ラブライブ!~奇跡と軌跡の物語~ (たーぼ)
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第1期
0.プロローグ~帰還~


さあ、物語が始まってまいりました。

書きたいから書くというただの自己満+皆様にも楽しんで読んでいただくために頑張る所存です。

後先考えず書いてるから途中から矛盾があったりおかしい点も出てくるかもしれない。
その時はご指摘くださいませ。直すかは分かりませんがw

まぁ気楽に読んでって下さい、自分も気楽に書くんで(責任放棄)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幼馴染がいた。

 

 

 

 

 “いた”という過去形を使っているのは、今はその幼馴染達とは5年間会っていない為である。

 決して幼馴染達が死んだわけではない。……ホントダヨ?

 

 

 5年間会っていないというのは、俺が幼馴染達が住んでいる神保町から引っ越していたからだ。

 

 

 小学校卒業と同時に俺こと岡崎拓哉(おかざきたくや)は父が単身赴任になり、一人だけでってのは可哀想ということで母からの命により何故か俺まで父について行く羽目になってしまった。

 それは単身じゃないじゃないかというツッコミは母の笑顔で掻き消されたのは言うまでもない。

 

 中学校から高校1年終わりの春まで神保町を離れて父と暮らしていた俺だったが春休みに入った頃。

 晩飯の洗い物をしている時に急に父が口を開いた。

 

 

「拓哉、こっちに来て暮らしてから5年くらい経つだろ。そろそろ母さん達のいる神保町に戻って暮らしたらどうだ?」

 

「あん? 何だよいきなり。つっても、そうしたら誰が親父の飯やら家の家事をするんだよ。出来んのか? 1人で? アンタに? ……無理無理」

 

「おいおい、え? 何ちょっとバカにしてくれちゃってんの? 飯とか家事くらいなら俺にだって多少は出来るわ舐めるなよ。……うん、多分。ってそうじゃなくて、俺ももうすぐここでの仕事が終わって神保町に戻る予定になってるんだよ。でも4月は過ぎるからな、お前だけでも新学期が始まる頃にあっちに戻って学校に間に合わせた方がいいだろ?」

 

「そうは言ってもさ、新学期が始まるってことは転校やら手続きやら試験とかあるんじゃないのか?」

 

「そう思って既に俺が手続きとやらを色々しておいてやったんだぜ☆」

 

「…………はい?」

 

「ちなみに転入先は1年前から共学になった音ノ木坂学院にしておいたからな。お前の成績ならそんなに問題ないし、何より母さんの母校でもある。だからお前が音ノ木坂学院に通うのはまさに運命だったんだよ! それに音ノ木坂の理事長はお前も知ってる幼馴染の母親さんだし快諾してくれたから全く問題もないね。いやー俺ってば出来る父親だねー!」

 

 何やら良い年した男がきゃぴきゃぴした言葉で体を気持ち悪いくらいに捻らせている。その言動と行動がどうも俺の全ての細胞を苛立たせているのが分かった。

 

 

「……オーケーオーケー、勝手に何転入先決めてんだとか話通せよとか言いたい事は色々あるが……ちょっと表出ようかクソ親父?」

 

 

 そんなこんなで色々あったわけなんだが、今更キャンセルするのも何なので結局そのまま音ノ木坂に転入する事を決めた俺は現在、神保町に帰ってきていた。

 

 

 

 

 

 

 久々に帰ってきたこの町、やはり5年も経てば変わっている所は変わっている。

 だが、変わっていない所は全く変わっていない。何となく懐かしい雰囲気を匂わせてくれる。そこで改めて帰って来たんだと実感する。

 

 

 

 

 

 そして、5年振りの神保町を見て俺が最初に放った言葉が、

 

 

 

 

 

「……帰ってきたぜ、神保町!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周りの人達にめちゃくちゃ見られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





ヒーローに憧れてる理由とか穂乃果達まだ出てないけどプロローグだしこんなもんでいいでしょう!!


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1.我が家



でも書きたいところまでいくまで書く所存です。





 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の手で持てるだけの荷物を持ちながら俺は家まで足早に移動していた。

 だって周りの人凄い見てくるんだもん……。いや、まあ一人で大きい声出した俺が悪いんだけどね。それにしてもあんなに見ますかね。元気な子ねえ~とか優しい目で流してくれればいいじゃん。冷たい目で見ないで!

 

 

 と、そうこうしているうちにさっきの場所からだいぶ離れたところにまで来ていた。

 

 

 ここまで来ればもう大丈夫だろ。さすがに荷物両手に持ちながら走るのは少し疲れるな……。うん、ゆっくり帰ろう。

 歩きながら周りの景色を見て改めて思うが、変わってないところは本当に変わっていない。やっぱりちょっと帰って来た実感をあると思わせてくれるのは、俺自体小さい頃に町を駆け回ってたからかな。こうして見ると結構覚えてるもんだ。

 

 それにしても急に知らされた転校のせいか春休み中バッタバタして忙しかった。

 

 おかげで前の学校での数少ない友達とは直接会うこともなくメールで一斉送信することでしか連絡できなかった。

 しかも急な別れにも関わらず友達からの返信は、

 

 

『そっか、またなー』

 

『おう、二度と帰ってくんなよ。お前がいると青春できなくなりそうだからな』

 

『ノシ』

 

『何であたしに何も言わずどこか行っちゃうんですかー! どこに転校するんですか。教えてください。1年経ったらそこに行きますんで』

 

 南極並に冷たい反応だった。

 何だよ……俺あいつらに何かしたってのかよ……。そんなにドライにされるほど俺達の友情は浅かったのかよ……。まあ、何かあれば殴りあってたからそうもなるか。返信くれただけまだマシと考えるべきか? うん、そう考えよう、じゃないと人がいる外を歩いてるのに目から汗が流れそうだ。ふぇっ……。

 

 あ、ちなみに最後のメールはスパムかと思って削除しておいた。普通のメールの返信にスパムとか、最近のスパムは手が込んでるなー。

 

 涙を堪えつつ俺は歩きながら連絡ってとこでふと思い出した。

 そういやあいつらにまだ帰るって連絡してないな。というか引っ越してから一回も連絡してない。あの頃は小さかったし携帯も持ってなくて連絡手段が電話しかなかった。

 

 それに親父の仕事は基本忙しいらしく、お盆や年末とかになっても実家に帰ることは一度もなかったのだ。俺も子供ながらに親父の代わりに家事炊事とやることが多くてそういうことを考える暇もなかったのだ。

 

 しかし、電話するってのもなんか恥ずかしいから俺は自分から向こうに電話することはなかった。難しいお年頃なのですよ中学生にもなると……。なんかこう、男女が電話で話すというのがむず痒い感じというか何というか……ね?

  ウブか俺は。思春期とはこういうものでしょ。男子の思春期はめんどくさいのですよ!

 

 あれ? でもそれなら向こうから電話してくるはずだよな? 自意識過剰のつもりはないけどあいつなら絶対電話してくると思ってた当時なんだけど……。あっ、もしかしたらあいつ引っ越した俺の家の電話番号知らなかったとか……?

 

 うわ、絶対そうだわ。あいつ結構おバカだから母さんに聞くことも忘れてたに違いない。やだ、拓哉さん5年越しの名推理で自己解決しちゃったわ!  自分で言ってなんだけど自分に惚れちゃいそう! ……我ながら気持ち悪いな。

 

 

 それにしても、元気にしてるかなあいつら。引っ越す時も急だったから当然別れも突然だった。そのため向こうは凄く別れを惜しみ泣いていた記憶がある。

 

 

 一人は俯きながら静かに、しかし嗚咽を漏らしながら。

 

 一人はその場で上を向きながら号泣してやんやん言ってたな。

 

 そしてもう一人は俺の腕を絶対離さんとばかりに大号泣だったのを覚えている。最初の二人は泣きながらも納得してくれたが、最後の一人が最後まで腕を離さず行かせないように引っ張っていた。

 

 あの時は腕が千切れるんじゃないかと思うくらい痛かった。俺も多少は悲しかったけどさすがに泣きすぎだろと思いながら腕の安否を心配していた。最後は俺の言った言葉で一応納得はしてくれたみたいで無事に別れることができたのだが、右肩を押さえながら手を振っていたのは言うまでもない。もげる覚悟してたくらいだからね、よくもってくれた当時の俺の右腕、グッジョブだぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、歩きながら過去の思い出に浸っているといつの間にか家がすぐ目の前までになっていた。ようやく着いたか。

 

 

 さて、幼馴染達が元気か気になるところでもあるが、母さん達が元気かも気になるところである。一応家に向かってると連絡はしたから俺が帰ってくるのは当然知ってるはずだ。家の前で突っ立ってるのも何だしさっそく手荷物を持ちながらドアを開けて家に入る。

 良かった、鍵は開けておいてくれたみたいだ。

 

 とりあえず荷物を近くの床に置いて一言。

 

 

「ただいまー」

 

 すると、2階の階段からドタドタドタドタと慌ただしい足音が聞こえてくる。ははーん、この無駄に慌ただしい足音はと言えば、妹に違いない。

 下りてきて姿が見えたとこで久しぶりの挨拶をしようとしたが妹は1階に着くと同時にこちらに走ってくる。そんなにお兄ちゃんに久々に会えて嬉しいのかな? 可愛い奴め。

 

 

「お兄ちゃああああああああああん!!」

 

「よう、久しぶりだな。ゆいぶげぅッ!?」

 

 走ってきたままの勢いを殺さずに俺の腰まで物凄い勢いでダイビングしてきた。

 

 凄まじい衝突音と共に抱き付かれた勢いで俺は後ろのドアまで飛ばされる。結果、ドアノブに後頭部直撃。おかざきたくやは324のダメージをうけた! おかざきたくやはめのまえがまっくらになった!

 ……いや、辛うじて意識は保ってるよ、本気で真っ暗になりかけたけど。

 

 

 

「おかえりお兄ちゃん! 久しぶりだね! お母さんからお兄ちゃんが帰ってくるって聞いてずっと待ってたんだよ!!」

 

 無邪気な笑顔で俺に語り掛けてくる妹――岡崎唯(おかざきゆい)だ。

 でもな唯、お兄ちゃん今のでもうダメかもしれないよ。

 

 

「あ、ああ、ただいま、唯。久しぶりだな……。さっそくで悪いけどお兄ちゃん、また旅立たないといけなくなったよ……」

 

「えっ? あれ? お兄ちゃん? 旅立つってどこに? なんか目が虚ろになってるよ!?」

 

「ああ、分かってる。その川を渡ればいいんだろ……?」

 

 なんか、死んだひいじいちゃんが手を振ってる姿が見えるぞ……。

 しょうがねえ、ひいじいちゃんと一緒に釣りにでも行くか。ひいじいちゃんと釣りしたことなかったけど。

 

 

「お兄ちゃんそれ三途の川だよ!! 渡っちゃダメなやつだよ!?」

 

 途端、奥から声が聞こえた。

 忘れるはずのない声。

 

 

「唯、久しぶりで嬉しいのは分かるけど飛びついちゃダメでしょ。拓哉がそれなりにダメージ負ってるからね。それと拓哉も、久々に会ったばっかで冗談言ってないでさっさと起きなさい」

 

「え? 冗談?」

 

 母の岡崎春奈(おかざきはるな)である。

 

 いや、流石に三途の川は冗談だけどかなりのダメージ負ったのはまじだからね? 何なら後頭部にたんこぶできてるまである。

 何とか痛みを堪えて立ち上がる。

 

 

「久々に会って一言目がそれでせうかお母様……? もっと何かあるだろ優しさの言葉とかあるのではなくて……?」

 

「なら私が出てくるときにちゃんと立って待っていることね。私もまさか久しぶりに会うから玄関に急いで行ったら兄を抱える妹と三途の川渡ろうとしてる兄がいたらまともな言葉が出てこないわよ」

 

 それはごもっともでございますね、はい。

 いやでもその原因を作った元凶は唯さんなんですが。うん、ダメだ。ここで唯のせいにしたら兄としての好感度が下がってしまう。ここは反論しないのが正解だ。

 

 

「せやな」

 

「あんた今ちょっと唯のせいにしようとしたでしょ」

 

 な、ん……!? 何故バレた!? まさかあの一瞬の間でそこまで感づいたというのか……!? これが全国の母が共通に持っているスキル、『オカンの鋭い勘』なのか。

 

 

「その辺にしとこうよお母さん。久しぶりにお兄ちゃんと会えたんだしさ。お兄ちゃんもさっきはごめんね? つい嬉しくて飛びついちゃったけど、痛かったよね」

 

「ん? ああ、いいよ別に。確かに気絶しそうなくらい痛かったけど、嬉しくて飛びついて来たんなら何も気にしないさ。俺的には中三になったお年頃な妹に嫌われてなくてホッとしたぐらいですよ~」

 

 これは事実である。

 中学3年ともなると思春期やら反抗期があったりで親や兄妹とかで何かとトラブルがあったりするのが常だ。『お父さんの下着と一緒に洗わないで!!』とか『クソ兄貴が気安く話しかけてくんな』とか『よく分かんないけどくたばれ』などボロクソに言われるのが世の常識となりうるこの現実で、嫌われてないのは非常に救いだった。いやまじで。

 

 5年振りに帰ってきて唯に冷たい態度とられたら一人で家出するレベル。

 

 

「え? ないない、私がお兄ちゃんを嫌うわけないじゃん。そんなの世界が滅んだってないよ! ずっと大好きのままでいるよ私!」

 

「お、おう……そこまで言われるとは思わなかったよ。え、何? 別に俺そんなに好かれるようなこともしてないんだけどな」

 

 嫌われるよりかは嬉しいけど大好きとまで言われるのは少し大袈裟な感じもする。何かしたっけかな?

 ともあれ唯に大好きとか言われるとお兄ちゃん無限に口角上がっちゃうよ。ご飯10杯はいけます。

 

「お兄ちゃんは、私の“ヒーロー”だもん。嫌うはずないよ……」

 

「あー、ヒーローねえ……」

 

 言われてようやく少し思い出す。確かにそう言われるようなことが小学5年生の時にあった。

 だがそれは兄として妹のために行動しただけで、ヒーローなどと言われることはしていない。けど、まあ、唯がそう思ってくれているなら否定はしないでおこう。

 

「そっか。ありがとな、唯」

 

 そう言って昔から唯にやっていた頭を撫でてやる。

 他人の女子にやったらセクハラと間違われるかもしれないけど、妹だから大丈夫だよな? 中三でも大丈夫だよな? 通報されたりしないよね?

 

 

「うふぇ……これは5年振りだけど相変わらずお兄ちゃんの手は気持ちいいなあ……」

 

 良かった、嫌悪はされてないみたいだ。

 

 こうしてじっくり見てみると唯もやはり成長しているのが分かる。中3にもなると女の子らしくというか、出るとこは出ていたり、5年前とは髪はあまり変わってないが肩までのセミロングの茶髪で女性らしさが増している。いうなれば美少女だ。超可愛い。え、嘘、めっちゃ可愛いじゃん。

 

 

「じゃあ、とりあえず懐かしむのはその辺にして、事前に送られてきたでかい荷物はもうあんたの部屋に整理してるから、今ある荷物を一通り整理してきなさい」

 

 唯を撫でていると母さんから制止の声がかかる。少し名残惜しい気もするが、いつまでも撫でているわけにもいかない。手を離すと唯があっ……と声を上げたような気がしたが気のせいだろう。

 

 

「ああ、分かった」

 

 唯の髪サラサラだったな……。変態か俺は。おまわりさん僕です!

 すると、母さんと唯が廊下の少し奥まで進み、急にこちらに振り向いた。

 

 そして。

 

 

 

「じゃあ拓哉」

 

「お兄ちゃん」

 

 

 

 

 同時に。

 

 

 

 

「「おかえり!!」」

 

 

 

 

 懐かしい、そして気持ちの良い笑顔で言ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何だかむず痒い感覚に襲われながらも、自然に笑みがこぼれるのを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

「……ただいま」

 

 

 

 

 やっと、我が家に帰って来た実感が出てきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ後頭部ヒリヒリするけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まだ原作キャラ達が出て来ない……だと……!?
自分で書いててびっくりしました。

多分次には出てくると思うので。
回想にはそれっぽいのが出てきたんですけどね。


岡崎家は母、父、唯、拓哉の4人家族です。
ちなみに父の名前は岡崎冬哉(おかざきとうや)です。

誤字等あれば報告よろしくです。


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2.再会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は自分の部屋で荷物の整理を終えてからリビングのソファで休憩していた。

 

 

「うあ~……疲れた~」

 

「男なのにそんなことで疲れてどうすんのよ」

 

「男でも疲れるのは疲れるんですよーだ……」

 

 重くてデカい荷物を両手で持ちながら駅からずっと歩いて来たんだぞ。あと途中で恥ずかしいからちょっと走ったんだぞ。恥ずかしい思いしたのは自業自得ですけどね!

 

 

「だらしないわね~あんた」

 

 酷い言われようである。

 母親ならもうちょっと労いの言葉とかくれてもいいんじゃないですかね。拓哉さん悲しい。

 

 

「ちゃんと体鍛えてんでしょうね?」

 

 母さんが呆れたように俺を見て言ってきた。

 む、何を失礼な。

 

 

「一応だけどそれなりに鍛えてるよ。ムッキムキにならない程度ではあるけど」

 

 男としてやはり筋肉はつけておいた方が良いということで俺はたまに自分の体を鍛えている。だけどガチムチにならない程度で。これ重要な。

 言うなれば中背中肉くらいだと思う。細マッチョよりちょい下位である。

 

 

「そ、ならいいけど。その方が頼り甲斐があっていいわね」

 

 鍛えている理由は他にもあるが今はいいか。

 

 

「拓哉が成長してこっちに帰ってきてくれたから、これからはどんどんパシらせられるわね」

 

「息子を何だと思ってやがる」

 

「パシ……げふんげふん、大事な息子に決まってるじゃない」

 

 

 完全に言いかけてじゃねえか。本音8割出てたじゃん。

 もうこんなとこやだ拓哉おうちかえる! ……ここ俺ん家だったわ。世も末だな。

 

 

「ちょっと拓哉、冗談だってば! 半分くらいは」

 

「そこは半分って言っちゃダメだろちくしょうっ!!」

 

 ダメだ、ここにいたら余計疲れる……。この場を離れないと精神的にも辛くなってきそう。

 仕方ないからどこか避難しようと時計を見るとちょうど12時を差していた。そろそろ昼時だし外出がてらに外で昼飯でも食べるか。

 

 

「はあ……んじゃ俺はちょっと出掛けてくるから、昼飯は外で食べてくるわ」

 

「あら、そうなの? ……ははーん、なるほど母さん分かっちゃったわよ? 会いに行くんでしょ? 久しぶりに」

 

 相変わらず無駄に鋭い母だ。何だそのにやけ面はやめろ。

 

 

「まあ、それもあるけど、5年振りの町を見たりとか秋葉で買い物ついでにな」

 

「はいはい、言い訳はいいからさっさと行ってらっしゃい」

 

 くそっ、精一杯の反抗のつもりが軽くあしらわれてしまった! この母親には反抗期になっても勝てない気がする。

 もういいもん! さっさと行くもん!

 

 足早に外出準備を終え靴を履いてさあいざ行かん!! としていたら階段から唯が下りてきた。

 

 

「あれ? お兄ちゃんどこか出掛けるの?」

 

「ん? ああ、ちょっと出掛けてくるよ。昼飯も外で食べるつもり」

 

「そうなんだ。もしかして久しぶりに会いに行くの?」

 

 親子揃って女の勘は鋭いな。エスパーか何かかよ。

 いや、俺が分かりやすいだけなのか? すぐ顔に出たりするとか? ヤバイ、こうなったらクールで無表情な渋い人になるしかない。

 

 

「そうだけど、どうして分かったんだ?」

 

 一応理由を聞いてみる。

 

 

「だってお兄ちゃん、別れる時に“帰って来たら最初に会いに行く”って言ってたでしょ? だからかなって」

 

「そ、そうか…」

 

 おぉふ、まさか唯が覚えていたとは……。ん? じゃあ母さんも俺が言った発言を覚えてたから当てられたのか? ということは別に俺は顔に出るとかそういうわけじゃなかった? なるほど、そうかそうか。

 なら安心して出掛けられるぞ、さあいざ行かん!!

 

 

「それにお兄ちゃん、場合によっては結構顔に出やすいタイプだからね」

 

 

 岡崎拓哉轟沈であります。

 ふっ、笑えよベジータ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで俺は今道を歩いている。

 と言っても幼馴染みの家は俺の家からたったの5分だ。走ったら1分いくかいかないかというレベル。会ったら何を話そうかとかもうそんな心の準備をする暇もない。やばい、もう家の前まで来ちゃったよ……。

 

 和菓子屋『穂むら』、それが幼馴染みの家だ。名前でもう分かってると思うが和菓子の店をやっている。ここの穂むら饅頭は小さい頃から好きだった記憶がある。なんか新作メニューとか増えてるだろうか。

 なんて現実逃避しても店の前でずっと突っ立ってる者がいたらそれは怪しい者以外の何者でもない。

 

 ここでウジウジしても仕方ないし、男ならアドリブでぶつかってやろう。

 

 

 軽快な音と共に引き戸を開けて店内に入ると誰も居なかった。

 まさか奥の方にいるのか? と思った矢先。

 

 

「あらごめんなさいねえ」

 

 奥から女性が出てきた。

 

 

「ご注文は何になさいますか? ……って、あら? あなた、少し見覚えが……。もしかして……」

 

「どうも、お久しぶりです、桐穂さん」

 

「た、拓哉君? あなた、まさか拓哉君なの!?」

 

 そう、この人が俺の幼馴染みの穂乃果の母親である高坂桐穂(こうさかきりほ)さんだ。

 

 

「そうですよ。5年振りにここに帰って来たんですよ。さっき帰って来たばかりなんで挨拶しに来ました」

 

「へえ~、そうだったの。それにしても大きくなったわねえ。あたしよりでかく成長しちゃってまあ……。それに……うん、やっぱり良い男になったじゃないの! かっこよくもなってるし!」

 

 そんなまじまじと全身見られると緊張するんですけど……褒めてくれるのは嬉しいんですけどね?

 

 

「そうですかね? 大きくなったのは分かりますけど、1度も彼女出来たことないしモテてないんでカッコいいかは分からないですよ。むしろ出会いが欲しいまであります」

 

 嬉しいけどお世辞として受け取っておこう。嬉しいけど!

 実際俺に彼女とかいたことないからモテるのはあり得ない。自分で言ってて悲しい。

 

 

「あら、お世辞じゃないのよ? 本当にイケメンになったと思ってるんだから。謙遜なんかしないの!」

 

「それを言うなら桐穂さんだって、5年振りに会いますけど全然見た目変わってないしずっと若いままですよ」

 

 このまま褒められっぱなしは照れるので俺からターゲットを桐穂さんに変える。

 いやほんと、見た目全然変わってないなこの人。

 

 

「やだちょっとお世辞も上手くなっちゃってもう!!」

 

 バシバシと俺の背中を叩いて照れる桐穂さん。

 痛い、普通に痛いです。力強くしすぎじゃないですかね。元気あり余ってんな。

 

 

「あ、そうだ。久しぶりに会ったんだから出来立ての饅頭サービスしてあげるわ!」

 

「お、マジすか!」

 

 これはとてもありがたい。

 昼飯代が少し浮くのでこちらとしては是非お願いしたい所存だ。思わぬ収穫だった。

 

 

「じゃあちょっと上がって待っててくれる? お父さんに作ってもらうから!」

 

「あ、はい。分かりました」

 

 そう言って桐穂さんはキッチンの方に消えていった。

 

 さてと、なら俺も上がらせてもらって待ちましょうかねえ。……いや、このまま穂乃果の部屋に行ってサプライズで脅かしてやろうか。久しぶりに会った穂乃果の驚いた顔で爆笑してやろうそうしよう。

 そう思ったら即行動。と、そこまで思って上がろうとしたら2階の階段から急に激しい足音がして下りてくる音がする。

 

 しまった。桐穂さんと喋ってた声が聞こえて穂乃果にバレたか? サプライズドッキリ始まる前に終わってしまったら視聴率取れないじゃんかよ。テレビに流れないけど。

 そんな俺の心情とは裏腹に下りてきた人物は穂乃果ではなかった。

 

 短めの少し赤みがかった茶髪の子なんて、一人しか知らない。

 

 

「たく兄ィィィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!!」

 

 ……あれ、なんかデジャヴを感じるぞ。

 嫌な予感しか感じないんだけど。

 

 

「お前、雪ほぼぅッ!?」

 

 回避の暇なんてなかった。

 俺の腰に突撃ダイブしてきたと同時に俺ごと後ろへぶっ飛ばされる。もちろん後頭部大ダメージだった。

 

 あ、頭が、頭が割れるぅぅううううッ!? せっかくさっきの後頭部の痛みが引いたのに……。というか2回目って何だよ。こんな後頭部に何度もダメージ喰らうなんてそうそうねえぞ!

 痛みでまためのまえがまっくらになりかけていると、

 

 

「久しぶりだね、たく兄!! 元気だった!?」

 

 穂乃果の妹――高坂雪穂(こうさかゆきほ)は無邪気にそんなことを聞いてくる。うーん、この状況で何故元気に見えるのかねちみは? 今にも俺は教会に運ばれてもおかしくない状況なんだけど。スライムに攻撃されたら即終わりなんだけど。

 

 

「元気かどうかと問われれば、元気だった……かな……」

 

「何で過去形?」

 

 いや理解しろよ、してくれよ、してくださいよ。危うく頭が2つ出来るかと思ったわ。いや出来ないけどさ。

 

 

「ゆ、雪穂……何で、いきなり俺に突撃ダイブしてきたんだ……?」

 

「それはね、唯がメールでたく兄がこっちに向かうって連絡が来て、たく兄に思いっきり飛び付いたら喜ぶよって教えてくれたんだ」

 

 ……あるぇー? 唯さんさっき謝ってきたよね? 俺がめちゃくちゃ痛がってたのを見て謝ってきたよね? なのに何で雪穂にこんなこと教えたんだよお兄ちゃんに何か恨みでもあったのか唯さんは。これは帰ったら説教する必要がありますねえ。

 

 

「だ、だから俺がいるって分かったのか」

 

「うん!!」

 

 相も変わらず無邪気に答える雪穂。小さい頃から雪穂はあんまり変わってない……のか? 小さい頃みたいに実の兄のように懐いてくるのは変わってなかったから変化という変化はなし、なのだろうか? うーん、女の子はよく分からん。

 

 

「なるほどね。とりあえず雪穂、そろそろどいてくれないか? 体勢的にも色々とまずいのでせうが……」

 

 端から見ると雪穂が俺を押し倒してるようにしか見えないだろう。

 店内に誰もいないから見られずに済んだがそういう問題ではない。主に俺が。

 

 

「え……? あっ……あ、あややややや、ご、ごめんなさい!!!!」

 

 自分の体勢と状況を理解した雪穂は即座に光速が如く俺から飛び退いた。あの速さ、俺でなきゃ見逃してるね。

 

 

「いや、俺は別に大丈夫なんだけどさ、雪穂が今の態勢を誰かに見られたら色々マズいだろ? ほら、何か、アレだったし」

 

 そう言うと雪穂は顔を赤らめ何故かモジモジしている。

 

 

「ええ、ああいや、その……たく兄はそんなことしてこないって信じてるから私は見られても平気だよっ!!」

 

「オーケー待つんだ雪穂。とりあえず落ち着いて今言った発言の意味を考えて、取り消すんだ。そうじゃないと殺されるぞ。主に俺が」

 

「……ぁ、ああああああ! ご、ごめんなさい!!」

 

 いきなり何て発言してくれちゃってんのこの子? もし今のがキッチンにまで聞こえてたら俺はすぐに大輔さんに饅頭にされてしまうぞ。物理で。

 ちなみに大輔さんってのは穂乃果の父親の高坂大輔(こうさかだいすけ)さんのことである。あの人小学生の頃から穂乃果や雪穂に少し親バカのとこあるからなあ。あの人の前では下手な発言はしない方がいい。饅頭かお餅にされる。まんじゅうこわい。

 

 そんなことを考えてる内に雪穂も深呼吸して少し落ち着いてきたようだった。

 

 

「ふう……。あ、えっと、私お姉ちゃん呼んでくるね!」

 

「ん? ああ、頼ん……はやっ」

 

 俺が言い終わる前に雪穂は脱兎の如く階段を登って行った。

 

 それにしても、雪穂もちゃんと成長していたな。いや、当たり前だけどさ。うん、なんか、可愛くなってた。唯には劣るが胸もそれなりに成長してたし、これは将来有望ですな!

 何幼馴染の妹の発育状況を冷静に分析してるんだ俺は。この5年間で大分キモくなってるらしい。自己分析だけど。

 

 腕を組みながら自己嫌悪していると、2階から先ほどと同じく階段を下りてくる足音が……って、ふんっ、さすがにもう学習してるっての。二度あることは三度あるって言葉があるくらいだ。うっすら予想はしてたからな。雪穂が呼びに行ったからおそらく下りてくるのは穂乃果だろう。

 

 いいぜ、来いよ! こちとら三度目の正直だ。踏ん張って受け止めてやるよ今度こそ!!

 

 万全の態勢で待っていると、下りてきたのは案の定俺の幼馴染の高坂穂乃果(こうさかほのか)だった。

 5年も会ってなかったけどやはりそこには5年前の面影がある。あの頃と変わらないサイドテール、つぶらな青い瞳、どことなく無邪気さを感じさせる雰囲気。体もしっかりと成長していた穂乃果が今まさに目の前にいた。

 

 ん? 目の前?

 

 あれ、拓哉さんの脳内では穂乃果が叫びながら俺に飛びついてくるという鮮明なシーンが再生されてるのですが……。

 あ、これ恥ずかしいパターンのやつや。2人も飛びついてきたから3人目も飛びついてくるやろと自信満々に受け止める態勢に入って結局何も起こらないという一番恥ずかしいパターンのやつや。穴があれば入りたい。

 

 

「た、く……ちゃん……?」

 

 すると穂乃果が俺の名前を確認するように、しかしか細い声で聞いてくる。

 

 

「ほ、穂乃果さん? 一体全体どうしたんでせうか……?」

 

 逆に聞いてみたら穂乃果は俯いてしまった。

 何かおかしいと思いながらも俺は恥ずかしさを紛らわせるために言葉を紡ぐ。

 

 

「ほら、こんなキャラじゃなかっただろお前? お前はなんかこう、無邪気で元気いっぱいな感じのヤツだったろうが! そんなお淑やかにキャラチェンジしてたら拓哉さんもさすがに困惑しちまいますよ?」

 

 俯いてプルプルと震える穂乃果の前で俺は羞恥心を紛らわせるためにさっきまでとっていた受け止める態勢を崩した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 否。

 ()()()()()()()

 

 

「あとお前、この歳になってたくちゃんはもうやめ―――、」

 

「たくちゃあああああああああああああん!!!!」

 

「なんでッッ!?」

 

 ゴガーン!!と。

 もうお馴染みの後頭部直撃だった。

 

 お、ぉぉぉぉおおおおおおお……ッッ!? の、脳が揺れる……! ちくしょう! フェイントはなしだろうがよ!! 聞いてねえよこんなの!!

 飛びついて相手の後頭部にダメージ与えるの流行ってんのか!? 今年の流行動大賞でも狙ってんのかこのやろう!! あっ、でも今の結構上手いこと言えたかも。

 

 

「本当にたくちゃんなんだよね!? 間違いないよね!?」

 

「合ってるけどもし違ってたらお前は殺人未遂で捕まってるところだな」

 

「ええ! ひどいよたくちゃん!!」

 

 何言ってんのこの子は?

 ひどいのはどっちなのか理解してないのかこの小娘ェ!

 

 

「俺は現在3度目の後頭部直撃のダメージで脳がミックスジュースになりそうなんだよ。これについてはどう思うかね?」

 

「痛いの痛いの飛んでけー!!」

 

「続きは署で聞こうか」

 

「わー! ごめんごめん!! 冗談だよたくちゃん!」

 

 こいつなら本気で痛いの痛いの飛んでけーとか言いそうなんだけど。

 

 

「でも、こうして話してるとやっぱりたくちゃんが帰ってきた感じがするね! おかえりたくちゃん!!」

 

 俺を押し倒したままの態勢で笑顔のまま俺に穂乃果は言ってくる。

 この態勢のまま言うことかこれ。

 

 

「こっちは頭が痛いってのに……。まあでも、ただいま」

 

 穂乃果をどかしてからもう一度お互い向き合う。

 

 

「ほえ~、たくちゃんおっきくなってるね~」

 

 や、だからお前も全身見回すな。親子揃って天然か。ちなみに俺が穂乃果の体を見回すとセクハラになる。男って……辛いよな。さっきの雪穂とかは決して見回してなどいない。雪穂の服装を見てただけだ。分析はしてたけど。十分ダメだったわ、うん。

 

 

「お前も女の子としては充分でかくなってるだろ。外面だけ」

 

 それを聞いて穂乃果がふくれっ面になった。

 頬を膨らましてる顔は子供のころと変わらないらしい。

 

 

「もう! 外面だけってどういうこと!?」

 

「はっはっはっは!! 文字通り中身はガキのままだと言ってるんだよ!!」

 

 やっぱり穂乃果をからかうのは面白い。昔からツッコミの上手いヤツだったけど、それは今も健在なようだ。こんなやり取りも懐かしいと思える。

 だけど、やっぱり昔から変わってないなこいつは。

 

 

「昔から変わってないな、お前」

 

 思っていたことを口にしたら穂乃果の顔がキョトンとする。

 どうしたんだろうか。

 

 

「たくちゃんも変わってないよ?」

 

 あまりにも自然な言葉で返してきた。

 自分でも少し目を見開いてるのが自覚できる。

 

 

「いや、俺は結構変わったぞ? 昔よりちょっと荒っぽくなってるからな」

 

 中学の頃を思い出しながら冗談半分真実半分で言ってみる。

トラブルやらのせいでしたくもない喧嘩を結構頻繁にしていたからあながち間違ってはないはずだ。

 

 

「ううん、それは嘘。たくちゃんは何も変わってない。根本は何も変わってないよ。だって帰って来たばっかで最初にこの家に来てくれたもん。あの時の約束も、ずっと覚えててくれてたんでしょ?」

 

「……、」

 

 どいつもこいつもするど……いいや、穂乃果の場合は違うか。こいつだけは俺が言ったことを本当にずっと覚えてて、だから会った時もすぐに飛びついては来ずに、あの時の言葉を体に染み込ませて俺にぶつかってきた。

 

 

『約束する。すぐには無理だけど、でも、絶対いつか帰ってくる! だから泣かないで笑って見送ってくれよ。そして帰って来た時も、最高の笑顔で迎えてくれ』

 

 別れる時に、俺が小さいながらも穂乃果を説得するために必死に紡いだ言葉。そして本音の言葉でもあった。

 この言葉を穂乃果はしっかりと覚えていた。そして約束通りに穂乃果は最高の笑顔で迎えてくれたのだ。

 

 

 

 

 そう思えたら、頭の痛みはなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが俺と穂乃果との再会だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




かよちん誕生日おめでとうございました!
来年はちゃんと個人の短編書くからね……。

書ける時に書かないと……。

やっと原作キャラ出せた……。
と言っても一人だけですけどね!


誤字等あればご報告ください。


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3.もう2人の幼馴染

 

 

 

 

 

 

 

 

 穂乃果との再会を終えた俺は今、何故か2階の穂乃果の部屋に連れられていた。

 

 

 

「なあ、再会は済ませたしさ、俺は饅頭出来たらすぐ出ていくつもりなのに何でここまで連れて来られてんの? 1階で待ってちゃダメなのか?」

 

「ええ~! いいじゃんいいじゃん。せっかくなんだからもっと喋ろうよ!」

 

 いや、そうは言ってもですね……。

 戻ってきたからもう喋ろうと思えばいつでも会って喋れるじゃん。お前のことだからこれから毎日連絡してきそうだし。

 

 

「せっかくって言ってもよ、どうせこれからまた何回も会うだろ? 今話さなくても別に明日でも明後日でも喋ればいいじゃねえか」

 

 俺は饅頭出来たら早く秋葉原に行きたいのよ。そして用事を済ませたら家でさっさと寝たいのよ。ゴロゴロしたいのよ!

 基本引きこもっていたい体質だからベッドで横になりながらマンガを読みたいのである。

 

 

「今日帰って来たんだから今日喋らないとダメなの! もう、分かってないなたくちゃんは!」

 

 いやこっちがちょっと何言ってるか分かんないっす。

 何そのよく分からない理屈。わけが分からないよ。

 

 

「それに海未ちゃんとことりちゃんと遊ぶ約束してるからもうすぐこっちに来るんだよ! 久しぶりに会ったらいいじゃん」

 

 あー、なるほど、そっちが本当の理由か。ならまだ納得は出来る。

 

 

「海未とことりか、あいつらとも久々だな。どうせ会うなら早いうちに会っとくか」

 

「うんうん! その方がいいよ! 2人にもたくちゃんが帰って来たって連絡しといたからね!」

 

 いつの間に連絡してたんだよ。会ってから1回も俺と離れてなかったのにいつ連絡してたんだ? あれか、階段上がってるときか、階段上がってる途中のたった数秒で2人に連絡してたというのか?

 何それ今時の女子高生こわい。外で変な行動したら即ネットに晒されそうでこわい。それはまた違うか。

 

 

「海未ちゃん達凄い勢いで走ってきたりして~」

 

 穂乃果がニヤッとしながら言ってくる。

 

 

「いや、ないだろ。そんな無駄に体力消耗してまで逃げもしない俺に会いにくる理由がないし」

 

「たった今まで饅頭出来たらすぐ帰ろうとしたくせにー」

 

「うるへっ、黙らっしゃい」

 

 そんな感じで穂乃果と雑談していると突然下の方から音が聞こえた。その音源の方から声が聞こえる。

 

 

『すみません、お邪魔します!』

 

『ハァ……ハァ……お邪魔します~!』

 

 と、それが聞こえた途端、物凄い勢いで階段を上がってくる音がどんどん迫ってくる。

 お、おい、ま、まさかとは思うけど、そのまさか……?

 

 俺は苦笑いしたまま穂乃果の方に振り向くと……穂乃果がニンマリと笑顔をこちらに向けていた。

 途端、バタンッと部屋のドアを勢いよく開かれた音がした突如、

 

 

「穂乃果!! 拓哉君が帰って来たというのは本当なのですか!?」

 

「穂乃果ちゃん!! たっくんが帰って来たって本当なの!?」

 

 口調は違えど園田海未(そのだうみ)(みなみ)ことりの2人の息はぴったりだった。

 

 

「たくちゃんならここにいるよ~」

 

 指さす穂乃果の言葉と共に2人の首が勢いよく座っている俺の方に向く。いや、怖いんだけど。そんなギロッと見ないでくれる? 何その偽物なら容赦はしないみたいな視線。

 蛇に睨まれた蛙か俺は。

 

 

「よ、よう。海未にことり。久しぶり……だな……?」

 

 2人の視線が怖くて少し動揺してしまった。だって怖いんだもん。

 俺の言葉を聞いて2人はキョトンとしていた。そしてすぐに俺はさっきまでの失態を思い出し臨戦態勢の構えに持ち込んだ。分かりやすく言えばウルトラマンの構えだ。もう後頭部はやらせんぞ。

 

 

「た、たっく~~ん!!」

 

 そしてことりがこっちにやってくる。ほれ見ろやっぱり来やがった! だが今回はばっちり構えてるから何も怖くないんだよ!!

 だがしかし、ことりは今までの穂乃果達のように腰に飛びついて来たりせずに、パタパタと小走りで俺の腕下辺りに手を入れて優しく抱き付いてきたのである。

 

 ……ちょ、待って、のであるとか言ってる場合じゃない。さすがにこれは予想外、変化球過ぎる。どうせまたどこかで意表突かれてダメージ喰らうと思ってたのにこれは予想してないわ。

 

 

「こ、ことり……さん?」

 

「たっくん、ずっと会いたかったんだよぉ!」

 

 と言いながら俺の胸に顔をうずくめることり。あ、やばい、普通に抱きしめられるのは嬉しいけど久々に会ってあまりにも成長していることりのお胸様が俺の体に当たっている。アカン、これはもっと堪能しな……離さないと海未に何されるか分かったもんじゃない。海未も成長してるからきっと制裁も以前より強力になっているに違いない。

 

 

「ことり? 分かったからそろそろ離しても……ん? 海未?」

 

 ことりに離して貰おうと思ったらいつの間にか海未が俺の右側の服の裾を掴んでいた。これは殺られるパティーンかな?

 そう思い覚悟していたが海未からの制裁は来ずに海未は俯いたままボソッと何かを呟いていた。

 

 

「わ、私も、ずっと会いたかったん、です……よ……?」

 

 成長して余計に大和撫子になった海未の上目遣い。可愛いけど、な、何かちょっとS心がそそられるんだけど? ちょっとイジメちゃダメ? あ、でも後でフルボッコにされるのが目に見える。

 だが、成長はしても小さい頃からの恥ずかしがりは今もなお健在のようだ。それでも恥ずかしいのを我慢してこんなことを言ってくれたのは素直に嬉しかった。

 

 

「ああ、俺もずっと会いたかったぞ。ことり、海未」

 

 言うと2人の顔が明るくなった。

 

 

「だからそろそろ離れようか?色んな意味でヤバいから、俺が」

 

 やっと2人を離す。因みに2人がくっ付いてきてるあいだ穂乃果は『うんうん、抱き付きたくなる気持ち、分かるよ!』とか言っていた。お前の場合は飛びついて来たが正解だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく場が落ち着いてきたから4人でテーブルを囲いながら俺達は雑談をしていた。

 

 

 

「そういえばたくちゃん、向こうでの中学校とか高校とかどうだったの? 楽しかった!?」

 

 穂乃果が食い気味でぐいぐい聞いてくる。

 お前はいい加減落ち着きなさい。あと近い。良い匂いがするであります。

 

 

「んー、どっちも楽しかったっちゃ楽しかったのかな。でもまあ色々あったし、大変だったと言えば大変だったけど」

 

「色々大変だったって、どういう事ですか?」

 

 俺が苦笑いで言ってたせいか海未が疑問を聞いてくる。気になって当然か。

 あまり良い気もしないけど、聞かれたらから答えるだけだし別にいいよな。

 

 

「あっはっはっは! いやー何ていうかね、結構喧嘩?みたいな事とかしてたからさ、大変な時もあったんだよ……って海未さん? な、何故握り拳を作ってゆっくり迫って来てるんでしょうか……?」

 

 目が怖いよ? その目はいつかの俺に暴力、もとい制裁をしてきた海未の目そのものだった。あ、やばい。これあかんやつや。

 

 

「何で中学や高校で喧嘩ばかりしているんですか!? そういうのを不良やヤンキーなどと世間一般から快く思われてない人のことを言うのですよ!!」

 

「ヘイガール! 違うんだよ待ってちゃんと理由を聞いて! 学校外での喧嘩の方が多かったから!!」

 

「余計タチが悪いじゃないですか!!」

 

 あるぇー!? 逆効果だったんだけど! さっきより目つき悪くなってるし殺る気満々だよこの人!?

 

 

「ちょ、ちょっと待って海未ちゃん! たくちゃんが何の理由もなしに喧嘩するはずないよ!」

 

「そうだよ海未ちゃん、だから、ちゃんとたっくんの理由聞こ?」

 

 ああ、ありがとう2人共。お前らは俺のメシアだ!! 今度飴ちゃんあげるからな!!

 

 

「…………それもそうですね。では、理由を聞いてから制裁致します」

 

「理由が理由なら制裁は仕方ないね」

 

「あはは……そうだね……」

 

 うーん、あれ? これ実は救われてなくね? 寿命が延びただけじゃね?

 

 

「で、理由というのは?」

 

 海未が鋭い目付きで睨んでくる。ふえぇ……さっきの上目遣いの可愛らしさが微塵もないよぉ……。

 

 

「あーその、理由ってのはですね。学校内でカツアゲされてるヤツとか助けたり、学校外じゃ嫌がってるのにしつこくナンパされてる女の子が何故か結構いるから、それを助けるために喧嘩したりとか、そんな感じかな。あ、で、でもあれだぞ!? 俺は最初は穏便にしようと思って喋ってるんだけど、大概向こうが殴りかかってくるから仕方なくというか何というか……そう! 正当防衛だよ正当防衛!!」

 

 理由は間違ってないのに焦っているせいで言い訳に聞こえてしまう……!

 これ、信じてくれるのか。正しいのは俺だし大丈夫だと思うけど。

 

 

「……で、今まで殴りかかってきたその人達を、どうしたのですか?」

 

「言っても聞かないからとりあえず分かるまで叩きのめした」

 

「思いっきり過剰防衛じゃないですか!!!!」

 

 瞬間、海未の拳がとてつもない速度でこちらに飛んできた。

 

 

「おぉぉぉおう!?」

 

 あ、あぶ、あぶ……!? か、辛うじて避けられたけど、もし当たってたら壁にめり込みそうな勢い……。いやマジで。ヒュンッって風を斬る音がしたぞ!? 洒落になってねえ。死んじゃう。

 

 

「い、いやでもう……海未さん!? それじゃあどうしろってんだよ!? 俺に殴られろってか!?」

 

「違います! 正当防衛の範囲でなら私だって怒りません。ですが拓哉君の場合は過剰防衛の域に達しています。私はそれに怒っているのです!!」

 

「で、でもさ、海未も知ってるだろ? 俺が親父に言っても聞かないような悪いヤツらには例え大人でも女でも殴ってでも分からせるべきだって教育されてんの!! 俺はそれをしたまでであってむしろ助けた拓哉さんは褒められるべきだと思うのですが!?」

 

「なら1発2発殴るだけでいいのに、殴りまくるのが良いわけないでしょうがああああああ!!!!」

 

「いやァァァあああああああああああッ!?」

 

 こ、殺されるぅぅ!! 久々に会った幼馴染に何でこんな目に合わせられなければならないんだ俺は!? 理不尽にもほどがあるぞちくしょうめ!

 そ、そうだ。穂乃果達に救援要請を出せば……!!

 

 

「穂乃果、ことり!! 頼む、海未を説得してくれ! このまま死にたくないんだ俺は!!」

 

 俺の必死の言葉に穂乃果とことりは顔を見合わせ、

 

 

「たくちゃん、今まで助けてきた人達の何割が女の子なの?」

 

 な、何でこんな時にそんなこと聞いてくんのこの子? こっちは必死に攻防を繰り広げてるってのに。

 

 

 

「ほぼ9割だ」

 

「海未ちゃん、やっちゃって♪」

 

 天は俺を見放した。

 

 

「覚悟しなさい拓哉君!!」

 

「何でだァァァああああああああああああああああッ!!!!」

 

 や、殺られる……!! 母さん、親父、先に旅立つ親不孝な自分をお許し下さ……って、あれ? 海未からの鉄拳が来な、い……?

 恐る恐る顔を上げて海未の方を見るとギリギリの所で拳は止められていた。大丈夫、恐怖で漏らしてはいない。

 

 拳を引っ込めた海未はやれやれといった感じで、

 

 

「はぁ……まあ、本当に人助けにはなっているようですし、久しぶりに会ったということも踏まえ、今回は見逃してあげましょう」

 

 え? マジで? 助かったの俺? 凄い、生きてるって素晴らしい。

 

 

「た、助かった……」

 

「許して貰えて良かったね、たくちゃん!」

 

「とどめの一言言った張本人が何言っちゃってんの?」

 

 こちとら恐怖で震えあがってたのによお!! 余計な一言言いやがってよお!! 泣いちゃうぞコノヤロー!

 そんな俺の頭にことりの手が置かれた。何をするかと思えばそのまま頭を撫でてきて、

 

 

「よしよーし、怖かったねえたっくん」

 

「ごわがっだよぉぉおおごどりぃぃいいい!!」

 

 やはりことりは大正義ラブリーマイエンジェルことりだった。

 ことりの手は世界で一番綺麗だからな。触れた者は片っ端から浄化されるから。はあ、癒される……。

 

 

「こ、怖がりすぎでしょう。泣かれるまで怖がられるとさすがにこちらもショックなのですが……」

 

 いやいや、あんな殺気丸出しで迫られたら誰だって怖いから。妥当なリアクションだから。

 

 

「ねえねえ、急に話変わるんだけどさ。たくちゃんはこっちに戻ってきたってことは、どこの学校に行くの?」

 

 ホントに急に話変わったなオイ。

 一生撫でてもらいたいが仕方なく俺はことりから離れて、

 

 

「一応、近くの学校に転校するつもりだよ」

 

 音ノ木坂に転校することになっているが今はこいつらには内緒にしておこう。当日のサプライズって事でびっくりさせてやんよ。

 

 

「そうなんだ~」

 

 穂乃果は聞き流しながら揚げ饅頭を食べている。おい、自分から聞いといて何その態度? 説教するよ? 正座させて小一時間説教するよ?

 

 

「それにしても、たっくんおっきくなったけど、小っちゃい頃の姿をそのまま大きくしただけみたいな感じだね」

 

 ことりが不意にそんな事を言ってくる。

 その辺は自分じゃよく分からんな。

 

「それを言うならことりや海未、穂乃果だって小さい頃の姿のまま大きくなっただけじゃねえか」

 

 胸部の差以外は。

 

 

「拓哉君、今何か物凄く失礼なことを考えてませんでしたか?」

 

「何を失敬な。あらぬ誤解を勝手に作らないでくれないか海未。誠に遺憾だぞ」

 

 あぶねえ、咄嗟に誤魔化したけどいつの間に読心術を会得したんだ海未のやつ。

 バレてたら現実から消されてしまうところだった。

 

 

「そうですか。ならすみません」

 

 自身の青みがかった髪を揺らしながら謝ってくる海未。本当に3人共、小さかったあの頃の姿をそのまま大きくしたような感じだった。かくいう俺も小学生の頃の見た目をそのまま大きくしたような感じであるようだ。

 ちなみに俺は唯と同じ茶髪の髪を少しツンツンした髪型になっている。

 

 

「なんかみーんな、あの頃とあまり変わってない感じがするよねー」

 

 穂乃果が懐かしむように。

 

 

「そうだね。性格もあまり変わってないみたいだし、あの4人だった元の私達に戻れたみたいだね」

 

 ことりも昔の思い出を引っ張り出すかのように。

 

 

「あの頃は穂乃果の無茶が多くて私やことりがいつも振り回されて、いつもケガをしてしまうかもしれないような遊びをしていたら、後からいつも拓哉君が都合の良いところで駆け付けてくれたんでしたよね……」

 

 海未も以前の記憶を辿っていくように。

 

 

「あの公園の木にお前らが登ってさ、穂乃果が乗ってた木の枝が体重に耐えられなくなって危うく3人共大ケガしそうになったところに俺が走って来たんだよな」

 

 俺も自分の“原点”を思い返すように。

 

 

 

 

 

 それぞれがそれぞれの異なる言葉を紡ぎだす。

 しかし、それぞれが、同じあの頃の記憶を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 ずっと忘れないあの記憶。

 

 

 

 

 

 今も4人の頭に残っている記憶。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が“ヒーローを目指すようになった原点”の記憶。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、時はその記憶にまで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やっと海未とことりも出せました。


そんなわけで次は過去から始まります。
と言っても過去編はすぐ終わりますけど(断言)

一応一週間1話更新を目指しているつもりです。


P.S.
LV(ライブビューイング)ですけどSSA両日参加してきます。
楽しみすぎて前日寝れるか分からないレベル。寧ろ自分の意思で寝ないまである。


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4.過去と今

5thのライブビューイング両日行ってきました。
2日間幸せすぎて終わった後は虚無感と喪失感が凄かったです。見事に何もやる気が起こらなかったですよ。


でも……っ……やっぱり……ラブライブはっ……最高やなっ……!!




あ、本編入りまーーす。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、高坂穂乃果、園田海未、南ことりはいつも通り夕方になるまで公園で遊んでいた。

 

 

 

 

 

 

『ふぅ~、今日も楽しかったな~』

 

『ことり疲れちゃったよ~』

 

『そろそろ帰りましょうか』

 

 夕日が沈み始めている時間、それはつまり小学生が家に帰らないといけない時間とも言える。

 しかし穂乃果が、

 

 

『ねえねえ、帰る前にさ、あの木に登ってみようよ!』

 

 穂乃果が公園の中心に生えているでかい木を指さしながらキラキラした目で言った。

 

 いったい何を言っているんだ、と海未は内心で思う。

 自分は小学生という小さいながらもさすがに木登りは危険だということは普通に分かる。だが、この時の海未はまだ自分の意見をはっきり言えずに引っ込み思案の部分の方が強かった。

 

 が、故に。

 

 

『よし、行こう!!』

 

『穂乃果ちゃんあぶないよ~!』

 

 と言いつつ着いて行ってしまうことり。

 

 

『あ……ま、待ってください~!』

 

 そして自分も、着いて行ってしまう。

 

 物心付いた頃から海未はいつも穂乃果の後ろを着いて行くようになっていた。自分が恥ずかしがりなせいでもあるが、何かとあれこれすぐ行動する穂乃果にまるで反射的に着いて行ってしまうのだ。

 ことりは海未とは違って特に引っ込みがちというわけではないが、やはりと言えばやはり、穂乃果に着いて行くのであった。

 

 海未が穂乃果達に追いついた頃には既に穂乃果がせっせと木に登り始めていた。

 

 

『あ、危ないですよ穂乃果ぁ』

 

『んしょっと、海未ちゃん達も早く来なよお!』

 

 穂乃果が登りながらこちらに言ってくる。

 しかし、ことりも海未もそんなすぐに登れるほど心の準備が出来てはいない。そもそも登りたくないのが本音だ。

 

 

『早くぅ!!』

 

 でも、しかし、だが、いつも通り、いつも通り穂乃果の無茶な行動に振り回されてきたことりと海未は付き合わされる運命にあったのだ!!

 

 

『うぅ~、分かったよぉ~』

 

 そう言いながら登り始めることり。それを見て海未は焦りながらも仕方なく自分も登り始める。

 

 普通に言って、今登っている木は小学生からすると充分すぎるほど大きかった。

 それを登るということは登った後に見る景色は高いということ。屋上に柵があるように、綱渡りの際に命綱があるように、限りある安全の手が施されているわけではない。手と足に入れている力を抜けば落ちて簡単に小さい体に大ケガをしてしまう状況。

 

 そんな中、既に登り切って太めの枝に移っていた穂乃果は、

 

 

『ほら、ことりちゃん、こっちだよ!』

 

『うぅ~……ふぅぃ~……』

 

 ことりの手を引っ張り手助けしていた。海未もその後穂乃果に手助けしてもらい3人共太い枝に移ることには成功した。

 の、だが……。

 

 

『ふぇ~……怖いよぉ~!』

 

 足を踏み外すと確実に落ちてしまうこの状況で、ことりと海未は抱き合って泣いていた。

 対して穂乃果は、

 

 

『うわぁー! 凄いよー!』

 

 1人景色を見て感嘆としていた。

 

 

『ことりちゃん達も見てみなよ! 凄いよ!』

 

 はしゃぎながら言ってくる穂乃果だが、海未達2人はそんな場合ではなかった。子供だから、ただ純粋に高い所が怖かった。逆に怖がらずにはしゃいでる穂乃果は異常なんじゃないのかと海未は思ってしまう。

 とにかく怖い。ここから降りるのも怖い。何なら誰かに助けてほしいとまで思う。

 

 例えばあの少年に。

 

 

『ほらほら! ちょっとでもいいから見てみてよ!!』

 

 そう言われ肩を揺すられる。

 こんな場所で揺すられるなんてたまったもんじゃない。このまま揺すられるのが嫌なので仕方なく抱き合っていた手を離し視界を広げていく。

 

 そこには。

 

 街に沈みかけようとしている夕日があった。

 ただ、それだけだった。

 しかし、それは今までまともに夕日をじっくり見たことがなかった海未とことりを惹き込むくらいに幻想的でもあったのだ。

 

 低い場所から見るのとは違う。たった数メートル違う高さから見るだけでこんなにも景色は違うのかと、海未は思っていた。そこにはもう、恐怖心は存在しない。ことりも一緒に見惚れていて、穂乃果も満足そうに見ていた。

 

 

『ねえ? 凄く綺麗でしょ?』

 

 穂乃果がフフンッと少しドヤ顔で言ってくる。

 

 

『うん、ふわぁ~……凄く綺麗~……』

 

 ことりはさっきの穂乃果と同じようにキラキラした目で見ている。

 

 

『ふぁぁ……』

 

 海未は声は静かに、しかしことり同様に見惚れていた。

 3人が3人、夕日に見惚れ感動していた。

 

 そして。

 

 3人の体重に耐えきれなくなった枝に、亀裂が入る。

 ビキィッ!と、それは突然訪れた。

 

 

『えっ?』

 

『どうしたの? 海未ちゃ――うわぁ!?』

 

『きゃあー!』

 

 3人が、落ちる。あらゆる感触が消え、あるのは重力への知覚だけだった。

 海未はもうダメだと歯を食いしばった。この高さから落ちたら小さいこの体はただでは済まない。確実に大ケガは逃れられないだろう。消え去っていた恐怖が再び襲ってきて反射的に目を瞑る。

 

 ことりは何で登ったんだろうと思った。引っ込み思案な海未の代わりに自分がちゃんと穂乃果を止めていたらこうなることは避けられたはずなのに。どうなるか分からない未来に恐れながらも恐怖で目を瞑る。

 

 穂乃果は後悔していた。最初からこんなことを言わなかったら2人を危険な目に合わせることはなかったはずだ。自分のせいで2人が大ケガをしてしまったら、もう会わせる顔がなくなってしまう。どうしようもない後悔と恐ろしさで目を瞑る。

 

 最中、3人は同じことを思った。

 

 

(たくちゃん……)

 

(たっくん……)

 

(拓哉君……)

 

 一人の少年を思い浮かべる。

 こんなとき、彼なら必ず助けに来てくれる。けれど肝心の少年は今ここにはいない。そんな保障など希望にすらならない願望だった。

 

 しかし、それでも思ってしまう。

 

 

(((助けてッッッ……!!)))

 

 そして。

 それに呼応するかのように。

 

 

『おおおォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!』

 

 岡崎拓哉(ヒーロー)がやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元々ヒーローには憧れていた。

 小学生くらいの男子なら大体が特撮物やら、アニメを見て一度はヒーローに憧れるはずだ。自分はああなりたい、ああいうヒーローになってみたい。岡崎拓哉はそれが、他の男子よりその思いが強かった。

 

 みんなが助けを呼べば必ず来てくれるヒーローに憧れた。泣いている女の子に手を差し伸べるヒーローに憧れた。都合よく、そしてかっこよく颯爽と現れるヒーローに憧れた。

 

 自分もああなりたい。いつも拓哉はそう思っていた。しかし、この現実の世界ではまず異能を持った悪党なんていない。怪獣がいるわけでもない。ましてやデカいロボットが出てくるわけでもない。何もない、何の異能もないただの現実。本当ならその方が町が悪党によって混乱の渦に巻き込まれることもないし、そちらの方が平和なのかもしれない。

 

 

 

 しかし、それでも拓哉はヒーローになりたいと思っていた。

 

 

 例え異能がなくとも、泣いている女の子に手を差し伸べることくらいは出来る。

 

 例え異能がなくとも、助けを呼んでいる誰かの元に駆け付けることくらいは出来る。

 

 例え異能がなくとも、非情な運命に必死に抗うことくらいは出来る。

 

 

 

 

 

 例え異能がなくとも、たった今、窮地に立たされている幼馴染達を助けることくらいは出来る。

 

 

『おおおォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!』

 

 穂乃果達が落ちそうになる前から拓哉は走り始めていた。ギリギリ間に合う。もし間に合わなくても、間に合わせる。

 幸い穂乃果達は3人共固まって落ちかけていた。バラバラで離れて落ちていたら全員助けるのは無理だ。だが、固まっていたら、助けられる。

 

 拓哉は3人の落下地点へと飛び込んだ。

 自らがクッションになるように。それで自分がケガを負うことになっても。自分がクッション代わりになれば穂乃果達は痛みはあろうと大ケガにまでは至らないはずだ。

 

 そして、3人が拓哉の上に落下した。

 ドスンッ!!という鈍い音がした。

 

 

『おぶふぅっ……!!』

 

 いたたた……と海未は腰をさすりながらそんな声が聞こえた方向、つまり下を見ると、

 

 

『た、拓哉君!?』

 

 拓哉が下敷きになっていた。

 

 

『いったーい……ってたっくん!?』

 

『いててて……た、たくちゃん!?』

 

 ことりと穂乃果も下敷きになっている拓哉を見て驚きだす。

 そして当の拓哉は。

 

 

『お、驚くのは後にして、まずはどいてくんない……?』

 

 割と平気そうで答えた。

 3人はすぐさま拓哉の上から離れ、

 

 

『たくちゃん! 大丈夫!?』

 

『たっくん、死なないで~!!』

 

『拓哉君! お、おケガはありませんか!?』

 

 倒れている拓哉に向かって心配の声をかける。ことりは少し早とちりしているようだが。

 

 

『あ、ああ……な、何とか大丈夫っぽそうだよ……って!! そうじゃなくて!!』

 

 拓哉が痛がりながらも勢いよく起き上がってくる。それに対し3人は何故3人の落下してきた体重をもろに受けてすぐ起き上がれるのかが疑問に思っていた。

 それと同時に、拓哉の発言に対する疑問も忘れずに。

 

 

『それよりも、お前らは大丈夫だったか? 大きなケガとかしてないか!?』

 

『い、いや、確かに痛かったのは痛かったけど、大ケガはしてないよ? ね? 海未ちゃん、ことりちゃん』

 

『う、うん…』

 

『は、はい…』

 

 拓哉以外の全員が驚いていた。自分達より明らかに負傷が大きいはずなのに、自分そっちのけでこちらの心配しかしていない。顔面から地面に突撃したと言っても過言ではない勢いでぶつかったせいか、拓哉の顔は砂まみれで服も汚れていた。膝も擦りむいて血が出ている。

 

 誰が見ても痛々しいと分かるほどの姿。それなのに、今の拓哉は『そっか、お前らにケガがないなら良かったよ』と、あっけらかんと言いながら服に付いた砂を落としていた。

 

 自分達のせいでケガをしたのに拓哉はただ笑っている。自分達が無事だから。自身の危険を顧みず最大の危機だった自分達を助けてくれた。

 

 それはまるで、3人が3人、落ちる時に心の中で叫んだ声に拓哉が応えてくれたかのように。

 それはまるで、助けを呼んだら駆け付けて来てくれたヒーローのように。

 まさに穂乃果達にとって、岡崎拓哉はヒーローだった。

 

 

『うぇっ、全然砂落ちねえや。まあいっか。とにかくお前らが無事で良かったよ』

 

『で、ですが拓哉君がケガを……!』

 

『んぁ? こんなもん別に痛くも何ともないっての。男ならこんな擦り傷くらいで喚かないもんなんだよ!』

 

『そ、そうですか……』

 

 拓哉が元気いっぱいに言うもんだから海未も気圧されて思わず納得してしまう。

 

 

『そういえば、たくちゃんは何でこの公園に来たの?』

 

 穂乃果が思い出したかのように言う。

 言われてみればそうだ。何故都合よくこんな場所にいたのか。もしくは来たのか。

 

 

『ああ、それはだな。母さんに頼まれて桐穂さんとこに饅頭買いに行ったら、桐穂さんに穂乃果がまだ帰ってこないから連れて帰って来てくれって言われたんだよ』

 

『だからここに来たんだ』

 

『そうだよ。そしたらお前らが木に登ってて落ちそうになってたから走って来たわけ』

 

 そう言われれば拓哉が何故ここに来たのか納得がいった。

 するとことりが、

 

 

『ことり、木から落ちそうになった時にたっくん助けてって思ったんだ。そしたら本当にたっくんが助けに来てくれて……。たっくんはことりのヒーローさんだね』

 

 ことりが嬉しそうに言う。

 それに続くように穂乃果や海未も口を開いた。

 

 

『あっ、それ穂乃果も思ってたよ! たくちゃん助けてって!』

 

『私も思いました。本当に拓哉君がヒーローのように見えました……』

 

 それそれが思ってたことを言うと、拓哉が目を見開いて、

 

 

『えっ? マジ!? 俺ヒーローみたいだった!?』

 

 物凄く食い気味で言ってきた。

 

 

『ヒーローみたいじゃなくて、ヒーローだったよたくちゃんは!! 凄くかっこよかったよ!!』

 

 穂乃果自体もヒーロー物が好きなせいか、はしゃぎながら言う。

 

 

『よっしゃぁぁああ!! とうとうヒーローになれたぜ俺はあ!!』

 

 うしゃオラァ!!とバカ騒ぎしている拓哉を見て海未は何を騒いでいるんだと、思っていても言えない性格だから一つ軽い溜息を吐く。

 

 

『拓哉君はヒーローというものに憧れていましたもんね……』

 

『おうよ! 憧れてたヒーローにやっとなれた俺は無敵だぜえ!!』

 

 しかし、ヒーローに助けられたとしても、決してすぐにさっきの恐怖が消えることはない。

 

 

『私は、怖かったです……』

 

『え?』

 

 今まで騒いでいた拓哉がポカンとした目で海未を見る。

 

 

『……私は怖かったんです。木から落ちる時、もうダメかと思いました。死んじゃうかもって思いました……!』

 

 海未が先ほどの恐怖を思い出しながら泣きそうになっているのを見て、穂乃果とことりも次第にさっきの出来事を思い出し体が震えていく。

 

 

『私達の自業自得だというのは分かってます……。それでも……っ……それでも……怖かった……』

 

 海未は親に教えられていた敬語が取れてしまうほど怖かったのだろう。

 

 

『ごめんね……海未ちゃん……穂乃果のせいで……っ……』

 

 穂乃果は自分のせいで2人に大ケガをさせてしまったらどうしようかと後悔していたのだろう。

 

 

『こ、ことりも、ちゃんと穂乃果ちゃんを止めてたらこんなことにならなかったのに……ごめんなさい……!』

 

 ことりは自分がちゃんと意見を出しておけば止められたのかもしれないと悔やんでいたのだろう。

 

 

 

 

 

 そして拓哉は。

 

 

 

 

 

『なら俺がお前らをずっと守ってやる』

 

 一言。

 拓哉のたった一言で3人は黙り、

 

 

 

『『『え?』』』

 

 その一文字だけを絞り出す。

 

 

『俺はお前らの泣き顔を見たくないんだよ。だから俺がお前らにもう怖い思いをさせないように守ってやる。どんな時も必ず守ってやる。絶対だ!』

 

 それは、小学生が言うにはあまりにも軽すぎて、あまりにも浅はかなのかもしれない。

 しかし、それはあまりにもかっこよく、有無を言わせないほどの覚悟があった。

 

 

『それって、穂乃果達のヒーローになってくれるってこと……?』

 

 穂乃果が涙を拭いながら聞いてくる。

 

 

『そうだ』

 

『ことり達を守ってくれるってこと……?』

 

 ことりがまだ半泣きで聞いてくる。

 

 

『そうだ』

 

『私達を助けてくれるってことですか……?』

 

 海未が涙を流しながら聞いてくる。

 

 

『そうだ。何があっても守る。守り抜いてみせる! 俺がヒーローになって必ず、絶対駆け付けてやる。だからもう泣くな』

 

 その発言には不思議と説得力と包容力があった。

 いつしか恐怖心は薄れていた。

 

 

『じゃ、じゃあ……今日からたくちゃんは穂乃果達のヒーローだね!!』

 

 穂乃果が元気を取り戻しいつもの笑顔に戻った。

 

 

『そういうこった! さあ、んじゃ解決したことだし、もう日も落ちるから早くみんなで帰るぞー!』

 

『『うん!!』』

 

 穂乃果とことりが元気な返事をして前を走っていく。

 

 

『あっ、そうだ。海未』

 

 穂乃果達を追いかけようとしたら拓哉が不意に海未を呼び止める。

 

 

『何でしょう?』

 

『明日でも明後日でもいいからさ、お前んとこの家で稽古受けさせてくんないかな。やっぱりさ、強くならないと守るものも守れないしな!!』

 

 拓哉がそう言いながら笑顔で聞いてくる。

 

 

『分かりました。帰ったら聞いてみますね』

 

 それを聞くと拓哉は満足そうに穂乃果達を追いかけて行った。

 痛くも何ともないと言っていた足を少し引きずりながら。

 

 

『ふふっ。でも、足が治ってからじゃないとダメですよ? 拓哉君』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが俺がヒーローを目指すきっかけだった。

 あの頃から俺は海未の父親に稽古をつけてもらいに行って6年生の終わりになるまで心身共に鍛えていった。小学生の終わりには引っ越してしまったけど、こうして戻って来た。

 

 自分で言うのも何だが、強くなったと思う。人助けをしていると必然的に喧嘩に発展してしまうことが多かったため、引っ越してからも自然と体は鍛えられていたんだろう。

 

 

 

 俺は今もこいつらのヒーローのままでいれているのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、俺ってさ……今でも、お前らのヒーローでいれてるのかな?」

 

 俺の急な質問に穂乃果達はキョトンとしながら、3人で顔を見合わせて再びこっちを見て来て。

 

 

「たくちゃんはいつでも私達のヒーローだよ!!」

 

 何の迷いもなく、自然に、元気に、穂乃果が言ってきた。後から海未もことりも頷く。

 

 

 

 

 

 

 そう、言ってくれた。

 

 

 

 

「そっか」

 

 

 

 

 

 

 自然とニヤケてしまう。いけね、これじゃ変に思われてしまう。

 でも、今だけはいいかな。

 

 

 

 

「あの頃より格段に強くて頼れる拓哉さんになって戻ってきたぜお前らあ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その発言はいらなかったですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒーローが崩れ落ちた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前回、過去編はすぐに終わると言ったな。あれは嘘だ。

…いや、短くするつもりだったんだけど書きながら考えるやり方でやってたらいつの間にかいつもと変わらない長さになっちった☆
ちょ、ごめん、謝るからトマト投げないでっ。真姫ちゃんが怒るよ!!


それにしてもいつになったらアニメ本編に入るのだろうか?
何故か自分が1番疑問に思ってます。


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5.秋葉での出会い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 過去の話が終わってから俺達は他愛のない会話をしていた。

 すると下の階から、

 

 

「拓哉くーん。お饅頭出来たわよー!」

 

 と、桐穂さんの声が聞こえてきた。おっ、待ってました! 

 

 

「はーい! 分かりましたー!」

 

 そう言って俺は下に降りようとすると、

 

 

「たくちゃん、饅頭作ってもらってたの?」

 

 穂乃果が四つん這いのまま俺の所まで寄って来る。赤ちゃんかお前は。

 

 

「ああ、ホントはお前にも軽く挨拶してすぐ出て行こうと思ってたんだけど、桐穂さんが饅頭作ってくれるって言ったからそれまで待たせてもらってたんだよ」

 

 そこまで言うと突然穂乃果の表情が明らかに落ち込みそうな顔になって、

 

 

「ってことは、もう、帰っちゃうの?」

 

 四つん這いになっているせいで自然と上目遣いになりながら聞いてくる穂乃果。やはりこの年頃の女の子の上目遣いは幼馴染としても中々破壊力が……いかん……! 

 

 

「あ、ああ、帰るっていうか、この後も他に寄っていく所もあるけど、貰ったらすぐ出ていくつもりだよ」

 

 何とか穂乃果から目を逸らしながら誤魔化す事には成功した。成長しているこいつらに久々に会った俺にこういう上目遣いとかはまだ少しキツイな。あれ? 俺って実は純情なんじゃね? ピュアボーイなんじゃね? 

 

 

「えー、もっと喋ろうよー! 足ーりーなーいー!」

 

 急に小さい子供のようにジタバタ暴れる穂乃果。今度はガキかお前は。俺にはまだ秋葉で買い物して家でゴロゴロするという快適ライフを過ごす目標があるのだ! 

 

 

「穂乃果、拓哉君にも予定があるのですからこちらの都合で我が儘を言うのは悪いですよ」

 

 海未が穂乃果に宥めるように言い聞かす。海未、俺のために……お前は良い子に育ったよ……いや、昔から良い子だったけど。ことりも苦笑いしてないで説得してくれると助かるんだけどなあ。

 

「そうだぞ穂乃果。俺にも大事な予定ってのがあるんだ。大事な予定がな。大事な。」

 

 大事な事だから(ry

 てなわけで帰らせてもらいまーす。

 

 だが。

 

 

「やーだー!! それでもまだたくちゃんと喋りたいー! ぶーぶー!!」

 

 穂乃果が俺の足を掴んで離さない。こいついつの間に!? 

 

 

「ええい、やかましい!! これからいつでも会えんだから今日くらいは普通に帰らせろ! あとこっちの予定を無視すんな!!」

 

「じゃあたくちゃんの大事な予定って何?」

 

 

 

「……、」

 

 完全に動きが止まった俺に穂乃果が訝しげな目で見て来る。こ、これはヤバいですな……。素直に言ってしまうと確実にここに居させられるオチしか見えない。俺の快適ライフのためにここは何とか即興で他の予定(嘘)を言わなければ……。

 

 

「それは、その、あ、あれだよ……二次元が俺を待ってるんだよ……」

 

 ……ん? あれ? おかしいな。本当の予定より酷くなってないかこれ? いやでもある意味間違ってもないよな? そんなことを考えてたら穂乃果の腕が足から離れている事に気付いた。

 理由は何であれ、分かってくれたか。

 

 と、ふと穂乃果の方を見ると……二次元……? と、何ともアホそうな顔でこちらを見ていた。あ、こいつまず二次元という単語自体分かってないな。おバカさんで良かったよ。

 海未とことりは、

 

 

「そんな言い訳染みた予定があるはずないでしょう。もっとマシな嘘をつけなかったのですか……」

 

 呆れながら言ってくる海未。こちらは意味を分かってらっしゃったようで……。

 

 

「あはは~、マンガとか買う予定って言った方がまだ良かったんじゃないかな~……」

 

 ことりも苦笑いで言ってくる。完全に分かってますやん。しかも当たってますやん。

 

 

「え! 今言った予定って嘘なの!?」

 

 いや分かれよ。意味が分からないにしても嘘だという事くらいは分かれよ。

 

 

「嘘に決まってるでしょう……。ですが、私達に嘘をつくくらいということは、それほど大事な用事があるのでしょう?」

 

「お? お、おう……」

 

 ごめん海未、俺からしたら大事でも他の人からすると全くもって全然大事じゃないっす。むしろことりさんが正解言っちゃってるっす。信じてくれてる海未に対して罪悪感パナイっす。

 

 

「そうなの?」

 

 穂乃果がキョトンとした顔で聞いてくる。やめろ、そんな純粋な目で俺を見るな。余計罪悪感が増すだろ! 

 

 

「あ、ああ……」

 

 だが、こちらとしても元々決めていた予定を変えるのは嫌だった。ここに戻って来て疲れたからゴロゴロしないと俺の体は癒されないんだ! イェア! ごろ寝最高!! 

 

 

「そっか……。ならしょうがないよね……」

 

 納得はしてくれたものの、明らかに落ち込んでいる様子の穂乃果。……あーもう、仕方ねえなくそっ! 

 

 

「穂乃果、俺は久々にお前らに会えて嬉しかった。そしてこれから俺達はまたいつでも会えるようになった。今日はもうここを出ていくけど、また明日でも明後日でも、会おうと思えばいつでも会えるじゃねえか。それほど近くに感じられるくらい、俺達の関係はまたここに戻ってこれた。だからさ、今日はもうそんな顔しないでくれ。また会えなくなる訳じゃないんだしさ」

 

 そう言って穂乃果の頭を撫でながら言ってやる。そうだ、これからはいつでも会える。何年も会えないわけじゃない。会いたい時に会える。そんな距離にまで戻って来たんだ。ならもう悲しくなる必要なんてどこにもない。

 

 

 すると穂乃果も理解したのか、

 

 

「……うん、そうだよね! もういつでも会えるもんね! 分かった。私今日は我慢するよ!!」

 

 うん、何この無邪気な子供な感じは。撫でながら言う俺も俺なんだけどホントに子供あやしてない? 大丈夫この子? 中身はまだ小学生のままなんじゃないの? 

 

 

「拓哉君、穂乃果もこう言ってる事ですし、そろそろ行かれては? ご予定があるのでしょう?」

 

 海未が気遣って俺に言ってくる。全然大事じゃないんだけどね。

 

 

「あぁ、そうさせてもらうよ。じゃあ穂乃果、海未、ことり、またな」

 

「またねー!」

 

「また今度です」

 

「ばいば~い!」

 

 

 3人が笑顔で返してくる。うん、良い笑顔だ。

 階段を降りると桐穂さんが袋を持ちながら待っていてくれた。

 

 

「すいません、待たせてしまいましたかね」

 

 穂乃果がごねたせいで少し時間が経ってしまった。

 

 

「いやいいのよ。どうせ穂乃果が我が儘言ってたんでしょ」

 

「あははは……」

 

 大正解でございます、はい。

 

 

「はいこれ、出来立ての饅頭よ」

 

 桐穂さんが袋を差し出してくる。

 

 

「おっ、ありがとうございます。これで昼飯代が浮きますよ~」

 

「なーに調子の良いこと言ってんのよ。ちゃんとお昼ご飯も食べなさいよ男の子なんだから!」

 

「分かってますって。あとは家で適当に何か食べますよー」

 

 桐穂さんと適当に話しながら玄関まで移動し、

 

 

「それじゃ桐穂さん、わざわざ饅頭作ってもらってありがとうございました。寄るとこあるんで歩きながら食べさせていただきます」

 

「はいよ。それじゃまたね。いつでもいらっしゃい!」

 

「それじゃまたです」

 

 桐穂さんに別れを告げて俺は饅頭を口に頬張りながら歩き出す。

 

 

 

 

 秋葉原へいざ、行かん!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな訳で饅頭を食べ終えた俺は秋葉原までやって来た。

 饅頭で腹は大分満たせた。あとは買い物を済ませて帰るだけだ。

 

 ちなみに俺がここに買いに来た物は──マンガとラノベだ。それを買って家で読む。これが俺の大事な予定だったのだ。新刊読みながら家でゴロゴロするとか……最高かよっ。

 早く買って帰ろう。至福な時間が俺を待っている。

 

 

 

 

 

 

 

 そうこう考えてる内に本屋に着いた。ちなみになんだかんだいって俺は秋葉原に来たのは初めてである。だからほんの少し道に迷いかけた。……ほんの少しだけだかんな! 

 それにしてもテレビとかアニメでたまに見かけるけどすげえな秋葉。ほとんどアニメ系ショップとかメイド喫茶とか本屋ばっかじゃねえか。これはクセになりますな……。

 

 おっといかんいかん。早く新刊買わないと。

 

 

 

 

 

 

 小さい頃からウルトラマンや仮面ライダーとかヒーロー物が好きだった俺。もちろん今でもヒーロー物は大好きである。今ではマンガやラノベでもバトル物などヒーロー物が多くなっている時代。俺からしたらマンガやアニメDVD、ラノベを売っている本屋は宝庫だ。むしろここに住みたいまである。住んだら確実に追放されちゃうな。おまけに通報もされる。怖いわー。

 

 マンガ、ラノベコーナーに来た。おっ、あったあった。楽しみにしてたんだよなーこれ。よし、買おう。

 すぐにレジで会計を済ませ、あとは帰るだけになった。

 

 うむ、穂乃果達と会った事で少しバタバタ感はあったけど今の所は"平和に過ごせてる"。このまま普通に帰れば至福の時間を過ごせる。昔から何かと面倒事に巻き込まれる事が多かった俺は人助けやしたくない喧嘩ばかりしていた。だがこれもヒーローに憧れている俺にとっては特に苦でもなかった──と思っていたのだが。

 

 人助けの大体がナンパやカツアゲというものばかりで、間に入ると大抵相手が相手なので喧嘩に発展してしまう。その全てを俺は大体沈ませてきたが……もうウンザリしていた。

 

 喧嘩ばかりしていると体は何となく鍛えられるが、それ以上にウンザリしていた。数々のヒーローが平和を望んでいるように、数々のヒーローが戦いではなく平穏に暮らしたいと思うように、いつしか俺も喧嘩ばかりの日々にウンザリし、平穏に暮らしたいと思うようになっていた。今でもヒーローには憧れているし、なりたいとも思っている。

 

 しかし、やはり平和に過ごせるに越したことはない。昔は悪党でも何でも来いと思っていたが今では面倒なので来なくていいですと思ってしまうレベルである。

 

 もちろん今後も助けが必要な人がいれば助けに行くつもりだ。でも喧嘩はあまりしたくない。そう思うようになった。本当にしなければならない時はするが最近では極力喧嘩は避けるようにしている。要は逃げている。だってめんどくさいんだもーん。今まで色んな奴らと戦ってきたけどどいつもこいつも個々の力が弱すぎて相手にならないし、集団でしか襲う事が出来ない奴らは大抵大した事はなかった。そんな喧嘩ばかりじゃ満足出来なくなってしまったのか俺は。あれ、俺ってサイヤ人? 

 

 兎にも角にもワンパターンばかりでの戦いは飽きる。だから喧嘩を避けてやり過ごす選択を選ぶようになっていた。うん、やっぱ平和が一番ですな。俺もその考えが出来るようになったって事は大人になったって事なんだろう。平和最高っ! 

 

 

 

 そう思って歩きながらふと違和感を感じて視線を右の方へ向けると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──あー、こんな秋葉でもナンパは存在するもんなんですね。

 

 

 

 

 見た所によるとナンパしている男は3人、どう見てもチャラそうな輩共だ。対してナンパされている女の子は2人、若葉色の髪の毛とオレンジ色の髪の毛をしているのが特徴っぽそうだな。

 こんなに人がたくさんいる中でよくもまあナンパなんて出来るもんだ。相手は3人、はあ……人混みの中ではあんましたくないけど一応覚悟はしておくか。

 

 

 

 平和に過ごしたいんだけど、周りの人はみんな見て見ぬふり、なら行くしかないだろ。

 

 

 

 

 んじゃま、行きますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレンジ色の髪の毛が特徴な女の子、星空凛(ほしぞらりん)と若葉色の髪の毛が特徴な女の子、小泉花陽(こいずみはなよ)は困惑していた。

 

 

「ねえねえ、いいじゃんか。少し俺達とお茶するくらいなんだからさー。行こうよ、ね?」

 

 花陽がアキバで買いたい物があると言うから来てはみたものの、見事にナンパされてしまった。もっともこの男達は自分じゃなく花陽狙いで来たに違いない。自分には女の子としての魅力がないのだから。と、凛はこんな時にも自虐染みた事を思っていた。

 とにかく自分の後ろで怯えている花陽は守らなくてはいけない。

 

 

「ね、いいでしょ?」

 

「嫌だにゃ! どっか行って!」

 

 かと言って絶対に守れるわけではない。相手は男3人、完全にこちらが不利だ。だから渾身の思いを込めて叫ぶ。

 しかし。

 

「おいおい、この子語尾に『にゃ』とか付けてるぜえ? あはははははは!!」

 

「笑ってやるなよ! 精いっぱいのキャラ付けだろ?」

 

 全くもって意味を成さない。むしろ笑われてしまっている。

 

 

「り、凛ちゃん……」

 

 背中に隠れている花陽からか細い声が聞こえる。自分じゃどうにも出来ない。

 だけど、それを分かっていながらも凛は言う。

 

 

「大丈夫にゃ、かよちん。ここは凛に任せて……」

 

 出来るだけ安心させるように言う。しかし、状況は1ミリたりとも変わらない。

 周りの人達は見て見ぬふりで助けてくれる気配がない。

 

 

「ははっ。まあいいや。じゃあそろそろどこか行こうか。とりあえず路地裏?」

 

 マズい。ヤバい。この2つの言葉が凛の頭に真っ先に浮かんだ。

 何か抵抗しないと何をされるか分かったものではない。

 

 

「凛達はどこにも行く気はないからさっさと帰って!!」

 

 叫ぶ、とにかく叫ぶ。これで男達が帰るはずがないと分かっていても叫ぶ。この大声でもし近くに警官がパトロールでもしていたら気付いてくれるかもしれないから。そんな僅かな希望を持ちながら叫ぶ。

 

 

「ちょおっと声が大きいかなあ君~」

 

 男の1人が肩を触ってくる。

 

 

「いやっ、触らないで!」

 

 一気に嫌悪感が湧いて男の腕を振り払う。

 

 

「おおっとっと、ははっ、振り払われちゃったよ」

 

 男は対して気にも留めずまたしても凛達に近づいてくる。

 

 

「凛ちゃん……もうダメだよぅ……」

 

 幼馴染の消え入りそうな声が耳に入ってくる。もうほとんど震え声で涙も出ているであろう。だが今の凛は花陽の方を見ている余裕はない。全ての神経を男達に集中し警戒する。このままじゃどこかに連れて行かれるかもしれない。いや、確実に連れて行かれる。

 

 もう為す術はないのか。

 助かる事は出来ないのか。

 さっきの声は誰にも届いてないのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと……、おっ、いたいた! いやあ悪かったな。久々にここに来たからちょっと迷っちゃってさ。やっぱり待ったかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 茶髪のツンツン頭の少年が、このありふれた日常の中の非日常の世界まで平然と割り込んで来た。

 

 

 

 

 

「──え?」

 

 凛が素っ頓狂な声を上げる。

 もちろん凛はこの少年の事を知らない。どこかで見たり聞いたりした事もない。かと言って花陽の知り合いでもない。それは幼馴染である凛がよく知ってるからだ。

 じゃあ彼は誰なのか? この男達の仲間か? 

 

 そう思い男達の方向を見ると、

 

 

「……、」

 

 男達も自分達と一緒でキョトンと訳の分からなさそうな顔で茶髪の少年の方を見ている。

 というか。

 

 完全にこちらに向けて今のセリフを言っていた。

 

 

「悪かったな待たせて。んじゃま行きますか! と、あれ? この人達は? 待ってるあいだに話し相手でもしてくれてたのか?」

 

 思考回路がめちゃくちゃになっている隙に少年が自分達の近くまで来ていた。

 

 

「え? あ、あれ?」

 

 普通に知り合いのように話しかけられ余計混乱してきた。

 のにも関わらず少年は、

 

 

「そっかそっか、いやあすいませんねー。うちの連れが迷惑掛けませんでしたでしょうかねー? とまあ、そういうわけでそろそろ俺達は失礼するんで通してもらいますよーっと」

 

 普通に自然に、普通に違和感なく、少年は自分達の手を握り男達から離れるように引っ張って歩かせる。

 すると男達もようやく正気に戻り、

 

 

「なっ……ちっ、男の連れがいたのかよ……」

 

「あーくそっ、失敗かよ」

 

「もう帰ろうぜ。めんどくせえ」

 

 小言を言いながら去って行った。

 

 これは助かったのか……? と、凛と花陽は疑問に思っていた。もっとも、凛はまだこの少年すらも疑っていた。さっきの男達とは違うにしても、また違うナンパ野郎かもしれないと。さっきのせいでやたらと警戒心が強くなっていた。

 

 だが、先ほどの場所から少し離れた所に来ると、少年が止まりこちらに振り向いて見てくる。凛は警戒していたが、それを取っ払うかのように、

 

「ここら辺まで来ればもう大丈夫かな? んー、それより案外食い掛かって来なかったなあいつら……。なるほど、この作戦はこれからも使えそうだな。ありがとう上条さん、『知り合いの振りをして切り抜く作戦』見事に成功したよ。アンタの不幸は無駄にはしないぜ!」

 

 何故か空の彼方の方を見ながらガッツポーズをしていた。

 

 

「あ、あの……」

 

 思わずこちらから声を掛けてしまった。

 すると、

 

「ん? ああ、悪い悪い。2人共、ケガとかはしてないか?」

 

 普通に返された。

 

 

「あ、えと、はい……ケガとかは、してないです……」

 

 てっきりナンパが使う口説き文句でも言ってくると思っていた凛は普通の返しに普通の返しをするという事しか出来なかった。

 

 

「そっか。なら良かった。でも、そっちの子は大丈夫なのか?」

 

 少年が凛とは別の、つまり花陽の方を見ながら心配していた。純粋に本当にただ純粋に自分達を助けてくれたのかこの人は。

 

 

「そ、そうだっ。かよちん、大丈夫!? もう心配ないからね!」

 

「……う、うん。その人が助けてくれたんだよね?」

 

 花陽もさっきよりかは落ち着いたようだ。

 

 

「た、多分助けてくれたんだと思うよ?」

 

「いや何で疑問形なの?」

 

 当然の反応だろう。仮にも少年は自分達を助けてくれた。そこに他意はないのだろう。しかし、わざわざ助けるという事は、何かしらの代償、つまり何かを要求されるに違いない。少なくとも凛はそう思っていた。じゃないと助ける義理がないはずだ、と。

 

 

「た、助けてくれたのには感謝します。でも、凛達はあなたに何かをしてあげないとダメ、ですよね……?」

 

 理由は何であれ、助けてくれたのは事実。なら覚悟は出来てる。花陽だけは見逃してもらいたいから、せめて自分だけに標的を向けさせる。

 しかし。

 

 

「はい? いや、何もいらないけど?」

 

 

 

 

 

 

 沈黙が生まれた。

 

 

 

 

 

 

「……にゃ?」

 

「いや、だから、何もお礼はいらないししなくてもいいけど?」

 

 花陽もキョトンとした目で固まっている。

 

 

「……それって、何もお礼しなくていいって事?」

 

「むしろこっちとしては何でお礼させなきゃならないのかが分からないんだけど? え、なに? まさか俺ってそういうふうにさせる奴に見えたの? うわヤバ、泣きそう」

 

 またしても脳内が混乱に陥る。

 

 

「え、だって、お礼とか無しで凛達を助ける義理が無いっていうか、その……えっと……」

 

 自分が混乱しながら発言していく内に少年は凛が何を言いたいのか理解したのだろう。

 そのうえで、顔に手を当てやれやれといった感じで言った。

 

 

「それは違うだろ」

 

「え?」

 

「お礼をさせたいから人を助けるようなヤツは確かにこの世にはたくさんいるよ。けどな、それは自分が助ける前にその人を襲っているヤツとやってる事は何ら変わりはしない。例えばカツアゲされてる人を助けてやったんだから金よこせとか言ってるようなヤツとかな。でもそれは絶対に間違ってる。様々な理由で助けるヤツなんていくらでもいる。でもその中にだってちゃんと無償で助けてくれる人だっているんだよ。そういうヒーローがいるんだよ」

 

まるでそういう本物を知っているかのように、過去の経験をそのまま口に出しているように少年は続ける。

 

 

「理由がなきゃ助けちゃいけない事なんてない。助けたいから助ける。それでいいじゃねえか。それで誰かが救われるなら、それでいいじゃねえか。だからさ、君が俺にわざわざ恩返しをする必要なんてどこにもない。何かを差し出す必要なんてどこにもないんだよ。俺は俺のやりたい事をしただけ。たったそれだけなんだよ。無駄な義務感に囚われる事なんてないんだ」

 

 自分の中で何かが崩れるような音がした。今まで凛が頭の中で思っていた何かが完全に崩れるような音が。

 当たり前と思っていたのが崩れた瞬間だった。良い意味で、この人はただ純粋に助けたかったから助けてくれたんだ。助ける代償が欲しいわけでもなく、裏に何か企みがあるわけでもなく。単純な理由で、名も知らない他人の自分達を助けてくれた。

 

 

「ま、これはあくまで俺が思った事だから。他にもちゃんと良い意味で俺とは違う形で誰かを助ける人もいると思う。それぞれがそれぞれの間違いのない意志で誰かを救えるなら俺はそれでもいいと思うよ。……って、ごめん。なんか余計にわけ分かんねえ事まで言っちまってたな! すまん、忘れてくれ!」

 

 自分が色々考えてる内に少年は自分の発言を恥ずかしく思ったのか、照れながら詫びていた。

 それに可笑しくなり、

 

 

「……ふふっ、あはは! なんか面白い人だにゃー!」

 

「くすっ……。そうだねっ」

 

 花陽もいつの間にか笑っていた。それ程少年が取り乱していた姿が可笑しかったようだ。

 

 

「ちょ、笑いすぎじゃね? そろそろ泣くよ? お兄さん泣いちゃうよ?」

 

 さっきまでのかっこいい表情とは裏腹に、今は泣きそうな表情になっているのにまた可笑しくなる。

 それは、完全に緊張が解けた瞬間だった。

 

 

「はあ、まあいいや……。とりあえずもう大丈夫そうだな。それじゃ俺はもう行くから」

 

 ひとしきり落ち着いた所で少年が言って去ろうとした。

 

 

「あ、あの!!」

 

 咄嗟に凛が少年を呼び止める。聞きたい。

 

 

「ん? どした?」

 

 少年がこちらに振り向く。どうしても聞きたい。

 彼の名前が。

 

 

「凛は星空凛って言います!! あの、あ、あなたの名前は何ですか!?」

 

「わ、私は小泉花陽とい、言います……」

 

 こちらの名前を聞くなり少年は何とも良い笑顔で口を開いた。

 

 

「拓哉。岡崎拓哉だ。またどこかで会ったらよろしくな。星空、小泉!」

 

 そう言って拓哉は走りながら去って行った。

 何やら買い物袋を大事そうに抱えながら……。

 

 

「岡崎、拓哉さんか……」

 

 凛は拓哉の名前を自分の声で繰り返していた。

 しっかりと噛みしめるように。

 

 

「なんだか、珍しいね。凛ちゃんが男の人の名前に興味があるなんて」

 

 花陽が微笑みながら言ってくる。

 

 

「そ、そうかにゃ? でも、助けてくれた人だから、またいつどこかで会えるか分からないけど、覚えとこうかなって……」

 

「ふふっ。そうだね。覚えておかなきゃねっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「(凛)私達のヒーローの名前を」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────―

 

 

 

 

 

 

 その頃拓哉は。

 

 

 

 

「星空凛と小泉花陽か……。良い名前だな、あの2人」

 

 

 

 

 せっせと秋葉原駅まで走っていた。

 

 

 

 

「この広い世界でまた会うには難しいけど、また会えたら楽しそうだな」

 

 

 

 

 独り言を言いながら階段をダッシュで登っていく。

 

 

 

 

「っと、今はとりあえず早く家に帰ってラノベ読まねえと!」

 

 

 

 

 しかし、広い世界というのは案外狭く、

 

 

 

 

「ナンパ野郎共のせいで時間少し食っちまったし至福の時間が減っちまったなあ」

 

 

 

 

 少年と少女らが出会うのは、

 

 

 

 

「って、その電車ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああいや待ってお願ぁぁぁあああいうわぁぁぁぁああああああああああ嫌だぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この数日後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




しまった……!
いつもより3時間遅くなってしまった……。

その代わりまさかの9000文字オーバーしてました。
自分が一番驚いてます。

あと、いつ本編に入るのか…。

P.S.
大阪のファンミーティング1日目当たりました。
生きる希望が出来たやで~。


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6.スピリチュアルと親鳥とたった1人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝を知らせる大音量の時計のアラームがなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを少し乱暴に手で止める。

 再び襲ってくる眠気に負けそうな体に鞭を打ち、気だるげにゆっくりと起きる。半開きの目で時計を見ると時間はAM6:30、普通の学生ならあと30分は寝れそうな時間帯である。外からチュンチュンと鳥のさえずりも聞こえる。もっと寝たい気分だけど、俺だけ事情が事情だし、準備するか……。

 

 

 

 

 

「ねみぃ……」

 

 

 

 

 

 桜が咲いている季節、4月上旬のある日。

 

 

 

 

 

 今日は。

 

 

 

 

 

 ――音ノ木坂学院の、始業式。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 フラフラと少し寝ぼけたまま音ノ木坂の男子用制服に着替えながら準備を済ませていく。昨日の深夜の内に用意はしておいた。入念にカバンに入れ忘れがないかとかチェックとかしたしもう見なくても大丈夫だろう。

 大方の準備を済まし、カバンを持ちながら階段を下りていく。リビングに着くと母さんがキッチンで朝食を作っている途中だった。

 

 

「ふぁぁ~……おはよ……」

 

「はいおはよう。今朝ご飯作ってるからちょっと待っときなさい。あ、コーヒー入れておいたから眠気覚ましに飲みなさいよ」

 

 おお、用意周到だな。さすが我が母者、抜かりないのう。

 母さんには昨日既に早く起きるからそれに合わせて飯作ってくれと頼んだから予めコーヒーも用意してたんだろう。

 

 

「うーい」

 

 椅子に座り目の前のコーヒーを一口飲む。

 

 

「……うぇ……苦え……」

 

「何も入れてないブラックなんだから当たり前でしょう?眠気覚ましなんだから」

 

 分かってても苦いものは苦いのよ。でもその苦さのおかげでどんどん覚醒はしていったみたいだ。眠気はとれた。苦味は取れない。だがこの苦さがクセになるからやめられない。

 

 コーヒーを飲みながらもう片方のフリーの手でリモコンを取りテレビを点ける。母さんしか居ないという事は唯はまだ寝ているのだろう。俺ももうちょっと寝たかったな……。

 そんな事を思いながらテレビを見てると何やら特集番組的なものをしていた。……スクールアイドル?

 

 

「……何だこれ?」

 

 朝飯が出来るまで見てるか。

 

 

「ご飯出来たわよー」

 

 あ、もう出来たのね。意外と早かった。

 

 

「あー、スクールアイドルね。何か今凄く流行ってるんだってね」

 

 向かいの椅子に座りながら母さんがテレビからの音声に反応する。いただきまーすと同時にスクランブルエッグを一口食べる。うん、うまし。

 

 

「知ってんの? その、スクールアイドル? ってやつ」

 

 何となく興味を持ったので聞いてみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何でもスクールアイドルは今巷で大人気らしい。プロのアイドルとは違う、芸能プロダクションを介さず一般高校の生徒を集めて結成されたアイドルの事。つまり芸能人ではなく、ちょっとしたローカルアイドルのようなものらしい。そのスクールアイドルは全国各地に存在して、若者を中心に人気を集めており、スクールアイドル専門のグッズショップなんかもあって、中にはスクールアイドルから本格的なプロのアイドルになる者もいるとのこと。

 

 そしてその数あるスクールアイドルの中の頂点に君臨しているアイドルがいるらしい。

 

 

 

 それが、

 

 

 

 

 

 

 ――A-RISE。

 

 

 

 

 UTX学院。秋葉原に存在する一番人気のエスカレーター式女子高校。そこに在籍しているA-RISEが今あるスクールアイドルのトップで、今もテレビではそのA-RISEがメインで取り上げられている。

 

 

 

「A-RISEねえ……」

 

 何となく、ただ何となく呟いただけだったのだが、

 

 

「あら、何々? A-RISEって子達に興味でも出てきたの?」

 

「いや、特に興味はないかな」

 

 自分で聞いておいて何だが、朝飯食べ終わるまでの暇つぶしのつもりで聞いたからもう興味はほとんどなくなっていた。つまり朝食は全部食べ終えた。

 

 

「ごっそさん、んじゃ俺はもう行くわ」

 

 カバンを持って椅子から立ち玄関へ向かう。

 

 

「はーい、行ってらっしゃい。言っておくけどちゃんとひいちゃんに挨拶するのよ!」

 

「わぁってるよ! その理事長に今から会いに行くんだから挨拶すんのは当たり前だろ!」

 

 ツッコミを入れてからドアを閉める。しっかりツッコミを入れる辺り、俺、偉い。

 

 

 

 

 今の時間は大体7時位のとこをみると、このまま歩いて行けば着くのは少し早めの時間帯になるな。ちょっとゆっくり目に行くか。4月の朝、まだほんのり寒さを感じる中俺は音ノ木坂学院に向かった。

 

 

 

 

 

 

 桜並木の道を歩いてる途中、さっきのA-RISEの事を少し思い出していた。そういや昨日秋葉原歩いてる時にポスターやら偶然通りかかったUTX学院のモニターにA-RISEが映ってたっけな? あんなデカいビルみたいな学校ならそりゃ人気も出るか。しかも女子高であのデカさはおかしい。

 

 男子校なら絶対そんな学校出来ないぞ。男子校であのデカさの学校なら学校自体が汗臭くなって近辺から苦情くるまである。その点女子高ならいい匂いしそうだな。なんていうの?花の香り的な?……朝から何考えてんだ俺。

 

 

 ちなみに捕捉で言うとアキバで星空と小泉って子を助けたのも昨日である。初登校前日にどこ行ってんだよって話だが、だからこそ昨日は早く帰って部屋でマンガとか読みたかったんだ……! なのに変な輩のせいで時間をロスし、しかも電車を目の前で逃すという失態まで犯した。

 

 1分1秒でも惜しかったのになあ……。それに負の連鎖ってのは続くもので、家に帰ってからやっと読めると思った矢先に唯が穂乃果の家に行った事の感想、もとい質問攻めをしてきてマンガを読むどころではなくなってしまった。その腹いせに雪穂に余計なメールを送った事に対し小一時間説教してやった。それでまた時間ロス。

 

 

 

 

 結局読み始めたのは深夜になってから。そのせいで完全に寝不足の拓哉さんであります。もう何が悪いって、全部妖怪が悪い。うん、妖怪のせいだよこれは。よーうーかーいーのーせいなのねそうなのね♪ 俺はコマさんが好きです。垂れたほっぺ、可愛いよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それにしても音ノ木坂学院か。去年から共学になったって事は俺の学年、つまり2年生には男子はいないって事になるのか。1年生にはいると思うから1年の男子と喋るようにはしたいけど、女子だらけの学校に入るってのも何だか緊張するな。

 

 というかうまくやってける自信があまりないぞ。穂乃果達がいるとしてもクラスが一緒になる可能性も分からないし、穂乃果達以外にも上手く馴染める努力もしないといけない。

 うん、ハードル高いわこれ。男の俺肩身狭いわこれ。ホントに大丈夫なのかこれ!? ……これこれって木の葉丸か俺は。

 

 

 

 そんな事を思いながら歩いてると右手に階段があり、その上に鳥居が見えた。神社か、時間もまだ余裕あるし丁度良い、参拝でもするか。

 

 

 ……この階段長いわ! 普段から鍛えてるからまだしも寝起きばっかでこれは辛い。お年寄りの人に優しくないと思いまーす! 何だ、神様ってのはこんな所でも試練を与えてくんのか? どんだけ厳しい神様だよそげぶすっぞコノヤロー。もしくはナメック星に苦情入れんぞ。

 

 内心でグチグチ言いながら何とか上りきった。長い階段を上がったおかげで体が少し温まったみたいだな。さっきの寒さとは逆に体がほんのり暑い。後ろからの風に涼しいと思いつつ振り返ると、

 

 

「へえ……結構良い景色だな」

 

 中々悪くない風景に思わず声が漏れだす。これなら階段上った甲斐はあるかな。

 

 

「っと、それより参拝参拝っと」

 

 目的を思い出し鳥居をくぐる。ここは神田明神というらしい。結構立派な神社だ。辺りを見るとまだ朝早いせいなのか人は全然居なかった。

 好都合、さっさと済ませてコンビニか自販機で飲み物買って行こうと心の中で決めながら財布から小銭を取り出し賽銭箱に入れる。

 

 

 

 

 ――俺の学校生活が上手くいきますように。あと素敵な出会いもありますように。なんつって。

 参拝が終わりほんの数秒の間、社の奥を見てると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お賽銭おおきになー」

 

 

 

 

 

 

 突然背後から女性の声がした。

 

 

 

 

 

 

 

「ヴォォォイ!?」

 

 な、何故だ……さっきは誰もこの辺りにはいなかったはず……。なのに急に背後に女性……女の子? が立っているなんて……もしや神様的なあれか!? ………もしくは幽霊か妖怪か!? さっきは妖怪のせいとか言ってすんませんした!! ……ってあれ? 巫女服着てる。

 

「まさかそこまで驚かれるとは思ってなかったわ……」

 

 巫女服を着た……巫女さんでいいか。巫女さんは俺の反応を見て少し申し訳なさそうにしていた。

 

 

「いや、こっちこそ何かすんません。ちょっと思い違いが重なって驚いただけだから……」

 

 そう、決して恐怖でビビった訳ではない。少し驚いただけだ。少しな。

 

 

「まだ朝早い方やのに学生さんがお参拝に来るのは珍しくてちょっと気になっただけなんや」

 

「あ、そうすか」

 

 改めて巫女さんをちゃんと見てみると、紫の髪が特徴でほんわかしたオーラがあるように見える。それに……これは立派なモノを持ってらっしゃる。神様、素敵な出会いはすぐそこにありました。

 

 

「何をお願いしにきたん?」

 

 何とも失礼な事を考えてると巫女さんが質問してきた。いや、巫女さんがそれ聞いちゃっていいの?

 

 

「まあ、これからの自分の学校生活がうまくいくようにとか、良い出会いがありますように、だな」

 

「えらく正直に答えたなあ」

 

 アンタが聞いてきたんでしょうが。……それにしてもこの巫女さん、さっきから何か関西弁の喋り方がおかしいというか、何か違和感があるというか……。

 

 

「えと、失礼だけどご出身は?」

 

「東京生まれや」

 

「じゃあ何だその違和感バリバリの関西弁は!?」

 

 しまった……! 思わずツッコミをしてしまった!

 

 

「ああ、これね。色々と理由があるんやけど、こっちの方が今は慣れちゃってね」

 

 俺のツッコミをものともせず普通に返してくる辺り、完全に似非関西人だな。でもほんの今さっき会った人の喋り方にとやかく言う権利は俺にはない。巫女さんが今言った通り、この人にも理由があるのだろう。

 

 

「それと、こっちも気になるんやけど、その制服って……」

 

 巫女さんが俺の制服を不思議そうに見て来る。

 

 

「ああ、音ノ木坂学院の制服だよ。去年共学になったばかりだから音ノ木の男子生徒はまだ少ないだろうけど」

 

 巫女さんが真剣に見て来るあたり、音ノ木の男子制服は珍しいのかもしれない。よく分かったなと思ったが音ノ木坂の校章が付いてるから分かるのも頷ける。

 

 

「へえ……これが男子制服か……」

 

 何か含みのありそうな感じで巫女さんが呟いてから、

 

 

「実はウチも音ノ木坂学院の生徒なんよ」

 

「え、そうなのか?」

 

 これは驚いた。まさかこの巫女さんも同じ音ノ木坂の生徒だったとは。これはもう素敵な運命かもしれない。

 

 

「そうや。ふふっ、これは何かの運命かもしれんね」

 

 シンクロした。

 

 

「結婚しよう」

 

「色々とすっ飛ばしすぎや」

 

 つい口が滑ってしまった。しかも遠回しに振られた。俺もう神様信じない。

 っと冗談はさておき、

 

 

「まさかアンタも音ノ木の生徒だったとはな。今日転校してきたから分からなかったよ」

 

「ウチも見たことない顔やったから驚いたわ。そういえば自己紹介がまだやったね。ウチは東條希(とうじょうのぞみ)、よろしくね」

 

「俺は岡崎拓哉、2年だ。よろしくな、東條」

 

 お互い自己紹介を済ませ握手をする。見た姿通り、握った手も柔らかく包容力があった。いかん、また雑念が……。

 

 

「ちなみにウチは3年生やからそれだけ覚えといてね」

 

「うわ、先輩だったんすか。すいません東條先輩」

 

 やってしまった。思いっきりタメ口で話してしまっていた。この包容力満載オーラの時点で気付くべきはずだった。

 

 

「いやいいんよ今更敬語じゃなくて。ただ3年生ってだけを伝えておきたかっただけやから」

 

「新婚旅行はどこにしようか」

 

「だから飛ばしすぎや。しかもさっきより進んでるよ」

 

 

 はっ!? この膨大な包容力満点のお母さんオーラに当てられてまた口が滑ってしまった。東條希、恐るべし。

 お母さ……東條と喋っている時にふと時計を見るとそろそろ行かないといけない時間になっていた。ちょっと喋りすぎたかな。

 

 

「悪い東條、早めに行って理事長に挨拶しないといけないから、俺はそろそろ行くよ」

 

「そっか、だから早く来てたんや。ごめんなあ長話させて。じゃあまた学校で会うたらよろしくねえ岡崎君」

 

「ああ、また学校でな」

 

 

 包み込むような笑顔で階段を降りる俺に手を振ってくれる東條。女神かな? それとも新妻かな? 登校初日から縁起が良い。これも参拝したおかげか……神田明神、ここにはまたお世話になりそうだな。

 学校に着いたらまた良い事が起きるかもな。よし、早く行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 そんな訳で音ノ木坂学院に着いた。

 

 

 

 まだ時間に大分余裕があるせいか俺以外に登校している生徒はいない。誰一人生徒がいない学校に入るってのはなんかワクワク感がありますな! とりあえず校門を超えたけど、確か穂乃果のお婆さんの代から音ノ木はあったらしいけど……その割には校舎とかは今も大分綺麗だな。普通に立派な学校だわ。

 

 桜の木が続く道を歩いていき、校舎の中に入って靴を予め持って来ていた袋に入れ上履きに履き替える。俺の下駄箱どれか分からないからこうするしかないんだよ察してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて。

 

 

 

 

 

 

 校舎に入ったのはいいが、ここからが問題だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――理事長室ってどこ?

 

 

 

 いや、音ノ木のマップとかないし、初めてここに来た俺からしたらここは未知の世界、領域。どこにどの教室があるのかも分からないのは当然だった。つまり、この下駄箱のある場所からして俺は迷子だ。

 仕方ない、少なくともここでじっとしていては何も変わらない。とりあえず右の方に行くか。

 

 

 

 

 

 

 そこから階段を上ったり廊下を歩いたりしてほんの少しずつでも場所を記憶していく。理事長室っていうくらいだから3階か4階にあるだろうと思ってたら案の定4階にあった。

 理事長室と書かれているプレートを目に、ドアをノックをする。

 

 

 

 

 

「どうぞ」

 

 と、やはりというか、当たり前というか、ドアの奥から返事が来る。それを合図にドアを開ける。

 

 

「失礼します。この度、音ノ木坂学院に転入してきました。岡崎拓哉です。よろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしくお願いします。待ってましたよ、岡崎拓哉君」

 

 俺にそう返してきたのは、理事長、もとい南陽菜(みなみひな)。名字から分かると思うがことりの母親である。容姿もことりをそのままデカくしたような感じで、頭にはことり同様トサカのような髪の部分がある。この人もあんまり見た目変わってないなあ。というか完全に姉妹と思われても違和感を感じない。

 

 

 

 

 

 なんてことを思っていると、

 

 

「さて、今ここには私達2人しかいないんだし、もうそんなに硬くしなくていいわよ拓哉君。久しぶりに会ったんだし、少し話をしない?」

 

 そんな事を言ってくる。……はい?

 

 

「え、いや、でも、いいんですか?」

 

 思わず聞き返す。挨拶してまだ3分も経ってないぞ。ウルトラマンもまだまだ戦えるぞ。

 

 

「いいのよ。あなたのお父さんから転入の連絡が来た時からどれだけ成長したか楽しみにしていたの」

 

「は、はあ」

 

 微笑みながらこちらに視線を向けて来る。結構自由にするなこの人……。

 

 

「ことりとは昨日もう会ったんでしょ?」

 

「そうですけど、何で知ってるんですか?」

 

 何となく予想はつくけど一応聞いてみる。

 

 

「昨日の夜、ことりがそれもまあ嬉しそうに拓哉君の事を話していたからね」

 

 的中した。

 

 

「やっぱりですか……。予想は出来てましたけど」

 

「そうよ、たっくんが帰ってきた~とか、かっこよくなってた~とか、女の子の服着させてみたいとか、お菓子作ってあげようかなとか、キラキラした目で言うもんだから相当嬉しかったんでしょうね」

 

「ちょっと待って今なんか1つだけ不穏な言葉聞こえたいらない言葉聞こえた言わなくていい言葉聞こえた!」

 

 明らかにおかしい部分があったぞ今! 俺のマイラブリーエンジェルことりがそんな事考えるなんて……! 信じない、僕は信じないぞ!!

 

 

「確かにこう見てみると拓哉君は格好よくもなってるけど、ちょっと可愛らしくも見えるわね。うーん、見えるというか感じると言った方が正確かしら」

 

「親子して何考えてんですか。感じるとか余計嫌ですよ!」

 

 これでも鍛えてきた方なのに可愛く感じるとかどんなだよ、どうしろってんだよ。俺男の娘にはされたくないぞ。

 

 

「まあことりはまだしも、小さい頃からの拓哉君を知ってる私からしたらまだまだ可愛いものよ?」

 

 それを言われると何も言い返せないのが辛い。幼馴染の母親には敵わないなこりゃ。

 

 

「って、その話は今はどうでもいいんですよ! 俺が聞きたいのは学校での俺の過ごし方というか、こう、説明的なものをですね!」

 

 話を無理矢理本題に持っていく。こうでもしないといじられる気しかしない。

 

 

「あら残念、もう少し話したかったのに」

 

 ちょっといじりたそうに言うのやめてください。Sかアンタは。

 

 

「……まあそうねえ、とりあえず拓哉君も分かってる通り、この音ノ木坂学院は去年共学になったので2年に男子はいないわ」

 

「はい、分かってます」

 

 それは覚悟していた事だ。だから1年の男子とは出来るだけ仲良くしておきたいというのが俺の理想だ。

 

 

「だから男子1人で不便な所もあるかもしれないけど、そこは頑張ってね。一応拓哉君のクラスにはことりや穂乃果ちゃん、海未ちゃんもいるから何か分からない事があればことりとかに聞けば大体は解決出来ると思うわ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 それはありがたかった。只でさえ2年で唯一の男子ともなれば肩身が狭く、過ごしにくい学校生活を送ることになるかもしれない。しかし穂乃果達と同じクラスならそれの心配は無用になる。それだけでも十分嬉しかった。

 

 しかし、やはり同じ男子生徒という仲間が欲しい。

 だから、

 

 

「すいません、陽菜さん、質問なんですけど、1年は男子生徒は大体何人くらいいるんですか?」

 

 俺の問いを聞いた途端、陽菜さんの顔に少し陰りが出来た気がした。いや、確実に曇っているのだろう。

 数秒置かれた沈黙のあと、その口から放たれた言葉はとても信じられるものではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――1年に、男子生徒はいないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は、い?

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいません、陽菜さん。もう一回、言ってもらっていいですか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 陽菜さんから放たれた言葉が理解出来ず、もう一回聞き返してしまう。

 まるでその言葉が間違いであってほしかったように。まるで理解したくなかったかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 再び陽菜さんの口から放たれる言葉。

 

 

 

 

 

 

 無常な言葉。

 

 

 

 

 

 

 絶望の言葉。

 

 

 

 

 

 

「1年生に、男子生徒は1人もいないの。つまり、この音ノ木坂学院で男子生徒は拓哉君……あなた1人だけという事よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 放たれてから理解するのに数秒を要した。

 理解して、そこから初めて俺は、リアクションをとった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な……何ですとぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音ノ木坂学院に、俺というたった1人の男子生徒の声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次にはアニメ本編いくかもしれない。(いくとはまだ言ってない)


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7.コントの末の廃校!?

サブタイも遊んでこうかなと思いまして。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二回聞いて、それでも理解が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 したくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だ、男子生徒が……俺、1人……?」

 

 

 整理が出来ていないままの頭を出来る限り回転させ、言葉を振り絞る。

 そんな俺とは逆に陽菜さんは落ち着いた様子で、しかし決して明るい表情ではなかった。

 

 

「ええ、去年から共学になったんだけど、男子生徒が入ってこなかったのよ……」

 

 

「なん……だと……!?」

 

 思わず某死神代行のセリフが出てきてしまった。

 共学になったばかりで男子が少ないのは覚悟していた。だが、1人も居ないという事になるとは思っていなかった。その差が俺に余裕を無くさせる。

 

 

 

「拓哉君にはちょっと苦労させちゃうかもしれないけど、そこはことり達にフォローしてもらうって感じで頑張ってね」

 

 申し訳なさそうな顔をしながら陽菜さんが言ってくるが当の俺からしたら無茶振りのようなものでしかなかった。

 後から陽菜さんがそれに、と加えてから言う。

 

 

「学校でたった1人の男の子なんだから、ハーレムみたいな感じで楽しそうじゃない?」

 

「いや他人事かっ!!」

 

 ちくしょう、さっきまで冷静じゃなかったはずなのにツッコミだけは自然と出てきやがった。

 だけどそのおかげで少し落ち着いてきた。何だこのツッコミ体質。

 

 

「言っときますけど陽菜さん、ハーレムなんてマンガや小説の中では良いように書かれてますけど、実際には肩身が狭くて男子には堪ったもんじゃないですよ」

 

 本当にそうなんだろうと思う。よくあるマンガ、ラノベにはハーレム物の作品が多い。

 かくいう俺も読んでる時はハーレム良いなぁとかも思っていたりもしたが、それはあくまで作品の中だからであって、本当に自分がそういう体験をしたら苦労の方が多そう、というのが俺の抱いた感想だった。

 

 

「でもだからって、今更転校を無しには出来ないでしょ?」

 

「ま、まあ、それは……そうですけど……」

 

 ごもっともだった。ここまで来た以上、どれだけ文句や不安を垂れ流したところで何も状況は変わらない。今更別の学校に行けるわけでもない。この音ノ木坂学院で、たった1人の男子として学校生活を始めるしか手段はどこにもないのだ。

 

 

「ならしっかり切り替えて音ノ木での学校生活を謳歌してちょうだい。人生1度きりの高校生活、悔いの無いよう……楽しむもあり、勉学に励むのもあり、もちろん両方もあり。拓哉君達生徒のために、私達教師陣も“最後まで”全力であなた達をサポートしていくわ」

 

 つい先程まであった陰りの表情はなくなっており、大人特有のような温かい笑みで俺を見据える陽菜さん。そんなすぐに切り替え出来ないでーす。と言おうとする口を無理矢理閉じる。

 ようやく理解は出来たが納得はまだ完全には出来ていない。そして無常に流れていく時の流れには逆らうことは決して出来ない。ならもう流れに身を任せるしかないのだ。

 

 

「はあ、分かりましたよ。どうせ俺1人じゃ何も出来ないし、それならもう陽菜さんの言う通り、適当に青春を謳歌しますよ」

 

 そう、“時”の流れに身を任す。俺はまだ希望を完全に失ったわけではない。1年我慢して過ごせばもしかしたら新しい男子が入ってくるはずだ。

 さすがに2年もすりゃ1人や2人くらいは入ってくるだろう。この1年だけ我慢すればいいのだ。我慢我慢。がまんできるぼくえらい。

 

 

「拓哉君のことだから結構楽しく出来そうだけどね」

 

 俺の脱力した返事にも笑顔で返してくる陽菜さん。こういう所もことりと似てるよなあ。本当、頭のトサカどうなってんだろ? 聞いたら教えてくれるだろうか。でも何故かタブーな感じがするんだよな。聞いちゃいけないってやつ。聞いたらチュンッ(自主規制)ってされたりして。あるよね、誰しもが地雷を抱えてるってこと。

 

 

「それが出来たら苦労しないんですけどね……。っと、そういや陽菜さん、そろそろ始業式の準備とかあるんじゃないんですか?」

 

 ふと時計を見ると8時20分を指していた。確か始業式が始まるのは35分だったはず。東條と話してたり学校内を走り回っていたから予想以上に時間を喰っていたようだ。

 

 

「そうね、じゃあ拓哉君は一旦職員室に行ってから担任の先生に講堂まで連れて行ってもらってちょうだい。私は準備を済ませてから直接講堂に向かうわ」

 

 俺の言葉を聞くなり、すぐに仕事をする人の顔になった。さすが理事長って感じだな。

 

 

「分かりました。……えと……、すいませんけど、その職員室ってのはどこに……あるんですかね……?」

 

「2階に降りたらすぐ左手にあるわ」

 

「あ、あざす…」

 

 いや、だってまだ完全に覚えてないからしょうがないじゃん。ここ見つけたのも殆ど勘だったし……。

 見栄張って道に迷うより、恥ずかしがらずちゃんと道を聞いておくほうが良いと思います!! 誰に向かって言ってんだよ。

 

 

「じゃあ、失礼します陽菜さん」

 

「拓哉君」

 

 そそくさと退室しようとしたら陽菜さんに呼び止められる。

 振り返ると陽菜さんは笑っていた。

 

 

「音ノ木坂学院での生活、“最後まで”頑張ってね」

 

 

 “また”、先程と同じように、申し訳なさそうな、少し寂しそうな、そんな含みがあるような笑顔だった。

 

 

「……はい。失礼しました」

 

 俺にはその意図が分からなくて、そのまま退室して職員室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……せっかく転校して来てくれたのに、ごめんね、拓哉君……」

 

 

 

 

 陽菜さんがそんなセリフを零していたのも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしがあんたの担任の山田博子(やまだひろこ)だ。よろしくな、ぼっち男子君」

 

「チェンジで」

 

「何でだよ!!」

 

「初対面でいきなり生徒をぼっちって言ってくるあんたに言われたくないわ!!」

 

 職員室に入った俺を出迎えてくれたのは、俺の担任らしいこの山田先生だった。そこまでは良かった。なのに第一声がこれってチェンジしかないだろ。たった一言で涙出てきそうになったわ。

 

 

「いや~それはちょっとした親睦を深めようと思ってだな? せっかくの記念すべき男子生徒第1号だし、ここはフランクにしようと思ったんだよ」

 

 全く悪びれてない様子の先生。厄介な人が担任になったかもしれない。

 

 

「フランクすぎでしょそれ……。さっそく登校拒否するとこでしたよどうしてくれんですか」

 

「そん時はお前の家にフランクフルト持ってってやるよ。フランクだけに」

 

「何にも面白くねえよ!! あんたそれでも教師か!?」

 

「おう、立派な教師だよ」

 

 ダメだ。この人と話しているとどうしてもコントっぽくなってしまう。自由すぎじゃないですかね。誰か他の教師この人止めてくれ。

 

 

「山田先生さっそく男子生徒と仲良くなって凄いです~」

 

「男子生徒も中々元気があっていいですね」

 

「いいぞー、もっとコントやれー」

 

 等々、他の教師達が様々なことを言っている。ダメだこりゃ、全く止める気ないぞこれ。まともな教師いんのか? それか男子がそんなに珍しいのか? 確かに先生達を見ても全員が女性だ。女子高はやはり教師も全員女性らしい。余計俺の肩身が狭くなってしまう。これじゃ肩身狭すぎて潰されるまである。

 ていうかアンタらもさっさと始業式の準備しろよ。

 

 

「よし、コントはこれくらいにしておこう」

 

「コントじゃねえよ」

 

「ほれ、生徒もぞくぞくと集まってるし早く講堂に行くぞ岡崎」

 

「全面的にスルーしてんじゃねえよ」

 

 ねえ何なの? これ俺が悪いの? 流れが完全に俺をいじめる方向になってんのか?

 

 

「ほら、とっとと行くぞ岡崎」

 

 世界に革命起こしてやろうかと考えてたらいつの間にか山田先生が出口の方に立っていた。他の先生も早足で出ていくのを見て俺も少し焦りながら向かう。早足で行くならもう少し余裕持って行けよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前には他の生徒とは一緒に座らずに、後ろのほうで私の隣に立っていてもらうぞ」

 

 先生と一緒に歩いているとふとそんな事を言ってきた。

 

 

「何でですか?」

 

 俺が完全に頭の上に?マークを作っていたら、先生は説明するのが面倒くさそうな顔を一瞬してからすぐに真面目な表情に戻して言う。

 

 

「いきなり転校生が来ましたーとか言って女子の隣に座ってみろ。講堂がちょっとした騒ぎになるぞ。それが面倒くさいから理事長には男子生徒が転校しに来た。でも今は職員室で待機していると嘘をついてもらう」

 

 いや教師が生徒に嘘ついていいのかよ。

 

 

「でも実際そうにはいかない。お前にも講堂がどんなとこか見せておく必要もあるしな。だから女生徒にバレないよう、後ろで立ってる教師である私の隣にいる事で話をちゃんと聞いておいてもらう。それが理由だ」

 

 ふむふむなるほど。確かにいきなり俺が平然と混じって座ってたらびっくりするかもしれない。それにしてもこの先生もちゃんと真面目に考えてるんだな。何だかんだで立派な教師というのは本当の事のようだ。

 

 

「して、先生。びっくりするなら何となく分かりますけど、どうして騒ぎになるんですか? 俺がすげえイケメンだからとか?」

 

「笑えない冗談はやめろ。お前が変態扱いされるからに決まってるからだ」

 

「そっちのが笑えねえよ」

 

 ちょっとでも信用した俺がバカだったよちくしょう!! そんなに変態じゃないもん! 

 何ならまだ変態紳士のが俺には合ってる。俺は裏表のない素敵な人です!

 

 

 

「まあ、とりあえずはそういうことだ」

 

「どういうことだ」

 

「そういうことだ」

 

「どういうことだ!」

 

 そんなに俺を変態扱いしたいのかこの人は。まだ会って数分くらいしかたってないのにひどい扱いである。

 けど思いっきり否定出来ないところが悔しい。

 

 

「やかましい。とりあえず私の隣にいてもらう。いいな?」

 

 何故か怒られた。理不尽すぎやしませんかね? 今日は厄日かな?

 

 

「うーい……」

 

 しかし理事長の陽菜さんもこの提案をしたのなら、不本意ながらでも今は従うしかない。決してこの先生に屈した訳じゃないんだからね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが講堂だったのか」

 

「いいから早く来い。もう始まるぞ」

 

 などと呟いてる俺に対し先生は急かしながら手招きしてくる。

 

 入ってみると既に他の生徒は全員座っているようだった。

 講堂の中自体は広くもなく、狭いわけでもなく……いや、少し狭いか。ここに来る前から一応調べてはいた。この音ノ木には元々生徒数が少ないのを知っている。3年生が3クラス、2年生が2クラス、1年生が1クラス。300人と居ないこの学校。だからこの講堂自体小さくてもこの生徒数なら無理なく入る。入ってしまう。

 

 

「俺のいた学校とは、人数が違いすぎるな」

 

 ふとそんな独り言が出てしまう。

 それに反応するように、

 

 

「そりゃな。お前のいた学校は普通の学校で、周りに“特別人気のある高校”があるわけじゃなかった。だから生徒数も他の学校と何ら変わらない。ここの学校の生徒数の倍以上の生徒がいるのは当たり前だったんだろう」

 

 理事長である陽菜さんが喋っている中、俺と先生は小声で話すが、先生の発言に気になるものがあった。

 

 

「“特別人気のある高校”? 何ですかそれって」

 

「お前も名前くらいは聞いたことがあるはずだ。UTX学院。秋葉原にある今一番人気の女子高だよ」

 

「……、」

 

 聞いた事がある。いいや、つい今朝聞いたばかりだった。

 UTX学院。まさかそこに生徒が流れていってるせいでここには全然入ってこないってことなのか?

 

 

「でも、一番人気があるって言っても、生徒がそんなに流れていくもんなんですか?」

 

 俺の問いに先生は、

 

 

「A-RISE。それが原因だよ」

 

 まるで答えることすら必要ないと言わんばかりにあっけらかんと答えた。

 

 

「今流行りのスクールアイドル? か何だかのグループで、そのA-RISEってのが一番人気らしくてな。それのせいで年々どんどんこっちに入ってくる生徒が少なくなっていったわけだ」

 

「A-RISE……」

 

 完全な納得がいった。

 一番人気の学校に、一番人気のスクールアイドル、A-RISE。それが揃っているのならば当然、流行り好きの女子はそっちに流れていくのだろう。人気要素しかない学校。それに女子高ときた。同じ女子高であった音ノ木には生徒が流れていくのはよほど痛かったに違いない。

 

 そのための共学化。

 しかし、そんなものは上手くいかず、結局男子は1人も入ってこなかったってわけか。

 

 

「そんなこんなで今のウチはこの人数ってわけだ」

 

「……なんか、理不尽な感じがしますね」

 

「理不尽なんかこの世にいくらでも溢れてる。その数ある理不尽の中の1つがここに当たっちまったってだけだ。良い気はしないけどな」

 

 先生が目を細めながら低い声音で講堂の中を見据える。

 この人はこの学校が好きなんだろう。だから教師という枠だけに囚われず、こんなにも自然体でいられる。

 

 

「……生徒を増やすための活動とかはしてないんですか?」

 

 頭によぎった疑問をぶつけてみる。ただぶつけてみただけだった。

 なのに、先生はさっきより表情に陰りができ、ふと何かを悟った様な表情になった。

 

 

「そんなものは、今更なんだよ。岡崎」

 

「え?」

 

 先生のまさかの回答に思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

 それから先生は顎でクイッと理事長の方を向けとジェスチャーしてきた。それに従い陽菜さんの方を向く。

 

 今までの笑顔での始業式の話は終わり、陽菜さんも今は先ほど俺に見せた時のように表情に陰りが出来ていた。

 

 

「岡崎、お前、さっき理事長と話してきたんだろ」

 

「え? あ、はい……」

 

 急な先生の質問に慌てて答える。

 それが一体どうしたんだ?

 

 

「理事長、最後どんな顔してた?」

 

 何となく。

 

 

「……なんか、少し寂しそうな顔とか、してました」

 

 ただ何となく、嫌な予感がした。

 

 

「……そうか」

 

 ただそれだけを言って、先生は陽菜さんと同じ少し寂しそうな顔をしていた。

 何か、何か嫌な予感が俺の胸の中に渦巻いている。

 

 その答えを持っているであろう陽菜さんを見据える。その時から、俺は陽菜さんの言うことが何となく分かっていたのかもしれない。

 分かりたくないのに、分かってしまったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 “最後まで頑張ってね”

 

 

 

 

 “生徒数の少なさ”

 

 

 

 

 “3年生が3クラス、2年生が2クラス、1年生が1クラス”

 

 

 

 

 “UTX学院”

 

 

 

 

 “A-RISE”

 

 

 

 

 “流れていく生徒”

 

 

 

 

 “年々減っていく入学希望者”

 

 

 

 

 “今更”

 

 

 

 

 そこから導き出される結論は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽菜さんの口が開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ正式に決まったわけではないのですが、ここにいる今の生徒をもって、この音ノ木坂学院は廃校になるかもしれません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、ん――!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今度は、オーバーリアクションすら、とれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は少し短め。

前回アニメ本編にいくと言ったな、あれは嘘だ(2回目)

いや、本当ならいく予定だったんですけどね? そこまで書いたら確実に10000文字超えてしまうので、それはちょっとな~…というわけで分割です。


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8.現実、クラス、眠い

ふと何となく気付いたけど、いつの間にやらこの小説書き始めて1か月過ぎてるんですよね。




続くもんだなぁ……(まだアニメ本編いってない)


 

 

 

 

 

 

 衝撃の事実が知らされた始業式が終わって俺は今、職員室にいた。そのまま教室に直行するわけにもいかないし、何よりその教室がどこにあるか分からないからである。

 

 

 

 

 

 

 

「あんまり落ち込んでなさそうだな」

 

 教室に行く準備をしてる先生がふと、そんな事を言ってきた。

 

 

「まぁ、最初は確かに驚いたっちゃあ驚きましたけど、よくよく考えたら俺達がいる間は廃校にならないし、そこまで落ち込むような事はないですかね。それに俺はここに来てまだ一日も経ってないですし」

 

 本当に驚いた。まさか転校してきたこのタイミングで廃校を知らされるとは思っていなかった。こんな体験したの俺が初めてかもしれない。何て嫌な体験だよ。

 

 

「それより、次の年から生徒が入ってこないってなると後輩が出来ない。つまり俺の唯一の希望である男子の後輩すら出来ないってのがよっぽど問題ですよ! 確実に男子俺一人だけじゃないですかどうしてくれんだ!」

 

「いやあたしに言うなよ」

 

 ホントにもう! 希望が無くなっちまったよちくしょう拓哉さん激おこぷんぷん丸だよ! せっかく神田明神で参拝したのに東條と会った事でもう運を使い果たしてしまったのか。東條の胸、恐るべし。じゃない、東條、恐るべし。

 

 

「というか、先生こそあまり落ち込んでなさそうですけど、悲しくとかないんですか?」

 

 さっきの講堂では少し落ち込んでいるように見えた。

 だからこそ質問してみる。

 

 

「まあ理事長から事前に教師陣には聞かされていたからな。確かに最初は多少落ち込んだりもした。自分の母校でもあり、大好きな学校が無くなるんだ。そんなの悲しくならない方がおかしいだろ? でもすぐに考えは変わったよ……あたしはこれでも教師だ。そこはもう割り切らないとダメだって事も分かってる。だから、今いる生徒だけでも、あたし達教師が生徒を元気に見送ってやらないとダメだろ?」

 

「……、」

 

 ああ、この人は全てを分かりきった上で割り切って、今のこの現状を少しでも明るくしようと思ってるんだ。だからさっきみたいな暗い表情からすぐに切り替えられる。普通ならそんな事は簡単には出来ないのに。自分の大切なもの、大好きなものが失われると分かった人は必ずしもすぐに納得できるわけではない。

 

 それぞれの想いがあり、苦痛があり、悩みがあり、突きつけられた現実に苦渋の決断で納得するしかない。自分の本当の気持ちに嘘付いてまで納得させるしかない。そうやってこの厳しい現実を進まなくてはならない。

 

 なのに。

 この先生は。

 いいや、周りを見てから訂正する。

 この先生“達”は。

 

 

「今頃生徒達も少し混乱してるかもですし、教室に戻ったら何か面白いこと言った方がいいですかね?」

 

「いや、逆に廃校について質問攻めされそうですし、それを説明した上でこの先をどう上手くやっていくか生徒達と話していくのはどうでしょう?」

 

「もういっそのこと扉開けた瞬間に生徒に引かれるような黒歴史を言ったらどうです?」

 

「それはちょっと……」

 

 何より生徒の事を一番に考えている。自分達の再就職先など気にも留めないかのように、生徒をどう元気づけようかと考えている。

 

 

「どうだ、ここの先生達は? 面白い人達ばかりだろ」

 

 他の先生達の掛け合いを見てると、後ろから山田先生に問いかけられる。

 

 

「……ええ、男子がいないってのは残念ですけど、少なくとも、ここに来て良かったとは思います」

 

「そうか。それはそれは何よりだ。――じゃあ、あたし達も教室に行くぞ」

 

「はい」

 

 

 

 笑みを零しながら、先生に着いて行く。

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「そういや岡崎、お前、南と知り合いだったのか?」

 

 階段を下りている途中にいきなり先生から質問された。

 

 

「え? あーはい。知り合いっていうか、幼馴染ですかね。小6まではこの町で一緒に遊んだりしてましたけど、中学から俺と親父だけ引っ越したんで5年振りに会ったって感じです」

 

 簡潔に説明すると、先生はほほう、と何やら意味深にニヤついたと思ったら、

 

 

「愛する女のために戻ってきたってわけかコノヤロー!!」

 

「あらぬ嘘を言うんじゃねえよコノヤロー」

 

 いきなり何をぬかしやがるこの先生は。少し見直したと思ったらこれだよ。女の子との約束果たすために戻ってきたってのもアレだけどさ……。

 

 

「そうだ。それでいい。何やらあたしとお前は結構相性が良いらしい。今頃暗いか騒ぎになってるウチのクラスをあたし達のコンビネーションで明るくしてやろうじゃないか」

 

 ふざけたと思ったらまたこの真面目な表情。何なのこの先生? もしかして百面相?

 だがこの提案には賛成だ。

 

 

「そうですね。俺には色々と初めてすぎて不安しかないですけど。というか受け入れてもらえるか……」

 

「何だ? 南にここに転校するって言ってないのか?」

 

「ええ、驚かせてやろうと思って黙ってます。ちょっとしたサプライズ的な? それならクラスの雰囲気も少しは変わるかと」

 

「なるほど、それは使えるな。それに初めての男子生徒だ。クラスにはちょうど良い刺激になるかもな」

 

 そんな事言いあっていると先生が扉の前で立ち止まる。

 ここが俺のクラスか。

 

 

「じゃあここで少し待ってろ。呼んだら入ってこい」

 

「はい」

 

 そう言って先生はガラガラと扉を開けて入っていく。

 まずい、ちょっと緊張してきたな……。掌に人書いてと……。

 

 

「うるさいぞお前らー。早く席に着けー」

 

 中から先生の声が聞こえて来る。

 すると、

 

 

「先生、廃校ってどういう事ですか!」

 

「なくなっちゃうんですかここ!?」

 

「私達どうなるんですか?」

 

 口々に生徒からの質問が聞こえる。当然だろう。いきなり廃校と告げられてそのまま黙ってられるはずがない。

 さて、先生はどうすんのかなー?

 

「んなもんあたしが知るわけないだろ。これより廃校に関する質問は一切受け付けん!」

 

「「「えええええええええ!!」」」

 

 ご、ごり押しすぎだろ……。どんだけ圧かけてんだあの人。強引ってレベルじゃないぞ全く。そんなんで大丈夫か? 大丈夫だ、問題ない。そうか、俺の頭は問題だった。緊張でどうかしてるようだ。

 

 

「それよりだな。よーく聞けお前ら。さっき理事長が言ってた男子の転校生だが……、実はこのクラスに入る事になった」

 

 瞬間。

 クラスがまた違う意味でざわつき始めた。

 

 

「えー!それ本当ですか!?」

 

「うわ~、どんな男子なんだろ~」

 

「優しくてかっこよくて面白い人がいいな~」

 

 等々、好き勝手にキャーキャー騒いでいる。

 あの、3つ目喋った人ハードル高くするのやめてもらえませんかね? 余計入りずらいんですけど……。

 

 

「うーし、空気が変わった所でさっそく転校生に参上してもらおうか。おーい、入って来ていいぞ」

 

 中から先生が俺を呼ぶ声がする。もう緊張していても仕方ない、ここは潔くビッシリと決めるか。

 

 扉を開け、教卓まで進む。チラリと席を見回すと目を見開いている海未やことりがいた。何やら俺を見て驚いてるようだ。サプライズ成功といった感じかな。

 ……で、穂乃果はと、あいつ窓際で外見ながらウトウトしてやがる……。転校生にもっと興味もてよ! もってくれよ!

 

 おっといかん、まずはちゃんと自己紹介しないとな。ここが転校生の今後の学校生活が決まる一番大事な所だ。ヘマは絶対出来ない。ビシッと決めて好印象を与えよう。

 

 

「どーも、この度音ノ木坂学院に転校してきた――岡崎拓哉でしッ」

 

 瞬間。

 沈黙が室内を襲った瞬間だった。

 

 か、噛んだぁぁああああああああああああああああッ!!!!

 やってはいけない所でやっちまったあああああ!!

 ヤバイ、みんな俺をキョトンと見ている……。さっきまで驚いていた海未やことりまでキョトンとしているぅ……! やめてっ、俺をそんな目で見ないでっ。メンタルが崩れていっちゃうっ。

 

 こんな時こそ先生助けてっ!! と、救援要請の目線を先生に送ると、

 

 

「噛んだな」

 

 真顔で言われた。

 

 

「そこはフォローしろよお!!」

 

「いやいや、初めての挨拶にしては面白かったぞ。噛んだけど」

 

「俺が面白くねえよ! 最高に恥ずかしいわ! あと最後に余計なこと言わんでいい!」

 

「ああー!! 何でたくちゃんがここにいるのー!?」

 

「何でお前は今頃になって気付いてんだよ!? もっと早く気付けよこんな所で気付いてほしくなかったわ!」

 

 先生と言い争ってる時に乱入してくるんじゃねえ! 遅いわ!

 

 

「何だ高坂、南と一緒でお前もこいつと知り合いなのか?」

 

「はいっ! 私とことりちゃんと海未ちゃんはたくちゃんの幼馴染なんです! ていうか何でたくちゃんがここにいるの!?」

 

「良かったな、これだけ知り合いがいるなら学校生活も問題なさそうじゃないか、噛ん崎、じゃなかった岡崎」

 

「テメェ今思いっきりわざと間違えやがったなどちくしょう!!」

 

「たくちゃん私の質問に答えてよ!」

 

「ええい、じゃかあしぃぃぃぃいいいい!! 多方向から責めてくんじゃねぇ!!」

 

 この後、数分間。

 こんなくだらないやり取りが続いた。

 

 

「はあ、はあ……、もう一度だけ言っておく。俺の名前は岡崎拓哉だ。今さっきのやり取りは忘れてくれ。これからよろしく頼む。マジで」

 

 ようやく落ち着いた所で俺はもう一度自己紹介した。騒いだせいで敬遠されたかもなあ……。どうしよ、もうこの先真っ暗だよ泣きそう。

 などと落胆している俺であったが、やがて、

 

 

「よろしくね、岡崎君!」

 

「こっちこそよろしくねー!」

 

「面白いもの見せてもらったよ岡崎君!!」

 

 そんな声が、聞こえてきた。

 ハードル高くしてきた子も受け入れてくれている。さっきので認めてくれたのね。何か複雑。

 

 

「……あ、ああ、よろしくな、みんな」

 

 キーンコーンカーンコーンと、授業の終わりのチャイムがなる。

 始業式だからいつもより早く終わるのだろう。

 

 

「あー、岡崎との無駄なコントのせいでHRの時間がなくなってしまったか」

 

「うるせえよ」

 

「まあいいや、あたしから言うことはただ一つ。今日から一年、このクラスで頑張ってけよ」

 

「「「はーい」」」

 

「あと岡崎、お前の席は高坂の後ろだからな。それだけだ。さあ、終わったらとっとと帰れよー」

 

 さっさと言い終えると教室から出て行った先生。色々と適当すぎないかこの人? 俺への説明雑すぎんよ~。でも、自分の席は分かった事だし、事前にもらった教科書入れて帰るか。

 

 

「たくちゃん帰ろ! 色々聞きたいこともあるし!」

 

 教科書を入れていると前から穂乃果が顔を近づけて来る。いや、近い近い、近いよバカ。

 

 

「分かったから離れろ。教科書入れてから行くから教室の外で待っててくれ」

 

 穂乃果はうんっ! と元気よく返事をしてから教室の外へ出ていく。

 

 さて、こんなもんか。あらかた机の中に入れた。俺は基本教科書は持って帰らない派だ。勉強は家で適当に参考資料みながらすればいい。

 よし、俺も出るか。

 

 

「ねえねえ岡崎君。質問とかあるんだけどいいかな?」

 

「あ、私もー!」

 

「そんなにいっぺんに聞いたら岡崎君困っちゃうよ?」

 

 教室から出ようとすると女子3人組に声を掛けられた。ああ、転校生によくあるイベントの質問攻めってやつか。だが今の俺は穂乃果を待たせているので質問に答えてる暇はない。

 

 

「あー悪い。外で穂乃果待たせてるから質問は明日でいいか?」

 

「ありゃ、そうなの? それなら仕方ないかー」

 

「というか質問って質問もないんだけどね私達も」

 

「ん? じゃあ一体何なんだ?」

 

 質問がないなら俺を呼び止める理由はないはずだけど。もしや質問ってのはジョークで本命は俺に一目惚れで告白とかか!?

 やべえ、とうとう俺もモテ期とやらが来たか!!

 

 

「穂乃果達の幼馴染なら私達も仲良くしたいんだ。穂乃果は大事な友達だからねっ。だから簡単な自己紹介しようってわけ」

 

「ああ、うん、なるほどね。俺も穂乃果達の友達なら仲良くしときたいよ」

 

 知ってた。知ってたよちくしょう……。

 一目惚れなんて存在しないんだ!!

 

 

 

「私は原村(はらむら)ヒデコ。普通にヒデコって呼んでくれていいよ」

 

「私は平沢(ひらさわ)フミコ。私もフミコって呼んでくれていいからね」

 

「私は佐藤ミカだよ。ミカって呼んでね!」

 

 どうやらショートヘアの子がヒデコ、ポニーテールの子がフミコ、おさげで小柄な元気そうな子がミカらしい。何とも特徴のある子達だな。

 

 

「おう、よろしくな。俺のことも好きなように呼んでくれて構わない」

 

 さすがに初対面の子に俺を下の名前で呼んでくれとか図々しい事は言わない。俺ってばマジ紳士。違うか。

 

 

「じゃあよろしくね。拓哉君」

 

「お、おう」

 

 何か初対面の女の子に名前で呼ばれると恥ずかしいな……。やはり俺はピュアらしい。っと、こんな事してる場合じゃなかった。

 

 

「悪い、そろそろ行くわ。じゃあまたな、ヒフミ!」

 

 急ぐため名前を省略させてもらった。何て失礼な奴だ俺は。それよりヒフミか、すげえしっくりくるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? 何か私達略されてなかった?」

 

「急いでたし仕方ないんじゃない?」

 

「拓哉君、中々面白い性格してるね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪い、待たせた」

 

 小走りで下駄箱まで向かうと穂乃果の他に海未とことりもいた。

 まあ、こいつらはいつも一緒にいるような感じだし特に驚きはしなかった。

 

 

「もう~、遅いよたくちゃんっ」

 

「だから謝ったでしょうが。そういう細かい事まで根に持つとモテねえぞ」

 

「一言多いよっ!」

 

 うん、やっぱり穂乃果はからかい甲斐がある。やっぱこうでなくちゃな。

 

 

「それで、最初に戻るけど、何でたくちゃんが音ノ木にいるの?」

 

 帰路を歩いていると穂乃果が先程の質問を改めてしてきた。

 海未とことりもそれに興味あるのか顔をこちらに向けて来る。まあ気になるのは当たり前か。

 

 

「何でも何も、転校してきたからだよ」

 

「でも昨日私が質問した時は近くの学校としか言ってなかったよ?」

 

「だからと言って音ノ木じゃないとも言ってないだろ? 実際音ノ木は俺の家からも近い方だしな」

 

「じゃあ何故音ノ木に来ると教えてくれなかったのですか?」

 

 穂乃果の次に海未が質問してくる。多分それが一番聞きたかった質問なのだろう。

 

 

「事前に言っても面白くないからな。ちょっとしたドッキリとかサプライズみたいなものだよ。海未とことりは驚いてたようだし、見事に成功したって感じだな」

 

 そう言うと何故か穂乃果が心外そうな顔をしていた。

 

 

「私だって驚いてたよー!」

 

「お前は最初外見ながらウトウトしててこっちに気付いてなかっただろうが!」

 

 俺が喋ってなかったら気付くことなく寝てたんじゃないかこいつ?

 始業式でさっそく寝そうになるとかどういう神経してんだ全く。

 

 

「ま、そんなわけで昨日も言ったように、これから嫌でもほとんど毎日会うって事になったわけだ」

 

 そう言うと、3人はキョトンとした表情からはにかんで、

 

 

「そうだね! いっぱい遊べるね!」

 

「またあの頃のように集まれるのですね」

 

「今からが楽しみだねっ」

 

「じゃあさ! 今日はこの後どうしよっか!? また私の家で集まる?」

 

 我慢出来なくなったのか、穂乃果がさっそく遊びの誘いの提案をしてくる。

 だが、

 

 

「悪い、今日は俺はパスするわ」

 

「ええ!? 何で!? たくちゃんがいないと意味ないじゃん!!」

 

 俺のまさかの反応に穂乃果が思いっきり近づいて抗議してくる。ちょ、だから近いって……。

 

 

「何でパスなのたっくん?」

 

「また昨日みたいに何か予定でも入ってるのですか?」

 

 ことりと海未も俺のパスに意外なのか質問をぶつけてくる。

 うーん、予定というか、なあ……。

 

 

「いや、予定とかではないんだけど……」

 

「だけど……?」

 

 穂乃果が何故か語尾だけ復唱している。必要かそれ?

 

 

「何て言うか、だな……? その、」

 

「その……?」

 

「眠い」

 

「「「……え……?」」」

 

 3人がハモッた。うん、そりゃハモるよね。こんだけ溜めて出た答えがそれなら。

 だから俺も言いづらかったんです。

 

 

「いや、昨日色々あってさ、夜更かししてしまって寝るのが遅くなってしまったんだよ。……そのせいで今めちゃくちゃ眠たいっす、うす」

 

「「「……、」」」

 

 あ……、これどやされるパティーンのやつですかな? こんなふざけた断り文句があるかー! ってツッコミくるんじゃないの? 恐る恐るツッコミ待ちしていると、

 

 

「はあ…、仕方ないですね……」

 

「え……?」

 

「もう、たくちゃんったら……」

 

「はい?」

 

「たっくんらしいねえ……」

 

「お……?」

 

 全く予想外の返答が来たため、俺の思考回路が上手く回らない。

 え、何これ? まさかのお許し出てる? 出ちゃってる?

 

 

「えと、あの、これは、ゆ、許されているのでせうか……?」

 

「ええ、今日は特別に、家に帰って寝るのを許します」

 

「ま、まじでか!?」

 

「寝不足になって体調を崩されても困りますからね」

 

 おお、まさかのお許しが出たぞ! あの海未神からお許しの許可が出たぞお!!

 

 

「穂乃果とことりも、いいのか…?」

 

 ふと、念のために2人にも聞いてみる。

 

 

「本当なら一緒に遊びたいけど、今日は我慢するよ。だって明日も会えるんだもん!」

 

「私も本当はたっくんと遊びたいけど、まだこっちに戻って来て間もないし、疲れてるたっくんを休ませてあげたいから……」

 

「ありがとう、ほのかちゃんにマイラブリーエンジェル」

 

「何か私だけ凄い子供っぽい扱いされてる気がするんだけど……」

 

「ま、マイラブリーだなんて……たっくんってばもうっ……」

 

 おっといかんいかん、ついつい心の声が出てしまった。幼馴染の成長に拓哉さんは感無量でございますよ。

 

 

「さて、せっかくのお許しが出たんだし、俺は先に帰るよ。またな、3人共!」

 

「うん、また明日ね!」

 

「また明日です」

 

「またねー、バイバーイ!」

 

 三者三様に手を振ってくる。俺も手を振りながら走る。

 うし、家に帰って速攻寝よう。走ってても眠気が取れないくらいだし相当なのだろう。

 

 

 

 

 

 

「愛しい俺のベッドが待っているぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時、

 

 

 

 

 

 俺も、

 

 

 

 

 

 穂乃果も、

 

 

 

 

 

 海未も、

 

 

 

 

 

 ことりも、

 

 

 

 

 

 

 個人の思っている事が楽しみな内容ばかりですっかりある事を忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 逃れられない現実。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃校の事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、えーと、前回アニメ本編にいくと言ったな。あr(ry

おかしい、書いてたらオリジナルばかり書いてしまう…(言い訳)
と言ってもいい加減予告詐欺はこれ位にしてと、次からアニメ本編入っていきます。
入らないとストーリー進められないしね。自分から追い込んでいくスタイル。




 それにしても、たった一言の感想でも貰えるとこんなに嬉しいものなのかと毎回思います。励みにもなるし、活力が湧いてくる。何よりホントに嬉しい。読んでくださっている方達には感謝感激雷火事親父です。
 嘘です。感謝感激雨あられです。
 いつも読んで下さる方、感想をくれる方、投票してくれる方、ありがとうございます。
 これからも無い頭でストーリーを考えながら頑張りますので、どうかしゃあねぇなコノヤローと思う方はお付き合い下さいませ。




ん?3月15日は海未ちゃんの誕生日……?
どうしよ……(戦慄)


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9.きんぱつ!きんぱつ!


いつの間にやらUA10000超えてました。
ありがとうございます。


サブタイは完全に遊んでます。あまりストーリーと関係ないサブタイなので気になさらず読んでやってください。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 廊下に貼り出されている一枚の紙を俺と幼馴染三人が見ていた。

 

 

 

 

 

「う、うそー……!?」

 

「廃校って……」

 

「つまり、学校がなくなる、というわけですね……」

 

 三人が口々に呟く。

 昨日楽しそうに別れてから今日に変わって一変、非情な現実に強引に引き戻されたと言えば分かりやすいだろう。ちなみに俺は熟睡出来たので気分良好ですっ!

 

 

「ぁ……あぁぁー……」

 

「おっとと」

 

 穂乃果があまりのショックか何かで後ろに倒れ込もうとした所を支える。

 

 

「穂乃果っ!?」

 

「穂乃果ちゃん!?」

 

 海未とことりも穂乃果の急変に思わず大声が出る。それより二人共左右から支えるの手伝ってもらえないですかね? 流石に中腰はキツイのよ俺でも。

 

 

「わ、私の…」

 

「あ?」

 

 後ろから支えてるので穂乃果の顔は見えない。だが何かを呟こうとしていた。

 

 

「私の輝かしい高校生活がぁ……」

 

「うん、そうだね。俺も転校初日から廃校を知らされるとは思ってなかったよ。俺が一番そのセリフを言いたかったのにあなたが言いますか。ていうか立てよ」

 

 俺の言葉を受けたはずの穂乃果からは返事が一向に来なかった。その理由を支えるのを手伝いもしない海未から簡潔にこう伝えられた。

 

 

「ショックで気絶しましたね……」

 

「ええ……、マジかよ。俺のこのやるせない気持ちどうすりゃいいのさ。あとそろそろ辛い助けて」

 

「穂乃果ちゃん大丈夫かな……」

 

「とりあえず、保健室に連れて行きましょう。拓哉君お願いします」

 

「ああ、うん。俺の発言全てスルーされる理由が何となく今分かった気がするよ。さては貴様ら、昨日誘いを断ったのを何だかんだ根に持ってるな!?」

 

 そんな発言すらも流され、二人は早々に保健室に向かっている。はずだ。

 

 

「ちょ、ちょっと待って。俺まだ保健室の場所知らないから! このまま放置されたら意識のない女の子を持っているただの変態迷子の称号を手に入れてしまうから! 昨日の埋め合わせもするからーッ!!」

 

 悲痛な叫びをあげてようやく、二人の動きが止まる。

 そしてそのまま振り返ると同時に二人は微笑みながら、

 

 

「今、確かに聞きましたよ?」

 

「埋め合わせしてくれるって」

 

 あれ、これ俺ハメられた……?

 

 

「ほら、穂乃果をそのままにしておくわけにもいかないですし、保健室に行きますよ」

 

「保健室はこっちだよ。私は保健委員だから案内とか、ケガしたりとかしたら私に言ってね」

 

 お前の気絶利用されてんぞ穂乃果。

 という俺の心の声は二人に着いて行く間に消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 保健室。

 

 

 そこはどこの学校でもあまり変わらない風貌だった。基本的に白を基調とした空間。仄かに香る保健室特有の匂い。その部屋の脇にある一つのベッドに穂乃果を寝かせる。今は保健の先生はいないようだった。

 

 

「それにしても、やけに注目されてたな俺。やっぱり初の男子生徒だから自然と視線を向けられるのかもなー」

 

 ベッドの横にある椅子に腰かけながら今さっきの出来事を振り返る。

 

 

「それもあるにはあるんでしょうけど……」

 

 俺の言葉を聞いて、海未が少し言い淀める。

 

 

「一番は初の男子生徒が登校二日目で何故かいきなり女子生徒を()()()()()()()()()()()()()()()……何て光景を目の当たりにすると視線も集めてしまうかと」

 

 …………………………………………………………………………。

 

 

「し、しまったああああああああああああああああッ!! 結局これじゃ変態扱いされちまうじゃねえか!! 登校二日目で最悪の称号手に入れてしまったよ俺どうしよう!?」

 

「大丈夫だよたっくん。私は事情を知ってるからたっくんを変態さん扱いなんてしないよ」

 

「ああ、嬉しいけど違うっ。俺の欲しい解決策と全く噛みあってない! 俺の知らない女生徒からの変態扱いが怖いのだよことり君!!」

 

 俺の必死に求む解決策の答え。それをようやく理解したことりから新たな解決策が……、

 

 

「ああ、えと、うん、私はたっくんの事嫌いにならないよっ!」

 

「諦めろって事かああああああああああああああああ!!!!」

 

 もはや俺の中で自分で解決策を考えるなんて思考はなかった。もししたとして、それを傍から聞いた女子は『うわー変態が何か弁明してるきもー』とか『うわくさいっ。何かよく分からないけど男臭いっ。きもー』とか『うわーきもー』でどんどん自分のメンタルを削れかねないからだ。

 所詮男の言い訳は効かない。ならここは正真正銘の女子に聞いた方がいい。それなら良い方法が出るはずっ。そう考えて質問した結果がこれである。天は我を見放した。さよなら天さん。

 

 

「そんな大声を出さないで下さい。穂乃果が起きてしまいます」

 

 あ、すんません。あくまで俺より穂乃果の方が優先順位上なのね。おけ分かった。俺泣くわ。

 

 

「それと拓哉君の称号については興味もありません。もし変態という不埒な称号を得たとして、それは何も知らない人達の勘違いからきたものでしかありません。よって私達はこれまでと変わらない姿勢で拓哉君と接します」

 

「うん、それ一見すると慰めてるように聞こえるけど結局はことりと言ってる事と全く変わらないからね? つまり解決策無いと言ってるようなものだからね」

 

 ジト目で見る俺に海未は取り繕うかのように、

 

 

「よ、要は他の誰かが拓哉君を目の敵にしようと私達は味方でいるという事です!! それでもまだ文句を垂れるようなら殴りますよ!」

 

「理不尽!」

 

 いつの間にか海未が大声を出していた。そんな事がおかしくなったのか、

 

 

「ふふっ、やっぱりこういうの、好きだなあ」

 

「あん?」

 

「え?」

 

 ことりの呟きに俺も海未も言い合いはやめて思わずことりの方を見る。

 

 

「今は穂乃果ちゃん寝ちゃってるけど、昔はこういうやりとりを何回もしたりしてたから、つい懐かしくなっちゃって」

 

「「……、」」

 

 二人して顔を見合わせる。

 ふと、同時に笑みも零れた。

 

 懐かしいと思っていたもの。それがこうやって今再びする事が出来る。たったそれだけ。たったそれだけなのに、嬉しく感じてしまう。

 少なくとも、俺も嬉しいから。

 

 二人で静か目に笑いあっていると、授業が始まる予鈴がなる。それを合図に席を立つ。

 

 

「じゃあ、俺達は教室に戻ろう。授業が終わる頃には穂乃果も目が覚めて戻ってくるだろ」

 

 俺の言葉に二人は頷くと、保健室を後にする。

 それに着いて行く足を一旦止めて、寝ている穂乃果に目線を向ける。

 

 

「さて、こいつなら廃校を夢オチとして考えて戻ってくる可能性もあるけど。その時はどう対処したものかね」

 

 そんなどうでもいい事を考えてから俺も保健室を出る。そこにはもう海未とことりはいない。既に教室に向かっているのだろう。

 もう覚えた道筋を歩きながら俺も自分のクラスの教室へと足を動かしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 授業が終わり、俺は自販機までジュースを買いに行って教室に戻っている最中だった。ちゃんと海未に場所は教えてもらっていたので迷うことはなかった。大体は覚えてきたから迷う心配もなくなってきたかな。

 そんな事を考えながら廊下を歩いてると俺の数メートル先前で穂乃果が横切っていくのが見えた。それも凄い笑顔で。

 

 

 

「……あー、これはビンゴかな?」

 

 予想が当たっているかを確かめにやや小走りで穂乃果が通り過ぎた道に曲がる。

 俺も帰る方向は一緒だから当たり前だけど。

 

 そこには、

 

 

「ああ……ぁぁ……」

 

 デカデカと貼り出されている廃校お知らせの紙を見て項垂れている穂乃果の姿があった。

 まぎれもなくビンゴだった。

 

 

「あれ、拓哉君じゃん。ジュース買いに行ってたの?」

 

 心の中で穂乃果にご愁傷様と言っている途中に後ろから声がかけられた。

 見ると昨日知り合った3人の女生徒がいた。

 

 

「おう、ヒフミか」

 

「あっさりと私達のこと略してるよね」

 

「そっちのがまとめて呼べるから便利だしな」

 

「さすがに知り合ってたった一日で省略されるとは思ってなかったよ……。まあ、今はいいか。それより穂乃果ちゃん、どうかしたの?」

 

 ヒフミトリオの中の一人、ポニーテールのフミコが項垂れたまま教室に戻っていく穂乃果を見ながら疑問をぶつけてくる。三人の顔を見る限り、大方三人も何となく予想は出来てるのだろう。

 

「まあ、廃校が夢だと思って気分よく教室に戻ってたら廃校の紙が貼られてるのを見て項垂れてるってとこだろうな」

 

「「「ああ、やっぱり」」」

 

 三人も同じ考えをしてたらしい。見事に発言がシンクロしていた。

 

 

「今は落ち込んでてもその内元の元気な穂乃果に戻るだろ。そんなに気にする事じゃないさ。俺達も教室に戻ろう」

 

 何の気なしにそんな事を言いながら教室に戻ると、

 

 

「だから落ち着きなさい、私達が卒業するまで学校はなくなりません」

 

 何やら海未がまた違う勘違いをしているであろう穂乃果に本当の事を教えていた。

 

 

「へっ?」

 

 俺は教室の入り口で自分の額に手を当ててしまう。はあ、穂乃果は何で音ノ木に入れたんだよ……。ちゃんと話を聞いてない辺り、穂乃果らしいっちゃらしいけど、拓哉さんは穂乃果の将来が心配でなりませんよ。

 

 そこでチャイムがなる。俺は空になった紙パックをゴミ箱に入れ席へ戻る。前の穂乃果が変に体を揺らしてる所を見ると、機嫌は良くなったみたいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み。

 

 

 それはいつもの休み時間とは違って生徒にとっての長めの自由時間とも言えよう。早めに食べて自由時間を長く使う者もいたり、のんびり昼食を食べ昼休みをまったりと過ごす者もいる中、俺はいつもの幼馴染三人と中庭のデカい木の下に座って昼食をとっていた。

 

 

「学校が無くなるにしても、今いる生徒が卒業してからだから、早くても三年後だよ」

 

「良かった~。いやー、今日もパンが美味い!」

 

 ことりの言葉を聞いて再び安堵した穂乃果はパンにかぶりつく。こら、女の子がそんなはしたない食べ方をするんじゃありませんっ。

 

 

「でも、正式に決まったら、次から一年生は入って来なくなって、来年は二年と三年だけ……」

 

「今の一年生は、後輩がずっと居ない事になるのですね……」

 

「そっか……」

 

 三人が一斉に暗くなる。昨日来たばかりの俺より、こいつらの方が長くいるしこの学校に愛着も湧くのだろう。それにここは穂乃果や海未の母親の母校でもあり、ことりの母の陽菜さんの学校でもある。それが無くなる。長年歴史を紡いできたであろうこの音ノ木坂学院がなくなる。

 

 それはこの学校が大好きな者にとってどれほど悲しいだろうか。

 辛いのだろうか。

 俺には、昨日来たばかりの俺なんかが、それを分かるはずもない。

 

 

 

「……、」

 

 正直に言うと、昨日先生に言ったように、俺はそこまでこの学校が無くなる事に対して悲しく感じる事や寂しくなる事はさほどない。あまりにも思い出がなさすぎる。昨日今日でここを過ごしたとして、ここに思い入れが出来るわけがない。

 

 でも。

 

 こいつらの悲しそうな顔を見て、何も思わないほど俺は冷たくはない。

 その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ」

 

 俺達に話しかける声が聞こえた。

 

 そこにいたのは、一目見て分かるほどの綺麗な金髪を特徴としたポニーテールの女の子がいた。緑のリボンを見る限り、この人は三年生だ。

 ていうか、

 

 

「うっわすげえ綺麗な人来た……あっ」

 

 しまった。思わず口に出してしまっていた。初対面で自然に口説くとか俺ヤベェなこれは色んな人に嫌われそう。そんな事より、恐る恐る後ろを振り返ると……穂乃果、海未、ことりの三人が何とも良い笑顔をしていた。おかしい、笑顔に恐怖する日が来るなんて俺は断じて信じない。これは後で口説いた罰として海未から拷問きますわ。

 

 

「……コホンッ。えー、あなたが昨日から転校してきた男子生徒ね。私は音ノ木の生徒会長をやっている絢瀬絵里(あやせえり)よ」

 

 俺が遺言どうしようかと考えてると少し頬を染めた先輩が丁寧に自己紹介してくれた。さすが生徒会長、俺の自然な口説き文句に動じない辺り、さすがだぜ!

 

 

「俺は岡崎拓哉です。よろしくです」

 

 初対面でのあいさつの基本、握手を求めようと俺は手を出した。

 しかし、

 

 

「ちょっといいかしら?」

 

 俺の伸ばした手を無視しながら生徒会長は穂乃果達に話しかける。思わず口に出してしまったとはいえ、こうも丸分かりのスルーされると中々にくるものがある。あれ、おかしいな、目から汗が。

 

 

「南さん」

 

「は、はいっ」

 

 自分が呼ばれるとは思ってなかったのか、ことりは少し声を上擦りながら答えた。

 

 

「あなた確か、理事長の娘よね?」

 

「はい……」

 

「理事長、何か言ってなかった?」

 

「いえ、私も、今日知ったので……」

 

 心なしか、生徒会長の声には冷たさがあるような感じだった。

 

 

「……そう、ありがとね」

 

 それだけ言って生徒会長は去ろうとする。娘のことりに親で理事長でもある陽菜さんの事で何かを聞こうとする所を見ると、生徒会長も何か廃校を防ぐために行動しようとしてるのか?

 

 

「あ、あの! 本当に学校、なくなっちゃうんですか?」

 

 穂乃果が去ろうとする生徒会長を呼び止め、今一番心配している事を聞く。

 しかし、

 

 

「あなた達が気にする事じゃないわ」

 

「……、」

 

 その声には冷たさがあった。

 完全に自分達と廃校は関係ないかのように思わせ、これ以上廃校について追及させないように、触れさせないように、自分達は今の生活を謳歌していろとでも言うように。

 

 そこに憤りを感じる。ここの生徒である以上、俺達に廃校は関係ないなんて事はない。少なからず廃校に関して快く思っていないはずの女生徒もいるはずだ。それらを含めて気にする事じゃないなんて事は絶対に出来ない。振り返ると穂乃果達も生徒会長に何か思う所があるような表情をしている。

 

 こいつらは廃校をどうにかしようと考えるに違いない。なら、俺も微力ながらそこに協力は惜しまない。何が出来るのかは分からない。でも何か考える頭は多い方がいいに決まってる。

 

 

「ほな~」

 

 その声を聞きながら、何か考えるために早めに穂乃果達に教室に戻ろうと促そうとする。

 そこで俺の動きが止まる。

 

 ほな~……? ちょっと待て。何でこの関東圏で関西弁を喋る女子がいる? それに明らかに似非関西弁だと分かる喋り方。その喋り方をするたった一人の知り合いを俺は知っている。昨日神田明神で会って、そこで同じ学校だという事実を知り、相手が先輩だった事も知った。

 

 それは、

 つまり、

 

 

「東條!? 何でお前がこんなとこに!?」

 

「おお、やっと気づいてくれたんか。昨日会ったのにもう忘れられたのかと心配してもうたやん?」

 

 おうしっと、最初の生徒会長の美貌に見惚れてて完全に気付かなかった。

 俺とした事が女神である東條に気付かなかったなんて大馬鹿野郎だ!

 

 

「……でも、それにしてもどうしてここに? 東條もここに昼飯食べに来たのか?」

 

 今一番の疑問をぶつける。食べるなら早く食べた方がいい。時間も経ってきたし自由時間がなくなってしまう。

 

 

「岡崎君と一緒に食べるのは面白そうやけど、ちょっと違うかな。ウチは音ノ木の生徒会副会長してるんや。だから今はエリチの付き人みたいなものやな」

 

 なんと、朝早くから神社の手伝いをしてる上に生徒会の副会長もしてるのか。何て奴だ。やはり東條、恐るべし。

 

 

「それにしても、エリチってあの生徒会長の事か。何ともまあ似合わないあだ名で」

 

「ふふっ、でもああ見えて可愛いとこもあるんやでエリチも。……ホントはええ子なんよ。だからあまり誤解せんといたってな。ほな行くわ」

 

 

「ああ。分かった」

 

 東條には悪いが、今の俺からしたら生徒会長はあまり好きじゃない。確かに綺麗でも、あの性格じゃ好きになれそうもない。今は少し敵意があるくらいだ。

 何となく、あの生徒会長とはまたぶつかりそうな気がした。

 

 

「あと、さっきから黙ってるその子達もどうにかしいやー」

 

 考え事をしている俺に去り際の東條がそんな忠告をしてきた。

 

 

 

 

 

 

 ん?

 

 

 

 

 さっきから黙ってる……? そういやさっきから穂乃果達の声が聞こえないな。

 もう先に帰ってるのかと思っていたがまだ居たようだ。

 

 三人共少し俯いてるせいか表情がよく見えない。

 

 

「たくちゃん、さっき生徒会長のこと口説いてたよね……?」

 

「たっくん、いつの間に副会長さんとも仲良くなったの……?」

 

「拓哉君、生徒会長を口説いたり、副会長と知らぬ間に親交を深めていたり、良い度胸をしていますね……?」

 

「……い、いや、生徒会長を口説いたってのはついうっかり心の声が出てしまったからで……それに、東條とは昨日神田明神で初めて会って仲良くなっただけだから、特にまだ親交を深めたわけじゃ……うん、無理だね」

 

 ジリジリと詰め寄って来る三人。や、やべえ……。

 

 岡崎拓哉は知っている。

 経験則で知っている。

 

 こうなると俺は助からないって事が。

 ならさっさと罰を受けて楽になろう。うっかりとしても口説いてしまったのは事実だ。その罰くらいは受けよう。

 

 

「さあ、もう一思いにやってくベボオゥッ!?」

 

 海未からの容赦のない正拳突きが俺の腹に思いっきり襲い掛かって来た。

 いや、せめてセリフの後にだな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東條希は足早に少し先で待っていた絢瀬絵里の所まで追いついていた。

 

 

 

「何、あの男子と知り合いだったの? 希」

 

 希が追いついたと同時にまた歩き出しながら絵里が言う。

 

 

「うん、まあね。昨日朝早く神社で会うて喋ったら面白かったからそのまま仲良くなったんよ」

 

 希もまた、絵里に合わせるようにはにかみながら歩き出す。

 

 

「へえ、私にはいきなり口説いてきてこんな男子が転校してきたのかと少し残念な気持ちがあったんだけど」

 

 厳しめの評価だった。確かに初めての男子転校生が女子を口説くなどと行為をするなら、そんな目的で転校してきたのではないかと疑ってしまって良い評価が出ないのは当たり前だろう。

 

 

「でもエリチ、そう言いながらも言われた時は満更でもない顔してたやん?」

 

 からかうように希が絵里の顔を覗き込む。それに恥ずかしくなったのか、

 

 

「ち、違うわよ! あんな誰でも分かる様なお世辞言われて嬉しいわけないでしょ!」

 

 顔を真っ赤にさせて言ってくる辺り、全く説得力がない。そういう所が希が絵里を可愛いと言う部分である。

 

 

「それに、岡崎君はそんな軽いお世辞言う人じゃあらへんよ」

 

「昨日会ったばかりなのによくそんな事が言えるわね」

 

「だって、そうウチに告げるんや」

 

「?」

 

 言いながら希はポケットから一枚のカードを取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「カードがね。……ふふっ、これから面白くなりそうや」

 

 

 

 

 

 

 

 不敵な笑みを浮かべながらも、東條希は廃校を防ぐための一つの希望の光をただ一人感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 









やっとアニメ本編。


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園田海未 番外編.心とココロ

どうも、海未ちゃん誕生日おめでとう!


初めての個人の誕生日番外編ですが、テーマとして『歌』を題材とした感じで執筆しました。

よろしければUVERworldの『心とココロ』という曲と一緒にご覧ください。
歌詞と結構シンクロさせてるのでより楽しめるかと思いまする。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は、いいや、その日もいつものようにキッチンで夕食を作っていた。

 

 いつもと何か違う所を上げるとすれば、それはいつもより夕食が少し豪華なレシピになっているところだろうか。

 

 

 

 

 今日は一年で少し特別な日。園田海未の誕生日である。

 いや、正確には岡崎海未の誕生日である。

 

 

 

 そんな事を思いながら夕食を作っていると、

 

 

 

「ママー!」

 

 と、可愛らしい声がリビングから聞こえてくる。

 パタパタパタと足音を立てながらやって来たのは小さな女の子、見た目は小学二年生ほどだろうか。というか二年生だ。

 

 

「どうしたんですか、みーちゃん」

 

 岡崎美海(みうな)。それが拓哉と海未の子供の名前である。

 どちらかといえば黒より青寄りの色の髪が肩まで伸びていて、性格は父みたいに基本元気で拓哉似だが、見た目は可愛さが出ている女の子らしい海未似である。

 

 

「お誕生日おめでとう、ママ!」

 

 可愛らしい笑顔と共に小さな手から差し出されたのは、お世辞にも上手いとは言えないが、辛うじて何となくそれが海未と分かると言えるレベルの似顔絵だった。

 それでも、最愛の娘が誕生日に自分の似顔絵を描いてくれたというその事実が、何とも言えない幸福感と愛しさを与えてくれる。

 

 

「……我ながら親バカですね、私も。ありがとうございます、みーちゃん。とても上手に描けていますね」

 

 頭を撫でながら言うと、えへへ~とこれまた抱き締めたくなるような笑顔で喜んでいる。まさしく天使のようだった。

 にへらと思わず自分の顔もニヤけてしまいそうだった時、

 

 

「ねえママ、どうしてママはパパと結婚したの?」

 

「――え?」

 

 あまりにも唐突すぎる質問に一瞬体が凍ったような気がした。

 

 

「あのね、陽佳(はるか)ちゃんから聞いたの! 陽佳ちゃんのママとパパは大学生……? で知り合って結婚したんだって!」

 

 陽佳ちゃん、というのは美海の学校の友達だろう。何だ、友達から聞いたから自分も気になったのか、とホッと胸を撫で下ろす。拓哉か、もしくは自分に何か不満があって聞いてきたのなら危うく誕生日の夜にベッドで体育座りする所だった勢いである。拓哉が聞いたらきっと泡を吹くに違いない。

 

 

「それで、ママはどうしてパパと結婚したの?」

 

 拓哉の泡を吹く顔を想像して苦笑いしていると、待ちきれないのか再度美海が質問してきた。

 夕食の準備は大体出来た。あとは出来るまで待っておくだけだ。時間はある。

 

 なら、

 

 

「……じゃあ、少しパパとママのお話でもしましょうか」

 

「うん!!」

 

 煮込めるまでのアラームをセットして、リビングまで移動する。

 

 

「みーちゃんは、パパとママのどんなお話が聞きたいですか?」

 

「んーとね……パパとお付き合いした時の!」

 

「いきなりハードル高いですね……」

 

 最初に聞かすのがよりにもよって、ある意味一番恥ずかしいエピソードにいきなり頭を抱える。でもこの娘のキラキラした目を見ると言わざるを得ないのを海未は知っている。

 

 

「それじゃあ、話しましょうか。みーちゃんも、ママがパパと生まれた時から幼馴染、つまりずっと仲良く一緒に遊んでいた事は知っていますよね?」

 

「うん! ママからもパパからも聞いた事あるよ!」

 

 いつの間に聞かせていたんだうちの夫は……と、少し疑問に思うとこもあるが今は話の途中なので、

 

 

「それでずっと一緒にいたんですけど、ある時を境にパパは引っ越す事になって長い間会っていない時期がありました」

 

「うん、それもパパに聞いたよ!」

 

 一体どこまで話したんだこの子に。少し問い詰める必要がありますね……と心に決意して話を進める事にする。

 

 

「そうですか……。それじゃここからは恐らく、みーちゃんも初めて聞く事になると思います」

 

 と言うと、余程気になっているのか、美海の顔が強張る。

 それに少し可笑しくなりながら、

 

 

「その会っていない間、ママはほとんど毎日自分の部屋で泣いていました。これでもかと思うくらい毎日涙を流して、会いたい会いたい、戻って来て……とね」

 

「ママずっと泣いてたの?」

 

「ええ、多分その頃から既にママはパパの事を好きになっていたんでしょうね。夜に一人静かに枕を濡らしていました。でも、泣いていてもパパはずっと帰って来ませんでした」

 

「パパひどい! ママを泣かせるなんて!」

 

 昔の話なのにぷんすか怒っている美海の頭を撫でながら宥める。

 

 

「ふふっ、そうですよね。ひどいですよねパパは。結局パパが帰って来たのがその五年後です。こっちはあんなに泣いていて、やっと再会したと思って泣きそうになってるのに、向こうは怯えたような顔で『よ、よう。海未にことり。久し振り……だな……?』だなんて、拍子抜けもいいとこでしたよ。それでも、やっぱりまた会えたのは嬉しかったですね」

 

「そのリアクション、なんかパパだなあって思う!」

 

 中々にバカにされてる夫に思わず吹き出しそうになる。

 

 

「それで、幾分かの年が経って、その中にたくさんの出来事があって、お互い同じ大学に行って、パパもまた少しお父さ……みーちゃんからしたらおじいちゃんですね。おじいちゃんのやっている武道場に通うようになって、しばらくして……稽古が終わった後にママからパパに告白したんです」

 

「ママから?」

 

「ええ、そうでもしないと、パパは全く気が付きませんからね。恥ずかしくても仕方ない、告白するならこの時しかないと思って」

 

「パパは何ていったの!?」

 

 誰が見ても分かるほどに興味津々な顔をして聞いてくる美海。結果は分かるだろうに。

 

 

「告白した最初は、キョトンとした顔で何も分かっていないようでした。でも数秒してから理解したのか、『ああ、俺も海未が好きだ。だからこっちこそ、俺と付き合って下さい』って言われました。今度はママがキョトンとしてしまいました。こんなに上手くいくとは思ってなくて、むしろ振られると思っていましたからね」

 

 当時の事を思い出したせいか、少し自分の顔が赤くなっているのを自覚する。

 

 

「でも上手くいったんだ。夢じゃないんだって思ったら、気付けば泣きながらパパに飛び込んでいました」

 

「あー! またパパがママを泣かせた!」

 

「ふふっ、それからパパにも言いましたよ。離れていた間、自分はずっと毎日泣いていた、と。こうなれる日を待ちくたびれてましたってね」

 

 懐かしく思う。自分の恋の旅は本当に小さい頃から始まっていた。そして、長年の時を超えて、ようやく叶って、本当の二人の旅が新たに始まったのだ。

 

 

「するとパパが『だったらさ、離れてた分まで海未の話を聞かせてくれよ。もちろんこれからも。俺もいっぱい話す。そして、今までお前を泣かせてしまった分だけ、俺がそれを塗り潰すくらい海未を笑顔にしてみせる。いいや、する。飽きるくらい笑わせてやっからさ、存分に付き合ってくれよ?』って言ってきて、ああ、それなら泣いていた甲斐があったのかも、と思ってしまったんです」

 

「パパ、ママを笑顔にしてくれた?」

 

「ええ、それも本当に飽きれるくらいにね。そこからずっと素敵な毎日が続いていきました。で、デートも…色々しましたし、厳しい稽古もいつもより楽しく感じました」

 

 娘にデートの事を言うのは少々恥ずかしかったが、それも含めて楽しかったからちゃんと言っておく。

 

 

 

 

 

 そこで、ふとある時のデートであった事を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば……ある時のデートで、ママがパパとはぐれてしまった時に、不良という輩に……えー、悪い人に襲われそうになった事がありましたね」

 

「えー!! でも、ママは強いから大丈夫だったんじゃないの?」

 

「うーん、まあ、ママもそう思ってたんですけどねえ……」

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いいじゃんかよちょっとくらい遊ぼうぜ? なあ姉ちゃん!』

 

『いや、ちょっと……離してください!!』

 

 強く手首を掴まれてるせいか逃れる事が出来ない。しまった、よりにもよって拓哉とはぐれてしまっている最中にこんな事になるなんて。はぐれた自分に腹が立ちながらも何とか突破口がないか考える。

 

 が、

 

 

『かあーっ! その睨んでくる感じ。いいねえ、そういう目を見ると俺、もっと潰したくなっちゃうんだよねえ』

 

 そんな事を考えさせないかのように、男は掴んでいる手を乱暴に引き寄せる。

 一気に男との距離が縮まる。

 

 

『くっ……!』

 

 いつまでもこうしていると何をされるか分かったもんじゃない。

 だから、今までの自分が父から学んできた武道でこの男を撃退させるしかない。

 

 

『こ、の……っ!!』

 

 手が使えないなら足を使う。誰でも思いつく方法だ。足を振り上げ、男の顔を横から狙う。

 しかし、誰でも思いつく方法なら、もちろんこの男にも思いつく。

 

 故に。

 

 

『おっとぉ』

 

 左腕でいとも簡単に防がれてしまう。いつも学んでいる武術は相手との距離が十分に空いている前提での事だった。

 しかし、今は手首を掴まれている状態。前提からして海未には到底不利だったのだ。

 

 しかも、

 

 

『あれれ~、まあ何かしら攻撃は来ると思ってたけどさ、普通の女よりも少し効くねえ。もしかして何か習ってるとか? あれ、あれれ~? 何? じゃあ今ので勝てると思ってたのかなあ? その顔、図星っぽそうだねえ!! じゃあ何か? 俺はこんな蹴りでやられるような男に見えたって事かなあ? ははははっ!! うーわ何それー! 俺超舐められてるー!!……ムカつくなお前、あんま調子乗んなよ』

 

 まずい、男の勘に障ったようだった。今までのおちゃらけた態度が一気に一変して、何をしでかすか分からない表情になる。こうなるともう海未にはどうしようも出来ないと分かっていた。稽古をして、鍛えて、武道を学んで、普通の女子より強いと思っていたから大丈夫だとどこかで慢心していた。それが現実ではこうだ。

 

 何もかもが的外れだった。いくら稽古をして、鍛えて、武道を学んで、普通の女子より強くても、それはあくまで“女子”という括りの中ではの話だった。いざ男性が相手となると当然その考えは嫌でも覆される。そもそもにおいて、こういう状況に慣れている男と、慣れていない海未では、やれる手段があまりにも違いすぎる。

 

 

 

 これが現実。実際こういう状況になって何も出来ない自分の弱さが招いた現実。

 

 

 男のもう片方の手が伸びて来る。

 

 

 もうダメだ、と目を瞑って思った。

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴグシャァッ!!と、聞こえた音と共に、掴まれていた手首の感覚が消える。

 

 

 

 

 

『が、ぁ……ッ!?』

 

 

 

 

 

 男の痛みに満ちた声に反応するかのように、恐る恐る目を開けると、そこに居たのは、

 

 

 

 愛しい、自分の、ヒーローだった。

 

 

『悪い……海未。待たせちまったな』

 

 拓哉がこっちを見て申し訳なさそうに、けれどどこか安心したような顔で言ってきた。

 

 

『もう……遅いですよ……!!』

 

 自分も答える。確かに先ほどまでにあった恐怖は、拓哉が来た事によりこうも簡単に消え去っていた。それほどまでの安心感を与えてくれるようなオーラが、拓哉にはあった。

 

 そして、

 

 

『ど……どうしてここまでやってこれたっ!? ここは俺しか知らない、他の誰も知らないはずの路地裏の広場だぞっ……!? そこに、そんなとこにどうしてテメェは正確にここまでやって来れたんだ!?』

 

 男が発狂するように叫んでくる。ここは仄暗い路地裏の広場。普通ならだれも来ない場所。やってこれない場所。

 

 だから。

 なのに。

 

 何故この彼氏のような少年はやってこれた?

 

 

『人に聞いた』

 

『……あ?』

 

 一瞬の空白が頭を過ぎる。

 

 

『色んな人に、青い髪をした女の子をどこかで見かけていないか聞いてまわった。そして、路地裏の入り口まで辿り付いた。そこからは俺の勘だ』

 

 人に聞いた? それで路地裏まで辿り付いた? いいや、それまでならまだ分かる。青色のした髪は珍しいから記憶に残ってそこまで辿り付けるのはまだ分かる。

 問題はその後だ。勘だと? この複雑な路地裏を適当に、無闇に走り回って勘でここに辿り付いただと?

 そんなの、そんなのが……、

 

 

『そんなのがあり得る訳ねえ!! こんな複雑な経路を無闇やたらに走り回ってここに来れるはずがねえ!! 俺だってやっとの思いで覚えたここの経路を勘だけで来ただと……? 偶然に偶然が重なっても、たった一回で来れるはずがねえんだ!!』

 

 叫ぶ。

 この現実が嘘だと言うかのように。彼氏のような少年に向かって叫ぶ。

 

 

『だが、俺はやって来たぞ』

 

 即答だった。言われてみればそうとしか言えない。偶然に偶然が重なったとして、初めて来たとして、普通なら迷うはずの道で、こんなタイミングで来れるわけがないと考えて、それでも、この少年がやって来た事実には何ら変わりはなかった。

 

 まるで、このタイミングで来るのが必然であったかのように。

 

 

『……ははっ。じゃあ何か? 俺がやっとの思いで覚えた誰にも来れないこの場所をテメェはたったの一回でヒーローよろしくみたいにタイミング良くここに来て、俺は悪党のようにやられるってか……? 何だよそれ……そりゃ愉快だなあオイ!! テメェの許しを請う泣きっ面を見ねえと俺の気が済まねえぞ!!』

 

 男が咆哮を上げるかのように突進してくる。

 そこまで聞いて、改めて、拓哉は相手をしっかりと見据える。

 

 

『……テメェがそんなくだらねえ悪党になろうがなりたくなかろうが、関係ねえよ』

 

 直後に、二つの拳が交差して、男が数メートル吹き飛んだ。

 

 

『ばっ、ぐベぅッ……!?』

 

 気を失った男を見つめながら、拓哉は、

 

 

 

『俺の大切な人に手を出そうとした時点で、テメェは俺にとって最悪の悪党だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな感じでパパはママを助けてくれたんです」

 

「パパかっこいいー!! ホントにパパはママのヒーローさんなんだね!!」

 

 話を聞き終えた美海はこれでもかというくらいに顔を輝かせている。

 

 

「パパはずっとママのヒーローでした。でも、今はみーちゃんのヒーローでもありますよ」

 

「じゃあ美海はパパのヒロインさんだね!!」

 

「むっ……パパのヒロインはママですよっ」

 

「美海だよ!」

 

「ママですっ」

 

「美海!」

 

「ママっ」

 

 不毛な争いはやがて、両方がヒロインという何とも普通の結果で終焉を迎える。

 

 

「で、話は戻りますが。みーちゃんはママとパパがどうやって結婚したのかが知りたいんですよね?」

 

「うん!」

 

 ここからが本題だ。海未と拓哉の結婚。

 そこには、決して簡単ではない壁があった。

 

 

「パパとママは、そう簡単に結婚は出来なかったんです」

 

「どうして?」

 

 どこに結婚出来ない理由があるのか? と言いたそうな顔で美海はこちらを見ている。

 

 

 

 

「それを今からお話します」

 

 

 

 

 

 それは。

 

 

 決して逃れられない壁で、

 

 

 超えなきゃいけない壁で、

 

 

 拓哉を最後の最後まで追い詰めた壁だった。

 

 

 

 

 

 

 

 園田大和(そのだやまと)

 

 

 

 

 

 

 

 園田家の大黒柱。

 

 

 結婚をする上で、必ず激突する壁。

 

 

 最後の障壁だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『海未を、園田海未さんを俺に下さい!』

 

『ならん、帰れ』

 

 躊躇のない即答だった。

 

 

『お父さん、何で――!?』

 

『海未は黙ってなさい』

 

 自分の娘にまで有無を言わせないほどの圧だった。

 

 

『そこまで言うのなら、私と試合をして勝ってみろ。拓哉』

 

 

 それが海未の父、大和の出した条件だった。

 ルールはシンプルで、武器を使わなければ、型や流儀は関係なく、また、容赦は一切なしというルールだった。

 

 

 

 

 

 

 

『ぁ……が……ッ!?』

 

 倒れているのは、意外にも拓哉の方だった。

 

 型や流儀が関係ないなら、喧嘩慣れしている拓哉が有利だと思っていた海未はただただ驚愕していた。あの拓哉が、今まで誰かに負けた所を見た事がないあの拓哉が、父親に一発も当てられずに倒されている。

 

 

『ふんっ。普段鍛えてやってるのにこんなものか。お前の実力というのは』

 

 息を全然乱さずに言う大和は何とも冷たい目で拓哉を睨んでいる。

 

 

『ぐっ……ま……まだ、だ……!』

 

 至る所に腫れている箇所がある。

 完全にボロボロの拓哉に無傷の大和。差は明らかだった。

 

 

『何故私に勝てないのか分かるか?』

 

『……?』

 

『お前はお前で小さい頃から鍛えてはいたが――』

 

 その口から放たれるは、大和を知っている者は当然知っており、もちろん海未も知っており、同時に拓哉もうっすらとどこかで分かっていた事だった。

 

 

『お前が生まれる前から、何十年も前から、小さい頃から鍛えている私の方が強いのは当たり前の事だろう』

 

 無情にも放たれた言葉は、無情にも拓哉の胸に突き刺さった。

 

 

 

 差があるのは当たり前。

 年数が違う。

 誰にも覆す事の出来ない時の流れ。

 当然の結果。

 

 

 

『だからお前は私には勝てない。帰れ』

 

 それでも。

 

 

『……知らねえよ』

 

 吐き捨てる。

 

 

『アンタが小さい頃から鍛えてるだとか、だから俺が勝てないだとか。そんなのは今はどうだっていいんだよ。海未を、これからは俺が海未を守っていきたいんだよ! 守り続けていきたいんだよ! アンタと戦う事が条件だから今は戦ってる。けど、本題を忘れるんじゃねえ! 海未を貰うまで、認められるまで、俺は絶対負けねえ!!』

 

 立ち上がる。これだけは譲れないから。どんなにボロボロになろうが、立ち上がる。

 

 

『……、』

 

 まだ、大和の目は冷たいままだった。

 

 

『まだ、分かっていない様だな……』

 

『な……に……?』

 

 再び構える拓哉と違って、大和はただ立っているだけの態勢だった。

 

 

『お前は、海未がお前だけの宝物だと思っていないか?』

 

『な……にを……?』

 

『今の今まで、生まれてから海未を守り続けてきたのは誰だと思っている? 今の今まで海未を育ててきたのは誰だと思ってる?』

 

『……ッ!?』

 

 それは、紛れもない父親の言葉だった。娘を持つが故の感情。

 

 

 

 

 拓哉は自分の思いがとんだ間違いだった事に気付いた。

 海未を守りたい。それが拓哉の思っていた事だった。だが、それは当然大和も同じなのだ。確かに拓哉も生まれた時から海未の幼馴染である。しかし、それ以前に生まれる前の海未を、名前が付けられる前の海未という“存在”を知っており、誰よりも一番にその存在を守ってやりたいと思っているのは、この大和なのだ。

 

 

 だからこその壁。

 重圧。

 責任感。

 プレッシャー。

 

 全てが拓哉を襲う。

 

 

 

 

 同時に、大和が迫って来る。

 ガードをする暇もなく、拳が顔面をモロに捉えた。

 

 

『がぁっ、ばぅっ……!?』

 

 さらに、追撃。

 床に着いたと同時に腕を掴まれ、そのまま1本背負い。

 

 ドガァッ!と、破裂音に近い衝撃が道場内に響く。

 

 

『えぁッ、ばはっ…ごほっ、がはッ……!?』

 

 さらに、追撃。

 グギャリリリリリッ!と、仰向けに倒れている拓哉の左肩に足を思いっきり踏みつける。

 

 

『がっ、ァ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?』

 

 悲鳴にも似た絶叫が海未の耳を刺激する。

 

 

『お、お父さん!! もう……ッ』

 

 涙目になりながら訴える。

 が、

 

 

『お前は黙っていろ。と言ったはずだが……?』

 

『――っ!?』

 

 圧倒される。何も言う事が出来ない。

 でも、その一言のおかげで大和は拓哉から足を離した。

 

 

『あっ……、ぐ、はぁ……はぁ……ッ』

 

 痛みに悶えそうになるのを必死に堪えながら拓哉は大和を見据える。

 

 

『……理解したか? 自分がどれほどの責任を抱えるか、どれほどの重荷がのしかかるかを。覚悟はあるのか? 海未を一生守り抜くと、支え続けると。拓哉、お前はそれを誓えるのか? 家庭を、家族を持つという事はこういう事だ』

 

 改めて、父親として、もっとも重いであろう言葉を拓哉にぶつける。

 そして。

 

 

『……覚悟なら、とうの昔にしてるさ』

 

 体の節々が悲鳴をあげる。

 だが、今はそんなのは関係ない。

 

 

『海未を一生守り抜くなんて、とっくの昔に誓ったことだ。どれだけの責任やプレッシャーがあるかなんて、まだアンタから見たらひよっこの俺には全部は分かりかねる。でも、安心したよ。完璧だと思ってたアンタも、間違った事を言うんだってな』

 

『……何?』

 

 

『だってそうだろ? 家族になるって事は、これからの出来事を一緒に体験して、一緒に成長していくってことだろ。確かにそこには夫としての責任や重圧があるかもしれない。でも、それは妻だって同じだろ? 妻としての責任や重圧があるんだ。お互いプレッシャーがあるのは同じなんだ。だからこそ支えあうんじゃないのか? 夫婦になって色んな事があるかもしれない。苦しい事や悲しい事だってたくさんあるかもしれない。だから一緒に乗り越えていくんだろ。別々に乗り越えるなんて何の意味だってない。一緒に悲しんで、一緒に楽しんで、一緒に成長していくのが家族だろ。それを重荷だって言うアンタは間違ってる。最初は誰だって初めての事ばかりで困難かもしれない。だけど、それを2人で乗り越えればそれは重荷なんかじゃねえ。夫としてだけの責任や重圧がどうのこうの言ってるアンタは間違ってる! 夫婦だから二人で頑張るんだろ! 夫婦だから支えあうんだろ! 覚悟なんてそんなもん付き合い始めてからずっと思い続けてきたんだ! 俺のこの想いは、アンタにも否定させるわけにはいかねえんだよ! 俺だって海未を一番大切に想ってんだよ!!』

 

 誰が見ても分かるほど体はボロボロで、今にも崩れ落ちそうな震えている足で、殆ど動かない左腕をぶら下がらせ、それでも自分のこの想いだけは否定させないと、叫ぶ。

 

 

『……、』

 

『勝たせてもらうぞ、園田大和』

 

 静かに佇む大和に、拓哉は動く右手を力強く握る。

 

 

(頼むから、途中で倒れてくれんなよ……)

 

 最後の壁を見据え、走り出す。この拳を当てるために。

 

 

『お』

 

 気を抜けば動かなくなりそうな足を踏ん張らせ、

 

 

『おおォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!』

 

『……ふっ』

 

 トスッと、拓哉の拳は弱く、大和の胸元に当たった。

 

 

『く……そ……』

 

 最後の最後で力が抜けてしまった。

 

 

『ま、まだ……だ……!』

 

『合格だ、拓哉』

 

 

 不意に、拓哉と海未の耳にそんな呟きが聞こえた。

 

 

『……は?』

 

『ごう……かく?』

 

『そうだ。よく私の言った間違いが分かったな、拓哉』

 

 耳を疑った。

 

 

『な、ちょ、でも、俺まだアンタに勝ってないぞ……!?』

 

『まあ、武術では私の勝ちだな』

 

『じゃあ、何で……!?』

 

『ルールは指定したが、誰も戦いに勝てとは言ってないぞ』

 

 頭が混乱している拓哉はよく分からないといった表情をしていた。

 

 

『最初からお父上はお二人のご結婚を認めていましたのよ』

 

 そう言って道場に入って来たのは海未の母、園田千尋(そのだちひろ)だった。

 

 

『ですが、どうしてもお父上が拓哉さんのご覚悟とやらを聞きたいと言い張ったので、こういう展開になったのです』

 

 それを聞いて、拓哉は座り込んで、

 

 

『え、じゃあ何? 俺そんな事のためにこんなに体中痛めつけられたの!? あまりにも理不尽すぎやしねえか!?』

 

『そんな事とは何だそんな事とは。お前の覚悟を聞くためにやった事だぞ』

 

『いやだから痛めつけすぎなんだよ!! むちゃくちゃ痛えわ!! 俺の覚悟聞くためなら最初から話し合いで良かったじゃん! 俺ボコボコにされなくて済んだじゃん!』

 

 海未は拓哉と大和のそんなやり取りを聞いてヘナヘナと座り込んだ。

 

 

『……じゃあ、これで……』

 

『ご結婚、できますよ』

 

 独り言のつもりだった。だがそれに返答があった。

 千尋だった。

 

 

『思う存分拓哉さんを褒めてやりなさい。本当にあの子は頑張りましたから』

 

『……はい!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『拓哉、海未。これでお前達は晴れて結婚出来る』

 

『無駄に痛めつけられたけどな』

 

『けれど、さっき言ったように、責任や覚悟がいるというのは本当だ。それは分かっているな?』

 

 見事なスルーだった。

 

 

『はい。私も重々承知です』

 

『俺も、ハナからそのつもりでここに来たんだ。覚悟は出来てる』

 

『これから色々な事が起きるだろう。それは決して楽しい事ばかりではない。困難な道もある。だからこそ、二人で支えあって乗り切るんだ。それが夫婦で、家族だ。いいな?』

 

『『……はい!』』

 

 返事を聞くと、大和は満足そうに、

 

 

『じゃあ、これでもう何も言うことはない』

 

『おめでとうございます。海未さん、拓哉さん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『ありがとうございます』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 ピピピッ!!っと、セットしておいたアラームが鳴る。

 料理が出来た証拠だ。

 

 

 

 

 

「と、まあこんな感じですね。パパとママの結婚話は」

 

 結構長話になってしまった。それほどまでに思い出深かった。その出来事を海未は一生忘れないだろう。

 

 

「うわー! おじいちゃん強ーい!!」

「そっちですか……」

 

 思わずずっこけそうになる。

 

 

「でもやっぱりパパもカッコイイね!」

 

「……ふふっ、そうでしょう? パパはいつだってカッコイイんです」

 

「綺麗なママに、かっこいいパパがいて、美海は幸せ者ってやつだね!」

 

「ママも、こんなに可愛い娘がいてくれて、とても幸せ者ですよ。さあ、ママは夕食の準備を済ませますので、もう少しリビングにいて下さいね」

 

 話を聞けて満足したのか、美海ははーい!と、元気の良い返事をしながらリビングに向かって行った。さあ、後はテーブルに夕食を並べるだけ。時間も頃合いだろう。

 

 と、思った矢先、

 

 

 

「ただいまー」

 

 

 

 噂をしてたら何とやら、夫が帰って来た。

 

 

「お帰りーパパー!!」

 

「おおー美海ー。出迎えてくれたのかー。パパは嬉しいぞー」

 

 リビングに入って来た瞬間に拓哉に飛びついた美海を上手く受け止める拓哉。

 

 

「お帰りなさい、拓哉君」

 

 いつものように言うと、

 

 

「ん、おう、ただいま、海未」

 

 いつものように返してくれる。それだけで嬉しく思う。

 さっき昔話をしたせいだろうか。余計幸福感があるように思う。

 

 夕食を並べている途中、突然美海が、

 

 

「ねえパパー」

 

「んー、何だー?」

 

「パパはママと長い間一緒にいるけど飽きないのー?」

 

 ブフゥッ!!と、吹き出しそうになるのを必死に抑える。いきなり何て事を言うのだ自分の娘は……と思いながらも、拓哉の返答が気になり耳を傾ける。

 

 

「んーそうだなー。飽きるってのは絶対にないな。寧ろママへの愛は深まる一方でございますよー」

 

 これまたブフゥッ!!と、吹き出しそうになるのを必死に抑える。違う意味で驚いた一方、嬉しさが凄かった。

 

 

「もう、何を言ってるんですか。拓哉君は」

 

「だって本当の事だしなあ」

 

 照れ隠しに軽い溜息を零し、残りの夕食の皿を取りに行く。

 すると、

 

 

「海未」

 

 ふと、拓哉に呼び止められ、

 

 

「誕生日おめでとう」

 

 手渡されたのは、小さな小包だった。

 それを開けると、綺麗なブルーの結晶が入ったネックレスだった。

 

 

「とても……綺麗です……」

 

 心からの本音が出る。

 

 

「海未の綺麗な青い髪にも合うと思ってな。……俺達は生まれる前から幼馴染でさ、そこから長い時を一緒に過ごして、いつしか結婚して、こんな事って普通ないよなって思いながら、でも、そんな偶然に偶然が重なってこうなったのはさ、やっぱり運命なんじゃないかなってな。だから俺はこの運命に従って、いつまでも、これからも海未を守り続けるよ。俺達の始まりは同じ場所だった。なら、終わりもまたお前の隣が良いんだ。一緒に頑張ろう海未。今は美海もいるし、三人で歩み続けよう」

 

 

 

 

 

 

 

 music:心とココロ/UVERworld

 

 

 

 

 

 自然に涙が流れてしまう。

 

 

 

 

 

「拓哉君ばっかり、都合がよくてズルいです……」

 

「ははっ、ごめん。でも今日は海未の誕生日だからさ。そうさせてくれよ」

 

 二人で笑いあっていると、

 

 

「あー! パパがママを泣かせてるー!」

 

 美海の乱入である。

 

 

「み、美海!? そんな誤解を受けるような事は言っちゃいけません! パパのプレゼントで泣いてるんだよママは!」

 

 娘に必死に弁解する夫が可笑しくて、

 

 

「美海にプレゼントはないのー!?」

 

「いや、あなた様はまだ誕生日じゃないじゃん!」

 

 自分のプレゼントを請う娘に愛しさが感じて、

 

 

「あ、そういえば昨日パパがママの取って置いてた穂むらのお饅頭食べてたよー!」

 

「ちょ、ま、何でこのタイミングで言ってんの!? てか何で知ってんの!?」

 

 今日の昼に食べようと楽しみにしてた饅頭を勝手に食べた夫に軽くお仕置きが必要だと感じて、

 

 

「へえ……やっぱり拓哉君が食べたんですねー。これは少しお仕置きしないとですねー……」

 

「えと……ひ、姫……? か、顔が笑っていませんの事よ!? 笑ってるけど笑っていません事よー!?」

 

 

 

 

 その日、一つの家に一つの断末魔と、一つの怒号と、一つの笑い声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんな幸せがずっと続きますように。

 お仕置きの最中でも、海未はそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まさかの10000文字オーバー。
まじかよ……。

番外編は本編とは違って、1から全部オリジナルだから中々難しいんですよね。いざ書き始めたら10000超えましたけどw

さて、選曲としてはですが、ただ単に自分がUVERworld好きなだけなんですけど、好きな歌や好きなアーティストの歌をキャラに当てはめてみたら面白いんじゃね?といった感じです。
誰得?と言われたら完全に俺得です。いつもの自己満で書いたんで文はハチャメチャですが満足はしてます。



海未ちゃん可愛いよ海未ちゃん


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10.思考、思考、思考

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海未からのありがたーい一撃を貰った(わたくし)こと岡崎拓哉は今、絶賛授業中なのである。

 

 昼休みを終えて、何事もない5限目も終わり、今は6限目の真っ最中。にも関わらず担任である山田先生の授業内容を聞き流しつつ俺は先ほど穂乃果が言っていた事を思い出す。

 

 

 

『入学希望者が定員を下回った場合、廃校にせざるを得ない。って発表にはあったよね。ってことは、入学希望者が集まれば、廃校にはならないって事でしょ? つまり、この学校の良い所をアピールして生徒を集めればいいんだよ!』

 

 と、穂乃果は言っていた。

 が、俺はこの学校の事をよく知らない。だからこの件に関しては俺は全くの役立たずになる。なので良い所を知っているであろう穂乃果達にこの事は任せておくのが普通なら正解だ。

 

 しかし、だからといってこのまま何もせずにいるのは個人的にだが納得がいかない。何か、良い所を探すだけじゃなく、何でもいいから廃校を逃せられるようなアイデアを考えないといけない。今の俺にはこれしか出来ないのなら、これを精一杯やる事が重要だ。

 何か、何か良い方法を……、

 

 

「じゃあ岡崎ぃ、この問題をお前解いてみろー」

 

「んあ? ああ、すいません。考え事してて話聞いてなかったんで分からないです。もう一回言ってもらっていいですか?」

 

「なるほど、転校早々に授業を聞かないとは中々に良い神経してるじゃないか。よし、お前の意を汲んでやる。口開けろ。チョーク食わせてやるから」

 

「ちょっと待って何の意を汲んでんの? どういう神経してたら生徒にチョーク食わせる事になんの?」

 

 担任の先生だからといって聞き流してたのがいけなかったか。いや、担任だからこそちゃんと聞いてないと容赦のない洗礼を喰らうって事か。

 

 

「心配するな。食わせるのは一本だけだ。ふんッ!!」

 

「十分嫌だわ! てか投げんな危ねえだろうが!!」

 

 くそっ……これじゃロクに考え事も出来ねえ! 

 いやちゃんと聞いてない俺が悪いんだけどさ、それでもチョーク食わせるってどうよ!?

 

 

「先生、拓哉君にはあとで私が注意しておきますので今は授業を進めましょう」

 

 突然の海未の言葉に先生は二本目のチョークを構えようとした所で動きを止めた。

 そこ、何気に2射目放とうとするんじゃねえよ。

 

 

「……そうだな。なら岡崎への罰は園田に任せよう。幼馴染なら弱点も知ってるだろうしな。岡崎、考え事も悪くはないが今は授業中だ。とにかくちゃんと話は聞いておけよ」

 

「うーい」

 

 海未さんありがとう。あなた様のおかげでチョーク食べずに済んだよ。仕方ない、今は考えは中止して話を聞くか。

 俺と先生の激しいやり取りがあっても、俺の前に座っている穂乃果はそれに気づかず何かを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 海未からの注意を軽く聞き流してまたしても一撃喰らった俺は穂乃果達と図書室に来ていた。てか何で俺も連れて来られてんの?って聞いたらまだこの学校をよく知らない俺だからこそ客観的な意見が聞けるとの事らしい。それには納得したので一緒に来た所存であります。

 

 

「して、良い所って、例えばどこです?」

 

「つか何で図書室?」

 

「えーと……歴史がある!」

 

 なるほど、俺の質問のスルーはこの際気にしないでやる。

 この学校の歴史を知るために図書室に来たってのが分かったからこの際は気にしないでやる。大事な(ry。

 

 

「おお、他には?」

 

「他に!? えーと……伝統がある!」

 

「一緒じゃねえか……」

 

 そこから俺達はとりあえず色んな場所を見て回った。

 中庭。プール。弓道場。グラウンド。講堂。なんか偉そうな人の銅像。そこまで見た俺の感想は、

 

 

「普通だな」

 

「ですよね……」

 

 そう、普通なのだ。あらゆる面において、この学校は普通なのだ。他の学校より特別何かが突出しているわけではない。悪い所もなければ、良い所もあまりない。廃校という現実を変えなくちゃいけない現時点での、最悪の自体。

 

 

「うぇ~、ことりちゃ~ん。他に何かないの~?」

 

 教室まで戻って来て穂乃果がことりにすがるような声音で聞く。

 

 

「うーん、強いて言えば……古くからあるってとこかなあ」

 

「いや、あの、だからそれさっきのと変わらないからね?」

 

「ことり、話聞いてましたか……?」

 

「あ、でもさっき調べて、部活動では少し良いとこ見つけたよ!」

 

 おっ、それなら部活系ならアピール出来る事もあるかもしれないな。

 ことりナイスだぞ~、さすがマイラブリーエンジェルだ。天使はやっぱり天使だったんだよ。

 

 

「ホント!?」

 

「と言っても、あんまり目立つようなものはなかったんだあ」

 

 ……ん?

 

 

「ウチの高校の部活で最近一番目立った活動はと言うと……」

 

 ことりが俺達にも少し見える角度に紙を見せてくる。

 

 

「珠算関東大会6位っ」

 

「微妙すぎぃ……」

 

 女子高にも珠算大会ってのがあるのか。でもせめて3位は欲しいな。

 

 

「合唱部地区予選奨励賞~」

 

「もう一声欲しいですねえ……」

 

 いやそこは奨励賞じゃなくて金賞とってくれよ……。

 

 

「最後は、ロボット部書類審査で失格……」

 

「もはや何の成果も得れてねえじゃねえか……」

 

 あれか? 壁の外で巨人にでもやられたか? リヴァイ兵長呼んだ方がいいのか?

 

 

「だぁめだ~……」

 

「考えてみれば、目立つ所があるなら生徒ももう少し集まっているはずですよね……」

 

「そうだね…」

 

 確かにそうだと言える。部活関係ならアピールになると思ったが、良い所があるなら最初から生徒はもう少し入ってくるはずだ。それがないという事は、まあそういう事なのだろう。悲しいけどこれ、現実なのよね。

 

 何も出来ないという不甲斐なさからかは知らないが穂乃果がしゃがみ込んでしまう。あれだけ張り切ってこれだもんな。

 

 

「家に戻ったら、お母さんに聞いてもう少し調べてみるよ」

 

 ことりが心配そうに穂乃果に言うが、あまり好感触ではないようだ。

 

 

「私、この学校好きなんだけどな……」

 

 ふと、穂乃果が呟く。

 それに応えるように、

 

 

「私も好きだよ」

 

「私も…」

 

 そこにはどんな思いが込められているのか、俺には分からなかった。知りえなかった。俺はこの学校をあまり知らない。でも穂乃果達は知っている。知っていてこの学校が大好きだからこそ、今こうして悩みに悩んで、何とか学校存続の策を練っている。

 

 だから、

 

 

「俺はそんなだけどな」

 

「たっくん!」

 

「拓哉君!」

 

 ことりと海未が俺を少し非難めいた目で抗議してくる。勘違いすんなっての。

 

 

「だから、これからこの学校を知っていきたいし、好きにもなっていきたい。それに、ここにいる先生達も良い人ばかりだった。先生達もこの学校が好きだった。先生がこの学校を好きで、お前達生徒もこの学校が好きで、なら俺も好きになれるはずだ。確かに俺はここに来て長くはない。短すぎるくらいだ。でも、少なくともここに来て良かったって思ってる。こんなに学校想いの素敵な教師がいて、学校想いの生徒がいて、不満なんてどこにもないんだよ。だからさ、改めて言うぞ。お前達が守りたいって思ったこの学校を、俺も守る。絶対に廃校になんかさせねえ。今は何も思いつかなくても、必ず策を考える。……それが俺の今の答えだ」

 

 ちょっと長く言い過ぎたかななどと思っていると、三人からの反応が無いことに気付く。見てみると三人共目を見開いてる状態だった。やだそんなに見つめないで怖い。そんな見開いてる目で見られたら怖い。目と目が逢うー瞬間好きだと気付いたーとか思ってる場合じゃない。射抜かれるレベル。

 

 すると、

 

 

「たくちゃん……」

 

「たっくん……えへっ」

 

「相変わらずですね、拓哉君は……」

 

 なんかウルウルしてる。なんかウルウルしてるよこの子達。

 ちょっと待ってここ教室だから。一応まだ教室に残ってる生徒もいるからそんな目してたら……、

 

 

「あーなんか拓哉君穂乃果達泣かせてないー?」

 

「えー嘘ー? 拓哉君何してんのー?」

 

「多分違う意味で泣きそうになってると思うんだけど」

 

 ほれみろこうなる。男は辛いよ全く!

 

 

「うるせえぞヒフミトリオぉ!! いらんタイミングで気付くんじゃありませんよ! 何でいつも一緒にいるんだお前らは!? あれか、だんご3兄弟か何かですか!? つか何でまだ残ってんだお前ら! 夕方だから女の子は早く気を付けて帰りなさい!! もしもの事があったらどうするんだ全く!!」

 

「いい加減ヒフミやめえい!」

 

「何気に心配してくれてるんだけど」

 

「優しさは外れないね」

 

 厄介な事になってしまった。これじゃまた俺の評判が悪くなってしまう。学校好きになる前に学校から追い出されるかもしれない。

 のにも関わらず、穂乃果達は俺とヒフミトリオのやり取りを見て笑っているようだった。いや元気になったらいいんだけどこの状況どうにかして……。

 

 

 

 

 結局この後に穂乃果達(殆ど海未)の説明で何とか事なきを得た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからはいくら学校で考えても仕方ないので各自家に帰って考えるように、という事になった。

 

 そんなわけで帰宅した俺は自分の部屋で考え中なのだが……。

 さて、どうする。今の所考えてはいるが何も思いつかないのが現状だ。校内を見ても目立った所は何もない。部活では良い成績を収めたクラブもない。本当に何も思いつかない。こんなんで大丈夫なのかよ……。大丈夫じゃないから考えてるのに……。よし、もう一度考えよう。←以下無限ループ。

 

 

「だぁぁあああああああ!! くそっ! どうすりゃいいんだよ全く!」

 

 つい苛立ちを隠せず声に出してしまう。何の役にも立ってないぞ俺。守るって啖呵きっておいて何も思い付けない自分が情けない。

 コンコン、と俺のドアをノックする音が聞こえてすぐにドアが開けられる。

 

 

「お兄ちゃん……? 大きい声したから気になったんだけど、大丈夫?」

 

 唯だった。返事を待たずにドアを開けた事に関しては心配してくれたって事でお咎めなしにしておこう。

 

 

「唯か。悪いな、大きい声出しちまって。ちょっと考え事してただけだ」

 

「どんな考え事してたらそんなデカい声だすの……」

 

 はい、すいません。僕の考えが浅はかでした。唯の冷たい視線が痛い。冷たすぎて凍るレベル。

 

 

「ホントに大丈夫? 私に出来る事があるなら協力するよ?」

 

 冷たい視線に心が凍結しそうになってたら今度は真面目になって問いかけてくれた。ああ、浄化されてゆく~。

 

 

「ありがとう、唯。でも大丈夫だ。お前が気にする事じゃないから心配すんな」

 

 唯の心遣いはありがたいが、これは音ノ木坂にいる俺達音ノ木坂の生徒の問題だ。受験勉強で忙しい唯を巻き込むわけにもいかないし唯にとっては関係のない事だ。余計な心配はかけたくない。

 

 

「ん~! お兄ちゃんがデカい声出すほど悩んでるのに気にしないなんて事出来ないよっ」

 

 おぉふ……。まさかまだ食い下がって来るとは思わなんだ……。

 これは反抗期ですかな? お兄ちゃん悲しいですぞっ。

 

 

「だーから気にすんなっての。俺は俺で問題を消化するための策を考えてる。だから唯は唯で自分の受験勉強をしっかりとやるんだ。俺に構ってると受験勉強に集中出来ないぞ」

 

「……ぶー、ズルいよお兄ちゃん。そんな事言うなんて」

 

 唯を引かせるには“受験”という言葉を使うしかない。そうすれば自分の状況を今一度把握させて無理矢理にでも納得させる事が出来る。無理矢理に。だから現に今唯にズルいと言われた。

 

「ごめんごめん。でも、ホントに大丈夫だから気にするな。だから唯は安心して受験勉強するんだ」

 

 頭に手を乗せる。これが最後の決め手となる。すると唯はコクリと軽く頷きドアに向かって歩き出す。どうやら分かってくれたようだ。

 俺も改めて思考に集中するために机に向かう。すると背後から、

 

 

「でもお兄ちゃん、本当に限界になるまで悩んでダメだったら私にも相談してねっ! 絶対だよ!!」

 

 俺に念押しするように唯が人差し指を俺に向けていた。どんだけ構う気でいるんだこの妹は……。

 でも、

 

 

「ああ、分かった。その時は頼りにさせてもらうよ」

 

 ありがたかった。良い子に育ってくれたよホント。

 俺の返事に満足したのか、唯はドアを静かに閉めて一階に下りて行った。

 

 

「さて、と……」

 

 改めて机に向かう。

 頭の思考をリセットしろ。一から校内を見た時の事を思い出して何か、どこでもいいからアピール出来るようなとこを見つけろ。フル回転させるんだ。唯に頼るつもりは毛頭ない。ありがたかったがそれは気持ちだけ貰っておく。俺達の学校は、俺達で何とかするんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………………………、」

 

 

 

 やっぱ何も思いつかねぇぇぇええええええええええええええ!! まずいまずいまずいまずいまずい! びっくりな程に思いつかないぞこれ。くそっ、やっぱり俺には音ノ木の良い所を見つけるのはまだ難しいか……?

 でも穂乃果達もあまり良いアイデアはなかったし、そう考えると俺が思いつかないのも無理はないのかもしれない。って駄目だ。これじゃ逃げてるのと変わらない。少しでもプラスになる様なイメージを考えねば……。

 

 

 

 

 

 

 

 今日はもう寝よう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日になれば穂乃果達も何か策を考えてきてるかもしれない。俺は……まあ、その、何だ、てへぺろとか言っておけば誤魔化せるだろ。頭を働かせすぎたせいで少し頭痛がする。うぇ、ベッドが恋しいんじゃぁ~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日に、

 

 

 

 

 

 穂乃果からの発言で、

 

 

 

 

 

 俺達のスクールライフは大きく変わろうとしている事に、

 

 

 

 

 

 

 爆睡している俺は全く知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『スクールアイドル』

 





今回は少し短め。
海未誕が長すぎたんでね……。区切り的にもそうする他なかったんですたい。

あんまりストーリーが進んでないと思うのは気のせい。多分。


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11.葛藤と決意

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 

 

 

 

 

 すっかり頭痛はなくなり気分爽快っ! って訳でもなく、結局は何も思いついてないから進歩ゼロなのだが、時間というものは止まる事なく進んでゆく。

 今日も学校。いつもの待ち合わせ場所に向かうと先に海未がいた。

 

 

 

 

「おはようございます。拓哉君」

 

「おはよう、海未」

 

 いつもと変わらない挨拶を交わす。

 それと同時に、

 

 

「たっく~ん海未ちゃ~ん。穂乃果ちゃんが先行っててって」

 

 ことりが後ろからやってきて穂乃果からの伝言であろうメールを見せて来る。

 それにしても……、

 

 

「また寝坊ですか……もう……」

 

「何ていうか、本当に危機感感じてんのかあいつ?」

 

 俺が頭痛になるまで悩んでたってのに穂乃果は寝坊する始末。

 お灸を据えてやらんとな……。

 

 

「あんまり言うと、また脹れちゃうよ?」

 

「言われたくないなら寝坊するなって話だよ全く」

 

 それを皮切りに歩を進めていく。

 

 

「海未とことりは、学校存続のための何か良い案は思いついたか?」

 

 登校中の内に聞いておきたかったので二人に聞いてみる。

 が、聞いた途端の二人の表情が少し暗くなった。

 てことは、

 

 

「すいません、私も私なりに考えてみたのですが、これといった案は思いつけませんでした……」

 

「私も、お母さんに聞いてみたりして、お母さんもかなり落ち込んでるのかと思ったけど、むしろ明るいくらいで、どこに旅行行こうかなーとか言ってて……」

 

「理事長軽いなオイ……」

 

 何で重く考えてる生徒より理事長の方が軽いんだよ……。って、あの人に限ってそれはないか。ことりを想ってそんな見栄っ張りの発言でもしたんだろう。うん、そうに違いない。そう考えないと考え過ぎてる俺達がバカバカしく見えちまう。

 

 

「拓哉君はどうだったんですか? 何か良いアイデアは出ましたか?」

 

 自分達は無理だったという事が分かったから、当然の様に俺に聞いてくる。

 でも、

 

 

「悪い。最初に聞いておいて何だが、俺も必死に考えてみたけど何も思い付けなかった。守るなんて言いきっておいて情けねえ限りだよ全く」

 

「そうですか……そうですよね。拓哉君はまだ音ノ木坂に来て間もないんですから、良い所をいきなり見つけ出すなんて難しいのは当たり前です。気にしないでください」

 

「そうだよ。たっくんに比べたら私達は一年音ノ木坂にいるのに、まだ何も考えれてないんだから……その間に……」

 

 返答を聞くなり二人の表情はより暗くなる。自分達と俺のいた学校の期間は明らかに違う。その期間の内に考えられれば……と思っているのだろうが、それは違う。廃校を言い渡されたのはつい先日。その日以前まではいつもと変わりなく楽しい生活を送っていたはずだ。

 

“廃校を逃れるための案を考えなくてはならない学校生活”ではなく、“廃校を逃れるための案を考える必要もない学校生活”のはずだった。それが急に廃校を言い渡され、それを逃れるために良い案を考える。というのは無理がある。

 だから、

 

 

「いや、それは俺の言い訳に過ぎない。何としても考えるんだ。音ノ木坂が好きなんだろ? なら諦めるのはまだ早いさ」

 

「たっくん……うん、そうだね。もっと何か考えなくちゃねっ」

 

「そうですね。拓哉君が諦めてないのに、私達が諦めるわけにはいきません」

 

 そう、諦めるのはまだ早い。時間がある限り考えて案を出す。それを実行して音ノ木坂を注目してもらう。それが俺達の目的だ。二人も新たに決意したみたいだ。俺も切り替えてかないとな。

 

 

 

 

 

 そうして俺達三人は最初よりも強い足取りで、学校に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見て見て見てえー!!」

 

 休み時間。

 そんな声を張り上げながら数冊の雑誌を机に置いたのは、遅刻ギリギリで登校してきた我が幼馴染のおバカ代表、言うまでもなく穂乃果だった。

 

 

「んぁ? 何だこれ? 何の雑誌だ?」

 

 疑問のままに雑誌を見ると、そこには可愛らしい女子高生が写っていた。

 モデルか何かか?

 

 

「アイドルだよ、アイドル!!」

 

「アイドル……?」

 

 いや、確かに可愛いけど、どう見てもただの女子高生だろこれ。制服着てるし。

 

 

「そうそう! こっちが大阪の高校で、これは福岡のスクールアイドルなんだって!」

 

「へえ~、なるほど。スクールアイドルか。それなら納得がい……って、す、すくっ、スクールアイドルぅ!?」

 

 な、ちょ、え、まじで? スクールアイドルが人気だってのは前ニュースで見たから何となく分かってたつもりだけど、まさかこんなスクールアイドル専門の雑誌があるのか……。世の中ってのは分からんな。

 

「そうだよ! スクールアイドルって、最近どんどん増えてるらしくて、人気の子がいる高校は入学希望者も増えてるんだって!!」

 

 穂乃果がこれでもかというほど熱くなっている。でも何故今にこんな話をしてくるんだ。ちゃんと考えようとしてんのかこいつは。それにしてもホントに可愛い子いっぱいいるなスクールアイドルって。お兄さんちょっと興味が出てきたかもしれない……。

 

「それで私、考えたんだあ!」

 

 考えた? 何を? 

 いいや、今の穂乃果のセリフで何となく、いや、完全に察してしまった。こいつまさか――、

 

 

「あれっ?」

 

「海未は……? って、あれま」

 

 いつの間にか海未がいなくなっている。おそらく教室から出て行ったな。あいつも穂乃果の言う事が分かってしまったのだろう。あいつなら逃げそうな内容だもんなあ。

 でも、それで穂乃果が見逃すわけもなく、

 

 

「海未ちゃん!! まだ話終わってないよー!」

 

「わ、私はちょっと用事が……」

 

 明らかに逃げるための言い訳だなありゃ。嫌な予感しかしないか海未? 大丈夫、俺もだ。

 でも逃げられないのも現実だ。諦メロン。違った、諦めろ。

 

 

「良い方法思い付いたんだから聞いてよおー!!」

 

 聞かずとも分かるとも。わざわざスクールアイドルの雑誌まで持って来て、良い方法が思い付いた。なんて言われたら嫌でも分かっちまう。

 

 

「はあ……。私達でスクールアイドルをやるとか言い出すつもりでしょ?」

 

 海未が俺の心の代弁をしてくれた。

 でもその雰囲気は当たり前のように乗り気ではない事だけは分かる。

 

 

「おお、海未ちゃんエスパー!?」

 

「誰だって想像つきます!!」

 

 全くだ。これで気付かない奴の方がおかしい。海未も分かってたから事前に逃げようとしたわけだし。それにそんな事でエスパーならこの世界はエスパーがわんさかいる事になるぞ。やだ、俺もエスパーだなんて……気になるあの子が何を考えてるとか分かっちゃうとかやだもうキャー!! そんな俺の考えまで誰かに知られるとなると寒気がするな。やっぱエスパーはいりませーん破廉恥でーす。

 

 

「だったら話は早いねえ。今から先生の所に行ってアイドル部を!!」

 

 知らない内に穂乃果が勝手に話を進めていた。

 でも、

 

 

「お断りします」

 

「なあんで!?」

 

 そんなに簡単に海未が承諾するわけがないだろう。

 後先の事考えてないだろこいつ……溜息が出っ放しですよ拓哉さんは。

 

 

「だってこんなに可愛いんだよ! こんなにキラキラしてるんだよ!? こんな衣装、普通じゃ絶対着れないよ!?」

 

「うん、それは確かに可愛いな。可愛い上に衣装のおかげでより可愛さがアップされている。やっぱ女の子はこうでなくちゃ。素晴らしい太ももをしているとは思わんかね? あとむn――」

 

「拓哉君はちょっと黙っててください。あとでお話があります」

 

 死刑宣告された。

 条件反射で可愛い子に反応しただけなのに……。

 

 

「それより、そんな事で本当に生徒が集まると思いますか!?」

 

「うっ、そ、それは……人気が出なきゃだけど……」

 

「その雑誌に出てるスクールアイドルは、プロと同じくらい努力し、真剣にやってきた人達です。穂乃果みたいに好奇心だけで始めても上手くいくはずないでしょう!」

 

 そう、仮にスクールアイドルをやるとしても、簡単に出来る事じゃない。もちろん他のスクールアイドルと同じように凄く努力しないといけないし、ダンスの練習も振付も考えないといけないし、衣装だって自分達で作らないといけない。曲や歌詞なども含めて全て、何から何まで全て1から自分達で作らないといけないのだ。

 

 その上で結果的に人気にならないといけない。注目されないといけない。でも、だからといって絶対に成功するわけでもない。全ての過程をこなしたとしても、恵まれない者、グループだっている。どれだけ努力を積み重ねても、注目されなければ、人気になる事すら出来ない。運の問題でもあるのだ。その運がこちらに味方してくれるとは限らない。絶対的な可能性はない。むしろ人気が出なければマイナスになる可能性の方が高い。

 

 それでも、俺は穂乃果に賛成してやる事が出来るのか。もし、成功せずにマイナスのイメージを持たれて穂乃果が、穂乃果達が傷付いてしまった姿を見て、俺は耐えられるのか? 責められる穂乃果達を見て、俺は耐えられるのか? 失敗は許されない状況で失敗したら、俺は穂乃果達を導いてやれるのか?

 

 

 

 

 答えは、

 

 

 

 

「はっきり言います。アイドルはなしです!!」

 

 

 

 

 出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 海未は弓道部に行った。

 穂乃果もことりもどこかに行った。鞄を教室に置いてる所を見ると、まだ帰ってはいないようだ。

 

 

 そんな中、俺は中庭の自販機で買った紙パックのカフェオレを飲みながら壁にもたれかかっていた。

 

 

 

 

 さっきの答えはまだ出ない。

 穂乃果の考えも分かる。スクールアイドルをやって人気が出たら生徒を集められる。とても単純で分かりやすい案だった。だが、言う事は簡単でも中身を考えるとこっちも簡単には頷けない。リスクが大きいのもあるが、それ以前に自分達では歌を作れない。スクールアイドルをやる以前の問題だった。

 

 過程も大事は大事。でもその過程にまで辿り付けないと何の意味もない。前途多難もいいとこだ。やるのはほとんど諦めた方がいいのかもしれない。でも、俺じゃ昨日のように何も思い付かないままだ。それも論外。それに穂乃果の提案は賛成したいというのが俺の本音だ。

 

 俺や海未、ことりがあのまま考えても恐らく何も案は出なかっただろう。それは今の音ノ木坂の良い所を“見つける”という事しか頭になかったせいだ。見つからなかった場合、俺達はそこで行き止まり。でもそこに穂乃果の提案がきた。昨日までの俺達の考えてた事とは別の、良い所を見つけられないなら“自分達でそれを作る”。それを穂乃果は見つけた。

 

 だからそれに協力してやりたい。でもあまりにもリスクが大きすぎる。未来性が全然見えない案を承諾するわけにもいかない。かといって他に良い案があるわけでもない。あーくそっ、どうすりゃいいんだよ……。

 

 

 

 

「たっくぅ~ん」

 

 思い詰めてると甘ったるい声が俺を呼ぶ声がした。

 もしかしなくても俺をこんなあだ名で呼ぶのは一人しかいない。

 

「よお、どうした? ことり」

 

「こんな所にいたんだ。探したんだよ?」

 

「えと、それは悪かったな。つうか携帯で連絡してくれたらいいのに」

 

「あ……えへへ、忘れてた~」

 

 何この可愛い生き物。全力で保護したいんだけど。全身全霊をもって一生守り抜きたいんだけど? 鳥籠にでも入れておこうか。……俺が捕まる未来が見えたからやめとこう。ふー危ない危ない。

 

 

「で、結局どうしたんだ? 探してたって事は何か用があったんだろ?」

 

「あ、うんっ。ちょっと一緒に来てえ~」

 

 何の用かも言わず手を引かれるがままにことりに連れてかれる。あ~拉致られるんじゃぁ~。

 

 

 

 

「海未ちゃんも呼ぶから一緒に行こうね」

 

「いや、だからどこに? 何の用なのかも分からずに連れてかれると拓哉さんも困惑せざるを得ないんですけど?」

 

「いいのいいのっ」

 

「何がいいんだよ……てか海未は今弓道部の方に行ってるんだろ? なら邪魔しない方がいいんじゃないか?」

 

「強制的に連れてったら大丈夫だよ♪」

 

 あれ? ことりさんってこんな事笑顔で言う子だっけ? 強制とか言っちゃう子だったっけ? ちょっと怖いでありんす。

 

 

「あ、ほらここからちょうど海未ちゃんが見えるよ!」

 

 小走りで弓道場に向かうと入り口から海未が見えた。

 何か倒れてるけど大丈夫かあいつ?

 

 

「ああっ……! いけませんっ! 余計な事を考えては……っ!!」

 

 大丈夫じゃなかった。何か変な事でも考えてんのかこいつ。

 大方さっきの会話でのアイドルの事でも考えて自分に投影でもしてるんだろうか。

 

 

「海未ちゃぁ~ん。ちょっと来てぇ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果のせいです……。全然練習に身が入りません……」

 

「ってことは、ちょっとアイドルに興味があるって事?」

 

「っ……いえ、それは……」

 

「はぐらかすなよ。興味あんだろ? さっき道場で倒れてたのも、アイドルの事を考えてたからだろ? 何だ? ラブアローシュート~とかそんな名称でも付けて浸ってたんだばぅッ!?」

 

「拓哉君、それ以上言いますと突きますよ?」

 

「も、もう突いてますけど……」

 

 えぶぅ……最近容赦ないぞ手加減ってのを知らないのかこいつは……こ、ことり、俺を労わってくれえ~。

 

 

「それで、海未ちゃんは結局興味あるの?」

 

 あ、気付いてすらくれない。

 

 

「……やっぱり上手くいくとは思えません」

 

 まあ、そう思うのは当然か。俺も思ってたし。

 

 

「でも、いつもこういう事って、穂乃果ちゃんが言い出してたよね」

 

「……、」

 

 沈黙。

 そこに蘇るのは昔の記憶。

 数々の記憶。

 その記憶の中の殆どの出来事が、穂乃果の発言から始まったものである。

 

 

「私達が尻込みしちゃう所を、いつも引っ張ってくれて」

 

「そのせいで散々な目に何度も遭ったじゃないですか……」

 

「いつもそのフォローをする俺の苦労も半端じゃなかったしな」

 

「そうだったね……」

 

 俺と海未の苦言にことりも否定できない辺り、苦労したのは言うまでもないのだろう。

 

 

「穂乃果はいつも強引過ぎます!」

 

「でも海未ちゃん……後悔した事ある?」

 

「……、」

 

 再びの沈黙。

 懐かしみながらも、苦言を言いながらも、悪態をつきながらも、今でも鮮明に覚えている記憶。どの記憶も全て、最初は無茶な事から始まった。それでも、最後は不思議と悪くない気分で終わっていた。そう、穂乃果の行動は無茶振りから始まるが、いつの間にか最後には自分達も楽しげに帰っていた記憶がある。不思議と、温かい記憶。

 

 ことりに着いて行く知らぬ間に、俺達は生徒の通りが少ない所を歩いていた。

 その角を曲がった先には――、

 

 

 

 

 

「ほっ、うぅっ! ……はっ、ほ、ふっ、はっ――」

 

 穂乃果が一人、ダンスの練習をしていた。

 

 

「ほ、のか……?」

 

 あいつ、ずっと一人でここで練習してたのか?

 俺にも何も言わず……。

 

 

「うぅ、ぅうわぁああっ!?」

 

 ドテンッと、穂乃果は回る一瞬にバランスを崩し強く尻を打った。あのバカっ。

 

 

「いったあい! ……本当に難しいや。みんなよく出来るなあ。よし、もう一回!!」

 

 本当、何を悩んでたんだ俺は……。確かにスクールアイドルは簡単に出来る事じゃない。曲や歌詞、振り付けも衣装も全て1から自分達で作り上げないといけない。その全てが出来た上で、成功するとも限らない。

 人気が出ないといけないし、注目されないといけない。何より生徒が集まらなければ何の意味もない。運の問題もあって、絶対的な可能性なんてない。未来性なんてない。むしろマイナスのイメージを持たれるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、それがどうした?

 

 

 

 

 

 

 

 スクールアイドルは簡単に出来る事じゃないからやっちゃいけないのか?

 違う、簡単じゃなくても、例えどれだけ苦しくても、スクールアイドルをやってはいけない事にはならない。

 

 曲や歌詞、振り付けも衣装も全て出来ないから諦めるしかないのか?

 違う、それは他のスクールアイドルだって同じ条件だ。今人気のスクールアイドルだって最初は1から全てやるのに苦労したはずだ。ただその順番が俺達が遅かっただけで諦める理由にはならない。

 

 成功するとは限らない、人気が出るかも分からない、注目されるか分からない、絶対的な可能性もなく、未来性もないから、やった所でマイナスのイメージを持たれるかもしれない。だから最初からやらない方がいいのか?

 違う、それも全てのスクールアイドルに言える事だ。どのスクールアイドルだって最初は未来性なんてない。絶対に成功する可能性なんてない。それに、自分達の目的は生徒を集める事。絶大な人気がいるわけじゃない。ある程度の人気でいいから生徒を集められるくらいの人気でいい。そもそも、やらなければプラスになるどころか、マイナスにすらならない。

 

 なら、やってもいいじゃないか。いつも穂乃果の言う事は無茶な事ばかりだった。今回もそれと同じ。最初は難しいかもしれないが、最後はどうにかなるかもしれない。なら、やってもいいじゃないか。

 

 それでもし、穂乃果達が失敗して傷付いたら、俺が導いてやればいい。穂乃果達が責められてどん底にまで落とされたとしたら、俺が引きずり出してやればいい。穂乃果達が助けを必要とするのならば、どんな身になろうが俺が救い出してやればいい。ずっと味方でいてやればいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付けば俺は勝手に歩き出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穂乃果はまた転んで痛みを我慢している途中だった。

 

 

 

 

 

 

「やるぞ、穂乃果」

 

 手を差し伸べる。と同時に、

 

 

「一人で練習しても意味がありませんよ。やるなら、三人でやらないと」

 

 海未も隣で手を差し伸べていた。これで決定だな。

 

 

「たくちゃん……海未ちゃん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、穂乃果は手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、ここから全てが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇跡ってやつを起こしてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




色々なラブライブの小説を見て思う事。
自分も何かバトル物のラブライブ小説書きてえと思ってしまう。
でもそんなストーリー考える頭もないし、今より更新頻度遅くなりそうだからやっぱやめとこうと思いました!まる!




あれ、作文?


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12.進み始めた僅かな可能性

 

 

 

 

 

 

 

 

 4人で改めて決意した。

 

 

 

 スクールアイドルになると。決めたのなら即行動。

 という事でさっそく俺達は生徒会室に部活申請書を出しに行った。

 

 

 

 

 

「……これは?」

 

 そう言ったのはこの音ノ木坂学院の現生徒会長、絢瀬絵里会長である。

 どうも苦手なんだよなぁこの人……。

 

 

「アイドル部、新設の申請書です!」

 

 対して答えたのは、我がスクールアイドルの代表になるであろう、高坂穂乃果だ。性格が真逆そうな2人がどうぶつかるか……。拓哉さんはハラハラしてますよ!

 

 

「それは見れば分かります」

 

 ですよね。

 

「では、認めていただけますね!」

 

「いいえ、部活は同好会でも、最低5人は必要なの」

 

 なるほど。今の俺達は4人しかいない。だから認められないわけか。

 

 

「ですが、校内には部員が5人以下の所もたくさんあるって聞いてます!」

 

 海未がすかさず反論するが、それは反論にすらならないだろう。

 

 

「設立した時は、みんな5人以上いたはずよ」

 

 そう、設立した時に5人以上いれば、あとは誰かが辞めても活動はしていける。とりあえずは今は人数確保が最優先か。

 すると今までずっと黙っていた東條がようやく口を開いた。

 

 

「あと1人やね」

 

 あと1人……それなら誰かに名前だけでも貸してもらえれば何とかできそうだな。

 

 

「あと1人……分かりました。行こう」

 

「待ちなさい」

 

 去ろうとする俺達を絢瀬会長が呼び止めてくる。その顔は何か気に食わないような、そんな顔をしていた。

 

 

「どうしてこの時期にアイドル部を始めるの? あなた達二年生でしょう?」

 

 この時期。廃校を告げられてから何故、こんな部活を立ち上げようとするのか。そう聞きたいのだろう。

 

 

「廃校を何とか阻止したくて、スクールアイドルって今凄い人気があるんですよ! だから――」

 

「だったら、例え5人集めてきても、認める訳にはいかないわね」

 

 ……何?

 

 

「ど、どうして……!?」

 

「部活は生徒を集めるためにやるものじゃない。思い付きで行動した所で、状況は変えられないわ。変な事考えてないで、残り2年自分のために何をするべきか、よく考えるべきよ」

 

 そう言って絢瀬会長は部活申請書を突き返してくる。出直して来い、ではなく、もう申請書を出してくるなという意味だろう。

 

 

「……っ、戻ろう……」

 

 穂乃果も何も言い返せないようだ。表情から見て取れる。

 生徒会室を出て行こうとする穂乃果達に対し、俺はそこから動かないでいた。

 

 

「たくちゃん……?」

 

「……悪い、少し先に行っててくれ」

 

「え……?」

 

 俺の応じる声に海未は意図が読めないようで疑問を返してくる。

 

 

「……いこっ。海未ちゃん、ことりちゃん」

 

「穂乃果……」

 

「穂乃果ちゃん……うん」

 

 穂乃果は何か分かってくれたらしく、海未達と一緒に出て行ってくれた。それをしっかりと見てから、絢瀬会長に向き直る。

 同時に絢瀬会長もこちらを強く見てくる。

 

 

「どうしてあなたは残っているの?」

 

「言いたい事があるからだ」

 

「……一応言っておくけど、私は三年生よ」

 

「ああ、知ってる」

 

「……なら何故敬語を使わないのかしら?」

 

「敬語が苦手ってのもある。でも、今はそれを必要と思わなかったからだ」

 

「何ですって……?」

 

 一気に会長の顔が険しくなる。そりゃそうだ。仮にも後輩に敬語をする必要がないと言われれば、誰だってバカにでもされてると思って腹が立つだろう。

 でも、今はそんな話をするつもりはない。

 

 

「話を戻すぞ会長。なんでアンタは穂乃果達の行動を認めない?」

 

 俺の質問でようやくここに残った理由が分かったのか、会長が先程と同じ事を言ってくる。

 

 

「だから言ったでしょ。部活は生徒を集めるためにやるものじゃない。思い付きでやっても何も変わらないの。だから、あの子達が何かをした所で何も変わりはしないわ」

 

「何でそんな事が言い切れる? アンタも分かってんだろ? このままじゃ本当に廃校になっちまう。だから何とかここを残したいって思うあいつらの気持ち位、アンタも同じ気持ちなんだろ?」

 

 昨日会長はことりにわざわざ理事長が何か言ってなかったか聞いてきた。

 という事は会長も廃校を阻止したいと思ってるはずだ。

 

 

「だからよ……」

 

「……は?」

 

 何がだからなんだ?

 思わず素っ頓狂な声が出てしまう。

 

 

「私も廃校を阻止したいわ。でもあの子達のやってる事はリスクが高すぎる。それにあんな思い付きでスクールアイドル、ダンスをやっても上手くいくはずないし、人気なんて夢のまた夢よ。わざわざマイナスになるような事はやってもらってほしくないの」

 

 ……ああ、この人もさっきの俺と同じ気持ちだったのか。少なくとも、いや、十分に会長の気持ちは分かる。あんなほとんど賭けにすらならなさそうな事、普通なら誰だってやらないだろう。

 でも、それでも、穂乃果はやると言った。誰もが絶望を抱く中で、穂乃果だけが、それでもやると言ったんだ。なら、それに賭けたっていいじゃないか。

 

 

「確かにそうかもしれない。アンタの言った通り上手くいかないかもしれない」

 

「でしょ? なら――」

 

「でも、何かやらないと何も変わりすらしないんじゃないのか」

 

「……っ」

 

 会長の顔が一瞬強張った。と同時に、視界の隅で東條の口角が上がったように見えた。

 

 

「アンタの言う通り、穂乃果達がスクールアイドルをやっても何も変わらないのかもしれない。でも、それはあくまでやらないと誰にも分からない事なんだ。俺もアンタも未来が見える訳じゃない。何もやらずに何も変えられないより、何かをやって、ほんの少しの可能性に賭けて、何かを変える事に意味があるんじゃないのか」

 

「でも、でもそれで良い方向に変わるとは限らないわ。今のあの子達に何かやらせても、きっとマイナスのイメージにしかならない……!」

 

「可能性としては最も大きいけど、それも絶対的な確率じゃない。やってみないと分からない事もあるんだよ。先入観で決めつけるとこの先もアイデアは出ないままだぞ。それに、元々廃校が決まってるんなら、これ以上マイナスになる事もないだろ。なら俺達が何をやってもこれ以上の悪い影響は出ないはずだ」

 

 俺の言いたい事は言い終えた。後は会長の答えを待つだけ。

 なのだが、

 

 

「……それでも、あなた達のやる事は、認められないわ……」

 

 両手で拳を強く組みながら、会長は言った。そこには何か、俺の知りえないような何かを隠しているかのように。

 

 

「そうか……。それじゃ、失礼しました」

 

 そう言って退室しようとすると、

 

 

「岡崎君」

 

 今までずっと黙って聞いていた東條に呼び止められた。

 

 

「何だ? 東條」

 

「……頑張ってな」

 

 ……あれ、聖母かな?

 

 

「ああ、ありがとう」

 

 言って生徒会室を出る。

 

 

 

 

 ちょっと長く話し過ぎたかもな。少し走るか。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉が生徒会室を出た方をずっと見ていると、絵里が少し恨めし気にこちらを見ている事に気付く。

 

 

「どうしたん?」

 

 と、微笑みながら聞くと、絵里はぷいっとまるで拗ねた子供のようにそっぽを向いてしまう。

 

 

「……別に、ただ希はどっちの味方なのよって思っただけ」

 

 そう正直に答えてくる辺り、希が拓哉の応援をしたのが気に食わないようだ。

 

 

「もちろんウチはエリチの味方やで。でも、あの子達の応援もしたい気持ちはあるかなー」

 

「何よそれ……」

 

「それにしても、さっきの思い付きがどうのこうの言ってたけど、誰かさんに聞かせてやりたいセリフやったなぁ」

 

「ッ! いちいち一言多いのよ、希は……」

 

 そう、さっき絵里が穂乃果達に言った言葉は、絵里自身が理事長に言われた事なのだ。俗に言うブーメラン発言である。

 

 

「ふふっ、それが副会長の務めやしぃ。……で、結局理事長の受け売りは岡崎君にはあっさりと言い返されたけど、どうするん?」

 

 それは自分は理事長に言われて何も返せなかった。でもあの少年だけは返してきた。そういうちょっとした皮肉も入ってるかもしれない希の言い回しに、多少こめかみをピクンッと動かしながらも考える。結論はさっきと同じだった。

 

「言い返されたのは驚いたわ。私が言えなかった事を彼は私の思いつかない方法で言ってのけた。でも、それでもやっぱり認める訳にはいかない。私にも“私なりの理由”があるの」

 

 それを聞いて希は内心前途多難やなあ……と、思いながら苦笑いする。

 

 

「さあ、希。私達は他のアイデアを探すわよ」

 

「はいはい、思いつくかなあ」

 

 

 

 そう言って、音ノ木坂学院の生徒会長と副会長は、2人で思案するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 走っていると、穂乃果達が下駄箱で待っているのを見つけた。

 

 

 

「悪い、待たせたな」

 

 言うと、3人共決して明るくはない顔ではあるが反応してくれた。

 

 

「大丈夫だよ。じゃあ行こっ」

 

 穂乃果のセリフを皮切りに帰路につく。

 

 歩く3人の背中は暗かった。さっき会長に言われた事が頭から離れないのだろう。

 歩いてると、ことりが穂乃果に話しかけた。

 

「ガッカリしないで。穂乃果ちゃんが悪い訳じゃないんだから」

 

 それと同時に全員の足が止まる。そう、穂乃果は何も悪くない。ただ廃校をどうにか阻止したいと思っている生徒なだけだ。

 

 

「生徒会長だって、気持ちは分かってくれてるはずです」

 

「気持ちは分かってても、やり方に対して、方法に対して反対してる節があるな。あの会長」

 

 何かに執着してるような、スクールアイドルの何かに執着しているような気がする。

 

 

「でも、部活として認められなければ、講堂は借りられないし、部室もありません。何もしようがないです……!」

 

「そうだよね……これからどうすればいいんだろう……」

 

「どうすれば……」

 

 神妙な面持ちで海未とことりが悩む中、穂乃果だけがずっと黙っていた。こいつはもうやるべき事を分かってるのだろう。

 

 

「さっきと変わらねえよ。お前らはスクールアイドルをやる。さっきそう決めたばかりだろ?」

 

「ですが、部活じゃなければ何も……」

 

「出来ないわけじゃない」

 

「え……?」

 

 そう言い切る俺に海未が訳の分からなさそうな顔をする。

 

 

「それに、1人は諦めるっていうこと自体頭にないみたいだぞ。そうだろ? 穂乃果」

 

 そこには、もうさっきの暗い背中はなかった。決意は出来たみたいだ。

 

 

「うん、そうだよっ。生徒会長に言われた事は仕方ないと思う。でも、それが諦める理由にはならない。だって、ほんの少しでも可能性を感じたんだもん。見つけられたんだもん。だったらそれに向かって進みたいんだ! 何もせずに後悔したくないよ!!」

 

 自然と口角が上がるのを感じた。分かってるじゃねぇか……。

 

 

「そうだ。このまま何もせずに後悔だけを残したくないだろ? なら進むしかねえじゃねえか。何も変えられないより、何かを変えるために進むんだ。誰かに言われたから諦めるくらいの覚悟なら、俺が喝を入れてやる。誰にも見られもしなかったら、俺が見ててやる。誰かに傷つけられたなら、俺が救ってやる。だから、お前らは何も気にせず前に進めばいい」

 

「穂乃果……拓哉君……分かりました。私も尽力します」

 

「うん……私も諦めない! 頑張るよ!」

 

 

 

 さあ、覚悟は出来た。

 後は行動に移すのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで拓哉君、さっき言ってた部活じゃなくても何も出来ない訳じゃない……というのは?」

 

 決心も済み、道を歩いてると海未が問いかけてきた。そういえばまだ言ってなかったな。

 

 

「ああ、それはだな――」

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝。

 

 

 

 

 

 

 

 

「朝から何……?」

 

 生徒会長の疑問の声が聞こえる事から察するに、俺達は登校してすぐに生徒会室に訪れていた。

 机に置かれているのは講堂使用許可申請書である。

 

 

「講堂の使用許可を頂きたいと思いまして!」

 

「部活動に関係なく、生徒は自由に講堂を使用できると生徒手帳に書いてありましたので」

 

 そう、俺が昨日海未からの質問に答えたのがまさに今、海未が言った事だった。音ノ木に来た時、一応事前に生徒手帳を見ていたから何となく覚えていたのだ。部活じゃなくても生徒は講堂を使えるという事を!!

 ていうか海未さん、俺が言おうとしてたのにさも自分が見つけましたー的な感じで言いやがってますね。これじゃ俺が着いてきた意味ないじゃん。俺空気じゃん。一番後ろであくびしても誰にも気づかれないまである。

 

 

「新入生歓迎会の日の放課後やなあ」

 

「何をするつもり?」

 

「それは……」

 

 痛い所を突かれたという感じの顔の海未。何を言いよどんでるんだよ? 

 ったく、しゃあねえなー、俺が言ってやんよ!

 

 

「もちろんラ」

 

「ライブです!」

 

「……、」

 

 もう帰っていいかな俺……。

 

 

「3人でスクールアイドルを結成したので、その初ライブを講堂でやる事にしたんです」

 

「穂乃果っ……!」

 

「まだ出来るかどうかは分からないよ……」

 

「ええー! やるよおー!」

 

 ……あ、あー、そういや講堂でライブするといってもまだ何も始めてなかったなあ。

 うん、今気付いた。どうしよう、やばいっす。

 

 

「待ってください。まだステージに立つとは――!」

「出来るの? そんな状態で……」

 

 見かねたのか、会長がいかにも怪しいといった感じの目で見てくる。

 うぅ、目が痛い。痛いよぉ!

 

 

「だ、大丈夫です……!」

 

 俺も意気揚々とライブですって言おうとしてたけど、言わなくて正解だったみたい。やったね! 冷たい目で見られなくて済むよ! そんな場合じゃないでしょう。

 

「新入生歓迎会は遊びではないのよ」

 

 ごもっともです、はい。これについては何も言い返せませんです。さーせん。

 

 

「4人は講堂の使用許可を取りに来たんやろ? 部活でもないのに生徒会が内容までとやかく言う権利はないはずやん?」

 

「そ、それは……」

 

 東條が助け舟を出してくれた。会長がたじろいでるぞ! いいぞ、もっとやれ! 結婚しよう!

 

 

「それと、3人がスクールアイドルをやるのは分かったけど、岡崎君は何するつもりなん?」

 

 おぉふ……急な質問キタコレ。

 東條にはちゃんと俺が見えていたみたいだ。思わず涙が出ないぜ……。出ないのかよっ。

 

 

「俺は3人のサポート。マネージャーみたいには有能じゃねぇから、せいぜいしてやれるのはお手伝いさん位かな」

 

 俺はこいつらを出来るだけ手伝ってやる事になっている。マネージャーみたいに何をどうすればいいかとか、何を準備をすればいいとか、そんな難しい事は素人の俺にはまだ無理なのでお手伝いさんだ。ちゃんと勉強していくつもりだが、今はこれで妥協という事で。

 

 

「ふふっ、頼りになりそうなお手伝いさんやね。それじゃ、許可はしたからもう帰ってもええよー」

 

「おう、そんじゃ失礼しましたー」

 

 俺の後に穂乃果達も礼をしてから退室して教室に戻った。

 

 

 

 

 

 休み時間。

 

 中庭に移動し、穂乃果に海未からの説教が始まろうとしていた。

 

 

「ちゃんと話したじゃないですか! アイドルの事は伏せておいて、借りるだけ借りておこうと! 拓哉君も何か言ってやってください!」

 

 ……あっれー? そ、そうだったっけ……? ちょっと待って記憶の引き出し探しても出てこない。確かに昨日、多人数で電話で話せる機能を使って4人で喋ってたのは思い出せる。色々話し合ってたけど……あ、そういや俺は買ったマンガ読んでて曖昧に返事してたからその時かな?

 っべー、これっべーわ。ホントに俺が言わなくて正解だったわ。言ってたら海未にヤバイ事されるに違いなかった。何がヤバイってまじヤバイ。

 

 

「お、おう。な、ないわー穂乃果あれはないわー。まじ有り得ない。まじ借りパクリのアリエッティーなんですけど」

 

「何ですかその変な口調……」

 

「気にしたら負けだぞ海未。今は穂乃果を見るんだ俺を見るんじゃない」

 

 変な汗かいてると怪しまれるからね!

 そう言って穂乃果を見ると、

 

 

「ほぁんでー?」

 

 は? 何言ってんのこいつ? と思ったらパン食ってた。まだ昼休みじゃねえぞ。

 

 

「またパンですか?」

 

「うち和菓子屋だから、パンが珍しいの知ってるでしょー?」

 

 知ってるけどそんなにパンばっか食ってたら腹がパンパンになるぞ。え? 面白くない? はい、黙ります。

 

 

「……お昼前に太りますよ?」

 

「そうだよねー」

 

 と言いながらもかぶりつく。おい誰か没収しろよ。

 

 

「お三方ー!!」

 

 不意に声が聞こえた。

 見るとそこにはいつもの3人がいた。

 

 

「出たなヒフミトリオ」

 

「そろそろそれについての決着をつけようか……」

 

 目からバチバチと電気を飛ばす俺とヒデコ。もちろん現実に電気は出ていません。俺はどこぞの学園都市第三位ではない故。

 

 

「今そんな話をしにきた訳じゃないでしょ?」

 

 フミコが苦笑いしながらも宥めてきた。この子はトリオの中でもポイント高い。ていうか空気読めるからポイント高い。

 

「仕方ねえ。今はフミコに免じて許してやる」

 

「何も許してほしい事なんてないわ!!」

 

「ところで、掲示板見たよー」

 

 もうやり取りを無視された。フミコェ……。

 ん? 掲示板? 何だそれ?

 

 

「スクールアイドル始めるんだって?」

 

「「え?」」

 

 海未と声が重なる。

 

 

「海未ちゃんがやるなんて思わなかったあー」

 

 何を言ってるんだこいつらは……?

 そして穂乃果は何知ってそうな顔してんだ?

 

 

「掲示板に何か貼ったのですか!?」

 

「うんっ! ライブのお知らせを!」

 

「うぇ……!?」

 

 こ、こいつ……。勝手に何しでかしてくれてんの?

 まだ何も始めれてない状態で宣伝してどうすんだよ!? 気が早いってレベルじゃないぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝手すぎます!」

 

 廊下に海未の声が響き渡る。無理もない。

 こうも勝手に動かれると一緒にやってる身としては対処がしづらい。

 

 

「あと一ヵ月しかないんですよ? まだ何一つ出来てもいないのに、見通しが甘すぎます!」

 

「そうだぞ穂乃果。いくら俺が気にせず前に進めって言っても、せめて相談してくれねえと何も言ってやれないだろ? 何事も計画性、報連相が大事なんだ」

 

「ホウレン草は好きだよ?」

 

「……ちょっと歯ぁ喰いしばろうか……?」

 

「気持ちは分かりますが落ち着いて下さい拓哉君。それと穂乃果。報告、連絡、相談。これを報連相と呼ぶのです」

 

 拳を握る俺に海未は宥めてから、代わりに説明してくれた。

 

 

「そうなんだー! もうっ! 略さずに言ってよたくちゃん!!」

「……………………………………………、」

 

「拓哉君、落ち着いて下さい。顔が鬼になってますよ」

 

 なんと、俺は今そんな顔になっているのか。ザケル連呼でもしたら電撃出るかな? まず魔物いなかったわ。

 これまた海未が色々言ってると、穂乃果がぶーたれていた。

 

 

「ぶー、でもことりちゃんは良いって言ってたよお?」

 

 なに? ことりが良いと言っていただと……?

 なら仕方ない。マイラブリーエンジェルが言うならそれは正義だ。

 

 教室に戻ると、ことりは何かを紙に描いていた。

 

 

「ことり……?」

 

「何描いてんだことり?」

 

「……うんっ、こんなもんかなあっ! 見て、ステージ衣装を考えてみたの!」

 

 そう言ってことりは俺達にも見えるようにイラストをこちらに向けてきた。

 ふむふむ、なるほど、これはこれは。

 

 

「おお!! 可愛いー!」

 

 穂乃果が絶賛する中、俺も、

 

 

「うん、これは確かに良いかもな。アイドルの衣装って感じがして」

 

「本当!? ここのカーブのラインが難しいんだけど、何とか作ってみようかなって」

 

「うんうんうん!」

 

「え、何? ことり衣装作れんの?」

 

「裁縫は元々好きだったから、挑戦してみるよ!」

 

 これは驚いた。スクールアイドルをやる上で絶対に欠かせない衣装を作れるというのは非常にありがたい事だ。さすがマイラブリーエンジェル。

 

 

「ことり……?」

 

 すると今まで見ていただけの海未がようやく口を開いた。

 

 

「海未ちゃんはどう?」

 

「えっ……と……」

 

「可愛いよね? 可愛いよね!?」

 

 笑顔で聞くことりと穂乃果と違って、海未の表情は困惑していた。

 おそらく多分、いや、確信をもって言うと恥ずかしいのだろう。

 

 

「こ、ここの、スーッと伸びているものは……?」

 

 イラストのある1点を指し質問を投げかけてくるが、それは質問の意味を成していないような……。

 

「足だよ♪」

 

 ことりが当然のように答える。むしろ足以外の何に見えるのか。

 

 

「……素足にこの短いスカートって事でしょうか?」

 

「アイドルだもん♪」

 

 せやな。アイドルやもんな。短いスカートはアイドルの特徴と言っても過言ではないもんな。

 それを受けて海未は頻りに自分の足をモジモジさせ始めた。おいやめろ。嫌でも視線が足に移っちゃうだろ。素晴らしい太ももしてんじゃねえよ。

 

 

「大丈夫だよ! 海未ちゃんそんなに足太くないよお」

 

 穂乃果が海未のフォロー的な事を言ってるけど、男である俺の前でそういう事言っちゃいけないような気がするんだけど。

 

 

「ひ、人の事言えるのですか!?」

 

「えぁ、うーん。……ふん、ふんふんふん……」

 

 海未に反論され今度は穂乃果が自分の足を触ったりして確認? している。

 だから男の前でそういうのするのやめなさい。ガン見しちゃうでしょうが。

 

 

「……よしっ! ダイエットだ!!」

 

「2人共大丈夫だと思うけど……」

 

 ことりの言った通り、俺から見ても穂乃果と海未は太いわけじゃない。むしろ細いくらいだ。何をそんなに気にする事があるのだろうか。女の子ってのはよく分からん。

 

 

「ああー、他にも決めておかなきゃいけない事がたくさんあるよねー」

 

 確かに、これから活動するにあたって決めなきゃならない事は山程ある。早めに決めて活動し始めないとな。

 

 

「サインでしょ? 町歩く時の変装の方法でしょ?」

 

「いらねえよんなの……」

 

「そんな必要ありません!」

 

 おいこいつ何も分かってねえぞお!

 大事な事が抜け落ちすぎて妄想が先を行き過ぎてる。先を行き過ぎてもはや未来視してるまである。

 

 もっと大事な、スクールアイドルを始めるのに最も大事な事を決めなければならない事があるだろ?曲をどう作るかとか、歌詞はどうするとかさ。

 

 

「それよりぃ……」

 

 ことりが少し言いにくそうにしていたが、数秒置いて、意を決したように言って見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グループの名前……決めてないしぃ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「おぉ……!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは忘れてたぜ!!

 てへぺろ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 






どうでもいいですけど4月入りましたねー。
次の誕生日は真姫ちゃんの誕生日か……、何も思い付かなくてやばい。何がやばいってまじやばい。


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13.募集と練習



気が向いたらですが、次回か次々回位に簡単な主人公の容姿を描こうと思います。
ええ、顔だけです。全身描いたら等身おかしくなっちゃうっ。
過度な期待はしないでください。






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな訳で放課後、俺達はスクールアイドルの名前、とどのつまりそのグループ名を考えるために図書館まで赴いていた。

 のだが、

 

 

「うーん……中々思いつかないよねえ」

 

「何か私達に、特徴があればいいんだけど……」

 

「3人共性格はバラバラですし……」

 

 と、こんな風に全然決まらないのである。

 

 

「特徴なら3人共あるだろ?」

 

「「「え?」」」

 

 いやハモんなよ息合いすぎだろ。

 でも意味が分からないような顔をしてる辺り、それぞれが強い特徴を持ってるのに気付いてないようだな。

 

 

「つうか何で気付いてないんだよ。お前らは自分が思ってる以上に特徴、個性があるぞ」

 

「どこどこたくちゃん!?」

 

「声が大きいぞおバカ」

 

 図書室だぞここ。ほれみろ他の生徒に見られちゃったじゃねえか。やだ恥ずかしいっ!

 

 

「じゃあ1人ずつ言ってくぞ。まず穂乃果はパンとか洋風な物が好き。あとおバカ」

 

「最後で台無しじゃん……」

 

 いや最初もどうかと思うんだけど。

 

 

「ことりは天使だな。マジ大天使。マイラブリーエンジェル。声とかずっと聞いてても飽きない。まさに天性の声」

 

「照れちゃうよたっくん~」

 

「私と違いすぎない?」

 

 黙らっしゃい穂乃果。ことりの声は俺の大事な癒しなんだ。もはや目覚ましボイスにしたいまである。

 

 

「海未はあれだな。大和撫子に見えて暴力魔だな」

 

「分かりました。歯を食いしばりなさい」

 

「海未ちゃん気持ちは分かるけどここ図書室だから……!」

 

 へっへーん! 穂乃果の言う通り、ここは図書室。静かにしてないといけないこの空気の中、真面目な海未は俺に危害を与える事は出来ない。そう! 俺はとうとう海未に勝ったんだ!!

 

「……なら、図書室を出たら覚えておいて下さいね♪」

 

 

 前言撤回。大敗北。

 どうやら俺はこの図書室で一生暮らす事になりそう。あ、でも廃校阻止しないと無理だね!

 

 

「そ、そんな事より早くグループ名決めようぜ。時間も限られてるんだしさっ」

 

 必死に話を逸らすのに一生懸命な俺、泣ける。

 

 

「じゃあ、話を戻すけど、単純に3人の名前を使って、『ことり!穂乃果!海未!略してことほのうみでぇ~す!!』とか?」

 

「漫才師みたいですね……」

 

「いや漫才師そのものじゃねえか。安直すぎだろ……」

 

「だよねえ……」

 

 話を逸らすのは成功したみたいだが、いかんせん本題が進まんな。

 

 

「う~ん……そうだ! 『海未ちゃんの海、ことりちゃんは空、穂乃果は陸。名づけて、陸海空!』」

 

「全然アイドルっぽくないけど……」

 

「ねえお前は何なの? バカなの? うん、バカだったわ」

 

「だよねえ……ってたくちゃん自己完結しないでよ!」

 

 自己完結って言葉を知ってるのか、偉いねえ穂乃果は。拓哉さんも穂乃果の成長に嬉しく感じますよ。バカは変わりないけど。

 

 

「えぇっと……じゃあじゃあ、3人の頭文字を取ってMSKとかは?」

 

「もはや意味が分かんねえよ。何かのテレビ局かよ」

 

 あれか? N○K的なあれか? ワクワクさんにはいつもお世話になりました。

 

「ならたくちゃんは何かあるの……?」

 

 ツッコミばっかいれてたせいか、俺に鋭い目付きで睨んでくる穂乃果。ふむ、そうだな。

 

 

「音ノ木坂で3人のスクールアイドルだから……音ノ木坂トリオでいいんじゃないか?」

 

「たっくん……」

 

「拓哉君それはちょっと……」

 

「たくちゃんも私と変わらないじゃん」

 

「うっせ……」

 

 急に言われたから思いつかなかっただけだし(震え声)余裕があればめちゃくちゃいいの考えられたし! 『オレンジブルーホワイト』とか。

 ……めちゃくちゃセンスねえな俺。

 

 

「うう~……じゃあ、じゃあ……あ、そうだ!!」

 

「だから声デカいっつの。お前には音量調整機能が付いてねえのか」

 

「ごめんごめん。で、ことりちゃん、衣装のイラストに使ってたカラーペンとかは教室にあるんだよね?」

 

「うん、そうだけど…」

 

 カラーペン? 何だ? ことほのうみとか陸海空とかをカラーペンで書いて少しでも可愛げあるようにするのか? あんまり意味ないと思うけど。

 

「じゃあさっそく教室に戻ろう! 行こうことりちゃん!」

 

「え、あ、ちょ、穂乃果ちゃんそんな引っ張らなくても~」

 

 ことりの手を引いてそそくさと図書室を出た穂乃果。

 それを呆然と見つめる俺と海未。やる事は1つ。

 

 

「何か知らんが、俺達も行くか」

 

「そうですね。……ですが、その前に……」

 

 図書室を出て数メートル進んでから海未が何故か歩を止めた。

 

 

「どうした海……未……?」

 

 あれ、何故海未の背後にゴゴゴゴゴゴゴゴ……! と聞こえてきそうなオーラがあるんだ?

 

 

「さっきの言葉、もう忘れたとは言わせませんよ……?」

 

「…………………………………あ」

 

 ここは廊下。図書室みたいに絶対に騒いだりしてはいけない場所でもない。

 つまり、

 

 

「いや、待て。待つんだ海未。話せば分かる。だから落ち着くんだ。俺達は昔からの付き合いで育ってきた幼馴染じゃないか。だからお互い理解しあえ腕の関節があああああああああああああああ!!!???」

 

「問答無用です」

 

 

 

 

 

 

 

 綺麗な笑顔で言われた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「で、これが?」

 

「そう! ことりちゃんに頼んで描いてもらったんだ! ていうかたくちゃん、何で涙目になってるの?」

 

「気にするな……」

 

 海未の関節技を見事に頂いた俺は、掲示板の前のある紙と、その下にある箱を見ていた。

 

 

「『初ライブのお知らせ。そしてグループ名の募集』ねえ」

 

「ふふーん、これでよし!」

 

「結局丸投げですか……」

 

 俺が痛めつけられてる間にことりが描いたであろう紙には、ちゃんと初ライブの宣伝もしてあるし、グループ名募集用の箱もある。これは生徒の興味を引くには丁度良いかもしれない。

 

 

「こっちの方がみんな興味持ってくれるかもしれないし!」

 

「そうかもね……」

 

「うん、俺もこれは悪くないと思うぞ。これで少しでも生徒が興味持ってくれるなら、それに越した事はない」

 

 それに考えるのめんどく――ゲフンゲフン、生徒の意見も取り入れたいしなーアハハハハハ。

 

 

「よおーし! 次は歌と踊りの練習だー!!」

 

「お、いよいよ本格的な行動に移れるな」

 

「うん!! さあ、練習出来る場所を探しに行こ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 というわけでグラウンド。

 

 

「はっはっはっはっはっ……!」

 

「ボールそっち行ったよー!」

 

「カバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディ」

 

 

 

「うーん、ここだと邪魔になりそうだね……」

 

「違う場所に行こっか」

 

 いや、何でカバディ?

 

 

 

 

 

 

 

 体育館。

 

 

「トース!」

 

「そこ、シュート!!」

 

「カバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディ」

 

 

 

「ああ~、ここも全部使ってるぅ……」

 

「しょうがないよ。他の所行ってみよ?」

 

 いや、だから何でカバディ?

 

 

 

 

 

 

 

 空き教室。

 

 

「カバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディ」

 

 

 

「んぐー! んぎぃー!」

 

「鍵が掛かってる……」

 

「空き教室は使えないんですね」

 

「職員室に行って先生に空き教室の鍵貸して貰おう!」

 

 何で廊下でカバディやってんだよ。つかカバディ多すぎだろ。何で学校内のあらゆる場所にいるんだよ。ポケモンやドラクエじゃねえんだよ。あれか、ツッコまないのが正解なのか? ツッコんだら負けなのかこれ? 俺が間違ってるの?

 

 

 

 

 職員室。

 

 

「空き教室を? 何に使うんだ?」

 

「スクールアイドルの練習に……」

 

 穂乃果がそう言うと山田先生が後ろの俺達を見てからニヤッとしやがった。

 

 

「お前らが、アイドル? くふっ……!」

 

「は、鼻で笑った……!?」

 

 うん、まあこの先生なら笑ってくるだろうと思ってたわ。

 

 

「岡崎、お前もす、スクールアイドルをププッ、やるのか? くくっ……!」

 

 おい、笑いすぎだろ。これでも学校のためにやろうとしてんだからな。……まあ、あのおバカ穂乃果が急にスクールアイドルやるとか言い出して、俺が先生の立場なら笑ってるけど。もう大爆笑。笑いすぎて椅子から落ちるまである。

 

 

「当然俺はやりませんよ。女子に交じってアイドルなんかやる訳ないじゃないですか」

 

「ありゃ、そうなのか? いやあ、お前がアイドルやると人気出るからやってみろって。くはっ……!」

 

 この先公……俺がスクールアイドルやると思ってたからあんなに笑ってやがったのか。

 

 

「……行くぞ穂乃果。何とか他の場所を探すんだ」

 

「え? でも空き教室は?」

 

「先生が素直に渡してこないって事は、渡せない理由があるんだろ。ならここに長居しても埒が明かない」

 

「岡崎、華麗に私の発言をスルーしたな」

 

 アンタに付き合ってたら俺の胃が持たねえんだよ! コントやってる場合じゃないんだぞこっちは。

 

 

「……まあ岡崎の言う通り、部活でもないのに生徒に空き教室を使わせる訳にはいかないんだ。すまないな」

 

「そうなんですか……。ありがとうございます。失礼しました」

 

 大体の理由は予想してたからな。

 でもカバディやってる生徒の多さに一番疑問浮かぶけど。

 

 

「岡崎」

 

「なんすか?」

 

 穂乃果達が出た所で先生に呼び止められた。また余計な事言ってくるんじゃないだろうな。

 

 

「何故お前らが今からスクールアイドルをやろうとしてるのかは分からん。でも、高坂達とお前の真剣な顔を見ると、何やらただ楽しみたいからやるって事でもなさそうだな」

 

 先生の顔は、いつになく真顔だった。

 おそらく“俺達のやる事について”の大方の想像はついてるのだろう。

 

 

「高坂達ならまだ分かるが、何でお前まで手伝う? ここに来て間もないお前に、そんな義理はないはずだろ?」

 

 もっともな疑問で、もっともな意見だった。この学校に何の愛着も湧いてないはずの俺への疑問。何の思い出もないはずの俺への疑問。でもそれに似たやり取りはもう、既に穂乃果達と済ませてある。

 

 

「簡単な事ですよ。あいつらが守りたいと言ったから俺も守る。それだけ、それだけでいいんですよ。そこに愛着とか思い出とかは関係ない。義理なんてなくても、ほんの一つでも、守りたいと思えるものがあるなら、それだけで俺は動ける。学校と、あいつらの笑顔と、アンタら先生の笑顔だって守ってみせる。そんなもんですよ、俺の行動原理なんて」

 

 そこに他意はなかった。本音を言った。

 だからこそ、自分の発言の一部分に羞恥心が集中した。

 

 

「あ、いや、今の言葉にはですね! 少し語弊というか、間違いというか――」

 

 何を言おうか考えてたら、さっきまで目を見開いたまま放心状態だった先生が急に笑い出した。

 

 

「あっはっはっは!! いやー言うねえ岡崎ぃ。まさか先生である私達の笑顔を生徒であるお前が守るなんてなあ!」

 

 言うんじゃなかった……言うんじゃなかった……! この人なら思いっきりいじってくるって分かってたはずなのに!

 岡崎拓哉一生の不覚だよ。穴があったら入りたい。

 

 

「あー……さっきの発言は忘れてください。てか忘れろ」

 

 精一杯の反撃を試みるも、全く効果がないようだ。

 

 

「やだね。こんないいネタ忘れる訳がない。……期待させてもらうぞ、岡崎」

 

「……俺も出来る限り尽くす。でも、最終的にやるのは穂乃果達ですよ」

 

「それでもサポートは絶対に必要になる。それをやるのがお前だろ? しっかりあいつらを見ていてやってくれな」

 

 何を当たり前の事を……。

 

 

「当然です。じゃあ、失礼しました」

 

 

 

 退室する際、ふと視界に映ったのは、先生の微笑んでいる口元だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたのたくちゃん? 先生と何か大事な事でも喋ってた?」

 

 廊下に出ると穂乃果達がいた。どうやら待たせてたみたいだな。

 

 

「いや、コントやってた」

 

「え、コント?」

 

 とりあえず嘘を言っておく。掘り返されると俺の精神が色んな意味で持たん。

 

 

「職員室で何をやってるんですか……。ほら、次の場所を探しに行きますよ」

 

「うーい」

 

 適当に返事をしながら3人の後ろに着いて行く。その後ろ姿を見て改めて思う。

 あいつらの悲しい泣き顔はもう見たくない。だから俺がその笑顔を守ると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上。

 

 

 

 

 

「で……」

 

「ここしかないようですねえ……」

 

「日陰もないし、雨が降ったら使えないけど、贅沢は言ってられないよね……」

 

「うん、でも、ここなら音とか気にしなくてもよさそうだね」

 

 確かに、広さも練習するには申し分ないし、音を気にしなくてもいいのは大きい。

 

 

「よぉーし! 頑張って練習しなくっちゃ!!」

 

 いよいよ練習が始まる。

 

 

「まずは歌の練習!!」

 

「「はい!」」

 

 そう言って穂乃果達は横に並びだす。列を作って歌うって事か。

 ……何を?

 

 

「「「…………………………………………………………………」」」

 

 

 

 

 沈黙が屋上を襲った。

 

 

 

 ちょっと待て。

 こいつらまさか……、

 

 

「……えっと、曲、は……?」

 

「……私は、知りませんが……」

 

「私も……」

 

 ことりの探るような質問から流れるように海未と穂乃果も答える。

 全く何も考えてないであろう回答をもって。

 

 

「……たくちゃん!!」

 

「俺が知るわけねえだろ!! 俺はてっきりアイドルをやるお前らが自分で考えてるもんだと思って任せてたんだぞ!?」

 

「でもたくちゃんも手伝ってくれるんなら何か考えててくれてもいいじゃん!!」

 

「昨日今日ですぐに思い付けるか!!」

 

 完全に詰んだ。練習はまた決めるとしても、そういや何の歌を歌うか、曲はどうするか、歌詞をどうするかを決めていない。

 前途多難すぎだよお……。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「……、」

 

 小泉花陽は掲示板の前に貼り出されている紙と、ある箱を見ていた。

 それはもう心でテンションを上げながら。

 

「アイドル……」

 

 ふと声が漏れる。

 大のアイドル好きである自分が通っているこの学校でも、とうとうスクールアイドルが出来たという事実が、花陽を高揚感に溢れさせる。

 

 

(音ノ木坂学院でもスクールアイドルが出来たんだ……。凄いなあ、わ、私も、やってみたいけど、無理だよね……)

 

 スクールアイドルが大好きで、憧れでもある。でも、あくまで好きと憧れは違う。アイドルが好きでも、自分がやるとなれば話は別になってくる。アイドルに憧れても、自分にアイドルが出来るかと問われれば話は変わってくる。

 

 自分には無理だと。いくら好きで憧れていたとしても、自分じゃアイドルをする事が出来ない、と。

 

 

(ダメだ。この紙の前でこんな事考えてたら失礼だよっ)

 

「かーよちーん!」

 

「わっ、凛ちゃん」

 

 すると教室から出てきたのは、自分の昔からの親友である、星空凛だった。

 

 

「どうしたの?」

 

「え、あ、や、えと、ううんっ! 何でも、ない……」

 

「んん? ……さ、かーえろー!」

 

 凛は花陽の顔を怪訝に見ながらも、気にせず促してくる。

 いつもこうして自分は言いたい事をはっきりと言えない。それにいつも自己嫌悪しながらも変える事が出来ない。そう簡単には変える事は、出来ないのだ。

 

 

「うん……」

 

 凛に着いて行こうとして、再びスクールアイドルの張り紙を見る

 すると、自分の背後のすぐまで足音が近づいてきた。

 

 

「……何、これ……?」

 

「さ、さあ……」

 

「……ふんっ」

 

 3年生のリボンを付けたツインテールの身長の低い生徒は、それだけ言うと、足早に去って行った。

 

 

(何だったんだろう……?)

 

「かーよちーーん!! 行くよー?」

 

「あ、うんっ」

 

 疑問に思いながらも、慌てて凛に追いつく。

 

 

「ところでかよちん。例の転校してきた男子生徒の人知ってる?」

 

「2年生で入って来た人だよね?」

 

 凛の質問に首を傾げながらも応じる。

 

 

「凛も聞いただけなんだけど、結構色んな噂があるんだってー」

 

「そうなの? 例えば?」

 

 花陽もまだ転校してきた男子生徒を見ていない。

 もし会ったとして、喋れそうにはないからどういう感じの人なのかだけを知っておきたいのだ。

 

 

「えっとー、確かー、初めての自己紹介の時に先生と言い合いになったり、意識のない女子生徒を抱えながら叫んだり、教室で女子生徒3人を言葉で泣かしたり、あ、さっき聞いたばかりなんだけど、図書室で泣かした女子生徒と騒いでたらしいにゃー」

 

「なんていうか……凄い人だね……」

 

 苦笑いはするが、これは会わない方がいいのかもしれないと、花陽は内心警戒心も持っておかないとと思っていたのであった。

 

 

「噂だけだとどうも変な人だよねー。かよちんには会わせない方がいいかも! 危険な匂いがプンプンするにゃー!」

 

「あはは、それは流石に言い過ぎじゃないかなあ……」

 

 と言いながらも自分も極力会わない方がいいと思う辺り、良いイメージはあまりないようであった。

 でも遠目に見るだけなら見てみたい気持ちもあると考えてると、凛も何か考えてる風だった。

 

 

「どうせならもっと良い人に来てもらいたかったにゃー」

 

 頭の後ろに手を組みながら言う凛に対し、

 

 

「この前助けてもらった岡崎さん、とか?」

 

 反射的に花陽は微笑みながら返した。

 

 

「にゃ、にゃにゃにゃ、何を言ってるにゃかよちん!? そそそそそんな事凛は思ってないってー!」

 

 赤面しながら言ってくる辺り、図星なのだろう。

 最近、秋葉原で助けてくれた茶髪のツンツン頭の少年の話をすると、凛は決まってドモりながら顔を赤くするのだ。

 

 

「でも、私も転校してきたのが岡崎さんなら、嬉しかったんだけどね」

 

「そ、そうだねっ。この前のお礼もちゃんと言っておきたいし!」

 

 即答で返してくる凛に微笑ましくなりながらも、花陽は少年の事を思い出していた。

 ヒーローのように自分達を助けにきて、用が終われば颯爽と帰って行った。少年と一緒にいたのは30分にも満たないのに、とても鮮明に印象に残っていて覚えている。

 

 彼は今何をしているのだろうか。年上だとしてもそんなに離れていないはずだから、高校に通っているのだろうか。もし次会ったらどう喋ろうか。

 少年を思い出す度にそんな事を考えてしまう。

 

 

「かよちん? かよちーん?」

 

 ふと凛に呼ばれている事に気付き、慌てて返事を返す。

 

「ふぇ? えと、何、凛ちゃん?」

 

「何って……かよちん、もう下駄箱だよ?」

 

 そこでやっと周囲の景色に目が行った。凛に呼ばれなかったら確実に上履きのまま外に出ていたであろう。

 

 

「あ、ごめん凛ちゃん。ありがとね」

 

「どうしたのー? かよちん?」

 

 何でもないよーとだけ返し、下靴に履き替える。その途中、ふと視界の端に、細かく言うと外の校門に視線が行った。

 そこには明らかに女子生徒の制服を着ていない、つまり唯一の男子の制服を着ている生徒の後ろ姿があった。映ったと言っても一瞬の事で、その男子生徒の後ろ姿はすぐに階段に消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 再び視線を下駄箱に戻し、履き替える。

 

 

 

 

 そこで何となく考える。

 

 

 

 

 さっきの生徒の後ろ姿。

 

 

 

 

 というか頭。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 茶髪のツンツン頭ではなかったか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 アニメの間にオリジナル入れると楽しくなってきてどんどんストーリーが遅れる。
 これ如何に。


 そして自分から再び皆様に感謝を。
 いつもご愛読ありがとうございます。
 いつも感想くれる方、たまに感想くれる方、一言でも感想をくれる方、評価してくれる方、お気に入りしてくれる方、全てが活力になります。
 皆様の感想などが全て自分の元気の源になります。もしかしたら自分は元気玉の核かもしれない。
 こんな事を言ってますが別に死亡フラグではありません。これからもいつも通り投稿していきます。
 ただ、これからも毎回ではなく、定期的に皆様に感謝の意を書いていこうと思います。そうしないとこの言い表せない嬉しい気持ちが爆発してマルマイン状態になります。

 そんな訳でこれからもよろしくお願いします!ここまでのご愛読ありがとうございました!

 俺達の戦いはこれからだぜっ!!


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14.主婦とは一種のモンスターである。

タイトルがおふざけなのは気にしないで下さいお願いします。
そして今回は完全オリジナルです。


そしてそして、あのツインテール娘とのご対面でもあります。


 

 

 

 

 

 

 とりあえず屋上での練習は別日にするとして、俺は今1人でスーパーに向かっていた。

 

 

 

「ああ、めんどくせえ……」

 

 何でも、屋上で穂乃果達と歌と曲について悪戦苦闘してたら母さんから連絡が来たのだ。

 

 

『悪いけど指定したスーパーで買い物してきてね。タイムセールで玉ねぎとお肉が安くなるらしいの。急いでね。んじゃよろしく~!」

 

 とまあこんな感じだ。買い物してきて“ほしい”ではなく、して“きてね”と言う辺りに悪意を感じる。俺に拒否権はないようだ。やだ、俺の家族内カースト低すぎ……?

 

 急いでと言われたので俺は校門を出たら即走って向かっていた。暑くなるから上の制服は穂乃果に持っておいてもらっている。あとで穂乃果の家に集合なのだ。走って下校しながら買い物行く男子ってどうなのよ。家庭的? うん、間違いではない。

 

 引っ越してくる前は俺がいつも朝飯やら親父の弁当、晩飯も作ってたからな。家事などは得意である。なんなら専業主夫も夢じゃない。

 いくらか走っていると目的地らしいスーパーに辿り着いた。ていうかしんどい、暑いししんどいよ……。

 

 

『はなまるストア』

 

 

 それがこのスーパーの名前だ。え? どうでもいい? そんな事言うなよ。一応説明しておかないとって思っただけだ。え、じゃあ俺はって? 超どうでもいい。

 走った疲労で少しおかしくなってたのか何故か自問自答してしまった。もういいや、さっさと買って帰ろう。そして寝よう。……あ、この後穂乃果達と集合じゃん。俺ってばマジ社畜の才能あるわー。

 

 疲労も少し回復した所で店内へ入る。

 すると、あちらこちらでワイワイガヤガヤと聞こえてくる。これはもうタイムセール始まる前の待機状態なのだろうか。とりあえずは近場の野菜売り場に行くか。まずは玉ねぎの調達だ。売り場を確認し、歩いてるとジリジリジリとアラーム音のような音が聞こえ、それと同時に、

 

 

「それでは只今からタイムセールを開始致しまーす! まずは野菜コーナーでのセールです! それでは始めえ!!」

 

 店員さんらしきメガフォンの声が響くと同時にタイムセールが始まった。俺も急いで野菜コーナーに向かう。

 そこで見たのは――、

 

 

「いやいや、これは無理でしょ。無理無理……」

 

 野菜コーナーに群がる人の軍勢。もはや戦場である。何これ、世のお母様方はタイムセールとなるとこんなにも殺気立つの? 俺は今からあんな死地に向かわないと行けないのか……?

 もう定価でいいじゃん……。変にリスク負う事ないじゃん……。つかこれを見越して俺に行って来いと言いやがったなあの母親。泣くぞ。

 

 かと言ってここまで来て他のスーパーまで行くのはめんどくさい。ていうか買わないと俺が家で痛い目にあう。それに、これには今日の晩飯の有無が掛かってるのだ。俺だって晩飯無しは嫌だ。唯だって晩飯無かったらかわいそう。うん、そうだ。唯のために頑張ろう。唯のためなら戦場だって死地にだって赴こう。母さん? 知らんなあ……。

 

 

「さて、んじゃ行くか……」

 

 深呼吸する。息は整えた。そして先を見据える。あの人の塊をよく観察し、どこか空きのある部分を探し出す。塊だからといって、それはあくまで人の塊だ。球体そのものじゃない。なら必ずどこかに入り込める部分があるはず。

 そこを……見つけた。

 

 自分なりの合図を出し、一気に走る。

 そこだ……っ!

 

 

「うぉらァァァああああああああああああああああ!!」

 

 僅かな隙間に突っ込み、体全体を潜り込ませる。そこから足をしっかりと前へ進ま――、

 

 

「へブゥッッ!?」

 

 どうやらそう簡単には進ませてくれないらしい。てか誰だ今俺の顔に裏拳した奴はあ!? 俺以外全員主婦の方々で、男が俺しかいないからって裏拳はダメでしょうよ!?

 

「ちっくしょあばぅ!? ごぼっ!? ちょ、ま、痛い、痛いからぎゃふんっ!」

 

 おそらくみんな自分の取りたい物に集中しすぎて、周りは見えてないのだろう。だからこんな暴力紛いの事も偶発的に起こりうる。悪気はない。必死なのだ。そして、俺も必死なのだ。ここは戦場。なら俺のやる事も一緒だ。いいぜ、やってやる……。

 

 

「ふんぬらばァァァああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 無数の手がランダムに裏拳となって襲ってくるのを顧みず、両手で強引にかき分けながら進む。痛みはもう無視だ。いつも海未に洗礼を受けてるから多少は打たれ強くもなっている。なんて嫌な洗礼だよ全く。

 

 何て事を考えてる内に野菜が置かれている所まで辿り着けた。

 

 

「いてて……玉ねぎ玉ねぎはっと……よし、まだあった!」

 

 まだ複数個残っていた玉ねぎを5つ程取っておく。そういや何個いるかとかは聞いてなかったな。まあいいか。とりあえず1つ目の目標は達成出来たな。次は肉だけど……と、そこまで考えて思い出す。

 

 

 この騒乱の中をまた戻って行かなきゃならないのか……。

 もう完全に穂乃果達より動いてるぞ俺。タイムセールなんて体に負担掛かりまくりじゃねえか。今すぐ廃止しろ。

 

 何とか来た道から真っ直ぐではないにしろ戻る事が出来た。くそっ、体の節々が痛い……。買い物ってこんなにリスクあったっけ? 後ろではまだ戦争が繰り広げられている。なるほど、どうりで世の母親が強いわけだ。あんなのに巻き込まれたらシャレにならん。もう既に巻き込まれたけど。

 

 だが、まだ肉がある。正直もう帰りたい。穂乃果の家にも行きたくないでござる。でも俺の中の何かがそれを抑止する。脳内で唯が『お兄ちゃん頑張って!』って言ってる気がする。よし、お兄ちゃん頑張っちゃうよ!!

 

 

 

 

 

 

 お肉コーナーに着いた。既に人が群がって主婦の方々がオオカミみたいにグルルルル……と唸っている。何あれ怖い。もはや生肉のまま食べそうな勢いで唸ってるんだけど。僕の決意はもう崩れそうですっ!

 

 

「続いては、皆さんお待ちかねのお肉のタイムセールです! これをメインにここへ来た人が多数いるんじゃないかと思います!」

 

 おいバカ変に煽るなよ。オオカミ女をこれ以上量産させるんじゃない。俺までやられそうだ。

 

 

「ではでは、タイムセール、スタートです!!」

 

 瞬間。

 

 

「「「「ぐぉぉぉぉあああああああ!!!!」」」」

 

 次々と群がっていく主婦のオオカミ女さん達。おいおい、声が人間て感じじゃねえぞ。獲物を狩る何かだぞ。生きて帰れる自信がない。主婦の闇を見た気がする……。

 

 だが引き返すわけにもいかないから、さっきと同じように隙間を探してたら、あの軍勢の数メートル後ろに、何やら主婦とは違う、制服を着たツインテールの女の子がいる。つうかあの制服って音ノ木坂のじゃね? 待て待て、まさか女の子があんな死地に自ら行こうとしてるのか。

 

 いや、行こうとしてもここから見るに中々行けなさそうにしている。一歩進んでは一歩下がる。これの繰り返しだ。そりゃそうだろう、何の躊躇いもなくあそこに入れるのがおかしいってもんだ。俺でさえ躊躇ってるのに……。それでも行こうとしてる辺り、彼女もやはり必要なのだろう。でも中に入ればさっきの俺みたいに無差別に裏拳などが襲ってくる。ケガは免れないだろう。

 

 

 

 

 さて、ここで自分に問いかけてみよう。

 俺と同じく肉が必要な女の子がいる。でもあの死地に入れば確実に女の子はケガをしてしまうだろう。さらに音ノ木坂の生徒ときた。そしてそれを見てしまった俺は、その困っている女の子を放っておいて、自分だけ目標を達成して気分が良くなるのだろうか?

 

 

 

 

 答えは決まった。

 さあ、行こうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 矢澤(やざわ)にこは困っていた。

 理由としては、今目の前に広がっているこの戦場のような景色に、自分も行かなくてはならないという状況だからである。

 

 

(行こうって思っても、やっぱり、怖いわね……)

 

 にこの身長でこの集団の中に混ざると、確実に無事では済まないだろう。

 その恐怖心が、にこの決心を何度も揺るがしていた。

 

 

(でも、今日はこころ達にハンバーグ作ってあげるって言っちゃったし……いつまでもこのままでいる訳にはいかない。でも……っ)

 

 大人の、それも同じ女性かと疑うレベルの叫び声を上げる集団が、個人の欲求のために群がる姿は、傍から見るとさぞ怖かろう。

 ただし一つ言っておこう。これは決してシリアスではないと!!

 

 

(ああーー!! もう!! どうしろってんのよ!?)

 

 思わず頭を抱え、座り込もうとした瞬間、にこの隣にもう1人の人が来た。ただし、その人物は今のこの状況では異彩を放っていた。何故なら、今ここにいる全員が主婦、つまりは女性である。それなのに、今にこの隣にいるのは茶髪のツンツン頭の男性、いや、少年と言うべきだろうか。

 そして、

 

 

 

 

 

「アンタはどの肉が欲しいんだ?」

 

 

 

 

 

 普通に考えて、こんな事を見知らぬ女性に聞くのはまず有り得ないだろう。普通じゃないにしろ、いきなりそんな事聞いてきたら誰もが不審者扱いされるのがオチだ。

 

 

「……え?」

 

 でも、それを聞いたにこは思わず強く振り向く。

 不審者扱いするでもなく、無視するでもなく、ほんの少しの希望の光を胸に込めて。

 

 

「アンタだよ。目の前のオオカミ女の主婦達の周りには俺とアンタしかいないだろ」

 

 そう言われて周りを見ると、確かに周囲にはにことこの茶髪のツンツン頭の少年しかいない。

 おそらくあの集団の中に混ざってるか、恐怖で諦めて違う所にでも行ったのだろう。

 

 

「で、もう一度聞くけど、アンタはどの肉が欲しいんだ?」

 

 改めて聞いてくるこの少年は、一切にこの方に顔を向けていない。ずっと目の前の集団を見据えていた。まるで、何か突破口を探しているかのように。そして少年の質問の意味を考える。多分、自分の代わりにあの中に入って目的の物を取って来てくれるのかもしれない。

 

 

「……いいの? だって、危ないでしょう? あの中に入るのは……」

 

「アンタが行ってケガするよりかは、男の俺の方がまだマシだろ」

 

 即答で返された。でも今のやり取りで確信に変わった。

 確実にこの少年は自分の代わりに行ってくれるのだろう。

 

 

「だから早く言ってくれ。目的の物が無くなっちまったら意味がないからな」

 

「あ、えと……じゃあ、牛の挽肉で……お願い、します……」

 

 急かされながらもちゃんと目的の物は言えた。

 しかし、少年が年上か年下かは分からず、言い方が少しあやふやになってしまい赤面する。

 

 対して少年は、

 

 

「分かった。……っ」

 

 その一言を言ってから、こちらを一切見ずに集団の中に突撃して行った。少年の入って行った場所は、集団の中で唯一人が入れるくらいの隙間であった。そこへ強引に両手で人を掻き分け、いつしか姿が見えなくなっていた。ずっとこちらを見ていなかったのは、入れる隙間を探していたのだろう。

 

 

(ていうか、何で他人の私の頼みを何の躊躇もなく聞けるわけ……? ……ハッ!? まさかにこの美貌にやられてそれでカッコイイ所を見せようとしてるの!? はあ、私って罪な女……)

 

 全くもって違うのだが、これが彼女のいつもの思考なのだろう。その思考に浸っていると、集団の中から時折少年の声が聞こえてきた。

 

 

「しゃおらぁぁぁああああああああああああああああ!! あ、痛い。やめて、男だからって容赦なく殴るのやめギャフッ! テメェらワザとやってやがブルァァァ!!??」

 

(き、聞こえないフリ聞こえないフリ……)

 

 少年の叫び声かと思ったら悲鳴だった事実に思わず耳を両手で抑え込む。もし自分が行っていたらあの少年のようになっていたのかと思うとゾッとする。それと同時に、自分の代わりに行ってくれたあの少年に少し感謝もしておく。

 

 

(誰だか知らないけど、一応感謝はしないとね……。ていうか無事に帰って来れるのかしら?)

 

 ここは戦場みたいな場所だが、あくまでスーパーだ。

 だから少年が死ぬような事はないだろう。多分。もう一度言っておこう。これはシリアスではないと!

 

 

(うん、大丈夫。きっと大丈夫……のはず……。確信が出来ない辺りが怖いわねこの状況では)

 

 それほど錯覚させる位の迫力と光景が目の前にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして何分思考していたのか自分でも分からなくなった頃、集団の中から追い出されるような形で少年が飛び出て来た。

 

 

 

「ちょ、ちょっと、だいじょう……ぶ……で、すか……?」

 

 相変わらずの敬語かタメ口か分からない喋り方だった。

 

 

「あー、うん、まあ、大丈夫、かな……?」

 

「全くそうは見えないわね……です……」

 

「つうか、敬語じゃなくていいよ。俺はアンタより年下だろうしな」

 

「え、そうなの?」

 

 そう言って立ち上がる少年の姿は中々にボロボロだった。

 ただ安い買い物をするのにこれだけ危険が伴うとは、やはりタイムセール恐るべし……とにこは密かに思った。

 

 

「ほれ、何個かは聞いてなかったからとりあえず5個取っておいたけど、足りるか?」

 

「え、あ、うん、十分よ。それより、本当に大丈夫?」

 

「大丈夫だって。男の丈夫な体ナメんな! これでも修羅場は潜ってきた方だ」

 

「修羅場って何なのよ……。でも大丈夫なら良かったわ。ありがとね」

 

「ああ、んじゃ俺は行くわ。じゃ――」

 

「って待ちなさい。よく見たらほっぺ少し切れちゃってるじゃない」

 

 そのまま行こうとする少年の腕を掴んで強引にこっちへ向けさせる。

 やはり少し切れてるようだ。

 

 

「あー、爪でやられたのかもな。でもそんなに痛くないし気にする事でもないだろ」

 

「アンタが気にしなくても私が気にするの! ほら、私が頼んじゃったし……」

 

 自分が頼んだから少年がケガをした。しなくてもいいケガをしてしまった。その落ち度は完全に自分にあるだろう。

 

 

「あん? それなら余計気にする必要はねえよ。俺も元々肉買うためにここに来たから、こんな事になるのは必然だったってわけ。だからアンタが負い目に感じる事はないさ」

 

 そう言って少年は手に入れたであろう商品を証拠として見せてきて、やんわりと否定する。

 

 でも、

 それでも。

 

 

「そうだとしても、私が頼んだ事は事実でもあるでしょ。なら私が気にするのも普通でしょ?」

 

 なおも食い下がらないにこ。よわったなあ……と言う辺り、この少年はしつこくされるのは苦手なようだ。なら少し強引にいけばいい。それがにこの決断だった。

 

 

「ほら、ちょっと顔近づけなさい。消毒液と絆創膏持ってるから」

 

 そう言ってカバンから取り出す。すると少年が急に嫌そうな顔をしたのが見えた。

 

 

「いやいいって! 俺が勝手にやった事であってこれは自業自得みたいなもんだ。だから余計な事はしなくていい! 傷に染みるの嫌だし!!」

 

「最後のが本音でしょ……。どちらにしろ手当てしなきゃならないんだし、黙って私の言う事聞きなさい」

 

「待って、落ち着くんだ。ここはまだ店内だぞ。せめて店出てからにしてくれよ……」

 

「それもそうね」

 

 ここは店内。そんな所で手当てなど、普通に考えれば常識ではないだろう。

 

 

「なら一緒にレジに向かいましょ。……と言いたい所なんだけど」

 

「ん?どうした?」

 

 そこでにこは思い出す。まだ全ての買い物を終えたわけではないのだ。おそらくもう手に入れる事は出来ないとは思うが、それでも確認はしておきたい。

 

 

「私はまだちょっと欲しいものがあるんだけど……。多分もう無いとは思うんだけど、一応見に行くだけ行っていい?」

 

「いいけど、何が欲しいんだ?」

 

「さっきタイムセールしてたんだけど、私はお肉の方を優先で来たから行ってなかったんだけど……玉ねぎが欲しいのよね」

 

 そう言った瞬間、目の前の少年の顔が変わった。

 細かく言えば、表情が変わった。

 

 

「何だ、玉ねぎが欲しかったのか。なら俺が持ってる玉ねぎ二つやるよ」

 

「え?」

 

 少年が隅に置いていた買い物カゴから取り出して来たのは宣言通りの玉ねぎ二つだった。

 

 

「まさか、アンタこれの前に野菜コーナーの方のタイムセールにも行ったの!?」

 

「ええ、親に見事にパシらされた結果がこれですよトホホ……」

 

「見ての通りの惨状よね……ていうか貰えないわよその玉ねぎ」

 

 それを言ったらまた少年の表情が変わった。

 

 

「何でだよ。玉ねぎが欲しいって言うからあげるのに拒む理由なんかないだろ?」

 

「お肉も取って来てもらったのに、これ以上迷惑かけられないって事よ」

 

「なら余計貰ってってくれ。正直玉ねぎ5つもいらねえと思うし。帰りに重いのは嫌だ」

 

「だから最後のが本音でしょ……。いいの? 本当に?」

 

「ああ、持って帰るのが軽い荷物の方がいいしな。それでアンタも玉ねぎが手に入りゃお互いwinwinだろ」

 

「……なら、ありがたく頂くわ。ありがとね」

 

 玉ねぎを受け取ると、少年は満足そうな顔に戻る。

 その顔は無邪気のようで、確かに自分より年下かも、とにこは思った。

 

 

「じゃあ今度こそ一緒にレジに向かいましょ。……言っておくけど、消毒液が嫌だからって途中で逃げない事ね」

 

「うぐっ……そ、ソンナコトナイデスヨー」

 

「バレバレよそんな演技。本当に逃げようとしてたのかアンタ……ほら行くわよ」

 

「ちょ、何で俺の手を握って離さないの? 何でそんなに握る力入れてるの?」

 

「アンタが逃げないためよ」

 

 このまま普通に行けば知らない間に少年は確実に逃げるだろう。

 ならばそれをさせないように、手を握ってやればいい。そんな簡単で単純な行為をしたまでである。

 

 

「え、何? 実はそれは口実で俺に惚れたから逃げないように手を握ってるって?」

 

「消毒液目にかけるわよ」

 

「重傷になりますすいませんごめんなさい」

 

 冗談なのにひどいっ、と後ろでぼやく少年を放っておいてレジに向かう。

 特に何もなく会計を済ませ、2人で店を出た。ここからが本番だ。

 

 

「さあ、ちょっと時間経っちゃったけど、消毒始めるわよ」

 

 仁王立ちする自分に対し、少年は顔を引きつらせていた。

 

 

「もう時間経ったんでやめません? お互い良い思いはしないぞ……」

 

「別に良い思いするしないは関係ないわよ。私の気持ちの問題よ。せめて手当てしないと私の気持ちが収まらないの」

 

「それ思いと気持ちも一緒じゃねえか?」

 

「うるさいわねえ! さっさと観念しなさい! ほら、顔近づけて!」

 

 うぇぇ……と嫌々ながらも顔を近づけてくる少年。

 ペーパーに消毒液を浸してからそっと少年の頬に当てる。すると案の定、

 

 

「おごぉぉぉおおおおおッ!?」

 

「おぅわ!? ちょっと急に動かないでよ!!」

 

「そんな事言ったって染みて痛えんだよ!!」

 

 叫びながら地面にのたうち回る少年。周りの人々に見られているのに、この少年には羞恥心がないのだろうか。

 

 

「だからって痛がり過ぎでしょ! さっさと起きなさい! 後は絆創膏貼るだけだから」

 

「擦り傷だけはもうしない……こんなのはもうたくさんだ……」

 

「どんだけ染みるの嫌なのよ……」

 

「家に帰ったら最愛の妹が彼氏連れて来てるくらい嫌だ」

 

「基準が個人的すぎて分からないわよ……」

 

 もしかしたらこの少年は色々とアブナイのかもしれない。

 そう言いかけて口を閉じる。何故か言ったら長時間その妹について語られそうな予感がしたからだろう。

 

 

「で、ちょっと待ってお嬢さん」

 

「何でお嬢さん呼ばわりなのかは置いといて、何?」

 

「絆創膏って、その絆創膏をわたくしめに貼るのですか?」

 

「そうよ、何当たり前の事を言ってるのかしら? もしかして絆創膏を知らないの? 教えてあげましょうか?」

 

「バカにするな。絆創膏くらい普通に知ってるわ。“中学の時からいつもお世話になってる”っつの。俺が言いたいのは絆創膏の柄についてだよ」

 

 中学の時からいつもの所に少し引っかかったが、それは今関係のない事だ。

 少年の言った通り、絆創膏の柄を見てみる。

 

 

「柄? 別に普通の可愛いうさぎの柄じゃない」

 

「そうだな普通のうさぎの柄だな。でもそうじゃない。男の俺が、そんな女の子がするような可愛い柄の絆創膏を頬に付けるってのがおかしいと思わないか?」

 

 つまり少年はこう言いたいのだろう。女の子が付けるなら分かるが、男が可愛い柄の絆創膏を付けるのはおかしいと。

 それについての回答はシンプルなものだった。

 

 

「全く」

 

「待て待て待て、そう言って普通に付けようとしてくるんじゃありません! 俺がそんな可愛いもの付けられるわけないだろ!? もっとマシなやつはないのか!?」

 

「これしかないんだから我慢しなさい。それに柄はどうあれ、絆創膏としての意味を成せればそれでいいのよ。柄なんて個人の意見に過ぎないわ」

 

「だからその個人の意見を尊重してくれよ!! これで町歩くとか恥ずかしいわ!」

 

「消毒液目にかけるわよ」

 

「分かったから勘弁して下さいすいません」

 

 ようやく無駄なやり取りに終止符が打たれた瞬間であった。

 

 

「はあ……もう家で絆創膏貼り直すしかないか……よし、走って帰ろう……!」

 

 何やら少年が小声でぶつくさ言っていたが聞き取れなかった。

 とりあえず二回も助けられ、このまま少年と呼ぶのも億劫になっていたにこは、

 

 

「そういえばアンタの名前、何ていうの?」

 

 初歩的な事を聞いてみた。少年は少し考える仕草をしてから、

 

 

「まあ、またどこかで会うかもしれないしな、俺は岡崎拓哉だ」

 

「そ、私は矢澤にこよ」

 

「にこ? 漢字でどう書くんだ?」

 

 当たり前のように聞いてきた岡崎の質問に、にこは驚いていた。幼稚園、小学校、中学校、そして今の高校。全て行った上で、こんな事を聞いてきたのはこの少年、岡崎拓哉が初めてだった。今までは自己紹介などで疑問に思われた事は何回かあるが、みんな何となく雰囲気で察していたのだろう。

 

 だから、こんなにも直球的で聞いてきた岡崎には驚いていた。

 

 

「別に、にこには漢字は使わないわ。ひらがなで普通ににこって呼ぶの」

 

「何でひらがななんだ?」

 

「特に意味はない……わけではないわ。親に聞いたらね、私の笑顔でみんなを笑顔に出来るようにって意味で付けられたって聞いたの」

 

 その言葉をにこは忘れた事は一度もない。

 そうやって、人々を笑顔に出来るような事をしようと今までも頑張ってきた。それは今も変わらず。

 

 

「そっか、良い名前だな。確かにアンタの笑顔なら可愛いだろうし、誰かを笑顔に出来るかもな」

 

「……は、はあ!? 何をそんな分かったような口を聞いてんのよアンタは!! バカじゃないの!?」

 

 こんな事も言われたのは初めてである。

 不意に言われると思っていなかったにこは、赤面しながらも罵詈雑言を浴びせる。

 

 

「わお、まさか褒めたのに罵倒されるとは思わなかったぜ。俺には罵倒されて喜ぶような趣味は持ち合わせてないから気を付けろ」

 

「誰もアンタの趣味嗜好なんか聞いてないわよ!」

 

「それもそうだな。んじゃま、全部の用が済んだ事だし、俺はもう行くわ。この後も予定あるし」

 

 時間を確認してから、岡崎は話を切り上げた。予定があるから早めに帰りたいのだろう。

 

 

「ったく、マイペースかアンタは……。まあいいわ、行きなさい。予定があるんでしょ」

 

「ああ、んじゃな」

 

 そこでふとにこはある事を思い出す。あの少年に二回も助けられた事を。

 

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

「んあ? 何だ、まだ何かあんのか?」

 

「あ、えっと、その……二回も助けてもらったんだし、何かお礼とかいる、でしょ?」

 

「いらん」

 

 即答だった。

 

 

「な、ちょ、そんな即答しなくてもいいでしょうが! 絶対に何かお礼してやるんだから覚悟しなさい!」

 

「何でお礼されるのに覚悟しなきゃならないんだよ……。ん~、お礼ねえ……」

 

 そう言うと、岡崎は少し黙り込んだ。そして数秒してから、

 

 

「なら二回貸しにしとくよ」

 

「はい?」

 

「もしこれからどこかでアンタに会う事があれば、その時に借りを返してくれりゃいい。今は時間が惜しいから決めてる場合でもないんだ」

 

 ここで別れて、この少年とまた会える可能性はあまりない。かと言って絶対な訳でもない。ここに買い物に来ればまた偶然会えるかもしれない。その時に決めさせればいい。少年の今の都合にも合わせないと、お礼にすらならないだろう。

 

 

「分かったわ。じゃあそういう事にしておく」

 

「おう、俺も適当に何か考えとくよ」

 

「ちゃんと考えときなさいよ? それと……今日は、ありがとねっ!」

 

「……、」

 

 急に岡崎が黙り込んだ。

 目を見開いて、一体何があったのだろうか。怪訝な目で見ていると、

 

 

「ははっ、やっぱり笑顔も可愛いじゃねえかアンタ」

 

「な……っ!?」

 

「今の笑顔で貸しの一回分使っても良いレベルだぜそれ。誇って良いよ。アンタはやっぱりそのにこって名前が一番似合ってる。誰かを笑顔に出来るってのは、それだけで凄い才能なんだ。これからも誰かを笑顔にしてやってくれよ。んじゃ、またな!」

 

「な、こらっ、ちょっとお! 言い逃げは許さないわよ!!」

 

 そう言ってる内に、岡崎は曲がり角から見えなくなった。取り残されたにこは俯きながらプルプルと震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何が笑顔が可愛いよっ。そんな事にこが一番分かってるわよ! ……それに“またな”って、完全にまた会うって事前提じゃない!)

 

 

 

 

 

 

 

 そんな事を思っているにこの顔は、思っている事と表情が全くの逆であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程岡崎に見せた顔とは違うが、岡崎のような無邪気な笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




何故オリジナルを書くとこうも文字数が多くなるのか。
正直に言って、今回はにことの対面を書くための茶番回と自分の遊び心が入った回です。


そして、主人公の容姿につきましては、次回の真姫の誕編の後の本編で描きます。
※過度な期待はしないでください。(みなみけ風)


さて、真姫の誕編書くか……。


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西木野真姫 番外編.いつしか偽物は本物へ


真姫ちゃん誕生日おめでとう!!

ほんの少しお待たせしてすいません。え?待ってない?まぁまぁそんな事を言わずに。
いつもの自己満足です。


それでもという方は覚悟してご覧あれ~


 

 

 

 

 

 

 

 

 人はそう簡単には変わらない。

 

 

 

 

 

 

 いつしか誰かが言った言葉やネットで見たその言葉を思い出すと思う。

 

 

 

 

 

 

 確かにそうだと。何かを変えようにも、それには大体の者が長い年月をかけてやっと変われるくらいなのだと。すぐに変えようとして、自分は変わったと言う者は大概が上辺だけで、裏では何も変わってなく、偽物であると。

 

 

 

 

 しかし、変わろうと思えば変われる事もまた、事実なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、西木野真姫という少女もそれと同じで、いつも素直な気持ちを隠して、思ってもない事を先に言ってしまう。いわゆるツンデレなのだが、それを直そうと、変わろうとしている偽物なのである。

 

 

 

 

 

 これは、そんな偽物の少女が、自分を少しでも変えるための、他人からすると小さく、しかし当人からすれば大きく感じる、そんな物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日はμ’sの練習はなく、ミーティングのみだった。

 

 

 ミーティングも終わり、普通ならすぐ帰ろうとするのだが、μ’sのメンバーは違った。

 ミーティングが終わるや否や、全員がその場に残り各々が雑談を始めている。学年が違うと喋る機会が中々なく、こういう時にいっぱい喋っていたいというのが彼女達の気持ちなのだろう。

 

 しかし、全員が全員喋っているわけではなく、μ’sメンバーの1年生組の1人、西木野真姫は1人で本を読んでいた。

 たまに喋りかけてくる同級生に適当な相槌を返しつつ、読書に集中する。これがいつも彼女のやっている事だった。それが面倒くさいと思った事は一度もない。むしろ少し心地良いと感じているのだ。

 

 そして、そんな彼女と同じように、あまり喋らずに読書をしている者がいる。真姫の机の対向に座っている、この学校で唯一の男子生徒であり、μ’sのお手伝いでもある岡崎拓哉は、たまにお茶を飲みつつラノベを読んでいた。

 真姫が読んでいる推理の本とは違い、ラノベはギャグ要素も含んでいるのか、時々「おふっ」とか「えふっ」などニヤニヤしながら我慢ならずに変な声が漏れ出ている。

 

 

(気持ち悪い……)

 

 拓哉を何度かチラ見している真姫の本音である。しかし、これがいつもの彼なので慣れているのも事実だった。彼はいつも自然体で、自分に正直だった。思った事はすぐに口に出して意見を出してくれるので、真姫的にもそれは助かっている。口に出し過ぎていつも海未やにこに制裁を受けている事も多々あるが。

 

 そんな拓哉を真姫は羨ましく思っていた。以前よりは素直に言える事も増えてきたが、それでもまだ上手く出せないでいる。こんな自分とは違って、拓哉はいつも正直に自分をさらけ出していた。

 自分の思いを口にし、自分の思うように行動し、そんな拓哉の素直な思いや行動に、他のメンバーは惹かれているのだろう。恐らく、真姫自身も……。

 

 自分とは正反対の拓哉を、近頃真姫は密かに観察していたりする。観察と言っても、ストーカーしたりとかではなく、こういう何気ない時に何気なく、拓哉をチラ見しながら見ているのだ。理由は簡単。今の自分を変えるため。

 

 拓哉を見ていれば、何かヒントが得られ、自分も拓哉みたいに変われるのではないか、と。そんな簡単にはいかない事は分かってるつもりだった。それでも思ってしまう。今ではこんなにも心から信頼出来る仲間が増え、みんなも自分を信頼してくれているのも分かってる。

 

 なのに、自分は素直な気持ちを中々言えないでいるという事に、少しのわだかまりを感じている。このままじゃダメだ。その気持ちが真姫を今の行動に移させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで、今の観察状況を改めて見てみようと思う。読書をしながら拓哉へチラ見する。

 そこに映ったのは、

 

 

 

「たくちゃん! 明日練習ないんだしどこか行こうよ!」

 

「たくや君! 凛とラーメン店巡りするにゃー!」

 

 穂乃果と凛に言い寄られている拓哉の姿が目に映った瞬間だった。

 

 

「いや、ほら、俺は明日アレがアレでアレだから……」

 

 渋々読書を止め、2人の相手をする拓哉。

 断る理由が曖昧すぎるのはきっと即興で何も思い付かなかったからだろう。

 

 

「「アレって何!?」」

 

「アレってお前ら……アレだよ。アレでソレがコレでアレだから明日は行けないんだよ。分かったか?」

 

「結局理由が曖昧だよ!!」

 

「何も分からないにゃー!!」

 

 2人が抗議の目線を拓哉に送る中、当の拓哉は何やら考え事をしていた。

 手を顎に当てながら考える姿は中々に様になっている。

 

 

(い、いや、様になってるとかはどうでもいいのよ! ていうか完全に今断る言い訳を探してるわね……)

 

「仕方ない。もっと分かりやすい理由を言ってやる。……明日は家で溜まったマンガを読みたいから行かん。以上だ!! 分かったか!?」

 

 まさに火に油だった。

 

 

「分かりたくないよ!!」

 

「うにゃあああ!!」

 

「うぉぉおおっ!? いきなり飛び掛かってくんじゃねえよ! 凛に至ってはもはやただの猫じゃねえか!!」

 

 狭い部室でちょっとした戦闘が繰り広げられていた。だからといって誰も止める気配がない。そう、この光景はもう日常になっていた。海未も最初は止めていたのだが、最近では「気が済むまで放っておきましょう……。後で拓哉君だけお仕置きしておきますので」「何で俺だけ?」といった感じになっていた。

 

 さて、この光景は日常になっていたと言っていたが、穂乃果と凛はよく休日に拓哉を遊びに連れて行こうしている。しかし拓哉は頑なに行こうとはしないのだ。

 真姫は後から分かった事なのだが、拓哉は運動神経が良く、行動力もある事から、真姫は拓哉をアウトドア派と思っていたのだが。全くの逆で拓哉は思いっきりインドア派だったのだ。

 

 何でも拓哉が言うには『休日は休む日と書いて休日なんだ。つまり外には出ずにずっと家で休んでいるのが正解なんだよ。休日に外に行くのはバカのやる事だ。マンガとかを買いに行くのは例外だ。OK?』らしい。これを言った時は海未とにこに両サイドから正拳突きを受けていた。

 つまり外に行くのが基本的に面倒くさいのだろう。

 

 

(でも、休日かあ……)

 

 そこで真姫は一つある事を思い付いた。それは真姫にとっては至難の業。おそらく穂乃果と凛も拓哉が好きだから必死に誘おうとしているのだろう。それは分かってる。でもそれなら真姫だって同じである。好意を抱いてるなら、自分だって頑張らないと実る物も実らない。それに、これは変わるための大きな一歩になる。

 

 

(いつまでも観察してらんないし、じ、自分のためでもあるんだから……!)

 

 意を決し、本を閉じてから今も争っている拓哉達の所へ向かう。一歩一歩進む度に決心が鈍るような思いに駆られる。それを何とか堪え、やがて、目的の人物のすぐ傍までやってきた。

 

 

「た、拓哉……!」

 

「しつけえなお前ら……っと、ちょいストップだほのりん。ん? どした、真姫?」

 

「何か略されたよ凛ちゃん!」

 

「仲良しな感じでグッドにゃ!」

 

 バカ2人を無視しながらずっと真姫を見つめている拓哉の顔は?だらけだった。とうとう真姫にまでお仕置きされるのか? という危機感だけは持ち合わせているといった感じだろう。

 

 

「あ、あの……穂乃果達の誘いを断ってるのを承知でお願いなんだけど……」

 

「ああ、殴られないのか良かった。で、何だ?」

 

 何故最初に殴られるという思考に至るのか問い詰めたい気持ちをグッと抑える。

 

 

「明日なんだけど……き、曲の事で……そ、そう! 曲の事で色々考えたいから、あなたにも、少し、手伝ってほしいんだけど……。一緒に、その、出掛けられるかしら……?」

 

「ああ、いいぞ」

 

「……え?」

 

 思考が一瞬止まる。さっきまで頑なに穂乃果達の誘いを断っていたのに、急な真姫の誘いは断らなくて、しかも即答でOKが貰えた真姫は顔が硬直したままだった。

 それは他のメンバーも同じで、

 

 

「ちょ、ちょっとたくちゃん! 何で私と凛ちゃんはすぐに拒否したのに真姫ちゃんだけいいの!?」

 

「そうにゃそうにゃ!!」

 

「明日は空から石でも降ってくるのでしょうか……」

 

「それはちょっと言い過ぎじゃないかな海未ちゃん……せめて雹とかあ……」

 

「あわわわわわわ……」

 

「どこか頭でも打ったんじゃないの?」

 

「スピリチュアルやね」

 

「私も何かコメントした方がいいのかしら?」

 

 他者多用の反応だった。

 

 

「あの、みんなの俺を見る目が日に日に酷くなっていってるのは気のせいですかね? 言っておくがこれにはちゃんと理由があるからな」

 

「理由……?」

 

 メンバーも気になっているが、一番気になっているのはOKを貰えた真姫だった。

 

 

「ああ。穂乃果と凛の誘いを断ったのはただ単にこいつらは遊びたいからという理由だけだろ。でも真姫は活動の一環として誘ってきたんだ。μ’sの手伝いが役目である俺が断るわけにはいかない。ちゃんとμ’sの事を考えてる真姫と、遊びたいが為に俺を外に出そうとするお前らとは格が違うのだよ!!」

 

「もっともらしい事を言ってるけど、真姫ちゃんが普通に遊びたいって言ったら断ってたって事だよね?」

 

「そうだ!!」

 

「この人最低だよっ!」

 

 またもや拓哉と穂乃果が言い争っている中、真姫は1人内心ガッツポーズしていた。理由は何であれ、明日は拓哉と2人でお出かけだ。もちろん曲のどうのこうのは嘘で建前である。

 

 

(これで、あ、明日は拓哉とで、デート……!)

 

 

 

 

 

 そこで真姫はまだ気付いてなかった。

 

 

 

 

 自分がこういう行動をした時点で、既に大きく変わってきている事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前10時48分。

 

 

 

 真姫は待ち合わせ場所に走っていた。

 

 

 昨日部室で色々と決めようとすると穂乃果達がうるさいので、帰ってからメールで場所など決めていたのだ。待ち合わせ時間は午前11時。時間は余裕を持っていたはずなのだが、昨夜は中々寝付けず、いざ寝ようとした時にふと、どの服を着ていくかを決めていないのを思い出し、余計に就寝時間が遅くなって少し寝坊したのが原因だろう。

 

 しかし、寝坊と言ってもそんなに遅い訳でもなく、予め予定より早くアラームを設定していたおかげで時間にはまだ余裕がある。今も10分前に着けば大丈夫だろうと、真姫は思っていたのだが、

 

 

「……え、あれ……? 拓哉!?」

 

 待ち合わせ場所のそこには、既に拓哉がいた。

 

 

「ふぁあ~……ん? おう、真姫、おはようさん」

 

 大きなあくびをしてから真姫に気付いたようで、挨拶しながら歩み寄ってくる。

 

 

「ええ、おはよう……って、そうじゃなくて! お、思ったより早いわね。着くの……」

 

 再度言うが、拓哉は基本インドア派なのだ。だから待ち合わせ時間のギリギリに来ると真姫は思っていた。

 だが、

 

 

「ああそれなんだがな。休日に真姫と出かけるって言ったら『お兄ちゃんが休日に出かけるなんて……しかも女の子と……! 嬉しいような悲しいような……。お兄ちゃん! 待ち合わせの30分前には着いておかなきゃダメだよ!』って唯に言われて強制的に家を追い出されたわけです。しかもギリギリでいいじゃんって言ったら蹴られて締め出されたんだよ。妹の反抗期に拓哉さんは悲しいですよ……」

 

 真姫の考えは当たっていた。しかし妹である唯のせいでこんなにも早く着いていたのだろう。

 

 

「……ちょっと待って。てことは、拓哉はもう20分も前からここに居たって事?」

 

「そうだけど」

 

 しまった。やらかしたと真姫は内心落ち込む。インドア派の拓哉をこんなにも待たせていたとなると、不機嫌になっていそうだからである。でも不機嫌以前に、唯の反抗期に悲しんでいる拓哉を見ればそんな事はないと分かりそうなのだが、デートだと思っている真姫にはそんな事気付く余裕はないのである!

 

 

「まあいいや。お前を待たせるよりかはいいしな。そんじゃ行きますか」

 

「え? 何で私を待たせるよりいいの?」

 

「そりゃお前、女の子を待たせるわけにはいかんだろ」

 

 それがギリギリでいいじゃんと言った奴のセリフか! というツッコミはこの際しないでおく。

 

 

「それにお前を待たせると後でめんどくさそブゲラッ!?」

 

「いつも一言多いのよあなたは!!」

 

 腹を押さえてうずくまる拓哉は「とうとう真姫まで……」などと言っている。これは自業自得だろう。

 

 

「ほら、揃ったんだし行くわよ!」

 

「中々の扱いの雑さだね君。もう少し気遣いというものが出来ないのかな?」

 

「あなたには言われたくないわよ……」

 

「それもそうだな。それじゃ行こう! さっさと終わらせて帰ろう!」

 

「そっちが本音ね……」

 

 もちろんすぐに帰らすつもりはない。向こうは活動の一環として来てるつもりだろうが、真姫はデートのつもりなのだ。嘘をついたとはいえ、勇気を出して行動したからには、何かしらの結果を出すつもりでいる。

 

 

「まあいいわ。行きましょ。目的地もすぐ近くなんだし」

 

「おう」

 

 わざわざ家の近くではなく、目的地の近くに待ち合わせを設定したのは特に理由がある訳ではないが、強いて言うなら、自分の服装を見てほしいから、だろうか。得てして女子というものは、好きな異性と出かける際には、オシャレをして、それを異性に評価してほしい節がある。

 

 しなかったらしなかったで不機嫌になる女子も多いという話で、男子からすれば理不尽極まりないが、女子とは難しい生き物なのである。

 それはこの西木野真姫という少女も例外ではないのだが、

 

 

(やっぱり拓哉にそういうの期待するだけ無駄よね……)

 

 いかんせん、この男は歩いてる今でさえ、真姫の方を見ずにただ「今日まだ晴れて良かったなー。雨なら帰宅してたわー」とか言いながら前を見てるだけである。無駄な期待は後で落ち込むのが普通。

 そう思っていると、

 

 

「そういや真姫、お前さ」

 

「ん、何?」

 

「何か今日の服可愛いなお前」

 

「――なっ!?」

 

 内で落ち込んでいるといつもこの男はこうなのだ。

 

 

「いや、可愛いってより綺麗か? お前の場合はどっちでもいけるから表現に困るな……」

 

 拓哉の言葉が耳に上手く入ってこない。心の準備が出来てるならまだしも、不意に言われると頭が勝手に混乱してしまう。

 この不意打ちに一体どれほどの女の子が打ちのめされたのであろうか。そう思うと、自然に冷静に戻る事が出来た。

 

「まあ、これが私の普段の私服だけどね」

 

「さすがお嬢様。見た目も良いし、服も良いとすげえな。両方が合わさって最強に見える。なるほど、これが正しい使い方か」

 

「何言ってんのよ……。行くわよ!」

 

「ああおい! ちょ待てよっ」

 

 後ろでキ○タクのマネをしてるバカをスルーして歩く。その顔はまるで、好きな人に褒められたかの様な嬉しい顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デカい」

 

「まあデパートだしね」

 

 

 

 

 

 

「人が多い」

 

「まあ今日オープンのデパートだから人も多いんでしょうね」

 

 

 

 

 

 

「よし、帰るわ」

 

「待ちなさい」

 

 ぐぇぷっ! と首根っこを掴んで拓哉を逃がさんとする真姫。こういう時の女の子の力は凄まじく強いのだ!

 

 

 

 

 

 

 そう、今日の目的地はこのデパートなのである。しかも今日がオープンの新しいも新しいデパートなのだ。

 ショッピングするには十分で、デートするにも申し分ないのが利点だ。

 

 

 

「で、着いたのはいいが、こっからどうする? 帰る?」

 

「何で帰る事が一番に出てくるのよ……」

 

 拓哉はいつでも拓哉だった。確かに周りを見てみればそこには人、人、人。いくらオープン日だからと言ってもさすがに多すぎるくらいの人々がいる。拓哉でなくとも、これは少し面倒と感じるのも無理はない。

 

 しかし、せっかくの拓哉とのデートを無下にするというのはハナから真姫の頭にはない。人が多くても、やる事は変わらない。

 

 

「帰らないわよ。それに、せっかくだし色んな所見てみましょ!」

 

「げっ、マジで?」

 

「拒否権はないわ。さあ行くわよ!」

 

「拒否権はなくとも人権はある!」

 

 首根っこを掴みながら歩き出す。こうでもしないと本当にこの男は帰りそうだからだ。それに、真姫もこのデパートに来て、見たい物が増えた。作曲するための譜面の紙なども買うのは決めていたが、やはり女の子はショッピングにはワクワクするものなのだ。

 

 真姫は一般の女子よりも、少しお嬢様の部類に入る。そんな真姫は実は、デパート自体が今日初めて来たのだ。よく凛と花陽とどこかに寄ったりしたりはしているが、デパートは行った事がない。だからだろうか。こんなにも嬉しそうな顔をしているのは。

 

 

 

 

 

「拓哉! 服売ってるお店がいっぱいあるわよ!?」

 

「そりゃデパートだしな。服屋がなけりゃおかしいだろ」

 

「わあ……あ、この服可愛いわね……ちょっと試着してもいいかしら?」

 

「ええ~……うっ、わ、分かったからそんなに睨むなよ……」

 

「ど、どう……?」

 

「お、おう。まあ、何だ。いいんじゃねぇの?」

 

「そ…そう……ふふっ」

 

「……、」

 

 

 

 

 

 

 

 

「拓哉! レストランがいっぱいあるわよ!?」

 

「正しくはフードコートな。昼飯時だし、何か食うか?」

 

「全部なんて食べきれないわよ!!」

 

「食べたいやつだけ買えばいいでしょうおバカ」

 

 

 

 

「そ、そっちのも、美味しそうね……」

 

「んぁ? 一口いるか? ほれ」

 

「うぇぇ!? ……あ、あむっ……美味しい……!」

 

「俺が美味しくない物を食べるわけないだろ。……ん?」

 

「ほら……一口くれたから、その、お、お礼に、こっちも一口あげる、わ……」

 

「え、いや、でも……分かったよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここはゲームセンターね。さすがに知ってるわよ!」

 

「の割にはテンション上がってますねお嬢」

 

「うるさいわよ! さあ、拓哉! 私とゲームで勝負しなさい。負けたら勝った方の言う事を一つ聞く罰ゲームよ!」

 

「おいおいいいのかよ? これでも俺はゲーセンは結構得意分野に入るんだぜ? 前の学校の奴らには負けた事ないしな」

 

 

 

 

「おかしい。どうしてこうなった……!?」

 

「天才真姫ちゃんを甘く見ない事ね!」

 

「これまでほとんど負けた事なかったのに……」

 

「ていうか、拓哉の友達みんなが平均より弱かっただけじゃない?」

 

「!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「わあ~……可愛いわねこのポメラニアン!」

 

「もふもふしたいでござる」

 

「拓哉は飼うなら犬と猫どっちがいいのよ?」

 

「猫だな。いちいち散歩しなくていいし、あの自由奔放さが俺と合ってるな。それにたまに寄って来て甘えてくるのがたまらん」

 

「そう。私は犬ね。小型犬はテクテク歩くのが凄く愛らしいし、尻尾振りながら寄ってくるとこっちまで微笑ましくなるわよ」

 

「猫に決まってるだろ。何? やるか? お?」

 

「犬でしょ。何よ? やる気?」

 

 

 

 

「犬可愛すぎかよ」

 

「猫ちゃん愛くるしいわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うげっ、マジかよ……」

 

「どうしたの?」

 

「昨日遅くまでマンガ読んでて気づかなかったんだけど、携帯充電するの忘れてたせいで、たった今電池切れですたい……」

 

「何で遅くまでマンガ読んでるのよ……」

 

「今日出かけるから昨日の内に読んでおきたかったんだよ! せめて充電だけでもしておけば良かった……」

 

「バカじゃないの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「拓哉、ほら次行くわ、よ……? 拓哉……?」

 

 はしゃぎ過ぎたせいだろうか。真姫はいつの間にか、店を回る際に、気付かぬ内に走っていた。人混みの中をスイスイと抜けて行くように。しかし、拓哉は違う。真姫のように体が小さいわけではない。真姫のようにはしゃいでたわけではない。真姫のように走っていたわけではない。

 

 つまり、真姫は拓哉とはぐれてしまった。

 この広いデパートで、この人混みの中で、よりにもよって初めて来たこの場所で。

 

 

「そ、そうだっ! 拓哉に電話すれば……っ!」

 

 携帯を出そうとした所で手を止める。さっき言っていたではないか。もう充電が切れたと。

 連絡が取れない。はぐれてしまった時のための集合場所を決めていたわけでもない。

 

 完全な手詰まり。

 その事が真姫の頭を駆け巡り、余計な焦りを感じさせる。

 

 

(とりあえず、拓哉を探さなくちゃ……!!)

 

 人混みを避けながら今居る階を探し回る。下手に走り回ってもすれ違ってしまう可能性がある事を考えている余裕は真姫にはなかった。初めて来た場所で1人になってしまった事実が焦りと孤独感を与える。

 

 

(どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう……っ!!)

 

 走っている最中にふと、自分の瞳から水滴が漏れるのを感じた。そこで立ち止まり息を整える為の呼吸を繰り返す。

 汗ではなく、明らかに自分の瞳から零れる雫。

 

 

(拓哉……拓哉ぁ……っ!)

 

 高校生にもなって迷子で泣くな、と他人から見ればそう思うだろう。でも真姫は違う。違うのだ。

 小さい頃から他とは違うお嬢様で、小さい頃から医学の勉強ばかりしていて、勉強ばかりしていたせいか友達があまり出来なくて、やっと出来た高校での仲間にも中々素直に言えなくて、だから世間の事も中々知らなくて、少しズレていて、そしてただの女の子なのだ。

 

 寂しければ表に出さなくても寂しいし、悲しければ陰で泣く日もある。そんな女の子なのだ。放ってはおけない、こんな子だからこそ、守らなければいけない。

 

 

 

 

 

 だから、

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ……ったく、勝手に走り回んなっての」

 

 彼が来る。

 

 

「っ、た……くや……っ……」

 

「泣くなって、俺が泣かしたみたいになっちゃうだろうが」

 

「ぐすっ……泣いてっ……なんか、ない…わよ……っ」

 

 まるで小さい女の子を慰めるかのように、頭を撫でる。

 

 

「へいへい、分かったよ。ほら、夕方だし今日はもう帰るぞ」

 

「う……うん……」

 

 今度ははぐれないように、お互いの手をしっかりと繋いで帰路につく。少し息を切らしてるとこを見ると、拓哉も走り回っていたのだろう。

 

 

「……ごめん」

 

「んぁ? 何が?」

 

「私が、勝手にはしゃぎ過ぎちゃったせいで、拓哉にこんなにも迷惑かけて……」

 

 申し訳なさが込み上げてくる。

 デートだからと思って、初めてのデパートだからといって、自分ばっかり楽しんで、拓哉に迷惑をかけたんじゃないか、と。

 

 

「――確かに、とんだ迷惑だったな」

 

「っ……」

 

「でも」

 

「……?」

 

「まあ、何だ……。俺も楽しかったっちゃあ楽しかったし。今回はお咎めはなしにしといてやる」

 

 その姿は高校生男子らしい照れ方で、目を一向に真姫に合せようとはしなかった。

 

 

「……ふふっ」

 

「なっ、何笑ってんだよさっきまで泣いてたくせに!」

 

「それはもういいでしょう! ……でも、ありがとねっ」

 

 それはもう、泣いた後の子供が、目の周りを赤くしながらも笑顔でお礼を言ったような、そんな生き生きとした表情だった。

 

 

「……やっぱほっとけねえよな」

 

「? 何が?」

 

「お前だよ。勿論μ’sもだけど。お前が一番ほっとけねえって事。世話かかるし、素直じゃねえし」

 

「何よそれえ!」

 

 外に出たらもう夕日が出ていた。拓哉達と同じく、帰宅する客も多いようだ。

 

 

「そのまんまだよ。誰もいない所で泣くし、いつも強がって1人で抱え込むし、だから、俺みたいなやつが守ってやらないといけない」

 

「ひ…1人で抱え込むのは拓哉だって一緒でしょ!?」

 

「否定はしないのな」

 

「うるさいわねえ!」

 

「真姫」

 

 突然自分の名前を呼ばれたかと思うと、拓哉の手からある物が手渡された。

 

 

「これは……赤い、ブレスレット?」

 

「そうだ。意味は『情熱』『愛情』『勇気』とか、他にも色々あるけど、お前に合ってると思ってな」

 

 拓哉から渡されたのは赤いブレスレット。何故そんな物が渡されたのか疑問に思っている真姫を見て、拓哉は呆れながらも、

 

 

「誕生日おめでとう、真姫」

 

「――え?」

 

 呆気にとられる真姫。そう、今日は真姫の誕生日なのだ。当の本人である真姫は、今日の拓哉とのデートで頭がいっぱいで忘れていたという、何ともマヌケな感じなのだが……。

 

 

「そういえば、今日誕生日だった……」

 

「おい、まさか忘れてたのか?」

 

「う、うん……」

 

 それを聞くと拓哉はマジかよ……と言いながら片手で顔を覆っている。

 

 

「俺はてっきりお前が今日誕生日だって自覚してるから昨日俺を誘ってきたと思ってたんだが……まさか違うとは……。とんだ恥かいたぜ……」

 

「え、じゃあ拓哉は昨日私が嘘ついたの分かってて承諾してくれたの?」

 

「当たり前だろ。あんな見え見えの嘘俺には通用せんわ」

 

 急激に自分の顔が真っ赤になるのを感じる。嘘がバレてて、しかも自分はデートの事で頭がいっぱいでそれを忘れている事に、こんなにも自分は今日に必死だったのかと思い知らされてるような気がして。

 

 

「真姫、お前はいつも強がりで、素直じゃない。でもな、μ’sのあいつらには、もっと素直でいてやってもいいんじゃないか?」

 

 突然、諭すような口調に変わり、真姫に問いかけてくる拓哉。言いたい事はよく分かってる。

 

 

「そんな事は分かってるわよ。でも、そう簡単にはいかない事も分かってる。だから――」

 

「分かってるならいいんだよ」

 

「え?」

 

 そこから、拓哉が何を言いたいのか、分からくなった。

 

 

「分かってるって自分で自覚してるならそれでいいんだよ。自覚があるって事はそれを直そうとも思えるって事なんだ。俺は知ってる。最近の真姫は今の自分を変えようとして頑張ってるって。だから以前よりは素直になってきてる。でもまだそれじゃお前自身が満足出来ないんだろ? なら俺も協力してやる。1人で変えるのに限界がきたら、2人で頑張ればいい。簡単にはいかないって言っても、絶対に変えられない訳じゃないんだ。いつかは絶対に変えられる。ゆっくりでもいいんだよ」

 

 ああ、自分はちゃんと見られていたんだな……と、真姫は思った。最近は素直になろうと、変わろうと頑張ってると自分では思っていた。

 でも結果はいつもとあまり変わらない。完全に素直になりきれないでいる。変われないと諦めようとした時もあった。でも諦めきれなかった。

 

 そんな時に拓哉の今の言葉を聞いた。ちゃんと見てくれている人はいたという事。それも好きな人に。2人で頑張ろうと言ってくれた。

 気付いた時には、また瞳から涙が流れていた。

 

 

「あ、あれ……? 何で……?」

 

「おぉふ、ちょっと待ってお嬢さん。また泣かれたら困るって! 俺が不審者扱いされるかもしれないって」

 

 どうやら拓哉は女の子に泣かれるのがどうも苦手らしい。さっきといい、とても慌てている。しまいには「いないいないばぁー!」とか子供にやる様な事をしでかしている。

 

 

「私そんなに子供じゃないわよっ」

 

 そう言いながらも顔は笑っているようで、拓哉も落ち着きを取り戻したらしい。

 

 

「ま、まあ、そんな感じだ。それで、真姫はどうしたい?」

 

 改めて問われる。

 

 答えは最初から決まっていた。

 

 迷う必要なんてどこにもなかった。

 

 

「変わりたい。だから拓哉も手伝って」

 

「分かった」

 

 拓哉も最初からその答えを用意していたかのような即答だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰宅途中。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ拓哉」

 

「ん、何だ?」

 

 肩を並べて歩いていると、真姫が何かを企んでいるかのような顔をしながら拓哉に向けていた。

 

 

「ありがとねっ」

 

「……なっ!? ちょ、おま、やめなさい! 公共の場所でしょうがっ」

 

 真姫は大胆に拓哉の腕に自分の腕を絡めていた。

 言うなればカップルがよくやってるやつだ。

 

 

「やめないわよ。これからどんどん私のために協力してもらうから!」

 

「……言うんじゃなかったかなあ」

 

 

 

 

 素直じゃない彼女がこんなにも大胆な行動した時点で、急激に変わり始めていた事を、真姫は自覚せず、拓哉も気付かないままだった。

 

 

 

 

 

 

 オレンジ色に染まる景色の中、仲睦まじく(?)帰っている2人の背中が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人はそう簡単には変わらない。

 

 

 

 

 

 

 いつしか誰かが言った言葉やネットで見たその言葉を思い出すと思う。

 

 

 

 

 

 

 確かにそうだと。何かを変えようにも、それには大体の者が長い年月をかけてやっと変われるくらいなのだと。すぐに変えようとして、自分は変わったと言う者は大概が上辺だけで、裏では何も変わってなく、偽物であると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、変われない事など決してない。人は変われるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例え今が『偽物』でも、少女は確かな『本物』にゆっくりと、確実に、着実に、変わっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 10000文字超えは中々に疲れますな……。
 でも書きたいから書くしかないじゃん!


 今回は真姫ちゃんが変わっていくというのを課題にしてた訳ですが、このまま変わらなくてもいいんじゃね?と思う方もいると思います。
 かくいう自分もその1人です。

 変わったらツンデレ真姫ちゃんじゃなくなっちゃうし、今の真姫ちゃんを受け入れてるからこそのμ’sメンバーだし、的な感じです。


 でもまぁ、誕編だからこその世界線という事で許してつかぁさい!


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15.照らされる陰(挿絵あり)

今週は更新なしになるかもしれないと言ったな。あれは嘘だ。

ええ、まぁ、その、何ですか。
どうしても書きたかったから書いちゃいましたっ。てへぺろ☆

他の方々の小説を見てたらどうしても意欲が湧いてくるのですよね。
でもそんなにいっぱい感想書ける程コミュ力高くない自分というね……ははっ、笑えよベジータ。


挿絵はあとがきの方にあります。


 

 

 

 

 

 

 

 任務達成の証拠として、家に買い物袋を母さんに渡してから俺は穂乃果の家に向かって歩いていた。家が近いと慌てる必要もないから安心だね!

 

 

 ちなみに、ボロボロ姿の俺を見ても母さんは「やっぱり予想通りだったわね」だけ言ってキッチンへと姿を消して行った。あの、一応頼まれた事をしたんだから礼を言うくらいはしてほしいんですけど……。誰も俺を苦労を労ってくれない。悲しいけど、これって現実なのよね……。

 

 少し薄汚れた制服で穂乃果の家に行くのはさすがに申し訳ないので、家にずっと居たいと言う体に鞭を打ち私服に着替える。そして穂乃果の家にレッツラドンなわけよ。

 

 

 

 

「あら、拓哉君じゃありませんか。買い物の方はもう終わったのですか?」

 

 角を曲がったら丁度そこに海未がいた。海未は弓道部に行っていたから、おそらく終わってここに来たのだろう。

 

 

「お疲れ様、海未。こっちは何とか終わったよ。何とか命も無事だった」

 

「あの、何故顔や他の所に所々ケガをしているのですか?」

 

「それはまた説明する。とりあえずここで話すのも何だし入ろうぜ。もう穂乃果とことりが待ってるはずだ」

 

「あ、はい」

 

 色んな箇所にあるケガを怪訝な顔で見ながらも渋々納得してくれた海未。ちゃんと説明するからまた何かやらかしたのかみたいな目でこっちを見ないで! 今回に関しては俺は悪くないよ! そうだ、俺は悪くねえ!! その内俺にドッペルゲンガー的な奴が現れるかもしれない。

 

 

「チーッス」

 

 と、何ともまあ軽そうな男が言いそうな挨拶をしながら中に入ると、三色団子を頬張っている、というか完全なつまみ食いをしている桐穂さんがいた。営業中に何やってんのこの人……。

 

 

あふぁ(あら)、んくっ……いらっしゃい!」

 

 何事もなく挨拶を返してくる桐穂さん。この人、自分でスルーさせる事によって話をそっちに持っていかせないって魂胆か! だが甘い。ここには俺というTHEツッコミキングがいる。俺がいる限り、それをツッコミしないという選択肢はない!

 

 

「ていうかつま――、」

 

「こんばんは、穂乃果は?」

 

「あっ」

 

 言わせねーよ的な感じで潰されたよちくしょう。つか海未はなんでツッコまないんだよ。

 もしかして何回も見てんのか? 桐穂さんはまさかの常習犯かな?

 

 

「上にいるわよ。……そうだ、お団子食べる?」

 

 この人俺達を共犯にしようとしてやがる。そんな事をしたって海未は騙せても俺は騙されないぞ。誘惑には決して負けない!

 

 

「是非いただきま――、」

 

「いえ、結構です。私達ダイエットしないといけないので」

 

「え?」

 

 私達? ちょっと待ってそれってもしかしなくても俺も入ってる? 俺は踊らないし、歌わないからダイエットなんて必要ないんだけど。こいつ俺を巻き込もうとしてやがるのか。良い度胸だコノヤロー。

 

 

「おい海未ちょっと話がうごぉッ!?」

 

「すいません、お邪魔します」

 

 あの、首根っこ掴んだまま引き摺らないで下さいますかね? 靴脱ぎにくいし、桐穂さんも変な目で見てくるしさっきから俺に良い事一つもないでござるよ?

 

 

 

 

「「お疲れ様~」」

 

「おい海未、数十秒前のお前のセリフとは全く異なる事をしてるぞこいつら」

 

「……、」

 

 そこには、下にいた桐穂さんと同じように三色団子を美味しそうに頬張っているバカと天使がいた。ダイエットって何だっけ?

 

 

「お団子食べる~?」

 

「今お茶淹れるね~」

 

 お団子食べりゅううううううううううう!!

 じゃなくて、君達は目の前の呆れ果てた海未さんの姿が見えないのかね?

 

 

「あなた達、ダイエットは……?」

 

「「……ああ!?」」

 

 うん、まあそうだよね。分かってて食ってたらこんな反応しないよね。お仕置きが待ってるもんね、俺だけ。あれ、俺だけ?

 

 

「はあ……努力しようという気はないようですね……」

 

「なっ……あるよ~!」

 

「あるのに食ってんじゃねえよまっはふ……」

 

「そういうたくちゃんも食べてるじゃん!」

 

「バッカお前、俺は歌わないし踊らないから食ってもいいんだよ」

 

 やっぱうめえな穂乃果ん家の団子。タッパー持って来れば良かったぜ。

 

 

「って、あっ」

 

「そういう訳にはいきません。拓哉君にもダイエットをしてもらいます」

 

「食ってるのに取るんじゃねえよ海未! 何だお前、俺の食べかけの団子が食べたいのか? やらしい奴だなお前」

 

「な、ななななな何を言ってるのですか! そんな事あるわけないでしょう!」

 

 お~お~、赤くなってる赤くなってる。ウブな反応の海未はいつ見ても楽しいなおい。普段が真面目だからこそこういう時の海未は新鮮で可愛いのよ。眼福眼福!

 

 

「全く、何を言ってるんですか拓哉君は……ブツブツ……」

 

 何かブツブツ言ってるよこの子。言った俺が言うのは何だけど、そこまで恥ずかしがる必要はないと思うんだが、つうか普通なら男の食べかけは嫌がるよな? ウブな海未ちゃんはそんな事も気付かない子なのかなあ?

 

 

「ねえたくちゃん」

 

「ん、何だ?」

 

「さっきからずっと気になってたんだけど、たくちゃんその傷とかどうしたの?」

 

 どうりでさっきから穂乃果とことりの視線を感じると思ったらそのせいか。今もじーっとこっち見てるし。いつの間にか海未も立ち直ってこちらを見ている。どんだけ気になんだよ……。

 

 

「これは、アレだ。主婦の闇を垣間見た」

 

 あれは本当に闇だった。垣間見たとか言ってるけど、普通に闇の中まで突っ込んだまである。マジで。あれは主婦、つまり女性だ。こいつらも将来は誰かと結婚して、主婦の仕事とかしてるとあんな風になってしまうのか。なんだか、それは嫌だな。というか怖い。

 

 

「「「??」」」

 

 訳の分からなさそうな顔をして少し首を傾げている3人。可愛いなくっそ。頼むからお前らはいつまでもそのままでいてくれと切に願う俺だった。今はそれよりもやる事があるから話を切り替えないと。

 

 

「まあそんな気にする事じゃないよ。それより穂乃果、曲の方はどうにかなりそうなのか?」

 

 急に話を振られたせいか、穂乃果は一瞬固まった後、すぐに反応してくれた。

 

 

「うん、1年生にすっごく歌の上手い子がいるの! ピアノも上手で、きっと作曲も出来るんじゃないかなあって、明日聞いてみようと思うんだ」

 

 へえ、1年でそんな凄い子がいるのか。作曲が出来るならその子に協力してもらうしかないな。

 

 

「穂乃果、俺も明日着いて行ってもいいか? 頼む側としてはどんな子か見ておきたいし」

 

「うん、分かった!」

 

「それで、もし作曲をしてもらえるなら、作詞は何とかなるよねってさっき話してたの!」

 

「え?」

 

「何とか、ですか?」

 

 俺の知り合いにはもちろんそんな奴いないし、穂乃果達の友達に作詞出来る奴でもいるのか?

 

 

「うん! ね?」

 

「うん!」

 

 そう言った穂乃果とことりは、何故だか海未の方を見ながらゆっくりと詰め寄っている。

 

 

「「んふふふ~」」

 

「な、何ですか!?」

 

 戸惑う海未とは違って、未だに海未に詰め寄る2人。何これキマシタワーでもここに建てんの? 俺出て行こうか?

 

 

「海未ちゃんさ……中学の時ポエムとか書いた事あったよねえ~」

 

「えぇ……!?」

 

 おぉっと、これはまさかの黒歴史発掘しちゃいましたねえ……。

 ていうかマジか。

 

 

「読ませて貰った事もあったよね~……」

 

 マジだった。しかも人に読ませるとは中々のメンタルしてんだな当時の海未さんは。つか黒い、黒いよことりさん!

 

 

「ああ……くっ!」

 

「あ、逃げた!」

 

 凄いスピードで襖開けて逃げたなあ。それを追いかける穂乃果も早かった。

 人は熱心になるといつも以上の力を発揮できるってか。

 

 

「やめてください!! 帰ります!!」

 

「いいから~!」

 

「よくありません!!」

 

 これこれ、外で大声出すんじゃありません。ご近所迷惑になるでしょうが。

 

 

「どうかしたの?」

 

「おう雪穂、こんばんは」

 

「こんばんは、たく兄。それで、お姉ちゃんと海未さんは何やってるの?」

 

「そうだな、言うなれば……掘り当ててはならない物を掘り当てた感じかな」

 

「?」

 

 俺の言った事が理解出来てないような顔をする雪穂。そうだ、お前は知らなくていい世界なんだ。知ってしまったら、俺にはどうする事も出来ない。

 

 

 

 

 

 何やかんやで戻ってきました穂乃果のお部屋。

 

 

 

「お断りします!」

 

 断固拒否をそのままの意思で表す海未。まあ気持ちは分かる。いきなり黒歴史を掘り返され、それにプラス作詞もしてくれなんて、俺でも断るレベルだ。

 

 

「ええ~! 何で何で!?」

 

「絶対嫌です! 中学の時のだって思い出したくないくらい恥ずかしいんですよ!」

 

「アイドルの恥は掻き捨てって言うじゃない」

 

「言いません!!」

 

 うん、それは言わないな。さすがの穂乃果クオリティである。

 

 

「でも、私衣装作るので精一杯だし……」

 

 そう、ことりはこの中で唯一衣装が作れるメンバー。作詞までやらせたら悪いし、それに衣装へ集中してほしいため、今のことりに作詞はやらせない方がいいだろう。

 

 

「穂乃果がいるじゃないですか!」

 

「いやあ、私は~……」

 

「バッカお前、穂乃果に作詞なんてやらせてみろ。いつかの小学生の時みたいに『饅頭、うぐいす団子、もう飽きた!』とかそんなレベルの歌詞が出来上がるぞ」

 

「そ、それは……な、なら拓哉君が!」

 

 やっぱそう来ますよねえ。俺に矛先が向いてくる事は既に予想出来ていた。だから俺が言う事も決まっていた。

 

 

「そんな事を言うがな海未、思い出してみろ。小学生の時の俺の作文を。『ヒーロー、ヒーロー、アンパンマン! 僕も将来自分の顔を分けてあげれるようなヒーローになる!』だぞ。そんな俺に出来ると思うかね?」

 

 何て壊滅的な作文だよオイ。自分で言ってて泣けてくるわ。自分の顔分けるとかどんだけグロテスクなんだよ引くわ俺。ヒーローじゃなくて普通に悪役まである。

 

 

「そういえば、そうでしたね……」

 

 海未も思い出したのか苦い顔をしている。もう海未しかやれる者はいない。ていうか俺まじで役に立ってないな……。いる意味あんのかこれ。

 

 

「おねがぁい、海未ちゃんしかいないの~!」

 

「私達も手伝うから!」

 

「ああ、やれる事はあまりないかもしれないし足手まといになるかもしれない。それでも俺も手伝うよ。海未だけに負担をかけさせるわけにはいかないしな」

 

 例え今は何も役に立てなくても、これから勉強していって、役に立てれるように頑張ればいい。ことりの衣装も出来るだけ手伝って、穂乃果達には歌とダンスに集中してほしい。

 

 

「何か、元になるようなものだけでも!」

 

 この際少しだけでもいい。少しのアイデアから俺と穂乃果、海未で作っていくしかない。

 ん? ことり? 胸元を手で少し握って、潤った目をして一体何して――、

 

 

「海未ちゃん……、おねがぁい……!!」

 

「ぐぅぅおおおおおはぁぁぁああああッ!!」

 

「たくちゃん!?」

 

「拓哉君!?」

 

 今起こった事を簡単に説明しよう。

 

 俺がことりが何をするのかを見てる。

 ↓

 ことりが海未に向かって大天使をも超える甘い声と潤った瞳と卑怯すぎるポーズでおねだり。

 ↓

 俺が謎の風圧のせいで勢いよく壁に吹っ飛ぶ。

 ↓

 昇天。

 

 

「ちょっとたくちゃん大丈夫!?」

 

「ああ……俺はもう、死ぬんだな……」

 

「拓哉君何を言ってるんですか!? ていうか一体何に吹っ飛ばされたんですか!?」

 

「ははっ、大天使の威力は、伊達じゃねえってか……。でもまあ、これで終わるのも、悪かねえなグボォッ!?」

 

「いいから早く起きてください!」

 

 な、何もエルボーしなくてもいいじゃないですか……。

 マジで昇天しかけたぞ……!

 

 

「それで海未、どうだ?」

 

「回復早いねたくちゃん」

 

 だまらっしゃい。今は余計な茶々を入れてくるんじゃありません。

 

 

「もう……ズルいですよ……ことり……」

 

 これは観念した合図だ。昔から、というか小学生の時しか見てないが、海未はことりに甘い節がある。ことりはそこを突いたって事か。海未さん、俺にも甘くしてくれてもいいのよ?

 

 

「良かったあ」

 

「やったー! そう言ってくれると思ってたんだあ!」

 

「ただし」

 

 おもむろに立ち上がる海未。これは何か条件付きとみた方がよさそうだな。

 

 

「ライブまでの練習メニューは私が作ります」

 

「「練習メニュー?」」

 

 ああ……これは2人共ご愁傷様ですわ。いつも稽古に部活にと運動をしていて、それでいて真面目な彼女だ。並大抵のメニューではないだろうな。

 そこで海未は穂乃果のパソコンを起動させ、今有名のA-RISEの動画を再生する。

 

 

「楽しく歌っているようですが、ずっと動きっぱなしです。それでも息を切らさず笑顔でいる。かなりの体力が必要です」

 

 確かに、こんなにも激しく踊って、しかも笑顔でずっと歌い続けている。なのに息を全く切らせていないし、まだまだ余裕があるようにも感じさせている。

 おそらく、これでもかという想像を簡単に上回るくらいの練習をしているのだろう。それもこの頂点にいるA-RISEなら、もっとハードな事をやっている可能性も十分にある。

 

 

「穂乃果、ちょっと腕立て伏せしてもらえますか?」

 

「え?」

 

 そう言って穂乃果は腕立て伏せの態勢になった。ここまでは普通の腕立てだが、このままどうするんだ?

 

 

「こーう?」

 

「それで笑顔を作って」

 

「こーう?」

 

 腕立ての態勢のまま穂乃果が笑顔を見せる。なんか可愛いと思ってしまった俺は敗北感に苛まれるのであった。

 

 

「そのまま腕立て、出来ますか?」

 

 言われた通りに笑顔のまま腕立てをやろうとする穂乃果だが、

 

 

「う……え……あ……っ、うぉわぁぁ!!」

 

 見事に顔面から床に落ちた。うわあ痛そー(棒)

 

 

「いったーい!!」

 

 床でのたうち回る穂乃果をニヤニヤしながら見る俺。それを変な目で見る海未。やめて見ないでSAN値下がっちゃう。

 

 

「弓道部で鍛えてる私はともかく、穂乃果とことりは楽しく歌えるだけの体力をつけなくてはなりません」

 

「作詞が出来て、曲ももし出来て振り付けも出来たとして、それを歌って踊れるだけの体力がなければ話にもならないからな」

 

「そっか。アイドルって大変なんだね」

 

「大変じゃなかったらやる意味がねえだろ。楽して出来るに越した事はないけど、それが出来ないからこの道を選んだんだ。それは分かってるな。穂乃果、ことり」

 

 考えうる限り、もうこれしか道はなかった。それ以外は見込みがなかった。

 だから困難でもやるしかない。それはもうここにいる俺達全員が分かってる事だ。

 

 

「「うん!」」

 

 鼻を押さえながら涙目でもしっかりと返事をする穂乃果。しんどいであろう先の事を考えて不安な目になりながらも、奥ではしっかりと覚悟が出来ていることり。ならもう俺から言う事はないな。

 

 

「よし、海未。後は練習メニューを考えるお前に任せる。……精々死なない程度のメニューにしてやれよ」

 

 運動部に所属している海未にメニューを考えてもらう方が効率は良さそうだし、ここは海未に任せる。最後だけ小声で忠告はしておいた。

 

 

「……私だってそこまで鬼ではありませんよ。……では、今夜にはメニューを考えておきます。そしてさっそく明日は朝練をやります」

 

「ええ~。朝練やるの~?」

 

 オイこら穂乃果。さっきまでのやる気はどこに行きやがった。朝練くらいしないと体力つかないだろうが。

 

 

「当たり前です。そんなに厳しくはないメニューを考えておきますので、そこは安心しておいて下さい」

 

「穂乃果、朝練が嫌なのは分かる。俺だって嫌だ。どうせなら俺だけいつもみたいに家でギリギリまで寝てたいほどだ」

 

「拓哉……君……?」

 

 ちょ、待って。まだ話してる途中だから。最後まで聞いて。怖いから、目がヤンデレってるから。

 

 

「まあ待て海未。話はまだ途中だ。怖いからこっちを見るな。それでな穂乃果、嫌なのは分かる。でもそうしないとダメなんだよ。ただでさえ作詞もまだ、作曲もまだ、振り付けもまだ、衣装もまだなんだ。それに、一番に時間が足りない。猶予が少なすぎるんだ。けど全てを中途半端にやるわけにはいかない」

 

 本当に、時間が足りない。正直上手くいっていたとしても、1ヶ月もない日にちで足りるかどうか分からないくらいだ。それを分かったのか、穂乃果も真剣な顔になっている。

 

「その上で上手くやろうとするには、使える時間は使えるだけ使っといた方がいいんだ。基礎を十分に鍛えておくだけで、いざ踊ろうとした時に本当に役に立ってくれる。明日から一日一日をいかに有効に使うかで、本番のライブがどうなるか変わってくる。少し意地悪っぽく言えば、一分一秒が惜しいぐらいなんだよ。だからさ、朝練も頑張ってくれないか?」

 

 俺に、こんな事言う資格はないのは分かってる。あくまで歌ったり、踊ったり、厳しい練習をするのは穂乃果達だ。俺は歌わないし、踊らない。だから練習する事もない俺が、穂乃果にこんな無責任な事を言う資格はないのも承知している。これはあまりにも身勝手で、無責任で、自己中のような考えだ。

 

 それなのに、

 

 

「分かった。ごめんね、ちょっと不満言っちゃって。明日から朝練もしっかりと頑張るよ私!」

 

 こんな太陽みたいな笑顔で返してくれる。いつだって、穂乃果は明るかった。

 それは、昔から変わらない。

 今も変わらない。

 そしてこれからも、変わらせない。

 

 俺が、穂乃果の、穂乃果達の笑顔をこれからも守っていくと、そう昔に決めた。今も例え穂乃果達に嫌われようと、憎まれようと、どうなろうと、こいつらの笑顔を守ってみせる。だから、そのためには、俺は鬼にでもなってやる。それでもしいつか嫌われたら、陰から支えてやればいい。それだけだ。

 

 

「そうだよ。言い出したのは私なんだ。そんな私が一番に文句言ったりしたらダメだよね! 海未ちゃん、たくちゃん。私どんなトレーニングでもやりきるよ!」

 

 穂乃果は一番に言い出し、

 

 

「私も! 体力にはあんまり自信ないけど……でも、ちゃんと本番成功させたいから、どんな練習でも諦めない!」

 

 ことりは衣装も作らないといけないのに、それ込みで気合を入れ、

 

 

「ふふっ、そうじゃなきゃ2人じゃありません。もちろん私も今以上に頑張ります。効率の良いメニューを考え、2人をレベルアップさせます!」

 

 海未は2人を引っ張るように、

 

 

 

 

 

 

 なら、俺は……、

 

 

 

 

 

 

 3人が同時にこちらに視線を向けてくる。

 

 そして、改めて決意する。

 

 一つの項目を増やして、

 

 

「俺は、お前らのように何かをする訳じゃない。歌ったり踊ったりも出来ない。今じゃまだ何にも出来ないに等しい。……でも、それでも、俺はお前らを支え続ける。不器用なりに手伝う。下手くそなりにアドバイスする。知らないなりに考える。勉強して、もっとお前らの役に立てるようになる。お前らを支えてやれるように頑張る。だから、俺に頼れる事があったら、頼ってくれ」

 

 なら、俺は……こいつらを支えてやれる存在になればいい。

 表からでも、陰からでも、どちらからでも、支えてやれる男になればいい。

 

 

「……もう、何言ってるのたくちゃんは!」

 

「えっ……何って、頼ってくれって――、」

 

 それはあまりにも眩しくて、他の2人にも伝染っているかのように太陽のような笑顔が、そんな優しい笑顔が、俺に向けられていた。

 

 

「もう何回もたくちゃんに頼ってるよ、私達は!!」

 

「むしろ頼ってばっかりだしね♪」

 

「もう大きな支えにもなってますよ」

 

 その言葉にはどこにも偽りはなく、純粋なほどに透き通った言葉だったのだろう。

 

 

 

 

 

 だから、思う。

 

 

 

 思ってしまう。

 

 

 

 

 ははっ、そんな事言われたら、嫌われてもいいって思った心が揺らいじゃうじゃねえか……。

 

 

 

 

 

「バッカお前ら……今よりもっとだよ!」

 

 

 

 

 

 これが今の俺に出来る精一杯の返し言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、出来るだけ嫌われないようには、努力していこうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、今日は明日の朝練のためにもう解散にしましょう」

 

 海未の言葉で今日は解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、明日の朝練から、気合い入れていきますかっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アニメ見返すと毎回思う。
あのおねだりすることりちゃんはホント卑怯だと。



さて、大分前から感想にて、主人公の容姿が気になるとご意見を頂いてから結構なお時間が経ってしまいましたが、やっと公開です。

既に自分の中でキャラの顔が定まっている、という方や、イメージ崩れるから見たくないという方は見なくても結構ですので大丈夫ですよ!
過度な期待をするだけ無駄な画力なので!


※ちなみに、これを見てイメージが崩れたなどのご感想は責任を一切負えないのでそれをご承知の上で。




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16.始まり、駆け出し

たまに1週間1回更新が怪しくなる時があり、これはいかんなと喝を入れるべく、無課金でスクフェスを頑張ってます。新しいにこURが可愛い。



前回の話に主人公の簡単な容姿を描いたので、見ても構わない、もしくは気になる方はご覧ください。


 

 

 

 

 

 翌日の早朝。

 

 

 

 

 俺と幼馴染の3人は神田明神に来ていた。何故体操着でなのかと問われれば、もちろん朝練をやるためである。

 

 

 

 

 

「それにしても、よく起きれたな穂乃果。俺はてっきりギリギリに起きると思ってたわ」

 

「確かに眠かったけど、私だってやろうと思えば出来る子なんだよ!」

 

 そう、いつも寝坊する穂乃果の事だから俺も少しギリギリに穂乃果を迎えに行ったら、既に家の前で穂乃果が待っていたのだ。

 いや~あの時は驚いた。

 

 

「ならいつも寝坊しないように心がけて下さいよ……」

 

「全くだな」

 

「無理な時もあるんだよっ!」

 

 お前の場合ほとんど無理な時の方が多いじゃねえか。いつも迎えに行く俺の身にもなれよ。家に着いて桐穂さんの第一声が「ごめんなさいね、穂乃果まだ起きてないのよ~」とか何回聞けばいいんだよ。

 毎回起こさず海未達と登校してると、途中から走って追いついてくる形がいつもの日常になっている。起こさないのはただ単にめんどくさいだけだ。

 

 

「はあ、まあいいです……。じゃあ練習を始めましょう」

 

「「はい!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ、はぁっ、はぁ……っはぁ……っ!」

 

「はぁ、ひぃ……っ、は、はぁっ、はぁ……!」

 

 今俺の前に映っている光景は、神田明神の長い階段を何往復もして走ってる穂乃果とことりだ。ただでさえ一回でも上るのが疲れるのに、それを何往復もすると疲れるのは必然だろう。

 というより、2人の息遣いが何というか、やらしい。たまらんね。

 

 何往復かしてる内に2人は上りきった所で倒れ込んだ。

 

 

「はぁっ、はぁっ……! もう、キツイよお……!」

 

「もう足が動かないっ……!」

 

 激しく息切れをしてるのを見ると、相当疲れているのが目に見えて分かる。そりゃ初めての朝練でいきなりこの階段を走るのは辛いだろう。でも、そのくらいはしないと体力もつかないし、ここはまだ見守っておこう。

 というより、倒れ込んでる2人は息切れして、走ったせいか顔も火照っている。うん、朝から良いもの見れた。こんな事を考えてる俺は神様に罰を貰い受けるかもしれない。

 

 

「これから毎日、朝と晩、ここでダンスと歌とは別に、基礎体力をつける練習をしてもらいます」

 

「一日2回もおーー!?」

 

 おいおい、昨日しっかりやるって言ったそばから不満を言うんじゃありませんよ。

 でもまあ、確かにこの階段を走るのはキツイとは思う。だから愚痴が零れるのも分からないでもない。

 

 

「そうです、やるからにはちゃんとしたライブをやります。そうじゃなければ生徒も集まりませんから」

 

「……はぁ~い」

 

 でも、愚痴を言いつつもちゃんと返事をしてしっかりやってるのを見ると、穂乃果がいかに本気かってのが伝わってくる。何だかんだ言っても分かってるんだ。今の自分達じゃダンスや歌をした所で上手くいかないと。だからこういう時にきっちり練習して、基礎体力を付ける事だけでも色々変わってくる。

 

 

「穂乃果、ことり、スポドリだ。休憩中の今に飲んどけ」

 

「あ、たくちゃんありがとー!!」

 

「ありがとたっくん~!」

 

 自販機で買っておいた冷えたスポドリを渡すと、2人共嬉しそうに手に取る。これだけで手伝いとは言えないかもしれないが、何もしないよりはいいだろう。ほんの少しの事だけでもやれる事をやる。それが昨日俺の決めた事だった。

 

 

「よし、休憩も挟んだ所で、もう1セット!」

 

「よおっし!」

 

 海未の掛け声と共に、穂乃果が気合いを入れる。ことりはまだ疲れが見えるが、立ち上がるくらいには回復したのだろう。

 そこで、

 

 

 

 

「君たち――、」

 

 確かに、俺達に掛けられた声がした。

 

 

「副会長、さん?」

 

 ことりの声を合図に、俺も振り返る。

 

 

「やっぱり東條か。おっす」

 

「ふふっ、おはようさん、岡崎君」

 

 声で何となく誰かは分かっていた為、俺は大して驚かず東條に挨拶をする。

 今日も朝早く手伝いとは、流石だな東條は。

 

 

「その恰好……?」

 

 穂乃果が東條の服装を見て疑問をぶつけているが、この場所でこの服装なら普通分かるでしょ君ぃ。

 

 

「ここでお手伝いしてるんや。神社は色んな気が集まる、スピリチュアルな場所やからね」

 

 それを聞いて納得した様子の穂乃果達。それにしても、うむ、今日は朝から良いものばかり見ているな。

 現役女子高生の巫女姿なんて、マンガやアニメでしか見られない大変貴重な光景、どうもありがとうございます眼福眼福。

 

 

「4人共、階段使わせてもらっているんやから、お参りくらいしていき」

 

「それもそうだな。これからの事も考えて、願掛けでもしておくか」

 

 3人の肯定を見てから、参拝しに行く。

 その道中、

 

 

「岡崎君」

 

「ん、何だ?」

 

「ここではあまり煩悩は考えへん方がええよ」

 

「ぶふぉうっ!?」

 

 思いっきり爆弾を投下された。

 え、何でバレてんの? そんなに顔に出てた? ポーカーフェイス得意な俺がバレるなんて……。

 

 

「な、何の事なのかな~……?」

 

「ふふっ、顔には出してないようやけど、ウチには分かるで~」

 

 何この子。読心術でも極めてんの? スピリチュアルが関係してんの?

 何それ俺も取得したい。とりあえず前の3人には聞こえてないようで安心した。

 

 

「初ライブが上手くいきますように!」

 

「「上手くいきますように」」

 

「あの3人、本気みたいやな」

 

「そりゃそうだろ。本気じゃなきゃ朝練なんてしないしな」

 

 参拝してる3人を後ろから眺めながら思う。穂乃果が本気じゃなきゃ俺もこんなにやる気になるわけもない。3人が本気だからこそ俺も本気でやろうと思える。

 なら、もし万が一、3人のやる気が無くなったら? 3人の内の誰かが本気じゃなくなったら?

 

 その時俺は、1人でもやれるだろうか。正直、1人じゃどうする事も出来ないのはスクールアイドルをやる前から分かっている。だから俺は、こいつらが辞めてしまったら、もう何もする事は出来ないだろう。

 

 

「そういや、岡崎君はお願いしないん?」

 

 少し物思いに耽っていると、後ろの東條に当然の事を言われた。

 今はこんな事考えるのは止めておこう。もしその時が来たら、その時に考えりゃいい。

 

 

「ん、まあな」

 

「どうして?」

 

「俺はいつでもあいつらの笑顔を願ってる。だから今更何を願おうとも大して変わらないんだよ。それに、」

 

「それに?」

 

「神様に願うことおも悪くはない。でも、出来れば俺があいつらを守ってやりたいんだ。それで、俺がどうしようも出来なくなった時は、俺の大事な奴らなんだ。カッコ悪くたって神様にでも助けを頼んでやるさ」

 

 別に神様ってやつを信じてないわけではない。実際、数日前にここで願ったら、東條という素晴らしい巫女に出会えたしな!

 いや~神様最高っ。今なら神信じちゃう!

 

 

「……へえ~」

 

「な、何だよ、急にニヤニヤしやがって」

 

 ハッ!? まさかまた読心術で読まれたのか!? 早急に対応せねば……っ!

 

 

「また変な事考えてるんは分かったけど、それよりも後ろ見てみ?」

 

 やっぱりバレてたんだぜっ☆もうこいつの前で変な考えはしない方がいいな。

 というより、後ろ?

 

 

「ん?」

 

「良かったなあ~。岡崎君、3人のこと大事な人やから守ってくれるんやって」

 

 そこには、

 

 

「た、たくちゃん……その、えっと、お願い、します……?」

 

「それじゃあ……期待、しちゃおう、かな……?」

 

「拓哉君になら、ずっと守られてもいい気がします……」

 

 赤面している幼馴染達がいた。

 

 

「待て待て待て待て待て待て待て待て待て」

 

 状況に着いて行けない。何これ、まさか聞かれてた感じ?

 やだ恥ずかしいっ。じゃなくて、この反応はいただけない。前にも似たような事があったぞこれ。

 

 

「どうしたん?岡崎君」

 

「どうしたも何も、お前ら何言っちゃってんの? わたくしめは凄く混乱してますことよ?」

 

 そんな反応されたら俺が困るわ。穂乃果は何をお願いしてんだよ。そして俺は何をお願いされたんだよ。ことりは何をどう期待してるんだよ可愛すぎるからその目やめてっ。

 そして海未、海未! お前は2人と違って変に堂々と言い切るな。キャラブレてんぞ大丈夫か。つうか3人共やめろ、そんな事言われたら変な勘違いしてしまうから。

 

 

「別に勘違いじゃないと思うけどな~」

 

「だから東條は心を読むんじゃねえよ! そして君達! そういう事は勘違いしてしまう男子が多いから今後一切止めなさい! 俺もちょっと危なかったわマジで女の子って怖い」

 

 こいつらこれを自然でやってるから余計タチが悪い。純粋なのは良いが、そういうのは本当に好きな人に言ってやりなさい。トラブルで女の子と会う機会が多かった俺だから大丈夫だったものの、普通の男子ならオチて好きになっちゃうレベル。

 あれ、俺女の子と結構会ってるのに出会いが一切ないぞ? これって何かの呪いかな? 悲しくなってきた。

 

 

「岡崎君って、色んな意味で凄いな……」

 

「どういう意味だよそれ。ったく、ほら、お前らも何に対してむくれてるか知らんが、時間が潰れたからもう学校に行く準備をしろ」

 

「「「むぅ~……」」」

 

 予想以上に喋っていたせいか時間が潰れてしまった。仕方ない、放課後の練習を多めにするか。いつまで膨れてんだこいつら。怖くないからやめろ。逆に可愛いだけだぞ。

 

 

「じゃあ東條もそろそろ学校行く準備した方がいいだろ? 俺達はもう行くよ」

 

「そうやね、じゃあ、ほなな~」

 

 後ろでブツブツ話し合っている3人をよそ見に、俺達は学校へと向かった。何話してんだよ怖いよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休み時間。

 

 

 俺達は1年の教室に出向いていた。昨日穂乃果が言っていた歌の上手い子に会うためである。

 

 

「失礼します!」

 

 穂乃果の声を合図に続いて行く海未とことり。俺は行かない。何故かと言われれば、変な噂が多く立っている俺が1年の教室に入ったら警戒されかねないからだ。

 自分で言ってて空しくなってきた。悪気があるわけじゃないのよ。全部誤解と偶然で出来てしまった不幸な事件なのよ。

 

 そんなわけで俺は廊下で待機中なのだ。うん、まあ、ここでも十分怪しいけどね。めっちゃ見られてるし。そんな見られたら腹が痛くなってくるわ。……あっ、本当に痛くなってきた。ダメだ。トイレ行こう。

 

 一刻もここから離れたい俺は、海未の携帯にトイレに行くから逐一連絡してくれと頼み、走った。男子が少ない、もとい俺1人だけというせいか、男子トイレは2階に1つだけしかない。

 だから体育の時でもいちいち2階まで行かなきゃいけないのは大変不便なのである。もしそのせいで俺のダムが決壊したらどうしてくれるんだろうか。それじゃ俺が社会的に死ぬだけだ。いや最悪じゃんそれ。

 

 

 用は済み、トイレに出ると同時に自分の携帯を確認すると、海未から連絡が入っていた。どうやら例の1年と一緒に屋上に行ったらしい。この文面だけ見ると、なんか上級生が下級生を恐喝してるみたいだな。

 はてさて、1年の子は協力してくれるだろうか。してくれないとほとんど、いや、ほぼ完全に手詰まりになる。今は屋上に向かおう。

 

 まだ見慣れない屋上に足を進め、ドアの向こうに見知った幼馴染の他に、1年という証拠のリボンを胸に付けている女生徒が1人、恐らくあの子がそうなのだろう。

 俺も話に入らないと――、

 

 

「お断りします!」

 

 ドアを開けた直後に、それは聞こえた。

 思わず動きが一瞬止まってしまうのを感じてから、海未の側に駆け寄る。穂乃果と1年の女の子は俺に気付いたようだが、気にも介さず会話を続けている。せめて一言ないと無視されたかと思うんだけど。この学校に来てから無視というかスルーが多くなってる気がする。俺の影が薄いわけじゃないよね? もしかしたらその内「僕は影だ」とか言いながらミスディレクション使える日がくるかもしれない。来ないか、来ないな。

 

 

「お願い。あなたに作曲してもらいたいの!」

 

「お断りします!」

 

「で、状況はどうよ?」

 

 小声で隣に海未に聞いてみるが、

 

 

「見ての通りです。さっきからあの押し問答がずっと続いています」

 

「まあ、そうだよな……」

 

 穂乃果が必死に食らいついているが、あの1年の女の子、赤髪が肩くらいまであって癖毛なのかは知らないが、首辺りから巻かれてるのが特徴だな。その見た目と同じくらい、強情で、意見を曲げずに断っている。

 でも、何であんなに頑なに断るんだ? 作曲が出来るって事は、それなりに音楽に精通していて、音楽も好きなはずじゃないのか?

 

 

「もしかして、歌うだけで、作曲とかは出来ないの?」

 

 おい穂乃果、その言い方は人によっては煽ってる感じに聞こえてしまうぞ。つか何、お前作曲出来るって確信があったわけじゃないの?

 もしそれで出来なかったオチだったら俺達終わるよ?

 

 

「っ、出来ないわけないでしょう!」

 

 良かった終わらなかった。変なオチで絶望見る羽目にならなくて良かった。

 

 

「……ただ、やりたくないんです。そんなもの」

 

 そんなもの……? 何だ、何か理由があるのか?

 音楽に精通していて、作曲が出来るほど凄いのに、そこまでやりたくない理由が。

 

 

「学校に生徒を集めるためだよ! その歌で生徒が集まれば――、」

 

「興味ないです!」

 

 穂乃果の言葉は遮られ、そのまま女の子は行ってしまった。

 

 興味ない、か。ちゃんとした理由は分からなかったが、まさか興味ないなんて言われるとはな。でも実際そうなのかもしれない。考えてみればおかしな事でもないのだ。

 俺達みたいに生徒を集めようとしてる者もいれば、別に今のままの状態でもいいと思う者もいる。だが、まさかそう思っているのが1年生とは思わなかったな。

 

 

「お断りしますって、海未ちゃんみたい……」

 

「あれが普通の反応です」

 

「はあ~、せっかく海未ちゃんが良い歌詞作ったのに……」

 

 何? 海未のヤツいつの間にそれを完成させたんだよ。昨日の今日だぞ。いくら何でも早すぎる。早いに越した事はないけどさ。これが元中二びょ、ゲフンゲフン、ポエマーの為せる技か。出来が超気になる。

 

 

「!? ダメです!」

 

「おおっ!? なあんで~! 曲が出来たらみんなで歌うんだよ!?」

 

「それはそうですが! ……はっ! ま、まだ曲名が決まっていないので、未完成品を渡すのは相手にも失礼かと思います!」

 

 どんだけ必死なんですか海未さん。曲名なんて曲が出来てからでも間に合うでしょうに。

 

 

「じゃあ、ここで曲名決めちまうか」

 

「え」

 

「だから、ここで曲名決めたら、もし作曲出来る人に会えたらすんなり渡せるだろ?」

 

 恥ずかしがりな海未にはこうやって強引にいって逃げ場をなくせばいいのだ。

 退路が断たれた海未に残された道は1つ。

 

 

「……はい」

 

「よし、良い子だ」

 

 聞き分けの良い子は拓哉さん大好きだぞー。これで合法的に海未の書いた歌詞を見る事が出来る。

 

 

「よし、穂乃果、歌詞を広げちゃいなさい」

 

「あいあいさー!」

 

 いやどこの隊員だよ。ノリは評価するけどさ。

 ことりも何気に敬礼するんじゃありません。超可愛いから。

 

 

「さてと」

 

 地面に広げられた紙に目を通す。どうやら本当に曲名はまだ決めてないようだ。

 

 

「曲名を決めるなら当然と言えば当然、歌詞をヒントにしないといけない。てなわけで歌詞を見ろお前達」

 

 各々が歌詞に目を通す。当人の海未は顔を赤くしながらもじもじしながら見ていた。

 うわ超可愛い何こいつ最高かよ。こういうギャップがたまらんのが海未の良い所だな。何考えてんだ俺歌詞を見ろよおバカ。

 

 えーと、何々。

 

 

 

 

 『うぶ毛の小鳥たち、いつか空に羽ばたく』

 

 『諦めちゃダメ、その日が絶対来る』

 

 『希望に変われ』か、

 

 全てに目を通して、抱いた事、思った事、それは。

 

 

「ははっ……何だこれ……」

 

「あの、や、やっぱりダメでしたでしょう――」

 

「すげえよ海未!」

 

「……え?」

 

「全然ダメなんかじゃねえ。むしろ良すぎるくらいだ。素人の俺だけど、歌詞に全く違和感がなかった。心にストンと収まるかのような歌詞だった。STARTDASH……今のお前らにピッタリで良いじゃねえか!」

 

 決して嘘ではない事を言った。正直ここまで完成度が高いとは思わなかった。

 中学の時にポエム書いてたとか、そういう事はともかく、これは非常に才能があるのではないかと個人的に思う。俺じゃこの出来は出来ないな。

 

 

「そ、そうですかっ。そう言ってもらえると、こちらとしても頑張った甲斐があります……」

 

「頑張ったっておま、昨日今日でこの出来は十分すぎるくらいだぞ。やっぱり海未が歌詞担当で正解だったな」

 

「そんなに言わないで下さい恥ずかしいです! そ、それより、この曲名を考えないとですよ!」

 

「お、ああ、すまん、そうだったな」

 

 しまった。思った以上の海未の健闘さに我を忘れてしまってたか。

 それにしても、

 

 

「こんなに良い出来なんだ。海未は自分で何か曲名を思いつかなかったのか?」

 

「何個か思いついたのは思いついたんですが……」

 

「何々海未ちゃん!?」

 

「こら穂乃果、何個も聞いてちゃ埒が明かないでしょうが。海未、思いついた内の1番良いと思ったのを言ってくれ」

 

 休み時間も限られてる。

 出来れば今のこの休み時間の内に決めておきたい。

 

 

「自分で1番良いと思ったのは、『STARTDASH』なんですけど……」

 

「なるほど」

 

 確かに歌詞の中にも入ってあるし、曲名にするにはしっくりくるかもしれない。なら何故それを採用しなかったのか。

 

 

「俺にはそれで十分だと思うんだけど。海未は何を感じたんだ?」

 

「上手く言えないんですけど、もう一手間が足りないような気がするんです」

 

 もう一手間、か。この『STARTDASH』に一手間を加えるなら、前後に文字を入れるのはダメだ。それじゃ一手間じゃなく改造になっちまう。

 なら『STARTDASH』の中に何か、らしいと思わせるような記号を入れた方がいいだろう。こいつらに合う、ピッタリな何かを。

 

 

「じゃあ何か“区切る”ような、そんな感じのを入れてみたらいいんじゃない?」

 

 不意の穂乃果の言葉だった。それに不思議とピンときた。

 

 

「穂乃果、お前はやっぱり言い出しただけの事はある。今良い事言ったぞお前」

 

「ほぇ?」

 

 言った本人は何のこっちゃと言った顔をしているが、もうこれ以外に俺の中でしっくりくるものはなかった。

 

 

『START:DASH』

 

 

「『START:DASH』、ですか?」

 

「ああ、今のお前達を表すなら、STARTDASHが合ってる。始まり、そしてそこから駆け出す。そこに、区切りの意味も持つ:(コロン)を入れて、2つの意味をそれぞれに強調させるんだ。それによって、一気にこの曲のメッセージ性も高まる……って感じなんだけど、どうかな?」

 

 俺の問いに3人はしばし黙っていた。

 曲名と歌詞を交互に見直して、それから発せられた言葉は、

 

 

「うん、うん! いいよたくちゃん!! 私もこれがいい! 何か凄くしっくりくるよ!」

 

「私も、ずっと引っかかってた何かがようやく解けました。これなら言う事もありません」

 

「たっくん凄いねえ! 私何も思い付かなかったよ」

 

 どうやら大好評らしい。これなら考えた俺も少しは報われるってもんだ。ほんの少しは役に立てた、か?

 

 

「よし、じゃあこの歌の曲名は、『START:DASH』だ」

 

「「「うん!」」」

 

「さて、曲名も決まった事だし、私もう1回あの子誘ってみる!」

 

「わぁ~! ちょっと待って下さい! まだ心の準備が!」

 

「いいじゃん、曲名も決まったんだし!」

 

「それは、そうですけど……!」

 

 またやってるよこの子達……。

 飽きないねえ~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、思わぬ来客が屋上に訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「生徒会長?」

 

「……会長」

 

「……ちょっと、いいかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、1つの嵐がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、曲名も決まった。



そろそろ1年のあの2人と再会、岡崎と真姫の本格的な対話が書けるはず。
次回かどうかは分からない。



ラブライブサンシャイン。
応援します。
でも、μ’sもそのままでやってほしいなぁ。


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17.決まった女神達の名前

 

 

 

 

 

 

 

 授業中。

 

 

 本来なら、生徒の全てが真面目に先生の話を聞いて勉強するのが当たり前なのだが、その生徒の全てがちゃんと聞いているわけではない。

 眠気に負けて寝る者もいれば、影で喋っている者もいる。ふざけてノートに落書きをしてる者もいれば、ただボーっとしているだけの者もいる。

 

 そして、俺の前に座っている高坂穂乃果という少女は、そのどれでもないパターンをとっている。

 簡単に言えば、考え事だ。

 

 数学の先生の言っている事に全く耳を貸さず、ペンも動いてない。いつもの穂乃果なら、ペンを持っていない時はほぼ確実に寝る。この学校に来てたったの数日で分かった事だ。そんな穂乃果がペンを持ちながらも動かないのは、考え事をしているのは、つい先程、屋上での絢瀬会長との会話が原因だろう。

 

 

「逆効果か……」

 

 ふと漏れた穂乃果の独り言を不覚にも聞いてしまった俺も、さっきの出来事を思い出してみる。

 

 

『スクールアイドルが今までなかったこの学校で、やってみたけどやっぱりダメでしたとなったら、みんなどう思うかしら?』

 

『私もこの学校が無くなって欲しくない。本当にそう思っているから、簡単に考えてほしくないの』

 

 それは会話というより、一方的に意見を押し付けているかのような言い回しでもあった。相手に言い返させない、反論をさせない。その上で、遠回しに今やっている活動を止めろという意思が、心のあちこちに気持ち悪く混じってくるかのように。

 でも、会長の言い分も決して間違いではない事を俺は知っている。先日、俺と会長と東條の3人だけが残った時に、全部ではないが、会長の気持ちを聞く事が出来た。会長も会長でこの学校を守りたいと思ってる。だから軽薄な行動はしてほしくないと。

 

 でも、それを聞いたのは俺だけで穂乃果達は聞いていない。俺の気持ちは前に言った。だから今度は、会長の気持ちを聞いた上で穂乃果がどう思うのか、どう行動するのかを、俺は見届けないといけない。だからこそ、屋上で会長と会った時は俺は一言も喋らなかった。出る幕はないと思って、ここで前に出るわけにもいかなかった。

 結局、すぐに時間が来てしまい穂乃果は何も言わず、会長も何も言わずこの授業を迎える事になったのだが。

 

 

「そうかもなぁ……私、ちょっと簡単に考え過ぎだったのかも……」

 

 今こうして、穂乃果はさっきの事で思案をしている。俺は俺で結論を出した。でもそれはあくまで俺の結論だ。

 ただの手伝いで、表向きには何もしないし出来ない俺の結論だった。ここは言いだしっぺである穂乃果の結論が必要だ。何かをやる穂乃果だからこそ出る結論が必要なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと気付いたのですか……」

 

 休み時間。

 いつもの中庭で、穂乃果は先程の気付いた気持ちを海未達に話していた。

 

 

「でも、ふざけてやろうって言ったわけじゃないよ。海未ちゃんのメニュー、全部こなしているし、おかげで足は筋肉痛だけど……」

 

「確かに、頑張っているとは思いますが、生徒会長が言った事はちゃんと受け止めなくてはいけません」

 

「当たり前だ。そもそもふざけてやってたら俺が手伝うわけないだろ? 会長の言った事も正しいっちゃ正しい。でもお前達のやってる行動も、正しいっちゃ正しいんだ」

 

「私達のやってる事って、正しいの?」

 

「なら簡単で単純な言い方に変えてみるか。学校を守りたいから行動する。それのどこが悪いんだ? ただ会長が言いたいのは、お前達がやってるスクールアイドルはリスクも高いんだよ。上手くいけばプラス、上手くいかなかったらマイナス。その揺れ幅が大きいからこそ、会長も危惧しているんだ。もし上手くいかなかったら……って考えてるんだよ」

 

 穂乃果も会長も、どちらも学校を守りたくて行動して、だからこそぶつかってしまう。お互いの感情論や合理性が強ければ強いほど、反発してしまう。特に会長の場合は合理性も考えているとは思うが、その他にも何か、別の思いがあるようにも見える。それが何かは、まだ分からない。

 

 

「そうだよね……あと一ヵ月もないんだもんね……」

 

「ライブをやるにしても、歌う曲くらいは決めないと……」

 

「今から作曲者を探している時間はありません。歌は他のスクールアイドルのものを歌うしかないと思います」

 

「そうだよね……」

 

 これは苦渋の決断だろう。ついさっきまで、あんなに嬉々として曲名が決まった事を喜んでいたのに。

 自分達のオリジナルが、時間がないという理由でこうもあっさりと白紙にされる。それは決して気持ちよくはないだろう。理解はしても、納得は出来ないだろう。本意ではないのだから。

 

 だから。

 

 

「確かにもう無理なのかもしれない。でも、諦めるにはまだ早いんじゃないか?」

 

「たく……ちゃん?」

 

「時間がないのは確かだ。でも、せっかく海未が作詞をしてことりが衣装を作ってるんだ。なら、時間がない中でも穂乃果、お前がやるべき事は諦める事なんかじゃない。活路を見出すんだ」

 

「でも、どうやって……?」

 

「それは俺からは言えない。お前が見つける事に意味がある。それでももし俺から何かを言うとするならば、もう一度、よく考えるんだ」

 

 こればかりは言えない。もう俺の言う事は何もない。今からは穂乃果が答えを見つけなければならない。このまま会長に言われた通り活動を止めるのか。やるにしても、自分達のオリジナルではなく、他のスクールアイドルの曲をカバーするのか。それとも、最後まで足掻いて活路を見出すのか。

 

 

「んじゃ、今は解散だ」

 

「「「え?」」」

 

「言ったろ。よく考えるんだって。ここにいてもずっと止まったまんまだ。なら何でもいいから動いてみろ。何か見出せるかもしれないぞ」

 

 これは一種の教えでもある。答えを出してやるのではなく、答えの出し方を教えるという、魚を欲している者に魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教える寸法だ。俺がこいつらを導いていく事に異論もないし、疑問もない。むしろ俺が決めた事だ。

 

 でもこのままずっと俺が答えを出してやるわけにもいかない。こうやってこいつら自身にも考えさせて、答えを見つけさせるのも俺が考えた手伝いの一環だと思っている。それ故の発言だ。

 

 歩き去っていく穂乃果を目にしながら、海未とことりには教室に戻っていてくれと言っておいた。

 

 と言っても、今回は海未とことりには何もしなくていいと伝えたのだ。この2人は作詞、衣装とやるべき事をやってくれている。なら、あとは穂乃果にやらせるしかない。作詞も出来ない、衣装作りも儘ならない、そんな穂乃果が出来る事と言えば。

 

 考え、悩み、閃き、決断する事だ。

 穂乃果には小さい頃から人を惹き付けるカリスマ性のようなものがあると思っている。俺も海未もことりも、幼馴染という事もあるとは思うが、そうやって穂乃果に惹き付けられた部分もあると思っている。

 

 

 

 

 

 そんな穂乃果だからこそ、また何かをやってくれるんじゃないかと期待を込めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何でもいいから動いてみろ。

 

 

 

 

 

 そう言われたから、とりあえず適当な場所へ、高坂穂乃果は向かっていた。

 その道中、特に何かを考えていたわけではない。ただ、気付けばこの場所に来ていた。

 

 掲示板。

 初ライブ、そしてグループ名募集と掲げられた紙と、その下にある箱。

 

 いずれも活気に満ち溢れていた時に作ったものだった。その時の自分はただの閃きでしか考えていなくて、簡単に考え過ぎていたのかもしれない。その場のテンションに任せて、ノリに近い何かでやっていたのかもしれない。

 さっきまで何も考えていなかったせいか、ここに来て一気に思考が深くまで陥る。

 

 会長に言われた事を思いだし、どうするかを考える。

 もちろん、ここに来てアイドル活動を止める気なんて更々ない。ただ、それ以上に会長に言われた事は重かった。深く胸に突き刺さった。会長も必死に学校を守るために動いている。必死に、悩んで、苦労して、他の生徒会員と意見を交えながら、マイナスにはならない。プラスになる合理性の伴った案を出そうとしている。

 

 それに比べて自分は何だ。一度UTX学院に行ってライブを見て、それで自分達もスクールアイドルをやろうという、とても簡単で、とても単純で、とても馬鹿げた案ではないのか。計画性もなく、プラスにもマイナスにも、いや、マイナスになり得る可能性の方が大きい。リスクが高い、90%の確率で負けると分かっているような賭けではないか。

 

 それでもここまで進んで来た。協力してくれる幼馴染が出来て、作詞も出来て、衣装も順調に進んでいて、いつだって自分を導いてくれる人がいて、ここまでやってこれた。でも、肝心の作曲者がいない。それだけで今までの苦労は水の泡になってしまう。基礎体力は付いたとして、最初は自分達のオリジナルをやろうと心に固く決めていた。

 

 なのに、今ではそれが出来ない状態にまでなっていた。どうしてだ? 昨日までは拓哉達に自信満々に言っていたのは誰だ? 無責任に作曲者が出来ると期待させておいたのは誰だ? 自分だ。そしてその結果がさっき見事に断られた。手詰まり。自分達の最初のオリジナルへの道は、途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 はずだった。

 

 

 

 

 

 

「どう、練習は?」

 

 そこに、聞きなれた声が耳を通った。

 

 

「ライブ、何か手伝える事があったら言ってね」

 

 ヒデコ、フミコ、ミカの3人の、穂乃果の友の声だった。

 

 

「照明とかお客さんの整理とか、色々やらなきゃいけないでしょ?」

 

「え、本当に? 手伝ってくれるの?」

 

「うん、だって穂乃果達、学校のために頑張っているんだし」

 

 どんどん、暗くなっていた道に、徐々に光が戻り始める。

 

 

「クラスの皆も、応援しようって言ってるよ!」

 

「……そうなんだ」

 

 活気が少しづつ戻っていくのが分かるように、穂乃果の顔にも表れていた。

 

 

「頑張ってね」

 

 その一言で、全てが戻る。

 

 

「……ありがとう! ばいばーい!!」

 

「「「ばいばーい!」」」

 

 感謝の意味も込めて、手を振る。

 

 その顔には、もう一切の迷いもなかった。どれだけ会長に痛い正論を言われようと、時間がなかろうと、やるったらやる。それが高坂穂乃果だった。いつも元気で、唐突で、考えなしに誰かを巻き込んで、無茶ばかりして、それでも、最後にはどうにかやってしまう。その結果にいつも誰かが魅了される。

 

 

 

 

 

 そして、そんな穂乃果に目を付けられた者は、決して逃れられない。

 

 

 

 

 

 そのしぶとさもまた、高坂穂乃果の一部分なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとな。ヒデコ、フミコ、ミカ」

 

 角を曲がった所で少年の声がした。

 

 

「あら~? 珍しくちゃんと名前呼ぶなんてどういう風の吹き回しかなあ?」

 

「うるせ、こういう時もあるわ」

 

 ヒデコの声に反応するように首を向けてくる少年、岡崎拓哉だった。

 

 

「あいつが、穂乃果が悩んでたのをお前らが助けてくれたからだよ」

 

 そう言う拓哉の顔は、いつもふざけあっている3人だからこそ、少し言うのが躊躇っているのか言いにくそうな感じである。

 それに対し、

 

 

「助ける? 何を? 私達はただ純粋に穂乃果達を応援してるだけだよ。ね?」

 

 億劫そうに、

 

 

「そうだよ、学校を守ろうと頑張る友達を手伝うなんて、普通でしょ!」

 

 何を今更とでも言うかのように、

 

 

「これくらいしか出来ないけど、私達も出来る事はしてあげたいしね」

 

 当然とでも感じさせるかのように、

 けれど、温かい言葉だった。

 

 

「……それがありがたいんだよ」

 

「ありがたい?」

 

 俯いて表情が見えない拓哉の顔を覗き込む形で、ヒデコが顔を下げる。

 

 

「ああ、俺はあいつらを手伝う立場だ。活動をやっていく上で側にいなくてはならない。でも近い立場だからどうしても言えない事もある。いつも答えを出してやれるわけでもないんだ。だから、近からずも遠からずにいるお前らがああ言う事で、客観的にどう見られてるか分かった穂乃果は、また走り出せる。その道を開いてくれたのは間違いなくお前らだ。だから、ありがとな」

 

 顔を上げたその顔は、大切な何かを見守る慈愛を感じさせるような表情だった。

 

 

「……なるほどねえ。ならその言葉、ありがたく貰っておくよ」

 

「……何か上から目線だなオイ」

 

「実際礼を言われたから上から目線で言ってるんですけど?」

 

 気付けばいつも通りのやり取りがそこにあった。結局はそうなのだろう。彼も彼女達も、心から応援してやりたい友がいる。心から手伝ってやりたいと思える人がいる。だからそこに、特別な理由なんていらなかった。純粋に思う一つの感情で、彼ら彼女らは動けるのだ。

 

 

「穂乃果を見届けるためにこんな所まで着いてきてるって、アンタはストーカーか何かかな?」

 

「なっ!? ふざけんな、見守っていると言えバカ野郎!」

 

 また変な噂が立ったらどうしてくれんだよ……、と頭を抱える少年を見ながら、

 

 

「自分じゃ言えないからって、心配で着いてくるヒーローなんて拓哉君くらいかもね。はじめてのおつかいの子供を見守る親か」

 

「何、俺の事バカにしてる? やるか? お?」

 

 ファイティングポーズポーズをとる拓哉を素通りして、数歩歩いた所で3人は綺麗に同時に止まる。

 

 

「それとさ、言っておくけど」

 

「ん、何だ?」

 

 スルーされた事に関して動じない辺り、いつもこんなコントをやっているのが想像できてしまう。

 というのはさておき、

 

 

「私達は穂乃果達を応援や手伝うって言ったけど、」

 

 そこで一区切りしてから、しっかりと聞こえるように、

 

 

「拓哉君、あなたの事も応援してるし、私達に出来る事なら手伝うって事だからね!」

 

「……ああ」

 

 それだけを言ったヒデコ。他の2人もそれと同意見とでも言うかのような表情をしている。

 

 

「言いたい事は済ませたし、じゃあまたね!」

 

「ばいばい拓哉君!」

 

「お互い頑張ろうね、じゃあまた」

 

「またな……」

 

 別れを済まし3人が見えなくなった所で、拓哉は1人壁にもたれ掛かった。

 

 

「……ったく。痛い事を言ってくれるなあいつら……」

 

 それは、悪態をついているわけではない。むしろ喜びを表した声だ。

 

 スクールアイドル活動において、アイドル自身は振り付け、衣装、作詞、作曲、トレーニング等をしていく。しかし、それだけが全てではない。以下の事を全てやった上で、これからの事をしていかなければならない。

 PV撮影、そのための準備、つまり照明、カメラ、構成、etc……それら全てを全部やって初めて一つの活動が出来る。

 

 しかし、それを拓哉1人でやるのは確実に不可能と言ってもいい。手は2本しかないのだ。限界はある。だからこその、さっきのヒデコ達の言葉が染みた。この学校の事をよく知っているあの3人なら、手伝ってもらうには十分な力になる。

 

 端的に言うと、ヒーローにも支えは必要なのだ。

 

 

「ま、ヒフミには、いっぱい手を貸してもらうか」

 

 穂乃果の事を思いだし、すぐに切り替えると、何やら箱の中を見た穂乃果が声を上げていた所だった。

 

 

「見た所によると、何か入ってたか」

 

「たくちゃん!」

 

 顔を見る限り、もう答えを見つけたというのは一目で分かる。

 だから、もう一度、本人の意思を確認するために、

 

 

「穂乃果、答えは見つかったか?」

 

「……うん! 私、やるったらやる! ヒデコ達のおかげで分かったよ。諦めないのが私なんだよ。しつこいのが私なんだよ。簡単に諦めちゃダメだったんだ。しつこいくらいが私なんだよ!」

 

「……よく言ったぞ、穂乃果。お前が簡単に諦めてしまったら、海未もことりもそれに流されてしまう。お前はお前で突き進むんだ。自分の答えを信じろ」

 

「うん!! ありがとね、たくちゃん!!」

 

「……お、おう。急に眩しい笑顔になんなよ。目眩しそうになるわ」

 

 照れ隠しに顔を逸らす。これが困った時の拓哉の対処法だった。

 

 

「そうだ。たくちゃん、グループ名募集の箱に紙が入ってたよ!」

 

 穂乃果の手から差し出されたのは、小さく折りたたまれた一通の紙。

 恐らく、これでグループ名が決まるであろう事に、穂乃果は嬉々とした表情だった。

 

 

「嬉しいのは分かるが、それを見るのは教室で待ってる海未とことりのとこに戻ってからだ」

 

「はぁーい! 早く戻ろたくちゃん!」

 

「これこれ、手を引っ張って走るんじゃありませんことよ」

 

 

 

 

 拓哉の顔は、穂乃果の笑顔を見て安堵した表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「入ってた?」

 

「本当!?」

 

 教室に戻った俺と穂乃果は、戻ると同時に穂乃果が2人に自慢げに紙を見せていた。

 

 

「あったよー! 1枚!」

 

 たった1枚。されど1枚だ。この1枚で全てが決まる。

 穂乃果が紙を見ようと開けるのを見て、海未とことりも駆け寄る。かくいう俺も駆け寄る。だって気になるじゃん? せっかくのグループ名だし。

 

 でもこういう類にはおふざけの部分もある。例えば、誰かが面白がって『ちくわ』など、『学食のカレーがマズい』などの、関係ない内容の紙を入れる輩がいるのだ。前に俺がいた学校でもそんなのがあった。ていうかおい、学食のカレーマズくないだろ。俺は好きだぞ。前の学校のだけど。

 

 

「……ユーズ?」

 

 そこにはμ'sと書かれていた。穂乃果さん、読めてないんですがそれは。

 

「多分、μ's(ミューズ)じゃないかと」

 

「ああ、石鹸?」

 

「違います……」

 

 言うと思ったけどね。言うと思ったけどね!! 流石は穂乃果クオリティーである。自信満々に言ってるこの子はそろそろ本気で勉強した方がいいと思います。

 

 

「恐らく、神話に出てくる女神から付けたのだと思います」

 

 ほへ~、海未さんよくもまあそんな難しい事知ってますね~。ギリシャ神話なんて普通の女の子は知らないはずなんですがねえ……。あっ、そういや海未は中学の頃少し中二びょ――、

 

 

「拓哉君、今何か凄く失礼な事を考えませんでしたか……?」

 

「ひゃ、何も考えてませんけど……っ」

 

「ならいいのですが……」

 

 何この子も読心術心得てんの? 東條といい海未といい流行ってんのかこれ。海未の場合は殺意が込められている気がします!

 

 

「良いと思う! 私は好きだな!」

 

 ことりが好感触の反応をした。僕はことりが好きです! いや、大好きです!

 告白して振られるまで想定している俺に抜かりはなかった。振られちゃうのかよ。

 

 

「……μ's……うん! 今日から私達は、μ'sだ!」

 

 穂乃果の一声で、決まった。

 海未も異論はないようだ。俺も別に異論はない。何故かしっくりくるような感じがするし。それにまあ、ふざけたのが入ってなくて良かったと安堵している。

 

 

 

 

 

 μ's。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それにしても、μ'sは確か9人の女神を意味しているはずだ。これを書いた人物はそれを何か意識して書いたのだろうか。こいつらが3人だけと知らないのにμ'sと書いたのならば、そこに何の意味があるのか。俺にはまだ分からない。

 

 でもこの名前に違和感がない、つまりしっくりきているという事は、何か意味しているのだろうか。まさか、メンバーが増える……とかか?

 

 

 

 

 まあ、それを考えるのはまだいい。

 

 

 

 

 

 

 今は、グループ名が決まった事に喜んでいるこいつらを、見届けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 いや、GWだったからちょっと時間が遅れただけなんですよ……。
 沖縄に行って参りまして、ひゃっほうと海に入ったら冷たいし風凄いし寒いし良い思い出になりました。
 いつもPCで書いてるので、沖縄にいる間は一文字も書けませんでした。フヒヒサーセン。



次回、あの2人と再会、そして真姫との対話になります。多分。


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18.校内での再会

 

 

 

 

 

 

 授業の終わり。

 

 

 それは朝からずっと机と椅子に縛り付けられていた生徒にとっては、開放感が得られるほどに喜ばしいものだった。

 

 これから活き活きと部活に行く者もいれば、部活に所属していない者は友達とわいわい喋りながら真っ直ぐ帰るか、軽く寄り道をしながら帰るのだろう。そんな、朝とはまた違う活気に溢れるのが放課後というものだ。

 

 そして、小泉花陽もまた、帰宅するための準備を済まし、自分用のロッカーまでの短い距離を0にするために教室を出る。

 当然、廊下に出れば嫌でも帰ろうとする生徒の話し声が次々と聞こえる。ロッカーに着き用を済ませると、数ある話し声の中から1つの話題が耳に入ってきた。

 

 

「屋上でいつも練習してるんだってー!」

 

「うちの学校でスクールアイドルやる人がいるなんて思わなかったー!」

 

 自分もそう思っていた。まさか自分が通っているこの音ノ木坂学院でスクールアイドルをやる人が現れるなんて、と。

 でも現れた。ご丁寧にさっき教室までやって来て説明もしていた。だから誰がスクールアイドルをしようとしているのかも顔を見れば分かる。

 

 

 正直、羨ましい、と思った。

 

 

 何であんなにもはっきりと言えるのだろう。認知度はまだ全然低い。なのに堂々と笑顔でその人は言っていた。何であんなにも自信満々にスクールアイドルをやろうと思えるのだろう。自分ではそれが無理だったのに。

 自身の引っ込み思案な性格故か、それともただ単に自信がないだけか。『アイドル』という称号、肩書きに引け目を感じているのか。

 

 恐らく、全部だろう。

 だからいつも踏み止まってしまう。やりたいと思っても、どんなにそこの立場に行きたくなっても、結局は最後の最後で止まってしまう。“憧れ”で止まってしまう。その先へ進めずにいる。

 

 それが良いのか悪いのかと言われれば、当人以外は誰にも分からないだろう。結局は決めるのはその自分自身なのだ。自信が良いと思えば良いし、悪いと思えば悪い。良いならそれまでなのだが、悪いと思うのならそれを変えるための努力をしなければならない。

 

 そう思い続けて、この結果だ。現状は何も変わってはいなかった。

 これが小泉花陽。

 

 1人じゃ何も出来ない。進む事さえ儘ならない。いつも仲良くしてくれる凛に甘え、その凛にも本音を言えずにいる自分は一体どれほど弱いのだろうか。ネガティブ思考というのは、考えるだけでどんどんと底なし沼のように深みに落ちていく。

 

 

「かよちん帰るにゃー」

 

 不意に呼ばれた自分の名前に反応するように、このあだ名で呼んでくる者は1人しかいないと確信を得ながら、安堵する。

 

 

「う、うん」

 

 凛の声によって少しの間ネガティブ思考が止まる。タイミング良く来てくれた幼馴染に心で感謝しながら返事を返す。しかし、さっきまで考えていた事はそう簡単には忘れられない。こうやって、いつもいつも凛に甘え支えてもらっている。言うと本人は否定しそうだから言わないが、少なくとも花陽は凛に感謝してるのだ。

 

 もし、凛に本音を言って、相談に乗ってもらったら彼女は何と言うだろうか。確実に、応援はしてくれるとは思う。けれど、そこまで。それ以上は、凛も何も出来ないだろう。凛は花陽みたいにスクールアイドルに別段興味があるわけでもない。

 

『頑張って』、『応援するよ』、『何かあったら手伝うよ』くらいが限度だろう。決して、そこから先へは踏み込んでこない。というより、まずこうして凛を少しでも巻き込もうとしている事自体が間違いなのだ。自分で理由を探して、自分で決断して、自分で行動しなくてはならないのに。

 

 根本的な問題から間違っている。そんな事を分かっていながらも、何かを支えにしながらじゃないと進めない自分に嫌気がさす。

 そこで、ふと何かに切り替えられたかのように、思考が逸れる。

 

 もし、もしあの茶髪のツンツン頭の少年なら、どう思ってくれるのだろうか。本音を言った上で、何を自分に言ってくれるのだろうか。男子が苦手になっていた凛を良い意味で瓦解してくれたあの少年なら、自分にも気付かない何かを言ってくれるんじゃないか……?

 

 そんな事を思いながらも、その1つの思考を頭の隅へ追いやる。あり得ない事だ、と頭の中で吐き捨てる。例え、この前見た男子生徒の後ろ姿があの少年に似ていたとしても、変な噂が絶えない時点で確実に違うと断言出来るくらいには、花陽はその少年を短時間で信頼していた。だからこそ、ほんの少しの期待も捨てる。

 あの少年がここにいるはずがない。たったの一度だけ会って、それでいてこの広い世界で偶然にも、この学校に転校してきた唯一の男子生徒があの少年などとの可能性は0に等しい。

 

 

 だから、有り得ないと。

 無理矢理に思考を途切れさせると、視界の端に見慣れない、いや、最近見慣れたばかりの姿が目に映った。2年の先輩、スクールアイドルをやると言っていた人だ。

 

 

(どうしたんだろう……?)

 

 と、思った所ですぐに疑問は潰れる。

 きっとさっきのようにある少女を探しているに違いない。

 

 

「ああ~、誰もいない……」

 

「にゃ?」

 

 凛が当然のように先輩に向かって、いつもの猫の語尾を使いながらも問いかける。1年が誰もいない状況で1年に声を掛けられたなら、言葉の意味は伝わらなくても、意思は伝わるだろう。

 

 

「ねえ、あの子は?」

 

「あの子?」

 

 普通なら絶対に分からないような質問なのだが、花陽には分かる。さっき目的の人物の名前を言っていた事から、探しているのは――、

 

 

「西木野さん、ですよね。歌の上手い……」

 

 確かな確信の籠った声音で恐る恐る答える。

 

 

「そうそう! 西木野さんっていうんだ」

 

 やはり間違っていなかったみたいだ。

 

 

「はい。西木野、真姫さん」

 

「用があったんだけど、この感じだと、もう帰っちゃってるよねえ。だは~」

 

「音楽室じゃないですかー?」

 

 凛も花陽と同じ考えをしていた。

 

 

「音楽室?」

 

「あの子、あまりみんなと話さないんです。休み時間はいつも図書室だし、放課後は音楽室だし」

 

 そう、彼女、西木野真姫はいつも1人でいるのだ。誰かと喋るわけでもなく、誰かと仲良くするわけでもなく。友達という友達を作らず、いつも1人で、どこかへ行く。それが決まって音楽室なのだ。自分も何度か彼女の歌を聴いた事がある。だから歌が上手いのも知っている。

 

 

「そうなんだ……2人共、ありがとう!」

 

 そう言って、高坂穂乃果と名乗った先輩は音楽室へ行こうとする。

 何か一言、花陽が声を掛けようとしたその時――、

 

 

 そこへ、明らかに場違いな、異質な声が届く。

 

 

「おい穂乃果、何でお前はそういきなり飛び出していくんだよ。俺も着いて行くっつったのに置いてけぼりとか何? 陰で俺の事イジメようとしてる?」

 

「――え?」

 

 それは、男性の声だった。

 

 それは、男性というより男子の声だった。

 

 それは、この学校で唯一の男子生徒だった。

 

 それは、花陽にも凛にも見覚えのある容姿だった。

 

 それは、もう会えるはずないと思っていた姿だった。

 

 それは、かつて自分達を救ってくれたヒーローだった。

 

 

 

 

 

 

 岡崎拓哉。

 

 

 

 

 

 

 少年に救われた少女達は、まさかのヒーローとの再会を果たした。

 

 

「あっ、遅いよたくちゃん!」

 

 たくちゃんと呼ばれている少年に向かって、穂乃果が詰め寄る。たった今、少年が言った言葉通り、穂乃果が何かを言って教室から飛び出してきたのだろう。詰め寄られている少年は、え、俺が悪いの? 何かおかしくない? と眉を顰めながら困惑していた。

 

 恐らく2人は知り合いなのだろうと簡単に推測出来る。

 しかし、そんな事より、そんな事よりだ。見間違えじゃないなら、今目の前にいる少年は自分達を救ってくれた人だ。たくちゃんと呼ばれている事から岡崎拓哉なのだと判断も辛うじて出来る。

 

 なら何故彼は今ここにいる? こんな偶然があっていいのか? 凛の方を見ると、彼女も同じく硬直していた。彼女は拓哉の事になると少し人が変わる。それを知っている花陽はだからこそ今は自分が動くべきだと判断した。

 

 

「岡……崎……さん……?」

 

 色々な気持ちが混ざり合って緊張しているせいか、上手く声を出せず、やっとの思いで絞り出す。

 

 

「ん? あれ、お前らって確か……小泉と星空だっけか?」

 

 今まで穂乃果の相手をしていた少年の視線がこちらに向く。

 自分と凛の方を凝視して、数秒置いてから気付いた。気付いてくれた。覚えていてくれていた。

 

 

「そ、そうです……。あ、あの、覚えててくれたんです、ね……」

 

 緊張のせいでいつも以上に言葉が途切れ途切れになる。なのに、自分から拓哉へと話題を投げかける事に、何の躊躇いもなかった。

 

 

「んー、まあな。覚えてたって言っても会ったのつい最近だし、お前らの名前って結構珍しいからな。それも覚えてる要因の1つだと思う」

 

 そう言われて納得する。確かに自分達の名前は中々珍しいだろう。花陽、それに星空なんて名字もめったにない。だから覚えてる。覚えてる理由が何であれ、それが嬉しかった。

 

 

「そういや、あの日以降は大丈夫だったか? 何もなかったか?」

 

 あの日以降というのは不良に絡まれた日の事だろう。そそくさと帰って行ったせいかそこら辺の心配もしていてくれたというわけだ。

 

 

「は、はい。大丈夫でした。何もありませんでしたし……」

 

「そっか。それなら良かった。いやー、まさかこんな所で会うとはなー。偶然ってすげえな。ははっ」

 

 後の事を聞いて安堵したのか、目の前にいる拓哉は無邪気に笑い始める。こんな笑い方もするんだ……と内心微笑ましくなってたら、

 

 

「おーい、星空ー? お前も元気してたかー? おーい?」

 

 ずっと固まっている凛に思いっきり近づいて、凛の手をブランブランッと揺らしながら遊んでいた。これは非常にマズイ。凛が正気に戻ったらショートしそうだからだ。もうショートしているも同然なのだが、それ以上になったら困る。主に自分の緊張具合が今よりグレードアップしそうなのである!

 

 遊んでいる拓哉を止めようとした時、花陽以外の手が真っ先に拓哉の襟首を掴むのが見えた。

 

 

「たくちゃーん? 私着いていけてないから、ちょっと説明してくれるかなー? あとそれセクハラみたいなものだからね」

 

 笑っている穂乃果だった。ただし、その顔はいつもの穂乃果の笑顔とは程遠い笑顔だった。花陽にはいつもの笑顔が分からない。でも、今の穂乃果の笑顔は何というか、怖い。純粋にそう思っていた。

 

 

「あ、あの、穂乃果さん? 何故そのような笑顔でいて笑顔でないような顔をしていらっしゃいますのでございましょうか……?」

 

 かくいう拓哉も引きつった顔で穂乃果を見ている。あれは完全に畏怖している顔だ。人は笑顔で人を追い詰める事が出来るのかと、花陽は戦慄しながらも今の内に凛を復活させるために動く。今は拓哉達の方を見てはいけない。何となくそう思った。

 

 

「凛ちゃん、凛ちゃん。大丈夫……っ?」

 

「まあ待つんだ姫、まずはこの手を離そ――あれ? 君こんなに力強かったっけ? 一向に離れないんだけど。何で俺が逆に引き寄せられてるの? あれ?」 

 

 と、死角の方からそんな声が聞こえるが今は気にしない。とりあえず凛の体を何回か揺さぶる事で、何とか凛の意識が戻ってきた。

 

 

「……はっ! あ、れ……? かよちん?」

 

「良かったあ……もう大丈夫?」

 

「うん、もう大丈夫だよ。それより、さ、さっきのって、お、岡崎さんだよね!?」

 

 本当に意識が戻って良かった。ただ硬直していただけなのだが、全く反応しないから結構本気で心配していた花陽だった。

 

 

「岡崎さんなら、あそこだよ……」

 

 凛の質問に答えるべく、声のする方に指を指す。あまり見たくはないが、凛も見るなら自分も見ようと、変な覚悟を決めながら拓哉達の方を見る。

 そこには、

 

 

「いやぁぁぁあああああああああッ!? 2人共説明するの手伝ってェェェえええええええええええええええええッ!」

 

 襟首を掴まれながら謎の室内に連れ込まれそうになっている拓哉がいた。

 それはもう情けない程に声を上げながら。

 

 

 

 

 

 

 

 結局。

 程なくして、花陽と凛が仲裁に入り、穂乃果に説明をした。自分達が知り合った経緯を。不良から助けてもらった事を。それを聞いた穂乃果は渋々ながら納得し、拓哉を解放したのだった。その間拓哉はと言えば、涙目で体育座りしていて何も説明しなかった。

 

 

「はあ……まあそんな事だろうとは思ってたけど。たくちゃんらしいねえ」

 

「ねえ、最初からそう思ってたんなら俺に恐怖植え付ける必要なかったよね? 軽くトラウマレベルだよあれ。女の子ってあんなにバカ力隠してんの? ちょっと勝てる自信なかったよ俺」

 

 らしくない様子で片手で頭を押さえる穂乃果に抗議する拓哉。軽く女性恐怖症になってもおかしくない恐怖を穂乃果に見せられたせいか、その顔は少し青ざめている。女子は怒ったらとてつもなく怖いのだ!

 

 

「あ、あの……!」

 

 そこで初めて、凛は拓哉に向けての言葉を発した。

 

 

「んぁ? おお、気が付いたか星空。なんかさっき固まってたみたいだけど大丈夫だったか?」

 

「は、はい。もう大丈夫です。そ、それより聞きたい事があるんですけど!」

 

「ん、何だ?」

 

 凛の言葉に、花陽もそれが気になった。一体何を聞こうと言うのだろうか。あの時のお礼を言うならまだ分かるが、聞きたい事というのは花陽にも分からない。だから凛の言葉を待つしかない。

 

 

「岡崎さんのこの学校についての噂なんですけど……」

 

 瞬間。

 周り一帯が空気的な意味で凍り付く。

 

 

「え? ………………………………………………………………………あ」

 

 拓哉も数秒固まっていたが、ようやく凛の真意が分かったようで、

 

 

「しまったああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 文字通りの絶叫が響く。

 

 それと同時に花陽は凛の聞きたい事を理解する。この少年は自分達を助けてくれた。決して悪い人ではない。なら、何故あんな変な噂ばかり出てきてしまうのか。もしそれが事実なら、少しだけ、ほんの少しだけ、警戒しておいた方がいいのかなと思いながら。さっきの情けない姿を見て少しイメージダウンしたのは内緒だ。

 

 

「はあ……まさかここまで広まっているとはな……さすがにこいつらには言っておいた方がいいか。穂乃果、今度はこっちに説明するから手伝ってくれ」

 

 額に手を当て悩ましげに呟いた後、穂乃果に手伝いを求めた。

 

 

「先に言っておくとだな、その噂は全て事実だ。でもその事実が全てちゃんと伝わってないから変な事になっているんだよ。つまり事実だけど誤解って事」

 

 そこからはさっきの逆だった。

 今度は拓哉もちゃんと説明に参加して、自己紹介で先生と言い合いになったのは、ただ廃校で暗くなっているムードのクラスを明るくしようとした事、意識のない女子生徒を抱えて走ったのは、廃校のショックで倒れた穂乃果を保健室まで運んでいた事、教室で女子生徒3人を言葉で泣かしたのは、ちょっと良い事を言ったらたまたまそれで泣いてしまった事、図書室で泣かした女子生徒と騒いでたのは、幼馴染をからかってただ単にお仕置きされた事。

 

 それらを全て説明して、誤解されていた紐を1つずつ解いて、花陽と凛は安堵した。

 やはり拓哉は拓哉だった。噂のほぼ全てが拓哉の善行ではないか。良かれと思っての行動だったではないか。その全てが良い結果に繋がっているではないか。何も疑問に思う必要などどこにもなかった。むしろこんな噂にまんまと踊らされていた自分達がバカだと思うほどに。

 

 

「まあ、こんなもんだ。どうだ、これで変な誤解は解けたかな?」

 

「はい、すいません。岡崎さんを変に疑うような事を聞いてしまって……」

 

 本当に申し訳なく頭を下げる凛に、拓哉は優しい顔をしながら凛の頭に手を置いた。

 

 

「いいんだよ別に。誤解されてるよりマシだし。それにこの噂を流した奴にも別に怒ってはいないんだ」

 

「え、そうなんですか?」

 

 頭を撫でられながら顔を上げる凛に、拓哉はああ、とだけ言ってから、

 

 

「確かにその噂が流れたせいで、俺の評価は一部では下がってるかもしれない。でも、それをネタだと、ちょっと面白いヤツなのかと逆に興味を持ってくれる人もいたんだよ。そうやって教室にやってきてわざわざ覗いてくる人もいるんだ。それで後は評価を上げるか下げるかは俺の頑張り次第なわけ。少し喋って笑ってくれたら評価は上がったかなと思う。逆にずっと冷たい態度をされたら評価が下がったのかと思う。ま、今の段階では全員笑ってくれてるけどな」

 

 そうやって話す拓哉は、本当に噂を流した者に怒りはないのだろう。むしろそうして自分を見に来て、ちゃんと自分を見てくれる人がいる事に関して感謝していそうなくらいだ。

 ただ、それにしても変な噂しか流さないのよね……と、最後に嘆いていたのを忘れない。

 

 

「さ、この話はもう終わりにしよう。いつまでも話してたら気が滅入る。主に俺が」

 

 軽く両手をパンッと叩き、これでもう終わりと言わんばかりに話を打ち切る拓哉。これ以上は話したくないのだろう。

 

 

「さて、再会の挨拶も済ませたし、俺達はもう行くか」

 

「そうだね」

 

 拓哉の言葉に穂乃果が反応し、意外にも花陽もそれに反応した。

 

 

「お、岡崎さんも行くんですか……?」

 

「ん、まあな。俺はこいつらのスクールアイドルの活動を手伝ってるわけだし」

 

 それを聞いてやっと納得した。最初に拓哉が来た時、彼は穂乃果に向かって着いて行くと言っていた。これで辻褄が合う。納得したと同時に、驚愕もした。

 

「手伝ってる……?」

 

「ああ、俺はこいつと、あと2人いるんだが幼馴染でな、こいつらのために俺にも何か出来る事はないかって考えて、それでスクールアイドルの活動を手伝う事にしたんだよ」

 

 腑に落ちた。幼馴染がスクールアイドルをする。だから手伝う。とても分かりやすい理由だった。幼馴染だから、この人達は拓哉に支えてもらっているんだ。幼馴染だから、いつも困ったら助けてもらえるんだ。幼馴染だから、幼馴染だから、幼馴染だから、それはちょっと、

 

 

(ずるいなぁ……)

 

 嫌な考えをしてしまう。もし自分が拓哉と幼馴染だったら、小さい頃からずっと一緒にいれば、この性格も少しは変わっていたのではないかと。少しは自信も持てて、スクールアイドルをやろうと決心出来たのではないかと。

 

 もう絶対に、確実に、100%、未来永劫、あり得もしない事を考えてしまう。何て嫌な奴なのだろうか自分は。この高坂穂乃果という少女も、他の幼馴染の人達も何にも悪くない。度重なる偶然と奇跡があって、この少年と幼馴染になった。ただそれだけ。

 

 

 だから。

 なのに。

 

 

 羨ましいと、ずるいと思ってしまう。

 岡崎拓哉という少年の性格のような者は、この世界においては中々にいないだろう。彼と巡り合った者は、何かしらの形で救われている。幼馴染である彼女も、他の幼馴染の人達も、救われているはずだ。何となく、そんな確信が持ててしまう。

 

 なら、彼はもう一度、自分を救ってくれるんじゃないか? 自身の内を曝け出せば、彼はまた自分を救ってくれるんじゃないか? そんな考えを、すぐに切り捨てる。一緒だ。これじゃ何も変わらない。いつまでも弱い自分だ。誰かに甘え続ける自分の悪い性格だ。

 

 勝手に羨み、妬み、望み、期待し、諦める。いつもの流れだ。変えようと思っても変えられない。負の連鎖に流される自分に、もう抵抗すら感じる事もなくなってしまうのかもしれない。

 

 

「かよちん? ほら、岡崎先輩が呼んでるよ?」

 

 いつの間にか先輩呼びに変わってる凛の声に反応し、拓哉の方を見ると、顔がすぐ目の前にあった。

 

 

「……ひゃあっ……!?」

 

「うぉっと、悪い悪い。話かけてるのに反応しないからさ、さっきの星空みたいに固まってんのかなって思っちまったよ。実際固まってたけど」

 

 予想以上に近かった事に対し驚き、少し後ずさる。心なしか、少し顔が熱い気がするのは何だろうか。

 

 

「たくちゃん……。はあ……またか……」

 

「……ちょっと? 何分かりきった感じに溜息なんか吐いちゃってんの? お前にそれされると無性に腹が立つぞオイ」

 

 またやんややんや言い始める2人を尻目に、凛が様子を窺ってくる。

 

 

「かよちん、大丈夫?」

 

 さっきと全くの逆の構図に気付かないまま、返答する。

 

 

「う、うん。大丈夫だよ」

 

「そっか、なら良かったにゃー」

 

 いつもの語尾に戻った凛を見て、調子を取り戻したのかと安心し、先程の考えを出来るだけ抹消する。今はこんな事考えるのはやめよう。花陽の大丈夫という声が聞こえたのか、拓哉が穂乃果との言い合いを切り、花陽の方に向かう。

 

 

「うっせほのバカ――おっ、大丈夫そうか。何か思い詰めた顔してたけど?」

 

 ほのバカって何さー! と後ろから穂乃果の声が聞こえるが、拓哉は完全無視だった。さっきのトラウマはどこへやら。

 

 

「す、すいません……ちょっと考え事してただけなので……」

 

 そう言う花陽は傍から見れば難しい、そして少し悲しげな表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを、

 

 

 

 

 

 この少年が見逃すはずがなかった。

 

 

 

 

 

「……何を考えてたのか俺には分からないけどさ。でも、そんな悲しい顔すんなよ。何かあるなら、誰かに相談しろ。誰にも相談出来ないなら、俺に相談しろ。必ずとは言えないが、助けになってやれるかもしれない」

 

 普通なら、誰にも相談出来ないなら俺に相談しろなど言われようものなら、何を言っているんだと意味が分からなくなるかもしれない。しかし、何故かこの少年が言うと、不思議と説得力があるように聞こえる。

 

 それほど、彼は今までそれだけの事をやってきたのだろう。だから、『誰か』にの選択肢の部分に自分を入れず、完全なる『個』としての自分を分けて言う事が出来る。それに皆が救われる。

 

 だから、きっと、自分も……。

 

 

「……すいません。今は、まだ……」

 

 言えない。今はまだ。そこまで言ってくれるなら。

 こんな自分のためにそこまで言ってくれるのなら。今はもう少し自分で考えるべきだ。

 

 それでもダメなら、自分を見抜いてくれたこの人に、相談しよう。

 

 

「そうか。うん、それでいい。今はとりあえず自分で考えるんだ。考えて考えて考えて、それでも苦しくなったら、耐えられなかったら、俺の所に来い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今まで深く悩んでいた暗闇に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 微かな光が照らし出される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは海未ちゃんとことりちゃんに報告だね」

 

「あの? 不穏な事言うのやめてくれません?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




安心安定の予告詐欺☆

真姫は次回に持ち越しです。
ついでに言うと、もうちょいだけ花陽達との絡みがあります。




ふと思ったんですけど、この小説はアニメ準拠すぎて面白味があるのかな?と思う事もしばしば。
たまにオリジナルの話を挟む事も考えた方がいいのかな。



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19.赤き旋律のツンデレ娘




10000文字オーバーです。


 

 

 

 

 

 

 

 ひと通りのやり取りは終わった。

 

 

 

 

 

 

 聞きたい事も聞けたし、悩みで重かった体も少年のおかげで少し楽になった。やはりそういう『才』があるのかと、花陽は思う。『才』というよりかは、『性質』と表した方が正しいのかもしれないが。

 とりあえず、この場でのやり取りは終わった。

 

 

「それじゃ、今度こそ私達は行こっか」

 

「そうだな。それじゃまたな、小泉、星空」

 

 その言葉を皮切りに、再び去ろうとする穂乃果と拓哉。

 でも、このままただ「はい」と言って2人を見送るだけは、絶対にしたくなかった。

 

 

「あ、あの……!!」

 

 今出来るだけの精一杯の声を絞り出す。去ろうとする拓哉達は振り返り、凛は何事かと花陽を凝視している。無理もない。いつも声の小さい花陽が、普通からすればそんなに大きくないにしても、いつも花陽の声を聞いてる凛からすれば十分に大きい声を発したのだから。

 

 拓哉も穂乃果もキョトンとした顔でこちらを見ている。

 

 言わなければならない。

 いくら自分が弱くても、嫌な考えをしていても、醜くても、こんな自分を変えられなくても、どれだけこの高坂穂乃果という少女を羨み嫉妬しているとしても。

 スクールアイドルが大好きで、この活動をしている彼女達を本気で応援したいと思っているこの気持ちは決して嘘ではないから。

 

 

「が、頑張ってください。アイドル……」

 

 言葉を音として口に出す。はっきり伝わるように。

 それは、単なる応援でしかないのかもしれない。口から発せられただけの、たまたま会ったからとりあえず言っておこうというただのお世辞なのかもしれない。

 

 けれど、それだけで十分だった。

 

 

「っ……うん、頑張る!!」

 

 高坂穂乃果は満面の笑みで元気に応える。

 

 例えただの軽い応援だとしても、とりあえずのお世辞だとしても、今の彼女にとって応援は激励と同じ。言葉として受けとる事で、やる気に満ち溢れてくる。それに、この眼鏡の少女の顔を見れば分かる。こんな顔をしている少女がお世辞で言っている様には全く見えない。本気で言ってくれているのがちゃんと分かる。だから、頑張ろうと思える。

 

 小泉花陽は知らない。

 こんな簡単な事でいいのだ。彼女は思っていた。応援などされても、それはただの言葉で、励ましにはなっても当人の行動力には影響されないと。

 

 だが高坂穂乃果は違った。

 ただ応援される、声援を送られる。それが決して悪い気持ちにはならない事を知っている。時に人は応援されても、それが逆に辛い時もあるのだと言う。それでも、その言葉が支えになる事は確かなのだ。

 応援されても辛くなる人も少なからずいるのは否めない。しかし、応援されて頑張ろうと思う人がいるのも事実。

 

 もう一度言おう。

 小泉花陽は知らない。

 

 応援、声援というのは、時にこれでもかと思うほどに力が込められ、当人を支え、“背中を押してくれる”ものなのだと。そしてそれを強く受け取った人は、高坂穂乃果は、強い。

 

 

 

 

 その強さを小泉花陽が知るのは、まだ先の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、またね!」

 

 言って、穂乃果は今度の今度こそ去る。

 

 

「俺からも礼を言うよ。応援ありがとな、小泉。あいつ、凄く嬉しそうだった。……じゃあ、またな」

 

 拓哉も、穂乃果に着いて行く様に去って行った。

 その場に残された花陽と凛に訪れるは静寂。

 

 

 

 

 

 

「あはは、何か、凄かったにゃ」

 

 静寂を切ったのは凛だった。その言葉は、何か言い表しにくい事を言っている、ような感じだった。

 

 

「そ、そうだね……。でも、会えて嬉しかった……でしょ? 凛ちゃん」

 

「まあ、嬉しかったけど……って何言ってるにゃかよちん!」

 

 会えて嬉しかった。でしょの間の空白の意味が何だったのか、それは今テンパっている凛には気付く事が出来なかった。いや、普通の状態でも気付かなさそうではあるが。

 

 

「さ、私達も帰ろ。凛ちゃんっ」

 

「むぅ~、何だか久し振りにかよちんにペースを持ってかれた気がするにゃ……」

 

 後ろからジト目で見てくる幼馴染を笑みを零しつつスルーし、帰宅するために廊下を歩く。

 結局、花陽のセリフの空白の意味を、誰も分かる事なく、花陽自身も分からずに、時間は進んでゆく。

 

 時は止まらない。ずっと変わらず進み続けるものだ。無情にも進む時間の中で、しかし、時間が進む空間の中を生きる者は、時間と関係なく何かが変わっていく。花陽の顔には変化があった。先程のような暗い深刻さというものは、考えは、“今は”もう既にそこにはなかった。

 

 

 

 

 

 ここであの少年と会ったのは、決して不幸ではなかった。

 むしろ幸運だったと、そう確信しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「顔、ニヤけてんぞ」

 

 小泉達と別れてから穂乃果の隣にまで追いついて顔を見てみると、誰がどう見ても分かるようなニヤケ面の顔がそこにあった。

 

 

「うへへぇ、だって応援してくれたんだよ? そりゃ嬉しくもなるよ!」

 

「……そうかい」

 

 無理もない。ヒフミ達にも応援されるにはされた。しかし、それは既に友達だったからという前提の条件があったからだ。でもさっきの小泉達は穂乃果とは初対面。そんな子に応援されたら、嬉しくなる気持ちも分かる。

 

 

「たくちゃん」

 

 不意に、にへらとしていた声音が真剣なものに変わった。見ると、穂乃果は歩いている道の真正面を見据えながら、しかし、真正面の道以外のものを見ているような、そんな表情だった。

 

 

「私、頑張るよ。今までもそう思い続けてきた。でもやっぱり、面識のない人にも応援されたら、もっともっともっと頑張ろうって思ったんだ。まだライブもやってなくて、ちゃんとした曲もない今の状態でも、私達をちゃんと見てくれている人がいるって分かったから」

 

 それは、新たな結論だった。

 何だかんだ文句言いつつも、今までも頑張ってきたこいつの、高坂穂乃果の新たな結論だった。

 

 この活動をしていく上で、これまで何度も様々な目標を掲げ、結論を出し、それに向かって穂乃果達が頑張ってきたのを俺は知っている。だから、思わず口が緩みそうになる。穂乃果が今までに出してきた結論は、目標は、1つ1つ増える度に良い結果に繋げようとする意思が段々と強くなっていた。

 

 それでいいんだ。頑張ろうとする気が強い方が穂乃果は強くなる。前の結論は、気持ちは新たに上書きすればいい。それを俺は支えてやれたらいい。

 

 

「なら、まずはその西木野って子を説得しなくちゃな」

 

「っ……うんっ。私も諦めない。やっぱり西木野さんに作曲してもらいたいもん!」

 

 何となく頭を撫でてやると、犬みたいに喜ぶ穂乃果。尻尾あったらめちゃくちゃ振ってそうだなこいつ。何それ可愛い通報待ったなしですわ。

 

 

「じゃあ、行くぞ。穂乃果」

 

「うん! あ、ほら、聴こえてきたよたくちゃん! 西木野さんがピアノ弾いてる音だよきっと!」

 

 歩きながら耳を澄ますと確かに聴こえる。ピアノの音だ。近くになるにつれそれと同時に声も聴こえてくる。これは西木野って子の歌声だろう。……綺麗な歌声だ。

 

 

「うし、んじゃさっそく行」

 

「ちょっと待ってたくちゃん」

 

「フゴォッ!?」

 

 引き戸に手を掛けようとしたら襟首を掴まれたでござる。ねえ、最近襟首引っ張るの流行ってんの? この前海未にもやられたんだけど。

 

 

「ごほっ……何すんだよ……」

 

「今入ったら邪魔になっちゃうでしょ? それにせっかくだし最後まで聴こうよ」

 

「……まあ、そうだな」

 

 穂乃果の言い分も一理ある。今歌っている彼女は気持ち良さそうだ。目を瞑っているせいかこちらには気付いていない。目瞑ったままピアノ弾けるとかやっぱすげえな。俺ならペンボンバウンとか変な音出るまである。バウンって何だよ流石にピアノでそんな音出ねえよ。

 

 まあ、確かにあんなに気持ち良さそうに歌っている所にいきなり入るのは気が引ける。それに、素人の俺でも分かるほど、ピアノから綺麗な音が出ている。そのピアノに負けないくらい、彼女の歌声も綺麗なものだった。

 

 

「ね? 歌もピアノも上手いでしょ?」

 

 何がね? なのかは分からないがその意見には同意である。今彼女が歌っているのは聞いた事のない曲だ。恐らく彼女のオリジナル、だと思う。もしそうだとしたら、これは凄いと本気で思う。音楽の素人の俺が、彼女のオリジナルである曲に魅入って、聴き入っている。

 

 初見の俺でも、音楽の事が全く分からない俺でも、こんなにも感動出来るくらい、彼女の腕は凄いのだと身を持って感じさせられる。なるほど、穂乃果が執着する意味も分かる。これなら何としてでも協力してもらいたい。海未のあの歌詞と、彼女の作曲が合わされば、それは初めての曲としては凄いものになると自負出来る。そんな予感がよぎる。

 

 

 

 

 

 いつの間にか、演奏は終わっていた。

 

 

 

 

 

「……こりゃ欲しくもなるわな」

 

 俺がボソッと呟いた言葉は、穂乃果の拍手の音で掻き消された。演奏が終わり、静かになったこの空間で、穂乃果の拍手をはっきりと聞こえた彼女はすぐにこちらに気付いた。おい、お前が凄い顔になってるせいであの子驚いてるからやめなさい。

 

 一連の拍手が終わると同時に穂乃果が音楽室に入っていく。俺もその後ろに着いて行く。さながら穂乃果を守るSPみたいにね!←ここ重要。

 来たのが穂乃果だってのが分かると、西木野はあからさまに嫌そうな顔になり足を組む。ついでに言うと俺の事をめちゃくちゃ睨んでくる。ふえぇ~怖いよぉ。

 

 

「……何の用ですか? それとそこの男の人は何? 怪しいんだけど。不審者?」

 

 明らかに不機嫌な態度なのが全身に表れている。穂乃果が何故来たのか大体の見当はついてるのだろう。というか、えへっ☆SPじゃなくて不審者に見えちゃったみたい! これじゃ電車に乗るとすぐ痴漢とか冤罪になりそうだね! 何それ女の子怖い。

 

 

「やっぱり、もう1回お願いしようと思って。それと、たくちゃんは一応不審者じゃないよ」

 

 あの、お2人さん? 『それと』とか何か俺の事ついでにみたいな感じで言うのやめてくれません? 疎外感が半端ないんですけど。まあ元々男1人の学校だから疎外感以前の問題なんですけどね! やだ、目から塩水が……!

