、国防仮面……」

 女の人はカギをぎゅっと握りしめて国防仮面の去って行ったほうを見つめていた。

「あれが、国防仮面さん……」

 なんか、凄まじい既視感があるような……。

「俺もだ。デジャヴを感じる」

「これは、ちょいと調査する必要がありそうね」

 

 

 日曜日。

 勇者部はお姉ちゃんの緊急司令により『かめや』へと召集された。

「ずぞぞ! 東郷以外は揃ったわね。ずぞぞ!」

「東郷先輩どうしたんだろ」

「私用だって。今日は私が東郷さんの分まで働いちゃうよ! で、風先輩、今日はどういった用件で?」

 お姉ちゃんはうどんをひとしきり食べ終わると、本題に入った。

「実は、国防仮面と話がしたいっていう、さるお方からの依頼が入ったのよ。だから、今日の任務は国防仮面とコンタクトすること」

「別にそれはいいけど、今昼よ? 国防仮面は夜に出るんでしょ?」

「それについては、私達の方で調査してきました」

 国防仮面さんは、平日に関してはもっぱら夜が活動時間だけど、土日祝日に関してはその限りでなく、昼にも活動しているらしい。なんだか、学生っぽい感じの出現時間だ。

「なるほど。で、出現場所についての目星は?」

 大佐が質問する。

「主に讃州中学の学区内です。こればかりは、徒歩(かち)で調べるほかありません」

「でも、国防仮面さんに会えるかもしれないんでしょ? それくらい楽勝だよ!」

 友奈さんはやる気満々だ。園子さんも、「勇者部にいると飽きないね~」と楽し気である。

 私達はうどんでエネルギーを補充すると国防仮面さん捜索に勇んで繰り出した。

 どこに現れるかは分からないけど、少なくとも困っている人の傍に現れるのは確かだ。それに関しては、勇者部はエンカウント率が高い。

 しばらく歩き回っていると、園子さんが何かに気付いた。

「あ~」

「なに!? 国防仮面!?」

「違うよ~。犬さんだ~」

 園子さんは道をテコテコ歩いてい子犬に吸い寄せられていった。

「ワンワン、こんにちワン!」

「がるる……」

「乃木、危ないわよー」

 お姉ちゃんが言う。でも園子さんは笑顔で、

「大丈夫ですよ~。ほーら、怖い顔しないで~」

「がるる……ワンワン」

「そう言えば、犬はターミネーターに吠えると聞いたことがある。乃木はターミネーターかもしれん」

「大佐ったら人聞きが悪い~。ほーら、お手~」

 園子さんはゆっくり手を差し出した。

「がるる……ガブ」

「あああああああああああああああああ」

「言わんこっちゃない! 乃木、大丈夫!?」

 みんなで園子さんから犬を引き離す。子犬だったこともあり、特に出血するようなこともなかった。引き離しながら、お姉ちゃんはあることに気付く。

「あれ、この犬首輪してる」

 犬は猫と違って気ままに徘徊することは無い。しかもこの犬は子犬。ということは、迷子の犬の可能性が高い。迷子の子猫ならぬ、迷子の迷子の子犬クンだ。

「飼い主の人、きっと探してるよ」

 友奈さんが言う。きっとその通りだ。ここは国防仮面探しは中断して、この犬の飼い主を見つける方向に————。

「————その子犬は、ついさっき届け出があった迷い犬だ。ちょうどよかった。私が飼い主へ送り届けよう」

 !

 この声は……!

「おぉ! あなたが、あなたが噂の!」

 勇者部は声のする方を向いた。

 そこは、駐輪場の屋根の上。紺の立て襟にマント、官帽、乗馬靴。そして帽子の下には立派なマスク(仮面)があり、頭の側面から後頭部にかけてドレッドヘアーのような管が生えている。右肩には立派なショルダーキャノンが装備してあって、マスクから伸びたコードが接続されている。

 そいつは、腕に装備したブレードをカッシュカッシュ言わせながら名乗った。

「そう、憂国の戦士、国防仮面!」

「プレデターじゃねーか!」

 流れからしてどう考えても国防仮面さんの正体は東郷先輩だと思っていたけど、意外や意外、正体はプレデターさんだった。大佐の予想が当たっていたわけだ。

 国防仮面さん改めプレデターさんは屋根から飛び降りると、犬を優しく抱き上げた。

「犬は確かにこちらで引き受けよう」

 プレデターさんはシュコーシュコーと呼吸音を上げながら目を光らせた。

 私達はあまりにも予想外な展開に言葉を失う。

「君たちは優しいな。私は数世代ぶりに地球を訪れ、その変わり果てた姿に驚愕した。それで、ここでの狩は止め、ひとまず慈善活動をしようと思ったのだ」

「なんか急に語りだしたぞ」

「この星に君たちのような優しく誇り高き勇者がまだいたことを嬉しく思う」

「そういうの、分かるんですか?」

「プレデターだから」

「なんですかその『筋肉だから』みたいな理論」

「それはさておき、私は迷子の犬を見て、すぐさま飼い主を探そうとした君たちに感動した。私がこの星にいる理由ももうあるまい。さらばだ少女たちよ。君たちが今日から新しい『国防仮面』だ」

 一方的に言うとプレデターは光学迷彩を起動させて昼下がりの街へ消えていった。後に残されたのは、事態を脳で処理しきれない人類代表勇者部部員だけだった。

「……実はさ、今回の依頼者は私なのよ」

 ぽつりと、お姉ちゃんが告白する。

「捕まえて問いただそうと思ってね。てっきり東郷だと思っていたから」

「えっと……まぁ~、事実は小説より奇なりって言うしね~」

 こっくりさんの結果である『勇者』というのは勇者部のことではなく、宇宙の戦士的な意味の勇者だったらしい。紛らわしいにも程がある。

 結局その日は全員ががっかりとも言えぬ微妙な心境のまま、解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

「それは大変だったわね」

「そーだよー」

 翌日、東郷先輩はたくさんのぼた餅を拵えてきてくれた。

 日曜日の『私用』というのは新しいぼた餅の開発に勤しむことだったらしい。

「ほら、前に友奈ちゃん達、外患誘致した詫びに飛びきり美味しいぼた餅を作ってって、言ってたから」

 そういえば、そんなこと言ってた気もする。友奈さん本人も言ったことを忘れていたし、私たちとて今さら東郷先輩の責任を追及する気は更々無い。でも、東郷先輩としてはどんな形であれケジメをつけておきたいようだ。

「気にしなくてもいいのにー。でも、美味しいぼた餅を食べられるのは、良い事だね!」

 言いながら友奈さんはぼた餅をぱくぱく頬張る。

「色んな種類作ってきたから。普通の小豆から、きなこ、抹茶あん、プロテイン」

「そいつは良いな」

「煮干しは無いの?」

「ねぇよ悪いけど」

 私達は先輩の作ってくれたぼた餅を堪能する。

 堪能しながら、私はふと思った。

 国防仮面さんの正体はプレデターだった。でも、前に友達に見せてもらった画像、そこに写っていた国防仮面さんのシルエットはショルダーキャノンの類を装備していなかったような気がする。スタイルもより女性的だったし……もしかして、私の思い違いだったのかな。

「うふふ」

 東郷先輩は、美味しそうにぼた餅を食べる友奈さんを見ながらにこやかに笑っていた。

 

 

 



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結婚式だぁ?寝言言ってんじゃねぇよ

 ゆゆゆのVFBがようやくのこと届きましたよ。あれは良いものだ。最後の書きおろしも、中々気になりますね。友奈、お前は何を知ってるんだ。
 ちなみに乃木若葉第一回連載分の雑誌は本屋に行ったときには既に売り切れてました。これはジングル・オール・ザ・ウェイ状態ですねぇ。


 純白のウエディングドレスといえば、女の子の憧れの代表だ。私もドラマでウエディングドレスなんかが出てくると、年相応の乙女らしく無意味にため息なんかついちゃうのだ。素敵な男の人と出会って、愛を語らっちゃったりする妄想をするのだ。

 もっとも、私が個人的にかかわりを持つ男の人は大佐くらいなものだから、イマイチ妄想に現実味が駆けちゃうけども。

 それはそうと、晩秋のある日、勇者部に一風変わった依頼が舞い込んできた。

「結婚式場のお手伝い?」

 お姉ちゃんの知らせに部室は華やかな空気に包まれた。

「もしかして、式のお手伝いとかしちゃうんですか?」

 友奈さんが目を輝かせて訊く。

「いや、そうじゃ無くて、CM撮影のお手伝い。エキストラよ」

 お姉ちゃんが肩を竦めて答えた。でも、CM撮影とは、すごい依頼である。

「エキストラ……つまり爆発に巻き込まれたり撃ち殺されたりする役どころだな」

「ジョンの中の結婚式って何なのよ」

「ドレスの裾を持ったり、周りでお花を持ったりする人の役だよ~たぶん」

 お姉ちゃんが言うにはおおよそ園子さんの言う通りらしい。少なくとも、私達がドレスを着るようなことはないようだ。撮影は明日。何とも急な話だけど、準備は向うでしてくれるらしい。

 それにしても、ウエディングドレスかぁ……。

「憧れちゃいます」

「だよねー、女の子なら一度は着てみたいよね」

 友奈さんが私に賛同する。かつて女ゴリラとか陰で言われたこともあったらしいけど、何だかんだで友奈さんも乙女、結婚式やウエディングドレスには憧れがあるのだ。ちなみに友奈さんを『女ゴリラ』呼ばわりした輩だけど……いや、敢えて言うまい。自業自得だ……。

「私は、文金高島田に白無垢がいいわ」

 東郷先輩もほう、と息をつきながら言う。確かに、東郷先輩はドレスよりもそっちの方が似合いそう。私には格式が高すぎる気もするけど、やっぱり憧れちゃうなぁ。

「私は~……ぅ~ん、選べないよお。にぼっしーは?」

「私は別に。着る機会なんて来ないだろうし」

 ツーン、とそっぽを向く夏凜さん。それをからかうようにお姉ちゃんが、

「ふーん、夏凜はお局一直線か」

「お局言うな!」

「俺は動きやすい方が良いな。空気を読まないで乱入してきたテロリストに対抗できる」

「なんでジョンは着る前提で話してるのよ」

 大佐がドレスを着る機会は永久に訪れそうもない。別に訪れなくてもいいけど。

 それにしても、十人十色、皆それぞれ憧れがあるようだ。一口にドレスと言っても様々な種類があるだろう。

「ドレスと白無垢……女子力が高いのは——あ、両方着たら女子力も二倍、最強じゃん」

「その発想が女子力を下げていると気付かないあたり、風よね」

「あによ夏凜の癖に! お局まっしぐらの癖に!」

「うるさい!」

 喧騒に包まれる部室。私は、ふと自分がドレスを着ている姿を思い浮かべた。でも、新郎の姿は、どうしても思い浮かべられなかった。

 

 

 その日の夕食後、私は明日のことで妙にそわそわしていた。

「服、何着てけばいいかなぁ」

「制服でいいでしょ。制服は最強なんだし」

「何その理屈……」

 まぁ、学生なら学生らしく、ということだ。それに、衣装に関しては式場が用意してくれる。なんでも呉服店と提携してるから、何でも揃っているとか。

 そんなことより、私は妙な胸騒ぎを覚えていた。

「なんで撮影の依頼、勇者部に頼んだんだろう」

 普通なら、そこらの中学生に頼んだりしないだろう。しかるべき会社から老若男女を雇って撮影するはずだ。そうしなきゃ、新郎新婦以外全員子供という絵面になる。

「でもジョンがいるじゃない。アイツ中三に見えないってもっぱらの評判なんだから」

「いやいや、それはそれで変だって」

 中学生の少女たちの中に一人聳える筋肉モリモリマッチョマンとかどう考えても浮きまくっている。牧草地にパオパブの木が一本デエェェェエンと生えてるようなものだ。新郎新婦以上に目だってしょうがない。

 式場は何故私達なんかにエキストラを依頼したのか?

 私は、ハロウィンの時の依頼にヒントを見出した。

 

 

 バル・ベルデ商店街では毎年ハロウィン・セールを開催していて、それに併せて仮装大会やらちょっとしたステージを催している。

 地元のイベントともあって、私達はもちろんそれに参加した。で、毎度お馴染み単純明快ドンパチ賑やかな劇を上演したのだ。内容は、凄腕保安官(友奈さん)と凶悪脱走犯(お姉ちゃん)を中心に展開される痛快バトルアクション。これがまたお客にバカウケだった。

 元々評判の良い私達の劇なんだけど、今回は商店街の会長さんであるベラスケス町内会長も観ていたらしく、後にお姉ちゃんに、

「素晴らしい! この才能をもっと生かすべきだ!」

と話し、お姉ちゃんも、

「そこは、会長のコネで……」

と答えていたのだ。

 会長の言葉はただのリップサービスとも取れる。しかし、あの熱のこもりようはガチのような気がした。

 

 

「じゃぁ、会長が式場に私たちの事を話した、ということ?」

「うん」

「いやいや、話したからってあの劇と式場がどう関係あるのよー。ライスシャワーが弾丸のシャワーになるってぇの?」

 ブーケトスにロケットランチャーあたりを使う可能性もある。一体全体誰向けの広告なのやら。

「考えすぎよ。樹は心配性なんだから」

「う~ん……」

 

 

 

 

 翌日、件の式場。

 この式場は東西南北往古来今様々なスタイルの冠婚葬祭に対応したマルチロールな作りになっており、永遠の愛を誓うすぐ隣で永遠の別れを惜しんでいるという奇天烈な光景が度々展開されている。

「はぁ~、大きいね~」

 園子さんが溜息を吐きながら施設内に飾ってあった像を見上げる。えらく古そうな石像で、施設にマッチしてるんだかしてないんだかちょいと分からない趣味であった。

「これ、何の像なんだろうねぇ~」

「良いものだな」

 大佐が顎に手を当てて鑑定する。

 すると、その声に導かれたのかどこからともなく係員のお姉さんが現れて、

「お目が高いわぁ~」

と大佐を称賛した。

「これは、ペルシャあたりでしょうか」

「よくご存知ねぇ。正確には紀元前六世紀のものよ。その時代はお好き?」

「えぇ、ゾッコンです」

 近頃の筋肉は考古学にも精通しているのか。ていうか、なんで係員のお姉さんとちょっと良い雰囲気になってるんだ。

「YO色男、『中学生』が大人を口説かない」

 そんな大佐にお姉ちゃんが釘を刺す。いくら大佐が大人びているからと言って、これ以上いけばちょっとした問題になってしまうだろう。

 気を取り直して、撮影の説明に入った。

「今回勇者部の皆さんにお願いしたのは、町内会長さんの推薦を受けたからです。なんでも、ドンパチするのがお得意だとか」

「ええ、不本意ながらそんな評価を受けています」

「不本意だなんて、素晴らしい才能ですわ」

 讃州中学周辺の大人は何故みんなこんな調子なのか。

 お姉さんは話を戻す。

「皆さんの評判を聞いて、今回の企画にもってこいだと思いましたの」

「企画、ですか?」

 お姉ちゃんが問い返す。すると、女性は「そう!」と自信ありげに返事をした。

「殺人ターミネーターから愛の逃避行ウエディング!」

「…………」

 やっぱりそうか私もずっと前からそう思ってたんだ。私は驚いたまま硬直するお姉ちゃんに「ほらね」耳打ちする。

 係のお姉さんはハッと気づいたように大佐を見やった。そして、傍に寄ってまじまじと観察する。

「……あなたターミネーターっぽいわね?」

「良く言われる」

 半分事実だろう。

 いや、まだ何も私達がターミネートする側と決まったわけじゃない。この中でそういう役が似合うのは大佐くらいだ。もしかしたら私達は花嫁役を仰せつかるかもしれない。

 しかし、期待はもろくも打ち砕かれる。お姉さんは奥から女の人と男の人を一人ずつ連れ出してきた。

「こちらが花嫁役と花婿役のモデルさんです」

「花嫁役のサラです」

「花婿役のカイルです」

「あの、私達は何の役を?」

 東郷先輩が尋ねる。係のお姉さんは嬉しそうに答えてくれた。

「ターミネーターですわ。ただ、あなた達の内一人がサラとカイルの手助けをするターミネーターです。愛のキューピット役ですわね」

 そう言うと彼女は私達の顔を順繰り順繰り見ていった。そして、私の顔に目を止めて、

「その役は貴女にしましょう、犬吠埼樹さん!」

「えっ、私?」

「そう! あなたは如何にも『愛を運ぶターミネーター』って感じだわ!」

 全っ然褒められてる気がしないんだけど、この人の顔つきからして、私の事を大いに褒めてくれているのだろう。あまり嬉しくはない。結局はターミネーターじゃないか。

 なんにせよ、話は私達を置き去りにして(いや、大佐だけは着いていけていた)ドンドン進んでいき、いよいよ撮影本番の運びとなった。

 

 

 撮影はスムーズに進行した。それこそ驚くほどスムーズに。監督曰く、ターミネーターがまさにイメージ通りなのだという。当然だ、本物と言って差し支えないような輩が女の子に混じって一人いるのだから。

 

 大まかなストーリーはこうだ。

 とあるロサンゼルスでファミレスのウェイトレスとして働く大学生のサラ。そんな彼女の元に、運命の男性、カイルが現れる。サラはたちまちカイルに惚れこんで、いつしか結婚を誓い合うようになる。

 そんなところに、突如大佐をリーダーとしたターミネーター軍団が出現、二人の恋路を妨害しようとする。ここで私演じる愛のターミネーターが颯爽登場。私は自らの命を賭して二人を式場へ送り届け、サラとカイルはめでたく誓いのキスをする。で、最後に、

『理想の結婚式は、バル・ベルデ式場で』

というテロップが出て終わり。

 

 やれやれ、こんなにひどいCMはさすがの私も初めてだ。

 なんでもこのCMは12月から流されるらしい。なんてことだ、このままでは年末の『おもしろCM祭』みたいな番組で紹介されて勇者部がひな壇芸人たちの笑いものにされてしまう。特に大佐の存在に熱い突っ込みが入れられてしまう。

「なんやねんあの筋肉! ムカつくわ~!」

などと今は無き地方の胡散臭い方言で言われてしまう。

「お疲れ様! とてもよかったわ~!」

 係りのお姉さんはメイクを落とす私達を手放しで絶賛した。私はこのお姉さんの感性と永遠に解り合えそうにない。

「そうだ! 勇者部の皆さんにお礼と言っては何ですが、お試しでフォトウエディングを体験なさってみてはいかがでしょう?」

「ふぉとうえでぃんぐ?」

  お姉さんの提案に友奈さんが首を傾げて訊き返す。

「はい、衣装を着て写真撮影のみを行うというサービスでして、挙式なさらないご夫婦でも思い出作りになさる方が結構多いんですよ」

 なるほど、それは面白そうだ。ただの変人かと思ってい居たけど、乙女の琴線に触れる素敵な提案だ。

「面白そうね。だれかやってみる?」

 お姉ちゃんが訊く。

「私はパス。ドレスなんて、ガラじゃないし」

「そっか、夏凜の夢はお局だもんね」

「違うっての!」

「えっと、私もパスで……」

 夏凜さんに続いて私もパスした。と、いうのも、未婚女性がウエディングドレスを着ると婚期が遅れるというジンクスがあるらしいのだ。

「俺もパスだ。ドレスなんて、俺のスタイルじゃない」

「なにジョンがドレス着る選択肢がある前提で話してるのよ」

 大佐のドレスかぁ。制服よりヒデェや。

 ここで、園子さんが一つ提案をした。

「はいは~い、ゆーゆとわっしーがやればいいと思いま~す!」

「えっ」

 園子さんの提案に当人二人は驚いた。それを他所に、園子さんは提案を続ける。

「そーだね~、わっしーは白無垢派らしいけど、ドレス姿が見たいな~。ゆーゆは新郎役で~」

「待って待って」

 友奈さんがストップをかけた。

「なんで東郷さんと私? 普通に大佐と風先輩とかの方が自然なんじゃ——」

「面白くない」

「さ、左様ですか……」

 私的にはお姉ちゃんと大佐のツーショットも面白い気がするけどなぁ。想像してみると、新郎新婦というより嫁に行く娘とその父、といった感じだ。

「ま、いいんじゃない? 友奈と東郷、お似合いよ」

「フーミン先輩分かってますねぇ~」

 言うや園子さんは二人を連れてさっさと控室へと消えてった。

 ……暫し経って。

「準備出来たよ~」

 園子さんは恥ずかしがる二人を半ば強引に(ほのぼのスタイルな園子さんだけど、実は結構な力があるのだ)控室から引きずり出した。

「おぉ……」

 その姿……特に東郷先輩に、私達は息を呑んだ。

 純白のウエディングドレスに身を包んだ東郷先輩は窓から入る光に輝き、とても綺麗だった。空調の起こす微かな風がレース生地を緩やかに揺らし、まるで——。

「天女ね……」

 夏凜さんが呆けたように言った。

 続いて出てきたタキシード姿の友奈さんも、少々サイズが大きいのかちんちくりんな印象があったけど、実際に東郷先輩と並ぶとびっくりするほど似合っていた。

「あぁ~、いいよ~。いいよぉ~!」

 園子さんがどえらくエキサイトしている。

「なんだかドレスなんて、こそばゆいわ……」

 ほんのり顔を紅潮させる東郷先輩はいじらしくて可愛かった。胸は全然いじらしくないけど。

「そんなことないよ。綺麗だよ、東郷さん」

「ほらゆーゆ、プロポーズしなきゃ~」

「えっ、プロポーズ!?」

 友奈さんはうーん、と少し考えた後、「おほん」と喉を整えた。

「美森……」

 友奈さんが得意のイケメンヴォイスで語り掛ける。東郷先輩は

「ひゃい!?」

と間抜けな返事をした。

「美森、いっしょに新しい世界を作ろう。毎日が楽しいぞぉ」

「……は、はい! 喜んで、友奈ちゃん!」

 パシャッ!