 

 

「岡崎拓哉だ。よろしく」

 

「あっそ」

 

 この子想像以上に冷たいよ! 冷たすぎて見られた者はその場で凍り付くレベルだよ! 警戒心マックスだから話しかけづらいってもんじゃない。これは穂乃果に任せるのが吉かもしれない。

 

 

「しつこいですね」

 

 その返答は穂乃果に対してだった。ああ、俺との話はこれで終わりという事ですね。ドライもドライ超ドライ。何なの、ドライアイスになりたいの? 火傷するよ、主にそういう態度とられてる俺が。

 

 

「そうなんだよねえ、海未ちゃんにいつも怒られるんだー」

 

 うん、夏場の夕方とかにいきなり大量に頭上に現れるユスリカの蚊柱並にしつこいもんな。ホント何あれ? 刺しては来ないけど頭上に纏わり着いてくるのが気持ち悪いったらありゃしない。小学生の頃、カバンを真上に放り投げて奴らを霧散させようとしてよく失敗したのは今となっては良い思い出、にはならん。駆除だ駆除。

 

 

「私、ああいう曲一切聴かないから、聴くのはクラシックとか、ジャズとか」

 

 俺が思い悩んでいると、西木野が穂乃果の冗談をスルーして発言する。ああいう曲とは恐らくアイドルものの曲の事だろう。クラシックとかジャズとかは俺にはさっぱりです。

 

 

「……へえー、どうして?」

 

「軽いからよ! 何か薄っぺらくて、ただ遊んでるみたいで」

 

 それには俺も同感だった。今まであまりアイドルの曲などを聴いてきた事はなかったが、どことなく、軽いイメージがあった。それはテレビで見る彼女達が楽しそうに踊って歌って、バラエティなどではヘラヘラとしているから、そういう印象になっていたのも事実。

 

 でも、

 

 

「そうだよねえ~」

 

「え?」

 

「私もそう思ってたんだ。何かこう、お祭りみたいにパァーっと盛り上がって、楽しく歌っていればいいのかなって。……でもね、結構大変なの」

 

 それは大体の人がそうなのではないか? 大体の人がアイドルというものを軽視しているのではないか? ただ楽しそうに歌って踊っておけばいいなどと、興味もない者はそう甘く見ているだけではないか?

 

 でもそれは違う。

 今の俺ならそう断言出来る。

 

 “ただ楽しそうに歌って踊る”。

 それがどれだけ難しいものなのかを、知っている。歌うのにも、踊るのにも体力はいる。本気で歌って踊るのは、相当の体力が必要なのだ。しかもそれを終始笑顔で実行しなければならない。そうなると余計体力を使う。いつも苦しそうに練習している穂乃果達もだが、それ以上に頑張っているのはテレビに出ているアイドル達ではないか。

 

 何曲も何曲も歌いながら踊る。そのための練習を彼女達は、視聴者が見えていない部分で必死に頑張って練習している。必死に練習した結果を舞台で発揮している。苦しい過程を見せないで、結果だけを見てもらい満足してもらう。それは、凄い事なのだ。

 

 凄い事なのに。過程を見ずに、考えずに、碌にちゃんと見もしないで批判する輩が大半の世の中の今。ようやく俺も、穂乃果達も、その事実に気付く事が出来た。

 見方が変わる。

 今じゃテレビに出るアイドルの歌や踊りをちゃんと見て、評価出来るようにしている。歌詞の意味が意味不明だとしても、歌って踊っているのには変わりはない。ガン見しすぎて唯に「お兄ちゃん、こんな感じの女の子が好きなの?」と冷めたような目で言われたのは今も心に傷が残っている。

 

 とにかくだ。今の西木野はその事実に気付いていない“だけ”。なら気付かせてやればいい。

 穂乃果にアイコンタクトとして軽くウインクを送る。それに気付いた穂乃果は何故か喜んだ表情になってから一旦掌を口に付け、その手を俺に向けてからアヒル口みたいな事をしている。

 あー、これは俺の意図に気付いてませんねーこの子。西木野も俺の方を睨んでるし。このままじゃ通報されちゃう!

 

 

「あー……西木野、お前って腕立て伏せ出来るか?」

 

「は?」

 

 それだけ言うと西木野が余計警戒心をむき出しにし、俺に睨みをきかせてくる。だからこんな事言いたくなかったんだよ……。男が女の子に腕立て出来る?とか普通言わないだろ怪しまれるだろの前にもう最初から怪しまれてたよ。

 

 

「はっ! そうだ! 西木野さん腕立て出来る!?」

 

「はあ!?」

 

 ようやく俺の意図が分かったのか、穂乃果も西木野を捲し立てるように問いだす。本当に分かってなかったよこの子。じゃあさっきの変なアヒル口は何だったんだ。あれはもう流行ってないだろうに。

 

 

「出来ないんだあ~」

 

「うぇっ!? で、出来ますよそのくらい!」

 

 穂乃果の如何にも挑発とも取れる言葉に反抗するように返す西木野。うん、俺もイラッとした。俺なら片腕で腕立てやって驚かせてやろうと実行するけど片腕じゃ無理だったから嘲笑われるまである。何それダメじゃん。

 

 

「1、2、3……これでいいんでしょう……!?」

 

 ブレザーを脱ぎ、ワイシャツを捲くって腕立てをしている西木野は結構余裕そうにしていた。何だろう、何か女の子のこういう運動してるとこって何で艶やかに見えるんだろう。……いいねっ!!

 

 

「おおー凄い……! 私より出来る!」

 

「……っ。当たり前よ、私はこう見えても――、」

 

「ねえ、それで笑ってみて?」

 

「え、何で?」

 

「いいから!」

 

 言葉を遮られ、しかも急に訳の分からない事を言われた西木野の表情は、不服だと感じさせた。でもそれでいいんだ。これでようやく、西木野も意味が分かるはず。

 

 

「……ぅ、うぅ……うぅううっ……、はぅ……」

 

 仕方なく言われたままの通りに、笑顔のまま腕立てを始める西木野。だがその表情は確実に硬かった。それが全てを表していた。

 

 

「ね? アイドルって大変でしょ?」

 

「ま、そういうこった」

 

「何の事よ!!」

 

 あらま、まだ分かってないのか。というかこの子、時々敬語外れるけど、そういうの苦手な子なのか?

 

 

「ふぅ……全く!」

 

「はい、歌詞。一度、読んでみてよ」

 

 穂乃果の手から出されたのは、言葉の通り、歌詞だった。

 

 

「だから私は……!」

 

「読むだけならいいでしょ? 今度聞きに来るから。その時、ダメって言われたら、すっぱり諦める」

 

「なっ、おい穂乃果――、」

 

 俺が穂乃果の発言に物申そうとしたのを、穂乃果自身によって止められる。はぁ~、こいつ……賭けに出やがったな……。

 

 

「答えが変わる事はないと思いますけど……」

 

 そう言いながらも、確かに西木野は歌詞を受け取ってくれた。これはさっきまで頑なに拒否していた時とは確かに違った。

 

 

「だったらそれでもいい。そしたら、また歌を聴かせてよ」

 

「え?」

 

 これが穂乃果の覚悟だった。これだけの事をして、それでも断られたのなら、諦める。自分でしつこいとか言っておいてそれは矛盾しているかもしれない。それでも、穂乃果はそんな賭けをするほど、覚悟をしていた。

 

 

「私、西木野さんの歌声大好きなんだ! あの歌とピアノを聴いて感動したから、作曲、お願いしたいなーって思ったんだ!」

 

 ……なるほど、これはズルいな。こんな事言われると、もし俺が西木野の立場なら必ず作曲してしまうだろう。でも穂乃果はこれを計算せずに、天然で言っているからこそ、相手にちゃんと気持ちが伝わる。真っ直ぐに言うからこそ、相手の心を動かす事が出来る。やっぱり、お前は凄い奴だよ。

 

 

「じゃあ、考えてみてね。それじゃ!」

 

 それを言い終えると、今度は穂乃果が俺にウインクでアイコンタクトを送ってきた。なるほど、そういう事ね……。

 

 確かに穂乃果の言葉には人を動かす何かがある。それはとても凄い事で、才能があって、評価されるべき事だ。でもそれは穂乃果が計算せずに天然で自然にやっているからこそ出来る事。

 

 つまり、穂乃果は自信の凄さに気付いていない。だから自分の言葉で相手が心動かされてるのに気付いていない。……それが正解なのだ。気付いてしまったら意味がない。

 

 だから、これは、西木野が作曲をしてくれるなどという確証はこれっぽっちもない。もう俺が何かを言わなくても西木野は作曲してくれるだろう。でも、それは穂乃果の凄さを知ってる俺だから分かる事で、穂乃果自身は分かってはいない。だから、穂乃果の中では西木野が手伝ってくれる可能性は少ないと、そう思っているんだろう。

 

 そのための、アイコンタクトだった。私にはここまでしか出来ないから、という意味でのアイコンタクトだった。だから、後はたくちゃんに任せたよ、という意味でのアイコンタクトだった。

 自分の魅力というものは自分では分からない。それは少し悲しい事なのだと思う。それは自分の凄さを無意識的に否定しているから。でも、他者から見ればその人の魅力が分かる。分かってやれる。

 

 ならば、誰かがその人の魅力を、凄さを肯定してやればいい。“俺”が“穂乃果”の魅力を肯定、助力してやればいい。俺には、それくらいしか出来ないのだから。

 音楽室から穂乃果が退室するのを見送る。去っていくのを最後まで見届け、再度、西木野の方へ体を向ける。

 

 

「……あなたは、出て行かないんですか?」

 

 少しの警戒心を出しながら俺に問いかけてくる西木野。まあ無理もない。変な噂が絶えない俺を警戒するのは何もおかしくはない。むしろ正常だ。

 

 

「まあな、ちょっとした頼まれ事を承っちまったし、このままヘラヘラ帰るわけにもいかなくなっただけだ」

 

「何それ、意味分かんない」

 

「西木野」

 

「な、何よ……?」

 

 おいおい、だから敬語外れてますよ? まあ生徒会長にタメ口使ってる俺も言えないけど。

 

 

「もう本当は俺からは何も言える事はないんだけどな。それでもほんの少しの力にはなってやりたいから言うぞ」

 

 そう、俺からはもう何も言う事はない。全て穂乃果が言ったから。何も言わなくても西木野は協力してくれるだろう。

 

 

「さ、さっきも言いましたけど、答えは変わらないと思いますけど……」

 

 けれど、彼女は見た所本心を見せないタイプの人間だろう。素直になれないツンデレと言った所か。

 

 

「放課後、毎日穂乃果達は朝と夕方に神田明神の階段でトレーニングをしているんだ。だから、まあ、何だ。良かったら見に来てやってくれ。あいつらの、ちゃんと本気でやっている所を見れば、お前ももっと何か感じれるものがあるかもしれないからな」

 

 一つの事を言う。それはある種の助言だ。恐らくだが、西木野が穂乃果達の練習風景を見れば100%作曲してくれるだろう。見に来なくてもやってくれるとは思うが念には念をだ。というより、何か俺が西木野を誘ってるみたいで恥ずかしいんだが。

 

 

「えと、まあ、何? そんなわけだ。言いたい事はこれだけ。……じゃなっ!!」

 

「あ、ちょっ!?」

 

 西木野が反応する前に帰る。決して変に照れてるわけじゃないんだからね!

 もう、何なのよー! と後ろで西木野が叫んでるのを無視して階段の踊り場まで走る。

 

 

 

 

 

 

 

 そこに、穂乃果がいた。

 

 

 

 

 

「――うぉっと、穂乃果?」

 

「ありがとね、たくちゃん」

 

 壁に寄りかかってる穂乃果は、微笑みながらも神妙そうな顔でそう言った。何でこんなしおらしくなってんのこいつ?

 

 

「いや、お礼言われても何の事かさっぱりなんですが……」

 

「全部だよ、全部。もー、何で自分で気付かないかなーたくちゃんは」

 

 いや、全部と言われましても全くこれっぽっちも理解出来ないんですが……。しかもこいつにこんな事言われるとか腹立つんですけど? 何、やるか? お?

 

 

「だから、さっきの事だよ。私じゃあそこまでしか出来なかったから……。頑張るって言っておきながら情けないよねっ」

 

 そう言う穂乃果の顔は、無理に笑っている。そんな感じだった。見ているこっちが嫌になりそうな、悲しい笑顔だった。

 

 違うだろ。お前が落ち込む必要なんてないだろ。そんな顔しなくていいんだよお前は。明るい笑顔の方が似合ってるだろお前は。自分の凄さに気付いてないだけで、お前は十分凄い事をしたんだ。

 

 だから、

 だから、

 だから。

 

 

「そんな顔すんな穂乃果。お前はお前でちゃんとやりきってたよ。ちゃんと頑張って、ちゃんと結論を出して、ちゃんと結果を出したんだよお前は」

 

 言葉にしないと分からない事もある。なら言ってやる。少なくとも、それでこいつのこんな顔を見れずに済むなら。

 

 

「え……? でも、私、結局西木野さんの事――、」

 

「大丈夫だ」

 

「た……く、ちゃん……?」

 

「お前が西木野に言った言葉は本心だった。本心だったからこそ、西木野の心はきっと動いたはずだ。それはもう俺が何も言わなくてもいいくらいに。だから穂乃果、お前がそんなに落ち込む必要はないんだ。するべき事をやったお前を、俺は褒めてやりたいんだよ。だからいつもの明るい笑顔に戻れ。俺がお前を肯定してやる」

 

 本当の思いを口に出す。これはとても難しい事だ。でもそれを簡単に出来るのが高坂穂乃果なのだ。いつだって本心で、素直で、明るくて、周りの皆もそれに影響される。それが高坂穂乃果なのだ。

 

 

「たくちゃん……、うん、そうだよね。ありがとたくちゃん! 私にこんな暗い顔似合わないよね! いつだってうるさいのが私なんだ!」

 

 それでいい。うるさいのは別にいらないけど、せめて明るいって言えよ。ったく、言って気付いたけど、俺結構恥ずかしい事言ってるかもしれない。やべ、そう思うと急に照れ臭くなってきたぞオイ。

 

 

「たくちゃんたくちゃん」

 

「ん、何だよ?」

 

 服の袖を引っ張るんじゃありません。変に意識しちゃうでしょうが。狙ってやってない分余計タチが悪い。これじゃあざといとも言えない。こいつどこのいろはすの上位交換だよ。誰かヒッキー呼んで来い。

 

 

「私を褒めてくれるんだよね?」

 

 何これ、嫌な予感しかしないんですけど、何か奢れとか言われる未来しか見えないんだけど。というか立ち直り早くね? いいんだけどさ。

 

 

「頭撫でて!!」

 

 んんwwwこれは予想外ですぞwww

 まあ、金が掛からなくてこっちとしてもありがたいが。

 

 

「ん、おーよしよし、頑張ったなー穂乃果ー(棒)」

 

 あからさまに棒読みでセリフを言う。(棒)を付ける事によってより棒感を出す事により照れ隠しになるという大変便利な方法だ(棒)。

 言う通りに頭を撫でてやる。唯にもやってたけど、穂乃果達にも小さい頃からやってたのを思い出す。あの頃はこいつらが泣く度に撫でてたなー。大変だった。

 

 

「うへへぇ~」

 

 これ、女の子がそんな気味の悪い声を出すんじゃありません。ニヤケすぎだろ。ホント犬っぽいなこいつ。マジで尻尾あったらそれはもうブゥオォンッ!! とか風圧出しながら振りそう。人吹っ飛ぶレベルじゃないですかやだー。

 

 

「さて、もういいだろ。海未達連れて練習行くぞ」

 

 頃合いだと思い階段を上る俺に対し、穂乃果は、

 

 

「もう終わり~……? あ、ちょっと待ってよたくちゃーん!」

 

 名残惜しそうな感じではあるが知らん。俺が恥ずかしいあんなの。学校でやるものじゃないなこれ。誰にも見られてない事を祈ろう。

 

 

「まあまた今度やってもらお! そうだ、たくちゃん! 頑張ったって言うなら何か洋菓子とか奢ってよ!」

 

 なん……だと……!?

 あれで終わりじゃなかったのか……。女子の強欲さは異常。しかし、褒めると言った以上、俺もちゃんと責任を取らなければならない。

 

 

「……まあ、クッキーとかケーキくらいならな」

 

「ケーキ!!」

 

 即答かよ……。何なら高速と言わず光速まである。いつも和菓子ばかりのせいか洋菓子には目がないのは和菓子屋の娘だからだろうか。それしかないな、うん。

 

 

「分かったよ……。とりあえず今日は練習行くぞ」

 

「うん! ケーキ、ケーキ♪ ランランラン♪」

 

 ま、こいつのこんな嬉しそうな顔を見れたと思えば、価値はあるかな。

 

 

「あ、海未ちゃんとことりちゃんに1年の子と知らない間に知り合ってた事も報告しないとね」

 

 

 

 

 

 

 

 なん……だと……!?(2回目)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





気付けば劇場版まで1か月を切りましたね。
いやー楽しみです。DVDが出れば、劇場版のストーリーも書きたいなぁ。
この展開の遅さで何年掛かるか分かりませんが……。


ご感想ドシドシ待ってます。


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20.この兄にして、この妹あり






(・8・)


 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽が沈みかけ、空も景色もオレンジ色に染まった道を歩きながら、さっきサイドテールの少女と茶髪のツンツン頭の少年が言っていた事を思いだす。

 

 

 

 

 

『私、西木野さんの歌声大好きなんだ』

 

 

 

『放課後、毎日穂乃果達は朝と夕方に神田明神の階段でトレーニングをしているんだ。だから、まぁ、何だ。良かったら見に来てやってくれ。あいつらの、ちゃんと本気でやっている所を見れば、お前ももっと何か感じれるものがあるかもしれないからな』

 

 

 

 最初それを聞いた時は何だそれは、と思った。でも後から考えて少年の意図が分かった。分かったからこそ、腹が立った。

 何故か心の中を見られている様な気がして、自分の気持ちに変化が訪れたのが分かったかのように振る舞った少年に対して。

 

 

 

 そして、結果的に言えば少年の思う壺になっている自分がいる。

 今歩いているこの道は帰路ではない。西木野真姫は、少年の言った通り、神田明神へ足が出向いていた。

 

 しかし、これは決してあの少年が言ったから行く訳ではない。少し、ほんの少し気になっただけだから様子見に行くだけ。そんな言い訳がましい事を内心で考えながら歩く真姫の顔は少し険しくなっていた。

 

 

「(絶対、絶対違うんだから!私がちょっと気になっただけだから見に行く。ただそれだけ!)」

 教室でも、休み時間でも、放課後でも、いつも1人でいる真姫は誰とも喋る事はない。いつも1人だからこそ、必然的に考え事が多くなってしまう。なのに、いつも1人でいるのに、最近はしつこく喋ってくる2年の先輩が現れた。

 

 その目的は作曲の依頼だった。当初は、何故2年の先輩が1年の自分に話しかけてくるのだろうと疑問に思っていたが、蓋を開けて見れば所詮はこんなものだ。当然、その依頼を蹴った。アイドルなんかをやって、生徒を集める?ふざけている。馬鹿げている。そんな軽いもので集められるなら、この学校は廃校までに陥らないはずだ。

 

 その考えが、真姫の態度の答えだった。そしてそのアイドルの歌う曲を自分が作るなど以ての外だった。決して作曲してやるもんか。アイドルというそんなもののために手伝ってやるもんか。そう考えていた。

 

 

 なのに。

 

 

 さっきの音楽室でのやり取りが蘇ってくる。

 笑顔でありながらも、激しい踊りをし、安定した歌声を披露しなければならない事を知った。腕立てをし、そのままずっと笑顔でいる事のキツさを知った。2年の彼女も、唯一の男子生徒であるあの少年も、本気で活動をやっている事を知った。

 

 だから、今真姫は神田明神まで足を運んでいた。それは、彼女の考えが変わろうとしている証拠だった。

 

 

 

 

 

 少年の言っていた神田明神へ入るための階段の曲がり角が目に見えた所で、声が聞こえてくる。

 

 

 

 恐る恐る曲がり角から階段の上の方へ目を向けるとそこにあったのは、

 

 

 

 

 

 

「もぉぉぉぉダメぇぇ~~~……!」

「もう……動かない……」

「ダメです。まだ2往復残っていますよ!」

「ぜぇっ……はぁ……はぁ……!!何でっ…俺まで……やらされてんだよっ……。しかも俺だけ、うさぎ跳び20往復とか……修行じゃねぇんだよ!」

 

 

 ぐったり座り込んでいる少女が2人、仁王立ちしている少女が1人、うつ伏せで死人の様になりながらもツッコんでいる少年が1人という、何ともシュールな光景があった。え、何あれ?と疑問に疑問が重なる真姫だが、その光景を隠れながら見ている真姫も十分にシュールなのは言うまでもないだろう。

 

 真姫の疑問とは裏腹に、会話は続けられていく。

 

 

「あら?何を言っているのですか拓哉君……?先程穂乃果から話は聞きましたよねぇ……?」

「…………え、あ、ちょ……だからそれは色々あっての事で―――、」

「その色々を何故私達に言って下さらなかったのですか……?」

「いや、だって、別に言う必要もないというか……海未達の気にする事じゃないといいます――ひぃっ!?」

「ほう…………」

 

 

 何やらあの少年が危険な目に遭いそうなのは分かった。でもそれは自分の知った事じゃないから、あの少年がどんな目に遭おうが構わない。寧ろあの少年の事で今腹が立っているのだから好都合とまで真姫は思っていた。世は非常なのである!

 

 

「まだ罰が足りないと……?」

「いやホント調子乗ってすんませんでした勘弁してください許して下さい生まれてきてごめんなさい」

「ねぇ海未ちゃ~ん。ちょっとだけ休憩しようよ~」

「おい、俺を貶めた元凶さんが何を言ってくれちゃってんの?さっさと2往復走って来いやゴルァ!俺はうさぎ跳びでももう20往復終わったんだぞウラァ!!」

「はぁ……拓哉君はちょっと黙ってて下さい「はい」……。穂乃果、休憩するという事は、諦める事になりますけど、それでもいいのですか?」

「もぉ、海未ちゃんの悪代官!」

「それを言うなら、鬼教官のような……」

 

 

 何の会話だ?真姫は正直にそう思っていた。単なる頭の悪い会話なのか、それともこれが彼ら彼女らのいつものコミュニケーションなのか。それは、いつも1人である真姫には分からなかった。知りえなかった。

 

 友達と話す、喋るという事はあんなに楽しいものなのか。そんな雰囲気があそこから伝わってくる。何やら言いあっている様子ではあるが、それでもあの空間の中は優しいオーラに包まれているようだった。

 

 キツイであろう練習も文句は言いながらではあるがこなしている。それが彼女の、高坂穂乃果の答えだった。岡崎拓哉という少年はこれを見せたかったのだろう。言葉だけでは伝わらない。ならば、態度で示そうと。それを見て、決めてくれと。

 

 

 思考というものは段々と深くなっていくものである。だから周りが見えなくなる事もある。

 

 

 故に。

 

 

 真姫は自身の後ろから胸へと迫る手に気が付けずにいた。

 ガシッ‼と。

 

 

 

 

 

「きゃああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女と思わしき悲鳴が聞こえた。

 

 

 

「ん?何―――、」

 だろうと、発する前に。

 

 

 バッ‼と、穂乃果の前を人影が通り過ぎて行く。

 

 言うまでもない。

 

 

 

「お前らはそこにいろ!!動くんじゃねぇぞ!!」

 

 

 拓哉だ。

 

 

 

 

「やっぱり、たくちゃんはたくちゃんだなぁ……」

「考えるより先に体が動いちゃうんだもんね」

「全く、つい今まで疲労で倒れていたというのに……」

 

 

 

 海未の言う通り。

 拓哉の体は疲労感でマックスだった。

 

 今までやった事もないうさぎ跳びをいきなり20往復やり、疲れないはずがないのだ。今も疲労で足が笑っている。

 でも、

 

 

「(くそっ、貴重な練習場所の近くに不審者とかシャレになんねぇぞ!!)」

 体が勝手に動いてしまう。どんなに疲れていても、どんなに日常にいようとも。たった1つの声でいとも簡単に非日常へと足を向かわせる事が出来る。それが岡崎拓哉なのだ。

 

 

 

 

 急いで階段を降りる。声がしたのはこのすぐ周辺だ。

 

 

「(声がしてからまだ十数秒。事はまだそんなに大きくなっていな――――、)」

 曲がり角を曲がった所で拓哉の思考が止まる。

 

 

 

 巫女さん(東條希)に胸を掴まれている女の子(西木野真姫)がそこにいた。

 

 

 

「な、何すんのよ!?」

「まだ発展途上といったところやなぁ」

「はぁぁ!?――――って、」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………や、やぁ」

 何ともまぁ、タイミングの悪い時に来ちゃったなぁと、拓哉が思う前に。

 

 

 

 瞬間。

 

 

 

 スパァァンッ!!

 真姫の平手打ちが拓哉の頬にクリティカルヒットしたのだった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や、あのですね。悲鳴が聞こえたので不審者が出たのかと思い、急いでここに来た訳ですよ。するとそこにいらっしゃったのがまさかのあなた達でして、ええ……」

 またしても。

 ニヤニヤしている巫女姿の少女と、腕を組んで見るからに怒ってますよの雰囲気を纏っている音ノ木坂学院の制服を着た少女と、顔に紅葉型の痕を作りジャージで道端に正座をさせられている少年という、シュールな光景が繰り広げられていた。

 

 

「じゃあ岡崎君は何も悪くないのにビンタされたって訳やね。ほら、謝っとき?」

「元はと言えばあなたが余計な事するからでしょ!?」

 そう、希が真姫の胸を揉まなければ、真姫は恥ずかしい思いをしなくて済んだし、拓哉も顔に紅葉型の痕を残す事もなかっただろう。しかし、この東條希という少女に反省の色は見えない。寧ろこの状況を楽しんでる様に見える。

 

 

「余計な事やないでぇ。後輩の成長を確かめるのも先輩の役目やし~」

「余計なお世話よ!!」

「あのー、俺はそろそろ席を外してもよろしいのでございましょうか……?」

 正座をさせられている拓哉としては早くこの場から去りたいというのが正直の感想だった。

 

「まぁまぁ、岡崎君もせっかくやしちょっと喋ったらいいやん」

「喋るって何を?世間話するつもりはないんですけど……」

「世間話やのうて、胸の大きさの話やん?」

「なっ、何言ってんのよ!!」

「いやホントに何言ってんだよ。俺にまたビンタされろってのかお前は。巫女さんなのにドSなの?」

 

 話ながらも正座のままの拓哉を、道歩く人は通り過ぎる度に見て行く。傍から見ればちょっとした修羅場に見えなくもない、のか?という疑問を見て行く人々全員が思っていた事だった。

 

「でも望みは捨てなくても大丈夫や。大きくなる可能性はある」

「人の話全く聞いてねぇぞこいつ」

「何の話ぃ!?」

「恥ずかしいんなら、こっそりという手もあると思うんや」

「…………」

「っ、だから何―――、」

「分かるやろ?」

 

 それだけ言うと、希は階段を上って行った。

 希の言っていた事の意味が、一瞬分からなかった。何かふざけているのかと思えば、含みのある言い方に急に変わる。真姫にとって東條希は、何を考えているか分からない相手、というのが正しいだろう。

 

「……なるほど。東條も何かしらどこかで噛んでるって訳か」

 目の前の少年が何かを呟いたのを、真姫は見逃さなかった。

 

「は?」

「いや、こっちの話だ」

「とりあえず正座止めたら?こっちまで変な目で見られるんですけど」

「させた張本人がそれを言いますかね……」

 言いながら正座を崩し、立つ拓哉。その際、あ、疲労と正座のせいで足が変に痺れ……てる……、と苦痛の表情をしていた。

 

 

「そ、それと……!」

「いつつ……んぁ?」

「あの……その……、さ、さっきは……その……ビンタしちゃって、ご、ごめんなさい……」

 確かに、さっき胸を触られていた所を見られたからビンタした。でも、それは悲鳴を聞いた拓哉が心配して来てくれたからだ。端に言えば、本当に拓哉は何も悪くない。恥ずかしいからと言って反射的に手が出た自分が悪いと、真姫はちゃんと自覚してはいたのだ。

 

 元々、希があんな事をしなければ良かった話なのだが。終わった事をいつまでも言い訳にする訳にはいかない。つまり、悪い事をしたから謝る。それだけの、とても簡単な事だった。

 

 

「ああ、別にいいよ。俺も偶然とはいえ見ちまったし、お前の判断は女の子として間違っちゃいないさ。それに、」

 そんなはずはない。ただ偶然に偶然が重なってああなったとしても、悪いのは完璧にこちら側なのだ。彼が非に病む事はこれっぽっちもないのだ。

 なのに、

 

「俺としては何も起こってなくて安心したよ。お前も無事で良かった。東條も無事で良かった。はいっ、これでこの話はお終い!」

 手拍子をすると同時に、スイッチを押したかのように切り替えようとする拓哉。これ以上この話をするのは野暮ったいという事なのだろうか。とりあえず、拓哉がそう言うなら釈然とはしないが、この話は終わりにしようと思った。

 

 

「それと、あいつらの事、見に来てくれたんだな」

 突然の事に、一瞬言葉を失った。

 

「べ…べつに、ちょっと気になっただけだから来ただけよ!」

 おぉぉ、リアルツンデレきたーと、拓哉は軽く呟いてから、

 

「でも、来てくれたんだな」

「うっ、うぅ……」

 拓哉の言う事は正解だった。何だかんだ言いつつも、結局真姫はここに来た。それが全ての証明になった。

 

「で、でも!本気で練習してないと作曲なんかしてやらないんだから!それを確かめるつもりで来たんだし!」

「それで、あいつらがどれだけ本気か分かったか?」

 笑顔で問いかけてくる拓哉にまたしても真姫は口ごもる。

 

 答えは既に真姫も知っている。ついさっきもう彼女達の本気を見たのだ。今出た言葉は口実を上手く作るための手段に過ぎない。

 

 

「ま、まぁ、ちゃんとやってるって事は、わ、分かったけど……」

「なら、お前の中で答えは出たんじゃないか?」

 何を知った風な口を……と言おうとして止めた。悔しいけど当たっていたから。

 

「……私はもう行きますから」

「ああ、見に来てくれてありがとな」

 拓哉に背を向け、去ろうとした所でまた声が入る。

 

 

「“またな”、西木野」

 ホント、最後まで分かった様な事を言って憎たらしい男だと、そう思いながらも、

 

「ええ、“また”」

 同じように返す。今度の今度こそ、真姫は去る。

 

 

 

 

 

 

 ようやく本当に帰路に着きながら、真姫は思った。

 

 あの巫女姿の少女の考えている事も分からない。確かに分からないのだが。……本当に何を考えているのか分からないのは、あの岡崎拓哉という少年だと。

 こちらの考えが筒抜けの様に分かって、けれどどこか1歩引いた所から接してきているような感覚。何か探られているような感覚。でも、嫌な感じはしなかった。腹が立つが、憎たらしいが、よく分からないが、悪い人ではないという事は嫌に分かった。

 

 

 

 

 

 高坂穂乃果率いる彼女達の事を必死に考えて、その助けになろうとしている。

 彼も彼女達も本気。

 であれば。

 

 

 

 

 

「はぁ~……仕方ないわねぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 少女のやる気の溜息にも似た何かは、夕の空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪い、待たせたな」

 

 

 

 

 西木野と別れてから元に戻ると、完全に休憩モードから帰宅モードに変わっている幼馴染達の姿があった。

 

 

「遅いよたくちゃ――ってあれ、その顔の赤い痕、どうしたの?」

「まぁ、何?軽い事故だ。気にするな」

 これを追及されたら俺はさっきより酷い目に遭うだろう。嫌だ、タクヤマダシニタクナイ。

 

 

「つうか何?今日はもう帰るのか?」

「ええ、もう本当に走れなさそうにしていたので」

 結局諦めたのかよこいつら……。西木野に本気見せてやったぜと思ってた矢先にこ―――、

 

「でも代わりに腕立て腹筋としたよ!」

 れじゃない。うん、俺は知ってた。こいつらを信じてたよ?俺がこいつらを疑う訳ないじゃないですかやだなーもー。

 

 

 

「そういう訳だし、今日は帰ろー!」

 

 

 

 

 

 

 

 穂乃果を筆頭に俺達はそれぞれの家に足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 頭をタオルで軽く拭きながら冷蔵庫まで向かう。

 正常に機能していて冷えた冷蔵庫の中から目的のブツを取り出し、それを開ける。

 

 そしてそれを一気に口に含み、飲む。

 

 

 

「んぐっ……んぐっ……―――――――――ぷはぁっ!!うん、美味である!」

 やっぱ風呂上りはコーヒー牛乳だな!異論は認める。王道な牛乳でもいいし、マイナーなイチゴ牛乳でもいい。だがフルーツ牛乳、テメェはダメだ。小さい頃、風邪を引いて粉薬を飲む時、粉薬の味が凄く嫌いだった俺は飲み物を一緒に飲んで誤魔化そうとした。それに使用したのがフルーツ牛乳だ。

 

 

 

 そして結果は、うん、まぁ、えと、何?めちゃくちゃ吐いた。

 だってくっそ不味かったんだもん。フルーツ牛乳の中にバラバラになった粉薬が地雷の様にばら撒かれていて、誤魔化す所か全ての地雷を自ら踏み込んでいくまである。念のためにトイレで実践して良かった。もしリビングでやってたら唯に嫌われる所だった。

 とりあえず、俺はそれからフルーツ牛乳が大の苦手になった。以上、QED。

 

 

「お、唯、受験勉強か?」

 リビングのテーブルで、唯が資料などの勉強するための一式を広げていた。

 

「あ、お兄ちゃん。そうだよ~、私、頑張ってますっ」

 ふんすっ!っとワザとらしく口に出してドヤ顔で見てくる唯。はいはい可愛い可愛い。誰にも渡さん。

 

「でもちょっと休憩~。ぷふぅ~」

 そう言ってソファに座っている俺の隣に腰を下ろす。唯もさっき俺の前に風呂入ってたせいか、ほんのりシャンプーの香りが鼻をくすぐる。俺も同じのを使ってるはずなのに自分じゃ何も匂わないってどういう事なの?俺の体は無臭にする能力でも秘められてんの?何それ加齢臭とかしなさそう超便利。

 

 

「勉強は順調か?」

「うん、今の所は大丈夫かな~って。分からない所はお兄ちゃんに教えてもらう~」

「いや、俺より母さんの方がいいと思うんだが……」

 俺は成績自体は悪くない。だからといってめちゃくちゃ良い訳でもない。言うなれば普通だ。うん、やっぱ普通が1番。無難でいいのだ。普通最高!

 

 

「何言ってんの?私はお兄ちゃんに教えてもらうって言ったんだよ?」

 はぁ?何言ってんのこいつバカなの死ぬの?みたいな目で見ないでくれません?妹にそんな目で見られるとさすがにお兄ちゃんショックですよ?

 

「あいあい、分かったよ。分からない所は俺が出来る範囲で教えてやる。でも俺でも分からない所は母さんに聞けよ?」

「はぁ~い!」

 何とも間の抜けた返事である。一応釘は刺しておいたけど分かってんのかこいつ?今も隣で体がくっつきながら足をパタパタさせている。てか近い、近いよ。

 兄妹だから気にしたりはしないけどさ、年頃の女の子はもっとそういうのにデリケートなんじゃないの?お兄ちゃん分からないよ。

 

 

 ちなみに件の母さんは既に寝ている。我が家の母はやる事を全て終えたらすぐに寝るのが日課なのだ。主婦の朝は早いというが、全く以てその通りである。そのために母さんはいつも早めに寝る様にしている。今は9時だ。いや、小学生かよ。

 

 なので、いつもこの時間帯は俺と唯の2人だけになる事が多い。しかし、唯はいつも自室で受験勉強をしているため、休憩の際にしかリビングに来ないはずなのだが、何故か今日に関してはリビングで受験勉強をしている。

 

 だから俺もいつもはすぐ自室に戻りテレビやゲーム、マンガを読んだり、穂乃果達を手伝えそうな事をググったりしているのだが、今日に関してはリビングに留まっている。一体どうしたというのだろうか。自室じゃ堅苦しいからリビングでリラックスしながら勉強しようと思ったのか?

 

 

 

 そこまで考えて、ふと、テーブルに置かれている資料やノートに目が行った。

 

 

 

 そういや、唯はどこの学校に行くつもりなんだ?

 やはり有名なUTX学院か?あそこなら設備も良さそうだし、不自由なく学校生活を送れそうではあるが。

 

 

 

 

「なあ唯、お前って、どこの学校受けるつもりなんだ?」

「音ノ木坂学院だよ」

「…………………………………………………………………………………………………………は?」

「だからぁお兄ちゃんも通ってる音ノ木坂学院だよ~」

 あまりにも即答されたものだから一瞬理解が追いつかなかった。というより、ちょっと待て。何で唯はわざわざ廃校になりそうな音ノ木坂を選んだんだ?

 

「いや、ちょっと待てよ。今の音ノ木坂は廃校になりかけてるの、お前も知ってるんだよな?」

「知ってるよ~」

 抜けた返事が返ってくる。

 

「なら余計待てよ。それなのに何でわざわざ音ノ木坂に入ろうとしてんだ?もし廃校になっ――――、」

「雪穂から聞いたんだ」

 またしても抜けた返答。

 

「な、に……を……?」

「お兄ちゃん達がその廃校を止めるために今頑張ってるんだって」

「…………」

 言葉が止まる。

 

 

「だから私は音ノ木坂を受ける事にしたの。それに最初から音ノ木坂にするつもりだったし!」

 雪穂から聞いた。というのは、穂乃果達がスクールアイドルを始めて、俺がそれを手伝っている事をだろう。雪穂の奴、勝手に言いふらしやがって……次会ったらデコピンの刑だな。

 

 それにしても、それだけで音ノ木坂に決めるだろうか?そんな軽く言って決めれるものなのだろうか?

 

「言っておくけど私、軽い気持ちで言ってる訳じゃないよお兄ちゃん」

 考えが読まれたような気がした。やっぱり今読心術流行ってんの?

 

「お兄ちゃん達が学校を守るために頑張ってる。動いてる。だから決めたの」

 理解出来るようで、理解出来なかった。

 

「いや、言ってる意味がよく分からないんだが……」

「簡単な事だよお兄ちゃん!お兄ちゃんは守るって決めたものは絶対に守るって事を私は知ってる。だから音ノ木坂学院は廃校になんかならない」

 それは、あまりにも不確定要素が多かった。理解が追いつかなかった。

 

 

 

 はずだった。

 

 

 

 

 

「もっととっても簡単に言っちゃえば、私、唯はお兄ちゃんを全面的に信じているからですっ!」

 

 

 

 

 

 

 ああ……なるほど。そう言う事か。だから唯は自信満々にそんな事が言えるのか……。やっぱり俺の妹はどこまでも俺の妹だったよ。

 そこまで言われちゃ、お兄ちゃんもっと頑張んねぇとな……。

 

 

 

 

「そうか……。また、守る理由が1つ増えたな……」

 そう言いながら俺の左肩に頭を置いている唯の頭を撫でてやる。まだ若干濡れている髪を優しく撫でる。その度にシャンプーの香りがふわりと鼻を優しく刺激してきた。

 

「うひゃぁ、守る理由が多い程、お兄ちゃんは強くなるもんねぇ」

「……そうだな。もっと頑張れそうな気がするよ」

 

 

 

 

 

 そうだ。

 何を言っていたんだ俺は。

 何がもし廃校になったら入れないなどと言いかけたんだ。

 

 

 

 

 もう守るって決めた事じゃないか。

 穂乃果達も、他の生徒も、先生ごと学校を守ってやると決めたじゃねえか。

 妹が関わる事になった途端、弱気になる必要なんてどこにもなかったんじゃねえか。

 

 

 

 

 信じてくれている。それで十分だ。

 

 

 

 

 守る理由が多い程、俺は強くなると言ってくれた。それは真実なのかもしれない。何せ今、とても勝気な表情をしているのが自分でも分かるから。

 

 

 

「お兄ちゃん、良い顔になったよ」

 隣の唯も、何やら嬉しそうな顔をしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この笑顔を守ろうと誓ったのは小学5年の時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 今、新しく誓おう。

 

 

 

 

 

 

 

 穂乃果達の笑顔も唯の笑顔諸共全て守ってやろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「唯」

「ん、何?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「音ノ木坂は俺が、穂乃果達が守る」

 

「うん」

 

「絶対に、成功させて守ってみせる」

 

「うん…」

 

「次の年の生徒が入って来られる様に頑張るから」

 

「うん……」

 

「だから、少し先で、俺達はお前を待ってるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 守ると誓った笑顔が、とても輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やってやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









そろそろ次の誕生日の話考えとかないとなぁ……。





活動報告とやらも軽くしていこうかなと思いまする。


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21.ある日の通学路

おいぃ?のんたんの誕生日エピソードがまったく浮かばないんだが?
これはちょっとマジでヤバイ……。何がヤバイってまじヤバイ。


そして、活動報告書くとか言っておいて何も書いてない自分。
のんたんエピソードどんなシチュエーションがいいとか軽く参考にしたいから活動報告の方に書いてみようかな。


 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 

 

 

 いつも通りに自分の通学路を歩き、ものの5分程度で着く穂乃果の家へ向かう。

 そしていざインターホンを押そうとした時、

 

 

「行ってきまーす!」

 

 

 呼ぼうとしてた張本人が出てきた。

 

「あ、たくちゃんおはよー!」

「おう」

 最近ではあるが、朝練の甲斐もあってか穂乃果は朝寝坊をする事が少なくなっていた。こうして迎いに来た俺とタイミング良く鉢合わせする事も多くなっている。

 いや、普通は寝坊する方がおかしいんだけどね。俺は夜更かししても遅刻はしない主義だから大丈夫。え、健康に悪い?ソウダネー。

 

 

 

「お姉ちゃーん。あ、たく兄おはよー」

「ん?」

「おう、おはよう雪穂ー」

 2階から手を振って挨拶をしてくる雪穂。朝から可愛い妹分に声を掛けられるとは何か良い事でもありそうな予感がしてきましたよっ。

 

「お姉ちゃーん。これお姉ちゃんのー?宛名がないんだぁ。μ'sって書いてあるけどー」

 そう言って雪穂の手から見えたのは1つのCDだった。

 俺と穂乃果は数秒間顔を見合わせてから、穂乃果が足早に家の中へと駆けて行く。十中八九雪穂からCDを受け取るためだ。

 

 

 穂乃果が戻り、俺も穂乃果の手元にあるCDの封筒を見ると、裏にはμ'sの文字があった。

 

「あっ……これって……!」

「ああ、多分、そうだろうな……」

 自然に顔が綻ぶのが分かってしまう。とにかく、これを確認するには海未とことりにも合流しなければならない。

 

「とりあえず、海未とことりに合流して学校で聴いてみるぞ」

「うん!!」

 

 

 

 いつの間にか、俺と穂乃果の足はリズム良く早くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、じゃあ、セットするぞ」

「うん」「うん……」「はい」

 学校の屋上。授業も終わり、いつもの4人でちょっこりとその真ん中を陣取り、目の前のパソコンにCDをセットする。

 

 

「いくぞ」

 

 

 画面に表示された再生ボタンをクリックする。

 流れてきたのは言わずもがな、音楽だ。

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~♪

 

 

 

 

 

 イントロから始まり、歌声が聴こえる。

 

 

「この歌声、やっぱり……!」

 穂乃果が俺の顔を見てくる。意図が分かり、肯定の意味で首を縦に振る。そんなに笑顔になりなさんな。俺までなっちゃうだろ。

 

 

 

 こうして俺と穂乃果がやり取りをしている間も曲は止まらない。

 

 

「凄い、歌になってる……」

「私達の……」

「私達の……歌……」

「これが、お前達の始まりの歌だ」

 

 

 そう言いながらも、誰もが歌に聴き入っていた。というか西木野のやつ、これを昨日の今日で完成させるなんてな……。まったく、ツンデレなくせして恐ろしいやつだよあいつは。こんな素敵な旋律を穂乃果達のために作ってくれて、文句のもの字すらも出てこない。

 やっぱり穂乃果が西木野に頼んで正解だったようだ。

 

 

 

 

 これでやっと、手札が揃った。あとは振り付けを完成させて、歌も練習して、出来る限り完璧にするだけだ。

 

「わぁぁ~……あっ……」

 穂乃果が何かに気付き、俺も穂乃果の視線の先を見ると、そこにはスクールアイドルのランキング表示があった。

 

 

 票が、入った。

 

 

 

「票が入った……」

 海未も俺と同じ事を口に出す。

 

 

「票が入ったから分かるとは思うが、これで否が応にもお前らは他のスクールアイドルと同じ土俵に立った訳だ」

 曲の感動に入り浸りたい気持ちは分かるが、だからこそここは気持ちを引き締めて切り替えなければならない。

 

「同じ土俵にいる限り条件は一緒なんだ。確かにお前達は廃校を防ぐためにスクールアイドルを始めた。だから思いっきり上位に入らなくてもいいかもしれない。でも、上位になればなるほど知名度も上がる。それはつまり音ノ木坂学院の注目度、人気度も変わってくる。……ここまで言えば分かるよな?」

 真剣に俺の話を聞いていた3人は、次第に笑みに変わっていった。

 

「うん、分かってるよたくちゃん。そのくらい、私も海未ちゃんもことりちゃんも分かってる。今までの何も出来ない自分と違うんだ。何か出来るからこそ、上を目指すんだよね!」

 ほう、俺が何かを言う必要はどこにもなかったって訳かい。ま、こいつらの今の顔を見る限りじゃ、確かに分かってるっぽいな。

 

 

 

 そうだ。スクールアイドルなんて何をすればいいか分からなかった。

 でも、そんなのはもう既に過去の事。

 今は違う。しっかり基礎練習もして、原曲がなくても他のアイドルの曲でダンス練習もした。衣装ももうすぐ出来て、歌詞も考えて、こうして無事に曲も完成出来た。

 

 今のこいつらなら、ちゃんと目標があって、ゴールが見えたこいつらなら、何も言う必要はないんだ。目標はデカく持った方がモチベーションも上がる。だから上を目指す。それだけの事。

 

 

「なら、今何をすべき事なのかも、言わなくても分かるんだろ?」

 俺の挑戦的な言葉を、穂乃果は不敵な笑みをもってこう返してきた。

 

「さぁ、練習しよう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神田明神。

 もはや穂乃果達が練習するためには絶対に不可欠な場所になっていた。

 

 

 俺が笛で合図をすると共に、穂乃果と海未が階段を一気に駆け上がってくる。いわゆる階段ダッシュだ。

 見てて分かる事がある。以前の穂乃果なら、この階段を苦痛の表情で上っていた記憶がある。なのに今はどうだろう。元から穂乃果やことりより体力のある海未と良い勝負している位にスピードも上がっている。

 

 しかも、苦痛の表情ではなく駆け上がるその顔に映るのは笑顔だった。諸々の完成がもうすぐと分かってやる気になっている証拠だろう。

 

 それは海未もことりも同じだった。2人も穂乃果と同じで、以前より確実に階段を上がるタイムが上がっている。明確に成長している記録を残す事でよりモチベーションを上がらせるという趣旨は間違ってなかったようだ。

 

 

「よし、穂乃果も海未もタイムが上がってる。ことりも上がってたし、よく頑張ってるな」

「そりゃそうだよ!もう今の私はやる気で出来てるようなものなんだから!」

 ああ、うん、なら授業も寝ないでやる気だそうね。後ろからプリント集める時に寝てたら紙引っ張り出すのめんどくさいんだから。

 

「では次、ダンスの練習に移りますよ!」

「「うん!」」

 

 

 

 

 

 

 

「1、2、3、4、5、6、7、8、1、2―――、」

 小さな鏡を地面に置き、少しでも自分の動きを確かめながら踊る。海未の掛け声をリズムとして受け取りそれに合わせ動く。俺は穂乃果とことりの動きを見て間違いがないかを見逃さないためずっと見ている。決して変態的な意味はないんだからねっ!―――っと、

 

「ことり、左手ちゃんと開けるんだ」

「あっ、はい!」

 ほれ、ちゃんと見てるでしょ?俺だって真面目にやってんのよ?

 

 途中からは海未も加わり3人でダンス練習に励む事になった。やはり3人全員で合わせないと合うものも合わないからな。

 

「穂乃果!」

「タッチ!」

 今の所見る限りは順調だ。キレはともかく、動き、タイミングと共に合っている。

 

「良い感じです!」

「うん!」

 結局、好調のままダンス練習は終わった。これは結構良い感じだな。このままいけば当日の新入生歓迎会のライブも上手く出来るかもしれない。

 

 

「では3分休憩します」

 それと同時に、建物の日陰の多い場所へと移動する。

 

 

 

 

 

「ふうぅ~、終わったぁ……」

 一番に穂乃果が壁にもたれこむ。

 

「ほれ」

「うひゃうっ!?」

 穂乃果の頬にたった今自販機で買ってきたスポーツドリンクを当ててやる。もちろん冷えたやつをね!

 

「何するのたくちゃん!」

「冷たくて気持ちいいかなぁって思っただけだ。他意はない」

「うっ、確かに気持ちいい……」

 穂乃果に関しては平然と言ってやれば責められる事はない。おバカだから頭が処理する前に勝手に納得してしまう口が出てくるからなこいつは。ちょろいちょろい。

 ついでに海未とことりにも渡す。

 

「まだ放課後の練習がありますよ?あ、拓哉君ありがとうございます」

「ありがとたっくん。でも、随分出来るようになったよね!」

「2人がここまで真面目にやるとは思いませんでした。穂乃果は寝坊してくるとばかり思ってましたし」

「そうだな、俺も見てる限りじゃ特に指摘するところはなかった。ちゃんと上達していってる証拠だ」

 

 体力もついてる。成長というものはやればやる程見についてくる。それがこいつらを見てて実感できる。やれば出来るんだよな穂乃果も。

 

「ま、俺も最初は穂乃果が寝坊すると思ってたけど」

「大丈夫っ。その分授業中ぐっすり寝てるから!」

 おい、誰かこいつしょっ引いてくれ。俺が言ってもまったく言う事聞かないんだぞこいつ。海未もお手上げだし詰んでる。今度寝たら顔に落書きでもしてやろうか。

 

 

 

「っと、お?」

 呆れた視線を穂乃果に向けていると、視界の端に動く赤い髪があった。これだけ聞くとホラーっぽいな。

 見られた事に気付いたその人物は慌てて去ろうとするが、それを俺と一緒に気付いていたこやつが見逃すはずもなく、

 

「あっ、西木野さーん!まーきちゃーん!!」

 そこフルネームで言う必要あります?親しみを込めて言うのなら言い直したという表現の方が正しいのか?それはともかく、穂乃果の声がデカくて恥ずかしいのか、当の西木野は顔を険しくしながら階段を上がってきた。

 

「大声で呼ばないで!」

 まぁ、でしょうね。赤い髪に負けず劣らず顔も真っ赤ですよー!

 

「ほぇ、どうして?」

 ほぇとか。ほぇとか!あざとい、穂乃果さんあざといよ!あと普通なら分かるでしょ!

 

「恥ずかしいからよ!」

「そうだ!この曲、3人で歌ってみたから聴いて!」

 そしてこのスルースキル!何この子、自分に都合の良い耳でも持ってんの?難聴スキルでもあんの?友達少ないの?え、何だって?

 

「はぁ、何で?」

「だって、真姫ちゃんが作ってくれた曲でしょ!」

「っ……、だからぁ、私じゃないって何度も言ってるでしょ!」

 “また”始まったよこのやり取り。よく飽きないなこいつら。

 

「まだ言ってるのですか…」

 俺の隣で海未も呆れ気味に呟いている。そう、休み時間に会うなり2人はこのやり取りを何回もしているのだ。穂乃果が詰め寄り、西木野が否定する。このループを会う度にやっている。無限ループって怖くね?

 

 

「んぉ?」

「え?」

「ぐぅぅぅぅぅぅ~~……」

 何か穂乃果が唸りだしたんだけど。何これ新しいパターン入った?βテスターじゃないから分からないや。SAO内のボスなら逃げ回るレベル。

 

「ガァオオオオオッ!!」

 と、何やら獣っぽく叫んだと思ったら西木野にくっ付きだした。こら!こんな所でキマシはやめなさい!やるなら他の人気のない場所でやりなさい!あと俺の家でも可。

 

「うぁ、ちょ、はぁぁ!?何やってんのよ!」

「うふふふふふふうひひひひひひ……」

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 仕方ない、堪能させてもらおうか、と思っていたら、穂乃果が手をゴソゴソと動かしていた。チラッと見えた物が見えた俺はようやく理解する。ああ、そゆことね。

 いや、別にちょっと期待してた訳じゃないから。ホントだから!

 

「ぃよぉし!作戦成功!」

 説明しよう!穂乃果の行った作戦とは、相手にくっ付いて戸惑っている間に、相手の耳にイヤホンを付けるという、ただの強引な行動なのであーる!

 何この口調。

 

 

「え……、……」

 西木野もここまでされたら流石に観念したようだった。

 

「結構上手く歌えたと思うんだぁ!いくよぉ~!」

 すると、急に海未とことりが穂乃果の方に駆け出した。

 

「μ's!」

「ミュージック~」

「「「スタート!!」」」

 ちょっと待って何それ俺聞かされてない。どこで打ち合わせしてたの君達?俺だけポツンと立ってておかしいじゃないですかもうちょっとやだー。

 

 

 

 何だかんだ集中して歌を聴いている西木野と、その反応を見ている3人は俺に気付く気配もない。なので、そそそーっと、3人の後ろに寄って待機。

 うん、やっぱ誰も気づいてくれないのね……。

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、空を見上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も、快晴の良い天気だ。

 この雲行きのように、このまま順調に事が進みますように……。

 

 

 何故か、神社が目の前にあるのに、空を見ながら拝んだのには、特に理由はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局そのあと、聴き終わるなり、西木野はこんなのまだまだよ!とだけ言ってそそくさと去って行った。でも去り際にチラッと見えた西木野の顔は、何だか笑っていたようにも見えた。

 及第点までは貰えたって感じかな?3人も満足そうにしている。さて、そろそろ俺達も準備しねえとな。

 

 

 

「おし、俺達も学校行く準備するぞー」

 各々の返事を聞き流し穂乃果達が走っていく姿を見てから、俺はその場で佇んでいた。いわゆる見張りだ。家でジャージに着替えて練習するには申し分ないが、練習を終えてからの着替えが少し厄介なのである。

 

 ここは神社だ。この付近に都合よく更衣室がある訳がない。だから穂乃果達は仕方なく、人がまったく来ない場所(外)で着替えている。海未は最初抵抗していたが、それしか方法がない故に最後は渋々納得した。

 そして俺の役割といえば、もう一度言うが見張りだ。人がまったく来ないとは言うがもしもの事を考えての事だ。穂乃果達の着替えを見るには俺を通り越してからではないと不可能になっている。

 

 つまり、俺が穂乃果達の着替えを守るための防波堤となっている訳だ。穂乃果達の着替えを見たくば俺を倒してから行けぇ!……そこには海未神というLevel1000の裏ボスがいるから覚悟しておいた方がいい。何なら守れなかった俺まで一緒に殺られるまである。

 

 

 

 

 

「よぉし、行こーたくちゃん!」

「お待たせしました拓哉君」

「待たせてごめんね~たっくん」

 変な事考えてたら既に着替えが終わった3人がやって来ていた。大体いつも同じ事を3人が言ってくるから俺も、

 

「ああ、別に、待つのには慣れてるから気にすんな」

 いつも言っている言葉を出す。あれだ、おはようにおっはーで返すようなものだ。意味が分からん。

 とりあえずだ、天使のことりの謝罪の言葉を聞いたら誰だって許してしまうじゃん?ことりの言う事は正義なのだ。絶対なのだ。ジャスティスなのだ。

 

 

 

 

 

 

 登校中ともなれば、他の学校の生徒も登校している姿を見るのだが、

 

 

 

 

 

 

「くそリア充が……」

 カップルが仲良く登校している姿もよく見るはめになってしまう。朝からイチャイチャしてんじゃねぇよ。暑いんだよ主にオーラ的な意味で。

 

「たくちゃん思いっきり口に出てるよ……」

 穂乃果が若干引いた目で見てくるがそんなの今の俺には何てことはない。

 

「あん?そりゃ口にも出るだろうよ。こちとら朝早くから起きてんのに何のんびり朝からイチャコラしてくれてやがるんですかあのリア充共がぁぁ……」

 ちくしょう、誰か爆弾もしくはミサイル持ってこーい!朝から見せつけてくる奴らに慈悲はない。今すぐ爆破せよ。

 

 

「見たところ、女の子の方は後輩みたいだね」

 ことりが冷静に分析していたらしく、口に出した言葉に俺はさらに憤る。

 

「後輩……だと……!?誰か日本刀持ってこい俺が奴を斬らないと世界中の男子が奴を葬ってくるから俺が先に奴を斬る事で世界が平穏に保たれるならば俺は奴を斬ろう」

「何を言ってるかさっぱり分かりません。落ち着いてください拓哉君」

「というか、たっくんもたっくんだと思うけどねぇ……」

「は?どういう事だよことり」

 

 ことりの言う事が理解できなかったために、俺は少し落ち着く事ができた。

 

「うーん、なんか自分で言うのも恥ずかしいんだけど……」

 何だか心なしか、ことりが顔を赤らめながらモジモジしている。何だ、トイレか?

 

 

 

「今のたっくん、一応私達女の子3人と一緒に登校してるんだよ?」

 

 

 

「…………………………はっ!?」

 俺とした事がぁぁぁあああっっ!!!そうだよ、俺はマイラブリーエンジェルと一緒に登校してるじゃないか!これは世界中どこ探しても俺だけができる特権とも言っていいだろう。それ即ち、最強。

 穂乃果と海未?知らん。

 

「そうだよな、俺にはことりがいるもんな。朝から天使と学校に行ける俺は幸せ者だな。もはや天使すぎて俺が昇天するまである」

「たっくんそれは言い過ぎだよぉ~!」

「海未ちゃん、何だかナチュラルに居ない事にされてる様な気がするんだけど」

「大丈夫です穂乃果。その認識で合っています。私達をそんな扱いする拓哉君には罰が必要ですね」

 あるぇー?何だか不穏な言葉が聞こえたぞー?おかしい、天使と会話してるはずなのにどんどん顔が青ざめていくのが自分でも分かる。海未神様怖いよー!!

 

 

「そういえばたくちゃん、後輩って事に何だか異様に反応してたよね?」

 不意に聞こえた穂乃果の呟き。血の気が引いてる今の俺にはよく聞こえた。

 

「ああ、だって後輩だぞ?世の男子が甘えられて1番嬉しいのが後輩という生き物なんだぞ?後輩という響きだけで何だか守ってあげたくなるこの不思議……!」

「ああ、うん、何だか聞くんじゃなかったと後悔してるよ……」

 あれ、何だか3人の俺を見る目が痛い。というか冷たい。ブリザガ喰らってる気分。死ぬわ。

 

「ってことは、真姫ちゃんにもそういう事思ってるって事?」

 再度の穂乃果の質問。

 

「西木野の場合はちょっと違うかな。あいつすげぇツンデレだし、今は守るってより見守るってのが正しいかも」

「よく分かんないや」

 おい、聞いておいてその反応投げやりすぎやしませんかね?

 

「どっちかっていうと、小泉や星空の方が守らなきゃってなるな」

「あぁうん!小泉さんは何となく分かるよ!何か小動物っぽくて可愛いもんね!」

 おぉっとここでまさかの賛同意見が出ましたよっと。つうか星空はどうなんだよ。まぁ星空は元気なタイプだからあまりそうは感じられないかもしれんが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇたっくん、そういえば前の学校では後輩とかいたの?」

 ことりから純粋な疑問がぶつけられた。

 

 

「まぁ、一応いたな。中学の時だけど。といってもごく僅かだし、今じゃ俺の事忘れてたりすんだ―――――あ」

 ろ、と言いかけた所で止まる。あー、そういや厄介な後輩がいたような……。

 

「どうしたの?」

「いや、うん、確実に俺の事覚えてる厄介な後輩がいた事に思い出しまして……」

「たくちゃん、何か凄い嫌そうな顔してるけど……」

 なんと、俺はそんなにもひどい顔してたのか。

 

「ちなみに、その子って女の子?」

「ああ」

「たくちゃん、相手が女の子なのにそんな顔するなんて……!」

「珍しい事もあるんですね」

 おい、俺が女の子なら誰でも食い付くと思うなよ。寧ろ出会いは欲しいけど会ったら会ったでちょっと警戒しちゃうくらいにはヘタレだぞ俺。

 

「たっくんがそんな顔する程って、どんな子だったの?」

「なんつうか、その、計算された笑顔というか、あざとい仕草ばっかと思えば急に真面目になったり、そう思えば実はただあざとかっただけだったり……」

「えっと……」

「つまり……」

「どゆこと?」

 

 ことりと海未が何となく分かったように察したのは分かるが、穂乃果はまったく分かっていなかった。

 

「つまりだな、行動、言動、考えの裏、意図がまったく読めないんだよ。何か、全部計算してるかのように振る舞って、何が狙いなのかも分からない。なのに俺に異様に懐いてるってのがまた恐ろしいんだよ」

「うーん……」

 ここまで言ってまだ分からないのかこいつ……。ほのばかの頭は重症なようです。急患に運ばせましょう。

 

「もっと簡単に言えばだな?あざといんだよ。見え見えなまでのあざとさ。寧ろワザと見せてる位にな。何を考えてるのか本当に分からない女の子ほど怖いものはないぞ……」

「おぉー、なるほど!」

 分かりやすく手をポンッと叩く穂乃果。やっと分かったかこいつ。

 

 

「それで、その子に苦労していたというのは分かりましたが、知り合った経緯は?」

 まぁ、1番気になるであろう事を聞いてきた海未。何となく予想はついているとは思うが正直に言っておこう。

 

「えっと、まぁ、何だ。言いにくいんだが、校内でちょっとした事があってな。それを偶然見かけた俺が助けてからそうなった」

 本人がいないとこで詳しく言うのは気が引ける。だから肝心な部分は省略させてもらったが、嘘は言っていない。

 

「はぁ……やっぱりですか」

「いつものだね」

「もはや恒例行事と言うべきかも……」

 三者三様の反応であったが、さすがに今回は口を挟む必要がある。

 

「言っておくが俺は本当に困ってたんだからな?事あるごとに付き纏ってくるし、あざといし、おかげで数少ない男子友達からはいつも殴り合いの挨拶になるし、あざといし、出会いないし、あざといし、何考えてるか分からないし、あざといし、あざといし、あれ、あざとい言い過ぎじゃね?」

「自分で言ったんでしょ……」

 

 寧ろそこまで俺にそう言われるあいつは本当にあざといんだと再確認したよ。俺はあいつとは出来るだけ関わりたくなかった。

 だから、こっちに引っ越す際には、じゃあなとだけ文字を打って送信。返信などは返さなかった。やべぇこれだけ見ると俺超ドライな奴じゃん。それでも僕は悪くない。

 

高校も一緒の所行くとか言い出して本当に合格してたし……、

 

「まぁ、印象深い後輩はそいつ位だな」

「そんなにある意味凄い子だったら、たくちゃんの居場所突き止めてきそうだね!」

「バッカお前、何不穏な事言ってくれちゃってんの?やめろよそういうの口にティッシュ詰め込むぞ」

「それこそやめてよ!」

 変なフラグ立てるんじゃありませんよこのおバカさんは。俺の嫌な予感はどういう訳かよく当たるんだから。

 

 

 

「2人共、喋るのは構いませんがもう少しペースを上げますよ」

 いつの間にか海未とことりは数メートル先にいた。い、いつの間に……!?瞬歩か!?

 

 

「ったく、あんまり思い出したくない事思い出しちまったぜ……」

「まぁいいじゃん!」

「何がいいんだよ。拓哉さんのメンタルはガリガリ君みたいに削られていってるんですが」

「それでも、私はたくちゃんの前の学校での事聞けて良かったと思ってるよ!!」

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うるせぇ、早く行くぞ」

「あ、ちょっと待ってよたくちゃーん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し顔が暑いのは走ってるせいに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、まぁ、こんな事でもたまには思い出してこいつらに話してやってもいいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 せっかくの快晴なんだ。どうせなら気分良く行こうじゃねぇか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ストーリー進まねぇぞオイ!と思った方は絶対にいると思います。
大丈夫です。自分も思ってます。


なーんか、新キャラの匂いがするのは気のせいか?気のせいだよな?これ以上ストーリー進まなくなったらどうすんだよ作者責任とれんのか?……自分でした。
アニメ準拠なのでそんなに大きく逸れたりはしないです。アニメ本編の中に軽くオリジナル入るだけなんで。

のんたんと拓哉のこんなエピソードが見たい!という方は適当に書いておくので是非に気軽に活動報告の方をご覧ください。
特に何もリクエストがなかった場合はもう日にち過ぎる覚悟でやります。書かないという選択肢はございません、ので!


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東條希 番外編.ゴーストハント?と乙女心


ま、間に合った……。
すいやせん、結構時間を喰ってしまいました。

そのおかげで14000文字です。気を付けてください。

リクエストをくださったお2人の方々には言い切れない感謝を申し上げます!
もしくれてなかったら絶望していた(確信)


では、のんたん、誕生日おめでとう!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の休み時間の事だった。

 

 

 

 

 

 普通にして見れば、何てことのない日常風景がそこにはあった。

 

 よくある教室でのおしゃべりのようなものが繰り広げられていた。

 

 なのに、いつもと何か少し違うように見えるのは、片方は悩んでいる様子で、もう片方は真剣に聞いている様子だからだろうか。

 

 言うなれば、悩み相談とでも言えば分かりやすいかもしれない。

 

 そして、他の生徒が何故か少し興味深そうにその2人を見ているのが、いつもと違う風景の何よりの証拠だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 生徒副会長と、生徒会長。

 

 

 

 

 

 音ノ木坂学院に通っている生徒ならば、必ず知っているであろう2人が、その中心にいた。

 

 いつもならその光景も不思議ではない。思い悩む生徒会長に副会長が遠回しの助言をする。それも見慣れた光景だった。

 

 なのに。

 

 今回はその逆の光景だった。

 

 副会長が生徒会長に悩みを相談しているのだ。それも真剣に。

 

 生徒会長もそれを真剣に聞いている。

 

 親友のために解決策を探している。

 

 

 

 

 

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 その翌日の事からだっただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校で変な噂が流れ始めたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ知ってる?最近夜の屋上でね……出るらしいよ?」

「出るって、何が?」

「そんなの決まってるじゃん。…………幽霊が出るんだって」

「えー嘘ー!?」

「ホントだって!見た人もいるらしいよ!」

「何それこわーい!」

 

 

 

 

 

 そんな噂が、学校中で広まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東條希という少女は、多くの人間がいるこの地球でごく稀にいる、霊感体質を持っている人間の1人なのである。

 

 

 小さい頃はよく見えたものだ。親に言ってもそんなのはいないの一点張りだったが、希には見えていたのだから仕方ない。あとから自分だけに見えていたのは霊と呼ばれるものだと発覚した時は驚いたものだ。

 

 人間は、自分の理解の範疇を遥かに超えたものを目の当たりにした時、冷静になるよりまず、未知なるものを見た事による脳の処理演算が追いつかずにパニック状態になる。所謂恐怖を感じる事と同じなのだ。

 だが、それとは反対に、逆に冷静になる者もいる話もたまに聞く。しかし、これも1周回ってというやつだ。処理演算が追いつかず、どのような行動をすればいいのか分からない。どのような言動、対処をすればいいのか分からない。

 パニックを超えたパニックと言えばいいのだろうか。恐怖のあまり笑ってしまうものと同じものなのだ。冷静になるのもある種の恐怖なのである。

 

 

 

 

 そして、東條希という少女はそのどれにも当てはまらない。

 

 

 

 

 幼少期から見えていたせいで、恐怖感というものが存在しなかったのだ。

 特に恐怖感もなく、興味もなく、だから霊に触れてはこなかった。そのせいかどうかは分からないが、高校生の今では霊感が弱くなっているのか、ハッキリ見えていた小さい頃より今はぼんやり程度しか見えなくなっている。

 最後に見たのも引っ越しの最中の電車の中から見えた線路の上にいた位だろうか。とにかく、今の希は霊感が弱くなっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、何故今になってそんな話をしたのかと言えば、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夜の屋上で……幽霊……」

 

 

 

 

 只今絶賛希が通っているこの音ノ木坂学院で幽霊が出るという噂を聞いたからだ。

 

 

 

 昨日まではそんな話どこにも聞いた事はなかった。なのに今日になり急激に学校内で広まり始めた。ならば昨日か一昨日、少なくとも1週間以内に目撃者がいるという事になる。

 しかし、昨日も一昨日も夕方までμ'sが屋上で練習していた。3日前は神田明神で練習していたからもしかしたらその日なのかもしれない。

 

 

「何とかするなら、早い方がええよね……」

 

 

 その発言の真意はそのままの意味だった。

 今では霊感が弱くなっており、ぼんやりとしか見えないが、まだ見えるはずだ。だから、原因の正体が見える、見る事が出来る自分ならばどうにか出来るかもしれない。その原因の発端を止める事が出来るかもしれない。

 

「よし、今夜、やろう」

 

 決行は今日の夜。

 正直に言って自分に何が出来るかは分かっていない。でも、今は神社で働いてもいる。お札を少し貸してもらってその霊を払えるくらいは出来るはずだ。

 それに、μ'sの大事な場所でもある屋上なのだ。

 それを守るためなら、少し危険が伴おうと厭わない。今までも影から支えてきた。なら今回も影から救えればいい。

 

 

 

 

「大丈夫、1人でもやれる……」

 もちろん、今日やる事は1人でするつもりである。

 拓哉には……今回は黙っておいた方がいいかもしれない。いつも何かしらの形で色んな人達を助けてきて、解決してきた拓哉ではあるが、今回はさすがに無理だろう。何せ相手は常識がまったく通用しないと言ってもいい、霊なのだ。

 こちらの言葉が届くかも分からない。殴ろうとしてもすり抜けてしまうかもしれない。襲ってくるかもしれない。

 

 

 そんな不可思議な危険に拓哉を、大事な想い人を、彼氏を同行させる訳にはいかない。よって1人で決行する。覚悟は決めた。さぁ、守ろう。

 

 

 

 

 

「さて、とりあえずは教室に戻ろかな~」

 そう言って、誰もいない屋上から1人、東條希は教室に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 噂があれど、特に練習がなしになったりする訳でもない。

 

 

 

 

 今日も今日とていつも通り、μ'sの練習は屋上で行われていた。

 

 

 

 

 

 

「そういえば今日は何か変な噂ばっか聞いたにゃ~」

 

 

 数少ない休憩時間の事だった。

 

 

 みんながそれぞれ用意したドリンクを飲んでいると、凛が第一声を漏らした。

 

 

「あ、私もその話聞いたよー!夜にこの屋上で幽霊が出るって話でしょ!?」

 続いて穂乃果。

 何故かハイテンションで話し出す2人には、練習での疲れが吹っ飛んでいるようにも見える。

 

「ったく、μ'sがここで練習してるってのに、変な噂なんか流さないでほしいわよね」

 2人の会話に混ざったのはにこだった。にこが混ざった事によって余計にギャーギャー騒ぎ出す3人。もはや3バカのいつもの流れである。

 

 

「でも、大丈夫かなぁ。出るのは夜だって聞いたけど、もし今の時間帯に出てきたら……」

 ふと不安な表情で呟いたのは花陽。彼女も不安ではあるのだろう。もし何か危険な目に遭ったらと思うと気が気でならないのは当然だ。

 

「大丈夫だよ花陽ちゃん。幽霊だってまだ明るい夕方には出てこないと思うよ?」

 花陽を励まそうとしているのはことりだった。彼女はいつも平和的な空間を望む故に、大切な中立の立場に立っている。

 

「そうだぞ花陽。ことりがそう言ってるんだから霊は出ないさ。ことりは正義だか――じゃない違った、大天使だった。そう、霊も天使には敵わないのだ!」

 場違いな事を言ったのは拓哉。割愛。

 

「うるさいです拓哉君。そもそもあなたには希という彼女がいるんですからことりではなく希の事をですね―――、」

 そんな拓哉を正座させて説教しているのが海未。バカのストッパー役としていつも働いている真面目な少女だ。

 

「幽霊だなんて非科学的よ。そんなのありえないわ」

 そう冷たく言い放ったのは真姫だった。微塵も信用してないのか、恐怖も興味もまったく感じさせなかった。

 

 

「真姫の言う通りよ。所詮は噂。本当かどうかも分からない事を気にして練習に集中出来ないなんて事はやめてよ?」

 真姫と同じく普段通りに言ったのは現生徒会長である絵里だ。μ'sのまとめ役として大きな存在になっている彼女は、こんな時も頼もしい存在になっていた。

 

 

「それもそうですね。すいません、ほらみなさん、そろそろ練習を再開しますよ」

 拓哉の説教を終えた海未が全員に声をかける。みんながのそのそと立ち上がる中、拓哉だけは正座のせいか、足がしびれたようで地面を転げまわっている。

 

 

 そんな中、この話に入っていない少女がいた。

 

「…………」

 

 希だ。

 こういう不可思議な話にはいつもおちょくり目的で話に割り込んでくる彼女が、今回はずっと何かを考えているようで黙っていた。訝しげな感じで。

 

「…………?」

 痺れの痛みで少し涙目になっている拓哉は、そんな自分の彼女を不思議そうに見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日もつつがなく練習は終わった。

 

 

 

 

「ふぅー終わったー!海未ちゃんことりちゃん、帰りになんか食べて帰ろうよ!」

「私は別にいいよ~!」

「帰りに食べたら家で晩御飯が食べられなくなりますよ?」

「いいじゃんいいじゃん!練習で疲れたから今すぐ何か食べないと死んじゃうよ!」

「どんだけ深刻なんですか……」

 

 各自が帰宅準備をし、いつでも帰れる態勢になった頃、穂乃果達がそんな話をしていた。

 

「あ、それ凛も行きたいにゃー!」

「よぉーし、じゃあもうみんなで行こーー!!」

 いつの間にか全員が行く流れになっていた。

 だから当然、

 

 

「あ、ごめんなぁ、ウチ今日ちょっと用事があるから遠慮しとくわぁ」

 希は断りを入れた。

 

「えぇ~、そうなんだぁ……。じゃあ仕方ないか!希ちゃんがいなくてちょっと寂しいけど、他のみんなで行こう!」

 何で私まで……と真姫は悪態をついていたが、そんな言葉とは打って変わって、満更でもなさそうな表情をしていた。内心では早く行きたくて仕方ないのかもしれない。

 

 

 

 

「最近屋上のドアすげぇガタガタすんだけど……え、何々?帰りにどっか食って帰んの?」

 部室の鍵を返しに行っていた拓哉が戻ってきた。

 

「そんじゃ俺も一緒に行こ――、」

「あ、たくちゃんは来ちゃダメだからね」

 無慈悲な言葉が送られた。

 

 

「何でだよ!即答とか何、俺だけハブ?酷くない?」

 辛辣な言葉に抗議を訴える拓哉。しかし彼は希が断った事を知らない。だから、

 

 

「希ちゃんが用事あるから行けないんだって。だからたくちゃんには希ちゃんと一緒に帰るという指令を与えます!」

 数秒の空白を置いてから、ようやく拓哉は理解できたようで、

 

「ああ、そういう事ね。なるほど、分かった。んじゃ希、一緒に帰るか」

 今度は希がうろたえた。

 

「え?いやでも、拓哉君みんなと食べて帰りたいんやろ?それを止めてまでウチと帰るなんて……」

 いつもなら感謝する事なのだが、今日は少し訳が違う。拓哉が一緒にいると勘付かれそうでならないのだ。

 

「あん?なーにおバカな事言ってんだ。1人の彼女ほっといて飯なんか食えるかよ。ほれ、帰る準備出来てるなら行くぞ。言っておくがお前に拒否権はないと思え!」

「あ、ちょ、待ってぇな拓哉君!」

 さっさと行こうとする拓哉に渋々着いて行く。こうなった拓哉は言う事を聞いてくれないのだ。出来るだけ気付かれないようにしようと思いつつ、2人で帰路につく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぁー、腹減ったなー……」

「もう…だからみんなと一緒に食べて帰ったらよかったのに」

 隣で唸る彼氏を仕方ないなぁと思いつつちょっとからかってみる。

 

「……うるへー。食欲より彼女の方が大事に決まってんだろ。……何かない?」

「その割にはさっきから唸ってるよー?……何もあらへんよ」

 我慢するか……、とやる気のなさそうな顔で前を見る拓哉を見て、希は安堵する。

 

「(良かった、この調子やと何も気づいてなさそうやね)」

 この件に関しては拓哉ではどうする事も出来ない。どうにか出来る可能性がある自分が動かなければならない。だから拓哉を巻き込む事は許されない。

 

 

 

 しかし、

 

 

 

「そういえば希、お前、何かあったのか?」

「!?」

 何の気なしの質問だったのかもしれない。でもそれは、希の心臓をドクンっ!と跳ね上がらせる程に、希からすれば確信ついた質問だった。

 

「……何でそう思うん?」

「いや、今日のお前、雰囲気がいつもと全然違ってたからさ。何か思い詰めてるような、そんな感じの」

 拓哉の回答からして、まだ全部は気付かれてないようで安堵した。しかし、それと同時にみんなに悟られないようにと思いすぎて、それが逆に仇になったのかもしれないとも思っていた。

 やはり拓哉はよく周りを見ている。だから少しの異常にも勘付く事が出来るのだろう。

 

 

「そんな顔してたウチ?でもまぁ大丈夫や。今日の用事の事でそんな顔してただけやから」

 これは希がもしもの時と思って張っておいた予防線だ。いくら彼氏の拓哉だからといって、家の用事にそこまでは詮索してこないと思ったからだ。

 

「……そっか。ならいいんだ」

 案の定、拓哉はそれ以上詮索はしてこなかった。

 

 

 

「でも、もし何か悩みがあったら言えよ?俺に出来る事があるなら協力してやれるかもしれないからな」

「……うん、ありがとうね」

 拓哉に出来る事なら、今度から悩みは相談しよう。今回は自分にしか為せないものだから、相談はしないでおこう。1人で解決しよう。

 東條希は、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、また明日ね、拓哉君」

「ああ、またな」

 希が家に入っていくのを見送る。彼女の姿はもう見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に入った希は、

 

「よし、準備しよう!」

 

 いよいよ今夜のために、本格的に動き出す。

 

 

 

 

 

 歩きながら帰路につく拓哉は、ゆっくりと赤い空へと顔を上げた。

 

 

 

「(思い当たる節はたった1つ……)」

 

 

 

 少し考えてから1つの結論を出し、

 

 

 

 少年も、静かに動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 希は1人、学校の校門前に来ていた。

 

 

 辺りは既に真っ暗、校門も閉まっているところを見ると、先生達も帰ったのが分かる。もし誰かいるとするならば、警戒すべきは警備員の人だろう。準備は出来るだけしておいた。

 神社に寄って清め塩とお札を貰ってきておいた。数珠もある。これだけで払えるのかは定かではないが、何もないよりかは万倍マシだと思おう。

 

 

「(周りには誰もいない。行くなら今やね)」

 周囲を警戒しながら校門をよじ登る。

 

 

 

 スタッ!

 と、着地の音と共にそれは、完全に別世界への境界線を表しているかのようだった。

 

「何と言うか、やっぱり雰囲気あるな~……」

 夜の学校は別の世界とはよく言ったものだ。実に的を射ている。雰囲気そのものが違うのだ。何かねっとりとしたようなオーラがどんよりと学校を包み込んでいるような感覚に襲われる。

 

 

「だ、大丈夫かなぁ……」

 さすがにここまで違うと、希も恐怖感を抱き始める。そもそも最後に霊を見たのだって約3年前にもなる。神社の神様とは違うのだ。悪霊の可能性だって否定は出来ない。霊媒師でもない希が恐怖を感じるのも無理はない。

 

 

 それでも、

 

 

「……行かなきゃ」

 

 

 自分の大切な場所を守るために、たった1人の少女は動き出す。

 

 自分の携帯ストラップが外れて落ちている事に気付かずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その数分後の校門前にて。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 1人の少年が佇んでいた。

 

 

 

 

 

 少年は静かに落ちているストラップを手に取ってから確信する。

 あの少女は学校に入ったと。噂で聞いたあの霊をどうにかするために1人で行動したと。

 

 

 

 

 確信すると同時に、少年は軽快に校門を登り超えた。

 

 

 

 

 

 1人でそんな事をさせる訳にはいかないと、そう思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 希は2階の階段まで来ていた。

 

 

 

 

 外だけでもあの恐怖感だったのだ。中に入ったらそれはまた恐怖が迫ってくる。暗い廊下。非常口を知らせる緑の光がこれまた一層不気味に感じさせる。音はコツンコツンと響く自分の足音だけ。

 自然に歩くスピードが遅くなっているのに自分では気付かないままだった。

 

 どうせなら、このままいっそ警備員の人にワザと見つかって、一緒に屋上に行ってもらえればまだマシなのではないだろうか、と思った思考をブンブンッ!と頭を振って忘れさせる。

 

 

「(あかんあかん!そんなんしたら警備員の人も危ないかもしれないやん!)」

 そう、必ずしも安全に帰れる訳ではない。自分は対処法がいくつかあるとはいえ、その警備員の人が危険な目に遭えば意味はなくなる。

 だからこその1人なのだ。

 

 

 

 

 思考を一旦止めて、再び歩みを始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3階の階段の踊り場に差し掛かった頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

 

 

 肩に手を置かれた。

 

 

 

「ひゃうぅぅ……っ!!??」

 大声を出しそうになりながらもギリギリ理性を保ち、最小限に声を押し殺す。

 

 

 

「あの、そこまで驚かれちゃ、さすがにちょっと傷付くんですが……」

 少し涙目になりながら後ろを振り返ると、そこには困り顔の拓哉がいた。

 

 

 

 

「…………た、拓哉君……!?な、何でここにおるん……!?」

 恐怖から一転、顔は怯えから驚愕に変わる。

 

 何故彼がここにいるのか分からない。何故気付かれてないはずなのにここにいるのがバレたのか分からない。何故いつもいてほしいと思った時に現れるのか分からない。

 何故、そのような少し怒った表情をしているのか分からない。

 

 

「まぁ、色々疑問はあったけど、気付いたらここにいるかなって思って来た訳だ。ったく、1人でそんな危ねぇ事しようとしてんじゃねぇよ」

「いたっ」

 軽くチョップされてしまった。しかし、拓哉は希の質問に完全に答えてる訳ではなかった。

 

「でも、ウチがここにおるってそんな確信もないのに学校に入ってきたって事?」

「確信はなかった。でも校門前まで来て確信に変わった」

 拓哉の言葉に余計疑問符が浮かび上がる。すると拓哉はポケットに手を突っ込んで何かを手探り始めた。

 

 

「あ、それって……」

「さすがにこれが校門前に落ちてたらお前がここに入ったって思うだろ?」

 拓哉が出してきたのは携帯ストラップだった。それも希の。

 

「……でも、何で、あれ?」

「おそらく校門を登る際に引っかかって外れて落ちたんだろ」

 希のストラップはいつもポケットから出ている。だから引っかかって外れたのだろう。落ちた事にも気付かないとは、我ながら恐怖で焦っていたのかもしれないと情けなく思う。

 

 

「でもま、こうして希と合流できたし、行くぞ」

 さも当たり前だというかのように、拓哉は先を促そうとしてきた。

 

「行くって、どこに?」

「決まってんだろ。霊をどうにかするつもりで来たんだろ?なら俺も行った方がいい」

「ダメ!拓哉君は帰って!」

 

 希の大声が場の空間を支配した。

 

「おいおい、警備員に知られたらどうすんだよ……もうちょっと声を抑えてだな」

「拓哉君は帰って……」

 今度は、声こそは小さかったものの、そこには明確な拒絶の意思が込められていた。

 

 

「…………何でだ?」

 拓哉はワザとそう返した。直接希の言葉を聞くために。疑問を確信にするために。

 

 

 

「……確かに拓哉君が来た時はちょっと嬉しかったんよ?でもそれだけ。今から行く所には、拓哉君が思ってる以上に、拓哉君じゃどうしようも出来ないものが待ってる。だからウチは1人でここに来たんよ……。それをどうにかするために」

 少しずつ、彼女の本音が漏れ始める。

 

「お前なら、どうにか出来るのか……?」

 ここからだ。ここからが、拓哉の聞きたい事の発端に繋がる。

 

 

「……分からない。神社で持ってこれる物は持ってきた。だから出来る限りの事はやれるとは思うん。それでも確実じゃないんよ。対処出来るかもしらんし、対処出来ないかもしらん……。そんな、そんな不確定な要素で来たウチと一緒に、拓哉君を危険な目に遭わせたくないんよ!」

 

「……俺じゃ何も出来ない。役立たずになるかもしれない。……いや、役立たずになるからか……?」

 少し意地の悪い質問をするが、これは本音のぶつけ合いになる。だから、拓哉も、希も、相手に対する容赦を一切なくす。

 

 

「っ……、そうや。拓哉君は今まで色んな問題を解決して、色んな人達を助けてきた。それは確かに凄い事やし、ウチが拓哉君に惹かれた理由の1つでもある。でもそれは解決の糸口がどこかにあったからや。今回は違うん……。今回だけは拓哉君は何も出来ない。正真正銘の役立たずになる。だから、足手まといになってほしくないから何も言わなかったんや」

「…………」

 

 希からの辛辣な言葉を受けて尚、拓哉は沈黙したままだった。

 

「……どうにか出来るかもしれないウチだからこそやらないといけないんよ。拓哉君の考えてる常識は人じゃないものには通用せえへん。役立たず、足手まとい。拓哉君には何も出来ない。例え10%でも対処法があるウチの方が1人でいける。……だから、拓哉君は帰って」

 

 

 

 

 そこまで聞いて、拓哉から芽生えた感情は、辛辣の言葉を浴びせられた怒りでも、悲しさでもなかった。

 芽生えたのは、喜びだ。

 

 

 

 

 

 結局、希が言いたかったのはとても簡単な事で、拓哉がいつも思っている事と同じだった。

 

 

 

 大切な誰かを危険な目に遭わせたくないから1人で行動する。

 大切な場所を守るために、1人で無茶をしようとする。

 

 

 

 本音を言い終えた希は俯いている。おそらく全て吐き終えたという事だろう。

 

 

 

 

 であれば。

 

 

 

 

 こちらも本音を吐こうではないか。

 

 

 

 

「……確かに、希の言う通り、俺は役立たずになるかもしれない。何も出来ないかもしれない」

「なら早く帰っ―――、」

「でもそれは出来ないよ、希」

 放たれたのは、とても優しい声音であり、とても曲げる事を許さないような、鋼の意思が籠った言葉だった。

 

 

「な……んで……?」

「希、お前は言ったな。自分ならどうにか出来るかもしれないと」

「……う、うん」

 ここからが拓哉の本音だった。

 

 

「ならもしどうにも出来なかったらどうする?何か対策でも考えているのか?」

「…………ぁ…………!?」

 拓哉がずっと気になっていたのはそこだった。

 

 

「お前が1人でちゃんと、どうにか”出来る”と言ったなら俺も安心して任せられる。でも希、お前は確かに言ったぞ。どうにか”出来るかもしれない”と。そこには確かな証拠なんてないんだよ。不確かなものでしかないんだ。もし1人で行って全ての手札がことごとく敗れたら?全て出し切って逃げられる程、あちらさんも甘くはないんだろ?」

 

 希はまた俯いていた。何も言い返せないから。自分は上手く成功した時の事しか想定していなかった。いや、不安しかなかった位まであるが、それでも勝てたらという不確かな、軽くて、浅はかな思いだけがあった。

 全て敗れてからからの事を一切頭に入れていなかった。焦りで適切な判断を見誤った。まさに盲目といったところだろう。

 

 

 

「……でも絶対に失敗する訳でもない」

 

 

 

 不意の言葉に、一瞬理解が追いつかなくなる。

 

 

「……え?」

「お前が言ったんじゃないか。どうにか出来るかもしれないって。確かに不確かで成功するか分からない。手札が無くなった後もどうなるか分からない。……でもだからといってこのまま諦めたくはない。だから俺が一緒に着いて行く」

「え……?た、拓哉君?」

 さっきから頭がこんがらがっている。拓哉の言っている事は矛盾しているんじゃないか?とか、あれだけヒドイ事言ったのに怒ってないのか?とか。

 

 それでも、拓哉は続けた。

 

「お前が全部出し切って、成功したら2人で喜べばいい。失敗したなら、俺がお前を担いで全力ダッシュして逃げてやる。……希、お前が俺を危険な目に遭わせたくないのと同じように、俺も希に危険な目に遭ってほしくないんだよ」

 

 

 

 

 気付けば、心のモヤモヤは消えていた。

 

 

「……いいの?」

「何がだ?」

 これは最後の意思確認になる。

 

 こんなのは無意味だと分かっていても、希は拓哉に聞いた。

 

 

「ホントに危ないかもしれないよ?それでも、拓哉君はウチと一緒に来てくれるん?」

「当たり前だ」

 即答で返された。

 

 その事に少し可笑しくなり吹き出す。

 

「……ぷっ、拓哉君には、ほんま敵わんなぁ」

「俺を狼狽えさせようなんて60年早いっての!……んじゃ、行くぞ」

「うん」

 

 

 

 

 

 こうして2人は歩き出す。

 

 

 お互いの大切な者のため、お互いの大切な場所を守るために。

 1人の時よりも力強く、足を踏み込めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 噂によると、夜の屋上では何やら不気味な唸り声にも似たような、泣き声にも似たような音が聞こえるらしい。

 それと同時に、何かを強く叩く音が聞こえると言う。

 

 

 

 

 

「なんつうか、王道ってな感じだな。ありきたりすぎて冷めるわ」

「そう言ってる割に足震えてるよ拓哉君」

 2人は既に屋上までの階段に来ていた。

 

「バッカお前、これはだな。あれだ、武者震いってやつだ」

「言い訳苦しいで拓哉君……」

 希も怖がっているのはいるのだが、拓哉と一緒にいるという事もあり、幾分かマシになっている。

 

 

「うっせ、こうなったら一気に走った方がいいかもな。吹っ切れる的な意味で」

「やけくそやん……」

 

 

 

 さて行くぜ!と拓哉が1歩目を踏み込んだ瞬間だった。

 

 

 

 キュゥゥゥゥゥィィィィィィン、ドンッ!!!

 

 

 

 唸り声のような、泣き声のような、何かを強く叩く音が、した。

 

 

 

 

「……………………………………」

「……………………………………」

 

 沈黙が起きる。

 

 

 

 

 

 

「3、2、1……」

 拓哉の静かなカウントと共に、

 

「0!!」

 2人は一気に屋上に向かい、ドアを勢いよく開ける。外に出ると同時に強い風が吹きぬく。

 

 

 

 

 そこには、

 

 

 

「希!周りに何か見えるかっ!?」

「…………!な、何も見えん!!」

「なっ!?弱まっているとはいえ、希でも見えないのか!?」

 何もいなかった。

 

 

 

 その時、

 

 

 

 キュゥゥゥゥゥィィィィィィン、ドンッ!!!

 

 

 

 また同じ音がなった。

 

 

 

「!?」

「!?」

 バッ!と勢いよく後ろを振り返ると、風で強く閉じられたであろうドアがあった。

 

 

 

 

 

 

 そしてまた、

 

 

 

 ドアがゆっくりと開けられ、

 

 

 

 キュゥゥゥゥゥィィィィィン、ドンッ!!!

 

 

 

 強く閉じられる。

 

 

 

 

 

 

 風のせいで。

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………………………」

「………………………………………………」

 2人はしばしそれを何度か見ていた。

 

 

 

 キュゥゥゥゥゥィィィィィン、ドンッ!!!

 キュゥゥゥゥゥィィィィィン、ドンッ!!!

 キュゥゥゥゥゥィィィィィン、ドンッ!!!

 

 

 

 

 しばらくして、拓哉がドアに駆け寄りドアノブを持つ。

 

 

 

 音が、まったくしなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……た、拓哉君……?」

 希から見える拓哉のこめかみには、何となく、血管が浮き出ているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただドアの建て付けが悪くなってるだけじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああっっ!!!!」

 

 

 

 

 

 夜の学校の屋上で、拓哉の咆哮が炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し時間が経ち、屋上で拓哉と希の2人は座っていた。

 

 

 

 

 霊の正体は判明した。

 言ってしまえば、ドアがガタガタになっているだけだった。

 

 思えばいくつか思い当たる節がある。

 

 このドアを開けるのは大抵穂乃果や凛の元気な2人が多い。有り余る元気のせいで、いつもドアノブが不完全な状態で強引に開けられていたのだろう。いつしかそのドアは、誰も手を付けずとも勝手に開くドアになっていた。

 

 

「(だから最近屋上に行ったらたまにドアが勝手に開いてたのか……)」

 

 

 ようやく結論に至った2人だが、その間に会話はない。

 

 

 お互い恥ずかしいのだ。希は1人でせっせと準備をして神社に色々借りに行ったりまでした。拓哉は階段の踊り場で希と本音をぶつけ、役立たずなりにも頑張ろうとした。

 

 

 

 

 その結果がこれである。

 

 

 

 

 

 

 

「(うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!恥ずかしいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!)」

「(ウチやっちゃったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)」

 

 

 さっきから会話がないのはそのせいである。

 あんな真剣なやり取りをして、覚悟も決めたのに、最終的に待っていたのは主に穂乃果と凛が原因でガタがきているただのドアだった。

 

 

 

 

「あー……不幸だ……」

 何やらどこかのラノベにありそうなセリフを静かに呟く拓哉。

 

 そんな不意の言葉にやられたのか、

 

「……ぷっ、あはは!」

「なーに笑ってんだよ。俺もお前も今は羞恥に身を焦がす時間でしょうが……」

「だって……拓哉君が面白くて……あはは!」

「ったく……、まぁ笑われても仕方ない事言ったけどよ……はは」

 

 気付けば拓哉も笑っていた。

 

 

「まぁでも、いいやん!結局はただのドア!何も危険な事はなかったからそれで良し!って事にしとこう?」

「……それもそうだな」

 

 

 結局は何もなかった。

 何も脅威はなかった。

 恥ずかしい思いはしたが、守りたい場所は最初から守られていた。

 ならそれでいい。そう思えた。

 

 

 

 

 

 

「あ、拓哉君、空見てみ!星が凄く綺麗やぁー!」

「……へぇ、結構見えるんだな。ここって」

 

 

 

 満天の星空があった。

 

 

 さっきまでの恥ずかしさも軽く吹っ飛ばしてくれるような。

 

 

 

「…………っ!」

 そこで希は昨日の事を思いだす。

 

 

 昨日、珍しくも希は絵里に悩みを相談した。

 

 

 その悩みとは、

 

 

 

 

 

 拓哉と希が付き合ってから、まだキスすらした事がないのだ。

 

 拓哉が自分を大切にしてくれているのは十分分かっている。だから一向に手を出してこないのも理由としては分かる。それでも、希は拓哉ともっと触れ合いたいと思っていた。もちろん高校生の内は健全な付き合いをしようとは思う。でも、さすがにキスくらいはしたい。

 

 

 というのが、希の悩みだった。

 だから絵里に相談したのだ。普通なら友達にそんな相談するのは間違ってるというのは分かる。だから絵里に突っぱねられる覚悟で相談した。すると絵里は真剣に考えてくれた。結果的に、私も考えてみるから少し時間をくれないかしら?と言われ、相談はそこで一旦終わった。

 

 

 

 その相談や悩みを踏まえて、今の現状、状況を分析してみる。

 

 

 

 夜の学校の屋上。

 空には綺麗な満天の星空。

 2人っきり。

 距離が凄く近い。

 

 

「(あ、れ……?)」

 

 

 これはもう絶対的なムードではないか?

 神様が今やれと言っているようにしか感じない。

 

 

「(自分事やもん。自分でやらんと……!)」

 

 それに、このクソ鈍感男には少し強引にいくしか道は残されていないだろう。

 

 

 

 

 

 そうと決まれば、善は急げなり。

 

 

 

 

 

 

 

「……そ、その、た、拓哉……君……っ!」

 

 

 

「ん?どうしたのぞ――むぐっ……!?」

 

 

 

 

 数秒。

 

 

 

 月明かりに映された2人の影が、重なる。

 

 

 

 

 

「…………んっ、くはっ……!」

「ぷはっ……!の、のののののののぞみさん!?」

 

 

 これがたった数秒のはずなのに何十分にも感じる謎の現象か……と希が恥ずかしさと共に浸っていると、拓哉が見え見えに狼狽していた。

 それを見て、勝った、と思った。

 

 

「……ふふっ、拓哉君凄く狼狽えてるよ?60年早いんじゃなかったん?」

「なっ……あ、や、その、ああああれは反則だろ!?」

 今までに見た事ない位拓哉の顔が赤い。

 

 

「反則じゃないんよ~。彼氏彼女なんやし……その、う、ウチだってキスくらい、したいもん……」

 言ってて分かる。今度は自分の顔がとてつもなく赤いだろう。

 

 

「……あー、その、まぁ、何だ……お、俺も、嬉しかった、ぞ……?」

 精一杯言ってくれているのが態度からして分かる。どちらも顔が茹で蛸と言われても納得できる自信がある。

 

 

「まさか、希からしてくるなんてな……」

「それって、どういう事……?」

 拓哉が何となく呟いた事が気になった。

 

 

「いや、俺もキスくらいはした方がいいよなー、でも嫌がられたらなーって思って……そういう次第であります……」

「……えっ!?拓哉君そんな事思ってたん!?」

「うえぇっ!?何だどうしたいきなり!?」

「いいから答えて!」

 いきなり声を張り上げる希に拓哉は驚いていた。驚きすぎてシェーッ!のポーズまでとっている。

 

「普通女の子を気遣うのは当たり前の事だろ?だからずっと動き出せずにいた訳であります……」

 拓哉の言葉を聞いて、希はガックリと項垂れる。

 

「だ、大丈夫か希!?」

「そやった……拓哉君はヘタレやった……」

「ちょっと?気遣ってやってたのにヘタレ呼ばわりって酷くない?…否定はしないけどさ」

 拓哉がヘタレという事実は以前から分かっていたはずなのに、それを視野に入れていなかった。その事に余計希は項垂れる。

 

 

 でも、少なくとも、拓哉も自分とそうしたいと思っていてくれたと分かっただけでも、勇気を出した甲斐はあったのだろう。

 

 

「……拓哉君」

 立ち上がり、拓哉に背を向ける形で歩き出す。

 

「お、おう、なんだ?」

 

 

 

 

 

「これからは、私ともっと触れ合ってもいいんだからね?拓哉君なら、私も凄く嬉しいから……!」

 

 

 

「…………っ!?」

 希の珍しいともいえる、似非関西弁ではない、素の東條希という少女の本音の言葉だった。

 

 

「……ったく、それこそ卑怯だろ……」

「ふふっ、さぁて、ウチももっと拓哉君とイチャイチャするーん!!」

「おわっ!?いきなり抱き付いてくるな!ええい、暑い恥ずかしい柔らかいのが当たってるいい匂いうっとおしい可愛い離れろー!」

「いーや♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の学校の屋上で、微笑ましい光景が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人が学校でイチャイチャしている頃。

 

 

 

 

 多人数通話アプリにて。

 

 

 

 

 

 

 

 

『今頃たくちゃんと希ちゃん上手くやってるかなー?』

『拓哉の事だし、希は苦労してそうだけどねー。あっ、こころーここあと虎太郎と一緒にお風呂入ってきなさーい』

『大丈夫でしょ。拓哉はともかく、希なら簡単にいけそうと思うけど?』

『にこも真姫も拓哉に厳しいわね……。でもま、上手くいってる事を願いましょ』

 

 

 絵里は自室で希を除いたμ'sのメンバーで通話していた。

 

 

『それにしても、凛が提案したアイデアの割には、結構良い案でしたね』

『海未ちゃんそれ酷くないかにゃー!?』

 そう、何を隠そう、この幽霊騒動の発端は凛のアイデアなのだ。

 

 絵里が希の悩みを聞いたその晩に、今も使っている通話アプリで希を除いたメンバーに何か良い案はないかと聞いてみたら、意外にも凛がアイデアを出したのだった。

 

 

 まず第一に、μ's以外にはこの噂の真実を教えずに、あくまで誰かから聞いたと言って話を広める。もちろん拓哉と希にも真実は教えていない。すると、あとは放っておくだけで生徒数の少ないこの学校ではすぐに噂は広まる。

 

 そしてその話には、オカルト系に通じている希は絶対に影でどうにかしようと食い付いてくると判断し、その希の異変にも拓哉は気付いて2人で夜の学校に行く。という算段まで一応計算していた。

 

 後半は思いっきり運任せに近いが、2人なら必ずやってくれるだろうと他のメンバーが信頼に任せていただけである。

 結果的に、上手くいっているのだからこの作戦は成功したと言っていいだろう。

 

 

 だが、よく考えるとこの作戦には穴がある。

 

 

 まず夜の学校には生徒がいない。その時点で目撃出来るのは警備員くらいだろう。そしてその警備員も無闇に言いふらすはずがない。この時点で終わりだ。

 それに本当に幽霊が出るなら、それを必ず黙っていない者が現れる。

 

 絵里だ。

 こう見えて絵里はホラーが苦手である。そんな絵里が屋上で幽霊が出ると分かっていたら、絶対に練習場所を変更するだろう。なのに練習場所はいつもと同じ屋上。それに噂とはいえ、幽霊が出ると分かってても余裕そうな表情。

 

 親友の希ならそれにすぐに気付くはずだったのだが、よっぽど頭がその事でいっぱいだったため、絵里に目がいってなかったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういう訳で、この作戦には穴がいくつかあった。

 

 

 

 なのに成功したのは、希の純粋な気持ちと、拓哉の正義感のおかげだったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

『2人ともチョロかったにゃー』

『凛ちゃん、その言い方はちょっと……』

『たっくん達、今頃何してるかな~?』

『上手くいってるなら屋上でイチャコラしてんじゃない?』

 

 仲間の会話を聞きながら微笑ましく思っていると、

 

『ねぇねぇみんな!明日はちゃんとしたプレゼント渡そうね!』

 穂乃果の一言が通った。

 

 希も焦りがあって忘れてはいると思うが、今日は希の誕生日だった。

 

 

『そうね、今日のところは、私達の希への、ささやかなプレゼントといったところかしら』

 

 気付けばみんなが希へのプレゼントの事で騒いでいる。

 

「(それにしても、幽霊って案が最初に出てきた時はちょっとびっくりしたけど、そんな実話があったら正気でいられる気がしなかったわね……)」

 

 

 

そう思った矢先だった。

 

 

 

 

机の椅子に座っている絵里の後ろの壁からドンッ!!と音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『きゃあああああああああああああああっ!!!』

 

 

 

 

『おぉうわ!?絵里ちゃん!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絵里の咆哮が、通話内の全員の鼓膜を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






とりあえず、読んでいただいた方、お疲れさまです。
14000文字とか読むの疲れるでしょ?
うん、書いた自分も疲れました……。



そんな訳で、リクエストをくれたのがお2人だったんですが、正直どっちも書きたくなってずっと迷ってました。
どうしようどうしようと悩んだ挙句に思いついたのが、なら個人的にリクエストを料理して繋げよう☆と思いまして。

なので本来リクエストしていただいたものとは程遠くなってしまいましたが、作者にはこれが限界でした。許してね!


でもまぁ、頑張ったって事で。
映画まであと4日、楽しみです。



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22.チラシ配り


劇場版観に行ってきました。
2回目を来週に観に行くので、またその時に活動報告でネタバレ注意の感想を書くとして、とりあえず一言。

μ'sのみんながとても可愛かった泣いた。



そんな訳で映画のせいで衝動書きしました。


感動と虚無感に襲われながらも書きたいという衝動が抑えきれなかった…!


 

 

 

 

 

 

 

「ふぁぁ~……」

 校門を過ぎた所で、急に隣から気の抜けたあくびが聞こえてきた。

 

「眠る気満々ですね……授業中に寝るのはダメですよ」

 全くだ。隣であくびなんかするんじゃありません。俺まで眠くなっちゃうでしょうが。

 寝る時は普通に寝るんですけどね。

 

 

 

「ねぇ、あの子達じゃない?」

 

 

 

 不意に、うしろからそんな声が聞こえた。

 

 

「ん?」

 ことりが立ち止まると同時に穂乃果達も止まる。

 

 

 ちなみに俺は穂乃果達の数歩前にいる。特に理由はない。

 強いて言うなら、よからぬ噂がはびこっている俺が穂乃果達の傍にいるよりかは、離れていた方が他の生徒も喋りやすいかと思ったからだ。…普通に理由あんじゃん。

 

 

「あなた達って、もしかしてスクールアイドルやってるっていう……」

 リボンを見るとすぐに分かったが、この人達は3年生か。上級生の人もスクールアイドルは気になる存在だって事か。

 

「あ、はい!μ'sってグループです!」

「μ's?……ああ、石鹸の―――、」

「違います」

 よく言った海未。お前が言わなかったら俺が言っちゃってたわ。そんで気味悪がられるところまで想定した。うっは何それ泣ける。

 

「あ、そうそう。うちの妹がネットであなた達の事見かけたって」

「ホントですか!?」

 へえ、もうネットで広まってるのか。…まぁ、そんだけスクールアイドルのサイトが大勢の人に見られてるって事だもんな。このまま音ノ木坂の注目度も上がってくれればいいんだが。

 

 

「明日ライブやるんでしょ?」

「はい、放課後に!」

「どんな風にやるの!?ちょっと踊ってみてくれない!?」

「えっ?こ、ここでですか……?」

 

 で、でたー!ちょっと○○やってくれない?とか言う奴ー!

 この言葉には悪意が潜んでいるのはご存知だろうか。『俺声マネ得意なんだよねー』『マジで?ちょっとやってくれよ』『分かった。……フグ田く~ん、今日も飲みに行かないかぁい?……どうよ?』『あ……うん、思ったより微妙だったわ』

 

 とまぁ、こんな感じである。奴らは勝手に期待しておいて勝手に失望するのだ。そのせいで自信満々にやった俺―――ゲフンゲフン、誰かもなんか申し訳ない気持ちになるという大変誰も得しない感じになる。

 公開処刑にも似た何かだよあれ絶対。ホントあんな事言った米田マジで許さん。お世辞でも上手かったとか言えよな。

 

「ちょっとだけでいいからぁ!」

 

 ふむ、なら俺は一足先に教室に行きますかねー。穂乃果達が俺に気を遣わせるのも悪いし、何より俺がまだμ'sの手伝いという周知の認知がまだない以上、俺が踊りをじっと見てたら変な目で見られそうだし。

 うわ、俺超気遣い上手いじゃんさすが!

 

 

「いいでしょう……もし来てくれたらここで少しだけ見せちゃいますよ~?お客さんにだけ特別にぃ~……」

 後ろから穂乃果のそんな声が聞こえてくる。

 ちょっと穂乃果さん?その言い方なんか怪しい店みたいになっちゃってますけど大丈夫なんですか?そんな変な言い方したら引っかからなくなるでしょうが。

 

 すると、穂乃果のあとにことりも言葉を付け加えた。

 

「お友達を連れてきていただけたら、さらにもう少し!」

 お友達連れてくりゅううううううう!!!

 ……ッは!?危ない危ない、あやうく引っかかるところだったぜ……。さすが大天使ミナミエル、いやコトリエルか。どっちでもいいや。甘い言葉で誘惑しようなんて卑怯な……!

 

 

「ホントぉ!?」

「行く行く!」

「毎度ありぃ!」

 おい、今度は八百屋のおっちゃんか?レパートリー多いな羨ましいわ。あとさっきから声デカい。結構離れてるのに聞こえるぞ―――――、

 

 

 ビュゥォォオオンッ!!!!

 

 

「うぉっ!?」

 え、何、今何が起きた?何かすぐ横で凄い風切り音が聞こえたんだが……。

 あたふたと周りを見回してもそれらしいものは何もない。というか、青い何かが一瞬見えたような……。そう思って下駄箱の方を見ると、

 

 

 長く青い髪がチラッと見えて角に消えていった。

 

 

 

「あれ、もう1人は?」

 そんな言葉が、後ろから聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「う……み……?」

「海未……ちゃん……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり無理です……」

 

 

 

 放課後の屋上で。

 体育座りをしたまま俯いている海未が呟いた。

 

 

 

 

「えぇー!どうしたのー?海未ちゃんならできるよー!」

 

 

 結局あのあと、さっさと教室に逃げ込んだ海未に話を聞いても、無理です無理です無理です無理です無理です、の連呼が続くだけだった。それが休み時間、昼休みにも続いた。

 こいつどこのレナさんだよ。雛見沢症候群でもこじらせてんのか。でもそんな健気なレナちゃんが僕は好きです。にぱー。

 

「……出来ます」

「え?」

 意外な海未の回答に穂乃果もことりも疑問符を浮かべた。

 

「歌もダンスもこれだけ練習してきましたし……でも、人前で歌うのを想像すると……」

「……あー、そゆことね」

「緊張、しちゃう?」

「……」

 無言でうなずく海未。

 

 そういやこいつ大の恥ずかしがり屋だったな……。今まで気合い入れて練習とか指導してたから頭からすっかり離れてたわ。ん、あれ?これって結構ヤバくない?

 

「……そうだ!そういう時はお客さんを野菜だと思えってお母さんが言ってた!」

 おい、野菜って何種類あると思ってんだよ。せめて何か1つに統一しろよ。トマトだとかジャガイモだとか。いっぱいあったら逆にもっとホラーになるわ。

 

 

「野菜……。っは!私に1人で歌えと!?」

「そこ……?」

「そこじゃないでしょうよ……」

 海未はこういう時たまにアホの子になるから厄介だな。見てて面白いからいいんだけど、大事な場面でされるとめんどくせぇと思ってしまう不思議!

 

「はぁ、困ったなぁ……」

「でも、海未ちゃんが辛いんだったら、何か考えないと……」

「考えるっつってもなぁ。思い浮かぶ案はたった1つだけし―――、」

「人前じゃなければ大丈夫だと思うんです!人前じゃなければ……!」

 あの、話遮らないでもらえます?最近俺の話遮られる事多いんだけど何なの?そんなに俺の話興味ない?泣くよ?

 でも、俺だって伊達にスルーとかされてきた訳じゃない。話が遮られるのならば、こっちだって考えがあるぜ。

 

「穂乃果、少し強引にでもいい。海未を立たせろ」

「え?うん、分かった。海未ちゃんほら、立って!」

 どうでもいいけど強引に立たせるって何かあれだね。ちょっと卑猥に聞こえるよね。…心底どうでもよかった。

 

「な、何ですか、拓哉君……?」

「そんなウジウジ考えて何もしないより、こういう時こそパッと行動すりゃいいんだよ」

「あ、そういう事だねたくちゃん!」

 穂乃果も俺の意図が分かったらしい。こいつこういう時だけ察しがいいんだよな。海未は俺と穂乃果のニヤニヤした顔を怪訝そうに見ながらも、まだ何をするか分かってないようだった。

 

 だったら、嫌でも分からせてあげようじゃないか……。

 

 

「さあ、行こうか。……海未ちゃぁん」

「……ひっ……!」

 

 

 

 ……リアルな悲鳴は傷付くからやめようね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見渡せば、そこに見えるのは―――、

 

 

 

 

 人、人、人。

 そして色々な建物。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃーん!ここでライブのチラシを配ろう!」

「イエス、ザ、秋葉原!!ひゃっほう!!」

 

 そう、俺達は人が多くいる秋葉原に来ていた。

 やべぇ、小泉達と会った時以来だから超テンション上がるわー!

 

「ひ、人がたくさん……」

「当たり前でしょ!そういう所を選んだんだから!ここで配ればライブの宣伝にもなるし、大きな声出してればその内慣れてくると思うよ。ね、たくちゃん!」

「おうともよ!んじゃ、お前らはチラシ配り頑張れよ!俺は適当な店で暇潰しておくから!」

 

 さーて、アキバのお店ちゃんがぼくをまってまちゅよー!!

 

「ぐぎゃぶぇっ!?」

「どーこ行くのかな~?たくちゃ~ん……?」

「…い、いや、そのですね?あなた達がチラシを配ってる間暇なんで、あの、どこか行こうかなーと思いまして……」

 ヤバイヤバイヤバイ、穂乃果さん笑ってるけど目が笑ってないよ。珍しく人を凍てつかせる目してるよどこのゆきのんですかあなたどっちかって言うとガハマさん側でしょあなた。

 

「私達が頑張ってチラシ配ろうとしてるのに、たくちゃんだけ楽しようなんて不公平じゃないかなー?」

「そ、そうは言ってもですね、俺がスクールアイドルのチラシを配ったところで誰も取ってくれないの確定じゃないですかね……?」

 あらやだ、この子ったら素質あるわよ。ヤンデレの素質あるわよこの子!普段元気な子が凄くヤンデレだったら何かグッとくるものがあるよね。…ないか?ないな。

 

「だったらー……たくちゃんには私達を見ていてもらいます」

「え、いやそれめんどく―――はい、見守っておりますとも是非見守らせていただきます……」

 なんか穂乃果の目から暗殺者の雰囲気が漂ってた。殺せんせー殺れるんじゃないこの子。

 

 

 

 

「よぉし、じゃあ頑張るぞー!」

「はぁ……なぁ海未、俺もだんだん鬱になって―――、海未さん?」

 共感を得ようと海未の方を見たら目を瞑ってらっしゃった。何それ明鏡止水?いや、違いますねこれ。完全にさっきの言われた通り人だかりを野菜として見ようとしてますね。

 

 

「お客さんは野菜お客さんは野菜お客さんは野菜……」

 自分に暗示のようなものを呟いてからカッと目を開いた。その目は段々と生気が失われていくかのように力が無くなっていく。あー、これはダメですねー。というか逆効果になってますよ穂乃果さん。

 

「ダメかな?」

「ううん、私は平気だよ。でも海未ちゃんが……」

「おーい穂乃果さーん、海未さん現実逃避してるんですけどー」

「え……?」

 

 穂乃果の目の先には、

 

「あ、レアなの出たみたいです……」

「海未ちゃーん!」

 何故かガチャガチャをやってる海未がいた。つうかネガティブなのにレア当てるってなんだよ。

 

 

「これじゃいつまで経っても変わらないな。……仕方ねえ、場所変えるか」

 このままじゃ海未はいつまでもチラシを配れないだろう。寧ろずっとガチャガチャやって全部出てくるまでやりそうまである。

 ならば、

 

「変えるって、どこに?」

「馴染みのある場所なら、海未でも出来るかもしれないしな。行くぞ」

 

 

 あぁ、あぁ~……とうめき声を出す海未の首根っこを掴み移動を始める。いつも掴まれてんだ。たまには仕返ししないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここなら平気だろ」

「まぁ、ここなら……」

 そう言ってやってきたのは音ノ木坂学院の校門前。いや、戻ってきたと言った方が正解か。

 ここなら海未も他人よりかは同じ学校である生徒の方がやりやすいかもしれない。まずはここから慣れていく方がいいだろう。

 

「じゃあ、始めるよ!μ'sファーストライブやりまーす!」

 穂乃果はそう言ってチラシ配りをし始めた。ことりも穂乃果に続いて行動に出ている。

 

 

「ほれ、お前も頑張ってこい」

「あ、拓哉君……」

 海未の背中をパンッと叩いて歩き出す。

 

「俺は近くで見守っとくから、ちゃんとやれよー」

 俺を呼び止める海未の声を無視し、一旦離れる。海未が諦めて俺から目を離した瞬間に木陰にサッと隠れる。隠れながらも海未達を見守る俺超優しい。

 …変態とか勘違いされそうで怖いけど。

 

 

 さて、どれどれ……、

 

 

「あ、あ……」

 穂乃果とことりは結構順調そうに出来ているが、やはり海未はまだオロオロしている。声を掛けようとはしているが、1歩踏み出せずにいる。頑張れ海未、俺は応援してるぞ!…あ、これ何か親が子供の逆上がりを応援してるみたい。早くも親の気持ちに気付いちゃう俺って良い父親になれるかもしれない。

 

 

「お、お願いします……!」

 おっ、とうとう海未も声を掛けたか。よく頑張った、父ちゃんは嬉しいぞ!それにしても海未が渡そうとしてる相手がよく見えない。からといって顔を出せば木陰から生首状態で通報不可避。うむぅ、海未の初めての相手が見えないなんて父ちゃん複雑だぞ。

 …初めての相手とかちょっと卑猥じゃない?ダメだ、海未は誰にもやらんぞ。

 

 

「あ……」

 出来るだけ目を凝らしてみると、海未の手に持っていたチラシは海未から離れないまま、止まっていた生徒の足が動き出した。……失敗、か。

 せっかく海未が精一杯の勇気を出して声を掛けたというのに、断るなんてどこのどいつだ!父ちゃんが叱ってやる!……このネタはもういいか。

 

「ダメだよそんなんじゃー!」

「穂乃果はお店の手伝いで慣れてるかもしれませんが、私は……」

 海未の失敗を見た穂乃果が海未に駆け寄るが、まぁ、穂乃果は確かに店の手伝いで他人に接する事も昔からよくやっていた。だから慣れがあり、そこには海未とのどうしても埋めない経験差があるのは致し方ない。

 

 しかし、海未は重度の恥ずかしがり屋であり、臆してしまうのも無理はない。でも、

 

「ことりちゃんだってちゃんとやってるよ?」

 穂乃果も俺と同じ事を考えていたのか、ことりへと視線を変える。

 

「お願いしまーす!μ'sファーストライブでーす!」

 元気ハツラツとした笑顔でチラシを配ることりがいる。うん、可愛い天使。…じゃない。

 ことりがあんなにも余裕そうなのが驚きだった。海未よりかはマシに見えるとしても、穂乃果と同じくらい堂々としている。接客に慣れているというか、うん、可愛い。

 

 

「ほら、海未ちゃんも。それ配り終えるまで止めちゃダメだからねー!」

 おぉ、穂乃果さんも中々キツイ事を言ってますなぁ。あの量を海未1人でどうにか出来るのか?

 

「えぇ!?無理です!!」

「海未ちゃん、私が階段5往復出来ないって言った時、何て言ったっけ?」

 ああ……、穂乃果も海未への数少ない仕返しをしようとしているのね。穂乃果の海未を見る目がいかにも挑発しているかのような目だった。煽る煽る。

 

「うぅ………………分かりました!やりましょう!」

 でもそれが良い薬になったのか、海未もようやくやる気になったようだった。

 

「よろしくお願いしまーす!μ'sファーストライブやりまーす!」

 声にも覇気が出てきた。これなら俺が見守らなくても大丈夫そうだな。と思った矢先の出来事だった。

 

 

「あ、あの……」

 穂乃果に声を掛けた人物がいた。それは穂乃果も俺も見知った人物だった。

 

「あなたはこの前の!」

「は、はい……」

 小泉だった。小泉なら別に俺が出ても大丈夫か。

 

「おーう、よう小泉」

「お、岡崎さん……!?」

 ……あれ?何だろう。何故か凄く驚かれた気がするんだが。

 

「たくちゃん急に出てきたらビックリするでしょ?」

「いやお前ビックリしてないじゃん」

「私の話じゃないんだけど……って、たくちゃん頭に葉っぱ付いてるよ?どうしたの?」

「ん?ああ、木陰に隠れてたから気付かなかったわ」

「こ、木陰……?」

 

 俺と穂乃果の会話に着いていけてないのか、頭に疑問符しか浮かんでいない小泉。まぁ、普通分からないよね。

 

「で、どうしたの小泉さん?」

「え?……あ、あの……ら、ライブ、見に、行きます……!」

 それはいつも通り、彼女らしい弱々しい声ではあったが、それと同時に、その声は俺達を元気づけてくれるような声でもあった。

 

 

「ほんとぉ!?」

「来てくれるのぉ!」

「うおっ、聞き付けるの早いなお前ら」

 ことりと海未もいつの間にやら俺の横にいた。いやホント早い。テレポートでもしてきたの?レベル4なの?

 

「では1枚2枚と言わず、これを全部……」

「海未ちゃーん……」

 おい、さっきのやる気は何だったんだよ。放り出すの早すぎない?さーて、宿題すっかー!と言った後、1分足らずで分かんねーからゲームやろ!とか言い出すくらい早い。…け、決して経験談とかじゃないんだからね!

 

「分かってます……」

 珍しく穂乃果に睨まれて萎縮して、か細い声で沈み込む海未。うん、可愛いから許しちゃうっ。

 

 

「ライブ、来てくれるんだよな、小泉」

「は、はい。出来れば凛ちゃんも一緒に来れれば……」

「ああ、星空もか。でもあいつは陸上部とか行きそうだな」

「凛ちゃんも陸上部に行くつもりらしいです……」

「あ、やっぱり?」

 星空は何ていうか、思いっきり運動出来る部活に入りそうだしな。いや、スクールアイドルだっていっぱい動くんだけどね。まだ部活として認められてないけど。

 

 

「それでも1人来てくれる人が確認出来たんだから嬉しいよ!ありがと!」

「い、いえ……あの、ライブ、頑張ってください……!」

「うん!ありがとね!」

「やる気出てきたかもっ」

「やはり見られるのですね……」

 ちょっと海未ちゃん?1人だけ何でネガティブになってんですか。違うでしょ。そこは私ももっと頑張りますでしょ?

 

「あの、で、では……」

「ああ、またな小泉。ライブ、楽しみにしててくれ」

「っ……。は、はい……!」

 最後に遠慮しながらも笑顔で去って行った小泉を見送る。

 

 

「海未」

「は、はい……」

「少なくとも、1人は、小泉はお前らを全力で応援してる。直接言いに来るくらいライブを楽しみにしてくれてる。だったら、期待を裏切るような事はしたくないよな?」

 俺の言葉の意味を理解したのか、海未は数秒俯いて、それから決心したかのような表情で顔を上げた。

 

「はい!」

「……良い顔だ。よし、穂乃果もことりも、チラシを配り終わるまで頑張るんだ!」

「「うん!」」

 

 

 そこからは3人共、特に海未が照れながらもよく頑張っていた。ちゃんと3人共チラシを全部配り終えたのだ。海未も本当によく頑張ってくれた。こいつらはやろうと思えばちゃんと出来るんだよな。

 

 

 

「うし、よく頑張ったな。特に海未。偉いぞ」

「褒めてくれるのは嬉しいですけど、何故ここで頭を撫でるのですか……!」

「あん?大事な娘を褒めてやるんだ。頭を撫でるのは当然の事だろう」

「む、娘……?」

 しまった。このネタはもうやめたはずなのに自然に出てきてしまった。というか海未も嫌なら手をどけりゃいいのに。西木野に続くツンデレが登場かな?

 

 

「さて、今からどうするよ?」

「あっ……」

 今からどうするか決めるために海未から手を離すと、海未が小さく声を漏らした。何、結構気に入ってたの君?ごめんね、俺も撫でてあげたいけど、生徒がよく通る校門でこんな事してたら俺が修羅の門潜りそうで怖いのよ。

 

 

「うーん、私の家でランキングチェックとか他のスクールアイドルの動画見る?」

「あ、それならもう出来上がりかけの衣装チェックもいいかな?」

「へー、衣装も出来上がりそうなのか。なら穂乃果の家でそれらを済ますか」

 ランキングをこまめに見て上がってないか確認したり、他のスクールアイドルを見て良い所を技術として盗む。これも俺達がよくやっている事だ。

 

 オリジナリティも勿論大切なのは分かってる。でも、今の段階で出来るオリジナリティの限界を感じたら、他の上手いスクールアイドルの踊りを見て、良い所を盗む。勿論まんま盗む訳ではない。盗んだ所にアレンジを加え、自分達のものにする。それも立派な戦法だと俺は思ってる。

 

 そうやって、少しでも確実に成長していく事で、微かな自信から大きな自信へと変えていく。だからきっと海未も、いつか人前でも臆する事なく踊れるようになってくれれば、と思う。

 

 

 

 

「んじゃ今日は穂乃果の家に俺と海未は先に行く。ことりは、悪いけど家から衣装持って来てくれるか」

「うん♪」

「おし、とりあえず穂乃果の家に向かうか」

「うん!」「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達のやるべき事は、まだまだたくさんある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






凄く……劇場版の小説が書きたいです……。
でも結構それを実現するのが難しいのよなぁ。

DVDはよ(早い)

ラブライブが好きなら、観て確実に損はないと思います。


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23.見守り人




何かμ'sの曲を聴く度に映画を思い出して喪失感が凄い。
例えるなら、ライブの翌日に、あぁ、昨日のライブ楽しかったな……と感じる位に辛い。


……分かりにくいな。


 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し経って、ここは穂乃果の家。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺と穂乃果、海未の3人は今、穂乃果の部屋でパソコンを開いている。

 先に述べた通り、ランキングチェックと他のスクールアイドルの動画を見るためだ。と言っても、大体A-RISEの動画ばっか見てんだけどね。だってあれじゃん?上手い人のを見ろって言うじゃん?という安直なものです、はい。

 

 

 

「うぅーん、やっぱり動きのキレが違うよね~。……こう?こう。こーう!?」

 A-RISEの踊りを真似ようと、穂乃果が立って振り付けをし始める。こらやめなさい。スカートのまま目の前で踊るんじゃありません。目が釘付けになっちゃうでしょうが。

 

「ん?あ」

 何とか目を逸らすためにパソコンを見ると、

 

「あぁ!」

「?どうしました?」

「ランクが上がってる!」

 μ'sのランキングが上がっていたのだ。

 

「きっとチラシを見てくれた人が投票してくれたんだね!」

「嬉しいものですね……!」

「海未。これが頑張った証なんだよ。決して無駄じゃなかったろ?」

「……はい!」

 満面も笑みで返してくれた海未。そうだ、3人が、特に恥ずかしがりの海未も頑張ってチラシを全部配り終えたのだ。絶対に無駄ではなかった。その証拠として、今こうしてランクが上がったところを見る事が出来た。

 

 こいつらの頑張りは決して無駄にはならない。見てくれてる人もちゃんといるのだ。投票してくれて、頑張れって思ってくれているのかもしれないのだ。穂乃果達の思いは伝わっている。それを目の当たりに出来た事が、俺は嬉しかった。

 

 

 そこで、

 

 

 

 

 ガララッと部屋の引き戸が開かれる音がした。

 

 

 

 

 

「お待たせ~!」

 こ、この脳がとろけるような甘くて安心するエンジェルボイスは……!!

 

「会いたかったぜマイラブリーエンジェルことりぃ!!」

「さっき会ったばかりでしょうが……」

「バッカお前、さっきだとしても俺には数年振りに思えたね。時が止まってるかのような感覚に襲われていたね。まさかその辺にディオが……!?」

「さっき振りだねたっくん♪」

「もう放っておきましょう」

 

 いやん、海未ちゃん冷たい!海のように冷たい。海未だけに!……あ、ちょ、何で睨むんですか海未さん声に出してないじゃないすかエスパー何ですかエスパー伊藤なんですかいやすいませんごめんなさいマジすんませんした。

 

「そういえばことりちゃん、見て見てー!」

 穂乃果さんは完全にスルーっすかそうっすか。いや、別に悲しくなんてないから。いつもの事だし慣れてるから。……ホント慣れてるから!(泣)

(泣)って入れてるとマジっぽく見えるっしょ。え、見えない?

 

「わぁー凄い!」

 あ、ことりまでスルーするなんて……!うおおおおおーん!!!!

 

「あ、もしかしてそれ、衣装!?」

 穂乃果が急に目を輝かせていた。その目線の先には1つの大きめな紙袋が。なるほど、それが衣装か。

 

「うん!さっきお店で最後の仕上げをしてもらって!」

 ほう、という事は衣装はもう出来上がったという事か。この前ことりに見せてもらった衣装のイラストがあったが、気になるのはそれをどこまで再現出来てるかだな。

 

「ワクワク……!」

「…………!」

 穂乃果も早く見たいのか感情を思いっきり口に出している。分かり易過ぎだろこいつ。海未は海未で逆に緊張してるな。こいつの言った希望はちゃんと叶えられているかどうかって感じか。

 

「じゃーん!」

 ことりの声と共に出されたのは、まさにあの時見たイラストそのものだった。

 お、おぉ……すげぇ、まさに再現ってのが文字通りなくらい再現出来てるぞこれ。ことり裁縫得意すぎだろ嫁度高すぎウチに来てくれ。

 

「うわぁぁ~……!可愛いぃ~!本物のアイドルみたい!」

 穂乃果の言う事ももっともだった。ホントによく出来てる。アイドルが着ているものと言われても違和感がまったくない。それ程までの完成度だった。

 ……ん?あれ、でもこれって……、

 

「ホント!?」

「凄い!凄いよことりちゃーん!」

「本物ってまでにはいかないけど、なるべくそれに近く見えるようにしたつもり!」

「おぉぉぉ~!!」

 2人は完全に舞い上がっている。それも無理はない。穂乃果としては、これほど完成度の高い衣装を自分が着れるという事に興奮しているのだ。ことりもそう、自分が作った衣装を穂乃果がこんなにも褒めてくれて嬉しいのだ。

 

 しかし、しかし、

 

 

 

「ことり」

「「?」」

 海未の一言が、嫌に通るように聞こえた。

 そして、

 

「そのスカート丈は……?」

 一石が投じられた。

 

「え、あ……」

 ことりがやっちゃった感満載の顔になっていた。そこでその時の思い出してみる。

 

 

 

 

 

『いいですか!?スカートは最低でも膝下でなければ履きませんよ!いいですね!?』

『は、はいぃぃ……!!』

 

 

 

 

 あぁ、あの時の怯えたことりも可愛かったなぁ……じゃない。その回想を踏まえた上で、もう一度今ある衣装を見てみよう。スカート丈は膝下まであるか?

 ない。以上Q.E.D.。

 

 

 

 

「言ったはずです……!最低でも膝下までなければ履かないと……!」

 海未が海未神様になっておられる。誰かー!海未神様のお怒りを鎮めたまえーい!え、俺?無理無理、火に油注ぐだけだから。

 

「だってしょうがないよ、アイドルだもんっ」

 おぉっと、ここで穂乃果さんまさかの火に油のうえに、ガソリンとダイナマイトまで放り込んだぁ!身の程知らずとはまさにこの事である。

 

「アイドルだからといって、スカートは短くという決まりはないはずです!!」

「それはそうだけど……」

 海未の言う通り、アイドルとはいえ、絶対にスカートを短く、履かなければならないという決まりはない。別にちゃんと歌って踊ればズボンでも構わないのだ。まぁ、アイドルは短めなスカートが印象的なのは否めないが。海未の言う事も筋は通っている。

 しかし、

 

「でもぉ、今から直すのはさすがに……」

 そう、ことりはもう衣装を完成させてしまっている。それ即ち、時間的に考えても今から直しても当日までには間に合わないだろう。海未の逃げ場を意図的になくそうとしているのか定かではないが、もしそうならことりマジ策士。小悪魔天使と言われてもおかしくはない。…悪魔なのに天使とか矛盾してるだろ。

 

 

「そういう手に出るのは卑怯です!」

 海未もそう感じ取ったのか、珍しく少しご立腹な様子であった。

 

「ならば、私は1人だけ制服で歌います!」

「えぇ!」

「そんなぁ」

 カバンを持って帰ろうとする海未。ま、忠告したのにそれを聞き入れてもらえず、恥ずかしい恰好で舞台に出なければならないと分かれば、海未の気持ちを考えれば分からない事もない。

 

 

「そもそも3人が悪いんですよ!私に黙って結託するなんて!」

 ちょっと?何さりげなく俺も犯人扱いされてんの?俺何も知らなかったよ?俺はシロです!

 

「海未、俺は何も知らな―――、」

「……だって、絶対成功させたいんだもん」

 そろそろ本気で泣くぞ。つうかマジで結託してたのかお前ら。何故俺を入れなかった!?俺ならもっと海未に恥ずかしいような恰好をさせようと考えたのに!

 …あ、これじゃ結局今の結果と変わらなかったか☆

 

 

 すると、何やら真剣な思いを口に出すかのような表情で、穂乃果は口を開いた。

 

 

「……歌を作ってステップを覚えて、衣装も揃えて、ここまでずっと頑張ってきたんだもん……。3人でやって良かったって、頑張ってきて良かったって、そう思いたいの!」

 それは紛れもない本音だった。穂乃果の正直で、ド直球な程真っ直ぐで、嘘偽りのない本音だった。

 ここまで自分達でやってきた。途中、西木野の力を借りて曲を作ってもらった事も確かにあった。でもそれを実現出来たのは、穂乃果の気持ちが西木野に届いた結果である事に変わりはない。

 

 そこまで全て含めて自分達でやってきた。ならば、やはり3人で一緒の衣装を着て、一緒の歌を歌って、一緒に考えた振り付けがしたいという考えは全然不思議な事ではない。寧ろ当然の考えというものだ。

 

 

「……穂乃果?」

 言うだけ言うと、穂乃果は突然窓の方へ駆け寄り、

 

「思いたいのぉぉぉぉおおおおおーーーーーー!!」

「なっ……!」

 暗くなった外へとその大きな声を思いっきり叫びだした。

 

「何をしているのですか!?」

「もう夜なのに近所迷惑になるだろ。何やってんだお前……」

 これで苦情が来ても怒られるのはお前じゃなくて桐穂おばさんと大輔さんなんだからな。そのあとその2人に怒られそうだけど。

 

「それは、私も同じかな」

 俺と海未の言葉を流すかのように、ことりから呟きが聞こえてきた。

 

「え……」

「私も、3人でライブを成功させたい!」

「ことり……」

 ことりも、本音を言った。衣装を作ったのだから、一緒に着たいのは当たり前の考えだろう。今の所、自分の意見を言った穂乃果とことり2人、何も言ってない俺と海未が2人、引き分けている現状である。

 

 だからか、穂乃果は真剣な目で、ことりは優しく微笑んで、海未は戸惑いを感じさせながら俺をジッと見ていた。俺の考えを言えと目線で言っているのだろう。

 

 

「……俺は、実際に歌って踊るのはお前らだから、手伝いでしかない俺が何かを言う権利はないと思ってる。だから決めるなら、お前ら自身で決めるんだ」

「拓哉君……」

 海未が少しもの悲しそうな顔で見てくる。穂乃果もことりも少し表情が暗くなっているのが分かる。でもこれが俺の本音なのだ。

 

 所詮は手伝いでしかない。そんな俺に決定権なんてのは最初からないのは分かってる。そのうえでサポートしてきた。いつだって決めるのは、μ'sである彼女達なのだから。本人達が決めないと意味がない。

 

 

「たくちゃん、そんな事な―――、」

「でも」

「え……?」

 それでも、俺だって最初からμ'sに関わってきた。

 

 彼女達が結成した瞬間をこの目で見た。

 μ'sというスクールアイドルが生まれたのをこの目で見た。

 

 なのであれば。

 1つくらいは、意見を言っても罰は当たらないだろう。

 そう願う。

 

 

「それでも、俺が何か言う事があるのなら……。俺も、穂乃果、ことり、海未、お前達3人の同じ衣装で楽しく歌って踊る姿が、そういうファーストライブが見たい、かな」

 これも俺の本音だった。せっかくの最初のライブなんだ。統一感がなくてどうする。大事な門出ならば、揃って見てやりたいと思うのが俺の本音である。

 

「たくちゃん……!たくちゃーん!!」

「な、ちょっ、おわっ!?いきなり抱き付いてくんな!」

 ええい、暑苦しい鬱陶しい可愛いいい匂い可愛い離れろ!

 

「……はぁ。いつもいつも、ズルいです……。……分かりました」

 少し嘆息してから、海未は俺にくっ付いたままの穂乃果に向き合って、口に出した。

 

 

 肯定の意味での言葉を。

 

 

「海未ちゃん……!だぁーいすきぃ!!」

 俺から離れて今度は海未に抱き付く穂乃果。ここにキマシタワーを建てよう。

 

 

 でも2人を見てると分かる。

 そこにはもう、何もわだかまりはなかった。明るい笑顔が、その場を包んでいた。

 

 

「たっくん、寂しいなら私が抱きしめてあげよっか?」

「何それそんな素晴らしい日本語があったのか是非よろしくお願いし―――、」

「それはダメ!」「ダメです!」

「お、おう……」

 食い付き過ぎだろ……。それにあなた達たった今抱き合ってたじゃないすか。穂乃果なんてついさっきまで俺に抱き付いてたじゃないすか。何でことりはダメなんだよぉ。

 

 

「あ、そうだ!せっかくだし今から神社まで祈願しに行こうよ!」

 話を逸らさんとばかりに穂乃果が違う話題を振ってきた。

 

「つってももう夜だぞ?」

「そこはたくちゃんがいるから私達のボディーガードって事で!」

「……はいはい、喜んで守らせていただきますよ姫様達……」

 こんな時くらいしか役に立てそうもないしなぁ。都合の良い男みたいになってる気がしないでもない。

 

 

 

「それでは時間も時間ですし、早めに向かいましょうか」

 

 

 

 海未の言葉を皮切りに、俺達は暗くなった外へと、神社まで足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夜の神社って結構怖いイメージがあったんだが、神田明神は何故かそんな雰囲気まったくしないな」

「元々神社は神様を祀ってある所なので、怖い場所というより神聖な場所だと思うのですが……」

 ふむ、毎年何回かやる心霊番組を見てるせいか、そんなイメージが勝手に出てきてしまってるな。それにここは人も少なからず来るし、何せ東條がここで働いてるからか寧ろ安らぐ感じがする。東條いるだけで安らぐとか東條神様かよ。毎日参拝するわ。

 

 

 辺りを見回しても、人の姿は見えない。さすがに東條も帰ってるだろうし、夜にわざわざ参拝しに来る人もいないのか、この神社にいるのは俺達だけだった。

 

 

「んじゃ、とっととお祈りでもしてこい」

 俺は後ろで親のように見といてやるから。正直財布から5円出すのめんどい。すると穂乃果がポカンとしながら口を開いた。

 

「何言ってるの?たくちゃんも一緒に祈願するんだよ?」

 ……ホワイ?

 

 

「え、何で?」

 今度は俺がポカンとする順番だった。

 

「たくちゃんも言ったじゃん。私達が同じ衣装でステージに立つファーストライブが見たいって!」

 うっ……それを言われると俺も祈願せざるを得ない。仕方なく3人の隣に並び、財布を出し、5円玉を取り出す。

 

 

「じゃあいくよ。せーのっ!」

 穂乃果の掛け声で一斉に賽銭を賽銭箱に放り投げる。

 

「どうか、ライブが成功しますように!いや、大成功しますように!」

 穂乃果さん、気持ちは分かるけどちょっと声デカいわ。それと言い直さなくても分かってるよ。

 

「緊張しませんように……」

 とうとう恥ずかしがりを直すために神様頼りにしちゃいますか海未さん。それほどあなたにとって重要な事なんですね、分かります。

 

「みんなが楽しんでくれますように!」

 大天使。

 

 

「よろしくお願いしまーす!!」

 それぞれが手を合わせ、思いを、願いを、祈りを、渾身に込めて届ける。

 

 

 それは決して届くのかは誰にも分からない。もしかしたら届かないのかもしれない。それでも人は祈る。本当にいるのかも分からない神様という不可思議な存在に。何かにすがり付くような思いで。確信のない自信を持ちたいが為に。

 

 願いというものは、結局人の自己中心的な傲慢なのだろう。自分の願いを勝手に願い、他人の願いを無自覚に蹴落とそうとしているのだから。自分の欲望ばかりを神様に押し付け、他人の事など一切考えない、大層ご立派な傲慢である。

 

 それに、神様だってそんなにいっぺんの願いを叶えられるはずがない。いや、もしかしたら出来るのかもしれない。が、それも確証ではない。そもそも神様自体いるのかいないのか分からないのだから。もしいるとしての体で話すのなら。

 

 神様というのは便利な存在だ。何でも分かってしまう、何でも出来るというイメージを多く持たれている。それを踏まえるなら、人がどれだけの欲望を抱えて、どれだけの渇望を抱えて、どれだけの貪欲を抱えながら祈願しているのも分かる。

 

 だから、神様は無数ある願いの中からほんの少しの選別をする。本当に、真剣で、真面目に、純粋に込められている願いを叶えてやるために。汚い欲ばかりを出す人間の願いを蹴り、澄み切った気持ちで祈りを届けようとする人間の気持ちを汲み取るために。

 

 きっと、穂乃果達の願いも、少しは欲望にまみれているのかもしれない。本人が純粋に思っていたとしても、心のどこかでは下心があるのが人間だ。だから、穂乃果達の願いも、傲慢だと選別されるかもしれない。

 

 

 しかし、それなら、誰かが他人の願いを一緒に願えば、祈れば、傲慢も少しは緩和、もしくは中和されるのではないか?誰か1人が複数人の願いを一緒に祈ってやれば、その複数人の願いが叶えられる可能性が、ほんの少しは増えるのではないか?

 ならば、

 

 

 

 

「そういえばたくちゃんは何も言ってないけど、何をお願いしたの?」

 俺が祈願中何も言わなかったのが気になったのか、穂乃果が聞いてきた。海未もことりも同じくこちらを見ていた。

 

「普通祈願する時は声に出さない方が正しいと思うんだが……まぁ、何だ」

「何々!?」

 どんだけ気になるんだよ……。大した事願ってねぇぞ俺。

 

 でも、こいつらになら、言ってやってもいいか。こいつらに関係してる事だし。寧ろこいつらにしか関係ない事だし。

 

 

 

 

 ならば、

 

 

 

 

「少なくともお前らの願いが、叶えられるようにってな」

 

 

 

 俺がこいつらの願いを一緒に祈ってやろう。この願いこそが傲慢だと思われるかもしれない。それでも、俺はこいつらの願いを叶えてやりたい。もし神様がこいつらの願いを踏みにじったとしても、俺が叶えてやりたい。

 

 たとえ傲慢でも、貪欲でも、こいつらの頑張りを否定してやりたくない。俺だけは、こいつらを肯定してやらないといけない。それだけ、頑張ってきたんだから。それだけ、決意して走ってきたんだから。

 

 

「たくちゃん……それってちょっとベタすぎじゃない?」

「うっせ、ベタな王道でもいいんだよ。それとも何、俺だけ美少女とキャッキャウフフしたいとか願ってもいいの?」

 せっかくお前らの事思ってやったのに酷い言い草だった。こんな重い事言ってるけど、俺だって普通に神頼みしてるしな!大体出会いが欲しいとかそんなのばっか。…あれ、こんなのばっか願ってるから俺には出会いがないのか?

 

「ぶっ飛ばします」

 何であなたが即答するんですかね海未さん……。言葉遣いが崩壊しかけてるよ。あと怖い。

 

「ふふっ、でも私達の事を思ってくれてたんだよね。ありがとたっくん♪」

 凄く見惚れるくらいの笑顔が向けられた。

 

「けっ……決してそんなのじゃないんだからね……!」

「たっくん……?」

 危ない危ない。あやうく結婚しよ…って言いそうになった。咄嗟にツンデレっぽく言ったから何とか誤魔化せたから良かったけど。…いやよくねぇよ男のツンデレとか誰得だよ。

 その前に結婚しよ…とか何だよライナーさんじゃないぞ。もしかしたら鎧の巨人になれるかもしれない。

 

 

「うわぁ……見て見て!綺麗な星空だよ!」

 穂乃果が俺のツンデレ芸を華麗にスルーして、空へと指を指した。

 

 

 穂乃果の指に促されるように俺達は夜空に視線を向けると、そこにあったのは、

 

 

 

 

「ほぉ……」

「すごぉい……!」

「綺麗ですね……」

 どこまでも永遠と広がる、満天の星空だった。

 

 

 

 

 無数の星々が見上げる空に広がり、それは何だか、俺には無限の可能性があるのだと感じさせた。無数の星たちと同じように、人間にも無数の可能性があると俺は思う。

 今まで人類は様々な進化をし、文化を築き、技術を発展してきた。何もなかったはずの大地から電気を作り、施設を造り、機械を生み出した。そう、宇宙が未知の世界だと言うのなら、人間にだってまだまだ未知の可能性があるのだろう。

 

 1人1人が各々の人格を持ち、各々の才能を持ち、各々の可能性を秘めている。

 それは穂乃果達にも言える事だ。

 3人にも3人それぞれの才能がある。可能性がある。それはまだ小さな芽でしかないのかもしれない。でも、それをやがて蕾へ変わり、花へと開花させるには、3人が自分の可能性に向き合って気付く時が来たら、そうなるのだろうと思う。

 

 

 

 その芽を大きくするための第一歩が、

 

 

 

 

「明日か……」

 穂乃果が静かに呟いた。

 

 明日。

 いよいよμ'sのファーストライブが行われる。

 芽を大きくするための重要なキーとなるだろう。

 

 

 

 そこから、誰も口を開く事はないのに、静かに、3人がお互いの手を取り始めた。長年一緒にいれば、言葉はいらないってか。俺はそれを2歩うしろで眺める。

 

 

「頑張ろうね、ライブ」

 穂乃果が口を開いた。その声音はとても澄んでいて、とても強い意志で紡がれていた。

 

 

「うん……」

「はい……」

 ことりも海未も、簡単な返事だけを返した。

 

 

 

 

 

 簡単でいいのだ。もう気持ちはお互いに全部分かりきっているから、最低限の言葉だけで伝わる。それくらいの関係が、彼女達にはある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3人の手を繋いでいる後ろ姿を見て、俺はもう一度夜空を見上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こいつらのファーストライブを、成功させてやりたい。

 こいつらの夢を叶えさせてやりたい。

 きっとこいつらなら、奇跡だって起こせるに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確信のない自信を、無数の星々がはびこる夜空を見ながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はこの熱い気持ちを拳を握る事で、噛みしめるように、実感させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穂乃果達なら、きっとやれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









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24.ある日の帰り道


ミニ色紙、先週は穂乃果と海未、今週はかよちんと凛ちゃんでした。
今現在で6回観てます。
まだ前売り券が2枚ある。だが、それでは終わらない……!舞台挨拶さえ当たれば……!

何回観ても涙が流れてしまって友達に笑われるレベル。感動で泣いてもいいじゃない!


あ、一応ネタバレ注意で活動報告の方に映画の感想書きました。(1回書き終わったのに全部消してしまってもうやけくそに書いたとは言えない…)


 

 

 

 

 

 

 俺達は今、夜道を歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「また明日ねー!」

 軽く手を振り、家へと入っていく穂乃果を見届ける。

 

 

 

「じゃあ行くか」

「え、でも拓哉君の家はもうすぐそこじゃ……」

 俺の言葉の意味を理解出来なかったのか、海未が戸惑いながら声をかけてきた。

 

「何呆けた事言ってんだ。さすがにこの時間帯に女の子を1人で帰す訳にもいかんだろ」

 澄んだ夜空を見れば分かるとおり、既に辺り一帯は暗くなっている。これで1人で帰したら男として廃る。というかそれを母さんと唯にバレたら家に入れてくれなくなるかもしれない。

 

「そっか。じゃあ行こ、たっくん♪」

 お、ことりは理解が早くて助かる。さすがはマイラブリーエンジェルである。

 

「……では、お言葉に甘えさせていただきます」

 海未も理解したのか、目を細めて微笑みかけてくる。ちょっとドキッとしちゃうからやめようね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果ちゃんなしで3人で帰るのって、初めてだよねぇ」

 静かな夜道を歩きながら、ふとことりがそんな呟きを声に出した。

 

「言われてみればそうだな」

「いつも穂乃果と別れてから、拓哉君ともすぐに別れますからね」

 確かに俺の家は穂乃果の家から5分足らずで着く。だから海未とことりと、夜に3人だけで歩くなんて事は今までになかった事だった。

 

 

「ふふ、何か新鮮な感じがするねっ」

「拓哉君がいるだけで、いつもと違う感じがしますね」

 まだ少し肌寒い春の夜、ポケットに手を突っ込んだまま進みながら、ことりと海未の視線が俺に集中した。これは明らかに俺のコメント待ちだろう。ふむ、下手な事は言えないな……。

 

 

 

「そうだな。いつもバカうるさい穂乃果がいないせいで、俺もリラックスできるわ」

「そういう意味ではないのですが……」

 あるぇー?選択肢間違えた?これってセーブポイントまで戻れますかねー?……そもそもセーブしてないしそんな機能ないから詰んでました。人生って儚いな……。

 

 

「もういいです……行きましょう」

「お、おう」

「たっくんが帰って来てからこの3人でゆっくり話す機会がなかったし、いつも穂乃果ちゃんがいたからたっくん穂乃果ちゃんの相手ばかりしてたでしょ?」

「え、そうだっけ?そんな事ないと思うけど……」

 

 俺が転校してきてから最初の頃に、穂乃果が寝坊して3人で登校した事もあったはずだけど……。その時あんまり喋ってなかったっけか。ふむ、最近スクールアイドルの事で頭がいっぱいだから思い出せんな。

 

「たっくんは無意識で穂乃果ちゃんの相手してるもん。ホントは私達もたっくんといっぱいお話したいんだよ……?」

 なん……だと……!?俺ってば無意識に穂乃果の相手をしてしまっているのか。……まぁ、あいつは昔から何しでかすか分からない分ほっとけないんだよなぁ。というかことりさん?上目遣い可愛すぎるからやめようか。セリフも相まって拓哉さんに効果抜群になってるから。もはや4倍ダメージまでいってるから。

 

「ん?私達って……まさか海未もそう思ってんのか?」

「うん、海未ちゃんもきっとそう思ってるよ。ね、海未ちゃん♪」

 ことりと一緒に、4歩前くらいに歩いている海未の方を見ると、

 

「わ、私をことりと一緒にしないでください……!」

 完全とまではいかないが、横顔が見えるくらいまで振り向いて訴える海未。海未さん海未さん、横顔からでもハッキリ分かるくらいお顔が真っ赤ですよ!言葉では否定してても恥ずかしがり屋さんのお顔は正直らしい。

 

 その赤い顔が答えを出しているのは分かる。海未が口に出さないせいで顔に出ているのは分かる。でも口で言われるより黙ってそんな赤い顔された方がこっちは恥ずかしいんだよな……。俺までちょっと恥ずかしくなっちゃうだろうがやめろ。

 

 あれ、おかしいな。まだ少し寒い時期のはずなのに暑いぞ。うん、あれだ。これは歩いている事による有酸素運動のせいだ。きっとそうに違いない。いやぁ有酸素運動って最高だなオイ!

 

 

「……ま、これからは俺もずっとこの町にいるつもりだし、いくらでも会って喋れるだろ……」

 顔が赤くなってるのが自分でも分かってしまうのが腹立たしいな。

 

「そ、そうだね」

「え、えぇ……」

 おい、話を振ってきたお前らが赤くなるなよ。何自爆してんの?マルマインなの?俺まで余計赤くなるからやめろよ!

 

 

「い、今ならもう、会いたいって思った時に休日でも会えるもんね!」

 ことりがこの雰囲気を吹っ飛ばそうと若干赤くなりながらも俺達に語り掛けてきた。

 

「そうだな。と言っても平日以外の休日は俺は外に出ないけど」

「ええ!?何でそんなこと言うのたっくん!」

「だってよく考えてみろよ。休日だぞ。休日なんだぞ。家から出ないのが普通だろ」

「考えてもよく分からない事しか言ってないんですが……」

 

 

 何をそんな呆れた視線を送ってくるんだ海未は。ことりも苦笑いしてるし。しょうがない、ここは安心安全優しい拓哉さんが説明してあげましょう。…安心安全って何。

 

 

「何も分かってないな君達。いいか、よーくわたくしめの話を聞くように!……俺達学生は基本的に月曜から金曜、この5日間毎日学校に行っている。そこで堅っ苦しい授業を拷問のように聞いて頭を使わなければならない。体育に至っては汗かいて体力消耗までする始末。頭と体を動かして溜まった疲労は一体どうすればいいのか。それこそが土曜日と日曜日にある休日なのだよ!!この2日間をしっかりと休む事で5日間溜まった疲労を根こそぎ削ぎ落とす。つまり、休む日と書いて休日!わざわざ休日に外に遊びに出るのは愚の骨頂!行けカラオケだ行けショッピングだ行け友達とワイワイだなんてする奴らは休日の意味をこれっぽっちも分かってない愚かな愚民と言ってもいいねぇ!その点俺は休日をマンガを読んだりアニメを見たり寝たりと休日をこれでもかと体を休めて満喫している。逆説的に考えると、家を出ないでちゃんと休んでいる俺は休日の意味をしっかり理解している。家を出ない俺こそが正義。まさに休日マスターだ。分かったかね?」

 

 

 俺が胸を張ってドヤ顔していると、海未が溜息を吐いて額に手を当てていた。

 

 

「はぁ……長ったらしい語りが始まって何を言うかと思えば、くだらないですね……」

 な、ん……!?俺の長い語りをくだらないのたった一言で流された、だと!?

 

「なんか、もっともらしい事言ってるけど、結果的に言っちゃえば、お怠けさんだもんね……」

 ことりが言いにくそうに苦笑いで返してきた。その苦笑いが今の俺にとって傷口に塩だった。染みるるるるるるるるる!!

 

「いや、ちょ、俺の言う事も合ってるっちゃ合ってるだろ!?寧ろ俺1番合ってる。休日に休んで何が悪いんだ!」

「拓哉君の言う事も一理あります。けれど、休日の過ごし方は人それぞれ。個人によって過ごし方等は何億通りもあるのです。拓哉君の言い分もその何億通りの一つに入るでしょう。しかし!!」

 ……ん?なんか雲行きが怪しくなってきたような……(雰囲気的な意味で)

 

 

「拓哉君は一つ言ってはいけない事を言ってしまいました。それは、他の人の休日の過ごし方を否定、罵倒した事です!……別に自分の過ごし方を主張するだけならば私は何も言いません。ですが、拓哉君の言った罵倒は、休日に衣装を作っていることりに対しても、休日も稽古をしている私にも言っていると同義なのです!」

「あ、や、それは、その、ですね……?ついテンションが上がっちゃって、言葉の綾?と言いますか……」

 海未さんが怒っておられる……。つうか怒るポイントそこなのか。否定はしないけどさ。怖い怖い、また海未神様になってるよ。助けを要求するためにことりを見ると、

 

 

 

 

 プイッ!

 

 

 

 少し頬を膨らませながら顔を逸らされた。

 あんっ、ことりは可愛いなもう。……いやいやそうじゃくて!え、マジ?ことりも助けてくんないの?

 

 

「いいですか拓哉君!拓哉君は今自分以外を敵にしていると一緒なのですよ!」

「いや、それはいくらなんでも考え過ぎじゃ……」

「拓哉君にそんな事を言われる筋合いもありませんし、拓哉君がそんな事誰かに言う資格もありませんよね……?それでもまだ言うというのなら、それだけ拓哉君が偉い立場にならないとですね……?ならば偉い立場になるには、休日にゴロゴロしている暇もありませんね。1日中勉強して、それを何十年も続けてそれはもう偉い政治家になってから言わないとですね……」

「どうもすいませんでしたごめんなさいこの通りです許してください生まれてきてごめんなさい」

 

 自分でもびっくりの瞬足土下座が炸裂した。

 いやだって怖いんだもん!あんなに詰め寄られて暗示のように囁かれたら誰だって涙目になるよ。……いや、俺は別に泣いてないけどね?ホントダヨ?

 

「分かればいいんです」

 見上げれば、何故かドヤ顔してる海未がいた。俺を論破させてそんなに嬉しいのですかいあなた。つうか土下座してる俺のすぐ目の前に海未がいるこの状況って……。

 

「あ、ああ……その件は俺が悪かった。すまん」

「え?ええ……何かやけに素直に謝りましたね」

 即座に立った俺に海未がポカンとしている。いやぁ、もうすぐで見えそうだったんで咄嗟に切り替えさせていただいたからね。思考も切り替えられる訳ですよ。

 それにしても、

 

 

「なぁ海未」

「何でしょう?」

「お前さ、ことりにスカートは膝下じゃないと履かないって言ってたよな?」

「ええ、そうですけど」

「そうは言ってるけどさ、制服状態のお前のスカートも十分短いと思うのは気のせいか?」

「え……」

 

 俺に言われてギョッとしながらも恐る恐る自分のスカートへと視線を落としていく。するとみるみる肩が震えだした。え、どしたん?

 

「拓哉君……まさかとは思いますが……見ましたか……?」

「え、いやいや見てない見てない。確かに見えそうではあったけど!何か惜しいなと後から思ったけども見てないからね!だからその拳を引っ込めようか!?」

「海未ちゃん、たっくんも見てないって言ってるし、ここは信じてあげよ?」

「……嘘ではなさそうですし、ことりがそう言うようなら」

 え、ことりが何も言わなかったら俺殴られてたって事?うわっ、俺の信頼度低すぎ……!

 

 

 せっかく送ってやってんのに結構酷い扱いされてる俺マジかわいそう。ことりもたまに腹的な意味で黒くなるし、俺に救いの手を差し伸べてくれる人はいないのか?東條もよさそうだけど逆にいじってきそうだしなぁ、うん、やっぱり唯だわ。持つべきものは妹だわ。唯がいれば結婚出来なくてもいいまである。

 

 でもやっぱり結婚したい。唯と出来ないのが辛すぎる!あれか、もうあれなのか。艦これ始めるしかないのか。ケッコンカッコカリってやつをするしかないのか。全然名前とか分からないんだけど。宇宙戦艦ヤマトなら知ってるのに。

 

 

 

「それと、これは制服で、学校のみなさんも普通に履いてるので気にならないだけです。衣装の方は…その…普段そういうのを見ない分、色んな人に見られると思うと、恥ずかしいと思ったのが原因です……」

「お、おう。そういう事だったのか」

 考えてみれば確かにそうだ。元は女子高の音ノ木坂。それに学校なら当然制服を着るし、女子ばかりなら多少スカートが短くても気にしないで済むのだろう。でも衣装ともなれば話は変わってくる。物珍しいものを見ると人は好奇心が芽生え、注目する。海未はそれが嫌で拒否していたのだ。

 

 

「でもまぁ、今は大丈夫なんだろ?」

「まだ大丈夫ではないですけど……ことり達が一緒にいてくれますし……その、拓哉君も、見たいと言ってくれたので……」

 急に立ち止まって振り向きざまに上目遣いをしてきた。だからそういうセリフ言いながら上目遣いすんなっての……。ちくしょう、幼馴染じゃなかったら完璧に惚れてたわ。海未のこれはただの照れ隠しなので男子は勘違いしないように気を付けよう!

 

 

 

「……ほら、立ち止まってないで、行くぞ」

「え、ええ」

「ねえたっくん」

 

 

 

 再び歩き出した直後だった。

 

 

 

「何だ?ことり」

「休日とかでも、今度、たっくんの家に行ってもいいかな……?」

「ああ、唯もことりが遊んでくれるなら喜ぶだろうし別にいいぞー」

「んもぅ、そっちじゃないよぉ!」

 え、何、どっち?道間違えてないよね?あってるよね。

 

 ことりを見ると両頬をプクーッと膨らませていた。はいはい可愛い可愛い。

 

「唯ちゃんとも遊びたいのは遊びたいけど、たっくんと遊びたいの!」

「いや、俺の家に来てどう遊ぶんだよ……。俺の部屋ゲームとかマンガくらいしかないぞ。ことりが来ても暇なだけだと思うけど」

 そう、俺の部屋はまさに自分のための部屋と化している。誰かが遊びに来た時の事などまったく考えず、1人で暇を潰すためだけの部屋なのだ。女の子が来た所でひまーつまんなーい帰るー、とか言われて愛想尽かれるのがオチだ。

 やだ、ちょっと泣けるんですけど……主に悲しみで。

 

 

「ゲームでも私はいいよ?お喋りしながらでも出来るし」

 ことりとゲームしながらお喋りだと……。何それ超楽しそう。それなら何時間でもやってられるわ。むしろ1日中やって唯に怒られるまである。

 

「その時は私もことりと一緒に行かせてもらいます」

「いやお前が来たら1番暇しそうなんだけど。何で来んの?」

「えっ……ダメ、でしょうか……」

 ちょ、何でそんなに落ち込むんだよこいつ小動物かよ。

 

「たっくーん……」

「……あー、分かったから、海未もことりと一緒に来ればいいさ」

「……ほんとですか?」

「あ、ああ。その代わり暇だのなんだの言っても俺は知らねえからな」

 ことりはジト目で見てくるし、海未は必要以上に落ち込むし、一体何なんだよ……。2人共普通に可愛いから断りにくいんだよなぁ。あれ、俺って案外ちょろいのかもしれない。

 

 

 

「……久しぶりに拓哉君の家に行けますね」

「そうだね。その時は穂乃果ちゃんも誘おうね♪」

 おい、なんか1人増えてるのは気のせいじゃないよな。穂乃果来たら確実に俺の部屋荒らされちまうだろうが。えってぃな本はないから危険性はあまりないけど。

 

 

 

「明日ライブなのに浮かれんなよー」

「うん!むしろたっくんの家に行けるって思えて余計頑張れるかな♪」

 そんなに楽しめるゲームあったかなぁ俺んち……。シューティングゲームとかばっかだからパーティーゲーム買っておこうかな。

 

 

「衣装が恥ずかしいと思う以外は大丈夫です」

 やっぱりそこは外せないのね。それ以外は大丈夫と言い切る海未はやはりさすがと言うべきだな。心配する唯一の要素が凄く不安だけど。

 

 

「穂乃果は……心配しなくてもよさそうだな」

「私達3人がいれば大丈夫だよ♪」

 俺がこの町に戻って来てから、このメンバーに穂乃果が加わっているのがまたいつもの形になってきている。昔から知っているからこそ、大体の事は言葉を要さずに相手に伝わる。それ程までの信頼が築かれている。

 

 

 けれど、それを分かったうえで、思う。

 言わなくても伝わる。あれは少し嘘だ。

 

 

 いくら言葉を要さずに伝わったとして、アイコンタクトだけで伝わったとして、気持ちの全ては分かりきれない。言葉を、言の葉をちゃんと口から声に出すことで、声音も含め、気持ちだって伝わる。

 だから、

 

 

「明日、頑張れよ」

 分かりきってる事をもう一度言う。

 

 

「うん♪」

「はい!」

 相手の目を見れば相手もこっちを見て返してくれる。こいつらの目は強いな……。これなら明日は何の心配も余計なお世話になっちまうかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、私ここまででいいよ。ありがとねたっくん!」

「おう、陽菜さんにもよろしく言っといてくれ」

 数分歩いてると、ことりの家のマンション近くまで来ていた。海未の家との分かれ道だ。

 

「うん、いつも喋ってるから大丈夫だよ~」

「……?おう、じゃあまた明日な」

 いつもって何だ?何が大丈夫なんだ?まさか俺の学校での悪い行動が漏らされているのか?そんな悪い事した覚えないんですけど。やだちょっと怖くなってきたわ!

 

 

 

 

 見えなくなるまでことりを見送り、最後まで手を振ってきたことりに苦笑いしながらも手を振り返す。やがてことりは見えなくなり、残されたのは俺と海未の2人。

 

 

 

 

「行くか」

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「拓哉君」

「どした?」

 海未より2歩先に歩いているが、振り返らないまま言葉を待つ。

 

 

 

 

 

「……その、もし良ければ、手を、繋ぎませんか……?」

 あーなるほどねー。何少し緊張気味な声で言ってんのかと思えばそんな事かー。手を繋ごうって言うのに何緊張してんだよまったくーはっはっはっ。

 ………………………………………………………………はい?

 

 

「……はい?」

 思わず思考と声が重なる。

 今、こいつ何て言った?手を繋ぐ?何故?必要性は?こいつに何の需要がある?まさか俺を貶めるためのトラップ?ドッキリ?

 

 

 予想を超える海未の発言にギチギチとカクカクした動きで振り返ると、海未も動揺した様子で繕ってきた。

 

 

 

「いや、あの、違くてですねっ?その……拓哉君は昔から冷え性ですし、そのせいでさっきからずっとポケットに手を入れっぱなしなので……えと、私の手なら温かいので、拓哉君の、冷えた手を……少しは温められる、かと……思いまして……」

 ……あー、そゆことね。確かに俺は小さい頃から冷え性で冬は苦労したものだ。

 

 

 というか、わざわざそのために手を繋ごうって言ったのか。あの恥ずかしがり屋の海未が。やはり既に成長してきているという事か。

 ……いや、成長してませんねこれ。思いっきり顔赤いですもんねこれ。やめろ、言ってきたのそっちなのに恥ずかしがってたら俺まで変に意識してしまうだろ。

 

 

「……はっ!その、嫌なら別に断ってくれても全然構わないのですよ!?……ちょっと拓哉君が寒そうにしていたので、少しばかり気になっただけですので……」

 また繕ってきたと思ったら、そのあとに少し気分が沈みそうな雰囲気になっている。

 はぁー……ったく、そんなあからさまに自分で落ち込むなっての……。

 

 

 

 

「……え?」

「……両手じゃさすがに無理だから、左手だけな」

 

 

 

 

 海未の右手を取ってこちらの顔が見えないようにしながら歩き出す。

 まぁ、その、何?せっかく気を遣って申し出てくれたのに、それをわざわざ無下に断る訳にもいかんしな。あーくそっ、歩いてるせいか体は暑いのに、こんな時にも俺の冷え性は元気バリバリに正常なようだ。

 

 

 

 

「……はい……っ」

 

 

 

 

 ふと、チラッと海未の方を見てみると、俯きながらも、顔を赤くしながら嬉しそうに微笑んでいる海未が目に映った。

 あっぶねぇ、うっかり惚れそうになったわ。美少女の笑顔って怖い!

 

 

 

 

 

 

 あーーーーもうっ!!寒いのに無駄に暑いじゃねえかこのやろう!

 矛盾してると思った奴は実際に体験してみればいい。痛い程俺の気持ち分かるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 冷えた左手に確かな温かさを感じながら、ほんのりと赤く染まった顔をした俺達はお互い何も言わないまま、黙々と歩き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あっ、もうここまでで大丈夫です、拓哉君」

「ん、ああ」

 しばらくすると、道の奥の方に海未の家らしき、古き良き屋敷みたいなデカい家がある。相変わらずでけぇな海未の家は。…というかここに来るまでほとんど無言だったぞ俺達。

 腹減ったなぁ今日の晩飯何だろーくらいの世間話しかしてなかったかもしれない。動揺しすぎだろ俺達。アドリブ弱いんですよ俺は……。

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、また明日な」

「あ……拓哉君っ」

「んぁ?何だ?」

 やっと離れた手の微かに残った温もりに謎の名残惜しさを感じながら早く帰ろうとしたら、海未が呼び止めてきた。

 

 

 

「明日、私達の事を……1番近くで見守っていてくださいね」

 

 

 

 ……何当たり前な事を言ってんだこいつは。

 

 

 

 

 

 

「ま、スクールアイドル活動を手伝うって言ったのは俺だからな。関係者だから自然とお前らの近くにいなきゃいけないのが仕事でもあるし……」

「……ふふっ、素直じゃないですね、拓哉君は」

「うるせ……」

 くっそ、こいつさっきまで恥ずかしがってた海未か本当に。俺の方が恥ずかしいとか何なんですか感染したんですか。ウイルスならぬウミルスってか。

 

 

「では、また……」

「…ああ」

 

 

 

 

 

 

 海未が見えなくなって数秒。

 いつの間にか精神も安定していて恥ずかしさはどこかへと消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「俺も帰るか」

 

 

 家へと帰る帰路へつくために歩き出す。

 ポケットに手を入れた直後、タイミングの良い事に携帯へメールの着信音が鳴った。

 

 

 

 時刻は20時前後。

 俺の携帯にこんな時間からメールが来るとは珍しいな。スパムか?…け、決して友達が少ないとかそんなんじゃないんだからねっ!

 

 

 おそらく穂乃果かことりだろう。明日頑張ろうね!とかそんな感じだと思う。頑張るのはお前らだろ、と打ち返すとこまで予測できた。

 だが、画面を見るとそこに映し出されていたのは穂乃果の名前ではなくことりの名前でもなかった。

 

 

 

 

 

「……唯?」

 

 家族からメールくるのは珍しいな。母さんは唯には甘いとこがあるからよくメールのやり取りをしてるらしいが、俺の事は放任主義なとこあるからなぁ。存分にこき使ってくるけど。…あれ、家族って何だろう?

 

 唯も唯で俺が引っ越してくる前はよくメールしてきたけど、戻って来てからはまったく連絡してこなかったし、何か買ってきてーとかそんなだろうか。妹にもこき使われるって兄としてどうなんですかね…。唯のためなら喜んで動くけどね!

 

 で、肝心のメールはっと、

 

 

 

 

 

 

 

『お兄ちゃん………………………………………………遅い』

 

 

 

 お、おう……。

 何これヤバイ。何がヤバイってただの文のはずなのに、文面からでも分かるような恐ろしさオーラが滲み出ている。いつからメールはそんなありがた迷惑機能でも付いたのかしら。

 

 そういやこっちに戻ってきてから帰りがこんなに遅くなったのは初めてかもしれない。あれ、これ唯さんもしかして怒ってらっしゃる?おこなの?…こんな事言ったら鈍器で殴られそうだから絶対に言わないでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……とりあえず、早く帰った方がよさそうだな……」

 

 

 

 

 まだ少し肌寒い夜の中。

 リズムを刻むように小走りで家へと帰る。

 

 

 

 

 

 

 

 なんか帰りづらいのは気のせいだと思いたい……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






せっかく映画公開されてるんだから、そのうち記念として何かやろうかな。

1週間毎日更新とか。




PS.
タグにハーレム?、を追加させていただきました。
いや、だって拓哉の奴が勝手に無意識に動いたりするから……俺は悪くない!
ストーリーが進みに連れ「?」を消すやもしれませぬ。


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25.俺の妹がこんなにコワカワイイわけがない


引っ張るぜぇ~。


 

 

 

 

「で、何で遅くなったの……?」

「いや、あのですね?これにはマリアナ海溝よりも深い訳がございまして……」

 

 

 

 

 

 

 ただいまワタクシめ岡崎拓哉は玄関の中で正座させられている状態でございやす。

 誰にって?ええ……最愛の妹にでございますよ……。

 

 

 結論を言うと、やっぱり怒ってたでござる。うぃー、と呑気に扉を開けたが運の尽き、そこには腕を組んで仁王立ちしていた唯の姿があった。

 

 

『お、おう。ただいま、唯……』

『……正座』

『え』

『正座』

『はい……』

 

 

 こんなやり取りが先程あって今に至るのですよ。うん、怖い。唯さん凄く怖い。何が怖いってマジ怖い。

 ふえぇ……俺の周り怒ったら怖い人ばっかだよぅ……。いやホントまじで。特に海未。あと海未に海未だろ。それに海未もいるし海未もいるな。海未しかいねぇじゃねぇか……。

 

 

「お兄……ちゃん……?」

「はいぃっ!?」

 ヤバイヤバイヤバイ、背中に寒気がした!何も誰もいないはずの背中から寒気がしたよ!誰だポケモンにこごえるかぜ命令したの!良い感じに効果抜群だよ!

 

「それで、マリアナ海溝より深い訳って何かな……?」

「ああ、えと、もうこんな時間なんで、海未とことりを家まで送りに行ってましたです、はい」

 よくよく考えたらマリアナ海溝より深くなかったわ。むしろそこら辺の水たまりレベル。つうかよくよく考えなくても深くなかった。

 

「それ、全然深くないよね?」

「あ、はい」

 まさに反論の余地もございません。言い返す言葉も力ももうないのですよ。岡崎拓哉ここで万事休す。

 

 

「はぁ……まぁ理由はちゃんとしてたし、今回は許してあげるよ」

「え、マジで?」

 これはハッピーエンド迎えたか!?ようやくお仕置きされないエンドも増えたのか?海未とかにお仕置きされすぎだろ俺。

 

「うん。海未さんとことりさんを送って行ったって話なら私も怒りはしないよ。むしろそのまま海未さん達を放置して帰ってきたら締め出して晩御飯抜きにしてたね」

 よ、よかった……。マジで海未達送って行って正解だった。俺の選択は間違ってなかったんだ。くそう、くそう。俺いつも不憫だなと思ってたから割とすげぇ嬉しいぜ……!やめろ、キルミーベイベーは死んだんだ!

 

 

「というかそもそも、俺ももう高校2年だし帰るの遅くなっても別に大した事ないと思うんだが……」

「お兄ちゃんの場合は大した事あるの!」

 え、何でそんなにキッパリ言うの?とうとう妹にまで信用されなくなったの?ははは、いやいやそんなまさか。あれ、おかしいな、目から海水が。

 

 

「お父さんから聞いてるんだよ。お兄ちゃん、中学の頃とか喧嘩して帰ってくるの遅くなった事があるって」

「……あー」

 あんのくそ親父ぃ……。何でよりにもよって唯にこんなこと言いやがったんだ……。こいつ俺のそういうのに敏感なの知ってんだろうに。というか語弊がありすぎるっ。肝心な部分が削れて伝わってるやん!

 

「待て唯、それは色々と誤解がある。そんな事もあったが決して喧嘩じゃない。あれは俺の正当防衛であっただけで俺が吹きかけた訳じゃない。つまり俺は悪くない」

「いや、そういう問題じゃなくて」

 あれ、会話のキャッチボールが出来てない?解釈の違い?ドッジボールになっちゃってる?

 

「どうせお兄ちゃんの事だから誰かのためにそういう風になったんだろうけど」

 おお、よく分かってるじゃないか妹よ。さすが俺の自慢の妹だ。大抵は俺からは喧嘩を売らない。大体が何か悪さしてる奴らを止めようとした時に相手が攻めてくるから仕方なく仕返しただけ。まさに正当防衛。

 

「それでも、お兄ちゃんがもしケガして帰ってきたら嫌だもん……」

「え、あ、おう」

 おぉふ……何この妹超可愛い。こんなに兄の事を思ってくれてる妹なんてどこ探しても唯くらいではないだろうか。お兄ちゃんは幸せですぞー。

 

「それに遅く帰ってきた時にお仕置きしづらいしね」

 前言撤回。何この妹超怖い。俺がいない時に海未に毒されてないよね?大丈夫だよね?いや待て、海未に毒されてなかったら自然にこうなってしまっているという事になる。兄を思うあまりってやつか。ブラコンもここまでくると恐ろしいもんだなあっはっは!……いやホント恐ろしい。

 

 

「だからお兄ちゃん、もう喧嘩なんて、しないでね」

「……まぁ、極力善処するよ」

 こればっかりは約束できない。またトラブルに巻き込まれた場合、そうなってしまう可能性は少なからずあるからだ。これ経験談ね。出来るだけ回避するようにしているがどうしてもとなると、やはりそうなってしまうだろう。

 

 でも本当に極力、喧嘩に発展するような事は回避しようと思う。唯には小さい頃悪い事しちまったからな。できるだけ心配はかけさせたくないのだ。あの一件以来、唯は俺の喧嘩やケガ事情にやけに敏感になっている。だから俺はケガしないように日頃から少し鍛えているのだ。

 

 

「それに、お父さんからまた聞いたんだけど……お兄ちゃん、中学2年の時―――、」

「唯」

「……っ」

「それはお前の気にする事じゃない。それにお前には関係ない事だから、詳しくは知らなくていいんだ」

 

 表情が暗くなって中学2年と聞いたとこですぐに何を言いだすか分かった。だから止めた。それはもう終わった事だ。わざわざ掘り返す事でもないし、唯に詳しく話す必要もない。全部あの時の俺が選んでやった事だ。今でも後悔はしていない。だから何も掘り返す必要などどこにもないのだ。

 

 

「ご、ごめんなさい……」

 あー……やっちまったか。さすがに言い方が少し悪かったかな。見るからに落ち込んでらっしゃる。こんな時も可愛いなこの妹は。

 仕方ないので頭に手を置いて言ってやる。

 

「ま、もう終わった事だ。今の俺はこんなにも元気だし、一応向こうにもバカな友達がいてくれた。だから気にする必要なんてないぞ。だからいつも通りの可愛い妹である唯に戻れ」

「あたっ」

 出来るだけ優しい声音で言って頭に置いていた手を手刀に変え唯の頭に小突く。

 

 

 

「さて、腹も減ったし晩飯でも食おうぜ」

「もうっ……私とお母さんはもう食べちゃったよ。だからお兄ちゃんは1人で食べないといけないのです!」

「なん……だと……!?」

 ちょっと帰りが遅くなっただけなのに家族1人を置いて先に食べたのかこやつらは。いやその場にいない俺の責任もあるけどね。唯もいつもの唯に戻ってるし良い事っちゃ良い事なんだけど、何だかなぁ。

 

 

 

「でも私はまだデザートがあるからテーブルからは離れません!つまりお兄ちゃんは運良く私と一緒のテーブルで食べれる事になります!」

「お、おう」

 何胸張って言ってんのこの子。いや可愛いけど。結局何、俺と一緒に食べてくれるって遠回しに言ってんの?ツンデレ?

 

「ほら、早く座ってお兄ちゃん。お母さんは今お風呂入ってるから私がご飯入れてあげるよ」

「ああ、サンキューな」

 椅子に座って唯の方を見ると鼻歌を歌っていた。おかしい、妹なのに何故か新婚さんオーラを味わってる気分だ。うん、悪くない、寧ろ他の人にも推奨するレベル。

 

 

 しばらくすると晩御飯一式がテーブルの上に置かれていた。

 

「んじゃ、いただきます」

「私もいただきまーす」

 俺は晩飯、唯はデザートのケーキを食べ始める。……ん?ケーキ?

 

「唯さん?そのケーキは一体何でせうか……?」

「これはお母さんが買ってきたやつだよー。ちなみにお兄ちゃんの分は帰りが遅いからってお母さんが食べてたよ」

 やっぱりかぁぁぁああああっ!!!!ちくしょう、何であの人はいつも俺の分まで食いやがるんだよ!俺だって甘いもの好きなのに!世の女性諸君、男が甘いもの好きではないと思ったら大間違いだぞ。

 

 

「心配しなくても私の半分あげるから、お兄ちゃんは晩御飯食べる事」

「はいっす」

 やっぱり唯は自慢の妹だ。世界に誇ってもいいね。我が家の妹は世界一ィィィィィイイイイイッ!!

 

「……その代わり、今度からあまり遅くならないでね?」

 そう言った唯の顔は、少し寂しそうだった。

 あちゃー、やっぱり心配かけちまってたか……。まぁ唯に心配すんなって言っても無理なのは大体分かってるけど。

 

 

「…今度からは、遅くなる時ちゃんと連絡するわ」

「……うん」

 無茶をするなと言われてそう簡単に出来るものではない。だから、せめてそれが少しでも和らげるようになればと思う。今はそれしか安心させる術を知らない。それで唯が絶対に安心すると簡単に思うほど俺も兄をやっちゃいない。

 

 おそらくこれを言ったところで唯はやはり俺の心配をしてくれるだろう。多分穂乃果達よりも母さん達よりも。そういう風にさせてしまったのは何よりも俺が1番の原因なのは知っている。それでも俺は唯にいつも元気でいてほしい。

 

 何にも縛られず、俺に縛られず、それこそ彼氏でも作ればいい。唯なら簡単に出来るはずだ。いや、やっぱそれは俺が許さん。それだけは許さん。とりあえずあれだ、彼氏以外なら自由に生きて欲しいと思っている。俺の事は一切気にせずに。

 

 

 

「唯」

「ん、何?」

「お前はさ、俺の事なんか気にせずに、もっと好きに自由に生きていいんだぞ?」

「……何それ、私が何かに縛られて生きてるって言うの?」

 おっほぅ、思ったよりいかつい目で見られちゃったぜい。一体誰に似たのかしら、親の顔が見てみたいもんだわ!……どう見ても怒った時の母さんの目ですね本当にありがとうございました。

 

 

「いや、だってさ、俺のせいで唯が―――、」

「お兄ちゃん!」

「は、はい!?」

 何かさっきの俺と立場が逆になってるような……。これ気のせいじゃないよね。

 

「お兄ちゃんから見えてどう映ってるかは知らないけど、私はお兄ちゃんが思ってるより好きに生きてるよ」

「いや、でも―――、」

「私の生き方をお兄ちゃんにとやかく言われる筋合いはないって言ってるの」

「あ……はい……」

 完全論破されました。唯さんこのままダンガンロンパにでも出ればいいよ。超妹級とかの枠で。それは違うよ!

 

 

「……今の生き方の方が好きだしね」

「え、そうなの?」

「……もー、お兄ちゃんここは聞こえないフリするのが普通なんじゃないのー?」

「っは!あまり舐めない方がいい。俺はそこいらの難聴系主人公とは違うのだよ!拾えるものは拾うぜ!」

「あーはいはい」

 

 軽く流されてしまったでごんす。お兄ちゃん悲しい。だって聞こえちゃったものは仕方ないじゃん!え?何だって?とか近距離で言える訳ないじゃん!小鷹は耳鼻科に行くべき。え、あれはワザとだって?ごめんちょっと聞こえなかったわー。

 

 

「大丈夫だ唯、俺はお前を愛してる」

「うんうん私も私もー」

 あの、そんなあからさまに軽く言われても……。というか急にケーキ食べる速度早くなってません?俺の分なくなっちゃうよ?こんな愛情表現は間違ってる!

 

 

 

 

 

 

「あ……、じゃお兄ちゃんの分これだけ残しておいたからね。お母さんがお風呂あがったみたいだし私入ってくるね」

「ああ……」

 これだけって、ホントにこれだけ?って感じがする残り方なんだけど。先っちょの方しか残ってないんだけど。2口分くらいしか残ってないんだけど。半分って何だっけ?

 というか結局リビングに俺1人だけ残るのね。母さんは風呂あがったと同時に2階に行くし。

 

 

 

 

 

 

 そして俺はちびちびと晩飯を食べるのだった。

 ……あー、おいしっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 晩飯を食べ終わり、唯が風呂からあがるのをリビングでテレビ見ながら待ち、あがってきたらその次に俺が入り、風呂からあがって今、自室でアイスバーを咥えながら窓を開けて涼んでいる。

 

 ケーキはもう速攻食った。そしていくら冷え性と言えど風呂あがりは暑いものだ。涼みたくもなる。湯冷めするとかいう野暮なツッコミは入れないでほしい。暑いものは暑いんだもんっ!

 

 

 

 満天の星空を見上げながら携帯をポケットから出す。風呂からあがった時に見たらまたもやメールが来ていたのだ。スパムかと思ってたら違った。最近はLINEやら連絡手段が色々と変わってきているにも関わらずメールとはな。

 

 ちなみに俺はLINEのアプリには登録していない。最初唯から聞いた時は何の線?と聞き返したほどだ。いや、別にボケた訳じゃないからね。何かの遊びのアプリかなと思っただけだから!

 

 

 

 

「ん、穂乃果からか」

 左手でアイスを、右手でスマホをタップタップしながらメール画面を表示させる。

 

 

 

 

 

 

『明日、頑張ろうねっ!』

 

 

 

 

 

 たった一言。

 それだけが書かれていた。

 よく見ればそのメールは海未にもことりにも一斉送信されていた。何回頑張ろうって言うんだよ……。頑張りすぎて空回りしなきゃいいが。

 

 

 

 

『頑張るのはお前らだろ』

 

 

 

 

 一言には一言で返す。特に意味はないけどね。頑張るのは俺じゃなくて穂乃果達だから間違ってはいない。俺は事前のサポートをするだけで、本番は何もしてやれない。実際に本番を頑張って、乗り越えなきゃいけないのはあいつらだ。

 

 今まで基礎トレーニングをして、グループ名が決まって、振り付けを考えて、ダンスを覚えて、歌詞を作って、曲が完成して、3人で歌って、ここまでやれる事は全てやってきた。

 特に大きな問題もなくやってこれた。むしろ今思えば上手くいっていたというのが正しいかもしれない。そう、上手くいきすぎているくらいに。

 

 

 

 

 だからだろうか。

 

 

 

 

 今こうしていきなり不安に駆られてしまうのは。

 ここまで上手くいっている。それは普通なら喜ばしい事だ。喜ばしい事なのだが、何故か急に不安が拭えなくなっている。こんなにも上手くいっていて大丈夫なのか?もしこんなに上手くいっていたのにも関わらず、本番中に何かトラブルが起きたら?

 

 俺はそれを対処できるのか?そのせいで穂乃果達が戸惑ってライブどころではなくなったら?その反動で穂乃果達が落ち込んでしまったらどうなるだろう?

 

 

「……やめよう。今それを考えても仕方ねぇ事じゃねえか」

 俺がどれだけ不安に思っていたとしても、結局はその当日の本番にならないと何があるのか、何が起こるのか分からないのだ。俺が穂乃果達の味方でいたとしても、現実は味方しないのかもしれない。

 

 

 

 

 何が起こるのかは、明日になれば全て分かる。

 

 

 

 

 けど、何故か俺の嫌な予感は昔からよく当たるからなぁ。そのどれもが何かが起こったあとに気付くのが俺だった。事前に回避出来るものじゃない出来事。それがいつも俺に牙を向いた。いくら俺が奔走しても、その牙はことごとく俺を嘲笑い、どん底へ落としてくる。

 

 

 だから今度もきっと、おそらく……。

 

 

 

 

「寝るか……」

 このまま思考に耽っているといつまでも考え込んでしまうだろう。だから今は寝る事で頭を少しでもリセットさせよう。

 

 

 食べ終わったアイスの棒を捨てる。当たりじゃなかったか。ジャリジャリ君はコーラ味こそが至高。異論は認める。だがナポリタン味にコーンポタージュ味、てめえらはダメだ。一口目で見事にリバースさせるとかあんなのアイスのする事じゃねえ。

 

 

 アイスを食べ終えてすぐに寝るのは気が引けるが、そこはもう気にしてられない。というか涼み過ぎたようだ。アイスも食べてたから少し寒く感じる。あれ、これ風邪フラグ?と思ったが大丈夫だ。俺はここ近年風邪を引いていない。

 

 

 これこそがフラグな気もしないではないが気にしたら負け。病は気からというもので、常にかめはめ波出したいと思ってる俺は気が体内で巡回してるから心配はない。……うん、自分でも何を言ってるのか分からん。

 

 

 

 布団あったけぇ~、何となく携帯を確認したが返信はなかった。元々一方的に送ってきたから返信する必要も本当ならなかったのだろう。まぁ律儀な海未に穂乃果大好きことりたそなら返信してそうだが。というか絶対してるな。むしろ俺のメールは放置されていて3人だけでメール続いてるまである。

 

 

 いや、別に気にしてないしぃ?もう寝るつもりだから返信なくても何にも気にしないしぃ~?メール続けるのは俺のキャラじゃないからこれが本望まであるしぃ~?全然泣いてないしぃ~!!

 本当に寝よう……。違う意味で落ち込みそうだ。俺ってばマジ豆腐メンタル。豆腐に醤油とワサビのコンビはヤバい美味い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……明日、か」

 

 

 

 

 

 

 穂乃果は頑張ろうとも、楽しもうとも言っていた。

 なら、どれだけ不安があろうと、俺も穂乃果達のライブをサポートしながら楽しもうではないか。細心の注意は払いながらも、明るくいこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を閉じようとした瞬間。

 携帯が震えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穂乃果からの返信だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『たくちゃんも一緒に頑張ってきたんだから楽しもうね!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近の子は離れてても人の心が読めるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、それには同感だ。

 返信はもう必要ないと感じ携帯をその辺に放っておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自然と、顔が綻んだまま、眠りにつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あれ、なんかお腹痛くなってきたぞ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は少し短め、今までが8000字超えとかばっかりでおかしかったんや……。




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26.いつもと変わらない日常






まだ平和……


 

 

 

 

 アラームが鳴った瞬間にそれを止める。

 

 

 

 

 

 

 昨日早めに寝たおかげか、今日は目覚めがよくすぐに起きる事ができた。

 体を起こし外を見ると、鳥の鳴き声が心地良く耳に入り、雨が降るというような雲が一切ない、つまりは快晴だった。今日やるイベントは室内で行われるから直接的な関係はないが、こう晴れてるのを見るとやはり悪い気はしない。

 

 

 

「……眩しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は、新入生歓迎会の日、当日。

 

 

 

 

 

 

 ―――――――そして、μ’sのファーストライブの日。

 

 

 

 

 

 

「うし、行くか!」

 

 

 

 

 

 気持ちは万全である。

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、今日新入生歓迎会の日だよね?」

 食パンをかじりながら唯が問うてきた。

 

「ああ、そうだよ」

「そっかぁ、いいな~。私も見に行きたいんだけどな~」

「お前は中3だから無理なの分かってるだろ?」

 何この子、飛び級をご所望なのかな?そんなの無理に決まってんでしょ!三千院ナギくらいにならないと無理だぞ。そのためにはまず借金地獄に陥っている少年を雇わなければならないのが絶対だ。そいつ絶対強いから。

 

 

「分かってるよぉ。でも穂乃果さん達のファーストライブやるんでしょ?私も見たかったなぁって」

「そゆことね」

 今回は中学生などが来れるオープンキャンパスではなく、新1年生のための新入生歓迎会だ。親はもちろん他校や中学生は見れないのである。親が来るってなったら絶対海未が逃走中ばりに逃げ出すな。

 

 

「あ、じゃあせめて穂乃果さん達に頑張ってって伝えといてよ!」

「おお、そのくらいお安い御用だ。任せろ、一字一句間違えず伝えてやる。とりあえずファイトだよっって伝えればいいんだな」

「意味合いは同じだけど一字一句合ってすらないよ……」

 相変わらず優しいな我が妹は。だがツッコミがまだ甘い。そこはもっと熱く、一文字も合ってないでしょうがぁ!くらい言わないとだな。もっと熱くなれよぉ!

 

「ま、概ねは伝えとく。あいつらも唯に応援されたって分かると喜ぶだろうしな」

「そうなの?」

「ああ、凄く喜ぶぞ」

 そう、何故か穂乃果達は唯にとてつもなく甘いのだ。あの海未までもが唯を甘やかすレベル。何故俺も一緒に甘やかしてくれないのか甚だ疑問である。とにかく、穂乃果達は唯に甘い。まるで唯に気に入られたいかのように。まぁ唯はこんなにも可愛いからな。気に入られたいのも分かる。

 

「ふーん、よく分かんないけどよろしくね!」

 ほうれ見ろ。こんないかにもにぱーってな感じで笑顔を向けられたら誰だって甘くなってしまう。砂糖にハチミツを加えて、その上に更にメープルシロップとキャラメルソース、チョコレートソースを混ぜたような感じになる。…甘すぎて胸焼けしそう。

 

 

 

 

 

「さて、んじゃそろそろ俺は行くわ」

「うん、お兄ちゃんも頑張ってきてね!」

「…俺は頑張る立場でもないんだけどな。まぁ、それなりにやってくるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、たくちゃん!おはよぉ!」

「珍しいな。すぐに出てくる事はあったけど俺が来る前に外にいるなんて」

「なんせ今日が本番だからね!気合いも入るよ!」

 なんと、俺が穂乃果の家の前に来ると既に穂乃果が待っていたのだ。楽しみにしすぎだろ。遠足前夜の子供か。

 

 

「気合い入るのは一向に構わんが、空回りだけはすんなよ」

「元気ないよりかはいいでしょ!」

「あーはいはい、さっさと行くぞ。早く行けるに越した事はないからなー」

「うわーん!待ってよたくちゃーん!!」

 あ、こいつ。大きい声出すんじゃありません!穂乃果の声を聞きつけた大輔さんが来たらどうするんだよ。学校じゃなくて病院行くはめになるぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、おはよう穂乃果ちゃん、たっくん!」

「おっはようことりちゃん!海未ちゃん!」

「おーす、今日も可愛いなことりは」

 朝から天使の顔を拝めるとか最高かよ。僕は今日からことりん教に入信します。

 

 

「おはようございます、穂乃果」

「おはよう海未ちゃん!今日は早いでしょう!?」

「ええ、いつもこのくらいの早さならいいんですけど」

「うっ、それを言われると……」

 全くだな。いつも迎えに行ってやってる俺に報酬くれてもいいくらいだぜ。…やだ、俺ってば通い妻……?女じゃねえよ。

 

 

 

「……その、拓哉君も…おはよう…ございます……」

「…あ、ああ、おはよう」

 せっかく忘れかけてたのにそんな顔されたら嫌でも思いだしちまうだろやめろ。やめてっ、顔赤らめるのだけはやめてっ!色々と勘違いしちゃうから!こんなに顔赤らめて、もしかしたらこの子俺の事好きなんじゃね?と思っていざ聞いてみるとドン引きされて振られるとこまで想定しちゃうから。…想定出来ちゃうのかよ。

 

 

「どうしたの、たくちゃん?」

 おぉう!?いつの間にそんな近くまで来てたんだよ。近い近い、離れろ。良い匂いするけど。

 

「いや、なんでもねぇよ」

「むぅ~、ホントかな~?何か海未ちゃんもいつもとちょっと違うような……」

 何なのこいつ。なんでこういう時だけ変に鋭いんだよ。嘘発見機でも体の内部に仕込んでんの?サイボーグなの?ターミネーターなの?溶鉱炉の中に親指立てながら沈んでいくの?アイルビーバックなの?

 

 

「わ、私はいつも通りです!」

「そうだぞ穂乃果。海未は今日のライブでちょっと緊張してるだけで、それ以外はいつもと変わらんぞ」

 速攻海未のフォローをしておいた。だから顔赤くしながら言っても逆効果ですよ海未さん。穂乃果が余計怪しんだらどうすんだよ。……あれ、そういや怪しまれて何か俺にデメリットってあったっけ?

 

 海未は冷え性の俺を気遣ってあの提案をした。ならあの提案をした海未は優しさに誇りを持つこそすれ、怪しまれないようにしないといけない訳ではないはずだ。……そうか!理由は何であれ、俺が女の子と手を繋いだのは事実。穂乃果達にセクハラとして通報されないように黙っていてくれてるのか!

 

 何か心に微かな傷が出来たのは気のせいかもしれないが、ここは海未に感謝しておこう。というかさっきからことりさんがずっと笑顔で見つめてくるんですけど。何だろう、笑顔なのに何故か物凄い圧を感じる。まさかこれは覇気…!?奴め、悪魔の実の能力者か!

 

 

「…ほれ、行くぞ。ずっとここにいても学校に着かねえままだ」

 ここはもう何かしらの追及がくる前に現状打破した方がいいだろう。という事で話を切り替えさせてもらいます!

 

「あ、また置いてくつもりー!?」

 だまらっしゃい、ホントなら俺だけ走って逃げたい気持ちを必死に押し殺してるんだからな。

 

 

 

 

「そんな事より、お前らは今日のライブの事を考えてろよ」

「もう考えまくってるよ!何ならそれしか考えてなくて授業が頭に入らないまである!」

「……おい、それは誰のマネをしてんのかな?」

「誰ってたくちゃんに決まってあだっ!」

「似てないし俺のマネすんな」

 

 すぐに俺のマネって分かってしまった俺もアレだけど。お前がやるとマジでそうにしか聞こえなくなってしまう。特に授業が頭に入らないとことか。あれ、それっていつもの事だよね?いつも聞いてないのに余計聞かなくなるとどうなんの?悟りの境地でも開くの?

 

 

 

 

 

「あっ、そういや唯からお前らに伝言があったわ」

 あぶないあぶない、まだ1時間も経ってないのに忘れるところだった。俺に若年性アルツハイマーは早いわさすがに。

 

 

「え、唯ちゃんから伝言?なになに!?」

「私も気になる~!」

「それは聞き捨てなりませんね……!」

 おい、お前らのその食い付き方おかしいだろ。どんだけ唯大好きなんだよ。岡崎唯ガチ勢にでも入ってんのか。俺がガチ勢第一号なんだからお前らはもっと俺に敬意を払うべきだぞ。

 

 

「たった一言だけど、頑張って、だってよ」

 うん、なんか嘘教えると後が怖そうだったから素直にちゃんと伝えたよ。拓哉さんホント偉い。こいつらの事だから嘘教えるとすぐバレそうだしね!

 

 

 

 

 

「うん……うん、よし、私燃えてきたよぉ!!」

 俺の応援より気合い入ってる感じがするのは気のせいだよね?気のせいじゃなかったら結構へこむよ?燃えてきたって何、どこかのギルドに所属でもしてんの。ドラゴンスレイヤーなの?ルーシィ可愛いよね。

 

 

「私もぉ~!」

 ああんもう可愛いっ!俺もぉ~!……おふ、吐き気が……。

 

 

「今なら地面を割れそうな気がします」

 ちょっと待てお前だけはちょっと待て。キャラ崩壊もいいとこだぞ。応援貰ってそんなに強くなれたら誰も苦労しねぇぞ。地球割りでもすんのか。アラレちゃん目指してんのか。そこは普通に私も頑張れそうです、とか無難な感じでいいんだよ?

 

 

 唯の言葉には何か魔法でもかかってるのかもしれない。あの海未でさえこんな事を言いだす始末。さすが唯、俺の妹に不可能という文字はないな!今度唯と外を出歩く時は男子の視線に注意しなければならない。ずっと俺が威嚇しとけば唯も安全だろう。

 

 

 

「よぉし、なら学校近くまで競争だぁ!」

「やだよ」

 え、何で急にこんな事言いだしてんのこの子。テンション上がり過ぎだろ。ことりはともかく海未も何クラウチングスタートしようとしてんの?君達唯の言葉に舞い上がりすぎじゃないですかね……。

 

「何で!?」

「何でもなにも、何で今日ライブ本番なのに朝から疲れる事しなくちゃならないんだよ」

「ノリだよ!」

「そんなノリはいらん。口にでも付けて開かなくなるようにでもしとけ」

「それは糊だよ!」

 

 お、今のはナイスツッコミだったぞ。ただし漢字で書けと言ったら無理そうではある。さっきから海未さんがクラウチングスタートのまま動かないんですが。大丈夫ですかこの人。人の話聞こえてますか。

 

 

「ならたくちゃんは走らなくていいよ!ジュース奢ってもらうだけだしね!ってな訳で、ヨーイドン!」

「…………え。ちょ、ま」

 俺が声を掛ける前に穂乃果は駆け出して行った。ことりも穂乃果に着いて行っている。海未は綺麗にクラウチングスタートを決めていた。

 

 

 

 

 

 

 いやいやいやいやいやいや、ジュース奢らないといけないとか聞いてませんよ!?つか拒否権はないの?って言ってももう俺以外ここには誰もいない。……まさか海未め、こうなる事を知ってずっと黙ってやがったな。ことりもことりで笑顔で黙ってたし可愛かったし。

 

 

 

 

 

 

「……しゃあねぇ」

 このまま1人でゆっくり登校して学校に行くのも悪くはないが、何だかあいつらに負けるのは癪だ。というか男なのに女の子に負けたくないというプライドが沸々と湧き上がってくる。

 

 

 ……穂乃果達は、と……曲がり角を曲がった所か。距離でいうとざっと50メートル離れているくらいである。

 なら。

 

 

 

 

 

 

「いける」

 

 

 

 少しスゥっと息を吸い、ゆっくりと吐くと同時に、全速力で駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果的に言うと、俺の圧勝だった。

 

 

 

 

「なんで……なんでなんでなんでなんでなんでぇ~!!」

「はっはっはっ!!確かにお前らは練習で体力は付いてるが、俺の方がステータスも遥かに上だった。ただそれだけの事さ!」

 俺が息切れせずに立っているのと対照的に、穂乃果達はへたり込んで見事にぜえぜえ言っている。海未もさすがに全速力で長距離は疲れたようだった。

 

「拓哉君……よくあの距離から追い越せましたね……」

「まぁ50メートルくらいなら何とかなるだろ。それに俺は男だし元々の身体能力が違うしな」

 穂乃果とことりはともかく、海未は弓道やら家での習い事で武道を嗜んでいる事もあり、やはり2人に比べて体力はあった。俺に距離を離される穂乃果とことりと違って、海未はギリギリまで俺に着いて来ようとしていた。

 

 しかし俺がまたスピードを上げた事によって結局海未も俺から大分離されたという訳だ。いやぁ、振り切りながら海未の方を見た時の海未の驚愕した顔と必死さからの絶望した顔は堪らなかった。普段お仕置きされてばっかだから良い気分だったわ!…大体俺の自業自得なんだけどね。

 

 

 

「という訳で俺が1位だからビリの奴にジュース奢ってもらうぞ。ビリはっと……あ」

 海未が困ったような顔で、穂乃果が安堵した顔で、そして、ことりは少し涙目になっていた。

 

 

「私ビリじゃなくて良かったー!奢りはことりちゃんだね!」

 おいぃ、ちょっと黙ろうか穂乃果ちゃん?ことりちゃんが女の子座りで涙目になってるんだぞ。それも学校近くの人通りができる中で。しかも俺以外が今疲れて座っている状況。つまり、色々と視線が痛いです。

 

 

「たっくん……ジュース……いる……?」

「いらん」

「ええ!?何で!?たくちゃん勝ったんだよ!?」

 うるさい黙れぇ!ここで本当に俺が奢らせてみろ。今の視線が攻撃的な視線に早変わりするぞ。それだけはどうしても避けなければならない。

 

「まぁ、正しい判断ですね」

「ルールなんだよ!?守らないといけないって言うのがいつもの海未ちゃんでしょ!?」

「ええいうるさい!勝った俺が言うんだからいいんだ!勝者こそが絶対だ。敗者は口を開くんじゃねえ!何ならことりに奢ってもらうより俺がジュース奢ってやるまである」

 いやもう卑怯でしょ。あんな顔されたら罪悪感で死にそうになるわ。ことりに払わせる金はねぇってな。穂乃果ならばっちり奢ってもらうっすウッス。

 

 

 

 

 

 

 結局、俺はそこらの自販機で穂乃果達全員にジュースを奢ってやる羽目になった。

 

 

 

 

「まさか私と海未ちゃんにまで奢ってくれるなんてね」

「一体どういう風の吹き回しなのでしょうか」

「ちょっと?俺の信頼度低すぎない?……まぁあれだ、今日がライブ本番だし、ちょっとした景気付けみたいなもんだ」

 俺がことりだけに優しいとかいう偏見は置いといて、まぁ間違ってはいないが。せっかくの本番ライブに変な疲れは残させたくはない。というのが俺の本音だったりする。

 

 

 

「うへ~、なら毎日ライブやったら毎日たくちゃんにジュース奢ってもらえるんだぁ」

「おいやめろ、俺の財布が軽くなるだろ」

 こいつ悪魔なの?いや、悪魔じゃなくておバカだった。

 

「穂乃果、あまり現実的ではない事を言うものではありませんよ」

 そうだそうだ、もっと言ってやれ。小一時間説教してやれ。

 

「毎日ライブなんて体が持ちませんし、それだけの曲が私達にはまだありません」

「それもそうだねー」

 あぁ、そっちね……。誰も俺の財布の心配はしないのね?どこかいいバイトでも探そうかな……。

 

 

 

 

 

「それに毎日ライブなんて考えるより、今日のライブのリハとかどうするかとかも考えないとだぞ」

「そうですね」

「おぉ、リハって聞くと何だかプロって感じがするね!」

「うん、プロじゃないけどね。思いっきり素人だけどね」

 ちょっとそれっぽい事を自分で言ったり聞いたりすると何かそれっぽい!と思ってしまうのは何でだろうか。俺が前に出て攻撃するから後衛は遠距離攻撃、ヒーラーは回復を頼む。とかオンラインゲームで言うと俺ってガチ勢っぽい……とか思っちゃうのと同じかもしれない。…違うか。違うな。

 

 

 

「昨日もしたんだけど、衣装にもつれがないかとかもう一回チェックしとくね」

「昨日したんならもう大丈夫だろ?」

「そうなんだけど、でもたくちゃん衣装袋持ったまま走ったから……」

「……そうだな」

 実はと言うと、ことり達に会った時にことりから衣装袋を預かっておいた。その矢先に穂乃果が競争とかしだしたから俺は衣装袋を持ったまま走った訳だ。だ、大丈夫だよね?

 

 

「もう、乱暴にしちゃダメだよたくちゃ~ん」

「穂乃果その辺でやめておくのです。拓哉君の顔が阿修羅になってます」

 今の俺は顔が3つに手が複数あるのか。好都合だ。穂乃果がどこに逃げてもとっ捕まえてお仕置きしないとな。ふしゅぅ~……。

 

 

 

「いいんだよたっくん。元はと言えば私がたっくんに持たせちゃったからこうなったんだし、悪いのは私だよ」

 て、天使や……。これはもう磨こうとしても絶対に磨けない程に輝きを放っている天使や。穂乃果もことりのこういうとこを是非見習ってほしいものだ。そうすれば穂乃果も少しはことりみたいになれ…………ないな。うん、無理だわ。

 

 

「だから、ね?ほら、行こ」

「あ、ああ」

 ことりの為すがままに手を引かれる俺はもう阿修羅からおかめ納豆くらいになってるかもしれない。柔らかいなぁことりの手……。

 

 

 そうしてことりを筆頭に、俺達は校内へと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあこの問題をーそうだな、高坂、やってみろ」

「…………えっ!?」

 

 

 

 

 授業中。

 我らが担任の山田先生が授業をしているのにも関わらず、穂乃果はまったく話を聞いていなかった。ホントに頭に入ってないよこの子。ことりも思わず苦笑いしてるよ。

 

 

 

「高坂……お前話を聞いてなかったな……?」

「あ、あはは……すいません!」

 いくら初ライブが近いからといって授業を聞かなくてもいい訳がない。これは穂乃果の自業自得である。よって俺は無介入を貫かせてもらおう。

 

「ったく、なんかもういつもの事だから説教する気も失せてきたぞ……」

 どんだけ苦労かけてんだよ穂乃果のやつ。先生、諦めないで!そこで諦めて怒らなかったら先生としての立場的にも問題が浮かび上がりますよ!

 

 

 

「仕方ない、じゃあ岡崎、お前が解いてみろ」

 え、ここで俺にくんの?嘘でしょ。ここは代わりに海未辺りにやらせるのが普通なんじゃないの?…まぁ当てられたのなら仕方ない。やってやろう。

 俺の前でポカンと見てろ穂乃果。ちゃんと話を聞いてる俺と聞いてないお前の違いを見せてやろう。

 

 

 

 

 

「さっぱり分かりません!!」

「歯ぁ喰いしばれ」

「何で!?」

 穂乃果と扱い違いすぎません!?男子だからって容赦なさすぎでしょ!起訴も辞さない。

 

「たくちゃんもダメじゃん!」

「うるせぇ!お前だけには言われたかねえわ!」

 クラスの奴らもクスクス笑うんじゃないよまったく。海未はジト目で見てくるし……穂乃果を見なさいよアンタ。

 

「はぁ……一応言い訳を聞いてやる。言ってみろ」

「いや、違うんですよ先生。俺はちゃんと話を聞いてたんですよ?ちゃんと話を聞いてた上で、俺には数学は無理だって事を思い知らされましたね」

「何を堂々と言ってるんだお前は」

 いやぁ、苦手な教科はちゃんと聞いても分からないって事を今日学べたね。これだけでも今日の授業での収穫は十分だ。よって数学は諦めるのが正解だという事が分かった。なんで数学なのにxとかyとか使うんだよ。英語に帰れ。

 

 

 

「先生、人にはそれぞれ得手不得手があります。なら俺はあえて不得手を捨て得手を極めようと思うんですよ。中途半端に何かをやろうとするよりいっそ一つだけを限界まで鍛えた方がかっこよくないですか?」

「不得手を克服するために授業をやってるんだろうが」

「あ、はい……」

 完全論破で着席するしか俺に残された選択はなかったよ……。おいこら目の前のサイドテール、表情は見えないけど体プルプル震えてる時点で分かってんだからな。笑うならいっその事大笑いしやがれ。そして先生に怒られろ。

 

 

 

「高坂と岡崎は色々と問題があるな……」

「ちょっと先生!それは聞き捨てなりませんよ!俺はこいつと違って数学以外はそれなりに出来ますよ!」

「そうだな、数学以外はそれなりに出来てるな。なのに数学は致命的だな」

 ぐ……お……それを言われると辛い。数学以外は出来るのだ。特に現国などの文系は得意分野。他の教科もまあまあ出来る。だが、数学は無理。もう数字見るだけで嫌になる。でも赤点レベルではないだけまだマシだろう。

 

 

「赤点じゃなければ数学なんて気にしないのが俺の信条なんで」

「そんなくだらん信条は今すぐ捨てろ」

 ヒドイ言われようだった。この人ヒドクない?生徒を教育する気あんの?あまりにも毒が強いんですけど。そこら辺の猛毒持ってるヘビより毒強いんですけど。

 

「穂乃果もなんか言ってやれ。先生に言われて悔しくないのか」

「えー、もう分かんないからいいよー……」

 こいつ、先生を目の前にして思いっきりぐでーっとしてやがる。なるほど、言っても分からないような人に理解してもらおうと思ってるのが悪いのか。なら俺も諦めてぐで~っとしようと思います!

 

 

「ぐで~」

「ぐで~」

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつら私を舐めてるようだな……」

「先生、授業を進めましょう。私があとでやっておきますので」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、これ死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シリアスになる前はいつもと変わらない日常があるんです。
上げて落とす。
まさに嵐の前の静けさ。



テンポ遅いと思われる方もいるのでしょうけど、1期3話は穂乃果達にとって最初の試練でもあります。
なのでじっくりと進めていくという形になりますが、そこはご了承願います。


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27.本番前

まだ……平和……!




高評価をありがとうございます。
モチベ上がりまくリングになれます!


 

 

 さて、時が経つというのは早く感じる時もあり、遅く感じる時もある。

 

 

 

 

 その違いは人によって様々である。

 楽しい時は早く感じたり、つまらない時は遅く感じるように。そして学校へ通う大半の生徒は授業をつまらないと感じ、また時間が経つのも遅いと感じているのが多いだろう。

 

 しかし、俺はつまらない授業を聞いているはずだったのに、気付けばもう全ての授業が終わっていた。山田先生以外の授業は普通に黙々と聞いていたのにだ。おそらく、いや確実に海未に園田海未流特製正拳突きを貰ったからに違いない。

 

 ノートをしっかり書いていた訳ではない。逆に机に顔を突っ伏して呻きながら授業を聞く事しか出来なかった。話を聞くのでやっとなくらいのダメージ、泡出かけたし。あれ、よく考えたらこれって逆効果じゃね?

 

 ちなみに穂乃果はことりにめっ!だよ!って言われてた。海未さんや、何故穂乃果をことりに説教させたよ……。そこは穂乃果もアンタが説教しなきゃでしょ流れ的に。扱いの差がありすぎる。ことりにめっ!とか言われたらもう確実に次の授業も喜んでサボるに決まってるやん!

 

 

 

 そんななんやかんやがあって、俺達は今、俺達というか全校生徒が今講堂に集められ、理事長もとい陽菜さんの話を聞き、生徒会長の長ったらしい話を軽く聞き流している。いやホント長い。小学校の時の校長先生のくそ長いどうでもいい話を聞かされている気分。

 

 

 

 それにしても、相も変わらず、この学校は生徒が少ないのだと思い知らされる。この決して大きいとは言えない講堂に、すっぽりと収まってしまう人数。おそらく250人といないであろう生徒数。これをどうにかしようとして動いているのが俺達。どうなるかは正直分からない。

 

 

 

 

「これで、新入生歓迎会を終わります。各部活とも、体験入部を行っているので、興味があったらどんどん覗いてみてください」

 

 

 

 

 っと、生徒会長さんの話が終わったみたいだ。ホントの事を言うと少しウトウトしてたのは内緒だ。首がコクンッと動いてなかったかも分からないくらい暇だった。……あ、生徒会長と目が合った。目と目が逢うー瞬間好きだと気付いたーとかそういう歌があったような気もしないではないがそれはない。千早は好きだよ?くっ。

 

 ちょっとー?目が合うなり怪訝な表情しないでくんない?そこでそんな顔してたら周りにもバレるよ。生徒会長の目線の先にいる俺が怪しまれるよー。あれ、それって俺がヤバイじゃん……。

 

 ほらーもう隣の穂乃果が変な目で見てくるじゃんー。とりあえず何でもないという意味を込めて手をシッシッとパタつかせておいた。去っていく生徒会長を尻目に、今度は副会長である東條と目が合った。目と目が逢うー瞬間好きだと気付いたーとかもう二度目だけどこれはある。大好き!あの豊満なお胸様で僕を抱きしめて!

 

 

 ……ゲフンゲフン、やはりたった1人の男子生徒というのは女の子の集団にいたら分かりやすいらしい。あれだ、たくさんの良い匂いの花がある中に、たった1つだけアンモニア臭が半端ないラフレシアがあると思えば分かりやすいかもしれない。…分かりにくいか。

 

 他の生徒が司会の生徒の声に気を取られている中、東條は本当に軽く小さく、俺に手を振っていた。どことなく恥ずかしいが、何もしないのも悪いのでこちらも軽く目を逸らす。…いやダメじゃん。なのに東條は小さく微笑んでから舞台から去って行った。

 

 

「あでっ」

「……たくちゃん、挙動不審すぎ……」

 挙動不審なだけでつねられるとか理不尽すぎやしませんかね?いや俺も何となく自覚はあったけども。つうか他の生徒は逆方向見てんのに何でお前は俺の行動に気付いてんの?もしかしてこっち見てたの?監視してたの?

 

 

 俺が穂乃果を少し恨めし気に睨んでいるのとは無情に、生徒達は話も終わった事もあり次第にバラけていった。それに便乗するように俺の視線から逃げるためかは分からないが、穂乃果もサッと立ち上がる。

 

 

「さぁ、それじゃ私達も行こう!」

 こいつ絶対俺の視線から逃げようとしたわ。だって少し口が引きつってるもん。こらそこ、女の子の口を見るとか変態かよとか言わない。全国の男子共通の意志でしょうが。変態紳士舐めんな。

 

 

 俺の挙動に気付いてなかった海未とことりは何事もないかのように穂乃果に着いて行った。ずっと座ってる訳にもいかないので俺も渋々穂乃果達の後を着いて行く事にした。そうしないといけないんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一旦教室に戻り、諸々の準備を終えまた外に出てみると、この学校での結構な人数の生徒がいた。

 

 

「やっぱりどこの部活もみんな必死だね」

「そりゃそうだろ。ただでさえ少ない人数で部活を継続させるために部員募集をしなくちゃならないんだからな」

 

 中庭にもチラシ配りなど声をかけるなどして部員募集に励む生徒がたくさんいた。本当に、どこの部活も必死なのだ。新入生が少ないぶん、入部してくる生徒も少なくなる。それが他の部活に取られでもしたら余計に入部希望者が減ってくる。

 

 全部活員が考えているのはたった1つ、少しでも多くの新入生を勧誘し、自分の部活へ興味を生み出させ、入部させる事だ。しかも元々部員の少ない部活は部員の多いであろう運動部員よりも血気盛んに熱を帯びながら勧誘しようとするだろう。

 

 

 

 そして、今の俺達と他の部活の決定的な違い。

 それは、部活と部活じゃないかである。

 

 

 部活であれば、それなりに興味を持ってくれれば体験入部という形で部活の実態を見せられるが、生憎、俺達は部活でもなければ同好会ですらない。ライブに来てくれる生徒も少なくなってしまうかもしれない。

 

 

 だから今、こうしてチラシを持って中庭に馳せ参じたのである。少しでも来てくれる生徒が多くなるように。……というか今回はさすがに俺もチラシ配りを手伝う事にした。この学校で唯一の男子がいる活動って何をしてるんだろう~?きゃぴぃ~!とか騒いでる女子が興味本位で来るかもしれないからだ。やだ、俺ってば女の子に偏見持ちすぎ!

 

 

 

 にしても、

 

 

 

「やっぱり抵抗あるな……」

「もう、今更そんな事言ってらんないでしょたくちゃん!」

「いや、分かってはいるつもりなんだが……」

 ホントに大丈夫かこれ。チラシ持って話しかけたら引かれて何かの怪しい勧誘だとかと思われないか?拓哉さん不安でいっぱいだよ。さすがに当日ともなれば俺も何かしら手伝わないといけないと思っていた。だから理解はしている。

 

 

 

 けれど、

 

 

 

「おい、何で男子がいないんだ」

「何で今になって男子がいると思ったの……」

 そこはいろよ!肩身狭いと改めて実感したよ!ことりは既にチラシ配り始めてるし。うーん……どうしたものか。……あ、穂乃果もとうとう俺を置いて配り始めた。放置プレイはあんまり好きじゃないんだぞ☆

 

 

 

「お願いしまーす!」

「はぁ……お願いしまーす」

 渋々、本当に渋々穂乃果の後に着いてチラシ配りを始める。少しでも穂乃果の近くにいれば警戒も和らぐと思ったからだ。これで俺も近づきやすい雰囲気が出ていれば1年の女子も来てくれる……と思う。

 

 

 

「このあと、午後4時から初ライブやりまーす!」

「是非来てくださーい!」

「μ'sの初ライブが見られるのは今日だけっすよー。ホントマジお得っすよー」

 穂乃果もことりも、俺も極力元気で声を張り上げているが、

 

 

「吹奏楽部への入部希望の方、こちらに集まってくださーい」

 俺達の後方にいる吹奏楽部への希望者が多くなっている。おそらく高校に入った時から入ろうと決めていたのだろう。中学で何か部活をやっていれば、高校でも同じ部活を継続しようと思う生徒は少なくない。

 

 それは重々承知なのだが、そのせいで俺達のチラシが減る確率がどんどん低くなっていく。最初から入る部活決めてるんならそれは後にして講堂に来てライブ見てくんないかなぁ。

 吹奏楽部を尻目に見ていた俺と同じく、穂乃果も一緒に見ていたようで、一層に熱心にチラシを配ろうとするが、

 

 

「ねえねえどこの部活にする?」

「演劇部とかどう?」

「いいね演劇部ー!」

 

 穂乃果の張り上げる声は空しくも、会話に花を広げる新入生の声によって憚られた。演劇部に行ってどうすんだよ。本当に演劇すんのか?たまに演技するだけで雑談の方が多かったりするんじゃねえの?とかいう文芸部の偏見を思いっきり醸し出す。

 

 でも桜並木の坂道で急に「この学校は好きですか?」とか言われるともう即演劇部に入っちゃう。そこから青春を思いっきり謳歌しながら幸せな人生を送るまである。CLANNADは人生。まじで見たら泣けるから。一緒に渚って叫んじゃう特典まで付いてくる。

 

 

 

「うぅ~……他の部活に負けてられないよぉ」

「うんっ」

「と言っても、部活ですらない俺達がチラシ配りをしても生徒を集められるかどうかってのがな」

 今行われているのは紛れもなく体験入部や部員募集の誘いだ。それぞれがみんな、“部活”という括りを頭に執着させていて、部活でないものへの興味をまったく出していない。正直に言えばマズイ。何がマズイってご飯にシロップかけながら食べるくらいマズイ。……分からん。

 

 

 

 

「よろしくお願いしまーす!午後4時からです!」

 俺達が唸っていると、後方から威勢のある声が響いてきた。見ると、あの恥ずかしがりの海未が笑顔で配っているではないか。あれって本物?クローンじゃないよね?SEED覚醒とかしないよね?

 

 

 でも、珍しくあんなに笑顔でチラシを配る海未を見てしまっては、俺達もくじけている場合ではないな。当日という事もあってかどうかは分からないが、海未もちゃんと覚悟が出来たという事なのだろうか。

 

 

「海未が頑張ってんだ。俺達も声張って見てもらえるようにするぞ」

「うん!」「分かった!」

 そうだ。もう今日が当日なんだ。俺もダラダラした声で躊躇っている場合ではない。他の部活が注目されているなら、それよりももっと注目してもらうために声を張り上げなければならない。

 

 

 

 俺は今の場所から離れずに、穂乃果とことりは講堂近くに移動して別れてチラシを配る事にした。人が通りそうなとこを押さえて少しでも多くの客を確保しなければならない。

 穂乃果とことりが離れたのを確認してから、深呼吸をひとつ。

 そして、

 

 

 

「うし、やるか……!μ'sファーストライブ、お願いしま―――、」

「よう、気合入ってるねー!」

 せっかく人が精一杯声を出そうとしてんのに邪魔しやがる輩はどこのどいつだぁ!!と思ったら、いつものヒフミトリオがいた。なんかとても良い笑顔ですねあなた達。

 

「あらあらごめんねぇ拓哉君~!今頑張って大きい声出してたのにね~!」

「……茶化しに来たんなら帰りな。お前らに付き合ってる程拓哉さんは暇じゃありませんことよ!」

 何、俺の事笑いに来たのこの子達。そんなに俺の事好きなのかしょうがないなぁもう!今なら本気のデコピンをプレゼントしちゃうぞっ☆

 

 

「冗談だってぇ!」

 

 

 割と本気で無視しようかと考えてると、ヒデコを筆頭に3人が俺の目の前に並び、俺の手からチラシをぶん取ってきた。

 ヒデコがミカにチラシを渡し終えると、ゆっくりと俺の方に顔を向け、

 

 

「今日がライブでしょ?だからさ、前にも言った通り、手伝いに来たよ」

 

 

 先程のような良い笑顔で、それでもその表情は、真剣そのものだった。

 ……ははっ、有言実行ってか。

 

 

「……すまん」

「言ったでしょ。私達もこの学校を守りたい。だから手伝うって事くらい何でもないよ。それに、」

 3人は、お互いを見合って、俺には分からないようなアイコンタクトで意思の疎通でもしたのか分からないが、俺を見る顔は少し困り顔でもあった。

 

 

「今のはすまんって謝るんじゃなくて、ありがとう、だよ!」

 

 

 ……まったく、ホントに……こいつらってやつは……、

 

 

「……ああ、ありがとな」

 直接言うのは恥ずかしいし怒られるかもしれないから言わないが、そこいらの男よりもよっぽどカッコイイじゃねえか……。こいつらが男で俺が女だったら惚れてたと思う。そんでカッコよく振られるとこまで想像できる。…結局ダメじゃねえか。……よし、大丈夫、いつもの俺の調子だ。

 

「そうと決まれば穂乃果達の所にも行こう。あいつらも簡単なリハだけでもしておきたいはずだ」

「分かってるよー!仕切りたがりか!!」

 ほんとツッコミ俺にも引けを取らないなヒデコは。やはりこいつ、できる……っ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「手伝ってくれるのー!?」

「リハーサルとかしたいでしょ?」

「私達も学校無くなるの嫌だし!」

「穂乃果達には、うまくいってほしいって思ってるから!」

 現在、俺とヒフミトリオと穂乃果は講堂の中にいた。

 

 本番まであともう少しだから講堂の中は誰1人ともおらず、完全に使用する俺達のための準備時間となっている。ことりには既に控室に衣装を持って行ってもらっている。海未はことりが衣装を持ってき次第着替えるために控室で待機させている。

 だから穂乃果に説明するのは最後になった。発起人として、ちゃんと説明しておかなければならないからだ。

 

 

「まあそういう事だ。だから穂乃果は控室に行って海未と一緒にことりが衣装を持ってきたらもう着替えていてくれ」

「うん、分かった!ありがとね!」

 元気にお礼だけ言うと、穂乃果は控室の方へ消えて行った。

 よし、ここからは手伝い組である俺達の出番だ。

 

 

 

「じゃあ、俺達も準備しよう」

「オーケー、ミカはそのまま外でチラシ配りをお願いね」

「分かった!」

「フミコはステージに立ってポジショニングをしてちょうだい!」

「うん!」

「それと拓哉君は……って、拓哉君?」

「…お、あ、悪い……」

 

 あまりにも驚いて少しの間思考が飛んでいた。いかんいかん!……でも、ねぇ……?

 

 

「どうしたの?」

「いや……なんかお前が一気にすげえカッコよく見えたから……」

 いやホント、的確に指示を出しているヒデコを見て驚いた。それに瞬時に対応できるフミコもミカも凄いけど。思わず直接カッコイイと言ってしまった。司令塔向いてるんじゃないこの子。

 

 

「なぁに言ってんの!女の子にカッコイイとか言って喜ぶとでも思ってんの?」

「そりゃそうだよな、すまん」

 さすがに女の子にカッコイイは失礼か。俺もそこいらの節度は弁えている。たった今弁えてなかったけど。カッコ可愛いとでも言えばいいのだろうか。

 

「まぁいいけど。拓哉君にはお手伝いとして音響とかを覚えてもらうからとりあえず私と一緒に来てね」

「お、おう……」

 え、何、こいつ音響出来んの?思ってたより有能すぎるんだけど。まさかのハイテクかよ。まあこちらとしても音響などのシステムを覚えられるのはデカいのでありがたく着いて行かさせてもらいます。

 

 

 

 

 

 

「いい?点けるよー!」

「はーい!」

 フミコの合図でヒデコがスポットライトを点ける。なるほど、その、えと、なんだ、なんか小さいレバーのようなやつを上に上げれば明るさを調節したり出来るんだな。なんか他にも色々スイッチやら何やらがいっぱいでよく分からん。拓哉さんパンクしそうです。

 

「分かった?これでライトを点ける。これで明るさ調整。これを押せばあっちのライトが点いて、これを押せばそっちのライトが点くの。曲とかはこれで音量調整とかしたりして……って、大丈夫?」

「オーケー大丈夫。これであれがそれだから何がどうしてああなってこうなってそうなるんだろ」

「うん、分かってないねこりゃ」

 だって複雑すぎるんだもーん!!そんな一気に覚えらんないよーきゃぴー☆……いやマジでホント複雑。どんだけ複雑かって言うと、人と人との関係くらい複雑。複雑すぎて間違えたら一生関係が戻らないくらいめんどくさい。…どんだけめんどくさいんだよ人間。

 

 

「まあ最初だしね。教えるからこれからゆっくり覚えてけばいいよ」

「……そうする。すま―――、ありがとな」

「うん!よろしい!」

 少し気恥ずかしくなって顔を逸らす。ってダメダメ。覚えるんだからちゃんと見てなきゃダメでしょうがっ(金八風)。

 確か人という字は文字で出来てるだっけか。……そのまんまじゃねえか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「準備おっけーい!」

「はーい!」

 大体の調整が終わり、フミコがステージから降りるのを確認し、俺はミカのチラシ配りを手伝いに行こうとした時、

 

 

「拓哉君、ミカの手伝いはいいから、今は穂乃果達のとこに行ってやりなよ」

 ……何で俺の行動が筒抜けになってんの?後ろに目でも付いてるんですかあなたは。

 

「いや、俺が出来るのは今この時の手伝いがメインな訳だし、穂乃果達なら心配はいら―――、」

「そういう役割の話はこの際今はいいの!せっかくファーストライブの前なんだしさ、せめて何か一言でも言ってきてあげてよ。あとは私達でやっておくから」

 そう言ってヒデコは俺から視線を外しデスクの方に体を戻した。もうこれ以上俺の話を聞くつもりはないという表しなのだろう。ったく、ホント粋な事しやがるなこいつは。

 

 

 なら、

 

 

「……ありがとな」

 そのお言葉に甘えるとしよう。

 

 

 放送室を出る際に、

 

「絶対戻ってきたらダメだからね」

 と言われた気がした。台所は女の居場所だから男は入ってくるな!って言う女性かよ。ろくにお茶も飲めないそんな世の中じゃ……ポイズンッ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、控室にまでやってきたものの、何か入りずらいな……。

 

 

 中から声はするけど、果たしてもう着替えているのかどうかすら怪しい。

 

 

「いやぁぁぁあああ~!!」

 ドアの向こうで海未の悲鳴が聞こえるが、会話を聞くにスカートの下にジャージでも履いていたのだろう。それを穂乃果かことりに、いや、ことりはそんな事はしないはずだから穂乃果に無理矢理脱がされたとかそんなオチに違いない。

 

 ていうか、このまま俺がここに突っ立ってたら女の子のいる部屋の中の会話を盗み聞きしている変態に間違われるかもしれない。まぁ今は俺達以外はこの辺りにはいないのだが、気持ち的な問題でだ。

 そうと分かれば突撃しよう。何もこのまま部屋に入ってラッキースケベしてしまうようなリトさんや上条さんとは違うのですよ。ちゃんとノックをする。これ基本ね。

 

 

 

 軽くトントンッ、とドアをノックしてから声をかける。

 

 

 

「俺だ。もう着替えは済んだか?」

「あ、たくちゃんだ。もう入っていいよー!」

 穂乃果の返事をちゃんと待ってからドアを開ける。途中、え、拓哉君が!?だ、ダメです!とか聞こえたがもう気にしない。返事を聞き終えてから開けてるのだ。俺は間違っちゃいない。というかもう遅い。

 

 

「おう、ちゃんと着替えたようだ……な……」

 部屋に入って穂乃果達を見て思わず言葉と動きが止まる。

 

 

「へっへーん!どう、たくちゃん!私似合ってるかな?」

 穂乃果の言葉を聞いてハッとすぐに意識を切り替える。これは……少し予想以上だったな。

 

「あ、ああ、その、想像以上に、似合ってる、と思うぞ……」

「……そ、そうでしょー!やっぱりことりちゃんの作った衣装は凄いや!」

 俺の顔も相当赤いと思うが、聞いてきた本人の穂乃果も相当赤くなっていた。何とかデカい声出して誤魔化そうとしてるけど普通にバレてますよ穂乃果さん。照れるんなら最初から聞いてくるなよ……。

 

「たっくん、私は、どうかな……?」

「何を着てもことりは似合うな。まさに天使だ。いやもはや大天使ミナミエルまである」

「言い過ぎだよたっくん~……」

「おかしいよね?明らかに私より反応はっきりしてるよね!?」

 ちょっと黙らっしゃい穂乃果さん。君はミナミエルを前にして何を喚いているのですか。ほれ、早く跪きなさい。いつも100点のことりが衣装を着る事によって12000点になる現象を何と名付けようか。よし、コトリンスキーと名付けよう。

 

 

 

「それと、あとは海未ちゃんなんだけどぉ……」

「あ、そうだ!たくちゃんたくちゃん!海未ちゃんも似合ってるよね!?」

「ひゃあっ!?」

 素晴らしいネーミングセンスだと自画自賛していると、ふと可愛い悲鳴が聞こえたからその方向へ顔を向けると、

 

 

「…………………」

「は、恥ずかしい……です……っ」

 これは……結構……中々にくるものがありますね……。いや、別にいやらしい事とかは考えてないが、顔を赤らめながら必死にスカートを押さえて俯いてる海未は、ヤバイ。普段が真面目な故のギャップが凄い。ギャップ萌え、恐るべし。

 

 

 

「せめて、な、何か言ってください……」

「え、あ、まあ、その、何?すげえ似合ってる……ぞ……」

 おかしい、何故感想を言う俺の方が恥ずかしくなってんだよ。ウミルスが完全に感染しちゃってるよこれ。T―ウイルスより感染力強いぞこれ。

 

「ほらね!言ったでしょ海未ちゃん!」

「海未ちゃん、可愛いよ!」

「……え?」

 正直に言って驚いた。普段のこいつらは幼馴染というのを差し引いても十二分に可愛いと断言できるレベルだった。それが衣装を一つ着るだけでこんなにも化けるものなのかと。これはもはや馬子にも衣裳ではなく、美少女に更に神器と言っても過言ではない。ドレスブレイクは出来なさそう。

 

 

「ほらほら!海未ちゃん、1番似合ってるんじゃない?」

「え、ええ……?」

 穂乃果が海未を姿見まで引っ張ってそう言った。自分の全体像を確認しながらの海未はやはり顔が赤い。恥ずかしがり屋のアイドルか、悪くないな。

 

「どう?こうして並んで立っちゃえば、恥ずかしくないでしょ?」

 穂乃果をセンターに、3人は俺の前に立つ。うん、衣装を着て並んでいるのを見ると、素直にアイドルだなって思う。

 

「……はい。確かにこうしていれば……」

 海未も1人ではなく、3人で並べば恥ずかしさも軽減されるようだ。穂乃果はやっぱり誰かを引っ張っていくのが得意なようだ。それは良い意味でもあり悪い意味でもあるが、不思議と不快感を与えない、穂乃果のカリスマ性がよく表れている。見えない景色を、自分だけじゃ見えなかった景色を、見せてくれる。

 

 

「じゃあ、最後にもう一度だけ練習しよう!」

「そうだね!」

 そう言って穂乃果とことりは駆けて行った。海未はもう一度姿見を見てやっぱり恥ずかしいです……と呟いていた。1人ではこうなってしまうのが不安な要素だな。

 

 

 

「大丈夫だよ、海未」

「え……?」

 本番では俺には何も出来ないから、本番前である今しか言ってやる事ができない。こんなのはただの気休めだという事も知っている、分かっている。それでも、そんな俺の言葉でも、海未が少しくらい安心してくれるかもしれないという根拠のない予感を持ちながら、言ってやる。

 

 

「さっきも穂乃果が言ってた通り、3人で並べばどうという事はない。それに、恥ずかしさってのは一種の自信の無さからくるものがある。でも、その衣装はお前に十分に似合ってる。もっと自信を持っていいんだよ。誰がどう言おうが俺が保障してやる。お前は、その、め、めちゃくちゃ可愛いんだ。だ、だから堂々としてればいいんだよ、海未」

 こう偉そうに言っておきながら情けないが、途中から照れ臭くなってしまった。だから顔を逸らしながら海未の頭に手を置いてやる。手を置いて分かった。海未の体が少しばかり震えていたのだ。でもみるみる内にその震えは止まっていった。

 

 

 

「ふふっ、ありがとうございます、拓哉君。おかげで少し楽になりましたっ」

「……そうか」

 さっきまでなかった海未の笑顔がそこにはあった。もう心配ないだろうと思い手を離す。途中、あっ……となんか聞こえたが俺の幻聴かもしれない。過度な期待はしないでください。いやしません。みなみけ5期はよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライブ開始まで、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あと15分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最近、また拓哉が主人公の新作を少し考えてるのですが、どうもこれが拓哉と穂乃果達のバトル物になりそうな予感です。
ジャンルにするなら洗脳ヤンデレバトル的な。
それを投稿するにも、早くこの本編で全員揃えないと……。


近々軽くあらすじだけあとがきで書いてみようかな。


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矢澤にこ 番外編.家族

ぎ、ギリギリやがな……!!


今回はアニメの虎太郎がいる設定と、SIDの小さいアパートに住んでいる貧乏な設定を混ぜました。




安定の10000字超え。



またしても高評価していただきありがとうございます!
ではでは、どうぞ。


 

 

 

 

 

 

 

 始めは、そんな一言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「拓哉」

「ん?何だー?」

「今日、家に来なさい」

「おーう。……………………………………………って、はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっそく、部室内が軽く修羅場になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう事か説明していただきましょうか~……」

「海未さん?説明求めてるのに何で俺の方見んの?違うでしょ?にこに説明求めるのが普通でしょ?」

 何やら手足をバキバキと鳴らしながら拓哉に近づいて行く魔王もとい海未。もはや伝統芸と言っても過言ではないくらいに、この出来事が日常茶飯事に行われているのだ。

 

 

「にこさんっ!?お願い!早くどういう事か説明してっ!!俺も気になるし!ていうか早く帰りたいからあんまり行きたくないんだけど!!」

 今にも海未に迫られ泣き出しそうな少年を、にこは哀れむように見ようともせず、溜息を混じりながら答えた。

 

 

「はぁ……、あんた達も知ってるでしょうけど、妹のこころとここあが拓哉に会いたいって言ってるのよ」

 それを聞いて、一同が静まり返る。全員が納得したという意味で。

 

 

 ここで捕捉として言っておくと、矢澤にこには妹が2人いる。それぞれが双子で矢澤こころ、もう1人が矢澤ここあという可愛らしい妹がいるのだ。あと1人、弟の矢澤虎太郎という子もいるのだが、会いたいと言っている2人と違い、にこの口から出ていないという事は、察していただこう。

 

 前回、一度だけ拓哉達は外でこころ達と会っていた事がある。もちろん穂乃果達とも仲良くなっていたのだが、女の子集団の中に1人だけいる男である拓哉に興味を持ったらしく、それ以降2人は拓哉に非常に懐いているのだ。

 

 

 虎太郎はと言うと、こころとここあの2人に囲まれて戸惑っている拓哉を見て「ヘタレー」と、子供特有の容赦ない一言が飛び出しそれに対して拓哉が「あ゛?」と返したところで戦争勃発したのである。

 

 

 結局は海未回し蹴りにより拓哉の1発KO負けで終わったのだが、子供相手に本気になるなと説教されて無理矢理改心した拓哉は虎太郎に普通に話しかけようとした。だが、そこからずっと虎太郎は拓哉を何かと避けようとしていた。

 

 

 拓哉がもう怒ってないぞとか、にこがもう大丈夫よーとか言っても何の効果もなかった。拓哉だけを、何の意図があってか分からないが避けていた。でもたまに拓哉をからかう素振りだけは見せていた。

 

 

 それは、いつだって拓哉が虎太郎に気が向いていない時だけだった。拓哉が虎太郎に気を掛けようとしたら避ける。なのに、拓哉が虎太郎以外に気が向いている時にだけ、虎太郎は拓哉にちょっかいをかける。

 

 

 その理由を、訳を、拓哉も、姉であるにこですら分からなかった。結局は、何も分からずじまいのまま、たった1日の出会いは終わった。そして今日、二度目に会う事となった。

 

 

「まぁ、こころとここあはまだ良いにしても、虎太郎は俺の事嫌ってるんじゃねえの?めちゃくちゃ避けてくるし」

 ここにいる全員が知ってる通り、拓哉は虎太郎に避けられている。だから嫌われていると思われても仕方ない事だとも思っている。

 

「でもたまにあんたにちょっかい出してたでしょ?だからそんなに嫌ってはいないと思う……んだけど」

「おい、今の空白はなんだ。絶対どこかでそう思ってただろ」

「まぁそれはそれとして、今回はこころとここあが会いたいって言ってるの。だから来てやってくんない?」

 そう、これはあくまでにこの妹であるこころとここあのお願いだった。虎太郎の事は一旦そっちのけで考えるしかないのだ。

 

 

 そこで穂乃果が少し気になる事を言いだした。

 

 

「でもにこちゃん、何で私達は行っちゃいけないの?」

 そうなのだ。別にこころとここあと仲が良いのは拓哉だけではない。拓哉に非常に懐いているという事も多少はあるのだろうが、それでも穂乃果達とも仲が良いのは事実なのだ。だからこその、疑問。

 

 

「もう夕方だし、拓哉には晩御飯も食べていってもらおうと思ってるのよ。さすがにこんな大人数の晩御飯作るのには時間がいるし、それに……」

 ここで一旦、にこが区切りを置いた。少し言いにくそうにしながらも、言うために。

 

 

 

「私の家にこんな大人数、入らないもの」

 またしても、部室の中が沈黙に変わる。みんな知っているのだ。

 

 

 にこの家が裕福ではないこと。

 小さいアパートに住んでいること。

 母が働きづめのせいで家事は全てにこがやっていること。

 にこがそれをコンプレックスだと思っていること。

 

 

 

 だから。

 もうそこから誰も余計な口を挟む事はなかった。

 

 

 そんなお通夜ムードの空気を断ち切ったのがにこ張本人だった。

 

 

「なーに辛気臭い空気になっているのよ。みんなもう知ってる事でしょ。それに、確かに私はその事をコンプレックスだとは思っているけど、μ'sのみんなや拓哉だからこそ、この事も打ち明けられたの。だからそんな顔しないで」

 

 

 本心だった。

 心からの本心だった。

 

 

 過去のにこなら絶対に何があってもその事を誰にも言う事はなかっただろう。でもこのメンバーだからこそ、絶対的な信頼を寄せられるメンバーだからこそ、そんなコンプレックスも打ち明けられた。

 

 

 最初は笑われるかと思った。

 バカにされるかと思った。

 引かれると思った。

 

 

 でも、そんな事は杞憂に終わった。

 

 

 

 みんなはそれがどうしたの?と言っていた。呆気に取られていたのはにこの方だった。何故みんなはバカにしてこないのか。貧乏というだけで笑わないのか。ただ笑われていた経験があるにこが慣れてしまっていただけなのか。

 

 だが、逆にみんなはにこを褒めていた。よく1人で家事出来るねだとか、にこちゃん凄いにゃーだとか、頑張ってたんだねだとか、みんながみんな、そう言っていた。バカらしく思った。

 

 変に悩んでいた自分がバカみたいに思えるほどに。そうなのだ。信頼していたからこそ、話せたのだ。その結果、みんなはこうして色んな事を言ってくれる。それがたまらなく嬉しかった。必死に涙を堪えていた。

 

 

 にこの言葉を聞いて、次第に穂乃果達の顔も明るくなっていく。

 

「そうだね。じゃあ今回は私達はお邪魔しないでおくよ!」

「悪いわね。次はみんなも誘ってどこかに連れて行ってあげたいから、その時に頼らせてもらうわ」

「任せてよっ!」

 穂乃果を皮切りに、どんどん全員の口数が増えてきた。それを見てにこは思う。

 

 

 

(……本当に、みんなに言えて良かった。出会えて良かった)

 

 

 

 不思議と笑っていた。今の自分はこんなにも満たされている。スクールアイドルを続けられていて、楽しくも辛くも悲しくもあった。でも今はこんなにも楽しいと、幸せだと。1人じゃ見られなかった景色を、今はこうして見られている。

 

 

 

「……あれ?いつの間にか俺行く事確定事項なの?」

 ここで拓哉が今更な事を言っていた。

 

「逆に何でここまで話聞いておいて行かないって選択肢が出てくるのよ……」

「いや、まあさすがに俺もここで行かないって言ったらみんなに蹴りだされるとは思ってるけどね。けどあえて言わせてもらおう。俺は家に帰って溜まったマンガを読む使命があブルァァァァァッッッ!?」

 

 

 

 ドガシャーンッ!!と、ほぼ一瞬の出来事だった。

 

 

 海未が拓哉を部室の外に蹴り出したのだ。

 

 

「……う、海未さん……は、早すぎじゃない…ですかね……」

 廊下で尻を上に向けながら四つん這い状態で項垂れている拓哉はまさに滑稽だった。というかあの威力の蹴りを喰らって気絶していない拓哉が異常という他ない。

 

 

「にこ、今日はもう先に拓哉君を連れて帰ってもらっても構いませんよ」

「え、いいの?」

 先程と打って変わって、海未はにこへとてもとても優しい微笑みを浮かべながら口を開いた。

 

 

「ええ、拓哉君が逃げない内にというのもありますが、こころさんとここあさんは小学生ですしもう家にいるのでしょう?なら早く帰ってあげて少しでも長い時間一緒にいられるようにしてあげた方が喜びますでしょうし」

「海未……」

 それを聞いて海未の後方を見ると、穂乃果も、ことりも、絵里も、希も、凛も、花陽も、真姫も、みんな微笑んでいた。

 

 

「さあにこちゃん!行ってあげて!」

「虎太郎君にもよろしく言っといてあげてね!」

「拓哉をちゃんと見張っておいてね」

「今度はウチも行くでぇ~」

「凛も次思いっきり遊ぶにゃー!」

「お米食べさせてあげてねっ!」

「……早く行ってあげなさいよ」

 

 

「みんな……」

 何から何まで、この少女達はお人好しだった。だから、素直にお礼を言える。

 

 

「ありがとね、みんな。じゃあまた明日!さぁ行くわよ拓哉!許可も貰ったし今日は早く帰るの!」

「おかしい、誰も俺の心配をしてくれないぞ……あ、いつもか。ははっ、泣ける」

 首根っこを掴まれたまま、何も抵抗せずに拓哉は引きずられながら独り言を呟いていた。それを無視しながら走るにこ。身長体重に差があるはずなのににこのスピードは衰えない。女の子のバカ力は時に男をも軽く凌駕するのだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずはやっぱり買い物よね」

「高級フランス料理が食べたい」

「ぶっ飛ばすわよ」

 

 

 

 2人は今にこの行きつけであるというスーパーに来ていた。

 

 

 夕飯の買い物をしないと何も始まらないのだ。これが高校生主婦か……と心で何か意味をはき違えている拓哉はそう思っていた。

 

 

 

「拓哉は今日何が食べたい?」

「高級フラ―――、」

「潰すわよ」

「肉じゃがで」

 もう音速の速さで返答した。何をどう潰すのか聞きたかったが、聞いたら聞いたであとが怖そうなのでやめておこうと拓哉は無駄な決意をした。

 

 

 

「肉じゃがね、了解」

「あら、にこにーちゃんじゃない!」

 んあ?と拓哉が声の主の方を見ると、そこにはいかにもおばちゃんという単語が似合ってそうな人がいた。

 

 

(近所の人か?)

 

 

 ある程度の予測をする。こういう気楽に話しかけてくる人は大抵近所の人か関西のおばちゃんくらいだろうと結論付ける。

 隣を見るとにこも別に困った様子ではなかった。やはり近所の人なのだろう。

 

 

「どうも、こんにちはです!」

「ええこんにちは。今日もお買い物?高校生なのにいつも大変ねー!」

「いえ、もう慣れちゃってますから!今日は肉じゃがにしようと思ってるんですっ!」

 隣から会話を傍聴している拓哉は、ただただ黙っているだけだった。何も言わず、ただ会話を聞いているだけの機械のように。

 

「そうそう!またお友達から野菜多く貰っちゃったから今度おすそ分けに行くわね!」

「ホントですか!?ありがとうございます!いつもお世話になっちゃって、申し訳ないです~」

「いいのよいいのよ!にこにーちゃんいつも頑張ってるんだし。むしろもっとお世話してあげたいくらいだもの!」

 これはもう完全に近所のおばちゃんだと拓哉は確信した。おすそ分けとか近所以外の人にしないのが普通だ。

 

 

 いくらか会話が進み、とうとう、その近所のおばちゃんとやらが、スーパー内に爆弾を投下した。

 

 

 

 

「ところでにこにーちゃん、さっきから隣にいる子って、もしかしてにこにーちゃんの彼氏さんかしら?」

 それを聞いて、一瞬で2人が硬直する。何秒経ったのか、何分経ったのかすら分からない程の硬直感が2人を襲う。

 やがて、最初に硬直が解けたのはにこだった。

 

 

「ち、違いますよ!彼はそんなのじゃなくって……!ほ、ほら、私がアイドル目指してるって知ってますよね!?だから恋愛なんて事したこともないですよにこー!」

 もう我武者羅だった。とりあえずで頭を回転させ咄嗟の言い訳を探していた。しかし、そんなのを大人の人に通用するはずもなく、

 

 

「もうっ!そんな恥ずかしがらなくてもいいのよ!いくらアイドル目指してるからって、にこにーちゃんも支えてくれる人が欲しいわよねー!それにこんなイケメン君なら彼氏が出来ましたって言ってもみんな納得しちゃうわよ!!」

「いや、だから、そういうのじゃなくて……ですね……!」

 にこが拓哉にあんたも否定しろという視線を送ってくるが、あえて目を逸らす。

 

 ここは下手な否定発言はしない方がいい。発言してしまうと、それもまた恥ずかしがって否定していると思われるからだ。どっちみち逆効果。ならば、直接聞かれるまで拓哉は無言を貫く事を決めた。

 

 

 しかし、

 

 

「ねえねえ!あなたはにこにーちゃんのどこが好きなの!?」

「……いや、そもそも付き合ってないですし……」

「ああもう照れちゃって可愛いわね2人ともー!!」

 結局意味などなさなかった。バンバンッ!と背中を叩かれる拓哉は苦笑いしながらも今すぐここから走り去って逃げたいと思っていた。

 

 

「かぁー!良いもの見れちゃったわ!それじゃにこにーちゃん、あたしはそろそろ行くわね。また今度ねー!」

 やりたい放題しただけして、にこの近所の人であろう人は去っていく。2人はもう精神的が披露が凄かった。

 

「ま、また今度にこー……!」

「帰りたい……」

 

 

 それで終わりだと思った。

 だから気が抜けていた。

 

 

 

 

「あ」

 

 

 

 そんな声がしたと思った矢先、たった今去って行ったはずのおばちゃんが拓哉の側まで来ていた。

 拓哉が驚きのままに声を出す前に、そのおばちゃんは拓哉の耳元で呟いた。

 

 

 

 

「にこにーちゃん、いつも1人で何から何まで頑張ってるから、ちゃんと支えてあげてね」

「っ…………………」

 

 

 それだけ言うと、今度の今度こそ、そのおばちゃんは去って行った。

 

 

 

 

「なんか、凄い人だったな……。やっぱり近所の人か?」

「そうよ……。私を小さい時から知っていて、だから家庭の事情も知っていて、いつも良くしてもらっていたの。本当に優しい人。今でもあんな風に色々とおすそ分けとかしてくれて助かってるわ。……今日は疲れたけどね……」

 そんなにこの語りを聞いて、拓哉は微笑ましくなった。疲れながらも、にこは笑っていたのだ。自分達だけではない、ちゃんと自分達以外にも、信頼できる人がいる。それはにこにとって凄く大きい事なのだろう。

 

 

「そうか。……そういやにこにーちゃんって呼ばれてたな」

「小さい頃に私がアイドルを目指すって言ってから、ずっとにこにーちゃんって呼ばれるようになったわ。何、なんか変だと思ったの?」

 ジト目で見てくるにこに対し、拓哉は目を逸らす。

 

 

 

 そして、

 

 

 

「いや、にこにーちゃんって、何かマロニーちゃんみたいだなってゴベバウッ!?」

 

 

 

 

 

 スーパー内にて、1つの喧騒が生まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「お邪魔しまーっとうおっ!?」

 にこの家に入るなり、いきなり小さい影が拓哉に飛びついて来た。

 

 

「お帰りなさいませお姉さま!そしていらっしゃいませお兄様!!」

「お姉ちゃんお帰り!兄ちゃんもよく来てくれたね!」

 

 丁寧な言葉遣いをしているのが矢澤こころ。

 少しフランクな言葉遣いなのが矢澤ここあである。

 

 

「おお、ちょっと久し振りくらいか。元気にしてたか、こころ、ここあ」

「はい!」

「うん!」

 少し問うてみれば元気に返事を返してくれる。これが子供の良い所だろうと、今ではもう高校2年の拓哉は懐かしんでいた。

 

「会えて嬉しいのは分かるけど今は離れてあげてね。拓哉今荷物も持ってるんだし」

 にこの言う通り、拓哉は今学生カバンに買い物の荷物、それに飛びついて来たこころとここあを体に装備している状態だ。結果的に言えば、重さ的にも辛いかもしれない。

 

 

「別に大丈夫だよこのくらい。まあ、さすがに靴は脱ぎたいけど」

「きょかしよう!」

「あの、ここあちゃん?何でそんなに上から目線なのかな?確かにここあなた様のお家だけどさ」

 とりあえず荷物を下ろし、靴を脱ぎ、小さめの部屋に入ると、そこには虎太郎がいた。

 

 

「……よう、こんばんわ。虎太郎」

「……………」

 一瞬目が合ったが、すぐに逸らされる。だが確実に首を縦に振った所を見ると挨拶を返してくれたのだろう。

 

 

「じゃあ、私は今から夕飯作るから、拓哉はこころ達と遊んでてね」

「え、いや俺も手伝うよ。さすがに邪魔になってんのに何もしない訳にはいかないだろ」

「逆よ逆。もともと拓哉を誘ったのはこころ達なんだから、拓哉の役目はあくまでこころ達の相手。勝手に呼んでおいて何かをさせる訳にもいかないのよ」

 それを言われると何も言い返せない。にこの言い分が拓哉の言い分より勝っていたのだから。

 

 

「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらう、わ」

「ええ、こころーここあー、拓哉が遊んでくれるってさ!」

 そう言うや否や、2人はさっそく座っている拓哉にダイブした。

 

「おぉわっ!?」

「ねえねえ兄ちゃん!何して遊ぶ何して遊ぶー!?」

「こらここあ!お兄様が困っているんですからそんなに急かしてはいけませんよ!」

 あぐらをかいている拓哉の上で2人の小さな女の子は口論を繰り広げられていた。

 

 

「えーと……あの、お嬢さん達?ここは仲良く楽しく遊ぼうではありませんか……ん?」

 2人を宥めようとしていると、視界の隅に映った。映ってしまった。

 

 

 1人で黙々とモグラ叩きのようなもので遊んでいる男の子の姿が。

 

 

 

 

「なぁ、2人とも。虎太郎も遊びに入れてやっても、いいかな?」

 拓哉が聞けば、2人はすぐさま口論をやめた。そして3人の視界に映るは虎太郎ただ1人。

 

 

「私とここあは構いませんけど、大丈夫なのですか?お兄様、あまり虎太郎に好かれてはいないように思いますが……」

「あ、君達にもそう見えちゃう?お兄さん悲しい……ってのは置いといて、まあ、1人だけ入れないってのも気分悪いし、何より良い機会だ。今日を機に、虎太郎とも仲良くなってみせるさ」

「さすが兄ちゃんだね!」

 何がどうさすがなのか分からないが、今は褒め言葉として受け取っておく。

 

 

 あとは行動に移すのみだ。

 

 

 2人を優しく下ろしてから虎太郎に近づく。

 

 

「なあ虎太郎。俺達と一緒に遊ばないか?」

「………………」

 またしても無言。だがそれは今の拓哉にとっては好都合だった。

 

 

「何も言わないって事は肯定として受け取らせてもらうぞ。んじゃ決まり。俺達と一緒に遊ぶぞ!」

「ぅわ……!?」

 拓哉の推測では、虎太郎は小さいながらも騒ぐ事をあまりしない。大人しめの男の子だと思っている。特に大きなリアクションや大声を出す訳でもない。ならば話は簡単である。

 

 

 多少でも強引にしてやればいい。

 口数が少ない虎太郎ならば、大きな拒否はできないはずなのだ。

 

 

 それに、今回はその姉であるこころとここあも味方にいる。

 さすがに姉が遊ぼうと言えば虎太郎も入らざるを得なくなる。というのが拓哉の魂胆だった。

 

 

 そしてそれはものの見事に成功した。

 

 

 

 虎太郎を強引に抱きかかえこころ達の所へ連れて行っても特に大きな拒否はしなかった。

 

 

 

 

 

「うし、虎太郎も仲間に入った事だし、何するよ」

「とりあえず最初はアレをしましょう!そうしないと何も始まりません!」

「アレ?」

 拓哉の頭の上に?マークが浮き出す。

 

「そうだね!アレするの忘れてた!」

「ちょ、待って、アレって何?」

 大体の人はアレと言われても何も分からないだろう。実際、その正体を知っている不特定多数の人にしか分からないものなのだから。かくいう拓哉もそれだった。

 

 

 

「虎太郎君や、ちみは何か分かるかね?」

「…………」

「「せーの!」」

「え、まだ俺分かってな―――、」

「「にっこにっこにー!」」

「いつものやつだったァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 無駄に考えようとした拓哉はただ恥ずかしさにツッコむだけなのだった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからは遊んだ。

 夕飯が出来るまで遊び尽くした。

 

 

 

 

 

 

 だが、その途中も、虎太郎だけはずっといつもの無表情のままだった。

 

 

 

 

 

 こころ達と遊びつつも、拓哉だけは虎太郎をずっと気にかけていた。

 

 

 

 

 

 ままごとにて。

 

 

 

 

 

 

「虎太郎、ほれ、お前がお父さん役だってさ。出来るか?口数の少ない威厳のある親父になりそうだなお前。ははっ」

「…………………」

「というか俺が妹役っておかしくない?ねえこころさん?」

「さぁ始めましょーう!」

 

 

 

 

 

 

 

 トランプにて。

 

 

 

 

 

「こっちがババだから。ホントだから。虎太郎俺を信じろ。俺を信じたらお前は勝てる」

「………………ぅぁ」

「虎太郎の勝ちだね」

「こんな小さい子に、負けた……だと……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 お絵かきにて。

 

 

 

 

 

「お、こころ絵上手いな」

「そうですか!?ありがとうございます!」

「兄ちゃん!これはこれは!?」

「ここあも上手いじゃねえか」

「でしょー!?」

「……μ'sー」

「虎太郎もよく描けてるぞ」

「…………ぅん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、確実に何かが変わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「晩御飯できたわよー」

 

 

 

 

 

 晩御飯を並べ終わり、全員が座る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉の隣は、虎太郎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「虎太郎が自分から拓哉の隣に座った……」

「どうだ?俺にかかればこんなもんよ!な、虎太郎!」

「ヘタレ―」

「それバカにされてるわよ」

「え」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 晩御飯を食べ終わり、今度はにこも混ざって遊んでいた。

 始めと変わっていたのは、虎太郎がいつの間にか拓哉と打ち解けていたところだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 次第に時間は進み、こころとここあは眠ってしまった。

 虎太郎も、拓哉に寄りかかりながら眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

「寝ちゃったわね、この子達」

「ああ、でも、良い寝顔してるじゃねえか」

 

 

 こころも、ここあも、虎太郎も、笑いながら寝ている。それを見るだけでも、拓哉は今日ここに来て良かったと正直に思っていた。

 布団を敷き、3人を移動させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おとう……さん……」

「ッッッ!?」

 

 

 

 虎太郎の、そんな寝言が聞こえた。

 

 

 

 

 にこはそれに酷く反応した。それから少しずつ理解していく。

 

 

 

 

 

「……ははっ、そういうこと……ね」

「にこ……?」

 

 

 

 

 

 

 何故虎太郎が拓哉を必要以上に避けていたのか。

 

 何故避けていてもたまに拓哉にちょっかいをかけたのか。

 

 何故強引にされても大きな拒否をしなかったのか。

 

 何故次第に拓哉に慣れていったのか。

 

 何故気付けば拓哉と打ち解けていたのか。

 

 何故拓哉の隣に自分から寄って行ったのか。

 

 

 

 

 何故、寝言でもお父さんと呟いたのか。

 

 

 

 

「少し考えればすぐに出るはずの答えだったのよ……」

「どういう、事だ……?」

 

 拓哉の疑問に答えるために、にこは拓哉のすぐ隣に座って続きを話し出す。

 

 

「私には、お父さんが、パパがいないの……」

「ああ、知ってる。にこから聞いた」

 

 今から始まるのは虎太郎の真意の答え、そしてにこの思いなのだろう。

 

 

 

「私の幼い頃にパパは亡くなった。本当に大好きだった。パパのおかげで今の私があると言ってもいいくらいに。……そりゃ私に『にっこにっこにー』を教えてくれたのがパパなんだもん。大好きじゃないはずがないのよ……」

 

 

 拓哉は静かに聞いているだけだった。聞かなきゃいけなかった。

 気付けば、にこが頭を拓哉の肩に落としていた。

 

 

「でもね……私はまだパパからちゃんと愛情を貰っていたからいいの。でも……でも、虎太郎は、あの子達にはそれが与えられなかった……!こころとここあが生まれた時にはもう、パパはいなかった……。お父さんっていう、当たり前のようにいて当然の存在が、あの子達にはいなかったのよ……!」

 

 

 それは、何て辛いのだろうか。

 

 拓哉にとっては聞き慣れた声。

 

 父親。

 

 そんな当たり前の愛情さえ、与える事も与えられる事も、許されなかった父娘がいた。

 

 

 

 そこで拓哉は不意に肩が濡れている事に気がついた。

 泣いているのだ。にこが。静かに、声を押し殺しながら。

 

 

 

 

「……だから、こころもここあも、虎太郎も、無意識にお父さんっていう存在が欲しかったのかもしれない……っ。今なら分かる気がするの……。虎太郎が最初拓哉を避けていた理由」

「理由?」

「うん……。虎太郎はまだあんなに幼い年だから、大きい男の人を見た事があまりないの。だから姉である私の友達の拓哉に興味を持ちつつも、恥ずかしくて上手く喋れなかったんだと思う」

 

 それを聞いて拓哉はこれまでの事を思い返す。

 

 そうだ。そうではないか。

 

 これまで虎太郎に幾度となく避けられていたが、それの全部が嫌いという意味での拒否反応を起こしていた訳ではなかった。無表情だったが、微かに頬が赤かったのを覚えている。

 

 拓哉はそれを最初は訝しんでいたが、そういう体質だと思って触れないでいた。でも今なら分かる。あれはただ恥ずかしがっていただけだと。

 

 

「本当は虎太郎もこころ達みたく甘えたかったんだと思う……。だからね、さっき強引にでも虎太郎と遊んでくれた拓哉には感謝してるの。……ホント、この子達には悪い事しちゃってるわね……」

 

 

 

 

 違う。

 そこで拓哉は1つの間違いを見つけた。

 

 

 

 

「それは違うだろ」

「……え?」

「お前は言ったな。虎太郎もこころ達も甘えたかったんだって。でもそこにもう1人加えるべきなんじゃないのか?……父親からたくさんの愛情を貰いながらも、それが閉ざされてしまったお前を」

 バッとにこが拓哉から離れる。

 

 

「ち、ちがっ……!私はもう十分にパパから愛情を貰って……!!」

「だからだよ」

「たく……や……?」

 これだけは言わないといけない。辛いのは父親のいないこころ達だけではない。むしろ1番辛い思いをしている者がいる。

 

 

「十分に愛情を貰ったからこそ、辛いんだろ。当たり前のように注がれていると思っていた愛情が急に途切れてしまったから、にこ、お前が1番辛いんじゃないのか?こころ達はまだ何も貰っていない。ならこれから愛情を注いでやればいい。……でもな、もう戻ってこないと嫌でも理解するしかなかったお前は、誰かに甘えたかったんじゃないのか?」

 

 

 1番上の姉だから、我慢するしかなかった。

 1番上の姉だから、誰にも甘えられなかった。

 1番上の姉だから、もっと甘えたかった。

 

 

 その全てがにこの頭へ流れてくる。

 

 

 

 

 

「でも……でも!そうなら誰に甘えればいいのよ……!?もうパパはいない。この世に戻ってくるなんて幻想すら感じられない。それなのに、誰に甘えればいい………っ!?……た、くや……?」

 気付いたら、にこは拓哉に抱き締められていた。

 

「ここにいる。こころにもここあにも、今日で虎太郎とも仲良くなれたんだ。だったら、もう俺しかいないだろ?俺に好きなだけ甘えりゃいい。俺がお前を一生支えてやる。俺が一生愛情を注いでやる。もちろんこころ達にもいっぱいくれてやる。だから、もう1人で抱え込むな。1番上の姉だからって甘えちゃいけないなんて事はないんだ。1番上の姉だからって泣いちゃいけないなんて事はないんだ。……もう、無理すんな」

 

 

 それがきっかけとなった。スイッチとなった。タガが外れた。

 今までずっと我慢してきた涙という涙が、大きな雫となってどんどんと零れ落ちる。

 

 

「た、くやぁ……っ!うっ……ひっく……っ、ぱ、ぱ……パパぁ……!もっと、遊びたか、った…甘え……たかったのぉ……っ」

 

 

 ずっとずっと、溜めていたものが本音となって吐き出される。

 拓哉はそれを、静かに、だけど強く抱きしめる事で、胸が涙で濡れるのを感じながら優しく、大らかに受け止めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、一軒の小さなアパートに少女の泣き声が響いた。

 それはとても高校3年生とは思えないほど幼くて、けれどどこか大人っぽくて、紛れもない少女の本音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、拓哉」

「…………は、はい、何でございましょうか矢澤にこ姫……」

 

 

 

 

 

 

「私、さっきの言葉ちゃんと覚えてるわよ?」

「な、何を覚えていらっしゃるのでしょうか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「一生私とこころ達に愛情を注いでくれるんでしょ?」

「あ、あーー……そんな事も言ったっけかなぁ?あ、あははははっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ずっと、一緒にいてね、拓哉」

「…………ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でもあの言い方だとこころ達のパパにもなるって事ね」

「年的にも無理だし、そうなったらあなた様のお母様とご結婚なさるしかないんですけど」

「潰すわよ」

「何を!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして新しい、けれどどこか違うようで違わないような、そんな家族が生まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




にっこにっこにー☆

ギリギリになってごめんにこー!
でも間に合ったからセーフにこね!


オエッ……。
自分でやってて気持ち悪いなこれ。



にこは強いんですよ!



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28.理想と……現実

まだライブではないです。
ですが……


 

 

 

 

 

 海未にも早く穂乃果達を追いかけろよと、言いそうになった瞬間、タタタタッ!とこちらに近づいてくる足音がした。

 穂乃果とことりだろう。海未が遅いと感じたのか様子を見に戻って来たのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばたくちゃん!ヒデコ達のお手伝いしてたはずだけど、どうして私達のとこにきたの?」

 あ、そっちね。そういやヒデコに何か言ってきてやれと言われたが何も考えてなかった。俺が心配している事も、おそらく穂乃果が代わりに解決してくれるだろう。だから俺の言う事なんて特に何もなかった。

 

 というか衣装の似合う似合わないで今の今まですっかり忘れていた。こいつらの準備確認を見に来たというとこがベストな解答だろう。

 

「お前らがライブ前の準備や心の整理が出来ているかを確認しにだな」

「えぇ~!てっきり何か一言言ってくれると思ったのにぃ~!」

 何おーう?やはり少し離れていた時期があったとはいえ生まれた時からの幼馴染のせいか、大体の察しが付くのだろうか。つうか俺が何も言わなくても大丈夫だろお前ら。

 

 

 だがしかし、ヒデコには一言言ってこいと言われたのだから、何か言った方がいいのだろう。俺のやるべき事であるはずの事を代わりにやってくれているのだ。ならその分、任された事を放置しておく訳にはいかない。だから考える。

 

 端的に言えば、労いの言葉で1番王道であろう頑張れ、が妥当と言えば妥当なのだろう。しかし、穂乃果達は今まで十分頑張ってきた。だから頑張ってるやつに頑張れなんてのは失礼にあたるのではないか?

 

 

 

 そして俺の出した結論は、

 

 

 

 

「……しっかりやれよ。俺はギリギリまでやる事があるからもう行くわ」

 それだけを言い残し、部屋を後にする。後ろからおー!って聞こえたし、間違ってはいなかったのだろう。

 

 さて、ライブが始まるまでまだ15分はあるな。そう、俺のやるべき事はまだある。おそらくミカはまだチラシ配りの途中のはずだ。俺達3人分のチラシを受け取ったのだから、まだ当然全部配り終えていないだろう。

 

 だったら、俺もギリギリまで客引きをするしかない。1人でも多くの人に見てもらわなければ意味がないのだ。今の状態では客が少ないのは明白。どうせなら少人数より多人数の方が断然良いに決まってる。

 

 ライブが始まる時間のギリギリまで、人気の多い所で宣伝をする。そしてもし興味が出ても用事か何かでライブに来られない人がいるという事も考えて、名前だけでも覚えて行ってもらえるようにする。……よし、目標は決まった。

 そうと決まれば、ミカのいる所まで走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰にも見られていないかを確認してから、自分用のロッカーから1枚の紙を取り出す。

 

 

 

 

 

 改めてその紙を見ても、自然と笑ってしまう自分がいる。

 小泉花陽はそれを、それだけは隠そうとはしなかった。自分の大好きな趣味であり憧れなのだ。誰だって好きなものを目にすれば自然と笑ってしまうように。小泉花陽もまた、それなのだ。

 

 

 紙を見れば、書かれているのは今日のライブの事。μ’sのファーストライブのお知らせの紙だ。高坂穂乃果率いるμ’sがファーストライブをやると知ってから、花陽はこの日をずっと待ち続けていた。自分で選んだこの学校で、自分の大好きなスクールアイドルが生まれて、しかもレア中のレアであるファーストライブを見れるのだ。

 

 スクールアイドル大好き人間である花陽がこれを見逃すはずも、見逃せるはずもない。絶対にこのライブだけは見に行かねばならない。そう、彼女達にも約束したのだから。

 

 

 

 その約束を果たすため、講堂に行こうとロッカーを閉めた瞬間、

 

 

 

「しゃーっ!」

「ひいぃっ……!?」

 猫のマネをした凛が花陽の間近で登場してきた。当然、基本的に小心者である花陽にはそれだけの事でも悲鳴を上げるには十分だった。

 

 

「やったー!いったずっらせいこーう!」

「やーめーてーよー!」

「えっへへぇ~!」

 このような事は花陽と凛の間では日常茶飯事と言える。岡崎拓哉や高坂穂乃果達と同じように、小さい頃からの幼馴染である彼女達はこれくらいの事で喧嘩になったりなどはしない。むしろ喧嘩など1度もやった事ないくらいである。

 

 

 

 しかしそこで、花陽にとってはどうしても受け入れられない言葉が告げられた。

 

 

 

「ねえねえ、一緒に陸上部見に行こっ!」

「えぇっ!?陸上部!?あ、や、その―――、」

「かよちん少し運動してみたいって言ってたじゃん!早く行っくにゃー!」

「あぁっ!凛ちゃぁーん!」

 花陽の声は空しくも凛の耳には入らなかった。昔から凛は小心で引っ込み思案な花陽のためを思ってか、花陽を少し強引に引っ張っていったりしていた。

 

 

 それは幼馴染である花陽を思ってのため、そこに悪意などは一切ないのだ。

 全ては花陽のための善意。

 それを分かっているからこそ、花陽は凛のそれを断れない。

 

 

 でもそれは、見方を変えると凛が花陽の意見を聞かないようにしているとも取れる。あくまで見方を変えればの話、自分の意見を通すがために、強引に花陽を振り回している。

 

 悪意がないが故の悪循環。これは、花陽のためにはならないし、余計花陽が意見を出せなくなっている。今は大丈夫であっても、ずっとこのままでは将来に関わる事となっていくだろう。だが、そんな事は2人して露知らず、凛は花陽のために、花陽はただ困惑し、花陽の当初の目的からどんどんと遠くなっていく。

 

 

 凛に引っ張られてる間、花陽は先日の事を思いだしていた。

 

 

 

『ほんとぉ!?』

 

『来てくれるのぉ!?』

 

『ライブ、楽しみにしててくれ』

 

 

 そう言ってくれたのは実際に歌って踊る高坂穂乃果と南ことり。そしてその手伝いをしている岡崎拓哉。花陽は頑張って、勇気を振り絞ってわざわざ本人達にライブに行くと伝えたのだ。

 

 嘘偽りのない気持ちで、心からの本心で頑張ってくださいと伝えたのだ。それをキラキラとした笑顔で返してくれた彼女達の表情を今でも覚えている。こんな自分の情けない応援でも、彼女達は本気で嬉しがって感謝してくれた。

 

 自分達のファーストライブなのだ。誰が来るか分からない。何人来るか分からない。もしかしたら誰も来ないのかもしれない。そんな不安を刈り取ってくれたのがこの小泉花陽なのだ。

 

 ただ純粋にスクールアイドルが大好きで、頑張っているスクールアイドルが大好きで、だから、μ’sを本気で応援していて、第一のファンである以上、あの笑顔を絶やさせたくない。あの素敵な笑顔はネットを通じてみんなに笑顔をあげてくれるものだ。

 

 そんな笑顔を繋ぐために必要なのは、自分だと。何ともおこがましいかもと思うが自覚はしている。さっきから1年のクラスの大半は運動部や文芸部などに行こうなどと話し合っているのを見た。

 

 新入生はこの1クラスのみ。それがみんな部活に行こうとしている。その意味を、花陽は理解していた。だから自分はライブに行かなくてはならない。約束を守らなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから。

 なのに。

 

 

 

 

 

 

 

「だ、だ、だ……誰か、誰かたぁすぅけぇてぇ~!!」

 

 

 

 

 

 

 

 花陽の叫びは誰にも届く事はなく、為すがままに引っ張られていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある一室から窓の外を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 生徒会室だった。

 

 

 

 

 

 

 その張本人、生徒会長である絢瀬絵里。

 

 

 

 

 

 何を思って窓の外を見ているのだろうと思うなら、それは絵里でしか分からないだろう。

 

 

 気になる事があるから。気に食わないが、どうしてもそれが頭から離れないから。こうやって物思いに耽る。

 自分は否定した。でも彼女達はやろうとした。そして今日という日がやってきた。

 

 

 

 彼女達がどうなるのか、どういう展開になるのかは、大体予想がついていた。でも止められなかった。いや、止めなかったと言った方が正しいのかもしれない。彼女達には見せる必要があるのだ。この現実の厳しさを。

 どうあがいたってどうにもならない非情な現実というものを。何をしても覆せない真実を。残酷さを。

 

 

 

「気になる?」

「希……」

 他の生徒会員が既に去っている中、副会長である希だけがずっとここにいたままだった。

 

 

 希の質問の意味を考える。考えなくとも、意味は分かっていた。どちらかと言えば、希の質問の意図を考えるという言い方の方が分かりやすいかもしれない。

 

 

 十中八九、μ’sの彼女達の事だろう。彼女達がどうなるかは予想はできている。ただそれを、その結末を絵里が見に行くか、そうでないかという事を希は聞いているのだろう。

 

 

「ウチは帰ろうかな」

 そう言って希は生徒会室をあとにする。

 

 

 最近の希は思考が読めなくなっている、というのが絵里の正直な感想だった。元々分かりにくい所も多々あったのだが、最近ではそれがどんどん大きくなっていく。正確に言ってしまえば、この音ノ木坂学院が廃校になると知らせを受けた日から。

 

 その日から、希は時々絵里では理解できないような事を言ったりしていた。何か意味深な事を言ったと思ったら、すぐにケロッといつも通りに戻る。希がいる場所では敢えて考えさせないようにしているかのように。

 

 そして、希がそんな事を言い始めた時期に、彼女達が動き始めた。まるで彼女達がどう動くのか、それすら希は分かっているかのようにも見えた。しかし、不本意ではあるが彼女達の事はまぁいい。希も何かしらで関与しているのは何となく察しが付いている。

 

 

 

 絵里の考えている1番の問題。それは、高坂穂乃果率いるμ’sでも、ましてや意味深な事を言う親友の希でもない。

 

 

 

 岡崎拓哉。

 

 

 

 この学校で唯一の男子生徒であり、希と関わりもあり、μ’sの活動を手伝っているという、まさに全面においてフルで関わっている問題の塊のような少年の事だ。

 

 

 初対面の時から口説いてきたりと、絵里にとってあまり良い思い出ではないが、それを積み重ねていくかの如く、少年は絵里に食って掛かっていた。先日の生徒会室でも、彼は1人だけ生徒会室に残り、絵里と真正面にぶつかってきた。

 

 自分の気持ちに正直すぎるくらいに真っ直ぐで、相手が誰だろうと物怖じしない性格。まさに正義のヒーローを感じさせるかのように、彼は絵里と口論をしてきた。自分では思い付けなかった事を彼は言ってみせた。

 

 

『何かやらないと何も変わりすらしないだろ』

 

『何もやらずに何も変えられないより、何かをやって、ほんの少しの可能性に賭けて、何かを変える事に意味があるんじゃないのか』

 

『やってみないと分からない事もあるんだよ』

 

 

 そのどれもが、絵里の頭から離れない。そのどれもに、絵里は反論できなかったからだ。正論を叩きつけられた。でも、その上で、それでも、絵里は彼を、彼女達のやり方を認める訳にはいかなかった。

 

 

 

 

 故に、

 

 

 

 

「……最後のライブになるかもしれないしね」

 絵里は講堂へと足を動かしだす。あんな事を言ったって、現実を叩きつけてやればどうせ黙るに決まってる。挫折を味わい、自分達には何も出来なかったのだと思い知らせるために。

 

 

 それに、彼女達にどれだけ自分達が未熟で浅はかなのかを分からせるためにも。

 

 

 

 

 絢瀬絵里は、静かに足を進ませる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「μ’sの初ライブ、もうまもなく始まるんで、お願いしまーす!」

 ミカから半ば強引にチラシを少し取ってから、俺は人通りの多そうな場所でチラシ配りを続行していた。

 

 

 しかし、やはり新入生歓迎会が終わってから時間が経ったせいか、既にそこらを歩いている生徒は少なくなっていた。ちらほらと歩いている生徒を見つけては声をかけチラシを渡そうとするがスルーされ、ご丁寧に断られたりと散々である。

 

 ちょっとみんなたった1人の男だからといって俺を警戒しすぎじゃない?別に学校で見るのは珍しいけど家じゃ兄か弟、ましてや父親くらいいるだろうに。何をそんなに俺を警戒するのか。……変な噂が絶えないからですね。何それ俺超役立たず。

 

 でもそんな事で落ち込んでいる場合ではない。こちらとしても穂乃果達のファーストライブを成功させてやりたいのだ。そのためなら、どんなに俺が罵倒されようが、陰口叩かれようが、汚名を被っても構わない。

 

 

 今はとにかくμ’sを覚えてもらう。それが最優先事項となる。だから声を掛けまくる。

 

 

 

 

 

 

「μ’sファーストライブ、4時からスタートします!講堂でやるんで是非足を運んでみてくださーい!」

 またもスルー。

 

 

 それでももう構わない。

 俺自体が無視されるとしても、声を張り上げればμ’sという名前は頭の片隅に残るかもしれない。俺を無視してもそのまま講堂に行かない事は決して100%ではないのだ。

 

 

 男子だから関わらないでおこう。

 でも彼は講堂でμ’sというスクールアイドルがライブをすると言っていた。

 今巷で大人気のスクールアイドルならば、少し興味が出てきた。

 ちょっと講堂に行ってみよう。

 

 

 そんな簡単な事でいい。そんなちっぽけな理由でも、μ’sのライブを見てくれるなら、俺という存在は無にでも悪にでも善にでもなろう。1人でも多くの人にμ’sという名前を刻ませる。それが目標なのだ。

 

 

 

 時計を見ると、ライブが始まるまであと5分のところまできていた。少しは生徒が入っただろうか。ここからでは講堂は見えない。だから憶測でしかないが、自分の声で講堂に入ってくれた生徒がいてくれたら、それはとっても嬉しいなって。

 

 

 さて、もう5分しかないと、まだ5分あるでは思考が変わってくる。俺は後者をとる。ギリギリまで声を出し、人が見つかればチラシを配る。そんな簡単な作業のようで難しい作業を再開する。

 

 

 

 

 と、遠目の渡り廊下から人が出てきたのを確認すると同時に、声をかけようとする。

 

 

「すいません、良かったらもうまもなく講堂で始まるμ’sのファ―――――、何だ先生か」

「おう、私と分かった瞬間にあからさまに嫌な顔するのやめてもらおうか」

 いやだってさすがに先生に見てもらってもねぇ……。

 

「チェンジで」

「何とだよ」

「女生徒と」

「変態か」

「違うわ!!」

 

 先生だけど、め、めんどくせぇ……。何だこの人。どんどん俺の扱い雑になってない?先生としてそれはどうかと思いますっ!もっと生徒に対して平等であるべきだ!

 

 

「で、岡崎、お前は今何をしてるんだ?」

「見りゃ分かるでしょ。チラシを配ってるんですよ」

「ほう、確か高坂達がやってるスクールアイドルの手伝いをしてるんだっけか」

「ええ、まあ」

 そう答えると、先生はジッとチラシを見ていた。何だ?何回も確認したから誤字はないはずだが……。

 

 

「……午後4時から、か?」

「そうですけど」

「もう始まるじゃないか」

「ええ、でも俺はギリギリまでこうやって宣伝に興じようとしてるんですよ。少しでも来てくれる生徒が1人でも多くなるために」

 先生の問に答える。何かと思えばそんな事か。ほんの1分くらいなら遅れてもあいつらは怒らないと思うが。

 

 

「そういや先生は何でこんな所に?サボりですか?」

「ナチュラルに私をディスってくるなお前は……。違う、教室に忘れ物を取りに行く最中だ」

「へえ、何をですか?」

 ふむ、なるほど。この先生なら平気で忘れ物とかしそうだな。殴られそうだから絶対に口に出して言わないけど。俺だって殴られるのは好きじゃない。海未にはやられたけど……。

 

 

「そういやお前にはまだ言ってなかったか。私は陸上部の顧問もしているんだ。取りに行ってるのは記録書だ」

「いやそれは忘れちゃダメでしょ」

 何で陸上部で大事な記録書を忘れてんだよこの人。カレー作るのに材料は買ったのに肝心のルーを買い忘れたくらいの酷さだぞ。そしてそのまま仕方ないから少し材料変えて肉じゃがに変更するまである。

 

 

「うるさい、だからこうして取りに戻ってるんだろうが」

「だから忘れるっていうのが前提としておかしいでしょホントに顧問かアンタ」

「それにあれだ。体験入部の数が意外に多か――――なぁ、岡崎」

 言いかけて、急に先生の顔つきが変わった。まるで何かを察して事の深刻さに気付いたかのように。

 

 

「……何ですか?」

 急な先生の態度の変わりように、俺も無意識に真面目なトーンで返してしまう。

 

 

「私の陸上部には体験入部が8人来た。他にもサッカー部やバスケ部にも結構な数の1年がいた」

 それは、ただの人数を言っているようにも聞こえた。でも、それはきっと違うのだろう。それを今俺に言うからには、絶対に何かの意味があるのだろう。表情からして、決して良い情報ではないかもしれないが。

 

 

「ここに歩いてくる途中にも、吹奏楽部にも1年が、多かった」

 何故、一々言葉を区切るんだ……?何故、さっきから人数を強調して言ってくるんだ……?

 

 

 

「おそらく、他の文芸部とかにも、生徒が行っているかもしれない」

 何を……。

 

 

 

「もう帰っている生徒も見てきた」

 何を……。

 

 

 

「お前も知っているとは思うが、今年の1年は……1クラスしかない」

 言っているんだ……?

 

 

 

 

 

「お前も、そんな顔してるって事は、心のどこかで薄々と感じていたんじゃないのか?」

「な、にを……」

 待て、俺は今、一体どんな顔をしている……?

 

 

 笑っているのか?

 真顔なのか?

 悲しんでいるのか?

 驚いているのか?

 泣いているのか?

 怒っているのか?

 

 

 

 

 ……分からない。自分が今どんな顔をしているのかさえ、分からない……。

 

 

 

 

 それほどまで、俺は焦っていたのだろうか。

 それほどまで、俺はそれを認めたくなかったのか。

 それほどまで、俺は混乱していたのか。

 それほどまで、俺はその考えを無理矢理頭の片隅に置いていたのか。

 それほどまで、俺はその事だけは考えたくなかったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「私の杞憂に終わってくれればそれで問題はない。でも、私が今まで見た1年の数だけでも半数以上はいた。つまり……」

「ははっ……いや、そんな、まさ、か……」

 

 

 無理矢理にでも自分の感情を操作し、笑う。

 不完全な笑顔で。

 そうでもしないと、どうにかなってしまいそうだったから。

 

 

「……分かってたんだろう?もしかしたらこういう未来があるのかもしれない、と。……いや、むしろ分かっていながらそれから目を逸らしていた、とかの方が合っているのかもしれないな」

「……………………」

 

 

 

 

 

 くそっ……。

 

 

 

 

 

「だったらお前は今何をしている。時間ギリギリまでチラシを配ってどうする。私の考えている事やお前が危惧している事が今まさに講堂の中で起きていたらどうする」

 

 

 

 

 

 くそっ……。

 

 

 

 

 

「今お前のやっている事は無意味に終わる。それであいつらが折れてしまったら、何の意味も無くなってしまうんだ。……もう一度言うぞ岡崎。お前は今、ここで、チラシ配りなどという現実逃避をして……何をやっている!!」

 

 

 

「ッッッ!!!」

 

 

 

 

 先生が俺の持っていたチラシを強引に奪い取った瞬間、そのまま俺は講堂へと全力で駆け出す。

 

 

 

 

 

 昨日から薄々嫌な予感はしていた。

 不確かだが、確かに前兆のようなものは感じていた。

 自分の嫌な予感はよく当たる。

 

 

 だからこそ、それを回避するために行動してきたつもりだった。

 

 

 1番最悪の予想を無理矢理脳内から追い出して。

 

 

 しかし、俺のその考えを、生徒の数を見てきた先生によっていとも簡単に看破された。

 

 

 

 

 

 でも。

 だけど。

 

 

 

 

 

 それでも最後まで、その考えを、その予想だけは否定したかった。今こうやって全力で走っている最中も考えてしまう。

 これはあくまで先生や俺の杞憂でしかないのかもしれない。実際に行ってみると何だかんだ1年に混じって2年や3年の生徒も入っているのかもしれない。無駄な心配になっただけかもしれない、と。

 

 

 そうだ、これは俺の杞憂にすぎない。必ずしもそうとは限らないんだ。先生も1年全員を見た訳ではない。なら、少なくても5、6人はいるはず。穂乃果達も他の部活に行ってしまう生徒を多数見ていたから多少の覚悟はしているはずだ。5、6人でもいれば十分な宣伝にもなるし上出来だ。

 だから大丈夫。きっと、大丈夫。

 

 

 

 

 

 講堂が見える。

 

 

 

 

 

 そこで、ふと違和感に襲われる。

 

 

 

 

 

 ……何で、何も聞こえないんだ?

 

 4時はもう過ぎてるから始まっていてもおかしくはないはず。防音設備があるにしても、ライブならではの振動が多少はあるはず。上から見える窓から明かりという明かりが見えない。

 

 

 

 自然と、全力で走っているはずの足が余計速くなる。

 

 

 

 

 まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかッ!!!

 

 

 

 

 着いたと同時にドアを勢いよく開け放つ。ライブが始まっていたら迷惑極まりないが、今は俺にそんな余裕はどこにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 中を見る。

 視界に入ったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 ステージ上でポツンと立ったまま動かない穂乃果達。

 誰も騒ぎもしない、曲も聞こえない無音の講堂内。

 キラキラと輝いているはずの光が一切ない仄暗い空間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 そして。

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いるはずの、いないといけないはずの。

 もぬけの殻という言葉がこれでもかと思うほど似合っている―――――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無人の観客席だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





必ずしも自分の理想が現実となって返ってくるものではありません。
むしろ嘲笑うかのように非情な現実となって返ってくるものでもあります。



ならば、その非情な現実をどう乗り越えるのか……。

それはまた次回で。




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29.FIRST LIVE

14000字超えです。
これまで散々引っ張ってきたのもこの話のためです。


まぁ、読んでやってください。



 

 

 

 

 時はほんの数分前にまで戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『スクールアイドル、μ’sのファーストライブ、まもなくでーす!ご覧になられる方は、お急ぎくださーい!』

 

 

 そんなヒデコの放送案内が全講堂内へと響く。

 

 

 それはもちろん、たった今ステージ上に立っている穂乃果達にもよく聞こえていた。

 前にある1枚の薄い薄いカーテンが開かれれば、そこにはもう生徒という客がいるのだ。

 

 

 その事が、その紛れもない真実が、3人に緊張と高揚感となって襲ってくる。

 

 

「いよいよだね……!」

 1番に切り出したのは穂乃果だった。それぞれが本番前という事もありさすがに緊張している中、こうやって1番に切り出せるのは、やはり彼女が無意識的にもリーダーシップを発揮しカリスマ性をも同時に出せるからだろう。

 

「うん……!」

 穂乃果に続いて返事をしたのはことり。軽く足が震えてるあたり、彼女も彼女で緊張している様子だった。それでも彼女の顔はやろう、やれるという強気な面ともとれるような表情をしていた。

 

「……っ、……ぁぁ……っ」

 海未は、何も発さなかった。というより、何も発せなかった。緊張という緊張が刃となって容赦なく海未に突き刺さってくる。小刻みに体全身が震え、まともに言葉も出てこない。それほどまでの、重圧。

 

 

 もし誰かがこの3人を見ていれば、一見海未が過剰に緊張しているだけのように見えるかもしれない。

 でもそれは違う。

 

 こんなの誰も緊張しない方がおかしいのだ。

 何から何まで全部自分達でやり、時には助力もあって、全てが初体験。しかもそれを初めて人々に披露するという事。それはつまり、全ての評価が客によって変わるという事。

 

 

 

 例えば文化祭や学園祭、体育祭の応援団も入れるとしよう。

 

 それらに通ずるものと言えば有志団体や舞台演劇、応援団など、様々な人々が集まって何かをするという事にあたる。そしてそのほとんど全てが、元ネタがちゃんとある曲や脚本(・・・・・・・・・・・・・)を使うという事。

 

 みんなが知っているような曲や脚本を使う事で、元ネタを知っている客はそれらを特に大きな不満を持つことなく楽しめる。共通認識を持っているのを利用し、オリジナルをアレンジすれば、それもまた一興という事で興味を引かせる事もできる。

 

 みんな知っている曲ならば、客も分け隔てなく盛り上がれるだろう。みんな知っている脚本の舞台演劇ならば、アレンジするかしないかでどんな結末になるのだろうとみんな楽しみながらも集中して見るのだろう。

 

 

 

 みんなが元ネタを知っていれば、それだけで第一印象や評価が無条件に上がる。

 

 

 

 

 

 

 では。

 スクールアイドル。

 細かく言えばμ’s。

 

 

 

 

 今の彼女達のやろうとしている事は、何だろうか。

 

 

 

 

 それは、完全オリジナルだ。

 衣装から作詞、作曲も同じ生徒が作ってくれたオリジナル。振り付け、タイトル。

 

 全部が全部オリジナル。

 客の第一印象や評価が無条件に上がる事は決してない。

 

 全ては自分達のパフォーマンス次第で決まる。だけど、それこそが最大のプレッシャーや重圧になり得るのだ。只でさえ恥ずかしがりの海未がこれで緊張しないはずがない。むしろこんなの誰だって緊張するものなのだ。

 

 初めてを披露する時は、誰もが絶対に緊張する。大丈夫と言い聞かせても、それは拭えない。自分はいけると思っていても、無理矢理言い聞かせているにすぎない。大事な場面だからこそ、失敗してはいけないという絶対悪に等しい重さがのしかかる。

 

 

 

 故に、海未は固まって動けなかった。

 寒くもないのにガチガチと体を震わせる事しか出来なかった。

 あれだけチラシ配りも頑張って慣れたはずなのに、それは虚勢という形のないものに変わってしまった。

 

 

 

 

 

 

 でも、そんな固まった海未を優しく溶かしてくれるかのように、海未の左手が優しく包まれた。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫。私達が付いてるから!」

 

 

 

 

 

 

 穂乃果だった。

 

 

「穂乃果……」

 ことりも穂乃果と一緒に、柔らかい笑みでこちらを見ていた。待機室でやった事と同じだ。こうして3人で並べば、自然と怖くなくなってくる。いつもの自然体でいられる。それがどれほど救われるかを、海未は今まさにそれを感じていた。

 

 

 

「でもこういう時、何て言えばいいのかなぁ?」

 今以上に、海未の緊張をほぐすために、ことりが違う話題を出してきた。今までずっと一緒に過ごしてきたからこそ、その意味をちゃんと理解している海未はことりに心で感謝する。

 

 

「μ’s!ファイッオー!」

「それでは運動部みたいですよ…」

「だよねー!」

 次いで、穂乃果も声を上げる。おそらく穂乃果はことりの疑問に対して応じようとしたまでで何も考えてないように見えるが、その無意識の無邪気さがいつも通りを感じさせる。そこに安堵できる。

 

 

 すると、穂乃果がハッとしたように口を開いた。

 

「あ、思い出した!番号を言うんだよ、みんなで」

「面白そう!」

 ことりは穂乃果の案に否定はしなかった。というよりことりは本当にもしもの事がない限り穂乃果の案は否定しないのだが。海未もこれには否定の気持ちはなかった。

 

 

「じゃあいっくよー!」

 

 

 3人で一気に空気を吸い込む。

 そして。

 

 

「1!」

 

「2!」

 

「3!」

 

 穂乃果、ことり、海未の順番に声を出す。

 大きな声を出す事によって、一緒に不安という気持ちも吐き出す。

 

 

 だから、

 

 

「ふふ、はははははは!」

「あはははははははは!」

「ふふっあははははは!」

 

 さっきのような緊張感もなく、笑っていられる。

 数秒笑ったところで、3人が同時に黙る。その空間は少しの間、静寂に包まれていた。

 

 しかし、さっきと明確に違うのは、強張っていた3人の顔が今は笑顔である事だろう。たった1つの表情で人の感情というものは一目で分かる。海未を見れば分かりやすいかもしれない。体が震えて変な力が入っている訳でもない。リラックスした、自然体で今はいる。

 

 

 

 もうそこに、迷いはなかった。

 

 

 

 

「μ’sのファーストライブ、最高のライブにしよう!」

「うん!」

「もちろんです!」

 

 

 

 各々が各々の思いをこのライブにかけていた。

 でもその思いは、最終的に同じ場所で合流する事になる事を3人共知っている。

 

 

 高坂穂乃果は、廃校阻止のために全力でスクールアイドル活動に取り組み、μ’sの発起人として頑張ろうとした。

 

 

 南ことりは、最初から穂乃果の提案に賛成の意を見せ、衣装作りや振り付けなども担当していた。

 

 

 園田海未は、当初は穂乃果の提案に否定の意を見せていたが、穂乃果の本気を知り、それからは歌詞やトレーニングメニューを考えたり貢献していた。

 

 

 それらすべての思いがあった。

 

 

 そしてその思いの終着点には、いつもファーストライブの成功を思っていた。やる事は違えど、思いは同じ。道は違えど、ゴールは同じだと言うように。

 

 

 

 

 思いを、ゴールへ走らせるために、ここまでやってきた。

 

 

 

 

 

 

 ブゥゥゥゥゥン、と。

 

 

 開始のブザー音が鳴る。

 

 3人は黙ってそっと繋いでいた手をゆっくりと離す。

 

 

 

 目を瞑っていると、ゆっくりとカーテンが開いていく音が聞こえる。

 

 目を瞑っているせいか、その時間が長くも感じられた。

 

 

 そこで穂乃果は思っていた。

 

 

 

 

(やっと。やっとなんだ……!やっとここまでやってこれた。ことりちゃんも、海未ちゃんも、ヒデコもフミコもミカも、そしてたくちゃんのおかげでファーストライブが出来るところまでこれた。みんなのおかげで……だから、だから今ここで精一杯頑張ってきた私達を見てもらってたくちゃん達に1つ恩返しをするんだ!)

 

 

 

 

 

 誰よりもその思いが強かった。手伝ってくれた少年達のためにここで1つの恩返しをする。その決心が穂乃果の強さの1つでもあった。

 

 

 

 

 

 カーテンが開ききって、音が消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それと同時に、目を開いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 そして。

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実が牙を向く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 思わず、素っ頓狂な声が出てしまう。

 

 むしろまだよく声を出せた方だと思う。ことりや海未は、目の前の光景を見て文字通り言葉を失っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ただただ、穂乃果達からしたら広いと思える講堂内。

 喋り声も一切聞こえないほどの静寂。

 

 

 

 そして、誰もが見て分かる通り、人っ子一人いない、空席だけの、たった今だけ観客席という名が相応しいはずの、イス、イス、イス。

 

 

 

 

 もう呆然と立っている事しか出来なかった3人の元に、聞きなれた声が耳に入った。

 

 

「ごめん……、頑張ったんだけど……」

 フミコの、聞きなれていたフミコの、とてつもなく、弱々しい、そんな声。本当に頑張って手伝ってくれたのだろう。穂乃果達のために、本気で、最後まで諦めず。だからこそ、こんなにも申し訳なさそうな顔をしている。

 

 

「……ほの、か、ちゃん……」

「……穂乃果……」

 

 ことりと海未がようやく絞り出した声も、とても声なんて立派に呼べるようなものではなく、今にも消え入りそうなか弱い音のようなものだった。

 

 

 

 

 

 そこへ、

 

 

 バァンッ!と。

 入り口の扉が勢いよく開かれた。

 

 

 

 

「な、ん……っ!?」

 

 

 

 スクールアイドルをやろうと決めた時からいてくれた。

 何だかんだ文句言いつつもいつもそばにいてくれた。

 本人はいつも否定していたが、十分手伝いとして大きな役目を果たしてくれた少年がいた。

 

 

 

 岡崎拓哉。

 

 

 

 そんな少年は、目の前の光景を見て激しく驚愕していた。

 

 

 

 

「……た…く……ちゃん……っ」

 穂乃果の微かな声が響く。こんな小さな声も聞こえてしまうほど、今の講堂内は沈黙に包まれていた。

 

 

 

「……ほの……か……」

 拓哉はその声に応じる。そうしないと、ステージ上にいる彼女達が今にも消え入りそうな感じがしたから。

 

 

 穂乃果はずっと拓哉の顔を見たまま、何かを言おうとし、唇を強く噛む。表情を、押し殺すかのように。

 

 

 

「……そ、そりゃそうだ…!世の中、そんなに、甘く…ない……っ!」

 拓哉から見ても、誰が見ても、今の穂乃果の言葉は強がりにしか聞こえなかった。

 

 とても、とても、明るく振る舞おうとしている無理矢理な声。噛み噛みで放たれた言葉が、無性に拓哉の心を騒ぎたたせる。

 

 

 

「そう…だよ…。いくら、頑張ったって……努力しようったって……そ、れが、報われ……なきゃ……っ……意味、ないもんね……っ」

 少女から、あの穂乃果から、今にも涙を流し出しそうな、そんなか細い声が響き渡る。

 

 

(何を、言ってるんだよ……)

 

 

「……っ、ごめ、んね……たく、ちゃん……っ。いつも、私達を、励ましてくれたり…手伝ってくれたり、した……のにぃっ……」

 必死に涙を堪えながら、でも、強がりの笑顔は既に消えてしまっていて。

 

 

「……ごめん、なさい……っ。ごめんなさい……っ」

 流れそうになる涙を何度も何度も必死に腕で拭き取りながら、謝っていた。次第に、ことりも海未も、穂乃果と同じように涙を堪えながら、ただ、拓哉に謝っていた。

 

 

(……違うだろ。……何で……何でお前らが謝るんだよ……!何でお前らが謝る必要があるんだよ……!!)

 今すぐ何かをぶっ壊したい破壊衝動を爪が抉り込んで血が滲むくらいに拳を強く握り抑える。

 

 

「……お前らが、謝る必要なんて、どこにもないんだよ……」

 とにかく、彼女達を落ち着かせるために声をかける。

 

 拓哉の声を聞き、ゆっくりと顔を上げた彼女達の顔は、息を吹きかければ飛んで行ってしまいそうなほどにか弱い存在だと思わせた。

 それがどうしても拓哉の心を強く締め付ける。

 

 

 

 

 

 

 

(くっそぉ……ッ!!)

 

 

 

 拓哉の頭の中で、スクールアイドル活動を始めた時の記憶が蘇ってくる。

 

 

 

 

 神様というのはなんて残酷なのだろうか。

 全てを見通せる神様ならば、あれだけ頑張っていた彼女達の姿を見て努力を報わせるのが普通なのではないのか?

 

 

 現実とはなんて残酷なのだろうか。

 いつだって現実というものは自分の理想をそのままくれる訳ではない。むしろそれを嘲笑うかのようにまったく真反対の現実を突き返してくる。そんな事は人間誰しもが年を重ねるに連れ分かっていく事だろう。

 

 

 でも。

 だけど。

 

 

 数ある人間の中で、努力が報われるべき者達がいるのも確かなのだ。

 本当に努力して、何度も挫けそうになりながらも自分の願いを叶えようと必死に頑張っている者がいるのも確かなのだ。

 それは、高坂穂乃果、南ことり、園田海未の3人も同じ事だった。

 

 

 

 

 

 岡崎拓哉は知っている。

 高坂穂乃果がスクールアイドル、μ’sの発起人だと。誰かに言われる事もなく、ただ自身の内から湧く感情に従って廃校を守るために1番に動こうとし、駄々をこねつつも真面目にここまで真っ直ぐに突き進んできたのだと。決して何か1つの事に夢中になれなかった穂乃果が、放課後などを使って調べ物をしたり、悩みながらも守りたいと思ってやっと見つけた唯一の方法、スクールアイドル活動に夢中になっていた事を。

 

 

 岡崎拓哉は知っている。

 南ことりが1番大変な衣装担当と同時に、振り付けも担当していたのだと。ことりには無意識的にカリスマ性を発揮する穂乃果や、色々な事が出来る多芸の才能のある海未のように、資質らしいものを何一つ持っていない。それでも、この学校が無くなるのが嫌だから、親の悲しむ顔が見たくないから、資質らしいものを何一つ持っていなくても、たった1人の大切な者のために寝る間も惜しんで衣装を作り上げ、一生懸命振り付けも考えていた事を。

 

 

 岡崎拓哉は知っている。

 園田海未がトレーニングメニューを考え、歌詞をも作っていたのだと。当初は穂乃果の案にずっと否定していた事を後悔している節もあった。穂乃果を最初から信頼していなかった事に過ちを感じていた。だから、それを償うために一切妥協もしなかった。幼馴染を信じてやれなかった過ちを犯し、その事に苦悩しながらも、穂乃果の正しい道を自分も歩もうと必死に歌詞を考え、2人の体力面を考えてのトレーニングメニューもちゃんと密かに組んでいたのを。

 

 

 

 

 そう、岡崎拓哉は知っているのだ。

 

 

 

 どれだけ彼女達が頑張っていたかを。どれだけの思いがあったのかを。

 

 

 

 

 だから。

 これは。

 

 

 神様が彼女達をどれだけ嘲笑うかのように理想から突き落としたとしても。

 残酷な現実がどれだけ彼女達に容赦なく牙を向いたのだとしても。

 

 

 

 拓哉だけは、岡崎拓哉だけは、彼女達を肯定してやらなければならない。

 ちゃんと知っているから、1番近くで彼女達の頑張りを見てきたから。

 

 頑張りを、努力を、必死さを、たった3人の少女が廃校というデカい壁に立ち向かおうとした事を。

 

 岡崎拓哉だけは、肯定して、受け止めて、支えてやらなくちゃいけない。

 

 

 そして、

 

 

(ああ……、そうだ……)

 

 

 

 今にも崩れ落ちてしまいそうな彼女達を、奮い立たせてやらなくちゃいけない。

 

 

 

(このままで……終わらせる訳にはいかない……ッッッ!!)

 

 

 

 静かな講堂内に、少年のゆっくりな足音が響く。

 ゆっくりと、しかし確実に、ステージ上に立っている彼女達に近づいていく。

 

 

 

「……確かに、今ここには生徒が1人もいない」

「た、くちゃん……?」

 足音と同時に声も響いていく。彼女達の耳に、心にしっかりと届かせるために。

 

 

「……でも、お前達は歌うべきだ。……歌わなくちゃいけないんだ」

「たっくん……?」

 段々と、拓哉の声に力が篭ってくる。

 

 

「こんな事になるなんてお前達は予想もしてなかったのかもしれない。少なくとも5、6人くらいいればそれでも上出来だった。……でも誰も来なかった。これが現実なんだ。ああそうだよこれが現実なんだ……」

「たくや、くん……?」

 悲しみに閉ざされた瞳に、疑問の意が映る。だが、拓哉の目だけは、まだ輝きを失ってはいなかった。

 

 

 

「それでも!」

 

 

 

 それを、ただの傲慢だと軽蔑に思う人もいるかもしれない。

 

 

 

「ここで歌わなきゃ、今歌わなきゃ今までやってきた全てが無駄になっちまうだろ!」

 

 

 

 それを、個人の我が儘だと罵ってくる人もいるかもしれない。

 

 

 

「俺は見てきた。お前達がずっと頑張ってきたのを。必死に練習して試行錯誤しながらもこの当日までやってきた事を!」

 

 

 

 それを、その場のただの言い訳に過ぎないのだと吐き捨てる人もいるかもしれない。

 

 

 

 だけど。

 

 

 

「だったら!!このまま終わったらダメなんだ!挫折したまま終わらせたらダメなんだ!歌うんだよ!!誰もいなくても、歌い続けるんだよ!!そうすれば、聴きつけた誰かが来てくれるかもしれないだろ。何もしないで勝手に挫折してんじゃねえよ!」

 端から聞けば、それは部外者がステージ上にいる彼女達の今の気持ちを何も知りもしないで、ただ強引にライブをさせようとしているように見えるかもしれない。

 

 

 現に、張本人である高坂穂乃果がそう思ったのだから。

 

 

「……でも、だからと言って歌えば誰かが来てくれる保証もどこにもないよ……!お客さんがいないとこで歌うなんて……」

 それは、もはや諦めにも似た何かだった。あの高坂穂乃果がそんな事を言ってしまうくらい、今の状況は惨状にも近いのだと思わせた。

 

 

 でも、

 

 

「俺がいるだろうが!!」

「…………え?」

 

 

 だからこそ、彼がいる。

 

 

「誰も客がいないなら、俺がなってやる!俺が客となってお前達の歌を聴いてお前達の良さを学校に広めてやる!今!ここで!俺が!お前達の客だ!……だから歌えよ、高坂穂乃果。自分の意思で、自分の思いで、正直に動いてみせろ。お前が今本当は何をしたいのか。このまま何も出来ずにただ廃校を待つのみで終わるのか、今のこんなふざけた断崖絶壁をぶち壊すために歌うのか。お前自身の意思で選べよ」

「私の……意思で……」

 

 例えどんなにどん底にいようと、挫折を味わおうと、そんな彼女達を奮い立たせるために、この少年がいる。

 

 

 

 それに、拓哉の本当の狙いは他にあった。

 

 

 

(穂乃果は今少し迷っている。多分このままでも歌う可能性はある。……でも、それはあくまで低い可能性という意味でだ。あと少し、あと1つ穂乃果達を焚き付ける着火剤があれば全てが揃う……)

 

 

 拓哉の言葉を受けて尚、穂乃果は微かに悩んでいるのだ。それだけ期待して、絶望して、挫折して、スクールアイドルに夢中になっていたのだろう。それだけやっていく内にどんどん好きになっていったから、そこまでの挫折を味わう事になった。

 

 

 ならその挫折を払拭してやるしかない。

 拓哉はある1つの可能性を考えていた。

 

 

(何で最初の最初で思いつかなかった。もうずっと前から分かっていた事じゃねえか。あの子は言っていた。ライブを見に来るって、わざわざ穂乃果達に直接言いに来るくらいスクールアイドルが好きな子が、ファーストライブを見に来ないはずがない。そう、これは少しの間の時間稼ぎ。遅刻してでも必ず来てくれる。あれだけ楽しみにしていてくれてたんだから!)

 

 

 

 それは1つの可能性だった。

 

 

 

 それが、

 

 

 

 タタタタタタタタッッ!!!バンッ!

 

 という音がして扉が開くと同時に、拓哉に確信をもたらせた。

 決して慢心ではない笑みを浮かべて。

 

 

「…………来たか」

「え…………?」

 穂乃果がゆっくりと視線を上げていくのを見て、拓哉もゆっくりと振り向き、視線を上げる。

 

 

 そこにいたのは、

 

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ……っ、ハァ、ハァ……」

「花陽ちゃん……」

 

 

 

 おそらく全力で走って来たのだろう。

 μ’sのファーストライブを見る為に、それこそ息が凄く切れるほどに全力で走って来てくれたのだろう。

 

 

 

 小泉花陽。

 

 

 

 スクールアイドルが大好きで仕方ない、1番に穂乃果達を応援してくれた。

 

 

「あれ……?ライブは……?あれ…?あれぇ……?」

 

 

 そんな彼女が今、息を切らしながらも、もう始まっていてもおかしくないライブの無音状況に理解が追いついていなく、キョロキョロと辺りを見回していた。

 

 

「分かったか、穂乃果。誰も大人数を期待しろとか、少人数でも絶対にやれとか、そんな事は言わない。あくまでやるのはお前達自身なんだから。それでも、今回だけは、この最初の、初めてのライブだけは、絶対にやらなくちゃいけない。俺みたいな客紛いな手伝いでもない、本当に純粋にお前達のライブを楽しみにして来てくれる子がいるんだから。……そんな子を、裏切れるはずもないだろ?」

 

 背中を向けていた拓哉は、今一度、穂乃果達の方へ向き合う。

 

 

「最後にもう一度言わせてもらうぞ穂乃果。自分の意思で、自分の思いで、正直に動いてみせろ。今のお前達なら、こんなふざけた断崖絶壁だってぶち壊せるだろ?」

 

 その言葉は、もう一度穂乃果の心に強く突き刺さる。

 先程とは違う。ちゃんと理解できる。心がザワつく。高揚感に襲われる。

 

 いつの間にか、震えは止まっていた。

 

 

 そして。

 

 

「……やろう!歌おう、全力で!」

 いつもの高坂穂乃果が戻ってくる。

 

 

「……穂乃果」

「だって、そのために今日まで頑張ってきたんだから!」

 その目は、いつもの輝きを放っていた。

 

 

「穂乃果ちゃん……海未ちゃん……!」

「ええ……!!」

 ことりの声に呼応するように、海未も反応を表した。さっきまでの声にもならないような音ではなかった。穂乃果も、ことりも、海未も、来てくれる誰かにこの歌を届けるための声を発していた。

 

 

 

 

「ふぁ~……!!」

 それぞれが配置に着く間、花陽は階段の中段辺りでステージを見ていた。

 

 

 やっと見に来れた。幼馴染で親友の少女に振り回され陸上部に連れて行かれたが、何とかこうしてライブを見に来る事ができた。

 何故まだライブが始まっていなかったのかは、周りを見れば大体予想はついてしまった。自分以外の客はいない。だからライブを始める事すらできなかったのだろう。

 

 でも、彼女達にはあの少年が付いている。

 現に、花陽が来てからあの少年は彼女達に何かを言っていた。それで彼女達の顔に明るさが戻った。

 

 やっぱり凄いなぁ……と、花陽は思う。

 あの人だからこそ、心を動かせる言葉を言える。あのヒーローだからこそ、どん底にいたとしてもそこから救い上げてくれる。

 

 しかし、仮にヒーローが救い上げようとしても、そのどん底にいる人物が這い上がろうとしなければ救えないのだ。救われる方も、何かしらの意思を、覚悟をして、這い上がろうとして、そうやって成長して救われる。

 

 どちらも簡単な事ではない。それをやってのけるから、あの少年少女らは凄いのだと、花陽は素直にそう思っていた。

 

 

 ステージが暗転する中、

 急に、

 

 

 

 

「小泉」

「ふぇっ……!?岡崎、先輩……?」

 件の少年がすぐ傍まで駆けてきていた。

 

「そんなに驚かれるとそれなりに傷付くんですが……」

「す、すいません……」

「まぁいいや。それよりさ」

「は、はい……」

 

 この薄暗い空間で、何を言われるのか、そう不安になっていた花陽に拓哉は、

 

 

 

「ありがとな、来てくれて。しっかり見てやってくれ」

「…………え?」

 ちゃんとした反応をする前に、少年は前の方へ戻って行った。

 

 何故お礼を言われたのか分からない花陽はただ困惑するしかなかった。

 ライブに来てくれたお礼なのか。

 誰もいなかった所にタイミングよく来てくれたからなのか。

 約束通りに来たからなのか。

 

 それは花陽には分からない。もしかしたら全部なのかもしれないし。全部違うのかもしれない。

 

 

 

 だが今は。

 

 

 少年が言ったように、このライブを見て楽しもう。

 

 

 

 そして。

 

 

 ライブが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 Music:START:DASH/高坂穂乃果、園田海未、南ことり

 

 

 

 

 

 

 そして、どんな絶望の中でも、諦めず、前に進もうとした時こそ、ようやく神様とやらは味方する。

 

 

 

 

 

 

 

 曲が始まり、少女達が踊り始めた時、決して多くはない人数がやってくる。

 

 

 

 

 星空凛は花陽を追いかけるために講堂までやってきた。笑顔で花陽の顔を見るも、花陽の視界には自分は映っていなくて、ステージ上にいる少女達に向けられていた。自然と凛の視線もステージ上へ向けられる。

 

 

 

 他にもコソコソと、このライブを見に来ている者が数人いた。

 

 

 

 1人は楽しむ必要がないと言わんばかりに音響スタジオに。

 1人は入り口付近でまるで計画通りというような澄ました顔で。

 1人はそんな少女に見つかり仕方なく、けれど自分の作った曲が気になって。

 1人は他の入り口から入り批評する気満々で。

 

 

 

 

 対して、最初からその場にいた拓哉は、静かにずっと少女達を見ていた。

 真剣に、けれど優しい目で。

 

 

 

 

 

 眼鏡をかけた第一号の客である少女は、やはりと言えばやはり、純粋に凄いという目で見ていた。

 前に声を掛けた時はコントみたいな事をしていたのに。いざこうやってライブが始まってみればこうも見違えるとは、と。きっとそこには憧れがあったのだろう。でも自分じゃそこへは辿り付けない。けれど、彼女達の事を本気で応援しようとしている気持ちに嘘はない。だから、せめて応援は精一杯やろうと思っていた。

 

 

 そんな少女の隣にいるオレンジ髪の短髪少女は、完全に魅了されていた。

 最初は幼馴染がそれを大好きだから仕方なく見ようかと思っていた。だが、気付けば目が釘付けになるほど、その少女自身もそのライブに魅了されていた。以前A-RISEというトップスクールアイドルのライブを見に行ったが、これほど魅了される事はなかったと確信しながら。

 

 

 入り口付近からコソッと見ていた赤髪の少女は、そこでポツンと立っている事しか出来なかった。

 まさに茫然と驚愕の2つがその少女を支配していた。自分の作った曲が、今こうやって1つの作品として披露されている事に。それを歌う彼女達は汗をかきながらも笑顔だった。自分が作曲した事による達成感と、それをああやって歌って踊っている彼女達を見て、少女の心の中で、無意識に何かが変わり始めていた。

 

 

 誰にも見つからないようにイスに隠れながら見ていた黒髪ツインテールの少女は、嫉妬の目で見つつも、どこか違う感情にもなっていた。

 その少女が見た事もなかった景色、見たかった景色、憧れていた景色。それら全てをあの少女達はやってのけている。誰かに強要された訳でもない。何より自分からやりたいと願ったあの少女達と、自分だけが突っ走っていた時とは、何もかもが違うのだから。誰も分からない感情を、その少女だけが理解していた。

 

 

 入り口の裏から静かに聴いていた紫髪の少女は、何もかもを見透かしていたかのように、ただ静かに微笑んでいるだけだった。

 思えばあの少年と初めて会った時からだろうか。ご自慢のタロットカードがずっと告げていた。少年と、ある少女達が、この廃校問題をどうにかするために動くのだと。それにはある条件が必要だった。だから、少女はそれを陰から支える選択肢を選んだ。自分と、あの少年少女と、親友のために。

 

 

 音響スタジオ内にいる金髪のポニーテールの少女は、ずっと訝しめな表情でライブを見ていた。

 よくよく見れば、踊りも所々ズレている。何よりキレがない。歌もダンスのせいかブレている部分もあるし。そんなのを、絶対に認める訳にはいかない。いかないいかないいかないいかないいかないいかないッッッ!!……なのに、それでもあの少女達は前に進もうとした。挫折を恐れずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ステージの真ん前にいる茶髪のツンツン頭の少年は、真剣な目で、けれど慈愛ともとれるような優しい視線で見ていた。

 本当によく頑張った。挫折を克服して前に進もうとしてくれた。こうして歌って踊ってくれている。それだけで少年は満足だった。只でさえギリギリで間に合わないかもしれない事をここまでの完成度でやったのだ。端から見たらレベルが低くても、その少年の目に映っている少女達は、100点満点そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 やがて。

 

 

 

 

 

 

 ライブは終わりを迎える。

 

 

 

 

 

 肩で息しながらも、ライブをやり終えた穂乃果達の顔には笑顔があった。自分の満足できるライブが出来たという証拠だろう。

 

 

 彼女達が喜び合うのを皮切りに、たちまち多くはない拍手が講堂内に響いた。どんなに多くなくても、少ないくらいの拍手でも、個々の拍手にはちゃんとそれぞれの意味があった。

 

 

 思わず口をポカンと開けながらもしっかりと拍手をする凛や、ただただ満足そうに拍手をしている花陽。よくやり切ったという意味を込めての拍手をしている真姫に、ずっと手伝ってくれていたヒデコ、フミコ、ミカ。

 

 そんな彼女達の拍手に、少年の拍手が混ざる。

 

 

 

 

「たくちゃん……」

「……よくやった。本当によく頑張ったな。穂乃果、海未、ことり」

 今も軽く息切れしている彼女達に、拓哉は今自分が出来る1番の称賛を与える。

 

 

 3人が思わずステージを下りて拓哉へ駆け寄ろうとした時、

 

 

 

 コツッコツッと、講堂内に甲高い音が鳴り響く。

 

 

 

 薄暗くなった講堂内でも、やはりその金髪は異彩を放っていた。

 

 

「生徒、会長……」

 穂乃果が静かに呟く。それに続くように、拓哉も振り返る。

 

 

「やっぱりアンタも来てたんだな」

 もう言っても無駄だと言う事は分かっていた。だから拓哉がタメ口を使うのにも指摘はしないと絵里は決めていた。

 

 

「ええ、まあね……。で、どうするつもり(・・・・・・・)?」

「……………………………………………」

 

 

 どういう意図で、それを聞いてきたのかを、拓哉は理解していた。おそらく、高坂穂乃果という少女も。

 

 

 

 客も全然来なかった。どうしようもない現実を見せられた。どん底にまで突き落とされた。挫折をも味わいかけた。逆効果にもなるかもしれない可能性も否定できなかった。

 

 

 

 

 でも。

 だけど。

 

 

 

「続けます!」

「……へっ」

 穂乃果は言ってのけた。その事実が、拓哉を静かにニヤつかせた。

 

 

「何故……?これ以上続けても、意味があるとは思えないけど」

 周りを見渡しながら、この現状を嫌でも理解させるように促しながら、絵里は言った。

 

 

 それを、

 

 

「やりたいからです!」

 穂乃果は即答で打ち切った。

 

 この現状を1番理解しているのは紛れもない穂乃果達なのだから。その穂乃果が理解しているからこそ、それでも即答で答えるのに2秒ともいらなかった。

 

 

「今、私もっともっと歌いたい、踊りたいって思ってます。きっと海未ちゃんも、ことりちゃんも。こんな気持ち初めてなんです!やって良かったって本気で思えたんです!たくちゃんの言う通り、信じてやって良かったって思えたんです!」

 

 思いの丈を吐き出す。自分の意思で、正々堂々と絵里と視線を交えながらでも。

 

「今はこの気持ちを信じたい……。このまま誰も見向きもしてくれないかもしれない。応援なんて全然もらえないのかもしれない……。でも、一生懸命頑張って、私達がとにかく頑張って届けたい!今、私達がここにいるこの想いを!!」

 

 

 

 その言葉に、少なからず共感した者もいた。感化された者もいた。

 

 

 

「いつか……いつか私達、必ず……ここを満員にしてみせます!!」

 

 

 言った。

 言ってみせた。

 断言してみせた。

 

 

 その時、拓哉は無性に震えが止まらなくなっていた。

 

 

(よく生徒会長にそこまで言ってみせたな穂乃果。おもしれぇ、ホントに面白いよお前ってやつは……!)

 

 

 

 

「……そう、なら精々悪あがきしなさい。これから活動を続けても、何も変わりはしないわ」

 そう言って、全員の視線を集める中、臆す事なく絵里は立ち去っていく。

 

 

 

 しかし、それを許す事もなく呼び止める者がいた。

 

 

 

「待てよ生徒会長」

「…………何?」

 絵里も呼び止められる事を予想していたのか、拓哉の声にすぐ反応した。とても冷たい声と表情を露わにしながら。

 

 

「まだそんな下らねえ事言ってんのかアンタは?何も変わらない?ふざけんな、アンタもどっかで見てたんだろ。こいつらはさっきまで挫折しかけていた。でも自分の意思でまた立ち上がった。それだけでもう何かが変わってるって何故分からない」

 

「そんなものは詭弁よ。その場だけの言葉や行動でしかないわ。それに、私はこれから活動を続けても何も変わらない(・・・・・・・・・・・・・・)と言ったの。意思だとかそんな事言ってる時点で論点がズレてるわ」

 

 

 2人の口論が続く。

 誰もそこに入ろうとはしなかった。

 いや、出来なかったのかもしれない。

 

 

 2人の雰囲気がそれどころではなかったから。というよりも、絵里だけがそういう異質のオーラを出していたから。

 そんな絵里に対して、拓哉はいつもと変わらなかった。ずっと冷静のまま、言葉を紡ぎ続ける。

 

 

一緒だよ(・・・・)

「何ですって……?」

 

 一瞬俯いてから、拓哉はまた絵里へと目線をぶつける。そこを言いたかったがためのように。

 

 

 

「アンタは何も分かっちゃいない。論点がズレてる?どこもズレてなんかいねえよ。意思が変われば、その先の活動にだって繋がる。諦めるも諦めないも結局は意思の問題なんだ。穂乃果達が挫折したままなら、もうそこで活動自体終わってたんだ。でもこいつらは言ったぞ。やるってな。いいか生徒会長。アンタには分からないようだから言ってやる。挫折から復活したこいつらの意思は、強いぞ。簡単には壊れないくらいにな」

 

「…………………っ」

 その言葉に、絵里は即座に言い返せなかった。何か自分の奥底にある何かが刺激されたかのように。固まってしまった。

 

 

「強い意思が、あとの活動で絶対に活路を見出す。考えるばっかで何も行動出来てないアンタに何も言われる筋合いはねえよ。ゼロからのスタート?そんなのじゃまだ甘い。廃校ってのが後ろにある分、マイナスからのスタートと言った方がいいか。上等だ。マイナスならこれ以上下がっても怖くなんかねえさ。這い上がるためにもがき続けてやる。覚悟しとけよ生徒会長。こいつらの悪あがきはどこよりもしぶといぞ」

 

 

 

「…………っ!勝手になさい……!」

 吐き捨てるように言って絵里は立ち去る。

 

 

 

 無性に、本当に、腹が立つ。本当の挫折を知らないくせに。誰かに哀れむように見られた事もないくせに。何を分かったような事を言っているんだあの少年は。

 絵里は外に出ると同時に走り出す。

 

 腹立たしさもあるが、何よりも、言い返せなかった自分に悔しくて。

 

 入り口付近に立っていた親友にも気付かず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……。とりあえず穂乃果、海未、ことり。お疲れ様」

 絵里が去り、そのタイミングで他の者も去っていく中、拓哉は軽くステージ上に上りヘラヘラと片手を上げていた。

 

 

「え、あ、うん……ありがと!」

 急な空気のムードの変わりように困惑しながらも穂乃果は拓哉のそれに答える。

 

 

「本当によくやってくれた。よく歌う事を決意してくれたよ」

「ううん……私達、もうダメかもって思っちゃったもん……」

 穂乃果に続いて、海未もことりも俯いてしまう。でも拓哉はせっかく褒めてんのに何しょぼくれてんだの意味を込めて、

 

 

「あーもう!でも結局こうやって無事に終われたんだからそれでいいじゃねえか!もうグチグチ言うんじゃねえ!次言ったら帰りに何も奢ってやらねえかんな」

「えっ!?たくちゃん何か奢ってくれるの!?」

「ねえちょっと?切り替わり早くない?海未さんもことりさんも何キラキラした目で見てんの?君ら打ち合わせでもしてたの?俺をハメようとしてたの?」

 さっきの真剣な雰囲気はどこへやら、すっかりステージ上はコントになっていた。

 

 

 

 

「はぁ……まぁ頑張ったしな。何か奢ってやるから、今日はもうさっさと着替えて帰るぞ」

「うん!!」

 

 

 そこからはもう言葉はなかった。

 お互いが言おうと思っていた事は、既に穂乃果が言って、拓哉も言ったから。それだけで伝わっていた。

 

 

 

 だから。

 3人はお互いにアイコンタクトでタイミングを見計らって。

 

 

 

「たーくちゃん!」

「たっくん!」

「拓哉君!」

 

 

 最大限のお礼をするために拓哉目掛けてダイブする。

 

 

「ん?え……?ちょ、ま―――ぶぎゃぐえっ!?」

 

 さすがに拓哉も3人は受け止めきれなかったようだった。

 

 

 

 

 

 

「な、何なんだよいきなり!」

 

「ありがとね、たくちゃん!!」

 

「分かった!分かったから離れろ!つうか海未さんや!アンタ恥ずかしくないのかよ!?」

 

「ライブの後ですから特に気になりません!」

 

「そこは拓哉さん気にしてほしかったかな!!心臓に悪いからね!あとで後悔しても知らねえぞ!!」

 

「たっく~ん!」

 

「ことりさん!?ほっぺスリスリするのやめてくんない!?そんなのされても俺麻痺状態にならないから!いや効果抜群だけども!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、もういつもの日常が繰り広げられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、まずはここまで読んでいただいてありがとうございます。
長かったでしょう?(この話もここまでに来る展開も)

自分にとってこの3話は穂乃果達にとって最初の試練であり壁でもあると思ってます。
なのでこの話だけはしっかりと、溜めてから、十分に書けるようにしておきたかったのです。

自分にも自分の思いがあってこのような長い話にはなってしまいましたが、後悔はありません。
むしろ満足してます。もう最終回と言っても過言ではないまである。

あ、全然終わりませんよ?



むしろここからが本番なんですからね!
とりあえず、第一部は終了みたいな感じですかね。
次からはいよいよメンバーが増えていく話になります。

では改めてこれからもこの奇跡と軌跡の物語をよろしくお願いします!!


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30.アルパカ大激突

そんな訳でこの30話から新章に突入です!
メンバー加入編がしばらくと続きますが、今まで通り気長に付き合ってやってください。


今回は前回のシリアスに比べて、ギャグを多めにしました。というか自然にギャグが多くなりました。


とりあえず、どうぞ!


 

 

 

 

 

 

 

 

 気付けば既に翌日になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日は穂乃果達にクレープ奢ってやったのに、さらにそこからゲーセンに遊びに行く事になってクレーンゲームの金も俺が全額出した。ライブのあとなのによくそんなにはしゃいだわねあの子達。

 

 クレープならどうって事はなかったのだが、クレーンゲームはそうもいかない。景品が取れるまでにやたらと金がかかるのだ。しかもそれを3人分ときた。あいつら俺を破産させるつもりだったの?思い出したくないほどに金を使ったので金額は言いたくない。

 

 ……まあ、無事にリクエストにあった景品は全て取れたからあいつらも喜んでたし、そこは…まあ、いいだろう。元はと言えば俺が奢るって言ったんだしな。男に二言はないって言うし。しかし、本当に大変なのは家に帰ったあとだった。

 

 

 

 一応無事にライブは終わって、ゲーセンで景品取ってやったって唯に報告したら『あーずるいっ!私も欲ーしーいー!』とか急にぐずり出したのだ。何でも穂乃果達に取ってやった景品は茶色いツンツンとした髪型の可愛らしいオオカミのぬいぐるみだったんだが……。

 

 どうやら唯もそれを前から欲しかったみたいで、学校帰りに何度か寄って挑戦するもあえなく失敗という結果が続いていたらしい。そんな時に俺が3つも取って穂乃果達にあげた(取らされた)のがどうにもお気に召さなかったみたいなのだ。

 

 珍しく駄々をこねる妹を冷めた目で見るも、涙目になってまで床を転げまわる姿を見てしまっては世界一のお兄ちゃんを目指している身として放置しておく訳にもいかなかった。だから今度同じぬいぐるみを取ってきてやるという条件でその場を収めさせてもらった。

 

 まさか唯があんなに駄々をこねるとは俺も思わなかったよ。そんなに人気なのかあのぬいぐるみ?まあ、取ってきてやると言った瞬間の唯のパァッとした明るい笑顔は物凄く可愛いと思いました!やっぱ持つべきものは妹なんだよなぁ……。

 

 妹がいれば、いや唯がいれば世界は平和になるな。確実に戦争がなくなってみんながみんな笑顔の妹唯ハッピーライフを送れるわけだ。これは一家に1人唯がいる。よし、さっそく唯に多重影分身の術を教えないと。……チャクラなんてなかった。

 

 

 

 

 っと、ゲフンゲフン、話が逸れたな。最初から逸れてたけど。俺が何故今こんなにも1人で考え事をしているかと言うと、

 

 

 

 その理由は目の前の状況にある。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅぁぁぁ~……ふぇぇ~……」

 モッサモッサと草を食っている謎の動物に見惚れていることりがいるのだ。

 

「ことりちゃん最近毎日来るよねぇ。飽きないのかなぁ」

「急にハマったみたいです」

 そう、ことりは最近毎日ここに来てはこの、えっと、何だっけ……パカパカ?カルパス?アルパカ?だっけか?なんかそんな感じの動物に夢中になっているのだ。休み時間に来てはこうして見惚れに来る。俺はそんな見惚れていることりのふにゃっとした顔に見惚れている。まさにwin-winだ。違うか。違うな。

 

 

「ねぇチラシ配りに行くよぉ」

「あとちょっとぉ~」

「もぉ……」

 頑なに動かないなことりのやつ。分かった。ことりが動かないなら俺も動かん。梃子でも動かんぞ。いつか絶対にことりのふにゃ顔をカメラで撮ってやるんだ。そして額縁にして部屋で永久に飾っておこう。誰にも俺の部屋には上がらせん。

 

「5人にして部として認めてもらわなくては、ちゃんとした部活はできないのですよ?」

「そうだよねぇ~」

「はぁ……拓哉君も何か言ってあげてください。拓哉君ならことりも動くかもしれませんし」

 そこで俺に振ってくる?振っちゃう?梃子でも動かないって言ったよね?……いや言ってないわ全部俺の心の中だったわ。ここで断ったら俺が被害が飛び火してくるし、仕方ないか。

 

 

「なぁことり、可愛いってのは分かるが、そろそろ俺達もやらないといけない事があるのは分かるだろ?だからさ、拓哉さんももうそろそろ動いた方がいいかなーって思う訳ですよ。ね?」

「うーん……」

 そこまで言うとことりが少し唸り出した。お、これは効いてるか?穂乃果も海未も期待の顔をしている。へっ、俺の手にかかればこんなもんよ!誰でも説得して動かしちゃうもんねー!

 

 

 

 

 

「じゃあたっくんも一緒に見よっ♪」

「オーケー分かった。一緒に見ようというか一生見よう」

 むしろここに一緒に住もう。この小屋でことりを幸せにしてみせるよ俺!一緒に草食べて頑張っていこうね!

 

 

 

「拓哉……君……?」

「……ハッ!?」

 あ、あぶねぇ……!思わずことりの術中にハマってしまうとこだったわ……。い、いや、ハマってないよ?ちょっとそういうフリをしただけだから。ウソジャナイヨ?

 

 

「結局振り出しに戻っちゃったね」

「拓哉君も役に立たないで終わりましたしね」

「ちょっと?あなた達も結果出せてないのに俺だけこの言われようっておかしくない?」

 男だから容赦なく言っていいってか。ふざけんな!男にだって人権はあるわ!……いや、この幼馴染の中で俺には人権すらなかったわ。ちくしょう目から青春の汗が滲み出てきやがるぜ……。

 

 

「うーん、それにしても……可愛い……かなぁ?」

 言いながら穂乃果も海未も奥の方にいる茶色い何パカだっけ、まぁいいや。そんな動物の方を見ていた。すると、

 

 

 ンィィィーッ!

 

「わぁ!?」

 思いっきり怒られてやんの。そりゃ動物なんだし怒る事くらいはあるよな~。

 

「えぇ~、可愛いと思うけどなぁ。首の辺りとかフサフサしてるしぃ♪お目目もクリクリしてるしぃ♪」

 お前の方が可愛いよ、と言いかけて止める。他のお2人さんが怖いからです、はい。でも2人も可愛いよ。やだ、俺ってば女たらしみたい!……天変地異が起きてもねえよ。

 

「ふはぁ……幸せ~……♪」

 くっそがぁ……、めちゃくちゃ写真撮りてぇ……!俺もことりにあんなに触られてぇ……じゃないや何言ってんだ俺バカか。いや触られたいけど。昨日のほっぺスリスリは俺が効果抜群で麻痺したから無効なのよさ。

 

 

「ことりちゃんダメだよ!」

「危ないですよ!」

「大丈夫だよぅ―――うひゃぁっ!?」

「ことりちゃん!!」

 テメェ今ことりのほっぺ舐めやがったなァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!

 

 くっそぉ!!俺でもまだ舐めた事ないってのに!!動物だからって何でもしていいと思ったら大間違いだぞこのやろうどんな味でしたか!?

 

 

「ぁぁ……!どうすれば……!はっ、こうなったらここはひとつ弓で!!」

「ダメだよ!!」「狩猟じゃねえよ!」

 パニックになったらホントに何しでかすか分からないなこいつは……。さすがの俺でもすぐ冷静になってツッコミにまわったわ。

 

 

 ンォォォォォォ!!!

 

 

「きゃあ!?」

「うわぁ!?変な事言うから怒っちゃったじゃん!!」

「そ、そんな事言われましても……!」

 ことりは舐められた所を拭いてるし、穂乃果も海未もパニック状態になっている。今冷静でいるのは俺だけな訳だ。だったらとる行動はひとつ。

 

 

「はぁ、ったくしゃあねえなーお前らは」

「たくちゃん?」

「犬が言う事を聞くように、笛を鳴らせば牛や羊が集まってくるのと同じように、こいつらもちゃんと人間の言葉を理解できるんだよ。だから怒ったんだ。だったらあとは簡単、怒りを鎮めてやればいい」

 そう、さっきから茶色いこいつは穂乃果や海未の失礼な発言で怒っていた。つまりはそういう事なのだろう。多少理解できるのなら、落ち着かせる事だってできるはずだ。

 

 

「そんな事たくちゃんにできるの?」

「まあ見てな。俺がこの……えー、何だ。逆パカ?カルパッチョ?か何だか知らねえが落ち着かせてやるよ」

「アルパカですよ……」

 そうそうアルパカね。何ださっきので合ってたのか。まあいい、とりあえずこの茶色いアルパカをどうにかしないとな。

 

 

「ほーれほれ、まあまあ落ち着けよアルパカちゅわ―――、」

 

 カーッペッ!!

 ベチャッ!

 

 

 

 

「あ、服に付いた」

「た、確かアルパカは身を守るために強烈な匂いを放つ唾を吐くと聞いた事があります……」

 

 

 

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ブチンッ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんのクソパカがァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」

「ほ、穂乃果っ!!拓哉君を止めるのです!今の拓哉君は何をしでかすか分かりませんよ!もしかしたらさっきの私よりもヒドイ事を考えるかもしれません!!」

「う、うん!!た、たくちゃん!落ち着いて!!」

 2人が俺の体にしがみついてくるがそんなのは知らん。今はこいつをどう料理してくれようか……。

 

 

「ええいじゃかぁしィィィいいいッッッ!!俺の制服にくっせぇ唾吐きやがったこいつを許してたまるかァ!!ミンチにしてハンバーグにして食ってやらァァァあああああッッッ!!ガルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルッッッ!!!!」

「まずいよ海未ちゃん!!たくちゃんが制御不能になっちゃってるよ!!というかしがみついてるせいで凄く臭いよっ!!」

「私だって臭いです!!ですがこのまま拓哉君を放置すると確実にアルパカを料理してしまうに違いありません!!何か他に手を考えなければ…………はっ!そうです。ことり!この前私にお願いをしてきた時と同じように、拓哉君にもそれをやってください!もしかしたら止まるかもしれません!!」

 

 

「くかきけこかかきくけききこかかきくここくけけけこきくかくけけこかくけきかこけききくくくききかきくこくくけくかきくこけくけくきくきくきこきかかかーーーーーーッッッ!!!」

「うわぁ何か日本語ですらなくなってきたよ!?」

「ことり早くお願いします!!」

 

 

「う、うん!……たっくん!!……お、落ち着いて……おねがぁいっ!!」

「やぁアルパカくん、今日も綺麗だね。惚れ惚れするよ」

「い、一瞬で元に戻った……」

 あ?何?俺は今ことりに浄化されてとても良い気分なんだ。今なら何でも許しちゃうっ。制服めっさ臭いけどもう許しちゃう!でもせめて着替えたいっ!

 

 

 俺が制服どうしようかと考えていると、制服の俺達とは違う恰好をした女の子がアルパカの方へと歩いて行った。

 

 

 

「よ~しよし、大丈夫大丈夫」

 というより、知っている女の子だった。

 

 

「ことりちゃんも、舐められた所大丈夫だった?」

「うん、大丈夫だよ。嫌われちゃったかなぁ」

 ことりを嫌うとはこのアルパカの目は節穴かな?どっからどう見ても天使だろ!まじえんじぇーだろ!!

 

「あ、平気です。楽しくて遊んでただけだと思うから……あ、お水変えなきゃ……」

 え、ことりはそうだとしても俺のは違うよね?確実に警戒されたから唾吐かれたたんだよね?好感度マイナスにまでなってるよね?凄く臭いよね?何で海未もことりも穂乃果も俺からちょっと離れてんの?俺が1番臭いと思ってるんだよ?泣くよ?

 

 

「アルパカ使いだね~」

 何を思ったのか、穂乃果は女の子の方へ近寄りそんな事を言いだした。というかあいつ絶対俺から離れるためだろ。口がヒクヒクしてんぞ。プリチーな唇しやがって変態か。俺は。

 

 

「わ、私、飼育員なので……」

「ふーん……ん?……おお!!ライブに来てくれた花陽ちゃんじゃん!!ねえたっくん、花陽ちゃんだよ!」

「知ってるっての……。逆になんですぐ気付かなかったんだよお前は……」

 アルパカと同じで目は節穴なの?すぐ人の顔忘れちゃう人なの?良い病院を紹介しようか。

 

 

「よぉ、小泉。きの―――、」

「あ、たくちゃん臭いからそこから近づかないでね」

「お、おう……」

 何この言われよう。さすがに比企谷くんでもそこまで言われる事はないと思うぞ。実際今の俺超臭いし。半径2メートル以内には人いないし。ATフィールド発生させてないのに人を寄せ付けないとか俺めちゃ強い。めちゃ泣ける。

 

 

「駆け付けてくれた1年生の!」

「あの時は本当に助かりましたね」

 言っとくけど俺の時間稼ぎのおかげでもあるからね?そこ忘れないでね?あと誰か慰めて。俺1人ぼっちで泣きそう。あと臭い。

 

 

「は、はい……」

「ねえ、あなた!」

 俺が1人で泣きそうになっていると、穂乃果が何かを企んでいるような顔で小泉の肩に手を置いていた。あいつのあの顔は悪い顔の時だな。悪巧みして、それがあとで海未にバレて怒られるんだよ俺も一緒に。……え、俺も一緒に?大体飛び火して巻き添えくらうんですよねー!あと臭い。

 

「は、はい!?」

「アイドルやりませんか?」

「穂乃果ちゃん、いきなりすぎだよ……」

 ホントいきなりだな。いきなりすぎて俺なら『君だけのアイドルになっちゃうぞ☆』とか言って相手を引かせたあとTwitterに晒されるまである。何それネット超怖い。あと臭い。

 

 

「君は光っている。大丈夫っ、悪いようにはしないから!」

「それ完全に悪いようにする人が言うセリフじゃねえか……」

「何か凄い悪人に見えますね……」

 見えるじゃなくてもう悪人だよあれ。悪人の顔してるもん。悪魔超人の顔してるもん。……や、嘘、普通の顔してる。キュートな顔してる。だからそんな悪人の顔してこっち見ないで。あと臭い。

 

 

「ぶ~……絶対たくちゃん失礼な事考えてたでしょ……でも少しくらい強引に頑張らないとぉ!」

 だから何で分かんだよ。普通に怖いわ。あとくさ……あ、しつこい?ごめんね。もうやめるから。でもホント臭いの。結局言っちゃったよ。

 

「あ、あの……西木野さんが……」

「えと、ごめん、もう一回いい?」

 どうやら穂乃果は小泉の声が聞こえづらかったようだ。かくいう俺も聞こえなかった。だって小泉から1番離れてるの俺だし。穂乃果で聞こえないのに俺が聞こえる訳ないだろいい加減にしろ!難聴系主人公じゃないんだよ俺は!小鷹はさっさと友達少ないとか言うのやめろ!

 

 

「に、西木野さんが……いいと思います。……凄く、歌、上手なんです……」

「そうだよねー!私も大好きなんだぁあの子の歌声!」

 確かに、西木野のあの歌声は素人から聴いても十分に上手いと言える。その上手さに加え綺麗な歌声、そしてあの作曲レベルときたもんだ。あんなに優れた人材はこの音ノ木坂には他にいないだろう。……というか、小泉のやつ、何か様子がおかしいのは気のせいか……?

 

 

「だったらスカウトに行けばいいじゃないですか」

「行ったよぉ、でも絶対やだって!ねえたくちゃん」

「ん?ああ、断固拒否だったな」

 そう、この前の通り、西木野にはきっぱり断られている。西木野のあの歌声があればもっとμ'sに華が咲いて振り付けにも色々バリエーションが増えると思うんだが。これが中々に難しい。

 

 

「え?あ、すみません……私、余計な事言っちゃいましたよね……」

「ううん!ありがとっ!」

 そう言って穂乃果はいつもの、誰もが見惚れてしまうような、誰をも陰から輝かせそうな笑顔を小泉に向けていた。小泉もその笑顔をずっと見ていた。俺の勘が正しければ、小泉は何かを悩んでいるようにも見える。

 

 それを穂乃果のあの笑顔が助けてやってくれればいいと思う。誰かから助けてもらうのは別に悪い事ではない。そんなのは生きている全ての人間に言える事である。誰かに助けられ、誰かを助け、そうやって人は支え合って生きている。

 

 だからといって1人でも生きていける人間もいる。これまでも1人で頑張ってきた者がいるのも確かだ。けれど、それだって絶対にどこかで助けがいる。どんな者にでも、誰かの支えや助けがいるのだ。

 

 

 さすれば、あと必要なのは助けられる者の意志だ。自分の意志でこれからの出来事が変わる。誰かの手を握って引っ張ってもらうのか、それとも背中を押してもらって走るのか、それとも、1人で決心して走り出すのか。

 

 それは当人にしか分からない問題である。あくまで当人以外でしかない部外者である俺がどうこうしようってのが無理な話なのだ。……まあ、それでも勝手に余計なお世話する時の方が多いんだけどね俺は。

 

 

 結局何が言いたいのかと言うと、最後に決めるのは本人だということだ。あの穂乃果の笑顔で、小泉の抱えている悩みに少しでも良い変化が表れてくれれば、小泉が誰かに相談するなり、1人で決断して突き進むなりすれば、自ずと未来が変わってくる。

 

 

 

 

 だが、これはあくまで俺の推測でしかない。もしかしたらこれは俺の思い込みで小泉には何の悩みもないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――と、昨日の俺ならそれで終わっていただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが違う。

 今回は嫌な予感や前兆を感じた訳ではない。確かな証拠がある。

 2回目に小泉と会った時、彼女は何かを確実に悩んでいた。悲しい顔をしていた。俺は彼女に言ったのだ。

 

 誰にも言えないなら俺に相談しろと、いっぱい考えて、それでも苦しくなったら、耐えられなかったら、俺の所に来いと。

 小泉はそれに了承したのだ。

 

 それは即ち、悩みがあるということ。この前の事だったが、さっきの小泉の顔を見るにまだ解決していないのだろう。どんな悩みかは知らない。けれどまだ解決していないという事は、彼女にとってそれはとても大きな事なのかもしれない。

 

 俺の所に来いと言ったが、小泉はまだ俺の所には来ていない。それは何故か。まだ考えてるから?迷っているから?結論が出ないから?その全てかもしれない。

 だが、彼女は確かに言った。『はい』と。なら俺は彼女が来るまで待たなくてはならない。

 

 彼女の言葉を無視して俺が勝手に相談にのろうとしたら、それは彼女の言葉を信用していないという事になる。そんなの彼女に対して失礼ではないだろうか。だから、俺は待つ。小泉を。小泉自身が自分で解決できるならそうなってくれれば良いと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かーよちーん!!早くしないと体育遅れちゃうよー!!」

 

 

 

 

 

 1人で思考の渦にハマっていると、遠くから聞き覚えのある声が聞こえた。小泉の友達である星空だった。次が体育だから小泉も体操着だったのか。そりゃそうか、何もないのに体操着なんて着てたら何があったのだろうと問い詰められる未来しか見えないからな。

 ……俺も制服から着替えたらダメですかね。

 

 

 

 

 

「あ……し、失礼します……」

 言うと、そそくさと小泉は星空の方へと駆けて行く。

 

 駆けている途中に俺と目が合ったのは、まあ理由も分からなくはない。今でも葛藤しているのだろう。俺に相談すべきかそうでないかを。それは小泉、お前が決める事なんだ。決心が出来たら俺の所に来ればいい。

 

 

「あ、岡崎先輩もいたんだ!にゃっほほーい!」

 あの、凛さん?普通にそこからでも俺の事すぐに分かりますよね?見えますよね?いい加減ミスディレクション勝手に発動すんのやめてくんないかな……。人に認識されなくなるのも悲しくなってくるよ拓哉さん。

 

 一応軽く手を振って応答してやる。

 それから小泉と星空は俺達に一礼してから走っていった。

 

 

「もう時間もないですし、私達も早く戻りましょう」

「そうだね」

「うん……」

 見送るやいなや、海未からの発言を皮切りに教室へ戻ろうという案が出る。

 しかし、これには賛成出来なかった者がいた。

 

 

 

 

 

 

 まあ大体分かるよね。

 俺だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、教室に戻る前にさ、俺のこの制服をどうにかしたいんだが……」

 俺が言葉を発した瞬間、3人がササッと俺から離れた。おい、さっきも十分に離れてたのに余計離れるとかどうなんですかね。そんなに臭い?……あ、十分臭いわ。

 

 

 

 

 

「拓哉君、アルパカの唾の匂いは強烈で洗っても中々匂いが取れないと聞きます」

「あ、ああ……だからどうにかしたいん―――、」

「それにそんな強い匂いのまま授業に出られたら私達が耐えられないよ。特にたくちゃんの前の席の私が!」

「いや、だからね?そのためにもこの制服をどうしようかって話を―――、」

「拓哉君」

「お、おう……?」

 

 何だよ改まって……。何か助け舟でも出してくれるのか。それなら拓哉さん物凄く嬉しいなって。いやホントお願い1番匂いの被害者俺なんだから辛いのよ。香水でもふったらとか一瞬思ったけど、まず香水持ってないしもしかしたら香水の匂いと唾の匂いが絶望なハーモニーを奏でて俺が死ぬかもしれない。

 

 

 

「臭いのでそれで授業に出ないでください!そして私達に近づかないでください!」

 

 

 

 

 う、うせやろ……。

 いとも簡単に見捨てられたんだけど。あのことりですらずっと俺に目を合わせないでアルパカの方を見てるよ。……おいちょっと待て、アルパカのせいでこんな事になってんのにこんな状況でもことりさんはアルパカダイスキーを発動していらっしゃるのでしょうか?

 

 

 ちくしょう、結局俺には味方なんてどこにもいなかったんや!せやかて工藤!……いや今冗談言ってらんないって。マジでどうしよ。今日は体育もないから俺は体操着を持って来ていない。

 

 

 でもこの制服(学ラン)を脱いで授業に出ると私服になるから確実に先生からチョークの法則アタックを喰らう羽目になる。それだけは回避せねば。それにこの状態で学校内を歩いてみろ。

 

 たちまち他の女子生徒に「あの男子くっさ」とか「1人だけの男子生徒だから大目に見てたけどくっさ」やら「加齢臭くっさ」など「雰囲気くっさ」とか影で言われるに違いない。……おい、雰囲気は関係ないだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仕方ない……。

 かくなる上は、手段は1つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「保健室に体操着を借りに行く!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ妥当でしょうね」

「それが1番に出てくるよね」

「かぁわいい~……♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日の感動的なシーンは何だったんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あと臭い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか?
シリアスの後には、楽しいコメディが待っている!

気楽に楽しんでいただければと思った所存です。


ご感想は年中無休24時間体制で受け付けておりますゆえ!!

明日は穂乃果の誕編を投稿します!



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高坂穂乃果 番外編.叶えられた願い

穂乃果誕生日おめでとォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!!!


はい、そんな訳で穂乃果誕編、略してほのたんであります。
今回は今までの個人回とは打って変わってですね、主人公の拓哉視点での話になります。

いつも本編内では穂乃果の事を少しバカにしてますけど、自分は穂乃果推しですからね!


では、そんな訳で自分と同じホノキチの皆さんも一緒に、ホノニウム(穂乃果成分)を摂取しましょう!






 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず大前提の事を言っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は穂乃果、高坂穂乃果が大好きだ。

 いや、むしろ愛してると言ってもいいね。

 

 

 というか付き合ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 始めを言うとしたら、告白は穂乃果からだった。

 

 

 

 

 自分でも情けないと思ったよ。女の子から告白させてしまうなんてな。

 というか穂乃果からの好意にまったく気づいてなかった自分が情けな過ぎた。今思い返してみればめちゃくちゃアピールしてくれてたじゃん。すっげぇアプローチしてくれてたじゃん。何で気付かないの俺バカなの死ぬの?……死んだら穂乃果が悲しむから死なない。拓哉死なないよ!

 

 

 とまぁ、穂乃果に告白されてから俺は1週間の返事の猶予を貰った。

 1週間で俺が穂乃果を好きにさせると言ってきたのだ。そこからはもうホントに凄かった。これでもかというくらいに穂乃果が俺にアプローチをしてきたのだ。

 

 いつの間に訓練していたのか分からないが普通に美味しかった弁当、暇があれば俺にくっ付いてくるという夏なのにくっそ暑い地獄のような、だけど微かに匂う女の子特有の甘い匂いと練習で掻いた汗の匂いが混じったほんのりと甘酸っぱい甘美な香り。

 

 

 そして、やっぱりと言えばやっぱり、告白された女の子には嫌でも意識してしまいますって……。穂乃果の何気ない仕草や表情に自然と目がいってしまう。そこからもう俺はきっとやられていたんだろうな。気付けば返事をしていた。

 

 

 それも1週間ではなく2日後に。……いや、自分でもちょっとちょろいかなー?って思ったよ?でもさ、もう好きになっちゃったんだから仕方ねえじゃん!全部が可愛く見えんだもん!

 

 付き合ってからはもっとヤバかった。何がヤバイって、まず今まで女の子と付き合った経験がない俺には何をしてやればいいか全く分からなかった。ちょっとそこ、男子力低いとか言うんじゃありません。健全だと言ってほしいね。

 

 でもそんな俺に穂乃果は今まで通りでいいよと言ってくれた。その代わり穂乃果のスキンシップが多くなっていった。……それに、まあ、何?そこまでされちゃ俺も黙ってらんないだろ?だから俺も出来るだけ穂乃果とのスキンシップを多くしていったよ。

 

 

 

 

 そしたらさ……………穂乃果めっっっっっっっっっっっっっっっっっちゃ可愛いのよッッッ!!!!

 今までことりをマイラブリーエンジェルとか言ってたけど、ごめん、穂乃果はそれどころじゃなかった。もはや女神。いや、女神はμ'sか。なら俺にとって穂乃果は創造神と言っても過言ではない。体は穂乃果で出来ている……つって。バカじゃねえの俺。

 

 

 で、付き合って結構経ったある日、穂乃果が不意に言ってきた言葉があった。

 

 

『私はね、もう小学生の時から、ずっとずっとたくちゃんの事大好きだったんだ~。だからこうして今たくちゃんと一緒にいれてすっごく幸せだよ!えへへっ……』

 

 

 

 死んだ。

 もう死んだよこれ。

 

 そして復活したよ俺。小学生の時からとか……バカみたいにヒーローになってやるとか言ってた頃じゃねえか何やってんの俺!!好意に気付いてあげてもう気付いてるけど!

 

 まあ、小学生の頃からずっと俺の事を好きでいてくれて、離れてた時期もあったのにそれでも俺を好きでいてくれて、こんな鈍感な俺に告白なんかもしてくれて、だから決めたんだ。穂乃果は絶対幸せにしてやるって。今幸せとか言ってるけど、もっともっと幸せにしてやるって決めたんだ。

 

 これは償いでもある。長年一緒に過ごしてきたのに好意に気付いてやれなかったことの。ずっと無意識に穂乃果を傷付けてしまっていたことの。だから、今までの事を踏まえ、それ以上に穂乃果を愛して幸せにしてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、とりあえず何で俺がここまで穂乃果と付き合った経緯とかを説明したのかはだな。

 色々と理由はあるのだが、まずは俺が今どこにいるのかをも説明しておこうか。

 

 

 俺は今、穂乃果の家の前にいる。

 

 

 え、何故家に入らないのかって?そりゃ外で穂乃果を待ってるからだよ。……ん?何で待ってるのかって?

 むふふ、それはだな……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は穂乃果との夏祭りデートだからだァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 きゃっほォォォおおおおおおおおおおおおおうッッッ!!!

 今までもデートはした事あるけど、夏祭りデート、つまり浴衣が見られるのは初めてなんじゃァァァあああああああああああああああああああああやったァァァあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!

 

 

 

 

 

 

 ……ゴホンッ、失礼。少々取り乱してしまったな。

 とにかく、これで分かっていただけたかと思うが、穂乃果の浴衣待ちである。穂乃果の可愛い可愛い愛くるしい浴衣姿が見られるならこんな暑さでも余裕で待てちゃうっ。むしろ一生待ってる。忠犬ハチ公とかもう全然敵じゃない。忠人拓哉公と名乗っても十分歴史に乗るレベル。破壊と創造が繰り返されても余裕で待てるね。

 

 

 

 

 …………早く来ねえかな。い、いや、あれだよ?待てるよ?普通に待てちゃうよ?でもぉ、出来れば早く穂乃果の可愛くも美しい浴衣姿が見たいなぁ~ってね?思うじゃん。やっぱ彼氏なら彼女の綺麗な姿は早く見たいじゃん。穂乃果成分通称ホノニウムを早く補充したいのよ。

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんホントにそれで行くつもり!?」

「う、うん!!普通の浴衣よりこっちの方がたくちゃんも絶対喜んでくれる!!……はず!!」

「最後でちょっと自信なくなっちゃってるよ!?」

 

 

 

 ん?玄関の向こう側から雪穂と穂乃果の声が聞こえたぞ。という事はそろそろ来るな。

 ……いや待て、雪穂はさっき何て言った?ホントにそれで行くつもり?……穂乃果の言動も聞いてると、普通の浴衣じゃないのか?俺が喜んでくれるって、穂乃果ならどんな姿でも50mは飛び上がれるほど喜べるけど。

 

 

 

 俺が1人で納得していると、扉が開かれた。

 そこにいたのはいつも見慣れた愛しい彼女で、でも恰好はいつもと違っていて、その姿はどう見てもゆか…………た…………?

 

 

 

「あ…………えっとぉ、あはは、ちょっと待たせてごめんねぇ」

「あ、ああ……」

 

 

 いや、ちょっと待て、俺の思考が穂乃果穂乃果しすぎているから思考回路がショートしているのかもしれん。そうだ、きっとそうに違いない。大丈夫、よくある浴衣をイメージしろ。一般的な浴衣とは基本的に袖も足の部分も綺麗に収まる程長いはずだ。そう、俺は間違ってない。間違ってない、はずだ……。

 

 だから、もう一度、ゆっくりと穂乃果の方へ向く。

 そこには、

 

 

 

「あ、あのぉ、たくちゃん……な、何か言ってくれないと、私も恥ずかしいというか、何というか―――、」

「グボァッッッ!!!!」

「たくちゃん!?」

 

 穂乃果の姿を見た瞬間、俺は何かに後ろへ吹っ飛ばされていた。これが穂乃果の扱う気か……!魔人ブウくらいなら細胞1つ残さず消滅出来そうだな……。

 いや、だって、穂乃果の着ている浴衣は、浴衣であって浴衣ではない、というのが合ってるくらいの姿なのである。

 

 

 

 

 模様は紫の水玉に金魚の柄で、髪も普段と違ってお団子に纏めていてめちゃんこ可愛い、そこは普通なのだ。

 問題はここから。

 まず浴衣のはずなのに肩が出ている。上手く肩だけ見える感じだ。腕を通す部分と上半身の部分が良い感じに繋がっていて腕を上げたら脇が見えそうになる。穂乃果の脇見た奴は爪を剥いでから骨の関節を1つずつ折っていってやる。

 

 そして次に、何か、フリフリしている、全体的に。よくアイドルが衣装で着ている、何かスカートの端に付いているビラビラしているやつだ。

 

 

 最後に足。足!足!!足ィ!!!浴衣のはずなのにスカァァァああああああああトォォォおおおおおおおッッッ!!!!

 何だその浴衣のくせにミニスカートはぁ!?けしからん!実にけしからんぞぉ!!何かそのソックスみたいなやつもくっそ可愛い!!

 

 

 

 

 結論、穂乃果は何を着ても可愛い。略してほのかわいい。

 

 

 

 

「ああ、もう大丈夫だ。ホノニウムは今ので大分補充できた……」

「ホノ……?まあ大丈夫ならいいけど……たくちゃん最近私の私服とか見る度にこんな事になってない?」

「そうだな、お前が可愛すぎてつい吹っ飛んじゃうんだよ」

「もぉ、またそんな冗談言ってぇ!」

 いや、案外マジで冗談じゃなく吹っ飛んでるんですけどね。もちろんセルフで。というかもうそれ私服じゃないよね。浴衣でもないよね。

 

 

「で、でね……?たくちゃん、こ…この衣装、どう、かな……?」

 改めてしかと穂乃果を全体的に見る。いかん、また吹っ飛びかけた。冗談はここまでにしないと。……うん、全然可愛い。

 

 

「……まあ、何だ、めちゃくちゃ可愛い、と思うぞ」

「ほ、ホントに!?……うぇへへ~……」

 バッカお前、女の子がそんな笑い方するんじゃありません。可愛すぎるでしょうが。ほっぺた突っつくぞこんにゃろうめ~ぐへへ~。……おまわりさん、僕です。

 

「……つうかさ、それって、この前のライブの衣装じゃないのか?」

「う、うん……そうなんだけど、せっかくだからお祭りにも着て行こうかなって。それに、たくちゃんも喜ぶかなぁって……」

 その恰好で上目遣いやめてっ!反則にもほどがあるよ!昇天しそうだよ!

 

「ことりも自信作って言ってたからな。うん、可愛い、超可愛い。抱き締めたい」

「たくちゃん、もしかしなくても、心の声漏れちゃってる……?」

 …………はっ!?しまった!俺とした事がつい口に出してしまっていたのか。……あれ、でもそんなに変わらないんじゃね?

 

「私も抱き締めてほしいけど……ここは家の前だから、ね?」

 うん、その『ね?』は卑怯だと思います。ニヤニヤしてしまうだろやめろ。

 

 

 家の前で2人してモジモジしてると中にいた雪穂から声がかけられた。もしかしてずっと見てたの君。

 

 

「あ、たく兄、悪いんだけど、お姉ちゃんその恰好だから色んな人に見られるかもしんないから、ちゃんと見といてあげてね」

「大丈夫だ。穂乃果に色目を使う奴は俺が目ん玉くり抜いてビリヤードで遊んでやるから」

「夏だからってそんな残酷な事言わないでよ……」

 何を言うか、これでもまだ妥協しているっていうのに。本当ならシンプルに全員日本海に沈めてやりたいんだぞ。

 

 

「まあ大丈夫だ。穂乃果は絶対に俺が守るよ。何があってもな」

「……うん、たく兄がそう言うなら絶対安心だね!」

「なんたってたくちゃんだもん!」

 おおう、こんなにも信頼されていて拓哉さんは嬉しいですぞっ。まあ、穂乃果と付き合ってるからには絶対に悲しい思いにはさせないって決めてるしな。

 

 

 

 

 

「さて、んじゃそろそろ行くか」

「そうだね。行こっか♪」

「行ってらっしゃーい!」

 雪穂に軽く手を振り返しながら歩き出す。雪穂もあとで亜里沙と祭りに来るらしい。出来れば将来の妹ちゃんの浴衣も見たかったなーなんて。

 

 

「……たくちゃん、今他の女の子の事考えてたでしょ」

「バカを言うな。俺はいつだって穂乃果と穂乃果の家族と唯とμ'sの事しか考えてないぞ」

「雪穂の事考えてたんでしょ……」

 おかしい、何故バレた。バレる要素などあっただろうか。結構選択肢増やしたつもりだったのに一瞬で看破されてしまった。これが彼女か、恐ろしい。浮気はしないでおこう。生涯有り得ないけど。

 

「だって女の子は私と雪穂しかいなかったでしょ。だから私以外の子を考えてるとしたら、雪穂しか考えられないって訳だよ」

「お前ってそういう時だけ無駄に鋭いよな。あれか、バカと天才は紙一重ってやつか」

「何それひどーい!!でもたくちゃん今遠回しに認めたよね?」

「…………………将来の妹の浴衣姿くらいなら見たいと思っても悪くないと思う、ぞ」

 こいつ日に日に鋭くなってやがる。何で俺の事ならそんなすぐに分かってしまうんだ。ろくに隠し事も出来なさそうだなこれ。穂乃果ならヤンデレの素質があるのかもしれない。穂乃果がヤンデレとか何それ超見たい。

 

 

 

 

「……将来の妹って……それって私と結婚するって事じゃ……」

 穂乃果さん、何か小声で呟いてますけど聞こえてますよ?もちろんご結婚を前提にお付き合いさせていただいてる所存でありますよ?え、俺がおかしいの?世の付き合ってる人達は結婚する前提で付き合ってるんじゃないの?そうじゃなきゃ何なの?遊び?遊びで付き合ってんじゃねえよバカヤロー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ……、すっげぇ人だな……」

「え?ああ、まあ今日は夏祭りだからねー。みんなもそれが目的なんでしょ。浴衣の人達もいっぱいいるし」

 俺達が今いるのは最寄り駅。ここから電車に乗って2駅で祭り会場まで行ける。のだが、

 

 

「どうする、か―――、」

「帰るはなしね」

 読まれた……だと……!?だって人多すぎでしょこれ。穂乃果との祭りデートだから仕方なくウッキウキにやってきたけど、この人の多さはヤバイ。何がヤバイってまじヤバイ。

 

 周りを見渡せば、いるのは浴衣を着ている美少女やむっさい男ばかりだ。カップルもいれば女の子だけのグループや、ナンパ目的をプンプンさせているチャライ男組ばっかだ。男だけで来るとか!君達可愛い彼女いないのー!?いないかーだから男だけで来てるんだもんねー!!

 

 

 よし、良い気分になってきたぞ。それにしても、周りにいる浴衣の女の子達を見て思う。みんながみんなそれぞれ可愛いとは思う。

 しかし、

 

 

「やっぱり穂乃果が1番可愛いよな。うん、世界一可愛いよ」

「途端に呟いたと思ったら急に直接言ってくるのはズルいよ……!!」

 だって事実を言ったまでだし、再確認だし。世界一可愛いし。ゆかりん17歳だし。唯は2番目に可愛いし。

 

 

 

「しゃあねえ、とりあえず行くか」

「う、うん。そうだね」

 ずっとここにいても暑いままだし、それに、1番に言うと穂乃果が目立つ。他の人達と違って少し特殊な浴衣衣装である穂乃果は容姿もあってか結構注目を集めてしまう。くそう、人数が多すぎて誰の目をくり抜けばいいのか分からん!こうなりゃ進むしかない!

 

 

 

 穂乃果の手を引っ張りながら駅に入る。幸い俺達は2人とも便利なあのカードがあるからチャージもしてるしすんなり改札を抜けられた。

 

 

「お、タイミング良く電車も来たみたいだ。乗るぞ、穂乃果」

「うんっ」

 2駅だからすぐに着く。だから立ってても大丈夫。そう思っていた。だが、現実はそんなに甘くはなかった。

 

 

 

「何で電車の中にこんなに人がいんだよ……」

「そ、そりゃ今日は祭りがあるからね~……あはは……」

 俺は今必死に穂乃果を庇っている。電車内全てが人で埋まりぎゅうぎゅう詰めなのだ。当然座る事もできない。だから誰にも穂乃果を触らせないために、穂乃果をドア側に寄せて俺が盾になるように穂乃果に向かいあっている。

 

 

「くそっ……密着しているせいで背中が異様に暑い……」

「ご、ごめんねたくちゃん。私がこんな恰好で来ちゃったから……」

 やめろ、穂乃果は悪くない。こんなに人がいるのが悪い。祭りという夏の風物詩に浮かれて来ているこいつらが悪いのだ。……あ、俺達もか。

 

「謝るなよ。穂乃果は俺が喜ぶと思ってその衣装を着てくれたんだろ?俺も可愛い穂乃果が見れて嬉しいんだ。だからそんな事言うな。それにそんな穂乃果を守るのが俺の役目なんだ。だったら喜んで全うするよ。……すっげぇ暑いけど」

「たくちゃん……うん、ありがとねっ」

 ハァァァン、可愛い!!もう大好きっ。このまま抱き締めたい!でもそんな事したら痴漢と間違われて終わる。俺が。

 

 

 

 少し粘っていると、ドアが開く音がした。よし、あと1つだ。それさえ我慢すればこの暑さから解放され―――、

 

 

「う、お……っ!?」

「きゃっ……!」

 ま、ず……、駅だから人が入ってきたのか。もうこれだけでもいっぱいいっぱいなんだから無理に入ってくんなよ……。思わず穂乃果の顔のすぐ横に手をついてしまった。……あれ、これってあれじゃね。今世間で流行ってる壁ドンってやつじゃね?

 

「大丈夫?たくちゃん……」

「あ、ああ……。穂乃果も大丈夫か?」

「私は……うん、だいじょう……ぶ、だよ……」

 おぉふ、何この可愛い生き物。横に付いてる俺の手を見ながらモジモジしちゃってるんだけど。壁ドンって今まで隣の部屋の人がうるさいからうるせぇって意味で壁叩くイメージしかなかったわ。いやー壁ドン最高だねっ。

 

 

「た、くちゃん……」

「ん?どうした、ほの……か……?」

 お、おい……何でこんなに顔赤いんだよこいつ……。くっそ可愛いけど。待て、徐々に顔近づいてきてない?もしかしなくてもこれってアレ?アレなの?いくら人がいっぱいこんなぎゅうぎゅう詰めになって分かりにくいからってここでしちゃう?…………無理だな。

 

 

「……そ、その、次の駅だから、降りる時、気を付けろよ……」

「あ…………うん……」

 ワザとらしく顔を逸らす。そんなあからさまに落ち込まないでくんないかなぁ。俺だって辛いんだぞ今の選択肢は……。だがやはり、穂乃果の悲しむ顔は見たくなかった。せっかくの祭りだからな。

 

「それと」

「え?」

「……まあ、その、何だ。今は人がいっぱいいるし、場所も場所だからな。……だから、するならするで、ちゃんと場所を考えたいっていうか……」

「たくちゃん……そう、だね。うん、場所を弁えよう!」

 ばっ、声でけえよやめろ。俺らが変な事しそうになってるとか勘違いされたらどうんすんだよおバカ。もう、そんなおバカなとこも大好きっ。……ああくそ、自分で言っておきながら恥ずかしいな。

 

 

 

 

 

 いかにもバカップルオーラを出しながら2人でモジモジしていたら駅に着いた。リア充爆発しろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へえ、人がいっぱいいるから窮屈そうだと思ってたけど、祭り会場自体が広いから結構まばらに感じるな」

「たくちゃんたくちゃん!!いいから早く行こうよ!!」

 ああうん、はいはい。あなたさっき思いっきり顔赤くして照れてたよね。切り替わり早いなオイ超可愛い。めがっさテンション上がってるのを見てると、それだけ祭りが楽しみだったって事だろう。こういうの好きだもんな穂乃果は。俺はそんな穂乃果が好きだけどな!!

 

 

「だってたくちゃんとのお祭りなんだから凄く楽しみにしてたんだもーん!!」

 は?『だもーん』て何。果てしなく可愛いんだけど。『だもーん』は穂乃果に感謝した方がいい。穂乃果のおかげで可愛く聞こえるんだからな。だって穂乃果自体が可愛いんだもーん!!……ごめん、俺が使うとダメだわこれキモさで死ぬ。

 

 

 まあ、穂乃果が祭りではなく”俺との”祭りを楽しみにしてくれていたって言ってくれたのは素直に嬉しい。そう言ってくれるならこんな暑い中俺も来たかいがあるってものだ。これが唯に誘われたら唯を家に置いて1人で祭り会場に行って目的の物だけを買って即帰るまである。……結局は行っちゃうのかよ。

 

 

「たくちゃん早くーーーー!!」

「わぁーったよ」

 最愛の彼女が急かしてくるもんだからおちおち落ち着いてもいられないな。……あ、今のは別に『おちおち』と『落ち着いて』をかけた訳じゃないからね?

 

 

 というかあの子、自分の恰好分かってんのかな?結構ていうか大分目立つよ。はしゃぎすぎたらヒラリと舞い上がるよ何がとは言わないが。……仕方ない、俺はまた周りのオスゴリラ共に殺気の目を向けて威嚇しなければな。

 

 

 

 

 

 

 

 そこからはもう穂乃果の思うままに遊んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「たくちゃん!輪投げある!やりたい!」

「おう、やれやれ。ほい300円」

「え?やりたいって確認で言っただけでお金はさすがに自分で払えるよー!」

「バッカお前彼氏ナメんな。今日は全部俺が払ってやる。祭りの金くらい出したって拓哉さんにとっては財布が軽くなる事はない。それに、彼女の前ではかっこよくさせろっての」

 決まったな。これは華麗に決まった。自慢ではないが金には大分余裕がある。だから祭りを3周したって大丈夫なのだ。……あ、やっぱ無理だわ。

 

 

「ん~……分かった。じゃあ遠慮なく甘えさせてもらうね!」

「おう、どんと甘えてこい。むしろずっと甘えさせてやる」

 こうやって割り切って甘えてくれるのは個人的に嬉しい。もししつこくモジモジ遠慮なんかしてたら俺の財布の中身全部明け渡すレベル。いいぞ、もっと甘えろ。一生甘えさせて干物彼女にしてやる。うまるーん。

 

 

「ほっ」

「……」

「やっ」

「………」

「とぉっ」

「…………」

「せいっ」

「……………」

「全部外れちゃったっ!」

「いやヘタか」

 そのあと俺が何とかリベンジして景品を取りました。

 

 

 

 

 

「あ!射的だ!たくちゃんあれやりたい!」

「もう何でもやっていいぞ。穂乃果の笑顔、プライスレス。あ、おじさん射的1回で」

「あいよっ。何だい、兄ちゃん彼女のために頑張ってんのかい」

「はっ、甘いぜおじさん。頑張ってるんじゃない。もはや俺の生きる糧となっているまである」

「愛されんねーお嬢ちゃん!んじゃ彼氏の兄ちゃんのために1発景品当ててやんな!」

 

 中々良い事言うじゃないかおじさん。気に入ったぜ。だがな、穂乃果以上の景品はもうないんだよなぁ。

 というか穂乃果さんや、まだ撃ってなかったのかい。何をボヤっとしている!敵は目の前にいるんだぞ!

 

 

 

「私射的は初めてだからあまり分かんないんだよね~。えっと、この弾を先に入れて撃つんだよね」

 そうそう、分かってんじゃん。でもね、コルク銃だとしても決して人には向けちゃダメだからね。誤射っていう怖い単語あるくらいだから。ほら、今も銃口がおじさんに向いちゃってるよ。ほらほら気をつけ―――、

 

 

 バンッ!!

 

「おごっ!?」

 

「あ」

「おじさァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああんッッッ!!!」

 

 

 このあときっちり謝ったら笑って許してくれてしかも景品貰いました。おじさん、アンタイケメンだったぜ……!!

 

 

 

 

 

 

 

「フランクフルトある!たくちゃん食べよ!」

「腹も減ってきたし、そうするか」

 

 

 

「焼きそばもあるよ!一緒に食べよ!」

「一緒にとか何それ。そんな素晴らしい日本語があったのか……」

 

 

 

「味が濃いもののあとは甘いもの!綿菓子も食べよう!」

「ちょっと待て、写真撮るから!パクッって頬張るとこを写真撮るから!!」

 

 

 

「トウモロコシーー!!」

「リスみたいにガリガリ食べるんじゃありません。ふざけんなめちゃくちゃ可愛いじゃねえかコノヤロー」

 

 

 

「から揚げ食べる!」

「さっきから思ってたんだけど、結構食べるのねあなた。今日のためにお腹空かせてきたのか?」

「たくちゃん、はいあーん♪」

「あーん……うむ、悪くない。むしろ世界一旨いから揚げに格上げしたな」

 あーんされたぜヒャッハァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、お腹もいっぱいになったし、もうすぐ花火が始まるから見えるとこまで移動しよたくちゃん!!」

「ちょ、ま……うっぷ……、く、食いすぎた……。何でそんなに元気なんだよ……」

 俺より食ってるはずなのに何ともないのか俺の彼女は……。大食いな所も大好きです。

 

 

 

「んもぉ~しょうがないな~。じゃあ休憩がてらに人通りが少ない所にでも歩きに行こっか」

「そうしよう今すぐ行こう速攻で行こうマッハで行こう光速で行こう」

「どんだけ行きたいの……」

 花火が始まるせいか人も段々と多くなっていった。人混みが苦手な俺からしたら穂乃果の申し出はありがたきお言葉だった。やはり穂乃果は俺の神様だったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな訳で、俺と穂乃果は人通りが少ない川の橋の並木通りを歩いていた。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……大分マシになってきたわ」

「あはは……ごめんね、振り回し過ぎちゃったかな?」

「いや、そんな事はねえよ。穂乃果に振り回されるなら本望だからな。俺も楽しかったし」

 穂乃果の楽しそうな笑顔は俺をも楽しませてくれる。ただ穂乃果の浴衣衣装に見惚れそうになるゴリラ共を威嚇はしていたけど。こんな可愛い穂乃果を見ていいのは俺だけなんだよバーカバーカ!!

 

 

 

「あ、あそこにベンチあるよ!座ろっ!」

「え、でもいいのか?花火もうすぐ始まるぞ?」

「いいのいいの!ここからでも見えると思うし、人が少ないとこでたくちゃんと2人で見たいから……」

「……お、おう」

 確かに、この並木通りには人が少ない。確認できるだけでも1人か2人程度だ。というか、2人で見たいとか何言っちゃってるんだよこいつ嬉しすぎるわ可愛い。

 

 

 

 俺がベンチに座ると、穂乃果がすぐ隣に腰を下ろした。

 ち、近い……。常に左半身が穂乃果と密着してるレベル。衣装のせいで肩が出ているため、余計穂乃果に色気があると勘違いさせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「たくちゃん」

「ん、どうした?」

「ありがとね」

「……は?何が?」

 素直な疑問だった。何に対してのお礼だ?祭りに一緒に来た事か?それなら俺も穂乃果の可愛い姿を見るために来たんだからお礼を言われる事ではないはずだが。

 

 

 

「その……私なんかと付き合ってくれて……」

 思考が一瞬止まった。

 

 

 こいつ、何を言っている?”私なんかと”、だと?

 

 

 

「……何で、そんな事を今言うんだよ」

「あのね、今日たくちゃんとお祭りに来て改めて思ったんだ。確かに私はたくちゃんに告白して、たくちゃんはそれを承諾してくれた。本当に嬉しかった。その日は家で1人で凄くテンション上がっちゃって眠れなかったくらい嬉しかった。だってずっと願ってたんだよ?小学生の頃からずっと、たくちゃんだけが大好きだった。今日まで色々とどこかに行ったりとかして、本当に楽しかった。今もたくちゃんとこうして2人でお祭りに来れて凄く嬉しいし楽しい」

 

 

 俺は穂乃果を見つめたまま、しかし穂乃果は俯いたまま喋っていた。何か不安に思っているのを隠すかのように。俺にその表情を見せたくないかのように。

 

 

「だからかな……。時々こうやって不安になっちゃう事があるんだ。私だけがいつも舞い上がっちゃってたくちゃんを困らせちゃってるのかな、たくちゃんは無理して私に付き合ってくれてるだけなんじゃないのかなって……。でもたくちゃんはいつも嫌な素振りを1つも見せずに私と一緒にいてくれる。時には抱き締めてくれる。私の不安をいつも決してくれる。ホントに感謝してるの。……だから、そのありがとう、かなっ」

 

 

 そう言って顔を上げた穂乃果の顔は、いつもの笑顔じゃなかった。

 何だか申し訳なさそうな、そんな顔をしていた。

 

 

 

 

 

 ……そうだったな。こいつはいつもバカみたいに騒いでるって思いがちだけど、穂乃果は穂乃果で色々と考えてるんだよな。いつも笑顔なのは悪い事ではない。むしろ周りの人をも笑顔にできる穂乃果の笑顔ってのは本当に凄いのだ。でも、それだけじゃない。

 

 いつも笑顔な穂乃果でも、悩んだり落ち込んだり不安に思うのは確かなんだ。スクールアイドルで、そのリーダーで、みんなを引っ張っていけると言っても、結局はただの女の子なのだ。

 

 そんな彼女が今こうやって不安に駆られている。いつもの笑顔ではなく、不安が見え隠れするくらいに揺らいでいる笑顔だった。……なら、彼女を本当に笑顔にしてやれるのは彼氏である俺だけじゃないか。

 

 俺の事でこんなにも不安になって、寂しそうな顔になって、悲しそうな顔になって、だったら、それを全部払拭してやれるのは問題点である俺だけしかいないじゃないか。

 

 

 

 

「あだっ」

 

 

 

 

 だから、俺は穂乃果の額にデコピンをおみまいしてやる。

 

 

 

 

「ったく、何を言うかと思えば……あのな、まずお前の言う事の大前提がおかしいんだよ」

「ぶー……大前提……?」

 ぶーとか唸るな可愛い。じゃなくて。

 

 

 

 

「”私なんか”とか言ってる時点でおかしいんだよ。穂乃果は俺から見ても十分すぎるくらい魅力的な女の子だ。むしろ俺が穂乃果に釣り合ってるか疑問に思うレベルにな。俺が告白を承諾したのも俺自身が穂乃果を好きになったからだ。仕方なくとか無理してとかそんなのじゃない。正真正銘俺の意志で穂乃果と付き合いたいって思った。付き合ってからもっと穂乃果が好きになっていく自分にも自覚が出てきた」

 

 

 これは俺の紛れもない本音。俺の言葉を少し目を見開きながらもちゃんと見つめ返して聞いている彼女への本音。

 

 

「だからさ、穂乃果が不安がる必要なんてどこにもなかったんだよ。重いと思われるかもしれないけど、俺はこの先一生穂乃果と生きていくつもりだ。少し離れてた時期もあったけど、生まれた頃からの幼馴染だった。だから、この先もずっと穂乃果と一緒に生きていきたい。大好きなんて言葉じゃ足りないくらい、俺はもう穂乃果を愛してると言ってもいいんだ。だから、俺は穂乃果を離さない。ずっとな」

 

 

 

 

 俺が言い終えてから数秒経った時、暗い空がカラフルな色に包まれた。

 花火が始まったのだ。けたたましい音と共に美しい花火が舞い上がってるのにも関わらず、俺も穂乃果もお互いを見つめたまま動かなかった。

 

 

 

 そこからまた数秒が経った頃、穂乃果の口が動いた。

 

 

 

「……わ、私だって、たくちゃんの事大好きだもん。小さい頃から好きなのに、嫌いになれる訳ない。私の方こそ重いと思われるかもだけど、ずっとたくちゃんと一緒にいたい。生きていきたい。一緒に笑いあったりして、時には喧嘩なんかもしちゃったりして、でも仲直りしてもっと絆を強めていきたいよ!」

 

 

 

 

 

 本音を言った。

 本音を言われた。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてお互いの本当の気持ちが分かった。

 

 

 

 

 

 

 あとは、言葉なんていらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明るくもけたたましい音を発しながら、明るい夜空といういかにも矛盾している景色をバックに、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺と穂乃果の口が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は今、穂乃果をおんぶしながら道を歩いている。

 

 

 

 

 

 

 

 一応あそこから2人で手を繋ぎながらベンチで花火を見ていた。

 静かにああやって穂乃果と見れた花火は悪くなかった。むしろキスのあとで照れながら見てたからうるさい花火の音は逆にありがたかった。

 

 

 

 花火が終わればあとは帰るだけ。だったのだが、それは他の客も同じだったようで、駅に行くとそれはもう大変だった。

 人人人でヤバイ。人がゴミのようだとムスカ大佐の気分になれた。

 

 そんな人混みの中に普通の浴衣よりも露出度が高い浴衣衣装を着ている穂乃果を放つ訳にもいかず、近くでタクシーを拾って家付近まで帰って来た訳だ。何故家付近までだったかと言うと、単純に車が混んでいたから。車で来ていた人も多くて、帰りの時間が重なれば必然的に帰路も車で混んでくる。

 

 だから穂乃果の家の近くまで来た所で降りたのだ。途中で穂乃果がはしゃぎ過ぎで疲れたのか眠ってしまった。なので俺が今こうして穂乃果をおんぶしながら帰路を歩いている。

 

 

 

 別におんぶするのは悪い気分ではない。むしろ穂乃果と合法的に触れ合える俺としては万々歳である。もし何か言う事があれば、穂乃果の浴衣衣装が問題でおぶってる俺がすれ違う人達に不審な目で見られた事だ。やめてっ!俺は無実だから!

 

 

 

 

 

 

 

 まあそんな訳でもうすぐ穂乃果の家に着くという状況だ。

 

 

 

 

 

 ホント、よく寝てるなぁこいつ……。俺の顔のすぐ横に穂乃果の顔があるからよく見える。超可愛い俺の嫁。

 スースーとリズム良く寝息をたてている愛しい彼女を見て微笑ましくなる。よくもまあ、こんな子が俺の事を好きになってくれるなんてな。自分でも驚きだわ。ちゃんと幸せにしないとな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく歩いてると、静かな夜道に可愛らしい寝言が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……たくちゃん……大……好き、だよ……」

 すぐ横から聞こえてきた最愛の彼女の寝言。寝言でもこんな事言ってくれるなんて、俺も幸せ者だな。

 

 

 

 返事が来ないと分かりつつ、俺もこう返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まだ甘いよ穂乃果。……俺は穂乃果を愛してる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心地良い彼女の重さを背中に感じながら、幸せにすると決めた彼女を家に送るため、俺は歩き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




初めての個人回での主人公視点、いかがでしたでしょうか?

作者としては自分の欲望を晒け出した結果ですw

拓哉は鈍感ではありますが、本編を見て下さっている方なら分かると思いますが常に出会いを求めている奴ですw
だから惚れたらその子一筋で愛する事となるでしょう。それを穂乃果回で出してみました。
あと、穂乃果の浴衣衣装に関しましては、『穂乃果 浴衣 覚醒』と検索すれば出てくるやもしれません。

ご感想いつでもお待ちしております!



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31.悩みの正体

にゃんぱすー。



えーとですね……特に言う事ないやー。






どうぞ!


 

 

 

 

「色々あるんだなぁ、みんな」

 

 

 

 

 

 

 帰宅途中の坂道で、1人で何気なく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 率直に言ってしまうと、小泉花陽は悩んでいた。

 

 

 今日あった事を色々と思い出してみる。

 飼育係だからアルパカの世話をしに行ったらそこには憧れのスクールアイドルの人達がいて、そしてやはりそこにはその彼女達を手伝っている少年もいた。おそらくアルパカにかけられたであろう唾のせいでとてつもなく臭かったが。

 

 つい先日ライブがあってお世辞にも成功とは思えない結果になりながらも、彼女らはそれを乗り越え、そして今も活動している。それを目の当たりにして、花陽は悩んでいた。

 

 やはり憧れていたから、捨てきれなかったから、少年に相談しようかしまいか考えていた。けれどそれも出来なかった。自分の中でそれでいいのかという考えもあったから。またいつものように自分で決めず誰かに相談して決めてもらうのか。自分の選択を、小さい頃からずっと思ってきた願いを、そんな大切な選択肢を誰かに委ねてもいいのかと。

 

 

 

 教室では、親友である星空凛にも言ってみた。

 自分がスクールアイドルをやると言ったら、一緒にやってくれるかと。これは花陽の精一杯の我が儘だった。何気なく言ったつもりでも、精一杯の我が儘であり、お願いでもあった。簡単に言ってしまえば道連れだった。凛が可愛い女の子だと知っている花陽だからこその。

 

 

 しかし、彼女はそれで首を縦には振らなかった。過去に苦い経験をしたせいで。

 小学生の時だった。

 

 珍しく、本当に珍しく凛がスカートを履いてきた時があった。花陽はそれを素直に可愛いと本気で凛に伝えた。凛もそれを聞いて照れてはいたが嬉しそうでもあった。だが、その笑顔はすぐに崩れる事となる。

 

『あー!スカートだぁ!』

『いつもズボンなのにー!』

『スカート持ってたんだー!』

 

 同級生の同じクラスの男子達の声だった。その男子達の特に悪意のないただの何気ない感想だった。

 だけど。

 そんな何気ない一言でも、その少女が傷付くには十分すぎる感想だった。

 

 だから凛はその日からスカートを私服で履くのをやめた。自分には似合わないと無理矢理言い聞かせ、自分は可愛くないのだと嫌でも理解させて。花陽もそれを知っている。あの時目の前にいたのだから。

 

 だから理由を知ってなお、花陽は凛に我が儘を言ってみせた。自分の我が儘の道連れにしようとすると同時に、凛を克服させるために。でもそんな事はなかった。断固として断られてしまったから。

 

 

 

 西木野真姫という同級生の家にも行った。

 ある紙を持ち去った所で彼女の生徒手帳が落ちていたから。それを届けるために、凛と別れてから彼女の家に向かった。シンプルに表すのなら、彼女の家は豪邸だった。彼女の母の言葉を聞けば病院を経営していると言っていた。

 

 

『西木野総合病院』

 

 

 頭の中にそれが1番に出てきて、同時に納得がいった。言うまでもなく、彼女の名字は西木野だったのだから。それさえ分かってしまえば疑問は一気になくなる。部屋には数々のトロフィーがあった。それもおそらく彼女が今まで獲得してきたものだろう。

 真姫と会ってから、スクールアイドルを進めてみた。いつも放課後に彼女の歌を聴いて、彼女がどれほど演奏が上手いのかも知っている。

 

 だから。

 なのに。

 

 それも断られてしまう。

 既に、真姫の未来は決められていた。病院を経営しているから、その跡継ぎとして勉強に時間を費やさなければならない。だから彼女は言っていた。自分の音楽はもう終わっていると。それを聞いていた花陽は、それなら何故そんな事を寂しげな顔で言うのだろうと疑問に思っていた。

 

 そんな思考を進めようとさせないように、今度は真姫から話を振られた。そういう自分はスクールアイドルを始めないのか、と。μ'sのファーストライブにたまたまと言っていたが真姫もいたらしい。その時に自分がいたのを見られていた。だからこうして言われた。

 

 自分は入らないが、花陽が入るなら、応援はしてくれると。

 それに花陽は一応笑顔でお礼を言った。まだ入るなどと決めていないし、どっちかって言うと入らない方が個人的に正解だとも思っている。性格的にも、スクールアイドルをやるという自分の自信的にも。

 

 

 

「……お母さんにお土産買っていこう、かな」

 

 

 

 歩いてると『穂むら』という和菓子屋が見えてきた。

 ここは気分を変えて和菓子でも買っていこう。という少し強引に思考を切り替える選択を今は選んだ。今考えても答えはきっと出ない。むしろダメな方向に考えてしまうに決まってる。だから気分転換。

 

 

 

 いかにも和風と感じさせる看板の下にある引き戸をガラガラッと開ける。

 

 中に入るとほんのりと和菓子特有の優しい甘い香りが漂ってくる。そんな優しい匂いに気を取られながらも奥へ進むと、そこにいたのは、

 

 

 

 

「いらっしゃいませー!ってあれ?」

「あっ、先輩……」

 今日会って勧誘してきたスクールアイドルμ'sの高坂穂乃果が割烹着を着ていて、

 

「ったく、何で俺まで手伝う羽目になってんだよ……こちとらアルパカに唾かけられて1日テンションだだ下がりだってのに……。あ、ラッシャッセー……って、ん?あれ、小泉じゃん。にゃんぱすー」

「お、岡崎先輩まで……」

 アルパカに唾を吐かれたせいで着替えたのか、今はプルオーバーパーカーを着ている岡崎拓哉が愚痴を言いながら表に出てきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故か家の中へ通された。

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい!」

「お、お邪魔します」

「私、店番あるから上でちょっと待っててね。部屋は階段上がって左にあるから」

「は、はい」

 

 言われるがままに階段を上っていく。母へのお土産を買うつもりだったのに何故か気付けば家の中にまで入っている。普段からあまり口数が少ないのが災いしてしまって流されるがままに流されたのだった。

 

 

 階段を上がれば見えたのは2つの引き戸。

 

 

 しかし、どっちの部屋かまでは聞いていなかったため、ここで花陽は止まってしまう。部屋が合っていればそれは問題ない。だが、部屋が間違っていた場合、部屋主にも悪いし、勝手に部屋を覗いたという汚名のレッテルまで貼られてしまうだろう。それだけは回避しなければならない。

 

 

「えっと……こ、こっちかな……」

 穂乃果は階段を上がって左にあると言っていた。ということは、手前のこの部屋が合っているはず。という結論に花陽は至った。スッと手を掛け引き戸を開ける。

 

 

 そこにいたのは、

 

 

「ふんにににににににッ!このくらいになれれば……!!」

 

 

 きゅうりパックをしながら体にバスタオルを巻いて、何というか、胸を必死に寄せていた少女の姿があった。

 

 その状況認識が出来た瞬間の花陽の行動はとても素早かった。ただシンプルに素早く引き戸を閉めた。

 

 

「ま、間違ってた……」

 回避しようと決めた途端にとても容易くそれは崩れ去る。だがもうやってしまったものは仕方がない。ここは気を取り直して次の部屋を開けるしかない。というかもう消去法的に次の部屋は絶対に合ってるという結論になる。

 

 そう思って奥の部屋に行こうとした瞬間、

 

 

 

「らーららーららーららららーん♪」

 

 

 

 何故か合ってるはずの部屋から歌を口ずさむような声がしてきた。

 必然的にその部屋に行かなければならないので、花陽はさっきと同じようにそっと引き戸を開けた。

 

 

 そこにいたのは、

 

 

「じゃーん!みんなーありがとー!ラブアロー、シュートぉ!」

 

 

 華麗にポーズを決めてからイメージ的に客席っぽい方に手を振ってから弓を射る形の決めポーズをしている青みがかった髪の少女がいた。というかμ'sの一員の少女だった。

 

 何か見てはいけないようなものを見てしまったのではないかと不思議ながらもそう感じた花陽は引き戸をいわゆるそっ閉じというやつをした。

 

 

「ど、どうしよう……」

「よう、どうした小泉」

 すると、階段から上がってきた拓哉が話しかけてきた。

 

「お、岡崎先輩……どうして……?」

「ああ、穂乃果がそういえばどっちの部屋かまでは教えてなかったから伝えてあげてきてって言われてな」

「そ、そうなんですか。でも、もう……」

 どっちの部屋も見てしまった。おそらくは今目の前にある部屋で合ってるのは間違いないとは思うが、見てはいけないもの見てしまったような気がして中々入れない。

 

「もう手前の部屋も見ちまったか?まあそこの部屋は穂乃果の妹の部屋だから気にする事じゃねえさ。それより分かってんなら何でその部屋に入らないんだよ?」

「そ、それは……」

 言おうか言わないか迷っていたら、閉めた引き戸の奥からダダダダダッ!と手前の部屋からも同じ音がし、何かが迫ってくるような音がしてダンッ!と勢いよく開かれたと思ったら、

 

 

 

「見ましたね……」

「見ましたね……って、た、たく兄……!?」

 

 

 修羅がいた。

 

 

「あ、あははは……」

 もう何をされても何を言われてもとにかく謝ろうと決めた矢先、花陽の肩に手が置かれた。紛れもなく拓哉の手だった。

 

 

 

「オーケー、どういう状況なのかは何となく分かった。ちょっと危ないから小泉は少し離れてろ」

 そう言うと拓哉は花陽を廊下の隅へ移動させ、照れと怒りが入り混じった雪穂と、上手く表情が見えない程謎のオーラを纏って修羅と化している海未の間へと何の躊躇もなく入って行った。

 

 

 そしてフッ……と、軽く自嘲気味に笑ったと思ったら、

 

 

「……さぁ、この先の展開は読めてる。殺るならもう一思いにやってくニーチェッッッ!?」

 海未の綺麗な蹴りに吹っ飛ばされ、

 

「たく兄の…………変態ッ!!」

「ボベバァッッッ!?」

 空中で飛ばされている所を雪穂の掌が拓哉の顔面に直撃して床にガンッ!と打ち付けられたのだった!

 

 

 

 

 

 

「お、岡崎先輩……」

 自分を守ってくれたのだと頭で理解は出来ていても、今の惨状を目の前にしては何も言えなかった花陽であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめんなさい……」

「ううんいいの!こっちこそごめんね?でも海未ちゃんがポーズの練習をしてたなんてね~」

「ほ、穂乃果が店番でいなくなるからです!」

「……ねえ、海未はその前に誰かに謝る事が先なんじゃないですかね」

 

 あれから店番を終わり騒ぎを聞きつけてやってきた穂乃果が来た事によって場は沈静化し、今は穂乃果、拓哉、海未、花陽でテーブルを囲っている。ちなみに拓哉は大ダメージを喰らったはずにも関わらず、特に手当てもせずに座っている。

 

 

「あ、あれは拓哉君が何も説明せずに黙って蹴られるのが悪いんです!」

「え、俺が悪いの?蹴られた挙句雪穂に顔面ビンタまでされたのに俺が悪い流れなの?というか小泉を間接的に守った俺は褒められる事はあっても責められる筋合いはないはずだ!」

「あ、あの……」

 

 花陽が2人の仲裁に入ろうとした瞬間、穂乃果の部屋の引き戸が開けられた。

 

 

「お邪魔しまーす!……ん?」

「あ、お、お邪魔してます……」

 μ's最後の1人である南ことりが入ってきた。花陽と目が合うと同時にことりは花陽に駆け寄り、

 

「え!もしかして本当にアイドルに!?」

 満面の笑みで問いかけてきた。しかしそれに答えたのは花陽ではなく穂乃果だった。

 

 

「たまたまお店に来たからご馳走しようかと思って……穂むら名物穂むらまんじゅう、略してほむまん!美味しいよ!」

「まあ、穂むらの和菓子は全部美味いんだがな、その中でもほむまんは1番のオススメでもある。俺の」

 穂乃果と拓哉が説明してくれて花陽もほむまんを食べようとするが、ことりが何かを取り出すのを見て動きが止まる。

 

「穂乃果ちゃん、パソコン持ってきたよ」

「ありがとぉ!肝心な時に限って壊れちゃうんだぁ。たくちゃんも直せないって言うしぃ」

「男が機械に強いっていうのは都市伝説だ。それに俺が修理したら直るより永遠に再起不能にするまである」

「それ機械に思いっきり弱いって事ですよね……」

 言いながらも各々がテーブルを片付けていく。花陽もそれに従うかのように自身の目の前に置かれているほむまんと煎餅などが入っている皿を両手で持ってどかせる。

 

「あ、ごめんねぇ」

「いえ」

 粗方片付くと、ことりはPCを開き、スリープ状態にしておいたPCを起動させた。

 

「それで、ありましたか?動画は」

「まだ確かめてないけど、多分ここに……」

 海未の問いにことりは答えながらも、慣れた手付きでどんどん操作していく。カチッカチッとマウスの音が続いてしばらくすると、

 

「あったぁ!」

「本当ですか!?」

「え、マジで?あんの?」

 三者三様の反応をしながら花陽以外の全員がことりの周囲に集まっていく。花陽も一応画面が見える位置にまで移動し、同じく画面を凝視する。

 

 

 すると、画面に映ったのは、紛れもないμ'sであるこの3人と、先日その場にいて聴いたばかりの曲が流れ始めた。

 

「おぉ~」

「誰が撮ってくれたんだろうね?たっくん?」

「いや、俺はカメラなんて持ってなかったの知ってるだろ?」

「それにしても、凄い再生数ですね」

「こんなに見てもらったんだ~!」

 

 再生数のところを見ると、これが中々の数で、初投稿の割にこれは上出来なくらいの再生数だった。生徒会長はこのままやっても何も変わらないと言っていた。しかし、この再生数を見ればみんな分かる。

 

 好調。そんな2文字が全員の頭の中に浮かんだ。これは慢心ではない。実際の再生数を見たからであって、虚勢を張っている訳でもない。もちろんこれで調子に乗る訳でもない。むしろ余計に頑張ろうと思える程に、彼女達のモチベーションはどんどんと上がっていった。

 

 

「あ、ここのところ、綺麗にいったよねぇ!」

「何度も練習してたとこだったから、決まった瞬間ガッツポーズしそうになっちゃった!」

「俺から見ればお前ら全員綺麗に踊れてたと思うけどな。可愛さも相まって余計に綺麗だと感じさせるくらいに」

「た、拓哉君……」

「え、何?何で急に3人共変に黙るんだよ。やめろ、そこはたくちゃんに言われてもそんなに嬉しくなーいー!とか言ってネタに走るのが普通だろ―――って、小泉?」

 

 拓哉が何か言い訳をしていると、ふと花陽がずっと黙っていたのが目に入った。実は拓哉に可愛いと綺麗の2コンボを喰らって機関車のように頭から煙が出ていた3人も、拓哉の言葉が急に止まったのに反応して同じ方向を見た。

 

 

「……あ、ああごめん花陽ちゃんっ、そこじゃ見づらくない!?」

 慌てて取り繕うように穂乃果が花陽を気遣おうとするが、それを無視するような形で花陽は画面を集中して見ていた。器用に両手でほむまんと煎餅の入った皿をバランス1つ崩さず持ちながら。

 

 

 

 それを見ていた拓哉は数秒の間だけ思考に耽てから穂乃果達に目を合わし、4人でアイコンタクトをとる。

 そこから導き出された結論は、

 

 

「小泉さん!」

「……は、はい!す、すみません、つい集中しちゃって……」

 集中してしまったとはいえ、先輩を無視してしまっていた事を責められるかと思っていた花陽だったが、それは杞憂に終わる事となる。

 

 

 

「スクールアイドル、本気でやってみない?」

「えぇ!?」

 誰でも分かるような、簡単な誘いだった。μ'sの張本人である人達に誘われたのだ。アイドルが大好きだからこそ、花陽はそれにはいと即答したかった。けれど、紡ごうとして、口が半開きのままで止まってしまう。

 

 もう一度自覚する。自分には才能がないから、好きだからこそ、細かいところまで知って分かっているからこそ、自分じゃスクールアイドルなんてものはできないという結論に至ってしまう。

 

 

 だから。

 

 

「……でも、私、向いてないですから……」

 やんわりと断りを入れる。自分の気持ちに嘘を吐き、言い聞かせ、蓋をする。こんな事をするのももう慣れた。いつだってそうだった。いつだって自分の気持ちに蓋をしてきた。正直な事は言わず繕って、嘘で塗り固められた言葉を言い放って、数々の欺瞞を繰り返してきた。

 

 そうした方が良いから、そうした方が誰にも迷惑をかけないから、親友にまでわがままを言って、わざわざ勧誘してくれた面々にまで嘘を吐いた。断ったから、もう誘われない。それが分かっていても一歩が踏み出せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 だから。

 なのに。

 

 

 

 

 

 

「私だって、人前に出るのは苦手です。向いているとは思えません」

「……え?」

「ホント、海未のアレはどうにかならんかね。本番はどうにかなったから良かったものの、次にまた恥ずかしがりが出たらどうすんだよまったく……」

「拓哉君うるさいです」

「アッハイ」

 

 

 海未が自分の欠点を曝け出し、

 

 

「私も歌を忘れちゃったりするし、運動も苦手なんだっ」

「んもぅ、そんなちょっとドジなことりも超可愛い天使。大丈夫、ことりの魅力は俺が1番分かってる」

「ありがとね、たっくん♪」

「拓哉君……?」

「アッハイ」

 

 

 ことりも苦手分野を素直に吐いて、

 

 

「私は凄いおっちょこちょいだよ!」

「だな」

「ちょっと!それだけ!?」

「アッハイ」

 

 

 穂乃果も素直に短所を言って、

 

 

「プロのアイドルなら私達はすぐに失格!でも、スクールアイドルならやりたいって気持ちを持って、自分達の目標を持ってやってみる事は出来る!」

「それがスクールアイドルだと思います」

「だから、やりたいって思ったらやってみようよ!」

 μ'sの張本人である彼女達の言葉があった。

 

「もっとも、練習は厳しいですが!」

「海未ちゃぁん、それを今言っちゃったら渋っちゃうよ……」

「あ、失礼……」

 自分には向いてない。それは彼女達も思っていた事だった。それでも尚、彼女達はあのライブをやり遂げた。やりたいという気持ちが強かったから。花陽と同じくらい、やりたいという気持ちが凄く強かったから。

 

 

 

「ま、そういう事だ」

「え……?」

 穂乃果達の言葉に心が揺さぶられ、またしてもやりたいという気持ちが出てきてしまって悩み始める花陽に、拓哉が声をかけた。

 

 

「お前がアイドルが大好きだって事はもう分かってる。でも穂乃果達がやっているのはアイドルじゃなくてスクールアイドルなんだ。重く考える必要なんてどこにもない。特別な理由なんていらないんだ。ただやりたい。動悸なんてそれだけでいいんだよ。だからさ、小泉花陽。やりたいって少しでも思うなら、自分の気持ちに嘘つく事なんてないんじゃないのか?」

 

 もう、拓哉は既に花陽の悩みを分かっていたのだろう。その上で、花陽がまだ相談しに来ないのを理解した上で、直接的に花陽を勧誘するのではなく、遠回しに言ってきている。

 

 

 

 

 そして、穂乃果とことりが口を開く。

 

 

「今はまだ言わなくてもいいよ。ゆっくり考えて、答えを聞かせてね!」

「私達はいつでも待ってるから!」

 

 

 

 

 まだ猶予はある。改めて考える時間をくれた。

 であれば、もう少し考えてみようと、花陽は笑顔で返す。

 

 

 

 

「はい……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小泉」

「は、はい」

 

 母へのお土産として買ったほむまんを片手に持ちながら外に出ると、拓哉が声をかけてきた。

 

 

 

 

 

「『当初』に俺が言った事は取り消す。もう何も俺からは言う事はない。あとは小泉自身が決めるんだ。自分自身の素直な気持ちでな。……まあ、そんだけだ。じゃあまたな」

「岡崎先輩……」

 言うだけ言うと拓哉は中へと戻って行った。

 

 

 

『当初』というのは、おそらく花陽が拓哉と2回目に会った時に言われた相談しに来いと言った件だろう。

 あれを取り消すという事は、退路は断たれたと言ってもいい。しかし、それを花陽がどう捉えるかによって変わってくる。

 

 

 最後の切り札でもあると言える相談にのってくれる人がいなくなってしまったと捉えるのか。

 ここからはもう誰かに相談にせずに、自分で考えて答えを出すのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の部屋に入ると同時に昔のアルバムを開く。

 ページを捲っていき、あるページで止まる。そこに映っていたのは、小さい体を精一杯全身を使ってアイドルっぽくしようと、オモチャのマイクを持ちながらにっこりと笑っている花陽の姿があった。

 

 

 

 そう、小さい頃も、そして高校生になった今でも、アイドルが大好きだった。

 さっきの2択での答えは自ずと出てきた。

 

 

 やりたくない訳がないのだ。ずっと大好きのままでいたから、憧れていたから、やりたいから、ここまで悩んできたのだ。

 μ'sの彼女達がわざわざ自分の短所を曝け出してまで自分の背中を押そうとしてくれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 だったら。

 

 

 

 

 小泉花陽の心には、確かな変化があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 ある部屋の一室。

 

 

 

 

 

 星空凛は自分の部屋を真っ暗にしながら、姿見の前でスカートを履いていた。

 

 

 親友の花陽にスクールアイドルを一緒にやってくれと言われてからずっとそれが引っかかっていた。女の子っぽくないし、髪は短い、だから自分にはアイドルは似合わない。凛も花陽と一緒で、一種のコンプレックスがあった。

 

 女の子っぽくない自分にはスカートは似合わない。だからスクールアイドルなんて出来ない。そう無理矢理言い聞かせる。

 しかし、それでも星空凛は女の子なのだ。どんなに女の子っぽくなくても、髪が短くても、立派な女の子なのだ。だから可愛いものには目を引かれるし、憧れたりもする。もちろんアイドルにだって。

 

 

 

 

 不確かな気持ちのまま着替え始める凛には、まだ戸惑いの気持ちがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 そこもまた、ある一室だった。

 

 

 

 

 

 

 

 西木野真姫はPCの画面を見ていた。μ'sのライブ動画。真姫が作曲をして、提供した曲が歌われている動画。

 

 

 それを見て真姫はいまだに迷っていた。落とした生徒手帳をわざわざ家まで持って来てくれた花陽が言った言葉に。自分はスクールアイドルにならないのか、と。

 その時はあまり迷わずに断れた。そう、真姫は大学では医学部に通う事になっている。だから勉強に励まなくてはならない。故に、どれだけ音楽が好きでも、小さい頃にピアノで賞をいくつも取ってきたとしても、自分の音楽の道はもう終わっているのだと、そう無理矢理言い聞かせてきた。

 

 でも、あのμ'sのファーストライブを見て、真姫の中の何かが変わっていた。確実に心境の変化が訪れていた。やりたいという気持ちが出てきてしまっていた。軽いと思っていたアイドルの曲が、薄っぺらいと思っていた歌が、ただ遊んでいるだけと思っていた踊りが、その全てが真姫を魅了してしまっていたから。

 

 また出てきてしまった音楽への思いと、それに蓋をしなきゃいけないという気持ちが重なって、真姫は迷いながらそのまま突っ伏していった。

 

 

 

 葛藤が頭の中で暴れまわっている真姫には、迷いの気持ちがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 結局は3人共一緒だった。

 

 

 

 

 

 自分の素直な気持ちに蓋をして、出来ないのだと、似合わないのだと、やらないのだと、無理矢理言い聞かせてきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ただ、それは言い聞かせているだけに違いはない。

 素直になれないだけ、本当はしたいのに嘘を付いているだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 であれば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなものは、何か小さな1つのきっかけで気持ちごと変えてしまってやればいい。

 

 

 

 

 

 

 

 それは、同じ気持ちの者だからこそ出来る事でもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、この話にヒーローなんて別に必要な物語でもないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




展開は出来るだけ早めにしていくつもりです。
新作も書きたいのでねw


いつも評価、お気に入り、ご感想をありがとうございます!
これからも評価お気に入りご感想をもっと貰えるように頑張っていきたいと思っております。
というか、ご感想が欲しい(直球)

やはり読者様のお声が聞けるってのはそれだけでとてつもない活力剤になるのです!
モチベーションもぐーんと上がりますしね!



いつ妹回書こうかな……。
イラストは出来てるんだけどな……。




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32.ヒーローが必要ではない物語


ども、結構ギリギリで書き上げたたーぼです。



どうぞ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「輪郭をぼやかせていた靄も―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の最後の授業中の事だった。

 

 

 

 

 

 

 他の生徒が教科書を読んでいるのにも関わらず、小泉花陽は授業とはあまり関係ない事を考えていた。

 

 

 

 

(やりたいって思ったらやってみる。そうだよね……)

 

 昨日の事を思いだしていた。

 勧誘されて、悩んで、親身になって考えてくれて、後押しをされて、後は自分で決める。

 

 

 あれから色々考えた。

 ずっと憧れていたアイドル。そんなものにはなれないと分かっていながらも今まで焦がれてきた。でもスクールアイドルなら自分でも出来る。そう言ってくれた人達がいた。

 

 その気持ちに応えたい。素直になればすぐにでもスクールアイドルになれる。明確に心の変化が訪れていた今の花陽なら、正直にやりたいと伝えられる。やりたいからやると言えるくらいの自信はできた。

 

 

 

 

 

 

 はずだった。

 

 

 

 

 

「―――じゃあ次を、小泉さん」

「え?は、はい」

 不意に先生から教科書を読めという意味での指名を受ける。

 

「読んで」

「は、はい」

 ここ数日は声が小さかったから読んでいる途中に止められる事もあった。でも今は違うはずだ。少なくとも心境に変化はあったのだと自分でも分かる。終わったら伝えに行くんだと決意する。そう、変わるのだ。自分が。

 

 

 

 

 

 

 

 

「遠い山から、この一文が示す芳郎の気持ちは、い、一体なんでぁ、あぅ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 クスクスと周りのクラスメイトの笑い声が聞こえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが、花陽が決めた決意を揺るがすには十分だった。

 やってしまった。大丈夫と思っていた矢先にこれだ。いつもより声を出そうとしただけ、それだけなのに、こんな結果に終わってしまった。

 

 決意は失意に変わり、自信は危惧に変わり、自らが自らの評価を落としていく。やはりダメだったんだと。自分じゃ無理なんじゃないかと。

 

 

 

 

 

 一度深みに落ちてしまえば、あとは戻る事を知らずに沈んでいくだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業が終わったら、花陽は素早く荷物をまとめ、凛を待たずして教室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今は1人でいたい。その気持ちが強かったから。

 

 

 

 何もかもが思い通りにいってくれない。自分の思い描いている理想とはとても程遠く、とても醜い結果で終わってしまう。そんな非情な現実を覆したあのμ'sのようには、自分ではなれなかった。

 

 

 決心が揺らぐ。μ'sに入りたいと言ったところで、これではただの足手まとい、役立たずで終わるのは目に見えている。だったらそんな自分が入るのは間違っているのではないか?と、そんないつものマイナス思考に陥ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、深みに落ち、自分では上がれない程になってしまったとしたら、どうする事も出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 

 

 

 

 

 

 

 屋上で10分休憩している時だった。

 

 

 

 

 

 

「花陽ちゃん、来てくれるかなぁ?」

 シートの上でスポーツドリンクを飲みつつ、穂乃果が呟いた。

 

「どうでしょうか。昨日は一応笑顔で応えてはくれましたけど……」

「その場を取り繕うための愛想笑い、かもしれないしぃ」

 穂乃果の呟きに海未、ことりの順に答える。けれど2人とも、あまり芳しくないような声音だった。

 

 

 

 ライブを間近で見たはずなのに、昨日パソコンで再度見た時もずっと真剣に見ていた。そんな姿を見てその場にいた全員、小泉花陽という少女が本当にスクールアイドルを好きなのだと改めて認識させられた。

 

 だから誘ってみた。そんなに大好きなら一緒にやろうと。少しでもやりたいと思うなら一緒に歌って踊ってスクールアイドルをやろうと。考える時間を与えると、そこで花陽は笑顔ではいと返してきた。

 

 

 

 つまりは脈あり、そう思っていた。

 だが、休み時間になっても一向に花陽が来る気配がなかった。考えてみてと言った手前、自分達から返事の催促をする訳にもいかない。穂乃果達は花陽の反応が良かったからか、すぐに返事が来ると思っていたが、決してそんな事はなかった。

 

 ずっと穂乃果達3人だけが休み時間になる度にソワソワしていた。でも結局放課後の練習の時間になっても彼女は来なかった。

 

 

 

「今日来ないって事は、まだ考えてるのかなぁ。ねえ、たくちゃんはどう思う?」

 さっきから1人だけずっと黙っていた拓哉に対し、穂乃果が問いかけた。それに拓哉はあっけらかんとした感じに返す。

 

 

「お前達が気張ってても意味ないだろ。あいつはあいつでちゃんと考えてる。だから小泉がちゃんと考えて出した答えなら、お前達はそれをしっかりと受け止めなくちゃならない。例えそれがどんな答えであってもだ」

 それは、遠まわしに断られても仕方ないと思えという言葉でもあった。言ってみれば、小泉花陽という少女は穂乃果がはじめに誘ってみた時も自分よりも他の少女、西木野真姫を勧めていた。

 

 それは暗に、自分なんかよりもその人の方がふさわしいし似合う、という遠まわしに断っていたという取り方もできるような言い回しをしていた。自分の意見を言わず、ただそれを黙って傍観する立場を装っているかのように。ハナから自分には関係ないというかのように。

 

 

「たくちゃん……それって……」

 その真意を確かめるように、穂乃果は拓哉に再度問おうとしたところで、拓哉がそれを遮るかのように口を開いた。

 

 

「でも、最初は渋っていた小泉も、昨日は笑顔で応えてくれた。……だったら、俺達はその笑顔も小泉自身も信じなくちゃいけないだろ。俺達が信じないで誰が小泉が来るって信じるんだよ。確かにどんな答えでも受け止めろとは言ったが、別に信じるなとは言ってないからな」

「たっくん……うん、そうだねっ!私達が信じないと花陽ちゃんも来てくれないよねっ!」

 ことりも穂乃果も拓哉の言葉にうんうんと頷いていた。そう、確かに断られる可能性も決してゼロではない。花陽の性格を考えるなら断られる方が可能性としては大きいかもしれない。

 

 しかし、だからといって信じてはいけないなんて事も決してないのだ。穂乃果達だからこそ、花陽を誘った穂乃果達だからこそ、信じなくてはならない。入ってくれると信じて。昨日のあの笑顔を信じて。

 

 

 

 だが、ここで少し苦言を言ったのは海未だった。

 

 

 

「確かに私達だって小泉さんが来ると信じています。しかし、本当に入ってくれるのでしょうか……。こう言ってしまうのは気が引けるのですが、私には、小泉さんは心が揺らぎやすい人、というイメージがあります……」

「……なるほどな」

 海未の言葉に拓哉はその意味を理解した。

 

 

 つまり海未が言いたいのはこういう事なのだろう。

 心が揺らぎやすい。それは単に言ってしまえば優柔不断。いざやろうと思った事も、後になってやっぱり不安になり何も決められない。そこから1歩も動けなくなるのと同じように。

 やりたい事も何かしらの不安要素1つでやれなくなると思い込み塞ぎ込んでしまう。

 

 

 

 それはまるで、

 

 

「……小さい頃の海未、みたいな感じか」

「なっ……!け、決してそういう意味で言った訳では……!!」

「そう言われてみれば確かにちっちゃかった頃の海未ちゃんみたいだね!」

「ほ、穂乃果まで……!」

 

 そう、今の拓哉達からして見れば、花陽は小さい頃の海未を見ているかのようだった。

 言いたくても、一緒に遊びたいと思っていても、楽しそうにみんなで遊んで、羨ましくも断られたらどうしようという不安のせいで、いつも木に隠れて見ていただけだった頃のように。

 

 そんな幼い頃の自分と、今の小泉花陽を海未は重ねていたのだろう。だから穂乃果達よりも少し不安感を抱いてしまう。

 

「まあ、海未から見れば小泉は小さい頃のお前と重ねて見えるかもな」

「そ、そういう訳では……。しかし、その、似てる……とは思います。何か自分の気持ちに蓋をしているかのように、無理しているのではないかと……。自分で勝手に結論付けて、自分では這い上がれない程のマイナス思考の深みに落ちてしまっているのではないかと……」

「でもな―――、」

 そこで、海未の頭の上に拓哉の手が置かれた。

 

 

「思い出してみろよ海未。そんなお前を、深みに落ちてしまっていたお前をそこから引きずり上げてくれたのは誰かを」

「………………あ」

 思い出す。

 

 そして周りを見渡す。

 視界に映るのは、ずっと一緒に遊んだり、一緒に育ってきたと言っても過言ではない程の信頼をおける親友しかいなかった。

 

 

「穂乃果……ことり……拓哉君……」

 意識的だか無意識的にだかは分からないが、海未は『その』人物達の名前を呟いていた。

 

 

「……俺はどうかは分からないけど、いつも木に隠れて見てただけのお前に手を差し出したのは穂乃果だったろ。そして知っているのが穂乃果と俺だけしかいなくて萎縮していたお前をずっと気にかけていたのはことりだった。そうだろ?」

「はい……」

 

 そう。

 そんな海未を、暗い暗い思考の海から引きずり出したのは、紛れもないこの3人だった。

 穂乃果が声をかけ、ことりが気にかけて、何もしていないと思われている拓哉も、実は1番海未に話しかけたりして緊張をほぐしていた。

 

 ことりも同じだった。

 小学生にもなって友達が全然できず、ずっと1人で苦しんでいた頃、穂乃果に声をかけられ、最初の間は拓哉に緊張をほぐしてもらっていた。

 孤独だったが故に、自分も海未と境遇が一緒だったが故に、ほっとけなかった。自分にも出来る事があると信じて、そして今のここまで繋げる事ができた。

 

 

 

 であれば。

 

 

 

「確かに小泉は今悩んでいるかもしれない。暗いマイナス思考の海に沈んでいって自分では這い上がれない深みに落ちていっているのかもしれない。……でも、それなら誰かがそいつを引きずり上げてやればいい。自分じゃ這い上がれなくても、誰かが手を伸ばせば這い上がれるんだ。穂乃果がお前に手を差し伸べたように」

 結局はこうなのだ。1人の思考でパンクしてしまうのなら、2人になれば容量も増える。その分余裕も出来るから、色々と考えられる。

 

 

 海未の頭に置いている手をどかし、1人立ち上がる拓哉はこう言った。

 

 

 

「ずっと1人だったことりが、同じ境遇に近い海未に近づいた通りのように、小泉にもそういう奴が現れる。俺はそう思って信じてるよ。同じような悩みを持ってるからこそ分かってやれる。だったら、小泉を引きずり上げてやれるのはその『誰か達』なんだよ」

 

 

 1人シートから靴に履き替え、空になったペットボトルを捨てに行こうとする拓哉に、穂乃果が声をかけた。

 

 

「じゃあたくちゃん、花陽ちゃんの事、助けてあげないの?」

 それは非難めいた言葉ではなかった。

 

 ただの疑問。

 

 いつも悩んでいる人をほっとけない性格をしている拓哉を熟知しているからこそ、その疑問が出てきた。

 それに対しての拓哉の回答はこうだった。

 

 

 

「助けるも何も、この話にヒーローなんてものはそもそも必要なかったんだよ。ヒーローなんかいなくても、人ってのは自分で、時には誰かの助力を借りて問題を解決していく事が出来るんだ。自分達で選んでいくんだよ。自分の道を。……さ、そろそろ休憩は終わりだ。練習再開するぞ!」

 

 

 

 

 

 

 拓哉のその言葉の真意を分かっているのか分かっていないのか、妙な引っかかりが頭の中に出来た3人は、拓哉の急かすような声音に慌てながらも練習を再開していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、見つけてからは軽く呼吸を整え、何となく緊張している心を落ち着かせ、中庭で座っている少女に声をかける。

 

 

 

 

 

 

「何してるの?」

「西木野さん……」

 その少女、小泉花陽は声を聞くなりその人物の名前を呼んだ。

 

「あなた、声は綺麗なんだから、あとはちゃんと大きな声を出す練習すればいいだけでしょ?」

「でも……」

 元気づけるために軽くアドバイスしたつもりだったが、花陽にはそれは通じず、むしろ逆効果と思わせるくらいに表情は優れなかった。

 

 自分のように将来が固定されている訳でもない。やりたいと言えばすぐに自由に出来るのだ。それなのにこんな所で立ち止まっている少女の姿を見て、真姫は少し呆れていたと同時に、軽く苛立ちもあった。

 

 しかし、応援すると言った手前、無闇に怒鳴りちらす訳にもいかない。だから真姫のとった行動は少し異質だった。

 

 

「あーあーあーあーあ~」

 それは、よく発声練習として用いられている練習方法の1つだった。

 

「はいっ」

 言ったあとで、花陽にもそれを行えという意味で手を向ける。彼女には少し強引めにやった方がいいと独自で判断したのだ。

 

 

「え?」

「やって!」

 少し強引めに言ってみる。すると花陽は最初こそ戸惑ってはいたが、次第に覚悟を決めたのかその口が開いていく。

 

 

「……ぁーぁーぁーぁーぁー」

「もっと大きく!はい立って!」

「は、はいっ」 

 まだ小さい。こんなものではないはずだ。アイドルが好きなら、その歌を多少なりとも部屋などで練習しているはず。ならば彼女の声はこんなものではないはず。

 

 

「あーあーあーあーあー」

「ぁ、あーあーあーあーあー」

 真姫が最初に発声する事によって、花陽が感じる羞恥を緩和させる。そのおかげか花陽もいつものままの声を出せるようになっていた。

 そして真姫が合図をだす。

 

 

「一緒に!」

 

「「あーあーあーあーあー」」

 2人の声が重なる。それだけなのに、それはとても綺麗なメロディーが奏でられているようだった。

 

 

「ふぁ……!」

「ね、気持ちいいでしょ?」

「…………うん、楽しいっ……!」

「……っ」

 その顔に、嘘はなかった。とても素直で、とても純粋な笑顔がそこにはあった。

 

 だからこそ真姫はそれを見て照れにも似た感情を抱き目を逸らす。そしてそれを紛らわすためにもう一度発声を繰り返そうとする。

 

 

「……はい、もう一回!」

「かーよちーん!」

 そこで、新たな訪問者がやってくる。小泉花陽の幼い頃からの親友で、誰よりも花陽の事を理解していて、そして、真姫とは一切の関わりがなかった少女。

 星空凛だった。

 

 

「あれ、西木野さん?どうしてここに?」

 いつも1人でいる真姫を知っているから、誰かと一緒に、それも親友である花陽と一緒にいるという当然の疑問をぶつけられる。

 

「励ましてもらってたんだぁ」

「わ、私は別に……!」

 花陽の言葉に何故か反射的にそれを否定するかのような自然なツンデレを無意識にやってしまう真姫だったが、

 

「それより、今日こそ先輩の所に行って、アイドルになりますって言わなきゃ!」

「う……うん……」

 軽くスルーされてしまった。

 というより、今絶対にスルーできない言葉を聞いてしまった。

 

「そんな急かさない方がいいわ!もう少し自信を付けてからでも―――、」

「何で西木野さんが凛とかよちんの話に入ってくるのぉ!?」

「うっ……!」

 言われてみればそうだった。凛は知らない。花陽が真姫の家に行ってスクールアイドルについて色々と喋っていた事を。それで2人に繋がりがあるという事を。だからこれは当然で当たり前の疑問だった。

 

 

「……べ、別に!歌うならそっちの方が良いって言っただけ!」

「かよちんはいつも迷ってばっかりだから、パッと決めてあげた方がいいの!」

「そう?昨日話した感じじゃそうは思えなかったけど」

 ここまでくればもう関係とかどうでもよくなっていた。お互いの事情よりも今のこの状況の言い合いの方が優先順位が2人共勝ってしまっている。

 

 

「あの……喧嘩は……」

 花陽が2人を宥めようとするが、2人の剣幕に当てられそれどころではない。というよりも、何故この2人がこんなにムキになって言い争っているのかも理解できていない。

 

 おそらくこの2人は花陽でも理解できていない部分の事で気が立っているのだろう。花陽は迷ってはいてもやりたいとは思っている。しかしこの2人は口にも出していないし、花陽みたいにアイドルが好きというオーラも出していない。だからお互いの気持ちも理解出来ていないまま、無意味に言い争っている。

 

 

 結局は、同じ気持ちを持っている、ただアイドルに憧れている女の子の3人だというだけなのに。

 

 

 

 

 最初に沈黙を破ったのは凛だった。

 

 

 

「かよちん行こっ!先輩達帰っちゃうよ!」

「え、でもぉ……!」

 多少強引に花陽の手を引っ張り行こうとする。

 

 しかし、それを反射的に花陽のもう片方の手を取り阻止したのは言うまでもなく真姫だった。

 

 

「待って!どうしてもって言うなら私が連れて行くわ!音楽に関しては私の方がアドバイス出来るし、」

 そして、花陽と凛には決してスルーできない事が言われた。

 

「μ'sの手伝いをしてる岡崎さんにも頼まれて、その……μ'sの曲は私が作ったんだから!」

「えっ、そうなの!?」

「あ、いや、えっと……」

 そこで真姫は正気に戻る。わざわざあの少年の名前を出す必要はなかった。しかし、その一言が花陽と凛を大きく動揺させたのには気付いてなかった。

 

 

「と、とにかく行くわよ!」

 今さっきの発言を取り消すかのように、今度は真姫が花陽の手を取り歩き始めた。

 

 

「……ま、待って!連れて行くなら凛が!」

 それに対抗するかのように、少しの間あの少年の名前を聞いて硬直していた凛が真姫の隣に追いつく。

 

 

「私が!」

「凛が!」

「私が!」

「凛が連れてくの!」

「何なのよぉもう!」

 こんな言い合いをしていて2人は気付かない。

 

 

 

 

 花陽が凄く引きずられている事に!!

 

 

 

 

「……だ、だ、誰か助けて~!!」

 

 

 

 

 

 またしても、か弱い少女のその声は、儚くも空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上に行くまで少しいざこざがあった。

 

 

 

 軽い言い合いが屋上まで続いたというだけだったのだが、言い合いで立ち止まったりしている内に、気付けば夕空へと変化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、メンバーになるっていう事?」

 南ことりが呟いた。

 

 

 

 屋上に着いたらμ'sの面々+1人の少年がシートに座っていた。もう練習は終わったという事なのだろう。

 丁度タイミングが良いという事で、真姫と凛はごちゃごちゃになりながらも説明をし、花陽がメンバーに入りたいという事を伝えた。

 もちろんそれまでの間は花陽は2人に腕を組まれ、まるで捕まった宇宙人のように項垂れていた。

 

 

 諸々の説明が終わり、そして今のことりの呟きに戻る。

 

 

 

「はい!かよちんはずっとずっと前からアイドルやってみたいと思ってたんです!」

「そんな事はどうでも良くて!この子は結構歌唱力あるんです!それとそこの人ちゃんと聞いてください!」

「ちょっと?一応俺あなたに名前名乗ったよね?そこの人とかいかにも俺が話聞いてないみたいな言いがかりやめてくんない?」

「なら寝転んでないでちゃんと座ってください」

「ゴメンナサイ」

 海未が誰もが凍り付きそうな目で拓哉を一瞥し、拓哉が一瞬で綺麗な正座まで繰り出している中、真姫と凛は例にもよって言い争っていた。

 

 

「ちょっと!どうでもいいってどういう事ぉ!それと岡崎先輩に対してその言葉遣いは失礼だよ!」

「言葉通りの意味よ!それと別に岡崎さんはああいう扱いに慣れてるからいいのよ!」

 思いっきり失礼な事を言っていた。

 

 

「ヘイガール。誤解を招く言い方はよすんだ。俺は別にMじゃない。ただいつも少し理不尽な目にあっているだけだ」

 こちらもこちらで少し方向がねじ曲がっていた。

 

 

 

 

 空気が変な方向に綻んでしまう前に、花陽がようやっと口を開いた。

 

 

 

 

 

「わ、私は、まだ、何て言うか……」

「もう!いつまで迷ってるの!!絶対やった方がいいの!!」

「それには賛成。やってみたい気持ちがあるならやってみた方がいいわ!」

 

 

 

 気付けば、2人の息は合っていた。

 それに気付いたのは、誰も見てないとこで薄くニヤァッと笑みを浮かべている拓哉くらいだった。

 

 

 

 

 

「で、でも……」

「さっきも言ったでしょ。声出すなんて簡単!あなただったらできるわ!」

「凛は知ってるよ。かよちんがずっとずっとアイドルになりたいって思ってた事」

「……凛ちゃん、西木野さん……」

 

 

 2人は理解している。

 花陽がどこまでもアイドルに憧れていて、アイドルになりたいと思っている事を。自分の代わりに、この少女に自分達の憧れを預けよう、そして応援しよう、と。

 

 

「頑張って。凛がずっと付いててあげるから!」

「私も少しは応援してあげるって言ったでしょ」

 そんな光景を、拓哉も含めた穂乃果達も、温かい目で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、そんな2人にそこまで言われた少女は、とうとう決意する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えと、私……小泉……」

 そこまで言った時だった。

 

 

 不意に背中に2つの感触があって押された。

 振り向けば、すぐに理解できた。

 

 

 

 

 背中を押された。

 

 

 

 ずっとずっとそこで立ち止まっていた。

 憧れを憧れのままで終わらせようとしていた。

 自分には無理だと無理矢理言い聞かせてきた。

 

 

 

 そんな自分を、マイナス思考の深い海へ沈んでいた自分を引きずり上げてくれた2人がいた。

 引きずり上げてくれて、そこから背中も押してくれた。

 

 

 

 急に目頭が熱くなるのを感じる。

 それは、とても温かくて、とても優しくて、決して嫌ではない涙だった。

 

 

 そこまでされたら、もう…………。

 

 

 

 表情が変わる。

 勢い良く振り向く。

 

 

 

 

「私、小泉花陽と言います。1年生で、背も小さくて、声も小さくて、人見知りで、得意なものも何もないです……。でも、でも……!!アイドルへの思いは、誰にも負けないつもりです!!」

 

 

 後ろにいる2人からの視線が伝わる。大丈夫、と。

 だから、もう迷う事はなかった。迷わずに、自分の言葉を紡げる。

 

 

 

 

 

 

「だから……!μ'sのメンバーにしてください!!」

 

 

 

 

 

 言った。

 もう戻れない。

 もう引き返せない。

 けれど自分の気持ちを素直に吐きだせた。

 

 

 あとは返答を待つだけ。

 

 

 かくしてそれは、すぐに返ってきた。

 

 

 

「こちらこそ!」

 

 

 

 顔を上げれば、そこには温かい笑顔で手を差し伸べてくれる穂乃果と、それを見守る海未、ことり、そして拓哉の顔があった。

 

 

「よろしく!」

「……っ…………はいっ」

 

 

 

 もうそこには、臆病で何も決められなかったか弱い少女はいなかった。

 そこには、スクールアイドルのメンバーであるμ'sの1人、小泉花陽の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを、拓哉は見ていた。

 

 

 

(さて、小泉は背中を押してもらいながらも、自分で決めた。……あとは)

 

 

 

 

 

 

 

「かよちん……偉いよぉ……」

「何泣いてるのよ……」

「だってぇ……って、西木野さんも泣いてる?」

「だ、誰が、泣いてなんかないわよ!!」

 

 

 ことりにアイコンタクトを送る。それだけで、ことりはそれを理解してくれた。

 

 

 

 何やらほっこりしている2人に声をかける。

 

 

 

「それで、2人は?2人はどうするの?」

「「え?どうするって?えぇ!?」」

 不意の質問に、一瞬思考が止まる。

 

 

 

「まだまだメンバーは募集中ですよ!!」

 ことりに乗っかるように、海未もことりと共に2人に手を差し伸べる。

 

 

 

 

「やってみたい気持ちがあるならやってみた方がいい。さっき西木野が言ってた言葉だな」

「え?」

 今まであまり喋らなかった拓哉が、ようやく本題を切り出した。

 

 

「だったらさ、それはお前達2人にも言える事なんじゃないか?」

 

 

 

 

 それを言われて、2人は沈黙する。

 

 

 

 星空凛は、自分には似合わないと無理矢理言い聞かせて歯止めしていた。

 

 

 西木野真姫は、既に将来が決まっている自分には、もうやりたいと思っていても出来ない、やらないのだと言い聞かせていた。

 

 

 

 

 

 しかし、スクールアイドルなら、やってみてもいいんじゃないのか?

 3年間くらいなら、自分の素直な気持ちに正直になってみてもいいんじゃないのか?

 

 

 

 

 

 そう思えば、不思議と気持ちは楽になっていた。

 

 

 

 

 

 自分の顔が笑みに変わるのが分かってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 そして。

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 μ'sのメンバーが、6人になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 岡崎拓哉は言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 この話にヒーローなんてものは必要なかったのだと。

 

 

 

 とにもかくにも、その認識は間違ってはいなかった。

 

 

 

 誰かに背中を押されても、結局決めるのは最終的に自分なのだ。

 

 

 

 誰かに触発されても、最終的に決めるのは自分なのだ。

 

 

 

 そう、結局は、人生というのは『自分』が主人公なのだ。

 

 

 

 自分の人生を自分で決める。それが普通であり、当たり前なのだ。

 

 

 

 あの少女達も、断る事が出来た。しかし、最終的には自分で決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、この物語に、最初からヒーローは必要なかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





今回は決して『拓哉がいないと解決出来ない物語』ではないという事を書きたかった所存であります。
拓哉がいなくても、誰もが主人公、問題解決が出来るという話を書きたくて書きました。

だから今までよりもアニメ準拠になってしまいましたが、どうでしょうか?


まあ、たまにはこんな話もいいですよねw




これにて1期4話「まきりんぱな」終了!!

次回は4話の最後らへんを軽く書いてから1期5話「にこ襲来」に入ります。

いつもご感想ありがとうございます!



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33.6人のμ's

今回からにこ襲来編になりますが、まだ直接にこは出てきませんw


 

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと、μ'sは6人になった。

 

 

 

 

 

 

 

 めでたい事に、1年生3人組が入ったのだ。

 

 

 小泉花陽。

 星空凛。

 西木野真姫。

 

 

 この3人が新たなμ'sのメンバーとして入ってくれた。

 

 アイドルが大好きな小泉はスクールアイドルの知識に置いては欠かせないメンバーになる。

 

 元々陸上部に入ろうとしてた星空は小泉から聞いてた話によると運動神経は良いとの事。つまりダンスとかトレーニングとかもあまり苦にはならないかもしれない。

 

 ファーストライブをする前から関わりがあった西木野は言わずもがな作曲が出来る。西木野が入ったのはとても大きいと言える。

 

 

 

 

 

 

 これでμ'sの歌や踊りにもレパートリーが増えるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたの?たくちゃん」

 ふと、朝練へ行く途中の穂乃果に声をかけられた。少しボーっとしすぎてただろうか。うん、だって眠いもん。朝練さえなければもうちょっと寝れてたもん。

 

「いや、1年の3人が入ってくれって良かったなあって思ってただけだ」

 眠いのが本心だが一応嘘は言ってない。くそぅ、昨日夜遅くまでラノベ読んでるんじゃなかったぜ……。はたらく魔王さまは早く2期するべき。アニメで動くちーちゃんに会わせてよ!!

 

 

「そうだよね!いやーホント良かったよー!真姫ちゃんも結局は入ってくれたしね!」

「それは、まあ、確かにそうだな」

 あんな事を言っておいてなんだが、星空はともかく西木野も本当に入ってくれるとは思わなかった。これも小泉に後から聞いた話なのだが、西木野は将来親の病院を継ぐ事になっているらしい。

 

 だから勉強に励まなくてはならなかったはずなのだが、高校3年間だけならと、μ'sに入ってくれたのだ。こちらとしては作曲が出来る大切な人材を得られて大変嬉しいところなんだが、西木野はμ'sに入ってる事を母親には言っていても父親には言ってないらしい。そこだけは少し不安が残るな……。

 

 

「……今は気にするだけ無駄か」

「え、どうしたの?」

「いや、気にすんな。グリコのプリンが食べたくなっただけだ」

 今度はまったくの嘘を言ってみる。穂乃果の事だから対して気にしないだろ。

 

 

「やけに具体的だね……。あっ、あの前にいるのって花陽ちゃん達じゃない?」

「ん?ああ、そうっぽいな」

 前を見ると音ノ木坂特有の赤いジャージを着ている3人組がいた。髪を見れば分かるが、間違いなく小泉達だった。

 

 

 

「おーい!花陽ちゃーん!凛ちゃーん!真姫ちゃーん!おっはよー!!」

「あ、おいっ」

 別に神社までもうそこなんだから声かけるほどでもないでしょうに。眠いのにこれ以上騒がしくなるのは御免こうむりますよ拓哉さんは。ホントお勧めしない。全部俺に夜更かしさせたラノベが悪い。……ごめん俺が全部悪かったわ。

 

 

 

「あ、穂乃果先輩とたくや先輩だー!おっはようにゃー!」

 俺達にいち早く気付いた星空がこちらに手を振ってきた。軽く手を上げてそれに応じる。穂乃果が走る中俺はゆっくりと歩く。少しはゆったりしながら歩いてもいいんじゃない?走りたくないし。

 

「お、おはようございます……」

「3人一緒に朝練に来るなんて仲良しだねー!」

「べ、別に、歩いてたら偶然会っただけだし……!」

「真姫ちゃんとももう仲良しだもんねー!」

「もう!朝っぱらからくっつかないでよー!」

 

 き、キマシ……!!朝から百合の花園を拝む事が出来ましたぞ!いやー眼福眼福。今ので少し目が覚めた。ついでにイケナイ扉も開きそう。女の子同士は何故か良い匂いしそうという謎の幻想を抱いてしまう男子は多いはず。

 

「あ、ことりちゃん1人でストレッチしてる!これはいけない!たくちゃん!私先にことりちゃんのとこに行くね!」

 何でまだ後ろにいる俺に言うの?小泉達に言えばいいでしょ。俺は先生じゃないので勝手に行ってください。答えは聞いてない!

 

 

 穂乃果が階段を1人で上がっていくと小泉達もそれに続くと思っていたのだが、あら不思議。1年生の方々は階段の手前で親切に俺を待っていた。何この子達、先輩の俺を立てようとしてんの?

 そんな事して俺に奢ってもらおうと思ってるなら大間違いだ!昼飯くらいなら奢ってやっても構わん!!……結局奢っちゃうのかよ。

 

 

「おーう、おはよ、小泉、星空、西木野」

「……あ、あう」

「……また忘れてるにゃ」

「……何回言えば気が済むのよ」

 え、何。俺なんか悪い事した?まさか待ってくれてると思ったらいきなり呆られてるとは思ってなかったから拓哉さん困惑ですよ。

 

 

 

「だーかーらー!2週間前にも言ったように凛達の事は下の名前で呼んでって何度も言ってるにゃー!」

「……あ、あー……それな、オーケーオーケー、覚えてる覚えてる」

「思いっきり忘れてたじゃない」

 い、いや、あれだよ?覚えてたよ?覚えてたけど遠慮してただけだから。ホントだから。決して呼ぶのが恥ずかしいだとかそんなのじゃないから!

 

 

「……私達の事、名前で呼ぶのは、その、嫌、ですか……?」

 ぐ……お……、やめてっ!そんな目で俺を見ないで!罪悪感で押し潰されちゃいそうになるから!……小泉と話してると何もないのに罪悪感を感じてしまうのは何でだろうか。

 

「……いや、そんな事は決してないぞ。ただ、その、何だ。幼馴染の穂乃果達以外で女の子を名前ではあまり呼ばないから、少し恥ずかしいんだよ」

 ヒフミの場合はもう恥ずかしくはない。というかあいつらは何かと俺にちょっかいをかけてくるから恥ずかしさよりも謎の対抗心が勝ってしまう。だからノーカンだ。ちなみに中学の時に1人そういう後輩がいたけどそれもノーカンだ。

 

「恥ずかしいって……それでも男なの?」

「……うっせ、全部の男が女の子の扱いに長けていると思ったら大間違いだ。俺の場合は穂乃果達だけで十分なり」

 俺はそこいらの男よりほんの少しだけヘタレなだけだ。慣れたら大丈夫。……多分。というか何でそこまで拘るんだこいつら。名前呼びならメンバーである穂乃果達だけで十分だろうに。

 

「穂乃果先輩達もそうだけど、お手伝いであるたくや先輩も仲間に変わりないにゃ!だからたくや先輩も凛達の事ちゃんと名前で呼ぶの!!」

「お、おう……。努力するよ」

 ヤバイよ。最近の女の子はみんな読心術心得てるから怖いよ。μ'sメンバーそういうの多すぎない?俺限定で考えてる事が分かるとか超怖い。ハレンチな事考えられない。

 

 

「あの……た、拓哉先輩っ」

「お、おう、どうした?」

 こいず……花陽から声がかけられた。1年がμ'sに入ってから俺に話しかけてきた回数が1、2回くらいしかない花陽が一体どうしたんだ?

 

 

「……えっと、た、試しに、私達の事、名前で呼んでみて、くれませんか……?」

「…………………………………はい?」

 えっと、何言ってんのこの子?いきなり名前で呼んでくださいだと?何その後悔処刑。後悔しかしないの確定じゃん。どうせこれから呼ぶのに今呼ぶ必要ないじゃん。あれか、ずっと忘れてたからそのその罰ってやつか。あらやだ、花陽ちゃんったら結構鬼畜っ!

 

 

「そうだにゃ!1回言ってみるにゃ!」

「そうね、いい加減ちゃんと言ってもらわないとこっちとしてもめんどくさいものね」

 後輩が先輩である俺を殺しにかかってきてる件。変に頑固なとこは穂乃果達に似てんだなこいつら。こりゃ言わないと先へ進めなさそうな雰囲気ですわ……。仕方ねえか……。

 

 

 

「わぁーったよ、言えばいいんだろ言えば。……は、花陽に、凛……それと、真姫……」

 妙に恥ずかしいのは気のせい。これも暖かくなってきた季節のせいに違いない。

 

 

 

 

「は、はい……えへへっ……」

 何ちょっと嬉しそうにニヤケてんですか花陽さん。そんなに嬉しいものでもないだろ。俺が余計恥ずかしく感じるんだから堂々とした反応してもらわないと困るなあ。

 

 

「にゃ、にゃはは……呼ばれちゃったにゃー」

 呼べって言ったのあなた達でしょうが。さっきまでの威勢はどうしたあ!!お前は1番堂々としてなきゃダメだろ!いっちょ前ににゃーとか言ってんじゃねえ可愛いと思ってしまうだろ!いや可愛いけども!

 

 

「……さ、さっさとそう呼べばよかったのよ。ふんっ……」

「ああ、さすがだ真姫。お前はやはりお前だったよ……」

「な、何がよ!」

 今はお前のそのツンデレが俺を救ってくれたよ。これで真姫まで変な態度だったら俺は階段を逆立ちしながら登っていたかもしれない。……うん、やっぱなし。これは無理だわ。

 

 

「さ、さあ、もう言ったんだし、俺達もそろそろ上がるぞ。穂乃果はまだしもことりを待たせておく訳にはいかない」

「穂乃果先輩の扱いがいつもおかしいと思うにゃ」

 気にするな、いつもだ。ちなみに海未は今日弓道部の方の朝練に行っている。やはりラブアローシュートを習得するためか。いや、やめておこう。こんな事考えてるとまたバレるかもしれん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして俺達が階段を上りきったところで、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穂乃果がデコを軽く腫らせ、ことりがそれを心配そうに抱えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………いや、この短時間に何があったんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は淡々と進み放課後になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業中の記憶はあまりない。寝てたからね!そして不覚にも山田先生の授業で寝てしまい顔面教科書バットを喰らってしまった。あの人俺に対してだけ容赦なさすぎでしょ。そりゃ男子だからってのもあるけど、たった1人の男子をそんな扱いしますかね!……その男子が授業中寝てるから仕方ないか。

 

 

 

 

 

 まあ今は終わった事だしそれはいい。

 只今私共μ'sの手伝いとμ'sのメンバーは練習着に着替え廊下に立っている。

 

 

 

 

「それでは、メンバーを新たに加えた新生スクールアイドル、μ'sの練習を始めたいと思います!」

「……いつまで言ってるんですかそれはもう2週間も前の事ですよ」

 確かに、この2週間ずっと穂乃果は飽きもせずに練習のある日は絶対にこれを言っている。さすがにしつこいんじゃないですかね。まあ俺もこの2週間ずっと真姫達を名前呼びするの忘れてたからあんまり言えた事じゃないんだけどね!!

 

 

「だってぇ嬉しいんだもん!!」

「……ふふっ、それもそうですね」

 海未も少し時間をおいて賛同した。まあ、メンバーは元々募集はしてたし、1年から3人も入ってきてくれた。それに、あのライブを見てくれた3人が入ってくれたのだ。こちらとしては嬉しい他ないだろう。

 

 

「なので、いつも恒例の!」

 そう言って穂乃果は姿勢を正す。キリッとしてるけどデコの絆創膏に笑いそうになってるのは俺だけ?あ、俺だけだね。みんな表情引き締まってるわ。これ俺邪魔なタイプのやつだわ。

 

 

「1!」

「2!」

「3!」

「4!」

「5!」

「6!」

 

 それぞれ番号を言う。

 これが穂乃果の言っている『恒例のやつ』というものだ。ファーストライブの時にもこれをやって緊張をほぐしていたらしい。さすがに6人ともなると番号もそれなりに聞こえる。悪くない。

 

 

「くぅぅ~!6人だよ6人!アイドルグループみたいだよねぇ!」

「いや、一応スクールアイドルなんだからアイドルはアイドルだろ…………って、何。何でそんな顔で見てくんの?」

 笑顔になったと思ったら今度はムス~っとした顔でこちらを見てくる穂乃果。表情豊かで大変そうですねあなた。表情筋使いすぎて顔面筋肉痛にならないようにね。

 

 

「なぁんでたくちゃんは番号言ってくれないの!?」

 ああ、そういう事ね。……いや、それはもう何回も言ってるじゃん。

 

「だから言ったろ。番号を言うのはスクールアイドルであるお前達だ。その手伝いでしかない俺は関係ないから番号を言う必要も資格もないんだよ。オーケー?分かったかい穂乃果ちゅわん?」

「むぅ~……何でぇ!!いいじゃんいいじゃん!たくちゃんも私達の大事なメンバーなんだよ?だったら番号くらい言ったって―――、あたっ」

「穂乃果」

 このまま放っておいたら永遠に言われるのでとりあえずチョップしておいた。気持ちは嬉しいんだがな。

 

 

「確かに穂乃果のその気持ちは嬉しいよ。でもさ、結局は俺は手伝いでしかないんだ。それ以上でもないしそれ以下でもない。だから大事なメンバーって言ってくれるだけで、俺はそれだけで十分なんだよ。だからさ、これからまたメンバーが加入した時のために、7番以降はとっておいてやってくれ」

 頭に手を置いて言ってやる。穂乃果を説得する際はこれが1番効果がいいのだ。ソースは俺。大体これで俺の意見が全てが通せる。

 

 

「むぅ~……たくちゃんがそこまで言うなら、分かった。もうあまり言わない……」

 あまりかよ。時々言っちゃうのかよ。そこはもう言わないでいいだろ。

 

「ほら、そんなくよくよすんな。今はもうμ'sが6人もいるんだ。まずはそこを喜んで練習に励まなきゃだろ?」

「……うん!そうだよね!6人にもなったんだもんね!いつかこの6人が『神6(シックス)』だとか『仏6(シックス)』だとか言われるのかなぁー!」

 ちょっと穂乃果さん?話が飛躍しすぎじゃないですかね。どんだけ年を重ねれば神だとか仏になれるんだよ。多分その頃にはみんな死んでるに違いない。というかスクールアイドル自体終わっているまである。

 

 

「仏だと死んじゃってるみたいだけど……」

 ですよね。花陽も俺と一緒の事思ってたのか。これはいいツッコミ人材が増えたかもしれない。……いかん、花陽をそんな危ない役割にする訳にはいかない。ツッコミは相当労力を使うものだ。そんな労力を使うのは手伝いである俺だけでいい。……なーに語ってんだ俺は。

 

 

「毎日同じ事で感動出来るなんて羨ましいにゃ~」

「えへへ~まあね~!」

 いや、それ褒められてないと思いますよ穂乃果さん。遠回しにバカにされてますよそれ。遠回しに人を小バカにするなんて、しかもそれを本人ですら無自覚なんて……星空凛、恐ろしい子ッ……!!

 

 

「私、賑やかなの大好きでしょ!それに、たくさんいれば歌が下手でも目立たないでしょ!あとダンスを失敗して―――、」

「穂乃果……」

「じょ、冗談冗談……あはは~」

 何でだ!何で穂乃果には鉄拳制裁がないんだ!俺なら鉄拳制裁されて、そこから肘鉄されて、最後に回し蹴りがくるまであるのに!!……あれ、言ってて悲しくなってきたぞ。あれ?

 

 

「そうだよ。ちゃんとやらないと、今朝言われたみたいに怒られちゃうよ?」

「あー」

「確か『解散しなさい』って言われたんでしたっけ?」

 

 そう、今朝の朝練で穂乃果が倒れていた理由。

 それは、ことりがストレッチ中に誰かの視線を感じ、それを穂乃果に伝えたところ、穂乃果はことりの言う視線の感じる場所を覗きに行った。その先でデコピンされたらしいのだ。

 

 そしてその際に言われたのが、解散しろ、との事だそうだ。ことりの証言からすると、その人物は女の子であり、背はそんなに大きくはない。髪型はツインテールで、声は高い方だったという。……あれ、何か見覚えがあるのは気のせいか?いや、気のせいだろう。見た目が似てるなんてよくある話だ。

 

 

 

「でもそれだけ有名になったって事だよね!」

「そうだな。まだ1回しかライブはやってないけど、その映像だけでも結構再生数は伸びてる。それが影響してるんだろう」

「それより練習。どんどん時間なくなるわよ」

 せっかく人が解説してんのに完全無視って酷くないですか真姫さんや。自分が映ってないからって拗ねるんじゃありませんっ!

 

 

「おお、真姫ちゃんやる気満々!」

 うっそだろおい。言ってきた凛にまで無視されちゃったよ僕。最近自動ミスディレクションが多発している模様。バスケ始めてみようかな……。あ、光の役割の担う人がいないから詰んだ。

 

「べ、別に、私はとっととやって早く帰りたいの!」

「またまたぁ!お昼休み見たよぉ。1人でこっそり練習してるの!」

 ほほう、この娘。ツンデレ要素ばっかじゃねえか。リアルでこんなツンデレ娘がいたとは……やはり収穫は大きかったようだ。でもまだデレの部分を十分と聞いていない。いつデレるのだろうか。私、気になります!

 

 

「あ、あれはただ、この前やったステップがカッコ悪かったから、変えようとしてたのよ!あまりにも酷過ぎるから!」

 え、でも前のステップ考えたのって……あっ……。

 

 

 

 

 

「そうですか……」

 未だにツン要素ばかりを見せる真姫の前にいたのは、髪をいじりながら、そして表情も軽くいじけている海未だった。

 

「あのステップ、私が考えたのですが……」

「うぇ……っ!?」

 ヤバイよ、凄くいじけてるよ。後輩にあんな事言われるの初めてだから凄くいじけてるよ。あ、ちょっと涙が見えた。結構ダメージいってるよ!!誰か慰めてあげてっ!

 

 

「ま、真姫も本心で言った訳じゃないと思うし、だから、元気だそうぜ。な?」

「うぅ……拓哉君……っ」

 俺のところに来たから俺が慰めるしかなかった。ことりのとこに行けばもっと癒されるのに。俺ならすぐにことりのとこに行って頭撫でてもらうね。それだけで一瞬で回復しちゃうっ。瀕死でも全回復するまである。

 

 

「頭……撫でてください……」

「……え?あ、おう……よ、よーしよーし」

 やべえ、何この可愛い生き物。服の裾掴んで軽く涙目になりながら俯いてるよこの子。普通ならあざといと感じるのに海未だから一切そういうのを感じない。超可愛い。保護欲が凄い。甘えさせたい。

 

 

「……拓哉君の手、気持ちいいです……」

「お、おう……そりゃ、良かった……」

 俺への精神的ダメージが凄いんだけど。学校内という事を忘れてないよねこの子。ついでに今周りに穂乃果達もいるのに……って、あ。

 

 

 ギチギチと、自分の首がゆっくり動くのが分かる。

 

 

 

 その方向の先にいるのはもちろん、

 

 

 

 

 

「たーくちゃん♪」

「たーっくん♪」

 

 

 

 

 何でだろう。慰めてるはずなのに寒気がするのは。

 

 

 

「まあ気にする事ないにゃー!真姫ちゃんは照れ臭いだけだよねー!」

 そんな時に助け船を出してくれたのが凛だった。おおー!よくぞここで言葉を発してくれたぞ凛!今日ほど君を天使だと思った事はない!まじえんじぇー!!

 

 

 

 

「あれ?」

 ふと、凛が後ろに振り向いた。

 

 

 

 ザーザーと、音が響いていた。何とか穂乃果とことりに気付かれないように海未を宥め、階段を上がると、

 

 

 

 

「こりゃ、随分とまあ、振ってますなあ……」

 土砂降りの雨が降っていた。これは外で練習は出来なさそうだな。かといって中で練習も出来ない。詰んだ。

 

 

 

 

 

 

「どーしゃーぶーりー!」

「梅雨入りしたって言ってたもんねぇ」

「それにしても降り過ぎだよー!降水確率60%って言ってたのにぃ」

「いや、それは別に降ってもおかしくはないだろ」

 むしろそういう中途半端な方が高確率で降るのを俺は知っている。ソースは俺。以前それで油断して外にマンガ買いに行ったら見事にずぶ濡れになった。マジ天気許せん。濡れてダメになった510円を返せ。

 

 

 

「でも昨日も一昨日も60%だったのに降らなかったよぉ?」

「なん……だと……!?」

 俺の推理は間違ってたというのか……。マジ許せん天気予報。ツリーダイアグラムを作るべき。

 

 

「あ、雨少し弱くなったかな」

「ホントだ!」

 見ると、確かに雨は弱まっていた。でもこういうのってあれだよなー。

 

 

「やっぱり確率だよー!良かったー!」

「これくらいなら練習できるにゃー!」

「ですが、下が濡れていて滑りやすいですし……。またいつ振り出すかも……あっ!」

 海未の言葉など耳に入るはずもなく、バカ2人は外に駆け出した。

 

 

 

「大丈夫大丈夫!練習出来るよー!」

「うー!テンション上がるにゃー!!」

 

 

 

 言うと、突然凛が凄いアクロバティックな動きを見せた。

 おお、普通にすげえや。あんな動きも出来るのか凛は!!バカだけど!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃーん!」

 

 

 

 

 最後に決めポーズをとった瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっきの同等の雨が降り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっぱバカじゃねえか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本命のにこは次回出てくる!……はず!!


お知らせ
本編の1話を軽く加筆修正しておきました。
ホントに軽くですが、お時間がある方は是非ご覧ください!
これからも序盤の話などを加筆修正していくやもしれません。


いつもご感想評価ありがとうございます。

評価の方がありがたく20を超えたのでここで改めてお礼をば。


高評価くれた方。
塩釜HEY!八郎さん、aimkutさん、穢土転生さん、寂しがり屋の悪魔さん、ぬべべさん、コドクさん、北屋さん、もぐもぐ45さん、沢庵さん、9回裏から逆転さん、グラニさん、豚汁さん、ムラさん、Bナイトさん、ウォール@変態紳士さん、橘祐希さん

評価ありがとうございました!


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34.ツイン娘との再会


やっと出せた……w


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……私帰る」

 そんな真姫の一言から、それは次々と続いていった。

 

 

 

 

 

 

 

「わ、私も今日は……」

 花陽も同じ事を言って、

 

 

 

「そうだね、また明日にしよっか」

 ことりもまたそれに賛同して、

 

 

 

「よし、そうと決まったらすぐ帰ろう。家で愛しいマンガが俺を待っている」

 思いっきり俺も賛成しといた。しょうがないじゃん、雨降ってるんだから!もう早く帰ろう。こんな所でウジウジしてられない。あーもー、雨ってばホントやだなーもープンスカプンスカッ☆

 

 

「拓哉君の場合は仕方なくではなくマンガが目的でしょう……」

 イエス、よく分かってるじゃないか海未よ。ついさっきまでグズッて泣いてた君とは違うようだな。見直したぞ。そしてそんな呆れた目で見ないでほしい。どこがとは言わないが傷付いちゃうから。

 

 

 

 さあさあ帰ろうとしたところで、外から誰かが駆けて来る足音がした。

 言わずもがな、おバカ2人なのは誰でも分かる。

 

 

 

「えー、帰っちゃうのー!」

「これじゃ凛達がバカみたいじゃん!」

「バカなんです」「バカなんだ」

 最初はもうビックリした。まさか凛がおバカだったとは。μ'sに入ってからというもの、何となく、本当に何となく、凛は何か穂乃果と同じような雰囲気がするなーと思っていたのだが、案の定でした。元気なのはいいけどもうちょっと勉強もしようね。

 

 

「ですが、これからずっと雨が続くとなると、練習場所を何とかしないといけませんね……」

「体育館とかダメなんですか?」

「ああ、スクールアイドルを結成した時に練習場所を探しに色々と見て回ったんだが、講堂も体育館も他の部活が使ってるんだよ。……あと何故かカバディやってる奴が多かった」

「……か、カバディ、ですか……?」

 場所取り過ぎなんだよあいつら。もうちょっと詰めて分散させる人を少なくしろよな。スライムみたいにちらほらしやがって。しかもそれが全員女子だから何も言えないのが辛い。

 

 

「仕方ないね。今日はもう帰ろうか」

 ことりの提案に音速で賛同しようとした瞬間、

 

「じゃあ今日はみんなでどこかお店に行こうよ!」

 穂乃果の提案がそれを遮った。こいつ……俺の音速を超えやがった、だと……!?……まあ、全然音速じゃないけどね、うん。

 というか、

 

 

「やだよ。何で雨降ってんのにみんなでどこぞとも分からない店に行かなきゃならんのだ。俺は帰るぞ。マンガと愛しの唯が待ってる」

 俺は雨が嫌いだ。何かジメジメするし、湿気が鬱陶しいし、傘さして歩いてるだけでだいぶ道幅占領するしでホント良いとこない。濡れるのは嫌いなのだ。でも女の子が雨で濡れるのは好き。透けるから。何がとは言わない。

 

 

「ええー!一緒に行こうよたくちゃんー!!」

「ふんっ、行きたきゃお前らだけで行け。練習がないなら手伝いもない。つまりは俺の管轄外だ。自由にしても文句を言われる筋合いはないぞ」

 穂乃果の抗議と共に、後ろから微かに凛がにゃーにゃー言ってくるが気にしない。というかまず日本語で話してもらわないと何も分からない。

 

 

 

「……仕方ありません」

「ほれ、海未もそう言ってるんだ。諦めな。俺は帰るぞ」

 まさか海未がこういう時の俺の意見に賛同するなんて。いや賛同ではないけど強制な手段を使わないなんて、これは珍しい時もあるもんだ。ま、それならお言葉に甘えて帰らせてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ことり、アレをお願いします」

「うんっ、分かったっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、海未さん……?その、アレって、何ですかね……?あとことりさんも何ファイティングポーズみたいな事してんの……?」

「たっくん……」

 すると、ことりはいつかのあの時のように片手を胸の前辺りで握って瞳を潤ませながら俺の目を真っ直ぐと見つめてきた。

 

 

 

 

 

 

 こ、これは、ヤバイ……!!まさか海未が言ってたアレって、そのアレの事か……!?非常にマズイ……早く目を逸らさなければ、や、やられる……ッッッ!!しかし、逃げ道である階段は俺の前方、つまりことりの真後ろにある。雨の中に逃げるなんて以ての外だし、逃げ場がな―――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おねがぁいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「凛、花陽、今すぐ下に向かった真姫を連れてこい。今すぐみんなでどこか店に行くぞ。雨の中がなんだ。ことりのお願いに比べたら雨なんて毛ほども興味ないわ。オラァ!お前らもさっさと準備しやがれえ!!」

「ラジャーだにゃー!」

「は、はい……!」

「たくちゃんもはや条件反射になってるよね」

「拓哉君の扱いに困った時はことりに切り札を使っていただければ、拓哉君でもちょろ……言う事を聞いてくれます」

「ありがとね、たっくん♪」

 

 

 

 

 

 おかしい、外に出てないのに何故か顔に水が垂れてるんだけど。雨漏りしてるんじゃないですかねこの天井。先生、この雨しょっぱいです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、俺達はまた全員で集まり、鬱陶しい雨の中を何とか移動し、ファストフード店へ来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

「たくちゃん、戻って来たからいいよ。ラストにたくちゃん行ってきなよ」

「……言われなくても行くっての」

 俺が1人で何をしていたのかというと、ただでさえ7人という少し多めな人数のため、誰かが早めに席を確保しておいた方がいいだろうという事になり、俺がその役割を担う羽目になっていた。

 

 いやまあいいんだけどさ。そんなに時間かかる事でもないし、雨を凌げるだけマシだし。何故ファストフード店に来たのかはあれだ。みんなのマネーの都合だ。1人ブルジョワな真姫がいるが、そんなのは知らん。庶民の味を知れ。

 

 

 ちなみに名目上これは雑談ではなくミーティングという事になっているらしい。まあミーティングなら俺も参加するに異議はない。少しだけ癪だが。取って付けたようにミーティングするんだよ!って言った穂乃果の顔の引きつった感じは忘れない。咄嗟のアドリブすぎるだろ……。抗議する気も失せるわ。

 

 

 他のみんなも注文は終わってるようだ。ことりと花陽もそろそろ戻ってくるとの事。なら遠慮なく行きますかね。せっかく来たんだ、何も買わずにいるより何か買って食べた方が気分転換にもなるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 席を立ち、レジへ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 おぉふ、結構並んでるのね……。全てのレジに客が並んでいる。それはいつかの、あの主婦モンスターを見た時のような感覚に襲われた。……まあレジから注文する分、醜い争いはないのが良いんだけどね。

 

 とりあえず後ろへ並ぶ。やはり雨という事もあり、小腹が空いた人達はこういう値段もリーズナブルなファストフード店へ行く、という集団心理でもあるのだろうか。何とも迷惑な。サイゼでも行ってなさいサイゼに。

 

 

 ファストフード店『ワグロナルド』。

 ここはレストランと違って、注文してから品が来るのが早くて有名な大手のチェーン店である。あ、言わなくても分かる?そうだね、全国の共通認識だもんね。そうだね、プロテインだね。

 

 言ってしまえば、要はあれである。どれだけ行列で並んでいてもワッグは来るのが早いからすぐに順番が来ちゃうよやったね!!という感じだ。ほら、こんな下らない事考えてる間にもう中盤まできた。おお早い早い。

 

 

 

 良い匂いに釣られ何にしようかと考えていると、見えはしないが席の奥の方から子供の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

「うわぁー!!うんちうんちー!!」

「うるさぁい!!」

 同時に女の子のような甲高い声も聞こえた。おいおい、一応ここは公共施設であり食事をするとこなんだからうんちなんて下品な事を言うのはやめなさい。チョコのソフトクリーム頼めなくなったでしょうが。

 

 

 というか、え、何。うんちって言われた子は女の子なの。何をどうしたらうんちなんて言われるんだよ。髪型がそんな感じなのか。逆に見てみたいわ。……というのはなしだ。好奇心に任せて見てみろ。海未にバレたら俺がハンバーガーの袋に包まれるわ。

 

 

 

 と、あっという間に俺の番が来た。

 

 

 

 

「ぃらっしゃっせー!ご注文は何にやっしゃっすか!?」

 店員は男だった。他の店員と制服が違うのを見ると、新人かな?無駄にテンション高いなおい。せめて女性が良いと思ったのは内緒だ。ピークが過ぎたのかは知らないが、俺の後ろにはもう何故か並んでいる客はいなかった。ならばのんびり選ぼうじゃないか。

 

 

「えーっと……、じゃあ、ワッグ照り焼きバーガーセットで」

 速攻で決まった。というか俺はいつもこればっか頼んでるから迷うも何もなかった。でも一応メニューを全部見ておきたいこの現象を何と名付けようか。……よし、やっぱりどうでもいい。

 

 

「かしこやりやしたぁ!では、お飲物はどれになっしゃっしょーか!?」

「コーラで」

 だからテンション高いよ。何なの?ここはラーメン屋じゃないよ?暑苦しい対応はしなくていいから。むしろ爽やかなスマイルを無料でくれるくらいにならないといけないから。

 

 

「かっしゃっしゃっしゃー!しょっしょうお待ちやっさっせー!!」

 いやちゃんと言えよ。滑舌絶望か。ラーメン屋じゃないっつのだから。どういう教育してんだここの店長は。まったく、顔が見てみたいもんだぜ!プンプン!

 

 

 

 

「こらこら、お客様にそういう口調はダメっていつも言ってるんだよなぁ」

 すると、奥から何かを言いながら暑苦しい店員に軽く注意する男の人がやってきた。わぁお、名札に思いっきり書いてるけど、明らかに店長じゃん。顔見てみたいとか言ったけどもういいです。クレーム言うそんな勇気俺にはありませんで。

 

 

「ここは私がやっておくから、君はポテト持って来てね」

 シャッス!!といういかにもさっきの注意聞いてない返事をしながら新人であろう店員は揚げたばかりのポテトを入れに行った。その間に店長はテキパキとジュースを入れ、バーガーを用意し、店員がポテトを持ってくる頃にはあとはポテト待ちだけという状況になっていた。プロや……。

 

 

「ポテト持ってきしゃっすっしたーッッッ!!」

「こらこら……だから違うんだよなぁ。口調が全然違うっていつも言ってんだけどなぁ」

 ……店長さん?アンタもなんか口調が砕けてきたような気がするのは気のせいですかね?まあ新人バイトにだからいいんだけどさ。結構ラフな口調だなこの店長。

 

「しゅやっせん!次からは気を付けしゃっしゃっす!!」

「全然気を付けてないんだよなぁ」

「いや、もういいから先に品くださいません?」

 埒が明かねえわ。冷める前に頂戴。そしてこの2人何気にコントみたいに面白いから余計腹が立つ。客の前で喋ってないでちゃんと仕事しろ。だよなぁがゲシュタルト崩壊しそうなんだよなぁ。

 

 

 また奥の方で忘れてたんかーい!!と、さっきのうんちと呼ばれてたっぽい女の子が叫んでいたが今はどうでもいい。この店長と店員、俺のツッコミレーダーがブオンブオン鳴っている。これはこのままここにいると危険だ。さっさと去ろう。

 

 

 という訳で、今も俺の言う事をスルーしながら喋っている店長と新人店員を振り切るように、既に品が全部置かれているトレイを自分で手に持ち一言、

 

 

「いただきまーす!」

 とだけ言ってスムーズに去る。よし、完璧だ。

 

 

 

「どうもシャースッシャッシャッセー!!」

「違うんだよなぁ」

 後ろから聞こえる声に聞こえないフリをしながら歩く。ツッコんだら負けだあれは。

 

 

 

 

 

 早く穂乃果達のところに戻ろうとしている時、またしても奥の方から騒がしくなっていた。何だよ何だよ、次から次からへと騒がしいなこの店は。もう少し場を弁えて喋れないのか。店長達があんなだから騒がしくもありそうだけど。

 

 

 

 

 

 そこでふと気づく。この騒ぎ声、聞いた事あるような……というか穂乃果のような――――――――ってあいつ何騒いでんだ……!!

 

 

 

 

 

 諸悪の根源が分かったところでトレイを持ちながら駆け出すと同時に、曲がり角で俺とすれ違うように女の子とぶつかりそうになった。

 

 

 

「―――うおっ……!?」

「―――っ!……くぅ……っ!!」

 何とかお互い避けて、女の子はサングラス越しに俺を一瞥したかと思うとそのまま外に出て走りさって行った。なるほど、確かにあの帽子はうんちみたいだな。というかうんちだ。現に外に出てからも他の子供にうんちうんち言われてる。お気の毒に。

 

 

 

「たくちゃん!今走っていった人追いかけて!」

 俺が走り去ってもう見えない女の子に哀れみの視線を送っていると、穂乃果がこちらに走ってきた。

 

 

「残念だがもう手遅れだ。それにトレイ持ったまま走れるかっての」

「私のポテトと海未ちゃんのポテトを知らない間に勝手に全部食べちゃったんだよ!?やっちゃいけない事だよ!?」

「確かにそれは簡単に許しちゃいけない事だ。でもこの雨の中、もういない相手を闇雲に探すのも体に毒だ。だからもう諦めろ。穂乃果と海未には俺のポテトとハンバーガーをやるから」

「え?いいの?」

 

 言うや否や穂乃果の顔はすぐにムスッとした表情から明るい笑顔に戻った。分かりやす過ぎだろこいつどんだけ現金なんだよ。

 

 

「ああ、別に構わん。俺はジュースだけでいいよ。どうせ家で晩飯食うんだし」

 晩飯前に軽く食べておきたかったがこの際もう仕方ない。多少は我慢しよう。とりあえず俺が気になるのは、何故こんな騒ぎが起きたのか、だ。それを聞くためにも、今はもう一度全員を席に戻す必要がある。

 

 

 

「全員、一度席に戻れ。聞きたい事もあるしな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 単刀直入に言うと、今朝の女の子がまた来たらしい。

 

 

 

 

 

 穂乃果達に言った事も同じで、スクールアイドルへの冒涜、恥、プロ意識を持ってない。などの事を言われ、最終的には言わずもがなである『辞めろ』と言われたようだ。

 

 うん、まずスクールアイドルだからプロ意識はそんなに必要ないよね。と思ったのも思ったのだが、そこはやはり意識的な問題なのだろう。話を聞いてるとそれだけアイドルの事が好きなんだろう。花陽みたいに。

 

 

 そして、花陽以上にアイドルへの思いが、意識が強いのだと思う。だから穂乃果達の活動を見た上で分析し、全然出来ていない、なっていないと言うのだろう。しかし、だからといってこちらも言いなりになる訳もない。

 

 まだ結成してそんなに経っていない。不完全で当たり前なのだ。始めてすぐに何でもこなせるような天才でもないのだ。だからこそ努力をしている。学校を守るために、みんな必死であり、それでも楽しそうに活動している。

 

 だったらそれを続けられるように活動を続けて、もうあんな事言われないように努力して上手くなるしかないのだ。認められるように、応援してもらえるように、そうやって日々を努力しながら頑張る。それが穂乃果達のやれる事だ。

 

 

 

 

「とりあえずさっきの女の子の件は後にしよう。お前達が努力して技術の向上をすれば自然とそういうのはなくなるはずだからな。問題は真姫も言っていたらしい練習場所だが、穂乃果のおバカが7人いるのにも関わらず部活申請をしていないという大変おバカで迷惑でおバカなド忘れをしていた」

「おバカって言い過ぎだよ!!」

「……だから教室を借りれるようにするため、明日に部活申請を出す。それで上手くいけば、雨が降ってても教室で練習ができるはずだ」

 

 今日のミーティングの本来の目的は屋上以外での練習場所の確保。雨などで屋上が使えない時のため、いざという時のための空き教室を借りたいという目的であるものだ。

 

 

「そういう訳だ。みんな分かったな。じゃあ今日はもう解散だ。各自帰るなりこのままここで喋ってても構わない。まあ俺は帰るけど。そんな訳で、かいさーん!!」

 そう言った瞬間に荷物を持って店の外へ出てダッシュする。穂乃果の事だ。絶対に俺の事を引き止めて時間つぶしに付き合わされるだろう。そんなのはごめんである。早く帰ってマンガを読むのだ。相手にしてられんわい!あばよぉとっつぁん!

 

 

 

 

「あっ!逃げたにゃ!」

「どれだけ早く帰りたかったんですか……」

「穂乃果ちゃん達なら絶対に引き止めちゃうもんねぇ。……私もだけど♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……何か寒気がしたのは気のせいかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイドル研究部?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後、例にもよって雨の中、俺と幼馴染ズ3人はまたしても生徒会室に来ていた。いや、別に生徒会室が好きな訳ではないよ?むしろ堅苦しいとこだから苦手まである。早く帰りたい。

 

 

 

 

 

 

「そう。既にこの学校には、アイドル研究部というアイドルに関する部が存在します」

 なんと、そんな珍しい部活もあったのか。漫研とかなら分かるが、アイドル研究部って何をするんだ?徹底的に研究追及して追っかけでもすんの?それか完コピして学園祭で披露でもすんの?するならバニー姿になってバンドで私着いて行くよとか言えばいい。エンドレスエイトは悪夢でした、はい。

 

 

「まあ部員は1人やけど」

「え?でもこの前、部活には5人以上って……」

「設立する時は5人必要やけど、その後は何人になってもいい決まりやから」

 なるほど、つまりは名前だけ貸して幽霊部員になるっていう手もあるのか。まあもう5人以上いるから大丈夫だけど。

 

 

「生徒の数が限られている中、いたずらに部を増やす事はしたくないんです。アイドル研究部がある以上、あなた達の申請を受ける訳にはいきません」

「そんなぁ……」

 確かに、ただでさえ少ない生徒数にそんなに多くない部活。それに生徒が少ない分、1つ1つの部活の予算も限られてくるだろう。それなのに、むやみやたらに部活を増やしてしまうと、少ない部費が余計に少なくなってしまう。これに関しては生徒会長が正論だ。

 

 

 

 

 しかし、だったら他の案を突き返してやればいい。

 

 

 

 

「これで話は終わり……、」

「にしたくなければ、アイドル研究部とちゃんと話を付けてくる事やな」

「の、希……!」

 思わずニヤけてしまいそうな顔を我慢する。やっぱ東條とは気が合うらしい。東條も東條で穂乃果達を応援してくれているらしい。確信はないが、こんなにもお膳立てをされれば多少の見当はつく。ホント、ありがたい。

 

 東條は俺にひっそりとにこやかに笑顔を見せたと思ったら、再び生徒会長に向き直って、

 

 

 

「2つの部活が1つになるなら問題はないやろ?」

「っ……」

 やはり俺と同じ事を考えていたようだった。そうだ、似ている部活なら合体させればいい。お互いのアイドルへの意見を尊重し合いながらお互いの目標を目指すのなら、それは悪い条件ではないはずだ。

 

 

「部室に行ってみれば?もしかしたら部員の子に会えるかも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、言われるがままに俺達は教えられた通りにアイドル研究部へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ」

「な……っ……」

 そこで、鉢合わせした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唯一のアイドル研究部部員の人、それもまさかの俺も知っている人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「矢澤、さん……?」

「うっ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつかのタイムセールの時に知り合ってから、初めての再会を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まさかの再開は最後でした!!
騙された人挙手!!……ノ。自分でもこうなるとは思わなかったw

いつもご感想評価ありがとうございます。


新たに高評価をくださった方。

ユキーロさん、パフェを配れさん、流星@睡眠不足さん、ありがとうございました!!




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35.アイドル研究部

まず最初に、いつも日曜に投稿しているのに昨日は更新できなくてすみませんでした。
ただ単に執筆が間に合わなかっただけです。申し訳ない。



だから次は頑張る!!




では、どうぞ!




 

 

 

 

 

 

 

 

 いつか見たあの時の赤い2つのリボン。

 

 同じ学校という意味を嫌でも分からせるための制服。

 

 ブレザーの中に着ている特徴的なピンクのカーディガン。

 

 高校3年生としては珍しいツインテールの髪型。

 

 そして、周りの同い年の女の子と比べると、はっきりとその女の子は小さい部類に入るであろうと自信を持って言える身長。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その全てに、見覚えがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 お互いの第一声は、言葉としてはあまりにも不明瞭なものだった。

 

 

 

 

 

 

「あ」

「な……っ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「矢澤、さん……?」

 最初に発したのは俺だった。

 

 ああ、やっぱりこの人だったのかと思ってしまっていた自分がどこかにいた。昨日穂乃果達から聞いた犯人の特徴からして、何か覚えがあるなーとは思っていたが、本当にこの人だったとは……世間ってのは意外に狭いね。

 

 

「うっ……!」

 次に発したのは矢澤さん。発したというか漏れ出たというか、何か呻くような感じに聞こえたのは気のせいかな?俺がいたのがそんなにマズかったのだろうか。あ、そういや昨日ワッグで子供にうんちうんち言われてたのも矢澤さんになる訳か。そりゃ男の俺に見られれば嫌だろう。納得。

 

 

「じゃあ、あなたがアイドル研究部の部長!?」

 穂乃果の驚きにも似た声が響く。うん、俺も実際結構驚いてる。何となく予想はしていたが、まさか事実だったとは思いもしなかった。……では何故、この人は穂乃果達の事を疎ましく思っているのかが疑問に残ってくる。

 

 ちゃんと会って話したのは最初に会ったスーパーの時だったが、たった1回しか会ってないにも関わらず、矢澤さんは絶対に悪い人ではない。そんな確信が確かに俺にはあった。あんな素敵な笑顔ができる人なのだ。

 

 

 

 

 

 

 だから。

 なのに。

 

 

 

 

 

「……なあ、矢澤さ―――、」

「んにゃああああああああああああ!!」

 疑問解消のために質問しようとしたところで、矢澤さんが猫みたいな声を出しながら拳を勢いよく縦に振り回し、近づけないように俺達を威嚇しながら扉の中へと逃げるように入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 って、ありゃ?何か中からガチャって音がしたんだけど?

 

 

 

「ああ!部長さん、開けてください!」

「うぉいマジか!矢澤さん、何で俺の事無視してんの!?知らない仲じゃないじゃん!質問くらい聞いてくれてもいいんじゃないの!?」

 穂乃果に続いて俺もドアを一緒に叩いて抗議する。確かに俺を見て何かに気付いたはずなのだ。だったら矢澤さんが俺を忘れてる可能性は限りなく低い。はずなのに俺を無視してこんな状況になるとか……ちくしょう抗議してるはずなのに目から水が零れそうだぜ☆

 

 

「拓哉君、何故部長さんと既に知ってる仲になっているのか、少しOHANASHIしましょうか……?」

「ちょっと海未さん?今そんな事してる場合じゃないよね?明らかに優先すべき事が目の前にあるよね?目のハイライト消えてるよね!?」

 何で緊急事態にこんな事言ってくるのこの子。そんな事でこの先矢澤さんどうするかとか話し合うのに大丈夫?大丈夫じゃない、問題だ。うん、大問題だね。

 

「たくちゃん!開かないよぉ!」

 さっきから穂乃果が開けようとしているが、うん、鍵閉めてるんだから普通開かないよね。それに中からドサドサと音がしているという事は、もし鍵が開いたとしてもドアの前で重い荷物が置かれているだろう。だからどっちみち正面からじゃ突破する事はできない。

 

 

 

 

 であれば。

 

 

 

 

「凛!外からだ!窓から突破するぞ!穂乃果達は万が一のためにここで見張っててくれ!」

「うーにゃー!!」

 凛がすぐさま走って外に駆けて行く。ニャル子さん懐かしいね。

 

 

「拓哉……君……?」

 中ボスがいた。

 

「いやだから今はそんな事してる場合じゃないでしょうが!海未も穂乃果達とここにいてくれ!話なら落ち着いた時に話してやるから!」

「あっ、待ちなさい拓哉君!」

「今は言う事聞いておこうよ海未ちゃん!あとで私と一緒に聞けばいいじゃん!」

 話を無視して逃げるように走る。しつこすぎだよ海未ちゅわん!しつこい女は嫌われるよ!俺は嫌わないけどね!あと穂乃果さんありがたいけど最後さりげなく自分も追加してるのは気のせいだよね?気のせいだと拓哉さんそれはとっても嬉しいなって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外へ出ると曇ってはいるが今は雨は止んでいた。

 

 

 

 

 

 

 周りを見渡すと、既にアイドル研究部の部室の窓は開かれていて中に人はいない。

 すると、憎たらしいアルパカ小屋の方から矢澤さんの声らしき悲鳴が聞こえた。なるほど、あっちか。

 

 

 

 

 

 

 

「凛!いたか!」

「あ、たくや先輩!こっちだにゃー!」

 声のした方に行くと、凛が何やらアルパカ小屋の方に指を指していた。ははっ、いやいやまさか、ね?

 

 

 

 

「…………何がどうしてこうなった」

 小屋の中を恐る恐る見ると、そこにはヘナ~っと倒れている矢澤さんがいた。

 

 

 

 

「どうするにゃ?」

「……俺は茶色いアルパカに嫌われているらしい。だから悪いが、せめて矢澤さんを外まで引っ張ってくれると助かる。それと、絆創膏か何かあったらケガしてるとこに貼ってやってくれ」

「了解にゃ!」

 

 

 

 そして凛が矢澤さんを引っ張り出し、未だにヘナ~っとしている矢澤さんを俺がおぶって部室へと戻る。戻ってる最中に山田先生に『学校内で女の子襲うなよー』とか言われたのでとりあえず『する訳ねえだろ!!』と返しておいた。ホントに教師かあの人……。その会話を聞いてた凛が顔を赤くしてたのはとても可愛かったです。ごめんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部室に入る際、ポケットから部室の鍵を拝借しておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 意識が戻ればまた不機嫌になる矢澤さんをよそに、俺も含め穂乃果達も部室内を満遍なく見渡していた。

 

 

 

 

 

「これは……すげえな……」

 素直な感想がすぐに出てきた。さすがアイドル研究部という名前の事はある。見渡す限りアイドルグッズでいっぱいだ。

 

「A-RISEのポスターだにゃー」

「あっちは福岡のスクールアイドルね」

「校内にこんなところがあったなんて……」

 凛でもさすがにA-RISEは知ってるか。真姫さん結構詳しいのね。俺も一応他のスクールアイドルを調べてたから知ってはいたが、真姫も色々と調べているのかもしれない。

 

 

「……勝手に見ないでくれる」

 不意に矢澤さんが呟くように声を発するが、すぐに他の声によって反応する事を遮られる。

 

 

「こ、これは……!」

「……花陽?」

 わなわなと震えている花陽が心配になり声をかけようとした時だった。

 

 

 

「伝説のアイドル伝説DVD全巻BOX!!持ってる人に初めて会いました……!!」

「そ、そう……?」

「凄いです!!」

「ま、まあね……!」

 ああ、そういや大のアイドル好きですもんね花陽さん……。さっきまで不機嫌でしかなかった矢澤さんが狼狽えてるくらいだし。同じアイドル好きを見つけたようで良かったね花陽さん。でも今はそれが重要点じゃないんだよなぁ……。

 

 

「へえ~、そんなに凄いんだ~」

「あ、やめとけ穂乃―――、」

「知らないんですか!?」

 ああ、やっぱりだ……。この手の人は自分の大好きな趣味の事となると途端に饒舌になるタイプなのだ。ソースは俺。マンガとかアニメの話になると1人で超盛り上がる。中学の時に数少ない友達に話してやったらもういいと言われ、それ以降俺にその手の話を振る事は一切なかった。悲しい。

 

 

 言うや否や、花陽はササッとパソコンを起動し、カタカタと操作しながら流暢に説明していた。

 

 

「伝説のアイドル伝説とは、各プロダクションや事務所、学校などが限定生産を条件に歩み寄り、古今東西の素晴らしいと思われるアイドルを集めたDVDBOXで、その希少性から伝説の伝説の伝説、略して伝伝伝と呼ばれるアイドル好きの人なら誰もが知ってるDVDBOXです!!」

「は、花陽ちゃん、キャラ変わってない……?」

「大丈夫だ穂乃果。これは大好きなものが1つでもある者なら、これが普通なんだよ……」

 それにしても凄いな花陽。ここまで饒舌になるとは思わなかった。……あれ?花陽でこれって事は、中学の時の俺もこうだったって事か?……なるほど、これなら話振られないのも頷けるな!悲しい。

 

 

 

「通販でドンと盛り瞬殺だったのに2セットも持ってるなんて……尊、敬……!」

「家に、もう1セットあるけどねえ」

「ホントですか!?」

 この人もこの人だったわ。合計3セットとかどんだけだよ。観賞用保存用布教用ってやつか。末恐ろしいです、はい。

 

「じゃあみんなで見ようよ!」

「ダメよ、それは保存用」

「くぅぅ~……!伝伝伝……!」

 どんだけ見たいんだよ。いやこれが俺の好きなアニメならそうなるかもだけど。というか保存用なのに部室に置いてるって何それ、意味なくない?意味なくなくなくなくなくなくない?……どっちか分からなくなった。

 

「かよちんがいつになく落ち込んでるにゃー」

「泣くほどなのか。それ泣くほどのものなのか」

 これ、キーボードの上にほっぺを置いて涙を流すんじゃありません。花陽のほっぺに痕が付いちゃうでしょうが。……そっちかよ。

 

 

 

「あぁ、気付いた?」

「えっ、いや、そのぉ……」

 声に反応するようにことりの方を見ると、何やら上に置かれている色紙に目がいっているようだった。

 

 

「アキバのカリスマメイド、ミナリンスキーさんのサインよ」

「へえ、メイドの店の人ってサインなんかも書くんだな。これがどうかしたのかことり?」

「え、あ、や、いやぁ~……」

 どっちの反応か分からん。可愛い。それにしてもミナリンスキーか。何故か親近感湧くのはなんでだろう。まあいいか。俺はコトリンスキーだけどな、ふっはっはっは!

 

 

「ま、ネットで手に入れた物だから、本人の姿は見たことないけどねえ」

 見たことないんかい。見たことあるならちょっとだけ紹介してもらおうかなーとか思ってたのに。……いや、違うよ?ただちょっとカリスマメイドってんだから少し気になっただけであって、決してご奉仕してもらいたい訳じゃないよ?ホントダヨ?

 

 

「と、とにかく、この人、凄いっ!」

「まあ、確かに凄いな。これだけのグッズがあるんだし」

「それで、何しに来たの?」

 凄いと言われて満更でもなさそうにしてんぞこの人。言葉はぶっきらぼうでも表情までは嘘付けないようだな。とりあえず、本題に入るか。

 

 

 

 

 

 

 全員が一旦席に座る。

 

 

 

 

 

 第一声を発したのは我らがμ'sの発起人、穂乃果だ。

 

 

 

 

 

「アイドル研究部さん!」

「……にこよ」

「にこ先輩!実は私達、スクールアイドルをやってまして」

「穂乃果、それはもう知ってるからわざわざ言う必要はないと思うぞ」

 ここからは真面目な話になる。もう回りくどいのはなしだ。単刀直入に言わないといけない。

 

 

「そう、もう知ってるわ。どうせ希に部にしたいなら話を付けてこいとか言われたんでしょ」

 話が早くて助かる。でもまさか東條と知り合いだったとはな。だから東條は話を付けてこいと言ってきたのか。

 

 

 でも、矢澤さんの今までの言動や行動を考えると、

 

 

「おお、話が早い!」

「まあ、いずれそうなるんじゃないかと思ってたからね」

 

 

 この提案はおそらく、いや、確実に、

 

 

「なら―――、」

「お断りよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 拒否される。

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

「……」

「お断りって言ってるの」

 それを言う矢澤さんの目はとても冷たかった。どこかで見たような、あの生徒会長にも似たような、そんな冷たい目をしていた。

 

「いや、あの……」

「私達は、μ'sとして活動できる場所が必要なだけです。なので、ここを廃部にしてほしいとかいうのではなく―――、」

「お断りって言ってるの!言ったでしょ!アンタ達はアイドルを汚しているの」

 

 やはりだ。そうだろう。ここを廃部にしないとか、そういうのはこの人にとっては今は関係のない事だ。今までの行動を考えると、μ's自体に何かしらの嫌悪感が垣間見える。つまり、最初から手を取り合おうという結論自体が成立しない話だったのだ。

 

 

「でも、ずっと練習してきたから、歌もダンスも―――、」

「そういう事じゃない……」

 ただ、何故この人がこんなにもμ'sを良く思っていないのか、そこだけが掴めない。

 

 だから、この話でそれを掴むしかない。掴んだ上で、それを説得して分かってもらうようにするしかない。今は矢澤さんが俺を覚えてるとか何で無視したのかとかそういうのはどうでもいい話だ。

 

 

「アンタ達……」

 これで、ようやっと掴める。この人なら、ちゃんと話した上で分かってくれるはずだ。あんな魅力のある笑顔が出来るこの人なら、良い人に違いないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 だから、この話で、核を掴み取る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちゃんとキャラ作りしてるの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………んん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えっと、矢澤、さん?今、なんと……?」

「……にこよ!」

「……にこさん、今、なんと?」

「ちゃんとキャラ作りしてるのかって言ってるの!」

 

 いや、言ってる事は分かってるんですけど、意味はあまり分かってないです。あれ?これって今シリアスだったはずだよね?何か流れ変わったな。

 

 

「……キャラ?」

「そう!お客さんがアイドルに求めるものは、楽しい夢のような時間でしょ!だったら、それにふさわしいキャラってものがあるの。ったく、しょうがないわねえ。いい?例えば、」

 言うと、やざ……にこさんは俺達に背を向けた。何かをするつもりなのだろう。いや、もう嫌な予感しかしないんですけどね。

 

 

 すると、さっきまでにこさんの纏ってた雰囲気がギスギスしたものから一気にフワフワした感じになったような気がした。

 それと同時に、

 

 

 

 

「にっこにっこにー!あなたのハートににこにこにー!笑顔届ける矢澤にこにこー!にこにーって覚えてラブにこ!」

 

 

 

 ……。

 

 

 

「……どお?」

「うっ……」

 

 ………。

 

「これは……」

 

 …………。

 

 

「キャラというか……」

 

 

 ……………。

 

 

「私無理」

 

 

 ………………。

 

 

「ちょっと寒くないかにゃー?」

 

 

 …………………。

 

 

「ふむふむ……!」

 

 

 ……………………。

 

 

「……そこのアンタ、今寒いって言ったでしょ……」

「い、いや、すっごい可愛かったです!さいっこうです!」

 

 

 ………………………。

 

 

「あ、でもこういうのいいかもぉ!」

「そ、そうですね!お客様を楽しませる努力は大事です!」

 

 

 …………………………。

 

 

「素晴らしい!さすがにこ先輩!」

「よぉし!そのくらい私だって!」

「出てって」

「え?」

「いいから出てって!」

 

 

 ……………………………いいな。

 

 

「いいな」

「「「「「「「え……?」」」」」」」

 おっと、思わず声にも出してしまっていた。というかにこさんも含め声揃うとか気が合うんじゃねあなた達。

 

 

「だから、にこさんの今の紹介、普通にいいなって思ったんだよ」

「なっ……」

「実際花陽も勉強になってるみたいだし、俺も悪くないと思ってんだけど。え、何、お前らは変だと思ったの?」

「~~~~!!!もういいって言ってるでしょ!とにかくもうこの話は終わり!出てって!!」

「なっ、おわっ、ちょ!そんなに押さないでくれって危ねえだろってあびゃ!?」

 

 見事に全員追い出され床に這いつくばる俺。ヘーイ、扱いの酷さに慣れてきた感ある今日この頃。

 

 

 

 

「あぁーん、にこせんぱーい!」

 おい、穂乃果や、拓哉さんの心配はないのですかそうですか。ずっと床に這いつくばってても誰にも心配されない未来が視える!!何それ果てしなく悲しい!!ありふれた悲しみの果て!!

 

 

「大丈夫?たっくん?」

「あ、ああ。俺はいつの間にか死んだようだ。見てみろよ、目の前に大天使様が俺を迎えに来てる」

「それって私の事かな?かなっ?」

「早く起きてよ拓哉さん、みっともないわよ」

「アッハイ」

 

 ササッと起き上がる。レナ風のことり見て癒されてたら後輩に注意されたでござる。あのままことりにおっもちかえりぃ~♪されたかったなあ……。くそ~この金持ちお嬢様め……ナギさんを見習えよ!ツンデレでも可愛いんだかんな!……あ、どっちもツンデレだったわ。ちなみにわたくしめはヒナギクが好きです。可愛い。

 

 

 

「と、ところで、拓哉先輩」

「んぁ?何だ花陽?」

 少し汚れた制服を叩いていると、花陽が問いかけてきた。

 

「さっき、にこ先輩のあの自己紹介の事なんですけど……本当に良いと思ったんですよね?」

「あ、それ私も気になってた!」

 おい穂乃果、今さっきまで無視してたくせに何をいきなり入ってきやがる。いやいいけど。

 

 

「ああ、本心だよ。嘘であんなご機嫌取りな事言う訳ないだろ」

「ええ!そうなの!?」

 おい、さすがにそれは俺に失礼じゃないかね凛君?ちょっとお仕置き(説教)が必要かな?

 

「私は無理」

 直球すぎて逆に清々しいわ真姫さん。良くも悪くもこういう事に関してはドストレートですねあなた。

 

「私もさすがにあれは……恥ずかしいです……」

 うん、そうだったね。君はそういう子だったね海未さん!ごめんよ!何かごめんよ!もうこれお仕置きしても無理。海未がいる時点で倍返しされるレベル。倍返しというかもはや瀕死にされるまである。

 

 

「で、何でたっくんはそう思ったの?」

「え、ああ、そうだな」

 やっぱことりはマイラブリーエンジェルだった。助け舟が豪華客船に見えるくらいだわ。……ちょっと何言ってるか分からない。

 

 

 

「特に言う事はねえよ。ただシンプルに良いなって思っただけだ」

「シンプル?」

「あれのどこが良いのよ……」

 いや、だから言葉キツイっす真姫お嬢様。もっと言葉選んでくんない?

 

 

 

「だってそうだろ。にこさんが言ってたのは紛れもない事実じゃねえか。客に楽しい夢のような時間を与えるのがアイドルの役目。何もおかしくはないだろ。それを理解した上であの人はああいうキャラ作りをしていた。だったらお前達はそれを恥ずかしがるのは仕方ないにしても、決して笑ったりバカにしたりはしちゃダメなんだよ。あれはあの人なりのアイドルの形なんだ」

 

「うぅ……ごめんさいにゃ……」

「わ、悪かったわよ……」

 ふと凛と真姫を見ると、やはり俯いていた。自覚があってそうやって反省できるなら、そんなに心配はいらないだろう。

 

 

「それに、お前らもちゃんと見ただろ。いくらキャラ作りだったとしても、あの矢澤にこの笑顔が作られたものだとしても、決して嫌で作られた笑顔じゃないって。お前ら全員にすぐ出来るか?満面の笑みで客を迎え入れろと言われてあんな笑顔が」

「私は……無理、だと思います……」

「わ、私も……」

 海未と花陽も俯く。少しキツイ言い方になってるが、こう言わないと分からない事もある。

 

 

「だから、俺は素直に良いと思ったんだ。今さっきにこさんの笑顔が作られたものだって言ったが、俺はあれは作られた偽物じゃないと思ってる。偽物だったら必ずどこかで綻びが出てくる。でのあの人の笑顔にはそんなものどこにもなかった。本物の笑顔だった。ちゃんとキャラとしてスイッチを入れる事で、今目の前にいる人達に綺麗な笑顔を届けられる。それってさ、簡単そうでいて、とてつもなく難しい事なんだと思う。だから、俺はにこさんが正直に凄いと思うよ」

 

 

 

 これが俺が矢澤にこに対して思った現状の思いだ。これでも一応μ'sの手伝いをしてるんだ。必要な事は調べたりタメになる事は見たりしている。だからこうやってたまにこいつらに喝を入れる事も辞さない。

 

 

 

「そうだね。少しでも変に思っちゃった私達がいけないんだもんね!もっと勉強して努力しなくちゃ、にこ先輩にアイドルを汚してるってまた言われちゃうのは嫌だもん!」

 

 

 ……よし、穂乃果がこれならもう心配はいらないか。

 基本的に穂乃果がこういう発言をすると、他のメンバーもまとまって変わっていく。穂乃果のカリスマ性だからこそ為せる技と言ってもいいだろう。

 

 

 

 

 

 

「よし、んじゃあとはこれからどうするかだ。部にするには俺達に残されてるのはにこさんを説得してアイドル研究部と合体するしかない。それを今から考えるぞ」

 はい!と全員の声が耳に入る。切り替えが早いからこちらも助かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、そこへ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり追い出されたみたいやね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「東條……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達をここに来させるように促した東條本人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




にこ可愛い!!


ことり誕編書かないと……(ネタがない)


いつもご感想評価ありがとうございます!!

新たに高評価をくれた方、

孤独なcatさん、アリアンキングさん。

大変ありがとうございました!!




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南ことり 番外編.レッツ、ミニ温泉旅行へ!

ことりちゃん誕生日おめでとうなんやで。
何とか執筆間に合ったんやで。



温泉旅行とか言いつつメインは少なめという安定のタイトル詐欺!!


またも安定の10000字超え!!


どうぞ!




 

 

 

 土曜日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは一般的な学校に通っている者なら休日になる事が多いだろう。

 土曜日日曜日と2日間の休日が重なり、その間に遊ぶなりたくさん寝るなど各々が各々の休日を過ごし、それを謳歌する。

 

 

 それはどんな人間であっても何ら変わりはない。例え幼い子供だとしても、初老の大人でも、同じ休日の過ごし方をする事も多い。とにかく、休日の過ごし方は人それぞれだという事だ。

 

 

 

 そして、これは音ノ木坂学院に通う、しかも理事長の娘であるこの少女も同じだった。

 

 

 

 

 

 南ことり。

 

 

 

 

 

 

 普段の彼女の休日の過ごし方は、μ'sの練習が終わればそこから家に帰り次の衣装を作るか、資料探しに服を売っている店に行くか。甘いスイーツ店に1人こっそりと食べに行くかなのであるが。

 

 

 

 

 今日は、今日だけは違った。

 

 

 

 

 

 

 地元の駅前。

 

 

 

 

 そこに少女は立っていた。

 2枚のチケットをそれはもうガン見しながら。普段の南ことりという事を忘れさせるかのような眼差しで、その少女は“2枚”のチケットを見ていた。

 

 

 

 

 

(だ、大丈夫だよね……。合ってるよね……?何も見落としてなんかないよね……!?)

 

 

 

 

 何故こんな事を思っているのか。

 その正体はこの“2枚”のチケットにある。

 

 

 

 

 

『一泊二日の温泉旅行ペアチケット!!~ちなみに男女ペアじゃないと使えないんだぜ☆~』

 

 

 

 

 

 と、チケットにはこう書かれているのだ。

 ことりは買い物をしていたらレジで福引券を貰い、帰りに何となしにやってみた。そしてその結果がまさかの1等賞である男女ペアの温泉旅行券が当たったのだ。

 

 

 当たったのはいいがことりにはこれをどうしようかと考えはまったくといって思い浮かばなかった。だからこれを母親である南陽菜にあげて父親と行けばいいと伝えようとしたのだが、

 

 

『ありがたいけど、ダメよ。ことりが当てたんだもの。せっかくだからことりが使わないと。そうねえ……男女ペアなら、拓哉君を誘ってみたらいいんじゃないかしら?』

 

 

 そんな爆弾発言をしてきた。

 最初は無理無理と諦めようとしていたのだが、やはりそこはことりも恋する乙女、意を決して2人の時に件の少年を誘ってみた。その結果が、

 

 

 

『え、温泉?マジで!?行く行く!チケットあるって事は無料なんだろ?そんなの拓哉さんが行かない手はないですのことよー!』

 

 

 

 快諾も快諾、超快諾だった。

 何やらウッキウキではしゃいでいた少年だが、それよりも、ことりの方が内心心臓がバックバクしていた。

 

 

 それは今も同じ事だった。

 

 

 

(ああ~どうしよお~……!たっくんが行くって言ってくれた事が嬉しすぎて忘れてたけど、2人っきりなんだよね……。2人っきりで温泉旅行なんだよね?うわぁ~!嬉しさと緊張でどうにかなっちゃいそうだよお~……!!)

 

 チケットをギリギリと持ちながら両手を頬に当て、赤くなりながら体ごとクネクネ振っている様を見ると、それはただの恋する乙女の『それ』でしかなかった。

 

 

 待ち合わせ時間は午前11時。そこから1時間かけて1本の電車で行くのだが、ことりは待ち合わせ時間の1時間前、つまり10時には既にここへ来ていた。理由は簡単、楽しみにしすぎて勝手に舞い上がった結果、こんなにも早く来てしまった。ただそれだけの事だった。

 

 

(……ハッ!この服、おかしくないよねっ!?3時間かけて悩んで決めたけど、どこもおかしくないよね!?か、可愛いって、言ってくれる、かな……?)

 慌てて自分の服装を店のガラスを鏡代わりにして確かめる。が、今頃不安になったところで何も変わりはしない。

 

 というよりも、見た目が既に美少女であることりだ。何を着ても大抵の事がない限り似合わないなんて事はないのだ。ましてやことりはμ'sの衣装担当である。誰が何を着れば似合うなどと、いつも色々と考えていることりに関しては服選びに間違いがあるはずがない。

 

 

 今のことりの服装を言うならば、白いフリルのスカート、それに合わせるように爽やかさを感じさせるような水色の、これまた少しフリフリした服装をしていた。自分が何を着れば似合うのか、それを熟知しているかのような服装だが。

 

 それでもことりは不安になってしまう。あくまでこれは自分が勝手に選んだ服で、決して誰かに可愛いと言われた事はない。だから確信を得るための情報がない。こんな服でいいのかと思ってしまう。

 

 

 しかし、ことりは気付いていなかった。

 店のガラスの前であたふたしながら服装を確認しているその姿に、通行人の男性ほとんどが歩きながらも見惚れているのを。それこそが何よりの証明なのだが、ことりはそんな事に一切気付いていないのであった!

 

 

 

 

 

(だ、大丈夫っ!あれだけ時間かけて選んだんだからおかしくはないはずっ!何たって衣装担当だもん。きっとたっくんも可愛いって言ってくれ―――、)

 

 

 

「よおことり、結構早く来たつもりだったんだけど早かったな」

 そこへ、件の少年がやってきた。

 

 

 

「わひゃあっ!?」

「おわっ、そんなに驚く必要ありますかね?拓哉さん軽く傷付きますよ……?」

 会うなりすぐゲンナリしている拓哉にことりはすぐさま慌てながらも訂正する。

 

「あ、違うの!急に声掛けられたからちょっとビックリしちゃって……。決して嫌な訳じゃないからねっ!」

「これで嫌って言われたら俺はすぐさま道路に飛び出して車を避けながら命からがら帰ってくるよ……」

「普通に帰ってはくるんだね……」

「死ぬのヤダもん怖い」

 気付けばいつものやり取りに戻り、2人に落ち着きが戻る。その際に、拓哉がふと呟いた。

 

 

「ところで、穂乃果達はまだ誰も来てないのか?」

「え?温泉に行くのは私とたっくんの2人だけだよ?」

「……え?」

 

 ここで、2人の見解に相違が見えてくる。

 

「……あのー、(わたくし)めの思ってたのと少しというか大分違う展開になってて困惑しているのでせうが……」

「だって私が誘ったのはたっくんだけだし、チケットもペアチケットだから元々2人だけしか―――あ」

 ようやく、ことりは思い出した。そう、拓哉を誘ったはいいが、ことりと2人だけとは言っていなかったのを!!

 

 簡単に言ってしまえば、ことりはペアチケットを持っている張本人だから2人だけしか行けないのを知っていた。対して拓哉は、ことりが誘ってきたならそれはμ'sのみんなも来ると、そう思っていた。

 

 ことりの説明不足。それが招いた結果だった。

 

 

「ご、ごめんねたっくん……!私が最初からちゃんとペアチケットしかないから2人だけになるって言うの忘れちゃってたせいで……!」

「……という事は、ことり以外のμ'sメンバーは来ない。つまり俺とことりの2人っきりの温泉旅行になる、と」

「うん……」

 ことりが少しシュンとなる。拓哉はハナっからμ'sメンバーが来ると思っていた。だからあんなにノリノリで快諾してくれた。しかし結果はことり1人だけしかいないという事が分かった。

 

 きっと拓哉はガッカリしているに違いない。自分と2人だけで温泉旅行なぞ行ってもμ'sメンバー全員がいるからもっと楽しい想像をしていたであろう拓哉は幻滅してしまうかもしれない。

 

 拓哉と2人だけで行けると自分だけで勝手に舞い上がっていたツケが今ここで襲い掛かってきた。

 

 

 

 

 

「まあいいか」

「……え?」

 

 

 予想していた返事と違う事に、思わず聞き返してしまっていた。

 

 

「μ'sのみんなとじゃなくて、ことりと2人で行く事に変わっただけだろ?なら別に対して気になる事でもないしな。……まあ、最初はビックリしたけど」

 饅頭を2つ食べようと思ったら1つしかなかったけど、まあいいかと軽く思うかのように、そんな少年はあっけらかんと答えてきた。

 

「私と2人だけだけど、嫌じゃないの……?」

「何でことりと2人だけだと嫌になるんだよ……。確かに2人だけで温泉は少し緊張はするが、むしろマイラブリーエンジェルであることりと行けるのは拓哉さん的に超ポイント高いまであるぞ!」

 少し頬を赤らめながらもこんな事を堂々と言ってくる拓哉。やはり2人だけという事に多少の緊張はしているようだった。

 

 

 

(本当……いつもたっくんは1番嬉しい事言ってくれるんだから……ズルいよ……)

 ズルいと思いつつも、ことりの顔も少し赤くなっている辺りは正直に嬉しいと感じているのだろう。

 

「うん、ありがとねたっくんっ!じゃあ、行こっか!」

「ん、ああ」

 ほんのりと頬の赤い2人は取り繕うように同時に時計を見る。時間を見れば10時40分。まだ出発には時間があるが、早めにホームに行っておいて損はない。

 

 

「ま、じゃあ行くか。早めにホームに行っとけば乗り遅れる事はないだろ」

「うん、そうだね。……あっ」

 そこでことりは今1番重要な事を思いだしていた。拓哉が来る前にずっと店のガラスを鏡代わりにして確認していた『あの事』を。

 

「ん、どうした?」

「あの、えっと……そのぉ……ゴニョゴニョ……」

 すんなりと言えれば楽なのだが、そのたった一言が中々出てこない。ただ、この服似合うかな、と言えばいいだけなのに、そんな簡単な一言が出てこない。今もこうして拓哉の前でモジモジしているだけだ。

 

「えっと、ことりさん?そんなモジモジして、一体全体何でせうか……?」

「えっと……あぅ……こ、この服装、どう……かな……?」

 意を決して問うてみる。さっきよりも顔が赤いのは、衣装担当でありながらこの服装は似合わないと言われないか不安なとこも少しある。

 

 

 だがそこはやはり岡崎拓哉だった。

 

 

「ああ、そんな事か。いや、どうかなって言われてもなあ……ことりの場合は何着ても似合うから拓哉さんとしては死ぬほど可愛いとしか言いようがないのでござるよ」

「~~~~~~ッッッ!!」

 語尾は少し気になるが、それでも拓哉はいつも通りだった。いつもことりを天使天使と言っている拓哉が、ことりに対して似合わないなんて言うはずがないのだ。実際問題、ことりは何を着ても似合う訳なのだが。

 

 

「あ、あはは、えと、う、嬉しいな……」

「……っ。そ、そろそろ行くぞ」

「え?あ、うんっ」

 ことりは気付いていなかった。拓哉がことりの照れながらにも言ったセリフと表情に見惚れてしまったのを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1本の電車で行けるのは便利だな」

「その間ずっと座りっぱなしだけどねぇ」

 現在、ことりと拓哉は電車内で2人座っていた。

 

 

 

 

 

 あれから少し時間は経ち、時間は11時半をまわっていた。

 

 

 

 

 

 

「そういや朝食ってこなかったから腹が減ってきたな……」

(ッッッ!きたっ!今こそこの機会を逃す訳にはいかないよ南ことり!ここでたっくんにいっぱいアピールしとかないと!)

 そう、ことりはこの時を待っていたのだ。拓哉の事だから家を出るギリギリまで寝ている事は容易に想像できた。だから何も食べてこない。

 

 

 つまり!!

 

 

(これはチャーンス!今たっくんはお腹を空かせている。なら私の本領を今ここで発揮する時ッッッ!!)

 

 

「そういやこの電車内って弁当売ってたよな。ちょっと買ってく―――、」

「待ってたっくん!!」

「え、お……ど、どうしたことり?」

 意外にも大声を出したことりに少し驚きつつも返答を待つ拓哉。すると、ことりはいつも使用しているバッグではなく、もう一つの、少し大きめなバッグを取り出してきた。

 

 

 これが本当の目的。

 

 

「あ、あのね!私、たっくんが何も食べてこないかなって思って……それで、たっくんにお弁当作ってきたの!」

 そう言ってバッグから取り出されたのは、女の子が食べきるには少しばかり大きい、男性用かと思うような弁当箱だった。

 

「だから……ことりのお弁当……食べて、くれる……?」

「お、おう……ことりの手作り弁当なら、喜んで頂くよ」

 ことりの言い方に少しアレな考えをしてしまった拓哉はそんな思考を振りぬき、座っていた席へ再び座る。

 

 

「というか、俺が食べてこないってよく分かったな」

「たっくんの事だから、直前まで寝てるかなって思って!だから何も食べてこないと思って作ったんだけど、そしたら案の定だったね♪」

「よく俺の事をお分かりで……そこまで休日はぐうたらしてると思われてるのか俺は……」

 少し愚痴を零しながらも弁当箱を開けると、そこには拓哉の好みのおかずばかりがあった。

 

 

「ハンバーグにから揚げにウインナー、ホウレン草のバター炒めまで……おお!俺の好物ばっかりじゃねえか!」

「たっくんてば結構子供口なとこあるからね。分かりやすいんだよ?」

「男で肉類が嫌いな奴なんてそうそういないって。それより、この量だと2人じゃ分けにくくないか?」

 今にも食べたそうにしているが、そこは我慢して拓哉はことりに質問した。が、返答はすぐに返ってきた。

 

「私はちゃんと家で食べてきたから大丈夫だよ。だからそれ全部、たっくんが食べていいんだよ♪」

「マジでか。……それじゃ遠慮なく、いただきまーす!!」

「ふふっ、召し上がれ♪」

 そう言うと、すぐさま拓哉は弁当にがっつき始める。食べっぷりを見ると、相当腹を空かせていたのだろう。

 

 

(えへへっ、お弁当食べてるたっくん、可愛いなぁ~♪)

 頬杖を突きながらことりは1人微笑ましく拓哉を見つめていた。そしてずっと視線を送っていると、さすがに気付く訳で、

 

「ん?どうしたことり?」

「にへ~何でもないよ~♪」

「何でもなかったら普通にへ~とか言わないと思うんだが……」

 拓哉からみたことりはこれでもかと言うほどににへらと笑ってニコニコしていた。おそらく拓哉ではなく他の男性がこの笑顔を見たら一瞬でイチコロにされてしまうかもしれない。

 

 

「あっ、たっくんがっつき過ぎてほっぺにご飯粒付いてるよ~。私が取ってあげるねっ」

「んぁ、ああ、悪いな」

 満面の笑みでことりは拓哉の頬から米粒を取り、そしてそれを何と食べてしまった。

 

「なっ……ことり、お前なあ……」

「……んむんむ、ん?どうしたのたっくん?」

「……ああいや、これを天然でやってるが恐ろしいな……。二次元に勝ってるとは」

「?」

 マンガアニメ好きの拓哉だから、こういう手段はあざといと一蹴してしまうのだが、これを天然でやってしまうのがことりの天使たる由縁なのかもしれない。というより、μ'sの面々は天然でアニメでよくあるようなあざとい事をするのが多いのだ。

 

 

「……まあ、いいか」

「なぁに?どうしたのーたっくんー!」

「だからあざ―――いや、電車内で綺麗な風景を見ながらことりの手作り弁当を食べれるって幸せだなーと思ってさ」

「……ふへ~、そう言ってくれると私も凄く嬉しいな~♪」

 少し繕うように言ってしまったが、拓哉の発言には嘘はなかった。

 

 電車特有の体の揺れを感じながら、ゆったりしたまま綺麗な緑の風景を見ながら弁当を食べる。ちょっとした旅気分に拓哉も結構舞い上がっているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たまにはこういうのも、悪くねえな……」

「どうしたの、たっくん?」

「……ことり、たったの一泊だけど、俺達なりに楽しもうな」

「たっくん……うん♪たっくんと一緒なら私はどこでも何をしても楽しいよ♪」

「……だからズルいんだよなぁ……」

「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅館へ着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一泊二日の温泉旅行ペアチケット!!~ちなみに男女ペアじゃないと使えないんだぜ☆~』

 

 

 と、書いてあるから一体どんな旅館だコノヤローと思っていた拓哉だが、それは杞憂に終わる。

 

 

 

 

 

「普通に良い旅館っぽそうなんだが」

「たっくんちょっと失礼だよぉ」

「いや、だってこのペアチケットに書いてる文がすげえ腹立つのに意外と普通な旅館だなんて……」

「まあ、それは、ちょっと、ねえ……あはは」

 拓哉の言った通り、チケットに書かれている文とは裏腹に、とてつもなく立派という訳でもなく、ましてや超オンボロ旅館でもなく、古き良き風情がある旅館なのだ。

 

 

 

 

 旅館に入ると、女将らしき人が出てきてお出迎えをされた。

 

 

「この度はようこそいらっしゃいました。福引券でたった1つしかない当たりをご当選なされたようで、おめでとうございます」

「えへへ、ありがとうございますぅ~」

「え、たった1つしか当たりなかったのに当てたのかことり。すげえじゃん」

「凄いでしょ~、私も今初めて知ったんだけどねぇ。ふんすっ」

 拓哉的にはある胸を張らないでいただきたいと言いたいところなのだが、今ここで言うと確実に通報ものなので素早く喉の奥にしまう。

 

 

 

「さあさあ、福引券でご当選された方には当旅館で特別な待遇をさせてもらいますゆえ、とりあえずはそのお荷物をお持ちします」

「へえ、特別な待遇って何だろうなことり」

「あ、ありがとうございます。うーん、何だろ?晩御飯が他のお客さんより少し豪華になるとかかな?」

「伊勢えび食べたい」

 そうだねー食べたいねーと拓哉の願望をサラッと流しつつ他の仲居の人に荷物を持ってもらうことり。

 

 

 

 

 

 そして案内されるがままに着いて行くと、意外と普通な部屋に通された。

 

 

 

 

 

 

「部屋自体は普通っぽそうだな。いや普通に良い部屋だけど」

「ふふっ、特別待遇はまた別のとこにございますので、それまでどうぞお寛ぎくださいませ」

 拓哉の呟きに何やら怪しげな事を言って襖を閉めて去って行った女将。

 

 

(あんなチケットの文を考えるくらいだしな。何かありそうで怖いんですけど……)

 少し不安になりながらも、とりあえず拓哉は横になった。部屋に着いたら絶対にやると決めていた事を今まさに実行しようとしていた。そこに粗方荷物の整理を終えたことりが話しかける。

 

 

 

「ねえたっくん、これからどうするの?」

「寝る」

 1秒とも数えられないほどの即答があった。

 

「そっか。じゃあ私もそうしよっかな~」

 対してことりもそれを予見していたかのような感じで反応を返した。

 

 

 

「え、何も咎めないのか?」

「え?何を?」

 ことりの意外な反応に、拓哉は思わず聞き返していた。

 

「いや、だから、せっかく当選して温泉旅行まで来て、やっと旅館に着いたと思ったら何もしないで寝るんだぜ俺?海未や穂乃果達なら確実に起こされて連れまわされると思うんだけど」

 絶対にやると決めていたが、ことりの反応が予想外すぎて自分で自分の首を絞める事を言っている拓哉にことりは、

 

「だって旅館に着いてもやる事って外に行って観光くらいでしょ?それならここに来るまでにしちゃったしぃ」

 そうなのだ。先程旅館の入り口で拓哉とことりは店員に少し多めの荷物を持ってもらっていたのだが、それこそがこの旅館までに観光して既に買っておいたお土産とかなのだ。

 

 まさに、もうやる事はすべてやっておいた状態なのだが、そうなればやる事は必然となくなってくる。だからことりは拓哉の寝る発言に対しても特に反対意見はないのだ。

 それに、

 

 

「電車内でも言ったよ?たっくんと一緒なら、私はどこでも何をしても楽しいよってね♪」

「そ、そうか……」

 1番の本音はここにある。言わずもがな、ことりは岡崎拓哉に好意を抱いている。それも小学生の時から。だから結局、本当にことりは拓哉と一緒ならどこにいても何をしても、どこも行かなくても何もしなくても、ただ一緒にいるだけで楽しいのだ。

 

 

 

 そして、今からはまったく関係のない話になるが、

 

 

 

「ねえ、たっくん」

「ん、何だこと……り……さん……?」

 今この旅館に来ているのは拓哉とことりの”2人”だけである。それなのに、拓哉は今さっき誰の名前を出した……?

 

 

「たっくーん……今はたっくんと一緒にいるのは私だけなのに穂乃果ちゃん達の事を話す必要はないよねぇ~」

「お……おお……いや、その、あれは例え話であってですね?そんな、決して含みのあるような話ではな―――、」

「たっくん……?」

「生まれてきてごめんなさい」

 もう音速並みの早さの土下座だった。とにかく言い訳したら終わる、という認識だけが拓哉の頭の中を支配していた。

 

 

「んもぅ!今回は許してあげますっ!でももう次はないよ?」

「はい、何かすんませんした」

 次はないというのは一体どういう事なのか、それを聞く勇気が拓哉にはなかった。下手すると永眠されそうな勢いだったのだ。賢明な判断だったと拓哉を褒めた方がいいレベルで。

 

 

「じゃあ、はいっ」

 するとことりの周りの雰囲気が一瞬で殺気からほんわかに変わり、正座をした。

 

 

「はいって言われても、何が?」

「だぁかぁらぁ、はいっ」

 ことりが膝の上に手をポンポンっと叩いてるのを見て、ようやく拓哉は理解する。それと同時に首をブルンブルンっと激しく横に振った。

 

「い、いやいやいやいや!!それってあれだろ?膝枕だろ?いいよ!!恥ずかしくて死ねるわ!!」

 拓哉も男である。女の子に膝枕されるのは憧れではあるが、実際やってもらうとなるとこうなってしまうのが現実だ。

 

 

 

 しかし、これもことりの想定内。

 

 

 

 

 よって、

 

 

 

 

 

 

 

「…………いや?」

「是非、堪能させていただきます」

 こうなる。

 

 

 

 

 女の子に膝枕を提案されて、しかもそれを「…………いや?」と言われて断る男はいないだろう。ことりなら以ての外だ。

 

 

 

 

 

「……じゃあ、そんなに言うなら、遠慮なく寝かせてもらうぞ……?」

「うん、いいよ♪」

 迷っても仕方ないので一気に太ももに頭を乗せる。

 

 

(マジか。マジかマジかマジかマジかマジかマジかマジか!!これがことりのふ、太もも!や、柔らけえ……!!)

 

 

 女の子特有の甘い匂いと、これまた女の子特有の柔らかい太ももの感触が拓哉の頭に直接襲い掛かってくる。触るわけにはいかないので、何とか頭だけで太ももの感触を最大限に堪能する。

 

 すると、

 

「たっくんが寝やすいように、私が歌を歌ってあげますっ♪」

 それと同時に、ことりは拓哉の頭をまるで泣き疲れた子供を寝かしつけるように優しく手で撫でながら、子守歌を歌い始めた。

 

 

 それに釣られるかのように、拓哉の瞼が少しずつ重くなっていく。元々休日はもっと寝るのが拓哉だった。だから部屋に着いてからも寝るつもりだった拓哉に、ことりの子守歌と頭を撫でられる心地良さ、それに加えて膝枕で柔らかい太ももは拓哉を寝かすのにもっとも最適だった。

 

(これは……気持ち良過ぎて……もう、ああ……もう少しことりの太ももを、堪能した……かっ……た……)

 

 

 

 

 

 

 

 瞼は、閉じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、空はオレンジ色に染まっていた。

 

 

 

「……夕方か」

 視界に入る周りのぼんやりとした色で夕方だと拓哉に認識させる。

 

 そして、1番に目に入ったのが、

 

「すぅー……すぅー……」

 可愛らしく寝息を立てていることりの寝顔が視界にはいった。

 

(何だこれ……何かすげえ幸せなんだけど。新婚さんの雰囲気漂ってる感じがするのは気のせいか)

 傍から見ればバカップル極まりないが、生憎と室内には拓哉とことりしかいなかった。

 

 

「んっ……んゅ、あ、たっくん、おはよ~……。えへへぇ~私も寝ちゃってた」

「知ってるよ。可愛い寝顔見れたし」

 お互い起きたばかりで寝ぼけているせいか、ぶん殴りたくなるような会話をしているのに自分達でも気付いていなかった。

 

 

 

 

 起きた2人はこれからどうしようかとしていたところに丁度タイミングよく女将が来た。

 

 

「お夕食の時間になりましたけど、どうなさいますか?」

 暇を持て余していた2人の返答は揃えて綺麗なものだった。

 

「「いただきます」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕飯と言えど、特に何もはなかった。

 

 

 強いて言えば、

 

「伊勢えびやん……伊勢えびがあるぞことり!!」

「分かったから落ち着こうねたっくん……」

 

 

 拓哉が伊勢えびに1人テンション上がっていたくらいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ温泉に入るか」

「あ、じゃあ私も入ろうかな~」

「それならご案内しますよ」

 夕食の片づけをしている女将に甘え、案内してもらう事になったが、

 

「たっくん先に行っててくれる?私ちょっとだけお荷物の整理してから行くから」

「ああ、分かった」

 

 

 ことりの言葉を受け、拓哉は女将に温泉へと案内される。

 

「ここが温泉になります。ちなみに、特別待遇というのは、この温泉がメインなのですよー」

「へえ、これがメインだったのか。それで、その特別待遇ってのは何の事なんですか?」

「それはあとのお楽しみという事で!」

 それを言うと、女将はことりを迎えにでも行ったのかすぐに去って行った。

 

 

「お楽しみって、何かイベントでもあんのか?温泉に?……まあいいや、入ろ」

 

 

 

 

 

 

 

 入れば、そこは森林の見える景色の良い露天風呂だった。

 

 

 

 

 

「……おお、こりゃあすげえな。特別待遇ってのも納得できるくらいの景色だわ。温泉は白いな」

 ササッと体を洗い、早く温泉に入るための準備を終える。

 

 

「うん、貸切だし、良い湯加減だし、長湯しても上せることはなさそうだな。いやー極楽極楽」

 竹の壁を背にもたれながら疲れを癒す。

 

 

 

 しばらくの間、ずっと湯船に浸かっていた。

 

 

 

 

 

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

「これから特別待遇のメインイベントを開始いたしまーす!!」

 更衣室の中の方から女将の声が聞こえた。

 

(メインイベント?何だ、花火でも上がんのか?)

 と、楽観的に思っていた拓哉だが、それは次の瞬間に驚愕に変わる。

 

 

 急に竹の壁が動き出したのだ。

 

 

「な……に……っ!?何だ、何が始まるんだ!?」

 竹の仕切りの壁がまるで襖のようにスライドしていく。その向こうにも、温泉は広がっていた。

 

 

 竹の仕切りが完全にスライドして、止まったと同時に、拓哉は開かれた温泉の方を凝視する。

 

 

「広くなっただけ……というのはなさそうだな……。―――ん?」

 そこで拓哉は何かを見つけた。白い湯気が段々と鮮明になっていく。

 

「―――――――なっ」

 そこにいたのは。

 

 

 

 

 

「た、たっくん……!?」

 拓哉と同じく湯船に浸かっていることり張本人だった。

 

 

「な、何でことりがそこにいるんだよ!?」

 自分の体が捩じ切れるくらいの勢いで後ろに振り向きながら拓哉は抗議する。

 

「た、たっくんこそ、どうしてそこにいるの……!?」

「いや、俺は女将さんに案内されてだな……あ!」

「それは私も同じだよ……って」

 ここでようやっと拓哉とことりの2人は理解した。

 

 

 何故チケットに男女ペアじゃないと使えないと書いていたのか。

 

 今の今まで隠されていたのか。

 

 女将がニヤニヤしていたのか。

 

 

 

 理解すると同時に、更衣室の方から声が聞こえてきた。

 

 

 

「特別待遇のメインイベントは、サプライズでの混浴風呂の事でしたー!!」

「ふざけんなァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!ありがた迷惑にも程があるわ!!」

「男女ペアなんだから絶対に夫婦かカップルの方が来ると思っていたのでねー!いやー微笑ましいカップルの方が来てくれて嬉しいのでございますよー!」

「決めつけが酷いなおい!?……いや、まあ、男女の温泉旅行だから、夫婦かカップルが来るのが普通なのか……?」

「そういう事でありまーす!では当旅館の混浴風呂をお楽しみくださーい!!」

「あっ、おい!!……ったく、やっぱりただの旅館じゃなかったか……」

 

 一杯食わされた。それが拓哉の思った事だった。

 だが、今はそんな事を考えている暇はない。この状況を何とか打破するのが先だ。ことりの方を見ずに質問を投げかける。

 

「大丈夫か、ことり」

「えっ、あ、うん。私は大丈夫だよ……」

 大丈夫じゃない。拓哉自身はそう思っていた。思春期の男女が混浴など有り得ない。もし何か間違いがあればどうしてくれる。だから、この状況を打破するには手っ取り早い選択肢を取る。

 

「そうか、じゃあ俺は上がるわ。ここに俺がいてもことりがゆっくり出来ないだろうしな」

 あくまでことりを思っての行動。すぐさま上がるために白い湯を利用して下半身だけを一応見えないようにしながら更衣室の方に行こうとする。

 だが、それを止めたのは意外にもことりだった。

 

「え?だ、大丈夫だよ!たっくんもまださっき入ったばっかなんだし、もう少し入ってようよ!」

「なっ……はい!?何言ってんだお前は。今は俺もお前も、その、裸なんだからな!一緒にいちゃマズイの!分かる!?」

「分からないもん!私は……た、たっくんと一緒なら、平気だもん……」

 咄嗟にタオルを腰に巻いて拓哉は抗議するが、ことりがそれを予想の斜め上の反応をしてかき乱す。

 

「いや、だからそういう問題じゃなくて、だな……?高校生男女が一緒に混浴にいるのがおかしい訳でして……。と、とにかく!俺はもう上がる!」

「あっ、たっくん!」

 ことりの制止を無視して、拓哉はさっさと上がるために更衣室に向かう。

 

 でもことりはそんな時にでもこう思っていた。

 

 

(今まで色んなアピールをしてきた。でも最終的にはいつも上手くはいかなかった。だったら、最初はビックリしちゃったけど、今のこのタイミングなら、たっくんにぶつけられるかもしれない……!今まで以上の気持ちを!恥ずかしいなんて言ってられないもん。鈍感なたっくんだからこそ、ハッキリと分かる気持ちを伝えるチャンスなんだ……!!)

 

 

「たっくん!!」

「なっ!?こと、ちょ、やめっ―――!!」

 ザッパーンッッッ!!という音と共に、ことりが拓哉を引っ張ったせいで混浴風呂の中に大きめの飛沫が舞い上がった。

 

「何すんだよことり―――ってお、おま……!!」

 抗議しようとした拓哉の言葉が詰まる。それもそうだろう。何故なら、ことりは今拓哉に後ろから抱き付いているから。それも、裸のままで。

 

 

「たっくん……」

「ちょ、ま、そ、その、ああ、当たっ、当たってるから……!!は、離れ―――、」

 

 

 

 

 

 

 

 

「好きなの」

 

 

 

 

 

 

 一瞬。

 

 

 

 その場だけが時間が止まったかのような錯覚に襲われた。

 

 

 

 

「な……にを……?いや、その前に、離れてくれると……拓哉さん嬉しいかなって……」

「たっくんは、嫌……?」

 拓哉に対して、ことりの声は静かなままだった。まるで何かの覚悟を決めたかのような。

 

「私はね、好き。大好き。たっくんの事が1人の男の子として、大好き」

「……な、何でそれを今言うかな……」

「だって、たっくん凄く鈍感だから、こうでもしなきゃ分からないと思ったんだもん……私だって恥ずかしいんだよ……?」

 実際、ことりの顔もこれでもかというほどに真っ赤だった。

 

 

「だったら離れてもいいんじゃ―――、」

「ダメ、今離れたら恥ずかしさでどうにかなっちゃいそうだよ……。でも、たっくんだからこそ、こんな事恥ずかしくても出来るの。頑張って出来ちゃうの」

「ことり……」

 これが、今のことりができる精一杯の行動だった。今までもアピールしてきたのだが、どれも決定的ではなかった。だから、もうこの混浴風呂を利用するしかなかった。これはもう二度と来ないチャンスだと思って。

 

 

「私は言ったよ……?たっくんが大好きって。こんな事までしちゃって、すっごく恥ずかしいけど、たっくんだからって考えると、嬉しくも感じちゃうの。……だから、今度は……たっくんの気持ちを、聞かせてほしいな……」

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は、自分の気持ちを素直に言った。

 

 彼女は、こんな事をしてまで言ってくれた。

 

 彼女は、いつも見守るような立ち位置だったのに、1番になるために踏み出した。

 

 彼女は、ずっと溜め続けてきた想いを吐き出してくれた。

 

 彼女は、自分なら、どこでも何をしても楽しいと言ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だったら、岡崎拓哉は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………)

 

 

 

 

 

 

 夕方の寝起き直後を思い出してみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 答えは、既に決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺も、ことりの事、好きだよ」

「………ふぇ?」

 沈黙が、破れた。

 

 

 

 

 

「今思えば無意識的にでも前から好きだったのかもしれない。ははっ、そりゃいつも天使天使言ってるもんな。好きになって当然っちゃ当然か。……でも、俺もことりが好きだ。これには、嘘偽りはない。確信を持ってそう言えるよ」

「……ホントに?」

「こんな事してて嘘言う勇気なんて俺にはねえよ」

 今もお互い顔は真っ赤のままである。どれだけ恥ずかしくても、相手が好きだから、正直な気持ちを吐き出せる。すぐにでも壊れてしまいそうな理性も保っていられる。

 

 

 

「じゃあ、私達、もう……その、恋人……でいいの……?」

「ああ、俺にはそういうのできた事ねえからよくは分かんねえけど……それで合ってるんじゃないか?」

「……そっか……ふふっ。えへへっ……嬉しいなぁ……すっごく嬉しいなぁ~……」

 

 

 

 

 

「あの……嬉しいのは分かったから、そろそろ離れるか上がるかしませんかね……?俺も色々とヤバイので……」

「え……?あ、ひゃぁ~!ご、ごめんねたっくん!!い、嫌だったよね!ごめんね!」

「いや、全然嫌じゃないのでせうが……むしろ気持ちいいというか何というか…………よし、上がろうかことり!!」

「あ、え?う、うん……!」

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、混浴風呂のメインイベントは成功に終わった。

 

 

 

 

 

 長年の少女の願いを最高の結果として叶えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りの電車内の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ことり」

「なぁに、たっくん?」

「また、2人でどこかに行こうな」

「……うんっ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 周りに誰もいない電車内で、2つの影の顔の部分が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、2つの手は、しっかりと、大事に握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さてさて、いかがでしたでしょうか。
ことりちゃん可愛い?うん、知ってる。執筆しながら自分でニヤニヤしてた自分がいるのでw

温泉内に地雷仕掛けてたけど爆発しなかったらしいです、くそっ!


いつもご感想評価をありがとうございます!


というわけで、新たに高評価を頂きました!

田千波照福さん、大変ありがとうございました!!



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36.本当の笑顔

先週更新しないかもと言っていたな。
あれは嘘だ(久々)



はい、という訳で、今回も10000字超えです。最近多いな。


 

 

 

 

 

 

 

 まだまだ梅雨の時期は終わらず、今もこうしてザーザーと振り続ける雨を眺めながら、今日は解散して1年生だけを先に帰してから俺達は東條の話を聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スクールアイドル?」

「にこ先輩が?」

 

 そして、東條は語り出す。

 矢澤にこの過去を。

 

 

 

 

「1年生の頃やったかなあ。同じ学年の子と結成してたんよ」

 にこさんが1年の頃、そして“してた”、か。

 

「今はもうやってないんやけどね」

 やはりか。もし今もやっていたなら、堂々と穂乃果達の前に現れて私達の方が実力は上よ!!とか言いながらも歌って踊られれば嫌でも納得はできただろう。しかし、それがないという事は、にこさんは今は1人だけ。

 

「やめちゃったんですか……?」

「にこっち以外の子がね……」

 飽きたから辞める。辛いから辞める。めんどくさいから辞める。合わないから辞める。理由なんて人それぞれで、家庭の事情がどうのだと、そういう辞め方ならにこさんもまだ傷は浅かったはずだ。でも、にこさんのあの顔を見れば、気持ちの良い辞め方ではなかったのは何となく想像できる。できてしまう。

 

 でも、飽きたから、辛いから、めんどくさいから、合わないから、それらの理由があっても、俺達を追い出そうとした時のあのにこさんの表情にはならないはず。例えそうだとしても、すぐに人前でキャラを作れるあの人のメンタルの強さならそれも乗り越えられるはずなんだ。

 

 

 それなら、一体どんな理由で辞めていったんだその人達は……?

 

 

「アイドルとしての目標が高すぎたんやろうね」

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」

 な、んっ……?ちょっと、待、て……。待てよ……。

 

 

 

「着いていけないって1人辞め、2人辞めて……」

「そんな……」

「……待てよ」

「……たく、ちゃん?」

 理解する前に声が出た。頭の中で整理する前に声を発してしまっていた。

 

 

 

 目標が高すぎたから、辞めた?何だよ、それ……。着いていけないから、辞めた……だと?そんなの……そんなの……ッッッ!!

 

 

 

「間違ってるだろ……!」

「拓哉君……」

「目標が高すぎて何が悪いんだよ……。仮にもスクールアイドル目指してたんだろ……!だったら、目標はどれだけ高くしようが構わねえだろ。何でそれで着いていけなくなったからって辞めていくんだよ。別に練習がキツかった訳じゃないんだろ!険悪なムードだけが支配していた訳じゃないんだろ!なのに何でそれだけの事で辞めていくんだよ……!!」

 

 理解はしたが、納得は出来ない。今の俺はそれとまったく同じような感情だった。あの人は何も悪くないんだ。

 

「にこさんはただスクールアイドルとして高みを目指そうとしただけじゃねえか。他のスクールアイドルよりも高い目標を掲げようとしただけじゃねえか……!それだけなのに、着いていけないからってちっぽけな理由で辞めていっただと……?そのせいであの人の本当の笑顔があれだけ曇ってしまっているのに―――ッッッ!?」

「たくちゃん落ち着いて!!」

「あ……ほ、のか……」

「分かる。たくちゃんの気持ちは私もちゃんと分かるから……。今は少し落ち着いて。ね?」

 

 気付けば俺は穂乃果に真正面から抱き付かれていた。そんなに取り乱していてしまったのか、俺は……。

 

「……すまん、少し落ち着いたから、もう大丈夫だ」

「うん、分かった」

 穂乃果に礼を言いながらそっと離れる。まだ憤りは感じるが、さっきよりかは冷静でいられるようだ。どっちみち、気分の良いもんじゃねえな……。

 

「ウチも、岡崎君の気持ち、分かるよ」

「……え?」

「そりゃウチは最近にこっちと知り合った岡崎君よりも、1年生の頃から知ってるんやし。同じ気持ち以上のものが心から沸いたよ」

「東、條……」

 そりゃ、そうか。俺なんかよりも、長年にこさんと付き合いの長い東條の方が気分も悪いに決まってる。そんな事にも気が回らないで取り乱すなんて、俺もまだまだだな……。

 

 

「でも気を遣おうとしたら、逆ににこっちに怒られたんよ」

「にこさんに、怒られた……?」

「1人でも大丈夫だから、余計な気は回すなってな」

 嘘だ。始めにそれを思った。大丈夫な訳がない。約2年間もずっと1人でアイドル研究部にいて、何も出来ずにいて、悔しい思いだけをして、大丈夫なはずがない。

 

「ウチもにこっちが大丈夫やないって分かってた。でも、にこっちの真っ直ぐな瞳を見てしまったら、何も言えんかった」

「真っ直ぐな、瞳……か」

「確かに、にこっちを置いて辞めていった子達の事を良く思ってないのも分かる。でもウチはね、今ではそれも正解やったんやないかなって思ってるん」

「……今では?」

 今ではという事は、少なくとも前までは良く思っていなかった事になる。俺も今こそ冷静になっているが、その当時に俺がいたら正直、その辞めていった人達を怒鳴り散らしに行ってしまうかもしれない。

 

「うん、今までのにこっちにはアイドルとしての本物の笑顔はあっても、素のにこっちの笑顔には本物が感じられへん。でも今なら、あなた達がいる」

「私達?」

「そう。ウチのカードも告げてたん。あなた達なら、にこっちの事をまた本当の笑顔にしてくれるって。だって、穂乃果ちゃん達のファーストライブを見たけど、凄かったん。見てて凄いなあって、素直にそう思えた」

 あの時東條もライブに来てたのか。穂乃果達のライブが凄かった。レベル的にはまだまだでも、あれには何か魅せるものがあったと俺は自負している。だから、東條もそこに何かを感じたのかもしれない。

 

 

「多分、いや、確実ににこっちもそこにいた。だから、あなた達が羨ましかったんじゃないかな。歌にダメ出ししたり、ダンスにケチ付けたりできるって事は、それだけ興味があって、見てるって事やろ?」

 そうだ。あれだけ言われた。散々に言われた。でも、それはちゃんと穂乃果達の事を見ているから。適当に言っている訳ではない。にこさんもスクールアイドルをやっていた。だからその経験から分かる事がある。

 

 客観的にも主観的にも見る事ができるからこそのダメ出し。常に練習風景などを見ていないと指摘する事はできないだろう。ずっと、にこさんは見ていたのだ。穂乃果達の練習風景を。学校でやっている時も、神社でやっている時も。

 

 それはただ批判したいだけで出来る事じゃない。それこそ東條が言った通り、興味があって、それだけ見ていた。そう、“興味”があるのだ。そこを上手くつけば、にこさんを説得できるかもしれない。

 

 

 

 東條の言った通り、素のままのにこさんの本物の笑顔を取り戻せるかもしれない。

 

 

 

 であれば。

 

 

 

「岡崎君も、いつもの調子に戻ったね。……どう?やれるかな?」

 東條が意味ありげな笑みを浮かべてくる。ホントこいつは何でも見透かしたような雰囲気を漂わせてくるな。当たってるから怖いわ。でも、わざわざ聞いてくるとは、何て返すかも分かってんだろうに。

 

 

 だから俺もそのままの通りに返してやる。

 

 

 

 

 

 

「やれるじゃねえ。やるんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東條と別れを告げて一旦帰りの荷物を取りに戻ってから、俺といつもの幼馴染ズは雨の中、傘を差しながらいざ学校から帰らんとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「中々難しそうだね。にこ先輩」

「そうですねえ……。先輩の理想は高いですから。私達のパフォーマンスでは納得してくれそうもありませんし、説得に耳を貸してくれるような感じもないですし……」

 ことりと海未は苦言にも似た何かを呟いた。

 

 実際問題の話をすれば、にこさんは今の穂乃果達のパフォーマンスでは納得していない。つまり、認められていないという事になる。そして、説得しようにも耳を貸してもらわなければ話にすらならない。

 

 結論的に言えば、何をどうこうしようが、俺達はにこさんを納得させる事ができないという結論に至る。

 

 

 しかし、それはあくまで実際問題、結論的な意味の話をすればだ。

 

 

「そうかなあ?」

「「え?」」

 そこで穂乃果が口を出す。こういう時に突破口を開くのはいつだって穂乃果だった。まあ、今回に限っては俺も何をどうすればにこさんを‟引きこめる”かは大体の考えはついている。だが、これはμ'sである穂乃果達の問題でもある。

 

 手伝いの俺がでしゃばるより、先に穂乃果達が答えを出す事が出来ればそれでいいのだ。どうしても答えが出てこない時だけ、俺が助言をすればいいし引っ張ってやればいい。

 

 

「にこ先輩はアイドルが好きなんでしょ?それでアイドルに憧れてて、私達にもちょっと興味があるんだよね?」

「うん」

「それって、ほんのちょっと何かあれば上手くいきそうな気がするんだけど……」

「具体性に乏しいですね……」

 確かに、普通に聞いていれば穂乃果の言い分には具体性がまったくと言っていいほどない。『ほんのちょっと何かあれば』それが何か分かればいいのだが、肝心の『それ』が出てこない。

 

 でも、

 

「なーに言ってんだ海未。穂乃果の具体性のない言葉なんて、いつもの事だろ?」

「あっ、たくちゃんヒドイよー!」

「でも、お前はいつでもそこから活路を見出していった。何もないとこから、光を見つけて走ってきたんだ。だから今回も、お前達なら大丈夫だ」

「たくちゃん……ふふーん!そうでしょ!?」

 いやそこで調子乗ったらダメでしょ。調子乗るより考えないとダメでしょ。俺が少し良い事言ったのに台無しにしちゃうの?いいの?それ俺が恥かいちゃうだけだよ?もう恥かいたわ……。

 

 

「ったく……。ん?」

「どうしたのたくちゃん?……あ、」

 ふと階段の方を見ると、ピンクの傘が慌てたように下へと隠れていった。振り返りざまにツインテールを揺らせながら。……やっぱり穂乃果達の事が気になるのか。

 

「今の……」

「多分……」

「まあ、そうだろうな」

「……どうします?」

「声かけたら、また逃げちゃいそうだし……」

 

 ここで声をかけるとことりが言ったように即座に逃げられるだろう。それも雨の中を追いかけっこのようにお互い走るのは危ないなんて子供でも分かる。だからこれは却下。だから今は何もしないが正解になる。

 

「うーん……あっ。ねえ、たくちゃん」

「何だ?」

 穂乃果が何やら意味深な笑みを浮かべながら問うてきた。……この顔、何かを考えついたな。こういう時の穂乃果の勘は冴えわたる。だから恐らく、大体の察しはついたが一応答えを待つ。

 

「今は何を言ってもにこ先輩は逃げちゃう。私達のパフォーマンスも納得してもらえてない。耳も貸してもらえない。だったら―――、」

 そこで穂乃果は一泊を置いてから、俺が待ち望んでた答えを言った。

 

 

 

 

 

強硬手段(、、、、)しかないよね」

 

 

 

 

 穂乃果に続いて、俺もニッと怪しげな笑みを浮かべながら穂乃果の案に答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――正解だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ雨は降り続ける翌日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、矢澤にこは1人で帰り支度をしていた。

 

 

 つい最近μ'sとやらのスクールアイドルに同じ部活として合併してほしいと案を持ちかけられたが、当然断った。

 あんなのをスクールアイドルとして認められるはずがない。アイドルの何たるかをすら分かっていないような輩共に、アイドル研究部を合併してたまるものかと、にこの頭の中はそれでいっぱいだった。

 

 

 それ以外は、何も変わらなかった。

 

 

 いつも通り、“1人”で帰り支度をして、“1人”で部室の鍵を借りに行って、“1人”でそこまでの廊下を歩いて、“1人”で部室に下校時間までいて、そして“1人”で帰る。そう、“いつも通り”。2年前からこれを続けていく内に、既にそれには慣れていた。

 

 だから今までも、これからも、“いつも通り”1人で部室にいるだけの時間が続いて行く。

 

 

 そんな事を軽く思いながらも、“いつも通り”部室の前までやってきた。そこで何故か止まってしまった。

 

 

「帰りどっか寄ってく?」

「いいね!じゃあ部員のみんなにも声かけてこうよ!」

 

 

 そんな会話が不意に聞こえてしまったからだろうか。だが、そんな会話は今までもずっと聞いてきた。だから慣れている――――はずなのに。ドアノブに手をかけようとしたところで止まってしまった。

 

 慣れたはずの動きが止まった事で余計な思考が頭を支配していく。

 昨日の事だった。

 μ'sのメンバーが部室にやってきて相談を持ち掛けてきた。2年振りに、部室が少し賑やかになったなと、心の奥底のどこかでほんの少しだけ微笑ましくなった。

 

 

 もうそんな事にはなり得ないと分かっている。自分で突き放したのだ。何度も。あれだけの事を言った。しかし、あれでもし彼女達の心が折れてしまっていたら、所詮はそんなものだったんだろうと嘲笑う事もできる。

 

 

 でも、にこは見てきた。ずっと練習していた彼女達の事を。

 だから分かる。

 辛いからやっているんじゃない。学校を守るために仕方ないからやってるんじゃない。全員が全員、心の底からやりたいと思っているからやっている。

 

 

 それが伝わってくる。そんな笑顔が、練習している彼女達にはあった。過去に自分が憧れて、夢見て、目指していて、なりたくて、他の部員の気持ちも知らないで1人だけ飛びっきりの笑顔で先を走っていた。

 

 その先に待っていたのは孤独だった。1人だけ高い目標に突っ走って、後ろを一切見ずに1人で走って、いつしか後ろを走っていた部員は着いていけなくなって消えていった。

 

 自業自得と言われればそれも受け入れる。結局はにこも自覚していたのだ。自分がもう少し周りを見ていればあんな事は防げたかもしれない。周りの気持ちを汲む事さえも間に合わなかった。気付けばにこは1人になっていた。

 

 

 

(本当、笑えるわね……)

 

 

 

 そんな終わった事を、今もくよくよ考える訳にはいかない。とりあえず部室で資料でも読んでいればいつもの調子に戻るだろう。

 そう考え、ドアノブに手を掛けて部室に入った時の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ何も触れていないのに、部室の電気が点いた。

 

 

 それと同時に、いくつかの声が重なって聞こえた。

 

 

 

 

 

「「「「「「お疲れさまでーす!!」」」」」」

 

 

 

 昨日無理矢理追い出して、本来ならもう来ないはずの彼女達がそこにいた。

 

 

 

「なっ―――――」

 

 

 

 

 μ's。

 

 

 

 にこの成し得なかった事をやっているスクールアイドルが、“1人”しかいないはずのアイドル研究部の部室にぞろぞろと鎮座していた。

 

 

 

 最初に切り出したのはμ'sの発起人である少女、高坂穂乃果だった。

 

「お茶です、部長!」

「ぶ、部長!?」

 次に話したのは南ことりだった。

 

「今年の予算表になります。部長!」

「なっ……!」

 次に星空凛が机に大きく両手を添えながら口を開いた。

 

「部長、ここにあったグッズ、邪魔だったんで棚に移動しておきましたぁ!」

「こらっ、勝手に―――、」

 にこの声を遮るように、西木野真姫が何の気なしに手を差し出し呟いた。

 

「さ、参考にちょっと貸して、部長のオススメの曲」

 今度はにこが反応する前に、小泉花陽が『伝伝伝』をこれ見よがしに喋り出した。

 

「な、なら迷わずこれを……!」

「ああっ!だからそれは―――、」

 そして、穂乃果やことりのほかに1人だけ立っていた岡崎拓哉が発した。

 

「そんな事より次の曲の相談がしたいんだけ――ですが……部長」

「あ、アンタまで……!」

 最後に、園田海未を筆頭にその幼馴染達が畳みかけにはいった。

 

「やはり次は、更にアイドルを意識した方がいいかと思いまして!」

「それとー、振り付けも何かいいのがあったら!」

「歌のパート分けもお願いします!」

「足りねえものあるなら言ってくれ……です。物なら出来る限りは揃えるから」

 そこまで聞いて、にこは彼女達の目論見が分かった。

 

 

「そんな事で押し切れると思ってるの……?」

 きっと、彼女達は強引に押し切る事で合併を成功させようとしている。にこはそう思っていた。昨日追い出して、もうダメかもしれないならいっその事強引にいってやろう。そう思ってこんな事をしているに違いない。

 

 こんな強引な手を使ってくる彼女達なんかに、このアイドル研究部を渡してたまるか。そうしてしまったら、今度はにこがこの部室から追い出されるかもしれない。あんなに輝いていて、眩しい彼女達を見ていたら、今まで耐えられていた『何か』がいとも簡単に壊れてしまいそうで。

 

 2年も1人でここを守り続けてきたのだ。それを、譲る事はできない。例え、以前借りができた少年に頼まれたとしても、これだけは譲れない。絶対に守ってみせる。

 

 

 

 そんな矢澤にこの思いは、次に発せられた穂乃果の発言で杞憂として終わる事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「押し切る?私はただ、相談しているだけです。音ノ木坂アイドル研究部所属のμ'sの“7人”が歌う、次の曲を!」

 一瞬で頭の中の思考が真っ白になった。あまりにも予想外で、虚を突かれたような錯覚に陥る。今、この少女は何と言った?7人?今いるμ'sは6人のはずなのに。

 

 

「7、人……?」

 どうしても確認せずにはいられなかった。聞き間違いなのではないのかと思って。見渡せば、μ'sのメンバー全員がにこの方を見ていた。まるで新しく入った仲間を快く迎え入れるような笑顔で。

 

 

 

「そうだ―――です。……やっぱ今更敬語なのもやりづれえな……。元に戻すか」

 いつの間にか敬語になっていて、そう思えばまたタメ口に戻った少年、岡崎拓哉が口を開いた。

 

 

「もうμ'sは6人じゃなくて7人だ。アンタを入れてな」

 今度はちゃんと聞いた。2度も聞き間違えるはずもなかった。そして改めて理解する。その意味を。だが先に、疑問がやってきた。

 

「な、んで……」

 上手く言葉が出てこない。あれだけの事を昨日言ったのに。無理矢理追い出してしまった。聞く耳持たず、逃げて、嫌がらせもした。普通ならそれだけの事を自分を新しくμ'sに入れるなんて考えないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 だから。

 なのに。

 

 

 

 

 

 

 

「簡単な事だよ。ただ俺―――穂乃果達がアンタをμ'sに入れたいと思ったからだ」

 こうも簡単に少年は返してきた。少年の顔には嘘という要素がこれっぽっちも含まれていないかのような真剣な顔だった。

 

 

「聞いたよ。アンタが1年の時にあった出来事を」

「っ!?」

 自分でも驚くくらいの早さで少年と少女達を見渡した。表情を見れば大体分かる。おそらく全員聞いたのだろう。それと同時に今度は怒りの表情が沸いてくる。

 

「……アンタねえ―――、!」

「勘違いはしないでほしいけど、俺達は別に同情なんかでアンタを入れようとしてるわけじゃない」

「なん、ですって……?」

 拓哉に掴みかかろうとしたところで、拓哉はにこがこうしてくるのを予想していたかのように答えた。図星だった。同情というくだらない理由で誘うなら、そんなのは御免だったからだ。

 

 

「東條から話を聞いて、1年のこいつらにも話して、むしろ俺は怒りが沸いてきた。アンタは、にこさんは何も悪くねえんだ。ただ少しだけ他のスクールアイドルより目標が、意識が高かったじゃねえか。何かを成そうとするなら、それこそデカい目標を掲げるのは何もおかしな事じゃないんだ」

 にこも、μ'sの面々も、拓哉の話を黙って聞いていた。これは全員に関係する事だから。ちゃんと聞いておかなければならない。

 

 

「それに当時いた部員の人達が着いていけなくなっただけ。そんなくだらねえ理由で辞めたその人達に俺は怒りが沸いた。……でも、今はもうそれもない。それ以上に、今を優先しなくちゃいけないから」

 そこでようやく、拓哉は俯いていた顔を上げて、真っ直ぐにこを見つめた。ここからが本番だというかのように。

 

 

「東條も言ってたよ。今のアンタにはキャラとしての笑顔はあっても、素のままでのアンタの本当の笑顔は見てないって」

「…………あ…………」

 何かに気付いたように、にこは細い細い言葉のような音を絞り出していた。自分は今までどれだけ笑顔でいただろうか。まず、この2年学校で笑った事はあるだろうか。キャラとしては笑っていても、本来の矢澤にことして学校で最後に笑ったのはいつだっただろうか……?

 

 

「だから、俺達がアンタの本当の笑顔を取り戻してやる。こいつらは、μ'sならアンタの目標にだって着いていける。こちとら学校を守るためにもやってんだ。どれだけ目標や意識が高かろうと、そんなのは全然苦にもならねえ。それが当たり前なんだから」

 

 

 

 ずっと、心のどこかで誰かから聞きたかった言葉があった。

 

 ずっと、心のどこかで誰かに言ってほしい言葉があった。

 

 ずっと、心のどこかでそう言ってくれる人を求めていた。

 

 

 それが今、ようやく、聞けた気がした。自分と同じ気持ちを持ってくれる仲間に、出会えた気がした。

 

 

 

 

「自分の気持ちに素直になれよ。矢澤にこ」

 不意に、確信を突かれたような錯覚に陥った。

 

 

 彼女達を批判的な目でしか見ていなかった。1人になった日も、仲間を失った日も、そんな数日が続いて、それでも人生は続くと思い知らされた。それに慣れた事も確かにあった。

 

 

 

 けれど、それは所詮虚勢でしかなかった。

 

 

 

 やはり人間。思っていなくとも、無意識的にどこかで期待してしまうというものだ。願うだけでかなうなら、努力だけで届くなら、それならきっと誰も悩まない。そんな分かりきった事を思っていても、希望を抱いていたのかもしれない。

 

 諦めきれず、ずっと1人でほんの僅かな希望を抱き、自分の気持ちを糧にいつも前を向いてこられた。そんな事を、2年間ずっと無意識にでも思いつづけてきた。

 

 

 

「今なら、アンタと同じ意識を持ってる奴らがここにいる。我慢なんかしなくていいんだ。自分のやりたいように自分のアイドル像を掲げればいい。それが出来る場所に、俺達がなってやる。だからもう一度、本当のアンタの笑顔を見せてくれよ、にこさん」

 そう言って、拓哉は手をにこへと伸ばした。この手を取れば、同じ意識を持ってる仲間とまた一緒に走れる。今度は誰も失わずに済む。後ろではく、隣を一緒に走ってくれる仲間ができる。

 

 

 気付けば、迷わず少年の手を取っていた。

 

 

 

「……これで、アンタもまた走り出せる。仲間だ」

「にこ先輩……!」

 拓哉と穂乃果が声を漏らす。しかし、その前にどうしても言っておかなければならない事がある。

 

 

「……厳しいわよ」

「分かってます!アイドルへの道が厳しい事くらい!」

「分かってない!」

 確かに仲間に入る事はもう決めた。しかし、それとこれとは話が違う。だからこそ、新しくμ'sに入ったからこそ、最初にこれを言っておかなければならない。

 

「アンタも甘々!アンタも、アンタも!アンタ達も!!」

 そう言って、にこはμ'sの面々の1人1人の顔を見ながら真っ直ぐと言い放つ。

 

「俺は?」

「アンタはアイドルじゃないから論外!話を逸らせるな!」

「さいですか……え?論外?そこまで言っちゃう?」

 とりあえず今は拓哉を無視し、にこは今の彼女達に言うべき事を言った。

 

「いい?アイドルっていうのは笑顔を見せる仕事じゃない。笑顔にさせる仕事なの!それをよーく自覚しなさい!

 それを聞いて、拓哉や穂乃果達は微笑んだ。特に拓哉は。さっきまでとは違う、矢澤にこの表情が今まで見た事もない活気に満ち溢れていた。拓哉がにこを見ていると、隣の穂乃果が小さく声をかけてきた。

 

 

「やっぱりこの手段でいって正解だったね、たくちゃん」

「……ああ、これ以外の手段でやってたら絶対に上手くいかなかったろうしな」

 強硬手段といっても、何も悪い事だけではない。誰かのためにやる強硬手段もあるというだけ。たったそれだけだった。

 

 

「……さあ、にこさんも入った事だ。みんな外を見てみろ。……練習するぞ!」

 

 

 

 

 

 

 黒髪ツインテール少女の心が晴れたと同じように、いつの間にか、外は明るくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東條希は絢瀬絵里と生徒会室から空を眺めていた。

 

 

 

 

 

 希は晴れていく空を眺めながら思っていた。

 

 

 

 

 

(やっぱり、あなた達に言うて正解やったな)

 カードが告げていたように、少年少女達はどんどんと成長して、道を切り開いていっている。徐々にメンバーも増えてきている。

 

 

 

 メンバーは現状7人。

 

 

 

 

(あとは……)

 気付かれないように隣の親友を見て、僅かに決心をする。

 

 

(そろそろ、かな……)

 

 

 

 

 

 

 

 静かに、月の彼女は動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい!?やると決めた以上、ちゃんと魂込めてアイドルになりきってもらうわよ!分かった!?」

「「「「「「はい!」」」」」」

 雨が止み、暑くなっていく季節の中で、ほんの少しだけ涼しさを感じる中、屋上で新メンバーの声が響いていた。

 

 

「声が小さい!!」

「「「「「「はい!!」」」」」」

 矢澤にこ。

 活気が戻った今の彼女は、どのスクールアイドルよりも目標が高い少女と言えるだろう。そんな彼女は今、とても活き活きとしていた。

 

 

 

 

「はいやって!」

「「「「「「にっこにっこにー!」」」」」」

「全然ダメもう一回!」

「「「「「「にっこにっこにー!!」」」」」」

 

 

「それってにこさんだけの芸じゃないのか……」

 練習風景を遠目で見ながら、拓哉は思わず言葉を漏らしていた。でも、悪くない。そう思ってもいた。にこの顔を見れば分かる。

 

 

「釣り目のアンタ!気合い入れて!」

「真姫よ!!」

「はい、ラスト一回!」

「「「「「「にっこにっこにー!!」」」」」」

 

 そこで、拓哉は見逃さなかった。

 にこが、穂乃果達に見えないように後ろに振り向いて涙を拭ったのを。

 

 

 

(借りはきっちり返してもらったよ。にこさん。アンタにはその笑顔が1番だ)

 

 

「全然ダメ!あと30回!」

「ええ~!」

「何言ってんの!まだまだこれからだよ!にこ先輩、お願いします!」

 主に凛が駄々をこねる中、穂乃果が喝を入れるように大きな声を出す。

 

 

 

「よおし、頭から、いっくよー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 キラキラと輝く笑顔を眺めながら、拓哉はふと空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

「……へえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨が止み、晴れた空に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “7色”の綺麗な虹が、そこにはできていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





そんな訳で、にこ加入編、完結です!
いかがでしたでしょうか?

今回はにこの『本当の笑顔』というテーマを考えて書いてきました。
ずっと1人で2年間頑張ってきたにこ。家では家族に笑顔を振りまいていても、学校ではそうする事はなかったと思います。

だからこそ本当の笑顔が見たかった……!
報われて良かったねにこちゃん!!


いつもご感想評価ありがとうございます!

新たに高評価をくれた方。

A'sさん、大変ありがとうございました!!



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37.リーダー



いつもアニメを他の作品よりも丁寧に準拠している本編ですが、今回はカットしまくりな感じです。



特に意味はない!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーダーに誰が相応しいか、大体私が部長についた時点で一度考え直すべきだったのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後の部室。

 

 

 

 

 

 ようやく手に入れたアイドル研究部という部室で、最初に口を開いたのはにこさんだった。

 

 

 

 

 

 

 

「リーダーね」

「私は、穂乃果ちゃんがいいと思うけど……」

「ダメよ。今回の取材ではっきりしたでしょ。この子はまるでリーダーに向いてないの」

 

 

 

 

 ああ、うん。とりあえず何故こういう展開になったのかという経緯を粗方説明しといた方がいいか。

 大雑把に説明していくとだな。

 

 

 

 生徒会で部活動を紹介するビデオを作る事になり、μ'sへ取材が来たのだ。しかも取材しに来たのがまさかの副会長である東條だった。俺得でしかなかった。練習中に東條見れるとか神様が隣にいると一緒やん。……違うか。違うな。いや、違わない。

 

 まあ、あれだ。μ'sを覚えてもらって認知度を広げるためでもあり、しかも取材に応えるとカメラを貸してくれるらしい。これは願ってもない事だった。これならPVを撮れるし、活動の幅がぐんと広がる。

 

 恥ずかしい話だが、μ'sの動画はまだ3人の頃のしかなかった。それにあの動画を誰が撮ってくれたのかすら分かっていない現状。そろそろ新しい曲をやった方がいいとも思っていたからこれは個人的に好都合すぎる申し出だった。

 

 

 で、その過程で穂乃果の授業中の寝てるありのまますぎる姿が撮られたりしてた。どこの雪の女王だよ。あと海未が部活中に隙を見て鏡にアイドルっぽい笑顔をしてたとこもあった。その際ニヤニヤしながら海未をからかったら上段蹴りを喰らった。拓哉知ってるよ!それを自業自得って言うんだって!

 

 

 ことりが何やら怪しい動きもしてたな。女の子のプライバシーには男は深く関わっちゃいけないんだぞ。関わったら上段蹴り喰らうからな。にこさんがキャラ作ったり髪のリボンを解いてまたまたキャラ作って話してたりもした。普通に可愛いじゃんって言ったら海未に足払いされて宙に浮いた所を腹にエルボーを喰らった。理不尽だなと思った。

 

 そのあとは中庭で取材があった。

 花陽が真面目に答えようとした時に穂乃果が変顔したり、ことりもひょっとこのお面被ってたり、俺も変顔しようとしたら海未に耳を引っ張られた。痛かった。真姫が結構μ'sの事を思っていてくれてたり、やっぱりこれだけを見てると遊んでいるようにしか見えてなかったり。

 

 だからμ'sの、スクールアイドルの活動の本番である練習を見てもらう事になって、やはり穂乃果達の本領発揮はこの練習になる訳で、練習ではみんな大変ながらも楽しく真剣に頑張っていた。そこから何故かリーダーがどうのこうのって話になり、とりあえず穂乃果の家に数人で集まった。

 

 

 穂乃果の失言で桐穂さんが投げたティッシュ箱に俺が盾にされて顔面に当たった。角だから痛かった。雪穂は何か履くのに苦戦してたし、大輔さんは相変わらず渋かったし、そこから穂乃果の部屋に移動し、話が進むに連れ、何故穂乃果がリーダーなのかという話になった。

 

 

 

 

 

 とまあ、成り行きはこんな感じだ。

 あれ、大雑把って何だっけ?て思った奴は謝罪しろ。特に意味はないけど謝罪しろ。はい、すいませんでした。

 

 というか途中途中で俺が痛い目に遭ってるのは何でなの?拓哉さん色々と犠牲になりすぎじゃないですかね……。あ、大半が自業自得だって事が分かったので自重しようと思いまーす。

 

 

「それはそうね」

 真姫がにこさんの言葉に肯定で返す。

 

「そうとなったら、早く決めた方がいいわね。PVだってあるし」

「PV?」

 海未が何の事なのかという意味を込めてにこさんに視線を向けた。すると、にこさんはいかにも深い意味を匂わすような言い方で返した。

 

「リーダーが変われば、必然的にセンターだって変わるでしょ。次のPVは新リーダーがセンター」

「そうね」

「でも、誰が?」

 そう、新しいリーダーが決まれば、センターもその新リーダーになる訳だ。とすると、誰が新リーダーになるのかが重要な事になる。そもそもリーダーという定義をここで整理しておく必要がある。それはにこさんも分かっていたようで、ホワイトボードを勢いよく回し、そこに書かれた文を読み上げていく。

 

 

「リーダーとは!まず第一に、誰よりも熱い情熱を持って、みんなを引っ張っていける事!次に、精神的支柱になれるだけの懐の大きさを持っている事!そして何より!メンバーから尊敬される存在である事!この条件を全て備えたメンバーとなると!」

「海未先輩かにゃ?」

「なんでやねーーん!」

 一通りの説明を終えていざってところで凛がボケた。いや、ボケたつもりはなさそうだけど。にこさん明らかに自分って言おうとしたろ。確かに情熱は持ってるが、懐がデカいとか尊敬されているかで考えると難しい。現状ではね。ほら、まだ入ったばっかだし。

 

 

「私が!?」

「そうだよ海未ちゃん。向いてるかも、リーダー!」

 驚いている海未に対して凛の言った事に乗り気になっている穂乃果。おい、それでいいのか発起人よ。仮にもあなたがやろうと言いだしたのに軽すぎでしょ。そりゃリーダーって立場は嬉しいのもあるがめんどくさいともある。もう超めんどくさい。一々指示しなくても勝手に動けっての。……あ、私情が入ってた☆

 

「……それでいいのですか?」

「え?何で?」

「リーダーの座を奪われようとしているのですよ?」

「ふぇ?それが?」

 ふぇ?って!ふぇ?って穂乃果さん!!アンタどこのあざといアニメキャラなんだよ。リアルでそんな事聞くのなんて早々ないぞ。どうもありがとうございます。穂乃果でも普通に可愛かったです。

 

 

「何も感じないのですか?」

「だって、みんなでμ'sやってくってのは一緒でしょ?」

「一緒とは言うがな穂乃―――、」

「でもセンターじゃなくなるかもですよ!?」

 あっ花陽さん、僕の代わりに言ってくれてありがとうございます。本当アイドルの事となるとキャラ変わるね。何、にこさんに習ったの?

 

「おお、そうか!う~ん…………まあいいか!」

「「「「「「ええ~!?」」」」」」

 穂乃果さんや、結論出るの早すぎやしませんかね……?もうちょっと何かないのか。ないな。穂乃果だし。

 

 

「そんな事でいいのですか!?」

「じゃあリーダーは海未ちゃんという事にしてー」

「ま、待ってください……。無理ですぅ……恥ずかしい……」

 あー、まあ、海未にはちょっと厳しいかなあ?練習でよく指導してはいるが、いざ自分がリーダーという立場になってそういう風景を想像でもしたのだろう。うん、空回って屋上の隅で体育座りしてるのが目に浮かぶ。

 

 

「面倒な人」

 こらっ真姫!そんな事言っちゃダメでしょ!一応これでも年上なんだよ海未は!恥ずかしがりだけど。物凄く恥ずかしがりだけど!!

 

「うぅ……拓哉くぅん……」

「……あーはいはい、よしよーし、海未は悪くないぞー」

 隣に座っている俺の膝に顔をうずくめるようにしてグスグスと軽く泣いている海未。ほら見ろ、いじけちゃったじゃないの。最近の海未は少しいじけるとすぐ俺のとこにすり寄ってくる。その度に俺が海未の頭を撫でてやるのがいじけた時の日課になっているのだ。

 

 いや、まあいいんだけどさ。その、何?その度にみんなの目線が痛いのよね……。俺はただ来た海未を慰めてるだけなのにこの俺が悪いみたいな風潮。いけないと思います!……というか海未さんや、この状況ヤバイ。隣の穂乃果達はまだいいとして真正面にいる凛や花陽達からのアングルでの今の俺達はヤバイ。

 

 俺の下半身見えてないから。海未さんが俺の膝、というか太ももを枕にして顔をうめているせいか、見ようによってはとてもイケナイ事をしているように見えてしまう。こら、グスッてなる度に体をビクンってさせるのやめなさい。ホントにお願い。通報されちゃうっ。何とか次の話に持ってかないと……。

 

 

「は、花陽は誰がいいと思う?」

 ここで我が第二の天使である花陽に話を振る。ことり程ではないが、花陽もふわふわというか、ほんわかした雰囲気であるために拓哉さん的天使ランキング第2位になっている。そんな花陽ならその天然スキルで俺を助けてくれるはず……!

 

「え……!?じゃ、じゃあ、ことり先輩は……?」

 よくやった……!!よくやってくれたぞ花陽!今日から君を別名ハナヨエルとでも呼ぼうではないか。……えーと、気分が高まった時にでも、ねっ。ネーミングセンスねえなと思った奴は拓哉さんがそげぶしてやる。……誰に向かって言ってんの俺。

 

 

「私?」

「副リーダーって感じだにゃー」

 言われてみればそうだ。ことりはリーダーというより、リーダーを陰から支える副リーダー的ポジションのが合っているかもしれない。それにことりがリーダーになってみろ。俺ならことりが「3回回ってワンと鳴け」と言われたら3回回ってチュンッって鳴くまで従順になる。……全然言う事聞いてねえじゃねえか。ことり独裁国家万歳。

 

 

「でも、1年生でリーダーっていう訳にもいかないし……」

「仕方ないわねー」

「やっぱり、穂乃果ちゃんがいいと思うけどぉ」

「仕方ないわねー」

「私は海未先輩を説得した方がいいと思うけど?」

「真姫、それを今俺の太ももを絶賛濡らしてる子に言うことかね?」

「仕方ないわねー!」

 

 おい、何かさっきからにこさんが仕方ないを連呼してるぞ。もはや仕方ないがゲシュタルト崩壊しちゃうまである。どんだけリーダーになりたいんだよこの人は。3年的には気持ちは分かるけど。

 

 

「と、投票がいいんじゃないかな……」

「しーかーたーなーいーわーねー!!」

「……うるせえ」

 どこからメガホン出してきたんだよ4次元ポケットでもあんのかこの部室に。『どこでもドアやで』を出してくれたらそれはとても嬉しいなって。速攻行きたい店に行けるとか超便利。

 

「で、どうするにゃ?」

「どうしよう?」

 この状況でもにこさんをスルーですかこのおバカ2人は。ある意味すげえわ。というより、海未ちゃんそろそろ泣き止んでくだちゃいまちぇんかね?どれだけ拓哉さんの太ももを堪能されているのでせうか。むしろこっちが堪能したい気分まである。

 

 

「……まあ、まだ決めかねているなら一応案があるんだけど」

「案?何か良い手があるのたくちゃん?」

 俺は一度にこさんに視線を送ると、どうやらにこさんも同じような事を考えていたらしい。スルーされて少し膨れっ面ではあるが、それでいくという意志の表れがアイコンタクトとして返されてきた。

 どかすのも何なので海未の頭を撫でながら、俺は全員へ目線を配らせ、言い放つ。

 

 

 

 

 

 

 

「……そんなに誰がふさわしいかを決めたいのなら、無理矢理分からせる方法をとればいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私と岡崎の考えてる事は一緒だったわ。つまり、歌とダンスで決着を付けようじゃない!」

 

 

 

 

 

 マイクを持って高々と声を張り上げるのはにこさん。

 俺達は今カラオケルームに来ている。そう、俺とにこさんが考えていたのは実力でリーダーを決めるという、至極単純でシンプルに分かりやすい方法だ。これなら誰も文句も言わないだろうし、実力でなら納得するしかない。

 

 

 でも、大体の結果は何となく想像できちゃうのよねえ拓哉さん……。まあ、それが狙いというのもあるけど。さすがにそこまではにこさんも俺の考えを読めなかった訳になるが、そっちの方が都合が良い。

 

 

「決着?」

「みんなで得点を競うつもりかにゃ?」

「その通り!1番歌とダンスが上手い者がセンター。どう、それなら文句ないでしょ」

「でも、私カラオケは……」

「私も特に歌う気はしないわ」

 そうだね、君達はそう言うと思ってたよ。何より個人的に海未がとりあえず立ち直ってくれたのでホッとした。真姫が歌が上手いのはメンバー周知の事実なので歌う必要もあまりないのも理解できる。

 

 

「なら歌わなくて結構!リーダーの権利が消失するだけだから」

 いやだから真姫はともかく海未は無理って言ってたでしょうが。真姫も興味なさそうだし。

 

「ふっふっふっ!こんな事もあろうかと、高得点の出やすい曲のピックアップは既に完了している……!これでリーダーの座は確実に……!」

 おーい、思いっきり聞こえてますよー。邪の本音が漏れ出てますよー。にこさんならそんな事しなくても普通に歌えば高得点出せそうな気もするんだけどな。

 

 

「さあ、始めるわよ!」

「ヘイにこさん、お嬢様方は普通に楽しもうとしてますぜい」

 見れば穂乃果達は各々喋ったり歌いたい曲を選んだり1人携帯をいじるなど好きにやっている。相変わらずのマイペースぶりやねこの子達は。これでよくもまあまとまってますね……。

 

 

 

 

「アンタら緊張感なさすぎー!!」

 

 

 

 にこさんの声がマイクを通して室内に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……恥ずかしかったあ……」

 最後に歌ったのは海未だった。何度も私はいいですと言っていたが、一応今どれだけ上達しているか確認もしたかったため、何とか説得して歌ってもらったのだが。

 

 

『93点』

 

 

 画面に映し出される得点を見てその心配も吹き飛ぶ。これで全員歌い終えたが、全員が高得点をたたき出しているのだ。

 

「上手いじゃねえか海未。もっと自信持って歌えばいいと思うぞ俺は」

「や、やめてください……」

「これで全員90点台だよ!みんな毎日レッスンしてるもんね♪」

「ま、真姫ちゃんが苦手なところ、ちゃんとアドバイスしてくれるし……」

 花陽の言う通り、それぞれが苦手だと思うパートは、真姫のアドバイスで見事に改善されていくのだ。それはつまり、真姫がみんなの事をちゃんと見ている証拠であり、やはり音楽の才に優れている事でもある。

 

 

 

 

 

 

 

「こいつら、化け物か……」

 だから聞こえてますって。女の子を化け物扱いはよろしくないぞ。化身、海未神様がおいでになるぞ。主に俺への制裁の時だけ。……何それご褒美!!って思ったら俺もヤバイ頃だと思う。決してそんな事はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次にやってきたのはゲーセン。

 

 

 

 いわゆるダンスゲームでダンスの得点を競うというものだ。

 

 

 

 

「難易度はもちろん最高難易度、ハイパーアポカリプスファイナルジャッジモード!!」

「いや長えよ。どんな難易度だよ怖えよ……」

 聞いた事もない難易度すぎて予想もつかないぞ。大丈夫なのかこれ。つうか穂乃果達普通にクレーンゲームで遊んでるんだけど。僕も混ざりたいな!!

 

 

「だから緊張感持てって言ってるでしょ!」

「凛は運動は得意だけど、ダンスは苦手だからなー」

「そうか?練習風景見てると普通に凛も踊れてるぞ?ダンスも毎日練習してるんだし、上達してるはずだから、やってみろよ。きっと凛ならできると思うぞ」

 あのハイパーアボカドフェンリルジャッジメントモードはどうか知らんけど。……あれ、これで名前合ってたっけ?まあいいか。

 

「経験0の素人が挑んで、まともな点数が出る訳ないわ。くっくっ、カラオケの時は焦ったけどこれなら……!」

「だから聞こえてるっての。黒い気持ちしかねえのかアンタは」

「「すごーい!!」」

「な、何!?」

「大体お察しつくけどな」

 

 振り返れば、ダンスゲームをやってたのは凛だった。駆け寄って画面を見るとそこには、

 

 

『めちゃんこ上手いやんさすがですね!EXCELLENT!!よくやったべ!!』

 

 

 と書かれていた。

 おい、褒めるのはいいが褒め方に問題ありすぎだろ。何個方言使ってくるんだよ統一しろよ。ダンスゲームなんだから普通英語なんじゃいのこれ。

 

 

 

「何かできちゃったにゃー!たくや先輩、凛できたよ!!」

「ああ、やっぱりできただろ?ちゃんと上達してる証拠だよ」

「にゃふふ~♪」

 

 

 

 

 

 

 結局、ダンスゲームも全員同じような点数になり無効。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今のところは俺の想定内だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてにこさんが出した最後の案が、チラシ配りだった。

 

 

 

 

 アイドルに必要なのは何も絶対的な歌唱力やダンスじゃない。そんなに歌が上手くなくても、ダンスが上手くなくても、それなのに何故か人を惹き付ける者。

 

 

 

 

 

 

 

 つまりはオーラ。

 

 

 

 

 

 

 

 それを測るためのチラシ配りだった。

 

 

 これもにこさんは自信満々だったが、結果は意外にもことりが1番に配り終えた。聞けば気付いたら無くなってたらしい。なるほど、やはり他の人達も天使であることりの魅力を分かっているのか。でも俺の方がよく分かってるから。他の奴らなんかに負けない。……何の勝負意識だよ。

 

 

 

 

 

 

「おかしい……時代が変わったの……!?」

 いや、そんなに変わってないし聞こえてるってば。自分の声の制御できないのかアンタは。にこさんの場合はキャラを作ってる分当たる人には当たるだろう。しかし、そのあざといキャラが当たらない人にはとことん当たらないというのが欠点かもしれない。

 

 

 

 

 

 俺は気に入ってるんだけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チラシ配りを終えると、俺達は今までの集計データを見るために部室まで戻ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁー、結局みんなおんなじだー」

「そうですね。ダンスの点数が悪い花陽は歌が良くて、カラオケの点数が悪かったことりはチラシ配りの点数が良く」

「結局、みんな同じって事なんだね」

「1つ1つ見たら違うとこもあるにはあるが、平均で見るとみんな僅差なんだよ」

 ものの見事に全員が同じような点数という結果になった。まあこうなるのを想定してたのもあるけどな。

 

 

「にこ先輩もさすがです。みんなより全然練習してないのに同じ点数なんて!」

「あ、当たり前でしょ……」

 凛の称賛ににこさんは苦笑い混じりで答えていた。正直にこさんは経験ありだと分かってはいたが、何だかんだ今まで諦めず1人で練習してその結果なのだから誇っていいとも俺は思っている。

 

「でもどうするの?これじゃ決まらないわよ」

「う、うん。でもやっぱりリーダーは上級生の方が……」

「仕方ないわねー」

 花陽がチラッと最上級生であるにこさんに目線を送ると、ようやくスルーされないと思ったのかいつもの調子に戻ったにこさんが得意げな顔をしていた。

 

「凛もそう思うにゃー」

「私はそもそもやる気ないし」

「アンタ達ブレないわね……」

 1年生なのにブレないその気持ち、嫌いじゃない。それはそうとにこさんには何か同じツッコミスキルのようなものを感じますぞっ。

 

 

 

 

 

「じゃあいいんじゃないかな。なくても」

 

 

 

 

 

 そう不意に呟いたのは、穂乃果だった。

 

 

 

 

 

「「「「「「ええ!?」」」」」」

「ほう……」

 メンバーが驚きの声を上げる中、俺だけがその真意に気付いていた。やっぱりお前はこういう時にいつも正解を出せるな。

 

 

「なくても!?」

「うん、リーダーなしでも、全然平気だと思うよ。みんなそれで練習してきて、歌も歌ってきたんだし」

「しかし……」

「そうよ!リーダーなしなんてグループ、聞いた事ないわよ!」

 それはそうだろう。そもそもグループというものが存在すれば、大抵の確率でそこにはそれを束ねるリーダーが存在する。それはアイドルであっても然り。それをなくてもいいと言っているから、みんなが驚いている。

 

 

「大体、センターはどうするの?」

「それなんだけど、私考えたんだ!みんなで歌うってどうかな?」

「みんな……?」

「家でアイドルの動画を見て思ったんだ。何かね、みんなで順番で歌えたら、素敵だなあって!そんな曲、作れないかなって!」

 それを聞いて、本当に笑みが零れる。俺と穂乃果の考えはシンクロしているのかもしれない。というより、穂乃果がいつも俺の求めた答えを出していると言った方が正しいのかもしれない。

 

 

「順番に?」

「そう!無理かな?」

「まあ、歌は作れなくはないですが……」

「そういう曲、なくはないわね」

「ダンスはそういうの無理かな?」

「ううん、今の7人ならできると思うけどっ」

 

 作詞担当の海未、作曲担当の真姫、振り付け担当のことり、歌を作るのに欠かせないこの3人が言うのだから心配もない。

 

 

「じゃあそれが1番いいよ!みんなが歌って、みんながセンター!」

 当たり前のルールに囚われない。自分の良いと思えるもの、自分のやりたいものに素直に進んでいける穂乃果だからこその選択。それにいつだって引っ張られてきた。それはいつだって変わらない。昔も、今も。だから、これに反対を申す者は誰1人としていなかった。

 

 

 全員が、賛成の意を表した。

 

 

 

「……仕方ないわねえ。ただし、私のパートはかっこよくしなさいよー」

「了解しました!」

「よおし、そうと決まったら、さっそく練習しよう!!」

 穂乃果の声で、全員が動き出す。それだけで、すべてを悟るには十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でもぉ、本当にリーダーなしでいいのかなあ」

 階段を上る中、ことりが呟いた。

 

「いえ、もう決まってますよ」

「不本意だけど」

「ああ、もうみんな分かってるだろ」

 穂乃果自体は全然意識してないようだが、メンバーである海未達にはもう分かっているのだろう。誰がリーダーなのかを。

 

 

 

 

「何にも囚われないで、1番やりたい事、1番面白そうなものに怯まず真っ直ぐに向かっていく。それは、穂乃果にしかないものかもしれません」

「ははっ、分かってんじゃねえか海未」

「……もうっ、どうせ拓哉君は最初から分かっていたのでしょう?」

「え?たくや先輩分かってたの!?」

「……どうせそんな事だろうと思ってたわ」

 え、何々、凛も真姫も分かってないと思ってたの?心外だな。最初から分かってたっての。幼馴染の海未だからこそ俺の事分かってるってのもあるかもしれないが。

 

 

「まあな、一応リーダーを誰にするって話になってから思ってたよ」

「それって最初じゃないのよ!」

「まあ落ち着けってにこさん。分かってはいたけど、みんながどう動くか気になったし、今のみんながどれだけ上達したかも気になってはいたからカラオケや他の場所にも行ったんだ。考えてもみろ。基本めんどくさがりの拓哉さんだぞ?考えもなしにわざわざカラオケやゲーセン、ましてやチラシ配りのために着いていくと思うか?」

「「それもそうね」」

 

 おい、真姫ににこさん、分かってはいたがさすがに即答されると傷つくぞ。

 

 

 

「……まあ、何だ。みんなが上達してるって分かったし、何より穂乃果のカリスマ性を小さい頃から知ってんだ。にこさんには悪いが、穂乃果以外には務まらないって思ってたまである」

「アンタがこういう時に言う言葉は正直でズバッと言うの分かってるからもういいわよ」

 短期間で俺の事を大分把握したらしい。この人何気に侮れないかもしれない。やはりさすが1つ年上ってのもあるのか。

 

 

「にこさんなら、アイドルの事を考え過ぎて頭が固くなっちまう可能性も否めない。海未も同じ事を言えるが、その前に恥ずかしがりの時点で無理だ。ことりは俺も副リーダーの方がいいとも思ってる。だから俺は、自身の内から湧く感情に従って真っ直ぐに突き進める穂乃果にこそ、リーダーが相応しいと思ってるんだ」

 

 

 

 

「やはり、拓哉君ならそう言うと思ってました……」

 

「たっくんはいつも私達の事を1番に考えてくれているもんね♪」

 

「自分の事も考えなさいって言いたい気分でもあるけどね」

 

「そこがたくや先輩の良いとこだって凛知ってるよ!」

 

「や、やっぱりμ'sには拓哉先輩が必要、です……」

 

「はあー……言う時はちゃんと言うんだからアンタは……ま、そこがいいんだけどね……」

 

 

 

「お、おう……」

 な、何だ。いきなりみんなして褒めてくるなんて、一部褒められてないけど。にこさん、最後の聞こえてるからね。普通に照れるからね。やめようね。

 

 

 

 

 

 

 

「何だか調子狂うな……」

「ふふっ、褒められ慣れてないだけでは?」

「やめろ。普段の俺の行動が露見するような発言は控えるように」

 俺が少し項垂れながら階段を上っていると、噂の張本人である穂乃果が屋上のドアを開けずに待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「どうした、穂乃果?」

「ふっふーん♪何だか楽しみだなあって!みんながセンターの曲なんて素敵だもん。早くみんなでやりたいよ!」

「ったく、今日決まったばっかなのに気が早いんじゃねえのか?」

「いいの!思うだけなら自由なんだから!!」

 

 

 

 

 そうだ。

 

 

 

 

 

 思うだけなら自由。

 

 

 

 

 

 

 この学校を守りたいと思うのも自由。

 その自由さでここまでやってきたんだからなこいつらは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃみんな!行こう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幾分かの日が経った放課後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏が近づいてきている事により夏服に変わった音ノ木坂学院のアイドル研究部の部室内に、拓哉達はいた。

 

 

 

 

 

 

 

 そこへ、勢いよくドアがバァンッ!と開けられた。

 

 

 

 

 

「……花陽?」

 拓哉がドアを開けた本人に問いかけ、他の皆も何事かと思うかのように花陽に視線を向ける。いつも大人しめの彼女の様子が明らかにおかしいのだ。日常ではない異常感が感じられた。

 

 

 

 

 そして花陽から放たれた言葉は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……た、助けて!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、波乱がやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、という訳で、アニメ第6話「センターは誰だ?」終了ですw
早くμ'sを揃えたいんです……。やむなしです。


さて、いよいよ次回から絵里と希加入編に入りますよ!
気合い入れていく所存です!!よろしくです!


いつもご感想評価ありがとうございます!!
先日お気に入り500件突破して大変嬉しかったです!



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38.赤点を回避せよ


今回も1話完結です。



いつも本気ですが、いつもより本気は次回から。



10000字超え安定です。


 

 

 

 

 

 

 

 

「助けて……!じゃなくて……大変ですう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言って息切れしながらも確かな言葉を放つ花陽。助けてじゃなかったのね。何だ良かった、じゃねえよ紛らわしいわ。いや花陽だから許すけど。これが穂乃果か凛なら頭に軽くチョップするレベル。

 

 

 で、俺が1番気になってるのは花陽の言ってる件だ。まあここにいる全員は当然気になってるんだろうが、普通に考えてあの花陽がこんなにも慌てて且つ珍しく声が大きいのだ。只事ではない事だけは確かだと言える。

 

 

「花陽、大変な事って何なんだ?」

 俺が聞くと花陽は俯いてから、少しずつ息を整えて、やっとの思いで言い放った。

 

 

 

 

 

「ら、ら……、『ラブライブ』です!『ラブライブ』が開催される事になりました!!」

「なっ―――!マジかそれ!?」

 驚いた。普通に驚いた。まさかこのタイミングで『ラブライブ』が開催される事になるなんて。これは穂乃果もさぞ驚いてるに違いない。

 

「『ラブライブ』!?……って何?」

 思わずずっこけそうになるのを必死で抑える。おいおいマジかよ。さすがの拓哉さんもこれには苦笑いを通り越してハリセンで叩きたいレベルだぞ。……いや、逆に穂乃果だからそれもあり得るか。

 

「おい穂乃バカ。それを本気で言っているなら手刀かビンタかどちらか好きな方を選べ」

「穂乃バカって言わないでよ!あとどっちも嫌だ!」

 何とワガママな。ハリセンないだけまだマシだと思ってほしいくらいなのに。何なら首の後ろから「手刀ッ!」って言って気絶させるまである。……どこの花京院さんだよ。

 

 

 

 仕方ない、ここは花陽のあのモードを使うしかないか。

 

 

 

「……花陽、お前の出番だ。穂乃果の他に一応みんなにも『ラブライブ』の事を説明してやってくれ」

「ラジャーですっ!!」

 俺が言うと花陽はいつもの大人しくて控えめな態度は打って変わってとてつもない声の張りと素早さに変わりパソコンを起動した。いつもこんな感じならいいのに。いや、あの奥手な感じの花陽も可愛いけどさ。

 

 

「スクールアイドルの甲子園、それが『ラブライブ』です。エントリーしたグループの中からこのスクールアイドルランキング上位20位までがライブに出場。ナンバーワンを決める大会ですっ!噂には聞いていましたけど、ついに始まるなんてえ……!」

「はい、説明ご苦労さん花陽」

 俺は家で何度か『ラブライブ』の事を調べてたからある程度は知っていた。だけどまさか今日『ラブライブ』開催と発表されるとは思っていなかった。花陽は登録してたからすぐに分かったらしい。俺も登録しておいた方がいいかな……。

 

 

「へえ~」

「スクールアイドルは全国的にも人気ですし」

「盛り上がる事間違いなしにゃー!」

 スクールアイドル自体は世間でも既に有名である。でも、こうやって本格的にスクールアイドルのトップを決める大会というのは実は初めてなのだ。つまり第1回目の大会。

 

「今のアイドルランキング上位20組となると、1位のA-RISEは当然出場として……2位3位は……!ま、まさに夢のイベント……チケット発売日はいつでしょうか~。初日特典はぁ……!」

「って花陽ちゃん見に行くつもり?」

「あ、穂乃果それを聞いちゃ―――、」

「当たり前です!これはアイドル史に残る一大イベントですよ!見逃せません……!!」

 あちゃー、やっぱりこうなったか。このモードの花陽は本当にキャラが違う。あれだ、分かりやすく言うと俺みたいにアニメの事となるといきなり饒舌になるタイプ。そういう奴に深く聞き過ぎるとロクな事にならない。ソースは俺。

 

 

「アイドルの事だと、キャラ変わるわよねえ」

「凛はこっちのかよちんも好きだよ!」

「あれは花陽の『アイドル特化型モード』だ」

「……『アイドル特化型モード』?」

 真姫の怪しげな目線をさらりとかわしながら俺は華麗に説明してやる。

 

「『アイドル特化型モード』とは、花陽専用のモードだ。いつも大人しめな花陽があのモードになると急に熱くなって熱弁する事を言う」

「そのまますぎるんですけど……」

 やだ何この子冷たい。せっかく熱血アニメ風に説明してやったのに冷めた目で見てくるんだけど。拓哉さんのダイヤメンタルをいとも簡単に割るなんて只者じゃないな。

 

 

「何だあ、私てっきり出場目指して頑張ろうって言うのかと思った~」

「うぅええぇぇ!そ、そんな、私達が出場だなんて恐れ多いですう……!」

「キャラ変わりすぎい……」

 ホントよく変わるね。これは『アイドル特化型モード』をもう少し強化する必要があ―――あ、はい、もうやめます。お願いだからその睨みつけるやめて真姫さん。ポケモンじゃないから何も下がらないよ。強いて言うならダイヤメンタルがガリガリ削られてるよ。

 

 

「凛はこっちのかよちんも好きにゃー!」

 あなた花陽なら何でも好きなのね。いや知ってたけど。ところ構わず百合の花は咲かせないでね。油断しちゃうと拓哉さんあら^~ってなっちゃうから。

 

「でも、スクールアイドルやってるんだもん。目指してみるのも悪くないかも!」

「ていうか目指さなきゃダメでしょ!」

「そうだな、今の穂乃果達の目標は何よりも学校の存続だ。目立つ必要がある。使える手段は使っていかないとダメなんだ。それにこの『ラブライブ』だ。穂乃果達にはもってこいじゃねえか」

「たくちゃんよく言った!褒めてしんぜよう!」

 おい、何で上から目線で言った。おこだよ。

 

 

「そうは言っても、現実は厳しいわよ」

「ですね……」

 真姫や海未が言っているのはきっと順位の事だろう。出場できるのは上位20組。そこにμ'sが入るのが前提条件なのだ。しかし、μ'sのランキングはこの前見た時は大会に出られるような順位ではなかった。

 

「確か、先週見た時はとてもそんな大会に出られるような順位では……」

 

 

 しかし、それは先週の話である。

 

 

「……っ!穂乃果ことり!」

「?―――わっ!すごーい!!」

「順位が上がってるぅ!」

「嘘っ!?」

「どれどれ~!!」

 それぞれがパソコンの画面に吸い付くように見ているのを、俺だけが少し後ろからそれを見ていた。

 

「急上昇のピックアップスクールアイドルにも選ばれてるよ!」

「ほんとだー!コメントもいっぱいきてる!」

 穂乃果がコメントを順に読んでいる中、真姫がこちらに振り向いていかにもジト目で見てきていた。何でや。

 

「……だから『ラブライブ』に出ようなんて事言ったのね」

「ん、ああ、これでも俺はお前達の手伝いなんだ。調べ物したり色々とチェックはしてるさ。可能じゃない事なんて言わない」

 そう、俺は今日の毎朝ランキングチェックをしている。だから分かっていたのだ。……さすがに『ラブライブ』開催は登録してないから分からなかったけど。

 

「まあ、お前達も徐々に人気になってるって証拠だ」

「……そのせいね」

「何がにゃ?」

「最近―――、」

「あー待て。とりあえず全員着替えて屋上だ。話はそれからでもできるだろ」

 

 

 

 

 

 見るものは見た。ならあとはストレッチでもしてる時に話せばいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出待ち!?」

「うっそ!?私そんなの全然ないぃ……」

「そういう事もあります!アイドルというのは残酷な格差社会でもありますから」

 これは驚いた。まさか出待ちまで発生しているとは。まあ真姫のあの容姿に美声ならなくはないか。いや、全員同じくらい容姿も声もいいんだけどね。何だろ、お嬢様特有のオーラ的な?

 

 

 

 すると、屋上のドアが勢いよく開けられ、そこから出てきたのはピンクのカーディガンを着たにこさんだった。……あ、そういやにこさんいないの忘れてた。

 

 

「みんな!聞きなさい、重大ニュースよ!」

 おっほう、これは何だかデジャブのようなものを感じるんだぜ!今の内にフォローを考えておくんだぜ!

 

 

「ふっふっふ……聞いて驚くんじゃないわよ。今年の夏、ついに開かれる事になったのよ。スクールアイドルの祭典!」

「『ラブライブ』ですか?」

「……知ってんの……」

 おぉっと大天使コトリエルの強烈な言霊がにこさんに大ダメージを与えたーーッ!岡崎拓哉、まだ全然フォローを考えていなかったためフォローを放棄したあ!!……僕は悪くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わってここは生徒会室の前。

 

 

 練習はどうしたかって言うと、あれだ。やっぱ『ラブライブ』に出るんなら先に許可取っといた方がいいんじゃね?それな。じゃあ一旦練習中止にして生徒会室に行こうぜヒャッハー的な流れになったのだ。嘘だ。ヒャッハーとか誰一人言ってない。

 

 

「どう考えても、答えは見えているわよ」

「学校の許可ぁ?認められないわぁ」

「だよねえ……」

 おい凛、さすがにそれは似てないと思うぞ。というかそんなの本人に見られたら全力で謝って逃げるだろお前。そして俺が代わりに謝って尻拭いさせられるまである。何それ悲しい。

 

 

「でも、今度は間違いなく生徒を集められると思うんだけど……」

「そんなの、あの生徒会長には関係ないでしょ。私らの事目の敵にしてるんだから」

「そうだな。にこさんの言う通り、このまま直に言っても許される事はまずないと言ってもいい。何かと目くじら立てられてるし」

 東條は穂乃果達の活動にこっそり協力してくれてはいるが、肝心の生徒会長に関してはこれっぽっちも協力の気配がない。特別穂乃果達を敵視しているようにも見える。

 

「もう、許可なんて取らずに勝手にエントリーしてもいいんじゃない?」

「それはダメだ。エントリーの条件には学校からの許可を得る事は必要なんだ。そうだろ、花陽」

「は、はい」

 アイドルとは言ってもスクールアイドル。ちゃんと学校の許可がいるのは当たり前という事だ。その大会のせいで成績に関わるような事があれば問題だしな。

 

「じゃあ直接理事長に頼んでみるとか」

「え、そんな事できるの?」

「まあ、それが禁止とは規則には書かれてないし、それも手ではあるな」

 生徒会に許可申請すると、確実に生徒会長は許可を下ろさないだろう。ならいっそ陽菜さんのとこに直談判しに行くか?

 

 

「でしょ?何とかなるわよ。親族もいる事だし……」

 そのまま真姫はある少女へと視線を流した。ああ、真姫さん、アンタの考えは時々黒いかと思いますですよ拓哉さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、俺達は生徒会室をスルーして、理事長室へとやってきた。

 

 

 

 

 

 

「さらに入りにくい緊張感が……!」

「そうか?」

「たくちゃんは1回入ったからそう感じるんでしょ!」

 おお、それもそうだな。普通の生徒は普通理事長室に入るなんて事普通はないか。何回普通って言うんだよ。

 

「そんな事言ってる場合……?」

「とりあえず今は陽……理事長に言って許可貰えるかどうかを聞くのが先決だ。俺達だけでいくから、真姫達はそこで待っててくれ」

 俺の言葉を合図に穂乃果がドアをノックしようとした瞬間、ガチャッと音がして、そこからチラリと紫の髪色が出てきた。

 

 

 

 

「あっ、お揃いでどうしたん?」

「東條?という事は……」

「うわっ、生徒会長……」

 予想通り、副会長である東條がいるという事は、生徒会長である絢瀬さんもいるという事になる。というか、タイミング悪いなオイ……。

 

 

「タイミング悪っ……」

 おうにこさん、俺と一緒の事思ってたのね。まあここにいる全員同じ事思ってそうだけど、そこは口にしちゃダメだと拓哉さん思うなー。もし聞こえたら海未にも負けない生徒会長の絶対零度の視線をいただく事になるぞ。大体俺がな。

 

 

「何の用ですか?」

 俺達の聞き慣れてしまった生徒会長の冷たい声が静寂の廊下に響いた。俺が返す前に生徒会長に反応したのは真姫だった。

 

「理事長にお話しがあってきました」

「各部の理事長への申請は生徒会を通す決まりよ」

 真姫が威勢良く返すが、それも生徒会長には通用しなかった。目を見ても何ら変わりない表情であり、射抜くような鋭い目。こちらの言い分なんて何も聞かないような雰囲気すら感じさせる。

 

 

「申請とは言ってないわ。ただ話があるの!」

「真姫ちゃん、上級生だよ……」

「そうね。上級生にはちゃんと敬語を使ってほしいものね」

 おぉふ……穂乃果がそれを言っちゃうと俺も生徒会長に何も言えなくなるんですけど……。言い返せなくなるような状況作らないでくんない?まあ真姫が悪いんだけどね。俺もあんまり言えないけどそこは狙ってる節があるし。

 

 

 すると、東條の後ろでコンコンッと自分がここにいますけど的なアピールをしてくる者が1人。

 

 

 

 

 

「どうしたの?」

 音ノ木坂学院理事長、南陽菜さんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 真姫達1年生だけを外に残し、にこさんを後ろに待機させ、俺達2年をメインに理事長に案を申す事にした。

 

 

 

 

 

「へぇ~、『ラブライブ』ねえ」

「はい、ネットで全国的に集計される事になっています」

「もし出場できれば、学校の名前をみんなに知ってもらえる事になると思うの!」

「それに、それで人気が出れば世間にもアピールでき―――、」

「私は反対です」

 最後まで言わせろやァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!

 

 

 

「理事長は学校のために学校生活を犠牲にするような事はすべきではない仰いました。であれば―――、」

「そうねえ、でもいいんじゃないかしら?エントリーするくらいなら」

「お、マジですか!?」

 これはラッキーだ。いや元々理事長に直接聞きに来たのだが、直々に許可を貰えるというのは心強い。何たって理事長だ。絶対みたいなもんだ。今日の校長絶好調!つってな!……校長じゃなかったわ。

 

 

「な……ちょっと待って下さい!どうして彼女達の肩を持つんです!?」

「別にそんなつもりはないけど」

「だったら、生徒会も学校を存続させるために活動させてください!」

 何だ……?学校を守りたいと思う気持ちは分かる。でも何であんなに必死なんだ?穂乃果達も必死なのは必死だが、それとはまた違う、何か違和感のようなものを感じるほどの必死さがあるような……。

 

「ん~、それはダメ」

「意味が分かりません……!!」

「そう?簡単な事よ?」

 理事長はもうその違和感の正体に気付いているようだけど、それで生徒会長の提案を一切認めないのか?

 

 

「……失礼しました」

「エリチっ」

 悔しそうに、それでも出来るだけその感情を出さないようにしながら生徒会長は部屋を退室していった。何がアンタをそこまで焦りを感じさせるんだ。くそっ、変な違和感や引っかかりを感じるな。

 

 

「ふんっ、ざまあみろってのよ」

 にこさん、ここを理事長室って事をお忘れないようにね。下手な発言は体に毒ですよ。特に成績とかに。

 

 

 

「ただし、条件があります」

 振り返れば、理事長が今までとは違う真剣な表情で口を開いた。

 

「勉強が疎かになってはいけません。今度の期末試験で、1人でも赤点を取るような事があったら、『ラブライブ』へのエントリーを認めませんよ。いいですね?」

 なるほど、それは正論だ。いくらスクールアイドルと言っても生徒は生徒だ。成績の問題もある。もしスクールアイドルをやってたせいで成績が落ちたなんて事があったら学校の存続以上にスクールアイドル自体に問題があると世間は思ってしまう。理事長がそれを条件に言ったのはそのための対策だろう。

 

 

 

 まあ、普段からちゃんと勉強して授業を聞いてれば赤点を取るなんて事は絶対しな―――、

 

 

 

 

「………………………あぁ」

「………………………はは」

「………………………うぅ」

「ああ……こいつらならそうなってもおかしくなかったな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダメかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変申し訳ありません!」

「ません!」

 部室で謝罪をしたのは穂乃果と凛の2人。バカコンビだ。辛辣?知らん、バカなのが悪い。

 

「小学生の頃から知ってはいましたが、穂乃果……」

「俺のいない中学でも成績悪かったんだな。知ってたけど」

「数学だけだよ!ほら、小学校の頃から算数苦手だったでしょ!?」

 今は算数じゃなくて数学な。努力をしろよ。俺は授業はあまり聞いてないが、家できちんと復習してるから成績はそんなに悪くない。むしろ上の下くらいだ。意外だと思った奴は出てこい。今すぐ獣の槍でぶっ刺してやる。

 

 

「7×4?」

「……2……6……?」

「海未……ことり……どうにかならなかったのかこいつは……」

「できたらこうはなっていません……」

 ですよね~……。いや、ホント重症レベルなんだけど。末期にも程がある。むしろもう手遅れまである。

 

「凛ちゃんは?」

「凛は英語!英語だけは肌に合わなくて~……」

「た、確かに英語は難しいもんね……」

「そうだよ!大体凛達は日本人なのにどうして外国の言葉を勉強しなくちゃいけないの!?」

「屁理屈はいいの!!」

「真姫ちゃん怖いにゃ~……」

 

 で、出たー!英語苦手な奴が絶対に言う日本人なのに何で英語勉強しなくちゃいけないんだとか屁理屈言う奴ー!

 こういう奴にはこれで素早く論破してやろう。世界共通語だからと。それに付け加えて成績に関わるからと言ってあげれば相手は期限が悪くなると同時に渋々勉強するから。やだっ!これは友達関係にもヒビが入りそう!!

 

 

「これでテストが悪くてエントリー出来なかったら、恥ずかしすぎるわよ!」

「そ、そうだよねえ……」

 あれだけ言っておいて、はい点数悪かったからエントリーできませんでした!てへぺろ☆なんて事になってみろ。普通に終わるぞ。

 

 

「やっと生徒会長を突破したっていうのに……」

「まったくその通りよ!赤点なんか絶対取っちゃダメよ!」

「にこさーん、教科書逆に見てまーす」

「うぅ……」

 これで3バカトリオ確定だな。幸先悪いとはよく言ったもんだぜまったく。

 

 

「とりあえずこのまま唸ってても埒が明かねえ。穂乃果は海未とことりが、凛を真姫と花陽。にこさんは―――、」

「それはウチが担当するわ」

「希……」

「東條か」

 何なら少しだけでも分かりそうなとこを俺がにこさんに教えてやろうかと思ったが、同級生である東條が教えてくれるならありがたい。俺だって伊達に唯に勉強教えてないんだからね!唯可愛すぎて一生教えるまである。何それ嫌われそう泣く。

 

 

「でも、いいのか?」

「うん、同級生の方が都合がええやろうし」

「に、にこは別にだいじょ―――、」

「にこっちはふざける場合があるからウチがわしわしでお仕置き役としてもいいやろうしね!」

 言うなり東條はにこさんの慎ましすぎる胸を鷲掴みにした。あの、いくらまな板と変わらなくても一応女の子なので男の子に刺激強いの見せるのはどうかと思います!!けしからん、もっとやれ。

 

 

「よし、じゃあ今日からさっそく取り掛かろう。善は急げだ」

 

 

 

 

 こうして、3バカトリオの成績回復勉強会が行われたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たくちゃん……ことりちゃん……」

「何だ」

「お休み……」

「よし、日頃授業中寝てる穂乃果の映像を桐穂おばさんに見せよう」

「ちょっといつの間にデータ取ってたの!?」

 実は東條からデータを穂乃果がだらけようとした時のために貰っておいたのだ。ほれ、おかげで睡眠モードだった穂乃果が一瞬で目が覚めた。脅しってすげえや!

 

 

「晒されたくなければ素直に勉強する事だな」

「うう……たくちゃんのいけず……」

「何とでも言うがいい。こちとら『ラブライブ』のエントリーがかかってんだ。教える側のこっちも本気出さなきゃ意味がねえんだよ」

 こんな序盤で弱音を吐いてもらっちゃ困る。まだまだ勉強は始まったばかりなんだ。赤点回避しないと俺達の目的は果たせないも同然なんだぞ。それを分かってるのかこの小娘は。

 

「拓哉君、ことり、あとはお願いします。私はそろそろ弓道部の方へ行かなければならないので」

「ああ、そうだな。ひと通りやらせたら今日は解散にするから、海未も弓道部が終わったら適当に帰ってくれていいから」

「はい、分かりました。では、よろしくお願いします」

 そう言って海未は去ろうとするが、ドアの手前で止まり、部室内を見回した。

 

「……これで身に付いているのでしょうか……」

「言うな……」

 俺の応答に海未はさりげなく溜息だけ吐き、部屋を後にした。俺も室内を見回すが、東條にわしわしされそうなにこさん。花陽と真姫の注意を逸らそうとするが花陽だけしか騙せてない凛。挙句の果てに寝ようとする穂乃果。……ホント大丈夫かこれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 翌日の事だった。

 

 

 

 

 

「何やってんだお前ら……」

 部室にいないからまさかと思って屋上に来てみたら、穂乃果、凛、にこさんの3バカトリオがピクピクと体を震わせながら倒れていた。傍には東條。うん、これで何となく察しがついたよ。出来ればその場で目に焼き付けておきたかったな。

 

 

「ちょっと、ショックが強すぎたかな……」

「そりゃ痙攣してるくらいだしショックもつよ―――東條?」

 何だ?どこ見て言って―――海未?そういや今日授業中も何か思い悩んだ顔してたけど、何かあったのか?……いや、決して下心あって見てた訳じゃないから。幼馴染が悩んでる顔してたら気になるのは普通でしょ?ね?

 

 

「ああ、ごめんな。この子達連れて部室に戻ろか」

「……ああ」

 ……東條も何か知ってるっぽいな。何かあったというなら、昨日か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日のノルマはこれね!」

 バンッ!と机に置かれたのは分厚い本。俺でもこれはさすがにキツイんですが東條さん……。何か厳しくなってませんかね?それほどこいつらがヤバイのかって言うとヤバイけどさ。

 

 

 

「「「鬼ぃ……」」」

「あれぇ?まだわしわしが足りてない子がおる……?」

「「「まっさかぁ!」」」

 お前らホント分かりやすいな。わしわしされろや。俺も眼福で満足したいんや。ごめん、嘘。真面目にやる。

 

 

 

「ことり、拓哉君、穂乃果の勉強をお願いします……」

「え?うん……」

 俺が何かを言う前に、海未さっさと部屋から出て行ってしまった。東條の表情を見ると、やはり何か知ってんのか。生徒会長絡みか?

 

 

「海未先輩、どうしたんですか?」

「さぁ……」

「ごめんな、ウチも少しだけ出てくるわ」

「東條先輩も?」

「東條」

 

 背を向けた東條に声をかけると、少しだけ体をピクッと震わせてからこちらを向いた。ここで探りを入れておいた方がいいか。

 

 

「どうしたん?岡崎君」

「昨日からの海未の様子、そしてそれを気に掛けるアンタの態度。何か知ってるんじゃないのか?」

「…………」

 それを聞いても何も言わない東條。沈黙は肯定と取らせてもらう。それでも何も言わないなら、海未に聞い―――、

 

 

「まだ、言えないんよ」

「まだ……?」

「うん、大丈夫。でもすぐに、分かると思うから、ほんの少しだけ待っててくれへんかな」

 それは、東條にしては珍しい、お願いだった。懇願にも似た何か。それを東條の雰囲気から感じられた。

 

 

「分かった……。信じるよ」

「……ありがとうな」

 俺に少しだけ微笑みかけ、東條は部屋をあとにした。そのドアを数秒眺めていると真姫が話しかけてきた。

 

 

 

 

「拓哉さんは何か分かったんですか?」

「詳しくは分からない。でも今俺が引っかかってる違和感と何か関係ある気がする。でも、今は東條を信じるしかない。海未も元に戻ってもらわねえとだしな」

「やっぱり、拓哉さんはある程度分かってるのね」

「何がどうなってどう絡んでいるのかは分からないよ。でもそれが何か分かって、それが問題であるならば、俺はその原因を解決するために動くだけだ」

 応えると、真姫がそう……とだけ言って何かに納得したように目を俯かせた。

 

 

「さて、俺達は勉強を続けるぞ。何としても赤点回避して、学校を救うための手段を手に入れるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから何分経っただろうか。結構集中していたと思う。黙々とシャーペンの音と教える声だけが響いていた空間に、突如としてドアが勢いよく開かれた。

 

 

 

 

 

 

「穂乃果!」

「……う、海未ちゃん……」

「今日から穂乃果の家に泊まりこみます!!」

「え、えええええ!?」

 お、おいおい……、さすがに信じるとは言ったけど態度変わりすぎてやしないですかね海未さんや。泊まり込みとか本気ですやん。

 

「勉強です!」

「うぅ……鬼ぃ……。たくちゃん助けて……」

「すまん、俺にはこうなった海未をどうにもできん」

「う、嘘ぉ……!」

 いや、だって泊まり込みとか俺泊まれねえし、実際どうしようもできないし、あとは海未とことりに任せるしかない。穂乃果、頑張れ。死なないようにな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というより、東條は海未に何を言ったんだ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試験が終わり、返却された日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうちょっといい点だったら良かったんだけど……」

 そう言って穂乃果から出されたテスト容姿には、53点と書かれていた。凛とにこさんは赤点回避していた。そして穂乃果も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 という事はつまり、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よおし!今日から練習だあ!!」

 穂乃果が1番に部室から出てきた。俺はちゃんと外でみんなの着替えをまってたからね。

 

 

 

「ら、ラブライブ……!」

「まだ目指せるって決まっただけよ!」

「そ、そうだけど……」

「それだけでも前進だ。十分だよ」

「は、はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 これで堂々と『ラブライブ』を目指せる。そう、まだ引っかかりと違和感はあるが、また1歩進めた事は大きい。これで穂乃果達の意欲も十分に上がってるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ランランラーン♪……あれ?」

「どうした?」

 赤点回避の報告のため、理事長室を訪れた。しかし、

 

 

 

「中から生徒会長の声がして……」

「生徒会長の……?」

 穂乃果がこっそりドアを開け、俺もそれに続いて中を覗くと、次の瞬間、一瞬心臓が止まりかける程の衝撃の言葉が聞こえてしまった。

 

 

 

 

「そんな!?説明してください!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。でもこれは決定事項なの。音ノ木坂学院は、来年より生徒募集を止め、廃校とします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 負の連鎖というものは、いつだって唐突に訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いよいよ次回から本格的に絵里希加入編始動です。
頑張るですよー!!


いつもご感想評価ありがとうございます!


絵里誕編ヤバイ、ネタが……。


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39.金色と亜麻色




今回から本格的に絵里希加入編が始動しました!!


いきなりの10000字超えです!!



ではどうぞ!!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。でもこれは決定事項なの。音ノ木坂学院は、来年より生徒募集を止め、廃校とします」

 

 

 

 

 

 

 

 それはあまりにも理解するには時間が必要で、納得できない言葉でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とにかく今はテストが赤点ではなかったという報告をしに来たのに、いきなりそんな事を聞いてしまっては頭がパンクしそうになるほどには焦っていた。しかし、そんな俺達の誰よりも早く咄嗟に動き出したのが、やはり穂乃果だった。

 

 

「今の話、本当ですか!?」

「っ、あなた―――、」

「本当に廃校になっちゃうんですか!?」

 穂乃果のおかげでとりあえず冷静さを取り戻し、俺達も理事長室に入る。せっかく赤点回避のために頑張ったのにこんなのはないぞちくしょう。

 

「本当よ」

「お母さん!そんな事全然聞いてないよ!」

 いや、待て。陽菜さんに限って赤点回避という条件でここまでさせておいてはいやっぱり廃校ですなんて事は言わないはず……。だったら、何か他の理由があるのか?

 

「お願いです!もうちょっとだけ待って下さい!あと一週間、いや、あと2日で何とかしますからっ!!」

「落ち着け穂乃果。多分だけど、これは俺達の勘違いの可能性が高い。俺達の聞いてないどこかで、その理由があるはずだ」

 穂乃果の事を少し驚いた様子で見ていた陽菜さんは、俺の言葉で少し顔を綻ばせた。

 

「さすが拓哉君ね、察しが早いわ」

「まあ、最初は俺も驚きましたけど、考えてみると少し不自然でしたからね」

「ふふっ、そうね。あのね、廃校にするというのは、オープンキャンパスの結果が悪かったらという話なの」

「お、オープンキャンパス?」

「一般の人に見学に来てもらうって事?」

 あれ、これ穂乃果さんまさかオープンキャンパスの意味を分かってらっしゃらないようで?去年もやったんじゃないの?穂乃果なら普通に忘れてそうだけど。

 

 

「見学に来た中学生にアンケートをとって、結果が芳しくなかったら廃校にする。そう絢瀬さんに言っていたの」

「なぁんだ……」

「安心してる場合じゃないわよ。オープンキャンパスは2週間後の日曜日。そこで結果が悪かったら本当に本決まりって事よ」

 2週間後か。今やっている曲の完成度を高めるにはギリギリってところか。せめてあと1週間プラスされてたらいいんだが、さすがにそこまで都合よくはないか。

 

「うぅ……どうしよう……」

「どうするって、やるしかないだろ。元々そのつもりでやってきたんだ。思い出せよ、ファーストライブを。あれだってギリギリまで頑張ってたんだ。今回も変わらない。ただ廃校になるかならないかが決まるってだけだ」

「それが問題なのですが……」

 うん、そうだね。元気づけるつもりがツッコまれてしまった。それだけの余裕があれば大丈夫だろう。……ツッコんだの海未じゃん恥ずかしがったら余裕もくそもないじゃん。

 

 

「理事長、オープンキャンパスの時のイベント内容は、生徒会で提案させていただきます」

「……………」

 生徒会長のその目は、何を言われても曲げないという思いが込められているように見えた。……しかし、それ以外にも何かがある。俺にはそうにも見えた。

 

「止めても聞きそうにないわね……」

「失礼します」

 それだけを言って、生徒会長は出て行った。何か一波乱ありそうな気がしてならない。何か、本格的に、あの生徒会長と激突しそうな、そんな感じがした。

 

 

 

「何とかしなくっちゃ!」

「とりあえず、それだけの気持ちがあればどれだけ練習がキツかろうが耐えられそうだな。出るぞ。こっちもうかうかしてらんねえ。花陽達に知らせてとっとと練習だ」

「え、でも理事長に報告が……」

「しなくてももう陽菜さんの事だから分かってるだろ。わざわざ練習着で来たんだ。それだけで証明になる」

 ここにはもう知り合いしかいないから普通に陽菜さんと呼ばせてもらった。何も言われないって事は別にいいって事だろう。

 

「ええ、もう分かってるわ。全員クリアしたようね。いいわ、もう練習してきていいわよ」

「……はい!じゃあ花陽ちゃん達に説明してから練習を始めよう!」

 

 

 

 

 ほんと、次から次へと問題が出てくるな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなぁ……」

「じゃあ、凛達やっぱり下級生がいない高校生活ー!?」

「そうなるわね」

「ま、私はそっちの方が気楽でいいけど」

「何言ってんだ。そうならないために今までも活動してきたんだ。頑張らねえと今までがやり損になっちまうぞ」

 とりあえず、俺達は今廊下で花陽達に理事長室であった事を説明している。

 

 花陽と凛はこの状況に危機感を抱いてるのに真姫ときたらこの反応だ。後輩という素晴らしい存在の価値が分からないのかこのお嬢様は。というか俺達が何のためにこの活動を始めたのかを割と当初から知ってる真姫なら理解はできてるはずなんだけどな。

 

 

「とにかく、オープンキャンパスでライブをやろう!それで入学希望者を少しでも増やすしかないよ!」

「そうだな、結局穂乃果達にできる事は今まで通り練習して、少しでも完成度を高めて本番にぶつける事に変わりはない。なら、練習するぞ」

 士気を少しでも上げて練習に取り組ませようと思った矢先の事だった。

 

 

 

 

「あ、あの、先にアルパカの餌とお水の入れ替えしてきてもいいですか……?」

「え、ああ、うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飼育員だもんね。餌とか水は大事だもんね。仕方ないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――何故だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故生徒会のメンバーまでもがμ'sの事を推してくるのかと、絢瀬絵里は思っていた。

 

 

 

 

 

 

 生徒会室で何か提案はないかと問えば、堅苦しさより楽しさをアピールする。それも学校のためだし一理あると思ってはいたが、いざ話が進めば彼女達は今巷で大流行しているスクールアイドルの話になり、結局はμ'sに頼もうという話になる。

 

 

 

 ――――何故だ。

 

 

 

 アピールに良いものを知っているからという理由で外まで来てみればアルパカという動物を見せられたはいいが、何かの癇に障ったのか唾をかけられ追い打ちとばかりにそこへμ'sメンバーである1年が来て、他の生徒会メンバーはタイミングいいとばかりに頼み込もうとする。

 

 

 

 ――――何故だ。

 

 

 

 ――――何故だ。

 

 

 

 ――――何故なんだ?

 

 

 

 当初自分が思っていた事と違う展開が多すぎて絵里は困惑していた。どうしてμ'sの知名度や人気が上がってきている?あんな未完成すぎるダンスやブレのある歌声では何も響かない、見るに堪えない。

 

 

 

 

 

 

 だから。

 なのに。

 

 

 

 

 

 

 何故ああも徐々にメンバーが集まったりして人気も上がっているのかが理解できない。自分の過去の“出来事”を思い返しても蘇るのは負の感情でしかない。それを基に考えてμ'sの活動を認めない自分がいる。

 

 何があっても認める訳にはいかない。マイナスになってしまう可能性の方が多いんだから。それで学校が本当に廃校になってしまうのかもしれないんだから。それで、彼女達が挫折してしまうのかもしれないんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(認める訳には……いかないの……!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1、2、3、4、5、6、7、8……っ!」

 

 

 

 屋上に、海未の手拍子と穂乃果の掛け声が響いていた。

 

 

 

「……よしっ!おお!みんな完璧ぃ!!」

「うん、俺から見ててもタイミングも結構合ってたしいいんじゃないか。あとは今の動きを忘れないように繰り返し練習とより上手くなるために洗練させる事だな」

「これならオープンキャンパスに間に合いそうだね!」

「でも、本当にライブなんてできるの?生徒会長に止められるんじゃない?」

 軽く汗を拭いながらことりに続き真姫も喋り出す。客観的に見ても悪くない動きだった。確実に成長しているし、このままいけば間に合うだろう。

 

 

「それは大丈夫っ。部活紹介の時間は必ずあるはずだから!そこで歌を披露すれば―――、」

「まだです……」

「海未……?」

 暗い顔して、一体どうしたんだ?そのままは誰を見る事もなく、ただ前だけを見て言った。

 

「まだタイミングがズレています」

「海未ちゃん……。分かった、もう1回やろう!」

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1、2、3、4、5、6、7、8……っ!」

「…………」

 さっきから海未の顔を何となしに見ているが、いつものように踊ってる最中に何かダメ出しを言うわけでもなく、ただじっとダンスを見ているだけで何も発さない。しかし、その顔は決して良い表情とは言えなかった。

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……、完璧ぃっ!!」

「そうね」

「やっとにこのレベルにみんな追いついたわねえ」

 確かに先程より踊りも合っていた。素人の俺でも今まで調べたりして色々なスクールアイドルを見て勉強してきた。だから大体の踊りのレベルも分かる。今の踊りでも注目を集めるには十分だとは思うが……。

 

 

「まだダメです」

「海未……」

「もうこれ以上は上手くなりようがないにゃ~……」

「ダメです。それでは全然……」

「何が気に入らないのよ!ハッキリ言って!」

 海未のたんとした表情が気に入らなかったのか真姫が食い下がるが、それも海未にはまったく効果がないようだった。

 

 

 

「……感動できないんです」

「えっ……」

「今のままでは……」

「海未ちゃん……」

 感動、できない、か……。ファーストライブの時から思っていたが、穂乃果達の歌や踊りは決して上手いと言えるほどではなかった。でも、何か魅せられるものがあった。確かにそう思っていた。

 

 だけど、それじゃダメだっていうのか?魅力とは違う、感動できるってのが、μ'sにはないのか?やはりこの前からの海未の変化の原因はこれにあったのか。聞くなら、今しかない、か。

 

 

 

「いい加減ここまでにしようぜ、海未」

「拓哉君……?」

「そろそろ何で急にそこまで拘るようになったのか、あの日何があったのか、説明してもらわないとこっちもずっとただ黙ってこいつらが従うのは見たくねえんだ」

「そう、ですね……。オープンキャンパスまでの日数も日数ですし、私から一つ提案もあるので、言っておいた方がいいですね」

 提案か。海未も言おうと思っていたのか。にしても少し遅かったような気もするが―――ん?ああ……これは少し時間置いた方がいいかな。

 

 

「悪いが待った、海未」

「は、はい……?」

「ちょいと雰囲気が暗くなってやがるこいつら。仕方ないから今日はこれで終わりにして、帰ったら携帯で連絡取り合って伝える事にしよう」

「そ、そうですね。すいません、私のせいで……」

 いや何でお前までシュンッてなるんだよやめろ。これ以上面倒くさくさせんな。最近落ち込むの多くない?大丈夫?情緒不安定なんですかコノヤロー。

 

 

 

「あー、とりあえずそういう事だ。各自家に帰ったら多人数通話アプリで連絡を取り合う事。こんな雰囲気じゃ帰りが空気が思いやられる。つーわけではい、今は解散だ」

「「「はーいっ」」」

 穂乃果やことりやにこは普通に返事を返すが、あとの1年生が力なく返事をした。凛までもか。こりゃ帰りで花陽にどうにかしてもらうしかないか。アイドルの事なら花陽はよく知ってるし、フォローをできるだろう。

 

 

 

「っと、穂乃果、ことり、海未、悪いけど少し先帰っててくれ。俺少し寄るとこあるから」

「え、でも、たくちゃん少し着いて行くくらいはいいよ?」

「いいっての。マンガ買いに行くだけだから。それよりお前らは少しでもこの暗い雰囲気を明るくしてろ。じゃなっ」

「あっ、たっくん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あばよ~とっつぁ―――みんな~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うし、買うもん買ったし帰るか」

 

 

 俺は今本屋でマンガを買って外に出ていた。何か裏で行動しようとしていたとかそんな事は微塵にも思っていなかった。ただ純粋にマンガが欲しかっただけだ。深読みしてる奴がいたら指差してぷぎゃー!って言ってやる。

 

 いついかなる状況でもブレないのが拓哉さんの売りだから。そこ勘違いしてもらっちゃ困る。……ごめん、超ブレまくる。さっきもどっちのマンガを買おうかでブレブレだった。何なら両方買ったまである。

 

 

 

 ん?メールか。穂乃果からか、何かあったのか?あいつらが少しでも調子を取り戻せてたらいいが。

 

 

 

 

 

『みんな何とかいつもみたいに明るくなったよ!それと、用が済んだら私の家に集合ね!海未ちゃんとことりちゃんもいるから!』

 

 

 

 うん、とりあえずみんな明るくなって良かった。そして穂乃果の家に来いというのは強制らしい。俺の都合など無視なようだ。まあ家でマンガ読みながら通話しようと思ってただけだけど。……いや、ちゃんと聞くから。さすがにマンガ読んでても真面目に聞くから!

 

 

「んじゃま、穂乃果の家に行きますか……」

 いつもの本屋からいつもの帰路につく。そこで、視界の脇にふと違和感を覚える何かが行われていた。

 

 

 いや、行われていたというよりも、自販機で迷ってる?何か見た事あるというか完全に唯の通ってる中学校の制服を着た子が自販機前で手を左右に振りながら止まらないんだが。

 

 

 こ、これはさすがにほっとけないよなぁ。

 

 

 

「えっと、もしかして何か困ってるのか?金入れてボタン押したのに出てこないとか」

 高校生が中学生に声掛け事案で通報されないように一応恐る恐る声をかけた。結局声かけてんじゃねえか。でもほっとけねえもん仕方ないじゃん!俺の声に反応したのか、その少女はこちらを振り向いた。

 

 

「はい?」

「……お、ほお……」

 その少女を簡単に表すとするならば、まず金髪とはまた違う穏やかでいて、そして優しくもあるような亜麻色の髪をなめらかに揺らし、クリッとした可愛らしい青い目をパチクリとさせて、中学生なのにまだまだあどけなさが残っているような守ってあげたくなる感覚に襲われる。

 

 もっとシンプルに言えば、超可愛い。それ以外表しようがない。見たところ、顔は幼さがあるのに体つきは少し日本人離れしたように成長しているところは成長している。例えば胸とか。……いや初対面の子の体を何分析してんだ俺変態かよ紳士だよ変態紳士だった。

 

 

 

「え、いや、何か困ってるようだからさ、何かあったのかなって思っただけだよ」

 極力優しく言うがどうなるか分からない。これで不審がられて叫ばれたら終わりだ。具体的に言えば社会的に終わる。

 

「えっとぉ、何を買えば正解なのか分からないんです……」

 俺がこの先の人生を心配していると、亜麻色少女は割と普通に問いに答えてくれた。しかし少し落ち込んでるようにも見える。……何を買えばいいか分からないって、どこぞのお嬢様じゃないよな?

 

 

「正解っつうより、普通に自分が飲みたいのを選べばいいんじゃないか?」

「いえ、私の他に2人の友達の分も買うので、どれがいいのかなと思って……」

「あーそういう事か」

 普通ならここで「友達2人が何を欲しいって言ってた?」と聞けばいいと思うが、それは間違っている。この子が何を買えばいいか迷ってる時点でその友達2人はこの子に何を買うか全面的に任せたのだろう。何でもいい、と答えて。だから何を買えばいいか分からない、というわけだ。

 

「どれが本当の飲み物か分からなくて」

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい?

 

 

「……んーと、どれが飲み物か分からないって、本当に言ってるのかな?」

「はいっ!先日買った飲み物がおでんだとかおしるこ?とかっていう食べ物に近い物を買ってしまって、姉に指摘されたんです……」

 いや、おしるこはまだしもおでんとかもう食べ物に近い物じゃなくて余裕で食べ物だからね。というかこの子ピンポイントで買うの間違ってるよ。何なの、ブルジョアジーなの。ハイブリットなの。

 

「えっと、まずおでんやおしるこはこの時期に飲むにはキツイ、かな。それと、この自販機なら何を買っても大丈夫だよ」

 軽く見回したが、この自販機にはおでんやおしるこはない。全部飲み物だから何を買ってもモーマンタイというやつだ。まあ中学生で安牌を狙うならコーヒーとかは避けた方がいいが、さすがにそれくらいは分かるだろ。

 

「そうなんですか!?……でも、全部飲み物だとしても、何を買えばいいんでしょうか!?」

 おぉふ、何だこの子結構グイグイ来るな。知らない人に着いていかないか拓哉さん心配になっちゃうよ。

 

「俺がここまで言うのも何だが、少し暑くなってきたこの時期なら、炭酸系がいいんじゃないか?」

「炭酸系……。分かりましたっ。ここは王道でコーラでいきたいと思いますっ」

「お、中々センスがいいねお嬢さん。暑い時期の冷たいコーラほど反則なものはないからな」

 これはもう本当に。部屋でアニメ見ながらポテチ食べながらコーラ飲むのホント最高なんだけど。このまま干物兄になりたい。……どこのうまるちゃんだよ。いや、でも待てよ。そうなると俺は唯に世話される事になるかもしれない。何それ最高じゃん。やっぱ持つべきものは世界一の妹なんだよ。

 

「ありがとうございます、お兄さんっ!」

「いや、構わねえよ。何だか見るに見過ごせなかっただけだ」

「それでもです!私、日本に来てまだそんなに経ってないので、本当に助かりました!」

「何か日本人にしては顔つきやら挙動がおかしいと思ってたら、外国から来たのか」

 どうりで髪色も特殊で挙動もおかしいわけだ。そりゃおでんとかおしるこ知らないのも頷ける。

 

 

「はい、でも私はクォーターなので。名前も日本名なんですよ!」

「へ、へえ、そうなのか」

 めっちゃグイグイくるやん。何やこの子。一応俺達見知らぬ仲なのに思いっきり自分の情報晒してんの分かってんのか。いや俺も漏らす気はないけど。

 

「お姉ちゃんもクォーターなんですよ!名前も日本名なんです!」

 おいいい!この子自分の姉の情報も晒しちゃってるよ!この超短時間でどんだけ俺の事信用してんの?ホントに不審者にホイホイ着いていかないでね。見かけたら本気で助けるけどさ。

 

 

「そういえばその制服って音ノ木坂学院の制服ですよね!?」

「……え?ああ、そうだけど、よく知ってるな」

 音ノ木坂では俺はたった1人の男子生徒な訳だが、まさかこんなまだ日本の事をよく分かっていない女の子に知られてるとは意外だった。

 

「はい!私も私の友達2人も音ノ木坂に入りたくて勉強してるから、調べたりしてるので分かりますよ!」

「へえ、音ノ木坂にまさかの入学希望者がねえ……って、え?マジでか?今音ノ木坂廃校になりかけてるの知らないのか?」

「?知ってますよ?」

「なら何でなんだ?」

 単純な疑問がそこにはあった。何故わざわざ廃校になりかけてる学校に入学希望するのか。以前唯にも同じ事を問いかけたが、その時は兄である俺を信じてるからってな感じで言われたが、この子は別だ。

 

 

「廃校になんかならないからですよ」

「……何でそんな事が言えるんだ?」

「……私のお姉ちゃんも、3年生で音ノ木坂学院の生徒なんです」

「そう、なのか」

 何故だろうか。自分の中で何だか違和感が広がっていくのが分かる。

 

 

「はい、そのお姉ちゃんが、学校を守ろうと頑張ってるんです。最近は何か思い詰めたような顔ばかりしてるんですけど……」

「学校を、守ろうと……?」

 日本人離れしたこの髪色、それは音ノ木坂にもいた。学校を守ろうと何かを頑張っている3年生、それは当然音ノ木坂にもいた。まさか、まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか……ッッッ!?

 

 

「あ、そういえば助けてもらったのに自己紹介がまだでした!私は絢瀬亜里沙(あやせありさ)です!そして、同じ学校なら知ってると思うので言っておいてもいいかな。私のお姉ちゃんの名前は、絢瀬絵里って言うんですよ!」

「…………そうか。生徒会長やってるからな。確かに知ってるよ。それと、俺は岡崎拓哉だよろしくな」

 やはりだった。生徒会長も日本人離れした金髪でスタイルもずば抜けていた。それが姉というなら納得もできる。どうも世間というのは案外狭いらしい。俺達の宿敵みたいな人の妹と仲良くなってもいいのだろうか……。

 

 

「よろしくです!やっぱり知ってたんですね!それと、学校を守るために頑張ってるお姉ちゃんもそうですけど、今音ノ木坂でスクールアイドルが活動してるんですよね!?」

「……え?あ、ああ、そうだな。音ノ木坂にもスクールアイドルはいるよ。ちゃんと活動もしてるし」

 驚いた。まさか生徒会長の妹がμ'sを知っているなんて。それも見れば分かるがこれが結構好感触な感じなんだが。

 

「私、そこのスクールアイドルのμ'sが凄く好きなんです!!」

「っ……。そうか……」

「うちのおばあさまが音ノ木坂の生徒で、だからそれを守るためにお姉ちゃんが必死に頑張ってて、それと同じくらいμ'sも頑張ってるんだって、私は分かってますから!」

 なるほど、生徒会長の祖母が音ノ木坂の生徒ね。だからか、あんなに必死にもがいてるように見えるのは。……それにしてもこの子、そんなにμ'sが好きなのか。まあこっちも学校を守るためにやってるし、頑張ってるって分かってくれる子がいるだけでも収穫だな。

 

 

「μ'sを見てると、胸がカァーッとなって、楽しそうで、目いっぱい楽しんでるのが分かるんです。それに、見てると凄く元気がもらえるんです!!……わひゃうっ」

「そっか。ありがとな、μ'sをそんなに好きでいてくれて。あいつらも凄く喜ぶよ」

 気付けば頭を撫でてしまっていた。何だろう、中学生で唯と同じってのもあってか凄くお兄ちゃんスキル発動してしまう。でも、μ'sの手伝いをしてる身分の俺としても、これだけあいつらの事を思ってくれているこの子には感謝がいっぱいだ。

 

 

「っと、悪いな、急に撫でちまったりして。君と同じ年くらいの妹がいてさ、だからかは分かんねえけど、親近感みたいなもんが沸いちまった」

「いえ……私もお兄ちゃんができたみたいで嬉しいですっ!」

 おいおい、何この可愛い生物。唯と同じくらい守ってあげたくなるんですけど。勝手に信用しすぎじゃないですかね。くそう、こうなったら俺がこれからも守っていくしかねえ!……お願い、通報だけはやめて!

 

「そんだけμ'sが好きならオープンキャンパス、来てくれるんだろ?ライブやるからさ、来てくれよな」

「はい!絶対に行きます!拓哉さん!」

「お、おう」

 いきなり下の名前で呼ぶとか度胸あるなこの子。俺が最初に亜里沙とか言ったら引かれると思って名前すら呼んでないってのに。

 

 

 

 

「ほら、そろそろ友達待たせてるんじゃないか?せっかくのコーラがぬるくならない内に持ってってやれよ、亜里沙」

「はっ!そうでしたっ!長々とすいません!じゃあ、私は行きます!」

「おう、じゃあな」

 そう言って俺も歩き出す。良かった、何気なく名前で呼んでも特に何も言われなかった。これで安心して帰れる。すると、何を思ったのか亜里沙が後ろからまた「拓哉さーん!」と俺を呼んできた。

 

 

 

 

 

 

 

「んぁ?どうした?」

「あの、えっと、その……。また……会えますか……?」

 ……ったく、わざわざそんな事を聞くために戻って来たのか。男子を変な期待させるような発言は控えようね。俺の周りにはそういう勘違いさせるような発言が多い女の子ばかりで耐性はついてるからそんな心配はない。

 

 

 

 

「音ノ木坂が廃校にならなくて、亜里沙が音ノ木坂に入ってくれば絶対に会えるよ。それに、オープンキャンパスで会う事になるかもしれないしな」

「……そう、ですよね。私、絢瀬亜里沙、頑張りますっ!」

「おう、頑張れ頑張れ青春を生きる乙女よ」

「では、今度こそ失礼しました!」

 それだけ言うと、亜里沙は走り去って行く。それと同時に俺も帰路につこうとしたが、

 

 

「拓哉さん!!」

 おいおい、何回俺を振り返させるつもりだ。まるで別れるのが辛くて何度も振り返ってしまうほろ苦い青春劇の中の男役みたいじゃないか。違うか。違うな。

 

 

 

 

 

「何だー?」

「あの……“またね”!です!」

 ……ああ、そういう事ね。何だ、そういうとこも変にこだわるのかクォーターってのは。まあ、意図は分かった。だったら俺の返事もシンプルにいこうではないか。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、“またな”、亜里沙」

「……えへへっ……!」

 っ……あの笑顔は反則だろ……。くそ、クォーターってのはレベルが高いな。笑顔一つであんな魅力的だなんて。そう思ってる間に、今度の今度こそ、亜里沙は去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、俺も穂乃果の家に向かいますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめーん!待たせちゃった?唯、雪穂!」

「もう、遅いよ亜里沙ー!私凄く喉乾いたー!!」

「雪穂はちょっと我慢が足りないだけじゃないの?ありがとね、亜里沙」

 絢瀬亜里沙は、ベンチで待っていた友達2人にコーラを渡した。すると何かに気付いたのか、唯と雪穂が亜里沙に問いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

「亜里沙、何かあった?」

「えへへ~、分かる~?」

「いや、どう見ても顔が綻んでるけど……」

 今にもとろけ落ちそうなほど笑顔になっている亜里沙に、2人は疑問を覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自販機で困ってたら助けてくれた人がいたんだけど、凄く良い人でね!」

「亜里沙が変な人に着いて行かないか心配だよ唯さんは……」

「唯、それは私も同感」

 そんな2人の呟きにも意を返さず、淡々と亜里沙は独り言のように喋っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またすぐにでも会えないかなぁ~って思っちゃった!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





いかがでしたでしょうか。
今回は後半が久々のオリジナルが多かったですね。

亜里沙が可愛いだけじゃんと思った方。正解です。亜里沙は可愛いんです。


いつもご感想評価ありがとうございます!!


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40.嵐の前の静けさ



めでたく40話です!


ですが、もうすぐで通算50話です!!
このまま気合い入れていきますよ!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『『ええ!?生徒会長に!?』』』

 

 

 

 

 

 電話越しに真姫、凛、花陽の1年組の声が重なった。

 

 

 

 

 

 俺は今、あの後亜里沙と別れてから寄り道をせずに穂乃果の家に向かった。そして丁度俺が部屋に入ったタイミングで通話を始めようとしていたとこなので遠慮なく混ざったのだ。

 

 

 

「うん、海未ちゃんがダンスを教わろうって」

「はい、あの人のバレエを見て思ったんです。私達はまだまだだって……」

『話があるって、そんな事?』

 そう、これが海未の話しておいた方がいいって言っていた事だ。俺達の知らないとこで、海未は生徒会長の事を俺達よりも先に色々と知った。それが故の提案だった。

 

 

『でも、生徒会長、私達の事……』

『嫌ってるよねえ絶対!』

『つうか嫉妬してるのよ嫉妬!』

 花陽、凛、にこの口から出るのはどれも生徒会長への苦手意識や嫌悪感のようなものがある。確かにあれだけ目の敵にされたり頑なに認められなかったりしたんだ。そう思うのも無理はないだろう。

 しかし、

 

 

 

「私もそう思ってました。……でも、あんなに踊れる人が私達を見たら、素人みたいなものだって言う気持ちも分かるのです」

「そんなに凄いんだ」

 生徒会長のダンスを実際に見て、いつも穂乃果達のダンスを見てきた海未がそう言うほどなのだから、きっとそれだけの実力が生徒会長にはあるのだろう。それなら練習中に海未があれだけいつもよりダンスを突き詰めようとした気持ちも理解できる。

 

 

『私は反対』

 不意に聞こえたのは真姫の異議の声だった。

 

「真姫、理由は?」

『簡単よ。潰されかねないわ』

 それは今この現状にとって、とてつもなくシンプルで、とてつもなく単純で、とてつもなく理解するには十分すぎるほどの答えだった。

 

「うん……」

『そうね、3年生はにこがいれば十分だし』

 それは1番の上級生は自分だけがいいとかいう理由ではないですよねにこさん?そこは信じていいんですよねにこさん?

 

『生徒会長、ちょっと怖い……』

『凛も楽しいのがいいなー!』

 花陽と凛からは弱気な声が聞こえる。それも仕方ない。ただでさえ大人くて臆病でもある花陽だ。色々と突っかかってくる生徒会長が苦手じゃないはずがない。凛にしたっても同じ。誰だって辛いだけの練習より、疲れてもみんなで楽しく練習できる方がいいに決まっている。

 

「そうですよね……」

 海未も多少困っているようだった。むしろこういう反応が返ってくると分かっていての提案だったのかもしれないが、いざみんなの異議の声が上がるとどうしようもない感じではあった。

 

 

 

 

 さて、ここで1つ考えてみよう。

 今の話し合いの中でほとんどの者が生徒会長にダンスを教わる事への提案に反対した。しかし、それはダンスを教わる事自体が問題ではなく、生徒会長への苦手意識があるからだ。

 

 だったら、言い方や捉え方を変えてもう一度考えてみる事にする。これはおそらく、さっきから一言も話さない穂乃果も同じ事を考えている事だろうと思う。

 つまりはだ。

 

 

 自分達よりダンスが上手い人にダンスを教えてもらう。

 

 

 たったそれだけの事だ。ほんの少しの認識の違い。対象をどう見るかによって見え方も捉え方も変わる。ただ、真姫達はその見え方が生徒会長自身に見すぎていて肝心なとこが見えてないのだ。

 

 

 

 

 

 であれば。

 あとはそれを言の葉に乗せるだけ。

 

 

 

 

 

 

「うーん、私はいいと思うけどなあ」

「やっぱ穂乃果はそう言うと思ってたよ」

『『『『ええー!?』』』』

 うるさっ!ええい電話越しにでかい声を出すんじゃない!鼓膜吹っ飛ぶわ。

 

『穂乃果も岡崎も何言ってんのよ!』

「だって、ダンスが上手い人が近くにいて、もっと上手くなりたいから教わるって話でしょ?」

「それに、生徒会長のダンスを見た海未が言っていたように、今の穂乃果達じゃ人を感動させられるダンスができていないって事だ。だったら、人を感動させられるようにすればいい」

「そうですが……」

「だったら、私は賛成!」

 

 この中で1人だけ、穂乃果はみんなと違う意思表示をした。普通の人間ならば、集団心理を無意識にでも感じ取って多数の意見の方を優先するが、そんな事はお構いなしに、穂乃果だけが唯一違う賛成意見をたたき出した。

 

 何をも恐れず、自身の内から湧く感情に従って真っ直ぐ突き進むかのように。

 

 

「穂乃果ちゃん……」

「頼むだけ頼んでみようよ!」

『ちょっと待ちなさいよ!』

「でもぉ……」

 このまま頼もうとする姿勢だった穂乃果を止めようとにこさんが制止の声を出すが、それを止めたのはことりだった。

 

 

「絵里先輩のダンスは、ちょっと見てみたいかもっ」

『あ、それは私も……!』

 ことりのあとに花陽も賛同の意を出す。人間的な苦手意識はあったとしても、それとこれとは話が別なように、ダンスをやっている者としてはやはりダンス経験者には興味があるようだった。

 

 

「よおっし、じゃあ明日さっそく言ってみよう!」

『どうなっても知らないわよ……』

「もし何かあっても俺ができるとこまではフォローしてやる。お前達を守るのが俺の役目でもあるんだからな。決して約束はできないが」

『そこは約束しなさいよ!』

「だから声がでかいっての……。まあ、確証はできないけど」

『だからそこを何とか言い切りなさいよ……』

 

 しつこいな。言い切れないものは言い切れないんだから仕方ないだろ!100%守ってやれるなんてそんな無責任な事は俺は言えない。だから、それでも俺ができる100%で、こいつらを守ってみせる。

 

 

「とまあ結論は以上だ。明日生徒会長に頼みに行く。メインは俺と穂乃果達で行くが、一応着いて来てくれ。そんだけだ。じゃあ、またな」

 それぞれの挨拶を確認してから通話を切る。用件も今日はもうこれで終わりだ。あとは明日どうなるかだな。断られてもおかしくはないが、どうにもそこで終わってはならない気がする。

 

 

 まるで穂乃果達のファーストライブの時のような妙な感覚を覚えている。……またあんな事が起こらないようにしないといけない。だから細心の注意を払うようにしているが、現実なんていつ何が起こるか分からない。

 

 不足の事態をいくら考慮していても、それとはまた違う事態が起きてしまう事もある。結局、何を想定していても俺にできる事なんてたった1つに限られてしまっているのだ。

 

 

 難しい理由や理屈なんていらない。ただ、守る。それだけだ。

 

 

 

 

 

「さて、俺も帰るかな」

「ええ~!たくちゃん帰っちゃうの~!?」

「やる事終わったんだし普通に帰るだろ何言ってんだ……」

 何?この子俺がこのまま何かしらここで寛いでもいいって言うの?寝転ぶよ?お菓子食べるよ?ベッドくんかくんかするよ?……おまわりさーん僕でーす。

 

「せっかく今日は早めに終わったんだからもう少しお喋りしようよ!たくちゃんは家近いんだし何なら晩御飯食べて帰ってもいいよ!」

「いやお前そういうのは海未とことりとしとけよ華やかな女子トークでもしてなさいよ。それにそういうのはまずちゃんと桐穂さんの許可を得てか―――、」

「お母さーん!!今日たくちゃん晩御飯食べていっていいかなー!?」

「いいわよー!」

「ほら!」

 

 いややり取り早いなおい!?桐穂さんも何たった一言で許可してんの!?この家の主婦さん軽すぎない!?

 

 

「いや、あの、ほら、穂乃果さん……?い、一応わたくしにも家での晩飯というものがありましてで―――、」

「穂乃果!春奈には連絡しといたから拓哉君晩御飯食べていっても大丈夫よ!」

「さっすがお母さん!」

「桐穂さん行動早すぎやしませんかね!?」

 母さんも何普通に許可してんだよちくしょう!逃げ道がどんどんと塞がれていく……!というか母さんが許可しちまったし、このまま逃げて帰れば母さんに何されるか分かんねえ。……あれ?これ実はもう逃げ道なくね?詰んでね?

 

 

「ねーねー!いいでしょたくちゃーん!たまには晩御飯食べていってよー!」

 何でそんなに懇願するかのように這いつくばって来るんだよ怖えよ……。何で海未とことりは助けてくんねえんだよ……。

 

「そういうのはお前が俺に料理を作った時に言えよ……。桐穂さんが晩飯作ってるんだしその言い方はおかしくないか?」

「た、たくちゃん……今私の作った料理が食べたいって……!?」

「……はい?」

 ちょっと言葉の意味の捉え方がおかしくない?そういう意味で言った訳じゃないのよ?

 

「うん……うん!分かった!そこまで言うなら私、今度たくちゃんにお弁当か料理作ってあげるから!だから今日はもう晩御飯食べていって!」

「待つんだ姫。俺は別にそこまで言ってないから、別に作らなくてもいいから!それとこれとは話が別じゃねえか!?海未もことりも何とか言ってやってくれ!」

 助けの目線を2人に送ると、何やら2人は俯きながら何かをブツブツと呟いていた。あの、一体何を考えていらっしゃるのでしょうか……?拓哉さん非常に怖いのであります。ケロロ軍曹もマッハで逃走するレベル。

 

 

「ょし……!たっくん!私も今度たっくんにお菓子作ってあげるね!」

「あの、えと……わ、私も拓哉君にお料理を作らせていただきます……!!」

 おィィィいいいいいいいいいいいいいい!!何かこんな時に便乗してきたぞこいつら!!何だ何だよ何ですかあ!?俺を腹いっぱいにさせて体諸共爆発させようってか!?……うん、それはさすがにないか。

 

「何でお前らもそういう話になってんだよ!今はこの状況の打破をだ―――、」

「先に言っておきます。もう拓哉君のお母さまに許可を取られたのなら、もう諦める他はないと思われます」

「……で、ですよね~」

 うん、知ってた。もう心の奥底では諦めてたよちくしょう。まあ、穂乃果の家で晩飯食べるのにそんなに抵抗はないんだけどさ、小さい頃何度も世話になってたし。でも、ほら、ね?一応年頃ってのもあるじゃん?一応回避しておこうって思うじゃん?

 

 

「分かったよ……。今日は大人しく晩飯の世話になるわ」

 俺の返答聞いてやったー!とはしゃいでいる穂乃果を隅に、

 

「海未とことりは帰るのか?」

「ええ、もう少しここでゆっくりさせていただいてから帰るつもりです」

「そっか」

 晩飯の世話になると言ってもまだ空は赤くなりつつあるだけだった。ならお言葉に甘えてゆっくりここで買ってきたマンガでも読ませていただきますかね~。

 

「あ、そういえばたっくん!」

「ん、何だ?」

「たっくんの好きなお菓子とかってあるかな?ほら、さっき作ってあげるって言ったし♪」

 おぉふ、この子覚えてたのね……。せっかくこのままその話のうやむやにして流そうとしたのに。やはりことりは時々侮れない時がある。何だろ、白い羽が一時だけ黒くなるような……。一方通行さんじゃない事だけは祈る。木原神拳覚えてないんで勝てないです。

 

 

「おお、そういえばそうだった!たくちゃん、私にもたくちゃんの好きな食べ物教えて!」

「お前もいきなり食い付いてくんなよ。ずっとそこで適当にはしゃいでろよお願いします」

「お願いまでされた!?」

 穂乃果の手料理は何だか不安なんだよなあ。よくいるメシマズヒロインみたいな気がしてならない。……いや、でも穂乃果って結構大輔さんの手伝いとかで饅頭も作ってるし、手料理ももしかしたらできるのか?

 

「確か拓哉君は、カレーやハンバーグ、から揚げなどがお好きなんでしたよね?」

「お、海未お前分かってるじゃないか。そうそう、王道だけど俺はそこら辺の料理が好きなんだよ」

「そういやたくちゃんって子供舌だったね!」

 おいやめろ。子供舌とか言うな。言ってもあれだぞ、どれも普通に美味いじゃんかよ。むしろこれらが嫌いなら今まで何食ってきたんだって思うまである。

 

「へたに高級感のある料理より、ありふれた家庭の料理が好きと言ってくれ。あ、カレーは甘口な」

「やっぱり子供じゃん……」

「ばっかお前、カレーが中辛とか辛口とかになってみろ。もう辛くて味が分からなくなるわ。やはりカレーは甘口に限る。将来結婚するならカレーを甘口にしてくれる人がまず前提条件まである」

「「「了解です!」」」

 お、おう?うん、まあ、物分かりの良い子は拓哉さん嫌いじゃないですぞ。理解者は多い方がいいしな。

 

 

「で、たっくん!たっくんの好きなお菓子は何かな?」

「ああ、そうだったな。俺の好きなお菓子か……」

 何だろうか。俺の中ではお菓子と言ったらポテチとかたけのこの軍勢とかがすぐに出てくるが、手作りとなればまた違うか……。クッキーとかか?

 

「……チョコクッキーとか、好きかな」

「チョコクッキー……うん、分かったっ。楽しみにしててね♪」

 はい、最上級のスマイルをいただきましたー。このまま拓哉さん昇天しちゃうっ!でもことりのチョコクッキー食べたいからまだ地上にいるよ!!

 

 

「では、私と穂乃果は何を作りましょうか?」

「別々でいいんじゃないかな?作ってくる日を重ねなければ料理が被っても良し!みたいな!」

 何やら横では俺の事を放っておいて話が進んでいた。何あれ?料理コンテストでもすんの?

 

 

 

「別に拓哉君の好きな物を作ればいいだけという訳でもないですし……。どうせなら普段あまり食べない物を作ってその料理を好きになってもらうのもありかもしれませんね」

「なるほど、アレンジ料理だね!!」

 おい、やめろ。素人が軽くアレンジ料理とか言うんじゃねえ。そう言って幾多の料理を消し炭にしたメシマズヒロインを何度もラノベやマンガで見てきたんだぞ。穂乃果のアレンジ料理とか怖すぎるわ。甘さを出すためにカレーに饅頭を入れたりとかされたら食べ終えたあとに気絶するまである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……、そろそろマンガ読んでいいですかね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このように、音ノ木坂学院の歴史は古く、この地域の発展にずっと関わってきました」

 

 

 

 

 

 

 

 いかにも女の子の部屋!!という訳でもないが、どちらかと言えば普通に女の子の部屋だった。

 その部屋から聞こえるのは、凛々しくもあり、大人のような落ち着いた雰囲気を醸し出していて、けれどちゃんと年頃の女の子の高さのある声でもあった。

 

 

「さらに、当時の学院は音楽学校という側面も持っており、学院内はアーティストを目指す生徒に溢れ、非情にクリエイティブな雰囲気に包まれていたと言います」

 そんな音ノ木坂学院の生徒会長、絢瀬絵里の学校を守るために考えた文を聞きながら、その妹、絢瀬亜里沙はいかにも不満そうであり退屈そうでもある雰囲気を思いっきりだしていた。

 

 亜里沙の隣では、友人である高坂雪穂がついついうたた寝、というよりがっつり寝ていた。そして1人ベッド側で座っているそれもまた亜里沙と雪穂の友人、岡崎唯はしっかりと話を聞いていたが、雪穂があまりにも堂々と寝ているのでチラチラと心配そうに見ていた。

 

 いつしか雪穂は上を向いて寝るようになってしまい、しまいには後ろに倒れそうになったところで、

 

「そんな音ノ木坂ならではの―――、」

「わあぁっ!?体重増えたっ!!」

 最悪の寝言をかまして起きたのだった。

 

 

「何やってんのさ雪穂……」

「ぁ、すいません……」

 眠ってしまっていた事に照れと申し訳なさを感じて謝る雪穂。友人の姉が学校のために考えたレポートを練習しているのだ。それも相手は高校3年生という中学3年生の雪穂からすれば十分年の離れた先輩なのだ。しかし、それに対し絵里は怒りすらしなかった。

 

 

「……ごめんね、退屈だった?」

 予想だにしなかった声が聞こえた。寝ていた雪穂を怒る訳でもなく、謝るのはこちらの方なのに逆に謝られたのだ。それが雪穂に焦りと取り繕う余裕を変に無くならせた。

 

「い、いいえ!お、面白かったです!!後半凄く引きこまれました~あはは……」

 だから、そんな見え見えの嘘をついてしまった。それはこの場にいる全員が分かっていた。

 

「雪穂、色々と下手すぎ……」

「オープンキャンパス当日までに直すから、遠慮なく何でも言ってね」

「私はあまり面白くなかった……」

「ちょ、ちょっと亜里沙……!?」

 絵里と雪穂の間に言葉を入れたのは、亜里沙だった。明らかに褒めているとは思えない言葉。むしろその顔には批判の意があるようにも見える。

 

 

「何でお姉ちゃん、“こんな話”をしているの?」

「……学校を、廃校にしたくないからよ」

「私も音ノ木坂は無くなってほしくないけど、でも……これがお姉ちゃんのやりたい事?」

「っ……!」

 何故だかは分からなかった。いや、分かっていたのに分かろうとしたくなかったのかもしれない。ただ、亜里沙のその言葉が、絵里の心中に重く突き刺さったのは間違いなかった。

 

 

「μ's……」

「っ!?」

 その単語にいち早く反応したのは絵里。そして言ったのは唯だった。このタイミングでその単語を出すとどうなるか、その意味を分かっていながらも、言わずにはいられなかった。

 

「音ノ木坂学院には今、μ'sというスクールアイドルがいますよね。最近ネットでも話題になってきてるし、だったらそれも前に出してアピールする事はダメなんでしょうか?」

「そ、それは……っ!」

 唯は知っている。兄である拓哉に何回か話を聞いているのだ。絵里が何かとμ'sのやる事為す事に口を挟み、突っかかってきた事を。だがそれを絵里は知らない、唯が拓哉の妹である事を知らない。だからこそこんな事も質問できる。純粋にそういう質問をしているのだと思わせる事ができる。

 

 

「……彼女達の踊りには、魅せるものはあっても、感動ができないの……。だから、ダメなの……」

「それは、絵里さんが決める事なんですか?」

「……え?」

 突然の唯の声のトーンの変化に気付いた絵里は、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。よく妹の亜里沙と共に遊びに来る事が多いが、今までは明るくも接しやすい可愛い子だと思っていた子が、こんなにも真剣なトーンに変わったのは初めてだった。

 

 

「それは、どういう……」

「亜里沙からも聞いています。絵里さんは昔バレエをやっていて上手かったって。だからμ'sの人達がまだまだに見えても仕方ないと思います。でも、それは絵里さん、あなたの主観でしかないと思います。何もスクールアイドルのダンスを全員プロのダンサーが見ている訳じゃない。ただ亜里沙や私達みたいに純粋に興味があって、楽しみに見ている人達だっているんです」

 

 そこまで聞いて、絵里は既視感に襲われた。唯が言っているセリフ、年上相手にも物を言えるその堂々とした姿、凛とした表情、その全てに既視感を感じた。

 

「だったらそれを絵里さん個人が押さえつけてしまうのは、こう言ってしまえば申し訳ないですが、悪いと思います……。個人の感情論で廃校の可能性を低くしてくれる要素であるμ'sの人達を押さえちゃったら、ホントにダメになっちゃうかもしれないじゃないですか!」

「っ……!!」

 何も、言い返せない感覚。やはり感じた事のある感覚だった。どこか自分の中の核心めいたところが刺激されて、反論したいのにできない感覚。

 

 

「もう一度よく考えてみてください。絵里さんの本当に思っている事。“やりたい事”を考えてみてください」

「た、く……兄……?」

 雪穂は小さい声ながらも呟いてた。絵里に意見を言う唯の姿が、完全にではないが、拓哉に似ていたから。それと同時にこうも思った。やはり、お兄ちゃん大好きな唯も、拓哉の妹なのだと。兄が兄なら妹も妹だと。奥底の性格は、唯も拓哉に似ていたのだ。

 

 

(ヒーローの妹は、いや、『も』か。ヒーローの妹も、ヒーローの資質でも持ってるのかな)

 先程の照れや申し訳なさはなくなっていた。今は唯を少しニヤケつつも見ている余裕が雪穂にはあった。

 そして、

 

 

 

 

「お姉ちゃん」

「あり、さ……?」

 妹が、姉に声を掛ける。

 

 

 

「私はμ'sを応援してる。でも、何よりお姉ちゃんの事も応援してるの」

 もう、険しい表情は亜里沙にはなかった。大切な姉を、大事な姉を、大好きな姉を、優しく包み込むような声で、彼女は言った。

 

 

 

 

 

「だから、音ノ木坂に入ろうとしてる私達のために、頑張ってね。お姉ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ、桐穂さんの晩飯は何年経ってもやっぱり美味いですね!むしろ小さい頃食べた時より断然レベルが上がってるまである!」

「やーねえ!お世辞ばかり言っても何も出ないわよ~。お饅頭いくらでもタダであげちゃうくらいだわ~」

「マジっすか!それで十分すぎるんですけど!」

 結局、あの後マンガを読もうとしたが、当然穂乃果がそれを許してくれるわけもなく、話に付き合わされた。と言ってもただの雑談だったけど。しかも俺はほとんど喋らず寝そうになってたくらいだ。

 

 

 しばらくして海未とことりは帰り、雪穂が帰ってきたので晩飯をいただいている。ちなみに大輔さんはまだ明日の仕込みをやっているのでここにはいないのだ。さて、どんだけ饅頭貰って帰ってやろうか……。はい、冗談です。

 

 

「たく兄と一緒に晩御飯食べるなんて何年振りだろ?あ、たく兄ソース取って」

「さあな、忘れちまったよ。結構晩飯は世話になってたけどな。ほれ、とんかつソースでいいんだよな」

 何年振りかは忘れたが、もう普通にどこに何があるのかは覚えてる。こうして一緒に食べてると分かったけど、あまり昔と変わらなかった。普通の家庭の食卓のように感じれる。このまま穂乃果の家の養子になっても違和感ないまである。違うか。違うな。

 

 

 

「ごちそうさまでした!いやあ美味かったっす!」

「やっぱ男の子は食べるの早いわね~。ふふっ、お粗末様」

「んじゃ、俺はそろそろ帰りますよ。ありがとうございました」

「あらそう?じゃあ穂乃果、玄関まで見送ってあげて」

「はあーい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たくちゃん」

「ん、何だ?」

 玄関で靴を履いてると、穂乃果が不意に問いかけてきた。

 

 

「何かね、明日から何かが変わろうとしてる。そんな気がしてならないんだ」

「……明日から、か」

 明日、つまり生徒会長にダンスを教えてもらう日である。

 

 

 

「そうだな。俺も明日から何かが変わるかもしれない。そう思ってる」

「なーんだ、たくちゃんもか」

 まるで最初から知っているかのような声音で穂乃果は言った。分かってたなら聞くなっての……。

 

 

 

「まあそれを良くするのか悪くするのか、それは俺達の行動次第って事だ」

「うん、それも何となく分かってる。だから、頑張ろうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

いつものセリフが飛んできた。

だから、俺もいつものセリフで返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頑張るのはお前達だっての」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか。

唯も唯で拓哉の妹な訳です。つまり、似ているという事は……ですねw

クライマックスも近づいてまいりましたよ!!

ご感想評価待ってます!!

では、新たに高評価をいただきました!

エリチカさん。
高評価どうもありがとうございました!!大変嬉しゅうございます!!




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絢瀬絵里 番外編.それでも、手を伸ばす


夜になったけど、誕生日おめでとう絵里!!

本編じゃ精神的にフルボッコだけど、誕編くらい報われてもいいよね!!でもただでは報われないからね!!


そんなお話です、どうぞ。


 

 

 

 

 

 晴天の日だった。

 そこには憂鬱や気だるいなどマイナスになるような気分になるのではなく、晴れやかであり、曇りという連想を誰1人として思い浮かばないほどの晴天がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『第二音ノ木坂遊園地』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デカデカとそう書かれている看板を10メートルくらい離れた場所、誰でもふと見ればすぐに気付きそうなほど周りの木とはスケールが違うデカい木をバックに、絢瀬絵里はそこに立っていた。

 

 何となくその看板を見れば、そのすぐ下は入口となっており今も入場者がどんどんと中へ入っていく。

 今日は土曜日。

 日曜日では人が多くなりそうだったから土曜という曜日を選んだ。しかしそんなものは気休めに過ぎず、結局は人は多いに変わらないのだ。まあ明日は休みだしその分ゆっくり明日休めばいいだろう、という気持ちで絵里は再び待ち人を待つために視線を人がやってくる方向へ戻す。

 

 

 

 すると。

 

 

 

(…………わぁ…………っ!来たっ!)

 

 

 

 待ちに待った想い人がやや小走りになりながらも確実にこちらへと向かってくるのが見えた。それだけでドクンッ!と胸が高鳴りすぐにキュンッ……!と締め付けられるような気持ちになる。

 

 苦しくも、とても温かくて、優しくて愛しい気持ちになる。それだけこの少女が向かってくる少年の事をどれだけ想っているかを見るには十分すぎるほどだった。

 

 

 

 

 

「よお、絵里」

「ええ、こんにちは、拓哉っ」

 十分に声が届く距離になって挨拶をしてきたその少年、岡崎拓哉に絵里は平静を装って返すが、少しだけ声が上ずっている事に気付いてはいなかった。いかにも会えて嬉しいのを我慢しているかのように見える。

 

「まさか絵里が俺を遊園地に誘ってくるなんてな。驚いたよ」

「え、まさか、嫌だったかしら……?」

「ああ、そういう訳じゃねえよ。絵里の事だから希とか誘いそうだったのに、何で俺なのかなーって思っただけだ。絵里に誘ってもらえて嬉しいさ」

 本当なのか……?と絵里は思う。普段は家から出たくないとのたまっている拓哉だ。本当に家を出てまで嬉しがっているのだろうか、と。そんな不安が顔に出てしまっていたのか、

 

 

「本当にありがてえと思ってるんだぞ?むしろ超美人である絵里と2人で遊園地とか一生の贅沢まである」

「もうっ!そんないかにもな事言われても何も出てこないわよ」

「何か出てくると思って言った訳じゃないんだが……」

 もちろん拓哉の言いたい事は分かってるつもりだった。しかし、これは絵里の照れ隠しでもあるのだ。分かってはいてもついついそう言ってしまう。真姫みたいにツンデレという訳ではないが、今想い人と出会えてテンションが上がっている絵里にそれを簡単に冗談と受け入れる余裕はどこにもなかった。

 

 

「と、とにかく行きましょ……!時間は待ってくれないわよ」

「つってもまだ昼だしのんびりできるだろ」

「私が待てないの!」

「あー、はいはい。分かったから手引っ張んないでくんない?拓哉さん別に逃げたりしないからさー」

 そう言う拓哉を絵里は無視して歩き出す。普通に歩くとマイペースである拓哉の足は遅いのを知っている。だから無理矢理にでも引っ張っていくのが正解だという事も想い人を色々と観察している絵里は知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とにもかくにも、絵里の『拓哉とのデート(自称)』が始まるのだった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、最初に乗るのがこれですか……」

 絵里に手を引っ張られたまま連れて来られた拓哉の第一声はそれだった。

 

 

 

「さあ、景気付けに最初から飛ばしていきましょう拓哉!」

「……いや、飛ばすって、何を?」

 目の前にあるのは、幾多の馬や馬車に乗って騒いでいる子供や親の姿があった。それは、回されている限り、延々と回り続けるものだった。強いて言うなら、それは本物ではなく、作られて固定された馬だった。

 

 

 

 

 

 言ってしまえば、ただのメリーゴーランドだった。

 

 

 

 

 

「一緒にテンション上げていくのよ拓哉!」

「これでどうやってテンション上げろって言うんだお前は!!最初に乗るのがメリーゴーランドって小学校じゃねえんだぞ!?」

「何を言っているの拓哉。メリーゴーランドは子供から大人までみんな平等に楽しめる素晴らしいアトラクションじゃない」

「子供がいるから安全のために親も一緒に乗っているという事を分かっていない……だと……!?」

 目の前のメリーゴーランドを見てはしゃいでいる絵里を見て拓哉は思った。これはポンコツの時の絵里ではないか?と。しかしそれは少し外れてもいた。

 

 

「私メリーゴーランドなんて乗った事ないのよ。だから凄く楽しみっ」

「え、メリーゴーランド乗った事ないのか?」

「そうよ、だから今から乗るの!」

「まさか、遊園地自体初めてとか、ないよな……?」

「初めてだけど?ああ~休日だから仕方ないのは分かってるんだけど、メリーゴーランドも人が多いわねー」

 

 見方が変わる。

 噂で聞いたのかもしれない。パンフレットでも見て写真を見て分かったのかもしれない。自分なりに事前に調べて分かったのかもしれない。それでメリーゴーランドをどんな人達が乗るのかを知ったのかもしれない。

 

 ふと、入場口で手に取ったパンフレットの一部を見る。そこに映っていたのは、無邪気な笑顔で喜んでいる子供や、それを楽しそうに横で見守る親が何人もいた。だから子供から大人まで楽しめるのだと絵里は言った。

 

 

(……案外、間違ってねえのかもしれねえな)

 入るまでは何故か戸惑っていて不自然な態度だった絵里が今はこうして笑顔でソワソワしている。そこから分かるのは、決して嫌という雰囲気でもなく、ただ純粋に遊園地が楽しみなのがこれでもかというほどに伝わる。

 

(だったら、それだけでいいか)

 初めての遊園地。誘ってきたのは絵里。だったら、絵里が楽しめるなら、どれだけでも付き合おうではないか。そうと決まれば拓哉の口から出たのは乗るという肯定の意味のある言葉だった。

 

 

「そんなにソワソワしなくても順番は必ずくるから、大人しく待ってろよ」

 たとえ1つしか変わらなくとも、これがホントに年上なのかと思わせるほどにワクワクドキドキしている絵里に呆れと安心感を覚えつつ、優しく諭す。元々絵里から誘われた身である拓哉に最初から拒否権などはないに等しいものではあったが。

 

「そ、そうよね。まだお昼だしねっ。今日中に全部廻れるわよねっ!」

「おっほう、さすがに全部廻るとは思わなかったぜい大丈夫多分廻れる本気出せば廻れるさー」

 優しく諭したら顔面に1トン級のパンチで反撃されたかのような衝撃を頭に喰らいつつも、いきなり決めた事を曲げる訳にもいかない拓哉はとりあえず適当に答えておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 混んでるとはいえ所詮はメリーゴーランド、10分くらい待てば既に拓哉と絵里は馬に乗っていた。

 

 

 

「もうちょっと柔らかいと思っていたけど、結構固いのねこの馬の乗り物」

「当たり前でしょ。柔らかかったら逆に怖いわ」

 それが隣同士で馬に乗っている2人の会話だった。絵里が黒い馬に乗り、拓哉が隣で白い馬に乗っている状況である。絵里は最初2人で乗れる馬車の方を提案したが、拓哉がどうせ初めて乗るんなら馬の方がいいんじゃないかと言うのでこういう風になった。

 

 

 

「それでは、メリーゴーランド楽しんでくださーい!」

 アナウンスのお姉さんの声が聞こえる。動く前段階の合図でもある。

 故に。

 

 

「た、拓哉っ!と、とうとう始まるわよっ!準備はいい!?」

「何の準備すりゃいいんだよ……。初めてで嬉しいのは分かるけど、もうちょっと落ち着いたらどうだ?」

 傍から見た絵里の今の状態を表すなら、今にも罰ゲームでいつ後ろから押されてバンジージャンプさせられるか分からなくてプルプル震えている人を見ているかのような感覚だった。

 

 

 そして、固定されていた馬が、静かに、けれど徐々に激しく上下に動き出す。

 

 

「わ、わあ……!拓哉、拓哉!!動いてるっ、動いてるわ!」

「うん、知ってる。分かってるから。だからあまりハシャがないでくんない?拓哉さん割と恥ずかしいのでせうが」

 理解はしているつもりだった。無理を言っているのも分かっていた。遊園地で何もかもが初めてな絵里にハシャぐなと言う方が無理な事も重々承知していた。けれど言うしかなかった。

 

 何故なら、そこら辺の子供達よりも絵里はハシャいでいるからだった。

 

 

「回ってる、回ってるわ拓哉!!」

「当たり前の事をさも超すげえみたいな事言ってんじゃないよ!言っておくけどこの中で1番ハシャいでんのお前だからな!」

「最初にこれ乗ったの正解だったわ!凄く楽しいもの!」

「あーそうかい楽しいかいそれは拓哉さんも嬉しいなちくしょー!!」

 絵里は気付いてないだろうが、さっきから周りの子供に付いている親がこちらを見ては微笑んでいた。どうあがいても知人にしか見えない拓哉も一緒で見られているから尚の事恥ずかしいのだった!!

 

 

 

 アトラクションというものは、並ぶ時間は長くとも、終わるのは案外すぐというものである。それもありふれたメリーゴーランドなら尚更。

 

 

 

 

 

 

「終わるの早かったわね」

「むしろ早く終わってくれて全力で感謝したい気分だよ」

 そういや大体何分くらいで終わるのかも分からないのか絵里は、と拓哉は思いながらガクッと項垂れながら歩いていた。拓哉としては注目の的から逃れる事ができて万々歳なのだが、

 

 

「ねえ拓哉、もう1回行ってみる?」

「全部廻れないかもしれないからさっさと次のアトラクションに行こうじゃないか絵里さんや!!」

 絵里の背中を押しながらせっせと進む拓哉の背中は哀愁が漂ってたとかなんとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次はあれね」

「いきなりハードになりましたね姫……」

 2人共首を上に向けていた。絵里がわざわざご丁寧に指を指してしたのは、遊園地では絶対に乗る人が多いであろうジェットコースターだった。

 

 

「あのジェットコースター、パンフレットによると先月リニューアルしたばかりのジェットコースターらしいの。だから長めに並ぶ事も考えて早めに乗っておいた方がいいのよ」

「さいですか。よくお調べになってますね……」

 話してる間も惜しいのだろう。気付けば拓哉は絵里にまたしても手を引っ張られていた。もう抵抗もする気もない拓哉は引きずられるがままに委ねながら思った。

 

 

 

(でもこいつ、初めてジェットコースター乗っても大丈夫なのか?普通に行こうって高所恐怖症でもなさそうだし、いやでもこのパティーンは結局は乗った時に不安がって泣き出すフラグじゃないの?エリチカおうちにかえる!とか言っちゃうんじゃないの?これ絶対そうだよね。そういうフラグだって拓哉さん分かってるからね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジェットコースターが発進された。

 

 

 

 

 

 

 

「きゃァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」

「普通に笑顔で楽しんでるゥゥゥうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううッッッ!?」

 

 

 

 

 どっちが疲れてるかと問われれば、百人中百人が拓哉と答えるくらいには、拓哉が項垂れており、絵里がピンピンとしていた。

 

 

 

「リニューアルしただけあって楽しかったわね~!」

「何でそこまでピンピンしてんだよ……。おかしいだろ。うつ伏せのまま固定されて乗るジェットコースターなんて怖すぎだろうが!!」

「あれでしょ?ほら、スーパーマンみたいな体験をできるみたいな、拓哉も本物のヒーローみたいに飛べたと思えば気分も上がるんじゃない?」

「あんな無闇に回転しながら飛んだりしねえよ俺なら……」

 

 リニューアル前は普通に座って楽しむジェットコースターだったらしいのだが、ここの遊園地のトップであるオッサンが『ジェットコースターをさ、何かこう、ほら、スーパーマンみたいな、うつ伏せで乗るジェットコースターとか楽しくない?』と言って作られたのがこれだった。

 

 楽しい人には楽しいが、正直拓哉からしたらありがた迷惑以外の何物でもなかった。

 

 

 

「拓哉、大丈夫?」

「あ、ああ、多分大丈夫だ。少しフラつくだけだから……」

「それは大丈夫と言うのかしら……」

 絶対空飛ぶヒーローだけにはなりたくねえ……と1人ボソボソと呟く拓哉をよそに、絵里はすでに次のアトラクションの目星をつけていた。

 

 

 

「次はあれね」

「大丈夫って心配した意味ある?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっぷ……何で3連続で絶叫系乗るんだよ……というか何でこんなに絶叫系あるんだよ……。最初の合わせたら4連続じゃねえか……」

「拓哉、次どこ行きましょうか?」

「さすがにちょっと休憩させてっ!これ以上続けて行ったら拓哉さん色々出ちゃうからっ!!」

「そう?ならどこかのベンチで少し休憩しましょうか」

 あのあと、まさかの3連続で絶叫系アトラクションを乗って、見事に拓哉はダウン状態になっていた。

 

 

 

「しかも全部が普通のジェットコースターじゃないなんてどういう了見だちくしょうめ……」

「普通のジェットコースターじゃつまらないだろうからこの際全部改良してみようっていうのがここの社長様のアイデアだそうよ」

「バカじゃねえのかここのオッサン……」

「あ、拓哉、あそこにベンチがあるからそこで少し休憩しましょ」

 丁度誰もいないベンチを発見し、拓哉を座らせる。

 

 

「じゃあ私、そこで飲み物買ってくるから拓哉は休んでてね」

「お~う、悪いな」

「ホント、普通なら男の子がこういう事しないといけないんだからね……」

 ベンチでぐったりしている拓哉に絵里は少し小言をぶつける。まあ、4連続で絶叫系を乗らせた自分にも一応罪悪感があるから飲み物を買ってくると言ったのだが、拓哉にそれは伝わらず、相変わらずの屁理屈を返してくる。

 

 

「ふん、今の時代女の子の方が威厳も強いのが多いんだ。それにテレビでもよく見るが夫は何かと鬼嫁に尻に敷かれてる事が多い。この事から考えても男が女性に紳士的にするより、むしろ女性が男に紳士的にするのが今の時代では合っているんだ。だから俺は悪くない、世界が悪い」

「こんな時でも屁理屈は出るのね……ふふっ、もういいから休んでなさい。買ってくるから」

 減らず口をぐったりしながら言う拓哉を呆れながらも可笑しく思い、自販機へと歩き出す。

 

 

 

 

 

(今日ここに来てからずっと楽しい……。ふふっ、初めての遊園地で楽しみすぎかしらっ。でもこれだけ楽しいのも拓哉と一緒に来てるおかげね。好きな人と初めての遊園地なんて、楽しくない訳ないじゃない♪それに、今日は何たって拓哉とのデートなんだし!自称なんだけどね。って…………)

 自販機まで辿り付いて、何を買おうかしているところで、絵里は大事な事を思いだした。

 

 

 そう、忘れてはならない、初めての遊園地もそう言えばそうなのだが、1番忘れてはならない目的を忘れていた事を。

 

 

(や、やってしまったわァァァああああああああああああああああああああああああああああああ!!わ、私とした事が……!初めての遊園地でハシャぎすぎて拓哉との自称デート(仮)をすっかり忘れて遊園地を満喫して、しかも拓哉を思いっ切り振り回していたなんて……!!)

 入場する前までは覚えていたのに、入場した途端にその目的は頭の中から出ていったと言うのが正しいだろうか。それはもうフルで満喫していたのは言うまでもなかった。

 

(絢瀬絵里、一生の不覚だわ……!)

 自販機の前で崩れ落ちている絵里を奇異な目で見てくる人達にも気付かず、とりあえず落ち着いて作戦を見直す事にする。

 

 

(落ち着くのよ絵里、まだズレた道を真っ直ぐに戻す余地はあるわ……!もう遊園地も後半に差し掛かって作戦自体破綻しているけど、ここで諦めたらかしこいかわいいエリーチカの名が廃るわ!!)

 そんな事を思っている時点で廃っているのは確定なのだが、それでも諦めないのはギリギリまで音ノ木坂廃校に立ち向かおうとした生徒会長の意地に似ているかもしれない。

 

 

(まず今までみたいにハシャぎすぎるのはもう止めにして、あくまでいつもの落ち着いた私を振る舞いながら楽しむ。そして、とりあえずアトラクションは全部制覇したいわね……。それと……最後は、観覧車で……)

 最初の予定と大きく外れたが、これだけは譲れない。そう言わんばかりの決意の意志が、絵里の顔に表れていた。正直、最後に観覧車に乗りさえすれば作戦は成功に等しいのだ。

 

 

(……よし、これでいきましょう。私の作戦はまだまだこれからよ!)

 頭の中で算段が固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「拓哉、次に行きましょう!」

「おい、ジュースありがたいけど休憩という二文字はどこに行ったんですかね……」

「並びながらでも休憩はできるわ」

「横暴だ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、アトラクション全部制覇のために色々と乗った。とにかくもう乗りまくった。

 

 

 

 急流すべり、コーヒーカップ(絵里が回し過ぎて拓哉嘔吐寸前)、迷宮迷路、空中ブランコ、スクリーンアトラクション等、そして、

 

 

 

 

 

 

 

「おい、これお前大丈夫なのか?」

「だ、大丈夫よ……い、行きましょう……?」

 今までピンピンしていた絵里がへっぴり腰で震えながら行こうと言っているのは、『人が演じる機械幽霊屋敷~最恐最悪の恐怖を添えて~』と書かれたお化け屋敷だった。

 

「何で無駄に高級料理店のメニューみたいな名前してんのこれ。最恐最悪の恐怖とか添えてほしくないんだが。つかこれ絵里絶対無理じゃ―――、」

「いいから行きましょう!!いつまでもここにいたら逆に決心が鈍れちゃうじゃない……!全部制覇するって決めたんだから……!」

「そこまでして行こうとするか普通……。まあ、絵里がいいなら行くけどさ」

 

 

 

 

 

 

 そして、絵里にとって地獄が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、絵里さん?そこまでくっつかれると歩きにくいのでせうが……」

「だ、大丈夫……!ちょっと通路が狭くて仕方なくくっついてるだけだから……!!」

「いや、通路そんなに狭くないんだけど。腕がっちりみっちりホールドされてるんだけど。たわわで素敵な何かが当たってるんですけど」

 拓哉の言う通り、通路はそんなに狭くはなかった。なのにそれだけ絵里が拓哉にくっついているという事は、まあそういう事だった。

 

 

 

 

 ここはお化け屋敷。

 つまり何も起きない訳もないという事で。

 

 

 

 怖がる絵里に容赦なく襲い掛かるのは当然仕掛けやお化けだった。

 

 

 

 

「いやァァァあああああ!!た、拓哉!でた、出たのぉっ!!」

「お、ごっ……!!わ、分かったから、怖いのは十分分かったから!お化けの前に俺の腕がもげるゥゥゥううううううううッッッ!?」

 何が恐ろしいって、お化けよりもお化けを怖がる絵里の恐ろしいバカ力の方が拓哉は怖かった。さっきから仕掛けやお化け役の人がでてくる度に拓哉の腕はメキメキィッ!!と嫌な音がしているレベルなのだ。

 

 

 

「も、もうやだぁ……エリチカおうちにかえるぅ……拓哉ぁ……」

(こんな時に幼児退行されても困るんですけどおッ!?)

 怖すぎて涙目になっている絵里と、絵里のおかげでもげそうになった腕の痛みで涙目になっている拓哉の姿がお化け屋敷の中にあった。

 

 

「ったく、だからここだけは止めておいた方がいいって言ったのに……」

「拓哉ぁ……」

「あーもう!分かったから!どこかでリタイアできる場所探すから待ってなさい!俺の左腕が痛みと柔らかさ満点の幸せでごっちゃごちゃになってるから!!」

 何とかもう片方の右手をお化けが出てきた瞬間に絵里の目に被せる事で姿だけを隠し、バカ力を発揮させないようにしているが、これもどこまで持つか分からない。だから手っ取り早くリタイアできる場所を探す作戦にでたのだった。

 

 

 

 

 

「リタイアできる場所……あ、あった……!」

「たくやぁ……たくやぁ……」

「ええい、暑苦しいうっとうしい可愛い歩きづらい良い匂い柔らかい面倒くさい色っぽい守りたい離せい……!」

 逆に力が篭ってないと普通にくっついてるだけなのでただ腕に絵里の豊満な双丘が拓哉をドギマギさせるからどっちみちこのヘタレ純情少年には苦痛でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 何とか、外に出る事は出来た。

 

 

 

 

 

 

「…………ま、まあ、少しだけ怖かったわね」

「少し怖いだけでバカ力発揮してリタイアするとか、本気で怖かったらどうなってたんだよ……。お化け役の人に小声で大丈夫ですか?って言われたくらいだぞ……」

「ご、ごめんなさい……」

「幼児退行までするなら最初から行かなかったらいいじゃねえか」

「幼児退行なんてしてないわよぉ……!で、でもリタイアしても一応入ったのは入ったからこれでオーケーよ……!」

 

 エリチカおうちにかえるとか言っといて何がしてないだよ……と思いながらもここは思考の中に留めておく。まだ追及でもしたら何をされるか分かったものではない。そう考えて話を変える事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、次はどうするよ」

「…………」

「……絵里?」

「……え?あ、ああ、そうね」

「……?」

 

 何かを考えているかのようにしていた絵里は、慌てて拓哉に言われた通り次の予定を確かめるためにパンフレットに目を落とす。そして、今までとは違う雰囲気の顔になった。

 

 

 そして一言。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次で最後よ。最後は……観覧車ね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その少女は、やろうと決めた時からずっとこれだけは計画に入れようと決めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分なりに色々と調べ、遊園地ならどこが1番ロマンチックであるか、時間帯、場所、タイミング、それが1番良いのはどこであるか。

 

 

 

 

 

 

 好きな人に告白するならどこが1番か(、、、、、、、、、、、、、、、、、)

 

 

 

 

 

 

 それが観覧車だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「綺麗ね……」

「そうだな。……いや、ここは絵里の方が綺麗だぞって言った方が良かったか?」

「もうっ……そういうのは後付けなしで言わないと台無しでしょ?」

「ははっ、それもそうだな」

 観覧車の中から夕焼けの景色を見ながら2人は軽く笑いあっていた。拓哉も景色が景色だからか、さっきまでの疲れを忘れて見惚れていた。逆に絵里は、そんな拓哉に見惚れていた。

 

 

 

 

 

(やっと、ここまできた。今まで拓哉と接してきて、好きだと気付いて、ここまでくるのに長かった。でも、ここでそうやくそれを終わらせる事ができる……)

 

 

 

 

 

「拓哉、あのね、お話があるの」

「ん、話?μ'sの事か?」

「いいえ、それも大事なんだけど、もっと個人的で、μ'sも関係ない事なの」

「という事は、絵里の話って事か?」

 肯定の意味で首を縦に振る。普段のμ'sの話ならいつも話している。だからこれまでの話とは違う重い雰囲気を絵里が纏っているのが分かる。それを見て、拓哉の顔つきも変わる。ここからはおふざけは通用しないと。

 

 

 

 

 

「私ね、μ'sに入る前から拓哉と知り合って、色々ぶつかってきた。だからお互いあまり良い思いはなかった。でも最終的に拓哉は私を救ってくれた。私が思いつきもしない方法で立ち向かってきて、いつも私より前に立っていた」

 俯きながらも少女は語る。

 少年との過去を。

 

 

「ずっと感謝してた。そしてμ'sに入ってからも私はあなたを見ていた。いえ、見つめていたと言う方が正しいかもしれないわね……。何があなたをそんなに強くしているんだろうと思っていたから」

「何をって、そんなのμ'sのみんなはいるから俺はあいつらを守ろうって思って―――、」

「それも分かってるの。でも、それとはまた別に、拓哉を強くさせる何かがあるって私は思うの。いつも私の前を立って歩いて、それに追いつこうとして、でもずっと追いつけなくて……」

 それを、どう捉えるか、拓哉には分からなかった。この少女が今まで何を思って自分を見てきたのか。何故そんなに自分に追いつこうとしているのか。生徒会長という立場だからではないのは分かっている。でも、それでもまだ掴みかねていた。

 

 

「ずっと追いつきたいって思ってた。そして、拓哉……あなたの隣で一緒に歩いていきたかったの……。追いついて、認められて、笑顔で拓哉と笑いあって隣同士で歩いていきたかったの」

「……絵里、おま、それって……」

「ええ、気付いたら、私は拓哉が好きになってた……」

 そこでようやく気付いた。拓哉はどこかによくあるラノベの鈍感主人公とかではない。だから人の気持ちには敏感な方だった。しかしずっと後ろから拓哉を見てきた絵里だからこそ、拓哉にもその気持ちを気付かれなかったのだろう。

 

 

「好意と気付いてからも、ずっとあなたを見ていた。それだけは変わらなかった。好きでいて尚、私は拓哉の後ろにいる。追いつきたいと思ってる。隣に立ちたいと思ってる。隣でずっと笑いあいたいと思ってる……!」

 悲痛な叫びではない。けれど、そう聞こえてしまうのは何故か。それは絢瀬絵里という少女にしか分からない。しかし、彼女が何をどう思っているのか、それを分かってやれる人間は、今、少女の前にいた。

 

 

 

「……だから、今はまだあなたの隣に立てる事はできないけど、いつかあなたの隣に立ちたいから、それを……見守っていてほしいの……」

 少年はただ黙って、けれど、しっかりと少女の目を見ていた。

 

 

 

 

 

 そして、少女は言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私と付き合ってください」

 

 

 

 

 

 

 

 同じく、少女も逃げたりはしなかった。ずっと少年の目から逃げずに言ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 空を覆うほどの赤い光が世界を支配し、

 

 

 

 

 

 

 ――――――観覧車は、頂点に達した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、それに答えるように、少年は口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺はまだ絵里とは付き合えない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」

 ここにきて、少女の顔は茫然とした表情に変わった。

 

 

 

 

「絵里、お前が俺に抱いてる気持ちは、ただの勘違いに過ぎないんだよ」

「……な、にを、言って、いるの……?」

「言った通りのまんまだよ。絵里が好意だと思っている気持ちは、勘違いだ」

 少年から放たれるのは、少女にとってあまりにも無情な言葉だった。

 

 

「ずっと俺に追いつきたかったんだろ?隣に立ちたいと思ってたんだろ?そしてそれはいつの間にか好意になってた。そんなのがある訳ないじゃないか」

「……何で、そんな、事、言うの……?」

「嘘を言ってるつもりはない。絵里はただ気付いてないだけだ。だから俺が代わりに言ってやる。絵里、お前が俺に抱いてる気持ちはな、」

 何故だか、それ以上は聞いてはいけないと少女の脳が危険信号を出した。決定的な事を言われそうな気がして。

 

 

「拓哉、待っ―――、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺への『憧れ』にすぎない」

「―――――っ!?」

 放たれてしまった。まるで本望で操られていた少女を容赦なく正気に戻してしまうような言葉だった。

 

 

 

「μ'sに入る前から俺はお前の前に立ってたんだろ。それはμ'sに入ってからも変わらなかったんだろ。ずっと追いつきたいと思って、そう願って、努力もしたかもしれない。ずっと俺の事を見てくれてたのかもしれない。でもな、それは俺を見てきたんじゃない。俺の中にある『何か』なんだ。それがお前の言う俺の強さ。決して岡崎拓哉自身なんかじゃない」

「……え、あ……っ」

 

 何も言い返せなかった。それはいつかの感覚に似ていた。μ'sに入る前、少年と何度かぶつかってきて、幾度となくその感覚を味わってきた。

 

 

 

 今日告白する決意をした。

 今日のために色々調べたりもした。

 少年にも楽しんでほしいために努力もした。

 とてつもない勇気も出した。

 そして、フラれる覚悟もしていた。

 

 

 

 

 だから。

 なのに。

 

 

 

 

 自分の好意が憧れだと、ただの勘違いという理由でフラれるなんて、思いもしなかった。

 

 

 

 

「だから俺は、俺自身を見ていない絵里とは、付き合えない」

 

 

 

 

 少女は必死に声を押し殺し、俯きながら涙を溢れさせる。

 

 

 

 

 

 もう、終わりだった。

 観覧車は下がりつつあった。

 ロマンチックなどという光景は、どこにも存在しなかった。

 

 

 

 

 勘違いだった。

 憧れでしかなかった。

 好きだと思っていた少年から直接諭されてしまった。

 

 絢瀬絵里という少女の初恋は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただの勘違いという形で、あまりにもつまらなく終わりを迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……違うわ……」

「……絵里?」

 少女の声は、死んではいなかった。

 

 

 

 

「確かに私は拓哉の言った通り、憧れを抱いてたかもしれない。それはμ'sに入る前からも、今でもそうなのかもしれない……」

 まだ完全に泣き止んでないせいか、声は震えていた。それでも、少女は続ける。

 

 

「でも……!!私が拓哉を好きだという気持ちは変わらないもの!!」

 この想いが間違ってないのだと、この少年に気付かせるために。

 

 

「だからそれは勘違―――、」

「違う!!憧れてるけど、ずっと追いつきたいって思ってるけど……!私は拓哉が好きなの!これだけはいくら拓哉でも否定させない。いいえ、拓哉にだけは否定させないんだから……!」

 少女は今度の今度こそ、少年の目から逃げない。確かな気持ちを伝えるために、自分の想いを勘違いだと言ったどうしようもないバカな少年に分からせるために。

 

 

 

「私がただ拓哉を憧れてただけなら、わざわざ初めての遊園地に誘うなんて思う……?ただ憧れてただけなら、ずっとあなたを見ていただけと思う……?違う、そんな訳あるはずがない……!だって私は今さっきあなたにフラれて泣いてたもの。どうしようもなく悲しかったもの……!」

 

 

 

 

 

 拓哉が好きだから、初めての遊園地に誘った。

 拓哉が好きだから、事前に色々と調べてきた。

 拓哉が好きだから、楽しんでほしいために努力もした。

 拓哉が好きだから、とてつもなく勇気も出せた。

 拓哉が好きだから、自分もこんなにも楽しめた。

 拓哉が好きだから、フラれた時は悲しくて泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それらは、ただ憧れで済ませる事ができるようなものではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「……もう一度言わせてもらうわ、拓哉。あなたに追いつきたい。隣にいたい。隣で笑っていたい。それは憧れでも何でもない。絢瀬絵里は、岡崎拓哉、あなたが大好きです。私と付き合ってください」

 

 

 

 もう、少女の目に迷いはなかった。憧れとは完全に別の、想いが確かにそこにはあった。

 少年も既にそれは理解していた。いや、絵里の言葉を聞いて理解せざるを得なかった。

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

「それでもまだ、俺は絵里とは付き合えない」

 またしても、少年はそれを否定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……一応、理由を聞かせてもらえるかしら?」

 最初は目を見開いたが、絵里もすぐに表情を元に戻し、理由を尋ねた。しっかりと少年の目を見て。

 

 

 

「絵里の気持ちは分かった。ただ俺への憧れだと思ってた。でもそれは違った。絵里はちゃんと憧れとは別に俺の事を好きでいてくれた。あんなヒドイ事を言ったんだ。普通なら嫌いになってもおかしくはないのに。それでも絵里はそこで諦めずに立ち上がったじゃないか」

 

 そこで絵里は頭に疑問符を浮かべた。今は拓哉が喋っているから声には出さないが、告白を断られた理由にしては、マイナスよりもプラスの事を言われているような気がしてならないと。

 

 

「だったらそれはさ、お前が求めた俺の中にある『強さ』なんじゃないか?どんなに絶望に突き落とされても諦めない、その強さが絵里を立ち上がらせた。ならもう俺はお前の憧れなんかじゃない。お前はもう既に俺の隣に立ってるんだよ」

「た、くや……?」

 絵里にはまだ少年の言っている事が理解できなかった。なら何故断ったんだと。憧れでなく、既に隣に立てたのなら、何で断られたのかを。

 

 

 そしてその理由は次の少年の言葉で消える事となる。

 

 

 

 

 

「なら俺もお前の隣で歩き続けるために、俺から手を伸ばさせてくれ。男である俺から言わしてくれ。2回もフッてごめん。絵里、俺と付き合ってくれ」

 

 

 

 

 

 少女は少女なりに頑張った。

 であれば。

 

 少年も少年なりのやり方で少女に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと望んでいた。ずっと後ろから手を伸ばし続けていた。

 

 

 一度断られても、立ち上がり、それでも手を伸ばした。

 

 

 かくして、それは向こうからも差し出された。

 

 

 

 

 その手を取らない理由なんて、どこにもなかった。

 

 

 

 

「……もちろん、当たり前に決まってるじゃない……!」

「へへ、ありがおぅわっ!?」

 少年の手を取り引っ張って抱き付く。あとから少年も優しく抱きしめ返してきた。それだけで幸せでいっぱいになる。

 

 

 

 

 

 

 

 色々あったけれど、観覧車の頂点でロマンチックなシーンなんてどこにもなかったけれど。

 

 

 

 

 

 

 

「……拓哉、ずっと隣にいてちょうだいね」

 

 

 

「……お前がそう望む限り、前にも後ろにもいけねえよ」

 

 

 

「ふふっ、その言葉、とってもハラショーよ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 必死に手を伸ばして手に入れた幸せという気持ちが溢れている少女に、そんなのはどうでもよくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっき、泣かせちまって、悪かったな」

「だったら、これから私をたっくさん笑顔にしてちょうだいね♪」

 

 

 

 

 

「……当たり前だろ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 諦める事を、諦めきれないという理由で、諦める事さえも忘れた瞬間に、また1つ、奇跡は起きるのだと、この少女は証明してみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか。

本編じゃまだシリアスキャラである絵里ですが、前半思いっきりポンコツにしましたw
いつも落ち着いてる絵里がハシャぐ姿は可愛いですね!

でも後半はどシリアス(笑)
これはこれでアリだと思ってます。良い話に書けてたら満足ですじゃ。

いつもご感想評価ありがとうございます+ご感想評価お待ちしております!!



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41.了解

ヘイ!昨日投稿できなくて申し訳なかったですぜ!
でも絵里誕含めて週2回投稿したから許してつかぁさい!!


く、クオリティ向上のためだから……(震え声)


こんな変なテンションですが、本編は加入編クライマックス手前なので(笑)


 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん」

「何だ?唯」

 

 

 

 

 

 風呂から上がって部屋に行こうとしてたところを唯に呼び止められた。

 

 

 

「あのね、お兄ちゃんいつも私に話してたでしょ。学校の生徒会長の絢瀬絵里さんって人がいつもちょっかいとかかけてくるって」

「あ、ああ、悪いな。俺もあんまり愚痴とかは言いたくねえんだけど、つい」

 俺はたまに勉強を教えてやる代わりにこうして唯に学校での愚痴を聞いてもらっているのだ。いや、妹に何話してんだって思うのも分かるよ?でもね、拓哉さんも人間なのよ!そりゃ愚痴りたくなる日もあったっていいじゃない!!

 

 

「いいのっ、別に私はお兄ちゃんが少しでもそれでストレス発散できるなら全然いいんだけどね」

 おい聞いたかよ今の。何てお兄ちゃん思いの良い妹なんだ。ぼくちん泣きそうだよ、胸がいっぱいだよ。唯を中学まで良い子に育てた母さんを褒めてやりたいね。

 

「でね、今日私雪穂と友達の家に行ったの」

「ああ、そういや最近よく遊びに行ってるよな」

 最近の唯はよく雪穂と他の友達と遊んでいる。その友達の家によく遊びに行っているらしいのだ。遊んでるのが男じゃないならいくらでも遊びなさい。……でもやっぱり夜遅くに帰ってくるとかはなしで。

 

 

「うん、それで、誰と遊んでるかとかお兄ちゃんにも黙ってたんだけど……」

「いや、別に唯が誰と遊んでても俺は別に構わないんだけど。……男以外なら……」

 一応最後は聞こえないように呟いておいた。というより、何この雰囲気、唯さんいつになく真剣ムードなんですけど。その友達と何かあったのか?ちょっといざこざが出来たとか、口喧嘩しちゃったとかなら相談にのれるはず、多分。自信はない。ないのかよ。

 

 

「私の友達の名前ね、絢瀬亜里沙っていうの」

「へえ、絢瀬亜里沙っていうのか。妙な偶然もあるんだな。偶然名字も似てるし―――って、え?」

 今唯は何と言った?絢瀬亜里沙?……何か物凄く聞き覚えのある名前が聞こえたような……つうか今日会ったばかりなんですけど……。ま、まさか、

 

「多分お兄ちゃんの今思ってる事であってるよ。その亜里沙のお姉ちゃんが、絢瀬絵里さんなの」

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………で、ですよね~。

 うん、もう分かってたよ。絢瀬亜里沙って聞いた瞬間に察したよ。拓哉さん鋭いからね。

 

 

「えっと、とりあえず要約すると、俺は今まで唯に愚痴みたいなものを聞いてもらって、それを唯は生徒会長の事を知っていながらも俺に黙ってそれを聞いてたって事か……?」

「まあ、そうなるね」

 ……まじかァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!

 

 つう事は何だ!?生徒会長との関係をなしにして見てみれば、俺は唯の大切な友達である亜里沙の姉の愚痴を話してたって事になるぞ……。これは唯のお兄ちゃんへの好感度最底辺までまっしぐらじゃねえか……!

 

 

「あ、でもそういう事じゃなくてねっ!今日、絵里さんが廃校阻止のためのレポートを聞いてほしいって言ってたから、それを聞きに行ってたの」

「…………レポート?」

 一瞬で空気が変わった。俺の頭も一気に熱が冷めて冷静さを取り戻す。

 

 

「うん、音ノ木坂の歴史とか、昔の事ばっか言ってたよ。今の音ノ木坂の事は何も言ってなかった」

「やっぱそうか」

 廃校を阻止しようと動いていた当初の俺達もそうだった。必死に探してアピールできそうなとこを探した。その結果が『歴史がある』。それだった。言ってしまえば、それしかなかった。それ以外にアピールできるとこなんてなかったのだ。

 

 生徒会長も廃校になると分かってた時から色々と探したんだろう。でも結局見つけられなかった。だからそれをレポートするしかなかった。苦し紛れでも、何もしないよりかはマシだと思って。

 

 それは別に悪い事ではない。何もしないよりかはマシ。その考えには俺も賛成だ。しかし、結果を考えてみればどうかと思う。歴史があるというだけで中学生は音ノ木坂に入ってくるのかと問われれば、俺は迷わずに無理と答えるだろう。

 

 まずそれだけで生徒が入ってくるなら、最初からアピールなんかせずに生徒が来るのを待ってればいいだけなのだ。良さはあっても、中学生が入ってくる可能性は限りなく低いだろう。

 

 

「だから、私言ったの。μ'sの事もアピールしたらいいんじゃないかって。でも絵里さんは断った。ダンスが未熟だったから。感動できないから。そう言って断られたの……」

「……唯は、生徒会長がダンス上手いって事、知ってるのか?」

「知ってるよ、亜里沙から何度か聞いたから。でも私は納得できなかった。絵里さんの主観だけで、学校のために頑張ってる穂乃果ちゃん達や、μ'sを支えるように頑張ってるお兄ちゃんを無理矢理抑え込めるような事はしてほしくなかった。だから、私ね、絵里さんについ怒っちゃった」

「……は、い……?」

 唯が、怒った……だと?あのいつも可愛くて愛しい俺の唯が怒っただと……!?

 

 

「絵里さんの主観や個人の感情論でμ'sを抑えたら、阻止できるのも阻止できないって。亜里沙は気にしなくていいって言ってくれたんだけど、やっぱりあとから先輩にあんな事言っちゃダメだよねって思って……」

「……そっか」

 唯が怒ったっていうのも驚いたけど、そこまで穂乃果達の事を考えてくれてるなんてな。唯の言う事も分かる。何で生徒会長があんなに穂乃果達の活動に口出しをしてきたのかももう理由は分かった。

 でも、

 

 

「そうだな、3歳年上の人にそんな事言っちゃダメだな」

「うぅ……そうだよね……」

 明らかに落ち込んでいるのが目に見えて分かる。俺も唯の事は言えない。生徒会長に思いっきり歯向かってるんだからな。でも唯にはまだその事に対する罪悪感みたいなのがあるらしい。可愛い唯にはまだ似合わないってもんだ。

 

 

 

「でも、穂乃果達のために怒ってくれてありがとな。嬉しいよ」

「ふぁ……うん……えへへっ」

 頭に手を置いて撫でる。それだけで唯は嬉しそうに顔をふにゃっと綻ばせる。やっぱ唯は可愛い笑顔でいてくれないとな。俺が家で唯一癒される要素なんだから。

 

 

「あとは俺達がどうにかするから、唯はいつも通り亜里沙って子と遊んでればいいさ」

「お兄ちゃんがそう言うなら分かったよ。わたくし岡崎唯は遊び盛りの女の子に戻りますっ。わひゃっ……」

「息抜きに遊ぶのもいいけどちゃんと受験勉強もしろよ」

 最後にほんの少しだけ唯の頭を乱暴に撫でて階段を上る。唯の今の学力なら音ノ木坂も問題はないはずだけど、勉強しておいて損はないしな。そんな事を考えながら階段を上っていると、唯にまた声をかけられた。

 

 

「お兄ちゃん」

「何だ?」

「それでも、辛い事があったらまた私に言ってね。どんな事があっても、私だけは……お兄ちゃんを支えて、味方でいるから」

 その言葉は、とても温かった。

 

 

 

「……ああ、ありがとな、唯」

「うんっ!!」

 最高の笑顔を胸に刻みつけてから、再び自室に行くために階段を上る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホント、俺にはもったいないくらいの出来た妹だよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願いします!」

 

 

 

 

 穂乃果の声が廊下に響く。

 

 

 

 

「私にダンスを……?」

「はい!教えていただけないでしょうか!」

 決めた通り、俺達は生徒会長にダンスを教えてもらえないかというお願いをしに来た真っ最中だった。

 

 

「私達、上手くなりたいんです!」

 穂乃果の言葉を聞いて、生徒会長は一度後ろの海未の方へ一瞬だけ目線をやる。何でこんなお願いをしてきたのか察しがついたのだろう。

 

「……分かったわ」

 一度目を瞑り、何秒か考えたあとの答えがそれだった。その時海未が生徒会長に何を言ったのか俺には分からない。でも生徒会長には何かしらの思いがあっての答えがこれなら、その意味も分かるかもしれない。

 

「本当ですか!?」

「あなた達の活動は理解できないけど、人気があるのは間違いないようだし、引き受けましょう」

 穂乃果の顔が明るくなる。相変わらず毒を入れてくるあたり、そんなにも穂乃果達を認めたくないのか。

 

 

「でも、やるからには私が許せる水準まで頑張ってもらうわよ。いい?」

「……はい!ありがとうございます!!」

 生徒会長が許せる水準。それはきっと穂乃果達が思ってる以上にキツイだろう。全然まだまだだと言うくらいの実力者の持ち主なのだ。当然俺にも生徒会長がどんなに上手いのか分からない。

 

 

 

 

 でも、一度やると決めたら止まらない穂乃果の意志を、俺は信じてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっとっと、どぅわわあ~っ!!いったーい!」

「凛ちゃん!」

 

 

 屋上。

 バランスを崩して尻をぶつけた凛の声が屋上の練習場で響いた。

 

 

「全然ダメじゃない!よくこれでここまで来られたわね!」

「すいません……」

 いや、ホント何も言い返せないです。これに関しては生徒会長の正論だ。生徒会長の指示通りのメニューをやり始めてものの数分でこれだ。基礎の部分で躓いている。これじゃ何を言われても仕方がない。悲しいけど、これって現実なのよねん。

 

 

「昨日はバッチリだったのに~!!」

「基礎ができてないからムラがでるのよ。足開いて」

「こーお?んぎっ!?」

 言われた通り足を開いた凛の背中を容赦なく生徒会長は押した。元々からだが柔らかい人なら大丈夫なのだが、あいにく凛はまだそんなに体が柔らかくなかった。故に凄く痛がっている。うん、ご愁傷さま。

 

 

「痛いにゃあ~……!!」

「これで?少なくとも足を開いた状態で、お腹が床に付くようにならないと」

「えぇー!?」

「柔軟性を上げる事は全てに繋がるわ。まずはこれを全員できるようにして。このままだと本番は、一か八かの勝負になるわよ!」

 これも生徒会長の正論。今まで穂乃果達は一応基礎もやってはきたが、細かくはやっていなかった。ある程度をやっていれば大丈夫だろう、という気持ちでダンスとダッシュばかりに集中していた。

 

 

「嫌な予感的中……」

 何、にこさんアンタ嫌な予感しかしてなかったのか。奇遇だな。言っておいて何だが俺も心のどこかで嫌な予感はしていた。

 

 

「……ふっ!」

「おぉ、ことりちゃん凄い!」

 穂乃果の声に釣られそちらの方向へ目をやると、そこには足を開きながら見事にお腹を床に付かせていることりの姿があった。

 

「えへへっ!」

 さすがことりだ。そのポーズのまま笑顔まで保っている。しかし……しかしっ!!今ことりの背後の方に回れば、スカートで練習していることりの!足を開いたままのことりの!!エデンが見られるっ!!

 

 

「岡崎先輩、気持ち悪い顔してます」

「ばっかお前、俺の顔は元からこんなだ。それを気持ち悪いとかお前、あれだぞ。うっかり死ぬぞ」

 やっべ、思いっきり真姫に見られてた。もうすぐで社会的に抹殺されるとこだった。あぶないあぶない。

 

 

 

「関心してる場合じゃないわよ!みんなできるの!?ダンスで人を魅了したいんでしょ!このくらいできて当たり前!」

 そこから、生徒会長のスパルタ練習が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 片足でバランスを保つ練習では、

 

「あと10分!」

 全員が厳しい声を出しながらもはいと返事をしていた。辛い練習なのは分かっている。これも彼女達が決めた事なのだと知っている。それでも心配してしまう。変に無理をさせてしまったら、どうなるのか分からないから。

 

 

 

 筋トレでは、

 

「筋力トレーニングも、もう一回しっかりやり直した方がいいわ!」

 またしても全員が辛そうな声で返事をする。いつもやっている筋トレとは少し違うやり方。それだけで何倍もの負荷がかかる。それはことりを見てれば分かる。さっきまで順調そうに見えたことりが筋トレになった瞬間、表情が厳しくなっていた。

 

「ラストもう1セット!」

 いつも穂乃果達を仕切っている海未でさえも結構辛そうな顔をしていた。あの海未でもこれなのだ。元々体力に自信がない者がこれをやっていたら、必ずどこかでボロがでる。

 

 

 

 そして、それはすぐにやってきた。

 

 

 

 

「花陽っ!!」

 バランスを崩してこけそうになったところを何とか受け止める事ができた。やっぱ注意深く見ていてよかった……。変に倒れてケガをしたら元も子もないからな。

 

「かよちん!かよちん大丈夫!?」

「う、うん、拓哉先輩が助けてくれたから……。あ、ありがとうございます、拓哉先輩っ……」

「ああ、ケガさえしてなけりゃいいんだ。あまり無理はしたらダメだぞ」

 はい……と力なく返事する花陽は、やはり疲れているようだった。一旦スポーツドリンクを渡そうかと考えた時だった。

 

 

「もういいわ。今日はここまで」

 最悪のタイミングで、その言葉は放たれた。

 

 

 

 

「ちょ、何よそれ!」

「そんな言い方ないんじゃない!?」

「私は冷静に判断しただけよ。自分達の実力は少しは分かったでしょ。今度のオープンキャンパスには、学校の存続がかかっているの。もしできないって言うなら早めに言って」

 にこさんと真姫の言葉はまったく届いていなかった。

 

 

 紡がれるのは耳が痛い言葉ばかりの数々だった。生徒会長の言葉が全部胸へと突き刺さる。これが生徒会長の実力だと言わんばかりに、たったあれだけの練習で、生徒会長は小さい頃どれだけ厳しい練習をしてきたかもわかる。そのほんの一部がこれというだけに過ぎない。

 

 

 

「時間がもったいないから」

 

 

 

 何を言われても仕方ない。それを全部受け止めなければならない。上手くなるために。むしろ、こちらのお願いを引き受けてくれた事自体にホントは感謝しなければならないのだ。

 

 

 

 であれば。

 

 

 

「待って下さい!!」

 穂乃果の声を皮切りに、他のみんなも整列していく。花陽を起こし、ことりの隣に立たせる。

 

 

 

 

「ありがとうございました!」

「……え」

「明日もよろしくお願いします!!」

「「「「「「お願いします!!」」」」」」

 穂乃果達の挨拶に、生徒会長は驚いていた。理解できていないのかもしれない。なんであんなキツイ練習をしてまだそんな事が言えるのか。そう言っているかのように、それは生徒会長の顔に表れていた。

 

 

「…………っ」

 そのまま何も言わずに、生徒会長は屋上をあとにした。

 

 

 

 

 

「たとえどんなに辛くても、教えてくれるのには変わりない。だから最後にはちゃんと挨拶を忘れずに。よく頑張ったな、みんな」

 生徒会長にお願いをしに行く前、あらかじめ言っておいたのだ。何があっても挫けない事、最後にはちゃんとお礼の挨拶をする事。これだけは絶対に守ってくれと。それさえちゃんとしとけば、また生徒会長は見てくれるはずだと伝えたから。

 

 

「うん、私達からお願いしたんだもん。こっちから諦めるわけにはいかないもんね!」

「私はあんまり乗り気じゃなかったんだけど、まあ、ダンスは上手くなりたいしね……仕方なくよ仕方なく!」

「それでもだよ。ありがと、にこさん」

「……え、ええ」

 

 

 分かる。穂乃果と言っていた、明日から何かが変わるかもしれない。それが確かな実感として表れているような気がする。実際今日は生徒会長が少しでも教えてくれた。それでもう証明はされていた。

 

 

 

 でもまだ少しの実感しかない。

 

 

 

 つまり、決定的に何かが変わるのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――明日か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「亜里沙」

「あっ、お姉ちゃん」

「貸して」

 

 

 亜里沙の部屋に入り、亜里沙が聴いていたイヤホンの一つを貸してもらう。聴いていたのは、もちろんμ'sだった。

 

 

 イヤホンをしながら集中して聴いている絵里を見て、亜里沙はまるで独り言を呟くように口を開いた。

 

 

「私ね、μ'sのライブ見てると、胸がカーッて熱くなるの。一生懸命で、目いっぱい楽しそうで……」

 聴きながら、絵里は亜里沙の言葉の意味を理解しかねていた。何を言っているんだと。上手くなければ意味などないと。

 

 

「……全然なってないわ」

「お姉ちゃんに比べればそうだけど、でも凄く元気が貰えるんだぁ」

 

 

 

 

(元気……)

 今まで上手さだけで見ていた自分とは何か違うのか。その疑問が頭の中で何度もグルグルと回っていた。上手さも大切は大切。それ以外に何が必要なのか。もしかしたらそれを分かっていなかったから、自分はあの時挫折をしたのか……?

 

 

 答えなど絵里に知る由もなかった。知らなかったから、彼女達の事をずっと認められなくて、挫折を味わうと勝手に思って、今日彼女達の活動を実際に見て、やはり認められなくて、それでも彼女達は挫けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絢瀬絵里という少女の中に、微かに思っている本音を少しは理解しながらも、少女はそれに蓋をして、また生徒会長の皮を被った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよーう!」

「おーっす」

 

 

 朝練の時は各自バラバラで集まるようにしている。穂乃果も寝坊はしなくなったのだが、何故かいつも迎えに来てって言われて迎えに行っている。従ってる俺優しすぎじゃね?

 

 

「おはようっ!」

「おはようございます」

「よし、頑張ろー!!」

「とりあえず、今いてるお前らだけでも昨日の柔軟を先にやっておいたらどうだ」

「うん、そうだね!」

 

 昨日はあのままずっと練習していた。たまに柔軟を入れたり筋トレをしたり、決して無理はさせない程度でやらせておいたのだ。少しでも早く慣れさせるために。

 

 

 

 すると、屋上のドアが開かれた。

 

 

 

「にゃんにゃにゃんにゃにゃーん!」

「ああっ、ちょっと!」

 出てきたのは背中を押された生徒会長と、元気に生徒会長の背中を押す凛だった。あとに花陽達も来て全員が揃った。

 

「おはようございます!」

「まずは柔軟からですよねっ!」

 穂乃果とことりが元気に問いかける。まるで昨日の辛さなどどこにもないかのように。

 

 

 

「辛くないの?」

 率直な疑問が放たれる。

 

「昨日あんなにやって、今日また同じ事するのよ。第一、上手くなるかどうか分からないのに」

 純粋な疑問だった。確かに、昨日柔軟と筋トレだけであんなにキツかったのだ。辛いのは当然、お願いを辞退してもおかしくはないと思っているんだろう。実力不足を完膚なきまでに分からされて尚、何故続けようとするのか。それを聞きたいのだろう。

 

 

 

 

 そんなの、分かりきってる答えなのに。

 

 

 

 

 

「やりたいからです!」

「っ……!」

 とても分かりやすくて、とてもシンプルな言葉だった。

 

 

「確かに、練習は凄くキツイです。体中痛いです!でも、廃校を阻止したいという気持ちは、生徒会長にも負けません!!だから今日も、よろしくお願いします!」

「「「「「「お願いします!!」」」」」」

 言った。言ってみせた。負けないと。ハッキリと。穂乃果の気持ちを、みんなの気持ちを言ってみせた。素直な気持ちを、やりたいから(、、、、、、)とハッキリと生徒会長の前で言った。

 

 

 

 

「……っ!!」

「あ、生徒会長!」

 それに何を感じたのかは分からない。けど、穂乃果の言葉に明確な反応を表した生徒会長は屋上を出て行ってしまった。

 怒りを感じたのかもしれない。まだやるのかと呆れを感じたのかもしれない。こんな奴らの相手をしている暇はないと諦めを感じたのかもしれない。

 

 

「ど、どうしよう……」

「穂乃果達はこのまま柔軟とか、とにかく練習を続けてろ」

「でも、じゃあ、誰が生徒会長のとこに……」

 

 でも、このまま終わらせていいわけがない。昨日や一昨日に感じた違和感。それがまだ残っている。

 

 何かが変わるかもしれない。

 これは時間が解決してくれるようなものじゃないと分かっている。

 

 

 何かが変わるんじゃない。何かを変えるんだ(、、、、、、、、)。自分達の手で、変えられる何かがあるはずなんだ。それが今ここにきてようやく分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――俺が行く」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かを決定的に変えるなら、今しかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上をあとにした少女は早歩きで廊下を歩いていた。

 

 

 

 

 

 何故こんなにも早歩きなのか自分でも分からない。いや、分かってはいても分からないフリをしているのかもしれない。とにかく、先程μ'sのリーダーである少女の言葉を聞いてから胸がずっとざわついている。

 

 

 まるで自分の心の中の本音が抉られたかのように、1番脆い部分をゆっくりと何者かが侵食して蝕まれるかのように。落ち着きを取り戻せないほどにまで『何か』が少女を焦らせていた。

 

 

 そして最近言われた言葉を思い出していく。

 

 

 

『これがお姉ちゃんのやりたい事?』

 

 

 

『絵里さんの本当に思っている事。やりたい事を考えてみてください』

 

 

 

『やりたいからです!!』

 

 

 

 そのどれもが、絵里の心を容赦なくかき乱す。その全てに共通しているワードがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『やりたい事』

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが何なのか。

 きっと少女は分かっているのだろう。それでいて尚、自分の気持ちを騙し続けている。とても冷たく、とても固く、溶けない氷の中心にその気持ちを閉じ込めている。

 

 

 

 

 

 

 

 だから。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな少女の氷を溶かすために、親友である少女がやってくる。

 

 

 

 

 

「ウチな……」

「っ、希……」

 

 

 

 今まで影からμ'sを支え、本音を閉ざしている親友を救うために、影で動いていた少女が、今、ここで、ようやく、本格的に、動き出す。

 

 

 

「エリチと友達になって生徒会やってきて、ずーっと思ってた事があるんや。エリチは、本当は何がしたいんやろって」

「え…………」

 東條希はそのまま語る。

 

 

「ずっと一緒にいると、分かるんよ。エリチが頑張るのは、いつも誰かのためばっかりで、だから……いつも何かを我慢してるようで……全然自分の事は考えてなくて……!」

「……っ!!」

 ここしかない。今ここで彼女を救わなければ今までの全てがダメになる。過程が潰されて、台無しになってしまう。だから、ここで一気に畳みかける必要がある。希を放っておいて行こうとする絵里を止めるために声を張る。

 

 

「学校を存続させようってのも、生徒会長としての義務感やろ!!だから理事長は、エリチの事、認めなかったんと違う!?」

 

 

 何故自分の提案がことごとく断られたのか。何故生徒会が動くのを認められなかったのか。何故自分達生徒会ではなく、μ'sの活動は認められるのか。それがずっと引っかかっていた。

 

 もしかしたらμ'sに理事長の娘がいるからだと思っていた事もあった。ただのえこひいきなのかと思っていた事もあった。

 

 

 しかし蓋を開けてみれば実際は単純だった。

 

 

 絢瀬絵里という少女は、学校を守らないとという生徒会長としての義務感だけで動いていた。だからそれを理事長に見破られ認めてもらう事ができなかった。

 

 対してμ'sは、最初こそ学校を守りたいという意思でやっていたが、今では彼女達が純粋にやりたいという気持ちでやっている事を傍から見ても分かる。だから活動を認めてもらえていた。

 

 

 そんな些細な違いに過ぎなかった。

 

 

 

 だから、今こそ絵里の本当の気持ちを聞きださなければならない。聞いて、それを手助けしてやれるように支えたい。親友だからこそ、東條希は絵里に叫ぶ。

 

 

 

「エリチの……エリチの本当にやりたい事は!?」

 希の叫びのあとに、2人の間には沈黙がうまれた。絵里は戸惑っていた。ここで言うべきか、否か。

 

 しかし、言ってしまえば、何かが変わるというのか?言ったところで、何かを変えられるのか?そう簡単には人は変われないという事を知っていれば、そんなのは言ったとしても何も変えられないのではないか?無意味ではないのか?

 

 

 静寂の中、まだ生徒が来る時間ではないため、2人以外の生徒は誰もいなかった。そして、開いてる窓から聞こえてくるのは、屋上で練習している彼女達の掛け声だった。

 

 一旦柔軟が終わったのか、窓から聞こえる声はなくなり、再び静寂が訪れる。

 その沈黙を破ったのは、絵里だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何よ……何とかしなくちゃいけないんだからしょうがないじゃない!!」

 その言葉には、明確な否定の意が込められていた。

 

 

「私だって、好きな事だけやって、それだけで何とかなるんだったらそうしたいわよ!!」

 一度言ってしまえば、あとはもう止まらない。止められなかった。次々と本音という言葉が乱暴に吐き出されていった。

 

 

「ぁ……」

 そこで希は見た。見てしまった。絢瀬絵里の、今まで一度も誰にも見せた事がなかった、親友の、涙を。1番見たくなかった親友のその姿を、自分がさせてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分が不器用なのは分かってる……!でも!……今更アイドルを始めようなんて、私が言えると思う……?」

 決定的だった。やっと彼女の本音を聞く事ができた。しかし、そこまでだった。彼女の声は涙で震えていた。涙で震えながら、何かを諦めたかのような笑みで言った。それは、希の心を抉るのには十分すぎるほどだった。

 

 

 走り去って行く絵里を追いかけて行く事すら出来なかった。気付けば、希は俯きながら体を小刻みに震わせていた。

 

 

 今までずっと影からでも支えてきたつもりだった。親友のためにμ'sにわざと力を貸し、色々と人気がでたり上達していくμ'sに目くじら立てるようにも仕向けた。全ては親友である絵里のために。

 

 今まで小さく積み上げてきた過程は、自分自身がさせてしまった親友の泣き顔で簡単に、まるで今にも崩れそうだったジェンガをわざと誰かに思い切り崩されたかのように、いとも簡単に崩れていった。

 

 

 

 助けたかった。自分の手で、大切な親友を、救いたかった。手を差し伸べてあげたかった。なのに、自分自身の手で、親友を泣かせてしまった。その真実が、親友を追いかけようとする足を動けなくしてしまっていた。

 

 このまま終わらせる訳にはいかない。ここで終わってしまえば、もう、本当の意味で、親友を救う事ができないかもしれない。そう思っていても、頭の中で痛いほど理解していても、初めての親友を、大切な親友を失うかもしれないという恐怖が、まるでその地点から絶対に動かないように打ち付けられた釘のように、少女を硬直させていた。

 

 

 もう、どうする事もできないのか。自分じゃ本当の気持ちを聞くだけで、そこから何もできなかった。泣かせてしまった。彼女を1番近くで見てきたのに、1番思っていたのに、今では1番遠くにいるような感覚。

 

 

 それを考えた瞬間。

 

 

 俯いていた少女から落ちたのは、涙だった。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その少女の涙に呼応するかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 足音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 別に盗み聞きをするつもりではなかった。

 

 

 偶然だった。

 

 

 追いかけていたら話し声が聞こえた。

 

 

 だからそのまま止まって聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ある少女の本当の気持ちを知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人の少女の口論が終わる頃、金髪の少女は泣いて走り去って行った。

 

 

 

 

 

 

 そして、取り残された紫髪の少女は俯き、体を小刻みに震わしていた。

 

 

 

 

 

 

 それをずっと見ていた誰かは歩き出す。

 

 

 静寂が支配していた廊下に、足音という音が確かに生まれる。

 

 

 

「……ごめんな、みっともないとこ、見せちゃったんっ……」

 俯いたまま、体を震わせながら、声も震わせながら、振り返らずに、けれど、まるで誰が来たのか分かっているかのような話し方で、少女は喋る。

 

 

「ウチじゃ……あかんかったみたい……。ずっと一緒におったウチが、エリチを救いたかったんやけどな……っ」

 独り言のように話す少女。その声は笑っているかにも聞こえるが、ずっと震えていた。必死に泣くのを堪えているかのように。

 

 

 ずっと救いたかったんだろう。一緒にいたからこそ手を差し伸べたかったんだろう。大切な友達だったから、側にいた自分が受け止めてあげたかったんだろう。

 しかし、それを叶えられる事はなかった。現実は非情にも、少女に牙を向いた。

 

 

 

 

「ウチは……、無力だったんかな……エリチに何もしてあげられないんかな……」

 歩いている誰かは答えない。ただ、静かに、けれど力強く拳を握っていた。そして、少女の口から聞こえたのは、嘆きにも似た頼み事だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ウチじゃ……私じゃエリチを救えなかったっ……。お願いっ……もう、私じゃ何もしてあげる事はできない……。だから、君に頼むしかないの……。私の代わりに、エリチを助けてあげてっ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう、限界だったのだろう。親友の苦しむ姿は見たくなかったのだろう。普段の似非関西弁じゃいられなくなる程、辛かったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 やがて、歩いていた誰かは、少女の近くまでやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 力強く握っていた拳をその瞬間だけ開き、少女を通り過ぎる時に頭の上に手を置いた。

 

 

 

 

「お願い……っ!」

 

 

 

 

 

 

 そして、涙を我慢できなくなって、振り絞るように出された少女のお願いに対し。

 

 

 

 

 

 

 “少年”の出した答えは、とてもシンプルで、だけど、その言葉は誰にも負けない程の頼もしさがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「了解」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人の少女を救うべく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 満を持して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――岡崎拓哉が動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか。


泣いている少女がいたら、たとえ誰だろうと救おうとする。それが岡崎拓哉という奴です。
どこの上条さんだよって思った方は、絶対自分と趣味が合います(笑)

いよいよここまできました。
次回はとうとう……!!ってな感じです!

お楽しみに!!



いつもご感想評価ありがとうございます+ご感想評価お待ちしております。


とうとうご感想200件を突破しました!!
中々届く事のない200という数字に届いて、作者自身大分テンションが上がっております!
これもいつも読んで下さる読者の方々や、ご感想書いて下さる皆さまのおかげでございます。
これからももっとご感想をいただけるように気合いを入れて頑張っていきます!!




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星空凛 番外編.君のまま

凛ちゃん誕生日おめでとう!

明るい凛ちゃんのエピソードは他の作者様の方々がやってくれるはず。
だから自分はほんの少しだけしんみりするお話でも!

でも最後はやっぱりハッピーエンド!!
そんな感じに出来てたらいいな!


そして、今回の話ですが、以前、歌を題材にして書いた海未誕の時のように、今回も歌を題材として書いています。

よって、UVERworldの『君のまま』という曲を聴きながら見るとより面白いかもしれません。
では、どうぞ。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、ある少年が大学4年生、ある少女が大学3年生。

 

 

 

 

 

 

 

 3月、少年の卒業式。

 

 

 

 

 

 

 

 その当日に、少年から少女へ、あまりにも唐突に告げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……凛、俺さ、数年の間、日本を出るよ』

 

 

 

『…………え?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……疲れたぁ……」

 

 

 

 

 

 

 日が暮れかけて赤く染まる街を帰り道として、星空凛は溜め息を吐きながら帰路についていた。

 

 

 

 

 

 

 あれから2年とちょっとが過ぎた。

 

 

 今では凛も大学を卒業し、立派な社会人として働いていた。と言ってもまだ新入社員の部類に入るので、こうして覚える事が苦手な凛は四苦八苦しながらも何とか会社で働いている。

 

 

(ホントなら今頃凛は働いてなくて専業主婦になってるはずなのにー……)

 

 

 そんな思考が頭の中で愚痴として出てくる。

 約2年前、凛を日本に置いて世界へと飛び出していった少年、岡崎拓哉の事を少し恨めし気に思いながら、夕食の材料が入っている袋を見つめ、また溜め息を零す。

 

 

(でも、いつ帰って来てもいいようにしとかないとね)

 本当ならそこら辺のコンビニで弁当やスーパーで惣菜でも買えば楽にできる。しかし、それを絶対にやろうとはしなかった。一時はたまにはいいかなと思って誘惑に負けそうな日もあった。

 

 けれど、やらなかった。理由は単純であり、とても彼女らしい乙女で純粋な思いがあったから。

 少年が帰って来たら、精一杯の手料理を振る舞うために、こうして毎日仕事の帰りでも手作り料理を作っている。たまに親友達と会って晩御飯を食べに行く事もあるが、それは例外であり、それ以外では毎日料理して腕も上達していってるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうこうしてる内に家に着く。

 

 

 

 

 

「ただいま~……」

 

 

 暗闇の部屋へと声をかける。もちろん返事は返ってこなかった。ここには凛以外は誰もいない。いや、正しく言えば誰かと一緒に住んでいた(、、、、、、、、、、、)と言った方が正しいかもしれない。

 

 

 大学の頃から凛は少年がせっせとバイトをしてやたらと貯めていた貯金で2人暮らしをしていたのだ。ここまで言えば分かるが、凛と少年、岡崎拓哉はお互いの想いもあって交際をしていた。

 

 凛の純粋な想いと、拓哉の持ち前の真剣な気持ちもあって、お互いの両親は快く2人の交際に快諾した。そして2人が同棲する事にも快諾した。その甲斐もあってか、凛と拓哉は同棲をし始めたのだ。

 

 

 

 

 お互いの両親も軽くだが2人の生活を支えるため、仕送りや援助などもしていたが、拓哉も凛もバイトをやるなりして特に苦もなく幸せな生活を送っていた。

 

 

 

 

 しかし。

 突如の変化が訪れたのは拓哉が大学を卒業する時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆         ◆         ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……凛、俺さ、数年の間、日本を出るよ』

 

 

 

『…………え?』

 

 

 

 

 

 理解するのに数十秒を要した。

 そして理解して尚、その言葉が受け入られなかった。

 

 

 

『たくや、君……?日本を出るって……何で、そんな急に……?冗談だとしたら、さすがの凛も怒っちゃうよ……?」

 

 

 分かっている。

 この少年が、凛が1番大好きなこの少年は、こんな時にくだらない嘘を吐く事なんてしないのだと。

 だからこそ、分かっているからこそ、嘘であってほしいと思っていながら、言葉とは裏腹に、目はすがるように必死に少年を見ていた。

 

 

『冗談なんかじゃないさ。凛も知ってるよな、俺が色んな人達を助けたいっていつも思っているのは。その気持ちを酌んでくれたのか、2日前に親父が誘ってくれたんだ。色んな人達を助けたいなら、まずは世界中を旅して人々を助けてこいって』

 凛は知っていた。一時的にでもいい、拓哉が人を助けられる事がしたいと言っていた事を。だから拓哉の父がそれを知っていて、拓哉のためにその話を持ち掛けてきたのも理解できる。

 だったら、その話は拓哉にとってはとても良い経験になる。拓哉の願っていた事が現実になるという事だ。願ってもない事。仕方のない事。

 

 

 であれば。

 

 

『いわゆるボランティアってやつだよ。世界で困ってる、苦しんでる人達を助けるためのボランティア。もちろん危険がない訳じゃない。戦争中のとこだってあるはずだ。……でも、それでも俺は行かなくちゃいけない。たとえどんな危険があろうと、苦しんでる人達をテレビで見てそのままヘラヘラ笑っていられるような人間にはなりたくない。独りよがりでもいい。今の俺にできる事がどこまでなのか、それを確かめに行きたいんだ』

 

 

 自分はこの少年を見送ってやらないといけない。大切な者がやりたいと思っていた事をできる時がきたのだ。ならその彼女である自分は彼を笑顔で見送ってやらなくちゃいけない。

 

 少年の顔には決意の意志が溢れていた。

 いつだってそうだった。どんな時でも、かつて通っていた学校が廃校になりかけていた時も、μ'sというスクールアイドルが危機の状況に陥った時も、この少年だけはいつだって逆境を乗り越えるための意志が宿っていた。

 

 

 そんな少年に、いつだって自分の意志を曲げない少年に、凛は惹かれて惚れたのだから。いつも勝手に無茶をして、心配させて、いきなりどこかに行っても、必ず安心させてくれるような笑顔でヒョロッと帰ってくる。そんな少年に、惚れてしまったのだから。

 

 

 半端な覚悟でこの少年と付き合おうと思っている者がいるならば、絶対にやめておいた方がいい。現に今付き合っている彼女にも、急に世界へ行くなどと規格外の事を言ってのけるのだから。そう簡単にこの少年の彼女は務まらないぞ。

 

 と、この少年を狙っている者がいれば凛はそう助言するだろう。

 

 

 それを踏まえて、

 

 

 

『急にこんな事言っても納得できないのは分かってる。それでも―――、』

『行ってきていいよ』

『え……いい、のか?』

 目を見開いて聞き返してくる少年に、思わず溜め息を零しながらもこう返す。

 

『もうっ、行くって言ったのはたくや君でしょ!ずっとたくや君がしたいって言ってた事だにゃ!だったらたくや君は行くべきだよ!確かにたくや君がいなくなっちゃったら少し寂しいけど……たくや君がこのまま行かなくて後悔してる顔なんてもっと見たくないもん!……だから、行ってきていいよっ』

 その言葉に嘘はなかった。強いて言うなら、少し寂しいと言ったのだけは嘘だった。少しなんてレベルじゃない。少年が本気で好きだから、どれだけ寂しくても、少年が本気で好きだから、見送ってやらないといけない。たとえどれだけ行ってほしくはなくても。

 

 

『凛……、分かった、ありがとな……』

 少年も凛が何を思ってそう言ってくれたのか、ちゃんと理解していた。これでも一緒に暮らしてきて長年付き合ってきたのだ。大体の事は言わなくても伝わる。

 

 

『その代わり、ちゃんと無事に帰ってくる事が条件だよ!』

 胸に人差し指を指してきて、自分を見上げてくる少女におかしくなりながらも、気持ちは伝わってきている。危険な場所の方が多いかもしれないのだ。どんなに少女が心配していても、この強気な表情を作っているのかも伝わっている。

 

 

 だから、自分のできる限りの笑顔で、少年は言う。

 

 

『ああ。いつ帰るか分からないけど、絶対にちゃんと帰ってくるよ。だから、それまでこの家を頼むな』

『……任せるにゃ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ところで、いつ出発するの?』

『確かチケットに書いてあったのは……明後日だな』

『えっ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玄関の中、まだ明かりを点けていない暗い部屋で、そんな日の事を思いだす凛は、いつも思っている事がある。

 

 

 

 

 

 

 

 もしかしたら、この玄関のドアを開ければ、本当に、今までの事が嘘だったかのように、いつものように変わらず少年がいるのではないか、と。何の気なしに少女の帰りを待っていてくれてるのではないかと。

 

 

 そんな確証も何もないけれど、いつかそういう日がきた時のために、少女は絶対に家へ帰る時は言うのだ。“ただいま”と。そして少年が帰ってきた時はこう言おう。“おかえり”と。

 

 

 そんな当たり前の事を言い合うために、少女は今も、少年の帰りをいつも待っている。

 

 

 

 

 ようやっと明かりを点け、部屋着に着替えるためにクローゼットへと向かう。

 着替えてる途中にふと思い出す。

 

 

 

 

(そういえば、出て行くのが明後日で驚いて、色々準備とかしてる内に、もう当日になっちゃってたんだよね……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆         ◆         ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もう、明日の夕方には行っちゃうんだよね~……』

 

 

 せっせと準備をしている少年のよそ見に、凛はベッドで枕を抱きながら壁に背を預けていた。

 

 

『仕方ねえだろ、ホントに急の事だったんだから……。というか、準備手伝ってくんない?』

『分かってるにゃ~。言ってみただけですぅ』

 拓哉の頼みを無視しながら凛は枕に軽く顔をうずくめる。

 

 

 世界などと規模のデカい事を言うものだから行くのももっと先の事だと思っていた。だから行ってこいと胸を張って言う事もできた。しかし、それは凛の希望的観測でしかなかった。

 

 拓哉が出て行くのは明日の夕方。昨日言われたのが夜だったからあとはもう今日しか色々と話す猶予はなかったのだが、世界へ行くという事で多くの準備に追われるのは当然の事だった。

 

 だから特に何も話せず、やる事もできず、ただこうして拓哉が準備している時に何となしに話しかけて少しでも気を紛らわそうとしている。そしてふと、準備をしている少年の顔を見てみる。

 

 

 そこには、普段の彼とは違う。いや、昨日の彼とはまた違う顔つきをしていた。世界へ行くと決めて、出来る限り人々を助ける。その意志が、強固な決意が、少年を昨日よりも大人に見せているような気がした。

 

 

 もう、決まった事だ。

 今更行かないでなんて言うのは到底無理なのも分かっている。自分自身が行けと言っておいて都合の良い話なのも分かっている。少年ももう決めた事なのだから。

 

 

 

 だから、もう、少女には何も言えない。

 明日には少年はこの家からいなくなってしまう。そう考えると、途端に胸が苦しくなってくる。自分じゃコントロールできない程の想いが込み上げてくる。

 

 

 

 

 これ以上はいけない。無理矢理にでも自分の体を抑えるために、少女は眠りにつく。

 

 

 

 

 

(嫌だなぁ……)

 

 

 

 

 

 本心を隠しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付けば拓哉が出発する当日になっていた。

 

 

 

 

 

 凛はそのまま眠ってしまったから覚えていないが、昨日の内に拓哉は準備を終えていたようだった。夕方までの時間を凛とゆっくり過ごすために。2人でテレビを見たり、2人で世間話や今までの事を喋ったり、とりあえず2人で家の中でゆっくりと過ごした。

 

 

 

 

 

 そして、やがて時間はやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

『それじゃ、行ってくる』

『……うん』

『この家の事、頼んだぞ』

『……うん』

『俺がいなくても、大丈夫だな?』

『………………うん』

 

 

 拓哉が何を言っても、凛はただその二文字を繰り返すだけだった。他に何かを言おうとするなら、言ってはいけない事を言いそうな気がして。

 

 

『……いつになるかは分からない。でも、俺はちゃんと帰ってくる。他のどこでもない、俺と凛が住んでるこの家に必ず帰ってくるから』

『………………うんっ』

 笑顔で頑張ってきてって言うつもりだった。心配させないように元気で見送るつもりだった。けれど、どうしても、溢れてくる想いは止まらなかった。一歩間違えれば行かないでと言ってしまいそうで。

 

 自分の意気地なしが、今拓哉を困らせているかもしれない。傷つけているかもしれない。困らせたくないのに、立派な彼女でいたいのに。

 

 

『っ……』

 なのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俯いたまま、彼の手を握ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あの頃はみっともなかったなぁ~)

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、あの時拓哉は優しく凛の手を解き、

 

 

 

『ごめんな、凛。……行って来る』

 

 

 

 この一言だけを残し、彼は世界へと旅立っていった。凛はただ、その場で座り込み、静かに泣いているだけだった。夕方まで一緒に過ごしていたのが余計に、凛の心を苦しめていたのかもしれない。

 ただ、ただ、自分が泣き止むのを待つしかなかった。涙が枯れるまで、自分をコントロールできるまで、落ち着くまで、時間が解決してくれるまで。

 

 

 拓哉は大学を卒業してから行った。だがまだ凛はあと1年残っていた。それが救いかどうかは分からなかったが、それのおかげで凛は少しずつ、ほんの少しずつだが、笑顔を取り戻していった。

 

 時には友達に、時には親友に、時には親に、時にはかつてのμ'sに。みんながみんな、凛を気遣ってなるべく一緒にいてくれたのだ。それが何故なのかはあとで分かった事なのだが、事前に拓哉がみんなに頼んでいたらしい。

 

 

 

 

 ―――俺がいない間、凛の事を頼む

 

 

 

 

 

 

 と。

 それを聞いて何か吹っ切れたのか、凛はそれ以降泣く事は少なくなった。

 

 今も時々寂しくはなるが、それでも涙を流す事もない。拓哉は何もかも分かっていたのだ。凛がこうなる事も、いなくなったら泣いてしまう事も。だから、それを見越した拓哉はみんなに頼み込んだ。

 

 

 だから凛は思った。そんな事を聞いてしまっては、もう泣けないではないか。ただ帰りを待つしかないではないか。凛のためを思ってそこまでしてくれたのだから、ずっと泣いて待っていられる訳ないではないか。

 

 

 それからの凛は、虚勢でもない、本当の笑顔を取り戻す。いつか少年が帰ってきたら今度こそ笑顔で迎えるために。料理を作ってあげて振る舞ってやろうと、今まで待たせた分を存分に甘えるために、今は全てを我慢して彼を待とうと。

 

 

 

 

 

 

「……よし!明日も頑張るにゃー!!」

 

 

 

 

 

 

 だから今日も、彼女は彼のために頑張り続けられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の夕方の事だった。

 

 

 

 

 

「まさか雨が降るなんて~!!」

 いつも通りの仕事帰りに買い物を済ませ、帰宅していると雨が降ってきた。晴れているのに。とりあえずどこかで一旦雨宿りをするために屋根のあるとこに逃げる。

 

 

「うぅ~……ずぶ濡れだよ~……」

 避難してからカバンに入れていたハンカチで少しでも濡れている部分を拭く。すると、雨は降っている途中なのに、日の光が凛の視界に差し込んだ。

 

 

(そういえば、晴れてるのに雨が降る事って、何ていうんだっけ……)

 思えば、大学に通っていた頃に拓哉と帰ってる時にもこんな事があったはず、と思いながら雨の中を通り過ぎるように走っている子供達を目で追いかける。何だったのかを思い出す前に、その答えは子供達の方から聞こえてきた。

 

 

 

「知ってるかー!晴れてんのに雨降ってるのって“狐の嫁入り”って言うんだぜ!」

「っ!!」

 そこでハッとする。そうだ、あの時拓哉もそれを言っていた。

 突然の雨に、いつも以上に忙しくなる街を眺めながら、子供達が濡れているのにも関わらずはしゃいでるのを見て、あの時の事を思い返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆         ◆         ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なあ凛、知ってるか?』

『何を~?』

 

 

 

 突然の雨に降られ、雨宿りのために一時避難した拓哉と凛だったが、拓哉の言葉に凛は疑問を返す。

 

 

 

『この雨を何ていうかだよ』

『雨?普通に雨じゃないの?それか夕立とかかにゃ?』

『それが違うんだよ。この雨はさ、“狐の嫁入り”って言うんだよ』

『あー!何か聞いた事ある!でも何でそう言うの?嫁入りって普通誰かがお嫁さんにいく時に言うもんじゃないかにゃ?』

『いや、まあ色々言われてるんだけどさ、その話のどれもが嫁入りの時に雨を降らすからそう言われたんだとよ』

 

 全部を説明するのが億劫になった拓哉は大分掻い摘んで話したが、一応凛には伝わったようで、

 

 

『なるほど、つまり凛がたくや君のお嫁さんにいく時も狐の嫁入りって言うのかにゃ!?』

『いや、それは言わないかもだけど……サラッと恥ずかしい事言ったなお前』

 凛の突然の爆弾発言に戸惑いながらも間違ってはないので何も言う事ができない拓哉だった。そこで、拓哉はある一説を話す事にした。

 

 

『これは、ある一説の話なんだけど。ある村は全然雨が降らなくて農作物が全然育たなくなってしまったんだ。それで村人達は神に生贄を捧げて雨乞いをしようとする。それでまず生贄を何にしようかと考えるんだ』

『生贄って、食べ物とかじゃないの?』

 生贄にまず『人』が出てこない純粋な凛に可笑しくなりながらも、拓哉は続けた。

 

 

『違うよ。村人達は生贄に狐を選んだ。でも狐をどうやって捕まえるか。そこで狐を騙して生贄にしようと考えた。その村の近くには化けるのが得意な女狐がいた。それを見つけた村人達はその狐に対して、村で1番の男前である男性に狐に結婚を申し込ませ、嫁入りに来たら殺して生贄にする。それがその村人達の計画だったんだ』

『……なんだか、仕方ない事かもしれないけど良い気分はしないにゃ……』

『まあ、この一説は悲しい恋の物語みたいなものだからな……』

 少し落ち込む凛の頭を撫でながら、続きを話す。

 

 

『でも、いくらかの交流をしていく内に男性とその女狐である女性は心を通わせるほどの仲になった。そしてそんなある日、女狐は男性の、村人達の本当の計画に気付いたんだ』

『ってことはその女狐さんは逃げたの!?それでいいから逃げて!』

 何故か一説の話に夢中になっている凛を落ち着かせつつ、最後の話をしていく。

 

 

『それでも、その女狐は嫁入りする事に決めたんだ。騙されてもいい。本当の計画を知る前に、その男性が好きになってしまったから。だったら、好きになった男性のために、男性の住んでいる村のために、自分は殺されて生贄になろうとした。そして、分かってはいても辛かったんだろうな。殺される際に流した女狐の涙が、晴れているはずの村に大粒の雨を降らせた。……まあ、これで終わりだけど、これも数ある話の1つだよ……っと、凛?』

 

 話が終わると、急に凛は拓哉に抱き付いた。人通りが少ない場所で、幸いだと思いつつ拓哉は凛に問いかける。

 

 

『……何だか、嫌だなーって。女狐さんもそうだけど、残された男の人も可哀想だよ……』

『凛……そうだな、どっちも悲しい。だからこれは悲しい恋の物語なんだ』

 数ある話の一説なのかもしれない。そんな話は本当はないのかもしれない。けれど、凛にはそれがどこか他人事には感じられなかった。

 

 

『たくや君、たくや君は、凛を置いて死んじゃったりしないよね……』

『……は?お前、何言って―――、』

『分かってるの!一説の中の話だって事も分かってる。でもね、何だかそれを凛達に重ねてみたら、嫌だなって……』

『ねえ、何で俺が女狐役の方なのかな……』

『凛は絶対たくや君を置いて死なないもん。でもたくや君は苦しんでる人がいたらどこにでも行っちゃうから、もしかしたらいつか……って思って……』

 

 

 凛に言われて拓哉はああー……っと上を向く。何とも否定できないから。実際、どこで何が起きるのかなんて誰にも分からない事なのだ。ルールを守って信号を歩いていても、信号無視した車に轢かれて死ぬかもしれない。つい転んで階段から転げ落ちて頭を強打すれば死んでしまうかもしれない。

 

 どこにだって身近に“死”は潜んでいる。それをちゃんと理解して、分かった上で、拓哉は答えた。

 

 

『……大丈夫だ。俺も凛を置いて絶対に死なない。帰る場所がある限り、俺は凛のところに必ず帰ってくる』

 それを聞いて、やっぱり聞いて正解だったと凛は確信する。この少年の言葉にはどこか信頼できる安心感がある。この少年が言うなら、きっと大丈夫だろうという、どこにも確証や根拠もないのに、そう思えてしまう。そんな力が、この少年にはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『これは誓いだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 現在の凛は急に胸が苦しくなるのを感じた。

 体の良い悪いという意味ではなく、心が締め付けられるような感覚に襲われる。この感覚は久し振りだった。両手で強く手を握り胸を押さえつける。

 

 

(……っ……なん、で…………!)

 止みつつある雨の中を走って家へとダッシュする。

 

 

 

 偶然でも思い出してしまった。よりにもよってあの時の事を。よりにもよって、死ぬ死なないの話の時の事を。今まで封印していたはずの思いが出てきそうになる。会いたいとかそういうのよりも、不安の方がより大きくなって。

 

 

 こんなのじゃ、こんなのじゃまるで……、

 

 

(たくや君がどこかで……っ!!)

 

 

 溢れる思い出が、どんどんと不安になり凛の心を砕いて行く。走馬灯のように、頭の中を駆けていく。あってはならない。絶対にあってはならない事が、凛の頭の中で勝手に想像されていく。

 

 

 戦争中の地域にも行くかもしれないと言っていた。もしかしたら、そこで拓哉は……と。嫌な事はこれでもかというほどに連鎖を続ける。ダメだと分かっているのに、嫌な方向へと想像してしまう。

 

 

(たくや君……!お願い……早く、早く帰ってきてよ……!)

 いつしか、足は止まっていて、雨も止んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 そうだ。

 少年は言っていたじゃないか。

 

 

 

 

 

 

『帰る場所がある限り、俺は凛のところに必ず帰ってくる。これは誓いだ』

 

 

 そう言った時に、拓哉に渡された物があるではないか。

 

 

 

「たくや君……」

 ネックレスだった。凛に絶対似合うからと言われ、その時から毎日ずっと付けていた黄色のネックレス。2人のお守りなと言われ、それを凛が持っていてくれと言われて、ずっと持っていたネックレス。

 

 

 走っている時に揺れてこれが見えたから、落ち着きを取り戻す事ができた。

 

 

 

 

 

 

(……もう、大丈夫だよ。たくや君……そうだよね、凛がたくや君を1番信頼しないとダメだよね……!)

 岡崎拓哉はどこにいても岡崎拓哉。どこにいてたって変わりはしない。それを再認識する。ならば、星空凛も変わりはしない。変わってしまったら、何か違う気がするから。何も変わらない、関係も、帰る場所も、周りが変わったって、自分だけは変わらずに少年を迎えてやろう。そう思える。

 

 

 

 歩いてると、花があった。昨日も見た花だった。足で踏まれたのか、自転車のタイヤで踏まれたのか、その花は潰されていた。昨日の帰り道の道端に咲いてた花は、今日も綺麗に咲いている。そう思っていた。しかし、違う。

 風は吹いていても、今頬を撫でてくれたこの風は二度と戻らないのと同じように。

 

 当然のように昨日あったものが今日なくなるなんて事はよくある話だ。

 

 

 

 

 当たり前のようでいて、実はとても難しい願い。

 

 

 人は老いて物は壊れる。

 食べ物は腐って金属は錆びる。

 街は変わって文化はねじれる。

 国家や文明でさえも永遠に一律とは限らない。

 

 真に変わらないものを見出すのはとにかく困難を極める。

 

 

 

 

 でも。

 だけど。

 

 

 

 

 

 少年が帰ってくる場所だけは、絶対に変わらせない。何があっても、笑顔で再会すると決めたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Music:UVERworld/君のまま

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと、待っている。

 少年が帰ってくる日を。

 

 

 

 ずっとずっと、毎日毎日、少年が帰って来ていないかドキドキしながら待っている。1年中ずっと。

 まだ少し肌寒い春の日も、溶けそうなくらい暑い夏の日も、丁度心地良い秋の日も、凍えるような寒い冬の日も、一日千秋のように、少年が帰ってくる日を待ち焦がれている。

 

 

 

 

 ネックレスを見てから、凛の心には変化があった。

 何故だか、とても晴れやかになっていた。さっきまでとてつもなく不安だったはずなのに。

 

 

 

 

(早く会って顔が見たいなぁ……。早く笑顔を見せてほしいなぁ……。早く抱きしめてほしいなぁ……。色んなお話をして、たくや君の色んなお話も聞いて……また一緒に暮らせるようになりたいなぁ……!でも何でだろ、もうすぐで会えそうな気がする……!)

 確信はどこにもない。けれど、そんな気がする。それだけで、少女はいつも以上に元気でいられる。少年との事になると、こんなにもこの少女は変わるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼と会いたいという溢れる想いはあるけれど、以前とは違う、それはこれから会えた時のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 会えた時の喜びは、言葉だけじゃ言い表せない、だから、行動で示そう。抱き付くなり何なりして、彼に甘える事にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから。

 とりあえず、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(たくや君、ホントの事を言えば物凄く会いたいけど、今すぐにでもたくや君の胸に飛び込みたいけど、たくや君も前よりずっと成長してるもんね。だから凛も成長するよっ。たくや君と同じくらい成長して、何も変わらない場所で、ずっと待ってるから)

 

 

 

 

 

 

 そうして、少女は即座に少年と同じ場所に立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(だから、たくや君はそのまま歩いて行けばいいよ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつものように、家に帰ると少女は言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまにゃ~!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり、凛」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか。

またUVERworldかよと思った人、そうです。大好きなんですw
こんな凛ちゃんとのお話もいいかなと思いまして(笑)
改めて、凛ちゃんおめでとー!


そして、この話で『奇跡と軌跡の物語』は通算50話目になります!!
ここまで続けて来られたのも感想をくれる皆さまのおかげでもあります!
これからも頑張っていきますよー!



いつもご感想評価ありがとうございます+ご感想評価お願いします!




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42.True heart

さあ、長く語る言葉はいりません。


絵里&希加入編クライマックスです。


 

 

 

 

 その少女は、とある教室の席に座っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは少女のクラスで、少女の席でもあった。

 まだ朝の早い時間帯故か、登校してくる生徒はどこにもいなかった。

 

 

 

 朝の日差しを微かに感じながら、少女は机で頬杖をつく。少女が何を思ってここにいて、何を思ってそんな顔をしているのか、それは少女にしか分からなかった。

 

 

 

 

 

 先程の出来事を思い出してみる。

 

 

 

 

 親友に言われた事がずっと頭の中でグルグルと回っていた。紫髪の彼女は自分の本心を知って尚、それでも自分の口から本心を言うのを待っていた。そのために強めに言ってしまったところもあったのだろう。

 

 

 ここしかないと思って。

 しかし、それは悪手となってしまった。

 

 

 それが余計な焦りと戸惑いを少女に与えてしまった。考えて、考えて、考えて、だけど、出てきたのは結局自分への否定だった。

 それで親友をも突き放してしまった。今更本音を言っても意味がないから、言ったところで何も変わらないから。これで、もう、本当に、誰も、自分に手を差し伸べてくれる事はない。

 

 

 μ'sの彼女達には無視をするように去って来てしまった。唯一の親友には手を差し伸べてくれたのにも関わらず、自分でその手を振り払ってしまった。これで終わり。救いはない。特に親友の彼女にあんな事を言ってしまったら、元の関係に戻れる保証もない。

 

 

 親友だったものが親友ですらなくなる。そんな恐怖心に駆られる。でも、それも自分で選んでしまった道。関係が壊れてしまったら、もう親友の彼女とは話せないかもしれない。そうなれば、もう、誰ともかかわりを持つ事ができない。言ってしまった手前、半端だがそういう覚悟もしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから。

 なのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはりどこかでその思いがあった。いくら自分で言ったとして、いくら半端でも覚悟してたとして、それはもう、自分でコントロールできるようなものではなかった。本当は誰かに手を差し伸べてほしかった。助けてほしかった。どれだけ自分がそれらを否定してきても、その気持ちはずっと心の奥底で願っていた事だった。

 

 

 それはもう少女の中ではできない事だとも理解していた。あれだけ否定した。なのにまだ自分に手を差し伸べようとする者がいれば、そいつは本当にどうしようもないお人好しなのだと思う。

 

 

 

 

 

「……けて……っ」

 

 

 

 少女の声が静かな教室内に響く。

 誰もいないからこそ、誰にも聞かれないからこそ、この空間の中だけ、少女の本当の言葉が静かに響く。

 

 

 

 

 

「助けてよぉ……っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、そんな少女の助けをまるで受けたかのようなタイミングで、教室のドアが開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――見つけたぞ、生徒会長」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当に、どうしようもないくらいにお人好しで、困ってる人がいれば問答無用で手を貸し、泣いている女の子がいれば絶対に助ける。そんな根がバカみたいに真っ直ぐで、味方だろうが敵だろうが無条件に手を差し伸べようとする、そんな茶髪のツンツン頭の少年が。

 

 

 

 

 

 ――――少女の心へと介入する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    ◇―――42話『True heart』―――◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ……っ、な、何で、あなたが……」

 

 

 

 

 

 よりにもよってあの少年が来た事により、絢瀬絵里は咄嗟に自分の涙を拭う。そうしてまた、本音を隠し、嘘の気持ちへとコーティングしていく。

 しかし、そんな事は急にはできない。それが表情となり、焦りとなり、顔に出る。

 

 

 

 

 

「色々と探してまわった。生徒会室にも行った。もしかしたらアンタの気持ちに気付くのが遅かったかもしれない。俺ならもう少し早く気付いてやる事ができたかもしれない。もう手遅れだと思ってる奴もいるかもしれない。それでも、俺はアンタを見つけたぞ」

 

 

 明確に。

 まるで何の容赦もなく心の中まで土足で淡々と入ってくるかのように、少年の言葉は少女の胸の内へ入ってくる。

 

 

 それに対し、あくまで平静を装い、少女は少年を軽く睨みながら呟く。

 

 

「……何で、ここへ来たの?」

 明らかに歓迎されているような感じではない事も分かっている。そんなのは少女の目を見れば分かる。少年を見るその目はいまだにどこか敵対心があった。それでいて尚、少年は臆さない。

 

「決まってるだろ。途中で練習を抜けられちゃ困るんだよ。だからアンタを連れ戻しに来た」

 ああ、やはりそうか……と。絵里はそう思っていた。この少年は自分を助けに来たわけではない。ただμ'sの彼女達のためにここへ来ただけに過ぎないのだと。ただし、そのくらいの予想は絵里にもできていた。だから、最初から何を言うか決まっていたかのようなセリフで答える。

 

 

「だから、まずは昨日行った課題を全部こなして―――、」

「これがμ'sの手伝いとしての俺の“今まで”の行動だ」

 自分の言葉が遮られ、少年の口から出てきた内容に思わず疑問が浮かぶ。

 

 

「そして、ここからは俺個人としての行動(、、、、、、、、、、、、、、)だ」

 次に少年から発せられた言葉。またも疑問が脳内に広がる。連れ戻しに来たのはμ'sの手伝いとしての彼の行動……?なら、本当の意味で、岡崎拓哉自身としての行動は……?

 

 

 

「生徒会長、このままアンタを放っておく訳にはいかなくなった。勝手で悪いけど、アンタを助けさせてもらうぞ」

「……………………………は?」

 今度の今度こそ、絵里の頭は一度空っぽになった。そのすぐあとに疑問で埋め尽くされる。この少年は今何と言った?放っておく訳にはいかない?助けさせてもらう?一体、一体……、

 

 

「一体、何を、言ってるの……?」

 訝し気な瞳で少年を見る。完全な理解ができなかった。いや、理解はしていても、処理が追いつかなかった。

 

「私を、助ける……?何で?私は別に誰かに助けてほしいなんて思ってないわよ。勝手な思い込みはやめてもらえるかしら」

 あくまで、さっきまでの自分の本心を隠しながら、“演技”を続ける。

 

 

 そして、当然、少年はそんな少女の涙の跡を見逃してはいなかった。強がりだという事も分かっている。今言っている言葉が本心ではない事ももう知っている。

 だから、

 

 

「強がりはやめろよ。さっき東條とアンタが話してたのを偶然だが聞かせてもらった」

「ッ!?」

 少女の顔が一瞬で強張る。さっきの親友との会話を聞かれていた。それはつまり、既に少女の本心を知っているという事になる。ならば、もうこの見え透いた演技をする必要も、する事もできない。

 

 

「……そう。なら、どうしろっていうの?私を助けるって、どうやって?私にμ'sに入れとでも言うの?」

 だったら、こうして開き直る他ない。それでも、本心をむき出しにしようとも、少女の表情が崩れる事はなかった。むしろ余計に険しくなっているようにも見えた。それでも、少年は臆さない。

 

 

「ああ。単刀直入に言うが、アンタにはμ'sに入ってもらう」

「っ……、本当に単刀直入ね。でも何で?私の本当の気持ちを知ってそう言ってるだけなら、そんな同情はいらない。それに、さっきの希との会話を聞いていたなら分かるでしょ。私に今更そんな事を言う資格はないの……。だから、それを受ける事はできないわ……!」

 歯を食いしばるように、少女はそれを否定する。今まであれだけの事をして、言ってきて、彼女達の前にいつだって立ちはだかって、邪魔にも似たような事をしてきた。そんな自分が、今更μ'sに入りたいなんておこがましいにも程がある。

 

 

「関係ねえよ」

「……え?」

 けれど、そんな少女の心情なんて少年にはどうでもよかった。今まで彼女がしてきた事をちゃんと分かって、立ちはだかってきた事も知っていて、だけど、そんなものは関係ないと少年は言う。

 

 

「今までアンタが穂乃果達にしてきた事くらい、俺も側にいたんだから分かる。でもな、そんなもの俺にもあいつらにも関係ねえんだよ。アンタが穂乃果達にしてきた事、言ってきた事、立ちはだかってきた事、邪魔にも似たような事もしてきたのも知っている。それでも、前までのアンタと今のアンタの気持ちが変わってる事くらい、その涙の跡を見りゃ分かるんだよ」

 言われてハッとする。少年はずっと見ていた。変化にはほんの少しずつだけど気付いていたのだろう。決定打には及ばなかったが、それこそほんの僅かな変化には気付いていたのだろう。

 

 

 絢瀬絵里の気持ちの変化に。

 

 

「……だったら、どうなるの……。あなたに私の気持ちが分かったところで、関係ないって思ったところでッ!それはあなたの言い分にすぎない!私は私の気持ちに嘘付く事はできないの……。罪悪感なんてそう簡単に消えるものじゃない……ッ!!」

「だったら正直に言えよ。自分の気持ちにくだらねえ嘘付かないで、アイドルを始めたいって言えよ」

「ッ……!だからっ―――、」

「こちとら最初からそんな話なんてしてねえよ。罪悪感だとか、今までのアンタの行動だとか、そんなんじゃねえ。俺が知りたいのは、“今のアンタの本当にやりたい事”だ」

 

 ずっと、そうだった。最初から少年の聞きたい事はたった一つだけだった。少女の口から、ちゃんと、μ'sに入りたいという言葉だけが聞ければそれでよかった。

 そして、少女の口から出た言葉は、

 

 

 

「……ダメよ……。もしここで私が入りたいって言って入ったとしても、彼女達は私の事を快く思わない。そこまでの事をしてきたんだもの……」

 絢瀬絵里という少女は高校3年生としてはしっかりしている。しかし、しっかりしているからこそ、真面目だからこそ、過去の事をそう簡単には清算できないという事も知っている。

 

 

「それに、今の不安定のままの状態でオープンキャンパスでライブをやっても成功なんかしない。きっとそこで彼女達は挫折してしまうわ……」

「だからそれを回避するためにアンタに―――、」

「私の事を快く思っていない彼女達のとこに私が入って、余計にこじれてしまう可能性の方があると言ってるの。それこそ本当の意味で挫折を味わう事になる……。今まで通りのやり方じゃ意味がないのよ」

 ちゃんと先の事を考えてるからこそ、最悪の未来をも考えてしまう。そっちの未来の方が鮮明に頭の中に流れてしまう。まるで過去の自分が挫折した時の事を思い出してしまうかのように。

 

 

「今までは観客がいないライブやPVをやってきた彼女達だけど、今度のライブは知り合いでもない、中学生の子達が来るの。知名度が上がってきてるから今度は見に来る人達もいると思う。でも、今の状態でライブをやったとして、初めて普通の観客がいるという場所で彼女達が今まで以上の力を発揮できるとは思わない。緊張してダンスがズレたり声が思うようにでなかったりするのが落ちになってしまうわ。そして挫折を一度味わうと、そこから立ち上がる事はもう、できないの……」

 

 

 少女の言葉を聞いて、拓哉は少し疑問が出てきていた。μ'sの事を言っているはずなのに、まるで自分の過去を語っているかのように聞こえてしまうのは何故か。そういえば、自分はまだ少女の過去の事を知らなかった。

 なら、今しかそれを聞く事はできない。

 

 

「……何で、アンタはそこまで“挫折”って言葉に拘るんだ。何で、その言葉を出す度にアンタが苦しそうな顔をするんだ?」

 拓哉の言葉に、彼女の体が一瞬ビクッと過剰に反応する。おそらくこの少年は話さないといつまでも聞いてくるに違いないだろう。だったら話してやろう。話した上で、分からせてやろう。

 

 

 そして少女は語る。

 自分の過去を。

 挫折を味わった事を。

 

 

「私は小さい頃バレエをしていたの。必死に練習して、努力して、自信が持てるほどになってやろうと頑張った。自分の努力を大切なおばあさまに見てほしかった。だからオーディションにも出たわ。自分のできる最高のパフォーマンスができたと思った……。でもそれは自分の中だけの根拠のない自信に過ぎなかった。結局、オーディションに選ばれたのは私ではなく他の子だったわ……。私は悔しくて仕方がなかった」

 

 

 本当に悔しかったのだろう。まるでその出来事が昨日の事のように少女は語る。それを話すのがどれだけ辛くとも。

 

 

「あれだけ努力して、練習しても、自信が持てても、結局選ばれなかったら意味がないのよ……!おばあさまはよく頑張った、オーディションなんて気にしなくていい、私の中じゃあなたが1番だと言ってくれたわ……。けれど、当時の私にその言葉が素直に入ってこなかった。だってそうでしょ……?どんなに頑張ってもそれが報わなければ何の成果にもならない……!死にもの狂いの努力は、簡単に挫折に変わってしまうの……ッ!」

 

 

 少女の顔はどんどんと悲しみに歪んでいく。少年は、ただそれを黙って聞いているだけだった。

 

 

「結局、過程がどうあれ全ては結果で変わるのよ……。自分の実力を大切なおばあさまに見て欲しかったのに、私の努力は結果で無駄に終わった……。だから、挫折を味わった私だからこそ、今の彼女達じゃダメだという事も分かる!このままじゃ私と同じようにどうしようもない挫折を味わう事になるの……!!だったら、そんな事になる前に、彼女達を止めるべきなのよッ!!」

 

 

 

 本心だった。

 悲しみに歪んだ少女の本心だった。

 大切な人に努力の成就を見せたかった。

 しかし、それは叶わなかった。

 結果的に、少女は努力は無駄だと思ってしまった。

 ならば、挫折を味わう前に無駄な努力は止めるべきだと考えた。

 

 

 

 そして、少女の過去を聞いて、今まで黙っていた少年は、口を開く。

 

 

 

 

「それは違うだろ」

「…………え」

 

 

 

 出てきたのは、少女の言っていた全てを真っ向から否定する言葉だった。

 

 

 

「ふざけんな……。結局アンタは挫折が怖くて逃げただけじゃねえか」

「なっ……そんな事―――、」

「違わねえよ」

 明確に、否定する。少女の過去を聞いた上で、はっきりと否定してやる。

 

 

 

「アンタがダンスが上手いってのはもう聞いた。でもアンタの過去の事は知らなかった。それを今聞いた。その上で、俺はアンタの考えを否定する。そうしないといけないから。アンタがどれだけ努力して頑張ってきたのかも実際見てない俺には想像できない。アンタが大切に想っているばあさんの前でどれだけの挫折を味わったのかも想像できねえよ」

 

 

 そう、実際拓哉は絵里の過去にいた訳じゃない。だから彼女がどれだけの気持ちを持ってオーディションに挑んだのか、そしてどれだけの挫折を味わったのかも分からない。けれど、それでも否定しないといけないと思う事があった。

 

 

「だけど、努力が無駄なんて事だけは絶対にない。いくら報われなくても、それをちゃんと見てくれてる人だっている事をアンタは忘れてるんだ。……だってそうだろ?アンタは確かに挫折したかもしれない。過程が無駄になって、努力も無駄になったかもしれない。でも、評価されなくても、アンタのばあさんはちゃんと見てくれてたんだろうが。1番だって言ってくれたんだろ!」

 

 

 少女は努力は無駄だと言った。結果が全てだと言った。しかし、それだけが全てじゃないという事を、少年は知っている。

 

 

「だったら、アンタは努力が無駄なんて言っちゃダメだ!アンタがそんな事言ってしまったら、アンタのばあさんが言ってくれた事までも無駄になっちまうんだ!!自分の大事な人に見せたかったのは結果だけが大事なんじゃない。アンタの努力を1番見てくれた人がアンタを1番だって言ったんだ。それまでも否定してしまったら、アンタがばあさんをも否定する事になっちまうんだぞ!」

「ッ!?」

 

 

 これだけは、否定しなくちゃいけない。少女の大事な祖母だからこそ、少女の祖母の言葉の意味を理解させてやらなくちゃいけない。

 

 

「努力すれば叶うなんて綺麗事は言わねえ。でもな、アンタがアンタのばあさんの言葉を素直に受け入れていたら、あとの結果が変わったかもしれないんだ!また次に頑張ろうと思えたかもしれない。もっと努力しようと思えたかもしれない。なのに、アンタは結局また挫折するのが怖くて逃げただけなんだよ。過去の自分と、今のμ'sを重ねてな」

「そんな、事は……っ」

 

 

 否定できないでいた。祖母の事もそうだったが、挫折を1番に感じて、そんな過去が今も心の傷として残っているからこそ、絵里の本心をこんなにも揺さぶってしまう。だから、少年はこの少女を救う。そのためにここまでやってきたのだから。

 

 

 

 

 

 

「自分の過去から逃げるなよ、絢瀬絵里」

 

 

 

 

 

 

 少女と真っ向から立ち向かうためにきた。少女の本心を聞いて、過去を聞いて、少女を助けると決めた。少女の親友から涙ながらに頼まれもした。であれば、絶対にこの少女を見放すわけにはいかない。

 向き合って、言葉をぶつけて、挫折に怯えている少女を引きずり出してやるしかない。

 

 

 

 

「過去の挫折から逃げてんじゃねえ。勝手にあいつらが挫折すると決めつけてんじゃねえ。ファーストライブの時のように、いつだって危機的状況をあいつらは乗り越えてきたんだ。挫折をも乗り越えてきたんだッ!過去に引きずられてるアンタと一緒にしてんじゃねえよ!1人じゃ無理なら他のみんなの力も借りればいいんだよ!だったら!!アンタも一緒なんだッ!アンタもあいつらがいれば過去を乗り越えられるかもしれないんだ!!」

 

 

「……そんなの、そんなの分からないじゃないッ!!あの子達はそうだったかもしれない!色々と乗り越えられたかもしれない!でも、私は違うのッ!一度乗り越えられなかった壁はそう簡単には乗り越えられないのよ!!出来る者と出来ない者を一緒にしないで!!」

 

 

 まだ、絵里は底にいる。暗い、暗い挫折の闇の底にいる。でも、さっきまでとは違う。ハッキリと言葉を返してきている。それはつまり、拓哉の言葉が絵里の中へしっかりと入っている証拠だった。

 ならば、もう少し。

 

 

「それが逃げてると一緒だっつってんだろうが!!やろうともしないで、やってもいないのに決めつけんな!アンタはまだ過去を乗り越えられるんだ!!諦めなければいいだけなんだよ!!」

「っ……!何でそんな事が言えるのよッ!!どこにもそんな確証なんてないくせに!あなたの勝手な自己満足な思考に私を巻き込まないで!!」

 

 

 絵里の目には、しっかりと拓哉が映っていた。さっきまでずっと俯いていたのに、まるで対抗するかのように座っていた体を立たせてまで拓哉の目を見据えていた。

 

 

「アンタはまだ怯えてるだけなんだ!でも諦めが付いてないって事も分かってる。だってそうだろ。アンタは昨日今日まで廃校を何とか阻止しようと必死に策を練ろうとしてた。ギリギリになっても守ろうと考えてたんだろ!だったらそれは諦めてないって事じゃねえかよ。アンタは賭けてたんだ。ほとんどないような可能性にも賭けて頑張ってたんだ。なら、それはもうほとんど無意識にでも過去を乗り越えようとしていたんじゃないのかッ!」

「…………ッ!」

 

 

 動いた。拓哉は会話の中のほんの僅かな絵里の動揺を逃さなかった。拓哉の目を見てから口論を続けてきた彼女の目が、ようやく動揺の動きを見せたのだ。突くなら、今。

 

 

「……でも、それでもどうにもならなかった!私の考えた策じゃ奇跡は起こらないって思ってしまった……!なら、結局私じゃ無理だったって事でしょ!!」

「無理じゃねえ!そこでもアンタは逃げただけだ。挫折という鎖がアンタをまだ縛り付けてるってんなら、俺がそれを切ってやるッ!そしてあいつらと起こしてみせろよ、奇跡を。そういうもんだろ。ほんの僅かな可能性にかけて、何かが手に入るって信じて、それでちょっとでも変えられるのが前に進むって事だろ!それこそが、奇跡ってやつじゃないのかよ!」

 

 

 

 

 既に下準備は済ませておいた。そろそろ頃合いだと思っていた。いつまでも待たせる訳にもいかない。あとほんの少し、彼女の純粋な気持ちを聞きだせば、役割は終わる。

 

 

 

「言えよ。μ'sに入りたいって。あいつらはアンタが思っているより強い奴ばかりだ。学校を守るために必死で頑張って、それでもあいつら自身も楽しいからやっている。だから、たとえダンスが上手くなくとも、あいつらの魅力に惹かれる人が多いんじゃないのか。だったらさ、アンタも入って、あいつらと一緒に歌って踊って確かめればいい。また壁にぶつかりそうになったら、仲間と一緒に乗り越えればいい。何だったら壁をぶち壊してやればいい。だからさ、入れよ」

「ぁ…………」

 

 

 言い終えた。とりあえず、拓哉は自分のできる手を尽くした。あとはこれにこの少女が応えれば、この状況を打破できる。しかし、手を差し伸べるとは言っても、それは拓哉自身ではない。

 

 

「……ぃ、の……?本当、に……?」

「ああ」

 再び俯いて小さく呟く少女の微かな声にも、ちゃんと反応する。少女が変わる瞬間を、過去を乗り越える瞬間を、見届けるために。

 

 

 

 

 

 

「……り、たい……っ。わた、しも……μ'sに、入りたい……っ!!」

 

 

 

 

 

 

 乗り越えた。

 変わった。

 前に進む事ができた。

 心からの本心を素直に曝け出す事がようやくできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 であれば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こちらも最高の手を尽くして迎えてやろうではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だってよ、穂乃果」

「…………え?」

 

 

 

 

 拓哉が振り向き、絵里がキョトンとなる。

 そこにいたのは、高坂穂乃果率いる、μ'sのメンバーと、絢瀬絵里の親友、東條希だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「の、ぞみ……?」

「ごめんね、エリチ……。ウチがエリチを助けないとあかんかったのに。でも、岡崎君に頼んで正解やったみたいやねっ」

 訳が分からなかった。何故、自分から引き離してしまったのに、この親友は自分に謝ってきたのか、何故、μ'sのメンバーと一緒にいるのか。

 

 

「俺が東條に頼んでおいたんだよ。穂乃果達をここに呼んでくるようにってな」

「もぉ、ずっと立って待ってるの退屈しちゃったよ!」

「悪い悪い、意外とこの生徒会長が強情だったから……」

 

 

 

 

 結論から言うと、こうだった。

 

 

 

 拓哉が絵里を教室で見つけて入る前に、メールで希にμ'sメンバーを呼んでくるように頼んだのだ。そして、拓哉と絵里の会話を聞いて、穂乃果が良いと思った時に教室に入ってきていいと。

 

 

 そういう計算を拓哉はしていた。そしてそれは見事に上手くいったのだ。

 

 

 

 

 

 

「……そういう事だったのね……」

「ああ、こいつらは最初から異論はないと俺は思ってた。でも一応って事で教室の外から見させておいたんだよ。アンタの本心を聞かせるためにな。……さあ、そんな訳で続きだ。穂乃果、生徒会長はμ'sに入りたいそうだ。……どうする?」

 

 

 わざとらしく、拓哉は微笑みながら穂乃果に問いかけた。一応、穂乃果も他のメンバーを見回してから再び絵里の方へ向いた。

 結果など、最初から決まっていた。

 

 

 

 

 

 

「絵里先輩、是非μ'sに入ってください!私達には絵里先輩が必要なんです!一緒にμ'sで歌ってほしいです!スクールアイドルとして!」

 

 

 

 

 

 そして、μ'sのリーダーから、手が差し伸べられた。

 

 

 

 

 

「特に理由なんていらねえ。特別な理由や複雑な思考なんていらねえんだよ。やりたいからやる。それだけでいいじゃねえか」

 

 

 

 

 

 

 拓哉の言葉が教室内に響く。それは、さっきまでとは違って、絵里の心へすんなりと入っていった。

 手は、握られた。

 

 

 

 

 

 

「絵里先輩……!」

「これで8人……!」

「いや、まだだ」

 

 

 

 ことりが8人と呟いた瞬間、拓哉がそれを遮った。まるで他にもまだμ'sに入る者がいるかのように。

 

 

 

「あと1人、μ'sに入るべき人がいる。そうだろ、東條」

「ふふっ、やっぱり岡崎君はさすがやね」

 拓哉と希が見つめ合う中、他のメンバーは少し驚いていた。

 

 

 

「ええ!そうなんですか!」

「占いで出てたんや。このグループは9人になった時、未来が開けるって。だから付けたん。9人の歌の女神、μ'sって」

「じゃ、じゃあ、あの名前付けてくれたのって、希先輩だったんですか!?」

「そうだよ、最初から分かってたんだよ。東條はな」

「そういう岡崎君も何となく察し付けてたんやろ?」

「まあな」

 

 

 拓哉がずっと引っかかっていた違和感、それが希だった。ずっと影から支えるように手助けをしてきたのだ。大体の察しは付いていたのだろう。

 

 

 

「希……、まったく、呆れるわ……」

 そう言うと、絵里は歩き出す。

 

 

「どこへ?」

 海未の問いかけに、絵里はただ一言だけ言った。

 

 

「……決まってるでしょ。練習よ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうここに、笑顔じゃない者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな会話を聞いて、拓哉は1人黙って教室を出るために静かに歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

(ここはμ'sのこいつらだけいい。あくまで手伝いの俺は一旦外に出て待ってるのがいいだろ。岡崎拓哉はクールに去るぜってか)

 

 

 

 

 

 

 そういう魂胆もあったのだが、それは絵里が拓哉の前に立ちはだかった事により、できない事となる。

 

 

 

 

「えっと……生徒会長?何で通せんぼみたいな事してらっしゃるのでせうか……」

「希、岡崎君に言ってあげて!」

 拓哉の言葉を無視し、絵里はさっきまでのテンションとは違い、元気な声で希に指示をした。

 

 

 

「岡崎君、確かにウチの占いには9人の女神は未来を開けるって言ったけどな……もう一つ占いで出たのがあるんよ」

「もう、1つ……?」

 拓哉が訝し気な目で問いかける。それに対し、希も含め、拓哉以外の全員が微笑みながら拓哉を見ていた。

 

 

 

 

 

 

「女神を守るためには、騎士(ナイト)様が必要って出たんよ。だから、岡崎君にはいつもウチ達の側にいてもらわな困るんよ?」

 

 

 

 

 

 

 その意味は、何故だかすんなりと頭に入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ったく、そうかよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室の外へと向いていた足は、再び戻り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女神達の元へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか。


都合上により、この話は拓哉と絵里の口論対決がメインとなりました。次回はライブやその他諸々をやっていきます!

何はともあれ、やっと、やっとμ'sが全員揃いました!!
ここまでくるのに長かった……!ここまでお付き合いくださった読者の方々に感謝を。
そしてここからが本当のスタートでもありますゆえ、何卒お付き合いくださいませ!!


いつもご感想評価ありがとうございます+ご感想評価お待ちしておりますマジで!!

そして新たに高評価をくださった、

kiki00さん

本当にありがとうございます!!





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43.真の……



今回で絵里希加入編本当の終わりとなります。
前回までのシリアスはどこへやら?という感じで楽しんでくださいね!






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タロットだか何かの占いで、女神を守るのには騎士(ナイト)が必要だと言われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、実際には自分はそんな大層なものでもないと少年は思っていた。

 

 

 

 

 

 言われた時は意味をすんなりと頭の中に入ってはいたが、それを受け入れるとならば話はまた別の方向性になっていく。少年は自覚もしていた。自分には騎士(ナイト)なんて称号が似合っていないという事を重々分かっていた。

 

 特別な力なんてなく、空を飛べたり手から光線が出るような異能なども当然ない。少年に備わっている能力は、全て全世界共通である人間としての体力や身体能力でしかない。

 

 

 それもごく一般の。

 武器という武器を所持している訳でもない。その身1つしか持っていないのだ。それも高校生ともなれば、ガタイ的な問題であっさり屈強な体を持っている人間には負けてしまうくらいのモノでしかない。単なる少し喧嘩が強いだけの少年に過ぎないのだ。

 

 

 だから、そんな自分に騎士(ナイト)なんてのは似合わない。そう考えていた。けれど、騎士(ナイト)でなくとも、誰かを守る事はできるはずだ、鍛えに鍛えてゴツイ屈強な体にならなくても、大切な人達を守る事はできるはずだ。

 

 

 それは意志の問題である。

 例え物凄い特別な能力を持っていても、その力を持つ者が誰かを助けようと思わない限り、誰も助けられないのと同じように。それだけの異能がなくとも、ごく普通の平凡な高校生でも、誰かを助けたいという意志さえ持っていれば、誰でも“ヒーロー”になれるという事を、少年は知っている。

 

 

 

 であれば。

 自分には騎士(ナイト)なんて称号はいらない。そんなものがなくとも、誰にも言われずとも、無意識的にでも意識的にでも、“岡崎拓哉”は救ってしまうのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――だから、このままいつも通り、少女達を見守っていよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 極端な事を言ってしまうと、やはり絢瀬会長がμ'sに入ってくれたのは物凄く大きかった。

 

 

 

 

 

 

 理由は見れば分かる通り、これまでの基礎訓練やダンスレッスンでの効率が大幅に良くなっていた。

 

 

 

 

 

 

「1、2、3、4、5、6、7、8……!」

 

 

 

 

 

 絢瀬会長の声と共に、音ノ木坂学院の屋上で練習をしている穂乃果達の声もそれに続いていく。やはりたった数日しか経っていないのにこの上達っぷりは素晴らしいとしか言いようがない。

 

 あれだけ体が固くてストレッチに苦戦していた凛も、今では簡単にお腹が地面へ付くくらいに上達していた。やっぱ経験者のアドバイスとやり方は違うな。……あれ、これって今まで色々調べたりしてた俺の苦労とは一体……ぐすんっ。

 

 でもまあ、実際絢瀬会長や東條がμ'sに入ってから穂乃果達の気合いの入りようも違っていた。何かこう、やる気に満ち溢れているようにも見える。何せ3年生の生徒会長とその副会長が入ったのだ。そりゃ自然に気合いも入るだろう。矢澤さんは……うん、まあいいじゃん。

 

 

 

「はい、じゃあ5分間休憩をとりましょ」

 絢瀬会長の声に全員がはいと応じる。汗を掻いて息切れをしつつも、彼女達には辛そうな顔はどこにもなかった。むしろやる気になっている分疲れながらも笑顔のままだった。

 

「えへへ、なんだか自分でも上達してるなーって思うくらい成長を感じるかもっ!」

「ええ、確かに見ている限り全員の動きにキレが出てきています。この短期間で急激に成長するのは驚きですが、さすが絵里先輩ですね」

 穂乃果と海未の言っている事も事実だった。この短期間、たった数日でみんなは急激に成長していた。少し今までと練習メニューを変えただけなのに、それだけで効率も良くなって腕を上げている。

 

 

「やっぱ絢瀬会長に入ってもらって正解だったな」

「もうっ、岡崎君まで何を言いだすの」

「事実を言ったまでだよ。絢瀬会長が入ってくれなきゃこの短期間でこんなに成長する事は確実にできなかったんだ。なら、やっぱりアンタが入って正解だったんだよ」

 各々が休憩するためにシートに座ったり日陰に入りドリンクを摂取している彼女達を、俺と絢瀬会長は遠目に見ながら話す。

 

 

 

「……それが……私があの子達にできる精一杯の償いだから……」

「……償い?」

 微かに目を細めて、まるで罪人が罪を反省するかのような瞳で、絢瀬会長は呟く。

 

 

「私が今まであの子達の活動に口出しをして、邪魔にも似たような事をしてきたから、それが足枷になってあの子達の成長の邪魔になっているんじゃないかって思ってしまってね。そう考えると、やっぱり私にはこういう償いをしないといけない。せめてオープンキャンパスが成功するまでは、出来る限りであの子達をサポートしていくしか、この罪悪感は拭えない。償いはできないの……」

 

 

 まだ、この人にはそういう意識があった。

 ずっと1人で考えて、ずっと『廃校』という重い枷と戦うために頭を使って、真面目だからこそ、1人で悩み苦しんで、生徒会長としての義務感に囚われて、周りが見えなくなって、自分のやりたい事に嘘を付いてきた。

 

 

 そしてそれはμ'sにも影響を及ぼした。幾度とぶつかりあった。それが彼女達の成長を妨げていたかもしれない。本当なら既に花になっていたものを蕾のまま止めていたのかもしれない。

 

 

 

 

 けれど。

 

 

 

 

「罪悪感だとか、償いだとか、そんなのは俺にとってもあいつらにとってもどうでもいい事なんだ」

「え……?」

 

 

 申し訳なさそうな顔をしていた絢瀬会長の顔はキョトンとした顔に変わり俺の方へと向く。それでいい。もう深刻な顔や寂しそうな顔なんかしなくていいんだ。だから言ってやる。まだそんなくだらない事に囚われている絢瀬会長を納得させるために。

 

 

「確かにアンタは今まで色々と突っかかってきたよ。それであいつらの活動が縛られてる時もあった。でも、それはもう過去の事なんだ。今更何を言おうがどう思おうが何も変える事はできない。だったら前に進むしかないだろ。もうアンタは自分の過去を乗り越えつつあるんだ。あいつらと一緒なら前に進めるんだ。罪悪感だとか償いとかまだそんな事を考えてるなら、それこそあいつらにも影響を及ぼしかねない」

 

 

 この人は人1倍責任感があるのだろう。適当な事を言ってもそんなのはこの人にとって何にもならない。ならその重荷を少しでも軽くしてやれる事を言うしかない。いつも通り、俺自身の言葉で。

 

 

「あいつらはアンタが入る事に最初は戸惑ってはいたよ。でもあの教室に来た時には、もうみんながアンタを歓迎していた。何も難しい事を頭の中で考えなくていい。シンプルでいいんだよ。ただアンタはこれからあいつらとやりたいように楽しくμ'sとして活動していけばいい。マイナスの事を考えるより、プラスを考えた方が楽しいに決まってる。当然の事なんだよ。それに、オープンキャンパスが成功するまではとか言ってるけど、それが終わってもアンタは辞めさせねえからな」

「え、な、何で……?」

 

 

 ったく、この生徒会長様は……まだ分かってやがらねえのかっ……。どんだけ堅い性格してんだよ。

 

 

「東條が言ってたろ。μ'sは9人の女神の事だって。そこにはちゃんとアンタも入ってるんだ。なら、アンタが辞めればそれはもうμ'sじゃなくなってしまう。今までは未完成だったからまだ良かった。でももうアンタと東條が入ってμ'sは完成したんだ。であれば、もうそう簡単にはμ'sを辞めさせる事はできないからな。何たって、俺は女神を守る役目があるんだから」

 

 

 最後にドヤ顔で見てやる。すると今までのシリアスは何だったんだと言わんばかりに絢瀬会長の顔が破顔する。まるで隅にわだかまっていた塊がスッキリと消えたかのように。

 

 

「……ふふっ、本当にあなたって“そういう事”を何の気なしに言うのねっ」

「そういう事って何だよ……俺はただ事実を言ったまでであって―――、」

「はいはい、分かってるわよ」

 軽く流されてしまった。結局“そういう事”の意味が分からなかった。でもまあ、絢瀬会長が笑顔に戻って何よりだ。女の子には笑顔が1番似合ってるってよく言うしな。

 

 

「……ありがとね」

「ん、何の事だ?」

「今の事も、これまでの事も含めて全部よ。あなたは最初から私と真正面からぶつかってきた。そしてファーストライブの時もそう、見ていたの。あなたが高坂さん達へ言葉を飛ばしていたのを。あんなに絶望的な状況だったのにも関わらず、あなたの言葉であの子達の心は動いた。そこから無意識に思っていたのかもしれないわね。私はあなたに救いを求めていたのかもしれない。そして私はこうしてあなたに救われた。だからこそ、ありがとね」

 

 

 それを聞いて、少しむず痒しく思ったのは事実だった。やっぱりクォーターってのはズルい。ただでさえ美人なのに、そんな笑顔を向けられると余計に変に意識してしまう。美少女ってのはそれだけで兵器になるものなのか……!!

 

 

 それと、1つだけ言っておかなければならない事がある。

 

 

「一応そのお礼はもらっておく。でも、絢瀬会長、アンタを助けたのは俺だけじゃない。最終的にアンタに手を差し伸べたのは穂乃果達だ。そういう意味じゃアンタは穂乃果達にも礼を言うべきなんだけど、気恥ずかしいだろ?だから俺が代わりにある1つの条件を出そう」

「条件?」

「ああ、とても簡単な事だ。さっきも言った事でもある。これから先、オープンキャンパスが成功してもしなくても、変わらずμ'sにいてくれ。それだけだ」

 

 これ見よがしに人差し指を立てる。たった1つの条件。それを守るのは容易い事だ。こいつらはもう9人じゃないと意味がないんだから。

 

 

「……分かったわ。あなたの言う通り、ずっとμ'sにいる。さすがに騎士(ナイト)様にそんな事言われちゃ、言う事聞くしかないものねっ」

「だから俺にそんな称号みたいなものはいらねえって……」

 あの日東條から告げられたタロットの占いのせいで、俺はみんなからたまにこうしてからかわれている。つい先日まで激しく口論してた絢瀬会長にまで茶化される始末だ。茶化すのは俺の領分のはずなのに……拓哉さん非常にご不満ですことよ!

 

 

「あら、ならどんな称号がいいのかしら?」

 再度、絢瀬会長の茶目っ気のある声が向けられる。そんな絢瀬会長の顔はもう、今までのような鋭くて暗いような雰囲気などはなくなっていて、女の子としての、ただ無邪気な笑顔がそこにはあった。

 

 

「別にご大層な称号とかが欲しいんじゃないよ。……でも、強いて言うなら。“ヒーロー”に憧れてるってだけかな」

 それだけを言って、そろそろ休憩が終わる時間になるため穂乃果達の元へ歩み寄ろうとする。ヒーローって言った手前、また茶化されても困るしな。……おっと、最後にこれだけは言っておかないと。

 

 

「絢瀬会長」

 何やらキョトンとしていた絢瀬会長の顔が、俺に声をかけられた事でまたキョトンとした顔になる。言葉を出そうとしていない。つまりそのまま言えという事だろう。なら遠慮なく……、

 

 

 

 

「やっぱアンタにゃ暗い顔は似合わねえよ。せっかくのクォーター美人なんだ。綺麗で可愛い笑顔の方が似合ってるよ」

 同時に、絢瀬会長の顔が急激に赤くなるのを確認する。それに満足した俺は今度こそ穂乃果達を呼び戻しに歩き出す。ほら見ろ、『生徒会長』なんていう分厚い皮を剥いでみりゃ、そこにあるのはただの可愛らしい女の子の素顔じゃないか。ようやっと普通の女の子に戻れたんだ。

 

 

 今まで『生徒会長』として常に戦って緊張していた絢瀬会長じゃない。喜ばしい事があれば喜んで、怒らないといけない事があれば怒って、哀しい事があれば哀しんで、楽しい事があれば楽しんで、そんな普通の女の子なんだ。絢瀬絵里という少女は。

 

 

 “普通の女の子”に戻った絢瀬会長だから、今さっきも顔を赤くしながら照れている顔にもなる。ただ今は、それだけで良い。そのままオープンキャンパスまで突っ走ってくれ。

 

 

 

 

 俺が穂乃果達を呼び戻すために絢瀬会長から離れたからだろうか。

 

 

 

 

「何だ」

 

 

 

 

 絢瀬会長の声は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なら、岡崎君は既にヒーローじゃない(、、、、、、、、、、、、、、)

 

 

 

 

 

 

 

 聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色々あったが、オープンキャンパスの当日はやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 他の部活も『部活発表』というのがあるために学校内は賑やかだったが、そんな中でも意外と静かなグラウンドに俺達はいた。言うなればステージ裏。そこでは絶賛円陣みたいな事をしていた。“俺”以外が。

 

 

 

「もお~、いい加減たくちゃんも入ればいいのに~!!」

 俺以外の全員がピースの形を造り、それを9人が同時に生成し、それぞれの右手をくっ付けている。これがこの数日間で穂乃果達が考えた自分達なりの『μ's』の円陣らしい。ならば、そこに『手伝い』である俺が入る訳にはいかないのだ。

 

 

「バカ言うな。それは『μ's』であるお前らがやるからこそ意味があるんだ。ただの『手伝い』でしかない俺がそこに入ったら『μ's』が考えた意味を破綻させちまう」

「ぶ~ぶ~!!いつもそんな事言って回避ばっかしてるじゃん!」

「回避っておま……はあ……」

 回避って言われたらまるで俺が余計にグループに入りたくない反抗期少年みたいに聞こえるじゃねえか。仕方ない、これはあんまり言いたくはないが、納得させるには良い手だろう。

 

 

「あー……あれだ。東條が言うには俺は女神を守る騎士(ナイト)の役目なんだろう?だったら騎士(ナイト)ってのは直接女神達の中にいるんじゃない。女神達の少し離れたとこで見守るってのが意味合いとして合ってるはずだ。何か危機的状況にも陥らない限り、騎士(ナイト)はずっと少し離れたとこで見守っているのが正解なんだよ」

 さあどうだ。いかにも“それっぽい”事を言ってやったぞ。おバカな穂乃果なら簡単に納得してしまうはずだ。

 

 

「……それもそっか!そうだね!たくちゃんはいつも私達の事見守っていてくれてるもんね!!」

 よっしゃ見やがれコノヤローバカヤロウ!!俺の目論見通り穂乃果は簡単に納得してくれちゃったぜーしゃーおらーごめんちょっと罪悪感感じるけどこれも仕方ない事だと思わないと俺は今すぐ穂乃果に土下座したくなってくるんだごめんよ純粋穂乃果ちゃん……!!

 

 

 

 

「こういう時は騎士(ナイト)様の称号を使うのね」

「そこうるせえぞ生徒会長ー!!黙ってさっさと準備を済ませなさい!!緊張しても知らねえぞオラー!!」

「心配しなくても、私は小さい頃にオーディションを受けた事があるから、こういうのには慣れっこよ。それに生徒会長として全生徒の前に立った事もあるしね」

「……そうかよっ」

 不意に、笑みが零れてしまった。何だよ、もうとっくに乗り越えてんじゃねえか。なら、もう心配はいらなさそうだな。あとは、そいつらと一緒に言葉にできないような達成感を味わってこいよ、絢瀬会長。

 

 

 

 

 

 頑張っている者に頑張れなんて野暮な事は言わない。やれる事をやってきた者にかける言葉は、いつだって1つだった。

 

 

 

 

 

 

「しっかりやれよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一言を残し、俺は客のいる方へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よお、唯、雪穂」

 

 

 

 

 

 客のいる方へ来た俺は、絶対に見に来るって言っていた唯のグループを見つけた。周りにも意外とライブを見に来ている中学生やその付き人である親が結構いた。やはりネットでの注目度も上がっているというのが分かる証拠になった。

 

 

 

「あ、お兄ちゃん!朝振りだねっ!」

「たく兄、こんにちはっ!」

 2人して笑顔を俺に向けて挨拶をしてくれる。ああ、俺の癒しはここにあったんだな……。可愛い可愛い妹と妹分に癒される場所をシスターゾーンと名付けよう。……いいなこれ。

 

 

 すると、唯と雪穂の陰からひょこっと可愛らしい娘がでてきた。それは当然、俺にも見覚えのある娘だった。

 

 

「あっ、拓哉さん!こんにちはですっ!」

「少しだけ久し振りかな、こんにちは、亜里沙」

 相も変わらず、可愛い笑顔だった。いやみんな可愛いけどね。でも何だろう、この他の子とはまた違う何かを感じる。ほんわかとしようなふにゃっとしたような、そんな柔らかい雰囲気の笑顔が堪らない。結論、天使。

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん……?」

「たく兄……?」

 

 

 

 

 

 瞬間。

 体に凄まじい悪寒を感じた。

 

 

 

「……えと、な、何でしょうか、唯、さん……?それに、雪穂嬢まで……」

 な、何故だ。何故こんなにも今の俺に自分の死相が見えるんだ。つい今まではこの子達は嘘偽りのない天使だったはずなのに、今は何故か笑顔が悪魔にしか見えない。

 

 

「いつの間に亜里沙とお知り合いになってたのかなーお兄ちゃぁ~ん……?」

「え、あ、や、その、あ、あれえ?あの時い、言ってなかったっけ~……?」

「なーんにも聞いてないんだけどなぁ~……」

 ま、マジかァァァあああああああッ!!あの時言ってたと思ってたけど言ってなかったのか……!!ヤバイ、このまま純粋無垢な亜里沙の前で俺が唯と雪穂に血祭りにされるかもしれない。俺はどうなっても構わないが、いややっぱ良くない、亜里沙だって目の前で男がフルボッコにされる光景なんて見たくないはずだ!

 

 

 岡崎拓哉、ここは言葉の選択を間違えるなよ……人生にセーブなんて便利機能なんてないんだからな……ッ!!

 

 

 

 

 

「すまん、忘れてた」

「潰すよ」

「何をッ!?」

 やだ、雪穂が何か物騒な事言いだしちゃったよ!こんな子に育てた覚えはありません。俺は育ててないけどね。桐穂さんに大輔さん、お宅の娘さんこんな事言う子になってるんですけどどうなってんですか。

 

 

「えへへ~、この前すぐにでも会いたいな~って言ってた人がこの人なんだっ♪」

 やはり、こんな俺を救ってくれたのは純粋無垢な天使だった。

 

 

「……はぁ、でもまあ、この前亜里沙を助けたのがお兄ちゃんで凄く納得しちゃったよ……」

「たく兄って本当に見境ないよね」

「ねえ、これって俺褒められてんの?貶されてんの?どっちなの?」

 そろそろシスターズのせいで泣きそうなんだけど。可愛い妹達にイジメられて喜ぶ趣味は拓哉さんにはないよ?ホントだよ?

 

 

 

「とういうより、唯と雪穂って拓哉さんと知り合いなの?唯なんてお兄ちゃんって言ってるし……ハッ!まさか日本にはそういう趣味の人がいるって聞いたけど……!?」

「待つんだ亜里沙。思考をそこで止めなさい。そのまま進めばおそらく君の中で俺の株は大暴落待ったなしになる」

 おい誰だよこの子にそんな事教えた輩は。俺が一発ぶん殴ってやる。純白が似合ってる亜里沙に変な事教えるんじゃありません!!

 

 

「違うよ亜里沙。お兄ちゃんはそんな変な趣味は持ってないからね。正真正銘、お兄ちゃんは私のお兄ちゃんなの。血も繋がってるよ」

「ええっ!そうなの!?」

「むしろ今までの会話聞いてて分からなかったの……。立派な兄妹だよ私達は!ね、お兄ちゃんっ!!」

「ん?おう、唯は俺の可愛い可愛い妹だよ」

「ハラショー……!ならあの時会ったのも何かの縁というやつですね!」

「え?あ、うん、縁?なのかな……?確かに唯と元々友達でその後に俺とも知り合ったからな」

 

 

 凄く目をキラキラさせてる。日本の言葉に憧れでもあんの?何か凄い期待されてるような目で見てくるんだけど。

 

 

「私とお兄ちゃんは兄妹だから、こんな事しても普通なんだよっ♪」

「うおっと」

 急に唯に左腕を絡まれた。普通っていつもはこんなにくっ付いてこないだろ。せいぜい肩に寄り添って来るだけじゃないか。いやそれも中々か?

 

 

「だ、だったらたく兄の妹分でもある私もそれをする権利はあるもんね!」

「おわっとと」

 今度は雪穂に右腕を絡まれた。確かに雪穂の事も妹みたいな感じに思ってるけど権利って何の権利?腕を絡める権利?何それ……。

 

 

「おお、日本にもそういう習慣があるんですね!!なら私も遠慮せずに行かせていただきますっ!」

「「「えっ?」」」

 そう言うと、亜里沙は俺の真正面から抱き付いてきた。なるほど、両腕はもう唯と雪穂がいるから無理だもんな。納得納得……って、んん??

 

 

「あの、亜里沙さん……?一体全体何をしていらっしゃるのでしょうか……?」

「え?唯達みたいに抱き付いてますっ♪」

「ご、がぱぁッ……ッ!?」

「お兄ちゃん!?何アッパーカット喰らったみたいな声出してんの!?あ、亜里沙!一旦離れよう!雪穂も離れよう!私も離れる!!お兄ちゃんの何かが持たないかもしれない!!」

 ここは天国か……?女の子に良い笑顔で抱き付いてますとか何だよそれ。そんな素晴らしい日本語があったのか……。悔いはない。死のう。きっとこの幸せをずっと噛みしめていられるに違いな―――、

 

 

「帰ってきてたく兄ぃッ!!」

「おぶふぅ……ッ!?は、腹が、腹がぁ……ッ!!」

 雪穂に思いっきり腹にエルボーを喰らわされた。天国から一気に地獄に落とされた気分だぞ……!!

 

 

「うん、ごめんねお兄ちゃん。私が腕に抱き付いたばっかりに……」

「あ、ああ、いいよ。可愛い妹分に抱き付かれて嬉しくない男はいないから……。うん、死にそうだったけど」

「あっ!!μ'sが出てきましたよ!!」

 亜里沙ちゃん?俺がこうなったの君の責任でもあるんだよ?思いっきりスルーして楽しもうとしてない?さっきからの出来事のせいで割と周りからの視線が痛いんだよ俺だけ。

 

 と言っても俺の事なんてもう視界には入ってないらしい。ステージに釘付けだ。悲しい。

 まあ姉である絢瀬会長が好きなμ'sに入って初のライブなんだ。そりゃ釘付けにもなるか。

 

 

 

「ちなみにお兄ちゃんはμ'sのお手伝いもしてるんだよ」

「え、そうなんですか!?」

「ん、まあな。マネージャーみたいな事はできないから、せめて男の俺にできるくらいの事なら手伝おうと思ってそうなったんだ」

「やっぱり拓哉さんは凄いです!!」

 さっき以上のキラキラした目を俺に向けてくる亜里沙。とりあえずもうそろそろ始まるからと言ってステージの方へと視線を誘導する。

 

 

 

 

 

 

 

 μ'sが出てきて最初に喋ったのは、リーダーの穂乃果だった。

 

 

 

 

 

「皆さんこんにちわ!私達は、音ノ木坂学院スクールアイドル、μ'sです!私達は、この音ノ木坂学院が大好きです!この学校だから、このメンバーと出会い、この9人が揃ったんだと思います。これからやる曲は、私達が9人になって初めてできた曲です。私達の、スタートの曲です!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当の意味での、スタート。

 9人として揃った、完成した、μ'sのスタート。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのライブが、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「聴いて下さい。『僕らのLIVE 君とのLIFE』!!」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Music:μ's/僕らのLIVE 君とのLIFE

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん」

「何だ」

 ライブを楽しんで聴いている雪穂と亜里沙をよそ見に、唯が話しかけてくる。

 

 

「やっと、見つけたんだね。絵里さんも」

 言いたい事は、よく分かっていた。唯も一度だけだが絢瀬会長とぶつかった事がある。やりたい事は何なのか。その結果が、今目の前で楽しそうに歌って踊っているμ'sや絢瀬会長を見れば明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ」

 短く返答する。それ以上の言葉はいらなかった。これ以上は、ライブ中での会話などは無粋だという事を踏まえて、ライブを楽しもうという気持ちに従おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、どうしても、一つだけ呟く事があるとすれば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホント、楽しそうな笑顔じゃねえか、みんな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果は言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オープンキャンパスは、無事成功に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、『真のμ's』の誕生に相応しい結果になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか。


今回で絵里希加入編終了となります。
むしろやっと揃ったかというお気持ちのあなた、自分でも自覚しておりますw

今回は主に絵里と亜里沙に軸を置いた話になったかと思います。
亜里沙はただ可愛いだけなんや……それでええんや……。

とりあえずμ'sが揃って廃校も遠のいたという事で、これからはオリジナルとして日常回も挟んでいこうかと思っています。
伏線回収してないとこもありますしね(笑)

妹との過去やら謎の後輩の存在、とかね。色々とやっていこうと思いますよ!!



いつもご感想評価ありがとうございます+マジでご感想評価お待ちしております!!





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44.たまにはこんな休日も

ども、色々と片が付いて、落ち着いたのでさっそくオリジナルの日常回です。

拓哉と幼馴染達の休日、気楽に見てやってください!


それと、投稿更新はいつも基本的に日曜か月曜を予定してますので、そこのところもよろしくです!



では、どうぞ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 インターホンが鳴り、玄関を出ると、目の前にはそれはそれはもうニンマリと可愛らしい笑顔をした女の子が3人いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というか完全に幼馴染の3人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何しに来た」

 

 

 

 

 

 ちなみに今日は日曜日。μ'sの練習もなく、休日はいつも昼前まで寝るという、俺のいつものお決まりを朝の10時に訪問してきて見事に粉砕してくれた分からず屋の幼馴染達へとジト目を送りながら問いかける。……あ、俺の中では休日の10時はまだ朝だから。

 

 

 すると、何食わぬ顔で、笑顔を絶やさないまま、代表して茶髪のサイドテールの幼馴染が答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遊びに来たよ!!」

「帰れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 邂逅1番、俺にとっては朝っぱらからの1対3の戦争が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝ったっ!」

「不幸だ……」

 

 

 

 

 

 

 見事に負けました。ドアを閉めようとしたらまるで刑事が足を挟んで閉まるのを妨害するかのように穂乃果に邪魔され、3人がかりでドアを強制的に開けようとしたのを俺と3人の力比べになり、寝起きというのもあって力が上手く出ない俺と均衡している時に、兵器は使われた。

 

 

 

 

 

 

『たっくん……おねがぁい……!』

 

 

 

 

 

 

 まあ吹っ飛ばされたよね。何にかは分からないが、何故か吹っ飛ばされたね。おまけに吐血もしたね。ことりのアレは殺傷能力ありすぎじゃない?主に俺限定で。

 

 そして俺がドアから離れたのも束の間何とも言えない速さで家に入ってきたお三方。まだ許可してないんですけど……。家の人に主に俺に許可貰ってから入りなさいよ!!

 

 

 

 

「あっ、穂乃果ちゃんことりちゃん海未ちゃんいらっしゃい!」

「唯ちゃん、お邪魔しまーす!」

「お邪魔しまぁーす♪」

「お邪魔します、唯」

 

 ホントに邪魔してるよな。俺の睡眠を。もう入ってしまったからには仕方がないのでとりあえずリビングへと誘導する。するとテーブルには何故か出来立てと思われる料理が用意されていた。

 

 

「あれ、何で飯があるんだ?唯も今さっき起きたのか?」

「も~、お兄ちゃんと一緒にしないでよっ。お母さんは仕事に行ったし、私以外に玄関に出たのはお兄ちゃんしかいないでしょ?だから起きたのに気付いてお兄ちゃん用の朝ご飯を作っていたのです!」

 おお、さすが我が妹。お兄ちゃんの事をよく理解してらっしゃる。タイミングも合わせて温かい飯を用意してくれるあたりやはり俺の妹は世界一だな。あと可愛い。嫁には絶対出さない。

 

 

「拓哉君、まさか今の今まで寝ていたのですか……」

「当たり前だろ。休日というのは休む日と書いて休日なんだ。だから休みの日は気が済むまで寝るのが俺の流儀だ。ホントならこのまま寝ようと思ってたけど、唯が俺のために作ってくれたご飯を無駄にする訳にはいかない。だから食べる。いただきます」

「前にもこんな話をした気がしますね……」

 あれ、前にそんな話したっけ?最近色々あったから拓哉さんすっかり忘れちまったよ。どうでも良い事はすぐに忘れるタイプなんだ。

 

 

「じゃあとりあえずたくちゃんがご飯食べ終わるまで待ってよっか」

 唯の作ってくれた卵焼きを食べる。うむ、俺好みの甘い卵焼きだ。やっぱ持つべき者は可愛くて出来た妹って訳よ。将来僕は唯と結婚しようかと思います。……あ、唯は妹だったわ。つうか、

 

「そういや何でお前らうちに来たんだよ。来るとか言ってなかったろ」

 ズズズッと味噌汁を啜りながらソファに座っている穂乃果達に問う。もちろん、事前に来ると分かってたら俺も一応ちゃんと起きてた。……ホントダヨ?でも急に来たから目的が分からない。活動の事で何か急用でもできたのだろうか。

 

 

「さっきも言ったでしょ。遊びにきたの!」

「帰れ」

「返しが早いよ!それと嫌だよ!!」

 ちっ、素直に従わないか。何で日曜に来るんだよ。いきなり遊びに来たとか言われても困るだけなんだが。拓哉さんは寝たいのです。あー唯の作ったご飯おいしっ。

 

「というより、何で遊びに来たんだよ。それも急に。約束もしてないし、あれか、唯と遊びたかったのか。そうかそうか、唯と存分に遊ぶがいい。俺は寝るわ」

「勝手に話を流さないでよー!たくちゃんと遊ぶために来たのー!!」

「えっ?俺と遊ぶために?何で?何を企んでる?ショッピングとかで俺をこき使うためか?それとも俺に全部奢らせようってのか……!?やだ、女の子って怖い!!」

「たっくんの中で女の子をどう捉えてるかよく分かんなくなってきたよ……」

 

 大体の女の子は男子をATMだって思ってるとこの前ニュースで見た気がするけど、それを鵜呑みにしている訳ではないが、思い返せば俺は結構こいつらに奢らされてるような記憶がちらほらとする。

 

 ファーストライブ終わってからのゲーセンで全部奢らされたりとか……あの時は財布がかわいそうになったなー……。やだ、ちょっと思い出しただけなのに白米がしょっぱく感じるよ。唯ちゃん白米に塩でもかけたのかな?

 

 

「その様子だと、本当に覚えてないようですね……」

 目から生成される塩水を拭ってから海未を見ると、ほんの少しだけ呆れたような、それでいて少し寂しそうでありいじけているような表情をしていた。あれ、俺何か悪い事でもしたのか?

 

「覚えてないのたっくん?ファーストライブ前日の帰り道に私と海未ちゃんを途中まで送ってくれた頃の話だけど、休日にたっくんの家に行っていい?って言ったら良いって言ってくれたよ?」

 言われて思い返してみる。……あー、何か、そんな事言ったような気がしなくもないな。思いっきり忘れてた。つうか逆によく覚えてたなこいつらも。翌日のファーストライブのせいで普通に空の彼方まで記憶がぶっ飛んでた。(※24話参照)

 

 

「よく覚えてたな。それにしても本当に穂乃果も一緒に来るとは思わなかったわ」

「なんか私だけ余計みたいな言い方してない?」

「偉いぞ穂乃果、よく分かったな」

「えへへ~褒められちゃっ……いやダメじゃん!!」

 

 おお、ノリツッコミとはレベル上がったなこいつ。変に素直なのか単なるおバカなのか。いや、どっちもか。

 

「私も海未ちゃんもちゃんと覚えてたんだよ?あの後穂乃果ちゃんにも連絡していつ遊びに行こうかってなってたんだけど、ほら、色々あったからそんな余裕もなかったし……。でもオープンキャンパスも無事終わったから、行くなら今かなって」

「なるほどな。確かに色々あった」

 

 ファーストライブが終わって、花陽、真姫、凛が新しく入り、にこさんとひと騒動あってにこさんも加入し、誰がリーダーになるかで色々やったり、赤点回避のために勉強したり、因縁だった絢瀬会長と真正面からぶつかって見事絢瀬会長も東條もμ'sに入ってようやく、μ'sは完成となった。

 

 

 本当、色々あったもんだ。

 でもその全てが無意味なものではなかった。ちゃんとそれぞれに意味があって、だからこそ今の形になる事ができた。それに、その形になるまでに、穂乃果達は努力を怠らなかった。多少の文句はあっても、最後にはそれらをやり遂げていた。

 

 決して口には出さないが、俺もこいつらの努力を傍で見てきた。だからもう、こいつらは立派なスクールアイドルであり、μ'sであり、認められる存在だという事だ。……こいつら自身も、ちゃんと成長してるって事だな。

 

 ファーストライブも終わり、μ'sが揃い、オープンキャンパスも成功した。当初から頑張ってきたこいつらに俺が何かしてやれる事、それは、こいつらの願いを聞いてやる事が1番って訳か。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――じゃあ、たまには付き合ってやるか。

 

 

 

 

 

 

 

 残り少ないご飯をかっ込み、ごちそうさまと軽く言ってから穂乃果達に言い放つ。

 

 

 

「んじゃ、今日はとことん遊ぶかっ!!」

 俺の言葉に、3人の顔は瞬く間に明るくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、寝起きにこいつらの笑顔が見れりゃ、たまには早起きも悪くはないなと思う。……もう11時になるけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何すんの」

 

 

 

 

 

 俺の部屋に来て、最初に放った一言がそれだった。

 

 

 

「ほえ~、たくちゃんの部屋何年振りだろ!探索探索ー!!」

「おいこらバカやめなさい無意味な詮索はするんじゃありません何もないぞ」

「そう言う人に限って何かあるんだよねー」

 いやホントに何もないんだが。というか何を探そうとしてるんだよ。いかがわしい本はないから期待はするな。穂乃果が何を期待してるのかは知らんが。

 

 

「……どうですか、穂乃果」

「何かあった?穂乃果ちゃん……」

「今のところ女の子が来た形跡はないね。たくちゃんの事だから心配してたけど、安心できそうかも……」

「何をコソコソと話してんだお前ら。勝手に人の部屋でわちゃわちゃしやがって」

 女の子がどうとか聞こえたけど、一体何を言っているのやら。俺の部屋に来るのは精々唯くらいしかいないぞ、悲しい事に。実に悲しい事にな!ふええっ……。

 

 

「まあいいや。じゃあゲームでもしよっか!」

「つっても、何のゲームだよ。いつも俺1人だからパーティー用のゲームなんか持ってないぞ俺。2人用ならあるけど」

「ちなみに2人用のなら何があるの?」

「シューティングゲーム」

「うわぁ……男の子だね……」

「俺は男だよ!!男ならシューティングゲームだろ!!」

 

 何でシューティングゲーム持ってるってだけで引かれないといけないんだ。音とか爽快感あっていいだろ。全年齢版という大変優しいゲームなんだぞ。最近やってないけどね。……いや、ほら、色々あったし?

 

 

「まあいっか。じゃあ交代制でやろうよ!」

「結局やんのかい」

 どっちだよ。やるんだったら最初に引かないでくれる?拓哉さんあれで内心結構ヒビ入ったからね?海未とことりにまで言われてたら軽く家出しようかと思ったよ。帰りにパーティーゲーム買ってくる特典付きで。

 

 

 

 

 

 とまあ、そんなこんなで交代制でシューティングゲームをやる事になった。

 ホントに俺の家に来てまでやる必要あったのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

「せっかくだから負けた方は勝った方の言う事を何でも聞くってのやらない?」

「おい、それだと経験者の俺張り切って全勝しちゃ……圧勝してしまって不公平になるんじゃないのか?」

 あっぶねえ……思わず欲に忠実になりかけた。ん?今何でも聞くって言ったよね?とか言いそうになった。

 

 

「そうですよ。それじゃ拓哉君の1人勝ちになって私達全員が汚されますよ」

「ねえちょっと?今あなたとてつもなく遠回しに俺の事ケダモノって言ってない?」

「すいません、間違えました。拓哉君はケダモノです」

「直球になっただけじゃねえか……」

 本格的に家出しそう。私実家に帰ります!!……ここが実家だったわ、世も末だな。

 

 

「海未ちゃん、そんな事言っちゃダメだよぉ。たっくんはケダモノさんなんかじゃないよ、ね?たっくん」

「あたぼうよ。俺がケダモノだったら速攻彼女作って部屋で健全に遊んでるわ」

「「「それは許せない」」」

「えっ」

 何この子達、何言うか事前に打ち合わせでもしてんの?つか健全に部屋で女の子と遊ぶのもダメなの?俺は一体何に縛られてんの?疑問形が止まらないんだよ?

 

 

「それだったら今の俺は女の子達と健全に部屋で遊んでいる状態なんだが、これについてはどう思うかね」

「「「私達“は”いいんですっ!」」」

「いやそれはどうなのよ」

 ジャイアンもびっくりの自己中的思考じゃねえか。まあいいけどさ。どうせこいつら以外に女の子との出会いなんかないしー!!悲しくなんてないしー!!

 

 

「……はあ、出会いが欲しい……」

「「「フンッ!!」」」

「ごべばうっ!?痛ってえ!いきなり何しやがるんだ己らはあ!!」

 ちょっと呟いただけなのに穂乃果に顔面、海未に溝、ことりに腹を同時に殴られた。ちくしょう、だから何の打ち合わせしてきたんだこいつらは!普通に大ダメージだわ!

 

「たくちゃんが悪い」

「ですね」

「うんうんっ」

「え、何これ、俺が悪いの?何か変な事言ったの?ただ普通の男子高校生の悲しみの呟きをしただけなのに―――分かった、分かったから!もう言わないから再び拳を構えないでくんない!?」

 

 何とか拳を引っ込めてくれた。幼馴染達が怖い今日この頃であります。他のμ'sがもし俺の家に来る場合はどうなるのか気になるところではあるが、今は聞くのやめとこう。拓哉さんも命が惜しいんです。

 

 

「で、結局どうすんだよ。その、負けたら何でも聞くっての、やるのか?」

「そだね、せっかくだしやろっか」

「ちょ、本当にやるのですか……?せめて拓哉君には何かハンデを……」

「海未ちゃん、もしかして負けるのが怖いの?」

「あ、おい」

 

 バッカお前、そんな事言ったが最後だぞお前、どうなっても知らないぞお前。拓哉さんは関係ないからねお前。……何回お前って言うんだよ。

 

 

 

「……ほう?穂乃果は自信ありそうですねえ?いいでしょう、分かりました。そこまで言うなら私も引く訳にはいきません。さあ拓哉君!ハンデなんてものはいりません!全力を以て私の相手をしてください!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で勝てないのですか……ッ!!」

「……いや、君初心者、俺経験者だからね?一応言っておくとこれが普通だからね?」

「そんな……初めての人でも簡単にできるって説明書に書いてあるじゃないですか!なら初心者の私でも拓哉君に勝てるはずなのです!なのに何故……」

「その、だから、これでもやり込んでる方だから俺。そう簡単には負けないからね。何で全力でこいなんて言ってきたんだよ……」

 ちょっとやだ、本気で悔しんでるんだけどこの子。膝から崩れ落ちたようなポーズになってんだけど。本気で俺に勝てるとか思ってたのか。

 

 

「……まあ、なんだ。最初だし、今のは慣らすための練習って事で、罰はなしでいいだろ」

「だねー。私とことりちゃんも軽くやってみんなでたくちゃんに挑戦しよう!!」

「ん?何で3人が俺に勝とうとしてんだよ。バラバラにやるんじゃないのか?」

「そうも思ったんだけど、やっぱりたくちゃん強いから、私達で交代しながらたくちゃんに挑もうって思って!」

「言っとくが問答無用で蹴散らすぞ」

 

 だって勝者は敗者に“何でも言う事を聞く”という絶対的な権限を持てるんだからな!これは何としても勝つしかないだろう。……勘違いしないでほしいが、別にこいつらに変な事させようとかそういうのは思っちゃいないからな。……ホントダヨ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……海未はいつまで落ち込んでるんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったぁー!!たっくんに勝っちゃったー!」

「なん……だと……!?」

 慣らしが終わり、いざ初戦で一発華麗に勝とうと思ってたのに……ことりに負けた……だと……!?ちょっとヤバイと思って本気でやったのに普通に負けた。こっぴどく負けた。何でこんなに強いんだよことり。

 

 

 って、あれ?となるとこれは……、

 

 

「……という訳でぇ~♪たっくんには私の言う事を“何でも”聞いてもらいまぁ~す!」

「おお、たくちゃんがさっきの海未ちゃんみたいに膝から崩れ落ちたっ!」

 終わった……俺は一体ことりにどれだけ高価な物を買わされるのだろうか……。せめて俺の財布に優しい値段のにして!!

 

 

「じゃあたっくん、私の頭を撫でてください♪」

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

 

「はい?」

「何でも言う事聞いてくれるんでしょ?だからぁ、私を撫でてください♪」

「……いや、俺的には非常にありがたいけど、“そんな事”でいいのか?」

「だってまだ一戦目だし、次にまた勝てば次のお願いを聞いてもらえるしね♪」

「ああ、そういう……」

 

 ちくしょう、やっぱそういう事だろうと思ったよ。そう簡単には安全ルートにはいけないってな!次は絶対に勝ってやる……。そしてメイド姿にでもなってくれってお願いでもしてやろうか。

 

 

「ふぁ……、えへふぇ……♪」

 ことりの頭を撫でながら考える。うん、そうだな。ことりならメイド姿似合いそうだし、それでいいか。メイド服はどこかで俺が調達するしかないけど、マイラブリーエンジェルのメイド姿が見れるのなら安いもんだ。

 

 

「いいなぁことりちゃん……たくちゃん!早く私ともやろうよ!!」

「……え?ああ、そうだな、やるか」

 ことりの頭から手を離し、コントローラーを持つ。ふん、穂乃果なら軽く勝てるわ。フルボッコにして罰ゲームは3回クルッと回ってワンッて言ってもらうか。恥ずかしがる穂乃果を見て大爆笑してやる。

 

 

「あっ……もう終わり……むぅ……」

 

 

 

 

 ことりが何故か残念そうにしていたが、頭くらいならいつでも撫でてやるんだけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わったしの勝ちぃーー!!」

「嘘……だろ……!?」

 何で、何で俺が穂乃果にまで負けるんだ……!?確かにもう負けないために最初から本気でいったはずなのに……!あいつらのどこにそんな実力があるってんだ……。

 

「絶対にたくちゃんに言う事聞かせるんだからって思ってたら勝てちゃった!!」

「そんなにしてまで俺をめちゃくちゃにしたいのか……」

 勝ちへの執着心凄すぎだろ。俺よりも強いとかどうかしてるぞ。一体何をさせるつもりなんだ。さっき本気で殴ってきただろ。また俺を殴ろうとでも思ってんのか?

 

 

 

「ではたくちゃん、今から20秒動いちゃダメだからねっ!」

「え?お、おう……」

 これはヤバい。動いちゃダメな命令系のやつは大概くすぐってきたり気が済むまでビンタをしてくるのが普通だ。だからほら、今も穂乃果は俺に優しく抱き付いてそのまま動かな―――、

 

 

「……あの、穂乃果さん?一体全体何をしてらっしゃるんでせうか……?」

「んー?見た通り、たくちゃんにくっついてるんだよー」

「いや、それくっついてるというより抱き付いて……やっぱ何でもない……」

 なるほど、これは確かに罰ゲームだ。俺は棒立ちのまま動けないし、言ってしまえば穂乃果に為されるがまま、こんな状態をことりや海未に見られてるのに引きはがす事もできやしない。穂乃果め、とんでもない罰ゲームを与えてきやがったな。

 

 

 ……というよりも、俺が恥ずかしすぎて気が気じゃないんだが……!何で穂乃果は平然といられるんだよ!幼馴染だから恥ずかしくないとかか!?あいにく拓哉さんは純情少年なので幼馴染でも普通に意識してしまうのでありますのよ!!

 

 まず可愛い幼馴染というのがいる時点で意識はしてしまうけどな!!何でこいつらは自分達が魅力的な女の子だって自覚がないんだよ。最近はスクールアイドルもやってるからか余計可愛く見えてくるし魅力的にもなってきた。

 

 つまり、余計意識してしまう自分がいましてですね、殴ってやりたい。……まだか20秒!!どんだけ長いんだよ!!時が止まってるんじゃないのか!?どこかでザ・ワールドでも使ってんじゃないのか!?

 

 

「私たくちゃんの匂い大好きなんだぁ~……」

「お、おう……」

 穂乃果の不意な言葉に思わず赤面してしまう。いきなり何言ってんだこいつ……。女の子が軽々しくそんな事言っちゃいけません。俺だから大丈夫なものの、他の男子ならコロッと勘違いして落ちちゃうから。

 

 

「穂乃果、もう20秒経ちましたよ!」

 海未の声が部屋に響く。それと同時に穂乃果は少し惜しそうに俺から離れた。

 

「むぅ~……もう20秒かぁ。もっと長く設定すれば良かったな~」

 やめろ。それは俺が色々と持たないから。穂乃果が俺の匂いがどうとか言ってたけど、抱き付かれてる時は穂乃果の頭が丁度下にあったせいか、女の子特有の甘い香りがした。純情少年には刺激が強いと思います。

 

 

 

 

 

 

 

「……では拓哉君、次は私です。拓哉君の戦い方は大体把握しました。これでもう負けません!!」

「こっちも二戦やって負けてるからな。手加減は無用でいかせてもらおうか!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ぐすっ……ひっく……っ」

「いや、その、あのですね?わたくしめも二敗してたんでそろそろホントに勝たないとなーって思ってたんですよ。しかも初心者のことりと穂乃果に負けたし、だからもしかしたら海未にも負けちゃうかもなーって思ってですね?……うん、何かホントにすいませんでした」

 

 

 さっきまでの勝負は何だったのか。それが似合うほどの俺の圧勝だった。というか1度もダメージを喰らわずに勝ったから完勝だった。対して海未は相当のショックを受けたせいか軽く泣いてしまっている。……え、俺が悪いの?

 

 

 

 

 

「たくちゃん、さすがに海未ちゃん泣かすのはダメだよ……」

「よしよし、海未ちゃん、大丈夫大丈夫。たっくんが意地悪なのがいけないもんねぇ」

「ちょっと?いかにも俺が悪者みたいな言い方やめてくんない?俺だって勝ちたいんだよ!初心者に二敗したらそりゃ勝ちたくもなるでしょうよ!そしたら何か完勝しちゃったけど、これ勝負だからね!?俺何も悪くないからね!?」

 

 穂乃果と同じように本気でやったら普通に勝ってしまった。それはもう傍から見ればフルボッコもいいとこだった。だって海未が俺の戦い方は把握したって言うから、本気でやらないと勝てないと思ったし……。

 

 すると海未はあまりのショックに泣いてしまった。何故だろう。俺は悪くないのにもの凄く罪悪感が凄いと感じてしまうのは。これって理不尽じゃないかな……。でも海未をこのまま放っておくわけにもいかないし。仕方ねえな……。

 

 

 

 

「あー!そういや今海未が使ってたコントローラーさっきと違うやつじゃねえか!だから調子悪かったのか!!」

「ひっく……え……?」

「きっとそうだよ!そうに違いない!そりゃ初心者だから違うコントローラーだとやりにくいわな!これは俺が悪かった!今の勝負はなしだわ!!もっかいやるしかないなこれは!!」

 

 

 少し形が違うコントローラーでよかった……。これなら初心者の海未も納得するはずだ。違うコントローラーだからさっきの実力が出せなかったんだとな。

 

 

「いや、でもこれは操作はいっ―――、」

「んじゃ俺とコントローラー変えてもう一戦だ海未!次も負けねえからな!!」

「海未ちゃん!次は勝てるよ!!勝ってたくちゃんにお願いを聞いてもらえばいいんだよ!例えば私への日頃の鬱憤をたくちゃんを殴って晴らすとか!」

「おいコラ何物騒な事言っちゃってんの?ゲームじゃなくてそれ本当に俺死んじゃうからね?」

 

 とはいえ、すぐさまフォローしてくれた穂乃果にアイコンタクトで礼を言う。穂乃果もウインクで返してきた。ことりも親指を突き立ててるって事は俺の演技が分かってるって事か。

 

 

「…………」

「さあやるぞ、海未!」

 

 

 

 

 コントローラーを凝視している海未を無視して、俺もコントローラーを手に取る。

 

 

 

 

 

 

 かくして、俺の見事な接待プレイが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝った……。勝ちましたよ!穂乃果!ことり!」

「また負けちまったか」

 と言ってもわざとだけどな。良い感じの接戦を演じて、見事に俺が負けてしまった。そういう風な流れにするように俺がしてやったというわけだ。海未は気付いてないんだろうけどな。

 

 

「やったね海未ちゃん!」

「私達の大勝利だね!」

 海未も勝てたのがよほど嬉しかったのか、穂乃果とことりと一緒にはしゃいでいる。穂乃果もことりも俺と同じ共犯者なんだけど。……まあ、海未も満足できたようで何よりだ。

 

 

 

 

 

「じゃあ海未ちゃん。たくちゃんは“何でも”言う事を聞いてくれるから、何でも言っちゃって!!」

 ……覚悟しないとなー。日頃の鬱憤でも晴らそうと俺を殴るってんなら、それも受けよう。それで海未の気が済むなら、体がボロボロになっても構いやしないさ。入院はできれば勘弁したいけど。

 

 

「…………」

 静かに海未は俺の側に近寄ってきた。さて、一発目は顔面かな。歯を食いしばっとかないと。さあ来い!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、では……拓哉君が暇な時でいいので、私とで、デー……買い物に付き合ってください……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……い、今何と……?」

 思いっきり歯を食いしばってたからよく聞こえなかった。とりあえず殴られるわけではないようだけど、買い物?

 

 

「……だから、拓哉君の暇な時に、わ、私の買い物に付き合ってください……」

「…………」

 思考が一瞬停止する。そしてまた動き出す。えっと、これは、つまり……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、荷物持ちか」

「……え?」

「いや、だから、買い物に付き合ってくれって、つまりは男である俺は荷物持ち担当だろ?」

 何故だろうか。俺の部屋の空気が凍ったような気がした。

 

 

 

 

「さすがたくちゃんだね……」

「もはや称賛したいよたっくん……」

「あれ、褒められてるはずなのに何でそんな呆れた顔してんの?おかしくない?」

 穂乃果は額に手をやり、ことりは苦笑い、ふむ、これは褒められてませんね。むしろ本気で呆れられてますね。解せぬ。

 

 

 

 すると海未の口がようやく開く。

 

 

 

 

「そ、そうです!拓哉君には荷物持ちをしてもらいます!!“何でも”言う事を聞くんですから拒否権はありませんからね!!」

 やっぱりそうか。大概女の子が買い物に付き合ってって言うと男は荷物持ち確定なのだ。これ世の常識だから。だから男は諦めた方がいい。女の子の機嫌を保ちたいならな。

 

 

 

 

 

「……分かったよ。付き合えばいいんだろ付き合えば」

「……ふふっ、そうです、付き合ってくれればいいんです♪」

 納得してやればすぐこんな笑顔になる。だから女の子ってのはズルいんだよな……。まあ、それで納得してしまう俺も相当だけど。ちょろいとか言うな。でも、こいつらの笑顔が見れるんなら、たまにはこんな休日も悪くないかな……。

 

 

 

 

 

「いつ行くかは海未が決めておいていいからな。俺はちょっとトイレ行って来る」

 そう言って部屋を出る。だから俺には聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コントローラーがどうとか、わざわざ私のために演技までしてくれて、ありがとうございます。拓哉君……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海未の微かなお礼の言葉が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしょうか。

たまにはこういうお話があってもいいかなと(笑)
これからも日常回を時々挟んでいこうかと思っているので、その時は付き合ってやってくださいw

いつもご感想評価ありがとうございます+いつでもご感想評価お待ちしておりますホント!!


では、新たに高評価をくれた、


bocchiさん(☆9)、タカなすびさん(☆8)


本当にありがとうございます!!これからもどしどし高評価(9、10)待ってます!!



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45.ことりに男の気配……!?


どうも、さっそくモンハンクロスにハマって夢中になっているたーぼです。
3DSのモンハン初心者なのでとりあえず頑張ろうと思ってます(笑)


さてさて、今回からいつも通りのアニメ準拠に戻っていきます!
と言っても、時折日常回も挟もうと考えています。


では、ことりメイド編と書いてワンダーゾーン編の開幕ですじゃ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 オープンキャンパスが終わった翌週の日曜日に穂乃果達が遊びに来て、そしてその翌日の月曜日。

 

 退屈な授業が終わり、今日はμ'sの練習があるからそのまま部室へ行こうとした時、

 

 

 

「たっくちゃーん!!」

「うわっと。何だよ、どうした?」

 後ろから穂乃果が飛びついてきた。平静を装ってるけど、内心凄くドキドキしています。やめて、首に手を回さないで。背中に柔らかな何かが2つ当たってるから。あと周りの生徒も見てくるから。

 

 

「まあまあ!海未ちゃんとことりちゃんとも合流して、部室に行ってからのお楽しみだよー!」

「じゃあ今飛びつかなくてもいいだろ……」

 周りの視線が痛いんだよ……。何だか「またあの2人か~」とか「いつもの光景だね~」とか聞こえるのは気のせいだろうか。というか気のせいだと思いたい。こいつが勝手にくっついてくるだけで俺は好きでやってないんだからねっ!

 

「てか、本当にテンション高いなお前……」

「まあね~!先週たくちゃんの家で遊んで楽しかったし!」

「ああ……先週ね……つうか先週の事まだ引き摺ってんのかよ」

 

 先週はあの後も同じゲームをして遊んでいた。何故か俺が四つん這いになり穂乃果が俺に乗っかって馬のようにこき使われたり、ことりを膝枕したり、わざと負けて海未が俺の膝の上に乗ってきたりもした。

 

 そしていきなり途中参戦してきた唯にも負けて一晩だけ一緒のベッドで寝るという究極の罰ゲームも課せられた。唯的には小さい頃はよく一緒に寝てたからたまには兄妹一緒にまた寝たいという事らしい。なるほど、普通に言ったら絶対に俺が断ると分かってたから罰ゲームを利用してきたのか。唯、恐ろしい子……ッ!

 

 

 海未はまた日を追って連絡するとか言ってたからまだ分からない。夕方まで俺の部屋に入り浸り、散々俺に罰ゲームを与えて満足したのかそのまま3人は帰っていった。……あれ、俺結局1勝もしてない……?

 

 

「あっ!2人共いたっ」

 改めて地味にヘコんでいると、穂乃果が海未とことりを見つけたらしく、俺から離れて2人の元へ駆けていく。ちょっとー、俺だけ視線で針の筵にされて辛いんですけどー。ごめんお願い待って、俺も走るからー!!

 

 

 

「ことりちゃーん!海未ちゃーん!」

 小走りで穂乃果に追いつくと、穂乃果は2人の肩を抱きながらくっついていた。ここにキマシタワーを建てよう。

 

 

「すっごいよー!ビッグニュース!!」

 いいから早くそのビッグニュースってのを言ってくんないかな。大体の予想はできてるけどさ、穂乃果がこんなにも元気って事はまあそうなんだろう。これで違う話だったら俺は笑い者にされるからあえて言わない。

 

 

「ほれ、分かったからとりあえず部室に向かうぞ」

「うわわわ、分かったから押さないでよたくちゃん~!」

「やかましい、お前は何でいつもそう一々声が大きいんだよ。周りの視線も考えろっての」

 穂乃果の背中を押しながら愚痴を零す。ついでに穂乃果に肩を持たれてる海未とことりも自然に押されて歩き出す。こっちにとっては好都合。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オープンキャンパスのアンケートの結果、廃校の決定はもう少し様子を見てからとなったそうです!」

 部室に花陽の明るい声が響き渡る。というより、あれ?何で花陽も知ってんの?どこ情報?ソースは?事前に穂乃果から他の学年の代表に連絡いってたのか?

 

 

「それって……!」

「見に来てくれた子達が興味を持ってくれたって事だよね!」

「うん!……でも、それだけじゃないんだよ~!」

「ん?他にもまだ何かあるのか?」

 廃校延期は予想してたけど、他に何かあるとは思ってなかった。何やら穂乃果がニマニマしながら部室の奥の方の扉へ歩いて行く。

 

 

「じゃじゃーん!部室が広くなりましたー!!」

「「おおー!」」

「へえ、意外と広いんだな」

 確かにこの部室を使ってはいても奥の扉が何のかはずっと謎のままだった。気になってたけど、こうなってたのか。割と広いな。ストレッチくらいなら余裕で全員できそうな空間だ。

 

 

「いや~、良かった良かったー!」

「安心している場合じゃないわよー」

「絵里先輩」

 部室が広くなってテンションが上がっている穂乃果に、絢瀬会長が声をかける。いつの間に来てたんだこの人。

 

「生徒がたくさん入ってこない限り、廃校の可能性はまだあるんだから頑張らないと」

 言われてみればそうである。確かにオープンキャンパスは上手く成功した。しかし、成功とは言ってもそれはあくまで廃校にするのは様子を見るという延期という意味でだ。言うなれば、生徒が入って来なければ廃校の確率はまた上がる事になる。

 

 

「って事は、もっと興味を持ってもらえるように今まで通り、いや、それこそ今まで以上頑張らないとって訳か……ん?どうした海未」

 何故だか俺の隣で海未が俯いて急に体を震わせていた。体調でも悪いのか、それともトイレに行きたいのか。後者を言ったら確実に俺はぶっ飛ばされるだろう。迂闊な発言は命取りになる。怖い。

 

「ぅ……ひっく……嬉しいです……!まともの事を言ってくれる人がやっと入ってくれました……!!」

「それじゃ凛達まともじゃないみたいだけどー……」

 何だよ、体調悪いとかではなかったのか。どんだけ感動してんだよ怖いよ。まあ絢瀬会長が入ってくれた事は確かに大きい。生徒会長という事もあり、みんなをまとめる力も持っている。それに関しては海未の助けになるだろう。……というより、

 

 

「いや、俺は?俺まともじゃん。いつも頑張って助言的な事言ってるじゃん!まとめようとしてるじゃん!?」

「拓哉君はお手伝いなので除外です。私はμ'sで絵里先輩がまともな事を言ってくれて感謝しているのです」

「あ、はい」

 何というか凄く納得しました。海未以外でまともなのってμ'sにはいなかったしな。

 

 例えば穂乃果、言わずもがなμ'sのリーダーだが、俺の認識としては3バカトリオの1人だ。それだけで説明はいらないまである。そして2人目のことり、天使。3人目の花陽はまともに近いが、アイドルの事になると異常なテンションになる。

 

 4人目の凛、3バカトリオの1人。5人目の真姫、お嬢様気質でありながらツンデレ属性の部分も持っている意地っ張り娘だ。6人目の東條、密かに陰から助言をしたりとまともだと思われがちだが、女の子を容赦なくわしわしするという俺からすると羨まけしからん行為をする。

 

 7人目のにこさん、3バカトリオ。そして8人目の絢瀬会長、とてもまともだ。生徒会長ってだけで超まともに感じる。廃校に囚われていたあの時を除けば、十分すぎるほどにまともだ。そりゃ海未も喜ぶわな。

 

 

「ほな、練習始めよか」

「いたのか東條」

「今さっき来たとこやけど、普通に失礼やな岡崎君。何や~?今ウチらの事考えてたの知られるのが嫌やったんかな~?」

「ホントまじすんませんでした」

 何で俺の心読んでんだよ。つうか何で読めてるんだよ。あれか、またスピリチュアルがどうのこうのってやつか。ちくしょう、俺にも教えてほしいぜ……!

 

 

「あっ……ごめんなさい。私ちょっと……今日はこれでっ」

 それだけを言うと、ことりは足早に去って行った。

 

「どうしたんだろ?ことりちゃん、最近早く帰るよね?」

「ええ、オープンキャンパスも終わって、今までずっと練習ばかりしていましたから、何か用事が溜まっていたりしてたのかもしれませんね」

「やっと落ち着いたところやもんね」

 各々が反応する中、俺だけは少し違った考えをしていた。

 

 確かにオープンキャンパスに向けてずっと練習ばかりしていた。だから色々と用事が溜まっているのも分かる。でもそれが全然違うとしたら?まったく別の理由で早く帰っているとしたら?みんなには言えないような事で帰っているという事は、まさか……、

 

 

 

 

 

 

 

 

「ことりに……男ができたという事か……!!」

「「「「「「「「それは絶対にない」」」」」」」」

 8人全員に速攻否定された。すっかり仲良くなって拓哉さんは嬉しい限りですよこんちくしょう。

 

 

「いやでも考えてみろよ。あのことりが何も言わないで颯爽と帰っていったんだぞ?何もやましい事がないなら何の用事なのか言って帰るだろ?これは男ができた証拠と言っても過言じゃないだろ!?」

「普通の女の子なら有り得る事かもね」

 意外にも俺の意見に賛同したのはにこさんだった。

 

 

「おお、さすが3バカトリオの1人でありながらもどこかお姉さん的ポジションを獲得しているにこさん、分かってくれるか!」

「一言多いわよ!!……まあ、“普通の女の子”ならの話よ」

「普通の、女の子……?」

 そこで俺の脳内に疑問符ができる。ことりだって普通の女の子のはずだ。いや、ことりは天使だ。大天使だ。なるほど、やはりにこさんもことりが天使であるからこそ普通の女の子じゃないと分かっていたのか。

 

 

「とりあえず今はいつもいつも天使天使言ってるその幸せな頭を振り払いなさい」

 思いっきり考えが読まれてたでござる。どうしてこうも女の子は俺の考えを読める子が多いのか。甚だ疑問である。これを上手く解明して論文発表でもしたら何か賞でも貰えるかもしれない。貰えない。

 

 

「いい?アイドルには恋愛はご法度なの!だから普通じゃない、スクールアイドルのあの子には恋愛は有り得ないわ」

 にこさんの言い分としては、もっとも正論的だった。アイドルは恋愛ご法度。よく聞く話だ。“スクール”アイドルまでそれが通じるのかは分からないけど。

 

「……でも、あの子も人間。どうしても振りきれない想いもあるって事は理解してるわ。だから“もう1つ”の理由を軽く説明してあげる」

 もう1つの理由?そんなのがあるのか?これも同じ女の子というカテゴリーだから分かる事なのか。俺にはさっぱりだ。

 

 

「まず、根本的(、、、)な事から岡崎の考えは間違ってるのよ。“普通の女の子”ならそういう浮いた話も納得できるけど、あの子は“ちょっと”違うからね。前提条件からして合ってないの」

「ちょっとってどういう事だよ?」

「そこまでは言えないけど、あの子も女の子だっていう事よ。……それに、“ここ”にいる全員もね」

 う、うん?途中からにこさんが何を言っているか分からなくなったぞ。ここにいる全員もって、そりゃ見たら分かる通りみんな女の子だし。

 

 にこさんの言っている意味を通訳してもらおうと周りを見たら見事に全員に目を逸らされた。え、何、まさかとは思うけどこいつら全員……、

 

 

「ここにいる全員好きな人いんのか!?」

 答えは沈黙で返された。まだ目を合わそうとしない。おいおい、マジかよ。みんな綺麗な純情乙女しちゃってるのかよ。この学校には俺しか男子はいない。つまり中学の時好きになった男子をまだ好きって事か。青春しまくりじゃねえか。

 

 こんな可愛い女の子達に好かれるなんて、1人ずつ男子をぶん殴ってやろうか。でもな、でもな……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「許さん、許さんぞォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!拓哉さんは認めません!!ことりに彼氏ができるなんて断固反対だあ!!それにお前らにも彼氏できるのなんて認めないからな!!」

「急に声張り上げないでよ……」

 真姫の引いた声が耳に届くがそんなのは気にしない。大分心にダメージ負ったけど気にしないもんねっ!

 

「というか、たくや先輩そんな事言うなんてまるで凛達の親みたいだにゃー」

「ふんっ!これでも当初からμ'sの手伝いしてんだぞ。という事はだ。逆説的に言うとμ'sの手伝いである俺はお前達の親と言っても過言ではない」

「過言すぎるんだけど」

 絢瀬会長の言葉が刺さる。でも負けない。僕強い子だもん!!心が塩水で満タンになるのは気のせいだと思う。

 

 

「とにかく!そんなの拓哉さんは認めないからな!!お前らは全員可愛いからすぐ彼氏できるだろうけど、平凡な男子高校生の俺は1人ぼっちで部屋の隅で体育座りしちゃうぞ!」

 自分で言ってて凄く悲しくなってくる。俺にも可愛い彼女さえいれば……!!いや、俺には唯がいるじゃないか!あの世界で1番の妹がいるじゃないか!!でも唯は妹なんだよなあ!!この自己完結を一体俺は何回繰り返して自爆しただろうか。

 

 

 

 

「たくちゃんたくちゃん」

 スローモーションで体育座りしようとしてたら後ろから穂乃果に声をかけられた。見ると、さっきとは違い、全員が俺の方へ視線を向けていた。それも呆れたような笑みで。

 

 

 そして穂乃果は告げる。

 

 

「大丈夫だよ、たくちゃん!多分、いや、絶対にここにいるみんなも、ことりちゃんも、もちろん私だって、他の学校(、、、、)の彼氏なんて作る事はないよ!」

 とても明るくて、周りをも輝かせてくれるような笑顔が、俺に向けられた。何だろう、この滲み出る謎のシリアス感は。

 

 

 

「それに、絶対にこの人じゃなきゃヤダってくらいの大好きな人じゃないとダメだしねっ!」

「……でも、さっき俺が好きな人いるのかって聞いたら全員目を逸らしたよな」

「えっ!?あ、や、それは、あれだよっ!女の子はそういうのいてもいなくても答えたくないものなの!!たくちゃんデリカシーないよ!!」

 何故かあの穂乃果から説教くらいました。これは明日空から女の子が降ってくるかもしれない。そらのおとしものならアストレアが好きでした。

 

 

 

「まあ、岡崎君が心配する事は絶対に1つもあらへんよって事だけ言っておこうかな~」

「え、何それ。逆に超気になるんだけ―――、」

「さあて、じゃあ着替えて屋上でμ'sのランキングチェックから始めよー!!ほらほら、たくちゃん出て行って!ここにいると変態さん扱いするよ!!」

 俺の言葉を無視し、穂乃果は俺の背中を押し外へと追いやった。男子がいないから必然的に俺の味方が誰もいねえ……。悲しきかな人生。

 

 

 

 

「はあ……、先に屋上行くか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ~!50位!何これ、凄い!!」

 屋上、第一声はやはり穂乃果から始まった。

 

 

「夢みたいです!!」

 次に花陽。スクールアイドルに憧れていた自分がスクールアイドルになり、しかもラブライブに出場できる範囲に近づいたというのだ。夢だと思っても仕方ない事なんだろう。

 

「20位に大分近づきました!!」

「凄いわねえ」

「絵里先輩が加わった事で、女性ファンもついたみたいです」

「……確かに、背も高いし、足も長いし、美人だし、何より大人っぽい!さすが3年生!!」

「やめてよ……」

 

 ほう、女性ファンもついたのか。まあ絢瀬会長くらいの容姿なら男子だけじゃなく女子のファンもつくか。世に言う同性からも憧れの的として見られる理想的な女の子なのだろう。

 

「そりゃ、絢瀬会長くらい日本人離れしてる美人なら女の子のファンも増えるか」

「ちょ、岡崎君まで何言ってるのよ……」

「事実だろ?実際アンタは超が付いてもいいくらい綺麗で可愛いんだ。スタイル抜群だしな」

「たくや先輩が言うとセクハラみたいに聞こえるにゃ」

「よすんだ凛。それを言うとホントに誤解されるから」

 

 実際言ってる途中に俺も気付いたよ?あっ、これ何か俺が言うと危ないかなーって思ったよ?でも事実を言っただけなのにセクハラ扱いって理不尽すぎない?こうして冤罪がなくならないのか。怖いな。

 

 

「も、もう……褒めても何も出ないわよ……!」

 あ、絢瀬会長結構照れてる。うん、これは中々。普段しっかりしている人がこう、照れたりとかしたら超可愛いよね。ギャップ萌えって言うの?絢瀬会長に合ってると思うんだ。

 

「でもおっちょこちょいなとこもあるんよ。この前なんておもちゃのチョコレートを本物と思って食べそうになったり」

「の、希ぃ……!」

 なん……だと……!?そんなの絶対可愛いやつじゃねえか……!俺もその場にいたかったぞ。あわよくば写真撮って永久保存するまである。

 

「でもホントに綺麗!よし、ダイエットだっ!」

「聞き飽きたにゃー!」

「どんだけダイエットする気なんだお前は」

 何回もダイエットする必要ないって言ってるでしょうが。絢瀬会長もそうだが、μ'sのみんなはスタイルもいい。そりゃ練習やダンスで動いてるから当たり前なのだが、元々を考えてもみんな素材がいいのだろう。

 

 

 

 

 

 そんな事を考えていると、遠くから声が聞こえた。

 

 

 

 

「おーい!!穂乃果ー!!」

「頑張ってねー!!」

「ファイトー!!μ's応援してるよー!!」

 2年の俺達の教室から、ヒフミトリオが声援をくれていた。

 

「ありがとー!!」

「知り合い?」

「はい、ファーストライブの時から応援してくれてるんです!」

 そうか、絢瀬会長はまだ知らないのか。ホントにあいつらには助けられた。ファーストライブも、裏方の準備をあいつらが手伝ってくれなかったら俺1人で間に合うかも分からなかったのだ。

 

 

 本当にあいつらには感謝しないといけない。いつも裏方を手伝ってくれて、何なら俺よりも役に立ってる。ヒフミが言うには、俺がμ'sの精神的な柱の役割だから、自分達には完全な裏方を任せてほしいと言われているが、それでいいのか正式なμ'sの手伝いの俺……。

 

 

「あ、ついでに拓哉君も頑張れー!!」

「ついでとか余計な事言うんじゃねえよコノヤロー!!」

 やっぱり感謝しなくていいわあいつら!日常では俺と会話する時だけやたらとふざけてくるし。……いや、俺の方がふざけてるかもしれん。

 

 

 

 

「でも、ここからが大変よ」

 ヒフミトリオとのやり取りでほっこり?した俺達を現実に返したのは真姫の言葉だった。

 

「上にいけばいくほどファンもたくさんいる」

 ヒフミトリオに軽く手を振ってから本題へと意識を切り替える。順位は上がれば上がるほど険しくなる。これは事実だ。だから常に上を目指して練習に励まないといけない。

 

「そうだよね。20位か……」

「今から短期間で順位を上げようとするなら、何か思い切った手が必要ね」

 

 

 思い切った手。それが何なのか思案する。今まで通りに練習をしてパフォーマンスを披露する。これは絶対だ。まずこれをしないと順位も上がらない。でもそれを今まで以上に、見た人に印象が残るようなアイデアが必要なわけだ。

 

 

 印象に残って、且つファンも増やせそうなアイデア。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………場所か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを提案しようとしたその時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その前に、しなきゃいけない事があるんじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、ある意味俺の考えと一緒なようで、一緒ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、学校から移動するわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか。

早くことりのメイドが見たいんじゃという方、多分次回には出ますw
“普通の女の子”じゃないことりだから安心という事は……お察しの良い読者の皆様なら容易に答えに辿り付くでしょう(笑)


いつもご感想評価ありがとうございます+ホントにご感想評価待ってます!!



では、新たに高評価(☆9、☆10)をくださった、


戦駆王さん(☆9)、ちゃんモリ相楽雲さん(☆9)


ホントにありがとうございました!!
これからもご感想に高評価(☆9、☆10)ドシドシ待ってます!




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46.悩めるメイド


どうも、モンハンクロスやバイト、その他諸々とリアルが忙しくて中々執筆時間が取れてないたーぼです。


ワンダーゾーン編2回目です(ちょっとかっこいい)

メイド服のことりちゃん可愛すぎでしょ!(穂乃果推し)


ではどうぞ!




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの~……凄く暑いんですが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秋葉原に移動してきて、穂乃果の発した第一声がそれだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それもそのはず。

 俺以外の全員が何故かサングラスにマスク、しかもこの季節には確実に似合わないに暑いであろうコートを着ているのだから。

 

 

 

「我慢しなさい。これがアイドルに生きる者の道よ」

 たった1人だけ、この暑さでも余裕を持っているにこさんが言う。マジかよ、そんな暑苦しい拷問みたいなのがアイドルの生きる道とかアイドルどんだけ過酷なんだよ。俺なら速攻走って逃げるわ。

 

「有名人なら有名人らしく、街で紛れる恰好ってものがあるの」

 いやまだそんなに有名人じゃないからね?確かにネットランキングでも急上昇して人気は上がっているけど、それでもあくまで“スクールアイドル”の中でだけだからね。サインとか求められないからね。

 

「でも、これは……」

「逆に目立っているかと……」

「あーもうっ、バカバカしい!」

 μ'sの中でもまだまともな部類に入る絢瀬会長、海未が苦言にも似たような事を言い、真姫に関しては完全に文句垂れてますね。おいお嬢様、口調がどストレートすぎやしませんかね。

 

 

「でも何でたくちゃんだけいつもの制服のままなのー!」

「いや、だって俺μ'sじゃねえし。認知度とか絶望的に皆無だし。超平凡などこにでもいる一般の男子高校生だし。変装する必要なんて1ミリもないし」

「語尾に『し』って付け過ぎだよ!そしてズルいよ!」

 何でズルいとか言われないといけないのだろうか。もしかしたら、本当にもしかしたらこいつらを知ってる人が周りにいるかもしれないが、俺を知ってるなんてこいつら以外にいる訳ないし、なのに俺が変装したらそれはもうただの痛い人というレッテルを貼られるに違いない。

 

 

「とにかく!例えプライベートであっても、常に人に見られてる事を意識する。トップアイドルを目指すなら当たり前よ!」

「はぁ……」

 うん、それはまあ間違ってはいないんだろうけど、もっと上位に上がってからしようね。ほら、海未の言った通り逆に目立って凄く見られてるから。何ならμ'sってバレたら普段からμ'sはあんな恰好しているのかと誤解されてしまうぞ。

 

 

 

 

「凄いにゃ~!!」

「ん?」

 遠くの方から凛の声がした。いつの間にか勝手に移動して店の中に行ってたみたいだ。ホントみんな自由だな。周りを見てみれば花陽もいないし、おそらく凛と一緒にいるとは思うが。

 

 

 とりあえず凛達の方へと向かうとそこにあったのは色々なアイドルのグッズだった。

 

 

「うぅわ~……!!」

 店に入ると花陽がずっとうわぁうわぁと感嘆の声を上げていた。どんだけ好きやねん、と思わず関西弁でツッコミたくなるくらいに花陽の顔は輝いていた。

 

「かよちん、これA-RISEの!」

「こんなにいっぱいあるなんて~……!!」

 へえ、A-RISEのグッズか。というより、よくよく見れば周りのグッズの全てがテレビに出ているアイドルとかのグッズではなく、この店の中のグッズの全てがスクールアイドルのグッズだという事に気付いた。見た目が若すぎるからすぐ分かる。

 

 

「何ここ?」

「近くに住んでるのに知らないの?最近オープンしたスクールアイドルの専門ショップよ」

 にこさんの言葉を聞いて店を一旦出て改めて店の名前を見ると、『スクールアイドルショップ』と書かれていた。そのまんまやないかい。いや合ってるけどさ。

 

「こんなお店が……」

「ラブライブが開催されるくらいやしね」

「確かにそうとも言えるな」

 スクールアイドルの甲子園とも呼ばれるラブライブがあるくらいなのだから、こういう専門の店があるのも十分に考えられる。

 

 

「とはいえ、まだ秋葉に数件あるくらいだけど」

「ラブライブ開催されるって知ったのもまだ最近だし、それでも専門ショップがもう数件あるって早いな」

「それだけスクールアイドルが世間に浸透してきてるって事よ。主にA-RISEのおかげでね」

「A-RISEね……」

 実際のところを言えばそうなのだろう。テレビでスクールアイドルが特集されれば絶対に名前を見るのがA-RISEなのだから。スクールアイドル=A-RISEというのが今の世間での一般常識になっている。

 

 

 グッズを見回せば嫌でも分かるが、そこらへんのスクールアイドルよりも断然にA-RISEのグッズが倍多い。全国にどれだけのスクールアイドルがいるのかは分からないが、俺が予想しているよりも遥かに多いのだろう。

 

 それでも、その頂点をずっとキープしているのがA-RISE。たった3人のグループなのに、その1人1人がそれだけの個性、魅力、技術力、全てにおいてハイスペックなのだろう。こいつらも負けてはないと思うんだけどな。

 

 

 ……ん?待てよ。スクールアイドル専門のショップならば、こいつらのグッズももしかしたらあるんじゃないのか?まだまだ出だしのグループでも、50位にまで一気に上り詰めたこいつらの事だし、花陽みたいにスクールアイドル好きならμ'sを知っている人はそんなに少なくはないはず。

 

 

 

 

「ねえ、見て見てー!!この缶バッジの子可愛いよー!まるでかよちん!!そっくりだにゃー!!」

 急に凛がこれ見よがしに缶バッジを見せてきた。俺も穂乃果もにこさんもそれを同時に見てみるが……うん……俺の予想は間違ってなかったようだ。

 

「というかそれ……」

「花陽ちゃんだよ!」

「ええ~!?」

「いや、普通気付くだろ……」

 お前ら親友だろ。何で気付かないんだよ。気付かずに本気でそう言ってるなら凛はそれほど花陽を可愛いと思っているのか。うむ、間違いではないな。

 

 

「……あ、あった」

「たくちゃん、どうしたの!今それどころじゃないよ!花陽ちゃんのグッズがあったんだよ!?もしかしたら私達のグッズもあるんじゃないかな!?」

「だから、それがここにあるんだよ」

 辺りを探して、見つけた。結構目立つところに置いてあった。μ'sのグッズが。

 

 

「嘘ぉ!?」

「だと思うなら見てみな。お前らやっぱり認知度広まってるっぽいぞ」

 さっきはどうかと思っていたが、スクールアイドルの中でμ'sの名は大分広まっているらしい。紹介文のような紙に『人気爆発中!』や『大量入荷しました!』などの売り文句が書かれている。

 

「ううううう海未ちゃん!ここここれ私達だよぉ!」

「おおおお落ち着きなさい!こここれは何かの間違いです!」

「いや間違いじゃないから」

 自分達がグッズになっているのを見るとそう思うのも仕方ないとは思うが、紛れもない事実なのだ。

 

「みみみみμ'sって書いてあるよ!石鹸売ってるのかな!?」

「なななな何でアイドルショップで石鹸売らないといけないんです!」

 動揺しすぎだろ。石鹸とのコラボも悪くないかもな。『μ'sが石鹸作ってみました!』的な。売れるかもしれない。売れない。

 

「どぉきなさーい!!」

 1人で勝手に石鹸作ろうと思ってたらにこさんが声を上げながら俺達を掻き分けてきた。ああ、身長低いから今まで見えなかったのね。

 

「あれ!?私のグッズがない!どういう事!?」

「入荷されてないんじゃないかにゃー」

 凛、お前はにこさんに何の恨みがあるんだ。さすがの俺もそれを言おうと思ったけどやめておいたんだぞ。……言おうとしたのかよっ。

 

 

 

「あぁ……!あったぁ~……!ほら岡崎見てみなさい!私の、にこのグッズがあったわよ……!!」

「え?あ……おう」

 何で俺を見るんだよ、と言おうとしたところでにこさんの顔を見てそれを止める。うっすらと、本当にうっすらとだが、にこさんの目には涙が潤んでいた。

 

 

 必死に流さないように。けれど、どうにも抑えきれない思いがあったから。そうだよな……。この人はずっとスクールアイドルになりたくて、憧れて、諦めきれなくて、1人になっても部室を守り続けて、やっと同じ思いで立てる仲間と出会えて、ここまできたんだもんな。

 

 なりたかったスクールアイドルになれて、しかも自分のグッズがこうしてあると分かったら、そりゃ嬉しくもなるだろう。人一倍アイドルへの思いが強かったんだから。俺には計り知れない感動がにこさんにはあるんだろう。

 

 

 だったら、俺にはにこさんのそんな嬉しそうな顔を否定するなんて事はできない。だから、一言だけでも良い。言ってやれる事があるなら、これだけだ。

 

 

 

「良かったな、にこさん」

「……ええっ!」

 若干顔が赤くなりながらも、にっこりと、確かな笑顔が俺に向けられた。何だか俺まで微笑ましくなってしまう。それは俺だけじゃなくて、周りのみんなもそうだったらしく、

 

 

「こうやって注目されているのが分かると、勇気付けられますよね……!」

「ええ」

 いつもはこういうのにうるさそうな海未まで素直に喜んでいる。最近入ったばかりの絢瀬会長も本当にそう思っているようだ。にこさんも証拠に写真を撮っている。花陽もにこさん同様にうっすらと涙を見せながらも喜んでいる。凛も同じくだった。

 

 

 それに穂乃果も――――――って、あれ、穂乃果は?