 フラッシュが焚かれ、二人の写真が撮影された。

「……いやどんな設定よ」

 夏凜さんが呟く。

 それはさておき、なんと素敵な光景だろう。こんなことなら、私もジンクスとかクソくらえだと言ってドレスを着させてもらえばよかった。

「……あれ、そう言えば大佐は?」

 ふと気が付くと、大佐の影がなかった。さっきまで一緒にいたのに。

 なんか、変な予感がするよ。

 その予感はすぐに的中した。私達一同は控室から漏れ出す異様な波動に意識を奪われた。控室のドア越しに感じる強烈な波動……それは、ドアが開かれると共に強大なものとなって私達を包んだ。

「な……」

 開かれたドア。その先には、何故かウエディングドレスに身を包んだ大佐の姿があった。

 パツパツな純白のドレスに身を包む大佐の筋肉は窓から入る光に輝き、とてもマッチョネスだった。空調の起こす風が床の埃を舞い上げ、その中を歩く大佐の姿はまるで——。

「歴戦の戦士ね……」

 夏凛さんが呆けたように言う。ウエディングドレスに身を包んだ戦士ってどんなだ。

 マッチョな新婦らしき生命体は力強い足取りで友奈さんの前にやって来た。

「え、えっと……」

「…………」

「なんで、大佐も、ドレスを……?」

「……あの女(係りのお姉さん)に、着ろと言われた」

「あ、はは、そ、そうですか」

 友奈さんが今までにないレベルで動揺している。それは私達にも言えることだった。

 しかし、そんなのどこ吹く風といった様子で係りのお姉さんは元気よく指示を飛ばす。

「ほら、結城さん! プロポーズ!」

「はぁっ!?」

「そこの花嫁にプロポーズしてください!」

「えぇっ……えーと……」

 こんなくだらない上に訳わかんないシチュエーションでも懸命に考える友奈さんは健気だ。

「えーと……じ、ジョン」

「なんだ」

 大佐がそう言った瞬間、限界を迎えたドレスのレース生地が勢いよく引き裂け、パァンという盛大な音と共に弾けとんだ。

「!?」

 ビクリと身体を跳ねさせる友奈さん。対して大佐はピクリとも驚かず、ただただ友奈さんからのプロポーズを待ち続けている。

 結果、無表情で破れたドレスを纏う大男と男装した女子中学生が向き合うという、無駄にワイルドでシュールな絵面がそこに誕生した。

 友奈さんは動揺するも、懸命に事を進めようとしていた。

「えーそのー……おほん」

 声音を調整し、大佐に語りかける。

「……もう一度コマンドー部隊を結成したい。君さえ戻ってくれれば」

「お断りだ!」

 パシャ!

 

 終了。

 

 写真が撮り終わって残されたのは、戸惑いを隠しきれない友奈さんと、恨めし気に大佐を見上げる東郷先輩、爆笑する園子さん、その他もろもろであった。唯一係りのお姉さんとカメラマンの人だけが大満足のご様子で、

「素晴らしぃですわー。また今度、お願いしますね」

と言っていた。

 言っちゃァ何だが、もう会うことは無いでしょう。

 

 

 

 

 後日放送されたCMは大好評を博した。放送地域がローカルなのと、シーズン限定のCMなのが幸いしてこのCMがそれほど有名になることはなかったが、私達はこんなのが大好評になる社会に一抹の不安を覚えずにはいられなかった。

 ちなみに、撮影された二枚のフォトウエディングの内、二枚目の方……つまり、引き裂かれたドレスを見に纏う身長190センチの大男と男装した女子中学生が向かい合い写る方の写真……が式場のホームページに掲載された。余程気に入ったらしく、その写真の周りには色鮮やかな花々のグラフィックが添えられている。

「なんか、私大人がたまに分かんないわ」

 ホームページを覗きながらお姉ちゃんが呟く。私や友奈さん、夏凜さんは全面的な同意の意を込めてうんうんと頷いた。

 

 余談だけど、不機嫌だった東郷先輩は友奈さんとの写真を貰うやすぐに機嫌を直した。

 

 

 

 




 読み直して気付いたんですけど、樹の毒舌が加速してる気がする。
 確かに樹は勇者部の中でも一番成長した子だと思うし、何かに付けてツッコミが辛辣だし、攻撃方法が一番えげつないと姉にも言われてるけど、もっと良い子のはずなんだよ。
 これはファンとしていけない傾向だなぁ……でも、書いてて楽しいんだよなぁ……


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毎日郵便物に爆弾が仕掛けられてる

 友奈さんがラブレターを貰った。

 

 

 この事実は、勇者部(特に東郷先輩)に大きな衝撃を与えた。衝撃の大きさについては本人も相当大きかったらしく、軽くパニックになっている。

「あ、朝登校したら下駄箱に入ってて……どうしたらいいんでしょ?」

 友奈さんは『恋愛』というような華やかなものをどこか遠い世界の物だと思っていたらしい。だから、クラスの友達に恋愛相談された時も、

「大丈夫! 成せば大抵何とかなる!」

と無責任極まりないアドバイスをしちゃうのだ。

 そんな色恋沙汰が自分の身に振りかかっているのである。

「わ、私、ラブレターとかもらったことなくて……」

「…………」

「夏凜ちゃん聴いてる?」

「えっ? ああ、あれでしょ。プレデター貰ったんでしょ」

「いやそんなこと言ってないし」

 夏凜さんも平静を装っているけど動揺が全身から漏れ出ていた。その動揺っぷりといったら東郷先輩と良い勝負である。

「どどどどうせ碌でもない輩に決まってるわ。きっとその手紙には爆弾が仕掛けられてるぅ」

「なんですって。そのような輩は追いかけ、見つけ出して、ごうも……拷問しなくちゃなりませんね」

 そう言いながら夏凜さんと東郷先輩は自白作用のあるサプリとか謎の拷問器具なんかを取り出して計画を練り始めた。怖すぎる。

 そんな危険人物を他所に、お姉ちゃんが一人「フッフッフ」と女子力の低い笑みを漏らし始めた。

「可愛い後輩の危機、ここは経験豊富な私の出番ね!」

 経験豊富……? 

「そうよ。ラブレターに関しては私の方が先輩だからね。そう、あれはチア部の助っ人をしたとき——」

 幾度となく聞かされた話だ。さすがに聞き飽きたのでお姉ちゃんは大佐の麻酔銃によって眠りの園へと(いざな)われた。

「で、結局友奈はどうしたいんだ」

 大佐が麻酔銃を懐に仕舞いながら友奈さんに訊いた。

 そうだ、夏凜さんと東郷先輩が良からぬことを企んでいるけど、ラブレターを貰ったのは友奈さんなわけだから、結局は本人の意思が尊重されるべきなのだ。

「私は……」

 友奈さんは僅かに思考した。そして、答えを見出した。

「やっぱり、断ろうと思っています。知らない人と付き合うなんて、出来ないですし……」

「まぁ、それが妥当だろう。保安上の面でも」

「別にそこまでは考えて無いですけど」

 しかし、友奈さんはこれはこれで心配事が一つあるのだという。

 それは、断ったら、相手を傷つけてしまうのではないかということ。

「友奈らしい気遣いね」

 いつの間にやら目覚めたお姉ちゃんが感心して言う。東郷先輩と夏凜さんはそんな友奈さんを優しすぎると言っている。どうやらこの二人の中で手紙の差出人は救いがたいクズ野郎ということになっているらしい。

 と、いうわけで、今日の勇者部の議題は、『いかにして相手を傷つけずに断るか』に決定した。

 

 ~犬吠埼樹(わたし)の案~

 

 こういう時、とりあえずタロットで占ってみるのが私流だ。

 私はタロットカードをシャッフルして、二枚を素早く選びだした。

 出たカードは、隠者の正位置と法皇の正位置。意味はそれぞれ『偽り、深慮』『結婚、同盟』……。

「なるほど、結婚詐欺をして手紙の送り主から金をせしめるんだな」

「違います! これは、『恋人が既にいる振りをする』という啓示ではないでしょうか」

 恋人がいるとなれば、相手もしょうがないと諦めてくれるだろう。嘘をつくのは友奈さんにとって心苦しいかもしれないけど、ここは我慢の子、ということだ。

「さすがは我が妹、ナイスアイデア」

 お姉ちゃんが誇らしげに言う。ちょっと恥ずかしいな。

「でも、そうなると恋人の設定も必要ね。どんな人か訊かれたら答えられないし」

 友奈さんの恋人の設定は恋愛上級者(自称)のお姉ちゃんと大佐が練り上げることになった。二人はしばし頭を寄せあってノートに向かい、恋人を見事作り上げた。

 

 

 結城友奈には将来を約束し合った恋人がいた。恋人の名前はジョン・マクレーン。ニューヨーク市警の刑事部長で、口癖はイピカイエー。とにかく不運な男だけど、ちょっぴり後退した髪の毛がチャームポイントのナイスガイ。彼と友奈の出会い、それは、去年のクリスマス・イブに遡る——。

 

 

「待ってください」

 ここで友奈さんがストップを出した。

「ちょっと無理があると思うんですけど……」

「お気に召さなかった? じゃぁ、こっちは……」

 

 

 結城友奈には将来を約束し合った恋人がいた。恋人の名前はジョン・ランボー。ベトナム帰りの兵士で、心に深い傷を負っていた。しかし、天真爛漫な友奈と出会うことで、彼のすさんだ心は癒されていき、いつしか敵地のど真ん中で無双できるほどタフネスな男となった。彼は——。

 

 

「あの、先輩、もう結構です……」

「あれ、ここからが面白いのに」

「どっちも友奈の好みそうな男だと思うのだが」

「二人の中だと私ってどういう人間なんですか?」

 とにかく、私の出した案は没になった。別に言い訳するつもりもないし責任追及されたわけでもないけど、一応言っとくと私に責任は無い。

 

 

 

 ~乃木園子の案~

「いっつんのアイデーアからヒントを得たんだけど~、誰かがゆーゆの嘘の恋人役になればいいんだよ~」

 少女漫画なんかでよくある展開だ。交際を断るために、幼馴染かなんかに偽の恋人役を演じてもらう……。初めは恋人の振りだったはずなのに、どんどん惹かれあう二人。いつしか二人は本当の恋人同士になって立ち塞がる壁を共に乗り越えていく……。

 とってもロマンチック! 素晴らしい案だと思う。

 でも、この案には問題があった。お姉ちゃんが指摘する。

「恋人役、誰がするのよ」

 根本的な問題だ。友奈さんに訊いてみたところ、そんなことを頼めるような男子はいないという。

 でも、園子さんはンフフ~、と不敵に笑い声を上げた。

「いるじゃないですか~、丁度いいところに男子が……」

「え?」

 私達は園子さんの視線を追った。その先にいたのは、なじみの筋肉達磨である。

 そう、園子さんは大佐に友奈さんの恋人役を演じてもらう腹なのだ。立ち塞がる壁を共に乗り越えるというか壁を破壊していきそうな恋人だ。

「いやぁ、友奈とジョンは似合わないでしょ、何となく」

 お姉ちゃんが言う。確かに、二人が並んで立っていてもせいぜい親子にしか見えない。それに大佐はかなり大人びて見えるから、下手をすればそれこそ『筋肉モリモリマッチョマンの変態が中学二年生をたぶらかしている図』でしかない。

「じゃぁ~、誰かにうまい具合に男装してもらうしかないね~。わっしーか、にぼっしーあたりに」

「えっ!?」

 東郷先輩と夏凜さんに電流が走った。

「で、仲良さそうなツーショット写真をスマホに入れといて、ラブレター差出人に見せるの~。お姫様抱っこなんかいいねぇ~。あ、写真は私にも送ってね」

 もしかしてこの人は、それが見たいがため私達をここまで誘導したのではなかろうか。園子さん、何という策士。

 しかし、その策もお姉ちゃんの前に崩れ去った。

「つうても勇者部員は学校に名も顔も知れてるからね。厳しいんじゃないかしら」

 言われてみればその通りだ。私も上級生に顔が知られてて、何かあるとよく、

「犬吠埼の妹ちゃん」

と呼ばれている。お姉ちゃんが、

「犬吠埼のお姉ちゃん」

と呼ばれないあたり不公平な気もするけど、こればかりはしょうがないね。

 お姉ちゃんに却下された園子さんは心底残念そうに「そっか~」と言っていた。でも、その目はまだ諦めていない。

 

 

 ~犬吠埼風の案~

「ここは一つ、ミュージカル風に断ろう」

「またワケ分かんないことを……」

 夏凜さんが呆れ果てた声を上げる。ラブレターを貰ったことのある先輩(略してラブレター先輩)は発想力で後輩に威厳を見せつけようとしているが、見事に空ぶっている。

 お姉ちゃんが言うには、妙に気負って断ろうとするから悩むんだ、気を楽にして、楽しく断れば万事OK、未来も明るいとのことだった。

「だからってミュージカルってどうよ」

「その子はきっと友奈の明るさに惚れたのよ。だから明るくしてれば何とかなるって」

「そうかしらねぇ」

 

 

 放課後。窓から差し込む橙色の夕日が待ち合わせ場所の階段踊場を静かに照らし出している。

 そこに一人立つ少年は、胸の高鳴りを抑えることが出来なかった。

「結城さん、来てくれるだろうか——」

 結城友奈……天真爛漫で友達思いな女の子。

 最初はあの子の笑顔を遠くから眺めるだけだった。でも、今度は、もっと近く……あの子の隣で、あの弾けるような笑顔を見たい。

 緊張に震える少年。

 そんな彼の背後から、軽やかな足音が響いてきた。

「!」

 少年は振り向く。

 振り向いた先、そこに立っていたのは、彼が恋い焦がれる少女だった。

「結城さん……」

 少年の胸が、一際大きく高鳴る……。

 それに対し少女は、返事をするべく息を大きく吸って——唄い出した。

「ラ~ラ~ラ~、私はァ~無垢な少女~恋をするには~まだ早いのォ~」

「…………」

「だからァ~ごめんなさぁい~付き合えないィ~! ジャジャジャ、ジャァ~ン」

「…………」

「それでは」

 ひとしきり歌い踊ると少女は満足したのか足早にその場を後にした。

 夕日に輝く踊り場。そこに残されたのは、ただ呆然とする少年一人であった……。

 

 

「風、控えめに言うけどアンタ馬鹿じゃないの?」

「な、何よ!」

 お姉ちゃんがプリプリ怒る。でも、こんなことをしようものなら心に深い傷を負う……負うのかな? 何にせよ、酷く馬鹿にされたと感じるだろう。

「お姉ちゃんの案は……却下だね」

「そんなぁ」

 

 

 

 ~ジョン・メイトリックスの案~

「コイツで返事すればいい」

 そういって大佐が掃除用具入れから一丁のライフル(何を掃除するつもりなんだろう)を取り出して友奈さんに手渡した。

「あの……意味が解らないんですが……」

「つまり、こういうことだ」

 

 

 放課後。窓から差し込む橙色の夕日が待ち合わせ場所の階段踊場を静かに照らし出している。

 そこに一人立つ少年は、胸の高鳴りを抑えることが出来なかった。

「結城さん、来てくれるだろうか——」

 結城友奈……天真爛漫で友達思いな女の子。

 最初はあの子の笑顔を遠くから眺めるだけだった。でも、今度は、もっと近く……あの子の隣で、あの弾けるような笑顔を見たい。

 緊張に震える少年。

 そんな彼の背後から、軽やかな足音が響いてきた。

「!」

 少年は振り向く。

 振り向いた先、そこに立っていたのは、ライフルの銃口をこちらに向ける結城友奈の姿だった。

「結城さん……」

 少年の胸が、一際大きく高鳴る……。

「結城さん……俺と付き合ってくれ。OK?」

「OK!」ズドン!

 ライフル弾を胸に浮けた少年はそのままもんどりうって倒れた。

 少年を撃ち倒した少女は満足げに銃口から立ち上る紫煙を吹くと、足早にその場を後にした。

 夕日に輝く踊り場。そこに残されたのは、ただの屍と化した少年一人であった……。

 

 

「斬新な断り方だと思うが」

「斬新すぎて今の私には理解できないです」

「理解できる日は来ないと思うなぁ~」

 大佐の案は言うことなしの却下だ。当然だぜ。

 

 

 

 ~東郷美森の案~

「事は単純です。私が友奈ちゃんに代わって断りを入れてこれば良いのです」

「つっても、本人でもないのにどう断るわけ?」

 夏凜さんが訊く。東郷先輩は指をピッと立てて説明した。

「簡単なことです。こんな風に——」

 

 

 放課後。窓から差し込む橙色の夕日が待ち合わせ場所の階段踊場を静かに照らし出している。

 そこに一人立つ少年は、胸中にムクムクと沸き上がる欲望を抑えることが出来なかった。

「結城友奈ァ、来てみろぉ、ケチョンケチョンに苛め抜いてやるぜェ……」

 結城友奈……天真爛漫で友達思いな女の子。

 最初はあの子の悲しむ顔を遠くから妄想するだけだった。でも、今度は、直接この手であの笑顔を絶望に染め抜いてやりたい。

「小娘の喉を切るのは、あったかいバターを切るようだぜェ……」

 狂喜に震える少年。

 そんな彼の背後から、凛とした声が響いてきた。

「待ちなさい!」

「!」

 少年は振り向く。

 振り向いた先、そこに立っていたのは、ライフルの銃口をこちらに向ける結城友奈の親友、東郷美森の姿だった。

「友奈ちゃんに手出しはさせないわ!」

「うへへ」

 男は気持ちの悪い笑みを浮かべながら懐からナイフを取り出した。

「野ァ郎ォォォぶっ殺してやあぁぁぁる!」

「それは、こちらの台詞よ」

 言うや東郷は銃の引き金を引いた。銃口から発射された弾丸は空気を切り裂き、見事、男の額を撃ちぬいた。

「ぐはぁぁ!」

 男は実をのけぞらせると、そのまま仰向けに倒れた。

「地獄に落ちろ、ベネット!」

 捨て台詞を吐き捨て、東郷は足早にその場を後にした。

 夕日に輝く踊り場。そこに残されたのは、ただのカカシと化したベネット一人であった……。

 

 

「そういうことなんで、今すぐ断ってきます」

「待って待って」

 大佐の銃を手にして戦場にお出かけしようとする東郷先輩を友奈さんが必死になって止める。

「放して! 私は友奈ちゃんを救いがたいクズから守るためなら犯罪者にだってなって見せるわ」

「違うから! ツッコミどころしかないから待って」

 これは修羅場だ。東郷先輩の中で差出人がドンドン悪役になっていってるようだ。そのうち全世界を己の支配下に置かんと画策するサタンがラブレターの差出人となるだろう。

 それにしても、なんということだろう。ここまででまともな案が一つもない。勇者部はいつからこんな調子に……割と最初からこんな調子だったねそう言えば。

「……ていうかさ」

 夏凜さんが口を開く。

「別にそんな気張ることなくさ、普通に断っちゃえばいいじゃない」

「でも、良いのかなぁ」

「良いに決まってるでしょ。第一、その程度でへこたれる奴がこの町で生きてけるわけないでしょ」

 なるほどそれもそうだ。売人、ポン引き、淫売共の巣窟たるバル・ベルデ商店街の周辺に住む以上、そんな弱々しい精神していないだろう。

「なに? 結局普通に断るの?」

 お姉ちゃんが面白くない、という顔をする。それは大佐と園子さんも同様で、

「あまりにも普通じゃないか」

「にぼっしー面白みに欠けるよそれは~」

「いつから面白い断り方会議になったのよ!」

 結局、夏凜さんの言が一番有効になりそうだ。

「ごめんね友奈、私達、力になれなくて」

 お姉ちゃんが申し訳なさそうに(本当に申し訳ないと思っているか否かはさておき)言う。でも、友奈さんはいつものように笑うと、

「でも、みんなに相談で来て良かったです。私一人だと、どうしていいのか分からなかったと思いますから」

「ホントゴメン。いやぁ、経験値が圧倒的に不足してるのよね、私達」

 ラブレター先輩もついに現実を認めてしまったようだ。この歳で経験豊富なのもある意味考え物だとは思うけど……。

「ありがとうございました。今晩、みんなの言ってたことを参考にして、自分なりに考えてみます」

 友奈さんは頭をペコリと下げた。

 