 

 

「何見てんだ?そっちにもμ'sのグッズがあるのか?」

 みんなとは少しだけ離れたところで一点を見つめていた。穂乃果に声を掛けながらそちらへ向かうと、穂乃果は質問に応じた。

 

「ねえ、たくちゃん。これってことりちゃんだよね?」

「あん?そりゃことりもμ'sなんだからグッズくらいあるだろ」

「それもそうなんだけど、とりあえず見てみて!」

 ったく、ことりのグッズなんてさっきのとこにもあったろうに。そんなに出来の良いグッズでもあったのか。仕方ねえな、俺が買ってやるしかないなー全く。ホントに全く。

 

「ほらっ、ことりちゃんがメイド服着てるんだよ!」

「メイド服?衣装で着た事ないだろ?なのに何でそんな―――、」

 ようやっと穂乃果の目線の先にある写真へと目を向ける。そしてすぐに自分の目が見開くのを感じた。視線の先の写真に、いたのだ。メイド服の、ことりが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メイド服を着た、天使が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶべばぐがごあがぁッ!?」

 店の中だとか、そういうものを関係なしに俺はタックルされたかのように謎の衝撃にぶっ飛ばされた。もはや恒例まである。

 

「たくちゃん!?お店の中でも恒例のやつしちゃうの!?」

 すまない、さすがにメイド服のことりはダメだったようだ。店の中とかお構いなしでことりの破壊力はヤバかった。もう何がヤバイってまじヤバイ。

 

「ちょっと!?岡崎君がこっちまで何か飛んできたんだけど!?何かあったの!?」

「ほ、穂乃果!拓哉君の『これ』、まさかまたことりの『何か』を見たのですか!」

「俺は死んでことりに天国へと連れて行ってもらうんだ……」

「凄い事言ってるけど!?」

 ことりッシュ、僕、もう疲れたよ……。暑い。主に暑い。季節が憎たらしいんだよ……。太陽有給取りやがれバカヤロー。

 

 

「ああ、絵里先輩。これはいつもの事なのでお気になさらないでください」

「いつもの、事?これが……?は、ハラショー……」

「違うから、そんなにいつもの事でもないから」

 何の気なしに立ち上がる。絢瀬会長もハラショーとか言ってんじゃないよ。明らかに俺を見る目が少しおかしかったぞ。感心したかのような視線の中にちょっと引いたような何かを感じたぞ。

 

 

「あ、普通に起きた」

「今回は結構きつかったぜ」

「お店に迷惑ですのでやめてください」

「ゴメンナサイ」

 いやでもさ?ことりのメイド服なんて俺が見たら絶対こうなるでしょ。それを予想できない穂乃果が悪いと思います!だから俺は悪くない。ことりが天使なのが悪い。

 

 

「その前にだ。さっきの写真は一体何なんだ?財布と相談したいから詳細くれ」

「私も分かんないよ。あんな恰好したことりちゃん初めて見たし、というか買う気満々だねたくちゃん……」

「バッカお前、幼馴染だろ何とかしろ。それにあれだ。ああいう超レアな写真を見知らぬ誰かに買われて拝まれるくらいなら俺が買って拝んでやる」

「たくちゃんも幼馴染じゃん!拝むんだ……」

 ったく、誰だよことりのあんな写真撮った奴。見つけたら散々殴った挙句にお金渡してもっかい密かに頼んじゃうぞ。……頼んじゃうのかよっ。

 

 

 

 

 

「すみません!」

 

 

 

 

 

 そこに、店の外から聞き慣れた幼馴染の声がした。

 

 

 

 

 

「あのっ、ここに写真が……私の生写真があるって聞いて……。あれはダメなんです!今すぐなくしてください!」

「ことりちゃん?」

「ひゃっ!?」

 声のする方へ行くと、先程の写真と同じ格好、つまりメイド服のことりがいた。

 

「ことり……何してるんですか?」

 海未の問いにも答えず、ただずっと俺達に背後を向けていた。やがて、ようやく意を決して動き出したかと思えば、

 

 

 

「コトリ?ホヮッツ?ドゥナタディスカー?」

 開封済みのガチャの蓋を2つ目に当て、外国人のような言葉を発した。いや、バレてるから。みんなに思いっきりバレてるから。

 

 

「わぁ!外国人!?」

 訂正。バレてなかった。この猫もどき星空の乙女にはことりが外国人に見えたようだ。どうしよう、さすがに擁護できないレベルの天然を発揮しやがった。

 

「ことりちゃん、だよ―――、」

「チガイマァス!ソレデハ、ゴキゲンヨ~ウ……。ヨキニハカラエ、ミナノシュークリーム」

 もの凄い片言でよく分からない事を言ったと思うと、そのまま去って行くことり。そして、

 

 

「サラバッ!!」

 え、サラダ?じゃない、まあことりなら逃げるだろうと思っていた。だから俺は迅速に指示を出す。

 

「穂乃果、海未、行け」

 俺の出した声と同時に穂乃果と海未が追いかけて行く。でもあの距離なら追いつけるかは分からない。なので、

 

「東條も追いかけ―――、」

「希ならどっか走って行っちゃったけど……」

 絢瀬会長が不思議そうな顔をしながら言ってきた。ほう、俺が指示を出す前に動くなんて、やはりできるな東條。いつもスッピンボンバー……じゃないスピリチュアルな何かで色々と分かる東條だから、ことりがどこに行くかも分かるかと思って声をかけようと思ったのだが、行動早いな。

 

 

「そっか。なら俺達はゆっくりと穂乃果達の連絡を待つか」

 そう言いながら俺は店の中へと戻る。その途中で花陽に声をかけられた。

 

「あれ、拓哉先輩は、行かないんですか?」

「ん?ああ、3人も行けば十分だろ。それに俺にはまだやるべき事がある」

「やるべき事?それって何かにゃー?」

 花陽に続き、凛までも疑問をぶつけてくる。そんなの、さっきまでの俺の行動を見てれば分かるだろうに。

 

 

 

 

 さっきの間に財布との相談は既に終わらせた。渋々だが財布様も許可を出してくれたのは幸いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 だから、俺は店員に声をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいません、あの写真ください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 割と本気で引かれた声が背後から聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ことりを捕まえたのは穂乃果や海未ではなく東條だったらしい。やっぱ東條凄いな。異能でも持ってんじゃねえか?何それズルい。

 

 

 とりあえず東條から指定された場所に全員で向かうと、その店はメイド喫茶だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うん、まあ、だよね。

 ことりのメイド服からして察してたよ。メイド喫茶で働いてるんだって。でもさ、中々に入りづらかった。ホントならこういう店は男が来るものだと分かってはいたが、今の俺の周りにはμ'sの女の子しかいない。

 

 これは恥ずかしかった。何だかんだ言いながらも拓哉さんだってまだ純情少年なのよ!!思春期でもある高校生なのよ!!メイド喫茶とか結構ハードル高いだろ!!と思っていたが、割とそうでもなかった。

 

 

 実際入ってみると、店員さんがメイド服なのと、少しメニューの名前がアレなくらいだった。まばらに客はいるが、これが意外と女性客もいる。男女でも気軽に入れるメイド喫茶って訳か。なるほど、これならことりも安心して働けそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 と、前置きはここまでにしておこう。

 

 

 

 

 

 ここからは本題だ。

 

 

 

 

 

「こ、ことり先輩が、このアキバで伝説のメイド。ミナリンスキーさんだったんですか!?」

「そうです……」

 目の前に座っていることりは目に見えて沈んでいる表情をしていた。って、ミナリンスキー?どこかで聞いた覚えが……。

 

 

「……なあにこさん、ミナリンスキーって部室に置いてあるサインでなかったっけ?」

 小声でにこさんに耳打ちをするかのように聞いてみる。確か似たようなサインがあったはずだ。

 

「なっ、ち、近いわよ……ッ!……そうね、ミナリンスキーで間違いないわ。まさかあの子だったなんて。だからあの時過剰な反応してたのね」

 少し慌てながらも俺の質問に答えてくれた。やはり間違ってなかったか。確かににこさんの言う通り、あの時サインを見つけた時のことりは過剰な反応をしていた。だから俺も謎の親近感湧いたのか。なるほど、それなら納得だ。

 

 

「ヒドイよことりちゃん!そういう事は教えてよ!!」

「うぅ~……ごめんなさいぃ……」

 気付けば穂乃果の声が大きくなっていた。珍しく声を荒げてるなこいつ。

 

「おい穂乃果、何もそこまで怒鳴る必要はな―――、」

「言ってくれれば遊びに来て、ジュースとかごちそうになったのに!!」

「「そっちかい!!」」

 ツッコミがにこさんと被った。中々悪くないツッコミスキルだにこさん。ちなみにツッコミスキルを最大限にまで高めるとその効果が凄い。ただただ疲れる、それだけだ。……果てしなくいらねえスキルじゃねえか。

 

 

「じゃあ、この写真は?」

「店内のイベントで歌わされて、撮影、禁止だったのに……」

 絢瀬会長の質問に答えることりの声は震えていた。みんなにバレた事がダメだったのか、撮影禁止だったのに撮られて、しかもそれが店で売られていた事に怯えていたのか、それは俺には分からない。

 

「なあんだ、じゃあアイドルって訳じゃないんだね」

「うん、それはもちろん」

「ほら、ことり」

 このタイミングしかないと思って、俺は1枚の写真をテーブルの上に置いた。

 

 

「あ、たっくんこれって……」

「さっきの店で売られてたことりの写真だよ。ダメだったんだろ?撮影禁止なのに、そんなのが店で売られているなんて」

「うん……うん……っ。ありがとね、たっくん……っ!」

「気にすんな。これもμ'sの手伝いである俺の役目だったって事でしかない」

 写真を抱き締めるように抱えることりを見て、やはり怖かったんだろうと思った。そうじゃなければ、わざわざバイト中に抜け出して店に来るはずもないしな。

 

 

「おー、さすがたくや先輩だにゃー。凛はてっきりただことり先輩の写真欲しさに買ったのかと思ったにゃ」

「バッカお前、ほんとバッカお前。俺がそんな事するはずないでしょうが。確かに最初は欲しかったけど、理由を察してからはちゃんと意図があっての事だ」

 これはもう本当だから。ことりの悲しい顔を見るくらいなら何だって事はない。拓哉さんは嘘付かないよ。ホントホント。

 

 

「たっくん、私の写真欲しかったの……?」

「はえっ!?え、あ、や、俺は最初から分かってたからその写真を買っただけだし?確かにちょーっと財布にダメージはいったけど仕方ない事だし?」

「本音は?」

「喉から手が出るほど欲しかった」

「はぁ……」

 

 しまった。海未にまんまとハメられてしまった。こいつ、中々の策士だな。俺にも引けをとらないなんてすごいで賞でもあげようか。実物のことりメイドもいいけど、写真を部屋で永久保存するのも悪くないと思うんだ。俺は相当ヤバイ奴らしい。

 

 

「……たっくんになら、写真あげちゃってもいい、かな……」

「マジでか!?」

「いけませんことり!拓哉君なんてある意味1番渡してはいけない相手ですよ!?」

 ちょっと?1番って何?普通の1番なら嬉しいのにその1番は何か嫌な感じしかしないんだけど。どんだけ拓哉さん信用されてないのん?

 

 

「でも、知らない人の手に渡るより、たっくんに持っておいてもらった方が安心だし、たっくんがお金払ったんだし、それに……私の写真持っててくれたら……私も嬉しいし……」

「え?何だって?」

「あっ、べ、別にな、何でもないよ……っ!」

 いやごめん、ホントに聞こえなかった。途中からトーンが小さくなって最後の方何て言ってるか分からなかった。これは小鷹スキル発動しても仕方ない。ドラゲナイ。僕は友達が少ない。

 

 

「と、とにかく!この写真はことりが持っておくのが1番の安全手段ですから、ことりが持っておいてください!」

「うぅ、は~い……」

 まあ、確かに本人であることりが持っておくのが最善の安牌だろう。本音を言うと欲しかったけど、これはさすがに仕方ない事だ。実物見れただけ良しとしよう。よし、そうと決まれば俺の目に今のことりの姿を永久保存しなくては。

 

 

「で、ことりちゃんが働いてるのは分かったけど、何でここで働いてるの?」

 穂乃果がもう1つの本題を切り出した。そうだ。ことりが働くのは別に構わない。でもそれを何故俺達に黙っていたのか、そして何故働きだしたのか。

 

 

「ちょうど4人でμ'sを始めた頃……」

「俺は手伝いだけどな」

「帰りにアルバイトのスカウトされちゃって……」

 なるほど、ことりほどの容姿ならスカウトされても別に何らおかしくはないと思う。何なら俺がお嫁さんにスカウトしちゃうまである。そして見事にフラれて川に身を落とすとこまで想定できた。フラれちゃうのかよ。

 

 

「自分を変えたいなって思って、私、穂乃果ちゃんや海未ちゃん、たっくんと違って何もないから……」

 さっきとはまた違う暗い表情だ。まるで自分だけその場所に取り残されているような、そんな寂しそうな表情をしていた。

 

「何もない?」

「穂乃果ちゃんみたいにみんなを引っ張っていく事もできないし、海未ちゃんみたいに、しっかりもしてない……。それに、たっくんみたいに、いつも困ってる人を助けて正しい道へ導く事もできない……」

 自分には何もない。それは言ってみれば無個性であり、地味であり、目立たない。アイドルとして必要なオーラもない。そう言っているようにも見えた。

 

 

「そんな事ないよ!歌もダンスも、ことりちゃん上手だよ!」

「衣装だって、ことりが作ってくれているじゃないですか」

「少なくとも、2年の中では1番まともね」

 穂乃果、海未、真姫のフォローが入る。それでも、ことりの表情はまだ暗いままだった。問題なのはそこじゃない、それを遠回しに感じさせるような雰囲気で。

 

 

 

 

 

「ううん、私はただ、3人に着いて行ってるだけだよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま、ことりは何も話さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれからことりは休憩が終わり、いつも通りバイトに戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 俺達も長々と店に居座るわけにもいかなかったから、ある程度だけ注文して、帰る事になった。みんなが談笑する中、俺だけは何も喋らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「またねー!」

「あっ、この事は、お母さんには内緒だから!学校では、しーっ!!」

「うん、分かった!!」

 しーっ!のポーズ可愛すぎかよ。店では喋らなかったけど、ずっとことりを見てたから、メイド服を目に焼き付けてたから。しばらくは持ちそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空が赤く染まる中、1人の悩める女の子の話を聞いて、それぞれが何を思ったのかは分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けれど、俺の思いだけは分かる。自分の思いなんだから分かるのは当然だけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何も変わらない。ただ、いつも通り、俺は彼女達を、ことりを、いつでも信じてるという事だけは変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、今回のことりの悩みは、それだけは、俺にも何もできないかもしれない。ことりは幼馴染の俺達3人に着いて行っているだけだと言った。そんな俺達がことりにお節介をしたところで、それはことりの成長につながるのか?

 

 

 

 むしろそれで余計にことりは劣等感を感じてしまうのではないか?と。そんな考えが俺の行動に制限をかけていた。だから何も喋る事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たまには、何もせずに幼馴染の成長を見るのも良い事なのかもしれない。そう思えって事か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもより、少しだけ、ほんの少しだけだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の中の答えが出るのが遅かった気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか。

ことりは天使だった。はい、いつもの事です。
何気にこの回でもう1つ注目してほしいところがありまして、それはスクールアイドルショップのにこのシーンです。

 アニメじゃ結構軽く流されている感じでしたが、個人的にアイドル自体に強い憧れがあったにこがああやって自分がグッズになっているとこはどうしても軽く流したくはなかったんです。
 にこにとっては念願の願いが叶ったと同じようなものですからね。だからほんのり軽く、けれどにこの『思い』が読者の方々に届いてくれればと思っています。



いつもご感想評価ありがとうございます+ご感想評価いつでも待ってます!


では、新たに高評価(☆9、☆10)をくださった、


アリステスアテスさん(☆10)、凛ちゃんさん(☆10)、タカなすびさん(☆8から☆9へ)、イラストレーター水卵さん(☆9)、アジフさん(☆9)、


ホントにありがとうございました!!光栄です!!
これからもドシドシ待ってます!

ありがたい事に総評価数が今39なので、評価数がキリのいい50を超えたら何か特別編として何か書こうかなと思ってます(笑)




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47.何が正しいのか

さて、ワンダーゾーン編3話目でございます。

今回は拓哉の思考が大半を占めていますが、それが今回のメインみたいなものなので、それもまとめてお楽しみくださいませ!


では、どうぞ。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰宅途中。

 別れる者とは別れ、俺、穂乃果、海未、絢瀬会長の4人は赤く染まる景色の中を歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 最初に口を開いたのは、穂乃果だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、意外だな~。ことりちゃんがそんな事悩んでたなんて」

 

 

 

 

 

 

 “そんな事”。

 それは穂乃果にとってはそうなのかもしれない。実際、海未や絢瀬会長、他のみんなもそうだし、俺でさえも心のどこかでは“そんな事”などと軽く考えてしまっているのかもしれない。

 

 

 でも、ことりにとっては違う。

 ことりにとってそれは、とても重要な事で、悩める事で、変わらなければと思っている事なのだ。他人がどんなに軽く思おうと、自分の中ではグルグルと気持ち悪く回り続ける気味の悪いわだかまりのようなもの。

 

 

 問題なのは、ことりの悩みに俺が介入するかしないか。介入したとして、余計ことりが劣等感を感じてしまったら意味はない。かと言って、傍観者を気取ってことりがこのまま何も変わらなかったら、それこそ意味がないのだ。

 

 

 

 

「意外とみんな、そうなのかもしれないわね」

「え?」

 穂乃果の呟きに反応するように、絢瀬会長が返す。

 

 

「自分の事を優れているなんて思っている人間は、ほとんどいないって事。だから努力するのよ、みんな」

「そっか……」

 言われて考えてみる。絢瀬会長の言う事はもっともだと思った。わざわざ自分の事を優れているだなんて上から目線で思っている奴は、その時点でたかが知れている。本当に優れているなら上からではなく、同じ目線で悩んでいる人に手を差し伸べてあげるべきなのに。

 

 

 っと、今はこんな事を考えてるんじゃない。

 

 

「確かにそうかもしれません」

「そうやって少しずつ成長して、成長した周りの人を見てまた頑張って、ライバルみたいな関係なのかもね。友達って」

 ライバル、か。俺にとって穂乃果達はライバル……ではないと思う。何というか、手伝いとして見ているからか、ライバルというより保護者目線で考えてしまう。やだ、俺ってば主夫に向いてるかも?

 

 

「絵里先輩に、μ'sに入ってもらって本当に良かったです!」

「な、何よ急に……明日から練習メニュー軽くしてとか言わないでよー?」

 穂乃果も海未も同じ事を考えていたようだった。俺もそう思う。こうやってμ'sに入ってからというもの、絢瀬会長の言う事は的を得ているのがほとんどなのだ。俺とはまた少し違う考え方。それでも正しいと確信をもって言えるものがあった。

 

 違う考え方でも、目指すべき終点は同じだと言うように。俺では出せない答えを出せる者。違う正しさを持っている者。その1人が絢瀬会長なのだと、この数日間で分かった。

 

 

「じゃあ、また明日」

「「また明日です!」」

 軽く会釈して絢瀬会長に別れを告げる。その背中を見て思う。……やっぱスタイル良いなあの人。違う違う、何を考えてんだ俺は。さっきまでのシリアス思考はどこ行った。そんなの可愛い美人さん見たらすぐ吹っ飛ぶに決まってるだろ!

 

 

「ねえ、海未ちゃんも私を見てもっと頑張らなきゃーって思った事ある?」

 急に穂乃果が海未に問いだした。海未が何と答えるか、そんなのいつもこいつらを見守ってきた俺が分からない訳がない。

 

「数えきれないほどに」

 特に渋る事もなく海未を答えた。まるで最初からその答えを持っていたかとでもいうかのように。

 

「ええ!?海未ちゃん何をやっても私より上手じゃない!私のどこでそう思うの!?」

 まあ、穂乃果から見ればそう思っても不思議な事でもない。普通に、一般的に、常識的に見てみれば、穂乃果より海未の方が何をやっても凄い、多才のある少女と見えるだろう。

 

 しかし、ことりも先程言っていたように、海未本人からしてみればそんなのは関係ない事なのだ。周りの評価よりも自分の考え方。それだけで人の見方は無限の域にまで通りがある。

 

 周りがダメだと思っているものが自分には魅力に見えたり、周りが魅力に見えてるものが自分にはダメだと思ったり。とにかく、このように考えや悩みなんてものは個人によってガラリと変わるものだ。

 

 穂乃果は自分よりも海未の方が凄いと思っているのに、海未は穂乃果を見て頑張らないとと思っている『それ』も、結局は個人の見方や考えなのだ。だから、ことりもああやって誰にも打ち明けられずに悩んでバイトして頑張っているのだろう。

 

 

「悔しいから秘密にしておきます」

「ええ~!!」

 無限にも等しい考えや見方がある。だから俺もこいつらの考えの全てが分かるわけじゃない。むしろ分からない事の方が多いのかもしれない。それが当然だ。他人の考えを全て分かってやれるなんてのはただの幻想に過ぎない。

 

 そんなのは自惚れだ。そんな幻想はぶち殺すべきだ。悪と呼ばれても過言ではない。そんな自惚れで分かってやれるなどと上から目線で調子に乗った結果が、のちにどうしようもない事態に陥ってしまう可能性だってあるかもしれないのに。

 

 大事なのは分かってやれるなんて自惚れじゃない。分かってやる努力だ。自惚れて勝手に行動して、それが全然見当違いな行動だったら、むしろ全く逆の行動で悪い方向になったら、それはもう破綻している。

 

 だったら、まずは悩んでる相手の悩みを聞いて、正しく理解して、相手の考えがちゃんと分かって、その上で最適解を出して行動する。その方が相手の望む結果に近い事ができるから。

 

 

 

 

 ことりの悩みを聞いて、何でバイトしているのか理解して、幼馴染である俺達に対して何もない自分に悩んでいると分かって、その上で最適解を出そうとしている。

 

 

 

 

 しかし、それが中々難しい。ことりの悩みの原因の一部に俺が含まれている時点で難しいと分かってはいたが、実際かなり難しい。ことりの問題に俺が介入していいのかダメなのか、それすら曖昧なのだ。

 

 何やら海未から視線を感じるが、そんな事よりことりの事だ。久々に頭を悩ませる事が起きたな……。あー、このまま何も考えずにベッドでマンガ読みながら寝落ちしたい気分だ。……やっぱ無理。凄い視線感じる。問題の思考を一旦中断しよう。

 

 

 

「……何だよ」

「いえ、別に……。とにかく、ことりと穂乃果は、私の1番のライバルですから」

 何だよ、何もないんだったらずっと見てくんなよ。穂乃果まで俺を見てきただろうが。何なの、顔に何か付いてんの。そういうベタな展開でも起きてんの。

 

「海未ちゃん……なるほどね。確かに海未ちゃんもことりちゃんも私の1番のライバルだ!他のμ'sのみんなもそうだけど、やっぱり2人には1番負けたくないもんね!!」

 知らない間に2人が燃えるような視線を交わせていた。お前らの中でそんなに競うような何かあったっけ。幼馴染だからお互い意識してるだけか。そうなると自然に俺もライバルになってしまうんだが。これは俺もスクールアイドルをやる未来が来るかも?来ない。

 

 

「ですが、私達の知らないところでも、ライバルはたくさんできていそうですね」

「たくちゃんならそれも普通にありえちゃうしね……。うーむ、これはもっと頑張らないとだよ!私達が1番近い関係なんだから!!」

「さっきから何の話してんだよ?なんか俺の名前がでてきた気がするんだが気のせいなのか」

「気のせいです」

 気のせいらしい。というかそれ以上ツッコんでくるなら矢を射るぞと海未の目が言っている。海未アローシュート怖い。

 

 

 

 

 とまあ、そんな感じで。

 こうやって俺もこいつらの考えが何から何まで分かるわけじゃない。俺だって普通の人間だ。異能なんて当然ないし、超能力や読心術、並外れた身体能力があるわけでもない。どこまでも普通の人間なのだ。

 

 

 未だに偶像的なヒーローなんてものを目指していても、そこだけはどうしようと変わらないし変えられるものでもない。いつも困ってる人や泣いてる人を助けるなんて凄いとかよく言われるが、俺は自分でそれを凄いと思った事は一度もない。

 

 助けようと思えば、『心』があるなら、人間として生まれてきたんだったら。人を助けることなんて。

 

 

 

 

 ―――誰にだってできるんだから(、、、、、、、、、、、、)

 

 

 

 問題なのは個人の思いだ。その人が困ってる誰かを助けようと思ったのなら、その人ももうヒーローであり、その人が困ってる誰かを見捨てたのなら、その人は悪だ。

 

 

 

 

 これは俺の主観論でしかないが、誰かが困っているのを見て見ぬ振りをしている人をよく見る。その人達が何を思っているかは分からないが、困っている人を見てほんの少しでもどうにかしてあげようと思っているなら何故手を差し伸べないのか。

 

 

 ヒーローと悪に例えて考えてみる。

 

 

 言わずもがな、ヒーローならすぐさまその人に手を差し伸べるだろう。自分にできる事なのか分からなくても、ただ見過ごせないから、そんなシンプルな思いだけで行動できるなら、それはヒーローだ。

 

 

 では、悪は?

 

 

 簡単だ。困っている人を見て何も思わなかったり、それを影で笑ったり、かわいそうなどと思ってはいても何もしなかったら、そんなのは全てが悪だ。かわいそうなどと同情するなら何故助けようとしない。

 

 勇気がないからなんてのは言い訳にすらならない。そんなのはただの意気地なしだ。玉無し野郎だ。偽善なんかよりもひどい悪だ。誰かが誰かを助けてそれを偽善と嗤う(もの)と何も変わらない。

 

 

 そう考えてしまえば、この現実にはヒーローの方が少ないのかもしれない。あくまで主観論だけど、だから俺は、俺の目が、俺の手が届く範囲では、誰でもいいから困ってる人を助けようと思ってる。

 

 別に難しい事を考えてるわけじゃない。ただ俺が助けたいから。それだけだ。いつもと行動原理は変わらない。言っておくが、俺はこの考えを誰かに強要しようとは思っていない。

 

 

 無限に等しい考えがある中で、俺の考えを人に押し付けるなんて事はできないから。今まで色んな人に手を差し伸べてきた自覚はある。その中には色んな人がいた。色んな喧嘩をした。色んな口論があった。

 

 全員が全員、お前みたいに強い心を持っているわけじゃないんだと言われた事もあった。気持ちが分かるならほっといてくれと言われた事もあった。でも結局、ほっとけなかった。

 

 

 どんなに自分の心に問い詰めても、最後にはほっとけない、見捨てられないという結論に行きついてしまったから。ただ俺はいつだって自分の気持ちに正直に動いていただけだったんだ。

 

 

 

 人間だから。

 心があるから。

 意志があるから。

 

 

 本当に自分がどうしたいか。何をしたいのか、それを聞きだせば、あとはそれができるようにこちらは手助けしてやればいい。そうやっていつも乗り越えてきた。乗り越えられる事ができた。

 

 

 結局のところ、俺が今までやってきた事なんてそれだけの事に過ぎない。やろうと思えば誰でもできる。それをただやり続けてきただけなのだから。

 だから……、

 

 

 

 

 

「そういや、たくちゃんもこの人はライバルだなーとか思った人はいるの?」

 急な穂乃果の問いかけに、思考を変える。

 

 

「……いや、俺は特にいないかな。絢瀬会長の言う事を否定する訳じゃないけど、俺はライバルというよりお互いを高め合える仲間の意識の方が強いかもしれない」

 ライバルも仲間もある意味では一緒なのかもしれないが、言い方の問題みたいなものだ。こっちの方が拓哉さん的に好印象だから。ポイント高い。

 

 

「そっかー、でもたくちゃんっていつも困ってる誰かを迷わず助けに行くし、私からしたらたくちゃんのライバルなんていないんじゃないかなって思うくらいだよ。それだけたくちゃんは凄い(、、)って事だもんね!!」

 穂乃果の言葉に苦笑いだけで答えて空を見上げる。焼かれるような赤い夕焼けに目を細めながら思いを馳せる。

 

 

 

 

 

 

 

 だから……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――俺は別に凄くなんてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じく夕焼けの空の下。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程少年達と別れた金髪クォーターの少女、絢瀬絵里はある場所へ向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神田明神。

 彼女の親友である少女が働いている神社だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エリチ」

 向こうの親友もこちらに気付いたようだった。

 

 

 巫女姿の親友、東條希に向けて、絵里は一言だけ言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「希、少し付き合ってくれないかしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神田明神より少しだけ歩いた横断歩道。その前には秋葉の景色が映っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたん?また戻ってくるなんて。わざわざ休憩もらってきたんやでウチ」

「ごめんなさいね、どうしても希には先に言っておきたくて」

 まだ休憩中のために巫女姿のままで着いて来てくれた希に軽く謝り、改めて前を見る。秋葉の景色を。μ'sのみんなと一緒に秋葉を廻って、気付いた事があった。それと同時に思い付いた事も。

 

 

 

 

 

「ちょっと、思いついた事があったの」

「思い付いた事?」

 それは秋葉に関係している事だろうと、希はすぐに理解する。わざわざ秋葉まで戻ってきてそれを言ったならば、それしか考えられないだろうから。

 

 

「さっき、街を歩いていて思ったの。次々新しいものを取り入れて、毎日目まぐるしく変わっていく。この街は、どんなものでも受け入れてくれる。1番ふさわしい場所なのかもなって」

 “ふさわしい場所”。それだけで察する事はできた。今日の部活で話していた事。順位を上げるために思い切った手が必要だと。

 

 

 その答えは場所にあった。

 

 

 

 

 

「……なるほど。エリチはここでやろうと思ったんやね」

「ええ」

 短い言葉のやり取りだった。でも、それだけで2人には十分通じ合える。それだけの関係が、親友のこの2人にはある。

 

 

 

 

 

 

 

「私達の、ステージに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 μ'sのライブをする新しい場所が、決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何もない自分を変えたいと悩める少女がいて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな少女の悩みを聞いて何かしてやれる事はないかと考える少年がいて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 改めて自分達がライバルで、高め合える関係だという事を知った少女達がいて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 μ'sのために自分が今できる最高の手を尽くすため、新たな場所でライブをしようと決めた少女がいて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色んな思いが入り混じりながらも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 問題の解へと、それぞれが確実に近づいていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか。


今回は話の区切り的にもこのあとの展開的にも良かったのであえて短い話にしました。


 そして、少しずつ分かってきた拓哉の中でのヒーロー像。
 本編内でも言ってましたが、これはあくまで拓哉の中のヒーロー像です。なので拓哉の考えに同意する方よりも、異論がある方の方が多いかと思います。
 書いてる自分でも拓哉のヒーロー像は中々に厳しい基準だと思っているくらいですからね(笑)
 でもこれが拓哉なんです。異常者かもしれないけど、どこまでも普通の人間なのです。
 賛否両論あると思いますが、これでもまだ拓哉の考えの一部です(笑)
 物語が進むに連れて、それもまた紐解いていこうかと思っていますので。



いつもご感想評価ありがとうございます+いつでもご感想評価お待ちしております!!


では、新たに高評価(☆9、☆10)をくださった、


春菌さん(☆9)


本当にありがとうございます!!
これからもご感想評価ドシドシ待ってます!




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48.1つの答え

ワンダーゾーン編4話目でございます。

前回ことりの問題に介入するべきかしないべきかで迷いが生じた主人公。
今回はそれを紐解いていこうという話です。


では、どうぞ。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕飯を済ませ、自室のベッドで寝転んでいる時の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、入ってもいい?」

 ノックの音と共に、唯の声も聞こえた。

 

 

 

「ああ、いいぞー」

 俺の返事と同じタイミングでドアが開かれる。ちょっと待って、それって俺が返事しなくても勝手にドア開けてたって事になるよね?俺の返事無駄になっちゃうよね?唯ちゃんお兄ちゃんの返事のタイミング読んでたの?

 

 

「お邪魔しますねーって、あれ?寝てたの?」

「いや、別に寝てなかったぞ。ただ横になってただけだ」

 部屋に入るなり、疑問をぶつけてきた唯。というかお邪魔しますねーって何だよ。家族の部屋なんだしそんな畏まらなくてもいいんだぞ。俺は唯の部屋には行けないけどな!主に緊張しちゃう!

 

 女の子女の子してる部屋はどうにも入りづらい。なのに穂乃果の部屋は普通に入れるのは何故なのか。簡単だ。穂乃果の部屋が女の子してないからだ。少女漫画とかぬいぐるみがあっても穂乃果の部屋だけは女の子オーラみたいなのがないのだ。

 

 こんな事言ったら確実に穂乃果に殴られそうだけど、要はあれだ。俺が気にしなくてもいいくらい穂乃果の部屋が居やすいという事だ。ホームだ。何なら俺の第二の部屋まである。もう普通に穂乃果のベッドで寝たら殴られるレベル。結局殴られちゃうのかよっ。

 

 

 

 

「で、俺の部屋に来たって事は、何か用でもあったのか?」

 本題を切り出す。唯が俺の部屋に来るって事は絶対に何か用がある時だ。時期を考えるなら、受験勉強を教えてほしいとかその辺りだろう。俺も特別頭が良いという訳ではないのだが、復習も兼ねて唯に勉強を教えてやっている。

 

 

 

「うん、まあね」

「何だ、勉強じゃないのか?」

 いつもならすぐに勉強教えてお兄ちゃんっ!とか言ってあざとく甘えてくるのに、今日はそういった事をしてこない。いや、別にそれが見たいとかじゃないから。確かに可愛いから見たいけど、唯はいつだって可愛いから。これ世界の真理だから。

 

 

 でも、勉強でないなら何の用なのか。

 

 

 

 

「お兄ちゃん、何か考え事してたでしょ」

 それは、単なる疑問とかではなく、確かに確信めいた言い方だった。絶対的な確信があるからこそ何の迷いもなく唯は言い放った。それに対し、俺は思わず寝転んでいた体を起こす。

 

「……何でそう思った?」

「簡単だよ。晩御飯食べてる時も、お兄ちゃんずっと上の空だったし。思い詰めたような顔ばかりしてたから」

「……なるほどな」

 そりゃ晩飯中にそんな顔してたら分かっちまうか。というか晩飯の時テレビ見てたんじゃなかったのかよ。ずっと俺の顔見てたのか唯は。それはそれで恥ずかしい。思い詰め過ぎて変な顔してなかっただろうか。

 

「お兄ちゃん……何があったの?」

 これは……唯に言うべき事なのだろうか。これは別に俺の抱えている問題ではなく、ことりの問題だ。ただでさえ俺自身が介入するかしないかで迷っているというのに、それを唯に話してしまって良いのだろうか。

 

 そんな事さえ迷っていると、唯からの突き刺さるような視線に気付いた。

 

 

「むぅ……お兄ちゃん、まさか私に話しても良いのかって迷ってるでしょ……?」

「え、何で分かっ……いや、そ、そんな事はない、ぞ……?」

「言い直すの遅いよ……はぁ、まったくお兄ちゃんは……」

 何故かすごく溜め息をついていらっしゃる。まだ中3と若いのにそんな溜め息は似合わないぞ唯さんや。それとなんで俺の考えが分かったんだよ。妹だから兄の考えくらい分かるってか。何それ妹ハイブリットかよ。

 

 

「良い?お兄ちゃんが今何に悩んでいるかなんて私には分からない。でも、それで悩んでるお兄ちゃんをほっとけるほど私は妹として冷めちゃいないよ。だからとりあえずさ、話してみるだけ話してほしいな」

「唯……」

「ほんの少しでも、話してお兄ちゃんが楽になるなら、喜んで私は聞くよ。そして私に言える事があるなら、それも言ってあげる。お兄ちゃんを支えるのも、妹の立派な役目なんだからっ」

 

 ふんすっ、と、少しドヤ顔しながらもしっかりと俺の目を見ている唯におかしくなる。本当なら、俺がいつもそういう役回りをしているはずなのに、それを妹にされるとはな……。

 

 

 そこから俺は唯に話した。ことりの悩みを。俺や穂乃果や海未とは違って、自分には何もないのだと悩んでいる事。それについて俺がその問題に介入するべきかしないべきかを。俺が介入して、それで逆の結果になってしまったらという事を。

 

 

 

 

 そこまで聞いて、全てを聞いて、だけど、唯の表情が変わる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあんだ。そんな事か」

 とても普通に、とても無関心なように、いつも通りとでも言うかのように、唯は吐き捨てた。

 

 

「そんな事って、お前なあ……」

 これでも結構迷ってるのに、それをそんな事って言われると中々くるものがある。それも最愛の妹に言われたら尚更だ。お兄ちゃん号泣しそうだよ。

 

 

「だってそうだもーん」

「あのな……俺もいつものような事だったら迷わず介入してるさ。でも今回は違う。ことりの問題には俺も含まれてるんだ。だったら、そう簡単にはいけないんだよ。俺が介入して、それでも何も変わらない可能性だってあるんだ」

 そうだ。俺が原因の一つである以上、迂闊な事はできない。ことりの問題を解決するための最適解を出すはずが、出鼻からくじかれているような気分だ。なのに唯は、それすらも大事でもないかのような顔で言った。

 

 

「だからさ、それはことりちゃんの問題だからって事でしょ?もしそれがことりちゃんの問題じゃなかったらお兄ちゃんは介入しないの?」

 言われて、少し黙ってしまう。多分、おそらく、ことりじゃなかったら俺はそれに介入しているかもしれない。というより、

 

「……まず、これはことりの問題であると同時に、その問題の原因の一部に俺も入ってるという事だ。だからそれに迷ってる」

「それも一緒だよ。原因の一つとしてお兄ちゃんが入っていても、お兄ちゃんは本当に介入しないの?それで我慢できるの?」

 再びの沈黙。どうしても、今は唯の顔を見る事ができなかった。そんなの、我慢できるわけない。ことりが悩んでて、それで困ってて、それが他の誰かでも、俺は我慢できないと思う。

 

「お兄ちゃんが憧れてるヒーローにはさ、色んな種類があるよね。お兄ちゃんみたいに、とにかく困ってる人や泣いてる人、助けを求めてる人がいれば手を差し伸べる者。例えその人が困って泣いて、助けを求めていても敢えて関わろうとせず、自力で這い上がってくるのを見届ける傍観者。ダメ出しやわざと突き放したりして自分が悪役のように振る舞って、まるでダークヒーローみたいな人。とにかく、ヒーローにも色んな人達がいて、様々な正義感がある」

 

 唯の言葉を聞いて、言われてみれば俺は1番最初のヒーローの部類に憧れているのかもしれない。それがもっとも俺の理想としているものだから。

 

 

「でもね、お兄ちゃんはお兄ちゃんが思う、したい事をすればいいと思うんだ。誰かに変に指示されたから従うようなのではなく、お兄ちゃん自身の中から湧き上がる感情に従って真っ直ぐに突き進んでほしい。……それが、私の知ってるいつものお兄ちゃんだから」

 本当に。俺の妹というやつは“俺”の事を理解しているらしい。その事に少しだけ可笑しくなる、けれど嬉しくもあり、笑みが零れる。

 

「お兄ちゃんが思う信じた選択をすればいい。それなら私は別にお兄ちゃんが敢えて傍観者を貫く事も、わざと蹴落としてダークヒーローを振る舞おうともそれでいいと思ってる。……でも、やっぱりお兄ちゃんは本当に困っていて悩んでる人を放っておける人じゃないもんね」

「……ったく、妹ってのはこういう時恐ろしいくらい察しというか、勘が働いてんのかね……」

「違うよ。察しても勘が働いてるんでもない。“分かる”んだよ。私が“お兄ちゃんの妹”だからね」

 俺の迷いをいとも簡単に吹き飛ばしてくれるような、そんなふんわりとした軽い言葉でも、すんなりと受け入れる事ができた。

 

 

「だからね、お兄ちゃんが迷う事なんてどこにもないんだよ。ただ、いつも通り(、、、、、)に動けばいいんだよ。それでもしも、お兄ちゃんが選択を誤ったとしても、それでお兄ちゃんが蔑まされるような事が起きたとしても、私だけはお兄ちゃんの側にいるから」

 それを聞いて、ようやっと、自分の心が軽くのを感じた。

 

 

 最もだった。

 何を迷っていたんだ俺は。

 これはことりの問題だから。

 原因の一部に俺が入っているから迷っていた。

 

 

 その前提条件からして間違っていた。

 俺が原因の一部だから何だ。ことりの問題だから何だ。そんなのは関係ない。現に今、ああやって、俺達の誰にも打ち明けられずにことりは悩んでいたんじゃないか。だったら、理由なんてそれだけでいいじゃないか(、、、、、、、、、、、、、、、、、)

 

 俺が原因の一部なら、それ自体を解消してやればいい。ことりには何もないなんて誰が決めた。ことりが自分で勝手に言ってるだけじゃねえか。なら気付かせてやればいい。ことりにだって俺達にはないものがあるんだという事を。

 

 

「顔が明るくなったね」

 不意に正面から声が聞こえた。言わずもがな、唯だ。まず、俺の顔を少し見ただけで何かに気付いたこのどうしようもない出来た妹にお礼を言わないとな。丁度良い位置にいたからそのまま手を伸ばして唯の頭に手を置く。

 

「ありがとな、唯。おかげで迷いが晴れた」

「うんっ。私もお兄ちゃんの迷いが晴れて良かった!」

 うっわ眩しい。笑顔が超眩しい。唯の笑顔に後光が見えるのは気のせいだろうか。なんて眩しい笑顔なんだ。ただの天使かよ。

 

「おう、ホントに助かったよ。じゃあ、俺はそろそろ寝るから、唯も自分の部屋にもど―――、」

「でねでね、お兄ちゃん!」

「お、おう?何だ?」

 最後まで言う前に遮られた。何やら凄くニンマリしてる。これは何か企んでいる時の顔だ。こうなれば何を要求してくるか分からない。買い物なら安い物なら出してやらないとなー。

 

「えへへ~」

 え、すげえニンマリしながら部屋を出て行ったんだけど。これはこのまま平和には終わらない。拓哉さんの面倒センサーがそれはもうギュインギュイン反応してる。

 

 

 

 ものの十秒くらい経って、唯は戻ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故か唯の枕を持って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい?

 

 

 

 

 

「あの、唯……さん……?その枕は一体、何でせうか……?」

「決まってるじゃん。私の枕だよっ」

 ああもう可愛い。これ見よがしに両手で自分のアピールしてこなくていいから。分かってるから。知ってるから。

 

「いや、そうじゃなくて……なんで枕を持って俺の部屋に来たんだ?」

「もう、お兄ちゃんなのに察し悪いよ!一緒に寝るからに決まってるでしょ!」

「そうか、一緒に寝るからか。そりゃそうだよな。わざわざこっちの部屋に枕を持ってきたんだから普通分かるよな。悪い悪い、これはちょっとお兄ちゃんの理解力が悪かったよ…………ってなるかァァァあああああああああああああああッ!!」

「おお、お兄ちゃんのノリツッコミだ」

 

 いや冷静だなオイ。こちとら理解力が追いついてないんだけど。むしろもうパンク寸前で破裂しそうなんだけど。こんな夜に普通に叫んじゃうくらいには混乱してるんだけど。

 

「何で俺と一緒に寝るという発想に思い立ったのか。簡潔に述べなさい。そこからお兄ちゃんが妹に華麗な論破をして帰そうじゃないか」

「この前穂乃果ちゃん達が遊びに来た時のゲームでお兄ちゃんが私に負けた罰ゲームとして一緒に寝るって約束した」

「お兄ちゃんが悪かった」

 もう1秒も経たずに論破された。何も言い返せないとはまさにこの事だ。なるほど、これがダンガンロンパか。多分違う。そういやそんな約束してしまってたなあ……。まあ罰ゲームだから仕方ないんだけどさ。

 

 

「唯さんや、この敗北者のせめてもの配慮として、この案件にわたくしめの拒否権は―――、」

「ないよ」

 めっさ高速で即答するやん。しかもその顔がまた怖い。笑顔なのに寒気を感じた。まだ夏が始まる季節だよね?何でこんなにも寒いのん?背筋がゾッとするんだが。さすがに自分の笑顔が引きつった瞬間だった。

 

 これ以上拒否しようとしたら俺は永眠させられるかもしれない。妹になら本望だけど、まだこの現世にやる事いっぱい残してるから今は耐えるしかないね。現世って言うと死神代行始めそうな予感がする。

 

 

 

「……じゃあ、唯は俺のベッド使っていいから、俺は床に布団でも敷いて―――、」

「一緒に寝るって言ったよね?」

 おうふ……たった今選択を誤ったらしいぞ岡崎拓哉。おかしいな、さっきは選択を誤っても側にいてくれるとか言ってたのに今は笑顔で人を凍てつかせそうだぞ。

 

「いや……でもさすがにこの年にもなって一緒のベッドで寝るってのは、色々と危ないんじゃない、か……と、思う、のでせうが―――、」

「私は気にしないから。はい、以上。お兄ちゃんさっさとベッドに入って」

「ウィッス」

 もうこれダメだ。何を言っても聞き入れてくれないパターンのやつだ。言葉の一つ一つにブリザガ放たれてるようなもんだ。強制力パネエ。将来唯の旦那になる奴は苦労しそうだ。まず嫁にやらんけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ、久々に誰かと一緒に寝るけど、あったかいねっ♪」

「せやな」

「何で関西弁?」

 思った以上にヤバかった。妹だから別に性的興奮を覚える事は全然ないのだが、それ以上に唯が超絶美少女であり、且つベッドがそんなにでかくないという事が今まさにこの瞬間分かった。

 

 

 元々シングルベッドなのに、そこに2人も入る事がおかしいんだ。掛け布団だって一つしかない。それはつまり、俺と唯の距離の圧倒的短さを表していた。

 

 

「近い……」

「そりゃ1つのベッドに2人も入ってるんだもん。当たり前だよ」

「やっぱこれ2人別々に寝た方が良くないか?狭いし暑いし、唯も窮屈で嫌だろ?」

 一応風邪引かない程度に冷房は付けてあるが、それでも2人が嫌でもくっ付いてれば暑くなる。それに唯は女の子だ。窮屈なのは苦手だろう。それを思っての発言だったのだが、

 

「……お兄ちゃんってホントそういうとこダメだよね」

 何故か罵倒された。別にそんな事言われて喜ぶ趣味は俺にはないが、せっかく心配して言ったのに罵倒で返されたのは普通に傷ついた。お兄ちゃんのガラスのハートは簡単に崩れ去ったよ……。

 

「この窮屈さがいいのっ。私だって相手が“お兄ちゃんだから”嫌じゃないんだし、そこら辺をもうちょい察してほしいな」

「お、おう。とりあえず、何だ、すまん」

 なるほど、唯も兄である俺だから別に気にするほどでもないという事か。言われてみればそうだ。兄妹でわざわざ意識し合ってたらそれはそれで問題なのだから。なので俺妹はホントに凄いと思いました。兄妹で結婚イベントとかレベル高えよ。

 

 

 それはそうと、もうそう思ってしまえば何のその。いくら唯が世界的に天使だとしても、変な意識はもうなかった。いつもの可愛い可愛い唯だ。それだけだ。

 

 

「ねえお兄ちゃん」

「何だ」

 声音からして、ふざけた感じではなかったのが容易に想像できた。だからこちらも普通に返す。

 

 

「ことりちゃんの事、どうするか決めた?」

 10秒くらいだろうか。そのくらい俺は目を瞑って黙っていた。別に無視をしているわけじゃない。ちゃんと唯の顔を一瞥してから天井へと顔を向けた。

 

 

 

 ゆっくりと目を開ける。

 そのまま天井を見ていても、唯が優しい目でこちらを見ているのが分かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――答えは、出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ」

「そっか」

 

 

 

 

 

 それ以上の言葉はなかった。返事をしたそのすぐあとに唯は寝てしまった。何だかんだ受験勉強で疲れていたのだろう。安心したように眠っている。勉強で疲れてるのに、俺のためにここまでしてくれるなんて、どこまで最高の妹なんだろうか。

 

 

 

 

 軽く頭を撫で、枕元に置いてある携帯へと手を伸ばす。

 電話するのも何だから、メールをしようとした瞬間に、誰かからメールがきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「絢瀬会長か……」

 今まさに俺も絢瀬会長にメールをしようと思っていたところだった。好都合、ナイスタイミングとはこの事だ。返信をするために内容を見る。そこに書いてある文面を見て、思わず笑みが零れる。

 

 

 

「ははっ、やっぱ同じ事考えてたか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色々と手間が省ける返信を、隣で気持ちよく眠っている唯の頭を左手で撫でながら、右手で打っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「左腕が重い……」

「たくちゃん中二病なの?」

 廊下から教室を覗き込むような姿勢をしながら、穂乃果は俺に言ってきた。

 

「何言ってんだ。男なら誰だって心の内に大きな野望をいつだって抱いてる中二病だろうが」

「否定はしないんですね……」

 海賊王になるだとか、ハーレム王になるだとか、中二病でも恋がしたいとか、大体そこらへん。……最後は女の子か。朝起きたら唯が俺の左腕を枕にしていたのだ。自分の枕を床に捨て置いてな。ドンマイ、唯の枕。

 

 

 

 

 とまあ、そんな事は置いといて。

 何故俺、穂乃果、海未が廊下から教室の中を覗いてるかと言うと、ことりを見ているからだ。別に覗いてるとかことりだからだとか決して変な事を考えて覗いてるわけではない。

 

 教室にはことり1人だけが残っている。授業でヘマをやらかして宿題を出された訳でもなく、ただ一心不乱にノートとにらめっこをしていた。

 そして途端に目を開けたかと思うと、

 

 

 

 

「……チョコレートパイ、美味しい。生地がパリパリのクレープ、食べたい……。ハチワレの猫、可愛い……。5本指ソックス、気持ち良い……たっくんの家、行きたい……」

 ひと通りノートに書いてある事を言い終えて、何かをしばし考えて、やがてことりは崩れた。

 

「思いつかないよぉ~!!」

 いやまあそうだろうね。ほとんどただのことりの願望だもんね。ダダ漏れだもんね。5本指ソックス気持ち良いんだね。というか最後明らかに俺の名前出たよね。おかしいよね。

 

 

 

 

 

 さて、ことりが何故あんな事をノートに書いたり言っていたりしているのには理由がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は数十分前にまで戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『秋葉でライブよ!』

 部室内に絢瀬会長の声が響く。

 

 

 

『えっ、そ、それって……』

『路上ライブ?』

『ええ』

 穂乃果とことりの疑問に肯定の言葉を返す絢瀬会長。路上ライブとか聞くとインディーズバンドとかのイメージが強いだろうが、それをスクールアイドルでやろうという事だ。

 

『秋葉といえば、A-RISEのお膝元よ!?』

『それだけに面白いやん!』

『でも、随分大胆ね』

『昨日岡崎君とメールでやり取りしてたんだけど、秋葉はアイドルファンの聖地。だからこそ、あそこで認められるパフォーマンスができれば、大きなアピールになるってね』

 そう、これが昨日の夜俺と絢瀬会長が考えていた同じ案だった。さすがにまったく同じ事考えてたから驚きはしたが、だからこそすぐに決断する事もできたのだ。

 

 

『たくちゃんも考えてたの?』

『ああ。昨日絢瀬会長にその事で連絡しようとしたら、丁度その時に絢瀬会長からまったく同じ提案のメールが来てな、それですぐに決めたって事だ』

 迷いが晴れたら、すんなりと俺のやるべき答えは出てきた。かくしてそれは絢瀬会長と同じ答えだった。

 

『良いと思います!』

『楽しそう!』

 穂乃果もことりも好印象のようだ。他のみんなも特に反対意見はないし、あとは1人だけ気になる奴が……、

 

 

『しかし、凄い人では……』

 海未だ。いつもの照れ屋が発動してしまっている。最近ライブで緊張する事が少なくなってきたようにも見えるが、それはあくまで校内でのライブだから。今回は校外。それも秋葉のど真ん中だ。海未が臆してしまうのも無理はない。

 

『人がいなかったらやる意味ないでしょ?』

『そ、それは……』

 けど、こういう時に頼りになるのがにこさんだ。アイドルへの思いが強いからこそ、こういう場面ではっきりと意見を言う事ができる。さすがに正論を言われては海未も言い返せないようだし、これは拓哉さん的にも手間が省けて楽だ。

 

 

『決まりね』

『じゃあさっそく日程を―――、』

『その前に』

 穂乃果の言葉を絢瀬会長が遮る。絢瀬会長的にも、俺的にも、ここからが本題だった。

 

 

 

『今回の作詞はいつもと違って、秋葉の事をよく知っている人に書いてもらうべきだと思うの。ことりさん、どう?』

『えっ、私?』

『ええ、あの街でずっとアルバイトしてたんでしょう?きっと、あそこで歌うのに相応しい歌詞を考えられると思うの』

 これが俺の考えた答えだった。唯は俺の信じた道を進めと言ってくれた。だったら、いつもと少し違うやり方でも、それが俺の信じた道ならそれを進みたいと思った。

 

 

 俺が原因の一部になっているなら、まずはことり自身の成長を促す。それでもまだ見込めなかったら、そこに俺が介入しようと。それが俺の行きついた結果だ。

 絶対的な傍観者じゃない。蹴落とすダークヒーローでもない。あくまで手を差し伸べて、それでいて程よい距離から手助けをする。それだって立派な正義だ。

 

 

 

『それいい!凄く良いよ!!』

『穂乃果ちゃん……』

『これは俺からの提案でもあるんだ。秋葉を知っていることりだからこそ、それを頼みたい』

『穂乃果ちゃん、たっくん……』

 もちろんこれは強制ではない。ことりがそれを断るなら、無理強いはしない。そんな事をしても成長にはならないから。また違う案を考えるだけだ。

 

 

『やった方が良いです!ことりなら、秋葉に相応しい良い歌詞が書けますよ!』

『凛はことり先輩の甘々な歌詞で歌いたいにゃー!』

 凛のそれは無意識な煽りなのか単純に乙女思考なのか分からない。これが煽りなら俺は凛を見くびっていた事になる。ないかもしれないけど。

 

『そ、そう?』

『ちゃんと良い歌詞作りなさいよ?』

『期待してるわ』

『頑張ってね!』

『う、うん……』

 

 見事にみんなから応援され、ある意味逃げ場を失ったことり。大丈夫、みんな純粋にそう思ってるだけだから。凛はどうか分からないけど、他のみんなは本当に良い歌詞書けると思ってるから!!

 

 

 

『が、頑張ってみるねっ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、こんな感じだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ご丁寧にその時の心情も再現してやったんだ。これは褒められるべき。……誰に言ってんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーわふわしーたもーのかーわいいーな、はいっ!あとはマカロンたくさん並べたら~、カラフルでし~あ~わ~せ~……うぅ、やっぱり無理だよぉ~!!」

 今もことりは書いては消し、言っては嘆きを繰り返している。

 

「中々苦戦しているようですね……」

「うん……」

「まだだ、まだ……ことりは諦めていない……」

「たくちゃん……」

 あいつは変わろうとしてるんだ。何もないなんて自分で嘆きながらも、それがダメだと考えてるから変わろうと頑張ってるんだ。だったら、まだあいつは諦めないはずだ。

 

 

 

「うぅ……穂乃果ちゃん……たっくん……」

「ぐ……お……ッ!」

「た、たくちゃん?凄い顔してるよ……?」

「今すぐことりの元に行って助けてあげたい衝動にでも駆られているんでしょう。それを我慢してる結果がこの顔です」

 海未に見破られてる。やだ恥ずかしい。でもこの顔は収まんない。あんな弱々しいことりの声なんか聞いてしまったら、手助けしたいに決まってるだろう。

 

 

 でもここは我慢だ岡崎拓哉。どんだけ手に血が滲もうとも、これもことりのため、もう少しだけ様子を見るんだ。それでもダメだったら、少し手助けすればいい。だから今だけは我慢だ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頭がおかしくなりそうだよぉ……。―――そうだっ、今日は帰りにクレープ食べて帰ろうっ。そしたら何か浮かぶかもしれないもんね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………やっぱダメかなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか。


拓哉の迷いを晴らしてくれたのは、家族であり、いつも身近にいるからこそ分かる妹の唯でした。
天使や……。
唯も拓哉を理解している1人。だから迷う事なく拓哉が何をするべきかをもすぐに言いだせるわけです。
答えは決して1つではない。複数の答えもあるのだと言ってくれたおかげで、拓哉もいつもと少し違った、けれど芯はいつもと変わらない答えが出せました。

続きは、次回へ!

追記.
そういえば先週の日刊ランキングでまさかの1位になりました!
初めてのランキング1位になれたのも、いつもこの作品を読んでくださっている読者の皆様、ご感想をくださる皆様、お気に入り追加してくださる皆様、高評価をくださる皆様のおかげです。
たった1日だけの1位でも、それは1位!
これからも頑張っていきますので、よろしくお願いします!!


いつもご感想評価ありがとうございます!


では、新たに高評価(☆9、☆10)をくださった、


宵闇 鶴氏さん(☆10)、川崎ノラネコさん(☆10)、syuyaさん(☆9)、戦国武将さん(☆10)、ぬべべさん(☆9)

大変ありがとうございました!!
評価数50まであともう少し!!

これからもご感想評価ドシドシ待ってます!




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49.解はいつも自分の中に

年内最後の投稿です!!



では、どうぞ!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ことりの作詞活動は苦戦を強いられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例えば授業中の時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではこの問題を……南さん」

「はぁ……」

 先生に当てられたはずのことりはそれが聞こえていないのか、ずっと俯いたまま溜め息を吐いていた。

 

「南ことりさん!」

「は、はいっ!」

 ようやっと先生の声に気付き慌てて立つことり。そこにはいつもの余裕さはなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例えば体育の時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ~……何書いたらいいのか分かんないよぉ~……」

「考え過ぎだよー。海未ちゃんみたいにほわんほわんみたいな感じで良いんじゃない?」

 誰か1人とペアになって準備運動をしている時にことりは嘆いた。唯一の男子である俺はもちろん1人でストレッチしてるけどね!か、悲しくなんてないんだからっ!

 

「それ褒めてるんですかあ!?」

「褒めてるよ~!」

「褒めてはないだろそれ……」

 何だよほわんほわんて。表現が曖昧すぎて逆に反応しづらいわ。そしてそれを褒めてると断言できる穂乃果はある意味凄いと思う。結局ことりは唸ってるだけだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例えば昼休みの時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「休み時間終わっちゃうよ?」

 ことりだけが弁当を半分以上残したまま、昼休みがどんどんと進んでいった。

 

「やっぱ作詞ってそう簡単にはできないって事か……。だとすると、海未はいつも作詞してるけど悩んだりしないのか?」

「そうですねえ、私はいつもまず簡単なテーマを決めて、そこから連想される言葉や単語を繋いで作詞しています」

「テーマか……」

 なるほど、分からん。いつも作詞している海未としない俺じゃ思考のズレがあっても仕方ないとは思うが、思ったより全然分からん。……いや、待てよ。海未が何で作詞担当になったかを考えれば……、

 

 

「つまり、中学時代にポエム作ってたくらいだから余裕なの―――、」

「飛ばしますよ」

「主語がない分余計怖えよ……」

 何だよ何を飛ばすんだよ。色々と想像できすぎてヤバイ。何がヤバイってまじヤバイ。

 

 

「たっくん……もう食べれないから、私の残りのお弁当、食べる?」

 ことりが声音は暗いまま俺に問いかけてきた。正直海未の視線から逃げたかった俺としては助かった。

 

「お、マジでか。ことりの弁当食えるんなら遠慮なく頂くよ。それに今日は体育あったからいつもより腹減ってたんだよな」

「そうなんだ。ならたっくん的にも都合よかったね」

「上手く逃げましたね……」

 あーことりの弁当美味いっ。海未の声なんて全然聞こえないわー。ただただ美味いわー。お願いだから見ないでほしいわー。視線のせいで左半身だけ凍り付きそうだわー。……それ致命傷じゃねえか。

 

「ふむぅ……たくちゃん、私のパンもいる!?」

「いらんわ。普通に腹の音鳴らしてるって事はお前こそまだ食い足りてねえって事だろ」

「違うよっ!これは消化してる音だよ!!」

「お前の胃袋働くの早いなオイ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例えば図書室で作業をする時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……」

 机には何十冊もの本。それを隅々とまではいかないが、閃きそうな何かがないかを粗方読んで、結果として静かな図書室には、ことりの嘆きのようなうめき声だけが響き渡った。

 

「こんだけ読んで、結果はなしか……」

「ご、ごめんね……」

「ああいや、そういう訳じゃないんだ。作詞なんて俺もした事ないし急にことりに任せた俺の問題でもあるから、ことりの謝る事じゃねえよ」

 とは言っても、さすがに何も思い付かないのは少しな……このまま本当に作業が進まなかったら、それこそ何の成果も得られませんでしたー!!とか言って作曲担当の真姫に謝らないといけなくなる。進撃されそう。

 

 

 ことりの悩みである“自分を変えたい”。それを解消するための提案だったが、これじゃことりの悩みが増えただけになってしまう。そんなのは本末転倒だ。だから俺もある程度だがこうやって助力しようとしているが……何これ超ムズイ。

 

 自分が何をどこまでやれるのかなんて過信した事は一度もないけど、それでも作詞がこんなにも難しいだなんて思わなかった、海未はポエムを書いてたからとか言っていたが、そんな生温いものではない。

 

 ポエムなんてのは結局自分の書きたいものを連ねていくだけだ。ポエム自体の長さなんて制限はない。しかし、作詞ともなれば勝手は違ってくる。作詞ならそれなりに長く書かなければならない。少なくともAメロ、Bメロ、サビ、Cメロなどを書かなければならない。

 

 作詞家ならそんな事は慣れているかもしれない。でもスクールアイドルはあくまでも素人の集まりだ。そう簡単には作詞ができるはずがないのだ。だからこそ、今までの海未の凄さがようやく理解できた。

 

 ポエムを書いてたからとかではなく、海未には元々こういうものに対してもセンスがあったのかもしれない。何たって最初に作詞したSTART:DASHがあんなにも出来の良い歌詞だったんだから。そんなのをことりに急に任せるなんて、さすがに厳しすぎたかもしれないな……。

 

 

「う~ん……こんなんじゃダメだよねっ。私、もっと頑張るから!」

「ことり、その意気ですっ」

「ファイトだよっ、ことりちゃんっ」

「……」

 

 

 

 いや、ことりが頑張ろうとしてるのに、任せた俺が勝手に決めつける訳にはいかねえよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例えば翌日の授業の時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここでこの方式をだな―――、」

 山田先生の声をまったく聞かないで、ことりは作詞に夢中になっていた。と言っても上手く進んでいる状態ではないが。

 

「……っ!ぅ~……」

 何かを閃いたと思ったらすぐに首を横に振って、それをさっきから何回も繰り返していた。俺の前の席の穂乃果も心配そうにことりを見ている。気持ちは分かるがお前はちゃんと先生の話を聞きなさい。ただでさえバカなんだから。

 

「んじゃここを……岡崎、解いてみろ」

 ほれみろ、山田先生の事だから絶対よそ見してる生徒を当ててくるなんて容易に想像できたわ。だから俺の答えも既に決まっている。

 

 

「よし、俺の代わりにやってやれ穂乃果!」

「えっ!?何で私!?」

 何でってそりゃお前、あれだよ。よそ見なんかしてるからだよ。というか先生何で俺を当てたんだよ違うでしょ。もっと適任者がいるでしょ。

 

「何で高坂じゃなく俺を当てたんだって顔をしてるな。考えてみろ岡崎。高坂を当てたところで答えられると思うか?」

「なるほど、さすが山田先生だ。何の躊躇いもなく生徒を小馬鹿にするなんて、そこに痺れる憧れるゥ!!」

 確かに、穂乃果を当てたところで解けないのは誰もが知っている事だ。無駄な時間を省こうとするなんて、先生も考えおるな。

 

「先生もたくちゃんも遠回しにバカにしないでよ!」

「「遠回しにバカにしてない。直球でバカにしてるんだ」」

「揃って酷い!?」

 先生とは良い酒が飲めそうだ。もちろん未成年だから酒は飲めないけど。こうやってたまに山田先生の授業では俺達の漫才みたいなコントが始まる事がある。先生曰く、『お前らならどれだけ弄っても大丈夫そうだから』らしい。それが先生の言う言葉か。

 

 

「で、岡崎。お前は結局これを解けるのか?」

「はっはっは!愚問ですよ先生。そんなの数学苦手な俺が分かるわけないじゃないですか!!」

「それもそうだったな。よし、歯ぁ喰いしばれ。チョークで歯を折ってやる」

「俺だけ罰がおかしくない!?その投球フォームやめてっ!ガチのやつだから!それ結構ガチのやつだから!!」

 俺が男だからって何でもしていいと思ったら大間違いだ。歯を食いしばってるとこに全力投球のチョークでも喰らってみろ。確実に入れ歯必須になるのが目に見えてる。

 

 

「ったく、お前は数学だけは致命的に悪いからな……。あたしの教え方が悪いのか?」

「大丈夫ですよ先生。先生の教え方は間違ってません。単に俺が分からないだけなんで、ほら、自信持って?」

「何でお前に慰められにゃならんのだ……」

 あれ?俺が慰めたらいけないのか?先生が額に手をやってあからさまに溜め息をしている。穂乃果よりは数学マシなんだけど。

 

 

「……まあいい。それより、もっと他に指導しないといけない奴がいるしな」

「「他に?」」

 俺と穂乃果の声が重なる。数学に関しては俺と穂乃果以外にヤバイのなんていないと思うが、そんなのがいたら数学担当の先生が担任クラスなのにある意味大問題になる。もっとしっかりしろよなまったく!!

 

 

「何でいつもこう岡崎の周りは問題ばかり増えていくんだ……。南、授業が終わったら少し職員室に来い、いいな」

 席を立っていた俺の目が少し見開く。言葉を理解してから、ことりの方へ目をやると、ことりも意外だったのか驚愕していた。

 

「は、はい……」

 ことりの返事と共にチャイムが鳴る。授業の終わりの合図だ。俺が穂乃果と先生と変な漫才をしている最中も、ことりはずっと俯いていたままだった。……一度も笑う事なく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例えば職員室の時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだ南、ここんとこ気抜けてるぞ。しっかりしろ」

「すいません……」

 山田先生に呼ばれたことりは、職員室で文字通り注意を受けていた。それを俺達は出入り口から覗いていた。普通に邪魔と思われてるがそんなのは気にしない。

 

 

 あのことりが珍しい、と最初こそは思ってはいたが、ここ最近のことりの授業態度を見るとそれも仕方ない事だと思った。授業中にもことりは作詞をするために必死になっている。それも教室で行われる授業全てを使って。

 

 海未からも軽く注意されてたから、授業中はもうやらないとばかり思っていたが、それでもことりはやっていた。いや、やろうとしていた。自分がしないといけないから。自分が完成させないといつまで経っても曲はできないから。

 

 そんなプレッシャーがことりを焦らせているのかもしれない。これはことりに任せようとした俺の責任でもある。だから、ことりだけが注意を受けるなんて事を、黙って見ていられるわけがない。

 

 

 

「あ、たくちゃん!」

 穂乃果の声を無視し、俺は先生とことりのとこへ向かう。

 

 

「先生、ことりが最近こうなっているのは、俺の責任です。だからことりへの説教はここまでにしてやってください。あとは俺が全部受けます」

「なっ、たっくん、それはちが―――、」

「違わないさ。俺が急にことりに任せちまったんだ。だったら俺の責任でもある」

 ことりが何かを言う前にそれを遮る。そうでもしないと絶対にことりは俺を庇おうとする。ことりはμ'sのために頑張ろうとしているだけだ。そこには自分の悩みも多少は含まれている。その結果が授業にも影響されている。

 

 それは普通に考えたらダメな事なのかもしれない。言い訳にしか過ぎないのかもしれない。でも、ことりはことりなりに必死で頑張ろうとしているんだ。だったら、俺はそれを止めたくない。ことりが頑張れるなら、俺はことりのためにお叱りでも何でも受けてやろう。

 

 

「はぁ……。後ろで覗いてるだけで済むかと思えば、やはりお前は来たか……。いいだろう、南はもう行っていいぞ。岡崎、お前はあたしと生徒指導室に来い」

「はい」

「ちょ、ちょっと待ってくだ―――、」

「大丈夫だことり。お前は今の内に作詞しといてくれ」

 またもことりの言葉を遮る。穂乃果達にも軽く手を振って、山田先生に着いて行く。

 

 

「さて、ここが生徒指導室だ」

「はあ……まあ来いって言われて来たんだからそりゃここは生徒指導室でしょうけど」

 前の学校の時も生徒指導室には行ったが、どうしてこうも生徒指導室ってのは無駄にデカくて綺麗なんだろうか。厄介な生徒を落ち着かせるために完璧な設備でもしてんのか?

 

「まず、ここにはあたしとお前しかいないわけだが」

「それも見りゃ分かります。だから説教するならさっさとしてください。殴る蹴るとかされても俺はどこにも告げ口はしないんで」

「何であたしが殴る蹴るの前提で話してるんだ……」

 え?違うの?てっきりそうだとばかり思ってたから2人きりのとこに連れて来られたと思ってたわ。

 

「とりあえず座れ。最初に言っておくが、あたしはお前を説教するつもりはない」

「は?じゃあ何のために俺をここに連れてきたんですか?まさか先生……彼氏ができないからって生徒である俺をこんな場所で襲うつもりじゃ……!?」

「本当に説教が必要になってきたか?」

「ホントまじすいませんでした」

 良い年した独身の女性にこんな事言うんじゃなかった。いつもの先生のツッコミより殺意が半端なかった。

 

 

「いつもそうやって調子に乗るからそうなるんだ……」

「まあ怒られるのも慣れてるんで、つい……。で、結局じゃあ俺がここに連れて来られた理由って?」

 俺がそう聞くと先生の顔つきはすぐに柔らかくなった。確かに怒られる雰囲気ではなさそうだ。

 

 

「ここなら他の教師陣にも見られないから安心なんだ。それと、さっきのお前を説教するつもりはないと言った理由だが、本当なら南にも職員室まで来てもらう必要はなかった」

「じゃあ、何でことりはわざわざ職員室に?」

「南をよく見ているお前も知ってるとは思うが、ここ最近の南は全ての授業に熱が入っていない。その事に対して他の先生達も困ってるんだよ。私は担任だから普通に注意できるが、南は理事長の娘でもあるから強く言えないんだろう」

 先生の言う事はごもっともだった。いつも真面目に授業を受けていたことりが全然授業を聞かなくなったのだ。それはもう他の先生達も困るだろう。だけど理事長の娘であることりに強くは言えない。でも……、

 

 

「お前の思ってる通り、南は注意されたくらいで理事長に告げ口するような悪い子じゃない。そんなのはあたしも含めて全員が知っているんだ。だけどどうしても気を遣ってしまって言えない。でも不満もある。だからここで担任のあたしの出番だ」

「山田先生が?」

「担任として、南を職員室に呼び出せる。そして他の先生方の前でわざと見せびらかすように注意をする。それなら教室で注意するより、先生方が多くいる職員室で注意した方が“南が授業態度の事で注意を受けている”という事をはっきりと周りに分からせる事ができる」

 

 なるほど、敢えて大衆の前で注意した方が他の先生が抱えていることりに対しての不満を一気に解消できるというわけか。ははっ、ここんとこはさすが山田先生だな。周りの先生とは違う、良い意味でざっくりとした性格だからこそ、周りの事も見えて考えられる。

 

 

 

 この人が担任で本当に良かったと思えてる。

 

 

 

 

「だからお前をここに連れてきたのも、生徒指導室なら思いっきり注意できる場だから、今頃こってり絞られてるとでも思ってるんじゃないか?ははっ!」

「ああ、何かぜーんぶ納得しましたよ」

 全ては先生の思惑通りになったってわけね。こりゃ俺も1本取られたわ。

 

 

「それにあたしはお前達に感謝してるんだ」

「俺達に、感謝?」

 急なお礼だった。

 

 

「ああ。お前達μ'sのおかげで一時的ではあるが、廃校の心配はなくなった。本当ならオープンキャンパスの時にもうダメだと思ってたんだ。でも、それをお前達が変えてくれた」

「……それは、穂乃果達が成し遂げた事です。俺じゃない」

「だがお前だって関わりは0じゃない。手伝いだとしても、お前はあいつらを支えてきたんじゃないのか」

「あくまで手伝いってだけですよ。支えてきたのだって、あいつらが自分でそれを乗り越えようとしたから助力して、結果的にはあいつら自身の頑張りでここまでやってこられたんだ。いつだって、あいつらが頑張ろうとしてきたから、俺は別に何もしてないですよ」

 

 

 これは事実だ。俺がどんなにあいつらに助力しても、支えてきても、結果的にそれを全部乗り越えてきたのはあいつらの頑張りがあったからだ。そこに俺の助力など加算されるわけではない。動画を見たユーザーからして見れば、それはμ'sだけの頑張りにしか見えない(、、、、、、、、、、、、、、)んだから。

 

 

「変なとこで捻くれてるなお前は……。いいか?お前がいくらそんな事言ったっておそらく高坂達はそんな事ないと断言してくるぞ。そしてあたしもそれを断言してやる。確かに高坂達の頑張りがあったからここまでやってこれたのかもしれない。でもな、それもお前の支えがあったからじゃないのか。お前の助力があったからあいつらは頑張れたんじゃないのか」

 ここで沈黙してしまう。先生の言う事も理解できないわけではない。でも、それを素直に受け入れていいのかという俺の脳内がブレーキをかけてしまっている。

 

 

「動画だけを見たネットユーザーの評価なんて気にするな。お前にはお前だけが知っている、高坂達には高坂達だけが知っている自分達だけの評価があるだろう。そしてそんな高坂達のお礼も素直に受け入れていいんだよ。もちろんあたしのお礼だってな。本気のお礼を言って、それが否定された時の気持ちがお前には分かるか?本気のお礼を言ってそれを否定されるってのは、それはそれで辛いんだよ。感謝の気持ちを拒まれたと一緒なんだからな」

 

 

 またしても沈黙。言われてみれば、今まで俺は穂乃果達に何度かお礼を言われた事があったが、それをほぼ全て否定してきた。これは俺じゃなくてお前らの結果だから、俺は特別何かをしたわけじゃないから、お礼を言われるような事はしてない、と。

 

 

「いいんだよ、受け入れて。それだけの事を、お前はしてきたんだ。その証拠は今までのお前の行動にあるだろ?岡崎が今までお礼を言われた数なんて知りやしない。けど結構な数で言われてきたんだろう。それはな、お前が助けてきた証拠なんだ。助けたからこそお礼を言われるんだ。ならそれを否定したらダメなんだよ。精一杯のお礼まで否定されたら、それはお礼してきた人達の気持ちを踏み躙るのと何も変わらないんだ」

「……俺は、今まであいつらの感謝の言葉を受け入れずに、お前らの頑張りなんだって言って否定してきた。それがあいつらのためだと思って。でも、それが間違ってたって事ですか?」

 

 そうだとしたら、もしそれが本当にそうなのだとしたら、俺は今までとても最低な事をしてきたんじゃないか……?あいつらのためだと思って、自分達の頑張りなんだと自覚させてやるためにと思って、ずっとそう言い続けてきた。

 

 なのに、それが逆にあいつらの気持ちを踏み躙っていたんだとしたら、まったくの逆効果じゃないか。俺の選択が間違っているという事じゃねえか。……現に今もことりに作詞を任せているけど、それも逆効果になりつつあるかもしれない。

 

 

 俺の選択は、もう当初から間違っていたのか……?

 

 

「まあ、言ってしまえば間違いかもしれないな」

 やはり、か……。

 

 

「でも、高坂達なら大丈夫だろ」

「……え?」

 穂乃果達なら大丈夫って、どういう……。

 

「考えてもみろ。お前らは小さい頃からの幼馴染なんだろ?だったら、お前の性格なんてとうの昔から知っているはずじゃないのか?」

「……あ」

 俺は穂乃果、海未、ことりと幼馴染だ。今までお礼を言われるのも、大体がこの3人からだった。でも、俺がこいつらの感謝の気持ちを踏み躙っても、あいつらはいつも俺に笑顔を向けてくれていた。

 

「お前の性格を理解した上で、あいつらはお前に感謝の言葉を述べるんだよ。いつまでも否定されると分かっていても、いつか受け入れてくれるその日まで、ずっと言い続けてくると思うぞ。あいつらならな」

「ははっ、めんどくせえ奴らだな……」

「お前が言うなお前が。1番面倒な性格してるだろうがお前は」

「いきなりヒドイ言われようなんですが……」

 

 結局説教を喰らった気分だったが、不思議と悪くない気分だった。決して怒られて気持ち良いなんて特殊な趣味はないが、また心が少し軽くなったような気分だった。

 

 

「要はこうだ。たまには感謝の言葉も受け入れてやれって事だ」

「……そうですね。善処します」

「あくまで善処か……。まあいい、何だか結局説教くさくなってしまったし、話が逸れたような気がするが、南もμ'sの事で何か悩みがあるんだろ?」

「ええ、まあ。そのせいでああなっちゃってますけどね」

 このままいくとどうなるのか。最悪悪い方向に行ってしまう気がする。それを止めるためにはどうすればいいか。その答えがまだ出てこない。

 

 

「やはりμ'sの事か。……うん、その事に関しては岡崎、お前に全てを任せる」

「はい?先生は何も言ってくんないんですか?」

「何故あたしが何か言わないといけないんだ?μ'sの手伝い役は岡崎だろ?だったらお前が考えるべきだろうが」

「いや、まあ、そうなんですけど……先生だからこそ何か言える事はないのかな~と……」

 わざわざことりの悩みまで踏み込んできたのに、ここで何も言わないとか、焦らしプレイはやめてよっ!そういうの嫌いなんだから!!

 

 

 

 

 

「まあ、何か1つだけ言うならば、“少年、これからも問題の選択を間違えよ。そしてその問題の間違いに気付いてそれを理解して、何回でも問い直せ。正そうと努力をしろ。解はいつだって自分の中にある”」

 

 

 

 それだけ言うと、先生は生徒指導室を出て行った。

 

 

 

 

「……いつもちゃらんぽらんな事を言ってくるくせに、たまに良い事言うんだから困るんだよあの先生は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 不敵に笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 解はいつだって自分の中にある、か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の解は、いつだって変わらないさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かを助ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それがいつだって最後に出てきてしまう岡崎拓哉の解だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?

今回は山田先生がまさかのメインです。
少しいつもと話がズレてますが、この話はここでやっておきたかったので(笑)
許してやってくだしい!

今回で本編自体は49話なので、次回の更新は50話目という新年一発目にしてキリの良いスタートになりますね!
そして、この小説を書き始めて一周年も近づいて参りました!

何気に山田先生の最後の言葉が気に入ってたり……。


いつもご感想評価ありがとうございます!!



では、新たに高評価(☆9、☆10)をくださった、


グラニさん(☆10)、トエルウル・ノンタンさん(☆10)、HDtamagoさん(☆10)


大変ありがとうございました!!
これからもご感想評価お待ちしております!!




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50.メイド、時々、執事



あけましておめでとうございます!
今年もこの作品をよろしくお願いします!

さて、新年一発目の投稿は50話目ですよ!


それではどうぞ!





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 職員室を出て教室に戻ると、穂乃果と海未が教室の中をそっと覗いていた。それだけで想像はつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ことりの調子はどうだ?」

「あっ、たくちゃん。先生に何て怒られたの!?」

 一応小声で穂乃果が聞いてきた。どんだけ気になってんだよ。成績の問題でいつか呼ばれるとでも思ってんのか。……穂乃果ならあり得るな。

 

「いや、怒られてないよ。あれは便宜上だけの話だったんだ。生徒指導室じゃ逆にお礼言われたくらいだしな」

「え、お礼?」

「何故先生が拓哉君にお礼を……?」

 こいつら、いかにもあの山田先生が俺にお礼を言うわけねえじゃん何言ってんのバカなの死ぬの?みたいな顔してやがる。確かにいつも変なコント強いられてるけど、それだけが俺と先生の関係じゃないんだぞ。

 

 

「ああ、μ'sのおかげで一時的でも廃校の心配はなくなったってな。だからそれは俺じゃなくてμ'sの奴らに言ってくれと思ったけど」

「たくちゃんだっていつも私達を手伝ってくれたじゃん。だったらたくちゃんにもお礼を言われる権利はあるよ!」

「そうです。拓哉君がいなかったらここまでやってこれたか分からないんです。だから拓哉君も胸を張ってください」

 ……やっぱこいつらはこう言うと思ったよ。先生のせいでやけに気にしてしまってるな。何だか素直に受け入れるのはむず痒く感じてしまう。受け入れるのは、もうちょっとあとでいいかな……。

 

 

「はいはい。それより今はことりだ。調子はどうだ?」

「また流した……。残念だけど、いつもと変わらないよ。不調みたい……」

 予想はしていたが、そんなすぐに上手くいくわけがないか。休み時間も放課後もことりはずっとああやって1人でノートに目を向けながら必死に考えている。何日も、何日も。

 

「しかし、さすがにそろそろどうにかしないと、厳しいかもしれませんよ……」

 海未の言う事は確かだ。このまま何も進まなかったら、いつまで経ってもライブができない。ただでさえ上位に入るために少しでも早く新曲に取り掛からないといけないのに。真姫だって作詞が来ないと作曲はできないし、ダンスの振り付けも決められない。

 

 それを何とかするには、どうしても作詞を完成させなければならない。この状況を打破するには、ことりが決定的な何かを閃かないといけない。海未のように何かテーマを決める必要があるが、それもことりが決めないと始まらない。これはことりのためでもあるんだから。

 

 

 

「やっぱり私じゃ……」

 そう言って、ことりはノートを閉じる。もう今日はダメだと思ったのだろう。それも何回も見てきた。先生の言葉のおかげで心に余裕ができた分、俺の思考はいつもより回転が早くなっていた。

 

 

 

 

 解はいつだって自分の中にある。

 他の誰でもない、俺自身の解を導き出す。

 

 

「ことり」

「た、たっくん?」

 教室の引き戸を勢い良く開ける。その音の大きさに驚きながらもことりはしっかりと俺の目を見てきた。

 

 

 

 俺の解はいつだって変わらない。困っているなら、悩んでいるなら、迷わず手を差し伸べる。それが俺だ。

 

 

「たくちゃん、私にも考えがあるよ!」

 俺が言い出す前に、穂乃果が俺を視線をぶつけてきた。それもとても自信ありげに、いつもの笑顔で。おそらく、いや、絶対に穂乃果は俺と同じ事を考えてるに違いない。何故だかそういう確信が俺の中にはあった。

 

 

 

「私に言わせてたくちゃん!!」

 いや、ちょ、何でそんなグイグイ来るんだよ……。せっかく俺も色々とスッキリしてかっこよく言おうとしてたのに。どんだけ言いたいんだよ。近い、近いよ。

 

「分かった、分かったからそれ以上近づくな。食い気味かっ」

「私だってせっかく良いアイデアが浮かんだんだから、たくちゃんだけにかっこつけさせないんだから!」

 何の対抗心だよ。俺もかっこつけたかったんだぞ!こう、何か、あれだ、クールに言い放ちたかったんだぞ!!自分の為すべき事を見つけてそれをバーン!と言いたかったのにだな……。

 

 

「くだらない言い争いはそこまでにしてください。穂乃果、あなたの考えとは?」

 おい、くだらないって何だ。全然くだらなくなんかないぞ。むしろギャルゲーで言ったら結構重要な分岐点なんだからな。絶対セーブしておかなきゃいけない場面なんだぞ。……まあセーブなんてできないけどね!

 

「うん、ことりちゃん、こうなったら一緒に考えよう!とっておきの方法で!!」

「とっておき?」

 穂乃果は明るく言った。それに対しことりは具体的な事が分からないからか聞き返す。海未もまだ分かっていなさそうだ。もちろん俺は分かっている。穂乃果と一緒の“案”だと思ってるからな。

 

 

「そうだよ!じゃあまずは移動しようっ!!」

 

 

 穂乃果がことりと海未の手を取って走り出した。2人は戸惑いつつも穂乃果にされるがままに着いて行っている。

 

 俺もそれに軽く走りながら自分の携帯を取り出し、絢瀬会長にメールを入れておく。海未の他にまとめ役をこなしてもらっている絢瀬会長には、緊急時にいつでも対応できるようにいつも携帯をポケットに入れてもらっている。

 

 

 だから俺のメールにもすぐ気付くはずだ。

 他のみんなが着替える時間を考えると、まあ丁度良いか。準備が出来次第ここに来てくれっと……。送信を確認してから前を見ると、前にはもう誰もいなかった。

 

 いくら俺が軽くしか走ってないとはいえ、早すぎじゃないあいつら?つうか主に引っ張っている穂乃果のせいか。俺を放って行くとは何事だよ。もし違う考えだとして行く場所が違っていたら俺だけ無駄足になるとこだぞ。そんな事はないと思うけど。多分……。

 

 

 

 

 

 とりあえず、俺も急ぐか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここはとある店の中だった。

 

 

 

 

 

 

 

 そこにはほんのちらほらとだけだが客もいた。まだ完全には見慣れていないが、2回目だというのと前に来た日と日数がそんなに経っていないのが幸いして変な新鮮さはない。店内の状況を見ても今は確実に暇な状況だという事は分かった。

 

 

 

 そこに、数人が練習をするかのように声を出していた。

 

 

 

 

「おかえりなさいませ、ご主人様♪」

 1人はいつものように、言い慣れた感満載の、けれどそこには不快感など一切ない。むしろどこぞの下手なメイド喫茶で働いている下っ端メイドよりも断然に本気で迎え入れてくれているような、そんな優しさと癒しのある声音だった。

 

 

「おかえりなさいませぇ!ご主人様!」

 1人は先程とは違って優しさと癒しというよりも元気があり余っていた。でもその元気な通りに嫌悪感などは皆無で、元気であればこそこちらも元気が貰えるような、今から精一杯ご奉仕してくれるであろう事が分かる、熱さに満ち溢れた声音だった。

 

 

「お、お帰りなさいませ、ご主人様……」

 1人は第一声から違っていた。優しさよりも謙虚で、元気よりも照れていて、どちらかと言えばどっちとも言えず、とにかくただ緊張したように、照れていても精一杯やろうとして絞り出してくれた、控えめな声音だった。

 

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 1人はまずメイドですらなかった。メイド服の代わりに執事服を着て、高い声よりも低く、それでいて厳しさを感じさせぬように語尾を柔らかく言う事で、大らかで包み込むように優しい声音を…………って、

 

 

 

 

「何でだァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」

 そのまま俺は持っていたメニュー表を床に叩きつける。

 

「おおっ、様になってるよたくちゃん!」

「そうじゃねえだろうがァァァ!!何で俺が執事服着てんの!?何で俺も一緒に働く事になってんの!?別に俺必要じゃないよね?3人だけでも十分だよね!?何か流れでここまでやっちゃったけどおかしいよね!?こんなの絶対おかしいよ!!」

 ここは3人のメイド服を見て俺が猛烈に内心テンション上がりながら心のメモリーに永久保存する流れが1番自然だったでしょう!!想像してたオチと全然違うよ!!予想の斜め上をいってたよ!!

 

 

「何を言ってるのさ!たくちゃんもどうせ私と同じ事を考えてたから私に言わせてくれたんでしょ!?」

「この店に来るまでは同じ考えだったわ!!問題はその後だっつの!何故か俺まで店の裏まで連れて行かれて着替えさせられるし、俺はのんびりとメイド服を着た可愛いお前らを眺めながら優雅にジュースを飲んでいたかったんだぞ!!」

「か、可愛いだなんて……急に褒めるなんてズルいよたくちゃん……」

 

 合ってるけど今はそういう事じゃねェェェええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!

 

「でも本当に可愛いよ2人共っ!服もバッチリだし~!」

「ホントに!?実はちょっと自信なかったんだけど、ことりちゃんがそう言ってくれるなら少しは自信持ってもいいかな~。……たくちゃん的にはどう?」

「あん?さっき言った通りだっつの。お前らは基本スペックが可愛いんだからよっぽどの物を着ない限り、何を着ても可愛いんだよ」

 ったく、こちとら想定外の出来事が起きたせいでメンタル豆腐になって崩れたままなんだよ……。ハッキリ言ってしまえば働きたくない。家事は前の家でよくやってたからどうも思わないが、外で働くのは嫌だ。帰りたい。

 

 

「す、ストレートすぎるよたっくん……」

「何故そう普通に言えるのですかあなたは……!」

「え、いや、だって事実だし」

 今更幼馴染褒めるくらい普通だろ。元々こいつらの事は可愛いと思ってるし、何ら不思議な事ではない。まあ唯が世界で1番可愛いけどな。やっぱ妹は最強なんだよ。

 

「えへへ~!あ、でもたくちゃんもすっごくかっこいいよ!!本物の執事さんみたい!」

「ああ、はいはい。お世辞をどうもありがとう」

「もうっ、お世辞なんかじゃないよ!ホントの気持ちを言ったんだもん!」

 おけおけ、そっちが褒めたんだからこっちも褒めなきゃみたいな感じにさせてしまった俺の責任だな。いやー女の子に気を遣わせてしまったぜ。

 

「たっくんは、いつでもかっこいいよ……?」

「お……おう、えっと、あー……うん、まあ、何だ、サンキュー」

 メイド服で上目遣いされたら頷いちゃうに決まってるじゃん!可愛すぎるでしょ、メンタル豆腐がダイヤになって帰ってきたよ。褒められて普通に照れてるけどね。それを誤魔化す俺は結構褒められ慣れてないと見える。……何の推理だよ。

 

「つうか何で執事服もあるんだよ……。ここはメイド喫茶じゃなかったのか」

「あ、それはね、店長がたまに店員の女の子達に着せるために『女の子が着る執事デー』っていうのがあるからなんだ」

 それ店長のただの趣味じゃね?一応さっき軽く挨拶はしたけど女性だったよな?なのに女の子に執事服着させたいとか何だよ。中々良い趣味してるじゃねえか。いつもふんわりした雰囲気を出してることりが執事服着たらそれはそれで良さそう。

 

 

「でも良かったね。店長も快く3人を歓迎するって言ってたし!特にたっくんは気に入られてたね!」

「そのまま時々手伝ってくれとかいうベタな展開だけは絶対に回避してやる」

「はぁ……こんな事かと思いました……」

 海未は海未でテンションが下がっている。ただでさえ恥ずかしがり屋の海未がメイド服なんてそりゃ恥ずかしくもなるわな。だがその恥じらう姿がまた良い。メイドなのに恥ずかしがる、そのギャップが堪らん。って言ったら確実に拳が飛んでくるから言いません!

 

 

 これでも前の家に住んでいた時は俺も時々接客業のバイトをしていた。と言っても親父が夜には帰ってくるから家事や晩飯などの準備をするため、本当に少しの間だけだが、一応していた。

 

 だからそれなりに接客業には自信があるが、こういう類の店での接客はどうすればいいのかさっぱり分からん。執事ってどういう風にすればいいの?イエスマイロードとか言って華麗にフォークナイフ使って戦えばいいの?それってどこの黒執事?

 

 

 

「にゃー!遊びに来たよー!」

「えへへっ」

 カラーンッと、店の来店音がすると同時に見た事のある面子がやってきた。先程絢瀬会長に連絡をしていたからそろそろだと思ってたけど、このタイミングで来たか。

 

「秋葉で歌う曲なら、秋葉で考えるって事ね」

 数秒すれば、他のμ'sの面々もゾロゾロとやってきた。これって客として扱わないとダメなの?俺だけ着替えて戻ったらダメなの?何かこれじゃ絢瀬会長に『俺達メイド喫茶で働いてるから遊びに来てよ!』って連絡したと勘違いされそう。

 

「ではでは~さっそく取材を~!」

「やめてください!何故みんな……」

「すまん海未、俺が絢瀬会長に連絡したんだよ……」

「た、拓哉君が……!?」

 ああ、俺が働かなくて良いなら謝らずに済んだのに……。むしろ喜んで東條の取材に協力したのに。俺まで撮られるのは勘弁だ。この恰好はもはやただのコスプレにしか見えん。

 

 

「ええやん、岡崎君その恰好似合ってるで~」

「だから撮ろうとするなっての……勘弁してくれ」

「ああっ、もう、岡崎君のいけず~……!」

 咄嗟に東條からビデオカメラを没収する。そうしないと隙を見て絶対撮ってくるからなこいつ。忘れた時に俺が不利になるような交渉をしてくるのが目に見える。これは没収!何の映像が入ってるかあとで確認させてもらいます。……別に穂乃果達の秘蔵映像を期待してるわけじゃないよ?

 

 

「それよりも早く接客してちょうだい!ほら岡崎早く!」

「何で個人指名してくるんだよ……」

 ここはホストでもキャバクラでもないんですが。そういうのは適齢の年齢になってからお1人で楽しんでくださいませ。

 

「じゃあたっくんはにこ先輩をお願いね。私はこっちでするから」

「はあ……分かったよ」

 穂乃果と海未はメイドとしての接客の仕方をことりを見本にすればいいけど、俺は完全なアドリブでやらなければいけない。見本がないのだ。何これハードル高くない?

 

「いらっしゃいませ。お客様、2名様でよろしいでしょうか?」

「は、はいにゃ!」

「それではご案内いたします♪」

 にこさんを接客する前に軽くことりの方を見る。本物のメイドがどうなのかは分からないが、こういう店でのメイドとしてのことりは完璧だと思う。まるで絵に描いたようなメイドの接客だ。超可愛い。

 

「こちらのお席へどうぞっ」

「は、はい……」

「こちら、メニューになります♪」

 ことりが完璧すぎて凛も花陽もどぎまぎしている。そりゃそうだ。俺だってあんなことりに接客されたら席に着いた途端に泡吹き出して卒倒するレベル。何なら外に追い出されて出禁くらうまである。あかんやん。

 

 

「ただいま、お冷をお持ちいたしますっ。失礼いたしました」

「さ、さすが伝説のメイド……!」

「ミナリンスキー……!」

「サイン貰えるかな……」

「いやアンタはこっちの接客しなさいよ」

 

 あれ、いつの間にかことりメイドの虜になっちゃってた。てへぺろっ!いやでも最後のあの笑顔は卑怯でしょ。そりゃ伝説のメイドと言われるわ。専属メイドになってくださいって言って断られるとこまで想像できた。

 

「ほら、見惚れてないでこっちの接客をしなさいよ。執事なんでしょ」

 何気に執事ってワードを強調してハードル上げてきたなこのツインテール。文句は山々だがもう後には戻れない。仕方ない、やるしかないか。こちとら伊達にアニメ好きを名乗ってるんじゃないと分からせてやる。

 

 執事がでてくるアニメだってそれなりに見てきたんだ。それを何となくだけでも真似てやれば少しはそれっぽく見えるだろう。スイッチを切り替えろ。いつもの岡崎拓哉を封印するんだ。今から俺がなるのは執事だ。

 

 

 

 ……よし。

 

 

 

「大変失礼いたしました、お嬢様。大切なご主人であるお嬢様のお手を煩わせてしまうなど、執事失格にございます……。これから精進しますので、どうかお許しを……」

「ひゃ、ひゃい……?え、あ、ええ……。まあ、今回だけなら、ゆ、許してあげるわ」

「ありがたき幸せでございます。それではお嬢様、さっそくですがわたくし岡崎拓哉の不祥事のお詫びをしたいと存じます。お嬢様へ何かサービスをさせてはいただけないでしょうか?」

「さ、サービス?」

「はい。こちらが当店のメニューとなっております。本来ならばお嬢様方がお支払いになるのがルールなのですが、今回だけは特別として、わたくしめがお嬢様の代わりにお支払いをさせていただきます。ですので、お嬢様はお好きなメニューをお選び下さいませ」

 

 執事になりきるにはこうするしかない。多少の出費は致し方ないと考えるんだ。ほら見ろ、こっちが急に真面目に執事をし始めたからにこさんも若干戸惑っている。これが俺の狙いだ。

 

 完璧な執事を気取って、にこさんの反応を楽しむ。意外とやれるもんだな執事って。実際こんなもんじゃないんだろうけど、あっさりとにこさんは今の俺を執事だと勘違いしている。

 

 

「本当に好きなものを頼んでい、いいの?」

「勿論でございます。これはわたくしめのサービスなのです。お嬢様がご遠慮なさる必要などどこにもございません」

「ふ、ふーん……じゃあ、頼んじゃおうかしら……!」

 おい、考えろよ。ちゃんと値段を見ろよ。考えてもの言えよ。高い物頼んでみろ。言っとくがこれが終わったら思いっきり文句言ってやるからな。

 

「じゃあ、この『執事特製手作りオムライス』でも作ってもらおうかしら……」

 たまにしか執事デーなかったんじゃないのか。何で思いっきりメニューに載ってんだよ。手作りってこれまさか俺が作らないといけないのん?……値段は、1200円……だと……!?

 

 いや、メイド喫茶だとこんなもんか……?他のメニュー見ても大体同じような値段ばっかだし、妥当っちゃ妥当なのか。え、普通に俺が作るの?マジで?

 

 

「たっくん、厨房でお嬢様にオムライス作ってきてあげてね♪」

 マジか……。いや待て。プラスに考えるんだ。作ってる間はキッチンにずっといれるんだ。他の客に見られる心配もなくなる。俺だけ執事だからさっきから目線を感じるんだよ。やめてっ、そういう好奇心の目線を送らないでっ!!

 

 まさか、にこさんは俺のためにわざわざ執事特製手作りオムライスを頼んでくれたのか……!?ふとにこさんを見ると呆れながらも軽くウインクしてきた。さ、さすがやで矢澤の姉貴……!こうなれば俺も本気の執事精神を見せなければいけない。

 

 

「……ではお嬢様、わたくしめは一旦キッチンの方へ行かせていただきます。わたくしめがいない間、お嬢様が寂しくならぬよう、軽くおまじないをさせていただきます」

「お、おまじな―――ひゃっ!?」

「それでは、お嬢様のために丹精を込めて作ってまいりますので、少々お待ちくださいませ」

 

 

 それだけを言って、俺はそこを立ち去る。

 

 

 決して周りを見なかった。周りは驚愕やら何やらでざわめいていた。何故なら、俺はにこさんの手をとり、手の甲に軽くキスをしたからだ。だからにこさんは驚いてたし、周りの花陽達も言葉を失っていた。

 

 多分知らない客にやっていたら通報されてただろうな。にこさんでも危ないかもしれないのに。いやはや、執事精神ってのは怖いもんだ。正直俺が1番死にそうなくらい恥ずかしい。やるんじゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ、私も頼んだら、や、やってくれるのかな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな微かな声が複数聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっぱりやるんじゃなかった……。

 なるほど、これが公開処刑か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?

穂乃果達のメイドが可愛いのは周知の事実。なので拓哉を執事にしてみました。
ベタだけど、それがいいよね!

今年の目標はいつも通りこの作品を投稿し続け、ラブライブの新作を投稿する事です。


いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます!

では、新たに高評価(☆9、☆10)をくださった、


海未ちゃんえりちさん(☆10)、テリアキさん(☆10)


大変ありがとうございました!!


新年初投稿が50話、そしてありがたくも総評価数も50件に到達いたしました!!
なので番外編を何か書こうと思っています。

それと、この作品を始めてからもうすぐで一周年になります。
それにも伴い、また特別番外編も書こうと思っています!!いつ書くかは分からないですけど(笑)

これからもご感想高評価(☆9、☆10)お待ちしております!

では、改めて今年もよろしくお願いいたします!!


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51.人を変える思い(挿し絵あり)

あとがきが長くなりそうなので、前書きは短めで(笑)

色々とお知らせがあるのであとがきも見てくださいね!

では、どうぞ!!




 

 

 

 

 

 

 

 

「あれだな、考えなしにやっちゃいけない事も世の中にはたくさんあるんだな」

「キッチンに来たと思えばいきなり何を言ってるんですか……」

 

 

 

 

 

 

 

 さっそく今しがたにこさんにやった事を後悔している俺ガイル。仮にも店の中だぞ。しかも客に対してあんな事したら色々マズイんじゃないかと今更心配になってるまである。この勢いで即クビにしてくんないかな。

 

 

「たくちゃん、何かやったの?」

 ふと穂乃果に問いかけられた。そうか、穂乃果と海未は途中からキッチンにいたから“アレ”を見ていなかったんだな。それでいい、見られてたら俺が冥土に行く事になる。メイドに冥土に送られるってか。……笑えねえ。

 

「いや、執事らしい事をしてきたまでだよ。それよりお前らは何してんだよ?」

 嘘は言ってない。うん、これもある意味合ってるから問題ないよね。そして話題を速攻変える。これ以上聞かれたらボロが出かねない。もし出たらあとは地獄が待ってるだけだ。

 

「それが聞いてよたくちゃん!海未ちゃんったらここに移動してからずっと洗い物ばかりしてお客さんのとこに行こうとしないんだよ!!」

 ああ、なるほど、凄く納得したわ。こいつならそういう策に出るなと思ってたし。俺が変にサボろうものなら叱咤してくるのに、自分の苦手分野の時にはあらゆる手段を使って逃げようとするからなこいつ。……あれ、俺と一緒じゃん。

 

 

「し、仕事はしています!そもそもメイドというのは本来こういう仕事がメインのはずです!」

「ほら、こういう屁理屈言って動こうとしないんだよ!」

 確かに本来のメイドは海未の言うような事がメインの仕事で合っている。それには俺も同意だ。しかし、海未は理解していない。ここは本物のメイドが集う場所ではない。あくまで店なのだ。

 つまり、

 

 

「海未、そんな屁理屈は通用しないぞ。ここはあくまでメイド喫茶という店なんだ。メインのメイドが客と接さないで何がメイド喫茶だ。ここでは客と接するのがメイドの仕事なんだよ。分かったか?」

「う、うう……」

 はい論破。論破したよ!それは違うよしたよ!ダンガンでロンパしたよ!!超清々しいよ!!……あ、オムライス作らないと。

 

「わ、分かりました……。この洗い物が終われば行きます。……ですが拓哉君、やけにメイド喫茶の事を熱弁しますね」

「あん?そりゃそうだろ。こちとらアニメで何回もメイド喫茶を見てきたんだ。どういうものかも大体は理解してるつもりだっつの。……まあさすがに自分が執事やらされるとは思わなかったけど」

 ここまでベタな王道展開になるのは予想外だった。ここって現実だよね?こんな事あんの?ちゃんとバイト代出してくれるからまだいいけど。

 

「それにしてもたくちゃん、手際いいね」

 穂乃果が急に隣から覗き込んできた。近い、それと危ないから少し下がってなさい。火傷したら大変でしょうが。

 

「まあな、これでも前の家では親父の代わりに俺が家事してたし。そこら辺の新妻主婦よりかは家事できると自負している。何なら主夫になってもいいまである」

「暗に自分は働かない宣言してますね……」

「バッカお前、主夫は主夫で家の仕事があるでしょうが。洗濯炊事家事親父でしょうが」

「最後おかしくない?」

 親父の相手がこれまた面倒なんだよ。たまに酔っぱらって帰ってくるし、そのたびにベッドまで肩で担いで行かなくちゃいけない。面倒な時は蹴り飛ばして床に寝かせるけど。

 

 

「海未ちゃ~ん、これもおねが~い」

「あ、はい!」

 フライパンでわっしゃわっしゃやってると、キッチンにことりがやってくる。すると海未の顔を確認した途端にことりが注意をした。

 

「ダメだよ海未ちゃんっ、ここにいる時は笑顔を絶やしちゃダメっ」

「ですがここは……」

「お客さんの目の前じゃなくても、そういう心構えが大事なのっ♪」

「は、はい」

 ……………へえ。

 

 

「あと、たっくん♪」

「ん、どうし―――ッ!?」

 あ、あるぇー?今癒されるような笑顔だったはずなのに、一瞬目を離した隙に何が起こった。俺の知ってる癒しの笑顔じゃなくなってるんだけど。凍てつく波動的なものを感じるんだけど。

 

「さっきにこ先輩にした事、私見ちゃったんだけどぉ……」

「え、あ、や、そのっ、あれはー……ですね?執事だからやっぱり成りきらないとなーと思ったまででありまして……。決してやましい気持ちなどはこれっぽっちもございませんのことよ?ホントダヨ!?」

 何故だろうか。ことりの顔に不気味な影が見えるのは。あれってアニメとかで言うヤンデレっぽい影的なやつじゃね?そして大抵は絶対に上機嫌ではない事は分かる。嫌な予感しかしない。

 

「たくちゃん、向こうで何かしたの?」

「バッカお前、俺が店の中でそんな事すると思うか?いつもより執事的に紳士な対応をしたまでだっつの。あれだよ、ちょっとしたサービスだよ」

 やばい、このままじゃことりのせいで穂乃果と海未の耳にまで入ってしまう。それだけは何としても阻止しないと。でもオムライスも作ってるから中々集中できない。やばいよやばいよー!!

 

 

「たっくん、あれは店では本来やっちゃいけない行為なんだよ……」

「あ、やっぱり?さすがに知り合いでも手の甲にキスはマズかったかーはっはっはっ!!…………ハッ!?」

「……たくちゃん?」

「……拓哉君?」

 

 し、しまったァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!

 

 自分で墓穴を掘ってしまった……!!バカヤロウ岡崎拓哉バカヤロウ!!自分から冥土に行くためのチケット用意してどうすんだよ。ことりの誘導尋問がヤバイ。思いっきり引っかかったよ。

 

 

 そして、俺の首がフライパンからことり達の方へガチガチと、まるで壊れかけのロボットのようにぎこちない動きで振り向く。

 

 

「私達のいないとこでそーんな事してたんだー♪」

「それはそれはとても楽しかったのでしょうね……♪」

「いや、だからあれなんですよ……。執事的な対応をね?ほら、俺ここで働くの初めてだしルールとかあんま分からないじゃん?だ、だからつい張りきっちゃってですね……」

「女の子にあんな事するのは、普通セクハラだよ……?」

「ホントまじすいませんでした」

 

 もうあれだよね。光の速さで土下座したよね。オムライス完成したから丁度良かったね。何が良いんだよ。キッチンで執事がメイドに土下座してんだぞ。仕える世界での闇の部分が垣間見えたぞ。

 

 

「はぁ……今回だけは許してあげるから、たっくんは早くにこ先輩にオムライス持って行ってあげて」

 何と、凍てつく大天使様からのお許しが出たぞ。オムライス完成させてて良かったね!!命拾いしたよ!!

 

「私のためにたっくんもここで働いてくれてるんだし、今日くらいは大目に見ないとね♪」

「結婚しよう、ことり」

「はいっ♪」

「何言ってんのさたくちゃん!!早く持って行きなよ!!冷めちゃったらお客さんに迷惑でしょ!」

 分かってるっての。ちょっとしたジョークじゃねえか。ほら、幼馴染だからこそ言える冗談みたいな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……あれ、そういやことり何気に承諾してなかった?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせいたしました、お嬢様。執事特製手作りオムライスでございます」

「あ、ありがと……」

 何とか戻ってこれた。最初はキッチンが安息所と思っていたのに気付けばこっちが安息所になっていた。何を言っているか分からねえと思うが、俺も分からなかった。

 

「……ねえ、岡崎君。その、さっきの事なんだけど」

 オムライスを提供したところで絢瀬会長に話しかけられる。さっきのとはにこさんにやった事だろう。その点に関してはもう対策は考えてある。

 

「すみませんお嬢様、その事についてなのですが、当店ではやってはいけないというルールらしく、わたくしめが不知なばかりに混乱を招いてしまった事、誠に申し訳ありません」

 みんなが見ている中で謝罪をすれば、事はすぐに収まる。これが俺のアドリブ力だ。どうだ参ったか。

 

「い、いいのよ別に……!私達も少し驚いてしまったけど、あれが執事のやる事だと思って納得してしまっていたから……。わ、私達もちょっと興味が湧いてしまったし……」

 いや何でだよ。興味湧いちゃダメだろ。どんだけ俺セクハラしなくちゃならないんだよ。一般客に通報されるわ。

 

「美味しい……」

「お、マジでか。口に合って何よりだ」

「口調元に戻ってるんだけど……」

 おっとしまった。急に褒められたからつい元の口調に戻ってしまった。でも執事口調も面倒だし、いつも通りでいいかな。店長全然出てこねえし何も言われないだろ。

 

「ちょっとしたキャラ変だよ。こういう軽い執事もいるっていう設定と思ってくれ」

「絶対今適当に考えたでしょ」

「さすがにこさん、よく分かってるな」

「アンタはこういう時に限っては省エネ人間だからね」

 それって褒められてるの?貶されてるの?どっち?にこさんの態度的に褒められてはなさそう。いやそれ普通にバカにされてんじゃねえか。

 

 

「たくちゃん、海未ちゃんが接客行くからキッチンで洗い物お願いしていい?」

「ああ、分かった」

 海未が少し緊張しながらも出てきた。これはことりのためだと思っていたが、こんなんじゃ海未のためでもあるな……。店の方も少しだけ忙しくなってきた。仕方ない、働くか。

 

「じゃあみんな、俺達は今からやる事あるから、まあゆっくりしてってくれ」

 全員が頷いた事を確認してからキッチンへと戻る。……海未の奴、接客するって分かった途端緊張してポンコツになりやがったな。洗い物がたんまりとありやがる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございましたー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽が夕日に変わる頃、ようやく忙しかったのが落ち着き、他のみんなも帰っていった。

 

 

 俺がキッチンで皿を拭いていると、ゆるりとコップを拭きながら穂乃果が口を開く。ちなみに海未はフロアでテーブルを拭いている。

 

 

「ことりちゃん、やっぱりここにいるとちょっと違うねっ」

「え、そうかな……?」

「別人みたい!いつも以上に活き活きしてるよ!」

 確かに、ここで働いてる時のことりは学校や普段とはまた違う感じだった。それは嫌悪感とかでは決してなく、ただ純粋に楽しいから、そんな笑顔に満ち溢れている。

 

「……うん、なんかね、この服を着ていると出来るっていうか、この街に来ると不思議と勇気が貰えるの。もし、思い切って自分を変えようとしたら、この街ならきっと受け入れてくれる気がする。そんな気持ちにさせてくれるんだ!」

 

 

 何だよ、スラスラと出てきてるじゃねえか……。

 

 

「だから好きっ!!」

 

 

 そんなにハッキリと言えるなら、もう心配する必要はなさそうだ。

 

 

「……あ、ことりちゃん今のだよ!!」

「え?」

「今ことりちゃんが言った事を、そのまま歌にすればいいんだよ!!この街を見て、友達を見て、色んなものを見て、ことりちゃんが感じた事、思った事、ただそれを、そのまま歌に乗せるだけでいいんだよ!!」

「そのまま、歌に……」

「そうだよ、ことり」

 

 拭き終わると同時に、話に入る。

 

「たっくん?」

「俺もここで働いてまだたったの数時間だけど、それでも分かる。ことりがどれだけこの店が好きで、この街が好きで、楽しいのかを。可愛い服を着れて、ただ働くってだけじゃ絶対に持つ事のできない気持ちがことりにはある」

「気持ち……?」

「そうだ。ことりは本当に楽しそうにしている。笑顔が輝いてるんだよ。ことりは歌詞で悩んでいたけど、穂乃果の言う通り、自分のその気持ちを歌詞にするだけでいいんだ」

 

 ことりからすれば灯台下暗しになるのかもしれない。それが自然と感じ過ぎていたから気付く事が出来なかったんだ。でももう違う。それを分からせてくれる者がいる。仲間がいる。親友がいる。

 

「ことりは最初から持っていたんだよ。歌詞を書くのに必要なものを。それが当たり前だと思っていたからことり自身が気付けなかっただけなんだ。でもそれを穂乃果や俺達が言って気付かせてやる事ができた」

 答えは最初から用意されていた。あとは気付くのが早いか遅いかの問題でしかなかった。少し時間はかかってしまったけれど、ちゃんと答えを見つける事ができた。

 

「なあことり、お前は自分には何もないって言ってた。変わらないととも言っていた。でもそれは違う。既に変わってたんだよお前は」

「もう、変わってた……私が?」

「ああ。変わろうとしてこのバイトを始めた時点でことりはもう変われていたんだ。だがそれを予兆とでも言うなら、その服を着たら出来るとか、この街に来たら勇気が貰えるとか、それはもうことりが変われている証拠なんじゃないのか」

 

 人には気持ちのスイッチみたいなものがある。それは単純なボタンではなく、例えばネクタイを締めたら気合いが入るとか、両手で両頬をパンッと自分で叩いて喝を入れるとか、そういう類のものがある。

 

 ことりがそれでいうメイド服なのだろう。メイド服を着ればスイッチが入り、いつもより元気に笑顔で振る舞う事ができるように。カンフル剤のように別人になったような雰囲気で接客をする。

 

 

 

「お前には人を笑顔にさせてくれる才能がある。お前の笑顔でこっちまで笑顔になれるような元気になれる。それだけで十分なんだよ。それだけで、ことりは俺達の隣で堂々といてくれたらいいんだ。笑っていてくれていいんだ。直接的な助けなんていらなかった。ほんの少しだけ手を差し伸べて、側でことりを見守ってきて分かる事ができた」

 ことりの頭に手を置く。一瞬気持ち良さそうに目を細めることりは、頭を撫でていく内に笑顔で綻んでいく。

 

 

「だからさ、もう自分に何もないなんて悩まないでくれ。ことりには立派な気持ちがあるじゃねえか。癒してくれるような笑顔があるじゃねえか。変わろうと努力する立派な姿勢があるじゃねえか。自信を持てよ。俺達から見ても、ことりは立派な幼馴染だよ」

「そ、そこまで言われると、さすがに照れちゃうよ……」

「事実だよ。こういう時の俺は嘘は言えないからな。そしてそのことりの思いを歌詞にぶつけてみろ。今までの悩みが嘘のように書けるはずだ」

 ことりの頭を撫で続ける。トサカみたいな部分が撫でてて特に気持ちいい。このままずっと撫でていたいまである。

 

 

「……分かった。私、頑張って歌詞を作るよ!」

「ん、その意気だ。こうなったらさっそく絢瀬会長達にも連絡しないとな」

「それはいいとしてたくちゃん、いつまでことりちゃんの頭撫でてるつもり?」

「んなもん一生に決まってんだろ何言ってんだ」

 いとおかし。いとおかしですよ穂乃果さん。こんな気持ちいい頭から手を離せるわけないでしょ。よく考えてものを言いなさい。

 

「仕事がまだ残っています。さっさと手を離して仕事に戻りなさい」

「ハイ」

 いつの間にかキッチンに戻ってきていた海未にまったく気付かなかった。さすがに海未には逆らえない。さらばことりのトサカ。いつかまた撫でられるその日まで元気でな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとね、穂乃果ちゃん、海未ちゃん、たっくん……」

 不意に、ことりのそんな言葉が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 別に事前に何を言うかなど決めてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幼馴染だからかと言われれば、そうかもしれないしそうでないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ことりの悩みが解決したからという安心もどこかにあったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、ことりに対しての俺達の言葉が同じだったのは、何かしらの必然だったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「お礼なんていらないよ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、私は……?」

「いや、海未はずっとフロアにいたし」

「あぅ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 さて、いかがでしたでしょうか?

 次回でワンダーゾーン編終了予定であります。(あくまで予定)
 メイドは可愛いの~。

ここでですね、前回の感想で意外と多くの方が拓哉の執事服が似合うと言ってくださった方がいたので、試しにイラストを描いてみました。
※見る見ないは個人の自由ですが、見てもイメージと違う絵下手などのご意見はなしでお願いします。責任は問えませんので!

【挿絵表示】


 とまあ、そんな訳で、……今日でこの『奇跡と軌跡の物語』を書き始めて丁度1年経ちました。

 つまり、一周年です!!

 いやー、1年経ったのにまだ1期の、しかもワンダーゾーン編てどんだけ長いねんと思う方、作者も一緒です(笑)その分長く楽しめるから良いよね!
 何はともあれまずは1年ずっと書き続ける事ができたのも、いつも読んで下さる読者の皆様、日に日に少しずつでも増えていくお気に入り、高評価(☆9、☆10)をくださる皆様、ご感想をくださる皆様のおかげでございます。

 1年の間、週一更新もずっと続けられてきました!ですが、リアルの方が最近忙しく、これからは週一更新は難しくなるかもしれないので、いつものように日曜、月曜に更新するのは出来ない可能性が高いです。これからは週一で更新できても曜日はランダムになる事があるかもしれないので、ご理解の程をお願いいたします。
一応曜日はランダムでも週一更新は続けていきたいと思ってますよ!!

と、こんな感じで微妙なお知らせもありましたが、せっかくのめでたい1周年なので明るくいきましょう!


いつもご感想高評価ありがとうございます。


では、新たに高評価(☆9、☆10)をくださった、

希望の利き手さん(☆10)、無良独人さん(☆9)、せいいずさん(☆10)、9296さん(☆9)、橘田露草さん(☆10)、シベリア香川さん(☆10)

以上6人の方から高評価を頂きました!大変ありがとうございました!!

これからもご感想高評価(☆9、☆10)お待ちしております!!

ではでは、めでたく1周年も迎え、新年も迎え、ですが変わらずに進んでいくこの作品、これからも『奇跡と軌跡の物語』を何卒よろしくお願いいたします!!


さて!!ここでおひとつお知らせをば。
一周年を記念してですね。何と、特別番外編として“コラボ”する事が決定致しました!!
そしてありがたくコラボさせていただくお相手がですね、Twitterでもとても仲良くさせてもらっている『ラブライブ!~μ'sとの新たなる日常~』の作者様、薮椿さんでございます!!

ハメでラブライブ!小説を読んでいる方ならばご存知の方も多いかと思います。
もしまだご存知でない方もこれを機に読んでみましょう!刺激も強いですがとても面白い作品ですので是非に!
コラボを了承してくださった薮椿さんには感謝が足りないのでございます!

コラボ小説の日程につきましてはまだ未定のため、色々と決まり次第最新話を投稿する度にご報告していくつもりでございます。



P.S.
花陽誕は諸事情により、もしかしたら当日に投稿できない可能性がががが……でも頑張ります!




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小泉花陽 番外編.止まらない想い

かよちん、誕生日おめでとう!!

さあ、いよいよμ'sの個人誕最後の1人でございます!
満を持して最後を飾るのは花陽です!

では、どうぞ!



 

 

 

 

 

 

 

「かよちん、頑張るにゃ!凛はかよちんの事応援してるよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 親友の励ましがすぐ隣から聞こえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思えば、一体どこからこんな話になったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し前まで戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みという、学生なら誰しもが今か今かと思っていたであろういつもより少しだけ長い休み時間。

 

 

 

 そんな時、いつも通りに1つの机を囲むように3人の少女が座り、各々の弁当を広げていた。

 

 

 

「いただきますっ。ずっと待ってたよぉご飯~……!」

「花陽はいつもこの時間になったらそれを言うわね。儀式みたいなものなの?」

「凛はそんなかよちんも大好きにゃ!」

 

 

 

 小泉花陽、西木野真姫、星空凛。

 この3人は音ノ木坂学院のスクールアイドル、μ'sの一員であり、昼はいつもこのメンバーで弁当を食べる仲良し3人組という共通認識がクラス内ではあった。

 

 

「まず最初の一口は、やっぱりご飯だよね……」

「毎回思うけど、おかずも食べずにご飯を最初に食べるのは何なの?」

「あ、真姫ちゃんそれを言っ―――、」

「それはね真姫ちゃんっ!」

 

 凛が言い切る前に花陽が遮る。この時点で真姫は確信していた。しまった、と。大のお米好きである花陽にそんな事を聞く事こそが愚問だったのだ。そして一言でもお米の事を言ってしまったら、お米大好き少女は止まらない。

 

 

「おかずを食べてからご飯を食べるのは定石だよ。でも、おかずを食べずにご飯だけを食べるのも1つの楽しみ方なの!一見おかずがあるからこそメインを張れていると思われがちだけど、ご飯があるからこそのおかずなんです!どっちも大事だけど、どっちかと言われればご飯の方が大事なの!お米というのはね、昔から日本に親しみ込まれてきた伝統のある一品、作品なのっ!!本当ならおかずがなくてもご飯だけで私は大丈夫なの!でもおかずを食べてからのご飯がまた格別に美味しい……!だからそれを味わう前に、ご飯だけを食べ、ご飯そのものに含まれている美味しさ、甘さを楽しむんです……。言うなればメインの前菜。それが最初の一口なんです……!」

 

 

 一応言っておこう。このお米大好き少女は本来大人しく、どっちかと言われれば控えめな性格なのだと。ただ、アイドルの事と米の事になると人が変わったように饒舌になる。現に今も、クラスの全員が見ているにも関わらず、その少女は気にせず語っていたのだから。

 

 

「そ、そう……。とりあえず、聞いた私が悪かったわ……」

 いつもの彼女を知っているから、こういう時の彼女に少しの戸惑いを感じながらも真姫は諭す。いくら同じグループにいる仲間でも、何も動じないわけではない。花陽のお米好きが異常なだけだ。

 

「かよちん、落ち着くにゃ。ほら、周り周り」

「……へ?……あっ、はうぅ~……」

 長年の付き合いだからこそ、こういう時の対処は凛が頼りになる。多少強引でも花陽の控えめな性格を利用して正気に戻すのだ。そのおかげで花陽は顔が茹でだこのように赤くしながらまたご飯を一口食べる。

 

「ふぁ~、美味し~……」

「復活早いわね」

「これがご飯時のかよちんだからね。見てて飽きないにゃー」

 こうして、今日も何て事のない、いつもの平和な昼休みが1年の教室内で行われていた。

 

 

 

 唯一、いつもと違う変化が起きたと言うならば、こんな会話が周りの生徒の口から聞こえてしまったからかもしれない。

 

 

 

 

 

「ねえねえ、この前貸したマンガ読んだ?」

「読んだよ!いや~、同じ女子目線で見てもやっぱ恋する女の子ってのは可愛いね!」

「でしょー!好きな人の事を勝手に目で追っかけたり、何てことない仕草にドキッてするのが良いよね!私も恋したい!」

「いやここまだ女子高みたいなものでしょ。男子が1人しかいないし。現実に戻ってきなさい」

「それがマンガ貸してあげた人に向かって言うセリフ?」

 

 

 

 

 

 ただの貸し借りしたマンガの話。それだけのはずだった。

 

 

 なのに。

 

 

 自然に、凛は“不自然”な事を口にした。

 

 

 

「そういえばさ、かよちんってたくや君の事好きなの?」

「ふぇぇっ!?い、いきなりどうしたの、凛ちゃん……!?」

「まーた唐突な話になったわね」

 軽く弁当を突きながら、凛は興味あり気に花陽を見つめる。呆れながらおかずを口に含む真姫に対し、花陽は明らかにオロオロしながら目をグルグルと回していた。

 

「え、えっとぉ……い、言ってる意味が、よく分かんない、かなぁ……」

「えー!凛ちゃんと言ったよ!かよちんはたくや君の事が好きな―――、」

「声がデカいよ~ッ!!」

 珍しく凛よりも声を荒げて抗議する。そのせいでまた教室内の注目が花陽に集まる。そして照れて押し黙る花陽というさっきの二の舞になった。

 

「で、結局のところどうなの?かよちんは好きなの?」

 さすがの凛もこれ以上野暮が入ってくるのを避けるために小声で問いかける。モジモジしながらも確実に弁当の中身を減らしていく花陽もまた、消え入りそうな小声で返す。

 

 

「……う、うん……」

「や、やっぱりだにゃ……!凛の予想はばっちし当たってたよ真姫ちゃん……!」

「何で小声なのにうるさいのよ凛は……!ちゃんと聞こえてたわよ」

 弁当箱を囲みながらヒソヒソ話を繰り広げる3人の少女。傍から見ても違和感しか感じないのは、結局教室内の注目を集めているのが物語っていた。

 

 

「と、とりあえず早く食べて移動するわよ。ここじゃ聞かれちゃうわ」

 1人視線に気付いた真姫のおかげで、3人はそそくさと腹を満たし、人通りのない場所へと移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここなら大丈夫そうね」

「何気に真姫ちゃんが1番張り切ってないかにゃー?」

「べ、別になってないわよ!」

 

 

 ここは中庭。

 昼食を食べるにはもってこいの場所だが、今日は運が良く誰もいなかった。

 

 

「よし、じゃあかよちん。さっそくアタックにゃ!!」

「話が飛躍しすぎてないかな凛ちゃん!?」

「そんな事ないにゃ!好きなら真っ直ぐアタックするのが1番だにゃー!」

「当人じゃないからそんな事言えるのよね凛は。自分が当事者だったら絶対奥手になるのに」

 

 凛はμ'sの中でもっとも女の子らしいと言われている少女だった。けれどそれは自分の場合。これは花陽の問題なのだ。なら勝手は違ってくる。

 しかし、

 

「それはそれ、これはこれだよ!かよちんは絶対こういうのに奥手になっていつまでもアタックできないのは目に見えて分かるにゃ!だから少し強引でも手伝ってあげないと叶えられるものも叶えられないよ!」

「凛のくせに良い事言ってる……」

 凛と花陽は幼い頃からの幼馴染だ。だからお互いの性格もほとんど理解している。このままじゃ花陽は平行線を保ったままずっと前に進めない事も知っている。

 

「で、でも凛ちゃんと、真姫ちゃんは、いいの……?」

「「何が?」」

 突然の花陽の問いかけだった。未だに顔を赤らめ、正常な判断ができているのかも怪しい状態ではあるが、これも見慣れた光景だから心配はいらないと見える。

 

 

 

「そ、その……凛ちゃんと真姫ちゃんは、拓哉君の事、す、好きじゃないの……?」

 そう、あの少年はいつも何かしらをして気付けば見知らぬ美少女にも好意を持たれるような、典型的ラノベ主人公の特性を持っている野郎だ。ともすれば、今μ'sにいる全員も少年に何かしら救われてきた少女達だ。

 

 

 だから。

 当然と言えば当然で、花陽としては絶対に聞いておかなければならない質問だった。

 

 

「好きだよ?」

「まあ、好きか嫌いかで言うと、す、好きの部類には入るわね……」

 やっぱり、と。花陽は負け腰になる。この2人の方が可愛いからきっと少年はどちらかを選ぶ。それでなくとも、μ'sにはまだ少年を好いている他の少女がいるかもしれないのだ。

 

 そうすれば、自分は真っ先に選択肢から外されるだろうと、無意識的でも意識的でもそういう結論に行きついてしまう。昔からの悪い癖なのだが、それは一向に直る気配はない。

 

 しかし、そこで1つの疑問が出てくる。2人は花陽と同じ少年が好きなのに、何故応援にも似たような事をしようとするのか。

 答えはすぐにやってくる。

 

 

「じゃ、じゃあ、何で私を応援なんかするの……?」

「にゃ?かよちんは何か勘違いしてない?確かに凛はたくや君の事好きだけど、それは友達としてだにゃ!一緒にいるとワーワーできるし!」

「私も一緒よ。仲間として感謝もしてるけど、それは恋心とは違うわ」

 言うなればLikeとLoveの違いだった。花陽はLoveで、凛と真姫はLike。それだけの違い。だがそれが、花陽にとっては大きい問題だった。かくしてそれは解消された。

 

 

 では、ここからが本番だ。

 

 

「さあ、凛と真姫ちゃんの誤解も解けたところで、作戦会議にゃ!」

「い、いきなりすぎないかな……」

「それが凛よ。諦めなさい」

 秋特有の涼しい風が、木陰で話す3人の髪を靡かせる。

 

「まずたくや君を攻略するには、たくや君の事をもっと知る必要があるにゃ」

「ほ、本格的になってきたねっ」

「急に花陽もやる気になったわね」

 このままモジモジしていても、真姫はまだしも凛は確実に離してくれないだろう。だったらもうやるしかない。やれるだけやってやろうではないか。多少躍起になってはいても、花陽は挑戦しようとしていた。

 

 

「いつかこんな日がくると思って凛はたくや君の行動をリサーチしていたにゃ」

「凛ちゃん凄いっ!」

「軽いストーカーじゃないそれ?だからたまに昼休みにさっさと食べて1人でどこか行ってたのね」

 凛がポケットから取り出したのは一冊の小さなメモ帳。それを開くと、本当に凛が書いたのかと疑問に感じるほどビッシリと書かれていたのだ。

 

「いっぱい書いてるね、凛ちゃん」

「何でその集中力を授業に使わないのよ……」

 真姫の呆れをよそに凛はノートの中身を話す。

 

「朝は学年違うから会えないし、放課後は練習があるからダメ。だからアタックするなら昼休みだと思ってたくや君の行動を把握してたんだにゃ!」

「無駄に頭使ってるわね」

「で、ど、どうなの凛ちゃん……?」

「この時間帯だと……たくや君はそろそろ1人で中庭の自販機にジュースを買いに来るはずにゃ!」

 ノートには時間帯と少年の行動まで細かく書かれていた。花陽が軽くノートを覗くと、今の時間帯の箇所には『たくや君、ジュースを買いに来る』と書かれている。

 

「本当に来るの?」

「実際に凛はたくや君にも直接聞きに行ったりしてるから確実だよ!」

「ホント行動力だけはあるわよね」

 聞けば凛は少年に直接会いに行って、昼休みのどの時間帯に何をしているかなどを聞きに行っていたらしい。ふと、花陽はそこで疑問が1つ生まれた。

 

「ねえ、凛ちゃん。凛ちゃんはどうして、私のためにそこまでしてくれるの?」

 素直な質問だった。花陽の性格を知ってるからというのもあると思うが、それ以上に凛は花陽のために行動しているのだ。わざわざ少年の動きを把握したり、少年に直接聞きに行くという、普通ならそこまではしないであろう事までもしている。

 

 だからこその質問。

 

「えっ?そ、それは……あれだよ。か、かよちんは普段奥手だから、凛がこういうとこまでやってあげないとなーって思って……!」

「?……そ、そうなんだ。ありがとね、凛ちゃん」

 凛の返答に、何故だか少し引っかかりを覚えた。それが何なのかは不明だが、まるで魚の小骨がずっと喉に詰まっているような、変な違和感を頭に覚えた花陽だった。

 

 

「あ、じゃあそろそろ私は音楽室に行くわ。作曲もしないといけないし」

「えー!もう行っちゃうの真姫ちゃん!?まだかよちんのファイトは始まってないにゃー!」

「ファイトって、穂乃果じゃないんだから……」

 真姫は昼休みのある時間になると音楽室でピアノを弾くのが日課になっていた。μ'sに入る前も入ってからも、それは変わっていない。弾いていたら新しい曲のアイデアが出てくると真姫は言っていた。

 

 

「とにかく私はもう行くから。……花陽、無理にとまでは言わないけど、頑張りなさいよ。そ、その、応援……してるから」

「……うんっ、ありがと、真姫ちゃん」

 真姫が応援してくれた。それだけで花陽は頑張れる、そう思っていた。真姫が去ってそのすぐあとの事だった。急に凛が声を上げる。

 

 

 

「あっ、かよちん、たくや君が来たよ!」

「ふぇっ!?」

 遠くの渡り廊下。そこに1人歩いている少年がいた。音ノ木坂学院が共学になったのにも関わらず、唯一の男子生徒と称されている少年、小泉花陽が恋心を抱いている渦中の少年、岡崎拓哉だった。

 

 

「ほらかよちん、行くにゃ!!」

「ええ!?い、いきなり!?」

「当たり前にゃ!リミットはたくや君がジュースを買って帰るまでなんだよ!早く行かないと間に合わなくなっちゃうにゃ!」

「そ、そんないきなり言われても……」

 唐突に訪れたチャンス。しかしそれはあまりにも唐突だった。話しかけても何を話せばいいか分からない花陽には、まだ荷が重すぎたのだ。

 

(真姫ちゃん、応援ありがとう。でも私は今にも心が折れそうです……)

 さっきまでの威勢とは何だったのか。それがあまりにも似合う光景だった。笑顔は皆無で、目には軽い涙まで浮かべている。いつもの困り眉の少女になっていた。

 

 

「パパッと話しかけて遠回しにデートに誘っちゃえばいいにゃ!さあさあ!!」

「で、デート!?む、無理だよ~!」

「なーにを躊躇ってるにゃ!今行かないとせっかく応援してくれた真姫ちゃんにも悪いよ!」

「うう……」

 それを言われると弱い。あの真姫が照れながらも素直に応援してくれたのだ。それは純粋に嬉しかった。なのにそんな応援を無駄にしてのこのこと帰ったら、それこそ真姫に悪いではないか。

 

 

 ならば。

 

 

 

「わ、分かったよ……」

「かよちん、頑張るにゃ!凛はかよちんの事応援してるよ!!」

「う、うん……」

 これで物語は序盤に戻る。ここからは小泉花陽が頑張る正念場だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か、かよちん……?」

「うう……や、やっぱりいきなりなんて無理だよぉ~……!!」

 正念場はものの数秒で終わった。これが小泉花陽クオリティなのである!!

 

 

「そこで折れちゃったらダメにゃかよちん!……ああっ!たくや君ジュース買っちゃったよ!?もうあとは帰るだけだよ!?」

 見れば少年はいつもの紙パックのカフェオレを既に買っており、渡り廊下に入ったところだった。ここを逃せば終わり。それをあの渡り廊下が言っているようにも見えた。

 

 

「ああもう、仕方ないにゃー!かよちん、凛がたくや君に話しかけて足止めするから、かよちんは後から自然に入ってきてね!そしたら凛はそそくさと退散するにゃ!」

「あ、凛ちゃ―――、」

「じゃあ先行ってるにゃ!」

 花陽の言葉を待たず、凛は走って行ってしまった。

 

 

(どうしよう、まだ心の準備が……何を話せばいいかも分からないし……)

 次々と脳内に浮かぶのは不安と緊張ばかり。プラスの事など一切出てこない。そんなので大丈夫かと問われれば、真っ先に逃げ出したいと答えるだろう。

 

 

 ふと凛の方を見れば、少年に話しかけて見事に足止めをしてくれている。いつまで持つかは分からないが、行くなら今しかないと思った。

 

 

(で、でも先に何を話すか決めておかないと……。会話が止まっちゃったらダメだし、な、何とか拓哉君とお、お出掛けする約束もしないといけないよね……)

 

 

 軽くだが話題は考えた。少年とお出掛け(デート)するための場所も一応考えた。あとは凛と少年のいる場所へ向かうのみ。最初の一歩が凄く重いと感じる。練習の時のように軽く声をかける時はこんな事一度も感じた事はなかった。

 

 こんなにも緊張して、こんなにも足が震えて、こんなにも重いのか?好きな人に声をかけるというのは。普段とは違う緊張感、不安、微かな期待。それが同時に襲ってくる。

 

 でもここでもう迷ってはいけない。真姫が応援してくれて、凛がここまでやってくれたのだ。それを無下にするわけにはいかない。どんなに重い一歩でも、踏み出してしまえば止まる事なんてない。

 

 そのまま駆け抜けてしまえばいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 重い重い一歩を、踏み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――直前だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凛と話す少年の、笑顔を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 踏み出そうとした足が元ある場所に戻る。

 

 

 

 少年はとても楽しそうに凛と話していた。

 

 

 

 そういえば凛は言っていた。よく拓哉に直接聞きに行っていたと。それはつまり、拓哉とそれだけたくさん話してきたという事だ。普段の花陽より、練習以外ではたまにしか話せない花陽よりも、2人は色々と話してきたんだろう。

 

 何も話したりしないより、話した方が楽しいに決まっている。そんな事はほとんどの人が知っている。もちろん花陽も。だからこそ抉られる。少年と凛があんなにも楽しそうに話しているのを見て、心が抉られる。

 

 

 

 

 そして、1つの認識が花陽の中で生まれる。

 

 

 

 

 少年は、岡崎拓哉は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――星空凛の事が好きなのではないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 基本的には面倒くさがりの少年だ。

 適当に話を切り上げてその場から離れる事だってできるはずだ。なのに何故今までも今もこうしてずっと凛と話している?聞いた話では授業中でも寝て昼休みも教室で昼寝をするような男だったはずなのに。

 

 

 あんな純粋に楽しそうな笑顔を見てしまっては、凛の事が好きだと思ってしまっても仕方ないではないか。少年の事が好きなのに、大好きなのに、そんな自分から見ても、今の少年と凛は楽しそうに話す恋人にしか見えないではないか。

 

 ああ、きっと彼は親友の事が好きなんだろう。何回も話していく内に、無邪気で元気な女の子である少女に惹かれていったんだろう。笑顔で話に来てくれる凛の事が好きになったんだろう。

 

 

 

(ほら、やっぱり私には無理だったんだよ……。こんないつまでも奥手で、自信のない私に、恋をする資格なんてどこにもなかったんだよ……)

 

 

 

 一歩ずつ、ゆっくりと、しかし着実に、後ろへと下がって行く。前に行く事はできなかったのに、後ろへはどんどんと行く。行けてしまう。今すぐにでもここから走って逃げていきたい衝動に駆られる。

 

 

 

(ごめんね、凛ちゃん。私は、そこに行けない……。そんな眩しいところに、入っていけないよ……!)

 

 

 

 自分じゃきっと、少年をあんな笑顔にはできないだろう。ただ黙ってしまって困らせるのがオチだろう。それに比べて、凛ならきっと少年をずっと笑顔にしていてくれるに違いない。

 

 初恋は実らずに終わってしまうけども、幼い頃からの親友になら、負けても悔いは残らないはずだ。心から祝福してあげられるはずだ。潔く、いっそ清々しいと思えてしまうはずだ。いつかは忘れてしまうはずだ。

 

 だから。

 

 

(お似合いだよ、凛ちゃん。凛ちゃんなら、私も、納得できるから……。いつか、凛ちゃんも自分の本当の気持ちに気付いて、拓哉君と一緒に、しあ、わ……せに……ッ!!)

 

 

 限界だった。振り返り、ただ走る。どこか行く場所があるわけでもない。ただがむしゃらに、どこへでもいいからこの学校内で人のいない場所へ走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キラリと、輝く水滴を散らしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間だけを、見てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただいつも通りに他愛ない話をしているだけだった。後から来るはずの大事な親友を待ちながら。一途な恋心を抱いている親友へ託すために。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 しかし、いつまで経っても親友が来る気配はなかった。いつになったら来るのか、まだ緊張しているのか、話す内容でも考えているのか、心の準備をしているのか。内心でそんな手間のかかる親友を可愛いと思いつつ、待っていた。

 

 そして、来ないにしても時間の掛かりすぎと思ってふと、何気なくチラッと元いた場所へ目を一瞬やると、走って去って行く親友の後ろ姿が見えた。もし見間違えでなければ、自分の親友は、泣いていた……?

 

 

 何故?

 緊張で?

 やはりまだ無理と思ったから?

 応援してくれた真姫に申し訳ないと感じたから?

 自分がここまでやったのにできないと思ってしまったから?

 

 

 どれかかもしれないし、花陽の事だから全部あるかもしれない。だけど、その全てを違うと言ってやれる自信が凛にはあった。

 

 

 緊張。これはある程度仕方ない。でもそんなのずっと話していれば和らいでいく。

 無理だと感じたから。違う。無理なんかじゃない。勇気を出せばいけるんだから。

 応援してくれた真姫に申し訳ないと感じたから。それも違う。真姫自体がそれを否定するに決まっている。

 自分がここまでやったのにできないと思ってしまったから。それだって違う。これは自分が好きでやっているだけだ。花陽が罪悪感を覚える必要なんてどこにもない。

 

 

 

「どうした、凛?」

「……え?あ、や、な、何でもないにゃー!あははは~……」

 不意に拓哉から掛けられた声で我に帰る。今は花陽がいた事を悟られないようにしなければならない。

 

 

「そうか。ならいいんだけど」

「にゃはははー」

 今日は失敗。それだけしか今の凛の頭にはなかった。泣いていたように見えるのも、いつも緊張で軽く泣くほどの花陽だから別段おかしいというわけでもない。多少は引っかかるが。

 

 

 

「それで、凛、ここから話は変わるんだけど。その、()()()で……」

 さっきまでの楽しそうな雰囲気はすぐに消えた。ここからは真剣な話し合いが始まる。そんな雰囲気を纏っていた。

 

 

「……うん、分かった。だったらもう少し人通りの少ないとこに行くにゃ」

 

 

 

 

 

 2人にしか分からない会話は、今日もまた始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日が経った。

 

 

 

 

 

 

 

 あの日から花陽は一度も拓哉にアタックしようとはしなかった。

 

 

 凛が昼休み連れて行こうとしても、

 

 

「今日はいいよ……。また、他の日に、挑戦してみるから……」

 

 

 この一言でいつも断られる。普段の凛なら強引にでも花陽を連れて行くのだが、この頃の花陽の雰囲気は何か違っていた。その違和感のせいでいつものように強制的に連れて行く事ができなかったのだ。

 

 

 喋っている時はいつもと変わらない。練習の時も普通に拓哉と接している。しかし、それはあくまで練習での業務的な会話でしかない。何気ない世間話やふざけた会話が、2人にはなかった。

 

 教室から外を覗いたら凛と拓哉が楽しそうに話しているのを何度も見た。その度に胸が強く締め付けられるような思いをした。それを誤魔化すように真姫に笑顔を取り繕っていた事もあった。

 

 たまたま廊下などで拓哉とばったり会っても、拓哉が声をかけたところで言い訳を取り繕い、その場を去る事も少なくなかった。練習以外で拓哉と側にいたらダメだと考えたから。

 

 離れていないと、無意識に目で追いかけてしまう。想いが強くなってしまう。蘇ってしまう。だから、出来る限り拓哉とは会わないように意識してきた。早く凛と拓哉が付き合う事を願って。そうすれば、無理矢理にでも踏ん切りが付けられると思って。

 

 

 

 

 

 

 

 凛のために、拓哉のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――自分は身を引こうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その数日後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、花陽は珍しく1人で廊下を歩いていた。今日は生憎と雨だった。だからμ'sの練習も今日はなしになり、各自が次々と帰るなり適当に喋るなりをしていたが、花陽だけは雨雲と雨のせいでグレーの景色をバックに廊下をランダムに歩いていた。

 

 

 何か目的の場所があるわけでもない。ただ何となく1人になりたかったから。雨のせいか学校に残っている生徒もほとんどいない。俯いたまま歩いていたせいか、ここが何階でどこの校舎なのかも少し曖昧だった。

 

 こうして歩いていれば少年と会う事はないはずだ。出来る限り会わないようにしていたおかげか、あの時よりかは気持ちが落ち着いてきている。変に取り乱す事はない。これでいいのだと、花陽は自分の心に強く刻み付ける。

 

 このままいけば、きっと自分はあの少年への気持ちを諦める、忘れられる事ができるはずだ。やっとこの胸の苦しさから解放される。そういう気持ちがどこかにあったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――それが迂闊だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「花陽?」

「……ッ!?」

 意識していなかったせいで気付くのが遅れた。ここは2階、2年がいる階だ。その1つの教室に、岡崎拓哉はいた。

 

「な、何で……ここに……?」

 まるで会いたくなかったのに会ってしまったかのような言い方だった。それに違和感を覚えつつも拓哉は答える。

 

「ああ、そういや教室にノートを忘れててさ、取りに戻って来てたんだよ」

「そ、そうなんだ……。じゃあ、私は、これで……」

 いつもと変わらない。適当に話を切り上げて退散する。それだけだ。しかし、今回はそれができなかった。

 

「待てよ、花陽。……話があるんだ」

 思わず止まってしまう。走り去って無視もできたかもしれないのに、名前を呼ばれた事で反射的に止まってしまった。とりあえずは花陽が止まった事で話を聞いてくれると思った拓哉は続きを話す。

 

 

「お前、最近俺を避けてないか?」

 単刀直入だった。何の容赦もないドストレートの質問だった。仮にそうだと答えればどういう反応をするかなどは気になるが、話をややこしくしたくないので普通に答える。

 

「そ、そう、かな。そんな事、ないよ……?」

 振り返りはしない。振り返ったら彼を見てしまう。見てしまったら、ダメなのだ。今までの苦労が水の泡になってしまう。何のために今まで会わないようにしてきたのかが分からなくなってしまう。

 

「それは嘘だ。練習の時でも、必要以上の事は喋らなくなった。前までは普通に話してたのに」

 これが厄介なのだ。この少年はこういう時、とても鋭い。原因を確実に把握して、それを解消しようとする。だからこそ、花陽は極力拓哉と話さないようにしてきた。だが、それはたった今、無駄に終わった。

 

 

「一体何があったっていうんだよ」

 

 

 ふと、花陽の中に何か、薄黒い何かが芽生え始めた。

 

 

 少年はきっと、ただ純粋に気になっただけなのだろう。何か悪い事をしたのならすぐにでも謝ろうと思ってくれているのだろう。だけど、それとは無関係に、黒い感情が徐々に大きくなっていく。

 

 元はといえば、少年を好きになった自分がいつまでも奥手で何もアタックできなかったのが原因なのに、少年に対しての理不尽な感情しか生まれてこない。我慢しようとしても、それは言葉となって出てきてしまう。

 

 

「……拓哉君が、楽しそうに話してたから」

「……俺が?誰と?」

 一度吐き出してしまった毒はもうコントロールできない。いつもは出てこないのに、こういう時だけスラスラと出てきてしまう。

 

「凛ちゃんと……凄く、楽しそうに話してましたよね」

「あ、ああ……見てたのか。まあ、あいつは普段が明るいからな。話してて飽きないよ。バカな事言って笑わしてくれるし。……で、それがどうかしたのか?」

 振り返らなくても声だけで分かる。少年は今も楽しそうに言った。それが証拠だ。忘れかけていたはずなのに、チクリと、何かが胸を刺す。

 

 

「遠くで見てて、2人共、凄くお似合いだったよ。まるで本当の恋人みたい、だったし……」

「…………は?俺と、凛が、恋人……?そりゃあねえよ。だってあいつは―――、」

「拓哉君がまだ、自分の気持ちに気付いてないだけなんです……っ。見てれば分かるんです……。拓哉君は凛ちゃんが好きなんだって」

「……な、おい、ちょっと、待てよ……ッ」

 

 まだ止まらない。ここまできたら止まる事はもうできない。今までの想いが吐き出される。無理だと分かっていても、叶わないと承知していても、吐き出さずにはいられなかった。

 

「ずっと見てたんです……。楽しそうな2人を、好きな人が友達と話してるのを見て、耐えられなかったんです……!」

「ッ……はな、よ……。おま―――、」

 少年に今話させるわけにはいかない。何を言われるかなど大体は分かっているつもりだった。だから、自分の中にある全てを吐き出して、逃げ出したかった。

 

 

「凄く楽しそうな拓哉君の笑顔を見て思ったんです……。私じゃ拓哉君をあんな笑顔にできないって。いつも大人しくて奥手な私なんかじゃ拓哉君に気を遣わせて迷惑にしかならないって!……だから、諦めようとしたんです。拓哉君から出来るだけ距離を置いて、会わないようにして、そしたら諦めがつくかもって思って……。なのに、なのに……せっかく忘れかけていたのに……!」

 少女は静かに叫んだ。全てを吐き出してしまえば、本当に諦めがつくと信じて。何の根拠もないのに忘れられると決めて。そして、少年は、

 

 

「……花陽―――、」

「来ないでください……!」

 歩み寄ろうとする少年を、振り返らずに突っぱねる。

 

「こんな事しか言えないような私なんて放っておいて、拓哉君は凛ちゃんの事だけ考えていればいいんですッ。拓哉君の行くべき場所は凛ちゃんのとこです……」

「何言ってんだよ花―――、」

「私に構わないで!」

 誰もいない廊下に、1人の少女の声が響く。今まで聞いた事もないような少女の声だった。全力の否定だった。それでも少年は止まらない。

 

「おい、待てよ花陽!」

「やめて……!離して、ください……ッ!!」

 拓哉が花陽の片腕を掴み、花陽はそれから逃げようと抵抗する。しかし男と女じゃ力の差は歴然だった。

 

 

 

 ただ、少し違和感があるとすれば、拓哉は花陽を後ろから抱き締めた。

 

 

 

「……ッ……優しく、しないで、ください……ッ」

 その声は震えていた。もう限界だったのだ。自分の素直な気持ちに嘘をつくのも、拓哉にヒドイ事を言うのも、親友のとこへ行けばいいと言う事さえも、限界だったのだ。

 

「せっかく……忘れられると、思ってた……のに……ッ!」

 少年は何も言わない。ずっと花陽を後ろから抱き締めている。力を入れ過ぎず、包み込むような優しさで。

 

「……拓哉君に、そんな事されちゃうと……私、バカだから……っ、優しくされると、勘違いっ、しちゃうじゃ、ないですか……」

 震え声は止まらない。少女の涙はそのまま少年の腕へと落ちていく。

 

 

「……怖かったんです。告白するのが怖かったんです……っ。拓哉君に告白して、もしフラれちゃったら……もう、友達としてすらいられないかもしれない……。だったら、諦めた方がいいッ。そしたら、傷つかないって思ってたのに……今は、後悔しか、してないんです……。バカですよね、自分で決めた事なのに……」

 

 

 それが少女の最後の告白だった。

 好きになって、でも奥手で何もできず、その結果に好きな人は親友を好きになって、だから諦めようとした。でも、だけど、結局は諦めきれなかった。自分の決めた事に後悔までしていた。

 

 

 

 

 

 

 ――――――どうしても好きだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ようやっと、少年は口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最初に言っておく。花陽、俺はお前が好きだ」

「…………え?」

 信じられないとでもいうかのような反応が返ってきた。そのまま、決して抱き締めている腕を離さずに、少年は続ける。

 

 

「信じられないかもしれないけど、俺は花陽が好きなんだ。決して凛じゃない。確かにあいつと話してて楽しかったよ……。でもそれは友達としてなんだ。……それに、俺は凛に昼休みを利用して相談に乗ってもらっていた」

「……そ、相談?」

「ああ、花陽と凛は小さい頃からの幼馴染だろ?だから、凛なら花陽の事について色々知ってるし、花陽の好きな店とか物とか、そういうのを教えてもらってたんだ」

 

 そこでようやく、花陽はあの時の凛の言った言葉の違和感を理解した。

 

 

『えっ?そ、それは……あれだよ。か、かよちんは普段奥手だから、凛がこういうとこまでやってあげないとなーって思って……!』

 

 

 あれは、凛が拓哉が花陽の事を好きだからというのを気付かれないように言っていたのだ。そう聞いてみれば違和感はなくなる。

 

 

「だから、まあ、何だ。花陽のそれは勘違いだ。俺が好きなのは凛じゃなくて、花陽なんだよ。これだけは何がなんでも断言してやる」

 その言葉は、少女が最も欲していた言葉だった。今までの胸の苦しさは消え、悩みが消える。

 

「本当に……私で、いいんですか……?」

「当たり前だ。お前以外なんて考えられない」

「凛ちゃんみたいに、拓哉君をいつも笑顔にさせてあげられないかもしれませんよ……?」

「んなのどうだっていい。花陽の側にいられるなら、俺はいつだって本望だ」

 

 確かめ合う。互いを。それだけでよかった。花陽の瞳からは、徐々に悲しみではなく、喜びの涙が出てきていた。

 

「……良いんですよね。もう、拓哉君の事を、思いきり大好きって言っても……抱き付いても良いんですよね……」

「ああ……、その分俺も言ってやる。抱き締め返してやる。凛との事で悲しませてしまった分、思う存分花陽を愛してやる……」

 拓哉の言葉の終わりと同時に、花陽は一旦拓哉から離れたと思うと、素早く拓哉に抱き付いた。

 

 

「好き……大好きです……!!どうしようもないくらい、大好きなんです……!初めてできた大好きな人なんです。離れたくないんです……ッ!」

「離れねえよ。お前が離れようとしても俺が離れねえ。どんなにクサイ台詞だろうが言ってやる。俺はお前とこの先ずっと一緒にいたいんだ」

 

 言うだけ言った。その分気持ちも晴れた。それが関係しているのかしていないのかは定かではないが、いつの間にか、雨は止み、外では太陽の光がまるで2人を祝福しているかのような幻想をも感じさせた。

 

 

 

「……花陽」

「何ですか?」

「帰るか」

「はいっ!」

 

 お互いの気持ちを全部吐き出して、何もかもがスッキリした2人にシリアスな空気なんてものはもうない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雨も止んだし、どこか寄って帰るか」

「あの、じゃあ、拓哉君と行きたい場所があるんだけど……」

「おっ、どこだ?ああ言ったからにはどこにでも行ってやるぞ。拓哉さんは嘘は付かないからな」

 楽しそうに廊下を歩く2人を誰かが見れば、きっと誰もが同じ事を思うだろう。

 

 

 

 

 

「ご飯屋さんです!初めて実施するらしいんですけど、何と白ご飯だけ食べ放題というメニューが出来たそうなんです!」

「オーケー待つんだ花陽。1度考え直そう。仮にも付き合って2人で初めて行く店なんだ。白ご飯だけ食べ放題なとこじゃなくて、他にもっと良いとこ―――、」

「さあ行きましょうっ!」

「アッハイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、そこにはもう、ありふれた男女のカップルが歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「拓哉君」

「ん、何だ?」

「これが私が拓哉君を大好きって一番分からせるための証明ですっ」

 

 

 

 

 

 軽く、2人の口が重なる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ!?なっ、お、お前なあ……!」

「ふふっ……私だってたまには大胆にする時くらいあるんですっ」

 

 

 

 

 

 

 そんな事を言いながらも、顔は物凄く赤くなっていて、照れているのが一目で分かる花陽に、拓哉は怒る気力も失せて笑みが零れる。

 

 

 

 

 

 

 ふと、外に出ると同時に花陽が口を開いた。

 

 

 

 

 

「虹が出てますね……」

 まるで2人を迎え入れてくれるように、2つの虹が平行線のように重なっていた。

 

 

 

 

 言うなれば、それはレインボーロードだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?

見事に最後の個人誕を締めてくれましたね。
個人的には満足しております(笑)
これで全員の個人誕が終わった訳ですが、個人誕2周目に入る予定はございません。
ネタが出てこないというのもありますが、最近のリアルの忙しさを考えるとどうにも無理そうなのでw

前回も言いましたが、いつもやってきた本編週一更新も、リアルの都合のため、これからは週一更新できない事もありますので、ご了承くださいませ。


そして、一周年記念として同じラ!小説を執筆している薮椿さんの作品、『ラブライブ!~μ'sとの新たなる日常~』とコラボさせていただく事が前回も言いましたが決定いたしました!
読んでいる方が多数も思いますが、もしまだ読んでいらっしゃらない方がいれば、是非薮椿さんの作品を読みにいきましょう!
あわよくばご感想も書いちゃいましょう!それだけでやる気は超上がりますので!!

日程につきましては、まだ未定のままです。最新話を投稿する度に、決まった事を随時報告していく予定です。


いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます!


では、新たに高評価(☆9、☆10)をくださった、

STER.Nさん(☆9)、元SEALs隊員さん(☆10)

大変ありがとうございました!!

これからもご感想高評価お待ちしております!!


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52.一緒に

どうも、2週間もお待たせして申し訳ありません!
みなさんリアルも大事にね!


2週間ぶりの話は、ワンダーゾーン編完結です!!


ではどうぞ~。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほ、本当にやるんですか……?」

 

 

 

 

 

 

 明るい街の喧騒の中、不安げな海未の声が小さく呟かれる。

 

 

 

 

「もちろん。次の日曜日、この場所で!」

 対して張り切った声で返したのは絢瀬会長。そう、今週の日曜日、ライブをする事が決まったのだ。

 

「ですが、ここでは人がたくさん―――、」

「面白そう!」

 海未の言葉を遮るように声を張ったことり。どうやらもう悩みは昨日の件があったおかげで大丈夫のようだ。

 

「人が多いからこそやるんだろ。そうじゃないと思い切った手とは呼べないんだ」

「うう……分かってます、分かってはいるのですが……」

 まあ、今までのように学校内でやっていたライブとは違い、本当の意味で知らない人達の前でライブをするのは今回が初めてだ。オープンキャンパスのように、事前に音ノ木坂学院にスクールアイドルがいるという前情報が見る人にとってあるわけでもない。

 

 初見も初見。そりゃ海未が不安がるのも仕方ない事だ。それでもやるしかない。そうじゃないと意味がない。これはもっとμ'sに注目を集めるためのライブだ。上位に入るには、もっと色んな人達に見てもらわないといけない。

 

 

「よーし、やろう!!」

 

 

 穂乃果の声と共に、他のメンバーの声も上がる。海未も諦めたようだ。毎回何だかんだ言いながらもやってのけるんだ。今回も大丈夫だろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、明日からまた忙しいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「この衣装で秋葉に!?」

「うん!ことりちゃんのお店の人に言って貸してもらったんだ!」

 

 

 翌日の屋上。

 教室で作詞をしていることり以外のメンバーは全員メイド服を着ていた。花陽の言った通り、メイド服という“衣装”でライブをするのだ。

 

 

「ことりの店で思いついた事なんだ。ことりが秋葉で、働いている店で思った事や感じた事を歌詞に乗せる。だったら衣装もそれに関連したものが合っているんじゃないかと思ってな。そういうわけでのメイド服だ」

「うんうん!みんな似合ってるよー!!」

 穂乃果の言う通り、元の素材が良いからか、メイド服を着た彼女達はとても可愛い。あれだ。例えば10点満点で10点の女の子がいる。その子がメイド服を着ると15点になる。分かるだろ?分かれ。

 

 

「にっこにっこにー!!どう、似合ってる?」

「おー、にこさん。いつものそのキャラがよりメイド服にマッチしてるじゃねえか。似合ってる似合ってる!」

「でしょー?ふふん、岡崎もちゃーんと分かるとこもあるじゃない」

 だろ?……ってあれ、それ褒められてんの?遠回しに他は分かってないって言われてない?というかあれだよ。俺だって男だ。周りにメイド服を着た可愛い女の子達がいて普通でいられるはずがない。

 

 お金払うから写真撮っちゃいけないかなー。家のアルバムに永久保存しとくのに。ちっくしょう、どいつもこいつもレベルが高すぎだろ。

 

 

 

「おー……!!」

「そ、そんなに見ないでちょうだい……」

 穂乃果の感嘆とした声と、絢瀬会長の照れた声に俺の首は驚くほどの速さでグリンッ!!と振り向いた。

 

 

 そこにいたのは、金髪超絶美少女がメイド服を着て恥じらっていた姿だった。

 

 

「お、岡崎君?今凄い勢いで首が動いたように見えたんだけど……」

「絢瀬会長……」

「な、何かしら……?」

 俯きながらゆっくりと絢瀬会長に近づき、手を伸ばせば触れられる距離になったところで、俺は絢瀬会長に向かって親指を突き上げた。言うなればグッジョブのポーズだ。

 

 

「写真撮ってもいいでグブファッ!?」

「拓哉君ならそう言うと思ってました!絶対させませんからね!」

「せめて口で言ってくんない!?思いっきり頬にクリティカルヒットしたんだけど!!というか絢瀬会長のメイド服が似合いすぎなのが悪いんだ!メイド服を着た可愛い女の子を見たらまず紳士的に、そして写真を撮らせてくれと頼むのが常識だろ!!」

「そんな常識は聞いた事ありません!」

 

 あれ、これは世界の真理だと思っていたんだが海未は知らないのか。あ、どっちかと言えば男だけ知ってる真理だわ。スタイル抜群な子がメイド服を着たらこんなにも破壊力があるのか。絢瀬会長は金髪だから余計良い感じがする。堪らん。

 

「あ、えっと……ほ、褒めてくれてるの、かしら……?」

「もちろん。海未がうるさいから諦めるけど、似合いすぎて写真撮りたいくらいだぜまったく」

「そ、そう……あ、ありがと……」

 ふむふむ、頬を染めて恥じらうメイドもええのう。拓哉さんは感激だぞい。おっと、そろそろ海未が後ろで第二撃を放とうとしてるからやめておこう。

 

 

「ここにはいないけど、さすがことりだな。全員の服のサイズがピッタリじゃねえか」

「何でそんな事が分かるんですか。……まさか拓哉君全員のスリーサ―――、」

「見てれば大体分かるだろ誰もサイズの事に何も言わないんだからとりあえず拓哉さんの社会的地位のためにそれ以上は言わないでくださいお願いします」

 恥ずかしがるくせに言ってくるんだから海未はタチが悪い。できる事ならみんなのスリーサイズ知りたいけどね?知って1人ニヤニヤしながら自首するよ?自首するんかい。

 

 

「たくちゃん!!どう、似合う!?」

「いやもうお前のメイド服は昨日たんまり見たし」

「何かお古みたいな言い方されたっ!?……いやでもたんまり見たって事はそれだけ私の事を見てくれてたって事にも捉えられるし……」

 何か後半ボソボソ言ってるけど聞こえてるからね。俺の場合お前が何かやらかさないか心配で見てたんだからね。何なら海未とことりの方が私欲で見てるまである。と、そろそろ時間だな。

 

 

 

「んじゃ俺と穂乃果と海未は教室にいることりを呼んで店に行くから、何だったら一緒に来るか?」

 そう、結局ことりのために今日も俺達は一緒に店を手伝う事になった。いや俺いらないよね?もう必要ないよね?何で手伝いである俺までこんな事させられてんの?……あ、μ'sの手伝いだからそれも兼ねてるのかー。そっかそっかー!!……いやだから必要ないよね?

 

 

「そうね、なら一緒に行こうかしら。曲ができないと振り付けもできないし、練習のリラックスも兼ねて行きましょうか」

「やったー!絵里先輩の許可が出たから遠慮なく行けるにゃー!昨日食べれなかったメニュー食べよかよちん!」

「はしゃぎすぎだよ凛ちゃん~」

 最近ではどうやらμ'sの練習や指導のせいかはどうか分からないが、海未か絢瀬会長に決定権があるらしい。まあまとめ役が上手いこの2人だから納得の部分もある。というよりこの2人以外できるのかすら怪しい。

 

 

「俺はことりを呼びに行くから、その間に各自着替えて校門に集合しといてくれー」

 全員の軽い返事を聞き流しながら、俺はことりのいる教室へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、何でこう客が多いんだよ……」

 

 

 

 

 店に着いて執事服に着替えてからホールに出た俺の最初の一言がそれだった。

 

 

 

 

「昨日の内にμ'sの宣伝ポスター貼っといたからかな?」

「仕事早すぎない?いいんだけどさ!仕事としては十分にいいんだけどさ!!こんだけの客捌き切れるか分かんねえぞ俺!?」

 予想以上の人数の客が来ていた。聞いてみれば店の外にまで行列ができているらしい。まあ伝説のメイド『ミナリンスキー』が最近ずっとバイトに来ているんだし、人気が出始めているμ'sの宣伝のおかげもあるなら、それは喜ばしい事なんだろう。

 

 それでも多いッ!こんな人数を執事を装って対応しなくちゃいけないのか俺は!?μ'sの手伝いってここまでしなきゃいけないのん?キッチンから物凄く店長の鋭い視線を感じるんだが。やだ怖いっ、監視されているわ!……いや店長もホールに出て来いよ。

 

 

 

 

「さあたっくん、今日も頑張ろうねっ♪」

「ええ~……この人数を見……分かったよ……」

 やっぱ凄えよ、ことりは。一目見れば半端じゃないほど大変だって分かるのに、嫌そうな顔を一つも見せず、逆にこんなに多く接客できる事が楽しみであるかのような笑顔でいる。決して作り笑顔なんかじゃない、純粋に楽しそうな笑顔だ。

 

 

 

 幼馴染の女の子がこうして振る舞ってんのに、俺だけそんなダルそうにやるわけにはいかねえよな。やるだけやってみますかっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「拓哉さん!一緒に写真撮ってくださいっ!」

「はい?ああ、亜里沙か。来てたんだな。という事は……」

「私もいるよ、お兄ちゃんっ♪」

「やっぱりか」

 少しだけ忙しさも落ち着いてきた頃、食器を片付けている途中の俺を呼んだのは絢瀬会長の妹、亜里沙だった。案の定唯もセットだった。

 

「んじゃ雪穂もいるのか」

「うん、あっちで穂乃果ちゃんを弄ってるよ」

 ああ、雪穂にメイド服見られてめちゃくちゃ笑われてるじゃねえか穂乃果のやつ……。雪穂も中々良い性格してやがる。落ち着いたと言ってもまだ忙しい範囲ではあるから穂乃果を弄るのも程々にしてやってほしい。

 

「むぅ~、たーくーやーさんっ!」

「うおっと、な、何でしょうか亜里沙姫……?」

 流されたのが気に食わなかったのか、亜里沙は俺の腕を結構強引に引っ張ってきた。むくれてる顔も可愛いな亜里沙は。絢瀬会長にはない可愛さが出ている。というか天使。

 

「私と写真撮ってくださいっ!」

「お兄ちゃん、私とも撮って!」

「いやいや待つんだお嬢様方、一応この店にもルールってのがあってだね」

 確か初めにことりのメイド服を見た時、それはことりが生写真を回収しに来た時だ。つまり、店内で写真を撮るのは基本的に禁止のはずなのだ。そうでしょ、店長?という意味も込めて、きっとキッチンで俺を監視しているであろう店長の方へ目をやると、

 

 

 

 

 

 

 とても良い笑顔で親指を突き立てていた。

 そして視線を唯達に戻すと、同じく良い笑顔で目をキラキラさせていた。

 

 

 

 

 

 

「決まりだね、お兄ちゃんっ!」

「お願いします!拓哉さん!」

 くそ~、あの店長め……ことりや穂乃果に海未のおかげで店が繁盛してるからって気前良くなりやがって……。客にとってご都合主義の店かよまったく。

 

「……いや、つうか何で俺?唯はともかく、亜里沙は海未と撮ってもらった方が良いんじゃないか?」

 亜里沙はμ'sの中でも特に海未のファンらしい。絢瀬会長が加入する前も海未と話して喜んでいたそうな。なのに何故俺なんかのところに来たのか不思議でならない。

 

「海未さんとはもう撮ってもらいました!」

「ああ、はい、なるほどね……」

 行動のお早い事で。まあ?俺はついでって事くらい知ってたしー?何も悔しくなんてないしー?当然の事だと思ってるしー!!心の中は大洪水だしーー!!……泣いてんじゃねえか。

 

 

「というわけで撮りましょう!お姉ちゃん、またお願いしてもいい?」

「ええ、分かったわ」

 なるほど、絢瀬会長に撮ってもらってたのか。妹に頼まれて絢瀬会長もまんざらじゃない顔してるな。分かる、分かるぞ絢瀬会長。可愛い妹に頼まれたら断れないよな。むしろ喜んで聞いてあげちゃうよな。

 

 

「お兄ちゃん、私とも撮ってよ!?」

「あー、はいはい、分かったよ」

 あれだよ?こういう態度とってるけど、内心ルンルンで撮るからね?唯とのツーショットとか何年振りだろうかとか思っちゃうまである。

 

「お願いします、拓哉さん♪」

「お、おう」

 一応執事服着てるからどういうポーズすればいいか考えてたら亜里沙に腕に抱き付かれた。これじゃポーズとれないじゃねえか。とりあえず煩悩を捨て去る方法を教えてください。

 

「……亜里沙、何故岡崎君の腕に抱き付いてるのかしら?」

 あら、絢瀬さん?あなた顔が引き攣ってますわよ?何なら拓哉さんの顔も引き攣ってますわよ?何故だろう。絢瀬会長から前までの冷たい生徒会長のオーラが感じるんだが。まだ夏は始まったばかりですよね?

 

「え?海未さんにも同じ事したからだよ?」

「そ、そう……。なら仕方ないわね」

 いやおかしいだろ。海未は女の子。俺は男。そこらへんをもう少しこのロシアン少女に教えてあげた方がよろしいかと思いますぞ絢瀬会長や。というか早く撮って。いつまでもこの態勢なのはμ'sのお姫様方からの視線がヤバイんです。

 

 

「じゃあ撮るわよ」

「うん♪」

「早くしてくれ……」

 いざ撮ってみれば何のその。一瞬で終わった。それまでが長かった。視線を槍として例えるなら俺はハチの巣にされてただろう。

 

 

「次は私とだよ、お兄ちゃんっ!」

「おーし、んじゃさっそくいってみよー」

「何か亜里沙の時と反応違いすぎない!?」

 だって唯だし。妹だし。内心ルンルンだと思ったけどあれは嘘だったらしい。亜里沙の時とのドキドキが大きすぎたせいで今は全然だった。悪く思わんでくれ妹よ。お前は世界一可愛いよ。

 

 

「む~……じゃあお兄ちゃん、ポーズ指定するから私をお姫様抱っこして」

「えー……」

「早くするっ!」

「ウィッス」

 この妹、中々に威圧を放っておる。これはあれだ。マジ切れした時の母さんと似ている。似なくていい部分が似てきて拓哉さんは唯の将来が不安になってきましたよ。

 

「どう?重い、かな……?」

「いや、全然。むしろ軽すぎて心配するレベルなんだが……」

 スタイルは元々良かったから軽いんだろうとは思ってたけど、いざ抱き上げてみると唯は軽すぎなくらいだった。何だこいつ、本当に飯食ってんのかよ。……いつも飯作ってくれてるの唯だったわ。

 

「へっへーん!これでも栄養に気を付けたりしてるんだよ~」

「お前の場合食べても太らない体質だろうが。知ってるぞ、受験勉強の休憩かは知らねえけど、この前深夜にカップ麺食ってたろ」

「な、何でそれを……!?」

 そりゃ兄だからな。妹の事はほとんど知っている。ちなみに生理とかは知らない。そんなの知っていたら本格的に兄としての立場を失う。

 

 

「それじゃ撮るわよ」

「あいよー」

「何かお兄ちゃんのペースに乗せられてる……こうなったら、えいっ!」

「なっ……!?」

 パシャリとカメラの音が鳴る直前。唯が俺の首に手を回してきた。どこで覚えてきたそんな不意打ち。

 

「どうお兄ちゃん?少しはドキッとしたでしょ?」

「いや兄をドキッとさせてどうすんだよ……」

 確かにちょっとだけドキッとはしたけどさ。ちょっとだけね!!こんな事されたらドキッとしない男はいないと思うんですが。まさか他の男子にこんな事するんじゃないだろうな。それだけは許さんぞ。その男子を血祭りに上げてやる。

 

 

「たっくーん!!そろそろこっちにも来てー!」

「ああ、分かった!いいか唯、こんな事は他の男にするんじゃないぞ。不意にされたら心臓に悪いからな」

「心配しなくてもお兄ちゃん以外の男の子には絶対やらないよ」

「よろしい。さすが世界一の妹だ。んじゃお兄ちゃんちょっくら働いてくるから、また後でな」

 頑張ってねーと唯の声援を聞いてから他の客のとこへと行く。

 

 

 

 唯の時にも感じたμ'sのみんなの視線は唯の可愛さで全部無効にした。そうしないとメンタルやられそうだったんです!今はとりあえず目の前の客を捌いてさっさと解放されたいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな俺の思いとは裏腹に、やはりことりは笑顔を絶やす事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 それから事は順調に進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相変わらず授業中は歌詞を書く事に変わりはなかったが、以前のように悩む事はなく、歌詞を書く手も止まる事はなかった。

 

 

 

 そのおかげもあって真姫の曲作りも開始され、難なく完成に至る事もできた。

 

 

 

 振り付けも曲に合わす事がスムーズにでき、今までにないほど手際よく進ませる事ができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当日の日曜日がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「客の集まりも上々だな」

 店の2階から覗くと、結構な人数が集まっていた。

 

 

 

 

 

「そうだね。よーし!!みんな、準備はいい!?」

 穂乃果の掛け声に全員が応じる。店は今日だけ臨時休業になった。店長がやってくれたらしいのだが、あの店長……、中々粋な事しやがるなおい。ほんの少しだけ見直したぞ。ほんの少しな。

 

 

 

 

「おし、じゃあ行ってこい。今日のお前らは特別な場所で、店が貸してくれた特別な衣装で、ことりが書いた特別な歌で、みんなを魅了してこい」

「「「「「「「「「はいっ!!」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Music:Wonder zone/μ's

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 神田明神。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕日が静まりかけた階段の上で、俺と、幼馴染の3人はいた。

 

 

 

 

 

 ライブが成功したのは言うまでもなかった。

 元々店の中でも宣伝はしていたし、そこで人数を少しでも確保、そこから当日のライブでその人だかりを見た人々が興味を持って寄ってくる。そうすれば知名度はまた格段に上がってくる。

 

 この見立ては大成功だった。ライブが終わればたちまち拍手が響き、μ'sのみんなは歌って踊ったあとでも、綺麗な笑顔が崩れる事はなかった。

 

 

 

 

「上手くいって良かったね~。ことりちゃんのおかげだよ!」

「ううん、私じゃないよ。みんながいてくれたから、みんなで作った曲だから!」

 ほんのりとだけ夕日の赤みが顔に差し掛かる中、穂乃果の言葉にことりは謙遜の意味でそれを返す。

 

「そんな事……でも、そういう事にしとこうかなー!」

「穂乃果……」

「うんっ!その方が嬉しい!」

「ことり……」

 俺もそんな事ないと言おうとしたが、ことりの言葉を聞いてそれは留めておく事にした。そうだよな。ことりはいつだってそういう奴だった。みんなの事を1番に考えてるからこその言葉。

 

 それがことりなのだ。誰がどう言おうと、それだけは変わらない。なら、それでもいい。ことりはことりだ。それでいい。俺が何か言うより、自分で決めて、自分の思いを言えることりの方が、きっと良いに決まってる。

 

 

 

 

「ねえ、こうして3人で並んでいると、ファーストライブの頃を思い出さない?」

 不意に、ことりがそんな事を呟いた。

 

「うん……」

「あの時はまだ、私達だけでしたね」

「たっくんがいなかったら、穂乃果ちゃんがやろうって言ってくれなかったら、あそこで終わってたかもしれないもんね」

 1度挫折しかけたあの日。でもあれを乗り越えたからこそ、今のμ'sがある。最初は3人だけという孤独感があったかもしれないが、今は他にも明るいメンバーがいる。それだけで、続けていて良かったと思えるんだ。

 

 

「……あのさ、私達っていつまで一緒にいられるのかな」

 またも不意に、ことりが言葉を漏らす。

 

「どうしたの急に?」

「だって、あと2年で高校も終わっちゃうでしょ……!」

「それはしょうがない事です……」

 それに、どんな意味が篭っているのかは分からない。

 

「せっかくたっくんも帰ってきてくれたのに……もうあと2年でまた離れ離れになるかもしれないって考えると……」

 ことりの言う事も分かる。中学はずっと俺が別の学校に行っていた。だからそういう事に関してことりは敏感になっているのかもしれない。でも、それとこれとはまた別なのだ。

 

 高校を卒業したらどうするかなんて、まだ考えていない。考えてないから、分からない。誰がどのような道を選ぶかなんて、分かりっこない。ずっとこの街にいる事を約束する事もできない。実際に、俺がそうだったから。

 

 

 

 

 

 

 

 なのに。

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫だよー!ずーっと一緒!だって私、この先ずっとずっと海未ちゃんとことりちゃんとたくちゃんと一緒にいたいって思ってるよ!大好きだもん!!」

「穂乃果ちゃん……私も大好きっ!!」

 こいつはこんな事を簡単に言ってのける。本当、凄い奴だよ穂乃果は。俺には言えない事を言ってやれるのは、やっぱりこいつだな。リーダーの素質ってのはこういうところでも表れるらしい。

 

 

「ねえねえ、たくちゃんは!たくちゃんは私達の事大好き!?」

「はあ?……まあ、普通くらいなんじゃねえの……」

 何でいきなりとんでもない事聞いてくんだよこいつは。ことりも海未も期待の眼差しで見てくるんじゃない。言いにくいでしょうが。

 

 

「ぶー!何でそんな微妙な事言うのー!!ちゃんと言ってよ!!」

「ちゃんとって、俺が嘘ついてるって確信でもあんのかお前は!?」

「え……たっくん、私達の事、大好きじゃないの……?」

 ぐァァァあああああああああああああああああああああああああああああああッ!!やめろ、やめてくれ!!ことりのその瞳は俺にダメージがでかすぎる……!

 

 

「……ああもう、分かったよ!好きだよ好き好き!!これでいいんだろ!」

「私達はたくちゃんの事大好きだよ!!」

 いやこれでもまだダメなのかよ。ハードル高すぎない?男だって言いにくい事たくさんあるんですよ?

 

「拓哉君……?」

「だあーっ!もうちくしょう!大好きだよお前らの事くらい!じゃねえとこの活動の手伝いなんて元からしてねえっつの!!どうだ、これで満足か!!」

「……ふふっ、私達もたくちゃんの事、だーいすきだよっ!!」

 ……くっそ、色んな意味で顔が暑い。これはあれだ。夏だからだ。夏だからこうも暑いんだ。そうに決まってる。そうじゃないと変な汗とかかかないもんだ。

 

 

 

 

「たっくん、穂乃果ちゃん、海未ちゃん……ずっと一緒にいようね!!

「うんっ!」

「ええ!」

「……」

「たくちゃん!」

「……ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約束なんてできない。未来に何があるかなんて誰にも分からない。だから未来に向かって進んでいくんだ。そこでも俺達は一緒にいるかいないか。そんな事を考えるのは無駄ってものだ。

 

 ……でも、一緒にいないなんて事も絶対じゃない。だから、少しでも可能性があるなら、口約束くらいはしてもいいんじゃないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未来なんてものはいつでも分からないもの。だからこそ進んでいける。必ず明るい未来もあるのだと信じていける。例えどんな困難が待ち受けていようと、それを乗り越えようとする意志があるなら、人はいつだって前へ進めるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあとりあえずは、ことりの件は一件落着かな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?

ワンダーゾーン編は結構長くやっていたので、終わりは終わりであっさりとさせていただきました(笑)
次回からはみなさんお待ちかね?の合宿編!!

不定期更新になってしまう可能性もありますが、2週間以内には絶対に更新しますのでご安心を!


いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆9、☆10)をくださった、

ワッフェルさん(☆10)、kiellyさん(☆9)、TRUTHさん(☆10)

大変ありがとうございました!!

これからもご感想高評価お待ちしております!!


薮椿さんの小説『ラブライブ!~μ'sとの新たなる日常~』とのコラボは来週の日曜に投稿いたします!!
合宿編はその次回となります。

まだ薮椿さんの小説を読んでいない方がいれば、ぜひ読みましょう!とても面白いのでより楽しくコラボ小説が見られると思います!

そしてご感想も書いちゃいましょう!自分も薮椿さんも俄然やる気になりますので!!自分薮椿さんの小説の読者の方からご感想をいただいてとても嬉しく思ってますので、ぜひ皆さんも書いちゃいましょう!!


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【特別コラボ企画】3つの世界

どうも、お待たせいたしました!!

とうとう今回は1周年特別コラボ企画小説、薮椿さんの小説『ラブライブ!~μ'sとの新たなる日常~』とのコラボになります!!


余計な事は書かず楽しんでください!!





 

 

 

 

 

 

 

 ここは研究室だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、そこにいるのはたった1人の女性のみ。見れば研究室自体がまず大人数で入れるような広さではなかった。()()()()()()()()()1()()()()()()()()()()()()()()()()だと思わせるかのように。

 

 

 そして、その女性は何やら満足気な顔をしながら呟いた。

 

 

 

 

 

「か~んせいっ♪」

 その呟きとほぼ同時に、研究室のドアが開かれる。ノックもなしに開かれたドアに女性は驚きもしなかった。むしろ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのように、笑みを零す。

 

 

 

「ったく、何だよ急に。まず秋葉から研究室に呼ばれた時点で嫌な予感しかしないんだが」

 入ってきたのは1人の少年だった。特徴と呼ぶべき特徴はないが、今日に限って言うなら、少年の首には薄くだが唇のような跡が残っていた。そんな少年は入室した途端に苦言を漏らす。

 

「もぉ~、毎回毎回そんな事言わないの♪ところでその唇の跡はどうしたの?」

 秋葉と呼ばれた女性は少年の苦言をものともせずに軽く流す。これはもう何回も繰り返されている出来事なのだからと言わんばかりに。

 

「毎回実験に付き合わされるこっちの気持ちにもなりやがれ!!……ことりに抱き付かれた時に隙を突かれて強く吸われたんだよ。あいつもさすがにこんな事するのはまだ慣れてなかったからか跡は薄いけど。まあこれならすぐに消えるだろ」

「零君達も相変わらずだねー♪お姉ちゃんも混ぜてもらおうかな~」

「勘弁してくれ……」

 軽く項垂れる零と呼ばれた少年。聞いていれば分かるが、この2人は姉弟の関係である。しかし一般家庭のような姉弟とは何かが少し違うような、そんな関係でもある。

 

 

「で、結局のところ何で俺を呼び出した目的は?今度はどんな実験に付き合わされるんだよ?」

「あら?今回は珍しく逃げないんだね?」

「逃げても結局最後には巻き込まれるから意味ないんだよ……。できれば穂乃果達は巻き込みたくないし」

 普通に聞いてみればおかしい話でしかない。研究の実験体として扱おうとする姉。それを不思議とすら思わない弟。これがこの姉弟の一風変わった関係でもあるのだ。

 

「さっすが零君、優しいんだね~!」

「うっせ!で、いいから早く言えよ。こっちも暇じゃねえんだ」

「もう、せっかちなんだからっ。……これよ」

 

 

 そう言って秋葉が手に持ったのは、缶コーヒーサイズの少し細長い筒状のような機械だった。

 

 

「……何だこれ?」

 メカを手に持った零の一言目の感想がそれだった。見れば側面の中心部には、昔のテレビに付いていた指でチャンネルを回す取っ手のようなもの。数字は1~3までしかない。

 

 取っ手の左側には時計のように時間のような数字が画面で表示されている。そしてそのすぐ下には小さな青のスイッチと赤のスイッチがあった。

 

 

 

 

「率直に言えば『パラレルリープマシン』よ」

「へえー、『パラレルリープマシン』か。そいつは凄えな。…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」

 長い間を置いて、零は秋葉へと視線を向ける。それもバカみたいに目を見開いて。

 

「あれ、聞こえなかった?『パラレルリープマシン』だよ、それは」

「いやちょっと待てェェェえええええええええええッ!!ぱ、パラレルって、つまり、あれか……?俗に言う、別の世界とかそういう事を言ってんのか……!?」

「そうだよ?そのままの意味を名前にしたの。別の世界に行くための機械。名付けて『パラレルリープマシン』!!」

 脳の処理が追いつく前にショートした。そのおかげで零は気付く。そうだ、こいつは()()()()()だったではないかと。そのままの意味で()()()()()()()()()。それが神崎秋葉という人間だったのだ。

 

 

 まともな思考がこの姉に通じるはずがない。この姉に常識は通用しない。こんなマシンを1人で作れる事がその異常さを完璧に表している。

 

 

「はあ……もう驚くのも疲れるわ……。それで、このマシンで俺をどう実験したいんだよ。あれか、別の世界へ飛べってか。さすがにこれは俺でもビビるぞ」

「まあ別の世界へ飛んでもらうのってのは正解だけどぉ、先に私が別の世界に行って検証してきたからそこは安心してねっ!」

 そこで零はふと疑問を持つ。自分が実際に実験体として別の世界へ行ったなら、何故自分に言う?それに、

 

「じゃあさっき完成って言ってたのは何なんだよ。お前が行った時に何か不備があったんじゃないのか?」

 それを受け、零の指摘がそれを突いてくると分かっていたかのように、秋葉は零が手に持っているマシンに指を指した。

 

「ふふんっ、それはただ最初の段階で完成していたマシンの形がいかにもごちゃごちゃした形だったからコンパクトに改良したの!それだけだよ!」

「それだけかいっ!!」

 ついツッコミを入れてしまう。もう今更の事だから驚きはしないが、改めてこの姉はどういう頭の構造をしているのかと思う。別の世界へ飛ぶなど、普通なら有り得ない事。それを実現させて、しかも形がごちゃごちゃだったからと缶コーヒーのようなコンパクトな形にまで改良してしまう。

 

 常識とは無縁の生き物。自分の姉を例えるならこうだろうかと零は勝手に議論づける。

 

 

「で、ここからが本題。零君、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「は?」

 反射的に声が出てしまう。しかし考えてみれば不思議な事ではない。パラレルワールド。それはつまり別の平行世界とも言える。即ち、違う世界にも同じ人物がいても不思議ではないのだ。

 

「……いるのか、他の世界にもあいつらが?」

「平行世界と言っても全てが同じなわけじゃない。いるはずの人がいなかったり、いないはずの人がいる。それが別の世界よん。私が行った世界にはもう1人の私はいなかった。もちろん零君も楓もいなかった。もしくはいたかもしれないけど、別の知識を持っていて、彼女達と何の関わりももってないだけかもしれない」

 でもね……と、一呼吸置いてから、秋葉は確かにこう言った。

 

 

 

「μ'sのみんなはいたの」

 特に驚きはしない。さっき秋葉自身が言っていたから。別の世界の穂乃果達に会いたくはないかと。

 

「こっちの世界とは学年は違ってたけどね~。穂乃果ちゃん達はまだ2年生だったよ。ちなみに性格もこっちみたいな変態チックな子はいなかったよ♪」

「……一応お前の言いたい事は分かった。俺も別の世界の穂乃果達と会ってみたい気持ちはある。でもその目的は何だ?」

 零の知りたい事はそれだけだった。秋葉の言う事にはいつも何かしら“裏”がある。本来の目的は言わずに、上辺だけの目的を言っていつも零達を翻弄するのだから。対して、秋葉はいつも通りの涼し気な顔をしていた。

 

 

「はいこれ資料」

 途端に秋葉は1枚の紙を零に手渡す。それを見ると、まるで面接に行くための履歴書を思わせるような顔写真と、名前、その他諸々が書いてあった。

 

「何だよこれ。こいつがどうした。向こうの世界で穂乃果達を狙ってる悪党か何かか?」

 秋葉は即座に違うよと言うと、淡々と言葉を連ねていく。

 

 

「それに写っている男の子の名前は岡崎拓哉君。向こうの世界で穂乃果ちゃん達と幼馴染なんだ。それと、彼は零君の言う()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だよ」

 一部を強調して言う秋葉に、零は疑問をぶつけた。

 

「真逆?」

「そうっ、つまり穂乃果ちゃん達を何が何でも絶対に守ろうとする“ヒーロー”のような存在かな!」

「……」

 “ヒーロー”。それを聞いて、不思議と零はそれをすんなりと納得してしまう。別にこの少年が何なのか、たった今初めて写真を見ただけの零には分かるはずがない。なのに、すっぽりとパズルが当てはまるように納得がいった。

 

 

 

 何せ。

 ()()()()()()()()()()

 

 

「それにね、零君とはまた違うけど、彼もその世界で穂乃果ちゃん達を相手にハーレムしてるっぽいんだよねえ。好意にまったく気付いてないようだけど♪」

「ほーう、それはますます興味が出てきたな」

「あ、多分零君でも振り向いてくれないと思うから寝取ろうとするのはダメだよ?」

 んな事しねえよと、内心で軽く悪態ついてから零は決めた。

 

 

 

「……分かった。面白そうな奴だし、穂乃果達に会うついでにこいつとも会ってみてえしな」

「零君ならそう言うと思ったよ♪」

 穂乃果達を守ろうなんて、そんなものいつも自分も思っている事だ。向こうの世界の彼女達の事は何も知らない。でも、こっちの世界の彼女達の事は知っている。大切で、大事で、愛しくて、いつだって守って一緒に歩んでいきたい。本当の意味での“彼女達”だから、何か親近感のようなものを感じた。

 

 

 

「それから、私が会ってみないって言ったのも何だけど、接触しすぎるのは一応避けておいてね。別の世界同士の人間が接触するのは本当なら有り得ない事だし、後で何が起こるか分からないっていう危険もあるからっ♪」

「行く前に物騒な事言うなよ……」

 

 

 何はともあれ、行く事は決まった。まず秋葉はパラレルリープマシンの説明をする。

 

 

「3つある内の数字を2に回して。そう、それが私が事前に行った岡崎拓哉君がいる世界だよ。ちなみに1が私達のいる世界ね。3はまだ私も分からないけど、あったら面白いかなって♪」

 何やらこの姉は面白そうだからという理由で3つ目の世界まで巻き込もうとしたらしい。説明はまだ続く。

 

「でね、この時計みたいに表示されてるのはそのままの意味でとってくれていいよ。今はこっちの世界の時間で表示されてるけど、向こうの世界に入ったら違う時間に表示されるようにもなってるから安心してねんっ」

 どこまでも淡々と説明する姉に零は呆れすら覚える。何を思ってこんなマシンを作ったのか。そんな事を聞いても適当な事を言ってはぐらかすだろうが。説明は終盤に入る。

 

「最後はシンプルだね。青いボタンが向こうの世界へ行くためのスイッチ。赤いボタンがこっちの世界に戻ってくるためのスイッチだよ」

「青いボタンで1に設定すれば簡単なんじゃないか?」

「それもそうなんだけど、もしもの事を想定してどこの世界にいても赤いボタンを押せばこっち(1)の世界に自動で戻ってこれるように設定してあるんだ~」

「ふむ、確かにその方が俺としても便利だな」

 この姉にしてはマシな機械が出来たんじゃないだろうかと、零は本気で思う。まずこんなご都合マシンができる事自体が普通は有り得ないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「とまあ、そんな感じで行ってらっしゃい!!」

 

 

 

 

 チャンネルを2に回す。あとはこの青いボタンを押せば別の世界へ行ける。

 

 

 

 

「へえ~意外と冷静なんだね?」

「まあ、お前が事前に行ったならまだ安心はできると思ってな」

 秋葉から3メートルほど離れて立つ。それだけで準備は簡単に済む。臆する事なく零は青いボタンを押した。

 

 

 すると、零の周りに青白い光が徐々に出始め、零のいる場所だけを強く光らせていく。

 

 

「へえ、さすが別の世界に行くだけあって、ファンタジーな感じがするな」

「あっ、1つだけ言い忘れてた事があったっ!!」

 感心する零をよそに、軽く何かを思い出したような口ぶりで秋葉はそれを零に放った。

 

 

 

 

「零君、そのマシンね、実は別の世界に飛ぶとその世界のどこかに勝手に落ちちゃうの!でも飛んだ付近に落ちてるからそこは安心してねっ♪ちゃんと探さないとダメだよっ!」

 

 

 

 爆弾を投下していった。

 

 

 

 

 

 

「いやまずそれを改良しろよォォォおおおおおおおおおおおおおおお―――、」

 

 

 

 

 

 

 最後までツッコミが叫び終わる事なく、零はその世界から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~、今日はμ'sの練習がないからのんびりと1人で帰れますぞ~」

 

 

 

 

 

 

 学校帰りの道中。

 そんな独り言を呟いていたのは、茶髪のツンツン頭が特徴の少年、我らが岡崎拓哉だった。

 

 

 

 

 今日はμ'sの練習はなく、そういう時に行われる恒例の部室でのおしゃべりトークを無視して1人下校してきた。いくつかある、いつもの日常がそこにはあった。

 

 

 

 しかし、そういう時こそ日常は日常でなくなってしまう事もある。

 

 

 

 

 

 

「ん?何だありゃ?」

 

 

 

 

 ふと、道の前に何かが落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 そこら辺に転がっているゴミならスルーか拾ってどこかのゴミ箱に捨てるという選択肢が出てくる。しかし、『それ』はあまりにも目立ち過ぎた。缶コーヒーのようなデカさで、しかし缶コーヒーではなく、色は銀、所々凹凸(おうとつ)があって、明らかにおもちゃだと思わせるような、そんな物体。

 

 道の端ではなく、ど真ん中に落ちている『それ』を拓哉は拾う。

 

 

「最新のおもちゃか何かか?最近の流行りは拓哉さんは分かりませんの事よ?」

 何気なくそれをほんの遊び心で弄ってみる。()()()()()()()()()()()()()()()()、軽く振ってみたり、何だかんだで少年の心は今も好奇心旺盛だったらしい。

 

「交番に届けるあいだにどうやって遊ぶものか当ててやんよっ!」

 誰も聞いていない事を1人で叫ぶ。そうと決まればもう一度正面を確認してみる。そこには、()()()()()()()()()()()があった。

 

 

「ああ、このボタンを押せば何か音声が鳴るとかそんなやつか。特撮系のアイテムかな」

 

 

 

 

 

 そして、その青いボタンを、軽く、何気なく、何が起きるか分かりもしないで、少年は押そうとする。

 

 

 

 

 

「今すぐそのマシンから手を離せェェェええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!」

「んあ?」

 

 

 突如だった。

 横手からそんな叫び声が聞こえた。ただ、その声は既に遅かった。拓哉の指は、()()()()()()()()()()()()()()()()()。そのすぐあとに、拓哉の周りに青白い光が出始める。

 

 

「うおっ、何だこれ!?最近のおもちゃはこんなに進化してたのか!?」

 当のマシンを起動させた本人は、そんな事お構いもせずに、ただ感心していた。そんな茶髪のツンツン頭を見ながら走っているマシンの持ち主の少年は、走る。

 

「くっそ!!着いた瞬間にもっと本気で探しておけば良かったッ!!おらァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」

 青白い光が拓哉をより一層強く光らせる瞬間。ギリギリのところで、走っていた少年は拓哉の腕に触れる。

 

 

 

 

「え、なん―――、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 岡崎拓哉の日常は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一言で言えば、それは街だった。

 

 

 

 

 

 

 いつも見ている景色と何ら変わらない。見慣れた街。

 なのに、景色というよりかは、時間だけが変わっているように見えてしまうのは何故か。

 

 

 

 

 

 

 

 さあ、ここまで確認して、岡崎拓哉が何を思って何を言葉にするのか、とくとご覧あれッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい?」

 

 

 

 この有り様である。

 

 

 

「まじか……まじか……」

 一方で、もう1人、呆けている拓哉とは違い、色んな意味で四つん這いになっている少年がいた。

 

「何で外が逆にまた明るくなってんだ?いや、その前に……さっきの『おもちゃ』どこいった?というかアンタ誰だ?」

「ッ!!そうだ、まずはアレを探さねえと!!」

「あ、おい!」

 項垂れていた少年はおもむろに走り出す。それを見ていた拓哉も少年を追いかける。まだ頭が理解に追いつかないままでも、あの少年は何かに気付いている節があった。だから追いかけて話を聞く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意外と早くも『それ』は見つかった。

 

 

 

 

 

「ふぅ……早く見つけられて良かった……」

「なあ、アンタは誰なんだ?というか何が起こってるんだ?」

 拓哉から見れば『おもちゃ』にしか見えない『それ』を、零は大事そうに手に持ちながら拓哉の方へ振り向く。ようやく、“意識”が拓哉へ向けられた。

 

 

「お前何でいきなりボタン押すんだよォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」

「うおわっ!?な、何だよいきなり!?ちょ、まっ、ゆ、揺らすなッ!体を強く揺さぶるんじゃぶべばぅっ!!」

 話しかけたらいきなり強く体を揺さぶられた。あまりにも強い揺さぶりにまともな言語を話せないくらいになっている。

 

「あ、悪い。やりすぎた」

「マジで吐く5秒前だったぞコノヤロー……」

 ようやく解放され、今度は拓哉が四つん這いになった。数分の休憩を挟んで、改めて2人は向き合う。

 

 

 

 

 

 

「俺は神崎零(かんざきれい)だ。一応学年で言うと高校3年生だけどタメ口でいい。親しく零って呼んでくれても構わないぜ」

「俺は岡崎拓哉(おかざきたくや)。学年は高校2年、よろしくな、神崎」

「あ、普通にそこは流すのね。あとお前の名前は知ってるよ」

「んな事は今どうだっていい。とりあえずアンタなら何か知ってると思って追いかけてきたんだ。一体何が起こったんだ?そのマシン?だっけ、それが本当は何なのか知ってんのか?」

「ああ、これはだな―――、」

 

 

 

 

 そこから零は秋葉に教えられた事をそのまま拓哉に教えた。別の世界の事を含め、自分が別の世界では穂乃果達の何なのかを。

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、神崎は俺がさっきいた2の世界じゃなくて1の世界の人間。そして1の世界にも穂乃果達がいて、そっちの穂乃果達はもう3年という受験生、しかも雪穂や亜里沙や神崎の妹含めてμ's全員が神崎の恋人になっている」

「そうそう」

「しかもそのマシンを俺は起動させてしまって今いる世界は3の世界。つまりアンタの姉から聞いた話も合ってるかすら分からない。それに必要以上に別の世界の人間と接触すると何が起こるか分からない、と」

「そうそう」

 

 

 零からの説明を全部聞いて、自分でもう一度確認をとって、改めて、拓哉はこう言った。

 

 

 

 

 

「マジで?」

「マジで」

「マジかよ……異能だとか怪物だとか超人的な力とか、ましてやありえない科学力の発展とかないと思っていたのに……そんなのがそっちの世界にはあったのか……」

 そんな非日常な事がないと完全に思っていたから、拓哉は今まで『平凡』ながらに、『普通』ながらに色々と努力をしてきたが、今、本当におかしい光景を目の当たりにして、どうしようもない事実を突きつけられて、少し、()()()()()()()

 

 

「まあ、言ってもそんな異常なのって俺の姉くらいだし、それ以外は何ら普通の世界と変わらねえよ。至って平和な世界だぞ」

「何だよ少しでも憧れた俺の純粋ハートフルピュアな気持ちを返せコノヤロー」

「あれ?平和な世界だってフォローしたつもりなのに何でこんな事言われてんの?」

 少し傷つきかけた零は思い出す。秋葉に見せてもらった資料には、この茶髪のツンツン頭の少年が小さい頃から強くヒーローに憧れていると。

 

 

「あーそっか、拓哉はヒーローってやつを目指してるんだっけ」

「いきなり呼び捨てとか馴れ馴れしいなアンタ。……目指してるというか、憧れてるだけだ」

「何か違うのか?」

 このままこの場所にいるのも何だから、音ノ木坂学院に移動しながら拓哉は話す。

 

「目指してるって言うと、それはまだヒーローになれてないって事だろ。違うんだよ。俺は小学生の頃に決めたんだ。穂乃果達のヒーローになるって。だから、俺はもしもの事があれば、いつだってあいつらのヒーローであり続ける。憧れてるってのはただ凄いヒーローにってだけだ」

「へー」

 拓哉に話を聞いておきながら、零はまるで聞いていないかのように反応した。それに拓哉も気付いたようで、

 

 

「おい、聞いておいてその反応は何だよ。つうか自己紹介した時アンタは俺の事知ってたっぽいけど、それは何故なんだ」

「ああ、秋葉にお前の資料を見せてもらったからな。あいつの事だし、拓哉と面識自体はなくても十分調べは付いたんだろう」

「どんだけ恐ろしい姉なんだよ……。で、元々アンタは俺の世界の穂乃果達と俺に用があって来たんだろ。何が目的なんだ」

 道中、少し止まり自販機でジュースを買い、それを飲みながら零は言った。

 

「単純に別の世界の穂乃果達と会ってみたくなったからだよ。俺の世界にはいない拓哉にも興味が出たしな」

「言っとくが、神崎がそっちの世界で穂乃果達相手に羨まけしからんハーレムを築いてても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 零自身の事もさきほど教えてもらった。だから少し拓哉は警戒もしていたのだ。そんなハーレム野郎に自分の世界の穂乃果達にまで手を出さないかと。それは零は盛大に首を横に振りながら否定する。

 

「いやそんな事しないって!!さすがに俺もそこまで思ってないっての!!違う奴を惚れてるのに手なんか出せねえよ」

「あん?あいつらは誰にも惚れてないと思うぞ。男情報全然聞かないし」

「拓哉、お前……相当だな……」

 さすがの零も純粋に他の男に惚れている穂乃果達をどうこうしようとは思えない。もしできたとしても、拒否されて無理矢理抱き付こうなどとした場合には、きっとこの茶髪のツンツン頭の少年がやってきて殴られるに違いない。

 

「まあそれは拓哉自身がどうにかするとして、問題はそれどころじゃなくなったってとこだ」

「それなんだけどさ、神崎」

「何だ?」

「お前が持ってるそのマシンで今すぐにでも元の世界に帰れるんじゃないのか?」

「……」

 

 

 

 

 暫しの沈黙が生まれた。

 

 

 

「拓哉、お前は天才だな」

「いつも実験台にされてんだからそのくらい気付けるようになれよバ神崎」

「一応言っとくけど俺お前より1歳年上だからね?そこらへん少しは弁えようね?泣くよ?」

「アンタがフレンドリーでいいって言ったんだろ。俺の思うフレンドリーは男には容赦しないだ」

「それフレンドリーじゃないよね!?嫌悪されてるレベルだよね!?」

 

 まあ、一悶着はあったが、拓哉の何気ない一言により事態は解決できそうな展開になった。言われた通りに零はパラレルリープマシンを取り出し、チャンネルを2に回す。

 

「まずは拓哉の世界に帰る事が先決だ。本来の目的はそれだったしな」

「とりあえず早くしてくれ。俺は早く家に帰ってアニメを見たいんだ」

「お前って結構ブレないよな……。よし、俺の肩に手を乗せてくれ。それで一緒に帰れるはずだ」

 零に言われた通り、拓哉は零の肩に手を乗せる。そして、零は青いボタンを押した。

 

 

 

 

 すると、零と拓哉の周りに青白い光が出て――――――――――こなかった。

 

 

 

 

「……あるぇー?」

「……あの、神崎さん?これは一体どういう事でございますのでせうか……?何も起こらねえじゃねえか!」

 慌ててマシンの画面を見る。そこには、『連続で使用できる回数は2回までです。次に使用できる時間は、あと40分後になります』と表示されていた。

 

 

 

「…………」

「…………」

「ごっめーん☆俺も知らなかったんだよ~許してテヘペぶぼぎゃえっ!?」

 何の容赦もなく、拓哉は零の横顔に殴りかかった。

 

「よお神崎……もしかして俺は勝手に俺の世界に来たアンタに勝手に巻き込まれて挙句の果てにこれまた別の世界でいらねえ時間を喰うって解釈で合ってるんですかねえ……?」

「ま、待て拓哉!話せば分かる!!まず俺を今フルボッコにしても状況は変わらないんだぞ!だったらこの世界にもいるかもしれないμ'sを見に行って時間を潰すって手もあるぞ!!ほら、お前も別の世界の穂乃果達を見てみたいと少しは思うだろ!?」

 零の必死な訴えに拓哉の足は止まる。実際のところ、零の話を聞いて拓哉も別の世界の彼女達が気になっていたりするのだ。

 

 

「……ちっ、んじゃさっさと行くぞ」

「お、おう……。さ、さすがに怒りすぎじゃねえか?何でそんなに怒ってんだよ?」

「せっかく練習がなくて優雅に家でお菓子を食いながらアニメを見ようと思ってたのにこんな事に巻き込まれたからだけど何か言う事は?」

「ほんとマジすんませんでした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうあと数分したところで学校に着くとこまで来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういや、この世界にも俺や神崎みたいに音ノ木坂でμ'sを手伝ってる男はいるのか?」

「どうだろうな。さすがにそこまでは俺も分からねえ。秋葉からも何も聞いてないしこの世界は未知そのものだからな。というか俺はあいつらのマネージャーだぞ。拓哉だってそうだろ?」

「俺はμ'sマネージャーじゃなくて()()()()()()だよ。俺はマネージャーみたいにスクールアイドルに詳しくはないし、PV撮影するための機材や場所を提供できるわけでもない。俺にできるのは、ただ男手が必要な時に荷物を持ったりとか、あいつらが困ったら全力でそれを支えてやる事だけだ」

 

 そう言う拓哉の顔は、気のせいか少しだけ影がかかっているように見えた。そこに岡崎拓哉がどんな思いをしているのか、神崎零には分からない。これは岡崎拓哉の問題なのだ。そこに、別の世界の住人である神崎零が無闇に干渉するわけにはいかない。

 それは秋葉に言われた通り、関わりすぎるのは良くない事なのだから。

 

 

「ほら、着いたぜ。学校」

 零は話を逸らすために、目的地に着いた事を言う。拓哉も顔を上げ、その光景を見渡す。

 

「見た感じは普段の音ノ木坂と変わらないな」

「ああ、俺のとことも一緒だ。あ、おい神崎、この世界の音ノ木坂、女子高になってるぞ」

「何だと!?それは侵入しないとな!……分かったからそんな目で見るな。もう殴られるのは勘弁だ」

 マシンの時間を見れば既に放課後になっている。見ればちらほらと帰っている生徒もいる。全員が不思議そうに拓哉達を見ながら。

 

「さすがに学校の真ん前で男子高校生がじっとしてたら不審に見えるか……」

「なるほど、んじゃ入ろうぜー」

「は!?おま、何考えてんだ!?」

「こういうのは逆に堂々と入った方が怪しまれないんだよ。理事長に入校許可証でも貰いにいけばいいだろ」

 臆する事なくズカズカと学校に入って歩く零を見て、拓哉は思った。

 

 

(ああ、女好きとは最初に聞いてたけど、これほどまでのレベルか。そりゃハーレム築くわけだわ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とか零が土下座して、2人の音ノ木坂一時入校許可証を貰えた。そこまでの道のりはずっと不審な目で女の子達に見られていたが、これでようやくマシにはなるだろう。

 ちなみに理事長はどの世界でも同じらしく、ことりの母親だった。

 

 

「まあこんなもんだ。どうよ?」

「ああ凄かった。凄いダイナミック土下座を見させてもらったよバ神崎」

「ねえ、それって褒めてる?褒めてないよね?貶してるよね?」

 肯定も否定もせず、やっと堂々と校舎内を歩けるようになった拓哉はキョロキョロと色々見回しながらある事を呟いた。

 

 

「なあ、ここまで来るのに、俺達って1人もμ'sの誰かを見てないよな?」

「そういや確かに……普通いたら俺のセンサーが反応して見逃す事はないのに」

「んなもんどうだっていい。まさかこの世界には穂乃果達はいないのか……?」

「いや、でもさっきポスターに『μ'sのライブやります!!』って書いてたぞ?」

 

 2人の歩いていた足が止まる。

 

「いや違うんだよ拓哉。何で言わなかったんだとかそういう言い分はもっともだが、俺は俺であいつらを探し―――、あ」

「何だよ、俺の気を紛らわそうしたってそうは―――、あ?」

 零の視線が拓哉の後方へ向き、思わず釣られて拓哉も後ろを振り向いた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はえ?あれれ?」

 お互いの世界で、もっとも近くにいる存在。

 

 

 

 

 

 

 

 

 高坂穂乃果。

 茶髪のサイドテールの少女。μ'sのリーダーであり、発起人であり、別の世界では零の彼女であり、はたまた別の世界では拓哉の大切な守るべき女の子である少女が。

 2人とまったく接触を持たない者として現れた。

 

 

 気になってはいたが、実際別の世界で会ってみるとどう声をかければいいのか分からない。それは零も同じでずっと呆けている。何とかこの状況を打破しようとした拓哉は、何となしに声をかける事を選んだ。

 

 

「よ、よお、穂乃―――、」

「ん?あなた達は誰なのかな?」

「ッ!」

 思ったよりダメージは大きかった。何せ拓哉は別の世界では穂乃果と幼馴染なのだ。違う世界の穂乃果といえど、誰なのかと問われれば、分かってはいても少しショックを受けてしまう。

 

「まあ、何だ。この学校の理事長に入校許可証貸してもらったから普通に見学してるだけだよ」

「そうなんだー!あ、そうなんですか!」

 すかさず零が拓哉のフォローに入ったおかげで、何とか怪しまれずには済んだ。穂乃果は見た目で2人を年上だと思い敬語に戻したが、

 

 

「ああ、俺は穂乃果と同い年だから敬語はいらねえよ。こいつは1つ上だけど」

「そうなんだ!……ってあれ?何で穂乃果の名前知ってるの?」

「……あ」

「バッカお前……人の事言えねえぞ拓哉……。いや、さっきポスターにμ'sってスクールアイドルのポスターがあって、そこに君によく似た絵と名前が載ってたからもしかしてって思ってな。あ、俺も別にタメ口で構わないから」

 零のフォローで調子を戻したと思ったらこれである。零は零でこういう展開(トラブル)には慣れているのか、意外と普通に対応している。

 

 

「おお、なるほど!だから分かったんだね!凄いね!ええと……」

「悪い、名乗るのが遅れたな、俺は岡崎拓哉だ。んでこっちが神崎零。女の子なら基本的に誰にでも食い付く変態で危険な奴だから気を付けろ」

「おいおい、一応俺にも心に決めた奴らがいるんだからその言い方はないだろ。否定はしないけど」

 肩を組もうとした零をしないんかい、とツッコミを入れながら頭を軽く小突く拓哉を見て、穂乃果はついこの2人は凄く仲良しなんだなと思った。まだ出会って数十分しか経っていない彼らを見て。

 

 

 と、そこへ。

 

 

「穂乃果~!何をやっているんですか!ただでさえ準備が遅れているというのにまた1人でサボろうとしているんじゃないでしょうね!?」

 どこの世界でも、園田海未の性格は変わっていなかった。青みがかったロングヘア―の少女。様々な習い事を家でしている大和撫子少女が、突然脇の廊下から現れた。

 

「ううう海未ちゃん!?ち、違うよっ!今回はほらっ、初めてこの学校に男の子達が来たから挨拶してて……」

「何を世迷い言を言ってるのですか!!女子高に男性の方など来るはずが―――……」

「「や、やあ……」」

 海未を見た瞬間からもう2人の少年は察していた。これから何が起こるのかと。とりあえず今の2人を表すならば、蛇に睨まれた昆虫レベルにまでなっていた。そして海未も海未で固まっていた。

 

 

 

 固まっていた少女は突然金縛りが解けたかのようにハッとなって穂乃果の前に立ち、2人に立ちはだかるように構えのポーズをした。

 

 

「……え、えーと、つかぬ事をお聞きしますが、一体わたくしどもの前で何をしてらっしゃるのでせうか……?」

「問答無用です!穂乃果は私が守ります!!くたばりなさい!!」

 聞く耳持たないとはまさにこの事だろう。拓哉のオドオドした質問に海未は答える事なく、本当に問答無用で蹴りを繰り出した。犠牲になったのは、何故かは分からないが確信をもって言える。いわずもがな、零だった。

 

 

「ぐぼほぅッべうッばうッばるるるるるるるッ!?」

「神崎ィィィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!」

 勢い良く吹っ飛んで転がって行く零をただその場に立ち尽くし決して寄ろうとはしない拓哉。しかし、それが仇となる。

 

「あなたもです!!穂乃果に手出しはさせません!!」

「え、あれ?この流れは神崎だけのパターンじゃなかったのか!?ちょ、待て、待つんだ話せば分かゴトゥヘッ!?」

 同じく、拓哉も零と同じ場所で吹っ飛ばされた。さすが武道も習っているだけあるか、当たり処が悪く意識がなくなりかけている拓哉と零の耳に、こんな会話が聞こえた。

 

 

「え!?侵入者じゃないんですか!?」

「当たり前だよ!そしたら穂乃果もすぐに逃げてるし!!海未ちゃん話聞かなすぎ!!」

「ど、どうしましょう……私達にはまだPV撮影の準備が……!」

「とりあえず誰かに手伝ってもらって保健室に連れて行こう!!」

 そんな会話がうっすら耳に入りながら、拓哉は薄れゆく意識の中でこんな事を思った。

 

 

 

 

 

 

 

(不幸だ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目覚めると、そこは見慣れない天井だった。

 自分の部屋ではない白い天井。右側を見れば窓から入ってくる心地良い風が白いカーテンを綺麗に靡かせている。というか保健室だった。

 

 

 

 

 そこに、茶色いサイドテールのような髪も一緒に靡いているのが視界に入った。

 

 

 

「あ、起きた?」

「……ああ、気絶してたのか、俺。どのくらい寝てた?」

「言っても数分だよ?ここに連れてきたのもついさっきだし!」

 そうか、とだけ返し、拓哉は左の方に振り向く。案の定、そこには零がまだ眠っていた。踵落としでもして起こしてやろうかとも思ったが、穂乃果も横にいるので一応こらえておく。

 

「あはは……ごめんね、海未ちゃんがあんな事しちゃって……」

「いや、いいよ。普通なら女子高に男がいるの自体おかしいんだ。あいつもお前を守ろうとしてやったんだろ?だったらそれは間違っちゃいないさ」

「岡崎君……」

 チクリ、と。名字で呼ばれた事に心が痛むが、一々それを気にしていたらキリがない。

 

「そういや、海未はどこに行ったんだ?」

「えと、ポスター見てくれたんなら分かると思うけど、穂乃果達はスクールアイドルをやっててね、それで今日はPV撮影だからその準備がとても忙しいんだ。使う場所が穂乃果達のあとに他の部活も使う事になってるから時間が限られてるの。だから海未ちゃん達は今も急いで準備してるよ。看病はリーダーの穂乃果がやってますっ!」

「……リーダーやってんのか」

「えへへ、まあね。スクールアイドルをしようって言ったのが穂乃果だったし、ここに来たなら分かると思うけど、この学校を廃校から救うために始めたんだ。頑張って、頑張って、頑張って、今は何とか廃校にはならないって感じになってるよ!」

 

 少しだけドヤ顔をしている穂乃果の顔を見ながら、拓哉は少しだけ微笑む。

 

 

「そうか……。ここでも変わらねえな」

「ふぇ?どうしたの?」

 最後まで聞こえてなかったらしく、首を横に軽く振りながらも、拓哉は言葉を続ける。

 

「……俺の近所にもさ、いるんだよ。お前に似た奴が。何かのために何かを始める。初めての事でも、そんなのお構いなしでバカみたいに努力して突き進んでいこうとする奴がいるんだ」

「バカみたいには余計だよ~!」

「ははっ悪い悪い。でさ、そいつはそいつなりに頑張って、挫折も味わいかけた。それでも、そいつは最後には諦めずに踏ん張った、だからこそ仲間が増えて、そいつと一緒にいる事が俺は嬉しく思えた」

 

 これは、独り言のようなものだ。穂乃果の事を言っているが、それはこの世界の穂乃果ではなく、拓哉がいた世界の穂乃果の事。この世界の穂乃果に言っても、無駄な事は分かってる。

 

 けれど、言わないと気が済まないと思ってしまったから。こんな事は、拓哉が元いた世界の穂乃果には恥ずかしくて絶対言えない事だろうから。

 

 

「だからさ、俺はそいつを……いや、そいつの仲間含めて全員を支えてやりたいって思ってるんだ。自己満足でもいい、傲慢でもいい、エゴでもいい。あいつらに何と思われようとも、何があっても、何が起ころうとも、俺はあいつらを守ってやりたいと思ってる……」

 そんな、1人の少年の独り言のような呟きに、1人の少女は微笑んだ。

 

「そっか。じゃあ、その子達もきっと凄く嬉しいって思ってるに違いないよ!」

「な、何でそんな事が言えるんだよ?」

「だってね、自分達の事をそこまで思ってくれる人が側にいるんだよ?そんなの嬉しくないわけないじゃん!岡崎君がそんなに思っているから、穂乃果に似た子だって安心して突っ走っていけるんじゃないかなっ」

 

 その言葉は、拓哉の心にとてつもないほどに響いたのだろう。違う世界の人間でも、拓哉からすれば同一人物なのだ。性格も何も変わらない。ただ自分を知らないだけで、そのままの高坂穂乃果という少女なのだ。

 

 

 

「それが聞けて良かったよ」

「うんっ、穂乃果に似てるんだったらその子もそう思ってるに違いない!勘だけどね!」

「ああ、俺も言ってみて良かった。ありがとな。ほら、撮影の準備が大変なんだろ?俺はもう大丈夫だから行ってもいいぞ」

「え、でも神崎君の方は……」

「こいつは俺が起こしとく。だからさっさと行け。誰かの心配するよりまず自分の事を心配しろ。間に合わなくなっても知らねえぞ。時間見てみろ」

「え?……うわあああっ!もうこんな時間!?ご、ごめんね!ホントに危ないからそろそろ行くね!できればまた会おうね、岡崎君!それと寝てる神崎君も!!」

 

 

 それだけを言い残し、穂乃果は保健室から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

「何で寝たフリなんかしてたんだよ?」

「別に、ただ会話に興味が出たからな。いやー、良い事言うじゃねえか拓哉。思わず俺も惚れそうになっちゃ―――、」

「きもい」

「シンプルすぎかよ!!」

 何やかんやの一悶着があって、2人は布団から出る。

 

 

「よし、時間ももうすぐだし、最後に準備してる穂乃果達を遠目に見てから帰るか。どうせなら全員見ていきたいし」

「遠目に見る必要あんのか?」

「言ったろ?別の世界の人間と接触しすぎたら何が起こるか分からないから危険だって。どこぞの誰かさんが穂乃果を喋りまくるからその分時間も喰ったんだよ」

「それもそうか。つうかならアンタも起きてこいよ普通に」

「元々俺は拓哉にも興味が出たからマシンを使ってきたんだ。お前の事も知らなくちゃ意味がない」

 

 さいですか、と軽くだけ返し、2人は保健室をあとにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 探せば案外近くにいるものだった。

 

 

 

 μ'sの全員が中庭の方にいた。今もせっせと準備に励んでいる。間に合うか分からないという焦りからか、全員が走って機材などを運んできていた。

 それを誰もいない遠目から見ていた2人の少年。傍から見れば不審人物そのものである。

 

 

 

「うしっ、一応全員確認したし、俺達もそろそろ学校から出るか」

 もっと穂乃果以外のみんなとも話してみたかったが、予想以上に時間を喰ってしまったせいでそれはできなかった。それに、どこまでが接触していいかなどの基準が分からない以上、無闇に接触しすぎるのは危なすぎるからだ。

 

 その上での零の判断だった。

 

 

 しかし。

 離れようと動いた足は、拓哉が零の腕を掴んだ事によって止められた。

 

 

「どうした?」

「おい……何かおかしくないか?」

「おかしい……?」

 拓哉の不可解な発言を聞いて、零も改めてμ'sの方へ視線を移す。が、

 

「忙しそうにしてるってだけじゃないのか」

「それもある。でも何かがおかしいんだ。あいつらがそういう準備をするにあたって、絶対に必要な決定的なピースが欠けている……」

「俺達みたいにマネージャー、もしくは手伝いみたいな役割の男がいないって事か?」

 その言葉で、拓哉は確信した。そう、いないのだ。いつもはいるはずの、手伝ってくれていたあの3人が。絶対に必要不可欠のピースが。

 

 

 

「そうだよ……ヒデコにフミコにミカがいねえじゃねえか……!」

「そういや、いつも何かしら手伝ってくれんのに、今日は見当たらねえな。この世界にはいないのか?」

 2人は必死でその3人を探すが、それも見当たらない。そんな時だった。慌てているからかでかい声でμ'sの方から話し声が聞こえた。

 

 

「あーん!!いつも手伝ってくれるヒデコ達がいないからどこにどの機材があるのか分かんないよー!!」

「そんな事言ってる場合があったら早く足を動かしなさいよ!にこだって頑張ってるんだから!!」

「ヒデコちゃん達は今日みんな大事な予定があるから仕方ないよ穂乃果ちゃん~!」

 

 

 

 

 穂乃果が焦り、にこが機材を運び、ことりが走りながら叫ぶ。それで事態は把握した。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 その上で。

 

 

 

 

「おい」

「悪い、俺あいつら手伝ってくる」

 

 

 

 拓哉は歩き出す。

 だが、先程とは反対で、今度は零が拓哉の腕を掴んでそれを阻止した。

 

 

「ダメだ。言っただろ。これ以上この世界の穂乃果達と接触したら何が起こるか分からねえから危険だって!」

「そんな基準なんて分からねえだろ。それよりもあいつらを手伝わねえと間に合わなくなっちまう」

 零は強引に行こうとする拓哉を必死に腕を掴んで阻む。

 

「だからそれが危険だって言ってんだよ!!どこからが危険なのか俺にも分からねえ。でも回避できるならそれに越した事はねえだろ!ここはあいつらの世界なんだ。俺達が無闇に干渉するわけにはいかねえんだよ!」

「だからってこのまま放っておけるわけがねえだろ!!回避できたとしても、それで俺がここであいつらを見捨ててあいつらが間に合わなかったら、それでこそ俺の気が収まらねえんだよ!!」

 

 少年同士の口争いは続く。それは、どっちも間違ってはいない。正論同士のぶつけあいだった。

 

「だったら拓哉、お前はこの世界のあいつらを救えたとして、お前の世界の穂乃果達が危険に晒されてもいいってのかよ!?俺の世界の穂乃果達が危険に晒されてもいいのかよッ!!ダメだろうが!!そんなの俺が絶対許さねえぞッ!!俺がお前をぶん殴ってでもそれを止めてやる!!自分の世界の大切な奴らを危険に晒さないための判断なんだよこれは!!」

 自分の世界の大切な人達が危険に晒される。そう考えてしまっては、零も黙ってるわけにはいかない。口喧嘩の勢いで拓哉の胸倉を掴んで叫ぶ。

 

 

 

 分かっている。

 

 零の言う事も十分分かっている。

 

 頭の中でちゃんと理解もしている。

 

 

 

 でも。

 

 だけど。

 

 

 

「うるせえよ……」

 

 それらを全部分かった上で、承知した上で、茶髪のツンツン頭の少年は言う。

 

 

「んな事分かってるよ!!でも良いわけねえだろ!!俺の世界の穂乃果達も、アンタの世界の穂乃果達も、危険に晒されて良いわけがねえだろうがッ!!」

「だったら何でそんなくだら―――、」

「でも今俺達がいる世界はここだろうが!この世界で!今ッ!穂乃果達が困ってんだよ!!俺の目の前で間に合わなくなるかもしれない不安でいっぱいになってんだよ!!そんなの、そんなの見過ごせるわけねえだろッ!!」

「……ッ!?」

 

 最初から、拓哉は譲るつもりなんてなかった。別の世界だからどうとか、そんな規模の大きい話ではない。ただ目の前に困っている女の子達がいるから、それを見過ごせないから助ける。

 

 そんなちっぽけで、当たり前で、とてもシンプルな動機だった。

 

 

 

「侮るなよ、神崎零」

 

 

 

 胸倉を掴み返し、岡崎拓哉は叫ぶ。

 

 

 

「これで俺があいつらを助けて俺の世界やテメェの世界の穂乃果達が危険に晒されるようなら何が何でも俺がそれを止めてやる。誰も傷付けなんてさせやしねえぞ。みんなが笑って終われる物語が最高に決まってんだろ!だったら、そのために俺は動くだけだ!!何があろうと、何と思われようとも!!全員1人残らず助けてやるッ!!」

 正直な気持ちだった。何物にも変えられない、ちっぽけな少年の吐き出した本音だった。

 

「アンタだって本当は助けたい、手伝ってやりたいって思ってるんだろ!?別の世界と言ってもあれは紛れもない穂乃果達なんだから!別の世界だからって助けないなんて、そんなくだらねえ選択肢はハナから俺にはねえんだよッ!!別の世界で穂乃果達の彼氏やってんならここで見捨てんじゃねえぞッ!」

 何も言い返せなかった。言い返さないといけないはずなのに、危険な事が起きるかもしれないのに、言い返す事ができなかった。

 

 

 何故かとても説得力があるように思えてしまうから。この少年なら本当にやれそうだと無意識に零は思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 とすれば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 口喧嘩の勝敗は、もう決まった。

 

 

 

 

「言ったよな、神崎……。俺はヒーローに憧れてるって。それはどこの世界に行っても変わらねえ!!規模の大きい小さいとか、そんなもんの前にやるべき事があるだろ!後先考えてる暇があるならまず目の前のあいつらに手を貸してやるんだよ!たった今目の前に困ってる女の子達がいて、それを救えないで何がヒーローだッ!!」

 胸倉を掴まれ、言われるだけ言われて、ようやく零はこの少年の本性を垣間見た気がした。

 

 そして気付いた。自分が何をすべきか。

 

 

 

 

 

 

 

 優先順位が切り替わる。

 

 

 

 

「……はあ、負けたよ。俺の負けだ、拓哉」

「……負け?」

「そうそう、負け負け。大負けだ。まさか1つ年下の奴に説教されるとは思ってなかったわ」

 やんわりと掴まれていた手を離し、零は拓哉と向き合う。

 

 

「別に勝負を仕掛けたわけじゃないんだけど。アンタが元の世界に帰っても俺はあいつらを手伝っただけだし」

「いやお前それはさすがに異常者すぎだろ。お前の世界の穂乃果達の事も考えてやれよ!寂しがるだろ!」

「ああ、それもそうだった」

「マジかこいつ……」

 さすがの零でもこれはドン引きだった。この少年、自分の身の事をまったく考えていないのだから。

 

 

「まあいいや、分かったんならアンタも行くぞ。時間がないんだ」

「ブレなさすぎだろお前……でもまあ、おかげで活が入ったわ」

 出会って間もない少年達は、もはやいつもの軽口を叩き合いながらも、歩んでいく。

 

 

 

 そんな中、零は拓哉と会って正解だったと思っていた。

 

 

 

(興味が出ただけで会ってみようと思っていたが、予想以上の奴だったな。まさか俺以上に異常者がいたとは……。俺みたいな修羅場があったわけでもないのに、よくもまあこんな奴がいるもんだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よお、さっきぶりだな」

「え?……お、岡崎君に神崎君!?何でここに!?」

「準備が間に合わないかもって聞いて、そのまま放っておけるわけないだろ?今日だけ入校許可証があるんだ。堂々と手伝わしてもらうぞ」

 拓哉と穂乃果が普通に会話している中、他のμ'sの面々はただただ困惑していた。

 

 

「な、何か男の子がいるにゃ~……!」

「な、何でなんだろうね、凛ちゃん……」

「神聖なスクールアイドルの撮影現場に男なんていらないでしょも~!!」

「あら?穂乃果はもう知ってるみたいね」

「さっき海未ちゃんが言ってたやん?穂乃果ちゃんが男の子と会ったって」

「手伝うって言ってたわよね」

「男の子がいたら助かるよ~……」

 

 

 それぞれがそれぞれの反応を示す中。

 拓哉と零と穂乃果の会話は終わっていた。

 

 

 

 

 

「よし、じゃあ残ってる機材を運んでこよう。俺と神崎は重い荷物を中心に、穂乃果達は軽めの物を早めに運んでくれ。残りの数名はここに残って撮影のための設置を頼む。分担しながら早く仕上げるぞ。んじゃ解散!」

 

 

 誰かが何かを言うよりも前に、素直に聞いた者達は素早く動き出した。

 

 

 

 

 

 

 そんな少女達を見て、少年達は何一つ打ち合わせもしていないのにも関わらず、ごく自然に、言葉が重なった。

 

 

 

 

「「仕方ねえな」」

 

 

 

 

 違う世界の少女達を助けるべく、ちっぽけな2人のヒーローが動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、予想以上に早く準備を終える事ができた。

 

 

 

 

 

 

「で、できたー!!何とか間に合ったね!これなら撮影もできるよ!!ありがとね、岡崎君!神崎君!……って、あれ?」

 全ての準備が整って、辺りを見回すと、どこにも少年達の姿はなかった。

 

 

「どこ行っちゃったんだろ?」

「大きい機材を運び終わってからいなくなったにゃー」

 全員がお礼を言おうと辺りを探すも、やはり見付ける事はできなかった。

 

 

「仕方ないわね。お礼は今度会う機会があればしましょ。今はとりあえず撮影しないと、手伝ってくれた彼らに悪いわよぉ!」

「そうだね、よーし!PV撮影頑張っちゃうぞー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員が衣装に着替え舞台に移動する中、その途中に、穂乃果はある機材の上に置かれている物に気付く。

 

 

 

 

「これって……」

 

 

 

 

 

 

 それは、さっきの少年達が付けていた、入校許可証だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんだけやりゃ十分だろ」

「無事に間に合ったみたいだしな」

 

 

 

 さっきまで手伝いをしていた少年達は、パラレルリープマシンでチャンネルを2に設定して、拓哉の世界に帰るところだった。

 

 

 

「もうこの世界でやる事もないし、とりあえずお前の世界に帰るか」

「分かったから早くしろよ」

「さっきまでのイケメンぶりはどこにいったよおい!?」

 何はともあれ、零が青いボタンを押した事により、青白い光が2人包み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえずは無事に拓哉の世界に帰れたようだな」

「……ああ、時間も合って……え?俺が飛ばされた時間から1分も経ってないぞ!?」

「ふむ……そういう仕組みなのか。って事は俺が帰っても1分も経ってないかもしれないな。……あ、マシン探さねえと!!」

「あそこにあるぞ」

 拓哉が指差す方向、電信柱の横にマシンは落ちていた。

 

 それを慌てて拾ってから、零は真面目な表情に代わる。

 

 

「……じゃあ、俺も元の世界に帰る事にするよ」

「おう、じゃあな」

「全体的にドライじゃないか!?主に俺限定で!!」

「だってお前に勝手に巻き込まれて別の世界に行く事になったし」

 それを言われたら何も言えないのが余計に零の心を容赦なく抉っていた。

 

 

「でもまあ、神崎のおかげで向こうの世界の穂乃果達を助ける事ができた。それに関しては……感謝してる……」

 その拓哉の異常なまでのツンデレ具合に、零はどんどんと破顔していく。

 

 

「おお、おお……!何だその変なツンデレはあ!!お兄さんちょっと嬉しくなっちゃうじゃねえかちくしょうどうしよう寂しい帰りたくない~!!」

「うわっ、男がこんなとこで泣くなよ気持ち悪いな!!とっとと帰れ!!」

「もはやツンドラじゃねえかそれ!!」

 そんなやり取りも、これで最後だった。長いようで、短い、主人公2人の邂逅は終わってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあな、拓哉」

「……ああ」

 最後まで少しそっけない拓哉に軽く苦笑いしながら、零はパラレルリープマシンの赤いボタンを押した。それと同時に、零の周りにだけ青白い光が出て、零を包み込むように光り出す。

 

 

 

 

 

「なあ」

「ん、何だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また来いよ、零」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おうよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった?別の世界に言った感想は?……いや、岡崎拓哉君に会った感想は、の方が正しいかな?」

戻って来た零に、秋葉は最初からこの質問を用意していたかのように問う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対し。

零の答えはシンプルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ある意味、俺以上の奴に出会えたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「案外終わりはあっけないもんだったな」

 

 

 

 

 

 

 

ずっとそこに立っていた拓哉は独り言を呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、面白い奴だったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?

初のコラボ小説で気合いが入りすぎて20000字超えちゃいました(笑)
ほとんどμ'sが出てきてないじゃんと思った方、すいませんw
ですが拓哉と零君の絡みがどうしても書きたくて!!許してつかあさい!!

実は自分と薮椿さんはお互いどのような話を書くかとか秘密にしあってたので、それも含めて自分も薮椿さんの方の話をとても楽しみにしております(笑)

皆さんもぜひ薮椿さんの小説を見に行きましょう!!
そしてご感想も一緒に書いちゃいましょう!自分も双方のご感想が気になりますのでね!!

でもとても楽しかったです!!
コラボさせていただいた薮椿さん、本当にありがとうございました!!


……拓哉と零君って似てないようで似てる気がするんですよね(笑)



いつもご感想高評価(☆9、☆10)本当にありがとうございます!


では、新たに高評価(☆9、☆10)をくださった、


大同爽さん(☆10)、AQUA BLUEさん(☆9)


大変ありがとうございました!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!


そしてそして、いつもこの作品を読んでくださっている読者の皆様も、ありがとうございますと同時に、これからもよろしくお願いします!!




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53.合宿へ行こう!


どうも、またもや2週間ぶりですね。
まあ、そんな事はさておき。


今回からいよいよ皆さんのお待ちかね(?)の合宿編の開幕となります!!

まずは合宿に行くまでの過程を楽しんでもらいましょうかね!!




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、とてもとても暑い夏の日の事じゃった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暑ぅい……」

「そうだね~……」

 

 

 

 放課後になり、いざこれから練習が始まろうと屋上に行った時、2人の少女がそんな事を言いおった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……いやごめんホントに暑いんだよ。思わず昔話の口調になるくらいに暑いのよ。完全に季節は夏と言っても過言ではない月になる、セミの兄貴もミンミン鳴いておられる。それにこの日差しのせいで余計に暑さが倍増というわけだ。

 

 

 言っておこう。拓哉さんは暑がりであって寒がりでもある。つまり、暑すぎるのも寒すぎるのもどっちも大嫌いなんだ!!やっぱ春か秋が1番だろ!!あの丁度心地良い感じの季節が1番だろ!!

 

 

 という軽い現実逃避をしているんだ。

 

 

 

 一方で、俺が内心現実逃避しているあいだにもμ'sと呼ばれる我が音ノ木坂学院を代表するスクールアイドルの少女達の話は進んでいた。

 

 

 

「ていうかバカじゃないの!?この暑さの中で練習とか!!」

 おお、よく言ったぞにこさん。俺もそれを思っていたとこだ。考えてもみろ。みんなはまだ練習という名の必死になる役割があって、それで一応は暑さよりも練習に身を集中させなければならない。

 

 でも俺はどうだ?みんなが練習している中、1人だけじっとしたまま太陽に良いようにペカペカと照らされるんだぞ。干からびるわ!!じわじわと汗が出てくるのがまた気持ち悪くて嫌なんだ。

 

 

 なので室内で練習を希望しまーす。

 

 

「そんな事言ってないで、早くレッスンするわよ」

 はい、まあそうですよね。室内じゃ大きな音量までは出せないし、まず希望もしてないのになるわけないですよねー。ちくせう、絢瀬会長の言う通りすぎて口を挟めねえぜ。

 

「は、はい……!ごめんなさぃ……」

 そんな絢瀬会長の言葉に謝ったのは、にこさんではなく花陽だった。花陽は悪くないから謝らなくていいんだぞ!何なら俺の思惑を自白して花陽の代わりに俺が思いっきり謝罪するまである。

 

 

「っ、花陽、これからは先輩も後輩もないんだから、ね?」

「……はい」

 ふむ、やはり花陽はいまだに絢瀬会長の事を怖がってるな。まあ前まであんなだったし、花陽の性格を考えれば無理はないかもしれんが、怯える花陽を見て少しショックを受けてる絢瀬会長も不憫だなおい。

 

 

 

「そうだ!!合宿行こうよ!!」

「はあ?何急に言い出すのよ」

 突然の提案だった。

 

 ホント何を急に言い出してんだこいつは。唐突すぎて今日の晩御飯は何だろなって思っちまったじゃねえか。唯の晩御飯最高だかんな?言っとくけど世界一だかんな?誰にも負けねえかんな?……いや今関係ねえよ。

 

「あ~何でこんな良い事早く思いつかなかったんだろ~!」

 まず思いつかんだろ。そういうのはせめて夏休み入ってからでしょうが。けいおん!見てきなさい。あの子達も夏休みに海に合宿行ってたから。ほとんど練習してなかったけど。そういや主人公の名前がうちの唯と同じだったな。

 

「合宿かあ、面白そうにゃー!」

「そうやね。こう連日炎天下の練習だと体もキツイし」

「でも、どこに?」

 意外と賛同意見が多いな。合宿だと泊まりはほぼ確実だろ?つまり行くなら明日からの土日月か。幸い月曜が休みで連休になっているから、行くなら今週が良さそうだな。行く場所はもう分かっている、この展開だともうお決まりだろ。

 

 

「海だよ海~!夏だもの!」

 ほれ見ろ言った通りだ。だがな、穂乃果はこういう事をいつも軽々しく言う事が多い。後先考えずにだ。だからこういう時のストッパー役に俺や海未がいる。今回は俺が言ってやろう。“まずは”現実を見せてやらないとな。

 

「と言ってもだな穂乃果。合宿に行くための費用はどうするんだよ?場所は?細かい日時は?もし行くとなったら、ちゃんと考えないといけない事だぞこれは」

「うっ……それは……」

 やっぱり何も考えてなかったか。案を出すのは良い事だけど、せめてちゃんと考えて言ってほしいものだ。いきなり頭働かさせるのも大変なんだぞ。すると、俺が何かを言う前に穂乃果はことりの手を引っ張って小声で話しかけた。

 

 

「……ことりちゃん、バイト代は次いつ入るの?」

「え、ええ~……」

「おいこらバカ。ことりをあてにすんじゃねえ」

「違うよ~!ちょっと借りるだけだよー!」

 いやそれがダメなんでしょうが。ことりのバイト代だけで全員分の金が出来あがるわけないだろ。ことりはバイト代を衣装につぎ込んでくれている天使なんだぞバカめ。

 

 

「そうだっ!真姫ちゃん家なら別荘とかあるんじゃない!?」

「おいおい、いくら何でも期待しすぎるなよ。真姫の家だってそん―――、」

「あるけど……」

「あんのかよ!!」

 どんだけ常識外れなんだよこのお嬢様の家は……。というかどこのアニメの設定これ?あまりにも都合良過ぎやしませんかね?あれか、部活系アニメに必ず1人はいるお金持ちキャラか。

 

 

「おおー!ホント!?真姫ちゃんお願~い!」

「ちょっと待って、何でそうなるの!?」

 がめつい、がめついぞ穂乃果。どんだけ合宿行きたいんだよ。まあ真姫の家の別荘なら金も安く済みそうだけどさ。

 

「そうよ、いきなり押しかけるわけにはいかないわ」

 よく言ったぞ絢瀬会長。アンタも今となっちゃ立派なまとめ役でありストッパー役だわ。……これもう俺荷物係だけでいいんじゃね。

 

 すると、穂乃果もそれに気付いたのか、途端に目をウルウルさせながら言った。

 

 

「そ、そう、だよね……あ、あはは……」

 なっ……こいつ、まるで大人しく餌を求めてくるかのような犬の目をしてやがる……!?元から穂乃果が犬のような性格をしているからか何となく分かる。これは諦めに見せた遠回しの懇願なのだと。

 

 ……いや、これよく周りを見たらあれだぞ。他のみんなも何気に期待している目してるぞ。何だかんだ絢瀬会長まで少し気が引けるけどお願いできないかしら的な視線を送っているぞ。こいつら行く気満々だぞ。……どんだけ語尾にぞを付けんだよ。

 

 

「……仕方ないわね、聞いてみるわ」

「本当!?」

「やったにゃー!」

 内心めちゃくちゃ期待してたなお前ら。一瞬で笑顔になったの俺は見逃さなかったぞ。特に穂乃果、お前さっきまでの潤んだ目はどこにいった。一瞬で蒸発したのかええ?

 

 

 

「そうだ、これを機にやってしまった方がいいかもね」

 

 

 

 みんなが喜ぶ中、そんな絢瀬会長の声が聞こえた。何をやってしまった方がいいのかは分からないが、合宿に行くと決まったのなら俺も言っておかなければならない事がある。

 

 

 

 

「んじゃ、みんなは合宿頑張ってこいよ。戻って来た時に成長している事を拓哉さんは家で切に願っているから」

「……え?」

 

 

 

 穂乃果のキョトンとした声が聞こえたあと、すぐに静寂がその場を支配した。

 まだ呆けている穂乃果に聞こえるように、もう一度言う。

 

 

「だから、みんなは合宿頑張ってこいよって。俺は行かねえから」

「「「「「「「「「ええーッ!?」」」」」」」」」

 うるさっ!こんなとこで大声出すなよ鼓膜破れちゃうでしょうが。そんなに驚く事でもないでしょうに。

 

「何でたくちゃん行かないの!?みんなで合宿だよ!?たくちゃんもいないと話にならないよ!」

「いやね?考えてもみなさいよ穂乃果さんや。合宿ってあれだろ。さっきも言ってたけど海に行こうと思ってんだろ?」

「当たり前でしょ!!」

 一瞬真姫の方に視線を送って海にも別荘はあるかというアイコンタクトをとった穂乃果。真姫もそれに首を縦に一振りをする。その様子だと他にも別荘ありそうだなおい。

 

 

「なら尚更だよ。女の子達が一つ屋根の下に9人で行くのに、そこにたった1人の男である俺が行けば肩身狭いだけだし、そんなのお前らだって嫌だろ?いくら合宿って言っても少しは遊びたいだろうし、そこに俺みたいな不純物があったら気を遣わせてしまうかもしれない。特に花陽とか、俺に水着姿を見られたくないんじゃないかとか思ってな」

 やっぱ女の子だけでキャッキャウフフしながら遊びたい時間もあるだろう。なのに俺がいたらただの邪魔になってしまう。そんなのは俺も気が引けるしな。

 

 

 

 

 

「で、本音は?」

「くそ暑いから行くのめんどくさい―――ハッ!?」

 しまった。聞かれたからつい本音が出てしまった。こんな誘導尋問はズルいと思います!!あとみんなのジト目が地味に心にグサッと刺さって痛いです!!

 

 

「もうっ、たくちゃんの事だからそんな事だろうと思ったよ!言っておくけど、そうはさせないからね!」

「はんっ、俺は一度決めた事はそう簡単には曲げないって決めてるんだ。行くならお前らだけで行ってこい!俺は家で優雅にアイス食べながらアニメを見るんだ!この固い決意は誰にも―――、」

「ことりちゃん、やっちゃって!」

「たっくん……おねがぁいっ……!」

「おらーッ!さっさと準備して行くぞテメェらあ!!」

 

 ちくしょう……!体が条件反射に反応してしまう!!ことりのお願いに弱すぎだろ俺。もはや脊髄反射じゃねえか。

 

 

「たくや先輩ちょろいにゃ~」

「た、拓哉先輩……私は、大丈夫なので……」

「ったく、アンタがいなかったら誰が荷物運びすんのよ」

「岡崎君面白いな~」

「ハラショー……!」

「恒例行事か何かですかこれは……」

 

 みんな言いたい事ばかり言いやがって……。花陽、お前だけだぞ俺に気を遣ってくれるのは。嬉しくて拓哉さん軽く泣けちゃうよ。あと海未よ、こんなのが恒例行事になったら俺の身が持たんわ。

 

 

 

 

 

「よぉし、たくちゃんも潔く行く事になったし、みんなで合宿だぁー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、不本意ながらも俺も合宿に着いて行く事になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、唯さん?一体全体わたくしめの部屋で何をしていらっしゃるのでせうか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 決まってしまっては即行動。という事でさっそく明日の早朝から合宿に行く事になった。それを母さんや唯に伝え、風呂から上がったら、何故か唯が俺の部屋で何やらゴソゴソとしていた。いやホント何やってんだよ。

 

 

 

 

「見ての通りだよお兄ちゃん。お兄ちゃんの合宿に行くための準備をしてるの」

「いや、別に俺1人でやるからいいんだけど……。つうか勝手に部屋入っ―――、」

「何を言ってるのお兄ちゃん!!合宿だよ!?」

 何だ、何をそんなに必死の形相で詰め寄ってくるんだ妹よ。というか今完全に話逸らしたよね。勝手に部屋入ったの怒られると思ったから咄嗟に話逸らしたよね。

 

「男子はお兄ちゃん1人。あとはみんな女の子なんだよ!?お兄ちゃんが穂乃果ちゃん達に変なちょっかいしないように私が先に“ちゃんと”準備しといてあげたの!」

「お、おう……ありがと、な……?」

 あれ、何でお礼言ってんの俺。何勢いに負けてんだ俺。イタズラ道具とか入れると思ってたのか?その前に近い、顔がとてつもなく近いぞ妹よ。さすがのお兄ちゃんもこれには少し意識してしまうからやめなさい。兄妹の禁断的なアレは二次元だけにしなさい。

 

 

「……いや、まず俺は穂乃果達に変なちょっかいとかしないからな?この合宿だって本当なら行くの面倒だから行く気なかったし。さすがにこの歳でポリスメンのお世話にはなりたくないからねお兄ちゃんは」

「その逆もあり得るの!」

「その逆?」

 その逆って、あれか?穂乃果達が俺に何かしてくるって事か?

 

 

「いやいや、それはないだろ。ないない」

「何でそんな事言いきれるの?」

「お兄ちゃんの言う事をしかと聞きたまへ我が愛しの妹よ。俺やいつもの幼馴染合わせて4人組ならまだいらん事してくるかもしれん。しかし今回は他にもメンバーはいるんだ。だから俺にちょっかいかけるよりも先に、他のメンバーと遊ぶ事の方が穂乃果達の頭に支配されている。これは確信をもって言えるぞ」

「ちょっかいって、そういう意味じゃないんだけど……さすがお兄ちゃんだね……」

 何をボソッと言っている。こんだけ近いんだからハッキリと聞こえてるぞ。とりあえず褒められてない事だけは分かった。お兄ちゃん心で泣いとくわ。

 

 

「それに、今回は合宿だ。遊びもあるかもしれないが、メインは練習、全体的に歌やダンスの強化だ。だからそっちに力が入るし、みんなもそれなりに気合いが入っているんだ。もしかしたら遊ぶよりも練習の方が身に入るかもしれないしな」

「……そっか。うん、お兄ちゃんがそう言うなら間違いないね!」

「ああ、不本意でももう決まっちまった事だ。役割はちゃんと全うしてくるよ」

 いつも通り唯の頭に手を置いて言ってやる。唯も唯でこっちに笑顔を返してくる。まったく、変な心配しなくても大丈夫だってのに。可愛い奴め。

 

「じゃあお兄ちゃん、明日から合宿のお手伝い頑張ってきてねっ!」

「おう、気楽にやってくるわ」

 トタトタトタとテンポ良く小走りで唯は部屋から出て行った。準備してくれてたのはありがたいが、一応俺も他に持って行く物とか確認しながら進めるか。……あ、勝手に部屋に入ったの説教するの忘れてた。……上手く逃げやがったな唯め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 住んでいる者ならほとんどの人々が知っているであろう大きな駅の中。

 そこに手伝いの俺を含めたμ'sの全員がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええー!?先輩禁止!?」

 

 

 

 駅の中、穂乃果のそんな声が響き渡る。もうちょっと声を抑えなさい。他の人に迷惑でしょうが。

 

 

「前からちょっと気になっていたの。先輩後輩はもちろん大事だけど、踊ってる時にそういう事気にしちゃダメだから」

「そうですね、私も3年生に合わせてしまうところがありますし」

 言われてみれば確かにそうだ。先輩後輩という関係は主に中学から部活などの関係で大事になってくる。いわゆる上下関係だ。それは中学、高校、大学、社会と上がるにつれて重要な事になってくる。

 

 しかしそれはスクールアイドルには少し障害でもある。歌って踊っている最中にもそれを意識してしまえば、先輩に当たらないようにとか、そういう変な気遣いのせいで集中力が乱れる場合もある。

 

 特に1年は3年に気を遣ってしまうだろう。真姫や凛はともかく花陽は特に。おそらくそれを気にしている絢瀬会長がこのアイデアを採用したのだろう。俺もそれについては特に反対はない。みんなが仲良くできるならそれで良い。

 

 

「そんな気遣いまったく感じないんだけど……」

「それはにこ先輩が上級生って感じがしないからにゃ~」

 1年にそこまで言われるにこさん。うん、まあ、俺からは何も言う事はないかな。それだけ親しく思われてるんだし、仲が悪いよりかは遥かにマシだろう。

 

「上級生じゃないなら何よ!?」

「うーん……後輩?」

 おい、凛よ。それはさすがにどうかと思うぞ。1年が3年にそんな事言うとか度胸ありすぎだろ。気持ちは分かるけど。気持ちは結構分かるけど!!

 

「ていうか子供?」

「マスコットとかと思ってたけど」

「どういう扱いよ!!」

 穂乃果も東條も容赦ねえなおい。子供はまだしもマスコットとかもはや人の扱いじゃねえじゃねえか。可愛い動物程度の扱いとか何それ泣ける。

 

 

 

「じゃあさっそく、今から始めるわよ。穂乃果」

 上手い感じに本題を戻しつつ、それを実施させる絢瀬会長。1番の上級生からの振りなら、穂乃果もやりやすいだろ。それに、1年からとかではなく、3年がこういうアイデアを出してくれるのは非常に良い事だ。

 そうする事で1年も2年も変な気遣いせずにそれを実施しようと思えるからな。

 

「あ、はい!良いと思います!……え……ふぅ……絵里ちゃんっ」

「うんっ」

「ふわ~、何か緊張~!」

 まあ、今まで先輩と呼んでたのにいきなり呼び捨てでってなると、穂乃果でも多少の緊張はするのか。……別にバカにしてないからね?見てて何だか微笑ましいくらいだよ。

 

 

「じゃあ凛もー!ふう~……ことり、ちゃん……?」

「はいっ、よろしくね、凛ちゃん!」

 よくやった凛、でかしたぞ!これは中々レベルの高いことりの笑顔だ!!まるで妹に向けるような慈愛に満ちた笑顔だ。非常にレアなタイプのことりスマイルだぞこれは!写真撮りたかったぜちくしょうめ!!

 

 

「それに、真姫ちゃんもっ」

 俺がカメラを取り出すのを忘れて悔やんでいるとこに、ことりは言葉を付け足すように真姫にも視線を送った。それに釣られて、他の全員も真姫へと視線を移す。

 

 

「……べ、別に今わざわざ呼んだりするもんじゃないでしょ!!」

 それもそうだが、だからと言ってそこまで呼ぼうとしないとか照れてんのかよ。相変わらずのツンデレっぷりだな真姫お嬢様は。と言ったら俺だけ合宿所に入れて貰えなさそうだから決して言わない。

 

 

 と、そんな事を思っていた矢先の事だった。

 

 

 

 

 

「それに、あなたもよ。拓哉」

「…………はい?」

 不意に絢瀬会長に呼び捨てで呼ばれたから返事が少し遅れてしまった。

 

「この合宿ではみんな先輩後輩の関係を壊していくって決めたでしょ。だからあなたも私達を呼び捨てにする事」

「いや、でもこれはμ'sの合宿だろ?俺はまずμ'sじゃねえんだし、絢瀬会長とかにはそのままでもいいんじゃ―――、」

「それが嫌なのっ」

 これまた不意に、絢瀬会長に俺の唇が人差し指で開かないように触れられた。

 

「にこの事はさん付けでもまだ名前で呼んでるし、希の事も、名字だけど先輩とかさん付けじゃないのに……私だけ名字で、しかも先輩ですらなく会長って呼ばれてるの、少しだけ距離を感じて、何か嫌なの……」

「え、あ、や……その、別に距離を置いてるわけじゃなくて、これは、ですね……?μ's絡みの事がある前に東條とは会った事あったし、にこさんともスーパーで会った事あったからであって……」

 やだ、ちょっと待って。助けて誰か。何か俺変な弁解してるんだけど。と、他のみんなに視線を送った。

 

 

 が、

 

 

「たくちゃんはもっと女の子の気持ちを理解するべきだね」

「そういうたっくんも、私はアリだよ♪」

「そういう事じゃないんですよ、拓哉君……」

「どうでもいいわ」

「恒例行事か何かかにゃ?」

「これはさすがに……です……」

「少女漫画一冊分でも食わせりゃ分かるんじゃないの?」

「エリチ、ファイトやで……!」

 

 

 何かもう言われ放題だった。

 海未にまで残念そうな顔されてるし、真姫に至ってはどうでもいいとほぼ無視されてるし、にこさんそれは恐ろしいから勘弁願いたいであります。

 

 

「……だーもうっ、分かったよ!俺も呼び捨てにすりゃいいんだろ!?するする!するから、微妙に寂しそうな顔すんなっての!一応年上だろアンタは……!」

「……絵里」

「あん?」

 俺の服の裾を掴んで俯きながら言う金髪年上クォーター少女。あまりにも小さい声に思わず聞き返してしまった。

 

 

「アンタじゃなくて、私には絵里っていう名前があるんだから、ちゃんと絵里って呼んで……」

 お、あ……やばい。何がやばいってマジやばい。年上だけどそんなの関係なしに幼く感じてしまう。にこさんとはまた別の『何か』。精神的な幼さが今の絢瀬会長からは感じられた。……単刀直入に言うと、半端なく可愛いです、はい。

 

「……あー、まあ、何だ。これでいいんだろ……絵里……」

 くっそ、花陽達の事を名前で呼ぶ時も結構緊張したのに3年はまた格別に違う緊張があるな……。すると俺の口から名前が聞けて満足したのか、俯いていたはずの“絵里”の顔が満面の笑みで俺を見てきた。

 

「うん、よろしいっ!」

「……さいですか」

 こんの生徒会長め、俺に言わせるためにわざとあんな演技しやがったな……?まんまと乗せられた俺も俺だけど。いや、だってここで言わないと、ほら、駅だし他の人に注目されんのは俺も嫌だし、ね?

 

 

「良かったな~エリチ!……で、“拓哉君”、次はウチとにこっちの番やと思うんだけどな~」

「は!?待て待て待て、それこそ真姫みたいに今呼ぶ必要はないだろ!」

「うるっさいわね、さっさと呼べばいいだけの話でしょ。私もずっとにこさんじゃ何だかもどかしいのよ。ほら、早く言いなさい、“拓哉”」

 こいつら、何気にもう俺の事を名前で気兼ねなく呼んでやがる。それ自体は別に良いんだけど、こいつらに戸惑いはないのかよ。俺が異常なのか?ちょっと照れている俺が初心なだけなのか……?

 

 

「あー!もう、呼べばいいんだろ呼べば……絵里に希ににこ!これでいいだろちくしょうめ!そろそろ勘弁してくれ……」

 何で俺がこんな目に遭わなければならないんだ。本来はμ'sのみんながメインのはずなのに、気付けば俺が的になってるっておかしくない?ヘイト集めるような事したっけ?

 

「はい、拓哉君よくできました~。ウチらもそうやけど、花陽ちゃん達も拓哉君の事先輩とか付けんで気軽に呼んでええからな~」

 おい、それは俺が言うべきセリフじゃないんですかね。何でそれを希が言うんだよ。いまだにちょっと照れて体が熱いんだが。これはあれだ。季節が夏だから暑いに違いない。きっとそうだ。そうじゃないと俺どんだけ純粋ピュアボーイなんだよって話だ。体は清らかなままだよっ☆

 

 

「う、うん、よろしくね。たくや君!!」

「よろしくお願いします……拓哉くん……」

「お、おう……」

 今まで下の名前で呼ばれていたから多少は慣れているものかと思っていたがそうでもなかったらしい。普通にむず痒いよね。体中掻きたくなる不思議。真姫は断固として今は呼ぶ気はないらしい。

 

 

 

「では改めて、これより合宿に出発します!」

 区切りが良いと判断したのか、絵里がいよいよ出発の言葉を口に出す。これは合宿だ。決して遊びだけではない。この合宿でまた穂乃果達は成長しなければならない。この短い休日の間にだ。

 

 ラブライブに出るために上を目指す。そして音ノ木坂を本当の意味で廃校阻止しなければならない。まあ、もっとも今のこいつらには廃校も大事だが、このスクールアイドルの活動自体に楽しさや喜びを感じている。

 

 それが良いのか悪いのかは俺にはよく分からない。けれど、重い空気のまま練習をやるより、こうやって楽しい雰囲気のまま真剣に練習に励んでいるのはきっと良い事に違いない。

 

 苦労もたくさんあったけど、それよりも笑顔の方が多かった今までの練習なんだ。こいつらなら乗り越えられるだろ。それに俺もいる。ただの手伝いでしかない俺だけど、俺が間違った選択をしない限り、こいつらを正しい方向へと導いてやれるはずだ。

 

 

 そのためにも、この合宿は頑張ってもらわねえとな。

 

 

「部長の矢澤さんから一言っ」

「ええ!?にこ……?」

 絵里からの予想外な一言で固まるにこ。一応部活の合宿なんだから、部長が何か言わないとな。

 

 

 

 

 

「え、えーと……しゅ、しゅっぱ~つ!!」

 

 

 

 

 

 一瞬、この俺達のいる空間だけ、時間が止まったような沈黙が生まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それだけ?」

「考えてなかったのよ!!」

「まとめ役が海未と絵里だからといっても、これは“部活の合宿”なんだぞ。部長が何か考えてないでどうすんだよ……」

「考えてないものは仕方ないじゃない!これだってシンプルでいいでしょ!!」

 めちゃくちゃ開き直ってんじゃねえか。幸先良いのか悪いのか、こればかりはどうにも分からない。でも、これが部長であるにこらしさなのだろう。

 

 

 良くも悪くもこんな部長だからみんなあの部室にも居やすく感じる。部長とか先輩とか、そういう圧迫感を今まで和らいでいたのも、にこのあのどうにも締まらない部長としての魅力の1つなんだろう。固すぎるより何倍も良いさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、んじゃ合宿に行くぞ!!」

「「「「「「「「「おおー!!」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不本意ながらに行く事になった合宿だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付けば俺も少しテンションが高くなっているらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まずは遊ぶ時のための水着を楽しみにしておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?

今回から始まった合宿編。
ある意味本編は次回からになりますかね(笑)どういう本編かはまあ、ね……?海へ合宿と言えば……ですww
お楽しみはこれからですよ!!


いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます!


では、新たに高評価(☆9、☆10)を入れてくださった、

そらなりさん(☆10)、マネロウさん(☆9)

大変ありがとうございました!!
これからもご感想高評価(☆9、☆10)お待ちしております!!


やっと全員名前呼びになった……。


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54.別荘


どうも、大変長らくお待たせいたしました。
二週間に一度は更新すると言ったな?あれは嘘だ(殴
いやね?先週はリアルがとんでもなく忙しくて執筆どころではなかったのですよ……。


とまあ、言い訳はこれくらいにして。


今回は非常に短いですが、区切りを考えるとどうしてもこうなっちゃいました(笑)
ある意味本編(水着とか)は次回まで引き延ばしだよ!!

ではどうぞ!!




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「おお~!!」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 綺麗な晴れ空の下。

 セミがミンミンと暑苦しく鳴いていて、余計それが暑い夏を感じさせる。

 

 

 そんな太陽が遠慮なく照り付ける日の下で、そんな少女達の声が聞こえた。

 

 

 

 

「いや、すげえなこれ……」

 俺達の目の前にあるのは真姫が言う別荘らしいのだが、これがまた……でかいなオイ。10人いても全然有り余るくらいの大きさだろう。

 

 

「凄いよ真姫ちゃん~!!」

「さすが金持ちにゃー!!」

「そう?普通でしょ?」

 これが普通なら一軒家の俺の家でもゴミレベルにまで下がるんだが。やはりアニメの中でもリアルでも金持ちお嬢様の金銭感覚はどこかおかしいようだ。西木野家の養子になりたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「わぁ~!!」」」

 次に来たのは寝室。まあ、穂乃果と凛と海未の声で分かると思うが、そんな声が出てしまうほどベッドが大きい。何でもかんでも大きくすればいいってものじゃないでしょ!!僕のベッドは別の部屋にもあるんですよね!?

 

「こことーった!!」

 そう言ってベッドに勢い良く飛び込んだのは穂乃果だった。これこれ、仮にも女子高生がそんな気品のない行動をしてはなりません事よ。もしスカートだったら丸見えだったぞ。何がとは言わんが。

 

「凛はこっち~!」

「お前ら……」

「ふっかふか~!それにひろーい!」

 何で男の俺よりこんなにもはしゃいでんだこいつら。あー穂乃果、ベッドの上でゴロゴロするんじゃありません。そうやって女の子の匂いをベッドに擦り付けるとかけしからんでしょうが。……俺のベッドはあるのか?

 

「海未先輩とたくや先輩も早くとった方が……あっ」

「……やり直しですね」

「まあ、まだ慣れない方が当たり前か。でも俺達は気にしないから、どんどん普通に呼んでくれて構わないぞ」

 絵里がいきなり言った事だ。急に先輩禁止と言われても中々慣れないのが普通だ。特に1年はな。

 

 

「……うんっ!海未ちゃん、たくや君、穂乃果ちゃん」

 しかし、1年でもフラットな方の凛ならば、慣れるのに時間はそうかからないだろう。凛らしい良い笑顔じゃねえか。

 

 

 

 

 

 

 

「って、寝てるっ!?」

「今すぐそのバカを起こせ凛」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、何でああすぐに寝れるんだあいつは……のび太君かよ……」

 

 

 

 

 

 さっそく海未に軽く説教されている穂乃果を放置して俺は1階に戻って来ていた。凛は海未の隣で穂乃果を見守っているのだろう。俺ももう少し別荘の中の構造を見ておきたい。

 

 

 まずはキッチンだな。

 あいつらが練習で疲れている時は、料理をするのは手伝いである俺ってのが普通に考えても必然だろう。そうともなればキッチンを見ておかなければならない。どういう調理器具があるとか、どこにあるのかとか、そういうのは先に知っていて損はない。

 

 

 

 そこで。

 

 

 

 

「りょ、料理人!?」

 にこの声がキッチンの方から聞こえた。料理人って単語が聞こえるって事はまさか……。

 

 

「そんなに驚く事?」

「驚くよ~。そんな人が家にいるなんて……凄いよね!」

「一般家庭に料理人がいる事自体が普通におかしいんだよ……」

「あっ、たっくん!」

 駆け付けてみれば案の定だった。真姫の家には料理人とかがいるらしい。何故こういうお金持ちお嬢様は一般の人と少し感覚がズレているのだろうか。……お金持ちだからか。

 

 

「どんだけお嬢様なんだよお前は。俺の家にも料理人が欲しいくらいだぜ全く……いや、やっぱいらん。唯の料理が1番だからな」

「何自己完結してるのよ……」

 バッカお前、何てったって唯の料理だぞ?世界で1番美味いに決まってるだろ。誰にも劣らん最高の妹だぞ?そんな最強の妹が他にいるか?いやいない。あー、早く唯の手料理が食べたい。というか家に帰りたい。ホームシック!!

 

「……へ、へえ~、真姫ちゃん家もそうだったんだ~!にこん家も専属の料理人、いるのよねえ~!だからにこぉ、ぜ~んぜん料理なんかやった事なくて~」

「あれ?でも俺と初めて会った時はスーパーの安売りで必死に商品取ろうとしぶぎゃぶるぇッ!?」

 う、うぶふぅ……も、猛スピードで腹に蹴りを喰らった……。女の子の時折見せる男をも超える圧倒的な力は何なんだ……。

 

「へえ~!にこ先輩もそうだったなんて~!」

「にこにーでしょ」

「え?」

「にこ先輩じゃなくて、にこにー!」

「あ……うん!!」

 

 ……あれ?何か良い感じに終わろうとなってない?あれ?ことりさん?あなたいつもならここで俺の心配してくれてるはずじゃ……。というか真姫なんかこっちを見向きもしないんですがそれは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひと通り調理器具がどこにあるかを把握し終えた俺は広間へとやって来ていた。そこにいたのは何やら話し合っている絵里と希と、何故か少し後ろで縮こまっているように立っている花陽だった。

 

 

 

 

 

「何してんだ?」

「ああ、ここなら練習も出来そうねって希と話してたのよ」

「そうなんよ~」

 確かに、これだけ広ければ室内でも練習はできそうだ。しかし、広いからと言って何もここだけで練習する必要もないと思うが。と思っていた矢先に希がそれを代弁してくれた。

 

「でもせっかくなんやし、外の方がええんやない?」

「海に来たとはいえ、あまり大きな音を出すのも迷惑でしょ?」

「もしかして、歌の練習もするつもり?」

「もちろん、ラブライブ出場決定枠まであと1か月ないんだもの!」

 それを聞いて、希も俺も口元が緩む。一見いつも落ち着いているようにも絵里だが、やる気は十分にあるみたいだ。

 

 

「やる気やねっ。……で、花陽ちゃんはどうしてそんな端にいるん?」

「な、何か、広いと落ち着かなくって……」

「気持ちは分かるけど、何もそんな奥に縮こまらなくてもだな……」

 別荘にまで来て萎縮している花陽に苦笑いしながら、海未から言われた伝言を3人に伝える。

 

「粗方別荘は確認したし、10分後に練習を開始するから各自練習着に着替えてから外に集まってくれ」

 3人の返事を聞いたところで俺は自分の部屋を探しに行く。男1人だし、当然みんなと別の部屋を探さないとな。10分もあれば空き部屋の1つは余裕で見つかるだろ。……最悪布団だけでもあればいいなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが!合宿での練習メニューになります!」

「おー」

「凄い、こんなにびっしり……」

 

 

 

 全員が練習着に着替え、外に集合したところで練習メニューを考えてきた海未の説明が始まった。

 

 

 

 

 

 

 いや、待て。おかしい。3人ほど練習着じゃない奴らがいる。というか完全に水着になっている輩が3人いるぞ気付け海未。練習でウキウキしすぎかよ。ちくしょう、ガン見しづらいじゃねえか。

 

 

「……って海はぁ!?」

「……私ですが?」

「いやそうじゃないから。察しろよあいつの姿で」

「そうじゃなくて!海だよ!海水浴だよ!!」

 珍しく穂乃果が海未をツッコんでいるな。海未はいつの間にか練習大好きッ子になっている。何をどうしたらそんな熱血講師みたいなキャラになるんだこの大和撫子は。

 

「ああ、それなら、ほらっ♪」

 いつもより笑顔で、いつもより楽しそうに、海未は練習メニューにある一部分に指を指した。

 

「え、遠泳10キロ……!」

「そのあとランニング10キロ……!?」

 おい、これどうみても女の子がするような練習じゃねえぞ。俺でもこれはさすがにキツイ。というか出来ない。というかやりたくない。絶対に途中で逃げ出すレベル。

 

「最近、基礎体力をつける練習が減っています……。せっかくの合宿ですし、ここでみっちりやっといた方がいいかと!」

 オイやべえぞこの青髪天然娘。自分の言っている事を理解しているのか。みっちりとかいうレベルを遥かに凌駕しているぞ。オリンピック目指す気か。ラブライブって甲子園みたいなものだって言ってなかったっけ?

 

「それは重要だけど、みんな持つかしら……」

 さすがの絵里もこれには承諾しかねるよなあ。うん、絶対持たないもんこれ。みんな海に沈むオチが見え見えだぞ。そんな事件になったらシャレにならん。

 

「大丈夫ですっ!熱いハートがあれば!!」

 誰かーッ!!水でも海水でもいいからこの熱血松岡もどきに掛けてあげて!!頭を冷やさせるんだ!今の海未はきっと暑さで頭がオーバーヒートしているに違いない!!

 

「やる気スイッチが痛い方向に入ってるわよ……何とかしなさいよ拓哉……!」

「何で俺に振るんだよ……!?」

「幼馴染なんだから扱いには長けてるんでしょ?今の海未をどうにかできるのはアンタしかいないのよ。というかこういう時のための手伝いでしょうが!」

 ここで俺に振るとか鬼かこのツインテール。でもこいつらをこのまま練習に出せば全員たらふく海水を飲む羽目になってしまう。それだけは回避せねばならない。仕方ない、やってみるか。

 

 

「いや、でもな海未?1日目なんだからもう少し軽くでもいいと拓哉さんは思うのでせうが……」

「その軽くという思いこそがダメなのです!お手伝いだからといって拓哉君も弛んでいますよ!これは拓哉君も一緒に練習する必要がありますね。一緒に頑張りましょう!!」

「おいいいいいいいッ!!何か俺まであの地獄のレッスンに巻き込まれたんだが!?余計酷くなってしまったんだが……!?」

「なぁんでそんな結果になってんのよ!アンタこういう時はてんで役に立たないわね……!」

 小声でにこと騒ぐも関係ない。これはもう俺も一緒にやらされる。そして海に沈む。ああ、母なる大地ではなく、海に還るのか俺は……。

 

「しょうがないわね……穂乃果、どうにかしなさい」

「う、うん……。凛ちゃん!」

「分かったにゃ!」

 俺が遺書に何を書こうか考えていると、穂乃果は凛とアイコンタクトだけで意思を疎通し、凛が海未の手を引っ張り海の方へと駆けだした。

 

「海未ちゃん!あそこー!」

「ええ!何ですか!?」

 凛が海未を引っ張って視線を逸らした瞬間の事だった。俺、絵里、真姫、希を除いたメンバーが海方面へと駆けていく。何と古典的な方法だよ。でもその古典的な方法に負けた俺とは一体……。

 

「今だー!」

「行っけー!」

「ああ!あなた達ちょっとー!!」

 ちなみに普通なら遠慮して行かないはずの花陽は凛に見事に引っ張られていった。ことりはことりで何故かうわーおっ!とか叫びながら走っていった。ノリノリだなオイ。

 

「まあ、仕方ないわねぇ」

「えぇっ、いいんですか絵里先輩……あっ!」

「……禁止って言ったでしょ?」

「すみません……」

 海未も咄嗟の事で出てしまったんだろう。それに、絵里が言うなら海未も納得してくれるかもしれない。それに託すしかない。

 

 

「μ'sはこれまで部活の側面も強かったから、こんな風に遊んで先輩後輩の垣根を取るのも、重要な事よ」

「……あっ」

「おーい!海未ちゃ~ん!絵里ちゃ~ん!」

 向こうから花陽の声が聞こえる。そこにはもう、先輩という垣根を感じさせるような戸惑いはどこにもなかった。大切な部活仲間、対等な友達としての、そんな声音がハッキリと感じられた。

 

「まあ、いいんじゃね?絵里の言う通りそうした方が今よりもっと仲良くなれるだろうし、それで練習中の雰囲気も良くなったら効率も上がるんじゃないか?」

「それは、まあ……そうかもしれません……」

「さあ海未、行きましょう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほんの少しだけ迷っていた海未の手は、恐る恐る絵里の伸ばされた手へと吸い込まれるように伸びて行った。

 

 

 

 

 

 それはゆっくりと速度を増していき、迷いがなくなった途端に海未は笑顔で絵里の手を掴んだ。それと同時に俺以外の残りのメンバーが海辺へと走って行く。うん、これが正しい。内心あの地獄練習なくてホッとしてる拓哉さんですよ全く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あのまま走って行ってるって事は、全員下に水着着てるって事だよな?……何だよ、海未は遠泳するつもりだったから分かるけど、絵里とか真姫も何だかんだ遊ぶつもりだったんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 恐らく今日はもうこのまま1日遊びつくす事になるだろう。でもそれを悪い事とは思わない。それでみんなの絆が強くなるなら、その方が断然良いに決まってる。嫌々ムードで練習するのは見てる俺からしても何だか嫌だしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、この中で唯一水着に着替えてないのは俺だけだな。……いや、普通に練習すると思ってたからいいかなと思って、ね?ほら、俺って真面目だから……。はい、嘘です。元々この合宿もめんどくさかったですサーセン。

 

 

 

 

 

 

 んじゃま、さっさと水着に着替えてあいつらの元に行きますかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遊んでる途中何もなければいいけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?

短いとか言うなよ、仕方なかったんだ。
水着まだとか言うなよ、予告詐欺なんてこの小説じゃいつもの事だろ?
はいサーセン、次は確実に出しますのでww
この3月4月って忙しい時期ですよね~(白目)


いつもご感想高評価(☆9、☆10)本当にありがとうございます!


では、新たに高評価(☆9、☆10)をくださった、


9回裏から逆転さん(☆10)、黄色の閃光さん(☆10)、ありのままのぎーのさん(☆10)、東條九音さん(☆9)、pocky@さん(9☆)、夢咲さん(☆10)


大変ありがとうございました!!


これからもご感想高評価(☆9、☆10)お待ちしております!!




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55.たまにはこんな日も



どうも、お久しぶ(ry
また3週間ぶりですね(笑)いやあ、3月4月はホント忙しい!!

あ、1日のファイナルライブ現地に参加してきました。それで東京に行っていたので、余計執筆時間がががが(言い訳)
まあライブの感想はまた活動報告に書くかもですので。ライブを見て感化されたので、更新速度も元に戻していきたい……。


では、どうぞ(ラッキースケベあり?)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青い海。白い雲。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 澄みわたるように青い空。車やバイクが通り過ぎるような雑音は一切ない。周りを見れば見るほど、それは綺麗だと言わせんばかりの美しい景色。そんな全てを輝かせるように照り付ける太陽。暑い、帰れ。

 

 

 

 

 

 

 そして、わたくし岡崎拓哉の目の前では、そんな美しい景色をバックにキャッキャウフフと水着姿で楽しそうに走り回っている少女達の姿が映し出されていた。

 

 

 

「こっちこっち~!」

「ほらほら~!!」

 

 

 

 海ではしゃぐ穂乃果達を、俺はせっせとパラソルを組み立てながらチラチラと見ていた。……いや、チラチラと言っても別に嫌らしい気持ちとか全然ないよ?ほら、手伝いとしてμ'sを見守るのも俺の役目じゃん?決してやましい気持ちとかそんなお下品な事は考えてないんだからっ!!

 

 

 

「流し見してないで早く組み立てなさいよ、拓哉」

「流し見とか意味深な事言うんじゃねえ!!こちとら見守ってんだよオラァ!!」

 そう、俺は何をすればいいと真姫に聞いたら、読書したいからパラソル組み立ててと言われて今のこの状況に至っている。こっちが聞いといて何だけど、拓哉さんは便利屋じゃねえぞ!暑い中いそいそと組み立てるとかどこの家庭のパパだよ!!

 

 

「早く」

「ハイ」

 ちょっと恨み気に真姫を見たら鋭い眼差しで射抜かれた。何この子、目力だけで人殺せるんじゃないの?そういうのは青い冷徹の女神、海未神様とライトブルーな暗殺者、生徒会長モードの絵里だけで間に合ってるんだけど。

 

 

「たくちゃ~ん!早くおいでよー!!」

「今はPV撮影中でもあるんだから俺はまだ行けねえっての!お前らはお前ららしく自由に遊んでろ!」

「ぶーぶー!たくちゃんも遊んだ方が楽しいのに~!!」

 ちくしょう、俺だってさっさとこんなクソ暑い砂浜にいないで冷たい海に浸かりたいっつの……。あれ、ここどうすんだっけ。あ、こうか。あとはこれを繋げて広げれば……と。

 

 

 

「出来たぞ、お嬢様」

「何でちょっと皮肉気に言ってくるのよ……まあいいわ」

 自分から何をすればいいかと聞いておいて何だが、真姫のやつ、お礼の1つもないとは何だ。あれか、これがお嬢様ってやつか。他人に何かしてもらうのが当たり前だと思っているブルジョワジーなのか。くそっ、俺もそんな生活が送りたいっ!!

 

「あっちぃ……」

「拓哉」

「あん?何だ……?」

 暑いんだよ、まだ何か用があるなら早く言ってくれ。あまりにも過酷な命令だったら俺はそこいらの砂浜で死んでると思ってくれ。

 

 

「パラソル……組み立ててくれて、ありがと……」

「……あ、お、おう」

 何だよおい、不意打ちのお礼なんてどこで教わったこのお嬢様。お互い顔が赤いのはこの炎天下のせいだろう。きっとそうだ、そうに違いない。そうであってくれ。

 

「つうか、何だ。お前はあいつらと一緒に遊ばねえのかよ」

「何もずっと遊んでるところを撮ってればいいわけでもないでしょ。こうやってパラソルの日陰の下で読書をするのもまた味があるってもんじゃない?」

「お前、それ考えてるようでただみんなと上手く遊べるか分からないから読書に逃げてるだけなんじゃねえの?」

「なっ……!ち、違うわよ!私はただ読書がしたいだけで―――、」

「はいはい、そういう事にしといてやるよお嬢様~」

 

 背後からムキーッ!みたいな声が聞こえるが気にしない。もう暑くて堪らないんだ。俺も少しだけ離れたとこで海に入ろう。さすがにキャッキャウフフしてるあの花園の中には入れない。ピチャピチャと海水を弾けさせながらのんびり泳いでおこう。

 

 

「あっ!たくちゃん終わったなら一緒に遊ぼうよー!!」

「バッカお前、せっかくさりげなく気を遣って離れようとしたのにタイミング良く見つけてんじゃねえよ!」

 俺の気遣いどうしてくれんの?あの女の子集団の中に平然と入れっていうの?さすがの超絶紳士の拓哉さんでも、それは中々のメンタル強度と理性が必要になりますの事よ?

 

「ごちゃごちゃ言わないっ!凛ちゃん、お願いっ!」

「ラジャーにゃー!」

 そう言うと同時に凛は海の水の抵抗を諸共せずに俺の方へに颯爽と走って来た。さすが元陸上部希望者、早いな。いや俺よ、そんな事言ってる場合じゃなくね?

 

「たくや君行っくにゃー!!」

「なっ、ちょ、おまっ、そんな押すなって危ねえだろわぶっ!?」

 ザブォーンッ!!と、見事に海へと顔面からダイブする事になりました。うっほほーい、海水が超しょっぺえぜ。

 

「あっはは!たくちゃん顔からいっちゃったよ!!」

「ぶはぁっ!お前らは容赦ってのがねえのぶぐがばっ!?」

「ごめんねたっくん、でもどうしても当てたかったの~!」

 この天使はいつから強力な水鉄砲を手に持っていたんだ。でもどうしても当てたかったんなら仕方ないな~ことりだもんな~。ああ、海水が超しょっぺえよ。あ、海水が目に入った、痛い、染みるっ!!

 

「目が、目がァァァあああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

「おおっ、たくちゃんがかの有名な大佐のセリフを言ってるよ!凄い演技力だ!」

「ほ、本当に苦しんでるように見えるんだけど……」

 花陽だけか心配してくれるのは!!アニメではよく海の中でも平気で目を開けてるのに、リアルでは地獄のように目が痛い。さすが二次元、みんな超地球人なんだな、納得。そりゃサトシくんも10歳のままだわ。それは超マサラ人。

 

「やっと痛みが引いてき……んぁ?」

 その瞬間。

 

 

 

 

 辺りが静寂に支配されていた。

 

 

 

 

 一時的に目が見えなかった俺は無闇やたらに辺りへ手を我武者羅に伸ばしていた。そのせいだろうか。

 

 

 

 

 

 ―――俺の手に水着が握られているのは。

 

 

 

 

 

 

 

「……た、拓哉、君……」

 握っていたのは白い水着。つまり、海未の水着であった。

 

 

 

 

「あっ、あ、あな、あなななっ、あな、たという、人は…………ッ!」

 見れば海未が必死に胸元を隠して、こちらを赤面しながら必死に睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 周りの穂乃果達が黙って俺に向かって黙祷しているのがチラリと見て分かる。数十秒後の俺の行く末を分かっているのだろう。かくいう俺も自分が今からどうなるのか容易く想像できる。いや、できてしまう。

 

 とりあえずあれだ。このまま殺られるのも何だし、せめて何か一言言ってから制裁を受けよう。今回の事は不可抗力だけど、こうなってはもう致し方ない。俺よりも海未の気持ちの方が分かるって子が多いだろう。何せ俺以外女の子なんだからな。

 

 

 

 

 

 

「……まあ、何だ。その、だな……。うん、あれだ、良い水着のセンスしてるぞ、海ぶげるらァァァあああああああッ!?」

「いいから早く水着から手を放してくださァァァああああああああああいッ!!」

 

 

 

 ノーモーションからの海未の踵蹴りが俺の頬へ直撃した。

 ああ、なるほど、これが意識を刈り取られる感覚か……。どんどんと意識が薄くなっていく……。今回は俺も回避するつもりはなかったけど、まさかこんな形で実感するとは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうか、これが―――予測可能回避不可能ってやつか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、頭に強く衝撃を与えれば、一部の記憶を消去できると見た覚えがあります……」

「海未ちゃんそれたくちゃん家のマンガの知識でしょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 完全に意識が途切れる前、海水の中へ沈む俺の耳にはほんの微かにこんな会話が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たくちゃ~ん、大丈夫ぅ?」

「……っ、ぁ、ここ、は……?」

 目を覚めると、知らない天井……じゃない、パラソルの内側が目の前にあった。保健室とは夢のまた夢だったか。

 

 

「見ての通りパラソルの下だよ、日陰とも言うっ!」

「そうか……、ッつ!何だ……、何か頭を殴られたかのような痛みが……」

「あっ、だ、ダメだよまだ起きちゃ!無理はしちゃダメ!」

 起きようとしたところを穂乃果に止められ、また頭を下ろす。ふにっと、まるで枕よりも断然に柔らかいであろう何かに後頭部が触れる。……ふにっ?

 

「……あー、穂乃果さん?ええとですね、只今わたくしめの後頭部に触れておられるものは一体何でございませうか?」

「ん?私の太ももだよ?」

 なーにを平然と答えてんだこの天然娘は。お前今水着でしょうが。それはつまり今俺は穂乃果の生の太ももで膝枕をしてもらっているという……なん……だと……!?

 

 

「んがァァァあああああああああああああああああああああああッ!!」

「ちょっ、たくちゃん!?急に暴れたらダメだよ!数分だけどまだ目が覚めたばっかなんだから!」

 無理矢理穂乃果に顔面ごと押さえつけられて再び穂乃果の生太ももへ。いや、これがあるから離れようとしたんだけど。やめろ、意識が変に後頭部にいっちゃうから、会話に集中できなくなったらどうするんだ。責任とってよねっ!!

 

 

「……って、そういや何で俺は寝てたんだ?」

 そうだ、考えてみると何故俺が穂乃果に膝枕されていたのか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「えっと、その~……あれだよ!たくちゃんを砂の中に埋めて砂風呂みたいにしてたらたくちゃん暑くて上せたのか、そのまま気を失っちゃったからだよ!」

「何て事してくれてんだオイ」

 普通に下手すると熱中症で死んでるぞ俺。覚えてないけどよく俺もそれを了承したな。おかげで今穂乃果の生太ももで膝枕させてもらってます。これはこれでアリと思えてきた。

 

「にしても、じゃあ何でこんな後頭部が痛いんだ?」

「あー……、それはぁ、たくちゃんをここに運んでる最中に、ふと力が抜けてたくちゃんを冷凍ボックスの角に落としちゃったからぶつけちゃって……たははっ」

「何をどうしたらそんなピンポイントで俺を痛めつけられるんだお前らは」

 どうやら俺は不幸に不幸を重ねた結果にこうなったらしい。というか全部こいつらが原因じゃねえか。俺に非はどこにもなかったんや!!

 

 

「海未ちゃんよくスイカ割りの棒で上手く記憶を飛ばせたよね……」

「あん?何か言ったか?」

「い、いや!何もないよ!?」

 俺とした事が何か大事な事を聞き逃したかもしれない。あれだ、穂乃果の太ももに意識が変にいっていたせいだ。許すまじ穂乃果の生太もも、本当にありがとうございます。

 

 

 

 

「あ、あの……拓哉君……」

「んぁ?ああ、海未か、どうした。拓哉さんは只今穂乃果に強制看病されている最中でございますの事よ」

 穂乃果と話していたら海未が来た。何故か申し訳なさそうな表情をしているが、海未も俺を運んでいたからか?……それにしても、穂乃果もそうだが、海未の水着も中々にくるものがある。

 

 海未の場合はその性格もあってか露出度の少ない水着でくると思っていたが、意外や意外。純白の白いビキニの水着だった。白というのがまた純粋というか純情というか純潔というか、清らかさを表現していて、海未だからこその何か感じるような色気がある。うん、何言ってんだ俺。

 

 

「それは見れば分かるのですが、その……大丈夫ですか……?頭とか、わ、私の、その、水着を……」

「まあ後頭部はまだ多少痛むけど、そんなに気にする事でもないぞ。それと、水着が何だって?」

 海未が水着がどうの言うもんだから一瞬ヒヤッとしたぞ。こいつらはたまに俺の思考を読んだのかと思うほどに鋭いからな。それでよく痛い目に遭ってます。大体が俺も悪いって自覚はしてるからなちゃんと!自覚してんのかよ。

 

 

「い、いえ!な、何もないです!気にしないでください!」

「あ、ああ。そうだ、俺はもう大丈夫だからお前らもみんなのとこに行っても大丈夫だぞ」

「え、でも……」

「一応これはPV撮影も兼ねてんだから、お前らも遊ばねえと意味ないだろ。ここでくたばってる手伝いの俺は放っておいて、存分に遊んで来い。何ならもう今からカメラマンやってやろうか?」

 多少ズキズキするが、思いっきり頭を振り回さない限りは大丈夫だろう。せっかくの撮影なんだから、ここで手伝いである俺が頑張らないでどうする。これじゃ本当に合宿に着いてきたただの男子と変わらない。

 

 

「で、ですが……」

「大丈夫だっての。今日1日くらいハメを外したっていいだろ。お前だってそんな可愛い水着着てんだ。たまには元気にはしゃいで遊んだらどうだ?良いPVができるかもよ」

「か、かわっ……!?うぅ……」

「たくちゃん今のセリフ、今の海未ちゃんにはある意味禁句だよ……」

「ただ褒めただけなのに!?」

 

 何だ、俺またおかしい事でも言ったか?何回間違えば俺は誰かのルートに入れんの?これじゃいつまで経ってもバッドエンドルート直行のままなんだけど。救いはないんですか!!

 

 

「だあーッ!めんどくせえ!さっさと行ってこい!!俺はもう大丈夫だから!あと穂乃果生太もも膝枕ありがとうございました!!さあ遊んでこい!!拓哉さんが完璧にお前らの素晴らしい水着姿を舐めるかのように撮ってやる!!」

「最後のは余計です!!」

「あ、そういえば水着だから直にたくちゃんを膝枕してたんだ私……」

 今頃になって恥ずかしさがやってきたのか、穂乃果は微かに頬を赤くしながら海未に連れられて行った。さてと、俺もようやく自分の仕事ができるってもんだ。んお?今はスイカ割りしてんのか。カメラマンは、と……絵里か。

 

 

「絵里、カメラマン変わるぞ」

「拓哉、もう大丈夫なの?」

「ああ、これでも拓哉さんはタフな方なのですよ」

「ええ、確かにあれを受けて数分で目が覚めるのはタフね……」

「?」

 あれを受けてって何だ?冷凍ボックスの角の事か?確かに奴のせいで後頭部は痛いけど。とてもズキズキしてるけど。

 

「あ、ほら拓哉っ、早く撮って!花陽がやるわよ!」

「おわっ、いきなり渡してくんなっての!」

 絵里に渡され慌ててカメラを花陽に向ける。すると花陽が棒を振り下ろそうとしている他に、にこがスイカの方へそっと近づいていた。これは絶対に良からぬ事を考えている顔だ。俺には分かる、あのにこの不審な顔が。

 

 そして、花陽が棒を振り下ろすその寸前に、にこがスイカを取って花陽の渾身の振りは空振りに終わった。……いや、おい、何してんだあのツインテール。花陽が外して残念がってるのに何ドヤ顔してんだ。ルール知ってる?

 

「2人共、可愛い……」

「さすがにこねえ」

「いや危ねえだろ」

 もし棒が当たったらどうすんだ。俺より酷い事になってたかもしんないんだぞ。ことりも絵里も着眼点が中々にぶっ飛んでいらっしゃる。可愛いのは周知の事実でしょ。絵里に至っては何がさすがにこなのかさっぱり分からん。

 

 

「あー!たくや君が凛達を撮ってるにゃー!セクハラだーあははは!!」

「バッカお前、わざとでもそんな事言うんじゃありません!!誤解が誤解を招いて俺がブタ箱に放り込まれたらどうするんだコノヤロー!!俺は健全でセクハラなんてした事ない平和主義者なんだぞ!!」

「「「「「「「……」」」」」」」

 え、何でそこでみんな黙んの?俺何もしてないよ?何今のさっきまでしてたじゃんみたいな表情でこっちを見てくんの?俺をハメようとしてんの?泣くよ?

 

 

 

「大丈夫、たっくんは何も悪くないよっ」

 ことりさん、何だか笑顔が黒く見えるのは気のせいですかね。あと不思議とことりさんの指がことりさんの胸の水着に引っ掛けているのは気のせいですかね。ちょっと色っぽいんでやめてくれませんかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たくちゃんのえっち!!」

「俺は悪くねェェェええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思った通り、何もなく終われるはずがなかった。

 そして、この予感はまだ続くのだと、何故かそんな事を無意識にでも思っていた俺がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?

水着はいいぞ(迫真)
特に海未の白い水着はそそられる。だからイベント発生させたんだ。記憶は綺麗に飛ばされてましたけどねw
まだラッキーイベント?やら合宿編は続きますので!!


いつもご感想高評価(☆9、☆10)本当にありがとうございます!


では、新たに高評価(☆9、☆10)をくださった、


ガンマン8号さん(☆10)、土菜さん(☆9)、覚醒不知火GXさん(☆10)


大変ありがとうございました!!


これからもご感想高評価(☆9、☆10)お待ちしております!!



妹(岡崎唯)のイラストが気になるという意見がチラホラ見えるから、そろそろイラスト描くかあ。


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56.ビーチとビンタと価値

どうも、久し振りの1週間空きの投稿です。
また2週空くと思った?こっちも早くストーリーを進めたいのですよ!


ラッキーでスケベえなイベントは今回もあるのでしょうか。


では、どうぞ。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ビーチバレーをしよう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、そんなわけで俺を抜いたメンバー(真姫とにこ抜き)でビーチバレーをやる事になった。

 のだが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「4対3か」

 俺はカメラマン、真姫は読書、にこは何か真姫と張り合ってる。何やってんだあいつ、無理に足を伸ばしたところで真姫と同じようにスラッとなるわけじゃないぞ。むしろ無理矢理やろうとしすぎて変に見える。何だあの溢れ出るオッサン臭がするガリ股。

 

 

 まあそんなわけで、ビーチバレーをやろうにも人数がどうしても合わなくなる。

 

 

「だからたくちゃんもやろうって言ってるじゃん!」

「いや俺が入ったら誰が撮影するんだよ。手伝いがPVに出るなんて初の試みすぎて斬新通り越して逆に引かれるぞ。……引かれんのかよ」

「何自分でツッコミ入れてるの……。ぶーっ、たくちゃんとも遊びたいー!!」

 そんな事を言われても困る。俺は俺でやるべき仕事があるのだ。遊びたいのは山々だが、来たからにはしっかりと仕事はするぞ俺は。……やだ、俺ってば今から社畜体質の才能がある……!?

 

「せめてPV撮影が全部終わってからだ。それからならいくらでも遊んでやる。だから今は俺はいないものと考えてお前達だけで普通に遊べ」

「撮影が全部終わったら遊んでくれるんだね!?絶対だよ!今ちゃんと聞いたからね!!」

「だー、分かった分かった。分かったから顔を近づけてくんな暑苦しい!」

 何でそんな食い気味に聞いてくるんだよ。近いから離れなさい。肌が触れ合ったらヤバイので、女の子と肌同士が触れ合ったら拓哉さんのメンタルが爆発四散して倒れますの事よ。

 

「私もたっくんと遊びた~い!」

「うぉわっ、ことり!?分かったから離れなさい!生身のまま腕を掴んでくるんじゃありません!」

「えぇ~……たっくんのいじわる……」

 ぐぉあッ……!ことりの言葉が心臓に突き刺さる!だが今は仕方ないんだ。不意打ちもそうだが、さっきからことりは無防備すぎる。そういうのバカな男子なら即1発アウトなんだからやめときなさい。どれだけの男を地獄に突き落とすなんですかこの天使。……天使なのか?

 

 

「ったく……とりあえず今はビーチバレーをする事を考え―――、」

「う~にゃーッ!!」

「おい凛お前どこに飛ばし、あっ」

「ぶぇあッ!?」

「あ」

 

 見事ににこの顔面にクリーンヒット!!あーっと、これはにこ選手大ダメージだあ!!……いやホントどこに飛ばしてんだよ凛。にこにどれだけの恨みがあるんだお前。花陽の後ろに隠れるんじゃありません。さすがの穂乃果も苦笑いしてらっしゃるでしょうが。

 

「ごめーんにこちゃーん!」

「もっと遠くでやりなさいよ!!」

 おお、凛の代わりに穂乃果が謝るなんて、これもリーダーの自覚が少しは出たって事なのか。いや違うな。謝る声に反省の色がこれっぽっちもみえない。まあ犯人は穂乃果じゃないから普通なんだけど。

 

「にこちゃんもやろうよー!!」

 ……へえ、そういう事か。偶然にもにこに当たってしまったビーチボール、それで接点を持たせて一緒にやろうと誘う。人数が不揃いな今だからこそ使える手段ってわけだ。穂乃果にしては考えたな。

 

「そんな子供みたいな遊び、やるわけないでしょ」

 子供体系が何言ってんだとか言ったら多分殺されるから言わない。でも大人ぶってるのは丸見えだ。

 

「あんな事言って、ホントは苦手なんだにゃ~」

 おい、挑発はいいけど当てた犯人が何をノコノコ言ってんだ。何気に俺の後ろに隠れてきてるし、だからあんまり近づくなと何回言えば分かるんだこいつらは。

 

「何言ってるのよ!!見てなさい、ラブにこアタックをおみまいしてやるんだから!!」

 あれま~、予想はしてたけどやっぱり挑発に乗っちゃうんですね。さすがにこ先輩っす、まじリスペクトっすうっす。ちょろいなんてもんじゃないっすね。

 

「真姫ちゃんもやらなーい!?」

「え?……私は別に」

 にこも誘ったんだからこの勢いで真姫も誘おうとしたんだろうが、やはりあの赤髪ツンデレ娘は一筋縄ではいかないらしい。1年のくせに何故あんなにも落ち着いていられるのか。

 

 夏と言ってもまだ中学卒業からたった5か月くらいしか経っていないのに。それともあれか、もう中学の時からあんな落ち着いた雰囲気でいたんだろうか。ふむ、それはそれでありか……?

 

「なるほどね」

「真姫は中々大変そうね」

 ふと、隣から年上先輩お姉さま方の声が聞こえた。にこを除く。

 

「うふふっ」

「ん?何かおかしい事言った?」

「別に?なあ、拓哉君」

「ははっ、ああ」

 

 何やら絵里が怪訝な表情で俺達2人を見てくるが、自分では分かってないんだろう。俺達は散々絵里に苦労させられたってのに。大変さでは絵里も負けてないと十分に言えるだろう。味方になったら弱くなるという王道パターンかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、只今ビーチバレーの真っ最中である。

 ルールは簡単。4対4の先に11点取った方が勝ちという、至極シンプルな勝負だ。特に罰ゲームは決めてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チームは穂乃果、凛、にこ、花陽の3バカ+ほわほわ天使チーム」

 

 

 

 

 

 

 

「「「バカは余計だよ(だにゃ)(よ)!!」」」

 あ、途中から声が出て、た……。これは俺も近々過去にリバイバルして事件を解決する運命にあるかもしれない。八代コノヤローぶっ飛ばす。……俺バカなの?あとは分かる通り、絵里、希、海未、ことりの冷徹ライトブルー巫女大天使チームだ。勝てる気がしない。というか穂乃果達に勝ち目はない。

 

 実際もう試合の途中なのだが、穂乃果チームはまだ2点しか取れていない。対して絵里チームはもう9点。あと2点でゲームセットだ。これはPV撮影も兼ねてはいるが、せっかくだからみんな存分に今日は遊んでしまえ精神でやっている。

 

「おいー、もっと気合い入れて頑張れよ3バカトリオー。あ、花陽は適度に距離取っとけよ。ボールが当たったら危ないからな」

「え?あ、はい……」

「何で花陽だけはいいのよ!というか私さっき顔面に当たったんですけど!?」

「あれは不可抗力だから仕方ない。今のは未然に防ぐための策だ。花陽限定のな」

 お前らが頑張らないとこのビーチバレーのとこの映像負けっぱなしで面白味ないから使うとこなくなるぞ。もっと気合い入れろ。もっと熱くなれよ!どうしてそこで諦めるんだ!!

 

 

「では行きますよー!」

 絵里チームのサーブは海未だ。穂乃果達はまず海未のあの強烈サーブを上手く対処する事から始めなければならない。9点のうち7点は海未のサーブだ。いや強すぎかよ。どんだけ力あるんだあいつ。ハイキューでももうちょっとマシだぞ。

 

「はあッ!!」

 海未の力強い掛け声とともに、ビーチボールはバシンッ!!という強烈な音と一緒に相手の、穂乃果達の陣地に切り込むように入っていく。ボールが捉えたのは、運よくそこにいたにこだった。

 

「よおし上手くこっちに来たわね!これもラブにこの不思議なパワーのおかわぎゃっ!?」

 にこが何か言っている間にもボールは凄まじい勢いでにこの腕へと突き刺さるようにぶつかる。ちゃんと構えていなかったせいか、にこの腕に当たったボールは上ではなく、勢いよくカメラをまわしている俺の元へ目掛けて飛んできた。

 

 

 

 

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………俺の元に?

 

 

 

 

「ぶべぐぶぁッ!?」

 カメラの方の視点で見ていたせいで反応が遅れた。その結果、ボールは綺麗に俺の顔面にシュゥゥゥうううううううううううううううううううッ!!超!エキサイティンッ!!

 

「たくちゃん!?」

「たくや君!?」

「あらま……ふ、ふんっ、私と同じ気持ちを味わうがいいわ!!」

 にこさんや。これさっきあなた様が喰らったのと段違いの威力だから。8倍くらい火力加算されてるやつだから。あれ、俺の両目はどこに行った?さっきから両目ばかりにダメージ喰らうのは気のせいか?

 

 あれ、何でさっきも両目ダメージ喰らったと思ってんだ?確かさっきまで俺は気を失ってたはず……。まあいい、それより視界がぼやけます。上手く前が見えない。やべえ、カメラ落としちまった!!探さねえと!!

 

 

「だ、大丈夫拓哉!?結構強い勢いで顔に当たったようだけど……」

「ぁ、絵里さんですかい?視力回復するのにあと数秒かかるから待ってね。それより今手元にカメラないんだけど、どこに落ちてるか分からないか」

「あ、ああ、大丈夫そうならいいんだけど、カメラね、ちょっと待っ―――、」

「ん?」

 

 

 

 

 

 

 もにゅっ、と。

 

 

 

 

 

 

 そんな擬音が似合うかのような、何だか物凄く柔らかいモノが俺の手元にあるような感触がした。あれ、カメラってこんなに柔らかかったっけ?もう一度指に力を込めても、またもにゅっとした感触がした。

 

 

 

 ん?あれ?というか、何で俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 目を開ける。

 視力は既に回復していた。

 

 

 

 

 

 目の前に映ったのは、おっかなびっくりな表情をしながら徐々に顔を真っ赤にしていく絵里と。

 

 

 

 

 

 絵里のたわわなお胸様の片方をガッシリと掴んでいる俺の右手があった。何故だろう、デジャブを感じる。

 

 

 

 

 

「た、拓哉君……あ、あなたって人は一度ならず二度までも……」

「まさかエリチにそれ(ラッキースケベ)を発動させるとは……さすが拓哉君やね」

 

 

 

 周りからの視線が突き刺さるように痛い。海未から殺意の波動を感じる。あなた様は被害者じゃないよね?何でそう被害者みたいな面して睨んでくるのでせうか。というかヤバイ、何か弁明しないと死ぬ。俺が!!

 

 

 

「い、いや、絵里さん?これはですね?その~、ほら、よくあるじゃない?顔面に何か当たったら視力が回復するまでに少し時間がかかるというか、視界が真っ白から少しずつ鮮明に戻っていくというか、そんな感じになりまして、よく分からず手を出したらその……当たったと言いますか、掴んだと言いますか、揉んだと言いますか……」

 あれ?どんどん墓穴掘っていってるような気がするのはどうしてだろう。心なしか一部からの目線もより鋭くというか、あとの他の奴らは呆れてるような目線もする。どのみち助かる道はないらしい。うん、これが現実だ。

 

 

「そんな事よりも……」

「うぇ?」

 ここにきて、ようやく絵里が声を発した。顔を赤くしながらもその表情は照れと怒りであるのが容易に分かる。絵里なら必死に弁明すれば許してもらえると思ったんだが、それは俺の思い込みに過ぎなかったって事か!?

 

 

 

 

 

 

 

「まず最初に掴んでる手を放しなさァァァあああああああああああああいッ!!」

「ぶぎゃべぁッ!?」

 突如。

 バチコーンッ!!!という強烈な音とともに、絵里の振りかぶった掌から吹っ飛んだ。俺が。

 

 

 薄れゆく意識の中、何故か前に同じような事があったんじゃないかと不思議な事を思いながら、俺はまたこうも思った。

 

 

 

 

 

 

 

 無意識にずっと掴んでたけど、絵里の胸、もの凄く柔らかくて気持ちよかったな……あ、だからビンタされたんだ俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マシュマロッ!!!!!!!」

「わひゃっ!?び、びっくりした~。何だ、拓哉起きたの」

「お、あ……にこか」

 

 

 

 目を覚ますと、そこは別荘の中にある寝室だった。にこが私服になっているという事は、もうみんな遊びは終わってここに帰って来たのだろう。俺も着替えないとな。

 

 

「あ、そういや絵里はどうなった?」

「絵里なら今他のみんなとリビングにいるわよ。まあアンタと会うと多分平常じゃなくなると思うけど」

「やっぱそうだよなあ……」

 不可抗力とはいえ、絵里には大変申し訳ない事をした。俺は役得だったけど。くたばれ俺。

 

「ん?そういや何でにこがここにいんだよ?」

「え?あ~、あれよ……。アンタがこうなったのも、そもそもは私が調子のって海未のサーブを上手く捌けなかったせいだし……い、一応私は私で責任感じてるからよ!!」

「さいですか」

 何だかんだにこも俺の事を心配してくれてたらしい。人の事指差して言ってくるあたり、こいつも真姫に負けないくらいのツンデレである事は確かだ。

 

「とりあえず看病ありがとな、にこ。もう大丈夫だ。あとは着替えるから部屋から出てもらえると助かる」

「はいはい、分かったわよ~」

 時間帯を考えると、そろそろ夕飯の準備でもする頃か。なら俺の出番だな。前の学校の時は親父と2人暮らしだったために家事のほとんどは俺がやっていた。だから料理はひと通りできるのだ。

 

 

「ねえ」

 着替えるためにバッグを漁っていると、まだ部屋から出てなかったにこが入り口付近から振り返ってこちらを見ていた。

 

「何だ?」

「そ、その……、アンタは、やっぱり胸って大きい方が好き、なの……?」

「はあ?いきなり何聞いてきてんだお前は。また俺を謎の修羅場に突き落とすための算段でも組もうってのか?」

「ち、違うわよ!!ただ純粋にき、気になったから聞いてみただけよ!!音ノ木坂は元々女子高だったし、そういう事知る機会とか一切なかったし……」

 いや男子いたら聞いてたのかよ。それはそれでどうなんだ。相手をあたふたさせるだけなんじゃないか。意外と大胆な事聞くんだなこのツインテール娘。

 

「で、た、拓哉は結局どうなのよ!質問から逃げようったってそうはいかないんだから!」

「別に逃げようとまでは考えちゃいねえよ……」

 逃げようとしたらあれだぞ。入り口ににこがいるから窓から逃げないといけないんだぞ。ハリウッド映画さながら窓をパリーンッ!と割って地面に着地できずに病院送りになるんだぞ。失敗してんじゃねえか。

 

 

 でも答えないとホントに逃がしてはくれなさそうだ。なら答えるしかないだろう。

 

 

 

 

 

 

「……まあ、何?あくまで俺の個人的な意見だけど、相手の胸が大きい小さいとかは正直どうでもいいんだ。そんなので相手の価値は図るもんじゃない。もっと全体的に、且つ内面的にも、そして、好きになったら結局大小関係なく大好きになるもんだよ。俺の場合はな」

 

 

 

 

 数秒経つ。

 そして思う。言って何だが、中々恥ずかしい事を言っているんじゃないか俺?やだ、正直に言ったつもりがその分恥ずかしさ倍増じゃねえか。穴があったら入りたい。そしてそこで一生過ごす。引きこもってたい。つか何か言えよにこにーこら。

 

 

「……へ、へえ~……、ま、まあ、拓哉にしては良い事言ったんじゃない……?うん、うんうん、そうよね。女の価値は何も胸だけじゃないものね……」

「あの、満足したなら出てってくんない?拓哉さんもそろそろ着替えたいのでせうが……」

「ふぇっ?あ、ああ、そうね、邪魔したわ。下で待ってるから拓哉も早く来なさいよ」

 分かってるっての、と言った頃にはドアは閉められていた。勝手に変な質問してくるなりさっさといなくなったりと忙しい奴だな。まあこれでようやく俺も着替えられるってもんだ。

 

 

 1日目はみんな遊びを楽しんだようで何よりだ。俺のやる事といえば、まずは絵里にちゃんと謝って許してもらう事。そして夕飯も作らないとな。手伝いとして忙しいのはむしろこれからだ。ようやく俺も合宿に来て本領を発揮できる。……はず。

 

 

 

 

 

 

 

 というより。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………今日の俺ほとんど気絶しかしてなくね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?


ラッキースケベの相手、海未の次は絵里でした。
こういうちょっと大人な彼女達にラッキーイベントを起こさせると新鮮で面白いですよね(笑)

そしてにこの看病?イベントもほんの少しだけ、本当にほんの少しだけありましたが、ここでは岡崎の恋愛面での認識を本編で初めて出しました。
本当にね、女の子の価値は胸だけじゃないんですよ?好きになったらもう何でも好きになっちゃうんです!
つまり、にこだけではなく、他のμ's全員にもチャンスがあるという事が分かりましたね~。


では、いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます!!


新たに高評価(☆9、☆10)をくださった、


南ツバサさん(☆10)


大変ありがとうございました!!


これからもご感想高評価(☆9、☆10)お待ちしております!!



さすがに2週間3週間と空きが続くとご感想が減っていく……どうにかしないと。




そして、ここからは企画の告知になります。


実はわたくし、ラブライブ!の小説を書いていて、現在はラブライブ!サンシャイン!の小説を書いているで有名の、鍵のすけさんが主催するラブライブ!サンシャイン!小説の企画に参加する事になりました!

自分の他にも多数のラ!作家の方々もサンシャイン短編小説を書く予定ですので、色々なパターンのサンシャイン小説を楽しめると思います。
自分も非常に楽しみにしてますので(笑)

まだサンシャインの事、キャラの事を掴みきれてない部分は多々ございますが、自分なりのサンシャイン短編小説を書こうと思っているので、その部分も含めてよろしくお願いいたします!!




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57.何事も隠し味は基本


どうも、何とか更新速度を戻そうと奮起しておりますよ!



では、どうぞ。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 着替えてから1階へ向かうと声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「買い出し?」

「何か、スーパーが結構遠いらしくて」

「じゃあ行く行く!」

 

 

 

 

 

 話を聞く限り、食材を買いに行かないと晩御飯を作る事はできないらしい。そりゃそうか。すると、真姫が会話に入ってきた。

 

 

 

「別に私1人で行ってくるからいいわよ」

「え?真姫ちゃんが?」

「私以外、お店の居場所分からないでしょ?」

 確かに買いに行くとしても肝心のスーパーの居場所が分からなければ意味がない。こういう時スマホのナビは意外と役に立たないのだ。何たって俺のスマホはナビ設定してもたまに全然場所が違うとこに連れて行こうとしやがる。ナビって何だっけ。

 

 

「じゃあウチもお供するっ」

「え?」

 真姫の意見に希がもう決めつけたような事を言い放つ。

 

「おっと、じゃあ俺も一緒に行くよ」

「た、拓哉も?」

 急に真姫の隣にやってきた俺にびっくりしながら聞いてくる。そりゃお前、俺の仕事と言ったらこういう事でしょうが。おっ、いたいた絵里、早めに謝っとかねえとな。……あ、目を逸らされた。もう少し時間置いとくか。……泣ける。

 

「たまにはいいやろ?こういう組み合わせもっ」

「それに、この人数だし買うのも自然と多くなるだろ。だったら荷物持ちとして男手は必須になんだろ?というかここで俺が動かないと手伝いとしてのプライドが廃る」

「手伝いのプライドとかあったんだたくちゃん!」

「ああん!?拓哉さんはむしろプライドの塊まであるんだぞゴルァッ!!」

 穂乃果め何て事を言いやがる。俺の好感度をここで一気に下げるつもりか。そんな事されたらことりや花陽達に変に思われるでしょうがやめてくださいお願いします。

 

 

「なら最初あんなに合宿行くのをめんどくさがってたのは何なんですか」

「げふん」

 それを言うのはおよしなさいよ海未さん。俺が何言っても反論できないじゃないですかそれ。一方的に責められてあとで泣いちゃうパターンのやつじゃないですかそれ。泣いちゃうのかよ。

 

 

「まあまあ、海未ちゃんもその辺にしといてあげて。ほな、お買い物行こっか」

 

 

 

 

 

 

 

 希はもう俺のお母さんになってほしい。一生守ってほしい。養ってほしい。クズだな俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで夕日と海をバックに俺と真姫と希でスーパーへ行っている最中である。

 

 

 

 

 

「おお~、綺麗な夕日やね~!」

「だな。海を背景に見るとより幻想的に見えるな」

「もお~拓哉君、こういう時は『夕日よりも君の方が綺麗だよ』って言うのが正解なんとちがう~?」

「俺がそんなクサい台詞言うと思うか?」

「うん、拓哉君時々引くくらいクサい事言うよ?」

 

 えっ、うそん、マジでか。俺そんなに言ってた?やべえ、だからたまに周りの視線が痛いな~とか感じてたのか。何それ超泣ける。主にマイナス的思考で。

 

「まっ、そのおかげで今までやってこられたってのもあるんやけどねえ」

「やめて、今は褒めるのやめて。からかわれてるようにしか聞こえないからっ」

「実際からかってるよ?」

「ちくしょう悪意なき優しさと思ったら思いっきり悪意あったぜひゃっほう!!」

 この紫巫女娘め。何かと俺にちょっかいかけてきやがる。いや他のみんなにもめちゃくちゃかけてるけど。巫女さんがそんな事していいのかよ!田舎の山で熊と住んでる巫女の方がいい!!くまみこいいよね!!

 

 

「どういうつもり?」

 俺と希の何気ないやり取りを見ていた真姫がようやく口を開いた。

 

「別に?真姫ちゃんは面倒なタイプだなーって」

 真姫の探るような質問に、希は嘘を付かずに直球でそれを言った。でもそこに悪意はまったく籠っていなかった。

 

「ホントはみんなと仲良くしたいのに、中々素直になれない」

「……私は普通にしているだけで」

「そうそう、そうやって素直になれないのよね」

 気付けば、希はいつもの似非関西弁じゃなくなっていた。という事はつまり、これはおふざけな話ではない。希の話す雰囲気からそれは察せるし、真姫もそれに何となく気付いてはいるようだった。

 

 

「ていうか、どうして私に絡むの!?」

 ここで真姫が一気に確信を突く。いつまでも重要な事を言わない希に痺れを切らしたのかもしれない。その問いに希は「ん~」と少し考える仕草をしてから、こう返した。

 

 

 

「ほっとけないのよ。知ってるから、あなたに似たタイプ」

「……何それ」

 真姫はあまりピンと来ていないようだったが、俺には十分にその意味が分かった。

 

 

 

 いたのだ。そういう人が。今の真姫のように、本当はやりたかったはずなのに、中々素直になれず、そうやって色々ぶつかってきた人が。その人はいつも俺達に突っかかってきて、何度も何度も対立してきた。

 

 本心を隠し、ただ義務感にだけ囚われてやりたい事に嘘ついてきた。そんな親友が、希の側にいた。だから希はその人を助けたくて、ほっとけなくて、自分にやれる事をしていた。だけど、それは最後まで叶う事はなかった。

 

 結局希はその人を最後の最後で助ける事はできなかった。そのせいで泣いていたんだ。自分の大切な親友を、自分自身が助けてあげたかったのに、それが出来ず、その人をよく知りもしない俺なんかに泣きながら助けを求めた。

 

 最後の最後でその人、絵里を助けたのは俺だったかもしれない。でもそれまでの過程は全部希がやってきた事だから、それだけは忘れてはならない。俺が絵里を助けてやれたのも、希の今までの行動のおかげなんだ。

 

 俺だけじゃ何も救えなかった。むしろマイナスの結果になっていた可能性の方が高かった。俺は良いとこ取りをしたまでに過ぎない。それでも、希は俺に感謝してきた。今まで自分が積み上げてきたものを、その最後で良いとこ取りをした俺なんかに。

 

 

 

 

 

 だから。

 今度こそ助ける。同じような過ちはもういらない。もう俺なんかの助けはいらない。そう言うように、希の眼差しを強くなっていた。

 

 まるでアイコンタクトで「もう大丈夫だから」とでも言っているかのように、その目は一瞬だけ俺を射抜いた。……真姫は任せろってか。分かったよ、真姫の事は希に任せる。9人揃った今のμ'sならあまり心配もいらなさそうだしな。

 

 

 

「ま、たまには無茶してみるのも良いと思うよ!合宿やし!」

 それだけ言うと希は1人前を歩いて行った。道知ってるのは真姫のはずじゃ……。あれか、それもスピリチュアルってやつか。そろそろ俺も伝授してほしいんですが!

 

「何なのよ、もう……」

 希の言葉にイマイチ真意が掴めないと言わんばかりの声音で真姫がぼそりと呟く。分かってはいるけど、それを認めるのが何だか自分らしくないと真姫は思っているんだろう。だからいつも自分の素直な気持ちをは裏の事を言ってしまう。

 

 

 

「とりあえず言えるのは、希も他のみんなも、真姫の事を思ったりちゃんと見てくれてたりしてるって事だよ」

「拓哉……」

 だったらそれを少しだけでもほぐしてやればいい。希に任せると決めたけど、何もサポートしないわけではない。希も影でずっとサポートしてきたんだし、このくらいはいいだろう。

 

「別にこのあとすぐに変われとか言ってるわけじゃない。お前はお前のペースで変わればいい。先輩後輩という垣根を壊すのがこの合宿の目的でもあるんだ。だったら、これも合宿で達成させる必要があるって事だ」

 絵里が最初に言っていた事。先輩後輩の垣根を壊す。それは誰にも気を遣わず、自分の素直な気持ちを吐き出させるにもっとも効果的だからだ。後輩が先輩に気を遣って意見を出せなかったら意味がない。そういう意味も含まれている。

 

 これはあくまでスクールアイドルとしての意見を出すという事において例えているが、今の俺の個人的な気持ちは真姫がみんなにもっと友好的な意味での素直になってほしい気持ちもある。変なストレスを溜めるのも良くないしな。

 

 

「だからさ、もっとみんなを信頼して、笑顔を見せてもいいんじゃねえか?」

 言いたかったのはこの最後だ。真姫はあまり笑顔を見せない。歌って踊る時はもちろん笑顔だが、それ以外ではいつもムスッとというか、何だか興味がないようにも呆れているようにも見えるからな。……まあいつも穂乃果達のバカなやり取りを見てればそうなるのも分かるけど。

 

 

 言ってしまえば、いつも真姫だけはあまり会話に混ざらない。話を振っても気だるげに答えてたまにツッコミを入れる。そこに呆れはあるものの、笑顔を見せた事があまりないのだ。つまり、笑わないに関しては、過去の絵里を見てるように思えてしまう。

 

 

 だから希は真姫を放っておけない。過去の絵里に似ているから、どうしても気にかけてしまう。希の事だから故意に気にかけているんだろうけど、相変わらずのお人好しなんだよな、あいつは。だから俺もそれをサポートしたくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、俺のそんな意見に真姫は、

 

 

 

 

 

 

「……信頼はしてるわよ。それに楽しくないわけじゃない。嫌々やってるわけでもないわ。楽しくなかったら、別荘に連れて来る事なんかしないもの。……ただ、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 いつものように笑顔はなく、少し眉を顰めながら言いながら希の隣へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっぱあの時の絵里と似てる。どっちも素直な気持ちを出すのが不器用なだけなんだよな。だからツンデレとか言われるんだよ俺に。

 でも、さっきの真姫の発言から考えると、それも時間の問題のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 んじゃま、ようやくスーパーも見えてきたし、晩飯の事に集中でもしますかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ようやく俺が本領発揮できる時がきたな……」

 

 

 

 

 買い物から戻り現在地点はキッチン。

 俺の目の前にあるのは買ってきた大量の材料。そこら辺の家庭の人数とは違う。俺合わせて10人もいるんだから、必然と材料も多くなる。

 

 

「たくちゃんの目が燃えてるよことりちゃん……!」

「いつになく燃えてるねえ、たっくん」

「さっきとは違う意味でめんどくさいわね」

 後ろの小娘共が何か言っているが気にしない。ようやく俺が手伝いとしてまともな仕事をする時がきたのだ。燃えないはずがないだろう。仕事はしたくないけど!!自分からやると決めた事はちゃんとやるぞ俺は!!

 

 

「たっくん、やっぱり私も手伝―――、」

「とても楽しい新婚ごっこができそうだがそれはダメだことり!!これは俺に課せられた任務。家事をやり慣れてる俺がフルで力を発揮できるのを、無闇に荒らされたくないんだ」

「わ、分かったよ……」

 すまないことり。本当なら一緒に作ってみたいが、今の俺にはそれさえも凌駕する気持ちが溢れているんだ。最近は唯に晩ご飯を作ってもらっていたから、少し久々に料理をするが、そこは数年家事をやってきた俺に不安はない。

 

 だからこそ燃える。久しぶりに本格的な料理を作るんだ。それも家族にじゃない。友人である穂乃果達に振る舞うってのがポイントだ。ここでいっちょ俺がどれだけ手伝いとして役に立つか見極めてもらおうではないか。

 

 

 

 

 

 今日の献立は合宿の定番、カレーだ。

 カレーはごく一般の家庭なら何回も味わった事のある馴染み深いメニューである。しかし、定番だからこそいつも可もなく不可もない、無個性の味になる。普通に美味しい。普通に食べられる。まさに普通カレー。

 

 

 そんなのせっかくの合宿で振る舞ってどうする?

 友人達との楽しい特別な合宿。それに普通のカレーなんて食べさせてみろ。特別な合宿が一気に我が家の気分に引き戻されるに違いない。そんなのはダメだ。手伝いとしての俺のプライドに反する。これでも将来第二候補に主夫志望を決めているんだ。

 

 半端なものは出せない。

 

 

 

 

 つまり、ただのカレーで済ませるつもりは毛頭ない。

 俺なりのアレンジを加えてより美味しくさせる。それでみんなを喜ばせる事ができれば、手伝いとしての俺の役目も1つ達成できるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いざ、参らんッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「できたぞ~」

「「「「「「「「おおー!」」」」」」」」

 

 

 

 

 テーブルに粗方お皿を並べ終える。

 今日はカレーとサラダだ。俺がカレーに夢中になっている隙ににこが勝手にサラダを作っていたのは驚いた。俺のキッチンに気配を隠して作るとは、中々だな。サラダは簡単だから、俺がにこに気付いた時にはもう完成されていた。だから何も言う事ができなかったのだ。

 

 

 

「ほれ、花陽は確かご飯だけ別々だったよな?」

「え、何で花陽だけお茶碗にご飯なの?」

「気にしないでくださいっ」

 そういや絵里は知らなかったのか。花陽は大のご飯好きなのだ。ラーメンのお供にチャーハンではなく白ご飯。お好み焼きのお供にも白飯。何ならご飯のお供に白米まである。大阪人超えてんぞオイ。

 

 

「たくちゃんもそうだけど、にこちゃん料理上手だよね~!サラダ作る時の手際が凄かったもん!何かこう、パッパッてすぐ作っちゃってたし!」

「ふっふーん!」

 確かに、にこの手際は半端なかった。俺でももう少し時間はかかるのに、それをあんなすぐに作ってしまうとは。こやつ、さては家で家事をしているな!

 

「あれ?でも昼に料理なんてした事ないって言ってなかった?」

「言ってたわよ、いつも料理人が作ってくれるって」

 確かその場に俺もいたな。初めて会った時は安売りスーパーで会ったのにって言おうとしたら蹴り喰らったからその辺あやふやになっていた。……今日だけで俺散々殴られてない?

 

 すると、にこが急にスプーンを持ち出した。

 

 

「やあん、にこ、こんなに重い物持てな~い!」

「い、いくら何でもそれは無理がありすぎる気が……」

 スプーン持てないとか逆に凄いわ。子供でも持てるんだぞ。どんなアイドル像持ってんだこいつ。トイレに行かない汚い言葉を使わないスプーンが持てない。最後だけシュールすぎてドン引きするレベル。

 

「これからのアイドルは料理の1つや2つ作れないと生き残れないのよ!!」

「開き直った!!」

 いやまあ、アイドルじゃなくても料理は作れた方が良いに決まってるしな。アニメじゃよく料理してたはずなのに、気付いたら暗黒物質(ダークマター)を創造しちゃうキャラもいたし。それは二次元だけ。

 

 

「まあまあ、とりあえず食べようぜ。せっかくのカレーが冷めちまったら美味くなくなるからな」

「それもそうだね。じゃあ、いただきまーす!!」

 穂乃果の合図を皮切りに全員も食べだす。ふふん、俺の特別カレーをとくと味わうが良い。

 

 

「……美味しい……ッ!」

 最初に口を開いたのは絵里だった。そして次々とみんなが口を開く。

 

 

「本当だ!たくちゃんこのカレー凄く美味しいよ!!」

「これは……驚きました……」

「さすがたっくんだねっ!」

「お肉が柔らかいにゃー!」

「白米にとても合いますっ」

「拓哉君凄いな~」

「コクが凄い……どうやったのかしら……」

 

 それぞれが思った事を口に出していた。ふむ、俺の作戦は大成功ってわけだ。でも花陽の言ってる事はカレーだから当たり前なんだけどね!!

 

「ねえ拓哉、このカレーに何か入れたの?」

「ん?ああ、ちょっとした隠し味を何個かな」

「何々!何入れたの!?」

「バッカお前、それ言ったら隠し味の意味ないでしょうが!!」

 穂乃果は料理できるか知らないけど、料理の素人に安易に隠し味を教えるとその気になって調子に乗る可能性がある。親がカレー作ってるとこに内緒で隠し味を投入して大惨事になる事とかな。

 

 

 ちなみに俺が入れた隠し味は醤油少々チョコレート一切れハチミツ少々だ。どれもコクを出してくれるし、ハチミツには肉を柔らかくしてくれる力がある。ちょこでまろやかにもなるからどれもプラスに働いてくれるって事だ。もちろん、量には気を付けないといけないぞッ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさま~!は~、食べた食べた~!」

「いきなり横になると牛になりますよ」

「も~、お母さんみたいな事言わないでよぉ」

 よほど気に入ってもらえたのか、みんがペロリと食べ終えてしまった。穂乃果はすぐ寝転ぶし……あれ、俺もよく唯にそうやって注意されてるな。うわっ、これじゃ俺って穂乃果と同レベルじゃねえか……!そんなのは嫌だ!!

 

 

「よーし、じゃあ花火をするにゃー!」

 2人目のバカ、凛がおもむろに立って何を言いだすかと思えばこれである。

 

「その前にご飯の後片付けしなきゃダメだよ」

「あ、それなら私やっとくから行ってきていいよ!」

「え、でも……」

「そうよ、そういう不公平は良くないわ。みんなも自分の食器は自分で片付けて」

 花陽も絵里もやはりそういう事は気にしてしまう傾向があるらしい。誰か1人に押し付けるのは良くないのだと。だったら適任がいるだろうに。

 

 

「だーから、料理は俺がしたんだから必然的に片付けも俺がやるのが常識ってやつでしょ」

「さすがにそれはダメだよたっくん!」

「気持ちは嬉しいけど、俺の出来る事はこういう事だけだ。練習じゃ俺は何も役に立てないんだから、せめてこういう時くらいは全部俺に任せてくれないか?なあ、みんなも」

 誰も言い返してこないとこを見ると、一応それで納得はしてくれたようだ。そうだよ、こういう時じゃないと俺は活躍できないんだし、せっかくの合宿なんだから、こいつらには良い思い出を残しておいて欲しい。保護者かな?

 

 

「拓哉君のお言葉に甘えさせてもらうとして、まず花火より練習ですっ」

 このムードにとんでもない爆弾を落としたぞこの熱血娘。夜に練習とか正気かよ。それはそれで乙なものかもしれないが、まず1人どうしてもこの場から動かなそうな奴がいるぞ。

 

「うぇっ、これから……?」

「当たり前です。昼間あんなに遊んでしまったんですから」

「でも、そんな空気じゃないっていうか……特に穂乃果ちゃんはもう……」

「雪穂~お茶まだ~」

「家ですか!」

 

 こいつ、ここが別荘だって事忘れてないか?こんなとこに雪穂いたらまずお前が真っ先に注意されるぞ。それにしても、さすがにもう今から練習する気になれないのは海未以外全員そうらしい。遊んだにしても、それだって体力使うんだから条件は一緒のようなもんだ。

 

 

「じゃあ、私はこれ片付……拓哉に任せたから、もう寝るわね」

「え~真姫ちゃんも一緒にやろうよー花火!」

「いえ、練習です!」

「本気……?」

 どんだけ練習したいんだよこいつ。体力あり余ってんのか。あんだけバレーで弾けておいてか。

 

「そうにゃ、今日はみんなで花火やろ?」

「そういうわけにはいきません!」

「かよちんはどう思う!?」

「わ、私は、お風呂に……」

「第三の意見を出してどうするのよ……」

「雪穂ーお茶ー!」

 

 おい、いつまで経っても収集つかねえぞこのままじゃ。主に絶対練習するウーマンをどうにかしないと無理矢理練習やらされて士気が下がるだけになる可能性も否めない。

 そこで救済をしてくれたのが希だった。

 

 

 

「じゃあもう今日はみんな寝よっか。いっぱい遊んだし、みんな疲れてるでしょ?練習は明日の早朝、それで花火は明日の夜する事にして」

「そっかぁ!それでもいいにゃ」

「確かに、練習もそちらの方が効率が良いかもしれませんね」

 おお、さすがスピリチュアルパワー全開娘は違うな!希の言う事なら不思議と納得してしまう。海未を見てたらそう思えてくる。希はあれだな、裏のまとめ役的なやつ。裏番長かよ。

 

 

 

「じゃあ決定やね。それでええ?拓哉君」

「ん?ああ、俺は構わねえよ。だったらお前ら先にみんなで風呂でも入ってこいよ。その間に俺は洗い物でもしとくから」

「やったー!みんなでお風呂だー!!」

「復活早いなあほのか」

「あほじゃないもん!!」

 

 

 

 

 

 とりあえず俺の言う事にみんな頷いてそれぞれが移動を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな時。

 

 

 

 

 

「あ、たくちゃん!洗い物するとか言っておいて覗いちゃダメだからね!!」

「誰も覗かねえよッ!!!!」

 ったく、最後に何て爆弾落としていきやがる。そんな事言われちゃ嫌でも考えちまうじゃねえか。……覗かないよ?ホントダヨ?

 

 

 

 

 

 

 

 あれだけ騒がしかった食卓も、みんないなくなれば静かなもんだな。っと、さて、じゃあ俺もあいつらが風呂を堪能してるあいだにパッパと大量の洗い物を済ますとしますかねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風呂ねえ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


絵里への謝罪は次回だから……別に忘れてるとかじゃないから……(震え声)
書いてたら無性にカレーが食べたくなってきました。隠し味に特にこだわりはないです←


いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆9、☆10)を入れてくださった、


Taiga1109さん(☆9)


本当にありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆9、☆10)お待ちしております!!







そろそろラ!の新作も書いていきたいこの頃……。


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58.夜風と共に

どうも、更新速度は戻ってきたと思ったら戻ってこないたーぼです。

いやあ、GWは東京行ったりと忙しくて執筆する時間がなかったのですよ……(言い訳


まあまあ、そんな事は置いといて、後書きの方で告知と重大なお知らせがありますので、そちらもご覧いただけたら嬉しいです。



では、どうぞ。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よお、俺の名前は岡崎拓哉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 μ'sの手伝いとして今合宿に来ているあいつらの世話的な事をしているんだ。たとえば荷物持ち。たとえば雑用。たとえば料理。俺にできる限りの事はやるつもりだが、まあとりあえず今のところはこんなものだ。

 

 

 

 ところで、何故俺がわざわざこんなあらすじというか前置きみたいな事言っているかというとだな。……実は不肖岡崎拓哉。ただいま大浴場の前にいます。

 

 

 

 …………い、いや、決して覗こうとかそういう事をしようって来たわけじゃないよ?ほら、洗い物も終わったし、リビングにいるのも暇だったから自分の部屋に行ってあらかじめ風呂の用意でもしておこうかな~って思っただけでね?

 

 なら何でこんなとこで止まってんだって話なのは分かる。俺も何故か本能的に止まってしまったんだ。この暖簾(のれん)さえ超えれば、そこにはあいつらの下着があって、浴場にはあいつらが今絶賛入浴中なわけで。

 

 まあ、本当に覗いたとしてそこで俺の死は確定してるんだけどね。海未がいる時点でお察しだよ。合宿でバラバラ変死体事件が起きちまうぞ。俺だってまだ命が惜しい。こんなところでマヌケな理由で死ぬわけにはいかない。

 

 なのに足がまるで地面へ釘に打たれたかのように動かない。……つまりはあれだ。俺は今、男としての本能(しめい)と岡崎拓哉個人としての正義が俺の中で死闘を繰り広げている。

 

 

 天使と悪魔が脳内で言い争っていると思ってくれればいい。いつの間にかそいつらは言い争いをやめて本気の殴り合いをしてて手に負えなくなっている。結局は俺自身の決断が必要なわけだ。今そんなくだらない事で悩んでる暇があったら覗くなよと思った奴、廊下に立ってなさい。

 

 これは常識と非常識の問題じゃない。男としての問題なんだ。女の子が入っている風呂、または温泉を覗く。それは男の一生のロマンだと思うんだ。男なら一度はマンガやアニメで女子風呂を覗くキャラクターを応援したと思う。……俺だけか。

 

 まああれだ。男なら潔く死を覚悟してまで女子風呂を覗く使命があるとも思っている。

 

 

 

 

 つまりだ。

 俺は1人で9人からの死の一撃をもらう事は既に確定している。だったらもう死んでも構わない。それと引き換えにあいつらのお体様をご尊顔できるのなら、この岡崎拓哉、死をも厭わない!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さあ、行くぞッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ~、良いお湯だった~!あ、たくちゃん、何してるのー?」

「……見りゃ分かるだろ。寝転んでスマホ弄ってんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソファでのんびりしてると風呂から上がってきたのか、全員がリビングへ戻ってきた。

 結局俺はあの後、覗くのをやめて自分の部屋から着替えだけ持ってきてずっとリビングで待機していたのだ。……バカ野郎、人間に早々死ぬ覚悟なんてできるわけねえだろ。見ただけで死にに行くような真似はしない。どうせなら触るまでが遂行する価値のある任務である。……普通に最低だな俺。

 

 

「私達はもう終わったし、拓哉もお風呂入ってきたら?色々疲れたでしょ?」

「ん、ああ、そうするよ……えっ」

 つい言われた通りに体を起こすと同時に声を発した人物へと目を向ける。絵里が普通に話しかけてきた……だと……!?今まで何気なく俺を避けていたあの絵里が……と思った矢先に絵里も思い出したのかまた目を逸らされた。風呂で忘れてただけかよ……!!

 

 

「……じゃあ、俺も入ってくるわ」

「うんっ、たっくんもゆっくり疲れを癒してね!」

 ことりにおう、とだけ軽く手を上げながら風呂場へとゆっくり向かう。どうせならことりに疲れを癒してもらいたいであります!!もちろん健全な意味で!!マッサージとか風呂で背中流してもらうとかさ!!……普通に不健全じゃねえか。

 

 

 

 脱衣所でパッパと服を脱ぎ、浴場に入る。そこには風呂というより温泉と言った方が正しいんじゃないかと思われる光景があった。いや、というかこれ普通に温泉じゃねえか。海もすぐそばにあるのに温泉に浸かれるのか、どんだけブルジョワジーなんだ西木野家。

 

 特に何もないので頭含め体も全てテンポ良く洗い終える。それから温泉に入る。

 

 

「……ふぃ~、温泉はいいなあ」

 丁度良い温度、露天風呂らしく上の部分が多少開いていて、そこから夜の風が心地よく入ってくる。それが俺の中にある疲労を一気に癒してくれる。これだけでもこの合宿に参加した甲斐はあったかもしれない。

 

 

 温まりながら今日の出来事を振り返ってみる。

 

 

 面倒くさいと思いながらも参加した夏合宿。どうせ行くなら手伝いを徹底的にやろうとして真姫にパラソルを組み立てさせられた。そしてみんなで海で遊んでいたはずだけど、何故かそこだけ記憶がまったく覚えていない。穂乃果が言うには頭をぶつけたらしいけど。

 

 ビーチバレーでは審判役をして、まさかまさかのハプニングで絵里の胸を触ってしまって反撃を喰らい気絶。目が覚めたらにこが看病してくれていて、そこから希と真姫と夕飯の買い出しへも行った。

 

 今日だけで色々ありすぎだろ……。主に俺がヒドイ目に遭っているのは気のせいじゃないと思う。普通ならもっと平和な合宿生活のはずなんだけどなあ。今日は1日ずっと遊んでいたから明日は真面目な練習になるだろうとは思う。……明日こそは平和であってほしい。

 

 そういやここに来たのは先輩後輩の垣根を壊す事も目的の1つだと絵里は言っていたな。穂乃果達2年組はもう大丈夫だとは思うけど、1年は真姫が問題だな。花陽は最初こそあれだったが、今では大分慣れてきている。凛はもう慣れ過ぎてるまである。

 

 だからあとは真姫だけだ。あいつはいまだに慣れていない。というより慣れようとしていない。自分の中に無理矢理抑え込んでいるかのようにみんなの名前を言おうとしないのだ。ホントにどこかの金髪ポニーテールと似ているな。

 

 だからこそ、希がどうにかしようとしている。あの頃の絵里に似ている真姫をどうにかしやりたいと、自分でそう俺にアイコンタクトしてきたんだから。だったら、俺は表立って何かしようとは思わない。希なら大丈夫だろうと思っているしな。

 

 からといって何もしないわけでもないけど。俺だって伊達にμ'sの手伝いをしていない。μ's内で何かあれば、それをほうっておく訳にはいかない。俺にはそれをどうにかする義務がある。真姫に話しかけるチャンスがあったら突撃してみるか。

 

 

 あと個人的に絵里に謝らねえと……。

 

 

 

 っと、少し浸かりすぎたか。温泉だからといって俺はあまり長湯はしない方なのである。上せるの嫌だし。とっとと上がって飲み物でもぐいっと1杯飲むとしますかねっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「断る」

「何でなのたくちゃん!?」

 

 

 

 

 ムスーッと頬を膨らませながら俺を睨んでくる穂乃果とそれを諸共せずに睨み返す俺。これから死闘を始めるわけじゃないからね。

 風呂から上がり、買い出しの時に買っておいたコゲ・コーラをスカッと飲みながらリビングへ行った時の事だった。……コゲってどういう事だよ焦がすな。

 

 リビングに戻った俺の目の前に映ったのは、フローリングの上に敷かれたたくさんの布団だった。どうやらせっかくの合宿なんだからここでみんな一緒に寝よう!という事らしいのだが……当然俺はそれに参加するわけにはいかないと思っていたところに穂乃果が猛反発してきたのだ。枕は低反発が好きです。

 

 

「たくちゃんも昔みたいに一緒に寝ようよ!」

「いつの話してんだ、それは小学生の時だろ。もう高校生だし、1番に幼馴染のお前以外に他のみんなもいる事を忘れるな。一緒に寝たら大変な事になるぞ。主に俺がボコられる的な意味で」

 何言ってんだこいつは。お互い思春期もいいとこなのに、何でこう普通に一緒に寝ようなどと簡単に言えるんだ。天然か、天然さんか。本当に寝れるなら俺も一緒に寝たいですッ!!

 

 

「というか、どうして全員同じ部屋じゃなくちゃいけないの?」

「合宿だからね」

 真姫のクッションを抱きながら疑問をぶつけ、それに髪を下ろした絵里が答える。……あれ?ちょっと待って。何気に女の子達の寝巻き姿を間近で見れてる俺って実は今最高に運良いんじゃね?超レアじゃね?勝ち組じゃね?みんな半端なく可愛い。おまわりさん、僕です。

 

「まあ、こういうのも楽しいんよっ」

「じゃあ、寝る場所を決めましょ」

「私ここー!」

 切り替え早いなオイ穂乃果。もっと反発してこいよ。そして俺を説き伏せてみろよ。表じゃブツブツ言いながらも内心テンション爆上げでヒャッハーしながら寝るからさあ!!だから早く説得してきてくださいよもうッ!!

 

「凛はかよちんのとーなりっ!」

「そんなに引っ張らなくても大丈夫だよ凛ちゃ~ん!」

 あ、俺も花陽ちゃんの隣がいいでーす。隣でお米の天使の寝顔見れたら最高の朝を迎えられると思うんだ。そう思うだろ?な?思うよな?思え。

 

「真姫ちゃんはどうする?」

「……どこでもいいわ」

 あれま、つれないねえこのツンデレお嬢様は。わざわざ希が聞いてくれたってのに。ちなみに俺が聞かれた時のための対処用にど真ん中って選択肢を用意してます。女の子に囲まれながら寝れるとか死んでもいい。……物理的に殺されますね、はい。

 

 

「じゃあ俺も上の部屋行くわ」

 さすがに冗談もここまでにしておこう。主に心の中でずっと言ってただけだけど。こいつらはこいつらで色々と積もる話もあるかもしれないしな。そこに男がいるってのは無粋な事かもしれない。

 

「ええ~!!たくちゃんも一緒に寝ようよ~!何なら私の隣でも良いからさ~!!」

「うっせ、何ならってなんだ。お前の隣なら寝てくれるとでも思ってんのか」

「え、違うの!?」

「違うわ!何『え、これ以上ないくらいのご褒美用意してあげたのに……』みたいな顔してんだ!!」

 

 正直めちゃくちゃ一緒に寝たいです!!でも理性と良心と危機感知センサーが半端なく働いてるんでダメなんです!!女の子特有の良い匂いな中で眠りたい!!

 

「穂乃果、拓哉君も手伝いや料理をしてくれて疲れているのです。今日はもう早く休ませてあげてください」

「ぶぅ~、別に一緒に寝て休んでもいいじゃんか~……」

 おお、よく言ってくれたぞ海未。そのまま穂乃果がずっとごねてたら何だかんだ言いつつノリノリで一緒に寝るとこだったわ。……一緒に寝るのかよ。

 

「……んじゃ俺はもう行くからな。今日はしっかり休むんだぞお前らー」

 このままここにいれば調子狂いそうだったから即戦線離脱。岡崎拓哉はクールに去るぜ……。内心は一緒に寝れなくて凄く落ち込んでます。

 

 

 後ろで俺の声に応える穂乃果達の声を聞いて2階に上がり、自分が寝る寝室へと向かう。

 

 

 

 

「うん、1人で寝るにしてもやっぱ広いなこの部屋は」

 寝ると決めて寝室を見回してから改めて思う。元々この部屋自体4人は軽くベッドで寝れるくらいで、1人で使うには到底デカすぎる広さなのだ。なのに何故俺がこの部屋を選んだかと言えば……。

 

 

「きゃっほーいぶふッ!!」

 勢いよくベッドへダイブする。決まってんだろ。1人でこんなデカい部屋とベッドを独占できるんだぞ。そんなのテンション上がらずにはいられないでしょ!!リッチな真姫とは違って一般的な平凡学生である拓哉さんには幸福感しかありませんの事よ!!

 

 何このベッド、超フカフカで気持ちいいんだけど。これならぐっすり眠れそうだ。この1人じゃ持て余すほどの部屋でぐっすり寝るとか贅沢すぎて数日後に何か面倒事が起きても不思議じゃないくらいの幸福感がある。……普段どんだけ幸福感じてないんだ俺は。

 

 まあいいや。今日は外暑かったし何故か気絶ばかりしてたし変な疲れが溜まっている事だし、もう寝よう。ベランダを開けているから海辺の近くもあってか夜風が気持ちいい。快適すぎてもう一生ここに暮らしたいまである。

 

 

 あ、あそこから離れる事ばかり考えて絵里に謝るのを忘れていた。……明日時間見つけて謝ろうそうしよう。

 

 

「ふぁぁ~……寝よ」

 明日に備えて目を瞑る。うん、これならすぐ夢の中へと旅立つ事ができそうだ。ほんのりと冷たいベッドと掛け布団の感触、肌を優しくなぞるような夜風、その全てが俺を心地良い夢へと連れて行ってくれ―――、

 

 

 

 

『あはははははははは!!』

『きゃー!あっはは!!』

『にゃー!!いっくにゃー!!』

 

 

 

 下から何やら笑い声が響いてくる。合宿なんだし何か女の子同士で楽しく話してるんだろ。まあしっかり休めとは言ったが、せっかくだから親交を深めるためにも悪い事ではない。この調子で明日にはもっと練習にも馴染めるだろ。

 

 

 その間に俺は気持ちよく夢の中へと―――、

 

 

 

『まだまだーッ!!』

『こんなんじゃやられないわよ!!』

『穂乃果ちゃんいっけぇ~!』

 

 

 

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

 

 

 

 ムクリと静かに体を起こし、ドアを開けて1階へと向かう。

 

 

 静かに歩いてるからか誰も俺が来た事に気付く気配はなかった。ただそれが今の俺にとっては好都合だった。1階へ行き、何事かと思って来てみれば、俺の目の前で繰り広げられていたのは、枕投げをしているμ'sメンバー(海未は寝てる)だった。

 

 ただ楽しく話しているだけならまだ許せた。親交を深めるための談笑なら俺も笑って許せたよ。だけどな……、

 

 

 

 

 

「じゃかァァァあああああああああああああああああああああああああああしィィィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!!!」

「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」

 海未以外が驚愕の表情で俺を見た。それでいい。

 

「うるっせえんだよ!!お前らの声が俺のとこまで聞こえてんだよ!普通に談笑してるならまだしも、ドンドンドンドンデカい音するから何かと思って来てみれば枕投げだあ?寝る気あんのかテメェらはあ!!というか俺を寝かせて!!お前らも明日練習あんだからさっさと寝ろ海未を見習え奴が目を覚まして地獄絵図にならないうちに布団に戻れ貴様ら!!」

「そ、そういや海未ちゃんって寝てる時に起こされると凄く機嫌が悪くなるんだった……!」

 

 そう、俺がわざわざここまで怒りに来たのは、こいつらがうるさいってのもあるが、それ以上にそのうるささで海未が起きてしまった後の地獄絵図を回避させるためだ。こいつを寝てる途中で起こしてしまって無傷でいられた奴はいない。主に俺が集中的に被害を受けてます。

 

「分かったなら早く寝ろ!俺が来るの遅かったら被害に遭ってたのはお前らなんだからな!良いな!寝ろよ!!拓哉さんは手伝いであって保護者じゃありませんからね!!風邪引かない程度に布団被って寝なさい!!」

「その発言が保護者だよもう……」

「というか、たっくん……」

 2階へ戻ろうと体を後ろに向けて歩き出そうとしたところで、ことりから声がかかる。何故かその声は震えていた。

 

「んぁ?何だこと―――……あ」

「……何やら騒がしいと思って目が覚めたら……皆さん、楽しそうな事をしていますねえ……?それに……何故か拓哉君もいますし……」

「おぉふ」

 海未さんが起きてしまわれた。この現状はあまりよろしくない。海未の発言をちゃんと聞けば分かる。セリフの最後に俺の名前が出てきている。それつまり、ターゲットは完全に俺に向けられている。

 

 

 そんな俺に残された選択肢といえば…………。

 

 

「サラダバッ!!」

「あっ!たくちゃん逃げた!!」

「しかも言葉間違えてるにゃ!」

 よりによってバカ2人に指摘されてしまった。そう、俺の選択は、逃げる一択だ。幸い俺だけ寝る場所が違うから最悪寝室に逃げてしまえば俺の勝ちである。あばよ~とっつぁん!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 脱兎の如く寝室へ逃げてきた。ここまで海未が追ってこないって事は、穂乃果達が何とかしてくれたのかもしれない。そのまま全員ちゃんと寝てくれればいいが……。

 

 

「というか……いきなり大声出したり走って逃げたりしたせいか、寝れなくなったぞ……」

 そう、怒るために大声を出し、いきなりの海未の起床により全速力でダッシュ。それのせいでアドレナリンがグイングインと働いてしまって眠気が飛んでしまった。木乃伊取りが木乃伊になってんじゃねえか……。うっほほーい☆

 

 

 

 眠気が吹っ飛んでしまったのはもう仕方がないのでベランダで涼む事にした。

 

 

 

「あー、こういうのも悪くねえなあ……」

 ストレートに夜風が顔をなぞる。それがどうにも心地良い。夜の海辺を見ながら黄昏る。うむ、中々ロマンがあっていいじゃないか。マンガアニメ好きの俺にとっては素晴らしいシチュエーションである。足りないのはヒロインだけどな。……ぐやじいッ!!

 

 

 

 

 涼んでから何分経ったかは分からない。そろそろ下のあいつらも寝た頃だとは思う。明日は練習だ。今日までの楽しさとは変わって、暑さもあり厳しい練習になると思うけど、それに負けないでほしい。俺もできる限りサポートしないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな、静かな夜と海の景色を見ている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンコン、と。

 ノックの音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい」

 一言だけで応える。おそらくμ'sの誰かだろう。俺のとこに来るなんて幼馴染の穂乃果かことりか、海未は寝てるから有り得ない。どうせトイレ着いて来てとかそんなんだろう。しゃあねえ、着いて行ってやるか。

 

 

 

 

 

 

 

 と、そう思って振り向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガチャリ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かにドアが開けられる。そこにいたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………絵里?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が謝るべき金髪の少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?


実際女の子が複数人入ってるとこに覗こうと思う男なんていませんて(笑)
思うだけで実行に移したら即逮捕なんでねw


いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます。


では、新たに高評価(☆9、☆10)を入れてくださった、


シグレ1578さん(☆10)、星詠みの観測者さん(☆9)、Y.U.Kさん(☆10)、Mr.Яさん(☆10)、修哉さん(☆10)


本当にありがとうございました!!
これからもご感想高評価(☆9、☆10)お待ちしております!!




さて、ここからはちょっとした告知です。

只今鍵のすけさん主催でラブライブ!サンシャイン!の企画小説が随時投稿されています。様々なラ!作家の方々が参加していますので、是非皆さんもアニメが始まる前に見て楽しんでください!!
ちなみに自分のサンシャイン企画小説は21日予定です!!




ではでは、いよいよここから重大なお知らせでございます。

別に『奇跡と軌跡の物語』が打ち切りになるわけではないので安心してください!ちゃんと続けますからね!!

……げふん、では本題に入りましょう。




 ――――――――



『奇跡と軌跡の物語』とは別に、もう1つの物語が始まる。


 それは日常ではなく、どうしようもない悲劇だった。
 岡崎拓哉を恨む何者かによってマインドコントロールされたμ's。それによる使命は、 岡崎拓哉を殺すという使命が下された。
 しかし、それは純粋な悪意の話ではない。彼女達は自分の愛によって、岡崎を殺そうとする。

 彼女達の歪んだ愛(殺し)が、容赦なく岡崎に猛威を振るう。



 そして。

 そして。

 そして。



 少年は、再び日常へ戻るために、拳を握った。




『ラブライブ!~悲劇と喜劇の物語~』

 6月―――――始動。



というわけで、新作告知でしたー!!
お楽しみに!!


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59.靡く金色


どうも、何とか更新速度を戻そうと企んでいるたーぼです。



今回は夜の部屋で、岡崎と絵里の2人っきりで会話(意味深)する回です。
嘘です。
普通に話すだけですきっと。



では、どうぞ。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………絵里?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風を受けながら夜の海を眺めていたら、俺の部屋に入ってきた少女がいた。

 不可抗力とはいえ、胸を触るなどと不埒な事をしてしまい、俺はその子に謝罪しないといけない。

 

 

 

 

 絢瀬絵里。

 

 

 

 いつもの金髪のポニーテールはそこにはなく、寝るという事もあり、金色の髪を下ろされていた。

 

 

 

 

「急に押し寄せて、ごめんなさい。何か、してた?」

「……いや、たださっき叫んだせいで眠れなくなったから、夜風に当たってただけだ」

 質問に答える。正直、絵里が何のためにここへ来たのかは分からない。俺は俺で絵里に謝らなければならないと考えているが、絵里は俺に謝る必要もなければ、逆に俺を避ける方が女の子としては正しい行動だと思っていたからだ。

 

 だって事故だとしても好きでもない男子に胸を触られるなんて、普通の女の子なら数日は喋ってくれなさそうじゃん?なのに絵里はこうして俺の部屋にやってきた。これはもうあれだ。殺されるに違いない。

 

 何たって相手はあの絵里だ。クォーターだ。きっとロシア式のやり方で殺されるだろう。ロシア式とか全然分からないけど。多分無事では済まないと思う。何だったら絶交した後に通報されてそのままロシアに送られてしまうかもしれない。……偏見持ち過ぎだろ。

 

 

「そう……」

 俺の返答にそれだけ返して絵里も黙る。あれか、今どうやって俺を蹴落とそうか考えてるのか。正直俺が寝ていたら首元にナイフを突き立てられて起こされていたかもしれないと考えたら怖くなってきた。ここはもういっそ自分から切り出そう。

 

 

「さあ、煮るなり焼くなり俺を好きにしろッ!」

 そう言って床に大の字になりながら叫ぶ。俺だって男だ。覚悟はできている。……覗きの時は紳士の俺が勝っただけだから覚悟とか関係ないんです~!!

 

「えっと、何を言っているのかしら?」

「……あれ、俺をこの世から抹消するために来たんじゃないのか?」

「何で?」

 ここで俺達の間に暫しの沈黙が生まれた。

 

 

「あー……うん、そうだった。お前はそういう事をする奴じゃなかったよな。俺の勘違いだったな」

「?」

 頭の上に疑問符でも浮いてるかのように首を傾げる絵里を見て、体を起こす。何気にこいつは少し天然なところがあるんだった。俺とした事が深読みしすぎて勝手に空回っていただけだったようだ。うん、普通に恥ずかしいよね。

 

「じゃあ、絵里は何か俺に用があったのか?」

 当たり前の事を聞いてみる。何もなければここに来る意味がまったくないからだ。何もないのに来るってなると、それはそれで俺が反応に困る。というより用があるのは元はと言えば……、

 

「え、ええ、拓哉と少し話したい事があ―――、」

「ちょい待ち」

「あ、え?」

 そうだ。本当なら絵里に用があるのは俺なのだ。まず最初に謝らなければならない事があったはずだ。あの事故があってから絵里は少し俺を避けてた節がある。なのに今こうしてここに来てくれた。俺じゃなく絵里が来てくれた。

 

 

 だったら、このチャンスを逃すわけにはいかない。

 

 

「ごめん」

 頭を下げる。今の俺にできる精一杯の誠意を込めて。

 

「……え?えっと、何で謝るのかしら?」

「決まってるだろ。事故とはいえ、俺は絵里の胸を触ってしまった。その事に対してだ」

 そこまで言って、ようやく絵里は理解したように声を出した。

 

「あ、あー……いや、その、あれは私も事故だって分かってるし、それなのに拓哉に暴力振っちゃって、謝らないといけないのは私もだし……だから、理不尽な暴力振った私を拓哉は怒ってるのかなって思って話しかけられなかったの……」

 

 

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?

 

 

「……つう事は何だ?お互い避けられてるとか怒ってるかとかで勘違いしてたって事か?」

「そ、そういう事になるわね……」

「な、何だそりゃ……」

 2人共勘違いしてたって事かよ……。いやでも俺の場合はちゃんと謝っとかないといけない事だったから、とりあえずその事についてはノルマクリアだ。

 

「となると、絵里の俺に用があるのはこの事だったのか」

「いや、今の事と拓哉に話したい事があるのはまた別の話なの」

「別の話?」

 ここで空気が変わる。もう俺達の間では事故の事は終わった事となった。絵里の真剣な表情からして、俺も気持ちを切り替える。

 

 

「とりあえずこっち来いよ、そこにいるより夜風に当たりながらの方が話しやすいだろ」

「ええ、ありがと」

 返事をするなり絵里はベランダにいる俺の隣へとやってきた。……いや、近くない?近すぎやしませんかね絵里さん?

 

 

「話っていうのはね、真姫の事なの」

 あ、そのまま普通に話に入るんだ。俺のドギマギとか感じてくれないんだね。やだ、クォーターってこんな大胆な女の子ばかりなのかしら。もう完全にシリアス空気に入っちゃってんじゃん絵里さん。俺とか気持ち切り替えたと思ったらこれだぞやばい良い匂い。

 

「真姫の事?」

 それでも平然を装って聞き返す。無理矢理にでもこの空気に呑まれるために。

 

「ええ。拓哉なら気付いてると思って、あの子、他のみんなとは少し距離がまだあるっていうか……」

「なるほどな」

 希が真姫の事を気に掛けるように、絵里も絵里なりに真姫の事が気になってるのか。そりゃ生徒会長であり、生徒を束ねる位置にいる絵里じゃ他のみんなとは見る目が少し違うのも納得だ。希も副会長だから分かる。

 

 過去はどうあれ今の絵里は色々と視野が広くなっている。周りをよく見ているという事。つまりそれは誰かの異変や変化に気付きやすいという事だ。そのフィルターに、真姫が引っかかった。

 

 

「真姫を一目見た時から、あの子だけは周りと違って歳の割に少し大人びていた。育ちが良いからっていうのもあるかもしれないけど、それが逆に明るい凛達との間に見えない壁を作ってしまっているような……そんな感覚があるの」

 驚いた。ちゃんと周りが見えている時の絵里がまさかこれほどとはな。伊達に生徒会長になったわけじゃないって事か。おそらく絵里の言っている事は間違っていない。

 

 普段が明るい凛達と、同い年なのに落ち着き過ぎているくらいの印象が強い真姫。何なら普段ふざけている時のにこと学年が変わっても違和感がないくらいだ。別ににこをバカだとは思っていない。……やっぱ6割は思ってる。

 

 まあ、そのくらい真姫は冷静沈着で静かなのだ。もちろん意見を言う時はしっかりと言うし、ここぞという時は声を荒げる時だってある。だがそれはそういう時だからだ。本当に何気ない時の会話で凛達と話している時も、真姫だけは薄皮1枚あるくらいの壁があるように感じる。

 

 真姫としてはそれが普通の事なのかもしれないが、明るすぎる凛達のおかげでその部分が薄く見えるかもしれないが、μ'sの手伝いとしていつも一歩引いてみている俺や、よく生徒を見ている希や絵里には、その薄皮1枚の壁の違和感をハッキリと感じ取れている。

 

 

 だから。

 

 

「別に心配いらないと思うぞ」

「え?」

 ちゃんと言ってやる。もう1人、それを気にして、放っておけないお人好しがいる事を。

 

「お前と同じように、真姫の事を気にかけて色々とアクションを起こしている奴がいる。いるだろ?お人好しで、お節介が好きなお前の親友が」

「やっぱり、希ね……」

 どこかで気付いていたような言い方だった。絵里も分かっているから。希が自分にしてくれた事を。救ってくれようとしていた事を。あのお節介を受けていた張本人だから。

 

「あいつは最初からμ'sの事を陰から支えてきた。誰かがそれをやろうと思った頃には、大体いつもあいつが何かしているっていう事の方が多いんだ。それほどのお節介だから、今回も動いている」

「……希には、迷惑をかけっぱなしね」

「迷惑とも思ってないんじゃねえの?あいつはいつも笑顔で誰かを支えて、誰かの助けになってるんだ。それをあいつは迷惑だとは思ってないし、苦痛だとも思ってないさ。あいつが笑顔じゃない事の方が少ないくらいなんじゃねえの?」

「た、確かに……」

 

 言われて初めて気が付いたかのように絵里は頷いた。まあ、希の笑顔は大体イタズラで何か企んでいる時だから俺も俺でハラハラしてるんだけどな。希が穂乃果達の胸をわしわししてるとこをいきなり見せられる俺の気持ち分かる?素晴らしいと叫んじゃうくらいだぞ。……ダメじゃんそれ。

 

「……ん?だとしたら、拓哉は真姫の事、もう知ってたの?」

 不意にこっちを見て問いかけてきた絵里。その事に一瞬ドキッとしながらも平静を保つ。

 

「ああ、でも今回は俺は表立って何かしようとは思ってない」

「どうして?」

「俺と真姫と希で買い出しに行った時に希がアイコンタクトしてきたんだ。真姫の事は任せてってな。多分絵里の時の事を思って、今回こそは自分でどうにかしようと思ったんだろ。だから俺はそれを、希を信じただけだ」

 絵里の時は、最後の最後で俺に助けを求めてしまった。だから、真姫の時だけでも、自分が何とかしてみせる。そんな決意の表れが希の瞳にはあった。物凄く静かで、目立たなくて、けれど、とても強い意志が篭った瞳。

 

 

 

「……へえ」

「な、何だよ……?」

 急に絵里が意味ありげに、というかジト目でこちらを睨んでいらっしゃった。え、何怖い。やっぱり俺殺されるんじゃねえの。今になって事故の事で怒りが沸いてきたとかだったら俺の人生もここでおさらばですぞ。母さんに唯、先立つ不孝をお許しください。唯は俺より下だった。そして親父は知らん。

 

「なーんか、拓哉と希の間には私が知らない信頼関係があるのね~……って」

 物凄いジト目である。これあれだぞ。ジト目選手権だったら間違いなく優勝できるレベルだぞこれ。まずジト目選手権なんてのはない。

 

「い、いや、そりゃまあ、希はμ'sの入る前の初期の頃からある意味協力関係にあったし、俺とその時の絵里は敵対関係だったろうが……」

「うぐっ……そ、そんなにハッキリ敵対関係だったなんて言わなくてもいいじゃない……」

「なっ……べ、別に悪気があって言ったわけじゃないからな?ただその時はそういう関係だったけど、今は同じ仲間だし、だからその潤んだ瞳をこちらに向けないでくれると拓哉さん助かるな~なんて!!」

 おぉふ、まさか過去の関係の事を絵里がこんなにも深刻に考えていたなんて……。確かにあの頃は何かあればすぐぶつかってた記憶があるしな。今の絵里にとっちゃあまり触れないでほしい事なのかもしれない。

 

 

 そんな事を思っていると、不意に絵里が俺の服の裾を掴んで言ってきた。

 

 

「……じゃあ、私も……希と同じような……いや、もっと先の信頼関係が築けられるかしら……?」

 とても潤んだ瞳で言われた。裾を掴まれ、潤んだ瞳で、上目遣いで、これが前の高校の時にいた()()()ならあざといと一蹴できただろう。でも絵里なのだ。そういう事に関してはとても計算でやるような子じゃない。

 

 天然でこういう事をやってのけるからこそ余計タチが悪い。何この可愛い小動物。ホントに俺より1つ年上なのか?子ギツネみたいな可愛さあるぞ。これは危ない。このまま絵里の瞳を直視するわけにはいかない。

 

「……あー、まあ、何だ。その、このままあいつらとμ'sを続けていれば、あいつらとももっと信頼関係築けられるんじゃ―――、」

「私は拓哉との関係を築きたいの……!」

 言葉を遮られた。あれ、そういう話だったっけ?俺よりあいつらとの信頼関係を築いた方がμ's的にも良いと思うんだが、それはもう現状で大分上手くいってるか。……ああ、なるほど、手伝いの俺とも信頼関係あった方がよりμ'sを良い方向へ持って行けるからか。

 

 それにしてもここまで必死になって言うか普通?俺だからいいものの、これが普通の男子だったら即一目惚れしてるんだろうな。あれ?この子俺に気があるんじゃね?みたいな。それで見事に玉砕するんだよ知ってる知ってる!!

 

「うん、えーと、今でも十分だと思うけど、絵里が望むんなら、その先にもいけるんじゃねえの?」

「……ホント?」

「あ、ああ……」

 できるだけ絵里から目を背けて答える。危険だ。俺でさえちょっと見惚れそうなのに、見つめられてると考えると余計に鼓動が激しくなる。いかんいかん、冷静になれ岡崎拓哉。お前みたいな男に誰も惚れるわけがないんだ分かってるだろ。……自分で思ってて超悲しい。

 

 俺の返答に満足したのか、絵里はパァッと顔を明るくしたと思ったらすぐさま裾から手を離し、慌てて海へと視線を戻した。不思議と、絵里の顔がほんのりと赤くなっているような気がした。

 

「どうした?」

「ぅえっ?ぁあや、な、何でもないわよッ!?」

「お、おう……」

 いきなりテンション上がったりシュンとしたり忙しい奴だなこいつも……。味方になった途端ポンコツになったりする典型的なパターンじゃないだろうなこれ。

 

 

 

 

 

「ねえ、拓哉」

「ん、何だ」

 ひと通り落ち着いて、絵里の話したい事も希に任せようと決まって、絵里が海を見ながら話しかけてきた。

 

「私ね、暗いとこが苦手なの」

 いきなりの暴露だった。

 

「そうなのか。……え、いや、じゃあお前今……」

「家とかみんなといればだと大丈夫なんだけど、知らないとことか、怖いって思っちゃうの……」

「なら早く下に戻った方がいいだろそれ。今まで我慢してたのか?」

「そういうわけじゃないわ」

 暗いところが苦手。そう言われて改めて絵里を見て、脳内に疑問符がでてきた。見る限り、今の絵里はそんなに怖がっているようには見えない。

 

 

「夜風が心地良いのと、月が明るいっていうのもあるかもしれないけれど……」

 そこで一呼吸置いて、絵里は、下ろしている綺麗な金色の髪を夜風の好きなように靡かせて、俺の方へと視線を向けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「拓哉と一緒なら、不思議と怖くないの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは……」

 何を言えばいいのか分からない。けれど、何かを言った方がいいと何故か脳が勝手に思った。

 

 

「男の俺が一緒だと安心できるからか?」

「むぅ……」

 あ、選択肢間違った。絵里さん頬を膨らませてご立腹のようです。一体何を間違えたのか。割と良い選択肢だと思ったんだけどなあ。他には『俺が好きだからか?』とか『それは告白か?』とかあった。全部ダメだこれ。

 

 

 

 

 

「……でも」

 呆れながら、少し微笑んでから絵里は海へと視線を戻す。俺もそれに釣られて海を見やる。

 

 

「それもあながち間違いじゃないかもねっ」

「なっ」

 不意に、絵里の頭が俺の左肩にポスンッと収まった。

 

 

 

「え、絵里さん?これは一体全体どういう事でございませうか……?」

「やー私暗いとここわーい」

「おい、怖くないとか言ってたろ」

 何つう棒読みだよ。無駄に俺をドキドキさせないでくんないかね。余計に近くなったから何か良い匂いするし……女の子特有の良い匂いがする!!これはもうあれだ。ドキドキで壊れそうだ。うたプリだ。

 

 

 

 

 

「こうしてるともっと安心できるから、もう少しだけこうさせて……」

「……、」

 言われてそっと絵里の顔を見ようとすると、本当に安心しきったような表情で、海を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、もう少しくらいなら、このままでもいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の海を見る俺と絵里の顔は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どっちもほんのりと赤く染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


絵里可愛い(確信)
何でこんな可愛いんだ……。3年がたまに幼い部分を見せるとギャップ萌えありますよね(笑)


いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます!!




6月から主人公は岡崎拓哉続投で新作が始まります。






『奇跡と軌跡の物語』とは別に、もう1つの物語が始まる。


 それは日常ではなく、どうしようもない悲劇だった。
 岡崎拓哉を恨む何者かによってマインドコントロールされたμ's。それによる使命は、岡崎拓哉を殺せという命令だった。
 しかし、それは純粋な悪意の話ではない。彼女達は自分の愛によって、様々な武器を用いて岡崎を殺そうとする。

 
 彼女達の歪んだ愛(殺し)が、容赦なく岡崎に猛威を振るう。



 何が何だか分からないまま彼女達に命を狙われる岡崎。何度も彼女達に傷付けられ、死に掛けた。



 そして。


 そして。


 そして。



 少年は、再び彼女達と笑い合える日常へ戻るために、拳を握った。



 彼女達を元に戻し、黒幕を探す物語が、始まる。



 『ラブライブ!~悲劇と喜劇の物語~』



 6月―――――始動。


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60.見てくれている人は必ずいる

どうも、いつも月曜に投稿してるからまた月曜だと思った?
残念!今回は水曜でした!!(間に合わなかっただけ)


さあ、今回で合宿編も完結です!


ではどうぞ。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぁ~、くぁ……っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 珍しく目覚ましが鳴る前に目が覚めた。

 というよりよくある二度寝をする前の目覚めみたいなものだ。だからこのまま俺は優雅に二度寝を堪能する―――、

 

 

 

 

 

 

「わけにはいかねえよなあ……」

 

 

 

 携帯で時間を見れば目覚ましが鳴る10分前くらいだった。さすがにこれじゃ二度寝もできない。という事で体を起こす。ふむ、高級なふかふかベッドで寝て、朝の風をベランダから受ける。それが結構気持ちいい。

 

 

 

 結局のところ。

 絵里は昨夜のあのあと穂乃果達のいる1階へ戻って行った。絵里は普通っぽそうだったけど、俺はといえばもう普通に胸がドッキドキしてましたね、はい。だって金髪クォーター美少女だよ?ドキドキしない方がおかしくない?おかしくなくなくなくなくなくない?どっちだよ。

 

 まあ、俺の話を聞いて絵里がどう思ったのかまでは分からない。真姫は希に任せると言っただけだし、絵里からは俺は何もしないのかと思われているのかもしれない。これに関してはそれ以上の事を言ってない俺が悪いけど。

 

 しかし、全部を任せるわけじゃない。希だって絵里を救うまで、μ'sに困難があった時は影ながら支えてくれた事を俺は知っている。だったら、俺も何もしないわけにはいかない。影から何かしてやれる事だってあるはずだから。

 

 このままじゃ終わらない。俺にだって何かしてやる権利はある。それが手伝いってもんなんだから。それをドキドキしてたせいで絵里に全部言えなかった俺は相当なヘタレなのかもしれない。自分で認めてしまう辺り俺はヤバイ。

 

 絵里は何やら満足そうに帰っていったが、俺は俺でそのあと1時間は寝れなかったよちくしょう。絵里の頭の感触がまだ左肩に残ってるし、女の子特有の良い匂いしたし、思春期男子真っ盛りな拓哉さんには眠気を無くさせる特効薬ですの事よ!!それをテスト前に発揮させたい、切実。

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 

 

 

 

 

 と、風を受けながら浜辺の方に視線をやってみれば、砂浜にいる希のとこへ真姫が向かっていた。何してんだあいつら。俺も行ってみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、拓哉君も来たやん。早起きは三文の徳、お日様からたーっぷりパワー貰おうかっ」

「よお、早朝とはいえ、女の子が2人で砂浜にいるのはちょいと危険なんじゃねえか?」

「ここは別荘で私達の私有地だから、他に人は来ないわよ」

「あらやだマジかよ西木野家やべえな」

 

 寝起きから金持ちのヤバさを改めて思い知らされたのである。この辺一帯が私有地とか病院経営してるだけでそんな事があり得るのか。いやまあ西木野病院って日本有数のトップレベルで、しかも世界でも誇れる最新医療技術があるとか聞いた事あるし、不思議でもないのか。西木野家やべえ。

 

 

「で、どういうつもり……?」

「んー?何が~?」

 ここで話を無理矢理切り替えんばかりに、真姫が希に話しかけた。

 

「ッ、しらばっくれな―――、」

「別に真姫ちゃんのためじゃないんよ」

 おそらく、ここからは希と真姫の話になるだろう。とりあえず俺はこのまま黙っていく。出る幕はここじゃない。何となく、そう思った。

 

 

「海はいいよね~。見てるだけで大きいと思っていた悩み事が小さく見えてきたりする」

 この言葉の意味が何を指しているのか。それは多分、俺でもなく希でもない。真姫が1番分かっている事かもしれない。希は人の感情を読み取るのが優れている。しかも真姫なんかは結構顔に出やすいタイプだから尚更の事。

 

 真姫がもし悩んでいるのだとしたら、それは周りの事。つまり他のメンバーとの接し方に悩んでいる。ということは、真姫も本来はもっとみんなと砕けた接し方をしたいんじゃないか?

 

 俺が思考を巡らせながらも、希の言葉は続く。

 

 

「ねえ真姫ちゃん。ウチな、μ'sのメンバーの事が大好きなん。ウチはμ'sの誰にも欠けてほしくないの」

 最後に聞こえたのは、希の本音だった。紛れもない本音。絵里の件の時以来に聞いた似非関西弁ではない標準語。それが全てを表していた。

 

「確かにμ'sを作ったのは穂乃果ちゃん達だけど、ウチはずっと見てきた……。何かある事にアドバイスもしてきたつもり。それだけ、思い入れがある……」

 そうだ。μ'sを支えてきたのは俺だけじゃない。μ'sに入る前にも、μ'sが作られる前にも、希は俺達と関わって、いつもアドバイスをくれた。講堂が上手く使用できたのも希が上手く言ってくれたから。

 

 そうだ。そうだよ。希はいつだってμ'sの味方をしてくれていた。希のアドバイスがなかったら、ここまで来る事はできなかったかもしれない。音ノ木坂に来たばかりの俺じゃ分からない事も希なら分かるし、μ'sの穂乃果達には分からない客観的視感から希は助言もくれた。

 

 希がいたから、『μ's』という名前にもなった。それだけ、希はμ'sが大好きで、思い入れがある。当然の事だった。もしかしたら穂乃果達よりもμ'sに愛着があるのは希なのではないかと思ってしまうほどに。

 

 

 

 

 

 

 

「……ちょっと話し過ぎちゃったかも。みんなには秘密ねっ」

「……めんどくさい人ね、希」

 それに対する真姫の反応はそれだった。

 

 確かに。

 それだけ思っていて尚、希は表立ってアドバイスしようとしていないのだから。μ'sに入ってもそれは変わらなかった。意見する事はあっても、誰かを支えようとする時は、決して前面には出さない。手伝いの俺やリーダーの穂乃果に任せようとして、影から助言する。

 

 それを真姫はめんどくさいと言ったんだ。()()()()()()()

 

 

「あ、言われちゃったッ」

 希もそれを言われて笑みを零す。何というかまあ、俺の出る幕は結局どこにもなかったわけだ。

 

 せっかく何かしようと思ってここまで来たのに、これでは全然恰好がつかない。それほどまでに、希はやってくれたんだけど、それじゃ俺がおまけでしかないみたいで滑稽なんですがそれは。

 

 

 

「それで、拓哉君は何も言う事ないんかな?」

「ここで俺に振るって無茶振りじゃないですかね……」

「せっかく来たんやし、言おうとしてた事を言うだけでええんよ~」

 くっそ、何でそんな良い笑顔で言ってきやがんだこの似非関西弁娘。やめろその笑顔で見るな惚れちゃうから。新婚旅行どこにしようか考えちゃうでしょうがっ。

 

「な、何……?拓哉も私に何か言おうとしてたわけ?」

 真姫が少しジト目で見てくる。俺にはそういう趣味はないので喜ばないからね。一部の人だけだから喜ぶの。

 

 

 

「いや、まあ、あれだ……。お前があいつらを大事に思ってる限り、お前がどんな態度をとってもあいつらはお前にいつも通りの接し方をしてくれるから、そんなに気にする事でもねえよ、とだけ……」

「なっ」

 これはずっと俺が思っていた事でもある。真姫は相手に素直ではないが、自分には結構素直なのだ。だから何だかんだで今までμ'sで一緒に活動している。典型的なツンデレなのだ。

 

「というかだな、お前が今更態度変えても逆に変に思われる可能性が高い。それに真姫の性格はもうみんな知ってるし慣れてるんだよ。だからそのままでもいいし、お前が嫌なら少し変えてもいいけど、せめて名前呼びするこったなばべうッ!?」

「変に思われるって何よ!!」

 いやいきなり殴るとかそっちこそ何だよ……。寝起きの瞼がくっきり目覚めちゃったじゃないのよありがとうございます。でも痛みは勘弁してつかあさい。

 

 

「だ、だからあれだよ……。お前がどう態度変えたって、結局はあいつらのお前に対する態度は今までと変わる事はない。仲間であり、大切な友達ってだけだ……いてえ……」

「……、」

 結構綺麗に脇腹に刺さったぞ真姫の拳……。海未よりも力は劣るが、成長したら化けるなこれは。あまり怒らせないようにしよう。

 

 

 

 

「真姫ちゃーん!希ちゃーん!たくちゃーん!おーい!!」

 すると、別荘の方から穂乃果の声が聞こえた。振り返ったら俺達以外のメンバーが全員起きていて、こっちに向かってきていた。

 

 

「3人とも早起きだね!」

「あんま寝れなかったけどな」

「そうなの?何で?」

「うぇ?いや、あれだ……、慣れない高級ベッドで寝たからじゃないか……?」

 とりあえず誤魔化した。むしろ高級ベッド最高だったぞ。寝れなかったのは昨夜の出来事のせいだ。

 

「拓哉、あれからあまり眠れてなかったの?」

「え?あ、や、寝れたぞ?寝れたけど、ベッドがな、何かな?うん、何かだったんだよ……」

「そう……何か、悪い事しちゃったわね……」

「バッカお前、そういう事普通のボリュームで言うんじゃありません!」

「拓哉こそ、私より声が大きいんだけど……」

 

 今のを穂乃果達に聞かれたらシャレにならんぞコノヤロー。主に俺がヒドイ目に遭うんだからな。分かって言っているのかこの金髪娘。というか今何て言った?絵里より俺の方が声が大きい?おいおい、絵里より声大きいボリュームってそれ絶対聞かれてるやつじゃねえか~。

 

 

「たくちゃん?今の話どういう事?」

「たっくん、詳しく話を聞かせてくれないかな~♪」

「話によってはタダではおきませんから」

 ほら~!!バレてんじゃねえかー!!これ絶対面倒なパターンなやつだよ俺海未に殴られるやつだよもう真姫に殴られたよそれじゃダメですかねダメですよね助かりませんよね!!

 

 

「ち、違うのよっ。私が拓哉に相談事聞いてもらってただけなの!だから、穂乃果達が思うような事は何もないからねっ?」

 救世主エリーチカきたこれ!!いや最初に爆弾落としたのは絵里だから誤解を解くのは普通なんだけど、よく言ってくれた。俺が言っても絶対信じないのがこの幼馴染ウーマン共だからな!

 

 

「ふーん……まあ、絵里ちゃんが言うなら信用できるね」

「オイ、信用なさすぎかよ俺。さすがに泣くぞこら」

「たっくんの事はもちろん信用してるんだけど、女の子関連の事になると、少し信用感がね~……」

「海未よ、俺はどこで死ねばいい」

「強いて言うなら私の腕の中でですかね」

 

 

 トドメお前かよ慈悲すらねえな。傍から聞いたら女の子の腕の中で死ねるって素晴らしい響きかもしらんが、海未が言うとトドメさせられるとしか聞こえない。日本語って難しいね!!

 

 

「それよりみんな見てみ。朝日が昇るよ」

 それに釣られ、みんなの視線が海の方へと向いた。軽く俺の方を見てウインクもついでに。希、俺のためにヘイトをなくしてくれるなんて……やっぱお前は俺の女神だ、結婚しよう。……あ、女神と結婚なんて平凡な俺には到底無理だった。

 

 

 と言っても希の言った事は事実なようで、地平線の彼方から、優しく世界を照り付けるような光が昇ってきた。

 まるで、9人の女神にスポットライトを当てるかのように、その光は神々しく、優しく、その大きな包容力で世界を包み込むように、女神を照らしていく。

 

 

 

 それをするのに言葉はいらなかった。何も言わずに、9人の手が次々と繋がれていく。何の打ち合わせも、予備動作もなく、自然と9人は1つになった。俺はそれを数歩後ろから見守る。彼女達が安心できるように。

 

 

 

 

「ねえ、絵里」

「ん?」

 真姫が絵里に声をかける。俺はその意味をもう知っていた。少し気恥ずかしくなりながらも、真姫は希へ視線を向け、希はそれに笑みで返す。希も、ちゃんと理解している。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとっ……」

 後ろにいるから俺には真姫の表情が見えない。けれど、声音からでもちゃんと分かる。真姫は、笑っていた。絵里は合宿の最初から真姫を気にかけていた。それを真姫もちゃんと気付いていたのだ。だからこその、お礼。

 

 

 

「……ハラショー!」

 ……返答がそれって大丈夫なんですかね絵里さんや。もうちょっと空気に似合った返答をですね?何なの、それがクォータークオリティなの。それに慣れないといけないの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし!ラブライブに向けてμ's、頑張るぞー!!」

「「「「「「「「おおー!!」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 ああ、誰も絵里の返答に対して何も疑問感じてないのね。俺がおかしいのね。そうかい分かったよ俺も気にしないよ努力するよ頑張れよお前らー!!

 っと、その前に。

 

 

 

「んじゃま、とりあえずは全員別荘に戻るぞ。練習の前に朝飯作るから」

「たくちゃんの朝ご飯!!何々!?」

「無難にベーコンエッグとサラダ、お好みで白飯かパンを選べるようにどっちも用意してある」

「パンあるの!?やったー!!たくちゃんやっぱり大好きー!!」

「うるせー、分かったから離れろ暑苦しい」

 

 ちくしょう、穂乃果も良い匂いしやがる。女の子ってのは何なんだ。男にはない機能でも付いてんのか。男はいずれ加齢臭という逃れられない運命が待っているというのに。そういや中学の頃は親父がやけに気にしてたな。確かにオッサン臭かった。

 

 

 

 

「さあ、朝ご飯を食べて準備が終わったら練習を始めますよ!」

 海未の声にみんなが反応する。それぞれが別荘へ戻って行くのを後ろから見ながら、何故だか笑みが零れる。9人の女神は、確かに1つになった。最初からμ'sの成り行きを見てきた俺にとってそれは、自然と笑みが零れるくらいには嬉しい事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 合宿は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 やろうと思えば全員最初から集中できていた事もあって、特に問題もなく練習も進み滞りなく終わる事ができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 岡崎拓哉も、東條希も、絢瀬絵里も、西木野真姫の問題はこれで終わりだと安心していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし。

 まだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当の西木野真姫の問題は終わってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


見てくれている人はちゃんとその人を見ているのです。
今回で合宿編が終わり、次回はノーブラ回(意味深ではない)に入るかと思われますが、その前に少し海未のSID編を1つ挟もうかと思っています。
察しの良い人ならもう何の話をするのかお分かりになっているかと思いますが、まあ、上条……ゲフンゲフン、岡崎に活躍してもらいたいのでね(笑)


いつもご感想高評価(☆9、☆10)をありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆9、☆10)を入れてくださった、


くりとしさん(☆10)、つんつん。さん(☆10)


計2名の方からいただきました。本当にありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆9、☆10)お待ちしております!!



さて、つい先日鍵のすけさん主催『ラブライブ!サンシャイン!』の企画小説が全て終わりましたが、その中に私が書いた作品もありますので、良ければ是非見て下さい!!
私の作品は『空白のページに願いを』というタイトルですので、ご感想などがあればあちらの方でご感想を書いてくださると助かります。




そして、6月より新作も始まります。まだ日にちは決まっていませんが、6月中には始まります。


↓以下、新作のあらすじ。



『奇跡と軌跡の物語』とは別に、もう1つの物語が始まる。


 それは日常ではなく、どうしようもない悲劇だった。
 岡崎拓哉を恨む何者かによってマインドコントロールされたμ's。それによる使命は、岡崎拓哉を殺せという命令だった。
 しかし、それは純粋な悪意の話ではない。彼女達は自分の愛によって、様々な武器を用いて岡崎を殺そうとする。

 
 彼女達の歪んだ愛(殺し)が、容赦なく岡崎に猛威を振るう。



 何が何だか分からないまま彼女達に命を狙われる岡崎。何度も彼女達に傷付けられ、死に掛けた。



 そして。


 そして。


 そして。



 少年は、再び彼女達と笑い合える日常へ戻るために、拳を握った。



 彼女達を元に戻し、黒幕を探す物語が、始まる。



 『ラブライブ!~悲劇と喜劇の物語~』



 6月―――――始動。


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61.後輩

どうも、今回からSID+オリジナルエピソードです。

でも今回は完全オリジナルです。
序盤からたま~に伏線であいつなどの名称呼びで出てきていたあのキャラがようやっとでてきます。

そんなお話。


では、どうぞ。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが神保町……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 地元の駅前で1人ポツリと呟いた少女がいた。

 肩まであるかないかくらいの茶色がかった髪、胸は()()1()()()にしては周りの女子よりもあった。スタイルからして、容姿からして、軽々と美少女と言っても過言ではない少女だった。

 

 高校の制服を着ているあたり、既に下校しているのは言うまでもないが、少女の家が神保町にあるのかと言えばそうでもないのである。むしろ少女の家から遠ざかっていた。神保町まで来たのには、もっと別の目的があるから。

 

 

 それを自らの口から出す事によって、わざわざここまで来た目的を再確認させる。

 

 

 

 

 

「待っていてくださいよ、先輩……」

 

 

 

 

 

 先輩。

 それを口に出して頭に思い浮かべるはたった1人。

 その少女が唯一、親を除く男という括りの中で最も信頼している少年がいた。

 

 

 茶髪のツンツン頭の少年。

 中学の時に少し問題事が起きた時、自分が被害者になりかけたとこを真っ先に助けてくれた少年がいた。その時に何があったのかはその少女と少年、その当事者にしか分からない。

 

 

 

 ただし、その一件で少女は面倒な事にその少年に恋をした。とんでもなく鈍感で、唐変木で、こちらに一切興味を示さないような少年に。美少女が故に言い寄ってくる男子は何人もいた。その全てをパシリとしてこき使い、弄んだ。

 

 どれもが遊びでしかなかった。言い寄ってくる男子はいても誰とも付き合った事がなく、このまま使用人みたいな事をしていれば、いずれ付き合えるのではないかという根拠もない希望を勝手に抱いて自ら動く男子ばかりいた。

 

 だから。

 その少年も“それ”だと思った。良いとこを見せたいから、それで惚れろと言わんばかりに助けたんだと思った。しかしそれは違った。助ける事だけを考え、そのあとは全然接触してくる事はなかった。

 

 他の男子とは違う。その少年だけは下心など一切なく、ただ純粋に助けてくれた。気付けば恋心を抱き、自分から積極的に少年へしつこく絡みにいった。だが、少年にはいつも『あざとい』、『げっ、またお前か……』、『金はやらんぞ小娘』、『俺はパシリじゃねえ』とあしらわれるだけだった。

 

 今まで男子に媚びて生きてきたのが仇になり、いつものやり方で迫っても何の意味がなかった。だから、ならば、数で押す。何回でも何十回でも何百回でもアプローチをする。いつかは気付いてもらうために。

 

 

 

 だからこそ、少年が通っていた高校まで追いかけた。

 

 

 

 だから。

 なのに。

 

 

 

 入学した時には少年は既に学校からいなくなっていた。

 正確には学校生活が始まる少し前、簡易的なメールが一応送られてきたのだ。

 

 

『悪いけど、春から転校する事になった。少しの間だったけど、楽しかったぜ。じゃあな』

 

 

 と。

 

 

 前々から少年の通っている高校へ行くと言っていたから、一応その少女にも一斉送信メールが送られてきたのだろうと予測はできた。

 だからそれを含めちゃんと返信もしたのだ。

 

 

『何であたしに何も言わずにどこか行っちゃうんですかー!どこに転校するんですか。教えてください。1年経ったらそこに行きますので』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 返信は、なかった。

 

 

 

 

 

 

 

(ほんと……どこまでもあたしを弄んでくれますよね……)

 

 

 

 

 なので、来た。

 神保町に。

 

 

 幸い少年の中学からの友達が高校にいたからどこの高校に行ったのかも無理矢理吐かせた。何なら住所まで吐かせた。それに時間を浪費しすぎて時間は掛かったが、ようやくここまで来た。ミッションはもうすぐで達成される。

 

 

 さあ、前置きはここまでにしておこう。

 

 

 

 少女は改めて前を見据える。今なら運が良ければ少年の下校タイムに突撃できるはずだ。ならば、あとはどこへ向かえばいいか自然と頭に浮かんでくる。

 音ノ木坂学院。1年前から共学になったばかりの元女子高。そこに少年は通っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……愛しの後輩がすぐに会いに行きますからね」

 

 

 

 不敵な笑みを浮かべた瞬間。

 誰もが驚くようなスピードで少女は走り出した。

 

 

 ギャグマンガで例えるなら、少女が走り去ったあとには砂煙が続いているような、そんなスピードで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 小さな波乱が、少年少女達へ迫る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰りにどこかでアイスでも買って帰るか」

「たくちゃんの奢りだー!やったー!!」

「俺がいつ奢りだと言った?ちゃんと話聞いてた?」

 

 

 

 

 そんなよくある夏の学校帰りだった。

 練習も終わり、俺もメンバーと一緒に全員で帰路についていた。

 

 

 

 

 

 

「えー!暑い中練習頑張ったんだからアイスくらい奢ってくれてもいいじゃーん!」

「俺だって暑い中じっとしながらずっとお前らの練習を見てたんだぞ。何なら動いてるお前らよりジワッと汗が背中から垂れる気持ち悪さを分かってほしいくらいなんだが」

「海未ちゃん、明日の1限目何だったっけ?」

「数学です」

「話すら聞いてない……だと……!?」

 

 こいつ、コンビニ行ったら成り行きで買ってもらおうとしてやがるな。その戦法はもう何十回と引っかかってんだよこっちは。もう騙されねえからな。絶対買ってやんねえし!!……何十回って騙され過ぎかよ俺。

 

 

「いいじゃない、たまには私にも奢りなさいよ拓哉~」

「そういうのは普通先輩がする役割っていうのを知ってるか。あとあざとい」

 いきなり穂乃果に便乗してきたにこが俺の腕に絡んできた。ふん、いくら奢った事ないにことはいえ、ここで折れたら確実に穂乃果やその他面々も便乗してきそうだから絶対奢らないからな。

 

「あざといって何よッ!アイドルってのはそういうもんなのよ!!」

「仮にもアイドルがそれを言うなよ」

 アイドルはあざといって認めちゃったも同然だぞそれ。アイドルの意識高い系(笑)のにこが認めたらもうあれじゃん。確定じゃん。アイドルあざといじゃんやっぱり。

 

 

「そういや結構前の通学途中でさ、たくちゃんの前の学校に1つ下のその、あざとい?後輩がいたんだったよね?何か思い出しちゃった」

「1つ下って、凛達と同い年って事かにゃ?」

「それ以外にないでしょ」

「あー、うん。いたな。……嫌な事思い出させんなよ穂乃果……」

「そこまで嫌なのたくちゃん……」

 

 嫌も何も俺が自分からあまり関わりたくないと思ったくらいなんだぞ。そりゃめんどくさいからに決まってる。何故か俺の周りには厄介事を持ってたり持ってきたりするヤツらが多いんだから余計にな。

 

「どこまでなのよその子……」

「多分にこ以上だな。いや、確実に」

「私より……ですって……!?」

「オイ、それ自分があざといって100%認めた事になるぞ」

 

 うん、にこよりも圧倒的だな。にこのは余裕で計算だってのが分かる。もう透け透けだ。特にスケベな意味ではない。“あいつ”のはもうそういうレベルじゃない。計算なのか素なのかすら曖昧なレベル。

 

「にこっちは確かに分かりやすいもんなあ。その拓哉君の後輩ちゃんって、どのくらいなんかな?」

「んー、結構言いづらいんだけど、にこが分かりやすいあざとさって言うなら、“あいつ”のは()()()()()()()()あざとさだな」

「どういう事、ですか?」

「どう言ったものかねえ……」

 

 花陽の疑問の視線が痛いでござる。同い年なのに“あいつ”と花陽では素直さに雲泥の差があるな。やっぱ同じ後輩でも花陽が特に可愛いと思うのは、“あいつ”との差が大きすぎるからだな。うん、花陽可愛い。

 

「にこみたいな分かりやすいあざとさならまだこっちも対応しやすいんだよ。計算してるってのが分かるぶん、勘違いはしなくて済む。でも“あいつ”の場合はあまりにも露骨すぎて、それが計算なのか素なのか判断がつかないんだ」

「という事は、にこっちはまだまだ未熟って事やな」

「にこちゃんなら仕方ないにゃー」

「ぬわぁんですって~!!」

 

 オイ、話の途中だぞ。そっちから聞いてきたんだからちゃんと聞きなさい。

 

「とりあえず“そいつ”は、どこまでが計算でどこまでが本気なのかが分からない。どこをどう見ても裏が読めない。そんなヤツとめちゃくちゃ関わりたいって思えるか?しかも向こうからやたらと絡んでくるんだぞ。意図が分からん。いつ利用されるかもな」

「うーん……まあ、相手がたっくんなら仕方ないの、かも……?」

「なん……だと……!?」

 

 どこが仕方ないんだ……!?俺なら甘やかすとでも思っているのか。ははっ、ご冗談を。俺はそんなに甘くないんだぞ。……穂乃果達にめっちゃ甘いわ俺。何回アイス奢らされてんだろう。

 

「でもあれだよねっ。こんな話してたらその子がここまで来たりして!」

「穂乃果、おいアホノカ。お前この前の通学時でもそんな事言ってたろ。やめろ、本当にヤツなら来かねないから」

「アホノカって何さ!!何も言い返せないじゃん!!」

 いやそこは頑張って言い返してこいよ。お前今最上級にバカにされてんだぞ。あれか、俺に言われ過ぎてもう慣れちゃったか。それならさすがに少し罪悪感あるから謝ってやるぞ。アイス1本だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

「え?今、何か聞こえなかった?」

 絵里の突然の言葉に、全員が振り返る。

 

「何も聞こえなかったけど……」

「わ、私も聞こえました」

「花陽も?」

 絵里の他に花陽も聞こえていたようだった。

 

「何て聞こえたん―――、」

「――――ぱ―――――いっ」

「……聞こえたな」

 何となく、何かが聞こえた。このタイミングで全員が聞こえたらしい。だが、その正体が分からない。なのに、何故だか嫌な予感がした。

 

 

 岡崎拓哉は知っている。

 経験則で知っている。

 

 

 こういう時の俺の嫌な予感は、ほぼ確実に当たるという事を。

 

 

 

「な、なあ、今すぐここから離れな―――、」

「あ、何かあそこから誰か来るよ!」

「え?」

 ことりの指さした方へ視線をやる。

 

 

 誰かが走っているようだが、砂煙が舞っていてまだよく見えない。というか砂煙舞うってどんだけ早いんだよギャグかよ。何かの補正でもかかってんのか。そして、距離が近づいたからか、次に発せられた声はちゃんと聞こえた。

 

 

 

「せんぱァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああいッ!!!!」

 

 

 

 

 否。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞こえてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、な……なっ……!?」

「拓哉の方を見て言ってるようだけど、こっちはこっちで言葉にならない様子ね」

「先輩って言ってるけど、あれってもしかして……拓哉くんの後輩かにゃ?」

 

 

 

 何でヤツがここに……ッ!?

 

 

 

 

「悪いけど俺は先に帰らせてもらうッ!!というか逃げる。あいつから今すぐ逃げる……ッ!!」

「おぉ、たくちゃん早い早い」

「どんだけ嫌なんですか……」

 それはもうボルトも驚きの早さで走りだす。やっぱそこまでスピードは出ない。けど、自分の出来る全速力で逃げる。今あいつに捕まったら何を言われたりされるか分からん。触らぬ神に祟りなしってな!!

 

 

「せえええええええええええんんんんんんんんんんぱあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああいッッッ!!!」

「う、うォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?」

 

 何だあいつ!?あんな早かったか!?どんどん距離が詰められ――――、

 

 

「せんぱァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」

「来るなァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああばごぶふぅッ!?」

 

 後ろから思い切り突撃された事によって、俺はそいつ諸共地面を何メートルか転んだ。普通に痛い。つうか早すぎるだろこいつ……。どこからそんな謎エネルギーが出てくるんだ。

 

「お、あ、いっづ……」

 転んだ痛みを耐えていると、背中から誰かに抱き付かれている感触が分かる。言わずもがなヤツだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「愛しの後輩、桜井夏美(さくらいなつみ)が会いに来ましたよ、先輩!!」

「来なくていいわ!!何でそんな足早いんだよお前そんなキャラじゃなかっただろ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桜井夏美。

 こいつが俺があざといだの読めないだとあまり会いたくないだのと言っていた後輩である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まず、あたしと再会して何か言う事がありますよね……?」

 お互い道端で倒れ込んだまま、それなのにそれを意に返さず桜井は問うてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから俺も何も気にする事なく、言ってやろう。これでも一応せっかく再会したんだしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、桜井が俺に求めてたであろう満面の笑みで言ってやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「回れ右して家に帰れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後に。

 後輩からの華麗なグーパンチを貰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?


ようやっと岡崎の前の学校の後輩キャラが出てきましたね。
桜井夏美。このキャラがどういう役割で、岡崎とどういう関係で、前の学校で何があったのか。それはまた今後に(笑)


いつもご感想高評価(☆9、☆10)をありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆9、☆10)お待ちしております!!



以下、新作告知です。




『奇跡と軌跡の物語』とは別に、もう1つの物語が始まる。


 それは日常ではなく、どうしようもない悲劇だった。
 岡崎拓哉を恨む何者かによってマインドコントロールされたμ's。それによる使命は、岡崎拓哉を殺せという命令だった。
 しかし、それは純粋な悪意の話ではない。彼女達は自分の愛によって、様々な武器を用いて岡崎を殺そうとする。

 
 彼女達の歪んだ愛(殺し)が、容赦なく岡崎に猛威を振るう。



 何が何だか分からないまま彼女達に命を狙われる岡崎。何度も彼女達に傷付けられ、死に掛けた。



 そして。


 そして。


 そして。



 少年は、再び彼女達と笑い合える日常へ戻るために、拳を握った。



 彼女達を元に戻し、黒幕を探す物語が、始まる。



 『ラブライブ!~悲劇と喜劇の物語~』



 6月―――――始動。





日にちはまだ決めてないよ!


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62.素か計算か

どうも、順調に更新速度を戻していけていますね(多分)。

今回は執筆できる時間が多かったので、久々にボリュームたっぷりでお届けできるかと思います。


では、どうぞ。





 

 

 

 

 

 

 

 

 道端に男女が2人ほど倒れ込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 もっと正確に言えば、少年の方は完全に倒れていて、もう1人の少女はその上に跨っていた。

 傍から見ればいかにも道端でイケナイ事をしているようにしか見えないが、当の倒れている少年からしてみればそんな事知るかと一蹴するくらいに叫ぶだろう。しかし叫べない。

 

 何故なら、たった今跨っている少女に顔面グーパンチをモロに頂戴したからである!!

 

 

 

 そこに、それを遠くから見ていたμ'sの面々が駆け寄ってくる。

 

 

 

「あれま、たくちゃん大丈夫?」

「う、うぶぅ……」

「ダメみたいですね」

 珍しくノックアウトされていた。

 

 

「まったく……先輩があたしから逃げようとするから悪いんですよっ!普通なら久しぶりの再会なんだから快く走ってきたあたしを先輩の胸で受け止めるのが定石ってもんでしょ」

「それはそれで私達がちょっと困っちゃうんだけどね……」

 少年に説教のつもりでぶつくさ言っていたら思わぬ方向からの口だしによってあざとい少女は気付く。それでも少年の上から退く気配すら見せず、そのまま少女は穂乃果達を見てハッとした顔になりながらも言った。

 

 

「あっ、あなた達がスクールアイドルのμ'sですか?」

 まるでどこかで自分達を見て知っていたかのような口ぶりだった。

 

「え?あ、そうだけど……私達を知ってるの?」

 何となく、μ'sのリーダーという事で代表して穂乃果が話す。

 

 

「ふっふーん!当たり前ですよ!スクールアイドル『μ's』。それは今最も注目を集めているグループですからね!」

「え?そうなの?」

 穂乃果の振り返り聞いた事で、スクールアイドル事情に詳しい(大のアイドル好き)花陽がそれにおろおろとしながらも応える。

 

 

「は、はい……。絵里ちゃんと希ちゃんが入ってから私達はネットの中でどんどんと“噂”が広まっているみたいです」

「“噂”?」

「短期間でランキング上位にまで急激に上り詰めたスクールアイドル、という理由で注目度も上がっていって……うう、自分で言ってて恥ずかしいよ~……」

「というか、私達は定期的にネットをチェックしているんですから穂乃果も知っていて普通でしょう」

「いや~、私コメントとかランキングしか基本見ないからそこら辺はちょっと曖昧なんだよね~!」

 

 

 海未を始め、数人が溜め息をつく。これがμ'sのリーダーなのだから。

 だが穂乃果の凄いところは本番でいつも発揮される。練習の時にだって時に出る穂乃果の言葉に感化される者も多い。つまり普段が普段でも、いざという時は皆を奮い立たせる事ができる重要なキーパーソンでもあるのだ。

 

 

「そういえば、私達の事に詳しいようだけど、アイドル好きなの?えっと……」

 拓哉からあざといと言われているこの少女。そういや穂乃果達はまだ名前を知っていなかったのを思い出し、それとなく聞き出す。少女もその意図を理解し、拓哉に跨ったまましっかりと答えた。

 

 

「おっと申し遅れました。あたしは桜井夏美(さくらいなつみ)って言います。先輩が前に通っていた正英(せいえい)高校に通っている1年生ですっ。以後、お見知り置きをっ☆」

 途中までは普通だった自己紹介。それが最後の最後で穂乃果達の目からは普通には見えなくなってしまった。この夏美とかいう少女。いつもにこがやっているにこにーポーズのように、片手を横ピースに変えて目元に添えて言った。まるでここで自撮りをしているかのように。

 

 

「お、おおう……これは中々インパクトのある自己紹介だね……」

「なっ……、この私よりも自然に、ナチュラルにああいうポーズをするなんて……違和感がどこにもないじゃない……ッ!?」

 にこの言う通り。いかにもそれがいつもやっているからこその自然さ。カメラを向けられたから自然とピースをするように、挨拶されたから挨拶を返すくらいナチュラルに。夏美はそれをした。

 

 

 いや、拓哉の話によると、それすらもあざといから来る計算なのか……?それとも本当に素でやっているのか……?一体どっちなんだ……?

 

 

 誰もが疑問を抱いている中、そんな事に気付いているのか気付いていないのか、それすら勘付かせないような態度で夏美は言葉を続けた。

 

 

 

 

「ちなみにアイドルには興味ありません!」

「…………え?」

 思わず。思考を巡らせている途中に言われた事に理解が追いつかなくて穂乃果の口から素っ頓狂な声が出た。

 

「でも、それにしては私達の事をよく知っているわよね?」

 いち早く思考を切り替えた絵里が穂乃果に変わって質問をぶつける。それに対しても夏美はまるで最初からそれを言うために準備していたかのように即答した。

 

 

「そりゃまあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……、」

「先輩が必要以上に関わっているのがμ's。だったらそれを調()()()()()。ほら、()()()()()?」

 全員の言葉が、詰まる。いや、出そうとしても中々出てこない。

 今の発言で完全にμ'sは理解した。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 おそらく少年は少女の好意に気付いていない。今起きている現象も、中学生の時にも、色んなアプローチをしてきたのだろう。それでも少年はこれっぽっちも少女の好意に気付いていない。むしろ煙たがっているくらいだ。

 

 あらゆるアプローチの手段が通じない。その結果、少女が得たのはあからさまなアプローチ。並びに少年の周りの環境の調査。その2つに集約されていた。

 少年が周りでどんな関係を作っているのか、それは男子が多いのか女子が多いのか、そういう事を含め事細かく調べる。それが桜井夏美のやり方の1つだった。

 

 

「だからあなた達の事も大体は把握してます。先輩の大事な守るべき人達だって事も」

 目を細め、意味深に聞こえるような声音で言った。この少女からしてみれば、少年の事を好いているこの少女からしてみれば、少年のそばにいるμ'sは警戒対象に入っていてもおかしくないのだ。

 

「それに、高坂穂乃果先輩、園田海未先輩、南ことり先輩が先輩の幼馴染だって事も知ってます」

 途端に、背中から嫌な汗が滲み出てくるのを3人は感じた。この少女は、一体どこまで自分達の事を知っている……?どこまで把握していて、何を意図してこんな事を言っている……?

 

 疑問の上にさらに疑問が重なっていく。こちらのこの少女に対する判断材料は、今倒れて跨られている少年から聞いたとんでもなくあざといという事だけ。それに対しこの少女には、μ'sの事ならまだしも、下手すると個人の情報までも知られているかもしれない。

 

 そんな不安を、疑問を穂乃果が聞こうとしたその時。

 

 

「でもまあ、だからどうっていう事でもないんですけどね~!」

「……え?」

 急にあっけらかんとした態度になって言う少女に、もう何度目かも分からない疑問符が浮かぶ。

 

 

「元々先輩から幼馴染の人達の事は聞いてたし、他の人のは調べたにしてもあくまであたしの憶測だし、それにいざ会った時に早く仲良くなるための口実みたいなものですしっ!」

「仲、良く……?」

「私達、とかしら?」

 穂乃果と絵里の疑問にはい!と元気よく返しながら少女が続けた。

 

「その様子だと先輩からあたしの事を一応聞いた事あるっぽいですけど、あまり良い事を聞いたって顔じゃありませんよね~。基本この人はあたしの事あざといの一言で切ってくるし……あざとくないのにー」

(いや、大分あざとく感じるよ……)

 と思ってる事を口には出さない穂乃果。

 

「まあ先輩からそういう認識で見えてるように、あたしってそういう風に見えるらしくて、そのせいで昔から女の子の友達とかいなかったんですよー。男友達はみんな自分からパシリみたいになるから友達ってわけでもなかったし」

 サラッと友達いない宣言という何気にダメージのでかい事を言う夏美。しかし昔からという事もあってか対して気にしていないようでもあった。

 

「だから“先輩”のお仲間である皆さんなら、こんなあたしでも仲良くしてくれるかなーと思いまして、普段より一層に調べさせてもらいましたっ!!」

 ビシッと敬礼しながら言ってきたあざとい夏美。この行動が何とも言えない感じを醸し出しているが、仲良くしたいというのは嘘ではなさそう……?ではあった。

 

「そ、そうなんだ……。私達はもちろん夏美ちゃん、でいいかな?と仲良くしたいと思ってるよ」

「わー!本当ですか!?良かった~、あたしも“先輩の友達”なら信用しても大丈夫かなと思ってたので良かったですー!」

 過剰に反応している夏美を見て、本当にこの少女には友達と呼べる者がいなかったんだとようやく分かった。“先輩の友達なら”。それはつまり、夏美が信用している少年の友達の穂乃果達だからこそ、信用に値するんだと思っているような口ぶり。

 

 

 

「ッつつつ……、重いと思ったらまだ乗っかってたのか……そろそろ退けよ桜井……」

 するとようやっと件の少年が目を覚ました。乗っているのが夏美だと分かった瞬間に何とも容赦のない言い方である。

 

 

「あー!先輩女の子に重いとか言ったらダメなんですよー!先輩にはデリカシーが足りないですっ」

「うるせえさっさと降りろ。何も知らない人にこんなとこ見られたら俺の社会的立場が一気に居場所を無くしちまうんだよ」

「だったらあたしと2人で逃避行でもしましょうか!!」

「はいはいあざといあざとい。というか元凶が何進んで言っちゃってんだよ計算通りか?お?」

「先輩はまずあたしの言う事を素直に受け入れる事から始めるべきだと思います」

「お前も俺の上から素直に退くべきだと思います」

 

 

 ようやく拓哉の上から退くあざと少女夏美。その顔は全然言う事を聞いてもらえなくて拗ねた少女の顔そのものだった。

 拓哉が起きた事で、ようやっと役者が全員揃った。

 

 

「で、俺がこいつのストレートをもらってる間に、こいつに何か吹きこまれてなかったか」

「吹きこまれるって……先輩ヒドイですっ」

「黙らっしゃい。そう思うならもうちょい素で話せ」

 拓哉に向かってぶーぶー言っている夏美を苦笑いで見ながら、穂乃果は拓哉からの質問に答える。

 

「私達は、ただ友達になっただけだよ。ねっ、夏美ちゃん!」

「ッ……、はい。あたし達、友達になったんですよ、先輩っ!!」

「……、そうか」

 穂乃果と夏美の言葉を聞いて、拓哉は一瞬何か安堵したような表情を浮かべた。それは今までロクに女友達がいなかった夏美にようやく女友達ができて安心したのか、中学の時に起きた出来事を話してなくて安心したのか、それは少年にしか分からなかった。

 

 

 それを悟られないようにすぐに拓哉は呆れた表情を作る。

 

 

「でも、お前らと桜井が友達か……この先が不安だなオイ……」

「それってどういう意味ですかーっ!」

「お前が穂乃果達に余計な事言って面倒事に巻き込まれないかが不安って事だ。ただでさえこいつらだけでも色々と面倒事持ってくるんだから」

「女の子にそんな事言うって……先輩ちょっとそれじゃモテないですよ」

「そうだそうだー!」

 

 抗議してくる厄介女子2人を意に返さず拓哉は言う。

 

「ハッ!何なら画面の中にでも彼―――、」

「「それはダメ」」

「お、おう……。何で桜井までそこは敬語外れてんだよ……」

 少年は気付いてない。今ここにいる複数人は少年に少なからず好意を抱いているという事を。だからこそ、画面の中という2次元へ逃避しようとするのだけは絶対に許すわけにはいかない。2次元に負けたくないという女の子の謎のプライドである。

 

 

「ったく……、まあいい。ここからは本題に入るぞ」

 頭部を軽く掻きながら、拓哉は夏美へと顔を向ける。それに合わせてμ'sの面々もそれに釣られる。

 

 

 

「桜井、何でこんなとこにまで来たんだ」

 そもそもの疑問だった。好意に気付いていない拓哉からしてみれば本当にそこが分からなかった。あれだけあからさまに煙たがられれば自然と自分に関わってくる事はなくなると思っていた。

 

 しかし、夏美はそれを気にする素振りも見せずにいつも近寄ってきたのだ。何度も何度も。だから、拓哉はそんな夏美をあざといと判断した。そこまで近寄ってくるという事は、何かしらの理由があるからに違いない。

 

 まあ、理由があるにはあるのだが、この鈍感ヘタレ唐変木少年はそれに気付くはずもなく、ただただこの少女は計算してそういうキャラを作っていると判断し、あまり好まない。だけど、それとは裏腹に、この少女は現にここまでやってきた。

 

 

 その疑問。

 対して。

 

 

 少女は一瞬だけキョトンとしたと思うと、すぐに両手で軽く拳を作り、それを顎のとこまで持ってきて言った。

 

 

「決まってるじゃないですか。先輩に会うためですっ♪」

 いわゆる女子特有の最強ぶりっ子ポーズだ。

 

 そこいらの男どもならこれで軽くイチコロだっただろう。少し頼めばジュースの10本や20本くらい買ってきそうなのだが、我らが最強鈍感ヘタレ唐変木主人公岡崎拓哉は一筋縄ではいかない。

 

 よって。

 

 

 

 

 

「うわぁ……」

 最大限のドン引きだった。

 

 

「ちょっ、さすがにその反応は傷付きますって!!」

「……いやぁ、だってお前、それ……古いわ~。あざとい通り越してもはや古いわ~」

 拓哉もこのあざと少女と伊達に中学から2年関わっていない。扱いも基本的に慣れている。夏美が楽しそうに話しかけて拓哉が面倒くさそうな顔をする。夏美がいかにもあざとい事を言って拓哉がそれを軽く受け流す。

 

 

 その姿はまるで……。

 

 

 

「何か、こう見てると凄く仲良いよねたっくんと夏美ちゃん……」

「遠くから見たら世話焼きする彼女さんとだらしない彼氏さんみたいやな~」

「誰が仲良くて彼氏だッ!!ありえねえわ!!」

「えへへ~、あたし達って傍から見るとそう見えるらしいですね先輩~」

「うるせえ暗くなる前にとっとと家に帰ってくつろいでろ!」

「厳しさの中に垣間見える優しさがいかにも先輩らしいですね……」

 

 

 ギャーギャー言い合う少年少女をμ'sメンバーはそれを呆れながら笑う。拓哉があんなにも恐ろしいように言っていたから不安だったが、実際ではこんなにも明るく、()()()()()()

 

 分かりやすいというのは、夏美が明確に拓哉を好いているからこそ、わざとああいう一見あざとい態度をとっているのだと。実際はどうなのか少し定かではないが、少なくともとんでもないくらいの悪意はないようだ。

 

 

 ……いや。

 

 

 拓哉に好意を抱いている複数のメンバーからしてみれば、夏美は相当な脅威ではあるのだが。

 

 

「(……あれ、ことりちゃん海未ちゃん。これって結構とんでもないライバル現れちゃったんじゃないかな!?)」

「(幸い拓哉君が夏美さんのアプローチを一蹴しているのが救いですが……このままでは危ういかもしれませんね……)」

「(私達ももっと分かりやすいアプローチしないといけないって事かなあ)」

 拓哉大好き幼馴染組はさっそく小声でプチ会議を開いていた。今までの自分達の些細な頑張りのアプローチにまったく狼狽えない(穂乃果達がそう見えてるだけで実は拓哉には効果抜群)のは、夏美の大胆あざといアプローチのせいだと判明したからである。

 

 

「それで、何で今日いきなりこっちに来たんだよ。来る前に俺に連絡してくるとかできたろ」

 夕方とはいえ、もう夏だ。じっとしたまま立ち話をしているだけで汗がジワリと出てくる。というわけで移動しながら会話を続ける事にした。

 

「……先輩、今先輩の携帯の中ではあたしのアドレスの扱いはどうなってますか」

「あん?そんなの受信拒否リストや着信拒否に入れてるに決まって……ああ、だからか」

「連絡する手段ないじゃないですかー!!」

 素で忘れていたかのような拓哉の反応に結構本気で抗議する夏美。会話の内容と実際に見ても、仲が良いのか悪いのかはっきり言って微妙なとこである。

 

 というよりも。

 

「(夏美ちゃん、あんな扱いされてるのにも関わらずたくちゃんを全然諦めてないよにこちゃん……)」

「(あれはもはや神経が図太いってレベルじゃないわね。穂乃果も幼馴染ならあれくらいしないと勝てないわよ)」

「(拓哉君から連絡拒否なんかされたら、私なら切腹します……)」

「「((自殺!?))」」

 小声でハモる穂乃果とにこ。それもそのはず、海未が割と本気で拓哉を好いているのは知っていても、切腹するまでとは。介錯は誰がするのか。

 

 

「今日来たのはあれです。先輩に会う事ももちろん目的の1つでしたけど、μ'sの皆さんに会ってみたいと思ってたのもあるからですっ」

「穂乃果達に?」

「ですですっ!」

 先頭を歩いていた夏美は止まって振り返るのと同時に、後ろを歩いていた全員も必然的に立ち止まる。

 

「先輩が小学生の時まで一緒にいた人達はどんな人なのか、今学校で先輩と一緒にいる人達がどんな人なのか、それを見にきたんです。……先輩が認めた人達なんだから最初から心配はしてなかったんですけど~、もし先輩を貶めるような人達だったとしたらあたし……」

 

 夏美の最後の一言で雰囲気がガラリと変わる。

 最初は普通の笑顔だったはずだ。それが何か、含みのあるような、何をしでかすか分からない不気味な笑みへと変わったような気がして、全員からじんわりと嫌な汗が流れそうになる。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()♪」

 

 

 

 冗談が、冗談に聞こえなかった。

 穂乃果達の額から流れた汗は、この暑さから出たものではないと何故かそう確信させた。

 

 本能。

 それが夏美相手に拒否反応を示した。この少女、下手すると自分達に何か危害を加えてきそうな、そんな予感が嫌でも思ってしまった。

 

 

 

 

 

 そんな時。

 夏美の頭を小突く者がいた。

 

 

 

「ったく、んなくだらねえ冗談言ってんじゃねえっての。お前の場合本当に何かやらしそうで見てらんねえんだよ」

 唯一、この場で何も感じていない少年。当の問題の中心に自分がいるとまったく気づいていない顔で、拓哉はやれやれと歩き出す。

 

 

 

「それに、いくら桜井でも……いや、お前だからこそもしこいつらに変な手を出そうってんなら、俺が全力でそれを止めるからな」

 

 

 

 変わらない。少年はどんな時であれ、μ'sを守る人という事実は変わらない。それがいくら級友でも、μ'sに手を出そうものなら容赦はないと言っているかのように。

 そんな拓哉の目を見て、夏美は一瞬考えて拓哉の隣へと歩き出す。

 

「……もー、そんな事するはずないじゃないですかー!分かってますよ~、先輩はμ'sの皆さんを信用していて、μ'sの皆さんも先輩を信用してる。だからそこに何の心配要素はないんだって事くらい」

「心配要素なら今までたくさんあったけどな……」

「でもどうせそれも全部解決してきたんでしょ?」

「……何とかな」

 

 まるで全部分かっているかのようなセリフ。でもそれが当たっているから何とも返しにくい。

 

「これからだって色んな問題や心配事があるかもしれない。でもそれを乗り越えていくのがあいつらであって、それを支えるのが俺の仕事だ。前も今もこれからも、それは変わらない」

「へえ~……」

 拓哉の返しに、夏美は手を顎に当て少しだけ何かを考える素振りを見せる。それさえ拓哉に見えるようにわざとらしく、可愛く見せようとしているのか計算なのか分からず終いで終わる。

 

 

 

 

 そして、何を思ったか夏美は拓哉より前へ、全員の前へ出た。

 

 

「ではでは、あたしはそろそろこの辺で帰らせていただこうと思いますっ!!」

「よーし、さっさと帰れー」

 突然の帰宅宣言。

 わざわざここまで来たのに、せっかく件の拓哉と会ったのに、1時間もせず、それは終わりを迎えた。

 

「え?さっき会ったばかりなのにー?」

 凛のあからさまな疑問にも、最初から答えを出していたかのように夏美は即答する。

 

 

「はいっ、今日は皆さんに会えただけで満足しましたし、先輩の居場所が分かったのでこれから来たい時にいつでも来れますしねっ!!」

「うぇっ……」

 これでもかと言うほどに嫌悪感丸出しの顔をしている拓哉に、夏美は何かを企んでいるような目で話しかける。

 

「いいですか先輩、ちゃんとあたしからの連絡を受け取れるようにしといてくださいよ?じゃないと休日とかアポなしで先輩の家に突撃しに行きますので♪」

「受け取れるようにしとくので頼むからちゃんとアポ取ってから来てくださいというか本音を言うならまず家に来ないでください」

 一言断りますと拓哉に言ってから、夏美はμ'sの方へ視線を移す。拓哉はと言えばトホホと軽く涙を流しながら携帯を操作していた。おそらく泣く泣く夏美のアドレスと電話番号を受け取り拒否から解除しているのだろう。

 

 

「今日は短い時間でしたがありがとうございましたっ。また近いうちに会いましょう!皆さんはあたしにとって初めてちゃんとした友達なのでっ!!」

 敬礼しながら言う夏美。不思議と、今の挨拶には何か嘘を言っているような感じはしなかった。ただ、夏美と同じ1年である真姫、花陽、凛の3人は1歩ずつ夏美に近づく。

 

 

「あなたも1年よね」

「?はい」

「なら分かってると思うけど私達と同い年だよ。だから違う学校だからいって敬語を使う必要なんてないにゃ!」

「……え?」

「そうです。……あ、私のはこれがちょっと癖みたいなとこがあるからあれだけど……同い年なんだから、今度は敬語なしでお話しようねっ。()()()()()

「ッ……」

 

 

 初めて。

 夏美が誰でも分かるくらいに表情を動かした。

 

 性格故に今までちゃんとした友達などいなかった。いても上辺だけの関係でしかなかった。同い年の友達なんて、いてもいないようなものでしかなかった。だけど、少年から自分の性格を聞かされていたはずにも関わらず、自分達からそう言ってくれた。

 

 その事実が、夏美の心を動かす。疑心から信頼へと。それはまだほんの少しのレベルなのかもしれない。友達というのはそんな難しく考えるようなものじゃないかもしれない。しかし、夏美は違う。

 

 まともな、純粋な友達がいなかったから、3人の言葉に信用していいのか迷う必要なんてどこにもなかった。自分がもっとも信頼している少年の仲間だから、迷いはなかった。先程言った品定めも嘘ではなかったが、それ以上の成果を獲得できた気がした。

 

 

 

 暫しの間、固まっていた夏美の表情が、優しく、柔らかくなる。

 

 

 

 

 

「……うんっ、よろしくね!」

「……、」

 

 

 その変化を見逃さなかった拓哉は、誰にも分からないくらいだったが、微かに微笑んだ。

 

 

(色々と予想外の事が起きてばっかだけど、桜井とこいつらが会ったのも、少しは正解だったかもしれないな)

 マイナス方面の事ばかりを考えていたけれど、最後のこの瞬間を見ているだけで何となく分かる事がある。このあざとい少女にとって、この出会いは決して悪い事ではなかったのだと。

 

 拓哉は思う。いらない事ばかり考えてそうなこの後輩だけれど、この少女達にくらいはもっと信頼して本当の友達のように振る舞ってくれればいいなと。少なくとも今の後輩の表情には、嘘偽りない笑顔がある。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「……では、桜井夏美。今日はこの辺で退散するでありますっ!サラダバッ!!」

 言うだけ言って猛スピードで走り去っていく夏美。最後の最後にまたもや横ピースで挨拶していくその姿は、やはりあの少女がただのあざとい少女なだけという事を感じさせる。あれも計算か素なのか、それは誰も分かっていなかった。

 ただ。

 

 

 

「何か……嵐のような子だったね」

「もはや台風ハリケーン並だにゃ~」

「あいつが通り過ぎたあとには、大抵俺の疲れ果てた姿があるという都市伝説があってだな」

 穂乃果達が隣を見れば、そこには文字通り疲れた表情をしている少年の姿があった。

 

「あいつの相手するのは神経使うから大変なんだよ……」

「の割にはちゃんと相手してたよね?」

「……まあ、そうしねえとあいつが変にお前らに絡みそうだからな」

 それを聞いて、少女達は少しほくそ笑む。表では文句を言っていても、何だかんだでずっとあの少女の相手をしていた。それは、少年のありふれた優しさがちゃんと表れている証拠だった。

 

 それは、いつも面倒くさいと言いながらも自分達の練習に付き合ってくれる姿と似通っていた。やはりこの少年はほっとけないのだ。少しでも心配要素がある者には、ちゃんと関わってくれる。そんな当たり前の優しさが、少年にはあった。

 

 

 

 

 

 だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はもうさっさと帰りたい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 疲れたのは周知の事実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイスの件はまた後日という事で、少年少女達は帰り道を歩いて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電車を待っていた。

 

 

 

 

 

 どちらかと言えば、その駅は少女がもっとも信頼している少年の地元の駅だった。

 

 

 

 

 

 桜井夏美は、今日あった数十分の出来事だけを思い返していた。

 

 

(久々に先輩と会えた。それはとても収穫になったけど……1番はやっぱりμ'sの人達と会えた事かな~)

 学校用の鞄を逆の手に持ち替えながら電車を待つ。

 

 実際問題、夏美がμ'sを品定めにやってきたのは間違いではなかった。もし本当にμ'sがあの少年を裏切るような事があれば、どんな手を使ってでも少年をμ'sから切り離そうとしていただろう。

 

(それが杞憂に終わっただけでも良しとしますかね~)

 電車が来る合図のアナウンスが流れる。これから来ようと思えばいつでも来られる距離で、絶対に来ようと思っている駅と暫しのお別れだ。

 

(それに……)

 電車が見えてくる。ガタンガタンと電車特有の線路を走る音が聞こえた。

 

 

 

(友達、か……)

 自分にしては珍しく相手と接している時に思考が止まった瞬間かもしれない。何なら少しμ'sをかき乱してやろうと思っていたが、最終的には自分が少しかき乱されたのである。

 

 

 

 

 

 

 でも。

 だけど。

 

 

 

 

 

(嫌なわけじゃない)

 

 

 

 

 

 自分の中をぐちゃぐちゃと気持ち悪いように混ぜられるわけじゃない。優しく、調和できるように混ぜられた。そんな感覚。電車が目の前に着く。軽快にそのドアは開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(早いうちにまた会いに行って、もっと仲良くなろっかなっ☆)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思考の中さえもそんなあざとさを見せながら、電車の中に入っていく少女の足は、とても軽かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女はまだ、全ての表情を見せてはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 さて、いかがでしたでしょうか?

 今回も完全オリジナルエピソードですね。次回からは一応真姫編にちゃんと入りますので……(震え声)
 どこまでが素なのか、どこまでが計算なのか、皆さまはお分かりになりましたでしょうか?神の視点で書いていても、曖昧なとこがありましたね?そこが夏美の恐ろしいところなのです(笑)
 決して悪い子ではないんですけどね……いや、ちょっと悪いかもだけどww


いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆9、☆10)を入れてくださった、


ちゃんモリ相楽雲さん(☆10)


本当にありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆9、☆10)お待ちしております!!




そろそろ新作も書いていきます。




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63.元凶の帰還。そして。



ども、色々あって投稿が1日遅れました、申し訳ございません。


今回から真姫脱退編突入!!


では、どうぞ。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、お帰り~お兄ちゃ……どうしたの、その疲れ果てた顔……?」

「ああ……唯、唯や……我が愛しき妹よ……その顔が見れただけでお兄ちゃんは少しだけ癒されたよ……」

「お兄ちゃんだから自意識過剰のつもりで言うけど、私を見て“少し”しか癒されないって、相当の事があったみたいだね……」

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで桜井と別れ、穂乃果達とも無事別れた俺は自宅へと帰宅した。

 

 

 しかし、唐突な桜井とのエンカウントにより俺の精神はズタボロなのだ。あの唯の顔を見ても少ししか癒されないなんてもはや重症だ。何なら末期だ。このまま玄関で倒れ込んで明日を迎えたい。……はい邪魔ですねさーせん。

 

 

 

 

 

 

「で、何かあったの?」

 ぐったりとした表情の俺に唯が問いかけてくる。ああ、心配してくれる唯がいるだけで俺は世界と戦えるよ……。鞄を唯に預け、そのまま質問に答える。

 

 

 

「……桜井と会った」

「……あ~、」

 言うと、唯もそれはしょうがないかな~みたいな表情になる。中学の間、俺と唯はお互い両親の家で別々に暮らしていたが、唯とはほぼ毎日連絡を取り合っていた。だからお互いの近況報告なども兼ねて愚痴ったち楽しい話をしていたりしていた。

 

 だから唯も当然俺からの愚痴として桜井を一方的に知っているのだ。ヤツがどんな性格なのか、俺に付き纏ってくるとか、そんな諸々を。同じ女の子から見ると桜井はいかにも敵みたいな認識があるみたいで、あのあざとさが何とも腹立つらしい。

 

 自分が可愛いとちゃんと自覚しているからこそあんな事ができるのであって、そういう自覚があるから他の女子からの嫉妬をよく買うみたいだ。何故俺がそんな事を知っているのかというと、ある一件でそれを知ったまでである。

 

 だから唯にもそれを話してみて、唯から見る桜井はどうなのだろうかと思ったのだ。あの唯でさえも桜井を腹立つと考えるのなら、それは相当なんだろうなと思いながら。しかし、唯の言葉は俺の予想を超えていた。……いや、超えてくれた。

 

 唯いわく、『人間なんだから色んな人達がいるのは当たり前の事だし、私は別に何とも思わないよ~』という事らしい。別段腹立つ事もないらしい、というかそもそも興味なさげなのは俺の気のせいだと思いたいが、マイナス方面で捉えられるよりかは数段マシだ。

 

 

「まあ、そういう女の子もいるし、お兄ちゃんも積極的に来てくれる女の子がいてくれた方が良いんじゃない?」

「積極的すぎて逆に怪しいんだよあいつは……。それに桜井の性格を知ってれば余計にな」

 あいつは自分がああいう性格してるって自覚してるからタチが悪い。絶対影で俺を金づるにしようとしているに違いない。俺の財布は俺が守る!!

 

「純粋な女の子が近くにいればいいのに……」

「お兄ちゃんの周りにいっぱいいるでしょ」

「穂乃果達はあれだよ……何か、こう、守るべき対象……みたいな?」

 実際μ'sである穂乃果達は贔屓目なしに見ても美少女ばかりで、純粋な子達ばかりだ。にこは少しアレだが。それを差し引いてもあいつらは女の子としての魅力は十分にある。

 

 しかし、やはり手伝いの俺から見れば、恋愛対象ではなく守るべき対象として考えてしまう。俺なんかがスクールアイドルである彼女達を恋愛対象として見ていいはずがないんだ。

 

 

「穂乃果ちゃん達、前途多難だなあ……」

「んあ?何がだ?」

 考え事していたせいで唯の言葉の意味がよく分からなかった。

 

「いや、何でもないよ~」

 靴を脱いでいる俺の後ろでクルクルと回り出す唯。何だよそれ超可愛いあざといのに超可愛い。ダメだ、唯を前にするとどんな考え事しても海の藻屑となって消え失せてしまう。唯マジ心の洗浄機。

 

 

 

「ん?」

 靴を脱ぎ、リビングへ移動しようとした時、何か違和感を感じた。後ろへ振り返る。違和感を感じた方へと視線を向ける。

 

 

 

 正確には、靴を脱いだ場所へ。

 

 

 

 

「誰の靴だ?」

 明らかに俺のではない、けれど唯や母さんが履くような靴でもない。大人の男性が履くような、そんな使い古されたサラリーマンが履くような靴が、あった。

 

 

「あー、やっぱお兄ちゃんのとこにも連絡いってなかったんだ……」

「連絡って事は……」

 それで大体の察しはついた。足早にリビングへと向かう。あの使い古された靴。見慣れてしまった黒い靴。小学中学の頃飽きるほど見た靴。その持ち主が、いる。

 

 

 

「うん、帰ってきてるよ。お父さんが」

 バッ!と、勢いよくリビングの方へ顔を出す。そこにいたのは。

 

 

 

 中学3年を共に過ごした、紛れもない、俺の父親。

 

 

 

 

 

 

 

 

 岡崎冬哉が新聞とコーヒーを両手に持って椅子に座っていた。

 

 

 

 

 

 

 俺に気付いた親父はコーヒーを置き、お気楽に手を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よお、ただいま、拓哉。……いや、今お前が帰って来たんだからおかえりと言うべきか……?」

 その声を聞いて安心する。ああ、俺の親父は今も元気に健在している。なら大丈夫だろう。何も心配いらないだろう。

 

 

 

 顔を俯け、腰を低くする。

 

 

 

「お?どうした拓哉?数か月とはいえ愛しの父さんと会えなくて寂しかったか?何なら父さんの胸へ飛び込んできてもいいんだぞ。高校生でも息子は息子だ。しっかりと受け止めてあげようじゃないか!!」

「……そうかい」

「お?」

「あ、お父さんこれ逃げた方がいいやつだよ」

 

 当人直々にそう言うんならもう遠慮はいらねえよな……。唯はもう何となく察したらしいが、もう止める気はないらしい。さすが唯だ、偉いぞ。

 少しずつ親父の方へ歩み、徐々に速度を上げる。

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

「さあ来い拓哉、感動の再会といこうじゃなぶぎゅるばァッ!?」

「いきなり転校しろだの手続きしただのと言って俺を追い出してよくもノコノコと帰ってきやがったなクソ親父喰らいやがれジャンピングニーバットォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

 両手を広げ大の字で無防備な親父へプロレス技、ジャンピングニーバットを直撃させる。いわゆる飛び膝蹴りである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この短期間で……また成長した、な……」

 

 

 

 

 

 

 

 大黒柱の父親は、息子によって沈められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、喰らった喰らった!拓哉もレベルを上げたなあ」

「あの直撃を喰らってものの数分で起き上がるアンタの頑丈さにビックリだよ」

 

 

 

 

 唯に氷袋を貰った親父はそれを頬に当てながら笑顔で話す。中学の頃、何回もこういう事が俺と親父の間にあったのだが、親父の頑丈さにいつも驚かされたものだ。親父いわく、『お前の拳なんて母さんの拳に比べたら何てことないさ』という事らしい。やっぱ母さんは怒らせないでおこうとまた心に誓った。

 

 

 

「で、何でいきなり帰ってきたんだよ。サプライズとか言った瞬間また殴るからな」

 今日でこういう質問するのも2回目でもうウンザリしてるんだけどな。桜井のあとに親父って、何でこうも疲れる相手ばかりしないといけないのか。そもそも桜井はまだしも親父は連絡してこれたはずだ。

 

 

 

「あれだ、普通に忘れてた」

「……、」

「お兄ちゃ、ちょっ、気持ちは分かるけど落ち着いて!そこのフォークは今関係ないから!晩ご飯まだだからっ!」

 唯に宥められ、仕方なく側にあったフォークを元に戻す。別に刺そうと思ったわけじゃないから。頭の中ぐちゃぐちゃにしてやろうかと思ったわけじゃないから。ホントダヨ?

 

 

 

「正確に言うとだな、途中で思い出して連絡しようと思ったんだけど、そうしようとすると何故かいきなりおばあさんが重い荷物持って困ってたり、道に迷ってそうな人がいたから案内してたり、気付いたらもう家に着いてた」

「……、はあ……」

 思わず溜め息が出る。俺の親父はこういうとこがあるのだ。困ってる人がいれば絶対に放っておく事ができない体質。大事な用事があっても困ってる人がいれば優先事項がそっちへと自動変換されてしまう。

 

 

 

 いわゆるヒーロー体質だ。

 

 

 

「何でこうも親父の周りにはそう都合よくトラブルが起きるんだよ。呪われてんじゃねえかアンタ?」

「お前が言うなお前が。起きてしまうんだから仕方ないだろう。それとも何か、お前はそういう人を見て放っておけるのか?」

「絶対に助ける」

「だろ?」

「ホントこの2人は……」

 

 何故か唯に呆れられた。やめて、お兄ちゃん悲しんじゃうよ。仕方ないでしょ、似ちゃったもんは。

 そう、俺が今の性格になったのは、親父の教育が1番の原因なのである。

 

 

 

 小さい頃から『困ってる人がいれば絶対に助ける事。自分から手を差し伸べる事』という教育をされてきた。まもなくして妹の唯が産まれてきたから余計親父の教育論は強まっていったのだ。

 

 だから、子供の頃からヒーローもののアニメや特撮やマンガを見て、今でもそれが続いている。親父にってのが腹立つけど、こういう性格になって後悔はまったくと言っていいほどしていない。

 

 だってそうだろ。俺のこんなわがままみたいな性格でも誰かを救えるんなら、それが1番なんだから。……ああちくしょう、何で親父が原因なんだ……。

 

 

 

 

「まあそういう経緯で連絡を忘れていたわけだ。母さんには既に連絡してあるから、その点については大丈夫だ」

「ああ、じゃあ母さんはもう速攻で帰ってくるだろうな」

 何せこの両親、年齢はそれなりだが、見た目は年齢の少し下に見え、しかも無駄にラブラブなのである。まあ夫婦になっても良好な関係でいてくれるのは息子としてはありがたいが、それにしてもである。

 

 仲良きことは良き事なり。それを体現したのがまさにこの両親だが、それを見させられる俺と唯の気持ちを分かって欲しい。小学生の時でもはや呆れの境地にまで達してるんだから、今だともう悟りの境地にまでレベルアップしてそうだ。

 

 

「それはそれとして、どうだ拓哉。今の学校生活は」

 急に話が切り替わる。さっきまでのふざけた顔とは違い、少し柔らかい、親の表情になった。

 

 

「あん?共学なのにも関わらず、唯一の男子生徒として満喫してるよちくしょう」

「ああ、その辺はもう唯から聞いたよ。何やら穂乃果ちゃん達と学校を救おうとしてるらしいじゃないか」

 いかにもニンマリとした笑顔でこちらを見てくる親父。さっきまでの親の表情はどうした。いきなり弄ってやろうみたいな顔しやがってぶん殴るぞ。

 

「……救おうとしてるのは穂乃果達だ。俺はただそれを手伝ってるだけに過ぎない」

「でも彼女達の貢献はしている。支えてるんなら、お前も十分に学校を救おうとしてるヒーローだよ」

「……、」

 ホント、この親は俺の事を見透かしてくる。思わず顔を逸らすが、それこそが親父の言っている事を認めてしまうという事実に他ならない。親父には俺の隠し事なんてほとんど意味ないのだ。

 

 

「それに……」

 しかし。

 

 

 

「女の子しかいない学校で、しかもその中のスクールアイドルの手伝いをしてるって……とんだハーレム青春してるじゃないか~」

「なっ……ば、違うっつの!!んなハーレム築いた覚えはねえ!!」

 いきなり何て事言いやがるこのクソ親父。ハーレムなんて二次元だから良いんだろ。現実でなったらとんでもない修羅場不可避だし問題しかねえじゃねえか。

 というか、

 

「つうか、親父が共学っつうから行ったのに男子1人もいねえし、しかも廃校寸前ってどういう事だコラッ!!まさか知ってたんじゃねえだろうなテメェ!!」

 俺が言いたかったのはこれだ。廃校寸前の学校に転校とか聞いた事がない。そもそもそんなのがあり得ていいのかとまで思っているくらいだ。親父と理事長である陽菜さんは知り合いだ。

 

 つまり、この2人だからこそ、こんなあり得ない話もあり得てしまったのではないか?というのが俺の推測だったのだが。

 

 

「ああ、知ってたよ」

 あっけらかんとそれに答える親父。

 

「と言っても南さんと話してその時にようやく知ったんだが、それで余計お前を転校させようとしたんだ」

「……どういう、事だよ」

「元々は普通に転校させようとしただけだった。でも実際に話すと、既に音ノ木坂は廃校寸前だって知らされた。じゃあここで俺から拓哉へとても簡単な質問をしよう」

 人差し指を立て、いかにもクイズ番組を思わせるかのような声音で、親父は俺に問いをした。

 

 

 

 

「俺がそれを聞いて、黙ってはいそうですかと終わらせるように見えるか?」

 

 

 

 

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

 

 

 

 

「その沈黙が答えだな。そう、学校は廃校寸前、だが俺は何もできない。……でも、もしも廃校を何とかしてくれるかもしれない者がいるとしたら?それがまさにそういう性格で、困っている人がいれば絶対に放っておけない者だとしたら?」

 分かりきった表情で、親父は俺へと指を指す。

 

「お前だよ、拓哉。お前を音ノ木坂へ送るしかなかった。いや、だからこそ余計に送るべきだと思ったんだ。お前なら廃校をどうにかしようと動いてくれるかもしれない。それを南さんにも伝えたよ。ある意味懸けだったが、お前は動いてくれた」

 ……そうか、だから初日に理事長室で陽菜さんに会った時、たまに暗い表情をみせてたのはそれが理由だったのか。2人で話して、俺には話さず、俺が廃校に食い付くかどうか、そんな懸け。

 

 

「……ったく、まんまと親父にハメられたって事かよ」

「そこに南さんを入れない辺り、お前の優しさが溢れ出してるな」

「陽菜さんは親父の無理な用件を受け入れるしかなかったんだ。じゃあ陽菜さんは被害者側だろ」

「無理な用件って……まるで俺が拓哉を押し付けたみたいに言―――、」

「違うか?」

「……はい」

 

 何も違ってねえじゃねえかよ。結局は親父の掌の上で俺は踊ってたって事か。廃校にまんまと食い付き、形はどうあれ穂乃果達の手伝いだとしても、廃校をどうにかしようと動いている。ここまで親父の思ってる通りなのだ。

 

 

「なあ、拓哉」

「……何だよ」

 俺に言いくるめられ、少しシュンとしていた親父がまた真剣な表情に変わり、俺と視線を交わす。

 

 

 

 

 

 

 

 

「音ノ木坂に転校して、廃校という現実にも突きつけられ、それをどうにかしようと必死に活動していて……そんな今を、お前は……後悔しているか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 親父にしては、珍しく愚問をしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 だから、俺も答える。

 最初から答えは決まっている。

 その答えに、揺らぎなんてものは存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「してるわけねえだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな俺達を、すぐ傍で見ていた唯は、微笑ましい何かを見ているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは、あるいは家だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、家という割にはとても大きく、一般家庭では到底住めないくらいのデカさだった。まさに豪邸。

 そんな豪邸の中で、バサッと。鞄が落ちる音が響く。

 

 

 

 

 

 

 

 落ちたのは学生鞄。音ノ木坂学院の鞄。それを落とした主は、言わずもがな、μ's内で有名なお嬢様。

 

 

 

 

 

 

 

 西木野真姫。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今……なん、て……?」

 途切れそうな言葉を何とか紡いでいく。確かな質問をするために。お願いだから嘘だと言って、聞き間違いであってという微かな願望も含めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 対して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聞こえなかったのかい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 真姫の真正面にいる男性はもう一度、真姫のその微かな願望を絶望へ変える一言を放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今活動しているスクールアイドル、μ'sを辞めなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――波乱は、続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


今回から真姫脱退編突入!!のはずなのに、突入したのは終盤じゃねえかというツッコミは自分でしてるのでツッコまないでください。
一期の終盤も近づき、それに伴い、桜井夏美やら岡崎冬哉やら、新キャラから序盤にいたキャラが集まったり帰って来たりしてますね~。
その前にまず真姫脱退編をどうにかしないと……。


いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆9、☆10)お待ちしております!!





読者の方からのご感想がとんでもないくらいの活力になるって、それ1番言われてるから←
ありがたい……ありがたい……!


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64.殴り込みだ

どうも、雨の日が続いたり暑かったりでウンザリしています。


そんな本編も今は夏ですね。そっちの方が暑そう。
さあ真姫脱退編、さっそくいってみましょう。


では、どうぞ。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何てことのない、夏によくある快晴の昼。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたのたくちゃん、いつもより顔に元気がないよ?」

「やっぱ分かるか穂乃果……拓哉さんはこのまま家に帰って寝てたい気分なのよさ……」

 

 

 

 穂乃果達といつもの自販機に飲み物を買いに行っている最中である。

 昼休みまで、何とか授業で寝てたりはしたのだが(山田先生の授業は起きてた)、それでもなお睡眠時間は足りなかったらしい。穂乃果に指摘されるくらいに俺の顔には生気が見られないのか。

 

 

「まさか昨日の夏美ちゃんの事で、疲れがまだ取れてない、とか?」

「ああ、まあな」

 ことりに当てられ肯定する。しかし、要員はまだある。

 

「それに、昨日家に帰ったら親父が帰ってきててな……それのせいもある……」

「ああ、拓哉君のお父様も帰ってらしたんですね。でも、それで何で疲れが……?」

「お前らは小学生の時しか親父を知らんから分からないと思うが、中学や今となれば分かる。あの親父うぜえ……」

 風呂上がったあとも変に質問攻めしてきやがって、仕舞いには母さんが帰ってくるまで勝手に部屋に入ってきてまで絡んでくる。最初なんて唯にキモいと部屋から追い出されて泣きついてきたまである。父親の宿命かな。

 

 

「そこまでの事なの?」

「俺にとっちゃな。昨日の夕方や夜だけで一気に疲労困憊でグロッキー状態ですことよ……」

 桜井ボンバーがようやく終わったと思ったら家で親父クラッシュが炸裂して俺のHPゲージはもうレッドゾーンまでいっていた。今は何とかイエローゾーンまでは回復したが、グリーンまではまだ遠い。

 

「で、でもさすがに夏美ちゃんも2日連続で来ないと思うし、今日は帰ったらたっくんのお父さんだけだから大丈夫だよきっと!」

 ことりさん、あなた今何気に親父の事ディスってますよ。明らかに親父を面倒くさい認定してますよ。唯にもキモいと言われて泣いてたのに、これ聞いたら多分親父引きこもっちゃうぞ。何ならそのまま首吊るぞ。……2人に言われたら俺もなるかもしれない。

 

「海未~、俺を癒してくれ~、回復呪文かけてくれ~」

「え、ええ……!?そんな事言われても、私にはできる事など……」

「ほら、何かお前なら回復呪文くらい簡単に出せそうじゃん。青髪ロングヘア―とかまさに戦闘兼回復担当じゃん。女賢者みたいにさ」

「拓哉君はゲームのしすぎです!私には戦闘くらいしかできません!」

 戦闘はしちゃうのかよ。ベホマとかケアルガとかできないのか。何ならハイポーションくれ。でも実際に発売されたハイポーションは認めない。全然美味しくなかったし、あれじゃ回復できんむしろダメージ受けるまである。

 

 

「あ~、こりゃ午後の授業も寝るか~……」

「そんなのズルいよたくちゃん!私も寝たい!海未ちゃん、たくちゃんだけ寝てる時注意しないのは不公平だよっ!」

 自販機で買ったミルクティーをストローで飲んでると穂乃果が異議を唱えてきた。

 

「やかましい。俺はいつも一応聞いてるし、家でも余裕があれば予習もしてる。テストだって大体は平均以上出してんだ。赤点ギリギリ常習犯のお前と一緒にするな」

「本来なら成績が悪くなくても注意すべきですが、今の拓哉君の疲れようを見ると、どうにも強く言えませんね……」

「それだけ精神的にやられたって事だよね、たっくん……」

「眠い……」

 何やら穂乃果が横でうるさいが、海未とことりはもう許してくれそうなので午後は寝る事にする。穂乃果め、多数決でお前はもう負けてるのだよ。民主主義万歳。

 

 

 

 

「……というか、放課後にお前らの練習をサポートしながらじっと見てなきゃいけないんだし、それも含めて体力回復したいんだよ」

「なるほど、それは大事だね!じゃあ寝ていいよっ!」

 手のひら返し早すぎませんかね穂乃果さん。授業より部活優先ですか。成績悪いからお兄さん心配ですよ。

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 そんなふうに歩いていると、ふと視界の脇に見知った人物が映り込んだ。あの赤い巻き毛が特徴なのは、この学校で1人しかいない。

 

 

 

「……真姫?」

 音楽室でピアノでも弾いていたのだろう。今はそれが終わり、教室へ帰ろうとしている。でも、今の真姫には何か違和感を感じる。何か浮かない表情をしているのだ。何かあったのか?ピアノの調子が悪かったとかか?

 

 でもそんなふうにも思えない。何かもっと別で、それも深刻そうな感じが顔を見ていれば分かる。何かに悩んでいる……?もしμ'sの事で悩んでいるなら、放課後に相談してくるかもしれないし、それを待つしかないか。

 

 

「どうしたのたくちゃん?教室戻るよ~、もうすぐチャイム鳴っちゃうし」

「……ああ」

 メンバーをサポートしたりするのが手伝いである俺の仕事だ。真姫が相談してくるなら、それをちゃんと聞かないといけない。でも真姫の事だ、一応それなりの覚悟をしておこうかねえ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなであっという間に放課後である。

 

 

 

 

 午後の授業寝てたから気付いたら既に生徒が帰り始めていた。穂乃果達に起こされなかったら俺は教室で1人夜をエンジョイしていたかもしれない。何なら朝まで寝てたい気分である。決して夜の学校が怖いからとかいう理由ではない。

 

 

 

 

 

「すっかり顔色良くなったね、たくちゃん」

「ん?ああ、約2時間ぶっ通しで寝たからな」

 軽いストレッチをしている穂乃果が俺の顔を見ながら言ってきた。そう、あのあと予鈴から俺は寝始め、そこから放課後まで起きる事は一切なかった。そのおかげで余計な疲れも取れ、眠気も綺麗サッパリと消え失せたわけだ。

 

 

「え、たくや君授業寝てたの!?それはダメだにゃー!」

「黙らっしゃい。だったらまずは凛がテストで平均以上を出してから言いな。話はそれからだ」

「うっ……ノーコメントで……」

 いや言い返してこいよ。それ平均以上とらないって言ってるようなもんだぞ。少しは勉強にも努力を見せなさい。赤点とったらまた理事長に何か言われるかもしんないんだから。

 

「拓哉くん、そんなに疲れてたんですか?」

「家でも親父と色々あってな、拓哉さんはそのせいでグロッキー状態だったんですよ……。ああ、思い出しただけでまた疲れが出てきそうだ……」

「た、大変だったんですね……」

 花陽の困り笑顔が俺の心を癒してくれる。俺的に花陽にはマイナスイオンがあると思っているんだ。見てみろこのふにゃっとした笑顔。困り眉が特徴なのに、逆にそれが癒しを倍増させてるんだよ。今度おにぎり握ってやろうかな。

 

 

 

「あの桜井って子に負けないようにしないと……!」

 どんな具を入れてやろうか考えていると、ストレッチ中のにこが1人でそんな事を呟いていた。対抗心むき出しじゃねえか。あいつはアイドル興味ないって言ってたろうに。というか何恐ろしい事言ってんだ。

 

「にこ、お前は今のままの少しあざとくて可愛いにこでいてくれ」

「なっ……何よいきなり!?そんな言葉でにこを誑かそうとしてもそうはいかないんだからっ!!……ま、まあ?拓哉がそこまで言うなら今のままでもごにょごにょ……」

 にこまで桜井みたいなのになったらもう俺の手には負えん。それこそ俺が精神的に過労死するまである。にこには何が何でも今のままでいてもらおう。

 

 

 と、この屋上にいるのが俺を含めて7人だという事に今更気付く。

 

 

「そういや、真姫はどうしたんだ?絵里と希は生徒会があるから少し遅れるって聞いたけど」

 2人は生徒会というちゃんとした役割のある仕事があるから遅れるのは分かる。しかし真姫はいつもなら凛達と一緒に来るから遅刻はしないはずなんだが、もしかして昼休みのあの表情と何か関係があるのか?

 

「ああ、真姫ちゃんは今日日直だから少し遅れてくるんだったにゃー」

「……、」

 それを早く教えろや。何今思い出しちゃったてへぺろっみたいな顔してやがる。変に深く考えた俺がバカみたいじゃねえか。まあ日直なら仕方ない。そのうち来るだろう。

 

 

「じゃあストレッチも各々したし、先に踊りの練習するぞ。みんなそれぞれの位置につけー」

 はーい、という返事を合図に音楽を流し始める。絵里達3人がいなくても、まるで空いているそのポジションに3人がいると思わせるかのような6人の絶妙なポジショニング、違和感を与えない踊り。やはりここにきて穂乃果達は格段に成長している。

 

 夏の合宿のおかげもあるかもしれない。あの厳しい暑さの中で集中して練習したおかげか、以前よりも遥かに踊っている時の集中力が高くなっている。これなら、この9人なら、本当にラブライブ!に出られるかもしれない。

 

 

 

 

 曲も終盤に差し掛かった時だった。

 

 

 

 

 屋上のドアがガチャンッと開けられる音がした。

 真姫だ。

 

 

 穂乃果がそれに気づき、早く列に入るように視線を促すが、真姫はそれを大きく首を横に振ってすぐ傍の壁へもたれ込み、そのまま座った。……いや、その座り方されると男の子である拓哉さん的に視線が送りにくいんですが……主にスカートで。

 

 というよりかだ。普段μ'sのメンバーは部室で練習着に着替えてから屋上へ来る事になっている。更衣室がない分、部室で着替えるしかないからだ。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 着替えてないし、浮かない顔で座っている。もしかして風邪か何かか?なら早めに帰らせないといけない。見学に来る意志は良いが、それで悪化したら余計ダメだからだ。真姫が来た時点で曲の終盤に差し掛かっていたため、音楽が終わるのはすぐだった。

 

 

 それと同時に穂乃果達が真姫駆け寄る。

 

 

「真姫ちゃんどうしちゃったの?制服のままだし……もしかして体調悪い?」

「ひょっとして、熱中症かな?もう夏だし、湿度も高いこの時期は油断して水分不足になりやすいから、軽い脱水を起こしても気付きにくいって……」

 そう言ってことりは真姫の額に手を当てる。表情から察するに、風邪でも熱中症でもないみたいだ。

 なら……。

 

 

「真姫、何か悩んでる事でもあるんじゃないのか?もし相談があるなら、俺に―――、」

 最後まで俺の言葉が続く事はなかった。真姫がバッ!と立ち、正面の穂乃果の顔を見据えた。その表情は……何かに苦しんでいるかのような表情にも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、確かな一言を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私、今日でμ'sやめるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?真姫ちゃん、今、何て……それって、どういう……」

 穂乃果や他のメンバーの驚きの表情を見て、真姫の言葉が聞き間違いではないのだと思い知らされる。

 

「真姫ちゃん、何で……何か嫌な事でもあったの……?気に入らない事とか、不満があったとか……」

 穂乃果が真姫の両腕を掴んで食い下がる。その顔は、とてもいつもの元気のある穂乃果の顔ではなかった。何かに縋るような、現実を受け入れられないような表情。

 

「べ、別にそんなんじゃないけど……」

「まさか……真姫ちゃん、お家の、人……?」

「……、」

 花陽の言葉に、真姫は顔を俯かせる。以前、真姫はスクールアイドル、μ'sに入って入るという事を父親に言っていないと聞いた。まさか、それがバレたっていうのか……?

 

 

「……この前の合宿の時に私の家の別荘を使ったでしょ。それで、お母さんがうっかりお父さんにμ'sの事を話しちゃって、それで……」

 いつもの真姫の声ではなかった。いつもの強気で、自分に自信のある真姫の声ではなかった。顔を俯かせ、震えているその声は、今にも泣きそうな女の子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私……もう、μ'sを続けられなく、なっちゃった……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが限界だったんだろう。自分がもうμ'sを続けられないという事実に、真姫のタガが外れ、絶対に見せる事のなかった真姫の泣き声が屋上に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し時間が経ち、真姫は何度もごめん、ごめんなさいと呟きながら、目元の涙を必死に腕で取ろうとしていた。それを俺達は黙って見ている事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「真姫ちゃ―――、」

「明日……ちゃんと退部届持ってくるから……」

 

 

 穂乃果が何か言う前に、真姫はそれだけを言い残し、屋上を去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 真姫が泣いているあいだ、メンバーはそれぞれ真姫に言っていたが、俺は……俺だけは、ずっと黙って見ているだけだった。

 

 

 

 

「……たくちゃん、どうして、ずっと黙ってたの……?」

 そんな俺を、穂乃果が少し非難したような目で見ていた。何故真姫に何も言わなかったのかと。何故『岡崎拓哉』がそこで黙っているんだと。そんな目を、ここにいる全員がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……悪い、1日だけ待ってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言って、俺は1人帰る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自宅のベッド。

 そこで横になり、俺は1人放課後の事を考えていた。

 

 

 

 

 μ'sは確実に歌や踊り共に上達していた。今の9人だからこそいける高みへどんどん進んでいった。なのに、突然の真姫の脱退宣言でそれは止まってしまう。ここに来て誰かが脱退するなんて考えてもいなかった。

 

 故に、俺の思考は本能的に真姫のあの言葉から停止していた。我ながら情けない話だ。想定外の事が起きて冷静でいられるほど、俺はまだそんなに出来ていない。アドリブに強いわけでもない。ましてや脱退なんて、微塵にも思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 だから、今考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう一度屋上での出来事を振り返って、考えるんだ。俺が何をすべきか、これからどう動くべきかを。

 真姫は言っていた。確かにμ'sを辞めると。父親にバレて、逆らえもせずにその決断をせざるをえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで、俺は1つの推測に至った。

 いや、もし外れていても関係ない。これは俺の決断だ。真姫の気持ちとか、真姫の家の事情とか、そんなのはどうだっていい。俺がしたいからする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も焼き付けるかのような太陽がずっと地上を舞台に照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 音ノ木坂学院の屋上。いつもそこで練習をしているμ'sの面々と、その手伝いである岡崎拓哉も通常通り、揃っていた。

 しかし、そこにはいつものようなワイワイとした陽気な空気は流れていなかった。あるのは、沈黙、不安、動揺、疑心、険悪、それらだった。

 

 

 

 

「持ってきたわ……退部届……」

 沈黙を破ったのは真姫。ポケットから白い封筒が出てくる。そこに書かれていたのは、文字通りの『退部届』。

 

「ッ……」

 それを見た誰かが動揺の声をあげる。どうしようもない、認めたくない事実が、目の前にはあるのだから。

 真姫がそれを差し出したのは、にこだった。

 

「……にこちゃんが、部長だから……」

「……っ」

 最もな事を言われ、にこはそれを手に取る。それを受理してしまった瞬間に、真姫の退部は成立する。してしまう。

 

 

 

 高坂穂乃果はそれを黙って見ていたあと、視線を唯一の少年の方へ向ける。

 

 

 岡崎拓哉。

 

 

 少女が最も信頼していて、いかなるトラブルがあっても、少年ならどうにかしてくれる。解決してくれる。そんな不確かで確かな信頼があった。

 

 

 

 だから。

 なのに。

 

 

 

 昨日拓哉は何も話さなかった。真姫が辞めると言った時も、動揺はしていたが、言葉を出す事はなかった。それに穂乃果は微かながら苛立ちを覚えたのだ。いつもならこんな事を拓哉が黙って見ているわけがない。

 

 何がなんでもどうにかしようとするはずだ。動くはずだ。動いてくれるはずだ。そう思っていたのに、結局拓哉はずっと黙っていただけだった。それについて問いかけたが、1日待ってくれと言われ、そのまま帰ってしまった。

 

 

 

 はっきり言って空気は最悪だ。今日も登校の時だっていつもなら一緒に行っていたが、今日は別々に登校した。教室内でも拓哉と喋る事はなかったし、昼休みも一緒に食べる事はなかった。男子1人しかいないのにどこで食事をとったかは分からないままだったが、とにかく今日は一度も会話をしていない。

 

 

 だが、今の拓哉の顔は、昨日とは違っていた。

 

 

(これは……)

 昨日の動揺していた顔ではない。いつもの、何とかしてくれそうな、そんな雰囲気を纏っているかのように思わせる、そんな目付きをしていた。

 

 

「……じゃあ、これで、私は行くわ。活動、頑張ってね……」

 普段なら頑張ってなんて言わない少女が、言った。その顔はとても辛く、悲しく、悔しい気持ちが溢れていた。真姫が屋上のドアに手を掛けた瞬間。

 

 

 

「待てよ」

 少年の声がかかる。

 

「……何よ」

 真姫がビクッとなりながらも、足を止め、微かに少年の方へ視線を向ける。

 

「俺はまだ聞いてないぞ。お前の気持ちを」

「……は?」

 拓哉の言葉に、一瞬理解が追いつかなくなる。それでも真姫は言葉に鋭さを付けて返す。

 

 

「何言ってるのよ……言ったでしょ……。私はμ'sを辞めるって、聞いてなかったの!?」

「聞いたさ」

「だったら何で―――、」

「でもそれはお前自身の気持ちじゃない」

 そこで真姫の言葉が詰まる。床全面が鋭い棘で覆われていたのに、ほんのわずか両足2本分だけ、綺麗に地面を踏まれたかのような、虚を突かれる。

 

 

「そうだろ。お前が昨日言った事は、お前が父親に言われて言った事だ。辞めろと言われたから辞める。そんなのは父親の意見であって、お前の気持ちじゃない」

「だ、だけど!しょうがないじゃない!!だって言われたんだから……お父さんに辞めなさいって言われたんだから!!」

「それでお前は納得できたのか?心から納得できたのか?父親にそう言われて、はいそうですかと簡単に辞められるようなものでしかなかったのか?お前にとってのμ'sは」

「違うッッッ!!」

 

 普段絶対大声を上げない真姫の声が、屋上に響く。

 

「そんなわけないでしょ!!私にとってμ'sは自分の大好きな音楽を奏でられる大切な場所なの!!それを……簡単に捨てれるはずないでしょッ!!」

 拓哉を見る真姫の目には、確かな敵意があった。大切な場所をそんなものと言われた怒り、それを今拓哉へとぶつけている。

 

「でも仕方ないじゃない!!辞めたくなくても、いくらμ'sが大好きでも、お父さんに言われたらもう逆らう事なんてできないんだから!!私の音楽はもう終わってしまったんだからッ!!」

 真姫の本音。それが今ようやく穂乃果達にも伝わった。普段本音を言わない真姫の、紛れもない本当の気持ち。μ'sが大切で、大事で、だから辞めたくなくて、でも辞めなきゃいけないから、ここで全部吐き出す。

 

 

 

 そして、岡崎拓哉は見据える。少し卑怯な真似だったが、それを言わないと真姫は本音を出さないかもしれないと思ったから。でもこれで本音が分かった。この少女は、まだ本気でμ'sを辞めたいなんて思っていない。

 

 

 

「それがお前の本音なんだろ。μ'sが大好きだから本当はやめたくないんだろ。逆らえないから、自分の気持ちを押し殺していただけなんだろ」

 少年は真姫へ近寄る。それに合わせて真姫も少年の顔を見上げる。真姫は、泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「なら言えよ、西木野真姫」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちゃんと少女の目を見据え、少年は言う。

 

 

 

 

 

 

 

「μ'sを辞めたくないって、続けたいって言えよ。お前の本当の気持ちを今もう一度ここで言ってみろ」

 その声に呼応するかのように、少女はもう一度俯き、顔を上げて叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……続けたい。私……μ'sを続けたい……!辞めたくなんかない!!大切な場所にもっといたい!!……でも、もうお父さんに言う事もできないんだから……他に道なんてないのッ!!」

 言うだけ言うと、真姫は屋上から出て行ってしまう。他のメンバーがそれを焦ったように見ているが、穂乃果だけは少年をじっと見ていた。

 

 

 

 そして少年は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞いた。

 確かめた。

 核を掴んだ。

 だから、あいつをもう、見捨てられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 辞めたくないと、続けたいと、確かに真姫は泣きながらそう言った。

 そう、泣いていたのだ。昨日の動揺なんてもうどうでもいい。女の子が泣いていた、自分が動く理由なんて、それだけでよかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これからどうするの、たくちゃん」

 穂乃果が拓哉に聞いてくる。その声音は、いつもの拓哉を信頼しているものだった。他のメンバーの視線が集まる中、岡崎拓哉は前を見据えた。

 

 

 

 

 泣きながら少女が去って行った屋上のドアを見ながら、言う。

 

 

 

 

 

 そもそもの話をすればだ。

 真姫を泣かせたのは誰だ?そんな原因を作ったのは誰だ?真姫の気持ちも聞かないで自分の意見だけを押し付けたのは誰だ?

 

 

 

 

 

 

 であれば。

 

 

 

 

 

 答えは明白だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元凶を叩けばいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殴り込みだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 さて、いかがでしたでしょうか?


 岡崎が珍しく何も考えられなくなったり、それで穂乃果が拓哉に少し不信感?を抱いたり、真姫が泣いたり、本音を言ったり……だけど、最終的には岡崎拓哉が道を切り開く。

 真姫脱退編、さっそく次がクライマックスです。


 いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます!!
 これからもご感想高評価(☆9、☆10)お待ちしております!!


 最近感想が減っていて寂しかったり。初期から読んでくれていた人は今もいるのだろうかと最近ふと思ったりします……。



 さて、ここから少し告知です。


 岡崎拓哉が主人公の最新作。

『ラブライブ!~悲劇と喜劇の物語~』がいよいよ来週の水曜日から始まります!!
 あらすじは読んでくれている人ならあとがきで何回か見かけていると思いますが、まあ洗脳?されたμ'sと岡崎の戦いです。
 暴力的表現が苦手な人には少し厳しいかもしれませんが、この本編以上にヒーローする岡崎拓哉が見れるかもしれませんので、その辺はご期待ください!!




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65.対峙



どうも、真姫脱退編さっそくのクライマックスです。



では、どうぞ。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真姫の家を訪れた岡崎拓哉率いる真姫を除いたμ's一行。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、たくちゃん。殴り込みが何だって?」

「……、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校の屋上でキリッと殴り込みだなんて言っておきながら今穂乃果達の前にいるのは、普通にインターホンを押そうとしているヒーロー(笑)だった。

 

 

 

 

 

「……あ、あれだよ。ああは言ったけど、一応礼儀は弁えないとだな……?」

「カッコ悪いったらありゃしないわね」

 にこの言葉を受け、心というハートにぶっとい矢が何本も突き刺さるようなショックに陥る拓哉。あれだけ臆す事無く言っていたのに、自分のやっている事と言えばただのお宅訪問だ。

 

「うるせえ!今のご時世は厳しいんだよ!ちょっと決闘やろうとするだけで逮捕だし、実際に無理矢理殴り込みなんてしたらそれこそ警察沙汰になるんだぞ!俺捕まりたくないッ!!」

「言い訳が凄い必死やな」

「まあ気持ちは分かるけどね……」

 実際問題拓哉の言い分は間違っていない。そもそもの話、殴り込みなんていつの時代にやっても警察沙汰は不可避なのだが、相手の家が家だから余計なのだ。

 

 

 拓哉達が入ろうとしているのは、世界でもトップクラスの医療技術を持ち、しかもその病院を経営している社長の家。つまりは豪邸だ。

 

 

 

「くっ……想像はしてたけど、やっぱでかいな……」

 周りを遥かに凌駕する家の大きさ。それが余計にプレッシャーとなり足を重くする。

 

 

 そう、拓哉が対峙する今回の相手は今までとは全然違う。

 喧嘩した事ある不良や、救うために説得してきた少女達ではない。年齢的にも精神的にも拓哉より遥かに上であり、まず人生経験の差が段違いの、『大人』なのだ。

 

 

 それに、『ただの大人』ではない。『どこにでもいる平凡な高校生』の拓哉とは違い、相手は病院の経営を成功させていて、世界に誇れる技術も持っている『スーパーエリート』だ。

 そもそものスペックが違う。自分の言い分が相手に通じるかも分からない。そこまでの相手。

 

 

 

 でも。

 だけど。

 

 

 

「そんなの気にしてたら、真姫は救えないよな」

 インターホンを押す。まるで自分の中のスイッチも切り替えるかのように。穂乃果達には着いてこなくても良いと言ったが、自分達もそれなりに言いたい事があるらしく、渋々着いてくるのを許した。

 

 インターホンの向こうからプツッと音が聞こえると、その数秒後に玄関の方から足音がした。どうやら画面で拓哉達を確認して、直接出てくるつもりなのだろう。だとしたら、恐らく出てくるのは真姫の母親だろう。

 

 

 ガチャンと軽快な音が聞こえると同時に1人の女性が顔を出す。

 

 

「お……あ……っ」

 スイッチを切り替えたはずの拓哉の口から変な声が漏れる。それからすぐに穂乃果達の方へ向き話し始める。

 

 

「(おいやべえって、真姫ってお姉さんいたの!?聞いてないぞ!てっきり母親と父親とで3人暮らしって思ってたんだけど!?)」

「(落ち着いてたくちゃん!まずは真姫ちゃんのお姉さんに大学生かどうか聞いてみようよ!)」

「(そこはどうでもいいです!!まずは中に入れてもらわないと何も始まりませんよ!!)」

 拓哉と穂乃果のどうでもいい話に海未が割って入る。それに暑い外にいるのはここにいる全員が嫌なのだ。そんなわけで本題に入ろうとする。

 

「あら、あなた達は……真姫のお友達の……」

「あっ、どうも、真姫ちゃんのお友達の高坂穂乃果です!えっと、一緒にスクールアイドルとしてμ'sもやってます……」

「ふふ、真姫から時々聞いてるわ。こんにちは、真姫の母です」

 

 

 

 

 

 暑い外のはずなのに、確かに一瞬だけ、拓哉達の周りだけが凍り付いた。いち早く誰よりも正気に戻った拓哉は今一度尋ねる。

 

 

 

「……えっと、もう一度お聞きしても……?」

「真姫の母の真梨奈(まりな)ですっ♪」

 

 

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

 

「(おィィィいいいいいいいいいいいいッ!!やっぱ母だったよ!俺の聞き間違いじゃなかったよマジモンのお母さんであらせられたよ!!)」

「(ものすごく若いよ凄いよ!私のお母さんよりも若く見えるよ!)」

「(それはノーコメントで)」

「(いいから早く家に入れてもらいますよ!ちなみに私の母もあれくらい若いです!)」

「(お前も最後で火に油注いでんじゃねえよ!そういう俺の父ちゃんの方がかっけーし!みたいな争いはいらねえから!!)」

 

 

 小さな言い争いを見て呆れる3年組、それとは真逆に微笑んでいる真姫の母真梨奈。おそらく外の暑さを気にして気遣ったのだろう。微笑みながら真梨奈は話しかけた。

 

 

「そこにいても暑いでしょ?家に上がって……というより、何か話があるんでしょ?」

「……ありがとうございます」

 真梨奈の言葉で、全員の雰囲気が変わる。やはりと言えばやはり、この母親は知っている。父親にバレたのはこの母がうっかり合宿の事を言ったのが原因だが、それも悪意ではないから何とも言う事ができない。

 

「真姫の事で……来たのよね……」

「はい」

 それに拓哉は即答した。どうせ知られているなら変に誤魔化す必要もない。拓哉の返答を聞いて、真梨奈は苦い表情をする事はなく、むしろ少し嬉しそうにはにかんだ。

 

「そう……良かった」

「え?」

 真梨奈の思わぬ言葉に即答した拓哉でさえ理解が遅れた。

 

「真姫がああなっちゃったのは私のせいだし、でも私じゃ何もできないから……時々真姫から話を聞いてたあなたなら、どうにかしてくれるかもしれないって思ってたの」

 自分のせいで娘の好きな事を辞めさせてしまう原因になってしまった。その事に負い目を感じていた。だけど自分じゃ夫を説得するのは到底不可能だという事も分かっていた。だから頼るしかなかった。

 

 娘が話していた少年に。少し愚痴も混じりつつ、けれどどこか楽しそうに学校の事や少年の事を話す娘の顔を毎日見ていたから、目の前の少年に頼る以外に手段はなかった。何とかして連絡を取れないかと思っていた矢先に件の少年達が来た事に、真梨奈は安堵したのだ。

 

 この少年達は真姫が辞めるのを止めようとしていると。真梨奈が何も言わずとも、ここまで少年達はやってきた。だったら、もうあとは何を言えばいいか分かる。自分の代わりに話すつもりであろう少年達に、真梨奈は言う。

 

 

 

 

「だから、お願い。真姫の大好きな音楽を続けられるように、あの人を説得してほしいの」

 

 

 

 

 聞いて、少女達は微笑む。それだけで返答は必要なかった。

 そして、少年は1人思う。

 

 

 

 これはある意味では真姫の自業自得だ。

 いくらバレる事を恐れていても、父親にスクールアイドルの事を黙っていた真姫にだって非はある。見方が違えば、これは単なる当然の結果に過ぎないと吐き捨てる人だっているだろう。

 

 

 

 それでも。

 

 

 そのままあっさりと終わりにするつもりなんて毛頭ない。もう少し見方を変えさえすれば、真姫は大好きな父親に黙ってまでもう1つの大好きな音楽を続けたかったのだ。ただ純粋に音楽が好きだから。1人の女の子は親にバレるかもしれないプレッシャーと1人戦っていた。

 

 

 

 

 であれば、終わっていいはずがない。これまでの真姫の物語が、こんな悲しい結末になっていいはずがない。悲劇的に終わっていいはずがない。

 拳を握る。殴るためではない。これは意志の表れだ。

 

 

 

 

 決意を口に出す。そのついでに目の前の真姫の母親への返答も含める。

 

 

 

 

 たった1人の女の子を泣かしたままにするわけにはいかない。真姫は今悲劇の渦の中にいる。自分ではどうしようもない結末に打ちひしがれている。なら、それをここで打開させるしかない。他の誰でもない自分の手で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな悲劇は、ここで終わらせる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇―――65話『対峙』―――◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玄関に靴がなかったところを見ると、真姫はまだ帰ってきてないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今の状況を考えてみれば好都合だと拓哉は思う。真姫がいればおそらく口を挟んでくる事は間違いない。拓哉の思惑としては正直真姫の父親と2人で話したかったのだが、そこはやはり穂乃果達が黙っていなかったので仕方なしに連れてきた。

 

 

 真梨奈の案内でリビングへと誘導される。

 

 

 

 

 1人用の白いソファに、その男性は座っていた。

 

 

 

 

 

 

「こんにちは。これは揃いも揃って……真姫のお友達かな」

「……どうも」

 短い挨拶だけを済まし、拓哉達は男性の対面にある複数人用のソファに腰を下ろす。いくらあまり病院に通う習慣がない穂乃果達でも名前くらいは聞いた事があった。

 

 

 

 

 

 

 

 西木野翔真(しょうま)

 

 

 

 

 

 

 

 

 西木野総合病院の社長。世界でもトップクラスの技術力を有し、その経営も担っている。まさに『平凡』とはかけ離れている『スーパーエリート』の文字が似合う人物。西木野家の大黒柱であり、紛れもない真姫の父親。

 

 

 

 しかし、この親が真姫を辞めさせた事実には変わらない。

 

 

 

 

「で、対面に座るという事は、僕に何か用なのかな」

 分かっているくせに、と拓哉は内心で悪態つく。この状況で真姫の知り合いが全員で家に来た時点で理由は明白なのだ。それをわざわざ気付いてないフリをして聞いてくるというなんて、この父親に限ってあり得ない。だから拓哉も遠慮なく言うつもりだった。

 

 

「単刀直入に言わせてもら―――、」

「どうか私達を、真姫ちゃんと一緒に活動させてください!!」

「おまっ……」

 穂乃果が割って入ってきた。それにより拓哉は頭を抱える。穂乃果なら必ずどこかしらで入ってくると思っていたが、まさかいきなりとは思っていなかったのだ。

 

「私達μ'sには、絶対絶対真姫ちゃんが必要なんです!」

 そして、穂乃果が声を上げてしまえば、当然ここぞとばかりに声を上げる少女達がいる。

 

 

「真姫ちゃんはずっと一緒にやってきた仲間なのにゃ!」

「真姫ちゃんがいなかったら、私達、オリジナル曲なんて絶対無理だったと思うんです……」

「真姫は可愛いから絶対アイドルに向いてると思うの!!」

 少し苦い表情をする拓哉。それは海未も絵里も同じようで、やはりこの人数で迷惑になって、かえって逆効果になりかねないからだ。

 

 

「……何故、君達はそこまで真姫に執着するのかな」

 だが、西木野翔馬は表情を崩す事なく質問をぶつけてきた。それに答えようとしたのは、拓哉にアイコンタクトをとった絵里だった。

 

「私は音ノ木坂学院生徒会長をしている3年の絢瀬絵里といいます。現在、このメンバーと一緒にμ'sというスクールアイドル活動をしています。音ノ木坂学院の廃校の危機を救うため、と言ったら大人の方には滑稽に聞こえるかもしれません。でも、私達は本気なんです」

 学校の生徒会長だから、説得力はあると思っての発言だった。実際絵里が最初から本気で廃校を止めようとしていたのは拓哉達全員が知っている。でも、西木野翔馬は知らない。真姫がそれにどれだけ貢献しているかも。

 

 

 故に。

 

 

「その話は言った時に真姫から聞いたよ。でも、特にうちの真姫がそんな活動をする必要はないように思えるけどね。真姫は将来医学部に進まねばならない身だから、しっかり勉強してもらわないといけない」

「そんな活動って酷いにゃ!」

「真姫だって、何だかんだ言いつついつも楽しそうにしてたのに!!」

 真姫の父親である翔真のあまりにも無慈悲な言葉。それに凛とにこは抗議する。

 

 

 真姫の気持ちも聞かず、自分の娘の将来を勝手に決めて押し付けて、それ以外はどうでもいいように聞こえるその発言に、当然黙っていられる者はいない。

 特に、岡崎拓哉は。

 

 

 

 

 

「……さっきから黙って聞いてりゃ、こっちの意見を聞いてるようで1つも聞いてねえじゃねえかアンタ」

「……何?」

 もう遠慮はいらない。こんな父親に敬語を使う必要もない。自分の父親の冬哉を頭に浮かべる。親子だから喧嘩をする時もある。言い合いになる時だってある。それでも、あの父親には拓哉が少なからず尊敬するブレない正義感や子供である拓哉や唯のしたい事をすればいいという当たり前の優しさがあった。

 

 

 だが、目の前にいる男は何だ?

 真姫の気持ちもロクに聞かず、一方的に辞めるように言うだけ言って、1ミリたりとも何も思っていない。そんなのが認められていいのか?真姫も許容してしまっていいのか?いいや違う、そんなのはあってはならない。

 

 

 

 

 だから、改めて岡崎拓哉は西木野翔馬と対峙する。

 

 

 

 

 

「真姫がそんな活動をする必要はないだって?何でアンタがそれを勝手に決めつけてんだよ。関係ないだろアンタは」

「まず君は誰に向かって口を聞いてるのか分かっているのかい?仮にも大人だぞ、僕は」

「俺が今話してんのは自分の都合で娘引っ掻き回してるようなバカな男だ。精神年齢は我が儘なクソガキだろうよ」

「……ほう」

 分かりやすすぎる拓哉の挑発に眉がピクリとだけ動く。さすがのスーパーエリートでも癇に障るものはあるらしい。それが分かっただけでも収穫だった。何せ、何物にも動じないというのは、何を言っても無駄という意味にもなる。

 

 

「何で真姫の活動を認めてやらねえんだよ」

「言っただろう。その活動を真姫がする必要がないからだよ。真姫のこれからに関わる事ならまだしも、その活動は真姫にはあまりにも無意味だ」

 再度の質問にも即答で変わらない事を言う翔真。言っておいて何だが、拓哉の方がその発言に叫び散らかしたい気分だった。

 

「だからそれを何でアンタが決めるんだよ。必要がないだとか、無意味だとか、そんなのは真姫自身が決める事であってアンタが決める事じゃねえだろ」

「真姫は今でも優秀には変わりないが、それでもまだ学生という子供だ。だから親である僕が真姫の事をちゃんと決めてあげているだけに過ぎない」

「それはアンタの傲慢だ。真姫は今のままでも十分に大人だよ。高校1年とは思えないほどにな」

「そりゃそうだろう。何せ僕がそうして育ててきたんだからな」

「なら何でまだ真姫を縛ろうとするんだ。もう真姫は自分で大体の事を決められるだろうが」

 

 拓哉の拳がギリギリと力強く握られていく。明らかに怒りの表情が顔に少しずつ表れていた。この父親、ただでさえ訳の分からない事を言っているのに、それを無表情で平然と言ってのけているのが、どうにも拓哉の癇に障っている。

 

 

「それもそうだ。だけど、実際今の真姫はスクールアイドルという君達のような何の意味もない活動をしている。だから僕が矯正させてあげるんだよ。そんな何も生まれない活動より、将来が約束されている立派な道のりに乗る方が断然良いに決まっている」

「だからそれじゃ意味ねえだろうが!!真姫の道は真姫が決めるのが当然だろ!何でそこに無関係のアンタが介入してやがるッ!!」

 とうとう堪忍袋の緒が切れる。この親は何も分かっちゃいない。自分の思い通りに真姫が動く事に何の疑問も抱いていない。そんなのは間違っているのに。本来そうあってはならないのに。

 

「あまり声を荒げないでくれないか。この家だって防音なわけじゃないんだ」

「ぐッ……て、めぇ……ッ!!」

「たくちゃん……」

「……穂乃果」

 固く握りしめられていた拓哉の拳に穂乃果の柔らかな手が包み込む。それで冷静さを取り戻す。

 

 

(そうだ、落ち着け……。今日はこのバカ親父に真姫の活動を認めさせるのが目的なんだ。考えろ……この自称スーパーエリートに分からせてやる案を……考えろ)

 少しのあいだの空白の時間に思考を深める。西木野翔馬に真正面からの発言をぶつけても意味がない。ならば、変化球をぶつけるしか打開するのは難しい。

 

 

 

 

「もう話は終わりでいいかい?僕も久しぶりの休みなんだ。真姫の邪魔をする君達といつまでも話しているのは苦痛なんだよ。終わったのなら、早く出て行ってもらえるかな」

 

 

 どこまでも人の神経を逆撫でする言い方に穂乃果達が顔を顰めるも、拓哉だけはまだ前を見据えていた。岡崎拓哉は変わらない。助けると決めたら、助ける。『スーパーエリート』に『平凡』が勝てないなんて道理はどこにもないんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ話は終わってねえよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 程なくして、西木野真姫は帰宅した。

 帰宅が遅れたのは母に頼まれた買い物を済ませてきたからである。

 

 

 

 

 

 

 玄関に入ってまず目に入ったのは、あまりにも多い靴。いつもなら絶対にないはずの学生用の靴だった。

 

 

 

(これって……まさか)

「お帰りなさい、真姫」

 思考が行きつく前に、母である真梨奈が真姫に声をかける。

 

「た、ただいま、お母さん……こ、これって……」

 恐る恐る聞いてみる。それに真梨奈は少し微笑んで答えた。紛れもない、母親の顔で。

 

「来てるわよ。岡崎君達……」

「そんな……何で……」

 確かにみんなの前で続けたいとは言った。だけど、それはあくまで希望的観測に過ぎなかった。もう真姫の中では終わったんだと無理矢理区切りを付けるしかなかった。

 

 

 

 

 だから。

 なのに。

 

 

 

 

「あなたが1番知ってるんでしょ?あの子達の事を」

「……ぁ」

 頭に浮かぶのは、いつも元気に誰彼構わず振り回すサイドテールの少女。その子に誘われ真姫のスクールアイドル活動は始まった。そして、もう1人は、困っている人がいればそれが誰であっても問答無用で助けてしまう、そういう精神を持っている茶髪のツンツン頭の少年。

 

 

「あの子の目を見てすぐ分かったわ。岡崎君なら、あの人を説得してくれるかもしれないって」

「……、」

「いるわよ。リビングに。今翔真さんと話してるわ」

 促されるままリビングの扉へと赴く。どうしてか、決してその向こうへと行こうとはしなかった。そこで話し声が聞こえた。聞き慣れた少年の声が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ話は終わってねえよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だって?」

 翔真が聞き返す。もう終わりのはずだった。それを、目の前の少年は許さなかった。

 

 

「アンタには真正面からぶつかっても変わらないと思った。だから質問を変える」

 少年の目は、まだ輝きを失ってはいない。

 

 

「アンタはいつもそうやって真姫の道をアンタの都合で動かしてきた。だったらさ」

 そこまで言って、拓哉は確信を突く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタは一度でも、真姫からの本当の気持ちを聞いた事があるのかよ」

 

 

 

 

 

 

 

 たった1人の父親は、いつも通り、動じなかった。いや、少し違う。すぐに即答できるはずの口が、動かなかった。

 

 

 

 

 

「最初から聞いてりゃアンタは昔からそうやって言い聞かせてきたんだろ。父親である自分の言う事が正しいから、言われた通りにしろって。そうしていれば真姫の人生は必ず輝くものだと嘯いて、そうやって騙してきたんだ」

「違う、僕は真姫を騙してなんかいない。実際僕の言う事は正しいんだ。だから―――、」

「真姫の気持ちすら無視したのか」

 言葉が、詰まる。

 

 

「結局アンタは何も分かっちゃいないんだよ。そんな事しなくても、真姫は最初からアンタの病院を継ぐ気でいたんだよ。アンタが言い聞かせなくても、真姫は大好きなアンタのために病院を継ごうと頑張ってんだよ」

「な、にを」

「いつしか真姫から聞いた事がある。あいつは本当に父親であるアンタを尊敬していて、大好きなんだって。誇れる父親で、それが目標だから、それに恥じないように自分も勉強を頑張って病院を継ぐって言ってたよ」

 翔真の口が動かない。動かせないでいた。今この少年は何を言っている?娘の何を知ってそんな事を言っている?

 

 

「分からねえだろ。俺の言ってる事が。そりゃそうだ、俺も半信半疑だったけど、これまでのアンタの話を聞いて確信がいったよ。アンタ、これまで真姫の口から何も聞いた事ないんだろ?」

「それは……真姫が言うまでもなく僕が分かっているからだ」

「違う、違うよ。それはアンタの中で勝手に解決しているだけだ。アンタは直接聞いた事がないんだ。真姫から病院を継ぐって。それが当たり前だと思っているから、アンタはそれを真姫に聞く事が1度もなかった」

 

 言われて、癪だが納得した。翔真の中では真姫は何があっても病院を継いでいる未来しか考えていなかった。だから、それが当たり前すぎて、真姫に病院を継ぐかなんて質問は愚直だと勝手に解釈していた。

 

 

 

 

「もう1つ質問させてもらう。アンタはさ、今まで何回真姫の()()()()()()()()()()?」

「……、」

 今度の今度こそ。翔真の口が開く事はなかった。答えは簡単だ。答えられないから。

 

「真姫は本当に小さい頃からアンタが大好きなんだよ。多分それは今でも変わらない。だからこそ、小さいながらに真姫は分かってしまった。アンタにそう育てられてきたからこそ、真姫はそこに行きついてしまった。アンタが望んでいる事は、最初から真姫が医者になる事だけなんだってな」

「ッ……」

 今まで動揺という動揺をしていなかった翔真の眉がピクリと動いた。

 

 

「部屋を見渡せば分かる。真姫はこれまでピアノコンクールに何回か参加してるんだろ。そして賞をもらった。アンタはそれを褒めた事はあるのか?ピアノなんかよりも勉学の方が大事だと言って真姫のピアノ自慢すら聞かなかったんじゃないのか」

「分かったような口を聞くんじゃない」

「真姫の気持ちならアンタよりか分かってる自信はあるぞ。こっちは何回も真姫の気持ちを聞いてんだよ。自分の都合だけを押し付けて何も聞こうともしないアンタと違ってな」

 今度は翔真が強く拳を握りしめる番だった。娘の気持ちを、父である自分よりも『平凡』でしかないこの少年が分かっている?そんなの、そんなのが……。

 

 

「あり得ない、あり得ないよ。真姫の気持ちは僕が1番分かっている。真姫が何を望んでいるかも、僕が1番分かっているに決ま―――、」

「泣いてたぞ、真姫は」

「っ……あ?」

 遮られ、言われた言葉に体が硬直する。

 

「真姫が、泣いて、いた……だって……?」

「ああ、真姫は音楽が大好きだ。小さい頃から今もそれは変わらない。だからμ'sにも入って活動していたんだ。自分の大好きな音楽が奏でられるから」

 少年の言葉に、翔真は真姫が小さい頃の事を思いだす。ピアノコンクールで2位を獲ったと笑顔で近づいてきた娘の姿を。

 

 

「でもそれをアンタに黙っていたのは、怖かったからなんじゃねえのか。大好きな父親のアンタに、大好きな音楽がまたできなくなってしまうのが」

 満面の笑みでトロフィーを見せてきた真姫に対して、自分は何と言った?よく頑張ったと褒めたか?1位が獲れなくて残念だったなと慰めたか?

 

「真姫は小さい頃からきっと心はもうアンタよりも大人だったんだ。大好きな父親のために大好きな音楽を諦めようとしたんだ。でもそれはできなかった。だからアンタに黙ってμ'sで音楽を奏でる事にした」

 違う。あの時、自分が言ったのは、せっかく満面の笑みで見せてきた真姫に言ったのは、『何だ、1位じゃないのかい。でも勉学なら真姫は1位なんだし、ピアノなんかよりも凄い事だ。これからも医者になるために頑張りなさい』。

 

 

 称賛でも、慰めでもない。音楽とは無関係の勉学の事しか言っていなかったではないか。その時の真姫の顔が思い出される。あの笑顔は、小さい子がしていいような笑顔ではなかった。大好きな父親のために、大好きな音楽を捨てようと決めるしかなかった女の子の笑顔でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「図に乗るなよ、西木野翔馬」

 

 

 

 

 

 

 言われ、顔を上げる。そこにいたのは、こちらを見下すように立ち上がっている少年だった。

 

 

 

「何がスーパーエリートだ。何が世界でも誇れる医療技術だ。何が病院の社長だ。どんだけ肩書きが凄くたってな、自分のたった1人の娘の気持ちも考えてやれねえようなヤツなんかただの大馬鹿野郎だろうが!!」

 その言葉に反応したのは、翔真だけではない。拓哉達からは死角、扉の影にいる真姫の体も僅かに震えた。

 

「アンタには分かんねえのか。自分の大好きな人に大好きなものをバカにされる悲しさが!分かってもらえない気持ちがアンタには分かんのかよッ!?あいつは言ったんだ。泣きながらμ'sを続けたいって言ったんだ!普段高飛車で素直に言えないような真姫が、泣いてでもμ'sを続けたいって言ったんだよ!!」

 真姫の目から溢れてくるのは紛れもない涙だった。自分ではどうしようもなかった。もう諦めるしかないと思っていた。そうする事で父が喜んでくれるのなら、それで良かったんだと思うしかなかった。

 

 

 だけど、それを許してくれない者がいた。

 岡崎拓哉。

 

 それしか道がないと思っていた者に、他の道もあるんだと教えてくれる。背中を強く押してくれる。そんな強さを持った少年。その少年が、今父親と対峙して、自分の気持ちを代弁してくれている。

 

 

 泣きたくなくても、泣かないはずがなかった。

 

 

 

 

「アンタは何なんだ。病院の社長か、スーパーエリートか、世界にも誇れる腕の持ち主か……違うだろ。そんなものである前に、アンタは真姫の父親だろ!!真姫のたった1人しかいない大好きな父親なんだろうがッ!!」

 叫ぶ。声の大きさなんて気にしていられない。ただこのバカな父親に分からせないといけないのだ。真姫のやりたい事の素晴らしさを。心に届かせないといけない。

 

 

「だったら認めてやれよ!学生である今くらいあいつがしたいようにさせてやれよ!!それが父親ってもんだろうが!!真姫の父親のアンタだからこそ認めてやんなくちゃいけないんだろ!!真姫の大好きなアンタだからこそ笑って頑張れの一言くらい言ってやらなくちゃいけねえんだろうが!!娘のちょっとしたワガママくらい許してやれねえで何が父親だッ!!」

「ッ!?」

 叫び、それでも気持ちが収まらない拓哉は翔真の胸倉を掴む。対して翔真は多少焦りながらも、反論する。

 

 

「ぼ、僕だって真姫を1人の娘として大事に思っているんだ。だから僕の言う事を聞い―――、」

「思いあがってんじゃねえぞ!!これだけ言ってもまだ分からねえようだからこの際言ってやる。コンクールの時から真姫の笑顔を見た事ないのは、真姫の笑顔を奪っているのは他でもないアンタだからだろうがッ!!」

「な、ん……!?」

 拓哉の腕を掴んでいた翔真の腕が、重力のままに下がる。

 

 

「自分のせいで娘の笑顔を奪うようなアンタに、真姫の事を何も言う資格なんてどこにもねえ!!テメェも1人の男であって父親なら、もっと自分の娘の事くらい考えてやれよ!!娘の我が儘くらい笑顔で応援してやれよ!!それが父親の義務ってもんだろうがッ!!」

「ッ……!?」

 聞いて、翔真の首までもが下へ向いた。

 

 

 それに任せ拓哉も腕を離す。再びソファに佇んだ翔真に向かって、拓哉は最後の一言を放つ。

 

 

 

「それでもまだアンタが真姫のやりたい事を邪魔しようってんなら、それを無意味だなんてほざいて真姫の気持ちまで踏みにじってなお、何とも思わないってんなら」

 拳を強く握る。それを穂乃果は見逃さなかった。まずい、このままだとこの少年は真姫の父親を間違いなく殴る。そう思った穂乃果は咄嗟に先程と同じように拓哉の手を握ろうとした。

 

 

 

 

「まずはその―――、」

「たくちゃん、待っ―――、」

 2人の声が重なる瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「お父さんッ!!」

 突如、リビングに入ってきた少女がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真、姫……?」

 今までいなかったはずの当事者の介入。それにより場は暫しのあいだ凍り付いていた。

 

「お前、何で……いや、いつから聞いて……」

 拓哉も思わぬ展開に拳の力がなくなっていた。そんな拓哉の話を聞かずに、真姫はそのまま翔真の元へと涙を流しながら駆け寄る。

 

 

 

 

 

 

「お父さん、お願い!私、やっぱりどうしてもμ'sをやりたい!お願いします……絶対に勉強だってちゃんとする。医学部だって絶対に受かってみせる!それに必要な事なら何でも言う事聞くから……私にμ'sを続けさせて……!やっぱり私……諦め、られないの……」

(真姫……)

 

 

 

 

 

 

 

 今まで真姫がこんな事を言ってくる事は一度たりともなかった。それも泣きながら。友人であろう少年達が近くにいるのに、どうしようもないほどに涙を流し、自分のやりたい事をこうして自分に言ってきた。

 

 

 

 

 

 

(これが……娘のお願い、我が儘、というところなのか……)

 もちろん真姫がこんな我が儘を言うのは初めての事だった。やはりそれだけ音楽が大好きで、今のこのμ'sというグループが大切な居場所なんだろう。それを娘によって痛いほど分からされた。

 

 

 

「あなた……」

 また1人、リビングに入ってくる者がいた。西木野真里奈。真姫の母親であり、翔真が生涯愛すると誓った妻。そんな妻が、微笑んでこちらと真姫を見ている。それだけで、もう答えは決まった。

 

「娘の我が儘くらい、父親なら笑って応援してやれ、か……。」

「お父、さん……?」

 まだほろりと涙を流している娘を見て、軽く微笑む。いつ以来だろうか。自分が真姫に向かって父親らしい笑みを浮かべたのは。認めよう、少年の言い分を。応援してやろう、娘のやりたい事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

「μ's、だったかな。真姫、これからも、その活動を頑張りなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく、『平凡』な少年と『スーパーエリート』である父親の勝敗が決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつ振りかな……。真姫のあんな嬉しそうな笑顔を見たのは」

 ソファに座っている西木野翔馬は、先程の娘の笑顔を思い出して思わず微笑んでいた。

 

 

「も、もう……それはもういいでしょ……!」

 それに可愛らしく反抗したのは娘である西木野真姫。少年達は喜ぶだけ喜んで帰って行った。

 

「凄いな、あの少年は……」

「拓哉の事?」

 翔真は真梨奈が入れたコーヒーを啜りながら、思い出す。

 

「ああ、今はもう威張るつもりはないけど、仮にも僕は病院を経営している社長だよ。それを相手に、あの少年は全然臆す事はなかった。それにあまつさえ、最後は僕を殴ろうとしそうになったからね」

「拓哉がお父さんを殴るって、そんな素振りは……」

「真姫はその時泣いてたしちゃんと見ていなかったから分からなかったんだろう。物凄い力で拳を握っていたよ。あの時真姫が来なければ、僕は間違いなく殴り飛ばされていただろうね」

 

 実際、あの少年は最後まで臆す事無く立ちはだかっていた。そのメンタルもさる事ながら、大人を言い負かすくらいの度量も持っている。

 

「まったく、娘とほぼ同年代の男の子に説教されるとはね。参ったよ」

「拓哉は相手が誰でもあんなだから……」

 2人してほくそ笑む。あんな少年、他に見た事がないからである。

 

 

「真姫」

「何?」

「あの少年なら、僕はすぐにでも認めてあげるよ」

「ブフゥッ!?」

 思わず口に含んだコーヒーが少量吹き出した。

 

 

「も、もう!何言ってるのよお父さんは!!」

「ははっ、社長の娘が口からコーヒーを出すなんて、やはりまだまだ子供だね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 珍しく、西木野家では微笑ましい光景が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西木野真姫の問題は解決して、これでまたいつものような日常が戻ってくると誰もが思っていた。

 

 

 

 

 

 

 しかし、西木野真姫の脱退問題さえ、ただの序章に過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 μ's崩壊のカウントダウンは、間近に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


これにて真姫の問題は解決!!いやー良かったね!!これで安心だー!!
……だと思った?序章に過ぎませんこんなの。
まあ真姫の父親には中々のクズっぷりを発揮させていただいて、だからこそ最後の微笑ましい光景が際立つのです。
そこを上手く表現できていたらいいなあと思いつつ……。

次回新章!!



いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆9、☆10)を入れてくださった、


仁聖和礼勇さん(☆10)、雄斧クミンさん(☆10)、ライブラGさん(☆9)


計3名の方からいただきました!
本当にありがとうございます!!

これからもご感想高評価(☆9、☆10)お待ちしております!!



【告知】

今週水曜日の21:00から新作『ラブライブ!~悲劇と喜劇の物語~』を投稿開始いたします。

本編では見れない岡崎と穂乃果達の戦い、岡崎の上条さ……ヒーローっぷりをご期待ください!!



初期の頃から読んでくださっていた方から初めてご感想をいただいて心ほんわかしてました。


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66.学園祭に向けて



どうも、今回から新章です。
シリアスが続くやもしれませんが、アニメを見ていた人なら大丈夫でしょう!!(多分)


では、『μ's崩壊編』どうぞ。


まだシリアスは始まらないから!!




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真姫の脱退騒動から早くも数日がたった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の説得も無力に近く、結局は真姫の最後のわがままで真姫の父親も許してくれた。まあそれがなければ今頃俺は総合病院の社長を殴っていて少年院にでも送られていたかもしれないと思うと、終わり良ければ全て良しと満面の笑みで言ってやる。

 

 

 それからというもの、何故か頻繁に真姫が家に寄らないかと俺を誘ってくる事が増えた。一度理由を尋ねてみると、何やら真姫パパが俺と話したい事が色々とあるそうな。……嫌な予感しかしねえじゃんそれ。

 

 よくよく考えてみればだ。俺は感情に任してたとはいえ、あの病院社長にタメ口で乱暴な口調、胸倉掴んで勝手に過去の事を説教して、しまいには殴ろうとまでしていた。……うん、よくよく考えなくても何されても文句言えないね俺。

 

 真姫の口から出る真姫パパの色々話したい事が、俺の直感で危険だと警戒音が鳴りまくっている。新しい薬の実験台になってくれとか地下の謎研究室に連れて行かれてそのまま帰れなくなるとか絶対そんなんだよ。拓哉さんまだ死にたくない。

 

 何でも真姫ママもまた来てほしいとか言っていたらしく、挙句の果てには真姫まで普通に誘ってくる。……ちょっとやだ、全力で俺の事潰そうと考えてるわよこの親子。SP辺りが俺を捕まえにきたら遺書残して家に帰ろう。普通に帰るんかい。

 

 

 

 

 とまあ、後日談を言うとこんなところだ。

 主に俺の命が物理的に危ないという事は分かっていただけたかと思う。もしボロボロになるような事があればすぐさま病院に行っていつでも逃げれるように治療してもらわねばならない。……あれ、近くの病院って西木野総合病院しかないじゃん詰んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 一応そんな平和な日常を送りつつ、いつも通りにμ's練習を見て、いつも通りに朝に家を出る前、いつも通りにスクールアイドルのサイトを見てランキングチェックをしていたらだ。

 

 

 

 

 

 

「……まじでか」

 

 

 

 

 

 μ'sが19位になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄いってもんじゃないよ!19位だよ19位!!」

 朝から騒がしい高坂家の長女である。でもまあテンションが上がる気持ちも分かる。何たって19位だ。今サイトに登録している数あるスクールアイドルの中で19位と考えれば、19位というのは十分に凄いというのが分かる。

 

 

 

 それに。

 

 

 

「ラブライブに出場できるかもしれないんだよ!!」

 最大の理由はこれにある。ラブライブに出るにはいくつか条件がある。まず最初に初歩的な事、つまりはスクールアイドル名をサイトに登録する事だ。それによって正式にスクールアイドルがサイトに動画を上げ、良いと思った人がそれに投票するというシステムが確立する。

 

 そして2つ目、ランキングで20位以内に入る事。これが簡単に見えて実はとても難しい。数あるスクールアイドルがいて、その全部が20位以内をこぞって狙いにくるのだ。まさにアイドル戦争。全ての都道府県から想定しても軽く200は超えるであろうスクールアイドル。

 

 それだけで20位以内に入るという事がどれだけ難しいかが分かる。なのに、それをこいつらは、μ'sは達成している。しかも短期間でだ。そのおかげもあってかサイト内でも注目されている。短期間で人気になった注目アイドルμ's。

 

 

 

 

「ラブライブに出場できれば、きっと学校もなくならない……!」

「穂乃果……!」

「穂乃果ちゃん……」

 それを目標に今まで続けてきた。廃校を阻止するために、なくならせないために、今でこそやりたいから楽しくやっている穂乃果達だが、そもそもの話が廃校阻止するためにスクールアイドルやろうぜみたいな中島的なノリで始まった気がする。磯野と野球やってろ中島。

 

 

「ラブライブだ……!」

 穂乃果が噛みしめるように口に出す。無理もない。20位以内になりますます注目度も上がって、音ノ木坂学院に興味を持つ中学生が増えれば、それだけ廃校阻止に繋がるのだから。それに、このまま順調に順位を保っていればラブライブに出場もできるかもしれない。

 

 

 そんな2つの高揚感を、あの穂乃果が抑えられるはずがないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラブライブだァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

「……うん、気持ちは分かるけどここは外だから近所迷惑も考えような?」

 

 

 

 

 

 

 

 気持ち爆発したまま暴発してますよ穂乃果さん……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったじゃーん!」

「クラスで今凄い話題になってるよ!」

 

 

 

 

 そんなこんなで音ノ木坂学院の廊下。俺達が登校して教室に向かっていたら、いつも穂乃果達のライブの準備を手伝ってくれるヒデコ、フミコ、ミカの3人が穂乃果を見つけたと同時に駆け寄ってきてこんな状況になっている。

 何でも既にクラス内でμ'sの事が話題になっているらしい。いやあ、若者って流行りには敏感だね。……俺も若者じゃん。

 

 

「くぅ~ん♪」

「よしよし、よく頑張った~!」

 まるで犬が褒めて褒めてと尻尾をフリフリ振っているのが幻覚で見えてしまいそうなほどに穂乃果は犬っぽくなっていた。ミカはそれを気にせず平然と穂乃果の顎あたりを犬を撫でるかのように撫でている。何アレ、ああいうプレイなの?俺も参加していいですか。

 

「穂乃果の事だからすぐ飽きちゃうかと思ってたんだけどねえ」

「てへへ!」

 それ褒められてるようであんまり褒められてないぞ穂乃果。遠回しにお前はいつも飽き性だって言われてるぞ。気付け、気付くんだ穂乃犬!!ほのけんって別に北斗の拳の略じゃないから。ことりなら南斗水鳥拳できそう。名前ピッタリじゃん。

 

「でもさあ、私達ってラブライブに出るμ'sの初ライブ見た事になるんだよね~!」

「感慨深いね!」

「なるほど、俺もそこに居合わせた事になるのか」

「たくちゃんは私達の手伝いなんだからいて当たり前でしょ!」

 お、おう……そうだな。見守る必要があるんだから見てて当たり前か。手伝いっていう手伝いやってやれてる気がしないからたまに忘れる時がある。ヒフミの方が役に立ってんじゃね?

 

 

 

 と、俺の存在意義って何なんだったっけ?と思っていたところに後ろから声をかけられた。

 

 

 

「穂乃果、拓哉、おはよ!」

「あ、絵里ちゃんおはよう!」

「よお、絵里」

 軽く絵里と挨拶を交わし、手を振りながら去って行く絵里を見送る。するとヒフミトリオがいきなり騒ぎ出した。

 

 

「穂乃果、拓哉君!先輩だよ!?」

「ああ、大丈夫大丈夫!先輩後輩なしにしようって話したんだ~!」

「凄い、芸能人みたい!……あれ、でも拓哉君はお手伝いなのに、敬語じゃなくてもいいの?」

「俺もそう思ってたんだけど、あいつらが敬語はやめてくれって言うからタメ口になった」

「あいつらって……」

 

 

 もう3年の事を普通に扱っているあたり、俺は慣れ過ぎているのかもしれないが、絵里相手に教室で怒鳴り合ったり、しまいにはどこぞの総合病院の社長相手に胸倉掴むくらいには俺の感覚は狂ってきているのかもしれない。嫌な慣れだなオイ。

 

「あっ、そうだ。でねでね!」

 俺達の話を中断させるかのように入ってきたフミコに、俺達は颯爽と教室の方へ連れて行かれた。

 

 

 

 

 

 

「サイン?」

「これから有名になるんだから、記念に1枚書いてよ!」

 俺まで引っ張られるから何事かと思ったけど、俺関係ないじゃん。スクールアイドルの穂乃果なら分かるけど俺全然関係ないじゃん。

 

「さっき園田さんにも書いてもらったんだけど……」

 そう言ったミカの色紙を少し凝視する。サインならすぐ見つかると思ったが、パッと見じゃ分からない。サインって真ん中にデカデカと書くものじゃないのか?海未のサインって一体どこ、に……。

 

 

「……おい、そこの小心者ブルーヘアー」

「し、仕方ないでしょう!そ、そういうのにまだ慣れてないのです!……恥ずかしいですし」

 最後のが本音だろ。左下の隅っこに小さくサイン書くやつがあるか。自分の持ち物に名前書く小学生じゃねえんだぞ。小学生ならむしろ名前書いててもいつの間にか自分で無くす究極技も付いてくる。

 

「ちっさ!」

「でしょ……恥ずかしいからこれが限界だって言うのよ。だから穂乃果はおっきく書いてね!」

「じゃあ……」

 ミカの頼みに穂乃果はお望み通りと言わんばかりにでかくサインを書いていく。しかし、しかしだ穂乃果さんや。

 

「ごめん、入りきらなかった~」

 海未とは真逆に穂乃果のサインはでかすぎて最後まで字が入りきっていない。穂乃果の果だけがとても小さくなっている。これじゃ語尾を小さく言ってほしいのかと思ってしまう。穂乃果ェ……。うん、これは違うか。

 

「本当アンタ達極端よね……」

 ヒデコが呆れた声を出す。そうだ、もっと言ってやれ。真逆だからこそこいつらはある意味で噛みあうのかもしれないが。

 

「さっき矢澤先輩にも頼んだんだけど……」

「お前らって結構行動派だよな」

 ヒフミトリオの行動力がパない。いち早く誰よりもサイン貰おうと行動している。ずる賢いと言うべきか素直と言うべきか……。

 

「『すいません、今プライベートなんで』って言われちゃってさ」

「私達、芸能人ってわけじゃないし……」

 徹底しすぎかよあの自称エリートアイドル。にこだっていつも準備を手伝ってくれるヒフミトリオを知っているはずだからサインの1枚2枚くらい書いてやってもいいのに。

 

 

 

 

「あれ?そういやことりちゃんは?」

 にこのアイドル像に呆れていると、穂乃果が思い出したように呟いた。そういえば確かにことりがいない。あの大天使コトリエルがいないのに気付かないはずがない……おのれにこ、ヒフミトリオの代わりに俺がにこにサイン書いてもらってやるからな。

 

 

 

「カバンもまだないし、教室来る前にトイレでも行ってんじゃねえの?俺にも何も言ってこなかったし」

「それが本当だとしてもたくちゃんが言っていい事じゃないよそれ」

「拓哉君、最低です」

「拓哉君それはないわ」

「デリカシーって知ってる?」

「拓哉君に言ったら言ったでそれは大問題のやつだよ」

 

 

 女の子達が俺を言葉というナイフで何回も突き刺してくるんですけど。オーバーキルじゃないですかね。あっ、言葉だけじゃなく俺を見る目がまるで養豚場にいる豚を見る目をしていますね。これはジョセフもリサリサに軽く恐怖を抱く理由も分かるわ。超怖い。

 

 

 

 

「せんせー、女の子達が僕の事をいじめてきまーす」

「私も聞いてたぞー。全面的に岡崎が悪いからあとで教室に運ぶつもりだった大量のプリント持ってこい」

「うっかり職員室にプリント忘れてんじゃねえぞ教師」

 予鈴が鳴る前からいた山田先生までも俺の事をいじめてくる件について。というか先生の方が悪質じゃねえか。生徒に任せる事じゃないと思います!!

 

 

 

 結局、先生のせいで俺は職員室に行くはめになり、教室に戻った時には既にことりはいつも通り席に着いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ランキングの事は当然他のメンバーも知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ~……!!出場したらここでライブができるんだあ!!」

「凄いにゃ~!!」

 放課後。早々に着替えを終えた穂乃果達はPC画面をうっとりと見惚れていた。画面に映っているのはラブライブに出た場合、そこでスクールアイドル達が踊るであろう会場。パッと見ただけでもスクールアイドルの大会という規模がどれだけ凄いのか分かってしまう。

 

「なあにうっとりしてんのよ。ら、ラブライブ出場くらいで……やったわね……にこ……!」

 最後の方本音漏れてますよ矢澤パイセン。思いっきり喜びの声が出てますよ。まあ、にこがそんな気持ちになるのも無理はない。何せメンバーの中で1番にこがラブライブ出場を目標にしていたのだから。

 

 1人の時じゃ決して叶えられなかったものを、ここにきてようやく叶えられそうなとこまできたんだし、ここは野暮な事は言うまい。俺だって空気を読む時はちゃんと読む。今朝のはあれだ。俺の周りが女の子しかいないからきっと俺も女の子に感化されて女子化していたのだ。うん、気持ち悪いな。

 

 

「まだ喜ぶのは早いわ」

「いや喜んでたのはに―――、」

「ああん?」

「何でもないですごめんなさい生まれてきてごめんなさい」

 ツッコミもダメでしたか。これが空気読めないという事なのだろうか。あれか、世間で言うKYってか。KYってことりヤバイって意味じゃないの。可愛い的な意味で。違うか、違うな。

 

 

「ラブライブに出るのが決定したわけじゃないんだから、気合い入れていくわよー!!」

「気合いいれてけお前らー!!」

「おお、たくや君も気合い入ってるにゃー!」

 とりあえずノッておく。あれだ、場に身を任せる事も時には必要なのだ。拓哉さん今日で色々学んだから。もうきっと失敗はしないはずだ、多分。

 

 

 

「その通りよ」

 にこと一緒に拳を上げていると、絵里と希が来た。ちょっとやだ、まさか今の見られてたのかしら。右手をそっと下ろしてなかった事にする。何やら希が微笑みながら俺を見てくるが、気のせいだと思いたい。あっち向いてろ。

 

 

 

 

「7日間連続ライブ!?」

「そんなに!?」

 絵里がPCを操作し、A-RISEのサイトを開く。そこには7日間連続でライブをすると書かれている。

 

「多いな」

「ラブライブ出場チームは、中間後の時点で20位以内にいたグループ。どのスクールアイドルも、最後の追い上げに必死なん」

「なるほど、それも当たり前か」

 今のランキングを見て、諦めているスクールアイドルはまだきっといないはずだ。どのグループも最後のどんでん返しを狙っている可能性の方が大きいって事か。

 

「20位以下に落ちたとこだってまだ諦めていないだろうし、また追い上げて、何とか出場を勝ち取ろうとしているスクールアイドルもたくさんいる」

「つまり、これからが本番ってわけね」

「ストレートに言えばそういう事。喜んでる暇はないわ」

 真姫の言葉に絵里は頷く。ここで20位以内になれたからといって気を抜いたら簡単に順位を抜かれる。むしろ今だからこそもっと頑張って自分達ももっと上位に行こうと思うくらいの気持ちが必要だという事だ。

 

「よーし、もっと頑張らないと!」

「とはいえ、特別な事を今からやっても仕方ないわ。まずは目の前にある学園祭で、精一杯良いステージを見せる事。それが目標よ」

 さすが絵里だ。生徒会長やってるだけの事はある。今やるべき事をしっかりと把握していて、余計な事は視野に入れない。あくまで今まで通りを続ける。それが最善だってちゃんと分かってるんだ。

 

 

「よし、そうとなったらまずはこの部長に仕事をちょうだい!!」

 にこがいつにも増してやる気になっている。部長として何かしたくて仕方ないんだろう。単純だなオイ。それに絵里は待ってましたと言わんばかりににこへと笑顔を向けた。

 

「じゃあにこ、うってつけの仕事があるわよ!」

「……何?」

 着いてきなさいと言われ、全員が絵里の後ろを着いて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、これは重要だな」

 やってきたのは生徒会室。そこで見たのは福引でもやっているのかと勘違いしてもおかしくはないであろうくじがあった。

 

「何で講堂がくじなわけ……」

「昔から伝統らしくて……」

 どんな伝統だよ……。というか俺達の前にいた女の子達は見事行動1時間の使用権を手に入れていた。君ら書道部って言われてたよね?講堂使う必要ありますかね?

 

 

 

「では続いてアイドル研究部の……わっ!?」

「見てなさい……!!」

 おいにこ、生徒会の子怖がってるから睨むのやめなさい。必死になる気持ちは分かるけど。

 

「にこちゃん、頼んだよ!!」

「講堂が使えるかどうかで、ライブのアピール度は大きく変わるわ!!」

 そんなプレッシャーかけないであげて!ああ見えて繊細なところもあるんだからきっと!!きっとね!!

 

 緊張の面持ちでにこは恐る恐るくじを回していく。その変な遅さが余計に周りの緊張感を増やしているような感覚に襲われる。そんな時、凛がおもむろに呟いた。

 

 

 

 

 

「でも逆ににこちゃんなら当てちゃいそうな気もするけどにゃー」

「おいバカ何でそういう事言うの!?それは完全にフラグとしか捉えようがないじゃん!!これ絶対ハズレ引いちゃうやつじゃん!!絶対講堂使えないや―――、」

「「ああっ……」」

 

 

 

 俺の声を遮るように、後ろからにこと穂乃果の微かな声が聞こえた。小さな声だったのに、何故かそれを鮮明に聞こえるくらいには、今のにこ達の声は印象強かった。希望に満ち溢れた声とは真逆の絶望しか感じられない声だったから。

 

 

 

 

 

 

 

 信じられずに、俺は結果を見ようとくじの方へ向かう。分かってはいても、ちゃんと見るまでは認めたくなくて。

 そして、くじを見ると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金色の玉ではなく、真っ白な、何もないただの玉がそこにはあった。

 次いで、生徒会の女の子の声が室内に響いた。俺達を現実という絶望へ叩き落とすかのような言葉で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残念!アイドル研究部、学園祭で講堂は使用できません!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを合図に、9人の女神とどこにでもいる平凡な高校生は崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツイてねえ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


まだシリアスは始まらないので!片鱗はありましたけどね←
これから書くのが楽しみだー(白目)


いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆9、☆10)を入れてくださった、


龍紋さん(☆10)、アオモさん(☆10)


計2名の方から高評価(☆9、☆10)をいただきました。
ありがとうございます。


これからもご感想高評価(☆9、☆10)お待ちしております!!


【告知】
現在、『奇跡と軌跡の物語』とは他に、『悲劇と喜劇の物語』という作品も投稿しています。
同じ主人公の岡崎がμ'sとバトルを繰り広げるので、そういうのも大丈夫な方はぜひご覧になってみてください!!

あちらは不定期更新ですが、感想とかお気に入りとか評価の伸びによっては更新速度が早くなったり←



『μ's崩壊編』って自分で名付けたけど、割と怖い名称だな~(笑)


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67.顧問



どうも、今回は後半オリジナルです。
シリアスはまだどぅえす。


では、どうぞ。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どーしよー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽が屋上を熱く照り付けるそんな放課後。

 

 

 

 

 

 

 我が幼馴染のおバカ代表、高坂穂乃果が頭を抱えながら叫ぶ声が響いた。というかほぼ全員が落ち込んでいる様子である。かくいう俺も只今絶賛四つん這い状態だ。

 理由は先程起こった悲しい現実にある。

 

 

 

 

 

「だってしょうがないじゃない!!くじ引きで決まるなんて知らなかったんだから!!」

 腕を組んで言うのはにこ。そう、先程学園祭で講堂を使用するために生徒会室で恒例行事だという講堂使用権をくじ引きで決めていたのだが、我がアイドル研究部部長の矢澤パイセンは見事に驚きの白さと言わんばかりのハズレ玉を当ててしまったのだ。

 

 

「あー!開き直ったにゃー!!」

「うるさーい!」

「何でハズレちゃったのぉぉぉ……!」

 花陽がフェンスに項垂れ涙を流す。穂乃果達からすれば、講堂はスクールアイドルとしてステージに立つのに1番適している場所なのだ。それが使えないとなると、落ち込んでしまうのも仕方ない。

 

 

「もうダメだー!あぅ……」

「穂乃果が死んだ!この人でなし!!」

「うるさいわよ!!」

 穂乃果に至っては頭がパンクしたようだ。煙がプスプスと出ている……ようにも見える。渾身のランサーネタも今のにこには通じなかった。みんなのダメージがでかすぎるな。

 

「まあ、予想してたオチね」

「にこっち……ウチ、信じてたんよ……?」

「うるさいうるさいうるさーい!!悪かったわよー!!」

 ここまでくるとさすがのにこも謝罪するしかなかったか。まあ、こればっかりは運だし、にこは悪くはないのだが……うん、部長ってこういう時責任重いよね。

 

 

「気持ちを切り替えましょ。講堂が使えない以上、他のところでやるしかないわ」

 と、ここで絵里が話を切り出した。さすが生徒会長、こういう場面では人をまとめるための能力が良い感じに発揮される。

 

「体育館もグラウンドも、運動部が使ってる……」

「ではどこで……」

 広い場所が使えないのなら、何とかして他に使えそうな場所を自分達で探すしかない。そこでみんなそれらしい事を考える。最初に口を開いたのはにこだった。

 

「……部室とか?」

「狭いわ。ライブハウスか」

 ロックバンドじゃないんだから、9人で踊るとなると相当キツイ。しかも客もそんなに入らない。宣伝も兼ねてるんだから狭くて客足が見込めないのはなしである。

 

「あ、じゃあ廊下は!?」

「邪魔になるわ!!せっかく来てる客の通り道を邪魔してどうする!!このあほのか!!」

「私に当たり強いのは何でなのかな!?」

 そりゃお前、穂乃果が1番気兼ねなく何でも言えるからに決まってるでしょうが。気を遣う必要がないというのは楽なのだ。それに穂乃果なら数秒すればすぐ忘れるから余計にね。

 

「いっその事、校門付近はどうだ?そこなら入り口に近いし、嫌でも客の視界に入るだろ」

「ああ、元々ここに入学する予定でパンフ見てた真姫達と違って、拓哉は音ノ木坂の学園祭は初めてだったわね。そこはダメなの。ほら、学園祭の時って大体校門付近は受付があるじゃない?それの妨げになるような事はしてはいけないのよ」

「あー……そっか」

 そりゃそうだ。よく考えなくとも学園祭の校門付近ってのは受付があるのが定石みたいなものだしな。当たり前の事を分かっていない俺も少し焦ってるって事か。

 

 

 ……ん?いや待てよ?

 9人が十分に踊れて客もたくさん呼べてそれなりに広い場所。あるじゃねえか。たった1つだけ確実なとこが。

 

 

 

 

「「じゃあここは?あ……、」」

 穂乃果と声が被った。という事は穂乃果も同じ考えだったのだろう。2人して顔を見合わせ軽く笑いながら、みんなへ説明する。

 

「ここに簡易ステージを作ればいいんじゃないか?この屋上の広さなら客も結構入れるだろうし」

「屋外ステージ?」

「そう、ライブをするなら定番中の定番。野外ライブだ」

 ライブといえば、屋内ステージはもちろんだが、それ以外によくあるのが野外ライブだ。アイドルやらロックバンドやら、ジャンルが違う数あるアーティスト達も野外ライブは何度も経験している。まあここは野外というより屋外だが。

 

 

 俺の次に、穂乃果が自分なるの意見を伝える。

 

 

「何よりここは、私達にとって凄く大事な場所!ライブをやるのにふさわしいと思うんだ!!」

「野外ライブ、かっこいいにゃー!」

 凛が穂乃果の発言にノリノリになる。運動好きな凛にとっては外で思いっきり踊る事は結構嬉しい事なのかもしれない。そんなノ凛ノ凛とは違い、絵里は穂乃果へ質問をぶつける。……ノ凛ノ凛って何だよ。

 

 

「でも、それならどうやって屋上にお客さんを呼ぶの?」

「確かに……ここなら、たまたま通りかかるという事もないですし……」

「下手すると1人も来なかったりして」

「えぇ!?それはちょっと……」

 次々に不安な声が挙がる中、穂乃果はそれを吹き飛ばすような事を簡単に言ってのけた。

 

 

「じゃあ、おっきな声で歌おうよ!!」

「はあ、そんな簡単な事で解決できるわ―――、」

「校舎の中や、外を歩いてるお客さんにも聞こえるような声で歌おう!!そしたら、きっとみんな興味をもって見に来てくれるよ!!」

 にこの言葉を遮りながら穂乃果は言う。きっと穂乃果の中では何の不安も疑問もないんだろう。だから自信をもって言っている。それは、決して確信のない虚言に近いものかもしれない。

 

 

 だけど。

 

 

「ふふっ、穂乃果らしいわね」

「……ダメ?」

 絵里は笑う。それも心地良さそうに。

 

 

「いつもそうやって、ここまできたんだもんね。μ'sっていうグループは」

「絵里ちゃん……」

 そう、今までもそんな穂乃果の確信のない自信のある言葉でやってきたのだ。たとえそれが虚言に聞こえたって、それでいつも頑張って乗り越えてきた事を、穂乃果達といつも対峙してきた絵里はよく知っている。

 

 

 だからそれを信じる。穂乃果の言葉を信じる。ただそれだけの事。いつもの事だ。

 

 

 

 

「決まりよ!ライブはこの屋上にステージを作って行いましょ!」

「確かに、それが1番μ'sらしいライブかもねっ」

 絵里の言葉に希が反応する。希だってそうだ。絵里と同じように最初から穂乃果を知っていて、更には影でサポートまでしていたんだから、μ'sらしさなんて穂乃果の次に分かっていると言っても過言ではない。

 

「よぉーし、凛も大声で歌うにゃー!!」

「じゃあ各自、歌いたい曲の候補を出してくること。さあ、練習始めるわよ!!」

 

 

 

 

 

 

 色々と決める事が決まって、全員の声に一層気合いが入ったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おし、お疲れ~。見てたけど、今日はみんな動きとか良かったぞ」

「そりゃあ学園祭に向けてだからね~。気合いも入っちゃうよ!!」

 

 

 

 それぞれにドリンクを渡す。青かった空がオレンジに染まり、それが夕方だと認識させる。今日の練習はこれで終わりだ。いつも通りこのまま帰るだけである。

 

 

 

「それでは私は少し弓道部の方へ寄って行きますので、先に帰っておいてくれて構いません」

「おう、分かった」

 1人先に部室へ帰って行った海未。弓道部も兼ねているから大変だと思うが、そういや弓道部は学園祭で何かするのだろうか。明るい学園祭で静かなイメージのある弓道部が何かするとは思えないけど。べ、別に偏見とかじゃないんだからねっ!!

 

 

「じゃあ俺も先に下駄箱あたりで待って―――、」

「おお、いたいた岡崎」

 言い切る前に、海未とすれ違いで屋上にやってきたのは我らが担任の山田先生だった。というかあれだ。わざわざ俺の名前を言ってきたあたり嫌な予感しかしない。チラリとグラウンドの方を見ると部員がチラホラと片付けをしている。部活はもおう終わっているって事は……。

 

 

「……やー先生、今日もお互い部活お疲れさまです!こちらも今終わりましたんで、居残りはせずに品行方正のある生徒として真っ直ぐ下校したいと思い―――、」

「丁度良かった。荷物運び手伝え」

「もはや頼むでもなく命令形なんて清々しくて惚れちゃいそうです先生図太い性格してますね」

「御託は良い。行くぞ」

 やだ、この人に俺の皮肉が通じない。しかも首根っこを容易く掴まれて引きずられている。こんな力を持っているなんて、山田先生やはり怖え。

 

 引きずられる中、何やら複数の哀れみの視線を感じた。そこを見やると、穂乃果達が俺を見ている。これはあれだ。すぐには帰れそうにないな。伝えるだけ伝えておこう。

 

 

「あー、悪い、先帰っててくれ」

「う、うん、頑張ってね?」

 穂乃果を筆頭に、俺へ軽く手を振る彼女達は、さながら戦争へ出向く夫を見送る妻のようだった。……それ夫婦じゃねえか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で」

 所変わって俺は今先生と歩いている。というか荷物運びを手伝わされている。

 

 

「何で俺は強制的にこんな事を手伝わされているんですかね」

「足りない頭でも少し考えてみれば分かるだろ。お前が男だからだ」

「男子が1人しかいないこの学校の事を考えれば、それはもう俺にその命がくるのは運命じゃないすか」

「良かったな。運命って言いかえればdestinyだぞ。ほら、そういう響き好きだろ男子って」

「どこの中二病だよ。何なら俺はfreedomの方が好きですよ。自由っていいよね」

「ガンダムの話じゃないぞ」

「知ってんのかよ」

 

 

 意外と話通じるぞこの人。話の論点ズレてるけど。結局荷物運びをやらされている俺だが、この段ボールがやけに重いのだ。なるほど、これじゃ男の俺に頼むのも仕方ないわけだ。こんなのを女の子に持たすわけにもいくまい。……普通に持っている先生についてはノーコメントだ。

 

 

 

「そういや、この段ボールの中には何入ってるんすか?やけに重いけど」

「ん?ああ、ライトの機材とか色々だな」

「へえ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」

 思わず足が止まった。

 

「今……なんと?」

「聞こえなかったわけじゃないだろ。ライトだよ、もちろん懐中電灯とかいうオチはないぞ。れっきとしたライブなどで使われるライト機材だ」

 

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

「そんなのを何で先生が……?陸上部とかが使うわけじゃないですよね?」

「当たり前だろ。こんな機材を使うのは、お前らアイドル研究部しかいないよ」

 待て待て、俺の脳内回路がおかしいのか?さっきから理解が追いつかないぞ。段ボールを見たところ綺麗に包装されている。つまり新品というわけだ。でも、これを何で……。

 

 

 

「そういえば言ってなかったか。メンバーに入ったっていう絢瀬もまだ伝えてない……というか伝え忘れてるのか?まあいいや」

 そして先生は相変わらず、俺の予想外の事を遥かに上回る事を言った。

 

 

 

 

 

「私はアイドル研究部の顧問だよ」

 

 

 

 

 

 

 今度の今度こそ、理解する事を一瞬放棄した。だが聞く事があったために無理矢理思考を巡らせる。

 

 

 

「いや、でも……先生は陸上部の顧問じゃ?」

「ああそうだよ。でもアイドル研究部の顧問も兼ねてる。別に顧問を2つ掛け持つのは禁止じゃないしな」

 あっけらかんと答える先生に、まだ聞きたい事がある俺は質問をぶつける。

 

「じゃあ、何で先生はアイドル研究部の顧問に……?」

「まず第一に、部活には必ず顧問が必要なんだよ。部活を作るにしてもな。でもアイドル研究部には元から顧問はいなかった。顧問のいない部活の集まりはもはや部活じゃない。同好会だ」

 言われて、思い返す。確かに部活には基本的に顧問の先生がいる。運動部にも文化部にも言える事だ。それが普通なんだから。

 

 

 ならば、アイドル研究部はどうだ?俺達が入ってからも一度も顧問と呼ばれるべき先生はいなかったし、俺達が入る前に顧問がいたという事もにこから聞いた事がない。それはつまり、同好会と思われていたから?認める認めない以前に、前提条件からして破綻していた?

 

 

「お前達が来る前からアイドル研究部はあったが、人数が人数だし、顧問もいなかった。ただの同好会だったよ。……でも、ある時不意にこの学校を救ってやろうなんて遠回しに言ってきたヤツらがいてな」

 その言葉に、過剰に体が反応した。そんな事を言ったのは紛れもない、俺達だから。

 

「最初は何だかんだ言って笑ってたけどさ、時間が進むにつれお前達……は少し言い方が違うか。高坂達のスクールアイドルはどんどん注目されて知名度も上がっていっただろ?そこで思ったんだよ。あいつらなら本当に廃校をどうにかしてくれるんじゃないかってな」

「じゃあ、先生はそれで……」

「そう、生徒達が頑張って廃校問題をどうにかしようとしてくれているんだぞ?そんなのを見てしまったら、先生兼元OGである私が黙っていられると思うか?」

 ニヤニヤしながら視線を向けてくる先生に思わず視線が釘付けになる。

 

 

「ダメだ、このままじゃダメなんだって自分を言い聞かせたら、自然とやるべき事が頭に浮かんだんだ。確かに私は陸上部の顧問だ。でも、高坂達のために何かしてやりたい。だから顧問を兼ねる事にした。あいにく私はスクールアイドルの事はからっきしだし、陸上部もあるからアイドル研究部を見に行く事すらあまりできない」

 元から陸上部を請け負っていたんだからそれは仕方ないと思う。数が少ないとはいえ、陸上部はどの学校にもある立派な運動部の代表だ。それを見やるのは顧問として普通の事なのだから、先生が気に病む事なんて何一つない。

 

「でも、アイドル研究部には岡崎がいる。踊る事も歌う事もできないけど、高坂達を手伝ってやれる存在がいるってだけで、私は安心できる。アイドル研究部の事はお前に任せる事にしてるんだ、私の勝手だけどなっ」

 重い荷物を運びながらでも、先生の表情は柔らかかった。

 

 

「私にはアイドル研究部を直接的に支える事はできない。表立って会ってやる事もできない。だけど……こういう事ならしてやれる。いくらあいつらをちゃんと見てやれなくても、いつも遠くのグラウンドからしか屋上を見てやれなくても、こうやって裏から高坂達を手伝う事くらいならしてやれる。ライブを盛り上げるための手段でしかないけど、ないよりかはマシだろ?」

 

 

 ああ、何だよ……。やっぱりこの学校は良い人ばかりじゃねえか。見てくれている人は必ずどこかにいる。そう思っていた。だけど、それがこんなにも近くにいた事がとてつもなく嬉しい。

 

 

「岡崎の反応を見ると高坂達は私が顧問だって事をまだ知らないだろうし、自腹で買っといて正解だったな」

「なっ、このライト自腹で買ったんですか!?少ないにしても、アイドル研究部にも部活予算があるのに何で……」

「アイドル研究部は前まで元々同好会扱いだったし、予算も少ないのは知ってる。だからだよ。スクールアイドルが踊るにはステージや曲だけじゃない、衣装も必要だろ?それもその衣装を少ない予算で南が手作りしてるらしいじゃないか。それなのに部活の予算を削るわけにもいかんだろ」

「だからって、何も自腹で買わなくたって」

「いいんだよ」

 

 

 本当に、何も気にしてないように先生は言った。

 

 

「岡崎、お前がとんでもないお人好しで、しかもそれをただやりたいからやっているって事を私は知っている。それと同じだよ。私もやりたいからやってる。それだけの事さ。お前のやり方をお前が否定するわけにもいかないだろう?」

「ぐっ……」

 この先生、俺の事をよく分かっている。この人だけはいつも読めない。何かしらお互いコントみたいな事をしたりしていると思ったら、不意にこうやって真面目になる時がある。体育会系だけと思っていたらちゃんと考えている人なのだ、この人は。

 

 

「まっ、もっと簡単に言わせてもらうとさ」

 俺の少し前を歩く先生が止まり、必然的に俺も止まる。そして、こちらに振り向いた先生はとびっきりの笑顔でこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私も学校を救うヒーローの1人になりたいんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廊下の窓から差し込む夕日が、先生のとこだけをスポットライトで当てているかのように照らし出す。それは何とも幻想的で、美しくて、だけど言葉はとても熱くて、まるで同い年だと思ってしまうくらいには、今の先生からは幼さを感じた。

 

 

 

 自然と、口が開いていた。

 

 

 

 

「……もう、立派なヒーローの1人ですよ。先生は」

「おっ、そうか?なら是非とも高坂達にはこの学校を救ってもらわないとだな!」

 ったく、思わず見惚れてたなんて言おうとしたけど、これを言ったら絶対からかわれるに違いないから言わないでおく。

 

 

 

 

そして俺達はまた歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先ほどとは違い、お互いが軽い足取りで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、先生はいつから顧問になったんですか」

「矢澤が入ってからだな」

「俺達が部活入った最初からじゃねえか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


シリアス突入すると思った?残念!まだです!
部活をやるにおいて顧問は絶対条件ですよね。それをアニメではないので、こちらで勝手に補完させていただきました。
先生イケメンかよぉ……。

今回は後半オリジナルでしたが、次回も序盤はオリジナルからの入りだと思います。皆さん焦らしプレイは好きかね。あ、ごめっ、ゴミ投げないで!
まだ上げてくぜ~。

いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆9、☆10)を入れてくださった、


黒と閃光さん(☆10)


1名の方からいただきました。ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆9、☆10)をお待ちしております!!




最近初期の頃から読んでくださっている方達からのご感想が少し増えていてフフッってニヤケちゃう。
やっぱこういうのは活力になるなあ。


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68.雨の日に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事に先生の手伝いが終わりみんなが先に帰った中、俺は1人で夕焼けを背景に帰路についていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山田先生が顧問って知ったのが今日1番の驚きである。

 何で今まで言ってこなかったんだよあの人。先生の言動から察するに生徒会の絵里や希も知ってそうではあるが、ただ伝え忘れてるだけなのか?確かにここ最近は文化祭でのライブのためにより一層気合い入れて練習しているからそっちに集中するのは分かるが。

 

 

 まあそれはそれとして、最初はあんなに俺達を笑ってた先生が自ら顧問になるなんて、やはり現実ってのはどうなるか分からないもんだ。悪い方向だったのに急に良い方向になるように、良い方向だったのに急に悪い方向になるように、未来なんて誰も読めやしない。

 

 でもだからこそ分かる事もある。今の俺達は、確実に良い方向へ進んでいる。ランキングも順調、盛り上がるであろう文化祭の日にライブ、顧問の先生のバックアップ、ヒフミ達のありがたい手助け、穂乃果達の気合いの入りよう。

 

 今のところそれら全てが良い風になっている。大丈夫、いける。今の穂乃果達なら、確実にラブライブに出場できるだろう。俺ももっと少ないにしろあいつらを手伝ってやらないとな。

 

 

 

 

 

 そんな事を考えながら歩いていた時の事だった。ふと声をかけられたのだ。

 

 

 

 

 

「せんぱーいっ!!」

 

 

 

 こ、この声は……。振り向きたくない顔をおそるおそる声がした方向へと向けていく。そこにいたのは当然俺が会いたくない人物ナンバー3には余裕で入る後輩だった。

 

 

 

「げっ……」

「愛しの後輩に偶然会ったのにその反応はヒドくないですかー!私です、桜井ですっ☆」

「げげっ……」

「先輩、『げ』が1つ多くなってるんですが」

 偶然でもシカトしてそのまま帰れば良かったと今全力で思ってます。いや、今から幻覚でも見たと思って普通にそれとなく帰ろうか。うん、それがいいそうしよう今すぐ決行しよう。

 

 

「今ですね、真姫ちゃん達とお茶してるんですよー!」

「いやー俺の幻覚だったかーそうだよなーここに桜井がいるわけないもんなーそんなわけで帰ろ……あんだって?」

「反応遅すぎです。どんだけ私の存在を幻にしたかったんですか」

「やかましい、それより今の話を詳しく」

「ほら、あそこ見てください」

 

 言われ、桜井が指さした方へ目をやる。オープンカフェの席に、見慣れた音ノ木坂学院の制服を着ている少女が3人。言うまでもなく、真姫、花陽、凛だった。呆然としている俺の手を掴んで桜井は真姫達の方へ俺を引っ張る。

 

「たくや君さっきぶりだにゃー!」

「ど、どうも……」

「……、」

 俺を見て軽く挨拶してくる凛と花陽。それに対して上品にコーヒーを飲んでいる真姫。あれ、俺気付かれてない?

 

 

「あ、ああ……いや、それよりだ。何で桜井が花陽達と会ってカフェなんかにいるんだよ?桜井に脅されたか?」

「先輩はあたしをどう思ってるんですか」

「あざとい夏美」

「桜井夏美です!あざとい夏美をフルネームみたいに発音しないでくださいっ!!さりげなく下の名前で呼んでくれてありがとうございます録音したいのでもう1回よろしくお願いします」

「やだよマジの録音機差し向けてくんじゃねえ。何でスマホの録音機能じゃなくて本物の録音機常備してんだよこええよ」

 

 

 今時の女子高生って録音機常備してんのが流行りなの?問題事が起きた時のための配慮なの?マスコミなの?最後は違うか。ダメだ、こいつと話すと話が必ず脱線してしまう。

 

 

「で、何で一緒にいるんだお前ら」

「やだなー先輩、この前花陽ちゃん達があたしの事友達って言ってくれたんで連絡先聞いておいたんですよー。それで連絡しあって今日カフェでお茶しながらお話しよってなったんです☆」

「なん……だと……?」

 桜井のくせに、意外とまともな理由だったぞ……!?こんなのがあり得るのか……!?いやあり得ない、桜井に限ってそんなまともで普通な理由のはずがない……!!

 

「先輩今絶対あたしの事疑ってましたよね」

「ソンナコトナイデ」

「もはやカタコトになってんじゃないですか、しかも関西弁だし」

 何故か穂乃果達や桜井には俺の心が読まれる事が多い。俺が分かりやすいだけなのか、こいつらが鋭いだけなのか、どっちにしろ俺からしたら恐ろしい。

 

 

「ちなみに花陽ちゃん達以外のμ'sの連絡先も知ってます」

「なん……だと……?」

「ちなみにあれから何回もこっちに来てます」

「なん……だと……?」

「ちなみに穂乃果さんや絵里さん達とも何回かお茶してます」

「なん……だと……?」

「ちなみにお話のほとんどが音ノ木坂の事とか先輩の話です」

「なん……だと……?」

「いつからあたしが来ていないと錯覚していた?」

「なん……だと……?」

「最後色々と違うわよ」

 

 

 ハッ!!真姫に言われなきゃずっとこのままだった!!こいつ、俺が知らないあいだに何回もこっちに来てたのか。しかも全員と何回も会ってるって、もう仲良くなってんじゃねえか……。

 

「でも穂乃果もみんなも、桜井と会ったなんて一言も聞いてないぞ」

「そりゃ友達と会うのにわざわざ先輩に報告する必要ないですし~」

 むっ……まあ、それも一理あるのはある。何だかんだで花陽達はこいつを友達として見てるし、そこに俺が野暮を入れるって分かったら接しづらいのかもしれない。分かってたら絶対茶々入れようとしたしな俺も。

 

「先輩のお話、皆さんから色々聞きましたよ~。何で手伝いを始めたのかとか、どうやってメンバーを説得したのか、とか始めから今までの事を全部ですっ☆」

「最悪だ……」

 こいつに音ノ木坂での出来事を全部知られるなんて、というか穂乃果達も何普通に洗いざらい全部言っちゃってんだよ。思い返せば俺結構色々と凄い事言ってるのにあとから気付いて悶々とする事だってあるんだぞ。

 

「せ~んぱいっ」

「あん?何だよ……」

 絶対からかわれるか笑われるかと覚悟していた俺に、桜井は満面の笑みでこう言ってきた。

 

 

「先輩は、やっぱり先輩のままですねっ」

「……うるせっ」

 ふふっと微笑みかけてくる桜井から目をそらす。今の言葉があざといだのからかわれてるだのと感じないのは、こいつがおそらく本心でそう言っているからだろう……と思う。こいつの言葉だからこそ俺も分かってしまうのが少しアレだが、無駄に恥ずかしい。

 

 

「それでこそあたしの先輩ですっ!」

「お前のじゃねえ。俺はフリーだ」

「先輩がここでもいつもの先輩で安心しました。もし府抜けた先輩だったらあたしが説教してやろうかと思いましたよ~」

「お前に説教されるようなら、俺が相当精神的に追い詰められてる時だけだろうな。考えただけでも死にそうだわ」

「「「「それはダメ(です)」」」」

「お、おう……」

 

 何だ、冗談で言ったのに全員からもれなく有無を言わせないほどの圧力がかかってきたぞ。何なんだよお前ら綺麗にハモりやがって、ゴスペラーズもびっくりだぞ。……いや、それはないわ、うん、ないない。

 

 

「っと、俺もそろそろ帰らねえと。手伝いの事でやる事が結構あるんだった」

「ありゃ、そうなんですか」

「そんなにやる事あったかしら?」

「どういうステージにするかとか、どんな機材がいるかとか、そういうのも考えなきゃいけないんだよ。まあお前らは気にしなくていい。歌と踊りに集中してくれ」

「先輩が先輩らしい事言ってる……」

「やかましいわ、んじゃ行くよ。くれぐれも桜井には気を付けろよ」

「やかましいです」

 

 

 言うだけ言って再び帰路につく。軽く手を振ってくる花陽達に手を上げて応える。まあそれなりに楽しそうにやってるならそれでもいい。桜井も桜井で花陽達と一緒にいて楽しそうではある。

 

 急な事で驚きはしたが、まあ平和であるならそれに越した事はない。俺は俺で家に帰ってやるべき事をやるだけだ。来たる本番までもうすぐ、ここでようやっと手伝いである俺が全力を出せる機会なんだ。

 

 

 

 

 

 まずはこの暑い中から涼しい家に帰るのが先決である。……アイスでも買って帰るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「曲を、変えるだって?」

「うん!真姫ちゃんの新曲を聴いたらやっぱり良くって、これを1番最初にやったら盛り上がるんじゃないかなって!」

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後、部室でそんな事を言いだしたのは穂乃果だった。

 

 

 

「まあね……でも振り付けも歌も間に合うかしら……」

「頑張れば何とかなると思う!」

「でも、他の曲のおさらいもありますし……」

「わ、私、自信ないな……」

 穂乃果なら何とかなるかもしれないが、それとこれとでは問題が違う。海未の言う事も間違っていないし、花陽みたいに精神面でもそう思うのも無理はない。

 

「μ'sの集大成になるライブにしなきゃ!ラブライブの出場がかかってるんだよ!!」

「まあ確かに、それは一理あるね」

「でしょ!?ラブライブは今の私達の目標だよ!そのためにここまで来たんだもん!!」

 何故だか、穂乃果の言っている事は決して間違いではないのだが、理由が分からないのに、今の穂乃果の発言に何故か少し引っかかりを覚えた。まるで絵里がμ'sに加入する直前の違和感があった時のように……。

 

「このまま順位を落とさなければ、本当に出場できるんだよ!たくさんのお客さんの前で歌えるんだよ!私頑張りたい……そのためにやれる事は全部やりたい!!……ダメかな!?」

 俺の感じた違和感とは裏腹に、話はどんどんと進んでいった。

 

 

 

「……反対の人は?……だって」

 反対のものに、手を挙げる者は1人もいなかった。俺も今感じた変な違和感の正体は分からないが、その試みは大事だと思うし、何より誰も反対しなかったのが良い証拠だ。これがプラスになる可能性は十分にでかい。これが成功したらラブライブ出場だって確実性のあるものになってくるはずだ。

 

「みんな……ありがとう……!」

「でも、だとすると練習はもっと厳しくなるし、穂乃果はみんなより頑張らねえとダメだぞ?」

「そうよ、何たって穂乃果はセンターボーカルなんだから、みんなの倍はキツイわよ?分かってる?」

 え、倍もキツイの?ただでさえキツそうに見えるあの練習より倍?さすがの拓哉さんもそれは予想外デス。ソフトバンクの白犬お父さんもびっくりだぞ。あっやべ、俺もそろそろ行かないと。

 

「うん!全力で頑張る!!」

「おーうその意気じゃ穂乃果ー。じゃあ俺は行くから」

「うぇ?たくちゃんどこか行くの?」

「ああ、手伝いの身だし、文化祭に向けてやる事がたんまりとあんのよねこれが。だからこれからは設営の準備とかで忙しいと思うから、お前らの練習を見れる時間もあまりないと思ってくれ」

 顧問と分かった瞬間に山田先生から色々と仕事を頼まれたのだ。まあライブをするのに必要な事だから断るわけがないんだけど。

 

「そうなんだ~……たくちゃんが見てくれてるから頑張れてる事もあるんだけど……うん、たくちゃんも私達のために頑張ってくれてるんだもんね!私もより一層頑張るからたくちゃんも頑張ってね!!」

「あいよ、俺がいないあいだの監修は絵里か海未に任せる。お前らも頑張れよ」

 

 

 全員の返事を聞いて部室を出る。

 結局変な違和感の正体は分からなかったが、穂乃果達なら大丈夫だろうと思いつつ職員室へ向かう。俺も自分の仕事をしなくちゃいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 日は進む。

 そこからは忙しく色々あったりしたが、問題なく進んでいたと思う。

 

 

 

 

 

 授業中俺と穂乃果がいつも通り寝ていて先生に注意されたり、はいつもの事か。少ない時間に部室を見に行けば穂乃果がいきなり新しい踊りを提案してきたり、聞いた話によると穂乃果の気合いの入りようが凄まじいらしい。

 

 ステージの設計図を考えたりヒフミ達とどの機材を使うかと忙しい俺は中々穂乃果達の練習を見に行けてないが、何でも穂乃果は夜も走り込みをしていると聞いた。頑張るのもいいが、あんまり無理はしないでほしいものだ。

 

 

 あとこれは海未から聞いた話だが、最近ことりの様子が少しおかしいとの事。準備で忙しい俺には理由なんて分かるはずもなく、海未も分からないでいるらしい。練習も厳しさを増しているし、ただ疲れているだけならいいけど、それも違う可能性もある。……ライブが終わったら聞いてみるか。

 

 

 

 

 俺もまずは目の前の事に集中しなければならない。ライブのステージの設計図なのだが、中々良いのが浮かばないのが現状である。……いや、浮かんでいるのは浮かんでいるんだが、壊滅的に絵が下手な俺にはどう表現したらいいか分からないのである。こんな時に自分の絵のセンスのなさが憎い……!!

 

 ……仕方ない、ここは潔く諦めてヒフミ達に任せよう。そして俺は機材選びに専念しようかと思いますっ。胸張ってステージのデザインは俺に任せろって言ってこれだからあとで絶対あのトリオに何か言われるに違いない。今回の事で深く感じたよ、適材適所ってあるんだね。

 

 

 ヒフミトリオに連絡メールを送り、ではでは機材選びに入りたいと思う。

 

 

 機材選びと言ってもそんなの簡単だろと思われがちだが、そうとも限らないのである。何たって今回は屋外ライブだ。でかいライトを使って思い切り明るくしたところでただ眩しいだけだ。撮影カメラで言えば、客のいる前だし、無駄にでかいカメラでは客の視界に入ってしまって邪魔になる。

 

 であれば小さい機材を選べばいいだけの話になるかと思えばそうでもない。小さければ小さいだけスペックも低くなる。何しろ部活の予算内で揃えた機材も少なからずある。山田先生の自腹で買ってくれた機材も何個かあるが、それで上手くいくかと言われれば断言はできない。

 

 今回のライブに限っては確実に良いものをと断言できなきゃ意味がないのだ。ラブライブ出場。穂乃果達にとっての目標。それが目の前まで来ているのに、中途半端なステージにはしたくない。だから機材選びにだって慎重になる。

 

 

 

「……いや、こんな思い詰めてたら余計考えられなくなるだろ……」

 自分で自分にツッコミを入れる。煮詰めすぎてもダメなのである。適度な休息も必要であり、それに従い脇に置いてある紅茶を啜る。美味い、夜はやはりミルクティーに限る。安心する甘さだ。さすが午前正午午後の紅茶である。わざわざ全部の時間帯を入れるだけの事はある。長いのは気にしたら負けだ。

 

 

 もう1口飲もうとした瞬間、携帯が震えた。多人数通話が可能なアプリからの着信だった。名前には海未と書かれていた。

 

 

「もしもし、俺だ」

「もしもし?穂乃果だよ~」

「私です。こんな時間にすみません。今日はこの3人で話したい事がありまして……」

 丁度息抜きをしていたところだから構わない。それにしても今日はこの3人だけ、か。幼馴染組であって、ことりがいないとなると。

 

 

「ことりの様子がおかしいって話か」

「ええ……そうです」

「へっくしゅ!……ことりちゃん?別にいつもと変わらないと思うけど」

 紅茶を1口啜る。穂乃果もことりについては理由を分かってないらしい。となると、誰もことりがおかしい理由が分からないって事か。そもそも俺は最近練習を見れてないからことりを見る機会もあまりないしな。授業中は寝てるし。

 

「そうでしょうか……」

「海未ちゃんは何か聞いたの?」

「いえ……私は弓道の練習もあったので、最近あまり話せてないんです」

 海未だって他の部活に入っているから仕方ない。ただでさえみんな忙しいのだ。話を聞くにしてもタイミングもあるし、機会をちゃんと作らないといけない。

 

「大丈夫じゃないかなー?きっとライブに向けて気持ちが高ぶってるだけだよ!」

「なら良いのですが……」

「それである事を願うしかないな。本番は明日なんだし、忙しいのも時期に終わる。その時に聞きだせばい―――、」

「ヘクシュッ!」

 おい、くしゃみで俺の言葉を遮るな。まとめようとしたのに惨めに感じるだろ。

 

「ほら、明日は本番。体調を崩したら元も子もありません。今日は休みなさい。拓哉君も休んでください」

「は~い」

「やる事が終わったら寝るさ。あと明日は準備で俺は朝早く出るから一緒に登校は出来ない。だから穂乃果は遅れないようにしろよ~」

「分かってるよもう!」

「やる事って、まだ終わってないのですか?」

 切ろうとしたら意外に海未から質問がきた。プツンッと聞こえたから、穂乃果はもう切ったのだろう。

 

「ああ、これでもやる事結構あるから大変なんだよ拓哉さんも。まあ張り切ってるし好きでやってるからいいんだけどさ」

「そうなんですか……。ですがあまり根を詰めないようにして、無理なく頑張ってくださいね」

「ああ、分かってる。じゃあまた明日な」

「はい、お休みなさい」

 今度こそ通話を切る。ことりの様子がおかしいのも気になるが、それを今気にしたところで何も変わりはしない。今は目の前の事に集中しなければならないのだ。

 

 

 

 

 

 ふと、外から微かな音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「……雨か」

 外を見ると、結構大振りの雨が降っていた。

 

 雨はそんなに好きじゃない。明るかった気持ちがどんよりとした雨雲と雨のせいで暗くなってしまう時がある。それに明日は文化祭本番だ。この雨が続いたままだとしたら、明日は雨の中でライブをしなくてはならない。

 

 客がちゃんと来るかも分からない。ほら、雨はそうやって余計な気持ちまで出てこさせる。だから雨はそんなに好きじゃないんだ。

 

 

 

「……何もなければいいんだけどな」

 

 

 

 

 

 

 

 僅かな違和感と、雨から感じる微かな不安が変に入り混じっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がああああああああッ!!ちくしょう!!だから雨は嫌いなんだ!!何が悲しくて文化祭本番で雨の中屋上でステージ設営してんだ俺はー!!」

「そりゃライブするからに決まってんでしょうに。ほら、文句言わないでさっさと手を進める!私達も手伝ってるんだから!」

「いや、もうほんとそれに関しては感謝しかないっす」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよ文化祭当日。

 天気は生憎の雨模様である。そんな中、俺は穂乃果達よりも早く登校してステージ設営をしている最中なのである。……雨の中な。なのに文句も言わず手伝ってくれるこのヒフミトリオは何なのだろうか。あれか、新手の聖女じゃないのか。良い奴らすぎだろ。

 

 

「よし、まあこんなもんでいいでしょ!幸い雨は降ってても風は強くないからステージが崩れる心配もなさそうだね」

「だな。本当なら雨も止んでほしいところではあるが、さすがにこれじゃ見込めそうもないか」

「仕方ないもんは仕方ないっ!ほら、行くよ!設営が終わっても私達にはまだやる事があるんだからボサッとしない!!穂乃果達もそろそろ登校してくるんだから!!」

「ああ、分かってるっての」

 さすがに本番という事もあってかヒデコ達も気合いが入っている。もうこいつらだけでいいんじゃないかな。何はともあれ本番までもうすぐだ。俺も最高のステージにしてやるために頑張りますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、拓哉」

「何だその『え?いたの?』みたいな反応は。俺だって一応ここの部員なんだから部室に来るのはおかしい事じゃないだろう」

「え、ええ、そうね。でもいきなりいたものだからつい驚いちゃって」

 何それ、いきなりいたってどこぞのスライムじゃないんだぞ。仲間にしてあげてよ!!絵里の中々にドライな反応をいただいた俺は今、普段みんなが座る部屋で物を漁っていた。

 

「で、拓哉君は何してるん?」

「ちょっとした探し物だよ。ライブの演出で使えそうなものがないかなって」

「そんなのがここにあると思ってるん?」

「それどういう意味よ希!」

 いや、にこの私物ばかり置いてるのを知ってるからこそ何か使えるのないかなーと思ってたんだが、さすがにアイドル雑誌やグッズはあってもライブに使えるのはないか。

 

「というかお前らは奥の部屋で何してたんだ?」

「見れば分かるでしょ」

「え……あ……まさか、着替えてたのでせう……?」

「そゆこと。どうかしら?」

 ドヤァと見せびらかしてくるにことは裏腹に、俺は全力で安堵していた。

 

 何故かって?分かるだろ。一歩間違えて俺が奥の部屋にまで物色しようと行ってみろ。みんなの着替えをこの目に永久録画するとこだったんだぞ。考えるだけで恐ろしい。文化祭で俺の人生が終了にならなくてホントに良かった……。

 

 

「拓哉君、もしかしてウチらの着替え見たかったんとちゃう?」

「違うわあ!!わざと誤解するような事言わんでよろしい似非関西弁娘があ!!逆に見なくて安心してるっつうの!!」

「それはそれで複雑やわあ」

 何でだよ。女の子としてその反応はいただけないと思います。一部の人が聞いたら全力で覗きに行くぞその言動。ちなみに良いなら俺も全力で見に行きます!!

 

「全然弱くならないわねえ」

「ていうかさっきより強くなってない!?」

「これじゃたとえお客さんが来てくれたとしても……」

 俺と希の渾身のコントは無視ですか貴様ら。こんなハードなコントを無視とか俺がいたたまれないぞ。希は既に向こうに行っている。あれ、俺1人だけ放置なのん?

 

 

「やろう!」

 1人拗ねようとしていたら、奥の方から穂乃果の声が聞こえた。どうやら穂乃果は今着替え終えたらしい。

 

「穂乃果……」

「ファーストライブの時もそうだった。あそこで諦めずにやってきたから、今のμ'sがあると思うの。そうだよね、たくちゃん」

「ん、ああ、そうだな。あそこで誰かに支えられたけど、それでも最後に立ち上がる決心をしたのはお前達だった。だからやり遂げられた」

「うん……うん!!行こう、みんな!!」

 今の穂乃果の顔にはファーストライブの時のような不安感は一切感じられなかった。それほどに自信があるのだろう。そうだ、やはり穂乃果はそうでなくちゃいけない。

 

 

「そうだよね……そのためにずっと頑張ってきたんだもん!」

「後悔だけはしたくないにゃー!」

「泣いても笑っても、ライブが終わったあとには結果が出る」

「なら思いっきりやるしかないやん!」

「進化した私達を見せるわよ!」

「やってやるわあ!!」

 

 

 それぞれがやる気を見せる。海未とことりは何か話してるようだが、どうやら心配はいらないらしい。ことりの様子がおかしい事も解決したのだろうか。それならいいけど、少し聞いてみるか。

 

 

「なあ、こと―――、」

「拓哉君!そろそろ来て!!チラシ配り行くよ!!」

「あ、ああ、分かった!じゃあ、俺は最後のチラシ配り行ってくるわ」

 何か聞く前にフミコに呼ばれてしまった。そういや元々俺は探し物ないかここに見に来ただけなんだった。

 

「うん、じゃあ私達そろそろ屋上に行くから、あとでね!!」

「おう、しっかりやれよ。μ's!!」

 部室を出る瞬間、俺の言葉に9人の女神は元気な声で反応した。

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨は止まない。だけど時間はいつだって、誰にだって、平等に流れてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本番がきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チラシも無事に配り終えて屋上に行くと、雨の中なのにライブを見に来てくれている客は結構いた。それだけ注目度や期待度が上がっている証拠だろう。既に穂乃果達はステージ上に立っている。

 

 

 

「お兄ちゃーん!!」

「あっ、たく兄!」

「拓哉さん!!こんにちはっ!!」

 奥の方でカメラをセットしていると、文化祭を見に来ていた唯達が俺に気付いたらしい。

 

「おう、揃いも揃ってよく見に来てくれたなシスターズ」

「ものすごく簡略化したね」

「気にするな。これも愛だ」

「変な愛だね」

 雪穂がツンとしていらっしゃる。雨のせいで機嫌でも悪いのだろうか。分かるぞ、俺も雨は好きじゃない。何なら飴が降ってきてほしいくらいだ。

 

 

「あっ、始まるよ!!」

 おっと、危ない危ない。唯の声で意識をステージの方へ集中させる。穂乃果が少し目を瞑る。色々な事を考えているのだろう。これまでの事を、だからこそ、大丈夫だと思わせてくれ。

 

 

 俺もヒデコもフミコもミカも山田先生も出来るだけ最高の設備を考えた。あとはお前達がそこで最高のパフォーマンスをするだけだ。さあ、見せてやれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 μ'sの今の姿を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Music:μ's/No brand girls

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よし、いいぞ。何もかもが順調だ。客も雨だって事を忘れて盛り上がっている。やはり穂乃果の言った通り最初にこの新曲を選んで正解だったんだ。何だかんだで穂乃果はいつも正しい選択をする。それが今回も発揮されたってわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1曲目が終わる。客の盛り上がりもいきなり最高潮に達していて、これからもっと盛り上がるんだと確信していた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ……ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穂乃果が、倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その出来事に、その場にいた誰もがすぐに理解する事を放棄していた。

 何だ?何が起こった?今まで順調だった。上手く事が進んでいた。このライブは成功するはずだった。なのに、今、穂乃果が、倒、れた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰も動けずに、呆然と立ち尽くすみんなをよそに、俺はおもむろに叫んだ。叫ばずにはいられなかった。今すぐそいつの元へ駆け寄るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果ァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほら見ろ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今まで良い方向に進んでいると思ったら、急にこんな悪い方向になってしまった。それもこんな雨の日に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 分かっていた事じゃねえか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未来の事なんて、誰も読めやしないって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


あえて前書きには何も書かないという新しい試み。
いよいよシリアスが介入してきました。ここからシリアス多め、ギャグちょっとという事が多くなるかもです。
さあ、今こそ皆さんのメンタルが試される!!


いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます。
では、新たに高評価(☆9、☆10)を入れてくださった、


リバイスさん(☆10)


1名の方からいただきました。ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆9、☆10)お待ちしております!!





新作の方もそろそろ書かないとなぁ。


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69.予兆



何編と強いて言うならば。



『μ's、崩壊編』


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果ァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周りに人がいる事や録画用カメラを切る事すら忘れて叫ぶ。気付けば体が勝手に動いていた。倒れている穂乃果の方へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果!大丈夫っ!?」

「お姉ちゃん!!」

 絵里やすぐに姉の元へ駆けつけた雪穂が声をかける。反応がないところを見ると、それほど余裕がないらしい。拓哉もステージ上へとすぐさま上がって声をかける。

 

「穂乃果ッ!!しっかりしろ!大丈夫か!?」

 反応はない。荒い呼吸が続いているが意識を失っているわけではなさそうだ。その時、何か予期せぬ事が起きたのだと理解した客のいる方も次々とザワつき始めた。

 

 

「何々?」

「どうしちゃったんだろう?」

「誰か倒れた?」

「大丈夫なの?」

 

 

 この状況ははっきり言って良くない。それをすぐさま理解した絵里は客に説明を始める。

 

 

「すみません!メンバーにアクシデントがありました。少々お待ちください!!」

 絵里が説明しているあいだにことりと海未が穂乃果の肩を担いで移動させていく。普通ならここは男である拓哉が穂乃果を移動させるべきなのだが、件の拓哉は座って地面を見たままただ拳を強く握っているだけだった。

 

「続けられるわよね?まだ諦めたりしないわよね!?ねえ!?」

 にこが全員に問いかける。このままでも続けると言わんばかりの目をしながら。だけど、状況が状況だった。

 

「……穂乃果はもう無理だ。あのまま踊らせるわけにはいかない」

 静かに立ち上がり、だが目線は地面に向けたまま拓哉が言った。

 

「それに……」

 拓哉のあとに希が続く。視線は客のいる方へ向いていた。それに釣られて他のメンバーも視線を向ける。そこには、次々と離れていく客の姿がチラホラといた。おそらく時間もそうたたない内にどんどんと減っていくのは目に見えている。

 

 

 

 

 

 実質上のライブ中止。

 誰が見てもそれは明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 海未達に連れられて行く穂乃果を尻目に、拓哉は誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺のせいだ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数日がたった。

 

 

 

 

 

 穂乃果は未だ学校を休んでいる。聞いた話によると単なる風邪らしいが、それでも倒れるほど無理をしていたのはよほどの事だったのだろう。穂乃果が休み始めた時に見舞いにでも行こうと話し合ったが、寝込んでいるところをお邪魔するのも悪いから今度という話になった。

 

 

 穂乃果が休んでいるあいだに色々話し合ったりもした。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。山田先生に呼ばれたり、山田先生に手伝わされたり、山田先生に部活の事を聞かれたり……ほぼ山田先生じゃねえか。

 

 とは言ってもこれは俺が自主的にそうしているのだ。何回か顔は出しているが、それは大切な話し合いがあった場合であり、それ以外は何かと理由をつけて出ていない。だけど俺がいなくてもまとめ役は海未や絵里がやっていて問題はなかったらしい。

 

 俺がいなくても問題がないってのは、前から分かっていた事だったからそんなに気にしていない。()()()()()()()。それだけメンバーが頼りになるという事なのだ。

 

 

 そして、穂乃果を除いた俺達は今、『穂むら』に来ていた。そう、数日たったし穂乃果の見舞いに行こうと絵里が言ったのだ。せっかくの見舞いだから俺も行かせてもらう事にした。

 

 

 

「申し訳ありませんでした!」

「すいませんでした、桐穂さん」

 絵里と共に頭を下げる。店は営業中だが他に客はいないので本題に入らせてもらう事にした。何故謝ったのかと言うと、理由は簡単。穂乃果の体調の異変に気付けなかったからだ。

 

「あなた達……」

 俺は穂乃果達の手伝いという立場にいながら、そんな異変にも気付けなかった。桐穂さんにも大輔さんにも何を言われても仕方ない。これじゃ幼馴染失格だ。

 

「なーに言ってるの~?」

「え?」

「桐穂、さん……?」

 今にも怒られると思い受け入れ態勢に入っていたのに、桐穂さんの軽い声で少し緊張が弱まってしまう。

 

「あの子がどうせできるできるって全部背負い込んだんでしょ?昔からずっとそうなんだから!だから拓哉君も幼馴染だからと言って気にしちゃダメ!もちろんあなた達もね!」

「……、」

 いつもの桐穂さんと変わらない。ということは本当に桐穂さんは気にしてないんだろう。穂乃果が無茶するのはいつもの事なんだから、と。確かに穂乃果は昔から無謀で無茶な事ばかりしていた。

 

 でも俺と穂乃果は中学生の頃は離れていた。多分、そのあいだに穂乃果は俺が思っていた以上にそういう事をするのが多かったのだろう。俺が穂乃果を知らない時間。俺がそれを知らなかったから、穂乃果は倒れた……。

 

「そんな事より、退屈してるみたいだから上がってって!」

「え、それは……」

「穂乃果ちゃん、ずっと熱が出たままだって……」

「一昨日あたりから下がってきてるの。もうすっかり元気よ!」

 こんな時でも変わらないな、桐穂さんは……。やはりこの人は穂乃果の母親なんだ。桐穂さんの笑顔は穂乃果と同じで人を安心させてくれる。

 

 

「……じゃあ、少しだけ上がっていくか」

 さすがに全員が行くと多いので、1年の真姫達を外に残して穂乃果の部屋に行く事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果?」

「あっ、海未ちゃん!ことりちゃん!たくちゃん!」

「良かった~、起きられるようになったんだあ」

 穂乃果の部屋に着くと、そこにいたのはパジャマ姿でプリンを食べている穂乃果がいた。

 

「うん!風邪だからプリン3個食べてもいいって!」

「3個は食いすぎだろ」

「心配して損したわ……」

 まったくだ。あんな倒れ方をしたから俺はもちろん、みんなも相当心配していたっていうのに、プリン3個って何だ、俺にも分けろ。

 

「お母さんの言う通りやね」

「それで、足の方はどうなの?」

「ああ、うん。軽く挫いただけだから、腫れが引いたら大丈夫だって」

「っ……」

 そう言って穂乃果が出したのは右足。倒れた時に挫いたらしく、痛々しい包帯が巻かれていた。……これも、俺がちゃんと注意深く見ていたら回避できていたかもしれない事だった。

 

「……本当に今回はごめんね。せっかく最高のライブになりそうだったのに……。たくちゃんも、いっぱい頑張って、私達のライブのためにステージの準備とかしてくれてたのに……」

「穂乃果のせいじゃないわ。私達のせい……」

「でも……」

「はい」

 絵里が穂乃果に渡したのは数枚のCD。

 

「真姫がピアノでリラックスできる曲を弾いてくれたわ。これ聴いてゆっくり休んで」

「わぁ~……!真姫ちゃんありがとー!!」

 嬉しそうな顔をしたと思ったらこのバカ、普通に大声出して外にいる真姫に手を振り始めやがった。自分の今の立場分かってんのか。

 

「何やってんのー!」

「アンタ風邪ひいてんのよ!?」

「うわぁ、ごほっ、けほっ!」

「ったく、バカみたいに病人が大声出してんじゃねえよ。バカだけど」

「最後は余計だよ!ずびーっ」

 風邪ひいてるヤツが大声出せばそりゃそうなる。せっかく治りかけてるのにまたぶり返したいのかこいつは。

 

「アンタ……幼馴染だからといってよく男の拓哉の前で鼻なんてかめるわね」

「へ?そんな気にする事かな?」

「まあ、小学生の頃こいつが風邪引いた時は基本的に俺が世話してたからな。鼻かむのも手伝ったくらいだ」

「至れり尽くせりね……」

「えへへー」

 穂乃果、にこは別に褒めてるわけじゃないと思うぞ。何なら小バカにされてるまである。

 

「ほら、病み上がりなんですから、無理しないでください」

「ありがとう、でも、明日には学校行けると思うんだ」

「ほんと?」

「うん、だからね」

 その先を、穂乃果は笑顔で語った。

 

 

 

「短いのでいいから、もう一度ライブできないかなって!ほら、ラブライブ出場決定まであと少しあるでしょ?何ていうか、埋め合わせっていうか……何かできないかなって!」

 

 

 それは、一種の罪滅ぼしみたいな意味も込めて言ったのだろう。自分があそこで倒れてしまったから、その埋め合わせのためにもう一度ライブをすると。そうすれば、まだラブライブ出場もできるんじゃないかと。

 

 だが、そんな希望を持った穂乃果の言葉を聞いても、誰もが浮かない表情だけをしていた。

 

 

 

「穂乃―――、拓哉……?」

 絵里が言う前に手で制す。いくらまとめ役とはいえ、絵里にこんな事を言わせるわけにはいかない。これは俺の役目であり役割だ。

 

 

 

 

「……たくちゃん?」

「……ラブライブには……出場しない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬にして、この場の空気が凍った。そのような錯覚に襲われるくらいに、言葉では言い表せない何かがサーッと引いてくのを感じた。感じてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」

 だが、その中でも1番何かが凍り付いていたのは、穂乃果だった。

 

「理事長にも言われたんだ。無理しすぎたんじゃないかって、こういう結果に招くためにアイドル活動をしていたのかって、手伝いとして近くにいたのに、それに気付けなかったのかって」

 穂乃果は何も言わない。今はそれでいい。変に口を挟まれるより、このまま最後まで言う事を言うだけだ。

 

「それで絵里達と話し合った。そして、エントリーをやめた。……もうランキングに、μ'sの名前は……ない」

「そん、な……」

「私達が悪いんです。穂乃果に無理をさせたから……」

「ううん、違う……。私が調子に乗って……」

「誰が悪いなんて話してもしょうがないでしょ。あれは全員の責任よ。体調管理を怠って無理をした穂乃果も悪いけど、それに気付かなかった私達も悪い。

「エリチの言う通りやね」

 

 

 

 違う。これは全員の責任ではない。一見絵里の言う通りに聞こえるかもしれないが、そんな綺麗事は俺には通用しない。今回の一件、全ての責任は俺にある。手伝いだからと言って、そっちの方に気がいってばかりだった俺の責任だ。

 

 俺がもっとしっかりして練習の方にも顔を出していればこうはならなかった。穂乃果の異変にもちゃんと気付いてやれたはずなんだ。ラブライブ出場を諦める必要なんてなかったはずなんだ。俺がもっと穂乃果を見ていれば……穂乃果が倒れる事態にはならなかった。

 

 

 

「……じゃあ、私達はもう行くわね」

「うん……ありがとね……」

 穂乃果は顔を上げなかった。やはり自分に責任があると思っているのだろう。()()()()()()()()()()。このままだと穂乃果は学校に来たとしても暗いままだ。何とかしなくてはいけない。

 

 

「俺は少し穂乃果と話す事があるから、もう少しだけここにいるよ」

「え?」

「た、くちゃん?」

「俺はここから家が近いし、幼馴染同士で話したい事もあるんだよ」

「……そう、分かったわ。じゃあまた学校でね、穂乃果。行きましょ、海未、ことり」

 

 ……絵里が気を利かせてくれたんだろう。穂乃果の他に幼馴染の海未とことりを遠回しに引き離してくれた。アイコンタクトで軽く礼をする。すると絵里はウインクで返してきた。クォーターがやるととても様になるな……。

 

 

「……どうしたの、たくちゃん」

 さあ、これで俺と穂乃果の2人だけになった。近くにあったイスに座る。さっそく本題に入ろう。

 

 

 

 

「最初にはっきり言っておく。穂乃果、お前は何も悪くない。悪いのは全部俺だ」

「……え?」

 まさかこんな事を言われると思っていなかった穂乃果は数秒間固まっていた。

 

「穂乃果が倒れたのも、無理をしていたのも、全部俺のせいだ。俺がちゃんと近くで見ていればこうはならなかった」

「……待って」

「手伝いという役割ばかりに気を取られてお前の近くにいてやれなかった俺の責任なんだ」

「待ってよ、ねえ……!待って!!」

 穂乃果が俺の服の裾を必死に掴んできた。さすがに黙ってしまう。

 

「違う……違うよ……たくちゃんこそ、何も悪くないよ……。私が自分1人で勝手に無理をしたから……」

「いや、そもそも俺がお前達の近くから離れている事自体がおかしかったんだ。理事長にも言われた通り、ホント、何のために手伝いとして今までお前達の側にいたんだって話だよ」

「ちがっ……!だってたくちゃんは私達のためにステージや準備を頑張ってくれてたんだよ!?それなのに、それを全部私が台無しにしちゃったんだよ……せっかくのステージを……」

「それも込みなんだよ穂乃果……。結局は全部俺がちゃんと見ててやれなかった結果なんだ。俺がどっちも見ていれば穂乃果は倒れなかったし、ライブを中止にする事もなかった。それに……」

 拳を握る。最後の『それ』が1番穂乃果や俺の心を抉る要素だったから。

 

 

 

「……ラブライブ出場を諦める必要もなかったはずなんだ」

「ッ……」

 俺の服を掴んでいた穂乃果の力強かった手が、弱くなった。

 

「穂乃果は一生懸命頑張ってた。確かに無理して頑張りすぎたせいでこうなってしまったのは否めないけど、それは俺の責任だ。穂乃果は自分のできる事を精一杯やろうとしただけなんだ。大丈夫、穂乃果は悪くない。だから自分に責任があるなんて思わないでくれ」

「でも、それじゃ……たくちゃんが……」

「いいんだよ。穂乃果は穂乃果なりに頑張った。それを誇りに思え。()()()()()()()()()()()()()()()。だからお前はμ'sのリーダーらしく、今はただラブライブ出場ができなくなった事を悔しがればいい。そしてそれを糧にまた頑張ればいい」

 

 穂乃果の頭を軽く撫でる。少し気持ち良さそうにしていた穂乃果の目には、どんどんと涙が溜まっていった。

 

 

「ごめん……ごめんね、たくちゃん……ッ!たくちゃんに全部背負わせるなんて間違ってるのに……私……ラブライブに出場できない事が1番悲しいなんて思ってる……!!」

「構わねえよ。言ったろ、穂乃果は穂乃果らしくいろ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。不満があれば全部俺が受け止めてやる。ほら、病人でも泣くくらいの元気はあるだろ?」

「た、くちゃん……ぅ……うぅ……ッ!ひぐっ……」

 

 

 

 

 

 言って、穂乃果は俺にしがみ付いてきた。顔を見せないように俺の胸へ顔をうずめて、だけど堪えきれない涙を流す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、それでいい。穂乃果の、穂乃果達の、μ'sの悲しみや憎しみや憎悪、負の関係にあるものは全部俺が背負い込む。それでほんの少しでもこいつらが楽になるのであれば、俺は構わない。

 

 

 

 

 

 

 

 それがたとえ、μ'sにどう思われたって。嫌われたって。構わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ての業は、俺が引き受ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、今だけは。

 目の前の少女のために全てを尽くそう。泣き止むまで、ずっと抱き締め続ける事を、許してほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


着実に、確実に、じわじわと、ゆっくりと、崩壊が進んでいきます。
一応まだシリアスは少な目にしているつもりです(自分の中では)
お気づきになった方は少ないやもしれませんが、今回は主人公の一人称視点でしたが、語りが少ないと感じた方がいればその方は中々鋭いです。
ええ、主人公の語りが普段より少ない、一行だけとかにしたのも全てわざとです。つまり心の中で岡崎の思考はあまり回転していない、言ってしまえば視界が狭くなっている、みたいな感じです。

さあさあ、岡崎にも異変が見えてきた今回でしたが、次もまた読んでいただけると嬉しいなと思いつつ、今日はこの辺で。


いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます!!

では、新たに高評価(☆9、☆10)を入れてくださった、


ゐろりさん(☆10)、東條九音さん(☆10)、なこHIMさん(☆10)


計3名の方からいただきました。ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆9、☆10)をお待ちしております!!



ポケモンGO端末対応してなくて辛いです。スクールアイドルGOとかでないですかね。


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70.達成


どうも、今回はいつもより短めです。
ちゃんと理由もあります。


最後の安息。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ランキングからμ'sの名は消え、それを目の当たりにした穂乃果はずっと元気がないままだった。学校に来るようになってからもそれは続き、スクールアイドルのポスターが貼ってある場所があれば足が止まりそれを見つめる、という事がここ何日か続いている。

 

 俺もああは言ったが、やはりそう簡単には穂乃果の中の悔しさは消えないのだろう。でなければ、今もこうして登校中に足を止めてまでスクールアイドルのポスターを見つめるはずがない。

 

 あの時は俺に身を預けてくれたあとは落ち着いていたが、日がたつにつれ穂乃果の中の悔しさはまた復活していったに違いない。負の気持ちなら俺が受け止めるが、悔しさはまた少し違う。それはスクールアイドルをやる上で大事な気持ちだ。

 

 だからその悔しい気持ちだけは俺も受け入れるわけにはいかない。それをバネにまた頑張ろうという気持ちになってくれればいいのだが、全ての原因である俺が言ったところでマイナスになる可能性が高いのだ。

 

 

 

「じゃあ辞退しちゃったんだ~」

「うん、何か学園祭の時にトラブルがあったみたいでさ~」

 

 

 

 ふと、登校中の生徒の声がこちらにも聞こえた。話題はμ's、ランキングから消えた事で話してるらしい。

 

 

 

「順位上がってたのにもったいないね~」

「ホントだよ~」

 

 

 

 彼女達に悪気がないのは百も承知だ。だけど、その無意識な言葉が穂乃果の心を抉ってしまっている。楽しみにしていたのに、という期待感を裏切ってしまったのだと思い込んでいるという気持ちが出てきてしまっているのだ。

 

「気にしないで……」

「……うん」

 ことりの言葉にも空返事のようすだ。穂乃果の中で『ラブライブ』というのは、もうそれほどまでに大きくなっているという事なんだ。くそっ、今の俺じゃどう言葉を言えばいいのか思いつかない。

 

「ほ、穂乃果ちゃん……あのね……」

 ことり……?幼馴染のことりなら穂乃果に何か言葉をかけられると思っていたが、ことりの雰囲気がいつもと違うように感じてしまう。ことりも穂乃果に気を掛けてるという事なのだろうか。

 

 

「珍しく拓哉君もお困りのようすやなあ~」

「……希か」

「私達もいるわよ」

 振り向けば、希と絵里とにこがいた。いわゆる3年組だ。

 

「穂乃果ちゃん、相変わらずやね」

「学校復帰してからずっとあんな感じじゃない!希っ!」

「任せといて!」

 希のやつ、何をする気だ……?にこが希に指令出す時点で嫌な予感しかしないが。

 

「わしっ!」

「う、うわあああああー!?希ちゃんっ!?」

「……何つう手段だよ……」

 嫌な予感が当たった。希お得意のわしわし攻撃だ。

 

「ぼんやりしてたら次はアグレッシブなのいくよ~!」

「い、いえ……結構です……!!」

「アンタは諦め悪いわねー。いつまでそのポスター見てるつもりよ」

「……分かってはいるんだけど」

 表情を見る限り、完全に穂乃果はまだ気にしている。絵里達もそれを見て少し呆れているのが分かる。

 

「けど?」

「……、」

「希」

「うぇひひひ~!」

「け、結構ですー!!」

「そうやって元気にしていれば、みんな気にしないわよ」

 

 なるほど、普通に見てるといつも通りふざけてるようにしか見えないが、これはこれで効果があるのか。我ながら盲点だった。でもこれは正直助かった。俺にはできない事をにこ達がやってくれたのは、とても救いだった。

 

「それともみんない気を遣ってほしい?」

「そういうわけじゃ……」

「今日から練習にも復帰するんでしょ?そんなテンションで来られたら迷惑なんだけど!」

「……そうだね、いつまでも気にしてちゃしょうがないよね!」

 本当ならにこが1番ラブライブに出たかったはずなのに、こういうとこは本当にμ'sの中では1番大人なのかもしれない。

 

「そうよ。それに私達の目的は、この学校を存続させる事、でしょ?」

「……うん!」

 ……もう大丈夫そうだな。穂乃果の顔に笑顔が戻った。俺じゃどうする事もできなかったのに、絵里達には感謝しないとな。

 

「穂乃果ー!昨日メールしたノートはー?」

「あー、今渡すー!じゃあちょっと行ってくるね!」

 ヒデコに呼ばれた穂乃果はそのままノートを渡しに行った。そのタイミングで俺は絵里達に話しかける。

 

「……ありがとな。穂乃果の事」

「何言ってるの、穂乃果は私達の大事な友達であり仲間よ。このくらい当然の事でしょ?」

 絵里の言葉ににこも希も頷く。そうだよな、仲間なんだから、支え合うのが当然なんだよな……。

 

「一応言っておくけど、拓哉も大事な仲間よ」

「……え?」

「……だから、あんまり1人で背負おうとしないでね?」

「……、」

 絵里の言葉に、返事ができなかった。

 

 

 これは俺の問題だ。俺だけが背負えばいい業だ。穂乃果達には必要ない負の感情なのだ。マイナスに繋がるものは全部俺が背負う。手伝いとして俺ができる事は少ない。だからこれくらいの事はしなくてはいけないのである。

 

 それが学園祭ライブを中止に追い込んだ俺のできる数少ない罪滅ぼしなのだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、理事長は何か言ってた?」

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 穂乃果の調子も元に戻り、今日から練習にも復帰という事もあってか気合いが入っていた。その休憩の時だった。

 

 

 

「別に禁止したつもりはないって。続けていいそうよ」

「ほんと!?」

「じゃあライブも?」

「ええ」

「良かったー!いつにしよういつにしよう!」

 

 言い終え水分を補給する絵里をよそに、穂乃果は海未と2人で喜んでいた。体調は元からだが、気分も元に戻ったおかげかより元気に見える。

 

「そうね、入学願書の受付までに何度かやりたいとこだけど、あんまり連続でやってもね」

「あ、みんなの体調とか、疲れすぎちゃうのも良くないよね……」

「穂乃果っ?」

 海未が驚くのも無理はなかった。今までの穂乃果なら元気がある内はたくさんやろうと言うと思っていたからだ。

 

「やっぱり、気にしているのね……」

「えっ?ま、まあ……」

「なんかちょっと穂乃果らしくありませんね」

「だな」

「そうかな?」

 

 海未の言葉に拓哉も同意見を示す。幼馴染だからこそ分かる、ほんの些細な違い。それを2人はちゃんと分かっていた。

 

「でも、少し周りが見えるようになったって事かしら」

(確かに、それなら穂乃果的には成長したとプラスに捉えられる。失敗もあったけど、それを踏まえて穂乃果も学んだって事か)

 拓哉は絵里の言った事に内心でそう考えていた。穂乃果達の事でマイナスな事ばかりを考えていた拓哉にとって、絵里の言葉は少し救いでもあった。

 

 

「周り……あれ、ことりちゃんは?」

「そういやいないな」

 周りを少し意識するようになった穂乃果がことりがいない事に気付く。拓哉も拓哉でことりがいないのを気付いていなかった。

 

「ちょっと電話してくるって下に行きましたよ」

「ふーん」

「……、」

 それを聞いて納得する穂乃果とは対照に、拓哉は海未の微かな表情の変化を見逃さなかった。

 

(海未のようすがおかしい……?何だ、何かあるのか?穂乃果の件も一応は一件落着したはずなのに、海未の顔に陰りを感じる。ことりが関係しているのか……?)

 そういえばの話をするとだ、学園祭の時もことりは何かを悩んでいるようだった。ステージの準備や穂乃果が倒れたせいで聞きそびれていたが、結局ことりの悩みは何だったのか、それを拓哉も穂乃果も知らないままなのである。

 

「なあ、う―――、」

「大変だにゃー!!」

 拓哉が海未に聞き出そうとした瞬間。バァンッ!!と、勢いよく屋上のドアが開かれて1年組がやってきた。

 

「ど、どうしたの!?」

 穂乃果が息切れして珍しく凛もヘトヘトになっている花陽達へ何事かと声をかける。すると答えはすぐに花陽から放たれた。

 

 

 

「た……助けて……」

「はぁ?」

 その屋上に、にこの疑問の声だけが響き渡った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一同は校舎内に移動し、壁に貼られてある1枚のポスターを凝視していた。

 

 

 

 

 

「来年度入学者受付のお知らせ……?」

 穂乃果が紙に書かれている、おそらく1番重要な部分であるところを抜粋して声に出す。それから数秒後、ようやっとその意味を理解した全員が揃って花陽達の方へ振り向いた。

 

「「「「「これって!?」」」」」

「そのまさかって事か?」

 拓哉以外が綺麗に声が重なり、それに答えるべく花陽達が口を開く。

 

「中学生の希望校アンケートの結果が出たんだけど」

「去年より志願する人がずっと多いらしくて」

「って事は……」

「学校は……」

「存続するって事やん!」

 

 全てを理解した穂乃果達が騒ぐ。希すらも珍しく大声を上げていた。この音ノ木坂学院に入学志願する人が多いという事、来年度入学者受付の紙が貼られているという事。それはつまり、この学校の廃校が取り止められたという事になる。

 

「再来年はどうなるか分からないけどねっ」

「後輩ができるの!?」

「うんっ!」

「やったにゃー!」

 口ではそう言いながらも顔が少しニヤケている真姫や、後輩ができる事が嬉しくて堪らない凛。1年組もそれぞれの反応を示していた。

 

 

(廃校を……阻止できた……っていうのか……本当に……)

 そんな中、1人騒がずにずっと突っ立ったままの拓哉がいた。別に嬉しくないわけじゃない。まだ実感が沸いていないだけなのだ。この時のために穂乃果達は頑張ってきた。無理と言われた事も何回もあった。

 

 笑われた事さえもあった。色んな困難もあった。だけど、それを乗り越えてきた。その全てが、今日この日のため、廃校を阻止するためにやってきた事なのだと。

 

 

(すげえ、やっぱすげえよ……お前達は……。本当にやりやがった……)

 静かに強く、だけど優しく拳を握り締める。やり遂げたのは彼女達だ。本当に喜ぶべき者達が喜ぶのが正しい。ただ手伝ってきただけの自分は、静かに喜ぶ彼女達をそっと見守ってやるだけでいい。自分も喜びたい気持ちを抑え、拓哉は目の前の彼女達へ優しい目線を送る。

 

「あっ、こっとりちゃーん!!」

 そうしていると、穂乃果が歩いていることりを見つけ、ことりの方へ駆けていく。

 

「わぁっ!え、えっ?」

 何事かと穂乃果に抱き付かれながら戸惑うことりに、その疑問を解消するべく海未が入学者受付の紙を見せる。

 

「これ!」

「えっ……えっ?」

「やった……やったよ!学校続くんだって……私達、やったんだよ!!」

 穂乃果に言われ、もう一度海未の持っている紙を見る。決して見間違いなんかじゃない、正真正銘の来年度入学者受付の紙だった。

 

「嘘……じゃ、ないんだ……!」

「……うんっ!!」

 目が潤むのを堪えながらも喜び合う。ことりとくっつきながらも、穂乃果は拓哉へと振り返る。

 

「たくちゃん……私達、やったんだよね……。廃校を、阻止できたんだよね!?」

「ああ……これは紛れもない現実だ。とても凄い事を、お前達はやってのけたんだよ」

 穂乃果の側に寄り、メンバー全員の視線が拓哉へ向く。

 

 

「最初は本当に夢物語だったかもしれない。あの頃の絵里にはよく無理だっていつも言われていたしな。でも、そんな絵里も仲間に加わって、人数も増えて、絶対できないと思われていた事を、できるかもしれないと思えるようになった」

 今日まで少し曇っていた拓哉の目にも、光が確かに強くなっていった。

 

「ラブライブ出場の件は俺のせ……残念だったけど、お前達の本当の目標である廃校阻止は今日、見事に達成されたんだ。先生とかじゃなく、ただの生徒のお前達が救ったんだよ、この学校を。それは簡単にできる事じゃない。だからこそ誇れ、そして思う存分喜ぶ権利がお前達にはある」

 本当ならここは顧問である山田先生が言うべきセリフなんだろうと拓哉は思うが、今いないのだから拓哉が代弁するしかないのだ。

 

 

「まあ、練習も悪くないけどさ、今日明日くらいは盛大に廃校阻止できた事を祝ってもいいんじゃねえか?」

 

 

 

 

 ごく普通の生徒達が学校を救うなど、話で聞いた事がない。だからこそ凄い事なのだと。拓哉から言わせてみれば、学校を廃校から救った穂乃果達はまさにヒーローなのだ。でかい目標を掲げ、それを見事に達成させたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、1日くらいの休息、祝いも兼ねようと提案した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もちろん、否定する者は1人もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その翌日に、全てが崩壊する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


主人公の一人称視点では前回同様に独白も短め。神の視点からは明るい展開もあってか、主人公も元に戻りそうな雰囲気ではありました。

今回の話が短いのはあれです。
尺の問題もありましたが、1番の要員は、最後の安息という意味です。今できる少しでも平和な話が、ここしかなかったのでねw
つまり次回は……?と思った方、大正解であります。上げて落とす、シリアスの基本ですよね。



いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆9、☆10)を入れてくださった、


優しい傭兵さん(☆10)、お塩ッ(; ̄_ ̄)ノ゚∵さん(☆10)、グリッチさん(☆9)


計3名の方からいただきました。ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆9、☆10)をお待ちしております!!



『悲劇と喜劇』の方を待っている方は果たしてどれだけいるのか。


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71.崩れ落ちていくもの





さあ、『真・μ's崩壊編』の始まりだ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に!?」

「ええ!」

「やったやったー!嬉しー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃校を免れた事を知ったその日の放課後。

 校門前でそれを聞いて喜んでいる絢瀬亜里沙の姿の他にその姉である絵里、拓哉、穂乃果、ことりもいた。

 

 

「良かったね!」

「はい!来年からよろしくお願いします!」

「意気はいいけど、まだ気が早いんじゃねえか」

「そうよ、まず入試に合格しないとダメね」

 既に入学した気分でいる亜里沙に拓哉と絵里が優しい声音で諭す。ずっと音ノ木坂学院に入学すると決めていた亜里沙にとって、廃校阻止が決まって入学希望をできる事が分かっただけでも十二分に喜ばしい知らせだった。

 

「うん!頑張る!!」

「あ~あ、うちの雪穂も受験するって言わないかな~」

「あ、この前話したらちょっと迷ってました」

「ほんと!?」

 姉には決して素直に話さない雪穂だが、それは友達である亜里沙によってサラッとバラされてしまう。と、ここで思い出したように拓哉が亜里沙に質問をした。

 

「そういや唯は一緒じゃないのか?」

「唯はお買い物して帰らないとって言ってたので今日は一緒じゃありませんよ!」

「あー、そうか、食材もう切れてたっけか。唯も音ノ木坂に受験するから知らせてやりたかったんだけどな」

 自分の家の食材在庫を思い出しつつ、今すぐに知らせてやりたいという変にむず痒い気持ちになる拓哉。それを察した亜里沙が笑顔で拓哉に歩み寄る。

 

「携帯で知らせるのもいいですけど、せっかくですから拓哉さんから直接唯に言ってあげた方が良いと思いますっ!!」

「なるほど……それもそうだな。じゃあそうさせてもらうよ。今日はもう帰るだけだし、俺は家に直行するわ。その頃には唯も家に帰ってるだろうからな。サンキュー亜里沙、良いアイデアだったぞー」

「えへへ~」

 軽く頭を撫でるとふにゃっとした笑顔で亜里沙は喜んでいた。それだけ確認すると家に帰るために拓哉は1人だけ歩き出す。

 

 

「じゃあまた明日、放課後のパーティー楽しみにしてるぜ」

「ええ、また明日」

「またねー!」

「また……ね」

「さよならですー!」

 

 

 

 振り返らず、ただ手だけを上げてそれに応える。早く妹に廃校を阻止できた事を伝えるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも。

 だからこそ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ことりの異変に気付く最後のチャンスを、岡崎拓哉は逃してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、お帰りーお兄ちゃん!今日は早かったね?」

「ただいま、今日は急遽練習はなしになったんだよ。唯に報告したい事もあるしな」

 拓哉が家に帰ると、唯は既に買い物を済ませて帰宅していた。というより唯もつい先程帰ってきたばかりなのだろう。買い物袋にある物を冷蔵庫へ移動させる途中だった。

 

 

 

 

 

「そうなんだ~。それで私に報告したい事ってなに?」

「それなんだけど、朗報だぞ。音ノ木坂学院の廃校は、なくなった」

 言うと、それまで買ってきた食材を冷蔵庫へ移動させていた唯の手が止まった。それから恐る恐るといった感じでゆっくりと拓哉の方へ顔を振り向かせる。

 

「……お兄ちゃん、それって……」

「ああ、穂乃果達がやってくれたんだよ」

「それじゃ私……来年音ノ木坂学院に受験できるって事……?」

「そうだよ」

 わなわなと小刻みに体が震える唯を拓哉は優しく微笑みながら見る。そして数秒たつと、黙ったまま唯は拓哉へと抱き付いた。

 

「おっと、唯?」

「……、」

 問うも唯は答えない。まるで今この時間を何かの思いで噛み締めているかのように。それをすぐに察せる事ができたのは、やはり拓哉は唯の兄だからかもしれない。

 

 

 

 

「……ずっと、待ってた」

「……ああ」

「お兄ちゃん達なら、きっと廃校阻止してくれるって信じてた……」

「ああ」

「お兄ちゃんは、やっぱり私のお兄ちゃんだ……」

「穂乃果達が頑張ったからだ……」

 

 

 それに対して拓哉の腕の中で唯はうんと軽く頷く。傍から見てみれば、結果を残したのは紛れもなくμ'sだ。拓哉だってそれを1番近くで見てきたし、唯だってそれをちゃんと知っている。だけど、それだけではない事も、唯はちゃんと知っている。

 

 

「私はちゃんと見てるから……お兄ちゃんの事……」

「……、」

 少し力を入れて抱き締める力を強くする唯。それは唯の思いが拓哉へしっかりと届くようにと、そんな願いが込められたようにも思える。それを知ってか知らずか、拓哉は何も言わずに、だけどそれに応えるように軽く力を入れて抱き締め返す。

 

 

 

「……元気、取り戻したね」

「ッ……、やっぱ唯にはバレてたか」

 顔をうずくめたまま、唯は話す。どうやら穂乃果が倒れたあとの事を言っているらしい。

 

「もちろんだよ。他のみんなは誤魔化せても、お兄ちゃんの妹である私にだけは誤魔化せないんだから」

「なるべく自分の部屋にいるよう意識はしてたんだけどな……」

「あんまり私を甘く見ないでよ?雰囲気だけで分かっちゃうんだから」

 下を見ると唯が顔を上げながらにひーと笑っている。何もかもが見透かされていて気恥ずかしい分、それを強引に頭を撫でる事で唯を下に向かせて気恥ずかしさを誤魔化す。唯からしてみればこれさえも分かっていそうだが。

 

 

「唯には隠し事はできなさそうだな」

「そんなのは私が認めませーん」

「はいはい……、まあ、今はとりあえずホッとしてるよ。心配事は当分なさそうだ」

「お兄ちゃんもこれで気は休まるのかな?じゃあさっそく残ってる食材を冷蔵庫に入れるの手伝って!」

 思わずズッコケそうになるのを何とか抑え、苦笑いをしながらもあいよとだけ言って唯を体から離す。それから2人は微笑ましい会話をしながら事を進めていった。何でもない日常が幸せだと噛みしめながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが明日壊れる事さえも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではとりあえず~!!にっこにっこにー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は進みその翌日。

 昨日みんなで決めた通り、学校存続祝いのパーティーを部室でする事になった。

 

 

 

「みんなー、グラスは持ったかなー!!」

 部長であるにこが1人立ち、他のメンバーは床にシートを敷いて座ったり、イスを持ってきて座ったり、各々が自由にパーティーを満喫できるようになっていた。部室は普段と違って飾り付けをして、ちょっとしたパーティーグッズも持って来て、簡易のテーブルを用意された上には何と何品かの料理も揃えられていた。

 

「とりあえず学校存続が決まったという事で、部長のにこにーから一言、挨拶させていただきたいと思いまーす!」

「「「おおー!!」」」

 歓声と拍手を貰いご機嫌になりながら、にこは語る。それを何となくで聞く穂乃果達、見守るように見て聞いている拓哉達、そして、2人だけ何故か暗い表情をしていることりと海未。

 

「思えばこのμ'sが結成され、私が部長に選ばれた時からどれくらいの月日が流れたのであろうか……!たった1人のアイドル研究部から耐えに耐え抜き、今こうしてメンバーの前で思いを語―――、」

「「「「「「かんぱーい!」」」」」」

「ちょっと待ちなさーい!」

 やはりここで待ちきれないのが穂乃果達である。にこの熱い語りを無視してパーティーを始める。

 

「お腹空いた~、にこちゃん早くしないとなくなるよ~!」

「卑しいわね……」

「みんな~ご飯炊けたよぉ~!!」

「ごーはん~ごーはん~!」

 シートでテーブルを囲ってはしゃいでいるメンバーを見ながら、絵里と希、拓哉は保護者気分でそれを微笑ましく感じていた。

 

「ホッとしたようやね、エリチも」

「まあね、肩の荷が下りたっていうか」

「μ's、やって良かったでしょ?」

「どうかしらね、正直私が入らなくても同じ結果だったと思うけど……」

 それが絵里の率直な意見だった。今なら分かる。このメンバーなら、自分がいなくてもいずれは廃校を阻止できていたんじゃないかと。困難を次々と乗り越えてきた彼女達に、果たして自分は必要だったのかと。

 

 

「今更何言ってんだよ。絵里がいないと穂乃果達の上達はもっと遅かった。絵里がいてくれたからこそ、ここまでμ'sは強くなれたんだよ。そうだろ、希」

「もぉ……拓哉君に全部持ってかれたや~ん。……でも、拓哉君の言う通り。μ'sは9人、それ以上でも以下でもダメやってカードは言うてるよ」

「……そうかな」

 言われて、少し照れ臭くなりながらも嬉しく思う。自分が必要だと思われている事が、今まで1人で廃校阻止しようとしていた絵里には喜び以外の感情が出てこなかった。絵里の顔を安心したように見ていた拓哉は、そこからふと視線を真正面へと向かせた。

 

 

 

 

(海未?ことり……?)

 

 

 

 

 何かおかしい。

 瞬時にそう理解してしまった。拓哉の中にある第六感がそれを激しく知らせる。海未がことりに何かを話しかけ、それをことりが苦しい表情で俯いていた。

 そして。

 

 

 海未が立つ。

 

 

「ごめんなさい。みんなにちょっと話があるんです」

 当然、他のメンバー全員が海未の方へ振り向いた。希も絵里も話の事については聞いていないようだ。

 

 

 

 

 ただ、拓哉だけは何となく、いや、確実に嫌な予感を感じていた。まるで胸の中をぐちゃぐちゃと抉られているかのような、そんな嫌な感覚。不幸な事に、拓哉の嫌な予感というものは、ほとんどの場合で当たってしまう事が多い。

 

 

 

 

 海未の口が開きかける。その先を聞きたくないと何故か本能で感じながらも、それを聞かないと予感の答えすら分からない。だから嫌でも聞くしかない。それがこの先、自分達の関係を変えてしまう事になるのだとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「突然ですが、ことりが留学する事になりました」

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

 

 

 

 

 ほんの数瞬。いや、この部室内の空間だけが本当に時が止まったかに思えるような、そんな沈黙が続いた。誰しもが反応しない。できない。理解が追いつかない。追いつきたくない。

 

 

 

「2週間後に日本を発ちます」

 海未はたて続けに言う。ことりには言う勇気がないから、代わりに自分が言うしかない。1分くらいたっただろうか。ようやく、メンバーからも微かに反応が聞こえた。

 

 

 

「……なに?」

「ちょっと……どういう事……?」

「前から、服飾の勉強をしたいと思ってて……そしたらお母さんの知り合いの学校の人が来てみないかって……ごめんね……。もっと早く話そうと思っていたんだけど……」

 真姫達に答えるようにことりは自分からも話そうとする。しかしその声はあまりにも弱々しく、聞いていられるものではなかった。

 

「学園祭でまとまっている時に言うのは良くないと、ことりは気を遣っていたんです」

「それで最近……」

「……行ったきり、戻ってこないのね?」

 絵里の質問にことりは重く頷く。それがどういう意味なのか、重々と分かっていながら。

 

 

 そんな中、拓哉は俯いたままだった。話は聞いている。どういう経緯なのかも知った。だけど、その前にだ。

 

 

(ことりが学園祭の時からずっと悩んでいるように見えたのは全部これのせいだった……?海未が学園祭前夜に電話してきた時、海未が感じていた違和感はこの事だったんだ……)

 思えばことりの様子はずっとおかしいとは思っていた。ことりにも笑顔が戻ったから一時はそれも解決したものだと思っていた。しかしそれはまったく違っていた。

 

 

「高校を卒業するまでは……多分……」

 それはつまり、ことりはもうμ'sを続ける事ができないと言っているようなものだった。そして、今まで黙っていた少女がスッと立ち上がる。

 

「……どうして、言ってくれなかったの……?」

 高坂穂乃果。

 拓哉やことり、海未と幼い頃からの幼馴染であり、1番仲の良い友達。だからこそ、納得ができなかった。

 

「だから、学園祭があったから……」

「……海未ちゃんは知ってたんだ。たくちゃんは……?」

「俺も……初めて聞いた……」

 そこで少し穂乃果は目を見開く。そういう悩み事ならことりは絶対拓哉に相談すると思っていたからだ。だけどことりは拓哉にも話していなかった。そこに疑問を抱きながらも、本題へ帰る。

 

 

「どうして言ってくれなかったの……!?ライブがあったからっていうのも分かるよ?でも、私と海未ちゃんとたくちゃんとことりちゃんはずっと……!!」

「穂乃果っ」

「ことりちゃんの気持ちも分かってあげな―――、」

「分からないよッ!!!」

 希の言葉を遮る。今まで誰も聞いた事のない、穂乃果の荒い声。それがみんなを黙らせるのには十分だった。

 

「だっていなくなっちゃうんだよ!?ずっと一緒だったのに……せっかくたくちゃんもこの街に帰ってきてくれたのに離れ離れになっちゃんだよ!?なのに……!」

「ほの、か……」

 拓哉が神保町に帰ってきた時、穂乃果はこれでもかというほどに喜んでいた。数年離れていた分、またみんなで一緒にいれるものだとずっと思っていた。

 

 

 

 だから。

 なのに。

 

 

 

「……何度も、言おうとしたよ……?」

「……え?」

「でも、穂乃果ちゃんライブをやるのに夢中で……ラブライブに夢中で……たっくんも私達のために準備で忙しくて……だから、ライブが終わったらすぐ言おうと思ってた……!相談にのってもらおうと思ってた……!でも……あんな事になって……それからたっくんも少し様子がおかしかったから……」

「ッ……」

 蘇るは、雨の日の学園祭。

 

 

「聞いてほしかったよ……!穂乃果ちゃんとたっくんには……1番に相談したかった……!!だって、穂乃果ちゃんとたっくんは初めてできた友達だよ!?たっくんとは少し離れてた時もあったけど、ずっと側にいた友達だよ!?……そんなの……そんなの……ッ!!当たり前だよ!!」

「ぁ……ッ、ことりちゃんッ!」

 そのままことりは走り去ってしまった。

 

 

 取り残されたメンバー、特に穂乃果と拓哉はことりを追いかける事すらできなかった。ことりのあんな言葉を聞いてしまったから。

 

 

「ずっと、行くかどうか迷っていたみたいです……。いえ、むしろ行きたがってなかったように見えました。ずっと穂乃果と拓哉君を気にしてて、穂乃果と拓哉君に相談したら何て言うかってそればかり……。黙っているつもりはなかったんです。本当にライブが終わったらすぐ相談するつもりでいたんです。分かってあげてください……」

 

 海未の言葉が拓哉と穂乃果の胸に重く圧し掛かる。2人に相談できないまま、ことりはずっと1人で悩んでいたのだ。それに気付く事すらできなかった。その事実が、深く2人の胸に突き刺さっていた。

 

 

 

 

「……悪い、少し外の空気吸ってくる」

「ぁ……たく、ちゃ、ん……」

 穂乃果の声を無視して、拓哉は足早に部室から出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 行き先なんて決めてない。だけどあの空間にいるのは耐えられなかった。足は自然と屋上に向かっていた。そんな時も、思考はどんどんと深くなっていく。

 

 

 

 

 

(ことりはずっと1人で悩んでいた……。学園祭の時からずっとだ。海未はその片鱗にちゃんと気付いていた。だからああしてあの日の夜に俺達に電話もしてきた。なのに俺はどうだ?準備が忙しいからといって対して気にも留めなかった……。当日にはことりも笑っていたから解決しているものだと勝手に思ってた……。そんな確証なんてどこにもないのに……ッ!!)

 

 

 

 気付けば屋上に着いていた。壁際へと腕をクッションにして立ったままもたれる。

 

 

 

(ライブのあとに穂乃果が倒れてしまってことりは穂乃果に相談する事はできなかった。それは仕方ないと考えるにしても、俺はことりの相談を聞く事はできたはずだろ……!穂乃果が倒れてしまっていた事に頭がいっぱいになって周りが見えなくなっていたのは俺だったんだ……。俺にまだほんの少しの余裕があればことりの異変に気付く事ができて違う道も見えていたかもしれないのに……)

 

 

 

 たらればの考えを思っていてももう遅い。ことりの留学の件は予定ではなく、もう決定事項となっているのだ。今更自分がどう思おうったって何も変わらない。変えられる事なんてできやしない。そんな簡単な事が分かっていても、どうしても、考えてしまう。

 

 

 

(……何だよ、結局は俺が全部悪いんじゃねえか……。俺がもっとしっかりしていれば穂乃果の風邪の件もことりの留学の件ももっと早くに知る事ができたはずなのに。回避できていたかもしれない最悪の展開を招いてしまったのは他の誰でもない、俺だったんだ……。最初にでも途中にでも、ことりに話を聞こうとした事はあった。そこでちゃんと聞いておけば良かったのに、多少無茶はしてでも問いただしておけばことりもあんなに悩む事なんてなかったはずなのに……)

 

 

 

 もう無理だと分かっていても思ってしまう。考えてしまう。自分がもっとあそこで粘って聞いていれば、結末は変わっていたかもしれないと。自分のやる事にいっぱいいっぱいで、大切な幼馴染の悩みを聞いてやる事ができなかった。

 その結果が。

 

 

 

(ことりを深く傷付けて、泣かせてしまった……。穂乃果も本来なら付かなくていい傷を付いてしまった……。俺のせいで……)

 

 

 

 

 

 

 だんだんと、自分への怒りが沸々と込み上げてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何がヒーローだ。何がお前達を守ってやるだ……。何も守れてねえじゃねえか!!自分の大切なものさえ自分で傷付けて、ヒーローなんてどの口が言ってやがるッ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 無意識に、血が滲むほどに拳を強く握っていた。それを一瞥し、一瞬だけ頭が冷めたような気がして、もう一度拳を強く握る。血が垂れてくるが気にしない。こんな痛み、今の穂乃果やことりに比べたら何てことない。

 

 

 

 

 

 

 冷めたはずの頭には今一度沸騰するほどに熱くなった自分への怒りの感情を、どうしようもないどこにぶつけたらいいか分からない苛立ちを、自分を戒めるための粛清を、思い切り壁へと振りかぶる。

 

 

 

 

 

 

 

 ガンッ!!!!!と。とてつもない轟音が屋上に炸裂した。殴りつけた手から血が滲むのを無視して、感情のままに叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっくしょうがァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 崩壊は、着々と進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


ええ、はい、皆さんお楽しみ、崩壊の始まりです。え、違う?
シリアス一直線ですが、それがラ!一期のこの話の宿命なのです。この作品でのこのストーリー、どうなるか、見守りください。


いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆9、☆10)をお待ちしております!!




自分で書いてて中々メンタルクラッシュ←


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72.崩壊か、破壊か

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1人だけ歩いている少女がいた。

 次の日から幼馴染同士が揃う事はなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当然と言ってしまえば当然の事ではあった。

 仲違いにも似たような出来事が起きてしまったのだから。

 

 

 今まで4人で登校したり、訳ありな時は3人で、最低でも2人は揃っていて登下校を共にしていた。しかし、今日は別々に、1人で登校しているのが現状だった。

 

 

 理由は単純。

 岡崎拓哉を始め、幼馴染の誰1人として他の幼馴染に話しかけようとすらしないから。気まずく感じると言えばそれまでなのだが、それ以上の関係が少年達にはあったのにも関わらずだ。

 

 昨日の時点で他のメンバーもそれには違和感を感じていた。いつもなら、彼女達からしてみれば普通なら、必ずあの少年がこの状況をどうにかするために動いてくれるはずだと思っていた。だが、それが実現される事はなかった。

 

 今回の件はどうもおかしい。幼馴染の事で事件が起きたからか、今まで以上に岡崎拓哉の様子がおかしいのだ。いつもなら絶対にみんなが笑い合えるような結末にすると言わんばかりに行動を起こすのに、今回はアクションの1つも起こさない。

 

 むしろ絵里達から見れば、拓哉自体が救う側から救われる側にいるかと思わせるような立ち位置にいると感じてならない。廃校の阻止が決まり、積極的にライブを行う必要がなくなった今となっては、あの幼馴染組を1つの場所に集合させる事すら難しいように思える。

 

 

 

 

 

 

 

 今までとは違う。今回の出来事は、以前のように上手く事を進められないほどに困難だと思ってもいいだろう。

 チーム自体がまとまってない以上、絆は揺らいでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしていずれは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何もかもが壊れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直ことりの留学を聞いたあとからの事はあまり覚えていない。

 

 

 

 

 それが翌日、目が覚めたあとに岡崎拓哉が最初に思った事だった。

 屋上で1人叫んで、練習がない事を良い事にそのまま1人で家へと帰った。帰ってからも特に何かしたという記憶もない。部屋に行く際、唯から声をかけられたような気もしたが、その時は構う余裕すらなかった。

 

 

 夕食も食べてはいない。そのまま眠ってしまったからだ。何もかもを考えたくなくて、全てを投げ捨てたくて、いっそこれが夢であってほしいとさえ思って、朝までずっと寝ていた。

 

 

 

 

「……、」

 だから今の今までいわゆる朝風呂に入っていた。シャワーを浴びれば胸に渦巻くモヤモヤとした気持ちも洗い流せるかと思ったが、やはりあれは架空の物語の中でしか感じる事ができないらしい。何も変わらなかった。

 

 その代わり、落ち着く事はできた。気持ちは楽ではないが、思考は正常にまわる。今の拓哉の思考回路が正常なのか正常じゃないのかは分からない。ただ1つ確実に分かるのは、ことりの留学は変わらないという事だけ。

 

 予定ではなく確定事項。もう既に決まってしまった事。覆す事はできない。だから黙って見送る事しかやってやれない。濡れた髪をタオルでがむしゃらに拭きながらリビングへ移動する。

 

 ことりの事を考えていて、他の事に意識が回らなかった。風呂上りというのもあって無意識な本能にでも駆られたのだろう。喉を潤したいという本能、ある意味での思考停止。今は朝で、両親は既に仕事へ行っている。それも無意識に理解している。

 

 だが、いつもの事すぎて、あまりにもそれが日常だったから、本能で動いていた今の拓哉に他の理性が働かなかった。兄のために朝食の用意をしている妹がいる事を、すっかりと忘れていた。

 

 

「あ、おはよー、お兄ちゃん!」

「っ……おはよう、唯」

 当たり前の事を当たり前と思っていたからこその失敗。拓哉にとっては、唯でさえ今は気まずく感じてしまうのだ。昨日声を掛けてくれたのにも関わらず無視し、夕食も食べず、朝まで部屋から出てこなかったのだから。

 

「……ほらっ、朝風呂でサッパリしたんだから座って!朝ご飯できてるから!」

「……ああ」

 食欲があまりないから遠慮しておこうかと思ったが、唯の笑顔を見てしまうと断るものも断れない。というか、昨日も夕食を食べていないのに朝食も食べないのはさすがに少しまずいだろうと思い直し、席につく。

 

(……ぁ、れ……?)

 次々と目の前へ置かれていく朝食の品を見て拓哉はちょっとした疑問に思う。

 

(いつもより、ご飯やおかずの量が少ない……?)

 用意されている白米、味噌汁、サラダ、ウインナーやスクランブルエッグ。ごく一般的な王道朝食ではあるが、どれもこれもが普段より少ない。品数はあっても量が少なければ、それは意外と分かりやすくちんけに見えてしまう。

 

 

「昨日晩ご飯食べてないから、本当ならもっと食べてもらいたんだけどね」

 突如として唯の声が前方から聞こえた。

 

「体調もそんなに優れなさそうだし、そんな気分でもなさそうだから今日のお兄ちゃんの朝ご飯は少なめですっ」

 本当に何もかも見透かされていて分かっているのではないかと思ってしまう。しかし逆に見れば、拓哉のそれだけ表情が暗く辛そうに見えていたのかもしれない。とはいえ、こんな時にも完璧な気遣いをしてくれる妹に感謝する。

 

「……さんきゅ、いただきます」

「どうぞ召し上がれ」

 自分の分しか用意されていない朝食を見ると、唯は既に両親と一緒に食べたのだと簡単に推測する。量が少ない分、黙って食べていればすぐに料理はなくなっていく。ただし、唯からの視線が食べるスピードを遅くしているのは確定的だった。

 

 

 

「……やっぱり、分かるか……?」

「分かるよ」

 即答だった。

 最低限の言葉を交わせただけで、唯はその意味を把握していた。

 

「昨日、ふとお兄ちゃんの横顔が見えただけだった。だけど、それだけで何となく分かった。……また、何か、あったの……?」

「……、」

 リビングからチラリと横顔を見ただけで察した唯の凄さもさながらだが、それ以上に拓哉は迷う。

 

 

 ことりの留学の件を言うべきか、言わないでおくべきか。

 本来なら唯はまだ音ノ木坂学院の生徒ではなく中学生だ。だからこの件と唯は関係ない、のだが、それ以前に唯とことりは幼馴染の拓哉を通しての友人でもある。お互い小さい頃から仲の良い2人だったのだ。

 

 だから、迷う。これを言ってしまえば、おそらく唯も平常ではなくなるだろう。ずっと仲の良かったお姉さん的存在だったことりが突然いなくなるなんて聞かされるなんて。逆に言わなければそれで済むが、後に絶対知ってしまう事でもある。

 

 どっちみち、唯が悲しむ結末は同じなのかもしれない。

 だけど、だからこそ迷う。今言えば早いっちゃ早い。しかし、拓哉でさえ今こんな状況なのだ。おそらく今の拓哉では唯をケアできないだろう。しばらくは兄妹揃って暗い雰囲気を引きずったまま過ごしていくしかなくなる。

 

 

 

「いいよ、まだ言わなくても」

 不意に、思考を深めていると優しい声が響いた。

 

「……え?」

「私にはまだよく分からないけど、お兄ちゃんの顔を見れば何となく分かる。お兄ちゃんが戸惑っちゃうくらい、落ち込んじゃうくらいの事なんでしょ?だから言いづらいんだよね。……そんな顔してるもん」

 また顔に出ていた。というよりも唯には顔を取り繕っても意味を成さない可能性の方が大きいが、それだけ拓哉は動揺しているという事になる。

 

「だからね、いつでもいい。お兄ちゃんが私に言ってもいいと判断した時にでも言ってくれればいいよ」

 そんな判断、いつまでもできる気がしない。というのが本音だった。だけど、唯は待ってくれると言ってくれた。正直その言葉は救いでもあった。どっちみち悲しい結末になるかもしれないけど、自分が落ち着いた時にそれとなく言って、泣くであろう妹を慰めようと決意する。

 

 

 

「……ごめん」

「謝らないで、私が言ったんだからいいのっ。お兄ちゃんの辛い顔なんて私も見たくないもん」

 丁度食べ終わる頃だった。唯が席を立つ。

 

「じゃあそろそろ私も学校行く準備するから、食器だけ片付けておいてね」

「ああ」

 ごちそうさまと軽く言う。量が少なかったおかげで食べきるのに苦労はなかった。言われた通りに食器を片付けようと立った時、またしても唯から声がかかる。

 

 

「お兄ちゃん」

 何も言わず、ただ振り返る。そこには笑っていながらも、芯の通った目をしていた唯がいた。

 

 

 

「何回も言ってるけど、例え何があっても私はお兄ちゃんの味方だからね。だから本当に我慢できない時は私でもいいから相談して。迷惑とかそんな事考えてるなら怒るからね!兄妹に遠慮なんていらないんだよ」

 

 

 

 最後に。

 それに、と追加して唯は言う。おそらく、とても大きい意味を持った言葉を。

 

 

 

 

 

 

 

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 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分のクラスの教室に着く。

 登校時は何も考えていなかった。

 

 

 

 

 だが、今となって考えておけば良かったと拓哉は後悔した。そういえばである。拓哉の席の前は昨日色々あった事件の当事者の1人、高坂穂乃果だった。

 

 

 

 

 

「……、」

 既に穂乃果は来ていた。海未がいないとなると一緒ではなさそうだ。ことりもいない。……やはり、そう簡単に一緒にいれるはずがないか。穂乃果は机に突っ伏している。寝てるか寝てないか判断しづらいが、今の拓哉からしてみれば不幸中の幸いである。何となく今は話しづらい。

 

 

 とりあえず自分も席につく事にした。が、やる事がない。何かをする必要もないのだが、ふと、ここで思い出す。こういう時、こういう朝、いつもは幼馴染同士で固まって喋っていたのを。

 

 穂乃果が切り出し、ことりが相槌ちをして、海未が主に話相手になり、自分は眠気に負けそうで机に突っ伏しながらもたまに会話に入る。そんな日常があったはずだ。以前までは……。

 

 

 何もする事がなければ、どんどんと思考の深みに嵌る。

 

 

 そうだ、あんな日常があったはずなのに、今はそれもない。その原因は何だ……?

 自分だ。自分がもっとしっかりしていればことりが留学する事になっても、今よりかは雰囲気も悪くなく、いつものように日常を過ごせたはずだった。

 

 

(ッ……ダメだ……。もうどうにもならない事だろ。いつまで自分を責めてんだ俺は……!こんなんじゃ唯の他にみんなにまで迷惑をかけちまう……!!)

 思わず頭を左右に振る。何かを考えだすとどうしても最終的に“そこ”に行き着いてしまう。黙って見送るしかない。そうと分かっていても、たらればを考えて自分を責めてしまう。違う結末を探し出してしまう。

 

 

(自販機で何か買うか……)

 行動を起こす事で一旦その思考をリセットさせる。実際リセットされるかされないかは分からないが、このまま教室内にいたらまたマイナス思考になってしまうと思ったからだ。

 

 

 

 と、教室を出たところで。

 

 

 

「あら、拓哉。おはよう」

 絵里に出くわした。

 

「……よう」

 思わず目を逸らしてしまう。昨日1人になってからそのまま下校したものだから、メンバーに連絡もしていなかったのだ。その事もあり、申し訳なさと気まずさがどうしても出てしまう。

 

「丁度いいわ、拓哉にも用があったの」

「用?」

 気になる部分があったから聞き返してみる。すると絵里はそれにウインクだけで返してきた。こう思ってしまっては悪いのだが、さっぱり意味が分からない。そういや3年の絵里が2年の階にいる事も不思議ではあった。

 

 

 

 そして、絵里は拓哉のクラスの教室内を見渡し、もう1人の目的人物であろう者の名前を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果ー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上。

 

 

 

 

 

 

 朝から屋上にいる事は結構珍しかったりする。

 朝練は神田明神でやっているし、最近じゃ朝練自体あまりやっていなかったからだ。

 

 

 そんな今日は、ことり以外のメンバーが朝の屋上にいた。もちろん絵里に呼ばれた拓哉も一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

「ライブ?」

 言われた事をそのまま穂乃果が聞き返す。

 

「そう、みんなで話したの。ことりがいなくなる前に、全員でライブをやろうって」

 拓哉もそれは初耳だった。おそらく昨日拓哉や穂乃果がいない時にメンバーで話し合ったのだろう。海未を中心に。

 

「来たらことりちゃんにも言うつもりよっ」

「思いっきり賑やかなのにして、門出を祝うにゃ!!」

「はしゃぎすぎないの!」

「にこちゃん何するのー!」

「手加減してやったわよー」

 

 凛やにこが騒ぎ、それをみんなが微笑みながら見守る中、穂乃果は俯いたまま、ずっと黙っていた。それは拓哉も同じだった。

 

 

(俺が1人落ち込んでるあいだにも、海未達はことりのために自分達ができる最高のやり方で見送ろうとしてた。海未だって、他のみんなだって悲しくないはずないのに、それでもことりの夢のためにそれを祝って見送ろうと話し合っていた……。俺がいなくても、こいつらはもう自分達で解決できるくらいに成長していたんだ)

 

 

 ここで拓哉は、1番考えてはいけないところに辿り付こうとしていた。

 だがその前に、海未がずっと黙っている穂乃果に気付き、それとなく話しかける。

 

 

「まだ落ち込んでいるんですか……?」

 その言葉に全員が反応する。拓哉も目線だけを穂乃果に送る。

 そして違和感に気付く。

 

 

 

(ぁ、れ……?)

 胸のざわつきが出始めた。この異様な違和感。まるで昨日の、ことりの留学を聞いてしまった時のような感覚が、穂乃果を見ていて感じ取れてしまった。

 

「明るくいきましょう。これが9人の、最後のライブになるんだから」

 穂乃果の異変に気付いたのか、絵里もそれに上塗りをするかのように明るい声を出す。しかし、逆にそれが穂乃果の中の危険なスイッチを押してしまったのかもしれない。

 

 

 

「……私がもう少し周りを見ていれば、こんな事にはならなかった」

 聞いてはいけない事を聞いてしまった。そんな感覚が拓哉を支配した。

 

「そ、そんなに自分を責めなくても……!」

「自分が何もしなければ、こんな事にはならなかった!!」

 花陽が宥めようとして、失敗する。やはり穂乃果は自分に責任を感じていた。まだ残っていたとかいうそんな生易しいレベルじゃない。ことりの件で、穂乃果の中にあった自責の念は学園祭の時よりも遥かに大きくなっていた。

 

「……穂乃果、それはお前が気にする事じゃな―――、」

「やっぱりダメだよ。たくちゃんに自分の責任を押し付けちゃ。これは私の失敗から全部始まったんだから!!」

 拓哉の言葉さえも、今の穂乃果には届かなかった。

 

 穂乃果の部屋で全てを背負ったと思って、全部解決したと勘違いしていたのは自分自身だった。何も終わっていなかった。穂乃果の中の自責の念は消えてなんかいなかった。あの苦しみから穂乃果を救えていたなんて、ただの自己満足の結末でしかなかった……?

 

 

「アンタねえ……!!」

「そうやって、全部自分のせいにするのは傲慢よ」

「でも!!」

「それをここで言って何になるの?何も始まらないし、誰も良い思いをしない」

 絵里の言っている事は、きっと正しい。

 

 言うだけ言って、結局はそれで終わりなんだから。何も変わりはしない。結末が変わるわけでもない。ここの空気が悪くなるだけ。だけど、そうと分かっていても、何も変わらないと分かっていても、抑えられないものもある。

 

「ラブライブだって、まだ次があるわ」

「そっ!次こそは出場するんだから!落ち込んでる暇なんてないわよ!」

 珍しく真姫も励ますように笑顔で言う。にこもそれに便乗し、自身のやる気を出していく。

 しかし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出場してどうするの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決定的な。

 亀裂の入る音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

「もう学校は存続できたんだから、出たってしょうがないよ」

「穂乃果ちゃん……」

 もう、出てきてしまえば、“それ”は止まらない。

 

「それに無理だよ。A-RISEみたいになんて、いくら練習したってなれっこない」

 こういう時だけ、スラスラと言葉が出てくる。出てきてしまう。亀裂は大きくなり、留まる事を知らない。

 

「アンタ……それ本気で言ってる……?本気だったら許さないわよ……」

 それを、1番に許さない者がいた。

 

 矢澤にこ。

 誰よりもアイドルが大好きで、誰よりもアイドルを目指していて、誰よりもアイドルの高みに立ちたくて、誰よりもアイドルへの思いが強い少女。

 故に、穂乃果の言葉を聞いて黙っていられるはずがなかった。

 

 

「許さないって言ってるでしょッ!!」

「ダメぇ!!」

「離しなさいよ!!」

 穂乃果に掴みかかろうとするにこを寸前で抑える真姫。にこの気持ちは分かる。だから穂乃果が許せないのも分かる。だけど、何もしなかったら何が起きてしまうか分からない。これはせめて最悪の展開にならないための処置でしかない。

 

 

「にこはね!アンタが本気だと思ったから、本気でアイドルやりたいんだって思ったからμ'sに入ったのよッ!!ここに賭けようって思ったのよ!!それを、こんな事くらいで諦めるの!?こんな事くらいで、やる気をなくすのッ!?」

 穂乃果は何も答えなかった。目の前でにこが叫んでいるのにも関わらず、それを視界にも入れようとはしない。他のメンバーもそれを黙って見ているしかできなかった。何て言葉をかければいいのか分からない。そんな風にさえ思いながら。

 

 

 

 

(ああ……いけない……)

 岡崎拓哉は1人、何かを言うのでもなくただ俯いているだけだった。

 

(どうしてこうなった。どこから間違えた……。俺は、俺はこんな光景を見るためにやってきたわけじゃないのに……。いがみ合う必要のないμ'sのこいつらがいがみ合う光景なんて見たくないのにッ!!)

 いつもなら仲裁に入っていただろう。にこに殴られる覚悟でもしながら何の気なしに割って入っていただろう。だけど、これはダメだ。今までとは違いすぎる。はっきり言って異質だ。

 

 

 どうしてこうなってしまった?どうして目の前の少女達は見たくもない喧嘩をしている?どうしてそこまで発展してしまった?どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして……。

 

 

 

 そこまで考えて。

 やはりと言うべきか。

 結論はすぐに出た。

 

 

 

(……やっぱりダメだ。俺以外に原因が見つからない)

 

 

 

 どうしても、最終的に、あみだのように可能性の線を増やしても、最後には自分が原因という結論に行き着く。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな時だった。

 絵里の声が屋上に響いた。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ穂乃果はどうすればいいと思うの?……どうしたいの?」

 直感的に。

 それはダメだと拓哉の中の何かが叫んだ。

 

 言わせてはならない。何があってもその先を答えさせてはならない。そんな気がする。今の穂乃果の表情は、あまりにも危険に満ちている。何を言うか分かったもんじゃない。

 

 

(何か……何か切り出さないと……。この状況を何とか上手く打破できる手段をとらないと、取り返しのつかない事になっちまう……ッ!!)

 考えろ。考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ。μ'sが言い合わなくて済んで、且つまた1つになれる方法を。取り返しがつかなくなる前に、ことりのためにμ'sがみんな笑顔で見送れるような方法を。

 

 

 

 

 

 

「答えて」

 絵里が言う。だけど穂乃果の口を開けさせるわけにはいかない。自責の念に駆られた今、穂乃果はきっとリーダーとして絶対に言ってはいけない事を言ってしまう。それだけは絶対に回避しなくてはならない。

 

 

 

 

 

 

 

 その事だけを考えて、今までの事も重なって。

 思考の幅が狭くなっていたのかもしれない。

 岡崎拓哉の頭の片隅にあったものが、今になって出てきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もしも穂乃果が辞めるなんて言うものなら、そんな結末だけはあってはならない。

 だったら、代わりに辞める者がいればいい。

 

 

 原因は自分にあって、μ'sのメンバーでもなくて、彼女達の成長を見てふと思った事、それは。

 もうμ'sにとって、自分は必要ではなくなったという事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 であれば。

 最後にやるべき事は1つ。

 μ'sを守るために、μ'sの敵になる。

 

 

 

 例えばの話をしよう。

 敵と敵がいる。そこに第三の敵が現れる。その敵は最初に争っていた者達よりも強かった。だから、第三の敵を倒すために、争っていた者達は一時休戦とばかりに手を結ぶ。いわゆる共通の敵というやつだ。

 

 穂乃果とみんながいがみ合うくらいなら、自分がそれよりも悪くなればいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、じゃあ良い機会だ。終わりにしようぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の一言を、自分で吐き出した。

 屋上が静寂で包まれる。あの穂乃果でさえも、目を見開いて拓哉を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え……?」

 誰が言ったか分からないくらい小さな音だった。だが、それは拓哉以外が全員思った事でもあった。

 

 

「穂乃果の言った通りだ。お前達はスクールアイドルをやって見事学校を救った。だったらもうそれで良いじゃねえか。元々は廃校阻止ってのがスクールアイドルを始めた原点なんだから。お前達の役目は廃校阻止が決まった時点で終わっていたんだよ」

「た、くや……?あなた……何を、言って……」

 絵里が信じられないと言わんばかりの表情で呟く。みんな、絵里と同じような表情をしていた。

 

「言った通りの意味だよ。ラブライブ出場できなくて丁度良かったんじゃねえか?明確な目標がないんじゃラブライブに出たとしても負けるのは時間の問題だったろうしな。だからこのまま綺麗に終わっていいんじゃねえのか?お見事お役御免ってやつだよ。あとは1人1人思い思いの学校生活を満喫すりゃいい」

「……ちょっと、アンタ……アンタまで、そんな事、言うの……?」

 穂乃果が言った時はそれに対抗するための意志があったにこ。のはずが、今のにこはすぐにでも崩れ落ちそうな顔をしていた。だが、一度決めた岡崎拓哉はもう止まらない。

 

 

「それにさ、穂乃果はああ言ってたけど、穂乃果が倒れたのもことりの異変に気付けなかったのも全部俺の監督不行届のせいなんだよ。俺がちゃんと自分の仕事をこなして両立していればこんな事にはならなかったって思ってたけど、こうなって正解かもな。終わりには丁度良いんじゃねえの?」

 1人1人の表情がどんどんと暗くなっていく。それを知ってか知らずか、岡崎拓哉は事を進めていく。

 

 

「でも俺の責任は責任だ。ちゃんと責任は俺がとる。……タイミングもきっと良かったんだ。ああは言ったけど、別に終わりたくないならスクールアイドルを続ければいい。でも俺はここで退散させてもらう」

 それを聞いて、誰かが何かを言おうとして、けれどそれを遮るように、岡崎拓哉は最後の一言を言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺はμ'sの手伝いを、辞める」

 

 

 

 

 

 

 

 今度の今度こそ。

 拓哉以外の時間が止まったような気がした。

 

 

 

 

 

「お前らはもう俺がいなくても自分達の問題を解決する事ができる。つまりは俺もお役御免って事だ。廃校阻止もできて、綺麗に辞めるには好都合でもあったんだよきっと。ことりの事は普通に笑顔で見送ってやりゃいい。スクールアイドルを穂乃果はもう諦めムードらしいけど、諦めたくない奴は諦めなければいい。俺の最後の助言はそんだけだ」

 

 

 

 未だに誰も口を開かなかった。でもそれが拓哉にとっては幸いだった。みんなの目線はこちらに向いている。穂乃果さえ、何を言っていいのか分からないという顔をしていた。

 

 

 

 

「んじゃ俺は教室に戻る。じゃあな」

 

 

 

 

 

 誰もそれを止める者はいなかった。いや、止められなかった。いつも誰かのために行動していた岡崎拓哉が、それを放棄したから。誰も救わず、むしろ自分に敵意を向けられるような事を言いだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それこそが、岡崎拓哉の真の狙いだった。

 だからわざと自分にヘイトが集まるような事も言った。言いたくもないμ'sを愚弄するような言い回しもした。

 全ては全員が笑顔でいる結末を手に入れるために。そのためならば、例え彼女達にどう思われてもいい。嫌われたっていい。もう戻れない関係になったとしても、彼女達が笑っていられるなら、自分はどうなってもいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年はヒーローではなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダークヒーローとして、μ'sから離れる決意をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


彼女達のために、彼女達に嫌われる事を選んだヒーロー。これは読者の方も中々予想外と思っている方が多いんじゃないでしょうか。
いつもの岡崎拓哉はどうしたんだと思われる方、ちゃんと今後も見ててね!
それが今後どのような展開になっていくのか、見守りくださいませ。
サブタイの意味は、なるべくして崩壊したのか、それとも誰かが破壊したのか、という意味です。


いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆9、☆10)をお待ちしております!!




評価数がもうすぐ100件突破しそうでドキがムネムネしているのは内緒。


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73.堕ちていくもの


何気に2話前のサブタイと似ていたり(意図的)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日はもう、授業を聞く気にはならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先生の話を聞いてるようで聞いていない。その日は全部それだった。休み時間も、昼休みも、誰とも喋らない。穂乃果や海未も喋る事は一度もなかった。

 それを見て拓哉は自分のせいだな、と内心思いつつも、それは今だけであり、時間が経つにつれそれはなくなっていくと思って気にも留めなかった。

 

 

(……帰るか)

 HRが終わり、それと同時に立ち上がる。“いつもなら”すぐに部室に行くが、その必要さえ既になかった。帰宅するだけ、そのためにバッグを手に持ち移動を始める。

 

 

 

 声はかけない。

 元々μ'sに恨まれる覚悟で離れたのだ。彼女達の笑顔を守るために、わだかまりもなく、また1つに戻らせるために。そのためならば自分は悪にさえなろう。もう表では支えてやれないけれど、もう話す事さえできないのかもしれないけれど、影の薄い裏からなら、また支えてやろう。

 

 

(きっとこれが正解だったんだ)

 あのままじゃ確実にμ'sは崩壊していた。リーダーである穂乃果によって。だからそれを阻止した。いなくなっても何の問題もない自分が離れる事によって。そうしてμ'sをμ'sのまま維持させるようにした。

 

 咄嗟の判断だった。考える時間がなくて、そんな余裕すら与えられなくて、本当に最善策なのかも確信はできなくて、それでも出した答えがあれだった。

 以前までやってきた事とは正反対。μ'sを守るために突き放す。嫌われたって、軽蔑されたって、殴られたって構わない。ダークヒーローとしての選択だった。

 

 もうこれからは直接的に彼女達を助けてはやれないけど、間接的になら助けてやれるかもしれない。ヒデコ達に話を聞いたりとか、先生に聞いたりとか、μ's本人とは話せなくても関わりのある者とならば問題はそんなにないはずだ。

 

 

(これからの事、少し考えないとな……)

 下駄箱で靴に履き替えながら考える。今までとは違うサポートをしなくてはならない。そう考えると少し面倒くさいが、これも自分で選んだ道だろと思い直す。

 

(とりあえず明日から土日で休日。色々とありすぎたし、少し頭を休ませたいな)

 1週間のあいだに問題や事件が起こりすぎたせいで拓哉の思考回路を参っていた。頭を回し過ぎたせいで最近思考の幅が狭くなっている気がした。

 

 

(……?)

 そこで。

 拓哉はある疑問が芽生えそうになる、が。

 

(まあいいか。すぐに出てこないって事はそんなに大した事じゃねえだろ)

 すぐに思考を切り替える。

 

 

 

 

 

 

 それがとても重要な事だろうとは思いもしないで。

 思考の幅が狭くなっていて、ロクに頭も回っていないのを理解して、本当に屋上でのあの選択は最善策だったのかという疑問さえ無意識に掻き消して、見えぬ泥沼へと歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日曜の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土曜を丸1日体を休める事に専念し、今日は何となしに外をブラブラと歩いている。というわけではなく、唯におつかいを頼まれたから渋々外に出ていた。本来暑い季節や寒い季節には外出したくないのが本音である。

 

 

 

 

 

 

 

(夕方でもこの時期は暑いな……。早く帰って家で涼もう)

 夕焼けでオレンジ色に染まっている景色を見ながら帰路へつく。何てことのない日常の一コマのようにも見える“それ”は、岡崎拓哉が無意識に作り出している演技にすぎない。

 

 平常を、日常を、いつも通りを演じていないとおかしくなってしまいそうだから。本人が意識していなくとも、無意識に見苦しい演技をしてしまっている。まるで見たくない世界があるから、それを見ないように自分を狂わせればいいと考えているような、そんな異常さ。

 

 

 

 それを意識せずにやっている岡崎拓哉という少年は、『平凡』か『異常者』で言うならば、現時点では『異常者』でしかない。

 

 

 

 

「あっ」

「?」

 ふと、声がした方へ視線を向けると、そこには多少見慣れた少女がいた。

 

 

 

 

「亜里沙?」

「こ、こんにちは……拓哉さん……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立ち話も何だから近くの公園にやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、ミルクティーで良ければだけど、飲むか?」

「あ、ありがとうございます……」

 ベンチに座っている亜里沙に自販機で買った缶のミルクティーを渡す。

 

 何故挨拶だけで済まさず、話すまでの流れになったのか。

 理由は簡単だった。

 

 

 亜里沙が話したそうにしていたから。

 拓哉的にはμ'sとは話せなくても、他の者なら別にいつも通り喋っても構わない。全てを閉ざす必要はないからだ。全てを閉じてしまったら、影から支える事もできなくなってしまう。

 

「拓哉さんは、お散歩してたんですか?……あっ、このミルクティーおいしっ」

 さっそくプルタブを開けてミルクティーを啜っている亜里沙が軽い質問をぶつけてくる。

 

「このクソ暑い中散歩するようなバカじゃねえよ俺は。唯に買い物頼まれたから仕方なくだ」

「ああ、なるほど~……」

 それだけ言って亜里沙はまたミルクティーを啜る。まるで緊張を隠すようにしているかのように。だから今度は拓哉から仕掛けた。

 

「で、亜里沙は何してたんだよ」

「私は、ちょっとした気晴らしというか、家にいるのが耐えられなかったというか……」

「何かあったのか?」

 率直な疑問を唱える。亜里沙とはまだ数えられるくらいしか会ってないが、それでも亜里沙の事は結構分かっているつもりだ。だから、あの亜里沙が気晴らしとか、ましてや家にいるのが耐えられないなんて、珍しいにもほどがある。

 

 

「……お姉ちゃんが、ちょっと……」

「ッ!?絵里に、絵里に何かあったのか!?」

 豹変。

 拓哉の変わりようを表す言葉として、これ以上に合っているものはなかった。

 

「……え?」

 それに対する亜里沙の顔は、何も分かっていない、という顔じゃない。

 むしろ。

 

 

「拓哉さん、まさか、知らないんですか……?」

「…………は?」

 何故μ'sの手伝いである拓哉が知らないんだと思っているかのような。そんな表情だった。

 

「お姉ちゃん、学校にいる時はまだ平気そうに笑顔でいたみたいなんですけど……。部屋にいる時は、ずっと泣いてるんです……」

「絵里が、泣いて……?いや、おかしい。何で……、μ'sは、戻ったはずだろ……。なのに何があったっていうんだ……!?」

 拓哉の中で何かがズレていくような感覚がした。自分が出した過程と結果が結びついてないような、まるで喉に異物があってそれが取れないような違和感。

 

 

 

 そして、拓哉の呟いた言葉を聞いて。

 亜里沙は本当に不思議そうに、いや、信じられないとでも言うかのように、拓哉を見ていた。

 

 

 

 

 

「拓哉さんがμ'sの手伝いを辞めたというのは、お姉ちゃんが学校から帰ってきた時にすぐ聞かされました」

「ッ」

 ここで詰まる。

 亜里沙はμ'sを応援していた。本当にファンでいてくれた。手伝いをしていた拓哉にも応援や励ましをくれていた。

 

 

 なのに、岡崎拓哉はそれを裏切った。

 本気で応援してくれていた亜里沙を本心はどうあれ、拓哉はμ'sを愚弄した形で手伝いから降りたのだ。それを裏切り以外で何と言えばいいのか。いや、ない。ないからこそ、拓哉は何も言えない。亜里沙に糾弾されたって言い返してはならない。

 

 

「……でも私は、拓哉さんなら、何か考えがあってそうしたんじゃないかって思ってるんです……。だって、私は知ってる。拓哉さんがどれだけ本気でお姉ちゃん達を支えようとしているか、どうすればお姉ちゃん達がより輝けるようにできるかって。そんな事を考えてくれる人が、拓哉さんが……μ'sをバカにして、そんな簡単に辞めちゃうなんてありえないもん」

「亜里沙……」

 

 正直予想外だった。まだ知り合ってそんなに話した事もないのに、これだけ自分が亜里沙に評価されている事が。糾弾されても仕方ない事だと思っていたのに、殴られても受け入れるべきだと思っていたのに、この女の子は、どこまでも優しい。

 

 

 

 だが、そこから雰囲気は変わっていった。

 

 

 

 

 

 

「だから……、今度も拓哉さんの事だから何か考えているとばかり思ってました」

「……え?」

 会話が噛みあっていないような気がした。まるで亜里沙が1人語っているかのような感覚。

 

「その様子じゃ、本当に何も知らないんですね……」

「あり、さ……?一体、何を……?」

 これで拓哉は何も知らないという事が、無残にも確定してしまった。でも、言うしかない。これを言わないと、多分、おそらく、何も始まらずに何もかもが終わってしまう。何となくだが、亜里沙はそう感じ取った。

 

 だから、どれだけキツかろうが、目の前の少年を絶望のどん底に落としてしまいそうになろうが、言わなければならない。

 

 

 

 

 

 

 この少年は自分の姉を救ってくれたヒーローだから。

 

 

 

 

 何か問題が起きた時も諦めず、μ'sを導いてくれたヒーローだって聞いたから。

 

 

 

 

 誰かが泣いていたら、必ず助けてくれるヒーローだって言っていたから。

 

 

 

 

 困っている人がいれば、誰であっても手を差し伸べるヒーローだって知っているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果さんが、μ'sを辞めてしまったんです……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから。

 なのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年の瞳から、生気が失われたような錯覚に陥った。

 

 

 

 

 

 そこで亜里沙は今更小さな疑問にぶつかる。

 

 

 

 

(……あ……れ……?)

 

 

 

 

 

 そもそもの話。

 

 何故この少年はμ'sの手伝いを辞めたのか。

 

 何故この少年はそのような選択をしたのか。

 

 何故この少年は今までとは違う道をとったのか。

 

 何故この少年は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 推測で自問自答をする。

 

 

 

 もしも手伝いを辞める事でもう一度μ'sがまとまるなどと勘違いしていたら?

 

 もしもそのような選択しかできないくらいに焦っていたのだとしたら?

 

 もしも今までとは違う道をとる事しかできなくなっていたとしたら?

 

 

 

 

 

 

 もしも、自分がいなくなれば元通りになるなんてとんだ正反対の事を考えているのだとしたら……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 考え方はまるっきり変わってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なあ」

 少年の声に亜里沙はハッと意識を現実に擦り戻される。

 

「拓哉、さん……?」

「何でだ……」

「え……?」

 違う。いつもの拓哉の声とは何か違う。直感的に亜里沙はそれを感じ取る。

 

 

 

「何でなんだよ……。何で穂乃果はμ'sを辞めたんだ!?俺が辞めたんだからあいつは辞める必要なんてなかったはずだ!むしろ俺が辞めてあいつらはまたμ'sとして元に戻れるはずだったのにッ!!何でそんなバカげた選択をしたんだあいつはッ!?」

 亜里沙の肩に両手を乗せ、必死に問うてくる拓哉を見て、亜里沙は身震いをした。恐怖の意味で。今の拓哉はおかしい。まるで人が違う。

 

 

「え……ぁ、お姉ちゃんから聞いたんですけど……穂乃果さんは、その……拓哉さんがいないμ'sなんて続ける意味がない。拓哉さんが辞めるなら私もって、ことりさんもいない今、もうどうでもいいって……。辞めちゃったそう、です……」

「…………ぁ?」

 言って数秒。

 亜里沙の肩に力強く置かれていた拓哉の両手は、まさに正反対に、力なく崩れ落ちていった。

 

 

 

 

 

 

(ま、さか……、俺の……せい……?)

 目を見開いたまま、俯く。亜里沙からはうまく見えてはいないようだ。

 

 

 

(俺があそこであんな事を言わなければ……穂乃果は辞めなかったかもしれない……?いや、ことりもいない今、もうどうでもいいって、俺が辞めても辞めなくても結末は変わらなかったっていうのか……?)

 どう考えても、そうとしか思えなかった。あそこで拓哉が辞めなくても、穂乃果は辞めていた。という事はどっちみち、μ'sは解散していたという事になる。

 

 

(いや違う。絵里は1人で泣いていたんだぞ……!みんなの前では平常を装って、元気づけようとしていたんじゃねえか……!そこに俺がいれば、絵里もまだ楽になっていたかもしれないのにッ!!俺まで辞めてしまったせいで絵里は余計な涙を流して、元に戻れなくなった……)

 

 

 

 

 もう、何もかもが分からなくなっていた。

 何が正しくて、何が間違っているのか、そんな判断さえ拓哉には分からないでいた。自分のとった行動が、何から何まで裏目に出ている。もう、認める認めない以前の問題。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(俺の選択は……間違っていた……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?


シリアス続きで精神参っちゃいますね。
ダークヒーローとしてあの選択をした岡崎。だけど、その選択自体が救いではなく崩壊に繋がっているのだとしたら?
それはもう、ダークヒーローでもありませんね。失格です。
堕ちたヒーロー。今後どうなっていくのか。見守ってやってください。

そしてこの作品。
王道であり主人公がヒーローとして活躍するのが主なストーリーですが、ヒーローと言えば決め台詞。
既に数話前から決め台詞っぽい事を何回か言わせてるのですが、お気づきになってる方は果たして……。


いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆9、☆10)をお待ちしております!!




最近たまに以前Twitterの方で岡崎くんや唯のイラスト(所謂ファンアート)を描いて送ってきてくださった読者の方が数人いたのですが、それを見てはニヤニヤしております。
唯なんてまだ自分自身も描いていないのにイラストにしてくれる方は何なんでしょうか、最高かよ。
色んな方の岡崎像や唯像が見られるのは楽しいし、作者として嬉しいかぎりですね!



久々宣伝。Twitterやってます(主に進捗状況、投稿報告など)。
https://twitter.com/tabolovelive


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74.希望

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もはや記憶すら曖昧だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休日は脳を休めるためにできるだけ家から出ないように心掛けていたが、いざおつかいを頼まれて外に出たら亜里沙と出会い、そして最悪の事実を聞かされた。

 

 

 

 

 

 実質上のμ's解散。

 

 

 

 

 それを聞かされ、亜里沙の制止の声も聞かず、死んだように家に帰っては自室へすぐに行って意識を闇に落とした。

 結局そのまま朝まで寝て、せっかく唯が作ってくれた朝食にも手を付けずに学校へと出向く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付けば既に放課後になっていた。

 もちろん誰とも喋ってはいない。席が前にいる穂乃果でさえ、一切後ろへ振り向く事はなかった。海未もこちらを軽く見るように一瞥してから、何も言う事なく去って行く。ことりは留学準備で学校にすら来ていない。

 

 

 これが今の現状。

 今まで仲が良かった幼馴染の現状。崩壊してしまったμ'sの現状。

 

 

 

(……いや、これは崩壊なんかじゃない。俺が……俺がμ'sを破壊してしまったんだ)

 

 

 

 間違った選択をしたから、取り返しのつかない結果になってしまった。その罪悪感が拓哉の心をどんどんと削っていく。まるで悪魔にゆっくりと貪られていくかのように。それはドス黒い何かに変わっていき、絶望へと拓哉を導く。

 

 

 

 

 

 

(もう……ダメだ……どうしようもない……)

 

 

 ことりは留学、穂乃果はμ'sを辞め、海未は弓道部へ専念、自分は何も出来ずに佇んでいるだけ。結果から見れば、それが全てを物語っていた。ここまで来てしまったら、もう修復は不可能だと、どこをどうしても関係を回復させる事はできないのだと思い知らされる。

 

(俺が今更どうにか動いたところで、上手く収まってくれるような事態じゃない……。それに、俺があいつらのために勝手に動いて、もしその行動の結果がまた裏目に出てしまったら……?より最悪の事態を引き起こしてしまったら……?それこそ絶望に絶望を上書きするだけの愚策になっちまう……)

 

 拓哉がまた行動に出たとして、それが良い方向へ向くとは限らない。むしろその逆だってありうる。今までが今までなだけに、ここにきて拓哉は怯んでしまう。もしかしたらの可能性に。()()()()()()()()()()()という結末を恐れているのだ。

 

 

 

 

 

 ふと辺りを見回したら教室には拓哉以外誰もいなくなっていた。

 

 

 

 

 

(……帰るか)

 

 鞄を手に持つ。μ'sの手伝いを辞めた拓哉からしてみれば、放課後に学校で居残りをする理由なんてどこにもなかった。さっさと帰った方が家で涼めるから帰るに越した事はない。……胸に変なわだかまりがなければ。

 

 

 

 

 

 1人静かに教室を出る少年の瞳は、光という光を失っているようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(お兄ちゃん……どうしたんだろ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある中学校。

 その廊下を歩いている岡崎唯は実の兄、岡崎拓哉の心配をしていた。

 

 

 

(最近色んな事が起きてたから疲れてるのは分かるけど……昨日はそれどころじゃなかったような気がする)

 

 昨日、おつかいを頼んで外に出ていた拓哉が帰って来たと思えば、頼まれた買い物袋をリビングに置いてすぐさま2階へと上がっていった。それなら数日前にも同じような事があったが、それ以上に拓哉の顔が思い詰めていたように見えた。

 

 

「どうしたの、唯。何か悩んでる風な顔してるけど」

 一緒に下校している帰宅仲間の、高坂雪穂が隣で問いかけてきた。

 

「うん……、実は、お兄ちゃんの様子がおかしくて……」

「ッ……」

 それに反応したのは、もう1人一緒に帰っている絢瀬亜里沙。彼女の肩がビクッと微かに震えるが、唯を見ている雪穂と、俯いている唯はそれに気付きはしなかった。

 

「たく兄の様子が、おかしい?」

「そうなの……。昨日おつかい頼んだんだけど、それまではまだ、何というか……違和感はあったんだけど、それでも何とか大丈夫なのかななんて思ってた。だけど、帰ってきたら……その、人が変わったような目をしてて……、いつものお兄ちゃんじゃない気がして」

 

 唯がそんな事言うなんて珍しい。雪穂はそう思っていた。いつも何か話せばお兄ちゃんお兄ちゃんと拓哉の事を嬉しそうに話す唯が、まるで今は違う人物の話をしているかのような、兄をそんな風に言うなんて、そこまでの事があったのか、と。

 

 

 

 

「……その様子だと、2人はまだ知らないんだね……拓哉さんと、μ'sに何があったのか……」

 

 

 

 唯と雪穂が同時に声がした方へ振り向く。それは発したのは言わずもがな、亜里沙だ。まるで亜里沙だけは、2人と違って何かを知っているような口ぶり。2人より1歩先へ進んでいるような目をしている。

 

 

「どういう、事……?」

「亜里沙は、知ってるの?お兄ちゃんが何でおかしいのか。やっぱりμ'sに関係してるの……?」

 

 唯の問いかけに亜里沙は小さくコクンと首を縦に振る。そして口を開く。

 

「拓哉さんが昨日おかしくなってしまったのは、多分、いや……私のせいなの……」

「…………え?」

 

 信じられないとでも言っているかのように唯の目が見開く。しかし、亜里沙は話す。それでも。真実を伝えたんだと。

 

「昨日偶然拓哉さんと会って、少し公園でお話をしてたの。μ'sのお手伝いをしてる拓哉さんなら、μ'sの今の状況もきっとどうにかしてくれるんじゃないかって思って、相談したんだけど……拓哉さんはそれを知らなかったみたいで……」

「ちょっと待って」

 

 唯が一旦亜里沙の言葉に待ったをかける。そして考える。整理する。自分の中にできた疑問をそのまま素直に思い浮かべる。

 

 

 μ'sの今の状況?

 拓哉ならどうにかしてくれる?

 だから相談をした?

 なのに拓哉はそれを知らなかった?

 μ'sの中の出来事なのに?

 μ'sの手伝いである拓哉が、それを知ってすらいなかった?

 

 

 おかしい。そんなはずはない。自分の兄は確かにいつもμ'sの事を考えていた。その上で何かしら行動に出て、μ'sのためにではなく、自分のために動いているのを唯は知っている。

 

 だからこそおかしい。

 μ'sに問題があれば拓哉はそれを必ず知っているはずなのだ。手伝いとしていつも側にいる拓哉が知らないはずがない。なのにそれを知らない?

 

 

 

(それじゃ、まるで……)

 

 唯がその結論に至る前に、待ったを掛けられていた亜里沙が再び言葉を紡ぐ。

 

 

「拓哉さんは、μ'sのお手伝いを辞めてたの」

「そん、な……!?」

 

 驚く雪穂を他所に、薄々とそう思っていた唯はさほど動揺はしていなかった。その方が辻褄が合うのだから、むしろ少しだけ納得がいった。だけど、まだ疑問は残っている。

 

 

「じゃあ、何で……お兄ちゃんはお手伝いを辞めたの……?」

 

 1つ目の疑問。

 よっぽどの事がない限り、拓哉がμ'sの手伝いを辞めるなんてあり得ない。唯はそう思っていた。なのに実際拓哉は辞めてしまっている。それは何故なのか。何が拓哉をそうさせたのか。

 

「唯って、ことりさんとも仲が良いんだよね……?」

「えっ?そう、だけど……」

「これもお姉ちゃんから聞いたんだけど……ことりさんがね、留学するらしいの」

「…………は?」

 

 またも予想外の言葉が唯の頭を支配した。

 ことりが留学?ずっと穂乃果や海未と一緒にいたのに?それに、拓哉だってこの街に帰って来たのに……?

 

 

 

 

 そこから亜里沙は話した。

 何故そうなったのか。そこまでの経緯を、絵里から聞いた話を唯と雪穂にも話す。ことりが留学の事を訳あって話せなかった事。それが穂乃果が倒れ、拓哉も落ち込んでいた時期と重なっていた事。

 

 いよいよ留学の話をして、ことりと穂乃果が仲違いしてしまった事。そこから拓哉の様子がおかしかった事。μ'sの関係が、どんどんこじれていってしまった事。

 そして。

 

 

 

「穂乃果さんは辞めるって言おうとしたんだと思う……。ここからは昨日拓哉さんから聞いた話だから私の憶測なんだけど。穂乃果さんがそれを言う前に、拓哉さんはそれを阻止しようとして、先にお手伝いを辞めるって言ったんじゃないかなって……」

「お兄ちゃんが、そんな事を……」

「お姉ちゃんが、μ'sを辞めたなんて……聞いてないのに……」

 

 μ'sを守るために、自分が離れる。そうする事で、関係は修復されると兄は信じていた。

 だけど。

 

「でも、結局穂乃果さんもそのあとすぐ辞めちゃったらしくて……拓哉さんはすぐ教室に戻ったからそれを知らなかったみたいなの」

「……じゃあ、お兄ちゃんは自分の選択が間違ってた事を知って、その選択が穂乃果ちゃんが辞めるのを助長させたんだと思って、様子がおかしくなったの……?」

「多分……。凄くヒドイ顔してたから、そうなんじゃないかな……」

「……、」

 

 亜里沙は申し訳なさそうな表情をしていた。拓哉ならまた解決してくれると思って言ったのに、余計追い詰めるような事をしてしまったのだから。妹の唯に怒られても仕方ないと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがと、亜里沙。わざわざ言いにくい事を言ってくれて」

「え……?」

 

 唯は怒るどころか、むしろお礼さえ言った。

 穂乃果がμ'sを辞めた事を知らなかった雪穂もキョトンとしたまま唯を見ている。

 

「そもそも私だって間違ってたんだ……。お兄ちゃんが辛い思いをしてるのに、すぐ相談に乗ろうともしないで言ってくれるのを待ってるなんて……。お兄ちゃんが私に気を遣ってことりちゃんが留学するのを黙ってるのも私が無理矢理聞き出せば良かったんだ」

「ゆ、唯……?」

 

 雪穂が恐る恐る言うも、唯はそれに応じなかった。独り言にも似たようなそれはまだ続く。

 

「確かにことりちゃんが留学するなんて聞いたら辛いけど……それ以前の話だよ。お兄ちゃんが辛い思いをしてる方が、私にとっては1番悲しいんだもん……。例え間違った選択をしたんだとしても、私はお兄ちゃんを支えないといけないんだ」

 

 

 そうだ。

 何が言ってくれるのを待ってるだ。待ってるだけじゃ何も変わりはしない。自分から動き出さないと、結末は暗いまま変わりなんてしやしない。

 両脇にいる親友は、それを微笑んで見てくれていた。だから静かに前を見据える。誰もいないと分かってて。それでも見えない“何か”に挑戦するように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃんは今、多分、今までで1番酷い状況に陥ってると思う。昨日目を見たから何となくでも分かるんだ。あれは絶望してる目なんだって。諦めきってる目なんだって……。悲劇を目の前にして、崩れ落ちている目なんだって……。そんなのはいけない。そんな悲しい結末なんてあっちゃいけない……。そんな事には、()()()()()()()()()!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒーローの娘であり、ヒーローの妹である少女は。

 無意識に、父と息子の“口癖”に似たその言葉を放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃんが抱えてる悲劇は、私が終わらせるッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 噂は校内ですぐに広まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元々生徒数が少ない音ノ木坂学院なら尚の事、その噂は急速に全校生徒に知れ渡っていた。

 

 

 

 

 

 

「何だか大変な事になったねえ……」

「まあ、ランキング上位で注目度も高かったμ'sが消えて、しかも活動休止ってなったらそりゃあね」

「原因は穂乃果が辞めたからって話だけど……」

 

 

 そんな中、いつもμ'sがライブやPVを撮る時に手伝いをしている3人の少女がいつものように話している。

 

 

「でもさあ、それを拓哉君は許すと思う?」

「あっ、それなんだけど、私真姫ちゃんから聞いたの。穂乃果が辞める前に、拓哉君がμ'sの手伝いを辞めたんだって」

「はい?何してんのよあのバカ男子は」

 

 

 別段、他の生徒とは違って冷静に落ち着きながら会話を続けている少女達。

 

 

「真姫ちゃんの話によると、もしかしたらμ'sのためと思って辞めたんじゃないかって」

「でも結局穂乃果が辞めたなら意味ないよね……」

「それで今日全然会話もなかったし、拓哉君に至ってはひっどい顔してたわけか」

 

 

 驚愕よりも先に呆れを感じていた。伊達に少年少女達と長く付き合っているわけではないと思わせられる。

 だからこそ。

 

 

 

 

「……ねえ、ことりちゃんも留学しちゃうってのに、このまま険悪なままで終わっていいと思う?」

 

 ショートヘアの少女が問いかける。

 

「そんなの、ダメに決まってるでしょ?」

 

 そんなのは愚問とばかりに、おさげで小柄の少女が即答で答える。

 

「じゃあ、まずは黒一点の落ち込んでる男の子をどうにかしないとねっ」

 

 最後に、ポニーテールの少女がやるべき事を提示する。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

「んじゃま、明日にでもやりますかッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後であっても、生徒が決していないわけではない。

 普通に廊下を歩きながら喋っている生徒もいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「μ's活動休止しちゃったんだって!」

「え~!せっかく人気が出てこれからだったのにい!!」

「ホントだよ~残念だな~」

「岡崎君も辞めちゃったんだ~」

 

 

 

 

 

 

 すれ違いざまにそんな会話を聞いていた女教師が立ち止まり、その話をしている女生徒達の方へ振り向いた。

 もちろん、その女教師も噂についてはすぐに伝わってきた。

 

 

 

 

 

 

 授業中やHRの時の少年の顔を思い出す。

 その上で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、仕方ねえな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩いていると、携帯が軽やかなメロディと共に震えた。

 すぐにそれがメールだと確信して内容を見る。そこにはこう書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『μ'sは活動休止になっちゃって……その……穂乃果ちゃんが辞めちゃって……拓哉くんも辞めちゃったの……』

 

 

 

 

 最後まで見て、溜め息を吐いてから乱暴に携帯をポケットに仕舞う。

 そして歩き出すが、徐々にイライラが募りまた立ち止まる。

 

 

 フルフルと小刻みに震える握り拳を顔の前まで持っていき、肩まであるかないかくらいの茶色がかった髪の少女は、誰とも関係ない場所を見据え、バカな少年を想いながら小声でイライラを発散させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何やってんですか……あのバカな先輩は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 ヒーローの元凶であるどこぞの親は、何も知らないまま空を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 岡崎拓哉はもはや諦めていた。絶望しきって、輝きを失ってすらいた。

 

 

 

 μ'sを守るヒーローが、いなくなろうとまでしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、まだ諦めていない者もいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1人の少年と9人の少女達のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今まで粒子のようなちっぽけだったものが、確かな大きい光となって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 複数の希望が、静かに立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒーローは、決して1人ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


ヒーローが1人だけなんて誰が言った?
誰かが絶望しない限り、希望は必ずある。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


新たに高評価を入れて下さった、


ことりちゃああんさん、stomatoさん


大変ありがとうございました!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!





中々熱い展開だと思ってる。


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75.ヒーローにはヒーローを


いつもの月曜ができなくて申し訳ございませんでした。
最近リアルの方が忙しくて日曜も中々執筆できないのです……。

これからはいつものように月曜更新、遅ければ火曜更新に変更するかもしれませぬ。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も今日とて、誰とも一言すら話す事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一応家でも予習はしているから授業はもはや聞き流しているだけに過ぎないが、ノートはとっているので無理な心配はなさそうである。薄暗い瞳をしたまま教科書を鞄へ入れていく。それはまるで自動で動いている機械がやっているような、そんな作業的な何かを感じさせた。

 

 

 自分の周りを気にも留めてないかのような雰囲気。光を失った瞳。何かに絶望し、諦めきってしまった者の目。以前のような、ヒーローの面影はどこにも感じられなかった。穂乃果も、海未も、授業が終わればそそくさと教室をあとにした。

 

 

 部活があったり、習い事があったり、友達とどこかに寄ったり、ただ帰宅するためだったり、各々の理由で教室はあっという間に誰もいなくなる。機械的な動きをしているにも関わらずとてもスローペースで帰りの身支度をする拓哉は、周りなど見る事すらしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「やっほー、拓哉君」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3人の少女がやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇―――75話『ヒーロー』―――◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ヒデコ、フミコ、ミカ……か」

 

 

 

 

 

 

 今まで周りをまともに見ようともしなかった拓哉が、ここにきてようやっと他の人間への認識を確認した。

 

 

 

「どうしたのさ、いつもみたいにヒフミって略さないのー?」

「何だか暗い雰囲気醸し出してさ、結構近づきにくいよ?」

「最近まともに誰かと会話もしてないんじゃない?」

「……、」

 

 黙る。3人からの問いに。無視をしているわけではない。答えようと思っても、答えられないのだ。日常的な会話をする余裕すらないような、そんな感じにさえ見えてしまう拓哉に、ヒデコは直球で疑問をぶつけた。

 

 

 

「ねえ拓哉君。穂乃果達と何かあったでしょ」

「な……ッ!?」

 

 率直に言えば効果抜群だった。今まで生気がないような雰囲気をしていた拓哉が、久々に人間らしいリアクションを起こしたのだ。それはおそらく図星という形で。だからヒデコは続ける。

 

 

「噂は結構広まってるよ。μ'sが活動休止になったって、手伝いをしていた拓哉君がそれを辞めたって。……だからさ、その原因を私達にも、教えてくれないかな」

「……お前達に話す事は何もないよ。これは当事者である俺達の問題なんだ。……いや、手伝いを辞めた俺にはもう関係もない話かもな……」

 

 聞いて、ヒデコ達は手を額に当てる。いわゆる呆れたというやつだ。

 

「はぁ……何かその言い草だと私達は関係ないから気にするなって聞こえるんだけど、気のせいかな?」

「いや、それであって」

「「「合ってないッ!!」」」

 

 3人がハモる。それに珍しく目を見開いて驚いている拓哉の顔があった。瞳の光は消えているまま、それでも一応、相手の姿はしっかりと3人を捉えていた。

 

「いい?拓哉君は手伝いとして重い機材運びや、男手が必要な事を主にしていた」

「だけど、それは拓哉君だけじゃないよね?私達だって、最初からμ'sのお手伝いをしてたんだよ?」

「あとから入ってきたメンバーの人達よりも関わってきた日数は遥かに違う。それでも、私達を関係ないって言うの?」

「ッ……」

 

 言われて納得する。確かにヒデコ達はμ'sがその名前になる前から手伝いをしてくれていた。穂乃果達がスクールアイドル関連の事をする時は、常にサポートをしてくれていた必要不可欠な存在の彼女達だ。だから、無関係と言うには、それはあまりに酷なものだった。

 

 

 

「……分かった。お前達には話すよ」

 

 

 

 

 

 

 暗闇をそのまま眼球に入れたような目をした拓哉は、これまでの経緯をできるだけ簡単に説明した。自分が原因で穂乃果も辞めてしまった事、それでμ'sが活動休止にまでなってしまった事。

 

 

 

 

 それら全てを話して、全否定されるものだと思って、糾弾されてもおかしくないと思って、だけど、ヒデコ達の表情は大きく変わっていなかった。

 

 

 

 

「そんなもんだよ……。全部俺が壊してしまったんだ……」

「そっかー……」

 

 乾いた笑みで俯く拓哉。それほどに精神的ダメージは酷いのだろう。もう戻れないかもしれない関係、それが拓哉の中でずっと渦巻いている。だからこそ諦めきってしまっている。

 

 

 

「だからもう、きっと……取り返しはつかない……」

「ねえ」

 

 だけど、諦めていない者もいる事を、拓哉は知らない。

 そんな少年に、ミカが声をかける。

 

 

「確かに拓哉君が辛いのも分かるよ。自分のせいでそうなってしまったんなら自分を責めちゃうのも分かる。でもさ、それだけじゃ何も変わらないんじゃないかな」

「詭弁だよ。今更何かしたところで、何かが変わるわけでもないんだ……」

「だから諦めるの?」

「……もし何かしたとして、変わったとして、それがプラスの方向へ進むとは限らない。むしろマイナスの方へ行ってしまう可能性だってある。それが何度もあった結果が今のこの状況を生んでるんだ……」

 

 何度も重なった。負の結果が幾度と重なった。小さいものでもそれが何度も蓄積されれば当然大きくなる。それがプラスでも、マイナスでも。今の拓哉はマイナスが大きくなりすぎた結果が“これ”なのだ。

 

 考えれば考えるほど思考が闇へと沈んでいく。

 しかし、それは本人だけの話だ。

 

 

 

 

 

「元気出しなって!!」

 バシィンッ!!と、フミコが思い切り拓哉の背中を手のひらで叩いた。少しよろけてしまうが何とか堪え、訳も分からずフミコの方へ顔を向ける。

 

「良い?拓哉君は拓哉君でμ'sがあんな事になったのは悲しい事かもしれないけど、それは私達だって同じなんだよ?拓哉君の言葉を鵜呑みにして言うなら、ただその原因が自分か自分じゃないかだけなの」

「だったらそれは同じじゃな―――、」

「同じなんだよ。悲しい気持ちに比較なんていらない。悲しいものは誰だって悲しいの。それに私達は拓哉君と同じで、穂乃果達がスクールアイドルをやろうとした時から手伝ってた仲間なんだよ。そんなの拓哉君だって分かるでしょ?」

「ッ……」

 

 同じ時期からずっとμ'sを支えてきた仲間。むしろμ'sよりもステージの準備や機材などで話す事が多かったかもしれないほどの友達。だから、きっとμ'sを惜しむ気持ちは拓哉と変わらない。

 

 本当なら2年から入ってきた拓哉と違って、1年の頃から一緒に学校生活を共にしてきたヒデコ達の方がその気持ちも大きかったかもしれない。

 でも。

 だけど。

 

 

 3人の少女は決して落ち込んではいなかった。

 

 

 

「もちろん拓哉君は自分のせいでって思ってるから責任感じてると思うけど、それじゃ何も変わらない。悪い方にいかないかもしれないけど、そのままだったら絶対良い方にだって行きやしないんだから」

「……、」

「だからまずは元気を出して。何事も気持ちや気合いを入れないとだよ!」

 

 フミコの笑顔を見る。決して空元気ではないのは一目で分かった。ヒデコもミカも微笑んでいる。同じ手伝い仲間として悲しんでいるはずなのに、彼女達は笑っている。自分とは違い、光を失っていない。

 

 

 

 不思議と、その笑顔に嫌悪感は抱かなかった。

 

 

 

 しばらくすると、3人の少女は拓哉から背を向ける。

 

 

 

「んじゃ、私達はもう行くよ。言いたい事も言ったしね」

「穂乃果の事も心配だから、その辺は任せといて。バッチリケアしとくから!」

「まずは笑顔だよ。形から入って、いつもの拓哉君に戻ってね」

 

 ただ茫然と見送る拓哉に対し、最後の最後で3人の少女は最高の笑顔で振り向いてこう言った。

 

 

 

 

 

 

「「「また明日ね、ヒーロー!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廊下を歩いている。

 あのあとヒデコ達に言われた事を色々と考えた。

 

 

 そのままじゃ何も変わらない。元気を出せ。まずは笑顔だ、と。きっと彼女達の言う事は正しくて、今の自分は間違っているのだろう。自分のせいだと落ち込んで、諦めて、何もしていないこの有り様は間違っているのだろう。

 

 

(だけど……)

 

 否定的な言葉が頭に浮かんでしまうそうになる、その直前だった。

 

 

「おお、岡崎か」

「……先生」

 

 拓哉や穂乃果を含む幼馴染の担任をしている者。山田博子がファイルなどを片脇に抱えて歩いてきた。

 

「何だ、帰るのか?」

「……ええ、まあ……」

 

 普通に接してくる博子に内面で驚きつつも、このままでいると気まずくなる事は目に見えているからそそくさと歩みを始めようとする拓哉。しかし、それを阻むように博子は次の質問にでた。

 

 

 

「何で帰るんだ?部活はどうした?」

「ッ……。山田先生なら顧問だし知ってんじゃないすか、絵里か誰かに聞いたはずだ……」

「ああ、絢瀬から聞いたよ」

「なら何で―――、」

「何で私が呼び止めるか、お前なら分かってるんじゃないのか?」

 

 あくまで笑みを崩さない博子とは裏腹に、拓哉はバツの悪そうな顔になり背ける。もちろんそんな顔になるのは、心当たりがあるからだ。それを分かってて、笑みを崩さない博子は言った。

 

 

 

 

「―――少し話さないか、岡崎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒指導室。

 そこに拓哉と博子は移動していた。

 

 

「すまないな。会議室でも良かったんだが、あそこは私の雰囲気には似合わなくてどうも苦手なんだ。ほら、何かキャラが違う的な感じの。だから無駄にだだっ広い会議室より、ちんまりとしたここの方が落ち着けるんだ。それにこんなナリをしてるから、実は生徒指導も任されててな。よくこの部屋を使ってるんだよ」

「いえ、全然……」

 

 確かに周りを見ればポットや菓子箱など、明らかに私用で置かれているような物まである。完全に私物として生徒指導室を使っているのはもはや教師の中で誰もが知っていたが、生徒への面倒見の良さが買われて特に咎められたりはしていない。それにこの時期だ。暑い外よりも、教室より狭くても冷房が効いている部屋の方がこちらとしてはありがたい。

 

 

「まあ適当に座ってくれ。こっちが誘ったんだ、菓子や飲み物くらいは出すぞ」

「……いえ、お構いなく。……それより、話があるんじゃないですか」

「御託はいいってか……。まあお前も勘付いてそうだからいいか」

 

 取ろうとしていた菓子箱を元に戻して、博子は拓哉の前の椅子に座る。学校特有の長方形型の白いテーブルを挟んで2人が見合う。

 口を先に開いたのは、言うまでもなく博子だった。

 

 

「一応事情は全部知っているつもりだ。絢瀬の事だから、あいつの憶測もおそらくは当たっているんだろう?あいつらために手伝いを辞めたって」

「……、」

 

 この先生に誤魔化しは効かない。いや、元々自分が誤魔化すだろうとも疑っていないだろう。μ'sを裏切るような行為はしないと確信している。そういう物言いをこの先生はしている。

 

「私はな、岡崎。別にお前を責めるつもりは毛頭ないんだ。そんな選択をしたのも、そうするしかないと思ったからなんだろう?じゃなきゃ、私に『あいつらの笑顔と、アンタら先生の笑顔だって守ってみせる』って言っていたヤツがそんな本当の裏切り行為をするはずがない」

「…………、」

 

 よくもまあ一字一句間違えずに覚えているもんだと思いながらも、少し気まずい気分になる。

 先生に堂々とそんな事を言っていたにも関わらず、皮肉なものに自分でその笑顔を壊してしまったから。

 

 

 

 

「……あいつらのためと思ってやった行動が、守りたかったはずのものを壊してしまった。そんな気持ちが……先生には分かりますか……?」

 

 こんな事はしたくない。なのに、自然と口がそれを言ってしまっていた。どうせ自分の気持ちなんて知らないくせに、どこかでそう思ってしまっている自分に嫌気がさす。こんなのは愚問だ。今すぐ撤回するべきだ。

 

 しかし、案外あっさりと目の前の教師はその答えを言った。

 

 

 

「そんなもの分かるわけないだろ」

 

 

 もはや即答に近かった。答えが返ってくると思っていなかった拓哉は訳も分からないまま思わず素っ頓狂な声が出てしまう。

 

「ぁ……え……?」

「こういうのは無理して分かるなんて簡単な事は言っちゃいけないんだよ、岡崎」

 

 拓哉の目をしっかりと見て、優しく微笑みながら諭すように女教師は言う。

 

 

「実際お前は責任を感じて、きっと1番傷付いて、1番落ち込んでるんだろう。だから、そう簡単に『お前の気持ちも分かる』なんてのは言えない。特に教師をやってる私はな……」

 

 一呼吸置く。ここからが本番だと言うかのように。

 

 

 

「でも、だからこそ。私は私の観点からお前に言ってやる事ができる。いいか岡崎。人間なんてのは生きてれば必ずどこかで躓くんだ。それも何度も。お前はいつも躓いた人を導いてきた人間(ヒーロー)なんだろうけど、お前だってそこいらの人と変わらない人間なんだ」

 

 自分は周りの人とは違う。別にそういう認識をしていたわけではない。ただ小さい頃から父に『困っている人がいたら必ず手を差し伸べるヒーローになれ』と育てられてきた。

 

 言ってしまえば、それだけだった。それ以外は他の人達と何ら変わりない、普通で、平凡な少年なのだ。人間というのは外見や内面で見ると多種多様な生き物である。1人1人が違う外見をしており、考え方も違う。

 

 そんなものなのだ。自分にとっての普通があの人にとっては普通じゃない。あの人にとっての普通が自分にとっては普通じゃない。それこそが『普通』なのだ。だから『多種多様』。何億といる人類を考えてみれば、『岡崎拓哉』という人間なんてのはちっぽけな存在でしかない。

 

 

 

 

 ただの()()()()()()()()()()()()()()()()()に過ぎない。

 

 

 

 

「岡崎だって躓く事があって当然なんだよ。それが人間だ。正義感が強いから、ヒーローだからっていう、そういう固定観念を差し引いてみれば、お前はただの少年なんだ。高校2年生なんて、進路とか勉学とかスポーツとか、そんなので度々躓いてなんぼなんだよ」

 

「……でも、俺は、あいつらを……あいつらの笑顔を守れなかった。逆に壊してしまったんだ……」

 

「そこで下を見るな。前を向け。立ち止まるな、歩き続けろ。躓いたから諦めるなんてのは弱者になるという事だ。お前には信念があるんだろ。誰かの笑顔を守りたいという強い意志があるんだろ。だったら諦めるんじゃない。躓いた時にこそ、強く前へ踏み出すんだ」

 

 

 言われて、考えてみる。

 自分にとっての普通は困っている誰かに手を差し伸べたり、助ける事だ。それによって躓いた誰かは前を向く事ができた……はずだ。もしそれが本当ならば、今の自分が躓いていると仮定するならば。

 

 

 

 

「岡崎、ヒーローってのは、必ずしも1人じゃないって事も知っておくんだな」

 

 

 

 その発言に、何か隠されていると思った。

 それを聞きだそうとする前に、女教師はおもむろに席から立つ。

 

「結構話し込んでしまったか、空が焼けているな」

 

 見れば、夕陽がオレンジ色に輝き、空が染められていた。すぐに帰宅するつもりだったのに、ヒデコ達や先生と話していた時間が結構長かったのだろう。

 

 

「悪いな、帰るところを止めてしまって。私もまだ仕事が残ってるからもう行くとするよ。止めておいて何だが、家には早く帰るんだぞ」

 

 軽く会釈だけする。

 とりあえずは自分も帰ろうと鞄を手に席を立つ。その瞬間。

 

 

「岡崎」

 

 

 担任の声がした。そちらへ振り向く。そこには、教師だけど、それ以上に、女性としての母性が感じられるような、優しい顔があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1人で全部を抱え込むんじゃないぞ、お前は1人じゃないんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 諭すような、包み込むような、支えてくれるような、そんな声色だった。

 言うだけ言って、山田博子は立ち去って行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……、)

 

 

 

 

 

 

 

 何を思うか、それは定かではなかった。

 けれど、微かに、岡崎拓哉の瞳には小さな光が宿っていくような感覚がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒーローは、まだまだいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?

 長くなりそうなので、前編後編と分ける事にしました。
 まずは前編!!
 ヒフミと山田先生の番ですね。ヒフミには同じ手伝い仲間としての慰めをさせ、山田先生には教師と顧問としての役割を与えました。同じ立場からと教師の立場からでは言う言葉も変わってくるのは当然ですね。
 だからこそそこに意味があると思っています。

次回はヤツらだ!!


いつもご感想高評価ありがとうございます!!

では新たに高評価をしてくださった

つんつん。さん、花陽さん

計2名の方からいただきました。大変ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!



山田先生イケメンかよ(※女性)


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76.こんな悲劇は、ここで終わらせる

また火曜更新になってしまった……
来週は必ず。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰り道を歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日前までは夕方に帰るのが()()()()()。それも()()()()()()

 だが、今は違う。

 

 自分以外は誰もいない。隣にも、前にも、後ろにも、いつもはいたはずの“誰か”はいない。自業自得のせいで、その結果は自分が招いたものだと自覚して、いつもの帰路を歩く。

 

 

 

(下を向くな、前を見ろ。立ち止まるな、歩き続けろ……)

 

 

 先程、先生に言われた事を思い出す。

 躓いたから諦めるのは弱者になる事だと言われた。だから諦めるなと遠回しに言われた。

 

 

(……、)

 

 

 実際、それが簡単にできるなら世の中はもっと生きやすい世界だと思う。諦めずにいたから幸せになれた、諦めずにいたから夢を掴む事ができた、諦めずにいたから守る事ができた。

 

 別に否定するつもりはない。だけど、本当にそれを唱えている人は限りなく少ない事を知っている。諦めずにいても幸せになれる確証もない。諦めずにいても夢を掴める保証もない。諦めずにいても守れるとは限らない。

 

 

 結局、どちらを選んでも結果がどうなるかなんて誰にも分かりやしないのだ。

 ただ、諦めるか諦めないかの違い。それによって得られるものは何か、失うものは何か。結果によってそれぞれ違う。

 

 

 

(俺は……)

 

 

 

 そして、岡崎拓哉が選んだ道は、諦めるだった。

 諦めずにいて得たものは何もなくて、むしろ守るべき存在を自らによって壊した。失ったも同然の事をした。

 

 

 

 

 そんなものだ。岡崎拓哉という人間なんて、そんなものなのだ。どこにでもいる平凡な高校生だから、諦める事だってある。その道を選んだところで、きっと誰も責めはしない。誰もが経験した事のある挫折や失敗なんだから、誰も責めはしないと思っていた。

 

 

 

 しかし、責める者はいなくても諦めさせないようにしてくる者はいた。

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉の足が止まる。

 原因は、自分の視線の先に誰かいたから。

 

 

 他人とは違う、腕を組んで正面に立って、明らかに自分を待っていたかのような仁王立ち。

 夕陽が逆光になっていて上手く目の前の人物が見えない。だから正体を掴むためにゆっくりと近づいていく。

 

 

 

 

 正体は、判明した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……桜井」

 

 

 

 

 

 

 岡崎拓哉が音ノ木坂学院に転入する前、そのもっと前。中学の頃に拓哉に助けられ、そこから執拗に拓哉にまとわりつくように絡んできた1年後輩の少女。

 桜井夏美が、仁王立ち+しかめっ面で拓哉を睨んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少しお久しぶりでーす。せ・ん・ぱ・い……?」

 

 

 

 

 

 

 やはりといえばやはり、随分とご立腹だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    ◇―――76話『こんな悲劇は、ここで終わらせる』―――◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「花陽ちゃんからメールが来ました」

「ッ」

 

 特に場所移動はしなかった。その道は元々人通りも少ないため、とりあえず話はこのままする事にした。

 夏美の最初の一言目は、いきなり拓哉の胸を遠慮なく突き刺す。

 

 

 

 

「何であたしが先輩の他にμ'sのみんなとも仲良くしたのか分かりますか?」

「……そんなの、友達がいないから作りたかっただけじゃないのかよ」

 

 初めてμ'sと会った時に、そんな雰囲気を漂わせていた。だからそうなんだろうと思っていた。だけど夏美はフルフルと首を横に振る。

 

「確かにそれもありますけど、狙いはそれだけじゃありませんでしたよ。……本当ならないと思ってたからこんな動機でみんなと仲良くなりたいなんて思いたくなかったんですけど……本当にあるとは……」

 

 少し勿体ぶりながら、ジト目にも近いそれで夏美は拓哉を見て言った。

 

 

「先輩に何かあった時とか、先輩を含めるμ'sに問題が出てしまった時、あたしが何か役に立てるかもと思ったからです」

「……、」

 

 俯く。

 本来なら、本当の意味で関係ないはずの夏美すら出てくるまでに、今のこの状況は酷いのだと思い知らされた。下を向くなと先生に言われた事も今は忘れ、俯いてしまう。

 

 

 

「いざとなって聞いてみれば、あたしが思い付く限りで1番最悪の問題ですよこれ。もう分かってると思いますけど先輩、これだけは言わせてもらいます。今のあたし……結構怒ってます」

 

 言われなくてもそんな事は分かってる、なんてとても言えなかった。言うだけの精神も持っていなかった。

 

「ったく、先輩が付いていながらその先輩が問題を起こしてどうすんですか!何のためにあの人達のお手伝いをやってるんですか。わざわざ仲良くなってから関係を壊してしまえとでも思ってたんですか!」

 

「ッ!それはちが―――、」

 

「一緒なんですよ!結果がこうなんじゃ、そう思われても仕方ないんです。それだけの事を先輩はしたって結果だけが残って……これからずっと先輩の心を蝕んでいくんです。もっと酷くなれば、μ'sの評判にも関わる」

 

 

 何も、言えなかった。

 自分がどう思っていても、守りたいと思い続けても、それを自分自身が壊してしまえば、他人からは自分が悪いと思われる。それが現実の当たり前の見方だった。

 

 弁解しようが、守りたかったと弁明しようが、世間はそれを耳に入れずにただ拒む。普段は凄いや応援してるなど言っていても、不祥事が起こればひたすらに批判をし続ける。まるで芸能人を叩く一般人のような感覚。

 

 μ'sの活動休止がネットに流れれば、その原因が手伝いをしている拓哉だと分かれば、μ'sを応援していた人は必ず拓哉を責め立てる。そしてその飛び火はいつの間にかμ'sにまで移ってしまう可能性も否めない。

 

 自分の起こした問題で、μ'sがより酷い環境に晒されるのは絶対にあってはならない。そう強くは思っていても、今の拓哉には行動に移す勇気も気力もない。

 

 

 

 

 だから、それを許さない者がいる。

 

 

 

 

「……先輩、そんな酷い顔しないでください」

 

 頬に何か触れる感触がした。

 夏美の手だった。

 

 

「ぁ……さ、くら……い……?」

 

「あたしは確かに怒ってますけど、怒るためだけに来たわけじゃありません。あたしだからこそ、できる事があると思ったからここに来たんです」

 

 普段はただのあざとい後輩としか思っていなかった。だけど、今目の前にいるのは、本当に、純粋に、優しい目でこちらを見ている少女だった。

 

 

 

「先輩は今、どうしようもないくらいに絶望しちゃってます。過去の自分の今までの行動がダメなんだって決めつけて諦めちゃってます。だからもう無意味なんだって何もしないように流されちゃってます」

 

 夏美の言っている事は当たっている。自分の今までの行動が仇になったから、今こうして絶望の淵に立っている。それは今回の事だけではなく、過去の事にも言えてしまう。

 

 

 もし、自分の知らないところで、自分が助けたと思っていた誰かが実はまだ救われていなかったら?

 もし、拓哉が去ったあとで、拓哉が選んだ選択肢のせいで再び悲劇に襲われていたら?

 もし、自分がとった選択肢が、ただ悲劇を先延ばしただけの一時的な問題の解消にしかなっていなかったら?

 

 

 それこそもう、本当の本当に、岡崎拓哉という人間をいとも簡単に壊してしまう爆弾だ。現実なんてのは何が起こるか分からない。不幸は何故か立て続けに起きてしまうものだ。そんなのが不意に拓哉の耳に入ったら、それこそもう拓哉は二度と立ち直れなくなる。

 

 

 

 だから、その前に。

 言っておかないといけない言葉がある。

 どうしようもないくらいに自分の選択が悪いと思っている少年に言わなくてはならない言葉がある。

 

 

「でもね、先輩。あたしを見てください」

 

 片手ではなく、両手を拓哉の頬に優しく添える。

 

 

「先輩は過去に救ってきた人達にも負い目を感じてる。もしかしたら実は後に同じ悲劇がその人達に起きてるんじゃないかって。でもそれは違う。もしそうだとしても、本当に、万が一の確率でそんな事があったとしても、先輩はこれだけは忘れちゃいけない」

 

 しっかりと自分を見させる。目を逸らす事は許さない。

 

 

 

「確かに先輩に救われた人はいるんです。……だって、あたしがそうなんですから」

 

「っ……!ぁ……」

 

「先輩がどれだけ落ち込んいるかは正直言ってあたし程度には分かりかねます。だけど、先輩はあたしを救ってくれました……。どうしようもなかったあたしさえも、先輩は助けてくれた。だから、あたしも少しずつは変われてきて、本当に友達って言える人達ができたんです……!」

 

 不思議と、夏美の瞳が潤んできたように見えた。

 

 

 

「ただ男を手玉に取るかのようにして気取っていたあたしが当然の報いを受けそうになってた時に、先輩は助けてくれた。そのあとに先輩にまとわりつくようになっても、何だかんだでいつも構ってくれる先輩がいた……。それさえも、あたしの救いだった。そして今も、友達ができるようになったのも、先輩のおかげなんです……」

 

 頬に添えている両手が徐々に震え始める。潤んでいた瞳は、確かな粒となって目に溜まっていく。

 

 

 

「だから先輩がどう思ったってこれだけは忘れちゃいけない!絶対に忘れさせちゃいけない!あたしだけでも確実に先輩に救われて、今も楽しく日常を過ごしているんだって分かってもらわないといけないんです!先輩に救われてこうして今ここにいる事、先輩が絶望しているから駆け付けて来れたあたしがいる事を、先輩は分からないといけないんです……」

 

「……桜、井……」

 

 

 添えていた手が落ちる。俯いた夏美からポタポタと落ちているのは、涙で間違いはないだろう。これが夏美が言いたかった事。拓哉に救われた夏美だからこそ言える言葉。他の誰でもない、拓哉に救われ、拓哉と仲良くなり、拓哉の仲間と友達になれて、拓哉の事をよく知る事ができた夏美だからこその言葉。

 

 どれだけ拓哉が過去に絶望していようが、拓哉に救われ、今の世界を楽しく過ごしている者もいるんだと分からせてやる必要があった。拓哉を立ち上がらせるのはきっと違う誰かがする。何故かは分からないが、夏美はそれを何となくで察していた。

 

 

 だからこれは前座。

 自分は拓哉を立ち上がらせるための、たった1つのちっぽけなピースであってきっかけに過ぎない。

 

 しかし、それでいい。それだけでいい。

 どれだけちっぽけでも、些細な事でも、想い人を立ち上がらせるためならば、どんな小さい事でもしてやろう。盛大に前座をこなしてやろう。

 

 自分は前座に過ぎない。そんな事は最初から分かっている事だった。拓哉の側には、いつもμ'sがいる。その時点で、桜井夏美という少女はただの前座で、お膳立て役でしかない。分かっている。分かっているのだ。

 

 叶わない事なんて、自分がこの少年のハートを掴む事はできやしないんだって。本気のアタックも少年からしてみれば、ただのあざとい行動でしかなく、良くて少しドキッとさせれる程度のもの。

 

 今まで自分がやってきた男を手玉に取るような行動が、“本気の恋では悪手”にしかならない。まるで今までの自分の行為の戒めだと思わせるかのように。だから夏美は、拓哉とは別の意味で、()()()()()()()()()()()

 

 

 それら全てを分かった上で、自分ではもう目の前の少年を振り向かせる事はできないのだと知った上で、μ'sを救うための小さい駒なんだと言い聞かせた上で、せめて大好きな少年を助けるために一躍してみせる。

 

 

 

 落としていた手を、片方だけ、少年の頬に添える。

 涙はまだ止まってはくれない。だけど構わない。伝えないといけない。

 

 

 

 

 

「……だから、これだけは忘れないでください。少なくともあなたのおかげで、本当の意味で誰かを好きになれた女の子がいたって事を……。それを少しでも糧にして、同じように、また誰かを助けてあげてください。拓哉先輩……っ!」

 

「……、」

 

 

 夕陽のせいもあったかもしれない。拓哉の目に映った女の子は、とてもあざといとは言い難く、可愛くて、美しくて、可憐で、切なくて、儚くて、誰かに恋をしている少女だった。

 

 

 

「……ッ!」

 

 

 

 気を取られていたのか、単に見惚れていたのか、そんな事を思う前に夏美は拓哉から走り去っていってしまう。

 

 

「あ……おい、桜井!」

 

 

 呼ばれると夏美は止まった。拓哉からは後ろ姿しか見えない。しかし、何となく、夏美が涙を腕で拭っているような動きは分かった。それからして、意を決したかのように、夏美は振り向いて言った。

 

 

 

 

 

「あたしはまだ怒ってるんですから、さっさとどうにかしてきてくださいねー!それまでは先輩と連絡とりませんのでーッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それだけ言うと、拓哉の言葉も待たずに夏美は行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……こんな俺にでも、救われた人はいる……)

 

 

 

 

 

 

 夏美に言われた言葉を断片的に思い出す。

 全部が全部、間違いなわけではなかった。

 

 

 

 確かに間違ってなかったものもあった。

 

 

 

 

(……、)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガチャリと聞き慣れた音を聞き流しながら戸を閉める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれからすぐに帰宅した。

 何かを考えるのにも、暑い外にいてはできないものだ。だからさっさと自分の部屋に行く事にした。

 

 

 

 

 

 

 

「おう、拓哉。今日は帰るの遅かったな」

 

 

 

 不意に声がかけられた。自分の家で自分の他に男の声がする。となれば、誰かはすぐに分かる。

 

 

「……ああ、まあな」

 

 

 岡崎冬哉。

 岡崎拓哉がヒーローになるきっかけを与え、そう育ててきた張本人。いわば元凶にも近いそんな父親は、リビングから拓哉を呼び止めた。

 

 

「まあいい。それよりこっちに来い。少し話がある」

 

「……何でだよ。俺は部屋に行―――、」

 

「俺が何も知らないと思うか?」

 

「なッ」

 

 まさかとは思っていた。自分の父親は“本物”だ。岡崎拓哉が知る人物の中で圧倒的であり、“本物のヒーロー”だ。だから、まさか自分の周りで何が起きているか知っているんじゃないかと心の片隅で思っていた。

 

 仕方なく2階へ向いていた足をリビングへと向ける。

 

 

「昨日までは何も知らなかった」

 

 リビングに入るまでに、その言葉は放たれた。

 

「でもその前からお前に対しての違和感は感じていた。明らかに様子がおかしかったからな。だから聞いたんだ、唯に」

 

 なるほど、と拓哉は内心で納得する。確かに唯なら何か知っているだろう。唯の事だ、きっと雪穂か亜里沙辺りから話を聞いたんだろう。落ち着いたら自分から話すとか言っておきながら落ち着く気配など一切なかった。

 

 だから話すつもりもなかったのだが、身近に情報を知っている者がいるなら自然とそれは耳に入ってくる。それにしても、それにしてもだ。この父親はタイミングが良すぎる。

 

 

「唯も昨日知ったばかりだったらしい。だから聞くのは今日しかないと思ってな。今日を逃したら、何もかもが手遅れになると思ったからだ」

 

 これだ。このタイミングの良さ。自分の父親を“本物”と思っている真の確信。それは岡崎冬哉の“直感”にある。冬哉は何故か、いつも直前まで何も知らないのに、いざとなったら一気に真相へ近づいてくる節がある。

 

 

 

 故に、“本物のヒーロー”。

 

 

 

「何くだらない事で落ち込んでいるんだ」

 

「ッ!!」

 

 衝動的に目の前の父親を睨む。が、何も言えない。言い返せない。冬哉の目が、それをさせてはくれなかったから。

 

「自分のせいでμ'sが壊れた?自分がもっとしっかりしてれば悲劇は回避できていた?抜かすな。もっとよく考えてみろ。お前が間違った選択をしていなくても、どうせ結果はこうなっていたさ」

 

「な、ん……」

 

 冬哉の言っている意味が分からなかった。自分のあの選択は意味を成していなかったとでも言うのか。とんでもないくらいの決心をしたのに、嫌われたくないのに嫌われるような事までしたのに。それを、無駄だったとでも言うのか?

 

 

「違う……違うッ!!俺があそこで選択を間違っていなければ、もっと違う結末になっていたはずなんだ……!せめて俺があいつらの側にいる選択をしていたら、心の支えくらいにはなれていたんだ!!」

 

「心の支えが何になる。穂乃果ちゃんが辞めてしまっては何の意味もないだろうが」

 

「俺や穂乃果が辞めたせいで、絵里は家で1人泣いていた……。みんなの前では生徒会長であり3年だっていう事もあってまとめ役だからやせ我慢してたけど、絵里だって女の子なんだ。精神面でいったらまだ思春期の類だろう。そんな子を、そんな子に……俺は全部背負い込ませてしまったんだ……!」

 

「それがどうした」

 

「……あ?」

 

 耳を疑った。これでも拓哉は冬哉を“本物のヒーロー”としては尊敬していた。いつだって正しい選択をして、困っている人がいるなら絶対に助けるその精神に憧れていた。

 

 

 だから。

 なのに。

 

 

 

「それが、どうした……だと……?女の子が、大事な女の子が泣いてんだぞ!?友達で、仲間で、守るべき人が自分のせいで泣いてんだぞッ!!それなのに、それがどうしただ……?そんな言葉は、アンタが1番言っちゃいけない言葉だろうが!!」

 

 勢いに任せて胸倉を掴む。

 いっそ、失望までしていた。自分の父親が、自分をヒーローとして育ててきたこの親が、よもや息子の友達の女の子が泣いているのに、まるで気にも留めていないかのような言い草。それを聞いて黙っていられるほど拓哉は温厚ではなかった。

 

 

 だけど、岡崎冬哉の表情は一切変わらない。

 そしてあくまで冷静に言った。

 

 

 

「何を勘違いしてるんだ。この問題は俺じゃない、お前が巻き起こした事だろう。だったらこの問題に俺が干渉するべきじゃないのは、お前も分かっているんじゃないのか」

 

「ッ……!」

 

 図星を言われた。胸倉を掴んでいた手がずれ落ちていくのが分かった。

 

 

「それに、俺はお前自身の話をしているんだ、拓哉」

 

「俺の、話……?」

 

「確かにμ'sの件も大事ではある。でもその前にだ。μ'sを救える立場にいるお前が今そんな状態で何をしているって言ってるんだ」

 

 違う。最初に拓哉はそう思った。μ'sを救える立場になんか自分は立っていない。いたとしてもそれは過去の事で、今の自分には剥奪されたものだ。自分で失う事にしたものだ。そんな事を言ってもらう資格など、どこにもないのだ。

 

「……俺には、もうそんな事はできない……。今更俺がどうにかしようとしたところで、何も変わらない。むしろ悪化させてしまう可能性だってある!だって俺があいつらを壊してしまったんだから!!どの面下げて顔合わせりゃいいかも分からない……」

 

「そうやって逃げるのか?自分のせいだから、もう合わせる顔がないから、壊してしまった関係をそのままにして自分はもう辞めたし関係ないからと決めておさらばか?そんなのはヒーローでも何でもない。ただの卑怯者だ」

 

「ッ……、どうとでも言えよ。もうどうしようもないんだ……。ことりはもうすぐ日本を発つ、それで全てが終わる。……絶対にやってはいけない事をやってしまったんだ。だからもう、俺は―――、」

 

 

 

 言葉は続かなかった。

 最後を言いきってしまう前に、冬哉が拓哉を殴り飛ばしたからだ。

 

 

「ぁ……がッ……!?」

 

「久し振りに人を殴ったが、それがよもや自分の息子だとはな」

 

「テ、メェ……!!何しやが―――、」

 

「少しは目が覚めたかバカ息子?」

 

 

 見下ろされる。口答えは許さないと言わんばかりに。

 

 

「たった1度失敗したくらいで諦める。それもお前にとって大事な子達が関係している事でだ。……自分で情けないとは思わないのか」

 

「……分かってる。分かってるんだよ、自分が情けないって事くらい。そんなの俺自身が1番分かってるに決まってんだろ!守るって誓ったあいつらの関係を俺が壊してしまったんだから!!でも、だけど……もう俺じゃどうしようもないとこまで来ちまったんだよ!!」

 

「だから諦めるのか?たった1度の失敗で。拓哉、お前はそんなヤツじゃなかったはずだろ。泣いている人がいれば必ず手を差し伸べるお前が、1番大事な女の子達がそうなっているのに何をやってる」

 

「だって、俺のせいなんだ……。今までの問題を考えてみれば、全部俺がちゃんとしてれば回避できていたかもしれない事だったんだ!それができなくて、しかも間違った選択までしてしまった。俺だけじゃ取り返せないところまで来てしまったんだ!!」

 

 全てを話す。これまでの経緯も全て。その上で、それら全てを聞いた上で、冬哉は言い放った。

 

 

 

 

「自惚れるなよ、岡崎拓哉」

 

 

 

 

 哀れな息子を見下ろしながら、それでも芯の通ったその目は、拓哉から逸れる事は決してなかった。

 

 

 

「何1人で全ての業を背負っているような口で言っている。俺からしたらお前なんてまだただのガキと変わらないんだぞ。そんなガキがいっちょ前に自分が全部悪いだの抜かして、何様のつもりだ」

 

「……そんなガキでも、俺はあいつらを守ろうとしたんだ……」

 

「結局守れてないからガキなんだよ。いいか拓哉、お前は俺の息子だ。ならやるべき事は最初から1つだろう。あの子達を救うためにお前はまたヒーローにならないといけない。たった1度の失敗が何だ。たった1度の挫折が何だ。それを乗り越えるからこそのヒーローだろ。……いや、違うか。失敗や挫折を乗り越えるのは普通の人だってできる事なんだ」

 

 

 岡崎拓哉はただの人間であり、ただの子供に過ぎない。それは山田博子にも言われた事だった。人間だから失敗もするし、挫折もする。心も折れる事だってある。現実なんてそれがありふれている。

 

「確かに失敗や挫折から立ち直るのはとても難しい事だ。それを素直に受け入れて、尚且つまた挑戦するようなものだからな。だけど、それができたら、できるから人は強くなっていく。拓哉、お前が俺の息子なら、絶対にもう一度立ち上がれるはずだ。お前だってもう分かってるんだろ。本当にもう自分には何もできないのか、それを決めるのは誰かじゃない。お前自身だ」

 

「……、」

 

 

 失敗を受け入れる。挫折を受け入れる。そしてそこからまた挑戦する。それは簡単な事のように見えて、とても難しい事だ。しかし、決してできない事ではないという事も知っている。

 現に、岡崎拓哉は1度そういう女の子と話した事がある。

 

 絢瀬絵里。

 過去にダンスをやっており、コンクールで挫折したせいで高校3年まで立ち直れなかった女の子。だが、絢瀬絵里は救われた。岡崎拓哉と最終的に手を差し伸べた高坂穂乃果によって。

 

 

 

 つまり。

 絶対に乗り越えられない事ではないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今一度よく考えろ。そして決めろ。まだほんの少しでもお前の中に守りたい何かがあるならば、立ち上がってみせろ、岡崎拓哉(ヒーロー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自室。

 

 

 

 

 

 

 

 そこのベッドで座り込んでいた。

 殴られた頬はまだ少しズキズキと痛むが、特に気にしてはいなかった。

 

 

 それ以上に、父に言われた事が頭に残っていた。

 

 

 

 

 

『まだほんの少しでもお前の中に守りたい何かがあるならば、立ち上がってみせろ』

 

 

 

 

 

 

(……そんなの、あるに決まってんだろ……)

 

 

 

 

 そんな時だった。

 部屋のドアからノックの音が聞こえた。

 

 

 

「お兄ちゃん、入るよ」

 

 

 返事を待たずして、自分の妹、岡崎唯が入ってくる。

 

 

「ごめんね、返事待たずに入っちゃって。でもお兄ちゃんの事だから何もしないと思ったから、手当てしに来たよ」

 

 そう言って手に持っていたのを前に出してきた。救急箱。いわゆる薬や応急処置用の手当てグッズが入っている箱だ。

 タタタと、刻み良い足音をパタつかせて拓哉の前にやってくると、唯はすぐさま箱を開けて手当てグッズを出していく。

 

 

「お父さんも強く殴りすぎだよねえ。お兄ちゃんが飛ばされた音すっごくでかかったんだもん。やるにしてももうちょっと優しくしないとDVだって私が訴えちゃおうかなっ」

 

 サラッと物凄い事を言う唯だが、そんな冗談にも拓哉は反応する事なく、ただ唯に手当てされるがままになっている。

 しかしやがて、拓哉はポツリと呟くように言った。

 

 

 

 

 

「……唯も、全部知ったんだよな……」

 

 ピクリと唯の動きが一瞬止まった。冬哉が唯から聞いたと言った時点で誤魔化しは効かない。そもそも、唯は誤魔化すつもりも毛頭なかった。少し腫れている拓哉の頬に消毒をポンポンと当てながら答える。

 

「うん……。昨日亜里沙から偶然聞いちゃったの。ごめんね、待ってるなんて言いながら全部聞いちゃって。お兄ちゃんもことりちゃんがいなくなったら私も悲しむって思ったから言えなかったんだよね。むしろ気遣ってくれて私はとても嬉しいよ」

 

 この気持ちは嘘ではない。自分がこんなになってるのに、妹の事をちゃんと気遣っている。そこは正直に嬉しかった。

 だけど。

 

 

 

「でもね、私は昨日の時点で聞けて良かったって思ってる。後悔もしてない。お兄ちゃんがとても辛い思いをしてるって自分で気付けなかったのが凄く腹立つくらいだよ。だからね、全部聞いた上で、私はお兄ちゃんにお願いがあります」

 

「おね、がい……?」

 

 今まで俯いたまま顔を上げなかった拓哉が、ようやっと顔を上げた。だがその表情にはまだ陰りがあった。父である冬哉の言葉を以てしても、まだ拓哉は完全に立ち直ってはいなかった。

 

 

 それでも唯は伝える。

 もう、自分が拓哉を助けられる最後の人物だと直感的に分かっているから。

 

 

 

 

「うん……。お兄ちゃん、μ'sのみんなを助けてあげて」

 

 

 

 

 

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

 

 

 時が止まったような感覚に襲われた。

 むしろ唯が何を言ってくるか何となくで分かってはいた。だけど、いざこうして言われると、拓哉は何も言えなくて、動けなかった。

 

 

 自分がしなくてはいけないと分かっていながら、その事に恐怖しているのだ。もしまた選択を誤ってしまえば、関係の悪化は多分逃れられない。このまま一生溝は深まっていってしまうかもしれない。だから、すぐに答える事ができなかった。

 

 

「お兄ちゃんの気持ちは、きっと私なんかじゃ理解してあげる事も分かってあげられる事もないんだと思う……。だけど、そこまで深くは理解できなくても、少しでも自分に立場を置き換えてみれば分からないわけじゃない」

 

 再び俯いた拓哉にそっと語り掛けるように、唯は言葉を紡ぐ。

 

「もし雪穂や亜里沙が私のせいで関係が壊れてしまうような事があったら、私だって耐えられない。ずっと部屋に閉じこもってるかもしれない。大事な親友だから余計に……」

 

 これはあくまでもしもの話。未来にあるかないかなんて誰にも分からない話。だが、拓哉でさえこうなってしまったのだったら、決してあり得ない話ではない。だからこそ唯は続ける。

 

「でも私がそんな状態に陥ったら、お兄ちゃんはそのまま私を放っておく?私達の関係がこじれたままいつも通り日常を過ごす?」

 

 そんなわけない。いつもだったら即答していただろう。でも今はそれができない。唯達のために何かして、それすら間違って唯達の関係を決定的に悪化させてしまったらと思うと、無責任に答えるわけにはいかない。

 

 

 だけど、拓哉とは違って唯は言った。

 

 

「お兄ちゃんは絶対に放っておかないよ。例え何があっても、お兄ちゃんは必ず私達を助けてくれる。だってそれがお兄ちゃんなんだもん。私の中のお兄ちゃんは、()()()()()()()()()()だから」

 

 それは一種の暴論にも近かったかもしれない。自分ではそうは思っていなくても、他の誰かからは自分はそういう人物なんだと勝手に決めつけられる。そして期待され、失敗すれば失望される。そんな暴論にも近い言葉。

 

 

「しょうがないよ。私のお兄ちゃんは小さい時からずっとそうだった。一時は離れていても、その認識は変わらないままだった。良い、お兄ちゃん?私はお兄ちゃんの妹なの。友達とか、親友とか、仲間とか、そういう縁の関係じゃない。血の繋がった正真正銘の家族。だからこそ、最もお兄ちゃんと近い関係にいる私だからこそ断言してあげられる事がある」

 

 

 ガーゼを貼り終わり、拓哉の隣に座った唯は、あくまで笑顔を崩さずに言った。

 

 

 

 

「お兄ちゃんは絶対に、最後の最後にはヒーローになるんだよ」

 

 

 

 

 最後の最後には。そう言われて、だけど、納得できるだけの材料が自分の中にはなかった。またしても、否定的な事ばかりが頭に浮かんでしまう。

 

 

 

「……だけど、俺は最初からそのつもりだった。あいつらのために何ができるか、あいつらのために何をするのか、あいつらのために何を選ぶのか。全部最良だと思った事をして、結果的にこんな事になった。だったらもう、どうする事もでき―――、」

 

「そこだよ、お兄ちゃん」

 

「…………は?」

 

 

 言葉を遮られ、何がそこなのか、拓哉には理解できなかった。何があるのか、一体どういう意味をもって言ったのか、分からない。でも唯は分かっているような口ぶり。今までとは違う決定的な違いがどこかにあった……?

 

 

 

 最後の糸口を掴んだかのような口ぶりで、だけど唯自身は安心したように、あっけらかんと口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そもそもの話。お兄ちゃんは穂乃果ちゃんが倒れた時からずっと心に余裕がなかったんだよ。そこから少しずつ捻じれていったんだもんね。だってそうじゃないと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()調()()()()()()()()()

 

 

 

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あ」

 

 

 今までどこかで凍ったままだった何かが、徐々に溶けていくような感じがした。

 

 

 思い返してみればだ。

 最初から岡崎拓哉という人間は誰かのためなんかじゃない。自分のために行動していた。

 

 

 スクールアイドルを始めるという話になった時も悲しむ穂乃果達の顔が“自分が”見たくないから。

 初めてのファーストライブで失敗に終わりそうになった時も、何より“自分が”そのライブを、成果を見たかったから。

 矢澤にこをμ'sに入るよう説得した時も、このままにこが何も出来ずに高校生活を終わってしまうのを“自分が”見たくなかったから。

 絢瀬絵里と言い合った時も、挫折を乗り越えてまた輝く絵里を“自分が”見たかったから。

 

 

 

 そう、全部、いつだって、自分のためだった。

 それがちゃんと結果に繋がっていった。

 

 

 

 だけど、穂乃果が倒れてからは何かが違っていた。

 

 穂乃果のために、μ'sのために、気付けば自分のためではなく、ただただ彼女達のためというだけで動いていた。自分が見たい最高の結果ではなく、あくまで彼女達優先で結果は考えていなかった。

 

 こうすればこうなるではなく、こうしたらこうなってくれるはず。そんな希望的観測にも似た考えにしかなっていなかった。だから失敗した。自分のためにした行動ではないから。

 

 

 

 心の余裕がなかったと唯に言われた。それはきっと当たっているんだと思う。だから穂乃果が辞める前に、自らがあんな間違った選択をしてしまった。余裕があれば、せめて自分は残る選択を取れたかもしれないのに。

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん」

 

 

 

 再び、妹から声がかかる。

 

 

 

「今のお兄ちゃんなら、原因に気付いたお兄ちゃんならもう分かるよね。大丈夫だよ、気付けたなら、もうお兄ちゃんは()()()()()()()()

 

 ゆっくりと隣にいる唯の方へ顔を向ける。そこには、どこまでも優しい表情をした唯がいた。失敗の原因は分かった。あとは挫折を受け入れるだけ。その過程を、少しずつ進めていく。

 

 

「……俺はとんでもない事をしてしまった」

 

「うん」

 

「結局は、俺の心の余裕がないせいで招いてしまった事だった」

 

「うん」

 

「今更どうにかしようと動いたところで、きっと俺はあいつらにとんでもなく怒られる」

 

「大丈夫。それなら妹の私だって一緒に謝るよ。兄の責任は妹の責任でもあるんだから」

 

「……今になって俺の味方になってくれるヤツなんてどこにもいないかもしれない」

 

「それでもお兄ちゃんは今までだってやってこれた。だったら今回もきっと大丈夫。それに私だっている。何回も言ってるでしょ?私はいつだってどんな時だって、誰もがお兄ちゃんの敵になろうとしても、私だけはお兄ちゃんの味方だって」

 

「……こんな今の俺にでも、まだできる事はあるのか」

 

「自分のために動くと決めたお兄ちゃんなら、何だってできるよ」

 

「俺の望む結末が、もしかしたら誰か1人の未来を奪ってしまう事になったとしても」

 

「正しい事だけが幸せとは限らない。例え間違った選択をしても、最後にみんなが笑っていられる結末なら、そっちの方がいいじゃん」

 

「俺はまた……ヒーローになれんのかな」

 

「お兄ちゃんはいつだって私のヒーローだよ。だからさ、」

 

 

 

 

 

 

 もう大丈夫だった。

 質疑応答を繰り返して、自分には絶対の味方がいてくれると分かって、自分のためにするべき事を理解して。

 

 

 

 唯は最後の一言を放つ。

 それはある特定の意味を持つ人物にとっては呪いと言ってもいい言葉でもあった。

 

 

 ただのそれを、優しく、強く、はっきりと、今まで絶望に打ちひしがれていた少年に、再び発破をかけるように言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう一度立ち上がって、ヒーロー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒデコ達には、落ち込んでばかりいるなと慰められた。

 

 

 

 山田博子には、お前は1人じゃないから全部を抱え込むなと優しく諭された。

 

 

 

 桜井夏美には、確かに自分に救われた人物もいるんだと説教すらされた。

 

 

 

 岡崎冬哉には、守りたい何かがあるなら立ち上がってみせろと奮い立たされた。

 

 

 

 岡崎唯には、背中を押された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 であれば。

 

 

 岡崎拓哉は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 色んな人に言葉を貰った。色んな人に支えてもらった。色んな人に迷惑をかけた。ならば、そこまでしてもらって、いつまでも下を向いているわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

「これからどうするの?お兄ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 唯から優しい声音で問いが聞こえる。

 それに答える。先程までの力のない声ではなく、力のこもった声で。

 

 

 

「元はと言えばこれは俺が撒いてしまった悲劇だ。だったら、それらを全てを俺が解決してやる。しなくちゃいけないんだ。もう大丈夫。俺はもう、諦めない」

 

 

 

 

 

 そう、自分で撒いてしまった悲劇。

 それにμ'sを巻き込んでしまったのなら、どうにかするしかない。

 

 

 

 

 

 

 そのために、少年は。

 いつもの言葉をようやっと、自分の口から吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな悲劇は、ここで終わらせるッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1度沈んだヒーローが、蘇る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さあ、μ'sを救え。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?


恐らく今までで1番ボリュームのある話になったと思います。
ここまでが長かった……。
ようやっと立ち上がった主人公の活躍を、お楽しみに!
ヒーロー、復活。

追記。
夏美の事について、過去の事がまだ語られていないので、夏美に感情移入できないと思う方が多数いらっしゃると思いますが、それはまた1期が終わったあとに書くので、何卒ご理解のほどをお願いします!


いつもご感想高評価ありがとうございます!!

では、新たに高評価を入れてくださった


タッティさん、お砂糖!さん、takashuさん


以上、計3名の方からいただきました。ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!



君の名は。面白かった。


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77.復活のHERO

どうも、今回からアニメの方へ戻って行きますよー。

では、どうぞ。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 善は急げと誰かが言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからまず最初にそれを実行しようとする。

 幸いまだ夕陽は沈んでいない。夏という季節だからこそ、時間的にも部活はまだやっているところが大半だろう。

 

 もっともアイドル研究部、もといμ'sは現在活動休止しており、穂乃果が辞めてことりも留学する事から実質上の解散状態になっている。だけど、動かずにはいられなかった。

 

 

 

 

「何だ、もう出かけるのか」

 

 リビングから冬哉の声がかかる。その言い方からして、まるで拓哉が元に戻り、あとの問題を解決するために動こうとしているのが分かっていたかのような口ぶりだった。

 

 

「ああ、もうこんな悲劇はまっぴらだ。だから動ける時に動く。動けるだけ動く。ことりの留学までもう時間がない。なら、今日の残り時間を最大限に使ってでも今の状況を少しでも変えてやる」

 

 言いながら移動は止めずに玄関へ着く。服は制服のままだが、靴は指定のものではなく比較的動きやすい靴を選ぶ。少しでも早く動くためだ。靴紐を結んでいると、ポケットに入れている携帯が震えるのを感じた。

 

 靴紐を結んでから携帯を取り出し、メールを確認する。名前を見ると桜井夏美と書かれていた。さっき会ったばかりで何なのかと思いながらもメールを開く。

 

 

 

『そうだ、そろそろいつもの先輩に戻ってそうなので伝えときますねー。他の人達は分からないですけど、花陽ちゃん凛ちゃんにこさんは今でも神田明神で練習しているそうですー。なので、まず迷ったらそこに行けばいいかと! by☆愛する先輩の後輩より☆』

 

 

(いや怖い、怖いよ)

 

 何故元通りに戻ったタイミングでこのメールを送ってくるのかとか、知りたい情報を的確に送ってくるのか、そういう謎の恐怖が悪寒となって拓哉に襲い掛かる。

 しかし、今の拓哉にとってこの情報は本当にありがたかった。

 

 だから先程の事も兼ねて礼をしておく。

 

 

『さっきの事も含めて、ありがとな。桜井』

 

 

 送信ボタンを押し、いざ行こうとした時に後ろから声をかけられた。

 

 

「その調子だともう、心配はいらないみたいだな」

 

 多分後ろの父親はニヤケながら言っているに違いない。それを何故か確信できた拓哉は振り返らない。ここで変に雰囲気を壊したくないからである。確かに冬哉の声音はイラッとくるものではあったが、それも先程の出来事では聞く事のなかった、どこか信頼している声音でもあった。

 

 

 

 だから。

 

 

 

「ああ。行ってくる」

 

 

 

 

 

 振り返らずとも突っ走っていける。

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃんが元に戻って良かったね」

 

 階段から降りてきた唯が安心したように呟いた。

 

 

「ああ、まだまだ世話のかかるヤツだけどな」

 

 腕組みをしながらも微笑ましい表情をして冬哉は答える。文字通り、親が子供を見送るように。

 

 

「……お父さんは良かったの?」

 

 不意の問いだった。

 

「何がだ?」

 

「お父さんじゃなくて、私がお兄ちゃんを焚き付けた事……。ホントならお父さんがこういう役割なんじゃないかなって思って」

 

 本来、最終的にどん底にいる誰かを救うのは本物のヒーローである岡崎冬哉の役割なのだ。だが、今回はそれをしなかった。その役割を娘に与えた。だからその意味を、唯は冬哉に投げかけた。

 

 

 

「いいんだよ、これで。元々は唯がやろうとした事だろ?だったら俺はその前座でも構わないさ。唯は俺の娘だから何の心配もしていないしな。それに、唯自身もこれで成長できた」

 

 未だに玄関のドアを見つめている冬哉。冬哉の言っている事に嘘はないだろう。今回の件、これは唯の成長にも確かに繋がっている。今まで待っている姿勢だった唯が、自分から行動するようになったのだから。

 

 最後に冬哉は、それに、と言ってから呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「1度挫折から復活したヒーローってのは、もう負けないもんなんだ」

 

 

 

 

 

 

 マンガやアニメでよくある事だと思う。

 今まで負けた事のなかった主人公がライバルや強敵に初めて負ける。そして挫折するか、諦めずに強くなろうとするか。そして、それら全てを乗り越えた主人公は、とてつもないほどの力を誇る。

 

 

 自分の壁にぶつかり、それを乗り越えるか、ぶち壊すか、どれをとっても1つのハードルを越えたという事になる。つまり、今までの自分の限界を上書き、上限を伸ばすという事でもある。

 

 

 

 

 

 だからこそ。

 

 

 

 

 

「もう心配の必要はないさ」

 

 

 

 

 

 

 

 成長した息子(ヒーロー)を笑って見送れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕焼けを背景に走る。

 

 

 夕方とは言ってもまだまだ暑い季節。走っていればすぐに汗もかいてくる。それでも構わない。今の現状を鑑みればこれくらいの汗など気に留めるほどでもない。

 

 

 

(花陽に凛ににこは神田明神で練習していると桜井は言っていた。つまりμ's自体は活動休止になっても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それなら咎められる事もない。いかにもにこが考えそうな事だな)

 

 走りながら考える。

 幸い、にこのその考えがあったから拓哉は夏美に教えてもらい、今こうして迷わずに目的地へと足を動かしていられる。

 

(桜井には今度何か奢ってやるか)

 

 いつもなら不本意混じりに思うのだが、今回拓哉は夏美に大きなきっかけを貰って、情報すら貰った。だから何が何でもお礼しなくてはならない。昔助けた女の子に、拓哉は助けられた。その励みはとても大きかった。恩を返すにはもってこいだろう。

 

 

 

 しばらく走っていると神田明神が見えてきた。

 実際、花陽達に会ったところでどうすればいいかとか、何を言えばいいのかとかそういうのは決めてない。

 

 

(やっぱにこにはすげえ怒られるんだろうな。何せあれだけにこが入る時に啖呵切ったくせに俺自身が辞めたんだから……)

 

 にこが入る際、拓哉はにこに色々と言っていた。だけど、それを言っていた拓哉が辞めた今、それは当然裏切りとして捉えられる。つまりはだ、拓哉はにこに殴られたりしても何も文句は言えない。

 

 

 

 

 

 階段を登っていく。

 そして1番上まで登りきったところに、3人の少女はいた。

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

「たくや、くん……」

 

「拓哉……!」

 

 小泉花陽、星空凛、矢澤にこ。

 μ'sの9人のうち、3人の少女が拓哉へ視線が集中していた。

 

 

「……、」

 

 意外と焦りはしなかった。むしろ冷静さが増したような気がした。

 静かに歩み寄る。

 

 

「……練習、してるんだな」

 

「っ……」

 

 不意に拓哉の声が聞こえた。

 それに反応したのは、やはりにこだった。

 

「……まあね、μ'sが休止したからって、スクールアイドルやっちゃいけないっていう決まりはないでしょ」

 

 拓哉の思っていた通りだった。この案を出したのはにこ。花陽と凛はにこに誘われて一緒にやっているのだろう。花陽もスクールアイドルが大好きで、ずっと憧れていたから、そんな簡単に諦めきれるはずがなかった。

 

「……ああ、そうだな」

 

 凛もきっと花陽のために一緒に活動を共にしてくれたんだろう。それと自分も諦めきれなかったから。他のメンバーは知らないが、それでもスクールアイドル活動を諦めていない者が確かにいる。

 

 それだけで、活力はみなぎってくる。

 だからまずは。

 

 

「……あの、拓哉、く―――、」

 

 

 

 

「ごめん」

 

「「「え……?」」」

 

 

 花陽が何かを言う前に、拓哉は頭を下げた。

 文字通り、謝罪だ。自分のしでかした事を分かっているから、まずは謝罪する必要があった。

 

 

「散々俺が色々と言ってきたのに、俺が最初に辞めてしまって、みんなを裏切るような真似までしてしまって、悪かった」

 

 深々と頭を下げる。会うなりいきなり頭を下げて謝罪してくる拓哉に多少の困惑を覚える。しかし、これは決して目を逸らしてはいけない。3人は何故かずっとそう思っていた。

 

「言い訳をするつもりはない。都合の良い事を言っているのは分かってる。怒られても、殴られても仕方ないって事も分かってる。……だけど、もしそれが少しでも許されるなら、」

 

 未だに拓哉を見ている3人の声を待たずに、拓哉は言う。

 

 

 

 

 

「もう一度俺にチャンスをくれないか。またμ'sの手伝いとして、お前達の力になりたい」

 

 頭を下げたまま言う。これは謝罪と懇願の同時進行だ。きっとこれは並大抵の事では許してもらえるとは思えない。だから、少しでも誠意を見せるために顔は上げない。

 

「虫の良い話なのも理解してる。今更俺が戻ったところでどうするんだって思ってるかもしれない。それでも俺はまたみんなのために動きたい。今度は誰かのためじゃない。俺の、自分のために、自分自身が望む結末にするために頑張らせてほしい。頼む」

 

 

 

 

 暫しの沈黙が神田明神を支配した。

 拓哉は何も言わない。今言うべき事はとりあえず全て言ったから。にこ達の返事を待つしかない。それまでは、頭は下げとくべきだろう。

 

 

 

 そして、にこの口が開かれる。

 

 

 

「顔を上げなさい、拓哉」

 

 ああ、これは顔を上げた途端にビンタされるやつだ、と瞬時に拓哉は理解した。でもそれは当然の報いだ。しっかりと受け止めよう。何ならグーパンチか回し蹴りくらいまでは想定していた。

 

 

 だからだろうか。

 

 

 

 

 

「ぅわっ、と」

 

 

 拓哉が予想だにしなかった流れになって思考が止まったのは。

 

 

 

 ビンタでもなく、グーパンチでもなく、回し蹴りでもなく、痛覚を刺激せずに拓哉がにこにされたのは、いわゆる抱擁だった。顔を上げたと同時に抱き付かれたのである。そんな事をされると思っていなかった拓哉は僅かに思考が追いつかなかった。

 

 

「に、こ……?」

 

「アンタってば、ほんとバカなんだから……」

 

 全力の罵倒ではなく、まるで仕方ないと言わんばかりの優しい言い方だった。拓哉の胸に顔をうずくめているからか、拓哉からにこの表情は窺えない。

 

 

「花陽や凛はともかく、確かに私は拓哉に対して多少の怒りはあるわ。だって私が加入する時にあれだけ威勢の良い事言ってたのに、その張本人が辞めちゃうんだもの……。でも、こうしてアンタは戻って来てくれた。アンタは自分のためなんだろうけど、また私達のために戻ってきてくれた」

 

 顔は見えない。だけど何となく分かる。にこは今安心しきっている。後ろにいる花陽や凛もまた、微かに2人を見て微笑んでくれている。きっと2人は元から拓哉を拒むつもりも怒るつもりもなかったのだろう。

 

 

「だったら、それだけでいいわよ。何はともあれ拓哉は戻ってきた。アンタの事だからどうせ今のこの状況をどうにかするために来たんでしょ?」

 

「……ああ、これは俺が蒔いてしまった悲劇でもある。ならそれをどうにかするのも俺の役目だ。もう迷いはしない。揺らぎもない。こんな誰もが笑顔にならない結末なんざ絶対に変えてやる」

 

 聞いて、にこはようやっと顔を上げた。拓哉を見るにこの瞳には、微かな雫が溜まっていた。それを拓哉が指で拭う。

 

 

「苦しみから逃げるだけのくだらない逃走劇はもう終わりだ。ここからは一気に巻き返す。何があってもみんなが笑い合えるような結末に仕立て上げてやる」

 

「何か前よりも凛々しくなったんじゃない?顔つきがちょっと違うっていうか、吹っ切れたって感じ」

 

「まあ実際吹っ切れたところもあるしな。そのまま突っ切ろうと思ってる」

 

 ようやく抱き付いていたにこを離して話を進める。そう、時間はあまりないのだ。今日の学校が終わってしまった以上、今日やれる事は少ない。だから早く済ませ、少しでも明日の事を考える時間が必要になる。

 

 

 

「だから、にこ達にも協力してほしい。穂乃果も辞めて、ことりも明日には留学してしまう。そうなれば必ず溝は深まっていく。そうなる前に、力を貸してくれ」

 

「ええ」

 

「はい!」

 

「分かったにゃ!」

 

 3人の少女が即答した。

 すると思い出したかのように凛が口を開いた。

 

 

「そういえばさっき穂乃果ちゃんもここに来たにゃー」

 

「穂乃果が来たのか?」

 

 思わぬ収穫があった。今度は凛の代わりに花陽が答えた。

 

「はい、私達が練習していたら来て、やっぱり暗いままでした……。だけど、前みたいな暗さじゃなくて、今日はまだ明るかったところもあったと思います」

 

「確かに辞めるって言った時よりは明るくなってたわね」

 

「……まさか、」

 

 

 心当たりは少しあった。

 今日の放課後、まだ教室に生徒がいなくなったばかりの時、拓哉はヒデコ達と話をした。そしてその最後に、ヒデコ達は言っていたではないか。

 

 

 

『穂乃果の事も心配だから、その辺は任せといて。バッチリケアしとくから!』

 

 

 と。

 つまり、ヒデコ達が何らかのアクションを起こして穂乃果に何か小さな変化をもたらしたのかもしれない。となれば、それはまたとない好都合だ。

 

 

「ヒフミ達にもまた礼を言わなくちゃな……」

 

「拓哉?」

 

「ああ、よし、穂乃果が少しでも明るくなってるんなら、難易度もグッと下がってくるはずだ。あとは何かなかったか?」

 

 やれるなら少しでも上手くいけるに越した事はない。少し考え込んでいると、にこがハッとしたように口を開いた。

 

 

「そうだ、穂乃果には明日ライブをやるから絶対に来なさいとは言ったわね」

 

「ライブ?」

 

「ええ、私達3人で明日ライブをする予定なの」

 

「ライブか……ライブ……でも明日はことりが留学する日…………あッ」

 

 

 

 その瞬間。

 拓哉の中にある1つの案が浮かんだ。

 

 

 

 

「何か考えたんですか?」

 

「上手くいくかは分からない。けど、もうこれしかない。いや、これが俺の思う最善の選択だ。3人共、聞いてくれ」

 

 

 

 

 

 

 そこで拓哉は3人に概要を話す。

 話し終わると同時に、3人の少女の額には軽い汗が垂れてくるのを感じる。

 

 

 

 

 

「……それって上手くいくのかしら?ほとんど運にしか頼ってないじゃない……」

 

「拓哉くんの事を信じたいけど……こればっかりはどうなるか予想もつかないですぅ……」

 

「ここに来てとてつもない運任せだにゃー……」

 

 

 反応を見るに不満しか感じられていないようだった。

 だが3人とは違って拓哉だけがいつもと変わらずに話の続きをする。

 

 

「確かに運の要素がでかくなるけど、俺は信じるよ。逆に言ってしまえば、これが成功すればみんなが笑ってエンディングを迎えられるはずだ。ヒフミ達のおかげで穂乃果の心情も変わりつつあるかもしれない。そこと、あとは海未、絵里あたりに懸けるしかねえ」

 

 

 

 

 上手くいくか分からない。そういう作戦というか、そういう手段というか、そういう運任せと言った方が正解かもしれない。

 

 

「……でも、拓哉の決めた事なら、私は信じるわ。なるようになれって事よ」

 

「わ、私も信じます……!」

 

「ここ1番の時に運任せなんて燃えるにゃー!!」

 

 

 

 

 そう、無謀かもしれない拓哉の案。

 だけど、これは拓哉のみんなを信じる心から生まれた案の1つだ。

 

 

 やらない手はない。

 

 

 

 

「ありがとう。じゃあ各々の連絡はにこ達に任せる。俺は……まあ、信じて待つさ」

 

 

 

 

 

「よおし、じゃあ今日は解散よ!急遽決まったスケジュールにもすぐ対応する。これも素敵なアイドルのスキルよ!」

 

「何だか今から緊張します……!」

 

「大丈夫だよかよちん!凛達にはたくや君がいるもん!!」

 

 

 

 3人の少女が話しているのを見て、何だか微笑ましい気分になる。これはきっと、たった数日のあいだなのに離れていたからか分からないが、とても久し振りに思う感覚だった。

 

 ようやっと帰って来れたような感覚。改めて3人へ謝罪と感謝を内心でしておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さて、運は天に任せるとして、今日は帰るか)

 

 

 

 

 

 ふと、沈み始めている夕陽を見る。

 ここ数日はまともに見ていなかったが、ここから見る夕陽は綺麗なものだった。

 

 忘れていたものが次々とスッポリと空いていた心の隙間に入っていくのを感じ取る。

 全ては明日で決まる。上手くいくかいかないか、運任せがほとんどの選択。

 

 

 これが間違っていなければハッピーエンドへ。間違っていればまたどん底へ……なんて事には絶対にさせない。もし間違っていたとしても、そこから何としてでもハッピーエンドへと矯正させてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 ただし、自信をもってこれだけは言える事がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どん底から復活したヒーローは、生半可なモノではないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここからは、()()()()()()()()()()()が巻き返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?


死の淵からや挫折、絶望から復活したヒーローはとても強い。
それを軽くテーマにしながら書きました。
よくありますよね。特撮でも強化して復活したりとか、新たな技を覚えて立ち上がるとか……そういう感じです。
1つの壁を乗り越えた岡崎拓哉は成長し、本物のヒーローとして蘇りました。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価を入れてくださった


カイザウルスさん


計1名の方から高評価をいただきました。ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!


夏美まじGJ


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78.幼馴染



どうも、また更新が1日遅れてしまい申し訳ありません。
遅れる際はちゃんとTwitterの方で報告していますので!



では、どうぞ。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ことりが留学する当日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に放課後を迎えていた。

 そんな日も、拓哉は穂乃果や海未と喋る事はなかった。

 

 

 ただし、それは以前とは違う。

 明確な意志を持っている今とそんな事を思ってすらいなかった前とは違う。μ'sを救うために、ことりが日本を離れる前に、やれる事をする。そのために拓哉は何人かに声をかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、頼む」

「オッケー。私達に任せて!前とは違って今ならこんなの全部配り終わっちゃうから!」

 

 ヒデコ、フミコ、ミカの3人と拓哉は向き合っていた。ある物を渡して。それを見たヒデコ達はお互いを暫し見合ったあと、いきなりニヤケだした。

 

「……何だよ」

「いやー、メール貰った時といい今といい思ったけど、すっかりいつもの調子に戻ったね」

「……あー、まあ、その、何だ。色々と迷惑かけちまって悪かった。もう大丈夫だ」

「いいのいいの!拓哉君はそうでなくちゃ!それに謝るなら私達じゃなくて1番にしないといけない子達がいるでしょ?」

 

 言われてバツが悪そうに顔を背ける。分かってはいるが実際言われると中々に刺さる。まあ元より謝るつもりだから良いのだが、ヒフミトリオのこの煽るような表情で見られると顔を背けたくなる。

 

「分かってるっての!んじゃ頼んだからな!……いきなりこういう事言ってごめん。頼める相手がお前らしかいなかったってのもあるけど、多分色々と忙しいと思う」

「なーに言ってんの。こちとら最初から何を頼まれても良いように事前準備はしてるんだから。だからあとは拓哉君がやりたいようにすればいいよ。分かってるんでしょ、何をすればいいか」

 

 軽く頷くと同時に、懸念も入ってしまう。

 にこ達にも昨日言った作戦。それは作戦と呼ぶにはあまりにも無謀なものでしかなかった。

 

 作戦というより、運が大きく左右する分もはやギャンブルの方が近いかもしれない。成功率は言ってしまえば五分五分。それでもにこ達は自分を信じてくれた。目の前にいるヒデコ達も。それが全てを証明してくれていた。

 

 

「にこ達も、お前達も俺を信じてくれた。だから絶対に、何がなんでも成功させる。みんなが笑って終われる結末にしてやるって決めたんだ」

「そうそう、それでいいんだよ。ならあとは成功に向かって突っ走るだけだね。頑張んなよ、ヒーロー!」

 

 それだけ言うとヒデコを筆頭に拓哉の背中を軽く叩いてから3人は走り去っていった。

 叩かれた背中の感触を感じながら思う。しっかりやれと、そう言われた気がした。おそらくここからが正念場だ。だからプレッシャーも感じる。以前の事があるからか、多少の焦りもある。これが正しいのか間違っているのかも分からない。もしかしたらこれこそが最悪の一手になってしまうかもしれない。

 

 

 でも。

 だけど。

 

 

(俺は1人じゃない)

 

 

 励ましてくれた人がいた。諭してくれた人がいた。怒ってくれた人がいた。奮い立たせてくれた人がいた。背中を押してくれた人がいた。ならば、それを無下にするわけにはいかない。絶対に成功させるしかない。いや、させる。

 

 

(これは決して俺1人だけでできるような事じゃない。みんなの“協力”がいる。だから、にこ達にも昨日既に言っておいた)

 

 にこ、花陽、凛の3人には昨日、既に伝えている。だからもう広まっているところには広まっているはずだ。ここからは拓哉と、拓哉がみんなを信じた結果の行動に全てがかかっている。

 

 

 まずは、穂乃果と海未を探さないといけない。

 

 

(そういや、穂乃果達はどこに行ったんだ?HRが終わった途端に穂乃果が出て行って、そのあとに海未が携帯を見たと思ったら出て行った。……まさか、2人は今一緒にいる……?)

 

 もしそうなら、もしその予想が当たっているなら。早々に2人を見つけなくてはならない。

 

 

(くそッ!どこだ!いきなり作戦頓挫の可能性は笑えねえぞ……!!)

 

 とりあえずがむしゃらに走って2人を探す。廊下を走っていて分かる事は、廊下には絶対にいないという事。もしあの険悪ムードだった2人が一緒にいるなら、他の生徒がいる廊下では話すはずがない。

 

 できれば人の少ない所、あまり人が通らない場所。いつもなら近づかない場所で話すはずだ。

 つまり。

 

 

「ここか!!」

 

 

 屋上。

 

 いつもここで練習して、失敗に終わったがステージも設営して歌った場所でもある。ここなら普段人も少ないし通りもしない、普段は近づかないと見事に3拍子揃っている。だからここと確信を持って来た。

 が。

 

 

「誰も、いない……?」

 

 

 ポツンと、暑い太陽に照らされているのは拓哉1人だけだった。拓哉以外は誰もいない。

 つまり、勘が外れた。

 

 

「だーッ!!こんな時に何外してんだ俺は!幸先悪いぞちくしょうめ!」

 

 いきなり宛てが外れた事で嫌な予感が頭をよぎってしまう。そのストレスにより両手で頭を掻き毟る。その途中で自分の携帯が震えてるのを感じ取った。即座に携帯を取り出し確認する。

 

 

『穂乃果が講堂に入っていくのを見たよ!』

 

 ミカからだった。

 多分()()を配っている時に見かけたのだろう。今の拓哉にとってこれはありがたい吉報だった。

 

 

「タイミング良過ぎかよ……。運ってのもまだまだ捨てたもんじゃねえな……」

 

 すかさず感謝のメールを送って屋上から走り出す。

 穂乃果が講堂に行ったという事は、おそらく海未もそこにいるはず。何を話しているのかは分からないが、ここからが拓哉の言っていた作戦が要になってくる。

 

 

(運の要素がでかすぎて作戦って言えたもんじゃないけど、それでもそう呼べるくらいに俺はあいつらを信頼してる)

 

 

 階段を何段か飛ばして急いで降りながら講堂へ向かう。大切な女の子達の元へと走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

(今までの出来事で成長しているのは、俺だけじゃないんだからッ!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃。

 講堂では高坂穂乃果、園田海未の幼馴染2人が邂逅していた。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね、急に呼び出したりして」

「いえ……」

 

 海未も海未で、何故穂乃果が自分を呼び出したのか分からないままでいた。ただ、穂乃果の雰囲気が昨日までとは違って見えた。あれだけ暗い雰囲気を纏っていたのに、今では何だかいつもの穂乃果に戻っているような気がする。

 

「ことりちゃんは?」

「……今日日本を発つそうです」

「そうなんだ……」

 

 結局、穂乃果は最後までことりと会う事は叶わなかった。分かってはいても、その事実が心にグサリと容赦なく刺さる。でも今はまず海未に伝えないといけない事がある。

 

 

「……私ね、ここでファーストライブやって、ことりちゃんと海未ちゃんと歌って、たくちゃんや他のみんなに見てもらった時に思ったの。もっと歌いたいって、スクールアイドルやっていたいって!」

 

 紛れもない本音だった。

 あのファーストライブがあったから、今までやってこれた。高い壁さえも乗り越えてきた。仲間がいるから、友達がいるから、前へと進むことができた。

 

 でも、今回の件で色々と失った。諦めた事もあった。自分にとって最も大きい存在であり想い人の少年が辞めると言って、それが決定打にもなった。その結果のμ's活動休止は、あまりにも周りへ影響を及ぼした。

 

 辞めてからは何も考えたくなかった。店の手伝いや友達と遊びに行って気分を紛らわそうともした。だけど、そうしようとすればするほど思考はμ'sの事ばかりで埋め尽くされる。

 

 むしろ考える時間は山ほどあった。だから、少し落ち着いた時に考える事にした。自分の気持ちを偽る事の辛さ、親友を失う事の怖さ、そして何よりも、スクールアイドルへの未練。

 

 

 モヤモヤが頂点にまで達しそうになった時、絵里が家に訪れた。

 

 

 そこでようやく落ち着いて色々と話す事ができた。そして実感した。自分がどれだけ歌う事が大好きか、スクールアイドルが大好きかを。

 だから。

 

 

「辞めるって言ったけど、気持ちは変わらなかった。学校のためとか、ラブライブのためとかじゃなく、私好きなの!歌うのが、それだけは譲れない……。だから、ごめんなさい!!」

 

 深く頭を下げる。

 海未もそれには軽く驚いていた。

 

「これからもきっと迷惑をかける。夢中になって誰かが悩んでいるのに気付かなかったり、入れ込み過ぎて空回りすると思う。……だって私不器用だもん!でも、追いかけていたいの!!わがままなのは分かってるけど、私……!」

 

 それは一種の意志表示だった。

 壊してしまった何かを必死に元に戻そうとする意志。これまでではなく、これからの事を言い据えて、まだ一緒にいたいと、全てとはいかなくても、ほんの少しでもやり直したいと思っているからこその言葉。

 

 

 穂乃果の言葉を聞いて、少しのあいだ呆けていた海未は思わず軽く吹き出した。

 

「……ぷっ、ふふ、くすくす……」

「ぇ……う、海未ちゃん!何で笑うの!?私真剣なのに!」

 

 シリアスな雰囲気を壊してしまう海未に対して穂乃果は遺憾を示す。だが、そのおかげで発言はしやすくなった。

 

 

「ふふっ、ごめんなさい。……でもね、はっきり言いますが……穂乃果には昔からずっと迷惑かけられっぱなしですよっ」

「えっ!?」

 

 いっそ清々しいほどに海未は笑顔で答えた。

 それをドアの外側で聞いていたどこかの少年も思わず顔に綻びができてしまうほどに。

 

「ことりとよく話していました。穂乃果と一緒にいると、いつも大変な事になると。どんなに止めても夢中になったら何にも聞こえてなくて、大体スクールアイドルだってそうです」

 

 階段をゆっくりと降りながら海未を言う。

 呆れながらも、それはそれは楽しそうに。

 

「私は本気で嫌だったんですよ?」

「海未ちゃん……」

「どうにかして辞めようと思っていました。穂乃果や拓哉君を恨んだりもしました。全然気付いてなかったでしょうけど!」

「……ごめん」

 

 元々は穂乃果が言いだしてことりや海未、拓哉も無理矢理入れられていた。最終的には全員合意の上で入ったが、海未は普通の人より恥ずかしがりなとこがあるので少し根に持っていたのだろう。

 

 

 だけど、それさえも海未は微笑ましいように話す。

 

 

「でも、穂乃果は連れて行ってくれるんです。私やことりでは勇気がなくて行けないような凄いところに」

「海未ちゃん……」

「拓哉君も穂乃果の無茶振りで私が不安になった時に話してくれるんです。“今は不安かもしれないけど、最後まで付き合ってやってくれ。そしたら見えるはずだ、普段じゃ見えないような輝かしいところに”って」

「たくちゃんが……?」

 

 知らなかった。自分がそんな無茶振りを振っている裏で、拓哉がそういう風にことりや海未の背中を押していたのは。

 

「いつも言っていますよ。“穂乃果を信じてやれって。それでもし何かあったら俺が絶対にお前らを守ってやるから俺も信じろ”ってね。ふふっ、おかしいですよね。私達はいつだって拓哉君を信じていますのに」

「そう、だよね。私達がいつもこんな無茶できるのも、遠慮なく前だけを進めるのも、いつだってたくちゃんがいてくれたから……」

 

 自分達をいつも側から見守ってくれていた少年がいた。

 そのおかげでずっと前だけを向いてこれた。後ろの影なるサポートにも振り向かずに目の前の光だけを目標にしていけた。

 だけど。

 

 

「だから、私達は拓哉君の心が沈んでいるのにも気付けなかったんです……。頼ってばかりで、助けてもらってばかりで、こちらからは何もしてあげれていない。私達の不甲斐なさが今回の原因でもあります」

「うん……私達がたくちゃんに頼りすぎてて、たくちゃんが苦しんでいる事に気付けなかった……」

 

 μ'sを支えていた少年が壊れた事で、μ's内もどんどんと崩れていった。その事実が、どれだけ岡崎拓哉がμ'sにとって大きい存在かを証明していたのだ。だけど、原因はそれだけじゃない。

 

 

「ですが私が怒ったのは、穂乃果がことりの気持ちに気付かなかったからじゃなく、拓哉君も辞めてしまってやけくそになって自分の気持ちに嘘をついているのが分かったからです」

 

 あの時、拓哉が去った後にも一悶着があった。

 拓哉が辞めると言って去った後、穂乃果も辞めると言い出した。元から辞めるつもりでいたが、拓哉がいなければそれ以上にいる意味がないと思ったから。だから、海未は穂乃果にビンタした。

 

 自分の気持ちに嘘をついているのが表情に出ていたから。

 

 

「もう穂乃果に振り回されるのは慣れっこなんです。だからその代わりに連れて行ってください!拓哉君と一緒に私達の知らない世界へ!それが穂乃果の凄いところなんです。私もことりも、μ'sのみんなもそう思っています!」

 

 

 

 ドアの外で、誰かが微笑んだ。

 

 

 

 

 海未はそのまま舞台へ上がり、穂乃果の隣に立つ。当たり前だったはずなのに、ここ数日間はそんな当たり前さえもなかった。

 それが今、ようやっと()()()()()

 

 

 そして、海未が口ずさんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 Music:高坂穂乃果、園田海未、南ことり/ススメ→トゥモロウ

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドアの外で聴いていた拓哉は、その歌を聴きながらこう思っていた。

 

 

 

 

(こいつらの歌にはいつも心が動かされる。そうだよな、俺だって立ち直れた。またやり直そうと思えた。少しでも可能性を感じたから、もう後悔したくないから、進むべき道をちゃんと見据えられる……)

 

 

 

 すると、講堂内から海未の声が聞こえた。

 

 

 

「さあ、ことりが待ってます!迎えに行って来てください!」

「ええー!?でもことりちゃんは……!」

「私と一緒ですよ。ことりも引っ張っていってほしいんです。わがまま言ってもらいたいんです!」

「わがまま!?」

 

 海未のトンデモ発言で穂乃果は驚いてばかりだった。まだ色々な問題が残っているというのに、よりによって1番大きい問題を突いてきたのだから。

 

 

「そうです!有名なデザイナーに見込まれたのに残れなんて……、でも、そんなわがままを言えるのは、拓哉君と穂乃果くらいなんですから!!そうでしょう、拓哉君!!」

「……え!?」

 

 

 海未が向いた方へ穂乃果も勢いよく振り向く。

 そこにいたのは、ある意味では今回の事件の元凶である少年。岡崎拓哉だった。

 

 

 

「ったく、微かな音でもお前は誤魔化せねえな。海未」

「たく、ちゃん……?」

「よお、穂乃果。お互いバカな事やっちまったな」

 

 観念したように階段を下りてくる拓哉。少しバツが悪そうな顔しているのは、改めて顔を合わせると罪悪感が出てきてしまうからかもしれない。

 

「たくちゃん……何で……?」

「俺が辞めて、そのせいで穂乃果も辞めちまって、それ―――、」

「時間がありませんので話はあとです!早く2人共行ってきてください!!」

「あの、普通に謝らせてもくれないんですかね海未さん……?」

「だからそれはあとでも間に合います!今はことりが優先です!さっさと迎えに行ってあげてください!!」

 

 海未のあまりの迫力に穂乃果と拓哉は黙ってしまう。

 せっかくの和解する機会が台無しにされた気分である。

 

 

「その調子ならもう、いつもの拓哉君なんでしょう?」

「……幼馴染だからお見通しってか。まあそんなとこだ」

「ならいいです。私も早く幼馴染4人でまた歩きたいのです。だから、あとは頼みましたよ。穂乃果、拓哉君」

 

 ドラマチックな和解シーンなんてどこにもなく、だからこそ、それはとても日常的な1コマのように感じれる。いつもの幼馴染同士の掛け合い。それで簡単に伝わる。拓哉と穂乃果がお互いの視線を交差させる。

 

 

「海未ちゃんだって中々の無茶振りだよね」

「信頼しているという事です。さっさと2人のわがままを振りかざしてきてください」

「じゃあ俺も俺なりのわがままを貫かせてもらいますかね」

 

 ちゃんとした謝罪は全員が揃った時にすればいい。その時に殴られれば少しは贖罪としても成り立つだろう。

 

 

「たくちゃんのわがまま?私と一緒でことりちゃんを連れて帰る事じゃなくて?」

「それもある。けど、俺は最初から変わっていなかったんだ。いつだってどんな時だって俺は自分のために動く。だからさ、最後にはみんなが笑って終われるのが俺のわがままだ」

 

 

 それを聞いて。

 穂乃果と海未は笑みを零す。ああ、本当にいつもの岡崎拓哉が帰って来たんだと。ドラマチックじゃなくても構わない。アニメやマンガみたいなカッコイイシーンでもない。自分達にとってのこの1コマが、『らしい』のだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くぞ、穂乃果。文句はあとでいくらでも聞く。だから今は、ことりを含めるみんなを取り巻いていた悲劇を根本から取り除いてやるッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うんッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壊れていた『何か』が元に戻り、“最強の幼馴染コンビ”が最後の最後に動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


拓哉の作戦とは何か、アニメ準拠なのでもう皆さん分かってると思いますが、それは次回で。
今更幼馴染同士の掛け合いにドラマチックな展開なんていりません。そんなのがなくても伝わるのが幼馴染なので。ですがもっとジーンとする展開を期待していた方はすいませんw自分はこれが彼らの『らしさ』と思ったのでそうさせていただきました。

何気に一期も終盤ですね。ここまで来るのに約1年9か月……長すぎかよ。
そんなわけで次回でラブライブ一期はクライマックスになるかもでーす。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!

では新たに高評価を入れてくださった、


まくあふぃてるさん、水岸薫さん、里約さん、メシさん


以上4名の方から高評価をいただきました。ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!



↓更新遅れる際はこちらで報告などしております。(主に進捗状況、たまにイラスト)
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79.修復



一応月曜には間に合いました(震え声)





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外へ出ると、やはりまだ夏は続いているという事を嫌でも思い知らされる。

 暑い日差しが熱となり容赦なく体力を奪おうとしてきて、さっそくじわりと汗が額から出てきそうになるのを腕で拭う。

 

 

 

 

 

「ことりちゃんを迎えに行くって言ったってどうやって空港まで行くのたくちゃん!!」

 

 少し後ろを走って付いてくる穂乃果が問いかけてきた。

 

 

「当然走りじゃ間に合わねえ。だからタクシーでも何でも使える足を捕まえる!何がなんでも間に合わせるんだよ!!」

 

 走りながら答える。

 そうだ。色んな人にあとの事を任せた。海未からは信頼されて送り出された。だから何としてもやらねばならない。例え可能性が少なくとも、ここぞという時は必ず、迷わずに断言しないといけない。

 

 

「絶対にことりを連れて帰る!間に合わない可能性なんて出てこさせやしねえからなッ!!」

 

 校門が見えた。まずはタクシーを捕まえるのが先決だが、ほぼ毎日あの道を通っているから分かる。

 あの道ではほとんどタクシーは通らないのだ。だから期待はできない。最低でももう少し通りに出ないといけないが、今の拓哉達にとってはその走る距離だけでも短縮できないのが惜しい。

 

 

「くそッ!穂乃果、海未にことりが何時の便に乗るか聞いてくれ!あまり余裕はないと思うけど、時間を把握しとくだけでも思いっきり走る気持ちの準備はできる!」

 

「う、うん!―――って、うわぐぶぅ!?」

 

 海未に聞こうと携帯を開くために少しよそ見したのがいけなかった。拓哉が急に止まったのに気付かずに穂乃果はそのまま拓哉の背中にぶつかってしまう。

 

「どうして、ここに……」

 

「たくちゃん?」

 

 校門を出たすぐの場所。階段の上から下を見下ろして呟く拓哉の視線に釣られ、穂乃果も階段の下、分かりやすく言えばその道路を見る。

 そこに、車1台と、1人の男性が立っていた。

 

 とにかく時間が惜しい。

 拓哉と穂乃果は階段をできるだけ早く降りてその男性の元へと駆け付ける。先に声を発したのは拓哉だった。

 

 

 

 

「……何でいるんだよ、親父」

 

「なあに、学生じゃ限界なところを大人がサポートしに来ただけだよ」

 

 岡崎冬哉。

 拓哉の父にして“本物のヒーロー”が、まるで計っていたかのようなタイミングで現れた。

 

 

「仕事はどうしたんだよ」

 

「昼から有給をとった。大事なイベントに親が参加しないわけにはいかないからな」

 

「小学生の運動会かよ……」

 

 軽く悪態つきながらも、微かに笑みを隠せない。実際冬哉のこの行為は非常に助けになる。欲しいところで必ず最善策を出してくる。これぞまさにヒーローの所業だった。

 

「とりあえず乗るんだ。行くんだろ、ことりちゃんを迎えに」

 

「「……、」」

 

 穂乃果と目を合わし、2人同時に首を縦に振る。2人して後部座席に乗り、拓哉があらかじめ穂乃果にシートベルトをするように指摘する。そのあいだに冬哉も運転席に座りエンジンをかけていた。

 

「今は少しでも時間が惜しい。頼む、親父」

 

「了解」

 

 もはや即答にも近い冬哉の返事が返ってくる。それで拓哉は分かる。エンジン音を耳で認識し、とりあえずどこか掴める場所を掴む。穂乃果にもそうするように言って、それをミラーで冬哉が見終わった瞬間、冬哉の口が開いた。

 

 

 

「捕まってろよ2人共。最短ルートで最速に空港まで向かうからなあ!!」

 

「えっ?ぇぅわあッ!?」

 

 穂乃果が聞き返そうとする直前に声がブレた。まさに急発進。周りに走っている車がいないからか、冬哉はこれでもかというスピードで車を走らせた。

 

「た、たくちゃん!?たくちゃんのお父さんって、こんな危なっかしい運転する人だったっけえ!?」

 

「いつもは絶対しないけど、こうやって何かあった時はこんなもんだよ、うちの親父は」

 

 慌てる穂乃果に対して拓哉は冷静そのものだった。中学の頃にこういう事に巻き込まれた事が何回かあったからかもはや慣れてしまったのだ。こういった時の冬哉はとにかく凄い。目的地まで何故か最短最速で着く事がほとんどだった。

 

 

 

 

 さて、いくら最短最速で着くとは言っても学校から空港までだ。もちろん距離はある分時間もかかってしまう。今は何でも時間が惜しい拓哉は激しく揺れる車内も気にせずに携帯を取り出す。

 

 そんなに多くない携帯番号から1つを選び、相手へとかける。その相手は2コール目で応答した。

 

 

「あら、珍しい子から電話がきたわね」

 

「急にすいません。今すぐに話したい事があったんで」

 

 どこか妖艶さを感じさせながらも優しい声が耳に入ってきた。

 

 南陽菜。

 南ことりの親にして、音ノ木坂学院の理事長。今はことりを見送りに行っていて学校にはいない彼女に拓哉は話す事があった。今だからこそ話さないといけない事が。

 

 

「今日は生徒としてじゃなく、ことりの幼馴染の1人として陽菜さんに電話しました。先に謝っておきます。すいません」

 

「謝ってくるなんてどうしたの、拓哉君?」

 

 言葉ではそう言っているが、陽菜の声色はとても落ち着いていた。まるでこれから拓哉が言おうとしている事が予想できているかのような声色。

 拓哉的には言いにくい事なのだが、これを言わないと何も始まらない。だから。

 

 

「……俺は今から、ことりや陽菜さんにとって最低な事をしに行きます」

 

「あらあら、それをわざわざ私に言うなんてどういう事かしら?」

 

「陽菜さんにだけは言っておかないといけないので……俺のわがままで迷惑をかける事になってしまうから」

 

 あくまで詳細は言わない。多分、言わなくても陽菜は拓哉が何をしようとしているのかを分かっている。その上で、わざと色々拓哉に質問をぶつけてきている。拓哉の意志を確認するために。

 

 

「そう……。じゃあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……、」

 

 やはりだ。陽菜は分かって言っている。それなのに止めないという事は……。

 

「拓哉君」

 

「はい……」

 

「どうせやるなら後腐れなくやってちょうだいね。ことりがあとから後悔しないように、()()()()()()()()()()()()()()って笑って思ってもらえるようにしてくれないと、理事長室に呼び出ししちゃうからね」

 

「……はい、分かってます」

 

「……期待してるわよ」

 

 

 電話の切れる音がした。

 これで陽菜の許可は得た。最初から反対はしていなかったが、あとでもう一度謝ろうと思った拓哉は携帯をポケットに仕舞う。そこで穂乃果に声をかけられた。

 

「……たくちゃん、何で私もいるって言わなかったの?」

 

 陽菜との会話を聞いていた穂乃果の疑問だった。ことりを連れ戻そうとしているのは拓哉だけじゃない、穂乃果もだ。なのに拓哉は陽菜との会話で一度も穂乃果の名前を出していなかった。

 理由は単純。

 

「今からやろうとしてる事は本来間違っている事だ。だったらスクールアイドルのお前に汚名を被せるわけにはいかない。陽菜さんだから大丈夫だとは思うけど、汚れ役は俺1人で十分だ」

 

「たくちゃん……またそうやって自分だけ―――、」

 

「昨日までの俺とは違うっての。だから心配すんな。ちょっと陽菜さんに怒られて、ついでに絵里達に殴られればそれで済む話だ」

 

「最後のは必要なの……」

 

 殴られるだけで済むならいいけど、というのが本音だが、拓哉は絵里達に罵倒されながら蹴り飛ばされても文句を言えないような事をした。あとから待ち受けている罰に一瞬顔が引き攣るが、今はことりが最優先なため、切り替える。

 

 

「ことりを連れ戻す心の準備はできてんのか?」

 

 簡単な、覚悟が必要な問いをする。

 にも関わらず、穂乃果は前を見据えて即答した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつも通り、目の前の壁にぶつかっていくだけだよ」

 

 

 

 

 

 

 聞いて、笑みを隠そうともせずに拓哉も前を見る。

 ―――空港が、見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程から何回も繰り返して見ていた腕時計をまた見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分が乗る飛行機の便までもうすぐだった。

 そろそろ移動しなくてはならない。何か諦めたかのように溜め息を吐いて席を立つ。

 

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

「ことりちゃん!!」

 

 自然と足が止まった。

 小さい頃からずっと一緒にいた幼馴染の声。本来なら、今ここにいるはずがないのに、聞き間違いのしようがなかった。

 

 

 ゆっくりと、振り向く。

 視覚に認識する。自分の幼馴染、高坂穂乃果。

 

 と……。

 

 

「…………え?」

 

 

 その隣にいるのは、茶色がかったツンツン頭の1人の少年だった。

 おそらくことりが今1番会いたくなくて、1番会いたい幼馴染だった。

 

 

 

 

 

 

 

「よお、ことり」

 

 

 

 

 

 

 いつも通りの声色で、その少年は口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前を連れ戻しに来た」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぇ……その……、な、何で……?」

 

 

 頭が混乱した。海未に聞いたが、今のμ'sは危険な状態にあるはずだ。拓哉が辞め、穂乃果も辞めて、活動休止になるほどだったのに、絶対に来ないと思っていた2人がいる。その事にことりの脳内が危うくショートしそうになる。

 

 

「だから言ったろ。お前を音ノ木坂学院に連れ戻しに来た」

 

「でも、何で……たっくんと穂乃果ちゃんは……その、辞めたって……」

 

 言われた途端、2人の表情が一気に引き攣った感じに変化した。

 

 

「あ、あー、その事ね、うん、それはだな。あのー、ほら、もう解決したというか~、まだ完全にはしてないというか…………だーッ!!それは今どうでもいい!!今はお前を連れ戻すのが最優先事項なんだ!!面倒な事は聞くな!!」

 

「ご、ごめんなさい……?」

 

 

 何だかはぐらかされたような気がするが、『その事』を今聞くのは拓哉と穂乃果的にどうもマズイらしい。

 だからか、2人の顔はすぐに切り替えられた。

 

「ゴホン……話を戻すぞ。留学するな、ことり」

 

「え……?」

 

「詳しくは穂乃果から話があるそうだ」

 

 親指で隣の穂乃果を指す拓哉。

 すると、穂乃果は1度目を閉じて深呼吸し、目を開けるや否や、ことりの方へと近づいてきた。

 

 

 そして。

 

 

 

「ことりちゃん、ごめん!」

 

「穂乃果、ちゃん……?」

 

「私、スクールアイドルやりたいの!ことりちゃんと一緒にやりたいの!!いつか、別の夢に向かう時が来るとしても……!!」

 

「……!!」

 

「行かないで、ことりちゃん!!」

 

 

 ヒドイ我が儘だった。

 ただ一緒にスクールアイドルがしたいからという理由で、デザイナーに見込まれた留学の件を白紙にしろだなんて、とんでもない我が儘発言だった。

 

 

 だけど、それが高坂穂乃果なのだ。普通の人じゃ寂しくてもそれを言わずに応援して見送るような場面でも、離れたくないからその根本をなかった事にさせる。トンデモ発言でありながら、だからこそ本音を偽りもせずに吐く事ができる。

 

 

 

 

 

「お前もどこかで期待してたんだろ、ことり」

 

 穂乃果に抱き付かれた状態で、前方にいる拓哉を見る。

 

「俺達を見付けた時、お前の瞳は困惑と同時に期待もしてた。どこかで思ってたんじゃないのか?俺か穂乃果か、それとも他の誰かが来て留学するなって言ってくれるのを」

 

 

 全部図星だった。

 何回も腕時計を見ていたのは、時間が来てしまう前に誰かが来てくれないかと思っていた。陽菜を別れる際も、もしかしたら陽菜が止めてくれるかもしれないと思っていた。もう自分じゃどうしようもないから、誰かに止めてもらうしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言えよ、南ことり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 “本物のヒーロー”が言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「紛れもない本音を。穂乃果は言ったぞ。どれだけ我が儘でも、お前と離れたくないと言ってみせた。俺も穂乃果も諦めかけたけど、最後の最後には諦めずに立ち上がった。だったら次はことりの番だ。最後の最後で、お前はどうしたい」

 

 

 意外にも、“それ”はすんなりと出てきた。

 

 

「……私の方こそ、ごめん。私、自分の気持ち……分かってたのに……!穂乃果ちゃんや海未ちゃんやたっくんやみんなと、離れたくなかったのに……自分の気持ちにずっと嘘ついてた……」

 

 声が震える。

 穂乃果の目にもうっすらと涙が浮かんでいたが、ことりの目にも涙は溢れてきた。

 

 

 

 

 

 

「一緒にいたい……離れたくなんかない……またみんなと隣同士で笑い合いたい……あの場所に……μ'sに帰りたいよ……!!」

 

 

 

 それだけ聞けば、もはや十分だった。

 あとは、陽菜に言われた通り、後悔をさせないようにするだけ。

 

 

 

 

 

「俺達は、お前の夢を壊そうとしてる」

 

「夢はまた目指す事はできるもん……でもみんなと一緒にスクールアイドルができるのは“今”だけだから」

 

「後悔はしないか」

 

「ここで留学してみんなと会えない方が後悔するよ……」

 

「……そっか」

 

「ねえ、たっくん」

 

「何だ?」

 

「たっくんは……私に行ってほしくなかった?それとも、行った方がよかったって思ってる……?」

 

「……あー、」

 

「むー……、穂乃果ちゃんも私も本音言ったよ……?」

 

「たくちゃんだけズルいぞー!!」

 

「何でいきなり結託してんだよお前らは!感動シリアス場面だっただろうが!」

 

「「……、」」

 

 

 

 

 

 

 何だか話がおかしな方向に行っている気がしてならないが、このままでは2人共ここから動きそうにもない。

 拓哉は指で軽く頬を掻きながら、明らかに照れているのを誤魔化しながら、それでも言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……絶対に行かせたくなかった」

 

「「……、」」

 

 

 暫しの沈黙が3人のあいだで流れた。

 やがて。

 

 

「「おお~……!」」

 

「感心すんな!俺だって照れる時くらいあるわ!というか普段照れまくってるわ!!ったく……今はこういうギャグテイストな時間送ってる場合じゃないってのに……」

 

 

 頭を乱暴に掻き毟りながら悶える拓哉に、未だにくっついている穂乃果とことりは、涙で目を赤くしていながらも笑い合いながら言った。

 

 

 

 

「「でも、これが私達『らしい』でしょ?」」

 

 

「……、」

 

 

 してやったりな顔で言う穂乃果とことり。それに変に悩んでる自分がバカバカしく感じた拓哉は溜め息を吐きながらも、最後には笑みを零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だな」

 

「「えへへ~」」

 

 

 

 

 ようやく笑顔が戻った。

 いつもの『幼馴染』のやり取りだった。もう心配はいらない。

 

 

 一息つきたいところだが、本題を思い出しターミナルに設置されている時計を見る。

 時間はあまりないが、まだ間に合わないわけじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「学校に戻るぞ2人共。訳は車の中で話す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さあ、()()の問題だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?

予告詐欺はこの作品ではいつもの事!!
作戦については次回にします。

さてさて、いよいよ一期も終わりですね。
落ち着いたら『悲劇と喜劇の物語』の方も更新を始めようと思っています。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!(感想が主に作者の活力になります)




次回、最終回(一期の)


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80.再スタート

どうも、今回で1期最終話になります。


では、どうぞ。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で俺まで後部座席に座らされてんの」

 

「そりゃお前、話があるなら一緒に座った方がいいに決まってるだろう」

 

 

 

 

 

 穂乃果とことりと一緒に冬哉が待っている場所へと移動した拓哉は、学校へ帰る道中にいくつか話しておかないといけない事があるため、2人を急かしていた。その結果、それを察した冬哉に半ば無理矢理後部座席に座らされたのである。

 

 

「そんなの俺が助手席にいてもできるだろ!穂乃果もことりもこれじゃ狭いだけだろ!?」

 

「私はそんな事ないよ!」

 

「むしろ大歓迎かな」

 

 あれ?俺がおかしいの?などと1人ごねている拓哉を見て、ふざけるのも程々にして本題に入れさせようと冬哉が話を切り出す。

 

「それで、2人に話す事があるんだろ。車も飛ばしてるんだ。早く話しておけよ」

 

「何か言いくるめられた感があるんだが……」

 

 ともあれ、このままでは一向に埒があかないのも事実だ。これについてはもう不本意だが諦める事にして、拓哉はゴホンと気持ちを切り替えてから口を開いた。

 

 

 

「2人には学校に帰ってからライブをしてもらう」

 

「「ライブ?」」

 

「ああ。と言ってももちろん2人も1度歌って踊ってる曲だ。そうじゃないとできないしな」

 

 そして、と。

 軽く深呼吸して、ここからが本題だと言わんばかりの表情で言う。

 

 

 

「今まで通り、9人で踊ってもらう」

 

 

 

 何故か。

 穂乃果とことりの時間だけが止まったかのような感覚に襲われた。2人は同時に固まり、そして正気に戻るのも同時だった。

 

「9人、で?」

 

「でも、海未ちゃんはまだしも、他のみんなは……」

 

「大丈夫だ」

 

 どこか安心できるような、いつもの声が穂乃果とことりの耳にすんなりと入ってきた。

 

 

「作戦はもう既に昨日にこと花陽と凛に伝えてあるんだ」

 

「にこちゃん達に?」

 

「ああ、作戦と呼べるようなものじゃないただの運任せだけど、それでも確信はある」

 

 根拠はない。もしかしたら失敗している可能性だってある。

 でも、確信があった。あるはずもない自信と信頼をにこ達に預ける事ができた。とすれば、もう失敗なんて未来は見えない。

 

 

「そもそもの話、俺は気付いていなかっただけなんだ。俺や穂乃果が辞めてしまってからも、にこ達はアイドル活動をしていた。本心から活動休止を望んでいるヤツなんてどこにもいなかった。俺と穂乃果がこうして元に戻ってまた立ち上がれた事を『成長』したって言うなら」

 

 

 一度、硬く拳を握ってからそれを解く。その手をことりの頭の上に置いて撫でる。少し気持ち良さそうにしながらも、ことりはずっと疑問符を浮かべていた。

 それを優しい目で見つめながら、岡崎拓哉は言う。

 

 

 

「『成長』しているのは俺と穂乃果だけじゃない、みんなも『成長』していたんだよ」

 

「みんなも……?」

 

「お前達は今まで困難を乗り越えてきた。その度に少しずつでも成長していたんだ。だから俺も一時は、俺がいなくてもこいつらなら自分達でやっていけるなんて勝手に思って辞めた。でもそれは間違いじゃなかった。俺や穂乃果がいなくても、()()()()()()()()()()()()

 

 

 拓哉が作戦を行おうとしたきっかけが、“それ”だった。

 

 

「誰かに言われるでもない。自分達がやりたいからやる。それだけ、たったそれだけで諦めずに今できる事を全力でやろうとする。スクールアイドルを、μ'sを諦めきれない気持ちがにこ達を動かしている」

 

 何も成長しているのは拓哉達だけではなかった。花陽も、凛も、真姫も、にこも、絵里も、希も、全員が少しずつ成長していた。その結果が今だ。各々が自分なりの行動をしている。

 

 にこ達しか見ていないが、きっと他のメンバーもこのままではダメだと思っているはずだ。

 だから。

 

 

「昨日にこ達に言っておいた。今日ライブをするなら、他のみんなも集めてくれって。もちろんμ's全員で歌うために」

 

「μ's、全員で……」

 

「最初から誰も諦めていなかったんだ。また9人で歌うための休憩期間に過ぎない。もうにこ達が絵里達を集めてステージに連れてきてくれてるはずだ。あとは俺が穂乃果とことりを連れて帰れば全てが揃う」

 

「車運転してるのは俺だけどな」

 

 揚げ足取んなと冬哉に小言を浴びせてまた真剣な表情に戻る拓哉。昨日のにこ達との出来事を思い出していた。

 

 

「……あんなバカな事をした俺をまた信じてくれたにこ達のために、俺は絶対にお前らをあの講堂へ連れて行く義務がある。もう……これ以上大事な人達の悲しむ顔を見るのはまっぴらだ」

 

 

 ずっと忘れられなかった。

 辞めると言った時のみんなの顔が。それこそ自分を信頼してくれていたにこの顔も、ずっと表と影からサポートしてきた希の顔も、入部してからは常にメンバーの事を考えてくれていた絵里の顔も、とても見れるものではない表情だったと覚えている。

 

 

 ヒーロー失格と言われても仕方ない事をした。自ら守るべき人達の顔を壊してしまった。だから、そんなのはもうたくさんだ。全てを償えるとは思っていない。ただ、それでももう一度、9人のμ'sへ戻すには自分が必要だと思った。

 

 責められるならあとで存分に言わせればいい。好きなだけ殴ってもらって構わない。だが今だけは、μ'sのヒーローとしてもう一度役に立てる場所が欲しかった。自分のわがままだってのは分かってる。でもそのわがままを最後まで貫かねばならない。

 

 

 

 最後にみんなで笑って終われるために。

 

 

 

 

「大丈夫だよ、たくちゃん」

 

 

 

 不意に、拓哉の手の上に穂乃果の手が優しく乗せられた。

 

 

「私も間違った選択をしちゃったからこういう事言うのはおかしいかもしれないけど言うね。難しい事は全部抜きにしてさ、今こうやって私とことりちゃんとたくちゃんが一緒にいる。それだけで良いんだよ。それが全部物語ってるんだから」

 

 穂乃果の話を聞いていると、もう一つ、ことりの手が上に重ねられた。

 

「そうだよ。本当なら今頃は絶対に3人一緒にいるはずなかったのに、こうして一緒にいるんだもん。本音を言って、みんなが望んだ結果が今のこれなんだもん。だったらたっくんは胸を張って良いんだよ。私達のヒーローとして、胸を張って?」

 

 

 

 本来、熱や温度といったものは肌に触れて初めて実感できるものである。

 だが、触れられている重ねられた手だけではなく、それ以外に感じられるものを人間は持っている。

 

 心。

 言ってしまえばそんな機能は人体のどこにも付いてはいない。臓器とはまた違うが、人はよく心臓や胸の部分を指して、そこに心があると言う。現実的に考えてみればあり得ない。だけど実際に人間には心と呼ばれるモノがある。それは実際にある物体や理屈だけで説明できるものではない。

 

 それでも分かる。

 心というものに、形はない。

 だけど、人間はこんなもののために死力を尽くせる生物でもある。

 

 

 温かい。

 純粋にそう思った。

 2人の言葉がすんなりと入ってきた。拒む隙もなく、必要もなく、ストンとしっかり収まるかのように。聞いていて心地良い、胸が、心が温まる。

 

 だから、どれだけ根拠のない自信でも前を向く事ができる。

 

 

「……ああ、もう俺は間違えない。お前らのヒーローとして絶対にお前らを見えなかった景色まで導いてやる。だからまずは原点に戻る」

 

 原点。

 即ちμ's。

 

「講堂でのライブを成功させて、やり直しだ」

 

「あ、でもお客さんって来てくれるのかな?」

 

 ライブをやるにあたって重要な疑問がことりから浮かび上がった。

 しかしそれを拓哉は淡々と説明を始めた。

 

「そこは心配ないと思う。事前にヒデコ達にチラシ配りを頼んでおいたから、少なくとも音ノ木坂の生徒だけでも結構集まるはずだ」

 

「用意周到だねたくちゃん!……ってあれ?」

 

「どうしたの穂乃果ちゃん?」

 

 何かふと疑問に思った穂乃果が拓哉に質問をぶつける。

 

「ねえたくちゃん、音ノ木坂の生徒だけでもって、もしかしてここの生徒以外にもお客さん来る可能性あるって事?」

 

「ん?ああ、そうだよ。昨日のうちに先生に頼んでおいたんだ。今日の放課後から学校を一般開放してくれってな。だから呼ぼうと思えば家族とか、見学に中学生も来てくれるかもしれない」

 

「たっくん凄~い……!」

 

 やれる事は既に昨日やっておいた。

 学校のHPにも今日は放課後から一般開放されると書かれているはずだ。というか、そういう事は基本理事長にも連絡必須なので陽菜は拓哉のやろうとしている事を最初から分かっていたのだろう。

 

 

「まあ、準備ならもうできてるはずだから、あとはお前らが学校に着けば全ての準備が整うってわけだ」

 

「たくちゃんがそこまでしてくれたんだもん。絶対成功させるしかないよね、ことりちゃん!」

 

「うん!!」

 

 思わず拓哉を挟みながらガッツポーズをする穂乃果とことり。

 すると、運転している冬哉が笑いながら口を開いた。

 

「おうおう、やっぱいつも元気良いな穂乃果ちゃんとことりちゃんは!こりゃどっちが将来拓哉の嫁になるか見物だな!あ、海未ちゃんでも良いか!!」

 

「黙って運転しろやクソ親父ィ!!こんな時に何て核爆弾発言落としてくれてんだコノヤロー!」

 

 とんでもない茶々を入れてくる冬哉に対して咆哮と言わんばかりの声量で罵倒する拓哉。そうでもしないと件の女の子2人に挟まれながらいるのはキツイにもほどがあった。そして例の穂乃果とことりは顔を真っ赤にして俯きながらプシューと頭をショートさせていた。

 

 

「わ、私は別にあのその将来たくちゃんのお嫁さんになるとかそういう想像はあまりしてませんというか何なら今すぐにでもというかうちの店一緒に継ぐか将来は一軒家に住みたいなとか思ってたり思ってなかったり~……」

 

「そ、そんな……私がたっくんのお嫁さんだなんて……うぅ~……なれたらなれたで嬉しいけど、みんなの事も考えなきゃだしそうするとやっぱり一夫多妻制の法律を日本に作らせるしかないしそうだよ作らせようみんなで幸せになろうよたっくんの好きなみんなで笑って終われる結末だよ」

 

「ちょっと?穂乃果さんもことりさんも何親父と団結していやがりますのでせうか??女の子が軽々しくそういう事言っちゃいけません!!一夫多妻制とか何生々しい事この上ない発言してんだ怖いわ!!」

 

「お、学校見えたぞー。そろそろ降りる準備しとけな。俺もあとで見に行くから」

 

「テメェ元凶この野郎、何サラッと流してんだボケあとで蹴るぞバカ覚えてろよハゲ送ってくれてありがとよアホ!!」

 

「まだハゲてねえしーッ!!!!」

 

 

 

 いらぬ反論をしながら冬哉はそのまま車を階段の側まで止める。

 いつの間にか元に戻った穂乃果もことりも、着いた途端に車を降りて冬哉にお礼を言った。

 

 

 

 

「たくちゃんのお父さん、ありがとうございました!」

 

「良いって事よ。……じゃあ、行ってこい、拓哉」

 

「……ああ。行くぞ、穂乃果、ことり」

 

「「うん!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3人は走り出す。

 9人でまたやり直すために。

 

 

 

 

 もう一度、3人から始まった始まりの場所へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に講堂内には人がたくさん集まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ~、緊張する~……!」

 

「それより凛達制服のままだよ~!?」

 

「スクールアイドルらしく良いんじゃない?」

 

 その舞台裏では、にこや花陽、凛の他にも、μ'sメンバーが揃っていた。

 

「それより穂乃果とことりは間に合うのー?」

 

「絶対来ます。必ず。何せ、今のあの2人には拓哉君が付いているんですから」

 

 にこが少し焦ったように言うが、それを海未が諭す。

 

「それはそうなんだけど、私達にここまでさせておいて間に合わなかったらタダじゃおかないんだから」

 

「そうですね。拓哉君にい限ってそんな事はないと思いますが、もしそうなれば私もにこに加勢しますよ」

 

 先程と言っている事が矛盾しているようにも聞こえるが、それはただの冗談としか思えないような軽い口調だった。

 だから海未はただし、と最後に付け加えて言った。

 

 

「万が一にもそのような事にはなりません。今の拓哉君は、私でも見違えるほどに変わりました。……いえ、芯は元から変わっていませんが、その想いが以前よりも遥かに大きくなっていると感じたので、もう心配はいらないでしょう」

 

「何だか幼馴染だから分かるような物言いね……」

 

 実際そうなのだが、それ以上海未は何も言わなかった。

 そこで希があいだに入るような形で口を開く。

 

 

「言ってるあいだにそろそろ時間やけど……」

 

「……そうね、お客さんを待たせるわけにはいかないわ。海未」

 

「……来ます。拓哉君達は必ず……ヒーローはやってくるんです……」

 

 

 

 

 

 もう待てない。

 絵里がそう思った瞬間だった。

 

 

 

 舞台裏側にあるドアが勢いよく開かれた。

 

 

 

 

 

 

「ま、間に合った……!?」

 

「穂乃果ちゃん!」

 

「ことり!」

 

「まったく……本当にギリギリなんですから」

 

「ヒーローは遅れてやってくるって言うだろ?そんなもんだ」

 

 

 全員が待ちに待っていた人物達がやってきた。

 岡崎拓哉、高坂穂乃果、南ことり。

 

 

 これで揃うべきピースが全て揃った。

 

 

 

「ハラハラしたにゃ~!」

 

「もっと余裕をもって来なさいよ拓哉」

 

「これでもめちゃくちゃ急いで来たんだからな……」

 

「それじゃ全員揃ったところで、部長、一言」

 

「ええ!?……なーんてね、ここは考えてあるわ」

 

 

 いきなりの希の無茶振りを予期していたからか、にこの顔には余裕の表情があった。

 しかし、その前にとにこは口に出してから拓哉の方へと振り向いた。

 

 

「部長が言う前に、まずはμ'sの手伝いである拓哉に何か言ってもらおうじゃないの!」

 

「……なっ、俺が!?」

 

「当たり前でしょ。穂乃果とことりを連れて来るだけで役割が終わったと思ったら大間違いなんだから。ほら、早く言う」

 

 完全にあとは見守り役として脇に移動していた拓哉が驚愕の顔を浮かべる。

 でもすぐににこの意図を察した。後ではなく今言えと。全員がいるこの場所で、全員が笑顔で歌うために、僅かに残っているわだかまりをここで消滅させろと言わんばかりに。

 

 

 

「……元々は俺が原因だった。そこから全てが崩れていった。俺が辞めたせいで徐々にバランスが崩壊していった。……でも、俺が諦めてしまっても、お前達は諦めていなかった。俺がいなくてもにこ達はスクールアイドル活動をしていて、みんながみんな完全に未練を断ち切っているわけじゃなかった。俺のせいなのに誰も俺を責めずにやるべき事をして、成長していた。そのあいだにも俺は色んな人に迷惑をかけた。惨めな俺のために元気付けてくれたり諭してくれたり怒ってくれたり背中を押してくれた人がいた。……俺はもう間違えない、諦めない。俺1人じゃない、これから俺もお前達と一緒にもっと成長したいんだ。ケジメはちゃんとつける。ライブが終わってからどうとでも言ってくれていい。殴られたって文句は言わない。だから、だから!もう一度だけ俺にチャンスをくれ。みんなの、μ'sを守るヒーローとして、μ'sの手伝いに復帰させてほしい!!」

 

 

 頭を下げる。

 もう決めた事だ。守るためなら、救うためなら、自分のプライドなどどうでもいい。何が何でも、誰も悲しまないという条件だけを付け加えてプライドなんてゴミ箱に捨ててしまえばいい。

 

 

「これが拓哉の言い分よ。みんな、何か言う事はある?」

 

 にこがメンバーに問いかける。

 拓哉のμ'sの手伝い復帰についてを。しかし、賛成も反対も、誰も一言すら発さなかった。頭を下げている拓哉にはちょっとした生殺しが続いていたが、やがてにこが言う。

 

 

 

「これが答えよ、拓哉。顔を上げなさい」

 

 沈黙。それはつまり反対という事ではないのか?と思いながらもゆっくりと拓哉は顔を上げていく。

 視界に広がったのは、笑顔で拓哉を見つめる少女達だった。

 

「何も言葉だけが全てじゃない。ちゃんと顔を見れば分かるでしょ?誰も反対なんていう顔してないもの。……そもそも、アンタが辞めるって言った時に部長の私が認めてないんだし退部届も出してないのに辞めれるわけないでしょ?最初から誰もアンタが辞めてるだなんて思ってないんだから」

 

 また、胸の辺りが温かくなるのを感じた。

 戻って良いんだと、言われている気がした。

 

 

「……あれ、でも絵里は家で泣いてたって亜里沙から聞い―――、」

 

「何で拓哉がそれを……ってまったくあの子はーッ!!拓哉もそれを今言わないで!!」

 

「あ、すんません」

 

 

 いきなりの爆弾発言に絵里が若干のキャラ崩壊をしてみんなが笑っているところで拓哉は実感する。

 ああ、自分は許されたんだと。またこの輪をすぐ側から見守っていていいんだと。

 

 

 

 笑いあっていると、ステージのライトが急に薄暗くなった。

 ライブ開演直前の合図だった。

 

 

 

 

 

 そして、誰も何も言う事なく、自然に9人が片方の手を差し出し輪を作る。

 

 

 バラバラだった9つのピースが、1つの形として原型を取り戻す。

 

 

「今日みんなを、1番の笑顔にするわよ!!」

 

 

 部長のにこの一言で全員の気が引き締まるのを確認してから、リーダーの穂乃果から順番に言っていく。

 

 

 

「1!」

 

「2!」

 

「3!」

 

「4!」

 

「5!」

 

「6!」

 

「7!」

 

「8!」

 

「9!」

 

 

 

 

 

「さあ、行こう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当の意味で、9人の女神がステージに再臨する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Music:START:DASH/μ's

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか拓哉も客席の方へと移動していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すげえ」

 

 

 

 素直に感嘆していた。

 以前、初めて幼馴染の3人がここでファーストライブした時の事を思い出す。

 

 その時は客席に客は全然と言っていいほどいなかった。

 今思えば、μ'sメンバーとヒデコ達以外誰もいなかったかもしれない。

 

 

 

 

 それが今となっては。

 

 

 

 

 

 

「満員じゃねえか……」

 

 

 席が人、人、人で埋め尽くされていた。

 多分山田先生の粋な計らいだろう。客の1人1人がペンライトを持っていて、その光がまるでμ'sのメンバーを意識しているような色ばかりだった。

 

 音ノ木坂の生徒だけじゃない。一般開放されている事を知ってやってきた生徒の家族、見学しに来た中学生、その誰もがμ'sを見て心奪われていた。誰もいなかった前とは違う。満員にまでなって、仕方なく立ち見で見ている者でさえライブに熱中している。

 

 ヒデコ達も、さっき来ると言っていた冬哉も、いつの間にか一緒にいる母の春奈も、穂乃果や真姫の家族も、一緒に見学に来ている雪穂、亜里沙、唯も、どこから嗅ぎ付けたのか分からない元後輩の桜井夏美も、楽しそうにペンライトを振り回している。

 

 

 

 確実にμ'sは成長していて、だから応援してくれる人達も自然と増えて、今となっては見違えるほどに進化を見せた。

 これも山田先生だろうが、中央にはカメラがセットされていて生中継でμ'sのライブがネット配信されている。その反応を見てみると評価は上々だった。コメントのほとんどがμ'sに興味を持っていたり、μ'sが戻ってきたと喜んでいたりと、様々な反応が見て取れる。

 

 

 

 

 

(マイナスからじゃなくゼロから、今度は完璧な9人としての再スタート、か。この曲は相応しすぎるな)

 

 

 

 START:DASH。

 みんなで決めたタイトルだった。最後に拓哉が『:』を付け足して完成形となったこの曲は、きっとずっとμ'sの象徴として残っていく。何故だかそんな気がした。

 

 

 

 

 

 時間は平等に進む。

 故に、自然と楽しかったライブも終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 盛大な拍手が9人を包む中、穂乃果を中心に並んでいく。

 

 

 

 

「皆さん、今日は本当にありがとうございました!!」

 

 穂乃果が言うと、たちまち拍手と声援が大きくなる。

 それが若干静かになるまで待って、完全な沈黙となると同時に穂乃果は語り出す。

 

 

 

「私達のファーストライブは、この講堂でした」

 

 ほとんど誰もいなかったあの時のライブ。

 

「その時、私は思ったんです。いつか、ここを満員にしてみせるって!一生懸命頑張って、今、私達がここにいる。この思いを、いつかみんなに届けるって!その夢が今日、叶いました!!だから、私達はまた駆け出します!新しい夢に向かって!!」

 

 

 

 穂乃果の夢は叶えられ、また違う新しい夢へと進む。そのための断言。

 見事に満員にしてみせたμ'sならば、新しい夢も叶えてくれるのではないか。そう思った人々が、段々と歓声を上げていく。

 

 

 そして、最後に穂乃果は言った。

 

 

 

「ここに来るまで私達はずっと色んな人に支えられてきました。でも、私達を1番導いてくれたのは、この人がいてくれたからです!ねっ、たくちゃん!!」

 

 

 

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

 

 

 生配信されているカメラが、山田博子によって拓哉の方へ向けられていた。

 

 

 

「……え」

 

 

 主役であるはずのμ'sに注がれていた視線が、一気にただ1人の平凡な少年へと注がれる。

 

 

「……なっ、バッ!バカかお前は!!今俺はライブと何も関係ないだろ!?ネットに配信されてんだぞこれは!スクールアイドルでもない俺が映されてどうすんだよ!?」

 

「それでも言いたかったの!!μ'sが少し活動休止になっていたあいだ、色んな事がありましたが、こうしてまたμ'sとして歌えたのも、みんなと踊れたのも、μ'sのお手伝いをしてくれる岡崎拓哉君がいてくれたからなんです!!」

 

「名前を出す―――、」

 

「ありがと!たくちゃん!!」

 

「……はあ」

 

 

 思わず溜め息を零す。

 生配信されている状態でここまで言われたらもう何も言えないではないか。穂乃果はおそらくそこを考えて言ったんだろうが、してやられたと拓哉は思う。

 

 だが、不思議と悪い気持ちではなかった。

 

 

 

 

 最後に、穂乃果を含めμ's全員が再び客へと振り向く。

 

 

 

「それじゃ、来てくれた皆さん、配信を見てくれた皆さんも一緒にお願いします!!」

 

 

 

 1つ、仕組んでいた事があった。

 

 

 

 ヒデコ達に頼んでいたチラシや、配信するにあたって事前コメントなどで客にコールを教えて一緒にやってもらうという、とても簡単なものだ。

 それを、最後にする。

 

 

 

「せーの!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「μ's!ミュージック、スタート!!」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライブは、誰がどう見ても大成功に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方。

 

 

 

 

 

 片付けがあり帰りが少し遅くなるからと先に帰って夕飯の支度をしていた唯の耳にドアの開く音が聞こえた。

 父はリビングでテレビを見ており、母は一緒に夕飯の作っている。

 

 

 

 だから誰が帰って来たのかすぐに分かった。

 いつものように笑顔で大好きな兄を迎えにいく。

 

 

 

 

「お兄ちゃんおかえ―――ど、どうしたの、お兄ちゃん?その顔……」

 

 

ふぇふぃめ(ケジメ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、恐らく9人の女神に顔面を殴られたであろうヒーローの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?


ここまで来るのに長かった……。
1年9か月にして、ようやく1期のラストを迎えられました!大長編かよ。
感動だけで終わらせるわけがないでしょう、だってこの作品だぜ?←
タダでは終わらんよ。
そんな訳で賛否両論あるかと思いますが、ここは『彼ららしい』1期のラストで終わりを迎える事にしました。
ジョジョ風に言えば第一部、完!!

ではでは、まずここまで読んでくれた読者の皆様にはとてつもない感謝を!
こんな長い作品、しかもまだ1期という事に驚きを隠せないでしょう。だがしかし、これからもこの作品を是非ともよろしくお願いします!
皆さんの評価とご感想がある限り、作者の戦いはまだ終わらない!!

これからについてですが、2期にいく前に2回ほど休憩回を挟もうかと思っています。
主に唯編と夏美編の2つですかね。
唯編ではできれば唯のイラスト描きたい……。
それが終われば2期の始まりですぜ!!




いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、1期のラストを締めくくって新たに高評価を入れてくださった、

シャウタッタさん、十六夜鈴谷さん

以上、計2名の方からいただきました。ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!



岡崎が自ら望んだケジメなので、一応全員に殴られる事にしました。


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81.岡崎唯(挿絵あり)

どうも、今回は2期への箸休め回です。
つまり、みなさんお待ちかねの唯回(過去編)です!!


あとがきの方に岡崎唯のアナログイラストを載せますので、本当に見たい方のみどうぞ。




 

 

 

 

 

 可愛らしい、いかにも女の子の部屋ですよという感じの一室だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこでいそいそとちょっとした掃除をしている少女が1人。

 

 

 

 

 

 

 

「勉強の息抜きついでに掃除してたら止まんなくなっちゃった」

 

 

 

 

 岡崎唯。

 

 岡崎拓哉が溺愛している妹であり、唯もまた、兄の拓哉を溺愛しているという、現実的に考えると中々にあり得ない感情を持ち合わせている兄妹の1人である。音ノ木坂学院に入学するために毎日勉強していて、休日の今日もまた勉強していたのだが、頭の使いすぎは注意とも言う。

 

 だから休憩するついでに自分の部屋を少し掃除したり整理整頓などしていた。

 普段は絶対にやらないのに何故かこういう時は熱心に掃除に身が入るという人は多いだろう。もちろん兄に嫌われたくない唯は常に部屋を傍から見れば綺麗にしているが、他人と自分とじゃ感性が違う事も承知している。

 

 

 そのために今日は結構隅から隅まで熱心に掃除している。

 

 

「いつもは見ないけど、ここら辺もちょっとだけ整理しよっかな~」

 

 岡崎唯は基本必要最低限の物しか使わない人種である。だから普段使う物は1番上の引き出しやたまに使う物は2番目の引き出しに入れている。では、1番使わない、使用しない、普段見ない物は最下段に仕舞っているという事。

 

 いらない物があったら整理しようという軽い気持ちで取っ手に手を掛けてそれを開ける。

 案の定、普段は見ないような物がビッシリと詰まっていた。

 

 

「こ、こんなに入れてたっけ……」

 

 少し過去の自分の記憶を疑心暗鬼しながらも次々と中にある物を出していく。

 そんな時だった。

 

 

 

「あっ、アルバム入ってる」

 

 どこか古く感じるような分厚めのアルバムに目が入る。

 他の物とは違う、自分の思い出が一層に詰まっている大事な物だからこそ、それを手に取って捲る。

 

 

「うわ~、懐かしいな~……」

 

 ゆっくりと観賞しながらペラペラと捲っていく。両親の冬哉と春奈が息子娘を溺愛しすぎて写真を撮りまくっていたせいか、様々な写真があった。さすがに赤ちゃんの頃の写真などは両親の部屋にあるが、歩けるようになってからの写真は多々あるのが見て分かる。

 

 小さすぎてよく分からないにも関わらず冬哉ではなく拓哉の背中に着いて行く唯。

 自分の妹という事もあり背中に唯を乗せて喜ばせる拓哉。

 冬哉に肩車されて無邪気にハシャいでいる唯。

 転んで膝を擦りむいた唯を泣きそうな目で見ている冬哉と、泣いている唯をおんぶしながら歩いている拓哉。

 

 

「お兄ちゃんも小っちゃい頃は可愛いなぁ~。今も可愛いところはあるけど、どっちかって言うとカッコいい方だしね!」

 

 自分ではなく拓哉の方を見て感想を述べているのが割とガチっぽいがそこは内緒である。

 懐かしい本やアルバムが出てくるとそれを見てうっかり掃除を忘れるという事は少なくはないだろう。今の唯は完全にそれだった。

 

 

「あはっ、小3のお兄ちゃんがリレーで1位取った時のだ。手作り感満載のメダルを掲げてしてやったりなこの顔が当時の私にはカッコよくて堪らなかったんだろうな~」

 

 右手にメダルを持って上に掲げているドヤ顔拓哉に嬉しそうに抱き付いている唯の姿があった。1位をとった拓哉よりも笑顔なのはよほど兄がトップを取ったのが嬉しかったのだろう。

 

 ちなみにこういう写真は普通拓哉の部屋にあるアルバムに入っているはずなのだが、アルバムに入れる時の唯が冬哉に向かってとても無表情で「お父さん、その写真は唯のアルバムに入れてね……」と言ったのが原因だろう。その時の冬哉の顔は蒼白だったとか。

 

 唯のアルバムにやたらと拓哉の写真があるのは大体()()()()()()()()()だった。

 

 

 

 

「あ、これって……」

 

 

 はにかみながらページを捲っていた唯の手が止まった。

 ある1枚の写真だった。

 

 他の写真と比べてみても普段と何も変わらない写真に見えるが、唯にとってそれは今でも記憶の中に鮮明に覚えている。家の前でニカッと笑いながら大きな手を拓哉の頭に乗せている冬哉に、顔の所々に傷やガーゼを貼っている少しふて腐れている小学5年の頃の拓哉に、拓哉に抱き付きながら涙目になっている小学3年の頃の唯。

 

 

 普通の人が見れば何があったかは分からないだろう。

 だが唯には分かる。何故自分が拓哉にくっつきながら涙目になっているのか、何故ふて腐れている拓哉の顔に複数の傷跡や応急処置が行われているのか。

 

 

 

 

 

(上級生にイジメられてた私を、助けてくれたお兄ちゃん……)

 

 

 

 

 

 その日から、唯は余計に拓哉に対して愛情を抱くようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――いつだって、記憶は鮮明に“それ”を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はっきり言えば岡崎唯は美少女である。

 

 

 

 

 まるでそれが未来でも約束されたかのように思えるほどの容姿。

 小学生というのは色々と多感な時期でもある。

 

 幼稚園と比べれば物心はハッキリとしていて、自分の得手不得手、好き嫌い、やりたい事やりたくない事、そういうのが自分で分かってくる年頃だ。

 しかし、それと同時にやっていい事とやってはいけない事の判別がまだできない年頃でもある。

 

 自分の価値観と世間の価値観がまったく違う事に気付いていないのが何よりの証拠だろう。

 

 

 

 そして、それによって必然的に起きてしまうのが。

 

 

 

 

 

 “イジメ”。

 

 

 

 

 

 

 

 小学校、中学校、高校と、イジメの印象が強いのが大体この3つに占められる。

 そして、陰湿なイジメが多い高校や中学とは違ってクラス中で大っぴらに、それも誰が見てもイジメだと分かるような事をする子供が必ずいた。

 

 

 

 

 

 まず何故イジメが起きるのか、簡単に思い浮かべてみれば分かりやすいかもしれない。

 例えば小学生と言えば元気でありヤンチャでもあり、何より周りの生徒とよく遊ぶというのが出てくるだろう。

 

 なら、その逆を考えてみればすぐに答えは出てくる。

 簡単だ。周りよりも元気がなかったり普段暗い雰囲気を纏っていたり、大人しい性格の子。そういう子供が主にそういう対象になってしまうのだ。

 

 

 

 

 だが、岡崎唯はそれとは違っていた。

 

 別段、元気がないわけではないし、ましてや暗い雰囲気とは逆に明るい雰囲気を醸し出している。仲の良い友達とは普通に外で遊んだりもしている。

 なのに、岡崎唯はイジメを受けていた。とてもシンプルな理由で。

 

 

 

 

 

 

 嫉妬。

 

 

 

 小学生にもなれば自分がどういう類のルックスを持っているかが分かる。岡崎唯の場合、自分ではそうは思っていないが、周りからすればどう見ても可愛い分類に入る女の子だった。

 

 それ故に、同じクラスの女子からの嫉妬を無意識に買い、唯からすれば理由のないイジメをずっと受けているという事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな小学3年生の頃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休み時間の時だった。

 いきなりガタンッ!と机にぶつかる音が教室内に響いた。

 

 

 

 

『あ、ごめんねー!岡崎さんの可愛いウサギさんの筆箱落としちゃった~!』

 

 

 唯と同じクラスの女子だった。

 あからさまにわざとという事は表情からしてすぐに分かる。見た目を言えば顔は中の上辺り、上の中はある唯と比べたらどうしても見劣りはしてしまうが、普段が明るい性格のせいもあってかクラスの中では上位カーストにいる女子代表的な存在でもあった。

 

 

 

『ううん、大丈夫だよ。立花さんこそ机にぶつかって痛くなかった?』

 

 クラスの代表的存在の女子に逆らえばどうなるかは一目瞭然。今のイジメがより加速するだけ。だから唯は自分がイジメを受けていても、何も気づかないフリをしてただただ取り繕うように接する事を選んだ。

 

 あくまで笑顔で言いながらお気に入りのウサギ柄をした筆箱を拾おうとする。

 その瞬間。

 

 

 ダダダッ!と誰かの走ってくる音が近づいて来て、拾おうと屈んでいたすぐ目の前を通り過ぎた。

 落ちているウサギ柄の筆箱を物ともせず。

 

 

『ッ……』

 

『あーあ、ちょっと男子ィー、教室の中は走ったらダメでしょー!岡崎さんの筆箱まで踏んじゃってさー!!』

 

『おー悪りぃ悪りぃ!!急いでたから()()()()()()()()()()()!!』

 

 

 嘘だ。最初にそう思った。

 明らかにこれは意図的にしたものだと確信する。でなければ、立花と呼ばれた女子も、走っていた男子も、隠そうとして隠しきれてない見下した笑みをこちらに向けるわけがないのだから。

 

 

『……うん、下なんてあんまり見ないからしょうがないよねっ。それより筆箱に躓かなくて良かったよ~』

 

『『……、』』

 

 必死に取り繕うように笑う。

 それが立花という少女も側にいる男子も気に食わなかったらしい。直前まで見せていた余裕の笑顔が消え失せ、苛立ちを隠せない表情で唯を見下ろしていた。

 

 

『……へえ、じゃあごめんねー。私達今から外で遊んでくるから。……筆箱の中身、何も壊れてないか確認しときなよ~?』

 

 それだけ言って立花と男子は教室を出て行った。

 少し出て行った先を見てからゆっくりと落ちていた筆箱を拾う。

 

 案の定、上履きで踏まれたせいか少し黒くなっていた。

 軽く手ではたくも黒くなったそれは簡単に取れてはくれない。仕方なく筆箱をいつも置いている位置に戻す。

 

 

 

 今の状況を客観的に見ている人がいれば、迷わず異常だと言うだろう。教室内にいる生徒は何も唯だけではない。複数人の生徒も()()()()()()()()()()()()()()。まさしくそれこそが異常だった。

 

 あれだけあからさまなイジメの現場を見て、誰も止めず、誰も見て見ぬ振り、いつも通りの休み時間を笑顔で過ごしている。まともな人がこの中にいれば軽く吐き気を催すくらいの異様な空気が教室内には漂っていた。

 

 結論的に言うと、このクラスのほぼ全員がグル。クラスの代表的存在である立花という少女を筆頭に、大っぴらで、けれど悪質に陰湿に、そのイジメは実行されていた。クラスの人気者である立花がそうと決めればクラスの総意見はそのままその答えに直結する。してしまう。

 

 

 

 立花の意見が全て。まるでそれが当然かのように思えてしまうほど、このクラスは立花という少女に従っていた。中には不本意で唯をイジメたり無視しているクラスメイトもいる。だが逆らえない。逆らえば今度は自分がイジメの対象になるから。

 

 それが嫌だから誰も唯を助けない。かつて一緒に遊んでいた友人も当然のように唯を無視する。その事に対して唯は別に不満を持っているわけではない。普通に考えてみればその選択が正しいのだから。

 

 自分がターゲットになりたくないから見て見ぬ振り、もしくはイジメや無視に加担。それは一種の自己防衛本能でもある。だから唯にはその選択をした生徒達を責めるつもりも恨む気持ちも持ち合わせてはいない。当然の事だから。

 

 

 

 適当な本を開いて読んでいるフリをしていると、ある少女が教室内に入ってきた。いや、正しく言えば戻ってきた。

 

 

『何読んでるの~唯?』

 

 高坂雪穂。

 唯と同じクラスの女の子で、唯一クラス全員の意向に反して唯の友人であり続けてくれる大切な少女。雪穂の姉が拓哉ととても仲が良い事から、唯も雪穂と小さい頃からずっと一緒に遊んだりしてきたほどの仲である。

 

 

 

『って、何これ……』

 

 雪穂の質問に軽く答えようとした時だった。雪穂の表情が一瞬で険しくなる。

 目線の先にあるのは、少し黒ずんだウサギ柄の筆箱。

 

 

『何で唯の筆箱がこんな事になってるの……。まさか、“また”立花さん達が―――、』

 

『いいの雪穂。私は別に気にしてないから』

 

 唯は笑っている。傍から見れば笑顔でも、雪穂から見ればとても見れるような表情ではない笑顔で。

 幼稚園に行く前から遊んだりしていたからこそ分かる。唯の表情に陰りがあるのを。

 

『だって、この筆箱は唯のお気に入りだって言ってたじゃん!この前買ってもらったって、その時からずっとできるだけ綺麗に使い続けてきたのに……!!』

 

『筆箱なんて使ってればいつかは汚くなっちゃうから……。ただちょっと汚くなるのが早くなっただけだよ』

 

『でも……ッ!!』

 

 これ以上は言わないで。そんな顔をしていた。それを察してしまってか雪穂の口はそこで止まってしまう。唯の考えている事が分かるからだ。もしこれ以上言っていれば、恐らく今教室内にいるクラスメイトの誰かが立花に告げ口をしてしまうかもしれないから。

 

 そうなれば、今度のターゲットは雪穂になってしまう。下手をすれば、親友だからという理由で唯も含めて2人同時にターゲットにされてしまう可能性があるからだ。それだけは避けなくてはならない。自分のような思いを、雪穂にはしてほしくない。

 

 

『私が我慢してればいいだけだから、ねっ……?』

 

 

 理解はしても、納得だけは絶対にしていなかった。小学3年など子供中の子供だ。それでも分かる。このクラス内で行われている事がどれだけ間違っている事かを。自分の親友が誰にも相談できず、たった1人で苦しんでいるのを見ている事しかできない。

 

 雪穂は何もできない自分をぶん殴ってやりたい衝動に駆られる。自分は知っているのに、全ての元凶を知っているのに、雪穂を助ける事さえ叶わない自分に。

 

 

『ほら、雪穂も私と一緒にいたら目を付けられちゃうから、今は私に関わらない方がいいよ。また放課後一緒に遊ぼうねっ』

 

 

 唯に軽く背中を押される。もう行けと言っているのだろう。仕方なく、自分の席へと移動する。チラッと唯の方へ目をやると、唯はまた本の続きを読んでいた。それを見ているだけで苦虫を噛み潰したような思いになる。

 

 あまりにも無力すぎる自分に歯痒ささえ覚えた。苛立ちも感じる。このままにしていても唯はきっと幸せな学校生活を送る事なんてできない。むしろこの小学校での出来事を思い出したくないとまで思うようになる可能性だってある。

 

 それだけはダメだ。3年になってから6か月がたった。今は10月。立花が唯をイジメるようになったのは同じクラスになった4月から。

 つまり、6か月のあいだ、唯はずっと1人で我慢してきたのだ。誰にも相談せず、泣きもせず、誰にも気付かれず、たった1人でその苦しみに耐え忍んでいる。

 

 雪穂は思う。

 6か月のあいだ、自分は何をしてきた?どうしてきた?唯が苦しんでいるあいだ自分は何かできたか?少しでもこの状況を改善するような行動にでたか?

 

 

 

 していない。何もしていない。だから唯がイジメられているというこの状況が一片たりとも変わっていない。思い知らされる。自分の無力さを。非力さを。

 だが、もう黙ってはいられない。立花のイジメはどんどんとエスカレートしていっている。このままでは何をしてくるか分かったものではない。

 

 

 だから考える。

 

 

 

(唯を助けなきゃ……。いくら唯が大丈夫って言っても限界は絶対にあるんだから。……でも、私じゃどうにかする事もできないし……)

 

 

 小学3年の頭で考えられる事を脳内でフル回転させる。どうしたって自分1人じゃ何もできない。何か起こしたところで自分も的になるだけだ。ならどうすればいいか。元凶の相手は1人だが、その後ろにはクラスという何十人もの配下がいる。

 

 多勢に無勢とはまさにこの事だ。

 だが。

 

 

 

 

(相手はたくさんいるけど、誰も味方がいないよりかは断然良いに決まってる……)

 

 

 

 雪穂はその日のうちにそれを決行すると決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 筆箱の件のあとはそれほど酷い仕打ちはなかった。

 そのおかげで唯もまた作り笑いだけして済む事ができた。

 

 

 

 

 

『ごめん唯、今日用事あるの思い出したからまた明日ね!!』

 

『え?あ、うん。また明日……』

 

 

 お互い手を振るのを確認してから別れる。

 雪穂が真っ先に行ったのは、当然家だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、お帰りー雪穂~。今日のおやつまたお饅頭なんだよー!洋菓子が食べたいー!!……あっ、あとで海未ちゃんとことりちゃんが遊びに来るから雪穂も一緒に遊ぼうよ!残念だけどたくちゃんは今日宿題終わったらゲームするからって断られたけどねー』

 

 

 帰るや否や雪穂に気付いて声をかけてきたのは雪穂の姉である高坂穂乃果だった。

 子供特有の話してるあいだにどんどんと話題が変わっていくという典型的パターンを繰り広げながらも、雪穂はちゃんと話を聞いて好都合だと判断する。

 

 

 

 

 

『……お姉ちゃん、海未ちゃんとことりちゃんが来てからでいいから、お話があるの』

 

『?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しずつだが、確実に流れが変わり始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ただいま~』

 

 

 

 

 唯の声が家に響く。

 途端、ドタドタドタと入る音を立てながらこちらに近づいてくる足音がした。

 

 

『おう、お帰り唯。どうだ、もうすぐ俺宿題終わるんだけど、一緒にゲームでもやるか?』

 

 岡崎唯の兄にして、唯がこの世で1番大好きな自慢の兄、岡崎拓哉が笑顔で話しかけてきた。

 

 

『……うん、でも唯も宿題あるからもっとあとになっちゃうけど、それでもいいなら一緒にやりたいな』

 

 靴を脱いでから笑顔で答える。

 せっかくの兄の誘いを無下にするわけにはいかない。

 

 

『……分かった。焦らなくてもいいからな』

 

 

 笑顔で頷きながら階段を登り自分の部屋へと向かう。

 ちゃんと笑えただろうか。今日はお気に入りの筆箱を汚されたせいか、結構精神にきているようだ。張りつめた笑顔ではなかっただろうか。ちょっとした不安に駆られながらも、同時に唯はどこか期待もしていた。

 

 

 兄なら、拓哉ならこの状況をどうにかしてくれるんじゃないかと。逆境でしかないあのクラスから自分を助けてくれるんじゃないかと。しかし、自分の問題に大好きな兄を巻き込みたくないという気持ちもある。だからずっと拓哉にも黙っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……、』

 

 

 

 

 

 

 

 そんな中、岡崎拓哉は唯が去って行った階段をずっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 唯の笑顔に、何か違和感を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の休み時間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あっ……』

 

『あちゃー、ごめんねー岡崎さーん!躓いてお茶零しちゃった~!!』

 

 

 

 

 運動場から帰ってきた立花がわざとらしく唯の机の側で躓くフリをし、既に次の授業のノートを開いている唯の机に水筒に入っているお茶を零した。

 

 

 

『でもわざとじゃないから許してね!!好きでお茶を零すわけなんてないしー!』

 

 そう言いながらも立花はまだ倒れている水筒を拾おうとすらしない。トクトクと未だに零れているお茶を出さないように唯が水筒に触れようとした途端、その手を立花が弾いた。

 

 

『ごめーん、この水筒お気に入りだから触らないでほしいんだよねー。ほら、岡崎だけに、おかざ菌がうつったら嫌だし~!!』

 

 教室内に、主に男子の笑い声が響いた。もう、わざとだと自分から言っているようなものだ。陰湿なイジメから、大胆なイジメに変わる。

 

 

『た、立花さん……さすがにそれはやりすぎなんじゃ……』

 

 そんな時、クラスメイトの1人の女子が静かにそう言った。それを聞いた瞬間、教室内の笑いは収まり、立花の笑顔が一瞬で険しいものとなる。

 

『……何?やりすぎって何が?私はただ躓いてお茶零しただけだし?ちゃんと謝ったし?ああ、おかざ菌の事?そんなのただの冗談に決まってるじゃん!ねえ、みんな~』

 

 一瞬の沈黙のあと、そうだそうだという声が次々と聞こえてくる。ただし、先程とは違って数人の女子は黙ったままだった。その誰もが、かつて唯の友人であり、一緒に遊んでいたはずのクラスメイト達。

 

 女子の声が明らかに少なくなったと感じ取った立花は機嫌を悪くしたまま、黙っている女子達に言った。

 

 

『なーんで黙ってるのー。もしかして今黙ってる子達って岡崎さんと()()()()()()()()なのかなー?』

 

 誰が聞いても分かる脅しだった。これ以上唯の味方をするなら、今度は一緒の目に遭わせるぞという脅し。それは嫌だ。そう思った女子数人が口を開こうとした時。

 バァンッ!と誰かが机を叩く音がした。全員の視線がそこへ向けられる。

 

 

 雪穂だった。

 

 

 

『……いい加減にしなよ』

 

『……何が?』

 

 すぐに誰に向けて言っているのか理解した。

 立花はそう確信を持ちつつ、わざとらしく雪穂に聞く。

 

 

『唯をそんな風に扱って何が楽しいの?誰かをイジメて楽しい?楽しいのは唯をイジメてるあなた達だけだよ。唯の気持ちなんてこれっぽっちも分かってないくせに!!』

 

『はあ?イジメてなんかないけど?そう見えるだけでしょ?勝手に決めつけないでよ。私はちゃんと謝ってるし、冗談が通じないわけじゃないでしょ?まさか高坂さんって私達が岡崎さんをイジメてると勝手にそう思い込んで言ってきたわけ?何それ、ショックだなー』

 

『笑って謝ってるくせに何が“ちゃんと”なの。言葉の意味くらい辞書で調べたらどう!?冗談だってそう……言っていい事と悪い事くらい分かるでしょ!!みんなの笑い者にされて、それで唯が本心で笑ってるとでも思ってるの!?』

 

『雪穂……いいよ、そんな……』

 

 唯が雪穂を止めようとするが、雪穂の中にあるモノが爆発してしまった以上、それはもう止められない。

 

 

『唯は優しすぎるんだよ!こんなヤツらのされるがままにされてちゃダメなんだよ!』

 

『こんなヤツらって、私達の事?勝手に決めつけてきたのはそっちじゃん。どっちがヒドイかなんてみんな分かってると思うけど。先生に言い付けるよ?』

 

『どうぞご勝手に。それであなた達が悪いって結果になればもう好きにはできなくなるしね。……何で唯をイジメるの?唯があなた達に何したっていうの?何もしてないでしょ?……ネットで調べた事あるけど、イジメって嫉妬からくるものもあるんだって。唯が可愛いからって嫉妬でもし唯をイジメてるなら、立花さん。あなたは顔だけじゃなくて性格も心もブスだよ』

 

『ッ!!』

 

 

 立花の顔が怒りで染まった。表情ですぐそれを察した。言われるまでもない。雪穂に図星を言われたからだろう。3年になるまでは知り合いですらなかった立花が、何の接点もない唯に嫉妬を感じたからイジメ始めた事を。

 

 

 

『もういいよ雪穂!私は、大丈夫だから……』

 

『唯……でも……』

 

『……もう許さない』

 

『『え?』』

 

 

 とても小学3年生の女の子が放つ声ではなかった。その声は低く、どす黒い何かを彷彿とさせるような、そんな禍々しささえ感じるほどのもの。

 

 

『このままで済むと思ったら大間違いだから……。私を怒らせた事、絶対に後悔させてやるんだから』

 

 それだけを言い残し、立花は教室を去って行った。

 休み時間はもうすぐ終わるのにどこへ行ったかは分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、教室内は物凄く沈黙で包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の最後の休み時間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 チャイムが鳴ると同時に教室を出て行った立花をよそに、珍しく教室にクラスの生徒がみんな残っていた。

 先程の事を思い出すと、外に行こうとすら思えないのだろう。

 

 あまりにも異様に感じる雰囲気。

 今までとは違う。誰もが笑っているわけじゃない。誰もが立花に対して恐怖しているのだ。今まで立花があんなに怒った事はない。なのに怒らせた。という事は、何をしてくるか誰も分からない。

 

 

 

『……私、トイレ行ってくるね』

 

『え?あ、うん……気を付けてね』

 

 ある意味においてクラスの中心にいる唯は雪穂にそれだけを言って教室をあとにする。

 異様な雰囲気にあてられたという事もあるが、教室にずっといれば気分が悪くなりそうだったからでもある。

 

 

 

 

 

 

 トイレを済まし、ハンカチで手を拭きながら廊下を歩く。

 

 

 

『お兄ちゃん……』

 

 

 ハンカチを見ながら呟く。

 そう、このハンカチは兄の拓哉から貰ったものだ。

 

 少ない小遣いを貯めて貯めて、唯の誕生日の日に拓哉が誕生日プレゼントとしてくれたのがこのハンカチだった。今唯の宝物は何かと問われれば、間違いなくこのハンカチだと即答するだろう。

 

 

 

 

『え……?』

 

 

 

 そんなお守り代わりのハンカチを持ったまま教室に戻ると、そこに雪穂はいなくて、代わりに立花とその周りに何人かの見知らぬ男子生徒がいた。

 唯を見つけるや否や立花は不敵な笑みを隠そうともせずに指を指してきた。

 

 

『あいつだよ、お兄ちゃん。あいつが私の事を悪く言ってきたんだ!』

 

『……ぁ……え……?』

 

 何がどうなっているか理解するのに時間が足らなかった。

 クラスの生徒は黙りながらでもみんないる。ただし雪穂はいなくなっていて、代わりに立花とその兄と思われる男子と他数名の男子生徒。

 

 

 完全に理解してはいないが、これだけは言える。

 自分は今、絶望的な状況にいると。

 

 

『お前か、優香を勝手に悪者にしようとしてるヤツってのは。ああん?』

 

 立花の兄であろう男子生徒が唯に近づく。名札を見てすぐに分かった。この男子生徒は6年で、名を立花翔太というらしい。おそらくさっきの休み時間に立花優香が6年の教室に行って兄に言い付けたのだろう。

 

 それで立花翔太が仲の良い数人の友人も一緒に連れてきた、という事だろう。はっきり言って、これはとてもまずい。先程立花優香はこのままで済むと思ったら大間違いだと言っていた。

 

 

 即ち、何をされるか想像もつかない。

 

 

『人の妹を侮辱するなんて、ちょっと反省してもらわないとなあ?』

 

 見ただけで分かる。この立花翔太という男子、小学6年にしては身長がでかい。しかもそれなりに体がゴツく、顔も小学生にしては厳つい。

 そう、立花優香が何故いつもあれだけ調子に乗るか、優位に振る舞う事ができるのか、全ては立花翔太にあったのだ。

 

 

 小学生にしてはでかい身長にゴツい体をしていて厳つい顔付き。それだけで小学校で有名になるのは必然的だった。

 故に、誰も逆らえない。立花翔太にも、その妹である立花優香にも。逆らえば、怒らせれば、必ず立花翔太がでてくるから。

 

 

『言っとくけど俺は年下の女子相手でも容赦はしないからな?』

 

『やっちゃってお兄ちゃん!容赦ないお兄ちゃんかっこいいー!!』

 

 この光景を見てると、さすがにクラスメイトは全員黙っているだけだった。当然、誰も助けてはくれない。元からそんな期待もしていなかったが、雪穂もいない以上、孤独感はいつもより増し増しになっている。

 

 

 思わずグッと拓哉から貰ったハンカチを握りしめる。

 

 

 

 

 

 その行為が、間違いだった。

 

 

 

 

 

『んぁ……?なあ、見てみろよ。こいつ今更ハンカチなんかご丁寧に持ってるぜ!!』

 

 立花翔太の周りにいる同じ6年の男子生徒の発言。そのせいで全員の視線が唯のハンカチへと向けられた。慌ててハンカチを直そうとするが、立花翔太に気を取られ過ぎて周りを見ていなかった。

 

 

『はいもーらいっ!』

 

『あッ……!?』

 

 立花優香がすぐ側まで来ている事に気付けなかった。

 大事なハンカチを取られてしまう。

 

 

『何このハンカチ。ダサーい!』

 

 上に掲げてみんなに見せびらかすようにして笑う立花優香。

 これでまた全員を味方につけようとしていたのだろうが、そこに思いがけない声が入る。

 

 

 

 

『ダメぇッ!!』

 

 

 岡崎唯本人の声だった。

 思わず全員が黙ってしまう。この6か月、唯がこんな声を出した事は一度もなかったから。今までどれだけイジメを受けていても耐え忍んでいたのに、ハンカチを取られた途端にこの動揺。

 

 

 それがいけなかった。

 

 

 

『……なるほどぉ、このハンカチってアンタにとってそれほど大事な物なんだ~……』

 

 まるで瀕死状態の獲物を見るかのような目で唯を見る立花優香。

 これまで動じなかった唯がこれほどまでに動揺しているのを見ると、このハンカチを取って正解だったと確信する。数人の6年男子に言って唯の動きを止めた。

 

 

 

 そして。

 

 

『でも私はこんなダサいハンカチいらないし~。じゃあいらない物は捨てていいわけだし~。なら捨てていい物はどう扱っても良いわけだから~……』

 

『それだけはやめて……返して……!!』

 

 

 わざと、動けない唯に対してチラつかせるようにハンカチを左右に揺らす。必死にすがるようにそれを見る唯を見て、思わず悪趣味な笑いが込み上げてきそうになるのを押し留めてから。

 

 

 

 

 

 

 

『どうせ捨てるハンカチならいっその事汚くしちゃえばいいよね?はい、お兄ちゃん』

 

 

 とても簡単に、とても嘲けながら、手に持っていたハンカチをヒラリと落とした。

 重力に従って落ちたハンカチを拾おうと必死に抵抗する唯だが、6年の男子数人に押さえられていたら動けないのは当然だ。

 

 

 

 

 だから。

 

 

 

 

『ああ、じゃあせめて床掃除でもして役に立たせてやるかー!!』

 

 

 

 足でそれを踏み、ぞうきんで床を拭くように、唯にとって拓哉から貰った大事なハンカチで床を拭いていく。

 

 

 

『ぁあ……ああぁ……ッ!やめて……やめてよ……ッ』

 

『ええ?何て~?聞こえな~い』

 

『やめてェェェえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!』

 

『うるさッ』

 

 

 絶叫するも、それは決して立花優香には響かない。

 逆に余計行動を悪化させるだけでしかない。

 

 ハンカチを床で拭くのを止めて、6年の男子が笑いながらハンカチを地団太を踏むかのように何度も何度もそれを繰り返してく。

 

 

 

『ぁぁ……あ……お願い……っ。やめ……あぁ……おにぃ、ちゃん……お兄ちゃん……助けてよぉ……』

 

『あっはっはっはっはっはッ!!何だこいつ!いきなり助け求め始めたぞ!お前も兄貴がいるんだな~。どんなヤツだよ?4年か?5年か?6年か?まあどれでも俺の相手にはならねえけどなあッ!!』

 

 

 唯を見下しながらハンカチを踏むのを止めない。

 それどころか盛大に笑いながら続けている。他の6年男子も、立花優香も。

 

 

 

 

『たす、けて……お兄ちゃん……!』

 

 

 

 

 

 

 だから。

 気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『無理だっての!!んな事言ったって誰もお前を助けに来ねえよ!!お前は1人なんだからなあッ!!』

 

『女子如きが6年の俺達に逆らおうったって無理なんだっつうの!!諦め―――、』

 

 

 

 

 

 ゴグシャアッ!!と。

 奇怪な音がした。

 

 

 

 

 

 

 

『…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あ?』

 

 

 

 

 後ろにいた友人の方へ視線を向けると、そこに友人はいなくて、代わりに見知らぬ男子生徒が立っていた。

 そして、そこにいたはずの友人が壁際まで飛ばされて鼻血を出しているとこまで確認して、理解が追いつかなかった。

 

 

 

 

『唯!!』

 

『唯ちゃん!』

 

『唯ちゃん大丈夫!?』

 

『大丈夫ですか!?』

 

 

 次に教室の扉を見ると、これまた見知らぬ女子生徒が4人いた。

 

 

『こう、さか……ッ!』

 

 自分の妹が知っているという事は、3年と書かれている名札をしている生徒は妹と同じクラスという事。他の女子生徒の名札には5年と書かれている。そのうち2人は同じ『高坂』と書いてある事から姉妹だという事は分かった。

 

 

『ぶば、が……ぁッ……!?』

 

『ッ!?』

 

 女子生徒の方に気を取られ過ぎていた。

 さっき見知らぬ男子生徒がいた場所にはもう誰もおらず、岡崎唯を押さえていたはずの友人がまた吹っ飛ばされていて、岡崎唯ももうそこにはいなかった。

 

 

『ぅ……ひっく…おにぃ、ちゃ……ッ』

 

『……行動が早いなあオイ』

 

 岡崎唯は既に教室の扉側まで移動させられていた。5年の女子生徒に囲まれて守られている。

 そして、その女子生徒全員を守る形で前に立っている男子生徒が1人。

 

 

 その生徒は静かに口を開く。

 

 

 

『元々唯の様子がおかしい事には気付いてた』

 

 

 同時に。

 拳も握り締める。

 

 

『昨日雪穂が穂乃果達に言ったらしい。唯を助けたいと。そして穂乃果達から直接今日聞いた。唯が今まで何をされてきたのかを』

 

 

 岩のように、固く握りしめる。

 怒りをできるだけ抑えるために。

 

 

『ったく、穂乃果達を巻き込みたくないなら分かるけど、兄の俺にまで気を遣うなっつうの。迫真の演技すぎて俺でも気付けなかったしな。おかげで俺は今とてつもない怒りの衝動に駆られてるよ』

 

 

 誰に対して言っているのか、立花兄妹にはよく理解しきれなかった。

 ただ、この生徒が岡崎唯の兄であるという事だけは分かる。

 

 

『妹がこんな目に遭っているのに気付けなかった自分への怒りと、唯にここまでの事をしたテメェらにな……。とりあえず、タダで済むと思うなよ』

 

 

 その言葉を聞いて、立花翔太の左右に複数の男子生徒が集まる。

 これから起きる事はもう雰囲気で分かる。

 

 

 小学生同士だからといって、可愛い喧嘩になるとは思えない。

 だが、多対一である事実は変わらない。5年の男子生徒が勝てるとは到底思えない。

 

 

 

 

 

 

 

 だから。

 なのに。

 

 

 

 

 

 

 

 岡崎拓哉の目に敗北の文字は浮かんでこない。

 何はどうあれ、この6年の男子生徒は唯を泣かせた。

 

 雪穂から事前に聞いていた立花優香という女子生徒も唯を泣かせた。

 

 

 ならば。

 やるべき事はただ1つ。

 

 

 

 

 

『唯を……』

 

 

 

 

 

 

 目の前のクソヤロー共をぶちのめすだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『唯を泣かせるんじゃねェェェえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幕は切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、ああ……ぁぅあ……ッ!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立花優香はシンプルに怯えていた。

 

 

 

 

 絶対に勝つと思っていた。

 だが、最後に立っていたのは岡崎拓哉だった。

 

 

 

 

 

 多少の傷はありながらも、5年の生徒が6年の生徒を複数も相手に、しかも1番でかくて力もある兄にも勝ってしまった。

 怒りのままに拳を振るい、殴られても倍返しするかのように足で蹴り上げ、自分諸共頭突きをして、6年全員を沈ませた。

 

 

 

 

 

『……、』

 

『ひッ……!?』

 

 

 少年がこちらへ向いた。

 見られただけでこの怯えようだ。それほど喧嘩は凄まじいものだったと思わせられる。

 

 

 

『……俺はさ、唯を泣かせたヤツなら、それが例え女子だろうと容赦しねえって決めてるんだ』

 

 

 その言葉の意味をそのまま汲み取る。

 つまり、自分もあそこで唸っている兄達のようになると言われているようなものだった。

 

 

『ご、ごめん、なさい……!もう、しないから……岡崎さんをイジメるなんて事、もう……しませんから……だから、ゆる―――、』

 

『許さねえよ』

 

 

 言い切る前に、希望は断たれた。

 

 

『テメェらが唯にした事は暴力なんて優しいものじゃない。ずっと心に残り続けていく傷なんだ。6か月もそんな事をしておきながら、いざ自分が不利になったら許しを乞うなんて、都合が良過ぎると思わねえか?』

 

『ぅ……あ……』

 

 言葉が言葉として出てこない。

 まともな判断ができなくなっている。目の前の恐怖が全てを支配してしまっている。立花優香は本能的に感じた。絶対に怒らせてはならない者を怒らせてしまったと。

 

 

『これがテメェらが引いた引き金だ。ならその結末も自分(テメェ)が受け入れろ』

 

 

 

 拳を握った少年がゆっくりと歩み寄ってくる。

 誰も止める者はいない。当然だ。殴られて当たり前の事をしてきたのだから。共犯者はクラス全員。だけど元凶を叩かないとまた唯へのイジメが起きてしまう可能性もある。

 

 そんな簡単な事くらいはまともな判断ができなくなっている立花優香でさえ分かっていた。

 分かっていて、逃げられない。

 

 

 

 拓哉が拳を振り上げた。

 

 

 

 

 その直後。

 

 

 

 

 

 

『何をしてる!?』

 

 

 

 初めてこの“問題”に教職者が入ってきた。

 

 

 

『……先生』

 

『騒ぎを聞いて来てみれば、一体何が起きてるんだこれは!?何故3年の教室に5年や6年の生徒がこんなに……いや、それより倒れてる生徒をどうにかしないと!!』

 

 1人来ればまた1人と、次々に騒ぎを聞きつけた教師がやってくる。そしてこの状況を見ては驚愕していた。やってきた教師が最終的に目線を向けたのは、顔などに多少の傷が見える岡崎拓哉。

 

 

『どういう事だ岡崎!あとで職員室に来なさい!!きっちり説明してもらうからな!!』

 

『あ、あの、先生!これには理由があるんです!』

 

『……理由だって……?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、職員室に呼び出しを受けた拓哉とそれに着いてきた唯達に、元凶の立花優香、それに先程まで唸っていた6年の男子生徒数人。

 

 

 

 

 

 雪穂が大方の事情説明をしてくれたおかげで穂乃果達の説教はなしで済んだが、立花優香を含む男子生徒数人と、拓哉まで飛び切りの説教を喰らっていた。

 理由としては、いくら何でもあれはやりすぎだという事らしい。教師としては喧嘩両成敗としてのつもりだろうが、拓哉はまったく納得していなかった。

 

 

 

 妹がイジメられて何もしないような兄の方がおかしいだろとずっと抗議を続けていた。先生も事情が事情なだけに怒りたくはないが、6年男子のケガの度合いがそういう領域を超えていると思ったからの説教だ。

 

 

 何とか許しを得たが、そのあとに親が呼び出しを喰らって来たのは岡崎冬哉だった。何度も頭を下げさせられて、余計に機嫌が悪くなっていく拓哉を見て唯は苦笑いをせずにはいられなかった。

 

 立花優香もこれ以上唯にちょっかいをかけるのは絶対に辞めると言ったから、もう大丈夫だとは思うが、最後に職員室を出る際に拓哉は教師陣に向けてこう言った。

 

 

 

 

『大事な妹を泣かされて黙ってられるほど、俺は甘くはないので』

 

 

 それを聞いて冬哉はがっはっはと笑いながら拓哉の頭に手を置いた。

 

 

『確かにこいつはやりすぎたかもしれませんが、兄として間違った事はしてないんで、そこは目を瞑ってやってくださいな』

 

『は、はあ……』

 

 

 言うだけ言って職員室をあとにした拓哉達をよそに、職員室内はしばらく沈黙で包まれていたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ごめんな、唯』

 

『え?』

 

 帰宅途中の事だった。

 

 

『俺がもっと早く唯の状況に気付けていればよかったのに』

 

『そんな……お兄ちゃんのせいじゃないよ!唯だって気付かれないようにしてたから、お兄ちゃんは何も悪くないもん!』

 

 家族といる時だけ自分の一人称が名前になっている事については何も言わないでおこう。

 とにかく、この兄妹は今、まったく必要のない事で口論している。

 

『でもお前が苦しんでるのに兄の俺が気付けなかったんだぞ!?そんなの唯が許しても俺が許せねえよ!!』

 

『それどうしようもないじゃん!!』

 

 

 せっかく問題が解決したのにわざわざぶり返す兄妹に冬哉は苦笑いしながらもそれを1歩引いたところから見守っている。

 息子娘の成長を見守るのは、いつだって親の仕事なのだ。

 

 

 

 

 

『……まあ、長い時間たってしまったけど、もう大丈夫だからな』

 

『……うん。あっ……でも唯、お兄ちゃんに謝らなくちゃいけない事があるの……』

 

『何だ?』

 

 思い出したように表情を暗くする唯。

 

 

 

『唯の誕生日にお兄ちゃんがハンカチくれたでしょ?でも……それを捨てられちゃって……ごめんなさい……唯の宝物だったのに、守れなかった……』

 

 

 拓哉が助けに来る前、立花達にボロボロにされて最終的にゴミ箱へ捨てられてしまったハンカチ。あれは唯にとってとても大切な宝物であり、お守り代わりでもあった。それをめちゃくちゃにされ、あまつさえ捨てられてしまった事に罪悪感を抱く。

 

 

 

 でも。

 だけど。

 

 

 

 

『ったく、そんな事かよ。聞き入って損したわ』

 

 

 あっけらかんと拓哉は言い放ってしまった。

 まるでそんなのどうでもいいと言っているかのような雰囲気で。

 

 

『なっ……何でそんな事言うの!?お兄ちゃんから貰った唯の宝物なんだよ!?それなのに―――、』

 

『だったら俺がまた唯に何かやるよ』

 

『……え?』

 

 思わず唯の足が止まる。

 

 

『この前ゲーム買ったからまたお小遣い貯めなきゃいけないけど、貯まったら唯に何か買ってやるよ。誕生日だからとかそういうのじゃない、正真正銘、俺からの特別プレゼントだ!どうだ、嬉しいか!!』

 

 

 夕陽をバックに仁王立ちしている拓哉は、おそらくヒーローの真似をしているっぽいが、まだまだ子供なので冬哉からは見栄を張っているだけにしか見えない。

 だけど、拓哉よりも歳が下の唯にはまさしくヒーローそのものにしか見えていなかった。

 

 

 

『……うん……うん!!嬉しい!!』

 

 

『よーし!じゃあ俺のお小遣いが貯まるまで一緒にゲームして遊ぶぞー!!』

 

『おー!!』

 

『ゲームしてるだけじゃお小遣いは貯まらないぞ~と、聞いてないな』

 

 

 2人して帰りの道を走っていて冬哉の声に聞く耳を全然持っていない。

 

 

 

 

 

 

 けれど、それで良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それこそが、何気ない日常に戻った証拠なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日から、唯の永遠のヒーローは岡崎拓哉だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い過去でもあるが、同時に明るい過去になったのも周りのおかげだし、何より拓哉のおかげだった。

 最後に家で撮った写真を見つめてからアルバムを閉じる。そういや写真を撮る時、顔にあるガーゼが気に入らないとまた機嫌が悪くなった拓哉と、その事にまた罪悪感が蘇って涙目になった自分を思い出し笑みを零す。

 

 

(ほんと、懐かしいな~)

 

 

 

 掃除はもう終わりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一息するためにリビングへと移動すれば、そこにはソファで寝転びながらテレビを見ている兄の姿があった。

 

 

 

 

 

「テレビ見てるの、お兄ちゃん?」

 

「んあ?見りゃ分かるだろ妹よ。お兄ちゃんは今傷を癒しながらバラエティの勉強をしている最中なのです」

 

「ふーん」

 

 麦茶を飲み干してから拓哉のいるソファへ移動する。

 そっと拓哉の顔を覗き込めば、顔にガーゼや絆創膏を貼っている兄がいた。何でも拓哉が通っている音ノ木坂学院のスクールアイドル、μ'sの手伝いをしていたが、色々とトラブルがあったらしく、最終的にケジメとして9人の女神から顔面を殴られるという事で収束をつけたらしい。

 

 

 その姿はまるで、あの日の事を思い出す。

 

 

 

「……ふっふーん♪」

 

「……あの、唯さん?何でいきなり膝枕をしていらっしゃるのでしょうか?」

 

「私の気分だよ~。頑張ったお兄ちゃんにちょっとしたご褒美です~」

 

「なるほど、これでお兄ちゃん一気に回復しそうだわ。何ならもう今ガーゼ外しても問題ないたっ、痛い、やっぱダメ。まだヒリヒリする!膝枕続行な!」

 

「はいはい♪」

 

 

 昔の事を思い出してしまうとついつい兄を甘やかしてしまう。

 別にそれについては嫌だとも思っていない。むしろ自分から進んで甘やかしたいほどだ。

 

 

 

 

 

 

 自分のヒーローが大好きな兄という事実に、何とも言えない高揚感さえ感じる。

 あの頃から唯の拓哉を見る気持ちが少しずつ変わっていった。

 

 兄妹という枠を超えたいとさえ思った事もある。

 兄妹以上の気持ちを持って、だけどそれを抑えて接する。それにはもう慣れたが、如何せん拓哉自体が物凄いシスコンなせいで唯も過剰なブラコンを発揮できているのだ。

 

 何かあれば愛を囁いてくるものだから、唯も拓哉にちょっとしたラブ発言をしても何ら違和感がないという奇跡的なオチになる事がずっと続いていた。

 

 

 

 

 

 

 つまり、何が言いたいかと言えばだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん」

 

「んー、何だー」

 

 

 

「多分私は世界の誰よりもお兄ちゃんの事が大好きだよ」

 

「そう言ってくれるのは唯だけだよマジで。俺も大好……愛してるまである」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと、お互いが気付かなくてもいいこのやり取りをずっとしていたいと、唯は思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(兄妹っていうのは最大の壁だけど、それと同時に1番好きな人と側にいられるっていうのも悪くないよね♪)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これからもずっと、唯は兄妹以上の想いを兄にぶつけながら幸せに生きていく事は、間違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?

箸休め回のはずが、17000文字オーバーとかまじワロエナイ。
今回は本編2話から今までずっと溜めてきた唯の伏線回収をしました。何故岡崎へ異常な愛情があるのか、またはブラコン気質なのか。

あんなイジメを受けて助けられたらそりゃそうなりますよね←
書いてて途中胸糞悪いこと悪いこと。
まあ、だからこそ最後はスッキリと!!

次回は後輩、桜井夏美編(過去編)です!!


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価を入れてくださった


ダディエルさん


1名の方からいただきました。ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!


では、これが岡崎唯のイラストです。こんな妹が欲しかった……。
※自己責任で見て下さい。ノークレームでオナシャス。

【挿絵表示】


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82.桜井夏美

どうも、リアル超絶多忙により投稿遅れました。
今回は桜井夏美編です。


では、どうぞ。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1人の少年と9人の少女達が部活から帰っている時の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来ちゃいましたっ☆」

 

「どこから湧いてきた帰れ」

 

 

 

 

 

 

 桜井夏美が待ち伏せしていたかのように道のど真ん中で立っていたのだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、結局のところどこから湧いて出てきた。ゴキブリホイホイなら道に仕掛けてないはずだが」

 

「ゴキブリじゃないので引っかかりませんよ」

 

 

 

 

 

 とりあえず近くのファストフード店に寄る事にした。

 

 

 

「じゃああれか、寄生虫か。誰かに付き纏ってないと気が済まないヤツか。ならせめて頼りになる寄生虫になってから出直して来い。まだ頭が良い分ミギーの方が頼りになるぞ」

 

「それ寄生獣じゃないですか」

 

 意外と詳しいなこいつと思いながらも拓哉は本気で何故夏美がこっちに来たのか思案する。

 すると、花陽が小さな挙動で携帯を取り出すのが見えた。

 

 

「あの……今日夏美ちゃんが来るって私に連絡してきたんです……。つ、伝え忘れててごめんなさい……!」

 

「ほらー!ちゃんと行くって連絡はしてたんですしあたしは悪くないと思いまーす!責めるなら花陽ちゃんを責めるべきだと思うんですけど、そこら辺先輩はどう思いますかね??」

 

「ぐぬぬ……」

 

 明らかに返しあぐねている表情の拓哉がいた。正直、普段弱気な花陽相手には強く当たれないのが拓哉である。

 というか数少ない癒し要素をふんだんに持っている花陽には常に優しくありたいと思っているからこそ、余計にこの夏美の煽りに上手く言葉を返せないでいた。夏美は夏美でそれを知ってて言っているのだろう。

 

 

「それに先輩、あたしにそんな事言える立場なんですか~……?」

 

「あん?」

 

 意味深に、腹の立つような顔でこちらを覗き込んでくる夏美。

 ニタリと笑っている彼女に拓哉は何か“そういう事”があったかと記憶を巡る。

 

 

 が、拓哉が答えを見付ける前にあっさりと夏美は言った。

 わざわざ真正面からテーブルに前のめりになって拓哉の耳にコッソリと呟くように。

 

 

「……先輩がμ'sの手伝いを辞めてた時の事」

 

「なッ」

 

 文字通り、言葉を失った。

 それと同時に思い出す。

 

 あの時拓哉は桜井夏美という少女に間違いなく救われた。直接的ではなくとも間接的に。『岡崎拓哉』という『人物』が(ヒーロー)に戻るまで、もとい『完成形(本物のヒーロー)』になるまでに、間違いなく桜井夏美はその一連に携わっていた。

 

 しかも、元に戻ってからμ'sのメンバーがどこにいるのかさえも教えてくれたのが彼女だ。

 その時、自分は何を思っていたか。その後、どういうやり取りをしていたか。

 

 

 μ'sが復活ライブをした日。

 拓哉は自分を助けてくれた人に感謝の言葉や連絡をしていた。

 

 

 

 

 

 例えば、どこかの後輩に今度何か礼でもするとメールを送っていなかったか……?

 

 

 

 

「……あー」

 

「ふふん、思い出したようですね~。つまり今!先輩はあたしに強く物言いできないという事です!」

 

「えーと……これはどういう状況なのかな?」

 

「あたしと先輩の立場が逆になったと思っていただければ問題ないかと!」

 

 現状に着いていけてないμ'sの面々を代表して穂乃果が聞いた。

 夏美の答えを聞くなり、どういう経緯があってそういう事になったのかは不明ではあるが、とりあえずそれで納得する事にした。

 

「問題大アリだけど、今だけは苦虫を100匹嚙み千切る思いで納得するしかないな……」

 

「どんだけ嫌なんですかッ!」

 

「嫌でしかないっつうの!!お礼はすると言ったが俺は何か奢るとかそういう感じとしか思っていない事を忘れるな!」

 

「奢ってもらうのはまた今度にします~!今日は他の事で先輩のお礼をもらいに来たんです~!!」

 

 

 何気に1つだけじゃないお礼という事実爆弾を放り投げてきたが、今の拓哉にそれほどの余裕はなかった。

 

 

「他の、お礼だと?」

 

 聞くと、夏美はえっへんと言いそうな顔をしてから席を立ちあがる。10人全員いるのを再び確認して、満足そうに座った。

 

「ですです。これは先輩と、μ'sのみなさんがいないと意味がない事なので」

 

「嫌な予感しかしないんだが」

 

「先輩にとってはそうですね。何せ、中学の時のあの出来事について話そうと思ってるんですから」

 

「……、」

 

 

 

 空気が変わった。瞬時に穂乃果達は理解する。

 主に拓哉の雰囲気がおふざけモードから一転、少し鋭い目付きになっていたから。

 

 

「……桜井、お前、それ本気で言ってんのか?」

 

「本気も本気、超本気です。あたしもμ'sのみなさんと仲良くなってきたし、そろそろ良いんじゃないかと思ってたんです。それにこういう事を話す機会って、先輩が納得せざるを得ない状況じゃないとできませんし」

 

 絶望的な窮地に立っている時に夏美と会って説教された。それがとても意味のある出来事だったのは分かっている。だから珍しくも自ら礼をするとまで言ったのだ。

 しかし、それを良いように使われてしまった。あんな時に助けられたから、今の拓哉は夏美にあまり逆らえない事になっている。

 

 

「やっぱ性格悪いわ、お前」

 

「褒め言葉として受け取っておきます、先輩♪これだけはどうしても先輩の許可が必要だったので」

 

 

 2人だけにしか分からない会話。

 2人だけにしか分からない雰囲気。

 2人だけにしか分からない記憶。

 

 少し、穂乃果達の中で何かがモヤッとした感覚に襲われた。

 それが嫉妬という感情なのだと、誰が気付いて誰が気付いてないかとか、そういう問題ではない。モヤッとした時点で、この空気は穂乃果達にとって危険だと知らせているのだから。

 

 

「……そ、それでさ!結局夏美ちゃんは何を話してくれるのかなっ?」

 

「拓哉君はあまり気乗りしていないように見えますが……」

 

「……中学時代はあまり良い思い出ばかりじゃないし、何なら今から桜井が話そうとしてんのは俺の中学時代の中で1番嫌な思い出の話だからな」

 

「なるほど、だから拓哉君はちょっとムスッとしてんねんな~」

 

 頬杖をついて明後日の方向を見ている拓哉に苦笑いをしながらも、中学時代のその出来事を気になっているのが穂乃果達の心情だ。拓哉が1番嫌な思い出だと言うほどの事が起きた。その事実がどうにも気になって仕方がない。

 

「ふふん、やはり皆さんも気になってるご様子……。では、さっそく本題に入りましょう!」

 

「何で乗り気になってんだお前は……」

 

「そりゃずっと話したかったからに決まっているでしょう!先輩は嫌な思い出とか言ってますけど、あたしにとっては先輩と知り合った記念すべき日なんですからっ!」

 

「何であの日お前に関わってしまったのかとあの時の俺に24時間問い詰めたいところだけどな」

 

「それ1日ずっとだにゃ」

 

 凛のツッコミはとりあえずスルーしておく。

 拓哉にとって1番嫌な思い出。その時に夏美と知り合ったという事は、やはりこの2人には何か他とは違う出会いがあったという事。拓哉にとってはマイナスだが、夏美にとってはプラス。

 

 2人が感じている捉え方がまったく違っていて想像もつかない。

 

「それに、あたしと先輩の出会いを、μ'sの皆さんにも知っておいてもらいたくて……せっかくお友達になれたので」

 

 ふと、柔らかい笑みを夏美はした。

 そこにあざとさはなく、ただ想い人との出会いを懐かしむような少女にしか見えなかった。

 

 

 

 

「……ったく、好きにしろ」

 

「ふふっ、素直じゃないんですから先輩は。正直に今の皆さんになら話しても大丈夫だろって言ってみたらどうですか?」

 

 悪態をつく拓哉に対して微笑みかける夏美は、傍から見ればまるで頑固親父に笑いかける妻にも見える。息が合っていないようで実は合っていて、悪友コンビに見えなくもない……?

 

 

「じゃ、じゃあそろそろ聞かせてもらおうかなっ。ね、夏美ちゃん!」

 

「?そうですね、では馴れ初めに入りましょうか」

 

 コホンと1つ咳払いをして切り替える。

 周りが騒がしいファストフード店の中だが、拓哉達がいる場所だけ数秒の沈黙があった。

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

「あたしが女子と男子数人に襲われそうになっているところに、先輩が来てくれたんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中学1年の頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中学生にもなれば自分の容姿や性格、周りでの立場を自覚できる頃でもあるだろう。

 例えば。

 

 

 

 

『やっぱあたしって可愛いよね』

 

 

 

 こんな風に。

 

 

 トイレで1人、鏡を見ながら呟いたのは桜井夏美という少女だった。

 まるで再確認するように自分の顔を見る。

 

 何度見ても鏡に映っているのは紛れもない美少女だと確信する。

 自分を見て可愛いと思うのは些か疑問であるが、傍から見ても可愛いのは認知されているからどうしようもない。

 

 

『だってみんなあたしの言う事聞いてくれるしね~』

 

 事実、そうだった。

 中学生男子というのは思春期真っ只中という事もあり、可愛い女子がいれば自然とその周りにはすり寄ってくる男子がわんさかいる。

 

 この子に気に入られようと思って勝手に頑張るのだ。中学生といえどまだまだ子供。思考は結構単純で、女子の言う事を聞けば自分は気に入られると思い込み、結果的には爆死する。だが、他の女子とは違って桜井夏美は少し違った。

 

 

 桜井夏美の場合は、まず男子を爆死すらさせない。自分の言う事を聞いてくれる男子を1人でも多く獲得し、1人として逃がさない。言う事を聞かせるために、少し可能性をチラつかせながらずっとその男子達を生殺ししていくのだ。

 

 その結果、今現在も桜井夏美を取り巻く男子は1人として欠けてはいない。

 休み時間になる度に、男子の集団は桜井夏美を取り囲む。勝手に荷物を持ったり周りを警戒しながら歩いたり、まるで執事のように、SPのように、奴隷のように。自分からそれを望んで行動する。

 

 マンガによくある学園のマドンナの周りに常に存在している取り巻きのように。現実でそれを見てしまえば、誰もが異常だと思うだろうが少し違う。夏美と同じ1年の生徒は男子の集団を見た瞬間に桜井夏美の男子か、という共通認識がいつの間にかできていた。

 

 だから1年のあいだではそれほど騒ぎにもならない。これが日常とでも言うかのように。

 

 

 

 だが実際。

 夏美をもてはやす男子の集団がいれば、必然的に対照的な集団が出来てしまってもおかしくはない。

 

 

 

 

 

 

『桜井、見ーつけたー』

 

『……えっと、何かな~?』

 

 トイレを出れば、いたのは同じクラスの女子数人だった。見た瞬間に分かった。この表情、明らかに友好的な感じには見えない。

 いつも男子にしている作り笑顔でわざとらしく微笑むも、さすがに女子相手には通じないらしい。余計機嫌が悪くなったように見える。

 

 

『ちょっと来なさい』

 

 そう、もてはやしてくる男子がいれば当然、それに嫉妬する女子もいる。自分も女子なのに自分じゃない女子にばかり男子が群がっていく。普通に考えれば、それは嫉妬するには十分の理由になる。

 

 もし仮に、女子の中に夏美に群がっている男子を好きな子がいれば、もはや勝ち目などない。

 だから、こういう手段をとった。

 

 

 

 せめて渦中にいる元凶を貶めるために。手段は問わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

『アンタさ、ここんとこ最近調子乗ってない?』

 

『別に~、あたしは調子乗った事ないから分かんないな~』

 

 連れて来られたのは一目の少ない体育倉庫裏だった。イジメや喧嘩、そういう事をするのにはまさに定石といった場所。そんなところに連れてこられても夏美の態度は変わる気配がなかった。

 

『嘘も程々にしなよ。自分の良いように男子をこき使って調子に乗ってないとでも?』

 

『そんな事言われてもぉ~、男子がみんな勝手に言う事聞いちゃうんだから仕方ないじゃーん』

 

『……私達にまでそんなくそあざとい態度しなくてもいいんだけど』

 

『あたしあざとくなんてないし~。これが素だし~♪』

 

 次第に女子達の顔が険しくなっていく。

 これが素のはずがない。完全に演じて作られているモノだと分かる。同じ女子だから、こんなマンガ紛いの性格なはずがない。

 

 

『そろそろいい加減にしないとさあ、どうなるか分かんないよ』

 

 明らかな忠告だった。これ以上はふざけるなと。それ以上とぼけるなら、それ相応の処置をとる他ないと。

 それでも。

 

『何がいい加減なのか説明してくれないとあたしどうすればいいか分からないよ~』

 

『ッ!!いい加減にしなさいよ!アンタがそんな態度ばかりするから私の好きな人もアンタに取られ―――、』

 

『それがどうしたの?』

 

『…………は?』

 

 

 あくまでキョトンとした顔で、桜井夏美は言った。

 

 

『あたしがどんな態度をとろうがあなた達には関係ないよね?あなたの好きな人があたしに取られた?違うよね、あなたはその男子とは付き合ってないよね。ならあなたにとやかく言われる筋合いもないよ。それに、自分の好きな人なら自力で振り向かせようと思わないの?それが恋でしょ?そんな事もできずにあたしを責めようとしてるならさ、あなたって小さい子だよね~。器的に』

 

『ぐ……ッ!!』

 

 言われた女子が口籠る。

 それつまり、図星を突かれたから。想い人を振り向かせるのは運だけではない。自分の努力も必要なのだ。なのにそれをせずただ元凶を叩こうとしているだけというのは、そんなの努力でも何でもない。

 

 ただ逃げの暴力を正当化させようとしているだけに過ぎない。

 そんなヤツに桜井夏美は負けない。たとえどれだけあざとくても、男子達に見せている顔は嘘つきだらけだとしても、何も努力せずにただ傍観しているヤツとは違う。気に入られたいために自分を磨いてきたのだから。

 

 

 

 

 

 だから。

 なのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まあ、アンタが素直に謝るとは思ってなかったからいいよ』

 

『謝る必要がないからね~』

 

『だからさ、私達も手段は選ばない事にしたから』

 

『…………は?』

 

 

 

 言った直後だった。

 

 

 物陰から3人の男子が出てきた。

 でも他の男子とは違う。見た目が明らかに中1という感じではない。

 

『ほら、小学校中学校って基本生徒はそのまま繰り上がるでしょ。だから私って結構今の中3とかにも知り合いとか多いんだよね』

 

 見た感じ、中3で間違いないだろう。リーダー格の少女の見た目は今時のギャルっぽい雰囲気をしている。という事はその少女の知り合い、しかも中3男子は必然的に“そういう”男子が多いだろう。部活をしているからかガタイもゴツク見える。

 

 

『へえ、結構可愛いじゃんこの子。まじか~、心痛むわ~』

 

『……?心が、痛む……?』

 

 1人の男子が言った言葉に疑問が浮かぶ。何となく嫌な予想はしているが、それを自分で認めたくないために。

 夏美の不安な疑問に対して、完全に人を見下しているかのような表情でリーダー格の少女が言った。

 

 

 

 

『分からない?アンタはその顔で男子達にチヤホヤされてるんだよ?だったら話はとても簡単なの。……チヤホヤされているその顔自体を壊しちゃえばいいんだよ』

 

 

 ゾクッと、背中に激しい悪寒が走るのを感じた。

 ここで初めて桜井夏美の表情に焦りが出始める。要は人気のない場所に連れ込み男子が女子に殴打を繰り返す。

 

 

『大丈夫、せめて体は綺麗なままにしといてあげるから、その分顔の形くらいちょっと変わっても平気でしょ?いつもアンタがやってる表情を振りまいてれば周りの男子も変わらずチヤホヤしてくれるさ』

 

 だから黙って殴られろ。そう言われているような気がした。

 異性では言えないような事でも、それが同性なら容赦なく言える。言ってしまえる。

 

 

『さあ、せっかくの昼休みが終わる前にちゃちゃっとやっちゃってよ』

 

『女を殴るのは趣味じゃねえけど、まあ恨むなら自分の顔と今までの行動を恨んでくれや』

 

『ッ……』

 

 

 ジリジリと近づいてくる男子から逃げようと後ずさるも、逃げられはしないだろう。もし走って逃げたとして、女子と男子では当然走りの速さが違う。それも相手が3年なら尚更だ。

 

 小学生のイジメとは違う。

 回りくどい事などしない。直球に、直接に、真正面から、堂々と、相手を絶望に落とす。

 

 

 

 それがこの少年少女達のやり口だった。

 

 

 

 

 

『精々鼻が折れる程度済むように祈っときなよー』

 

 

 

 

 男子の手が伸びてきた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『男女で寄ってたかって1人の女の子に手ぇ上げるたあ、恥ずかしくねえのかお前ら』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声は、桜井夏美の背後から聞こえた。

 全員の動きが一瞬止まり、視線が一斉に声のした方へ注がれる。

 

 

 

 

 

 

 そこから出てきたのは、茶髪のツンツン頭をした1人の少年だった。

 

 

 

 

 

『見たところ男子のアンタらって3年だよな?ダメだろ~、上級生が下級生に暴力しようだなんて。しかも女の子にって、アンタらそれでも男かよ』

 

『いきなり出てきて何言ってんだお前?関係ねえだろ。さっさと失せろ。今なら巻き込まずに済ませてやるよ』

 

『確かに関係ねえけどさ、だからって女の子が危険な目に遭いそうになってるのを見捨てるわけにもいかねえだろ』

 

 相手が3年だろうと決して臆しはしない。むしろ食って掛かるようにさえその態度は明らかだった。

 まるでそういう事をするのに慣れているかのような冷静な喋り方をしている。

 

 

『やめときなよ。どうせアンタもそいつに振り回されるだけなんだから、疫病神に関わってケガするより無視して平和な日常に戻っちゃえば?』

 

『そうしたいのは山々だが、何分それができない性格なんだよ俺は。だから悪いけど関わらせてもらうぞ。この子がどういう子かは分からねえけど、危険に晒されてんならそれを助けるのが俺の役目だ』

 

『あくまでカッコつける気かよ。じゃあどうなろうが文句は言うなよ。今か―――、』

 

『おっと、まずはどうして俺がここにいるのかを疑問に思わないのか?』

 

『……あ?』

 

 言われて、初めて疑問を持った。

 そういえばそうだ。元より人目のつかない場所を選んだのに、この少年は目の前にいる。普段なら誰もいないはずの場所で。

 

 

 

 

 

 それは何故だ?

 もし、何かしらの理由でここにいるのだとしたら?

 もし、誰かに追いかけられている最中だとしたら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いや~、実は授業中寝てるのを説教されて今先生に追われてんだよね~。場所も既にバレて次にどこ逃げようか迷ってる途中なんだよ。そんな拍子にアンタらを見つけたから丁度良いな。先生の標的を俺からアンタらに優先させれば俺のお咎めはなしって事だ』

 

 笑って言う少年に対し、3年男子と夏美の同級生はそれどころではなかった。

 もしこんな現場を見られれば、言い逃れはできない。確実に黒と思われ職員室に呼び出しを喰らうに決まっている。そんなのは御免だ。

 

 

『おっ、きたきた。先生ーこっち来てくれー。何やらイジメの現場とやらを押さえたぞー』

 

『チッ!行くぞ!!これじゃどうしようもねえ!!……テメェの顔、覚えたからな。これからいつものように過ごせると思うんじゃねえぞ!!』

 

『いやそれかませのセリフじゃね』

 

 少年が先生が来たと言った途端、慌てたように去っていく少年少女達。さすがに教師がいるとダメなようだ。

 最後に何かを言っていたが、対して気にはしていなかった。

 

 

 

 ここにきてようやく、桜井夏美は正気を取り戻す。

 もちろんこの少年の事など一切知らない。身長的にも2年と見ていいだろう。そんな少年が自分を助けてくれた事実に、未だ現実味を感じられないでいた。

 

 

『おーい、大丈夫かー?』

 

 そんな時、不意に少年から声をかけられてハッとする。

 

『……え?ぁ、ああ、はいっ。あれ?そういえば先生は……?』

 

 一応質問に答える。それから思い出した。先生が来ると言っていたのにその先生が未だに来ないのだ。

 それに対し少年はあっけらかんと言う。

 

『ああ、ありゃ嘘だ』

 

『……はい?』

 

 一瞬、何を言っているか分からなかった。

 

 

『先生なんて来ねえよ。何なら追いかけられてもないし授業中寝てもいない。……さっきの授業はな。まああれだ。ああしないとあいつらは去ってくれないと思ったまでだ。作戦成功ってやつだな』

 

『あの短時間で、そんな事思い付いたんですか……?』

 

『いや、一応考えてたよ。お前があいつらと一緒に人気のないところに行くのが見えたから怪しいと思って後を着けさせてもらった。だから話も全部聞かせてもらったよ。お前がどういうヤツなのかとか、あいつらが何をしようとしていたのかも。俺の読みは正しかったみたいだ』

 

 最初からこの少年はいたのだ。

 桜井夏美を助けるという前提を掲げながら話を聞いていた。ある意味夏美の自業自得でもあるのだが、それとこれとは違う。

 

 

『お前は間違ってない』

 

『え?』

 

『何も努力せずにただ結果だけを欲しているヤツなんかよりも、お前みたいに自分の魅力を最大限に活かして努力しているヤツの方が全然良いって事だよ』

 

『……、』

 

 何だかくすぐったい気持ちになった。

 自分でもああは言ったが、誰かにそう言ってもらうのではまた違う。

 

 

 ここで夏美はふと思い出す。

 そういえば、この少年は自分の顔を見ても何も動じたりしていないではないか。いつも周りにいる男子なら、自分を見ればすぐに血相を変えて近寄ってきて意味のない奮闘をするのに、この少年はまるで年下の女の子と喋っているだけの感覚で話している。※事実、間違ってはいない。

 

 

 

 いつもと反応が違うからだろうか。

 何故か興味が惹かれた。

 

 

 

 

 ならば、試してみよう。

 

 

 

 

 

『……あのぉ~、助けていただいて本当にありがとうございましたぁ!あたしぃ、もう凄く怖くて~どうしようかと思ってたんですよぉ~』

 

『そうか、まあ無事で何よりだ。んじゃ休み時間も終わるし俺は行くわ』

 

『そうですかぁ、分かりました~、ではで……は?』

 

 

 

 今、この少年は何と言った……?

 

 

 

『いや、だから俺はもう戻るって』

 

『あ……あれれ~……?』

 

 

 まさか、この少年には効いていない?普通の男子ならコロッと落ちるような声音やしぐさで言っても、まさかの動揺の「ど」の字すら見せなかった。

 

『あ、あの、先輩……?あたしを見て、その、何か……思いませんか?』

 

『え?……ああ、頑張って可愛い自分演じてんなあって事か?あ、そろそろ戻らねえとマジでやばい。じゃあな』

 

『……、』

 

 

 

 さっさと助けて、さっさと言って、さっさと去って行ってしまった少年を見て、夏美はただ茫然と立ち尽くしていた。

 下手すると、殴られるよりも精神的ダメージの方がでかいかもしれない。

 

 

 

 

 

 でも。

 だからこそ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『あの人の事……もっと知りたい……』

 

 

 

 

 

 

 近づきたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とまあ、こんな感じであたしと先輩は知り合ったんですっ」

 

「へえー、でも思ってたより普通だなーと思ったのは私だけかな?」

 

 

 ポテトを口に含めながら穂乃果が言った。

 それに答えるように拓哉がストローを咥えながら言う。

 

 

「問題はそのあとだよ。何故かこいつが次の日からずっと付き纏ってきて鬱陶しかった。周りにいた男子共もいなくなってたらしいし」

 

「興味を持ったら徹底的に調べて近づくのがあたしなので☆」

 

「確かに……」

 

 μ'sと知り合った時も穂乃果達の事を調べていた事を思い出す。

 そんな事を思いながら、ふと疑問に思った真姫が口を開いた。

 

 

「ねえ、そういえば拓哉の中学時代の1番嫌な思い出とか言ってたけど、夏美と知り合ったそれだけで嫌な思い出になったの?」

 

「ああ、それは違うよ真姫ちゃん。あたしが先輩に付き纏うのも後日からだけど、起きた事はそれだけじゃなかったんだ」

 

「というと?」

 

「あたしと先輩に因縁をつけてきた人達がね、先生には知られないようにほぼ全校生徒にあたしと先輩を無視するようにって言って回ってたんだよ」

 

 唐突なブラック発言をあっさりと言う夏美に、もはや深刻を通り越して驚くだけのμ'sの面々がいた。

 

「……まさかそれって、ずっとなの、たっくん……?」

 

「ああ、すげえよな。綺麗にみんなスルーしてくるもんだから誰の仕業かすぐに分かったよ。でも元々友達も少なかったし、数少ない友達は変わらず関わってくれたおかげもあってか中学時代は普通に過ごせた」

 

「先輩、あたしの名前言い忘れてません?」

 

「ある意味お前が元凶だろうが」

 

 

 

 拓哉の意外な過去を知る穂乃果達だったが、やはりリーダーでありカリスマ性に溢れた穂乃果の一言は、拓哉の心に簡単に虚を突いた。

 

 

 

 

「で、結局のところ、たくちゃんはその時いつも()()()()()()()夏美ちゃんの事をどう思ってたの?もちろん、マイナス方面以外でね」

 

 

 

 

 

 全員の視線が拓哉に注がれた。特に桜井夏美本人は食い入るように目をキラキラと輝かせながら。

 そして、観念したように拓哉は溜め息を吐きながらも言い切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……感謝はしてた」

 

 

 

 

 

 

 

「……~~~~~~~ッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、変に照れ臭そうにしている先輩と、隠さずに赤面しながら悶絶している後輩の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?

今回はみんな大好きあざとい後輩桜井夏美でした。
唯編とはまた少し違うイジメをテーマにしてみました。年齢を重ねるにつれ、そういうのは過激になっていくものです。
でもそれをさせないのがヒーローなのでね?

次回からはアニメ2期の方へ入っていきますよ!!
最近リアルが忙しすぎて更新が不定期になりがちですが、週1は絶対に更新しますので!!


いつもご感想高評価ありがとうございます!!

では、新たに高評価をくださった


ちゃんモリ相楽雲さん、由夢&音姫love♪、Yukitoさん


計3名の方からいただきました。ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!



何気にイジメに近い扱いを受けていた岡崎兄妹であった。


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第2期
83.第二幕




どうも、何とか火曜に間に合いました。
今回から2期のスタートです!





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 講堂。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこに生徒全員が集められていた。

 

 

 いわゆる全校集会というやつである。

 そんなに生徒数も多くないこの音ノ木坂学院だからこそ、体育館ではなく講堂ですっぽりと生徒を収める事ができる。

 

 

 

 

 今も座っている生徒達は、舞台に立っているこの学校の最高位に値する理事長の話を黙って聞いていた。

 

 

 

 

「音ノ木坂学院は、入学希望者が予想を上回る結果となったため、来年度も生徒を募集する事になりました」

 

 

 そこから話されるは、この学校に存在するあるスクールアイドルの活躍あっての結果だった。

 

 

「3年生は残りの学園生活を悔いのないように過ごし、実りのある毎日を送っていってもらえたらと思います。そして1年生、2年生はこれから入学してくる後輩達のお手本となるよう、気持ちを新たに前進していってください」

 

 

 本来なら音ノ木坂学院はこのまま廃校となって新しい生徒が入ってくる予定はなかったはずだった。

 しかし、そんな話すらなかったかと思ってしまうくらいに入学希望者が多くなり、こうしてまた平穏な学園生活を送れる事となる。

 

 

「理事長、ありがとうございました。……続きまして、生徒会長挨拶。生徒会長、よろしくお願いします」

 

 

 司会と書かれた紙を机の前に貼り付けて座っている原村ヒデコがマイクを通して進行を務める。

 生徒会長と呼ばれ、生徒側が座っている席から1人、立ち上がる者がいた。

 

 

 

 

 金色の髪を靡かせ、ポニーテールにまとめていて凛とした表情を見せながらも穏やかな表情は崩さない。

 誰もが知っている理事長とはまた違う学校の顔、絢瀬絵里。

 

 普通なら生徒会長は舞台袖から出てくるものだが、絵里は生徒側の席から立っている。

 そう、()()()()

 

 

 別に新学期というわけではない。強いて言えば、衣替えである。

 前までは白いカッターシャツの制服だったが、今では全員が春に着ていた群青色のブレザーを着ている。だから全校集会もこの日にやっていた。

 

 そして、衣替えと共に変わるものもあった。

 生徒会の引継ぎ。

 

 

 前期の生徒会から後期の生徒会に変わるのも今日からなのだ。

 つまり、絢瀬絵里はもう生徒会長ではない。だから一般生徒が座っている席にいた。

 

 

 

 では、何故絵里は立ったのか。

 理由は簡単。

 

 後期の生徒会長を、前期の生徒会長だった自分が出迎えてやりたいから。

 たとえそれがたった1人でも、自分だけは新しい生徒会長を拍手で迎えたい。そんな思いからの拍手を絵里は舞台へ送る。

 

 

 

 

 

 

 そして。

 1人の少女が舞台袖から現れる。

 

 

 

 

 茶髪のサイドテールが特徴的な少女だった。

 傍から見れば堂々と歩いていて緊張している様子もまったくと言って皆無にも思えた。

 

 その少女は舞台中央へと移動すると、そのまま用意されていたマイクの前に立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、こんにちは!」

 

 

 その瞬間。

 その生徒会長を知っている生徒達から歓声があがる。

 

 知っているのだ。

 その生徒会長がどういう人物なのか。何を成した人物なのか。

 

 

 

 

 

「この度、新生徒会長となりました。スクールアイドルでお馴染み……私、高坂穂乃果と申します!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音ノ木坂学院に存在するスクールアイドル、『μ's』。

 その発起人として、リーダーも務める人物。

 

 

 

 

 新生徒会長、高坂穂乃果だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その様子を舞台袖から見つめる幼馴染、園田海未、南ことりともう1人いた。

 

 

 

 この音ノ木坂学院唯一の男子生徒であり、μ'sに手伝いとして部活に所属して、高坂穂乃果達の幼馴染でもある我らが主人公。

 

 

 

 

 

 

 

 岡崎拓哉が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いや、何で生徒会じゃないのにここにいさせられてんの俺」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇―――83話『第二幕』―――◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うあぁ~……疲れた~……」

 

「お疲れ様、穂乃果ちゃん」

 

「生徒会長挨拶ってライブとは全然違うね……緊張しっぱなしだったよ~」

 

「でも穂乃果ちゃんらしくて良かったと思うよっ」

 

 

 

 無事に全校集会も終わり、生徒会室に俺達は戻ってきていた。

 何だろう、こういう1人語りも何故か久しぶりに感じてしまうのは時の流れか。

 

 

「どこが良かったんですか!せっかく昨日4人で挨拶文も考えたのに!」

 

「ごめん~……」

 

 思えば昨日穂乃果の家でわざわざ今日言うはずの挨拶文を考えてたんだった。

 それなのにこいつときたら盛大にマイクを上に投げて華麗にキャッチしたと思ったらそのまま硬直状態である。無駄に余計な事するからド忘れするんだよ。綺麗に金縛りあったみたいに固まりやがって。

 

 

「とにかく!今日はこれを全て処理して帰ってください!」

 

「こんなに!?」

 

 そう言うと海未は大量の資料ファイルらしきものを穂乃果の前に置いた。

 何これやべえ。生徒会長こんな事もしなくちゃならんのか。これじゃあれだ、ただの社畜じゃん。生徒会長って社畜体験するための役職だったの。ブラックかよ。

 

「それにこれも!」

 

「……『学食のカレーがマズイ』、『アルパカが私に懐かない』、『文化祭に有名人を』、『何かあれがあれなのであれしてください』、『男子1人じゃ肩身狭いので1人だけのVIP教室を所望する。何なら家まで送迎してくれる車も欲しい』……何これ……」

 

「一般生徒からの要望です」

 

「無茶振りすぎるの多くない……?ていうか最後のって絶対たくちゃ―――、」

 

「なるほど、アルパカが懐かないのはよろしくないな。アルパカは音ノ木坂のマスコットみたいなもんだし是非みんなに懐いてもらいたい。こうなればみんなでどうすればアルパカを懐かせるか議論するしかないな」

 

「海未ちゃん、たくちゃんがめんどくさい」

 

「知ってます。というか拓哉君の要望は却下です」

 

 何この幼馴染達、俺に対して扱いが酷くない?めんどくさくない人間なんていないんだよ?もしそんなのがいたらそれはただのロボットか洗脳された何かだよ?つうか何気に俺の要望却下されて激おこぷんぷん丸なんだが。

 

 

「というか海未ちゃんも少しくらいは手伝ってくれてもいいんじゃない!?海未ちゃん副会長なんだしー!」

 

「もちろん私はもう目を通してあります」

 

「じゃあやってよー!」

 

「仕事はそれだけじゃないんです!あっちでは校内に溜まりに溜まった忘れ傘の放置、各クラブの活動記録もほったらかし!そこのロッカーの中にも3年生からの引継ぎのファイルが丸ごと残っています!」

 

「うわぁ……」

 

 思わず声に出してしまった。

 イメージ的に生徒会って強キャラ感出して椅子に座っているだけってのが俺の中にあったんだけど、それはやはりマンガやアニメの中だけなのね……。現実まじ厳しい。

 

 ……いや、というか絵里はこんなにもある作業を並行しつつ廃校をどうにかしようと奮闘してたのか?そう思えばあいつってやっぱすげえな。穂乃果の混乱ぶり見てたら絵里の凄さがよく分かる。

 

 でも忘れ傘の放置とか活動記録放置とかはどうにか出来なかったのか。やり残してるけどもう時期があれなんで後期の生徒会に任せまーすとかそんなんだったら前期生徒会の人達まじ許すまじ。

 

 

「生徒会長である以上、この学校の事は誰よりも詳しくないといけません!」

 

「でもぉ……4人いるんだし、手分けして―――、」

 

「ことりは穂乃果に甘すぎます!」

 

 …………ん?