 

 

 

 翌日の放課後。

 部室の中にはそわそわした空気が流れていいた。

 その『そわそわ』の発信源は主に東郷先輩と夏凜さんである。

「友奈ちゃん、遅いわ……」

 東郷先輩が室内を右往左往しながらしきりに言っている。

 友奈さんは一晩考えた結果、『直接相手に断りを入れる』という単純明快な方法に行きついた。結局、夏凜さんの案のみが採用されたわけである。

 まぁ、昨日言った通りみんなの案を参考にしたら断り方が『歌い踊りながら相手を射殺する』という方法になってしまうから、当然っちゃ当然である。

 で、友奈さんが断るべく待ち合わせ場所へ出陣したのが半刻前。確かに、断りを入れるだけにしては遅い気もする。

「もしかして、相手が逆上して喧嘩になってしまってるんじゃない……?」

 夏凜さんが心配げに言う。喧嘩になったところで友奈さんが負けるとは思えないけど……友奈さんは人を傷つけるのを嫌うから、されるがままな可能性もある。

 いや、でも一番ありえるのは実際会ってみたら気が合っちゃってそのままデート、という流れだろう。初めて会う男の人。でも、まるで運命の糸で結ばれているかのように惹かれあって……ちょっと素敵。

 でも、東郷先輩的には素敵でも何でもないらしい。

「やっぱり私が断りに行くべきだったんだわ」

「……わたしちょっと、散歩に行きたくなってきたワー」

 夏凜さんが棒読みで言う。

「奇遇ね夏凜ちゃん、私もよ。そういう事だから一緒に散歩に行きましょう。大佐、小銃か何か貸してもらえませんか」

「掃除用具入れにカービン銃が入ってるから持っていっていいぞ」

「こらこら、東郷も物騒なもの要求しないしジョンも貸し出さないの」

 東郷先輩が友奈さんを誑かす不逞な輩への銃剣突撃を敢行しようと考えているようだ。そんな時、部室の扉がガラガラと開かれた。

「I’m Back!」

 友奈さんが大佐の真似をしながら入室してきた。

「結城友奈ただいま戻りました! うわ東郷さん物騒だねぇ」

「友奈ちゃん! 無事で良かった……!」

 東郷先輩は手にしていたカービン銃を放り出して友奈さんをはし、と抱きしめた。どんだけ心配してたんだこの人は。

「で、友奈。なんかえらく遅かったけど」

 夏凜さんが訊く。すると、友奈さんはさらりとすごいことを言ってのけた。

「うん、なんか話してたら気が合っちゃって、友達になってきちゃった」

「あ!?」

 勇者部に電流が走った。

「付き合うとか良く分からないんで、とりあえず、友達になりました」

 勇者部にさらに電流が走った(ベネチャージ)。まさか友奈さんにそんな小悪魔的側面があったなんて……お姉ちゃんは尊敬の眼差しを向け始めてるし、大佐は筋肉モリモリだし、東郷先輩も口をあんぐりと開けてマヌケ面この上ない。夏凜さんは……なんてこった、さっき走った電流に耐えかねて死んじまった。

「友奈……いえ、友奈さん……いや、結城友奈大先生」

「えっ、風先輩ったらどうしたんですか」

「なんか、追い抜かれた気がして……」

「はぁ……?」

「つまり、結城友奈大先生閣下にあらせられましては、交際はお断り遊ばしたけど、友人として懇ろに付き合っていこうと……」

「良く分かんないけど、そういうことです、はい!」

 友奈さんが満面の笑みで言う。

「可愛い子でしたよー」

「かわいい……かわ……かわいい?」

 不思議なフレーズだ。もしかして友奈さんに告白したのは下級生……つまり、私と同学年の生徒ということかしらん?

 でも、実際は違った。

「ラブレターくれたの、女の子だったんです」

「お、女の子……」

「女の子同士だから、付き合うとかは良く分かんないけど、お話してる内に、友達にはなれるかなーって!」

「な、なるほど……ちなみに、お話というのは?」

「お天気、税金、インフレ」

「湿気てるわねぇ」

 友奈さんらしいといえば友奈さんらしい展開だ。確かに、友奈さんは妙に男らしいところがあるから、男の子より女の子にモテるのだろう。

「園子さん、もしかして知ってたんですか?」

 私はそっと園子さんに耳打ちした。

「何となく予想付いてたな~。大佐も同じだよ」

「そうなんですか?」

「ああそうだ」

 なんにせよ、勇者部始まって以来の重大局面は乗り切ったということだ。

 ただ、東郷先輩と夏凜さんは、

「でも、相手は女子とは言え……注意しなくては……」

「そうね……」

 二人の戦いはまだ続きそうだ。ていうか夏凜さん生きてたんだ。

 

 

 



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よぅ兄ちゃん、おぉっとぉ、ちょっとお話しようじゃないか

 ある日、私達勇者部は猫の飼い主を募集する為のポスター作りに勤しんでいた。

「出来ましたよ~」

「どれどれ……おおっ、乃木って絵が上手なのね」

 お姉ちゃんが園子さんが製作したポスターを眺めながら感心した様子で言う。

「園子さんって絵が上手なんですか? 私にも見せて——え」

 私はお姉ちゃんが唸る程の絵を見たくてヒョイと覗きこんだ。

 しかし、そこに描かれていたのはお世辞にも世間一般的な『猫』ではなくて、何かもっと得体の知れないものだった。どうにか「あぁ、言われてみれば足が四本生えてますね」程度の見た目である。

「これは……前衛芸術あたりでしょうか?」

「おたわ~」

 園子さんが嬉しそうに言う。ちなみに『おたわ~』とは『お目がたかいわァ~』の略である。

 お姉ちゃんが言うには、園子さんの描いた猫は猫の内側に秘められし深い闘争本能が云々かんぬん、とのことらしい。正直、何故あの絵を理解できるのかは分からないけど……あ、お姉ちゃんは同類だから分かるのか。

「ねーねージョン、乃木の描いた猫、良くない?」

「コイツはカッコいいな!」

 大佐にも評判がいい。もしかして、大人にはあの絵の良さが分かるのかしらん? 

「この絵のセンスは夏凜に通づるものがあるな」

「そうね。……そういえば、夏凜は今日はまだ来てないのね」

 お姉ちゃんがふと気付いて呟いた。

 夏凜さんは今日は日直で来るのが若干遅くはなると言っていたけど、それにしても遅い。何かあったのだろうか。煮干し分が欠乏して道中でぶっ倒れているのではないだろうか。

 と、そんな心配をしていた時。

「…………」

 ガラガラ、と扉が開かれ、妙に落ち込んだ夏凜さんが姿を現した。

「うわ、不景気な面。どうしたの?」

「…………」

 お姉ちゃんに訊かれてもどこか言い出しづらそうな顔をして黙っている。夏凜さんらしくもない、コイツは何か裏があります。

 そんな夏凜さんに、園子さんがてててと駆け寄って絵の感想を求めた。

「どうかなぁ~」

「素敵な猫じゃない?」

 この部に所属する人間の半分以上が超越的な感性の持ち主らしい。四本脚の何かとしか形容できないあの絵を一目で猫と見抜いた夏凜さんは凄い。人間ではない。

「そんなことより」

 夏凜さんは絵の事をひとまずわきに置いた。

「園子にちょっと相談したいことがあるんだけど」

「私に? みんなじゃ無くて?」

「うん……」

 うつむき加減に答える夏凜さん。そんな彼女に、友奈さんが、

「勇者部五箇条! 悩んだら相談!」

「は?」

「ずいぶん水臭いじゃない! 私たちもお話聞くよ。そうですよね、風先輩!」

 友達が悩んでいるなら放っておけない。おせっかいに感じる人もいるかもしれないけど、友奈さんの素敵な長所だ。お姉ちゃんも、

「まぁ、訊いていい話なら。私たちも相談に乗るわよ」

 東郷先輩や私も同様に答える。大佐は一人銃のレバーをガッチャンコ引いて答えた。何をするつもりなんだ。

 私達の熱い言葉に胸を打たれた夏凛さんは(友情ってのは、良いもんだよなァ)熱いものがこみ上げるのをこらえるようにグッと上を向いて、

「ありがとう……アンタ達にも相談するわ」

と言ってくれた。そして、「実は……」と切り出す。

 が、ここでお姉ちゃんが。

「ちょっと待ったぁ!」

「な、なによ」

 突然の大声に驚く夏凜さん。対してお姉ちゃんは、真剣な面持ちで、

「そういうことは、もっと相応しい場所で話しましょう……」

 

 

「ずるるるるるるるるるるる」

 お姉ちゃんのうどんを啜る音が盛大に響く。

「……で、ここが相談に相応しい場所?」

 夏凜さんが呆れ声で言う。

 『かめや』よ、よく来たわねぇ。

 何のことは無い、お姉ちゃんがうどんを食べたかっただけである。

 でも、「腹が減っては戦は出来ぬ」もまた真理なわけで、『かめや』を会議の場と選択したのはお姉ちゃんの采配は見事としか言いようがないし、私のこの意見に余計なことを言ったら口を縫い合わす。

「うどん、おいしいよ~。私のおススメは、芝エビのかき揚げ~」

 園子さんは美味しそうに程よく出汁の染みたかき揚げを頬張った。

「う~ん、美味しいねぇ」

「俺のおススメはプロテイントッピングだ」

 大佐はずぞぞっと美味しそうにプロテインの絡んだうどんを啜った。

「うん、美味いね」

「クッソ不味いだろ~」

 大佐と園子さんのほのぼのむきむきしたやり取りなどを見るうちに、夏凜さんは緊張感を失ってしまった。

 私達は美味しいうどんを腹に納めると一息ついた。

「ふー。さて、お腹もいっぱいになったことだし」

「! やっと本題に——」

 夏凜さんが身を乗り出す。しかし。

「眠くなってきたよ~」

 園子さんがうつらうつらし始めた。お腹が膨れたら眠くなる。人間の摂理だ。園子さんは本能の赴くままに生きるのだ。

「ちょっと園子! あんた授業中も居眠りしてたじゃない。まだ寝足りないって言うの!?」

「死ぬほど疲れてる」

「疲れるような事してないでしょうがアンタは!」

 夏凜さんに耳元で叱られても園子さんは眠りの園へと行こうとするのをやめなかった。本当、どうしてここまで眠れるのか不思議でならない。

 でも、さすがに友達が相談に乗って欲しいという中寝るほど無神経では無いようで、目を覚ますために策を講じた。

「大佐~、そこにある爪楊枝で、私を刺して~」

「ん、いいのか」

 これはあれだ、授業中に眠気覚ましでよく使う手段だ。手の甲や股をツンツンとするのだ。授業中は主にシャープペンだけど、ここでは爪楊枝を使う。

「お願いします~」

「OK!」

 大佐はテーブルの上の爪楊枝を手にすると「フンッ」という息と共に園子さんのおでこにブスリと突き立てた。瞬間、園子さんの目にかかっていた眠気の雲が消え去った。

「シャキーン! 目が覚めたよ~」

「園ちゃん! 爪楊枝、おでこに突き刺さってるぅ!」

 冴えわたる園子さんのおでこにはユニコーンが如く爪楊枝が聳えて、ツーと血が垂れていた。

「それでにぼっしー、相談って?」

 それでも園子さんは何事も無かったかのように話を続けた。血が出てるけど、拭いてる暇も無いのだろう。大変なことだ。

「実は、大赦から連絡があったのよ」

「大赦から?」

 異口同音に私達は訊き返す。

 大赦からの連絡なんてこちらからの問い合わせの回答以外に全くなかった。何しろ私達はもう勇者(コマンドー)としての役目は一先ず果たし、とりあえずお役御免となっている。バーテックスも、当分は現れないはずであった。

「とりあえず、これを読んで」

 言うや夏凜さんはスマホを取り出して問題の画面を私達に見せた。

「なになに……」

 曰く、こうである。

 

『二週間後、三好春信が三好夏凜の生活状況の査察に向かう』

 

 三好……春信?

「あぁ、夏凜ちゃんのお兄さん」

 友奈さんが思い出したように言った。

 そう言えば、夏凜さんにはお兄さんがいて、大赦に務めているんだっけ。まだ若いのに要職に就くエリートさんだとか。

 それにしても、不思議なのはそのお兄さんの連絡手段ある。何も大赦を通さずとも、個人的に電話なりでもして押しかければいいじゃないか。血のつながりの無い私たちでさえ完全武装の上押しかけているくらいなのだから、お兄さんともなればその程度簡単なような気もするけど。

 これについては、園子さんが答えてくれた。

「にぼっしーのお兄さんは大赦でもかなり偉い立場にいるからね~。機密も扱う分、好き勝手連絡出来ないんだよ~」

「実の妹でもですか?」

「そうだね~。まして、にぼっしーはお役目が終わったとはいえ大赦の勇者(コマンドー)だから~」

 大変だねぇ、と、皆一様に言う。

 この時、園子さんのおでこに爪楊枝を刺して以来だんまりだった(別に反省してのことではない)大佐が、やおら箸を置き(大佐だけまだ食べていたのだ)、口を開いた。

「もしかしたら、大赦は夏凜を連れ戻すつもりなのかもしれん」

「えっ?」

 何故? Why? 今更夏凜さんを連れ戻す必要があるのだ。

「……でも、ジョンの言うことにも一理あるわね」

「どういうこと?」

 神妙な顔つきのお姉ちゃんに夏凜さんが震える声で訊く。

「前に乃木が言ってたでしょ? システムがアップデートされるって。そのデータ取りに夏凜が必要なのかも……」

「でも、卒業までここにいていいって……大赦が……」

「状況が変わったのよ」

 大赦にとって動かしやすい勇者(コマンドー)はお姉ちゃんか夏凜さんだ。そして、情報の解析に向いているのは夏凜さんの方だ。何しろシステム面では一番実戦経験が豊富なのだから。

 不安に駆られる夏凜さん。更に、友奈さんが、

「そういえば」

「今度は何っ」

「いやね、前に見た映画でこんなことがあったなーって」

 

 かつて特殊部隊の隊長といて名を馳せた筋肉モリモリな男。彼は静かな山荘で愛娘と共に戦いとは無縁の穏やかな生活を送っていた。しかし、彼の元へ軍のヘリが飛んでくる。そこには男の元上官である将軍が乗っていた。

 将軍は」彼に言う。

「もう一度コマンドー部隊を編成したい、君さえ戻ってくれれば……」

 そして、男は再び戦いへと身を投じるのであった……。

 

 

「あぁ、やってたわね」

「風先輩も見てたんですか」

「そうよ。でも、友奈の内容は微妙に違うわ」

「えっ、そうでしたっけ?」

「そうよ。詳しく確認したければ、ネットでディレクターズ・カット版DVDを新品でも1000円しないで買えるから確認してみるといいわ。さらに最近発売された数量限定生産新録吹き替え入りディレクターズ・カットBlu-rayもまだまだネットで購入可能よ。この新録版は今まで吹き替えの無かったカットも新たに吹き替えされているから見ものね。加えて吹き替え台本が欲しければ以前発売された日本語吹替完全版コレクターズBOXを買うといいわ。でも、こっちはそろそろ在庫が少ないうえに結構値が張るから注意してね」

 コイツは最高の商品だ。買わないと大変なことになるぞ。

 それはさておき、問題は夏凜さんだ。

 このままでは夏凜さんは讃州中を、勇者部を去らなければならない。

 そんな、嘘だあああああああ!

 それは夏凜さんも同様である。最初は勇者部に馴染めなかった夏凜さんも、いまでは立派な勇者部員だ。このまま易々連れて行かれるのは、私達のスタイルじゃない。

「そんなのダメだよ! 私、夏凜ちゃんと一緒に卒業したい!」

 友奈さんが立ち上がって訴えた。その言葉に、学年関係なく同意する。

「同じ釜で湯がいたうどんを食べた仲、ここで別れるのは寂しすぎるわ」

「そうね。今更一人抜けるのも気持ち悪いし、何より私はアンタに見送って欲しいわ」

「見送るって何をだ? 臨終をか?」

「ちげぇよ!」

 私も夏凜さんを含めた先輩たちの卒業を見届けたい。私達の夏凜さんへの思いはおおよそ一緒だった。

「それじゃぁ、にぼっしーを連れ戻されない方法を考えよ~!」

 『かめや』に私達の決意の声が高く響いた。

 

 

 翌日の部活の時間、『三好夏凜誘拐対策会議』が開催され、各々が一晩かけて考えてきた案を出し合うこととなった。

「では、何か意見がある者!」

「はい!」

「はい東郷!」

「私は校内にバリケードを築き、徹底抗戦すべきだと思います」

 言うや先輩は大きな紙を広げた。そこには校内の見取り図が描かれており、バリケードの設置場所や司令部など事細かな防衛案が記されていた。

「目的は夏凜ちゃんの拉致阻止ですから、要は大赦を諦めさせればいいのです」

 相も変わらずおっそろしい事を考える人である。とは言え、私の案も東郷先輩ほど綿密ではないけど籠城みたいなもんだったから、人の事は言えない。

「友奈は?」

「私はお手紙を書いてきました!」

 友奈さんらしい。彼女は「じゃぁ読むね!」と言うと懐からマスクを取り出して、頭からすっぽりかぶった。

「大赦が三好夏凜を連れ戻そうとする限り、我々もこの地で戦闘を続ける。諸君らが枕を高くして寝ることは無いだろう。死か自由かだ!」

「まって」

 夏凜さんがストップをかける。

「えー、一生懸命書いてきたんだよ?」

「なんで一生懸命書いた手紙が脅迫文めいてるのよ。東郷もやりすぎ」

「何言ってるの夏凜ちゃん、死か自由かよ」

「アンタこそ何言ってるのよ」

「まぁまぁ夏凜、みんなアンタのためにぃ」

 お姉ちゃんが夏凜さんをなだめる。そんなお姉ちゃんも考えていることは私達と変わらない。楽しそうに話を聞いている園子さんもアジビラを作ってきている始末である。

 みんな似たり寄ったり。

 私に言えたことではないけど、私達勇者部の創造力というか発想力は非常に実力的というか筋肉的になってしまっているようだ。バーテックスと戦い続けていたせいだろうか。おのれ、バーテックス。

 お姉ちゃんは最後に大佐に意見を求めた。しかし、訊かずとも分かっている。周囲に地雷を張り巡らせろとか言い出すんだ。

「ビデオレターなんか良いんじゃないか?」

「…………」

 私達は沈黙の内に己を恥じた。

 まず、大佐が筋肉質で火薬マシマシな意見を言うに違いないと思っていたことを恥じた。

 二つに、女子中学生らしからぬ案を意気揚々と引っ提げてきた自分たちを恥じた。

 すると、私達の目からは自然と涙があふれてきた。人間がなぜ泣くのか分かった。

「夏凜、こいつ等は何を泣いているんだ」

「……馬鹿らしすぎてツッコむ気にもなれんわ……」

 夏凜さんを深いため息を漏らした。

 ……しばしして。

 私達は気を取り直して大佐の提案したビデオレター製作に取り掛かることにした。撮影用のハンディカムは部室に置いてある東郷先輩の私物を用いる。

 内容は、『勇者部の日常』。

 監督のお姉ちゃん曰く、

「私達の日常風景にいかに夏凜が馴染んでいるのか、いかに大切な存在なのかを訴えるのよ!」

 撮影は園子さんが担当した。

「やっぱりにぼっしーとの付き合いがより長い人が一緒に写るべきだからね~。あ、後で映像焼き回しといてね~」

 園子さんは一見すると冷静に身を引いたように見えたが、なんだか別の企みがあるように思えてならないのは気のせいなのだろうか?