 その前にだ。まず大前提を思い出せ岡崎拓哉。ことりは今4人いるんだしと言った。だが違う。事実上でも現実でもそれは違うと俺は断言してやろう。

 

 

「いやいや待て待て。流れでずっといたけどさ、お前らはそうでも俺ってばまず生徒会に入ってないじゃん。挨拶の時も何故か舞台袖にいたし、今考えれば俺必要ないよね?生徒会は生徒会の人が仕事するのが普通だものね?というわけで拓哉さんはここいらでおいとまさせていただいでもよろしいでせうか?」

 

 瞬間。

 生徒会室が静寂に包まれた。キョトンとした表情で俺を見つめてくる3人。おかしい事は言ってないはずだが……。

 

 

「いやいや、生徒会じゃなくてもたくちゃんは私達のお手伝いしてくれるでしょ?」

 

「いざという時でなくとも拓哉君は私達と一緒にいる事を宿命付けられているのです」

 

「たっくんはいつも私達と一緒だよ。幼馴染だもんね♪」

 

 うーん、この幼馴染共。思っくそ俺をこき使いまくる気満々だなオイ。ことりでさえ俺への優しさの欠片もないんだが。まだ学生なのに今の内から社畜精神を植え付けるつもりか生徒会。

 

「生徒会の仕事は生徒会がやるもんだろうが。……部外者の俺が手伝ってしまえば後々問題があっても俺は責任取らんからな」

 

「やったー!遠回しに手伝ってくれるってー!」

 

 ちくしょう……何でいつもいつも俺は最後にこいつらに甘くなっちまうんだ。何も良い恰好したいわけでもない、むしろこいつらには他の人よりも醜態を晒してるから今更良い恰好したところで何もないのだが。うん、言ってて悲しいね。

 

 

「ただし、俺が手伝うのはいざって時だけだ。それ以外は自分でしろ。もちろん今目の前にある作業もな」

 

「あぅー……生徒会長って大変なんだね~……」

 

「分かってくれた?」

 

 その時、会話を聞いていたのか、タイミング良く生徒会室に入ってきた人物がいた。

 

 

「絵里ちゃん!」

 

「頑張ってるかねー、君達ー」

 

「希ちゃんも!」

 

 絢瀬絵里と東條希。

 前期の生徒会長と副会長であり、2人はスクールアイドル『μ's』にも所属している。どっちもプロポーションは抜群だ。主に胸が。

 

 

「大丈夫?挨拶、かなり拙い感じだったわよ?」

 

「えへへ~、ごめんなさい……それで今日は?」

 

「特に用事はないけど、どうしてるかなって。自分が推薦した手前もあるし、心配で。拓哉は頑なに拒否してきたけどね」

 

「当たり前だ。生徒会とか面倒くさいにもほどがある。俺は一度きりの高校生活を青春と堕落の2色で埋めると決めたんだ」

 

「相容れなさすぎな2色じゃないかしらそれ……」

 

 絵里と希に副会長にならないかと言われたが、俺は断固拒否していた。生徒会って放課後やらを使って色々しないといけないんだぞ。μ'sの手伝いならまだしも、放課後を生徒会のために使うなんて絶対に嫌なのだ。

 

 部活がない時は速攻家に帰って堕落し、部活がある時はそれなりの青春を謳歌する。そう決めたのだ。それ以外は妥協しない。許さん。俺の平穏な日常を崩す者は木端微塵にしちゃうぞ☆

 

 

「だから拓哉君の代わりに私が副会長に押し付けられたのですが」

 

「バッカお前、穂乃果のサポートならお前しかいないって相場で決まってるでしょうが。そして穂乃果とお前を裏からフォローするのがマイラブリーエンジェルことりってのが定石なの。俺は陰からお前らを見守りながら寝転んで煎餅食ってる父親的存在なの、オーケー?」

 

「やっぱり堕落してるじゃないですか」

 

 ふむ、言われてみれば確かに。自分でも気づかないうちに堕落しているとはさすが俺、もはやプロの領域にまで達しているのかもしれない。これは一級堕落検定取れるか。取れない。

 

 

「明日からまたみっちりダンスレッスンもあるしね」

 

 昨日まで生徒会の引継ぎやらで穂乃果達2年と絵里と希と何故かおまけで俺も付き添いで色々とやっていたせいか、部活の練習は少な目だったのだ。だから一応今日でひと段落着いた事だし、明日から本格的に部活に集中できるだろう。

 

 今思えばあれだな、何だかんだで俺まで何回も付き添いとして振り回されてるところを考えると、俺は既に社畜として大分鍛えられているのかもしれない。無自覚社畜属性とか誰得だよ。……将来の企業得ですね、大変ありがとうございました。働きたくねえ……。

 

 

「カードによれば、穂乃果ちゃん生徒会長として相当苦労するみたいよ~。あと拓哉君も苦労するみたいやから頑張ってね~」

 

「えー!?」

 

「いや何で生徒会じゃない俺が穂乃果と同じくらい苦労するんだよ……」

 

 部外者と言ってもいい俺まで苦労するとか堪ったもんじゃない。もしそうなら時給発生させてくれ。労基に訴えるぞ。バイトじゃない時点で勝ち目はありませんでしたひゃっほう。

 

 

「だから2人とも、フォローしたってね」

 

「気にかけてくれてありがとうっ」

 

「いえいえ、困った事があったらいつでも言って。何でも手伝うから」

 

「何故か無関係の俺が巻き込まれてる件で困ってるんですがどうすればいいですかね」

 

「諦めなさい」

 

 なるほど、言うだけならタダとはまさにこの事だな。聞くとは言ったが助けるとは言ってないってか。俺の味方はいないのか!だが俺は諦めないぞ。絶対面倒事から回避してやる。俺が諦めるのを諦めろってな。ナルト最終回良かったよね。アニメは終わる気配皆無だけど。

 

 

 

「たっくんはずっと私達と一緒だもんね~……♪」

 

「お、おう……」

 

 ちょっとやだ何この子。笑ってるのに笑ってない。天使が堕天使になったのかと思った。リトルデーモン的な何かを感じたぞ一瞬。いやリトルデーモンって何。ヤンデレってこういう事を言うのかなー。

 

 

 最近穂乃果達9人からこういう言葉をよく聞くが、一体どういう事なのだろうか。あの一件以来、特に穂乃果、海未、ことりの視線がよく俺に集中している時が多いと思う、多分。

 

 短い時間ではあったが、物理的にも精神的にも離れていた距離が確かにあったせいか、それを埋めようと穂乃果達がやけに俺と一緒にいようとしている節がある。何ならこいつら俺の家に迎えに来るまである。メイドかよ。

 

 俺のせいでもあるから一概に拒否するわけにもいかない辺り、中々言いづらい。いや、可愛い女の子達が一緒にいてくれるのは健全男子でもある拓哉さん的には大歓迎なのですが、周りの視線がどうしても気になってしまうのだ。

 

 一応こいつらは学校を代表するスクールアイドルなわけで、そして俺はμ's復活ライブの時に生配信で存在を晒されてから顔も知れ渡ってしまったし、そんなスクールアイドルとその手伝いをしている男子が仲良く一緒にいてくっついていたらそりゃ視線も釘付けになるわで……。

 

 

 初心な拓哉さんは恥ずかしいのでありますことよ。

 

 

「「「♪」」」

 

 幼馴染3人が笑顔で俺を見ている。

 ……まあ、嫌われるよりかは全然マシだし良いか。

 

 

 

 

 

 

 ただ顔の目元を曇らすのはやめような。ヤンデレチックになって寒気するから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「風が心地良い季節になってきたな」

 

 

 

 

 

 俺は中庭で1人自販機で買ったカフェオレを一口飲んでからそんな事を呟いた。

 

 

 衣替えという事もあり、季節的にも既に秋と言っても過言ではない時期だ。というか秋だ。読書(マンガ・ラノベ)の秋だ。暑くもなく寒くもなく、丁度いい温度のこういう時期が1番好きなのである。

 程よい風が髪を靡かせ、その風に揺られて落ち葉がサーッと心地良い音を立てながら風景に溶け込んでいく。あー、サンマ食いてえ。

 

 

 あれから俺は部外者なので生徒会室をあとにして1人ブラブラとしていた。あとで部活もあるし、始まるまで自由時間という事で1人の時間を満喫しているのだ。

 移動しながらたまに昼食を食べに来るベンチがある大木にまで来た。

 

 そこでのんびりカフェオレを口に含んでいると、さっき見た顔が笑顔でこっちに近寄ってきた。

 

 

「作業は終わったのか、穂乃果」

 

「まだだよ~。座って作業してたら落ち着かなくて慣れてる教室でやってたんだけど、どうしても体動かしたくて屋上に行って軽く運動してたらお腹空いたからパン持ってきたっ」

 

「何も終わってないって事だけは分かった。あとお前はやはり高坂穂乃果なんだなと再確認した」

 

「どゆこと?」

 

「バカだなと」

 

「えー!!」

 

 完全にテスト勉強してたら集中切れて息抜きに休憩しようとしてそのまま本来の作業から遠のいていくバカあるある行動してんじゃねえか。こいつは俺かよ。……あれ、これじゃ俺も同類……?

 

 

「ったく、今日までじゃないんだろうけど、早めに終わらせろよ」

 

「分かってるよー。パン食べないと集中力切れちゃうんだもん」

 

「お前の原動力はパンなのか」

 

 はむはむとパンを頬張る穂乃果はまるでハムスターを思わせた。何だこいつ、無駄に可愛いぞ。こんなの穂乃果じゃないやい!

 

 

「いたー!!」

 

「?」

 

「何だ?」

 

 呆れながら穂乃果を見ていると、後ろの方から声がした。そちらに目をやると、にこと1年組が走ってこっちに向かってきた。

 

 

「少しはじっとしてなさいよ……」

 

「そんなにヘトヘトになりながらどうしたんだよ」

 

「ああ……拓哉もいたのね……」

 

 疲れてるからだよね?走ってヘトヘトに疲れてるからちょっと気付かなかっただけだよね?そうじゃないと拓哉さんここで男泣きするからね?尋常じゃないくらい注目されるように泣くからね?

 

 

「探したんだよ~?」

 

「穂乃果はあれだ。寝てる以外は常に動いてないと死んじまうんだ。一種のサメみたいなもんだから言っても無駄だぞ」

 

「たくちゃん噛み殺すよ?」

 

「仮にもスクールアイドルが物騒な事言うんじゃありませんすいません」

 

 この子こんな事言う子だったっけ?最近幼馴染達の変化に着いていけてません。ま、まさか……俺だけ進化が遅れてるとでもいうのか……!?とでも言ってたら遅れて覚醒する主人公みたいで何かかっこいいからそうしておく。多分覚醒はしない。

 

 

「穂乃果……もう一度、あるわよ……!!」

 

 すると、にこが疲れながらも穂乃果の肩に力強く手を置いた。

 もう一度ある?何が?テスト?人生?人生にセーブデータはない。

 

 

 まさか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのあと、その場にいた俺達含め、μ'sの全員に部室へ緊急招集がかけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、にこよ。単刀直入に聞くが何があるんだ。まさかとは思うけど」

 

「そう、そのまさかよ拓哉」

 

 

 

 

 

 え、マジで?俺の予想まさかの大当たり確変入っちゃった?

 となると、これは俺達にとって大事になるかもしれなくなる。

 

 

 

 

 

 

「みんな、心して聞きなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう一度、ラブライブ!が開催されるわ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新たな第二幕が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


いよいよ2期の始まりです。
久々に1人称視点で書いたので楽しかったです。前までシリアス直線だったのに日常に戻ったらすぐコメディになるからこの主人公は!

あの1件から穂乃果達の岡崎に対する態度というか気持ちが若干変化したり想いが強くなったりと賑やかになってまいりましたね。
こいついつか刺されるんじゃねえかとずっと思ってます。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!

では、新たに高評価を入れてくださった


sky@嶺上開花さん


1名の方からいただきました。ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!


そろそろ『悲劇と喜劇』の方も執筆再開しようかと……。


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84.息抜き



どうも、ほのぼのとして日常を書けていて何だかほっとしています。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう!A-RISEの優勝と大会の成功をもって終わった第1回のラブライブ!それがなんと、その第2回の大会が行われる事が早くも決定したのです!!」

 

 

 

 

 

 

 花陽の興奮した声が部室内に響き渡る。

 そのまま花陽はパソコンの方へと移動し、みんなにも分かるようにそのサイトページを開く。

 

 

「今回は前回を上回る大会規模で、会場の広さも数倍。ネット配信の他、ライブビューイングも計画されています!」

 

「凄いわね……」

 

「たった1回の大会でそこまで注目されるようになったのか。そこら辺の大会より結果残してんだな」

 

「凄いってもんじゃないです!」

 

 おぉふ、熱い、熱いよ。花陽が語る背中が熱い。何かピンクっぽい赤いオーラ出てる。熱く語ってるのにそのテーマがアイドルだから申し訳程度のアイドル要素がピンクとして混ざってるよ。何言ってんだ俺。

 

 

「そしてここからがとっても重要……!大会規模が大きい今度のラブライブは、ランキング形式ではなく各地で予選が行われ、各地区の代表になったチームが本戦に進む形式になりました!」

 

「つまり人気投票による今までのランキングは関係ないという事ですか?」

 

「その通り!lこれはまさにアイドル下剋上!!ランキング下位の者でも、予選のパフォーマンス次第で本大会に出場できるんです!!」

 

 なるほど、じゃあ今の穂乃果達にはもってこいな条件ってわけか。これなら一気にランキングを上げる手段を考えなくても済む。予選でのパフォーマンスをどうするかを一点に集中できる。願ったり叶ったりだな。

 

 

「それって、私達にも大会に出るチャンスはあるって事よね!?」

 

「凄いにゃー!」

 

「またとないチャンスですね!」

 

「やらない手はないわね」

 

「そうこなくっちゃ!」

 

 おいおいにこさんや、いつの間に真姫とそんな抱き付く仲になってたんですかね。一見普通に見えるけどアニメ大好き拓哉丸と呼ばれた俺から見ればその光景はとてもありがたい1枚になるので写真撮っていいですかそうですか逮捕ですか。……そもそもアニメ大好き拓哉丸とか呼ばれた事ないわ。

 

 

「よーし、じゃあラブライブ出場目指して―――、」

 

「でも待って」

 

 ことりの声を絵里が遮った。

 やる気になっていることり達とは違って1人深刻そうな顔をして。

 

 

「地区予選があるって事は……私達、A-RISEとぶつかるって事じゃない……?」

 

「「「「「「「あ」」」」」」」

 

 ……あれ、何で普通真っ先に思い付く事なのに今まさに気付きました的な声出してんのこの子達?

 それを聞いて何秒か沈黙が続いたあと、最初に花陽が崩れ落ちた。

 

 

「お、終わりました……」

 

「ダメだ~……!!」

 

「A-RISEに勝たなきゃならないなんて……」

 

「それはいくら何でも……」

 

「無理よ」

 

「いっその事全員で転校しよう!」

 

「できる訳ないでしょう」

 

「どんだけ落ち込んでんだよお前ら……」

 

 一気に部室内が暗い感じになったんだけど。さすがの拓哉さんもこれにはちょっとドン引きしちゃうぞ。A-RISEにビビりすぎかよ。あと穂乃果さっきからお茶啜ってほんわかしてんだけど話聞いてんのかあいつ。

 

 そう思って穂乃果に話しかけようとした瞬間、不意に横から近づいてくる影があった。

 

 

「というか拓哉は何でそんな平然としてるのよ!こんな絶望的状況に陥ってるのに!!」

 

「いや、だってA-RISE相手にそんなビビる事か?」

 

 言った瞬間。

 まるでにこ達の俺を見る目が何言ってるんだこいつバカかみたいな目線になった。ヒドイ。

 

 

「なーにバカな事言ってんのよ!A-RISE相手だからビビッてんでしょ!?何せ第1回ラブライブの覇者よ!?そんなのに勝てると思ってるアンタの脳内はお花畑か!バカ!おたんこなす!」

 

「最後ただの悪口じゃねえか……。まあ、今のお前らならA-RISEだって届かない相手じゃないって言いたいんだよ」

 

「届かない相手じゃない……?たっくん、それってどういう事?」

 

「そのままの意味だよ。前までのμ'sなら無理だったかもしれない。けど今のμ'sなら、高い壁を乗り越えたお前達なら無理な話じゃないと思ってる」

 

 実際、どうかは分からない。だけど以前よりも今の方が全然大丈夫だという事は分かる。届かなかった相手に、圧倒されていた相手にも臆する事なくそう思えるようになったのは、俺もどこかで成長したからかもしれない。

 

 

「そうです!確かにA-RISEとぶつかるのは厳しいですが、だからといって諦めるのは早いと思います!」

 

 海未も俺と同じような事を思っていたのか、みんなの背中を押すように言った。

 そのおかげで、流れが変わった、

 

 

「……拓哉と海未の言う通りね。やる前から諦めていたら何も始められない」

 

「それもそうね」

 

「エントリーするのは自由なんだし、出場してみてもいいんじゃないかしら」

 

 絵里の言葉でメンバーの表情に明るさが戻る。こういうところはやはり元生徒会長なのだろう。どうすれば人をやる気にさせるかを分かっている。絵里ならではのやり方だな。これをどこぞのパン大好き娘にも見習ってほしいものだ。

 

 

「そ、そうだよね!大変だけど、やってみよう!」

 

「じゃあ、決まりね」

 

「その前にリーダーにちゃんと確認しないといけないわけなんだが」

 

「え?……穂乃果……?」

 

 誰もが一斉に視線をうつした。

 ただ1人、呑気に座ってお茶を啜っているリーダーへと。そして、その人物はゆっくり息を吐いたあと、言った。

 

 

「出なくてもいいんじゃない?」

 

「「「「「「「「「……え?」」」」」」」」」

 

 思わず俺まで声を出してしまった。

 穂乃果の口からあり得ない言葉を聞いたような気がしてならなかった。今こいつ、何と言った……?

 

 

「ラブライブ、出なくてもいいと思う」

 

 

 

 全員が驚きを隠せない中、高坂穂乃果は満面の笑みで、何の躊躇もなくそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にこ、海未」

 

「「はい」」

 

 俺が言うとすぐににこと海未は動いた。

 にこが穂乃果の手を掴み、隣のほとんど何も置いていない部室へと連れて行き、そのあいだに海未がイスと鏡を用意する。名前を言っただけで分かるとか何気に凄い事してない俺達。

 

 

「穂乃果~!」

 

「自分の顔が見えますか?」

 

「見え、ます……」

 

 そりゃ鏡だから見えるだろう。

 海未が言いたい事を正確に変えるとおそらくこうだろう。()()()()()()()()()()()()()?と。無理もない。穂乃果があんな事言うなんてみんなおかしいと思うのが当たり前なのだ。

 

 

「では、鏡の中の自分は何と言っていますか!?」

 

「何それ~?」

 

 なぁにそれ~。おい穂乃果、それはどこぞの初代遊戯王的な主人公的なあの謎の髪型をしておられる方の有名なセリフだぞ。棒だけど。お前が軽々しく言っていいものじゃないんだぞ。棒だけど。

 

 

「だって穂乃果……」

 

「ラブライブに出ないって!」

 

「あり得ないんだけど!ラブライブよラブライブ!!スクールアイドルの憧れよ!?アンタ、真っ先に出ようって言いそうなもんじゃない!!」

 

「そ、そう……?」

 

 にこの言い分はもっともだ。ラブライブ、スクールアイドルの甲子園とまで言われ、それはどのスクールアイドルの憧れでもある。いつもの穂乃果ならいの1番に出ると言って騒ぎそうってのがみんなのイメージだが、それは大きく覆されてしまった。

 

 

「何かあったの……?」

 

「い、いや、別に……」

 

「だったら何で!?」

 

「何故出なくていいと思うんです?」

 

「……私は……歌って踊って、みんなが幸せならそれで……」

 

「今までラブライブを目標にやってきたじゃない!!違うの!?」

 

「い、いやぁ……」

 

 

 ……なるほどね。

 にこの真剣な表情にも言葉を濁すって事は……大体の目星は付いた。

 

 

「穂乃果ちゃんらしくないよ!」

 

「挑戦してみてもいいんじゃないかな……!」

 

「あはははは……」

 

 何も言えないって感じか。まあ、こいつはこいつでちゃんと成長してるって事だな。俺が言ってもいいけど、あくまで俺はμ'sの手伝いでメンバーじゃない。だから直接的な事はあまり言わない方がいいだろう。

 

 こいつらが穂乃果の考えてる事に気付いてやれればすぐに終わるけど、穂乃果のあの発言が意外すぎて誰も気づいてないなこりゃ。

 さて、どうサポートしてやろうか。そう思った時、突然穂乃果の腹の虫がぐぅ~と鳴り出した。

 

 

「そ、そうだ!明日からまたレッスン大変になるし、今日は寄り道して行かない?」

 

「え?でも……」

 

 ほう、そう出たか。悪くない、なら俺も影ながら手伝ってやりますかね。

 

 

「それもそうだな。今日くらいは全員で遊びまくってもいいんじゃねえか?何気に今までメンバー全員が遊んで帰った事とかないだろうし」

 

「はあー!?拓哉まで何言ってんのよ!?」

 

「いいからいいから!たまには息抜きも必要だよ。ね、たくちゃん!」

 

「そうだそうだー」

 

「何でそこは適当なのよアンタは……」

 

 これはあれだ。変に悟られないようにするためだ。俺が下手な芝居して何か企んでそうとか思われたらせっかくの気遣いが台無しになってしまう。これは絵里達が穂乃果が何を考えているのか、どうしてそう言ったのか気付かせるためでもあるのだ。

 

 決してただ遊んで帰りたいとかそういう下心満載なわけではない。

 そう、決して。

 

 

 

 

 

 

「財布の中身確認しておくか」

 

「遊ぶ気満々やん」

 

 

 

 東條、貴様、見ているなッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わってここは街の通り。

 

 

 

 

 

 夕方というのもあり、辺りは帰宅途中のサラリーマンや下校中の学生、遊びにどこか寄っている生徒などがたくさんいる。

 かくいう俺達もそうなのだが……。

 

 

 

 

「ヘイ、多くないにしも割と入っていたはずの俺の財布の中身からクレープ9人分の値段が無くなってんだけどこれはどういう事なのかね諸君」

 

「じゃんけん負けたのはたくや君だにゃー」

 

「まさか1発目のパーで1人負けするとは思わなかったわ」

 

「ご、ごちそうさまです……」

 

「……、」

 

 ちくしょうちくしょう。街に来てさっそくクレープ食べたい奢ってとか穂乃果が言いだすからそれに乗っかって何故か全員が俺に集り出してくるし……。花陽は控え目だったけど。

 

 ならじゃんけんで負けたヤツが全員分払う事にしようと提案したのも束の間、1発目にパーを出したら全員チョキで見事に爆散したでござる。何だよう、じゃんけんって普通最初にグーを出すのが常識でしょうが何チョキ出してんだ。もし俺がグー出してたら1人勝ちしてたのに、ぐすん。

 

 

「たっくんってじゃんけん弱いよね」

 

「貧乏くじを必ず引くあたり、むしろ俺がみんなの盾になってるまであるから。だからお前らはもっと俺に感謝するべきだ。何なら俺の分のクレープ買うの忘れたから一口ちょうだい」

 

「はいたっくん、あーん♪」

 

「なん……だと……!?」

 

 冗談半分のつもりがこの天使……普通に真に受けやがっただと……!?

 これじゃ俺の渾身のボケがスルーされるだけでなく、この人通りの公然の場所であーんなどというまさにリア充極まりない赤面不可避イベントを体験してしまうというのかこの俺がッ!!

 

 落ち着け岡崎拓哉。これは罠だ。きっとことりの事だ。口を近づけたら俺の方に持って来ていたクレープを自分の口に放り込むに違いない。そしていたずらっぽい笑みでごめんね♪とか言うに違いない何それ可愛いぜひやってくれ。

 

 しかしやはり待て岡崎拓哉。いくら罠と分かっていても相手はあのことりだ。どこにでもいる平凡な高校生の俺がそんな事をするのにも一応心の準備というものが必要になる。だからまずは一旦深呼―――、

 

 

「たっくん、あーん♪」

 

「任せろあー―――、」

 

「何乗せられてるんですかあなたは」

 

「あいたたたたたた」

 

 海未に耳を引っ張られて食べれなかった。クレープの甘さなんてどこにもなく、耳の痛さだけが残りました。あれ、口の中がしょっぱいや……。

 

 

「あ、ゲームセンター寄ってこうよ!プリクラ撮ろ、絵里ちゃん!」

 

「プリ、クラ……?」

 

「じゃあ凛も一緒に撮りたーい!たくや君も撮ろー!」

 

「え、いいよ俺は。プリクラって普通女の子が撮るもんだろ」

 

「その考え方はもう古いよたくちゃん。さあ行こうー!」

 

 古いって俺達は同世代でしょうが。俺だけ遅れてるみたいに言うな。いや実際考え方は遅れてるかもしれないけど、そんなリア充生活を送った事ないんだよ拓哉さんは。言わせんな悲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何ここ、スタジオ?」

 

「撮るよー、ポーズとって!」

 

 緑色の背景を凝視していたらポーズとる前にパシャリと撮られてしまった。これじゃいきなり名前呼ばれて振り向いたら撮影された時みたいな感じじゃねえか。と思ってたらそれは絵里も同じだったらしい。ただ突っ立っているだけだった。

 

 

「これは……?」

 

「プリクラ知らないのー!?」

 

「あまりこういうところ来なくて……」

 

「同感だ。ゲーセンには来るけどプリクラは初めてだからな」

 

 いやほんと、意外と本格的な中身でびっくりしてる。狭いけどこれがスタジオって言われても納得できるくらいだ。最近の技術ってすげえな。でももうちょっと撮る時は余裕を持たせてほしい。すげえ無表情になったぞ俺。

 

 

「ほらこれ」

 

「ハラショー!」

 

「詐欺ってレベルじゃねえなこれ……」

 

 撮影終了後の落書きコーナーもとい編集コーナーもとい詐欺コーナーの時間である。絵里の顔が、というか目がとてつもなく大きく加工されている。もはやちょっとした化物レベルである。怖い。

 

 

「まだまだ~、えい、えいえいえいえいえい!」

 

「わ、わあ、わああああああああ~!!」

 

 いや怖い、怖いよ。絵里の顔だけ別人じゃねえか。……いや、この顔はあれだな。どこかのママの味とか言い出しそうな顔してる。ミルキー的な国民的キャンディみたいな感じになってる。

 

 

「たくちゃんは、こうだー!」

 

「あん?……おい、これは一体どういう生物なんだ……」

 

「たくちゃんだよ?」

 

 待て待て、これが俺なら俺はもう人間ではないという事だ。だってこれ、明らかに腹に顔が描いてあるもの。両手に人の生首が描かれてあるもの。妖怪首置いてけだもの。ドリフターズだもの。

 

 

「お腹に描いてるのが私で、両端に海未ちゃんとことりちゃん!」

 

「これお前らだったのか……。つうか海未とことりはまだしも、お前はもう写ってるだろ」

 

「あ、そうだった」

 

 穂乃果さん、拓哉さんはあなたの将来が心配になってきたよ。妖怪が2人写ってるプリクラとか怖すぎない。

 

 

「よし!じゃあ次どうする?」

 

「喉乾いたから休憩コーナーで何か飲もうよ!」

 

 

 

 というわけで移動すると、そこには既ににこや真姫達がジュースを飲みながら話していた。

 

 

 

「ねえ、こんなところで遊んでて良いわけ?」

 

「明日からダンスレッスンやるんだし、たまには良いんじゃないかな?」

 

「リーダーがそうしたいって言ってるんだからしょうがないわ」

 

「……、」

 

 やっぱにこは今の状況に不満そうだな。それもそうか。にこは人一倍アイドルやラブライブに対しての思いが大きい。だから真剣に取り組んでラブライブに出たいと思っているんだろう。

 

 なのにそれがこれだもんな。ただ遊んでるだけ。練習も何もあったもんじゃない。……だけど、本当にこれが無意味なら俺が止めに入るって事にも気付かないもんかね。息抜きが必要なのもあるけど、それ以上に穂乃果の真意に気付くチャンスでもあるんだけどな。

 

 

「……何よ?」

 

「別に。にこが真剣に練習に取り組んでくれようとしてる事が嬉しいだけだよ」

 

「……ふんッ」

 

 あれま、ふて腐れてしまった。お兄さんちょっと悲しいぞ。年下だけど。

 と、そこに両手にジュースを持った穂乃果がやってきた。

 

 

「たくちゃーん、希ちゃんどこか知らない?どこ探してもいなくて」

 

「この中探してもいないって事は、外の空気でも吸ってんじゃねえのか?」

 

「そうなのかな?じゃあ外見てくるね」

 

「俺はもう一回中見回ってみるわ」

 

 パタパタと去っていく穂乃果を見送りながらジュース片手に俺も店内をふらっと見ていく。

 が、希はどこにもいなかった。そもそもあいつは1人で何か遊ぶってタイプには見えないし、トイレでも行ってんのかな。

 

 

「何か今失礼な事考えてたんとちゃう、拓哉君?」

 

「おぅわ!?」

 

 いきなり背後から声が聞こえたと思ったら正体は希だった。

 何だこいついきなり背後に立つとか瞬歩でも使えんのか。死神かよ。卍解してみて。

 

 

「ば、ばばばばばバッカお前、俺がそんな変な事考えるわけねえだろ。考えるにしてもまずバストサイズを教えてくれないと妄想も捗らんぞ」

 

「動揺しすぎやし、もっと失礼な事考えだしてる件についてはあとで海未ちゃん達に報告しとくね。……冗談やけど」

 

「あっぶね、つい店内で平然と土下座するとこだったわ。恐ろしいなお前、俺を社会的に殺す気か」

 

「何ですぐ土下座しようと思えるのかが不思議やけど、それだけ拓哉君が穂乃果ちゃん達にいらん事してるってのが目に見えてるね」

 

「げふん」

 

 こ、こいつ、ちょっと言葉を聞いただけで真相に辿り着くなんて……エスパーか!?……あながち間違いでもなさそうなのが本当怖い。

 あ、もう希ジュース持ってるじゃん。てことは穂乃果とは既に会ったあとか。

 

 

「……なあ、拓哉君」

 

「ん?」

 

「穂乃果ちゃん、一体どうしたんやろか……」

 

 俺の不埒な考えは分かる希でも今の穂乃果の考えは分かってないのか。まあ、意外すぎてこっちの頭が少しおかしくなる勢いだったもんなあの発言。だけどこればかりは俺から直接言うわけにはいかないし、悪いな、希。

 

 

 

 

「さあな。……でも、そんな心配はいらねえよ」

 

「え……?」

 

「いつだって俺達の予想を超えてくるのが高坂穂乃果なんだ。だったらこんな小さな壁くらい、お前らが少し手伝ってやれば軽くぶち壊せるよ」

 

 そう言って希から離れる。

 これはきっと、成長したμ'sの最初の試練だ。

 

 だからこれは俺ではなく、μ'sメンバーが気付いてやるべきだと思っている。俺が言えばすぐに終わる問題なのかもしれない。今やっている事は少し遠回りな事なのかもしれない。

 

 

 でも、だけど。

 これは必要であり重要な事だ。ならば少しの遠回りくらい何てことない。今のμ'sなら、すぐに取り返せる道なんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、じゃあまずは、悲劇でも何でもない壁をぶち壊してみろ。9人の女神よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 店内の喧噪が入り乱れる中、俺のそんな呟きはいとも簡単に掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?

2期の最初の壁というか問題というか試練というか、まあ何でもいいでしょう。
せっかくの最初の試練なので、これには岡崎ではなくμ's達本人でどうにかしてもらいましょうという事で、このようになりました。
ですがこのままではアニメと何ら変わらないので、ちょこちょこスパイス的な意味で岡崎がサポートしていきます。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!(特にご感想!)




穂乃果とプリクラ撮りたかった人生だった。


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85.勝負


どうも、最近スーパームーンとか世間は言ってますけど、今日雨降ってます。


では、どうぞ。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……、」

 

 

 

 

 

 

 

 一室の部屋から夜空を見上げている少女がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 高坂穂乃果。

 

 

 μ'sのリーダーでありながら、ラブライブに出なくてもいいと言った少女である。

 他のメンバーはその真意にまだ気付いてはいない。何せ、これはμ'sの問題というよりは、高坂穂乃果個人による問題の方が大きいからだ。

 

 

(たくちゃんはどうなんだろ……)

 

 

 星がそんなに見えない空を見ながら思案する。

 出なくてもいいんじゃないかと言ったあと、メンバーはみんな戸惑っていたが、岡崎拓哉だけはすぐにいつも通りに戻っていたのを穂乃果は見ていた。

 

 穂乃果が遊びに行こうと言った時だってそうだ。みんなが慌てている中、あの少年だけは否定も困惑もすることなく穂乃果の案に同意を示した。それのおかげで穂乃果の案も採用されたようなものでもある。

 

 であれば、拓哉は穂乃果の真意に気付いている……?

 

 

(でももしそうだとしたら、何でたくちゃんは何も言わなかったのかな……?」

 

 もし拓哉が穂乃果の真意に気付いているとして、何故すぐにその場で言わなかったのかが疑問に残る。あくまで穂乃果の憶測に過ぎないが、もしそうだとしたら、拓哉には何か考えがあるのだろうか。

 

 それとも、本当にただ遊びたいがために穂乃果の案に賛同しただけなのか。いくら考えても答えは出てこない。憶測から確信に至るまでの判断材料がなさすぎる。

 

 

「はぁ……」

 

 無意識に溜め息が零れた。

 夜空を見ていると自分がこの世界でどれだけちっぽけな存在なのか思い知らされる。

 

 世界が抱えている問題や悩みに比べれば、高坂穂乃果自身の悩みなんてたかが知れていると言われているような気がして。確かにその通りではあるが、その人にはその人なりの悩みの重さが違うのだ。

 

 誰かにとっての小さな悩みが、誰かにとっての大きな悩みなのと同じように。当たり前のように悩んでいる穂乃果の悩みも、誰かからすれば小さいものかもしれない。それでも、穂乃果自身はその悩みを重たく考えている。

 

 

 

 そう思ってしまうほどの事が以前起きたから。

 

 

 

 拓哉の考えている答えが見つからないように、穂乃果も自分の悩みの答えを見付けられないでいた。

 だから今日はあえて気分転換と都合の良いように言いながらメンバーを遊びに誘った。

 

 

 また溜め息が出そうになった時。

 引き戸の方からトントンとノックの音がした。

 

 

「お姉ちゃん」

 

「雪穂?」

 

 妹の雪穂が返事もせずに部屋へと入ってきた。

 いつもそれが日常なので特に怒るなどという事はしない。

 

 

「見たよ~!またラブライブやるんだって?」

 

「……う、うん」

 

「もちろんエントリーするんでしょ?」

 

「……あー」

 

 そこでさすが妹、姉の態度の異変にすぐに気付いた。

 いつもならすぐに即答で出ると言い出しそうな姉がしどろもどろになっているから当然の事ではある。

 

 

「……出ないの!?」

 

「あー!やめてよ雪穂までー!!」

 

 そのまま穂乃果はベッドの上でジタバタと小暴れしている。

 までと言ったのをみると、メンバーの人達にもやはり言われたんだなとすぐに確信する雪穂。色々と言いたい事はあるが、とりあえずこの高校生に見えない動きをしている姉に言葉を選びながら声をかける。

 

 

「出なよ~。だって、亜里沙も凄い楽しみにしてたよ?」

 

「……、」

 

 一応我が儘を体と動きで表現している子供のような真似は止めてくれた。

 そして、ようやく話を聞くように入ったと感じた雪穂は、1番の核心につくであろう言葉を口に出す。

 

 

「それにさ……今度のラブライブの開催日、知ってる?」

 

「ううん」

 

「来年の3月」

 

 チクリと、心の奥底にあった『何か』が穂乃果の動きを余計に硬直させた。

 

 

「上手くいけば、私と亜里沙は4月から音ノ木坂の新入生。でも、私達が入学するって事は……」

 

「……っ」

 

「もう分かるでしょ」

 

 もう何も言う必要はなかった。

 言葉が断片的でも、雪穂が何を言いたかったのか十分に理解できてしまった。

 

 雪穂が出て行ったあとも、その引き戸の方をずっと見ていた。正しくは引き戸ではなく、もはや虚空を見ているというのが正確か。

 先程自分の心の奥底にあった『何か』の正体が何なのか考える。

 

 

 いや、既に分かっていた。

 分かっていて尚、『それ』を考えたくはなかったのかもしれない。

 

『それ』が来るのは当たり前の事で、どうしたって回避する事なんてできないのだから。ならば、極力『それ』を考える事自体を放棄、抑えるしかない。

 当たり前とは、時に非情でもあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、生徒会長としてファイルや資料を運んでいる途中だった。

 

 

 

 

 

 

「何でさっそくこき使われてんの俺」

 

「たくちゃんが近くにいたからで~す」

 

「何気に重いんだぞこのファイル共!それをいきなり両手の上に乗せられたわたくしめの気持ちがあなたに分かりますかっ!!」

 

「だから私も少ないなりに持ってるじゃん!それとも何?私が全部持とうか?」

 

「ふざけんな。女の子にこんな無駄に重い物を持たせておくわけにはいかねえっつの」

 

 分かってて言ってるあたり、穂乃果も小悪魔というか、こんなところでも拓哉のお人好しは絶好調である。文句は言いつつも何だかんだ手伝ってくれる拓哉に微笑みながらもちゃんと内心で感謝しておく穂乃果。

 

 

「……、」

 

 正直、こうでもしないと個人的に空気を重く感じてしまうと穂乃果は思っていた。

 昨日拓哉に感じた疑問や、『あの事』について考えてしまいそうだったから。

 

 結局拓哉に昨日の事を確認できないでいた。

 聞いてしまえばすぐに分かるかもしれないが、何だかそれをするのに本能的に口が拒否していたのだ。

 

 

「ん?どうした?思い詰めた顔して」

 

「わひゃあ!?」

 

 急に拓哉の顔が目の前に現れた。

 思ったより顔が近すぎて素直に驚いてしまう。

 

 

「さすがにそこまで驚かれると窓から飛び降りたくなるぞ」

 

「ご、ごめん!いきなりたくちゃんの顔が出てきたからびっくりしちゃって……。ていうかそれは大袈裟すぎっ!」

 

 驚いて落としそうになるファイルや資料を何とかバランスを取りつつ安定した位置に戻す。

 

 

「一応こっちは何回か名前呼んだんだぞ。生徒会長として何か考えてるのかは知らないけど、ちゃんと前見て歩けよ。下ばっか向いてたら色々と前が見えなぶぎゃあッ!?」

 

「たくちゃん……」

 

 盛大に拓哉が躓いて転んだ。

 豪快にファイル資料を床にぶち撒ける様を見て思わず穂乃果も苦笑いすらする事を忘れる。

 

 

「……ま、まあ、何だ、その……あれだな。たまには下を見て歩くのも悪くないしな。そうじゃないといつ躓いて転ぶか分からないし。前を見つつ注意しながら下を見る事を忘れるな。今の俺が悪い見本だから、あ、今転んだのはワザとだから」

 

「ならまず起き上がろうよ。それと早く拾いなよ」

 

 うつ伏せに転んだまま話す拓哉に厳しく指摘する穂乃果。きっと今の拓哉は顔が真っ赤に違いない。床と衝撃的なキスをしたままの拓哉は周りが見えない状態で両手を使って周りを漁る。落ちている資料などを片っ端からそれだけで回収するつもりらしい。

 はっきり言ってダサい。

 

 

 

「へー、またラブライブあるんだね!」

 

 ふと、そんな声が前方から聞こえた。

 未だにわちゃわちゃと手と何故か足までゲジゲジのように動かしている気色悪い人間を放置してその声の方へと歩いていく。

 

 

「楽しみだね~!」

 

 友人と楽しそうに話しながら去っていく生徒を横目に貼られているポスターを見る。

 そこには『第二回ラブライブ!開催』と書かれていた。

 

 

「……、」

 

 何を思っているのか。それは高坂穂乃果にしか分からない。というか顔が見えないと拓哉は思いながら倒れたまま穂乃果の背中を見る。

 先程の声は拓哉にも聞こえていた。

 

 つまりラブライブのポスターでも見ているのだろう。

 しかし、そこから穂乃果は動かない。ずっと見つめたまま制止している。

 

 

 するとそこへ介入者が現れた。

 

 

 

 

「穂乃果!」

 

「にこちゃん?」

 

 今の現状にもっとも不満を抱いている少女が、険しい表情をしながら穂乃果に詰め寄ってきた。

 

 

「どうしたの?」

 

「……勝負よ」

 

「……え?」

 

 いきなりの宣戦布告だった。

 詳細は放課後にとだけ言って立ち去ろうとしたにこだったが、視界の隅に何やら視線を感じて見やる。

 

 

 

 

 

「何してんの、アンタ……?」

 

「……ちょっと()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 その少年は、にこを見るなり何故かニヤリと不敵な笑みを作りながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 場所は変わって神田明神の階段下。

 

 

 

 そこに2人の少女が指定のジャージ姿で立っていた。

 その1人のにこが階段上を指差しながら口を開く。

 

 

「いい?これから2人でこの石段をダッシュで競争よ!」

 

「何で競争……?」

 

 もう1人のジャージ姿をしている穂乃果が流されたまま疑問を独り言のように口にしていた。

 

 

「穂乃果ちゃんをやる気にさせたいみたいだけど……」

 

「強引ですね……」

 

 一方、上では他のメンバーと手伝いの拓哉が下の様子を窺っていた。

 ことりと海未を始め、絵里達も何だか不安そうな顔をしているが、拓哉だけがいつもと変わらない調子で、

 

 

「むしろこの現状を見てみればにこの判断は正解だよ」

 

「え?」

 

 誰かからの声なのか判断もせずに、それに答える形で拓哉は続ける。

 

 

「いつまでたってもうやむや状態な現状を打破するには、ゆっくりと時間をかけて紐解いていくよりもにこのように1発勝負で切り抜ける方が手っ取り早いって事だ。にこの手段が少し強引だとしても、にこはちゃんと()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その結果がこの競争。

 にこと穂乃果。どちらかが勝てば全てが決まる。とてもシンプルで分かりやすい方法だからこそ、懸ける想いの強さが溢れ出ている。

 

 

「俺はあくまで中立的な存在だから、中間地点でも行ってるよ」

 

「中立……?」

 

 海未の疑問に答える事もせず、拓哉は階段の中間地点まで移動し始める。

 そこまで行けば下の2人の会話もより鮮明に聞こえた。

 

 

「また今度にしようよ。今日からダンスレッスンだよ~?」

 

「ラブライブよ!私は出たいの!!だからここで勝負よ!!私が勝ったらラブライブに出る!穂乃果が勝ったら出ない!」

 

 勝つか負けるかの勝負。

 それによってもたらされる結果は大きい。

 

 穂乃果自身、それは分かっていた。

 あのにこが、ラブライブに出たいと強く思っているにこが、負けたら出ないというリスクの大きい賭けにまで出ているのだ。2分の1の確率の勝負。必ずどちらかが勝って、どちらかが負ける。

 

 シンプル故に、その代償はとても大きかった。

 だから。

 

 

 

「……分かった」

 

「……、」

 

 少し上の方から見ている拓哉は穂乃果の顔を見て誰にも分からないように口角を上げた。

 

 

(無意識的ににこに影響でもされたか。ようやく『何か』と()()()()()()()()()())

 

 

 

 

 

 そこからは暫しの沈黙のまま、2人は位置に着く。

 ふと穂乃果は上を見上げると。階段の中間地点に拓哉がいるのを確認した。

 

 

(たくちゃん、何であそこに……いや、今は集中しないと)

 

「いい。行くわよ。よーー」

 

 にこの言葉でさらに集中力を高める。

 自然と足の力を込めて、その時を待つ、

 

 

「ーーいドン!!」

 

「……うぇ!?ッ!!」

 

 暇なんてなかった。

 にこのもはや清々しいと思えるほどのインチキが穂乃果を襲う。

 

 

「にこちゃんズルいー!!」

 

「ふん!!悔しかったら追い抜いてごらんなさい!!」

 

「……ッ!!」

 

 言われて、余計に足に力が入るのを感じた。

 今からでも間に合わないわけじゃない。抜こうと思えば追い抜く事ができるかもしれない。

 

 走っている最中、昨日の雪穂の言葉が頭に蘇ってきた。

 

 

 

『今度のラブライブの開催日、知ってる?』

 

 

 

『私達が入学するって事は……もう、分かるでしょ?』

 

 

 視線の先に、にこの背中、そしてそのもっと先に、こちらを心配そうな目で見ている絵里と希がいた。

 その誰もが、3年生……。

 

 追い抜いてしまえば勝てる。自分の意見を押し通せる。押し通せてしまえる。

 しかし、勝ってしまえば、1つのあり得たかもしれない可能性が、潰される。

 

 

 その時だった。

 

 

 

「はっはっはっ……!はっあッ……ぁ!?」

 

 にこの足が階段に躓いた。

 もうブレーキはきかない。そのまま重力に引きずり落とされる。転ける。石段で転けてしまえばおそらくケガは逃れられない。反射的ににこは目を瞑った。

 

 

 

 だが、衝撃はいつまでたっても来なかった。

 代わりに、誰かに受け止められたような感触がにこを包んだ。

 

 

「ったく、運よく俺がいたとこで躓いて良かったな。ちゃんと前を見るのはいいけど、たまには注意しながら下も見ねえと危ないぞ」

 

 穂乃果からすればどこかで聞いた事のあるような言葉だった。

 にこが倒れる寸前、拓哉がにこへと駆け寄り上手く転ぶのを阻止してくれたのだ。

 

 慌てて穂乃果もにこの元へと駆け寄る。

 

 

「にこちゃんっ、大丈夫?」

 

「へ、平気……。拓哉が受け止めてくれたから……」

 

「手伝いとしちゃ大事なメンバーにケガされるのは絶対嫌なんでね」

 

 上にいるメンバーも何とかなったのを見てホッとしている。

 少し落ち着いたところで穂乃果はにこに少し咎めるように、

 

 

「もぉ~ズルするからだよ~……」

 

「……うるさいわね。ズルでも何でもいいのよ!ラブライブに出られれば……!」

 

「にこちゃん……」

 

 にこの気持ちは分かる。そんなの、穂乃果でなくとも他のメンバーや拓哉でさえ当たり前のように分かっている。

 この少女のラブライブに対する思いや情熱を。だから、どんな手段を使ってでもいい。この勝負に勝ちさえすれば出られるのだから。

 

 

 その結果がこれだ。

 拓哉がいたからいいものの、いなければ危うくケガをするところですらあった。

 

 

「それだけにこはラブライブに出たかったんだよな。1人じゃなく、この9人で」

 

「ッ……」

 

 拓哉の言葉に穂乃果の体が僅かにピクリと動く。

 穂乃果以外のメンバーはやる気になっていた。だが、リーダーの穂乃果のたった1人の反対意見のせいで、9人での参加は遮られたようなものだからだ。

 

 

「……今なら、今度なら、μ'sの9人で良いとこまでいけると思ってたのよ。優勝じゃなくてもいい、せめて良い思い出になるようにしたかったの……」

 

 言葉の重さが違う。

 素直にそう感じた。

 

 1年や2年が言うのとはまったく別と言っていいほどの重さがあった。

 

 

 

「まさか勝つか負けるかの勝負でこんな結末になるとはな……あ、雨か……」

 

 こんな時に雨が降ってきた。

 まるで、お互い頭を冷やせと言われているかのような勢いで。

 

 

「ちょうどいい。勝負は中断だ。これ以上は雨で地面も濡れるし危険だからな。ひとまず雨宿りできる場所に避難するぞ」

 

 2人とも、俯いたまま小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 代償の大きかった勝つか負けるかの勝負は、まさかの第三の結末によって幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


何気に岡崎が転んだ時の言葉が伏線になってたりしてます。
次回で2期の1話は終わりになるかと。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価を入れてくださった


実況夢見る少年幽魔さん


大変ありがとうございました!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!



スーパームーンよりポケモンサンムーンが気になっている今日この頃。


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86.再び/フライング

どうも、火曜には間に合いましたぜ。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周りを雨音という雑音が支配する中に、絵里の声が混じる。

 穂乃果とにこが着替えを済ませ、拓哉とμ'sの9人は急遽雨宿りができる場所へと移動していた。

 

 雨という事もあってか、女神達の顔はどこか浮かないでいた。

 

 

 

「3月になったら私達3人は卒業。こうしてみんなと一緒にいられるのも、あと半年……」

 

 

 昨晩、雪穂に遠回しに言われた事だった。

 

 

 3年生の卒業。

 これに至ってはもう、何をどうしても抗えられない。抗ってはいけない。

 

 学生の日々を過ごしていれば卒業がくるのは当たり前の事で、当たり前のように訪れるものである。それつまり、来年の春には絵里、にこ、希の3年がμ'sからいなくなるという事実が明らかだった。

 

 

「……それに、スクールアイドルでいられるのも在学中だけ」

 

「そんな……」

 

 絵里の次に希が言う。

 それもそうだ。『スクールアイドル』というのは高校生だからできる特権のようなものでもある。小学生や中学生、ましてや大学生の『スクールアイドル』なんて聞いた事がないのと同じように。

 

 実際、調べてみれば分かる事だが、前回のラブライブ出場希望グループやらは全て高校生対象となっているし、それ以外での希望は認められていない。

 つまり、何をどうしたってどうあがいたって、絵里達にとってはこれが最後のチャンスなのだ。

 

 

「別にすぐ卒業しちゃうわけじゃないわ。でも、ラブライブに出られるのは、今回がラストチャンス」

 

「これを逃したら、もう……」

 

「ほんとはずっと続けたいと思う……。実際卒業してからも、プロを目指して続ける人もいる。……でも、()()9()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「やっぱり、みんな……」

 

 そう。卒業してもアイドルを続ける者はいる。ただしそれはもう『スクールアイドル』ではなく、『アイドル』としてだ。

 絵里が拘りたいのはもっと個人的な思いだった。

 

 ただ『アイドル』を続ける続けないとかいうのではなく、今のこのμ's9人でラブライブに出たい。そんないかにも個人的な思い。

 だけど、希もにこもそれは同じだった。

 

 

 そして、それは何も3年だけではない。

 

 

「私達もそう……。たとえ予選で落ちちゃったとしても、9人で頑張った足跡を残したい……」

 

「凛もそう思うにゃ!」

 

「やってみてもいいんじゃない?」

 

 1年も同意見。

 この9人だからやりたいという個人的な意見。単純に、シンプルに、明確に、だけど、その想いはどこまでも真っ直ぐで純粋な気持ち。

 

 

「真姫もそう言うとは、素直になったもんだな」

 

「そこで茶々入れないでよっ」

 

 穂乃果の後ろの方で腕を組みながら壁にもたれ掛かっていた拓哉が茶化すように言うが、特に空気が明るくなるという事はなかった。

 ただ、拓哉から見て、穂乃果の幼馴染であることりと海未が既に微笑んでいる様子を見て取れた。

 

 

 

(ここまでくれば分かるよな)

 

 

 適当に真姫をあしらうと拓哉はまた腕を組んで壁に体重を預ける。

 今回に関しては拓哉はあまり自分が介入するべきではないと思っている。故に、話し合いに対して過度な乱入はしない。手伝いとは言っても、時に黙って見守るのもμ'sの騎士として大事な仕事なのだ。

 

 

 

 

 

「ことりちゃんは……?」

 

 穂乃果に静かに問われて、戸惑う事もなく、むしろ優しい笑みさえ浮かべてことりは言った。

 

 

「私は、穂乃果ちゃんが選んだ道なら、どこへでもっ」

 

「また自分のせいでみんなに迷惑をかけてしまうのではないかと心配しているのでしょう?」

 

 次いで、海未が紡いでいく。

 

 

「ラブライブに夢中になって、周りが見えなくなって、生徒会長として学校のみんなに迷惑をかけるような事はあってはいけない、と。……拓哉君はそれを分かっててわざと黙ってたようですが」

 

「そこまで気付かんでいいんだが……まあ、正解だ」

 

 これは同じメンバーである海未達が気付くべき事だと思った。だから答えを知っていても拓哉は少ないヒントしか言わなかった。

 彼女達ならきっと穂乃果の真意に気付いてやれると。

 

 

「……全部バレバレだね」

 

 かつて大きな失敗を犯した少女は、苦笑いを浮かべながら語る。

 

 

「始めたばかりの時は何も考えないでできたのに、今は何をやるべきか分からなくなる時がある……。でも、1度夢見た舞台だもん。やっぱり私だって出たい!生徒会長やりながらだから、また迷惑かける時もあるかもだけど……本当はものすごく出たいよ!!」

 

 結局、高坂穂乃果という少女も一緒だった。

 個人的な思いで、どこまでも真っ直ぐだからこそ悩んで、自分の気持ちを自制して、だけど、根の部分では他のメンバーと何も変わらない。

 

 嘘偽りのない本音を聞いて、ようやっと今までロクに介入してこなかった少年が静かに呟く。

 

 

「……それでいいんだよ」

 

 穂乃果の後ろで壁にもたれている少年は笑みを作り、穂乃果の前にはいつの間にかメンバー全員が整列していた。

 

 

「みんな、どうしたの……?」

 

「穂乃果、忘れたのですか?」

 

「え……?」

 

 瞬間。

 穂乃果も拓哉も、どこかで聴いた事のある歌声が披露された。

 

 

 

 ススメ→トゥモロウ。

 

 

 

 

 ある意味ここから全てが始まったと言ってもいいほどだった。

 

 

 ほんの少しでも可能性を感じた。

 だから夢を現実にするために真っ直ぐに進もうと思えた。

 やらないで後悔するなんて絶対にしたくなかった。

 そこに自分達の信じた道があると信じて。

 

 

 

 

(諦めそうになっても諦めなかった。だから今の穂乃果達がいる。なら、もう答えは1つしかないよな)

 

 

 

 女神達の歌声を聴いて、たった1人の観客である少年は笑う。

 

 

 

 

「よぉーし!!やろう!ラブライブに出よう!いいよね、たくちゃん!!」

 

「異論あるわけねえだろ?っておい!」

 

 拓哉が言い終わる前に穂乃果が雨の降っている場所へと出ていく。

 メンバーも、拓哉でさえそれは予想外の事だった。一体何をするというのか。

 

 

「ほ、穂乃果……?」

 

 雨に直撃されながらも穂乃果は落ち着いていた。誰もが見守る中、穂乃果は深呼吸をして、勢いよく息を吸い込んでから予想もできない言葉を口にする。

 

 

 

 

 

「雨止めェェェえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

 雨の音だけがその場を支配していた。

 何秒たったかさえ誰も分からなくなっていると、そこはやはりツッコミ担当でもある岡崎拓哉が最初に言葉を発した。

 

 

「……いやいや、さすがにそれはないって。それで止んだらもう超能力者だよ。学園都市行ってこ―――、」

 

「嘘でしょ……?」

 

 最後までツッコミが続かなかった。にこの言葉に遮られ、おそるおそる拓哉も空を見上げると、そこには……。

 

 

「……おいおい、マジかよ」

 

 先程まで灰色に染まっていた空が青くなっていく。

 次々と日差しが差し込み、それはまるで女神が降りてきそうだと思ってしまうほどの幻想的な光景に見えた。

 

 そしてその中心。

 多分おそらく絶対偶然かもしれないが、それでもこの現象を起こしたかのように見せた少女が振り返る。

 

 

「本当に止んだ!!人間その気になれば何だってできるよ!」

 

「天候操作は普通できないけどな」

 

「ラブライブに出るだけじゃもったいない!」

 

「天候操作できんならラブライブより凄いけどな。歴史の教科書に載るぞ」

 

「この9人で残せる、最高の結果……」

 

「ことごとく無視だなオイ」

 

 

 

「優勝を目指そう!!」

 

 度肝を抜かれるとはこの事かと、メンバーの全員がそう感じた。

 予選で落ちても思い出を作れるならと思っていたのに、リーダーはその遥か上を提示してきたのだから。

 

 

「優勝!?」

 

「そこまでいっちゃうのー!?」

 

「大きく出たわね!?」

 

「面白そうやん!」

 

「どう、たくちゃん。ラブライブ優勝。したら、歴史の教科書に載るなんかより凄いと思わない?」

 

 ウインク付きのスマイルで拓哉を見る穂乃果。

 結局話聞いていたのかという事はさておいて、穂乃果の真意にはすぐ気付いた。

 

 歴史の教科書に載るのは確かに偉業だ。

 だけど、それよりももっと凄い事や大事な事があるなら、それはきっと本人達の心に残る最高の思い出だろう。仲間とやりきって、最高の結果を残して、自分達だけの一生の思い出ができるのなら、それは何よりも代えがたいものになる。

 

 

 だから拓哉はただ一言。

 

 

 

 

「……そうに違いねえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだよね!ラブライブのあの大きな会場で精一杯歌って、私達、1番になろう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今ここに。

 9人の意志が揃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秋葉原のとあるショップ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこに岡崎拓哉は1人で来ていた。

 あのあとせっかくだから店に寄ると穂乃果達と別れて来たのだ。

 

 

 目的はただ1つ。

 欲しいマンガを買うため。

 

 

 どこまでも岡崎拓哉は岡崎拓哉なのだった。

 

 

 

 

(わざわざATMに行って金をおろしたぞ。クレープやらゲーセンやら何で俺がほぼ全部奢ってんだちくしょうめ!!せめて割り勘とか提案してくれる女の子ができたら即堕ちて告白するわ。それですぐフラれるまでは予想できた)

 

 ラブライブ優勝という新たな目標ができ、μ'sの活気が出てきたところではあるが、そこはそこ、これはこれなのが拓哉の考えだ。というか自分の大好きな趣味を蔑ろにする気は毛頭ないのではあるが。

 

 

 

(相変わらずここはアニメとかマンガとか何でも揃ってんな。さすが秋葉原。俺のためにあると言ってもいいレベルの充実さだ)

 

 アニメショップと言えば早いのだが、他にもCDが売ってたりと割とジャンルも豊富な店だからこそ、拓哉はこの店に頻繁に訪れている。

 手早くマンガを買って雨がまた降らないうちに帰ろうと思い、マンガコーナーに向かおうとした時だった。

 

 

 

 

 視界の隅に何やら違和感を感じた。

 マンガコーナーに向かうにはCDコーナーを過ぎなければならないのだが、そのCDコーナーのところで高い場所にあるCDを必死に取ろうと背伸びまでしているが中々取れずに体が背伸びのせいでピクピクと小刻みに震えている残念少女がいた。

 

 

 

(……、)

 

 思わずマンガコーナーに向かっていた足が止まってしまう。

 

 

(う、うーん……あれは、普通に見れば困ってるんだよ、な?取りたいのに取れてないんだし……できれば面倒な事が起きそうだから関わりたくはないんだがなあ)

 

 いつもなら迷わずに駆け付けるのだが、いかんせんその女の子の格好が気になる。

 まだそんなに寒くはないのにニット帽、でかいサングラス、マスクまでしているというオマケ付きだ。ぶっちゃけ超怪しい。

 

 

(というか何で誰も行ってやらないんだよ……。まああんなあからさまに怪しい格好してたら近づきたくないのも分かるけど)

 

 普通に見過ごせば、いずれは店員が気付いて取ってもらう事があるかもしれない。だから絶対に自分が行かなければならないなんて事はない。だけど、そこはやはり岡崎拓哉だった。

 

 相手がどんな格好であれ、明らかに困っている女の子を放っておけるほど岡崎拓哉は腐っていない。気付けば足は女の子の方へと向いていた。

 

 

(ああそうだ、目当てのCDを取ってすぐに渡して手っ取り早く退散すれば何も起きない。見事なイベントスルーにできるはずだ。そう、俺もあれから成長している。俺のために行動して俺のために助ける。今の状況も同じだ。俺が自分のために動けば何も起きずにやり過ごせるはずだ。何も問題なく!!)

 

 

 未だに無駄な背伸びでピクピクしている少女の隣に移動して、あっさりと少女が取ろうとしていたCDを取ってやる。

 

 

「あっ」

 

「ほれ、これだろ、取りたがってたの」

 

 突然の事で呆けている?(サングラスのせいで表情が読みづらい)少女にお目当てのブツを渡す。

 呆けているのならばそれは拓哉にとっては好都合だ。何かある前に撤退すればいいのだから。

 

 

「んじゃ。あ、あと女の子だからってさすがにその格好は怪しさしか感じねえから気を付けろよー」

 

 一応最後に助言ぽい事だけを言って去ろうとした。

 が、やはりこういう時も岡崎拓哉は岡崎拓哉の運命には逆らえなかった。

 

 

 

「あら、そういえばあなたって……」

 

 怪しい格好をした少女からの声だった。

 本当なら聞こえないフリをして去れば良かったものを脊髄反射というか油断していたというか、思わず足を止めてしまった拓哉。

 

 振り返ると同時に手を握られた。

 

 

「やっぱり!行きましょっ」

 

「え」

 

 今度は拓哉が呆ける番だった。

 何かを言う前に手を引っ張られる。自分の目当てのマンガコーナーが遠ざかっていくのを死んだ目で見ながらされるがままの情けない少年だった。

 

 

 

 

 

 店の外へ出た。

 

 

 

 

 

 

 

「……おい」

 

「心配しないで、取ってもらったCDは取りやすいとこに隠しておいたから」

 

「そういう事じゃねえよ……。誰だアンタ、俺にこんな職質オーライな女の子の知り合いなんていないはずなんだが」

 

 もうこの際なるようになれ体制に入る。

 関わるつもりはなかったがあちらが関わる気満々だったからこちらも単刀直入に質問する。

 

 

「あら、気付かない?私もまだまだ頑張らないとって事かしら」

 

「気付くも何もそこまで素顔見せないとか有名人か何かかよ。それなら余計そんな知り合いはいないぞ」

 

「そんなあなたは岡崎拓哉君、よね?」

 

「……何で知ってる」

 

「あなたもそれなりに知名度が上がってるから、かしら」

 

 

 心当たりは、1つしか思い浮かばなかった。

 

 

「この前のμ'sの映像か」

 

「ビンゴ♪」

 

 それならまあ癪だが納得はできる。

 あれで拓哉も曲がりなりにも顔を知られてしまい、微かだがスクールアイドルファンに知られてしまっているかもしれない。だが、まずその前に決着をつけないといけない話がある。

 

 

「それより、だからアンタは誰なんだ。μ'sのファンでもないだろ。ただのファンなら顔を隠す必要はないからな」

 

「あくまで学校の方針だから私はそんなに気にしてないんだけど、まああなたなら良いかなと思ってるの」

 

 どこか引っかかるような言い方に拓哉はさらに眉をひそめる。

 まるでどこからか上から言われているような気がして。

 

 

 

 そして、その少女は拓哉にだけ聞こえるボリュームで言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうも、岡崎拓哉君。A-RISEの綺羅ツバサです」

 

 

 

 

 

 

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

 

 

 

「……ああ、A-RISEのファンか」

 

「え?」

 

 どこかあっけらかんとしている拓哉に、綺羅ツバサと名乗った少女は思っていた反応と違いすぎて逆に自分が変な反応をしてしまう。

 

 

「最近じゃコスプレとかもあるしな。好きなスクールアイドルになりたいって感じか。普段の綺羅ツバサならどうしても目立つからその格好も納得だが、そこまで似せなくてもいいんじゃね?どんだけ好きなんだよ。程々にしねえと本人から苦情とか来るんじゃねえの?」

 

「いや、だから私がその綺羅ツバサ本人で……」

 

「あー、別にそういうの無理してやらなくていいから。本物がどんな趣味をしているかは知らないけど、仮にもあのA-RISEのリーダーが1人でしかもこんなところに来るなんて考えられねえ。でもそこまで貫こうとしてる努力はすげえって思ってるよ」

 

 話を聞いているうちにツバサと名乗る少女が俯いてピクピク震えている。

 いつまでたっても信じない少年をサングラスの奥から少し睨むように見上げながら、顔をグッと近づける。

 

 

「うおっ、何だよ」

 

「よーく見てなさい。これが私よ」

 

 言って、サングラスを外し、自分のチャームポイントを一緒に見せるために深く被っていたニット帽を浅く被り直す。

 すると、あまりにも有名人の顔が少年の瞳に写っていた。

 

 

 

 

 

 つまりは、本物の綺羅ツバサだった。

 

 

 

 

 それを見た岡崎拓哉は、数秒間脳内をフル回転させて状況整理していた。

 結果。

 

 

 

「な、な、きむぐぅッ!?」

 

 何かを言い終わる前に口を塞がれた。

 

 

「だから言ったでしょ!?あと大声出さないで。少ないかもだけどバレたら面倒だから」

 

 驚きを隠せない拓哉だが、ツバサの気迫じみた顔に首を大きく縦に振る。

 幸い周りにはバレていない。

 

 

 そこから2人は人の少ない裏路地まで移動した。

 

 

 

 

 

 

 

「驚いた?」

 

「まさかあのA-RISEのリーダーがこんなにも小さいとはな」

 

「そこは関係ないでしょっ!」

 

 拓哉も落ち着きを取り戻したらしい。何か非現実的にも思える事が起きてもすぐにそれに順応している。

 

 

「私もまさかここで岡崎君と会えるとは思ってなかったもの。でも丁度良かったわ。これなら私も時間がないけから手短に話す事がきる」

 

「話?」

 

「出るんでしょ?ラブライブ」

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬。

 寒気がした。

 

 

 今日ようやっとラブライブに出場すると決めたのに、それを最初から知っているような言い方。

 

 

「……俺は出ねえよ」

 

「てことはμ'sは出るって事よね」

 

 ちょっとふざけた答えをしたつもりだが、あっさりと裏を読まれてしまった。

 だが果たしてこの少女は何が言いたいのか。

 

 

 

 

 

「単純な話よ。むしろ一言だけと言ってもいいくらい」

 

「……何だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、ラブライブの覇者は笑顔でこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お互い、頑張りましょ。また近いうちにね♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?

雨止むところは悩みましたが、一応ツッコミどころとして入れましたw
あとはフライングでツバサと会わせちゃいました(てへぺろっ☆)
自分の作品のツバサには割と明るい役をやってもらいます。その方が扱いやすいので←
ツバサは何気にμ'sで言うと1番低いにこと同じ身長なので、何とも言い難い萌えを感じます。
次回からは山合宿編!!


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価を入れてくださった


シロカナタさん
Riotさん


計2名の方からいただきました。ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!


最近また感想減ってきたから寂しいマン
そして何気にもうすぐで100話……。


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87.行き着く先は


山合宿編導入回です。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やあ、岡崎拓哉君。西木野翔真だ』

 

「とりあえず何であなたが俺の電話番号を知ってるのかという事から問いただしてもよろしいでしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事は先日までに遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いざ練習を始めようかとしていたところで急に花陽が慌ててスマホ片手に集合をかけてきたのだ。

 どうにも今回のラブライブは予想以上に参加希望グループが多く、その中の大半が既に存在しているプロの曲をコピーしている者も多いとか。だからまずは既存曲ではなくオリジナルの曲を作ってアピールしなくてはならなくなってしまったのだ。

 

 

 しかし、言うは簡単だが実際にそう上手くいくはずもない。

 作詞も作曲も衣装も、急ピッチで作らなくてはならないという事は、それ相応に担当している者に負担もかかるというもの。いきなり作れと言われてすぐ作れるわけがないのである。

 

 従って、それら全てを集中して取り掛かれるような場所と環境がいるという事で。うちのまとめ役の1人でもある絵里が張り切って言ったのだ。

 

 

 

 

『合宿よおッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで今、アイドル研究部もといμ'sとその手伝いである俺こと岡崎拓哉が、多分快く別荘の貸し出しを引き受けてくれた真姫の別荘宅のある場所へと向かっている最中なのである。

 

 合宿を提案した時の絵里は何か凄かった。昔のバレエを彷彿とさせるターンを何故かそこで披露しながら言ってきたのだ。確かに綺麗だったが、今でもその行為は拓哉さんのいつかその謎を紐解く心のメモリストに記録している。生徒会長の任期を終えたからか、最近の絵里は何か弾けている気がする。

 

 

 さてここで本題だが、今回の合宿は海ではない。さすがにこの季節に海は冷えてしまうし、山にも別荘があるから山合宿にしようとなったのだ。海にも山にも別荘あるとか真姫さんまじブルジョワジー。陸海ときて今度は空に別荘作りそうまである。ラピュタかよ。

 

 

 とまあ、概の合宿へ行く理由はこんなもんだ。

 休日中にみんなで集まって色々と集中できるような環境なんて合宿くらいしかないのだろう。

 

 でもって今は電車の中なのだが、俺はスマホを片手に隅の方へ移動している。

 電車内での通話はマナー的に問題大アリなのだが、幸い田舎なのかは分からないが俺達以外に乗っている客はいないから大目に見てほしい。良い子は決して真似しちゃダメだぞ☆

 

 

 はてさて、俺も電話相手が親父とか桜井なら即刻無言で切って終わりにするのだが、いかんせん相手があまりにも予想外の相手だったからつい返事を返してしまった。

 その相手が。

 

 

 

『ははっ、何、別に調べてやったわけじゃないさ。真姫から聞いただけだよ』

 

「何で教えたんだ真姫……」

 

 西木野翔真。

 真姫の父親であり、世界にも誇れる最先端医療技術とその腕の持ち主。しかも病院を経営している本物のエリートお金持ちである。

 

 そんな人間が何故俺と知り合いなのかは、まああれだ。以前一悶着あったからとしか言いようがない。今思えばたった一言何か言うだけで人を動かせる人間に対して俺は何つう啖呵切ったんだろうと思う。振り返るだけで寒気がしますね。

 

 

『君とはまた話がしたくて真姫に家に誘うように色々と言っていたんだが、生憎真姫も思春期でね、恥ずかしがって中々言えないらしい』

 

「むしろそれで助かったと思ってる俺はおかしいですかね……。総合病院の社長から直接お呼び出しとか嫌な予感しかしないんですが」

 

『何を勘違いしているか分からないけど、多分逆だよ。僕は君に感謝しているんだ。娘の事を考えているようでまったく考えれていなかった僕の目を覚ましてくれた君にね』

 

「感謝……?」

 

 あんな乱暴口調やらで説教垂れた俺に感謝?怒られても文句は言えないような事をしたのに。

 

 

『ああ。だからそのお礼がしたくて家に招こうと思っていたんだ。だけどそれは叶わずに時間はたっていくばかりだ。だからせめて電話で話そうと思ってね。今回山にある別荘を貸すって事で良い機会だから真姫に聞いたんだよ』

 

 なるほど、結局のところ俺が1人で被害妄想爆発させてただけだったのね。何それ普通に恥ずかしい。本当に怒ってたら今頃俺は地下の研究室に連れて行かれてるのにな。……うん、これが被害妄想だわ。

 

 

『改めて、ありがとう。岡崎君』

 

「……お礼を言われる事はしてないですよ。俺は失礼も承知で殴り込みに行ったようなものなんですから」

 

『それでもだよ。君がその行動をしていなかったら今も真姫は僕に本当の笑顔を見せてはくれなかった。過程はどうあれ、あの結果で僕は大変満足している。だから素直に感謝の言葉を受け入れてくれてもいいだろう?』

 

「……じゃあ、そうさせてもらいます」

 

 冷静に話してみるとよく分かる。やはりこの人はちゃんと真姫の事を考えているんだ。あの時は色々と間違っていたけど、それでも純粋に真姫を思っての言葉だったのは間違いなかった。今は仲良くやってるようで一安心だ。

 

 

『ところでお礼の件だけど』

 

「……え?お礼って感謝の言葉だけじゃないんですか?」

 

『これでも病院経営者だぞ?それなりの事はしないと社長と西木野家の名が廃るよ』

 

 何だか大仰な事になってきたと思うのは気のせいだろうか。少なくとも電車の片隅で話すような内容じゃないのは拓哉さんにも分かりますよこれ。真姫め、花陽と凛と笑顔で談笑しやがって……今お前の父親と話してんだぞコノヤロー助けて!!

 

 

『そうだな。こういうのはどうだ。もし君が将来、大怪我や病気を患わったとする。それを僕が全身全霊を掛けて治療するというのは。もちろんお金はいらない。無償であり、しかも何回もだ。この先君に何があろうと僕が責任をもって何回でも元の元気な体に戻してみせよう』

 

「待って待って待って。飛躍してる。色々と飛躍しすぎてますから!というかそれ職権乱用と言うのでは!?いくら何でも大袈裟だし勿体ないですって!」

 

『僕は経営者なんだ。このくらいしてもきっと許されるさ。それに、個人的に君には大恩を感じているからむしろこれでも少ないと思っている』

 

 何を言いだしてんだこのエリート。さりげなく言ってるけどこれってとてつもない事だぞ。世界にも誇れる技術と腕を持っている人に何回も無償で治療してもらえるって、VIP待遇にもほどがあるだろ!

 

 

『それに、君は必ずそう言ってくると思っていたからこその提案でもある。下手に現金や物をプレゼントするより、こっちの方が実用的でもある。君がいつ大怪我や病気にかかるかなんて分からないんだから。だからある日突然そういう事が起きたら……という時の保険として受け入れてほしい』

 

「……、」

 

 ずるい、と思った。

 確かに大金や残る物としての物品を渡されるよりかは、いつ起きるかも分からない、だからこそいざという時の保険として最高の医者が看てくれる。そういう“いつか”を想定しての提案なら納得せざるを得ない。

 

 この先そんな事が起きるかもしれないし起きないかもしれない。不確定要素を含んでいるからいつお世話になるかも分からない。そういう事がないに越した事はないが、あったらあったで頼りにしたい気持ちは大きい。

 

 だから、ずるい。最後の切り札と思わせてくれるところが。

 こんな事を言われたら、嫌でも受け入れてしまいたくなるじゃないか。

 

 

「……分かりました」

 

『契約成立、と言ったところかな。ありがとう、この提案を吞んでくれて。君に何かあったら僕が何が何でも治してみせよう。これは絶対だ』

 

 世界最高治療医からのお墨付きを貰ってしまった。いいのだろうか、こんなどこにでもいる平凡な高校生がある意味チート的な回復手段を受け入れてしまって……。本音を言ってしまえば願ったり叶ったりだが、他の患者さんに悪いかなとも思ってしまう。

 

 

『僕の病院にいる患者様の事を気にしているならその必要はないよ。まず僕自身が治療する事の方が珍しいくらいだからね』

 

「もっと気にするわ!申し訳なさでいっぱいになんだろうが!」

 

 最高の爆弾落としてくれやがって、1番気にしてしまうとこでしょそんなの。分かって言ってるんじゃないだろうかこの人。

 

 

『ようやくいつもの調子に戻ったね』

 

「……やっぱり分かってて言ってたですか」

 

『まあね、あの時は思い切りタメ口だったから今の方が気を遣っているのかと思っていたよ』

 

「そりゃ、まあ……あの時は俺も頭に血が昇ってたというか何と言うか……今では反省もしてますし、こういう時はちゃんと話しますよ」

 

『そんな畏まらなくていいんだけどね。やはり君は面白い人間だ』

 

 褒めてんのかそれ。心の中で笑ってんじゃないだろうな。今思えばこの人こういう時何考えてるか全然分からん。エリートの思考がまったく読めない。エリートのベジータに勝った悟空はまさに努力の天才だったか……。

 

 

『さて、これで僕の話しておきたい事は済んだ。あとは本題だね』

 

「本題?」

 

『忘れているのかい?今日は合宿なんだろう?』

 

「ああ、そういう事ですか。分かってますよ、別荘、貸していただいてありがとうございます」

 

『君やμ'sの子達が関わっているなら僕は協力を惜しまないよ。ただこれが言いたくてね』

 

 何気にとんでもないサポーターが付いてしまったのではと思いながらも、俺は西木野さんの言葉の続きを待つ。

 ただ、何を言おうとしているのかは、何となくで分かっていたのかもしれない。

 

 

 

『みんなの事はもちろんだし、今更言うのは周回遅れかもしれないけれど……真姫の事を頼んだよ』

 

「……分かりました」

 

 安心したような息が零れたと同時に電話が切れる。

 周回遅れなんかではない。たとえそうだとしても、娘を思う気持ちに変わりはないんだから。こりゃ俺も合宿のあいだ頑張らなくちゃいけないな。

 

 

「あ、たくちゃんお帰りー。誰と話してたの?」

 

「ちょいと野暮用でな。気持ちはしっかりと受け止めたよ」

 

「?」

 

 おそらく頭の上に?を浮かべている穂乃果の隣へ座る。

 目的の駅に着くのはまだまだ先のようだ。気持ちを切り替えていこう。

 

 

 

「楽しみだね~。どんな別荘なんだろうね?海もそうだけど山も中々行く機会なんてないから楽しみだよ~」

 

「遊びに行くんじゃねえからな?海も山も同じくらいリスクはあるんだから気を付けないとダメだぞ」

 

「分かってるよー!1ヵ月のあいだに新しい曲を作ってみんなで頑張らないとだもん!ラブライブに出るためにもね!」

 

「ラブライブ、ね……」

 

 そこでふと、ある事を思い出した。

 

 

 

 先日。

 ラブライブで優勝を目標にしたあと、俺は1人で秋葉原にある店へと足を運んだ。そこである女の子と偶然会ったのだが、その女の子が予想外の人物だった。

 

 綺羅ツバサ。

 A-RISEのメンバーであり、そのリーダーでもある少女と、俺は接触してしまった。それが幸か不幸かは分からないけど、綺羅は最後に言っていた。

 

 

 

 

 

『お互い、頑張りましょ。また近いうちにね♪』

 

 

 

 

 お互い、か。

 まるで穂乃果達μ'sを意識しているかのような言葉に聞こえた。実際、意識してくれてはいるんだと思う。じゃないと普通数秒しか出ていない俺の事なんて覚えているはずがない。

 

 とすれば、嫌でも意識してしまう。必ずA-RISEとぶつかるという事実に。俺自体は今のμ'sに不満はなく、何なら本当にA-RISEとも良い勝負ができると思っていた。

 

 

 

 だから。

 なのに。

 

 

 

 綺羅のあの不敵で余裕な笑みを見てしまって、その気持ちが変わりつつある事に焦りが出ている、のかもしれない。

 まだまだ負ける心配はないと確信しているような表情だった。自信に満ち溢れているのが俺から見ても明らかだったし、他のメンバーもそう思っているんだろう。

 

 隣を見てみる。

 そこにはパンを頬張りながらハムスターみたいに頬が膨らんでいる穂乃果がいる。

 

 

「?」

 

「……ちゃんとよく噛んで食べろよ」

 

 できるだけ優しい声音で言うと、膨らんだ頬をもにゅもにゅさせながら頷いてこちらに微笑んでくる穂乃果。……こいつはこいつで自信があるんだろうけど、問題は他のメンバーだ。

 

 穂乃果がいくら自信満々に言っても、海未達は違う。ましてやスクールアイドルに詳しいにこや花陽はA-RISEの凄さを熟知している。だからA-RISEに勝てるかどうかなんて質問をしても確信をもって返してくる事は絶対にないだろう。

 

 あちらは全員が自信満々でも、こちらが決してそうとは言い難い。そこに勝敗が分けられるなら、この合宿のうちにできるだけ何とかしないとな……。

 っと、とりあえず今考えるべき事は新曲を完成させる事か。

 

 

 急ピッチで曲、歌詞、衣装案を作らないといけない。真姫と海未とことりには負担をかけてしまうのは何だし、俺もできるだけ手伝える事はやっていこうと思う。真姫はピアノ使うし、海未も歌詞を書くために腕を使う、ことりも衣装作りしないといけないし……今からマッサージの勉強でも始めるか?下手すると通報されそうだな。

 

 

 その時、俺の右肩にいきなりストッと重量を感じた。

 

 

「……つい今さっきまでパン食ってたんじゃねえのかよ……」

 

 見ると、穂乃果が俺の肩に頭を置きながらスースーと息を立てて寝ていた。パン食べ終わってすぐ寝れるとかこいつすげえな。のび太君かよ。それにしても心地良さそうに寝ている。これじゃ俺も身動きできないんだが……。

 

 

「着くまでまだ時間は結構あるし、寝かせてあげてても良いんじゃない?」

 

「せめて窓の方に頭を持っていってほしかったんだけどな……」

 

 様子を見に来た真姫がヒョコッと顔を覗かせに来た。まだ時間かかるのか。どこまで行くつもりなんだろうか。風景がまじの田舎になってきたぞ。ここって田舎なのん?って聞いてもはいそうですよって即答されるくらいの風景なんですがそれは。

 

 自分のいた席へ戻って行く真姫を視線だけで見送ってから穂乃果の顔を見る。……まあ、俺の肩なんかでこれだけ気持ち良さそうに寝てるのは、その、何……悪い気分ではないな、うん。

 

 寝てたら電車に揺られて知らないあいだに俺の方へ寄ってきたって事だろうか。だとしたら起きた時の反応で面白がってやろうか。別荘に着いたらそれなりに練習するだろうし、お気楽気分でいられるのは今だけってか。

 

 

 

「……ふ、ぅあ~。……まだ時間あるなら、俺もひと眠りするか」

 

 穂乃果の寝顔を見ていたら俺まで眠気を誘われたらしい。どうせ穂乃果は着くまで起きないだろうし、着くちょっと前に起きればいいだろう。そこで穂乃果の反応を見て気持ちよく目覚めてやろう。

 

 昨日買ったマンガを深夜まで見てたから寝不足気味だったし丁度良い。電車の揺れが良い感じに眠気を刺激してくる。

 

 

 

 意識が心地よく遠のいていく。

 俺は眠気のままに瞳を閉じて、視界も、意識さえも自ら闇へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガタンッと、音がした。

おそらく走っている電車の音だろう。そろそろ着くかと思ってうつらうつらとしながらもゆっくりと目を開いていく。

 

 

 

 

「くぁ~……、んぁ?」

 

そこにいたのは。

 

 

 

 

 

「仲良さそうに寝とるカップルだね~」

 

見知らぬおばあさんだった。

ふと、出発前に真姫が言っていた事を思い出した。2両編成の電車で、確認したがどちらにも客はいなかった。

 

という事はだ。

目の前にいるおばあさんは何なのか。決して幽霊ではないだろう。であれば、本物の人間であるならば、1つの真実が脳内によぎる。前の駅から乗ってきた人だろう。つまり、本来ならそこで全員が下りるはずだった駅。

 

まだ隣で寝ている穂乃果をゆっくりどかせてから急いで周囲を見る。

……誰も、いない。

 

 

 

 

「な、な、な……」

 

 

 

起きるはずだったのに、起きれなかった。

降りるべき駅で、降りれなかった。俺と穂乃果は2人して仲良く寝過ごしていたというわけだ。

 

 

 

 

 

 

「何ですとォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほとんど誰もいない電車内で、俺の絶叫だけが悲しく響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


まだ別荘に着かないというね←
今回は以前あった西木野父との会話伏線、そして前回のツバサとの会話を掘り起こす、という回です。
最終的には寝落ちしてましたね。
次回から山に入ります。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価を入れて下さった


gamdanhiさん


大変ありがとうございました!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!



今年中には合計100話超えれるかも?


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88.山の危険度


どうも、仕事や映画観に行ってたりと忙しくて更新が遅れました。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たるみすぎです!!」

 

「みんな起こしてくれないんだもん!!というか隣にいたたくちゃんも起こしてくれなかったし!!ひどいよ!!」

 

「待て穂乃果、その点に関してはもうあれだ。俺もお前も不毛な争いになるのは目に見えてる。だからここは2人で協力して魔王海未たんを倒そぐばぶるぅッッ!?」

 

「誰が魔王海未たんですか」

 

 

 

 

 

 

 

 元々降りるはずだった駅に降りたところでみんなが待っていてくれていた。

 幸い、次の駅との間が短くてしかも折り返しの電車がすぐに来てくれたのも不幸中の幸いだっただろう。何とか俺と穂乃果は海未達のいる場所へ戻る事ができたのだ。

 

 

 

 

 

「ごめんね穂乃果ちゃんたっくん……。忘れ物確認するまで気付かなくて……うぅ……」

 

「それは、まあ、降りる時に気付けなかった私にも非はありますが……」

 

 おい、なら何故俺に空手チョップをした。怒られる権利は俺と穂乃果にもあるがお前達にもあるだろう。きっと誰かが起こしてくれるかもしれないとどこかで希望を抱いてたんだからなこっちは。起きたら見知らぬおばあさんて、おばあさんてッ!せめてそこは美少女でしょうよ!!

 

 

「確かに穂乃果達が降りて来なかった事に海未が気付かなかったのは珍しいわね」

 

「多分あれでしょ。海未の格好を見れば分かるわ。山が楽しみ過ぎてふっつーに忘れてたんでしょうね」

 

「なっ、け、決してそのような事はあ、ありません!山は危険ですのでこのような装備は当然の事なのです!!」

 

「思いっきり動揺してんじゃねえか。お前も浮かれてんだったら俺達が怒られる筋合いはねえ!!」

 

「そうだそうだー!!」

 

 穂乃果と2人して抗議する。

 絵里とにこのおかげで海未の化けの皮が剥がれた。これで形勢逆転である。この機会に今までこてんぱんにされてきた恨みを晴らしてやるぜぐへへ。

 

 

「そ、そこまで言うなら私も聞かせてもらいます!穂乃果は想像つきますが、拓哉君は何で電車で寝ていたのですか!」

 

「ああん!?そりゃ決まってんだろ!!楽しみにしてたマンガを遅くまで読んでたか―――、」

 

「自業自得じゃないですかーッ!!」

 

「ぅぎゅぐるえッ!?」

 

 盛大に拳をお見舞いされたでござる。うん、確かにそれを言われてしまえば何も言い返せない。明らかに俺に非があるなこれ。勝ち目ないというか既に空手チョップからの正拳突きでオーバーキルされたまである。

 

 

 

 

 

 

「茶番はここまでにして、そろそろ行くわよ。次のバスが来ちゃうわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 真姫はもはや俺に興味すらなくなったのかな??ん??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「おお~!!」」」」」」」」

 

「いや、これまたでかい別荘だなオイ……」

 

 

 

 

 バスを降りて少し歩く事数分、目的地に到着して別荘まで来たが、相変わらずでかい別荘をお持ちになられてる西木野家は凄いのだと改めて思い知らされる。こんなの持ってる人に永久無償治療保証もらったのか俺……。

 

 

「さ、中に入りましょ」

 

 全員が圧巻されている中、1人当然のように落ち着いている真姫は別荘の中に入るよう促す。

 山の中とあって、いつもいる外よりも気温は少し低いようだ。だけど長袖でいれば十分に耐えられる温度ではある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで中へと入る。

 

 

 

 

 

「やっぱりピアノあるんだ!」

 

「ピアノってそんなホイホイ買えるようなものじゃないはずなんだけどな……いや、もう別荘何個もある時点で気にしてはいけないんだろうけど」

 

「おまけに暖炉もあるよー!」

 

「凄いにゃー!初めて暖炉見たにゃー!!」

 

 普通この日本で暖炉を見る事自体が珍しいだろう。北の地方とか、精々金持ちの家にあるかどうかくらいじゃなかろうか。だから外から見た時に煙突もあったのか。

 

 

「凄いよね~!ここに火を―――、」

 

「点けないわよ」

 

「「ええ!」」

 

「まだそんなに寒くないでしょ。それに、冬になる前に煙突を汚すと、サンタさんが入りにくくなるってパパが言ってたの」

 

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ん?

 

 

「パパ……?」

 

「サンタ、さん……?」

 

 おおっと?これはまさかの真姫さん、高校1年でサンタを信じているようです。穂乃果と凛は一瞬ポカンとしているようだが、俺的には真姫よりも真姫にそれを教え込んでいる西木野さんに対してポカンとしている。真面目だけどぶっ飛んでるなあの人。

 

 

「素敵!」

 

「優しいお父さんですね」

 

「ここの煙突はいつも私が綺麗にしていたの。去年までサンタさんが来てくれなかった事はなかったんだからっ」

 

 やべえ、このお嬢様意外とピュアだぞ。いつもはツンツンしまくってんのにサンタの事になるとぷりっぷりのキュアキュアなピュアお嬢様に変身しておられる。プリキュアかよ。

 

 

「証拠に、中見てごらんなさい」

 

「「ん?」」

 

 穂乃果と凛の側にいた俺も釣られて煙突の中を覗き込む。

 そこには、英語でサンタへのメッセージが書かれていた。真姫もそうだが、あの父親も相当溺愛してんだな……。以前まであんなだったけど、何だかんだで真姫を溺愛してんのは本当だったのか……。

 

 

「……ぷぷ、サンタ……真姫がサンタ……」

 

 その時だった。

 にこが突然今にも吹き出しそうな表情で笑いを堪えているのが分かった。だからだろうか、本能的に、その先を言わせてはならないと俺の直感がそう反応した。

 

 

「絵里!花陽!凛!穂乃果!」

 

 それだけで意図を理解してくれたのか、4人の動きは早かった。

 

 

「ダメよにこ!」

 

「痛い痛い!何よ!!」

 

「ダメだよ!それを言うのは重罪だよ!!」

 

「そうにゃ!真姫ちゃんの人生を左右する一言になるにゃ!!」

 

 事の重大さをにこと真姫以外が認識している。

 そうだ。これは真姫のためだ。俺達のように現実を知ってしまった穢れた者達ではなく、ピュアな心を持ち続けている真姫に絶望的な言葉を伝えてはダメだ。いつもはツンツンしているけど、そのギャップがこのピュア真姫ならそのままの方が良いに決まっている。

 

 

「だって真姫よ~?あの真姫が~!!」

 

「にこ、それ以上言おうとしたら……お前のそのツインテールをピクミンのように引っこ抜いてやるからな」

 

「誰がピクピクニンジンよ!!」

 

 おお、このネタ通じるのか。まあにこは年上だし通じるっちゃ通じるか。ピクミンは神ゲー、異論は認めない。ったく、真姫の別荘が凄いからって嫉妬して真姫のロマン溢れる夢をぶち壊そうとするのは許せんな。

 

 

「さあ、一通り中は見終えたし、そろそろ練習しましょ。作詞作曲衣装担当の海未真姫ことり以外のみんなは練習着に着替えてー」

 

 この話が広がってしまう前に絵里の助太刀が入った。よく言ったぞ絵里。これならにこも動かざるを得ない。

 

 

「拓哉は私と練習を見るの手伝ってちょうだい。着替えるから外で待っててくれるかしら」

 

「ああ、分かった」

 

 絵里に言われる通りに外へ出る。

 山だから周りは当然木々が溢れていた。けど、別荘の周りは大人数が余裕で動ける空間ができているから問題はないだろう。何かあるとすれば、よく周辺を調べてみれば分かるが、いきなり急斜面になっている箇所が何個かある。

 

 先程この辺りの地図を真姫から渡されたが、この場所以外は割と危険な場所が多いかもしれない。このような急斜面だったり、崖だったりと。崖はまあ遠くに行かない限りが大丈夫だろうが、急斜面は周囲にあるから安心はできない。 

 

 もし足が滑ってそこに行ってしまえばそのまま転げ落ちる危険性は高い。休憩中にでもあいつらがここに近づかないように気を付けないとな。まあ男ならまだしも俺以外は女の子しかいないし、好んで危険な場所に行きはしないだろう。……多分。

 

 

 しばらくすると、着替えを終えたメンバーが外へとやってきた。

 

 

「ねえ拓哉、真姫が海未達がいる部屋を拓哉にも把握しておいてほしいみたいだから、一旦真姫達の方へ行ってくれない?」

 

「そっか、分かった。じゃあ練習始めといていいぞ」

 

 確かに、手伝いとして唯一自由に動ける俺は全員の位置を把握しておいた方がいいだろう。何か手伝う際に海未の部屋はどこだっけとか迷ってる暇はないからな。後ろから絵里の「まずは基礎練習から始めるわよー」という声を聞きながら別荘の中へと入る。

 

 

「来たわね。じゃあ私達は曲を作っていきましょ。部屋を案内するわ」

 

「2階も広いね~」

 

「そう?まずはこっち」

 

 広いってレベルじゃないと思うんだが……。むしろちょっとしたホテルと言われても普通に納得してしまうかもしれない。

 

 

「海未はここで作詞をまとめて。本棚に辞書とか詞の本とか用意しておいたから」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「こんないっぱいすぐに用意できるもんなのか……」

 

 合宿行くと決めてたった数日で買ってここに用意しておくって相当だぞ。執事でも雇ってんじゃねえかと疑うまである。もしそうなら1人無料でください。できればメイドでお願いします。

 

 

「ことりはこっちで衣装を決めて。ファッションの方もミシンも一通りあるから」

 

 だから何で一通りあるんだよ。品揃え良過ぎか。ここは西木野デパートじゃないぞ。ちなみに俺用のマンガとか置いてないですかね。

 

 

「ありがとう、凄いね」

 

「私は下のピアノのところで曲をいくつか考えてるから、何かあったら来てね」

 

 そう言ってドアを閉めて1階へ降りていく真姫の隣を歩く。

 

 

「個別に部屋を用意するってすげえな」

 

「そうかしら?私からしたら普通の事だけど」

 

「うん、まあ、凄えんだけどさ」

 

「何かあるの?」

 

 2人分の部屋を用意して、作詞のための本や衣装のためのミシンを用意しているのは素直に凄いのだが、もっと根本的に思うところがあるのだ。

 それは。

 

 

「海未とことりは元々穂乃果がいる部屋や誰かがいるところで基本今まで作業してきたんだよ。だからそれに慣れててっていうか、ずっと騒がしいとこで作業をしてたあいつらが今ああやって1人しかいない部屋で逆に集中できんのかなって」

 

 そう、4人で穂乃果の部屋にいる時に大体2人は作業していた。なんやかんやで騒がしい方が集中できるみたいな感じになってなければいいんだけど……。

 

 

「もし何かあったら私のとこに来るでしょ。拓哉ももう絵里達のところに戻っていいわよ。人手がいりそうになったら呼ぶからそれだけ頭に入れておいて」

 

「ん、まあ、それもそうか。了解。んじゃまたあとでな」

 

 真姫は元々1人で何かをするのが慣れているから心配はなさそうだな。

 さて、それじゃ絵里達のところへ戻るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、何でこいつは寝てるんだ」

 

「休憩してたらいつのまにか心地良くなって寝ちゃったみたいね」

 

「オーケー、俺がたたき起こしてやる。山の中で清々しい痛みと共に目覚めるがいい」

 

「言葉がどんどん恐ろしくなっとるよ」

 

 練習場に戻ったら休憩中だったらしい。それはいいが、穂乃果のヤツが思い切り爆睡していた。このやろう、電車の中でも爆睡してたのにどんだけ寝れば気が済むんだ羨ましいぞ俺も寝かせろ。

 

 

「やめなさい。普通に起こすわよ。拓哉は穂乃果に容赦がなさすぎるのよ。幼馴染なのは分かるけど、幼馴染ってそんなものなの?」

 

「知らん。他の幼馴染事情は詳しくないんだ。とりあえずこいつはこういうとこがあるから俺や海未がしっかりして注意せねばならんのだ」

 

「注意の域を超えてると思う時があるのは気のせいかしら……」

 

 もちろん海未やことりにはそんなキツイ事はしない。海未は絶対にやり返されるというか、しっかりしていない時がまずないからな。ことりに至ってはもう天使だからむしろ見てるだけで癒される。穂乃果はあほのかだから構わない、以上。

 

 

「……ん?何してんだにこと凛のやつ」

 

 絵里が穂乃果を揺さぶってるのを横目に、少し離れたところでにこと凛が手を繋いで何かをやってる。……いや、にこがもう片方の手を伸ばしてるって事は、何かを取ろうとしてる、のか?

 

 いや待て。そもそもだ。

 あそこって確かさっき俺が確認した中で1番急斜面だった場所ではないか?何かあってからでは遅いと、そう思って誰かがあそこに近づかないように気を付けようと思っていた場所ではないか?

 

 だとしたら、マズイ。

 最初にそう思った。凛が支えてるらしいが、支えている方の手がプルプルと震えている。あれはもう限界に近いはずだ。もしあの手が離されたら、間違いなく2人は急斜面へと体が放り出される。それだけは阻止しないとマズイ。

 

 

 だから2人の元へ駆け寄ろうとした。

 その選択が遅かった。

 

 

 

「もうダメにゃーッ!!」

 

「えええええええええええええッ!?」

 

 凛とにこの体が急斜面へと放り出された。

 

 

「なッ……くっそ!!」

 

 凛の手が離れた瞬間にダッシュしたはいいが、俺の手は2人に届かなかった。だったら、なるようになれだ。行くしかない。

 

 

「ちょ、拓哉!?」

 

「お前らはそこで待ってろ!!絶対に来んじゃねえぞッ!!」

 

 迷わず急斜面へと飛び込む。

 転んだらケガは免れないだろう。ならば、転ばなければいいだけの話でもある。

 

 

「この坂いつまで続くのよー!!」

 

「止まらないにゃー!!」

 

「何気に無事そうだなあいつら……ッ」

 

 普段の練習が功を奏したのかもしれない。いきなりのダイブにもバランスを崩さずに転んではいないみたいだ。仲良く並んで走ってやがる。倒れてる倒木をまるでハードルを飛ぶようにジャンプしながら躱している。いやすげえなあいつら。

 

 

「「誰か止めてーッ!!」

 

 2人の声が轟く。

 確かにこの斜面を半ば強引に走らされて急に止まれるはずもない。仕方ない、何とか追いついて俺が2人の手を掴んで引っ張れば遠心力の要領で何とかなるかもしれない。

 

 

 ……ん?ちょっと待て。そういやこの斜面を1番危険視していた理由は何だった?真姫に渡された地図を思い出してみる。

 確かこの先は……崖だったような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……!!冗談じゃねえぞ!!」

 

 スピードを極限まで上げる。このまま間に合わなければにこと凛は間違いなく崖から落下だ。それだけは絶対に止めなくちゃいけない。2人のためなら俺は落ちても構わない。そんなに高い崖じゃなかったはずだから腕か足の骨折で済むはずだ。

 

 

「凛ッ!!にこおッ!!」

 

「うわっ、拓哉!?来てたの!?」

 

「た、助けてたくや君~!!」

 

「2人共俺の手に掴まれーッ!!」

 

 何とか手が届く距離になって手を伸ばす。にこも凛も走りながらも俺の手を上手く掴んでくれた。

 と、そこで視線の先にある光景を目にしてしまった。もう崖は直前のとこまで来ていた。くっそ、なるようになりやがれ!!

 

 

 

 

 

 

「お、お……ォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

「うぅわ!?」

 

「わー!?」

 

 力のある限りを使って凛とにこを後ろに引っ張って動きを止まらせる。

 要は凛とにこは助かったと思ってくれればいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして俺はと言えば。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体が宙に浮いているのを感じて取れた。

 まるで俺だけ周囲と時間がズレていて、俺1人だけスローモーションになっているかのような感覚だった。

 

 下を見れば、そこにあったのは川。

 なるほど、つまりこれはあれだ。アメコミのアニメでよくある高所からの落下の際、落ちる瞬間だけ時間が止まるアレみたいなものだろう。

 

 

 そして最後には、お決まりのそれだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫しのあいだ忘れていた重力の知覚が元に戻り、俺は凄まじい重力のGに逆らえるはずもなく川へと垂直落下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


山は危険……山は危険……。
皆さんも山に行く際は気を付けましょう。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価を入れてくださった、


くりとしさん、夏白菊さん


計2名の方からいただきました。ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!



艦これ映画観てきました。良かった……。艦これ二次に興味が出てきた。また観たいです。
ちなみに君の名は。は3回観ました。多い。


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89.班分け



どうも、先週更新できなかったのは法事がありまして、それが終わった直後に風邪にやられたからです。

年末も近いのに体調を崩す愚か者は吾輩です。
皆さんもどうかお気を付けください。胃腸風邪に初めてなりましたけど、厄介すぎてもうなりたくありません。


では、年内最後の投稿です。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶえっほいッ!!」

 

「くしゃみの仕方凄いな」

 

「もう……下が川で無事だったから良かったけど……いくら何でも無茶しすぎよ」

 

「仕方ねえだろ?にこと凛が落ちなくて済んだんだし、風邪ひく心配もなくて結果オーライじゃねえか」

 

「あなたの事を言ってるんだけど……」

 

 

 

 

 

 結局、あのあと俺は川へと見事なダイブをした。

 浅くもなく深くもなくで、幸いケガは免れたがこの季節だ。まだ寒くなる前とはいえ、さすがに山中は冷えるらしい。川めっちゃ冷たかった。山の俺に対する態度がドライすぎて悲しい。文字通り体が冷えた。

 

 

 

 落ちてからこの合宿所に帰って来れたのはにこと凛の上からのサポートと、真姫に見せてもらった周辺の地図の記憶が残っていたおかげでもある。

 びしょ濡れで震えながら走っている俺の姿を想像してもらえれば分かる。痛々しいだろ、色んな意味で。

 

 

 

 

「凄い!本物の暖炉!」

 

「おい穂乃果、結果オーライとは言ったが心配の欠片もないのか貴様は。お?」

 

「だってたくちゃんだもん。川に落ちたくらいじゃどうって事ないのは分かってるよ~」

 

「お、おう……。それは全面的に信頼してくれて言っているのか、それともただ単に頑丈だから大丈夫っしょ的な意味なのかよく分からないけど喰らえ俺のエキスを含んだ濡れたタオルアタックっ!!」

 

「ぶぎゃッ!」

 

 とりあえず何か気に食わなかったので穂乃果の顔面にタオルをクリーンヒットさせた。……あれ、おい、何だこいつ。タオルを数秒凝視したあと何かと思ったら普通に首にタオル巻いたぞ。あれか、練習後だからむしろ冷たくて気持ちいいとか、幼馴染だから今更気にしないってやつか。……俺が気にします、きゃっ。

 

 

「静かにしないと~、上で海未ちゃん達が作業してるんやし」

 

「あ、そっか」

 

「作業、か……」

 

 果たして上手くやっているのだろうか。真姫はまだしも、静かすぎて逆に海未とことりは落ち着かないと思っていそうだけど。

 ……って、

 

 

「あれ、真姫は……?」

 

「お茶用意しました~。はい、拓哉くん」

 

「ん、おう、サンキュー」

 

 俺の声は花陽のトロけるボイスにかき消された。ふむ、温かいお茶とはやはり気が利くな花陽は。飲んだお茶の温かさが体の中まで伝わってくる。まるで花陽の優しさが俺の体の中に染み渡っているようだ。……何て気持ち悪い表現をしてんだ俺。

 

 

「あ、じゃあ海未ちゃん達には私が持って行くよ」

 

「俺も気になるから一緒に行くわ」

 

 作曲してるはずの真姫がピアノのとこにいないのも気になるしな。

 

 

「たくちゃんは濡れてるから来ない方が良いと思うんだけど」

 

「よく見ろ。ちゃんとさっき着替えたし暖炉のおかげで体も温まったから完璧だっつの。完璧すぎてパーフェクトヒューマンまであるぞ」

 

「もう古いよそれ」

 

 おい待て。一応まだ今年の流行なんだから古いはやめろ。割と好きなんだぞ俺は。

 俺を放置してお茶を持ちながら2階へ上がっていく穂乃果をすぐさま追いかける。すると穂乃果は階段のすぐそばで立ち止まったままだった。

 

 

「静か……、みんな集中してるんだなあ……」

 

「部屋に1人だけだったら普通は静かなのが自然だろ。……それが果たして集中してるのかは不明だけど」

 

「?」

 

 おそらく疑問符を浮かべているであろう穂乃果を無視して海未がいる部屋をノックする。

 返事はないがそのままドアを開ける。ノックはしたから不法侵入ではないはずだ、多分。

 

 

「あれ、海未ちゃん?」

 

「いない……?」

 

 後ろからひょこっと覗いてから部屋へと入っていく穂乃果に続いて俺も入る。しかしどこにも海未の姿はない。トイレか?と思うのは失礼かもしれないが、それ以外の理由が思い付かないのも事実。

 

 

「うわ!た、たくちゃん!こ、これ!!」

 

「んあ?何だこれ?……『探さないでください』?」

 

「海未ちゃんがどっか行っちゃったんだよ!タツノリ跡を濁さずってやつだよきっと!!」

 

「立つ鳥跡を濁さずな」

 

 タツノリって誰だよ。限定的にも程があるだろ。というか跡濁しまくってんじゃねえか。思いっきり紙置いて物的証拠残してんぞ。海未でこうなってしまったって事は……。

 

 

「穂乃果、ことりの部屋にも様子見に行くぞ」

 

「うん!」

 

 慌てた様子でことりの部屋へ走って行く穂乃果。俺もそれに続いていく。

 

 

「ことりちゃーん!海未ちゃんが……ってあー!?」

 

「やっぱことりもいなくなってん……いや余裕あるなこいつ。変に凝ってんじゃねえか……」

 

 ことりの部屋にも書置きみたいなものはあったが、何かもはやダイイングメッセージ的な感じで壁に『タスケテ』とある。知らない人が見たら殺人事件か心霊現象と思っても違和感ないかもしれない。

 

 

「た、大変だ……ぁ、たくちゃんこれ!」

 

「これは、布を繋げて1本のロープに見立ててんのか。……穂乃果、多分ことりも海未も真姫もこの外にいるはずだ。それとメンバーも一旦下に集合させる。ほれ、外見てみろ」

 

「うん……あ、いた……」

 

 外を見ると木陰辺りにことうみまきの3人がいた。予想通りではあったが、ことりのやつ器用というか度胸あるなオイ。仮にも即興で作った布ロープを使って2階から下へ降りたのか。俺でもちょっとは躊躇してしまうぞ。

 

 

「それでたくちゃん、みんなを集めてどうするの?」

 

「んなの決まってんだろ。緊急会議だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「スランプぅ!?」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 一旦全員を一か所に集合させた。

 元々俺が川に落ちたせいで看病?してくれていたのが練習メンバー全員だったから呼ぶのは海未達だけで済んだ。

 

 

 

 

「つまり、今までよりも強いプレッシャーがかかってるっていう事?」

 

「はい……。気にしないようにはしているのですが……」

 

「上手くいかなくて、予選敗退になっちゃったらって思うと……」

 

「わ、私はそんなの関係なく進んでいたけどね……!」

 

「その割には譜面真っ白にゃ!」

 

「って、勝手に見ないで!」

 

 見事に3人が同じ理由でスランプに陥っている。

 この3人が部屋脱走してしまうくらいだもんな。普通に考えたら異常である。……いや、

 

 

「確かに、3人に任せっきりっていうのも良くないかも……」

 

「だな。というより俺達は今まで3人に頼りすぎていたんだ。海未達が作詞作曲衣装全てをやってくれるって思いこんで積極的に手伝えなかったのが原因でもある。適材適所ってのは確かにあるけど、それを理由に海未達がこんなになってちゃグループとして見過ごせない」

 

 作詞ができるのは海未、衣装を作れるのがことり、作曲をできるのが真姫。元々グループ内にピンポイントでこれだけできるメンバーがいる事自体が奇跡に近い。だからみんなそれに甘えてしまっていた。もちろん俺も。

 

 自分達にはできないからと、できる者に任せようという固定概念に囚われてしまっていた。つまり、今回はもうそれだけじゃダメなレベルにまでなっているという事だ。予選だけれど、その相手の中にあのA-RISEがいる。

 

 そのプレッシャーに3人がやられていつものように作業ができなくなっている、かもしれない。それに、3人だけに負担を持たせていたらいつプレッシャーにやられてへばってしまうか分からない。

 

 

「そうね。責任も大きくなるから負担もかかるだろうし……」

 

「じゃあみんなで意見出し合って話しながら曲を作っていけばいいんやない?」

 

「そうね、せっかく9人揃ってるんだし……ついでに拓哉もいるし、それでいいんじゃない?」

 

「おい、何で俺をおまけ扱いした。否定はしないけど何でだ。それなりに拗ねるぞ」

 

「うるさいわよ拓哉。じゃあ私の作詞した『にこにーにこちゃん』に曲をつけ―――、」

 

「なーんて9人で話してたら、いつまでたっても決まらないよ?」

 

 希の言う通りである。

 話し合うに越した事はないが、それでは意見がバラバラになる可能性も否めない。少人数ならまだしも9人もいればそれは必然になってくる。

 であれば。

 

 

「そうね……あ、そうだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ3班に分かれましょ」

 

「なるほど、王様ゲームみたいに割り箸で振り分けか。考えたな」

 

「もうちょっと例えを年相応にしいや」

 

 あれ、王様ゲームって高校生じゃ年相応じゃないのか。王様になった人が番号を言って好きなように命令できるっていう何とも魅力溢れるゲームなのに。……うん、これは確かに大人の遊びだったわ。

 

 

「ことりを中心に衣装を決める班と……」

 

 まずは衣装班。メンバーはことり、穂乃果、花陽の3人らしい。何だこのメンバーは。こいつらに囲まれたら脳みそが溶けてなくなりそうな感じがしてならない。なくなった後はきっと脳内はお花畑になってるに違いない。1番平和な班だな。

 

 

「海未を中心に作詞する班」

 

 次に作詞班。メンバーは海未、凛、希の3人。……おかしい、真面目な海未がいるのにも関わらずこの班から何故か危険な香りがプンプンしやがる。俺の嫌な予感はほぼ確実に当たるけど、そのセンサーが暴発しそうになってるまである。

 

 

「そして、真姫を中心に作曲する班」

 

 最後に作曲班。メンバーは真姫、絵里、にこの3人。ことり達が1番平和な班なら、真姫達の班は1番真面目そうな班だな。真姫と絵里は言わずもがな、にこも何だかんだで真面目だし、安心できそうだ。……え?海未の班?知らない。

 

 

「で、拓哉は1つの班を贔屓してもらうのもダメだから、時間を見て順番に班を確認してもらってくれるかしら」

 

「まあ、それが順当だよな。……何気に疲れそうだけど」

 

「よーし、じゃあみんなで曲作り頑張ろー!!」

 

「「「「「「おー!!」」」」」」

 

「……お~」

 

 

 

 かくして、3班に分かれた曲作りが始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って、どうして別荘があるのに外でテント張らなきゃならないのよ!」

 

「少し距離取らないと、3班に分けた意味ないでしょ。丁度別荘にテントあったし」

 

「テント張ったのは俺1人だけどな」

 

 別荘から1番近いという事でまずは作曲班の手伝いをしているわたくしこと岡崎拓哉。さっそくテントを張らされるという役割を押し付けられましたでございます。小さめのテントだからそんなに苦労はせずに済んだが……、

 

 

「さすがにこのテントに4人は狭くない?」

 

「遠回しに俺に出ていけって言ってるな?そうだろ?そうなんだろ?」

 

「仕方ないでしょ。ジャンケンで負けて小さいテントになったんだから、我慢しなさい」

 

 我慢しなさいって事は絵里も少なくとも狭いと思ってるって事だな?ん?

 

 

「こんなのでほんとに作曲できるの~?」

 

 こんなのって言うな。特に苦労もしてないけど俺が1人で張ったテントにこんなのとか言うな。泣くぞ、テントと主に俺が。

 

 

「別に私はどうせあとでピアノのところに戻るから」

 

「ふふっ、じゃあ食事でも作りましょうか。真姫が少しでも進めるように」

 

「……!~~~ッ!」

 

「じゃあ俺が作ってくるよ。飯なら任せろ」

 

「あら、あまり舐めないでちょうだい?私だって料理の1つや2つくらいできるんだからね?」

 

「夏合宿の時を忘れたの?にこの料理の腕は相当なんだから手伝わせなさい」

 

 確かににこの腕は大したものだった。サラダのみなのに美味しかったり、何日目かの夕飯を作らせてみた際はとても美味しいハンバーグを作ってくれた。こいつ絶対良い主婦になるわ。絵里の腕は分からないから見物かな。

 

 

「私の腕に不安があるなら共同作業しましょう?新婚夫婦みたいで面白いかもねっ」

 

「ッ……うるせ、とっとと行くぞ……」

 

 言ってテントから出て足早に別荘へ向かう。

 絵里みたいな女の子がそういう事言うと大変危険である。そこら辺の男子なら一瞬で落ちてるな。俺も一瞬落ちかけたけど現実はそんなに甘くないと現実に戻る事ができた。クォーターって恐ろしい……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は今川沿いを歩いている。

 別荘である程度料理を作ってから時間を見てそのまま移動してきたのだ。

 

 

 軽食におにぎりと卵焼き、ウインナーのみと本当に簡単なものしか作らなかった。……本格的な料理だと思って腕がどうとか言ってたのが恥ずかしいわちくしょう。そんなわけで真姫のテントに戻らずそのまま次の班を見に来ている俺なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 確かことり達の班はここら辺にいるって言ってたような……と、あれか。川沿いだから見つけやすいな。別荘から少し距離が離れているため結構歩いたが、少し肌寒く感じるよりこうして歩いた方が体も温まるのは好都合だ。

 

 

「あ、たっくん」

 

「おう、ことりか」

 

 テントに近づくと偶然にもことりがテントから出てきた。スケッチブックを持っているところを見ると、デザインの途中だったのか。

 

 

「どうだ、調子は。描けそうか?」

 

「うーん、一応頭にイメージは浮かんできたんだけど~……」

 

「そうか、穂乃果と花陽はテントの中か?」

 

「花陽ちゃんはデザインに参考にできるのがないか少しお散歩してくるって外に行ったよ。穂乃果ちゃんは……あ、あはは~」

 

「……、」

 

 ことりの顔がどうも引き攣っている。穂乃果の事を聞いてことりがこういう顔をする時は大抵穂乃果がいらん事をしているか余計な事をしている時だ。どっちも変わらんな。でも確信はした。穂乃果は今きっとことりの役に立っていない。

 

 花陽は外に行ったとことりは言っていた。つまり穂乃果はこの中にいる事になる。

 俺は勢いよくガバッ!とテントのチャックを下に降ろして中を覗く。

 

 

 

 

 そこにいたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気持ちよくテント内で熟睡している穂乃果がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの、たっくん?気持ち良さそうに寝てるから、今だけは起こさなくても―――、」

 

「班分けしたのに手伝いもせず堂々と寝てんじゃねえぞオルァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 さて、いかがでしたでしょうか?


 何かをやっていればスランプは誰にでも来るものです。
 自分もスランプがあったりなかったりと繰り返しが続いた時期がありまして、腹いせに色んなアニメ見てました。……アニメはいい。
 狭いテントの中で女の子に囲まれるとか役得すぎるんだよなあ。


 と、改めて先週更新できなくて申し訳ありませんでした。
 風邪、インフル、ノロウイルスにはくれぐれもお気をつけて……。

 そして、年末という事で今週来週は予定が結構詰まっていて忙しいので、これが年内最後の投稿となります。
 次話は来年となりますが、いつ更新になるかは不明です。
 できれば早めに、1週の月曜の2日に投稿したいところではありますが、家にいないのでそれも不明です←。
 ですので、更新報告とかそういう情報はできるだけ細かくTwitterの方でお知らせする予定なので、もし気になる方がいればTwitterを見て頂ければお分かりになるかと。
 ではでは、皆さんもよい年末を、そして良い年始を!!


 いつもご感想高評価ありがとうございます!!
 これからもご感想高評価お待ちしております!!



Twitter情報です。主に進捗情報、更新が遅れる際などをお知らせしています。
https://twitter.com/tabolovelive




何気に総合100話突入しましたね。年内最後の更新が100話丁度で嬉しいです(笑)
記念すべき100話なので何かとも思いましたが、そういえばもうすぐでこの小説が始まって2周年なので良いかなとw
何かできそうであればまた考えておきます!


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90.答え


明けましておめでとうございます。
今年もこの作品共々よろしくお願いいたします。

山合宿編最後です!


では、どうぞ。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、拓哉くん」

 

「おう、花陽か」

 

 

 

 

 

 テントの外で美味しい空気を吸っていると花陽が戻ってきた。

 ちなみに俺の穂乃果に対する絶叫は、ことりに後ろから抱き付かれて止められるという大変役得な感触を味わえたので満足しております。素晴らしきかなおっぱい。

 

 

 

 ちなみに穂乃果はまだ寝ている。いつまで寝れば気が済むのだろうかあいつは。夜寝れなくても知らんぞ。……いや、あいつは昔からどれだけ寝ても夜は眠ろうと思えばいつでも寝れるヤツだったな。地味にすげえ。

 

 

「花陽ちゃん、お帰り~」

 

「ただいま、ことりちゃん。調子はどう?」

 

 テントから出てきたことりが笑顔で迎える。仕事からの帰りをこんな新妻に迎えてほしい人生だった。これだけで俺はきっと昇天して成仏するだろう。何せ相手は天使なのだ。喜んで召される。

 

 

「うんっ、一息ついたら少しイメージが湧いてきたよっ。……あれ、それは?」

 

「花、か?」

 

「……綺麗だなって思って。同じ花なのに、1つ1つ色が違ったり、みんなそれぞれ個性があるの。今回の曲のヒントになるといいなっ」

 

「ありがとう、花陽ちゃん!」

 

 確かに同じ種類の花となれど、多少色の濃さが違ったりほんの少し形が違っているのも多いのはよく見る。だが、そんないつも見ているから気付けなくて同じように見えるものでも、少しの違いさえ分かってしまえば印象も徐々に変わってくるというものだ。

 

 同じ女子高生。同じグループ。だけど見た目はもちろん性格もバラバラなμ's。まとまっていないようでまとまっている。それもそれぞれがちゃんと個性を持っているからだ。この花のように、同じ(グループ)なのに色や形が変わっているように。

 

 

「そういえば、穂乃果ちゃんは?」

 

「……あ、あはは~、穂乃果ちゃんなら……」

 

「寝てるよ、その中でぐっすりとな」

 

 リーダーが真っ先に戦力外になってどうすんだまったく。寝れるなら俺だって寝たいくらいだってのに気楽なもんだこいつは。

 

 

「まあ、この山の空気も美味しいし、運動したあとなら風だって心地良いから眠くなっちゃうのは、分かるかな」

 

「にしても寝すぎだろ穂乃果の場合は……。いつ寝ても気持ち良さそうにしか寝ないからな、ある意味すげえわ」

 

「……、」

 

「……ことり?」

 

 ふと急にだんまりを決め込んだことりが気になって声をかける。何だか目がウトウトしているように見えたのは気のせいだろうか。

 

 

「……ふぇっ!?あ、うんっ、穂乃果ちゃんが眠くなっちゃうの、私も分かるな~なんて……」

 

「ことりも花陽も分かるのか……」

 

 何だ、女の子は山に来たら眠くなる作用でもあるのだろうか。……穂乃果の場合は常にだと思うけど。でも確かに女の子はこういう爽やかな場所に来ると寝転んだりしたくなるのかもしれない。それでそのまま気持ちよくうたた寝するとか。

 

 

「た、たっくん!そろそろ海未ちゃん達のところに行く時間じゃない?時間的にも今から行った方がいいと思うんだけどな~……」

 

「ん?ああ、それもそうだな。じゃあそろそろ俺は行くわ。……必要なら穂乃果起こしてから行―――、」

 

「大丈夫っ!大丈夫だから、行って?あとは私達で進めるから!」

 

「お、おう……?」

 

 何だか背中を押される形で急かされてしまった。もしかして気を遣ってくれてるのだろうか?……あれ、何かことりがぽけ~っとしてない?気のせい?アイデアでも浮かびそうなのだろうか。

 

 

「拓哉くん、凛ちゃん達はあそこら辺を登って行けば大丈夫だと思うよ」

 

「ん、おう、分かった。んじゃまたな」

 

 まあ大丈夫だろ。最悪穂乃果1人寝ていてもことりと花陽の2人ならしっかりしているし心配の必要もなさそうだ。軽く手を振ると花陽も手を振って返してくれた。ことりは……あれ目開いてんのか?目閉じながら手振ってない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故か俺は山を歩いている。

 

 

 

 

 いや、少し表現が違うか。

 正しくは山を登っている。……何で?

 

 海未の班は作詞をする班のはずだ。つまり作曲と同じようにどこかに移動してイメージを沸かすような事はあまりしなくていいはずなのだ。もちろん歌詞を書く際は色んな場所へ行ってふと出てきたフレーズをメモするという事はよく聞くが、それにしてもこの移動距離は異常だ。

 

 ちなみにこの山にはそこかしこに電波塔があるから携帯での連絡は簡単にとれる。西木野家は一体どこを目指しているんだろうか。この山地ほぼ全域に電波が届いているかもしれない。

 

 

 あるからにはそれを利用しない手はなくて、海未に電話をしたのだが出ず。その直後に海未からメールが来たがその文面には『電話は出られません。連絡があるならすべてメールでお願いします』とだけ書かれていた。いや電話くらい出ろよ……。

 

 希と凛に電話をしても出ずにメールすら来ない。作詞するだけなのに一体何をしているというのか。

 一応時々返ってくる海未からのメールで大体の場所を教えてもらいながら登山中である。……いや、というか、

 

 

 

「マジで何でこんなとこまで来てんだ俺……」

 

 思わず声が漏れ出てしまう。当初予想していたイメージと全然違うんだけど。作詞ってもっとゆっくりウォーキングでもしながらふと出てきたフレーズをメモするようなものじゃないんですかね……。

 

 気付けば陽も傾き始めていてもう夕方である。こりゃちょっと早く合流しないとまずいかもな。夜になっても合流できなかったらさすがの俺も1人じゃどうにもできないぞ。サバイバル経験はないです。

 

 そんなわけで移動スピードを上げていく。海未のメールによると、もうそろそろ合流してもいい頃だとは思うのだが、海未達のスピードは速いのだろうか。

 つうか結構な岩場が続いてんだけど。何これ、もはやちょっとした修行じゃねえか。大丈夫なのかあいつら?何も起きてないといいけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と。

 岩場を進んでいた時だった。

 

 

 

 海未達がいた。

 それはいい。いいのだが。何か傾斜が半端ないんだがあそこ。むしろ垂直に近いと言った方がいいのではないだろうか。そんなとこを海未達は登っている。いや、登ろうとして凛が悲鳴を上げている。

 

 

「にゃァァァあああああああああああああああああああああッ!!」

 

「凛!!絶対にこの手を離してはなりません!死にますよッ!!」

 

「いやー!!今日はこんなのばっかりにゃーッ!!!!!!」

 

「ファイトが足りんよー!!」

 

「いや普通に危ねえよ!!死ぬ気かお前らは!?」

 

「あ、拓哉君。いつの間に来てたん?」

 

「たった今あそこから不安定な足場を無視して全速力でダッシュしてきたんだよ!!」

 

 何でこんな状況になってんだこいつら!作詞するはずだよな!?何がどうなったら作詞から登山修行に目的が変わるんだッ!やっぱこの班不安だったの当たってたじゃねえかちくしょーう!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とか全員で登りきる事ができた。

 作詞作りで死に掛けるなんて思ってもいなかった。川にダイブした時よりちょっと覚悟したぞ。

 

 

「雲がかかってきた……。山頂まで行くのは無理やね……」

 

「そんな……ここまで来たのに……!」

 

 山頂まで行くつもりだったのかよ持たねえよ合宿終わっちまうよ。

 

 

「うぅ~……酷いにゃ!凛はこんなとこ全然来たくなかったのにー!!」

 

 まったくの同感である。

 何が悲しくて合宿で登山しなくてはならないのか。

 

 

「仕方ありません。今日は明け方まで天候を待って、翌日アタックをかけましょう。山頂アタックです!!」

 

「まだ行くの~!?」

 

「当然です!何しにここに来たと思ってるんですか!!」

 

「作詞に来たはずにゃ~……!!」

 

「……ハッ!?」

 

「まさか忘れてたの!?」

 

「おい……海未……?」

 

 今完全に思い出したような顔と口ぶりだったよな。まじで登山楽しんでたよな。1人だけレッツ登山トライ気分満々だったよな。完全装備だもの。自分だけ登山しにきたかのようなフル装備だもの。確実に1番浮かれてるんだもの。

 

 

「そ、そんな事ありません!山を制覇し、成し遂げたという充実感が創作の源になると私は思うのです!」

 

 こいつ今思いっきり即興で嘘言いやがったな。凛は誤魔化せても幼馴染の俺は誤魔化せないぞ。主にお前の頬に流れている汗が冷や汗だって事は既に分かっているんだからな。

 

 

「まあまあ海未ちゃん。気持ちは分かるけど、ここまでにしといた方がいいよ」

 

「ですが……」

 

「山で1番大切なのは、何か知ってる?チャレンジする勇気やない、諦める勇気。分かるやろ?」

 

「希……」

 

 やっとまともな事を言ったか。希は真面目な時は納得させるかのような言葉を出してくれるのに、普段は面白がってノッてくるからタチが悪い。でもまあ、だからこそ真面目になると分かりやすい事もある。今の希がそう言うなら本当なんだろう。

 

 

「凛ちゃん、拓哉君、下山の準備。晩ご飯はラーメンにしよ」

 

「ほんとぉ!?」

 

「下に食べられる草がたくさんあったよ。拓哉君も手伝って」

 

「え、あ、おう」

 

 突然の指名に返事が少し遅れた。食べられる草がたくさんあったって、登山中に見つけたって事だよな?岩場にはそんなに野草はなかったから森の中だろうか。

 にしても、

 

 

「それにしても、こんな事まで詳しい希って……」

 

「謎にゃー」

 

「博識ってレベル超えてないかあいつ……。まじでスピリチュアル少女って言われてもそろそろ納得してしまいそうだぞ……」

 

 そう言いながら3人で希を追いかける。

 ……そういえば下山に晩飯の準備って事は、あのそれなりに険しい岩場を今度は下っていかないといけないのか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……はあ……」

 

 最初に言っておくが決して興奮しているわけではない。

 希にこき使われ色んな野草を取りに行かされた挙句、まあ当然と言えば当然なのだがラーメンを3人前しか持って来ていないと言われ何も食べないまま1人で山を下りている最中なのだ。

 

 山の夜は危険だからあまり出歩かない方が良いのだが、ある程度は下山もしたし真姫んとこの私有地だから害獣もいないだろうと思っての事だ。というかあの班にいるとまた疲れそうで内心ちょっとだけホッとしているのは多分気のせいだろう。

 

 

「……ん、あれは」

 

 歩いていると先の方からオレンジのような灯りがぼうっと見えた。

 あの方向は確か……、

 

 

 

「よお、やっぱ絵―――、」

 

「びゃァァァああああああああああああああああッ!?」

 

「……、」

 

「ああ、拓哉か。気にしないで、どうやら絵里は暗いとこが苦手というか、臆病らしいから」

 

 いやそれにしてもだろ。いきなり声かけた俺も悪いと思うが、さすがにここまで涙目になって怯えた目で見られると傷付くぞ。……そういや合宿の時に苦手って言ってたな。

 

 

「それで、何しに来たの」

 

「海未の班にいるのは色んな意味で疲れるから帰ってきたとこだ。直球で言うと腹減ったから撤退」

 

「自分の欲に忠実ね……」

 

 そりゃそうだ。目の前でラーメンの匂いを漂わせられたら男の俺への精神ダメージが大きすぎる。食欲の獣になるとこだったんだからな。男子高校生の食欲を舐めてはいけない。

 

 

「う、うぅ……」

 

「あー、ほら、せっかくさっき出てきたのに焼き芋持ったまままたテントの中に戻っちゃったじゃない」

 

「え、俺が悪いの?全体的に俺が悪者扱いなの?というか何焼き芋食ってんだ俺にも食わせろ」

 

「嫌よ。だって3本しか持ってきてないんですもの。食べたかったらさっさと別荘に戻ることね」

 

「う、うわああああああああああああああああんっ!!覚えてろよおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 ちくしょう、どいつもこいつも俺のだけ用意してないの酷すぎだろ!せめて魚肉ソーセージ1本くらいは持っててくれてもいいんじゃないの!拓哉さんだけ飯テロ喰らいすぎてもうグロッキー状態なんですからね!!

 

 

 

 負け惜しみの言葉だけを叫んで俺は別荘へ逃げ帰るように走り出す。

 その瞬間、テントの中から絵里の短い悲鳴が聞こえた事は忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間が進むのは意外と早かった。

 それもそうだろう。

 

 

 今この別荘に拓哉以外はいない。

 メンバーはそれぞれ班に分かれて外で作業をしているのだからと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう思っていた。

 

 

 

 

 

「……っ、んぁ?」

 

 下の方からピアノのメロディが聴こえると同時に目が覚める。

 夕飯を食べ終わってから自分用に用意されていた部屋のベッドで寝てしまっていたのだろう。

 

 時計を見ればもう深夜を指していた。

 この時間に作業しているのは褒められた事ではないが、寝起きの拓哉でも分かるほどに聴こえてくるピアノの音は綺麗なものだった。ピアノを弾く人間なんて1人しかいない。

 

 うるさくしないようにゆっくりと部屋を出て階段を下りていく。

 やはり真姫がピアノを弾いている。そして、その他にもメンバーはいた。

 

 

(海未、ことりも……)

 

 作曲、作詞、衣装、その担当をしているメインの3人が今、真剣に、けれど悩みの顔も見せずスラスラを手を進めている。

 昼とは明らかに違うのは表情が示していた。

 

 3人の中にあった悩みはもう解決したのだろう。

 1人1人ではどうにもならなかったかもしれない。ずっと悩んでいただけだったかもしれない。だけど、それも仲間がいるなら違ってくる。自分じゃ解けない問題を解いてくれる。

 

 

(……やっぱ強くなってるじゃねえか、みんな)

 

 素直に拓哉はそう思う。

 以前とはまるで違う。そう思わせてくれるかのように彼女達は、μ'sは成長している。これまでのように拓哉が必要以上の介入をせずとも、自分達でできる事はちゃんとできている。

 

 心配もあった。

 A-RISEにも負けないなんて自分の過信だったのかと思ってしまった時もあった。

 でも、それも過信ではなくなってきたのかもしれない。

 

 危機感よりも安心感の方が大きくなっているのが分かる。

 絶望よりも希望の方が満ちてきたと確信しているのもある。

 

 それぞれの答えが出ているのならそれでいい。

 今はそれを見なくても、その答えはステージで出してくれるだろうと思ったから。

 

 

 

 もう何も、言葉はいらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 岡崎拓哉はあえて真姫達に姿を見せず、ずっと物陰で腕を組みながらメロディを聴いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝になって他のメンバーが別荘に戻ってくると、そこには気持ち良さそうに寝ている真姫達3人と、3人に毛布を掛けてから移動したのだろう。

 すぐそばにある椅子に座って静かに本を読んでいる拓哉の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 穂乃果達が戻ってきたのを確認すると、本を閉じて立ち上がった少年は3人の少女が起きないよう、静かに告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日から忙しくなるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


山合宿編はこれにてお終いです。
次回からはアニメで言うと3話『ユメノトビラ』ですぜ。


まず本当なら2日の月曜に更新したかったのですが、やっぱ年末年始は忙しいですね、時間がありませぬ←
そんなわけでちょいと遅れた投稿になりましたが、総合でいうと101話目です。
今年の抱負は2期の折り返し地点までは書く事!!


いつもご感想高評価ありがとうございます。
これからもご感想高評価お待ちしております!!




11日で2周年ですけど、特に何も予定していません←
1周年だけでいいかなと(笑)
むしろ2年続いてる事に自分で驚愕しています……。


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91.事前準備



どうも、いよいよユメノトビラ編突入です。


では、どうぞ。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これがラブライブ専用のサイト……」

 

 

 

 

 

 

 

 屋上の日向にシートを敷いて拓哉、穂乃果、絵里、花陽がパソコンの画面を見ていた。

 

 

 

 

「これは?」

 

「予選が行われる各地のステージだよ。今回の予選は参加チームが多いから会場以外の場所で歌う事も認められてるの」

 

「え、そうなの?」

 

「ルールブックに載ってただろ。お前の部屋で4人で見てたの忘れたのか」

 

「えへへ~、文字を読むのが苦手で……」

 

「だから一々俺が音読してやったのすら忘れてやがるのか貴様は。いいぞ、そこに直れ。もう一度頭から読んで暗記できるまで唱えてやる!!」

 

 拓哉と穂乃果がギャーギャーと騒いでるのを尻目に花陽はページをスクロールしながら話を進めていく。

 

 

「もし自分達で場所を決めた場合、ネット配信でライブを生中継、そこから全国の人にライブを見てもらうんです」

 

「全国、凄いや!!」

 

「穂乃果の顔も今中々に凄い事になってるけど……」

 

 拓哉と揉みくちゃになっていたがやはり男女の差は大きい。思いっきり拓哉に顔を変形するくらいの勢いで押されていた。絵里が宥めてその場は一旦落ち着く。練習も大事だが、その結果を出すためのステージをどうにかしようという結論に至った。

 

 

 

「じゃあまずは全員で部室に移動だ。そこでミーティングを行う。海未」

 

「分かりました」

 

 拓哉の一言で他のメンバーの練習を見て背を向けていた海未が即座に反応する。練習も見ながら後ろの話も聞いていたのだろう。それを見越しての拓哉の声でもあったが、それで通じ合うのはやはりお互いの信頼感が為せる技だった。

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって部室。

 メンバー全員を座らせて説明を手伝いの拓哉が請け負う形となる。

 

 

「各グループの持ち時間は5分。エントリーしたチームは出演時間が来たら自分達のパフォーマンスを披露する。この画面から全国に配信されて、それを見た視聴者が良かったと思ったグループに投票する。それで順位が決まる。至ってシンプルなルールだな。そして―――、」

 

「上位4組が最終予選に……ってわけね」

 

「ああ。言ってみればμ'sはまずここで4組の中に入らないと勝ち残る事すらできない」

 

「4組……狭き門ね」

 

「特にこの東京地区は1番の激戦区」

 

 東京と言えば、大体のイベントが東京という場所をメインに行われる事が多い。ラブライブもそれと同じなわけだが、そうなると必然的に東京地区に近いグループも多くなってくるし、倍率も高くなる。

 

 

「それに、何と言っても……」

 

 花陽が俯きがちにパソコンの画面へと目を向ける。それに釣られるように全員が画面を覗き込む。

 

 

『『『こんにちは!』』』

 

『私、優木あんじゅ!』

 

『統堂英玲奈!』

 

『そして、リーダーの綺羅ツバサ!』

 

 3人の少女が画面の中で動いている。

 誰もが一時も目を離せなかった。

 

 

『『『ラブライブ予選、東京大会。みんな見てね!』』』

 

 普通に見てみればただのラブライブ宣伝動画にしか見えないだろう。しかし決定的に違う。

 A-RISE。そのグループが東京大会の公式宣伝動画に出ているという点が重要なのだ。

 

 

「そう、既に彼女達の人気は全国区。4組のうちの1つは決まったも同然よ」

 

「えー!?ってことは凛達、あと3つの枠に入らないといけないの!?」

 

「そうだ。1組は確実にA-RISEが入る。わざわざラブライブの公式サイトが直々に宣伝動画をA-RISEに頼んでこうして出してるんだからな。それほどの相手と思わないとダメだ」

 

「えー!?」

 

 凛の驚きも無理はない。東京地区だけでもスクールアイドルの数は全国より集中している。そして完成度も高いグループも多い。その中でたった3組しか入る事が許されない。

 

 普通ならここで折れてしまう者もいたって不思議ではない。限りなく少ない枠がもう1枠決定しているようなもので、余計に難しくなっているのもあるのだから。

 だが、普通でない者ならば何と言うか。その答えはすぐに出た。

 

 

「でも、ポジティブに考えよう!あと3組進めるんだよ!」

 

 穂乃果の言葉に分かっていたかのような笑みで拓哉が見つめる。

 

 

「今回の予選は会場以外の場所で歌う事も認められてるんだよね?」

 

「ああ」

 

「だったらこの学校をステージにしない?ここなら緊張しなくて済むし!自分達らしいライブができると思うんだ!」

 

「自分達らしい、か。悪くはなさ―――、」

 

「甘いわね……」

 

「にこちゃんの言う通り……!!」

 

 穂乃果の案に拓哉が同意を示そうとした瞬間にアイドル知識抜群の2人からの厳しい言葉が部室内に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 またまた場所は変わって中庭。

 

 

 

「中継の配信は1回勝負……やり直しはきかないの……!失敗すればそれがそのまま全世界の目に晒されてえ……!!」

 

「それに画面の中で目立たないといけないから目新しさも必要になるのよ!」

 

「目新しさ?」

 

 生中継。

 聞いた事なら何回もあると思うが、実際それを自分が実施するとなると意味もまた異なって聞こえる。

 

 ライブの生配信ともなれば花陽の言う通り、振り付けや歌詞を間違えるとそのまま視聴者に放送されてしまう。漫才やニュースとは違ってアドリブや訂正でどうにかなるものではないのだ。

 

 しかもこれは優勝するための第一段階のステップでしかない。ここでもし何かしらの失敗をしてしまえば呆気なく終了という事もある。絶対に、何が何でも失敗してはならないぶっつけ本番。それこそ大事に考えなければならない。

 

 

「奇抜な歌とか?」

 

「衣装とか?」

 

「ふふっ、例えばセクシーな衣装とか~?」

 

 各々が思い付く限りの事を言ってみる中、希は何やらわざと意味深に聞こえるような声音で“それ”を言ってしまう。

 誰がそれを聞いてどうなってしまうか分かっていてなお……。

 

 

「無理です……」

 

「おいこら希ぃぃぃいいいいいいいい!!それ言ったら海未がダンゴムシみたいになるって分かってて言っただろお前!こうなるとめんどくせえんだぞこいつ!!」

 

「こうなるのも久し振りだね」

 

 拓哉と穂乃果が必死に宥め始めるが、希はそれを笑ってスルーしつつターゲットを変えていく。

 

 

「エリチのセクシードレス姿も見てみたいな~」

 

「それに関しては激しく同意だ希。握手を求める」

 

「おお、セクシャルハラスメンツ!」

 

「たっくんに対しては合ってるね……」

 

 一瞬で海未を宥めるのを止めて希と握手している拓哉。穂乃果とことりからの変な視線を感じるがこの際気にしない。振り向いたら負けな気がした。

 

 

「無理です……」

 

「いつまで言ってるのよ……」

 

「嫌よ!やらないわよ私は!」

 

「俺は抗議する!絵里はセクシードレスを着るべきだ!!何ならライブで着なくていいから個人的に着て見せてくれたっていいじゃない!」

 

「何で拓哉が1番張り切ってんのよお!!」

 

 先程の真面目な話はどこか、あの拓哉でさえナイスボディーの絵里の話になった瞬間にこれである。男子高校生の性には逆らえなかったらしい。

 拓哉とは対照的な花の女子高生、園田海未は1人セクシードレスを着た自分を想像していた。墓穴以外の何物でもないと知りながら。

 

 

「離してください!私は嫌です~!!」

 

「誰もやるとは言ってないよー!!」

 

 海未の行動にいち早く気付いた穂乃果が逃げようとする海未をホールドする。ことりからしてみればいつもの日常らしい。困り眉をしつつも見守っている。

 

 

「というか、何人かだけで気を引いても……」

 

「ふむ、それもそうだ」

 

「わっ、拓哉くんいつの間に戻ってたのっ?」

 

「何言ってんだ。俺はいつだって正気だぞ花陽」

 

 そう言いながらも拓哉の頬を見るとそこには見事な紅葉模様があった。おそらくというか確実に絵里にビンタされたのだろうと花陽はあえて深く聞かないでおく。

 後ろで絵里が希にもグチグチ言っているのを見ながら業を煮やした真姫が口を開いた。

 

 

「ていうかこんなところで話してるよりやる事があるんじゃない?」

 

「やる事?」

 

「着いて来てちょうだい」

 

 真姫が1人勝手に歩いていくのをメンバー全員が慌てて追いかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 珍しく放送室に来ていた。

 

 

「ほんとに!?」

 

「はい、お昼の放送で良ければ構わないですよ」

 

「彼女、放送部員なの。こうやって実際マイクに向かって校内のみんなにアピールすれば応援してもらえるし、中継される時の練習にもなるでしょ?」

 

「へえ、考えたな。真姫」

 

 連れてこられた放送室にいたのは1年の女の子だった。1クラスしかない1年なら真姫の知り合いがいてもおかしくはないだろう。

 

 

「学校なら失敗しても迷惑もかからないし、外に漏れる心配もないものね!」

 

「みんなに応援してもらったら心強いねっ!」

 

「確かに、それは凄く良いと思いますが……」

 

 μ'sの知名度は以前のラブライブの時にも結構知られていた。ともなると、μ'sのいる音ノ木坂学院ならまず知らない者はいない。というよりもμ's復活ライブでほぼ全校生徒が講堂に集まっていたから知名度はないという方がおかしいのではあるが。

 

 

「真姫ちゃん……」

 

「どうした凛?」

 

 出入り口のとこからそっと覗き込んでいる花陽と凛に拓哉が声をかける。

 みんなとは違って真姫と同じクラスの2人だけがポカンとした顔で言った。

 

 

「真姫ちゃんが同じクラスの子と仲良くなるなんて……」

 

「びっくり……」

 

「うえぇ!?べ、別にただ日直が一緒になって少し話しただけよ!」

 

 赤面顔を背けながら言うその姿はまさしくツンデレそのものだった。あまりにも即興で言い訳染みた事を言う真姫に花陽と凛は思わず笑ってしまう。

 

 

「おい真姫ぃ、そんな事言ったらその子達が可哀想だろ?ほら言ってみ?素直に仲良くなった友達ですって言っぶぎゅるわぁッ!?」

 

「アンタは黙ってなさい」

 

 後輩の女の子から思い切り正拳を喰らった岡崎拓哉という男子がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで校内放送の始まりである。

 

 

 

『あー、皆さんこんにちは!』

 

 校内にμ'sのリーダー、高坂穂乃果の声が響き渡る。

 

 

『私、生徒会長の……じゃなかった!μ'sのリーダーをやってます、高坂穂乃果です!って、それはもう、みんな知ってますよね~』

 

『何私有名人~的な事言ってんだ。さっさと言えア穂乃果』

 

『ア穂乃果じゃないよ!!……コホンッ、実は私達、またライブをやるんです。今度こそラブライブに出場して、優勝を目指します』

 

 普通に言っているように聞こえるが、それはとても無謀な事で、幻想とすら思えてしまう言の葉だった。スクールアイドルの頂点が誰なのか分かった上での宣言。それでも優勝すると言える度胸と勇気は、決して間違いではない。

 

 

『みんなの力が、私達には必要なんです!ライブ、皆さんぜひ見てください!一生懸命頑張りますので、応援よろしくお願いします!!高坂穂乃果でした!!』

 

 元々人の力を貸してもらって最初のライブができた。色んな人達の力を貸してもらって復活ライブができた。9人だけでは、10人だけではできなかった事も、助力があって出来たものだった。

 

 三者から見れば情けないと笑う者もいるかもしれない。だけど、それが間違いでもなく、情けないものだとは拓哉は思わない。みんなが力を合わせてできる最高なもの。それのどこが悪いというのか。

 

 それで最高のライブができるのなら、とても素敵なものではないか。それを証明してくれたのが、μ'sであり、この音ノ木坂学院の生徒達や教師達である事も知っている。その遠因の1つに自分が関わっている事には気付いていない拓哉ではあったが。

 

 

 

 何はともあれ目的の1つ、アピールはできた。

 最後に2つ目の目的。

 

 

 

 

 

『そして、他のメンバーも紹か……あれ……』

 

『あ、ぁ……あぁ……』

 

『ダレカタスケテダレカタスケテダレカタスケテダレカタスケテダレカタスケテ……!!』

 

『高坂せんせー、2名ほど現実逃避してる人がいまーーす!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かもう色々と台無しだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


絵里のセクシードレスを見たいアニメ2期だった。
何なら穂乃果のセクシードレスも……。

そして、何気に2周年突破しました。
これも皆様がこの作品を読んでくださったり、数々のご感想、高評価をくださるおかげです。
モチベーションは何よりも大事ですからね。皆様の声がある限りこの作品は間違いなく完結に向かっていきますので、是非とも最後までよろしくお願い致します!!


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!




最近はFGOばかりしております。
ストーリーもキャラも魅力的なのが多くて熱い展開大好きな自分は大満足ですじゃ←


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92.邂逅



どうも、最近雪降ったりと寒い日が続きますね。
子供の頃はあんなに雪を見てテンション上がったのに、今となっては憎き寒がりの敵でしかありません←


では、どうぞ。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『えっと……園田海未役をやっています……園田海未と申します……!』

 

 

 

 

 

 

 いきなり意味不明な事を言いだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつから声優になって本人演じてるんだあいつ」

 

「緊張がものすごい方向に飛んでってるな」

 

「何でこの3人にしたの……?」

 

「リーダーと、1番緊張しそうで練習が必要そうな2人」

 

 放送室の出入り口で邪魔にならないようこっそり見守っているメンバー一行と黒一点の岡崎拓哉。人選が間違っているようにも見えるが練習なので実質間違ってはいないのだ。結果はどうあれ。

 

 

『ぁ、あの……μ'sのメンバーの小泉花陽です……。ぇっと……好きな食べ物はご飯です……』

 

「クラスの自己紹介じゃねえんだぞ……。好きな食べ物なんて今言ってどうすんだ。あれか、一緒にご飯食べればいいのか。仕方ねえ、花陽可愛いからちょっとご飯炊いてく―――、」

 

「落ち着けバカ。アンタはそう変なとこで脱線ボケするのやめなさい」

 

「ボケてねえよ。マジだから、本気と書いて本気(マジ)だから」

 

「もう黙ってろアンタは……」

 

 にこの自分への扱いが最近雑になってきていると感じてやまない拓哉。きっと気のせいではないと思う。

 ただでさえ聞こえづらい声で話している花陽の声が余計に聞き取れなくなっている。

 

 

「はぁ……ボリューム上げて」

 

 それを見かねた真姫が放送部員の女の子に指示を出す。従って眼鏡をかけたおさげの女の子がボリュームを上げていく。

 

 

『ら、ライブ……頑張ります……!ぜひ見て下さい……』

 

「ぉーぃ……!声、もっと出して~、声~……!!」

 

 凛が小声でそう言ってきたのを聞いて慌てて言い直そうとする花陽、だが、何を思ったのかその指示にグッジョブサインをしながらサイドテールのリーダーがマイクに向かって盛大に大声を出した。

 

 

『イエーイ!!そんなわけで、皆さんμ'sをよろしく!!』

 

 花陽が言ったならちょうどいいボリュームになっていたかもしれない。しかし、もしそれを普段元気な者がより張り上げた声で言ったらどうなるだろうか。

 そう、簡単に言ってしまえば爆音に早変わりである。

 

 

「……あれ?」

 

「あれじゃねえよ!!お前が言ったらただのうるせえ雑音だっつの!!何だ今のは、ばくおんぱか?ばくおんぱなのか!?お前はノーマルタイプのポケモンか!!鼓膜が死ぬわ!!」

 

 全員が耳を押さえてうずくまっている代わりに拓哉が穂乃果に抗議もとい説教を始める。下手したら学校中の生徒から嫌悪感を出されてもおかしくはないレベルの音量だった。

 

 

「もう、何やってんのよ!!」

 

「でも、μ'sらしくて良かったんじゃない?」

 

「それって褒め言葉ぁ?」

 

「μ'sがこの学校でどう思われてるかちょっと不安になったぞ今」

 

 これがμ'sらしいのなら、色々な意味でツッコミをいれたくなるがそれは置いておく。

 とりあえずこれで一応やるべき目標は達成したので放送室をあとにする。

 

 

「放送室使わせてくれてありがとな」

 

 それと、と付け加えて拓哉はそっと放送部員の女の子の近寄り、

 

 

「真姫の事、これからも仲良くしてやってくれな」

 

「……はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員が放送室を出ていく中、最後に真姫も出ようとして放送部員の女の子に声をかけられた。

 

 

 

「ねえ、西木野さん」

 

「何?」

 

「西木野さんがいつも話してくれてたあの男子の先輩、良い人だね!」

 

「ッ……!じゃ、じゃあ行くから!ま、また!!」

 

 

 

 

 あからさまに赤面しながら出ていく真姫を見て、その女の子は微笑ましそうに見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ耳がキンキンする……」

 

「ま、まあ少しは練習になったんじゃない?」

 

「うんっ、もうむやみに大声は出さない!」

 

「どうした真姫?何か顔赤くないか?放送室暑かったっけ?」

 

「う、うううううるさいわよ!大丈夫だから近寄らないで!!」

 

「見ていてくれことり。俺もお前の名前のようにこの屋上から華麗に飛んで羽ばたいてみせよう」

 

「私の名前を利用して自殺しないでたっくん!!」

 

 

 

 

 場所は変わって屋上に戻ってきた。

 さっそく真姫に拒まれ屋上ダイブしようとしている拓哉をことりが必死に制止しているが、他のみんなは気にも留めない。

 

 

「前途多難やなあ……」

 

「さあ、あとは場所ね」

 

 切り替えるように絵里がパンッと手を叩く。

 それで全員の目が絵里へと向いた。もちろん拓哉も。最初に口を開いたのは先程緊張してか細い声しか出せなかったのが嘘かと思えるような花陽だった。

 

 

「カメラで中継できるところであれば、場所は自由だから……」

 

「でも屋上はもうライブで使っちゃったし……」

 

「そっか、もうネットで配信しちゃってるもんね。だとしたら……」

 

「使える場所がないか見て回るしかないな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ということでライブで使う場所を探しに出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まずは講堂。

 

 

 

「ここもライブはやったし……」

 

「というかここで1番やってるだろ。初めと最新で2回も」

 

「そうだよねえ」

 

 講堂は1番ライブ会場っぽく見えるし悪くはないのだが、既に2回ライブをやっていて目新しさはないと言っても過言ではないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に校舎。

 

 

 

「ここもやったよね」

 

「まだ7人の時だったよね」

 

「9人いる今ならまた違うように見えるかもしれないよ?」

 

「そうかもしれないけど、それじゃどうしてもインパクトに欠ける」

 

 

 

 

 

 次にグラウンド。

 

 

 

「ここも……」

 

「9人揃って初めてのライブやったもんね」

 

「もう使っちゃったところばかりね」

 

「同じところだと、どうしても目新しさは無くなっちゃうんじゃないかなあ」

 

「そうだよねえ……うーん……」

 

 むしろこの学校でライブで使えそうな場所はもうないと言ってもいい。できるところではもうやっているからだ。体育館は体育館で他の部活が常に使用しているために却下となった。

 

 

「こうなったらいっそ学校の外でどこかできる場所がないか探してみよう!」

 

「それはいいけど、案はあるのか?」

 

「とりあえず歩く!!」

 

 いつも通りの穂乃果のぶっつけ案が炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、ここか」

 

 やってきたのは秋葉原。

 スクールアイドルをやっている者なら知らない方がおかしいと思われるくらいの知名度を誇っている場所である。

 

 

「でも……」

 

「このあたりは、人がたくさん……」

 

 ふと周りを見てみれば、そこには下校途中の学生や寄り道している若者などがたくさんいた。

 

 

「それに何より、秋葉はA-RISEのお膝元やん」

 

「下手に使うと、喧嘩売ってるように思われるわよ」

 

「そっか……」

 

「……、」

 

 そこでふと、拓哉は考え込んだ。

 

 

(A-RISE……綺羅ツバサ……)

 

 合宿に行く前、拓哉は1人の少女と偶然出会った。

 元々誰か知らないで手助けをしただけのつもりだったが、そのあと手を引かれて正体をバラされるとその少女はラブライブの覇者だった。

 

 綺羅ツバサ。

 A-RISEのリーダーである少女とμ'sの手伝いである少年が会った瞬間である。

 

 その時にツバサはこう言ったのを覚えている。

 

 

 

『お互い、頑張りましょ。また近いうちにね♪』

 

 

 

 と。

 合宿へ行く途中の電車でもその言葉を思い出したが、その真意はいまだに分かりかねている。

 

 多分、μ'sへの伝言も兼ねているのだろうが、それをそのまま彼女達に伝えていいのだろうかという悩みもある。伝えるだけなら簡単だ。しかし、急なA-RISEからの伝言にどう思うか、まず信じてくれるのか、信じてくれたとして、何だか質問攻めにあいそうな予感もする。

 

 それにあれから時間も結構たっている。今更言っても遅いかもしれないし、今言っても変に混乱するだけかもしれない。というか言おうと思っている事も時間がたつにつれ言いにくくなるのは何でだろうと現実逃避を何回もしているくらいなのだ。

 

 

 ……やはり言わないでおくのが吉かもしれない。

 

 

 

 

 

「何してるの、拓哉」

 

「……え?あ、いや、何でもない」

 

 声をかけられている事に気付かなかった。

 見ればみんな移動している途中だった。歩いている先で穂乃果達がエスカレーターに乗っているから行き先は分かる。希も言っていたがここは秋葉原。A-RISEのお膝元という事は、A-RISEが所属している学校もここなのだから。

 

 

 

 

 自分も着いていって穂乃果の隣に立つ。相変わらずでかいUTX学院と思いながら設置されているスクリーン映像を見てみると。

 

 

 

『ついに、新曲ができました!』

 

 当然のようにA-RISEの面々が映し出されていた。

 綺羅ツバサを見ると軽く顔が引き攣ってしまうのを何とか穂乃果達にバレないように堪える。

 

 

『今度の曲は、今までで1番盛り上がる曲だと思います』

 

『ぜひ聴いてくださいね!』

 

 予選は予選でも、それを落としてしまったら全てが終わる。だから予選だろうと本戦だろうと関係なく全力でいくしかない。それはA-RISEも同じなようだ。予選で新曲をぶつけてくるらしい。

 

 本戦出場はもう決まっているようなものなのに、それでも最初から本気を出してくる。ツバサとは短時間しか話さなかった拓哉だが、何となくツバサはそういうヤツなのだろうと確信する。

 

 自分達はシードのようなものだが、そんな勘違いはされたくもないし自分でしたくもないのだろう。同じ土俵で対等に競い合うスクールアイドルとして勝負する。それはこちらからすれば恐ろしいようでいて、実に腑に落ちる。

 

 

 

 

 もし、もしもμ'sがそういう立場でもきっと穂乃果達だってそうするだろうから。

 

 

 

 

「やっぱり凄いね……」

 

「堂々としています……」

 

 ことりも海未も素直にそう評価していた。

 誰だってそう思うだろう。ラブライブの王者だから、気圧される事の方が多い。そこで諦めてしまう者も少なくはない。

 

 

 

 だから。

 なのに。

 

 

 

 

「……負けないぞ」

 

 岡崎拓哉はそう言ってみせたμ'sのリーダーを素直に評価した。

 

 頑張るでも、凄いでもない。

 ただ、競い合う相手を真っ直ぐに見つめてそう言った。

 

 格差はあっても決して怖気づかない。対等な相手だと見て断言した。

 

 

「……そうだな」

 

 続くように拓哉も言う。

 それを聞いて穂乃果も笑みを浮かべる。2人で見合ってから映像を再び見る。羨望者としてじゃない。挑戦者として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「高坂さんっ、岡崎くんっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞き覚えのある声が耳に入ってきた。

 映像を見るために上がっていた首を下に下ろす。

 

 

 

 

「ふふっ」

 

 

 

 

 そこにいたのは。

 たった今まで映像の中にいるはずの、いや、現に今も映っているが……そういう話じゃない。とにかく現実に起こっている事と脳内で起きている事象が結びつかない。

 

 

 

 何せ、今拓哉達の目の前にいるのは、紛れもない。

 

 

 

 

 

 A-RISEのリーダー。

 

 綺羅ツバサなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


いよいよA-RISEとの邂逅です。
フライングでツバサとは会ってた岡崎の今後の運命や如何に!!


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!



最近高評価が入ってこないので少し危機感持ってたり←
感想も減っている……これはモチベが危ない!!


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93.UTX学院



最近忙しくて執筆時間がとれませんぜ。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故かその笑顔が恐ろしいと思った。

 

 

 

 

 

 目の前に突然現れた少女に4人が呆然とし、画面に映っている少女と目の前にいる少女が同一人物だという事を理解するのに10秒ほどの時間がかかった。

 短いようで長い時間がたってようやく理解が追いついた瞬間。

 

 

 

 

「……あ、あら―――、」

 

「しっ!来て!」

 

 穂乃果が声を出そうとしたすんでのところで遮られる。

 そのまま少女が穂乃果と隣にいた拓哉の手を掴んで急に走り出す。

 

 

「なっ、ちょ、おい!」

 

「ちょちょちょちょちょっと待って~!!」

 

 いきなり手を掴まれて引っ張られるように走っている拓哉と穂乃果が叫ぶが引っ張っている本人も、周りの人々も誰も気に留めない。本人はあえて無視しているのは何となく分かるが、周りはみんな画面に釘付けになっているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 小泉花陽が星空凛と共に画面を見ている最中。

 凛が綺麗に八の字眉で見ている中、花陽は目をキラキラさせながらうっとりと画面は見つめている。

 

 

「さすがA-RISE~……。ん?」

 

 それでもふと視界の隅に映った影に気付いたのは、見知った制服と人が2人ほど走っていたからだろう。そして、その2人の手を掴んで走っている人物に自然と目がいった。

 意外と早くにそれが誰なのか分かった。理解もした。絶対に見間違えるなんて事はあり得ないと自負していた。

 

 

 だから。

 

 

 

「あ、かよちん!?」

 

 走り出す。

 穂乃果と拓哉が引っ張られていたという事は、少なくとも無関係ではないはずだ。というかむしろ、もしかしたらあの綺羅ツバサと間近で話せる口実になるかもしれない。

 立ち止まっている人の群れのあいだを駆け抜けていく。

 

 

「あ、あれは絶対……!」

 

「ツバサよね!!」

 

 どうやら同志がいたらしい。にこも花陽の隣に来て一緒に走っている。

 生粋のアイドル好きの2人にははっきりとあれが綺羅ツバサだと分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連れて来られたのはUTX学院の中だった。

 まるでパスカードのようなものをかざして学校内に入るらしい。拓哉的にはこれが学校の格差社会かと思ってしまうほど中身は豪華だった。

 

 

 

「はあ……っ、はあ……っ」

 

「初めまして」

 

 息切れしている穂乃果とは違ってツバサは平然と笑顔を保っていた。

 仮にも2人の手を掴んだまま不安定な態勢で走っていたのにも関わらずだ。

 

 

「は、初めまして……!」

 

 何とか息を整えて挨拶を返す穂乃果。瞬間、何だか嫌な予感がした拓哉。そういえば以前、自分はツバサと1度会った事がある。その時に伝言ぽい事を言われた記憶もきちんと残っている。というかさっき秋葉に来た時にも思い出していた。

 

 つまり。

 黒一点岡崎拓哉は何だか今かなり非常にとても気まずいというかいっそ帰りたいとまで思考が発展しているのだ!

 

 

「何だ、戻っていたのか。ツバサ」

 

「急に外に走り出していくものだからびっくりしたじゃない」

 

「ごめんなさい、どうしても会っておきたかったからちょうどいいと思って」

 

 拓哉が思考停止しかけていた時。

 ツバサのうしろ方面から2つの声が響いてきた。

 

 2つの声にツバサは軽く反応する。もはや振り返りすらしない。誰の声かなど、ほぼずっと一緒にいるのだから見るまでもない。ツバサの態度にうしろの2人も動じない。むしろそれでいいとさえ思っている。振り返らずに誰かを率いる、リーダーの資質。

 

 

「う、嘘……」

 

 コツコツと、ゆっくりだが確実に近づいてくる人物に穂乃果は目を見開く。まるで架空の人物が現実に出てきたのを目撃してしまったかのように。

 

 

「ははっ、総出でお出迎えってか……」

 

 対して拓哉はさほど驚いてはいなかった。ここはUTX学院だ。綺羅ツバサがいるなら当然他のメンバーもいるだろう。ただ、やはり画面で見るのと実際に見るのとでは全然違う。

 

 風格。

 まさにその言葉が合っているだろう。そんな雰囲気をただ立っているだけで醸し出す。“本物”のオーラ。

 

 

 これで揃った。

 A-RISEが。

 

 

 

 綺羅ツバサ。

 

 統堂英玲奈。

 

 優木あんじゅ。

 

 

 

 第1回ラブライブの王者が、拓哉と穂乃果の目の前に出そろった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、UTX学院へ」

 

 最初に沈黙を破ったのは綺羅ツバサ。

 それに何とか応じようと穂乃果が声を出そうとした時。今度は穂乃果と拓哉のうしろから段々と音が響いてきた。

 

 

「A-RISE!?」

 

 穂乃果のうしろから覗き込むようなかたちでやってきたにこ。

 

 

「あ、あの……よろしければ、サインください!!」

 

 次いで、走りながら鞄から取り出したであろうサイン色紙をツバサの方へと差しだし始めた花陽。抜かりはなかった。

 

 

「ちょっとズルいわよー!!」

 

 すかさず花陽に詰め寄るにこ。これでも一応同じスクールアイドルをやっているはずなのだが、あのA-RISEを目の前にするとどうしてもファンになってしまうらしい。ある意味いつもの2人だった。

 

 

「ふふっ、いいわよ」

 

「い、いいんですか!?」

 

「ありがとうございます!!」

 

「めちゃくちゃマイペースだなお前ら。ただのファンじゃねえか」

 

 ついさっきまであった例えようのない緊張感が一気に抜けてしまっていた。変に強張っていた穂乃果もにこ達を見て思わず笑みがこぼれる。

 

 

「というか来るの遅かったな。お前らならもっと早く追いついてきそうだったのに」

 

 雰囲気がいつも通りになった事で疑問に思った事を口に出す。

 A-RISEのファンであるにこと花陽ならもっと早くに来るだろうと思っていたのだが、割と時間がかかっていたのだ。

 

 

「ああ、ほら、この学校って入るのに生徒が持ってるパスカードがいるでしょ?さすがに突っ切るのはマズイと思って近くにいた生徒に入れてもらったのよ」

 

「おお、そういう常識はあったんだな。少し見直したぞ」

 

「A-RISEの前でそういう事言うな!」

 

 確かに自分はツバサに連れて来られたからすんなりと入れたが、元々個別でいたにこ達はわざわざUTXの生徒に声をかけていたのかと思うと納得もできる。にこはまだしも放送室でボソボソ声だった花陽も見ず知らずの子に声をかけたのかと思ったが、A-RISEのためなら簡単にしそうだと心の中でそう解釈しておく。

 

 にこ達より数十秒たってからまたうしろから足音が響いてくる。見ると、慌てたように海未達が走って来ていた。どうやら同じようにUTXの生徒に声をかけて入れてもらったのだろう。

 

 

「本当に、A-RISE……!」

 

 絵里が最初にそのような言葉を口に出したが、もうその流れは穂乃果やにこで間に合っていたから拓哉はスルーする。

 

 

「ことりと海未って俺達と1番近くにいたのに何でこんな遅かったんだ?」

 

「あはは……海未ちゃんがちょっとね~……」

 

 ことりの視線に促されながら海未を見て察する。

 そうだ、海未は花陽とは違い特にA-RISEのファンでもない。だからいきなりそういった根性を見せる事もできないわけで、つまりはいつも通りの恥ずかしがり屋発症である。今も拓哉から目を逸らして合わせようとしない。

 

 

「仲が良いのね、あなた達」

 

 ふと、透き通るような、それでいて芯の通った声が耳に入ってきた。

 笑顔が一瞬で消える。視線は声のした方へ自然と向けられる。いつものペースに戻ったと思った瞬間にまた相手のペースに呑まれるような感覚。

 

 

「さあ、ちょうどそちらも全員揃ったんだし、移動でもしましょうか」

 

「どうして、それを……」

 

 思わず穂乃果がそれを口に出した。

 全員揃ったとツバサは言ったが、そんなのμ'sを知っていないと分からないはずだ。ましてや、ラブライブの覇者に知られているなど考えるわけもない。

 

 

 

 

 

 だから。

 なのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もちろん、前から知ってるからよ。μ'sのみなさん」

 

 

 

 

 

 

 

 μ's全員が驚愕の目をしている。

 だが、たった1人だけ、嫌な汗をかきながらバレないように目を逸らしている少年がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 案内されたのは食堂の奥にある、まるでVIPルームのような場所。

 食堂を通った際の良い匂いが今も鼻に残っている。外は夕方になっており健全な男子高校生岡崎拓哉のお腹は既に空腹になりつつあった。

 

 

 

(というかもう夕方だろ?放課後なのに何でまだこんなに生徒が残ってるんだ?というか何でまだ食堂やってるんだ?というか何であんなに美味そうなんだ!!)

 

 色んな意味で現実逃避している理由には空腹以外に1つあった。

 移動している際、何故かツバサが幾度か振り返っては自分の方を見て微笑んでくるからだ。何とか愛想笑いなり気付かないフリをしたりで繕ってはいるが、気が気ではない。

 

 

 

 

 

「ゆっくりくつろいで。ここはこの学校のカフェスペースになっているから、遠慮なく♪」

 

「は、はぁ」

 

(食堂という呼称ではなくカフェスペースって言うところがもう何かアレ。格差を感じますぞ拓哉さんは。俺の思考と綺羅の思考では優雅さが違いすぎる!!そしてチラチラ見るな怖い!!)

 

 内心心臓バクバクで今にも鼓動が聞こえそうなほど焦る拓哉。

 もう見当違いな事を考えていないとすぐにでも走って逃げそうな気がする。

 

 

「あなた達もスクールアイドルなんでしょう?しかも同じ地区」

 

 くつろいでと言ったのも束の間。

 いきなり核を突いてくるような話をあんじゅが切り出した。ここで拓哉の焦り度メーターが頂点に到達する。これ以上この話題が進むとマズイような気がする。いやマズイ。多分臨死体験しそうな予感マックスだ。

 

 

 

 その話題に乗っかるようにツバサも口を開く。

 

 

「一度挨拶したいと思っていたの。高坂穂乃果さんっ」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 そしてそして。

 岡崎拓哉の嫌な予感というものは、ほとんどの確率で的中する。嫌な予感と思ってしまえば最後、それは現実となるのだ。

 

 

 

 

「……それと、また会えたわね。拓哉君っ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬で部屋の空気にピシィッ!!と亀裂が入った気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何でいきなり名前で呼ぶんだとか嬉しそうに笑顔向けてくるんだとか狙ってやってんなら見事に大ダメージだとか色々と文句は山ほどあるけどとりあえず土下座させてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


修羅場は今回だと思った?
次回です。今まで言ってこなかったツケです。
さあ、空気に亀裂が入ったとの事ですが、主に誰がそんな雰囲気を醸し出したでしょうか??
正解はありません。読者の皆さんの好きなように思って妄想してください。あの子かな?それともあの子?意外とあの子だったり~とか、嫉妬は無意識になるものですから、花陽とかでも全然ありですね。
自分は断然穂乃果です←


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


新たに高評価(☆10)を入れてくださった、

ケンロウさん
gamdanhiさん
ざんきさん

計3名の方からいただきました。大変ありがとうございます!!(何か久々)
これからもご感想高評価お待ちしております!!




何故ツバサは岡崎に対してにへらと微笑みかけるのか。


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94.対等な挑戦者






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たくちゃん」

 

「はい」

 

「何か言う事は?」

 

「……黙秘権を行使し―――、」

 

「殺す」

 

「せめてもうちょっと慈悲を!!」

 

 

 

 

 UTX学院のカフェスペースにて、何故か床で正座させられている黒一点の少年が1人。

 それを囲むように何人かの少女が少年を見降ろしている。

 

 

「私達に黙って、よもやあの綺羅ツバサと会っていたなんて聞いてないんですけど? 遠慮はしないわ。痛みを思い切り感じさせながら眠らせてあげる」

 

「おかしい、俺の予想と全然違う。本来なら穂乃果達の軽い制裁で済むはずなのに何でにこが―――、」

 

「ほう……?」

 

 ここで岡崎拓哉は発言を誤ってしまう。

 今なお囲まれているという状況で、そんな墓穴を掘るような発言は絶対にしてはいけなかった。

 

 

「私達のお仕置きは今まで軽かったと……?」

 

「あ」

 

「これは考えを改めないとだね。海未ちゃんと穂乃果ちゃんと話し合ってもっとたっくんに分かってもらえるような事をしないといけないかな?」

 

「お、おお……は、花陽! ヘルプ、ヘルプミーだ! もうお前しか頼れない!! お前なら分かってくれると俺は思ってる! 最後の天使なら俺を救ってくれ!!」

 

 ことりにすら見放された拓哉は最後の砦、花陽にすがろうとする。

 花陽ならみんなを宥めてくれるに違いないと、そう信じて。そして、花陽は天使のような微笑みで笑った。

 

 

「さよならです、拓哉くん♪」

 

「おぉふ」

 

 笑顔で地獄に突き落とされた。

 もう自分の味方はいない。あまりにも理不尽極まりないがこれは本気で死の覚悟をしなくてはならない、と思った矢先の事だった。

 

 

「私から言っておいて何だけど、随分と気に入られているようね。拓哉君」

 

「そう思うなら助けやがれド畜生!! 誰のせいでこんな敵地で味方に殺されそうにならなきゃいけねえんだ!」

 

 さすがのツバサも少し予想外だったらしい。見ると苦笑いしている。

 

 

「そうよみんな、ここはUTX学院。音ノ木坂じゃないの。礼儀と節度は守ってちょうだい。拓哉への罰は帰ってからでもできるでしょ」

 

「今罰って言ったよね? 完全に罰って言ったよね? 逃げ道ないよね。包囲されてるよね。俺終わったよね」

 

 絵里の言葉にメンバーは一応納得した表情でソファへと戻る。一時的な寿命が長くなったとおぼしき拓哉も恐る恐る穂乃果の隣へと座り込む。

 拓哉の顔を見るなりあんじゅが柔らかい笑みを浮かべながら口を開いた。

 

 

「結構苦労してそうね」

 

「ならそのデコ出しリーダーに言ってやってくれ。これ以上変な事吹きこむのは止めろって……」

 

 言葉に力がこもってない拓哉を見ながら笑みを浮かべているあんじゅ。どうやらツバサと一緒で楽しんでいるらしい。非常にタチが悪い。

 

 

「ふふっ、まあいいじゃない。今のであなた達の器量や度胸は随分と分かったから」

 

「……試したってのか」

 

 あくまでツバサの返事はない。ただ不敵に微笑んでいるだけ。それだけで分かる。否定しないという事の意味、沈黙は肯定だと。

 

 

「え、え、どういう事?」

 

 先程からずっと座っていた凛が素直にそれを口に出していたので拓哉は説明を始める。

 

 

「絵里も言ってたようにここはUTX学院だ。俺達にとって敵地と言ってもいい。しかもラブライブの王者が目の前にいる。そんな状況で、A-RISEがいるってのにそれを気にもせずいつもみたいに騒いでるんだ。そりゃ普通ならできねえって事だよ」

 

 騒いでいたのはほとんど拓哉のせいだが、それでもこんな状況になるのはどこのスクールアイドルを探してもμ'sくらいだろう。王者を前にしていつものようにしているなんて、相当の事がないとできないものなのだ。

 

 

「理由や原因はどうあれ、あなた達は私達と同じ空間にいるのにも関わらず自分達の“日常”を繰り広げていた」

 

「こんな日常があったら俺の命が足りないけどな」

 

「そして確信したわ。やっぱり私達の目に狂いはなかった」

 

 それがどんな意味を含んでいるのか。穂乃果達は大前提として理解すら追いついていなかった。A-RISEのリーダーからそんな事を言われるなんて思ってもいなかったから。ツバサは穂乃果へと視線を向けて言う。

 

 

「下で見かけた時、すぐあなたと分かったわ。映像で見るより本物の方が遥かに魅力的ね」

 

 そのセリフはそのままお返しする、と心の中で言う拓哉。実際本物を目の前にするとこうも違うとはよく言ったものだ。

 

 

「人を惹き付ける魅力。カリスマ性とでも言えばいいのだろうか。9人いても、尚輝いている」

 

「……はぁ」

 

 突然のお褒めの言葉に穂乃果はただそう言う事しかできなかった。

 しかし拓哉は素直に驚いていた。あのA-RISEからそういう評価を聞けた事に。

 

 

「私達ね、あなた達の事、ずっと注目していたの」

 

「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」

 

 誰もが思わず声を上げていた。

 拓哉以外は。

 

 

「実は前のラブライブでも1番のライバルになるんじゃないかって思っていたのよ」

 

「そ、そんな……」

 

「あなたもよ」

 

 絵里が謙遜のような声を上げようとすると、それに食い付くようにツバサや英玲奈。

 

 

「絢瀬絵里。ロシアでは常にバレエコンクールの上位だったと聞いている」

 

「そして西木野真姫は作曲の才能が素晴らしく、園田海未の素直な詞ととてもマッチしている」

 

 ツバサ、あんじゅ、英玲奈、A-RISEの3人の言葉は息の合ったように続いていく。

 

 

「星空凛のバネと運動神経は、スクールアイドルとしても全国レベルだし、小泉花陽の歌声は個性が強いメンバーの歌に見事な調和を与えている」

 

「牽引する穂乃果の対になる存在として、9人を包み込む包容力を持った東條希」

 

「細部にまでこだわった衣装を作れる秋葉のカリスマメイドさんもいるしね。いや、元と言った方がいいのかしら」

 

「あ、うぅ……」

 

 ことりが顔を俯かせると同時にツバサは最後、にこの方へと視線を向けた。

 

 

「矢澤にこ。グループになくてはならない小悪魔的存在……それに、アイドルへの意識の高さはμ'sの中でもトップクラス」

 

「にこが……小悪魔……!!」

 

 1人静かに歓喜へ浸っているにことは別に、拓哉の瞳は真剣そのもになっていた。

 

 

(どこでそんな情報を、と思いたいところだけど、UTX学院の事だ。他のスクールアイドルを調べる事くらい造作もないかもしれない。……それにしても、よく調べているな。どの情報も間違っていない。むしろ全部当たっている。誰かに調べさせても限界がある。なのにこれほど適格な分析ができるって事は、本人達も調べたって事か)

 

 考え事をしていると、ふと視線を強く感じた。

 その元を辿ると、綺羅ツバサも先程とは違う、鋭くも真剣な眼差しでこちらを見ている。

 

 

「……そして、9人の女神を陰から支えているもっとも大きい存在。岡崎拓哉」

 

「あん?」

 

「さっきも見ていて分かったわ。個性の強いメンバーがいる中、それでも中心にあなたがいる。彼女達のバランスを絶妙に、最適なレベルで保っているのは間違いなくあなたの存在が大きい」

 

「……俺は別に、特に何もしてな―――、」

 

「謙遜はいらないわ。あなたの功績は目に見える“モノ”じゃない。もっと深く、精神的なとこ、言ってしまえば絆ってとこかしら? あなたはそれを強く結びつけるような存在。だから何もしてないと言い切れる」

 

「……、」

 

「だけど違う。あなた本人はそう思っていなくても、彼女達ならその本質をちゃんと理解してるはずよ。いつもあなたといるμ'sなら、“岡崎拓哉”という存在の重要さがいかに大事な事なのかもね」

 

 自分の存在が無意味だと思った事はない。ただ、そんなに意味のあるものだとも思っていなかった。あくまで手伝いで、時に助言もしたりなんかして、本当の本当に薄い陰から支えているような感覚でしかなかった。

 

 

 

 ……そう、過去なら断言していただろう。

 

 

 

 だが少なくとも今は違う。

 今もそんなに自分が意味のあるものだとは思っていないが、μ'sにいなくてはならない存在だと言い切れるほどでもないが、いなくてもいい存在などとはもう思うつもりも言うつもりもない。

 

 以前にそんな出来事があったからそう思える。

 それに、今となっては自分自身がμ'sの手伝いとしてこの立ち位置にいたいと思っている。ただ自分がそうしたいから、そんなワガママな理由。それでも、彼女達はそれを許してくれた。喜んでくれた。だからいる。

 

 だけど、どれだけ自分の存在が大きかろうが小さかろうが、メインはあくまで変わりはしない。

 

 

「よくそこまで調べたと褒めたいところだけどさ……俺の存在なんてスクールアイドルにとってもA-RISEにとっても、μ'sにとってもちっぽけなもんだ。むしろそれでいいんだよ」

 

「……へえ」

 

「論点は変わってしまうけど、所詮どこまでいっても俺は表舞台に立つ事はないしできない。当たり前だ。μ'sの手伝いなんだからな。だったらちっぽけな俺が出来る事はたった1つだろ。アンタらが俺の存在が大きいと思っているなら、俺の存在なんかよりもμ'sの存在をもっと大きくしてやるだけだ」

 

 言い切る。

 相手が誰であろうと岡崎拓哉の芯は変わらない。そんな目を見て、ツバサは好奇心ゆえの笑みは浮かべた。

 

 

(ほら、そういうとこ。本来なら私達を目の前にすると嫌でも緊張してしまう人がたくさんいるのに、拓哉君の言葉のおかげでさっきまで強張っていたμ'sの瞳に平常心が戻ってる。目に見えない“心強さ”が拓哉君の言葉なら、目に見える“心強さ”は拓哉君そのもの。つまりはμ'sの安定剤みたいな感じ。その大きさを理解してないだけよ、拓哉君はっ♪)

 

 どこまでも面白い反応をしてくる拓哉にツバサはつい目線に熱がこもってしまう。それを見た英玲奈が隠れて肘で突いてきたので正気に戻る事ができた。

 

 

「でも、何故そこまで……?」

 

「マネージ……手伝いって言った方がいいのかしら。拓哉君も含めてメンバーも含めて、これだけのメンバーが揃っているチームはそうはいない。だから注目もしていたし、応援もしていた。そして何より……」

 

 言葉の続きが、ツバサと視線が交わり合った穂乃果だけが分かった気がした。

 

 

「負けたくないと思っている」

 

 ラブライブ王者、そのリーダーからの発言に戸惑いを隠せなかった。

 もちろん拓哉も。

 

 

「……ですが、あなた達は全国1位で、私達は―――、」

 

「それはもう過去の事」

 

「私達はただ純粋に今この時、1番お客さんを喜ばせる存在でなりたい。ただ、それだけ」

 

 当人達の中ではもうラブライブの王者という認識はあまりないらしい。

 過去の栄光に縋るつもりはなく、また次の栄光を掴むための努力をしている。チャンピオンからまた挑戦者へとなる事にまったく躊躇いを感じない。

 

 

 

 

 

 

「μ'sの皆さん、お互い頑張りましょう。そして、私達も負けません」

 

 

 

 そう言ってツバサを筆頭に立ち上がり、その場を去ろうとする。

 向こうは堂々と言ってみせた。あくまで自分達は王者ではなく挑戦者だと。それに、他でもないμ'sを認めた上でライバルとして見ていた。

 

 

 

 

 

 

 であれば。

 

 

 

 

 

 

 

 

「待てよ」

 

 

 

 

 

 

 少年の声が静かに響く。

 立ち去ろうとしていたツバサ達の足は止まった。ふと隣を見ると、穂乃果の手が少し震えているのを確認できた。何となく分かる。怖いとか、恐ろしいとか、そういう意味での震えではない。武者震いのように見えた。

 

 だから迷わず岡崎拓哉も言葉を紡げる。

 

 

 

「言い逃げってのはズルくねえか? まだうちのリーダーは何も言ってないぜ」

 

 穂乃果の頭に手をポンッと軽く置いてやる。

 少し目を見開いてこちらを見てきた穂乃果も、拓哉の目を見るとすぐに理解したらしい。拓哉と同じように穂乃果が立つと、他のメンバーも一斉に立ち上がる。

 

 

「A-RISEの皆さん」

 

 穂乃果の目は真剣だった。

 他のメンバーも、それを分かってか、ツバサも逸らさずに見つめ返す。

 

 

 

「私達も負けません」

 

「ッ……!」

 

 驚くツバサを見て拓哉は隠さずにニヤリとする。

 そうだ、最初は敵わないとまで思っていたあのA-RISEがμ'sに注目していて、尚の事負けたくないとまで言ったのだ。それはつまり、ちゃんとライバルとして見られているという事。

 

 そしてA-RISEも今は第二回ラブライブ優勝を目指している挑戦者だ。確かに1度は制したが、今はもう王者ではないと言った。言ってしまえば立場は対等。ならば、何も遠慮する必要などないのだ。同じ挑戦者として。

 

 あちらが堂々と言ったのなら、こちらも堂々と言えばいい。

 その権利が、こちらにはあるのだから。

 

 

 

 

「……ふふっ、やっぱり拓哉君もあなたも面白いわね」

 

「え?」

 

 不意にツバサが笑いだす。

 まるで面白いものが増えたかのような笑みで。そのままツバサは思わぬ提案をしてきた。

 

 

 

「ねえ、もし歌う場所が決まってないなら、うちの学校でライブやらない?」

 

「……何だって?」

 

 そういえば歌う場所をまだ決めていなかったのを今更思い出すμ's一同。

 

 

「屋上にライブステージを作る予定なの。もし良かったらぜひ。1日考えてみて」

 

 予想外すぎる提案に思わず面食らう一同だったが、拓哉と穂乃果はお互い目を見合わせたあと、笑いながら穂乃果が答えた。

 

 

 

「やります!!」

 

「「「「「「「「ええ~!?」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、誰にも予想できない予選ライブが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


珍しく花陽に見放された主人公でした。
ファンのA-RISEに会ったのに黙っていたなんて、許されるはずがない←
相手が相手なので今回は意外と黙って座っていた絵里と真姫。希はまあ、うん。

次回でユメノトビラ編は終わるかと思います。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


新たに高評価(☆10)を入れてくださった、


sinこうのとりさん


1名の方からいただきました。本当にありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!




立ち位置は違えど、同じ挑戦者なら対等である。


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95.開かれるトビラ



ユメノトビラ編、ラストです。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時が過ぎるのは意外と早かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予選ライブを同じ場所ですると決めてからおよそ2週間。

 その当日はこんなにも早く訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ、いよいよ本日、ラブライブ予選が行われます!!』

 

 

 場所はUTX学院。

 アナウンスがあちこちで流れる中、拓哉、穂乃果、希の3人は屋上から下を眺めていた。

 

 

 

「わあ~!!すごーい!!」

 

「うちらの学校とは大違いやねえ」

 

「学校というよりもうビルの屋上と言った方が合ってるんじゃないかこれ」

 

 ここから見ると下にいる人達が米粒のような小ささに見える。そのくらい高い屋上なのだ。音ノ木坂でいつも屋上で練習しているが、それとは比べ物にならないぐらい高い。本当にここは学校なのだろうかと疑問に思うほどだ。

 

 

「そりゃ生徒も流れちゃうわけだよね~……」

 

 元々、音ノ木坂学院が廃校になる原因になったのは新入生の流れが全てUTX学院に行ってしまったからだ。実際この学校に入ってみて分かる事がたくさんあった。普通の学校にはないような整いすぎてる設備。不審者が絶対に入れないように施されているセキュリティー等々。

 

 拓哉的には食堂もといカフェスペースが1番魅力的だったが、いずれも音ノ木坂学院より遥かに優れているのは周知の事実。今となっては廃校も回避されたが、改めてその理由を知って納得してしまう。新入生が持って行かれるのも、無理はないのだと。

 

 

 だけど。

 

 

「UTXにはなくて、音ノ木坂にはあるものだってたくさんあるだろ?」

 

「え?」

 

 だからこそ、UTX学院の事を知って色々と納得できてしまって、違いを、差を、格を、大きさの優劣を見せつけられたから、今一度、改めて音ノ木坂学院の良さを実感できる事もある。

 

 

「確かにこの学校は凄い。全てが音ノ木坂学院の上をいってるよ。でもさ、穂乃果。お前ならどう思う? いつもの屋上でグラウンドから聞こえる活気のある生徒達の声を聞きながら、微かに聴こえる吹奏楽部の演奏をBGMに休憩したり、生徒数が少なくても頑張ってる事が嫌でも分かる音ノ木坂と、屋上の風の音しか聞こえないUTXと、どっちがいい?」

 

 聞いて、穂乃果は一瞬だけ目を大きく開けたあと、すぐに笑みを作った。

 

 

「そうだね。私達の学校には私達の学校の良さがある! それを守るために今まで頑張ってきたんだもん! 今更思い詰める事もないよね!」

 

「それでいいんだよ、バーカ」

 

「バカは余計だよー!」

 

「ウチをのけ者にせんといてや~」

 

 3人で肩を並べながら戻って行く。

 

 そうだ。別にUTX学院を悪く言うつもりは毛頭ない。ただ当人にとってどちらが好きなのか、たったそれだけの選択でしかないのだ。音ノ木坂には音ノ木坂の良さが、UTXにはUTXの良さがある。

 

 そこに優劣はあれど、好みの話をすればどちらも対等なのだ。10人中10人がUTXを選ぶ事もあれば、10人中10人が今の音ノ木坂を選ぶかもしれない。些細な違い。結局拓哉が言いたかったのは、“本人が好きだと思う方を素直に選べば良い”という事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いわば控室とメイク室を兼ね備えた部屋にμ'sの面々はいた。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、可愛いにゃ~!」

 

「当たり前でしょ! 今日は勝負なんだから……!」

 

 鏡を睨みながら髪をセットしているにこ。2つの団子のような髪はさながら夢的なネズミ的なアレを連想させる。本人はいつになく真剣なのは今日が予選だからという事が大きい。そして、A-RISEと同じ舞台に立つという意味も含めて。

 

 

「よーし、やるにゃー!!」

 

「すでにたくさんの人が見てくれてるみたいだよ!」

 

「みんな、何も心配ないわ。とにかく集中しましょ」

 

 穂乃果がいない時は基本海未や絵里がこういう時にメンバーの緊張をほぐす係としている。誰かに言われたからでもなく、ただそういう気質なだけなのだが、幼少の頃にバレエの舞台で挫折を味わったと共に、そのおかげで養われた度胸は絵里を今こうしてプラスに働かしている。

 

 

「でも、本当に良かったのかな~、A-RISEと一緒で……」

 

「一緒にライブをやるって決めてから2週間集中して練習ができた。私は正解だったと思う」

 

 絵里の言う通り、ここ2週間は今までにないほどにメンバーが集中していた練習だった。ラブライブへ向けて、A-RISEと同じ舞台で、その2つがμ'sの集中力を上げていたが、それは山合宿に行ったおかげでもある。

 

 

「そうだよ。あれだけ頑張ったんだもん、やれるよ!」

 

「穂乃果ちゃん……」

 

 部屋に戻ってきた穂乃果と希も話を聞いていたようで入ってきた。

 

 

「あら、拓哉はどうしたの?」

 

「部屋の外だよ。誰か着替えてたら危ないだろって」

 

「そう、じゃあ穂乃果と希も早めに着替えてあげてちょうだい。予選前だし、ここで少しでもミーティングとかした方がいいでしょ」

 

 納得した穂乃果と希はさっそく着替え始める。

 ちなみに部屋の外で待ちぼうけの拓哉はこんな事を考えていた。

 

 

 

(誰も着替えてないならないで、誰か着替えてるなら着替えてるで一言言ってくれって言ったけど一向に穂乃果のヤツ何も言ってこないな~)

 

 

 

 

 

 

 

 

 着替えも難なく終わらせた穂乃果と希。

 絵里に拓哉を部屋に入れるように言われてようやっとある事を思い出す。

 

 

「あー!! そういえばたくちゃんに一言言わないといけなかったのに忘れてた!!」

 

 ダッシュで扉を開けに行くと同時に拓哉が勢いよく入ってきた。

 

 

「やっぱ忘れてたな穂乃果テメェこのやろう!! 女の子しかいないこの学校で男がたった1人で控室の前で待機してるの中々に地獄なんだからな!! 視線が痛いんだぞちくしょう! 拓哉さんの精神は色んな意味で押しつぶされそうだこのやろう!!」

 

「お、落ち着いてたくちゃん……ごめんってば~!」

 

 割とマジで涙目の岡崎拓哉だった。

 

 

「でも珍しいわね。いつもの拓哉なら穂乃果達とそのまま普通に入ってきそうなのに」

 

「おい、俺がそんな変態紛いな勘違いされる言い方はやめろ。……まあ、あれだ、また変な時に遭遇して処罰されるのは嫌なんで……」

 

 言うと急に自分の体を抱きながらブルブル震えだした拓哉。

 蘇るは2週間前の記憶だった。

 

 あの時、絵里に罰は帰ってからと裁定を下された拓哉は、きっちり帰りに女神達からの処罰を受けたのだが、どうもその時に拓哉にトラウマが植え付けられたらしい。顔が青ざめている。ちなみにどんな罰を受けたかはご想像にお任せする。

 

 

「こんにちは。あら、どうした拓哉君? そんな怯えた挙動なんかして」

 

「気にするな。主に世の理不尽と女の子の恐ろしさに身を震わせてただけだ」

 

「こんにちは。まあ、ちょっと色々あって……」

 

 たははと笑う穂乃果に明後日の方向を見ている拓哉。それを見てツバサは何があったのか想像もつかないまま本題に入る。一応元凶はツバサなのだが、ライブや予選の事で忘れているようだ。

 

 

「そうなの? まあいいわ。いよいよ予選当日ね。今日は同じ場所でライブができて嬉しいわ。予選突破を目指して、互いに高め合えるライブにしましょ」

 

 差し出されたのはツバサの手。

 言わなくても意味は伝わる。予選であり、ライバルであり、同じスクールアイドルの仲間であるならば、この手に応えなくてはならない。

 

 

「はいっ!」

 

 しっかりと穂乃果も手を差し出しツバサの手を握り締める。リーダー同士のそれを見て他のメンバーも気合いが入るのが窺えた。何となくその様子を見ていた拓哉も気持ちを入れ替えていく。

 そんな矢先だった。

 

 

「ねえ、拓哉君」

 

「……んあ?」

 

 挨拶も終わって移動が始まると思って動き出そうとしていたらツバサからいきなり呼び止められた。急な事にマヌケな声が出たが誰も気にしていなかった。何故なら、英玲奈やあんじゅを含め、μ'sのメンバーもツバサが拓哉に声をかけるとは予想していなくてただただ疑問に思っていたのだから。

 

 しかしそこはやはりA-RISEのリーダー。

 件のツバサはそれを知ってか知らずか、いたずらっぽい笑みを浮かべながらμ'sメンバーがいつも聞こうにも聞けない事をサラッと言ってのけた。

 

 

 

「私のこの衣装、どうかしら?」

 

 

 

 控室にて、精神的な意味で稲妻が落ちる衝撃がμ'sを容赦なく襲った。

 英玲奈もあんじゅもツバサの言動に驚いていた。この学校に男子はいない、男性教諭もいない。だから身近こういう意見をもらえるのはありがたいかもしれないが、それでもわざわざここで聞く必要があるのか、それもあんなに楽しそうに、と。

 

 

 そして、それどころではないμ'sの面々はあの綺羅ツバサの言う事だから変に抗議もできず、ただ拓哉がどう言うかだけをゴクリと息を呑みながら黙っている事しかできなかった。

 

 そんなμ'sに対して挑戦的な笑みで拓哉を見るツバサ。そして当人はと言えば、ポカンと何秒か思考停止しているような腑抜けた顔になってしばらく、ようやっと意味を理解したのか、一旦俯いてからゆっくりと顔を上げて確かにこう言った。

 

 

 

「ああ、良いんじゃね。似合ってると思うぞ」

 

 

 聞いて、ムフンと納得したように隠せていない満足顔をしたツバサと、ああやっぱりそうか……と内心、というか思い切り全身を使って項垂れるμ's。

 だが、そこはやはり岡崎拓哉、それだけでは終わらない。

 

 

 でも、と付け加えて、いつもの無自覚たらし少年はこう続けた。

 

 

 

 

「こいつらも凄く似合ってるし、全員可愛いからな」

 

 

 言うだけ言って移動するために部屋を出て行った拓哉。

 あの表情からしてお世辞を言っているようには見えなかった。つまりは、紛れもなく本音。

 

 

 

 

「……あらら」

 

「「「「「「「「「……、」」」」」」」」」

 

 

 拓哉の言葉を聞いてツバサはそっとμ'sメンバーの方を見ると、差はあれどもれなく全員が顔を赤くしているのが目に見えた。

 

 

 

(うーん、イタズラしておいて何だけど、こうも明確に()()()()()()()()()とな~。私には似合ってるとだけ、彼女達には()()似合ってるとしかも()()()とまで言うなんて)

 

 

 自分の衣装スタイルに絶対の自信を持っているわけではないが、多少の自覚はある。なのに彼はいとも簡単に無自覚で差をつけた。少し胸にチクリときたが、彼はμ'sの味方なのだからああして答えるのが自然だ。

 

 

 だけど。

 

 

 

(なーんか、悔しいなあ)

 

 

 

 

 

 A-RISEの綺羅ツバサではなく、1人の女の子としての綺羅ツバサの気持ちが一瞬垣間見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高坂家にて、3人の少女がPC画面をじっと見ている光景があった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ~、ドキドキする~……! ねえ、お姉ちゃん達大丈夫かな……」

 

 その1人絢瀬亜里沙が不安そうに声を上げた。

 

 

「大丈夫だよ、きっと」

 

 答えたのは高坂雪穂。

 不安そうな亜里沙を安心させるような声音で諭す。そこから目線をある場所へと向けた。

 

 ハンガーにかけられている服。よくある光景だが、特徴的な「ほ」という字が際立つ。そう、高坂穂乃果がいつも練習で着ている練習服だ。幾度も洗濯されているが、屋上で練習しているせいか所々ほつれたり汚れが落ちきっていない部分がある。

 

 

 

 それほど、練習に打ち込んでいたという証。

 

 

 

「それに、もしμ'sに何かあっても、絶対に支えてくれる人がいるしね」

 

 最後の1人、岡崎唯は分かりきった表情で呟いた。

 いつだって誰かのため(自分のため)に動く自分の兄を浮かべながら、絶対的信頼を寄せる妹。

 

 

 

「そう、だね……!」

 

 

 雪穂と唯に言われて気持ちを入れ替える亜里沙。

 そう、いつだって前へ進んでいくμ'sや、いつだってそれを支える岡崎拓哉と同じように、3人の少女は、いつだってそれを見守り、時に支える守護者なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言葉が出なかった。

 最初に浮かんだ言葉はただ、凄いとしか思えなかった。

 

 

 

 拍手をするが、それも力が入らない。呆然と驚愕が同時に襲ってきたかのような感覚になる。映像と見るのと間近で実際に見るのとでは、あまりにも差がありすぎた。

 それほど、A-RISEの歌声、曲、パフォーマンスには魅力がありふれていた。

 

 

 いつも花陽が見ているA-RISEの映像を覗き込んでは何とも思わなかった凛でさえ、以前とはまるっきり意見を変えてしまうほどに。

 

 

 

 

「直で見るライブ……」

 

「全然違う……やっぱりA-RISEのライブには、私達……」

 

「敵わない……っ」

 

「認めざるを得ません……」

 

 ほとんどの者が意気消沈していた。

 元々A-RISEですら素人だと言っていた絵里でさえ、普通のバレエとアイドルがやるような歌って踊る事の難しさは始めてみてやっと分かった。そこで改めて思い知らされたのだ。

 

 バレエとは根本的に違う。

 A-RISEは歌声を、踊りを、笑顔を、完璧にして聴いてくれている人々へと向けている。踊りだけを極めるのではなく、他の全てもより極めて努力しているのがA-RISE。今の絵里には彼女達を素人なんて言えるはずもなかった。

 

 

 いつも陰から支えてきた希も今回ばかりは何も言えなかった。陰からどうこう言える規模を超えている。相手は王者だから、何か1つ言ったところで何かを変えられるとは思えない。

 

 

 

 

 そう、何か言ったところで何かを変えられるとは限らない。

 だからこそ。

 

 

 

 

「そんな事ない!!」

 

「「「「「「「「……え?」」」」」」」」

 

 リーダーがいる。

 

 

「A-RISEが凄いのは当たり前だよ! せっかくのチャンスを無駄にしないよう、私達も続こう!」

 

「そうだ。よく言ったぞ穂乃果。ここでお前まで挫けたら本気で説教するとこだった」

 

 支えてくれる者がいる。

 

 

「A-RISEはやっぱ凄いよ。こんな凄い人達とライブができるなんて。自分達も、思いっきり頑張ろう!!」

 

「何もビビる必要はない。いつものお前らでいつものμ'sを出せばいいんだ。A-RISEは凄い。だけど、だからこそ見せてやれ。μ'sの凄さってやつを。俺が、俺達がお前らを支えてやるから」

 

 9人がそれぞれ手を添える。

 A-RISEが凄いなんてものは最初から分かりきっていた事なのだ。そんな彼女達と同じ舞台でやるライブをする機会なんてもうないかもしれない。だから、この予選には何か大きな意味があると拓哉は思っている。

 

 ここでμ'sはまた大きく成長していく。何故かそう思えた。なら、そのためには、全力でやれる事をしてやるだけだ。

 

 

「それじゃいっくよー! μ's、ミュージック―――、」

 

「穂乃果ー!!」

 

 途端、いくつもの足音と共に、ヒデコ、フミコ、ミカを中心とした音ノ木坂学院の制服を着た生徒がやってきた。

 筆頭のフミコが代表して口を開く。

 

 

「遅くなってごめんね。手伝いに来たよ! 穂乃果!!」

 

「みんな、どうして……、まさか、たくちゃん!?」

 

 驚きを隠せないまま穂乃果が拓哉を見る。

 当の拓哉は何の気なしに、しかし不敵に笑いながら言い切った。

 

 

「言ったろ。“俺達が”お前らを支えるって」

 

 実は数日前から手伝ってくれないかと相談していたのだ。

 いくら男と言えども拓哉1人では限界がある。こんな大事な予選なのだから、全力でμ'sの力を見せてやりたいと。

 

 すると何だ、ヒデコ達はもちろん快諾してくれた。そしてこんなギリギリになるまで他に手伝ってくれる人を集めてきてくれた。本当なら拓哉も手伝いたかったのだが、ミカからはμ'sの側にいてやれと言われたからそうするしかなかった。

 

 

「悪いな、こんなギリギリまで頑張ってくれて。そういやここにはすぐに入れたのか?」

 

「いいって事よ! うん、言ったらすぐ入れてくれたよー」

 

 事前にUTX学院側に他に手伝いが来るからと伝えていて正解だったようだ。人数は十分、A-RISEのライブは終わったばかりだから少し準備の時間が設けられるが、これだけいれば大丈夫だろう。

 

 

「さて、これでこっちの準備は万端だ。いいな、穂乃果」

 

 言ってくる拓哉に対し、穂乃果は気合いの入った声でそれに答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん! さあ、いこう!! 私達を、μ'sを、お客さんにも、A-RISEにも見てもらおう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Music:ユメノトビラ/μ's

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 A-RISEと比べればまだ劣っているのかもしれない。

 だけど、どこか惹かれるようなパフォーマンスだった。

 

 

 

 何故惹かれるのか、何故興味を持ってしまうのか、何故応援したくなってしまうのか。

 

 

 誰かが抱いた疑問に、岡崎拓哉だけはその答えを知っていた。

 だからヒデコ達も呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 μ'sは、多くの人に支えられて応援されるほど、その魅力を引き出していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライブは、期待以上の出来で終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


これにてユメノトビラ編終了です。
この話では過去にA-RISEを素人だと言っていた絵里の今の心情や、王者のライブを見たあとでのメンバーの心情、そして穂乃果と岡崎の心情、気持ちの切り替えなどをテーマにしました。
伝わっていたら良いなと。
次回からはアニメ2期4話、矢澤家の乱の始まりです。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!

新たに高評価(☆10)を入れてくださった、


色々さん


1名の方からいただきました。本当にありがとうございます!!
これからもご感想高評価たくさんお待ちしております。



ちなみにツバサは岡崎に好意を持っているわけではありません。
あくまでイタズラっぽく攻めてるだけです。
でももしかしたらこの先……?


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96.結果発表


今回から矢澤家編です。
といってもまだ導入回みたいなものですが。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、生々しい夢だよね……」

 

「本当に……」

 

「ていうかさ……」

 

 

 

 あの予備予選ライブから数日後の事、俺達はいつも通り音ノ木坂学院のアイドル研究部の部室にいた。

 緊張と気を引き締めていたあの日までを思って、A-RISEとのライブが終わってからの練習はいつもより軽めにしていたおかげか、メンバーの疲労も今ではすっかり回復している。

 

 

 

「今夢と同じ状況だしーッ!!」

 

「ちょっとうるさい穂乃果、今モノローグってるから」

 

「モノローグってるってどういう事!?」

 

「こういう事だ」

 

「どゆこと!?」

 

 説明しても穂乃果の事だからきっと分からないだろうと思ってスルーさせてもらう。

 そして、日にちもたって今日はいよいよ予備予選の結果発表なのである。

 

 予備予選突破か落選か、それが今日で分かるのだが、先程穂乃果から聞いた話によるとだ。今日穂乃果が見た夢で今のこの状況が夢で見た光景と一致しているらしい。

 ちなみに夢では最後の最後で落選したとか。……HAHAHA、まさかねー。

 

 

「あー……たくちゃんとのこの会話も夢のままだよ~……」

 

 まじでか、正夢って本当にあるのな。1番当たってほしくない正夢だけど。

 

 

「ど、どこが同じ状況だって言うのよ……」

 

「終わりましたか? 終わりましたか……!?」

 

「そうやねえ……カードによると……」

 

「ダメだよ~! このままじゃ正夢になっちゃうよ~!!……そうだ! にこちゃん、それ一気飲みして!」

 

「何でよ!」

 

「何か変えなきゃ正夢になっちゃうんだよ~!!」

 

 それほどまでに夢と一致しているのか。これじゃ何を言っても変わらないかもしれない。……いや、待てよ? 夢で見た光景と分かっていて話をするならば、この状況にまったく関連のない事すれば正夢とかけ離れて解決するんじゃ……。

 

 

「よし穂乃果、俺に任せろ。正夢になんか絶対にさせねえぞ。今から俺がここで腹太鼓ブレイクダンスをす―――、」

 

「セリフが夢と一緒だし普通に気持ち悪いし見たくないからやめて」

 

 なるほど、関係ない事しようとしても変わらないのか。普通に今心に重症を負っただけだった。夢の中の俺もきっと同じ傷を負ったんだろう。夢も現実も報われなさすぎではないですかね拓哉さん。

 

 

「来ました!!」

 

 突然な花陽の声ににこと真姫と海未以外はすぐに反応した。

 にこに至ってはイチゴオレを握りつぶして中身がブシャアと飛び出ている。あとで拭くように。

 

 

「最終予選進出……1チーム目は、A-RISE……」

 

 俺もさすがに気になってみんなと同じようにPC画面を覗き込む。

 大丈夫だろうと思ってはいてもやはり結果発表となると緊張して気になるのは人間の性だろうか。例えるなら、入試試験などで自己採点して満点だとしても、いざ結果発表となったら緊張と不安が押し寄せてくるような感覚だと思う。

 

 A-RISEは、まあ確定だろうと思っていたから何も思わない。実際に生でライブを見て驚かされたのは事実だ。あれほどの実力なら突破するのは必然だと思っている。……正直、今のμ'sの実力でも勝てないだろうと思わされた。

 

 

「2チーム目は、EAST HEART……! 3チーム目は、Midnight cats……!」

 

「ダメだよ……。同じだよ……」

 

「大丈夫だ穂乃果。自分を、μ'sを信じろ」

 

「うぅ、たくちゃん……」

 

 映像で見たが、EAST HEARTもMidnight catsもライブを凄かった。映像でも分かるぐらい引きこまれて魅力的だったと言える。

 だけど、それを言うならμ'sだってそうだ。映像でも見ても引きこまれるし、何より9人もいながらまとまっている歌声やパフォーマンスもある。他のグループにはなくても、μ'sにしかないものがある。

 

 それさえ信じていれば、絶対に。

 

 

「最後、4チーム目は……み、」

 

「み?」

 

「みゅ~……ず」

 

「「「「「「「ず?」」」」」」」

 

 超えられる。

 

 

「音ノ木坂学院高校、スクールアイドル、μ'sです!」

 

「μ'sって、私達、だよね……? 石鹸じゃないよね?」

 

「当たり前でしょ!」

 

「凛達、合格したの?」

 

「予選を突破した……?」

 

 各々が目の前の事実を口にして現実か確かめる。

 これで穂乃果の言っていた夢も正夢でなくなったわけだ。

 

 

「だな。少しヒヤヒヤもしたけど、お前らμ'sは見事予備予選突破だ。これでもっと前に進めるぞ」

 

「「「「「「「「や、やったー!!」」」」」」」」

 

 突然声を上げると同時に、ほぼ全員が部室から飛び出て行ってしまった。大方友達とかに言いに行ったんだろう。部室に残っているのは俺と未だに耳を塞いで目を瞑っている海未だ。結果聞く気あるのかこいつは。

 

 

「終わったのですか……終わったので―――、」

 

「海未」

 

「ひゃあっ!? た、拓哉君!?……あ、あれ、みんなは……?」

 

 肩をポンと叩いたくらいで驚きすぎだろ。どんだけ緊張してんだ。

 メンバーがいない事にポカンとしている海未をどうにかしたものかと思ったが、そこで放送室からの連絡が入ってきた。なるほどね。

 

 

「まあ、これを聞けばいいさ」

 

 ピンポンパンポーンと学校の放送室特有の音と共に女生徒の声が学校中に響き渡る。

 

 

『たった今、我が校のスクールアイドル、μ'sがラブライブの予選に合格したとの連絡がはいりました』

 

 大方、放送部に友達がいる真姫あたりが報告しに行ったのだろう。普段クールな真姫も走って出ていくくらい嬉しかったんだろう。

 

 

「……私達、予備予選を、突破……したん、ですよね……?」

 

「ん? ああ」

 

 ふと海未を見ると、感極まってるというか嬉しさが込み上げてきているというか、小刻みに体が震えている。

 

 

「おい、海未? どうし―――おぅわっ!?」

 

「やりました……私達、やりました……予備予選突破する事ができましたよ、拓哉君……!!」

 

「おぇ? あ、ああ、おう、だな。ほんとよく頑張ったよお前達は」

 

 いきなり猫のように飛びついてきた海未だったが、後ろが閉じられているドアだった事が幸いして何とか倒れる事なく受け止める事ができた。

 ……海未ならここからが本番だ~とか言いそうだったけど、まあ、嬉しいに決まってるか。何たって初めて予選合格したんだ。

 

 

「本当ならここで喜ぶなんて浅はかなのかもしれません。早すぎるかもしれません……。ですが、初めての……あのA-RISEと同じ地区での予選を突破できたのは、みんなが頑張ってきたからです……」

 

 俺の背中に回されている海未の手が力を強めていくのが分かる。それだけで海未の気持ちも、どんどんと理解できた。

 

 

「……ああ、分かってるよ。まだまだ予選の予選だけど、それでも1回戦突破したようなもんだ。誰に何を言われようとさ、喜びたい時は好きに喜べばいい。それくらいの努力をお前達はしたんだ。だったら喜ぶ権利くらいあるに決まってるだろ?」

 

 できるだけ優しく海未の背中に回してポンポンと背中を叩いてやる。小さい頃から妹の唯や、穂乃果達が泣いているのを見るとこうやってきたから慣れているといえば慣れている。歳的には中々勇気はいるけど。

 

 

「お前達が頑張ってきたのは俺が1番知ってる。予備予選だけど、予備予選だからこそ気合いも入れて山に合宿行ったんだもんな。全部見てきた俺だから言ってやる。今日は喜んでいい。これから頑張るのは今十分に喜びを噛み締めてからでいいんだ」

 

「はい……はい……!」

 

 多分今の海未には俺に抱き付いてるという羞恥心よりも嬉しさの方が上回っているんだろう。じゃないと海未が俺にこんな事してくるなんて思えない。それにここに穂乃果達がいればそっちに行ってただろうしな。代役だけど、俺は俺で役得だと思おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……この状況誰かに見られたら中々にヤバイなこれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところ変わって屋上。

すっかりメンバーも練習着に着替えてスイッチを切り替えたようだ。

 

 

 

あのあと海未も落ち着きを取り戻したはいいが、顔を真っ赤にしてそそくさと離れてしまった。いつもなら殴るなり何なりしてくるから少し俺もやりづらさがあった。……殴られ慣れてる俺ってば一体……。

 

 

「最終予選は12月。そこでラブライブに出られる1チームが決定するわ」

 

「次を勝てば念願のラブライブやね」

 

「でも、A-RISEに勝たなくちゃいけないなんて……」

 

そう、予備予選を突破したのはいいが、最終予選でA-RISEとぶつかるのは確実だ。おそらくラブライブ決勝よりもハードルは高いかもしれない。それでも予備予選を突破した以上はやるしかない。

 

 

「今は考えても仕方ないよ! とにかく頑張ろう!」

 

「やれるだけの事をやって突破できたんだ。なら今度もやれるだけの事をやればいい」

 

「その通りです。そこで、た……拓哉君と絵里と話し合ったのですが、来週から朝練のスタートを1時間早くしたいと思います!」

 

おい海未さんや、何気にそこでどもるのやめてくださいませんかね。正面にいる穂乃果が疑問符浮かべてるしことりに至っては真顔で俺を見てきてるから。謎の恐怖が溢れすぎてるぞ。

 

 

「ええ~起きられるかな~……」

 

「これは絵里と2人で出した結論ですが、この他に日曜日には基礎のおさらいをします」

 

なん……だと……!? おい待てそんなの聞いてねえぞ俺。日曜まで練習あるとかさすがにそれはちょっとあんまりじゃないですかね!!

 

 

「あの、海未さん? 絵里さん? 熱心なのはとても良き事なのですが、日曜くらいはせめて休みを入れても良いん―――、」

 

「どうせ拓哉は家でゲームかマンガ見てるだけでしょ? なので拓哉の意見は却下」

 

「あァァァんまりだァァアァ!!」

 

思わずジョジョ的なエシディシ的な声を出してしまう。

俺にとってアニメゲームマンガを家でのんびりしながら見ている時が1番の至福の癒しだというのに……どうすればいいんだ……。

 

 

「これもA-RISEとぶつかる時のためを思っての事なの、分かって。ね?」

 

「おうよ。思う存分付き合ってやるぜ」

 

「ちょろいな拓哉君」

 

うるせえ聞こえてるぞ希。絵里に甘いボイスであんな事言われたら即答するに決まってるでしょうが。ずっと甘いボイス囁いていてほしいわ。するとほら、簡単に堕とされますよ拓哉さん。

 

 

「とにかく、練習は嘘をつかない。けど、ただ闇雲にやればいいというわけじゃない。質の高い練習を、いかに集中してこなせるか。ラブライブ出場はそこにかかっていると思う」

 

確かに絵里の言う通りだろう。

練習は嘘をつかないとはよく言うが、実際はそうではない。練習するにしても、どういう練習をするか、効率の良い練習は何かなど、頭を使って練習する事が前提条件に含まれている。

 

絵里はそこもちゃんと理解しているようだから安心できる。

俺の日曜日が失われるのは残念ではあるが、こいつらのためだと思えばまあ我慢もしようと思える。

 

 

「じゃあみんないくよー! みゅー―――、」

 

「待って!」

 

気合いの入った穂乃果が声を上げようとしたところでことりが制止する。

 

 

「誰か1人足りないような……」

 

言われてみんなが周りを見渡す。

俺も見渡してみる。……うん、いないね、あのツインテール。

 

 

「穂乃果ちゃん、海未ちゃん、ことりちゃん、絵里ち、花陽ちゃん、真姫ちゃん、凛ちゃん」

 

「全員いるよー!」

 

「なーんだ、では! 改めて!」

 

「いやいやちょいちょいちょいちょい」

 

何だこいつら普通に練習始めようとしてやがる。鬼か、さては新手のイジメだな? そんなの拓哉さんが許しません事よ!!

 

 

 

「何、たくちゃん?」

 

「にこ」

 

「……え?」

 

「矢澤にこ」

 

「「「「「「「「……、」」」」」」」」

 

「やざーわにーこ」

 

 

 

何故か、8人の顔が固まったような気がした。

 

 

 

 

 

「「「「「「「「にこちゃんッ!!」」」」」」」」

 

「よーしそこに直れ貴様らァァァああああああッ!! 大事なメンバーを忘れるなんてこの拓哉さんが渾身の説教してやらァァァああああああッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


海未と絵里が可愛かったです。絵里に甘い囁きされたいですな。天に召されてもいい……。
来週から本格的に矢澤家編スタートです。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!(重要事項)




最近色んな二次小説に手を出したいと思ってしまっている……。
ただでさえ執筆時間ないのに←


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97.ミニこにー





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今ならまだ間に合うと思って全員で走っていたら校門付近ににこはいた。

 

 

 

 

 

 

「にこちゃーん!!」

 

「大声で呼ぶんじゃないわよ!」

 

「どうしたの? 練習始まってるよ?」

 

「何か外せない用事でもあるのか?」

 

 あのにこが予備予選突破してすぐに練習を休むとは思えない。であれば理由は家庭的な事情なのかもしれない。

 ちなみにこのバカ共への説教はさっさとにこを追いかけようという事でうやむやにされた。納得いかない。

 

 

「……そうよ。今日は、ちょっと、用があるの……。それより最終予選近いんだから気合い入れて練習しなさいよ!!」

 

「はいっ!!」

 

 言うだけ言って走り去っていくにこ。やはり何かそれだけの用事があるんだろうか。

 

 

「あれ、行っちゃった」

 

「まああのにこが練習を休むくらいの事だ。仕方ない、今日は8人で練習す―――、」

 

「何か怪しくないかにゃー?」

 

 ……ん?

 

 

「確かにっ! あのにこちゃんが練習休むなんて考えられないもん! これはきっと何かあるに違いないよ!」

 

「跡をつけてみるにゃー!」

 

 ……んん?

 

 

「そうと決まればさっそく着替え直そー!」

 

「い、いやいや、待てって。さすがに家庭の事情で休むかもしれないんだし深追いや詮索はどうかと思―――、」

 

「たくちゃんは走って追いかけてて! にこちゃんは途中から歩くだろうし、走っていけば私達もすぐ追いつくから!!」

 

「……、」

 

 行ってしまった。穂乃果や凛を筆頭にあの絵里や海未や真姫までもが走って行った。さっきまでにこの存在を忘れてたとは思えない早さである。どんだけ気になってんだよ。

 

 ……追いかけないとあとで絶対何か言われるよなあ。仕方ない、悪く思わんでくれよにこ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走ればすぐに追いついた。

 逐一穂乃果に連絡していたおかげか穂乃果達も走ってきて今では一緒に行動している最中だ。

 

 

 

 

 

「隊長、にこちゃんはお店に入ったであります!」

 

「隊長じゃねえ。あとこっそり尾行したいならもうちょっと小声で喋れ」

 

 にこが入っていったのはよくあるスーパーだ。というか思い切り見覚えがある。『はなまるストア』という店名だが、以前俺はここに来た事があるのだ。

 

 あれは忘れもしない。母さんにおつかい(パシリ)という任務をさせられてわざわざタイムセールで猛獣という名の主婦達と死闘を繰り広げた場所である。そういえば初めてにこと会ったのもここだったな。今思えば少し懐かしく思える。

 

 

「にこちゃん、ここでバイトしてるのかな?」

 

「ハマりすぎだにゃ~」

 

 似合いすぎと思ってしまった俺ガイル。何ならバイトリーダーやっててもおかしくなさそうではある。にこの面倒見の良さはほんとおかんと思われても仕方ないと思っている。μ'sのおかん……うん、ダメだなこれ。

 

 

「待って、違うみたいよ」

 

「普通にお買い物してるみたいですね」

 

「なんだ~ただの夕飯の買い物か~」

 

「でも、それだけで練習を休むでしょうか?」

 

「予備予選合格して気合も入ってるはずなのに……」

 

 海未とことりの言う通りだ。

 にこのアイドルへの熱き想いは誰もが知っている。だからこんな事で休むはずがない。なのにこうして休んでいるから尾行までしているのだ。むしろ夕飯の買い物なんて理由で練習休んでいたら俺がお灸を据えてやる。

 

 

「よほど大切な人が来てる……とか」

 

「どうしても手料理を食べさせたい相手がいる、とか……!」

 

「「「「「「……、」」」」」」

 

「……ん? え? 何でお前ら一斉に俺を見てくんの? 仮に誰かに食べさせたいってのが当たってたとして俺なわけないだろ。拓哉さんは絶賛彼女募集中のフリー男子なんだから言わせんな悲しい」

 

「募集中なら私なんてどうかなたっ―――、」

 

「とにかくこれはダメです! アイドルとして1番ダメなパターンです!!」 

 

 いや花陽でかい。声でかいから。あと胸もでかい。アイドルの暗黙ルールっぽい事分かってるのは知ってるからボリューム抑えような。じゃないとにこにバレ……あ。

 

 

「μ'sメンバー矢澤にこ、練習を早退して暗黙のルールを無視しびっくりどっきりスキャンダルがー!!」

 

 ガラガラを目の前の荷台が運ばれ、後ろの車も発進して見事に曝け出された俺達。おまけに凛の声もでかい。胸は小さい。

 そしてこれだけの大声を出していれば当然。

 

 

「まあ、バレるよなあ」

 

「え? あ」

 

 全員の視線が1点に集中される。そしてにこの視線も1点に集中していた。つまり、俺達を見ていた。結論、バレた。

 

 

 

「……ッ!!」

 

「あ、逃げた!!」

 

「そりゃ逃げるだろうな! 何たって尾行がバレてしまったんだもの! 俺の苦労が台無しにされたんだものーッ!!」

 

 何のための尾行だったのか。俺が細心の注意を払って追っていたのにこいつらときたら、好きに喚きやがって……だがしかし、だがしかし!! にこにバレてしまう可能性を考慮していなかったわけではない。

 

 もしバレてしまったら、そんな時のための作戦なのだ。不本意だが、ひっじょーに不本意だが、頼まれたのだから仕方ない、やるなら徹底的にが俺の性分だ。というわけであらかじめ別行動させていた絵里と希に連絡を入れる。

 

 このスーパーは小さいわけではないが大きいわけでもない。だから出口も俺達が入ってきた1つとすぐ右の出口しかない。だけどどちらもレジ近く。走れば迷惑なのは確実だからそんな事はできない。……タイムセールの時以外は。

 

 さあ、とすればにこが俺達から逃げる道を1つに絞られる。

 裏口だ。

 

 

「よし、ここまで来れば問題ない。引き返すぞ。絵里と希と合流だ」

 

「え? ちょ、たくちゃん早いよー!」

 

 尾行がバレたらもうどうにでもなれ精神になるのが基本的な尾行している者の心情だ。ちなみに今の俺の心情だが、バレてしまった以上は仕方ない。何が何でも捕まえて理由を聞く。気持ちの切り替えって大事だよね!

 

 

「悪いけど先に行くぞ!」

 

「何で普段見てるだけなのにあれだけ早いのよあいつは!」

 

「凛でも追いつけないにゃー!」

 

 後ろから着いてくる穂乃果達だけど、このままじゃ埒があかない。悪いがここまできたら俺も本気を出させてもらおう。穂乃果達から一気に距離を離してスピードを上げる。

 

 

「絵里! にこは!?」

 

「ごめんなさい、一度は捕まえたんだけど、上手く希の腕をすり抜けてまた逃げて行ったわ! 今は希が追ってる。あっちを曲がって行ったわ!」

 

「……分かった」

 

 裏口には絵里しかいなかった。逃げ足早いなにこのヤツ。絵里に言われた方へと走る。……どうしてにこが希の手から上手くすり抜けられたのか、その理由を何となく察してしまった俺は悪くないと思う。

 

 

「こっちで合ってるんだよな……いた!」

 

 道を出るとにこを追いかける希の姿が見えたが、またすぐ曲がり角へと消えてしまった。

 追いつけない距離じゃないからいけるはずだ。

 

 

「希!!」

 

「拓哉君! こっちや!」

 

 角を曲がると案外すぐに希に追いついた。

 

 

「げっ、拓哉まで!? くっ……!」

 

 俺に気付くなりにこは横手にある駐車場の車の間をすり抜けるように通って行った。よくもまあそんな小細工をして逃げようと思うな。

 ちょうど希に追いついたところでその勢いのまま希もにこと同じように車の間を通ろうとした。

 

 

 が。

 

 

「んっ……あ」

 

「ぶふぅッ! べはぶぐぁッ!?」

 

 希の胸がでかいせいで車の間を通れなかったらしい、のだが、今の光景は健全思春期男子高校生の拓哉さんには少々刺激が強すぎたらしい。走っていた足がもつれて顔面から転倒。痛いけど眼福でした。

 

 

「ちょ、拓哉君大丈夫!?」

 

「お、おう……これくらい何てことねえぜ……。むしろお釣りがあるくらいだ」

 

「おーい! にこちゃんはーってたくちゃん!? どしたの!?」

 

 みんなも追いついてきたらしい。俺の顔は見ないでくれ。この鼻血はあれだ、転んだからであって決して希の胸がむにゅんとなったからではないぞ決して。そう、決して。

 

 

「……凛ちゃん、ゴーや!」

 

「何か不本意だにゃ~!」

 

 その間に希が凛にゴーサインを出していた。うむ、確かに凛ならにこと負けず劣らずだから問題なく間を通れるな。俺でも頑張れば行けそうだけど、かなり間が細いせいか男のガタイで行けるかは分からない。なら確実に行ける凛を行かせるのは正しい判断だと言える。……ちょっと誰かティッシュちょうだい。

 

 

 

「いないにゃ~!!」

 

 

 道の向こう側で凛の嘆きが聞こえる。

 どうやら、にこ捕獲作戦は失敗に終わったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局逃げられちゃったか~」

 

「しかし、あそこまで必死なのは何故なのでしょう……」

 

 

 

 場所は変わって橋のすぐそばで一休みしている最中である。

 にこを完全に見失ってしまったため、捜索は一時中断。あと俺の鼻血も原因らしい。外で鼻にティッシュ詰めてるの中々に恥ずかしいんだぜ。

 

 

「にこちゃん、意地っ張りで相談とかほとんどしないから」

 

「真姫ちゃんに言われたくないけどね~。あとたくや君も」

 

「うるさい!」

 

「何で俺まで入ってるんですかね」

 

 俺は意地っ張りとかではない。弱音とかめちゃくちゃ吐くし、自分で解決できそうな事なら自分でやるってだけだ。何ならまだ鼻がジンジンするんだけど弱音吐いていい?

 

 

「家、行ってみようか」

 

「押しかけるんですか?」

 

「だって、そうでもしないと話してくれそうにないし……」

 

「つうかにこの家知ってんのか誰か」

 

 俺の問いに頷く者はいなかった。

 同じ学年の絵里も希も知らないらしい。こりゃ明日にでも捕まえてまた聞いてみるしかないんじゃないか? 家も知らないのに探しまわるなんて探偵かストーカーじゃないと務まらねえぞ。

 

 

「とにかく今日は一旦解散にして、明日にで―――、」

 

「ああああああああああッ!!」

 

「何だどうした何事だよもう!」

 

 今日の俺はよく声を遮られる日らしい。なんて日だ。

 

 

「あ、あれ……」

 

 花陽の指さす方向へと視線を向けると、橋の向こうから誰かが歩いてくるのが見えた。何か見覚えのあるシルエットである。

 というか、あれって……。

 

 

「にこちゃん!?」

 

「でも、ちょっと小さくないですか?」

 

「服装も髪型も違うしな。似てるけど別人だろ。そんな都合よくいくわけないっての。小さすぎるぞあの子」

 

「そんな事ないよ~。にこちゃんは3年生の割にちいさ……小さいにゃー!!」

 

 近くまで歩いてきたその女の子は文字通り小さかった。見た目は確かににこに似ているが、それでも身長差はさすがに分かる。まさか親族とかか?

 いやいやそんな上手くいくはずがHAHAHA。

 

 

「あの、何か?」

 

 凛の声に反応したらしい。小さい女の子はこちらに振り向いて話しかけてきた。見た感じ小学生なのに高校生に話しかけるって意外と度胸あるな。いや、怖いもの知らずみたいなもんかこの年齢だと。

 

 

「え? あ、いや……」

 

「あら? もしかしてあなた方、μ'sの皆さんではありませんか?」

 

「……何だって?」

 

「え、知ってるの?」

 

 いや、ちょ、え、ほんとに? まさかまさかもそのまさか来ちゃった? こんな小さい子がμ'sを知ってるなんて、普通に考えたら誰かの家族か友達くらいなはずだ。

 だったらこの女の子は本当に。

 

 

 

 

 

 

「はい! お姉さまがいつもお世話になっております。妹の、矢澤こころです!」

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「えええええええええええええっ!?」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いやめっちゃ可愛いなこの子。

……お姉さま??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


希の胸が引っかかるシーンはグッときた覚えがあります。
そしてこころちゃん妹に欲しいです。おまわりさん、僕です。
ロリコンではありませんが、純粋に可愛いと思うならそれは愛です(アウト)


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆10)を入れてくださった、


nikoriさん


本当にありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!



サンシャイン二期が秋から始まるようで。
何はともあれ楽しみですな。


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98.矢澤4姉妹弟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にこっちに妹がいたなんて……」

 

「しかも礼儀正しい」

 

「まるで正反対にゃー」

 

 

 

 衝撃のにこシスターを偶然発見した俺達は何故かその妹に連れられ近くの駐車場裏まで移動させられていた。

 下手すると事案になりかねない。冤罪もあり得る。やだ怖い。

 

 

「あの、こころちゃん? 私達、何でこんなところに隠れなきゃ―――、」

 

「静かに! 誰もいませんね……!」

 

 小学生の女の子に押し黙らせられる高校生の幼馴染穂乃果、哀れなり。

 

 

「そっちはどうです……?」

 

「人はいないようですけど」

 

「よく見て下さい。相手はプロですよ! どこに隠れているか分かりませんから!」

 

「プロ?」

 

 何のプロだよ。誘拐のプロかな? それなら今の俺達が1番それっぽいんだけど違うのか。というかまずこの子は一体何をしているのだろうか。子供によくある突発的何ちゃらごっこ的な何かか。

 

 

「大丈夫みたいですね……。合図したらみなさん一斉にダッシュです!」

 

「何で?」

 

「決まってるじゃないですか! 行きますよ……!」

 

 言うとすぐにこころとかいうにこシスターは走り出した。……なるほど、子供特有の説明不足というやつだなこれは。まったく何がしたいのか分からん。

 

 

「ちょ、ちょっとー!」

 

「とにかく着いて行ってみるしかないようだな。……これがもしあの子の巧妙な罠で冤罪かけられたら俺すぐ逃げるからよろしく」

 

「逃げるんだ!? そっちの方が余計怪しまれると思うんだけど」

 

 ふむ、それも一理ある。その前に証言者がこれだけいるんだから逃げる必要もないか。ましてやにこの妹だもんな。万が一にも危険と思ってしまうのは失礼だよな。

 

 

 

 

 やってきたのはとあるマンションの入り口だった。

 駐車場から結構すぐだった。これなら隠れる必要なかったんじゃないか?

 

 

「どうやら大丈夫だったみたいですね……」

 

「一体何なんですか?」

 

「もしかしてにこちゃん、殺し屋に狙われてるとか?」

 

「ぶっ飛んでる。発想がぶっ飛んでるぞ花陽」

 

 たまに花陽の思考が読めない時がある。天使な花陽が殺し屋とか言っちゃいけません! 心が穢れちゃいます! 花陽の将来が少し心配になった。

 

 

「何言ってるんですか? マスコミに決まってるじゃないですか」

 

「え?」

 

「……あー」

 

「パパラッチですよ! 特にバックダンサーの皆さんは顔がバレているので危険なんです! 来られる時は先に連絡をください」

 

 今ので何となく察したぞ。にこがにこならその妹も妹だな。思考が似ているらしい。姉がスクールアイドルやってるからそれで写真撮られるんじゃないかって思ってるんだな。可愛いもんじゃな―――ん?

 

 

「バック……」

 

「ダンサー?」

 

「誰がよ……」

 

「バックダンサーってあれだよな。メインで歌って踊る人の後ろで踊ってるような人達の事だよな? ジョニーズ的なやつだよな」

 

「スーパーアイドル矢澤にこのバックダンサー、μ's! いつも聴いてます! 今、お姉さまから指導を受けてアイドルを目指しておられるんですよね!」

 

 ……うん、オーケーオーケー。今ので本当に察したわ。全部にこの入れ知恵だなこれ。というか自分以外のメンバーをバックダンサーって言ってんのか妹に。

 

 

「そしてあなたは岡崎拓哉さんですよね!」

 

「……え? ああ、そうだけど、それがどうかしたか?」

 

「ええ、ええ、知ってます! 存じております! お姉さまの専属マネージャーですものね!」

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい?」

 

 この子は今何と言った?

 俺の耳が正しければ、何か専属マネージャーとかって聞こえたんだが。

 

 

「普段はおちゃらけた態度なのに、お姉さまを更なる高みへと連れて行くための努力は決して惜しまない、バックダンサーの皆さんのためにも日々奮闘している殿方だと聞いてます! お姉さまの専属マネージャーなのにそこまでしている寛大さは素晴らしいです!!」

 

「……そうか、それはありがたいな。こころちゃんだっけか?」

 

「お姉さまの専属マネージャーなんですから親しみを込めてこころとお呼びください!」

 

「ああ、うん。ちょっと待っててくれるかな。はい全員集合」

 

 こころから少し離れたところで呼びかけをすると即座に全員が集まった。

 

 

「はい思った事言ってって」

 

「状況が読めてきました」

 

「忘れてたわ。相手はにこちゃんだものね」

 

「何でたくちゃんだけ優遇されてるのかな」

 

「知らねえよ俺が聞きたいくらいだわ」

 

「頑張ってくださいね! ダメはダメなりに8人集まれば何とかデビューくらいはできるんじゃないかって、お姉さまも言ってましたから!」

 

 待っててくれって言ったのに普通に話聞いてたよこの子。火に油注いでくれちゃったよやばいよ只でさえ機嫌悪いヤツらがいるのに。

 

 

「何がダメはダメなりよ!」

 

「そんな顔しないでください! スーパーアイドルのお姉さまを見習って、いつもにっこにっこにー! ですよ!」

 

 凄いぞこの子。にこ並にメンタル強いというかめげない動じない精神パネエ。にっこにっこにーってのはもう矢澤家伝統のものなのか。

 

 

「ねえ、こころちゃん?」

 

「はい?」

 

「ちょっと、電話させてくれる?」

 

「はい!」

 

 うーん、この可愛らしい純粋な笑顔を見るとこの子に罪はない。元凶はすべてにこにあるらしい。そのおかげか絵里の顔が笑っているのに軽く恐怖を感じてしまうのは気のせいではないと思う。

 

 

「……、」

 

 スピーカーありで電話をかける絵里。どうやら留守電だったらしくメッセージを残せとの事。ちなみにこころはさっきから1人でずっとにっこにっこにーを連呼している。とても可愛い。

 

 

「もしもし、わたくし、あなたのバックダンサーを務めさせていただいてる絢瀬絵里と申します。もし聞いていたら……すぐ出なさい!!」

 

「出なさいよにこちゃん!!」

 

「バックダンサーってどういう事ですか!?」

 

「説明するにゃー!!」

 

 機嫌悪そうにしているのは大体予想通りのメンバーだった。こりゃにこも大変だな、まあ自業自得だけど。少なからず俺も思うとこはあるけど、こころに免じて黙っておいてやろうかね。

 

 

「ではお家にご招待しますね! お兄さまもどうぞ!」

 

「ほっほーう親しみあるのはいいけどいきなりそれは心臓に悪いから落ち着こうかこころちゃん。多分俺の命を握ってるのは君だから」

 

「?」

 

 くぅ~、この純粋に疑問に感じている顔のせいで憎めないぞ~。前言撤回、これはやっぱにこを問い詰めるしかない。いきなり幼女からお兄さま呼ばわりは犯罪的な香りがしてしまう。

 

 

「いつの間にこころちゃんと仲良くなっているんですか、拓哉君……?」

 

 なるほど、にこより先に俺がこの世を去るらしい。1番聞こえてはいけない魔王に聞こえてしまっていた。だが最後に幼女からお兄さまと呼ばれて満更でもないからそんなに悔いはない。……普通にヤバイ奴だな俺。

 

 

「ほらほら、行きましょう皆さん!」

 

「うおっとと、あ~れ~連れてかれてるからこれは逃げてるわけじゃないので俺は悪くな~い~」

 

「あ、ちょっと拓哉君!」

 

 こころに手を引かれてるのだから仕方ない。変に逆らうよりここは流されていた方がいいだろう。むしろ海未から逃げるためにはこころナイスまである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、ここがにこの家か」

 

 いざ来てみれば普通の家である。当たり障りのない、強いて言うなら少し良い感じのマンションの部屋といったところだろう。見た感じ部屋も多そうだ。

 

 

「弟の虎太郎です」

 

 テーブルでモグラ叩きみたいなおもちゃで遊んでいるのはどうやら1番下の弟らしい。鼻水垂れてんぞ。どこぞのボーちゃんかこいつ。

 

 

「ばっくだんさ~」

 

「こ、こんにちは……」

 

 まさかこんな子にまでバックダンサーと思われてるとは、にこも徹底してるな。

 

 

「せんぞくまね~じゃ~」

 

「おーう、その歳でそんな言葉覚えるなんて偉いな鼻たれ小僧~」

 

「褒めてるのか嫌味なのかどっちなんや」

 

 もちろん褒めてるさ。ただ俺を見る虎太郎の表情が何故かニヤッとしているのがいけ好かない。本能的に俺を下に見てるなこいつ?

 

 

「お姉さまは普段は事務所が用意したウォーターフロントのマンションを使っているんですが、夜だけここに帰って来ます」

 

「ウォーターフロントってどこよ……」

 

 どんだけ遠いとこ住んでる設定だよあいつ。せめてウォータープールだろ。無駄に設定凝ってるな。

 

 

「もちろん秘密です。マスコミに嗅ぎ付けられたら大変ですから」

 

「そのマスコミもさすがに家の中にはいないと思うけどな。ほれ、貸してみ」

 

「あっ」

 

 小さいながらも礼儀は正しいようで、俺達にお茶でも用意してくれるそうだが、お茶っぱの缶が開けられないようなので強引に拝借させてもらう。

 

 

「あいよ」

 

「……ありがとうございます。お兄さま」

 

「その呼び方はやめような?」

 

 また聞かれていないかチラッと見ると、どうやらみんな他の方に視線を向けていた。俺がこころの相手をしているあいだに話が進んだっぽいな。ほっとしながら俺もそちらを見ると、

 

 

「何か怪しい」

 

「合成!?」

 

「……まあ、小学生を騙すならこのくらいでも十分そうだな」

 

 μ'sの集合写真などがあるが、本来センターであるはずの穂乃果の顔の上ににこの顔写真が貼られていた。雑コラにも程があるな。これで違和感覚えないこころ達はやはり純粋と言うべきなのか。思いっきりにこの後ろから穂乃果の髪がはみ出てるんだが。

 

 

「たくちゃん! こっち来て!」

 

 穂乃果に呼ばれて向かうと、そこの部屋はまさにピンク一色の景色が広がっていた。

 

 

「リカちゃん人形の部屋みたいだな」

 

「これ、私の顔と入れ替えてある……」

 

「こっちもにゃー!」

 

 ポスターや写真もにこが良いと思ったものは全部雑コラ化されているらしい。

 

 

「わざわざこんな事まで……」

 

「涙ぐましいというか……」

 

「ここまで美化しなくてもいいと思うんだけどな」

 

 にこはにこで十分魅力があるのに、自分じゃない者を自分にしてまでしなければいけない事なのだろうか。

 そんな疑問を持っていると玄関の方から誰かが入ってくる音が聞こえた。

 

 

「あ、アンタ達……!」

 

 噂の元凶犯のお帰りである。

 

 

「お姉さま! お帰りなさい! バックダンサーの方々がお姉さまにお話があると」

 

「そ、そう……」

 

「申し訳ありません。すぐに済みますので、少しよろしいでしょうか……?」

 

「ヒェッ……」

 

 思わず本能的に声を上げてしまった。これはまずい。今俺の前にいるのはあれだ。笑っているけど笑っていない悪魔だ。よく言えば笑って相手を恐怖に陥れる悪魔、悪く言えば容赦なく相手にトラウマを植え付ける悪魔だ。どっちも悪魔じゃねえか。

 

 

「え、えっと……」

 

 いつも怒られてる穂乃果も海未も表情を見て顔が引き攣っている。同士よ、お前にも分かるか。あの奥に潜んでいる恐怖の正体を。

 気が付けば、海未の目は相手を射殺すような視線へと変わっていてにこをずっと睨んでいる。怖い。

 

 

「こころ、悪いけど、私今日は仕事で向こうのマンションに行かなきゃいけないから……じゃっ!!」

 

「あ、逃げた!!」

 

「なるほど、ああやって自然を装いながら喋って時間稼ぎしたあと瞬時に逃げる手があったか。今度俺も使ってみよう」

 

「何言ってるの拓哉! 早く追いかけて!!」

 

 何で俺がいつも追いかけなきゃならんのだ。と言いつつ言いなりになってる俺も俺だけど。将来はもし結婚したら尻に敷かれそうだなあ。まずできるかが問題だけど。うっは泣けるぅ~。

 

 

「なーんで何度も逃げなきゃならないのよー!!」

 

「悪く思うなよにこー。だけど専属マネージャーってとこだけは追及させてもらう!!」

 

「アンタは1番来てほしくないんだけどー!!」

 

 ふへへ、μ'sの犬と言われた俺を甘く見ない方がいい。パシリなどもやらされるんだからなちくしょう。にこもμ'sだが今はこちらの方が人数は多いからこっちを優先させてもらう。……そういやμ'sの犬って言われた事なかったわ。

 

 

 

 

 

「うえぇ! ここあ!?」

 

 曲がり角を曲がったところでにこの声が響いた。

 急いで駆け付けると、そこにはまた新しい幼女がいた。

 

 

 

 

 

 

「どうしたの? そんなに急いで」

 

「ちょ、ちょっとね……」

 

「もう1人妹がいたんだにゃー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これまた違う妹の登場にびっくりする俺達だった。

 多いな姉妹。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


これでとりあえず矢澤シスターズ+虎太郎登場しました。
こころ可愛すぎるんじゃ……。
次回で矢澤家編は終了になります、多分。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!





感想が少ない、これは死活問題だ!!


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99.生まれ変わり


はい、矢澤家編クライマックスです。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変申し訳ありません。わたくし矢澤にこ、嘘をついておりました」

 

「ちゃんと頭を上げて説明しなさい」

 

 

 突然現れた第二の妹、ここあに抱き付かれた事によって動きが封じられたにこは抵抗を止め、矢澤宅にて事情聴取なうである。姉妹多いな。

 絵里に言われた通りににこは顔を上げるが、そこには一部を除き不満そうな顔をしているμ'sの面々がいる。俺なら土下座して許してもらうまで顔上げないぜ!

 

 

 

「や、やだな~、みんな怖い顔して……アイドルは笑顔が大切でしょ? さあ、みんなでご一緒に、にっこにっこにー!」

 

「にこっち」

 

「うッ」

 

「ふざけてて、ええんかな?」

 

「……はい」

 

 うん、それが正しいぞにこ。俺もさすがにこの空気でにっこにっこにーはマズイと思ったから。ほんとブレないなこいつ。

 にこが嘘ついてる件もそうだが、まず最初に聞かなきゃならない事がある。

 

 

「とりあえずだ。この件はまた後で聞くとしてまずはみんな忘れてしまってるかもしれないから言うけど、にこに聞きたいのは練習を休む理由だ」

 

「「「「「「「「あ」」」」」」」」

 

 こいつらマジで忘れてやがったな……。成り行きで付き添いになった俺だけが覚えてるってどういう事だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「出張?」

 

「そう、それで2週間ほど妹達の面倒を見なくちゃいけなくなったの」

 

「だから練習休んでたのね」

 

 渋々ではあるがにこは理由を話してくれた。

 親が出張で家をしばらく空けるようだから、そのあいだの家事やらをにこが全てしなくてはならないとのこと。理由としてはもっともだろう。これで逆に練習来てたら俺が説教するまである。

 

 

「ちゃんと言ってくれればいいのに~」

 

「それよりどうして私達がバックダンサーという事になっているんですか!?」

 

「そうね、むしろ問題はそっちよ」

 

 いつの間にか目的が変わってたでござる。まあ俺も何故かにこの専属マネージャーという設定になってるのは気になってるのだが。

 

 

「そ、それは……」

 

「それは?」

 

「に、にっこにっ―――、」

 

「それは禁止やよ」

 

「さ、ちゃんと話してください」

 

 さすがにもう言い逃れはできない雰囲気になっていた。

 みんなが見つめる中、にこはようやく観念したように重い口を開いた。

 

 

「……元からよ」

 

「元から?」

 

「家では元からそういう事になってるの。別に、私の家で私がどう言おうが勝手でしょ」

 

 元からというのが少し気になるが、だからと言ってはいそうですかとすぐに納得できるわけではない。ましてや俺の扱いが1番気になっている。

 

 

「だとしてもだ。μ'sの扱いがバックダンサーってのは百歩譲って分かるとしても、俺がにこの専属マネージャーってどういう事だよ。何か穂乃果達と違って優遇されたような紹介してるだろ」

 

「うっ……。そ、それは……あれよ……」

 

 またバツが悪そうな顔になって言い淀むにこ。何でか周りのみんなの視線も強くなってると思うのは気のせいだろうか。俺より聞く気満々みたいな雰囲気出てるぞこいつら。

 

 

「じ、実際拓哉はやる時はやるし、普段はめんどくさそうにしてるのにいざとなると誰よりも熱心にμ'sの事を考えて動くし、それに……私をμ'sにって最初に手を差し伸べてくれたのが、その、拓哉だったから……」

 

「……お、おう」

 

 沈黙がこの空間を支配した。

 い、いやあ、言うねえ……。思わず変な事言ったらツッコんでやろうと思ったのに見事に意表を突かれた。やべ、にこの顔が赤いせいか俺まで赤くなってるかもしれない。暑いぞこの部屋、暖房消せよ! 点いてなかったわ。

 

 

「と、とにかく! お願い、今日は帰って……」

 

 顔を紅潮させながらもそのまま妹達のいる方へ顔を向けて言い放つにこ。多分もうこちらへは振り返らないだろう。俺も何か居心地悪いし穂乃果達も納得のいったような感じになってるから今日は帰らせてもらおうかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マンションを出て夕陽を浴びながらようやっと調子を取り戻す事ができた。

 

 

 

「まったく、困ったものね」

 

 真姫が最初に呟く。

 俺は優遇されてる分まだいいが、真姫達μ'sはバックダンサーという、いわば脇役みたいなものだと言われてるようなものだ。不満を持つのは仕方ないだろう。

 

 

「でも、元からってどういう事なんだろう?」

 

「にこちゃんの家では、元から私達はバックダンサーってこと?」

 

「希?」

 

「何か知ってるのか?」

 

 にこの言っていた“元から”という意味。それは俺も気になっていた。一体いつからそういう事になっているのか、小さい頃からなのか、それとも……。

 

 

「多分、元からスーパーアイドルだったって事やろな」

 

「どういう事です?」

 

「にこっちが1年の時スクールアイドルをやってたって話、前にもしたやろ? きっとその時、妹さん達にも話したんやないかな。アイドルになったって」

 

 やっぱり、その時から言っていたのか。

 

 

「でも、ダメになった時、ダメになったとは言い出せなかった。にこっちが1年の時から、あの家ではスーパーアイドルのままなんやと思うんよ」

 

「確かに、ありそうな話ですね」

 

「もう、にこちゃんどれだけプライド高いのよ」

 

「真姫ちゃんと同じだね!」

 

「茶化さないの!」

 

「でも、プライド高いだけなのかな……?」

 

「え?」

 

 何か自分には分かるような言い方で花陽が言った。

 

 

「アイドルに凄い憧れてたんじゃないかな。本当にアイドルでいたかったんだよ……。私も、ずっと憧れていたから、分かるんだ」

 

 同じアイドルが好きな花陽だから分かる事。憧れとはある種夢のようなものでもある。自分もああなりたい、輝きたい、あの人のようになりたいなど、自分を『憧れ』という位置そのものに置きたいと思うのが人の心理の1つでもあるのかもしれない。

 

 

「……私が1年の時、にこがスクールアイドルのチラシを配ってるのを見た事ある。……私はその時、アイドルにも興味なかったから……」

 

 以前希ににこの過去を聞いた事があるが、所詮は聞いただけに過ぎない。

 過去のにこがどれだけ必死に頑張って、めげずにスクールアイドル活動をしてきたのか、メンバーが脱退したあと1人で孤独と戦いながらどうしてきたのか、見てきたわけではない。

 

 にこがその時に何を思っていたのかなんて、分かるはずも分かってやれるはずもない。想像もできないほど辛かったのかもしれない。家では妹達にアイドルとして笑顔を振りまいていても、その裏ではメンバーが脱退していなくなった孤独と苦痛と向き合っていたかもしれない。

 

 

「あの時、私が話しかけていれば……」

 

「それは間違ってるぞ、絵里」

 

「え……?」

 

 でも。

 だけど。

 

 

「今更あの時そうしていればなんて事を思っても意味はないんだ。どうしたって過去には戻れないんだから。俺達の知らない過去でにこは想像もできないほど辛い思いをしながら過ごしていた。その事実は変わりようがない。だけど、妹達につきたくもない嘘をついてまでその笑顔を守ろうとしたのも事実だ」

 

「ですが、その結果として今は解決できているのに、今もにこはそれを貫き通していますよ」

 

「俺達はもうとっくに知ってるだろ、にこの性格を」

 

 そうだ。

 思えば学校で再会した時から何一つにこは変わっていない。

 

 

「やっぱり意地っ張りなんだよ。あいつはいつだってめげずに踏ん張ってきた。いついかなる時だって、μ'sが解散の危機に陥った時だってあいつだけは活動を止めなかった。こころ達についてる嘘だって、意地っ張りではあるけど、見方を変えればこころ達を悲しませないようについてる優しい嘘だと言えるんじゃないか」

 

「優しい、嘘……」

 

「孤独な時期もあった。無理な笑顔を振りまいてる時期もあった。それでも諦めずアイドル研究部の部長としていたから、今のにこもいる。あいつの強さは意地っ張りとその心の強さだ。俺もさ、妹に唯がいるから分かるんだ」

 

 共通点として言ってしまえば、にこは俺と似ているのかもしれない。

 

 

「自分の下に妹や弟がいたら、そいつが傷付かないのなら嘘だってついてしまう。笑顔を曇らせたくないがために。くだらねえ意地張って周りに迷惑かけちまう事もあるんだよきっと」

 

「はは、たくちゃんらしいねっ」

 

「俺以上ににこは凄いと思うぞ。にこにはアイドルっていう強い憧れがある。そのためなら平気でメンバーをバックダンサーだって嘘付くし、挙句には専属マネージャーって言うくらいだしな」

 

 冗談交じりに言うと、穂乃果達にも多少の笑顔が戻ってきた。

 

 

 

 さて、ここで今回の問題を軽く整理してみる。

 

 にこは過去の事が原因で今もこころ達に自分はスーパーアイドルだと言っていて、穂乃果達の事をバックダンサーだと思わせている。そしてこころ達もそうなんだと信じ切っているという事だ。

 

 だがここで無闇に実は穂乃果達は普通にメンバーで、リーダーはにこですらないと言ってしまえば確実に純粋な子供のこころ達は落ち込んでしまう。それだとにこが今まで言っていた事が水の泡になってしまう。

 

 

「で、結局どうするの? このままにしておくの? たくちゃん」

 

「……いや、μ'sはともかく俺まで巻き込んだんだ。しかも専属マネージャーってな。だったらタダでは済まさねえさ」

 

 ではどうするべきなのか。

 簡単だ。

 

 にこがとてつもない意地っ張りなのは百も承知。何を言っても聞かない可能性だってある。

 ならばそれを逆手に取ればいい。

 

 

 にこがμ'sに加入する時と同じように、意地っ張りなヤツには少し強引にいった方が丁度良いというものだ。

 

 

 

「みんな集まってくれ。急ぎになってしまうけどやってほしい事がある。これもにこのためだ」

 

「にこちゃんのためって……一体どういうつもり?」

 

 真姫に言われてふと頭に思い付いた言葉があった。

 今現在ではまだ穂乃果達もバックダンサー、俺も専属マネージャーという事になっている。ならそれを利用させてもらうまでだ。

 

 

 

 

 

「……専属マネージャーだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 割と皮肉たっぷりかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よお、にこ」

 

「げっ……」

 

「げって何だげって」

 

 

 2日後の事だった。

 今日もこころ達のために早めに帰って家事をしようと下校途中のところで拓哉が前に現れた。

 

 

「何でアンタがここにいるのよ」

 

「お前に用があるからに決まってるだろ?」

 

「……言ったでしょ。練習に出られな……って、ええッ!?」

 

 台詞が途中で止まってしまう。

 無理もない。にこの目の前に突然いるはずがない人物が3人も現れたのだから。

 

 

「知ってるさ。妹達の面倒を見ないといけないからなんだろ。だったら話は簡単だ。妹達をここに連れて来ればいい。な、こころ、ここあ、虎太郎?」

 

「お姉さま!」

 

「お姉ちゃん!」

 

「がっこう~」

 

「ちょっ、何で連れてきてんのよ!? さっき学校終わったばかりなのよ!?」

 

「ああ、俺今日サボったから」

 

「この子達の前でそんな事言うな! そしてサラッと言うんじゃないわよ!」

 

 3年だからにこは知らないが、拓哉は今日学校をサボってずっと見計らっていたのだ。小学生のこころ達が帰宅してくる時を狙ってにこの家に行き、虎太郎も連れて一緒に音ノ木坂学院へとやってきた。

 

 

「こころ達にも話したら見たいって言ったから丁度良いと思ってさ。にこのステージを」

 

「……私の、ステージ?」

 

「ああ、そろそろ準備も出来てると思うし、行こうぜ」

 

 妹達がここにいる以上、無視して家に帰るわけにもいかなくなった。それにステージを見たいと言ってくれているのに無下にできるはずもない。差し出された手を、にこは掴むしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、こころ、ここあ、虎太郎。お前達はさ、にこの事をどう思ってる?」

 

 屋上に行くともう準備は施されていた。ピンクを基調とした可愛らしいステージに、周辺にはバルーンも置かれている。そんなステージの前でシートを敷いて待機している拓哉はこころ達に質問する。

 

 

「もちろん尊敬しています! アイドル活動をしながらも私達の面倒も見て下さる大事で大好きなお姉さまですから!」

 

「時間がある時は一緒に遊んでくれたりもするしねー。1番のお姉ちゃんだよ!」

 

「すき~」

 

「……そっか」

 

 子供は純粋で嘘をつかないとよく言うが、案外本当なのかもしれない。少なくともここにいるこころ達の瞳に嘘はなく、とても輝いていた。それに拓哉は微笑ましくなった。

 

 やはりこの子達の前ではいつだってスーパーアイドルであり、いつだって立派なお姉ちゃんなのだ。だから、この計画も迷いなく提案する事ができた。

 

 

「よし、もうそろそろお前達の大好きなスーパーアイドルが出てくるからな。ちゃんと見てるんだぞ」

 

 力強く頷く3人を見て十秒くらいたった時、ステージのカーテンが開かれた。

 

 

「あ……」

 

「あいどる……」

 

 出てきたのはもちろんにこ。

 その衣装もピンクを基調としていて、いかにも矢澤にこという少女のイメージにはピッタリと当てはまっている。

 

 衣装のイメージは絵里と希が考え、それを衣装係のことりとそれを手伝う花陽によってこんなにも早く仕上げる事ができた。そのあいだに拓哉は他のメンバーと話し合いながらステージの構成を練って完成させる。

 

 たった2日で出来るような事ではないはずなのに、それができるほどのチームワークと技術が拓哉とμ'sにはあった。

 今日だけは、この日だけは、矢澤にこというたった1人の少女のためのステージや衣装が用意されている。

 

 

「こころ、ここあ、虎太郎。歌う前に話があるの」

 

 素敵な衣装に包まれたにこが静かに切り出す。

 表情から察するに、裏で絵里と希が色々話してくれたのだろう。今のにこに先程までの混乱はなく、ただ1人のスクールアイドルとしてステージに立っているのが見て分かる。

 

 

「実はね……スーパーアイドルにこは、今日でお終いなの!」

 

「「「ええー!?」」」

 

「アイドル、辞めちゃうの……?」

 

 こころが不安そうな声をあげる。当然だろう。物心ついた時から姉はスーパーアイドルで、そう思っていたんだから。それが今日でお終いと聞かされたら、まだまだ子供のこころ達にはダメージもでかい。

 

 だが、にこは優しくそれを否定する。

 

 

「ううん、辞めないよ。これからは、ここにいるμ'sのメンバーとアイドルをやっていくの!」

 

「でも、皆さんはアイドルを目指している……」

 

「ばっくだんさ~」

 

「……そう思ってた」

 

 そう、ずっと偽ってきた。孤独になった時も、μ'sに入って救われたあとも、言うに言い出せずに偽ってきた。

 だけど、もう違う。

 

 

「けど違ったの。これからは、もっと新しい自分に変わっていきたい。この9人でいられる時が……いいえ、支えてくれる拓哉も含めて10人でいられる時が、1番輝けるの! 1人でいる時よりも、ずっと、ずっと……」

 

 こころ達だけでなく、拓哉もにこの言葉を決して聞き逃さない。

 これはある種、にこのスクールアイドルとして生まれ変わる瞬間なのだ。偽りの自分から、本物の自分になるための。

 

 

「私の夢は、宇宙NO1アイドルとして、宇宙NO1ユニット、μ'sと一緒に! より輝いていく事! それが、1番大切な夢……私のやりたい事なの!!」

 

「お姉さま……」

 

 もしかしたら子供のこころ達にはまだ少し難しい話なのかもしれない。けれど、ずっと一緒に過ごしてきたから分かる事もある。これは姉の本心なのだと。嘘偽りなく、紛れもない姉の本音。

 

 

「だから、これは私が1人で歌う、最後の曲……」

 

 バックにいる穂乃果達がはけて行き、スーパーアイドル矢澤にこの最後が始まる。

 

 生まれ変わるための準備は整った。

 もう偽りはない。

 1人ではなく9人としての本当のスクールアイドルへと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にっこにっこにー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は生まれ変わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こころ達はにこのステージ、どうだったよ?」

 

「凄く素敵でした! ずっと忘れません!」

 

「いっぱい輝いてたもんお姉ちゃん!」

 

「うちゅうなんば~わん~」

 

 帰り道の事だった。

 ステージも終わってみんなもさあ帰ろうかとなったところで、どうしても拓哉と一緒に帰ると珍しく我が儘を言うこころ達によって、拓哉はにこを含む矢澤姉弟と帰宅を余儀なくされていた。

 

 

「ちょっと、普通のお客さんならともかく、こころ達の前でそういう事聞くのはやめなさいよ……」

 

「ライブは評価も含めてライブなんだ。直接客から評価もらえるのは良いと思うぞ」

 

 分かっててやっている拓哉だが、妹達の前では怒鳴るに怒鳴れないため恥ずかしくも押し黙るしかない。

 ちなみに拓哉の両手にはこころとここあ、にこの片手には虎太郎で手を繋がれて歩く様は遠目から見てみれば仲睦まじい夫婦に見えなくもない。

 

 

「まあ、これでもうにこも自信もってμ'sだって言えるわけだ」

 

「茶化さないでよ」

 

「切り替えってやつだよ。これからはもうスーパーアイドルじゃなくて宇宙NO1アイドルなんだろ?」

 

「……ふんっ」

 

 夕陽に照らされて見えるにこの顔は照れているのかよく分からない。けど表情から見るに悪く思ってはなさそうだ。

 にこは生まれ変わった。きっかけはどうあれ、新しい一歩を自分で踏み出した。

 

 なら、それを引っ張ってやるのが自分の役目だろう。

 

 

 

 

「俺が連れてってやるさ。その宇宙NO1アイドルってところに」

 

「……絶対だからね」

 

「……ああ、絶対だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな会話を聞いていたこころはよく内容が頭に入ってこなかった。

 だがまだまだ子供な彼女はすぐに違う方向へと頭が切り替わる。

 

 

 

 

 

 

「お兄さま! これからは私達の家にもっと遊びに来てくださいね! お姉さまはμ'sの皆さんと新しくなったみたいですが、お兄さまは変わりなくお姉さまの専属マネージャーみたいなので!!」

 

 

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「あ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 専属マネージャーも違うのだと言うのをすっかり忘れていた2人であった。

 とりあえず拓哉は当面、お兄さま呼ばわりと新たな属性に目覚めないよう努力しないといけないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


1期もそうですが、2期のにこ回も込みで良い話なので個人的に凄く好きな回です。
さてさて、今回でにこの岡崎に対する心境は明確に変わっていく事でしょう。つまりはフラグが建築さ(ry


次は凛編ですぜ。
そして何気に次で本編100話ですぜ。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


新たなに高評価(☆10)を入れてくださった


積怨正寶さん
にちれんさん


計2名の方からいただきました。
本当にありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!




穂乃果、海未、ことり、絵里、花陽、真姫、にこと順調にフラグを立てた、という事は次は……?


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100.好きな行事ほど中止になると落ち込むものはない


どうも、最近投稿遅れるのに読者の方も慣れてきたのでは、と思いつつあるたーぼです。

今回からウィンガベー編突入です。半分修学旅行編でもあります多分。


そして、区切りよく今回で本編100話突破!!




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ごきげんよう諸君、岡崎拓哉だ。

 特に何の意味もないが名乗ってみた。

 

 

 

 

 矢澤家騒動(専属マネージャーの件以外)も何とか落ち着き、それなりの平和を過ごしつつ俺達2年生は今、高校生活の青春中の青春イベント、沖縄へと修学旅行にやってきているのである。

 

 季節は秋といえど沖縄に来ればまだまだ夏みたいなものだ。しかも共学になったとはいえ男子生徒が1人しかいない俺からすれば、女子生徒しかいないこの場で合法的に女子の水着を拝見できるという願ったり叶ったりのイベントでもある。

 

 

 

 これはもう勝ち組なのでは?勝ったなガハハ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「と思ってたのに何で俺だけ部屋に閉じ込められて監視されてるんですかね山田先生」

 

「雨降ってるんだから他の生徒もみんな部屋だし共学とはいえ唯一男子であるお前を野放しにはできないからだ」

 

「信用なさすぎかよッ! てか何で雨降ってんの!? 沖縄の海は!? 麗しい女子の水着は!? 俺の高校生活の青春イベントは!? 定番の肝試しからのキャッキャウフフな展開はどこだ!!」

 

「何を期待してるか知らんが最後から3番目の件については指導が必要そうだな。ちなみに台風が来てるらしい」

 

 だってせっかくの修学旅行なんだから期待もするでしょ! 健全な男子高校生ならそれが普通でしょ! 何で台風なんか来てんだよ帰れよ! 一生に一度しかない高校の修学旅行の邪魔すんじゃねえ!!

 

 部屋にずっといるとか休日の俺と何ら変わらないぞこれ。何なら家で修学旅行してるみたいになってる。ゲームないのが辛い。部屋で寝るくらいならまだいいんだ。なのに、なのに……、

 

 

「何でよりによってこの人が監視役なんだよーう!!」

 

「心の声がダダ漏れだぞ」

 

 あらやだ本音が耐えきれず口に出してしまっていたか。でも仕方ないと思うんだ。期待していたイベントがこうもあっさりと木端微塵にされちゃ誰だって嫌になる。

 

 

「そうは言うけどさすがに厳しすぎませんかね? 修学旅行なんて大事なイベントが雨でこんな事になってるのにさらに何が悲しくて山田先生と一緒にいなくちゃいけないのか。こんな危険人物対象体験するなんて聞いてない! 青春させろ! せめて部屋の外くらい自由に行かせろー!!」

 

「普通に失礼だなお前。あたしだってお前と一緒にここで閉じ込められてるようなものなんだ。言うなればお互い被害者だ。というか男子がお前1人なのが悪い。だからむしろあたしに謝れ」

 

「この教師とんでもねえ!!」

 

 生徒に謝罪を要求してくるとかこの人ほんとに教師かよ。ある意味俺は強制的に音ノ木坂に来させられたようなものなのに何てヒドイ言い草なんでしょう。こんなの認められないわぁ!!

 

 

「しかし何だ。確かに岡崎の言う通り、さすがにここでずっと監視するのもめんど……生徒を閉じ込めておくのも問題だしな」

 

「今面倒くさいって言おうとしたな。絶対そうだな?」

 

「うるさい黙れ。それに雨の景色をずっと見てるとあたしも気が滅入る。どれ、ちょっと待ってろ」

 

 そう言うと山田先生は携帯を片手に部屋を出ていった。電話でもするのだろうか。

 先生がいなくなった途端、パチパチと雨粒が窓に当たる音だけが部屋を支配し始める。監視されてるとはいえ、誰か話し相手がいるのといないのとじゃ暇という感覚も違ってくる。

 

 監視役でも、山田先生じゃなけりゃ遠慮なく話せる人もきっといなかっただろう。そう考えると、まあ、こうしてあの人と喋ってるのも決して悪くはなか―――、

 

 

「戻ったぞー。外出の許可は得た。それと特別に幼馴染だからという事で高坂達がいる部屋にだけ遊びに行く事も許さ―――、」

 

「こんな辛気臭え部屋にいてられるかッ!! きゃっほう待ってろ俺の青春イベントォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「清々しいほどの開放感あり余るテンションだな……。まあいい、これであたしも自分の部屋に戻れる」

 

 先生の言葉が言い終わる前に体が反射的に動いていた。あと口も。とりあえず自販機で飲み物でも買ってそれから穂乃果達のいる部屋へ突撃しよう。ぐへへ、今の俺は牢屋から解き放たれたライオンだ。誰だって俺の勢いを止める事はできないんだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなわけでやってきました岡崎拓哉の突撃隣の晩ご飯!!」

 

「隣でもありませんし晩ご飯もまだまだですから静かにしてください」

 

「本読んでるからその気持ちは分かるけどさすがに辛辣すぎやしませんかね海未さん。せめてもうちょっと俺が来た事に驚きと嬉しさを顔に出してほしいんだけど。ほら、お前らの分のジュースも買ってきたんだから、ね?」

 

 人数分のジュースを持って穂乃果達の部屋に突撃したら海未のあまりの冷たさに俺の心は台風直撃したかのように冷え込んでるよ。穂乃果は何か外見ては項垂れてる。気持ちは分かるぞ。だからここに来たんだ。暇つぶしに。

 

 

「ほら、そこに立ってるのも何だしたっくんもこっちに来て座ろ? 私の隣空いてるし。あとジュースありがとね♪」

 

「神はここにいたか」

 

「天使からグレードアップしてるんですが……」

 

 うるせえ、髪のように心まで青く冷たいお前なんか知らないんだから! ことりこそまさに神。天使兼神。天使の方が可愛い感じするから天使の割合多めで。ガブリールドロップアウト見ても天使は可愛いってはっきり分かんだね。ヴィーネが1番好きだけど。

 

 

「ねえ、たくちゃん」

 

「何だいきなり」

 

 ことりの隣に座ると同時に穂乃果が俯きながら話しかけてきた。トーンは暗い。

 

 

「何で雨なの!? 海は!? 真夏の太陽は!?」

 

「知らねえよ俺に聞くな!! だがお前の言い分はもっともだ! 俺も雨のせいで暇してたからここに来たんだからな!!」

 

「諦めるしかありませんね」

 

「えーやだよー! 高校の修学旅行だよ!? 一生に一度きりだよ!?」

 

「そうだそうだー! 台風に抗議させろー! ビバ青春!!」

 

「拓哉君に至ってはもはや意味不明です」

 

 何で俺だけそういう扱いなのか。いや以前からだからまあ慣れてるけど。慣れてる事がもはや悲しい。ドライな態度とるくせに俺が買ってきたジュースはいっちょ前に飲むなこいつ。お気に召されて何よりです!

 

 

「かくなるうえは……それろ~それろ~……」

 

 穂乃果がいきなり窓を見て念仏のように唱えだした。これは神田明神の時にも見せたあれかな?

 

 

「いいぞ穂乃果。その意気だ。そのまま台風諸共雨もぶっ飛ばしてしまえ」

 

「いくら何でも必死すぎでは?」

 

「何を言う海未たん!」

 

「た、たん?」

 

「沖縄に修学旅行なんて世の健全な男子高校生にとっちゃ何の謂れもなく女の子達の水着が見れる最高のイベントなんだぞ!? それをたかが台風如きに邪魔されちゃ堪ったもんじゃねえ!」

 

「熱いね~たっくん」

 

 そりゃそうだ。今まで男子1人しかいないという事を嘆いていたが、今回だけは違う。ある意味において俺は音ノ木坂学院2年生女子の水着を1人占めできるのと同じようなものなのだ。これで熱くならない男子はいない!! 水着は正義!!

 

 

「水着水着って言うけどさ、たくちゃん一度私達と合宿行って水着見てるじゃん。あれで十分眼福だったでしょ?」

 

「バッカお前。俺はな、お前らの水着なんてもう見飽きてるんだよ! 何が悲しくて幼馴染の水着をまた見なくちゃならないんだ。それならまだ見たことない女の子の水着をたくさん見て目の保養にしたいに決まってるだろ! 分かってないなお前らははーはっはっはっは!!」

 

「……ごめん、もう一度言ってみてくれるかな、たくちゃん?」

 

「はんっ! 聞き取れなかったんなら何度でも言ってやろう。お前らの水着を見るくらいなら他の女の子達の水着をぉ…………、」

 

「あれぇ? どうしたのかな~? 何度でも言ってくれるんじゃないのたっくん? 聞こえづらかったからもう一回言ってくれると助かっちゃうな~♪」

 

 あ、あるぇー?

 何だろうこれ。テンションに身を任せてたらいつの間にか命の危険がそこまで迫ってるような気がしてならないんですが……。

 

 

「や、あ、あの……そのですね? 決してあなた方の水着が魅力的ではないという事ではなくてですね……? どうせなら見慣れていない女の子達の水着も見てみたいな~なんて思っちゃったわけでして……た、助けて海未たんッ」

 

「慈悲はいりません。さようなら」

 

「今生の別れだと!?」

 

 右には穂乃果、左にはことり、正面には海未。逃げ場は……当然ありませんね、本当にありがとうございました。詰んだよこれ。どうみてもグッバイ現世ハローあの世だよ。まさか暇潰しに来たら俺が潰されるとは思ってなかった。……何も上手くないな。

 

 

 

 

 そんな時だった。

 突然穂乃果のポケットからプルルルルと軽快な音が鳴り出した。

 

 

 

「もう、あとちょっとだったのに……あ、絵里ちゃんだ」

 

 あとちょっとって何がですか。完全犯罪ですか。

 何はともあれ絵里のおかげで命拾いした。グッジョブ絵里。

 

 

「もしもし~?……嫌味?」

 

「穂乃果穂乃果」

 

 何とかいつもの雰囲気に戻ったところでスピーカーフォンにするよう穂乃果に指示を出す。絵里の事だ、何も用なくわざわざ電話してくるとは思えない。

 

 

『今週末のイベントの事なんだけどね、相談があって』

 

 穂乃果の携帯から絵里の声が聞こえてくる。

 今週末のイベントと聞いてハッとした。それなら俺もちゃんと用件を聞いておかなければならないからだ。

 

 

「そうなんだ。あ、今たくちゃんもいるから丁度良いね!」

 

『あら、拓哉もそこにいるの?』

 

「おう、いるぞ。で、どんな相談なんだ?」

 

『ふふっ、張り切ってるわね。お手伝いさんっ♪』

 

「うっせ……」

 

 何故珍しく俺がこんな前のめりになって耳を傾けているかと言うと、絵里の言っていた今週末のイベントの事だ。そのイベントはファッションショーの衣装を着て踊ってくれという依頼なのだが、実はこの依頼、俺が取ってきたものなのである。

 

 力仕事の手伝いだけというのもさすがに気が引けてきた俺はやれるだけやってみようとネットを駆使して見ていたらあったのだ。プロのアイドルはアピールする分にはいいが予算も使うから中々とれない。プロの仕事をしている芸人や俳優だった同じだ。

 

 ではスクールアイドルなら?

 もちろん歌って踊るのならこちらとしても願ったり叶ったりだし、人数がいればいるほどあちらもアピールできるし、最終予選に向けてμ'sのアピールも期待できる。衣装は借りるだけだから予算も使わない、つまりwinwinという事だ。

 

 

 だからこの依頼に飛び込み受けた。

 言うなれば、今回に限っては俺はマネージャー的な仕事をしたわけなのでもちろん俺にだって話を聞く権利はある。

 

 

『それで、相談なんだけど……』

 

 どうやら絵里の話によると、イベントがあるのは俺達が修学旅行から帰ってきたその次の日。それは知っているが、その間リーダーの穂乃果はいないしまとめ役の絵里や希は生徒会の穂乃果達がいないあいだのサポートをしてくれるからリーダー役はできないとのこと。

 

 だから残っているメンバーの中で誰が穂乃果達が帰るまで代わりのリーダーをするか、という事で絵里は相談してきたのだ。

 

 

「うーん、誰がいいかな~」

 

 穂乃果も誰にするかで悩んでいるらしい。リーダーの穂乃果が決めるのが1番良いのだろうが、こういう時の穂乃果はポンコツを発揮する確率が高いのだ。だから何か言う前にとりあえず俺が意見を言うしかあるまい。

 

 

「だった―――、」

 

『一応、私と希で話したんだけどね』

 

 言おうとしたところで遮られた。

 というかお前ら話してたんかーい。

 

 

 

 

 

 

 

『―――――――――――、』

 

 

 

 

「……何だ、俺と一緒じゃねえか」

 

「え? たくちゃんも同じ事言おうとしてたの?」

 

 絵里の言葉を聞いてすぐ納得した。

 どうやら俺とまったく同じ意見を思っていたようで、俺が何か言う必要はあまりなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

「ああ、暫定でもリーダーするならあいつしかいないだろ」

 

 

 

 そろそろμ'sの今後の事も考えないといけない時期で、そう考えると3年生はまず除外される。そしてその場には今2年生はいない。つまり1年生に限られてくる。でもってリーダーに適任していると思うのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凛しかいない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


主人公がメイン舞台にいないので難しいですが、良い感じに絡ませていきたいと思っています。
ただ他の回よりは終わるのが早くなるかもしれません。凛推しの方々、大丈夫、凛の可愛さは発揮されると思うので!

さあ、今回でいよいよ大台の本編100話突破でもあります。
ここまで続いているのも毎回感想をくれる方、高評価をいれてくださる方々のおかげです。
これからもどうかこの『奇跡と軌跡の物語』をよろしくお願い致します。必ず完結させますので!!


では、新たに高評価(☆10)をいれてくださった


カタクラさん


1名の方からいただきました。本当にありがとうございます!
これからもご感想高評価お待ちしております!!


来週ですが、1週間ほど東京に行く予定なので投稿できるか分かりません。来週はお休みになるかもですが、投稿できそうならTwitterでまた告知させていただきます。




毎回いただける感想をおかず(活力源)にご飯食べてる(執筆してる)感じ。
いつもご感想くれる方の名前は覚えてますからね!(ヤンデレ)


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101.止まない雨はないと信じたい


どうも、東京から帰って来ましてようやく投稿できました。
こころと出会った橋や神田明神など軽く聖地巡礼なるものもしてきましたよ。

1日目はホテルに着くと同時にどしゃ降りの雨で穂乃果達と被ったようで親近感がわきました。嫌な親近感だなオイ。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ていう事があったの』

 

「なるほどねえ……」

 

 

 

 

 現在夜の沖縄、とあるホテルにて。

 俺は真姫と電話で話していた。

 

 リーダーを凛にしようと提案したのはいいが、実際のところその場にいない俺からすればどうなったかは分からないわけで、絵里に電話でもしようかと思っていたら何と真姫から着信があったのだ。

 

 丁度良いので真姫から事の顛末を全部聞くことにした。

 どうやら凛は渋々ながらもリーダーを請け負ってくれたらしい。凛の事だから調子よく受けてくれそうだと思ってたから意外と驚いた。

 

 練習では何故かお嬢様口調になったりリズムがズレてたりと苦労はしたようだ。お嬢様口調って何だよ。逆にすごく聞きたいわ凛のその口調。推薦したはいいものの、これで大丈夫なのかと思ってたりする。徐々に慣れてくるだろうから最初だけだと思うけど。

 

 

『ねえ』

 

「何だ」

 

『拓哉は何で凛をリーダーにしようと思ったの。私も花陽と話して凛が相応しいって思ったのは本当だけど、それならあなたはどう思ったのかなって』

 

 いつもはツンケンしたような口ぶりなのに、今日は何故か優しいというか大人しい感じの喋り方だなと思いながら思い返してみる。どうして俺が凛をリーダーにしようと思ったのか。

 

 

「客観的に見てそう思ったからだよ」

 

『客観的?』

 

「ああ。今後を考えれば1年がリーダーをした方がいい。だけど真姫は曲作りとかあるからリーダーを兼ねるのは難しい。花陽は元々小心なとこもあるけど、それを抜きに考えればアイドル関連の情報収集がずば抜けてるから、リーダーよりもそういう役割の方が合ってる。だとしたらあとはもう凛しかいない」

 

『……ねえ、それってつまり消去法じゃない』

 

 少々真姫の鋭い口調が戻った気がする。

 半分正解で半分不正解だな。

 

 

「そうかもしれない。だけど、それくらいバランスが取れてるんだよμ'sは。それに凛は明るい性格をしてるし運動神経だってある。時にそれは強くみんなの手を引いてしまうかもしれないけど、それこそがリーダーに必要な素質だとも思ってるんだ」

 

『素質……?』

 

「考えすぎる性格をしてちゃ理屈でしか動けなくなる。そこには理屈しかなくて何の感情も入っていない。逆にロクに考えない性格じゃどこかで必ず自爆してしまう。でも凛はどちらでもない。気楽だけど考える時は考える。場の空気を読み取る事ができるのは大きい」

 

『だけどそれは私や花陽にも言える事じゃないの?』

 

 確かにそこだけ聞けばそうだろう。

 だが違う。

 

 

「でもって凛が真姫達と決定的に違うのは……」

 

『違うのは?』

 

「基本的に思考が穂乃果と似ていることだ」

 

『……は?』

 

 わお、今日1番冷たい真姫の声が聞こえたぞー。

 

 

「真姫も分かる通り、あの2人はバカだ。性格も明るかったり気楽だったりと似ているとこが結構被ってる」

 

『もしかしてそれだけで凛が相応しいって思ってるわけ?』

 

「おうとも。実際穂乃果はリーダーをやっていてここまでみんなを引っ張ってきてるだろ。普段はバカやってたりして怒られてるけど、いざとなったら必ずみんなを導いてくれてるはずだ。意外と成功するヤツってのは普段気楽なヤツも多いんだよ」

 

『何それ、意味わかんない』

 

「ははっ、だろ。俺も意味分からん。でもやる時はやってくれる。穂乃果がそうだから、凛もきっとそうなんだよ。確証なんてどこにもないけど、俺には何となく分かる。凛だって一皮剥ければ化けるさ」

 

『本当なんでしょうね……』

 

 真姫の溜め息めいた声が聞こえてくる。

 もちろんそんな確証はないので断言はできない。それでもやってくれると思ってしまうのは、凛に穂乃果に似た“何か”を感じたからだろうか。

 

 

「でも真姫だって理由はどうあれ凛が相応しいと思ったんだろ? ならそれでいいじゃないか」

 

『それはまあ、そうだけど……』

 

「感覚で凛が良いと思ったから。それでも立派な理由になるさ、普段一緒にいるなら余計にな。こいつになら任せてもいい。そう思えるのはそいつがそれだけの器があるって事なんだ」

 

『……ふぅーん』

 

 真姫は大分成績が良いと聞く。だからその分頭で色々と考えてしまう事の方が多いのだろう。だから穂乃果や凛といった直感で動く者に対しての行動原理がよく分からないのかもしれない。

 

 

「っと、もうこんな時間か。悪い、そろそろ就寝時間だし俺は寝るよ」

 

『ええ、分かったわ。付き合わせて悪かったわね』

 

「別に構わねえよ。こっちは大雨でホテルから出られなくてウンザリしてんだ。気晴らしには丁度良かったさ」

 

 本当にどうしたのだろうか。真姫がこんなにも優しいなんて珍しい。ははーん?

 

 

「というかどうしたよ。今日のお前、何かいつもと口調が柔らかくないか?」

 

『えっ……そ、そうかしら? いつもと変わらないと思うけど……?』

 

「いつもお前らを見守ってる俺を甘く見ない方がいいぜ。さてはお前、俺がいなくて寂しい思いしてるんだろ?」

 

『……………………………………………………………………は?』

 

「ごめん嘘、ほんと嘘。まじごめん」

 

 冗談交じりに言ったら本気の低音ボイスで威圧されたでござる。

 電話越しにでも寒気ってするもんなんだね。一瞬真冬の北海道にいるかと思った。真逆の地方にいるのに。

 

 

『ば、バッカじゃないの!? そんなわけないでしょう! 別に拓哉がいなくたって寂しくも何ともないんだからっ!』

 

「分かった、分かったから。さすがにそこまで言われると拓哉さん思わずお涙ホロリしちゃうから」

 

『もぅ……バカッ!!』

 

 ブツリッと、電話を切る音さえ真姫の感情が上乗せされているんじゃないかと思うような重い音がした。ふむ、まああれはあれでツンデレ可愛かったから良しとしよう。凛の事も聞けたし、とりあえず今日は寝よう。

 

 

 と思った矢先の事だった。

 また携帯から通知音が鳴り出した。表示された名前は、

 

 

「まだ何か用でもあったか、真姫?」

 

『……えっと、その……おやすみなさい……』

 

「……ああ、おやすみ」

 

 今度こそ通話を切る。先程とは違い、優しい音が途絶えたかのような感じだった。

 ったく、こういうとこはお嬢様というか律儀というか、まさにツンデレのデレ部分を垣間見た気がする。

 

 

 

 

「さて、寝るか」

 

 

 

 

 

 雨音が窓を打ち付けるような音が響く中、明日は晴れる事を祈りながら眠りにつこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次こそ……次こそ勝ちます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、俺はまたしても穂乃果達の部屋に訪れ暇つぶしなるものをしていた。

 どうしてって?はは、分かるだろ。察せよちくしょう。

 

 

 

「何で今日も雨なんだよ……」

 

「台風のせいだよ……」

 

 俺の嘆きに穂乃果が答える。目が覚めれば、そこに待っていたのは強く照らされた太陽が如く光ではなく、今にも闇堕ちしそうなほどの暗い雲ともはや聞き慣れた雨音のみだった。救いはないんですか!

 

 そんなこんなで雨の日といえばのババ抜きである。雨の日の小学生の頃は教室でよくしてた記憶があるよね。つまり小学生の頃なので当然その時穂乃果達ともババ抜きをしていたのだが。

 

 

「え~とぉ、こっちかなぁ」

 

 俺と穂乃果は既に上がっているから高みの見物。残りはことりと海未だ。海未が2枚持っているからババは海未が持っている。しかし、その時点で勝敗はもう決まっているも同然だった。

 

 

「えいっ」

 

「ヴぁッ!?」

 

 ことりの勝利が決まり、海未の敗北が決まった。

 

 

「やったー! 上がり~イエーイ!」

 

 穂乃果とハイタッチして喜ぶことりに対し、海未の表情はやはり優れない。それもそうだろう。何故ならもう6連敗なのだから。

 

 

「どうして負けるのです……!」

 

「ヒィッ……!」

 

 海未がカードをグシャリと折り思わず悲鳴が零れる穂乃果。大丈夫だ穂乃果、俺も大分ビビった。

 どうやら海未は小学生の頃から何も変わってないらしい。こいつはババ抜きをするとどうしても顔に出てしまうのだ。だから海未がババを持っている場合、顔を見ればまず100%負ける事はない。

 

 しかもこいつわりと凄い顔するからな。これで見抜けない方がおかしいレベル。というか穂乃果達は一度も海未にこの事を教えていないのか。それはそれでどうなのか。いや面白いからいいけど、ある意味不幸だな海未よ。

 

 

「まあ気にするなよ海未。ババ抜きで連敗したって別にどうってことな―――、」

 

「何より拓哉君にも負けるというのが納得いきません……!」

 

「おう今何つったコラおぉん?」

 

 こいつ普通に俺を侮辱したな。軽くお前なら勝てるはずなのに的なテイストで言ったなこいつ。思い切り俺を下に見てるなこいつ!

 

 

「落ち着いてたくちゃん、多分今の海未ちゃんには物理的な意味で誰も勝てないよ」

 

「……、」

 

 確かに。よく見なくても今の海未からは負というか闇のオーラが出ている……気がする。闇堕ちとかしたら絶対ラスボス級の強さしてるキャラみたいだ。仕方ない、ここは穏便にしておこう。

 

 

「ババ抜きは基本的に心理戦と直感を主としている遊びだ多分。だけど運も必ず必要になってくる。そこがお前には足りなかったんだろ」

 

「心理戦も直感も完璧なはずなのに……運のせいでこれまでずっと負けてきたというのですか……!?」

 

「お、おう……」

 

 まじか、まじかこの子。特に心理戦ができてないから負けてるのに何故気付かないのか。ババ抜きにおいて嘘が得意じゃないフレンズなんだね! 

 

 

「何故なのです……」

 

「へーきへーき! フレンズによって得意なこと違うから!」

 

「……フレンズ?」

 

「気にしないで海未ちゃん。たくちゃんのいつものハマったアニメの言葉使っちゃう病だよ」

 

 いつのまに病気扱いされてたの俺。それに関しては自分でも末期だと思ってる。真姫じゃないよ末期だよ。けもフレ最終回見てみろコノヤロー、王道好きは絶対泣くかんな。キタキツネ大好きなんだこんちくしょー。ゲーム好きだから親近感あるんだよ。あと何か声が誰かに似てる。

 

 

 海未が悔しそうにしてるからこりゃまたババ抜き続くのかと思った時だった。

 

 

 

 コンコンとドアがノックされた音が聞こえた。

 

 

「どうぞー」

 

「たくちゃん、一応ここ私達の部屋だから」

 

「おーう、ちょっといいか?」

 

「先生、どうしたんすか」

 

「それがだな―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやら不幸はまだまだ続くらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


主人公がその場にいないからどう絡ませていくか結構悩んだりしてます。難しいですね。
ということでとりあえず最近デレてない真姫をデレさせてみることに。本題はどうした。

海未のあの顔芸は未だに初見時で衝撃を受けたのを覚えています。そんなとこも麗しい。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆10)をいれてくださった


ことりちゃん大好きさん


1名の方からいただきました。直球姿勢な名前、素晴らしいですな!本当にありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!




けもフレ最終回で普通にホテルで泣いてました。
王道好きにはたまらんて……みんなヒーローしてんだもん……。
ありがとうたつき監督。


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102.成長とは



どうも、最近何故か水曜投稿が定着してしまってますね。
来週こそは……。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 非常に困った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い雨を見ながら最初にそう思った。

 先ほど山田博子から拓哉達に告げられたのは、台風の接近とこの大雨強風のせいで飛行機がしばらく飛べないということ。つまり、東京へ帰る事ができないのだ。

 

 普通であればそれも仕方ないから妥協するのだが、拓哉達、正確には穂乃果達には依頼されたイベントが待っている。言ってしまえばそのイベントに確実に間に合わないという点である。

 

 

(どうにかして向こうに帰る事は……できないか)

 

 まだ本島なら新幹線や車でどうにかなったかもしれない。だけどここは沖縄。大前提からして無理な話だった。

 そもそもただの高校生である岡崎拓哉にはどうこうできる問題の話ではない。台風なんてもってのほかだ。自然現象が立ちふさがっている中で無理に動こうとすればかえって事故が起きてしまう。

 

 

(真姫に頼む……のも確定ではないし危ないよなあ)

 

 お嬢様で別荘があるくらいだからもしかしてジェット機くらいあるのではと思った拓哉だったがすぐにその案を捨てる。もしそれが当たっていたとしてもさっきと同じだ。ジェット機を飛ばしたところで台風にやられてしまえば命の危険にも関わる。

 

 

(そうだ。帰る事はできなくても、電話で何かサポートするくらいならできるはず。今から伝えておく事とかなかったっけか)

 

 まず拓哉がここまで深く考えるのには1つ理由がある。

 何しろこの『依頼』を見付けて請け負ったのは自分だから。

 

 普段力仕事ばかりしていたからたまには手伝いらしい手伝いをやろうと思ってやった矢先にこれだ。つくづく自分の運のなさを呪うしかない。ともあれ決まってしまったものは仕方ない。

 

 

「……くちゃんっ」

 

(と言っても何か伝える事とかあるのか? 大体の事は絵里にも言ってあるし、それこそ伝える事なんてイベントに間に合わないくらいしか……)

 

「たくちゃんっ!」

 

「おわっ! 何だ穂乃果か。どうした?」

 

「どうしたも何も、ずっと呼んでるのにたくちゃんが反応しないからだよ~!」

 

「あ、そ、そうか、悪かったな」

 

 穂乃果の顔を見れば自分がどれだけ深刻な顔をしていたか分かる。自分が受けてしまった依頼である以上、責任は自分にあるものと思っているのだ。深く考えてしまうのも無理はない。

 

 

「もぉ……ほら、絵里ちゃんと今電話してるんだけど、たくちゃんに代わってって。はい」

 

 穂乃果に渡され携帯を手に取る。穂乃果が絵里と電話していた事すら気付かなかったことと、目の前では海未が何やらトランプタワー作りに挑戦しているのを一瞥してから携帯を耳に当てる。

 

 

「もしもし」

 

『もしかしなくても帰ってこれないことを気にしてたんじゃないかしら。ごきげんよう、拓哉』

 

 いきなりズバッと言い当てられてドキリとしてしまうが、それをすぐ認めると何だか負けた気分になるのでとりあえず何か言い返すことにした。

 

 

「俺と会えない事が実は寂しいだけなんだろ? ははっ、可愛いやつめ」

 

『そういうのいいから』

 

「はい」

 

 昨夜の真姫と同じような冷たい返事が返ってきた。どうやら効果はないらしい。それと穂乃果とトランプタワー作りに集中していた海未、ことりの視線が同時にこちらに振り向き何故か軽い悪寒が襲ってきた感覚に襲われる。

 電話越しに絵里の溜め息が聞こえてくるが、きっと呆れられているのではないと信じたい。

 

 

『まあいいわ。その様子だと私と穂乃果の話も聞いてなかったようね。正しくは穂乃果の反応ってとこだけど』

 

「どういうことだ?」

 

『じゃあもう一度説明するわね。こっちにも拓哉達が帰ってこれないって連絡は先程あったわ。それをメンバーにも伝えたのよ』

 

「ああ」

 

 それは当然のことだろう。イベントに出ないといけない穂乃果達2年が出れなくなってしまったのだから。イベントには残っている6人で出てもらうしかなくなる。しかし、問題はそれだけではない。

 

 

『そしてセンターは花陽でいく事になったわ』

 

「……花陽が?」

 

 ここで少し疑問がでた。

 確か今のμ'sのリーダーは暫定的でも凛がやっているはずだ。

 

 だとしたら普通はセンターは凛がやるはずなのだ。リーダーの穂乃果がいつもセンターをやっているように。なのに、センターは凛ではなく花陽がやると絵里は言った。それへの疑問。

 

 

『どうかしたの? 拓哉まで穂乃果と同じ反応しちゃって』

 

「……いや、何でもないよ。とにかく悪いな。依頼を受けたのは俺なのに、帰れなくて全部そっちに任せてしまって。もし向こうから何か言われたら責任は俺が全部受けるから」

 

 この疑問は多分絵里にぶつけるべきではないと判断する。疑問と確認はまたあとにすればいい。とにかく今は色々やってくれている絵里に謝っておくのが先決だろう。本来なら全部自分がやるべきなのに。

 

 

『こーらっ、そういうこと言うのは禁止よ』

 

「だけど―――、」

 

『だけどじゃないの。台風なんだから仕方ないでしょ。これについては運営の人も了承してくれてるわ。だからあとは私達6人がステージで良いパフォーマンスを見せるだけ。拓哉が謝る必要なんてどこにもないわ』

 

「……そうか」

 

 本当にできた元生徒会長だと思う。こちらの心配事も既に対処してくれている。これではもう絵里の言う事を認めてしまうしかないではないか。

 

 

『こっちの事は私達で全て何とかしとくから、拓哉達は修学旅行に集中してちょうだい。イベントの事考えてせっかくの修学旅行が楽しめなくちゃ意味ないからね』

 

「雨でどうしようもない状況だけどな」

 

『いいじゃない。休みの日に自分の部屋にいっぱなしの拓哉なら室内でできる遊びなんてマンガやゲーム以外にも見つけられるでしょ?』

 

「そりゃ無茶な話だぜ……。あったらとっくにやってるさ」

 

『ふふっ、とにかくそっちはそっちで楽しんでちょうだい。私達もやりきってみせるから』

 

 それを聞いて、何となく、頼もしいと思えた。

 元から絵里は頼もしかったが、今の発言にはもっと違う“何か”があると感じた。

 

 

『あなたがこのイベントの依頼を取ってきてくれたから、きっと私達はまた()()()()()。だから帰れないからってまた自分を責めたり抱え込むのはなしよ。拓哉は拓哉らしい事をして』

 

 まるで全部見透かされているような感覚がした。

 それと共に何故か安心感さえ湧いてくる。

 

 

「ずるいな、お前」

 

『あなたには言われたくないわよ。……ありがとね、拓哉』

 

 依頼を取ってきたことに対しての言葉なのか、それとももっと別な意味が含まれているのかは、絢瀬絵里という少女にしか分からない。

 だけど、その言葉は素直に取っておくべきだと思った。

 

 

「……ああ、じゃあ、またな」

 

『ええ、良いお土産を待っているわ』

 

 そっと電話を切る。

 ふと視線を変えてみれば、トランプタワーを作るのに失敗した海未がことりに慰められていた。

 

 

「ねえ、たくちゃん」

 

 隣を見ると穂乃果が柔らかい笑みを浮かべながらこちらを見ていた。携帯を返しながら目線で続きを促してみる。

 

 

「悩みは晴れた?」

 

 あまりにも直球な質問だったが、それもこの少女なら納得してしまう。

 どうやら穂乃果には自分の焦りを見抜かれていたらしい。相手が直球なら、当然こちらも直球で返すしかない。

 

 

「おう」

 

 その言葉に穂乃果は満足そうな顔をしたと同時に真剣な表情へと切り替える。

 

 

「じゃあさっそくなんだけど、絵里ちゃんから聞いたよね。凛ちゃんの事なん―――、」

 

 言葉は最後まで続かなかった。

 拓哉の手が穂乃果の頭にポンと置かれたから。そこから岡崎拓哉は言う。不敵な笑みを隠さずに。

 

 

「悪いな穂乃果。その件については俺に任せてくれないか?」

 

 焦りは見えない。いつだって変わらない表情が目の前にある。何とかしてくれるという、そんな絶対的安心感を覚えさせる雰囲気を纏っていた。

 だから。

 

 

「……うんっ」

 

 

 

 

 

 

 迷いなく高坂穂乃果はμ'sの手伝いを担う少年へ全てを任せられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女はある種の憧れを抱いていた。

 

 

 

 いや、言ってしまえば元からずっと憧れていたのかもしれない。

 自分も他の女の子のように可愛いスカートを穿いて外に出かけたり、オシャレしながらショッピングなどしたいと。あわよくば、好きな人ができればその人とデートなども、と。

 

 そんな女の子なら誰もが()()()抱くような淡い想いを、少女は『憧れ』として捉えていた。

 理由は言わずもがな、自分には似合わないと本気で思っているから。

 

 謙遜でもなく、嫌味でもない、紛れもない本音。

 自分に可愛いものは似合わない。似合うはずがない。女の子らしい服を着たって笑われる、バカにされるに決まっている。

 

 過去にそんな経験があったからこそ確信をもって言える。言えてしまう。

 そこから一切私服でスカートを穿いた事はなく、可愛い服など着たことがない。

 

 

 

 

 だから、今回のイベントでセンター、ましてや1人だけとびきりの衣装を着るなんてもってのほかだった。

 

 

 

 

 憧れはあっても。

 心ではどれだけ着たいと思っても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星空凛は、いつもと同じように自分の気持ちを押し殺す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


凛メイン回なのにほとんど主人公視点だって?
わざとに決まってるでしょう……?ふへへ。
凛推しの方は微妙と感じてしまっているかもと思いますが、そりゃ凛メイン回ですから。最後にはちゃんともってってもらいますよ!

ウィンガベー編は次回でラストです。
ちなみにウィンガベー編は『成長』をテーマにしています。この意味を分かる方は果たしてどれくらいいるやら。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


新たに高評価(☆10)を入れてくださった


ことちりゃん推し変態紳士さん


1名の方からいただきました。変態ではなく変態紳士ならセーフ。紳士なら!
大変ありがとうございます!
これからもご感想高評価お待ちしております!!



感想へ~いかも~ん。


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103.変化

ウィンガベー編、ラストです。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それで、結局私が……』

 

「そうか。……悪いな、電話入れて。どうしても気になってな」

 

 

 

 任せてくれとは言ったものの、やはり通信手段はこれ以外にないというわけで、結局電話で連絡をとる選択に落ち着いた。

 と言っても花陽に電話しているあたり、これはあくまで事前準備のようなものではある。

 

 

『ううん、私も話したかったから』

 

 花陽から凛がセンターじゃない理由は話を聞いて大体分かった。

 リーダーはやるが、自分には絶対に似合わないと断固として認めなかったらしい。だから他のメンバーも仕方なく穂乃果と体型が似ている花陽がセンターという事で決定したのだと。

 

 

「それで、どうするつもりなんだ」

 

 あえてそういう質問をしてみる。

 イベントに間に合わない拓哉達とは違って花陽達は6人で踊らなければならない。ということは、その場にある問題はその場にいる者がどうにかしなければならない。ましてや花陽は凛の親友であり幼馴染でもある。なら花陽は凛が抱えている問題をどうにかしたいはずなのだ。

 

 

『うん……よく分からなくて……。真姫ちゃんにも言われたの。このままでいいのかって……でも凛ちゃん、困ってるみたいだし、無理に言ったらかわいそうかなって……』

 

「かわいそう、か」

 

 花陽の事だ。凛の事をよく分かっているから、無理に言うともっと気にしてしまうんじゃないかと思っている。凛はいつも能天気に見えて実は考え込んでしまう、というのは拓哉も知っている。だから凛をリーダーにと提案もしたのだから。

 

 

 

 それよりも、拓哉にはもっと気になる事があった。

 

 

「なあ、花陽。俺が電話をかけたのはもっと他に気になる事があったからなんだ」

 

『気になる事?』

 

「正直に答えてくれ。……凛がそこまでセンターをしたがらない理由って、似合う似合わないという理由の他に、もっと違う何かがあるんじゃないのか?」

 

『ッ……』

 

 そう、拓哉のずっと気になっていた理由はここにある。

 今回のイベントでセンターには特別な衣装を着てもらう事になっている。女の子の憧れという象徴を形にしたその衣装は、思春期の女子なら必ず1度は着てみたいと思うもの。

 

 なのに、凛はそれを強く拒んだ。女子によくある謙遜の可能性も考えたが、凛のそれは遥かにその域を超えている。本気でそう思っているのだ。自分には似合わないと。なら、そこまで思ってしまうには、根本的な理由があるはずなのだ。

 

 

『……拓哉くんになら、話してもいいかな』

 

 数秒の間沈黙が流れていたが、花陽がそれを破り口を開く。

 

 

 

『あのね、実は―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 要約するとこうだ。

 

 

 小学生の頃、凛は髪が短いという理由で男子扱いされていたらしい。そしてそんな凛がたまたまスカートを穿いていくと、それをからかって笑う男子が何人かいた。そのせいで心に傷を負った凛は以降、私服でスカートを穿かなくなったという。

 

 

「でもステージとかでスカートとか穿いてるよな?」

 

『凛ちゃんが言うにはそれはみんなと一緒だし、ポジションが端っこだからって言ってたよ』

 

「みんなと一緒なら目立たないし気にならないって事か」

 

 とにかく、凛が何故そこまで拒むのかという原因が判明した。

 男子が女子をからかうなんて小学生にはよくある話だろう。普段男子扱いされていた凛が急に女の子っぽい服装をすれば尚の事。しかしそのせいで凛は今も気にしてスカートを穿けずにいる。

 

 

 

 問題はそこだ。

 そこなのだが。

 

 

 男子である拓哉だから察しがついてしまった。

 

 

 

『拓哉くんだったら、どうする……?』

 

 何か言おうとしたが、その前に花陽に問われた。

 そもそもの話、本当はこの問題自体そんなに重い事ではないのかもしれない。

 

 花陽に真相を聞いて拓哉はそう思ってしまった。凛からしてみれば過去から現在まで引きずっているくらい重要な事なのかもしれないが、それもおそらくすぐ解決できるかもしれない。

 

 なので一応花陽自身の気持ちも確認しておく。

 

 

「花陽はどうしたい?」

 

『え?』

 

 質問に質問で返してしまうようだが、そうするべきだと考えた。

 

 

「俺は俺で考えてるけど、花陽自身はどうなんだよ。凛はお前の親友なんだろ? だったら、お前はどうしたい? どうするべきだと思う?」

 

『……、』

 

「言わなくとも分かってるはずだよな。ずっと一緒にいた幼馴染なんだから、掛け替えのない親友なんだから、凛が本当はどうしたいかなんて、お前はもうとっくの昔から分かってるんだ」

 

 あくまで拓哉自身は動かない。

 動けない。

 だから託す。

 

 自分と同じ気持ちを抱いている花陽に、大事な親友に大きな一歩を踏み出させるための勇気を、背中を押してやる。

 

 

「俺も明日またそっちに連絡する。きっかけだけならいくらでも作ってやるから、最後は花陽が言ってやるんだぞ」

 

 直接言えないなら、通信手段でサポートすればいい。

 ここから動けずとも、駆け付けてやれなくても、言葉を届ける事なら出来る。

 

 

 

()()()()()()()()

 

 

 

 それだけ言うと電話が切れた。

 耳から携帯を離し画面をただ見つめる。直前に拓哉の言っていたことを思い出す。

 

 今度はお前の番だ、と。

 その意味は分かっている。

 

 

 

 だから。

 小泉花陽はある少女達へ連絡するためにまた携帯の画面に触れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったの?」

 

 振り返ると、いつものサイドテールを解いて髪を下ろしている穂乃果が微笑みかけてきた。おそらく風呂に入ったあとなのだろう。

 

 

「ああ。というか聞いてたのか?」

 

「任せるって言ったけどやっぱ気になっちゃって。たくちゃんが動くならこのくらいの時間かな~って思ったら当たってたみたいだねっ」

 

「エスパーか何かかお前は……」

 

 すぐ隣まで来た穂乃果に呆れると同時に、自分が動く時間帯まで見破られていた事に少々驚く。

 

 

「で、どう? 上手くいった?」

 

「どうだかな。……でもきっと大丈夫だろ。花陽も成長してるんだ。いつも俺がやってる事を花陽がやるだけだ。もちろん俺も明日また連絡するけど」

 

 何も言ってこないあたり、それで納得したんだと思う。そこから何故か沈黙が続いた。

 今にも肩が触れそうなほど近いせいか風呂上がりなせいなのか分からないが、微かに穂乃果から良い匂いがして鼻がくすぐったくなる。

 

 

「雨、止んだね」

 

「……ああ。夜空も綺麗に晴れてるな」

 

 あれだけの暴風雨も今では見る影もない。どうやら台風も逸れていったらしい。どんよりとした空間はどこにもなく、むしろ星々がくっきりと見えるくらい綺麗な夜空が広がっていた。

 

 

 

 ふと、拓哉の肩に穂乃果の頭がストンッと優しく置かれた。

 

 

 

 

「イベント、成功するといいね」

 

 一瞬ドキッとしながらも、穂乃果の優しい声音が拓哉を落ち着かせる。

 穂乃果もμ'sのリーダーなのだ。色々思うところもあったはずだ。

 

 

 

 だからいつものように、拓哉も答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に会場ではイベントが始まっていた。

 

 

 

 

 

 モデルがステージを歩いては観客の黄色い歓声が聞こえてくる。

 少し圧巻されながらも、気合いは十分に引き締められる。

 

 

 

 

「じゃあみんな、着替えて最後にもう一度踊りを合わせるにゃ!」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

 凛の声に合わせてメンバーが返す。

 リーダーとしてのポジションにはもう慣れた。自分があの衣装を着なくていいと分かってからはずっとリーダー業に奮闘していたからか。

 

 

「凛ちゃんの衣装そっちね!」

 

「分かったにゃ!」

 

 それぞれが着替えるために各自の着替えルームに入っていく。

 凛もそれに続いてカーテンを開けると、そこにあったのは見慣れたはずの衣装ではなかった。

 

 

「ぇ……あれ……?」

 

 あったのは、黒い花婿衣装ではなく、白い、女の子なら誰もが憧れるような、夢見る衣装。

 

 

 

 ウエディングドレス。

 

 

 

 自分には決して似合わないと思って拒んで辞退したはずの衣装が目の前にあった。

 

 

「……かよちん、間違って―――、」

 

「間違ってないよ」

 

 既に着替えを終えた花陽達が揃っていた。

 

 

「あなたがそれを着るのよ、凛」

 

「な、何言ってるの? センターはかよちんで決まったでしょ? それで練習もしてきたし……」

 

「大丈夫よ。ちゃんと今朝、みんなで合わせてきたから。凛がセンターで歌うように」

 

「そ、そんな……」

 

 凛の記憶が正しければそのような連絡は来なかったはずだ。となると、自分だけ連絡が来ないようにされていたのだろう。そうなると絶対拒むと思われて。

 

 

「冗談はやめてよ~」

 

「冗談で言ってると思う?」

 

「で、でもぉ……」

 

 似合わない。真っ先にそう思った。

 もう本番なのに、そこまで出番は来てるのに、ここにきて負の思考が出てきてしまう。

 

 そんな幼馴染のために、親友が側にかけよる。

 

 

「凛ちゃん。私ね、凛ちゃんの気持ち考えて、困っているだろうなと思って引き受けたの……。でも、思い出したよ! 私がμ'sに入った時のこと」

 

 もちろん、今朝に集まろうと連絡したのは花陽だ。他のメンバーも理由を聞いてすぐに納得してくれた。それがとても嬉しかった。

 親友のためにこんな急な事でも頷いてくれるメンバーに。そして、後押ししてくれた少年に。

 

 多少強引だったかもしれない。でもそれでいいのだと、今までの拓哉の行動がそれを証明していた。

 自分のワガママでもいい。どうにかしてあげたいのなら、強引なくらいがいいんだと。

 

 かつて自分がμ'sに入る時も、凛は惜しみなく協力してくれた。思い返してみれば強引な時もあっただろう、だがそのおかげで今の自分があるのを忘れてはいない。

 ならば。

 

 

()()()()()()

 

 凛の手をそっと握り締める。

 言ってやる。たった一歩を踏み出せない親友のために。どんなに否定されようと、本人が否定しようと、言ってやる。

 

 

「凛ちゃん……凛ちゃんは、可愛いよっ」

 

「えっ?」

 

「みんな言ってたわよ。μ'sで1番女の子っぽいのは、凛かもしれないって」

 

「そ、そんなこと……」

 

「そんなことある! だって私が可愛いって思ってるもん! 抱き締めちゃいたいって思うくらい、可愛いって思ってるもん!!……ッ」

 

「ッ……」

 

 お互い顔が赤くなるくらいに赤面するが、花陽は本音を言ったに過ぎない。

 凛に否定されないくらい強く言うしかないと思って。

 

 

 そんな矢先。

 

 

 

 

 

『おうおう、その堂々と言ったあとに照れるのいいね~お2人さん』

 

「きゃっ!? え? え? この声って……」

 

「あ、そうなの。実は拓哉くんと電話繋がってるんだ」

 

 花陽が取り出した携帯画面に映っているのは、今沖縄にいるはずの岡崎拓哉だった。

 

 

「た、たくや君!? な、何で……」

 

『そりゃ依頼取ったのは俺だし、手伝いとしちゃイベント前に何か言ってやるのも仕事の1つだろうと思ってな』

 

 ご丁寧にTV電話のおかげか顔まではっきりと見えている。

 

 

『で、どう思うよ真姫さん。この衣装、凛に似合うと思わんかね?』

 

「へえ、意見が合うわね。私もそう思うわ。……いや、1番似合うわよ、凛が」

 

 拓哉の茶番に付き合う真姫。

 だが真姫だって本音で言っているのだ。

 

 何だかんだで1番女の子らしい振る舞いをしている凛が1番似合うのだと。

 

 

「凛ちゃん」

 

 同時に。

 花陽と真姫の2人から優しく背中を押された。

 

 かつて花陽がμ'sに入る時を思い出す。

 あの時、自分と真姫が花陽の背中を押した。それのおかげで花陽も一歩を踏み出せたのを。

 

 そっと衣装に触れる。

 ずっと似合わないと思って小学生の頃から女の子らしい服は着てこなかった。

 

 なのに、そんな自分がこんなに可愛いドレスを着ていいのかと思ってしまう。

 

 

『いいんだよ』

 

 いっそ、女の子しかいない空間で異色を放つ声が響いた。

 

 

『凛、お前は普通の女の子なんだ。だったら着ちゃいけない理由なんてどこにもないんだ。女の子なんだから可愛い服を着て何がおかしい。着たいから着る。それだけでいいだろ? からかわれたから何だ。なら可愛く着てみせて見返してやればいいんだ』

 

「たくや君……」

 

 岡崎拓哉はここにはいない。

 あくまでこれはTV電話で、目の前に存在しているわけではない。

 

 だけど、岡崎拓哉は言い放つ。

 心に響くまで何度でも。

 

 

 

 

 

『自信を持てよ、星空凛』

 

 

 

 

 

 いつだって勇気をくれる声が聞こえる。

 

 

 

 

『ここからだ。ここからお前は変わるんだよ。背中を押してくれた花陽達のためにも、いっちょ成長してこい』

 

「…………うん!!」

 

 もうこういうのは一生着ないと思っていた。

 似合わないと自分で決めつけて、誰かの意見を聞こうともせずに。

 

 だけど、親友が、少年が、メンバーが、みんなが背中を押してくれた。

 であれば、ずっと立ち止まっているわけにはいかない。

 

 

 

 

 今まで本心を隠し。

 憧れて。

 着たくて。

 着れなくて。

 いつしか無意識に気持ちに蓋をして。

 それでも。

 

 

 

 

 普通の女の子でいたいと思っていた。

 

 

 

 

 だから。

 

 

 

 

 

 

(……こんな凛でも、今日から変わるんだ)

 

 

 

 

 

 長い年月をかけて、迷いなくドレスを手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Music:Love wing bell/μ's(星空凛、小泉花陽、西木野真姫、絢瀬絵里、東條希、矢澤にこ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もが揃って声を上げた。

『可愛い』と『綺麗』だと。

 

 ライブが終わりステージ裏へ戻ると同時に実感する。

 間違っていなかった。みんなが褒めてくれた。

 

 

 そして。

 

 

 

「大成功にゃ~!!」

 

「凛ちゃん!」

 

 無事に全てが終わった。

 

 

 色々思うところはありつつも、とりあえずイベント成功を花陽と喜び合う。

 すると、突然拍手が鳴り響いた。

 

 ステージ裏で控えているモデル達やスタッフが全員凛達へ拍手を送っていたのだ。

 依頼を受けてくれた子達はよくやってくれたと。

 

 

「うわぁ……」

 

「やったね、凛ちゃん!」

 

「……うん!」

 

 2人で喜びを分かち合っていると、花陽の携帯が鳴り出した。

 それを取ると、またもTV電話で向こうには拓哉の他に穂乃果達も揃っている。

 

 

『おーう、時間的にそろそろ終わった頃かと思ったけど合ってたみたいだな』

 

「たくや君! 凛達ちゃんと成功したよ!!」

 

『おうおう、んなこと言われなくても分かってるっての』

 

「え、何で?」

 

 興奮冷めやらぬ状態でもういつものテンションに戻っている凛。

 それについて拓哉は苦笑いしながらも内心ホッとしているのではあるが。

 

 

『そりゃ信じてるからに決まってるだろ。……ちゃんと成長できたじゃねえか、凛。似合ってるぞ』

 

「……ッ! えへへ~、そんなことないにゃ~!」

 

『普通に照れてるだけになったな。あ、そうだ。ところで花陽から聞いた凛の過去についてだけど』

 

 もう完全に克服しきっている凛に丁度良いと思って話を変える拓哉。

 凛も花陽もすぐに理解し聞く体制に入る。

 

 

『普段男子扱いされてた凛がスカートを穿いたら男子にからかわれたって言ってただろ?』

 

「うん、それが原因で凛ちゃんは女の子らしい恰好をできなくなったんだよね」

 

「う、うん」

 

『おそらくだけどな、あれは小学生男子の悲しい性みたいなもんだ』

 

「「…………性?」」

 

 2人して声が被ってしまう。

 まるで拓哉の言っている事がよく分かってない様子。

 

 

『簡潔に言ってしまうとあれだ。好きな子ほどからかいたくなるってやつだ。一緒に遊んでた男子がスカート穿いたらからかってきたのは、多分そいつらが凛の事を意識しだしたからじゃないかと。つまりは惚れられてたとか』

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、」

 

「り、凛ちゃん!?」

 

『え、ん? どした凛? いきなり顔がトマトみたいになってんぞ。あれか、真相が今ようやく分かって本気で照れてきたってや―――、』

 

『デリカシーなさすぎですかあなたはッ! 何で追い打ちかけるような事言ってるんですか!』

 

 凛がショートし、画面の向こうで海未に怒られている拓哉。周りから見てみればハッキリ言ってカオスである。

 

 

「あ、あはははは……そ、そうだったんだ……。ぁ、あ~……凛ってば、とんだ勘違いしてたのかにゃ~……」

 

 何とか正気に戻り口を開くが、頬の熱はまだ残っているようだ。

 それを聞いた拓哉も海未からの説教を切り抜け戻ってくる。

 

 

『まあそういうこった。そいつらが今の凛の恰好を見てみろ。きっとすぐにでも告白してくるぞ』

 

「こ、こくは……」

 

『はーはっはっ! だが俺はそれを許さんがな! 何ならそいつらよりも早く俺が凛に求婚するまである。良い花嫁姿だもんなあ』

 

「きゅ、きゅうこ……たくや君が……」

 

 またもやショート寸前である。

 

 

「……凛ちゃん?」

 

 今までの反応とは違う顔を見せる凛に違和感を感じた花陽。

 だがそれとは別に画面の向こうでは修羅場が始まっていた。

 

 

『あれ、何でそんな顔してんのお前ら。何でゆっくり詰め寄ってくんの。せっかく晴れたんだから沖縄満喫するんじゃないの。何で全員般若みたいな顔し―――、』

 

「あ」

 

 電話が途切れた。

 おそらく拓哉は無事では済まないだろう。

 

 

 

 

「あ……あれ……な、何でこんな気持ちになるんだろ……かよちん助けて~」

 

「……ふふっ」

 

 凛の気持ちの正体を分かっている花陽は、ただ笑みを返すだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この気持ちの正体は、きっと凛が自分で気付くべきなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?


最後には凛にもってってもらいましたよ!
凛にはフラグというフラグがあまり立っていなかったので、ここで立てました。
何だかんだ1番女の子らしい凛、可愛いです。
個人的に穂乃果の花嫁姿も見てみたかったり。
とりあえず岡崎は沖縄で命を落とさない事を祈ります。

何気に穂乃果の正妻力の高さがやばい。

次回からハロウィン編?です!



いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!






そろそろ何か番外編とか企画もの書きたくなってきた。
アニメ準拠で書いてるとたまにまったく違う感じの物語を書きたくなってくるんですよねw


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104.前哨戦



今回からハロウィン編突入です。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やあ諸君、岡崎拓哉だ。

 その名乗り2回目だろと思ったヤツ、言うな。

 

 

 

 何とかあの沖縄修学旅行(幼馴染襲撃事件)から生還した俺は今も五体満足で日常を過ごせている。あの時はもうダメかと思った。何せ海未がお土産用の固いシーサー人形を振り回しながら追いかけてきたんだから。控え目に言って恐ろしさしかなかった。

 

 穂乃果とことりは終始笑顔だったけど、それが余計怖かった。考えてみろ、ずっと笑顔を絶やさないんだぞ。人形かよ。無料でスマイル貰っても嬉しくない時があるとは恐れ入った。

 

 

 

 とまあ、そんなこんなで無事東京へと帰ってきた俺は、変わらない日常をμ'sと過ごしているのだが。

 修学旅行が終わったあとにやってくるイベントといえば何だろうか。

 

 

 もちろん、アレである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハロウィンイベント?」

 

「ええ。みんなハロウィンを知ってるでしょ?」

 

「ここに飾ってあるカボチャとかの?」

 

「そう。実は今年、秋葉をハロウィンストリートにするイベントがあるらしくてね、地元のスクールアイドルであるA-RISEとμ'sにも出演依頼が来ているのよ」

 

 10月といえばハロウィン。

 最近では多くの人達がそのような事を頭に思い浮かべると思う。そうだ、次のイベントはハロウィンイベントなのだ。意外と忙しかったりする。

 

 

「ほえ~、予選を突破してからというもの、何だか凄いね~」

 

「μ'sの場合はファッションショーのイベントに出たってのもあるだろうな。宣伝効果はあったみたいだし、今回でもまた良い宣伝になるかもしれない」

 

「でもそれって歌うってこと?」

 

「そうみたいやね」

 

 まあ歌わないスクールアイドルってのもおかしな話だしな。歌ってなんぼのスクールアイドルなのだ。じゃないと出演依頼など普通来ないだろう。

 

 

「ありがたい話だけど、この前のファッションショーといいそんな事やってていいの? 最終予選も近いのに」

 

「そうよ! 私達の目標はラブライブ優勝でしょ!?」

 

「だから出る必要があるんだよ」

 

「何ですって……?」

 

 鋭い。目が凄く鋭いぞにこ。ゴルゴかお前は。

 

 

「あれだ。前回のファッションショーもそうだけど、大勢の人が見る公の場所で歌って踊るって事はそれだけで大きな宣伝にもなる。予選突破から火がついてイベントに出て認知が増えればμ'sを応援してくれる人だってたくさんできるはずだ。それににこにとっちゃ嬉しいモノも来るみたいだぜ。なあ絵里」

 

「嬉しいモノ?」

 

「ええ、テレビ局の取材が来るみたいなの」

 

「テレビぃ!?」

 

「態度変わりすぎ」

 

 にこならそうなるのも無理はない。テレビ取材って聞いた時はさすがの俺も驚いたからな。A-RISEなら分かるがμ'sにも取材が来るとなると予選突破という大きさの実感が分かってくる。

 

 

「A-RISEと一緒ってことは、みんな注目するよね。緊張しちゃうな~」

 

「でも、それだけ名前覚えてもらうチャンスだよ!」

 

「おっ、凛も言うようになったじゃないか。偉いぞ~」

 

「あ……え、えへへ……そう、かな~……」

 

 うーむ、修学旅行から帰ってきてから凛の俺へに対する態度が何か変わってるような気がする。普通に喋るには喋るのだが、時折しどろもどろになったりするのだ。今までただの元気なバカだったせいか、女の子らしい態度をとるようになった凛が可愛く見えてしまう。いや可愛いんだけどね。

 

 

「とーもーかーくッ!」

 

「うおっ、いきなり大きい声出すなよ」

 

「A-RISEよりもインパクトの強いパフォーマンスで、お客さんの脳裏に私達の存在を焼き付けるのよ!!」

 

 テレビの取材が来ると分かった途端テンションだだ上がりになったなこいつ。気合い入るのはとても良い事だが空回りしないことを祈ろう。

 

 

「真姫ちゃん、これからはインパクトだよ!」

 

「……ところで穂乃果、あなたこんなところにいていいの?」

 

「生徒会長の仕事は……?」

 

「あ」

 

 そういやこいつ今日生徒会の仕事があったな。なのにここにいるって事は、つまりあれか、バックレたか忘れてたかのどちらかだな。穂乃果だから絶対後者だろうけど。あの海未からバックレようなんて考えがこいつに思い付くはずないし。

 

 

「ごきげんよう」

 

「探したんだよ~……」

 

 まさにその瞬間。

 このファストフード店に魔王と天使が君臨した。おうおう、穂乃果の顔が真っ青だ。

 

 

「へえ~、これからはインパクト、なんですね?」

 

「あ、あはは~……こ、こんなインパクト、いらない……!」

 

 ドンマイ穂乃果、俺もこれは助けられないわ。そもそも忘れてたお前が悪い。生徒会に入ってない俺は関係ないので今回は高みの見物させてもらいましょうかね~。

 

 

「それと拓哉君、穂乃果がそちらにいないか何度もメッセージや連絡をしたのですが、電話にもずっと出てくれませんでしたね?」

 

「………………え」

 

 ん、んん?

 あれ、おかしいぞ。何か標的が変わったような目をしていらっしゃるのですが。急いで携帯を出して確認すると、315件のメッセージと30件の着信履歴があった。

 

 ……いや怖い、普通に怖いよ。

 どこのメンヘラヤンデレウーマンだよ。今時見ないぞこんなの。

 

 というかメッセージに限っては「あの」「見てますか?」「拓哉君」「拓哉君?」「拓哉君」「拓哉君」「拓哉君」とほぼ単語に近い文で連発してくるの何なんだ。超怖い。あとたまに「今度お茶しに行きませんか?」とかまったく関係ないお誘いしてきてんだけど。

 

 

「あ、あの、海未さん……? これはですね? わたくしめは一応手伝いという名目の元、このようにミーティングに参加していてですね? 非常に残念なのですが連絡に気が付かなかったといいますか……」

 

「この私があれだけの量のメッセージを送るのにどれだけ躊躇したか分かりますか……?」

 

「あ、ああ、分かる、分かるとも! 時たまお茶の誘いが4回くらいあったのもきっと恥ずかしさからかこういう機会じゃないと誘えないと思ったんだよな! 恥ずかしがりのお前もそれだけ成長したってこ―――、」

 

「そのことは言わなくていいのですッ!!」

 

「ごぶるぅぁッ!?」

 

 海未の拳が綺麗に顔面に突き刺さった。多分今の俺の顔はギャグマンガでよくある顔面の凹み方をしているに違いない。海未め、どれだけ恥ずかしかったんだよ。あれ、顔面凹んでるせいで目が見えないぞー。

 

 

「さあ、拓哉君、穂乃果。戻って仕事の続きしますよ」

 

「え、ちょ、何で俺まで!?」

 

「あれだけの連絡に気付かないせいです。拓哉君にも罰として手伝ってもらいます!」

 

 うっそ、こんな理不尽ある?

 本来なら俺関係ないはずなのに!

 

 

「あとのミーティングはよろしくお願いします。行きますよ2人共」

 

 強制的に手を引っ張られる。

 苦笑いしながらも何だか楽しそうな笑顔で付いてくることり、未だに顔が真っ青になりながらうえ~と嘆いている穂乃果、ご立腹な海未、しかし握られている海未の手は何だか熱くなっている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、インパクトか~」

 

「でも今回は大会じゃないよね? 優劣つけるものじゃないし、そんなの気にしても~」

 

「そうだよねえ」

 

「何言ってるの! 勝負はもう始まっているのよ!」

 

「にこちゃんの言う通り。確かに採点も順位もないけど、お客さんの印象に残った方が多く取り上げられるだろうし、みんなの記憶にも残る!」

 

「つまり! 最終予選も有利に働くってことね!!」

 

「その通りよ!」

 

 ここはいつもの部室。

 日は変わって再びのミーティングである。

 

 と言いたいところなのだが、何だか真の前で茶番をしているヤツらが4人いる。

 

 

「それにA-RISEは前回の優勝者。印象度では向こうの方が圧倒的に上よ。こんな大事な話をしなきゃいけない時に……一体何やってるのよ!!」

 

 おお、よく言ったぞ絵里。

 机に謎のハロウィンっぽい人形を数体置いて会話されても苦笑いオンリーでしか話せる気がしない。

 

 

「ちょっとハロウィン気分を……」

 

「トリックオアトリートッ」

 

「はあ……たとえ同じ事をしても向こうは前回の優勝者だから有利、取材する側だってまずはA-RISEにいくわ」

 

 最初から注目度のあるA-RISEに取材がいくのは大体分かってた事だし、それは仕方ないことでもある。

 問題はこっちがどうしていくかだろう。

 

 

「じゃあ私達の方が不利ってこと?」

 

「そうなるわね。だからこそ、印象的なパフォーマンスで最終予選の前にその差を縮めておきたい」

 

「つまり前哨戦ってことね」

 

「……可愛い」

 

 話逸れてんぞ絵里。何をどう思ったら真姫の持ってるゴーレム人形が可愛いと思えるんだ。そして真姫も何渡さないからね的な顔でゴーレム抱いてんだ。どこが可愛いんだゴーレムそこ代われ。

 

 

「でも、A-RISEより印象に残るってどうすればいいんだろう……」

 

「だから何回も言ってるでしょ! とにかく大切なのは、インパクトよ!!」

 

「それは分かったからとりあえずこのあとの事を考えとけよ」

 

「……このあとって何?」

 

 まじかこいつ。

 1番インパクトインパクトとか言っておいて知らなかったのかこのツインテール。

 

 

 

 

「言ったでしょ? テレビの取材も来るって。その出演依頼があるって事は」

 

「?」

 

 穂乃果までポカンとしてやがる。おいリーダー、貴様1番知っておかないといけないやつだろうが。生徒会の仕事も忘れてるわほんと土壇場以外はからっきしかこいつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、前哨戦の前哨戦、取材に行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


ハロウィン編もといハチャメチャ編の始まりです。
ちなみに自分は大好きですよこの回。特に曲が。



いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆10)を入れてくださった


由夢&音姫love♪さん
トエルウル・ノンタンさん
ざんきさん


計3名の方からいただきました。本当にありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!



感想も高評価も最近また多くなってニヤついてます。
ありがてえ……。


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105.インタビュー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあというわけで~イェイ! 今日から始まりました秋葉ハロウィンフェスタ! テレビの前のみんな、はっちゃけてるかーい!?」

 

 

 

 

 

 わあーと歓声が鳴り響くここはと言うと、秋葉ハロウィンフェスタの会場である。

 何故ここまでやってきたのかは分かると思うが、当然出演するスクールアイドルとして穂乃果達がインタビューを受けるためだ。

 

 にしてもあのレポーターテンションすげえな。もはやインパクトの塊じゃねえか。秋葉だけあってみんなのノリもいいし。そりゃハイにもなるか。ステージに立ってる穂乃果を見ると顔が引き攣っている。インパクトインパクト言いながらレポーターの方がインパクトあるもんな。

 

 

「ご覧のとおりイベントは大盛り上がり! 仮装を楽しんでる人もたくさーん! みんなもまだ間に合うよっ!」

 

 もしあんな人が友達で終始あのテンションだったら絶対うざいだろうな……。いや、まあ仕事中だからってのもあるんだろうけど。くそ、みくにゃんみたいな声しやがって、思わずプロデュースしそうになったぞ。魚投げつけてやろうか。

 

 

「そしてなんとなんと! イベントの最終日には、スクールアイドルがライブをしてくれるんだ~!! やっほーはっちゃけてる!?」

 

「あ、ああ……」

 

「ライブにかけての意気込みをどーぞ!」

 

「せ、精一杯頑張ります……」

 

 おお、あの穂乃果が気圧されている。レポーターのあまりのインパクトっぷりに目的を忘れてるなあいつ。早くうしろの凛とにこにフォローしてほしいところだが。

 

 

 と、その前に。

 何故μ's全員ではなく穂乃果、にこ、凛の3バカを選んだのかという理由を説明したいと思う。

 

 まず全員という選択肢は即刻なしになった。何故なら全員いれば人数分でインパクトはあるかもしれないが、所詮はそこ止まりになってしまうからだ。人数が多ければ多いほどごちゃごちゃになってしまう。

 

 そして何故真面目な海未や絵里みたいなメンバーが入らなかったのか。それも簡単、確かにインタビューを受けるなら真面目に受け答えできる絵里や海未が最適解だと思われるが、まず海未は恥ずかしがりな時点でここには立てない。かといって絵里を入れても真面目すぎて面白味がなく印象に残る可能性は薄い。

 

 言ってしまえば、真面目な印象というものは良い意味で捉われることが多いが、スクールアイドルや人の前に立つ者としては悪くなってしまうのだ。あくまで目立たなければならない場で普通に受け答えをしてると、一般人のインタビューと何も変わらない。

 

 だからこの人選。

 あえて3バカというμ'sのムードメーカーを入れることで、インタビューにおける視聴者への印象を少しでも強く残すことができると思ったからだ。

 

 予想外なのはレポーターのキャラが強すぎて穂乃果のキャラが潰されそうになっている事だが、まだ穂乃果の他にバカは2人残っている。

 

 

「よーし、そこの君にも聞いちゃうぞ!」

 

「ライブ頑張るにゃんっ!」

 

「わっ、かーわーいーいー!」

 

 よし、よくやったぞ凛。やはりお前のキャラは強い! その容姿も相まって効果はでかいはずだ。それに最近の謎の女子力アップのおかげでネコの語尾の言い方も可愛くなってやがる。そばにいたら思わず頭を撫でてしまいそうになるぜ。

 

 

「あ、私も! にっこにっこ―――、」

 

「さあ、というわけで音ノ木坂学院スクールアイドルでしたー」

 

 いいぞにこ。その場のノリで自分もやろうとした時に何故かスルーされるその感じ。バラエティーじゃ美味しい展開だ。お前の犠牲は無駄にはしない。多分。

 

 

「そしてそして~」

 

 レポーターの人が視線を促した先にあったのはテレビ。真っ暗だったモニターに映ったのは、予想通りA-RISEだった。

 

 

「なーんと!! A-RISEもライブに参戦だー!!」

 

 たったその一言で観客のボルテージは最高潮に達した。

 まるでそれこそが1番のメインだと思っているかのように。ステージにいる穂乃果達3人がただポツンと立っている事だけしかできない雰囲気を意図的に作っているように。

 

 

 それを知ってか知らずか、モニター越しの覇者は明るく口を開く。

 

 

『私達は常日頃、新しいものを取り入れて進化していきたいと考えています。このハロウィンイベントでも、自分達のイメージを良い意味で壊したいですね』

 

 進化、という言葉に反応する。

 今の穂乃果達が目指しているのは進化とはまた違うかもしれないが、インパクトを取り入れる。つまり綺羅の言っている()()()()()()()()()()()と同じようなもの。

 

 ただでさえ覇者だというのに、向こうも同じことを考えている以上、こちらもそれ以上のものを取り入れないと差を埋めることなどできないかもしれないのだ。

 

 

『ハッピーハロウィーン!』

 

 綺羅が投げキッスをすると同時に会場では大量の紙吹雪が舞い散り、それはもうハロウィンらしく魔法使いが起こしたかのような現象にも思ってしまいそうになった。

 

 

「お、おおー! 何ということでしょう! さすがA-RISE、素晴らしいインパクトー!!」

 

 先程最高潮だと思われた会場の歓声がそれ以上に大きくなった。

 限界なんてない、そんなものを軽々と超えていくようなA-RISEの偉大さを、周りの観客が痛いほど分からせてくれた。

 

 

「このハロウィンイベントー! 目が離せないぞー!!」

 

 

 

 レポーターのその一言で、インタビューは終了。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前哨戦の前哨戦は、μ'sの完全敗北という形で終わる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もぉ~、A-RISEに完全に持ってかれたじゃない!」

 

「にこちゃんがにこにーやろうとするから~!」

 

「やれてないし!」

 

「そうだにゃ~」

 

「何で帰ってきて早々口喧嘩になるんだテメェらは」

 

 

 穂乃果宅。

 今日はインタビューがあったために練習はなし。明日にまたミーティングを含めたハロウィンイベントに向けての模索をしていく事になった。

 

 そんなわけで穂乃果宅には俺と3バカの4人のみ。

 

 

「だってたくちゃん、にこちゃんのにこにーが原因なはずなんだよ!」

 

「だからやれてないっての! アンタだって本来の目的忘れて普通に答えてただけじゃない!」

 

「ええい小賢しい! そういうのはいいんだっつの! 穂乃果はともかく、凛もにこもちゃんとやってくれた。もし穂乃果がちゃんとやってたとしても、A-RISEのあのクオリティーじゃどっちみち敗北は変わらなかったはずだ」

 

「だにゃ~」

 

 今思い返したってあそこでA-RISE以上のインパクトを残せたとは到底思えない。そう、何をどうしたって大量の紙吹雪を舞い散らすほどの予算はないし、映像技術があるわけでもない。

 

 

「大事なのはここからの切り替えだ。敗北は敗北としてどう捉えるかだ。今回は何も敗北して何かを失うわけじゃない。逆に考えればいい。敗北のあとに何を獲得するのか」

 

「獲得?」

 

「ああ、俺達は俺達なりに考えて挑んだ結果、敗北した。ならあの手段はダメだったっていう結果情報を獲得したという事になる。いわば消去法だよ。試せる手段を全部試して失敗するたびに他の成功する方法を考える」

 

「その結果さっきは負けたけどね」

 

 それを言われると痛いが、今更嘆いていては仕方ない。次にやれる方法を考えていかなくては何も進まないのだから。

 

 

「あれだけの実績を残しながら現状に満足せず努力をしている。そんなA-RISEよりもインパクトを残せる方法を考えないと、でしょ?」

 

「ああ、ここでさっきの事を後悔していてももう遅い。そのあいだにもA-RISEは次の段階へと進めているかもしれないからな。とにかく今日はもう解散しよう。慣れないテレビのインタビューで精神的にも疲れたろ? 明日のミーティングでみんなで考えよう」

 

「そのとおりにゃ~」

 

「……おい、こんな時に一体このネコもどきは何をしていやがるんだ」

 

「なーに呑気にマンガ読んでるのよ!!」

 

 俺だってのんびりマンガ読みたい欲を必死に我慢して考えてるというのにこいつというヤツは……。乙女っぽくなったりバカになったりと忙しいなちくしょう。

 

 

 

 とりあえず今日はもう解散という事で落ち着いたから帰ろうとした時、ちょうど穂乃果の部屋がノックされた。

 

 

「お姉ちゃん入るよー。あ、たく兄もう帰るの? ちょうど良いや、唯も帰るらしいから一緒に帰りなよ」

 

「あれ、唯も来てたのか?」

 

「一緒に受験勉強してたからね」

 

 なるほど、道理で静かだったわけだ。しかし唯が近くにいるにも関わらず気付かなかったのはお兄ちゃんとしてはまだまだだな、妹センサーを常に張り巡らせておかないと。

 

 

「んじゃ俺は帰るわ。愛しのマイシスターを待たせるわけにはいかない」

 

「相変わらずのシスコンっぷりね。うちのこころとここあにも色目線送らないように警戒しとかなきゃ」

 

「俺にシスコンなんて褒め言葉だぜにこ。それとその発言はたまにお前の家に行ってる事がバレるから言うなって言ってるだろ」

 

「たくちゃん何て……?」

 

「さらば友よ! 俺は唯のためならば例え悪魔からでも逃げ切ってみせるッ!!」

 

 誰かの言葉を待つ間もなく俺は部屋を飛び出す。

 部屋の方から穂乃果のギャーギャーした声が聞こえるが、きっとにこか雪穂あたりが止めてくれてるんだろうと思いながら階段を下りていく。

 

 

「あ、お兄ちゃん」

 

「ああやはりここにいてくれたか天シスターよ! さあ帰ろうすぐ帰ろうマッハで帰ろう!!」

 

「天シスターって何……ってひゃあ!?」

 

「お邪魔しました桐穂さん! また!」

 

「またね~拓哉君唯ちゃん」

 

 唯の手を引っ張って急いで店を出る。

 元々穂乃果の家から俺の家まで距離がないから外に出ればもう安心だ。というわけで唯のために徒歩。

 

 

「何かいきなりすぎてあれだけど、何であんなに急いでたの?」

 

「穂乃果の逆鱗に触れたような気がした」

 

「……あー」

 

 聞くとすぐに納得したような声で納得する唯。ちょっと? 何でそこで普通に納得できるの? 

 

 

「まあお兄ちゃんの事だから慣れてるけどね~。いい加減お兄ちゃんも気付くべきなんだろうけど」

 

「慣れるな。毎回命の危険に晒される俺としては1番慣れちゃいけないやつ」

 

「ははっ、だね」

 

 ふむ、やっぱ唯の笑顔はいいものだ。心が浄化される。何だかんだ最後には妹に落ち着くんだよなあ。

 

 

「あ、そうだ。お兄ちゃん達は穂乃果ちゃんの部屋で何してたの? 部活関係?」

 

「ん? ああ、そうだよ。と言っても今日はミーティングとインタビューくらいだったけど」

 

「そういえば明日インタビューって昨日言ってたね。で、どうだったの? インタビュー」

 

「結果はA-RISEに惨敗。演出から発言からして何もかもが向こうの上だったよ。敵ながらあっぱれだ」

 

 実際問題、文句なしの敗北をまさかインタビューで味わうとは思わなかった。何が違うかと問われれば、まず規模が違う。俺達のやれる事と、向こうのやれる事、つまり手札の多さが桁違いなのだ。

 

 こっちは必死に考えた手札を出したにも関わらず、向こうはありとあらゆる手札を持ちながらあのイベントに対しての最適解を切り出した。その結果の惨敗。

 

 

「でも、()()()()なんでしょ?」

 

 分かりきったような表情で唯が笑う。

 

 

「ああ、ここからだ。今は負けてたっていい。あいつらの成長幅は俺が1番よく知ってるからな。成長さえすればレベルが一気に4つも5つも増えるのがμ'sだ。差は開かせない。逆に詰めていく」

 

「ふふっ、やっぱりお兄ちゃんに心配は必要ないみたいだね」

 

「心配くらいはしてほしいけどな……」

 

「だーいじょうぶ。私はお兄ちゃんに何があってもいいように、いつもお兄ちゃんセンサー張ってるからっ」

 

 なん……だと……!?

 この妹、俺の妹センサーと同等の事をしている……!! やはり兄妹は似ているということか。可愛いやつめ!

 

 

「俺だって妹センサー張り巡らせてるから。世界一のセンサーだから」

 

「はいはい」

 

 うっそだろオイ。そこでドライとかアメとムチすぎでは?

 

 

「何はともあれ頑張ってね。ハロウィンイベントって結構大掛かりなんだし、準備とかあるならお兄ちゃんも結構大変そうだし」

 

「そこは大丈夫だ。むしろここでこそ手伝いである俺が力仕事しねえとどうするってんだ」

 

「楽しみにしてるからねっ。その時は受験勉強の息抜きに雪穂と亜里沙と見に行くから」

 

「おう、来い来い。μ'sが人々の心に残るようなライブをしてやるからな」

 

 

 そうだ。今は負けていたって、最終的に客の心に強く残るようなライブパフォーマンスをすればいいんだから。

 今のあいつらなら、それだけの実力は絶対にある。

 

 

 空を見る。

 日も短くなり始めた最近はもうこの時間帯になるとオレンジが空一面に広がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハロウィンイベント本番まで、あと2日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


色んなμ'sが見られるのは次回になります。
何気に久々登場の唯、やはり癒し。
さあ、敗北から何を得て、何を生み出すのか。

次回は波乱間違いなし!!


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆10)を入れてくださった


積怨正寶さん

邪竜さん

煉獄騎士さん


計3名の方からいただきました。本当にありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!


今週から少し鳥取島根の方に行くので来週の更新は遅れるかもです。
皆様もGWを楽しんでください。変わらず働く人はどうか少しでもこの作品が癒しになる事を願っています。


モチベ大事に。


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106.試行錯誤

どうも、何とか火曜に間に合いました。
GWいかがでしたでしょうか?自分は鳥取砂丘で調子乗ったがために吐き気を催し景色を見ずに砂まみれで寝込んでました。
でも良かった、鳥取と島根。


では、問題のμ's変身回です。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

「インパクト……インパクト……」

 

「いきなり路線変更を考えるのは無理がある気が……」

 

「今の私達にはインパクトがないッ!!」

 

「1人1人のインパクトは凄えけどな」

 

 

 

 翌日の昼休み、俺を含める2年組は中庭で昼食をとっていた。

 穂乃果の事だから一晩寝たせいか昨日の事は忘れているらしい。海未とことりに連絡されてなくてほんとに良かったと思ってる。

 

 

「でも、インパクトって今までにないものというか新しさってことだよね?」

 

「新しさかぁ……」

 

 でもって話は昨日と同じでインパクトをどう入れていくかを議論中である。

 

 

「それなら、まずこの空気を変える事から始めるべきなのかもしれません」

 

「空気?」

 

「最近思っていたのですが、結成して時間がたった事で安心感が芽生え、少しだらけた空気が生じている気がするのです」

 

「最終予選も近いし、みんなピリッとしてると思うけど……」

 

 確かにことりの言う通り、最終予選が近くなってきたことで最近練習にも熱が入り今までとは少し違う雰囲気になっているとは思っていた。だからだらけているとは思えないのだが、海未はどこを見てそう思ったのか。

 

 

「そこの誰かさんは、この前生徒会の仕事もせずにどこにいましたっけ?」

 

「はうっ!」

 

「ああ、なるほどね……」

 

 うん、よりによってリーダーがだらけてたわ。1番だらけちゃいけないヤツがそんなんでいいのかと思うが、もはやそれも今更感ではある。だって穂乃果だし。

 

 

「つまりそういうことです! やるからには思い切って変える必要があります!」

 

「てことは何か案があるって事だな?」

 

 俺の問いに海未は真剣な眼差しで口を開いた。

 

 

 

「そう、例えば―――、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は進んで放課後のグラウンド。

 海未の案を聞いてメンバーが着替えるのを待っていると、9人の少女が走ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

「あなたの想いをリターンエース! 高坂穂乃果です!」

 

 1人はテニスウェアを着てラケットを振り回し、

 

 

「誘惑リボンで狂わせるわ! 西木野真姫!」

 

 1人はバレエダンスのように華麗に舞い、

 

 

「剥かないで! まだまだ私は青い果実……! 小泉花陽ですっ!」

 

 1人は何かミカンの着ぐるみみたいなのを着てゴロゴロし、

 

 

「スピリチュアル東洋の魔女、東條希!」

 

 1人はバレーボールとユニフォームを着こなしたわわなお胸様を強調させ、

 

 

「恋愛未満の科学式、園田海未です!」

 

 1人は理系丸出しな白衣と眼鏡をしながらドヤっていて、

 

 

「私のシュートで、ハートのマークを付けちゃうぞっ。南ことりっ!」

 

 1人はラクロス装備を付けて天使ボイスをこの薄汚れた世界へと何の躊躇いもなく発してくれる誰もが救われるような麗しき美貌と魅惑の声を御託はいいからハートマーク付けてください。

 

 

「きゅーっとスプラ―ッシュ! 星空凛!」

 

 1人は競泳水着を見事に着こなし、

 

 

「必殺のピンクポンポン! 絢瀬絵里よ!!」

 

 1人はチアダンスの格好を着ているせいかいつも以上に目立っているスタイルの良さを発揮し、

 

 

「そして私! 不動のセンター、矢澤にこにこー!」

 

 1人は、あの、うん、剣道部員。

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「私達、部活系アイドル! μ'sです!」」」」」」」」」

 

 

 

 

「………………………………………………………………………………………………………………………思てたんと違う」

 

「何で関西弁! というか私だけ顔見えないじゃない!!」

 

 いやあ、あまりの予想外ぶりに関西弁が出てしまった。9人並んで違う恰好で違うポーズするのはいつもライブで見てるけど、何故か部活の恰好のままそれやると後ろ爆発して特撮ヒーローの登場シーンみたいに見えるのは何でだろうか。

 

 

「いつもと違って新鮮やね」

 

「スクールアイドルって事を考えると、色んな部活の服を着るというコンセプトは悪くないわね」

 

「だよねだよね!」

 

 何で絵里まで満更でもなさそうな顔してんだ。チアリーダーとかノリノリかお前。あとお前がそれ着ると色々健全な男子高校生には刺激が強すぎるのでお控えください。

 

 

「でもこれだと……」

 

「ふざけてるみたいじゃない!」

 

「そんなことないよ! ほらもう一度みんなでー!」

 

「待て待て待てーい」

 

「何たくちゃん?」

 

 ようやく話に入ることができた。何ていうかツッコミが追いつかなさ過ぎて危うくオーバーヒートするとこだったわ。

 

 

「いや、その、何つうかだな? 俺が思ってたイメージと違うというか……何かズレてるような感覚がしてならないんだが……」

 

「そう?」

 

「あの、その前にですが、私のこの恰好は一体何の部活なのでしょうか?」

 

 自分で着といて知らなかったんかい。

 

 

「科学部だよ!」

 

「では花陽のこれは?」

 

「うーん、多分演劇部?」

 

 何で疑問形なんだよ。誰が振り分け考えたか言え。そいつには希と絵里にお胸様を強調する服を着させてくれてありがとうと伝えたい。あとことりにラクロス部の服を着せた事も評価したいから。

 

 

「ていうか、そもそもこれでステージに上がるなんてありえないでしょ!」

 

「……確かに」

 

 おい、何今思い出した風に言ってんだ絵里。本気でこれで行こうと思ってたのか己は。許さん、許さんぞ。そんなけしからん服でステージに上がるなんてお父さん絶対許しませんからね!!

 

 

「はあ、しゃあない。海未の案は破棄にして一旦部室に戻ろう」

 

「うっ……」

 

 まあ案を出してくれただけ良しとするしかない。スクールアイドルならではの案だったのは良いが、今回はハロウィンイベントだし、あまりにも無関係すぎる。

 あ、そうだ。

 

 

「着替える前に俺の携帯でみんなの写真撮らせて」

 

「いい―――、」

 

「「「「「「「「却下!」」」」」」」」

 

 

 

 

 減るもんじゃないしいいじゃんかよーう……。

 あれ、今誰かいいよって言おうとしてなかった?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 またまた時間は少し経ち、いつもの屋上。

 

 

 

 

 

「おはようございまーす! はっ! ご機嫌よう」

 

 いきなりドアを開けて元気に挨拶したと思ったら上品に言い直しているのは穂乃果(海未)である。いや、見た目は穂乃果なのだが、海未の練習着を着て話し方も海未に寄せているのだ。見る分には分かりやすいが、表現する側としてはただただ面倒くさい。

 

 

「海未、ハラショー」

 

「絵里、早いのですね」

 

 意味もなくハラショーと言ってロシア語を何も理解してなさそうなのはことり(絵里)だ。絵里の練習着を着て髪型まで絵里に似せている。ことりのポニーテールは初めて見るけど、いいな。

 

 

 と、ここで何故こういう風になったかの経緯を簡単にまとめるとだ。

 

 色んな部活の服を着るのはダメ、かといって何もしないわけにはいかない。他の案もまだ浮かんでこない。インパクトを求めて何かを変えるならやはり見た目ということになるのだが、ここで自他共に認めるスピリチュアル少女、東條希のカードが示したのだ。

 

 

 

 変えてみるなら、自分達を変えてみろと。

 

 

 

 その結果、何かややこしい事になっている。

 

 

「「そして凛も!」」

 

 2人の視線の先には、先日女子力アップもあって練習着がスカートに進化した凛の練習着を着た海未が立っている。

 それはもうスカートを必死に抑え髪をサイドに小さく括って照れに照れている状態で。

 

 

「う、うぅ……無理ですぅ!」

 

「ダメですよ、海未! ちゃんと凛になりきってください!」

 

 海未になりきってる穂乃果が海未の口調で凛になりきれずにいる海未に説得をしている。……うわ何だこれ超めんどくせえ。

 

 

「あなたが言い出したのでしょう。空気を変えてみた方がいいと! さあ凛!」

 

 何かもう色々と涙目の海未だった。

 言いだしっぺは海未だけど、さすがに照れながら泣きそうになってるのを見るとかわいそうにも見えてくる。

 

 海未に関しては助け船を出してやろうかと思った矢先、とうとう観念したのか海未は涙を振り切って叫んだ。

 

 

「にゃーっ! さあ、今日も練習、いっくにゃーッ!!」

 

 ああ、これはあとで慰めてやろうと思う拓哉さんなのであった。

 

 

「ナニソレ、イミワカンナイ」

 

「真姫、そんな話し方はいけません!」

 

「面倒な人」

 

 唐突に現れた特徴的な喋り方をしだしたのは(真姫)、結構似てる。さすが同じ1年だけあってよく見てるなーと思う一方、何か真姫を小馬鹿にしてるように聞こえて仕方がない。

 

 

「ちょっと凛! それ私の真似でしょ! やめて!」

 

「オコトワリシマス」

 

 ドアを勢い良く開けて飛び出してきたのは真姫()。希の練習着を着ているが真似もしないで普通に凛へ怒りをぶつけている。あれじゃただの希の練習着を着た真姫に過ぎない。いや、それで合ってるんだけどね。

 

 

「おはようございます。希?」

 

「う、うぇぇ……」

 

「あー、喋らないのはずるいにゃー」

 

 海未のヤツも完全に振り切ってやがる。あれ絶対あとで正気に戻っておかしくなるやつだぞ。拓哉さん経験則で知ってる。

 

 

「そうよ。みんなで決めたでしょ?」

 

「べ、別に!……そんなこと……言った覚え、ないやん……」

 

「おお、希、凄いです!」

 

 いや何が凄いのかさっぱり分からんぞ。ちょっとモノマネして凄いって言ってくれるとかどこのサーバルちゃんだよ。俺もあんな優しい世界に行きたいです。

 

 

 はてさてどうやってさばんなちほーへ行くかと考えてるとまたしてもドアが開かれた。

 

 

「にっこにっこにー! あなたのハートににこにこにー! 笑顔届ける矢澤にこにこー! 青空も~、にこっ!」

 

 完璧なにこのモノマネを披露したのは花陽(にこ)。似すぎて一瞬違和感なかったぞ。何なら本家より花陽のにこにーの方が可愛いまである。

 

 

「ハラショー。にこは思ったよりにこっぽいわね」

 

 ことりさん、にこは思ったよりにこっぽいって結構なパワーワードだと思うんですがいかがでしょうか。

 

 

「にこっ☆」

 

「にこちゃーん、にこはそんな感じじゃないよ~……?」

 

 これまたクオリティーの高い声真似で出てきたのはにこ(ことり)。にこもアイドルやる時は声が高いから2人は元々声質的な意味では似てるんだよな。にこの着てることりの練習着じゃ、胸辺りに余裕感じるのがお察しだけど。おっと、今にこから殺意の視線が。

 

 

「やー! 今日もパンが美味いっ!!」

 

「穂乃果、また遅刻よ」

 

「ごめーん!」

 

 急にバッと現れたのは(穂乃果)。うん、似てる。遅刻するところとかパンしか食わないとことか能天気なとことか。

 

 

「私って、こんな……?」

 

「ええ」

 

 思わず素になってる穂乃果に即答することり。さりげなく即答するあたり毒含まれてそうな感じがするのですが……。

 

 

「大変ですっ!」

 

 屋上に突然響く聞き慣れない甲高い声の正体は絵里(花陽)。普段絵里のあんな声を聞いたことないから新鮮さがあると思ったと同時に、ギャップ萌えが半端ない。

 

 

「どうしたのです、花陽?」

 

「み、みんなが……みんながぁ~!! ……変よ」

 

 

 

 

 

 

 うん、まあ、知ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっそのこと、一度アイドルらしいってイメージから離れてみるのはどうかしら?」

 

「アイドルらしくなくってこと?」

 

「確かにそれなら今までとは違うってことにはなるな」

 

 さっきの総入れ替えも破棄になったので部室に早戻り。

 3度目の話し合いである。

 

 

「例えばかっこいいとか?」

 

「それいいにゃ!」

 

「でも、かっこいいってどんな感じ? たっくんみたいな?」

 

「俺をかっこいいと言ってくれるのはありがたいけど今は何のインスピレーションも浮かばないから逆に凹むぞことり」

 

 もしかっこいいで俺をイメージしてもスクールアイドルとは何も関係ないしな。くそ、録音しておけばよかった。

 

 

「かっこいいって言うなら、ロックとか?」

 

「もっと荒々しい感じとか?」

 

「新しいというのは、そういう根本のイメージを変える事。だとすると……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒数自体は少なくとも、意外と生徒はまだ残っていたりする。

 下校しようとしている生徒も然りだ。

 

 

 そう、俺達がやってきているのは正門付近の木陰。

 何故そんなところで隠れているのかというと、理由はすぐにでも分かる。

 

 

 

「本当にやるの?」

 

「ここまで来て何怖気づいてるのよ!」

 

「とにかく一度、反応を見てみないと……!」

 

「ったく……俺は止めたからな。この先のことは知らねえぞー」

 

 部室内で出た案だが、俺はどうにもそれに対して何か意味があるとは思えなかった。むしろ悪手ではないかと思ってしまうほど。こいつらはいつも何かしら俺の予想の斜め上をいくが、今回に関しては予想の垂直落下してるまである。

 

 だがこのバカ共は止めて聞くような輩でもないので、とりあえず何回か注意だけして何かあったら俺は責任逃れするという個人的作戦に出させていただく事にした。

 ……それにしても、よくもまあアイドル研究部の部室にあんな小道具があったなあと思った限りである。

 

 

「よし、行こう」

 

 穂乃果が覚悟を決めたような口調で言う。

 声だけ聞けばそれなりに真剣に聞こえるが、俺は知っている。

 

 

 

 今、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 俺の注意も聞かず、女神だったはずのμ'sは下校途中の生徒達の前に飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁーッ!!! 皆さん、お久しぶりィー!! 我々はスクールアイドルμ'sである!!」

 

 

 鎖を持ったり顔のメイクを白や黒に塗って何故かデスメタルがしそうな恰好をしている駄女神化したμ'sが降臨してしまった。

 あーあ、もう拓哉さん知ーらない! もう知らないもんねー!

 

 

「今日はイメージを覆す、アナーキーでバングなあ!!」

 

「「「「「「「「「新たなμ'sを見ていくがいい!!」」」」」」」」」

 

 

 イメージ覆しすぎだろ。女神どこいった。アクア様もビックリな駄女神になっちゃってるよあいつら。何で俺以外に誰もあれを止めようとしなかったんだ。

 あまりにも唐突且つ見た目の凄さのあまり、現場を見ていた生徒達は次々と悲鳴を上げながら走り去って行く。当然ですね。

 

 

「おおー! これはインパクト大みたいだね!」

 

「いけそうな気がするにゃー!」

 

「どうたくちゃん! これ以上のインパクトがないってくらいに成功したよ!」

 

「こっち向くなこっち見んな。逃げられてちゃ意味ないだろうがバカかお前らは。客を蝋人形にでもするつもりか」

 

 ブーブー言っている穂乃果が鎖をジャラジャラしていると、突然ピンポンパンポーンと校内放送特有の音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

『アイドル研究部、μ'sの皆さん。今すぐ理事長室に来てください』

 

 

「ええ、何で!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナイス判断です、陽菜さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?


問題の総入れ替えの回でしたね。
いやもうギャグ以外の何になるというのか……。アニメ本編のギャグが成り立ちすぎていてどう主人公を絡ませるか悩んでました(笑)
だけどギャグ書いてると楽しくてつい筆が乗っちゃいますね。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!




禁書最新刊が明日発売だから読みふけって来週の投稿も遅れそうとたーぼはたーぼは未来の予測をしてみる。


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107.迷走

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沈黙という沈黙が続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 それもそのはず。

 この学校で1番偉いであろう人がいる理事長室にデスメタル化したμ'sがいるのだから。

 

 

 

 

 こんなふうにシリアスっぽく言ってみるが、目の前の光景があまりにもシュールすぎてシリアスギャグみたいな感じになっている。元女子校にあるまじき姿してんなこいつら。

 

 

 

「……説明してもらえるかしら?」

 

「え……えっと~……」

 

 沈黙を破ってくれたのはもちろん理事長の陽菜さん。

 さすがの陽菜さんもこいつらの姿を見て呆れを感じているようだ。

 

 

「何だっけ?」

 

「覚えてないんですか……!?」

 

 小声で穂乃果を叱る海未だが、その姿で言っても何だか怖さが逆に感じられない。

 ちなみに一応俺も同じ部活に所属しているので同伴してはいるが、唯一デスメタだけは反対したのに数で圧されたから仕方なく一緒にいるだけだ。

 

 

「理事長、違うんです! ふざけていたわけではないんです!」

 

「ふざけてただろ」

 

「そうなの! ラブライブに出るためには、どうしたらいいかって事をみんなで話し合って……」

 

「今までの枠に囚われていては、新しい何かは生み出せないと思ったのです!」

 

 何かそれっぽい事を言ってるが、他の生徒が怖がってちゃ応援もしてくれないと思うのは俺の気のせいだろうか。イメージが違いすぎても変に迷走してしまいそうでならない。

 

 

「そうなんです! 私達本気だったんです! 怒られるなんて心外です!」

 

「そうですそうです!」

 

「うわあ!」

 

 このバカ2人はただ怒られたくないだけだな。あとそこのリーダー鎖落としてんじゃねえ。ジャラジャラうるさいぞ。おまけに説得力もねえぞ。

 

 

「と、とにかく! 怒られるのは納得できません!」

 

「……、」

 

 そこまでして怒られたくないのかお前は。……まあ、ただでさえ普段海未や家で桐穂さん辺りに説教されてるのに理事長からも説教されるとなると色んな意味でやばいもんな。ほぼ自業自得だけど。

 

 

「……で、岡崎君はこれについて何か言うことはあるの?」

 

 まさかの俺に振ってきますか陽菜さん。だがしかし、そうなる事は想定済みな拓哉さんである。ちゃんと自分だけが逃れられる言い訳を考えているのだ。

 

 

「はい。まず俺はこれをやる前に反対だと言って止めました。だけどこいつらはそれを聞かずに突っ走った結果、関係ない生徒を怖がらしてしまった。俺は止めとけとあれほど言ったのに……。ということで俺はこれに限っては関係ないのでここから出て行ってもよろしいでしょうか!!」

 

「あー! 1人だけ逃れようとしてるー! そんなのズルいよたくちゃん! 私達は一蓮托生連帯責任の仲でしょ!? 死なば諸共だよ!」

 

「ええいやかましい!! こんな時だけ無駄に難しい言葉使ってんじゃねえどこで覚えたこのド阿呆! 俺の制止をちゃんと聞かねえからこうなったんだろうが! 怒られる道理がないのは俺の方だからな!! やってらんねえ、こんなとこにいられるか! 俺は部室に戻らせてもらう!!」

 

「綺麗に死亡フラグ立たせたところ悪いんだけど岡崎君」

 

「はい?」

 

 すでに扉の方へ歩いていたせいで陽菜さんの声を背中で受け止める形になってしまった。

 理事長の制止の声に素直に止まる。ここで無視なんてすれば説教よりおっかない事になってしまう可能性もあるからだ。

 

 

「μ'sの手伝い上、この子達が言う事を聞かなかったのだとしても、この姿を見てもっと強引に止めるべきだったとは考えなかったのかしら? あなたの事だから少し考えれば分かることよね?」

 

「……、」

 

 死亡フラグなんて立たせるもんじゃないと本気で思ってしまった。矛先が完全に俺に向いてらっしゃる。おかしい、俺自体は何も悪いことはしていないのに。

 

 

「ほーら言ったじゃん! 連帯責任だって! それに私達はこれで本気でいけると思ってたんだからおかしいことなんて何もないんだよ!」

 

「じゃあ最終予選はそれで出るということね」

 

「え」

 

「それならば今後その姿で活動することを許可するわ」

 

 何ということでしょう。さすが理事長、ぐうの音も出ないとはまさにこの事だ。

 

 

「そして岡崎君も、こんな姿になってしまったのは私は残念だけど、この子達の手伝いとしてこれからも頑張ってねっ」

 

 おかしい、笑顔なのに目が笑っていない。陽菜さんってこんな怖いオーラ放つような人だったっけ。というか勘弁してくれ。こんな格好したヤツらの手伝いなんてさすがの俺もしたくない。もししたら下僕みたいに見えそう。

 

 陽菜さんの言葉を聞いて穂乃果達も顔が引き攣っている。おそらく穂乃果や凛が怒られるのは心外などと言ったから、あえて認める事で自分の過ちに気付かせたのだろう。陽菜さん恐るべし。

 

 

 もちろん、俺もμ'sもそんなのは御免だ。

 

 

 

 

 てなわけで取る選択肢は1つ。

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「すいませんでした!!」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全力の謝罪である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてこうなるの!?」

 

 

 

 いつも通っているファミレスで、1番ににこの声が店内を占領した。

 

 

「そうです。もっと真面目にインパクトを与えるためにはどうしたらいいか話していたはずです!」

 

「最初は海未ちゃんだよ! 色んな部活の格好してみようって!」

 

「それは……ですがそのあとは穂乃果達でしょう!?」

 

「いい加減にしろテメェら! 何でいちいちこんなくだらねえ事で揉めなきゃならねんだ」

 

 俺の一喝で何とか収まるが、それでも釈然としない表情になってしまう。

 

 

「みんなでやろうって決めたんだし……」

 

「責任の擦り付け合いしててもしょうがないよ」

 

 まったくだ。インパクトを求めるのは悪くないが、どうも今回はみんな空回りしているような気がする。何だか努力が違う方向へいっているような、そんな感覚だ。

 

 

「それより今は具体的に衣装をどうするか考えた方がいいんじゃない?」

 

「そうだね……」

 

 衣装と聞いて、みんなの視線は当然のようにことりへ向けられる。

 

 

「一応考えてはみたんだけど、やっぱりみんなが着て似合う衣装にしたいって思うんだ。だから……あまりインパクトは……」

 

「でもそれじゃA-RISEには……!」

 

 ことりの言い分も分かる。インパクトを求めるあまり、奇抜な衣装にしたところで客に与える印象はどちらかというと困惑の方が大きいかもしれない。個人的な意見としては、μ'sにそういう変なインパクトは必要ないんじゃないかとも思っている。

 

 変わるという事は決して悪いことではないが、変わりすぎてもおかしくなるだけだろう。急な路線変更というのは迷走に陥りがちなイメージが多いように。だから今回はメンバーの意見がいつもよりぶつかっている。

 

 もう一度冷静になる必要があるな。

 

 

「仕方ない。とりあえず今日はこれで終わりにしておこう。だけど準備は進めておかないといけない。というわけでことり、にこ、花陽はことりのイメージしている衣装を作ってもらう。本番はすぐだ。そろそろ気合いも引き締めとけよ」

 

「ちょ、何で私まで―――、」

 

「つべこべ言わずに手伝え。一蓮托生ってやつだ。ことり、俺も家に行ってもいいか?」

 

「うん、たっくんならいつでも大歓迎だよ」

 

「助かる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実際のところ、本番は明日だ。

 

 

 

 

 

 曲や振り付けは出来ているが、衣装がまだなのは問題だろう。

 インパクトを求めすぎた結果、ことりの作業が追われる羽目になっているのは俺達の責任でもある。

 

 だけど衣装作りともなると、できる者とできない者がいるのも事実。ならいつも家で妹達のために家事をやっているにこと、意外と家庭的な花陽ならことりの作業を手伝えると思ったからだ。

 

 今頃2人はことりの家で衣装作りを手伝っているだろう。

 俺も親父と2人で暮らしてた時は家事全般やっていたから裁縫も少しくらいならできる。というかあの3人からしたら足手まといになるから手は出さない方がいいかもしれないが。

 

 そんな俺は今コンビニ帰りだ。

 ことりは昨日から作業を始めていたらしいが、それでも終わるのは夜になってしまう可能性はある。だから差し入れみたいな感じで軽く食べ物と飲み物を買っておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ことりの家に帰って部屋に入ろうとした時だった。

 

 

 

 

「何で私達が衣装作りやってんの!?」

 

 にこの愚痴みたいな声が響いた。

 

 

「みんなはライブの他の準備があるから……」

 

「よく言うわ。くだらない事で時間使っちゃっただけじゃない」

 

 思わずドアに掛けようとした手が止まってしまう。

 確かにその通りだと、少しでも思ってしまったから。

 

 俺からしても、今思えばあの数々はふざけていたかのように思える。結局どれもがボツになってしまったのがその証拠でもあるのだから。

 だけど、予想外にもそれを否定したのはことりだった。

 

 

「そんなに無駄じゃなかったんじゃないかな」

 

「はあ? どこが?」

 

「私は楽しかったよ。おかげで衣装のデザインのヒントももらえた」

 

「衣装係って言われて、損な役割に慣れちゃってるんじゃない?」

 

 すぐに否定してやりたかった。

 ドアを開いてにこの発言を取り消してやりたかった。

 

 分かっている。にこが本心でそう言っていないって事も。にこも焦っているんだ。A-RISEにこれ以上差を広げられることに。だからつい言葉に棘があるように言ってしまう。

 それでも、ことりがどう言うのか気になってしまう。

 

 

 

「私には、私の役目がある」

 

 

 どこか芯の籠った声がした。

 

 

「今までだってそうだよ。私はみんなが決めたこと、やりたいことにずっと付いていきたい。道に迷いそうになることもあるけれど、それが無駄になるとは私は思わない」

 

 無意識に強張っていた体の力が抜けていくような感覚がした。

 

 

「ここまで来るのに色んなことがあったよね。もちろん間違ったこともたくさんあった。でもその度にみんなが集まってそれぞれの役割を精一杯やり切れば、素敵な未来が待っているんじゃないかな?」

 

 やはり、成長しているのはみんな一緒なんだ。

 ことりだって例外じゃなかった。いつもやりたいことに付いてきていたことりも、自分の意志をちゃんと言えるようになっている。

 

 この衣装係だってことりが進んでやってくれたことだ。

 適材適所という言葉があるように、ことりは衣装、穂乃果はリーダー、海未や絵里はまとめ役と、みんなが自分を活かせる事をやっている。

 

 俺が出ていっても、何も言う必要なんてどこにもなかったようだ。

 心配は杞憂に終わったが、悪い気分ではない。

 

 

 

 

 

「安心した?」

 

 

 

 不意に隣から声がした。

 

 

「希か」

 

 そういや希もあとから行くとことりから聞いていた気がする。

 視線を下に向けると希の手にも袋があった。考えていたことは同じらしい。

 

 

「そうだな。嬉しいような、少し寂しいような感じかな」

 

「父親か」

 

 軽いツッコミを貰いながらも、やはり笑みは崩れない。

 

 

「これなら大丈夫だろ」

 

 何も聞こえてこないということは、にこも納得したという事だろう。

 

 

 

「さあ、俺達もやれる事をしてやろうぜ」

 

「うん」

 

 

 

 

 そう言って部屋に入る。

 笑顔で迎えてくれることり達を見て、やはり安心感が芽生えてしまう。明日が本番なのに、さっきまで迷走していたのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハロウィンイベント本番まで、あと1日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


理事長の目からは逃れられないぜ。
からのことりの聖母のような言葉です。あの事件があったから今がある、とも捉えられますね。道に迷いそうなら、誰かが引っ張ってやればいいのです。


次回ハロウィンイベント編クライマックスです。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!



現在、この作品の1話から順番にゆっくりですが編集して手直ししています。
初期と今では書き方が結構変わっているので、初期の方を今の書き方に寄せて読みやすいようにしている最中です。
ところどころ書き加えてる箇所もあるので、時間があれば読み直してみるのもいいかも?

誤字脱字などあれば報告してください~。


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108.個性

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 準備が進んでいようがいまいが当日というのは必ずやってくるものだろう。

 

 

 

 事前にちゃんと準備を進めて余裕がある者がいれば、準備を怠り直前になって死ぬほど焦りながら超スピードで進めていく者もいる。

 

 

 

 かくしてμ'sはどちらかと言うと、後者に近い方かもしれない。

 

 

 

 

 何とか衣装を完成させ、いざ翌日の本番になってみると人の多さにまず圧倒された。

 テレビでも特集されるくらい近頃はこの行事が注目されているようだ。

 

 

 辺りにはカボチャのオブジェが置いてあったり、黒やオレンジの色をした風船も飾られている。

 極めつけは“人”だろうか。

 その行事をもっとも楽しむ事を目的とし、自らがそういうモノに扮してお祭り騒ぎをする。

 

 

 秋葉原は既にパレード状態のようにコスプレしている人で溢れ、テレビの取材も来ているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 つまり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハロウィンイベントが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トリックオアトリートォォォおおおおおおおおッ!! やっほうはっちゃけてるー!? 凄い盛り上がりを見せているハロウィンイベントフェスタ! みんなも盛り上げてくれてるよー! それになんとなんと、今日はスクールアイドルのスペシャルライブも見られるよ! お楽しみにー!!」

 

 

 

 スマホのテレビ中継を見ると、いつしか穂乃果達にインタビューしていたレポーターがこれまたおかしいテンションで映っていた。

 それをそっ閉じしながら周りを見ても、やはり今日の秋葉はいつもと雰囲気が違うと思い知らされる。

 

 

「うう~いよいよライブ……緊張するね~」

 

「意外だな。お前でも緊張することがあるなんて」

 

 自分より少し前を歩きながら呟く穂乃果に拓哉が言う。

 実際今までライブは何回かしてきたが穂乃果が緊張すると言ったことはほとんどと言ってなかったからだ。

 

 

「なんか遠回しにバカにされた気がするんだけど……。だって今回はテレビのカメラも来てるし、こんな公の場でこれ以上ないくらいのお客さんもいるしね~」

 

 言われてふむ確かにそうだと拓哉も気付く。PV用のカメラと違い全国放送のカメラがあり、講堂でライブした時より動き回れる遥かに大きいステージというか道路。そして何よりスクールアイドルに興味があるのかないのか見当もつかないほどの客数。これじゃ海未じゃなくとも緊張するのも無理はない。

 

 

「でも楽しんでいきましょ。みんなもほら、楽しそうよ」

 

 隣を歩く絵里に促されるまま後ろを向く。

 そこには昨日までの不穏な空気は一切なく、ただこのイベントを純粋に楽しんでいるメンバーがいた。

 

 

「わあ~見てー! おっきいカボチャー!」

 

「ほんとだ~!」

 

「すごいおっきいー!」

 

 いつも一緒にいる仲間との何気ない日常。

 距離があったせいだろうか。たったそれだけなのに、客観的に見てしまった。

 

 その結果。

 岡崎拓哉と高坂穂乃果はある1つの結論に行き着く。

 

 

「どうしたの?」

 

「……インパクトがどうのこうのとか、この際それはもういいんじゃねえかな」

 

「え?」

 

「うん、私もそう思う」

 

「穂乃果?」

 

 拓哉と穂乃果の言葉に絵里は頭に疑問符を浮かべる事しかできない。

 そのままμ'sのリーダーはいつも通りの口調でいつも通り当たり前のことをただ述べる。

 

 

「絵里ちゃん、私このままでもいいと思うんだ。私達もなんとか新しくなろうと頑張ってきたけど、私達はきっと今のままでいいんだよ。だって、みんな個性的なんだもん」

 

「囚われ過ぎていたんだよ、俺達は」

 

 穂乃果のあとに拓哉が続く。

 

 

「普通の高校生なら似たもの同士が集まるものだけど、お前らは違う。時間をかけてお互いのことを知って、お互いのことを受け入れ合ってここまで来られた」

 

 ずっと『インパクト』というものに囚われていた。

 A-RISEにこれ以上差を広げさせないためには自分達も変わる必要があると。

 

 そのために普段やらない事をたくさんした。

 色んな部活の服を着た。自分達自身を入れ替えたりもした。絶対やらないであろうロックすぎる姿を披露した。だけど、そのどれもがしっくりとこなかった。

 

 何か原因があるのかとも思ったが、実際は違っていたのだ。

 そもそもの話、μ'sは今のままで変わる必要なんてどこにもなかった。

 

 

「それが1番の、お前達の特徴なんだよ」

 

 気付けば、他のメンバーもすぐ側まで来ていた。

 

 

「インパクトを求める事自体は悪くはない。だけど、もうμ'sは1人1人違う個性を持っている。それって言いかえればそれぞれ個性(インパクト)があるって事にもなる」

 

 

 

 1人は天然だが人を惹き付け引っ張っていける天性の持ち主。

 

 1人は恥ずかしがりではあるが真面目でいざとなるとちゃんとやれるまとめ役。

 

 1人は誰をも魅了する容姿と声を持ち、高校生とは思えないほどのクオリティーで衣装を作れる。

 

 1人はダンスを得意とし、クォーターという特有の特徴やプロポーションを持っている者。

 

 1人はアイドルを誰よりも敬愛し、且つ自分もそれに劣らずアイドルの高みを目指しながらそれを恥ずかしげもなく発揮できる者。

 

 1人は陰からでも表舞台でも誰かを支えられる包容力があり、何故か不思議な力でもあるのかと思うほどの強運と抜群の胸囲の持ち主。

 

 1人はお嬢様でもあり、ピアノコンクールでは毎回入賞するほどの腕もあって作曲すれば右に出る者はいないツンデレ姫。

 

 1人は語尾に何故かにゃーを付けて既にキャラ付けが出来ていて、運動神経はμ's内でも随一な女子力ナンバーワン娘。

 

 1人はお米を誰よりも愛し、アイドルの知識だけならば誰にも負けない守ってあげたくなるような声をした女の子。

 

 

 ともかく。

 これだけバラバラな個性を持ったグループはおそらくμ's以外にはいないだろう。

 9人もいるのに誰1人として個性が被っていないのは、それだけでスクールアイドルとしては大きい意味を持つ。

 

 

 

 であれば。

 

 

 

 

「μ'sは変わる必要なんてない。このままでも十分に戦っていける。1つ1つの経験はお前達を大きく成長させているんだから」

 

 

 このままでいい。

 変わらないμ'sでも、受け入れてくれる人はたくさんいるし、もっと増えていくに違いない。

 

 A-RISEにはA-RISEの良さがあり、μ'sにはμ'sの良さがあるのだ。

 そこに違いはあれど、力量の差はあれど、ここまでやってこれたのは間違いなくμ'sの頑張りがあったからだ。

 

 ならその思いに恥はなく、真っ直ぐに突き進めばいいだけの話。

 

 

 

「うん! 私も何も変わらない。これまでも、これからも変わらない。そんなμ'sが好き!」

 

 穂乃果の純粋な笑顔はいつも誰かの心に心地良く刺さる。

 故に。

 

 

「ええ、私も!」

 

 誰もが反対しない。

 

 

「そうね。私も無理に変わってキュートなにこにーが変になってしまうなんて考えられないし~」

 

「にこちゃんは元から変だけどにゃ~」

 

「ぬわぁんですってー!!」

 

 わーにゃーと相変わらず騒ぐ仲間を見て笑みを零す。

 そう、これがμ'sなのだと。

 

 みんな成長して変わっている。だけど、芯は変わらない。

 それさえ分かっていれば、まだまだμ'sは強くなれる。

 

 

「さあ、本番までもうすぐだ。着替えて準備に取り掛かるぞ」

 

 拓哉の声で全員が返事をする。

 これまでの苦労が嘘に思えるような雰囲気になっているのは、μ'sだけではない、その手伝いの少年もいるからという事を、少年は自覚していない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Music:Dancing stars on me!/μ's

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良かったわよ。μ'sのライブ」

 

 突然、脇の方から声がした。

 

 

「……綺羅か」

 

 A-RISEの筆頭としてリーダー。

 綺羅ツバサが衣装姿のまま話しかけてきた。

 

 

「彼女達はまだ着替え中?」

 

「ああ。これでも一応警備中だ」

 

「挨拶に来たんだけど、まあ着替え中なら仕方ないか」

 

 不敵な笑みを浮かべるツバサに、されど拓哉は動じない。

 

 

「最終予選が楽しみね」

 

「相変わらず余裕そうだな」

 

「そうでもないわよ? 今のμ'sを見てたら分かるもの。あなた達はまた大きく成長している。それも凄い勢いでね。はっきり言って驚いてるわ」

 

「よく言うぜ。そんな表情には見えないが?」

 

 言葉ではどう言っても、どこかツバサには余裕があるように見えてしまう。それほどまでに風格があるのだ。

 

 

「まあ、私達の目に狂いはなかった。とだけ言っておきましょうか」

 

 そう言い残してツバサは去ろうとする。おそらくもう出番なのだろう。それなのにわざわざここに来たという事は、本当に挨拶をしに来ただけかもしれない。

 だが。

 

 

「まだμ'sはA-RISEに及んでいないのかもしれない。まだ勝てるところまで実力は上がっていないのかもしれない。まだ差が開いているのかもしれない」

 

「?」

 

 良い機会だと思う。

 A-RISEと戦っているのは、μ'sだけではないということを思い知らせてやる必要がある。

 

 

「でも、だけど」

 

「……、」

 

 かくして。

 μ'sの手伝いを自称する少年は、堂々とラブライブの王者に啖呵を切った。

 

 

「最後に勝つのはμ'sだ」

 

「……へえ」

 

 不敵な笑みはより深く、けれど何かワクワクしているようにも見て取れた。

 少年の言葉を聞いて、王者は再び歩を進める。

 

 

 

 

 

 

「当然、私達も負けないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 最後に言い残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局。

 

 

 

 

 

 

 

 今回の物語は、ある種の茶番だったのかもしれない。

 

 

 

 

 変える必要のない個性を変えようと色々奮闘した結果、最後には元のがいいと選んだ。

 

 

 

 だけど。

 

 

 

 

 そこに意味はあったのかと問われれば、間違いなくあったと即答するだろう。

 

 

 

 あの過程があったから、今のままが最高なのだと思えた。

 変わる必要などないと思えた。

 誰かの成長が垣間見えた。

 

 

 

 

 ならば。

 

 

 

 

 

 

 

 どれだけの茶番劇だっただろうとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この物語には、確かな意味があったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


ハロウィンイベント編、これにて閉幕。
どれだけの茶番があったとしても、意味あるものだってきっとある。そんな物語がテーマの今回でした。
ちなみに自分はラ!楽曲の中でこの挿入歌はベスト10に入るくらい好きです。

次回は新章、ダイエット&生徒会混乱編!?
さてどうなることやら(笑)


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!
感想増えろ!高評価も!




最初が茶番ばかりだっただけに、終わりは意外とまともに。


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109.食事は計画的に

今回から新章、ダイエット&生徒会騒乱編です。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たるんでる証拠です」

 

 

 

 

 海未のそんな一言から今日は始まった。

 

 

 

「書類もこんなに溜め込んで、全てに対してだらしないからそんなことになるんです」

 

 海未に呼び出され拒否したものの、ことりからのお願いコールでまんまと生徒会室に来たら何だか穂乃果がランニングマシンでランニングウーマンしていた。どこから持ってきたそのランニングマシン。

 

 

「でもさ、あんなに体動かして汗もかいてるでしょ? まさかあそこまで体重増えてるとは~」

 

「なんだお前、体重増えたのか?」

 

「げえっ! 何でここにたくちゃんが!?」

 

「私が呼ん……ことりに呼んでもらいました」

 

 げえって何だお前、目の前にいただろうが。また自覚なしのミスディレクション使ってたのか俺は。海未は海未でジト目で見ないでほしい。違うんですよ。海未とことりとじゃコールされた時の気分が段違いでして……これもはや言い訳ですらないな。

 

 

「で、結局俺は何で呼ばれたんだ?」

 

「この溜め込まれた書類を見れば分かるでしょう?」

 

「おう、そうだな。んじゃ部室に戻るわ」

 

「刺します」

 

「ペン先をこっちに向けるな刺すな直球すぎるわ!!」

 

 あれは明らかに俺を殺す視線だったぞ。ペンの持ち方が完全にクナイを持ってるみたいだった。園田家は剣道に弓道に忍道まで精通していたのか……。

 

 

「拓哉君は生徒会の手伝いでもあるんですから頼りにしているのですよ?」

 

「勝手に決めたのはお前らだけどな」

 

 知らないあいだに俺が進んで生徒会の手伝いまで請け負ってるみたいになってた。これが世間に言う女子特有の都合の良い解釈なのか。非常に恐ろしい。

 

 

「生徒会の手伝いもそうなのですが、それとは別に助力してほしいことが……」

 

「んぁ?」

 

 海未の視線を追いかけると、その先にいる穂乃果が俺達を放置してことりとの会話に花を咲かせていた。

 

 

「あっ、それってオニオンコンソメ味!?」

 

「うん、新しく出たやつだよ!」

 

 あれ、こいつ一応体重減らすために走ってたんじゃないのか?

 

 

「食べたかったんだよねえ! 一口ちょうだ―――、ってうわあ!」

 

「雪穂の言葉を忘れたのですか!? そんなアイドル見たことないと!」

 

「大丈夫だよ! 朝ごはん減らしてきたし、今もほら、走ってたし!」

 

 うん、こいつ何も分かってないな。あれだけ走ってもお菓子なんてものを食べればすぐ無意味になるというのに。カロリーというのは摂取するには簡単だが、消費するには苦労するのが世の常だ。

 

 

「……どうやら現実を知った方が良さそうですね」

 

「現実……?」

 

 そう言って海未が取り出して来たのは、穂乃果達が初めてファーストライブをした時に着た衣装だった。

 いやそれどこから出してきたよ。

 

 

「ファーストライブの衣装……なんで?」

 

「いいから。黙って着てみてごらんなさい」

 

「ええ~」

 

 黙って生徒会室を一旦出ていく海未にもちろん俺も着いて行く。この園田という少女、中々に惨い事をしやがるぜ……。

 

 

「私の目が間違ってなければ、これで明らかになるはずです。穂乃果の身に何が起きたのか」

 

「穂乃果ちゃんの……身に……!」

 

「いや、深刻そうな雰囲気になってるけどちょっと体重増えただけだよね? 少しお肉付いちゃった~的な感じのノリだよね? 何でシリアス風になってんの?」

 

 直後に、生徒会室の中から穂乃果の悲鳴が聞こえた。

 これはおそらくあれだろう。前に着れていたはずの衣装が、今では着れなくなっているという事実に打ちひしがれているに違いない。穂乃果、哀れなり。

 

 

「おお……これは大ダメージというか何というか……もはや瀕死状態では?」

 

「う、うぅ……っ……」

 

 再び生徒会室に入ると、穂乃果がイスに座りながら項垂れている。見事に撃沈していた。

 それと机に置いている畳まれた衣装はさっさと回収してほしい。たった今の今まで女の子が着ていた(正確には途中で着れなかった)服が無防備な形で放置されているというのは、健全な男子高校生にとって刺激が強いのです。

 

 “女の子の脱ぎたての服”というワードが放つ圧倒的オーラと危機感を女の子はもっと覚えるべきだ。ちなみに“男子の脱ぎたての服”というワードが放つ圧倒的むさい感も凄い。絶対臭い。

 

 

「穂乃果ちゃん、大丈夫っ?」

 

「ごめん……今日は1人にさせて……」

 

「き、気にしないで! 体重は増えたかもしれないけど、見た目はそんなに変わってな―――、」

 

「ほんと!?」

 

 食い付きすぎだろ。どんだけ希望持ちたいんだ。さっきの衣装着れなかった時点で大体お察しなの分からないのか。

 いや、実際ことり言う通り、見た目自体は何も変わっていないように見える。体重が増えたと言われても全然違和感ないレベルだ。

 

 

「え!? えっとぉ……」

 

「気休めは本人のためにはなりませんよ! さっき鏡で見たでしょう! 見たんでしょう!?」

 

「う、うわあああああああ!! やーめーてー!!」

 

「さすが海未だ。容赦という言葉を知らない」

 

「何か言いましたか」

 

「イエナニモ」

 

 いらない飛び火は喰らいたくない。ただでさえ生徒会の手伝いというとんでもない飛び火を喰らっているのに、これ以上海未からお仕置き喰らうのは勘弁だ。穂乃果には犠牲になってもらおう。

 

 

「ともかく、体重の増加は見た目はもちろん動きのキレをなくし、パフォーマンスに影響を及ぼします! ましてや穂乃果はリーダー。ラブライブに向けて、ダイエットをしてもらいます!!」

 

「ええ~!?」

 

 ダイエットねえ。まあ正当な判断だろう。せっかく最終予選まで進んだμ'sのリーダーが、挙句の果てに体重が増えたせいで衣装着れなくなりましたじゃ格好がつかなすぎる。

 

 

「仕方ねえだろ? 自分でもやばいと思ったんならどうにかしないと。それともそのままでいいやとかなんて思ってないよな?」

 

「うぅ……それは、分かってるけど……」

 

 あからさまにしょぼんとしているが、ここは心を鬼にしなくてはならない。

 ところでどれくらい体重増えたのだろうか。見た目自体は何も変わってないように見えるから、精々1か2くらいか? 

 

 

「仕方ありません。切り札を使うとしましょう」

 

「切り札? そんなのあるのか」

 

「何々!? すぐに痩せれる方法!?」

 

 途端に目をキラキラ輝かせている穂乃果だが、そんな方法があったら世界の誰もがすぐに痩せてるだろ。軽い現実逃避してんな。

 

 

「ところで拓哉君。ここは男性としてのあなたに聞きたいことがあります」

 

「なんだいきなり」

 

 海未の切り札なるものが俺も気になってたから早く聞きたいのに、話を振られてしまった。果たして何か関係があるのだろうか。

 

 

「拓哉君的には、“太っている女性”と“そうでない女性”。どちらがお好きですか?」

 

 あまりに唐突な質問で一瞬戸惑ってしまった。

 何故今このような質問をしてきたのか。

 

 

「え、何でそ―――、」

 

「どうなんですか?」

 

 近い、近いよ。あと怖い。

 気付けばことりも真剣な眼差しでこちらを見ているし、穂乃果に至っては俯いて表情は見えないが完全に耳を澄ましてるように大人しくなっている。

 

 

「ん、んー。個人的に好きになってしまえばどっちでもいいけど、やっぱ健康面で言うと太ってない方がいいよなあ。単純に俺の好みでもあるけど」

 

「よしダイエットしよう」

 

「私絶対このままを維持するよたっくん」

 

「私に限って太るなどという事は一切ありません」

 

 決断早いな穂乃果。そしてことりの宣言と海未の発言は何なんでしょうか。穂乃果がメインの話だよね。いきなり2人の私情入ってきてません?

 いやまずこれが切り札だったのか海未よ。

 

 

「穂乃果も決心したようですし、一旦部室に行きましょう。みんなに現状を報告しなくてはなりません」

 

「なあ、さっきのが切り札だったのか?」

 

「そうです。ここは元が女子校だった故に、男子の事をさほど気にしていない側面も少なからずありました。ですので一般男性からのこういう意見や見方は女子校の価値観に縛られている側からすれば大変良い刺激になると思ったのです。決して穂乃果を利用して拓哉君の好みを少しでも聞こうとしたのではありません」

 

「お、おう……?」

 

 何かそれっぽい事言ってるけど最後のは何なのだろうか。言う必要あった?

 俺の好み聞いたところで君ら基本へえとしか言わないじゃん。

 

 

 何だか腑に落ちないまま、俺達は部室へ向かう事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「収穫の秋! 秋といえば、何と言っても新米の季節です!」

 

 部室に入ったらいきなり目の前に巨大なおにぎりが現れた。

 何を言ってるか分からねーと思うが、俺も何を見たのか正直目を疑った。とにかくでかいおにぎりを持っている花陽がいた。

 

 

「今日はいつにも増して大きいにゃー!」

 

「まさかそれ1人で食べるつもり?」

 

「だって新米だよ!? ホカホカでツヤツヤの、これくらい味わわないと! あー、ん?」

 

 巨大おにぎりを見て羨ましそうに見ているのは当然穂乃果であった。

 

 

「美味しそう……」

 

「食べる?」

 

「いいの!?」

 

「いけません!」

 

 さっきの決意はどこいった。ブレるの早いなオイ。

 せめてもう少し逡巡しろよ。

 

 

「これだけの炭水化物を摂取したら、燃焼にどれだけかかるか分かってますか!?」

 

「うぅ……」

 

「どうしたの?」

 

「まさかダイエット?」

 

「ちょっとね……最終予選までに減らさなきゃって……」

 

 確かにこんだけでかいおにぎり食ったらとんでもないだろうな。穂乃果は辛いが頑張ってもらわないといけない。……その前に我慢を覚えさせないとか。

 

 

「それは辛い! せっかく新米の季節なのに、ダイエットなんてかわいそう~。あむっ……」

 

 穂乃果の目の前で美味そうにおにぎり頬張るとか何気に鬼かこいつは。米好きにもほどがあるだろ。

 

 

「さあ、ダイエットに戻りますよ」

 

「酷いよ海未ちゃん!」

 

「仕方ないでしょう! かわいそうですが、リーダーたるもの、自分の体調を管理する義務があります。それにメンバーの協力もあった方がダイエットの効果も上がるでしょうから」

 

「はむっ……ん、確かにそうだけど、これから練習時間も増えるしいっぱい食べなきゃ元気出ないよ~!」

 

 花陽は食べ過ぎだと思うのは気のせいだろうか。俺でもあれを食べるのは一苦労しそうなのに、今も幸せそうに頬張っている。何というかハムスターみたいに見えてしまう。ちくしょう可愛いな!!

 

 

「それはご心配なく! 食事に関しては私がメニューを作って管理します。無理なダイエットにはなりません」

 

「何だったら家も近いし俺が穂乃果の家に行って海未のメニュー料理を作ってもいいしな」

 

「でも食べたい時に食べられないのは~あむっ」

 

「……、」

 

 ひたすらモグモグ食べている花陽を凛と真姫は不審そうに見ている。

 ……いやいや、そんなまさかな。

 

 

「かよちん……」

 

「気のせいかと思ってたんだけど、あなた最近……」

 

「?」

 

 

 

 

 数分後。

 花陽の悲鳴が部室内に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついでに言うと、ダイエットするメンバーが1人増えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?


前回と同じギャグ回でありながら真面目もある回ですね。
ダイエット編では穂乃果と花陽がランニングしてる時の息遣いだけで意思疎通している部分が好きです。穂乃果の吐息にかかりたい。

いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!




何だかんだ2期も折り返し地点まで来ている事に気付いた人はどれだけいるだろうか。


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110.意外な真実

 

 

 

 

 

 

「まさかこんな事になっていたなんて……」

 

 

 

 

 

 屋上で絵里が呆れた風に言った。

 

 

 

「まあ2人とも育ち盛りやから、そのせいもあるんやろうけど」

 

 メンバーも全員揃い、屋上に行けば穂乃果と花陽が地面に膝をついて落ち込んでいた光景を見た3年組に一応事情説明はした。

 ダイエットするメンバーが1人追加されたのは俺も予想外だったが。

 

 

「でもほっとけないレベルなんでしょ?」

 

「まあな。家で和菓子や隙あらばスナック菓子食ってる穂乃果に、白米という炭水化物が好物な花陽だからなってしまった事案みたいなもんだ」

 

 お気の毒だが自業自得。

 スクールアイドルで最終予選まで進んだグループの一員なんだから、そこらへんはもうちょっと意識してやってほしいレベルで食いまくってるからなこいつら。

 

 

 そんなわけで、我らがμ'sのまとめ役の1人として超真面目筆頭な海未の楽しい楽しい(厳しい厳しい)ダイエット訓練が始まろうとしていた。

 

 

「これが今日からの2人だけの限定メニューです」

 

 海未の手には分厚い紙束が握られ、その一番前には『ダイエット~ギリギリまで絞るプラン~』と書かれている。

 わ~お、2人分のプランだとしてもあの厚さは普通じゃないってのが一目見て分かっちまうな。

 

 

「一応手伝いとして拓哉君の分まで印刷しているのでこれを」

 

 あ、やっぱ俺も手伝わされるのね。これもアイ研として大事なことだし手伝うけど。

 海未に渡されたプランをペラペラ捲っていくと、まあ海未が考えるだけあってそれなりの事が色々書かれていた。

 

 

「うぇ~、夕飯これだけ!?」

 

「お米が……」

 

「夜の食事を多く摂ると体重増加につながります。その分、朝ご飯はしっかり食べられるのでご心配なくっ」

 

 うっわ、良い笑顔してはるわあの園田さん。悪魔の微笑みとはまさにこのことか。

 

 

「何か失礼なこと考えましたか拓哉君?」

 

「はっはっは、何を言っているのか分からないぞ。俺がそんな事思うはずないだろ海未ー」

 

 心読んでくるのやめろ。ほんとに悪魔かあいつは。あの微笑を見ると体がビクッてなるから勘弁してほしいであります。

 

 

「頑張るしかないよ穂乃果ちゃん……」

 

「そうだね……」

 

 穂乃果はまだしも、大好きなお米が食べれなくなる花陽はもっと辛いのに何て良い子なのだろうか。ちょうど新米の季節なのに大好物を食べられないのは相当な苦痛になるだろう。

 

 

「でも良かったよ! 私と同じ境遇の……仲間が1人いてくれて!」

 

「……仲間……?」

 

「……目、逸らした?」

 

 何か良い感じふうに言ってるけどそんな境遇の仲間はいらないと思うぞ。俺もいらない。

 屋上で謎な空気が広がったと思った矢先、普段なら誰も来ないはずの屋上のドアが開かれた。

 

 

「あの~、今休憩中ですよね……?」

 

 見ると、そこには3人の女の子が色紙っぽいものを持って立っている。

 リボンを見るに1年か。

 

 

「まあそんなとこだ。それで、何か用か?」

 

 手伝いの身として一応俺が率先して聞いてみるが、その子達はもじもじしながら口を開く。

 

 

「あ、あの……良かったら、サイン頂きたいんですけどっ……」

 

「あん? サイン……?」

 

「たくちゃん威嚇しないの。ごめんね、この先輩口調がちょっとキツイだけだから」

 

 え、別にキツくしたつもり一切ないんだけど。そんなキツく聞こえた? 普段慣れてるヤツらばかり相手してるからそういう口調になってたりとか? だとしたらちょっと傷付くぞ泣いちゃうぞ。

 

 

「えっと、それであなた達は?」

 

「あ、すいませんっ」

 

「私達、ずっとμ'sが好きだったんですけど、この前のハロウィンライブ見て感動して!」

 

 ほう、あのライブを見てくれたのかこの子らは。それで勇気出してここまで来てくれたのか。

 同じ学校の生徒に言われると嬉しさがまた違ってくるな。

 

 

「ありがとう、嬉しいわ。どう、穂乃果?」

 

「もちろん! 私達でよければ! いいよね、たくちゃん!」

 

「いいんじゃねえか? こうやって身近に自分達を応援してくれる人たちがいるってのは良いモチベーションになるしな」

 

 次々とサインが書き足されていく色紙を見て思う。こいつらいつの間に自分のサイン決めてたんだ……。いやいいんだけど。

 9人分のサインを書かれた色紙を女の子達は嬉しそうに抱きしめている。うん、これも良い刺激になりそうだな。

 

 

「ありがとうございます!! 実は私、園田先輩みたいなスタイルに憧れたんです!」

 

「そ、そんなスタイルだなんて……」

 

 確かに、プロポーションはノーコメントでいかせてもらうが、海未は家でも色んな習い事をして体を動かしてる分、他のメンバーよりもバランスはいいのかもしれない。まあ、あの園田家だしな。

 

 

「私、ことり先輩のスラッとしたところが綺麗だなって!」

 

「全然スラッとしてないよ……」

 

 分かる、分かるぞ1年少女よ。ことりはもう非の打ちどころがないほどの天使だからな。そりゃもうスラッとして当然よ。謙遜しながら照れてるところも素晴らしい。写真撮って家に保存しておきたいレベル。

 

 

「私は穂乃果先輩の……!」

 

「の!?」

 

「……あー、元気なところが大好きです!」

 

「あ、ありがとう……」

 

 完全に気を遣われているでござる。俺から見ても見た目の変化は分からないが、同じ女子目線から見れば分かるものなのだろうか。ここが男子と女子の違いか……。

 

 

「……それと私、実は岡崎先輩にも憧れてるんです!」

 

「……はい?」

 

 いきなり思わぬところから振られてしまって変な反応してしまった。赤茶っぽい髪を真ん中分けにした女の子、髪型が似てるせいかどことなく雪穂っぽい雰囲気がある。

 振り返ればさっきとは違ってキラキラした目で俺を見ている。何だこの子、心理掌握(メンタルアウト)の使い手か。学園都市第五位か、目にしいたけできてるぞ。

 

 あとちょっと周りの空気が張りつめたような感じになったと思うのは気のせいですかね。

 

 

「えっと、何で俺……? μ'sの手伝いだから直接関係があるわけじゃないし、何かした覚えもないんだが……」

 

「μ's復活ライブの時も見てましたから! 岡崎先輩のおかげで復活できたって!」

 

「……あ、あー」

 

 そういやあの時音ノ木坂の生徒はほぼ全員来てたんだっけか。その時この子達もいたとなれば納得できる。というより生配信で放送されてた上に、今でもその時のライブの映像はネット上に残っている。ライブ映像なのに関係ない人物がいきなり映り込んだのは多分俺だけかもしれない。

 

 

「他の人からも岡崎先輩のこと色々聞いて、今までどんな事をしてきたかとか、そういうの含めて憧れました!」

 

「いや、それはまあ悪い気はしないけどさ、憧れる要素は特にないと思うんだけど……」

 

「私、今はバスケ部のマネージャーをやってるんですけど、岡崎先輩みたいにもっとみんなを支えられるようになりたいんです! どうすればなれますか!?」

 

 めっちゃグイグイくるなこの子……。元女子校の部活にもマネージャーなんていたのか。

 ……んー、まあ、答えないわけにはいかないよなあ。

 

 

「あー、や、そのーだな……。別にそのままでいいんじゃないか?」

 

「……え? そのまま、ですか?」

 

 こっちが驚くくらいキョトンとしてるな。まあ頼りにしてくれたのに現状のままでいいなんて言われたら大体の人はそうなるか。

 

 

「おう。つうかもうそれだけの気持ちがあるなら変わる必要なんてねえさ。“みんなを支えたい”。そう思ってるんだろ? ならそれだけでいい。自分の気持ちに素直に従って自分のわがままを貫き通せばいいんだよ。誰かを支えたい、誰かを救いたい、そんなありがた迷惑なお節介を恥ずかしげもなく言えるなら、他の誰のためでもない、自分のために動いてるだけでみんな分かってくれるはずだ」

 

「……、」

 

 あれ、何か固まっちゃったよこの子。ポカンとした目でこっち見ながら硬直してるんだけど。メドゥーサになったつもりもハンコックになったつもりもないんだけど。どっちも俺と性別違ってたわ。

 

 

「あー、またやっちゃったよたくちゃん」

 

「もはや病気ですね」

 

「感染症とも言うよね~」

 

「ああやって被害者が増えていくのね……」

 

「いつもの通常運転やけどねえ」

 

「呆れを通り越して殴りそうなんだけど」

 

「さ、さすがです……」

 

「何かずるいにゃ~……」

 

「うちの病院来ても治せないわねアレは」

 

 悲報、ワイ、μ'sメンバーから酷い罵詈雑言を浴びせられる。

 酷くない? 聞かれたから答えただけなのに何故病気とか言われないといけないのか。猛抗議したい。した瞬間袋叩きされそうだから絶対しないけど。

 

 

「……ぁ、ありがとうございます! その言葉、忘れずに頑張ります!」

 

「お、ぉーう……」

 

 言い終わる前にその子は走って去って行き、あとの2人もお辞儀してから慌てて出て行った。

 おかしい、変な事は言ったつもりないんだけど。

 

 

「ふふっ、でもたくちゃん、1つ確かなことは分かったね!」

 

「確かなこと? 何か分かったか今ので。お前らの言葉で拓哉さんは今メンタルクラッシュしてるんですが」

 

「私達を応援してくれる人達も、たくちゃんを認めてくれてるってことだよ!」

 

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

 

 

 

 

「……バーカ。たった1人だけだろ。あんなふうに言ってくれたのは。いや、3人か? でもあの子しか言ってくれなかったしなー」

 

「でも1人は確かに認めてくれてるって分かったでしょ!」

 

「……うっせ」

 

「にひひ~、照れてる照れてる~!」

 

 こんのヤロウ……ここぞとばかりに俺をおちょくりにきてやがる。

 いいだろう。最大に調子乗ってる今こそ、最低にテンションを下がらせてやろうではないかこの小娘がァ!!

 

 

「おーそうだなー。なら俺ももっと頑張らないとだよなあ穂乃果!」

 

「そうだーそうだー! たくちゃんももっと認められるようになろー!」

 

「よーし、じゃあさっそくお前達の体型を元に戻せるようにダイエット作戦を始めないとだよなあ?」

 

「そうだそ……oh……」

 

 見事にテンションが逆転したなこいつ。

 俺をからかうなんて5年早いわバーカバーカ!!

 

 

「さあ海未よ! さっそくこのバカと花陽にダイエットさせようではないかあッ!!」

 

「盛り上がってるとこ申し訳ありませんが、まず生徒会室に戻って書類を整理してからです」

 

「あっ、はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういや生徒会の仕事も手伝わないといけないんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?


意外とあのライブ映像を見た人が岡崎をどう見ているのかは書いていませんでしたので、ここで書いてみました。
もし誰かが自分と同じように誰かを支える立場にいたらどう見えるのか。そして聞かれたらどう答えるのか。
そこは変わらずの主人公。いつだって自分の見たい最高なもののために、ですね。

ダイエット本編は次回です。
あの息遣いだけのシーンを入れたいけどどうしようか、と悩んでますよ~(笑)


いつもご感想高評価ありがとうございます!!

では新たに高評価(☆10)を入れてくださった


ピポサルさん

こちーやさん

計2名の方からいただきました。久々の高評価(☆10)にテンション上がりました!!ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!



気付けば感想も600後半……目指せ700。


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111.誘惑

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりみんなそう思ってたんだね~……」

 

 

 

 生徒会室へ行く道中で穂乃果が明らかに落ちたトーンで呟く。

 

 

「そんなことないよ。さっきのはたまたまじゃないかな?」

 

「たまたまであんなあからさまに憧れてる先輩への言葉を濁すか?」

 

 ことりの必死なフォローも拓哉の言葉でいとも容易く打ち消されてしまう。

 むしろそういうフォローが何気に本人を1番傷付けてしまう可能性もあるのだ。

 

 

「これでよりやらねばと思えたでしょう?」

 

「人間はそんな簡単にできてないよ……」

 

「特に穂乃果はそうだもんな」

 

 海未と拓哉の容赦のない洗礼により余計うなだれてしまう穂乃果。

 溜め息を盛大に吐きつつも生徒会室に辿り着いたのでさっそくドアを開ける。

 

 

「……え、何これ!?」

 

 生徒会の仕事をしているにつれ、教室にある机と同じように見慣れてしまったテーブルの上には、これでもかというほどの書類やファイルが積まれていた。

 

 

「そろそろ予算会議ですからね。各部から予算の申請が集まっているんです」

 

「こっちはことりと拓哉君に整理してもらいますから、私と穂乃果はそれを処理しますよ」

 

「うぇ~、こんなに……」

 

 自らの手の上に乗せられた書類を見て思わず文句を垂れるが、今更なので海未も相手しない。むしろ本来なら生徒会長の仕事なのに副会長も手伝うと言っているのだから感謝すべきではあるが。

 

 

「俺はことりと一緒にこの書類どもを整理するだけでいいのか?」

 

「はい。μ'sの練習もあるので出来るだけ早く終わらせるためにスピードと効率を上げたいのです」

 

「頑張ろうね、たっくん」

 

「ま、こんくらいなら全然マシだな」

 

 いったいどれだけの重労働を迫られるのだろうかとヒヤヒヤしていた拓哉であったが、蓋を開けてみれば何とやらである。

 実際、生徒会の仕事とは普段そういう仕事をしている者でしか分からない事ばかりなのだ。だから生徒会の仕事とやらをあまり分かっていない拓哉へ変な仕事を任すことはできない、というのが本音だろう。

 

 んじゃまやりますかー、と軽く意気込んだところでドア付近から声がかかった。

 

 

「あのー、すみません。美術部なんですけど」

 

 入ってきたのは名乗ったとおり美術部の部員であろう女の子だ。

 その手には何やら書類らしきものを持っている。

 

 

「急いだ方がいいと思って、直接予算申請書を持ってきました」

 

「あっ、ありがとー」

 

 ここでようやく拓哉は少女が持っている紙が予算申請書だということを知る。

 部活動をするうえで必要になるであろう希望額を書いて提出する。ということなのだが、実際のところ拓哉はこれまで部活に入ったこともないのでどういうシステムなのかも知らない。

 

 そういえばにこが最近予算がどうのこうのと1人でブツブツ言っていた記憶があるが、何をどう計算して希望額を決めているのかもよく分かっていなかったりする。

 

 

「はい、問題ありません。ありがとうございます」

 

「じゃあお願いします」

 

 本来部外者である拓哉の理解が追いついていない場所で話はいつの間にか終わっていた。

 これはもし自分が生徒会に入る羽目になっていたら、面倒事が余計増えそうだと予測して頑なに拒否して正解だったようだ。

 

 

「はいことり」

 

「うん」

 

「さあ、作業に戻りましょう。拓哉君も整理に戻ってください」

 

「おーう」

 

 軽いやりとりをこなしようやっと手を動かしていく。

 生徒会に入っていないからこそ、そういう仕事がどういう役割で、どれほどの責任があるのか。

 それをイマイチ理解できていなかった時点で。

 

 

 

 

 ここで岡崎拓哉は、1つの見落としをしてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とか生徒会の仕事も一段落し、いつもの部活動へ戻る。

 

 

 

 

 

 

 ここは神田明神。

 いつもμ'sが使っている貴重な練習場所の一つである。

 

 

「「「「「すごーい!!」」」」」

 

 7人の少女と1人の少年が日陰でノートパソコンを覗いている。

 スクールアイドル専用サイトで、ラブライブに出るためのPVやライブ映像を投稿しているページ。そこからは自分達が1番最近歌った曲が流れている。

 

 

「凄い再生数ね!」

 

「A-RISEに強力なライバル出現……」

 

「最終予選は見逃せないって」

 

 時々自分達の投稿した動画がどれだけ再生されているか、どういったコメントが残されているかなどの確認をするために見るのだが、反響は予想以上であった。

 

 

「どうやら今までの自分達のスタイルでやって正解やったみたいやね」

 

「よぉーし、最終予選も突破してやるにゃー!」

 

「やる気も上がったみたいだな」

 

 相手はあのA-RISEだという事実だと分かっていても、これだけの反響があればつい意気込んでしまうのも無理はない。というより、モチベーションが上がるのならそれに越したことはないのだ。

 

 

「それまでに、2人にはしっかりしてもらわないとね」

 

 絵里の視線につられて階段の方へ視線をやる。

 するとまるで示し合わせたかのように、階段ダッシュを終わろうとしていた穂乃果と花陽がヨレヨレになりながらも上がってきていた。

 

 これでもかというほど息を切らしているダイエット少女らは、それでもこのクソったれな厳しい現実に対して口を出すしかない。

 

 

「はあっ……はぁ……なに、これ……」

 

「この階段っ……こんな、キツかったっけ……」

 

 ぜひゅーぜはーと、女の子には似つかわしくない息遣いが聞こえるが、そんなのに気を遣えるほどの余力も残っていないのが目に見えて分かる。見たことないぐらいに顔が険しくなっている。

 

 

「アンタ達は今、体に重り付けて走ってるようなもんなのよ。当然でしょ」

 

「はい、じゃあこのままランニング5キロ、スタート」

 

「おぉふ、容赦ねえー……」

 

 あまりにも無慈悲な海未の言葉に、珍しく何も罰せられていない拓哉ですら心の声が漏れ出てしまう。

 これだけ疲れているという言葉が似合う顔をしているのに、むしろまだまだ行けるだろという海未の特別おかしいド根性魂が見事に炸裂している。

 

 

「ええー……!?」

 

「早く行く」

 

 せめてほんの少しの慈悲をという視線を2人が送るも、やはり大和撫子魂には届かない。

 思わず心で2人に合掌を送る拓哉であった。

 

 

「何してるんです。さあ早く!!」

 

「う、うぅ……」

 

 中々訴える視線を止めない2人に海未は、まるでそれが想定内とでも言うかのように落ち着いている。

 そして、ある意味において爆弾投下発言をした。

 

 

「ちなみに拓哉君の好みは健康的な体型の女の子です」

 

「ぐっ……海未ちゃんの鬼ー!!」

 

「うぅ……戻してみせます……」

 

 言った途端、穂乃果と花陽は文句やら決意を吐き出して走り去っていく。

 2人が見えなくなって、もちろん海未の言ったことに疑問を抱いた少年は直接聞くことにした。

 

 

「なあ、俺は一般的な男性の意見として言ったことなのに何で俺の好みがそれだって確定みたいに言っ―――、」

 

「切り札です。それ以上の詮索は許しません」

 

 何者にも有無を言わせないほどのオーラを海未が纏っている、ようにも見えた拓哉はそっと口を閉じた。

 まだまだ若い高校生だ。長生きはしたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、神社にてちょっとした少女達の絶対太らないでおこう決心が密かに進んでいる中。

 

 

 

 

 ここで元凶のダイエット組2人へ視点を変えてみようと思う。

 意味のある茶番があるように、意味のない茶番もあるように。

 

 

 誘惑にひたすら弱い2人の少女のヘンテコなドラマ(ただしバッドエンド)があるからだ。

 

 

 

「ふっふはっはっ」

 

「ふっふはっはっ」

 

 かくして。

 見事に園田流地獄ダイエットメニューをこなしている最中の2人が、リズムよく息を吐いては吸ってを繰り返しながらランニングをしている。リズムが乱れやすい階段とは違って、ただの平坦な道ならば2人もまだ疲れ自体は来るのが遅いようだ。

 

 ペースも2人揃って一定を保っている。これならまだ何とかなりそうな雰囲気ではあるが、やはりそれだけ平和に終わるなんてことは一切なく。

 よりによってμ'sのリーダーがある看板を目にしてしまう。

 

 それを見てしまったが最後、穂乃果は進んでいた足をそのまま後ろへ巻き戻すかのように看板のある店の間で止まる。

 隣から同じ呼吸音が聞こえなくなった花陽は後ろへ振り返る。

 

 

 そこにあったのは。

 穂乃果と、穂乃果が指さした方向にある店。少し詳しく言うならば。

 

 

 定食屋『GoHAN-YA』。

 

 

 

「はっはっはぁっはっ?」

 

「はぁっはっふっふぅっ」

 

 いまだに疑問の視線を向けてくる花陽に穂乃果はご丁寧に手を差し出し、それが何であるかを分からせてしまう。

 

 

「ハッ!? はぁ~……ぅぅぅッ! ふっふっふ!!」

 

『ご飯大盛り無料』という張り紙を見て目をキラキラ輝かせるが、すぐにダメだと判断して腕をクロスさせてジェスチャーをする。

 そうだ。自分が好意を寄せている少年は太っている女の子ではなく、健康的な女の子が好みなのだ。

 

 なら、そのためならば、今は愛してやまないご飯さえも我慢してみせよう。

 

 

「ふぅ、ふぅっふっふ~」

 

「はっはっは、ふぅぅぅ~!!」

 

 傍から見れば何をしているのかさっぱり分からないが、これでも2人の会話(?)は成立しているらしい。

 というかだ。μ'sのリーダーでありながらダイエットする羽目になり、挙句の果てに同じ境遇の仲間にちょっと寄ってちょっとご飯食べるだけだから一緒に行こうぜという、とてつもない悪魔的行為をしているこいつは何だと。

 

 

「ふっふっふぅぅぅううう!! ふっふァァァあああああ!?」

 

 あまりにしつこい穂乃果の誘いを何とか振り切ろうと、いっそ走り去るようなかたちで駆け出そうとした花陽だが、無念なことにそれは憚れることになった。

 いらない時にまで誰かの気持ちを察するカリスマ性をバカが発揮してしまった事によって。

 

 

「ふふふふふ、ふぅ~」

 

 不気味に笑いながら切り札と言わんばかりに穂乃果の指さした方へ視線を向ける。

 向けてしまう。

 それがダム決壊となった瞬間になるように。

 

 

 

『黄金米』。

 

 

 

 小泉花陽の我慢が粉微塵となる理由としては、十分すぎる理由だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ってきまーす!! 行くよ、花陽ちゃん!」

 

「はいっ!!」

 

 

 ダイエットが始まってちょうど一週間がたった。

 今日も今日とて脂肪燃焼地獄ダイエットで悲鳴ばかり聞こえてくる。

 

 

 はずだった。

 

 

「なんか張り切ってんなあいつら。成果でも出てやる気でも上がってんのか?」

 

 拓哉の言う通り、最近の穂乃果と花陽はたまにぶーぶー文句を垂れる時もあるが、その頻度は明らかに減少していた。

 体重が少しでも減っていくのを体重計に乗って見たのかは知らないが、実感や成果が出てきたからモチベーションに繋がるのも何かを成し遂げる時への証拠だ。

 

 

「頑張ってるにゃ~」

 

「順調そうね。ダイエットも」

 

 他のメンバーも見慣れたのか、それともあれだけやる気に満ち溢れている2人を見たからか表情は綻んでいる。

 ただ1人を除いては。

 

 

「そうでしょうか」

 

「え?」

 

 そう言ったのは地獄ダイエットメニューを考案した張本人、海未。

 

 

「どういうことだ?」

 

「この一週間、このランニングだけは妙に積極的な気がするのですが」

 

「気のせいじゃないかな~」

 

「……、」

 

 ことりはそう言うが、さてここで拓哉も疑問に思った。

 海未の言う通りなのだ。屋上や神社での階段ダッシュなどでは文句言いながらヒーヒーやっているが、このランニングだけは笑顔満点でキビキビしている記憶があった。

 

 海未の言った意味をよーく考える。

 ランニングコースを思い出す。確かコースの道中には色々飲食店などがあったはずだ。

 

 そして、2人はいつも5キロのランニングを終える時間だけは遅めだった。

 つまり、岡崎拓哉の中で結論はほぼ出ていた。

 

 

「ちょっと見てきます。拓哉君、着いて来てください」

 

「オーケー」

 

 この瞬間。

 残りのμ'sメンバーは悟った。

 

 普段の拓哉なら着いていく事すら拒否したはずだ。なのに即答で了承した。

 ということはだ。あの2人は確実にクロだろうと。

 

 

 

 拓哉達が曲がり角を曲がる瞬間、絵里達の肩が思わずビクリとざわついた。

 

 

 

 あの少年の顔。

 

 

 

 

 

 なんだか般若のように見えたのは気のせいだろうか???

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ありがとうございましたー、と言い慣れたような軽快な声が店内から聞こえるのを耳にしながら外へ出る。

 

 

 

 

 

 

「いや~、今日も美味しかったねえ!」

 

「見て見て、今日でサービススタンプ全部貯まったよ!」

 

 出てきたのはもちろんクロの2人である。

 この一週間ずっと定食屋に通い、スタンプを見事埋め尽くせたことに喜びを感じている。

 

 

「ほんと!?」

 

「これで次回はご飯大盛り無料!」

 

「大盛り無料!? それって天国~!?」

 

「だよねだよね~!」

 

「「あははははははははは!!」」

 

 さあ、2人で盛り上がっているところ悪いが、もう少し後ろを警戒するべきだっただろう。

 満腹感のおかげで注意力が完全に散漫しているせいか、クロ2人は気付くことができなかった。

 

 

 

 

 もっと深く、漆黒と表現するのも生温いほどの暗黒オーラを放つドス黒い2人の存在に。

 

 

 

 

 

「あなた達」

 

「あはははッ―――、」

 

 笑い声が途絶える。

 絶対に聞かれてはならない。そもそも今ここにいるはずのない声と、その隣にいるもはや顔の原型が整っていないと錯覚させるほどの。

 

 

 

「よお」

 

「「ヒィッ!?」」

 

「順調なんだなって思わせておいて俺達を騙しながら食うメシは美味かったか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼神がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、これまでのダイエットの状況を報告します」

 

「「はい……」」

 

 あれからまた数日。

 あの時鬼神が降臨してから2人は真面目にダイエットに取り組んでいた。と思う。

 

 いつもの部室で途中経過を発表するところである。

 

 

「まずは花陽。運動の成果もあって、何とか元の体重まで戻りました。よく白米を我慢しましたね、偉いですよ」

 

「ほんとぉ!? これも拓哉くんのおかげだよぉ……!」

 

「え、たくちゃん何かしたの?」

 

 花陽がさりげなく拓哉にお礼を言ったが、穂乃果や他のメンバーはそのことを把握していないのだ。海未以外は。

 だから拓哉はいつものようにあっけらかんとしながらスラスラと言葉を並べていく。

 

 

「まあな。米ラブの花陽だ。さすがに米と絶縁させるのはかわいそうと思ってな。海未に相談して許可を貰ったんだよ。玄米か十六穀米は許してやってくれないかって」

 

「げんまい? じゅうろっこくまい??」

 

「花陽の場合は白米の食べ過ぎによる糖質の過剰摂取が原因だったんだ。なら話は簡単で、白米の代わりを用意すればいい。詳しい説明は省くが、要は糖質を抑えれば花陽の場合ほぼ解決するんだ。まあその2つも食べ過ぎはダメだけど」

 

 ともかく、花陽は白米の代用で変にストレスなくダイエットに集中できたと言っても過言ではないだろう。

 元の体重に戻った以上、花陽はこれでダイエットメンバーから離脱になる。

 

 で。

 

 

「次に穂乃果です」

 

「は、はい!」

 

「あなたは変化なしです」

 

「……ええ!? そんなあ!!」

 

「それはこちらのセリフです」

 

 花陽が成功したなら自分もそれなりに減っていると思っていた穂乃果。

 だが実際は何も変わっていない。

 

 

「本当にメニュー通りトレーニングしてるんですか」

 

「してるよ! ランニングだって腕立てだって!」

 

「昨日ことりからお菓子を貰っていたという目撃情報もありますが」

 

「あ、あれは……一口だけ……」

 

「雪穂の話によると昨日自宅でお団子も食べていたとか」

 

「あれは、お父さんが新作を作ったから味見してって」

 

「ではそのあとのケーキは?」

 

「あれはお母さんが貰ってきて……ほら、食べないと腐っちゃうから!」

 

 穂乃果も穂乃果だが、海未の情報収集能力も高すぎるのではと少し自分のプライベートも調べられていないか不安を覚える拓哉。

 それよりも相変わらず穂乃果がつまみ食いをしてる事実が発覚したので再び鬼神が出そうになるのを抑える。

 

 

「何考えてるんです! あなたはμ'sのリーダーなのですよ!」

 

「それはそうだけど……」

 

「本当にラブライブに出たいと思ってるのですか!」

 

「当たり前だよ!!」

 

「とてもそうには見えません!!」

 

 これ以上は拓哉が穂乃果を怯えさせるより海未に任せた方がいいだろう。

 ガミガミ言い合っている2人をよそに、それを見ている凛と真姫はついこんなことを思ってしまう。

 

 

「穂乃果ちゃんかわいそう……」

 

「海未は穂乃果のことになると特別厳しくなるからね」

 

「……穂乃果ちゃんのこと、嫌いなのかな」

 

「それはねえよ」

 

「ううん、大好きだよ」

 

 長年の幼馴染だからこそ分かる。

 あれは愛ゆえの厳しさなのだと。もしも嫌いならまずあれだけ構うことすらしないだろうから。だから、あの2人はこれまでずっと一緒にいれた。

 

 

「穂乃果!! あなたという人はどうしていつもこうなのです! 私だってこんなにガミガミ言いたくないんですよ!!」

 

「そうは見えないけど」

 

「あはは……」

 

「口で怒られてるだけ俺よりマシだろ。俺なんて時々竹刀飛んでくるからな」

 

 聞いてはいけないようなことが拓哉から聞こえたが、それも今更なとこもあるので何も言わないでおく。

 

 

 

 

 そんな時。

 

 

 

 ガラガラとドアが開かれる音がした。

 

 

 

 

 

 

「あの~……」

 

 

 ヒデコだ。

 時々生徒会の手伝いすらもしてくれる、ある意味拓哉より積極的に手伝ってくれる3人の1人が困ったような表情でやってきた。

 

 

 

「どうしたの?」

 

「それが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 問題というのは。

 

 

 

 

 

 

 次から次へとやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?


あの息遣いだけでのシーン、何とかやってやりました。
難しいですよあれは(笑)
さて、上手くいけば次回がクライマックスかな?



いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆10)を入れてくださった


blue breakさん

電伝坊主さん


計2名の方からいただきました。本当にありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!



神の視点で書くのはやはり楽しい。


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112.生徒会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ!? 承認された!?」

 

 

 

 

 ヒデコに呼ばれ急いで生徒会室まで行くことになった拓哉達。

 そこでヒデコに聞かされたのは、拓哉自身はあまりピンと来ていないが本来ならばあってはならない事だった。

 

 

「うん……美術部の人喜んでたよ……」

 

「予算会議前なのに予算が通ったって」

 

 生徒会室で待っていたらしいフミコも困ったようすで答える。

 ここでようやく拓哉も理解した。予算会議があって予算を決める流れが普通のはずなのに、知らぬ間に希望予算が承認されているのだ。おかしいのは明白だった。

 

 

「そんなことあり得ません! 会議前なのに承認なんて……」

 

「ぁ……ぁあ……」

 

 そこで拓哉達はことりの異変に気付く。

 何か紙を持っているらしく、それを確認するためにことりのもとへ駆け寄る。

 

 

「ことりちゃん?」

 

「……こ、これは……どうして承認されてるんです!?」

 

 ことりが持っているのは美術部の予算希望の紙だが、それには判が押されていた。

 

 

「多分……私……あの時……」

 

 拓哉の記憶が正しければ、あの時ことりは海未にその予算申請書を渡されたはずだ。ともすれば、ことりが何らかのミスで承認用の方へ申請書を入れてしまったかもしれない。

 

 

「ごめんなさい……」

 

「落ち込むのはあとだ。とにかく今は美術部のとこに行くぞ」

 

「え、たくちゃんも来るの?」

 

「面倒事は嫌いなんだけどな。目の前でこういう問題が起きてしまった以上、ほっとける訳ないだろ」

 

 岡崎拓哉には生徒会というシステムがどう動いているかよくは分かっていない。間違って承認されてしまったことで、それはあってはならない事だけど、そこまで重要視されるものなのかと思ってしまうほどに。

 

 でも。

 だけど。

 

 だからと言って何もしないほど、自分は関係ないので帰りますなんて言うほど、岡崎拓哉は腐っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー! 今更言われても困るよ! そっちが承認してくれたんでしょ!?」

 

「いや、ですから……あれは間違いで……」

 

「どこかで手違いがあったみたいなんだよ。だからこれは正式じゃなくてだな」

 

 そんなわけですぐさま美術部のいるとこへやってきたが、当然も当然。美術部の部長は不満を隠す気配すらなかった。

 

 

「だったらその時言ってくれればよかったじゃない!」

 

「……、」

 

 美術部部長の気持ちも分かる。

 こちらの不手際でぬか喜びさせたうえに、それがダメだったと部員に言わなくちゃいけないから。部長という立場にいる以上、彼女は彼女自身の守るべき尊厳もある。

 

 ただ。

 

 

「私もうみんなに言っちゃったし、今からダメだったなんて言えないよ!」

 

「…………あん?」

 

「すみません、この件については予算会議の時に話します。今日はこれで。穂乃果、ことり、拓哉君を連れて行ってください」

 

 言い方があまりよくなかったのかもしれない。

 ミスしたのはこちら側だから基本的には何を言われても仕方ないのだが、こちらの話を聞こうともせず強く言ってしまったせいか、唯一の男子生徒のこめかみには一筋の血管が浮いているように見える。

 

 それをいち早く察知した海未がすかさず穂乃果とことりに撤退命令を下す。

 部長の少女が怯えてしまう前にこの思春期やら反抗期が入り混じった少年を回収しなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダイエットや部活も大事だが、何より学校直属の生徒会の仕事はもっと大事であることを忘れてはならない。

 ましてや生徒会が問題を起こしたりしたら尚更。

 

 

 

 

 よって夕陽が生徒会室を照らすころ。

 元生徒会長と元副会長も生徒会室に来ていた。というか呼んだ。

 

 

 

 

 

「面倒なことになったね」

 

「すみません……」

 

「注意しているつもりだったのですが……」

 

「海未ちゃんが悪いんじゃないよ。私が……」

 

「ううん、私が悪いんだよ。仕事溜めて海未ちゃん達に任せっぱなしだったし……」

 

 不穏な空気が生徒会室を蝕む。

 だが明らかに部外者である拓哉がそれを許さない。

 

 

「いつまでもうだうだ言ってんじゃねえよ。ミスしたもんはもう仕方ねえんだから、これからどうするかを考えろよ」

 

「そうは言っても……」

 

「誰のせいだとか、自分が悪いとか、そんなくだらない事でまた罪悪感を抱え込むなよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一度それでみんなを振り回してしまった以上、もう二度とあんなことが起きるのは食い止めないといけない。

 何より、まだ取り返しのつかない状況ではないはずだ。

 

 

「かといって俺は生徒会の仕事やシステムに詳しいわけじゃない。だから自分達で何も思い付けないのなら、この2人に頼るしかない」

 

 いつだって自分のやれることに限度はある。なら自分じゃ補えない部分を補える誰かに力を借りる。それが例えみっともなくても、格好付かなくても、それで解決できるならそれが一番良いに決まっている。

 

 

「絵里、何かあるか?」

 

「……そうね。3年生に美術部OGの知り合いがいるから、私からちょっと話してみるわ」

 

「そうやね。元生徒会長の言うことやったら協力してくれるかもしれないしね」

 

「悪いな、助かる」

 

「すみません……」

 

 これで一応は何とかなると思えた。これでも生徒会長として人望があった絵里ならば何とかしてくれるかもしれない。

 ただ少し腑に落ちないのは、さっきから穂乃果がずっと黙っているのだ。何かを考えているような、真剣な表情。

 

 

 そして、誰かに任せきりで終われない少女がそっと口を開いた。

 

 

「でも」

 

「「?」」

 

「……、」

 

 生徒会室を出ようとしていた絵里と希が止まり、海未やことりも疑問に思いながら穂乃果を見つめ、拓哉は黙って眺めている。

 まるで試しているかのように。

 

 

「私達で何とかしなきゃダメなんじゃないかな」

 

「穂乃果ちゃん……」

 

「自分達のミスだもん。私達で何とかするよ! 今の生徒会は、私達がやってるんだから」

 

「でも―――、」

 

 絵里が何かを言おうとして希に止められる。拓哉もようやっと腑に落ちたのか笑みが零れた。

 そう、あの時のような事にはもうならない。そんな確信さえある。

 

 

 だから。

 

 

自分(テメェ)のケツは自分(テメェ)で拭くってか。上等だ、良いこと言ったじゃねえか穂乃果」

 

「言葉が汚いですよ拓哉君」

 

「細かいことは良いんだよ。それで穂乃果、何か策はあんのか?」

 

「ない!」

 

 高坂穂乃果はいつだって何を言いだすか、何をしでかすか分からない。悪い意味で言えばいつ踏んで爆発するか分からない地雷原。しかし、逆に言ってしまえば、それは誰も思いつかない解決策さえも出してしまうことだってある。

 

 

「だから作るんだよ! 自分達で解決策を! 今私達ができることを全力でやってみせるの!」

 

 何も思い付けないなら、他に頼るという策だってある。現に拓哉はそうした。それも決して間違っていることではない。結果的に問題なく終われるのならそれに越したことはないのだから。

 

 だけど、それでミスを犯した穂乃果達が納得できるかと言われれば、後味はお世辞にも良いとは言えないだろう。自分達の犯したミスなのに、結局誰かに頼ってしまって解決されるのは、何か違うような気がした。

 

 だから作る。

 他の誰でもない自分達で解決策自体を作ってみせる。

 

 

「……やっぱお前はそうでなくちゃな」

 

 岡崎拓哉と高坂穂乃果は似ていないようで似ている。しかし似ているようで似ていない。本質でさえこの2人は似ていると言ってもいいだろう。

 いざとなれば絶対に諦めず何かを導き出し、誰かが困っていたら迷わず手を差し伸べ、迷っている者がいれば道を教え率いる。

 

 

 言うなれば、生粋の主人公気質。

 

 

 そんな2人がたった1つ、異なっている部分を上げるとするならば。

 

 

 2人の前で同じ問題が起きた場合、拓哉と穂乃果は違う解決策を出すことがあるという事。

 同じ答えを出す時もあるが時折異なった答えを出し、どちらが最善かを自問自答し、最善の方へ協力する。

 

 どちらも救いがあって誰も文句は言わない。

 けれど解決したあとの事や問題に関係している者の気持ちを考えると、結末は断然後味の良い方がいいに決まっている。

 

 

 結果。

 今回は穂乃果の案に乗ることにした。

 

 誰かに頼ることも悪くはないが、自分達でどうにかできるならそうした方が気持ち的にも楽になれる。

 穂乃果の案に乗るならば、拓哉も全力でそれに乗っかっていくだけである。

 

 

「悪かったな絵里、希。こっちは俺達で何とかするから、部室で待たせちまってるみんなと一緒に帰ってくれていいぞ」

 

「え、たくちゃんも残るの? それだと何か―――、」

 

「申し訳ないとか思ってんのか? バカ言うな。いつも手伝え手伝えって言ってくるくせに、こういう時だけ何もするなとか勝手な都合押し付けようとしたって無駄だぞ」

 

 余計なお節介も結構。

 それが自分だと言わんばかりに拓哉は笑う。そんな拓哉を、最初にゲームの説明書を見るかのような基本的な事は分かりきっている穂乃果達は今更何を言っても無駄だと察する。

 

 

「さてと、んじゃ始めますか」

 

 

 

 空気は先ほどと違ってガラリと変わる。

 もうここに負の感情を抱いている者はいない。

 

 

 

 

「やるぞー!」

 

 

 

 

 

 ここから始まるのは、逆転劇だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで良し!」

 

「結構量あったな」

 

「終わったの? すごーい!」

 

 解決策を作るにしても、まずは目の前の溜まった書類を整理しなければ作業も満足に進めることができない状況だった。

 ということで分担作業をして拓哉と穂乃果は海未に任された書類整理をこれでもかというほどのスピードで終わらせたのだ。

 

 

「おいおいことり。それはサーバルちゃんのセリフであってかばんちゃんのセリフじゃないだろ? 俺と穂乃果にかかればこんなの余裕さ」

 

「? どゆこと?」

 

「気にしたら負けですことり。どうせアニメのキャラクターでしょう」

 

「よく気付いたな海未。そういうお前にはキタキツネの称号を与えよう」

 

「意味が分かりません」

 

 拓哉の言うことを軽く流しながら海未はペンを動かす。

 整理という単純且つ簡単な作業をしていた拓哉達とは違って頭を使う作業をやっている海未はあまり集中をかき乱されたくないのかもしれない。

 

 

「予算の方も手伝うよ。何すればいい?」

 

「俺も暇になったし、やれる事あるなら手伝うぞ」

 

「まったく、集中すればできるのにどうして毎日少しずつやれないのですか? それと拓哉君にはさすがにこの作業を手伝ってもらうのはダメなので、何か飲み物でも買ってきてくれると助かります」

 

「まあ生徒会の仕事を本来部外者な俺がやると責任問題的にもあれか。仕方ない、素直にパシられますよ~」

 

 言いながら拓哉は出ていく。

 手伝うとは言ったが、それも拓哉のできる範囲でだ。生徒会がやらなければならない仕事を一般生徒がやってもし何かあれば、それこそ問題になってしまう。

 

 そんな事になってはいけないと分かっているから、拓哉は少女達が少しでも楽できるようにサポートしつつ、少女達の好きな飲み物を買いに出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ん? まだ生徒会室の灯りが点いてる……?)

 

 

 

 陸上部の部活も終わり、生徒も全員帰ったと思って校舎内を巡回していた山田博子はまだ明るい部屋を見付けた。

 ちなみに基本陸上部をメインに見ているが、一応彼女はアイドル研究部の顧問でもあり、部費では買えないであろう機材をアイ研のために自腹で買ってまでしている陰の支え役でもあるのだ。

 

 

(生徒会室ってことは、残ってるのは高坂達か)

 

 おそらく生徒会の仕事をしているのだろうが、さすがに時間も時間だ。

 教師としては生徒を早めに帰さなければならない。完全下校時刻を過ぎているにも関わらず残っているとなると、その生徒の両親から何かクレームがくる可能性だって否めない。

 

 

「おーい、早くかえ―――、」

 

 開きかけだったドアの隙間から室内が見えた。

 自然と、言葉が途切れる。

 

 

「海未ちゃん、そっちどう?」

 

「今計算が合いました」

 

「こっちももうすぐ終わりそうだよ!」

 

 声をかけなければならないのに、何故か声が出ない。

 あれだけ集中している3人を見てしまったら、邪魔をしてはならない気さえしてしまった。

 

 

 

「大丈夫ですよ。遅くなったら俺があいつらを家まで送ってくんで」

 

 そこへ、博子もよく知っている少年が4本ほどの缶ジュースを持ちながらヘラヘラとした口調でやってきた。

 

 

「何だ、お前もいたのか岡崎」

 

「ええ。最初は不本意だったはずなんですけど、気付いたら自分から首突っ込んじまってたんで多少のサポートですよ」

 

 3人に気付かれないよう、少し声を抑えて話す。もっとも、普通のトーンで話したところで集中している3人は聞こえないだろうが。

 

 

「お前が送ってくのなら心配はいらなそうだな」

 

「まあ、あいつらも頑張ってるんで」

 

「襲うなよ?」

 

「何てこと言いやがるこの教師」

 

 先生と話しているからか拓哉も隙間から少し覗くようなかたちで室内を見る。

 話しながらも書類から目を離さない3人の少女が映る。

 

 真ん中の少女。普段はおちゃらけた不真面目な生徒会長でさえ、今では普段のμ'sのリーダーとも違う、生徒会長としての顔をしていた。

 ただ、それだけなのに。

 

 

「……、」

 

 あの穂乃果の表情を見ていると、何故か目が離せないようになっていた。

 普段は感じないはずなのに、何故かそれは、拓哉にとって、とても魅力に見えた。

 

 

「もう一度言うが、襲うなよ?」

 

「ッ……!?」

 

 耳元で言われ、何とか声を押し殺してババッと缶ジュースを抱えながら自分の教師から離れる純情少年岡崎拓哉。

 

 

「んなことするか!」

 

「へえほおふーん? 何だ何だ。生徒の色恋沙汰には興味津々な先生だぞオイ。青春してるか岡崎ぃ」

 

「うるせえ! 色恋沙汰や青春なんぞ平凡少年岡崎拓哉にはもっとも遠い位置にあるイベントだぞ! 言ってて悲しいッ!!」

 

「……へえ~」

 

「……何すか」

 

 つい今しがたの拓哉の表情とたった今の拓哉の表情を見た博子は意味深に口角を上げるだけ。

 それに不信感を抱きつつも、疑問が拭えない拓哉が問いただしてみるが、その女性教師はただ笑って静かにこう告げた。

 

 

「青春してんね~」

 

「……、」

 

「まあ、今のお前にはまだ早いかもしれんな。んじゃあたしは行くよ。あいつらをちゃんと送ってやれよー」

 

 背を向けながら手を振って去っていく担任教師。

 結果、拓哉が抱いた感想は、意味分からんの一言だった。

 

 何故穂乃果から目を離せなかったのか、いきなり先生があんなことを言ってきたのか。

 幼馴染で、普段とは違う頑張りを見せる穂乃果に親心的な何かを感じたのか。ぐらいの事しか思いつかない。

 

 ただ言えることは。

 抱いた感情に、これっぽっちも嫌気や嫌悪がなかったことだ。

 

 先生と割とうるさめな会話をしたからだろうか。

 少し肌寒くなってきた季節なのに対して体温が高くなっている気がした。

 

 風邪にならないうちに今日はもう帰るように言ってまた明日続きをしようと提案するために開きかけのドアを開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういえば、先ほど拓哉が穂乃果から目を離せないでいたということに、1つの可能性を見出すとするならば。

 それは。

 

 

 

 

 

 

 見惚れていたという事も十分にあり得るのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日があっという間に過ぎ、予算会議が行われた。

 

 

 

 

 結果的に言うと、問題なく終わることができたらしい。

 

 

「それで予算通ったの!?」

 

「ほんと危なかった~……」

 

「でも上手くいって良かったね!」

 

 問題の解決策だが、勝手ながらすべての部活においての予算希望は果たせなかったが、それでも全部活動で予算希望額の8割は獲得する事ができた。

 生徒数が少ない現状だからこその解決策だったが、それも上手くいって終わり良ければすべて良しだろう。

 

 

「私のおかげなんだから、もっと感謝し―――、」

 

「ありがとーにこちゃーん!!」

 

 ちなみに予算会議だが、拓哉はもちろん参加していない。

 本来部外者の拓哉が部長でもないし生徒会役員でもないのに、参加する方がおかしい話なのだ。

 

 でも、それで確信した。

 いざとなれば自分がいない場所でも彼女達は自力でどうにかできるのだと。

 

 

「そんなのいいからアイドル研究部の予算を―――、」

 

「その前にダイエットです」

 

「あー、そんなのもあったな確か」

 

「それがさ、さっき計ったら元に戻ってたの!」

 

「ほんと!?」

 

「うん! 4人で一生懸命頑張ってたら、食べるの忘れちゃって」

 

 単純で分かりやすい、改めてそう思う。

 でも、だから穂乃果は強い。何か1つのことに集中すれば予想外の力を発揮するだけの資質を持っている。

 

 

「拓哉の言ったとおりね」

 

「何がだ?」

 

 真姫が歩み寄ってきた。

 

 

「4人共、信頼し合ってるんだなって」

 

「ああ、そんなことか」

 

 言われて思い出す。

 数日前に海未は穂乃果が嫌いなのかと。

 

 だから笑って答える。

 

 

「お互い良いとこも悪いとこも言い合って、少しずつでも成長してるんだよ。もちろん、お前らも一緒にな」

 

 真姫とお互い微笑みながら穂乃果達を見る。

 痩せた事でまだパンを食べている穂乃果を追いかけ回してる海未だが、それさえも日常なのだ。

 

 

 

 

 そんなこんなで、今回の問題は解決された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日もパフェ、食べにいく?」

 

 

 

 

 不意に、絵里が問いかけた。

 今日もと言ったところ、昨日も同じ会話が行われたのだと思う。

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうやね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東條希は、儚げにそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


これでダイエット&生徒会編終了です。
次回からは希ファン大歓喜の話ですよ!
最後のフラグは、陰から支えてきた月の少女。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆10)を入れてくださった


カットさん

カブテリモンさん

dolcepさん


計3名の方からいただきました。最近高評価(☆10)を毎回いただけてモチベ爆上げしてます。ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!



ここにきて、色恋の話が出てき始めた。


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113.デリカシーは大事

今回から希編と言っても過言ではない。





 

 

 

 

 

 

 

「それでは、最終予選に進む最後のグループを紹介しましょー!」

 

 

 

 

 

 

 マイクを通して、そこにいる観客にまで十分に届くボリュームでいつかのレポーターがテンション高めに声を張り上げる。

 

 

 

「音ノ木坂学院スクールアイドル、μ'sです!!」

 

 言われたと同時にカメラマンであろう人達のシャッター音がパシャパシャと鳴っている。

 俺達は今、秋葉のとある場所でラブライブ最終予選前の発表会へ来ているのだ。

 

 分かりやすく言うと、試合前のインタビューみたいなものだと思ってくれて構わない。

 ということは、同じ地区予選を勝ち抜いた他のスクールアイドルもいるわけで、当然A-RISEもいる。

 

 そんな中、他のスクールアイドルの紹介が終わり、最後に俺達の学校のスクールアイドル、もといμ'sの紹介が始まろうとしていた。

 ちなみに俺は手伝いということもあって、ステージ脇から腕組みしながら見ている。やり手プロデューサーみたいな気になれてちょっと楽しい。

 

 

「この4組の中からラブライブに出場できる1組が決まります!」

 

 いつかのハロウィンでインパクトしかなかったレポーターが進行をしていく。さすがに最終予選前だからか以前より落ち着いてるなあの人。どっちが素なのかは知らないけど。

 

 

「ではまず最初に1組ずつ意気込みを言ってもらいましょう! まずはμ'sから!」

 

 紹介が終わったと思ったらすぐにインタビューか。こういうインタビューは事前にどういう質問が来るとかは聞かされていないから、基本的にすべてアドリブで言わなければならない。

 さて、穂乃果がどう答えるか。見物だな。

 

 

「は、はい! わ、私達はラブライブ優勝することを目標にずっと頑張ってきました」

 

 うんうん、今のところ問題はない。どのスクールアイドルだってラブライブに出て優勝することが目的なのだ。だから今の発言に問題視される個所はない。穂乃果のことだから何かバカなこと言うんじゃないかとヒヤヒヤしていたが、大丈夫そうだな。

 模範的なコメントだろう。A-RISEが隣にいるのに度胸あるなとかはほっといて。

 

 

「ですので! 私達は絶対優勝します!!」

 

 はい言ったー! 思ったそばから問題発言しちゃったよー! やっぱりただで終わらせるわけなかったよあのバカヤロー! そういうのは心に秘めておくもので大胆に発言するものじゃありませんとあれだけ言ったのに!! ……いや言ってなかったな。

 

 

「あ、あれ……?」

 

「すすすす凄い!! いきなり出ました優勝宣言です!」

 

 観客とかがザワつく中、裏方のスタッフの人達が同情のような視線を俺に送ってくるのが分かる。やめてほしい。何せ今の俺は表面には出ていないが異常なまでの冷や汗が心の中を洪水警報してしまっているのだ。

 

 それを察してか知らずかμ'sの隣にいるグループ、A-RISEメンバーのリーダー、綺羅がチラリと脇にいる俺の方へ意味ありげな笑みを浮かべながら見ていた。やめろ、俺を見るな。悪いのはそこのバカだ。

 

 

「……帰ったら説教だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色んな視線が何故か俺に集まるのを気付かぬ振りしながら、俺は穂乃果へどう説教するかを考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何堂々と優勝宣言してんのよ!」

 

「い、いや~、勢いで」

 

 場所は変わっていつもの部室。

 最終予選ももうそこまで来ているし、そこで何を歌うかなどのミーティングをしようということなのだが、まずはこのバカへの説教が先である。

 

 

「お前の勢いは時々変な方向に行くから心臓に悪いんだよ! 勇気と無謀は違うってことを知らんのか貴様! 分かるか? お前が優勝宣言した時のスタッフから俺に向けられる視線がどれほどのものかお前に分かるのか!? 不敵な笑み浮かべるのが精一杯で内心超ガクブルしてたんだからこんちくしょー!」

 

「そ、それは~、たくちゃんドンマイ?」

 

「……、」

 

「はい拓哉ストップ。バキバキ骨を鳴らして威嚇するんじゃないの」

 

 止めてくれるな絵里。俺はそこのにへら笑いヤローを一発ぶん殴らないと気が済まん。女の子だろうといざとなれば男女平等主義な俺は容赦せんぞ。俺のガクブルを返せ。何ならガクブルファンタジーだったぞ。アニメのジータちゃんは強可愛かった。それはグラブル。

 

 

「でも、実際目指してるんだし問題ないでしょ」

 

「確かに、A-RISEも言ってましたね。『この最終予選は本大会に匹敵するレベルの高さだと思っています』と」

 

「あいつの発言は全部意味深に聞こえるのは何故だろうか」

 

 含みのある言い方をしすぎなんだよなあいつ。あきらかに穂乃果が言ったから自分もそういう風に言おうって思ったに違いないぞ。そのために俺へあんな意味ありげな視線を送ってきたのかもしれない。油断も隙もないな。

 

 

「そっか……認められてるんだ。私達」

 

 まあ、その認識で間違いはないだろう。学院の中に招待されたり、同じステージで踊ったり、何度か話したりしてるし、他のスクールアイドルと比べればあのラブライブ覇者に認められてると言っても過言ではないかもしれない。

 

 

「それじゃこれから最終予選で歌う曲を決めましょう」

 

 いよいよ本題である。

 予選だからといって手を抜くわけには当然いかない。もし手を抜いたらそこでもうチャンスは潰える。何せ、その最終予選にA-RISEがいるのだから。

 

 

「歌える曲は1曲だから、慎重に決めたいところね」

 

「勝つために……っ」

 

「むしろここで全力の本気でいかないと絶対に勝てないしな」

 

 ただでさえA-RISEがいる時点でもはや本戦の決勝と思ってもいいぐらいだろう。東京は有名なスクールアイドルが多いぶん他の地区とは違ってレベルが全体的に高い。だからこの最終予選は本気の本気でいかなければ、勝利は掴めない。

 

 

「私は新曲がいいと思うわ」

 

「おお、新曲!」

 

「面白そうにゃ!」

 

「予選は新曲のみとされていましたから、その方が有利かもしれません」

 

 確かに既存曲と違って新曲なら初めて聴く人もいるし、それだけインパクトも与えられる。既存曲では出せない評価が出せるのは大きいし、悪くない。

 

 

「でも、そんな理由で歌う曲を決めるのは……」

 

「新曲が有利ってのも、本当かどうか分からないじゃない」

 

「それにこの前やったみたいに、無理に新しくしようとするのも……」

 

 しかしここで花陽真姫ことりからの意見が入る。

 うーん、言われてみればこれも一理あるな。理由はともかく、真姫の言う通り本当に有利かは実際やってみなきゃ分からないのも事実だ。

 

 もし新曲をやったとして、その評価が思ったより良くなかったらそれは失敗に終わってしまう。それを考慮するなら、今までで1番評価の高かった既存曲を練習して踊りのキレやブレない歌声を完成させて安定さを狙うのも作戦と言える。

 

 

「たくちゃんはどう思う?」

 

「正直に言うとどっちも作戦としてはありだ。だけど確実な評価を得るなら既存曲……いや、新たな評価を得られる新曲も捨てがたいよなあ……うーん」

 

「拓哉でも迷うのね」

 

「そりゃあな。最終予選と言えどA-RISEが相手にいるんだ。妥協も手抜きも一切許されない。言い方は悪いかもしれないけど、本気で潰しにいくぐらいの思いでやらないと勝てる相手じゃない。ここは慎重に決めるべきだ」

 

「へえ」

 

 絵里が感心したように言ってくるが、俺だって迷う時は迷う。やるべき事とやらなきゃいけない事は違う。やるべき事なら自然に直感として出てくるが、やらなきゃいけない、勝たなきゃいけない事なら話は違ってくるのだ。

 

 油断も隙もない相手だからこそ、すぐに答えを急ぐべきではないと思ってる。

 そう思っていると、希がふと呟いた。

 

 

「例えばやけど、このメンバーでラブソングを歌ってみたらどうやろか」

 

 ほんの数瞬だけ沈黙が部屋の空間を支配した。

 直後に。

 

 

「「「「「「「「ラブソング!?」」」」」」」」

 

 見事に8人がハモッた。

 お前らほんとこういう時息合ってるよな。

 

 

「なるほどぉ! アイドルにおいて恋の歌すなわちラブソングは必要不可欠定番曲には必ず入ってくる歌の一つなのにそれが今までμ'sには存在していなかった!!」

 

 

 花陽がご丁寧にとてつもない早口で説明してくれた。いや、早口な時点でご丁寧ではない。興奮しすぎだ。

 ふむ、そういや今までラブソング的な曲はなかったな。確かにアイドルといえばラブソングみたいなイメージはある。

 

 

「でも、どうして今までラブソングってなかったんだろう?」

 

「それは……」

 

 穂乃果の素朴な疑問にことりが察したようにある1人へ視線を移す。

 そう、μ'sにおいて作詞担当と言えば1人しかいない。我らが作詞ポエマー、園田海未である。

 

 

「な、何ですかその目は!」

 

「だって海未ちゃん恋愛経験ないんやろ?」

 

 分かりきったように言う希。やめたげて、海未はただでさえ照れ屋レベルがカンストしてるぐらいなんだ。その言葉はあまりにも無情すぎる。

 だが、ここで海未は意外な反応をした。

 

 

「何で決めつけるんですか!」

 

「じゃああるの!?」

 

「あるの!?」

 

 え、あんの? 中学のあいだは俺いなかったしまさかと思ったが、穂乃果とことりも驚いてる様子だし、これは疑惑ですねえ。

 

 

「何でそんな喰い付いてくるのですか……!?」

 

「あるの!?」

 

「あるにゃ!?」

 

「あるの!?」

 

「何であなた達まで……!」

 

 めっちゃ詰め寄られてるな。アイドルは恋愛禁止なんてのはよく聞くがまずスクールアイドルだし、それにもし過去に海未がそういう経験をしたとするなら穂乃果とことりは知ってるはずだ。

 ……あれ、何だ。仮の話なのに海未がそういう恋愛経験したって考えると何かイラッとくるぞ。

 

 

「どうなの!?」

 

「答えて海未ちゃん!」

 

「そうだぞ海未! そんなのお父さん許した覚えはありませんからね!」

 

「拓哉君は私の親じゃないでしょう!」

 

 しかし小さい頃から奥手だった海未の面倒を見てきた俺はもうほぼ親みたいなものだと思うんです。いわば海未の保護者。海未の恋愛にはまず俺を説得しないと交際は許しません。

 

 

「海未ちゃん、どっち!?」

 

「そ、それは……ありません……」

 

 その場に崩れ落ちて観念したように言った海未。

 他のメンバーも何だーとか言ってただの冷やかしだったのが分かる。うむ、海未は誰かと付き合ったことはないのか。安心だな。……何でホッとしてんだ俺。

 

 

「もう、変に溜めないでよ~。ドキドキするよ~」

 

「何であなた達に言われなきゃならないんですか! というか穂乃果とことりは分かってるでしょう!? 同じ()()に入ってるのですから!」

 

「海未ちゃんそれを言っちゃ……!」

 

「……あ」

 

「何だ? お前ら3人で何か同盟でも組んでんのか? おいおい、同じ幼馴染なのに俺を仲間外れはないんじゃない? 何の同盟だよ。俺も入れ―――、」

 

「黙りなさい」

 

「はい」

 

 もう即答も即答だった。有無を言わせない圧を感じたよ。多分あれBLEACHで言うと更木隊長くらいある。眼帯ないぶん余計タチが悪い。この話の記憶は一刻も早く忘れたほうが良さそうだ。

 

 

「にしても、今から新曲は無理ね」

 

「で、でも、諦めるのはまだ早いんじゃない?」

 

「絵里?」

 

「?」

 

 何だ、今日はやけに必死だな絵里のやつ。そんなにラブソングが好きなのか。

 

 

「そうやね。曲作りで大切なんはイメージや想像力だろうし」

 

「まあ、今までも経験したことだけを詞にしてきたわけではないですが……」

 

「でも、ラブソングって要するに恋愛でしょ?」

 

「どうやってイメージを膨らませればいいんだろ?」

 

 ラブソング、恋愛か。

 あれ?

 

 

「なあ海未。付き合った経験はないってのは分かったけど、そういやお前好きな人とかはいなかったのか?」

 

「えっ」

 

「いや、ほら。付き合う経験はなくてもさ、好きな人がいたならその片想いな感じを詞にできればラブソングにも近づくんじゃないかと思ったんだけ……ど……」

 

 お、お? 何かやけにみんなの視線が痛いんだけど気のせいかな? もしかして女の子にこういうこと聞くのってデリカシーなかったりするのか。

 

 

「あ、あの……その……好きな人、というのは、えと……いた、というか……むしろ今も昔もゴニョゴニョ……」

 

 海未が何か言っているが照れ屋発症してあまりにも声が小さい。何言ってるか俺にも分からない。おかしい、難聴ラノベ主人公になった覚えはないんだが。

 よし、こうなったらもうやけくそだ。全員道連れにしてやろう。

 

 

「他のみんなはどうだ? 好きな人がいたとか、何なら好きな人がいるでもいいぞ。今は何でもいいから少しでもラブソングを作ることに焦点を当てぼあはぁッ!?」

 

「た、拓哉君はデリカシーがなさすぎますッ!!」

 

 い、いや、俺が悪いのは分かったけど、不意打ちの蹴りがいつもより威力高かったのは何なんだ……。ぐおぉ……危ねえ、気を抜けば思わずリバースゲロリンしてしまうところだ……。

 

 

「そうだよっ。女の子にそういうこと聞くのはダメだよたくちゃん!」

 

「気を付けてねたっくん。2人の時なら聞いてくれてもいいんだけど、さすがにここじゃあ……」

 

「ったく、拓哉には困ったものね……」

 

「このラノベ主人公には一度しっかりお灸を据えてやらないとダメなんじゃない?」

 

「にこちゃんに賛成」

 

「あ、あわわ、大丈夫ですか……?」

 

「ストレートに聞かれると凛でもちょっとにゃあ……」

 

「いつも通りやなあ拓哉君は」

 

 酷い言われようだった。

 男子1人と女の子9人じゃ分が悪すぎる。あ、やっと痛みが引いてきた……。

 

 

「とにかく、今はラブソングのイメージを膨らませるのが大事やし」

 

 希め、俺から目を逸らしやがった。

 

 

「みんな、移動や!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、μ'sメンバーは希の言う通りに移動をしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……いや、誰も負傷者の俺を気遣ってくれないの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?


今回からあの神曲への伏線とのんたん編です。
ラブソングを作るためにメンバーの恋愛経験を出そう→誰の恋愛経験を出す?→やはり歌詞担当の海未だな→結果→岡崎ノックダウン。
これはひどい。
だけどデリカシーないのが悪い。
同盟って何だろうね……(すっとぼけ)


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!




別に、ハーレムでも構わんのだろう?


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114.例えばこんなシチュエーション

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ、あの……受けとってください!」

 

 

 

 ところ変わって学校内の廊下。

 即興で包装して作ったプレゼントみたいな物を持って差し出したのは花陽である。

 

 それをビデオ撮影しているのは俺。先ほど海未から喰らった腹へのダメージがまだ少し残っているが、こういう時こその手伝いの役割と希に言われた結果、俺が撮影係になった。怪我人をもう少し労わってほしい。

 

 

「これでイメージが膨らむんですか?」

 

「そうや。こういうとき咄嗟に出てくる言葉って結構重要よ」

 

 確かに希の言っていることも一理ある。事前に考えて用意されていた言葉も響く人はいるだろうが、空っぽの状態でも必死に紡がれた言葉の方が本心は出ることもある。どちらが良いと聞かれれば、俺も後者と答えるだろう。

 

 

「でも、何でカメラが必要なの?」

 

「そっちのほうが緊張感出るやろ? それにカメラマンが拓哉君なら撮られる方も男の子を意識しやすいしね」

 

「男っていう立場をこれほどまでに利用されたのは今日が初めてかもしれない」

 

「まあ1番は記録に残したほうがあとで楽しめるやろうし」

 

「そっちが本音じゃねえか」

 

 この似非関西弁娘は1つの物事に複数の目的を重ねるのがよほど好きなのか。効率はいいかもしれないが、その目的が目的だから何か腑に落ちない。

 だけどカメラマンの役割のおかげか、本当に花陽から好意を持たれてプレゼントされてる気分になるから悪くはない。

 

 むしろちょっと役得感まである。ちくしょう、世のモテモテ男子はこうやって女の子に告白されまくってんのか。許し難し、リア充撲滅運動キャンペーンを今ここに宣言したい。

 

 

「まあまあ。じゃあ次、真姫ちゃんね」

 

「な、何で私が!?」

 

「ほほう。奥ゆかしい花陽の次にツンデレ姫の真姫とは、中々に良い趣味をしてますのう希さんや」

 

「いえいえそれほどでも。そっちの方が拓哉君も嬉しいやろう? ツンデレ姫に好意を持たれる二次元感を一度は味わってみるのも良いやん?」

 

 こやつ、分かっている。分かっているな。ギャルゲーによくいる奥手な後輩キャラ属性の花陽のあとに、次点でちょっと生意気だけど時々デレを見せてくるツンデレな後輩キャラの真姫とは。あとはいつも元気溌溂で犬みたいに懐いてくる幼馴染キャラがいれば完璧。

 ……あれ、誰かそんなのがいたような。

 

 

「いつの間にか意気投合してるんだけどあの2人」

 

「手を組んだら1番厄介なコンビですからね」

 

「さあ次だ次! 真姫のツンデレ具合をとくと見せてもらおうじゃないか!!」

 

「なんでそんなにノリノリなのよ!」

 

 なんか1番厄介とか聞こえたが聞こえない! 矛盾していると思ったヤツらはちょっと頭が足りてない。世の中には都合の悪い言葉は聞こえないフリするっていう手段があるのだよフハハ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 移動して中庭。

 カメラマンの俺が撮影している眼前にて。

 

 

 

 

 

「はいこれ。いいから受け取んなさいよ! べ、別にあなただけにあげたんじゃないんだから、勘違いしないでよね!」

 

「ぐはぁッ! こ、これが本物のリアルで聞くツンデレ台詞か……あやうく萌え死するとこだったぜ。ぐふぅ」

 

「すでに死にそうに横たわっているのですが、踏んでもよろしいでしょうか」

 

「海未ちゃん最近たくちゃんに容赦ないよね」

 

 ははは、美少女に踏まれて死ねるならそれもまた本望……って待って。ちょっと待って。やっぱ今のなし。なしだから踵落としするのだけはやめてマジ勘弁してください。そんな死に方はいくら何でも本望じゃないから!

 

 

「パーフェクトです! 完璧です!」

 

「マンガで見たことあるにゃー!」

 

「良いものを見せてもらった真姫。俺も誠意を見せて最高の返事をしようじゃないか。まずはハワイへ行こう」

 

「うぇえ!? いや……それはその、まだ早いっていうか……でも別荘あるし別にいつでも行けない事はないけどもにょもにょ……」

 

「ところ構わずプロポーズしないでください。タケシですかあなたは」

 

 おいタケシはやめとけ。あれはプロポーズというか告白だろ。こっちはもう新婚旅行まで考えてるんだからな。何ならこっちのがレベル高い。あとタケシは番外編除けばBWから出てないだろ! 知ってる人いないかもしれないからやめなさい!

 

 

「ふんっ! 何調子に乗ってるの!?」

 

「なっ、別に調子に乗ってなんかないわよ!」

 

「そう思うんなら次はにこっちがやってみる?」

 

「ふふーん! まったく、しょうがないわねー!」

 

 あ、こいつ絶対それ言われるのを待ってたろ。撮影されるからって撮られたいって思ってたに違いない。言動はああだが俺には分かる。こいつは臭ェ! ゲロ以下の匂いがプンプンするぜーっ! ……うん、ゲロ以下はなかったわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はたまた場所は変わってアルパカ小屋の中。

 ……何でここ?

 

 

 

 

「どうしたかって……分からないの……?」

 

 もうスイッチは入っていていつものツインテールを結んでいるリボンを解くにこ。何気に演技が上手いから俺としても少し見入ってしまう。

 アルパカ小屋の中という謎シチュエーションはともかくとして。

 

 

「ダメっ、恥ずかしいから見ないで……」

 

 何か冷たい視線が後ろからやたらと感じる。俺は普通に見てられるが、やはり同じ女の子からの視点だととてもあざとく見えて仕方ないのだろう。あざといと言えばあのあざとい選手権日本代表の桜井だが、俺はあいつのせいで見慣れてる可能性がある。悲しい。

 

 

「んもぅ……しょうがないわね……ちょっとだけよ……」

 

 そう言ってこちらへ正面向く。にこが髪を下ろしている姿を見るのはにこの家で晩飯食わせてもらった時ぐらいか。最近行ってないからまた行かないとそろそろこころ達もにこにねだってきそうだな。

 

 

「髪、結んでないほうが好きだってこの前言ってたでしょ?」

 

 ……あれ? そういやこの前にこの家行った時にそんなこと言ったような……。初めて見たからつい言ってしまったせいかこいつも反応に困ってたけど、まさかそん時のを意識してる?

 

 

「だから、あげる」

 

 胸元のリボンを外し、カメラマンである俺の方へゆっくりと近づいてくる。そういやこいつ何もプレゼント持ってないよな。

 じゃあ何をあげ―――。

 

 

「ちょ、にこさん? 近い、さすがに近いのでは……」

 

「にこにーから、スペシャルハッピーなラブにこ―――、」

 

「あ、バッテリー切れた」

 

「なッ……。ごほん、受け取って……にこの全てを……」

 

 いやいやもうバッテリー切れてるって。もう演技しても意味ないって。これじゃ俺がにこに迫られてるようにしか見えなくなるから、あとちょっと色っぽい顔してくんなにこのくせににこのくせににこのくせにー!!

 

 

「ストップストップストーップ!! いくらにこちゃんでも近すぎるよ! それにバッテリー切れてるってたくちゃん言ってたでしょ!」

 

「……チッ」

 

「何か舌打ちされた!?」

 

「あー、あれよ。スイッチ入ったからちょっとやりすぎちゃったかもしれないわね。カメラのバッテリーは切れてもにこのスイッチはすぐには切れないもの」

 

「それっぽいこと言って逃れようとしてる!」

 

 運良く穂乃果が乱入してくれたおかげで助かった。もし誰の助けもなかったらもうすぐで俺の口とにこの口が創世合体するとこだった。それはアクエリオン。

 ……それにしても暑いな。うん、暑い。もう季節は冬なのに何か暑いぞ今日は。あー暑い! 暑いなーもー!!

 

 

「……たっくん。ちょっと顔赤くなってない?」

 

「冗談はよせことり。この鉄壁の理性の持ち主である拓哉さんはただちょっと今日は暑いなーと思っているだけでありますのよおほほ」

 

「気持ち悪い喋り方になってるにゃー」

 

「おいそこ気持ち悪い言うな」

 

 普通に傷付くぞ。女の子の何気ない発言に男は簡単に翻弄されて挙句の果てに泣かされると相場は決まってるんだ。主に財布の中身的な意味で。

 

 

「とにかく一度部室に戻りましょ。そこからまた考えてみればいいわ」

 

「そうしよう今すぐ戻ろうみんなで一緒に考えようじゃないか」

 

「切り替えの早さは一級品ね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのあと部室に戻って色々考えたが、結局良い案は思いつかなかった。

 

 

 

「何も決まらなかったね~」

 

「難しいものですね……」

 

 下校時間になり大人しく帰る羽目になった俺達。

 部室に戻ってもみんなうーんと考えるだけで誰1人何も言わなかった。というか何も案を出せなかった。

 

 

「やっぱり無理しないほうがいいんじゃない。次は最終予選よ」

 

 途端に真姫がそんな事を言いだした。

 

 

「そうですね。最終予選はこれまでの集大成。今までのことを精一杯やりきる。それが1番大事な気がします」

 

「私もそれがいいと思う」

 

「うん……」

 

 それを皮切りに、海未やことり、花陽も頷いた。

 まあ、誰も良い案が出せないんじゃそういう結論に行き着くのは仕方ないことだろう。無理に絞り出してリスクを背負うより、確実な安牌で狙っていくようがいいかもしれない。

 

 

 が。

 

 

「でも、もう少しだけ頑張ってみたい気もするわね」

 

「絵里?」

 

 他のみんなが他の手段にするという結論に行きかけた時、絵里が切り出した。

 

 

「絵里ちゃんは反対なの?」

 

「反対ってわけじゃないけど、でもラブソングはやっぱり強いと思うし、そのくらいないと勝てない気がするの」

 

 絵里の言い分も分かる。

 A-RISEが相手ならば、ここであえてラブソングを当てるのも悪くはない。もちろんリスクはあるが、それと同時にそれ以上の評価も貰える可能性だってある。

 

 

「そうかなあ……」

 

「難しいところですね……」

 

 やはり最終予選もあってかいつもより穂乃果達も悩んでいる。かくいう俺もさすがに逡巡してしまう。慎重に、且つ迅速で冷静な判断で決めていかないといけないのに。最終予選の日は待ってくれないのだから。

 

 

「それに、希の言うことはいつもよく当たるから」

 

「本当に事実だから凄いよなそのセリフ」

 

 このスピリチュアル少女の運は多分この全員の中で1番高いだろう。そのくらい運も良いし、まるでちょっとした未来を見てるかのようにタロット占いをも当ててしまう。だから説得力もあるわけで……。

 

 

「じゃあ、もうちょっと考えてみようか」

 

「私は、別に構いませんが」

 

「そうするか」

 

「それじゃあ今度の日曜日、みんなで集まってアイデア出し合ってみない? 資料になりそうなもの、私も探してみるから」

 

 だけどどうにも腑に落ちない事が1つだけある。

 今回の件、希はともかくだが絵里がやけに必死なように見えて仕方ない。まるで希のために何かを成し遂げようとしているかのような。

 

 

「希もそれでいいでしょ?」

 

「え? ああ、そうやね」

 

 もしかして何かあるのだろうか。こういうのも何だが、不自然な点が多く見えてしまう。

 仕方ない。今日はもう帰るし、後日また聞いてみるか。

 

 

「じゃあまたねー!」

 

 

 

 と、思った矢先。

 

 

 

 

「穂乃果、今日はちょっと拓哉を借りるわ。凛、花陽、行くわよ!」

 

「え?」

 

「あん? ちょ、おま、何をいきなりいでででで手を引っ張んな! 分かった、着いて行くから! 変な角度に捻じれちゃうから!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1年後輩のツンデレ姫に手を引っ張られ、俺はちょっとした拉致された気分になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


ラブソングを作る話なので、ここぞとばかりに恋愛要素を入れている模様。楽しい。
カメラマンを変えるだけで話は盛り上がりますよー!
幼馴染だけが惚れてるはずがないでしょう?

ちなみに前回の海未が言っていた同盟ですが、『協力して岡崎拓哉の恋人になろう同盟』みたいなものです。
あわよくば4人で恋人になろうが構わない思考の仲良し3人なので←


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!



さあ、約1年振りですが、実は『悲劇と喜劇の物語』の最新話も先週投稿したので、興味がある方は読んでみてください!
シリアス洗脳バトルものですが、登場人物は基本変わらず(黒幕はいますが)、岡崎が本当の意味でヒーローのように助け出していくという物語です。
岡崎とμ'sのバトル、一度は読んでみては?

そちらの方は基本お気に入りや高評価、感想の伸び次第で更新するかどうか決めていく不定期更新なので、続き見たいと思った方は上記のどちらか、もしくは全部でも、というか全部の方が喜びます。


どちらもよろしくお願いします!!


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115.乙女の美学

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おかしい」

 

「おかしい?」

 

「絵里ちゃんが?」

 

「ねえ、何で俺連れて来られてんの」

 

 

 

 

 いきなり真姫に手を引かれて強制連行された俺は、ただいま絶賛放課後カフェを興じている。というか興じさせられている。

 何で店の中じゃなくわざわざ外なんだろうか。季節はもう冬だぞ。夕方でも十分に寒いって分からないのか。あ、このアイスコーヒーおいしっ。

 

 いや待て岡崎拓哉。落ち着け岡崎拓哉。まず状況を整理しろ。

 別れ際に真姫が花陽と凛を呼んでたからこの2人がいるのはまあ分かる。真姫も俺に何か用があるからこうして強制的に連れてきたのだろう。

 

 だがしかし、たった1つだけ不可解なことがある。必要と言われればどうなのか知らないが、少なくとも俺は必要ないと即答するだろう。合理的な理由はない。ただの私情バリバリな理由だ。

 

 

 だって。

 だって。

 

 

「ふむふむ、このコーヒー美味しいな。なので先輩、ぜひあたしのコーヒーを飲んでみてください! 何なら先輩のコーヒーも飲ませてください」

 

「何で桜井がここにいるんだよぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおう!!」

 

「おお、ようやくたくや君が現実に戻ってきたにゃ」

 

「ずっとボケってしてたもんね」

 

 何も聞かされず連れてこられたんだから脳内処理が追いつかないのは当然だろ。

 しかもよりによってこのあざとい選手権日本代表オリンピック選手がここにいるのが1番の脳内ショートの原因なのだから。

 

 

「あー! 先輩のコーヒーあたしと一緒のやつじゃないですかー! これじゃお互いのを交換して飲みあいっこできませんよ!」

 

「しねえししたかねーわ! 何が悲しくてお前と関節キス紛いのことをしなきゃならんのだ! というか何でいる!? 帰れ! くれぐれも夜道に気を付けながら安全に帰りやがれ!!」

 

「女の子によくそんなヒドイこと言えますねこの人は!? だけど最後のさりげない優しさがあたしの心の中に染み渡ってくる……! さすが先輩、飴とムチですね。まんまと引っかかりました」

 

 ムチとムチのはずなんだが、こいつには通用しないのか。俺の罵倒もこいつの前では都合よく解釈されてしまうからタチが悪い。何だこいつ、超絶ポジティブシンキングかよ。

 

 

「それにあたしが何でここにいるのかと言いましたね先輩。だけどそれにだってちゃんとした理由があるのです! さあ言ってやって花陽ちゃん!!」

 

「あの~、今日は元々夏美ちゃんと会う約束をしてたんです……」

 

「……まじでか」

 

「ふふーんっ!!」

 

 くそっ、ただたまに来ただけなら追い返してやろうかと思ったのに、まさか花陽達と会う約束してたなんて。これじゃ中々追い返せそうにないじゃないか。何がふふーんだ腹立つ顔しやがって……!

 

 

「先輩は知ってるか分からないですけど、あたしってば結構頻繁にこっち来てるんですよ。真姫ちゃん達と遊ぶためとか、希さん達に会って情報収集するためにとか」

 

「……そろそろ地元でも友達増やせよお前」

 

「んなっ……!? う、うるさいです! 来年には絶対音ノ木坂に転校してやるんですから今の学校で友達を無駄に増やす必要なんてないんですー!」

 

「何でちょっと涙目なんだよ。友達ってワードが出ると慌てるって悲しいヤツかお前は。あとこっちに転入してくんな」

 

 ほんと地元の誰かこいつと友達になってやってください。頻繁にこっち来てるとか聞いてるこっちが悲しくなってくる。放課後以外の休憩時間とかまさかこいつ1人で携帯触ってるだけじゃないだろうな。何それ声かけてあげたくなっちゃう。

 

 

「いいですよーん。先輩がどう言っても花陽ちゃん達に構ってもらいますもーんだ!」

 

「おうおう構ってもらえ。そしてずっと構ってもらってろ。ついでに俺には関わってくるなよ」

 

「先輩には不意打ちで背後からの飛び蹴りをお見舞いしてやります」

 

「どうでもいいから話を戻すわよ!!」

 

 すると突然、真姫からの怒号が俺と桜井の鼓膜を突き破るが如く響いてきた。

 そういや真姫に連れて来られたんだった。桜井のせいでちょっと忘れてたぞ。

 

 

「相変わらず2人が会うと話が逸れちゃうね……」

 

「「それはこいつが悪い」」

 

「テメェ先輩にこいつとはどういう了見だゴルァ!!」

 

「それなら先輩らしく後輩を優しく扱ってくださいよ!」

 

「はんっ! 後輩は後輩でも可愛い後輩とウザい後輩ってのがいるんだよ。ちなみにお前はウザい後輩だ」

 

「むきーッ!! もう怒りました。先輩のあんなことやこんなことをみんなに話しちゃいますからね!」

 

「ほーん言ってみろよ。今更こいつらに知られて困るような黒歴史なんてねえんだよ。自分で言っててちょっと悲しいけどな! 何も怖くな―――、」

 

「これ以上無駄話をするなら2人共磨り潰すわ」

 

「「どうもすみませんでした」」

 

 2人揃って綺麗な土下座である。今までにないくらい冷たい声だったよ。冬なんて生温いほどの絶対零度ボイスだったよ。何も怖くないとかあれ嘘、目の前に怖いのいたわ。桜井でさえ俺と同レベルの綺麗な土下座をしている。不夜城のキャスターもびっくりな完璧土下座だ。

 

 

「約束してた夏美には悪いけど、今日はちょっと話し合いたい事ができたから何かあれば助言がほしいの」

 

「まっかせて! あたしにできる事があるなら何でもするよ!」

 

「ん? 今何でもす―――、」

 

「拓哉真面目に」

 

「さあ話を聞かせてもらおうじゃないか」

 

 反射的に口が反応してしまった危ない危ない。

 イスに座り直し、ようやく話の本題へと入る。……あれ、俺のコーヒー何か減ってね? 無意識に飲んでたっけ。まあいいや。とりあえずストローで一口コーヒーを飲む。うん、うまし。

 

 

「ぁ、それ……」

 

「んぁ? 何だ桜井。さすがにもうおふざけはしないぞ。俺も命が惜しい」

 

「い、いえ……何でも、ないです……」

 

 そう言って桜井は自分のコーヒーをちびちびと飲み始める。真姫の恐ろしさに当てられたか、いい気味だ。

 

 

「で、絵里のことなんだけど」

 

「ああ」

 

 痺れを切らした真姫が勝手に話を進める。

 気持ちが落ち着いた俺も真姫へ意識を集中させることにした。

 

 

「変じゃない? 絵里があそこまで率先してラブソングに拘るなんて」

 

「ラブソング? どういうこと?」

 

「そっか。夏美ちゃんは知らないもんね。私が説明するよ」

 

 まあこのまま話を進めても桜井はさっぱりだろう。花陽が懇切丁寧に話の経緯を桜井に説明している。ほんとこの子は慣れたヤツに対してだけは普通に話せるな。

 

 

「おお、なるほど。そゆことね。ということは絵里さんはただそれだけラブライブに出たいって事なんじゃないかな?」

 

「私もそう思ったんだけど」

 

「だったら逆に止めるべきよ! どう考えたって今までの曲をやった方が完成度は高いんだし」

 

 真姫はどうしても今までの曲をやった方がいいという意見を変えるつもりはないらしい。新曲を作るにしても一筋縄ではいかない。リスクを選ぶよりもまだ安全策を取る方がいいって言うのは、作曲を担当している真姫だから言えることなのだろう。

 

 

「希ちゃんの言葉を信じてるとか?」

 

「あんなに拘るところ、今まで見たことある?」

 

「ないな」

 

 俺も今日の絵里はいつもと違う感じがした。みんなの意見を尊重しつつ、それを踏まえて吟味した結果を研鑽していくのが絵里だった。だけど今回の絵里は何かに執着しているようにも見える。

 

 

「じゃあ何で……」

 

「それは、分からないけど……」

 

「……ハッ! もしかして! 『わーるかったわねえ。今まで騙して』とか!」

 

「おう、まずイスの上に立つな」

 

「凛ちゃんって結構声真似上手いよね~」

 

「あの3人に絵里ちゃんが加わったら絶対勝てないにゃー!」

 

 冗談でもやめとけ。絵里がA-RISEに味方ついたらあれだぞ。フリーザ軍に破壊神ビルス様が味方ついた並の絶望さだぞ。いよいよ本格的に勝てなくなる。

 

 

「何想像してるのよ。あり得ないでしょ」

 

「まあそれはないだろうな。破壊神敵に回したらそれこそ終わりだ」

 

「破壊神……?」

 

 おっと口に出てしまっていた。

 

 

「じゃあ何があるんだろ……」

 

「分からないけど、何か理由があるような気がする」

 

「なるほどねえ」

 

 真姫達が頭を悩ませる中、1人だけ何故か納得したような雰囲気で呟いているヤツがいた。

 

 

「何だ、何か分かったのか桜井」

 

「いやー、よくは分かってないんですけど~。多分、乙女の美学ってやつじゃないですか?」

 

「……ん?」

 

 どうしよう。こいつのあざとさもとうとうオリンピック優勝までしちゃったか。凄くメルヘンチックなことを言い出したぞ。

 

 

「何言ってんだこいつみたいな顔しないでくださいよ! あたしでもちゃんと分かってるわけでもないんですから」

 

「分かってないのに言ったのかよ」

 

「はい。あの絵里さんが理由もなしに執着するとは思えません。だから多分ですが、乙女の美学ですっ!」

 

「いや、その乙女の美学ってやつが分からないんだが」

 

「そりゃ先輩は男の子ですので分からないでしょうね~うぷぷぷ」

 

 こいつぶっ飛ばしてやろうか。俺を苛立たせる表情させるならこいつ以外に適任はいないだろうとまで思う。モノクマみたいな笑い方しやがって、論破すんぞ。

 

 

「それでも絵里さんはきっと貫こうとするでしょうね。何かのために乙女の美学ってやつを」

 

「もし夏美の言うことが本当だとしても、それじゃ勝てないわ」

 

 真姫は真姫で未だに訝しんでいる。

 こいつはこいつでμ'sのことを考えているわけだから、どっちも間違ってないんだろう。

 

 絵里だってラブソングで今までになかった戦法でやろうとしている。真姫は既存の曲でやろうとしている。例えるなら未知の味という問題だろう。食べたことのない料理(新曲)に挑戦するか、食べ慣れているけどいつも美味しい料理(既存曲)にするか。

 

 それは単純でいて、難しい問題。

 

 

「仕方ない。これじゃいつまでたっても分からないままだし、日曜日集まるんだろ? ならそこで結論が出なかったら聞き出せばいいさ」

 

「そう、ね」

 

 日も沈み始めて空はもう青暗くなっている。

 冬は特に暗くなるのが早いから、いくら時間的にはまだ余裕でもこいつらは早く帰させた方がいいだろう。

 

 

「桜井も今日は帰れ。それとも駅まで一緒に行くか?」

 

「サラッと優しい言葉かけないでください惚れ直します。というか惚れてます」

 

「社交辞令どうも。で、どうなんだ」

 

「お気遣いは嬉しいですしとても甘えたいとこですが、今日は遠慮しときます! 先輩がいない日も普通に1人で帰ってますし。今はμ'sの事に専念してください」

 

 おお、こいつが自分より他のことに専念しろって言う日がくるなんて。友達できて少しは成長してるじゃないかこいつも。

 まあ確かにいつもは1人で帰ってるらしいし、心配はいらないか。

 

 

「じゃあ明日は土曜で練習はないし、次は日曜日だな」

 

「ではではあたしはここで。じゃあまた今度ねみんなー!」

 

 言うや否や桜井は元気に走って去っていく。

 あいつは悩みとかなさそうでいいよなあ。というかあいつ手にコーヒー持ってるってことはまだ全部飲んでなかったのか。

 

 

「そういえば拓哉くん。今日いつもより遅くなるって唯ちゃんに連絡してましたっけ?」

 

「……え」

 

「あー、真姫ちゃんに引っ張られてる時も話してる時も携帯出してなかったからしてないんじゃないかにゃー」

 

「……、」

 

「冬は暗くなるの早いからって、冬場はいつもと違って早めに遅くなるって唯に連絡しなきゃならないってこの前言ってたわね」

 

 時刻は19時。当然空は暗い。

 ちょうど、ポケットに入っている携帯がブーブーと震えたのを感じた。

 

 

 恐る恐る携帯を取り出し、送られてきた主の名前を見る。

 

 

「……唯だ」

 

「「「お陀仏」」」

 

 後輩3人に同じことを言われた。

 もはや苦笑いしか出てこない。以前にもこういう事があったからか、唯には厳しく言われたいたのにすっかり忘れていた。

 

 

 

 メールには、こう書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お兄ちゃん。帰ってきたらお話があります』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………た、助けて?」

 

「「「お陀仏ッ!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3人の後輩達は、まるで息を合わせていたかのように。

 

 

 

 俺の目の前からダッシュで退散していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、無常。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


久々に夏美が出てもらいました。
岡崎の知らないとこで彼女は結構μ'sと会ってたりします。情報収集とは、まあ、お分かりですよね?(笑)
コーヒーに関してはあれです。間違って岡崎が無自覚に夏美のコーヒーを飲む→夏美がそれに気付いて珍しく照れる、が見たかっただけです。何でこいつら冬にアイスコーヒー頼んでんだ。

さあ次回は穂乃果の家で映画鑑賞!だが、当然恋心抱く少女達と主人公がその場にいて普通で終わるはずがなく……?



いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!




『悲劇と喜劇』の方は次いつ更新しようかと思っていたり(まだ1文字も書いてない)


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116.女の子は複雑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せっかくの日曜日だが一度よく考えてみてほしい。何のために日曜日が存在するんだと。俺は自信をもって言おう。それは全国民にとって基本共通である休日ということを意味する。つまり日曜日は休むことを前提とされた日。なら日曜は働いたり学校行ったり外に出ることなく家でじっくりのんびりゴロゴロするのが実質正解なのだ。ということでレッツ日曜満喫ひゃっほう」

 

「御託はいいから早く穂乃果ちゃんの家に行きなよ」

 

 

 

 

 我が愛しの妹に無慈悲な洗礼を浴びせられたわたくしこと岡崎拓哉。

 日曜に穂乃果の家でラブソング会議をすることになったのだが、人間というのは不思議である。その時は何気なく了承しても、いざ当日になると気だるくなり嫌になってしまうものだ。例えるならライブ当日まではワクワクしてたのに、当日になると行くのめんどくせえってなるやつ。

 

 今の俺がそれである。穂乃果の家に集合が昼過ぎなせいですっかり昼まで寝ていた俺は唯に起こされ飯を食い、着替えを済ませ準備を終えたところでダルくなった。

 そうだ、そうだよ。俺は元々こういう人間だった。引きこもる時は引きこもる。それが俺なんだ。

 

 

「なあ唯……」

 

「なに?」

 

「今日体調悪いから行かなくてもい―――、」

 

「また私を怒らせたいの?」

 

「ひいっ!?」

 

 とても素直な悲鳴が出てしまった。

 先日唯に何も連絡せずに帰りが遅くなってしまい、唯にこっぴどく叱られたのを思い出す。

 

 飯抜きじゃなかったのは不幸中の幸いだが、それ以上に笑顔で迫ってきた唯の目が一切笑っていなくて1時間正座で説教された挙句、罰としてその日は久々に唯が一緒に寝ようと言い出し同じベッドで寝た。当然、俺は妹だとしても美少女が隣で寝ている状況で満足に寝れるはずもなく、徹夜した。

 

 だから今日は非常に眠い。全然寝足りない。今すぐにでも自室の布団でぬくぬくと温もりながら寝たい。

 

 

「はあ……みんなで一緒にラブソング、だっけ。それを作るから話し合いするんでしょ? お手伝いのお兄ちゃんがいないでどうするの」

 

「ほ、ほら、あいつらももう俺がいなくても自分達だけでどうにかできるかもだし、今日ぐらい俺がいなくても何とかなるさきっと!」

 

「目線が2階に向いてるよ。どれだけ寝たいのさ……。それに、ラブソング作るならお兄ちゃんは絶対に行かなきゃダメだよ」

 

「え、何で?」

 

 聞いたら唯はこれでもかと思うほどにため息を吐いた。

 何でそんな呆れた目を送ってくるんだ妹よ。ため息でかすぎだろ。幸せ逃げちゃうぞ。そしたら俺が唯を幸せにするけどな!

 

 

「いいから早く行く!! もしまだ行きたくないとか言ったら今日は晩ご飯抜き! それと今日も私と一緒に寝ることを強要します!」

 

「さらば妹よ!! 俺は今夜の安眠のために仕事を全うしてこようぞ!!」

 

 勢いよく家を出る。

 ただでさえ寝足りないのに今日も徹夜とか明日の学校軽く死ねる。そんなのは絶対御免だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は穂乃果の家。

 メンバーも全員揃い、今は現在進行形で会議なう&色々試している最中である。

 

 

 

 

 

「好きだ! 愛してる!」

 

 そう言ったのは穂乃果。

 もちろんラブソングを作る手がかりのための演技だ。言い方が完全に男から女に告白する時みたいになってる。何を参考にしたんだこいつ。

 

 

「んあー! こんなんじゃないよね~!!」

 

「ま、まあ、間違ってはないわよね……」

 

「ラブソングと言っても女の子から男子へって限ってるわけでもないしな」

 

 そう思えば穂乃果の今の演技ももしかしたらヒントになるのだろうか。いや、こいつのは直球すぎてもはやラブソングというよりラブストレートだ。うん、何を言ってるか俺も分からん。

 

 

「はあ……ラブソングって難しいんだねえ……」

 

「ラブソングは結局のところ、好きという気持ちをどう表現するかだから、ストレートな穂乃果には難しいかもね」

 

 穂乃果をさりげなくフォローする絵里を見る。特におかしい異変は何もない。いつもと違うのは、学校でよくやっているポニーテールじゃなく髪を下ろしているとこだけだ。ふむ、夏の合宿の夜にも見たが、髪を下ろしてる絵里はどことなく大人の色気がある。クォーター万歳。

 

 ふと真姫を見ると、真姫も絵里を訝しむように見ている。気持ちは分かるがもうちょっと自然にしろ。ガン見しすぎて目付きがいつもの数倍鋭くなってるぞ。……いつもだな。

 

 

「ストレートというより、単純なだけよ」

 

「と言ってるにこっちもノート真っ白やん」

 

「これから書くのよっ」

 

 これでにこからの案は期待できなくなったな。夏休み明けに宿題する学生かお前は。

 にこでこれなら恐らく同じ知能数の凛もダメそうだ。案の定呑気に饅頭食ってやがる。

 

 

「そうだっ。ならこれはどう? 丁度男の子の拓哉がいるんだし、穂乃果がさっき言ったことを拓哉に言ってみるのは」

 

「「え?」」

 

 穂乃果と声が被った。

 他のみんなもキョトンとしている。

 

 

「この前やってたのと同じように、実際に男の子を前にして言ってみれば何か分かるかもしれないじゃない?」

 

「つ、つまりそれって穂乃果ちゃんが拓哉くんに告白紛いなことを言うってことですか……?」

 

「そういう体でね。それに幼馴染どうしならまた違うヒントが出るかもしれないしっ」

 

 

 

 

 そんなわけで穂乃果と向かいあう事になった。

 くそう、絵里め。幼馴染だからってヒントが出るなんて根拠どこにもないだろうが。いくら聖人君子な俺でも面と向かって言われるとなるとちょっと恥ずかしいんだぞ。

 

 いや、でもどうせ穂乃果だしいつもみたいな感じで気楽に言ってきそうだな。むしろ男子的にはストレートに好意を伝えてくる女の子の方が珍しいし想像もつかん。……あれ、これもしかして割と中々に良いアイデアだったりする?

 

 

 と、そんなことを考えながら穂乃果からの言葉を待っている俺なのだが。

 

 

「……ぁ、えと……その……す、す……」

 

「……、」

 

 おい、早く言えよ。何言い淀んでんだよ。さっきまでの威勢はどうした。演技だからってそんなに俺相手には言いたくないかこのやろう。という虚勢は置いといて、そんな顔赤らめんな。俺まで何か恥ずかしくなるでしょうが。演技か、演技なのかそれは。

 

 

「わ、わた……私っ、た、たたたたたたた、たくちゃんの、こと……その……す、す……す、す……」

 

 何で言い直してんの。何でそんな本格的な告白シーンみたいになってんの。そんな演技派じゃなかったろお前。ここで抜群な演技力発揮してんじゃねえよやめろ。暑い、暑いぞ! この部屋暖房効きすぎなんじゃないの!?

 

 

「す…………………………すき焼き!!」

 

「お…………すき焼き食いたいよなあ! あー俺もすき焼き食いたいなー! 寒いし熱い鍋でグツグツと美味い肉食いてえよなあ!!」

 

 あ、危ねえ……。思わず反射的に俺もって言いかけた。もちろん演技としてだ。断固として本気でそう言いかけたわけじゃない。演技だから、ホントに演技だから!!

 

 

「……うん、振った私が言うのもなんだけど、ある意味穂乃果には難易度高かったわね……いや、全員荷が重いか」

 

「俺も重いわ」

 

 演技だとしても、性格はどうあれ美少女9人から告白されるのは俺が持たない。終わるころには全員に告白OKしてると思う。

 穂乃果も顔が茹でだこ状態になっている。頭からフシューと湯気のようなものが見えるのは多分気のせい。

 

 

「う、うぅ……さっきまでは平気だったのに……。たくちゃんを前にしたら緊張しちゃったよ~……ごめんねたくちゃ~ん……」

 

「あ、ああ……」

 

 何とか返事を返すが俺も結構動揺してる。あんな本気で顔を赤らめている穂乃果を見たのは初めてだと思う。だからだろうか。普段のギャップもあってか、穂乃果がとても可愛く見えた。……いや、元から容姿は全然可愛いんだけど。

 

 

「大丈夫です穂乃果。私も同じ立場になったら絶対言えません。まず気絶させてから手紙を置いて去ります」

 

 何か不穏な単語聞こえたんだけど。気絶とか日常会話で普通使わないのにあっさり聞こえたんだけど。告白の仕方がバトルマンガ並なんだけど。

 

 

「元気出して穂乃果ちゃん。私は慣れてるけ……げふんげふん。そ、そうだっ、なら参考ついでに恋愛映画見てみない?」

 

「恋愛映画か。俺は普段アニメ映画とかしか観ないから分からないけどいいんじゃないか」

 

「最後のカミングアウトは必要だったかしら」

 

 とりあえずことりが選んだ恋愛映画とやらを見ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で今時白黒でしかも字幕映画なんだ……」

 

 

 一応邦画であるようだが、何故か白黒で音声なしの字幕と、今を生きる現代娘っ子のことりがこんなマイナーな映画を選んだことが1番の謎である。

 正直退屈だ。眠い。だが寝るわけにもいかない。

 

 ので今の状況を軽く説明すると。

 俺の後ろで寄り添いながら寝ている穂乃果と凛。テレビの前で感動しているのか絵里、ことり、花陽がグスグス言ってる。俺の向かい側にいるにこはハンカチ持ちながら思いっきり泣いてる。

 

 

「う、うぅっ……何よ……安っぽいストーリーねえ……!」

 

「涙出とるよ」

 

 言動と表情が見事に嚙み合っていない。隣にいる真姫も呆れながらにこを見ている。希も希でさすがに苦笑いのようだ。

 どうやらまともに見ているのは俺と真姫と希ぐらいか。絵里達はラブソング作るためのヒント探ししなきゃいけないのを多分忘れてる。

 

 さて、極め付けに映画をまともに見ていないのはもう1人いる。

 我らが恥ずかしがりの幼馴染。

 

 

 

「うぅぅぅぅぅ~……」

 

 海未だ。

 座布団で耳と視界を塞いでいるが、何分音声はないのでほとんど意味を成していない。こういう時ポンコツになるのがこいつのデフォなのだろうか。

 

 

「何で隠れてるの? 怖い映画じゃないよ?」

 

「そうよぉ……こんな感動的なシーンなのにぃ……」

 

 ことりの優しさが何だか小さい子供を宥めるような言い方なのは何なんだろう。確かに今の海未からは幼さが感じられるけど。

 あと絵里、お前はまず鼻をかめ。クォーター美人が崩れてるぞ。

 

 

「分かってます……! けど、恥ずかしい……はっぁぁぁああああ……!」

 

 チラッとテレビに目を移すと、クライマックスシーン、つまりキスシーンだった。

 視界に入ったが最後、海未は見ないようにしていたシーンから目が離せなくなっている。もはや涙目だ。絵里達とは違う意味で。

 

 シーンは進む。

 唇が重なりそうになる瞬間。

 

 

「うぅぁぁああああああッ!!」

 

 海未の叫びと共にリモコンによってテレビは消され、雰囲気を保っていた部屋の明かりが点けられた。

 叫ぶ必要はあったのか。

 

 

「恥ずかしすぎます! ハレンチです!!」

 

「そうかなあ」

 

「そうです! そもそもこういうことは人前ですべきことではありません!!」

 

 いや、そもそもこれは映画だから人前とかそういう問題ではないような気がするんだが。

 恥ずかしがりも極致までいくとこんなのになるのか。

 

 

「というかお前PVじゃ何回か投げキッスしてるし、そのくらいは平気だと思ってたわ」

 

「なッ……な、あ、ああ……」

 

「確かにそうだね」

 

 俺の言葉にことりも頷く。海未は普段恥ずかしがり屋なのに、PVでは何故か投げキッスをするぐらい大胆になっていることがある。俺もPVチェックするときは結構ドキッとなっているのは内緒だ。

 

 

「それは、あれです! スクールアイドルとしてなので……割り切っているんです!!」

 

「割り切ってどうにかなるならこれも大して変わら―――、」

 

「これは本当の意味で恋愛を意味しているからハレンチなのです!」

 

「いや、元々ラブソング作るために見てるんだからハレンチもクソも……」

 

 ダメだ、これ以上はよそう。海未がめっちゃ涙目になって俺を睨んでいる。赤面しながら泣かれるとこっちが悪いみたいになる……というか、こう、男としてかは分からないが、女の子のこういう表情にはグッとくるものがある。

 

 

「ほぇ……?」

 

「終わったにゃ……?」

 

「穂乃果ちゃん、開始3分で寝てたよね……」

 

 このバカ2人は映画もまともに見れないのか。開始3分て、ウルトラマンの活動限界時間か。

 

 

「ごめ~ん、のんびりしてる映画だなって思ったら眠くなっちゃって……」

 

「あんだけ照れてたくせに何言ってやがんだお前は」

 

「あ、あれはまた違う意味だからノーカンだよ!」

 

 映画見るのと実施するのとでは感覚でも違うのか?

 女の子でない俺には一生分からない考え方なんだろうな。

 

 

「中々映画のようにはいかないわよね。じゃあ、もう一度みんなで言葉を出し合って―――、」

 

「待って」

 

 ここで真姫が割って入ってきた。

 多分痺れを切らしたのだろう。本題に入るつもりだ。

 

 

「もう諦めた方がいいんじゃない? 今から曲を作って、振り付けも歌の練習もこれからなんて、完成度が低くなるだけよ!」

 

「でも―――、」

 

「実は私も思ってました。ラブソングに頼らなくても、私達には私達の歌がある」

 

「そうだよね……」

 

「相手はA-RISE。下手な小細工は通用しないわよ」

 

 1人が切り出せば、賛同の意見は次々と出てくる。

 本当はみんなずっとそう思っていたかのように。希や絵里が言うから頑張ったりしてみたが、結果も著しくない。それを分かっているのか、絵里も苦悶の表情を浮かべている

 

 

「……でも―――、」

 

「確かにみんなの言う通りや。今までの曲で全力注いで頑張ろ?」

 

「……希?」

 

「今見たらカードもそれが良いって」

 

「待って希……あなた……」

 

「ええんや。1番大切なのは、μ'sやろ?」

 

 やはり、というか、これで確信した。

 この件には希も1枚嚙んでいたらしい。だけど、希自身がたった今それを放棄してしまった。

 

 絵里の表情、希の諭すような言葉。

 ただラブソングを作りたいってわけでもなさそうだな。

 

 

「どうかしたの?」

 

「ううん、何でもない。じゃあ今日は解散して、明日からみんなで練習やね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃーねー!」

 

 穂乃果の家を出て今日は解散となった。

 だけど、俺は絵里と希が気になってしょうがない。あれは絶対何かを隠してる。

 

 

「花陽、凛、先帰ってて」

 

 真姫も何か気付いたらしく、絵里達を追いかけるつもりだろう。

 仕方ない、後輩1人に任せるのも後味悪いし、これに関しては俺ももうほうっておける段階じゃない。

 

 

「待てよ、真姫」

 

「拓哉? どうして……」

 

「分かってるんだろ?」

 

 俺の言葉に真姫も理解したようで笑みを浮かべた。

 お互い考えることは同じってことか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行こうぜ。めんどくせえ女神様のとこへ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


ここぞとばかりに意識させまくっております。
穂乃果の赤面顔は至高(確信)
面と向かって好意を伝えるのはまだ無理なようです。ことり以外は。

次回で希編もクライマックスです。
どうしようもない女神を、どうしようもないお人好しがとことんお節介します。


さあ、では次週、となるところなのですが、実は来週から8月の始まりまでハワイまでちょっくら旅行してくるので、来週と再来週の最新話投稿は厳しいかもしれません。
夏は何かと忙しかったりするので……。
まずは生きて帰ってこれるよう頑張ります←

なので諸々の更新情報などについてはTwitterで報告していきます。
もし気になる方がいらっしゃる場合は、このリンクから見て下されば分かりやすいかと!
https://twitter.com/tabolovelive/


いつもご感想高評価(☆10)ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!最近高評価ないので寂しい。




ハワイにPC持ち込めないのほんと惜しい……。
あっちにいるあいだアニメ見れないのが1番の痛手ですけど。


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117.我が儘な願望

どうも、ハワイから無事帰ってきました。
行く前は怖かったんですけど、最終的には満喫しまくりました。
最高だぜハワイ。

そんなわけでラブソング編クライマックス!!
久々に執筆したらちょっと書き方忘れてて焦ったのは内緒。

穂乃果誕生日おめでとうございました!
スクフェスガチャも引いたよ!(SSR覚醒やったぜ)

※それと、あとがきに少し告知もあるのでそれも見て頂ければと思います!!


では、どうぞ。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にいいの?」

 

「いいって言ったやろ」

 

 

 

 帰り道。

 歩きながら会話しているのはμ'sの中でもトップクラスの母性を見せる絵里と希。

 

 今回の件である意味元凶といわれる要因を持っている2人である。

 

 

 

「ちゃんと言うべきよ。希が言えばみんな絶対協力してくれる」

 

「ウチにはこれがあれば十分なんよ」

 

「……いじっぱり」

 

「エリチに言われたくないなー」

 

 2人にしか分からない会話を続けている。

 まあ実際2人しかいないのでそれも当たり前のことなのだが。

 

 

「……どういうこと?」

 

「何であいつらはこう、間接的な言葉ばかりで話してんだよ。もっと簡潔に根本的なことを言えってんだ」

 

 少し離れたとこから絵里達をこっそり尾行している真姫と拓哉にはさっぱりな内容なのである。

 傍から見れば怪しいことこの上ない。

 

 

「もう別れちゃうわよあの2人!」

 

「ったく、しゃあねえ。行くぞ」

 

 いつまでたっても埒が明かないと分かったところで2人のもとへ走り出す。

 別れの挨拶をして離れる前に真姫が待ったをかけた。

 

 

「待って!」

 

「真姫ちゃん……拓哉君も……」

 

 少し困ったような顔でこちらを見てくる希を見て、拓哉も真姫を同じことを思った。

 

 

「前に私に言ったわよね。めんどくさい人間だって」

 

「そうやったっけ~?」

 

 とぼけてはいるが拓哉も覚えている。

 夏の合宿の時、3人で買い出しに行ったあの夕陽が綺麗だった日。希は真姫を面倒なタイプだと言った。

 

 2人はそれを覚えている。

 故に、どうしても真姫は言わないと気が済まないのだ。

 

 

「自分の方がよっぽどめんどくさいじゃない」

 

「見事なブーメランフラグを喰らったな、お前」

 

 上手く言葉に言い表せられるような事じゃないけれど、同じ女子としてとかでもなく、自分自身がそうだったからと。

 西木野真姫は言ってみせる。言い返してやる。

 

 

「気が合うわね。同意見よ」

 

「ここまで来たんだ。そろそろ聞かせてくれてもいいんじゃねえか?」

 

 意味は伝わったようで、希は半ば諦めたように溜め息を軽く吐いて、告げた。

 

 

「じゃあ、立ち話もなんやし……ウチの家に行こっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遠慮せんと入って」

 

「お邪魔します」

 

「マンションに住んでんのか」

 

 希に着いていけば、そこは何の変哲もないただのマンションだった。

 言われて靴を脱いで部屋に入ると、最初に異変に気が付いたのは拓哉である。

 

 

(どこも電気が点いてない。親は仕事か何かで留守? いや、でもさっきのを見ると……)

 

 希の家に来るのは慣れているのか、絵里が代わりにイスに座るよう促してくれた。希はそのままキッチンでお湯を沸かしてくれている。

 最初に質問をしたのは真姫だった。

 

 

「一人暮らし……なの……?」

 

「……うん」

 

 やはり拓哉の推測を間違ってはいなかった。先程見た靴箱には数えられるほどの靴しかなく、男物の靴もなかった。だとすれば、何か重い理由がない限りは両親はいるはずだし、靴がないはずがない。

 

 なのにないとするならば、それは希が一人暮らししている事実しか思い浮かべられなかった。

 

 

「子供の頃から、両親の仕事の都合で転校が多くてね」

 

「だから、音ノ木坂に来てやっと居場所ができたって」

 

「その話はやめてよ。こんなときに話すことじゃないよ」

 

 お湯が沸いた音により話がまた中断された。というより、次の話に入るための区切りがついたと言った方が都合はいいかもしれない。

 そして、それを真姫が逃すはずもなく。

 

 

「ちゃんと話してよ。もうここまできたんだから」

 

「今更話せない、なんて言わないよな」

 

 拓哉も便乗する。やり方は汚いかもしれないが、これ以上は逃れられないと希も分かっているはずだ。これまでずっと陰からμ'sを支えてきた彼女は間違いなく頭は冴える方だろう。だから、話さないわけにはいかないと。

 

 

「そうよ。隠しておいてもしょうがないでしょ」

 

「別に、隠してたわけやないんよ。エリチが大事にしただけやん」

 

「μ'sを結成した時からずっと楽しみにしてたことでしょ?」

 

「……結成した時から?」

 

 9人になってからは既に数か月はたっている。だとしたら、希はもうその時からずっと1人でその願望を抱えていたということになるのだ。

 誰にも言えなかった、些細な願望さえも。

 

 

「そんなことない」

 

「希っ」

 

「ウチが、ちょっとした希望を持っていただけよ」

 

 真っ先に言ってやりたかった。その言葉を否定して、そんなことないの一言で済ませられるようなものでないのだとしても、思わず口が開いてしまいそうになるのを堪える。それを察してか知らずか、真姫の堪忍袋の緒が切れた。

 

 

「いい加減にして! いつまでたっても話が見えない。どういうこと! 希!」

 

 自分よりもめんどくさい先輩を見るも、その背中は何も語らない。他人の心には遠慮なく入ってくるくせに、どこまでも自分の領域には踏み込ませないようにする。ある意味真姫よりも厄介な少女なのは確定しているのだが。

 

 それを崩せる者が1人。

 

 

「簡単に言うとね、夢だったのよ。希の」

 

「エリチっ」

 

「ここまできて何も教えないわけにはいかないわ」

 

 自分が話さない限り、希は絶対に話さないと確信したのだろう。本人がブレーキをかけても、真意を知っている絵里は止まらない。止まるわけにはいかない。

 ここにはそういう問題を必ずどうにかしてくれる少年がいるから。

 

 

「夢? ラブソングが?」

 

「ううん。大事なのはラブソングかどうかじゃない。10人みんなで、曲を作りたいって」

 

「……、」

 

「1人1人の言葉を紡いで、思いを紡いで、本当に全員で作り上げた曲……そんな曲を作りたい。そんな曲でラブライブに出たい! それが希の夢だったの。だからラブソングを提案したのよ。うまくいかなかったけどね」

 

 どこまでも純粋な願い。

 高校3年生にあるまじきと言っていいほど愚鈍で、真っ直ぐで、嘘偽りのない、素直な夢だった。

 

 

「みんなでアイデアを出し合って、1つの曲を作れたらって……」

 

「言ったやろ。ウチの言ってたものは夢なんて大それたものやないって」

 

「じゃあ何なの?」

 

「……何やろね」

 

 何も語ろうとしなかった少女はやがて、微かにその願望の綻びを零してゆく。

 

 

「ただ、曲じゃなくてもいい。10人が集まって、力を合わせて、何かを生み出せれば、それでよかったんよ。もちろん、拓哉君も入ってくれてこそ……。ウチにとってこの10人は、奇跡だったから」

 

「奇跡?」

 

「そう。ウチにとってμ'sは、“奇跡”」

 

 

 

 

 

 

 願望は、次第に過去からも引っ張りだされていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「転校ばかりで友達はいなかった。当然、分かり合える相手も」

 

 親の都合と言われればそれまでだが、そのせいで友達を作るひまもなく、いや、必要以上の関係を持ってしまえば別れが辛くなるという理由で自分から作ろうとはしなかった。そう心に嘘をついた。

 

 幾多もの転校をしていくにつれ、1人の時間が嫌でも多くなってしまった。

 学校でも1人、家に帰っても両親は仕事でいない。むしろ1人でいることの方が多かったかもしれない。

 

 

「そんな時、初めて出会った子がいたんよ。自分を大切にするあまり、周りと距離を置いてみんなとうまく溶け込めない。ズルができない、まるで自分と同じような人に」

 

 1人の時間が多くなって結果的に得てしまったその観察眼で、すぐに分かった。この子は自分と同じタイプの人間なんだろうと。言う事ややる事は違えど、根本的な中身が一緒なのだと。

 

 

「思いは人一倍強く、不器用な分、人とぶつかって……」

 

 だから、この人には強く興味を持った。

 関わってみたいと思った。

 

 今でも思い出す。

 初めて話しかけたあの日のことを。

 

 

 

『あ、あの……!』

 

『……あなたは?』

 

『わ、私……ッ……。ウチ、東條希!』

 

 

 

 近づくために初めてらしくもない口調を使い始めた。転校や引っ越しばかりで関西に行ったこともあるのが幸いしたかもしれない。

 結果的にそれは成功した。

 

 

「それがウチとエリチの出会いやった」

 

「だから似非関西弁なんか使うようになったのか」

 

 拓哉の言葉に希は微笑みながら首を縦に振る。

 

 

「……そのあとも、同じ思いを持つ人がいるのに、どうしても手を取り合えなくて、真姫ちゃん見た時も熱い思いはあるけどどうやって繋がっていいか分からない。そんな子が、たくさんいた」

 

 もう一度音楽の道を歩みたくて、スーパーアイドルになるために1人で頑張り、憧れを持つと同時に同じアイドルになりたいと心の奥底で思って、女の子らしくしたいのにあと一歩が踏み込めない。そんな女の子達が近くにいた。

 

 

「そんな時、それを大きな力で繋いでくれる存在が現れた。思いを同じくする人がいて、繋いでくれる存在がいる。必ず形にしたかった。この10人で何かを残したかった」

 

 即ち、μ's。

 思いがあって、したい事があるのに素直になれない。そんな思い達を、1つの存在で全て解決できるなら、それはとても素晴らしいことなのだろう。

 

 

「確かに、歌という形になれば良かったのかもしれない。けど、そうじゃなくてもμ'sはもうすでに何か大きなものをとっくに生み出してる。ウチはそれで充分。夢はとっくに……ッ」

 

 ふと、茶の水面に過去の自分が映った気がした。

 それは当たり前に揺らぎ、まるで未練がまだあるかのように迷いを見せる。自分の心を映しているような、そんな感覚。

 

 

「……一番の夢はとっくに―――、」

 

「ああ、だからまだ終わらせるわけにはいかないよな」

 

「……え?」

 

 ここまで言って、自分の我が儘な願望を吐いて。

 それをこのまま終わりにするはずがない。それをこの少年が許せるはずがない。

 

 

「ったく、ほんとどこまでも面倒くせえ性格してるなお前は」

 

「いや、何言って……」

 

 出されたお茶が熱いのも関係なく、一気に飲み干して岡崎拓哉は言う。

 

 

「お前の夢はまだ叶っちゃいない」

 

「なっ」

 

「だから今から叶える。絵里、真姫」

 

「「ええ」」

 

 声をかければ示し合わせたかのように2人は携帯を取り出した。無意味にそんな行動はとらないはずだから、おそらく誰かに連絡するため。

 拓哉の言動からすぐに結論付いた希は若干慌てながら口を開く。

 

 

「まさか、みんなをここに集めるの!?」

 

「いいでしょ。一度くらいみんなを招待しても。友達、なんだから」

 

「……、」

 

 友達だから。

 そんなありきたりで当たり前な、誰でも聞いたことあるような些細な言葉が、希の心には十分すぎるほどに染みた。

 

 

 

 

 

 

「よく聞けよ、東條希」

 

「拓哉、君?」

 

 今でも自分の我が儘を我慢している少女へ、ハッキリと告げる。

 

 

「お前はずっと最初から穂乃果達を支えてくれてた。μ'sができるまで、9人になるまで。お前が名前を決めてくれなかったら、穂乃果達はμ'sになっていなくて、今よりもずっと困難な道になっていたかもしれない。μ'sがここまで来れているのは、間違いなくお前の頑張りが大きい」

 

「そんなこと……」

 

「そんなことあるさ。希がいなかったら気付けなかった事や出来なかった事だってたくさんあった。だから、自分の夢が半端な状態で叶ってるなんて寂しいこと言わせないぞ。俺達はお前にたくさん救われた。なら、今度は俺達がお前の我が儘な夢を叶えてやる」

 

 今までこの少女は気付かれないように色んな手を回してくれた。

 

 

 

 希がいなければ、最初に講堂も使えなかったかもしれない。

 

 希がいなければ、アイドル研究部と混合できなかったかもしれない。

 

 希がいなければ、赤点回避できなかったかもしれない。

 

 希がいなければ、μ'sは生まれなかったかもしれない。

 

 希がいなければ、μ'sは9人にならなかったかもしれない。

 

 

 

 もしかしたら、どこかで偶然が重なって同じ結果になったかもしれない。だけど、結果的には希がいたからみんなが望む結末を迎えられて、笑っていられたのは紛れもない事実。

 

 であれば。

 

 

「いいんだよ。ちょっとくらい我が儘な夢を言っても。いいんだよ。どれだけ自分よがりな願望を願っても。誰が何と言おうが、俺達はそれを決して笑わない。あれだけ支えてくれたんだから、お前には自分勝手な願望を言う権利がある」

 

 絶対に無下にできるはずなんてない。

 これまで支えてきてくれた少女に恩返しうするためだけに、全力を出すなんてとても簡単なことだ。

 

 

 

 

「さあ、最後の会議だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ! やっぱり作るのー!?」

 

「そっ、みんなで作るのよ」

 

 

 話し合いが始まるかと思えば、一言目でそんなことを言うのはリーダー穂乃果。

 他のメンバーも真姫があれだけ反対していたのに、この態度の変わりように少し驚きを隠せていないようだ。

 

 

「希ちゃんって一人暮らしだったんだね」

 

「初めて知りました」

 

「親に言って一人暮らしを始めたんだとさ。家事も行き届いてるし、ことごとく主婦に向いてるよこいつは」

 

「や、やめてや拓哉君っ……」

 

 拓哉に対する態度が何かいつもと違う希に訝しむ幼馴染3人。

 それを知らずの少年はもうまったく違う方へ視線を向けていた。

 

 

「何かあったの、真姫ちゃん?」

 

「何でもないわよ」

 

「ちょっとしたクリスマスプレゼントよ。ね、拓哉」

 

「μ'sからμ'sを作ってくれた女神様にな」

 

 どうやらこの4人は既に話をしていたらしい。会話が明らかに全てを分かっている人のそれだ。

 ということで大方の説明を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど。みんなで言葉を出し合ってかぁ……ん? これって……」

 

 言われてすぐに言葉が出てくるわけもない花陽は、ヒント探しに何か部屋の中を見ていく。すると、1枚の写真が置かれていた。

 今となっては少し懐かしささえ感じる夏のある日の写真。

 

 

「あ、ああっ!」

 

「うわっ、希ちゃん!?」

 

 背後からの急襲にすんなり写真を取られた。

 珍しく赤面した希が講堂で撮った写真を大事そうに抱えている。完全にいつもとは違う雰囲気の希にツインテール少女がからかいを始めた。

 

 

「へえ、そういうの飾ってるなんて、意外ね」

 

「べ、別にいいやろ……。ウチだってそのくらいするよ。……友達、なんやから……」

 

「すまん穂乃果、悪いが俺の頬を殴ぼぎゅうッ!?」

 

「オッケーたくちゃん」

 

 割と重い過去を持ってたから仕方ないのだが、初々しい希を見てしまった拓哉はついその表情に見惚れてしまった。ので戒めに自分への制裁を穂乃果にお願いした結果、言葉よりも先に拳を頬ではなく顔面に貰い受けた拓哉であった。

 

 

「……早いっ、そして頬じゃなくてここ顔面だからッ!」

 

「ごめん、私の感情も一緒に込めちゃったから。回復早いねたくちゃん」

 

「もう慣れてるからな。悲しい」

 

 女の子の家で普通に殴り殴られという割とあり得ないことをしているのをよそに、ベッドの上でもちょっとした喧騒があったらしい。

 見ると希が絵里に捕まっていた。

 

 

「暴れないの。たまにはこういう事もないとね」

 

「……もうっ」

 

 呆れながら言うも表情は明るかった。

 我が儘な自分をも包んでくれるような絵里の優しさが、体温で分かるような気がした。

 

 

「あ、見て!」

 

 そろそろ真面目に考えようと拓哉が言おうとした瞬間、隣の穂乃果が声を上げた。

 みんなも穂乃果の視線を追って窓の外に目を向けると。

 

 

「雪か……ってオイ!?」

 

「見に行こ見に行こ!」

 

「今年初の雪だにゃー!」

 

 気付けばドタドタと家を出ていく女子の面々。

 しまいには拓哉1人だけ残されて家に残っておくかどうか迷ったが。

 

 

「……あーもう! 本当めんどくせえヤツらしかいねえなμ'sってのはッ!」

 

 冬空の夜、それも外に複数人の女の子達がいてそれをほうっておけるわけもなく走り出す。

 ちゃんと家を出る時周りに怪しい人物はいないか確認して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1人だけ少し遅れて出ていったからか到着するのが遅かった。

 マンション近くの公園に9人はいた。

 

 

 

「おーい、寒いんだから長居はす、ん……」

 

 言葉は最後まで続かない。

 誰かの指示でもない。なのに、9人の女神は綺麗に円形を形作っていた。あまりにも自然な光景に、まるでステージの上に立っているアイドルのようにも思えた。

 

 街灯のおかげか、はたまた雪が元々そういうものなのか定かではない。

 だけど雪の一つ一つが、輝きにも似た照明でμ'sを照らしているように見えた。

 

 

 

 

 それぞれの女神の掌に、結晶が舞い降りるかのように落ちてゆく。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

「想い……」

 

 

 

 

 

 言葉は。

 

 

 

 

 

「メロディ」

 

 

 

 

 

 自然に。

 

 

 

 

 

「予感」

 

 

 

 

 

 女神によって。

 

 

 

 

 

「不思議」

 

 

 

 

 

 確かな力を持ちながら。

 

 

 

 

 

「未来」

 

 

 

 

 

 希望すら添えて。

 

 

 

 

 

「ときめき」

 

 

 

 

 

 華麗に。

 

 

 

 

 

「空……!」

 

 

 

 

 

 美しく。

 

 

 

 

 

「気持ちっ」

 

 

 

 

 

 紡がれてゆく。

 

 

 

 

 

 それ故に。

 

 

 

 

 

「……好き」

 

 

 

 

 

 どこまでも純白な想いは、掛け替えのないものへと変わっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 街灯に照らされ、数多の雪が降り。

 ぼんやりとしていながらも、眩しいと錯覚してしまえるほどに女神を照らし続けているそれは、いっそ絵画かと勘違いしてしまいそうなぐらいに芸術的だった。

 

 

 東條希は言った。

 9人だけではない、10人で何かを残したかったと。

 

 

 

 

 

 

 9人の女神を守る少年もまた。

 

 

 

 見惚れながらも、自然と決定的な言葉を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……スノー、ハレーション……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


希はこれまでたくさん頑張ったんだから、ちょっとした我が儘な願望くらい遠慮なく言っちゃっていいんだよ? という回でした。
どこまでもお人好しで仲間想いが多いんだからこのメンバーは。

それと、これで全員(?)フルネーム言わせることが達成しましたー!
お気づきになった方はもはやいないと思いますが、ここぞという重大場面では、岡崎に相手のことをフルネームで言わせるようにしています。
アニメを見て重要と思った場面ではフルネームを言わせたので、全員ではないにしろ、作者がこの作品を書き始めてから決めていたノルマはとりあえず1つ完遂です。


ちなみにsnowhalationについてですが、snowはもちろん雪、halationが強い光を浴びた周囲が白くぼやける、という事を指している。なので表現と共に岡崎にはそう言わせた所存であります。ちゃんと意味はある。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!


【告知】

さあ、前書きでも言いましたが、ここから告知タイムです。

自分と同じくハーメルンで『ラブライブ!』の小説を執筆されている“薮椿”さんの作品『ラブライブ!~μ's&Aqoursとの新たなる日常~』との2回目のコラボが決定しました!
2回目ですよ2回目!!
前回はこちらの作品が1周年を迎えた記念でコラボ依頼を出して引き受けてくださったのですが、今回はあちらからコラボ依頼を貰い、断る理由なんてあるはずもなく受けさせてもらいました。
個人的に岡崎拓哉と神崎零の絡みをまた見れるのが楽しみです。

日程は約1ヵ月後の9月8日(金)の予定です。
本編はちゃんと火曜に更新するのでご心配なく!!


本編もコラボ小説もどちらもお楽しみに!!




日本に帰ってきてから早く寝るようになりました。
時差かな?


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118.吹雪の前の静けさ

どうも、昨日更新できなくてすいませんでした。
実はこのお盆期間、四国の方へ行っていました。川がとても冷たかったです。


そして本編も冷たい冬へ突入。

いよいよ始まる。


『最終予選編』




 

 

 

 

 

 

 ある冬の日の朝。

 

 

 

 

 

 

 

 暖房を点けていても冬の冷気というものは部屋の中へと侵入してくる。

 ベッドの布団から体を出したくない気持ちしかないのだが、それを今日の予定が許してはくれず、仕方なく寒さで震える体に鞭を打ち上体を起こす。

 

 ふと視界にゆらゆらと落ちていく影があった。

 それを見るために窓へ視線を移すと、珍しいと言えば珍しい、だがそんなに珍しいかと言われれば意外と毎年降っているモノが曇り空と共に視界に現れる。

 

 雪。

 いよいよ冬の風物詩というか定番ともいえる雪が降っていれば、嫌でも気分的に余計寒く感じる。

 

 基本寒がりな少年は、少しでも体感する寒さを短縮するためにさっさと着替えを済まし、自分の部屋よりもっと暖かいであろう1階のリビングへ目指す。

 1階のリビングまでに降りる階段でさえもはや白い息が出る始末の中、少年にしては珍しく目は冴えている方だろう。

 

 

「あ、おはようお兄ちゃん! もう朝ご飯できるからね」

 

「おはよ。コーヒー置いてるから飲んで温まりなさい」

 

「おはよ。サンキュー」

 

 制服を着込みながらテーブルに座りコーヒーを一口啜る。

 苦味が余計に意識を覚醒させ、冷え始めている体の内部に熱いコーヒーが染みていくのが分かる。リビングも暖かいからここは天国かと思ってしまうほどだ。

 

 

「今日は穂乃果ちゃん達とは別行動なんだよね?」

 

「ああ。学校の説明会があるから生徒会は学校で仕事。それが終わってから会場に来るらしい。いつもの雑事はこき使ってくるのに、こういう時は頼ってこないからなーあいつら。と、いただきます」

 

「あーあ、お兄ちゃんが生徒会のお手伝いするなら一緒に学校行けるのになー」

 

 妹と母に作ってくれた朝食が前に出され、食パンを頬張る。

 土曜日の今日、念願叶って廃校を免れた音ノ木坂学院は、来年の生徒のために説明会を行うそうだ。それにはもちろん、生徒会役員である穂乃果、海未、ことりの3名は仕事がある。

 

 いつもなら無茶苦茶な理由を言われて拓哉も強制で誘われるのだが、今日はある意味大事な日なので生徒会だけでやると言われて別行動となった。

 拓哉としては元々手伝うつもりもなかったが、いつもだから手伝わされるのかーと思っていた矢先の事だから言われた最初は呆気に取られたのも無理はない。

 

 ちなみに唯は当然音ノ木坂学院を受験する予定だから学校説明会にも行くとのこと。

 

 

『今日の東京は数年振りに雪が積もり、また風も強いので外出する人はくれぐれも足元に気を付けて―――、』

 

 ニュースのアナウンスが聞こえた。

 どうやら今日は雪や風が強いらしい。外ではすでに雪が積もり、もしかしたら交通状況にも影響が出るかもしれない。

 

 

(今日に限って……いや、よそう。こういう時こそ前向きに考えるんだ。雪が降ってるなら、あいつらの歌が最高に発揮されるはず)

 

 早めに朝食を全部平らげる。

 学ランの上にコートを羽織り、マフラーを首にかけて防寒対策をしっかりとって玄関へと向かう。

 

 

「じゃあお兄ちゃん、私達も説明会が終わったらそのまま会場に着くようにするから」

 

「その頃には雪がどうなってるか分からないから、終わったらできるだけ早めに来た方がいいぞ」

 

「大丈夫っ。そこはお父さんがどうにかしてくれるよきっと!」

 

「親父なら本当にどうにかしそうだから否定できないんだよな……」

 

 冬哉ならどれだけ吹雪いて雪が積もっていても間に合わせそうなのが容易に想像できてしまう。謎の説得力を発揮する父親は現在休日ということもありまだ寝ているが、そろそろ母に蹴り起こされるだろう。

 

 

「行ってらっしゃい、お兄ちゃん」

 

「おう、行ってきます」

 

 玄関のドアを開ければ視界には積もり気味の雪、まだそんなに強いわけではないが風もある。何より雪のせいもあってか空模様も含め全体的に白い。

 いよいよ冬を全身でもって体感する。

 

 それと同時に、今日という日がどれほど重要な日なのかも。

 

 ラブライブ最終予選。

 その相手には、あのA-RISEもいる。言ってしまえば、この最終予選が1番の鬼門になるだろう。

 

 だから気を引き締める。

 自分が歌うこともなければ踊るわけでもない。それでも、μ'sの手伝いとして思うことはある。

 

 

 

 

 

 

「さてと、行くか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほぼ同時刻。

 

 

 ある道にて。

 

 

 

 

 

 

「エリチったら、さっきまで緊張してたらしいんよ~」

 

「へえ、絵里でもやっぱ緊張とかするのね」

 

「もう、希っ。それはもう大丈夫だからって言ったでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 また、違う道にて。

 

 

 

 

 

 

「真姫ちゃんのお母さんのカツサンド早く食べたいにゃー」

 

「ちゃんとみんなが揃ってからじゃないとダメよ」

 

「真姫ちゃんのお父さんも来るんだっけ?」

 

「……まあね。病院の仕事早く終わらせるって言ってたわ」

 

「ホントつくづく娘好きなパパさんだにゃ」

 

 

 

 

 

 

 そして音ノ木坂学院では。

 

 

「わあー、こんな天気なのにたくさん来てくれてる!」

 

「うん!」

 

 穂乃果、海未、ことりの3人が生徒会室から外を眺めていた。

 窓を開けて見ていたせいか、冷たい風が容赦なく中へやってくる。

 

 

「うわー! 寒いー! 雪は嬉しいけど寒いのは嫌だよー!」

 

「雪が降ったら寒いのは当たり前です。それより、そろそろ講堂へ向かいましょ」

 

「うん!」

 

「そうだね」

 

 ラブライブの最終予選ももちろん大事だが、苦労の末に廃校を免れて得た入学希望者の印象をより良くするためにも、学校説明会の力も入れなければならない。やる時はやる穂乃果だからこそ、今回は拓哉の力も借りなかったのだから成功させたい。

 

 

「挨拶ビシッと決めて、ライブに弾みをつけるよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーす」

 

「あ、拓哉君おはようさん」

 

「おはよう拓哉」

 

 現地の集合場所に来てみれば、そこには既に6人全員が揃っていた。

 

 

「俺が最後か」

 

「そうだにゃ! こんな寒い中女の子を待たせるなんてひどいよー!」

 

「時間内には来てるんだから別にいいだろ? そんなに寒いんなら足晒すんじゃなくて花陽とかみたいにもっとニーソなり黒タイツとか穿いて防寒しろ。ちなみに拓哉さん的にはどっちも眼福だからあしからず」

 

「引くわ」

 

「ちょっと希さん? いつもの似非関西弁はどうした。めちゃくちゃナチュラルな声で言ったなそれ。普通に傷付くぞ。いや確かに今のは俺が悪かったけども」

 

 合流するやいなやボケとツッコミを始めるいつもの拓哉と希。

 さっきまで気を引き締めるとか思っておいて何だが、こういう時こそいつもみたいにするのも意外と大事だったりする。

 

 

「ほら、茶番はそこまでにしなさい。みんな揃ったのなら向かわないとでしょ?」

 

「うーい」

 

 絵里が向かうと言ったのはもちろん最終予選が行われる会場である。その隣にあるビルで出場者や関係者は待機など、また始まるまでに簡単な打ち合わせやリハなどを話し合うことになっている。

 

 

「ところで穂乃果ちゃん達は今頃どうしてるのかな?」

 

「この時間帯ならもう来校してきた人達を案内してる頃じゃないか?」

 

 花陽の疑問に拓哉が答える。

 順調に事が進んでいればそれで合っているはずだが。

 

 

「だけど今日は結構雪も降ってるし、昼は晴れるって言ってたけどこの雲行きじゃどうもね~」

 

 にこが言った通り、空を見れば家を出た時よりも雪の降り具合が強くなってる気がする。

 あくまで天気予報は予報である。

 

 

「そういや拓哉、あなた傘さしてないじゃない。軽く頭に雪積もってるわよ」

 

「ん? まあニット帽被ってるから大丈夫だろ。少し掃えば落ちるし」

 

 そう言ってササッと頭上の雪を払う。傘を持ってきてないのは単純に持ってくるのが面倒くさかったからだ。

 

 

「それより行こうぜ。いつまでも寒い外にいたくない」

 

「ほんとそういうとこは素直ね……。それじゃ行きま……あら、穂乃果から電話?」

 

 絵里が立ち止まって電話に出る。

 拓哉は咄嗟に自分の携帯を取り出し見ると、穂乃果から着信が入っていた。どうやら気付かなかったらしい。

 

 

(順調ならもう案内も終わって準備しているはずだから、何かあったとしか思えないよなあ)

 

 絵里が穂乃果と話しているが、その表情はあまりよろしくない。

 多分この雪が影響して何かトラブルでも起きているのだろう。

 

 

「……分かったわ。私から事情を話して、とりあえず6人で進めておくわね」

 

「穂乃果は何だって?」

 

「ええ、それが……」

 

 

 

 

 

 

 どうやら、雪が予想以上に降っているせいでまだ学校に到着できていない人達がいるらしい。

 そのせいで説明会が1時間遅れての開始になるそうだ。

 

 

「仕方ない事とはいえ、幸先は不安だな」

 

「だけど私達は今できる事をするしかない、でしょ?」

 

「……だな」

 

 この雪だ。交通状況に支障が出てしまうのも仕方ないし、起こってしまったことを今どう思おうが何も変わらない。

 なら穂乃果達と離れている自分達にできるのは、いつも通りにしている事ぐらいである。

 

 

「うわ~!!」

 

 控え室に向かおうとしたところで、突如にこが叫び声を上げた。

 周りを考えないほどのボリュームで叫ぶにこへ近づくのを躊躇うが、仕方なく近づく。

 

 

「にこ?」

 

「いきなり大声出してんじゃねえよ。もう最終予選見に待機してる人もいるんだぞ。出場者のお前なんて一瞬でバレ―――、」

 

 声が、止まった。

 

 

「凄い……ここが、最終予選のステージ……!」

 

 今日、μ'sが踊るであろうステージが目の前にある。

 だが、それはあまりにも、過去にやってきたステージとは異なっていた。

 

 自分達で用意してきたステージとは比べ物にならないほどのスケール、UTX学院でA-RISEと共にやった屋上でのステージとも違う。どこまでも予算が使われ、もはやスクールアイドルがやるには勿体ないとさえ思ってしまうほどの豪華なステージがあった。

 

 

「ごめんなさい……今、会場の前に着いたとこなんだけど……」

 

 隣で絵里が穂乃果に電話を入れて色々説明している。

 

 

「大きいにゃ……」

 

「あ、当たり前でしょ。ラブライブの最終予選なんだから……何ビビッてんのよ」

 

 そう言ったにこも足が震えている。

 ステージを見て実感したのだろう。最終予選がどんなものであるかを。

 

 

「凄い人の数になりそうね」

 

「これは9人揃ってじゃないと……」

 

「6人でどうにかなるスケールじゃないな」

 

 9人揃ってこそのパフォーマンスでありμ'sなのだが、むしろそうじゃないとこのステージを活かせるかは甚だ疑問である。

 

 

「とにかく、終わり次第こっちに急いで」

 

 絵里が電話を切る。穂乃果も了承したようだ。

 

 

「ったく、どこまでも想像以上をいってくれるな。ラブライブってのは……」

 

 まさしく圧巻。

 おそらくこんなステージで踊るのはA-RISEくらいでしか慣れていなさそうだが、第一回ラブライブでも最終予選はこういうステージだったのだろうか。

 

 

「控え室に行きましょう。この後のことも、ちゃんと話し合わないといけないしね」

 

 絵里の言葉にメンバーも着いて行く。

 こういう時にまとめ役がいるのは助かる、と拓哉は思った。

 

 大勢ほどではないが、小さい頃にバレエで鍛えられた舞台度胸は確実にここで役立っている。

 6人の背中を見るが、先程までの威勢はあまり感じられなかった。

 

 

「……、」

 

 最終予選へ勝ち進んできたμ'sでさえ、圧巻されるほどの舞台。いや、最終予選へ勝ち進んできたからこその重圧があると言ったほうが正しいか。

 ともかく、穂乃果達が遅れるかもしれない状況下でこの追い打ち。どう考えても問題ない、とは言えない状況だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つくづくそう簡単には上手くいかせてくれねえな。この現実は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全体的に視界が白い中。

 そんなボヤキが少年から吐き出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?


いよいよスノハレ回ですよ!
アニメ2期の数ある神回の1つです。何回見たことか……。
もちろん問題なく事が進むはずもなく、トラブル続出ですぜい。
いやー、スノハレ回もこの作品を書き始めてからずっと書きたかったストーリーの1つなのでとても書いていて楽しいです(笑)


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!



【告知】

自分と同じくハーメルンで『ラブライブ!』の小説を執筆されている薮椿さんの作品『ラブライブ!~μ's&Aqoursとの新たなる日常~』との2回目のコラボが決定しました!
日程は9月8日(金)の予定です。
本編はちゃんと火曜に更新するのでご心配なく!!

お楽しみに!!




最近高評価もなくてヤバイと思い始めている。
ラブライブの作品をもっと盛り上げねば。
感想も増えてほしい(切実)


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119.積もる思いは何よりも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あとは遅れて来られる方への案内ですね」

 

「うん!」

 

 

 

 今来ている人達への案内は終わった。

 大方は来ているが、まだ来ていない人達がいるのも事実。ましてやいつ来るかも不明。不安要素しかないが、だからといって何もしないわけにはいかない。

 

 

(たくちゃんはここにはいない。でも、そうやっていつもたくちゃんに頼っているだけじゃ意味がないんだ。やれる事をしなくちゃ!)

 

 いつも頼れる少年は今絵里達のところにいる。つまり、頼ろうにも頼れない。いや、ハナから頼るつもりもない。

 

 

「遅れて来た人達が通りやすいようにヒデコ達を手伝おう!」

 

「うん!」

 

「はい!」

 

 外ではヒデコ達が雪かきをしてくれている。生徒会でもないのに、今も自主的にボランティアをしてくれているのだ。

 決めるとすぐに外へ出る。

 

 

「おーい!」

 

「穂乃果?」

 

「手伝うよ!」

 

「どこからやればいい?」

 

「なーに言ってんの!」

 

「……え?」

 

 せっかく手伝うと言ったそばから何故か叱咤を受けてしまった。

 

 

「そうよ。あなた達今日何の日だと思ってるの?」

 

「最終予選よ、最終予選! 忘れたの!?」

 

「いや、それは……」

 

 フミコにミカも参戦し、海未でさえ正論を言われてたじろぐ。

 

 

「だったら尚更、こんなところで体力使っちゃダメでしょ。さっ、行った行った!」

 

「でも私達、生徒会だし―――、」

 

「だからダメなの!」

 

「ええ!?」

 

「しかもそんな格好で雪かきできるわけないでしょ。風邪でもひきたいわけ?」

 

 ヒデコ達が学校指定用のウインドブレーカーを着ているの対し、穂乃果達はいつもと変わらない制服を着ているだけ。正直今こうして喋っているあいだも雪の勢いは収まることなく、その寒さの暴力を存分に奮っている。

 

 

「穂乃果達は学校のためにラブライブに出て、生徒会もやって、音ノ木坂のために働いてきたんでしょ?」

 

 雪かきの作業へ戻りながら話すその背中は語る。

 

 

「だから今日は私達が助ける番っ」

 

 その仲間も。

 

 

「私達も協力したいから!」

 

 そして。

 

 

「私達だけじゃない」

 

 視線は真っ直ぐ、まだいる仲間へと向けられる。

 

 

「みんなもだよ」

 

 おそらく10人はいる。その全員が、遅れて来るであろう人達のために雪かきをしている。

 誰1人サボることもなく、むしろ友人と楽しそうに話しながらでも作業を続けていた。

 

 

「ここは私達に任せて」

 

「穂乃果達は説明会の挨拶と予選のことだけ考えてて、ねっ」

 

「みんな……」

 

「誰かに頼っちゃいけないなんてルールはない。頼ってほしい時はね、頼っていいんだよ、私達に。ここに拓哉君はいないから誰にも頼らない。そんなこと、拓哉君本人が聞いたら何て言ってくるか、分かるよね」

 

「……、」

 

 ヒデコの言いたいことはすぐに理解できた。

 自分だけの問題でない以上、誰も頼りにしないのはただの強がりにすぎない。頼れるなら頼る。それで一番最高な結末を迎えられるなら、その方がいい。あの少年なら必ずこう言うだろう。

 

 認識を切り替える。

 適材適所があるように、自分達には自分達が今できる事をする。やり慣れてもいない事をするより、ホーム感さえ感じさせるステージのために。

 

 

「……お願いね、ヒデコ、フミコ、ミカ!」

 

 学校を救うべく、それを結果として残した少女に言われて、それを支えてきた3人の少女達もまた、最初から返す言葉は決まっていた。

 

 

 

 

 

「「「任せなさい」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わあー……!」

 

「凄い……今からここで歌うんだなんて……」

 

「綺麗だにゃ……」

 

 控え室のベランダからステージを見る。

 さっきまで何も点いていなかったLEDの光が次々と点灯されていき、青と白の光がどんどんと光量の範囲を広げていく。

 

 

「本当にここがいっぱいになるの? この天気だし」

 

「きっと大丈夫よ」

 

「天気は悪いけど、それ以上にこの最終予選の期待値が上回ってるはずだし、その点は心配いらないと思うぞ」

 

 天気はいつまでたっても晴れない。むしろ先ほどよりも空は灰色が強くなっていて悪化しているようにも見える。

 寒いのにも関わらず心配そうに空を眺める凛達を見ていると、背後から声をかけられた。

 

 

「ビッシリ埋まるのは間違いないわ」

 

「……綺羅」

 

「ふふっ、ハロウィンイベント以来ね。拓哉君」

 

 A-RISEの3人が来たことによって、メンバー全員の意識がステージと空から強制的に切り替えさせられる。

 

 

「完全にフルハウス。最終予選にふさわしいステージになりそうね」

 

「完全にフルハウスって何だ。藪からスティック系ならもう古いぞ優木」

 

「もうっ、そういうのは気にしなくていいの!」

 

「自分でこういうのも何だけど、A-RISEの私達に対して強気でそう言ってくるのはあなただけよ拓哉君……」

 

「悪いな。ボケられるとついツッコミ入れちまう」

 

「ボケたつもりはないのに……」

 

 1人シュンとなっているあんじゅをよそに、基本A-RISEに強い憧れを持っている花陽は思う。何故この少年は平然としていられるんだろうかと。理由は簡単、ただの怖いもの知らずであり、いつもそばにいる幼馴染が強烈すぎて大抵の事じゃ驚きはしなくなっているからだ。

 

 

「あ、A-RISE……」

 

「ダメよ。もう対等、ライバルなんだから」

 

 だから畏怖する事も、恐れる事もないと、遠回しに真姫は言って聞かせる。

 

 

「どうやら全員揃ってないようだが」

 

「え、ええ、穂乃果達は学校の用事があって遅れています。本番までには何とか」

 

「……そう。じゃあ穂乃果さん達にも伝えて。今日のライブでこの先の運命は決まる。互いにベストを尽くしましょ」

 

 雰囲気が変わる。

 学生から、王者だった者へと。

 

 

「でも、私達は負けない」

 

「ッ……!」

 

 言葉の重圧はこれほどまで圧し掛かってくるのか、と絵里は思った。

 ラブライブの元王者が言ったその一言。たった一言だけなのに、それだけで伝わってくる。

 

 元王者としての威厳が。

 覚悟が。

 まるで力の籠った何かのように。

 

 すると、突如3人の足が止まった。

 

 

「あら、今回は珍しく何も言ってこないのね、拓哉君」

 

 μ'sメンバーではなく、その手伝いに向けられた言葉。拓哉とはまだ数回しか会ったことのないツバサだが、それでも分かることがある。こういう時、必ず少年は何かを言ってくる。

 なのに、何も言ってこないのはおかしい。

 

 そう思って自分から少年へ問いかける。

 すれ違ったことにより自然と背中を向けていた1人の少年は、かけられた言葉に答えるべく元王者へと向き合う。

 

 そして、あっけからかんとこう言った。

 

 

 

 

「ああ。本番はもうすぐだし、結果を出すのはステージに立つこいつらだ。だからもう俺がアンタらに何か言う必要もない」

 

「……、」

 

 当たり前のことを言うように、少年は言い放った。

 物怖じもせず、元王者に向かって。

 

 だから、綺羅ツバサは笑う。

 

 

「……ぷっ、はははっ! そうね、ええそうよ。……やっぱり私達にそんな事を言ってくるのはあなただけ。だから興味をもった」

 

 元王者の貫禄はなく、ただの少女は無邪気に笑いながら背を向け歩を進んでいく。

 

 

「私の目に狂いはなかった。面白いわね、μ'sも、拓哉君も」

 

「面白くしてるつもりはねえよ」

 

「さっきのあんじゅのお返しよ。じゃあ、またね」

 

 A-RISEがいなくなって、場は静寂に包まれる。

 一気に気を引き締められた感じがした。

 

 

 

 

「ここにいても冷える。控え室に戻ろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから何分たっただろうか。

 

 

 

「雪、止まないね」

 

「晴れるって言ってたのに」

 

 未だに雪の勢いは止まるどころか、明らかに悪化している。

 まだ激しくないとはいえ雪は荒れ、吹雪にも近い現象にまでなっていた。

 

 

(穂乃果達の説明会はもう終わってるはず。だけど、この吹雪で交通状況が安定してるとは思えない)

 

 黙って外を見つめる拓哉は絵里へと視線を移す。

 時間を見計らって絵里が穂乃果に電話をかけたのだ。

 

 

「で、穂乃果達は?」

 

 にこも同じことを思っていたようで、素直に口に出した瞬間だった。

 

 

「ええ!? 動けない!?」

 

「……、」

 

「そんな……間に合うの……?」

 

 会話を聞いている限り、事態は恐らく最悪の展開になっている。

 やはりこの吹雪じゃ交通機関がまともに動けるはずもないのは薄々分かってはいた。

 

 

「来れないの?」

 

 真姫が珍しく困ったような声を出す。

 絵里も電話が終わったようで携帯を仕舞うが、表情は明るくない。

 

 

「電車も動いていなくて、穂乃果のお父さまに車を出してもらおうとしたけど、それもダメだったって……」

 

「そんな……」

 

「どうすれば……」

 

 事態も状況も最悪。

 これじゃ最終予選に穂乃果達は間に合わず、6人で出たとしても、満足のいく結果になるとは思えない。最終予選に限ってこんな残念な結末になるなんて、岡崎拓哉は認めない。

 

 

「分かった」

 

「……え?」

 

「拓哉、いきなりどうしたの。マフラーなんて巻いて……」

 

 拓哉が立ち上がりマフラーを巻いている姿に、疑問をぶつける真姫と絵里。

 だが、拓哉が何をしようとしているかをいち早く察知したのは、希だった。

 

 

「……まさか、拓哉君」

 

「ああ」

 

 時計を確認する。

 まだ決して間に合わない時間じゃない。

 

 

「俺が穂乃果達を迎えにいく」

 

「なっ」

 

「む、無茶よ! 外はこの吹雪よ!? こっちはまだそんなに荒れていなくても、穂乃果達のいるところはもっと酷くなってるはず……。そんな中を、走っていくなんて……!」

 

「だからだよ」

 

 絵里の言葉を聞いても、拓哉は準備を止めない。

 むしろ少しでも早く迎えに行くために準備運動までしている。

 

 

「穂乃果達は動けない。お前達も動けない。だけど、ここにはいつでも動ける便利な人材が残ってんだろ。幸いここから学校までの近道も知ってるし、体力にも自信があるんでね」

 

「でも!」

 

「大丈夫だ。お前らがここまで積んできた道のりは絶対無駄になんかしない」

 

 苦労なら散々してきた。

 最終予選に来るまで色んなことがあった。

 

 間違いなく彼女達の頑張りがあってこそだった。

 なら、それをこんなところで終わりにしていいはずがない。

 

 

「多少雪が積もってもそれが何だ。走んのにちょっと支障が出るだけだろうが。そんなくだらねえもんよりな、こちとらここまで色んなもん積んできたんだよ。こんな吹雪で終われない、よっぽど大事なものなんだ。それを、ここで無駄にしてたまるか」

 

 ここまで言う少年は、もう誰にも止められない。

 言っても無駄なんてことは、ここにいる少女達なら全員が理解している。

 

 

 こういう時の岡崎拓哉は、必ず何とかしてくれると。

 

 

 

「今まで色んな思いも込めて積んできたモノを、吹雪のせいで全員集まれないから終わりだなんて、そんなクソ喰らえな悲劇にはさせやしねえぞ」

 

 

 

 もう誰も何も反論はしない。

 できない。

 

 

 少女達の中にあるモノは、何も根拠のない、確証もない、ちっぽけな信頼のみ。

 だけど、それで充分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待っててくれ。穂乃果達は、必ず俺が連れてくる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


完全にフルハウス、ツッコミたくてしょうがなかったです。
スノハレ編よりも最終予選編の方がしっくりくるので、変更させていただきました。
そんなこんなで最終予選編もあと2話です。
適材適所はしっかりと。みんなで何かをやり遂げるからこそ、頼っちゃいけないなんて独りよがりな思考はダメ。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
久しぶりに高評価貰いましたよ!!


koudorayakiさん

醍醐りあんさん


計2名の方から高評価をいただきました。良くも悪くも評価はモチベに関わるもの。大変ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!



【告知】

自分と同じくハーメルンで『ラブライブ!』の小説を執筆されている薮椿さんの作品『ラブライブ!~μ's&Aqoursとの新たなる日常~』との2回目のコラボが決定しました!
日程は9月8日(金)の予定です。
本編はちゃんと火曜に更新するのでご心配なく!!

お楽しみに!!




まあ実際吹雪の時に外へ出るのは大変危険なので、良い子の人は真似しないように。
真似していいのはバカでお人好しなヒーローだけだよ!!あと社会人!!



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120.いつだって



どうも、一日遅れの投稿です。

最近執筆時間が取れなくて……。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このくらいならまだ何とかいけるか」

 

 

 

 

 

 外に出ればより降っている雪の勢いを身に浴びる。

 だが、まだこちらの方はそんなに積もっていないらしい。走れる余裕は充分にありそうだった。

 

 

「やっぱこのままじゃ寒いな……」

 

 一応マフラーは巻いているが、言ってみればそれだけであとはいつもの学ランのままである。決して短くはない距離を走って行くのだから、走っていればそのうち暑くなると思ってコートは控え室に置いてきた。

 

 

(今は寒くても走ってりゃマシになるだろ)

 

 自分に言い聞かせて軽く屈伸運動をする。

 普段の拓哉なら寒がりで絶対こういう事はまずしない。しかし事が事というのもあるが、もはや性分なので今更やめるなんて選択肢もない。

 

 

「うしっ、行くか」

 

 一歩を強く踏み出し、駆ける。

 周りを見れば傘をさして歩く人がいたり、傘をささずともしっかり防寒対策として着込んだりしている人がほとんどだ。そう考えると学ランにマフラーのみの少年がどれだけ無謀なのかもはっきりと分かる。

 

 幸い走っている今も足に雪を踏んでいる微かな違和感はあれど、走ること自体にさほど支障はないと思う。これが穂乃果達のいる付近になればなるほど酷くなっていくのを考えると、少し不安にもなる。

 

 

(いくら近道を使って走っていっても、車や電車を使わない限り時間はかかってしまう。ここら辺だって今は大丈夫でも戻ってくる頃に積もってない保証なんてどこにもない)

 

 走りながらも周辺を見て考える。

 何か少しでも時間を短縮できることはないかと。乗り物はほぼ絶望的だろう。交通状況が麻痺している中でそれを扱うのはもはや逆効果にすらなってしまう。

 

 

(マジかよ……。()()()()()()()()()()()()……!)

 

 いきなりの事だった。

 確かに早く着くために全力で走ってはいるが、それでもまだ距離自体は半分もいっていない。だが既に、吹雪はそこまで来ていた。

 

 滑って転ばないようにしながら全力で走るのは少々体に負担をかけてしまうが、転んでタイムロスしてしまうよりかはマシなのでそうするしかない。普段が普段なだけあって体力には相当自信があると自負している岡崎拓哉の特徴が幸いしている。

 

 

(このままじゃ行きは大丈夫でも戻ってくる時には完全に積もっちまう。考えろ……せめて走ってる最中に何も支障が出ない最適解を……)

 

 道を曲がっては真っ直ぐに走り、また曲がっては真っ直ぐに走りを繰り返す。しかし走っているせいもあって上手く頭を回転させることができない。

 当たり前のことだが、今拓哉の周りには走っている自分以外誰もいない。見知らぬ他人が歩いていたりするぐらいだ。

 

 しかし、状況を再確認することはいつだって基本的な事でもあり、それと同時に気付く事だって当然ある。

 

 

(ここには誰もいない……そうか……! 誰もいないんじゃない。誰もいないから頼るべきなんだ!!)

 

 自分のできる事には限界というものがある。

 それは岡崎拓哉も例外ではない。自分の目の前に起きている事以外では何もできない。同じ問題が周囲で起きていると対応できないのと同じものだ。

 

 なら、その役割を誰かにやってもらえばいい。

 

 

(頼む、出てくれ……!)

 

 走りながら携帯を片手に取る。

 家族とμ's、あとは数えるほどしか番号登録されていない少し寂しい気持ちを抑えて中から一つの番号にかける。

 

 それは、意外にもすぐに出てくれた。

 

 

『はいはーい。これまた珍しい人から電話がかかってきたね』

 

「悪い、取込み中だったか」

 

『いや、まあちょっと様子見をね。で、どうしたの?』

 

「ヒデコ、そこにフミコとミカもいるか?」

 

 電話の主、ヒデコは確認するまでもなく即答した。

 

 

『うん、2人ともいるよ。ついでにボランティアで手伝ってくれてた友達もね。こっちはもう吹雪が凄いことになっててさー』

 

「ボランティア……?」

 

『そうだよ。10人ほどだけど、学年はバラバラ』

 

「……そうか、なら丁度よかった」

 

『ん? 何々、どうかしたの?』

 

 一か八かの電話だったが不幸中の幸いだったのか、ヒデコ達は今吹雪のせいで校舎の中から外の様子を見ているらしい。周りには何人かボランティアもいるとのこと。もう、これ以外に打てる手はない。

 

 既にこっち方面でも吹雪の勢いは強くなっていっている。ましてやヒデコ達のいる場所はもっと荒れているに違いない。

 そんな中でこんな事を言うのはとても心苦しいが、重い口を開けるしか少年はできなかった。

 

 

「……そっちの状況も分かってるつもりだ。どれだけ吹雪が荒れているか。そのせいで身動きができないか。……だけど、俺が考えうる中で最善の手はもうこれしか思い浮かばなかった。だから、だから……」

 

 こんなこと言うのはこちらの身勝手かもしれない。

 ある意味自分よりも酷な事をさせてしまうかもしれない。

 

 

 だから。

 なのに。

 

 

 

 

「頼む。みんなの力を貸してくれ」

 

『『『もちろん!!』』』

 

「こんな吹雪の中危険だってのは分かっ……え?」

 

 あまりにも綺麗な即答に理解が追いつけなかった。

 しかも聞こえた声はヒデコだけではない。

 

 

「俺が言っといて何だけど、もうちょっと戸惑いとかそういうの、ないのか!? というか今ヒデコ以外にも声が聞こえたんだが、もしかして……」

 

『ふふん、そんな事だろうと思ってスピーカーにしておきましたー!』

 

 こんな時にもお気楽な声で笑う相手に走りながらも軽く溜息が出てしまう。いや、こちらとしてはもっと重視すべき問題があるのだが。

 

 

「いや、それよりもだ! 俺まだ詳しいこと何も言ってないのにいきなり承諾とか正気かお前ら!」

 

『頼んできたのはそっちなのに何でそういうこと言うかなー。ま、答えなんてとてもシンプルなもんだよ拓哉君』

 

「はあ? どういうことだよそれ」

 

『こんな緊急事態の時に拓哉君が私達に頼み事してくるってことは、穂乃果達の事以外で考えられないもん』

 

「………………………………………………………そ、そうか」

 

 図星すぎて少し恥ずかしくなってしまう。顔が赤くなっているのはきっと走っていて体が温まってきたからだろうと信じたい。

 

 

『よし、じゃあ本題。私達は何をすればいいの?』

 

「……これは俺だけじゃ絶対にできない事だ。俺よりも長く音ノ木坂にいて、ロクに女友達もできない男1人より、ヒデコ達だからこそ頼めること」

 

『私達だからこそ?』

 

 ある意味一か八か。確証も確信もない。だが頼れるのはもうこれだけ。

 であれば、それに全力をかける。

 

 

「それを今から説明する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なるほどね』

 

「いきなりこんな事言って悪い。できそうか?」

 

『ふっふっふーん、愚問だよ拓哉君』

 

 説明を終えて聞けば、ヒデコは不敵な笑みを浮かべて気楽に言った。

 

 

『できそうかじゃないよ。やるんだよ』

 

「……、」

 

『拓哉君が必死になって考えだしたのがそれなら、私達は全力でそれをお手伝いさせてもらう。簡単なことでしょ?』

 

 まるで自分に言われているような感覚にさえなった。

 例えそれが最善でも最悪でも、それがその人のためになるなら迷わず拓哉はできるできないという問題ではなく、やり遂げる事を最優先に動くだろう。

 

 

「……本当にいいんだな?」

 

『最初に言ってきたのはそっちでしょ? それにようやくこの日が来たんだもん。張り切らないわけにはいかないでしょ!』

 

「この日? 最終予選のことか?」

 

『あー、まあ、それもあるんだけどね。本質はもっと別のとこかな』

 

「何だよ?」

 

 信号が赤になり一応立ち止まって聞いてみる。

 

 

『やっと、私達が穂乃果達や拓哉君のことを助けられるんだなって』

 

「…………は?」

 

 返ってきたのは予想外の言葉だった。

 思わず聞き返すが、今度はフミコがそれに答える。

 

 

『ほら、穂乃果達はもちろんμ'sとしてこの学校を救ってくれたでしょ? そして拓哉君もその一端に間違いなく関わってきた。でも私達はいつもステージの準備とか、やってきたのはいつも雑用だけ』

 

「違う。そんなことない。お前達はいつも穂乃果達のために積極的に手伝ってくれたじゃねえか!」

 

『そういうことじゃないよ』

 

 次はミカ。

 

 

『積極的に手伝ってはいた。人手も多い方がいいし、学校に来て間もない拓哉君がどこにあるか知らない荷物を探すのも私達がやってきた。……でも結局はそれだけ。拓哉君みたいに穂乃果達のために体張って一緒に辛い思いをしてきたわけじゃないもん。どこまでも学校を救ったのは、μ'sと拓哉君なんだよ』

 

「でも、お前達がいなけりゃ俺達は……」

 

『なーに悲観的になってるの! 別にこれは重い話をしてるわけじゃないよ。私達がどうしてもやりたいって思ったことだから納得してもらいたいだけ。ねえ、拓哉君。今までみんなは凄く頑張ってきた。そして最終予選まで辿り着いた』

 

 最後は、ヒデコ。

 

 

『いつもμ'sのそばにいた拓哉君と、ステージに立つ時しか手伝えない私達では立場も違う。だからね、これは私達が勝手に抱え込んでた願いだよ。私達3人だけじゃない。ここにいるみんなもそう。学校を救ってくれた拓哉君達にお礼がしたいの』

 

「お礼……?」

 

『学校を救うなんて、普通に考えてみればそう簡単にできる事じゃない。でもそれをやってのけたのは間違いなく穂乃果達。なら、それにお礼するのも当然だよ。だから穂乃果達や拓哉君が困ってる時は、今度こそ私達が助ける番なんだってね』

 

 学校を救った。言うだけなら簡単だが、達成するのは非常に難しい。

 そんな偉業をやってのけ、音ノ木坂のヒーローとなった彼女達ではあるが、もしその彼女達が困難に陥ったら? その騎士までも1人じゃ限界なとこまで来ていたら?

 

 結論的に言うと、結局はこれだった。

 それを助けるのが、まさに音ノ木坂に通っている生徒達だ。

 

 

『さあ、今回は私達に任せなさい拓哉君。学校のために必死に頑張るあなた達を見てきて、変わらない人なんていないんだって事を証明してあげる』

 

 電話越しにでも聞こえる。ヒデコの後ろの方から喋り声が。誰かに電話をかけ、違う人もまた誰かに電話をかけ。

 

 

 

 

『ヒーローに救われた人達が、ヒーローにならない道理なんてどこにもないんだってね!!』

 

「……ああ……ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 全面的な信頼を委ねる。

 心配は必要ない。

 

 顔に当たった雪が溶けてからなのか流れそうな雫を腕で拭き取る。

 周りに誰もいなくて安心した。吹雪の中走って涙を拭いている男子がいれば、制服からすぐ特定されてネタにされるに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今までやってきたことは、決して無駄ではなかった。

 それが分かっただけで、走りにくい地面さえ厭わずに強く足を踏みつけて行ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな……」

 

 

 

 海未の声が漏れる。

 説明会が終わって校舎の出口に来てみれば、外の景色は容赦なく猛威を振るっていた。

 

 説明会に来ていた人達も帰るのを一旦やめて今は校舎内で待機している。

 しかし、穂乃果達に時間の余裕は与えられていない。本番までに会場に着かなければならない。なのに、交通手段が止まっている以上、下手に動けないのも事実。

 

 

「……走っていくしかない」

 

「穂乃果ちゃん!?」

 

 だけど、ここで動かなければ何をしたって状況は変わらない。ここで立ち止まっているだけじゃ、最悪な結末しか待っていない。

 そんな状況を変えるためには、やはり自分の足で走っていくしかないと穂乃果は判断した。

 

 

「開演までまだ1時間ある。急げば間に合うよ!」

 

「でも、外は……」

 

「今は考えてる時間はありません」

 

 ことりが逡巡する中、最終的な判断を下したのは海未だった。

 そうでもしなければならないから、多少無理はしても動く必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪かきしたのに、もうこんなに……ッ」

 

「しかも激しくなってる……!」

 

「これでは例え走っていっても、間に合うかどうか……」

 

 荷物を持ってくる短時間。

 それだけで自然の暴力は簡単に牙をより凶暴化させていく。雪が横殴りのように吹雪き、風はもはや寒いというより冷たいほどにまでなっていた。

 

 

「……行こう、穂乃果ちゃん」

 

「ことりちゃん……」

 

 これだけの自然現象を目の当たりにして、それでも優先すべきものがある。危険だとしても、諦めきれない思いがある。

 それだけで揺るがない気持ちは往々にして固く強固なものである。

 

 

「死ぬ気でやれば怖くなんかないよ! いつもこういう時はたっくんが体を張って私達のために無理をしてきてくれた。だったらたっくんの思いもここで無駄にするわけにはいかないもん! それに、私達だってこの日のために頑張ってきたんだよ。やれるよ!」

 

「ことりちゃん……」

 

「ことり……」

 

 いつも最終的な決定権はみんなに譲って従ってきたことりが、ここにきてハッキリと自分の主張を大きく声に出した。

 

 

「みんなが待ってる」

 

 その一言で、穂乃果の表情が変わった。

 

 

「……行こう」

 

 言った途端、穂乃果は先陣をきって外へ飛び出していく。正面からの向かい風を傘で防ぎながら進んでいくが、あまりにも強い風のせいで上手く進めない。

 

 

「穂乃果!」

 

「うわっとと! 冷た~!!」

 

「穂乃果ちゃん!」

 

 いきなり横向きになった風でバランスを崩し尻もちをついた。

 ことりも海未もそれをきっかけに外へ出るが。

 

 

「雪が足に纏わり付いてッ……」

 

 今もどんどんと積もっていく雪のせいで思うように足を前に出せない。何とか歩けるが、走るのは女の子にはキツいほどだった。

 

 

「くッ……」

 

 またも正面からの向かい風に変わった吹雪が容赦なく襲い掛かってくる。

 それでもゆっくりではあるが、確かな一歩を踏み込んで進める。

 

 傘を前に傾けていても完全に雪を防げるわけでもなく、吹雪いている雪が次々と持ち手になっている手袋へ付着し浸透していく。ただでさえ吹雪のせいで手袋もあまり意味を成していないのに、そこへ雪が侵食して余計手袋が冷たくなっていくのはもはや苦痛とまでなっていた。

 

 

「はぁ……ッ……まだ……!」

 

 傘と吹雪をせいで視界をまともに捉えられていないからか、うまく距離感を掴めない。自分がどこまで進んだかも分かりづらくなっているのだ。

 感覚としてはもう校門近くまで来ていると思うが、それも定かではない。

 

 瞬間だった。

 突如として吹雪の勢いが増して反射的に傘で防ぐが、うまく前に進めない状況になってしまった。

 

 

「諦めちゃダメ!」

 

「ッ……ことり、ちゃ……」

 

「せっかくここまで来たんだから!!」

 

 これだけ風は強いのに、すんなりと声が聞こえる気がした。

 それはことりだけではない。

 

 

「私もです! 2人の背中を追いかけてるだけじゃない。やりたいんです! 私だって、誰よりもラブライブに出たい!! 9人で最高の結果を残して、10人で笑い合いたいのです……ッ!!」

 

 もはや望みも希望もほとんどない状態で、それでも本音を言わずにはいられなかった。ここまで来て諦めてたまるかと。

 それは、誰よりも、穂乃果だって一緒に違いないのだ。

 

 

「……そんなの、私もだよ……。私もラブライブに出たい。優勝して、最後には泣いて……笑っていたいよ!! こんなところで立ち止まってる場合じゃない! 9人でステージに立って、10人で進んできたんだもん!! 諦められるはずないよ!!」

 

 半ばやけくそで、こんなところで、不完全なμ'sままで最終予選を終わらせたくない。

 

 希望がないなら自分で作るまで。

 奇跡が起きないなら起こすまで。

 このまま終わってたまるかと。

 

 

 3人の気持ちが一つになった。

 

 

 

 

 

 

 

 であれば。

 

 

 

 

 

 

 ほんの少しも望みがなくても、希望すらなくても、奇跡が起きなくても。

 ここまで諦めずに頑張ってきた少女達には、救いがあったっていいはずだ。

 

 ここぞという大事な局面で報われないのは絶対に間違っている。

 だから、これまで少女達に過酷な試練を与え続けてきた現実は、ここにきてようやっと味方した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よお」

 

 

 

 

 

 

 

 途端に吹雪が弱くなり視界が鮮明になってきたところで、聞き慣れた声がした。

 

 

 

 

 

「よく言ったな」

 

 

 

 階段を上がっている最中に聞こえた彼女達の紛れもない本音。

 それはしっかりと少年にも響いていた。吹雪の中諦めずに会場へ向かおうとした彼女達の行動は、傍からすれば危険なものだったかもしれない。無謀であったかもしれない。

 

 だけど、それが事実であろうとなかろうと、彼女達の思いだけは決して否定してはならない。

 

 

「……く、ちゃん……っ」

 

 思わず声が震える。

 諦めなかった。諦めきれなかった。でも、心のどこかでは不安になっていたのも事実。いつもそばにいてくれる少年がいないからこその不安があった。寒さに打ちひしがれそうにもなった。

 

 寒さで体は震え、顔も赤くなり、けれど、心はもう安心しきっていた。

 もはや本能のままに顔を上げて正面を向く。愛しい想い人へきちんと声を届けるために。

 

 

「たく……ちゃん……ッ」

 

 瞳には涙が溜まり、感情を抑えきれそうにもなかった。

 自分達に壁が立ちはだかったり、挫折しそうになったり、不安になったりすると、必ず駆け付けてくれるヒーロー。

 

 

 

 そんな少年(ヒーロー)は、少女の声に答えるために、いつものように言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「迎えに来たぜ。穂乃果」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


最終予選編もこれを入れてあと2話。つまり次でクライマックスです。
この作品を書き始めてからずっと書きたかったシーンが書けて満足でした。吹雪を前に足を止めていたら颯爽と駆け付けてくれるヒーロー。
王道ゆえに、大好きです。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!
先日感想数が700件を突破したので、どんどんくだされ!!


【告知】

自分と同じくハーメルンで『ラブライブ!』の小説を執筆されている薮椿さんの作品『ラブライブ!~μ's&Aqoursとの新たなる日常~』との2回目のコラボが決定しました!
日程は9月8日(金)の予定です。
本編はちゃんと火曜に更新するのでご心配なく!!



ヒフミトリオかっけぇーの一言に尽きる。


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121.思いと想い



どうも、今回で最終予選編クライマックスです。


あとがきでは今週投稿されるコラボ告知もありますので最後までお読みください!


では、どうぞ。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーに泣いてんだよバーカ」

 

「……だ、だって、たくちゃんがいるなんて、思わなくて……っ」

 

 

 

 

 必死に涙を拭う。

 後ろからもすすり声が微かに聞こえたから、おそらく海未とことりも穂乃果と同じようになっているんだろう。

 

 突然の岡崎拓哉の来訪。

 たったそれだけで、絶望的だった局面が何か変わったように思えた。

 

 

「拓哉君が早いのか、穂乃果達が遅いのかこれじゃ分かんないね」

 

「穂乃果達が遅いんだよ! また少し積もっちゃったじゃなーい!」

 

「でも、急いだ甲斐はあったみたいだな」

 

 そういえばヒデコ達の姿を見なかったような気がする。

 もしかしてと思うが、まさかこの吹雪の中でずっと雪かきをしていたのだろうか。

 

 

「……もしかして、これ、みんなが……?」

 

 吹雪いていた強風は止み、視界も晴れているから見えた。階段の下まで。

 ヒデコ達と同じく、雪かきのためにシャベルを持った音ノ木坂の生徒達が。

 

 

「にっしし! そうだよ。まあ正確に言えば全部拓哉君の指示だけどねー」

 

「え、たくちゃんの?」

 

 振り返ると、何やらバツが悪そうに顔を逸らしている少年がいた。

 

 

「……まあな。俺にはできそうにない事をヒデコ達に頼ったおかげで、辛い作業を全部してくれたのはヒデコ達だ。俺はただここまで走ってきただけに過ぎない」

 

「もー、そんなこと言って! これだけ寒いのに学ランにマフラー装備だけの人が何言ってるのー? 今だってあれだけ走ってきたおかげで寒くないだけのくせに」

 

 ヒデコの言葉を聞いて改めて拓哉の服装を確認する穂乃果達。

 見慣れた学ラン。最近付け始めたマフラー。どこまでも見慣れた、そんなありふれた服装をしているのにも関わらず、今の現状からすれば只々違和感しか感じなかった。

 

 

「何でそんな寒そうな格好してるのたっくん!?」

 

「や、まあ、あれだ。走ってたら絶対コートだと暑くなるだろうなと思ってこれで来たわけだけど……」

 

 服装にはうるさいことりの言葉を理解しているのかしていないのかよく分からない返答をする拓哉。

 というよりもだ。穂乃果達3人からすればもっと重要視すべき点がある。

 

 会場から学校までは決して短くない道のりがあるはずだ。穂乃果が絵里に電話したのは数十分前だが、まさかその時からこっちに向かおうとしてきたのか。それでもこの早さで着くのは異常である。

 

 なら考えられる結論は一つ。

 交通手段が何も使えないなら、ただその足をひたすらに動かしてここへやってきたということになる。

 

 どれだけ必死になって来てくれたのか。

 そう考えるだけでも、また瞳から雫が溢れてきそうになる気分だった。

 

 

「はいこれ、スノーブーツ。サイズ合わなくても多めに見てね」

 

 いつの間にかそんな物まで目の前に用意されていた。

 

 

「心配しないで!」

 

「会場までの道のりは私達がサポートするよ!」

 

「私、達……?」

 

 さっきから話が色々と掴めない。

 会場の道のりまでは相当距離がある。まだ1時間ほど時間があるとしても、先ほどの吹雪で安全に走っていける保証なんてないはずなのに。ヒデコ達は当然のように言っている。

 

 

「吹雪を校舎の中で見てたらね、拓哉君から電話があったの」

 

「たくちゃんが?」

 

「うん。私に電話してきた時にはもう拓哉君はこっちに向かってきててね、頼み事されたんだよ」

 

 普通に聞けば何てことない言葉。だけど、穂乃果達には違和感しかなかった。

 今日は大事な日。だから普段手伝わせている拓哉にも今日だけは手伝ってもらわずに会場へ行ってもらった。

 

 頼りすぎちゃダメだから、頼ってばかりじゃ自分達だけでは何もできないと思ってしまいそうだから。誰もそんなことを思ってもいないのに、自分の中でそう結論付けてしまった。

 

 けれど、ヒデコ達は頼れと言った。

 自分のためじゃない、自分達のためならば、頼っちゃいけないルールはないと。

 

 だから、普段なら絶対誰かに頼ろうなんてしないと思っていた拓哉も、ヒデコ達を頼った。

 大事な日だからこそ、頼らなくちゃいけない。身勝手で、我が儘で、それでも、きっと正しい選択をとった。

 

 

「ねー拓哉君!」

 

「……ああ。俺なら会場から学校までの近道を知ってるから、俺の通ってきた道をちゃんと雪かきできていれば順調に行けると思ってな」

 

 μ'sの手伝いをしている身の上、会場までの道のりは一応色々調べておいたのが功を奏したのである。

 

 

「だけどそれにはもちろん人手がいる。それも大人数のな」

 

 スノーブーツに履き替えながら拓哉の話を聞く。

 決して短いとは言えない距離。それを全て除雪するには、それ相応の人数が必要になるのは必須。

 

 

「だから音ノ木坂じゃロクに友達もいない俺じゃ無理だと判断してヒデコ達に頼んだんだ。できるだけ多くの友達に連絡して作業を手伝ってくれないかって。人数さえ確保できれば、俺の指示した道で除雪作業してくれるしな」

 

「電車も止まってるらしいし、どうしようかってなってたところで拓哉君からの電話がきたの。あの拓哉君からの頼み事だよ? そんなの断るわけないじゃんね!」

 

「滅多に人を頼らない拓哉君がだもんねー」

 

 茶化すんじゃねえよ、と悪態つく拓哉に笑うヒデコ達。

 それを見て穂乃果は確信する。この少年とヒデコ達には、自分達とはまた違った信頼関係にあるのだと。同じ手伝いという立場からできた信頼関係がそこに見えた。

 

 

「ちょうど私達の周りにもボランティアで手伝ってくれたりした子達がいたから、みんなで呼びかけたの。穂乃果達のために、μ'sのために集まってって」

 

 絶対来るはずない。そんなことで寒い吹雪の中、外に出るなんてことは誰もがしたくないはずだ。現実なんてそういうものだ。

 と、以前の音ノ木坂ならそうなっていたかもしれない。

 

 

 でも。

 だけど。

 

 

 

 

 

「そしたら来たよ。全校生徒が」

 

 

 

 

 

 今の音ノ木坂なら違う。

 廃校になりそうでほとんど諦めかけていたあの頃とは違う。

 

 

「音ノ木坂を救ったヒーローが、みんなを変えたんだよ」

 

「私達が……ヒーロー……?」

 

「それ以外に何かある? 学校を廃校から救うなんて、並大抵の事じゃできないことなんだからね。それをやってのけた穂乃果達は、紛れもない音ノ木坂のヒーローだよ」

 

 そんな実感なんて今まで感じたこともなかった。

 廃校が嫌だから、自分達のために、スクールアイドルが楽しくて、そんな色んな思いがぐちゃぐちゃになりながらガムシャラに頑張ってきた結果がこれなのだ。

 

 それに対してヒーローと呼ばれるなんて、想像もしていなかった。

 

 

「そんな穂乃果達に、ヒーローに助けられたらさ、当たり前のことなんだよ。そのヒーローが困ってたら、今度は自分達でそのヒーローを助けたいって思うのは。自分達の居場所を守ってくれた人達のためなら、こんな雪ぐらいどうってことないよ!」

 

 最初は13人から連絡を取り合っていった。協力してくれと。

 しかしたったその一言だけで、微かな希望の糸は次々と連鎖し繋がれていった。人が人を呼び、思いは繋がれていく。

 

 音ノ木坂学院の生徒数自体は多いわけではない。

 だけどその全校生徒は、余すことなく駆け付けてくれた。

 

 

「ヒーローに救われた人達が、そのままただの人でいる理由なんてない。普通の人が、ヒーローになれないなんて理屈もないんだから」

 

 言うだけなら簡単。しかしてそれを実行するのはとても勇気がいることを、この世界で生きている者なら誰もが知っている。

 けれど、そんな人達を変えた者こそが、μ'sと岡崎拓哉。

 

 無謀だったはずの結果を残し、偉業を成し遂げた者達。

 どこにでもいる普通の高校生が、ヒーローに変わった瞬間から、この学校の生徒も徐々に変わっていったのだ。

 

 

 

 

 誰にだって、ヒーローになれる権利がある。

 

 誰にだって、ヒーローになれる資格がある。

 

 誰にだって、ヒーローになれる素質がある。

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、頼んでおいて何だが驚いたよ。こんなにも主人公達(ヒーロー)がいれば、俺達が霞んで見えるな……」

 

「メインが何言ってるんだか。さあ、行った行った! 時間は待っちゃくれないよ!」

 

 ヒデコがパチンッと軽く区切りを付けるように手拍子を鳴らす。

 これ以上は時間を潰している暇もないのだろう。実際、向こうに着いてからも準備をしなくてはならないのだから、どっちみち急ぐに越したことはない。

 

 

「……みんな、変だよ」

 

「穂乃果?」

 

 そろそろ行こうかというところで、穂乃果が呟いた。

 

 

「こんな大変なこと……」

 

 言うだけなら簡単、それを実行に移すのはその人次第。何をするのかによってその言葉の重さは違っていく。それを目の前でみんながやっていることに重ねるならば、とても重く大変で、苦行にも近いもののはずだ。

 

 それなのに、自分達のために全校生徒が集まってくれた。

 

 

「ほんとに、みんな……変だよ……!」

 

「そんなもんだよ」

 

 頭に少し降り積もっていた雪を手で振り払いながら拓哉が穂乃果の隣に立った。

 まるで全てを理解しているような顔で、当たり前のことを言っているかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒーローってのは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっけー!!」

 

 ヒデコ達の声援を受けて走る。

 階段を下りれば、今までずっと雪かき作業をしてくれていた生徒達からも声をかけられた。

 

 

 

 

「がんばれー!」

 

「足元気を付けてー!」

 

「まだ間に合うよー!」

 

「慌てないで!」

 

「こっちだよ!」

 

「そのまま真っ直ぐ!」

 

「頑張ってー!」

 

「走れー!」

 

「転ばないでー!」

 

「この先左だよー!」

 

 

 

 様々な声援があった。

 走る先々で生徒達が手を振ってくれたり雪をどけてくれていた。

 

 一人一人の声が、思いが伝わってくるような気がした。

 お世辞でも社交辞令でもない。全校生徒が、本当に思っていることを声に出して言ってくれている。むしろそうとしか思えないほどに、この道には雪がなかった。

 

 

「ぅ……ッ……」

 

 再び涙腺が緩む。

 目尻に溜まる涙が走る振動で一滴ずつ零れていく。

 

 

「よく聞いておけよ」

 

 自分達より先を走る少年が言う。

 

 

「この声援は、この道は、お前らが死にもの狂いで頑張ってきて切り開いた道だ。他の誰でもない、μ'sが音ノ木坂を変えたからこそできた道なんだ。お前らがやってきた事は、決して無駄なことなんかじゃなかった」

 

「……ぅん……うん……ッ!」

 

 自分の後ろからもすすり声が聞こえる。

 おそらく海未とことりも同じようになっているのだろう。

 

 

「もう一息ー!」

 

 そんな声もしっかり聞き届ける。

 夢中になって走っていたからか、それとも生徒達の声が元気をくれたのかは分からない。だけど、気付けばもうすぐ会場に着くとこまで来ていた。

 

 

「誇れよ。これだけの人間を変えるなんて、高校生ができるもんじゃない。μ'sだから意味があった。お前らだから成し遂げられた。なら、ここまでやってくれた生徒達の思いを、今度はお前らが返してやれ」

 

 寒い中駆け付けてくれた人達のために、自分達がやれるのはたった一つ。

 

 

「全校生徒の思いを背負ってみせろ。そしてA-RISEに勝って本戦まで進んでやれ。大丈夫だ。お前らが諦めない限り俺が何度でも導いてやる、助けてやる、守ってやる、叱ってやる、背中を押してやる!」 

 

 もう周りに生徒はいない。元からこの周辺は言うほど荒れていなかったからか。

 だから見える。会場すぐ手前にある橋が。

 

 

「それでも下を向きそうになったら、前を見ろ。お前ら3人がどれだけどん底にいたとしても、前さえ向いていれば、必ず、必ずだ。仲間が手を引っ張ってくれる!!」

 

 拓哉の言葉と共に、見えた。

 いつも一緒に頑張ってきた6人の仲間が。この寒い中、控え室で待っていても誰も文句を言わないのに、ずっとそこで待っていてくれた。こちらに手を振ってくれていた。

 

 

「穂乃果ちゃーん!」

 

「間に合ったー!」

 

「……みんなー!!」

 

 傘を放り投げて穂乃果が先頭を突っ走って行った。

 海未とことりもそれに着いて行く。

 

 

「穂乃果!」

 

「絵里ちゃーん!」

 

「ったく、いきなり傘を放り投げるとかありかよ……」

 

 勢いで絵里に抱き付いた穂乃果に苦言を言うのはわざわざ傘を回収しに行った拓哉。割と良いこと言ったあとにこの扱いはもはやいつもと変わらない。

 

 

「寒かったよ~怖かったよ~! これでお終いだなんて絶対嫌だったんだよ~!! みんなで結果を残せるのはこれで最後だし、こんなに頑張ってきたのに何にも残んないなんて悲しいよ~! だからぁ……」

 

「……ありがとう、穂乃果……! うえぇ!?」

 

 泣きながら叫ぶ穂乃果をしっかりと抱き締める絵里。そのせいで穂乃果の鼻水がべったり付いたのは仕方がない。

 と、ここで拓哉が傘で穂乃果の頭を軽く叩きつけた。

 

 

「あだっ」

 

「だーから、んな事させないから俺がいるんだろうが」

 

「ふふっ、そうね」

 

 穂乃果が絵里に抱き付いている代わりに、海未とことりは地味に拓哉の背中へしがみ付いていた。

 変にツッコむのは野暮だから一応スルーしておいて正解だと思う。

 

 すると、後ろの方から無数の足音が聞こえた。

 

 

「みんな……!」

 

「ほら、みんなに言うことあんだろ?」

 

「……うん!」

 

 全校生徒が目の前にいる。

 今日という日を支えてくれた人達がいる。であれば、言うことは一つ。

 

 

「みんな……本当にありがとう! 私達、一生懸命歌います! 今のこの気持ちをありのままに! 大好きを、大好きなまま……大好きって歌います!! 絶対、ライブ成功させるね!!」

 

 この思いを無駄にするわけにはいかない。全校生徒の思いを背負うことなんて、もう造作でもない。スクールアイドルを始めた時から、学校さえも背負ってきたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとは、勝つだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頑張れー!」

 

「いっけー!」

 

「ファイトー!!」

 

 たくさんの声援が心地よく耳に入ってくる。

 目の前には大勢の観客がいるが、それでも誰が応援してくれているか分かる。

 

 

「μ's-!!」

 

「お姉ちゃーん!」

 

「穂乃果ー!!」

 

 友達、妹、両親、自分が知らない人までもが、応援してくれている。

 今までも感じていたことだが、今日でハッキリと分かった。応援してくれる人がいるというのは、どれだけ心強いかと。

 

 両手に繋がれている手から仲間の体温がハッキリ伝わってくる。

 外は寒くても、この温もりがあれば充分だった。

 

 

「皆さんこんにちは! これから歌う曲は、この日に向けて新しく作った曲です。たくさんのありがとうを込めて歌にしました! 応援してくれた人、助けてくれた人がいてくれたおかげで、私達は今、ここに立っています! だからこれは……みんなが作った曲です!!」

 

「「「「「「「「「聴いてください」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、てっきりもう客席の方にいると思っていたんだけど」

 

「控え室にコート取りに行ってたんだよ。さすがにずっと学ランにマフラーのままじゃ死ねる」

 

 ステージ脇に、A-RISEの綺羅ツバサと拓哉がいた。

 

 

「それにしては随分ゆっくりね。早く見に行ってあげたら?」

 

「そんな焦る必要ねえよ」

 

「どうして?」

 

 μ'sを大切に思っていて手伝いをしているなら、普通いち早く見に行ってあげるのではとツバサは思っていた。

 けれど、少年は言う。とても余裕を持たせて。

 

 

「信じてるからな」

 

「……、」

 

 ようやく真冬らしい服装に戻った少年は白い息を吐きながら笑って言った。

 ツバサはいつかのあの時を思い出していた。

 

 UTX学院で会った時、確かにμ'sには実力があった。一人一人に個性があり、バランスを保って、そしてこの少年がいた。

 だけど、そこまでの評価しかしていなかったのも事実。勝つのは自分達。そう確信していたのは変わらない。

 

 そのはずだったのに。

 今のこの少年から放たれた言葉と表情には、以前とは比べ物にならないほどの自信が満ち溢れていた。

 

 

「そう……なら早く行ってあげなさい。あなたはよくても彼女達はあなたにもちゃんと見てもらいたいだろうし」

 

「何だそりゃ」

 

 ツバサの言っていることはよく分からないが、穂乃果達のパフォーマンスを見ないわけにもいかず歩き出す。

 

 

「あ、そうだ」

 

「?」

 

 お互い背を向けて歩こうとした瞬間、拓哉が思い出したかのように声を出した。

 それに釣られてツバサも拓哉へ振り返る。

 

 

「悪いな。アンタらのパフォーマンス見れなくて。また機会があったら見せてくれよ、ツバサ」

 

「なッ……!?」

 

 言うだけ言って片手を上に上げながら去っていく少年。自分が穂乃果達を迎えに行ったせいで見れなかったのを謝っただけなのだが、ツバサとしてはそれ以上に問題視すべき点があったようで。

 

 

 

「……ずるい……」

 

 

 

 初めて名前で呼ばれた少女は、今はもう去っていない少年の方へ視線を向けながら、少女らしい文句を言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「聴いてください」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 客席を見渡す。

 どこも人で埋め尽くされていた。

 

 その全員が自分達を見ている。

 最終予選、最後の組、μ'sを見るために。

 

 色んな客がいる中でも、たった1人の少年を見付けるのはすぐだった。

 吹っ切れたようにこちらを微笑みながら見守っている少年。その隣には妹達もいた。おそらく少年の分をあらかじめ空けておいたのだろう。

 

 今から歌うのは、先ほど自分でも言ったようにみんなで作った曲。

 だけど、多分穂乃果も、他のメンバーももう分かっている。

 

 この歌には、μ's9人分の想いがある人へも向けていることに。

 それに気付くか気付かないかは鈍感少年次第だが、今まで通り気付かないとは思う。

 

 それでも歌う。

 少年への想いと、ラブライブへの思いと、今日支えてくれたみんなのために。

 

 

 

 

 

(学校が大好きで……) 

 

 

 

 

(音楽が大好きで……)

 

 

 

 

(アイドルが大好きで……!)

 

 

 

 

(踊るのが大好きで……)

 

 

 

 

(みんなが大好きで……)

 

 

 

 

(この毎日が大好きで……)

 

 

 

 

(頑張るのが大好きで……)

 

 

 

 

(歌うことが大好きで……)

 

 

 

 

 メンバーの誰もが、思い思いに掲げたこの曲。

 どの気持ちにも嘘はなかった。

 

 

 

 

 そして、純粋な想いは、音の旋律を奏でて現実を白く彩っていく。

 

 

 

 

 

 

 

(μ'sが、大好きだったから……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……見せてやれ。μ'sの想いを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Music:Snow halation/μ's

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


最終予選編、これにて終了。
アニメで見てからずっと書きたかった回なのである種の達成感があります(笑)
この回は大事な回でもあり、これからに繋ぐ重要な場面もいくつかありますからね。個人的には神回だった!

さあ来週から大事な話ばかりですが、とりあえずはいつものように明るい日常から始まるでしょう。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!


【コラボ告知】

 そして、いよいよ今週の金曜日。
 薮椿さんの小説『ラブライブ!~μ's&Aqoursとの新たなる日常~』とのコラボ回になります。
 約1年半ぶりくらい、2回目のコラボですね!
 この作品を読んでいる方なら1回目のコラボ回も読んでくださっているはずですが、読んでない方は1回目の方を読んでおいた方がよろしいかもです。
 一応1回目のコラボ回の続編となるので!

9月8日(金)をお楽しみに!!



なので今回の話のご感想はできればお早めにくださると返信しやすいかもです!!
どしどし待ってます!もちろん高評価(☆10)もね!!







夏も終わりですね。
個人的に暑いのは苦手なのでこの一言を。
『夏、終わって』


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【特別コラボ企画】再会の主人公s

 どうも、お待たせいたしました。


 とうとう今回はコラボ企画小説!
 薮椿さんの作品『ラブライブ!~μ's&Aqoursとの新たなる日常~』とのコラボ2回目となります!
 約1年半振りのコラボ、しかも2回目。

 前回のコラボ回の続編として書いているので、前回を読んでいない方はそちらを先に読んでからの方が楽しめるかもしれません。


※注意事項※

・こちらは変わらず高校生ですが、神崎零君は大学生に成長しています。
・ある程度私の自己解釈が入っています。なので多少の間違いや矛盾があっても大目に見て下さい。
・コラボ回なのでμ'sよりも主人公同士の絡みが多めです。
・あとは楽しんで読みましょう!




 では、どうぞ!




 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ!」

 

「……、」

 

 

 

 

 

 

 

 最初に言っておこうと思う。

 まずこの世に異能力や現実離れした特異体質なんてものは存在しない。突然異世界に行ってしまうようなライトなノベル展開もない。革命的な技術開発が進んでいるわけでもなければ、革新的な文明が築かれているわけでもない。

 

 精々オリンピックに出ている選手達が常人よりも凄いというだけで、ぶっちぎりで圧倒的な差はない。

 至って平凡で平常、どこまでも普通な日常が淡々と流れてたり、時には少し刺激があったりと、ただただ平和な毎日が続いていく。それがこの現実というものだ。

 

 

 いや、それが現実というもののはずだ。

 

 

 

 

「久し振りだなー拓哉! いつ振りだっけ?」

 

「……、」

 

 

 

 

 

 某月某日。

 いつものように学校で授業を受け、部活をこなし、穂乃果達と別れて帰宅している。そんな日常を過ごしている矢先の事だった。

 

 突如、目の前に青白い光が出てきた。まるでこれから何かが出現するかのような、いっそソーシャルゲームのガチャ演出を思わせるソレは、幸い周囲に拓哉以外に誰もいなかったから見られるような事にはなっていない。もし見られたりしたら大騒ぎになっているだろう。

 

 夕方に近いこともあってかその光はより強調され、しかもそれを目の前で見ている拓哉は耐えられず光から目を守るように腕で覆う。

 甲高い音と共に青白い光がどんどん弱まっていくのを確認していると、次第にそこから人のシルエットが浮かび上がってきた。

 

 そしてとうとう、青白い光は粒子となりやがてその残滓すらも消え、人が現れた。

 この現象には過去に一度経験していた岡崎拓哉は、もしかしてと思ってその場で待機していたが、案の定出現した人物は想像通りであった。

 

 

 そして現在に至る。

 

 

 

 

「なあどうしたよ? 久々の再会で感激して言葉も出ないか!?」

 

「……、」

 

 もう一度言おう。

 この世に異能力や現実離れした特異体質なんてものは存在しない。突然異世界に行ってしまうようなライトなノベル展開もない。革命的な技術開発が進んでいるわけでもなければ、革新的な文明が築かれているわけでもない。

 

 

 

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 だけど、この世界ではなかったとしても、違う世界線でそのような技術があったとしたら?

 その世界線では異なる世界線に行けるようなマシンを作ってしまう技術者がいるとしたら?

 

 

 つまり、そういうことだ。

 だから目の前の青年?はこちらの世界にやってこれた。

 

 

 

 かつて、いきなり自分の世界にやってきて勝手にこの世界の穂乃果達に会いたいと騒いでいながら、まさかの3つ目の世界に連れて行かれてちょっと口喧嘩をしながらも共に3つ目の世界の穂乃果達が陥っていたピンチを救った主人公達(ヒーロー)

 

 

 そんな奇妙な関係で結ばれていた少年達は、これまた突然な再会を果たしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何で神崎がここにいるんだよ。つうか何でいきなり現れやがった。お帰りはあちらです帰れ」

 

「久々の再会でまさか塩対応されるとは思ってなかったぞ。いやちょっと想像してたけども」

 

 

 邂逅一番手酷い扱いを受ける青年こと神崎零。

 彼こそが違う世界から突如、拓哉がいる世界にやってきたμ'sの関係者である。

 

 

「というか何だよ! 前別れる時は零って名前で呼んでくれたじゃん。何でまた神崎に戻ってるんだよ!」

 

「特に深い意味はない。ただ一度会っただけでそれっきり全然会ってないヤツにそんな親し気に呼ぶ義理もないかなーって」

 

「ははーん? さてはお前それ照れてるだけなんじゃねえの~? ちょっと久し振りに会ったからって気負う必要ねえって! 照れんな照れんな! それとも何か。岡崎拓哉ちゅわんは恥ずかしくて言えないのかなぁ~???」

 

「……良い度胸だテメェ、歯ぁ喰いしばれよ零。まずは記憶リセットから始めるぞ」

 

「何で記憶消す必要あるんですかねえ!?」

 

 出会って早々血生臭い展開は勘弁な神崎零。拓哉も煽りに負けて一応名前で呼ぶことにした模様。

 茶番もそこまでにしておいて、この世界の少年はさっそく気になることを聞いてみる。

 

 

「じゃあとりあえずいくつか質問だ。こっちの世界に来たのはまあいい。けど理由は何だ」

 

「前回と同じだよ。拓哉の世界にいる穂乃果達と会ってみたいと思ってな。と言っても前はトラブルが起きたせいで予定外な事になっちまったけど」

 

 まあ理由としては一理ある。本来の目的を前回で達成できなかったからまた来た。連絡もなしにいきなり来るなとか言ってやりたいところだが、そもそも文字通り住んでる世界が違うから連絡すらとれないのは当たり前だろう。

 

 

「じゃあ次の質問。……俺の見間違いとか勘違いとか、そんなんじゃなければだが……お前何か成長してね?」

 

 何を言ってるか自分でもよく分かっていないのだが、見た感じのことをそのまま言っているのだから仕方ない。

 明らかに違うのだ。見た目はさほど変わってないように思えるが、何だかこの少年……いや、もう青年と言うべきか?ともかく神崎零の容姿が前回会った時よりも少し大きく見えるような気がする。

 

 

「ああ、そのことか。それは俺も少し思ってたんだよ。見たところ拓哉はまだ高校2年のままだろ? 衣替えはしたっぽいけど。ははっ、そっちの世界じゃ男の制服は学ランなのか」

 

 喋り方自体もあまり変わっていないように思えるが、雰囲気がどことなく大人に近づいているようだった。

 まるで高校生である自分を懐かしむような。

 

 

「おそらく時間軸の進みの早さが違うんだろ。俺の世界と拓哉の世界、俺とお前が一回会った時は一年違いって感じだった。元の世界に帰っても時間は全然進んでなかったけど、ずっと同じ時間の流れとは限らないのかもしれないな」

 

 普通の人間がこれを聞いていれば何を言っているんだこいつはと思うかもしれないが、実際拓哉も経験しているから侮れない。

 

 

「別れてから長い時間が流れたけど、多分そのあいだに俺の世界の時間軸の方が進むのが早かったんだろうな。プラレールに例えるなら、同じ円の形をしたレールでも大小とサイズが違えば、スタートは一緒でも走ってるうちに円が小さいレールのが先に一周するのと同じだよ。ただ俺の世界の方が早く進んだから俺ももう大学生になったからな」

 

 はたしてそういう事があり得るのかと言われれば、他者があり得ないと言っても拓哉はあり得ると言うしかない。

 その原因が目の前にいるのだから。

 

 つまり、前回別れた時から拓哉の世界では季節が変わる程度しか進んでいないが、零の世界ではもう一年か、それ以上進んでいる可能性もある。

 

 

「それはいいけど、何でもっと早くこっちに来なかったんだよ?」

 

「え、何? もっと早く来てほしかった? もしかしてツンデレちゃんですか拓哉きゅんは可愛いで分かった悪かったから拳を下ろしてください300円あげるから! ……あれだよ。まあ俺にも色々あったんだよ」

 

「お前にやる事とかあったのか」

 

「相変わらず人を小バカにするのが上手いなお前は。そうそう、これでも教育実習行ったりとかしてたんだぜ? 前までは生徒だった俺が先生の立場になってたりもしたんだ。割と凄くね」

 

「ああ、とてつもねえ変態ハーレム築いてるヤツが教師の立場になるとかその世界多分汚染されてるんだろうなと」

 

「ちょっと? 反論しにくいとこ突いてくるのやめない?」

 

 自分と同じく零はあっちの世界で穂乃果達と関わりを持っている。しかもμ'sやその妹を含んだ全員を彼女にしているらしい。ハーレムは二次元だけと思っていたのだが、もはや法律とかそんなのあったもんじゃない。

 

 

「変態ハーレム野郎が教師とか世の中分かんねえな」

 

「お前ほんとボロクソに言うな」

 

 いつか犯罪を起こすんじゃないかこの友人は、と本気で思い始める高校2年生。

 これでも一応知り合いの仲だから過ちを犯す前に矯正できまいかと考えるのもやぶさかではない。

 

 

「……あー、じゃあ最後の質問だ。こっちの世界に来た理由も見た目がちょっと違うのも分かった。でももっとも大事なことがある」

 

 改めて真剣な眼差しで零を見る。

 

 

「前も言ってたよな。違う世界に来ても過度な干渉はよせって。干渉のしすぎはその世界にどんな現象を起こすかも分かってないはずだ。もしこっちの穂乃果達に会ったとしてもどのくらいが限度なのか、そういうとこはちゃんと分かってんのか?」

 

 一度、岡崎拓哉と神崎零はこの件で言い争った。

 目の前で起きているピンチを救うか、後に起こるかもしれない正体不明なピンチを回避するかで。

 

 結果として拓哉の言い分を優先したが、後にあの世界がどうなったかは分かっていない。何か起きたかもしれないし、何も起きていないかもしれない。そんな不確かな不安を抱えながらまた精神をすり減らすのはもう勘弁なのだ。

 

 対して、目の前の青年はいつか見た缶コーヒーサイズのような筒状の機械を出して告げた。

 

 

「そういやその説明を最初にしなくちゃだったな。安心しろ。もうどの世界に行ってどれだけその世界の人間に接触しても、タイムパラドックスみたいになるリスクはないらしい」

 

「…………なに?」

 

 聞いておいて何だが、理解をするのに数秒を要した。

 

 

「な、え、どういうことだ? リスクがないって、前はあれだけ危険がどうのこうのとか言ってたじゃねえか。干渉のしすぎは何が起きるか分からないって」

 

「そのことなんだけどな。前にも話したろ? うちの姉、秋葉が改良版☆つって送ってきたんだけど、その説明書にありとあらゆるリスクは全部排除したって書いてたんだよ」

 

「いやザックリしすぎだろ!? それで納得したんじゃないだろうなお前!?」

 

「いやあ、こう言っちゃ何だけどさ。これでも秋葉の技術力だけは本当の意味でずば抜けてる。こっちの常識をいとも簡単に覆してくるんだぞ。こんなマシン作るくらいなんだ。絶対的な自信がなきゃ俺に送ってこないはずだよ」

 

 確かにこれだけのマシンを作るだけでもうこちらの常識は通用しないのだろうが、それでも理解するのに時間が必要だ。信用していいのか分からないのが本音ではある。だけど、零の姉なら、まあ、信用するしかなさそうだ。……信用したくはないが。

 

 

「ちなみにもう時間置かなくてもいつでもどこでも元の世界に戻れるようにもなってるぞ。言っちまえば行きたいときに異世界旅行しちゃうぜ的なノリ」

 

「猫型ロボットかよお前の姉貴は……」

 

「そんなわけでこの世界の穂乃果達に会ってみたいから行こうぜ!!」

 

「行かねえよ。もう何時だと思ってんだ。既に今日の部活は終了。あとはもう家に帰って飯食って風呂入って寝るだけだ」

 

「なん……だと……!?」

 

 さっきも言ったように違うサイズのレールを回っていれば時間帯も変わってくる。零が昼時に向こうから来たとしても、こちらでは早朝、夕方、夜の可能性だってあるのだ。

 つまりは詰み。やることなし。見事異世界ぼっちの出来上がりである。

 

 

「んなわけで俺は帰る。じゃあな零。短い時間だったけど話せて良かったよ。さよなら」

 

「何でもう終わりにしてんの!? しかも何でもう会う事はないだろう的なノリになってんの!? 終わらないから! まだ終わらせないから!! 明日でもいいから穂乃果達に会わせてお願い頼むからどうにかしてくれぇぇぇえええええええええええッ!!」

 

「ええい、大学生の男が高校生相手に泣きついてくんじゃねえよ鬱陶しいな! 近くのネカフェとかカラオケとかで一晩過ごせばいいだろ!」

 

「家の中から来たから財布忘れた」

 

「無一文でよく来れたなテメェ」

 

 どうやら意地でもしがみ付いている手を離さないらしい。これじゃいつか人が通りがかれば変な目で見られること間違いなしだ。ましてやここはもう拓哉の家のすぐ近く。ご近所の人に見られたが最後。年上の男性に泣かれながら抱き付かれてる可哀想な男子のレッテルが貼られる。

 

 それだけは回避しなければならない。

 というわけで、導き出される結論はただ一つ。

 

 

「……仕方ねえか……」

 

 どこまでも深いため息を吐いて、露骨に嫌々ながらもトラブル体質な少年はこう言った。

 

 

 

 

 

「俺ん家来るか」

 

「神よお!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま……」

 

「おかえりお兄ちゃ……ってその人誰?」

 

 いつも通り愛しい愛しい兄を出迎えようとしたらなんかいた。

 この家に戻ってきてから元女子校で男1人通学している兄に男友達なぞいるはずないのに、今まさに兄の後ろにいるのは紛れもない男だった。

 

 

「あー……その、あれだ。多分一応おそらくきっとメイビーもしかすると友人」

 

「もしかしなくても友人だろ!? あ、どもっ」

 

「あ、あ、ああ……」

 

「「?」」

 

 零が挨拶をしたのにも関わらず、拓哉の妹である岡崎唯はまともな返事をできなかった。

 普段ならとても礼儀正しいそれはもう可愛らしく愛しい妹なのだが、それどころではなさそうな表情をしている唯に拓哉も零も疑問符が顔に出る。

 

 

「あのお兄ちゃんが……いつも隣に女の子を連れているお兄ちゃんが……見知ったり見知らぬ女の子を侍らせているお兄ちゃんが……普通に男の人を連れて来た……!?」

 

「……、」

 

「……、」

 

 思わず黙る男子2人。

 どちらかというと絶句している兄が1人、憐れな目で兄を見る青年、そしてまるでひと昔前の少女漫画にありがちなまつ毛増し増しな白目作画を見事に再現している妹の図が構築されていた。

 

 

「まあ、うん……元気出せよ拓哉。男友達少ないなら俺が親友にグレードアップするから。というか友達少ないんだなお前」

 

「そんなお情け頂戴な異世界親友はいらねえよちくしょう! 仕方ないじゃん! 音ノ木坂に男子生徒俺しかいないんだから仕方ないじゃん! 必然的に女の子の友達ばかり増えてるよと言いたかったけどさほど多くなかったよ泣ける!!」

 

「泣いてるから。もう溢れんばかりの滝が流れてるから。そうだよな、女の子しかいないなら仕方ないよな。……つうかお前俺にあれだけ変態ハーレム野郎とか言っておきながらお前も十分女の子侍らせてんじゃねえか!」

 

「侍らせてねえわ!! ただ困ってるから助けたりしてるだけだ! たまたま女の子の割合が多いだけですぅー!! しかも別に惚れられてないからハーレムでもありませんはい論破~!!」

 

 家に帰ってくるなり早々男の醜い言い争いが勃発したことにより岡崎唯の意識は正常に引き戻される。

 するとどうだろう。目の前には兄が見知らぬ青年と激しく言い争っているではないか。ここは何と言うべきか。唯の中で選択肢が複数出てくる。意外とすぐに選択は終わった。

 

 

「まさかお兄ちゃん……とうとう男の人さえも惚れさせちゃった……?」

 

「「違うわッ!!!!!!」」

 

 

 

 

 どうやら選択肢を間違えたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、つまり神崎さんは違う世界からやってきた人で、そこではお兄ちゃんの役割と同じような事をしていたと。しかも穂乃果ちゃん達みんなが彼女。そして2人は前に会ったことがあって今日再会したけど、神崎さんの世界線は進む時間のレールが早くてもう大学生になってた。今日やってきたのはこっちの穂乃果ちゃん達に会ってみたいからなんですね!」

 

「なあ拓哉。何でこの子めっちゃ飲み込み早いの。話がとんとん拍子すぎてベルトコンベアもビックリなくらいスムーズに進んだんだけど。吸収するの早くない? もしかしてこの子魔人ブウだったりする?」

 

「人の愛しい妹を魔人呼ばわりするな殺すぞ。……唯は俺の妹だからな。昔から俺の部屋でマンガとか一緒にアニメ見てたから、こういうのには耐性があるんだろ。現実で起きてる事に対して受け入れるかは別として」

 

 

 

 あれから色々事情を説明して一晩だけ零を泊めると言ったら、唯も母の春奈も二つ返事で了承してくれた。どうやら拓哉が男友達を連れて来たのがそれほど珍しく、また嬉しかったのかもしれない。

 

 父親の冬哉はまだ帰宅していないが、どうせ拒否しないだろうと家族3人が勝手に決めつけた。

 そして話すことがあると適当に理由をかこつけて晩ご飯は拓哉の部屋で食べることにした。

 

 急遽もう一人の料理が必要になったが、唯いわく「お父さんの量を減らせばいいよ」という本人が聞いたら悔し涙で了承したであろう言葉を笑顔で言うものだから誰も何も言えない。

 

 拓哉の部屋に折り畳み式の簡易テーブルを用意し、そこで話しながら食事をとろうとしたところで、唯が乱入してきた。春奈は一階でテレビを見ながら食べていることだろう。そんなわけで晩ご飯を作ってくれた唯を無下にできず、本当の事情を全部話して今に至る。

 

 

「お兄ちゃんっ、凄いよ! お兄ちゃんがずっと憧れてた現実とはかけ離れた現象が私達の目の前で起きてるんだよ! 凄いよこれもぐもぐ!」

 

「分かった。分かったから落ち着いて食べなさい。テンション上がるのも仕方ないけどもっとお上品に食べるんだ。いや可愛いけど、そのハムスターみたいになってるほっぺ超可愛いけど」

 

「おいシスコン兄貴、世話になっといて何だがほっとかれると俺が居づらいから全力で介入していいか。何なら俺も唯ちゃんみたいにハムスターからのお前に迫るけどいいか」

 

「気持ち悪いだけじゃねえかやめろ」

 

 はむはむっと、注意されたからか女の子らしく、けれど話に入りたいがために早く完食を目指そうとしている妹を横目に本題へ入ろうとする。

 ちなみに真っ盛りな男なだけあって、拓哉と零はもう完食して皿を綺麗に整理していた。

 

 

「穂乃果達に会いたいんだったな」

 

「ああ。俺の知ってる穂乃果達じゃなく、拓哉と共にいる穂乃果達に会ってみたい。言っちまえば純粋な興味だよ」

 

「じゃあ丁度良い」

 

「?」

 

 コップに入れられたお茶で軽く喉を潤して拓哉は告げた。

 

 

「明日は土曜だけど、学校を一般開放するんだ。そこでμ'sのライブが行われる。だから穂乃果達に会うついでにライブ見に来いよ」

 

「……ま、マジか!? 明日ライブすんの? そっか……」

 

「何だその反応。ライブ自体は興味ないのか?」

 

「んなわけないっての。興味あるに決まってんだろ。こちとら穂乃果達に会って話してみたいと思ってたんだが、まさかライブも見れると思わなくてな」

 

 それに、と口が篭る。

 今の自分は大学生。穂乃果達がスクールアイドルとして輝いていたのは高校生だった時。すなわち、もうだいぶ前のことなのだ。少し感傷的になるのも無理はない。今ではもうどこか懐かしささえ覚えてしまうのだから。

 

 

「大学生になってからは、当然だけど穂乃果達のスクールアイドル活動はほぼなくなったと同じなんだ。だから少し懐かしく感じてさ。今のあいつらも悪くない、むしろ大好きなんだけど、高校生だった頃のμ'sのライブが見れるのはもうないと諦めかけてたから」

 

「零からしたらそうなるのか。大学と聞いて俺は穂乃果が大学に行けた事が不思議で仕方ないけど、今はそれは置いとこう。穂乃果達と喋るのが目的なら、ライブが始まる前に時間もあるし、そこらへんで適当に会わせるか」

 

「何で最後になって適当になってんだよ普通に会わせてくれよ……」

 

「俺としては変態ハーレム教師に穂乃果達と会わせたくないのが本音なんだ。会わせてやるだけでも感謝しろ」

 

「その呼び名だけはやめろお!! 心がとても痛いから!!」

 

 ここにきて、神崎零は致命的なミスを犯した。

 いくらツッコミとはいえ、言葉をもう少し選ぶべきであったのだ。

 

 

「……おい、心が痛いって、もしかしてお前……」

 

「え?」

 

「マジで生徒に手を出したんじゃねえだろうな……?」

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、」

 

 精一杯の黙秘権を行使した。

 だが、当然それは意味を成さず、むしろ沈黙は肯定とみなされるのである。

 

 

「正直に言ってみろ。神様はちゃんと見てるぞ」

 

「…………ちょ、ちょっと痴漢紛いのことをですね……?」

 

「……、」

 

「あ、あれ? 拓哉さん? 何か顔が暗くなってますけど……? アニメでよくある目だけ見えない的なやーつになってるんだけど気のせいかな!?」

 

 拳の骨をパキパキと鳴らし、まるで口からフシューッと煙が出ているような錯覚に陥りそうなまでの雰囲気を漂わせる拓哉。このまま殴られたらおそらく一発であろうと入院不可避だろうなと零は悟る。正義の塊である少年の前で自首したら、そりゃ制裁は喰らうなと自分を軽く戒める。

 

 そこへ、正義の妹岡崎唯が立ちふさがった。

 零を守る形で。

 

 

「退くんだ唯。そいつ殺せない」

 

「サラッと怖いこと言ってるよお兄ちゃん!? ほ、ほら、本当にそんなことしたら今頃神崎さんここじゃなくて刑務所にいるはずだから、きっとジョークか何かだと思うなー! ね、神崎さん!!」 

 

「……てへぺろっ☆」

 

 どうやら選択肢を間違えたらしい。

 火に油とはこのことか。

 

 

「例え神様が許そうが俺は許さんぞゴルァ!!」

 

「おおおおおおお兄ちゃん落ち着いてー!! 顔が般若になってるよー!」

 

「友人とか知り合いとか関係ねえ。これはもう男としてせめてものケジメを付けさせなきゃ俺の気が収まらねえんだよおおお!!」

 

「いやぁぁぁああああああああああああああああッ!! ま、待て、待ってくれ!! その、あれなんだ! 俺とそいつらは教師と教え子の関係だけど、今ではもうお互い両想いだからある意味時効というか合意の上というか、とにかく好き合ってるから慈悲をくれえ!!」

 

「…………は?」

 

 これまた場に沈黙が訪れる。

 この変態ハーレム教師は今なんと言った?

 

 

「お前……まさかμ'sやシスターズだけならまだしも、自分の教え子まで彼女にしたのか……?」

 

「厳密に言うとその9人とはお互い両想いだけど、まだ付き合ってはない! そいつらもスクールアイドルをしててさ、μ'sとはまた違う輝きがあると思った。だから、ステージに立ってもっと輝きが増していったら、俺から迎えに行くって言った」

 

 μ's9人+シスターズ3人だけで12人いるというのに、そこへまだ9人も加算されたとでも言うのかこの男は。

 

 

「もはやあれだな。怒りを通り越して軽蔑するわ。ドン引きレベルだわ。この男、最低です」

 

「何で最後海未みたいな口調になってんだよ。なら逆に聞かせてもらうぞ拓哉」

 

 さっきまで叫びながら命乞いしていたはずの零は人差し指を立てながら強気で拓哉の前に出た。

 

 

「……もしもの話だ。例え話と思ってくれて構わない。お前の周りにはいつも特別魅力的な女の子がたくさんいて、その全員が真剣にお前のことが好きで告白してきたとする。それも全員が同時にだ。その子達はお互いが誰が誰を好きか分かってて、それでもなお日常を過ごし、全員で告白しようと決めた。それに対してお前はどうする?」

 

「そんなもんお前、そりゃ……」

 

 何故か、言葉の続きが出てこなかった。

 自分でも出そうと思っていても、無意識に口籠ってしまう。

 

 

「神崎さん、それって……」

 

「例え話だよ、例え話」

 

 唯が勘付いたように零を見るが、あくまで例え話と言う零。

 多分これは唯の勘だが、おそらく零はもう気付いているかもしれない。この世界のμ'sと会っていないにも関わらず、違う世界で拓哉と同じような役割だからこそ分かってるのかもしれない。

 

 

「お前がどこまでもヒーロー気質ってのは知ってる。目の前で泣いている女の子がいれば、絶対にその涙を笑顔に変えるために奮闘するってのこともな。だからあえてお前にこの質問をぶつけた。お前はどうする、拓哉。誰か1人だけを選んで他の女の子達の涙を見るか、誰も選ばずに全員の涙を見るか、それとも……いっそ全員を選んでみんなでハッピーエンドを迎えるか」

 

 まるでゲームの選択肢のようだった。いや、ゲームの選択肢ならどれだけ良かっただろうか。

 簡単な質問のようでいて、とても難解な問題。

 

 大事に思っているからこそ、周りの女の子達の涙は見たくない。そうやっていつも奮闘してきた。けれど、もしそのような展開になってしまったら、自分はどうするべきなんだろうか。

 

 現実はゲームのように甘くはない。誰か1人を選べば他の女の子とはもう綺麗サッパリな関係になるゲームとは違う。

 真剣に想っていてくれるからこそ傷は深く残る。そんなことになれば、拓哉が望んでいるような誰もが笑って終われる結末には到底なれやしない。

 

 

「なあ拓哉。これは俺の持論みたいなものなんだけどさ。自分の決断一つでみんなを幸せにできるなら、それでいいんじゃないかって思ってるんだ」

 

「……それって割と最低なことしてないか?」

 

「だろうな。だけど関係ない。女たらしと思われてもいい。最低だって思われてもいい。最悪なヤツって思われたっていい。社会の決めた制約なんかクソ喰らえなんだよ。そんなことで必ず誰かが泣いてしまうなら、俺は躊躇せずに最低な道を選ぶよ」

 

 それはどこまでもバカ男の、どこまでも芯の通っている本音であった。

 

 

「誰かが泣いてしまう結末より、みんなが幸せで笑いあえる結末があるなら、そっちの方が絶対良いに決まってる。誰にも泣いてほしくないなら全員を笑顔にしてやればいい。もちろん自分もその子達を好きなのが前提でもあるけど」

 

 何も聞いていなかったら、ただの女たらし野郎と罵っていただろう。

 だけど、この青年はそれでも貫き通した。何ものにも縛られない、自分だけの選択をしてハッピーエンドを迎えさせた。自分を想ってくれた女の子を全員笑顔にしてみせている。

 

 

「お前なら分かるだろ? 泣いてほしくない人達がいる。絶対に泣かせたくない大事な人達がいる。ならさ、誰に何と言われようと、自分の決めた道をひたすら進めばいいだけなんだよ。どれだけ最低でも、大事な人達の笑顔さえ見れればそれだけで最高なんだよ」

 

 最低で最高な男。神崎零を表すならそれがもっともかもしれない。

 男として最低な道を選んだかもしれない。社会から見ればルール違反も甚だしい選択を選んだかもしれない。

 

 でも。

 だけど。

 

 神崎零は男として女の子のために最高な道を選んで見せた。

 それは並の覚悟ではできないはずだ。事実、拓哉は即答できなかった。どれだけ考えても迷いは晴れなかった。ならば、その道を選んだ零も、紛れもなく女の子を救ったヒーローに違いないのだ。

 

 

「……すげえな、アンタ」

 

「そうか? まあ変態なのは自覚してるけど、それでも間違った選択をしたとは微塵も思ってないよ」

 

「ああ、零の選択は間違ってない。最低最悪だけど、やっぱお前は最高でバカな男だ」

 

「ねえそれ褒めてる? バカにしてる? ちょっとバカにしてるよね?」

 

 何だか気に食わないので少し言い方に棘を含めたら見事に刺さった。

 

 

「俺も……そうだな。絶対にないと言い切れるから言うけど、もしも本当にそんな事が俺の目の前で起きたら……全員を選ぶかもしれない」

 

「おっ」

 

「やっぱり誰か1人を選ぶのが正しいかもしれないけど、それで誰かを泣かしてしまうなら、俺は正しい道を選ぶことはできない。とんでもないエゴだけど、それでそういう人達が認めてくれるか分からないけど、いつだって俺は俺のために動いてきた。だったら、その時もきっと俺は俺のためにそういう選択をとるかもしれない」

 

「お兄ちゃん……」

 

 血は繋がっているが、一人の男として兄を密かに想っている唯からすれば、何気にこの発言は重大発見ともいえる。いやまあ拓哉の言葉の中に親族は含められていないのは分かっているが。

 

 

「何だ、お前も結局その道を選ぶならお前も俺と同類だな! 今日から一緒に変態ハーレム野郎の称号を抱えようぜ!」

 

「ふざけんな! あくまで俺のはもしあったとしたらの話だ! この現実で拓哉さんは一度もモテた事がありませんゆえの選択ですのことよ! 現にハーレム築いてるお前と一緒にすんじゃねえ!!」

 

「お前それ本気で言ってるなら一発ぶん殴らせろ! お前のその発言でお前を知ってる女の子はきっともう心で泣いてるに違いないから! 俺には分かる!!」

 

 少し良い雰囲気になったと思ったらこれである。男同士の言い合いや組みあっている様は非常にうるさいものである。それも若い男同士なら当然。

 結果、胸倉を掴みあっている男2人を見ながら唯は笑顔で言った。

 

 

 

 

 

 

 

「2人共明日学校行くならもうお風呂入って寝なさい。これ以上うるさくしてお母さんとかに迷惑かけるなら、外に出すからね?」

 

「「ヒィ……!?」

 

 

 

 

 早くも唯の秘めたる恐ろしさに気付いた神崎零と、久し振りに見る妹の冷たい笑顔に本気でビビった岡崎拓哉であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、こいつが神崎零だ。変態だから気を付けろ」

 

「出会い頭に最悪な印象を植え付けてくれてありがとう拓哉。ちょっと体育館裏来いや」

 

「上等だ。昨日の決着を付けてやる」

 

「いやいや2人共いきなりバトルマンガのライバルみたいな会話やめてよ!?」

 

 部室で突然男の友人を紹介されたと思ったら喧嘩をおっぱじめようとするバカ2人を止める穂乃果。

 他のメンバーも慌てたり呆れたり警戒したりと様々な反応を見せている。

 

 

「よし、とりあえずお前らを信用して全部説明する。けどもう昨日唯に話したりしたから同じ説明を何回もするのも面倒だ。だからとても便利な言葉を使用させてもらう」

 

「そんな端的に説明できることかこれ?」

 

「まあ見てろ」

 

 拓哉の言葉に腕を組みながらよく分かってない零。

 そしてちょっと身構えるμ's一同。準備は万端。さあ拓哉が何をどう言うのか見物な零はただ見ている。

 

 

 

 

 

 

「かくかくしかじかだ」

 

「「「「「「「「「なるほど」」」」」」」」」

 

「待て待て待て待て待て待て待て待て」

 

 一瞬で説明し一瞬で理解したμ'sに一瞬でツッコミを入れる零。見事な流れがここに極まれりだった。

 

 

「分かったのか。今ので本当に分かったのか!? もし分かったとしても一応現実離れした展開なんだからもう少しこう、混乱みたいのないのか!?」

 

「俺とこいつらの信頼関係を舐めるな。何なら俺がいきなりサイヤ人になったとしてもこいつらは信じてくれるぞ」

 

「それは信じないよ」

 

「戯言ですね」

 

「バカじゃん」

 

 女神からの容赦ない言葉が聞こえたが無視する。信頼と信用は違うらしい。

 

 

「まあ拓哉自体が私達からすればちょっと現実離れしてるようなものだしね」

 

「どうしたらそんな性格になれるのか知りたいにゃ」

 

「やっぱ俺のことディスってるなこいつら?」

 

「お前のμ'sとの関係はよく分かった。ドンマイ」

 

「やめろォ! 変に気遣うな空しくなる!!」

 

 とりあえず説明が全部終わったところでちょっとしたトークタイムに入る。

 今日はライブがあるが、時間にはまだたっぷり余裕があるため何ら問題はない。

 

 

「ほへ~、神崎さんの世界じゃ私達みんな神崎さんの彼女になっちゃってるんだ~」

 

「おうよ。みんな可愛くて俺の愛しい彼女達だよ。それと神崎さんってのはやめてくれ。今は年上の俺だけど、違う世界でも穂乃果達にさん付けで呼ばれるのは違和感が半端ないから」

 

「なるほど、じゃあ神崎君でいっか! それにしても、違う世界って分かってても愛しい彼女なんて言われるとちょっとむず痒いね~」

 

「にわかには信じがたいけど、携帯の写真で実際に成長した私達を見せられると変な感じね」

 

 違う世界と言えど穂乃果達の人となりを知っているからか、零が馴染むのはとても早かった。

 

 

「言っておくがこっちの穂乃果達には手出すなよ」

 

「前も言ったけどさすがに住んでる世界が違うのにそんなことしないって。興味本位で会って話してみたかっただけだよ。でも、やっぱ変わらないな。どの世界でもこいつらは」

 

 性格から見た目から、何から何まで自分の世界のμ'sと変わらない。もちろん高校生の頃のとかはあるし、自分の世界のμ'sは零のせいもあってか、多少性格に色気というか性欲が増し増しになっているが、これは口が裂けても言えないだろう。

 

 上手く隠せるとこは隠しながら自分の世界のμ'sの事も交えて喋っていると、部室のドアが開かれた。

 

 

「拓哉君、山田先生が呼んでるよ。ライブの事で話をしときたいって」

 

「ああ、分かった。すぐ行くよ」

 

 ヒデコに呼ばれ仕方なく職員室へ移動しようとするが、足を止めて零の方へ向きながら釘をさしておく。

 

 

「変な話とかすんなよ零。余計な事したら速攻ぶっ飛ばすからな」

 

「物騒な事言うなよ! しないから早く行ってこいよ!」

 

 ちょいと怪しげな視線を向けながらも拓哉は部室をあとにする。

 ここで主人公の退出。残ったのはμ'sと、違う世界の主人公神崎零。

 

 拓哉にはあんなこと言っていた零だが、もちろん普段が普段な彼はこれで普通の話をするわけもなく……。

 

 

「よし、んじゃ恋バナでもするか」

 

「さっそく変な話きた!?」

 

「バッカ、恋バナのどこが変な話なんだよ。さっきまで拓哉がいたからこの話は避けてたけど、丁度良いや」

 

 事情説明のおかげで零のことはよく分かったが、それでもまだ会って間もない相手だ。いきなりこんな話を振られては警戒心も抱いてしまう。

 

 

「さっきも言ったろ。さすがにここでお前らに手を出すような俺じゃない。それに、好きな相手がいるヤツらを口説こうなんて思ってないさ」

 

「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」

 

 全員の体がビクッと震えた。

 それを見れば分かる。図星も図星だと。

 

 

「鎌をかけてみたが、当たってたようだな」

 

 メンバーもれなく沈黙である。

 これは重症だな、とさすがの零も思うが、こういう時の大学生の変なお節介はとても厄介なようで。

 

 

「ほら言ってみ? 誰が好きなのか。もう見当ついてるけど。お前ら全員が同じヤツに惚れてるのぐらいもうお見通しだけど言ってみぶるぶぉあぁぁぁッ!?」

 

「分かってるなら最初から聞かないでください!! あなたも拓哉君と同じでデリカシーなしですか!」

 

 海未からの鉄拳制裁を頂戴した。

 やはりどの世界でも海未の鉄拳は健在らしい。というか、海未からの鉄拳は何回も受けているから分かることがある。

 

 

(うぼぁ……何だこれ……この世界の海未の攻撃力異常に高くないか……!? 拓哉のヤツこんなのを毎回喰らってんのかよ……)

 

 床にキス状態の零は思った。

 そりゃ毎回殴り殴られをしていたらどっちも自然に鍛えられるわと。どうやら海未の拳の強さはこの世界の海未がピカイチらしい。ちょっと拓哉に同情した。

 

 

「う、うん……今のは俺が悪かった。これに関しては謝罪しよう……。本題に戻らせてくれ」

 

 自分の頬をさすりながらイスへ座り直す。

 改めてμ'sを見ると、誰もが赤面状態だった。自分のダメージへの心配がないのは赤面のせいだと思う。

 

 

「あー、一応確認だが、お前らが好きなのは、岡崎拓哉。でいいんだよな?」

 

「う、うん……!」

 

「そうだよ……!」

 

 返事をしたのはことりと穂乃果。こっちの世界でも積極的な面を持ち合わせているのはこの2人らしい。

 他のメンバーも見るが、否定しないところを見るとやはり間違ってはいないだろう。

 

 

「ちなみに俺の言っていることはお節介とは、異世界で穂乃果達を彼女にしているからこそ言えるアドバイスと思ってくれていい。俺はお前らを純粋に応援したいんだ。それに、俺から見ても分かるが……あの超絶鈍感男をどうにかしないとって思ってな」

 

「「「「「「「「「それは分かる」」」」」」」」」

 

 まさかの全員が頷いた。

 あの少年はまず自分が誰かに好意を向けられているという認識を持ち合わせていないのがよく分かる。

 

 

「じゃあ質問を変える。どうして拓哉を好きになったんだ? 大まかな説明だけでもいい。その経緯を知りたいんだ」

 

 聞かれた本人からすれば頭から湯気が出そうになるほどの無茶振りだが、アドバイスをくれると言うなら致し方ないことと割り切るほかない。

 最初に話したのは穂乃果だった。

 

 

「……私は、小さい頃からたくちゃんと一緒にいた幼馴染で、助けられた事も何回もあって、その頃からずっと好きだった、かな……」

 

「私も穂乃果ちゃんと同じ。友達の少なかった私と友達になって一緒に遊んでくれて……まるで助けてくれたような……だからかけがえのない人になった……」

 

「私は……そう、ですね。2人と一緒です。木から落ちそうになった時に、自分の身を挺して助けてくれたことがきっかけです……」

 

「……なるほどな」

 

 拓哉と幼馴染の2年組はやはり小さい頃から好意を抱いていたらしい。その好意が今もずっと続いているというのも十分凄いことだろう。それだけ好かれているのに気付いていない拓哉はどうかと思うが、近すぎるゆえの気付かない気持ちというのもこの世には存在する。

 

 

「絵里達とかはどうだ?」

 

「そうね……やっぱりあの時からかしら……。一時は敵対していたんだけど、自分の本当の気持ちを隠していた時、拓哉はそんな私に手を差し伸べてくれた。過去から引きずっていた私の気持ちすら、どん底から救いあげてくれたの」

 

「ウチは、そうやなぁ……。自分の我が儘を肯定してくれたことかなあ。望んでた願いと違う結末になりそうやった時、それで妥協しようとしてたウチに言ってくれたんよ。我が儘な夢くらい叶えてやるって。本当に救われたような気持ちやった……」

 

「まあ、あれね……。ずっと1人で部活動をしてた私に生意気に言ってきたのを今でも覚えてるわ。自分の気持ちに素直になれとか、本当の笑顔を取り戻してやるとか……ったく、本当クサイったらありゃしないわよ。……それで助けられた私の気持ちも知らないで」

 

「すげえなあいつ……」

 

 3年組のを聞いて素直に感心した。あの少年は本物だと。

 どこまでも誰かを助けるために真剣になっている。だからその心に、その姿に、惹かれる者がいるのだと。

 

 

「じゃあ、最後は真姫達だな」

 

「べ、別に言う必要はな……分かったわよ言うわよ言うからあんまりこっち見ないで!……えっと、私がお父さんにスクールアイドル活動を辞めるように言われた時、わざわざ私の家に来て、あのお父さんと口論してくれた時、かしら……。ずっと否定されてきた私にとって拓哉の言葉は、私とお父さんすら変えてくれた恩人だから……」

 

「わ、私は、ですね……えと……最初に秋葉原でその、絡まれてた時に助けてもらった時からずっと気になってて……要所要所で助言を言ってくれたりして……拓哉くんの言葉一つ一つにずっと助けられてきたから……好きに、なりました……」

 

「凛はねー、自分に自信が持てなくて女の子らしい服も着れなかった時、たくや君が凛を普通の女の子だから自信を持てって言われたのがきっかけ、かな……。あれが普通の言葉だったとしても、それで凛が普通に女の子の服を着れるようになったのはたくや君のおかげだから」

 

「……、」

 

 誰もがハッキリしていた。

 自分が何故好意を抱くようになったのか。何がきっかけでどう変わったのか。いつの間にか好きになっているのはよくあることだが、ここまでハッキリ覚えていることは珍しい。

 

 それに、9人の言い分にはどれも共通しているものがあった。

 それは拓哉が必ず誰かを“助けた”、“支えた”、“救った”。そこから好意に派生しているのだ。

 

 普通ならそこは感謝だけで終わるのが自然なのだが、拓哉がそれをするとどうにも変わってくるらしい。

 感謝以上の感情が芽生える。それはつまり、拓哉の行動言動にはそれほど人を変える力があるのだと思う。影響力も含め、普通の人だったものまで輝きを出す者へ変貌させてしまう。まさにヒーロー体質。

 

 

「あれで自分はどこにでもいる普通の高校生って言ってんだもんなあいつ……。これのどこが“普通”なんだよまったく」

 

 普通の高校生が複数の美少女から好意を寄せられてたまるかと声を大にして言いたいが、自分はしかも付き合っているから強く言えない。

 と、本題を思い出す。

 

 

「分かった。お前らの気持ちは本物のようだな。言葉や表情だけでどれだけ拓哉を想っているのかよく分かったよ」

 

「おお……で、何かアドバイスとかあるの神崎君!」

 

 興味津々で聞いてくる穂乃果に既視感を覚えつつ頭を整理する。

 正直、ここまで彼女達が自覚しているなら、言うことは一つしかなかった。

 

 

「ああ、俺から言えることはただ一つ」

 

 μ'sの全員がゴクリと唾を飲む。

 いつも彼女達なりに少しずつアタックしているつもりなのだが、あの少年はそれを華麗にスルーするように気付かない。だからここでアドバイスを貰えるなら、それは良い収穫にもなる。

 

 

 

 

「好きにやれ」

 

「「「「「「「「「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」」」」」」」」」

 

 女神から威圧されたような気がした。

 

 

「いや、気持ちは分かる。分かるけどとりあえず落ち着いて聞いてくれ!」

 

 普段優しい花陽やことりでさえ八の字眉からの蔑むような目をしていた。この世界のμ'sはちょっと危ないかもしれない。

 

 

「俺はお前らがあやふやに拓哉を好きなら何か具体的なアドバイスをしようと思ってた。けど1人1人がちゃんとしたきっかけを覚えていて、それを大事な思い出として話せる。それだけ好きでいられることはとても大事なことなんだ」

 

 最初に聞いた時は驚いた。

 誰も無理に思い出すようなこともなくスラスラとその時の出来事を鮮明に思い出しているかのように語っていた。

 

 

「だったらもう俺から言うことは何もないよ。お前らがそんだけ想っているなら、思うままのアタックをすればいい。俺が拓哉から聞いた話だと、多分全員脈はあるはずだしな」

 

「「「「「「「「「それって本当!?」」」」」」」」」

 

「お、おう……息ピッタリだな……」

 

 今日だけで一体何回ハモっているのか。

 これだけ仲も息もピッタリなら問題もないだろう。

 

 

「いっそ全員で告白してみるか? あいつならそれなりに良い答え出しそうだぜ?」

 

「そ、それはまだちょっと……」

 

「さっきまでの積極性はどこいった」

 

 積極的だと思っていた穂乃果が渋っていることに驚きを隠せない。他のメンバーも首を横に振っている。まあ告白は男子でも女子でも一世一代の勇気と覚悟があって為されるものだ。無理して変な告白になるより、ちゃんとした機会がくるのは待てばいいだろう。

 

 

「まあそんなもんだ。脈あり、お前らの気持ちも本物。あとは来るべき機会の時に告白すればい―――、」

 

「ウィース、悪い遅くなったなー。それとそろそろ準備もし……何してんの?」

 

 結構話していらしい。時間をすっかり忘れていた。そのせいで拓哉が帰ってくる頃合いを注意していなかったのが悪かったかもしれない。

 その結果、いきなり帰ってきた拓哉の目の前には謎の光景が広がっていた。

 

 

「お、おう拓哉……ちょうど今地震がきた時の訓練をしてたとこなんだ……。お前もやるか?」

 

「やらねえよ。何で今訓練してんだよバカなのか。……何かこいつらに変なことしてねえだろうな」

 

「し、してないしてない!! それだけはしてない!! 俺だって命が惜しいんだ!」

 

 何故か必死になって言う零を訝しむが、気付けば時間も時間なので話を先に進める。

 

 

「まあいいか。穂乃果達は衣装を持って講堂へ集合。俺は零を連れて客席に案内するから、ここからは俺がいなくても大丈夫だろ。各自忘れ物がないよう確認してから講堂に来るように。じゃあ解散。行くぞ零」

 

「「「「「「「「「「は、はーい……」」」」」」」」」」

 

 零もμ'sに混じって返事しながら拓哉に着いて行く。

 男子がいなくなった部室内。咄嗟にテーブルの下に潜って正解だった。

 

 

 そうじゃないと。

 

 

「あ、危なかった~……。こんな顔、たくちゃんに見せられないよ~……」

 

 

 

 熟したリンゴのように真っ赤な顔をしたμ'sが見られる羽目になっていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、もう満員になってんのか」

 

「予想以上に多くの人がμ'sを見に来たらしくてな。それで俺も先生に呼ばれたんだ」

 

 2人で講堂の客席で座りながら周囲を確認する。

 始まる数分前であるが、拓哉達が来た頃にはもうほぼ満席になっていた。見れば立ち見でいる人も結構いるようだ。

 

 

「また高校生だったあいつらのライブが見れるなんてな~」

 

「一応周りに人がいるんだからそういうこと言うのやめろバカ」

 

 傍から聞けば頭のおかしい人に思われている可能性が高いだけだが、ここの生徒の拓哉はまずそんなことすら思われたくない。

 講堂内が暗くなる。始まる直前の合図だ。それに伴い観客も声を上げている。

 

 

「なあ零」

 

「何だ?」

 

「俺達の世界の穂乃果達はどうだったよ。ちゃんとお前の目的は果たせたのか?」

 

 徐々にスポットライトも点けられ、ヒデコ達によるライブが始まる前の放送が響く。

 

 

「……ああ。十分話せたよ。普通ならこんな体験するだけでもおかしいんだけど、楽しかった」

 

「……そうか」

 

 放送が終わる。

 同時にカーテンが開かれた。

 

 佇むは、9人の女神。

 

 

 

 

 

「じゃあ最後によく見とけよ。俺の世界の女神達を」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、幕は開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Music:Music S.T.A.R.T!!/μ's

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、良かった良かった!」

 

「よかったのか、穂乃果達に別れの挨拶しなくて」

 

 

 

 

 ライブも無事に成功し、観客が出ていくタイミングで拓哉と零は誰もいない校舎の裏まで来ていた。

 

 

「いいんだよ。言っただろ、目的は果たせたって。こっちのあいつらと話せた。それで十分だ」

 

 講堂に人が集中している今にとって、校舎裏というのは絶好の隠れ場所である。

 そこでこの改良型パラレルリープマシンを使えば誰にも見られず零は元の世界に帰れるというわけだ。

 

 

「お前がそれでいいならいいけど。まさか零と一晩同じ部屋で過ごすとは思ってなかったぞ」

 

「それは俺もだっての。でもそのおかげで唯ちゃんとも会えたし結果は上々だな」

 

「唯に手出したら殺すからな」

 

「妹のことになると暴力性悪化させるのやめない!?」

 

 何故μ'sではなく妹でこういう風になるのか謎だが、これに関してはもう零が何を言っても無駄だろう。

 ため息は吐きながらマシンを出す。もう何のリスクもない、ワープしても手元に残り、干渉しすぎてもありとあらゆる不安要素をなくしてくれるぶっ壊れ機能、連続で使っても充電がいらなくなった元凶のマシンを。

 

 

「あ、拓哉も一回俺の世界来るか? もう何度でも使えるし便利だぞこれ」

 

「行かねえよ。誰が好き好んでお前とμ'sのイチャイチャ見なきゃならねえんだよ」

 

「ちぇー、俺と穂乃果達のイチャイチャを見てお前にもハーレムの良さを気付いてもらおうと思ったのに」

 

「そういうのはアニメとかラノベで間に合ってるから」

 

 完全に拒否されて軽く涙目な零。

 そこで拓哉が何か思いついたように言った。

 

 

「なあ、そういやそのマシンって前は3つしか他の世界に行けなかったけど、もっと改良すればチャンネルは増やせるのか?」

 

 チャンネル。言ってしまえば前回拓哉達が行った3つの世界。それをもっと増やすということは、それ以上の世界へ行けるということになる。

 

 

「秋葉なら多分できると思うぞ。頼めば余裕で」

 

「異次元すぎるわ。というかまだ他の世界とかあるのかよ。俺達以外の世界とか」

 

「あるだろうな。どんな世界線かは分からないけど、世界には多様の可能性がある。あらゆるifの世界ってやつだ。俺達の世界だって言ってみればifみたいなもんだ。なら当然他の世界も存在する」

 

「例えば?」

 

「俺達が存在していない世界とか、穂乃果達がまったく別の人生を送っている世界とか。同じ人物がいても顔が違ったり性別が違ったり、また()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だってあるはずだ」

 

 挙げれば挙げるほどその可能性は増えていく。ほぼ無限に近い多様性を秘めるifの世界というのは、どこまでも人間の範疇を超えていく。たった一つの選択から何百通りの平行世界が現れるのと同じように。

 

 

「……だったら、こんな世界もあんのかな」

 

「どういう?」

 

 ありとあらゆる可能性が秘めているifなら、こんな世界だってあるかもしれない。そんな根拠のない可能性だって、きっと十分にあり得るはずだ。

 

 

「俺と零が一緒の学校に通って、穂乃果達と騒がしい日常を過ごしたりしてる世界、とかな」

 

「……なるほど、そういう世界だってあるかもな! いや、あるさ。そんな世界もきっとある。バカみたいに笑って俺達が過ごす日常はあるさ。だってほぼ無限の可能性の世界があるんだから」

 

 自分で言っておいて笑ってしまう。

 たった2回しか会っていないのに、あれだけ言い争ったりしていてもやはり、神崎零といる時間も悪くないと思えてくる。結局は似た者同士なのだ。

 

 

「おっと、拓哉もライブ終わったばかりの穂乃果達のとこに行ってやらなくちゃいけないよな。俺はもう行くよ」

 

 マシンを起動させると、零の周囲に青白い光の粒子が出始める。

 いよいよ別れの時だと、嫌でも実感させるように。

 

 

「なあ拓哉、また来てもいいか?」

 

「来たいならな」

 

「お前もこっちの世界に遊びに来いよ!」

 

「マシン持ってないのに行けるわけねえだろ! あっても行かんわ!」

 

「ははっ、やっぱ俺達はこういう関係が一番かもな」

 

 光はどんどん強くなり、零の足を順に粒子となり消えていく。

 

 

「……だな」

 

「もし次会う時はさ、行ったことない世界とか行ってみね?」

 

「異世界旅行とかもう会話レベル意味分かんねえな……。まあそれなら悪くない」

 

「んじゃ決まりだ! 次は別の世界で穂乃果達に会ってみよう!」

 

 最後まで明るい青年に、思わず拓哉も笑みを隠せない。

 だからこちらも最後は満面の笑みで別れを言おうではないか。零がもう首辺りまで消えてるのを確認して声をかける。

 

 

「なあ」

 

「何だ?」

 

 

 

 そして告げた。

 

 

 

 

 

 

 

「元気でな、バ神崎!!」

 

「ちょ、おまっ、最後がそ―――、」

 

 

 

 

 

 消えた。

 跡形もなく、友人は元の世界に帰った。

 

 

 

 

 

 

 虚空を見つめ、彼がいた空間を見直しても何もない。

 まるで一時の夢を見ているような感覚だった。けれど、決して悪くない夢。楽しかった夢。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、戻るか」

 

 

 気を引き締める。

 穂乃果達に挨拶なしで零が無断で帰ったことをどう説明するか考えながら歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あらゆる可能性を秘めたifの世界。

 

 

 

 

 

 

 そこで彼らは、お互いに思い思いの日常を過ごしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?


 2回目のコラボなので、前回の続編として書かせていただきました。
 コラボということでもちろん薮椿さんとこの主人公、神崎零くんとの絡みを多くさせていただきました。

 ちなみに軽く説明させていただきますと、作中でありとあらゆるifの世界と表現したり、終盤に岡崎と零くんが一緒に穂乃果達と日常を過ごしているというifの世界もあるかもしれない、と言っていましたが、勘のいい方なら分かるはず。
 そう、まさにそれが薮椿さんが書いているコラボ回での世界です(笑)
 前回のコラボ回ではあちらが普通に岡崎と零くんが一緒の学校に通っている話でしたので、そういう可能性、ifの世界もあるのだと遠回しに表現させていただきました。
 コラボならではの話ですねw

 そしてもちろん、多様性のある、ほぼ無限な可能性を秘めている世界というのが、つまりは私や他の作者の方々が書いている二次小説のような、ありとあらゆる世界のことです。
 書いてて楽しかったですここはw


今回もお互いどのような話を書いているかは知らないので、自分も含め、皆さんも薮椿さんの作品を見にいきましょう!!
そしてお互いの作品に感想をいただけると幸いです!
それが作者にとってモチベに繋がるので!!


では、この場を借りて今回コラボ相手に自分を選んでくださった薮椿さんには感謝を。
お互い長いあいだラブライブ小説を書いている身としてとてもありがたいです!
お疲れ様でした!また機会があれば!!


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!





いやー、それにしても秋葉さんの万能性は無限大ですね(笑)


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122.年越し

どうも、実は火曜水曜とUVERworldのライブ行ってまして、執筆の時間がありませんでした。
まあ先週コラボ回含めて2回投稿したから大目にということで。

今回からいよいよ物語の終盤に入っていきますね。

キャッチフレーズ編とでも名付けましょうか。




 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ最近の歌合戦はマンネリ化してきてんな~。やはり笑ってはならぬ12時間が年末に相応しくなってきてるのかね」

 

「ぅ~ん……むにゃむにゃ……」

 

 独り言のように呟いた結果、返ってきたのは女の子の発する寝息のみだった。

 ここは穂乃果の家である。何故年末になってもうあと少しで年を越すのに、隣で俺の肩に頭を預けながら呑気に寝ているこのお気楽バカの家にいるのかというとだ。

 

 理由は単純。

 桐穂さんが張り切って年越しそばを作りすぎたから助けに来てと連絡してきたからだ。

 

 かといって家族全員でお邪魔するわけにもいかず、母さんと親父は家に残ってのんびり年を越すからアンタらだけお世話になってきなさいという、大変ありがたいちょっとした追い出しをいただいたのである。

 

 そんなわけで年越しそばを頂いて、こうして今はこたつでぬくぬくしながら海未達が来るまでのんびりしている。ちなみに海未達とはあとで初詣に行くという約束をしたのだ。時間的にもうすぐ来ると思う。

 

 ……それにしても、平和だな~と思う。

 やるべき事はもうほとんどしてきた。最終予選が終わってからはもう特にやることもなく、ただ冬休みを待って宿題を少しやりつつそれなりに満喫している。

 

 いや、違う。実はクリスマスの時、いきなり幼馴染組が各自弁当を作ってきて家に押しかけてきたのである。そういや過去に弁当作ってくるとか言ってたような気もするが、こちらとしてはよく覚えていたものだなと思った。

 

 全然忘れてたし、何なら3人分が作ってきた弁当を食わされるこっちの身にもなってほしい。あの時はマジで腹が爆発すると思った。目の前で雪穂と仲良さそうに眠っている唯にすら全部食えと言われたほどだ。いくら男でも限界というものがある。

 

 クリスマスに特にリア充イベントもなく、ただ幼馴染達の弁当によってちょっとした臨死体験するとかこんなの世界中で俺1人だけの自信があるぞ。今までの人生の中で1番命の危険を感じたクリスマスだった。

 

 

「んにゃんにゃ……」

 

「……、」

 

 横を向けば目と鼻の先に元凶の1人がグースカ寝ている。女の子特有の甘い匂いみたいなのが鼻をくすぐってくるが、それよりも穂乃果の表情を見てしまう。……バカみたいな顔で寝てんなオイ。ヨダレ垂れてんぞ。

 

 

「おーい、そろそろ起きろよ穂乃果ー」

 

「ん~……」

 

 声をかけるともぞもぞしながら俺の方へ余計すり寄ってくる。こ、こいつ、普段は犬みたいなのに今は猫みたいに顔を擦り付けてくるだと……。

 いかん、これ以上は何かいけないような気がする。何というか、無駄に可愛すぎて俺まで擦り寄ってしまいたくなる。それだけはダメだ。

 

 

「穂乃果、穂乃果起きろ。番組終わったぞ」

 

「ん……ぅ~……えっ!? 見逃した! どっち勝った!? 赤、白!?」

 

「白だよ。残念だったな。これで賭けは俺の勝ち。飲み物奢るのは穂乃果だ」

 

「うあー! そんなぁー!」

 

 バカめ、こういうのは出演者をちゃんと調べて誰が出るのかを把握さえすればおおよその見当はつくんだよ。神社で屋台があったら甘酒でも奢らせるか。

 と、そんなことを考えていたらタイミングも良きかな、桐穂さんがやってきた。

 

 

「穂乃果、拓哉君、海未ちゃん達来たわよ」

 

「了解でーす」

 

 軽い返事をして穂乃果と共に玄関へ向かう。

 こたつから出たせいか凄く寒く感じる。玄関行くだけで苦行だぞこれ……。

 

 

「あけましておめでとー!」

 

「まだ明けてないよ……」

 

「はあ……拓哉君、どういうことですか。あなたがいながら穂乃果が今年最後まで余すことなくボケるのですが」

 

「俺がいたら普段ボケないみたいに言うな。ついさっきまで寝てたから寝ぼけてんだろ。いくら穂乃果でも普段ならそれくらい分かるはずだし」

 

 俺も開口一番既に年越し気分なボケかますとは思ってなかったんだ。

 

 

「2人共バカにしすぎだよー! じゃああれでしょ、良いお年を!」

 

「それは別れの挨拶です」

 

「それより穂乃果ちゃん、その格好で初詣に行くの?」

 

 俺はいつでも外に出られる私服だからいいが、穂乃果は完全に部屋着+羽織を着ている。家の中ならまだしも、これで外に出るというのは女の子としてどうかと思う。

 

 

「あーごめんごめん! ちょっと待っててー! すぐ着替えてくるからー!! うわっととっ!」

 

 テレビ見てる時にあれだけ先に着替えておけと言ったのに、歌合戦見てる途中だからーとか言ってたせいだぞ。というか寒いからこたつに戻りたいのですがダメですかねダメですよね。

 

 

「やっぱり、今年も最後まで穂乃果は穂乃果でしたね……」

 

「きっと来年も穂乃果ちゃんは穂乃果ちゃんだと思うよ」

 

 何だろう。このだからお前はいつまでたっても新八なんだよみたいな銀魂的なコメント。2人共穂乃果のことさりげなく超ディスってるように聞こえるんですが。まあむしろ穂乃果はあれでこそ穂乃果みたいなとこはあるけど。

 

 

「あ、年が明けちゃった」

 

「……このタイミングで明けるとは、やっぱ穂乃果は穂乃果だな……」

 

 自業自得というか何というか、いつもはこのタイミングの悪さなんて常に発揮してるけど、ここぞという大事な時には逆に大成功を収めるから高坂穂乃果という少女は侮れなかったりする。普段はバカだけど。

 

 

「さて、俺はもう一度こたつに戻りま―――、」

 

「さっさとコート羽織って来なさい」

 

「うぃっす」

 

 

 やっぱ寒いから行きたくないという俺の遠回しな申し出は、海未の冬にも負けないドライボイスによって凍り付かされたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ~、着替え中に年が明けちゃうなんて……」

 

「ちゃんと出かける準備をしておかないからです」

 

「俺があんだけ言ったのにずっとテレビ見てたお前が悪い」

 

「新年早々怒らないでー!」

 

 

 

 そんなわけで初詣のため外出なうな俺達。

 真冬の深夜というのはとんでもない寒さを誇っている。大事な日だったとはいえ、よく最終予選の日に学ランマフラーだけで走って行けたなとあの時の自分を褒めてあげたくなる。

 

 

「あ、みんな!」

 

「おお、花陽ちゃん凛ちゃん!」

 

 いつもの階段付近へ行くと、待ち合わせ場所にしておいたこともあってか既に花陽と凛がいた。

 

 

「あけましておめでとうっ」

 

「おめでとうにゃ!」

 

「今年もよろしくねー!」

 

 さっきまでウトウト寝てたヤツがもうテンション上がってるな。

 さすがに新年迎えたからそうなるのも普通か。

 

 

「あ、凛ちゃんその服可愛い!」

 

「そーおっ? クリスマスに買ってもらったんだー!」

 

 ことりの観察眼、というわけでもなさそうだが、さすが服飾に興味ある女の子。凛の服装にいち早く気付いたらしい。

 いいな、俺はクリスマスにのんびり過ごすこともできず、ホームであるはずの家で満腹死しそうになったのに。聖夜の夜とかロマンなんてなかったぞ。

 

 

「似合ってるよ、凛ちゃん」

 

「ありがとー!」

 

 凛の服装をよく見てみる。まず私服の凛を見ること自体が新鮮だったりするのだが、私服でスカート履いてる凛というのは、何かこう、珍しいのもあるが……うん、より女の子らしく見える。

 

 

「ど、どうかな……たくや君? 凛、似合ってるかな? 可愛い?」

 

「えっ……あー、うん……そう、だな。似合ってる。似合ってるぞ。新鮮味もあるけど、やっぱそういう格好してる方がらしいと思うぞ」

 

「……むー」

 

 何だかご不満な様子。おかしい、俺的にはできるだけ普通に褒めたつもりだったんだが。褒めるポイントが違ったのだろうか。

 やめろ、やれやれみたいな目で俺を見るな貴様ら。あの穂乃果にまでそんな目で見られたら俺は男としてまるでダメなヤツに見えちゃうだろうが。やめろ、いややめて。

 

 

「か・わ・い・い?」

 

「……お、おう……? か、可愛い、と思う、ぞ?」

 

「思う……?」

 

「可愛い! 超可愛いぞ凛! 実に女の子らしいお前にピッタリだ! 世界一可愛いよ!!」

 

「……んふ~、ありがとー!」

 

 危ない、どうやらこれで満足したみたいである。女の子というのは時にめんどくさいとマンガやラノベに書いてあるが本当かもしれない。

 でもまあ、凛も自信がついて私服でもスカートは履けるようになったのは良い事だと思う。口に出すのは多少恥ずかしいが可愛いのは本当だし。

 

 

「あれ、そういや真姫ちゃんは?」

 

「さっきまでいたんだけど……」

 

「恥ずかしいからって向こうに行っちゃったにゃ」

 

「恥ずかしいって、別にあいつは恥じらうとこなんてどこにも」

 

 ないだろ、と言おうとしていた。だが、それは真姫の登場によって彼方へ吹っ飛ばされた。

 この中でたった1人だけ、着物姿をしていたのだ。

 

 

「真姫ちゃんビューチフォー!」

 

「可愛い~!」

 

「わ、私は別に普通の格好でいいって言ったのに、ママが着て行きなさいって……! それと……パパが拓哉にも見てもらいなさいとか言ってくるから……」

 

「……、」

 

 ……いや、え?

 どうコメントしろと?

 

 あんの親バカエリートめ、小癪な真似をしやがる。真姫も嫌ならちゃんと断りなさいよ。それじゃまるで本当に俺に見てもらうために着てきたみたいじゃないか。ちくしょう着物姿の女子高生とか眼福に決まってんだろグッジョブ親バカ。

 

 

「で、どう、拓哉」

 

「……何が?」

 

「私の着物姿に決まってるでしょ! 凛にも同じこと聞かれたのに今更はぐらかすんじゃないわよ!」

 

「別にはぐらかしてねえよ! 似合ってるし可愛い!! それでいいだろ! むしろお前みたいな女の子が似合わないわけねえだろ言わせんな恥ずかしい!」

 

「ふんっ! 最初からそう言えばいいのよ」

 

 何だこいつ。いつの間にこんな度胸ついたんだ。ツンデレのツンはどこいった。別にデレてもないけど最近ツン要素少なくないか? キャラ付け大丈夫?

 

 

「ていうか何で誰も着てこないのよ!」

 

「何でと言われましても」

 

「そんな約束してたっけ?」

 

「別にしてないけど……!」

 

 まず着物なんて自分の家にそうそうあるものでもないだろう。レンタルならあるかもだけど。いや、海未の家は元々『和』を重んじているし、穂乃果の家の場合は和菓子だったりあの大輔さんのことだ、もしかしたらあるかもしれない。ことりは……むしろ自分で作りは……しないか。

 

 

「1人だけ舞い上がって恥ずかしいみたいな感じだな」

 

「アンタの人生はここまでよ」

 

「元旦から人の人生終わらせないでくんない!?」

 

 何てこと言うんだこの小娘。普通に怖いです。

 小話もここまでにしておいて階段を上ろうとしたら、後ろから裾を掴まれた。

 

 

「ねえねえたくちゃん」

 

「何だよ」

 

 振り返ると穂乃果を含む幼馴染達がこちらを見つめていた。

 

 

「私達は、似合ってるかな……?」

 

「はっ! 愚問だな。お前らなんて何着ても可愛いに決まってんだろ。顔も整ってるし体型も細い。そこいらの下手なアイドルよりも断然似合うに決まってる。伊達に小さい頃一緒にいたわけじゃねえ。幼馴染舐めんなバカヤロウ。さっさと初詣済まして希達のとこに行くぞ」

 

「貶されてるのか褒められてるのかよく分かんない言い方だね……」

 

 何を言ってくるのかと思えば、分かりきったことを聞いてくるなんて何なのだろうか。

 なんて問い詰めようものならきっと海未からメガトンパンチが飛んでくるからしない。拓哉賢い子。

 

 

「あら?」

 

「あなた達……」

 

「ん?」

 

 階段の方から聞いたことのある声をかけられ見ると、元王者がいた。

 

 

「やっぱり、偶然ね」

 

「明けましておめでとうございます!」

 

「おめでとう」

 

 A-RISEの全員が揃っている。いくら私服とはいえバレないのだろうか。高校生だからそういうところはファンの人達もちゃんと理解して話しかけないのか。そこんところはまだよく分かっていないな。

 

 

「拓哉君も、おめでとう」

 

「あけおめことよろ」

 

「随分と軽いわね」

 

「気にすんな、いつものことだ」

 

 何度も同じ挨拶するのは面倒だし、こういう時こそ略語を使うのが楽なのだ。A-RISE相手にとは思わられるかもしれないが、大体俺はこいつらでもさほど態度を変えた覚えはないので大丈夫、なはず。

 

 

「初詣?」

 

「はい、A-RISEの皆さんも?」

 

「ええ、地元の神社だしね」

 

「ですよね」

 

「……、」

 

 ……何この空気。険悪ではないけど何で誰も喋らないの。ほら、階段でずっと立ち止まってると誰か来たら邪魔になっちゃうよ?

 

 

「拓哉君」

 

「うぇ? おう、いきなり何だ?」

 

「最終予選の時、初めて私をツバサって名前で呼んでくれたのは何故かしら?」

 

「あれ、そうだっけ。まあ悲しきかな、いつも周りに女の子がいてほぼ全員を名前で呼んでるしいいかなって思ったんじゃね」

 

「あら、それは嬉しいわ。これからもそう呼んでね?」

 

「お前がいいならいいけ―――ッ!?」

 

 普段感じることは絶対にない。平和な日常を過ごしていく中であり得るはずのないものを背後から感じた。

 これは、殺意だ。

 

 

「たくちゃ~ん……?」

 

「お、おう……? あ、あの……穂乃果さん? それに海未さんやことりさんまで……いや他の皆さん……? 一体全体何をそんなに怒っていらしてあられるのでしょうか……?」

 

「新年早々、拓哉君は平常運転ですかそうですか。なら私達もいつも通り平常運転(拓哉君をボコろう)ではありませんか。ねえ、拓哉君?」

 

「海未さん? 何か字面というかルビがおかしくありませんこと……? 平常運転が何か物騒な言葉に変わっていませんかねえ!?」

 

「じゃあ、私達は行くわね」

 

「ハッ!? 謀ったな貴様ぁ!!」

 

 叫ぶ俺を無視して階段を下りていくツバサ達。追いかけようとして海未にヘッドロックされる俺。動けない俺に何故かマジックペンを所持して顔に落書きしてくる穂乃果とことり。神聖な神社で元旦から何をしているんだろうか俺達は。

 

 

「ふぅ、スッキリしたー!」

 

「何がスッキリだ。こちとら首ちょっと痛いし顔に落書きされるわでモヤモヤなんだが!!」

 

「似合ってるよ、たっくん♪」

 

「さっき純粋に褒めた俺の言葉で言わないで! というかどんな顔になってんだよ!」

 

 誰も何も言ってくれない悲しさ。高校生男子が高校生女子にイジメられる光景は一体どうなんだろうか。普段なら秘密裏にライバルと親密になってんなと海未から鉄拳貰うから、今回は優しいと捉えた方がいいのだろうか。最近自分の感覚が麻痺していると思っている自分です。

 

 

「ねえ」

 

 そんな時、ツバサからまた声をかけられる。

 今までふざけていた俺達ですら、素に戻って振り返ってしまう程度なトーンだった。

 

 

 

 

 

「優勝しなさいよ。ラブライブ」

 

 

 

 

 最終予選が行われたあの日。

 μ'sやA-RISE、他の出場グループもいた中で勝ち残れるのはたった1グループ。

 

 

 

 そう、μ'sは勝ち残った。

 あのA-RISEを上回る投票数を獲得し、勝つことができた。

 

 スクールアイドルを始めた時から格上の存在だと思っていたグループよりも、僅差ではあるがファンの心を多く掴み取ることができたのだ。

 これによって世間に知れ渡ったのは、王者の陥落。そして、女神の勝利。

 

 

 だからだろうか。

 さっきまで階段の上にいて見上げていたはずのA-RISEが、今は階段の下にいて俺達が見下ろしている様子は、まるで勝者と敗者が入れ替わったかのような錯覚に思えるのは。

 

 もしそうだとして、A-RISEの表情からは曇りなど一切見えなかった。

 いっそ清々しいほどの表情をして笑顔で言っている。

 

 自分達が負けても、後を託すような言葉を本気で言えるのは凄いことだと思う。

 やっぱどこまでもA-RISEらしい。王者の風格は今でも健在なようだ。

 

 

 

 なら、こちらもその思いを背負う覚悟はできてる。

 それは穂乃果達も分かってるようで、全員がツバサの言葉に対して言い切った。

 

 

 

 

 

「「「「「「はい!!」」」」」」

 

 

 

 

 

 A-RISEを超える事ができたμ'sなら、きっと優勝だってできるはずだ。

 そんな確信も根拠もない空虚な幻想だって、今なら断言できる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのためには、まずは勝利祈願だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶふっ」

 

「おい今俺見て笑ったなツバサこの野郎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この落書き消えるかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?


久々に何気ない日常からのスタートです。
ちなみにクリスマスの弁当の件は本編内では書いていません。本編以外でも彼らはいつもの日常を過ごしているとお考えください(笑)

スノハレ回からμ's達も岡崎に対してちょっと積極的になってたりなかったり、岡崎自身にも少し変化があったりなかったり……という感じです。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


久し振りに高評価(☆10)いただきました!


トエルウル・ノンタンさん

sironeko0さん


計2名の方からいただきました。
最近少なかったのでとても嬉しいです……!!ありがとうございます!!

これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!





前回のコラボ回では意外と重要な事も書いてるかもしれないので、読んでない方は是非。


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123.初詣の巫女



あとがきには超絶気まぐれ短編があったりなかったり。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰りてえ……」

 

「いいから早く願い事しなさいよ」

 

 人混みの凄さから早く家で温もりながら寝たいと思った矢先、真姫からのありがたいお言葉を頂戴して小銭を賽銭箱に投げ入れる。

 何を願うか、なんて思えばいくらでも出てくるのが俺の残念な脳内だが、今回くらいは無難なところを願おうと思う。

 

 

「かよちんは何をお願いしたの?」

 

「秘密だよ~」

 

「ことりちゃんは?」

 

「もちろん、ラブライブ優勝だよっ」

 

「だよね~!」

 

 やはりこいつらは同じ事を願ってたらしい。自分達の今の状況を考えればこの願いこそが妥当なんだろう。

 

 

「たくや君は何お願いしたの?」

 

「愚問だな。俺は空から可愛い女の子が落ちてきてそこから始まるちょっとエロチックなラブコメ展開を願っ―――、」

 

「あ?」

 

「もちろんラブライブ優勝だよっ」

 

 やべえ、女の子らしからぬ威圧の言葉が聞こえてきた。というか言ったの誰? 怖すぎて誰の顔も見れなかったんだけど。ド低音ボイスだったんだけど。

 

 

「まったく……ほら、後も仕えていますから、次の人に……穂乃果?」

 

 海未が促そうとした時、隣にいた穂乃果はまだ1人願っていた。

 

 

「穂乃果ちゃん随分長いにゃー」

 

「また欲張りなお願いしてたんでしょ。拓哉と一緒で」

 

「おい、自分で言うのも何だが俺の願いは特殊すぎて普通の人じゃ真似しないからな」

 

「たくちゃんなんかと一緒にしないでよ~! ただ、私達9人で最後まで楽しく歌えるようにって」

 

 良いこと言ってるのに一言目で俺が傷付いてるのきっと分かってないなこいつ。

 なんかって言われると結構男は傷付きやすいんだから気を付けろよ。ほら、俺は豆腐メンタルだから。すぐ崩れちゃうから。

 

 

「あれ、そういや花陽は?」

 

「あそこです」

 

「誰か助けて~!! 主に拓哉く~ん!」

 

 海未が指さす方向で人混みに飲まれている花陽。

 完全に俺に助けを求めているが、悪いな花陽。人混みは俺が最も苦手とする環境なんだ。ライブとかでの人混みはまだしもこういうウジャウジャいるのは御免被る。ということで頑張れ花陽。良いことあるさ。

 

 

「んじゃ希達のとこへ行くか」

 

「たくや君……?」

 

「任せろ凛。お前の親友は俺が必ず連れ戻してやる」

 

 さあて、人混みを逆走と行きますか。

 え? 何でそんなすんなりと手のひら返しするのかって? 決まってんだろ。凛が珍しくハイライトのない目で俺を見てくるんだ。そりゃ嫌でも行くさ。死にたくないからね☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、いたいた。希ちゃーん!」

 

「あら、明けましておめでとう」

 

「おめでとう!」

 

「どうしたん拓哉君? 何か髪ボサボサやない?」

 

「気にするな。いつもの事だ」

 

 何とか花陽を救出し人気の少ない神社裏へやってきた俺達は意外と早く希を見付けることができた。

 

 

「それに……ぶふっ! 何か顔に落書きされてるけど何なんそれ!」

 

「気にするな。いつもの事だ」

 

 いや、ほんといつも理不尽なお仕置き喰らってるから。というかいまだにどんな落書きされたか分からないんだけど。誰も教えてくれないんだけど。この顔で人混みに突っ込んでいった俺勇者すぎない?

 

 

「それにしても忙しそうだね」

 

「ん? まあ毎年いつもこんな感じよ。でも今年はお手伝いさんがいるから。あ、拓哉君サポートお願い」

 

「あいあい」

 

「希ぃ~、これそっち~!?」

 

 巫女姿のにこが視界に入ったと同時に希に言われて大体察した俺はすぐさまにこの元へ移動する。

 

 

「にこちゃん!」

 

「うぅわ!? 何よ来てたの!? あ、拓哉ナイスキャッチ。……その顔どうしたの?」

 

「……どうも」

 

 にこが驚いて落としそうになった段ボールを何とかキャッチ。意外と重いなこれ。そして俺グッジョブ。

 あと俺の顔に触れてくれるな。

 

 

「可愛いにゃ!」

 

「巫女姿似合いますね」

 

「そ、そう……?」

 

「おう、似合ってんぞ。小さい子が背伸びして大人っぽい格好してるみたいだ」

 

「バカにしてるでしょ」

 

 実際可愛いのは認めてるんだが。

 希の巫女姿は見慣れてるからあれだが……うん、やっぱ女子高生の巫女姿というものは素晴らしいな。ゲームの中だと思ってたよ。

 

 

「あら、みんな」

 

「絵里ちゃん!」

 

「かっこいいー!!」

 

「惚れ惚れしますね」

 

「結婚しよ」

 

「絵里ちゃん一緒に写真撮って!」

 

「ダメよ。今忙しいんだから。というか今さり気なく誰か変なこと言わなかった?」

 

 危ない危ない。絵里の巫女姿を見て思わず口から本能が出てしまった。もうすぐでバレるとこだった。クォーター美人が巫女服着るとこんなにもズルいのか。うん、ズルい。ズルいよこれは。反則級ですよ。どこかの社長もふつくしいと思わざるをえないよ。

 

 

「たくちゃん、絵里ちゃんの巫女姿どう思う?」

 

「和を感じる結婚式も良いと思うんだ」

 

「口滑らしすぎでしょこいつ。というか私の時と反応違いすぎないかしら!?」

 

「どちらかと言うと私はウエディングドレス派よ。さすがに落書きされてる顔の人は嫌だけど」

 

「絵里もそこでノらなくていいんです! 忙しいのでしょう!」

 

 なるほど、絵里はウエディングドレス着たいと。意外とロマンチストなのな。結構ギャグが通じるじゃないか。

 さて、そろそろ泣いていいかな。

 

 

「ふふっ、そうね。じゃあ行くわね。希もにこも早く」

 

「はいはい。じゃあまた」

 

「んじゃね~」

 

 軽く手を振って3人を見送る。

 個人的にはとても眼福でした。ありがとう女子高生達。新年から良いもの見させてもらったよ。

 

 

「仲良しだね~」

 

「姉妹みたいだにゃ~」

 

「でも、もうあと3ヵ月もないんだよね、3年生……」

 

「花陽。その話はラブライブが終わるまでしないと約束したはずですよ」

 

「分かってる……でも……」

 

 新年を迎えるのはとてもめでたいことだろう。

 世間的にも、世界的にもそれは1つの行事として行われている大事な日でもある。

 

 年に一度。必ずやってくる日。

 だがそれは、同時に時が平等に進んでいるということにもなる。

 

 幸せな日々があっても、不幸な日々があっても、時間は平等に、時に不平等に進んでいく。

 そしていつかは、別れがやってくることも。

 

 あと3ヵ月で絵里達3年生は卒業。

 来てほしくなくても、ずっとこんな楽しい日々が続いてほしいと思っていても必ずその時はやってくるのだ。

 

 花陽の気持ちは分かる。辛く寂しい思いがあるのはきっと他のメンバーも一緒で、絵里達もそう思ってるはずだ。

 だから、まずはやらなくちゃいけない事がある。

 

 

「3年生のためにも、ラブライブで優勝しようって言ってここまで来たんだもん! 頑張ろう、最後まで!」

 

「うん!」

 

「わひゃっ、何たくちゃん~」

 

「ったく、お前はつくづく俺の好きなリーダーシップ発揮してくれんな」

 

 そうだ。どうせ別れが来るのだとしても、せっかくなら存分に嬉しい気持ちごと持って別れる方がいいに決まってる。

 A-RISEに勝てたμ'sだからこそ、そんな夢も今なら胸を張って言うことができるんだ。

 

 

「しっかり優勝して、3年にでかい旗持たせて見送ってやるのがお前らの役目だ。今から暗い顔してどうする。自信持っていけよ。お前らなら優勝だって夢じゃねえんだからな」

 

「当然ですっ」

 

「やるよ、私達!」

 

「何今更分かりきったこと言ってんのよ」

 

「優勝だにゃー!」

 

「頑張りますっ!」

 

「んなぁ~! 撫ですぎだよたくちゃん!」

 

 おっと、触り心地が良かったからついつい撫で続けてしまっていた。

 良い返事も聞けたし、こりゃ新年早々練習でも期待できそうだな。

 

 

「それじゃ俺達も帰るか。初詣とはいえ寒い夜にずっと外にいちゃ体が冷えるし、どこかのバカみたいに風邪引いても嫌だしな」

 

「あー! それ絶対私のこと言ってるでしょー!」

 

「それもそうですね」

 

「海未ちゃんまで!? あうぅ~、ことりちゃ~ん2人がイジメてくるよぉ~!!」

 

「あ、あはは……体調管理には気を付けなきゃね」

 

「うぅ、優しいのはことりちゃんだけだ! 2人もことりちゃんを見習わないとだよ!」

 

 ことりもさり気なくお前のこと言ってるのに気付いてないのか。ことりはことりで気付かれてないからといってホッとするんじゃありません。

 

 

「どうでもいいから帰るなら帰りましょうよ。いつまでも顔面落書き男と一緒にいる私達の身にもなってほしいんだけど」

 

「何で俺を見ながら言うのか理解できないんだけど分かってる? 俺被害者だからね? 俺に非はこれっぽっちもないからね?」

 

「たくや君は早く帰って顔洗うべき」

 

「凛に真顔で言われる……だと……!?」

 

 いつも猫みたいな口してにゃーにゃー言ってる凛にそう言われるとか相当なのでは?

 神社で顔洗うわけにもいかないし、コンビニのトイレ借りて洗うのも手だが、まずこの顔で店入るのが高難度すぎるから却下。やはり帰宅するのが手っ取り早いか。

 

 

「よし帰ろうすぐ帰ろう」

 

「と言っても今たくちゃん私の家に来てるからまずたくちゃん家じゃなくて私の家に来ないとだよ」

 

「早く帰るぞ穂乃果! 何やら1年組の顔つきがハンターになったような気がする! 男は狩る趣味はあるが狩られる趣味はないんでね!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして新年早々、楽しくも騒がしい日を送っている俺達なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、これが俺が願った願い事ってことは、こいつらは知らないんだろうが黙っておいても大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


初詣は行きますが、人混みは苦手な人種です。苦手じゃない人混みと苦手な人混みがあるのは自分だけじゃないはず。
女子高生の巫女姿ってワード、とても魅力的ですよね。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!






~本編とはこれっぽっちも無関係な気まぐれ短編番外編(サンシャイン梨子誕編~)

登場人物

・岡崎拓哉

・桜内梨子


放課後の帰り道。
少なからず人がまばらに通る道中で、拓哉と梨子は歩いていた。


「なあ」

「何?」

「今日誕生日だろ? この前アニメミナイトでお前の好きそうな壁ドン特集あったからこれやるよ」

「え!? あ、ありがとう……。でも本人からされた方がよっぽど良いのになぁ……」

割と特殊な趣味を持っている梨子だが、ひょんな事からそれが拓哉にバレてそれをメンバーに隠すために協力してもらっている。
そういうわけで唯一無二の誕生日プレゼントを想い人から貰ったのだった。


「何だ? 嬉しいのは分かるがお礼ならもっとハッキリ言ってく……うぉわッ!?」

「え? きゃあ!」

瞬間。
見事に何もないとこで躓いた。右は道路だから倒れるわけにもいかず、何とか持ち堪えようと壁側にいる梨子の方へ体を寄せた結果。ドンッと手を突く音がした。


「ッつ……わりぃ、大丈夫か、梨、子……」

「……ぇ、あ……その……」

軽い事故とはいえ、想い人から突然の壁ドンを喰らった特殊趣味な梨子。もちろん平静を装えるはずもなく、上手く言葉も言えないままただ頬を赤く染めて軽い嬉し涙を瞳に溜めているのみだった。


「……わ、悪い! 驚かせちまったな!」

「むしろありがとうございますって言いたいんだけどぉ……!」

すぐさま離れて詫びる拓哉に、梨子の小声はまたも聞こえなかったらしい。
好きな本をプレゼントされ、好きな人からの事故壁ドンを貰った恋する乙女梨子の誕生日は最高な形で終えることができたようだ。


(……くそっ、さすがに間近であんな顔されたら反則だろ……ッ)


どこぞの少年も思わず見惚れてしまっていたのは、また別の話。



~完~


梨子が好きで誕生日だからということで、気まぐれでした。
本編とは何もかもが無関係なので経緯とか過程とか細かいことは抜きにしてください。
可愛いよ梨子。誕生日おめでとう!


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124.キャッチフレーズ


どうも、スクフェスの新発表が凄まじかったですね。
μ'sとAqoursが同世代ってもう色んな可能性が生まれる!





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自由? 選曲も?」

 

「はい。歌だけじゃありません。衣装も曲も踊りの長さも基本的に自由です」

 

 

 三が日も終わり、冬休み中ではあるが新年初の部活の日。

 さっそく屋上でストレッチをしているμ'sと、それを1人だけマフラー装備で軽く防寒対策しながら眺めているわたくしこと岡崎拓哉。

 

 朝ということもあってか非常に寒い。

 防寒しているとはいえ、見ているだけの俺が一番寒く思っているのは間違いないと思う。太陽もっと本気出せよ。

 

 ちなみに初詣に行ったあの日。顔にされた落書きを消すために穂乃果の家に帰った俺は、先に帰って来ていた唯にも顔を見られた挙句笑われ、しかも鏡を見るなと何故か強く言われた結果。穂乃果の家の風呂場を借りて唯が俺の落書きを消してくれたのである。もはや一生の謎だぞ落書きの正体。

 

 

 

「とにかく全代表が一曲ずつ歌いきって」

 

「会場とネット投票で優勝を決める、実にシンプルな方法です」

 

「そんなに寒いならアンタもストレッチくらい加われば? 私余ってるから付き合ってくれたら助かるんだけど」

 

「……それもそうだな」

 

 にこのお言葉に甘えて制服だが俺もストレッチに加わる。女の子とストレッチなんて役得だが、それより寒さをどうにかしたいの一心だ。こいつならスタイルは男とほぼ同然だし気軽にできる。

 

 

「殺すわよ」

 

「何も言ってないのに怖いこと言わないでくんない? 違う寒気するから」

 

 怖すぎんだろ。こいつらのたまにやたらと心読んでくるの何なの。いや、失礼なこと考える俺が悪いのはあるけど、言葉にしてないのに分かるとかいよいよもって人間辞めて女神化でもしてきたか。

 

 

「いいんじゃない。分かりやすくて」

 

「それで、出場グループのあいだではいかに大会までに印象付けておけるかが重要だと言われてるらしくて」

 

「印象付ける?」

 

「全部で50近くのグループが一曲ずつ歌うのよ。当然見ている人が全ての曲を覚えているとは限らない」

 

 全員ストレッチしながらもスムーズに会話が進んでいる。

 制服のままだと少しやりづらくもあるが、体もようやく温まってきた。

 

 

「それどころか、ネットの視聴者はお目当てのグループだけを見るって人も多いわ」

 

「確かに、全グループを一度に見るのはつらいかも」

 

「まあ、μ'sはA-RISEを破ったグループとして注目を浴びてるから、現時点では他のグループより目立ってはいるけどな」

 

「それも3月にある本大会にはどうなっているかってことやね」

 

 実際、μ'sにはA-RISEを破ったという事実がある以上、ハンデがあるのは確かだ。本大会まであと2ヵ月。それまでにその注目度を維持しておくのも作戦の一つとして考えられるが、それが成功する保障もない。

 しかし、それを実施しない理由にはならない。

 

 

「でも、事前に印象付けておく方法なんてあるの?」

 

「はい、それで大切だと言われているのが―――、」

 

「花陽、どうせなら直接見たほうが手っ取り早いし、一度部室に戻ろう」

 

「それもそうね。拓哉がちゃんと調べてるなんて偉いじゃない」

 

「本選も近いんだ。それくらい調べるっつの」

 

 こいつ俺を何だと思ってやがんだ。これでも手伝いしてる身だぞ。そうでもしないと本当にただの雑用係に成り下がってしまうだろ。

 罰としてもうちょい力入れて背中逸らしてやる。

 

 

「ちょ、やっ! 強くしすぎじゃない弱めなさいよ……!」

 

「ふんっ、にこの分際で俺を愚弄するのが悪い」

 

 痛いと痛くないのちょうど中間を狙ってやっている。

 一応本選もあるので痛めないように工夫しているから安心である。さあ微妙に苦しむがいい小娘よ!!

 

 

「部室行こうって言った本人が何をしてるんですか……」

 

「たくや君は普段は結構器小さかったりするからにゃー」

 

 後ろから刺々しい言葉を浴びせられるが気にしない。気にしたら割と泣けるから気にしない。

 

 

「こ、ら……拓哉……離しなさいって言って……る……でしょ……!」

 

「悔しかったら自力で脱出してみな小娘。貴様は俺を怒らせた。ゆえの罰である!! ふははははははははははッ!!」

 

 まるで悪役のかませみたいな笑いをしてみるが、自分で言ってて中々に気持ち悪かったりする。

 ちなみに他のメンバーは無視して部室に向かった。俺とにこが可哀想に見えるから2人くらい残ってくれても良かったのに。仕方ない、そろそろ離してやるか。

 

 そんな時だった。

 

 

「いい加減に……離し……んぁっ……」

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、」

 

 ん??

 今何かとても艶やかなお声がしたような…………あ。

 

 

「……わ、悪い……やりすぎた……」

 

「……まったく、中途半端に力入れるから悪いのよ……」

 

 何というか、謝った。

 超気まずい空気になったのは間違いないだろう。俺とにこの他に誰もいなくて良かった。もしいたら絶対俺が悪者扱いになってボコられてた。

 

 

「い、行くか……」

 

「……いい? 部室行っても何食わぬ顔でいるのよ。絶対」

 

「お、おう」

 

 何だか少し顔を赤くしたにこがムスッとした顔で屋上をあとにする。

 俺もそれに着いて行くが、さっきのにこの声を聞いたせいか顔に熱が集中している気がしなくもない。くそ、にこのくせに色っぽい声しやがって……。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、戻ったぞー」

 

「キャッチフレーズ?」

 

「はい。出場チームはこのチーム紹介ページにキャッチフレーズを付けられるんです。例えば……」

 

 部室に戻ると既に話が始まっていた。

 俺とにこも距離を開けつつ何とか普通の雰囲気を装って話に入る。

 

 

「恋の小悪魔……」

 

「はんなりアイドル」

 

「With 優?」

 

 PC画面のサイトを見ると、様々なスクールアイドルが映し出され、その下にはキャッチフレーズが添えられていた。

 その地域にちなんだキャッチフレーズもあれば、スクールアイドル自体から感じられる雰囲気や見た目で付けられているキャッチフレーズもある。

 

 

「なるほど、みんな考えてるわね」

 

「当然、ウチらも付けておいた方がええってわけやね」

 

「はい。私達μ'sを一言で言い表すような……」

 

「μ'sを一言で、かぁ」

 

 キャッチフレーズ。

 他のスクールアイドルのを見れば簡単なようにも思えるが、いざ自分達のをって考えると意外に難しいものである。

 

 客観的に見ているのと、自分達を客観的に見て思うのは割と一筋縄ではいかない。自分達のイメージは何なのか。一言で言い表すならどう言うべきなのか。自分達のことをよく理解しているからこそ、灯台下暗しのように、そのたった一言が頭に浮かび上がらない。

 

 

「……よし、じゃあ今日は時間までどんなキャッチフレーズが良いか考えてみるか。練習も大事だけど、本選のためには先にキャッチフレーズを考えて少しでも印象付ける方が効果的だろ」

 

 

 

 

 

 

 そんなわけでμ'sのキャッチフレーズという、大喜利大会の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

「虹色の女神!」

 

「虹は7色だから。2人ほどハブられてんじゃねえか」

 

 

 

 

「自己主張の塊魂!」

 

「それは自虐か? 自虐なのか? 懐かしいゲームの名前だなオイ」

 

 

 

 

「王者に勝ったアイドル!」

 

「その意気はいいが色々と反感買いそうだから却下!」

 

 

 

 

「個性が色々生きてる!!」

 

「あながち間違いじゃないけどそれピ〇ミンのCMであったフレーズと大差ねえだろ!」

 

 

 

 

「髪色奇抜な高校生!」

 

「それただの不良じゃねえか! あとそういうちょっとメタいこと言うのやめなさい!」

 

 

 

 

「生徒ドシドシ募集中!」

 

「学校宣伝はもうしなくていいから! ありがたい事にたくさん入学希望者いるから!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから何時間経過したのだろうか。

 気付けば空は夕焼けに染まっていた。オレンジの光が部室に差し込み、チャイムが鳴って部活の終了を同時に知らせてきた。

 

 

 

 いや、まともな案出す気あるこいつら?

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「μ'sμ's……あ、石鹸じゃない!」

 

「本家に喧嘩売るつもりかお前は」

 

 部活が終わり、帰ろうとしたところで穂乃果達に生徒会寄るから来いと半ば強制的に連れて行かれ他のメンバーとは別れた。

 生徒会室に行くとヒフミトリオがいて雑務はすべてやってくれていたらしい。生徒会でもないのに何ともまあご苦労なことである。まだ冬休みなのに、俺なら絶対手伝わない。

 

 と、いつもの4人で下校することになって校門まで来たら穂乃果がボケた。

 何だ、若年性のやつか。

 

 

「9人!」

 

「当たり前です」

 

「10人」

 

「スクールアイドルじゃない拓哉君を入れてどうするんですか」

 

 まったくである。

 

 

「海未ちゃんもちょっとは考えてよー!」

 

「分かってますっ。ですが……」

 

「中々難しいよね。9人性格は違うし、一度に集まったわけでもないし」

 

 そう考えると、μ'sってのはとことん珍しいグループだと手伝いの俺でも思う。

 全員見事に個性はバラバラ、メンバー自体もバラバラに加入してきた。なのに気持ちは一つで頑張って、気付けばこんなとこまで来ている。ある意味凄いなこれ。

 

 

「でも、優勝したいって気持ちはみんな一緒だよ!」

 

「となると、キャッチフレーズは……ラブライブ優勝……何様ですか……」

 

 うん、それはさすがに俺も思う。キャッチフレーズがラブライブ優勝って、もし他のスクールアイドルが見たら完全に煽ってるように見えるし、敗れた場合は超バカにされるに違いない。

 

 つっても、μ'sを一言で言い表す言葉か。

 こいつらなら案外すぐに出てきそうだと思ったけど、そうでもなかったな。少し考えれば分かりそうなのに、これが灯台下暗しってやつか。明日になったらそれとなくヒントでも出してやるか。他の答えを導き出したらそれを優先させるけど。

 

 

「とりあえず今日は帰ろうぜ。ツッコミで疲れた」

 

「うん……あれ?」

 

 信号も青になり渡ろうとした瞬間。

 向かい側からこちらへ歩いてくる者がいた。

 

 何故ここにいるのか。そんな疑問が出てきてはすぐに消えた。

 どうしてわざわざここに来たのか。そんな質問は口に出すことさえできなかった。

 

 まるでそれを許さない雰囲気を醸し出しているかのような、絶対的なオーラを纏っていた。

 敗者でありながらもその貫録に衰えは見えず、むしろ以前よりも尖って鋭くなっているような感覚。

 

 信号が青になっているのにも関わらず、俺達は動くことができなかった。いや、動くべきではないと思った。

 その人物は、俺達に用があると分かりきっているから。

 

 

 

 

「……ツバサ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがてその元王者のリーダーは目の前で止まり、真っ直ぐに俺達を見て言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話があるの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


ストレッチしてると普段出さない声が出てしまうと、自分でストレッチしてて思います。
結局顔の落書きの正体は明かされず。これに関してはご想像にお任せします(笑)


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


新たに高評価(☆10)を入れてくださった


雨乃谷 飴人さん


その1票が糧となる。本当にありがとうございました!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!



フライング発表のせいか記事は消されたけど、とある魔術の禁書目録アニメ3期発表と聞いて6年間ずっと待ってたのがようやく報われたかと。
テンション上がってしかいません。


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125.元王者と勝者

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自販機で買ったコーヒーを一口含む。

 真冬の夕方にはその温かさが程よく体に染み渡っていくのを感じながら、ベンチにもたれかかった。

 

 

 

 

 

「ごめんなさいね。でも、どうしてもリーダー同士、それにそんなリーダーをも支える拓哉君と3人で話したくて」

 

「いえ、海未ちゃんもことりちゃんも分かっていると思いますから」

 

「というか何で俺がいる必要あるんだよ。こういうのはリーダー同士だけでってのが定石じゃないのか」

 

「あなたは私達とは違ってμ'sにしかいないお手伝いさんじゃない? だからあなたにも話を聞きたくてね。あとはSP的な意味で」

 

 最後のが本音じゃありませんよね。俺に話聞いても意味があるとは思えないんだけどな。まあ、元王者の綺羅ツバサとA-RISEを負かしたμ'sの高坂穂乃果が2人でいれば目立つかもしれないし、何より奢ってもらったコーヒーが美味いから許す。

 

 

「練習は頑張ってる?」

 

「はい。本選ではA-RISEに恥ずかしくないライブにしなきゃってみんな気合い入ってます!」

 

「そう」

 

 A-RISEに勝っておいてみっともない姿晒すのはどちらも嫌に決まっている。

 自信がないわけではないが、今よりももっと自分達の実力を磨いておいて損は絶対にないだろう。

 

 

「あの、A-RISEは……」

 

「心配しないで。ちゃんと練習してるわ。ラブライブって目標がなくなって、どうなるかって思ったけど。やっぱり私達、歌うのが大好きなのよ」

 

「よかった……」

 

 スクールアイドルの大きな目標としての一つがラブライブ。それはスクールアイドルをしているグループのほぼ全てが目指している高みなのだろう。今じゃ全国的に流行しているラブライブでも、優勝できるのはたった1グループ。

 

 それに敗られ目標が失われれば、きっと喪失感や虚無感に襲われに違いない。

 来年があればまた来年頑張ればいいと思ってもいいけれど、もし3年生だったなら、もう何も残すことはできないに等しいかもしれない。

 

 それでも、A-RISEは歌うことを続けた。

 来年がなくとも、ラブライブに出ることはもう叶わなくても、歌うことが大好きだから。そんな単純な理由で、だからこそ貫きたい思い。

 

 圧倒的な王者だったから、その思いだってきっと人一倍あったんだろう。

 やっぱ凄えな、このグループは。

 

 

「ただ、やっぱり、どうしてもちゃんと聞いておきたくて」

 

「?」

 

「私達は最終予選で全てをぶつけて歌った。そして潔く負けた。そのことに、何のわだかまりもない。と、思っていたんだけどね」

 

「珍しいな。お前がそんなこと言うなんて」

 

「あら、私だって普通の女の子よ。分からない事もあれば、疑問に思うことだってちゃんとあるわ」

 

「……違いねえ」

 

 いつもはA-RISEとしてのツバサと話すことが多かったからか、ついそんなことを言ってしまった。元王者とか、トップスクールアイドルとかの前に、こいつは俺より一つ年上の普通の女の子に過ぎないのに。

 

 

「ちょっとだけ引っかかったの。何で負けたんだろって」

 

「……そう、なんですか」

 

「理由が分からないのよ。確かにあの時、μ'sは私達よりファンの心を掴んでいたし、パフォーマンスも素晴らしいライブだった。結果が出る前に、私達は確信したわ。……でも、何故それができたの?」

 

「え?」

 

「確かに努力はしたんだろうし、練習を積んできたのも分かる。チームワークだっていい。でもそれは、私達も一緒。むしろ私達は、あなた達よりも強くあろうとしてきた。それがA-RISEの誇り、スタイル。だから負けるはずがない。そう思ってた……。でも負けた。その理由を知りたいの」

 

 多分、その答えを俺は知っているかもしれないし、違うのかもしれない。

 だけど、もし知っていたとしても、その答えを俺が言うのは間違っているのは確かだ。これは俺ではなく、μ'sとしての穂乃果が答えなくては意味がない。

 

 

「μ'sを突き動かしているものって何? あなた達を支えているもの、原動力となる思い。それは何なの?」

 

「えっ……」

 

「それを聞いておきたくて」

 

「……え、えっと、ぁ……う……」

 

「やめろ。助けてくださいみたいな目線をこっちに送ってくるな……」

 

 子犬みたいな顔しやがって、思わず助けたくなっちゃうだろうが。という気持ちを必死に抑え込む。

 これは俺が答えるべきではない。目を逸らすと穂乃果も一応考えているようだが、表情からするに何も出てきていないのが分かる。

 

 

「……ごめんなさい! 私よく分からなくて……」

 

「……そう。じゃあもし何か分かったら教えてちょうだい。拓哉君にも聞こうと思ったけど、その様子じゃ教えてくれなさそうだし」

 

「リーダー同士の会話に俺が口挟む方が野暮ってもんだろ」

 

「そういうとこは徹底してるのね」

 

 そう言うとツバサはベンチから腰を浮かせた。

 どうやら本当にそれだけを聞きに来たらしい。

 

 

「今日はありがとね」

 

「ごめんなさい、ちゃんと答えられなくて……」

 

「気にしないで」

 

「でも、A-RISEがいてくれたからここまで来られた気がします!」

 

 実際間違っちゃいない。A-RISEがいなければ廃校を救うための手立ては見付けられなかったし、A-RISEという超えるべき目標がなかったら高みを目指そうとも思えなかった。少し皮肉に聞こえるかもしれないが、あれが穂乃果の本心だし、ツバサのことだ。きっとそれも理解してるだろ。

 

 

「拓哉君は気付いてるんでしょ?」

 

「……さあな。おおよその見当はついてるが、それが合っているかも確信したわけじゃない。それにこういうのは俺じゃなくて穂乃果が言わないと意味がないだろ」

 

「それもそうね。……あ、そうだ、穂乃果さん」

 

「はい?」

 

 いよいよ別れようとした寸前でツバサが穂乃果に声をかけた。

 まだ何か用件残ってたのか。

 

 

「スクールアイドルとしての勝負は負けちゃったけど、()()()()()()()()()()()()()()()()。ライバルとしてねっ」

 

「ッ……。はいっ! 私だって当然負けません!」

 

「あん?」

 

 女の子としての勝負って何だ。こいつら密かに料理バトルでもしてんのか?

 スクールアイドルしてんのに料理でも勝負とか何だよ。食戟か、食戟なのか。美味かったら服弾ける系のあれか。それなら俺も見たいであります。

 

 

「では! 行こう、たくちゃん!」

 

「ふふっ、またね」

 

「おう、またなー」

 

 軽く手を振ってお互い反対方向へ歩き出す。

 唯には少しだけ遅くなると連絡しておいたから問題はない。というか何でこいつはわざわざ俺の手を引っ張ってるんだろうか。

 

 

「なあおい、何で手引っ張ってんだよ歩きづらいんだが。てか最後のツバサとしてた会話何? 料理バトルなら俺が審査員してやろうか。料理マンガもそれなりに読んでるし食レポには多少の自信はあるぞ」

 

「どんな脳みそしてたらツバサさんと料理バトルするなんて発想になるの! いつもの脳内妄想も大概にした方がいいよたくちゃん」

 

 穂乃果に頭の心配されるとか俺もそろそろ末期かもしれない。このバカに言われると軽く泣きたくなってくる。

 料理じゃないなら何なんだよ。女の子といえば他に何がある。

 

 ……オシャレ対決?

 

 

「穂乃果、やめとけ。お前じゃツバサには敵わん。UTX学院なんてボンボンが行くような学校に通ってるヤツだぞ。そんなオシャレ要素しか持ち合わせてないツバサに家でちゃんちゃんこ着てこたつでミカン食ってるようなお前が勝てるわけないだろ現実見ろ」

 

「だからどうして発想がそんな方向へ行くの!? それに余計なお世話だよ! 冬にこたつでミカンなんてド定番だよ! ちゃんちゃんこだってあったかいし!」

 

 む、これも違ったか。

 料理でもオシャレでもないなら何だ。女の子といえばなんて男の俺が考えても分かるわけがないかもだけど……いや待て。

 

 これはもしや……恋?

 ははっ、いやいや、そんなまさか。

 

 

「認めん。恋なんて俺は認めんぞ穂乃果ァ!! 貴様どこの男に現を抜かしやがった!! それ絶対騙されてるからやめときなさい! お前を選ぶようなバカにお前を任せられるわけないだろぶっ飛ばすぞゴルァ!! どこのどいつだ言ってみろ大輔さんと一緒に顔面潰れるまでぶん殴ってやる!!」

 

「うわぁ何か一気に核心突いてきたと思ったらやっぱり予想の斜め上だった! というか酷くない!? 騙されてるとか私を選ぶバカとかそれ完全に私のことバカにしてるよね!?」

 

「何言ってんだ当たり前だろ」

 

「喰らえ海未ちゃん直伝たくちゃん殺し拳(ヒーローブレイカー)ッ!!」

 

「うおぉッ!?」

 

 あ、危ねえいきなり何て攻撃してきやがるんだこいつは! 片方の手繋がれてるからギリギリだったじゃねえか! つうか海未直伝で怖すぎるんですが!?

 

 

「チッ」

 

「あの、穂乃果さん? 仮にも最終予選突破したスクールアイドルのリーダーがするような舌打ちではありませんことよ」

 

「失礼なたくちゃんが悪いっ。私だって女の子なんだから、そういうこと言われるとさすがに傷付くんだよ」

 

 またも先ほどのように子犬のような顔でシュンと落ち込んでしまった。

 ちくしょう、そんな顔されたら120%俺が悪いみたいになってしまうだろ。いや完全に俺が悪いんだけど。

 

 しかし、確かに穂乃果も一応は年頃の女の子だ。

 こういうことには多少デリケートになりつつあるのかもしれない。しゃーない、謝ってやるか。

 

 

「悪かったよ。変に決めつけてバカにしちまって。詫びに恋の相談でもしてやろうか? ラブコメマンガなら腐るほど読んでるから任せろ」

 

「どうせ宛てにならないからいいもん……」

 

 おぉふ、意外とダメージ入ってんなこれ。一向に手を離してくれない。これじゃまたいつ拳が飛んでるか分かったもんじゃない。俺の命の危険がすぐそこにあるの怖すぎじゃね。

 

 

「でも……」

 

「……でも?」

 

「別れるまで普通に手を繋いでくれたら許してあげる」

 

「……、」

 

 いや、あの……落ち込んでるからか知らないけどちょっと顔赤らめて泣きそうな感じで言われると罪悪感で死にそうなんだが。そんな顔で言うのはいくら何でも反則だろ……。

 

 

「お、おう……」

 

 物理攻撃がない分、こちらの罰の方が断然いいので了承する。

 すると、穂乃果の表情も少し明るくなり握っていた手をまた強く力を入れてきた。

 

 力を入れてもそこはやはり女の子。

 俺の包まれている手は柔らかい女の子のそれであって、寒い冬の中、ただその温もりだけがお互いの手から体温を感じ取っていた。

 

 

 

 

「えへへ……何か、まるで恋人みたいだねっ」

 

「……兄妹くらいが妥当なんじゃねえの」

 

「ぶぅ~、そんなことないもん!」

 

「ほら、さっさと帰るぞ。早く帰って家で温もりたい」

 

 

 

 

 

 

 2人でやいのやいの言いながら手を繋いで帰る。

 多分、恐らく傍から見れば俺達は恋人に見えるようなことをしているのかもしれない。

 

 だけど、それを認めてはいけない気がする。

 認めてしまったら、決定的に何かが変わってしまうとか、そんな深い理由とかじゃない。

 

 

 

 ただ単に。

 

 

 

 

 

 

 俺がそう見られると恥ずかしいだけヘタレに過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 でも、まあ、うん。

 せっかくの幼馴染だ。

 

 

 

 

 こんな帰り道も悪くないだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 そう思って俺は、隣で柔らかい笑みを浮かべながら話す穂乃果を見て、ほんの少しだけ握っていた手の力を強くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 さて、いかがでしたでしょうか?


 せっかくのリーダー同士の会話なのですから、岡崎は護衛兼ちょくちょく話す程度にさせました。
 鈍感じゃないけど鈍感。鋭いのは鋭いが恋愛対象にまず自分を入れる事すらしないのが岡崎という人間でありまして。
 自分を卑下しすぎというか、まるでみんなが笑顔の輪の中にいるのを外から見守るのが自分の役割と思っているヤツなのですよ。めんどくせえなこいつ。
 最後の穂乃果との帰り道、ほのかわいい。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!

では、新たに高評価(☆10)を入れてくださった


紅葉さん

Nインパクトさん

とんぽんさん

杉並3世さん


計4名の方からいただきました。失踪しない理由が増えていく。ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!




とある魔術の禁書目録3期が公式発表されてようやっとこの時が来たかと静かに燃えています。
アニメで動く上条さん早く見たい。


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126.あと少し



どうも、昨日は少し熱が出てたので投稿できませんでした!





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、このページのは全部合ってる」

 

「うぅ~、疲れた~……」

 

 

 

 

 その日の夜。

 夕飯や風呂など諸々を済ませた俺は最愛の妹、唯に頼まれ受験勉強を手伝っていた。

 

 

「ちょっとだけ休憩~」

 

「何言ってんだ。今日決めた分のページもあと1ページだろ。もうひと踏ん張りだ」

 

 妹に頼まれればそれに全力で従ってやるのが兄の役割だ。なのにこの妹ときたら、最後の最後で休憩とか抜かしおる。

 愛でるだけが兄じゃない。時に優しく、時に厳しくするのも兄の大事な役目でもあるのだ。心を鬼にするべし。

 

 

「ちょっとだけだよ~。ねっ? お兄ちゃん」

 

「しょうがねえな3時間だけだぞ」

 

「いやそれは日付変わっちゃうよ」

 

 時に厳しくするのも大事だが、他所は他所、ウチはウチなので甘やかす。誰が何と言おうが甘やかす。心を鬼とか何それウケる。鬼じゃなくて心をお兄ちゃんにが正しいに決まってんだろ。

 

 

「10分でいいよ休憩は」

 

「あいあい」

 

 何故か唯が直々に時間を決めて休憩に入る。

 と言っても特にすることもないのでソファにでかでかと座りこむくらいだ。

 

 元からテーブルに置いていたお茶を一口飲んでからスマホを適当に弄るが、結局は何もすることがないので思う存分ソファに体重を預けて天井を見つめる。

 すると、途端に俺の足へ余計な重みが加わった。

 

 

「……何してんだ」

 

「えへへ~見ての通り、お兄ちゃんに膝枕してもらってますっ」

 

「してもらってるも何も、許可した覚えはないんだけどな。それにそういうのは女の子の柔らかい太ももだから価値があるわけで、男の俺なんかの太ももじゃ柔らかくもないしむしろ心地悪いと思うぞ」

 

「お兄ちゃんだから私的には全然オッケーだよ~ん」

 

 さいですか……とだけ言って諦める。どうやら退く気が更々ないらしい。

 下に視線を移せば唯がにへらとこっちを見て笑うし、変に気恥ずかしくてまた天井を見つめる。

 

 だからだろうか。

 ふと疑問をぶつけてみたいと思ったのは。

 

 

「なあ唯」

 

「なぁに?」

 

「唯から見てμ'sってどう思う?」

 

「ふむふむ、そうだな~」

 

 こうして急な質問にも動じず真面目に答えようとしてくれる妹は多分メンタル強いに違いないとか思いつつ、どんな返答がくるか待つ。

 普段μ'sの近くにいる俺じゃなく、誰が見ても客観的に考えられる位置にいる唯ならどう答えるのか。

 

 

「心配、とか」

 

「分からなくもない」

 

「あとはー、危なっかしい、頼りない、ハラハラする」

 

「ボロクソ言うな。一応地区代表だぞ」

 

 この妹、中々に毒舌でござった。

 だが言いたいことも分かる。あいつら俺がいなかったらいつ無茶しでかすか分からないからな。以前ならまだしも今はもう大丈夫そうに見えるが、穂乃果がリーダーやってる間は俺も見ていてやらなくちゃいけない気がする。

 

 

「正直に答えてるだけだもーん。何か心配になっちゃうんだよね」

 

「なるほどな……じゃあ何で勝てたと思う?」

 

「さあ?」

 

「あのな……」

 

 太ももの上で首を傾げる唯。

 真面目に答えてるってのは分かるが、もう少し言い方を考えられないのかこいつは。

 

 

「ただ、応援しなきゃって気持ちには不思議となるんだよね。どんなグループよりも。それは穂乃果ちゃん達だから、地元だからとかは関係なくね」

 

「……俺が穂乃果達を手伝ってるからってのは?」

 

「それはあるかもしれないしないかもしれない」

 

 こいつわざと言葉濁したな。

 

 

「冗談だよ。お兄ちゃんが何もしてなくても、私はきっと穂乃果ちゃん達を応援したと思う。必死に、でも楽しそうに歌うμ'sを見てたら、そんな気持ちに、曲に惹かれちゃうんだ」

 

「そっか。そりゃ良いこと聞いた」

 

「あうっ」

 

 個人的に満足のいく返答を貰えたから強制的に唯を優しくどかせてソファから離れる。

 もちろん、自分の部屋に行くためだ。

 

 

「あー! 何で行くの! 勉強教えてくれるんでしょー!」

 

「あと1ページくらい自分でできるだろ。それに見てたけどもうそんだけで出来てれば凡ミスしない限り必ず受かる。ったく、全部1人で解けるくせに俺に勉強手伝えって何の目的だよ」

 

「お兄ちゃんと少しでも一緒にいたいから」

 

「はいはい可愛い可愛い。んじゃな、頑張れよ」

 

 最近唯があざとい言葉を使うようになったのは気のせいだろうか。それとも桜井が原因で唯は純粋に言ってるのに俺がそう捉えてしまうようになっているのだろうか。何にしろ桜井許すまじ。唯可愛い。

 

 

「ねえお兄ちゃん」

 

「何だ、勉強なら教えることないぞ」

 

 リビングを出るまであと一歩のとこで呼び止められる。

 

 

()()()()()()()()()()?」

 

「……、」

 

 さすが俺の妹だ。

 こういうとこ鋭いのはお互い親譲りらしい。

 

 

「さて、どうだろうな」

 

 これだけ言ってリビングを後にする。

 俺の中の答えが合っているのか確信できていなかったが、唯の言葉を聞いてようやくできた。

 

 確かに、これは当事者の穂乃果達じゃ出しにくい答えなはずだ。

 自分達をどれだけ客観的に見れるかが重要になってくるんだしな。

 

 答えも定まったことだし今日は早めに寝ようかと思った矢先、携帯が鳴った。

 見ると穂乃果からのメッセージだった。

 

 

 

 

 

 

 

『明日の14時、私の家に集合ね!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何で俺は餅つきに付き合わされてるんだろうか」

 

「そりゃたくちゃんじゃないともしもがあったら危ないでしょ?」

 

 翌日の14時を過ぎてちょっと。

 俺とμ'sメンバーは連絡通り穂乃果の家にやってきた。そして何をするかと思えば餅つきするとのことだ。どうしてそうなった。

 

 

「それなら普通男の俺が餅つく方じゃないのか」

 

「そうしたら意味ないでしょ。μ'sの私がやることに意味があるっ!」

 

 なら何でサポートするのはμ'sじゃなく俺なんだろう、という愚直な質問はしないでおく。もしケガなんてものをしたら大惨事だからな。

 手伝いという名目上、俺の役割は間違っていないが何だろう。何か犠牲的な意味でも含まれてそうだなおい。

 

 

「ちゃんとできるの穂乃果?」

 

「お父さんに教わったもん! いっくよー!」

 

「はいはい」

 

 穂乃果が餅をつき、俺がサポートを繰り返していく。

 小学生の頃はよく大輔さんに教わりながら手伝っていたから苦労する心配もない。

 

 リズム良くついている内にご飯だった見た目から餅になっていく。

 と、ここで穂乃果が一旦動きを止めた。

 

 

「凛ちゃんやってみる?」

 

「やるにゃー!」

 

「真姫ちゃんも!」

 

「いいわよ。それより何で急に餅つきなの」

 

「在庫処分?」

 

「違うよ。何か考えてみたら学校のみんなに何のお礼もしてないなって」

 

 なるほど、そういうことか。

 

 

「お礼?」

 

「最終予選突破できたのって、みんなのおかげでしょ? でも、あのまま冬休み入っちゃってお正月になって」

 

「だからってお餅にする必要ないじゃない」

 

「だって他に浮かばなかったんだもん!」

 

 お礼なら穂むら饅頭配るとかじゃダメだったのか。

 というか餅ならもうみんな正月に食べてそうなんだけど大丈夫なんだろうか。

 

 

「それに、学校のみんなに会えばキャッチフレーズが思い付きそうだなって」

 

「思い付く?」

 

「お餅つきだけに!」

 

「にこちゃん寒いにゃ……」

 

「にこ、それはないわ」

 

「悪かったわよ! ついよつい!」

 

 危うく俺もそれ言いそうになったけど言わなくてよかった。おかげでにこが犠牲になってくれた。

 俺が言ったら多分罵詈雑言の嵐だったぞ。

 

 

「よし、たくや君いっくよー!」

 

「おう、こい」

 

 凛が構えて振り下ろそうとした。

 その瞬間だった。

 

 

「危なーい!」

 

「うおッ!?」

 

 絵里の妹、亜里沙が突然俺を庇うように飛び込んできた。

 どこから湧いてきたんだこの子。

 

 

「拓哉さんはμ'sにいなくちゃいけない人なのに拓哉さんがケガしたら大変!」

 

「いや、何なら不意に飛び込んできた亜里沙のせいで危うくケガしそうになったんだけどな……」

 

「亜里沙……」

 

「叩こうとしたわけじゃないにゃー」

 

 そうだぞ。こいつらはいざとなったら容赦なくぶん殴ってくるからこんな柔なもんじゃない。

 大体海未のせい。そして原因は俺のせい。

 

 

「それより亜里沙、悪いけど早めにどいてくれると拓哉さん助かるなあ。外でこの態勢は色々とヤバイので……」

 

「え? よく分からないけど分かりました!」

 

 どんだけ純粋なんだこの乙女。男女が押し倒し押し倒されの姿勢だったら普通事案案件ものだぞ。

 俺がビンタされてもおかしくないレベル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お餅……スライム?」

 

「食べてみて、頬っぺた落ちるから」

 

 とりあえず餅を完成させたのでさっそく亜里沙に渡すとこんな反応だった。

 もしかして餅食べたことないのか。正月に食べてもいないらしい。

 

 

「美味しーい!」

 

「私とたくちゃんがついたお餅だからね。美味しいのは当然だよ!」

 

「そこまで言うとこか?」

 

「よーし、じゃあ第二ラウンドやってくよたくちゃん!」

 

「え、まだ作んのか?」

 

「当然! 学校のみんなも呼んだしこれだけじゃ足りないでしょ!」

 

 確かに、この量じゃ精々10人分ってところか。

 生徒数自体は少ないけど、さすがにこれじゃ人数分は足りない。まず何人ぐらい来るのかすら把握してないのに作りすぎて余ったらどうするんだろうか。

 

 

「お、本格的ねー」

 

「へいらっしゃい!」

 

 言ってるそばからヒフミトリオがやってきた。

 

 

「精が出るねえ拓哉君」

 

「おかげで体が温まって寒く感じないのは助かる。雑用にも程があるな俺」

 

「まあまあ、手伝いの宿命みたいなもんだよ。頑張んな!」

 

 ヒデコがニカッと笑いながら背中を叩いてくる。

 意外と力強いから痛いんだよなこいつの。

 

 

「さあ、もっと作っちゃってよ。私達がまたみんなを呼び出したからほぼ全校生徒来るはずだし!」

 

「お前らの顔の広さ異常すぎやしませんかね……」

 

 そんなツッコミをしているあいだに、気付けば音ノ木坂の生徒がぞろぞろと来ていた。

 ……餅足りるのかこれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、どうぞ」

 

「みんなの分もありますからねー!」

 

「お醤油ときな粉どっちがいい?」

 

「並んで並んでー! お餅は逃げないからー!」

 

「せーの、にっこにっこにー!」

 

「これがきな粉……きな臭い?」

 

「かよちんは太っちゃうからダメ!」

 

「お餅ー!!」

 

「はいたくちゃん餅つき交代! あとは任せた!」

 

「あ、てめっ、疲れたからって逃げるなこら!」

 

 

 各々が自由に餅を食べ、写真を撮り、賞を見せてもらって声を上げ、好きに過ごしている。

 かくいう俺は強制的に餅をつく方に交代させられさっきからずっとついているのだが、意外や意外。この生徒共、やたら餅を食べるのである。

 

 女の子は餅食べたら体重増えるからあまり食べないのが普通じゃないのか。めっちゃ食うじゃん。1人で5個食ってる子いたぞ。花陽ならもっと食べそうだけど絶対太るから押さえるのを凛に任せている。

 

 ちなみに俺はずっと餅を作る方に集中しているからいまだ食べれていない。おかしい、ちゃんと働いてる俺に何も報酬がないのは間違っている。ちくしょう、真冬だってのにどんどん暑くなってきたぞ。

 

 

「はいお兄ちゃん、さっきからお餅食べれてないでしょ? あーん」

 

「唯……やはりお前は世界一の妹だ」

 

 いつの間にか来ていた唯が俺の口へ餅を入れてくれた。

 うん、美味い。さすが俺がついた餅だ。いや、唯が食べさせてくれた餅だから実質宇宙一の美味さになってる説ある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな来てくれて良かったですね」

 

「冬休み中なのに随分集まったわね」

 

「みんなそんなにお餅好きだったのかなー」

 

「好きだよ~お餅だもん」

 

 お礼という名目上で行われた餅つき大会は無事終了した。

 先ほどまでは賑やかだった穂むらの周辺にはもう俺達以外の生徒は誰一人いなくなっていた。

 

 

「きっと、みんな一緒だからだよ」

 

「え?」

 

「みんながいて、私達がいて、だからだと思う」

 

「何か分かるような」

 

「分からないような……」

 

 他のメンバーはまだピンと来てないようだけど、俺は多分分かってると思う。

 ただ穂乃果がそれに達しているかは分からないが。

 

 

「それが、キャッチフレーズ?」

 

「うーん……ここまで出てる……!」

 

 と、喉に指を当てている穂乃果。

 こいつなら本当にそこまで出てきていそうだから凄い。こういう時の穂乃果のセンスはピカイチなのだ。

 

 

「……本当なのですか?」

 

「本当だよ! もうちょっとなの! もうちょっとでそうだってなる気がするんだけど~……」

 

「だったらやるしかないだろ」

 

「たっくん? やるしかないって、どういうこと?」

 

 みんなの視線が集まる中、あと少しで答えが出そうな穂乃果を見て言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「答えを見つけにだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


唯との絡みは書いていてとても楽しいです。
どちらも重度のシスコンブラコンですが、ドライな時はドライな態度だったり甘やかす時は存分に甘やかす関係っていいですよね。
次回でキャッチフレーズ編ラスト!


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆10)を入れてくださった


そら@さん


みなさんの評価コメントにとても励まされてます。本当にありがとうございました!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!





何だかんだこの作品も終わりが見えてきた。


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127.みんなと一緒に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうダメ~……」

 

「私も……」

 

「よくやった。向こうで休憩してていいぞ」

 

 

 

 

 お礼という名の餅つき大会も終わり、そのまま解散になるはずもなく、俺とμ'sは神田明神で練習に励んでいた。

 

 

「これで穂乃果とことりと海未もゴール、と」

 

「はぁ、はぁ……さすがに、お餅ついた後だとキツいね……」

 

「の割に穂乃果は自己ベスト更新してるぞ」

 

「ほんと? よしっ」

 

 餅食ったあとに階段ダッシュで自己ベスト更新とか普通に考えておかしいんだけどな。タイム遅くなると俺も思ってたのに予想を遥かに上回ってきやがった。体力お化けにでもなったのかこいつ。

 

 

「穂乃果もことりももう休憩していいぞ。時間も時間だし、これ以上汗かいて体冷やすのもダメだしな」

 

「はーい」

 

「私水飲んでこよーっと」

 

 さて、あとは3年組が終わるのを待つだけってもう上がってくるだけか。

 

 

「はい終了。3人共お疲れさん。タイムも上々だな」

 

「はあ……はあ……っ、自分は走らなくていいから良い御身分よねアンタは……」

 

「ずっと突っ立ってタイム計る俺だってクソ寒いんだから変わんねえだろ」

 

 にしても、最初に比べるとやはり全員のタイムが格段に上がっている。ただでさえここの階段は段も多く疲れやすいのに、今ではもう全員が以前よりも自己ベストを更新している。継続は力なりとはよく言ったもんだ。

 

 

「拓哉くん、そういえばさっき言ってた答えを見付けにって何だったの?」

 

 早くも息が整ってきた花陽が汗を拭きながら俺を見上げてきた。

 それと同時に他のメンバーも同じように視線を俺へと向けてくる。そういやそうだったな。穂乃果は……と、いたいた。

 

 

「……タイミングも良かったみたいだな。答えは多分近くにある。穂乃果のとこに行けば分かると思うぞ」

 

「穂乃果のところに?」

 

「ああ。あいつはもうその片鱗をたった今見てる最中だ」

 

「あれって……」

 

 言うや否や、海未達は穂乃果のとこへ近づいて行く。

 穂乃果が見ているのは、神社によくある絵馬だ。

 

 

「凄い数ねえ」

 

「お正月明けですからね」

 

「これ、音ノ木坂の生徒の……」

 

「こっちもです」

 

 数えきれないほどの絵馬があるが、よく見てみると色んな願いが込められている。

 個人の願い。誰かのための願い。様々な願いがあった。

 

 そして、その中でもよく見るのが。

 μ'sに関してのことが多かった。

 

 

『μ'sファイト!』

 

『μ'sがラブライブのステージで最高のパフォーマンスができますように! がんばれ~☆』

 

『μ'sがラブライブで優勝できますように』

 

『μ'sを見て音ノ木坂に入りたいと思いました』

 

『娘がμ'sの皆さんの大ファンです』

 

 たくさんの絵馬があった。

 膨大な数の願いが書かれていた。

 その中でも、μ'sを応援してくれる声が、大半を占めていた。

 

 

「あ、見て!」

 

 ことりの声にみんなが反応する。

 1枚の絵馬には、こう書かれていた。

 

 

『μ'sが本大会で遅刻しませんように! 雪穂』

 

『大会の日、晴れますように! 亜里沙』

 

『本番、μ'sが楽しんでライブができますように! 唯』

 

 同じ絵馬に、3人分の願いが込められていた。

 俺達が知っている3人の想いが詰められている。

 

 

「そっか……分かったこれだよ!」

 

「何なのよいきなり」

 

 穂乃果がいきなり大声を上げる。

 やっぱりここに来て間違いはなかったようだ。

 

 

「μ'sの原動力! 何で私達が頑張れるか、頑張って来られたか、μ'sってこれなんだよ!」

 

「これが?」

 

「うん! 一生懸命頑張って、それをみんなが応援してくれて、一緒に成長していける。それが全てなんだよ! みんなが同じ気持ちで頑張って、前に進んで、少しずつ夢を叶えていく……。それがスクールアイドル、それがμ'sなんだよ!」

 

 いつも通りの、高坂穂乃果として、スクールアイドルとして、μ'sとして、リーダーとしての、最高の答えをこいつは導き出した。

 

 

「みんなの力……」

 

「それが……μ's」

 

 穂乃果の言葉に、みんなが納得したように表情が明るくなっていく。

 

 

「もしかして拓哉、答えを見付けにって、最初からここに来れば分かるって分かってたの?」

 

「確実とは思ってなかったけど、確信はあったよ。穂乃果なら絶対見つけられるってな」

 

「相変わらずアンタのその直感は常人とは思えないわね……」

 

 何故かにこに引かれるという大変理不尽な視線をいただいた。

 まああれだ。本当に直感でここに来れば分かるんじゃないかと思ったに過ぎない。

 

 神田明神。

 穂乃果達の始まりの場所で、いつも使わせてもらっている練習場所で、俺達にとって大事な場所。

 

 だから、ここに来ればその答えが見つかるんじゃないかと思った。

 俺達だけではない。色んな人達が来るここなら、たくさんの人達の願いが集まるここなら、μ'sの原動力が分かると思った。

 

 

 それだけに過ぎない。

 

 

 

「じゃあ穂乃果、μ'sのキャッチフレーズ。何にするか決まったか」

 

「うん! 決まったよ。もう、これ以外考えられない!」

 

 

 

 

 俺の問いに、穂乃果は堂々と答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後のUTX学院前。

 

 

 

 

 

 そこで本選に出場するスクールアイドルの名前とキャッチフレーズが出されるという事で、俺達は見に来ていた。

 

 

 

 

 色々なスクールアイドルの名前とキャッチフレーズが流れていく中、No11にμ'sの名前があった。

 そして。そして。そして―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれがあなた達の導き出した答え?」

 

 背後から声をかけられる。

 振り向かずとも声だけでそれが誰なのかすぐに分かった。

 

 

「UTXの前だってのに、こんなとこにいたら目立つんじゃねえのか」

 

「どちらかと言うとあなた達の方が今は目立つと思うんだけどね」

 

 いくら何でもA-RISEのリーダーがいたら普通に大騒ぎになると思うんだけど。

 穂乃果達はお互い鼓舞しあってツバサには気付いてないみたいだ。

 

 

「っと、何だよ」

 

「一応バレるのは何だし、気付かれてないみたいだからせっかくだし穂乃果さん達にもバレないようにしたの」

 

「何だよそれ」

 

 急にツバサが背後に回り、まるで背中合わせしてるかのような態勢になる。

 地味に楽しんでないかこいつ。

 

 

「で、結局どうなの。あれがあなた達が出した答え?」

 

「……正確に言うとあいつら9人が出した答えだな」

 

「いつも通りブレないわねあなたも。でもまあ、納得したわ。私達が負けた理由も、勝てなかった理由も」

 

 何となく、ツバサの声には吹っ切れたような感じがあった。

 背中越しにもそれは少し伝わってくる。

 

 

「そうだろうな。あいつらにはアンタ達にはなかったものがあった。誰かを惹き付ける力はあっても、誰かと一緒に頑張れるような力がなかったんだ」

 

「随分ハッキリ言ってくれるのね」

 

「その方がいいんだろ? A-RISEは確かに凄い。だけど、それは見てくれる人達を置いていくような、本当の意味でのトップだった。それだって十分誇れることなんだろうさ」

 

「……、」

 

「だからμ'sは違う魅力を身に付けた。いや、きっともう最初から備わっていたんだと思う。誰かと一緒に成長して、応援してくれる人達も変わっていって、誰もがμ'sを見て惹かれるのはさ、やっているあいつらも応援してくれる人達も一緒に成長していくからなんだと思う」

 

 あくまでこれは俺の個人的な感想と見解だ。

 始まった時からこいつらを見てきての俺の観察力と思ってくれて構わない。これが合っているとは限らないが、決して間違いでもないと思う。

 

 

「強いのね。あなた達は」

 

「強いんじゃない。強くなったんだよ。色んな問題があった。その度に乗り越えてきた。自分達だけじゃない。誰かに助けてもらって、時には助けて、そうやって一緒に頑張ってきたから、今のμ'sがある」

 

「そう……そういうこと……」

 

 スッと、背中の感触が失われた。

 後ろを向くとツバサは歩き出している。

 

 

「私は行くわ。納得もしたしね」

 

「……、」

 

「ああ、最後に一つ言うとすればだけど」

 

 ふと、立ち止まってツバサがこちらに振り向いた。

 

 

「μ'sが強くなったのは確かに応援してくれた人達と一緒に成長したからってのもあるんだろうけど、多分一番は()()()()()()()()()()()()()()

 

 それだけを言い残し、ツバサは去っていく。

 まるで肯定も否定も聞かないように。

 

 

「ねえたくちゃん、あれって……」

 

「ん、ああ、ツバサだよ」

 

「ええ! 何で声掛けてくれなかったんだろ! 挨拶しようかと思ったのに~」

 

「俺がしといたから大丈夫だよ。ついでにあの時の答えも言っといた。納得してたよあいつも」

 

「……そっか」

 

 少しシュンとしつつも笑う穂乃果の頭に手を乗せてやる。

 

 

「さてと、んじゃ戻るか」

 

「うんっ!」

 

 メンバーに声をかけ、全員で学校へ戻る。

 本選まで約1か月半。いくらA-RISEに勝ったとはいえ、油断はしていられない。練習で磨けるとこはとことん磨いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ほど、ツバサがもしその場にいたままだとしたら、俺は肯定しただろうか。それとも否定しただろうか。

 考えた末に出てきたのは、どちらもだった。

 

 肯定もしたし、否定もする。

 俺がいてもいなくても、きっとμ'sは成長していた。壁を乗り越えていけると思う。

 

 

 

 でも。

 だけど。

 

 

 

 最後の最後には、結局肯定するのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 それが、μ'sの出した答えなのだから。

 

 

 

 

 これは俺さえも含められて出された結論だろう。

 誰かいてもいなくてもとか、そういうことじゃない。

 

 そこに含まれる意味は、きっと誰も拒まずに受け入れてくれるようなものだ。

 だったら、俺もそこに遠慮なく入ろうと思う。

 

 俺だけじゃない、μ'sだけじゃない、それを応援してくれる人達含めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “みんなで叶える物語”なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次章―――『μ's解散編』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


これにてキャッチフレーズ編完結。
いよいよ次回はあの回です。
ゆっくりと、しかして確実に終着点が見えてきました。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!





サンシャイン2期では梨子ちゃん推しになりそう。


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128.或いは、当たり前の物語


 ――最終章・序章――

『μ's解散編』



 始動。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 始まりがあるならば、当然終わりも存在する。

 

 

 

 

 

 

 それはこの世界のどれにおいても当てはめられる事であり、どうしたって逃れられない結末でもあるのだ。

 

 

 時にそれは美しく。

 時にそれは残酷に。

 時にそれは唐突に。

 

 

 終わる。

 

 

 人は生まれてから老いて死に、物は作られてから壊れ、緑は生えてから枯れる。

 物事に永遠など一律には存在せず、必ず終焉が訪れるものだ。

 

 そしてそれを繰り返しながら年月は過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、そんな大層な話じゃない。

 

 

 

 

 どこかの街にいるスクールアイドルが、活動を始めてから終わりを決断するまでの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったー! これで音ノ木坂だよ! 私達、音ノ木坂の生徒だよ!」

 

「うん!」

 

 隣で喜んでいるのは雪穂と亜里沙。

 今日は音ノ木坂学院の合格発表であり3人で見に来たのだが、どうやら自分も含めてみんな合格したらしいと安堵する岡崎唯。

 

 亜里沙には同伴者で絵里が着いて来てるが、自分の兄はここにはいない。

 ただでさえ真冬の朝、それも休日。

 

 寒さと朝に飛び切り弱い兄を自分の都合で起こして着いて来てもらうのは気が引けたからだ。

 超絶シスコン野郎のことだから必ず着いて行くと言っていたのだが、案の定当日になると布団にくるまり爆睡していたのでさっさと家を出てきた。

 

 唯的にはそっちの方が兄に無駄な精神を遣わせるにはいかないと思ったから好都合だったのである。

 

 

「良かったよ~唯~!」 

 

「はいはい、そうだねえ。3人共合格でホッとしたよ」

 

 もちろん合格したのは嬉しい。この時のために必死に受験勉強してきた結果が出たのだから。飛び跳ねたいほど気持ちも舞い上がってくる。

 だけど、自分よりも嬉しそうにして抱き付いてくる亜里沙を見れば自然と落ち着いた反応をしてしまう。どちらかというと妹をあやす姉みたいな気分だ。

 

 

「μ'sだー! 私μ'sだー!」

 

「ッ……」

 

「……、」

 

 亜里沙の不意な発言に言葉が詰まった。

 

 

「お姉ちゃーん! μ'sだよ! 私、μ'sに入るー!」

 

 そう言って絵里の元へ笑顔で駆けていく亜里沙を見て、受験合格という高揚感は既にどこかへ消えていた。

 絵里と楽しそうに話している亜里沙はきっと本心でああ言っている。本気でμ'sが好きだから。

 

 

「μ's、か……」

 

 呟く雪穂を見ると、多分同じことを考えているんだと予想できる。

 亜里沙はμ'sに入ると言った。そこに問題はあるかと聞かれれば、問題はないのかもしれない。

 

 だがそこに生じるのは、きっと多大な違和感だろう。

 新しくμ'sに入る者がいるのならば、μ'sからいなくなる者もいるのだから。

 

 

 この先を考えるのは今はよそう、と頭を振り切る。

 まずは家に帰って家族に合格を自分の口から報告するべきだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~」

 

 

 家に帰るとさっそくドタドタとありきたりな足音と共に家族が飛び出てきた。

 

 

「どうだった!?」

 

「休日の朝から祝杯の準備はできているぞ唯!」

 

「マイシスター何故俺を起こさなかった! 合格発表という大事な日ならお兄ちゃん何が何でも着いて行くと言っただろ! いや起きれなかったけど! 目覚まし時計うるさくて壊しちゃったけど!!」

 

 母の春奈、父の冬哉、兄の拓哉。

 全員からそれぞれ聞かれ言われを受けた唯だが、とりあえずどこまでも優しい家族に朗報を知らせる事を優先した。

 

 

「……にひー、無事合格したよっ!」

 

 満面の笑みでピースを形作る。

 唯の言葉を聞いて、家族が目を見開いてから数秒間たってから。

 様々な声が家の中で響く。

 

 

「はぁー良かった……。唯なら心配ないと思ってたけど、今日の晩ご飯はご馳走にしなくちゃね」

 

「おっしゃァァァあああああああああああああああああッ!! 昼から堂々と酒じゃあああああああああああああ!! 母さん、家にあるもので最高の酒を用意してくれ!!」

 

「きゃっほぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおう!! これで音ノ木坂に俺の癒しが増えるぅぅぅ!! 唯という名の最高の癒しが俺を待っているぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 母以外は何だかおかしな絶叫をしているが、どれも喜んでいてくれているからこちらもまた嬉しくなってくるというものだ。

 

 

「唯の入学式には有給とって新調したスーツで行かなければな! どう思うかね唯!」

 

「そうだね、いいんじゃないかな、どうでも」

 

「どうでも!?」

 

 相変わらず父に対しては少し当たりが強い唯。明確なダメージを負った冬哉は春奈に首根っこを掴まれてリビングへと消えて行った。

 多分このあと喜びと悲しみの酒を浴びるほど飲むに違いない。そして当然冬哉を気にも留めない拓哉は未だ興奮冷めやらぬ声音で唯に声をかける。

 

 

「どうだ唯。何か欲しいものとかあるか? 合格祝いだ。俺が何でもくれてやろう。もちろんお兄ちゃんの財布とATMが空にならない程度でな! さあ、何が欲しい?」

 

「お兄ちゃんが欲しい」

 

「はっはっは! 嬉しいのか知らんがそこは『お兄ちゃんが欲しい』じゃなくて『お兄ちゃん“〇〇”が欲しい』だろ。よく考えりゃいいさ。唯のワガママくらい叶えてやる」

 

 よく考えた結果が()()なのだが、どうやら兄は本当に言い間違えたと思っているらしい。いや、兄妹の関係上それが普通なのだが。

 ともあれ、穂乃果達のアピールにさえ気づかないほどの超絶鈍感クソ野郎だ。ましてや唯の気持ちに気付くはずもないのは、唯自体が分かっている。

 

 

 故に。

 

 

「うーん、じゃあお兄ちゃんとお揃いのお財布がいいかな? そのシンプルなデザイン私も好きだし、赤かピンクのカラーくらいはあるでしょ?」

 

「あれ、お前って長財布使うタイプだったっけ。まあそれがいいなら買ってやるよ。確かピンクはあったはずだしな。値段は多少するけど」

 

 最後何かボソッと言っていたが気にしない。ストラップとか小物系をお揃いにすると周囲にすぐバレそうなので、一応分かりにくい財布をお揃いにすることにした。財布なら周囲の人間にもあまり見せないしバレることもないだろうと判断である。

 

 

「わふっ」

 

「そっかそっかー、受かったかー。勉強見てた俺から見ても充分受かると思っていたけど、いざ妹が合格ってなるとやっぱ嬉しいもんだな」

 

 いきなり頭を撫でられされるがままだが、一切止めない。むしろ唯からすれば嬉しい以外の感情を持ち合わせていないからついつい口が綻ぶ。

 その結果。寒い廊下だということもお構いなしに大好きな兄へダイブする。

 

 

「うおっ」

 

「やった、やったよお兄ちゃん。私、音ノ木坂学院の生徒だよ!」

 

「……ああ、そうだな」

 

 家の中だろうと廊下には暖房はなくもちろん効いていないため寒い。だから寒がりの拓哉はすぐにでもリビング避難したいはずなのに、嫌がらずにしっかりと唯を受け止めてくれた。しっかりと密着された人間というのは、案外どちらも温かかったりする。

 

 

「これでお兄ちゃんは私の先輩にもなるね! その時はよろしくだよお兄ちゃん!」

 

 自分の顔を見てニカッと笑う妹を見て、拓哉も笑みが零れるのを抑えきらない。

 妹であり、4月から後輩の唯へ向けて一言を放つ。

 

 

 

 

「おう、よろしくな。後輩」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと、この事は自分から言うべきではない。

 そう唯は思った。

 

 自分達が入学するということは、必ず3年は卒業する。

 つまり、μ'sにいる3年のメンバーも。

 

 であれば疑問や質問も脳内に溢れてくるが、これはまだ部外者の自分が言っていいことではない。

 この問題は早い段階でμ'sに訪れる。なら必然的に拓哉もそれに関わることになるだろう。

 

 だから、何も言わない。

 拓哉達も薄々分かっているはずだから。

 

 どんな結末になろうとも、これだけは拓哉達が決めることだから。

 岡崎唯は気になる疑問を消し去り、ただ兄の胸に喜びと共に顔をうずくめるのみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月曜日。

 時は既に放課後の部活練習の時間になっていた。

 

 

 

 

「ラブライブの本大会まであと1ヵ月。ここからは負荷の大きいトレーニングは避けて、体調を維持することに努めてもらう」

 

 場所はいつもの部室。

 そこでメンバー全員が座り、ホワイトボードの前で手伝いの拓哉が説明と共に立っている状態であった。

 

 

「練習随分少ないんだね」

 

「うん、完全にお休みの日もある」

 

「ああ、A-RISEのツバサにアドバイスも貰ったからな。そういう日も入れてあるんだよ」

 

「普通にやり取りしてんのねアンタ達」

 

「仕方ねえだろ。あいつが先に送ってくるんだから。無視するのも悪いし、実際こうやってアドバイス貰えるのはありがたい」

 

 ツバサの相手をする代わりにアドバイスを貰っているのだが、あのA-RISEのリーダーから直々に教えてもらえるのはこれ以上にないほど助かるものだ。それにツバサが教えてくれるということは、少なくともμ'sを応援してくれているに違いないだろう。

 

 

「ん、どうした穂乃果。ボーっとして。ちゃんと話聞いてたか?」

 

「……あ、う、うん、ごめん。あはは~」

 

「珍しいな。お前がこういう時にちゃんとしてないって」

 

「そうかな~」

 

「……、」

 

 ラブライブも近づいているからか、最近の穂乃果はずっと真面目に練習をこなしたりミーティングもしっかり聞いていた。練習に関しては始めた当初からだが、ミーティングはいつも海未や拓哉に任せっきりでよく分かっていなかったのが、今ではしっかり聞いているのだ。

 

 そう思った矢先にこれである。

 拓哉が不思議がるのも無理はない。と、ここで真姫が思い出したかのように話を切り出した。

 

 

「そういえば唯ちゃんと亜里沙ちゃんと雪穂ちゃん、合格したんでしょ?」

 

「うん、3人共春から音ノ木坂の新入生だよ」

 

「唯は受かって当然だからな」

 

「亜里沙ちゃん、ずっと前からμ'sに入りたいって言ってたもんねっ」

 

「……、」

 

(……そういうことか)

 

 ことりが言った瞬間、穂乃果の視線が落ちたのを拓哉は見逃さなかった。

 多分この休日のあいだに何かあったのだろう。それで穂乃果がまた考え事をしているに違いない。

 

 

「じゃあもしかして新メンバー!」

 

「ついに10人目誕生!?」

 

「ちょっと、そういう話はっ……」

 

 真姫が止めるように言ったが、それはもう全員に聞き届いてしまっていた。

 10人目であって10人目でない。もし誰か入るとしても7人目から始まってしまう。そういう仕組みに、必然的になってしまっているのだから。

 

 

「卒業、しちゃうんだよね……」

 

 花陽の言葉で部室の雰囲気はより暗くなってしまう。

 μ'sのメンバーは綺麗に学年ごとに3人ずつ分かれている。

 

 つまり、卒業すれば絵里、希、にこの3人はμ'sを抜けるということになる。なってしまう。

 仕方のないことで、どうしようもないことで、それが自然ということも分かってはいる。分かってはいるが、どうすればいいか分からない。

 

 

「……どうやろ?」

 

「え?」

 

「にこっちは卒業できるかどうか……」

 

「するわよ!」

 

 希が暗い雰囲気を紛らわすようににこを弄ってみるが、予想以上にメンバーの雰囲気は暗く、再び沈黙が訪れてしまう。

 同じμ'sのメンバーだから、誰かが抜けるという事実に精神的ショックも大きいのかもしれないし、やはり思うところがあるのが普通だろう。

 

 ならば、こういう時にこそ流れを変えるために、非情にならなければならない時に非情になれる人物が介入する。

 

 

「ラブライブが終わるまではその先の話をするのはしない約束だったろ。ここに来て気持ちが揺らいじまったら勝てるものも勝てなくなるぞ。目的を忘れるな。まずはラブライブ優勝が最優先だ。さあ、練習に行くぞ。今日はグラウンドでランニングだ」

 

 手を叩いて注目を集めてから叱咤する。

 返事をしてから次々とメンバーが部室から出ていく。

 

 穂乃果を残して。

 

 

「……穂乃果」

 

「……ぁ、うん、ごめん、すぐ行くねっ」

 

 声をかければ穂乃果もそそくさと部室を出て行った。

 最後に残ったのは当然部室の鍵を閉める役割の拓哉1人のみ。

 

 誰もいない部室で、少年は静かに拳を握る。

 先ほど言った言葉。

 

 自分で言っておいて何だが、あれはきっと間違っている。

 ラブライブ優勝が最優先だとは言ったが、それはその場での流れを変えるために言った発破に過ぎない。

 

 一度心に靄がかかってしまえば、簡単に取り除くことはできない。その靄はどれだけ掻き消そうとしても、まるでいつまでたっても喉に異物が引っかかっているかのような違和感があるのと同じように消えることはない。

 

 

(やっぱりこのままじゃダメだよな……)

 

 ラブライブが終わるまでその先の話はしない約束をした。

 けれどそれが最善策だとは思っていない。むしろその思考から逃げたいがための愚策かもしれない。できるだけ考えたくないかのように。

 

 だがその瞬間は必ずやってくるものであり、逃げられるものでもない。

 なら、少しでも早くこの問題を解決しなければならないのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………今日は俺も走るか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこかのスクールアイドルの手伝いをしている少年は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこかの街で、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?


いよいよこの回がやってまいりました。
最終章、序章です。
四段構成にするなら『起』、三段構成にするなら『序』ってところでしょうか。
彼ら彼女らの選択を見守っていただければと思います。








始まりがあるならば、終わりをどう迎えるかは自分自身で決める事だ。


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129.二つの問題

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「珍しいですね。拓哉君も一緒に走るだなんて」

 

「まあな。外でジッと見てると寒いし、たまにはお前らと一緒に走ろうと思っただけだよ」

 

 

 

 

 

 ミーティングが終わってからトレーニングに入ったため、時刻はまだそんなに遅くはないが既に太陽は夕陽へと変わっている。

 各自ストレッチを済ませた者からランニングを開始するように言ったため、早めに外へ出た絵里達は拓哉がグラウンドに出た時点から走り始めていた。

 

 

「そういえば穂乃果、何かあったんですか?」

 

「え?」

 

「顔見たら分かるよ」

 

 やはり長年の幼馴染だから気付きやすいこともあるのかもしれない。海未とことりは穂乃果の異変を勘付いていたようだ。それを拓哉はストレッチをしながら黙って見つめている。

 

 

「雪穂にね……3年生が卒業したらどうするのって聞かれちゃって」

 

「そっか……」

 

「穂乃果はどう思うんですか?」

 

「スクールアイドルは続けていくよ。歌は好きだし、ライブも続けたい。でも……」

 

「μ'sのままでいいかってことだよね」

 

「……うん」

 

 おそらく、誰もがその事を考えているだろう。同じことを考えていて、だけどどうすればいいかよく分かっていない。

 故の現状がこれだ。全員が小さなわだかまりを抱えている状態になっている。

 

 

「そろそろ俺達も行くぞ。走りながらでも話はできるはずだ」

 

 拓哉が声をかけ穂乃果達も立ち上がる。

 花陽達はまだストレッチをしているらしいが、何だか雰囲気が暗く感じるのは多分さっきのせいだろう。絵里達が前にいる状況で走りだす。

 

 

「私も同じです。3人が抜けたμ'sを、μ'sと言っていいものなのか」

 

「そうだよね……」

 

「……何で卒業なんてあるんだろう」

 

 小さく呟く穂乃果の声が聞こえた。それが当たり前なのは百も承知で、以前ならばそんなこと思いもしなかったはずなのに。今ではそれだけの事がとても重いもののように感じてしまう。

 

 

「続けなさいよ」

 

「にこ……」

 

 話を前から聞いていたのか、にこがペースを落としながら会話に介入してきた。

 

 

「メンバーの卒業や脱退があっても、名前は変えずに続けていく。それがアイドルよ」

 

「アイドル……」

 

「そっ。そうやって名前を残していってもらう方が、卒業していく私達も嬉しいの。だから―――わぁっぷ! 痛った~!」

 

「その話はラブライブが終わるまでしない約束よっ」

 

 にこの前方不注意のせいで思いっきり希の豊満な胸へ突入したかと思いきやカウンターされていた。

 どうやら希も話を聞いていたらしい。

 

 

「分かってるわよ……」

 

 にこが尻もちを付いて動きが止まったことにより、他のメンバーの動きも止まっていく。

 そして、やはりみんな同じことを考えているようだった。

 

 

「ほんとに、それでいいのかな……」

 

「花陽?」

 

「だって、亜里沙ちゃんも雪穂ちゃんも唯ちゃんも、μ'sに入るつもりでいるんでしょ? ちゃんと、答えてあげなくてもいいのかな。もし私が同じ立場なら、辛いと思うから」

 

 自分がアイドル好きだから何となく分かる。亜里沙も好きなんだろうと。だから、はっきり伝えてあげなくてはならないのだと。例えそれがどっちの結論に至っても。

 

 

「かよちんはどう思ってるの?」

 

「え?」

 

「μ's、続けていきたいの?」

 

「……それは」

 

「何遠慮してるのよっ。続けなさいよ。メンバー全員入れ替わるのならともかく、あなた達6人は残るんだから」

 

「遠慮してるわけじゃないよ。ただ、私にとってのμ'sってこの9人で、1人欠けても違うんじゃないかって」

 

「私も花陽と同じ。でも、にこちゃんの言うことも分かる。μ'sという名前を消すのは辛い。だったら、続けていく方がいいんじゃないかって」

 

 にこも花陽も同じくらいアイドルが好きだから、そこに込める想いだって計り知れないほど大きい。

 だから続けてほしいにこの気持ちも誰もが理解できるし、だからこそ3人のいないμ'sはμ'sでないと思う花陽の気持ちも全員理解できる。どちらが正しいとか間違っているとか、そういう問題じゃないのだ。

 

 

「でしょ。それでいいのよ」

 

「エリチは?」

 

 リーダーではないが、実質海未と一緒にμ'sをまとめてきた絵里へ視線が向けられる。

 答えはすぐに零れた。

 

 

「私は決められない。それを決めるのは、穂乃果達なんじゃないかって」

 

「……え?」

 

「私達は必ず卒業するの。スクールアイドルを続けていくことはできない。だから、そのあとの事は言ってはいけない。私はそう思ってる。決めるのは穂乃果達。それが私の考え」

 

「絵里……」

 

「そうやね」

 

 誰も何も言うことができなかった。

 絵里の言ってることは正論で、卒業する者が残る者の意見を無視して何かを言うのは間違っていると思ったから。

 

 これで話はお終い……になんて簡単になるはずもなく、希はずっと黙っている少年へ言葉を投げた。

 

 

「ところでさっきからずっと黙ってるけど、拓哉君はどう思ってるん?」

 

「……、」

 

「μ'sの手伝いとしていつも側にいるけど、決してμ'sのメンバーやない拓哉君から見て、何をどうすればいいかは分かってる?」

 

 この場にいる者の中で唯一の男子であり、ずっとμ'sを近くから見守り、けれど傍観者でもある少年。

 いつも道を切り開いて導いてくれる。そんなヒーローを冠する少年は、迷う女神達の視線を受けてなお、ハッキリとこう言った。

 

 

「俺には分からない」

 

「……えっ? たっ、くん……?」

 

 ハッキリと言われた言葉に、メンバー全員の表情が変わった。

 

 

「いや、正確には俺も絵里と同じなんだ。絵里達は卒業するからどうすべきか言うべきではない。けど、俺なんてもってのほかだよ。μ'sのメンバーですらない俺が解決策を言うのは間違ってると思う。この問題はμ'sの、μ'sに残っている穂乃果達が決めるべきだ」

 

「それは、そうだけど……」

 

「……実際、今回に関しては俺も何が正解で何が不正解かなんてのは分かってない。でも、それが“この問題”の核だってのは分かってる。だからさっき言ったラブライブ優勝が最優先ってのは撤回する。少しでも心に迷いがあるなら優勝なんてできるものもできない」

 

 自分が口出ししていいものじゃない。それは充分分かっている。

 だけど、直接はダメでも手助け程度ならしてもいいはずだ。これはμ'sの問題であって拓哉が介入するべきではないが、そんなμ'sを支えてやるのも手伝いの仕事だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう時間も少ない。来週までにμ'sをどうするのか決めなくちゃならないぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからランニングは滞りなく終わり、帰宅時間となった。

 

 

 

 

 

「何か結局、話すことになっちゃったね」

 

「でも、仕方がなかった気がします。曖昧な気持ちのまま大会に挑むのはよくなかったですから。拓哉君の判断は間違っていなかったでしょう」

 

 長い階段を制服姿で下りていく。

 先ほどの話し合いの結果、3年生以外の全員が一緒に下校しているわけである。

 

 

「どうするつもり?」

 

「私達で決めなきゃいけないんだよね」

 

「難しすぎるよ……」

 

 1年は真姫以外弱気になっている。無理もない。高校1年生とはいえ、メンバーの中では1番年下が揃っているのだ。頼りになるお姉さん的存在の3年がいなくなるのは相当ショックもでかい。

 

 

「うん。でも絵里ちゃんやたくちゃんが言うことは正しいと思う。来年学校にいるのは私達なんだもん。私達が決めなきゃ。……そうでしょ、たくちゃん」

 

「……ああ。俺もできるかは分からないけど助言できるならしてやる。けど最終的に結論を出すのはお前らだ」

 

 その時、穂乃果達は拓哉の言っていることの意味を同時に理解した。

 最終的に結論を出すのは穂乃果達。つまり、どんな結論になろうとも、岡崎拓哉は何も言及してこないという事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ」

 

 穂乃果の家の前で別れようとした時、海未の声がかかった。

 

 

「穂乃果」

 

「え?」

 

「自分に正直に、本心でどうしたいのか考え、ちゃんと話しましょ」

 

「……うん」

 

 去っていく海未を見ながら自分も帰ろうと拓哉が歩き出そうとすると、袖を掴まれる感触がする。

 言うまでもなく穂乃果だった。

 

 

「たくちゃん」

 

「どうした?」

 

「……ちょっと、上がっていかない?」

 

 いつもの笑顔ではない。何なら拓哉の顔も見ないで少し俯いている。

 普段なら早く家に帰ろうとする拓哉だったが、こんなしおらしくなっている穂乃果を見て断るのはさすがに気が引けたのか。

 

 

「……少しだけな」

 

 了承すれば顔が少しパァッと明るくなる穂乃果。

 こんなことでも幼馴染の気が和らぐならそれも悪くないかと思いつつ、家が近いという理由で今ではほぼ第二の家になりつつある穂乃果の家に遠慮なく入っていく。

 

 

「ただいまー」

 

「おかえり」

 

「あ、穂乃果さん! 拓哉さんも!」

 

「おう、亜里沙も唯も来てたのか」

 

「やっほ、お兄ちゃん」

 

 こたつでぬくぬくとPC画面を見ていた唯と亜里沙は、拓哉と穂乃果を見ると挨拶をする。

 そして何かを思い出したように亜里沙は突然立ち上がってこちらにやってきた。

 

 

「あの、穂乃果さん。ちょっといいですか!」

 

「ん? 何々?」

 

「えっと……」

 

 少しもじもじして珍しく緊張した様子の亜里沙。それを見て怪訝に思った拓哉は先ほど雪穂達が見ていたPC画面の方を見た。そこには、最終予選での歌っていたμ'sが映し出されていた。

 

 

(まさか……)

 

 何だか亜里沙には悪いが嫌な予感がした。

 時にはもう遅かった。

 

 

「μ's! ミュージック~スタート~!」

 

「ッ」

 

 見慣れている突き出された2本の指を上に上げている亜里沙は、とても明るい笑顔をしていた。

 だからこそ、何かがチクッとされたような感覚に襲われた。

 

 

「どうですか! 練習したんです!」

 

「……うん、バッチリだったよっ」

 

「本当ですか! 嬉しいです!」

 

 そう、亜里沙は何も悪くない。

 ただ純粋にμ'sが大好きで、そこに自分が加わりたいと思っているだけの、本当に良い子に過ぎないのだ。

 

 

「……私」

 

 ただ今回に限ってはその純粋さが、鋭利な刃物へと変貌してしまうこともある。

 誰も何も悪くないという、1つも間違っていない時にこそ、その刃物は致命傷になるほどの破壊力を有してしまうのだ。

 

 

「μ'sに入っても、問題ないですか……?」

 

「……あ、あはは~」

 

「……、」

 

 穂乃果が完全に愛想笑い状態になっているのを確信して、拓哉は唯にアイコンタクトを取る。

 基本以心伝心の兄妹にはこれだけで伝わるものがある。

 

 

「亜里沙、穂乃果ちゃんは本番直前なんだからあんまり邪魔しちゃダメだよ」

 

「あっ」

 

「ごめんね、ゆっくりしてって! 行こ、たくちゃん」

 

 袖を掴まれ引っ張られるがままに連れていかれる拓哉は、唯にアイコンタクトで礼をしておく。これで一応ここの修羅場は通り抜けたが、ふとここで拓哉は僅かな疑問を抱く。

 確かにアイコンタクトをしたが、それにしても唯の反応が()()()()()()()()()()のではないか……?

 

 小さな疑問は、階段を上る音と共に消失していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、ハラショー! 雪穂、唯、明日はここのところ練習しよ!」

 

 早々にPC画面へ喰い付いてきた亜里沙がそう言う。

 

 

「うん……」

 

「……、」

 

 やはりどこからどう見ても亜里沙はμ'sに入る気満々らしい。

 だけど、多分そういうわけにはいかないんだとさっきの穂乃果と拓哉の表情を見て何となく察した。

 

 

(きっとμ'sでもあの話題になったんだ。そうじゃないと穂乃果ちゃんがあんな笑い方をするはずないし、お兄ちゃんが私を見て合図してくるはずもない)

 

 拓哉には言っていないが、唯は一足早くにこの問題に勘付いていた。

 だから拓哉からのアイコンタクトにもすぐ対応できた。なら、自分のやるべき事は一つ。

 

 

(お兄ちゃん達にはお兄ちゃん達の問題がある。今までの問題とは違う。とても大事でこれからの事にも影響する問題が。お兄ちゃん達にはそっちに専念してもらいたい。だったら、こっちの問題はこっちで何とかしないと)

 

 決心は付いた。

 

 

「ねえ、亜里沙」

 

「ん?」

 

「亜里沙は、μ'sのどこが好きなの?」

 

「え?」

 

 雪穂も察したようで黙って亜里沙を見ている。

 ある意味において残酷な質問かもしれない。意地悪な問いかけなのかもしれない。

 

 それでも、唯は思う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何が正解なんだろうね……」

 

 場所は変わって2階。

 既に話は始まっていた。

 

 

「正解なんて多分ない。でも強いて言うなら、お前らが真剣に考えた末に出た結論が、きっと正解なんだと俺は思う」

 

 部屋の明かりは点けていない。

 オレンジから紫へと変わりつつある空が部屋の暗さを証明している。

 

 

「たくちゃんは、何も言ってくれないの?」

 

「言ったろ。今回に関しては俺が口出しするべきじゃないって。これは穂乃果達が決めなきゃ意味がないんだ」

 

 残酷かもしれないが、この問題だけは穂乃果達のみで何とかしなくてはいけない。拓哉が口出しして、それで穂乃果達の意見が揺らいでしまったらすべてご破算になってしまうのだ。見守るということは、こういうことでもある。

 

 

「……分かんない。分かんないよ。だって、どっちも大好きだもん。絵里ちゃん達がいるμ'sが大好きで、μ's自身も大好きなんだもん。どっちかしか選べないなんて、どうすればいいか、分かんないよ……ッ」

 

 絵里達がいる9人のμ'sが大事。

 絵里達がいなくなってしまってもμ'sは大事。

 

 同じようでいて、まったく違う。

 μ'sにとって掛け替えのない3人がいなくなるという事は、欠けてしまえばμ'sでなくなるのも同義。

 

 言わば究極の選択に等しいものかもしれない。

 

 

「絵里ちゃん達がいるμ'sが私達なんだって分かってる。そうじゃなくなれば私達の思ってるμ'sじゃなくなっちゃうのも分かってる。だけど……だけど……っ」

 

 声が震え、拓哉の胸元へ俯くように額を当てる。

 穂乃果の中ではとてつもないほどの葛藤が渦のようになっているのだろう。

 

 どうにかしてやりたい気持ちから、穂乃果の背に手を回そうとする。

 が、逡巡ののち、その手を下げる。

 

 こんな時、もし穂乃果にとって特別な人がいて自分と同じ立場ならどうしただろうか。少しでも気持ちを和らげるために抱き締めるのだろうか。優しく頭を撫でて助言でもするのだろうか。そこまで考えて思考をリセットする。

 

 どう考えてもそれは妄想でしかなく、自分は穂乃果の特別な人でもない。

 なら、安易に抱き締めるのは間違っている。

 

 そう思っているはずなのに。

 穂乃果のこんな姿は見たくないと思ってしまっている。

 

 

(…………いいや、そんなことはどうでもいいんだ)

 

 もう一度、思考をリセットさせる。

 思い出せ。自分の役割を。

 

 幼い頃にもう誓ったはずだ。

 例え自分が特別な人でなくとも、穂乃果達の泣き顔は見たくない。だからあらゆる不安や恐怖から守ってみせると。

 

 履き違えるな。

 自分は彼女達のヒーローになると決めたではないか。ならば遂行してみせろ。直接的なきっかけになることは避けて、助言程度に収まる言葉を投げかけてやれ。

 

 

「なあ、穂乃果。さっき言ったよな。絵里達がいるμ'sが大好きで、μ's自身も大好きだって」

 

「……ぅん」

 

 顔を上げようとする穂乃果を頭に手を乗せることで抑える。

 もし顔を見てしまったら衝動的に抱き締めてしまいそうだからだ。

 

 決して抱き締めず、けれど優しく頭に手を置き、少年は告げる。

 

 

「だったらさ、もうきっと答えは出てんじゃねえかなって思うんだ」

 

「……え?」

 

「海未も言ってたじゃねえか。自分に正直に、本心でどうしたいのか考えろって。で、お前の本心はそれなんだろ? なら大丈夫だ」

 

「……いきなりそんな事言われても、分からないよ」

 

「ああ、だろうな。だからもっと考えろ。考える時間ならまだある。それまでたくさん考えりゃいいさ。そうすればお前は間違えないから」

 

 一体どうすればそんなことを平然と言えるのだろうかと穂乃果は疑問に思う。

 あまりにも無茶で、確証がなくて、不確定要素でしかなくて。

 

 なのに。

 この少年が言えば本当にそう思えてくるような温かさがあるのは何故なのか。

 

 

「……うん、考える。今はまだ分かんないけど、私が本心でどうしたいのか、みんなと話し合うよ」

 

「……ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、雪穂達がいない? どこか行ったのかな」

 

「雪穂もいないってことは3人で一緒の可能性が高いか。唯も一緒なら安心だろ」

 

 いざ家に帰ろうとすると雪穂達がいないことに気が付いた。

 靴もないからその線で間違いないだろう。外は暗いが、まだ時間は早いため心配になることもない。

 

 

「んじゃまたな」

 

「うんっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一つの問題が帰結する兆しが見え始める頃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年の妹も、もう一つの問題をどうにかしようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


μ'sメンバーじゃない岡崎にはほとんど口出しはさせませんが、それだとアニメまんまになるのでスパイス程度に思ってくださいませ。
だけどオリジナル要素も入れていくぅ!



いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!




今日はハロウィンですが、平日だからいつもと変わらない日常を過ごしております。
穂乃果にイタズラしたい。


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130.一つの帰結


総合140話、本編130話突破しました。
ありがとうございます。
続くものですなあ。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「おかえりー」

 

 

 

 

 家に帰るとリビングの方から母の声が聞こえてくる。

 微かに良い香りが漂ってくるのは晩ご飯の準備をしているからだろう。

 

 

(……やっぱ唯はまだ帰ってきてないか)

 

 いつもならいの一番に駆け寄ってきて出迎えてくれる妹の靴がない。

 雪穂と亜里沙とどこかに行ったと思っていたが、どうやら間違いではなかったらしい。

 

 

(とりあえず俺も今後のことを考えよう)

 

 珍しく帰りの遅い唯のことも気になるが、今はそれよりも優先すべき問題がある。

 自分はどうすればいいのか、なんてことは考えない。結論を出すのは穂乃果達であって拓哉じゃない。

 

 であれば、まずは穂乃果がどういう答えに行き着くのかを待つしかないのだ。

 そして、それを受け入れる覚悟を有しておかなければならない。

 

 

「いつまで玄関で突っ立ってるのよ。さっさと部屋に荷物置いてきなさい」

 

「っ、ああ」

 

 いつまでも階段を上がる音がしないと思って見に来た春奈に言われて我に帰る。

 気付けば空腹になっていたらしく腹の音も鳴っていた。とりあえずは腹ごしらえが先だろう。

 

 

「……、」

 

 最後に定位置にいつもあるはずの唯の靴がある場所を一瞥して、階段を上がっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほぼ同時刻。

 

 

 

 冬の夜空ではあるが、どうやらこの付近も都会に近いせいか星はあまり見えない。

 そんな神田明神には、3人の少女しかいなかった。

 

 

 

 

「私は、そうするべきなんじゃないかって思うんだけど、どうかな」

 

 静かな神社に岡崎唯の声だけが透き通った。

 色々話した。亜里沙がどれだけμ'sが大好きなのかも知っている。どれほどμ'sに入りたいと思っていたかも知っている。

 

 その上で、いいや、だからこそ唯は全てを話した。

 自分の気持ちを。

 

 

「私は唯に賛成、かな」

 

 雪穂はこちらに微笑みながら了承してくれた。雪穂も常々疑問に思っていたそうだから何となくそんな気がしていた。

 最後に2人は1人の少女を見る。

 

 究極の選択。

 苦渋の決断。

 正否の問答。

 

 きっと亜里沙の中では色々なものが葛藤として渦巻いている。

 それでもなお、ここで決めなければならない。

 

 いや、答えは既に出ていた。

 唯から話を聞かされた時点で分かっていた。

 

 だけど、それを口に出すのは簡単なことではない。それだけの想いを、亜里沙は確かに誇りを持って掲げていたから。

 だからそれを簡単に口に出してしまえば、それでこそ自分の気持ちは軽いものでしかなかったのではないかと思ってしまいそうで。

 

 亜里沙の気持ちくらい、ずっと側で見てきた唯と雪穂は知っている。それ故に、待つ。

 普通なら完全否定して口論になってもおかしくないほどの問題なのであろうが、生憎と絢瀬亜里沙はそういう人種とはかけ離れている。

 

 

 だから。

 自分の気持ちとμ'sを天秤にかけてしまえばハッキリした。

 

 どこをどれだけ取り繕ったところで、言い訳がましい世迷い言を言ったところで、どうあがいても天秤が1ミリたりとも亜里沙の気持ちに傾くはずもなかった。

 いよいよ口に出す。笑えてはいるが表情は微かに寂しさも交わっていた。

 

 

 

 

 

「……うんっ、私も、賛成……」

 

 

 精一杯の笑顔。

 唯の選択はきっと間違っていない。

 

 けれど、親友のこの顔を見てしまった以上、どうしても言わなければならない。

 

 

「ごめんね、亜里沙……ありがとう……ッ」

 

 

 3人が寄り添う。

 ここに1つの結末が生まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 3人の少女は決断した。

 それはきっと、少女達の新たな成長の一幕であったに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ」

 

「ん?」

 

 

 

 バッタリ会った。

 穂乃果の家とは近い分、登校時間も自然と被るものである。スクールアイドルを始めてからの穂乃果は寝坊することもなくなったため、わざわざ拓哉が迎えに行く必要もなくなって別々に登校しているのだ。穂乃果達は常に一緒に行きたがっているが。

 

 

「おはよう、たくちゃん」

 

「おう」

 

 朝だからか分からないが、穂乃果の表情に明るさはさほど感じられない。

 拓哉が帰ってからも1人考え込んでいたんだろうと推測しながら声をかける。

 

 

「どうだ、答えには行き着いたか?」

 

「ううん、結局まとまらなかったよ」

 

 答えを聞かずとも分かる。

 もし穂乃果が結論を出したら、きっとこんな表情はしないはずだから。

 

 

「そうか」

 

 一言言って、前を向いた時だった。

 

 

「お姉ちゃんっ」

 

 前方に3人の少女がいた。

 というかお馴染みのシスターズだった。

 

 

「雪穂? 亜里沙ちゃんも」

 

「唯?」

 

 どうりで先に家を出て行ったわけだ。

 唯の目を見る限り、何か話があるのは見て取れる。

 

 

「ちょっと話があるんだけど、いいかな」

 

「え?」

 

 唯からのアイコンタクトを感じて何となく察しがついた。

 そっと穂乃果の腰辺りに手を当てて前に出してやる。穂乃果はキョトンと拓哉を見てから雪穂達の方へ視線を向けた。

 

 

「亜里沙」

 

「うん。……あの、私……」

 

 亜里沙の表情は、何故か先程までの穂乃果の表情に似ていると感じた。

 それはつまり、そういうことなんだろうと拓哉は結論付ける。

 

 

「私……μ'sに入らないことにしましたっ……」

 

「……え?」

 

「……、」

 

 何故昨日の夜、唯達がいなくなったのか。その理由が分かった気がする。

 これはきっと唯達が決めた1つの決定事項だ。わざわざ穂乃果に伝えなければならないほどの決意表明みたいなものだろう。

 

 

「昨日唯達に言われて分かったんです。私、μ'sが好き。9人が大好き……。みんなと一緒に一歩ずつ進むその姿が好きなんだって……」

 

「亜里沙ちゃん……」

 

 唯でもない。雪穂でもない。μ'sのことを本当に尊敬していて大好きでいてくれる。μ'sに入りたいと言っていた絢瀬亜里沙だからこそ、彼女の言葉にはとてつもない力が生まれ、穂乃果の心にスッと入り込んでいく。

 

 

「私が大好きなスクールアイドル、μ'sに……私はいない」

 

 その言葉にハッとする。昨晩あれだけ考えて悩んだ末に行き着いた先には何もなかった。

 結局は暗闇の解答で白紙にすらなれないものだった。

 

 

 でも。

 だけど。

 

 

「だから、私は……私のいるハラショーなスクールアイドルを目指します! 唯と雪穂と一緒に!!」

 

 決意。あるいは決別。

 けれどそれは少女達が行き着いた最高のゴールであってスタートに違いない。

 

 

「だから、色々教えてね。先輩」

 

「スクールアイドルの先輩としても、頼りにしてるからね」

 

 なんてね、と冗談交じりに笑い合う3人を見る。

 今でこそこんなことを言っているが、この決断をするのに亜里沙はともかく、唯や雪穂もどう言おうか迷っていたに違いない。

 

 親友だから言いづらいことも当然あって、分かってしまうから戸惑うこともあって、傷付けたくないから逡巡する。

 だけど、結果的に少女達は答えを出した。

 

 それは、ずっと凄いことなんだと思う。

 まだ中学生の身にして、苦悩を乗り越えたのだ。成長速度で言えば将来的に恐ろしいものになるかもしれないが、頼もしいのも事実。

 

 穂乃果を見る。

 同時に自分の顔が綻ぶのを感じた。

 答えは、出たようだ。

 

 

「ダメ、かな」

 

 雪穂の問いに、確かに首を振った。

 

 

「ううん。ううんっ」

 

「うぉわ、お姉ちゃん?」

 

 吹っ切れたかのように穂乃果が3人を大きく抱えるように抱く。

 

 

「そうだよね……。当たり前のことなのに、分かってたはずなのに……」

 

 当たり前だから怖かった。

 分かってたから恐れてた。

 答えを出してしまうのが。

 

 しかし、目の前の少女達の決意を目の当たりにした。

 ならば、自分も正直になろう。目前の問題から目を逸らすようなことはしない。向き合って、結論を出そう。

 

 

「言ってやれよ、穂乃果。後輩がお前の言葉を待ってるぞ」

 

 その前に、まずは音ノ木坂学院の新しいスクールアイドルになるであろう少女達に。

 μ'sのリーダーはこう言った。

 

 

 

 

 

「頑張ってね!!」

 

「「「はい!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪穂達と別れていつもの学校への道のりを歩いていると、穂乃果が前を見ながら呟いた。

 

 

 

「たくちゃん、分かったよ」

 

「何がだ」

 

 分かっていて、あえて拓哉は聞き返す。

 聞かなくても分かるのだ。穂乃果の目にはもう迷いはなかった。

 

 

「たくちゃんが昨日言ってくれたこと、さっき亜里沙ちゃん達が言っていたこと。それでようやく目が覚めたよ。私の答えは、もう決まってたんだ」

 

 確かに芯のある瞳をしている。

 だけど、微かに寂しさも中に映っているような気がした。

 

 それでも、岡崎拓哉は受け入れる。

 受け入れて、穂乃果の言葉に頷いた。

 

 

「そうか。じゃああとは他のみんなと話し合わなくちゃな」

 

「うん……。でも、きっとみんなも同じ気持ちだよ」

 

「へえ、何でそう言い切れるんだ?」

 

 わざと意地悪っぽく言ってみる。

 だけどそれは効かなかったらしい。

 

 

「そんなの決まってるよ」

 

 

 高坂穂乃果は迷わずに返して、こう言い切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達は、μ'sだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


区切りが良いので今回は短めでした。
シスターズの決意が穂乃果の目を覚ましました。
いよいよ次回はみんなで遊びに行くという多忙な回。
そして。
そして。
そして。



いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!
最近感想も高評価も少なくて寂しかったり。






今年も寒くなってきました。
いやホント寒い。


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131.ゼロの答え






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉーし、遊ぶぞー!!」

 

 

 

 

 

 最終予選の雪の日。

 拓哉を含む穂乃果達が必死に走って絵里達が待っていた橋。

 

 まったく同じ場所で快晴の朝に穂乃果の声が響いた。

 

 

「いきなり日曜日に呼び出してきたから何かと思えば……」

 

「休養するんじゃなかったん? なあ拓哉君」

 

「何で俺に聞いてくるんだよ」

 

「それはそうだけど、気分転換も必要でしょ? 楽しいって気持ちを持ってステージに立った方がいいし!」

 

 雪穂達と話したあの日、穂乃果はある事を決意した。

 それと同時に学校に残るメンバーと話した結果、日曜日に3年メンバーを呼び出して遊び尽くそうという結論に至ったわけである。

 

 

「そ、そうですよ!」

 

「今日あったかいし!」

 

「遊ぶのは精神的な休養だってテレビで言ってたし!」

 

「そうそう、家に籠ってても仕方ないでしょ!」

 

「にゃー!」

 

(取り繕い方があからさますぎて怪しまれるんじゃないかこれ)

 

 穂乃果のフォローに入る1年2年メンバーが鮮やかなテンプレ言動をしたことで内心気が気でない拓哉。

 凛に至ってはもはや猫の真似と変わらない。

 

 

「何よ、今日はやけに強引ね……」

 

「ほら、それにμ's結成してからみんな揃って遊んだことないでしょ? 一度くらいいいかなって」

 

「まあ何だかんだ言っても次の本選で最後なんだ。だったら気を引き締める前に日曜全部使って遊んでも罰は当たらんだろ」

 

「練習とか用事がない限りインドア主義な拓哉がそんなこと言うなんて……気持ち悪いわね」

 

「ちょっと誰かバケツ用意してくれー。俺の涙で満タンにするから」

 

 自分もフォローを入れたつもりが、にこのドストレートポイズンによって心がハートブレイクされた平凡高校生岡崎拓哉。

 最終予選の日に学ランマフラーのみで吹雪の中を走った彼の鋼精神は塵に消えた。

 

 と言っても基本民主主義やら多数決でどうするのかを決める世の中。

 10人がいて過半数が遊ぼうと言った場合、当然呼び出されただけの3年組の意見は無視される。というか満更でもないのが3人の顔を見れば分かるのだが。

 

 

「で、遊ぶって何するつもり?」

 

「遊園地行くにゃー!」

 

「子供ね。私は美術館」

 

「えっと、私はまずアイドルショップに!」

 

「バラバラじゃない!」

 

 仲良し1年組が見事な意見割れを発生させる。

 遊園地に美術館、アイドルショップとジャンルは違えど、その全部揃っているのがここ東京である。だからこそ決定的に決めるのが難しかったりするのは多人数あるあるだろう。

 

 

「ん~……じゃあ全部!」

 

「「「はあ!?」」」

 

「行きたいとこ全部行こう!」

 

「本気!?」

 

「うん! みんな行きたいところ一つずつ挙げて、全部遊びに行こう! いいでしょ! もちろんたくちゃんの行きたいとこも!」

 

 それを採用したとしたら、少なくとも遊園地美術館アイドルショップは確定される他、拓哉を含んであと7つはどこか行くことになる。

 

 

「何よそれ」

 

「でもちょっと面白そうやね!」

 

「しょうがないわね。拓哉もそれでいい?」

 

「いや、絵里達はともかく俺はμ'sじゃないし別に枠に入れなくても―――、」

 

「つべこべ言っちゃダメだよたっくん」

 

 ハートブレイクから立ち直ったと思ったら、今度はことりの暗黒微笑でブルーハートに陥るヒーロー(笑)岡崎拓哉。どうやら他のメンバーも拓哉の言葉に聞く耳持たない姿勢らしい。

 そして、一応全員の意見がまとまったところでリーダー穂乃果が声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「よぉーし、しゅっぱーつ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで10個も行きたいとこ選ぶのはいいけど、交通費やらそこで遊ぶだけの金額をみんなちゃんと持ってんのかこれ」

 

「もしダメだった場合はたくちゃんよろしく!!」

 

「いやそれなら真姫の方が絶対持って―――、」

 

「女の子に出させる気?」

 

「ぃよーしテメェらー! 今日は思う存分遊びやがれ! 金が足りなくなったら貯まりに貯まった俺のATMが空になるまで散財してやらあああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 もはややけくそであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ◇―――131話『ゼロの答え』―――◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~アイドルショップ~

 

 

 

 

 

「すごーい! これ全部μ'sだよー!」

 

「あ、ああ……恥ずかしすぎです!」

 

「伝伝伝ブルーレイ完全予約特典は……!?」

 

「ねえ、何でアイドルショップのはずなのにμ'sの手伝いである俺の写真が売られてんの? しかも何で1人でマンガ買ってる時の全然関係ない写真なの? 文春か何かなの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~ゲームセンター~

 

 

 

 

 

「うぅ~負けた~……」

 

「ふふーん、これで宇宙ナンバーワンダンサーは私よ!」

 

「前に負けたのが悔しかったんだね」

 

「それよりも……」

 

「とぉりゃー!」

 

「だぁー!!」

 

「……ちょ、あの、お二人さん? ホッケーに熱くなるのはあだっ、いいんですが、もうちょいあぐっ……手加減というのをしてもらえませんぶぐぉかね……。審判やってる俺の顔に何故か奇跡的に何回も当たるんだけぶぎゅるぅッ!?」

 

「2人のホッケーのせいでたくや君が吹っ飛ばされたにゃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~動物園~

 

 

 

 

 

「ふぁ~可愛い~!!」

 

「はーい穂乃果とことりもうちょい寄ってくれ~。そしてペンギンの口と手を真似しながら……そう、それをキープだ! やべえ、どうしよう海未!! あの2人ちょっと可愛すぎないか!? エサあげるから俺飼っちゃダメかな!?」

 

「いいから早く写真撮ってあげなさい。そしてせめて人として見てあげてください」

 

 

 

「さすが片足立ちのプロだね」

 

「フラミンゴ……侮れないわねっ」

 

「ラブライブ本選出場者がフラミンゴをライバル視してどうする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~ボウリング場~

 

 

 

 

 

「ほっ」

 

「「「「「「「「おお~!」」」」」」」」

 

「やった! ボウリングって楽しいわね~!」

 

「「「「「「「「ハラショー……」」」」」」」」

 

「初心者がいきなりストライクか。ふん、よく見てな絵里。これがプロボウラーの投げ方だ!」

 

 

 

「拓哉君……どちらかと言うとガター投げのプロやな」

 

「素直に下手って言えよちくしょう!!!!」

 

「8割ガターって……」

 

 

 

 

 

 

 

 ~美術館~

 

 

 

 

 

「にゃは~ん」

 

「ぷふっ」

 

「お静かに!」

 

「「真姫ちゃんこそ」」

 

「あっ」

 

「たくちゃんたくちゃん! モナリザだよ! モナリザ!! ダヴィンチちゃんだよ!!」

 

「うるせえぞ穂乃果! 美術館では静かにしろバカヤロー! あとダヴィンチちゃんはFGOの中だけであって実際のダヴィンチはオッサンだかごぎゃぶぅ!!」

 

「あなたが静かになさい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~スワンボート~

 

 

 

 

 

「「やった~!」」

 

「穂乃果が右って言うから負けたんです!」

 

「海未ちゃんが左に行ったからだよー!」

 

「あいつらチームワーク良いのか悪いのか分かんねえな」

 

「それが穂乃果ちゃんと海未ちゃんだからね~。あ、たっくん頭のたんこぶ引いてるよ」

 

「海未に美術館で頭頂部エルボーされた時は走馬灯が見えたよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~浅草寺~

 

 

 

 

 

「ふふっ、スピリチュアルやね」

 

「たくちゃん、こうでいいの? 頭に煙がかかるようにすればいいんだよね?」

 

「ばっか、お前じゃまだ足んねえよ。もっと頭を煙の中心にぶち込むくらいじゃないとそのバカは直らねえぞ。ほれ、俺みたいにこうするんだよ」

 

「す、凄い……。頭だけ綺麗に見えないぐらい中に入れてる……!?」

 

「拓哉って時々バカになるわよね」

 

「成績は良くても性格(中身)は元々バカですよ拓哉君は」

 

「ああ! 海未ちゃんと真姫ちゃんのせいでたくちゃんが煙の中で泣いてる!?」

 

「これはきっと煙が目に染みての涙だから。ちなみにこの煙出なくなるほど泣いたらどうなるか気にならないか?」

 

「本気だ。これ本気で泣くつもりだよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~遊園地~

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「きゃ~!!」」」」」」」」」

 

「へえ、思ったよりスリルあるな」

 

「見て見て! スカイツリー見えるにゃー!」

 

「ホントだ~!」

 

「……、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次は拓哉の番だけど、どこがいい?」

 

「ホントに俺も言うのか?」

 

「ここまで来てそういうのはなしよ。遠慮なく言っていいんだから」

 

 遊園地の前に戻り、あとは拓哉と穂乃果の行きたいとこだけになった。

 全員の視線が集まる中、先ほどみんなが景色に見惚れている時に、拓哉は穂乃果だけがどこか違う景色を見ているような気がしたのを覚えている。

 

 朝から集まったおかげか時間にはまだ余裕があるが、冬なのもあってかもう夕方に近い。

 そこで自分がどこに行きたいのかを考えてみる。

 

 

 色々遊んだ。

 様々なところへ行った。

 つまりは遊び尽くした。

 

 

 これには理由がある。

 残るメンバーで話し合った結果の末にそうなった。

 

 

 

 

 

「……夕陽、かな」

 

「夕陽?」

 

 自然とそう呟く。

 別にどこか行きたいとかあるわけでもないが、見たいものならある。

 

 

「夕陽ならどこでも見れるじゃない」

 

「ああ。だから穂乃果の行きたいところへ行けばいい」

 

「え?」

 

「穂乃果、お前の行きたい場所に行って、そこから夕陽が見えるなら俺はどこでもいいよ」

 

「たくちゃん……」

 

 見ようと思えばどこでも見れる。

 ならあとは穂乃果に任せるだけでいい。穂乃果も拓哉の真意にすぐに気付いたようで、すぐに笑顔を取り戻した。

 

 

「……うん。じゃあ私は……海に行きたい」

 

「海?」

 

「うん。誰もいない海に行って、10人しかいない場所で、10人だけの景色が見たい。そこなら夕陽も見えると思うし。ダメかな?」

 

「穂乃果……」

 

 他のメンバーもすぐに理解した。おそらく穂乃果はそこで決めるつもりなのだと。

 凛も花陽もすぐにフォローを入れてくれた。

 

 

「賛成にゃー!」

 

「何か冒険みたいでワクワクするね!」

 

「今から行くの?」

 

「行くだけ行ってみようよ! たくちゃん!」

 

「はいはい、今電車調べてるとこですよーっと。……もうすぐ来るな。うん、走るぞ」

 

 えっ、と言った3年組の言葉を聞こえない振りして拓哉共々走り出す。

 どうにも今日はみんながノリノリで怪しんでいる様子だがそこは多数決。従うしかないのかあとからすぐ絵里達も走って着いて来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

「これです!」

 

「全員来てるな。乗り込め!」

 

 全員乗り込んだのを確認してから拓哉も電車に乗ると、車内には穂乃果達以外誰もいなかった。

 他の車両にいるのか定かではないが、自分達が今から向かう場所を考えると人が少ないのも何となく納得できる。

 

 

「ふぅ……」

 

「穂乃果」

 

「ん?」

 

「心の準備、できてる?」

 

「……うん」

 

 心の準備と聞いて、いよいよなんだと感じる。

 それを感じているのは、みんなとは違って息切れもせずに立ったまま外を眺めている少年も同じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「わぁ~……」」」」」」」」」

 

 

 

 駅から降りて少し歩いたところにそこはあった。

 普段は釣り人がよく釣りをしている高架下に、μ'sと岡崎拓哉は荷物を置いて海岸を眺めている。

 

 

「ちょうど沈むとこにゃー!」

 

「スピリチュアルパワーのおかげやね!」

 

「日頃の行いがものを言うのよねえこういうときは」

 

 穂乃果の行きたかった海、拓哉が見たかった夕陽。

 その2つが見事な景色を生んでいた。

 

 

「お前は行かないのか」

 

「たくちゃん……」

 

 拓哉と穂乃果を除くメンバー全員が冬なのにも関わらず浅瀬ではしゃいでいる。

 高校生とは言ってもそこは女の子。こういうとこに来るとテンションは上がるものらしい。

 

 

「少しでもこの目に焼き付けておきたくて……」

 

「行ってこいよ」

 

「え?」

 

「リーダーのお前が行かなくてどうすんだよ。目に焼き付けておくだけなら俺がずっと見ててやる。どうしてもダメなら背中を押してやる」

 

 まるで違うことを言われているような気がした。

 だけど、すんなりと拓哉の言葉は心に入ってくる。

 

 

「でも、そんな必要ないだろ? 俺よりも、お前のすぐ隣には支えてくれる仲間がいるんだから」

 

「……うん、そうだね……」

 

 ゆっくりと前へ進む。

 一歩一歩を重く踏みしめるかのように。

 

 

「……見ててね。たくちゃん」

 

「ああ」

 

 後ろには見守ってくれている少年がいる。

 そして、隣には手を繋いでくれる幼馴染がいる。

 

 連鎖は繋がって、仲間の手と手が紡がれていく。

 

 

 夕陽を前に。

 

 

 

 

「合宿の時も、こうして朝日を見たわね」

 

「そうやね」

 

 いよいよその時がきた。

 

 

「あのね」

 

 たった一言。

 それだけでみんなの視線を引き付ける。

 だが、中々続きの言葉が出てこない。

 

 

「っ」

 

 どうにか穂乃果の元へ駆け寄ってやりたい気持ちを拓哉は抑える。

 見守ると決めたのだ。なら、何があっても見守るしかない。

 

 

「あのね、私達話したの。あれから集まってこれからどうしていくか」

 

 心配はないと言ったら嘘になる。

 でも、その前に穂乃果の手には仲間の手が繋がれている。それだけで、信じるに値する。

 

 

「希ちゃんと、にこちゃんと、絵里ちゃんが卒業したら、μ'sをどうするか……」

 

「穂乃果……」

 

「一人一人で答えを出した。そしたらね……全員一緒だったっ……。みんな同じ答えだった……。だから、だから決めたの。そうしようって」

 

 あの時、穂乃果は答えを出した。

 そのあと学校に集まって話し合ったら、意外にもすぐに結論は出た。

 

 いいや、元から全員分かっていたのだ。どうすればいいかとか、どうすべきなのかとか、そんな一種の逃げの選択の必要なんてどこにも必要なかったのだ。

 分かっていたからこそ、答えを出してしまうのに怖さもあった。

 

 

 でも。

 だけど。

 

 

 本心はどうしても変えられなかった。

 

 

 

「……言うよ。せー……ッ」

 

 言葉が詰まる。

 それでも言うしかない。もう、引き戻すことはできないから。

 

 

「……ごめん、言うよ……。せーの!」

 

 

 

 そして。

 

 

 そして。

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「大会が終わったらμ'sは……お終いにします!!」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 岡崎拓哉は、一つの結末を目撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、この9人なんだよ。この9人がμ'sなんだよ……」

 

「誰かが抜けて、誰かが入って、それが普通なのは分かっています」

 

「でも、私達はそうじゃない」

 

「μ'sはこの9人」

 

「誰かが欠けるなんて考えられない」

 

「1人でも欠けたら、μ'sじゃないのっ」

 

 これが、穂乃果達6人が導き出した答え。

 3年のいない部室で話し合った結果。拓哉はずっと自分の意見も言わずに静観していたが、結末は分かっていた。

 

 

 だから、受け入れる覚悟が必要だった。

 

 

「……そう」

 

「絵里!?」

 

「ウチも賛成だよ」

 

「希……」

 

「当たり前やんそんなの……。ウチがどんな思いで見てきたか……名前を付けたか……9人しかいないんよ……。ウチにとって、μ'sはこの9人だけっ」

 

 ずっと見てきた。

 穂乃果達が結成する前から気にもなっていた。

 

 

「そしてそばにはいつも見守っていてくれる拓哉君がいるから、μ'sはずっと走ってこられた……」

 

 神田明神で少年と初めて会った時のことを思い出す。

 その時はまだ少し気になるだけの存在だったが、徐々にあの少年が廃校を阻止するために必要なピースだと分かった。

 

 だから陰からずっと支えてきた。

 生徒会と対立していた時も、ピンチに陥っていた時も。必ずどうにかしてくれると思って。そして最終的に、それは叶った。

 東條希だからこそ、μ'sの名付け親であって、当然思い入れだって強い。

 

 

「そんなの……そんなの分かってるわよ! 私だってそう思ってるわよ。でも、でも……だって!」

 

「にこちゃん……」

 

 人一倍アイドルが大好きで真剣な少女は前に出る。

 

 

「私が、どんな思いでスクールアイドルをやってきたか、分かるでしょ? 3年生になって諦めかけてて、穂乃果や拓哉達の言葉を信じて、それがこんな奇跡に巡り合えたのよ! こんな素晴らしいアイドルに……仲間に巡り合えたのよ!?」

 

 一時はもう諦めていた。

 もう自分じゃスクールアイドルにはなれないのだと。活動を続けていても誰も見向きもしてくれないのだろうと。

 

 だが、少年の言葉に救われた。本当の笑顔に戻れた。

 少女達の頑張りを目の当たりにしたから、自分もまた本気でやろうとやる気を取り戻せた。

 

 そう、矢澤にこにとってそれはまさに奇跡。

 ゆえに続けてほしいと願った。それが、μ'sが終わるとなってしまえば、本当に。

 

 

「終わっちゃったら、もう、二度と……」

 

「だからアイドルは続けるわよ!」

 

 いや、終わらない。

 μ'sは終わったとしても、アイドルまでは終わらせないと真姫が叫ぶ。

 

 

「絶対約束する! 何があっても続けるわよ!」

 

「真姫……」

 

「でも、μ'sは私達だけのものにしたい! にこちゃん達のいないμ'sなんて嫌なの! 私が嫌なの!!」

 

 誰かが抜けて新しい誰かが入って、そうやってアイドルは続いていく。

 そういうシステムなのは理解している。

 

 でも、だけど、どうしても譲れないものだってある。

 だから、アイドルは続けるとしても、『μ's』はこの9人だけで完結させたい。

 

 

「かよちん、泣かない約束なのに……凛頑張ってるんだよ。なのに……もう……」

 

「……、」

 

 いつもなら、拓哉は迷わずここで何かアクションを起こしただろう。

 いつも通り彼女達が笑顔になる言葉でも投げかけたんだろう。

 

 でも今日に限っては絶対にそうしてはならない。

 そのための今日だから。静観すると決めた。

 

 

 だから、アクションを起こしたのは拓哉ではなく、高坂穂乃果だった。

 

 

 

「あー!!」

 

 突然の大声にほとんど泣いていたみんなが視線を穂乃果に向ける。

 

 

「時間! 早くしないと帰りの電車なくなっちゃう!!」

 

「穂乃果ちゃん!?」

 

 言うと同時に穂乃果が俯きながら走り出した。

 拓哉のすぐ隣をすれ違うかのように走っていくからか、見逃さなかった。

 

 いいや、見逃せなかった。

 何より、一番辛かったのは穂乃果のはずだから。

 

 空中に舞う涙が、穂乃果の気持ちを物語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

(……よく頑張ったな、穂乃果)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……電車は……?」

 

「まだまだあるわよ……?」

 

 駅に着いて確認すると、電車はまだ全然余裕で走っていた。

 もちろん、行きの電車を調べていた拓哉はもちろん知っていたが、黙っていたのだった。

 

 

「え?」

 

「えへへ、ごめん~」

 

「穂乃果ちゃん……」

 

「だってみんな、泣いちゃいそうだったから。あのままあそこにいたら、涙止まらなくなりそうだったから」

 

 そう言って舌をちょろっと出す穂乃果。

 自分が一番泣きそうだったくせに、とは是が非でも言わない拓哉。もし言ったら何をされるか分からないからである。

 

 

「穂乃果に一杯食わされましたね」

 

「も~本気で走っちゃったじゃない」

 

「そうよ、体力温存って言ってたのに使っちゃったじゃないの」

 

「もっと海見てたかったなー」

 

「まあそう言ってやるなって。穂乃果なりの気遣いなんだから」

 

 一応軽くフォローを入れておく。

 おかげでみんなの目には涙もなく笑顔が戻っていた。

 

 

「でも良かったです。9人……いや、10人しかいない場所に来られました」

 

「そうね。今日あの場所で海と夕陽を見たのは、私達10人だけ。この駅で、こうしているのも私達10人だけ」

 

「何か素敵だったねえ……」

 

 果たして自分があの場所にいたのは正解だったのだろうかと拓哉は思うが、きっとそれを口に出してしまえば全員から怒られそうなのでやめておく。

 実際聞かなくても分かるから。

 

 

「ねえ、記念に写真撮らない?」

 

「あ、じゃあ携帯あるよっ」

 

「そうじゃなくて、ここでみんなで撮ろうよ。記念に!」

 

 小さい駅の隅に、証明写真用の機械があった。

 普通なら履歴書などの写真を撮るために使われているが、機械によって普通の写真を撮れるものもあるし、これも同じようなものだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと押さないでよ……!」

 

「いたたた、痛いにゃ!」

 

「うわあ……」

 

 そう、常識的に考えてこの機械は1人で撮影するものとして作られているため、当然スペースは狭い。

 そんなところに9人も無理矢理入ってしまえばそら見た事か。見事なぎゅうぎゅう詰めの完成である。これには拓哉も思わず顔が引き攣っている。

 

 

「3回撮るからみんなカメラの方見てね! あれ、たくちゃんは?」

 

「女の子が密集してるとこに俺が入れると思うか。俺はいいから9人で撮っとけ。これでも思い出に残る写真になるんだから」

 

「そんなー!」

 

「穂乃果、始まりますよ!」

 

 喋っているあいだにカウントが始まり、9人は何とかカメラ目線で撮影に成功した。

 そのまま2回目の撮影に入る。

 

 

「傍から見たらシュールでしかないなこれ……」

 

 1人用の機械に9人が入ってもぞもぞしているのを見ると、割とおぞましいと感じるのは何故だろう。

 と、思っていると2回目の撮影の音がした。

 

 次が最後。

 そう思った時だった。

 

 

「よし、今だよにこちゃん!」

 

「りょーかい!」

 

「ん? なっ、おわぁ!?」

 

 不意を突かれてにこに思い切り引っ張られて撮影機の中に引きこまれた。

 

 

「何すんだにこ!」

 

「穂乃果からのお達しであり私達の総意よ」

 

「ああん? どういうことだそりゃ。てかキツいんだが!」

 

「μ'sの写真はもう2枚撮ったんだし、最後くらいたくちゃんもいる写真も欲しいなって。ほら、私達μ'sのそばには、いつもたくちゃんがいてくれたから……」

 

「……、」

 

 そう言われると何も言えなくなる。

 μ'sは9人。それとは別に手伝い兼希が言っていたμ'sの騎士らしい役割を担う拓哉。

 

 決して9人だけではない。

 そこには確かに、あと1人が存在しているのだと証明されているのだ。

 

 

「たくちゃん、始まるよ!」

 

 相変わらずぎゅうぎゅう詰めの中、諦めたように、けれど自然な笑みが零れそうになる少年はカメラへ真っ直ぐと視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷふっ、にこちゃん頭切れてる!」

 

「あはは、真姫ちゃん変な顔にゃ~!」

 

「凛だってこっちの手しか写ってないでしょ!」

 

 

 ゆっくりと、駅のホームへ歩きながら撮った写真を見て各々が感想を述べる。

 

 

「にこっちこれはないやん~」

 

「あえてよあえて!」

 

「これ私の髪!?」

 

「ぷっ、ふふっ、何ですかこれっ」

 

「見てこの希、にこの髪がヒゲみたいになってる!」

 

 

 それはどこから見ても仲睦まじい女子高生達の光景で、微笑ましい姿なんだと思う。

 

 

「あははっ! たくちゃん笑ってるのに絵里ちゃんの頭のせいで顔変になってる!」

 

「控えめに言っていい匂いがした」

 

「堂々とそういうこと言わないでくれる!?」

 

 

 ホームに降り立つ。

 みんなが笑っていた。9人の笑い声だけが響いていた。今日はずっと楽しかった。噛みしめるような思いで充実した日だった。

 

 

 だから。

 

 

 

 

「ははは……っ、ぁ……うっ……ひっく……」

 

 

 最後の最後で耐えることができなかった。

 

 

「かよちん泣いてるにゃ……」

 

「だって……おかしすぎて涙が……ッ」

 

「泣かないでよっ……泣いちゃやだよ……。せっかく笑ってたのにッ」

 

「もう、やめてよ……やめてって、言ってるのに……」

 

 

 どれだけ今日が楽しい日だったとしても、忘れらない思い出ができたとしてもだ。

 あの海で決めたことには、到底勝てないものだったのだろう。

 

 

「……なんで、泣いてるの……? もう、変だよ、そんなの……」

 

「穂乃果ちゃん……ッ」

 

「う、うぅ……っ」

 

 

 海未も耐えられなくて絵里に抱かれて泣いている。

 それだけで分かる。みんながみんな、『μ's』をどれだけ想っているかを。

 

 

「もう、メソメソしないでよ! 何で泣いてるのよ!」

 

「にこっち……」

 

「ッ……泣かない……私は泣かないわよ!!」

 

「にこっちっ!」

 

「泣かないんだから! やめてよ……こういうの、やめてよ……。っ……く、ぅ……」

 

 とうとうにこの目にも涙が溢れた。

 彼女も人一倍μ'sを大事に想っているから、それこそ崩れればもう涙も声も止めることはできない。

 

 

 

 

 

 

「……、」

 

 

 

 

 ホームには自分達10人しかいないのが幸いだったのか、この声は誰にも聞こえていない。

 ただ、岡崎拓哉は少女達の姿を見て黙っているだけだった。

 

 何も思っていないわけじゃない。拓哉にだってもちろんμ'sへの思い入れは充分にある。

 だけど、それでもここで声をかけてはいけない気がする。

 

 

(こいつらには、μ'sのこいつらにしか分からない感情があって今こうして泣いてるんだ。……なら、俺は何かするべきじゃない)

 

 そう自分に言い聞かせる。

 本来なら穂乃果達の泣き顔なんて見たくないのが拓哉の本心だが、これに限っては違う。

 

 穂乃果達が自分で考えて気持ちと向き合った結果。

 納得できる答えを出した。ただ、悲しいだけで泣いているんじゃない。それぐらい手伝いでしかない自分にだって分かる。

 

 

 電車が来る音がした。

 少女達の泣き声と電車の音を同時に聞きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 少年はただ何もせず、拳を握り締めたまま俯いただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガチャンと玄関の扉を開ける音がした。

 冬哉と春奈は明日の仕事のためにもう寝ている。ということはもう帰ってくる人物は1人しかいないとすぐに理解し、リビングから玄関の方へ移動する。

 

 

 

 

 

 

「おかえり、お兄ちゃん!」

 

「……ああ」

 

 兄の拓哉が今日どこに誰と何をしに行ったのかは事前に聞いていた。

 遊びに行くとか、穂乃果達とかと行くと。

 

 

「今日はどうだった? 楽しか―――っと……お兄ちゃん?」

 

 感想を聞く前に拓哉が唯にもたれ掛かるようになって慌てて受け止める。

 唯が抱き締める形になりながらも、拓哉の異変をすぐに感じ取った。

 

 

「……どうしたの?」

 

「今日は楽しかった。きっとこれからも忘れらないような思い出になったんだと思う……」

 

 優しく問いかけると、拓哉はそっと呟くように話していく。

 表情は見えない。

 

 

「けど……」

 

「けど?」

 

 まるで今にも眠ってしまいそうなほどに声は弱く、雰囲気は静かだった。

 そう、唯は聞いていた。

 

 今日拓哉がどこに誰と何をしに行くのかを。

 遊びに行くとか、穂乃果達とかと行くと。

 

 

 そして。

 最終的に何を話すかを。

 

 

 

 

 

 ゆえに、何となく岡崎唯は察している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それ以上に、今日は疲れたよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何も思っていないわけがない。

 自分だってずっと最初から穂乃果達を、μ'sを支えてきた。

 

 必死に部員集めやチラシ配りを手伝ったり、ヒデコ達と一緒に機材運びやライブのサポートもしてきた。ピンチに陥った時には同じ思いで乗り越えてきたつもりだ。そうして一緒に成長もしてきた。

 

 

 そうだ。

 

 

 

 岡崎拓哉だって。

 μ'sと同じくらい、μ'sを大事に想っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃあ、もう少しこのままでいさせてあげるね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな当たり前のことを理解しているから。

 ただの妹は、ただの兄の頭に優しく手を乗せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここにきて少年は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終わりを決断することは、いつだって悲しいものなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 さて、いかがでしたでしょうか?


 二つの問題→一つの帰結→ゼロの答え。
 という問題を解決していくと減っていく数字と、最後にμ'sが出した答え、解散=μ'sはなくなる=9が0になるというのを掛けています。

 μ'sの一大決心。
 当時はショックも大きかったですが、それを含めての感動がありました。
 アニメ本編とは別の思いをこの作品に抱いてくれればと思います。
 岡崎がいても違和感のないよう書きましたが、ここはやはり出しゃばらない方がいいと思った結果です。

 久々に10000字超えちゃいましたが、しっかり書きたいと思ったゆえなので後悔なし!
 さあ、次はいよいよ本命『ラブライブ決勝編』。



 いつもご感想高評価ありがとうございます!!
 これからもご感想高評価お待ちしております!!




 これにて、最終章・序。
 終了。


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132.最後の練習




  ――最終章・破――

  『ラブライブ編』


     始動





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へえ、そりゃすげえな」

 

「にこちゃん凄いにゃー!」

 

「当たり前でしょ! 私を誰だと思ってるの!? 大銀河宇宙ナンバーワンアイドル、にこにーにこちゃん! よ! 緊張した……」

 

「うん、これに関してはマジでよくやったと思うぞ」

 

 

 気付けばラブライブはもう翌日に迫っている中、俺達はいつもの部室にいた。

 

 

 何でも先日ラブライブに出場するスクールアイドルが集まって当日の順番をくじで決めたらしい。

 そこで我がアイドル研究部部長のにこは見事にトリを引いたとのこと。いつかの学園祭で講堂外した時とは大違いである。これ言ったら怒られそう。

 

 

「でも一番最後。それはそれでプレッシャーね」

 

「そこは開き直るしかないわね」

 

「でも私はこれで良かったと思う! 念願のラブライブに出場できて、しかもその最後に歌えるんだよ!」

 

「そうやね。そのパワーをμ'sが持ってたんやと思うっ」

 

「だな。予選ならともかくとして、本選でトリができるのはでかい。ただでさえA-RISEを下したμ'sが最後なんだ。見に来る客の注目は想像以上だと思っていいかもな」

 

 ここまできてトリで歌えるのはつくづく運が向いてきたのかもしれない。

 μ'sができる最大のアピールを大人数の客に見てもらえるんだから、勝算も十二分にある。それにもしかして……あとでちょっとルールでも確認してみるか。

 

 

「むぅ、ちょっと! 引いたのは私なんだけど」

 

「はいはい、そうね」

 

「偉いにゃ偉いにゃ」

 

「ヘイヘーイ」

 

「ざっつ!! オルァ!!」

 

 おっと、考え事してたせいか条件反射で変な反応してしまった。

 あとにこは俺にだけ右ストレートしてこないでほしい。少し反応が遅れてたら頬に喰らってたぞ。慣れてきてる俺も俺だな?

 

 

「さっ、練習始めるわよ!」

 

「「「「「「「「はーい!」」」」」」」」

 

「あ、ちょっと! むぅ……」

 

 みんな屋上に行ってしまった。

 と、傍観しているけどこれ俺も忘れられてるな。パンチを受け止める肉体的接触してるせいで俺も一緒に流される感が凄いぞ。

 仕方ないからむくれてるにこへフォロー入れておいてやるか。

 

 

「まあ、何だ。大丈夫だろ」

 

「拓哉?」

 

「あいつらもあんなこと言っちゃいるけど、大トリ引いたお前に感謝してるさ。そういうヤツらだしな」

 

「……分かってるわよ」

 

「お?」

 

「最後までいつもの私達でいようってことでしょ」

 

「ほう……」

 

 分かってんじゃねえか。こりゃフォロー入れる必要もなかったな。

 そもそもこいつらの絆の深さは俺が一番知ってるのに余計なお節介でもしたか。

 

 

「さあ、練習練習。行くわよ拓哉!」

 

「へいへい」

 

「っと、拓哉」

 

「あん?」

 

 部室を出ようとにこの後ろを歩いてると急にこちらへ振り向いた。

 

 

「アンタも私達の絆の中にいるってこと、忘れちゃダメよ」

 

「……、」

 

 言うだけ言ってにこは部室から出ていく。

 その扉を数秒ただ見つめていた俺はふと我に帰った。

 

 

 

 

「あー、女の子って怖え……」

 

 

 

 ただ、言動とは裏腹に気分は悪くなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワンツースリーフォーワンツースリーフォー!」

 

 

 

 いつもの屋上。

 テンポよくリズムをとって指揮をしながら先導しているのは凛だ。

 

 俺達が修学旅行に行ってるときに女の子らしい服装をするのも、自分がリーダーになることへの不安がなくなった凛には任せるに十分に値すると踏んで提案したら、快く引き受けてくれた。今ではもう立派な二代目リーダーになりつつある。

 

 

「じゃじゃーん!」

 

「うん、いいんじゃないか。動きもそれぞれの距離感もバッチリだ」

 

 正面から見ていても穂乃果達の踊りには寸分の狂いはなかった。

 もしどこかで狂いがあったとしても、それが気にならないほど引き付けられるものがあると自信を持って言ってやれるだろう。ちょっとした親バカ気分だ。

 

 

「んじゃ10分休憩のあとにもう一度流れを確認していこう。とりあえず休憩に入ってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ~」

 

「随分温かいですね」

 

「季節的にはもう春だしな。ほれ」

 

「ありがと~」

 

 夜になればまだ寒さはあるが、昼や放課後だともう十分に温かい時期になった。俺からすれば寒くないのは万々歳である。

 

 

「お昼寝したくなっちゃうね~」

 

「いよいよ春って感じだよね。桜の開花も今年早いって言ってたし」

 

「そうなんだ。何か気持ちいいね~」

 

 確かに朝のニュースでも桜が開花するのは早いって言ってたな。タイミングが良けりゃ絵里達が卒業する日には満開してるかもな。

 

 

「穂乃果ちゃん、寂しくなっちゃダメ。今はラブライブに集中っ」

 

「そうですよ」

 

「なーにセンチメンタルになってんだよ」

 

「……分かってるよ」

 

 穂乃果も俺と同じことを考えていたらしい。

 気持ちは分かるがことりの言っていることが今は正しい。まずは勝ってからだ。

 

 

「ただ……」

 

「ただ?」

 

「ぎゅー!」

 

 何を言いだすのかと思えば、穂乃果がいきなり海未とことりを抱き寄せた。

 

 

「な、何ですかいきなりっ」

 

「急に抱き締めたくなった!」

 

「私も~ぎゅ~!」

 

「もう~苦しいですよぉ。ことり、穂乃果ぁ。拓哉君も助けてくださいよ!」

 

「はいもっと寄って~。そうそう良い感じ良い感じ。いいね、いい写真がバンバン撮れるぞ!」

 

「カメラマンになってどうするんですか!」

 

 実はこの前みんなで遊びに行った時に写真を撮ってたらこれが結構楽しくて、今では何気ない風景とか撮るのにハマっている。何はともあれ。

 いい、いいぞ! いいですわぞー!! もっとやれ。女の子達が仲良くくっついてるのはどうしてこう惹き付けられるものがあるのだろうか。とても素晴らしい。

 

 

「ぎゅ~!」

 

「ぎゅ~! たくちゃんもおいでよ!」

 

「俺はいい。もしいったら多分理性が吹っ飛ぶ」

 

「そこは素直なんですね……」

 

 当たり前だろ。素直に突撃してみろ。一瞬で俺は通報されて人生終わるぞ。せめてこいつらが優勝してからじゃないと納得できない。いや優勝しても何もしないけど。

 

 

 

「ええい休憩終わりだー! 全員各自のポジションにつけー!」

 

 これ以上この話を引っ張るのは得策ではないので強引に話を背ける。

 ちょうど休憩時間が終わって感謝しかない。

 

 

「あ、そうだ」

 

「どうしたのたっくん?」

 

 ふと思い出したところでみんなを呼び止める。

 変な感情に流されて本題を出すのを忘れてはいけない。穂乃果達が踊っているあいだ、俺はラブライブ本選のルールを確認していた。

 

 もしだ。もしあれが許されるなら、きっと優勝しないと認められないものかもしれない。

 負けた時のことは考えない。優勝したときのことを考えろ。穂乃果達が、俺達がラブライブにかけてきた想いを最大限に伝える手段は、本選で歌う曲はもちろんだが、もう一つあったはずだ。

 

 

 

「これは俺の私利私欲で自己中心的な考えかもしれない。だけど、それでもやりたいことがある。もし優勝できたらでいい。まだお前達が覚えているならでいい」

 

 

 

 

 

 そう。

 

 

 

 

 

 

 

 これはちょっとしたもしもの話。

 

 

 

 

 

 

 

 だけどそのもしもが実現できたなら、μ'sにはきっと本望だろうと信じて、最後の懸けを出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺を信じてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、もう練習終わりなのかー」

 

「本番に疲れを残すわけにはいかないしね」

 

「どこかの誰かさんのせいで体は結構動かしたけどね」

 

「さりげなく俺を攻撃するのやめてくれませんかね……」

 

 

 練習が終わり夕陽が輝く中を歩いている。

 翌日本番ということもあって練習は控え目に、という話だったのだが。俺が提案した話をみんなが二つ返事で引き受けてくれたおかげで控えめではなかった気がする。

 

 

「じゃあ明日。みんな時間間違えないようにね。各自、朝連絡取り合いましょ」

 

「はい、穂乃果のところには私が電話しますね」

 

「何なら俺が穂乃果の家に迎えに行くけど」

 

「遅刻なんてしないよー!」

 

 確かに穂乃果が遅刻することはなくなったが一応、一応ね?念には念を入れておいた方が安心材料も増えるし。

 信号が青になって足を進める。ことはなかった。

 

 

「あっ」

 

「どうしたの?」

 

「……もしかして、みんなで練習するのってこれが最後なんじゃ……」

 

 思い出したように言った花陽の言葉がみんなの足に釘を刺す。

 明日がラブライブ本選。つまり最後のステージになる。だから当然、今日で練習は終わりになったことを意味する。

 

 

「……そうやね」

 

「って気付いてたのに言わなかったんでしょ。絵里と拓哉は」

 

「そっか、ごめんなさい……」

 

「ううん、実は私もちょっと考えてたから」

 

「薄々みんな分かってたはずだろ」

 

 だからあえて誰も何も言わなかった。いいや、言えなかったの方が正しいかもしれない。

 寂しさを紛らわすために少しでも練習に集中して。

 

 

「ダメよ」

 

「にこ……」

 

「ラブライブに集中っ」

 

「……分かってるわ」

 

「じゃあ行くわよ」

 

 こういうときのにこは本当に頼りになる。アイドル意識が強いというか、芯がしっかりしているからだろう。

 だけど、誰もがそういうわけじゃないのを、あの件で俺は既に知っている。

 

 

「……何いつまでも立ち止まってるのよ」

 

 にこ以外のメンバーが一向に足を進めない。

 気持ちではいくら分かっていても、どうしても拭えないものがある。それが今なんだろう。

 

 

「分かってやってくれ。にこは立派だ。けどな……本来そういうものなんだよ。人ってのは」

 

「何よそれ……私だって……」

 

「ああ、強がりだって立派な意志だよ。それだけみんな大事だったんだろ。場所も時間も、何もかも」

 

 だからこういう時のために俺がいる。

 少しでも立ち止まりそうになったら、前へ進むための手を差し伸べて導いてやらなくちゃいけない。

 

 

 

 

「そうだな」

 

 

 

 

 

 せっかくのラブライブ本選なんだ。

 願掛けに行っても、きっと罰は当たらないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんなで神社にでも行くか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


三段構成なら『破』、四段構成なら『承』といったところでしょうか。
ラストまでもう少し~。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!(高評価☆10が欲しい)




サンシャインの方も何やら凄かった。


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133.言葉の意味

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでやり残したことはないわね」

 

「うん」

 

 

 

 あれから俺達は神田明神に来て参拝していた。

 意外にもみんな俺の提案に何も言うことなく賛成してくれたからスムーズに来れた。

 

 

「こんなにいっぺんにお願いして大丈夫だったかなー?」

 

「平気だよ! だってお願いしてることは一つだけでしょ?」

 

「え?」

 

「言葉は違ったかもしれないけど、みんなのお願いって一つだった気がするよ!」

 

「……そうだな」

 

 こうやって確信を持って言えるのが穂乃果の強みだ。

 そしてそれは決して間違ってはいないとも思ってる。実際みんなの願いは一つだけだっただろう。

 

 

「じゃあもう一度」

 

 巫女をやっている希の言葉で全員が声を揃えて言った。

 

 

「「「「「「「「「よろしくお願いします!」」」」」」」」」

 

 深く祈る。願う。誓う。

 それぞれの言葉は違えど、原点は同じ。

 

 始めた順番やきっかけは異なっていても、揃ってからはみんな同じ思いでμ'sを続けてきた。

 だからこそ分かる。だからこそはっきり言える。

 

 やはりμ'sはこの9人なんだと。

 頭を上げると穂乃果達の表情も微笑んでいるのが見えた。そしてその視線は突然俺に向けられることにもなった。

 

 

「ところでたくちゃん。気になったんだけど何でいきなり神社に行こうって言ったの?」

 

「そういえばそうね。拓哉が願掛けってあんまりイメージないかも」

 

 おいどういうことだそれ。俺だって願掛けする時くらいあるぞ。何なら四六時中アニメの世界に入れないかな入りたいな入れさせろって神様に訴えてるまである。確実に無理な願いだから多分神様も困ってるレベルで訴えてんぞ。

 

 

「ねえねえ何で何で~?」

 

「うるせえジリジリ近寄ってくんな近い、近いから」

 

 くそう、仄かに女の子独特の甘い香りがするぞ穂乃果だけに。さっきまで練習してたのに何だこいつ。体内で消臭剤生み出してんじゃないだろうな。女の子はこうして汗かいたあとのケアも忘れないとよく聞く。なるほど拓哉勉強になった。

 

 

「なーんーでー!」

 

「……あー、まあ何だ。ある意味ここは俺にとって始まりの場所なんだよ」

 

「始まりの場所?」

 

 これ以上近づかれると面倒なので仕方なく理由を話す。

 穂乃果の額に手を当て離すと少しムスッとしたのには何も言うまい。

 

 

「俺が初めて音ノ木坂学院に向かう途中、ここに寄ったんだ。せっかくだから参拝でもして行こうかなって」

 

 約1年前の記憶だった。

 それなのにもう懐かしいような感覚に思えてしまう。

 

 

「そこで願ったんだよ。学校生活が上手くいきますように、素敵な出会いがありますように、とかさ」

 

 正確にはまだ1年はたっていない。だけど、そのあいだに色んなことがたくさんあった。

 下手すれば人生の中で一番濃密な1年だったかもしれないほどに。

 

 

「そしたらさ、本当に素敵な出会いがたくさんあったよ。穂乃果達とは学校でサプライズの再会したし、気付けば真姫達1年や絵里達3年とも巡り合えた。アイドル研究部に入ってμ'sの手伝いをするようにもなって学校生活も楽しかった」

 

 俺からすればどれも大事な思い出の一つ一つだ。

 何ものにも代えがたい、宝のような日々。最近ふと思うようになった。俺は、このμ'sと一緒に過ごしてきた学校生活が大好きだったんだって。

 

 

「だからかな。明日が本選。最後のステージ。だから、俺の始まりの場所に来たかったのかもしれない。……まあ、お前らには関係ないかもしれないけど」

 

 結局は俺のわがままでここに来たかったわけなのだが、手伝いの分際で何を言ってるんだとか思う。

 私情で明日本番のこいつらを連れ回すのはよくないよな。

 

 

「ううん、そんなことないよ」

 

「え?」

 

 だから、穂乃果達の顔を見て驚いてしまった。

 

 

「たくちゃんの大事な場所がここなら、私達の大事な場所だってここだよ」

 

「何だそりゃ。どういう理屈だよ」

 

「神田明神。ここは私達にとっても思い出がたくさん詰まってる場所ってこと。忘れたとは言わせないよ? ここで私達はファーストライブ前夜の時も来たし、練習の時だってここを使ってたんだもん。大事じゃないはずないよ」

 

 忘れるはずもない。忘れるわけがない。

 だってずっと俺は穂乃果達をそばで見てきたんだから。

 

 

「そうやね。それに、ウチが拓哉君と初めて会ったのもここやったしねえ」

 

「そういやそうだな。あの時はいきなり背後から声かけられて驚いたのを覚えてるわ」

 

「ふふっ、それと事あるごとに拓哉君がウチにプロポーズしてきたのもね」

 

「「「「「「「「ほーう……?」」」」」」」」

 

「ちょっと希さん? 確かにそんなこともあったけど今それ言う必要ある? とりあえずそこの猛獣化した8人を止めてくださいますと助かるのですが! い、嫌だ、本選前日にセクハラ発言で一発退場なんて嫌だー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、今度こそ帰りましょ」

 

「うん、明日!」

 

 何て爽やかな表情をしているのだろうこの子達は。神社に1人ぶっ倒されている男子がいるという何気にシャレになってない事態が起きているのに何故こうも平然としているのだろう。いや、実際暴行はされていないが罵倒の嵐で拓哉さんがメンタルごと勝手に吹っ飛ばされただけなんですけどね。

 

 

「……、」

 

「もう、キリがないでしょ?」

 

「そうよ、帰るわよ」

 

「行こっか」

 

「うん、じゃあね。ほら行くよたくちゃん。すぐ立つ」

 

「はい」

 

 何だろう。この嫁に尻に敷かれているような感覚。

 世間の夫は愛した人にこうした扱いを受けているのか。世知辛いなこの世の中も。

 

 

「というか花陽のヤツ、大丈夫かねえ」

 

「真姫ちゃんと凛ちゃんがいるから大丈夫だとは思うけど……」

 

「気にならないと言えば、嘘になっちゃいますね……」

 

 他のみんなは一応割り切ったようには見えるが、多分それを隠しているだけだろう。

 花陽だけが割りきれず、素直に表情に出てしまっていた。だけど、1人がそうしていると、不思議なことにそれは伝染していくものだったりする。

 

 

「……まだみんな、残ってるかな……」

 

「穂乃果?」

 

「ごめん。一回だけ、戻ってみたい……」

 

 返事も聞かずに穂乃果は来た道を戻って行ってしまう。

 そうなれば当然海未もことりも、もちろん俺も着いていかずにはいられない。

 

 これは俺の予想だが、穂乃果がああ言ったんだ。

 多分、他のみんなもいると思う。何だかそんな予感しかしない。

 

 

 

 

 

 

「あれ、みんな……」

 

「穂乃果ちゃん、どうしたの?」

 

 やっぱりいた。

 帰ると言っていたにこまでもめっちゃ普通にいた。

 

 

「あはは……何かまだ、みんな残ってるかなって……」

 

「だよね!」

 

「どうするの。このままじゃいつまでたっても帰れないわよ」

 

「真姫の言う通りだ。まだ日が短いんだから解散するなら早めに越したことはない」

 

「そうだよね」

 

 だからといってこのまま解散すれば何だか腑に落ちない感もあるが、それはそれと思うしかない。

 

 

「朝までここにいる?」

 

「こんなとこで朝までいたら補導されるに決まってんだろ」

 

 まだ俺達は補導される年齢だからもちろん却下。コート羽織ってるとはいえ中は思いっきり制服だし。

 本選前に変な騒ぎを起こすのは以ての外である。

 

 

「……あ、じゃあさ! こうしない!?」

 

「一応聞くだけ聞いてやる」

 

 こういう時の穂乃果の提案は良い時と悪い時がある。

 経験上俺は知っている。何だか嫌な予感しかしないし、それを俺が感じたら絶対に当たってしまうことも。

 

 

「みんなで学校でお泊まり会しようよ!!」

 

「はい却下」

 

「何で!?」

 

「当たり前だろ! 学校に泊まるなんてそんなもんいきなり申請できるわけないだろうが! それにもし許可が下りたとしても食事と風呂、寝巻きの用意とかどうすんだ!」

 

 学校でお泊まりイベント。

 それだけならアニメやマンガでよくある定番イベントの一つだが、現実でやるとなると結構面倒だったりする。

 

 学校に風呂なんて宿直室にあるかないかで、食事なんてわざわざ買い物しなければならない。寝巻きや布団の用意なども自分達でするとなると、意外と手間がかかるしオススメとは言えないものだ。

 

 

「いいわね学校でお泊まり会」

 

「元生徒会長ォォォおおおおおおお!?」

 

「拓哉の懸念も分かるけど、実際のところ問題自体はないわ。布団も学校にあるし、寝巻きは各自家から持って来ればいい。学校に戻るあいだに買い物係を決めていれば手間も省けるし、お風呂は家で入ってきてもまだ肌寒い季節だし特に気にする必要もないわ」

 

 さすがは元生徒会長である。学校のことを完璧に把握しておられる。

 確かにそれなら問題の解決はほとんど達成される。

 

 

「あとは理事長に申請してみないことには分からないけど」

 

 そう。これである。

 泊まるまで手順で必ず訪れる必須条件。

 

 それが理事長への申請許可だ。

 これが通れば泊まれる。通らなければ泊まれない。

 

 何なら理事長権限で全てが決まるのだが。

 

 

「家に帰ったら私がお母さんに聞いてみるよ」

 

 そこで理事長の娘の登場だ。

 うん、理事長の娘が味方ってだけで無駄に心強いな。ことりなら理事長の次に権限持ってそうだもん。

 

 

「普通なら合宿申請は2週間前に提出しなければいけないけど、ことりが頼んでくれたら理事長も許してくれそうね」

 

「それ元でも生徒会長が言っちゃいけないやつだろ」

 

 何はともあれ一時的ではあるが問題の解消はできた。

 あとは家に帰ってことりからの連絡を待つだけだが、ここで一つ言っておくことがある。

 

 

「はあ、まあいいや。これでもし申請が許可されたらお前達は学校に泊まればいいよ。だけど俺は泊まらない」

 

「うわっ! 何でたくちゃん!」

 

 うわっって何だうわって。

 そんな簡単なことも分からないのかこいつは。

 

 

「いいか。うちの部室には広い部屋もあるからそこに9人は寝れるだろう。けど俺は寝れない。理由は簡単。俺が男だからだ」

 

「何が問題なの?」

 

「そうだよ。たっくんも一緒に寝ればいいのに」

 

 めっちゃ純粋な目で見てくるなこいつら。

 おかしい、いくら幼馴染だからって男女の区別くらいはつくと思っていたのだが、もしかして俺男として見られてない説あるなやっぱ。

 

 

「だーから、俺は男! お前らは女の子! しかも9人だ。それに思春期の男女が同じ空間で寝るとか論外だろ! 女子高生の寝巻きとかほとんどの男が絶対喰い付いてくるようなイベントを俺がはいそうですか一緒に寝ますとか言って寝ると思うか!?」

 

「「うん」」

 

「海未! もしかしてここは二次元の可能性がある!!」

 

「ないです」

 

 はっきり言われた。

 だとしても、だとしてもだ岡崎拓哉。

 

 健全な男子高校生が健全な女子高生9人の寝巻きを見て一緒の空間で寝るのは果たしてどうなのだろうか。夏合宿の時はまだ別の部屋だったから良かったが、今回はそうにもいかない。ここは何としても自宅で平穏なベッドで寝るしかないじゃない!

 

 

「ねえ拓哉」

 

「何だ部長。俺は今どうにかして平和に暮らそうと思案中なんだが」

 

「私達は広い部屋で9人で寝るから、拓哉はいつも会議してる部屋で寝るってのはどう?」

 

「……、」

 

「ほら、あそこなら机とイスをどければ1人分くらいは寝れるスペースもできるはずでしょ? ねえ絵里」

 

「いや、あの」

 

「そうね。それなら拓哉が心配してるような一緒に寝るってことにもならないし問題はないと思うわ」

 

「ちょ、まっ」

 

「よしそれで決定ー!!」

 

 おかしい。俺が何も言ってないのに勝手に決まっていく……。

 いや、知ってた。知ってたさ。会議用の部屋でなら寝れるとは思ってたさ。

 

 けどね、違うのよ。どこにでもいる平凡な高校生たる拓哉さんが思ってることはそういう問題じゃないってことでしてね?

 何か、こう、あるじゃん。羞恥心とか高校生ならではの思うところってあるじゃない。君らにはどうしてそれがないのかな!

 

 

「拓哉」

 

「……はい」

 

「穂乃果達はまだ幼馴染だし恥ずかしくないかもしれないけど、そうじゃない私達だってちょっとは恥ずかしいのよ?」

 

 なら何で勧めてきたんだという野暮なツッコミは本当に野暮になるのかな。

 

 

「でもそれ以上に、私達は拓哉を信用しているの」

 

「……いや、それを言うのは、反則じゃないか?」

 

「ふふっ、そうかしら。じゃあ言い方を変えてあげる」

 

 それ以上に反則な言い方はないと、その時の俺なら思っていただろう。

 だけど、このクォーター美少女はいとも容易く超えてきた。

 

 

「拓哉になら、別にパジャマくらい見せてもいいって思ってるのよ」

 

「……なっ」

 

「エリチが大胆発言してるよにこっち……」

 

「積極的になったわね絵里も」

 

 背後で希達が何か言っているが、今の俺には聞こえていない。

 こいつ、今何と言った?

 

 パジャマくらい見られてもいいならまだ分かる。見られてもどうも思っていないという捉え方だってできるのだから。

 けれど、見せてもいいって何だ。そんなのまるで、俺だけには見せてくれるんじゃないかって捉え方をしてしまうじゃないか。

 

 

「たっくん大丈夫?」

 

「ふむ、これは相当メンタルにダメージが入っている様子ですね」

 

「仕方ないなー。じゃあ私達はたくちゃん連れて帰るから、みんなまたあとでね!」

 

 穂乃果と海未に首根っこを掴まれて引きずられる。

 そんなことをされながらも俺の頭の中は空っぽのようなものだった。

 

 

「……絵里には負けないんだから」

 

「あら、真姫まで火が付いちゃった?」

 

「おー! かよちん、これって所謂女の勝負ってところかにゃー!」

 

「凛ちゃんはもっと危機感持ったほうがいいと思うよ……」

 

 遠くで喋っている絵里達の会話もろくに聞こえない。

 今は絵里の言葉の解釈を練るので精一杯なのだ。

 

 

「うーん、やっぱ幼馴染だからって別に有利なわけでもないのかなー?」

 

「けど普通の人達よりも近い関係っていうのは有利だと思うけど」

 

「私達ももっと意識されるように努力するべきなのかもしれませんね」

 

 そうだ。

 絵里はクォーター。だからあの時ちょっと日本語を間違えたに違いない。そうだ、きっとそうなんだ。

 

 いや~、日本語って難しい。

 少し言い間違えれば意味も変わってしまうのはいただけない。

 

 俺じゃなければ絶対勘違いして告白してからのカウンターハラショーパンチでやられるところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズルズルと、俺のことで話し合う幼馴染3人の言葉も入ってこないまま、俺は絵里の言葉の意味を結論付ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか俺も一緒に泊まることが決定しているのも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


岡崎にとっての始まりの場所。
それが神田明神です。何気にずっと最初から張っていた伏線をここで回収できて満足。
2年以上も執筆してれば張っていた伏線も忘れがちになるから危ない危ない。

次回はいよいよお泊まり会。
アニメ準拠で進みつつ、いつものオリジナルでただでは終わらせませんぜ!



いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆10)を入れてくださった


koudorayakiさん


最近高評価が少なくて悩んでいたところに救世主!本当にありがとうございました!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!




『悲劇と喜劇の物語』のほう、来週更新できるように頑張ります。


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134.前夜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「できたー!!」

 

「んぁ……? あれ、え、何で俺ここにいんの」

 

 

 

 気付けば学校にいた。

 というか部室にいた。

 

 おかしい、記憶があやふやだぞ。すでにμ'sのメンバー全員がパジャマ状態で普通にいるし、布団ももう用意されてある。

 家に帰ったらそのままぶっちして朝になったらごっめーん☆家でそのまま寝ちゃってたみたいてへぺろっ☆作戦使うつもりだったのにどうなってるんだ俺の記憶……。

 

 確か家に帰ってからすぐに風呂入ったのは覚えてる。そして風呂から上がって寝巻きに着替え……あれ、そこからの記憶がないぞ……?

 どういうことだ。あと後頭部が少しズキズキ痛むんだけど。

 

 

「私が説明してあげるよ」

 

「何か知ってんのか穂乃果」

 

 意外なとこから真相を知っているらしい人物が現れた。

 

 

「たくちゃんのことだからきっと家に帰ったらそのまま学校に来なさそうだって思ってね、実は私が根回しして唯ちゃんに事の顛末を連絡したら協力してくれることになったんだ」

 

 ふむ、何だろう。

 穂乃果の言葉に頷くことりと海未を見て、幼馴染に見事お見通しされてる恐怖と聞かない方がいいかもしれないという思考に行き着きそうだぞこれ。

 

 

「それで唯ちゃんからあとは全部任せてって言われて、たくちゃんがお風呂入ってるあいだに荷物を唯ちゃんが全部用意しててね。たくちゃんがお風呂から上がって着替えてるとこをこっそり室内に忍び込んでたたくちゃんのお父さんが後ろからたくちゃんを気絶させて荷物と一緒に車で学校まで連れてきてくれたんだよ」

 

「よーしまずは頭蓋骨骨折だ」

 

「待ってたくちゃんそれはもう死刑とあまり変わらないよ!」

 

「うるせー! 人の風呂上りに奇襲とか犯罪者一歩手前だろそれ!! つうかどこのコナンくんだよその犯行の仕方!!」

 

 どうりで後頭部がズキズキ痛むと思った。

 あの野郎……次会ったときは覚えてやがれ。ジャンピングニーバットを即座に喰らわせてやる。上手く気絶させるとか加減上手過ぎだろ。

 

 

「……で、結局俺はまんまとお前らに嵌められて学校に連れて来られたってわけか」

 

「……そのとおりであります」

 

「まあいいじゃない拓哉。せっかくなんだしもう観念しましょ」

 

「お前がそれを言うか……」

 

 穂乃果を庇うように話しかけてきた絵里。

 そういやこいつのせいで俺の思考回路はパンクしてまともな考えができなかったから絵里も原因の一因ではあるんだよなあ。

 

 というか、もうみんな普通に寝巻き、いや、これはパジャマか。着ちゃってんじゃん。男いるのに恥じらいもなく普通にいるじゃん。絵里とか胸元見えちゃってんじゃん。希とかめちゃくちゃ人妻っぽい色気あんじゃん刺激強すぎるじゃん。

 

 何気に背後には海未やことりもいるし、ちゃっかり囲まれて逃げ場もない。ついでに穂乃果が俺の腰にくっついて離さない。

 

 

「はあ……しゃあない。今から帰るのも面倒だしな」

 

「やたー!」

 

 親父のせいだろうが、すでに俺は寝巻き用のスウェットに着がえさせられている。手持ちのバッグを見れば明日着る制服もちゃんと用意されていた。さすがは我が妹っていったところか。

 

 

「みんなと学校でお泊まり。テンション上がるにゃー!」

 

「ドキドキするねっ。なあ拓哉君」

 

「何で俺に振ってくるんだよ」

 

 分かったような視線を送ってきやがって。何だったら希のパジャマが一番色気あるぞ。いつもと違う髪の結び方をしているせいで余計そう感じてしまう。あれで巫女やってるんだから属性持ちすぎな感じする。

 

 

「でも本当にいいんですか?」

 

「うん。お母さんに聞いたら本当は2週間前に合宿申請出さなきゃダメなんだけど、お母さんが見落としてたってことにしてくれたから大丈夫なのですっ。えへへ~」

 

「ことりさん? それって実質職権乱―――、」

 

「見落としてたんだよ~」

 

「ハイ」

 

 危ねえ。あと少しで凍り付くとこだったぜ。ことりの笑顔に冷気を感じたらすぐに目を逸らそう。そうしないと一生視線を外せずにどうなるかも分からない。少なくとも俺は走馬灯が見える。

 

 

「はいお待たせー! 家庭科室のコンロ火力弱いんじゃないの~?」

 

「おおー良い匂い!」

 

「麻婆豆腐か。さすがに腹へってきたな」

 

 にこがいないと思ったら晩飯作ってたのか。さすが家で妹達の世話してるだけある。大人数の料理作るのも上手い。

 そういや花陽もいないってことは……。

 

 

「花陽ーご飯はー」

 

「炊けたよ~!」

 

 いつの間にご飯担当になってたんだろうこのお米大好きッ子は。まあ花陽にご飯任せれば絶対美味しいって確信できるからいいんだけどね。

 

 

「いいやん!」

 

「そして凛はラーメンも!」

 

「いつの間に持ってきたのよ……」

 

「それじゃあ夕食にしましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふーん、にこ特製麻婆豆腐ご飯よ!」

 

「何だこれ、美味すぎる……!」

 

 カレーのようにご飯を盛った皿に麻婆豆腐をかけて食べる。

 とてもシンプルなのにこれがまた美味しい。いつものこの時間帯ならもう食べ終えて部屋で寛いでるのに、今日はまだだったから空腹状態がレッドゾーンに入っていたのだ。

 

 

「何か合宿の時みたいやね」

 

「合宿の時より楽しいよー!」

 

「うるせっ」

 

 右隣の穂乃果がいきなり声を出すから驚いた。

 いつもは端の1人で座るとこにいるのだが、何故か今日は穂乃果と絵里のあいだに座らされた。俺がよく食べるから余り物とか取りやすい位置にしてくれたのか?

 

 

「だって学校だよ! 学校!」

 

「最高にゃー!」

 

「まったく、子供ねー」

 

 にこが髪を下ろしてるせいかいつもより大人っぽく感じる。いつも下ろしてたらいいのにとか言ったらまたアイドルがどうのこうのと言われるんだろうか。

 

 

「あ、ねえねえ、今って夜だよね?」

 

「あん? 思いっきり夜だぞ」

 

 何だ、とうとう時間の感覚も分からなくなったか。

 一発脳天チョップしてやったら元に戻寒っ!!

 

 

「わー!」

 

「いきなり何やってんだ寒いわ!!」

 

「夜の学校ってさ、何だかワクワクしない? いつもと違う雰囲気で新鮮!」

 

「そ、そう……?」

 

 ん? 絵里の反応が急に大人しくなった。

 ……あ。

 

 

「あとで肝試しするにゃー!」

 

「ええ!?」

 

 はーい、ここで絵里センセー脱落でーす。

 そういえば夏合宿の時に言ってたな。暗いとこが苦手って。肝試しとかしたら下手すると泣くんじゃね。特にそういう噂はこの学校じゃ聞いたことないけど。

 

 

「いいねえ。特にエリチは大好きやもんね~」

 

「希!」

 

「絵里ちゃんそうなの?」

 

 これ知ってて言ってるな希のヤツ。

 みんなといれば怖くないとか言ってたけど、やはり怖いものは怖いんだろう。

 

 

「い、いやあ、それは……ッ! ひゃああああ!!」

 

「んぐぉッ……え、絵里……ぐ、ぐるじぃ……絞まってる、首が締まってるからぁ……!!」

 

「離さないで離さないでぇ……!」

 

 どこにこんなバカ力隠し持ってたんだと思うくらい強いんだけどこのクォーター。

 首が苦しいのもあるけど、絵里のパジャマが薄いせいか俺のスウェット越しにも絵里の胸の感触が伝わってくるのがとても体に悪い。やめろ、理性を保て俺。ついでに意識も保て俺。

 

 

「もしかして絵里……」

 

「暗いのが怖いとか?」

 

「新たな発見やろ?」

 

「希ぃ……! 真姫早く電気点けてぇ!」

 

「はいはい」

 

「……はぁ、はぁ……い、色んな意味で死ぬかと思った……」

 

 首の骨と俺の理性は何とかもってくれたようだ。

 命の危険と引き換えに胸の感触を味わうとか代償が大きすぎでは?

 

 

「待って! 星が綺麗だよ!」

 

「そっか。学校の周りは灯りが少ないから」

 

 それはそうだけど絵里がまた怖がるからいい加減電気点けてくれませんかね。いつ俺のとこに来るか気が気でないんですが。あと誰も俺の心配しないのな。それはそれで拓哉さん悲しいなーなんて。

 

 

「……ねえ、屋上、行ってみない?」

 

「え、やだよ」

 

「えー! そこは行く流れじゃん! 何で嫌なの!?」

 

「寒いからに決まってんだろ! 夜はまだ寒い部類に入るんだからな!? 極度の寒がり拓哉さんをあまり舐めないでもらいたい! 行くなら勝手に行きなさいお母さん知らないからね!」

 

「何でお母さんっぽくなってんのよ」

 

 真姫からのツッコミは反応しない。実際寒いから外なんて行きたくないのが本音である。何なら窓もすぐに閉めてほしいくらいだ。あと絵里はそろそろ俺の服の袖を掴んでるの離してほしい。今でこそ女の子らしいが、さっきまであなたとんでもない力使ってたからね。

 

 

「ほら、穂乃果が行きたいって言ってんだから行くわよ。リーダーには従いなさい」

 

「何でこういう時はリーダーの意見が優先なんだ! 行きたい人だけ行けばいいじゃん! 俺は断じて行か―――、」

 

「たっくん……お願い……」

 

「全員防寒の準備はできたかァ!! 準備ができたヤツからさっさと行くぞオルァ!!」

 

「久しぶりにことりのお願い作戦が炸裂しましたね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら花陽、掴まれ」

 

「う、うぅ……ありがとうございますぅ」

 

 花陽の手を引っ張って上に上げてやる。

 春が近いとはいえ半そで半パンのパジャマじゃそりゃ寒いだろうな。

 

 

「見て見て!」

 

 花陽に毛布をかけてから街を見渡す。

 するとそこには。

 

 

「わあ……」

 

 普段見れないような景色があった。

 夜の学校の屋上じゃないと見れない。そんな綺麗な夜景。街景色とでも言うのか。

 

 

「凄いね……」

 

「光の海みたい……」

 

 とてつもないほどの光量が街を綺麗に彩っている。残業で残っている社会人達の光と言ってしまえばそれで終わりかもしれないが、それでも、正直に綺麗だと思った。

 

 

「この一つ一つが、みんな誰かの光なんですよね」

 

「その光の中でみんな生活してて、喜んだり、悲しんだり」

 

「この中にはきっと、私達と話したことも会ったこともない触れ合うきっかけもなかった人達がたくさんいるんだよね」

 

「……でも、繋がった。スクールアイドルを通じて」

 

 それはきっと偶然に過ぎないものだった。

 だけど、それでμ'sを応援してくれる人達がどんどん増えていった事実は変わらなくて、それがかけがえのないものだと分かっている。

 

 

「偶然流れてきた私達の歌を聴いて、何かを考えたり、ちょっぴり楽しくなったり、ちょっぴり元気になったり、ちょっぴり笑顔になってるかもしれない」

 

「そんなちょっぴりでも誰かを元気づけることができるのは、μ'sだからだろうな」

 

「だからアイドルは最高なのよ」

 

「うん……!」

 

 雲で隠れていた月がやがて姿を現した。街灯りしかなかった景色に、月明かりが足されていく。

 まるで足りなかったワンピースを埋めるかのように。

 

 

「私、スクールアイドルやってよかったー!!」

 

「どうしたのいきなり!?」

 

「いくら周りに学校以外何もないからって大声出すもんじゃねえぞー」

 

「だって、そんな気分なんだもん!」

 

 いやどんな気分だよ。

 本当に人気がなくてよかった。もしいたら苦情もいいところだぞ。何なら俺達が特定されて陽菜さんに説教喰らうレベル。

 

 

「みんなに伝えたい気分。今のこの気持ちを!」

 

「我慢ってのを知らねえのかお前は……」

 

「みんなー! 明日、精一杯歌うから聴いてねー!!」

 

 言ったそばから大声出すのね君。もはや何も言うまいよ俺は。

 こうなったら思う存分声出せばいいじゃない。俺知ーらない!

 

 

「「「「「「「「「みんなー! 聴いてねー!!」」」」」」」」」

 

「いやいやいやさすがに9人同時にそんな大声出したら誰かに聞こえちまうからやめろって! これで苦情来たら俺まで怒られるんだからな!?」

 

「もー、アンタは雰囲気ってのを知らないわねー」

 

「それとこれとは話が別ですぅー! 俺は保身主義者なんですぅー!」

 

「よく言うわ誰かのためだったら自己犠牲厭わないくせに」

 

「自己犠牲のつもりなんてねえわ! そんなことするヤツは本当のバカだけだっての!」

 

「あーはいはい。それじゃそろそろみんな戻るわよー。これ以上外にいたら風邪引いちゃうかもしれないし」

 

 このやろう……ことごとく俺の話を聞きやしねえ。他のみんなもにこに従ってるし。あれ、これ俺の人望薄すぎない?

 

 

 

 

 結局、俺は誰にも相手してもらえず部室に戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ電気消すぞー」

 

 はーいと誰かの返事を合図に消灯する。

 全員が布団にいるのを確認してから俺ももう片方の部室の布団へ向かう。さっきまでみんなで食事をしていた机も端に寄せれば1人分寝れるスペースは余裕で作れた。

 

 

「寒すぎるだろ……」

 

 向こうはストーブがあるから暖房できているが、こっちは布団以外に何もない。つまり、めちゃくちゃ寒いのである。

 いや地獄じゃん。これ超地獄じゃん。確かに女の子が優先されるべきなんだから仕方ないけど、それにしてもこれは寒い。

 

 

「さっさと寝たほうがいいなこれ」

 

 寝てしまえば寒さも幾分か誤魔化せるだろうと思い布団にくるまる。

 と言っても人が入る前の布団というものは冷たかったりするのが普通。こりゃ寝るまでちょっと時間かかりそうかねえ。

 

 しかしそうなれば寒い現実といつまでも戦うはめになるのでやはり寝る努力を惜しまないのが俺だ。

 そう、目を閉じて適当に考え事でもしていればいつの間にか寝ていて明日になっているだろ。

 

 ということでさっそく何か考えてみる。

 

 

 

 そういやこの部室って普段俺以外は全員女の子が使ってる部室なんだよな……。しかも制服から練習着に着替える時なんかもここを使っている。

 

 

 ……あ、あれ?

 もしかして今俺がしていることって、よく考えてみれば女の子がメインに使っている部室で寝ている男子高校生ってことにならないか?

 

 ちょ、ちょっと待て岡崎拓哉落ち着くんだ岡崎拓哉何だかいきなりこの部室良い匂いしてきたんじゃないか岡崎拓哉。

 大丈夫かこれ。いや大丈夫だ。これはただ学校で合宿しているに過ぎないんだ。何もやましい気持ちなんて芽生えてはいない。

 

 そう、これは、あれだ。あの、えっと、うん……大丈夫だ、問題ない。

 ……いや問題だ。よく考えても考えなくても問題しかなかったわ。ええい健全な男子高校生には刺激が強すぎますよこれ!

 

 

 俺がそうやって寝ようにも寝付けない無駄な戦いをしている時だった。

 穂乃果達が寝ている方からガチャッとドアをこっそり開けるような音がした。

 

 落ち着け俺。きっと誰かがトイレに行こうとしているだけだ。だから仕方なくここを通るしかないだけなんだ。

 いかん、さっきまで余計なこと考えてたせいで思考が危ない方向にいっているぞ。

 

 寝るぞ。寝るぞ俺。いっそ気絶しろ俺。仮死状態になれ俺。気付けば明日になっててくれ。

 寝たフリを必死にしていると、足音が俺のすぐ背後まで来た。

 そして。

 

 

 

 ゴソッと俺の布団に潜り込んできた。

 なるほど、トイレじゃなかったのか。ただ俺の布団に入りたかっただけなんだな。それならまあいい。これで俺ももう少し温かくなれるってもんだ。

 

 

 

 

 

 ……………………………………………………………ん?

 ゴソッと?

 

 

 

 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!

 えっ!? 誰!? μ'sの誰かだよねこれ!! 幽霊とかそんなオチじゃないよねこれ!!

 

 ストーブあるあっちじゃなくて何もないただ寒いだけのこっちに来るとか正気の沙汰じゃないよ!

 何なら俺がいると分かってて来るのも正気の沙汰じゃないよ!

 

 ちくしょう、さっきまでがさっきだったから変になってるな俺。

 一度深呼吸しよう。いやダメだ。深呼吸すると起きてることがバレる。ここは寝たフリを貫いて生殺し状態を耐えるしかない。

 

 だがしかし。

 もう一度だけよく考えてみよう。

 

 わざわざ向こうから俺の布団に来るんだ。

 そんなの気心知れたヤツしか絶対に来ない。つまりだ。

 

 今俺の背後にいるのは幼馴染の穂乃果、ことり、海未の誰か。

 そして海未は自分からこんなことはしてこない。きっとハレンチですとか言いながらビンタしてくるのがオチだ。

 

 ならばことりか。

 いや違う。ことりならまずたっく~ん♪とか言いながらイタズラ心満載で来るに違いない。

 

 であれば消去法。

 穂乃果だ。穂乃果なら昔一緒に寝たことも何回もあるから本選を明日に控えた今日くらい久々にいいだろうとか考えてるに違いない。それかただ単に圧倒的寝相の悪さでこっち来ただけか。

 

 なら対処法は簡単である。

 振り返って叱咤して向こうに帰すだけだ。

 

 いくら穂乃果と言えどもう高校生の女の子。

 さすがに思春期の男女が同じ布団にいるのはまずい。そのまま寝てしまえば明日起きたあとみんなに何を言われるか分かったものではない。

 

 さあいくぞ。

 振り返るぞ。

 準備はいいか。

 

 いつもの平静を装って淡々とした態度でせーの!

 

 

 

 

 

 

「なーに人の布団に潜り込んできてんだ。幼馴染だからってもうちょっと自分が高校生っていう自覚を持てよ穂乃―――、」

 

「拓哉ぁ……」

 

「…………ごめんちょっと待ってタイム」

 

 振り返って声と顔を確認してからもう一度考えるため背を向ける。

 

 

 ……あれ、俺の目がおかしかったのかな。

 穂乃果ってあんなに髪が金髪だったっけ。あんなに大人の色気ムンムンだったっけ。俺のこと呼び捨てにしてたっけ。

 

 もう一度振り返ってみる。

 

 

「うぅ……何であっち向いちゃうのよぉ……」

 

 そしてまた背を向ける。

 オーケー。ちゃんと誰かは確認した。穂乃果じゃないってことも理解した。その上で何を言うのかも頭の中で整理した。よし、言おう。

 

 

「……えっと、こんなところで一体全体何をしているのでせうか絵里さん……?」

 

「……あぅ、その……寝ようとしてたらいきなりさっきの肝試しがどうのこうのって思い出して、急に眠れなくなったというか……」

 

「ああー……」

 

 凛が冗談半分で言ってた肝試しするぞって言ってたやつか。

 まあそれなら納得もいく。絵里は元々怖がりだし、実際さっきも俺が死にそうになるくらい怖がってたしな。

 

 だからわざわざ寒くても俺のところまで潜り込んできたのか。

 女の子がたくさんいるとはいえ、どうせ頼るなら男にってのも充分納得いくな。

 

 

「いやいやいやいや納得できるかっ。怖いって言っても屋上行く際も戻ってくるときもみんなと一緒だったろ。怖がる素振りとかなかったじゃねえか! そこらへんの説明責任を求めます!」

 

 できるだけ小声でツッコむ。

 一応平静を装おうと努力はしているが、如何せん絵里の今の姿は見慣れていないパジャマ姿だ。しかも1人分の布団に2人というあまりにも狭い状況で密着している。何このラブコメ展開。

 

 

「ほ、ほら、夏合宿のときもこんなことあったじゃない? 拓哉の部屋に私が行って暗いとこが苦手って打ち明けた時……。だから今回も拓哉のとこに行けば怖さも和らぐかなって……」

 

「そのせいで俺が今どれだけ理性という名のファイアウォールで守っているか分かってもらえると助かるんですが」

 

 普段がしっかりしている絵里だから、こういう時に怯えた表情でしかも髪下ろしてパジャマ姿なのはとてもズルいと思います。目とか潤わせんな。上目遣いすんな。彼氏でもない俺にそんな態度許すな何でこれギャルゲーじゃないんだ選択肢出てこいよ!

 

 

「ね? す、少しだけだから、ここにいさせてほしいの……。安心したら向こうに戻るから……」

 

「……少しだけだぞ。気が済んだらあっちに戻ってくれよ頼むから」

 

「うん……」

 

 再び背を向ける……わけにもいかないので仰向けになる。

 今のところ平静を装ってはいるが、これってギャルゲーなら朝まで一緒に寝るイベント。エロゲーならそのまましっぽりイベントだよなあ。

 

 とは思っていてもやはりこれは現実で。俺にそんな勇気も度胸も何もなくて。つまりは何も起こらないし起こせないのがリアルなのだ。決してヘタレじゃない。彼氏彼女でもないのにそんなイベントを起こすのがそもそもの間違いである。

 

 そう、我は賢者なり。悟れ。脳内を菩薩化するのだ。

 さすれば一片の煩悩も捨てさることができるでしょう。

 

 

「……ね、ねぇ……手、繋いでもいいかしら……?」

 

「……お、おう」

 

 ヘーイ、一気に煩悩ぶり返してきましたよー。

 逆転サヨナラホームランばりに持ち直してきちゃったよー。柔らかい女の子の手が繋がれてきましたよー。くそう、この娘、素でやってることだからなおタチが悪い。

 

 

「明日本選なのにそんなんで大丈夫かよ……」

 

「それとこれとは別なのっ……」

 

「さいですか」

 

 俺が仰向けになっていて絵里が俺にくっついているという形になっているからか、絵里の髪からほんのりと甘い香りがする。何だこれ、新婚夫婦かよ。

 恥ずかしさは当然ある。だけど、そのおかげか体温も上がっているのが分かる。いつの間にか寒さの感覚はなくなっていた。

 

 

「……やっぱり拓哉のそばにいると安心するなあ」

 

「惚れてもないヤツに安々とそんなセリフ言うもんじゃないっての……」

 

「え?」

 

「何でもねえよ……」

 

 ボソッと呟いたのが功を奏したらしい。絵里には聞こえていなかった。

 聞こえてたらそれはそれで問題だったが。

 

 何だろうか。さっきまでは絶対寝れないと思っていたのに、手を繋いで絵里の体温を直に感じているとこちらまで安心してしまう。

 寒さはもう感じなくなっていて、布団の中は人の温もりだけが支配していた。

 

 やばいな……。急に瞼が重く感じてきたぞ。

 絵里が安心できるまでは俺も眠らないほうがいいのに。

 

 

 

 自然と、睡魔に……負け……て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ、ありがとね、拓哉。あなたのおかげで安心できたわ。それに、本選前に2人だけの良い思い出も残せてよかった……」

 

 

 

 

 

 

 

 そんな声も、俺にはすでに聞こえていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 微かに頬に触れた何かの感触も分からないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラブライブ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本選を迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?


 自分は2年組が大好きなんですが、その次に好きなのが絵里なのです。
だからどうしても彼女達を贔屓してしまう←
 書かれていないところでは他のメンバーも頑張ってアプローチしていると思ってやってください(笑)
次回はとうとうラブライブ本選!



いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!






『悲劇と喜劇』は今週投稿できるかどうか怪しいかも……?


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135.ラストライブ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幸い、朝の日差しは温かく、起きることにさほど憂鬱さは感じなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、こんなもんかね」

 

 

 

 

 

 既に布団を片付け、長テーブルとイスを元の位置に戻していつもの部室の状態に戻っていた上には、人数分の朝食が用意されていた。

 昨日の買い出しで買った余り物……というよりも元から朝食分も買っていたのだろう。卵やらベーコンやらがあったので適当に調理しておいたのだ。

 

 時間はμ'sが起きるよりも30分前に起きて着替えて準備していたからスムーズに事が進められた。

 おかげでもう穂乃果達も起きる時間になるだろう。

 

 

「いい天気ー!」

 

 ふと、向こうの部屋から穂乃果の声が聞こえた。

 どうやらアラームが鳴る前に目が覚めたらしい。穂乃果にしては珍しいと思う。

 

 

「起っきろー!」

 

 こっちの部屋にいてもはっきりと穂乃果が聞こえるということは、海未達からすれば十分な目覚ましボイスに早変わりしているだろう。

 朝食もできたしちょうど良いと思い穂乃果達のいる部屋のドアを開ける。

 

 

「朝だよ! ラブライブだよ!」

 

「そうだぞ。朝だしラブライブだ。だからしっかり飯は朝から食っとかないとな。そんなわけで朝食タイムだ」

 

「おお、良い匂い!」

 

 

 

 元気な穂乃果とは打って変わって眠気に襲われながらのそりのそりと移動を始める女神達。

 何気ない朝の始まりのようにも見えるが、今日に限っては違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、今日はラブライブ本選の日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある意味においては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 μ's、最後の日である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ◇―――135話『ラストライブ』―――◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、会場……」

 

「おっきいね~!」

 

「ネットで見るのとリアルで見るのとじゃ全然違うな」

 

 

 朝食を済ませ諸々の準備も終えた拓哉達はさっそくラブライブ本選が行われる会場にまで来ていた。

 感心したように見ている穂乃果達と、全員分の衣装や道具入れという割とシャレにならない大荷物を1人で持っている拓哉。ここまでくるともう慣れちゃっていた。

 

 

「さすが本選のスケールは違うわねえ」

 

「こんなとこで歌えるなんてぇ」

 

「トップアイドル並に注目浴びているのよ! ラブライブは!」

 

「……そうだよね!」

 

 これだけの規模で高校生の女の子達が歌うとなると、確かにスクールアイドルの甲子園と言われるのも頷ける。

 全国のスクールアイドル達が目指しているのが、まさにこのステージだと再認識する。

 

 

「注目されてるんだ……私達」

 

「そりゃあな。こんなこと言っちゃなんだが、A-RISEを負かしたハンデはとても大きいんだ。μ'sの注目度は一番と思ってもいいだろ」

 

 ラブライブ第一回王者だったA-RISE。

 そのグループに勝ったとならば自然と優勝候補は見えてくるものだ。激戦区だった東京地区で本選に来たのはA-RISEではなくμ's。番狂わせもいいとこだろうと思う。

 

 

「凄い照明ですねえ」

 

「眩しいくらいだね~」

 

「これなら俺が手伝うこともなさそうだな」

 

 ステージ付近を見れば数十人ものスタッフがいて、入念に話し合いながら機材の調整や確認をしている。

 これでは拓哉の出番がなくなってしまうのだが、先程にこが言っていた通り、ラブライブはもう全国に認知され人気になっている。

 

 ともすれば本選では本格的に運営側も力を入れるのは当たり前のことなのだろう。

 それほど目の前にあるステージの規模が違う。圧倒的に。

 

 

「たくさんのチームが出場するわけやから、設備も豪華やね」

 

「気が引き締められるわね」

 

「引き締めすぎるのも良くはないけどな。何より……あ」

 

 脊髄反射のように口を開いた拓哉だったが、相手が絵里だと気付いて口をまた閉じる。

 

 

「? どうしたの、拓哉?」

 

「……あー、いや、別に、何でもない、ぞ?」

 

 昨夜の出来事のせいで思春期健全男子代表はどうも朝から絵里と話しづらいと思っているのだ。何せ学校でしかも夜で布団に潜り込んできたのだから無理はない。

 対して絵里は特に何も思っていないようで普通に接してきている。これが1年先輩の余裕なのだろうか。

 

 

「……ふふっ、昨日はありがとね」

 

「なッ」

 

 微かに頬を染めながら言ってきた絵里。さすがに彼女でも一時的とはいえ一緒の布団にいたことは恥ずかしかったのだろうかと思っている拓哉とは裏腹に、絵里はもっと別の意味で頬を染めていることには気付かない。例えば、寝ている時に頬へキスされたこととか。

 

 

「ここで歌うんだ……。ここで歌えるんだよ! 私達!」

 

「そうねっ」

 

 こちらが変に照れているあいだに穂乃果の方へ行った絵里を見て何だか負けた気持ちになるが、今はそんなこと考えている場合ではない。

 本番までまだ時間はあるが、ミーティングと軽いリハーサルはやっておかなければならない。機材運びだけが手伝いの役割ではないのだ。

 

 

「一通り見たし、控え室に行くぞ。これだけのステージなんだ。μ'sの魅力を最大限に発揮できるようにしないとな」

 

「そうだね! みんな行こう!」

 

 穂乃果が率先してみんなを連れて行く。

 それを後ろから見送ったまま、大荷物に苦戦しながら何とかポケットから自分の携帯を取り出して電話をかける。

 

 

 

 

 

「……もしもし、ああ、俺だ。ちょっと荷物がありすぎて入りきらなかったから頼みたいことがあるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 信頼できる友人へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよ、ラブライブが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やることをやっていれば時間はあっという間に過ぎていくもので。

 既にラブライブは始まりの目前まで迫っていた。

 

 時間は夜に近い夕刻。

 月がはっきりと見え、ただでさえ光で覆われているステージに自然の月明りが足されている。

 

 そこへ、ラブライブを見ようと色んな人達が集っていく。

 

 

「すごーい!」

 

「こんな大きい看板がでてる!」

 

「綺麗だねー!」

 

 岡崎唯。高坂雪穂。絢瀬亜里沙。

 音ノ木坂学院への入学が既に決まっている3人が、姉達の応援へ駆け付けた。

 

 

「唯、雪穂! 写真撮ろ!」

 

「はいはい」

 

「ちゃんと目標は映しとかないとね」

 

「ここを目指す写真!」

 

 来年、自分達もここへ出場するために、ちょっとした誓いを立てていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「拓哉君に頼まれた衣装持ってきたけど、あとで渡しに行けばいいのかな」

 

「うへ~、こんな大きな会場で大丈夫かな穂乃果達」

 

「優勝候補とか言われてるし、緊張してるかも」

 

 ヒデコ、フミコ、ミカ。

 正式にμ'sを手伝っている拓哉とはまた違う形でμ'sを支える不可欠な3人もまた、会場にまでやってきていた。

 

 

「大丈夫よ。誰もいない講堂に比べたらどうってことないでしょ」

 

「……そうだね。それに、拓哉君もいるし」

 

「って、それより時間大丈夫!? 各校の応援席って入場時間決まってるんでしょ?」

 

「ほんとだ! 拓哉君にはあとで連絡入れればいっか!」

 

 急いで応援席に向かう。

 そういえば拓哉が関係者登録にヒデコ達の名前も書いていたから特別焦る必要もないし、何だったら特等席もあるのだが、すっかり言い忘れている少年へ怒りの鉄拳が飛ぶのはまた後日の話になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのー」

 

「?」

 

 高校生の女の子達が出るということは、その家族も当然応援しに来るわけで。

 

 

「使います? これ」

 

 南ことりの母親、南陽菜が高坂穂乃果の母親、高坂桐穂へサイリウムを片手に声をかけた。

 

 

「……ご心配なく! こちらも準備は万端ですので! ねっ、春奈!」

 

「ええ、うちの旦那がお店で無駄に大量購入してきたので、何ならもっと入りますか!」

 

「無駄にとか言わないでくれない? うちの息子が穂乃果ちゃん達を手伝っているので、これは全力で応援しないとと思いましてね」

 

「あら、では私にもそれを貸していただけませんか?」

 

「おお、千尋さんもなんて珍しい!」

 

 岡崎春奈。岡崎冬哉。μ'sを手伝っている岡崎拓哉の両親は腰にまでサイリウムを装備していたのだ。

 無駄な重装備を見つけたのか、はたまた見知った人物が数人いたからか、園田海未の母親、園田千尋もやってきた。

 

 

 ここで何気に、幼馴染達の両親が揃ったのである。

 

 

 

 娘達の晴れ舞台を見るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄いなあ、穂乃果先輩達。ここまでやってきたんだ~」

 

 

 

 少し離れたところで、桜井夏美は感心したようにラブライブの看板を見上げていた。

 

 

 

「あたしが言うのもなんだけど、色んなことがあったのに成長したもんだよねえ」

 

 μ'sの1年組と仲がいい夏美は、よく花陽達とグループトークをしている。

 だからμ'sで何かあったら真姫が愚痴っぽく言ったり凛がぶっちゃけたり花陽がフォローしたりと、望まなくとも色々分かっちゃうのだった。

 

 

「先輩のとこに行って弄っちゃうのもいいけど、どうせ関係者以外は入れないだろうし、今日は素直に応援でもしますかね~」

 

 

 

 

 

 そう言って、あざとい称号を持つ後輩は人混みへと容赦なく突っ込んでいく。

 目の前で精一杯応援するために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歓声が外から聞こえてくる。

 ラブライブはもう始まっていて、どれだけ緊張していても必ず出番はやってくるのであって、次が大トリのμ'sの出番。

 

 

「たくちゃーん!」

 

「来たか」

 

 控え室で穂乃果達は衣装に着替えていたため、拓哉は通路で1人待っていた。

 穂乃果の声で壁にもたれ掛かっていた背中を離す。

 

 

「どう、たくちゃん! ことりちゃんの作った衣装可愛くない!?」

 

「今までで一番可愛くしようと思って頑張っちゃった!」

 

「……、」

 

「どうしたのですか?」

 

 思わず硬直してしまっていたらしい。

 海未の声でようやく正気に戻る。

 

 

「……あ、わ、悪い……。正直、お前ら全員に、見惚れちまってた……。うん、最高に似合ってるよ」

 

 拓哉からの思わぬ素直な発言に、出番直前でμ'sの顔が沸騰した。

 ことりの気合いが入った衣装はもちろんだが、元の素材がいい穂乃果達が可愛い衣装を着るとより魅力的に見えてしまう。

 

 

「こ、こういうときは素直なんだから~もうたくちゃんは~!」

 

「やかましい! 俺だって素直に褒めるときくらいあるわ! 何ならいつも素直だわ!」

 

 それはない、と拓哉以外の全員が心で思っているとは少年も想像していないだろう。

 

 

「ったく、それよりほら、聞こえてるだろ。客の声が」

 

 言われて、耳を澄ますことなく歓声は響いていた。

 おそらくこれまでやってきたライブの中で、一番観客が多いライブになることは間違いない。

 

 そう思うと、色んな気持ちが込み上げてくる。

 

 

「お客さん、凄い数なんだろうなあ」

 

「楽しみですよね」

 

「「え?」」

 

 海未の言葉に、幼馴染の穂乃果とことりがいち早く反応した。

 

 

「もうすっかり癖になりました。たくさんの人の前で歌う楽しさが!」

 

「海未ちゃん……」

 

「言うようになったな、海未」

 

 μ'sを始めた当初のことを思い出す。

 チラシ配りでさえあれほど恥ずかしがって塞ぎ込んでいたのに、今ではもうその影も見えない。衣装も堂々と着ている。

 

 

「大丈夫かな……ほんとに可愛いかな……」

 

「大丈夫にゃ! たくや君も言ってたんだしすっごく可愛いよ! 凛はどうっ?」

 

「凛ちゃんは可愛いよ!」

 

「そうだぞ。俺が素直に言ったんだ。可愛いに決まってるさ」

 

 花陽もすぐに不安をなくし、凛も今となってはリーダーとして自信もついている。

 

 

「今日のウチは遠慮しないで前に出るから、覚悟しといてね!」

 

「希ちゃんが?」

 

「なら、私もセンターのつもりで目立ちまくるわよ。最後のステージなんだから!」

 

「面白いやん!」

 

 普段から裏で支えてきた希も、みんなのまとめ役として一歩引いたところから支えてきた絵里も、今日に限っては遠慮をなくすつもりでいくらしい。

 彼女達にとっては、今日が最後のステージだと分かっているから。

 

 

「おお、やる気にゃー! 真姫ちゃん、負けないようにしないと!」

 

「分かってるわよ。3年生だからって、ぼやぼやしていると置いて行くわよ。宇宙ナンバーワンアイドルさん?」

 

「ふふん、面白いこと言ってくれるじゃない。私を本気にさせたらどうなるか、覚悟しなさいよ!」

 

 真姫の挑発にノリよくにこが反応する。

 そこに緊張は一切見えない。いつものμ'sと変わらないようにも見えるが、それこそが大事なんだと思う。

 

 いつものように、存分に楽しんでいくだけ。

 

 

「……さあ、そろそろ時間だ。穂乃果」

 

「うん」

 

 輪の外から拓哉が声をかける。

 穂乃果は軽く頷くだけ。だが、それでいい。それだけで、意志疎通はこなせる。

 

 

「みんな、全部ぶつけよう。今までの気持ちと、想いと、ありがとうを、全部乗せて歌おう!」

 

 リーダーの本領が発揮された。

 言葉一つ一つでメンバーの心に火を点ける。

 

 そして、いつも通り。

 9人の手が輪っかを形作る。

 

 

「……、」

 

「どうしたのですか?」

 

 いつもなら何か言う穂乃果なのに、何も言わないことを疑問に思った海未が声をかける。

 

 

「何て言ったらいいか、分からないんだ」

 

「え?」

 

「何よそれ?」

 

「だって、本当にないんだもん。もう全部伝わってる。もう気持ちは一つだよ。もうみんな、感じていることも、考えていることも同じ。そうでしょ!」

 

 何も言う必要はない。

 それほどに、気持ちが一体化していると確信できる。

 

 不確かだけど、確かにそう思っている。

 それは少年も同じだった。

 

 なので、何も言わない。

 言わなくても分かる。

 

 

 

 

 だから、あとは鼓舞だけでもいい。

 

 

 

「……μ'sラストライブ。全力で飛ばしていこう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 岡崎拓哉は静かに思っていた。

 

 

 

 

 

「1!」

 

 

 

 

 

 これまで自分は幾度となく手伝いという役割を主としていて、決してメンバーというわけではない。

 

 

 

 

 

「2!」

 

 

 

 

 

 自分の立場を弁えて、一歩引いて、ずっと穂乃果達から誘われていたのに拒否を続けてきた。

 

 

 

 

 

「3!」

 

 

 

 

 

 そうじゃなければ9人のμ'sの意味がないと、異物は入るべきではないと否定してきた。

 

 

 

 

 

「4!」

 

 

 

 

 

 だけど、崩壊しかけていたあの事件から考えが少しずつ変わっていった。

 

 

 

 

 

「5!」

 

 

 

 

 

 自分は異物なんかではない。もし異物なのだとしても、彼女達は決して拒みはしなかった。

 

 

 

 

 

「6!」

 

 

 

 

 

 いつしか、少年はその輪に入ってみたいと密かに、無自覚に思っていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

「7!」

 

 

 

 

 

 女神を守るためにヒーローとして、堂々と自分はμ'sの仲間なんだと名乗れるための自信がほしかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

「8!」

 

 

 

 

 

 μ'sと一緒に過ごしてきて、色んな壁を一緒に乗り越え、共に進んできた今だから、もう、みんなは認めてくれるだろうか?

 

 

 

 

 

「9!」

 

 

 

 

 

 誰も、その輪に入ったとても、迎えてくれるだろうか。もしかすると拒まれるだろうか。そんな不安はないと言えば嘘になる。

 それでも、これが最後だから、許されてもいいのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 最後くらいは、その輪に入っても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……10」

 

 

 

 

 

 少年の築いてきた道は、奇跡だったはずだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「……っ!?」」」」」」」」」

 

 小声で言ったつもりなのに、女神達にはハッキリと聞こえたらしく、全員がこちらへ振り向いた。

 数秒間の沈黙が支配する。

 

 思わず目を逸らしていた少年が恐る恐るμ'sの方へ視線をやると。

 

 

「ッ」

 

 全員が、微笑んでくれていた。

 まるで最初からあなたはその輪の中にいるんだよと、そう心に訴えかけてくれるかのように。

 

 もう一度女神達は輪の中へと視線を戻す。

 気持ちは9人から10人へと変わる。

 

 

 

 

 

 

 最後の1ピースが、ようやく揃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「μ's! ミュージック、スタート!!」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Music:KiRa KiRa Sensation!/μ's

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思えば、優勝候補と言われていた時から、見ている観客は分かっていたのかもしれない。

 それは岡崎拓哉も一緒で、自信がなかったわけでもない。

 

 むしろ自信しかなかったと言っても過言ではなかっただろう。

 でも、だからこそ、誰もが文句のない結果になったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 μ'sは、優勝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり」

 

 

 

 

 

 舞台裏で待っていると、穂乃果達が涙を溜めながら戻ってきた。

 一度は諦めていたはずの、念願の目標が達成されたのだ。

 

 

「ただいま……たくちゃん……!」

 

 みんなが抱き合いながら満面の笑みを零している。

 無理もない。だから今はこの時間を思う存分噛み締めてもらおう。

 

 

 

 とは、言えない状況だった。

 

 

「喜びたい気持ちも分かる。泣きたい気持ちも分かる。だけどその前にさ、耳、傾けてみろよ」

 

「え……?」

 

 耳を澄ませば、それは聞こえてきた。

 

 

 

「アンコール! アンコール!」

 

「アンコール! アンコール!」

 

「アンコール! アンコール!」

 

「アンコール! アンコール!」

 

「アンコール! アンコール!」

 

 

 

 駆け付けて来てくれた妹達。

 

 応援してくれる仲間。

 

 競い合ってきたライバル。

 

 支えてくれた両親。

 

 精一杯声を張り上げてくれる後輩。

 

 

 

 

 そして。

 

 そして。

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 観客のみんなが、μ'sの舞台をもう一度見たいと思ってくれている。

 

 

 

 

 

「……、」

 

 これほど、求められたことがあっただろうか。

 これほど、応援してくれる人達がいただろうか。

 

 いつかのファーストライブを思い出す。

 

 

 

『このまま誰も見向きをしてくれないかもしれない。応援なんて全然もらえないかもしれない……。でも、一生懸命頑張って、私達がとにかく頑張って届けたい! 今、私達がここにいるこの想いを!!』

 

 

 

 もう、涙を堪えきれるはずもなかった。

 流したくなくても、自然とそれは溢れてしまう。

 

 

「これが、これこそが、お前達が勝ち取ったものだ」

 

 隣で少年が言う。

 

 

「誰もいない講堂から全てが始まって、誰かが気付いてくれる。応援してくれる。そんな願いを込めてここまでやってきたμ'sだからこそ、こうして誰もがお前達を見たいと思ってくれているんだ」

 

 ずっと見守ってきた。

 支えてきた。

 

 だから分かる。

 穂乃果達が秘めていた願いがどれほどのものかを。

 

 そんな純粋な願いだから、ここまで頑張ってこれたのだと。

 積み上げてきたものは決して無駄ではなかった。

 

 その結果がこの声援だ。

 

 

「行ってやれよ。もう一度、観客が見たいと思ってるμ'sを見せてやれ。準備は整ってる」

 

 先日、拓哉がラブライブのルールを確認している時、サイトにはこう書かれていた。

 優勝したチームは、アンコールがあればもう一曲披露していいと。

 

 だから、あの時拓哉は最後の練習に提案した。

 

 もしもの時のために。

 

 

「あるだろ。本当は第一回ラブライブに出場した時のために用意していた曲が。それが、結局は出場できなくて輝くことのできなかったそんな曲が、今こうして優勝してキラキラ輝きながら披露できるんだ」

 

「……うん、うん……ッ!」

 

 拓哉の背後からヒデコ達が衣装を手に持って走ってきている。

 ずっと披露することができなかった曲。

 

 第二回ラブライブで使うこともできたが、どうにもそういう気分ではなくて眠っていた曲があった。

 

 

 

 

 でも今は、今日この時のために温存されていたんだとさえ思ってしまう。

 

 

 

 

 

「行ってこいよ。μ's」

 

 

 

 

 

 最後の背中を、ヒーローが押す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女神の歌ってやつを、輝きを……存分に披露してこい!!」

 

 

 

 

「「「「「「「「「……はい!!」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Music:僕らは今のなかで/μ's

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇跡は、確かにこの場で起きていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二回ラブライブ優勝者。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

μ's。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年に見守られながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9人の女神は、ステージでキラキラと輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 さて、いかがでしたでしょうか?


 これにて最終章・破。
 ――完――。

 最後のライブくらいは、ずっと支えてきた少年も入れてあげて10人の声があるのもいいかなと。
 そのためにずっと少年は立場を弁え拒み続けてきたのです。
 アンコールに関してはアニメじゃちょっと不明瞭なとこがあったので、こちらの解釈で補わせていただきました。
 次回、最終章・急。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆10)を入れて下さった


スピリチュアルなカリスマさん


一名の方からいただきました。ここで高評価を入れて下さるとはありがたすぎる……本当にありがとうございました!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!




『悲劇と喜劇の物語』の最新話更新できなくてすいません。
先日発売された地球防衛軍5が面白すぎるのが悪いんだ!!


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136.当日




  ―――最終章・急―――

    『卒業編』



     始動


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、それで頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 ある一室で電話をしている少年が1人。

 

 

 

 

 

 

「悪いな。やっぱこれを頼めるのはお前らしかいないからさ」

 

 相手から陽気に二つ返事を貰って安堵する。

 電話を切り、ふと夕方の空を見上げる。

 

 

 

 

 

「……これで仕込みはできた」

 

 

 誰かに言うでもなく、ただそんな独り言を呟く。

 3年生の生徒にとって大事な日を迎える一週間前。生徒会長の幼馴染からようやく完成したと連絡が来てから、何故か自分も生徒会を手伝っているという疑問はありながらも仕方なく協力することにした。

 

 

 

 

「あいつらしいな」

 

 

 残り2人の幼馴染も自分の仕事で手一杯で余裕がなかったから自分に手伝いを申し込んできたのももう分かっている。

 だから咎めはしなかった。自分も、少しでも力になりたいと思ったから。

 

 今年は桜が咲くのも早いとニュースでやっていたので、タイミング的にも丁度良いかもしれない。

 せっかくの日なんだから華やかに見送ってやりたいと思うのは当然だと少年も思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 迎えるは3月。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 別れの季節がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっかり温かくなってきたな」

 

 

 時間が流れるのはあっという間で、時はすぐにきた。

 いつもより早起きして身支度を整えたあと、穂乃果を迎えに来ている少年岡崎拓哉。

 

 太陽の日差しがポカポカと季節の始まりを感じている最中である。

 そこへようやくパタパタと穂乃果が走ってやってきた。

 

 

「おっはようたくちゃん!」

 

「おう。やけにテンション高いな今日は」

 

「当たり前だよ! だって今日は絵里ちゃん達の卒業式だよ! 明るく見送ってあげなきゃ!」

 

「……そうだな」

 

 そう、今日は国立音ノ木坂学院3年生の卒業式。

 つまりは、9人いるμ'sのうち、3人がいなくなることを証明している。

 

 ラブライブのことで忙しかったあの時は卒業式なんてまだまだと実感すらしていなかったが、何だかんだ当日になると嫌でも実感する。

 それほど、ラブライブに必死だったあの時は目の前のことに夢中だったんだと思う。

 

 

「海未達ももう先に向かってるし、俺達も行くか」

 

「うん!」

 

 感傷に浸るのはまだ早い。

 卒業式はまだ始まっていない。せめてそこまではいつも通り普通にいこうと結論付ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい!」

 

「穂乃果ちゃん拓哉くんおはよっ」

 

「おはよー!」

 

「おっす」

 

 校門付近に1年組がいた。

 周りを見ると、すっかり桜も満開しきっている。卒業式にはピッタリかもしれない。

 

 

「みんなは?」

 

「私達も今来たところよ」

 

「あっちにはにこちゃんも」

 

 花陽の視線を追うと、そこには見知った子供が3人と1人の女性が立っていた。

 

 

「あ、穂乃果さん! お兄さま!」

 

「久しぶりー!」

 

「みゅ~ず~」

 

「みんな久しぶり~」

 

「お兄さまっての、いい加減やめてくださいませんかねこころさん……」

 

「お兄さまはお兄さまなので!」

 

 元気よく速攻拒否された。

 ちなみにこの少年、矢澤家にはこころ達の希望もあってか何度か遊びに行ったりしているから仲も他のメンバーよりかは良かったりする。

 

 けれどさすがに公共の場でお兄さま呼びは心臓に悪いからやめてもらいたいのだが、子供は基本ド直球ストレートしか言わないので無慈悲なのであった。

 

 

「にこちゃんおはよ!」

 

「あら」

 

 そこでふと、にこの声にしては少々大人びていることに気付く。

 というか、音ノ木坂学院の制服を着ていないのににこと言ったのがそもそもの間違いであったのかもしれない。

 

 いいや、まず服装の違いに気付いた瞬間からこころの口を閉ざしておくべきだったのを、岡崎拓哉はずっと後悔することになる。

 

 

「にこ、ちゃん……じゃないにゃ!」

 

「初めまして!」

 

「なん……だと……!?」

 

 こころ達に合わせていた視線を上に上げると、案の定矢澤にことは似ていないわけではないが明らかに違う人物がにっこにこしていた。

 

 

「わ、私達のこと知ってるんですか?」

 

「もちろん。にっこにっこにー!! の母ですから」

 

 自ら娘のキャッチコピーを披露しながらも羞恥心の欠片も見せないそのメンタルの強さ。

 まさに矢澤にこの母親が目の前に存在していたのだ。

 

 

「えー!?」

 

「こころォ! 何で母親がいる場所でお兄さま呼ばわりなんてしてくれてんだあ! これってあれじゃね。俺の社会的地位がとうとう危ぶまれるんじゃね。俺終わったんじゃね。事案扱いされんじゃね!?」

 

「大丈夫ですっ。ママにはお兄さまのこともちゃんと言っていますから!」

 

「それ大丈夫じゃないやつだから! 普通に危ないやつだから!」

 

 子供を侮っていたと今更思い知る男子高校生。

 しかしそんな話をしていると当然その輪に入ってくるのは本人なのである。

 

 

「あなたが岡崎拓哉君ね?」

 

「……い、いや、人違いだと思いま―――、」

 

「岡崎拓哉君ね?」

 

「……はい」

 

 あ、終わったと確信する。

 この反応、もしかしなくても説教か絶縁宣告されてもおかしくないレベルである。

 

 卒業式当日なのにこんな事になるなんて思っていたはずもなく、自らの不幸をこれでもかと言うほど心の中で嘆く。

 そして、にこの母親は口を開いた。

 

 

「いつも娘達がお世話になっています」

 

「…………はい?」

 

 想定していた言葉とはまさに180度違った言葉に思わず声が漏れ出てしまった。

 

 

「え、いや、あの……もしや怒っていらっしゃらないお感じでなされまするのでしょうか……?」

 

「全然。そんなはずありません」

 

 謎な口調にも関わらず笑顔で返してくれる反応から見るに、本当に説教する気はなさそうである。

 というよりむしろニマニマしていた。

 

 

「このようないたいけな娘さん達と家で遊んだりしていることに関しては……」

 

「忙しくて遊び相手にもなってあげられてないからとても助かっています」

 

「たま~に晩ご飯をご馳走になっていることに関しては……」

 

「落とすならまず相手の胃袋を掴むのは基本ですもの。あの子もよく分かっていますねえ」

 

「じゃあこころからお兄さまと呼ばれていることに関しては……」

 

「将来のことを考えると今からその呼び方に慣れているほうがいいですものねえ」

 

「穂乃果ァ!!」

 

「了解たくちゃん!!」

 

「あえぶぁッ!?」

 

 何だか途中から違う意味で危険な香りがした。

 そんなわけで記憶リセットパンチを自ら喰らっておくことにする。一瞬走馬灯が見えたのは多分気のせいじゃない。

 

 

「最近の男女の間ではこんなことが流行ってるのかしら?」

 

「あの人がバカなだけなので」

 

「もしくはアホだにゃー」

 

「ボケ~」

 

「うえぶぅ……」

 

 真姫と凛からナチュラルに心を抉られ、虎太郎からは木の枝で突かれている。

 記憶もリセットされないし心はフルボッコだしで、何かもう卒業式なのにズタボロだった。

 

 と、ここで新たな刺客がやってきた。

 

 

「ママぁー!」

 

「あら」

 

 噂をすれば何とやら、ある意味全ての元凶矢澤にこのご登場。

 

 

「何してるのよー! 早く来てよー! 見せたいものがあるんだからー! ねえママ~早く~!!」

 

 何というか、別人と思えるくらいの甘え方を披露していた。

 これには瀕死だった拓哉も冷静さを取り戻しにこを凝視している。

 

 

「に、にこちゃん……」

 

「……!?」

 

 こちらには気付いていなかったらしい。

 顔が赤面していて完全に予想外のことが起きたような表情になっている。

 

 にこの母親がニコニコしていることから、おそらく母親がいる時はあのにこでも甘えたキャラになっているのかもしれない。

 家でいつも仕事でいない母の代わりに家事をして頑張っているからこそ、甘えたときは甘えたい気持ちが溢れてくるのだろう。

 

 

「……おはよう」

 

「随分と面白い一面を見せてくれっぶねえ!?」

 

 言い終わる前ににこの飛び膝蹴りを間一髪で躱す。

 あれを喰らっていたらいよいよ走馬灯すら見えなくなっていた。

 

 

「チッ」

 

「あからさまに殺しにかかってきたなおい!! こころ達もいるんだからやめろ!」

 

 その割に顔は茹でだこ状態のにこ。

 どうやら少年だけには見られたくなかった一面だっただろう。

 

 

「そうよ。ほら、それよりアレを見せてくれるんじゃなかったの?」

 

「……うん。着いてきて」

 

 どうやらあのにこも親には逆らえないらしい。

 渋々追い打ちをやめて引き下がってくれた。

 

 

「咄嗟の動きだし、かっこよかったですお兄さま!」

 

「君達はあんな乱暴な女の子に育つんじゃないぞ……」

 

「はい! 強く逞しく、可憐で清楚なお姉さまのようになります!」

 

 分かってるんだか分かってないんだかよく分からない返事を聞き流す。

 こころはどちらかと言うと口調からしてお嬢様っぽいキャラになるんだろうなと思う。にこに似るのは多分ここあかもしれない。

 

 そんなどうでもいいことを考えながら穂乃果達に着いて行く。

 にこの母親が言っていたということは、多分アレを見せるつもりなのだろう。

 

 せっかくだし自分達も着いて行こうとこころの手を繋ぐ。

 ギリギリ兄妹に見えなくもないが、遊んでいるうちにこれがデフォになってしまったのだから仕方ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長いようで短い卒業式は、まだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


いよいよアニメ本編最終話の話に入りました。
3年の卒業。μ'sの解散。アニメ2期実質の終わりが見えてきました。
少年少女達の物語はどう迎えるのか。どうか見守りくださいませ。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆10)を入れて下さった


★りおん★さん

クーヤ‼さん

石切さん


計3名の方からいただきました。
物語終盤にも関わらず3名もの方から高評価をいただけるのはとても励みになります。本当にありがとうございました!!