 なんにせよ、ビデオレター作戦発動の運びとなった。

 園子さんがハンディカムを構えて「じゃぁ、撮るよ~」と言う。カメラの前には勇者部代表のお姉ちゃんと今回の主役、夏凜さんが並んでいた。

「5、4、3……」

 友奈さんがカウントを切る。そして、カウントがゼロになると同時、録画開始を知らせる「ピッ」という小さな音が響いた。撮影を私達は息を呑んで見守る。

 録画開始から一呼吸おいて、お姉ちゃんは口を開いた。

「お前らは女や子供たちを殺したんだ。我々の町に空から爆弾をばら撒いた。そのお前らが我々を『テロリスト』と呼ぶゥ!」

「ちょ」

 夏凜さんは驚きで声を失った。

 何と言う事だ、お姉ちゃんともあろう者が後輩を守るという重大な責任に緊張して訳の分かんないことを口走り始めてしまった。

「だが今、迫害された者達の手に、敵に反撃する強力な武器が与えられた。良く聞け、アメリカよ……」

「ちょっと風! あんた何言ってんのよ!」

「ぶるぁあああああおぅ!」

「カットカット! カットよ!」

 カメラの前は大混乱に陥った。

 さらに、悪いことは重なるもので、園子さんが、

「あっ」

「今度は何よ!」

「バッテリー切れですぅ」

「切れたらさっさと入れ替えろマヌケェ。ていうか、どうせ撮り直しなんだから丁度いいじゃない」

「それがそうもいかないんだよね~」

 のんびりした口調ながら、園子さんは冷や汗を流していた。

 と、言うのもこのハンディカム、予備のバッテリーが手元に無いのだ。今装着しているバッテリーを充電するにしてもフル充電まで数時間はかかる。

「ごめんなさい、私が確認しておけば……」

「いや、別に東郷は悪くないわよ。それに、明日撮り直せばいいだけの話だし」

 先ほどパニックになっていたお姉ちゃんは緊張なぞどこ吹く風でしれっと言って見せた。しかし、園子さんと東郷先輩がそれを否定する。

「こういう類は下手したら検閲のたらい回しになって届くのが遅れたりすることがあるから~……明日の午前までには投函しておかないと~……」

「私も、編集とDVDへの焼き作業があるので、今日中には映像だけでも……」

 夏凜さんの顔がサッと蒼くなった。

「てぇ事は何……? このわけわかんない映像をアニキに送らざるを得ないってこと……?」

 誰も返事はしなかったけど、答えは明白だった。

 そう、さっきとった映像が……お姉ちゃんの謎演説と慟哭、そして夏凜さんの慌てくさった叫びが……大赦の高官である三好春信さんに送られるのだ。

「そんな……嘘だアァァァァッ!」

 夏凜さん絶望の叫びが部室に響く。でも、私達にはどうにもできない。本当にすまないと思う。

 でも、大佐は一人、「なに、落ち込むことは無い」と言った。

「大丈夫だ、問題ない。お前の兄は頭が良い。この映像から思いを汲み取ってくれるだろう」

「こんなんから汲み取ったらそれこそうちのアニキは変人よ!」

 全くその通りである。

 

 

 この日以来、夏凜さんはすっかり元気を無くしてしまい、見るに耐えなかった。私たちも口数が減って、部内には重い空気がのしかかっていた。

 しかし、この空気は割かし早く払しょくされることとなった。

 それは、ビデオレター撮影から二日後のことであった。

「大赦から返事が来たわ」

 検閲が予想よりはるかにスムーズに進んだらしい。そうとわかっていればもっとマシなものを撮影していたものを。

 でも、結果に関しては夏凜さんの笑顔が全てを物語っていた。

「大丈夫だったわ」

 なんと、あのビデオレターで私達の思いがお兄さんに伝わったのである。

 返信の文面はこのような物だった。

『健全な中学生活を送っている事を確認した。引き続き学業に励み、卒業を目指すこと』

 あのビデオの一体どこから『健全な中学生活』という要素を見出したのだろう。もしかすると夏凜さんのお兄さんは変人なのかもしれない。

「あと、なんかDVDが送られてきたわ。うちでは中身確認できないから持ってきたんだけど」

「パソコンで確認できますよ。見てみますか?」

 東郷先輩の提案に私達はもちろん、と返事した。

 夏凜さんのお兄さんから送られてきたDVD。一体何が収められているのだろうか……。

 

 

『見て見てー! あたしおよげるようになったー』

 

「なっ!?」

「おぉっ!?」

 パソコン画面に映し出された映像には、ビニールプールでパチャパチャと遊ぶ愛らしい女の子が映っていた。

 邪魔にならないようにか前髪をちょんまげのように上に結い上げてはいつものの、そこから覗くおでこや、顔立ちから、この女の子の正体は一目瞭然だった。

 

『すぐにおにーちゃんよりおよげるようになるもん』

 

「これって夏凜ちゃん?」

 画面内で頬を膨らませる女の子を指さしながら友奈さんが訊いた。夏凜さんは答えない。ただ、顔を真っ赤にして下を向いているだけだ。

 

『あっちいってて! ひみつとっくんするんだから!』

 

 幼い夏凜さんは短い手足をパチャパチャ言わせながらあっぷあっぷと言っている。

 なんと、可愛らしいんだ……。

 場面が変わって、次は地区の運動会となった。幼い夏凜さんは騎馬戦だと息こんで、「みんなせんめつしてやるんだから」とか「ただのかかしですな」とか言いながら腕を振っている。小さい頃から夏凜さんは夏凜さんというわけだ。

「なななななによこれ!?」

 どうやら、DVDの正体は夏凜さんの成長記録らしい。映像内の夏凜さんの口ぶりからして、撮影者はお兄さんだ。

「夏凜ちゃん可愛いね!」

 友奈さんが屈託の無い笑顔で言う。その瞬間、夏凜さんは恥ずかしさのあまりパソコンの電源ボタンを押して強制終了してしまった。

「ああん」

「ああん、じゃない! ホントわけわかんないし」

 なんだか、夏凜さんのお兄さんがどんな人なのか解らなくなってきた。

 夏凜さんが言うには超が付くほどの優等生らしい。三好家はお兄さんを中心に回り、夏凜さんはいつも疎外感を味わっていたらしい。

 文武両道で成績優秀、筋肉モリモリと、まるで真逆だというお兄さん。

「いや、筋肉はモリモリじゃないわよ」

「あ、そうですか」

「出来の悪かった私を兄貴はよくフォローしてくれたわ。その度に、みんな兄貴をすごいすごいと褒め称えて……居心地悪かったわ」

 これについては、私も分からなくはない。本人には言ってないけど、私も度々お姉ちゃんと比較された。「お姉さんはああなのに」って、よく言われた。その度に私はお姉ちゃんを誇らしく思うと同時、ちょっとの嫉妬と、それでもどうしようもないという諦めに近い劣等感を感じたものだ。

 まぁ、今では何とも思わないけど。勝手に言わせておけばいい。もう後ろを歩くばかりではないのだ。

 余裕の精神力だ。鍛え方が違いますよ。

 話を戻す。

「みんなは私が何かミスするたびに、兄貴の邪魔をするなって言ったわ。だから、私はアイツと口を利かないようにした。それでも兄貴は私に構ってきたけど……じきに会話も無くなって。きっと、出来の悪い私に愛想をつかしたんだと思う」

 夏凜さんは自嘲気味に笑った。

 すると、しばらく話を聞いていたお姉ちゃんが、

「アホだなお前」

「はぁ!?」

 夏凜さんが予想外の反応だと言わんばかりに目をひん剥いて叫ぶ。

 でも、夏凜さんを除いた皆が同じようなことを思っていた。

「アンタの話だとお兄さんは愛想をつかしたんじゃなくて、夏凜に嫌われてるって思ってるとしか捉えられないんだけど」

「まったく」

「右に」

「同じく~」

 友奈さんと東郷先輩、園子さんも同調する。大佐も黙ってコクコクと頷いている。

 第一、本当に愛想をつかしたのなら夏凜さんの幼少期の映像なんかとってあるはずもない。三好春信さんにとって、夏凜さんは今も変わらず、かけがえのない、たったひとりの大切な妹なのだ。

「じゃぁ、春信さんは本当にただ夏凜ちゃんが心配だったんですね」

 友奈さんが言う。

「まぁ、そういうことでしょうね」

「だとして、この映像を送ってきた真意は何よ」

「そりゃ夏凜、アンタからかわれてんのよ」

「えぇ……」

 なぜ幼少期の映像を送ってきたのかは、私にも予想がつかない。お姉ちゃんの言う通り、単純にからかわれているだけなのか、また別の理由があるのか……。あんなことを言いながらも、お姉ちゃんは理由を何となく理解しているように見えた。

 




次回で最後です。もう会うことは無いでしょう(I Will 撤収)


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シュワキマセリ

☆祝☆『結城友奈は勇者である』放送一周年!
★呪★『ジョン・メイトリックスは元コマンドーである』完結!

そんなわけで最終話です。
事前に言っておきますと、本編がT2ならこれはT3みたいなもんです。ご了承ください。


 『イネス』という複合型の巨大なショッピングモールが、讃州中からおよそ車で一時間の場所にある。私たちの行動範囲より遠いこともあって行ったことは無いけど、度々テレビのCMで耳にしたことはあった。

 そんな場所に私達勇者部全員で赴くことになったのは、東郷先輩と園子さんたっての希望である。

「かれこれ二年くらい行ってないから、久々に行きたいな~って」

 小学生のころ何度か行った場所らしい。とれも賑やかで、楽しい場所だそうだ。

「イネスか。私も一回行ってみたかったんだよね」

 お姉ちゃんが言う。

 お姉ちゃんが『行きたいな』と言ったら、それはもう『行こう!』と同義なのである。

 そんなわけで、冬休みの初日、私達は大佐の運転する車(位置エネルギー車)でイネスへお出かけすることと相成った。

 

 

 

 

 果たして、冬休み初日。

「スッゴイ人……」

 イネスの入り口をくぐったと同時、私達は人の数に圧倒された。 

 駐車場の混み具合からある程度は予想していたとはいえ、実際に目にするとそれは想像以上の物だった。

 吹き抜けの広々とした通路。その中を、人がひしめき合って動いているのだ。

「近所の商店街の比じゃないわねこれは」

 お姉ちゃんが息を呑んだ。

 今日は日曜日でクリスマス・イヴ。天井からはクリスマスセールの垂れ幕が下がって、サンタさんの形をした風船がふわふわと浮いている。スピーカーからは、

「シュワ来ませり~」

と他人事とは思えないBGMが流れ、クリスマスムードを盛り上げていた。

「それにしたところで、この混み方は異常よ。なんかイベントでもやってるんじゃない?」

 夏凜さんが腕を組みながら言う。

 その答えは、友奈さんが何となく手にしていた案内ビラに書かれていた。

「広場にでっかいクリスマスツリーが飾られてて、そこに自分で作った飾りを取りつけてくれるんだって」

「どーりでみんな手に変な飾りを持っているわけね」

 夏凜さんが言う通り、お客さんたち……特に親子連れなんかは、手作り感溢れる飾りを手にしている。ある人はサンタさん、ある人は星、ある人はプレデターを象った飾りだ。面白いことに、ほとんどの人が飾りに願い事を書いている。

「七夕と混同しているんですね」

「東郷さん、飾りは全部神社に奉納されるって」

「めちゃくちゃだね~」

 でも、面白そうではあった。

 そしてこんな面白いことを見逃すお姉ちゃんではない。

「私たちもやるわよ! 文具屋で工作道具買って作るわよ!」

「おぉ~、フーミン先輩ナイスアイデーア~」

 園子さんが手を打って賛同する。友奈さんや東郷先輩も乗り気だ。でも、夏凜さんだけ、

「ふん、馬鹿らしい。子供じゃあるまいし……」

「じゃぁ私が夏凜の分も作ってあげるわ。内容は『素敵なお嫁さんになれますように! byにぼしかりん』でいいわね」

「よくないわ! アンタに作られるくらいなら私が作るわ!」

 夏凜さんは顔を真っ赤にしてぷりぷり怒った。本当、お姉ちゃんは夏凜さんをノせるのが上手い。

 ちなみに私は『歌がもっと上手くなりますように』って書く予定。

 私は隣に立つ(と言うよりそびえる)大佐にも訊いてみた。

「大佐は何を書くんですか?」

「俺か? 俺は」

 すると、大佐は腕を突き上げて力こぶりながら高らかに宣言した。

プレデターに勝てますように ジョン(打倒、プレデター!)

 まるで、「宇宙で一番強いのは、この俺だァー!」と言わんばかりの轟きである。

 そんな大佐や私達を見て、園子さんが楽しそうに笑った。

「なんか懐かしいね~。七夕と言えば、わっしー、覚えてる?」

「七夕? ……ああ、あれね」

「なになに? 何の話?」

 友奈さんが二人の話に食いついた。

「昔の事を思い出してね~」

「歩きながら、教えてあげる」

 そういえば、二人の口から昔話が出てきたことはそんなに無い。やはり、悲しい思い出もあるからだろうか。でも、今の二人の顔にあるのは笑顔だった。

「あれは、二年前の七夕のことよ」

 東郷先輩は、ゆっくりと話し始めた。

 

 

 初夏。

 夏とは言え、まだ風も日差しも春の面影を残し、気持ちの良い天気が続いていた。

 須美、園子、銀のさんにんはそんな日曜日にイネスを訪れていた。

「わぁ~、スッゴイ人~!」

 三人は小学生であるからイネスを訪れるのは基本休日である。休日のイネスはいつも混んでおり、三人は毎度もみくちゃにされながら目的を果たしていた。

 しかし、この日はいつも以上の人出で、まさに『すし詰め』の様相を呈していた。

「そらそうだ。何しろ今日は七夕セール。そして……」

 銀は拳を突き上げながら気合を入れるように言った。

「アタシたちの目的である、『巨大七夕飾り』のイベントがあるッ!」

 イネスでは毎年七夕になると中央の広場に大きな笹の木を展示し、そこにお客たちが自由に願い事を書いた短冊を飾り付けていくというイベントがあった。銀はそれに毎年参加していて、この年は園子と須美もイベントに誘ったのだ。

「ミノさん、毎年こんな人ごみの中で短冊書いてたんだ~。他にやることないの?」

「なんで園子は突然毒を吐くんだ。……いやいや、今年は日曜日とセールも重なったから。いつもはさすがにこれほどの人数では……」

「これは、はぐれたら間違いなく死ぬわね……」

 須美が深刻な顔をして言う。

「死にはしないだろ」

「銀はイネスの構造に詳しいから平気かもだけど、私やそのっちは違うわ。もしはぐれたら、永遠に出られなくなるかも……」

「え~、わっしー怖いこと言わないでよぉ」

「私とそのっちはそのまま永久にイネスを彷徨い続けるのよ。そして、後日ここを訪れた銀の耳元に、『ミノさ~ん、どこぉ~?』というか細い悲鳴が……」

「だー! やめんか!」

 銀は腕をブンブン振り回して突然始まった怪談を強制終了させた。話はこれからが山場だったらしく、須美は中断されてちょっと不満顔だった。

「とにかく、下手をすればそうなるってことなの」

「須美は想像力豊かだなぁ……でもま、安心しなさい!」

 不安顔の須美と園子(園子は明らかに須美の怪談のせいで不安になっていた)の肩をバシッと叩いた。

「二人を置いていくようなことはしないからさ!」

 そう言ってはにかむ銀。そんな彼女に、園子と須美は、

「……ミノさんカッコいい~」

「そうね、私も……少し……」

「えっ、なにそのリアクション。ミノさん別の意味で怖いっす」

「需要と供給だね~……」

「何の話だよ。おいやめろよ、二人してほっぺ赤くするなよ!」

「冗談よ」

 須美はそういいながら微笑んだ。

「じ、冗談キツイっすよー……」

「うふふ」

「えへへ~」

「あ、あはは……」

 意味深な笑い方をする園子と須美に戦慄しながらも、銀は気を取り直して話を変える。

「とにかく、アタシたちはこの人ごみを突破して、目的の場所までたどり着かなきゃいけないわけ」

「でも銀、こんな人の中を歩いて行けるの?」

 須美が不安げに言う。しかし、銀は不敵に笑いながら「ミノさんに任せときなさいって!」と指を立てた。

「確かに今日のイネスはどえらく混雑している。でも、これは全館に渡ってのことじゃない!」

 曰く、この混雑が発生しているのは一回の食料品街や婦人服売り場などの『セール開催店舗』周辺に限られているらしい。つまり、セールとは関係の無い店舗のフロアに行けば混雑から解放されるということなのだ。

 銀が目に付けたのは三階である。そこに入っている店は書店や文具店のような、今度のセールと無縁なものばかりである。ひとまず階段で三階へ行き、そのまま中央広場を目指そうという作戦だ。

「急がば回れってね」

「銀にしてはまともな作戦ね」

「ミノさんいつもと違って堅実~」

「おう、吹っ飛ばすゾ」

 

 

「それで私たちも三階を歩いてるんですね」

「そういうこと~」

 私達は先人の訓にならい、混雑する一階を避けて階段で三階へと向かった。上がってみると確かに、混んでいるとはいえ一階に比べて人が圧倒的に少ない。三階にはお目当ての文房具店もあるし、いいこと尽くめ。

 でも、混雑を避けられたのはいいけど一つ問題があった。

 道が分からないのである。

「地図で調べようにも地図の場所わかんないし……東郷と乃木は覚えて無いの?」

 お姉ちゃんがイネス経験者の二人に訊く。

「すみません、さすがに覚えていなくて……」

「入ってるお店も結構入れ替わってるしね~。たった二年ちょいなのに、諸行無常~」

 イネスは広い。下手に動いたらそれこそ出られなくなりそうな気がする。いや、むしろ目的地から外れて外に出ちゃうような気がする。

 これは困った。もう少し下調べしてくるべきだった、と一同軽く後悔した。

 そんな時、大佐が「ん?」と何かに気付いた風な声を上げた。

「大佐、どうしたんですか?」

「樹、あそこ見てみろ」

 大佐が人ごみの向こうを指さした。すると、そこに見覚えのある人物が電話をかけている姿が見えた。

「わ・た・し! シンディよ! 松山行きがキャンセルになっちゃって。それで……食事でもどう?」

 いつか大赦本部でお世話になったシンディさんだ。まさかこんなところで再び会うとは思わなかった。前にあった時も恋人と思われる人に電話していたなぁ、そう言えば。

「……オッケー。えぇ、私も大好き。それじゃね。また近いうち。バァイ」

 そしてまた断られたらしい。恋愛と仕事の両立はキツイよねぇ。

 そんなシンディさんの背後に、大佐はゆっくりと忍び寄る。そして、前と同じように素早く捕えて口を塞いだ。

「!?」

「動くな! ……何もしない」

 普通に話しかければ良いものをわざわざこんなことをしてしまうあたり流石だメイトリックス。だんだんこの行為に疑問を感じなくなってきてからが本番である。

 私達が傍へ駆けよると同時、大佐はシンディさんを解放した。

「久しぶりだな。大赦はやめたのか」

「ええそうよ今はスチュワーデス! 今度はいったい何なのよ!?」

「実は道に迷っている。案内してほしい」

 大佐は事実を言った。しかし、シンディさんはその言葉の裏にありもしない事が隠されているのではないかと考えてしまっている。まぁ、普通はそう考えるだろう。以前あんなことに付き合わされたのだから。

「嫌よ!」

「頼む助けてくれ」

「だめよ、七時半からカラテの稽古があるの付き合えないわ」

「今日は休め」

 シンディさんったら前も空手の稽古があると言っていた。面倒ごとから逃れるための常套句なのかもしれない。

 結局、大佐が言ってもキリがないからお姉ちゃんがお願いした。

「道を教えてくださるだけでいいんです」

 お姉ちゃんがお願いすると、シンディさんは快く了承してくれた。

「折角だし、案内してあげるわよ」

 そんなシンディさんを見て、大佐は「今日は空手の稽古じゃなかったのか?」と言いたげな顔をしていた。知らない方が良いわ。

 シンディさんをパーティーに入れて、再び歩き始める。

 歩きながら、お姉ちゃんが訊いてきた。

「ところで、樹とジョンはどこでシンディさんと知り合ったの?」

「あ、えーと……」

 そう言えば、お姉ちゃんたちには全く話していなかった。いや、話す気も無かった。まさか「大赦本部に交渉と言う名の襲撃を仕掛けました」なんて言えるはずもない。

 そんなこと言おうものならお姉ちゃん、びっくりして卒倒しちゃうだろう。

「樹と大赦本部を襲撃した時に知り合った。神樹まで案内してもらった」

「は?」

 言いやがったなこの筋肉、ふざけやがってぇ!

「ちょっと樹、ジョンの言ってることホントなの?」

「えーと、あはは」

「あ、アンタって子は……」

 でも、お姉ちゃんは卒倒もせず、怒りもせず、ただ半ば呆れたように笑うだけだった。

「まったく、いつから肝が強くなったのやら」

「怒らないの?」

「怒らないわよ。樹は友奈や東郷、夏凜を助けたくて、ジョンと一緒に行ったんでしょ? いつもの樹なら必死でジョンを引き止めて、そんな事しないだろうけど、それだけ本気だったんでしょ?」

 お姉ちゃんの言う事は半分当たりで半分外れ。お姉ちゃんの言い分だと、まるで私がノリノリで大赦を襲撃したような感じだけど、実際は半ば巻き込まれる形での襲撃である。

 でも、お姉ちゃんを含めたみんなをどうにかしたかったのは本当だから、とりあえず私は黙って頷いた。

「本当、強くなったわね、樹。強さのベクトルがなんか違う気もするけど」

 私もそう思う。

 

 そうこうしている内に、一行は目的の文房具屋さんに到着した。私達は工作道具を買うとそのままシンディさんと別れて一階のフードコートへと降りていった。フードコートは時間的なピークを過ぎ、比較的席は空いていた。これなら、ツリーの飾りも作りやすい。

「あっ、わっしー見てみて~。あのお店、まだあるよ~」

「あら、本当」

 園子さんと東郷先輩が示すのは、お洒落な作りのジェラート屋さんだった。色とりどりの美味しそうなジェラートがディスプレイされている。とても美味しそうだ。

「色んな味があるね!」

 友奈さんがディスプレイに駆け寄って、「お~」といいながら眺める。

「イチゴにメロン、宇治金時、醤油……醤油味って東郷さんも作ってたよね」

「今になって思えば、ここの味を思い出していたのね」

 東郷先輩の得意なお菓子は牡丹餅を始めとしたお菓子全般だけど、例外としてジェラートも作れた。メロン味と宇治金時味、そして何故か醤油味。この醤油味は三年生の二人以外には不評だった。東郷先輩自身もあまり美味しいとは思っていなかったらしいけど、なんだか作ってしまうものだったらしい。

「わっしーにとってかなり印象深い味だったんだね~。身体が覚えているレベルで」

「ええ。この醤油味ジェラートは、あの時の私にとって銀の象徴だったのね」

 三ノ輪銀という人物像が全く見えてこない。どういうことだろう、醤油ジェラートみたいな肌の色だったのかしら。クックだかマックだか知れないけど。

 私たちはジェラートをそれぞれ買って(私はイチゴ味にした。ちなみに大佐はもちろんプロテイン味)、空いているテーブルを陣取り、工作道具を広げた。

「折り紙にハサミと糊……材料がシンプルなだけに、実力がもろに反映されるわね……」

 夏凜さんが息を呑んだ。

「願い事も書くんですよね。何にしようかなぁ」

 友奈さんはウームと首を傾げる。お姉ちゃんも何にするか頭を捻らせていた。

 そんな光景を見ながら、園子さんが、

「七夕を思い出すね~」

「そうね。あの時も悩んだわね」

「なに? さっきの続きなら聞かせなさいよ?」

 お姉ちゃんがせがむ。

「しょうがないなぁ~」

 言いながら、園子さんは嬉しそうに話し始めた。

 

 

 

 

 

 人出が多いところを三階を通って避けた三人は、中央広場に行く前にフードコートに立ち寄ることにした。

「ジェラートを食べながら、願い事を考えるのが私流。この時間ならフードコートも空いてるし、行こう!」

「そうね。モノを考える時に糖分を摂取するのはとても合理的よ。さすがね、銀」

「いや、さすが銀さんにそこまで考えて無いっす」

 イネスに来たら三人は必ずフードコートでジェラートを食す。今日は園子、須美、銀らそれぞれ葡萄味、宇治金時味、そして醤油味、という味付けだった。

「ミノさんいっつもそれだね~」

「二人に醤油味のおいしさを理解してもらうまで、私はこれを二人の前で食べ続ける!」

「別に理解しなくてもいいわ。私は宇治金時一筋よ」

「わっしーは保守的だねー」

 言いながら園子はジェラートを一口頬張って、「うぅ~ん」と感嘆の声を上げる。須美に比べて園子は味の開拓を積極的に行っていた。フロンティアスピリッツあふるる少女なのである。

「そのっちは本当においしそうに食べるわね。宇治金時味から浮気しそうになるわ」

 須美の言葉を聞いて、銀は「なるほど」と呟き、園子の真似をするようにジェラートを頬張った。

「うぅ~ん、美味いね」

「クッソ不味いだろ~」

「私もさすがに醤油味に心移りしないわ」

「おまえらみんな死ねい!」

 三ノ輪銀、怒りのジェラートやけ食いである。

 三人は話を本題に戻した。

「願い事って、いざ考えると思いつかないものね」

 須美はジェラートを食べ終わり、腕を組んで熟考を始めた。どんな些細なことにも全身全霊を掛けて挑むのは彼女の長所でもあり、短所でもある。

「もっと気楽に考えなよ」

「だめよ銀。七夕は年に一回きり。真剣に考えなくては……」

「やれやれ……園子はどうするんだ?」

「え~とねぇ~」

 園子は溶けかかったジェラートを口に放り込んでモグモグしながら考えた。そして、飲みこんですぐ、ピッカーンと閃いた。

「寝たい」

「さすがねそのっち」

「お前いつもそれだよなぁ」

「死ぬほど疲れてる」

 何故か誇らしげな園子。彼女にとってゆったりと夢を見るのは史上の喜びなのである。別に七夕の願い事に書かずとも勝手に寝れば良いなどとは言ってはいけないのである。

 さっさと決めた園子に触発されてか、須美も「決めたわ」と呟く。

「一日一善!」

「願い事じゃねーじゃん!」

 銀が呆れたように言う。

「もっとないのか? 革命の英雄になりたいとか」

「そういう銀はどうなのよ。革命の英雄になりたいの?」

「アタシ? アタシはね……」

 銀はよくぞ聞いてくれた、という風に胸を張って問いに答えようとした。

 が、答えようとした瞬間、銀は突然顔を真っ赤にし、言葉を詰まらせた。

「どうしたの?」

「……やっぱり恥ずかしい」

 彼女にしてはかなり貴重な表情だ。しかし、だからといってそれを許容できるほど園子は大人ではない。

 園子は銀に迫った。

「ずるいよミノさん~! 内容を教えるか、50ドル寄越しな」

「ホント勘弁して! この通り!」

「まったく銀はしょうがないんだから。ほら、そのっちもお金を要求しない」

 須美は苦笑して言う。園子は頬を膨らませた後、軽く溜息を吐いて「まぁ、いいけどね~」とスマホを懐から取り出した。

「ミノさんの貴重な表情ゲットできたし、これで勘弁してあげるよ~」

「待て、いつの間に撮ったんだ!?」

「うふふ」

園子からスマホを奪い取ろうとする銀。しかし、園子はヒラリヒラリとそれをかわし続けた。

 その写真は、今も園子のパソコンに保存してある。

 

 

「結局あの時銀が何を書いたのかは分からずじまいだったわね」

「ねー」

 ジェラートも食べ終わり、それぞれツリーの飾りが完成しつつあった。私はあまり器用なほうではないから、今は亡き(?)木霊を象った飾りを作った。願い事が書いてあるから、変わり種の短冊にも見える。願い事は考えていた通り『歌がもっと上手くなりますように』。

「出来た! お姉ちゃんはなんて書いたの?」

「ん~?」

 お姉ちゃんの飾りはどんぶり……?を象っていて、うどんと思しき何かが入っている。どんぶりには『家内安全』と書かれていた。

「なんか新年の抱負みたいになっちゃったわ」

「でも素敵だと思うよ。大佐は? 結局何を書いたんです?」

「打倒! プ」

「分かりました」

 願い事は個性的で様々だった。友奈さんは『世界平和』、東郷先輩は『七生報国』、園子さんは『起こさないでくれ』……この人は二年経っても書くことに変わりはないようだ。

 そんな中、夏凜さんだけが黙々こそこそとしている。友奈さんが声を掛ける。

「夏凜ちゃんは何書いたの?」

「べっ別に何でもいいでしょ」

 覗きこもうとする友奈さんから逃げるように作った飾り(煮干しらしき生命体を象っている)を隠す。

「えー、なんで?」

「見てやりなさんな友奈。きっと恥ずかしい事書いてあんのよ。私が言った通り『素敵なお嫁さんになれますように! byにぼしかりん』って書いちゃってんのよ」

「書かんわ!」

 

 すったもんだの内、私達はフードコートを後にし、ツリーの鎮座する中央広場へと向かった。

 さすがに本日の注目イベントとだけあって吹き抜けの広場に近づけば近づくほど人でごったがえしはじめてきた。混雑を避けるため再び三階に上がった私たちだったけど、この分だと一階もさして変わらなさそうである。

「みんな、離れるんじゃないわよ」

 お姉ちゃんが言う。でも、私みたいな背が低くて少々どんくさい人間にはこの人混みを器用にかき分けて前に進むのは至難の業で、人一倍目立つ筋肉のおかげで見失わずには済んだけれども幾度となくはぐれそうになった。

 しょうがないから、私は大佐におんぶしてもらうことになった。

「樹ちゃんいーなー」

 友奈さんが呑気に言う。視界は良くなった物の、何だかんだ言って恥ずかしい。

 しばし歩くと、大きな吹き抜けに突き当たった。どうやら中央広場に到着したらしい。階下に広がるスペースの真ん中には大きなツリーがはるか上まで聳えている。一体こんなに大きな木をどこから調達してきたのやら。

「飾りの受け付けは一階でやってるみたいですね」

 東郷先輩が指さす先には『ツリー受付』という札が付いた机が並べられていて、スタッフの人たちがお客さんたちから色鮮やかな飾りを受け取っている。

「参ったわね、ここからあそこに行くのは骨よ」

 夏凜さんが唸る。

 今いるのは三階。階段かエレベーター、エスカレーターで降りる必要があるわけだけど、右を見ても左を見ても人、人、人……。しかも全員が受付を済ませて後はツリーのライトアップを待つばかり、といった様子で、これ以上動きそうにも感じられない。

「参ったわねー……」

 お姉ちゃんが困った様子で言った。

 しかし、こんな時に頼りになるのが勇者部一(というより讃州中学校一)の筋肉、ジョン・メイトリックスその人である。

「俺に良い考えがある」

「凄いわね、不安しか感じさせない。でも、今はジョンに頼るほかないわ」

 私達は大佐に言われた通り、作った飾りを全て差し出した。すると大佐は受け取るなりそれを腰に付けていたポーチにしまいこんで、吹き抜けの縁に立った。

 今になって思えば、私は律儀に大佐の背中にしがみ付くことなく、ここで降りておけばよかったのだ。

「樹、掴まってろよ」

「えっ、それってどういう——」

 私が言い終わるか終わらないかの内に、大佐は天井からぶら下がる飾りのテープを手にした。そして、次の瞬間、手すりを飛び越え、地上三階の空中へと躍り出た。

「ひやああああああああ!」

 悲鳴を上げる私を他所に大佐はターザンよろしく華麗にスイング。お次はターザンと来たわ! 地上のどよめきを他所にパっと手を放した大佐は、丁度受付の前に見事着地した。

 一瞬の沈黙の後、広場が拍手に包まれる。イベントの余興か何かだと思われたのだろう。

 私は大佐の背中ですっかり目を回してしまった。ここまで手を放さなかった自分を褒めてあげたい。

「受付をしたい」

 大佐は何事も無かったかのように申し込む。受付のグルジア人も、

「飾りちゃんと持って来てんだろエェ……」

と平然としている。ヤバい、まともな人がいない。

 大佐はポーチから全員分の飾りを取り出すと、受付に手渡した。

 それと同時、受付の締め切りが高らかに宣言された。滑り込みセーフだったようだ。そのことを考えると、大佐の奇行も適切な行動だったといえる……のかな?

 

 

 

 

 しばらくして、ツリーに全ての飾り付けが終わり、アナウンスが流れると、電飾が一斉に点灯した。

 会場から感嘆の声が上がる。

 私と大佐は三階に戻り(壁をよじ登ったのだ)、いい加減大佐の背中から降りるとお姉ちゃんの隣に付いて、ツリーを眺めた。

 飾りはお客さんたちが思い思いに作った物だからはっきり言ってまとまりは無い。でも、その中にある温かさのようなものが、絢爛な電飾の中に浮かび上がっている。

「きれいだねー」

 友奈さんがぽかんと口をけていう。

「東郷さん、私達の飾りは見える?」

 東郷先輩は勇者部で一番目が良い。先輩はツリーに目を向けると、すぐに飾りを見つけ出した。

「待ってね……あ! あそこにあるよ」

「ほー、てっぺんに近いじゃない。やるわね、私達」

 夏凜さんも満足気だ。

「皆さんの分も一緒にありますね……あれ、あの飾りは……」

 ふと、東郷先輩が何かに気付いた。

「東郷さんどうしたの?」

「私達の飾りに並んで、見ない飾りが」

 同時、夏凜さんが「あっ」と声を上げた。これに気付いたお姉ちゃんは食いつくように、

「東郷、その飾りにはなんて書いてあるの!?」

「えっとですね……『これからも、勇者部のみんなでいられま……』」

「だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 読み上げようとする東郷先輩に夏凜さんが渾身のタックルをする。東郷先輩はその衝撃でバランスを崩し、手すりから乗り出してそのまま階下へ落ちていった。

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「読み上げるな! 鞄にするぞ!」

「もー夏凜ったら照れちゃって。かーわーいーいー」

 お姉ちゃんがからかう。夏凜さんは顔を真っ赤にして腕をブンブン振り回した。

 この様子を見ていた園子さんが、「あ~」と何かに気付いた様子でのんびりした声を上げた。

「どうしたのそのっち」

「あ、わっしー。生きてたんだね~」

「何とか致命傷で済んだわ。で、どうかしたの?」

「うん。ミノさんがなんて書いたか、何となく分かった気がしてね~」

 園子さんは言う。

「きっと、本当に他愛も無い願い事だったんだと思うな~。それこそ、今みんなが書いたような……」

 『打倒! プレデター!』とかが他愛もない願い事とは到底思えない。けど、今はそういう話をしているのではない。

 夏凜さんが書いたような願い事。それは、普通に生きて行けば叶えられる、何の変哲もない、面白みも無い願い事だろう。でも、私達はそのことの価値を知っているし、園子さんと東郷先輩はもっと詳しく知っている。

 冬が去ると、お姉ちゃんと大佐は勇者部を去る。そして、新しい仲間が入ってくるだろう。

 それでも、新しい仲間たちも含めて、他愛もない日常を続けていくことが出来るのなら、それはとても幸せなことだと思う。

「今度は、願い事、叶うといいわね……」

 東郷先輩が呟く。

 それは、私達の心を代弁する願いでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、銀はなんて書いたの?」

「秘密だって言ってんだろー?」

「ミノさんのケチ~」

 夕焼けの帰り道。三人は仲良く並んで歩いていた。

 飾られた瞬間を見計らって願い事に何を書いたか確認してやるつもりの須美&園子であったが、結局分からずじまいであった。そうであるから、銀は二人から再び追及を受けているのである。

「絶対教えてやんない!」

「ぶーぶー」

 銀の決心は堅かった。

(喋ったら、二人に呆れられそうだもんな)

 銀は毎年七夕になるとイネスの笹の木に願い事をくくりつけている。しかし、数年連続ともなると願い事はマンネリ化し、どうしてもふざけたないようにしてしまいがちである。銀は、そのような状態に陥っていた。

 そして、今日。彼女が用意してきた願い事は、

『打倒! プレデター!』

であった。

 しかし、三人での打ち合わせの段になって我ながらくだらないと思い、急に恥ずかしくなってきたのだ。結局、その後銀は何を書いたのかを打ち明けられないまま家路に着いたのだ。

「何を書いたのよ」

「教えてよ~」

「だー! また今度な!」

 銀は追及をやめない二人にそう怒鳴り、話題を打ち切った。

 

 例え時が過ぎ、魂が消え、新たな人格を手に入れても、染みついた人間性は、不変であるのかもしれない。

 




 そういうわけで最終回でした。史上最低の出来損ないだよ!
 本当ならもっと別の話になる筈だったんですけど、長さの都合でこの話になりました(本来の話は5000字程度しかなかった。最低6000字が欲しかったためにこの話にしたところ、グダグダと一万字を越えてい待った。無駄に長い)。期待はずれな方も多かったと思いますが、赦してください。下手に番外編とかやるもんじゃないですね。反省します。

 さて、多くのゆゆゆファンと組合員の方にお気に入りと評価をしていただいた『ジョン・メイトリックスは元コマンドーである』ですが、何度も言う通りこれにて完結でございます。『次回最終回』というフレーズを本編と『勇者部所属』もあわせて10回近く使った気がしますが、これに関しては公式もラジオなんかでやってることなので何の問題もないですね(暴論)。なんにせよ、にじファン時代に二次小説を書き始めてかれこれ5年近く経つ作者ですが、ここまで好評を頂いた作品は今作が初めてです。アメリカバンザーイ!本当にありがとうございます。
 どうしても、コマンドークロスというとニコニコ動画に一日の長があるような気もしますが、やってみると案外書けるものです。皆さんも是非、コマンドークロスSSを書いて、ハーメルンに組合員の新しい世界を作ろう。毎日が楽しいぞ~。
 
 それでは、いい加減で眠いので(4:30)、この辺にしておきます。活動報告の方で解説っぽい何かを投稿するかもしれないので暇な人は見てみてください。

 『ジョン・メイトリックスは元コマンドーである』!このSSの提供はWeb小説投稿サイト『ハーメルン』様と、イラスト投稿サイト『pixiv』様でした。SSに協力してくれたのはコマンドー、ゆゆゆ、及び関連作品のwikiと、映画配給の各社。様々な語録を提供してくれたのは20世紀の映画を21世紀に生かす『コマンドー(ディレクターズ・カットDVD)』、 感想欄でレベルの高い感想を提供してくれたのはハーメルン会員の方々でした。なお感想、評価をご希望の方をご希望の方はハーメルン会員であることを示すアカウントをご提示ください。またこのサイトにコマンドーSS・ゆゆゆSSを投稿したい方は、利用規約・取扱説明書をよく読んだうえでアドレス、パスワードをサイトに登録して、世の顰蹙を買う悪事をどんどんしでかし、腕に磨きをかけておいてください。では今夜はこれでお休みなさい。またいつか!

「もう会うことは無いでしょう」


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女子力ってわかるかい? 空気のジメジメ度だ

 完結したはずの作品に最新話が投稿されています。理屈に合いませんよ少佐。
 
 『執筆中小説』の整理をしていたところ、一年前に書いた没話を見つけたので加筆投稿します。これの他に没話は三本(園子の部屋で若葉の御記を見つける話、腕相撲大会、樹の花嫁修業)あるのですが、今回はほぼ完成していた今話と樹の花嫁修業を供養したいと思います。
 所詮は没話なので、それほど期待せずお読みください。


 このお話の時期は10月ごろです。


 お姉ちゃんの好きな言葉に『女子力』というものがある。

 いつごろ誰が言い出したかは知れないけど、なんやかんや男子にチヤホヤされる力のこと、らしい。

 そんなお姉ちゃんの女子力に今、勇者部内で疑問の目が向けられつつある。

 きっかけは、東郷先輩の問いかけだった

「先輩の言う『女子力』は、ホントに『女子力』なのですか?」

「なぬ?」

 いつもの放課後、依頼をこなし帰還してきたお姉ちゃんに東郷先輩はそう疑問をぶつけた。

 というのも、今回の依頼は弩が付くほどの力仕事。それを難なくこなしたお姉ちゃんは帰還するや麦茶を煽って一言、

 

「かぁーっ! 五臓六腑に染みわたるわー!」

 

「女子力の高い人が言う台詞ではない気が……」

「なんですって」

 夏凜さんも面白がって、

「女子力(筋肉)」

「人をジョンみたいに言うな!」

「その通りかもな」

「ジョンも同意するな!」

「でも、にぼっしーの言う通りだよね~」

 園子さんがうんうんと頷く。さすがに筋金入りのお嬢様から言われるとお姉ちゃんもたじろいだ。

 だが、ここで引き下がるお姉ちゃんではない。

「いいわ。じゃぁ、測定してやろうじゃないの!」

「お姉ちゃんの女子力を?」

「否! 勇者部全員の女子力を、よ!」

 

 

 所変わって夏凜さんの家。

「なんで私の家なのよ……」

「私生活が雑そうな夏凜の家で測定したほうがわかりやすいでしょ」

「余計なお世話じゃ」

「で、最初は何から測定するんですか?」

 東郷先輩が尋ねる。

 今回の判定役は東郷先輩だ。基本的な能力値が高くてかつ公正なジャッジが出来ると思われることから選出された。

「そうね、まずは『洗濯』!」

 洗濯……家事の基本の一つだ。ちなみに犬吠埼家はお姉ちゃんがしっかり毎日洗濯している。いい加減私も手伝いたいところだ。

「私と東郷さんはお母さんが洗ってくれるね。とはいえ、東郷さんはたまに自分でやってるみたいだけど」

「私もどうにか自分で洗ってるよ~」

「俺も自分で洗っている」

「いや別にジョンの情報はいらないわよ……となると、夏凜、アンタは洗濯もの溜めてそうね~」

「なっ!? 心外もいいところだわ……ちゃんと洗ってるわよ」

 とは言え、お姉ちゃんの言う事は何となくわかる。夏凜さんは家事全般出来るイメージが無いのだ。何しろコンビニ弁当とサプリ、そして煮干しだけを糧に生きているような人だ。

「またまた~。どうせ洗面所でサルマタケの栽培とかに勤しんでるんでしょ?」

「んなわけあるか!」

「ならば確かめるまでよ。友奈、乃木! 洗面所と押し入れをチェックしなさい!」

「ラジャー!」

「ああこらっ!」

 お姉ちゃんの号令と共に友奈さんは洗面所へ、園子さんは押し入れへ(信じられないような瞬発力だった……)突撃した。

 しばらくして、二人は居間へ戻って来た。

「乃木、汚物は見つかった?」

「イ゙エェェ! 整理された洋服だけです」

「なんですって!? 友奈、洗面所は!?」

「何もありません、痕跡はゼロです……パンツもサルマタケも、何一つありません」

「なんてこと……」

 お姉ちゃんの顔がみるみる蒼くなる。

「私の中の夏凜のイメージが……」

「失礼な奴ね」

 でも、意外だったことは確かだ。夏凜さんは東郷先輩から1ポイント進呈された。

 この時、押し入れを漁っていた(本当に容赦がない)園子さんが何かを見つけた。

「これは、穴あきズボン?」

「ああ、それね。この間穴が開いちゃったから捨てようと思ったんだけど、うっかり一緒に洗濯しちゃって、捨てれないのよ」

 ダメージジーンズ、にしては些か穴が大きすぎる。これを着て街中を歩いたら激戦地帰りの兵隊か何かだと思われるだろう。

 すると、大佐がふと、

「そんな穴、塞いでしまえばいい」

「簡単に言うけど、明らかに変になるでしょうが」

「やり方次第だ。俺の履いてるズボンだって、穴が開いたのを塞いだやつだ」

 大佐が膝を上げて見せてくれる。確かに、膝の部分をよく見ると何かで塞いだような形跡があった。器用なものだ。

「もったいないからな」

「なるほど。では、大佐に1ポイント」

「えっ、待って」

 お姉ちゃんが東郷先輩の采配に異議を唱える。

「ジョンも採点されんの?」

 当然の疑問だ。今回測定するのは『女子力』。そもそも男な大佐を測定するのはおかしな話だ。

 しかし、それに対して東郷先輩はさも当然のように、

「勇者部全員の女子力を計ると言ったのは、おめぇだぜ」

「お役所仕事め……」

 

 第二ラウンド、料理対決。

 場所は犬吠埼家のキッチン。

「なんで家に移動したの?」

「名軍師孫武曰く、戦いには地の利を生かせ! ここは文字通りホームでけちょんけちょんにしてやるのよ」

「お姉ちゃんこすいねー」

 そんなお姉ちゃんの大いなる陰謀も露知らず、それぞれ……と言っても料理が出来る面子だけだが、準備運動をしたりすでに作ってきたものをテーブルに展開している。

 エントリーナンバー1番は東郷先輩。友奈さんの事を思いながら血の滴るぼた餅を作る天才料理人。

「変な肩書つけると口を縫い合わせるわよー。はい、ぼた餅です」

「わーい!」

「わっしーのぼた餅だぁ激ウマだでぇ~」

 友奈さんと園子さんがぼた餅をパクパク口に放り込む。東郷先輩のぼた餅は素晴らしく美味しいけど、いくら美味しいとは言えそんなに大量に食べられるものではない。そんなものを次々胃に放り込む二人はたぶん人間ではない。

「むぐむぐ、東郷さんに1点!」

「まぐまぐ、同じく1点~」

「コラ東郷! 餌付けしないし二人もされない!」

「次は風の番だな」

 エントリーナンバー2番、お姉ちゃんこと犬吠埼風。十年前なら女子力で男子をぶっ殺してたぜ!

 料理といえばお姉ちゃんの一大得意分野だ。なにしろ毎日美味しいご飯とお弁当を作っているわけなのだから。私も何かお手伝いしたいけど、今現在のところ台所に立たせてくれない。まぁ、しょうがないね。

「フフフ、私の中で封印されし女子力が蠢いておるわぁ」

「いいからさっさと作れマヌケェ」

 夏凜さんが急かす。この人はこれのためにご丁寧に朝昼食抜いているためお腹ぺこぺこなのだ。

 台所に立ったお姉ちゃんは「うおおおお」と熱いオーラを纏いながら調理器具を操る。しばしすると、テーブルには筑前煮やらゴボウの卵とじなどがズラリと並んだ。いつもの事だけど色合いが地味だ。美味しいけど。

「風先輩のおかずは美味しいですね!」

「ふふ~む、美味し~」

 友奈さんと園子さんはさっきぼた餅をしこたま食べていたのにまだ食べられるらしい。やはり人間ではない。

「東郷さんのぼた餅と、風先輩のご飯は別腹だよ!」

 なるほど、便利な言葉だ。

 ちなみに東郷先輩曰く別腹は科学的に立証されている現象らしい。

「そうか、私がうどんを食べまくっても晩御飯を食べられるのはそういう……」

 それはまた別な気がする。

 ……いよいよ最後の挑戦者の番だ。

 エントリーナンバー3番、ジョン・メイトリクス大佐。女子力勝負に筋肉が混ざっていることについてはもう誰も文句を言わない。

「俺が使う食材はこれだ」

 言うや、大佐は鞄の中から白いビニール袋を取り出した。中には何やら鮮やかなものが……。

「大佐、何ですかそれ」

「キジ」

「キジ!?」

 袋を開けてみてみると、なるほど立派なキジが収まっていた。一体どこで手に入れたのやら。今夜はキジのステーキか?

「二日前に獲ったやつだ。食べごろだろう」

 いきなり女子力の欠片もない。いや、確かに生きる術としてお肉の自給は素晴らしいけど、果たしてこれを女子力として認めて良いものか……。

「ふむ、キジは味も良く、故に我が国の国鳥でもあります。大佐に一点」

「女子力関係なくね?」

「善き婦女子は国を愛するのです」

 東郷先輩的にはポイント高いらしい。お姉ちゃんの女子観と明らかにずれてる気がしてならないけど、採点を任せたのはお姉ちゃんだ。今更どうと言えない。

 そんな中、キジをまじまじ見ていた園子さんがふと思い出したように声を上げた。

「そういえば、キジって今、禁猟期間じゃなかったっかなぁ~……」

「………」

 園子さん曰く、狩猟解禁は11月ごろかららしい。でも今は10月である。

「いつも平気でやってることだろうが!」

「やってないんじゃないかな~」

「違法行為なので一点減点です」

 東郷先輩がビシリと言う。いや、一点減点とかそういう問題じゃない気がするんですけど……。

 しかし、大佐は別段困った素振も見せず、

「まぁ、大赦がどうにかしてくれるだろう」

 困った時の大赦頼りである。ていうか大赦はこの人の損害補てんにどれだけのお金を使っているのだろう。買い物のたびに入り口を破壊している店とかもあるし。

 なお、キジは香草と共に丸ごと蒸し焼きにされた。

 大変美味でございました。

 

 

 その後2日に渡って測定した後、東郷先輩が点数を集計。部活の場で、結果発表の運びとなった。

「それでは、女子力測定大会の結果を発表します」

 先輩は書類を広げて読み上げ始めた。

「低い順に。まずは樹ちゃん、0点」

 まぁ予想通り。とは言え、まさか0点だとも思わなかったから、一瞬性転換を考えた。

「友奈ちゃんは1点。ホントは600点くらいあげたいところだけど」

 友奈さんは『押し花が女子っぽい』という理由で加点された。それなら私だって乙女チックな恋愛小説とか好きだし、加点してくれてもいいじゃない。

「そのっちは2点ね」

 園子さんは『食事の所作』で加点された。東郷先輩のように完璧な所作をしているわけではないのだけれど、一つ一つの動きが自然に優雅で、絵になるのだ。東郷先輩とは別ベクトルの気品があった。いつもぬぼっとしているけど決める時は決める人である。

「夏凜ちゃん、3点」

 夏凜さんは洗濯物などの他に園子さんの推薦で1点加点された。本人は知らないけど、園子さんが夏凜さんを推薦した理由は、

「ツンデレは打点高いよね~」

というものだった。

「私が5点。そして風先輩は7点」

 さすがはお姉ちゃん、大和撫子の権化を押えての堂々たる点数だ。

 しかし、お姉ちゃんは浮かない顔をしている。理由は、もう一人の参加者にあった。

「——メイトリックス大佐は15点です。というわけで、勇者部で一番女子力が高いのはジョン・メイトリクス大佐に決定いたしました」

「異議ありっ!」

「ハイ、風先輩」

「おかしいでしょ。なんでジョンがトップなのよ!」

「なんでと言われましても……」

 東郷先輩が困ったような顔をする。

 先輩のデータは精密・公平を極めている。マニュアル化した採点基準を持っているのだ。そうした結果、大佐の女子力がトップになったである。

「そもそも、男子の女子力計ってる時点でおかしいし!」

「勇者部全員の女子力を計ると言ったのは、おめ——」

「それはもうわかったわよ!」

「おいおい、負け惜しみとはみっともないぞ」

「うるさい全身筋肉!」

 とは言うものの、お姉ちゃんもお姉ちゃんで大佐の高い女子力を否定する術を持たない。何しろ女子力という存在そのものが曖昧なわけだから、東郷先輩の作った採点基準に従うほかないのだ。単純に『男性を虜にする能力』という定義づけをしても、大佐はそれを満たしてしまっている。ボディビル部を初め、ロシアンふんどし相撲部、一人ノルマンディー部等々では大佐の男らしさに惚れこむ男子生徒が多いのだ(無論、尊敬の意味である。例外もたぶんいるだろうけど)。

「『女子力(筋肉)』は真理だったのね」

 夏凜さんはうんうんと一人頷く。

「違うもん違うもん! ジョンのは女子力じゃないもん! 強いて言うなら『コマン度』だもん!」

 いけない、お姉ちゃんが幼児退行を始めた。お姉ちゃんはしょーもないことで極度に追い詰められると精神年齢が低下するのだ。

 しかし、そんなお姉ちゃんを優しく諭してくれる存在があった。

「フーミン先輩、それは違いますよ」

「うっうっ、のぎぃ」

「とやかく言っても始まりませんよ~。ここで『ジョンなんかすぐに追い抜いてやる』という気持ちを抱く者こそが、真の『女子』ではないでしょーか」

「ううぅ……」

 お姉ちゃんは園子さんに抱き付いてぴーぴー泣いた。そんなお姉ちゃんの頭を園子さんは優しく撫でる。そんな彼女を見て、東郷先輩が、

「そのっち良い感じね。1ポイント追加」

「ぃやった」

「あれ、もしかして私利用された……?」

 園子さんは夏凜さんと同点になり嬉しいのか喜びの舞を踊っている。

 踊りながら、

「でもフーミン先輩、要素要素だけなら大佐もかなり乙女ですよ~?」

「どこがよぉ……」

 園子さん曰く、こうだ。

 まず、一人で自炊が出来る。これは将来素敵なお嫁さんになるには必須ステータスだ。女性の社会進出めざましい現代でも、やっぱり料理のできる女子は同性異性問わずモテるのである。

「いや、だからジョンは女子じゃないじゃん」

「要素の問題ですよ~」

 次に、大佐の山・森要素だ。今、巷では『山ガール』や『森ガール』と言ったものが流行っているらしい。山ガールは登山が趣味の女の子のことで、森ガールは森にいそうな雰囲気のファッションセンスのことである。なんと、大佐はこの両方を備えているのだ。

「まぁ、大佐は山に住んでるから山ガール要素あるよね」

「森にもいそうだから森ガール要素もあるわね」

 友奈さんと東郷先輩もうんうんと頷きながら納得する。

「いやいやおかしいって! 山ガールと言うか山男じゃん! 森ガール要素も密林の森林迷彩的な意味じゃん!」

 三つに、近頃の女性は肉食系が流行らしい。がつがつしているけど、どこか愛嬌もある。そんな女の子だ。

「まぁ大佐は肉食系ね……意外と子供好きだし、そういう面では愛嬌あるわね」

 なんてこった、今まで雄々しさの代表格と思っていた大佐がまさか乙女の鑑でもあったなんて!

「お姉ちゃん、お悔やみ申し上げますわ」

「樹まで! ぬぬぬ、こんなのおかしい!」

 悔しがるお姉ちゃんに、満足げな大佐。筋力と女子力を合わせもった大佐は無敵だ。神にも匹敵するだろう。

 

 かくして、第一回勇者部女子力測定大会はジョン・メイトリックス大佐の圧倒的女子力を知らしめる結果となった。お姉ちゃんはこの雪辱を晴らすべく、今後とも女子力を高めていく所存だそうだ。妹的にはそれ以前に受験勉強を頑張って欲しいところである。

 しかし、今回女子力測定で思い知らされたのは大佐の女子力の高さだけではない。

 大佐の陰に隠れてみんなあまり気にしないけど、その逆……つまり、私の女子力の低さもまた知らしめる結果となったのだ。

 来年からは私も二年生、つまり後輩が出来るということ。

 このままでは後輩に馬鹿にされて、なんやかんやで臓器を売られちまう。

 女子力、上げなきゃ。

 

 

 




神は完結作品への投稿はお許しにならないので、一応連載中に戻します。
ただ、次話の投稿時期は未定です。


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女子力の為の仕方無い犠牲? じゃあこれも! 女子力のための犠牲だ!

☆祝!☆『結城友奈は勇者である』放送2周年!
☆祝!☆『コマンドー』日本上陸30周年!
☆祝!☆『勇者であるシリーズ』続編決定!
☆祝!☆『鷲尾須美は勇者である』映像化決定!
★呪!★『ジョン・メイトリックスは元コマンドーである』またも完結!
10月中に更新すると言ったな、あれは嘘だ。
ただのカカシですな。
あと完結言ってるけど放送までの欲求不満解消のためにまたぶぁくだん投稿するかもしれないから。
あとあと今回は茶番と本編の二本立てだから。
両方茶番みたいなもんじゃんとか言ったら翌朝ベッド脇のコップに大事なタマタマが浮かぶ事になるから。



 ある日曜日、私達勇者部一同は映画を見にイネスのシアターへとやって来ていた。

 しかし、事前に何を見るか話し合わないで出掛けたものだから、いざ映画館に着いてから揉めることとなった。なにしろ、私含めみなさん見たいものがバラバラなのだ。

 

「アニメ見ようよアニメ! 接触篇と発動篇の豪華二本立てだよ!」

とアニメ推しの友奈さん。

「子供じゃあるまいし。せっかくブルーツ・リーのアクションやってるんだからそれ見るべきよ」

と香港アクション推しの夏凜さん。

「そんな古典、家で見ればいいじゃない。ここはやっぱり大迫力のSF、スター坊主EP7にすべきよ」

と、SF推しのお姉ちゃん。

「私は戦争映画を希望します。石器時代に戻してやるでおなじみの映画がリメイクされてるので」

と、戦争映画推しの東郷先輩。

「私は怖いのがいいな~。フレアビッチ観たいな~」

と、ホラー推しの園子さん。

「エクスペンダブルズ5を見よう。好きな俳優が出てるんだ」

と、筋肉推しの大佐。

 ちなみに私は恋愛映画推し。甘く切ないラブストーリーが見たい。

 

 ……もう笑っちゃうくらいにバラバラである。強いて言うなら大佐と夏凜さんの趣味が近いような気もするけど。

「どうしたものかね」

 お姉ちゃんがうーんと腕を組む。すると、夏凜さんが、

「……もうみんなそれぞれ見たい映画観ればいいんじゃないの? どうせ観てる間は無言なんだし」

 確かに、単に映画を見たいだけならそれもアリかもしれない。でも、それははっきり言って嫌だ。だって……。

「でも、そうしたらみんなで感想言い合えないよー」

 友奈さんが言う。

 そう、映画を見るのも大切だけど、その後、みんなで喫茶店でお茶やらコーヒーやら飲みながら映画の感想を言い合う……感動の共有こそが、仲間と映画を見に行く意味であると思う。

 でも、ここでくじ引きやジャンケンで決めるのも後に変な遺恨を残しそう(特に結果観た映画がいわゆるクソ映画だった時とか)で嫌だ。

 じゃぁ、どうやって観る映画決めるのかと言うと……。

「そうだ! 売り場のお姉さんに訊こう!」

 お姉ちゃんがこれは名案だ、という調子で高らかに宣う。

 言われてみれば確かに、映画館で仕事してる人のおススメともなれば、それなりに面白い作品が期待できるだろう。それにもしつまらなくても第三者の意見だから仲間内でピリピリしないで済む。

「風にしては名案ね」

「なんか癪な言い方ね?」

「気のせいよ」

「それならば、俺に任せろ」

 言うや大佐は懐から銃を抜くと券売所へツカツカ歩いていった。

「まったく、麻酔銃じゃなかったら犯罪よ?」

「麻酔銃でも犯罪です先輩」

 東郷先輩の指摘を他所に大佐は券売所へ辿りつく。

「いらっしゃいませ」

 笑顔で大佐を迎えるお姉さん。

 しかし、大佐はそれを無視しながら拳銃の銃床で受け付けのガラスをかち割った。

「!? お客様!?」

「こっちに来い!」

「きゃぁ! お客様おやめください! 怖いわテロリストよ~」

 受付のお姉さんは大佐に引きずられるように私達の前へと連れてこられた。

「アンタ達いったい何なのよ!」

「おススメの映画を教えろ」

「えぇ!?」

「おススメの映画を教えろと言ったんだ!」

 大佐があまりにも乱暴に訊くからお姉さんは動転してすっかり怯えてしまった。仕方ないからお姉ちゃんが事情を説明する。

「あぁ、そういうことですのね」

 お姉ちゃんの説明を受けるとお姉さんもようやく納得してくれて、私達におススメの映画を紹介してくれた。

「ございますよ、皆さんの好みすべてに答えられる超大作が!」

「本当ですか!?」

「ぜひ教えてください!」

「もちろんです! それは――」

 

 

 一時間半後、私達は全員大満足して映画館から出た。

 素晴らしかった。まさか、私達の求めるすべてが収められた上に破綻していない映画がこの世に存在するなんて、夢にも思わなかった。

 ……えっ? 私達が何の映画を見たのか気になるって? 

 うふふ、それでは、特別に皆さんにお教えしましょう。

 私達を満足させてくれた痛快娯楽映画。その名も……。

 

 

 『コマンドー』です!

 

 

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 前回のあらすじ

 お姉ちゃんの気まぐれで女子力測定を実施することになった勇者部。その結果、部で一番女子力が高いのはジョン・メイトリックス大佐(♂)であるという結果となり、お姉ちゃんは涙した。

 その陰で、改めてただの案山子であることを突き付けられた私、犬吠埼樹は来年入学してくるまだ見ぬ後輩に馬鹿にされないよう、女子力を高めようと決意したのであった。

 

 

「そういうわけなんで、よろしくお願いします!」

いつもの夏凜さんルームで私は頭を下げた。相手は、お姉ちゃんを除く勇者部メンバーの皆さん。女子力診断でまさかの0点を叩きだした私からすると全員雲の上の、正真正銘『女子』だ。

「樹ちゃん、私なんかよりよっぽど女子力あると思うなぁ」

 お昼ご飯にみんなで湯がいたうどんをズルズル啜りながら友奈さんが言う。

 でも、そう言う友奈さんも押し花という女子っぽい趣味のおかげで女子力検査1点の持ち主。友奈さんの1点と私の0点とでは数字上は僅かでも実際のところは天と地の差があるのだ。

「私、このままじゃいけないと思うんです! もうすぐ二年生になるのに、このままじゃ……。とにかく、女子力マスターの皆さんに、是非協力してほしいんですっ!」

 私は改めて頭を下げる。

「……女子力マスターってもねぇ」

 夏凜さんは頬をぽりぽり書きながら口を開いた。

「勇者部で一番女子力高いの、大佐でしょ?」

 夏凜さんが横目でチラリと大佐を見やった。

 大佐は相変わらずマイペースにプロテインうどんを掃除機顔負けの吸引力で食している。

 この、身長190cm、髪は茶、筋肉モリモリマッチョマンの変態が、勇者部一の女子力を誇る真の女子力マスターだなんて……。

 でも、東郷先輩の厳正なる評価の下高得点となったからには、実際類まれなる女子力の持ち主なのだろう。

「大佐!」

「む?」

「大佐の女子力の極意、私に伝授してください!」

 私の嘆願を聴きながら大佐はちゅるりとうどんを吸い上げる。

「俺に女子力は良く分からんが、風の言っていた通りの認識で良いならいくらでも教えられるぞ」

 

 

 勇者部部長、犬吠埼風曰く――。

「女子力が高いと、男をイチコロに出来るのよん」

 

 

 

「そう言うことだろう」

「絶対『イチコロ』の解釈間違ってるわよコイツ」

「これを受け取れ」

 夏凜さんのツッコミを無視しつつ、大佐は懐から取り出したブツを私に手渡した。

 それは、ずっしり重いピストルだった。

「あの……これは?」

「世界最強と名高いポドブィリン・9.2ミリオートマだ」

 なるほど、どんな大男でもイチコロだ。お姉ちゃんは世界最強の銃はマグナム44だと言うが、大佐はこちらがお気に入りらしい。

「女子力とは男をイチコロに出来る力……つまり、それ(ポドブィリン)は女子力を具現化した存在といえる」

「へ、へぇ……」

「火器類なら俺の家に揃ってるから、女子力が欲しいときは言うと良い」

 大佐は続けて「女子力とは筋力でもある」と言いながらマッスルポーズを取り始める。

 ……恐ろしいほどに女子力をはき違えておられる。

 でも、こんな風にはき違えていても一般的な女子力が高いのは事実。

「大佐、樹ちゃんは『オトナな女性』になりたいと言ってるんですよ」

 東郷先輩が大佐に補足してくれた。

「む、そうなのか?」

「そうです!」

「なるほど」

 分かってくれたようだ。

「それならビールを飲め」

「……は?」

「ミルクは赤ちゃんの飲み物だ。大人になったらビールを飲め」

 分かって無かったようだ。

「未成年なんですけど……」

「そうか。なら、女を抱くんだな」

「んあっ!?」

 この人はまたまたとんでもない事を言い出す。思春期真っ盛りの女の子六人を前にして真顔で何を言ってるんだこの筋肉は。

「えっと……そういうのは……ちょっと……」

 夏凜さんが顔を赤くしてもじもじしながら言う。

「そうか、お前らは女だったな」

「そういう問題ではない」

 この時、園子さんが「ピッカーン!」と何かを閃き、いたずらっ子のような表情を見せた。

「でも、大佐の言う通り、大人の女性ってつまりそういうことだよね~」

「そ、そのっち……こら……!」

「どうどう。だけど私達はまだ穢れを知らぬ中学生なわけで、そういうのはまだ早いんだよ~」

 言うと園子さんはうどんを平らげて満足げな友奈さんに視線をやりながら続けた。

「ねぇゆーゆ」

「ん?」

「でも、普通に抱き付くだけならいくらでも出来るし、それでも女子力って上がるんじゃないかな~?」

 ニコニコしながらそう言う園子さん。そんな園子さんが、お尻のポケットからそっとスマホを取り出し、器用にカメラを起動するのを私は目撃した。静かに素早くか変わらんな。

「おぉっ、さすが園ちゃん名案!」

 そして友奈さんは園子さんが狙った通りの反応と行動に移った。

「えいっ!」

「きゃっ!」

 隣に座っていた東郷先輩に抱き付いたのだ。

「東郷さんと女子力アップだー!」

「もう、友奈ちゃんったら」

 そう言う東郷先輩も満更ではなさそう、というか嬉しさを隠す気はなさそうだ。

 なんて甘い光景だろう。溢れ出る女子力。すぐ傍に迫りくる筋力をも押し返す勢いだ。

 そんな二人を羨まし気に見る人が一人。

「……おや? にぼっしーどうしたの~?」

「べっ、別になにも……」

「ゆーゆ、にぼっしーも女子力あげたいって~」

「ぬあっ!? んなこと言ってな――」

「ぎゅー!」

「!?」

 問答無用、言い終わらない内に友奈さんは夏凜さんに抱き付いた。夏凜さんは顔を真っ赤にして何やら喚くが、その割には本気で嫌がっている風には見えない。むしろ喜んでる。

「夏凜ちゃーん」

「ゆ、友奈ぁ……」

 夏凜さんも緊張しながら腕を伸ばして、友奈さんに抱き返そうとする。

 でも、ここまでだった。

「友奈ちゃん、私も夏凜ちゃんで女子力補充したいわ」

 東郷先輩が静かに素早く夏凜さんの傍へ移動する。そして、言われた友奈さんが夏凜さんからパッと離れると同時、思いっきり抱き付いた。

「ちょ東郷力……アッ、アァッー!?」

 夏凜さんの身体がミシミシと悲鳴を上げる。東郷先輩なりにボディーランゲージで愛情を示しているんだろう。

 女子力が十分に充填出来たところで夏凜さんは解放された。

「全身の骨が折れた……」

「人間には215本も骨があるのよ。215本くらいなによ」

 普通は死ぬところだけど流石は完成型勇者の夏凜さん、少し悶絶した後回復した。

「それにしても、東郷の女子力測定の基準、やっぱりおかしかったんじゃないの?」

「実は私もそう思っていたの。友奈ちゃんの女子力はもっと高いはずなのに」

「そこじゃない。私が言いたいのは、やっぱり大佐の女子力が最高というのはおかしいって話よ」

 プロテインアイスを食べる大佐を指さして夏凜さんは言う。女子力なんて興味ないと言いつつも何だかんだ結果には不満があるようだ。

 しかし、ここで何故か大佐が不満げに、

「俺の女子力に不満があるのか」

「その通りよ」

「俺に女子力があって悪いか」

「そうは言ってないわよ。主夫ってのがあるくらいだし」

「インコは女の趣味だと言うのか」

「誰もそんなこと言ってねえでしょうが。良い趣味よ。てか何の話よ」 

「良いだろう。そこまで言うなら、俺が夏凜に女子力の何たるかを叩きこんでやる」

 そう言うと大佐は立ち上がって夏凜さんの服の襟を掴むとひょいと持ち上げた。

「な、何すんのよ!?」

「明後日までに夏凜を女子力マスターにしてやろう。I'll be back」

 大佐は夏凜さんを脇に抱えるとそう言い残して部屋を後にしていった。

「……にぼっしー災難だねぇ~」

「でも、もしかしたら夏凜ちゃん、すっごい女子力マスターになって帰って来るかもね」

 友奈さんがニコニコしながら言った。

 もし本当にそうなるなら、夏凜さんに女子力の教授をしてもらおう。

 

 

 二日後、再び夏凜さんの部屋。

 今日は完成型女子力勇者となった夏凜さんお披露目の日。私達は大佐が夏凜さんを連れてくるのを戦々恐々しながら待っていた。

「大丈夫かしら」

「きっと夏凜ちゃんすごく素敵になってるんじゃないかな」

「ゆーゆのポジティブシンキングぶりに畏敬の念を抱かざるを得ないよ~」

 そんな風に待っていると外から筋肉の波動が迫りくるのを感じた。そして、久方ぶりに部屋の扉が破壊されると大佐が私達の前に姿を現した。

「I'm back! 夏凜を連れて来たぞ」

 自信満々の様子の大佐。

「おぉ~。して、夏凜ちゃんはどこ~?」

「うむ。おい、夏凜。入ってこい」

 大佐は外に向かって呼びかけた。すると。

 デデンデンデデン……デデンデンデデン……

「あれ、このBGM……」

「どこかで聴いたような……?」

 既視感をおぼえる東郷先輩と友奈さん。

 私も同様に既視感を……ていうか確信をえていた。

 デデンデンデデン……デデンデンデデン……

 BGMは徐々に大きくなり、緊張感を増していく。そして。

「パララーパーパーパー」

 グラサンかけてショットガンを装備した夏凜さんが入室してきた。

「パララーパーパーパーパァー」

 ターミネートされそうなBGMを呟きつつ夏凜さんはショットガンのレバーをガチャガチャする。夏凜さんのあまりの豹変ぶりに私達は開いた口が塞がらなかったが、大佐の自信満々の様子を見るに、これが女子力の限界を超えた真の女子力マスターの姿なのだろう。

「あの、大佐、これは……」

 私が訊くと大佐はさも当然といった様子で、

「女子力だ」

「はぁ、そうですか……」

 この二日で一体何があったのだろうか……。

 ただ、この大佐的女子力マスターは友奈さんには大ウケなようで、

「夏凜ちゃんカッコいいー!」

と腕をブンブンしながら興奮していた。

「夏凜ちゃん! なんか話してみて!?」

「I shall return」

「なんか惜しい気がするけど、カッコいいね!」

「女子力って奥が深いね~」

 

 とりあえず私達は夏凜さんの女子力を計るべく大佐の提案で街へ繰り出した。

 サングラスにライダージャケット、ショットガンという出で立ちの夏凜さんは大変目立つ。ここが讃州でなければ国家権力を召喚されていたことだろう。

「それで、女子力を計るってどうするんですか?」

 街を歩きながら私は大佐に訊く。

「女子力というのは男をイチコロに出来る力の事だ」

 大佐はそう言うと道の向かいにあるコンビニを指さした。

 コンビニの駐車場にはこのあたりでは有名な(そして以前大佐にケチョンケチョンにされた)暴走族の不良達が屯してくっちゃべっていた。今日も元気に善良な讃州市民に因縁をつけては悦に入っている。

「夏凜、女子力を示してくるんだ」

「任せなさい」

 

 夏凜さんはショットガンのレバーをガチャリと言わせると堂々たる足取りで不良学生たちの元へ赴いた。

 不良たちは迫りくる夏凜さんに気付くと、ニヤニヤしながら取り囲む。

「おいお嬢ちゃん、面白い格好してるじゃねぇか」

「一緒に露天風呂に入らねぇかい?」

 しかし夏凜さんは男どもの声に耳を傾けず、

「君が着ている服と、靴と、バイクが欲しい」

「財布も欲しいって言わねぇのかよ」

「お、おい、ちょっと待てよ」

 不良の内一人が封印されしトラウマを呼び起こされたのか、慌てて仲間を諫める。

「コイツ讃州中の奴ならヤバいぜ……あそこの奴らまともじゃねぇから」

「はっ、女相手に何ビビってんだよ。……YO嬢ちゃん、そんなおもちゃの鉄砲で、俺達がビビると思ってんのか? ああん?」

 リーダーと思しき不良が夏凜さんの頭をペチペチ叩く。

「試してみるか?」

「ああん?」

 夏凜さんはショットガンを構えた。そして、引き金を引くと同時、ズドンという重厚な炸裂音と共に不良リーダーは吹っ飛ばされて仰向けに倒れた。

「!?」

「麻酔弾だ」

 そう言いながらレバーを引き、次の弾を込めると別な不良に向けて発砲する。

「ちょっ……! ぬおっ!」

「何しやがる……んはっ!」

 次々と撃ち倒される不良たち。ついに最後の一人となった。

 レバーを引き、銃口を最後の生き残りに向ける。

「まぁ落ち着け。銃を突き付けられてはビビって話もできやしねぇ」

 最後の一人は務めて冷静を装いながら夏凜ちゃんに説得を試みた。

「俺達を襲う理由は何だ?」

「女子力だ」

「じょしっ……なに?」

 不良は明らかに動揺している。

「……まぁ何でもいいや。とにかく、俺達のバイクが欲しいのか?」

「そうだ」

「そうか。なら、バイクが欲しければ……俺だけでもいいから見逃せ。OK?」

「OK!」

 ズドン!

 不良はめでたく射殺された。

 素敵な女子力の前に不良は一人残らず息絶えた!

 

 別にバイクなんて微塵も欲しくない夏凜さんは倒れた不良たちを放置して私達の元へ戻って来た。

「どうだ樹。夏凜の女子力は」

 大佐は相も変わらず自信たっぷりだ。夏凜さんもニヤリと笑うばかりである。

「えっと」

「どうした?」

「私、しばらく今のままで良いです……」

 女子力アップへの道は、まだまだ遠い。




来年が待ち遠しいね!


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最近はソ連でもアームレスリングが流行っている

前回何度目かの最終回を迎えたにもかかわらず投稿するカカシとは俺のことよ。
わっしーの章来月だかんね!気分良いぜぇ、昔(2014年秋)を思い出さァ!


 この日も勇者部は部室に集合していた。ただし、お姉ちゃんと大佐は日直と進路相談でちょっと遅れるらしい。

 であるから、私達は雑談に華を咲かせる。

「今日の昼休み、鬼ごっこやったんだけどね」

「あれ、今日外雨ですよね? 友奈さん、あの中で走り回ったんですか?」

「ちがうよー。私が赤鬼で、東郷さんが青鬼で……」

「えっ!? 鬼ごっこってそういう意味ですか!?」

「大佐が居てくれれば完ぺきだったのよ? 良い具合に鬼だから」

「私が黄鬼で~、にぼっしーは煮干しだったんだよね~」

「なんで一人だけ水産加工品なんですか?」

「知らない。なんか園子に決められた」

 他愛も無い会話。平和な時が流れる。

 そんな平和の園にかつてない程欲望に目をぎらつかせたお姉ちゃんといつも通り上腕筋をぎらつかせた大佐が入室してきた。

「うどん!」

 そしてお姉ちゃんの第一声がこれ。

「なんだって?」

 夏凜さんがそれに訊き返す。

「うどんよ! うどん!」

「意味わからんわ。大佐、風は何を言ってるの?」

「こうだ、『てめえのおふくろのケツにキスしろ』と」

「なに? このクソッタレが!」

「いや言ってないし! ジョンも勝手な通訳しない!」

 怒って襲いかかろうとする夏凜さんを抑えながらお姉ちゃんは慌てて鞄から一枚のチラシを取り出し、私達に見えるよう掲げた。

「うどんよ!」

 チラシは市の発行した大会の宣伝だった。そこには、『第一回・讃州アームレスリング大会』の文字が楽し気に踊っている。

「アームレスリング……腕相撲のことですね」

「その通り。それで見てよ、優勝賞品のところ!」

 お姉ちゃんが指さす通りに視線を移動する。そこには『優勝賞品・高級うどん一年分』と書かれていた。

 なるほど、讃州一の女子力を誇る(自称)としては見逃すわけにはいかない優勝賞品だ。うどんは女子力を高めるらしいから。

「……で、どうしろって?」

「もー夏凜ったら察しが悪いわね~。そんなんだから煮干しなのよ」

「うるさいわ。……要はアレね、勇者部でこれに出場して、商品かっさらおうってことね」

「そのとおり!」

 お姉ちゃんは手を打って正解した夏凜さんを褒め称えた。

 腕相撲かぁ……なんか結末が見える競技だ。この部には腕相撲に自信がありそうな人がひしめいている。学生社会人無差別の大会らしいけど、勇者部の敗退するところが誰かさんのおかげで予想できない。

「面白そうですね!」

 友奈さんも乗り気だ。友奈さんが乗り気となれば、東郷先輩も乗り気になる。そうなれば面白い展開の香りを感じて園子さんも乗り気になるし、みんなが乗り気となれば夏凜さんも受け入れざるを得なくなる。

 勇者部は大会に出場すること相なった。

 

 

 そして日曜日、大会当日。

 市のスポーツセンターには讃州に生息する文字通り腕自慢たちが集結していた。

「すごいですね、これ……」

 東郷先輩が思わずつぶやく。

 むさくるしいこの場で一介のいたいけな中学生である勇者部は一名を除いて完全に浮いていた。大佐も同類がたくさんいるからかどことなく嬉しそうに首を巡らせている。

「一応、普通に中学生高校生もいるのね……あ、同じクラスの男子もいる」

 お姉ちゃんは遠くに同級生の姿を認めたらしい。なんでも、力自慢の男子だそうだ。他にも、讃州中の生徒は認められた。

 こんな大会、勇者部は大丈夫なのかな……いや、正確には私の腕が大丈夫なのかな。他の皆さんは大丈夫だろうから心配無用だけど。

 そうこうしている内に大会のエントリーが始まった。

 

 この腕相撲大会は最大七人(なんと都合のいい数字!)のチーム戦で、各チーム先鋒次鋒と戦っていく。

 勇者部チームは先鋒が私で次鋒が園子さん、その後に夏凜さん、友奈さん、東郷先輩、大佐と続いて大将にお姉ちゃんという順番だ。たぶん、よほどのことがない限りお姉ちゃんが働く必要はないだろう。

 

「ジョンが抜かれたら実質負けなんだから頼んだわよ」

「ノープロブレム。信用しろ」

 今日もムキムキ頼もしい。

そんなことを話していると、突然お姉ちゃんが「げっ」と声を上げた。

「どうかしたの?」

有明日(ありあす)がいる」

「アリアス?」

「あそこにいる男子よ。なんか苦手なのよね」

 元大統領を連想させる名前だ。

 そんな元大統領っぽい人が、こちらに気付いたのかゆっくりと挨拶しながら歩いてきた。

「これはこれは、勇者部の方々」

 老け顔の有明日先輩はニタついた手下を引き連れている。なるほど、お姉ちゃんが苦手そうなタイプ。

「アンタ達も参加するのね」

「当然だ。我々はこの優勝を足掛かりとして、生徒会に復帰する。讃州中には強力な指導者が必要だ」

 有明日先輩はかつて生徒会長だったけど、あまりにも残虐非道な振る舞いがたたって生徒会から追放された過去があるらしい。

「三年の二学期も終わりなのに生徒会長になるって出来るの?」

 夏凜さんがもっともな質問を友奈さんに耳打ちする。

「さぁ……留年でもするんじゃない……?」

 疑問を他所に有明日先輩は自信満々の様子だ。でも、こちらには大佐がいる。ヘナチョコ元生徒会長にどうにかできる相手ではない。

 だが。

「ベネット!?」

 大佐が有明日先輩の後ろにいる男の人を見て驚きの声を上げた。

「殺されたんじゃ……!?」

「残念だったな、トリックだよ」

 そのベネットとかいう人は大佐の知り合いらしい。因縁浅はかならぬ相手のようだ。不思議と初対面な気はしないけど……とりあえず、鉄パイプで串刺しにされそうな顔をしていることは確かだ。

「有明日にいくら貰った」

「(うどん)十万玉PONとくれたぜ。だけどな大佐ぁ、お前をブチ殺せと言われたら、ただでも喜んでやるぜ?」

「大人しく手を引いた方がいいぞ勇者部の諸君」 

 そう言い残すと有明日先輩たちは去っていった。

「ぐぬぅ、相変わらずムカつく連中ね!」

 お姉ちゃんは去りゆく先輩たちの背中にアカンベーをすると私達の方へ振り向いて、

「絶対に優勝するわよ! 勇者部ファイトー!」

「お、おー」

「ああああああああ!」

 鬼気迫るお姉ちゃんに若干引き気味の私たちとは対照的に大佐は元気いっぱい応えていた。

 

 

 決勝戦以外は第一回戦、二回戦と全チーム同時に行われる。私達勇者部最初の相手は同じ讃州中学の二年生男子チーム。友奈さんたちの同級生だ。

「うどん一年分は俺達が頂くぜ!」

 一体どこから沸いているのか謎な自信を露わにする先輩方。聳えたつ筋肉を視界に入れないようにしていた。

 とにかく、対戦開始。先鋒は私、犬吠埼樹。

「頑張れ樹!」

 お姉ちゃんの声援が飛ぶ。

 でも、いくら応援されようと勝てないものは勝てないので、私はあっさり負けた。

「ぐぉら! ウチの妹に何しやがんのよ!」

「ひぃ!? す、すいません先輩!」

 お姉ちゃんの理不尽な怒りに対戦相手の先輩は思わず謝った。

 次鋒は園子さん。私が離れた席にのんびりとした足取りで近づくと、ゆらりと座った。

「よろしくね~」

「おう」

 そんな園子さんに対する先輩男子はニヤリと笑った。どうやら勝てると踏んだらしい。当然である。こんなフワフワのんびりしたお嬢様、それなりの男子なら余裕で勝てると思うに決まっている。

「レディ、ゴゥッ!」

「ふんっ……!?」

 しかし、それは開始の合図と共に裏切られた。

 二年のブランクがあるとはいえ、園子さんも歴とした勇者(コマンドー)。リハビリを兼ねて鍛えていたこともあり、並の男子に勝るとも劣らない程度の力は備えている。

「おいおいどうした、手加減しなくていいんだぜ?」

「してねぇよ! クッ、乃木の奴、予想以上に強ぇ!?」

「うふふ~……えいっ!」

 接戦の末、園子さんは私の仇を討った。

「やるわねそのっち」

勇者(コマンドー)は筋肉ってね~ミノさんの教え」

「そんなこと言ってたかしら……?」

 しかし、そんな園子さんも次に出て来た先輩に僅差で負けてしまった。

「修業が足らなかったねぇ……」

「あとはこの三好夏凜様に任せときなさいって!」

 園子さんに代わって腕をブンブン振り回しながらの登場となった。夏凜さんは自信が示す通り三人抜きの偉業を成し遂げた。

「夏凜ちゃんすごーい!」

「この私にかかればこんなもんよっ!」 

 でも、三人一気に相手したことで疲労が溜まったようで、四人目でついに敗れた。

「くぅ! 私も鍛錬が足らなかったみたいね……」

「ようし、夏凜ちゃんの仇を取っちゃうぞ!」

 お次は友奈さんだ。友奈さんの力と夏凜さんの力は拮抗しているから、良い勝負になりそうな予感がする。

「よろしくね!」

 そう言いながら席に着く友奈さん。対する男子先輩は、

「あ、あぁ! 結城、手加減はしないからな!?」

と腕をセットした。

 それにしても、夏凜さんの時はそうでもなかったのに、この男子先輩、相手が友奈さんになった途端急に照れだした。

 ……これは私的に中々美味しい展開です。

「ぬぐううう……あーっ! 負けちゃった……」

「あはは……結城も中々手強かったぞ」

 勝負は男子先輩の勝利に終わったようだ。

 少し照れくさそうに友奈さんを労う男子先輩。

 女子と筋肉しかいない部で活動していると感じることのできない、甘酸っぱい青春っぽさがその先輩にはあった。

 ただ、その先輩の前にはあまりのも巨大な胸……もとい壁が存在していた。

「次は私ですね。友奈ちゃんの仇は取らせてもらうわ」

 明らかに異様な空気を纏った東郷先輩が席に着く。男子先輩は先ほどまでの赤くしていた顔を真っ青にしてその気に圧倒されている。

「レディッ、ゴゥッ!」

 バキィッ!

 決着は、開始のゴングと同時に着いた。

 普通の腕相撲ではまず聞こえないような音が聞こえた。

「腕の骨が折れた……」

「人間には215本も骨があるのよ? 一本ぐらいなんですか」

 本当に折れたわけではないだろうけど……本当に折れて無いよね? ……あれは相当痛い。相手チームは戦慄を隠せずにガクガクと震えている。

「……どうかしたの? 早く来なさい?」

「東郷、おっかない……」

 味方のお姉ちゃんまで怖がっているのだから、相手の胸中はもう審判の日到来張りのものだろう。

 結局、男の意地をかけて戦いを挑んだ残りの男子先輩方は東郷先輩の片腕一本の前に全滅した。お悔やみ申し上げますわ。

「東郷さんかっこいー!」

「愛の力だね~」

「筋肉と愛は密接な繋がりにあるからな。それがまた証明されてしまった」

 その証明行為に費やされた犠牲は小さくはない。でも、そのへんはコラテラルコラテラル。

 

 

 一回戦を勝ち抜いた勇者部は次へ駒を進めた。

「さてと、相手は……うっ……」

 トーナメント表を見ると、私達の次の対戦相手は『ザ・バルベルディーズ』……つまり、有明日先輩たちのチームだ。

「来るべきものが来たと言う感じだな」

「大佐だけでしょ、因縁あるの」

 夏凜さんが呆れ口調で言う。が、それにお姉ちゃんが噛みついた。

「何言ってるの! 有明日が勝ち抜いたら讃州中の未来とうどん一年分が奪われてしまうのが分かんないわけ!? ひいてはそれは人類の未来に関わることってのが分かんないわけ!?」

「分からんわ!」

「でも、おうどん食べたいね~」

「見ろ、来たぞ」

 噂をすればなんとやら、件の有明日先輩一同が近づいてきた。

「私を覚えているかね大佐?」

「誰が忘れるものか、このゲス野朗」

 そりゃさっき会ったばかりだし忘れるはずもない。

「アンタ達のチーム、四人しかいないけど平気なわけ?」

 お姉ちゃんが訊く。

 ザ・バルベルディーズはただの案山子二人とベネットさん、有明日先輩の四人しかいない。私達はフルメンバーの七人だから、人数的に勇者部が有利だ。

「私の兵士は、皆愛国者だ」

「だから何よ」

「先ほど対戦した相手はフルメンバーな上に社会人チームだったが、簡単に勝てた……この意味が分かるかね?」

 なんと、予想以上に強力そうだバルベルディーズ。

「何てことないわ。案山子ごときに負けるはずないわ!」

 お姉ちゃんは強がってこう言う。

 それを受けて有明日先輩はニヤリと笑うばかりだった。

 

「な、何てこと……」

 第二回戦は当初勇者部に有利に始まった。当然のように私が敗れた後、園子さんが案山子二人を瞬殺してくれたのだ。

「想像以上の案山子っぷりに驚き桃の木山椒の木だよ~」

 ただ、その次に出て来たベネットさんが問題だった。

 このちょび髭がイカスおじさんが、これまたとんでもなく強かったのだ。園子さんを瞬殺した後夏凜さん、友奈さん、そして東郷先輩までもあっという間に片づけてしまったのだ。

「と、東郷までも瞬殺だと……?」

 お姉ちゃんが衝撃を受ける。

「申し訳ありません……」

「くぅ……ジョン! 絶対負けるんじゃないわよ!?」

「信用しろ」

 大佐は全身をムキムキ言わせながら、不敵にニヤつくベネットさんの元へ歩いていく。そして、二人は腕を組みあい、開始のゴングを待つばかりとなった。

「腕はどんなだ大佐ぁ?」

「ノープロブレムだ」

「古い付き合いだ。苦しませたかぁねぇ」

 いったい二人の間にどんな因縁があると言うのだろう。

 それはさておき、審判のお姉さんが二人が不正していないかを確認し、開始の合図を告げた。

「レディッ……ゴゥッ!」

 開始と同時、二人の組みあった腕は一気に膨張し、血管が表面に浮き出るまでに力んだ。しかし、腕は開始位置からピクリとも動くことなく、一見すると勝負が始まってすらいないように見える。

「な、なんて勝負なのかしら……」

 東郷先輩が息を呑む。

 腕は動かないが、二人とも相当のエネルギーを費やしているらしく、弾けろ筋肉、飛び散れ汗な状態となっている。

「いっつんは『エクストリーム腕相撲』って知ってる~?」

 園子さんが突然訊いてきた。

「なんですか、それ?」

「腕相撲の姿勢で殴ったり蹴ったりしてKOを奪うっていう格闘技なんだけどね~」

「もう腕相撲関係ないじゃないですかそれ……」

「うんうん~。だからね、私思うんだ~。真のエクストリーム腕相撲って、今まさに目の前で繰り広がられているアレなんじゃないかな~って」 

 なるほど、確かにそうかもしれない。

「だから何だって話だけどね~」

「いや全くそうですね」

 そんなエクストリーム腕相撲が始まって10分が経過した。戦局は相変わらず拮抗していて、初期位置から一ミリたりとも動かない。

「……テメェを殺してやる!」

 突然ベネットさんが言い出した。キリがないから口撃戦を始めたらしい。

「どうしたベネット……怖いのか?」

 それに対し大佐が煽る。

「……!? 誰がテメェなんか……テメェなんかコワカネェ!」

 煽り耐性がミジンコほども無いと見えるベネットさんは自分から振った癖にすぐに冷静さを失った。

 が。

「野郎ぶっ殺してやぁぁぁぁぁぁぁる!」

 どうやら失策だったようで、怒りによってパワーが増大したのかベネットさんの腕が凄まじい勢いで大佐の腕を押し倒そうとした!

「ぬっ!?」

「ホァっ!」

 しかし、大佐も負けじと手の甲が台座に接触する寸前で押し留まり、ゆっくりとベネットさんを押し返そうとする。

「何やってんのよジョーン!」

「くおぉぉ……!」

 状況が大佐に不利なのは依然変わらない。このままでは間もなくベネットさんが大佐を倒してしまい、うどんを奪われた挙句なんやかんやで有明日先輩が讃州中学生徒会長に返り咲いてしまうだろう。

「へへ……歳を取ったな大佐ぁ……」

 大佐はこれでも一応中学三年生である。大人びて見えるだけだ。

「テメェは老いぼれだァ!」

 ベネットさんが勝利を確信したかのように大佐を嘲笑う。

 ……だが、大佐は諦めてはいなかった!

「俺は老いぼれかもしれんが――」

 大佐の瞳がギラリと輝く。

「――ポンコツではない」

 言った瞬間、大佐はベネットさんの腕を勢いよく押し返した! そう、大佐は敢えて自らを振りに追い込み、ベネットさんが油断する瞬間を待っていたのだ!

 フルパワーの大佐に驚きを隠せないベネットさん。押し返すには脳の処理が追いつかなかった。

 大佐は押し返した腕を台座に叩きつけた。あまりの衝撃に台座は砕け散り、そのままの勢いでベネットさんは床に思いきりめり込んだ。

「ぶふぅううううう……」

 床に埋め込まれたベネットさんは少し痙攣した後ピクリとも動かなくなった。

「ミッションコンプリート」

「ジョン! アンタ最高よ!」

 後は有明日先輩を残すだけだ。

 しかし、審判のお姉さんが困惑した様子で、

「台座が無くなっちゃったわ」

と大佐に言った。なるほど、確かに台座がなければ勝負は出来ない。

 すると大佐は黙って隣のグループへ行き、「君たちの使っている台座が欲しい」と言って強奪、戻って来るやそれを設置した。

「これで出来た」

 

 大佐VS有明日先輩の勝負はあっけないものだった。

 大佐は開始の合図と共に有明日先輩の腕を全力で倒し、台座をまたも破壊した。そしてそのまま「ぶっ飛べ!」と先輩を投擲、放り投げられた先輩は悲鳴と共にスポーツセンターの二階窓を突き破って屋外追放の刑に処された。もう会うことは無いでしょう。

 

 

「有明日達を倒した今の勇者部に怖いものなんてないわ!」

 お姉ちゃんがそう高らかに笑う。

 それは事実で、この後つづいた準々決勝、準決勝と私達は余裕で勝ち進み、ついに決勝まで駒を進めた。うどん一年分まであと一歩。今夜はうどんのステーキか?

「さてさて、決勝の相手はどこのどいつだぁーっ!?」

 私達はトーナメント表で対戦チームを確認した。いったいどんなムキムキチームが勝ちあがってきているのか……。

「……えっ『さんしゅうほいくえん』……!?」

 なんと、決勝戦の相手はよくボランティアで訪れる保育園のちびっ子たちであった。

「な、なんで!? なんであの子たちが決勝まで……!?」

「もしかして、スーパー保育園児でもいるのかなぁ~!?」

「えぇーっ!? 何それ園ちゃん、カッコいい!」 

 んなアホな……いやでもここは讃州市、何が居ても不思議ではない……。

 期待と不安を胸に勇者部一同は決勝が行われる特設台へと赴いた。と、そこにいたのは。

「ししょー!」

「トロ子!?」

 トロ子……夏凜ちゃんに懐いている女の子で、本名は冨子(とみこ)ちゃん。保育園チームは冨子ちゃん以下六名の何の変哲もないちびっ子チームだった。

「お姉ちゃん負けないよ~!」

「う、うん。まぁいいけど、よくここまで来れたわね……いやホントに……」

 夏凜さんの疑問は勇者部一同の疑問でもあった。

「だってだって、私いっぱいとっくんして、ししょーみたいにいっぱいにぼし食べて強くなったんだもん!」

「煮干しすごい!」

「いやいや友奈? ……確かに煮干しは凄いけど……」

「トロ子すげーんだぜ!? ここまで一回も負けてねぇの!」

「ゆーしょーして、保育園のみんなでうどんパーティーするの!」

 同級生たちが興奮しながら話す。

 どういうことだろうか……もしや、冨子ちゃんはホントに煮干しと特訓のおかげで衝撃的なパワーを身に付けてしまったのだろうか? 

『それでは決勝戦、讃州中学勇者部チームVSさんしゅうほいくえんチームを行います!』

 司会のお兄さんがマイクで宣言した。ギャラリーからはどちらも頑張れと応援が飛んでくる。無差別大会の決勝戦が中学生と保育園児なものだから、会場は奇妙な盛り上がり方をしていた。

「樹、相手は保育園児とは言え……気を付けるのよ……」

 席に向かう私にお姉ちゃんが声を掛ける。

「う、うん。わかった……」

 対戦席にはフンスフンスと息巻く冨子ちゃんが座って……いや、背が低くて届かないからか椅子の上に立っている。

 私は向かいに座り、冨子ちゃんの小さな手を握った。思い切り力を込めたら私でも潰してしまいそうなほど小さな手……本当に決勝まで進んでこられるほどのパワーがここに秘められているのだろうか……。

『それではいきます! 先鋒戦! レディッ……ゴゥッ!』

「えーい! ふぬうう!」

 合図と同時、冨子ちゃんは私の手に全力の力を出してきた。

 ……よわっ! ていうか年相応! 

 いくら非力な私でも保育園児に腕相撲で負けるほどではない。私がヒョイと力を入れればあっという間に決着が着く……それほどの力しかなかった。

 でも。

「ふぅーん! ええーい!」

「トロ子がんばれー!」

「冨子ちゃんファイト―!」

「やああああ! とおおおお!」

 顔を真っ赤にして、必死で力を込める冨子ちゃん。そして、そんな冨子ちゃんを一生懸命応援するちびっ子たち。

 それを見ていると……。

「どうしたの樹!?」

「…………」

 ……ごめんなさい、お姉ちゃん。

 私は心の中でそう言うと腕の力を全て抜いた。

『勝負ありっ! 勝者、さんしゅうほいくえんチーム!』

「やったぁ!」

 顔を真っ赤にして、少し汗もかきながら満面の笑みで喜ぶ冨子ちゃん。

「樹! あの子はそんなに強いの……!?」

 席を離れてベンチへ戻って来た私にお姉ちゃんが尋ねる。

「まぁ、なんていうか……とりあえず、園子さん、頑張ってください……」

「えっ? う、うん、まかせて~」

 お姉ちゃんの応援を背に受け、私に代わって園子さんが対戦台へと向かう。

『それでは次鋒戦! レディッ……ゴゥッ!』

 司会のお兄さんの合図と共に勝負が始まる。相変わらず冨子ちゃんは一生懸命力を入れて、仲間たちがそれを一生懸命応援している。そして、開始から数秒後……。

『勝負ありっ! 勝者、さんしゅうほいくえんチーム!』

「なに!? 園子までっ!?」

 お姉ちゃんが驚愕する。

「くっ……保育園チーム、恐ろしいわね……!」

「まぁ、恐ろしいねぇ~……いっつん?」

「そうですね……うん、まぁ……そうですね……」

 その後、夏凜さん、友奈さん、東郷先輩が冨子ちゃんに挑んでいったが、尽く敗北。勇者部はどんどん追い込まれていった。

 そして、さすがに東郷先輩が負けたあたりでお姉ちゃんが気付く。

「まさか……アンタ達……ワザと負けてるんじゃぁないでしょうね……?」

「風先輩、あれはダメですよ……」

「なんだとー!? ちょっとちょっと、高級うどん一年分よ!? そんなこと言ってる場合じゃないでしょうが!?」

「でも風先輩、あの子たちホント一生懸命で……」

「一生懸命はこちとら一緒だっつーの! そんな情けない情に流されて、うどんを諦めていいのか!? あぁーん!?」

 私達は俯くばかりである。確かにうどん一年分は魅力的だ。でも、そのためにあの子たちの笑顔を曇らせるのは……。

「えぇーい! なんたることぉー!」

「次は俺の番だな」

 慟哭するお姉ちゃんを他所に大佐が立ち上がって対戦台へと向かった。

 大佐はまるでターミネーターみたいだが、実のところちびっ子には結構甘い。まして讃州保育園のちびっ子たちは大佐と今までたくさん遊んできた子供たちだ。筋肉オバケといえど嬢が移っているに違いない。

 私達は大佐が同様の運命をたどるであろうと確信していた。

 が、しかし。

『勝者、讃州中勇者部!』

「!?」 

 私達は耳を疑って俯いていた顔を上げて一斉に大佐の方を見やった。

「ふえぇ……負けちゃった」

「くっそー! トロ子、仇は取ってやるぞー!」

 大佐は容赦なかった。冨子ちゃんの同級生たちを(さすがにベネットさんの時と違って優しくだが)容赦なく破って行き、負けたちびっ子たちは涙目で悔しそうに次の子へとバトンタッチしては、その子もまた大佐の前に敗れる。

「た、大佐……」

「ヒデェ事しやがる……」

「ワハハ! 良いぞジョン! うどんはすぐそこよ!」

 お姉ちゃんが高らかに笑う。

 そして、保育園チームの大将。保育園児にしては体格も良いその子は園内では力持ちとして知られていた。でも、所詮は保育園児。筋肉モリモリマッチョマンの変態の敵ではない。

 決着はかつてないほどあっさりついた。

『勝負あり! 優勝は、讃州中勇者部!』

「うぅーわやったー!」

 お姉ちゃんは跳び上がって喜んだ。

 対して、保育園チームは目に涙を浮かべて悔しがる。泣かないように我慢しているのだろう。でも、その中の一人がついに泣きだしてしまう。

「うぅ……うわぁぁあん……」

 すると、まるで連鎖反応を起こしたかのように涙が伝播。七人全員が泣きだしてしまった。

 それとは他所に大喜びのお姉ちゃん。我が姉ながらとんでもない人だと思った。

 そんなお姉ちゃんに大佐は懐から取り出した麻酔銃で発砲。お姉ちゃんは笑顔のまま眠りの園へと誘われた。

「頭冷やせ」

 麻酔銃をしまいながら、大佐はしゃがみ、泣くちびっ子たちに目線を合わせた。

「人間はなぜ泣く」

「一生懸命とっくんして、にぼしもたべたのに……ひぐ……私、よわいままで……保育園のみんなに……うどん、たべさせてあげたかったのに……」

 大佐はそう言う冨子ちゃんの頭を撫でると、太い指で涙を拭ってあげた。

「トレーニングは嘘をつかない」

「ふえ……?」

「今はまだお前たちは弱い。だがそれはお前たちが小さいからだ。たゆまぬ努力と正しいトレーニングを続ければ、どんどん強くなる」

「ひっぐ……そうなの……?」

「ああそうだ」

「どうすれば、いいの……?」

 冨子ちゃんは涙をぐしぐしと拭いて、真っ赤になった目を大佐に向ける。

「好き嫌いせずたくさん食べてたくさん寝る。この手に限る」

 そう言うと大佐は立ち上がった。

「その点において、うどんは実に機能的な食品だ。エネルギーを飽きることなく、効率的に摂取することが出来るからな」

 

 

 

 

 数日後、讃州保育園。

「さぁ、まだまだあるからドンドン食べてね」

 鍋をかき混ぜながら東郷先輩が呼びかける。ちびっ子たちは「はーい!」と元気よく答え、空になった容器を持ってお代わりを求めてきた。

 勇者部特製の肉野菜うどん。それが今日の保育園のお昼ご飯。それをまかなうのは、この間のアームレスリング大会の景品で勇者部が受け取った高級うどん一年分。

「本当にありがとうございます、折角の優勝賞品をわざわざ……」

「いえいえ~、どうせ消費しきれないくらいありますから~」

 お礼を言う保母さんに園子さんが応える。いくら長期保存がきくからといっても冷静に考えて全くその通りだ。

「あたちにんじんきらい……」

「こら、好き嫌いはダメよ」

「そうだよ! 食べてみたら意外と美味しいよ?」

 夏凜さんと友奈さんは園児と一緒にうどんを啜っている。二人とも美味しそうに率先して食べるから、ちびっ子たちも真似して嫌いな食べ物も食べようとしている。

 私とお姉ちゃんは材料の切り分けをしていた。これは私の女子力修業も兼ねている。

「喜んでくれてよかったね!」

「ほんとね。いやぁ、私ったらうどんの魔力に囚われていたわ。いやほんと面目ない」

 恥ずかしそうに言いながらお姉ちゃんは切り分けた野菜を東郷先輩にパスした。

「やっぱり、うどんはみんなで美味しく食べるのが一番ね。不覚にもジョンにそれを教えられたわ」

 大佐は食べ終わった園児たちの腹ごなしの相手として教室の奥で人間アスレチックと化している。相変わらずのターミネーターフェイスだったけど、心なしか楽しそうに見えるのは、きっと気のせいでは無いと思う。

 

 

おわり

 




わっしーの章が楽しみで書いてる割に銀の登場がねぇじゃねぇか!
次に投稿するときはミノさんも出てくる話にしたいね。
まぁ次があるかは知らんけど。
完結作に未練がましく投稿するのもあれだからね。
とりあえず、 I'll be back。


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