これからもご感想高評価ドシドシお待ちしております!!



そして、来週の更新ですが、23日から数日東京の方へ行くので更新できるかは微妙になりそうです。
更新できそうならしますし、無理そうならTwitterの方で報告させていただきます。







去年もクリスマスを東京で過ごしました。


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137.準備


明けましておめでとうございます。
クリスマスに東京へ行ったのですが、そこで風邪をひいて3日間ずっと1人ホテルで寝たきりでした。
一体自分は何しにいったのでしょうか……。

そして年末年始は当然忙しくて執筆時間が全然取れず、不幸なことに結局期間がだいぶ開いてしまい申し訳ありません。

おみくじで大吉引いたので今年は良いことあるでしょう!
……あとは落ちていくだけとか思った人は屋上。


では、本編です。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあいくわよ。じゃーん!!」

 

 

 

 

 

 暗かった部室に明かりを点けると、そこには普段の部室にはないはずだったものがあった。

 いいや、正確には自分達の手で手に入れたものがあった。

 

 

「見て! これが、優勝の証よ!!」

 

「「「おお~!!」」」

 

 花陽と真姫によって広げられたのは第二回ラブライブの優勝旗。そして凛の手には優勝トロフィーが収まっている。

 目指していた頂。目標への道標。

 

 叶えられた頂点の証拠が、堂々とμ'sが掲げていた。

 

 

「綺麗~……」

 

「凄いです!」

 

「うぃな~」

 

 子供というのは正直で、リアクションがそれを物語っているのが一目で分かるものだ。

 それ故に、実感も再び湧いてきちゃうのだった。

 

 

「私達……勝ったんだよねぇ……!」

 

「優勝にゃー!!」

 

「もう、まだ言ってるのぉ」

 

「まあ、念願だったから気持ちも分かるってもんだよ」

 

 そのためにあれだけ練習して、そのために汗と涙さえもずっと流し続けてきたのだ。

 花陽達1年生にとっては、音ノ木坂学院入学1年目にして偉業を成し遂げたと言っても過言ではないのだから、はしゃぐのも無理はない。

 

 

「ねっ、本当だったでしょ!」

 

「……おめでとう!」

 

「えへへ!」

 

 娘の純粋な笑顔を見て思う。

 にこのアイドルに対する気持ちは本物で、そんなことは母の自分が一番分かっていた。

 

 だから過去ににこが孤独になっていた事も知っているし、それなのに妹達のために長女としてよく頑張ってくれていたのも知っている。

 決して諦めてなんかいなかった。いつか必ず……そう思っていた娘を救ってくれたのは間違いなくμ'sであり、目の前にいる少年だろう。

 

 だから、ラブライブ優勝なんて大きすぎる目標さえ達成させてみせた。

 卒業を目前にして、最高の思い出ができたのはにこの笑顔を見れば一目瞭然だろう。

 

 

 

 

「でも」

 

「?」

 

 

 だがしかし。

 

 

「これ、全部あなたの私物?」

 

「……え、いや、あの」

 

 それとこれとは話は別だったりする。

 

 

「立つ鳥跡を濁さず。皆さんのためにも、ちゃんと片付けていきなさい」

 

「……はぁい」

 

「卒業寸前の3年生が下級生の目の前で説教されてるって結構すげえな」

 

「ゔっ」

 

「にこちゃんに止め刺したのは間違いなくたくちゃんだけどね」

 

 ちゃっかりオーバーキルを決めた主人公。ヒロインの命はきっと転生してくれると願いたい所存だった。

 そんなこんなで律儀にまだ優勝旗を持っている真姫が穂乃果へと声をかける。

 

 

「ところで穂乃果、行かなくていいの?」

 

「え?」

 

「生徒会役員は式の2時間前に生徒会室集合って海未に言われてなかったっけ」

 

「……あああああああ!! どうしよたくちゃん!」

 

「いや早く行けよ」

 

「何でたくちゃんは慌ててないの!? 一緒に怒られちゃうんだよ!」

 

「俺は元々手伝ってるだけで生徒会役員じゃないから慌てる心配もないんだなこれが」

 

 実際問題半ば強制で手伝わされている拓哉としてはこれで怒られればいよいよ理不尽が臨界点突破するが、そんなことはお構いなしに生徒会長に手を引っ張られるのだった。

 

 

「いいから行くよ!」

 

「ああくそっ、何を言っても結局はこうなるのね知ってたよ知ってたさ!! じゃあまた後でな! 真姫達に関してはリハ通りに頼んだぞ!」

 

 返事をする間もなく黒一点は連れて行かれてしまった。

 卒業式の日も相変わらず騒がしいなと呆れる真姫に、それが自分達なんだと微笑む花陽と凛。

 

 そんな小さな騒動があったおかげか色々とリセットされたにこが疑問符を浮かべながら特に指定することなく呟いた。

 

 

「リハ通りって、どういうこと?」

 

 率直な疑問。

 3年生も卒業式の予行練習などは何度かしていたが、拓哉が言っていたことで引っかかりを覚えたのだ。まるで自分達しか知らない何かがあるような。

 

 対して、μ'sの作曲担当西木野真姫は余裕の笑みを浮かべてこう言った。

 

 

 

 

 

 

「そのまんまの意味よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめーん!」

 

「卒業式に遅刻ですか……」

 

 生徒会室に入ると鬼がいた。

 

 

「違うよお! 学校には来てたの! ちょっと色々あって……ね、たくちゃん!」

 

「まあ、それに関しては嘘じゃないしな。途中でにこの母親と会ってラブライブの優勝旗を見せてたんだよ」

 

「海未ちゃん、たっくんもこう言ってるし卒業式の日にあんまり怒っちゃダメだよ」

 

「ですが……」

 

「そうだぞ。こんな日にまで怒るなんて通常運転かもしれないけどな、たまにはブレーキかけて故意に交通事故起こすのも止めとけわひゃうッ!?」

 

 風を斬るような音がした瞬間に体を反らせば、そこには海未の拳が通りすがっていた。

 冷や汗が一瞬で蒸発しそうな勢いである。

 

 

「拓哉君には全力でアクセルかけていきます」

 

「殺意しかねえのかお前は!! トラックに衝突されるレベルの風切り音だったぞ!?」

 

「いつも一言多い拓哉君が悪いんです!」

 

 それだけで交通事故レベルの鉄拳を喰らっては自分の身がいくらあっても足りないのでは、という恐怖の疑問が浮かんだがそっと胸にしまっておく。

 と、こんな雑談をしているあいだにも卒業式開始は迫って来ているので準備に取り掛かる。

 

 

「おおー、いい感じ~!」

 

「任せてよ!」

 

 体育館に行くといつものヒフミトリオを軸に何人かの役員とボランティアの生徒達が準備をしていた。

 

 

(いよいよって感じだな)

 

 いつもは授業で使用している体育館も、卒業式ということで様々な飾りが付けられている。

 それだけで見慣れていた体育館とはまったく違う景色が視界に広がっているようにも見えた。

 

 

「あ、そうだ穂乃果。去年の卒業式の記録ってある?」

 

「多分……」

 

「照明がどうもうまくいかないの」

 

「生徒会室ならあるんじゃないか?」

 

「去年どうだったか分かればいいってことだよね」

 

「分かった。ちょっと見てくるよ!」

 

 言ういなや颯爽と駆けていく穂乃果。

 それを何となく見ていた拓哉だったが、不意に穂乃果が立ち止まってこちらに振り向いてきた。

 

 

「何してるのたくちゃん、行くよー!」

 

「え、何で自然に俺も着いて行く流れになってんの?」

 

「それが当たり前だからでしょ」

 

「そうだね」

 

「君ら俺をおまけだと思ってないよね」

 

「早くー!!」

 

 急かす穂乃果に面倒だと思いながら仕方なく歩を進める拓哉。

 背後からくすくすとことりと海未の笑い声が聞こえてくる。我ながら本当に幼馴染にはとことん甘いと思う。

 

 

「たくちゃんッ!!」

 

「だーッ! 分かったから大声で名前を呼ぶな!」

 

 高校生でそのあだ名で呼ばれるのは案外恥ずかしいものだったりする。

 パッパッと穂乃果に追いつき2人で体育館を出ると、見慣れない髪型で花を見ている希の姿があった。

 

 

「あ、希ちゃん!」

 

「穂乃果ちゃん、拓哉君も」

 

「よお」

 

 いつもは髪を2つ束ねているのに、今日に関してはおさげにして前に垂らしている。

 そのせいかいつもより大人っぽく見えているし色っぽい。

 

 

「どう?」

 

「すっごい似合う! 希ちゃん髪綺麗だよねー」

 

「そんなに言われたら照れるやん」

 

「でも本当にそう思うよ。ね、たくちゃん!」

 

「そうだな。新婚旅行はやっぱハワイがいいか」

 

「何か久し振りやなこのやり取り」

 

 そういや初めて神田明神で会った時も似たようなやり取りをした覚えがあった。

 μ'sメンバーに対してだけこんなことを言っても何も言ってこない穂乃果に違和感を覚えるが、何もないならないで被害の心配しなくて済むからラッキーである。

 

 

「じゃあまたあとで!」

 

「あ、エリチ知らない?」

 

「え? 知らないよ?」

 

「俺も見てないな」

 

「てっきり穂乃果ちゃん達と一緒かと思ってたんやけど」

 

 拓哉も穂乃果も卒業式の準備でそれどころではなかったからあまり周りを見ていなかったかもしれない。

 とにかく今日絵里の姿は見ていないから何か言えるわけでもないので。

 

 

「じゃあ見つけたら言っとくね!」

 

「んじゃあな」

 

 こう言うしかないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 卒業式開始まで、数十分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


まだ卒業式には入りません。
それはまた次回ということで!
希のあの髪型が好きすぎて思わずママ……と思った方もいるんじゃないでしょうか?そうですね。自分だけですね。
終わりももうそこまで来てます。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価を入れて下さった


キラ@ライバーさん

薄塩ポテトさん


計2名の方からいただきました。
励みになるのはいつだって高評価……本当にありがとうございました!!


これからもご感想高評価お待ちしております!!






あと2日で『奇跡と軌跡の物語』が3周年を迎えます。
終わりが近づいてはいますが、この作品を愛読してくださっている読者の方々にはほんの少し(?)ですが良い知らせができればなと思っています。

今年もよろしくお願いします!


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138.卒業式



どうも、後書きの方に3周年記念告知みたいなもの書いてますので、ぜひご一読を。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、絵里ちゃん」

 

「やっぱここにいたのか」

 

「穂乃果、拓哉も」

 

 目的地の生徒会室のドアを開けば、そこにいたのは絵里だった。

 何となく絵里が行きそうな場所はここなんじゃないかと思っていた拓哉の予想も大当たりである。

 

 

「どうしたの、希ちゃん探してたよ?」

 

「別に用があったわけじゃないんだけど、何となく足が向いて」

 

「元生徒会長だもんな」

 

 自分がひたすら頑張って学校のために動いていた時期を思い出すと、生徒会長だった時の記憶が今でも鮮明に思い出される。

 良くも悪くも忙しい日々だった。だけど、それも今となっては良い思い出に変換されている。

 

 

「式の準備は万全?」

 

「うーん……万全ってほどじゃないけど、大丈夫! 素敵な式にするから楽しみにしててね! ねっ、たくちゃん!」

 

「ん、まあ音ノ木坂だからこそできる卒業式にはなるかもな」

 

「そうだよそうだよー!」

 

 拓哉の言葉に小さな疑問が出てくるが、それよりも先に口から言葉が出てきた。

 

 

「ありがと……」

 

「……心配事?」

 

 お礼を言う絵里の表情にほんの陰りがあるような気がした穂乃果。

 けれど絵里はすぐに首を横に振る。

 

 

「ううん。ただ、ちょっとだけ……昨日アルバムを整理してたら生徒会長だった頃のことを思い出してね。私、あの頃何かに追われているような感じで全然余裕がなくて、意地ばかり張って……」

 

「絵里ちゃん……」

 

「……、」

 

「振り返ってみると私、みんなに助けられてばっかりだったなあって……」

 

 懐かしむように生徒会室全体を見る絵里。

 本当に廃校を何とかしようと色々奮闘してきたが、どれも上手くいかず余裕なんてどこにもなかった。

 

 自分が何とかしなければならないという思考に捉われ、解決策なんていくら出しても何もならなかった。

 そんな中で穂乃果達と出会い、ぶつかり、仲間になって、共に廃校を阻止することができたのは一番の功績だっただろう。

 

 酸いも甘いも噛み締めてきた。

 そんな思い出が詰まったここには、特別な思いがあったからだ。

 

 絵里のそういう気持ちを、全てではないが現生徒会長の穂乃果も分かっているつもりである。

 だから、そっと絵里を抱きしめた。

 

 

「ほ、穂乃果っ?」

 

「絵里ちゃん、私達がラブライブに間に合わないかもしれない時、こうやって受け止めてくれたよね。私達も同じだよ。生徒会長になって、ここにいて、絵里ちゃんが残していったものをたくさん見た……。絵里ちゃんがこの学校を愛しているということ、そして、みんなを大事に思っているということ。絵里ちゃんの思いは、この部屋にたくさん詰まっていたから、私は生徒会長を続けてこられたんだと思う」

 

 手を差し伸べる。

 確かに生徒会長をやっていて色んな苦労の方が多かったかもしれない。余裕なんてどこにもなく、ずっと何かに追われていたような感覚ばかり感じていて楽しさなんて感じることも上手くできていなかったかもしれない。

 

 それでも、それだけの思いはちゃんとここに残されている。

 絢瀬絵里という少女が頑張って紡ごうとしてきたものは、しっかり後輩へと受け継がれ、ずっと続いていく。

 

 

「本当にありがとう」

 

「っ……もう、式の前に泣かさないでよ……」

 

 握手という形で差し出された手を取る。

 ほんのりと涙を浮かべる絵里とは対照的に穂乃果は笑う。笑って送り出すために。

 

 

「へへ、じゃあ行くね。……あ、希ちゃん!」

 

 さっさと生徒会室を出たところに希が待ち伏せていたかのように壁にもたれかかっていた。

 

 

「やっぱりここやったんやね」

 

「お前も分かってたんじゃねえか」

 

「また後でねー」

 

 さりげないツッコミは華麗にスルーされ、ヒデコ達を待たせている穂乃果だけが走り去っていく。

 少年を残して。

 

 

「そんじゃ、後ほどな」

 

「あら、拓哉は何か言ってくれないの?」

 

「あん?」

 

 怪訝な顔で振り向くも、絵里と希のあまりにも優しい表情にすぐ毒を抜かれてしまった。

 こちらをからかうような言いぶりでいて、ほんの少しの期待と緊張を持ち合わせたような顔の2人。

 

 正直、さっき穂乃果の言っていたことが全てだったのだ。

 だから拓哉からは特に何も言うことはないというか、言っても穂乃果とだだ被りしてしまうので格好もつかなかったりする。

 

 

「……あー、まあ、その、何だ……」

 

 だけど、それでも。

 今まで生徒会としてもμ'sとしても頑張ってきたこの2人にかける言葉があるとするならば。

 

 軽く息を吐いて力を抜く。

 そして改めて絵里と希の方へ顔を向けて言い放つ。

 

 去る者への感謝と受け継ぐための本音を。

 

 

 

 

「お疲れさま」

 

「「ッ……!」」

 

 

 

 

 たった一言。

 されど一言。

 

 何気ないようなそのちんけな言葉が、正しい意味を持って見守ってきた少年から2人の少女へ向けられた。

 

 感謝を求めていたわけではない。労いを求めていたわけでもない。

 ただがむしゃらに目の前のできることを必死にやってきただけなのだ。ちっぽけな少女達が無謀な挑戦をやってのけようとした、そんなある種の青春の1コマのようなものだった。

 

 他の生徒が誰かとお喋りしながら弁当を食べたり、一緒に帰りながらどこか寄っていったり、そんな当たり前の日常さえ犠牲にして色々なことを考えていた。

 様々なことが起こりすぎて思考がそこまで向いていなかっただけかもしれない。

 

 

 だからこそ。

 少年から放たれたたった一言の労いが、2人の元生徒会代表だった少女達の心に深く突き刺さった。

 

 岡崎拓哉はもう体育館へ向かったためここにはいない。

 生徒会室の前に取り残された絵里と希は、再び流れそうになってしまう雫を拭い、穂乃果と拓哉が去った方を見る。

 

 

「……大きくなったわね」

 

「そうやね……。もう……立派な生徒会長に、立派なヒーローやね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 卒業生が入場してきた。

 それを在学生と保護者達が拍手でもって迎え入れる。

 

 

 

 

 

 

「音ノ木坂学院は、皆さんのおかげで来年度も新入生を迎えることができます。心よりお礼と感謝を述べると共に、卒業生の皆さんが輝かしい未来に向けて羽ばたくことを祝福し、挨拶とさせていただきます。おめでとう」

 

「続きまして、送辞」

 

 理事長の挨拶が終わっていよいよ、ある意味全校生徒にとってのメインイベントが始まる。

 

 

「在校生代表、高坂穂乃果」

 

「はい!」

 

 現生徒会長の穂乃果が立ちあがる。

 舞台に行こうとしたところで、隣にいた拓哉から小声で声を掛けられた。

 

 

「しっかりな」

 

「……うん」

 

 とても短いやり取り。

 だけど、深い繋がりがある2人だからこそ、真意は伝わった。

 

 

 

 

「送辞。在校生代表、高坂穂乃果」

 

 決して多くはないが少なくもない人数を前にして、臆すことなく高坂穂乃果は堂々と舞台へ立つ。

 

 

「先輩方、ご卒業おめでとうございます。実は、つい一週間前までここで何を話そうかずっと悩んでいました……。どうしても今思っている気持ちや、届けたい感謝の気持ちが言葉にならなくて……何度書き直してもうまく書けなくて……。それで気付きました! 私、そういうの苦手だったんだって!」

 

 突然のカミングアウトだった。

 

 

「……ほ、穂乃果?」

 

「ぶふっ」

 

 困惑している絵里に、知ってはいたが思わず吹き出す拓哉。

 これじゃ送辞ではなく自己紹介じゃないかというツッコミは一週間前にやった。

 

 

「子供の頃から言葉より先に行動しちゃう方で、時々周りに迷惑かけたりもして……自分を上手く表現することが本当に苦手で……不器用で……」

 

 それでも卒業生の誰もが黙って聞いているのは、この学校を救った代表が穂乃果だから、きっと何か意味があると思っているからだ。

 それに、在校生は穂乃果が何をしようとしているのか予行練習ですでに知っているから黙っているというのもある。

 

 

「でもそんな時、私は歌と出会いました! 歌は気持ちを素直に伝えられます。歌うことで、みんなと同じ気持ちになれます。歌うことで、心が通じ合えます。私は、そんな歌が好きです。歌うことが大好きです!!」

 

「(ほんと、送辞って感じじゃないよなあ)」

 

「(ですが、それを穂乃果らしいと言ったのは拓哉君ですよ)」

 

「(……ああ。そうだな。あいつだからこそ思い付けたんだ。ならやっぱり、あれが()()()()()()よ)」

 

 小声で会話をする拓哉と海未。

 生徒会役員とその手伝いである2人は事前に穂乃果から何をやるか聞いていた。だから全てを知ってはいるが、やはり思ってしまうものは思ってしまうのだ。

 

 

「先輩、皆様方への感謝と、皆様のこれからのご活躍をお祈りし、これを送ります」

 

 突然、ピアノにスポットライトが当てられ、そこにμ'sの作曲を担当している西木野真姫が座る。

 それを意味しているのは、これから歌が始まるということ。

 

 言ってしまえば、送辞と卒業ソングを兼ねたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Music:愛してるばんざーい!/μ's、音ノ木坂学院全校生徒

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 曰く、音ノ木坂学院は元々音楽学校という側面を持っていた。

 

 

 曰く、それ故にアーティストを目指していた生徒も多数いたという。

 

 

 曰く、卒業式では卒業生へ送る伝統のある歌があった。

 

 

 曰く、いつしか音ノ木坂学院は衰退し、音楽学校という側面もなくなり、伝統の歌でさえ歌うことはなくなったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと眠ることしかできなくなっていた音ノ木坂学院の伝統ある歴史が今、ここに蘇った。

 穂乃果や真姫の後に次々と歌いだしていくμ'sメンバー、それに続くように予行練習でやった順番通りに音ノ木坂の生徒達が歌を紡いでいく。

 

 いつしか全校生徒がそれを歌い、スクリーンには教室の風景や講堂、中庭に校庭の写真が映し出されている。

 これが穂乃果と拓哉が考えていた卒業生へのサプライズだった。

 

 どこの学校でも聞いたことあるような送辞ではなく、音ノ木坂学院だからこそできるような事。

 眠っていた伝統を歌うことで廃校から救い上げた今だからこそ蘇らせる事。

 

 

 

 

 

 

 

 生徒全員が歌っているということは、当然男1人だけの岡崎拓哉も歌っている。

 一生に一度しかない高校の卒業式。

 

 しんみりするのも決して悪くはないんだろうが、どうせなら明るく歌で見送ってやりたい気持ちがあったっていいはずだ。

 そんなちょっぴり優しくて、伝統に触れて、先輩思いの後輩達の最高の贈り物ができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 卒業式は、終わりを迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 さて、いかがでしたでしょうか?


 とうとう卒業式です。
 アニメでは直前まで送辞の言葉が浮かばなくて歌を歌う選択をした穂乃果でしたが、少し不自然ぽかったのでこちらで勝手に都合合わせして一週間前にできた感じにしました。
 愛ばんに関しては元々伝統のある歌として音ノ木坂にあった風にして、それなら本編序盤で真姫が1人ピアノ演奏してたのも納得いくかなと。

 アニメと展開は同じでも、過程や都合を変えてみて一味違った音ノ木坂学院ならではの送辞と卒業式にしましたがいかがだったでしょうか。



 いつもご感想高評価ありがとうございます!!


 では、新たに高評価(☆10)を入れて下さった


 t.kuranさん

 ぴんころさん


 計2名の方からいただきました。
 本当にありがたいコメントをいただけて感無量です。ありがとうございました!!

 これからもご感想高評価お待ちしております!!




 【告知】

 1月11日をもちまして、『奇跡と軌跡の物語』がめでたく3周年を迎えることができました!!
 飽き性な自分が3年もの間、ほぼ1週間更新を続けてこられたのも、いつも読んで下さる皆様と、ご感想高評価(☆10)をくださる皆様方のおかげです。

 1周年目はコラボしましたが、2周年目は何もなし。ですが物語も終盤を迎え、せっかく3周年を迎えたので何かやろうかなと思っていた時に、感想やTwitterで多くの質問をいただいたのです。

 Q.劇場版の物語はやらないんですか?

 と。

 自分も結構前からずっと劇場版の話をやるかやらないか迷っていたんですけど、結構劇場版の話を望まれている方も多数いたので、じゃあいっそ吹っ切ってやろうという結論になりました。


 そんなわけで!


 『劇場版ラブライブ!~奇跡と軌跡の物語~』


 やります!!!!
 あと劇場版が終われば番外編もちょくちょく書くかもです!!



 どうせやるならちょっと目標も欲しいなと思い、今感想数がもうすぐ800件に高評価(☆10)が150件に到達しそうなので、せっかくならキリの良い感想数1000件と高評価(☆10)200件は目指したいと思います! 
 ですのでこれから感想も高評価もドシドシいただければなと。
 一緒に目標達成目指しましょう!


 ということで、今年も『奇跡と軌跡の物語』をよろしくお願いします!!






 もうちっとだけ続くんじゃ。


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139.後片付け

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄いにゃー!」

 

 

 

 

 

 

 無事卒業式も滞りなく終わり、にこの私物を片付けるために今は部室の方へやってきていた。

 

 

 

 

「ほとんど空っぽ~」

 

「じゃあここにあったのって、本当ににこちゃんの私物だったってこと?」

 

「違うわよ。私が特別に貸し出していたの! あ、拓哉それはこっちに入れてちょうだい。ちゃんとアイドル別じゃないと後で分かりづらいから」

 

「おかしい、何で俺だけ片付けを手伝わされてるんだ……。親に言われたのにこだけのはずなのに……」

 

 何やかんやあっていつものが如く手伝わされている少年岡崎拓哉。

 これはにこの私物であって部活の手伝いとは無関係じゃないかという野暮なツッコミはきっと受け入れられないだろう。やはり最後まで扱いはブレないのだった。

 

 

「貸し出し……」

 

「物は言いようにゃ……」

 

「でも、ここに何もなくなっちゃったら、ちょっと寂しくなるね」

 

「何言ってんのよ。アイドル研究部なんだから、次の部長が家にある物を資料として持ってくればいいでしょ」

 

「次の部長?」

 

「そういえばまだ決めてなかったわね」

 

「卒業式の準備とかでそれどころじゃなかったしな」

 

 片付けをしているにこが途端に動きを止めて振り返る。

 

 

「花陽」

 

「え?」

 

「頼んだわよ」

 

 現部長から直々に後継者が伝えられた。

 まっすぐ花陽を見つめながら言うにこの眼差しは真剣そのものである。

 

 

「……えっ……えええええええ!?」

 

 しかし当然、突如言われた花陽も驚愕を隠せないでいた。

 黙々と片付けの手伝いをしている拓哉は特に驚きはしない。何となくだがそうなるだろうと予感はしていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無理無理無理ぃ~誰か助けて~!!」

 

「助け求めるほどでもないだろ」

 

「まさか生徒会長を兼任させるわけにいかないでしょ」

 

 片付けが一通り終わり、隣の部屋に移動してちょっとした発表会的なものが行われている。

 黒板には誰が書いたのか、でかでかと部長と書かれていて周りにはキランッという効果音でも入ってそうなイラストまで描かれている。

 

 

「あなた以外にアイドルに詳しい人他にいないんだし」

 

「で、でも、部長だなんて……」

 

 実際、にこの次にアイドル関連に詳しいのは断トツで花陽だろう。

 リーダーの穂乃果はむしろ疎かったりするので、適任と言えば花陽しかいない。と拓哉は思っていたがゆえにいっそ納得した。

 

 

「凛だってμ'sのリーダーやったんだよ! かよちんならできる!」

 

「そうよ。一番適任でしょ」

 

「でもぉ……」

 

「できるわよ、あなたなら。こんなにたくさん、助けてくれる仲間がいるんだから!」

 

 周りを見渡せば、メンバー全員笑顔でこちらを見ている。

 誰も不満も異論も唱えない。絶対の信頼があるからこそ任せられるとでも言っているかのように。

 

 

「それに、いざとなればこの唐変木が何とかしてくれるわ」

 

「褒めてんのかバカにしてんのかどっちだ」

 

「両方よ。アンタからも何か言ってやんなさい。それでこの子も後押しされるはずだから」

 

 何とも無茶振りもいいとこの部長だが、花陽が自信を持って部長に努められるようにするには従うしかないらしい。

 にこに関してはあとでチョップでもするとして、まだ自信なさそうにしている花陽に言葉をかける。

 

 

「つっても、実際アイドル研究部の部長を任せられるのは花陽しかいないってのは俺も同意見なんだ。花陽がいてくれたからラブライブの事を知れたし、少しずつだけど知識もついた。何だったら花陽以外に部長できるヤツはいないと思ってる。海未とか絶対地獄メニューで死人出しそうだしな」

 

「私は副会長ですからなるつもりもありません。それと拓哉君はあとでお話があります」

 

 さらっと死刑宣告をされたがあえてスルーする。きっとまともに返事をしたら余罪が増えそうだと本能が感じた。

 

 

「花陽が部長になったあかつきには、花陽らしいやり方でもっとここを楽しく感じさせてくれ。俺はここに来たのが2年になってからだから、2年間しかこの学校にはいられないけど、2年間このアイドル研究部にいて良かったと思えるような活動を期待してるよ」

 

「まっ、そういうことよ。もっともっと賑やかな部にしておいてよね。また遊びに来るから!」

 

「拓哉くん……にこちゃん……」

 

 過度な期待は重いプレッシャーとなってしまうのはよく聞く話だ。

 けれど、それに応えられる力を花陽は持っている。だからこそ次期部長に選ばれたのだから。

 

 

「……うん、私、やる!」

 

「やったにゃー!」

 

「じゃあ、真姫ちゃんが副部長ね!」

 

「ええ!? 何で私!?」

 

 突然の名指しに今度は真姫が声を荒げた。

 

 

「私が部長だったら凛ちゃんがリーダー。だから真姫ちゃんが副部長だよ!」

 

「それいいにゃー!」

 

「なっ……。ッ!!」

 

「いや、俺を見てくんな。助けを求めんな。成すがままを受け入れろ」

 

「……、」

 

 どうやら助けを求める視線ではなく何とかしろという理不尽命令のアイコンタクトだったらしい。射殺しそうな目で拓哉を睨んでいる。

 と言っても拓哉にどうすることもできるはずもなく、むしろ雰囲気的に真姫を納得させるしか道はない。

 

 

「考えてもみろって。穂乃果達は生徒会なんだからできるはずないだろ? それに俺だってあくまで手伝いだからなるわけにもいかない。ならあとはこう言っちゃなんだけど消去法でお前しかいないんだよ」

 

「本当に消去法じゃない!」

 

「けどお前は作曲できるし頭もキレる。控え目な花陽に運動以外アレな凛よりも、いざという時にハッキリ物を言える真姫が副部長なら花陽も心強いってもんだろ」

 

「何か凛サラッとバカにされた!?」

 

 それ以外の言葉が見つからなかったから大目に見てほしいと心で思う少年。でも間違ってもいないと言い切る自信はある。

 

 

「穂乃果達もそうだけど、俺から見てもお前ら1年生はバランス良いと思ってるんだよ。お互いの短所を補えられる仲間がいるってのは頼もしいもんだぞ。ということで絵里、締めてくれ」

 

 基本拓哉相手にも反抗心(ツンデレ)を発揮する真姫だから、こういうときはさっさと話しを進めるに限る。

 1年近く見ていれば誰をどう扱うかは案外分かっちゃうものなのだ。

 

 言われた直後にその真意に気付けるのもやはり、μ'sのまとめ役の1人、我らがクォーター美人絢瀬絵里。

 パンッと手を叩いて視線を集める。

 

 

「ふふっ、じゃあみんな、頼んだわよ」

 

「ま、待って! 私はまだ……っ」

 

 やるとは言ってない。

 そう言おうとして、口が閉じた。

 

 断わるだけなら簡単だ。別に副部長がいなくてもこのアイドル研究部は今日までやってこれた。

 絶対に必要というわけではない。けれど、凛も花陽も、それぞれ成長して役を請け負った。

 

 ならば、自分も先を歩くだけじゃなく、後ろを着いていくわけでもなく、対等に隣を歩いてもいいんじゃないだろうか。

 今まで通りにしつつも、個人が個人の役割を果たして共に歩んでいくのは大変だろうが、きっと楽しくもあるんじゃないかと思う。

 

 そう思えるのは、目の前にいるメンバーが証明してくれた。

 であれば、いつも通りを装いながらも本音を交え、言葉に出すだけだ。

 

 

「……もう! 別にいいけど!」

 

「やっと折れたか」

 

 真姫のことだから最終的に折れるとは思っていたが、この数十秒間で大きな心境の変化でもあったのだろうか。

 何だか吹っ切れたような表情をしている。

 

 と、ここで希が切り出した。

 

 

「さあ、これでもう必要なことも全部終わったね。じゃあウチらもそろそろ行こっか」

 

「え、もう行っちゃうの……?」

 

 卒業式が終わりクラスでのHRが終わった今、あとは生徒同士で思い出話に花を咲かせるか、さっさと帰宅してパーティーでもするか、拓哉達のように部活でも何かしらやる事があるように、もう放課後のような自由時間になっている。

 

 

「せっかくだし、校舎を見て回ろうかと思って」

 

「じゃあ私達も行くよ。だってほら……この10人でってのは、これが最後だし……」

 

 

 

 突如。

 部室内に静寂が訪れた。

 

 

 

「……あれ?」

 

 何かまずい事でも言ったかと焦る穂乃果だったがここで部員一のお調子者乙女、凛が声を荒げた。

 

 

「あー!! 言ったにゃー!!」

 

「え? ああああああ!?」

 

「最後って言ったらジュース一本っていう約束だよっ」

 

「えー!!」

 

 実は笑顔で送り出したいのにしんみりしてしまうのはどうなんだという話し合いになり、『最後』というワードを言った者にはメンバー全員にジュースを一本奢るという、高校生には割と重い罰ゲームが課せられる約束をしていたのだった。

 

 

「凛か穂乃果が言うと思ってたけど、まさかルールを決めたリーダーが罰を受けるとはな」

 

 私は絶対言わないから余裕だもんと調子乗っていた張本人、見事に撃沈。

 言いだしっぺが負けるという法則はあながち間違っていないかもしれない。

 

 

 

 

 しかしそこは何だかんだやはり紳士だった岡崎拓哉。

 さすがに9人分のジュースを奢らせるのはいつも一緒にいて穂乃果の財布事情を知っているからか見捨てるわけにもいかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら穂乃果。7人分くらいなら俺が出してやるからそんな落ち込むなって」

 

「うぁぁああぁああ、たくちゃんありがど~~~ぢゅぎぃ~~~!」

 

「はいはい分かったから鼻水を俺の制服に付けるんじゃありません」

 

 

 

 

 

 抱き付いてきたと思って頭を撫でてやったらどさくさに紛れて思いっきり鼻水を制服に付着させてきた幼馴染にもはや怒りも呆れもなく、ただただ慣れてしまった自分に恐怖する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(私も罰ゲーム受ければよかったなあ)

 

 

(くっ……穂乃果、やはりあなたは私の永遠のライバルです!!)

 

 知らないところで幼馴染組が闘志を燃やしていたのは誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 卒業式は終わりを迎えても、生徒の物語はまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


にこのあの大量の私物はきっとにこママが車で持って帰ってくれるに違いない……。
ここで語ることもいよいよ少なくなってまいりましたが、劇場版編ではまた語っていきたいですねえ。


  次回

アニメ2期本編、最終回。



いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆10)を入れて下さった


本好きたけちーさん

ろまんさん


計2名の方からいただきました。
ここまで長いのに読んでくださり、そして高評価までいただけるのは恐悦至極にございます!!ありがとうございました!!

これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!




次回2期最終回と言っておきながら、土曜から岐阜の方へスキーしに行くので来週更新できるか分かりませぬ。
Twitterで追々お知らせしますです。


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140.奇跡の終わりと軌跡の始まり

 どうも、とうとうアニメ2期最終回、最後となります。


 140話で区切りよく終わりを迎えてめでたいのに、Twitterでは小説用のアカウントが乗っ取りによってロックされているという不幸状態です。
 ということでしばらくかずっとかは分かりませんが小説の宣伝はこちらのアカウントで行います。
 https://twitter.com/tabo_uv
 小説用アカウントで元々フォローしてくださっていた方々には申し訳ありません。
フォローしてない方はこれを機にどうでしょう?
 小説用ではないのでいつも好き勝手呟いているだけですが←


 さあ、そんなわけで2期最終回、どうぞ!





 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果達の奢りのジュースはおっいしっいな~!」

 

「どういたしまして……」

 

「大半は俺が出してやったんだからそう落ち込むなっての」

 

 

 

 

 

 ご機嫌な顔ではにかんでいるのは絵里。

 常に不機嫌みたいな時だった生徒会長の頃にこの顔を見せれば卒倒するに違いない。

 

 

「そういえば最近あまりパン食べてないわね」

 

「うん、ラブライブも終わったし我慢してたんだ」

 

「それでも結局ダイエットしましたがね」

 

「主に俺が面倒見てな」

 

「い、いやあそれはその~」

 

 ラブライブが終わった今、卒業式やら生徒会の仕事で忙しかった穂乃果は運動する機会もなく少しずつだが体重が増加していった。

 もちろんそれに気付かない海未ではなく、即座に拓哉へ命令を出し穂乃果ダイエットの監修者として高坂家に派遣されていた小話があったりする。

 

 

「それより学校見て回るんでしょ? 行くならとっとと行くわよ」

 

「んじゃ手始めにク……アルパカのとこにでも行くか」

 

「今完全にクソって言いかけたわね」

 

「バッカお前、俺がそんなこと言うわけないだろ。俺は動物好きだからそんなことは言いませーん!」

 

「本音は?」

 

「くっせえ唾かけられた恨みはまだ忘れてねえからなクソパカ野郎」

 

「本音じゃなくて憎しみが出てるわよ」

 

 μ'sがまだ3人だった時、ことりがアルパカにハマって様子を見ていたら茶色いアルパカに唾をかけられた記憶が今でも鮮明に思い出される。

 あの時の幼馴染達からの拒絶反応は拓哉のメンタルに多大なダメージを負わせたのだった。ちなみに家で唯に洗濯してもらう際にも若干嫌な反応されたことが一生の傷になっちゃったりしていた。

 

 

「久しぶり~もふもふぅ」

 

「……ッ!」

 

 アルパカに特別な感情を抱いているのは憎しみに燃える少年1人だけではない。

 アルパカに愛情たっぷりで抱き付いていることりと、絵に描いたような引き攣った顔をしているクォーター美人絢瀬絵里がいた。

 

 

「どうしたのです?」

 

「い、いや……」

 

 絵里に関しては拓哉と同じような思い出というか臭い過去があるからアルパカに対しての憎しみはないが、苦手意識はありありなのだ。

 何なら今も茶色いアルパカは拓哉と絵里を交互に見ながら威嚇している。拓哉に至っては威嚇し返している。

 

 

「それにしても随分太ったにゃー」

 

「言われてみれば……」

 

「あん? 何だお前、エサの食いすぎでみるみる太ったのか? 男のくせに情けねえながっはっは!!」

 

 煽りに煽っておきながら距離を置いている少年に誰も見向きはしない。

 というよりあらゆる医学を勉強中の真姫には見過ごせない事実があった。

 

 

「待って。……これってもしかして、赤ちゃんじゃ……」

 

「「「「「「えー!?」」」」」」

 

「なん……だと……!?」

 

 一番驚愕しているのは岡崎拓哉だったりする。

 てっきりオスだと思ってお互いガン飛ばし合いをしていたと思ったらこれである。おじいちゃんに見えた人が実はおばあちゃんだった的なものかもしれない。

 

 

「これでまた賑やかになるね!」

 

 1人事実を知っていた花陽はただただ喜びに満ち溢れていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パシャリと音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次にやってきたのは講堂。

 

 

 

「わー! 久しぶりにここに立つとやっぱ広……くない……?」

 

「そう感じるのは私達が少しだけ成長できたということかもしれません」

 

「まだ信じられないもんね……」

 

「うん」

 

 あれだけ広いと感じていた講堂が、今ではそう感じない。

 ステージに立ち続けてきた彼女達だからこそ分かる違和感。もちろん、いつも側でしか見てこなかった拓哉には今もこの講堂は充分広いと思っている。ここはやはり立つ者と立たない者の違いが生じるのは仕方ない。

 

 

「ラブライブのステージで歌ったなんて……」

 

「優勝した身なんだからもっと胸張れよ。そんなんじゃ優勝するために頑張ってきた他のスクールアイドルが報われないぞ」

 

「そこは確かにそうなんだけど……胸張れよはセクハラだよたくちゃん!」

 

「何でだよ!? ちょっと良いこと言ったのに最低な扱いされたぞおい!」

 

「はぁ……次行きましょうか」

 

 ギャーギャー言い合っているリーダーと手伝いを放置してメンバー全員去っていく。

 みんないないことに気付いたのはおよそ2分後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パシャリと音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桜の木々に見下ろされながら静かに寝ている9人がいた。

 その光景はいっそ現実離れした幻想的な絵画を思わせる一枚にも見える。

 

 まさに9人の女神。

 どこにでもいる普通の女の子達が、学校のために努力を続け諦めずにいて辿り付いた境地。

 

 μ'sはラブライブをもって終わった。

 そしてこの学校にこの制服のまま9人がいられるのはこれで最後だから、まるで9人の女神をここに眠らせるような儀式を行っているように桜の木や草原が風で揺れ動いている。

 

 どこにでもいる平凡な少年は、桜の木を背にただ少女達を見守っている。

 

 

 

「最初に9人で歌ったときも、こんな青空だった。そう思ってたんやろ?」

 

「……ええ」

 

「……ウチもや」

 

 短い言葉だけでも気持ちは分かる。

 苦楽を共にしてきた2人、いいや9人にはそれだけの絆がある。

 

 桜が舞い散り、最上の景色と光景が拓哉の瞳を彩っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パシャリと音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後はやっぱりここねえ」

 

「うん!」

 

 

 

 やってきたのは、屋上。

 この学校自体が始まりの地だと言うのなら、この屋上は始まりの場所と言ってもいいのかもしれない。

 

 

「考えてみれば、練習場所がなくてここで始めたんですよね」

 

 誰もいない屋上。

 静寂が支配していたここを歌声や振り付けの練習で彩らせたのは紛れもない彼女達だ。

 

 

「毎日ここに集まって」

 

「毎日練習した」

 

「できないことをみんなで克服して」

 

「ふざけたり、笑ったり」

 

「全部ここだった……」

 

 3人だけだった時も、6人だけだった時も、9人になってからも、1人の少年と共にここまで歩んできた。

 喜怒哀楽の全てをここで使っていた。

 

 変わらないものはない。変わっていくものは必ずある。

 けれど、人数は変わっても9人の思いは変わることはなかった。

 

 色々な出来事があったのを少年は覚えている。

 仲違いだってしてきたし、解散の危機にだってなろうとしていた。

 

 それでも、最終的には必ず1つに戻る。

 ずっと見守ってきたからこそ分かる。変化と不変は紙一重だと。

 

 元々強かった絆は壁を乗り越えることでより強固になっていくように、強さに変化はあれど思うものは何一つ変わらないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パシャリと音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ拓哉、さっきから何撮ってるの」

 

 ここで真姫がいい加減気になっていたことを呟く。

 聞かれた拓哉は持っている物を見ながらそれに答える。

 

 

「ああ、最近始めたんだよ。親父が使わないからって言ってくれてさ。結構新しいやつなのに勿体ないし、せっかくだから良いモン撮りたいしな」

 

 一眼とまではいかず、結局は岡崎冬哉が興味本位で買ってすぐ飽きられたデジカメをさする。

 先ほどからパシャリパシャリと撮っていたのは拓哉だったのである。

 

 

「ちなみに卒業式のときスクリーンに出てた写真あるだろ。教室の風景とか。それも全部俺が撮ったんだよ。理事長的にはカメラマン雇うよりこっちのが全然良いって言うから甘えさせてもらった」

 

「そんな自由で大丈夫なのこの学校……」

 

 元々廃校寸前だったせいというかおかげというか、割とフリーダムな理事長に心配と安心が同時に襲ってくる。

 

 

「それに今まで練習で過ごしてきた場所とかお前らを撮りたい気持ちもあったからな」

 

「そうなの?」

 

「思い出は確かに心にずっと残っていくとは思ってるよ。だけど、こうして写真に撮ってればもっと鮮明に思い出せるし、ふとした時に見れば元気付けられるもんだ」

 

 思い出すだけなら簡単だが、それを現物化することはできない。

 だから写真を撮って思い出を()()()()として切り取っていく。

 

 

 いつだって思い出せるように。

 

 

「たくちゃん……あっ、そうだ!」

 

 突然穂乃果がモップとバケツの中に水を入れ用意をし始めた。

 何をするのかいまいち想像が付かず、かと言って今更屋上を掃除するわけでもないはずだ。

 

 

「穂乃果ちゃん?」

 

「何するつもりだ?」

 

「見てて!」

 

 そう言うと、ちゃぷちゃぷと音を立てながら穂乃果がモップを動かしていく。

 まるで文字を書いているような動作。だから、何をしようとしているのかすぐに分かった。

 

 

「これは……」

 

「μ's……」

 

「できた……! たくちゃんこれも撮って!」

 

「あ、ああ」

 

 手慣れた手付きでμ'sと書かれた屋上の床を撮る。

 

 

「でも、この天気だからすぐ消えちゃうわよ」

 

 マジックペンやペンキで書いたわけではない。

 ただの水で書いた。その結末は言わずもがなであるのは全員が分かっている。

 

 故に。

 

 

「それでいいんだよ」

 

「え?」

 

「すぐに消えちゃうものだけど、この瞬間は、たくちゃんが撮ってくれた。それに、私達だけがこれを見ることができた。……だから、それでいいんだよ」

 

 意味も分かる。理解もできる。誰もが納得もした。

 この10人だけの瞬間を刻み、残された跡だけは消えない。

 

 合図することもなく、9人は姿勢を正す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「ありがとうございました!!」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 μ'sとして、最後の挨拶だった。

 パシャリと音はしなかった。

 

 これだけは、心の中だけに刻むものだと思って。

 

 

 

 1人、また1人と屋上から去っていく。

 やり残したことはもうない。あとはこの学校から出ていくだけ。

 

 

 それで、全てが終わる。

 

 穂乃果がモップやバケツを直すためバケツに手を伸ばそうとしたところで声がかかる。

 

 

「最後くらい、俺も手伝うよ」

 

「……最後って言ったら、罰ゲームなんだよ……」

 

「他に聞いてるヤツはいないからノーカンってことで」

 

 2人で微笑みあう。

 そこで、幻聴のようなものが聞こえてきた。

 

 

 

 

『穂乃果ちゃーん、待ってー!』

 

『穂乃果、いつも言っているでしょ』

 

『あはは、ごめんごめん!』

 

『いつも同じところでタイミングズレてるし、穂乃果はここを重点的に練習したほうがいいな』

 

『ダンスって難しいね~』

 

 いいや、幻聴ではない。

 これはある種の走馬灯に近い。死ぬわけではないが、終わりが近いと悟った瞬間にその時のことを思い出すような感覚。

 

 

『寒いってどういうことよ!』

 

『正直に言っただけでしょ!』

 

『にこちゃんは相変わらずにゃー!』

 

 いつかの光景が幻のように現れている気がした。

 笑い合い、怒鳴り合い、鼓舞し合ってきた。

 

 

『あと30秒!』

 

『もう少しよ、頑張って!』

 

『は、はい~!』

 

 最初からいた穂乃果や拓哉にとって、何気ない出来事を思い出すのはとても簡単なことだ。

 楽しくなければ、思い出さない。苦しくなければ、思い出さない。

 

 全てを知っているから、思い出せる。

 

 

『さて、休憩終わったらステップの確認始めるぞー』

 

『『『『『『『『『はーい!』』』』』』』』』

 

 

 

 いつだって、最後には笑い声が響いていた。

 1年にも満たない関係でありながら、非常に濃密な日をずっと過ごしてきたから分かる。

 

 何があっても結末は笑顔で。

 ヒーローに憧れた岡崎拓哉がもっとも望んでいるハッピーエンド。

 

 いつも自分のために、自分の見たい景色のために奮闘し、μ'sも頑張ってくれて、他にも協力してくれた人達がいてくれたから実現できていた。

 自分1人じゃ結局全てをハッピーエンドにはできなかっただろう。

 

 常に誰かの協力と頑張りがあったからできた。

 たった1年、されど1年。

 

 音ノ木坂学院に転校してから、成長は確実にできたと思う。

 自分にはまだあと1年高校生活が残っているが、μ'sの揃っていない生活に思い残すことはもうない。

 

 やりきったと言い切れるから。

 

 

 

「行こう、たくちゃん」

 

「ああ」

 

 

 2人揃って屋上を後にする。

 屋上のドアを閉めれば、本当の終わりを迎える。

 

 うまく振り返れない穂乃果を見て拓哉が代わりにドアを閉めようとした時だった。

 

 

 

 原点が、蘇る。

 

 

 

 

 

 

『ここしかないようですねえ……』

 

『日陰もないし、雨が降ったら使えないけど、贅沢は言ってられないよね……』

 

『うん、でも、ここなら音とか気にしなくてもよさそうだね。よぉーし! 頑張って練習しなくちゃ!!』

 

 

 

 

 

(これ、は……)

 

 練習場所もなくて、仕方なく屋上にしようと決めた直後の会話だった。

 あれからすぐ歌の練習に入ろうとしたが、あの頃は本当に始めた直後で練習のやり方すら何も分からなくて結局また考えようという話になったのを覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 直後にこんな話もあった。

 

 

 

 

『ねえ、ことりちゃん、海未ちゃん、たくちゃん』

 

『『『?』』』

 

『やり遂げようね、最後まで!』

 

 

 

 右も左も分からないような状態から学校を救おうとした。

 根拠も確信もなく、不確定要素ばかりがのたまっている0から始めた。

 

 それでも穂乃果は言ったのだ。

 最後までやり遂げようと。

 

 その結果は、もう今の自分達には充分に分かっている。

 

 隣の穂乃果もきっと同じことを思い出しているに違いない。

 だから、確信をもって拓哉は穂乃果の肩に手を置いた。

 

 一瞬キョトンとした表情を浮かべるが、それもすぐに理解した穂乃果は屋上を見やる。

 

 

 

 

 今はもう誰もいない、けれど確かに誰かがいた過去に向かって言い放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やり遂げたよ。最後まで!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 校門まで来ていた。

 

 

 

 

 

 ここを出れば、卒業式からの一連は終了する。

 後悔はない。未練もない。やれることはやり尽くした。笑って走り出せる。

 

 

 

「じゃあ、行くわね」

 

 絵里の一言で歩を進めようとした瞬間。

 ピロリンッと、この雰囲気にはあまりにも似合わない受信音が花陽のポケットから鳴り出した。

 

 

「何よこんな時に……」

 

「ご、ごめんっ」

 

「いよいよ花陽も雰囲気ブレイカーの力を手にしたか」

 

「黙れ中二病」

 

 にこの容赦ない言葉にメンタル瀕死へ持ってかれた拓哉を無視し、みんなの視線が花陽に集まる。

 

 

「……え……えええええええええ!?」

 

「花陽?」

 

「どうしたのよ?」

 

 花陽に集まっている視線が一気に怪訝になる。

 そういえば、と拓哉は思い出す。

 

 確かスクールアイドル関連でいつも一番最初にスクープを持ってくるのはどこのアイドル好きだったか?

 そして、こういう時はいつも自分やμ'sにも関係ある時ではなかったか?

 

 とどのつまり……。

 

 

「大変ですぅ!!!」

 

「どうしたの?」

 

「ここでは言えません! 部室へ戻らなきゃ!!」

 

 結局はこうなっちゃうのだった。

 花陽に手を引かれて成すがままのリーダー穂乃果。

 

 そうなってしまえば必然的に着いて行くのがメンバーのデフォになっている。

 

 

「ちょ、何なのよいきなり!」

 

「ん~何々、教えて~!」

 

「の、希!?」

 

 柄にもなくはしゃいで走り出した希。

 卒業生がまたしても学校の中へ向かう姿を見てしまえば、絵里もにこも突っ立っているままでいられるはずもない。

 

 

「今度は何ですか!?」

 

「にゃー!!!」

 

「まだ終わってないってこと!?」

 

「何それ、意味分かんない!」

 

「行って確認するしかなさそうね!」

 

「ちょっとぉ、今日卒業式なのよー!」

 

「うわわわわわわっ……よぉーし、みんな続けー!!」

 

 

 最終的にはやはりこうなるのかと、一番後ろを走っている少年は思う。

 決して呆れているのではない。ただ、勝手に笑みが零れてしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

(ああ、やっぱりただでは終わらないんだな)

 

 

 

 たかが手伝いとしての身かもしれない。

 それでも、やはり岡崎拓哉もアイドル研究部の部員であることに間違いはない。

 

 結論を言うと。

 また新しい何かが始まるのを予感して勝手ながらにワクワクしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇跡はもう充分に起こしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ならばこれから始まるのは、軌跡だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

始まりがあれば終わりもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

それは逆に言ってしまえば。

 

 

 

 

 

 

 

終わりがあれば始まりもあるということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つまりは、そういうことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 さて、いかがでしたでしょうか?


 先週はスノボー帰りで筋肉痛が激しく執筆どころではありませんでした!
 さあ、これでアニメ2期本編は終了です。
 ここまで約3年かかりました。
 中学生なら高校生になってますね。短いようでいて長い期間、ずっと読んでくださってくれた読者の方々には感謝です!
 
 2期本編は終わりましたが、劇場版編も始まりますので、もちっとだけ続くんじゃ。
 終わりまでに感想1000件と評価数200目指します!


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆10)を入れて下さった


黒~傍観者の傍観者~さん


1名の方からいただきました。劇場版頑張ります!本当にありがとうございました!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!



ちょっとした告知。

 同じラ!作家の海神アグルさんが私のとこの岡崎達を使ってくださってコラボ小説を書いてくださいました!
 『ラブライブ!ウルトラ伝説!私たちの光! 』を見て下さればコラボ小説が見られるのでぜひご覧ください!
 非現実に憧れていた少年の世界に、いきなり怪獣やウルトラマンが出てきたら、という感じのお話になっています!






次回

 真・最終章


開幕


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劇場版
141.最後の軌跡へと




  ~真・最終章~


プロローグ





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて、こんな出来事があった。

 

 

 

 

 

 

 まだ少年少女達がスクールアイドルというのを無知でいて、また存在すらもしていなかったような幼き頃。

 見た目年齢小学生低学年の幼馴染達は、夕方の公園にいた。

 

 ただいつもと違ったのは、片方の髪をサイドに結んでいる明るい茶髪の少女が裸足であることだ。

 鬼ごっこやかくれんぼとは違う。他の子供達はとっくに帰っており、残っているのは幼馴染のみ。

 

 アッシュグレーのような髪に名前の通りトサカにも見える特徴的な髪型をしている少女や、木の後ろから人見知り発揮中の青みがかったロングヘアーの少女。

 そして、同じく裸足で大きな水溜まりに足を付けている茶髪のツンツン頭の少年が見守る中、茶髪の少女が走り出す。

 

 

『穂乃果ちゃん!』

 

 そう呼ばれた少女はお構いなしに走る。

 目の前には子供が飛び越えるには少し大きすぎるかもしれない水溜まり。それを、飛び越えるために。

 

 

『たああああああああッ!!』

 

 大きくジャンプする。

 ハンマー投げのように投げる時に大きく声を上げるのと同じ原理を利用した結果。

 

 

『うわぶっ!?』

 

『ぐぇあっ!?』

 

 失敗を見越した少年が少女を支えようとして盛大に仲良くボチャンした。

 

 

『冷たー!?』

 

『穂乃果ちゃん! たっくん!』

 

 駆け寄ってきたトサカ少女南ことりの目の前には、穂乃果と呼ばれた少女に下敷きにされている少年岡崎拓哉の姿が映し出されている。

 

 

『冷たいのは俺の方だっての! 仕方なく裸足になってまで危ないから側で見ててやろうと思ったら案の定だよ! とても冷たい!!』

 

『むぅ~……何で……なんでなんでなんで~!!』

 

『うるせえええええ!! とりあえず早く降りろやこのバカ!! 泥人間になる、俺泥人間になっちゃうから!』

 

 拓哉の上で地団駄を踏む穂乃果に怒鳴り散らす。

 実際あのまま拓哉が下敷きにならなかったら後頭部を強打していたかもしれないと思うと、案外泥水だけの被害になったのは幸いだったと思う。

 

 

『やっぱり無理だよ……帰ろう?』

 

『大丈夫だよ! 次こそできる!』

 

『その自信は長所だけど成功しない限り俺が犠牲になるの忘れるなよ』

 

 さっさと定位置に戻った穂乃果には聞こえていなかったらしい。

 あとでしばくと決意した拓哉はまた水溜まりの上に立つ。結局穂乃果がやめない限りこの役目は自分がこなすしかないのである。

 

 

『行くよ!』

 

 同じように走り出す。

 意外と惜しいところまで飛んでいたが、それでも前回と同じようならまた失敗するだろうと思ったときだった。

 

 どこからか歌声が聴こえてきた。

 

 音楽教室からの歌声かもしれない。

 帰宅途中の子供達の歌声かもしれない。

 親との買い物帰りに一緒に歌っているのかもしれない。

 

 とにかく、楽しげな歌声が穂乃果の耳に入ってきた。

 

 あとはもう無自覚だった。

 

 

 

 一度聴こえてきた歌声は自然と穂乃果にリズム感を与える。

 走るテンポにリズム感が加わってスピードが変わった。

 

 誰かが言った。

 リズムというのは、意外と何事にも当てはめられるものだと。

 

 サッカーでパスを次々と繋げていくように、野球で連続打者が出るように、一連の動作にはリズムが関わってくるものは多い。

 ただがむしゃらに走っていた先程とは違い、足取りも自然になった穂乃果を見て泥水まみれの少年は思った。

 

 

(いける)

 

 

 子供ながらの勘が働いた。

 いつでも支えられるように構えていたが、いつの間にか観客と同じような感覚で行く末を見守る。

 

 

 

 

 飛んだ。

 

 

 

 

 それはもう綺麗に。

 先ほどよりも高いジャンプは、そのまま穂乃果の小さな体を水溜まりの向こう側へと導く。

 

 いっそ美しいとさえ思えるそのジャンプは、ことりや海未、拓哉でさえ見惚れさせるものだった。

 

 

 

 

 

 

 無理だと思われていたジャンプを、乗り越えて見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだμ'sが音ノ木坂学院を廃校から救い出し、ラブライブで優勝するその数年前の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇しくも、もうその時点から軌跡の物語は始まっていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


真・最終章『劇場編』のスタートです。
プロローグなので短いのはご了承ください。

このまま少年少女達の“最後の物語”をご覧くださいませ!


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆10)を入れて下さった


うぉいどさん

鏡黒さん

湊@真くん大好きさん


計3名の方からいただきました。
真・最終章へのモチベブーストにさせていただきます。本当にありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!






さあ、劇場編で何話まで続くのか。


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142.遠征



久しぶりにあの後輩も出てきます。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうも、俺の名前は岡崎拓哉。

 もちろん男だ。

 

 

 何だかラノベやマンガでありがちな自己紹介をしているが、俺にはまずそんな非日常的なあれやこれやな展開はないし、誰もが憧れるような異能力もない。日常を脅かす悪党を倒すためのヒーロー活動をしているわけでもなければ、神様の手違いで異世界に送られてチートハーレム状態になることもない。

 

 ただただ、ごく普通の一般人。

 本物のどこにでもいる平凡な高校生である。

 

 そんな普通の俺はもちろん共学の高校に通っている。男子は今のところ俺しかいないけども。

 去年まで廃校の危機に陥っていたこの音ノ木坂学院。

 

 それを救うために俺の幼馴染が立ち上がったり、成り行きではあるが俺も手伝う役目を請け負ったり、何だかんだメンバーも増えていき、第二回ラブライブというスクールアイドルが多数出場する大会で優勝を収め、無事に廃校阻止と優勝旗という栄光をこの学校にもたらしたわけだ。

 

 とどのつまり、ごく普通の高校生でも何かのために何かを成し遂げるのは特別な力なんか必要なかったりする。

 ちゃんとやることをやって、文字通り血と汗と涙を流しながら努力をすれば結果はどこかで結びつくのだ。……うん、血は出してなかったか。

 

 

 さて、結局のところ俺が何を言いたいのかというと。

 どこにでもいる平凡な高校生でもやれることをした結果、自分達でも思ってもいなかった展開が待っていることもある。

 

 

 

 それがまさしく、たった今ここで起きている。

 

 

 

 

「「「「「「「「ドーム大会!?」」」」」」」」

 

「秋葉ドームです! 第三回ラブライブが秋葉ドームでの開催を検討しているんです!」

 

 卒業式を終えた絵里達を見送ろうとした矢先、いつものように花陽の携帯に通知がきたと思ったら部室へ直行。ついでに穂乃果は強制連行。

 そんで部室に来たと思ったらPC画面を食い入るように見ていた花陽からのこの報告である。実際俺も驚いている。

 

 

「秋葉ドームって、いつも野球やってる?」

 

「あんな大きな会場で……?」

 

「ラブライブもでかくなったもんだな」

 

「私達出演できるの!?」

 

「いやいや、ウチらはもう卒業したやん」

 

「今月まではまだスクールアイドルでしょう!」

 

 おい、さっきまでの完全終了モードはどうした。

 良い感じに別れるとこ寸前だったろ。

 

 

「やっぱりここね」

 

「お母さん」

 

「やっぱりってことは、理事長は何か知ってるんですか?」

 

 突然やってきたことりの母、もとい理事長は何やら物知り顔らしい。

 それを肯定するように理事長は首を縦に振った。

 

 

「その顔は聞いたみたいね。次のラブライブのこと」

 

「はい! 本当にやるんですか!? ドームで!?」

 

「まだ確定ではないけどね。だからその実現に向けて、前回の大会優勝者のあなた達に協力してほしいって今知らせが来たわ」

 

 なるほど、実際ラブライブがいかに規模のでかい大会になったとしても、いつもテレビで見ているような野球場やライブ会場を使うとならばまだ実績が足りないってことか。

 そこでそれを実現させるために優勝者の穂乃果達に白羽の矢が立ったわけだ。こちらとしても充分に納得できる。

 

 

「それって、まさか……」

 

「ん?」

 

 真姫の言葉に理事長の方へ視線を戻すと、その手に何か手紙的な便箋を持っていた。

 いいや、ただの便箋なら俺も何も驚きはしなかっただろう。ただ、日本ではあまり見かけない模様をした便箋。

 

 つまり、それは海外からの手紙だということを知らされた瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ま、まじか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論。

 結局、誰にもこの先の未来に何があるのなんて分からないし予想もできないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、ちゃんとパスポート持った?」

 

「持ってるよ」

 

「財布とかも忘れてない?」

 

「当然」

 

「着替えは? 寝巻きとかもちゃんと入れてる?」

 

「3回くらい確認もしたし不備はないって」

 

「武器とか入れてない? 向こうで何かあっても絶対喧嘩とかしちゃダメだからね? いつ撃たれるか分からないんだからね?」

 

「だあああああーッ!! 分かってるよ! 武器なんて入れてるわけねえし喧嘩なんかしねえよ! 銃社会なのは確かだけどそこまで酷くないってのはテレビ見てりゃ分かるだろうがこの心配性な可愛い妹め!!」

 

「大丈夫? 人としての尊厳とかまた勝手に知らない女の子とかと知り合いになったりしない? トラブル体質なお兄ちゃんだから変な事件に巻き込まれたりしない?」

 

「ねえ最後の方もはや俺の人格や体質批判してない? どこ行ってもそれだけはどうしようもないこと心配されてない? 性格のこと言われてない?」

 

 

 可愛い我が妹にいらぬ心配までされている俺はもう空港まで来ていた。

 他のメンバーももう待ち合わせ場所に来ているし時間にも余裕があるおかげか、俺みたいにちょっとした別れの挨拶をしている者が多い。

 

 

「先輩、お土産とか待ってますね♪ あたし的にはぁ、ブランド物のバッグとかでお願いします!」

 

「そんなバカ高えモン買うわけないだろ何でお前がここにいるんださっさとお家に帰るかその辺の店にでも行ってインスタ映えするモンでも眺めとけバーカ」

 

「先輩があたしをどういう目で見てるかよぉーく分かりましたので外堀をどんどん埋めていくことにします」

 

「やめて全面的に俺が悪かったから土下座でも何でもするから」

 

「さすがにそこまでされるとあたしでも落ち込むんですけど!」

 

 唯が亜里沙達と一緒に絵里のとこへ行ったからよかったものの、今のを聞かれてたら終わってたぞ。

 というか本当なんでこいつはここにいるんだろうか。桜井に連絡なんかしてないはずなのに。

 

 

「それは花陽ちゃん達がアメリカに行くって聞いたので当然見送りに来たんですよ。ついでに先輩にちょっとした報告もしておこうかと思いまして」

 

「当然のように心の中読んでくんなよ怖いわ。……報告?」

 

「はいっ! 花陽ちゃん達にはもう言ってあるんですけどぉ……何とあたし、無事音ノ木坂学院に転入することになりましたー!」

 

「………………まじ?」

 

「まじ」

 

「本気と書いて?」

 

「まじ」

 

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

 

「何でだ!! 転入と言っても普通それなりの理由とかがいるはずだろ!? 親の説得とか、編入試験とか、そういう壁とかどうしたんだ!?」

 

「ふっはっはっは! 愚問ですよ先輩! あたしだって成績悪いわけじゃないですし試験も余裕。家族には大事な友達がいるからと本音と方便を混ぜつつ説得しました!」

 

「なっ……だ、だからと言ってお前の学校の校長とか音ノ木坂の理事長とかが認めるものなのか!?」

 

「それも愚問ですよ。そもそも先輩だってあたしと同じ学校から音ノ木坂に転入したんですよね? ならおかしくもないはずですし、それに音ノ木坂の理事長からは生徒数が極端に少ない現1年生の生徒が増えるなら大歓迎とも言われました」

 

「そうだった俺自身が普通でもうちの学校はちょっと普通じゃなかったし何より理事長自体が自由な人だからどこもおかしくないんだった俺の平穏な学校生活がーーッ!!」

 

 桜井が音ノ木坂に来ればもう俺は終わりだ。

 ああ、せっかくこれからアメリカなのに気分はスラム街で置き去りにされた無知な子供のような気分だぜ。さようなら俺の青春。

 

 

「勘違いしないでくさいよ? あたしだって何も昔のように先輩の後ろばかり着いて行くようにはなりません。今回は友達だっているんだし、楽しい学校生活を過ごすつもりなのは本音なんですから」

 

「……、」

 

 まあ、実際花陽達と知り合ってからこいつも少しは変わったような気がするし、あの一件ではこいつにも借りみたいなものができたのは事実だ。あの頃よりかは、信頼しても良さそうかな。警戒は怠らんけど。

 

 

「そんなわけであたしは花陽ちゃん達のところへ行ってきますのでおさらばっ!」

 

「言うだけ言って去りやがった……」

 

 2年になったらより一層騒がしくなりそうだな。

 っと、俺もそろそろ合流するか。海未とことりは……あそこか。

 

 

「よお」

 

「あ、たっくん。おはよう~」

 

「た、拓哉君……パスポートは? 飛行機のチケットは?」

 

「お前も唯みたいに心配性なのかよ。ちゃんと持ってるから大丈夫だって。……ことりは万全そうだな」

 

「えへへ~、でしょ~」

 

 ちゃんとマイ枕まで持ってるなこやつ。

 自分の枕じゃないと寝られない体質だそうだが、まさか海外にまで持っていくとは相当なのか。

 

 

「穂乃果ちゃんがいないよ……」

 

「まさか……」

 

「いや、あいつならもう来てるよ。俺と一緒に来たからな。多分外で飛行機でも見てるんじゃないか? えーと、ほれあそこ」

 

 俺の指さす方向の先に穂乃果はいた。

 思った通り空を見上げているあたり、本当に飛行機を見ているのだろう。自分達がこれから何に乗るのか、どこへ向かうのか、何をしに行くのかを噛み締めるために。

 

 

「穂乃果ー、そろそろ行くぞ」

 

「……私達、行くんだね」

 

 みんなで呼びに行けば唐突に穂乃果が声を出した。

 思っていることというのは、口に出せばより現実味を帯びるかのように。

 

 

「あの空へ……見たことのない世界へ!!」

 

「バッカ、いきなり外でそんな大きい声出すんじゃねえ周りに迷惑だろうがもしくは変な子と思われるでしょうが考えなさいこのバカ」

 

「バカで始まってバカで終わらされた!? えー、せっかくちょっと気を引き締めようと思って言っただけなのにー!」

 

「……バーカ」

 

「また言った!?」

 

 そういうことじゃない。

 いちいち口に出して気を引き締めようとしなくても分かってるだろうに。

 

 飛行機の時間もそろそろ迫っている。

 だから穂乃果の頭に思い切り手を置いて言ってやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最初から分かってることなんて言わなくても大丈夫だろ。俺達は」

 

「……うん!! 楽しもうね!!」

 

「いや……楽しむだけじゃいけないのも分かってような?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり海外ともなるとみんなそれぞれ思うことは違うようで。

 

 

 気合いが入る者もいれば、不安な者もいる。

 

 何も思わない者もいれば、少し寂しいと思っている者もいる。

 

 楽しみにしている者もいれば、行く末を見ようとする者もいる。

 

 マイペースな者もいれば、観光気分の者もいる。

 

 真面目な者もいれば、心配な者もいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達の、μ'sの海外遠征が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


久々に夏美が登場して爆弾投下したり、唯のブラコンっぷり、これまた久しぶりに主人公の一人称をやったりなど、コメディが多めになりました。
やっぱり楽しい雰囲気は書いていて楽しいものですね!

次回は初の海外、アメリカです!


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価を入れて下さった


しろねぎさん


長いのに全て読んで下さり感謝感激であります。ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!



Twitterで小説垢が乗っ取られロックされた状態がいまだ続いております。
運営に連絡しましたが、恐らくこのまま永久にロックが外されることはないと思いますので、普段は小説の事以外での呟きが多くただ自由にやっているだけですが、こちらの垢から更新報告や宣伝などを行っていく予定です。

もしよろしければフォロー待ってます。
https://twitter.com/tabo_uv







ちなみに皆さんは劇場版の女性シンガーについてどう思っているのか。
未来の穂乃果説やら色々噂されてるけど、結局誰も分かってないはず……?


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143.海外

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、は、はい……いえ~す……」

 

「ああっ、ちょっと花陽! 鞄!」

 

「え、嘘、俺助手席? アメリカに来ていきなり未知の世界に座らないといけないの?」

 

 いや、でも確かアメリカでは助手席は乗客席って呼ばれてるんだっけか。

 そんなことはどうでもいい。日本語がうまく通じないのに客とはいえ隣に座るだけで何か色々怖いんですが!

 

 さて、アメリカに着いた瞬間にさっそく1人ピンチに陥ったわたくしですが、よくよく思い出してみればここには我らのクォーター美人絢瀬絵里ちゅわんがいる。

 絵里がいれば英語もうまく乗り越えられるんじゃないか?

 

 

「そんなこと思っていそうだけど残念なお知らせよ拓哉。英語とロシア語は違うのよ」

 

「まあそんなことだろうと思ってたし何となくちょっと期待してただけですよちくしょぉー!」

 

 あとそんな顔に出てましたっけ俺。やだ、顔に出すぎ系男子としてモテちゃうかしら。多分永劫それはない。

 

 

「絵里!」

 

「ん?」

 

「あの、だ、大丈夫なのですか?」

 

「平気よ。そのメモ、運転手さんに渡して」

 

「諦めろ海未。お互い未知の世界で不安もあるだろうけど、きっと大丈夫だ。そう、メイビー」

 

 そういやホテルの場所の名前は既にメモに書いてたからそれを渡すだけで大丈夫なのか。

 日本のタクシーだとたまに話しかけてくる運転手もいるけど、こっちはどうなんだろう。もし話しかけられたら俺は寝たフリする。心に決めた。君に決めた。

 

 

「しかし―――、」

 

「海未ちゃん、次の人待ってるから!」

 

「乗るにゃー!」

 

 天使とネコ娘に連れられて行く海未。

 こういうときの海未は弱気も弱気になるのであの凛でさえことりのフォローに加わる必要があるのだ。心を強く持て、海未。

 

 

「さて、んじゃ出発だな」

 

 こうして、俺達を乗せたタクシーは動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今頃海未は文句言ってそうだな」

 

「海未ちゃんってこういうとき一番ダメになるからね~」

 

「絶対変な所に連れていかれたりしないかって言ってるぞ。俺には分かる」

 

「正規のタクシーなら心配ないってさっきも話したばかりなんだけどね」

 

 到着までに時間がかかるため、車内ではやはりトークに華を咲かせるしか暇つぶしはない。

 幸い運転手も話しかけてくる感じもなさそうだし、俺の安全は守られそうだ。

 

 

「あいつは弱気になったらとことんネガティブ要素出してくるからな。何で海外でライブする必要あるのかとか大前提分かってて否定してそうだもん」

 

「あれ、そういえば何で海外でライブやるんだっけ?」

 

「穂乃果ちゃん……さすがにそれは……」

 

「諦めろ花陽。バカは死んでも直らないって言うしな」

 

「諦め早すぎない!?」

 

 出発前にあんだけ言っといて現地来たら忘れるって何だよ。

 バカ通り越してカバか。カバなのかお前は。カバのほうが賢いぞ多分。

 

 

「はあ……理事長が言ってたでしょ? こっちのテレビ局がスクールアイドルを紹介したいから音ノ木坂にオファーがあったって」

 

「ラブライブ優勝したと思ったら今度は海外って、スケールがとうとう世界にいっちゃったもんな」

 

「秋葉ドームの収容人数は第二回決勝会場のおよそ10倍」

 

「10倍!? そんなに大きいんだ……」

 

「ラブライブに人気があるとはいえ、今の実績だけでは会場を押さえることは難しいんです」

 

「そこでこの中継でさらに火を点けて」

 

「ドーム大会での実績を作ろうってわけだ」

 

 海外メディアもどうやってスクールアイドルを嗅ぎつけたのかはこの際どうだっていい。

 大きいのは抜擢されたのがμ'sだということ。

 

 優勝者ってのは分かるけど、それなら前回優勝者のA-RISEにオファーがあっても不思議ではないのだ。

 なのにμ'sが選ばれたってことはとても光栄だし、メディアにとってはμ'sが一番輝いていたように見えたってのもあるんだろう。

 

 ちなみにμ'sにオファーがあったため、海外までの交通費やホテル、その他諸々の費用はこっちのテレビ局が出してくれるようになっている。もしやと危惧していたが、手伝いの俺にもちゃんとその費用は入れられているらしく、自腹を切る必要もなかったわけだ。

 

 まあちょっとした観光も含められているからそういうのは個人の持ち金で、というのが俺達の決めたことになった。

 

 

「っと、見えてきたぞ」

 

 トンネルを抜けた瞬間、晴れた空の下には大量のビル群が見えた。

 何というか、実際に見ると実感がすごく湧いてくる。俺達はやってきたのだと。日本という島国から、世界の代表国と言っても過言ではない、アメリカへ。

 

 

「うわー! ビルがたくさんあるよ!」

 

「ほんとだ!」

 

「あの橋、本で見たことある!」

 

 おうおう、あの絵里さんも少女が如くはしゃいでおられる。

 あの〇〇本で見たことあるって初めて現実で聞いたわ。しかも卒業済みの高校3年生が。

 

 

「あ、見て見て! おっきいトラック!」

 

「危ねえからあんま車から顔出すなよ~」

 

 はしゃぐ気持ちも分かるがタクシーの運転手もいるんだしもうちょっと恥じらいを持て。ほんとは俺もはしゃぎたいの我慢してんだから。

 

 

「……ん?」

 

 何となくサイドミラーを見ると、後ろにいたタクシーが曲がって行った。

 確かあれって海未達が乗ってたタクシーのはず。近道とか見つけて曲がったのか?

 

 まあ、メモ渡したんだし大丈夫か。

 どっちみち英語が喋れない俺には運転手に話しかけても通じないし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わあー! 大きなホテル~!」

 

「これに俺達が泊まるのか。てか泊まっていいのかこんなホテルに俺達が……」

 

 恐るべしアメリカ。

 ただの高校生がこんなリッチなホテルに泊まれるなんて、テレビ局様様だぜ。

 

 

「おっきなロビー! 見てみてたくちゃん! シャシャシャシャシャンデリアだよ! 一般市民には縁のないシャンデリアがあるよ! 周りの人も英語しか喋ってないよ!」

 

「お、おおおおお落ち着けって。まずはチェックインするためのシミュレーションをだな……」

 

「ロボットダンスの何がシミュレーションなのよ」

 

 あれ、アメリカといえばロボットダンスからコミュニケーションとるのが普通だろ。あ、それはターミネーターか。

 ……ターミネーターのほうがクネクネ動いてたしそもそもあいつらコミュニケーションとらずに銃ぶっぱしてたな。

 

 

「とりあえず、これであとは海未達が到着すれば全員ね。ちゃんと場所は教えたの?」

 

「そういやまだ来てないな海未達」

 

 さっき曲がって行ったのは近道があったからじゃないのか?

 渋滞に巻き込まれてたりするのか?

 

 

「任せて。穂乃果がメモ渡してあるから」

 

「ちょっと待て」

 

 間髪入れずに絵里と穂乃果のあいだに割って入る。

 そうだ。俺ももっと早く気付くべきだった。絵里が直接メモを海未に渡していたら、きっと海未も疑問を持つことなく聞いてくることはなかったんじゃないかって。

 

 穂乃果に手渡されたメモだなんて、俺も不安すぎてタクシー乗るの憚れるわ。

 そして極め付きはさっき曲がって行った海未達のタクシー。あれは近道でも遠回りでもない。ただ行き先が違うだけだった。

 

 もしそうなら……結構ヤバイんじゃないか?

 

 

「なあ穂乃果」

 

「なに?」

 

「今すぐお前が書いておいたメモの文字を海未に渡したまんまもう一度書いてみろ」

 

「別にいいけど」

 

 ノートの切れ端を千切って穂乃果にペンを渡すと、意外にも穂乃果は迷わず書いていく。

 もしかしたら実は間違っていない可能性があるんじゃ……?

 

 

「はいできた!」

 

「思い切りスペルミスしてんじゃねえかこの大バカ野郎がぁーッ!!」

 

「あいだぁっ!? ええ、ウソっ!?」

 

 そんな可能性は微粒子レベルでも存在していなかった。

 やはり穂乃果は穂乃果なのである。せんせー! バカのせいで犠牲者が3名になりましたー!

 

 

「ったく仕方ねえ、海未に電話するか。一番ダメージでかそうだしな……」

 

 さっそく携帯を取り出し海未へ電話。

 するとワンコールもしないうちに繋がった。早いなおい。

 

 

「もしもし、海―――、」

 

『だぐやぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅうううううううううぅぅぅううううううううううんっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、これはもう瀕死状態だな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


とうとうやってきました海外へ!
けれどやはり初めてのことばかりで上手くいくはずもなく。まあ穂乃果だから←
電話先で泣きじゃくってる海未の姿を思い浮かべれば、可愛いかもしれません。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!

最近感想が少なく感じていたり……。






2月はとくに終わるのが早いと感じる。


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144.部屋割り

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ……うう……うぅっ……」

 

 ホテルの一室。

 とりあえずそこで全員集合できたのは良かったが、ベッドで嗚咽を漏らしながら泣いている少女がいた。

 

 正確には、岡崎拓哉の胸と腹の中間あたりに抱き付いて顔をうずくめている海未の姿があった。

 

 

「ご、ごめん! 絵里ちゃんに渡されたメモ写し間違えちゃって! だって英語だったか―――、」

 

「今日という今日は許しません!! あなたのその雑で大雑把でお気楽な性格が、どれだけの迷惑と混乱を招いていると思っているのですか!?」

 

 元凶(バカ)穂乃果の謝罪は当然受け入れられず、怒りのスーパー地球人と化した海未の口撃は止まらない。

 ちなみにガチで泣いているので拓哉の服は海未の涙で若干濡れている。

 

 

「まあ、ちゃんと着いたんだし」

 

「それは凛がホテルの名前を覚えていて拓哉君がすぐに電話をくれたからでしょう!! もし忘れられていたら今ごろ命はなかったのですよ! うああああ拓哉ぐぅぅぅん!!」

 

「大袈裟だにゃ……」

 

「それほど不安だったんだろ。英語が話せないから言葉も通じない、体格の差だってある。おまけにどこに行っても自分の知らない場所。女の子なら怖がっても無理ないさ。あーいよしよ~し」

 

 また腹辺りに抱き付いてきた海未の頭を撫でる。

 おいおいとひと昔前にあるような泣き方ではあるが、海未の怖がっている理由は本気も本気だから拓哉的に無視はできなかったりする。

 

 いくら武道や稽古、スクールアイドルをしてラブライブに優勝していたとしても、園田海未はいたって普通の女の子なのだ。

 好きな物もあれば嫌いな物もあって、平気なこともあれば怖いことだってある。

 

 どこにでもいる平凡な女子高校生だから、急に知らない土地にやってきて本来行くべき場所とは違う場所へ連れて来られたときの不安感は異常だったに違いない。

 要するに、海未の気の済むまで拓哉は頭を撫でないといけないのである。

 

 

「う、海未ちゃぁん。みんなの部屋見にいかない?」

 

 おいおい言いながら首を横に振る。

 

 

「ホテルのロビーも凄かったわよぉ」

 

 絵里の健闘も空しくまたも首を振る。

 

 

「じゃあ近くのカフェに……」

 

 やはり首を振る。

 

 

「あの、海未さん……? 気持ちも大変お分かりになりますが、せめてそろそろ泣き止んでくださると拓哉さん嬉しいかな~って。ほら、あなたの涙で俺の服がいよいよ大量におねしょしたみたいな惨状になってるか―――、」

 

 この日一番の拒否反応を示された。

 どうやら海未の中では慰めよりも自分の泣ける場所を手放さない気持ちのほうが大きいようだ、と仕方なく納得する少年。

 

 

「う、海未ちゃ~ん……機嫌直してくれないといい加減羨ま……げふんげふん。たくちゃんも困ってるようだし、ね?」

 

 一瞬抑えきれない本音が垣間見えたが、頭を撫でるのと自分の服の心配で肝心な部分を聞いていなかったクソ鈍感野郎。

 安堵すればいいのかちょっと腹も立つが、どうしたものかと考える。穂乃果の観点からすると、海未の目的が怖くて泣いているのか拓哉に抱き付くのが目的なのか曖昧になってきているところである。

 

 おそらく半々だろう。

 

 

「ねえ、気分転換におやつでもどう? カップケーキ買ったんだっ」

 

 そこに来るのがみんな大好き花陽ちゃんなのだった。

 いつでもどこでも彼女の行動は尊いに等しく、また優しい気持ちにさせてくれるようなほんわかオーラがある。

 

 そう、女の子というのは。

 どこにでもいる平凡な女子高校生というのは。

 

 

 

 おやつ、もしくはケーキ類に目がないのである。

 

 

「おお、花陽ちゃんナイス!」

 

「じゃあそれ食べたら明日からの予定を決めちゃいましょう」

 

「うん! 海未ちゃんも食べるでしょ!」

 

「ッ!」

 

 花陽のカップケーキ買ってきた宣言から実はケーキに目線を送っていた青髪少女は思わずドキリ。

 もちろん、頭を撫でていた拓哉は海未の顔の動きが分からないはずもなく、あれだけ怖い怖いと言っていた泣き顔が嘘のように真顔になっているのを見逃さなかった。

 

 

(待て。確かに今何だこいつ突然態度変わりやがってやっぱ女の子はケーキかケーキなのかと思ったけども。さっきまでの様子は本気で怖がってたしこれで結果的には俺の服ももう濡れなくて済むから一件落着なのでは。いいや、むしろ海未ほどギャップのある女の子を間近でしかも良い匂いする頭を撫でられて、且つ女の子の怖がる純粋な涙という聖水を大量に俺の服に染み込ませられたのは言っちゃなんだが役得というのでは……!?)

 

「いただきます」

 

 一人長考している変態少年など意にも介さず、女神達は話を進める。

 顔は真顔でも1年近く一緒にいると何を考えているのかくらい少しは分かる。

 

 というより、『初恋』を知ってしまった彼女達の探求心はたまに変なところへいくようで、想い人の顔を観察するうちに大体のことは分かるようになったと言ったほうが正しいのかもしれない。

 つまり、今あのバカ唐変木が考えていることがロクでもないことを知っている。

 

 

「ほら花陽ちゃん達の部屋に行くよ変たくちゃん」

 

「……あ、ああ、分かった。……ん? ねえ今変なあだ名で俺のこと呼ばなかった? 絶対呼んだよな? 変態とたくちゃんを足して略したな今!?」

 

 穂乃果から否定も肯定の言葉もなく、あえなく無視というかたちで部屋一人残される男子高校生。

 思春期男子にありがちな妄想も仕方ないはずなのだが、それが通じるほど世の中は甘くないのだった。

 

 いつまでも嘆いているわけにもいかず花陽達の部屋までそそくさと移動すると、既にカップケーキは配られている。

 花陽からケーキを受け取り一口パクリとしたところで思い出した。

 

 

「なあ、そういや俺の部屋はどこなんだ? 海未達迎えに行ってたから俺だけ自分の部屋分からないままなんだけど」

 

「……あ、あー、それね……そのことなんだけど……」

 

「?」

 

 珍しく絵里がバツの悪そうな顔でしどろもどろになっている。

 一緒にオファーされたんだし隣の部屋かなと思っていたが遠かったりしたのだろうか。

 

 と。

 そんなお気楽な思考は次の一言で押しつぶされることとなる。

 

 

「あちら側の手違いというか、スクールアイドルのお手伝いだからって拓哉を女の子と勘違いしてたのかは分からないけど……私と穂乃果とにこ、そして拓哉……どういうわけかあなたも私達と同じ部屋らしいの」

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、」

 

 ドラマやアニメで驚きのあまりスプーンやフォークを落としてしまう演出は見たことあったが、まさか現実で本当にフォークを落とすとは思わなかった。

 カラーンと、落とされたフォークを拓哉の代わりに慌てて花陽が拾う。

 

 部屋割りの話をどうも中々始めないなとは思っていたが、衝撃の真実を突きつけられた。

 頭の整理がおぼつかない中、それでも分かることだけを順番に並べていく。

 

 スクールアイドルの手伝いなんだからどうせ女の子だろうと勘違いされ、よりによって泊まる部屋が一番人数多くて、純情健全思春期男子高校生が3人の女子高生と同じ部屋で寝泊まりする。

 

 これで整理はついた。

 その上で、やるべきことはただ一つ。

 

 そうと決まれば即行動。

 足をドアの方へ向けて歩き出す。

 

 

「どうしたのたっくん?」

 

「決まってるだろ」

 

「?」

 

 可愛らしく首を傾げることりを見ずにドアノブに手をかけて少年は言った。

 

 

「ロビーに行ってくる。戦争だ」

 

「穂乃果! 凛!」

 

「ストップストーップたくちゃん! それはダメ! 戦争なんて言っちゃダメだから!!」

 

「うるせええええええーッ!! どう見たって名前見りゃ男だってことぐらい分かんだろ! なのに俺を女の子と間違えるたあ良い度胸だこんちくしょう!! 日本語が通じなくたってジェスチャーでぶん殴ってやらぁ!!」

 

「問題事は起こさないって唯ちゃんに約束したはずだにゃー!!」

 

 顔が鬼のような形相になっていてもはやあれは本当に岡崎拓哉なのか疑いたくなるが、どっちにしろ止めるほかない。

 にしても変態的思考はしても女の子と同じ部屋はいけないと思っているのはちょっとした矛盾ではないかと少数のメンバーが密かに心の中でツッコむ。

 

 女子には分からない男のロマンある妄想と下手すると犯罪を犯してしまいそうな実行は違うとだけ分かってほしい。

 

 

「あと何故かベッドはハネムーン仕様になってるらしいわ」

 

「確信犯じゃねえか!! 分かっててそんなことしたのかこっちのお国連中は!? 日本とアメリカじゃロマンや男女の恋愛観にズレが生じるの分かってねえなあいつら!!」

 

「こっちじゃサプライズみたいに思われてるのかもね」

 

「余計なお世話ッ!!!! 男子高校生の純情さ舐めんな!!」

 

 未だにギャーギャー騒ぐ拓哉を必死に抑える穂乃果と凛。

 女の子2人に抑えられたら無理に離すこともできず、無意識に乱暴な素振りは見せないあたり徹底している。

 

 それを見かねた絵里は、ケーキを食べてすっかり元通りになった海未に命じた。

 

 

「海未、拓哉を静かにさせてちょうだい」

 

「すみません拓哉君」

 

「普通に考えて男一人に対して女の子が三人とかおかぶべらぁっ!?」

 

 静かな謝罪からの見事な踵蹴りが拓哉の頬を狩った。

 簡単に言ってしまえば、海未が蹴って拓哉が無駄に大ダメージ喰らって気絶となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「拓哉が残した食べかけのケーキは私がいただこうかしら」

 

 

 

 

 

 

 

 パクリと。

 クォーター美人はクォーター美人らしく、上品に食べかけのケーキをいただいて事態は収束した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


手違いなのかわざとなのか、部屋が同じにされてしまったわけですが、どうなるのかは次回になります。
こういうことに関しては岡崎は徹底しているのでw


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謎の女性シンガーについてはどうするかまだ迷ってたり。


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145.海外の夜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、これでやっと落ち着ける」

 

 

 

 

 自分の荷物を整理して一息つく。

 あのあと目が覚めたと同時にもう一波乱あったのだが、何とか隣の部屋を借りることができた。

 

 さすがに年頃の男女が同じ部屋に、しかもハネムーン仕様のベッドで寝るわけにはいかないと猛抗議したのが功を奏した。

 他メンバー……というより同じ部屋で泊まるつもりだった穂乃果はムスッとしていたが、岡崎拓哉自身がそれを許すはずもない。どちらかというと下心あるのは穂乃果のほうなのは黙っておくとする。

 

 

「初日から部屋間違われたり海未に蹴られるとか前途多難じゃないかこれ……」

 

 蹴られた頬の痛みはもうないが、ついつい頬に手を当てる。何よりも頬に踵で蹴られて気絶はしてもケガ自体はしていないのがちょっとした異常なのだが、そこはもうやられすぎて頑丈になった拓哉がおかしいだけである。

 

 とりあえず自分の部屋をちゃんと確保できたのは幸いだった。

 これでひとまず夜に変なトラブルは起きないと思うので安全だと思う。普通ならこんな心配しないのが平常のはずなのに、何故だかそんな心配が出てきちゃうのが割とトラブル体質の少年の悩みの一つだろう。

 

 

「拓哉君~、そろそろ晩ご飯行くで~」

 

「ああ、分かった。すぐ行くよ」

 

 気付けば時間も夜に近くなっている。

 確かホテルの近くにレストランがあったから今日はそこで夕食をとると言っていたはずだ。

 

 寒いというわけでもないが暑いということもなく、軽く上着を羽織って部屋を出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、あの鉛筆みたいなビルに上りたーい!」

 

「ここに何しに来たと思ってるんですか……」

 

 さっそく席に通され10人でテーブルを囲う。

 メニューのどこを見ても英語しか書かれておらず、無意識に口角がヒクついてしまう拓哉。一応分かる単語も結構あるが、日本語が一切書かれていないので謎の違和感が凄い。

 

 

「何だっけ~?」

 

「ライブです!」

 

「分かってるよ~」

 

「大切なライブがあるのです。観光などしている暇はありません!」

 

「ええ~!」

 

「幸い、ホテルのジムにはスタジオも併設されているようです。そこで練習しましょう。外には出ずに!」

 

「いやそれアメリカ来た意味あんのかよ」

 

 あんな目に遭ったから言いたいことは分かるが、外にも出ないでスタジオで練習なら音ノ木坂の屋上で練習している時とさほど変わらない。

 海未の意見に他のメンバーからもさすがに不満が出てしまう。

 

 

「えー!」

 

「わざわざ来たのに?」

 

「よっぽど怖かったのね」

 

「大丈夫大丈夫! 街の人、みんな優しそうだったよ!」

 

「穂乃果の言うことは一切信じませんっ」

 

「う、うう……」

 

 めちゃくちゃ根に持っていた。

 それはもう根っこが何十メートルもあるような勢いで根に持たれちゃっていた。そこまで言われると穂乃果も黙るしかなくなってしまう。

 

 

「確かにラブライブ優勝者としても、このライブ中継は疎かにできないわ」

 

「その通りです!」

 

「でも、歌う場所と内容に関してはμ'sからも希望を出してくれって言われてるんだろ。この街のどこで歌えばμ'sらしく見えるか。街を廻って考えてみる必要もあるんじゃないのか?」

 

「そ、それは……」

 

「そうだよそうだよ!」

 

 海未には悪いが、これもμ'sが依頼された内容をちゃんとこなすための必要な手段だ。

 

 

「だから、朝は早起きしてちゃんと練習。そのあとは、歌いたい場所を探しに出かけるというのはどう?」

 

「それ良いと思う!」

 

「こ、ことり……」

 

「賛成の人ー」

 

 海未が何か言う前ににこの言葉で海未以外の全員が手を挙げる。

 9対1という絶対的な民主主義に清々しいほどの惨敗を見せる悲しき少女ここに極まれりだった。

 

 

「決まりだな」

 

「よぉーし、そうと決まればご飯にしよー!」

 

 決まってしまえばもう頷くしか手段はなく、項垂れる海未。

 それをよそに穂乃果は通常運転だった。幼馴染の遠慮のなさはお互い様らしい。

 

 

「あのぉ、だったら私頼みたい物あるんだけど、いいかな?」

 

「一人で食べられそうにないのか?」

 

「どうせならみんなと一緒に食べたいなって思って、ダメかな?」

 

「よろしい頼みなさいお父さんことりの頼みなら喜んで聞いちゃう」

 

「アンタお父さんじゃないでしょうが図に乗るな」

 

 にこからありがたいツッコミをいただいたがそこは触れない。

 発言がどうであろうが許可を貰ったことりは喜んで店員を呼んで簡単な英語だけを並べて注文をした。

 

 ことりの一人で食べられない発言のおかげで各々好きな注文があまりできる状況ではなく、とりあえずことりの注文した品が到着するのを待つ。

 意外にもそれは早く来た。そして、予想外というか、案の定のモノがやってきた。

 

 

「何これ!?」

 

「でかっ!」

 

「チーズケーキだよっ。こっちに来たら食べるって楽しみにしてたんだ~♪」

 

「普通のレストランでホールごとケーキを売ってる店とかあんのか……」

 

 そういえばアメリカは偏食家が多いと聞いたことがある。

 中にはこういうケーキでさえホール丸ごと好んで食べる人もいるのだろうか。甘い物は割と好きな拓哉だが、さすがに1切れで充分だと思う。

 

 

「これが夕食なのですか……?」

 

「さすが自由の国やねえ」

 

「それ関係ある?」

 

「これを10人分に分けたら丁度よさそうね……。あとは各自食べたいもの頼めばいいかしら?」

 

「そうだな。チーズケーキはデザートにとっておけるし、それでいこう」

 

 どんなメニューがあってどう見ればいいのか四苦八苦しながらも、何とか無事夕食を終えた少年達であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホテルのシャワーだからって舐めてた……。そこいらの家にある風呂よりも豪華って何なんだこの国は……」

 

 タオルで頭をわしゃわしゃ拭きながら呟く男1人岡崎拓哉。

 そういえばこのホテルに泊まれているのはテレビ局が色々やってくれたからだと思い出す。やはりこの国は何をやるにもでかいと痛感した。

 

 黒のシャツにグレーのスウェットという、いかにも男子高校生らしい寝巻きで冷蔵庫から炭酸ジュースを取り出して外の景色を見る。

 

 

「夜になっても活動的なんだな。この街は」

 

 日本も夜でも明るい街はあるが、アメリカに関してはそんな規模の話ではない。

 一つの巨大な都市がまるで一日中活動しているかのような雰囲気を感じさせる。騒がしいというわけではなく、賑わっているかのような感覚。

 

 そんな高校生らしくもない考えをしていると、ピンポーンと部屋のインターホンが鳴らされた。

 出ると、そこには同じく寝巻き姿の海未とことりがいた。

 

 

「はいはいどうし……た……?」

 

「あのね、たっ……く……」

 

 聞こうとして黙り、言おうとして黙る男女がいた。

 どちらも同じ思春期の高校生。

 

 幼馴染とはいえ、お互いの寝巻き姿を見るとどうしても見てしまうものがあるのだ。

 ことりのいかにも女の子らしい、しかしそこはやはり服飾に興味がある分、寝巻き姿さえオシャレを感じるほどの大人っぽさがある。ちなみに海未は上下にジャージという防御力万全装備だった。

 

 

「海未が海未のままで安心したよ」

 

「よく分かりませんが今侮辱された気がします」

 

 そう言う海未の顔も若干赤い。

 風呂上がり直後だからか、拓哉の髪は完全に乾いていなくていつものツンツン頭が少し垂れている状態になっており、寝巻きだからこそ少し緩みのある黒のシャツの隙間からわずかに胸元が見えそうな、男の色気というやつがムンムンしている(あくまでことりと海未視点)。

 

 

「で、結局どうしたんだよ」

 

「う、うん、それがね、海未ちゃんが……」

 

「海未が?」

 

「拓哉君、ババ抜きで勝負ですッ!!」

 

「……、」

 

「ちょ、まっ、黙ってドアを閉めようとしないでください! いいじゃないですかババ抜きくらい!」

 

「良いわけあるか! お前ババ抜きで勝ったことないくせに何自信満々で挑んできてんだ身の程を弁えろ!! 大体お前勝つまでやるとか言って時間になるまで延々とやらせるだろ! 付き合うこっちの身にもなれってんだバーカ!!」

 

「言いましたねえ!? そう言うならこっちにも考えがあります!! まずはドアをこじ開けてから拓哉君の両腕をもぎ取ってしまえばトランプを持つことすらできないので私の不戦勝になりますから覚悟しなさい!」

 

「発想がサイコパスじゃねえかおぞましいわ!!」

 

 ババ抜き一つやる前に死闘を繰り広げるのは多分世界でもこの2人だけだろうと苦笑いしながらことりは思う。

 とはいえいつまでもホテルの部屋の前で騒いでいると他の客の迷惑になってしまう。

 

 そういうわけでいつもの切り札が岡崎拓哉を襲う。

 

 

「たっくん……おねがぁいっ!」

 

「よろしい存分にババ抜きを興じようじゃな―――、」

 

「力を抜いたが最後です喰らいなさい園田流鳩尾キック!!!!!!」

 

「それただのキッごばぶゅうえッ!?」

 

 ついでに物理的にも岡崎拓哉が襲われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 ある者は偶然ノートを見付け。

 

 ある者はそれを好きでやっているからと言って。

 

 ある者は未知の土地を見て不思議な気持ちになり。

 

 ある者は少し寂しくなったり。

 

 ある者はアイドルたるものと自分を磨き。

 

 ある者はみんなをまとめようと予定を確認し。

 

 ある者はいつもと変わらないようすで。

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、いったいいつまでやるんだよこれ。まだ21時だけどそろそろ自分の部屋帰ったらどうだ? これで34連敗だぞ」

 

「ぅ、うぅ……まだです……まだ勝てるはずです!!」

 

「ヘルプミーことり」

 

「ネバーギブアップだよたっくん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 またある者達は、ババ抜き無限ループに悩まされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い夜は、まだまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


何とか自分の部屋を確保した岡崎でした。
ラッキースケベなんてさせないんだから!!!(フラグ)
何故岡崎と海未は毎回夫婦漫才(死闘)をするのか。仲睦まじいですね。
次回もまだ夜の続きとなりますが、どうかお楽しみください。


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これからもご感想高評価お待ちしております!!






次回は9人の女の子が夜の部屋に集まってガールズトーク……?


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146.ガールズトーク

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第一回! μ's限定ガールズトークーーーっ!」

 

 

 

 

 

 割とでかい部屋、というか間違ってハネムーン仕様に彩られている室内で絵里が声を上げる。

 おバカ数人がわーと言いながら軽い拍手をしていれば、ちょっと戸惑っている花陽やツンとしている真姫も連れて来られていた。

 

 

「で、いきなり部屋に呼ばれたと思えば何このひと昔前の深夜番組にありそうなコーナーは」

 

「さあ……何か珍しくエリチが鼻息荒そうにテンション上げてるから気になって来たけど」

 

 同じ部屋だった真姫と希が絵里を見て感想を漏らす。

 間違って酒入りのお菓子でも食べて酔ったのかと思ったが顔も赤くないしそれはないだろうと結論付ける。

 

 最終的に同部屋の穂乃果とにこに疑問という名の視線をぶつけると、すぐさま察した穂乃果が説明に応じてくれた。

 

 

「絵里ちゃん達と寝るにもまだ22時だし早いかなーって話してたんだけどやることなくてどうしよっかってなってたら、こういうどこかでお泊まりするときはガールズトークが定番だよね~って話してみたら絵里ちゃんがノリノリになっちゃった☆」

 

「なっちゃった☆じゃないわよ! そんな軽いノリで呼ばれたの私達!?」

 

「まあまあ、エリチも何だかんだアメリカってことで内心楽しみにしてたんやろうし、テンション上がってたんとちゃうかなあ。ほら見てみ、エリチの瞳の中にお星さん見えるやろ?」

 

「あれでシラフなんだから信じられないわよもう!」

 

 依頼のためとはいえやってきたのは大国アメリカ。

 クォーターとはいえ長年日本にいたのでいっぱしの日本人気質な絵里だ。ただの女子高生がアメリカに来て楽しみがないわけがない。……海未は例外だろうが。

 

 

「でもガールズトークって言っても何を話すのかな?」

 

「いいわね、みんな」

 

 花陽の疑問の言葉に絵里が普段みんなをまとめるような声音で答える。

 目は真剣。なのにどこかワクワクを隠しきれていない表情で指を立てて言う。

 

 

「旅行と言えばガールズトーク。ガールズトークと言えば恋愛話。恋愛話と言えば恋バナよ!」

 

「最後のイコールいる?」

 

「ただの略称だにゃー」

 

「こ、恋バナっ……ですか……?」

 

「そう! 女子高生が旅行先の夜に華を咲かせるのは恋バナと相場が決まっているの! それに私達ならきっと会話が弾むこと間違いなしだもの」

 

 ちょっとしたキャラ崩壊が起きているのではないかと思うほど張り切っている金髪美少女。

 するとそこで意外に賛同の意を唱える者がいた。いざという時みんなのお母さん的役割をもつ世界の矢澤にこである。

 

 

「まあ、これも良い機会だと思ったのよ」

 

「良い機会?」

 

「ええ。おそらく、いいや、断言するわ」

 

 自然と円の形にμ's全員がなる。

 にこの言うことが何となく分かるからだ。

 

 そして、これが初めて確認することであるのも。

 

 

 

 

「μ's全員が、拓哉が好きだってこと」

 

 

 

 

 派手に驚くことはない。

 何せ言うことが分かっていたから。

 

 それでも、リアクションは人それぞれなのも確かであった。

 自分の想いを再確認する者、改めて思うと顔を赤くする者、堂々としている者と、三者三葉の表情が散りばめられている。

 

 

「否定も反論もなし。やっぱり穂乃果の予想通りになったわね。まあ薄々みんなも分かってただろうけど」

 

「私とことりちゃんと海未ちゃんはずっとたくちゃん一筋だからね! それに長年好きでいるからか、みんなのたくちゃんを見る目がどんどん変わっていくのも分かってきたし」

 

「まあ、たっくんなら無理もないかなあって」

 

「拓哉君のそばに異性の方がいればほぼ100%ですからね」

 

 何が100%なのかは聞かないでおくとして、やはり小さいころから片想いをしているからか幼馴染組のメンタルはダイヤモンドレベルだった。

 近くにいれば何かしらがあって少年に恋してしまうことも仕方ないことだと、もはや呆れさえ感じてしまうほどの正妻感を漂わせている。

 

 

「そっ、だからこの際はっきりみんなと話しておいたほうがいいんじゃないかって思って私も賛成したの」

 

「にこちゃんが賛成なんて珍しいにゃ」

 

「幼馴染の穂乃果達は言わずもがなだけど、私達だってあいつともう1年近くの関係よ。お互いそれぞれのアプローチをしてもあの唐変木野郎は気付かないし、愚痴の一つや二つも溜まってるでしょうから今日くらい吐き出しても構わないでしょ」

 

「「「「「「「「それは言えてる」」」」」」」」

 

 ガールズトークで惚れてる相手の話をするのに何だか飲み会でもあるような愚痴大会が繰り広げられそうな予感しかしない。

 とりあえず最初の確認として絵里が先頭を切った。

 

 

「もう一度確認しておくけど、ここにいるみんな拓哉が好きなのよね? 異性として」

 

 各々が首を縦に振る。

 違う男子を好きになってガールズトークはよく聞くが、9人共同じ男子が好きでガールズトークなんてちょっとした異常なのは言うまでもない。

 

 

「ちなみに拓哉は今どうしてるのかしら?」

 

「あ、たっくんなら今またシャワーでも入ってるんじゃないかな? さっきまで私と海未ちゃんとババ抜きして最終的に海未ちゃんに振り回されてたから……物理で」

 

「どうやったらババ抜きから物理的にジャイアントスイングの流れになるのよ」

 

「いつまでも勝てない私を煽ってくるものですからつい……」

 

「たくちゃんご愁傷様すぎるよ」

 

 さっそく隣部屋の想い人の心配になるが、煽って振り回されたのなら一応自業自得なので放っておく。

 

 

「でもお風呂上がりのたっくん、何だか男の人特有の色気があって良かったなあ~」

 

「何それ詳しく」

 

「いつものツンツンしてる髪がちょっとだけ垂れてて~、緩みのある黒いシャツから見えそうになってた胸元に何回も視線持ってかれちゃったよ~」

 

「ことりちゃん、ブツは?」

 

「大丈夫、こっそり隠し撮りしといたから。最高のアングルで」

 

「ナイス」

 

 何気に盗撮している衝撃的事実が暴露されたがそれを気にする恋する乙女達ではない。

 μ's9人だけのグループ内トークアプリから拓哉隠し撮り写真が貼られてそれを恍惚とした表情で見る9人は、決して女神と言えるものではなかったりする。

 

 そして話は本題へ。

 普段はツンとしている真姫が意外と素直に話へ参加する。

 

 

「ところで穂乃果達は他の女の子が、例えば私達が拓哉を好きになっても何とも思わなかったの?」

 

「うーん……元々私達がお互いたくちゃんを好きになったのが小さいころだったから特に嫉妬も敵対意識とか何もなかったかなあ」

 

「そのことに私達も気付いてたし話し合ったこともあったけど、結局は3人で頑張ろうね~みたいな。あわよくば3人共たっくんとお付き合いできればいいねみたいな」

 

「まあ拓哉君の鈍感癖は今も昔も変わらないので、他の女の子に言い寄られても自分が好意持たれているという認識に一切辿り付かないのが不幸中の幸いでもありますね」

 

「ことりちゃん最後ぶっこんできよったな」

 

 話を聞いているとこの3人の達観振りというか、悟りの境地を開いている感が凄まじいのを改めて思い知る。

 長年あの少年の幼馴染をしていると色々苦難がありそうな気がしてならない。

 

 

「そりゃあ見知らぬ女の子とたくちゃんが仲良くしてたら嫉妬しちゃうけど……絵里ちゃん達はもうたくちゃんと親密な関係っていうか、私にとっても大事なみんなだからむしろ嬉しいんだ~」

 

「案の定みんなたっくんのこと好きになったから仕方ないなって。だからいっそ9人共たっくんとお付き合いできればいいねって思ってるよ」

 

「というよりもすぐ近くに9人もの人物に好意を持たれてるのに気付く気配ないのない拓哉君にそろそろ苛立ちすら覚えてます」

 

「後半2人の考えが何かズレてる気もするけど……一理あるわね」

 

 いっそ9人同時にくっつけばハッピーエンドになるのではないか。

 そんな男としての威厳も法律すら笑顔で無視しようとすることりだが、大事な誰かが報われない結末を見るのが嫌なくらい大切に思っていることの証でもある。

 

 なのにこのままじゃ誰一人報われず高校生活を終えることになりそうなほど鈍いあんちくしょうに苛立ちを覚えるのも分かる。

 そういう意味でのガールズトーク発案でもあったのだ。

 

 

「そもそも! 全部把握してるわけじゃないけどみんなそれぞれ拓哉にアプローチしてることくらいは分かるわ。なのにあのクソヤローはドギマギするだけして全然気付かないのはいったいどういうことなのよ!」

 

「確かに……私も夏合宿の時の夜に少しアプローチしてみたけど何もなかったし、ラブライブ前夜の時も拓哉の布団に潜り込んだのに特に相手されなかったわね……」

 

「私だって夏合宿の時さりげなく好みの対象とか聞いたし、たまに家に来てこころ達と遊んで家族ぐるみの付き合いしてるのに何とも思われてないって何よ! あいつ女子に興味ないとかじゃないでしょうね!」

 

「女の子ばかり出てくるアニメとか大好きだしそれはないと思うけど2人共今さりげなくとんでもないこと暴露したよね!?」

 

 爆弾発言投下したにも関わらず本人からは弁解も何もない。

 おそらく恋バナという名の愚痴大会に熱が入っているようだった。

 

 

「凛もドレスの衣装着たときたくや君から求婚されたけど、あれはきっとたくや君のいつものジョークなんだよね……。あー、何だかそういうの分かってきたらムカついてきたにゃー!」

 

「拓哉くんいつも私を優しい花陽だけは味方だとか言って期待させてくるけど、実際は助け船としか思ってくれてないんじゃないかって不安になったり……」

 

「私のパパはもう完全に拓哉を婿に迎え入れるつもりなのに全然音沙汰ないって言ってたし、あのバカはそういうとこだけ生真面目に逃げるのよねえ」

 

 とうとう1年組からも不満の気持ちが溢れてくる。

 ガールズトークとはと言われれば、おそらく誰もがこう返すだろう。これはガールズトークなどではなく、一種の昼ドラなのではないかと。

 

 

「ウチはいつもちょっとしたおふざけで夫婦漫才みたいなことしてるせいで、本気のときも拓哉君からしたらただのコントやと思われてそうやなあ」

 

「私は何故かいつもバトルになります」

 

「私も天使天使としか言われなくて、もう人間として見られてるのかすら危ういよ?」

 

「私なんか良い雰囲気になったりすることも何回かあったのに、結局はいつもバカにされたりで進展のしの字もないよー!」

 

 

 

 

 

 結論、あのクソヤローはヘタレクズということになった。

 既に華のあるガールズトークなどどこにもなかった。

 

 

「でもさ」

 

 それでも、どれだけ愚痴を吐いても、不満ばかり出ていても、気付かれる気配もなく相手にされているかどうかさえ分からなくても。

 

 

「みんなたくちゃんのこと好きなんだよね」

 

 この気持ちに揺らぎなんてあるはずがない。

 そんな簡単にブレるほど、『好意』というものを甘く捉えているわけではない。

 

 それぞれがそれぞれに理由があって、岡崎拓哉という一個人に好意を持った。

 理由の大小などは関係ない。人を好きになるのに変な理屈や道理はいらない。好きになったから好きでいる。それだけでいい。

 

 よく一緒にいるから愚痴が零れる。

 いつも喋っているから不満が出てくる。

 アプローチしているから不安にもなる。

 

 結局は全部裏返してみればこれなのだ。

 好きなところが10個あれば嫌いなところも10個あるように、表も裏もあってこその好意。

 

 それをこの9人は充分理解している。

 ゆえに競争関係であり、協力関係でもあるのかもしれない。

 

 いいや、いっそ9人全員が報われることこそ全員の願っていることなのかもしれない。

 それほどに、一人の少年を好いているのだ。

 

 

「よし、せっかくアメリカに来たんだからこの機を逃す手はないよ! ここにいる間にみんなたくちゃんと少しでも進展するようにがんばろー!!」

 

「少しでも良い雰囲気になってアタックするしかなさそうだものね、あのバカ相手には」

 

「私にもできるかな……」

 

「かよちんもたくや君が好きならきっと大丈夫にゃー!」

 

「各自自分の好きなようにして拓哉と接近。進展するためにも頑張りましょう」

 

 今ここに9人の結束が固まった。

 同じ者を好きになり、けれどお互いの健闘を祈る。

 

 全員報われることを願う9人は、世間からすればおかしいのかもしれない。

 

 

 でも。

 だけど。

 

 

 これはどこにでもいる『普通』の女子高生達。

 恋する乙女として当然で。

 そして友として普通で。

 

 

 

 

 

 どこまでも平凡な願いでしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして当の本人はといえば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シャワーから上がってみれば隣の部屋から賑やかな声が聞こえてくるけど、9人で集まってんのか? うーむ、アメリカに来たんだし女の子同士で積もる話でもあるのかもしれないもんなあ。ここで俺が空気読まずに部屋に突っ込めば今度こそ海未に殺されそうだし……今回は大人しく寝るか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 割と当たっている推理で危機回避していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


今回は完全オリジナル回のガールズトークでした。
好き勝手言い放題の彼女達は書いてて楽しかったです。
さあ、彼女達はどうアプローチしていくのか。そしてそれはヤツに響くのか……って感じですね!


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海未ちゃん誕生日おめでとうございました(過去形)


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147.違和感は悪いものだけではない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朝はいいね~」

 

「テンション上がるにゃー!!」

 

「で、何で朝っぱらから絵里さんはちょいと不機嫌になっておられるのでしょうかはい分かる人ー」

 

 

 翌日。

 午前中にやれるトレーニングはしておいて、午後から観光という名の踊る場所を決めるために街を散策するという話になったのは分かっていた。

 

 誰も寝坊することなくランニングの開始場所に着き、拓哉も一緒に走るため準備運動をしていると目に入ったのだ。

 穂乃果とにこをムスッとした瞳で睨みつけている絵里を。

 

 

「さあ。同じ部屋だったから何かあったんじゃない?」

 

「本人に聞けば早いか。なあ絵里、いったい何があったん―――、」

 

「拓哉は聞かなくていいの!」

 

「お、おう……」

 

 きっと女の子特有の聞かれては困る類の話なんだと結論付けてこれ以上の追及はしないでおく。

 寝言とはいえおばあちゃんっ子だということが判明してしまい、穂乃果とにこからずっとニマニマされていたのが原因だったなんて恋する乙女には到底話せない内容である。

 

 

「もう……行きましょ! 今日は午後から頑張らないといけないんだから!」

 

「? トレーニングはもちろんだけど、街の散策って特に頑張る必要はあんまりないと思うんだけど」

 

「いいからいいから! 行くよーたくちゃん!」

 

「押すなって。俺は一番後ろから着いて行くから先走ってろ」

 

 些細な疑問は穂乃果に背中を押されることによってどこかへ吹っ飛んでいった。

 女の子にとって珍しい街は男で言う冒険的なワクワク感でもあるのだろうか。

 

 

「大都会の真ん中にこんなに大きな公園があるなんて素敵~!」

 

「もう、いつまで話してるの」

 

「まずそこの警戒心むき出し大和撫子を引っ張り出す必要があるな」

 

 視線の先には物陰から一人こちらを見ている海未がいた。

 昨日の今日ではやはり警戒心はさほど埋まっていないように見える。しかし早めにトレーニングを終わらせないと着替えて街に出かけることすらできないので、仕方なく説得する。というより幼子を扱うように接してみる。

 

 

「ほーら海未~、こっちおいで~」

 

「……本当に、信じても、よいのですね……」

 

「なら俺からも質問を返そう。俺を信じるか信じないか、どっちだ?」

 

「信じます」

 

「ナイス即答。良い子だ」

 

 あまりにもあっけなく出てきたのは意外だったが、事が早く進むのは非常に助かる。

 そんなわけでランニングが始まった。

 

 

「それじゃ、出発にゃー!!!」

 

 μ'sの次期リーダー、凛の言葉によって各々が走り始める。

 

 

「凛ちゃんはいつも元気やんなあ」

 

「あれぐらいじゃないとリーダーなんて務まらねえよきっと。穂乃果が穂乃果だし」

 

「それもそっか」

 

 希と走りながら先頭にいる凛を見て思う。

 穂乃果とはまた違った明るさを持っているゆえに、どこまでも突っ走っていきそうだがそこは花陽に任せようと他力本願していく。

 

 

(それにしても……)

 

 一番最後尾で走りながら街や公園を見渡す。

 寒すぎることも暑すぎることもなく、素直に走りやすいと思った。

 

 周りは都会なのにここ周辺は自然がなっていて、走っているのに景色は飽きない。

 だから自分達以外にも走っている人がたくさんいるのだろう。

 

 

(これなら候補も期待できそうだな)

 

 どこで踊るかは穂乃果達の自由。

 変に候補がありすぎても困るが、どこもないよりかは贅沢な悩みになっていいと思える。

 

 元々スタミナには自信があったからか、特に疲れることもなくメンバーが全員止まっているところで休憩。

 

 

「うわー見てー! こんなところにステージあるにゃー!」

 

「コンサートとか開いたりするのかしら」

 

 見れば白を基調としたステージが真横にある。

 観客席もあることから、何かしたイベントや演奏会などがあれば使われているのかもしれない。

 

 

「ちょっと上ってみる?」

 

「今なら誰もいないしいいんじゃないか。俺はちょっと自販機で人数分のドリンク買ってくるから候補にするかどうか決めたらいいよ」

 

「たくちゃん私オレンジジュース!」

 

「全員スポドリだっつの」

 

 これも手伝いとしての役割である。

 さっき走って来た道のりに自販機があったのを見たからまたそこへ走って行く。

 

 

(英語はこれっぽっちも喋れないけど、それを抜いたら結構いいとこだよなあ)

 

 まだ街をちゃんと見ていないのに些か早計すぎる結論だとは思うが、拓哉的には今のところマイナスなイメージはそんなにない。

 買った飲料水を入れれる分だけウエストポーチに入れていく。

 

 だがやはり10人分となると全部入るはずもなく、入らない分は両手に無理矢理数本持つことにした。

 少し悪戦苦闘しながら戻ると、何やら穂乃果達と3人のアメリカ人女性が話しているのを目撃する。

 

 拓哉が近づくあいだに話は終わったらしく、すれ違いざまに軽く挨拶されヘ、ヘローとだらしない英語が出てしまったのは仕方ないとしておこう。

 変に絡まれていたわけでもなさそうだし、単純に何を話していたのか疑問に思った。

 

 

「あの人達と何か話してたのか? というか話せてたのか?」

 

「私はちんぷんかんぷんだったけど、希ちゃんが話してくれたよ!」

 

「相変わらずの万能巫女娘だな。で、何言ってたんだ?」

 

 飲料水を穂乃果に渡していってもらいながら希に聞く。

 すると希は拓哉の方ではなく、海未の方へ視線をやりながら言った。

 

 

「せっかく来たんだから、色んなとこ見て。だって」

 

「だって」

 

 便乗するように絵里が続く。

 なるほど、これは海未を見て言うわけだと思う。

 

 

「希ちゃん凄い!」

 

「さすが南極に行くだけのことあるにゃ」

 

 さりげなくとんでもない事を凛が言ったような気もするが、その前に希の口が開いた。

 

 

「海外も悪くないでしょ?」

 

「それについては俺も同意だな」

 

「もちろん、注意も必要だけど」

 

「……そうかもしれませんね」

 

 海未の表情が柔らかくなる。

 これで心配はそんなにしなくてもいいだろう。街に出る前に不安が少しでも払拭されたのは大きい。

 

 

「よおーし! それじゃ練習しっかりやってから、この街を見に行こう!!」

 

 穂乃果の元気な声でメンバーの気が引き締まる。

 それを合図に拓哉も声をかけた。

 

 

「んじゃまずはこのステージで一曲踊ってみたらどうだ? 候補になる可能性があるなら、実際に踊ってみたほうが見栄えとか確認できるだろうし」

 

「それもそうね。拓哉には見栄えの方を確認してもらうことにしましょ」

 

「それじゃ凛ちゃん、お願いできる?」

 

「もっちろん、任せるにゃー!」

 

 次期リーダーの凛が仕切る。

 新年度が始まる前のちょっとした練習である。

 

 およそ4分ほど即席で踊れる曲を踊った結果。

 ステージを見ていた拓哉ははっきりと告げた。

 

 

「物足りないな」

 

「というと?」

 

「確かに悪くはないんだけど、周りが公園ってのもあって日本とそんなに変わらない気がするんだ。それに、実際に踊っているのを見るとステージが狭く感じる」

 

「あー、確かにそれは私も思っちゃったなあ」

 

 アメリカという大都会に来たのにも関わらず、狭いステージで踊るのはどうしてもこじんまりした見え方になってしまう。

 決して悪いわけではないが、これじゃ満足のいくライブができるのかと言われれば、自信を持って首を縦に振ることは難しいかもしれない。

 

 

「アメリカらしいといっちゃなんだけど、どうせなら少しでもこの国の象徴というか、有名なところで大きくステージを使ったほうが良い宣伝になるんじゃないかって個人的には思ってる」

 

「拓哉の言う通りね。せっかくテレビ局からの依頼なんだし、宣伝になるところで踊らないと広がるものも広がらないかもしれないし」

 

「まああくまで候補の一つとして考えておいてくれていいってことだよ。候補があるに越した事はないからな。贅沢は増やしてなんぼだ」

 

「練習なのにワクワクしてきちゃったね!」

 

 こうして穂乃果が基本プラスに考えてくれるから他のメンバーもむしろやる気になってくれる。

 やはりリーダー気質なんだなと思いながら、段々と午後に近づいてきている時計を見て時間を逆算していく。

 

 

「今からまたランニングでさっきのとこまで戻ってホテルで準備する時間を考えると……ちょうどいいか。よし、このまま戻って各自出かける準備をしよう。また頼むぞ凛」

 

「了解にゃー!」

 

 はたまた凛を先頭にメンバーが後ろを着いて行くかたちで走っていく。

 少し練習や走っただけで色んなことが分かった。

 

 ということは街に出かければもっとたくさんの情報量があるはずだ。

 不安と入れ替わるように期待が膨らんでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだまだ何かありそうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自然と、岡崎拓哉は表情が綻んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


海外に来て初の練習です。
やはり日本ではない海外ならではの発見とかがあるんじゃないかと思って。
ちなみに作者も英語はさっぱりです。
次回が街なのでちょっと区切りよく短めになりました。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆10)を入れて下さった


茜屋さん

黒~傍観者の傍観者~さん

蓮零さん

かわかわちさん

猫鮪さん

花木グリコさん


計6名のからいただきました。
励みになる言葉ばかりで感謝しかありません!本当にありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!




もうすぐで投票者数160人……。


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148.乙女達の戦い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい、みんな。期間は今日と明日しかないの。そのあいだに各自拓哉へのアプローチを大なり小なりすること。それによって拓哉が少しでも私達を意識するようにさせるの。分かったわね」

 

 絵里の言葉にメンバー全員が頷く。

 周りに人がいるにも関わらず、まるでサッカーの試合が始まる前の円陣を組んでいるかのような雰囲気を漂わせて作戦を確認していた。

 

 いいや、結局のところ作戦というほど策など全然ない。ぶっちゃけアプローチできそうならどんどんやっちゃえ精神であって、ただただお互いを鼓舞しているだけに過ぎなかったのである。

 

 

「おーい、いくら自由の国だからって船の上で円陣組むスクールアイドルはどうなんでしょうかと拓哉さんは問いたいんだけど。ところで何してんの?」

 

「「「「「「「「「ひいっ!?」」」」」」」」」

 

 一緒に来ているのだからいるのは当然だが、こんな話をしているときに声をいきなりかけられるとおっかなびっくりしてしまうのが恋する乙女達なのだ。

 とりあえず肝心の話は聞かれていなかったらしい。小声で話していたのが幸いした。

 

 ここは船上。

 まずはアメリカと言えばここだろうと、満場一致となった観光名所へ向かうために移動中。そこで日本人の女子高生達が謎の円陣を組んでいるのだから怪しさしか感じられない。

 

 昨夜、自分達の惚れた相手が目の前にいる不審な視線を送ってくる少年だと確認し、これからどうするべきかを話し合った。

 そしてその結果が、せっかくアメリカに来たんだからここでいっちょ拓哉へアプローチして好感度上げようぜ大作戦に発展したのである。

 

 どこで踊るかの候補として街を見るのが本来の目的だが、観光もやはり含まれているのが今回の依頼だ。

 つまり、拓哉は候補と観光目的、μ'sは候補と観光とアプローチが目的に入っている。

 

 何気に一番最後のが最高難易度だと穂乃果達は初めから分かっているらしい。

 今までの経験からその難しさというのを、バカを見るような目で見てくる少年に嫌ほど思い知らされているのだから。

 

 

「アメリカに来て舞い上がるのは分かるけど、もうちょっと自重はしてくれよ。日本(あっち)の常識がアメリカ(こっち)で通じるとは限らないからな」

 

 別に船上で円陣組むのがこちらの常識とは思っていないというツッコミはしないでおく。

 とりあえず話をそらすために言い訳をどうしようかと9人が考えていると、幸いにも話をそらしたのは少年からだった。

 

 

「まあいいや。それよりほら、見えてきたぜ」

 

 視線で促してきた方向へ目をやる。

 すると、アメリカの象徴と言っても過言ではないオブジェが見えた。

 

 

「うわ~、おっきいにゃー!」

 

「あれが……自由の女神……!」

 

 右手に松明を掲げ、左手に銘板を持った女性の像。

 世界的にも有名でアメリカの象徴と謳われる物。自由の女神像が姿を現した。

 

 

「実物を見るとやっぱでけえな」

 

 船から降りて近くで見るとやはり存在感は増す。

 これが長年アメリカのシンボルとして親しまれているのなら余計そう思えてしまう。

 

 

「撮って撮ってー!」

 

「何か穂乃果ちゃん、ヒーローみたいっ」

 

「おおう、ならたくちゃんも一緒に撮ろうよ!」

 

「え、いや、俺は別に……って引っ張るなって!」

 

「何恥ずかしがってんの! ほらほら、ポーズポーズ!」

 

 穂乃果の笑顔とカメラを構えることりのキラキラ笑顔のせいで渋々、自由の女神と同じポーズをとる。

 そしてことりがカメラを撮ろうとする瞬間、突然穂乃果が拓哉の方へ飛びついてきた。

 

 

「えーい!」

 

「なっ、おま」

 

 ことりがシャッターをきったと同時に飛びついたため、写真を確認すれば決定的瞬間を見事に捉えていた。

 

 

「いきなり危ねえだろうが! というか結局ポーズ取れてないじゃん! 思いっきり崩れてんじゃん!」

 

「……!」

 

「……!」

 

「ねえ、何で2人して無言でグッジョブしてんの。何の意味なの、どういう意味なのそれ。弱み握った的なやつじゃないよね」

 

 写真を見てお互いの健闘を讃えている2人に疑問と不安しか感じない。

 きっと何かあったときこれを見せられてセクハラと言われたくなければ言うこと聞けとか言われるんじゃないか、と恐怖に苛まれるだろう。実際そんなことは絶対にないが。

 

 

「良い写真が撮れたね、たくちゃん!」

 

「めっちゃいい笑顔なんだけど。何だか不安が襲ってくるのは何故なんだろう」

 

 もう一度写真を見ると、まるでカップルのように見えなくもない感じがして微かに気恥ずかしさを感じてしまう。

 そして、それを見逃さない穂乃果であった。

 

 

「何々~? どうしたのたくちゃ~ん? もしかして~、照れてる?」

 

「う、うるせえっ。別に照れてないっての」

 

 できるだけポーカーフェイスを装ってみるが、そこはやはり長年の幼馴染。

 拓哉が意地張ってるくらいは軽くお見通しなのだ。けれど、意外と好感触だったので無理に突かずそこはあえて放置していく。

 

 

「た、拓哉君、今度は私と撮りましょう!」

 

「え? 写真くらい一人で写っても大丈―――、」

 

「一人だと何となく恥ずかしいしせっかくの思い出の写真ですし撮りましょう!!」

 

「恥ずかしいからってそこまで必死になることか……?」

 

 とは言っても海未が握ってきた手を離してくれそうにないので隣に立って花陽に撮ってもらう。

 パシャリと音がすると、そそくさと写真を確認しに行く海未。

 

 花陽に見せてもらうと、いきなり顔がボンッと赤くなりながらもギリギリ聞こえる声でお礼を言っていた。

 一応拓哉も確認させてもらうと、自由の女神像を前にして全然自由っぽくない表情の二人が写っている。

 

 

「観光で思い出の写真のはずなのに何でポーズも何もしてないんだ俺達は」

 

「さ、さあ……」

 

 自分達の疑問を呟いても花陽からは当然何も返ってこない。

 ピースでも何でも写真ならポーズをとるはずなのだが、最近は撮る方が趣味になっている拓哉と恥ずかしがり屋の海未では撮られる際のポーズがまったく分からない。

 

 

「でも、何だかこうして見てみるとあれですね」

 

「「?」」

 

 写真を見つめながら花陽が呟くのを拓哉と海未が見る。

 分かって言っているのか、それとも無自覚で言っているのかはおそらく花陽本人にしか分からないだろうが、大人しめな少女は言った。

 

 

「まるで新婚夫婦の初々しい写真というか、家族写真みたいな」

 

 言った瞬間、隣の海未がボンッと爆発した。

 これで二回目の爆発なわけで、さすがの拓哉も先ほどの穂乃果とのこともあって動揺を隠せない。

 

 

「い、いやいや、新婚夫婦ならもっと笑顔のはだし、家族写真でももうちょっと笑ってると思うぞ……?」

 

「確かにそうかも……。いやでも拓哉くんと海未ちゃんならあり得るかなって」

 

「何かやけにいつもより饒舌じゃありませんこと花陽さん?」

 

 アイドル好きを拗らせた時とまではいかないが、不思議と普段より言葉が出てくる花陽。

 そろそろ控えてくれないと隣の海未がそのまま蒸発しそうでならない。あまりの赤面っぷりに拓哉とそう見られてると言われても否定の言葉が出てきていないのが証拠だろう。

 

 結局、強引に話を逸らすことにした。

 

 

「ええい、大体ここは観光したしそろそろ移動するぞ小娘どもー! 穂乃果とことりは海未の回収よろしく!!」

 

 多分自分が今の海未に触れるととんでもないことになりそうなので同じ幼馴染に任せておく。

 何だか今日は変に動揺することが多いなと感じつつ、そそくさと次の場所へ移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで時間的に先に昼食を食べにきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、俺がトイレ行ってるあいだに何があった。何でテーブルの上にあり余るほどの皿が並んでるんだ。しかもパンケーキやらチーズケーキがあることからして犯人はことりと見た!」

 

「はぁ~幸せ~」

 

「話聞いてないなこの子は!!」

 

 目の前のチーズケーキに虜になっていることりは恍惚とした表情を浮かべている。

 拓哉の推理に見向きもしないが、おそらく、いいや確実にことりが犯人だろう。

 

 甘いものは割と好きな方ではあるが、男子高校生的に甘いものばかりの昼食はさすがにちょっとキツかったりする。

 しかしここで何か追加注文したところでテーブルの上に置く事はできない。

 

 つまり、まずはここに置かれている品を片付けなければならないということである。

 よって。

 

 

「ちくしょう絶対追加注文してやるもぐもぐ甘いものに負けないんだから!!」

 

 やけ食いに近い爆食。

 自分の目の前にあるパンケーキから片っ端に食べ進めていく。

 

 拓哉のやけ食いを合図に穂乃果達も食事を始めるが、どうしても拓哉の勢いに飲まれてしまう。

 そんなところで拓哉の隣に座っているオカンことにこが口を挟む。

 

 

「ちょっと拓哉」

 

「あん?」

 

「食べ方汚いわよ。虎太郎でももっと綺麗に食べるんだからちゃんと普通に食べなさい」

 

 下の姉弟達を日頃世話しているにこにとってこういうのはあまり見過ごせないらしい。

 こういうときは普段と違って母性に目覚める長女特有の能力を発揮している。

 

 

「ほら、急いで食べるからほっぺにクリーム付いてるじゃない。しょうがないわね」

 

「んぉっ」

 

 慣れたようにティッシュを持ち拓哉の頬に付いているクリームを拭いとる。

 カップルのような感じに見えなくもないその様子に穂乃果達はそれを凝視する。そしてクリームを拭いてもらった拓哉はにこをじんまりと見て言い放った。

 

 

「お母さん……」

 

「なーんで私の時だけ照れるでもときめくでもなく良い感じにならないで子供心に戻ってんのよアンタはー!!」

 

「何いきなり罵声の嵐を吹きかけてきてんだ! あまりにも自然なオカンっぷりに母性感じたのはそっちでしょうがよぉーもー!」

 

 やはり一筋縄ではいかないのが少年だった。

 やり取りは完全に親子のそれだったが、にこ的には一応アプローチのつもりだったらしい。現に穂乃果達は理解していたけれど、そこはこの少年がある程度気付くか気付かないかの問題であった。

 

 

「こうなったらこっちもやけよ! 拓哉、口を開けなさい。アンタのそこに私がこれを思い切りぶち込んであげるわ! すなわちあーんってやつよ!!」

 

「何か言葉の選びが色々とアレじゃないですかね!? というかちょっと待て! お前の持ってるスプーンにパンケーキが見当たらないんですけど。何なら大量の生クリームだけしか見えないんですけど!? フォークじゃない時点で完全に生クリームだけ食わそうとしてるな!!」

 

「このにこにーにあーんされるだけ光栄に思いなさいよバカ! こちとら割と勇気と覚悟決めてやってるんだからね!!」

 

「だったら無理にしなくてもいいだろうが! それにせめてパンケーキがいいという拓哉さんの言葉は受け入れられないんでしょうか!?」

 

「日本のお店でもないのによくこんな言い合いができるわねこの二人は……」

 

 軽く迷惑になっていないかと心配する絵里だが、幸いにもこの店は結構賑やかで誰も気に留めていない。

 かといってこのまま放置しておくのも得策ではないことも承知している。

 

 でも、今にこは決死の勇気をもってして(軽くやけになって暴走状態ではあるが)拓哉にアプローチしている。多分。

 それを無下にして止めることも何となく憚れてしまう。メンバーで協力し合ってアプローチするという結論になった以上、邪魔をするのは違うのではないかとも思っているのだ。

 

 

 しかし、そんな心配も次の瞬間に吹き飛んだ。

 というより、拓哉とにこのちょっとした戦いに終止符が打たれた。

 

 

「うるさいさっさとその無駄口閉じて大人しく口を開けなさいうおりゃー!!」

 

「その言い分は少し矛盾があるんじゃごぼぶりゅぁッ!?」

 

 

 口が開いている瞬間に、拓哉の口内に大量の生クリームが放り込まれた。

 勝者、矢澤にこ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もはやときめきもラブコメもあったもんじゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?


2週連続一日遅れの更新でした。すません。
今回から穂乃果達のアプローチという名の戦いが始まりました。
と同時に岡崎の謎の不安と動揺の戦いの始まりでもありました!
果たしてどちらが勝つのか……(そういうのではない)


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!






実は数日前からタグを変更して『ハーレム?』から『ハーレム』、『ラブコメ?』から『ラブコメ』に変更してました。
気付いた方はいるのか。


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149.いつだってそれは唐突に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おかしい)

 

 

 

 ふと、岡崎拓哉は街中で一人思った。

 

 

(今日のあいつらは何かがおかしい……気がする……。嫌な予感はしないから大丈夫だとは思うけど、それにしたってやけに俺に突っかかってきてないか?)

 

 アプローチを突っかかるという見事に的外れな結論に至った。

 しかし、拓哉がそう不審に思うほどμ'sのメンバーが絡んでくることは間違いないのだ。

 

 穂乃果が写真を口実に突然抱き付いてきたり(拓哉的にはいざという時の弱みを握られたと勘違い)、海未が強く希望するからと一緒に撮った写真では、花陽の投じた言葉によって海未が暴発寸前のロボットみたいになり、にこに限っては無理矢理大量の生クリームを口へ押し込まれた。

 

 俯瞰で考えてみると普段とあまり変わらないように思えるが、拓哉にとっては充分違和感の塊なのである。

 

 

(昨夜は部屋で9人集まって賑やかだったみたいだし、ゲームでもして罰ゲーム対象が俺になってたり? いや、さすがにそれはないか。でもだとしたら何だ……。穂乃果に抱き付かれて、海未と異常に近い距離で写真撮って、にこは強制的だけどあーんという男子高校生にとっては美味しすぎるイベントが発生している)

 

 考え事ついでに辺りを見ると、真姫が店員からジュースを買っているのが目に入る。きっと流暢な英語で会話できるのだろう。

 そして思考は再び周りのことへシフトする。

 

 

(いいや待て岡崎拓哉。俺だぞ。自覚したくないけど何かとトラブルが起きるような、自他共に認めるトラブル体質な俺がこんなラッキーイベントだけで終わるはずがない! きっとドギマギさせられて結局は何もなかったとかやっぱり罰ゲームでした~とか男のプライドをズタズタに引き裂かれるに違いないんだ!! だってそうじゃないと今のところ俺しか得してないもん!)

 

 何気ない自分の幸せは何故かどうしても素直に受け入れられないのがトラブル体質特有の悩みだったりする。

 

 

(そもそも穂乃果もいくら幼馴染だからって安々と抱き付いてくるのがおかしいんだ。ツッコミのおかげでバレてないけど、結構恥ずかしかったんだからなあれ。……バレてないよな? あれ、そういやあいつ俺見ながら何かニヤケてたような……)

 

「何してるの拓哉、考え事?」

 

「わっひゃい」

 

 冷静に驚いた声が出た。

 絵里がこちらの顔を上目遣いするような感覚で覗き込んできたのだ。急に美少女の顔が目の前に現れたら誰だって驚くと思う。

 

 

「何腑抜けた声出してるのよ。ほら、着いたわよ。ここがメインストリート」

 

「あ、ああ、いつの間にか着いてたのか」

 

 考え事しながら歩いていたせいか気付けば目的地に着いていた。とりあえず一旦深く考えるのを止めることにした。

 この国の名所を軽く調べていたらサイトや口コミで見たことのある風景が広がっている。

 

 

「ほえ~、テファニーとかいうお店で朝食とか食べちゃうんでしょ?」

 

「どんな素敵なレストランなんだろ! にこちゃん知ってる?」

 

「うぇっ!? あ、当たり前でしょ!」

 

「ん?」

 

 調べていたから疑問に思った。

 テファニーならぬティファニーはまず飲食店だったかという当たり前の疑問が拓哉の脳内に浮かんだ。

 

 記憶が正しければブランド店だったような気がするが、流し見しかしていなかった拓哉も曖昧だったりする。

 

 

「ほんと!? 何食べさせてくれるの?」

 

「……ステーキ」

 

「凄いにゃー!」

 

「全部間違ってる! ブランド店よ!」

 

「おお、やっぱ合ってた。あ、ちょうど良いや。LOVEのオブジェあるし、それを利用してほのりんにこまきでLIVEの文字を体使ってポーズしてくれ。その写真が撮りたい」

 

「変に名前合体させるんじゃないわよ!」

 

 そう言いながらもしっかり『E』の文字を表現してくれる真姫。生粋のツンデレもいいとこだろう。

 3バカは何も言うことなく他の文字を体で表していた。

 

 

「おっし、ばっちし撮れたぞー」

 

 卒業式前に始めたばかりのデジカメも、今となっては結構写真データが増えたと思う。

 その大抵がμ's関連ばかりだが、これも手伝いの役目が大半を占めているので問題はないだろう。趣味と仕事が見事に一致していると言っても過言ではない。

 

 

「ねえ、たっくん」

 

「ん、どうしたことり」

 

 袖を優しくクイッと引っ張られながら声の主へと向く。

 ことりは何だか可愛らしくもじもじしながら中々口に出さないでいた。とすればこの男は当然無粋な推理を確信めいたように言いやがる。

 

 

「何をそんなにもじもじしてるんだ? あ、分かった。もしかしてトイ―――、」

 

「それ以上はないよ?」

 

 デリカシーという概念が皆無となっている少年へことりの暗黒微笑は効果抜群だった。それ以上を言おうものなら殺される覚悟が必要だろう。

 そもそもそれならまず拓哉には言わないことぐらい分かるはずである。

 

 つまるところ、ことりの目的は違うところにある。

 

 

「あのね……ちょっと、服屋さんに行ってみたいなって」

 

「……ああ、そういうことか」

 

 ことりから服というワードを聞いてすぐに納得した。

 観光も兼ねているが、本来はライブをする場所候補を探すために街へ繰り出しているわけであって、関係のなさすぎる目的は無視されるのが当然なのだ。

 

 けれど、それでも拓哉から否定や拒否という言葉は一切出てこない。

 そんな酷すぎる選択肢なんて最初から用意されているはずがない。

 

 

「なあ、ことりが服見てみたいって言ってるんだけど、いいよな?」

 

 当然、誰も嫌がるはずもなく首を縦に振るだけだった。

 分かってはいたがつい笑みが零れてしまう。

 

 一時期。

 μ's解散の危機に陥ったとき、ことりが服飾の勉強をしたいと言って留学するか迷っていたことがあった。

 

 あのときはもう留学することを決めて空港まで行っていたのだが、寸前のところで穂乃果のわがままが炸裂したこともあってことりは自分の意思で留学をやめた。

 穂乃果達と一緒にいたいことも本心だっただろうが、それでも服飾への興味がなくなったわけではない。

 

 そんな状態のまま衣装担当を続けてきて、もっと興味を持っているのが当然なのだ。

 そして今、留学するつもりだったアメリカに来ている。

 

 もっと掻い摘んで言えば。

 アメリカに来たんだからこの国の服を見たいという、少女のささやかな願い。

 

 理由は何であれことりをあそこで引き留めた一因は当然拓哉にもあるわけで、すなわちことりのこの願いだけは叶えてやりたいのが本心だ。

 であれば、その真意をすぐに理解したμ'sメンバーは当たり前のように受け入れるだけである。

 

 

「よし、ことり。好きな店に行くといいよ。何なら穂乃果と海未に好きなコーディネートしてやってもいいぞ」

 

「ほんと!?」

 

「何か勝手に巻き込まれてる!?」

 

「な、何故私まで!?」

 

「ことりを引き留めたのは紛れもない俺達幼馴染なんだから大人しく受け入れなさい。そして可愛くコーディネートされてしまえ」

 

「あーズルい! だったらたくちゃんも一緒にコーディネートされるべきだよ!!」

 

「ことりは女の子だから女の子をコーディネートするのが楽しみなんだよきっと。だから俺はお呼ばれじゃないんですぅー!」

 

「ごめんね穂乃果ちゃん。たっくんをコーディネートしたいのは山々だし好き勝手したいんだけど、私が行きたいお店は女の子の服しか置いてないとこだから……」

 

 何だか本音が色々と隠しきれていないようにも思えるがここはスルーしておく。

 とりあえずこれで穂乃果と海未がエサになるのは確定となったので店へ移動する。

 

 

 

「ここだよ!」

 

「一応聞くけど俺って入って大丈夫なのか? もし何なら外で待っとくけど」

 

「なーに言ってるにゃ! 女の子の服を褒めるのは男の子の仕事なんだからたくや君も早く入るよー!」

 

「そんな仕事初耳なんですけど」

 

 カップルとかならいざ知らず、付き合ってる女の子も皆無な拓哉にはそんな仕事は無縁も無縁であった。

 そんなことはお構いなしに凛に腕を引っ張られ店へ無理矢理連れ込まれる。密着度が高い割に胸の感触が一切なかったのは死んでも口に出さないほうがいいだろう。

 

 

「……もっと女の子っぽい感じの内装になってると思ってたけど、そこら辺の店とあまり変わらないんだな。全体的にオシャレ度が高い気がすると拓哉さんレーダーが反応してる」

 

「どんなレーダーよそれ。ことりはもう入った瞬間から穂乃果と海未連れて店内見てるから、ちゃんと拓哉も感想言ってあげなさいよ」

 

「凛も言ってたけどさ、俺が褒めたところで女の子のセンスは分からないし、結局は女友達から意見貰ったほうが良いんじゃねえの?」

 

「はあ……」

 

 何だか真姫にとてつもないため息を吐かれた。

 まるでダメだこの男はと言わんばかりの視線を送られる。とは言っても分からないのは本気でそう思っているので仕方ない。

 

 

「あー、あれよ。拓哉は穂乃果達と幼馴染なんだからどんな服が合っているかくらいは何となくでも分かるでしょ? それを直接見て言ってあげなさいって言ってるの。分かる?」

 

「んー、と言ってもなあ」

 

「?」

 

 ここまで分かりやすく言っているのにどこに悩む要素があるのか分からない。

 いいや、真姫だって拓哉と決して短くない時間を過ごしてきたし、この少年がどういう性格をしているかも分かっている。

 

 とどのつまり。

 

 

「あいつらは普段でも可愛いんだし、基本何着ても似合ってるからむしろ具体的にどう褒めればいいのかが分からないんだよ」

 

「……はあ~~~~」

 

 いつものやつだった。

 先ほどよりも長いため息が出て、それを見た拓哉はまた脳内に疑問符が溢れる。それを直接言ってあげればおそらく彼に恋心を抱いている少女はみんな茹でだこ不可避だろう。

 

 

「ところで真姫は服見ないのか?」

 

「何で?」

 

「ことりがわざわざこの店に行きたいってことは、ここはきっと種類とかも豊富で良い服も見付けられそうだからさ。お前も可愛い服とか見ねえのかなって」

 

「ぶっ……! わ、私は家にたくさんあるからいいのよ! それに来ようと思えばアメリカくらいいつでも来れるんだから!」

 

「サラッとお嬢様発言してんな……。そっかー、真姫が自分で服選ぶとことかイメージないから見てみたかったけど、仕方ないか」

 

「……まったく、そういうところが悪いのよあなたは……」

 

「何か悪いこと言ったか俺?」

 

「そういうラノベなら本来聞こえなくていいところを普通に聞こえてるところよ!」

 

 意味不明な理由で怒られその場を離れる真姫を見やる鈍感だか鋭いのかよく分からない少年。

 まず真姫がラノベを知っていることも驚きなのを忘れてはいけない。

 

 気付けば他のμ'sメンバーも各自で服を見ているせいで、レディース専門店で男一人がぼっちでいるという謎の不審者感が凄いことになっている。

 どうしたものかとあたふたしていると、ちょうどことりの声が奥の方から聞こえた。

 

 

「できたよ~」

 

 足早にことりの方へ行くと、メンバーも数人既に集合して和気あいあいしていた。

 

 

「おーう、どんな感じだ~」

 

「二人とも可愛いよ!」

 

「へえ、と言っても何着てもあいつら可愛……」

 

 穂乃果と海未の姿を見て言葉が詰まった。

 何を着ても似合ってる。そんな当たり前のことは知っているのに、それでも視線を二人から逸らす事ができない。

 

 穂乃果は普段と違ってボーイッシュなデニムを履いて、上を黒のシャツを羽織っている。一見ボーイッシュにも感じるが、穂乃果のスタイルの良さがデニムから表れていて思わず息を呑む。

 

 海未は白のフリルが付いたワンピースを着ていて、普段の防御力全開の服装とは真逆の清楚な大和撫子を見事に体現していた。シンプルな服装ほど似合っていればそれは破壊力のある見た目になるのだ。

 

 結論。

 拓哉の想像をことりは軽く超えてしまった。

 

 

「変わった服だね~」

 

「こ、こんな恥ずかしい服……」

 

「さすがμ'sの衣装担当なだけあるわね。二人とも似合ってるわよ」

 

「そう? 海未ちゃんも可愛い!」

 

「そ、そうですか……?」

 

「ほら、拓哉も何か言ってあげたら?」

 

 ここで真姫がわざとらしく振ってくる。

 それを合図に穂乃果と海未も拓哉へ顔を向けてくるが、個人的にどう感想を言えばいいのか分からない。

 

 ただ可愛いと言うだけでは何かが違う気がした。

 けれどオシャレに疎い拓哉ではそれ以上の言葉が出てこない。

 

 何か言わないと不審に思われてしまいそうで、咄嗟に出た言葉はこれだった。

 

 

「……あ、あー、えっと……その……二人とも、何か……あれだ……すっげえ、えと……似合ってるというか、いや、あ~……か、可愛い、ぞ……?」

 

 ヘタレここに極まれりだった。

 言葉がめちゃくちゃになりながら出した言葉の最後はやはりいつもと変わらずシンプルな言葉でしかない。

 

 

 ただ、いつもと違うとすれば、あからさまに拓哉の態度がおかしかったことだろう。

 顔が赤く、上手く穂乃果と海未のほうを見もせずに言った。

 

 だからだろうか。

 幼馴染の穂乃果と海未はその変化にいち早く気付いてお互いの顔を見やる。

 

 ことりも気付いたようで、拓哉を微笑みながら見ている。

 

 

 照れながらも満足気に笑う穂乃果と海未に気付かず、少年は頭を掻きながらこんなことを密かに思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おかしい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇しくも同じ疑問から浮かんできた言葉は自分への疑問。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何で、こんなにドキドキしてるんだ、俺は……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


他のメンバーのアプローチは少々お待ちください!
ここに来て、あの少年の気持ちにいよいよ変化が……?みたいな回になりました。
気持ちに変化がある場合、きっかけは必ず幼馴染の穂乃果達を鍵にするというのはずっと決めてました。


どんどん面白くなってきましたよー!!


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リアルが忙しく火曜更新がままならなくなってきている……。


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150.きっかけ



本編も150話に入りました。
自分でも凄いなと少し思ってます。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……、」

 

 

 

 

 各々が見たいところを見ている今、岡崎拓哉は一人先ほどの感情について考えていた。

 

 

(何だったんだあれは……。あんなに胸が締め付けられるような感覚になったのは今までなかったのに)

 

 不思議と嫌な感覚じゃなかったのは覚えている。

 むしろ高揚感にも似た、どちらかというとプラスの感情かもしれない。

 

 

(穂乃果と海未が普段と違う服装をしたから? それだけであんなドキドキするもんなのか? あいつらが元々可愛いのは知ってることだし、別段驚くことでもなかったはずだ)

 

 そもそもだった。

 今日の穂乃果達の様子は何だかおかしいと思っていた。

 

 変に過剰なスキンシップをとってきたり、彼女達が普段あまりしないようなことをしてきたからか、自分も今日はどこか変に感じているだけなのだろうか。

 というよりも先に、自分の思考に疑問が生じた。

 

 

(……ちょっと待て。ドキドキ? 何で俺がドキドキしてるんだ。少女マンガじゃあるまいし、ましてやドキドキなんて今までだって何度もしてきただろ)

 

 穂乃果達の衣装や、幾度となく彼女達と接してきたから自覚はある。

 今までだってそういうときに何度も体が熱くなるような感覚にはなっていた。いわゆる照れや胸の高鳴りともいう。

 

 唯や桜井夏美と接しているときだった何度か経験したこともある。

 だから慣れてはいないが覚えのある感情だと思っていた。

 

 なのに。

 今までにないほど心臓が跳ね上がっていたのが何故だか分からない。

 

 

(どういうことなんだよこれは。胸がドキドキなんて……これは……これって、もしかして……)

 

 岡崎拓哉は恋というものを知らない。

 今まで誰かと付き合ったこともモテたこともない(自称)のだから、誰かを好きになるという感情をよく理解してすらいないのは当然だろう。

 

 アニメやマンガが好きだからといってそれを全て理解できないのと同じように、いくら恋愛マンガを見て同じ状況になったとしても、主人公とそれを読んでいる自分自身が必ず相手に同じ感情を持つわけではないのだ。

 だからこんなに動悸が激しくなることも初の経験だった。

 

 

 つまり。

 

 

(不整脈の恐れがあるのでは!?)

 

 バカだった。

 生粋のバカであった。

 

 

(変に動悸が激しくなるのは何かしらの病気かもしれないって何かで見たことあるし、放っておいたらまずいやつなのか……? 穂乃果と海未の服装を見て変な感じになったのもそれが原因かもしれない……? これは一度医者希望の真姫に聞いてみたほうがいいか?)

 

 聞いたら間違いなくバカと言われビンタされるオチが待っているだろうが、それを分かる少年ではない。

 もしそんなことが自分で分かっていたら穂乃果達だってそんな苦労しないはずなのだから。

 

 

「そういえば不整脈の他に胸がドキドキするって違う言い方があったような……何だったっけ……ドキがムネムネ?」

 

「何クレヨンな幼稚園児クラスに戻ってんのよアンタは」

 

「にこか」

 

 独り言が聞かれたことよりも何故ここにいるのかという疑問が先に勝った。

 確か先ほど希と違うところにいたはずで、拓哉とは別行動していたのに。

 

 そんな疑問が視線に現れていたのだろう。

 言葉に出すより先ににこがそれを読み取って解答した。

 

 

「別に、見るもの見たし希と外に出たらアンタが見えたから来ただけよ」

 

「そゆことやで~」

 

「さいですか」

 

 まあ理由としては妥当なとこだろう。

 にこと希が戻ってきたところでさっきの思考を一旦放棄する。

 

 

「ところで何あれ?」

 

 にこの指差すほうへ視線を向けると、そこには横に吊るされた紐が連なっているところに2足の靴がまた結ばれていて、それを横に吊るされている紐にぶら下げられていた。

 自分のことで頭がいっぱいになっていた拓哉はその存在に気付くこともなく今ようやく視認した。

 

 

「ハロウィンの時なんかに街の人がイタズラでやるんだって」

 

「新手のイジメじゃねえかそれ」

 

「ウチらもやってみる?」

 

「できるの?」

 

「なあ話聞いてた?」

 

 拓哉の言葉も空しく、希はにこの足元をずっと凝視していた。

 この時、にこもはっきりやらないと断っておけばよかったのに、興味本位で言ったのが不幸の始まりだった。

 

 

「任せといて~」

 

「え?」

 

「は?」

 

 そこからは何とも言えない早業だった。

 何故かいきなり拓哉ににこをおんぶさせ、そこからにこの靴を両方奪った希は即座に鞄から紐を取り出して2つの靴を離れないように結び付けた。

 

 そして一つの完成形になった靴は希の正確な投球によって、綺麗に他の吊るされている靴と同じところへぶら下げられている。

 この間およそ30秒。あまりにも唐突で何が起きたかよく分かっていないにこはようやく自我を取り戻す。

 

 

「あー!! 私の靴ー!!」

 

「いや遅いな反応。てか俺も流れに任されておぶらされてるんだけど」

 

「ほなな~」

 

「「いや待てい!!」」

 

 見事なハモりが希の足を止めさせる。

 いくらなんでもこの状況で放置されるのはまずい。というか常識的に考えてまるでこちらに非がなく、非がある希を止めるのは当然の行為だった。

 

 

「どしたん?」

 

「どしたん? じゃねえわ何普通に移動しようとしてんの!? あまりにも自然な言葉すぎて一瞬何でもないって言いかけたわ恐ろしいなお前! というか背中の荷物どうにかしろよ俺が疲れるんですけど!!」

 

「人の靴取れない場所に投げといてよくもまあ放置できるわねアンタ! これじゃ私ずっと裸足状態じゃないどうしてくれんのよ! あと荷物とか言うなこのバカ!」

 

「いででででででででで」

 

 少年の耳を引っ張るにこはさながらちょっかい好きの幼女に見えなくもない。

 それを見ながら希は一言。

 

 

「靴下は履いてるから裸足ではないで」

 

「そういうことじゃないから!! これじゃ外で歩けないって言ってんの!!」

 

「あまり背中で暴れないでくれませんかねお嬢ちゃん。バランスとるこっちの身にもなってくれよ」

 

「お嬢ちゃん言うな私のが年上よ!!」

 

「はあ、しょうがないな~」

 

 まるで兄妹のように騒ぐ2人へ近づく。

 何事かと希を見る2人だが、にこを支えるために両手が塞がっている拓哉の両耳を塞いだ。

 

 

「?」

 

「にこっち」

 

「何よ……」

 

 目の前の少年が何も聞こえてないのを確認すると、さっきのイタズラっぽい笑みとは違う笑みで希は言った。

 

 

「何でウチがこんなことしたか分かる?」

 

「知るわけないでしょ。嫌がらせか何かじゃないの?」

 

「全然違うんやけどな……」

 

 さすがに3バカの一人であるにこには直接言わないと伝わらないらしい。

 ということで直球で言うことにした。

 

 

「靴がなくて歩けないにこっちは靴が必要で、それまで運んでくれる人も必要。つまりは靴を新しく買うことになるけど、そのあいだは拓哉君と2人や。あとは分かるね?」

 

「合点承知」

 

 究極の手のひら返しが展開された。

 ここまでちょろいのもどうかと思うが、目的が目的なだけあってあっさり怒りを収める。

 

 そこまでいって希は拓哉の耳を塞いでいる手をゆっくりと離す。

 

 

「何の話してたんだ?」

 

「拓哉君、あの靴はもう取れないから新しい靴買わないとダメなん。だからにこっちに付き合ってあげて」

 

「え、何で俺が―――、」

 

「ええいさっさと行くわよ拓哉! 私をおぶってるんだからそれぐらいしなさい!」

 

「おぶってるというよりかは無理矢理おぶらされたんだけどそこんとこどうなんですかね!?」

 

 どうやら自分の意見は受け入れられないらしい。

 手を振りながら去っていく希を見つつ世の理不尽を垣間見た拓哉は仕方なくにこをおぶって歩き出すが、如何せんどこへ行けばいいのか分からず再び立ち止まる。

 

 

「なあおい」

 

「何よ」

 

「……いったいどの店に行けばいいんだこれ。さすがに周りの店を把握してるわけじゃないからどこに靴売ってるとか知らないんだけど」

 

「……、」

 

 背中から返事は来なかった。

 沈黙ということはにこも知らないのだろう。あいにく先ほど行ったことりの店からはだいぶ離れていて今から戻るのは難しい。

 

 

「仕方ない。適当に歩いてれば靴売ってる店くらいはあるだろ」

 

「そうね。んじゃよろしく」

 

「もうちょっと感謝の気持ちはねえのかお前は……」

 

 幸い周りを見渡せば店は山ほどある。

 だからその中を見てまわれば割とすぐに見つかるんじゃないかとは思っている。

 

 ただ日本人の男女がおぶりおぶられの状態で街を徘徊している様子は傍から見れば不審感極まりないだろう。

 これはさっさと店を探し出す必要がある。

 

 

「……なあ、にこさんや」

 

「何よ改まって。夏合宿前のときみたいにさん付けになってるけど」

 

「この際おぶるのは仕方ないと割り切ったけど、その、俺にもたれかかりすぎではなかろうか」

 

 何だか体重を完全に預けられているような感覚がしてならない。

 唯や穂乃果ならまだしも、他の女の子とはあまり密着したことがない拓哉にとっては少し刺激が強かったりするのだ。

 

 

「別にいいでしょ。それとも何、アンタは女の子をおんぶしておいて重いとか言うクチ?」

 

「いやむしろ全然軽いんだけど、ほら、やっぱり一応俺達は男女なわけでして……当たっちゃ困るモノと言いますか、理不尽な言いがかりでとんでもないことになりそうな予感がプンプンしてですね」

 

「あー」

 

 今更思い付いたように声を上げるが、もちろんこれはにこがわざとやっていることだ。

 やはりにこの推測は当たっていた。

 

 以前の少年なら何も気にせずにいただろうが、いいや、気にしていたとしてもデリカシーのない発言をしてくるのすら予想はしていた。

 けれど今の少年はむしろ男子特有の反応をして初々しさすら感じる。

 

 数十分前に穂乃果と海未を見て何だか様子がおかしいと思っていたが、予測は正しかったようだ。

 自覚しているかしていないかは分からない。だけど彼の自分達に対する認識が少し変わっているのは確かに分かる。

 

 ならば、少しは大胆になってもいいのではないだろうか。

 

 

「気にすることないわ。わざとだし」

 

「……はい? わ、わざと?」

 

「どうせ当たるような大きさじゃないんだし当たってもよく分かってないでしょアンタは」

 

「ふむ、それは確かにあるな。にこのならそこら辺にいる男子と変わらごごごごごごごごごごッ!?」

 

「やっぱりデリカシーってのが足りてないわねアンタは!! 少しは社交辞令とか言えないわけ!?」

 

 拓哉的には当たるモノより密着度のほうを気にしているのだが、やはり女の子が気にするところはそこだったらしい。

 首を絞められているせいか社交辞令を言う前にこの世界から辞令を出されかねない。

 

 

「し、死ぬかと思った……」

 

「一回死んだほうがその唐変木も直るんじゃない。ほら、落ちろ」

 

「首絞められても決して落とさない俺の優しさは無視ですか」

 

 一方的な罵倒が拓哉を襲う。

 正直、何とも思っていないわけではない少年だったが、それをにこに勘付かれるとまた厄介なことになりそうなので黙って歩く。

 

 

(くそっ、俺だって意識してるに決まってんだろ。ただでさえ今日は変なのに余計調子を狂わされてたまるか。いつもみたいにボケたおかげでバレてはないけど、そのせいで死にかけるのもアレだな……)

 

 そう、実際めちゃくちゃ意識していた。

 胸の大小なんて拓哉からすれば些細なことに過ぎない。

 

 そもそも夏合宿のときににこと話したはずだ。

 好きになったら胸の大小なんて関係ないと。それをにこが覚えているかは分からないが、嫌ってもいない女の子とこんなにも密着すれば嫌でも意識はしてしまう。

 

 

「あっ、あそこ女性用の靴置いてあるわよ。行きましょ」

 

「はいはい」

 

「……、」

 

「……ちょっと? あんだけ言っておいて何でまた密着してきてんだよ。今度は首に手まで回してきて嫌がらせか何かか。冤罪だけはごめんだぞ」

 

「うるさいわね~。そんなに私にこんなことされるのが嫌なの?」

 

「……や、別に嫌ってわけじゃ……」

 

 ただ恥ずかしいだけなのと変に意識してしまうのだが、返事に力がこもっていなかったのがいけなかった。

 にこはそれを聞いて思わず口角が上がるのを感じた。当然、おんぶしている拓哉からは見えない。

 

 

「だったら黙ってあの店に向かいなさい。にこにーは楽をしたいの」

 

「ったく、思いっきり走ってやろうかこいつ……」

 

 そんなことは言っても決して走らないのが少年の優しさだった。

 たったそれだけの気遣いが、にこの気持ちをどんどんと昂らせていく。

 

 きっとあの店に着けばおんぶは終了。

 こんなに密着することはもうないんじゃないかと思うと、若干の寂しさが出てきてしまう。

 

 だから少女はそっと少年の首に手を回し、全信頼と共に体重を預ける。

 ピクッと反応した少年に可愛らしさすら感じて、先ほどまでの喧騒すら忘れて愛おしくなった。

 

 

 

 

 

 ほんの少しの残された時間を、少女は永遠に感じていたいと思いながら堪能する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(希には感謝しないとね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対して、少年もこう感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(心臓に悪いとはまさにこのことだな……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気持ちの変化なんて、些細なことがきっかけで変わるものなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


希のサポートあってにこのアタック(?)が炸裂します。
次回はにこの靴選びから始まると思います!


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オリジナル要素は書いててとても楽しいですね。


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151.より深く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~む、迷うわね」

 

「そんな悩むことか? 靴選びなんて大体それっぽいの選べばいいだけだろ」

 

「アンタのセンスを疑いたくなるけど見た目が様になってるから余計腹立つわね」

 

 

 

 

 名残惜しいおんぶという密着度MAXの時間は終わり、今は靴を専門で売っている店の中でにこが色々吟味していた。

 女物の服装があったらアレだが、ここは靴のみを売っているので男一人の拓哉が付き添いでいても何ら肩身狭さはあまり感じない。

 

 

「アンタみたいな感覚派は知らないけど女の子は見た目が肝心なの。小さなアクセサリーや身だしなみの一つで抱かれる印象が違うんだからしょうがないでしょ」

 

「そんなもんなのか?」

 

「女の買い物は長いってよく言われるでしょ。それにだってこういったちゃんとした理由があってのことよ。たった一つのアイテムが見栄えを左右するの。だからこうやって色々じっくり見ながら自分に一番似合いそうな物を選ぶのよ」

 

「店員に借りて履いてるスリッパがなければもっと良かったんだがな」

 

「それは希が私の靴を放り投げたのが悪いのであって私は悪くないわよ!」

 

 入店したら迎え入れてくれた女性店員が驚きの表情を浮かべていたのは記憶に新しい。

 英語は全然喋れないが、ジェスチャーとド下手な英語だけで事情を理解してくれた女性店員の察しの良さと優しさがとても身に染みた。

 

 そんなこんなでにこは店用のスリッパを借りて店内で散策しているのだった。

 とは言ってももうかれこれ20分は経とうとしている。見ての通り拓哉は女の子ではなく男なのでさすがにそろそろ退屈さが出てくる。

 

 

「なあ、そろそろ決めてぱっぱと買おうぜ。他にも見ときたい場所とかあるんだろ。靴選びに時間ばかりかけてちゃ足りなくなっちまうぞ」

 

「……、」

 

 返答がない、というよりは何かを考えている様子だった。

 どれにするか決めたのかと思った矢先、にこはこちらをチラチラと見たり見なかったりしながら口を開く。

 

 

「……じ、じゃあ、拓哉が選んでよ……」

 

「あん?」

 

「聞こえなかったの!? アンタが私の靴を選べって言ってるの!」

 

「いや聞こえてたけど意味が分からなかったんだよ何で俺がお前の靴を選ばなきゃいけねえんだよ!」

 

「あ、あれよ! 私だとまだ時間かかっちゃいそうだし? それで時間潰してしまうのも悪いし? だったら拓哉に手っ取り早く選ばせてあげようって話じゃない?」

 

「何で最後上から目線なんだよ」

 

 明らかに拓哉が選んだ靴なら嬉しがってどれでも履くような表情を隠しきれていないが、それに気付く少年ではない。

 

 

「……まあ、にこがそう言うなら選ぶけど、あとで文句とか言うなよ? さすがの拓哉さんも女子アイテムのセンスは分からないからな」

 

「そんな期待もしてないからいいわよ。アンタの感覚で選んでくれていいから」

 

 ならさっきまでのじっくり吟味は何の意味があったんだとツッコミたいが言わないでおく。

 これで少しでも時間が短縮できるならさっさと選んでしまったほうがいいだろう。

 

 20分は経っているが、にこの横で何となく一緒に靴は見ていたので大体の感じで並べられている商品をもう一度だけ見直していく。

 さすがにさっき女の子はアイテム一つで見栄えが左右されると言われれば適当に選ぶわけにもいかない。

 

 けれどそんなに時間をかけるわけにもいかないから本当に感覚で無難な物を選ぶほかないのだ。

 

 

「へえ、適当に手伸ばして決めるのかと思ったけどちゃんと見るのね」

 

「うっせ。あんなこと言われちゃ俺だって考えるわ」

 

 悪態付きながらも視線は並べられた靴に向けられている。

 そういえば、先ほど希に投げられた靴が白かったのを思い出す。

 

 ファッションに疎い拓哉でも、靴は何気にファッションの全体を担う役割を持っていることくらいは雑誌で見たことある。

 ある意味において靴は全体的なファッションの顔なのだ。

 

 そしてファッションにおいて白のアイテムは基本的に何にでも合うと言われている。

 白いシャツの上に上着を羽織ればとりあえず様になるように、いわば万能的な色と言えよう。

 

 つまり、何泊もするなら当然衣服は数着必要になり、またそれによって気にする人はファッションに見合う靴も考えないといけない。

 その上でにこは選んだのだろう。白い靴ならほとんどの衣服もオシャレに見えると。

 

 結論、白い靴を選べば自分もにこも安牌。

 そんなわけで数ある白い靴からどれか一つを選ぶところまで進展した。

 

 

「……あ」

 

 意図もせず口から漏れ出た音はにこには聞こえていなかったらしい。

 視線の先にあるのは白ではあるがほんの少しピンクの色が入っているレースアップシューズだった。

 

 特に飛びぬけた派手さもなく、何なら他のシューズとさほど変わりないようにも見えるが、何故かその靴から目が離せない。

 

 

「どうしたの? 決まった?」

 

「……ああ、決まった」

 

 感覚。

 と言ってしまえばそれで終わりだろう。

 

 だけど、数ある商品の中からにこに一番似合うのはこれだと、直感でそう感じた。

 その靴を手に取り、にこへ見せる。

 

 

「これがアンタが感覚で決めたってもの?」

 

「いや、どうだろうな」

 

「? どういうこと?」

 

「いつもならそういう風に決めるけど、これに関してはこれだって直感でそう思った」

 

「何をどう思ったのよ」

 

「決まってるだろ。お前に一番似合いそうだって思ったんだよ」

 

「なっ」

 

 何故自然にそんなことが言えるのかと、にこは顔を赤くさせながら決して少年から見えないように顔を下げ靴だけを見る。

 拓哉からすれば不格好な物を選ぶより当然似合う物を選んで当たり前だろうという気持ちで選択したのに違いない。

 

 ただ、()()()()()と言われてしまえば誰だって意識してしまうのは無理もない。

 ましてや、惚れている異性に言われるとなると尚更だ。

 

 確かによく見てみればこのシューズはにこのイメージカラーであるピンクが少し入っていて可愛らしいと言えよう。

 それを含めてこれを選んでくれたという事実が少女をまた赤面と高揚感へと感じさせる。

 

 

「おっ、これ中に低反発クッションとかあって疲れにくいらしいぞ。今日はまだまだ歩くしちょうど良いんじゃね」

 

「……いや、ほんとさすがだわアンタ……」

 

「何がだよ。褒めてんのか。直感で機能性も抜群な靴を選んだ俺を褒めてるのか」

 

 雰囲気ぶち壊しもいいとこだが、よく考えてみれば疲れにくいという点では今非常に求めている一品でもある。

 それに少年が選んだという事実があるだけで、結局にこは何でもよかったのだ。機能性や見た目なんておまけ程度にしかならない。

 

 

「じゃあこれにしようかしら。サイズもこれで合ってるし」

 

「分かった。んじゃ買ってくるからそこのイスに座って待ってろ」

 

「え?」

 

「ん?」

 

 買いに行こうとしたところでにこの素っ頓狂な声で足が止まる。

 認識の齟齬が生まれた瞬間だった。

 

 

「いや、何で拓哉が買おうとしてんのよ。私の靴なんだから私が買うのが当たり前でしょ」

 

「何言ってんだ。仮にも靴を選んだのは俺だぞ。値段見てみれば割とするし、ここは選んだ俺が買うのが当然だろ」

 

「それがおかしいって言ってんの! アンタは何も悪くないんだしただ靴を選んだだけでしょ!? お金払う理由なんてどこにもないじゃない!」

 

「だから高いのも知らないで値段も見ずに俺が選んじまったから責任取って払うっつってんだろうが!」

 

「そんな責任取らなくていいのよ別に! ……まさかアンタ、他の女の子にもこういうことしてるんじゃないでしょうね!? これだから唐変朴念仁なのよアンタは!!」

 

「変な略し方してんじゃねえよ何だその理不尽なあだ名は! というか論点変わってるじゃねえか!!」

 

 痴話喧嘩に見えなくもないやり取りを女性店員が困惑した表情で見ているが、バリバリの日本語なので雰囲気でしか感じれないオーラに喧嘩を止める術すら分からなくて戸惑っている。

 

 そんな店員の精神が削られているあいだにも日本人男女はヒートアップしていく。

 

 

「そもそもアンタのそういうとこが女たらしの原因の一つなんだからもう少し注意したらどう!? そんなんじゃいつか愛想尽かれるわよ!」

 

「愛想尽かれるほど誰かからモテたことなんて一度もないですぅー!! 女たらしなんて俺には似合わなすぎて反吐が出るわ! 何なら女たらしになってみたいぐらいだわちくしょう!!」

 

「こ、の……本当に罪深い男ねえアンタは! それで何人の女の子泣かせてきたのよこのクズ!!」

 

「いや話聞けや!! これ以上言われると俺の男としての尊厳が踏みつぶされ過ぎてそろそろ泣くぞこら!!」

 

 もう論点のすり替えどころの話じゃなく、ただの痴話喧嘩になっていた。

 悲しき口論の末、拓哉の女性経験ゼロというとてもとても悲しい事実だけが浮き上がってきていて何なら勝敗はもう決まっちゃっていた。

 

 大声で言い合っているせいか二人の息は荒く、どちらもお互いを牽制しながら睨みあっている。

 数秒の沈黙を破ったのは岡崎拓哉だった。

 

 

「はあ……はあ……こうなったら、あっちむいてほいジャンケンで決めようぜ」

 

「はぁ……はぁ……いいわよ。それなら文句もなしね」

 

 ジャンケンには勝つ法則があるとかないとか囁かれているが、結局は運の確率が大きい。

 だからあっちむいてほいなら運というよりも相手の顔の予備動作を観察していれば勝てる可能性もでかくなってくるのだ。

 

 

「「じゃんけんぽん!!」」

 

 勝ったのは拓哉。

 むしろここからが本命なのでまだ油断はできない。

 

 にこはできるだけ予備動作をしないように拓哉の指先だけを睨む。

 拓哉はにこの顔を見てじっくりと観察しながら、決めた。

 

 

「いくぞ。あっちむいて……ほぉぉぉおおおおおおおい!!」

 

 思わず勢いで目を閉じて右へ顔を振り向けたにこ。

 拓哉が指先を向けたのは下。

 

 というわけでもう一度じゃんけんからし直す。

 はずだった。

 

 

「っしゃいただきぃー!!」

 

「……ん? え? ……っはぁっ!?」

 

 にこが反射的に目を閉じて違う方へ向いたのがいけなかった。

 いいや、ルール上それはして当然なのだが、拓哉がとった行動がルールの範囲外だったのだ。

 

 にこが振り向いた瞬間に拓哉は靴を持ったままレジへと直行。

 それに気付くのが数瞬遅れたにこはあまりの驚愕に行動を移すのができなかった。

 

 つまりは、拓哉の反則勝ちというルールもへったくれもない形で勝敗は決した。

 早々に困惑していた女性店員とレジでやり取りを済ませた拓哉はそのままにこの元へ戻ってくる。

 

 

「アンタねえ……」

 

「恨むんなら安易に俺の作戦に乗った自分の浅はかさを恨むんだな」

 

 がっはっはとバカみたいに笑う拓哉ににこはただため息を出すしかない。

 何かと言ってやりたいことばかりだが、既に会計を終わらせたからこれ以上は野暮というものだろう。

 

 仕方なく靴を受け取ってその場でスリッパと履き替える。

 

 

「何でそんな卑怯な手まで使って自分で払ったわけ?」

 

「そもそも自分の金使わなくて済んだのを素直に喜ぶところじゃないのかそこは」

 

 サイズがピッタリなおかげか、スムーズに履くことができた。

 履き心地も良い。値段が値段だからかやはりそこらへんも考えられているようだ。

 

 その様子を見て、拓哉は頭に手をやりながら重い口を開く。

 

 

「まあ、何だ。俺が選んだからってのは本当だけど、本気でお前に似合うって思ったから、どうせなら俺自身がにこにプレゼントしたかったってのもある」

 

「……まさかそのためにムキになってたの?」

 

「ああそうだよ悪いか」

 

 どこまでお人好しなのか、それともただのバカなのか、おそらく両方なんだとにこは思う。

 好きでもない女の子にそこまでできるのはもはや一種の才能なんじゃないかと思うほどの所業だろう。

 

 それでも、そんな心遣いが、とても心地いい。

 どれだけ言い合っても、どれだけ口論しても、結局は()()()行き着く。

 

 些か少年に心酔しすぎではと自分でも思うほどに好いているのだろう。

 でもそれでいい。それがいい。

 

 少年からのプレゼント。

 しかも本気で似合うと思って選んでくれた物なら、嬉しくならないはずがない。

 

 さっきまでの怒りの感情はどこかへ吹っ飛び、イスから立ちあがる。

 

 

「何だ、急に機嫌よくなったな」

 

「まあよく考えたら私にはマイナスなこと一つもないし、いいかなって。それより行きましょ。みんなと合流しなきゃでしょ」

 

「はいはい。女の子の機嫌はコロコロ変わるって言うけど本当に分からんな」

 

 ため息交じりに呟きながらも、にこの表情を見てこちらまで口角が上がってしまう。

 卑怯な手こそ使ったが、多分これが最善だったんだろう。

 

 そんなことは、今の少女を見ればよく分かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら早くしなさいよ拓哉ー。にこにーを待たせるなんてこの世で一番の重罪よ~死刑よ~」

 

「大銀河宇宙ナンバーワンアイドルが軽く死刑とか言うんじゃありません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 矢澤にこは、自分の名前の由来に負けないような笑顔で手を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


オリジナル要素書くのが楽しすぎて今回もにこ回になっちゃいました←
読者ににこ推しの人はどれだけいるんだろうと思う今日この頃です。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!






ところで今期アニメのヒナまつりが面白いです。


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152.既視感

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ拓哉君」

 

「ん、何だ希」

 

 

 

 何とか穂乃果達と合流した拓哉とにこはとりあえず安堵して、また各自で好きなように色んな店や観光場所を好きに見ていた。

 それを少し離れたベンチに座って眺めていた拓哉に希が話しかける。

 

 

「にこっちとの靴選び、楽しかった?」

 

「楽しかったって聞かれてもなあ。俺はただにこに付き添っただけだし、そもそも靴買うだけなのに楽しいとかあんのか?」

 

 質問に質問で返してしまう。

 楽しかったかどうかで答えるとなると、正直楽しいわけではなかった。

 

 女の子とはいえ年上の少女をおんぶしながら店内に入るのは中々恥ずかしかったし、結局いつも通り言い争いになったりもした。

 最後には機嫌も良くなってはいたが、結果論と言ってしまえばそれまでだろう。

 

 にこの気持ちなんて分かるはずもなく、自分が楽しかったのかなんて余計に分からないのが本音だ。

 

 

「楽しい人は楽しいんとちゃうかなあ。にこっちも今は笑ってるし、決して楽しくないとは思ってなさそうやけど」

 

「うーん、まああいつが楽しかったんならそれでいいけど」

 

「ふふっ、可愛らしい靴やん」

 

 含みある笑みを浮かべて希はにこへ視線を向けながら言う。

 穂乃果や絵里と喋りながら歩いているにこは数十分前より機嫌が良さそうに見えなくもない。

 

 ほんの少しだけ視線を下に下げると、にこの靴は新品な物へと変わっている。

 白を基調としていて少しだけピンクが入っているシューズだった。

 

 

「あれってにこっちが自分で選んだん?」

 

「いいや、選べって言われたから俺が選んだよ。……まあできるだけ似合う物を選んだつもりだけど、変か?」

 

「ふーん……」

 

 拓哉の言葉に希はにこの方を見ているだけだった。

 その顔はいたずら好きな少女のような顔にも見える。そんなある意味元凶の少女は拓哉に顔を向けて言い放つ。

 

 

「じゃあ今度はウチともデートしてねっ」

 

「ぶっ!? い、いきなり何言ってんだ! デート!? 何それ美味しいの!?」

 

「確かに美味しい人には美味しいかもな~。にこっちとは上手くデートできたみたいやん?」

 

「あれはデートじゃないだろ!? デートってのは付き合ってる男女がするものであって非リア充の俺には無関係すぎるものだから……あれ、何だか悲しくなってきたぞ」

 

「別に付き合ってるカップルだけがデートするわけじゃないんやけどなあ」

 

 好きな異性を誘ってどこかに出かける。これも一種のデートに入るのだろうが、そこの認識は人それぞれだろう。

 少なくともにこは拓哉とのあの時間をそう思っていたのに違いないが。

 

 

「それで、ウチとはデートしてくれるん?」

 

 どこまでもイタズラ好きな笑みを浮かべながら希は言う。

 ほんのりと頬を染めながら言ってくる様はまさに演技力抜群の女優並に男性を勘違いさせるほどの威力を持っている。

 

 

「だからデートじゃないってのっ。……ま、まあ……どこか出かけるくらいだったら付き合ってやるよ……」

 

 プイッと首を横に振りながらあからさまに照れた表情で了承した拓哉に希は満足気な顔になった。

 

 

「うんうん、これで言質はとったからね。今更ダメとか言わせへんで~?」

 

「からかい上手の希さんかお前は……。た、ただし! 俺にもお財布事情というのがあるのでなるべく高いのはなしにしないとダメだかんな!」

 

「分かってるよー。別に拓哉君に奢らせるわけじゃないし、二人で楽しむってのが目的なだけやから」

 

「……お、おう……? ならいいんだけど」

 

 何だかよく意味を理解していない少年だが、これが希の狙いでもあった。

 からかう素振りを見せてデートに誘い、拓哉はただ希がからかってきてるだけだと思っていてにこのように自分が奢るのかと勘違いしていたところをただ普通に楽しむ。

 

 そういう邪推な勘違いから純粋な目的を言われると変に納得してしまうのが人間である。

 

 

「それじゃウチもエリチ達と他のお店見てくるね」

 

 応える前に希は去っていく。

 パタパタと走り去っていく希を見ながら拓哉はベンチに座り直す。

 

 

「……デート……じゃ、ない……よな……?」

 

 にことの時間が果たしてデートとなるものだったのか、希との約束がデートになるものなのか。

 何とも言えないむず痒さを感じつつ空を見る。

 

 

「日も暮れてきたな……」

 

 きっと、自分の顔が赤くなっているように感じるのは夕陽のせいだと思いたい、そう感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、絵里達と合流する直前の希は密かに両手で小さくガッツポーズをやっていた。

 

 

 

 

 

(やった! これで拓哉君と二人でデートができる……!)

 

 からかっているように見えていたが、実際のところはそう見せているだけだったのだ。

 内心希も不安が入り混じっていた。

 

 わざとからかうようにデートに誘いながらも断られたらどうしようかと。

 結果的に上手くいったが、正直希自身頬を染めていたのは演技でも何でもなく本気の照れだった。

 

 いつだって計算高く、いつだって全てを知っているようなスピリチュアル少女だって、自分の恋の行方を占うことも知ることもできないただの女の子である。

 だから楽しい。だから不安にもなる。だから頑張れる。

 

 不安定な未来を確実にするために、少女はまた一歩を踏み出していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に広がっているのは視界いっぱいに光が溢れている夜景だった。

 

 

 

 

「「「「「「「「「わぁ~……!」」」」」」」」」

 

「まさに大都会って感じだな」

 

 日も暮れ始めてきたところを境に移動を始めて、街を見下ろせるビルの屋上までやってきていた。

 まだ若干夕陽が見えるものの、それが逆により幻想的な景色を彷彿とさせる。

 

 

「さすが、世界の中心……」

 

「綺麗やねえ。ライブのときもこんな景色が使えたら最高なんやけど」

 

 そう思えるほどに、いっそ神々しささえ感じた。

 眩い光量でありながら目を釘付けにされてしまう。まるで夜空の星々を地上に反映させているようにも思えるビル群は、夜に変わりつつある街を照らし続けている。

 

 

「何かどこも良い場所で、迷っちゃうね」

 

「そうですね」

 

 アメリカに付いた当初の海未はずっと警戒心と不安を隠すことなくオーラとして纏っていた。

 けれど今はそんな不安はどこへやらとでも言いそうな表情で言う。

 

 

「最初は見知らぬ土地で自分達らしいライブができるか心配でしたが」

 

「案外良いもんだった。だろ? 俺もそう思ったし」

 

「……ええ。本当に」

 

 不安がないかと聞かれればないとは言い切れなかった。

 多少の不安や懸念は当然あって、自分以外がか弱い女の子だからという心配もあったが、いざ街を見て回れば何の心配もいらなかった。

 

 都会特有の明るさ、人々の喧騒、どれだけ見ても飽きないほどある店や名所。

 国は全然違うのに、何だか既視感を感じていたのは何故だろうか。

 

 

「……そっか」

 

「凛?」

 

 街を見下ろしながら呟く凛に全員が視線を向ける。

 

 

「分かった……分かったよ! この街に凄くワクワクする理由が!」

 

「ワクワクする理由?」

 

「この街ってね、少し秋葉に似てるんだよ!」

 

「この街が?」

 

「秋葉に?」

 

「……そうか」

 

 凛の言葉に、拓哉はただ一人納得したように声を上げる。

 そう考えると色々腑に落ちた。

 

 

「楽しいことがいっぱいで、次々と新しく変化していく! 街の雰囲気も、そこにいる人達の喧騒も似てるんだよ!」

 

「……うん、実は私も少し感じてた! 凛ちゃんもそうだったんだね!」

 

「うん!!」

 

 ことりも薄々感じていたらしい。

 いいや、多分、言わなかっただけで穂乃果達は分かっていたのかもしれない。

 

 規模も数も全然違うのに何故か既視感や何かに似ていると思ったのは、自分達のホームと酷似していたから。

 拓哉が既視感を感じていたのに穂乃果達が感じていないはずもない。

 

 

(そうか。凛が先に言うようになったか……)

 

 いつもならこういうことは真っ先に穂乃果が言うのが常だった。

 気付いたことや感じたことを素直に口に出すのは、いつだって率先してきたのはリーダーの穂乃果だ。

 

 けれど、絵里達が卒業したらリーダーは穂乃果から凛になる。

 凛にそういった自覚が今あるのかはまだ定かではないが、何だか感慨深くなった。

 

 世代というものは必ず変わるものだ。

 その瞬間を、その前兆をひしひしと感じたまま拓哉は再び夜に呑まれつつある街を見下ろした。

 

 

「言われてみれば、そうかもね。何でも吸収して、どんどん変わっていく」

 

「だからどの場所でもμ'sっぽいライブができそうって思ったんかな」

 

 贅沢な選択肢であって、幸せな悩みというのが当てはまるのかもしれない。

 候補もたくさんあって決め所に欠けるのは避けたいが、どうせなら自分達が一番輝けるところで歌いたいのが本音だろう。

 

 今日には歌う場所を決めておかなければ明日の本番に支障をきたしてしまうという焦りはない。

 今の穂乃果達を見る限りそんな心配は杞憂でしかないだろう。

 

 

「さて、そろそろ夕飯でも食べに行くか。そこでライブをどこでするか話し合おうぜ」

 

「そうね。夜のうちにテレビ局の人に電話して明日のセッティングの準備してもらわないといけないし、そうしましょうか」

 

 メンバーの顔をそれぞれ見れば分かる。

 きっと、場所は案外すぐに決まりそうだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年少女達は、どこか秋葉と似ているアメリカの街を見下ろすビルを後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


希はやはり策士……けれど乙女。という感じですね。
そろそろ謎の女性シンガーが出てきそうかな~と。



いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!





ぷちぐるラブライブを事前登録していたものの、配信されてからまだインストールすらしていない弱者です←


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153.旅先でトラブルは付き物

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とあるレストランにて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うぅ……っ……」

 

「花陽ちゃんが泣いてる……」

 

「どうしたのよ?」

 

「まさか落とし物でもしたか?」

 

 公共の場にも関わらず、小泉花陽は両手で顔を覆いながら呻くようにすすり泣いていた。

 入店する前までは普通だったと記憶しているが、メニューを睨むように見渡したと思ったらこうなったことに拓哉は疑問に思う。

 

 

「にこちゃんかよちんに何かした!?」

 

「してないわよ!」

 

「具合でも悪い?」

 

「ホームシック?」

 

 希と絵里の問いに対して首を横に振る。

 ならば何だというのか。泣くほどのことがあるとすれば大事な物をどこかで落とした以外で思いつかない。

 

 

「……くまいが……」

 

「くまい? 何それたくちゃん、英語?」

 

「知らん。俺に聞くな」

 

「白米が食べたいんです!!」

 

「ああ、なるほど……」

 

 一瞬で納得した。

 

 

「こっちに来てからというもの、朝も昼も夜もパンパンパンパンパン! 白米が全然ないの!」

 

「でも、昨日の付け合わせでライスが―――、」

 

「白米は付け合わせじゃなくて主食! パサパササフランライスとは似て非なるものッ!!」

 

「諦めろ海未。花陽に米の話で勝てるヤツはきっとこの世にはいない。おそらく米農家ほどじゃないと太刀打ちできないぞ」

 

 すっかり忘れていた。というわけではないが、そういえばこっちに来てから白米という白米を食べた記憶がない。

 拓哉達からすれば問題はない。けれど、自他共に認める白米教信者あるいは教祖と呼ばれるかもしれない花陽にとっては重大も重大すぎる問題であった。

 

 

「ごに飯と書いてご飯……白米があってご飯が始まるのです……!」

 

「花陽ちゃんってここまで重症だったっけ」

 

「ここ数日白米食べてないせいで禁断症状でも出たんだろ。花陽にとってはある意味ホームシックより重い問題だからな……」

 

「うぅ……あったかいお茶碗で真っ白なご飯を食べたい……。あ、このパン美味しっ」

 

「ちょっと揺らいでんじゃねえか」

 

 かといってこのままだと本当に白米が食べられない花陽はどこかで愚図りそうでならない。

 毎日摂取したいほどたまらなく好きな食べ物があったとして、それが数日間食べれなかったりすればこういうことに陥るのかもしれない。

 

 花陽にとって白米はある種の麻薬ではないかと思わないでもないが、できるものなら何とかしてやりたいというのが本音だ。

 

 

「凄い白米へのこだわり……」

 

「と言ってもねえ」

 

「……仕方ない。真姫、どこか白米食べれるような店とか知ってるか?」

 

「まあ、知らなくはないけど……」

 

 困ったときの万能お嬢様知識が役に立つときだった。

 そうと決まれば善は急げである。

 

 

「よし、じゃあ移動だ。久しぶりに白米でも食べに行こうぜ。幸いまだ何も頼んでないし、先出のパンだけだから何とかなるだろ」

 

「ほんとですか!? 行きましょうすぐ行きましょうマッハで行きましょう!」

 

「キャラ変わってんぞ」

 

 何はともあれ10人での大移動が再び始まる。

 正直拓哉も日本食が少し恋しくなっていたのは事実だった。何だかんだで自分は日本人なのだと異国に来て思い知らされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この街にもこんなお店あるんだね~」

 

「世界の中心だからね。大抵のものは揃っているわ」

 

「それにしても分かりやすい外観だよなあ」

 

『GoHAN-YA』と書かれた看板を見ながら思う。

 これほどシンプルで日本食を扱ってそうな店は日本でも早々ないだろう。

 

 店内で食べた物もちゃんとした日本食ばかりだった。

 拓哉達が普通の定食を頼んでいるとき、花陽だけが定食に特盛ご飯を頼んでいたのはもう想定内だったから驚きもしない。

 

 

「美味しかった~。やっぱり白米は最高です~!」

 

「良かったね、かよちん!」

 

 日本でよく見るたぬきの置物の腹を撫でながらご満悦の花陽。

 満足しているなら連れてきた正解だっただろう。

 

 

「さて、どこでライブするかも決まったし、そろそろホテルに戻るか」

 

「そうね。早めに戻って準備しておいたほうが余裕もできると思うし」

 

 花陽が白米にがっついていた以外では話し合いはスムーズに進み、元々の目的であったライブのステージをどこでするかはすぐに決まった。

 アメリカの名所であって誰もが注目するという意味では、きっとあそこが正解だろう。

 

 メンバー全員が店から出てきたのを確認してから歩き出す。

 

 

「何だかこうしてると学校帰りみたいだねえ」

 

「そうね」

 

「不思議な感じ」

 

「国も違うのにな」

 

「みんなとこうしていられるのももう僅かなはずなのに、この街は不思議とそれを忘れさせてくれる」

 

 本来ならもう卒業式は終了していて、活動自体が終わっていてもおかしくはなかった。

 そんなところに依頼が来たからこうしてまだ活動も続けられていて、みんなと一緒に同じ道を歩くことができる。

 

 たとえ僅かな時間でしかなくても、これは拓哉やμ'sにとってはとても貴重で大切な時間なのだ。

 まるで余命がほんの少しだけ延びたような感覚。それでも、だからこそ大事にしなくちゃいけない。噛みしめなくちゃいけない。楽しまなくちゃいけない。

 

 

「しんみりするのはまだ早いだろ、絵里」

 

「拓哉……」

 

「少しだけだけど、残された時間を俺達は俺達なりに楽しんでいこうぜ。そのための、まずは明日だ」

 

「……そうね!」

 

「っ……」

 

 スッと、普段の絵里では見られないようなニカッとした笑みに言葉が詰まった。

 いつもが大人らしい清楚美人なイメージを持っていたから、今のは余計に心にくるものがあった。

 

 

「? どうしたの拓哉?」

 

「……いや、何でもない」

 

 いつもならふざけて可愛いだの愛してるだの言ってきた拓哉だが、最近はあまり言わない、というより言えないようになってきている。

 常日頃から彼女達のことは可愛いとは思っているが、最近はそれ以外の感情のようなものが邪魔して容易に口に出せないでいた。

 

 理由は分からない。それ以外の感情も何なのか分からない。

 恋愛初心者以下の少年に恋心を理解できるはずもなく、ただただアニメやマンガから得た知識で分かったような気になっているだけに過ぎないのだ。

 

 鈍感というより、無知。

 知っているから理解はできるものであって、知らなければ理解するのは難しいのと同じようなもの。

 

 

(何なんだいったい?)

 

 自分の内に問いかけるものの、当然答えは返ってこない。

 そもそも自分でも分からないのに、自分の心に問いかけたところで分かるはずもない。内なる自分なんてそれこそ二次元の世界の話だ。

 

 

「うーん」

 

「何かお悩みですか拓哉くん?」

 

 腕を組みながら歩いていると、大好きな白米を食べることができてご機嫌な花陽が笑顔で前に出てきた。

 

 

「悩みってほどでもないと思うんだけどなあ」

 

「その割には唸ってますけわひゅ」

 

「やっぱな~、何だかな~」

 

 目の前を歩く花陽の頭に手を置いてわしゃわしゃするも、何かが分かるということはない。

 ただ花陽が可愛いという事実に頭が埋め尽くされるだけである。

 

 

「うん、多分これは俺の気持ちの問題だと思うし、まあそのうち分かるだろ。心配かけて悪かったな花陽。飯は美味かったか?」

 

「はいっ、とても美味しかったです!」

 

「そっか、そりゃあ何よりだ」

 

 小動物のような雰囲気を纏わせながら笑う花陽にこちらまで笑みが零れる。

 この問題は拓哉の中だけで生じている。だからμ'sの活動自体には支障はない。言ってしまえばさほど気にすることでもないのだろう。

 

 そう結論付けて拓哉は穂乃果達の背を見ながら歩を進めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 案外すぐに、その問題と向き合うことになるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大都会特有なのかこの駅内のめんどうくささってのは」

 

「人口が多いと駅によっては広いとこじゃ迷路みたいになるのは仕方ないことなのかもねえ」

 

 そこは日本の東京と変わらない感じなのだろうかと、改札を通りながら愚痴を零す。

 人が多いのもあって立ち止まることができずに進んでいく。

 

 

「帰宅ラッシュでもないのに人が多いとかどんだけなんだよアメリカ……」

 

「ほら、文句言わないでさっさと進む」

 

 絵里に宥められながら階段を下りていく。

 ここでこれなら眠らない街と言われているラスベガス付近の駅は四六時中こんななのかと勝手に気分が落ちる。

 

 混雑時は日本と変わらないのに、周りから聞こえてくるのは日本語ではなく英語ばかり。

 それだけで異国感は凄まじい。おそらく一人になればすぐに迷子になるだろう。

 

 見知らぬ地で迷子になるのはさすがの拓哉でも恐ろしい。

 海未達みたいにまだ数人いれば別だが、一人となると色々変わってくるものだ。

 

 

「あ、あれじゃない?」

 

 絵里の指さす方を見ると、ちょうど電車が来たところのようだ。

 ホームのほうは人はそんなに多くなく、スムーズに電車内に入ることができた。

 

 

「部屋に帰ったらシャワー浴びて寝るかなあ」

 

 軽く伸びをしながら独り言を呟いた直後。

 ことりが声を上げた。

 

 

「あれ、穂乃果ちゃんは?」

 

「……は?」

 

「え、来てないの?」

 

 思わず素っ頓狂な声が出てしまうが関係ない。

 慌てて周りを見渡すも、穂乃果の姿はどこにもなかった。

 

 まだ階段を下りてきていないのか。それともどこかではぐれたのか。

 人が多いということは、それだけ誰かとはぐれることも迷う確率も多くなる。

 

 

(くそっ!)

 

 失念していた。

 いくら混雑しているとはいえ、せめて後方確認とかしておけばよかった。最後尾で誰もはぐれないか見守っておけばこんなことにはならなかったはずだ。

 

 

「ねえ、あれって穂乃果ちゃんやない!?」

 

 希の声に勢いよく振り向くと、向かいの止まっている電車に穂乃果らしい人物が慌てて乗っている姿が見えた。

 というか、穂乃果本人であった。

 

 どうやら乗る際に転けたようで顔を手で覆っているが、こちらには一切気付いていない。

 そんなことよりもだ。こんな呑気なことを考えている場合ではないのをすぐ思い出して乗っていた電車から降りる。

 

 

「だぁー! 何やってんだあのバカ!! あれ逆方向行きの電車じゃねえか!!」

 

「ちょっと拓哉!? どこ行くのよ! もう穂乃果の乗ってる電車閉まってるわよ!」

 

「俺はこのまま走って穂乃果の電車追いかけるからお前らはホテルに戻ってろ!!」

 

「何言っ―――、」

 

 真姫の言葉は閉まったドアによって遮られた。

 穂乃果でもさすがに間違えたことに気付いて一つあとの駅で降りるはずだ。

 

 だからまずはその駅へ向かって走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしても騒ぎ起こさなきゃ気が済まねえのかあいつは!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 特大の愚痴を叫びながら少年は背の高い人々の障害物をかわして抜けて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


穂乃果といえばトラブル!!
そして花陽は可愛い。白米のことになると熱くなるギャップがいいですよね。



いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆10)をいれてくださった


カシム1267さん


最近高評価がなくてモチベ微妙だったのですが、救われた思いです。本当にありがとうございました!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!




来週更新できるか微妙かもしれません。


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154.女性シンガー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホテルの駅、こんな階段じゃなかったよね……」

 

 

 

 

 単純に言ってしまえば、高坂穂乃果は迷子になった。

 高校生で迷子というのも何だと思わないでもないが、異国の地とあっては大人でもナビやいざとなれば英語でコミュニケーションをとらなければならないほどだ。

 

 電車を乗り間違えて逆方向に乗ってしまったが、急いでいた穂乃果はそんなことも確認せずに乗車したせいで気付いていない。

 だからまずは位置を把握する必要がある。

 

 いくら見覚えがなくてもマップやナビ機能を使えばここがどこなのか大体で分かるし、または誰かと連絡をとって教えてもらうことが先決だ。

 そう思った穂乃果はまず携帯を取り出してホーム画面を開いた。

 

 そこには通知画面が写っていた。

 岡崎拓哉からだ。

 

 

『降りた駅の近くにいろ。絶対遠くに行くんじゃねえぞ』

 

 この文脈だけで分かる。

 少年が自分を探しに来てくれているのだと。

 

 

「そうだ、返事しなきゃ……あっ」

 

 返事を打とうとした瞬間、携帯の画面がプツンと切れた。

 今日は要所要所で携帯を扱っていた。写真を撮ったり検索をしたりと。しかしそのせいでよほど電池を喰っていたらしく、ここにきて充電が切れてしまったのだ。

 

 

「ど、どうしよ……」

 

 これでは返事を返すことも連絡もできないし、何よりナビ機能が扱えないことが一大事である。

 携帯用充電器を持って来ればよかったと今更思っても時すでに遅しだった。

 

 

(で、でもたくちゃんが今私を迎えに来てくれるなら、あんまりここから動いちゃダメだよね……)

 

 返事はできなくても少年からのメッセージを読めば既にこちらへ向かっているということくらいは分かる。

 向こうは携帯で地図を見えるから、おそらく線路沿いに走ってきているはずだ。

 

 

(できるだけ目立つところにいた方がいいのかな……)

 

 そう思ってどこか見つかりやすい場所を探そうとして周りを見渡した瞬間。

 どこかからか歌声が聴こえてきた。

 

 この街は基本的に夜でも人通りは多いほうであり、それに伴って喧騒もそれなりにある。

 しかし、その歌声だけはスッと穂乃果の耳に入ってきた。

 

 ストリートライブなんて日本でも珍しくはない。アメリカとなれば至るところでやっているのは事実だ。

 アメリカからすれば何気ない日常の中にあるほんの少しの刺激。

 

 そのせいなのかは定かではないが、自然と穂乃果はその歌声へと吸い寄せられていくように駆けていく。

 駅の出口から離れないほうがいいと分かっていても、その足は止められなかった。

 

 人だかりを掻い潜りながら道路を渡って歌声の主を確かめに急ぐ。

 

 

「あっ……」

 

 歩道からほんの少し外れた路地で、その主はいた。

 曲を鳴らし、スタンドマイクで歌っているその姿を見て思わず口から漏れた。

 

 決して高くはない身長。アメリカ人特有の髪の色でもないし、どちらかというとアジア系の人物に思える。

 何だか他人のような気がしない。単純にそう思った。同じ日本人のように見えるからだろうかとも思ったが、思考はそこで中断された。

 

 

(凄い……)

 

 英語ド素人の穂乃果でも分かるような、流暢で綺麗な英語の歌を発音も完璧で歌われている。

 何よりも惹かれるのは、その表現力だろう。歌声には様々な歌い方などの種類がある。

 

 こぶし主体の演歌や高音域やビブラートが特徴的なオペラといったところが例えとしてはいいとこかもしれない。

 そして、どの歌や声にしても、それを演じたり歌う者の表現力が問われることが多い。

 

 歌が上手いだけじゃ人の心には響かない。歌う表現者によって聴き方は変わってくると言っても過言ではないのだ。

 とどのつまり、穂乃果はその歌声に聴き惚れた。

 

 言葉に表現するのが難しいと思えるほどに、その場から一歩も揺らぐことなく聴き入ってしまう。

 歌詞の意味は分からない。ラブソングなのかもしれないし、失恋ソングかもしれない。はたまた狂気に満ちた歌詞かもしれない。

 

 けれど、そんなものは穂乃果からすれば些細なことに過ぎない。いいや、意味は分からなくても何となくで感じることはある。

 きっと歌われているこの歌詞は、優しいものなのだと。そんなこと、今歌っている女性の表情が全てを表しているのだから。

 

 数分たった頃、曲が終わって再び道を歩く人々の喧騒が耳に侵入してくる。

 無自覚に余韻に浸っているあいだにその女性は聴いてくれた客へ感謝の言葉を向けていた。

 

 統率の取れていない拍手が蔓延る中、その音に気が付いた穂乃果も自分の存在を主張せんとばかりに大きく手を叩き続ける。

 だからだろうか。

 

 周囲の人間よりも小さく見えたその少女から発せられた大きな拍手に、女性シンガーが気が付いた。

 段々と散らばっていく人の中で穂乃果と女性の目が合うと、その女性は微笑みながら穂乃果へと近づく。

 

 

「見てくれてありがとう。あなたもしかして、日本人?」

 

「そ、そうです! ……って、に、日本語? お姉さんまさか……」

 

「うん、日本人だよ」

 

 とんだ救世主のご登場であった。

 ここにきて言葉が通じる相手と会えたのは不幸中の幸いといったところだろう。

 

 

「見たところ、高校生かな? 夜に女の子一人は危ないわよ?」

 

「あ、あはは~、それがですね……」

 

 機材を片付けながら話す女性に穂乃果は事の顛末をすべて話した。

 何とも間抜けないきさつだったが、事が事なだけに話せずにはいられない。

 

 

「なるほどねえ。……よし、じゃあ一緒にそのホテルまで行ってあげる!」

 

「えぇ! 本当ですか!? でも、ホテルの名前忘れちゃって……」

 

「だーいじょうぶ。そのホテルの特徴とか教えてくれたらいいよ。これでも結構ここのこと詳しくなったんだから!」

 

「特徴、特徴……あっ、大きな駅があって、大きなホテルです! あと、大きなシャンデリアもありました!!」

 

「ふんふん……うん、ならあそこで確定だと思う。それじゃ行こっか!」

 

 何だかとんとん拍子で話が進んでいくことに違和感を感じながらもその女性に着いて行く。

 と、ここで何か忘れていないかということに穂乃果はようやく気付いて足を止めた。

 

 

「あれ?」

 

「どうしたの?」

 

「うーん……何だか大事なことを忘れてるような……」

 

「大事なこと? ホテルに帰ることじゃなくて?」

 

「それももちろん大事なんですけど……私にとっては大事というか、忘れちゃダメなというか、忘れたら本気で怒られそうというか、絶対怒られるというか……うう、お腹痛くなってきた……」

 

「顔が青くなってる気がするんだけど大丈夫?」

 

 心配してくれる女性をよそに、穂乃果は何を忘れているのかを必死に思い出す。

 思い出さなくてはこのあと非常に痛い目に遭いそうな予感がプンプンしていると穂乃果の危機的レーダーが警告を鳴らしていた。

 

 あまりに話が上手くいきすぎているせいかすっかり記憶から抜け落ちていたが、このまま駅に向かってはダメだと思う。

 そう、自分の今の状況を俯瞰的に見てみればすぐに分かる。

 

 見知らぬ土地で、思いっきり迷子になっている状況なのだ。しかも夜ときた。

 高校生とはいえ女の子一人がそうなっていると心配するのが友達であり仲間だ。そして、そんな危険要素がほんの少しでもあれば必ずどうにかしようと動き出す人物が幼馴染にいたではないか。

 

 今にも思い出しそうな、というよりもう思い出した瞬間だった。

 微かに遠くから足音のようなものが聞こえてきたような感じがしなくもない。

 

 いいや、これは紛れもない足音だ。

 ただ、普通の足音ではない。トコトコと歩いている音でもなく、タタタタッと走っているような軽やかな足音でもない。

 

 それは幻聴でも錯覚でも何でもなく、ドドドドドドドドドッ!!という激しい音と共にだんだんこちらへ近づいてくるのを穂乃果は背後から感じた。

 

 

「何か音するけど、何かしら? こっちに近づいてる? ってどうしたの?」

 

「あ……あぁ……ぁぁ……」

 

 女性が心配して顔を覗いてくるが、それに反応しない。というかできない。

 それよりも背後に視線を向けるのが恐ろしすぎるという感情が遥かに上回っている。

 

 あの足音の正体を高坂穂乃果は知っている。

 人通りが多いにも関わらず、その足音はリズムを崩すことなく向かってきている。

 

 いったいどういう理屈と原理で人間からあんな足音が出るのかとか、人通りも多いのにスピードが落ちることなく走れているのかとか、そういう疑問も出ないではないが、こういう時のあの少年に常識は通用しないのは穂乃果の記憶を振り返ってもよく分かっていることだ。

 

 だから穂乃果は立ち止まり、振り向きたくない首を恐る恐る後ろへ向けていく。

 そのあいだにも足音は大きくなっていき、恐怖心が心を支配してくる。

 

 そして意を決して振り向いた先には。

 

 

「……ヒィッ!?」

 

 鬼がいた。

 陸上選手もビックリな姿勢とスピードでこちらに迫ってくる鬼がいた。

 

 幼馴染であるはずの、自分の好きな人であるはずの少年が鬼の形相でこちらに向かってきている。

 少年の後ろでは何故か土煙のようなものが舞っており、何だかマンガの1シーンを彷彿とさせるような気がしないでもない。

 

 ともあれ、あちらのターゲットは間違いなく自分だと120%の確信で言える穂乃果だが、あの顔を見てしまったせいで逃げたい気持ちが半端ない。

 しかし、あまりにも威圧的すぎるオーラのせいか、まるで足に釘を打たれているかのように動くことすらできなかった。

 

 言うなれば詰みだった。

 ガクブルと震える足を動かすことはできず、何かもう死ぬんじゃないかというプレッシャーまでしてきそうな感覚に陥る。

 

 だが、そんなことお構いなしなのが鬼である。

 

 

「ほォォォのかァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」

 

「ヒィィィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!?」

 

 ここがアメリカだということなんて忘れて思い切り悲鳴が出た。

 完全にロックオンされた穂乃果に鬼の顔を冠する少年はすぐに近づいて、力ある限り穂乃果の頬を引っ張った。

 

 

「テメェこんの大バカ野郎があ!! 一人で電車間違えて逆に行ってんじゃねえよアメリカに来てまでトラブル起こしてどうすんだお前は!? 汗水垂らして駅一本全力疾走する俺の気持ち考えろやウスラトンカチ!! お前はバカなのか!? もしくはアホなのか!! あほのかなんだな!?」

 

「いだだだだだだだだだだだだだッ!? いふぁいよふぁひゅひゃん(痛いよたくちゃん)! ふぁふぁふぃふぇ(離して)~!!」

 

「ええい何言ってるか全然分からんわ! 走ってるあいだいったいどれだけ俺が心配したと思ってんだこの野郎!! ここは日本じゃねえんだからいつもみたいにどうにかなると思うなよ!」

 

「あ、あの~、君がほっぺ抓ってるからうまく喋れないんじゃないかな~って思うんだけど……」

 

「ああん!? 誰だか知らねえけどこれはうちの子の問題なんだから関係ねえヤツはだま……日本語?」

 

 ここでようやく鬼の少年こと岡崎拓哉が女性を認識した。

 女性の風貌を見ながら穂乃果の頬から手を引く。

 

 

「うぅ~、ほっぺが伸びたかと思ったよ~……」

 

 一人頬を押さえながら痛がっている穂乃果をよそに、拓哉は女性に尋ねた。

 

 

「アンタ、じゃない、あなたって日本人……なんですか?」

 

「うん、まあね。とりあえずここじゃ今のあなた達目立っちゃうし、駅に行こっか」

 

 先ほどの怒声と悲鳴のせいで若干行きかう人々の視線を集めちゃっている拓哉達はそそくさと地下へと下りていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年とその女性の出会いは、何とも言えない雰囲気の中で邂逅された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


先週は更新できず申し訳ございませんでした。
リアルが忙しく、そして最近ハマったゲームのせいで執筆の時間が全然取れないでいた感じです。

今週からとうとう出てきた謎の女性シンガー。
その存在は、この物語では本編とはまた違うキーパーソンとなっております。
その役割についてはまた後日明らかになっていくでしょう!



いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!





今期アニメのウマ娘が面白すぎてゲームの方を事前登録しちゃいました。


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155.その先

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たまにいるんだよねえ。あなたみたいに迷子になっちゃう人」

 

「こいつの場合は場所とタイミングが最悪だから他の人と一緒にしちゃダメですよ」

 

「辛辣にもほどがあるんだけど!?」

 

 

 

 外で変に注目度を集めていた拓哉達は目的の駅へ向かう電車内でもちょっとした注目を浴びていた。

 

 

「うるせえ、何で一大事なときに限って携帯の充電が切れてんだよ何回電話したと思ってる!」

 

「だって観光とかでいっぱい写真撮っちゃったんだから仕方ないじゃん!」

 

「開き直って逆ギレたぁいい度胸だなコラ!!」

 

「まあまあ二人とも落ち着いて。ここ電車内だから」

 

 年上お姉さんの一言で2人の高校生は綺麗に押し黙る。

 いくら異国の地だとしても常識とモラルは守らねばならないのである。

 

 そんなこんなでようやく落ち着きを取り戻した拓哉と穂乃果だが、その表情はまだお互いムスッとしていた。

 絶妙に変な雰囲気にも関わらず、そこはさすが大人な女性が余裕をもって何の気なしに口を開く。

 

 

「これだけ怒ってるのも何だかんだ彼があなたのことを凄く心配してたからだと思うよ? ほら、今だってまだ汗引いてないし」

 

「なっ」

 

「あ、そういえば……」

 

 まだまだ暑くはない時期ではあるが、さすがに全力疾走を長くしていたら汗もたくさん出てくるものだ。

 どれだけ穂乃果を怒鳴っていても、その汗を見れば拓哉の焦りと必死さは伝わってくる。

 

 

「いくら心配してるからって一駅をノンストップで全力疾走するなんて、それだけ大事に思われてる証拠だよ。幸せ者ねっ」

 

「そ、そうなのたくちゃん?」

 

「まじまじと見てくんなそして近寄るな汗かいてるから汗臭いぞ今の拓哉さんは」

 

 ほんのりと頬を赤くしながら見つめてくる穂乃果に、拓哉は照れ臭さを感じつつ顔をそらす。

 何で余計なことを言ったんだこの人はと若干の恨みがましさを込めて女性を睨むと、いたずらっ子のような顔を浮かべて舌をちょこっと出していた。間違いなく確信犯だと言い切れる。

 

 

「で、どうなのたくちゃん。たくちゃんは私を心配してくれた? 大事に思ってくれてるの?」

 

 いくら顔をそらせど穂乃果はお構いなしにどんどんと顔を詰めてくる。普通の女の子なら汗臭いであろう男子に近づくはずないのだが、そこはやはり幼馴染だから今更どうも思わないのかというどうでもいい結論に至った。

 

 微笑みながらこちらを見つめている女性に少し悔しく思いながらも、このままじゃ穂乃果が食い下がらないのは目に見えてるので一応答えておく。

 

 

「……言わなくても分かるだろ。大事に思ってなきゃ走ってこねえよ」

 

「……おぉ」

 

 自分で言っておいて何だかむず痒い気持ちになるのを必死に顔をそらして誤魔化す。

 穂乃果は穂乃果で感嘆しているのが声だけで分かった。さっきまでのちょっとした喧嘩ムードも大概であったが、今の変な雰囲気にも耐えられない純情少年はすぐに話をそらすことに努力する。

 

 

「そ、そういや俺がいるからもうホテルの場所も駅も分かるのに、何で一緒に来てくれるんですか」

 

「確かに!」

 

「え? そうだなー……っと、その前に」

 

「?」

 

「君、私に敬語使わなくていいよ」

 

「……はい?」

 

 突然の承諾というか許可を勝手にされたことに思わず素で声が出てしまった。

 いったい脳内でどんな思想回路をしていたら質問にこう返してくるのか甚だ疑問に思うのも無理はない。

 

 

「いや、いきなりそんなこと言われても……」

 

「君あまり敬語使うの得意じゃないでしょ? さっきだって私が声かけたとき知らない人だと分かってて結構口調荒かったしな~」

 

「や、あの、その節はどうも無礼を働いてしまい誠に申し訳ないと言いますか……」

 

「いいよいいよ。それに私自身あまり敬語使われるのは苦手でね。他の人ともフレンドリーな感じでいたいんだ」

 

「けど、どう見ても年上だし」

 

「たくちゃん大人でも問答無用で説教するときあるけどね」

 

「こんなときに揚げ足取るなよ揚げるぞ」

 

「ほのフライになっちゃう! それともほの天!?」

 

 隣でフライか天ぷらか騒いでいるアホは置いといて、再び思案する。

 穂乃果の言ったとおり、拓哉は時々大人でも容赦なく怒鳴りつけることがある。西木野真姫の父親である西木野翔真のときがいい例だろう。

 

 ただしそれは例外であって当然年上なら基本的に敬語で話しているのは本当だ。

 担任の山田先生の場合はボケることもあってかツッコミをする際は砕けるときもあるが、立場を弁えるところはちゃんとしているのである。

 

 

「それじゃこれは私からのお願いってとこでここは一つ、どうかな?」

 

「……はぁ、分かりま―――分かったよ。あとで元に戻せとか言わないでくれよ?」

 

「オッケーオッケー!」

 

 何故だかこの女性からのお願いを断る、なんてことはできなかった。

 明らかに初対面なのに既視感があるというか、見覚えもないのに覚えがあるような感覚。もっとちゃんと女性の容姿を見てみる。

 

 明るめの茶髪ロングに、ほんのりと青い瞳。見た感じ腰も細く、出てるところはしっかりと出ている。プロポーションはほとんど非の打ち所がないように見えた。

 極めつけはその笑顔だろうか。優しさで相手を包み込むような包容力を感じさせる笑顔。

 

 まるで、どこかの誰かに似ているように感じた。

 

 

「で、さっきの質問の答えを聞いても?」

 

「あ、そうだったね。うーん、まああれだよ。あなた達の降りる駅が私の最寄り駅だから、知り合ったついでに一緒に行こうかなって」

 

「……? なるほど、まあそれなら納得だな」

 

「おー、だから私の言った特徴だけですぐに分かったんですね!」

 

「そんなとこかな」

 

 最寄り駅だから、というたった一言で済ませられる答えを何故詰まったのか疑問に思うも口には出さない。

 それよりも気になることがあった。

 

 

「特徴?」

 

「うん! 大きな駅があるところの大きなホテルがあるところで、大きなシャンデリアもあるって言ったらすぐに分かってくれた!」

 

「色々と大雑把すぎるだろその特徴。よく分かったな」

 

「最寄りだから分かるのよ。余裕余裕! ……はっ!!」

 

 これまた余裕な笑みでイキっていた女性が一転して絶望的な表情に変わる。

 この人もこの人でころころ表情が変わるなと思いつつ何を言いだすのか待ってみる。

 

 

「どうしたんですか!?」

 

「……もしかして私、マイク……忘れた……!?」

 

「ええー!?」

 

 それが本当ならシンガーとして割とまずい。歌うことが趣味であり仕事であるならば、そのメイン武器と言っても過言ではない物をどこかに置き去りにしてしまっているからだ。

 だが岡崎拓哉は慌てない。こういうときほど冷静になるのが大事なのをトラブル体質な少年は一番理解している。

 

 というより、慌てる必要すらない。

 まずいのは、()()()()()()()()()()()()だから。

 

 答えは目の前にある。

 

 

「いやそれマイクじゃね」

 

「「え?」」

 

 二人して拓哉の指さすほうへ視線を向けると、そこには明らかにマイクを入れるべきであろうケースが置かれている。

 まじまじとそれを見つめること約十秒。

 

 

「「あ」」

 

 バカが二人いると確信した瞬間であった。

 

 

「……てへっ☆」

 

「灯台下暗しにもほどがあるだろ」

 

「ごめんごめん! あったんだからいいじゃない」

 

 ちょうど電車が目的の駅に着き開かれたドアから出る。

 

 

「こっちでずっと歌ってるんですか?」

 

「まあね」

 

「これでも昔は仲間と一緒に歌ってたのよ、日本で」

 

「そうなんですか?」

 

 人が多数行き交う間をすり抜けるように歩きながら会話を進める。

 アメリカでずっと歌っているということは、やはり英語も流暢に話せるのだろう。先ほどのバカは撤回したほうがいいかもしれない。

 

 

「うん。でも、色々あってね」

 

「……、」

 

 その“色々”とは何なのか。

 さすがに聞く勇気もなく、野暮だと思い耳を傾ける。

 

 

「結局グループは終わりになって……当時はどうしたらいいのか分からなかったし、次のステップに進める良い機会かなーとか思ったりもしたわね」

 

「?」

 

 何だろう。

 どこか、いいや、やはり既視感みたいものを感じる。

 

 この女性の語っていることが、まるで今のμ'sと酷似しているように思えてならない。

 今でこそ一人でシンガーとして活動しているものの昔は仲間と一緒にやっていたのなら、穂乃果達と同じように青春して、同じように解散という形で終えたのなら。

 

 この先の話は必ず聞くべきだ。

 穂乃果もそう思ったのか、続きを話そうとせず足を進める女性に反抗するように足を止めた。

 

 

「どうしたの?」

 

「……それで……それで、どうしたんですか?」

 

 その先を聞きたい。

 いいや、聞かねばならないと。直感でそう感じた。

 

 自分達のこれからのために、未知の不安を少しでも和らげるために。

 女性は自分の身の上話をしているだけで、こちらのことは何も知らない。

 

 穂乃果達がμ'sというスクールアイドルをやっていることも、μ'sというグループがこれから解散していくことも、本当に何も知らない。

 なのに何故そんな真剣な目でその先を聞きたそうにしているのかもおそらく分かっていないだろう。

 

 だけど、穂乃果の目を見て女性シンガーは何かを察したのか、包み込むような笑みでその先を言った。

 

 

「簡単だったよ」

 

「……え?」

 

「とっても簡単だった」

 

「なん……」

 

 穂乃果とは別の意味で不意に声が漏れる。

 この女性の言い方や仕草が、本当に穂乃果を見てるような錯覚に陥った。

 

 

「今まで、自分達が何故歌ってきたのか。どうありたくて、何が好きだったのか。それを考えたら、答えはとても簡単だったよ」

 

(……穂乃果)

 

 女性の出した答えを聞いた穂乃果がどのような反応をするのか見ると、どうにも納得していない様子だった。

 多分これはわざと分かりにくい言い方をしたのだと思う。

 

 これこそ簡単に分かってしまったらいけないと、拓哉自身も何となくだがそう思う。

 きっとこれは核心を突く答えのはずだ。

 

 言ってしまえば、まだここで理解するのに適していない時期。

 

 

「むぅ~。何だかよく分かるような分からないようななんですけど~」

 

「今はそれでいいのっ」

 

「え~!」

 

「それでいいのっ」

 

「やです~!」

 

「いいのっ」

 

「え~!!」

 

「あんまりしつこく聞くことじゃないぞ」

 

 再び足を進め始める女性の後ろを付くようにして聞く穂乃果を軽くあしらっている。

 自分達のためにも軽くフォローしながら穂乃果の首根っこを掴んで離すと、背後からじゃ表情が見えない女性シンガーが小さく呟いた。

 

 

 

 

 

「すぐに分かるよ」

 

 

 

 

 自分達のこれからを知らないはずなのに、知っているような口ぶりで女性シンガーは言った。

 

 

(すぐに、か……)

 

 信じる必要もないのに、やはり女性の言う言葉は無視できない。

 これが女性のただの呟きだとしても、穂乃果達には必ず同じような未来が来るのを知っている。

 

 

 そんな思考に耽っている時。

 

 

 

 

 

 

 聞き慣れた声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果ッ!! 拓哉君!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


女性シンガーも登場し、物語もだんだん動き出そうとしています。
まずは、次回、波乱な始まりになりそうですね←


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!






穂乃果と絡めるの夫婦漫才みたいで楽しいです。


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156.未解答

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前方を見ると、ホテルの前には海未達がいた。

 

 

 

 

 

「みんな……」

 

 元々一人ではぐれてしまって心細かった穂乃果にはそれだけで何かが満たされていくのを感じた。

 信号が青になると同時に感極まって走り出す。

 

 

「あ、おいっ―――、」

 

「あの子を支えてあげてね」

 

 駆け出す穂乃果に声をかけた瞬間、背後から女性に声をかけられた。

 トンッと軽く背中を押され、まるでそのまま進めと言っているような感覚さえ感じられた。

 

 振り向くとこちらに小さく手だけを振っている女性シンガーが口を小さく開く。

 道路の真ん中にいるせいで足は止められず、女性シンガーの言っていることは聞こえなかったが、口の動きだけで何となく予想はできた。

 

 

「またね」

 

 足は止められなくても、もう一度声をかけようとしたその時、違う声が耳を刺激した。

 

 

「何やっていたんですかッ!!」

 

「海未ちゃん……」

 

 昨日の昼間の時とは全然違う。本気の怒号だった。

 そのせいで拓哉は女性シンガーから意識がそれて穂乃果達に合流する。

 

 海未は瞳から多少の涙が出てきていて、それだけでどれだけ心配していてくれたかよく分かる。

 後ろにいる絵里達も困った表情こそしているものの、今は安堵のほうがでかいようだ。

 

 

「どれだけ心配したと思ってるんですか……」

 

 怒りもあるはずなのに、それでも海未は穂乃果を抱きしめた。

 拓哉と穂乃果は割とすぐに合流できて、女性シンガーという頼もしい道案内と知り合えたから気が楽になってしまっていたが、それは所詮そこにいた自分達だけの気持ちだ。

 

 ずっと離れていて気が気でない海未達の気持ちまでは分かっていなかった。

 穂乃果を抱きしめながらすすり泣く海未は、そのまま矛先を拓哉に向ける。

 

 

「拓哉君だって何も連絡をよこしてこないから、本当にもうダメかと思ったんですよ……」

 

「……あ」

 

 そういえば拓哉は海未達と別れる際にホテルへ先に戻ってろと言っていたのを思い出す。

 海未からすればそれは穂乃果を見付けたらすぐに連絡すると解釈していたのだろう。

 

 穂乃果の携帯は電源が切れているから仕方ないとはいえ、拓哉の携帯はバリバリ充電も残っている。

 なのに連絡し忘れていたのは、途中で出会った女性シンガーとの会話に気を取られていたからというのが大きな一因かもしれない。

 

 

「うわーお……」

 

 今更携帯を見てみればチャットアプリで海未からのメッセージが軽く100件以上あった。

 電車に入ってからずっとマナーモードにしていたせいで全然気付かなかったのを申し訳なく思うと同時に若干の恐怖を感じるが表には出さないでおく。

 

 

「あ、そうだ。実はここまでね……あれ?」

 

 振り向いた先には誰もいなかった。

 いるはずの、ここまで一緒に歩いてきたはずの人物が忽然といなくなっていたのだ。

 

 まるで最初から存在すらしていなかったかのように。

 だけどそんなの知らない拓哉や穂乃果からすればただただ疑問に思うほかない。

 

 

「途中で会った人とここまで来たんだけど……」

 

「お前がいきなり走り出したからもういいと思って帰ったんじゃねえの?」

 

「そんな~! まだちゃんとお礼も言えてないのに~! しかもマイク忘れてるし!!」

 

「あの人お前みたいに抜けてるとこあるよな」

 

「一言多いって言おうとしたけど一言だけでバカにされてたのに今気付いたよ」

 

 穂乃果が両手で持っているのはマイク。

 先ほど女性シンガーが忘れたと思って慌てていた物だ。

 

 あれだけ焦っていたのにも関わらず、今度は本当に忘れていくなんていっそ清々しくてため息も出ない。

 今から探しに行こうにも女性シンガーの家も分からないし、本当に詰み状態になってしまうだろう。

 

 

「仕方ない。もしまたどこかで会うときがあったらその時に渡せばいいだろ。またって言ってたし、多分」

 

「そうなの?」

 

「ちゃんとは聞こえなかったけどな。口の動きで何となくって感じだ」

 

「そっか……。じゃあ、大事に持っておかなくちゃね」

 

 2人で勝手に話を進めていたからか誰も入れずいたが、ここでようやくことり達が話の輪に入ってきた。

 

 

「人……?」

 

「誰もいなかったにゃ」

 

「「え」」

 

 ことりと凛の言葉に2人してへんてこな声を出す。

 感動的再会という雰囲気が一瞬でガラリと変わり一気に不穏なオーラに包まれた。

 

 

「いやいたよ。いたいた!」

 

「穂乃果に目が行ってて見えなかっただけだろ。現に俺は直前まで一緒にいたし、何より穂乃果がそのマイクを持ってるのが証拠だ」

 

「うーん、そうなのかなあ?」

 

「何を言いだすかと思えば、茶化そうとしてこんな雰囲気にしなくていいんだぞことり。お前はただそこにいるだけで天使でその場を癒す女神なんだから」

 

「天使なのか女神なのかどっちなのよ」

 

 おそらくことりもこちらの気を遣ってくれたのだろう。

 心配かけてしまったのは紛れもない事実。そのことに感謝しつつ、いつも通りのボケを真姫がツッコんでくれた。

 

 

「まあいいわ。早く部屋に戻って明日に備えましょ」

 

「あ、穂乃果ちゃんと拓哉君帰ってきた!」

 

「よかった~」

 

「遅いわよー!」

 

 玄関から希と花陽、にこが出てきて出迎えてくれた。

 そのまま拓哉も絵里達に着いて行こうとしたところで、穂乃果が声を掛けてきて足を止める。

 

 

「ねえみんな!」

 

「どうしたの?」

 

「ごめんなさい……。私、リーダーなのに……みんなに心配かけちゃった……。たくちゃんにも迷惑かけちゃったし……」

 

 穂乃果なりの誠意を見せたかったのかもしれない。

 改めて謝罪を言った穂乃果に誰も咎めようとはしなかった。

 

 心配をかけたのは間違いないが、何もわざとじゃないことくらいはここにいる全員が理解している。

 多分、一番不安だったのは拓哉と合流する前までずっと1人だった穂乃果なのも事実だ。そんな心の傷を余計に広げるバカはμ'sに存在しない。

 

 だから。

 

 

「もういいわよ」

 

「そのかわり、明日はあなたが引っ張って最高のパフォーマンスにしてね」

 

 あえて鼓舞をする。

 誰も失敗は気にしていない。それでも何か責任を感じることがあるならば、ライブで取り戻せばいい。

 

 

「私達の最後のステージなんだから」

 

「ちょっとでも手を抜いたら承知しないよっ」

 

 3年にとっては最後のライブ。

 秋葉ドームの火付け役としてアメリカでライブができるというのは最後の思い出として最高なんだろうと思うと同時に、やはり少し寂しさも感じざるを得ない。

 

 だけど、だからこそ最高の形で終わりを迎えたいという気持ちのほうが遥かに大きいのも確かだ。

 それを分かった上で、穂乃果はハッキリと言った。

 

 

「うん!!」

 

 力強い返事を聞いて満足したのか、メンバーは揃ってホテルへ入っていく。

 一度だけ女性シンガーが忘れていったマイクを見て、自分もホテルに入ろうとしたところで突然頭に手を置かれた。

 

 

「たくちゃん?」

 

「ライブ自体はいつも通りしっかりやればいい。そのマイクだっていつかまた会えたら返せばいい」

 

「……うん……?」

 

 何となく理解しているようでしていない穂乃果の表情にため息を吐きながら、拓哉は真面目に、だけどそれを悟られないように茶化す形で頭に置いた手をわしゃわしゃしながら言った。

 

 

「だーから、お前はあまり気にせず思いっきりライブを楽しめばいいってこと! ……それと、もう絶対はぐれんなよ」

 

「っ……???」

 

 それだけ言ってホテルに帰っていく拓哉を見て、乱れた髪を押さえながら穂乃果はその行く先を見ているだけだった。

 だから気付かなかったのかもしれない。

 

 拓哉の顔が若干ではありながらも赤くなっていたのを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方。

 1人ホテル内を歩いている少年も自分で言った言動に対して自分で疑問に思っていた。

 

 

 

 

(何であんなこと言ったんだ俺……?)

 

 

 

 

 いくら考えても答えは出てこない。

 ただ、何故か体温が上昇していくのが分かるのみだ。

 

 

(だぁー!! 考えるのはやめだ! 無駄に汗かいたし、とっととシャワー浴びようそうしよう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 答えの行き着く先は、まだ誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


もはや水曜更新が定着しつつあります。
女性シンガーという存在の答え、そして岡崎の気持ちの先がまだ見えない=未解答というサブタイに繋がります。

次回はガールズトーク2回目になるかと!


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆10)を入れて下さった


銀行型駆逐艦1番艦ゆうちょさん

志渡さん


計2名の方からいただきました。
久々の高評価、とても嬉しいです!そして☆10の合計数がこれを機に100件突破しました。本当にありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!






高評価(☆10)100件突破記念に高評価に入れて下さった方々のコメントを読み直していたんですが、とても励みになりますねえ。


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157.ガールズトークリターン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第二回! μ's限定ガールズトーーークっ!」

 

 

 

 

 

 

 ホテル側の手違いによってハネムーン仕様という広い部屋に割り当てられた室内で、聞き覚えのあるタイトルコールが絵里によって放たれた。

 集まっているのはもちろんμ'sの9人である。

 

 

「明日ライブがあるのにこんなことしてていいのかしら」

 

「真姫、それを言っちゃお終いよ」

 

 ツンデレ姫の冷静なツッコミをにこが抑える。

 何より一番テンションが高いまとめ役の絵里があんなんなのだ。誰もがツッコミを入れずにはいられない。

 

 

「確かに明日はライブが控えてるから今日は簡潔に終わりたいと思っているわ。けれど私達は話さなくちゃならない。今日で拓哉と何か進展があったのかをッ!!」

 

「どうでもいいけどこの時だけ絵里のテンションおかしいのは何なの? キャラ崩壊してるじゃない」

 

「まあ2年生の修学旅行とかでも友達少なかったからこういう機会なかったからなあエリチ」

 

「ちなみに仕切ってはいるけど私は今日拓哉との進展は残念ながら何一つなかったわ!」

 

「声高らかに言うんじゃないわよ」

 

 卒業した高校3年生とはいえ、絵里は穂乃果達と出会うまで周囲の女の子と青春を共にすることがあまりにも少なすぎた。

 その反動が多分今ここで爆発しているのかと思う。

 

 言ってしまえば海外へ修学旅行に来ている生徒の気分と言えば分かりやすいかもしれない。

 張り切りすぎたがゆえに、何も進展がなかったのは多分タイミングが悪かっただけだろうが。

 

 

「まあアメリカにいる時だけがチャンスというわけでもないし、帰国してからでもまだ遅くはないと思ってるし私は大丈夫よ。他のみんなはどうだった?」

 

 進展がなくても慌てないところはさすがといったところか、他のメンバーを見るとその反応は様々だった。

 

 

「私も特に何も進展ありませんでした……うぅ……」

 

「凛もスキンシップはしてみたけど、あんまり反応はなかったかなあ」

 

「私は……うん、なかったわね」

 

 1年生は揃って撃沈したらしい。

 凛に至っては腕に抱き付いたりしたものの、無い胸が祟ったせいで自分へのダメージのがでかいときた。真姫に関しては拓哉の鈍感ぶりを喰らって呆れすら感じていた。

 

 

「真姫達は私と一緒に日本に帰ってからが本番ね。希達はどうだった?」

 

「ウチは進展こそはなかったけど、デートの約束は取り付けたで~」

 

「デート!? いつの間にそんな約束してたの希ちゃん!」

 

「ふふーん、ちょっとにこっちと協力してね~」

 

「私初耳なんですけどそれ。アンタいつのまにアタックしてたのよ」

 

 穂乃果を筆頭に注目度が集まる中、余裕の表情でスピリチュアル少女は淡々と答える。

 

 

「にこっちが拓哉君とお店出てきたあとでちょっと喋っただけなん」

 

「そんな短い時間内でデートの約束するなんて……さすが希ですね……」

 

「……ん? じゃあにこちゃんはたっくんと何してたの?」

 

「気になるにゃー!」

 

 話は一転してにこの方へ。

 全員の視線を浴びているにこはあくまで自慢げに話した。

 

 

「最初は希が私の靴を取れない場所まで放り投げたのが原因よ」

 

「話の始まりが異質すぎない?」

 

「まあそれも希の狙いの一つだったらしくてね。見事靴を失った私は拓哉におんぶされて希に言われた通り靴屋に二人で行ったわけ。……この歳でおんぶされるのは恥ずかしかったけど、それよりも拓哉とあんなに密着できたのは初めてだったから、その……存分に堪能してやったわ!」

 

「何と羨ましい……。私が密着しようものなら拓哉君は光速で逃げようとするのに……」

 

「それは海未の日頃の制裁が原因じゃ……」

 

「そ、そんな……私が拓哉君の正妻だなんてっ……」

 

「ねえこの空気に当てられて海未の頭壊れてるんじゃないの」

 

 自分の良いように言葉を捉えて一人くねくねしている海未を放置してにこは続きを話す。

 ちなみに最近の拓哉は海未が近づくと瞬時に警戒態勢に入るまでなっているのは内緒だ。

 

 

「んでそのあとは拓哉に靴を選んでもらったの。いつもは感覚で選んでるらしいけど、私のは直感で似合うんじゃないかって言ってくれたから……もうそれだけで満足よ」

 

「……あのにこちゃんが恋する乙女の顔をしてるにゃ……!」

 

「たくちゃん、やっぱり恐ろしい子……ッ!」

 

「アンタらそこに直りなさい今すぐ成敗してくれるわッ!!」

 

 良い話で終わると思ったら3バカのコントが繰り広げられた。

 3人で騒いでいるが、希とにこの話を聞く限り確実に進展があったのは間違いないだろう。

 

 それを確信にすべく、絵里は話を穂乃果達に促した。

 

 

「なるほど……穂乃果達はどうだったの?」

 

 にこから逃げていた穂乃果が足を止めて顎に手をやる。

 

 

「……うん、あったよ。進展」

 

 特にテンションを上げることもなく、何なら穂乃果らしくない調子で答えた。

 それは海未もことりも同じことを感じていたらしい。

 

 

「そうですね。目立ったところはないかもしれませんが、進んだことは確かです」

 

「これは恐らくとか多分とかじゃなくて、確信をもって言えるよ」

 

 拓哉の幼馴染である3人の言葉はどれも断言だった。

 憶測でもない。推理でもない。願望でもない。

 

 長年の付き合いだからこそ分かる。

 

 

「たくちゃんと一緒に写真撮った時、今までとは違う反応だったんだ」

 

「穂乃果と一緒にことりにコーディネートしてもらった時も、普段の拓哉君とは違う表情をしていました」

 

「ずっとたっくんを観察してたけど、私もそれはすぐに分かったよ」

 

 他の人からすれば微々たる違いだったかもしれない。

 気付かないのが当たり前で、絶対にスルーしてしまうような些細な問題だったかもしれない。

 

 しかし、彼女達なら分かる。

 ずっと少年と一緒にいた少女であればこそ、些細な変化を感じ取れることがある。

 

 それは穂乃果達よりかは短いが、この一年で家に出入りすることが多くなったにこも同じだった。

 

 

「やっぱり穂乃果達はすぐに分かったのね」

 

「あれ、にこちゃんも分かってたの?」

 

「ええ。さすがに二人きりでいれば拓哉の変化にぐらい気付くわよ」

 

 普段妹達の面倒を見ているにこにとって、個人の変化に気付くのは難しくはないようだ。

 確かに少年は鋭いようで自分に対してはドが付くほどの鈍感である。

 

 だけど。

 いいや、だからこそ、その変化は見ていればすぐに分かる。

 

 

「断言するけど、拓哉の私達への認識は確実に変わってる。私達にとってプラスの方向でね」

 

「けど凛達は何も進展なかったよ?」

 

「それも含めてでしょう。拓哉君の意識は変わっています。それも誰か個人というわけではなく、私達全員への意識がです」

 

「そんなことってあるの?」

 

「あるから分かったんだよ花陽ちゃん。私達の行動は決して無駄なんかじゃなかった」

 

 これまでも少年へアタックはしてきたが、どれも彼の天然スルースキルにいなされてきた。

 しかし、今日は違う。

 

 機会があればタイミングを見計らってスキンシップをしてきた。

 その結果は歴然だったのだ。

 

 今まで手応えがなかったのが、確かな手応えと確信に変わる。

 無意味だったものに意味を有させた。

 

 結果として試合には負けたが勝負には勝ったようなものだ。

 

 

「まだまだ私達の気持ちに気付かない鈍感なたくちゃんだけど、認識が変われば私達にだってチャンスは訪れる。その時になればみんなで最後のアタックをしよう!」

 

 それを聞いて全員が息を呑んだ。

 最後のアタック。

 

 つまるところ、告白。

 男性から女性にするものであり、女性から男性にするものでもある。

 

 一世一代のチャンスであって、下手をすると諸刃の剣ともなる。

 成功の確率は共に五分。答えははいかいいえかで決まるもの。

 

 この二択でどちらかの意味で涙を流す者もいるだろう。

 承諾されたらもちろん喜ぶ。断られたら当然悲しむ。

 

 ゆえに最後のアタック。

 ゆえに最後の関門。

 

 出来るだけ意識させて、好感度を少しでも上げて成功率を上げる。

 一見ずる賢いようにも思えるが、そうでもしない限りいつまでたってもあの少年に想いを伝えることはできないだろう。

 

 

「そうね。多分、私達は他の人達とは違って普通じゃない願いを持ってる」

 

「公言してしまえば非難されるようなことやもんね」

 

「成功の確率も低いよね……」

 

「でも諦められないのも分かってるでしょ」

 

 9人全員が同じ少年に好意を抱いている。

 そして9人全員がそのことを知っていて、それでも協力関係にある。

 

 誰も悲しまない方法はたった一つ。

 μ'sの全員が岡崎拓哉と結ばれること。

 

 常識も法律もへったくれもない願い。

 正直ぶっ飛んでいる思考だろう。何を言われてもおかしくない異常な願望。

 

 二次元の世界でしか認められないような、あり得ないような展開。

 それを彼女達は本気で願っている。誰も断られない。異常だとしても、みんなが幸せになるための選択。

 

 きっとこんなことは少年に強要できない。

 自分達の勝手な願いにあの少年を巻き込んでしまうのだから。

 

 だけど、もし岡崎拓哉が誰か一人を選ぶのでもなく、誰一人も選ばないでもなく、全員を選んでくれることがあったとしたら?

 万が一、億が一でもそんな微かな可能性を彼女達が抱いてしまったら?

 

 もう止まることはできない。

 例えどれだけ異常だとしても、たった一つの希望を捨てるなんてことは絶対にできない。

 

 秋葉ドームのことは大事だ。

 これからのラブライブのためにも絶対に成功させなくちゃならないものだ。

 

 だけどそれと同等に大事なものだってある。

 どちらも自分達のため、必ず成功させなくちゃならないもの。

 

 手抜きなど一切しない。

 妥協など存在しない。

 疑念を確信に。

 努力を結果に。

 不安を安心に。

 不確実を確実に。

 

 100%にできないのなら、限りなく100%に近づかせるのみ。

 

 

「誰にどう言われてもいい。私達は、私達のために頑張ろう!」

 

「全員を選ぶしかないんじゃなくて、全員を選ばせばいいんでしょ。やってやろうじゃない」

 

「必ず拓哉君を落とします」

 

「たっくんを私達のものにしなくちゃ!」

 

「拓哉君には頑張ってもらわななあ」

 

「凛もバシバシアタックするにゃー!」

 

「わ、私もできるかな……」

 

「花陽はそのままでも魅了できてるから大丈夫よ。……パパに良い報告できるようにしとかなくちゃね」

 

「ふふっ、みんな気合い充分のようね」

 

 少女達の結束力は強い。

 ただ、あの少年だけがこの状況を知らずに呑気にシャワーを浴びている今日。

 

 決心は固まった。

 やることは今日と変わらない。帰国してからが本番だ。

 

 

「よし、じゃあ今日はこれで終わりにしましょ。まずは明日のライブを成功させて、私達の本場で勝負よ!」

 

 絵里の言葉に全員が強く頷く。

 ひとまずはアメリカでのライブを成功させることに集中させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 μ'sの戦いは、ライブだけでは留まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

 

 バスルームでシャワーを浴びている少年は急な身震いに戸惑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!? な、何だ……? 温まってるはずなのに寒気が……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


ガールズトーク二回目でした。
前回よりかはガールズトークっぽくなった……?という感じでしたかね。まあ前回が愚痴大会みたいなものでしたが←
この作品での穂乃果達はたまにキャラ崩壊みたいな言動(今回の絵里のような)もしますが、それが売りとお考えていただければ(笑)


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!





来週投稿できるか分かりません!
その辺はまたTwitterでお知らせします。


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158.帰国

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 微かな光が瞼の裏から差し込んだせいで俺は目が覚めた。

 

 

 

 

 

「んっ……何だ……?」

 

 まだ覚醒しきってないせいで声も全然出ないが、何とか目を開いて元凶である光源へと目を向ける。

 そこには完全に閉じきっていない窓のシャッターから太陽の光が入り込んできていた。

 

 おのれ太陽め。人が寝てるときはもうすこし光を弱めんか。おかげで不完全な状態で目が覚めちゃったじゃねえか。

 こうなるならことりや凛みたいにアイマスクでも持ってくればよかったな。

 

 まあ俺は基本的に長時間寝るのが趣味なとこあるからこれは完全に二度寝コースである。

 何なら多少リクライニングしているとはいえ、やはり座ったままだと寝心地悪いし何度も目が覚めるから三度寝四度寝のフルコースまで取り揃えてやろうか。

 

 そんな前菜からメインまでのコースを考えながら光を遮るためにシャッターを閉めようとした時、隣で物音がした。

 

 

「んぅ……たくちゃん……?」

 

「(悪い、起こしちまったか)」

 

 俺の隣で寝ていた穂乃果が起きてしまったようだ。

 周りはまだ全員寝ているからできるだけ小声で話しつつ、このままにしていても悪いのですぐに閉めようとすると急に穂乃果から声をかけられた。

 

 

「(まって)」

 

「(ん? どうし―――ってうおっ)」

 

 振り返ると同時に穂乃果が俺の前まで体を寄せてきた。

 何をする気だこいつ。と疑問に思うも束の間。

 

 穂乃果は俺が閉めようとしたシャッターに手を掛け、何とそれを下げるのではなく上げた。

 もちろん、それはさっきまで微かな光しか差し込んでいなかったのにいきなりフルマックスの光量が視界に入り込んでくることを意味する。

 

 

「(何やってんだお前眩しいだろっ。これじゃ俺の二度寝ライフができないでしょうが)」

 

「(見て)」

 

 俺の睡眠を邪魔してまで言葉を遮りますかね普通。

 仕方なく穂乃果の言う通り窓の外へと視線を向ける。

 

 一瞬眩しさに目が眩むが、視界が徐々に慣れてきて鮮明になっていく。

 映し出されたのは、優雅に進んでいるのを実感させるようなスローモーションに流れていく雲、そこから軽く透けて見える青い海と澄みわたる空。

 

 

「(綺麗~)」

 

「(……だな)」

 

 悪態よりも先に素直な感想が漏れた。

 そういえば行く時は俺は真ん中の席だったから外の景色を見ることができなかったのを思い出す。

 

 初めて見る飛行機からの景色は、今まで見たことのなかった記憶を焼き付ける。

 気付けば眠気はどこかへ吹っ飛んでいて、新鮮な目の前の光景に目が釘付けにされていた。

 

 

「(ねえ、たくちゃん)」

 

「(何だ?)」

 

 穂乃果に呼ばれたことにより景色を見るのをやめて振り返る。

 

 

「(ライブ、楽しかったね)」

 

「(そうだな。見てるこっちとしても穂乃果達含めて良かったと思えるライブだった。それに、あそこでしか味わえない思い出も残せたし)」

 

 結論的に言うと、アメリカでのライブは大成功に終わった。

 場所はアメリカの象徴の一つとも言われているタイムズスクエア。そこでアメリカのテレビ局の大きな協力によって大掛かりなライブを実現することもできた。

 

 一番助かったと思ったのはテレビ局側に日本語が話せる通訳の人がいたことだ。

 いやほんと助かった。何をしてほしいとかどういう演出にするかも通訳の人がいなければできなかったかもしれない。

 

 

「(またいつか行こうね)」

 

「(……ああ。今度はちゃんと自分達で金を貯めて、思う存分好きに楽しめたらいいな)」

 

「(うんっ。いつか……()()()()()())」

 

 μ'sのライブは成功を収めた。

 これでラブライブ秋葉ドームへの開催に火が付くこともほぼ確定されたと言ってもいいだろう。

 

 第二回ラブライブで終わりと思っていたμ'sがまさかのアメリカでライブってだけでも充分良い経験にもなった。

 あとはのんびり春休みを過ごすだけかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰ってきたぜ日本!! 何だかんだやっぱ母国が一番落ち着くのは世の常だながっはっは!!」

 

「何で帰国して早々あんなうるさいのよあのバカは」

 

「何でも穂乃果によれば日本に着く数時間前に目が覚めてからずっと起きてたらしいですから。普段なら確固たる意志で二度寝三度寝する拓哉君が珍しいことをしたせいかもしれません」

 

「深夜テンションにでもなってんじゃないアレ」

 

 おいこら好き勝手言ってんじゃねえよ。帰国早々空港で男子高校生の涙が見たいのか貴様らは。

 俺のメンタルは時に豆腐よりも弱いんだぞ舐めるな。泣くぞ泣くぞ、ほぉ~ら泣くぞすーぐ泣くぞぉ~。心の涙が止まらない。

 

 

「あっ、ねえねえ、昨日の中継向こうでも凄い評判よかったみたい!」

 

「よかったにゃ~!」

 

「ドーム大会もこの調子で実現してくれればいいよねっ」

 

「「うん!」」

 

「評判良かったなら実現するだろ。何しろμ'sがアメリカでライブやったんだからな!」

 

「たくや君何だか親みたいだにゃ~」

 

 μ'sを見守る側としては確かに保護者感あるな。

 うちの子達がすっかり大きくなっちゃって拓哉さんも嬉しい限りであります。

 

 

「ふう、エコノミーで往復ってこんな感じなのね……」

 

「自慢!?」

 

「違うわよ!」

 

「お二人さん、帰ってからも元気やね~」

 

 次行くとしたら是非とも真姫御用達の飛行機で行ってみたいものだ。

 多分飛行機代えげつないことになりそうだけど。俺だって飛行機で快適に眠りたい。

 

 

「そろそろバスが来るみたいよ。行きましょう」

 

「うっし、全員自分の荷物は持ったな? じゃあ出発だ」

 

 忘れ物がないかを各自確認していざ行かんと思った矢先。

 ふと視線を感じた。いや、というよりもこれは自分への視線ではなく、誰かに向けての視線だ。

 

 

「きゃあ~!」

 

「やっぱり可愛い~!」

 

 そういえばこの空間で唯一の違和感があった。

 ここは空港だ。俺達は例外だが、大人こそいれど普通ならこんなところに女子高生はいないはず。

 

 なのに周囲を見渡せばちらほらと、何ならたった今入り口からも女子高生達が入ってきてこちらを見ては密かにキャーキャー言っている。

 え、何これ、ちょっと怖いんだけど。

 

 

「穂乃果、知り合いですか?」

 

「ううん」

 

 どうやら誰も知っている人はいないみたいだ。

 というか俺も知らない。当たり前だけど、他校の女子高生に知り合いいたらそれはそれで問題ありそうだし。そういうのは桜井だけで間に合ってる。

 

 

「ほら~行きなよ!」

 

「やばー!」

 

「すごーい!」

 

「本物だよ~!」

 

 うん、やっぱこっち見てんな。

 思いっきり穂乃果達のこと見てんなこれ。何だ、俺達がアメリカにいるあいだにいったい何があった。

 

 

「どういうこと……?」

 

「すごい見られてる?」

 

「もしかしてスナイパー!?」

 

「何をしたんですか! 向こうから何か持ち込んだりしたんじゃないですか!?」

 

「ばばばばばバッカお前ら、おおお落ち着けって! あ、あれだ、まずはキャリーケースの中に入って過去にタイムスリップしてだな……」

 

「現実逃避してるやん」

 

 いやだっておかしいじゃん。こんなに見られることってあんまりないじゃん。

 あっちから帰ってきてすぐにこんな注目浴びるって絶対向こうで何かあったからじゃん。死ぬじゃん殺されるじゃん今流行りのJKグロイ系アニメのやつじゃん。あの子達全員魔法少女サイト見てる可能性あるって。

 

 

「あ、あのっ!」

 

「は、はい!?」

 

「サインをください!!」

 

「「……んん?」」

 

 思わず穂乃果と声が被ってしまった。

 見知らぬ女子高生が差し出してきたのは芸能人がよく書いてるようなサイン色紙。おいおい、まじかよ。

 

 

「あの、μ'sの高坂穂乃果さんですよね?」

 

「は、はい……」

 

「そちらは南ことりさんですよね?」

 

「はい……」

 

 や、確かにμ'sは第二回ラブライブ優勝したし知名度は以前より遥かに高い気がするけど、わざわざ空港まで押し寄せてサイン求めに来るまでだったか?

 

 

「そちらは園田海未さんですね!!」

 

「違います」

 

「え?」

 

「海未ちゃん!」

 

「何で嘘つくにゃー!」

 

 あまりにも即答すぎる拒否。俺でなきゃ見逃しちゃうね。

 ふむ、この子はμ'sの、その中でも2年である穂乃果達のファンってことかな。スクールアイドルでもグループはあるし、もちろんそれなら特に好きな推しってのがあるのも当然か。

 

 

「だって、怖いじゃないですか! 空港でいきなりこんな……」

 

「気持ちは分かるがメンバーいて今更違うって言っても意味ないと思うけどな」

 

「さっきまでキャリーケースでタイムスリップしようとしてたくせによく言うわね」

 

 うっせい黙ってろい。思い返せば中々に恥ずかしいことしてたなって今思ってるから。

 黒歴史の一つに追加されちゃったからもう構わないでっ。

 

 

「そしてそちらはマネージャーの岡崎拓哉さんですよね!?」

 

「いやいや、俺はマネージャーなんて大それたもんじゃなくてただの手伝……え?」

 

「もしよろしければ岡崎さんからもサインをいただいてもよろしいでしょうか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「ああん?」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふむ、これは困ったことになった。

 とりあえずヤンキーと化してしまったこの女神様達をどうしようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というか俺が一番この状況に対して疑問を抱いているのは誰に言えばいいのか。

 帰国早々俺の命が危ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


先週は更新できず申し訳ありませんでした。
震源地ではありませんでしたが、震度4は恐ろしかったです。初めて避難用のグッズを買いました。まだまだ油断は許されませんね。


話は戻してようやっと日本へ帰国。
すると見知らぬ女子高生達が穂乃果達を見て騒いでいる……と思ったらまさかの岡崎まで認知されているではありませんか。
話の展開上、これは面白くなってきましたよー!ぐへへ。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!

では新たに高評価(☆10)をいれてくださった


蓮零さん


とても励みになるコメントをいただいて歓喜の乱舞です。本当にありがとうございました!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!





競馬の知識が皆無なのにウマ娘の最終回で涙腺崩壊しました。
ソシャゲ配信が待ち遠しいです。


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159.サイン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、μ'sの大ファンなんです!」

 

「ファン?」

 

 

 

 

 

 あのあと、俺の誰もが許してしまうであろう華麗なる土下座が炸裂し何とか穂乃果達の機嫌を取り戻すことに成功。どんな土下座かって? 公共の場だぞ言わせんな恥ずかしい。

 穂乃果達が不機嫌になった理由としては、まあ最後の最後でメンバー本人達よりも俺がサインねだられたら不機嫌にもなるわなと俺の中で勝手に納得した。

 

 俺としてはこの壮絶な一連の流れを見ても動じずにファンだと言い張るこの女の子のメンタルが凄いと思います。

 よくもまあ平然と言えますね君。普通の人なら『あ、やっぱいいです』とか言って去っていくと思うんだけど。男の全力土下座を見たらまずドン引きするのが世の常じゃないのか。

 

 

「私も!」

 

「私も大好きです! 何なら愛してます!」

 

「「「お願いします!!」」」

 

 便乗というか後ろでスタンバってたらしい同じ制服の女の子が2人追加された。

 というか何か一人告白してない? あの茶髪の髪の長い女の子完全に頬染めてるんだけどガチ告白じゃないよね。有名人見かけたらついつい興奮して顔赤くなる的なやつだよね。そうだと言ってよバーニィ。

 

 

「わ、私達もサインお願いしてもいいですか!?」

 

「え?」

 

「あの、私も!!」

 

「はい?」

 

「私達もお願いします!!」

 

「おぉふ」

 

 気付けば周囲にはちょっとした女子高生の群れができていた。あ、何人か男性もいるな。そりゃアイドルだから男性もファンになってて当然か。

 もちろん目的はμ's、穂乃果達にサインを貰うためだろう。

 

 わざわざ俺達が空港に着くまで待ってたとか無駄に健気すぎやしないだろうか。

 空港まで出待ちとかいよいよ芸能人と変わらない扱いになってるのでは。こちら10人に対してファンの数はおよそ40人近く。空港は広いがずっと立ち止まってては他の人の迷惑なってしまう。

 

 受けるも断るも穂乃果達次第だが、こんな大勢の人数がサインを一斉に求めてきたらまず断るのは難しい。ましてやプロの芸能人ならともかく穂乃果達はあくまで女子高生の域だ。そこら辺の知識は皆無に近い。

 まさに数の暴力と言っていいだろう。

 

 仕方ない、か。

 

 

「じゃあサイン書くんでいったん端に寄ってくださーい! できるだけ他の人の迷惑にならないように並ぶようにお願いします!」

 

「たくちゃん!? 何か勝手に決めてない!?」

 

「ええい文句言うな! さすがにこんだけ人が集まっちゃ収集つかなくなっちまうだろ! だったらできるだけ早くまとめて済ますしか手段はない。それに何より、こんだけの人がお前達のために集まってくれたんだから断る理由なんてないだろ」

 

「確かにそうかも……ってもう列を作り始めちゃってる!?」

 

 いちいち答えなんて聞かなくても分かるから勝手に進めさせてもらってますよーだ。

 さすがファン、サインが貰えると分かったらすぐに言うことを聞いてくれる。物分かりのいいファンは大切にしていきたいねまったく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、さっそくサインを書いてもらっているわけだが。

 

 

「それにしても、これはいったい……」

 

「さあ……言われるがままにやってるけど……」

 

「ねえ、何で俺までサイン書いてんの? 何で俺の前にも列ができてんの? 何で君らちょっと俺に距離置いてんの?」

 

 ちょっとしたサイン会を開くや否や、何故か横で待機していた俺の前にまで列ができていたのだ。

 さっき来た女の子は先に言ってたからまだ分かるけど、何でμ's目的の子達まで俺のところへ来るんだ。というか何で俺を知ってるんだ。

 

 

「ふーんだ。たくちゃんなんか拙いサイン書いて笑われちゃえばいいんだよっ」

 

「おいやめろ。お前らならまだしもサイン書くなんて一生ないと思ってたから何も考えてなくてただそれっぽく書いた俺の悪口言うのやめろ」

 

 いっそ漢字で書いてしまおうかと思ったけど、目の前の女の子のキラキラした目を見るとさすがに……ね。ほら、これでも一応期待してくれてるみたいだし、背くわけにはいかないでしょうよ。この子も俺がアイドルじゃないのくらい知ってるでしょうに。

 

 もしやこれは夢ではなかろうか。

 

 

「岡崎拓哉さん、ですよね!?」

 

「え、あ、う、うん、そうだけど」

 

 次の子が元気よく声をかけてきたおかげでこれは夢じゃないことは分かった。

 見りゃ分かるでしょ。俺が岡崎拓哉じゃなかったら俺は誰なんだ。田中太郎とかじゃないぞ。

 

 っと、そうだ。

 良い機会だし聞いてみるか。

 

 

「そういや何で俺のこと知ってるんだ? 穂乃果達はμ'sだからってのは知ってるけど、俺は別にスクールアイドルやってるわけじゃないし、気になってさ」

 

「そ、そういえばそうでしたね! でもμ'sのファンならみんな岡崎さんのことは知ってると思いますよ!」

 

「え」

 

 もしかしてファンの誰かにストーカーされてたりする? 穂乃果達に手を出そうなら夜道に気を付けなきゃいけない的な? むしろ手を出されてるのは基本俺ですけどね。もちろん物理(制裁)で!!

 

 

「だって岡崎さん、μ'sの音ノ木坂でのライブで映ってたじゃないですか? 解散疑惑とか出て不安だった中でのあの最高のライブを見たら印象にも残ると思います!」

 

「……あー」

 

 そういえばそうだった。

 俺基本表には出ないようにしてるのにあの時のライブだけは思いっきり表に出てたんだった。正確に言えば出されただけど。

 全然知られてたわ。全力で全国に中継されてたわ。逃げ場も何もなかったわ。

 

 確かA-RISEのツバサもあのライブで俺の存在知ったって言ってたもんな。すっかり忘れてた。

 いや、だからって俺にサイン求めるほどか?

 

 

「ファンの間じゃあのライブは伝説のライブだって一部囁かれてますからね!」

 

「え、何で?」

 

「μ'sの皆さんが制服で踊ってるってのもありますけど、もちろん岡崎さんが映ってるからっていうのもあるからです!」

 

 うん、なるほど。ちょっと何言ってるか分からないや。

 何だこの子の会話レベル。俺には高度すぎて理解に追いつかないんだけど。俺映ってたから伝説って、それじゃ俺が伝説みたいじゃん。伝説ポケモン並みのレアみたいじゃん。メタルキング出現レベルじゃん。

 

 

「今でこそμ'sは第二回ラブライブ優勝者ですけど、その道は険しくなかったのも今なら分かります」

 

 何か語り始めちゃったぞこの子。

 一応後ろにも並んでる人とかいるんですけど。自分で何言ってんだろう俺恥ずかしい。

 

 

「ですがそのμ'sを陰から支えてきた人が岡崎さんなんだってあのライブで分かったって人が多いからこそ! こうしてμ'sだけではなく岡崎さんに会えたことがとても嬉しいんです!!」

 

「お、おう……。そりゃこ、光栄、かな……」

 

 この子の熱が凄すぎる件についてってラノベ出したらアニメ化なるレベルで熱いぞこの子。

 というか俺ってファンの中でそんなふうに思われてんの。初めて知ったぞおい。ちょっと映像で映っただけで色々察し良すぎだろ現代の子の想像力が怖いです。

 

 

「海外でのライブもとても素敵でした! もう100回以上は聴いてます!」

 

「おーけーおーけー。とても励みになる言葉をありがとな。悪いけど後ろにも並んでる人がいるからここまでってことで」

 

「お話できて光栄です! ではまた!!」

 

 元気よく走り去っていく女の子。一人で来たのか。ほんとにファンなんだな。

 またって言われたけど多分もう会わないでしょこれ。偶然に偶然重ならないと会えないでしょこれ。

 

 

「もしや廃校から夢!?」

 

「長い夢だにゃー!」

 

「さすがにそれは……」

 

 向こうでは穂乃果達がサインを書きながら騒いでいる。

 廃校から夢って長すぎだろ。冷凍保存されてるレベルの夢の長さだぞそれ。どうやら穂乃果は現実逃避までしているらしい。うん、俺もさっきまで夢だと思ってた。

 

 さて、パッパッと終わらせるか。

 俺も早く家で一息つきたいし、次はさっきの子みたいに長く喋る必要ないだ―――。

 

 

「……、」

 

「どうしたよ。早くサイン書いてくれ」

 

 おかしい。俺の見間違いか、もしくは俺が幻でも見てるのかこれ。長旅で疲れてるか我が体よ。

 

 

「何で男が目の前にいるんださては貴様今流行りの男装女子かッ!!」

 

「いや普通に男だし。さっさとサイン書いてくんない」

 

 普通の男……だと……。いやそれこそ謎だろうが。

 何でよりによって男子が俺のとこにサイン貰いにくるんだ。罰ゲームか何かですか。

 

 

「……一応聞くけど、何で俺のところにも来たんだ?」

 

「ついで」

 

「はーいあなたには拓哉さんの極上適当達筆サイン差し上げまーす!」

 

 右利きなのに左手で書いてやったわ。さっさと帰んなあんちくしょー!

 さっきの子があまりにも良い子だったからこやつの適当さにさすがの俺も張り切ってしまった。ふぅ、久々に男見た気がするのは何故だろうか。

 

 

「頑張れよ。色々と」

 

「あん?」

 

 何故かそれだけ言って去っていく男子。

 あれでもμ'sのファンなんだろうし、一応労いでもくれたってことか?

 

 それにしてもさっきから俺のところにくる人個性ありすぎだろ。

 μ'sも個性の塊だから似たような人が集まってくるとかそんな感じだろうか。

 

 

「ああ~!!」

 

「いきなり大声出すな何だいきなり! 自分のサイン書き間違えたとかそんな感じだろ絶対。さっさと手を動かせ」

 

「動かしてるよたくちゃんも動かしなよ!! じゃなくてあれ見てたくちゃん!」

 

「めっちゃ動かしてるわ! ただでさえこんなことになって驚いてんだ。今更もう何が起きたって俺は驚か……まじか」

 

 穂乃果の促したほうを見ると、そこにはμ'sが先日アメリカで披露したライブの模様が映し出されていた。

 おぉふ、まじか。まじでか。普通空港のテレビに映し出されるものなのかこれ。

 

 いや待て。よく考えろ。

 今俺達は割と目立つ場所でサインを書いている。そして今すぐそこのテレビでは穂乃果達のライブ映像が映っている。

 

 目立つということは人の目を引くということ。今でこそまだそんなに見られてはいないが、もし誰かが今の穂乃果達を見てテレビに映ってる人だと騒げばどうなるだろうか。

 答えは一目瞭然。注目が集まれば人だかりは今以上に大きくなっていよいよ収集がつかなくなる。

 

 現場はパニック状態になり、帰れるものも帰れない。

 何よりあまり寝れなくてさっさと帰ってひと眠りしたい俺としては何としてもそれだけは回避しなければならない。

 

 ということで作戦実行。

 

 

「全員、作戦SS。発動!!」

 

「「「「「「「「「ラジャー」」」」」」」」」

 

 返答した途端、穂乃果達のサインを書くスピードが異様に早くなった。

 かくいう俺もまだ慣れはしないができるだけ早く書いては人を捌く。

 

 作戦SSとは、文字通りSS(速攻書いて速攻帰る)である。特に捻りはない。

 正直穂乃果達に何故通じたのかは、大体アイコンタクトのおかげだ。俺の言葉は大して意味を成してないと言っていいだろう。……言わないほうがよかったとか言うな。

 

 元々人を捌けていたのもあって残りの人数はさほど多くはなく、滞りなく終わることができた。

 あとは注目を集める前にここを退散するだけだ。

 

 

「絵里! バスの時間は!?」

 

「タイミングよくもうそろそろ来る時間よ。行きましょう!」

 

「よし、んじゃ全員バス停まで行くぞ。サングラスあるヤツはかけとけよ!」

 

「待ってよたくちゃーん! みんな、ありがとねー!」

 

 穂乃果に続いて他のメンバーもファンの人達に手を振ってお礼を言っている。

 うむ、良いことだ。感謝してこそすれだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、あれってμ'sじゃない?」

 

「ほんとだ!」

 

「たっくん、出口付近にたくさんいるような……」

 

「悪いけどとにかく今は構わずバスに乗ることだけを考えるんだよォー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


オリジナル部分が多めの今回でした。
岡崎って実際ライブ映像に映ってたからファンのあいだでは知名度高いイメージがあるんですよね。ツバサがそうですので。
前回今回と久々に一人称で書きましたが、コメディだとやはりこちらのが書いてて楽しいです(笑)


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!





もう一つの作品『ラブライブ!~悲劇と喜劇の物語~』も最新話を投稿したので、興味がある方はそちらもぜひご一読してみてはいかがでしょうか!
岡崎とμ'sの違う物語です!
そちらは基本感想と評価次第で投稿頻度を変えてるので更新は不定期ですが←


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160.有名とは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、おかえりお兄ちゃ―――ってどうしたの? 帰宅早々疲れた顔してるけど」

 

「実際問題疲れたからこんな顔してるんだ我が妹よ……」

 

 

 

 

 

 ようやっと我が家まで帰ってこれた。

 バス停付近までμ'sのファンがいたせいで結構手こずらされた。

 

 さすがにバス内にまで入ってくる人はいなかったけど、帰国してすぐ囲まれるのはどうしても疲れてしまう。俺なんて飛行機であんま寝れなかったから余計だ。

 今すぐにでも自分の部屋のベッドに飛びこんで爆睡したいレベル。

 

 

「荷物どうする? 運ぼっか?」

 

「や、いいよ、自分で運ぶから。土産とか買ってるし結構重いからな」

 

「お土産あるの!?」

 

「当たり前だろ。せっかくの海外なんだ。知り合い……と言っても桜井しかいないけど……家族や世界一可愛い妹に土産を買わないなんて愚行はあり得ませんことよ」

 

「そっか、ありがと。とりあえずリビングで休憩したら?」

 

 綺麗に流されたでござる。

 この妹、俺が海外行ってるあいだにどんな修行を積んでスルースキルを身に付けたんだ。お兄ちゃんちょっと悲しいぞ。

 

 

「今日はもう家にいるの?」

 

「そうしたいのは山々なんだけどな。このあと穂乃果達と待ち合わせしてるんだよ。少し休憩したらまた出かける」

 

「珍しいね。お兄ちゃんのことだからてっきりすぐ部屋に行って寝るとか言いそうだったのに」

 

 妹に俺の考えてたこと全部もろバレしてるんですけど。やだ、これって以心伝心?

 唯から渡されたお茶を飲みつつ、ほっと息をつく。うん、落ち着く。

 

 

「待ち合わせってどこでしてるの?」

 

「秋葉原。ちょっと確認しておきたいこともあるけど、何か少し大変な状況になってるかもしれないしな」

 

「それってもしかして、海外ライブでのこと?」

 

「……知ってんの?」

 

「まあ、こっちでも結構話題になってるし、μ'sのことは雪穂と亜里沙と一緒に何かあったら逐一報告しあってるからね」

 

 姉妹にμ'sメンバーがいれば何があるかやあったかを知るくらいはすぐにできるのは当然か。

 それよりも、こっちでも話題になってるのは少し気になるな。空港でも映像が流れてたくらいだし、もしかしたら本場だと余計話題に上がってる可能性も考えられる。

 

 

「これは早めに行ったほうがいいか……?」

 

「何が?」

 

「さっき待ち合わせしてるって言ったろ。穂乃果はまあ、置いとくとして、他のメンバーなら待ち合わせ時刻より早く来るはずだ。そうなれば一人待ってるところにファンが殺到しちまえばちょっとした混乱を招くことになるかもしれない」

 

「スクールアイドルなのにそこまでなるもんなの?」

 

「ところがどっこいなっちまうんだよ。実際空港でちょっとしたサイン会開けるレベルの人が待ち伏せしてたからな。自惚れや自意識過剰じゃなく、本当の意味で今のμ'sは人気になってるんだ。さすがにここまでとは俺も思ってなかったけど」

 

 予想を遥かに上回っていた。

 海外に行く前は誰も寄ってこないで平和に送り出されていたのに、この数日でこれだけ状況が変わるなんて誰が想像していただろうか。ちなみに俺は微塵も思ってなかったです。

 

 時間にはまだ余裕あるが、早めに行って先に待っておいたほうがいいだろう。

 

 

「じゃあそろそろ行くよ。先に俺がいたほうが分かりやすいかもしれないし」

 

「大丈夫なの? お兄ちゃんもそれなりに注目されてるとかない?」

 

「空港じゃ俺にまでサイン求めてくる子とかいたけど、まあそれでも一部だけだろ。2回目の講堂ライブ見てる人じゃないとさすがにそこまではいかないと思う」

 

「むしろ海外ライブ見て今までのライブ映像見返してる人とかいたら分かっちゃうんじゃ……」

 

「……ほ、ほら、でもライブ見てる人が好きなのはμ'sなわけだし、手伝いの俺に興味持つ人はいないんじゃないかと思うんですよね!」

 

 そうそう、空港の人達のは俺もいたからついでにみたいな感じなんだよきっと。

 熱血な女の子は特別だけど。あの子だけは他の子と一緒にしちゃいけない。

 

 

「お兄ちゃんがそこまで言うならいいけど、くれぐれも気を付けてね?」

 

「ただ秋葉原行くだけなのに戦場へ赴くみたいな雰囲気醸し出すのやめてくれませんかね」

 

 国民的大スターなわけでもないんだからそこまで心配はしなくても……いや、万が一でも可能性はあるな……。

 秋葉原なんてスクールアイドルの聖地と言っても過言じゃない。そんな場所にμ'sが集まったとなると、うん、ここから先は考えるのをやめよう。カーズになるのだ俺。

 

 

「それじゃちょっと行ってくる。土産はキャリーケースの中に入れてあるから好きなの選んでくれていいから」

 

「うん、ありがとうお兄ちゃん。ちなみにオススメとかある?」

 

「もちろん、お前のために選んだ可愛くて高級なバッグ買っておいたぜ」

 

「え、高級って……」

 

「ふはははははははは値段は聞くな行ってきまーす!!」

 

「まさかそれだけのために高い物買っ―――」

 

 唯の制止の声も聞かずに家を飛び出る。

 たまに唯は俺が高い物を買うと怒るからあまり無駄遣いはできないのだ。だからマンガやゲーム以外に使う金がないため結構貯金が貯まってたりする。

 

 だからこういう時こそふんだんに使ってやったわ。帰ってからが怖いけど、まあ唯のために買ったんだからそんなに怒られないだろ。

 怒られたらあれだ。全力で土下座する。空港でも穂乃果達にやったし、今の俺はどこでも土下座できるスキル覚えたから。……言ってて悲しい。

 

 早く行って待ってよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ」

 

「あ、拓哉も来たのね。これで全員揃ったわけね」

 

「何でもういるんだよみんな。時間はまだ20分くらいあるのに」

 

 現地に来てみれば既にμ'sメンバーが全員揃っていた。

 あの穂乃果でさえもういるのにはさすがに驚いたぞ。時間には間に合ってるのに謎の敗北感を感じる。

 

 

「おそらく拓哉君と同じ考えかと思いますが、もし誰かが先に来ていてファンに見つかったらどうなってしまうかと考えると、先に合流しておいたほうがいいと思ったんです」

 

「それで全員早く来たってか」

 

「偶然みんな同じ考えしてたってことだね!」

 

 ドヤ顔で言うな。そして俺より先に来たことに対して変に勝気な顔してんじゃねえ。無駄に可愛いんだよこのやろう。

 

 

「はあ……とは言っても注目浴びてんのはお前らなのに、誰かが先に来たり合流したところで余計目立つだけだろ。俺は手伝いだから先に来ても大丈夫だと思ったのにお前らが火に油注いでどうする」

 

「そのときはそのとき!!」

 

「歯ァ喰いしばれ」

 

「公共の場で女の子に拳向けるのはよくないと思いますたくちゃん!!」

 

 やめろ大声出すなバレるから。

 そして俺が捕まるから。ツッコミで逮捕はシャレにならんぞおい。

 

 

「まあいいか。今のところ人は集まってないみたいだけど、外の方はどうなってる? 一直線で来たから俺あんま分からないんだけど」

 

「どんだけ急いで来たのよ……。そこ出て見てみなさい。嫌でも分かるわ」

 

 ちなみに待ち合わせの場所は路地裏にしておいた。

 少しでもリスクは少ないほうがいいという俺の意見にみんな同意してくれたわけである。

 

 そして真姫に言われたとおり、路地裏から喧騒のある街に出た。

 相変わらず人の多さは変わらないこの街で辺りを見るとそこには……。

 

 

「なん……だと……!?」

 

 

 見渡す限り、μ'sの雰囲気が醸し出されていた。

 ビルには一面μ'sのポスターが貼られており、目視できる範囲の店にはμ'sのグッズが大量に売られていた。

 

 これには俺も思わずBLEACH言語が飛び出してしまうほどだ。

 いやどんだけ持ち上げられてんだμ's。社会現象を起こしたアニメでも中々こうはならんぞ。

 

 ラブライブ自体がもう社会的にも注目されてるってことか?

 そりゃ海外でライブしてほしいと依頼されるぐらいだからありえるのか。

 

 かといってこうもポスターが貼り出されていると穂乃果達の素性が完全に割れてしまう。

 有名になるってこういうことをいうのか?

 

 

「ねえ、たっくん」

 

「どうした、ことり」

 

「もしかしなくてもなんだけど……」

 

「?」

 

 何故だか申し訳なさそうな表情をしていることり。

 何だ、この路地裏臭いのか。路地裏で待ち合わせしようと言った俺が悪いのか。ことりのためなら焼き土下座までならするぞ。

 

 

 

「これからのこと考えると、まず秋葉原で待ち合わせしようっていうのが間違いだったんじゃないかなって……」

 

「ほんとまじすんませんでした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全面的に俺が悪かったようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


有名になったμ's+おまけ、波乱はまだ少し続きます。
一人称だとギャグが書きたくて筆が止まらない。


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サンシャインの映画のPVが少し公開されてましたね。


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161.世間との違い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ある程度予想はしてたけど、まさかそれを上回るほどとはな……」

 

「何か、凄いね……」

 

 

 

 

 

 いつまでも路地裏にいるのも気が引けるので、俺達はできるだけ目立たないように橋のとある店の近くに移動していた。

 ここなら人もまだあんまりいないし近くまで来ないと気付かれないだろう。時間の問題かもしれないが。

 

 

「にゃー! こんなところにもポスターがあるにゃー!」

 

「こっちにも応援チラシが出てるよ!」

 

「どこにでもあるなオイ」

 

 せっかく移動してきたのに、移動先の店にポスター貼られてるとかどんなトラップだよ。

 というか応援チラシって何。いつのまにこんな公に応援されてるんだμ'sって。昨日の今日でここまで知名度が上がるものなのか。

 

 

「これは……」

 

「……ん? 待て。ここにポスターや応援チラシがあるってことは……ここにいたらむしろバレ―――、」

 

「あの!」

 

「もしかしてμ'sですか!?」

 

「あ、ああ……!」

 

 時すでにお寿司。いや遅し。

 さっそくファンらしき女子高生二人がやってきた。そうだよなーこんな堂々とチラシとかあったら普通に気付くよなー。

 

 

「μ's!?」

 

「ほんとだ!」

 

「凄い! 本物!?」

 

「大ファンですー!」

 

「あっという間に人が集まってきた!?」

 

「まるで急に湧いて出てくるモンスターみたいだな」

 

 いや、いくら何でも急に集まりすぎてないか?

 たった数分でここまで人だかりができるなんてあり得ないはず……。

 

 気付けば前も後ろも囲まれていて逃げられない状況になっている。いやまあ別に逃げる必要もそんなにないんだけど、これだけ人が集まれば他の人の迷惑になるかもしれないという危惧もあるわけでして。

 

 

「あ~、あはは、どうも~……」

 

 珍しく穂乃果が気圧されたような声で挨拶しているのを一瞥しながらファンの集団を見ると、ざっと見ただけで数十人はキャッキャしながらスマホを触っている。

 なるほど、そういうことか。

 

 

「どうしてこんなに人が……」

 

「おそらくSNSだ」

 

「それって……」

 

「見てみろよ。結構な数の人がスマホを弄ってる。多分このままだとμ'sがここにいるってもっと拡散されて人が集まってくるぞ。どうするよリーダー」

 

「どうするって言われても……」

 

 こうしている間にもどんどん人は集まってきている。

 逃げようとしてもこの人だかりをどう潜り抜けるかを考えないといけない。

 

 プロのアーティストや芸能人の熱狂的なファンならまず当人の言葉を無視してでも近くに詰め寄ってくるだろうが、それをしてこないだけまだマシと言えるだろう。

 実際空港の人達は素直に言うことを聞いてくれた。

 

 ……ということは。

 

 

「(穂乃果)」

 

「(急に小声でどしたのたくちゃん。今どうするか考えてるんだけど)」

 

「(聞いた俺が言うのもなんだけど、ここはストレートにどいてくれって言ったほうがいいんじゃないかと思ってな)」

 

「(どうして?)」

 

「(空港にいたファンの人達は俺達の言うことをちゃんと聞いてくれただろ。幸いここの人達も詰め寄って来るような輩じゃないことは確かだ。だからちゃんと言えば素直に分かってくれると思うんだよ。あくまで推測だけど)」

 

 これで言うこと聞いてくれなかったら詰みである。

 見る限りここにいるファンの人達はみんな女の子だ。つまり、穂乃果達だけならまだしも、俺がこの禁断の花園を強行突破しようものなら俺が禁断の牢屋へぶち込まれることになる。それだけは避けたい。

 

 いっそ川へ飛び降りることも考えたが、この時期だとまださすがに寒いからやめたい。

 

 

「(うん、分かった。私もファンの人達を信じるよ。それでいこう)」

 

 頷いた穂乃果が一歩前へ出る。

 そうすることでファンの人達の顔が余計に明るくなる。リーダーの穂乃果だから、何を言うのか期待しているのかもしれない。

 

 だがしかし、分かってない。分かってないぞファン達よ。

 君達は知らないかもしれんが幼馴染の俺はよーく知っている。穂乃果は俗に言うバカだ。難しい言葉を知らないアホの子なのだ。

 

 語彙力という単語が分からなくて言葉の力とか言っちゃう子なのだ。そんな子が遠回しなことを言うはずもないだろう。

 率直に言えば、良くも悪くも穂乃果はいつだってストレートなのである。

 

 

 

 

「みなさん! そこを通りたいので道を開けてくれないでしょうか!!」

 

 うん、気持ちがいいほどにどストレートで拓哉さんも聞いてて清々しいぜ。

 けど、穂乃果のこういうド直球さが必要なときは結構多く、こういうときもまた役に立つのである。

 

 言うや否や、ファンのみんなは一瞬ポカンとした表情になったがすぐに戻り、穂乃果の言うとおり道を開けてくれた。

 開けられた空間を歩く俺達。それを見ながらファンはまたキャッキャ言っている。俺だけ場違い感が凄いんだけどどうしよ。俺もファン側に行っちゃおうかしら。

 

 さあ、問題はここからだ。ファンの方へと振り返る。

 囲いから抜けられたのはいいが、大量のファンを前にして穂乃果が何を言うのか。ここだけは俺も分からない。

 

 9人が並び、穂乃果がまた一歩前へ出る。

 俺は8人の後ろに隠れ……待機している。いや違うんですよ。別にメンバーじゃないから横に並ぶのは違うかなって思っただけなんです。変に思われて叩かれるのが嫌だからとかじゃないですはい。

 

 

「えっと、いつも応援してくれてありがとうございます!」

 

 穂乃果の第一声が耳に入ってくる。

 

 

「それでは今日はこのあたりで!!」

 

 そして第二声も耳に……あれ?

 あいつらどこいった?

 

 

「何してんの早く来なさい拓哉!」

 

「え、ええ!? あまりにも予想外の展開すぎて俺の理解力がないのかお前らの行動の早さが凄いのか分かんないんだけど!?」

 

 既に穂乃果達は俺の後方へ走っていて、見事に俺は置き去りにされていた。

 ファンはまたも呆気に取られたような顔をしているし、俺も実際そうだった。

 

 もう少し何か良いこと言うのかなって思ったらすぐにお別れの挨拶して勝手に走ってったぞあのリーダー。

 ファンを前にしてあんな態度とっていいのかと僕は思います!!

 

 けどあれだけの人を前にしたらどう切り抜けばいいのかなんて俺も分からないし、案外正解かもしれない。

 俺を置き去りにしなけりゃもっと正解だったかもしれない。

 

 

「ちゃんとアイコンタクトで確認したわよ! ちゃんと私達を見てたの!?」

 

「ふんっ、俺を甘く見るなよにこ。俺はいつだってお前らを見ているぜ!! アイコンタクトに関してはお前らの後ろにいたから分かるはずねえだろちくしょうめ!!」

 

「結局見てないじゃないのよバカ! アンタはずっと私達を見ていればいいのよ! μ'sの手伝いなんでしょ!!」

 

「うっせえちゃんと見てるわ! お前ら以外のスクールアイドルに興味はねえ! というか穂乃果走るならどこに行くかくらい決めてんだろうな!?」

 

「どこ行こっか!?」

 

「まずはお前を天国に送ってやる」

 

「冷静に見放された!?」

 

「あそこの路地裏に入るわよ!」

 

 絵里の指示が入ったことにより、ダッシュ中の喧嘩は中止になった。

 そこで後ろを振り返ると、誰も追いかけてきていないらしい。穂乃果のあんな挨拶でも分かってくれるファンでよかった。

 

 しかし、距離が離れたことによって違うファンがいたらまた騒ぎになってしまう。

 それだけは避けなければならない。日も暮れてきたしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「参ったわね」

 

「何でこいつはここで落ち込むように座ってんの。俺がジュース買ってるあいだに何があったの」

 

 絵里が言った路地裏に入り、少し離れた自販機で飲み物を買って戻ってきたら海未が座り込んでいた。

 人通りが少ないここなら気付かれる心配はないが、何をしてるんだろうこの小娘は。

 

 

「海未ちゃん……」

 

「無理です! こんなの無理です~!」

 

「ああ、そゆことね」

 

 海未の声音で大体理解した。

 声音で理解できる俺も中々凄いな。伊達に幼馴染やってない感ある。

 

 

「帰ってきてから街を歩いていても気付かれるくらいの注目度。海外でのライブが秋葉中で流れていて、挙句の果てにポスターやチラシまで街中で貼られたりしてる。これじゃ指名手配と変わらないわ」

 

「やっぱり夢なんじゃない?」

 

「気持ちも分からんでもないが現実逃避はその辺にしとけ」

 

 秋葉はスクールアイドルで一番有名な場所と言ってもいい聖地だ。

 そんなところにラブライブ優勝者であり、先日海外でライブしたμ'sがいたらそりゃ気付かれるってもんだよな。

 

 

「凄い再生数になってる!!」

 

「じゃあ私達、本当に有名人に?」

 

「そんなぁ!? 無理です、恥ずかしい……! 拓哉ぐぅん……」

 

「あーはいはい、そうだよなあ。海未は注目されると恥ずかしいもんな~よしよ~し」

 

 仕方なく海未と一緒の態勢になって座り宥める。

 君ラブライブ本選のときもう恥ずかしくない的なこと言ってなかったっけ。あれか、歌う時と普通に人前で注目されるのは違う感じなのかね。うん、このグズりよう見れば分かるわ。

 

 

「あっ、でもさ、それって海外ライブが大成功だったってことだよね!」

 

「まあ、そうなるか。うん、大成功だと思うぞ」

 

「ドームも夢じゃないよね! これでドーム大会も実現したら、ラブライブはずっとずーっと続いていくんだね!」

 

「確かにこの功績は大きいからな。うまくいけばこれからも続くはずだ」

 

「よかったー!!」

 

 あの、その前に海未宥めるの手伝ってくれませんかね。

 この子俺の袖握ったまま離さないんですけど。ちょっと離そうとしたら余計ガッシリ掴んできたんですけど。握力やばくないですか。リンゴ潰せるんじゃね。

 

 

「まだ早いわ」

 

「何が……って、何してんだお前ら」

 

 絵里の声で振り返ると、絵里、にこ、希の3年組が並んで赤ぶちのサングラスを掛けていた。

 おいお前ら、いつの間にお揃いのサングラス買ってたんだ。というかそのテンションは何だ。メンインブラックか何かかオイ。

 

 

「それより、バレずにここを離脱するのが先よ」

 

「いつもの似非関西弁はどうした巫女娘」

 

 めっちゃノリノリじゃん。

 いつもは冷やかすのにめっちゃノリノリじゃん。まとめ役の絵里までそんな真面目にやってたらもうどうしようもないぞ。海未もダメになってるし。

 

 

「そうよ。だって今の私達は、スターなんですもの!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、誰かあの3年トリオ止めろ。俺は海未で手一杯だから。離してくれないからこの子」

 

「私達はスタァァァああああああああああああああああああああひゃっほォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおうッ!!」

 

「そのツインテールの口を閉じさせろォ!! 自分が理想的なアイドルになってるせいで自己泥酔してやがる! 夢叶って嬉しいのは分かるけど今はその喜びがウザい!! 果てしなくウザい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世間的には注目されてるけど、それでもμ'sの雰囲気は変わらないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


本編では描かれていない部分を自分なりに捕捉しましたが、この作品の彼女達のキャラは濃いので強引にしてみました(笑)
世間では知名度が上がったり注目されていたりワーキャーされていますが、自分達の雰囲気は変わらない。それがμ'sです。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
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感想数が900件突破しました。ありがとうございます。
このまま最終回いくまでに1000件到達したいところ……。


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162.期待

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何やかんやあって結局穂乃果の家にやってきた。

 

 

 

 

 

「そうなの! あのライブ中継の評判がやっぱり凄かったらしくて、あちこちで取り上げられてるよ。ほら」

 

「ほんとだー!」

 

「秋葉の街どころか、色んなところでこの映像が流れてるのか。そりゃ有名にもなるわな」

 

 ご丁寧に雪穂が見せてくれたPCの画面を見ると、再生数がさっき見たときよりも増えており、しかもそれが色んなサイトでも流れているという。

 下手するとプロのアイドルより注目集めてるんじゃないかスクールアイドル。

 

 

「大変だったんだよ~。戻ってくるまでずっとお姉ちゃんを訪ねて店にやってくる人達いたんだから……。まあ、おかげでお店の売り上げ上がったってお父さんもお母さんも喜んでたけど」

 

「なるほど、だからさっきあんなテンション上がってたのか桐穂さん。大輔さんとか無言でまんじゅうくれたし」

 

 何かマフィアの取引なんじゃないかと思うくらいの雰囲気で箱渡されたときはさすがに焦った。

 大輔さん実は家庭教師(カテキョー)ヒットマンなのかと勘違いしたまである。俺に死ぬ気の覚悟はない。

 

 

「ほんと!? お小遣いの交渉してくる! 私のおかげで売り上げが上がったんでしょ!? もう少しアップしてもらわなきゃ……!」

 

「確かに穂乃果の業績は大きいよな。俺ももう一箱まんじゅう貰えないか交渉してみるか」

 

「穂乃果も拓哉君もそんなこと言ってる場合ですか……」

 

 いやだって穂むまん美味いんだもん。うちの家族全員大好きだから一箱だけだとそのうち誰かが勝手に全部食べて犯人捜し始めるほどだから。そこから無益な戦争開始からの無慈悲な親父狩りが始まるレベル。親父が集中狙いされる的な意味で。

 

 

「そうよ。拓哉はともかく、人気アイドルなんだから行動に注意しなさい」

 

「そんな~」

 

「A-RISEを見れば分かるでしょ。人気アイドルというのは常にプライドを持ち、優雅に慌てることなく……」

 

 言葉は最後まで続かず急に黙るにこ。

 しかし顔はどんどんとニヤケ顔に変わっている。あ、こいつ今妄想してんな。お得意の自分の世界入っちゃってんな。

 

 

「ぬぃっこぬぃっこぬぃ~」

 

「何してるん……」

 

「気にするな。にこの得意技、固有結界だ。ただし自分しか入れない」

 

「それただの妄想やん」

 

 確かに。響きはまさに体は剣でできてそうなのににこだとただの妄想に聞こえる。

 理想を抱いて溺死というか理想を現実にしちゃったけどなこの子。ラブライブ優勝したからこの子。

 

 

「はっ!? と、とにかく! どこに目があるか分からないから、外に出るときは格好も歩き方も注意すること!」

 

「え~!」

 

「そこまで気を遣うのは……」

 

「私もちょっとぉ」

 

「めんどくさいよ~」

 

「意識ってのが足りてないわねアンタら!!」

 

「有名になったスクールアイドルってのも大変だな」

 

 俺だったら有名になるの絶対やだわ。

 ちやほやされるのは悪くないかもだけど、平穏を愛している俺にとってはいつだって楽に過ごしたい。外で気を遣うのは御免被る。若干俺も身バレしてるけど。

 

 

「何言ってんの。拓哉もちゃんと変装とかしなさいよ」

 

「……ぱーどぅん?」

 

「何でもう一回言わなきゃいけないのよ聞こえてたでしょ今!」

 

「いや俺まで気をつけなきゃいけない意味が分からんから聞き返しただけだわ! 俺はアイドルじゃねえしただの手伝い、お前らはアイドル。つまり俺は無関係! はい証明完了!!」

 

「アンタだって空港でちょっと有名になってるの知ってるでしょうが! 私達ほどでないにしろ、μ'sの手伝いならそこら辺もちゃんと踏まえて行動しなさい!」

 

「嫌だー! 俺はこれからも普通に過ごしていきたいんだー! 名前も知らない人達に追いかけ回される人生なんて普通じゃない!! ……そうだ、寄ってくるヤツらを全員片っ端からぶん殴れば……?」

 

「違う意味で普通に過ごせませんし名前も知らない青い公務員に追いかけ回される未来しか見えないのですが」

 

 くそう、にこの言うことも一応、一応ではあるが一理ある。

 俺も講堂でのライブ中継のせいで割と顔が割れてるし、実際空港でも何故かサインを求められるほど知られていた。

 

 今までどおり外に出て必ず声をかけられないなんていう保証はどこにもない。けど今までどおり普通に過ごしたい。サングラスでも買うか?

 べ、別に自意識過剰とかじゃないんだからね!

 

 ところで海未にそう言われると何だか癪だな。

 何なら俺は基本的に海未からぶん殴られてる気がするんだけどその辺はどうなるんだろうか。と思ったけど俺がいつもぶん殴られるようなことしてるから咎める理由なかった。むしろ俺が咎められる側だったわ。

 

 

「もう、それよりも前に考えなきゃいけないことがあるでしょ?」

 

「考えなきゃいけないこと?」

 

「分からない?」

 

「こんなに人気が出てファンに注目されているのよ」

 

「だな」

 

「そうやね。これは間違いなく……」

 

 俺も何となくだが絵里と真姫の考えてることが分かる。

 海外でのライブ中継が話題となってる今、μ'sの注目度はラブライブ優勝した時よりも上回っているのは明白だろう。

 

 そう、簡単に言ってしまえばμ'sのファンは前よりも断然に増えた。

 つまり、それだけ期待されているということだ。何がとは言うまでもなく分かる。

 

 これだけの注目度、話題性、ファンの急増化という3拍子が揃ってしまえば、普通のスクールアイドルなら真っ先に考えること。

 

 

 

 

 

 それは―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次のライブ!?」

 

 

 

 

 翌日。

 春休みに入っているということもあり、ただでさえ少ない生徒数の音ノ木坂学院ではさらに人の気配が少なくなっている。

 

 そんな中、中庭で鬼ごっこ……というよりガチの追いかけっこが繰り広げられていた。

 

 

「ないないないないない。絶対なーーーーーい!!」

 

「そこを何とかー!!」

 

「何で俺まで追いかけられてんの!? 俺自体は特に追われる理由ないよね!?」

 

 μ'sがライブをするとき、必ず機材や演出について手伝ってくれる3人のうちの1人、ヒデコが全力で穂乃果と拓哉を追いかけ回していた。

 

 

「拓哉君は何となく厄介そうだから!!」

 

「おいィ!! そんな理由で追われる俺の身にもなれこのやろー!」

 

「追われてるのにたくちゃんと一緒だから何だか楽しくなってきちゃった……!」

 

「そんなこと言ってる暇あるならもっとスピード出せ! あいついつも重い機材とか運んだり体力いる仕事してるからスタミナはバカみたいにあんぞ!!」

 

 実際拓哉と穂乃果もそれなりに全力で走っているが、ヒデコとの距離は一向に離れない。

 これじゃジリ貧だと思った拓哉は即座に穂乃果に提案する。

 

 

「仕方ない。穂乃果、いったん二手に分かれるぞ。ヒデコ1人ならどちらかが免れるはずだ。狙われた方はとにかく全力で逃げ切ること。最終待ち合わせ場所は部室だ。いいな!」

 

「オッケーたくちゃん。じゃあ私は右に行くよ。またあとで!」

 

 意思確認して二手に分かれる。

 これでどちらかが逃げれて片方は追われる身となるが、そこは体力勝負にかけるしかない。

 

 そして。

 狙われたのは。

 

 

「やっぱり私のほうに来たー!?」

 

「よし、計算通り」

 

 拓哉の思惑通り、ヒデコは穂乃果の方へと走っている。

 ヒデコの願いが次のライブをしてほしいというのなら、当然狙われるのは穂乃果と踏んだ結果、見事に上手くいった。

 

 

「フミコ、ミカ、穂乃果は右の棟に行ったから挟むよ!」

 

「お、おっかねえ……」

 

 よく見ればヒデコの耳にはワイヤレスイヤホンマイクがあった。

 あれでフミコとミカと密かに連絡を取り合っているのだろう。これで3対1。穂乃果の勝ち目はなくなったと言っていいかもしれない。

 

 ともあれこれで自分が追いかけられる心配はなくなったのでゆっくりと部室を目指す。

 

 

(次のライブ、か)

 

 昨日、穂乃果の家でもその話題になった。

 みんな悩みに悩んでいたが、その日は結局何も答えが出ないまま解散になってしまったのだ。

 

 その翌日にヒデコに次のライブを頼まれてしまうと、やはりファンの人達も次のライブを待っているということになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(課題は、まだ減っちゃいないってことか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


映画を見た当時はこのシーンでどういう結論を出すのかそわそわした記憶があります。
あとイスに縛られて口をガムテープで塞がれる穂乃果を見て興奮したのも覚えてます。
ヒフミ容赦ねえな。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
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去年の今頃はハワイにいたことを思い出してまた行きたいと思ってる自分。
湿度が凄い日本と違ってカラッとしたハワイの暑さは何だかいいなと思ってます。


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163.終わりへの前兆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ捕まってたか」

 

「どうして分かってて助けてくれなかったのたくちゃん!?」

 

「いや待ち合わせは部室って言ってたし俺は無事に着いたからお前の犠牲は無駄にしなかったぞ」

 

「それ見捨ててるとも言えるくない!?」

 

 ふむ、確かにそうとも言う。

 ヒデコ達の連携プレイは下手すると俺達より凄いんじゃないかと思うほど息が合っている。だから穂乃果が捕まるのは時間の問題だと思って俺は部室へ先に来たわけだ。

 

 絵里達には何があったのかと聞かれたけど、特に何もないと言った。

 穂乃果が来たら全部言うと思ったしな。こいつもまあヘトヘトになりながらもちゃんと部室に来れたってことはヒフミトリオから難を逃れたのだろう。

 

 

「私イスに縛られて口までテープで塞がれたんだからね!」

 

「やり口が誘拐犯と変わらないねそれ……」

 

 何それ詳しく。個人的には大いに興味あります。

 いや別にそういうプレイが好きとかじゃないから。ちょっと興味があるだけだから。そういう薄い本系みたいなことに健全な男子高校生というものは惹かれるものなんです。

 

 

「気持ち悪い」

 

「おい、シンプルな言葉ほど人を傷つけるナイフはないぞ。言葉遣いには気を付けろ真姫」

 

 うっかり自殺しそうになっちゃったぞ。

 そんな変な顔してた俺? 男の本能って危険だなって強く思いました。

 

 

「うぅ~、ヒデコ達しつこかったな~……」

 

「あいつらも友達に言われて迫ってたっぽいし、ある意味被害者かもしれないな。手段は加害者だけど」

 

「みんな次のライブがあるって思ってるんだなあ」

 

「これだけ人気があれば当然ね」

 

「μ'sは大会をもって終わりにすると、メンバー以外には言ってませんでしたね」

 

 そう、ラブライブが終わればμ'sを解散すると決めたのは紛れもない穂乃果達自身だ。

 みんなで話し合って決めて、涙を流してまで覚悟した決断だった。

 

 ただ、それはあくまで穂乃果達の中でしか決めていないこと。

 俺達以外の人には、μ'sは解散すると一言も言っていなかった。

 

 

「でも、絵里ちゃん達が3年生だっていうのはみんな知ってるんだよ? 卒業したらスクールアイドルは無理だって、言わなくても分かるでしょ?」

 

「言わなくても分かるっていうのは親密な関係だからであって、そうじゃない人達には分からないものなんだよ。だから今でも次のライブがあるって信じてる人がたくさんいるんだ」

 

「多分、見ている人にとっては、私達がスクールアイドルかそうじゃないかってことはあまり関係ないのよ」

 

 言わなくても伝わるなんて言葉があるが、実際あれは少し嘘だ。

 もしそれが本当なら、今こうしてμ'sのライブのコメント欄に次のライブへの期待がコメントされているわけがない。

 

 穂乃果達が解散するとファンの人達に言わなかった、伝えなかった結果が今の現状を招いているのは事実。

 勝手に期待されているのは良い気分じゃないかもしれないが、それを伝えようとしなかった俺達にも責任はある。

 

 

「実際、スクールアイドルを卒業してもアイドル活動をしている人はいる。ラブライブには出場できないけれど、ライブをやったり、歌を発表してる人はたくさんいるから」

 

「そういう人達を知ってるから、絵里達が3年だと分かっていてもμ'sはアイドル活動を続けていく。そう思ってる人が多いんだろう。ラブライブ優勝までしたから尚更な」

 

「そっか……」

 

「では、どうすればよいのでしょうか」

 

 どうすればいいのか。

 そんなこと、誰もが薄々分かっていると思う。

 

 だけど、それを口にするのは何となく憚られてしまうのだ。

 大会で終わったはずのμ'sは予想外な依頼があって、これからのラブライブのために海外でライブをした。そこで物語は完結したはずだった。

 

 しかし、周囲はそれをさせてはくれずに余計に盛り上がっていく。

 真相を知る者と知らない者では見方も考え方も異なってくるものだ。だからこそ迷う。だからこそどちらの考えも大事にしたい。

 

 だって、どっちも大事なんだから。

 

 μ'sを終わらせると決めた穂乃果達の決断があったから優勝まで頑張れた。

 μ'sを応援してくれた人達がいたから優勝まで諦めずに支え合ってこられた。

 

 どちらもμ'sを想ってのこと。

 穂乃果達本人も、ファンの人達も、たとえ目先のことしか見えていなくても、考えていなくても、両者はμ'sのことを考えている。

 

 両方を無下にするわけにはいかない。

 自分達の意見を曲げたくないし、ファンの期待を裏切るような真似だってしたくない。

 

 だから、薄々分かっていても口に出せない言葉がμ's本人達にはある。

 であれば、μ'sじゃない俺ならその代わりをしてやれる。

 

 

「やるしかないんじゃないか。ライブを」

 

「……ライブを?」

 

「ああ。みんなの前でもう一度ライブをやって、今度こそμ'sは終わるとちゃんと伝える。ライブに成功して注目されてる今、それが一番の方法だと思う。お前らも薄々は分かってるんじゃないのか。これが最善だって」

 

 既存の曲でもいい。

 それでもファンなら喜んで聴いてくれるに違いないし、穂乃果達の言葉もちゃんと受け入れてくれるはずだ。

 

 

「うん、そうやね。ウチも拓哉君の意見に賛成」

 

「希ちゃん?」

 

「それに、ちょうどふさわしい曲もあるし」

 

「ちょっと!」

 

 希へ抗議の視線と言葉を向ける真姫の態度で何となく察することができた。

 

 

「真姫、お前……」

 

「そんな曲があるの?」

 

「希!」

 

「いいやろ。実は真姫ちゃんが作ってたんよ。μ'sの新曲を」

 

「ほんと!?」

 

 さすがにこれには俺も驚いた。

 いつの間に作曲してたんだ真姫のヤツ。何だかんだ熱入ってたのかこのツンデレ娘。可愛いとこあるなこのやろう。

 

 

「でも、終わるのにどうして?」

 

「……大会で歌った曲が最後かと思ってたけど、そのあと色々あったでしょ。だから、自分の区切りとして一応……。ただ、別にライブとかで歌うとかそんなつもりはなかったのよ」

 

 そう言って真姫はポケットから音楽プレイヤーを出した。

 穂乃果とことりが最初に片方ずつイヤホンを耳に付けて曲を再生する。

 

 

「これ……」

 

「良い曲だね……!」

 

「いいな~! 凛も聴きたーい!」

 

「私のソロはちゃんとある!?」

 

 作詞もパート分けもしてないんだからソロあるとかまだ分かるわけないでしょうが。

 

 

「聴いて。凄く良い曲だから!」

 

「凛も凛も~!」

 

「はい」

 

「おぉ~!」

 

 穂乃果もことりも、にこも凛も、表情を見る限りとても好印象に感じているようだ。

 ……俺もちょっと聴きたくなってきたな。

 

 

「私も早く聴きたい!」

 

「おっ、エリチもやる気やねえ」

 

「そ、そういうわけじゃないわよ……」

 

 せっかちかっ。可愛いかよこの卒業生。

 今更照れずとも結構子供っぽいとこあるのはみんな知ってるんだからこの際もっと子供っぽくしてようぜ。高校の卒業生が子供っぽいってちょっとアレだけど、絵里なら何か納得できるのは何故なんだろうか。

 

 

「海未ちゃん、これで作詞できる?」

 

「はい、実は私も少し書き溜めていたので」

 

「私も、海外でずっと衣装見てたからアイデアが出てきたかもっ」

 

 海未も歌詞書き溜めてたのか。ことりまですぐアイデア浮かんでるし。

 μ'sの作詞作曲衣装組気合い入りすぎでは。山合宿のときのスランプとか今じゃもう考えられないな。

 

 

「ほら、たくちゃんも聴いてみて」

 

「ん、ああ」

 

 穂乃果に渡されたイヤホンを耳に付ける。

 色んな女の子が付けたあとのイヤホンって考えると何だかイケナイ気分になりそうだが、俺もまだ命が惜しいのでそんな煩悩はすぐさま消し飛ばす。

 

 耳に集中して曲を聴くと、優しい音がスッと入ってきた。

 どこまでも透き通ったその音は、いっそ体中を一瞬で温かく包み込んでくれるような錯覚さえ感じさせてくれる。歌はまだ入れられていないが、どこで歌うのかは何となく想像できる。

 

 間違いない。

 これは、最高の曲になる。

 

 常々思ってはいたが、真姫の音楽センスには本当に驚かされる。

 高校1年生にしてこんな曲が作れるなんて本人の才能と努力、そして真姫の音楽が大好きという純粋な気持ちがあってこそだろう。

 

 それ故に優しく、心に響く曲に思える。

 うん、やっぱりこの曲は良い。μ'sの最後としてはもってこいの曲だ。

 

 

「いいな、これ」

 

「でしょ!?」

 

「海未ちゃんもことりちゃんもああ言ってるし、考えることはみんな同じってことやね」

 

 何だかんだみんなμ'sでまだ歌いたいという想いがどこかにあったんだろう。

 だから曲も、歌も、衣装のアイデアも思い浮かべることができた。未練はないと言えば嘘になるかもしれないけど、その気持ちは間違いじゃないことだけは分かる。

 

 

「どう、穂乃果ちゃん。やってみない?」

 

「え?」

 

「μ'sの最後を伝えるライブ」

 

「……、」

 

「穂乃果?」

 

 今の今までライブをやる流れだったのに、急に黙ってどうしたんだ。

 μ'sのリーダーだから、他のメンバーと違って何か思うところでもあるのか。さすがに俺もそこまでは分からない。

 

 

「……何のために歌う……」

 

「……、」

 

 そうか。

 穂乃果は思い出している。

 

 あの女性シンガーの人の言っていたことを。

 自分達が何故歌ってきたのか、何が好きだったのか。あの時はまだその答えを知るには早かった。けど、その時期はもうすぐそこまで来ている。

 

 あの人が言っていたことを俺達が理解するにはまだ何か足りないかもしれない。幾つかのピースがまだ嵌められていない未完成な状態かもしれない。

 だけど、とりあえずは今出せる答えを、満点ではなく及第点の解答を出すほかないのだ。

 

 

「穂乃果」

 

「……あっ、うん。こんな素敵な曲があるんだったら、やらないともったいないよね! やろう! 最後を伝える最後のライブ!」

 

 よし、これでひとまず当面のやる事は決まったな。

 誰もが認知する。μ'sの最後のライブが。

 

 

「練習、キツくなるわよ」

 

「ウチらが音ノ木坂にいられるのは今月の終わりまで」

 

「それまでやる事は山積みよ!」

 

「時間も余裕があるわけじゃない。結局俺達のやる事は最後まで変わらない。やれることを最後までやり切ることだ。……やれるな、穂乃果」

 

「……うん!」

 

 方針は決まった。

 μ'sの最後を伝えるライブをする。

 

 この9人以外でμ'sを名乗るのはダメだと決めたあの日から、本当に終わりを告げる時が来た。

 だからこそ、悲しむよりも楽しまなくちゃいけない。

 

 それが、いつだって穂乃果達がやってきたことだ。

 楽しいから、好きだからやってきたことを、最後の最後で寂しい気持ちで終わらせるわけにはいかないのだ。

 

 俺もできることは最大限に手伝わないとな。

 そうやって全員の気持ちに気合いが入ったときだった。

 

 そこに水を差したのは部室のドアから聞こえたノック音。

 開かれたドアの先にいたのは。

 

 

 

 

 

「みんな、ちょっといい?」

 

「……お母さん?」

 

 

 

 南陽菜。

 ことりの母親にして、音ノ木坂学院の長とも言える役割を持つ人。

 

 

 

 

 

 

 

 

「理事長……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな人が、神妙な面持ちでやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


最後を伝えるライブ。
つまり、終わりへの前兆が見えてきましたね。
だからこそ悲しむよりも楽しまなければファンにも失礼だろうと考えてます。
ところでこのまま続けば多分総合話数200いっちゃいそうですね(笑)


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2日後は穂乃果の誕生日……。
スクフェスはもうログインしかしていませんが推しなので穂乃果限定ガチャ本気出します(ラブカ約250個)


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164.揺らぐ心

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「続けてほしい……?」

 

「ええ。スクールアイドルとして圧倒的人気を誇るA-RISEとμ's。ドームでの大会を実現させるには、どうしてもあなた達の力が必要とみんなが思っているの」

 

「みんなが……」

 

 理事長室に呼ばれた拓哉と穂乃果達。

 そこで聞かされたのは、つい先ほど決めたこととは全くもって逆を意味する言葉だった。

 

 

「でも、そう考えるのも分かります……」

 

「ここまで人気が出ちゃうと……」

 

「人気だからこその継続か。……まあ、普通ならそっちのが正しいのかもしれないな」

 

「3年生が卒業し、スクールアイドルを続けるのが難しいのであれば、別の形でも構わない。とにかく、今の熱を冷まさないためにも、みんなμ'sには続けてほしいと思っているの」

 

 圧倒的人気を誇るが故のファンの思想。

 さっきもライブでのコメント欄を見たときも同じことを思ってはいたが、どこまでも自分達と真逆の考えをしていることを思い知らされる。

 

 ましてや理事長直々に続けてほしいと言われる始末なのだ。

 学校にまでそういう期待が押し寄せられているのかもしれない。

 

 

「そんな……」

 

「ですが……」

 

 ことりも海未も戸惑っている。

 それも仕方ない。さっき改めて決めたことと真逆のことを言われているのだから。

 

 穂乃果もずっと黙っていて何も言葉を発そうとはしなかった。

 この問題に関しては、すぐに答えの出る問題ではない。とりあえず時間が必要だと拓哉は考える。

 

 

「すいません理事長。まずはこのことをちゃんと他のメンバーと話し合わせてください。さすがにこれは、すぐに出せるような問題じゃないので……考える時間が欲しいです」

 

「……そう。そうよね……。分かったわ。いきなり無理を言ってごめんなさいね。できるだけ時間をあげるから、みんなと話し合ってちょうだい」

 

「ありがとうございます。それじゃ失礼します。行くぞ、穂乃果」

 

「う、うん……」

 

 黙ったままの穂乃果に声をかけると、元気のない返事と共にようやく穂乃果が顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「困ったことになっちゃったね。最後のライブの話をしてたところなのに」

 

 中庭で理事長から言われたことを全てメンバーに話すと、やはり良い顔をする者は誰一人いなかった。

 

 

「私は反対よ。ラブライブのおかげでここまで来れたのは確かだけど、μ'sがそこまでする必要があるの?」

 

「そうだよね……」

 

「でも、大会を成功に導くことができれば、スクールアイドルはもっと大きく羽ばたける」

 

「一応、海外での歌もそのためだったしな」

 

「待ってよ。ちゃんと終わりにしようって、μ'sは3年生の卒業と同時に終わりにしようって決めたんじゃないの!」

 

 真姫の言うことは間違っていない。

 あの日決めた覚悟を、さっき決めた決意を、ここで無駄にしてしまえば何もかもが意味をなくしてしまう。それこそ、その日のために優勝まで頑張ってきた自分達への否定に繋がってしまうのだ。

 

 

「真姫の言う通りよ。ちゃんと終わらせるって決めたんなら、終わらせないと。違う?」

 

「にこっち……。いいの? 続ければ、ドームのステージに―――、」

 

「もちろん出たいわよ! でも、私達は決めたんじゃない。9人みんなで話し合って、拓哉に背中を見てもらって……あの時の決心を簡単には変えられないっ。拓哉、アンタも分かってるんでしょ。そうしてしまえば、あの日の私達の決心は無駄になるってことぐらい」

 

「……ああ、そうだな。あの決心があったからお前達は最後まで頑張って楽しんでこられた。それは俺も分かってるよ」

 

 そんなこと、側で見てきた少年が一番よく分かっていた。

 真姫やにこがこれに反対するのだってすぐに予想できた。だからメンバーで話し合う時間をくれと理事長に提案したのだ。

 

 ただ、絵里や希の言うことも理解できる。

 μ'sが続ければドーム大会へほぼ確実と言っていいほど助力ができるはずだと。

 

 そして。

 

 

「もしμ'sを終わりにしちゃったら、ドームはなくなっちゃうかもしれないんだよね……」

 

「凛達が続けなかったせいで、そうなるのは……」

 

「それは、そうだけど……」

 

 μ'sが続かなければドーム大会は実現しないかもしれないということも。

 その責任はきっと穂乃果達が責められるようなものではないかもしれない。

 

 けれど、μ'sの功績が大きいという事実は海外でのライブで知れ渡っているのだ。それは遠からず穂乃果達本人も思っている。

 だからこそ実現しなければ、少なからず穂乃果達自身も責任を感じてしまうかもしれない。

 

 

「穂乃果ちゃん……」

 

「穂乃果は、どう思うの……?」

 

「……、」

 

 リーダーは何も答えない。

 いいや、今の現状では何も答えられない。

 

 μ'sを続けると決めれば、あの日の決心を否定することになってしまう。

 μ'sを続けないと決めれば、ドーム大会が実現できなくなってしまうかもしれない。

 

 その二つの意味はとても大きい。

 少女一人が抱えるにしては重すぎる選択。

 

 

 

 

 

 

 

(だけど、本当にそんなものなのか……? 何もμ'sやA-RISEだけが特別なスクールアイドルってわけじゃない。優勝して、海外でライブしたから人気があるってだけで、同じ努力はどこのスクールアイドルだってしてきたんだ。それなのに、μ'sがいないってだけで()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トントン、と自室のドアへノックの音がした。

 

 

 

「んあーどうぞー」

 

「ただいまお兄ちゃ……ってどうしたの。何かぐで~ってしてるけど」

 

「お兄ちゃんだってたまにはセンチメンタルな気持ちになるんですよ~」

 

 唯が部屋に来ても珍しくベッドにうつ伏せで寝転んだままのぐで兄貴。

 そのことについて何となく察した唯は声をかける。

 

 

「何か悩んでるの? もしかして穂乃果ちゃん達のこと?」

 

「……、」

 

「沈黙は肯定だよお兄ちゃん」

 

 枕に顔を埋めたまま黙る拓哉をよそに、ベッドに腰かけるように座る唯。

 そのまま勝手に話を進めたのは妹のほうだった。

 

 

「さっき雪穂と亜里沙と一緒に穂乃果ちゃんに会いに行ったんだけどね、穂乃果ちゃんも何だか思い詰めたような顔してたから、何かあったのかなーって思っただけだよ」

 

「……穂乃果、何か言ってたか」

 

「そうだな~。私達の質問には答えてくれたけど、悩んでることに関しては特には何も言ってなかったかも」

 

「そうか」

 

 やはり穂乃果も一人悩んでいるらしい。

 確かにμ'sを続ける続けないに関しては誰かに相談するわけにはいかないだろう。相談してしまえばその分、その相手にも多少の責任を押し付けてしまうからだ。

 

 

「ただ、私達は穂乃果ちゃんがあんまり楽しくなさそうな顔してたからある事を言ったよ」

 

「ある事?」

 

「そうそう、ある事~」

 

「何だよ。勿体ぶらずに言いなさいよ。いつからそんな意味深キャラになった妹よ。中二病発症したか?」

 

「もう高校生になるのに中二病になってたまるか。まあ、私達がいつもμ'sに感じてたことを言っただけ。私達はμ'sより楽しいスクールアイドルを目指すから、μ'sにはいつも楽しくいてほしいって」

 

「……楽しく、か」

 

 そうだった。

 拓哉がいつも見てきたμ'sの姿は、いつだって楽しそうに歌っていた。踊っていた。それを肌で感じて、目で見て、確信をもってそう思えてから、誰もが楽しそうにμ'sを応援してくれたのだ。

 

 であれば。

 今のμ'sはどうだろうか。

 

 このまま過去の自分達の覚悟を無下にしてμ'sを続けても、素直に楽しんだままでいられるだろうか?

 そんな穂乃果達を見て岡崎拓哉は応援できるだろうか?

 

 

「お兄ちゃんはお兄ちゃんの選択をして」

 

「唯……?」

 

 まるで心の中を読まれたかのように妹は言った。

 

 

「大丈夫。お兄ちゃんが自分で選んだ道なら、穂乃果ちゃん達もきっと同じ道を選んでるはずだから」

 

「何でそう言い切れるんだ?」

 

「見てて思うもん。穂乃果ちゃん達さ、お兄ちゃんといつも一緒にいるからか、どんどんお兄ちゃんに似てきてる気がするんだ」

 

「何だそりゃ」

 

 当然だがそんなことを言われたのは初めてだった。

 ずっと穂乃果達を見てきたが、自分と似てると思うことなんて一度も感じたことはなかったはず。

 

 兄をずっと慕って見てきた唯だから客観的に見て分かる。

 おそらく穂乃果達も気付いていないが、無自覚に影響されているはずだろう。

 

 だから、きっと同じ選択をすると思っている。

 それがどんな選択なのかは唯には分からないが、正しい選択を彼らはすると確信している。

 

 

「だーかーらー、お兄ちゃんはいつも通りでいてくれたらいいんだよ。ただそれだけ!」

 

「何だか強引に押し切ったなお前……。あいつらが俺に似たらやばいぞ。休日とか家でゲームしかしないからな」

 

「そういうことじゃないんだけどね」

 

 あっさり休日の自分を否定されたダメ兄貴へ、良い機会だとその妹は突然爆弾を投下した。

 

 

「ダメだよお兄ちゃん。将来あの9人の誰かがお兄ちゃんのお嫁さんになるんだから、今のうちに正しい生活リズムにしないと」

 

「ぶふうっ!? だ、誰があの中の誰かと結婚するだって!? 俺は誰とも付き合ってないぞ! 冗談でもそんなこと言うんじゃありません!」

 

(…………あれ?)

 

 ここで自他共に認める岡崎拓哉の理解者の妹に疑問がよぎった。

 

 

(今までならこういうこと言っても冷静なツッコミするだけだったのに、今回は何か焦ってる……?)

 

 もしかして海外に行った際に何かあったのだろうか。

 冗談を言ったつもりだったが、これはとんだ大物がエサにかかったらしい。

 

 何だかニヤケが止まらない岡崎唯なのだった。

 

 

「珍しく反応が初心だねお兄ちゃん。μ'sの誰かを好きになったの? もしくは全員とか?」

 

「ば、ばばばばばばばっばばっばバッカお前、そんなことあるわけなきゃろうが……。全員とかお前……リトさんレベルににゃらないと不可能でしょうぎゃ」

 

「めっちゃ噛んでるよ」

 

 この反応を見るにどうやら確実に何かあったらしい。

 詳細は分からないが、拓哉は穂乃果達を異性として見ている可能性が大きくなってきた。

 

 妹の唯でもこの兄は鈍感クソ野郎だと思うときがあるのに、その兄に異変をもたらしたμ's、もしくはその中の誰かは本当に女神かもしれない。

 思わぬネタを収穫できてすっかり先ほどの話題を忘れ満足気分になった唯はそっとベッドから立ち上がる。

 

 

「ふふ~ん、そっかそっか~。お兄ちゃんもとうとう春が来てるのか~♪」

 

「来てねえッ!! 何なら来てほしいぐらいだわ!!」

 

「そんな願わなくても大丈夫だよきっと。もしその時がきたらちゃんと男見せないとだねっ。それじゃ私は晩ご飯作るの手伝ってきま~す」

 

「だぁからそんなんじゃね―――、」

 

 拓哉の言葉は最後まで続かずにドアは閉められた。

 さっきまで悩んでたのがバカらしくなるくらいに話の展開がぶっ飛んだせいで、若干顔に熱がこもるのを感じる。

 

 

「くそっ、唯め……いつから兄をからかうようになったんだ……」

 

 妹の嫌な成長に少し困りながら風呂でも入るかと立ち上がったところで、机に置いてある携帯のバイブが震えだした。

 

 

「ったく、誰だこんなときに」

 

 悲しくも連絡先や会話アプリでのフレンド登録者数が少ない非リアな少年は携帯へと手を伸ばす。

 唯との会話があった手前、μ'sの誰かなら何だかむず痒い気持ちになってしまうためスルーしようかと思ったが、画面に映し出されていた名前は予想外の人物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツバサ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


サブタイの『揺らぐ心』ですが、前半のμ'sの存続、後半の穂乃果達への心、二重の意味で掛けています。
唯、ナイスプレイだぜ。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
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来週はお盆休みの最中なので、更新できないかもです。

追記、スクフェス穂乃果限定ガチャは80連ほどして限定URはおろか、URすら出ませんでした。
穂乃果ェ……。


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165.ドライブ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんばんは。急に呼び出してしまってごめんなさいね」

 

「別にいいよ。アンタが俺を呼ぶなんて珍しいからな。で、何の用なんだ」

 

 

 

 

 本当に珍しい人物から呼び出しの連絡が来て、俺は秋葉原のUTX学院の前にやってきた。

 

 A-RISE。綺羅ツバサ。

 第一回ラブライブ優勝者にして、スクールアイドルにおける象徴とも言える存在。

 

 μ'sが追いかける立ち位置にいて、第二回ラブライブ最終予選でようやっと勝つことができたライバル。

 今のスクールアイドルの中ではμ'sとA-RISEはスクールアイドルのツートップと言っても過言ではないだろう。

 

 そんな相手グループのリーダーから呼ばれれば俺も急いで出るほかない。

 もうすぐで晩飯だったんだけどな。

 

 

「そうね。実はもう一人呼んであるから、その子が来たらでもいいかしら」

 

「おい、それってまさか……」

 

「相変わらずあなたは()()()()()()()()勘が鋭くて助かるわね。そろそろ来ると思うわ」

 

 何だか含みのある言い方だがμ'sの手伝いの俺を呼んだってことは、もちろんグループのメンバーも誰か呼んだということだろう。

 そしてA-RISEのリーダーであるツバサが誰を呼んだのかは、深く考えずとも分かる。

 

 

「ツバサさーん! お久しぶりです! ってあれ、たくちゃん!?」

 

「こんばんは。そしておかえり」

 

「やっぱお前も呼ばれたクチか」

 

 走ってきたのは予想通り穂乃果だった。

 息切れしているということはそれなりに急いでやってきたんだろう。服装がアレだし。

 

 

「たくちゃんも?」

 

「まあな。ところで何だよその恰好。お前それでここまで走ってきたのか」

 

「え? ……あっ! え、えへへ~慌ててたからつい……」

 

 完全に部屋着じゃねえかそれ。どんだけ焦ってたんだよ。

 いや俺もパーカーにスウェットの部屋着だからあんま言えないけど。一応外でも着れるやつだからまだマシなはず。

 

 

「そうそう、拓哉君も私が呼んだのよ。これで揃ったわね。2人共、少し時間ある?」

 

「え? 私は大丈夫ですけど」

 

「できれば早く帰って晩飯が食べたい」

 

「そこは素直なのね……。と言っても10分くらいよ」

 

「まあそれなら」

 

「けどここで立ったままってのも何だしね。車を待たせてあるの。ドライブしましょ」

 

「ドライブ!?」

 

 車待たせてあるって何。そんなセリフ現実で聞けるもんなの。

 タクシーだったら盛大に笑ってやるけど、万が一にもツバサだしそれはないよな。あれか、やっぱお嬢様学校は一味違うってか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい、UTXってのは生徒をリムジンに乗せるようなふざけた学校なのか」

 

「たくちゃん、長い、長いよこの車。あれかな、視覚の錯覚を利用したトリックアート的なやつなのかな」

 

「落ち着け、これは何の変哲もないただのリムジンだ。ただ俺達は普段なら絶対縁のない乗り物なだけだ」

 

「どうしたの? 早く乗ってちょうだい」

 

 どうしてこんなセレブ御用達の車に平然と乗れるんだこのお嬢様は。

 あ、お嬢様だからか。

 

 

「あら、いらっしゃい」

 

「やあ」

 

「やっぱいたのかアンタらも……」

 

「あ、どうも!」

 

 おずおずと車内に入るとやはり優木あんじゅ、統堂英玲奈もいた。

 まさかのA-RISE総出でお出迎えされた。ただ座っているだけなのにその風貌で上品さが伝わってくる。部屋着の俺と穂乃果の場違い感凄くね。

 

 

「良かったらケーキもあるわよ。自由に食べてちょうだいね」

 

「凄いよたくちゃん。車の中にケーキもあるし何だかオシャレなジュースもあるよ! 晩ご飯前だけど食べていいかな!」

 

「飯の前ならやめとけ。俺も食べないから」

 

「あら残念。結構美味しいのに」

 

 見ただけで分かる高級感満載のケーキを結構美味しいとしか言わない優木あんじゅ。

 ゆるふわな髪をしているが口は結構辛いらしい。

 

 

「岡崎君、何か言ったかしら?」

 

「いえ何でもございません」

 

 何でバレてんの。怖い。ただただ怖いよ。

 美しい薔薇には棘があるってもんじゃない。何なら即死レベルの毒が盛られてるまである。

 

 

「さて、本題に入りましょうか」

 

「本題?」

 

 ナイスだツバサ。

 優木からの視線がとても痛かったからそのアシストはめっちゃ助かったぞ。

 

 

「ええ。どうだった? 向こうは」

 

「はい! とても楽しく勉強にもなりました!」

 

「ライブも大成功だったみたいね」

 

「周りはその話題で持ち切りよ」

 

「いや、そんな……」

 

 帰国してから色んな意味で凄いことになってたからな。

 本物の芸能人の大変さが少しだけ理解できたぐらいだし。今でも俺に寄ってくる人だけは謎だけど。

 

 

「拓哉君は成長はできた?」

 

「どうだかな。別段俺は成長しなくてもμ'sが成長すればそれでいいし、少なくとも良い思い出にはなったんじゃねえかなとは思う」

 

「ふーん、なるほどね。男として一皮くらいむけたかと思ったけど、案外そうでもない感じかしら」

 

「天下のA-RISEのリーダーが何てこと言ってやがる」

 

 女の子が一皮むけたとか言うんじゃありません。

 そういう意味は含んでなくても何だかそういう風には聞こえちゃうでしょうが。

 

 何だ、今日は唯にもそんな感じのこと言われたし、今日の占い運勢で最下位でもなったのか俺。

 男としてダメな気がするような気持ちになっちゃうからやめて。

 

 

「それで、次のライブはどこでやるの?」

 

「ッ……それは……」

 

「……、」

 

 まあ、そうなるよな。

 ツバサ達にもμ'sが終わることは言っていなかった。

 

 だとすると当然、そう聞かれることに疑問はない。

 同じ優勝者でありライバルだった関係だから、次回のライブが気になるのは必然だろう。

 

 穂乃果はやはり上手く応えられないでいた。

 

 

「その顔は、どうしようって顔ね」

 

「μ'sは3年生が卒業したら終わり。それが一番いいと、私達は思っていました。でも、今は凄いたくさんの人が私達を待っていて、ラブライブに力を貸せるくらいにまでなっていて……!」

 

「……期待を裏切りたくない」

 

「応援してくれる人がいて、歌を聴きたいと言ってくれる人がいて、期待に応えたい。ずっとそうしてきたからな、穂乃果達は」

 

「だったら続けたら」

 

「思います。でも……」

 

 そんな簡単な問題じゃない。

 そんな簡単な問題だったら、穂乃果は即座に答えを出しているはずだ。

 

 だから迷っている。

 悩んでいる。

 

 

「これは……?」

 

「私達をこれからマネージメントしてくれるチームよ」

 

「マネージメント……」

 

 差し出されたのは名刺。

 まさか高校生でちゃんとした名刺を見るとは思わなかった。

 

 スクールアイドルとはいえ、A-RISEレベルだったら事務所からスカウトされることもあるのか。

 素直に凄いな。

 

 

「私達は続けることにしたの。学校を卒業してスクールアイドルじゃなくなっても、3人で一緒にA-RISEとして歌っていきたい。そう思ったから」

 

「ツバサさん……」

 

「あなた達の気持ちは分かってるつもりよ。私も迷った」

 

「ラブライブを目指し、スクールアイドルを続け」

 

「そして、成し遂げたときに終わりを迎えるのは、とても美しいことだと思う」

 

「でもね、やっぱりなくなるのは寂しいの」

 

 忘れてはならない。

 いくら第一回ラブライブの優勝者であっても、A-RISEのリーダーであっても、綺羅ツバサだってそこら辺にいる女の子と変わらないということを。

 

 寂しいなんて人として持ち合わせて当然の感情を、ツバサも感じているのだ。

 A-RISEが大切だから、終わるのは嫌なんだと思っている女の子に過ぎない。

 

 

「この時間を、この一瞬をずっと続けていたい。そして、お客さんを楽しませ、もっともっと大きな世界へ羽ばたいていきたい。……そう思ったから、私達は」

 

 例えスクールアイドルじゃなくなっても、ツバサはこのメンバーでもっと先へ行きたいと答えを出した。

 今でも絶大な人気を誇るツバサ達なら、きっと大きく羽ばたけるだろう。

 

 それだけの実力と人気があるんだから、まだまだ前へ進めると思う。

 答えを出したA-RISE。

 

 であれば、μ'sは……。

 穂乃果はどういう答えを出すのか。まだ分からない。

 

 

「あなたがどういう結論を出すかは自由よ。でも、私達は続ける。あなた達にも続けてほしい」

 

「共に、ラブライブを戦ってきた仲間として、これからも」

 

「……、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達は、A-RISEの答えを知った。

 ただ、それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがと、たくちゃん」

 

「ああ。また明日な」

 

 あれからドライブが終わり、ツバサ達と別れた俺と穂乃果は家の前まで戻っていた。

 穂乃果と別れの挨拶を済ませ、自分の家へ足を進めようとして。

 

 

「ねえ、たくちゃん」

 

 穂乃果から声がかかった。

 

 

「何だ」

 

「私……どうしたらいいんだろ……」

 

 一瞬、本当に一瞬だが、その顔はかつてμ'sが解散の危機に陥っていた時と同じような表情に見えた。

 そこまで思い悩んでいるのは確かに深刻かもしれない。

 

 だけど、今の穂乃果はあの時とは違う。

 今は迷っていても、最後には必ず正解の答えを出すと俺は信じている。

 

 だから。

 俺は。

 

 

「どうしたらいいかなんて、手伝いの俺に聞くもんじゃないだろ。これはお前が出さなきゃ意味がないんだ」

 

「……だけどっ」

 

「穂乃果」

 

「……?」

 

「俺はお前を信頼してるし、お前も俺を信頼してくれてるんだろ」

 

「もちろん。私はたくちゃんをいつも信頼してるよ?」

 

「なら大丈夫だ。あとはお前は自分自身も信じろ。自分の中にある本心はいったいどちらの答えを指しているのか。俺以外の誰かになら教えてもらってもいい。ただ、自分の気持ちに嘘だけはつくな。……俺の信念くらいは、お前も知ってるよな」

 

「たく、ちゃん……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――俺は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後の最後に、誰もが笑っていられる結末であればいいんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みんなの笑顔を、いつでも願っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


1週空けての投稿でした。
お盆休みは予定とかで何かと忙しいですね。遊んでましたけど←


ツバサ達は一つの答えに辿り付いたところで穂乃果はまだ迷い中です。
次回はおそらくこの物語のキーパーソン、謎の女性シンガーが再登場するかと。
これによって恋愛の方にも何か動きが……?


では、久し振りに新たに高評価(☆10)を入れてくださった方。


t.kuranさん

海神アグルさん


計2名の方からいただきました。
久しぶりに高評価をいただいてモチベが上がってきました!ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!





最近ポケモンの映画やヒロアカの映画、実写銀魂の映画を観に行きました。
ポケモンとヒロアカの映画で号泣し、銀魂はめちゃくちゃ笑いました。
さすがだなって(笑)


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166.二度目の再会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日付は変わり、その日は雨だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あるところでは、高坂穂乃果があの女性シンガーと邂逅していた。

 最後の答えを出すための再会を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてこれは問題点こそ違うものの、異なる時間帯で少年はある種もう一つの答えを出すための再会を果たそうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外で練習もできないという事で、その日はオフとなって誰も部室には来なかった。

 もちろん岡崎拓哉も例外ではなく、春休みとあって外が雨ならばわざわざ学校に行こうなどとは思わない。

 

 普通ならば、いいや岡崎拓哉を知っている人物なら100%の確信を持って外すら出ないと言うだろう。

 当人の拓哉だってそう思っている。雨の日の休みに外へ出ようなどとは絶対に思わない。

 

 なのに何故か。

 ただ、今日だけは何の気まぐれか自分でも分かっていないが、岡崎拓哉は傘をさしながら外出中であった。

 

 

(……、)

 

 昨夜のツバサ達との会話で何か思うとこがあったかと言われれば、特にはない。

 あの問題だけは、拓哉が何かを言うわけにはいかない。穂乃果が、μ'sが答えを出さなければ意味がないのだ。

 

 つまり、今日に関しては本当に何の意味も目的もなくただ雨の日の外をひたすら歩いているという状況だった。

 雨の日の散歩と言えば乙なものかもしれないが、拓哉を知る人物がそれを知れば脳に欠陥でもあるのではないかと心配するほどにこの光景は普通ではなかったりする。

 

 

(何でこんなところにいるんだ、俺)

 

 自分でも特に何か考えて歩いていたわけではなかったため、適当にふらついていたら人がいない道まで来ていた。

 何度か通ったことある道だから見覚え自体はある。

 

 視界の隅にはカフェがあり、外にもテーブルやイスが置かれているが、雨なので当然誰も外にはいない。

 

 

(特に寄るとこないし、帰るか)

 

 そもそも何しに外出したのかさえよく分かっていないから、帰るのもすぐに選択できた。

 これ以上歩いていても靴が濡れていくばかりである。拓哉自身濡れるのがあまり好きじゃない身としてはさっさと帰宅して自室でのんびりしたいところなのである。

 

 そうして家の方向へ足を伸ばそうとした瞬間。

 まるで昨夜を思い出すかのように背後から声がかかった。

 

 

「やっほ。久しぶり、かな?」

 

「……アンタは……あの時の……」

 

 振り返ると、そこには以前アメリカの路地で歌っていたという女性シンガーの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何でここに? いつの間に戻ってきてたんだ?」

 

「ん~、ちょっと前からかな。あの子に出会って日本に少し帰ってきたくなっちゃったみたいな」

 

 あの子が穂乃果だということに辿り着くのに時間はかからなかった。

 雨の音をBGMにしながらベンチに座り、周囲に誰もいない状況で少年はポツリと呟く。

 

 

「それにしてもよく俺を見つけたよな。一度しか会ってないし傘もさして見えにくいと思ったんだけど」

 

「本当にたまたまだけどね。君って結構印象的だからすぐに分かったよ」

 

 自慢でも自虐でもないが、拓哉は自分をあまり印象的な見た目ではないと思っていたはずだが、ここにきて他者からの印象を言われてそんなに目立つ出で立ちをしていただろうかと思う。

 茶髪なんてそこら中にいるし、何なら量産型と言っていいほどの髪型とも思っている。

 

 

「まあ、さっきあの子とも会ったからってのもあるけど」

 

「……穂乃果に会ったのか?」

 

「うん」

 

 感動的ではないにしろ、穂乃果とこの女性は再会していたらしい。

 特に確信もないが、この女性と穂乃果の出会いは何かを意味しているのではないかとアメリカでの会話から拓哉はずっと思っていたのだ。

 

 何かの運命を感じるかのように。

 

 

「もう大丈夫だよ」

 

「え?」

 

「あの子の抱えていた悩みならもう、きっと大丈夫だと思う」

 

 まるで心を見透かされていたのではと疑うような言葉だった。

 偶然の出会いをして、偶然の再会をもした。

 

 そして、目の前のシンガーはその、たった二度の出会いで穂乃果に道を指し示したというのか。

 それほどの説得力と影響力があるのか。

 

 

「すげえな、アンタ」

 

「別に普通だよ。誰かが悩んでいたら少しでもその手助けになれればいいなって思うのは、人として普通じゃない?」

 

「……ははっ、どうしようもない善人だよ、アンタは」

 

 そのような考えを持つのは人として普通。

 まずそんな考えに至れるほどの人間はこの世界にどれくらいいるだろうか。

 

 誰かが悩んでいても見て見ぬ振りをしたり、相談を聞いても結局は適当に返したり、案外冷たい人間ばかりがいるこの世の中で、本当に全力でその人のために行動できる人は割と限られているものだ。

 

 善行を偽善と言われ、むしろ正しい行動が笑われるこの世界で、ここまでの善人は中々見ないと拓哉は思う。

 だからこそ、素直に素敵だと思った。

 

 

「というか君はあの子に何もアドバイスとかしなかったんだ?」

 

「まあな。俺はあくまであいつらと同じグループじゃなくて手伝いという枠の外の役割を果たしてるから、当人の存続の問題を俺がとやかく言う筋合いはないんだよ。あいつらが決めなくちゃ意味がないと思ったまでだ。アンタが解決への糸口を示してくれて感謝してる」

 

「ふうん。側で見てるからこその意見だね。良いと思う!」

 

 にっこり笑顔でこちらを見る女性シンガーに何故か穂乃果が重なるのは、多分2人の性格が似てるからなんだと思う拓哉であった。

 だから二度しか会っていなくともあまり緊張せずに会話できるのかもしれない。

 

 そんなことを思っていると、女性シンガーがまるで何かを閃いたかのように手をポンッとして意味深な笑みを浮かべた。

 

 

「そうだ! この際だから人生の先輩である私が色々と相談に乗ってあげる!」

 

「え、いやいいよ別に。特に何かあるってわけじゃ―――、」

 

「好きな女の子“達”とかいるの?」

 

「ぶふぇばぁッ!?」

 

 言い終わる前に世界が終わるほどの核爆弾発言が投下された。

 

 

「いきなり何聞いてきてんだ!! というか何!? 好きな女の子達って! 好きな女の子ならまだしも好きな女の子“達”って何なの!? 初めて聞いたんだけど!?」

 

「文字通りの意味だけど?」

 

「当たり前のような顔して言ってるけど普通じゃないからなそれ! ある意味酷いからなそれ!」

 

 周囲に誰もいないのを心の中で感謝しつつ、全力でツッコミにまわる。

 さっきまでの頼りになるお姉さんオーラはどこへやら、今ではすっかり面白がってにんまりしているあくどい女性が一人しかいない。

 

 

「ん~、じゃあ質問を変えるか~。好きな女の子はいる?」

 

「……い、いない」

 

「いるなこの反応」

 

「いねえわ! 生まれてから一度もいたことはない!」

 

 何故こんな強く言っているのか拓哉自身分からないが、実際いないから仕方ない。

 いいや、それは拓哉本人だからそう思っているだけかもしれないが。

 

 

「へえ~。じゃあさ、恋もしたことないってわけだ」

 

「悪いか。拓哉さんはそんなホイホイ遊ぶような軽い男じゃありませんのことよ」

 

「つまり、恋の定義とかどうしたら相手を好きになっているのかって気持ちすら分かっていない子供のままと……」

 

「……、」

 

 純粋健全男子の完全敗北ここに極まれりだった。

 何も言い返せない自分を殺したくなるほど恥ずかしいが、ここは無言を貫いて足掻くしかない敗北少年。

 

 ただし相手は年上の女性。

 もちろん敵うはずもなく。

 

 

「ぷぷぷーっ、それじゃいつまでたってもお子ちゃまなままだよ~?」 

 

「ぐぁぁぁあああああああああッ!! やめろォ! それは拓哉さんにとって効果は抜群4倍ダメージなんだぞもうやめてぇーッ!!」

 

「あっはっはっは! ごめんごめん! 意地悪はこれくらいにしとくから」

 

 真実は時に残酷なのである。

 岡崎拓哉のライフは既に0からマイナスへ行こうとしていた。無慈悲なオーバーキルである。

 

 相談に乗るとか言っておきながらダメージ与えてくるとかどういう了見だちくしょうな視線を送るが、それを気に留めない大人な女性シンガー。

 しかして彼女はスイッチを切り替えるように表情を変えた。

 

 

「じゃあ、言い方を変えようか」

 

「……?」

 

 何秒かの間があいた。

 聞こえるのは無数の雨粒が地面に打たれる音のみ。

 

 それを破ったのは女性シンガーだった。

 

 

「君にとって守りたい大切な人達はいる?」

 

「もちろん」

 

 今度は一瞬の間もない即答を少年がした。

 これは、これだけは絶対に揺るがない。

 

 呪いにも似た誓いを何度も思ってきた。

 μ'sの手伝いとして、一個人として彼女達を守っていくと決めた。

 

 たとえそれがどんなに困難であっても、いっときは崩壊にまでなりかけた時だって、最後にはそう誓ったのだ。

 彼女達の側を離れない。彼女達をずっと守りたい。大切な人だからと。

 

 

「すぐに答えたね」

 

「当たり前だ。μ'sは、あいつらは俺にとって守るべき存在なんだ。それほど大切で、大事で、心の底からそう思えたのは、多分これまで生きてきて初めてだと思う」

 

「……、」

 

「だから俺はこの気持ちを大事にしたい。あいつらを側で見守るのは俺の役目なんだよ」

 

「もし他の誰かがその役目を代わりにするって言ったら?」

 

「絶対にさせないさ。俺以外にさせるのは許さないし、俺自身がまずその役目を降りることはない」

 

 こんなにもスルスルと言葉が出てくるのは何故だろうか。

 目の前の彼女の問いがそうさせてくるのか、自分の中にある気持ちが沸々と込み上げてくるからだろうか。

 

 答えは分からないが、少年にも理解できない熱い思いがどんどんと胸へ上がってきている。

 

 

「……なるほどねえ」

 

 ここまで聞いて、女性シンガーは何か分かったように上を見て呟いた。

 

 

「つまり君はあの子達……えーと、μ'sだっけ? その子達をずっと守っていくのは自分だって思ってるし、その子達を他の誰にもとられたくない、これは自分の役目であってやりたいことなんだって強く思ってる。ってことでいいんだよね?」

 

「……まあ、そういうことになる、かな」

 

 言い方が少し気になるが、間違っていることはないので肯定しておく。

 それによって、岡崎拓哉のこれからが大きく変わっていくことになるのも知らないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず第一に、恋の定義なんてものはそもそも存在しない。

 数々の言葉がある。

 

 恋をするのに理由はない。

 何なら一目惚れなんて言葉もある。

 

 結局、理由なんて人それぞれだ。

 恋に気付く人もいれば気付かない人もいる。

 

 しかし、岡崎拓哉はこれまで恋愛をしたことがなく、誰かに恋をしたこともなかった。

 誰かを好きになるという気持ちなんて、アニメやマンガでしか見たことがない。客観的に感じるのと主観的に気付くのは全然違っているものだ。

 

 ならば当然、自分が無自覚に誰かを好きになっていたとしても、恋心を理解していない岡崎拓哉は気付くはずもないのである。

 

 

 しかし、これを気付かせる人物がいるとしたら?

 少年に恋をしている女の子ではなく、それを客観的に見れて、鈍感な少年へようやく恋心というものを理解させられる人物がいるとしたら?

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ」

 

「?」

 

 

 

 

 

 誰か一人ではない。

 

 

 

 

 

 

 彼女達を守りたいと思った。

 

 彼女達の側にいたいと思った。

 

 彼女達を心から大切だと思った。

 

 彼女達の笑顔をこれからも見ていたいと思った。

 

 彼女達といて時にドキドキした。

 

 

 

 

 

 ただ美少女揃いだからだけではない。

 一人一人をちゃんと見て、心からそう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ならば。

 それはきっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それがね、恋なんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう一つの物語が、確実に動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


謎の女性シンガーとの再会前編でした。次回は後半です。
穂乃果とシンガーとの再会は映画本編通りと、プラスでちょっとした女子会トークがあったものと思ってください(笑)

さあ、これで本編の核となるもう一つの物語が動き出しましたね。
ようやく、ようやっとです。

あのクソ鈍感野郎へ確信させる時が来た!!


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!




面白くなってきた~。


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167.恋への自覚

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ単純に耳を疑った。

 彼女に悪態をついたわけでも、別に疑っているわけでもない。

 

 しかし、その言葉を聞いて瞬時に脳が理解しなかったと言ったほうが正しいか。

 岡崎拓哉は僅かに混乱していた。

 

 そして改めて目の前のシンガーは言った。

 

 

「君がずっと彼女達を思っていたその気持ちは、恋そのものなんだよ」

 

 まるで追い打ちをかけるかのように放たれた言葉に拓哉はただたじろぐことしかできない。

 けれどこのまま黙っていれば女性シンガーは余計に言ってくるかもしれないと思い、何とか口を開ける。

 

 

「……い、いや、待てよ……。俺はあいつらをただ守りたい存在だって、それ以上でもそれ以下でもない気持ちを持ってるだけなんだぞ。それが恋って、そんなのいきなり言われても腑に落ちるわけがないだろう」

 

「それは君がそう言ってるだけ。女の子に対して守りたい存在だって思ってる時点で、君はあの子達が好きなんだっていう証拠になるだけだよ。腑に落ちないとかさ、そういう理屈じゃないんだよ、誰かを好きになるっていうのはさ」

 

 理屈じゃない。実際そうなんだろうなとは思う。

 そんなのはマンガなどでいくつも見てきた。ラブコメのマンガやラノベのアニメで文字通り山ほどそういうシーンを見てきた。

 

 それで分かった気でいたのだ。

 誰かを好きになる。誰かに恋をする。ありふれた日常から突然そういう気持ちに芽生えるのだって不思議じゃないと、岡崎拓哉は分かったつもりでいた。

 

 しかし実際はどうだろうか。

 女性シンガーの言うとおりなのだとすれば、自分は本当に恋というものを何も理解していなかったのかもしれない。分かった気でいたただの大人ぶったガキと変わらないのではないか?

 

 

「……もし、もし仮に、アンタの言うことが本当だとしてだ。俺はμ'sを……いいや、それが結成されるずっと昔の小学生の時から穂乃果やことりや海未を守りたいって思ってきた。あいつらの泣き顔を見たくないから、ずっと笑っていてほしいからだ。アンタの言うとおりなら、俺はその頃から穂乃果達を、その……好きだったって言いたいのか……?」

 

「そうだよ」

 

 清々しいほどの即答だった。

 

 

「君がその頃からあの子達をそう思っていたんなら、もう好きだったんだよきっと。そして今は守りたい人が増えたってことは、その子達をも君は好きになったってわけなんじゃないかな。好きでもない人をずっと守りたいとか、他の人には渡したくないなんて普通思わないもの」

 

 言われてみればそうかもしれない。

 今まで拓哉は様々な人と出会ってきた。

 

 穂乃果達と別れて過ごしていた中学生活でも、自分からトラブルの中心へ何度も飛び込んでは初対面の人間でも容赦なく関わっていった。

 そんな経験が幾度もあった中で、ずっと守りたいや他の者に渡したくないなんて思ったことは一度もなかったはずだ。

 

 中学で知り合った桜井夏美という少女は付き纏ってきて疎ましくは思っていたが、他の人とは少し違う感情を持っていたりもした。

 だが、穂乃果達ほどではないと思う。

 

 産まれた時からずっと大切な存在である岡崎唯という少女はいつまでも守ってやりたい大事な存在だ。

 だが、そもそも唯は妹であって家族だ。

 

 どこまで思い返していても、拓哉が限定的な感情を持っているのは穂乃果達だけだった。

 

 

「そもそもさ、どうしてあの子達をずっと守りたいって思ったの? どうしてあの子達を他の人に渡したくないって思ったの? それをちゃんと自分の中で自問自答してみて。そしたら簡単に解けるよ。君の気持ちはどこまでも真っ直ぐなんだから」

 

 自問自答など、するまでもなければする必要もない。

 答えなんて、とうの昔から出ていた。

 

 

「……俺は穂乃果達を大事なヤツらだって思ってる。守りたいのだって、渡したくないのだって、ただ俺がそばにいたいだけってのもあるけど、それ以前の問題なんだよきっと」

 

「へえ?」

 

「結局俺はどこまでいっても平凡止まりな人間なんだ。二次元のキャラみたいに主人公補正もなければ、多くの人々を救えるような特別な力もない。離れたところで誰かがピンチになっても、そこへ間に合うように駆け付けれるような人間じゃないんだよ俺は……」

 

「……、」

 

「だから、せめて本当に大切な人達だけは、俺のこの手が届く範囲にいる限り守ってやりたいと思ってる。いざって時に俺が近くにいれば何とかなることもあるかもしれないからな」

 

 あくまで普通の人間だから、自分のやれることの限界などとうの昔に理解している。

 ならば、自身のやれることの限界を突き詰めればいい。自分の手が届く範囲、届けさせられる範囲にいれば、何かが変わるかもしれないと信じて。

 

 

(平凡な人間がそこまで言えるってだけでも充分凄いんだけどね……)

 

 恋に正解や不正解なんて誰にも分からない。

 それでも自分の進む道の先に何かがあると本気で信じている者に、運命というものは味方してくれるものだ。

 

 であればこそ、道の先へ背中を押してくれる誰かがいても何ら不思議じゃないのである。

 

 

「なるほどよーく分かった。やっぱり君はあの子達が大好きなんだ」

 

「うぐっ……いや、正直ここまで来ても俺が穂乃果達のことを好きだっていう実感があんまり湧いてこないというか……いきなり自覚なんてできないんじゃないかって思うんだけど……」

 

 要は長く一緒にいたせいで本当に恋心なのかどうかという、ある種の幼馴染キャラとしての宿命がここに来て問題になってしまった。

 もちろん幼馴染ではない絵里達も年月は違えどずっと一緒にいたからという理由で同じ気持ちになっている。

 

 

「うーん、まあ確かにそれはあるかもだけど……自覚してないだけで好きだったんなら、過去に君は無自覚にそういう(好き的な)ことを彼女達に言ったりしてない? よく思い出してみて」

 

「そんなこと言った覚えは……」

 

 ない、と言い切る前に振り返ってみると、ありすぎた。

 よくよく思い返す必要もないくらいそんな思わせぶりな発言をしていたようが気がする。

 

 ことりがメイド店でバイトしてるときも彼氏ができたのではないかと勘違いして、勝手に穂乃果達にまで彼氏できるのは反対だとか言っていたり、事あるごとにことりへ求婚したり希にもラブコールをしていた記憶しかない。

 

 結論的に言えば、何かめっちゃ言っちゃっていた。

 どうしようもないくらい好きですアピールを無自覚にやっちゃっていた。

 

 顔に熱が溜まるとはこういうことなのだろうかと思うほどに、少年の顔は赤く茹でだこのようになっている。

 

 

「あらあら、その顔は心当たりあるって感じね」

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、」

 

 女性シンガーにも見破られ、いっそ殺せと言いたいレベルにまでなっていた。

 自分が彼女達を好きなんじゃないかと言われ意識してしまえばもう終わり。あとは顔に熱が籠っていくだけである。

 

 

「もし相手が君のことを全然好きじゃなかったらある意味セクハラだよね」

 

「やめてっ! それ以上は色んな意味で死にたくなるからやめてちょうだい! ただいまのわたくしめは自己嫌悪と自己憎悪でもういっぱいいっぱいなんですよーッ!!」

 

「けど君達を見てるとどっちも嫌いというよりかは好き方面に近いから大丈夫なんじゃない?」

 

 軽く言ってくれるなコノヤローと内心は思うが、そういえばことりも希も冗談交じりに見えて実は本気だったかもしれない拓哉からのラブコールを軽く流していたような気がする。

 何だったらことりに関しては本気かは分からないが即答でOKしてくれていたような記憶が……。

 

 

「あ、あれ……? いやでもちょっと待て」

 

「どうしたの?」

 

「や、あの、俺があいつらを、好きだとして……そうだ、そうだよ。よくよく考えてみればおかしいんだ」

 

「何が?」

 

「そもそも好きな人ってのは普通1人のはずだろ? 誰か1人に恋をしてその人と結ばれて幸せになるならまだ分かる。だけど、アンタが言ってることは今の俺が誰か1人じゃなくて、あの9人全員を好きになってるみたいな話になってる。これじゃおかしいんじゃないのか。それが本当なら俺は複数人に恋心を抱いてるただの最低野郎じゃねえか」

 

 大前提の話だった。

 1人が1人に恋をするならまだしも、1人が9人に恋をするなど論外も論外である。それも初恋ならもってのほか。

 

 それこそマンガやアニメという二次元の中での話しかないようなことではないか。

 現実でこんな話は聞いたこともない。理由は火を見るよりも明らかで、誰もそんな最低なところまで達していないから。

 

 さっきから聞いていれば岡崎拓哉はμ's9人を好きになっていると言われてどうも引っかかっていたところだ。

 女性シンガーの言っていることが真実であれば、拓哉は本当にただのクズ野郎という称号を手に入れてしまう。

 

 

「別にいいんじゃない?」

 

「……………………はい?」

 

「だから、別に9人好きな人がいてもいいんじゃないって話」

 

 対して、オトナな女性シンガーの言った言葉は純情少年(笑)岡崎拓哉に到底理解できるものではなかった。

 聞き間違いでも何でもなかった。この女、まさかまさかの肯定しやがったのではないか。

 

 

「いやいや、いやいやいやいや! おかしいだろこんなの!? 何でアンタが肯定するんだよ!? 分かってるよな。このまま俺が9人を好きだって認めちまえば、それこそ類を見ないほどの大馬鹿野郎がここに誕生しちまうんだぞ!?」

 

「大馬鹿野郎でもいいじゃない。それだけ相手のことを大事に思えるなら、そんな大馬鹿野郎がいても私はいいと思うけど?」

 

「アンタがそう思っても、こういうのは普通世間から見ても変に思われたりするもんだろ! 一夫多妻制が認められてるナイジェリアやセネガルとは違うんだ。日本じゃそういうのは批判の目で見られて、下手すりゃ罰せられるかもしれないんだぞ!?」

 

「結婚しなければ重婚罪にはならないし密かに愛を育むのもそれはそれでありなんじゃない」

 

「だから……! ああ、オーケー、落ち着け俺……一夫多妻制とか結婚だとか重婚罪だとか言う前にもっと大前提としてのものがあるだろ……。そう、俺があいつらを好きでも、あいつらが俺を好きでいる可能性がまずないんじゃないかっていう致命的な問題がな!!」

 

 色々と飛躍しすぎていて忘れていたが、まず結婚がどうのこうの言う前に付き合ってすらいないし両想いの確率を考えればほぼ0なのではないかと思い直す。

 9人のうちの誰かに告白して振られて、また違う人に告白して振られて、数撃ちゃ当たる精神でいけばワンチャンあるかもしれないが、そうしてしまえばいよいよ男として終わりな気がする。

 

 問題は山積みだった。

 

 

「うーん、その辺は問題ないと思うけどねえ」

 

「……あん? むしろ問題しかないと思うんだけど。9人好きな時点で終わってるのにこれ以上俺を男として終わらせるのは勘弁してくれ」

 

「まあそこの問題は君達自身がどうにかするとして、まずは君が9人が好きなのを認めることだね」

 

「それを認めてしまえば俺は……ああ……はは、何かもう逆に笑えてきたぞひゃっほーう」

 

「真顔で笑われても怖いだけだよ」

 

 恋とは甘酸っぱいみたいなイメージがあるが、そんな青春紛いな素敵印象は一瞬で崩れ落ちてしまった。

 自分が割と初恋でクズをやらかしてしまった感が強すぎて甘酸っぱいどころかゲキニガレベルまで達している。どっちみち男としては終わっているのではないだろうか。

 

 

「この際あの子達が君を好きかどうかは置いといて、大事なのはやっぱり君の気持ち次第だよ。どうなの? 世間の目や常識に囚われて正論をぶつけられて、それで自分の気持ちに嘘をつける? あの子達への想いはその程度の気持ちだった?」

 

「……、」

 

 やはり、どこまで思考を深く潜っていっても辿り着く先は一緒だった。

 どれだけの理屈を並べても、正当な理論や倫理観を鑑みても、感情には勝てないものなのだと知ってしまった。

 

 目の前の女性に気付かされ、自分の中で改めてそれを認識する。

 口に出すのは何となく重苦しいが、それは決意表明と割り振るしかない。

 

 小学生の頃から数えれば約8年。

 短いようで長い年月を経て、少年はいよいよ自覚する。

 

 

 

 

「……俺は、穂乃果達が……好きだ」

 

 

 

 

 聞いて、女性は艶やかに笑った。まるで100点満点の答えを出した子供へ向けるような笑顔で。

 そして、最終確認へと入る。

 

 

「それが世間から批判を受けたり、一歩間違えれば法律を犯すことになっても?」

 

「ああ。認めるよ。何十回何百回同じことを聞かれても、同じ答えを出してやる」

 

 世間が何だ。

 法律が何だ。

 

 どれだけ世界が自分を蔑むような目で見てきても、少年は堂々と正面を見据えて反論してやる。

 

 

「しょうがねえだろ。同じくらい大切な人が9人もできちまったんだ。ずっと守ってやりたいって思えるような人達ができちまったんだ。それがどれだけド底辺で最低でクズで大馬鹿野郎な考えだとしても、これだけはもう変わらない。変えさせない」

 

 正しいことだけが幸せとは限らない。

 間違った選択をしたって、愚かでも純粋に貫き通す気持ちが大事なときだってある。

 

 世間や法律はもう知らない。

 最低でもクズでも大馬鹿野郎でも構わない。

 

 片想いだとしても、彼女達を守ると誓った想いだけは、誰にだって否定させてやることはできない。

 

 

「……うん。合格だっ!」

 

「ごふっ!?」

 

 1人満足そうに言ったシンガーは拓哉の背中を大きく叩いた。

 何はともあれ、少年は言ってみせた。

 

 μ'sの9人を好きだと。長年の時を経て恋というものを自覚した。世間の常識を遥かに超えた答えを出した。

 ある種の成長を遂げたのだ。

 

 スタイルはどうあれ、ここは大人の女性として盛大に祝ってやらなくちゃいけない。

 

 

「それだけ胸張って言えれば大丈夫だよ。あの子達が好きなんだっていう自信を持って。常識からすれば間違っているかもしれないけど、君のその純粋な想いは決して間違っちゃいないんだから!」

 

「だあー! 分かった、分かったから背中叩くのいい加減やめてくれ! 体内の空気全部吐き出させる気かアンタ!!」

 

 半ば抜け出すように女性シンガーから少し離れる拓哉。

 それを良い合図とでも解釈したのか、シンガーはマイクスタンドケースを持ち再び傘を開いた。

 

 

「これで君の問題も解決したね。いいや、今のところは解消ってところかな?」

 

「?」

 

「私はそろそろ行くね。やっぱり君と話すのは楽しくて時間を忘れちゃってたよ」

 

 雨の中へ踏み出そうとする女性に拓哉は声をかけた。

 

 

「なあ」

 

「何?」

 

「アンタは結局、何がしたかったんだ? どうして、俺達に対して道を指し示してくれたんだ」

 

 何故それを聞いたのかは、恐らく拓哉自身もあまり分かっていない。

 ただ、純粋にそれが気になったというべきか。

 

 この女性シンガーと出会って、岡崎拓哉も、高坂穂乃果も答えを導き出すことに成功した。

 偶然の出会いが、まるで運命の出会いと思ってしまうほどに。

 

 そんな運命的な出会いを果たした女性は、最後の最後に振り返ってこう言った。

 

 

 

 

 

 

「私も、あなた達と同じようなことが昔あったからかな」

 

(…………………………………………………あ)

 

 最初に会ったときから不思議と似ているなと思っていた。

 時々見せる笑顔はどことなく見慣れていて、むしろ安心感さえ感じられるようなオーラを放っていた気がする。

 

 きっと彼女は、以前や今の穂乃果と限りなく近い状況になったことがあるのかもしれない。

 だから正確なアドバイスができて、間違えることのない道を教えてくれた。

 

 奇しくも、その出会いは偶然であって運命的だった。

 最後に、女性シンガーは振り返らずに手だけを振った。

 

 

「これからのことは君達自身が信じた道を決めるんだよ。そうすれば、どこまでだって切り開いていける。何だって上手くいくよ。きっと、恋も……」

 

 突然の強風が拓哉を襲った。

 両腕で顔を覆って防ぐ。風が止まったあとにすぐ女性シンガーがいた場所を見ると、そこにはもう彼女の姿はどこにもなかった。

 

 

「……、」

 

 その場所を見つめ呆然と立ち尽くすことしかできないが、自然と笑みが零れる。

 半ば強引とはいえ自分の本当の気持ちに気付かせてくれて、穂乃果にも道を教えてくれた。

 

 本当にどこまでもお人好しな善人へ向けて、どこにでもいる平凡な高校生は1人呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


とうとう主人公が恋を自覚しました。
約3年半という年月を経てようやっとです。長かった!
※そして、結局は誰か個人というわけではなく9人全員が好きだと判明しましたが、世間的な意見や正論はぶつけないでやってください(笑)


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!







ヒーローに憧れてるのに複数人の女の子が好きとはいい度胸だなこいつ。


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168.自分らしく


どうも、久し振りに前書き登場です。


今回は鈴木このみさんの『Love is MY RAIL』という曲を聴きながら読んでいただくと、より楽しめるかもしれません。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女性シンガーと別れそのまま自室へ帰宅した岡崎拓哉。

 

 

 

 いつも通り健気におかえりを言ってくれた唯へ空返事とばかりに手を振り部屋に戻るやいなや無言でベッドへダイブ。

 色々あった、とまではいかないような短時間のやり取りではあったが、拓哉からしてみればあの短時間だけで数時間分の精神を使ったのではないかという謎の疲労が溜まっていた。

 

 そして、その短時間でありとあらゆる消耗を果たした結果。

 まるで何かに吹っ切れたかのように自分の気持ちを思うがままシンガーへ吐き出したわけだが……。多分アドレナリン的なものがやたらと分泌されたせいであんなことを言ってしまったのではないかと不要な推理をしたのち。

 

 

「(いや何言っちゃってんの俺ェェェええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!)」

 

 叫んだ。

 枕に顔を埋めて中にある羞恥を全て吐き出すように思い切り叫んだ。

 

 

(俺とあの人以外誰もいなかったからって何堂々と9人が好きとか言っちゃってんだバカなのか俺その場のノリと勢いで暴露しちゃう修学旅行の男子高校生並のバカなんだな俺思い返してみれば恥ずかしいことしか言ってなかったぞ俺ーッ!!)

 

 足をバタバタとベッドを蹴り殺す勢いで物音を出す男子高校生。

 いっそ殺せと大の字で道路に寝転びたくなる思いを全て言葉とベッドにぶつける。恐らく下の階まで物音が聞こえてると思うがこの際気にしていられない。

 

 

「……いや、ほんとバカ。俺って今世紀最大のバカかもしれん」

 

 逆に冷静になって過去の過ちを見直せば見直すほど、己の愚かさに嫌気がさしてきた。

 女性シンガーによって恋というものを自覚できたことは目覚ましいが、それと同時に羞恥という余計なものまで自覚してしまったことの方が大きい。

 

 自分を戒めることすらバカバカしいと思うほどの出来事。

 いよいよ何だか混乱してきそうになる。

 

 

(……それにしても、この先どうすっかなあ)

 

 このままでは本当に混乱しそうになったから自分の頬を思い切りぶん殴り平静を取り戻す。

 頬の痛みがじんじんと響く中、ようやく落ち着いてきた思考能力を過去ではなく未来のために浪費することにした。

 

 恋を知って、μ'sの9人が好きだと知った。

 当たり前の感情のようでいて、その実態は9股しているのと同じようなものであり自分が色んな意味でぶっ飛んでいるということも分かってしまった。

 

 

(ヒーローに憧れてるとか言っておいて複数人も好きな人がいるって、我ながら真逆のことをしているのでは……?)

 

 小さな頃からヒーローに憧れて育ってきたくせにこれとは、もはや正義もクソもあったもんじゃない。

 だがしかし、時すでに遅しとはまさにこのことで、好きになってしまったものは仕方ないのである。

 

 

(それでも、俺はあいつらが好きって分かっちまった。だったら、誰に何と言われようと貫き通すしかない)

 

 自分の想いは自分で決める。

 他人の意見なんか知らない。

 

 誰かのレールに乗らされてはダメなのだ。

 我が道をどこまでも真っ直ぐに行ったその先に信じたゴールがあるのだから。

 

 

(とはいえ、うん、何だ、やっぱ恥ずかしいな。これから穂乃果達に会うときどういう顔して会えばいいんだ)

 

 自分の決めた道だとしても、簡単でないことは自分でも分かっているつもりだ。

 とどのつまり、恋愛初心者男子岡崎拓哉はスタート地点でさっそく躓いて転んでいた。

 

 いつも会っている人を好きになり、それを知って、後日その人と会えばどういう顔をすればいいのか分からない。何ならいつもどんな顔をしていたのかすら朧気になりつつある。

 いつもと同じと強く思えば思うほど、いつもとは違う顔になってしまうのが人の性というものだ。

 

 

(……、)

 

 一瞬。

 告白の二文字が浮かんだが、それはどうなんだと思い留める。

 

 

(いやいや、告白っつったってどうすんだよ。誰か1人ならまだしも、9人に告白ってのは色々とどうなんだ。告白成立以前にドン引きで全員にフラれるかフラれた直後に回し蹴りが来てもおかしくないぞ。あれ、もしかしてこれ詰んでる?)

 

 考えれば考えるほど明るい未来が見えなくなって暗闇の暗雲が立ち込めてならない。

 人として終わるか社会的に終わるかの二択か、そのどちらも背負っての死か見えてこないという絶望感が凄まじい。

 

 

(……、)

 

 これまで穂乃果達を導いてきた岡崎拓哉でさえ、この問題に関しての答えが見えてこない。

 伊達に恋愛初心者の称号を持っているわけではないのだ。

 

 と、ここでポッケに入っている携帯を取り出し、ある番号まで画面を展開させる。

 

 

(…………、)

 

 本当に、本心で、紛れもなく本気で嫌だが、嫌悪感丸出しでその番号への発信ボタンを押す。

 この問題に関して確実に一番頼りになると同時に、一番頼りたくない人物。

 

 そいつはワンコールで出た。

 

 

『はいはーい♪ あなたがこよなく愛するラブリーでスイートな後輩桜井夏美でぇーっす☆』

 

 2重の意味でブチッと。

 最後まで聞き終わる前に容赦なく電話を切った。

 

 恥ずかしさから一転、一気に苛立ちへと変換されたこの気持ちをどこにぶつけてやろうかと思った矢先、今度はこちらの着信音が鳴り始める。

 誰からだろうという疑問は一切なく、たった今電話を切った相手からだと画面の名前を見てため息一つ。一応通話ボタンを押す。

 

 

『そっちからかけてきておいて何で切っちゃうんですかー!』

 

「いや、何かイラッてしたから」

 

『正直すぎて普通に謝りそうになりました今』

 

 普通に謝れよというツッコミは1ミリ単位で残されていた温情によって仕舞っておくことにした。

 

 

『それでそれでっ。珍しく先輩から電話きたんで浮足立って超気になってるんですけど、何かあったんですか?』

 

「……あー、やっぱ何でもねえわ。悪い、切るわ」

 

『ちょいちょいちょいちょい!!』

 

 やはりこの後輩に聞くのは一番精神が擦り減りそうな気がしてならない。

 というか絶対めんどくさいことになると拓哉のセンサーが警戒レベル5まで達しているレベルだった。

 

 

『先輩から電話なんて普通はあり得ないので、やっぱり何かあるんですよね。μ'sのみんなには話せないようなことが』

 

「……ほんと、お前はよく俺を理解してるな」

 

 こういうときだけ鋭い後輩に若干恐れを感じながらも、桜井夏美という少女は岡崎拓哉を理解している数少ない人物の1人でもあることを忘れてはならない。

 普段があざとくふざけているように見えてみても、それは決して天然ではなく計算して作られているものだ。

 

 ゆえに、よく人間というものを見ている。

 もっと言えば、1人の少年のことをずっと見ていたから分かる。

 

 

『どれだけ先輩の背中を見てきたと思ってるんですか。あたしをあまり見くびらないでください』

 

「たったの一度も見くびったことなんかねえよ……」

 

 あざといと計算して作られたキャラの後輩がずっと自分の後ろを着いてきていたのだ。

 その徹底ぶりと辛抱強さは拓哉が一番分かっている。だからこそ、夏美の観察眼と理解振りは熟知しているつもりだ。

 

 この後輩に恋の相談など厄介に厄介な話を持ち掛けるようではあるが、ここまで来てしまえばもうなるようになれだった。

 頭をブンブンと割り切るように振り、少年は切り出した。

 

 

「お前に相談がある」

 

『どんと来い』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高坂穂乃果もまた自室にいた。

 

 

 

 

 

 

 女性シンガーとのやり取りを経て、少女も一つの答えを導き出した。

 μ'sの存続なんて、悩む必要もなかったのだと改めて思い知った。きっとみんな同じ答えだから。

 

 

(それは明日みんなで確かめよう)

 

 そしてもう一つ。

 女性シンガーとのやり取りの中にこんなのがあった。

 

 

『好きな人がいるなら迷ってる暇はないよ』

 

『え?』

 

『時間は今も平等に進んでる。後からああしておけば良かったこうしておけば良かったって思っても絶対に戻ってこないの。あなた達9人はもうすぐバラバラになっちゃうんでしょ? だったら、行動は早めにしといた方がいいよ』

 

『……でも……たくちゃん、きっと困っちゃうと思います……』

 

『いいんだよ。女の子は多少わがままでも、男の子を困らせるぐらいがちょうどいいの』

 

『困らせるレベルが高いような……』

 

『ともかく、彼なら受け入れてくれるよきっと。それとも、あなたから見て彼はそんなに優しくない人に見える?』

 

『そんなことありません!』

 

『そこまでハッキリ言えるなら大丈夫そうね。じゃあ、ちゃんと告げるんだよ。()()()()()()()を』

 

 

 

 

 

 

 

 そう言って女性シンガーは去って行った。

 まるで自分達の気持ちが全て見透かされてるような感覚がずっとあったのを今でも覚えている。

 

 あの少年は間違いなく優しい。

 ドが付くほどのお人好しで、最後には誰もが笑っていられるハッピーエンドじゃないと納得できないような、そんな誠実な人間だ。

 

 だからこそ、その先の関係へ進みたいと思う気持ちと、進もうにも進めない気持ちが混じり合っていた。

 あの少年とずっといたい。けれどあの少年を困らせたくない。

 

 9人もの人から告白なんてされれば、きっと少年は悩んでしまう。

 自分達の好意が原因で少年が困るのは、穂乃果も他のメンバーも本意ではない。けど、確かに女性シンガーが言っていたように時間もそう長くはない。

 

 穂乃果からしてみれば小学生の頃からずっと秘めていた想いなのだ。

 ずっとこの想いを秘めてきた結果、少年に恋をする人が増え、その気持ちを分かち合う仲間すらできた。

 

 なのにあのバカときたら、いつも9人の女の子に囲まれながらも平然としていやがるのだろうか。

 自分を好いている者が9人もいるのに、割とアプローチをかけている者もいるのにあの鈍感野郎は気付く気配すら見せない。

 

 

(あれ、何だろ。だんだんムカついてきた)

 

 気付けば悩みよりも鈍感少年への苛立ちのほうが大きくなっていた。

 確か女性シンガーも言っていたではないか。女の子はわがままで男子を困らせるくらいがちょうどいいと。

 

 であれば。

 

 

(よし、困らせよう。一世一代の告白を9人でしてたくちゃん(あのバカ)を思い切り困らせてやる)

 

 今までの鬱憤を晴らすかのように困らせてやろう。

 あの少年にはむしろこれくらいしないと今までの自分達の苦労と割に合わない気がする。

 

 方針は決まった。

 9人で告白してしまえば逃げ道も完全になくせるというものだ。それをいつ決行するかはまた別の日に決めるとして、まずはそのためにも。

 

 

(明日、みんなに話そう)

 

 

 μ'sの行く末を決めなくてはならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(最後まで自分らしく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いやはや、まさかまさか先輩からそんな相談をされるなんて思ってもいませんでした』

 

「悪い。これに関してはもうお前しか頼りにできるヤツはいないんだ」

 

『あの先輩があの9人全員を好きになったなんて、さすがのあたしも度肝抜かれて携帯投げだしそうになりましたよというか投げだしていいですかね』

 

「やめろ」

 

 色々とぶちまけた。

 μ'sの9人が好きだということ。これから自分はどうすればいいのかということ。今までも恋をしてこなかったから何も分からないということ。

 

 それを聞いた夏美は夏美で思うところは当然あった。

 

 

(こいつめ。ようやく誰かを好きになることを知ったかと思えば9人好きになるとかどういう脳内構造してんですか。プレイボーイでももうちょっと健全な初恋をしてるでしょこんなの。というかあたしが先輩を好きだってことは未だに気付かないとかどうしようもねえなこの人!!)

 

 好きな人から好きな人への相談されるなどもうドロドロ少女マンガ一直線だが、夏美にとっては拓哉も真姫達もどちらも大事な人なのでそういうのは避けておきたい。

 沸き立つ気持ちを何とか押し殺しつつ、言葉を紡ぎだす。

 

 

『で、先輩がどうすれば9人と結ばれてイチャイチャハーレムエンドを迎えられるかって話ですよね』

 

「あながち間違ってないけど解釈によっては最悪な印象しか残らないからやめてくんない?」

 

『今更どう解釈しても最悪な印象しか残らないでしょうに……。この際開き直ったほうがいいですよ先輩(バカ)

 

「ねえ今ルビおかしかったよね。完全にバカって言ったよね。確実に俺を下に見てるよね」

 

『当たり前でしょ。分かってますか? 今先輩はあれだけあたしのことをあざといだの計算高い女だのとバカにしてたくせに、今の先輩は間違いなくあたしよりバカなことしてるの理解してます? なあおい、あァん?』

 

「全力で謝らせていただきます」

 

 とても言い返せるような説得力を今の自分に持ち合わせていないのをちゃんと理解している9股少年。

 これから先は夏美のことをあざといだのとか言える立場じゃなくなったかもしれない。何ならあざといのがまだ可愛いレベルのことを自分はしている最中なのだから。

 

 

『はあ……。もういいですっ。こうなったらとことん先輩の相談に乗ってあげますよ』

 

「それは冗談抜きに助かる」

 

(と言っても、もう相談乗らなくても先輩がさっさと9人に告れば即解決なんですけどねこれ。わざわざあたしが相談乗ってること自体がバカバカしいレベルなんですが。ほんとふざけてるなこの男は……)

 

 今まで自分がやってきたアプローチは全て空回りで終えたのに、いったい何がどうなってこうなったのかいまだに見えてこない。

 いっそ自分もここで告白すればいいのではないかという疑問にもぶつかるが、多分そう上手くいくようにはなっていないのが現実だ。

 

 それに。

 

 

(理由はどうあれ……先輩は言ってくれた)

 

 お前しか頼れるヤツはいない、と。

 他の誰でもない。紛れもなく自分自身が選ばれた。それだけ、たったそれだけなのに。悩みの件も自分にとっては最悪レベルなのに。

 

 好きな人からこうも頼られるとどうしても心が躍ってしまう。

 自分だけが選ばれたというそのちょっとした事実だけで、あざとい少女は本気になれてしまう。

 

 

(今更あたしが告白したところでどうにもならない。結局はいつもみたいに冗談に思われてお終いになるのは見えてる。何より先輩はあの9人が好きであたしを好きなわけじゃないから、フラれるのだって分かりきってる。最初から勝敗が分かってる試合をするのもバカだしね)

 

 今まで自分が作ってきたキャラのせいで初恋はたった今崩れ落ちた。

 勝負をする前に敗北したのと同じ。まさしく不戦敗。敗北者の烙印が押された。

 

 でも。

 だけど。

 

 

(どっちもあたしにとって大事な人達だから。あたしの力でみんなが笑顔になれるなら、全力でそこに連れてってあげなくちゃ。あくまで自分らしく先輩の背中を押すんだ。あたしの夢は、みんなに託す)

 

 どちらの事情にも詳しい後輩少女は、この問題に対しての解決手段が既に見えている上で言った。

 

 

『いいですか先輩。単刀直入で一直線に言います。一応異論や質問は受け付けますがあたしの答えはこれに限ります。μ'sのみんなにさっさと告白すべき! 以上!!』

 

「いやそれ投げやりに言ってないよな!? どうにでもなれみたいな感じで言ってないよね!? ちゃんと真面目に言ったのか!?」

 

『大真面目ですよ。そうじゃないと先輩の悩みに失礼じゃないですか。あたしはあたしなりに考えて出した結論がこれです。男なんだからハッキリしたほうがよろしいかと』

 

「う、うーん……でもなあ」

 

 正直みんなに告白するという選択肢なら、最初の最初に浮かんでいた。

 しかし拓哉はそれを最初に捨てたのだ。これでは穂乃果達に失礼ではないか。困らせてしまうのではないかと。

 

 そんな逡巡を繰り返す後に、夏美へ相談しようと決めた。

 夏美も拓哉の考えていることを分かっていて、それでも聞いた。

 

 

『ねえ先輩。それじゃいつまでたっても告白なんてできません。先輩も知ってるでしょ。今はもう春なんです。絵里さん達3年はもうすぐ音ノ木坂からいなくなるんですよ?』

 

「……あ」

 

 分かっているつもりだった。

 絵里達は既に卒業を済まし、最後を伝えるライブが終われば音ノ木坂から去っていく。

 

 では、告白もせずに去っていったらどうなるか。

 今まで以上に告白するチャンスは潰える。チャンスはもう数えるほどしか残されていないのだ。

 

 

『勝負はもう始まっていますよ。告白する前に負けるなんて嫌でしょ? ……あたしだって、勝負が始まる前に負けてしまう先輩なんて見たくありません。可能性なんてあってもなくてもいいんです。先輩は先輩らしく、自分のために前に進んでください。バカも突き抜けば清々しいんですからっ』

 

「俺は俺らしく、か……」

 

 いつも自分のために突っ走ってきた。

 他人の遠慮なんか考慮せず、誰かの心に土足で入り込んでは誰彼構わず救い上げてきた。

 

 結局。

 ここまで来ても岡崎拓哉は変わらない。

 

 恋を知ったところで、1人ではなく9人を好きになったところで、この少年は変わらない。

 どこまでも自分らしく、自分のために行動してきた彼に、今更ブレーキなど必要なかったのかもしれない。

 

 

「……そうだよな。自分らしく。俺は俺だ。桜井、ありがとな。やっぱお前に頼って良かったよ」

 

 初めての感情を理解して混乱していたのを気付かせてくれた後輩に感謝をしつつ、目標を見据える。

 夏美に言われた通り、時間はさほど残っていない。

 

 何せ今はμ's存続問題もあるし、最後のライブへの準備もある。

 タイミングを見極めないと色々支障が出るかもしれないのを考慮しなければならない。

 

 

『ふふーん、どれだけ先輩の背中を見てきたと思ってるんですか! あたしだって成長してるんですよーだ』

 

 本当は背中ではなく隣にいたかった、なんて言葉は言わない。

 自分はこれから少年を応援する立場だ。今までわがままを言ってきた分、もうそんなことは言えない。

 

 ただし、ただの敗北者で終わるつもりも毛頭ないのだって事実。

 大事な人達の笑顔を見られればいい。そんなことを思えるほど、間違いなく桜井夏美という人間は成長した。

 

 

『……先輩。頑張ってください』

 

「やれるだけのことはするさ。どうなるかは分かんねえけどな」

 

 少年からすればただの応援に聞こえただけかもしれない。

 少女の気持ちに最後まで気付けなかったが、それだって誰かに責め立てられるようなことじゃない。

 

 こういうこともある。

 仕方ないのだと割り切る。

 

 

『必ず、幸せを掴んでください』

 

 だからこそ。

 後輩少女の、ある意味決別にも似た言葉だった。

 

 岡崎拓哉だって何も全てを救えるような万能な存在ではない。

 救おうとした手で、零れ落ちていくものだって当然ある。

 

 だけど。

 それでも。

 

 無自覚だろうと、少年は決して絶望だけは与えない。

 

 

「何言ってんだ。お前こそ自分の幸せ掴めよ。人生は長いんだ。俺みたいにぶっ飛んだバカがいるくらいだし、桜井でも受け入れてくれるバカだって必ずいるさ」

 

『ッ……』

 

「今日は本当にありがとな。感謝してる。次会ったときは何か奢ってやるよ」

 

『……はい、期待してますね』

 

 通話を切る。

 もう相手の声は聞こえないし届かない。

 

 奇跡的に想い人から電話が来たかと思えば完全勝手に失恋し、色んな感情がごちゃ混ぜになりながらも相談にのった。

 結果的に失恋した途端応援するという変な立場になってしまったが、最終的にはこれで良かったんだと思えていた。

 

 そう、思えていたのに……。

 

 

(最後にあんなこと言われたら……諦めきれなくなっちゃうじゃないですか……あたしもバカになりたくなっちゃうじゃないですか……ッ)

 

 落ちた雫は、外で降っている雨か、自分の瞳から落ちたものか。

 どちらにせよ、天気も心も雨模様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この先の少女の選択は、少女自身にしか分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「告白するにしても、ちゃんと見計らないとな」

 

 成功か失敗かはこの際二の次でいい。

 まずは目標の達成を遂行しなければならない。

 

 しかし、まだ解決していない問題もある。

 女性シンガーはもう大丈夫と言っていたが、μ'sの存続について拓哉は何も知らない。

 

 目標はタイミングを計りつつ、まずは目先の問題へと目を向ける必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、そんな心配もあまりしてないけど」

 

 

 

 

 

 

 

 完全に信頼しきった少年の優しい目が、雨空へと向けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


今回は岡崎、穂乃果、夏美。それぞれの自分らしさを貫き通してもらいました。
前書きで紹介した曲と相まって良い表現ができたかと思います。
こういうときに頼りになるのはあざとい後輩でしたね(笑)
そんな後輩少女はちょっぴりしんみりしましたが←

次回から映画本編へと戻る予定です。
恋愛イベントだけじゃ進められないのでね!


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!





オリキャラだけど、桜井夏美が好きだって人はここの読者に果たしているのだろうか。


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169.言わなくても伝わる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 岡崎拓哉も、高坂穂乃果も、数日前はお互い色々あった。

 

 

 

 

 μ'sの他に高校生ならではの問題にぶつかり、女性シンガーによって自分自身の答えを導き出すことができた。

 2人とも同じ気持ちを持っていてもそこはやはりただの人間。テレパシーを使えなければ精密な以心伝心、読心術を持っているわけではない。

 

 故に、お互い想いを結びあってはいてもお互いがその想いに気付くはずもなく、交錯していくのが今の現状だ。

 しかし、問題はもう一つある。

 

 恋云々は別にまだ時間がある。

 だが、μ's存続問題が続いているのだ。

 

 絶対に解決しなければならない。

 必ず答えを出して全員で納得のいく結論を出すしかない。

 

 

 

 

 そのために岡崎拓哉、高坂穂乃果の両名は練習のなかった土日明けの学校、いつもの屋上へと足を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 一足先に着いたのはμ'sの手伝いをしている少年のほうだ。

 屋上のドアを開ける。ギィィと、若干古臭い音を醸し出すドアが開き、太陽の光が視界に差し込んできたところで気付いた。

 

 

「……先に来てたのか」

 

「ええ。やはり穂乃果は最後のようですね」

 

 そこには穂乃果以外のメンバーが全員揃っていた。

 集合時間にはまだ全然余裕があったため、自分が一番乗りだと思っていた拓哉は少し驚く。一人しかいない屋上で少し心の準備をしようと思っていたからである。

 

 

「拓哉君、どうかしましたか? 顔が少し赤いような……具合が悪かったりとかしますか?」

 

「い、いや、別に体調悪いとかじゃないからっ。むしろすこぶる元気だぞ? これは~、あれだ、ちょっと運動がてら階段を早めに上がってきたせいだと思う。うん、きっとそうだ」

 

「それなら別にいいけど、何でさっきから私達を見ないで目そらしてんのよ」

 

「いやほら、俺ってば見つめ合うと素直にお喋りできない体質だから」

 

「嘘付け初耳すぎるわ」

 

 にこからの痛い指摘を受け仕方なくいつも通り目をメンバー達に向ける。

 拓哉の態度がおかしいからか、全員が怪訝な目でこちらを見ていた。これはこれで耐えられる気がしない。

 

 

(あ、あれれ~おっかしいぞ~。何で俺まともにこいつらを見れないんだ。いや何となく想像はできるけども。これほどか、これほどの威力なのか『恋』というフィルター目線ってのは!!)

 

 海未達は何も悪くない。

 むしろ悪いのは全面的に自分なのだが、どうしても彼女達を見ていると自然と謎の高揚感が押し寄せてくる気がする。

 

 いっそのこと早く穂乃果来てくれと切に願う拓哉だが、そんな願いは軽く一蹴されるのがこういうときの現実なのだった。

 とはいえいつまでたってもこの状態なのは非常にまずい。何が何でもスイッチを切り替える必要がある。

 

 

(今は照れたり恋に現を抜かしてる場合じゃない。いや、それも大事ではあるがそれよりも優先すべきなのは現状のμ's存続なんだ。まずはそれが終わってからじゃないと穂乃果達にも失礼ってもんだろうが岡崎拓哉。そう、こういうときのための、スイッチを切り替えるにふさわしい条件は揃ってる。それをフル活用させてもらうぞ)

 

 少年は覚悟を決めた。

 そして目の前にいる人物へと声をかける。

 

 

「海未、理由は聞くな。俺を思いっきり殴ってくれ」

 

「分かりました」

 

「ありがぶりゅぇッ!」

 

 困ったときの海未神様のご降臨であった。

 拓哉の言葉を受けてからの見事な即答と豪快な腕の一振りが少年の頬を貫く勢いでぶち込まれ、容赦なく柵まで吹っ飛んだ。

 

 

「ええ!? 何がどうしてそうなったにゃ~!?」

 

「拓哉君はとうとうMに目覚めてしまったんやろか」

 

「即答してすぐ殴り飛ばす海未ちゃんも凄いね……」

 

「拓哉君の希望なら応えてあげなくてはなりませんから」

 

 各々の反応を耳にしながらヨロヨロと何とか立ち上がろうとする。

 まさかの一秒の猶予もなく来た拳はさすがに拓哉も予想外だったらしく、受ける準備をする前に殴られたのでダメージは大きかったようだ。

 

 

「だ、大丈夫ですか、拓哉くん?」

 

「うぶふぅ」

 

「余裕で保健室行きの吹っ飛びようだったけど、拓哉ならすぐ治るでしょ」

 

 花陽の真姫によろける体を支えてもらいようやく地に足を付けて安定させる。

 

 

「ああ……真姫の言う通り大丈夫だよ。俺も色々と切り替えなきゃいけなかったから、海未の拳がちょうどよかったんだよ。ありがとな、海未」

 

「え、ええ、拓哉君が大丈夫ならよかったです。……それにしても、全力でやったつもりだったんですが、さすがですね拓哉君……」

 

 海未がボソッと何か言っているが気にしない。

 何はともあれ、これで頭を切り替えることができた。余計な雑念は今は仕舞っておく。

 

 じんじんと響く頬を無視して拓哉は素直に疑問に思ったことを聞いた。

 

 

「ところで何で海未達はこんなに早く来たんだ? 時間まではまだだいぶ余裕があると思うんだけど」

 

 聞いて、絵里が答えようと口を開きかけた瞬間。

 勢いよく屋上のドアが再び開かれた。

 

 誰だ、なんて疑問は一切なく、もはや確信すらもった顔で全員がその場へ目をやった。

 μ'sのリーダー。言いだしっぺ。結成した張本人。

 

 誰もが認めるその少女。

 高坂穂乃果が良い意味で以前とは違う顔つきで現れた。

 

 

「みんな……!」

 

「随分の遅い登場ですね」

 

「時間には全然間に合ってるけどにゃ~」

 

「たくちゃんも、みんなも、少し久しぶりだね」

 

「お、おう」

 

 何故自分だけ個人で呼ばれたのか気になるが黙っておく。

 と、ここで先ほど拓哉の質問への返答の続きが放たれる。

 

 

「そろそろ練習したいなって」

 

「私達もまだスクールアイドルだし」

 

「ま、私は別にどっちでもよかったんだけどっ」

 

「めんどくさいわよね。ずっと一緒にいると、何も言わなくても伝わるようになっちゃって」

 

 以前、言わなくても伝わるなんてものは少し嘘だと言ったことあるが、それは親密でないからであって、拓哉とμ'sは充分なほどに親密な関係に至っている。

 つまり、お互い何も言わなくても分かっていたりするのだった。

 

 

「みんな、きっと答えは同じだよねっ」

 

 ことりの言葉を聞いて、拓哉は確信した。

 やはり、ここの誰もが行き着いた答えは一緒だった。

 

 

「答えは出たんだな。穂乃果」

 

「……うん」

 

「μ'sはスクールアイドルであればこそ」

 

「全員異議なし、ね」

 

 

 悩むときは悩んだ。

 けれど、結果は変わらなかった。

 

 μ'sは『スクールアイドル』であって『アイドル』ではない。

 それ以上でもそれ以下でもないのだ。だからこそ、μ'sは終わらせる必要がある。

 

 一つの懸念を残して。

 

 

「でも、ドーム大会は……」

 

 そう、A-RISEもいなくなりμ'sまで終わってしまえば、ドーム大会の実現は難しくなる可能性が大きい。

 圧倒的人気を誇るグループの消失は、それほどまでに影響しかねないものなのだ。

 

 そこは拓哉も思っていた懸念の一つ。

 しかして同時に、それは穂乃果によって消えることとなった。

 

 

「それも絶対実現させる!」

 

「どういうこと?」

 

「ライブをするんだよ! スクールアイドルをいかに素敵かみんなに伝えるライブ! 凄いのはA-RISEやμ'sだけじゃない。スクールアイドルみんななんだって! それを知ってもらうライブをするんだよ!」

 

「けど、具体的にどうするんだよ?」

 

「実はね、すっごい良い考えがあるんだよ! ねえねえ、ねえ」

 

 こっちに来いと言わんばかりに手招きをする穂乃果にみんなが円になる形で近づく。

 そして穂乃果がコソコソと耳打ちをするかのような声で案を言った結果。

 

 

「「「「「「「「え~!?」」」」」」」」

 

 拓哉を除くメンバーの声が屋上に響いた。

 

 

「本気ですか!?」

 

「今から間に合うの!?」

 

「そうよ。どれだけ大変だと思ってるのよ!」

 

「時間はないけど、もしできたら面白いと思わない? ねえ、たくちゃんはどう思う?」

 

 μ'sのリーダーからμ'sの手伝いという決定権すら持ち合わせていない少年へ問いかけられる。

 対して少年は、いっそ不敵な笑みを浮かべて答えた。

 

 

「いいじゃねえか。その案、俺は乗った。少しでも不可能を可能にできるんなら、俺は全力を尽くさせてもらうよ」

 

「ええやん、ウチも賛成!」

 

「面白そうにゃ~!」

 

「じ、実現したらこれは凄いイベントになりますよ!」

 

「スクールアイドルにこにーにとって不足なし!」

 

「そうだね! 世界で一番素敵なライブ!!」

 

「確かに、それは今までで一番楽しいライブかもしれませんね!」

 

「みんな……」

 

 異論を唱える者はここに存在しない。

 答えは決まった。何をすべきかも分かった。

 

 あとは行動するだけだ。

 

 

「じゃあまずは一番身近なとこへ協力要請しに行かないとな」

 

「私も一緒に行くよたくちゃん。まだμ'sのリーダーとしてやらなきゃいけないことたくさんあるもんね!」

 

「お、おう、分かった……」

 

「あれ、何で目をそらすの?」

 

 ここにきて初心な少年の再来だった。

 スイッチを切り替えられたと思ったのだが、そういや穂乃果は普段から何かと距離が近いというのを忘れていた。

 

 顔と顔の距離が15㎝とないところにあるので嫌でも目を逸らしてしまう。

 

 

(おかしい、穂乃果って、こいつらってこんなに可愛かったっけ……。いや、よくよく考えなくてもこいつらって全然美少女の部類に入るよな……。そんなヤツらとこんなに一緒にいてよくもまあ以前の俺は悠々としてたもんだわ)

 

 自分で過去の自分をぶん殴ってやりたいところだが、そんなことは当然できないため現実逃避をやめることにした。

 

 

「……や、別に何でもないから。つうか近い、近いから離れろ。もう少し俺達は男女だってことを理解しなさい」

 

「……ふーん、りょうかーい」

 

 言われた通りすぐに離れた穂乃果を見て安堵の溜め息一つ。

 惚れた女の子にはてんで弱いことが明らかになってしまった。

 

 

(まあ、わざと近づいたんだけどね。前は全然だったのに今は効果ありっと)

 

 天然と思わせて策略の一つに過ぎない穂乃果の作戦だとも気付かずに。

 そう、カリスマ性に溢れた穂乃果は既にμ'sの今後のライブ、そして拓哉への告白という二つの作戦を同時に進行しようとしていた。

 

 

「それじゃたくちゃんは先に向かっててくれる? 私はちょっと海未ちゃん達と話してからすぐ追いつくから」

 

「え? ああ、分かった」

 

 

 少年が屋上を去るのを確認してから、再び穂乃果は円の形になるようメンバーを呼ぶ。

 

 

「どうしたの穂乃果?」

 

「うん、あのね。そろそろ私達も一大決心しなきゃって思うんだけど、どうかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恋する少女達もまた、成就のために動きだそうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


恋を自覚してから会うと、やはり緊張してしまうのが純情少年なのです(笑)
初心なヤツは告白よりもまずは目先の問題を、そして子供の頃からずっと想いを抱いていたカリスマ穂乃果はそのどちらも進行しようとするのでした。
普段バカな穂乃果がどんどんと計算高くなっているような……。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
久しぶりに高評価をいただきました!!


長音さん


一名の方からいただきました。
久方ぶりの高評価にテンションが上がりました!本当にありがとうございました!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!







今回は穂乃果の一枚上手だった模様。


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170.協力要請

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 UTX学院。

 

 秋葉原にあるビルを全て学校化し、普通の学校よりも設備やシステムが進化しており、生徒数も多い人気のある学院の一つ。

 そしてそこにはスクールアイドルの頂点に君臨したことのあるA-RISEというグループが存在する。

 

 岡崎拓哉と高坂穂乃果はそのグループのリーダーを務める綺羅ツバサに会うため、UTX学院へとやってきた。

 

 

「一緒にライブを?」

 

「私達μ'sはやっぱりここで終わりにしようと思います。まだそのことを、メンバー以外の人には伝えられてはいないんですけど……」

 

 以前第二回ラブライブの予選前、偶然UTX学院前でツバサと出会い、その中に案内されたルームに拓哉達は座っている。

 相変わらず本当に学校なのかと疑うほどの上品な部屋を見渡している拓哉をよそに、穂乃果は話を進めた。

 

 

「でも、最後にみんなで集まってスクールアイドルの素晴らしさを伝えたいんです!」

 

「なるほど。私達スクールアイドルが心から素晴らしいと思えるライブをやれば、たとえ私達がいなくなってもドーム大会へ必ず繋がっていく、というわけね」

 

「はい!」

 

「だからアンタ達A-RISEに力を貸してほしいんだ。第一回ラブライブ優勝者のA-RISEと第二回ラブライブ優勝者のμ'sが協力すれば、それだけで他のスクールアイドルにだって良い影響を与えられるかもしれない」

 

 一度はスクールアイドルの頂点に立ったグループの2組が率先してこの企画を盛り上げていけば、必ず上手くいくと信じている。

 初の試みで、それもさっき決めたばかりの突発的な案だが、それでもやる価値は絶対にあるはずだ。

 

 

「あなた達らしいアイデアね。面白いわ。みんながハッピーになれるっていうのも悪くない。私達も今はまだスクールアイドル。もちろん、協力するわ」

 

「ありがとうございます!!」

 

「でも、お願いがあるの」

 

「?」

 

「みんなで一つの歌を歌いたい」

 

「みんなで、一つの歌……?」

 

「そう。誰の歌でもない。スクールアイドルみんなの歌。せっかくみんなでライブをするなら、それに相応しい曲というのがあるはず。そんな曲を、大会優勝者であるあなた達に作ってほしい。どうかしら? それが私達が参加する唯一の条件。まあ私達も助力はするけど」

 

 正直、そんなものでいいのか、という気持ちが真っ先にきた。

 条件と言うからもっと厳しいものと思っていたが、はっきり言ってこちらとしては破格レベルに良い条件なのではないかと拓哉は思う。

 

 元より自分達の曲を歌うつもりではなかった穂乃果達だ。

 スクールアイドルのための歌を全スクールアイドルが歌う。当たり前の条件であり、異論などどこにもなかった。

 

 

「穂乃果」

 

「……うんっ。やりたいです! それ、凄くいいです! 私もそうしたいです!」

 

「ふふ、でも時間はないわよ? 何とかできるの?」

 

「それを何とかさせるのが俺の役目だ。ツバサの条件は必ず達成してみせる」

 

「大丈夫です!」

 

 満足そうに言いながら穂乃果は湯気の出ている紅茶を一気に飲み干す。

 猫舌ほどではないがさすがに熱いので拓哉はちびちびと飲んでいく。明らかに飲み干すスピードが違うせいで拓哉をよそに穂乃果はさっさと立ち上がり告げた。

 

 

「ごちそうさまでした! さっそくみんなにも伝えてきます! たくちゃん先行ってるよ!」

 

「なっ、ちょ待てよあっづぁ! この紅茶熱すぎだろもぉー! ごっそさん!」

 

「ねえ拓哉君」

 

「あん!?」

 

 穂乃果が去った後すぐに紅茶を何とか飲み干し、同じくさっさと立ち上がる拓哉をツバサが呼び止める。

 

 

「以前より清々しい顔になってるみたいだけど、何か吹っ切れたのかしら?」

 

 変化球に見えて実にストレートな質問だった。

 だからこそ、岡崎拓哉も逃れることはできなかったし、言い逃れる気も更々なかったと言うべきか。

 

 少年は、元から答えを用意していたかのような口ぶりで言ったのだ。

 

 

「ああ、色々とな」

 

 否定はなかった。

 少年の去った後を目で追いながら、どこぞのリーダーは紅茶を啜る。

 

 

 

 

 

「……熱い」

 

 

 

 

 

 少年への思いは、多分憧れだったんだと思う。

 自分にはないカリスマ性、誰かを導く才能、他者に無償の手を差し伸べる平凡さ、大切な何かを諦めるという言葉を知らない勇気。

 

 どれもが、あの少年は持っていた。

 綺羅ツバサの思いは、どちらかというと勘違いなのかもしれない。好きというよりかは、憧れの方が強かったのだ。

 

 A-RISEのリーダーを務め、その実力を発揮して世間に知らしめた。

 自分以上の人はいないんだと。だからこそ、突如として現れた少年が輝いて見えた。

 

 μ'sのリーダー高坂穂乃果のようにスクールアイドルをやっているわけじゃない。

 ただの手伝いでしかない、本来であればモブのような存在のはずなのに。それ以上の光を少年は持っていた。

 

 故に、惹かれていたんだと思う。

 いいや、必要以上の興味があったと言うべきかもしれない。

 

 確かに彼は一人の男として優良物件かもしれないが、それを狙っているのはいつも周りにいる女の子達ばかりだ。

 そしてさっきの少年の言葉。あれで何となくだが分かってしまった。何ならもう確定と言っても過言ではないほどに。

 

 

「……みんながハッピーになれますように」

 

 

 

 

 

 スクールアイドルとは他に、少女は優しい祈りを込めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄いです! メールを送ったら既に何件か返信が!」

 

「ほんと!?」

 

 音ノ木坂学院の部室へ戻ると部活用のPCを確認していた花陽が嬉しそうに言った。

 全国のスクールアイドルに一緒にライブをやらないかという趣旨のメールを送ったところ、もう了承のメールが何件か来ているらしい。

 

 

「思ったより早いな返信」

 

「けど、中には話を聞いてからにしたいっていうグループもいるみたいで……」

 

「確かに、いきなり出てほしいって言われても戸惑うかもしれないわねえ」

 

「それが普通の反応だよなあ」

 

「電話できちんと説明したほうがいいかもしれません」

 

 普通、いきなり一緒にライブをしないかと言われてすぐに返答できないのが当たり前なのだ。

 話を聞いて詳細が分かったら参加するという流れが普通であって、すぐに参加表明すると言ったグループはよほどのお人好しか、興味を持ってくれているのかもしれない。

 

 

「のんびり構えてていいの!? 時間はそんなに残されていないのよ?」

 

「それは……」

 

 時間がないのも事実。

 作詞もしなければならない。作曲もしなければならない。振り付けも考えなくてはならない。参加人数によって衣装も作らなくてはならない。

 

 やることは山ほどある。けれどハッキリ言って時間はそんなにない。

 残された時間の中で最善を尽くすのも楽ではないのだ。

 

 

「じゃあどうするの?」

 

「会いに行こうよ!」

 

「そうそう、会いに行くのが一番……って、ええ!?」

 

「穂乃果それ採用」

 

「ちょ、拓哉までっ、本気なの!?」

 

「うん! 行ける範囲は限られるだろうけど、直接会って直接話したほうが気持ちもきっと通じるよ!」

 

「そんなに遠くへは行かなくていい。本当に行ける範囲のギリギリでいいんだ。穂乃果の言ったように、直接話したほうが相手にも気持ちは伝わる。それに何より、ラブライブ優勝者であるお前らが直接会いに行くってのが一番効果ある」

 

 わざわざ自分達のところにラブライブ優勝者が来て説得をしに来る。

 聞くだけではピンとこないが、実際は一番効果のある説得だと思っている。

 

 言い方は悪いかもしれないが、本人が行けば相手の逃げ道がなくなるという点も考慮すると、この方法はやる価値ありといったところだろう。

 

 

「でもどうやって……?」

 

「うーん、問題はそこだよなあ。金もかかるとこはかかるだろうし」

 

 電車で行くといっても、当然電車代は必要になってくる。

 一校のスクールアイドルに行くだけならそんなにかからないが、複数の学校へ向かおうものなら電車代もかかり高校生にとっては痛いかもしれない。

 

 どうしたものかと拓哉が考えていると、サイドテールの少女が手を上げながら、

 

 

「簡単だよ! 真姫ちゃん!」

 

 そこまで聞いた瞬間から、拓哉には嫌な予感がプンプンとしていた。

 電車代という金銭問題があって、病院社長直々の娘である真姫お嬢様の名前が出てきた時点で答えは確定しているようのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

「電車賃、貸して!!」

 

「「「「「「「なるほど!!」」」」」」」

 

「何でこっち見るのよー!!」

 

「恥ずかしくねえのかテメェら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 惚れた女の子達のがめつさに思わず額に手をやる苦労少年であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


ツバサの岡崎への感情は愛情というより憧れのが大きかった模様。
だがそこはさすがのリーダーを務めるだけあって、大人な精神を見せてくれました。
穂乃果達はがめつさという遠慮のない手を使うようですが(笑)


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆10)を入れてくださった


蓮零さん

notedさん

t.kuranさん


計3名の方からいただきました。
目に見えた評価で私のモチベは上がっていく……本当にありがとうございました!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!




来週は諸事情があって投稿できるか未定であります……。


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171.スクールアイドルスカウト

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうと決まれば善は急げ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっそくお金持ちなブルジョワお嬢様、ツンデレ担当(非公式)である真姫から電車賃を借りた岡崎拓哉とμ’s一行は、3つのグループに分かれてそれぞれスクールアイドルがいる高校へと足を運んでいた。

 

 

「どうしよう……一生懸命練習してるよ……。邪魔になっちゃうかな……今は声かけないほうがいいのかな……」

 

 3人の女子高生が踊っているのを物陰からこっそりと見て怖気づいているのは当然小泉花陽である。

 練習中に声をかけられると集中力を乱してしまわないかという点においては花陽の言い分は間違っていないのだが、そんな悠長にしている時間もあまりない。このあとに他の学校にも行かなければならないのだ。

 

 そういうことをちゃんと理解しているのかしていないのか、どちらにせよ最後には話を聞かなければならないので手短にしたほうがいい。

 ということで花陽へ発破をかけたのは2人目の矢澤にこだ。

 

 

「行ってきなさいよ」

 

「私!?」

 

「部長でしょ?」

 

「け、けど今はまだにこちゃんもμ’sだし、それなら部長だってまだにこちゃんじゃ……」

 

「こういうことがこの先またあるかもしれないから今の内に慣れとけってことよ! アンタはもっと自信を持つべきなのよ。私の後継者なんだからね!」

 

 何だかんだ自分もあまり行きたがっていないように見える……と言っちゃえばロクなことにならないので警戒心ビンビンな花陽は黙っておく。

 こんなことをしている場合ではない。と2人が思った矢先、2人の前を可憐な少女が通った。

 

 

「こんにちはっ。初めまして、μ’sの南ことりです」

 

 最後の3人目、南ことりが慣れた様子でスクールアイドルの女の子達へ声をかけた。

 あまりにも普通。どう見ても自然体。だからこそ踊っていた女の子達も流れるように動きを止めてことりへ振り向く。

 

 

「ちょっとお話いいですかぁ?」

 

 ほんの少し上目遣いでお願いするように見てくることりに、スクールアイドルの女の子達だけじゃなく通りすがりの人も何人か見惚れてしまっていた。

 どうすれば自分に対応してくれるか、何をすればこちらに興味を持つのか、そういうのを全て含められた要素が、ことりの一連の行動に表れている。

 

 メイド店で働いていたときのスキルがここでも充分に発揮されているのがよく分かる。

 ことりの場合、それを無自覚にやっているから余計タチが悪いというか何というか。とにかく天使的な容姿と声によって目の前の女の子達は戸惑いながらも対応してくれた。

 

 

「うわー……! μ’sのことりさんだ……!」

 

「可愛い……!!」

 

「な、何でしょうか!?」

 

「あのですね~」

 

 同性をも魅力してしまうことりの人間力を目の当たりにしながら、にこと花陽はただ後ろで相談内容を見守っているだけだ。

 もうことりだけでいいんじゃないかという意見を言ってもみんな納得してくれると思う。

 

 

「なるほど、あれが本当の無自覚ぶりっ……げふんげふん、天然っ子か。さすがねことり、花陽も早くあれをできるようになりなさいよ」

 

「無理言わないでよにこちゃん。私には多分一生できないと思う……」

 

 この先自分に部長は務めていけるのだろうかという一抹の不安を感じながら、花陽はことりの後ろ姿を眺めているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よろしくお願いしまーす!」

 

「ライブやりまーす!」

 

 また違う場所では、2人組の女の子達がチラシ配りをしていた。

 まるでスクールアイドルを始めた頃の自分達を思い出しながら、園田海未はそれを眺めていた。

 

 

「凛達と同じだー!」

 

「頑張ってるんやねえ」

 

 海未の両隣にいるメンバー。星空凛、東條希も同じことを考えていたようだ。

 時には街に出てチラシを配っていたこともあったから、何だか懐かしい気分になっている。

 

 

「でも、どうします? 突然話しかけるわけには……」

 

「こういうときは凛ちゃんやね」

 

「ええ! 凛が!?」

 

「はいこれ」

 

 何故か近くの出店でソフトクリームを買っていた希がそれを凛に手渡した。

 一体何をするのか、もしくはしでかすのか。希のことだからと海未は嫌な予感をプンプンと感じながらも一応見守ってみる。

 

 すると凛はソフトクリームを受け取ると、おもむろにチラシ配りをしているスクールアイドルの前に出て、何をするかと思えばソフトクリームを持った手を天に掲げ、もう片方の手には謎の本を持ったまま突っ立っていた。

 

 そう、それはまるでアメリカで観光したときに見た自由の女神像のポーズのようであった。

 

 

「あ、あの……」

 

「何でしょうか……」

 

 見るからにただの不審者だった。

 スクールアイドルから見れば凛はあのラブライブ優勝者、μ’sのメンバーだということくらい分かっているはずなのだが、やはり知っているのはスクールアイドルとしての星空凛であって普段の凛を知るわけがない。

 

 そんなわけで絶賛変な目で見られているなうであった。

 

 

「私はスクールアイドルの使者。そなた達と共にライブがしたいのじゃ」

 

「え、ええ……」

 

「何ですかあれ。何なんですかあれは……! 完全に引かれてませんかあれ!?」

 

「海外で会得した新技よ」

 

「新技これっぽっちも効いてませんよあれ! 反応に困ってるじゃないですか!」

 

「まあまあ、このまま見てみって」

 

 何故だか変な口調で言ったのが災いしたのか、凛を見るスクールアイドルの子の視線が妙に痛い。

 これはもう助太刀で自分達も出ていったほうが良いのではないかと悩む真面目大和撫子海未。あのままだと多分追い払われそうな気がする。

 

 

「あんなバカバカしいことで―――、」

 

「参加してくれるにゃー!!」

 

「ええ!?」

 

 どうやら新技は効いたらしい。

 不審者を見る目だった彼女達が、何を思ってかOKサインを出してくれたようだった。一体何があったのか海未には知る由もない。というより自由の女神からどうしたらああなるのか想像しようとしても先に脳が処理落ちしてしまう。

 

 

「さ、次の高校行くよ~」

 

「何だかこの先頭痛が来そうです……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここはとある橋のど真ん中。

 人もそれなりにいるこの場所で、7人だけが異質のオーラを出してど真ん中を陣取っていた。

 

 

「(出してないから。少なくとも俺は一般モブオーラしか出してないから。異質なオーラ出してんの基本向こうだから。というかあの子ら何で俺達にあんな好戦的な視線向けてくるんだよ……)」

 

「(私だって異質なオーラなんて出してないよ! 私達何かしたっけ……)」

 

「異質とか言わないでくれるかしら! いきなり来て何なのあなた!」

 

「おいやべえよ聞こえちゃってるよ第一印象最悪だよ。結構地獄耳なんだけどあの子。もう俺帰っていいかな」

 

 出会って早々最悪な関係に陥ってしまいそうになるが、このままおめおめ帰るわけにもいかないのが現状である。

 岡崎拓哉が1人帰りそうになるのを高坂穂乃果が首根っこを掴んで元の位置に戻させた。

 

 一応今この場にいるメンバーで一番まともな委員長気質絢瀬絵里が事の経緯を話してくれていた。

 すると、話を聞いていた3人のうちの1人が変わらず好戦的な目をしながら答える。

 

 

「ステージに立ってほしかったら勝負よ!」

 

「何で!?」

 

「勝ったら出てあげるわ!」

 

「どうしてこうなった。何で勝負する必要があるんだこれ。あの子らも穂乃果達がμ’sだって知ってるはずだよな? もしかして知ってて勝負仕掛けてきてんの。無謀なの。戦闘民族なの」

 

「だからそこのあなた聞こえてるわよ岡崎拓哉!」

 

「やべえよまた聞こえちゃってたよしかも名前まで知られてるよ怖えよ。地味に俺の名前まで広まってるの恐怖しか感じないんだけど」

 

 思ったことをそのまま口にしたせいでどんどん印象と好感度がみるみる下がっていくのを感じる。いっそ自分は黙っておいたほうがいいんじゃないだろうか。

 そこまで考えて、あることを思い出す。

 

 そういえば、これは完全に挑発なのではないか?

 相手が誰かなど当然分かっていて、それでもなお頂点を嘲笑うかのように宣戦布告してきたというのか?

 

 だとすれば。

 だとすればだ。

 

 μ’s。

 こちらのメンバーにはそういうのに弱い人間がいたのを思い出す。

 

 負けず嫌いで、自らの強さを信じて疑わない者が。

 しかも、そのメンバーの中でもっとも挑発に乗ってしまう者が2人も揃っているのを拓哉は嫌な汗と共に浮かんだ。

 

 

「ふふっ、いいわあ。面白そうじゃない」

 

「絵里ちゃん!?」

 

「μ’sの本気、見せてあげようじゃない」

 

「真姫ちゃんまで!?」

 

「おいおいこっちにも好戦的なヤツいたよやる気満々じゃねえか。……いや、まああっちがあの条件で来たってことはこちらとしてもこのメンバーだとむしろ都合がいいのか?」

 

 いわゆるハンムラビ法典と同じ。

 好戦的な相手には同じく好戦的な相手をぶつければいい。

 

 ましてやこちらのメンバーは元々バレエをしていて踊りも上手い絵里。ツンデレゆえに負けず嫌いで密かに練習をしているから負けるに劣らない真姫。人を惹き付けることに関してはピカイチな穂乃果。

 

 勝利の条件は充分に揃っていた。

 ということで。

 

 

「よし、行ってこい穂乃果」

 

「急に乗り気に!?」

 

「同じスクールアイドルだからこそ容赦はいらねえ。とっとと勝って次のとこに行かなくちゃならねえんだ。それと勝つついでに優勝者の貫禄でも見せつけて魅了してこい」

 

「見てるだけのたくちゃんは楽でずるい!」

 

「いや俺もうあの子らに嫌われてるから。精神的な意味で辛いから」

 

「知らない女の子には別に嫌われてもいいんじゃないかな」

 

「急に辛辣すぎやしませんかね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当然。

 勝利はμ’s側となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


今回は3人ずつ+1人で分かれるので、必然的に岡崎は穂乃果絵里真姫グループに入れました。
そっちのほうが面白くなりそうだったので(笑)
ストーリーを進めつつ、恋愛イベントも進めなくてはならないのが割と難しかったり←


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆10)を入れて下さった


RYOpieceさん


新たな活力をいただきました。本当にありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!






約8年も待ち続けてようやっと放送された『とある魔術の禁書目録Ⅲ』1話を見て感動と高揚感が溢れました。
待ってた甲斐があったなあ。


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172.一大決心

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう無理……足の疲れよりも遥かに精神的に疲れて拓哉さんはヘトヘトですぞ……。効果的だからって電車乗りまくって他の学校行くとかするんじゃなかった……」

 

「随分とお疲れのようね」

 

 

 

 

 部室に帰ってイスに座って突っ伏してからの第一声がそれだった。

 にこの言葉の通り、岡崎拓哉は燃え尽きていた。

 

 歩くこと自体は何も疲労感はないのだが、春休み中とあって電車は常に席が埋まっている状態。長時間ほどではないが常にじっと立ったままというのは体力よりも先に精神が参ってしまうことが多い。

 

 それを他の学校へ行くために何回も繰り返すため、結果拓哉の精神はグロッキー状態であったのだ。穂乃果達は割とケロッとしているのは、女子同士で会話に華が咲いたから特に疲労感も感じてないのかもしれない。

 

 拓哉の精神的ダメージを例えるならこれだろう。

 言うなればテーマパークへ行って何に乗るか迷いながら話してるときは楽しいが、アトラクションのために長時間突っ立って並んでいる時間が苦痛なのと同じ。長時間歩くよりも立ったままでいることのほうが案外辛かったりする。

 

 

「穂乃果達は女の子らしい会話で盛り上がってたけど、黒一点の俺には訳の分からん呪文と変わらないし会話に着いていけなくてな……。おかげで地獄のような電車のたらい回しだったよ……。何故か勧誘しに行ったスクールアイドルと対決したりもしたし」

 

「最後のが一番気になるんだけど」

 

 一発目からスクールアイドルと勝負をするとは微塵も思っていなかったため、これがスクールアイドル界の常識なのかと数分ほど疑った。

 2組目のスクールアイドルはすんなりと受け入れてくれたから違うのだと分かったが。

 

 

「ちょっと、携帯のバイブ音鳴ってるわよ」

 

「……あ~、多分チャットだから大丈夫だろ。どうせどっかの公式アカウントからのメッセージとかだよ。俺そんな友達登録してないし……」

 

 ブー、ブーと、特に基本誰からもチャットが来ないため通知音もバイブだけにしている少年はポケットから携帯を出すことすらしない。

 最後の何気に悲しい発言に同情されたのか、凛が自販機で買ってきた紙パックの飲みかけ(重要)ジュースを与えてそれをちゅーちゅーと飲んでいる。多分どちらも無自覚だろう。

 

 

「ふう、ところで花陽、メールの方はどうなってる?」

 

 無自覚間接キスという名の水分補給を終えたことで気力が少し回復した罪な男岡崎拓哉。

 PCで色々やってくれている花陽に質問を飛ばすと、

 

 

「メールが来ました! 東京だけでなく、全国から何校も!」

 

「凄いわねえ」

 

「これでもう20組にゃ!」

 

 凛がホワイトボードに参加表明してくれたスクールアイドルの数だけ可愛らしいデフォルメ猫ちゃんマークを描いている。

 ここは分かりやすく『正』の字じゃダメなのかというツッコミはきっと野暮なので黙っておくことにした。

 

 仮にも、というより正式に拓哉はμ’sの手伝いを名乗っている立場だ。

 なのにいつまでたっても机に突っ伏して花陽にPC関連の雑務を任しているのでは役割として矛盾している。だからそろそろだるい体を起こして代わろうとしたところで、部室のドアからコンコンとノックの音がした。

 

 

「ハロ~」

 

「あんじゅさん!? 何で!?」

 

 第一回ラブライブ優勝者、A-RISEのグループの一人、優木あんじゅが音ノ木坂学院のアイドル研究部の部室へやってきた。

 ドアの向こうからはリーダーの綺羅ツバサともう一人、統堂英玲奈が顔を覗かせている。まさかのA-RISE総出であった。

 

「曲作り、手伝いに来たわよ」

 

「これ、お土産だ。有名なドーナツ屋で買ってきたぞ」

 

「よお。結構早かったな」

 

 一度に複数の驚愕が襲ってきてμ’s一同が唖然としている。

 たった一人、岡崎拓哉だけは平静のまま片手を上げて挨拶をしていた。

 

 そんな少年へツバサは怪訝な視線を送りながら、

 

 

「拓哉君にそろそろ着くわよってメッセージ送ってたはずなんだけど、まだ誰にも言ってなかったのかしら」

 

「え、メッセージとか送ってきてたっけ? ……あ」

 

 言われてようやっと思い出す。

 そういえばついさっきポケットの中に入っている携帯のバイブ音が振動していたこと。それをにこに指摘されたがどうせどこぞの公式アカウントからのくだらない宣伝メッセージだと決めつけて確認を怠ったこと。

 

 そう、全面的に拓哉の確認不足だった。

 

 

「ほんとにツバサからチャットが来てた……だと……? こういうときは必ず誰から来たのかちょっとしたワクワクとドキドキを抱えて見ると結局はいつもと同じ知らん広告紛いの宣伝メッセージだったりして携帯を叩きつけるのがオチって相場が決まってて友達の少ない純情男子高校生のピュアハートを粉々にしてくるこのチャットアプリがこんなときだけ本来の働きをするなんてあり得ないのにィー!!」

 

 とうとうA-RISEからも同情の視線を獲得した残念男子岡崎拓哉。

 英玲奈からお土産という名の差し入れを受け取った絵里は、早々に本題へ入ることにした。

 

 

「ということはつまり、私達に協力してくれると?」

 

「もちろん。そのつもりでここに来たんだから」

 

「……ありがとう。助かるわ」

 

 元生徒会長と、A-RISEのリーダーが握手を交わす。

 μ’sとA-RISE。かつてラブライブ優勝を制した2組が、いよいよ本格的な手を組んだ。

 

 スクールアイドルが社会現象になるまで流行っているこの世界で、このトップ同士の握手をどれだけのマスコミが写真に収めたいと願っているだろうか。

 間違いなく一面を飾れるトップニュースの瞬間を何の惜しげもなく終わらせた2人は、さっそくやるべきことを確認していく。

 

 

「まずは衣装だけど、事前にことりが何着か作ってくれているからそれをベースにして他の衣装も作ってくれるかしら」

 

「衣装のことならあんじゅが得意だから任せるわ。あんじゅなら早く丁寧に作れるから安心してちょうだい」

 

「ええ。次に作詞ね。こちらの考えとしては、海未と相談して参加してくれるスクールアイドルの人達から単語や言葉を一つ募集してるの。あなた達が要求してきた条件。スクールアイドルのための歌なら、全国のスクールアイドルから言葉を募ってそこから作詞する。それが良いと思ったの」

 

「悪くないわ。むしろそのほうが確実にいい。作詞は英玲奈が担当してるから、一緒に募集した言葉を選んでより良い歌詞にするくらいは容易のはずよ」

 

「最後に作曲。真姫には予めある程度の作曲はしてもらってるから、そこにアレンジか何かあれば助言してほしいの」

 

「最後は私の出番ね。任せてちょうだい。一度μ’sの作曲担当さんと一緒に曲を作ってみたかったの」

 

 手順の確認はできた。

 あとはこれを元に作業を進めていくだけだ。

 

 μ’s9人。A-RISE3人。手伝いが1人。

 計13名の、間違いなくラブライブを戦い抜いて生き残ってきた精鋭達が動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず最初に。

 優木あんじゅが既に作られている衣装を見ていた。

 

 

「あら、可愛い衣装!」

 

「ありがと~。穂乃果ちゃんに言われて急いで作ったんだ」

 

「ふふっ、お互い強引な相棒を持つ者同士、大変ね。さて、これからもっと衣装用意しなきゃだし、忙しくなりそうね~」

 

 ふわふわオーラを醸し出している2人の会話をPC作業をしながら何となく見ていた拓哉は、そういや穂乃果はどこに行ったのかと思いを馳せてみる。

 穂乃果に関しては衣装作りも作詞も作曲も、てんでダメだ。だから3つのうちのどれかに着いて行っているわけでもないはずだが。

 

 と、そんな矢先。

 

 

「じゃーん! 衣装考えてみたよ! うっふーん、どう?」

 

 とんだバカが部室の更衣室から出てきた。

 基本ベースとなっている衣装をガン無視し、何故だかまだ肌寒い春の季節なのにも関わらず、意味不明にもハワイでありそうな花冠に花の首飾り、フラダンスでもするのかと言いたくなる藁のスカート。あまつさえへそ出しという今の拓哉にとって色々と理性との戦いになりそうな恰好をしていた。

 

 

「バカか。やっぱ根本的にバカなんだなお前! 夏でもないのにそんなハワイアンな衣装誰が着るかってんだ!」

 

「えー!! だからこそあえてのこういう衣装選んでみたのにー! 季節感のギャップってやつ?」

 

「ギャップじゃなくて季節感のないバカ集団で終わりにされるぞそれ。基本ベースの衣装を無視したらことりが作った意味無くなっちまうでしょうが! あと個人的に刺激が強いのでさっさと着替え直しなさい!!」

 

「……本当、大変ね」

 

「あはは……」

 

 忘れてはならないが、ツッコミ混じりの拓哉の顔は少し赤みを帯びている。

 文化祭の時の衣装やハロウィンイベントでの衣装も割と露出はしていた記憶はあるが、そこで拓哉は何とも思ってはいなかった。そこを思えば、今回の拓哉の赤面の意味は、やはり穂乃果達を女の子として意識しているという成長の証になる。

 

 そしてそれを見逃すはずもない10年来の片想い経験者高坂穂乃果。

 僅かな違和感も少年のことなら絶対に気付くのだった。

 

 

(やっぱり前とは反応違うなあ。それも当たりのほう。あのお姉さんの言ったこと、案外間違ってなかったのかも?)

 

 拓哉が穂乃果に背を向け見ないようにしてる隙に、ことりへアイコンタクトをとる。

 

 

(効果抜群になってるみたいだねっ)

 

(うん、これなら今日の作戦……ほんの少しは可能性出てくるかもしれないよ!)

 

 あんじゅにも気付かれない巧妙なアイコンタクトを取りつつ、少女達の一大決心の暗躍は着々と進められていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音楽室。

 そこでポーン……と、名残惜しさすら感じさせるような音の終わりが微かに反響した。

 

 

「良い曲ね」

 

「何かアイデアがあれば言って。取り入れてみるわ」

 

 お嬢様学校に通う絶対的なリーダーと本物のお嬢様という、一般人なら近づくことも話しかけることも憚れるような、いっそ神聖な空間かと思えてしまうほどの場所で2人は作曲をしていた。

 

 

「そうね。じゃあ、こういうのはどう?」

 

「えっ?」

 

 声のするほうを見てみれば、そこには同じ同性でも見惚れるような表情があった。

 可憐な魅力を放ちつつも、その凛々しい表情は性別問わず魅了してしまう。

 

 これがA-RISEのリーダー、綺羅ツバサ。

 こんな化物グループに予選で勝利を飾った。それがどんなに凄いことなのかを今更実感してしまう。

 

 

(今日はいよいよ穂乃果の言ってたアレがあるし……進められる作業は早く終わらせて、か、覚悟だけはしとかないと……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所はまた部室へと戻る。

 そこで作詞担当の園田海未と統堂英玲奈がPC画面を前に椅子に座っていた。

 

 

「これが全国から集まった言葉だ」

 

「こんなにあるのですか?」

 

「何なら参加表明するスクールアイドルは今も増えてるからな。募集している言葉もまだ増えるかもしれないぞ」

 

 PC作業を一通り終えた拓哉が募集していた歌詞の言葉を2人に見せた結果が今になっている。

 およそ100を超えるグループからの言葉やメッセージ性のある歌詞が送られてきた。

 

 これを一つ一つ見ていってどう歌詞として繋げていくかを考えると、海未1人では難しかったかもしれない。

 しかし、今回は1人じゃない。

 

 

「こ、この中から選ぶ……」

 

「みんなの思いが篭ってる。やるぞ」

 

 A-RISEの統堂英玲奈がいる。

 たったそれだけで、心強さというものは強固になっていく。

 

 

(ここは俺がいたら逆に邪魔になりそうだし、一旦離れとくか)

 

 2人の集中している姿を見て、拓哉は部室をあとにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の作業は終わって、A-RISEも全員帰っていった。

 時刻は夕方。

 

 まだまだ陽が落ちるのが早い季節だ。

 暗くなる前に自分も家に帰って明日の準備をするために色々することがある。

 

 そんな思いをしながら帰り支度をしていた岡崎拓哉に、穂乃果から声がかかった。

 

 

「たくちゃん」

 

「んあ、なん、だ……?」

 

 振り向いて、言葉が詰まった。

 いつものような明るい穂乃果の顔はなく、真剣な表情で、いっそそんな顔だからこそ拓哉も少し見惚れてしまう。

 

 穂乃果の後ろにはメンバー全員がもちろん揃っている。

 普段と違うのは、皆が皆適当な会話をするのでもなくこちらを真剣に見ていた。

 

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(何だ。何かやらかしたか俺……? それともこいつらのこの表情。まさか俺の好意がバレたとか……じゃないよ、な……?)

 

 期待感というよりかは不安のほうが心を支配していた。

 だっておかしい。今日一日穂乃果達には特に何も変化はなかったはずだ。普段と変わらない、スクールアイドルとしての活動を一生懸命やっていたはずだ。

 

 不穏な影や嫌な予感など何一つなかった。

 だからこそ自分だっていつも通りのことをしていた。

 

 だから。

 なのに。

 

 これから何があるのか。何が起こるのかさえ一ミリの予想もつかない。

 日常と変わらない。何の違和感もなかったはずの今日に、突如穂乃果達がこんな顔をするような何かがあったとでもいうのか?

 

 

「たくちゃん」

 

「ッ」

 

 思わず体がビクッと震えた。

 明らかに違う。普段聞き慣れている穂乃果の声とのギャップに、いよいよ不安材料が投下されてしまうかのような感覚に襲われる。

 

 しかし、そんな拓哉とは裏腹に。

 メンバーを代表して穂乃果がその一線を越えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とうとう覚悟を決めた。

 少女達の一大決心が、少年の覚悟よりも遥かに早く降りかかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


いつものように作業を進めていたはずが、突如として日常の終わりを迎えました。
お互いもはや両想いなど両者は当然知る由もなく、少年は色々片付いてから言おうとして。
少女達は自分達の最後を最高の形で見てもらいたいから一大決心をして。
両者の思いは交錯し、けれど確実な終着点へと動いている。



いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!






誰もがハッピーエンドを掴み取りたい一心で、少年の後から言うか、少女達の先に言ってしまうかという些細な違い。
そんな、相手を想うが故の誰も間違ってない想いを抱いて。
両者のすれ違った気持ちは果たしてどこへ向かうか。


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173.告白

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕陽が空をオレンジに焼いているかのような景色が頭上で広がっていた。

 

 

 

 

 屋上。

 穂乃果達に大事な話があると言われた拓哉は、穂乃果に言われるがまま屋上に着いて行った。

 

 屋上までの道のりなんて何度も行き来してきたはずで、そのたびに彼女達の談笑が耳に入ってきていた記憶がある。

 それなのに今日はいつものような談笑はなく、何なら足音だけが校内に高く響き渡っているような錯覚さえ覚えた。

 

 まるで異質。

 まるで異常。

 

 屋上に着き、穂乃果達は拓哉の前に並んだ。

 その表情は部室で見たものとまったく一緒だった。9人がいつになく真剣な顔でこちらを見ている。しかし、同時にその瞳は震えているようにも感じた。

 

 何かに怯えるような、怖がっているような、だけど覚悟を決めた瞳。

 彼女達がいつもライブの始まる直前にするような瞳であった。それほどまでの目をして、いったい何があるというのか。

 

 

(大事な話って何だ……? ライブのことか? いや、それなら屋上じゃなくて部室でもよかったはずだ。だとすると、やっぱり何かやらかしたのか? ダメだ、何も覚えてない。いよいよ分かんねえぞ……)

 

 どれだけ考えても推測の域にすら立たせてくれない。

 思い当たる節も記憶もない。彼女達全員が自分に用があると言われて、真っ先に何かやらかしたと思うのは日頃の行いのせいか。単なる馬鹿野郎の思考であった。

 

 しかし、穂乃果達の顔を見れば当然おふざけではないことも分かる。

 ()()()()。それなら自分にだってあった。目の前にいる彼女達に玉砕して当たり前の告白をしようと決めていたのだから。この大イベントが終われば、そうするつもりでいる。

 

 改めてそれが普通ではないことを思っても、もう決めたことだ。

 穂乃果達の()()()()というのが何なのか定かではないが、自分の話のインパクトには及ばないと想定しておく。

 

 

「たくちゃん、私達ね、たくちゃんに()()()()があるの」

 

「あ、ああ」

 

 部室で言ったことをもう一度、穂乃果が再確認のために言った。まるで自分達にも再び確認するかのように。

 自分の話のインパクトには及ばなくとも、これだけの覚悟をした瞳を向けられるとさすがに拓哉も動揺してしまう。

 

 そこでふと視線を横へ向けると、いつも見慣れている屋上から夕陽が沈もうとしている最中だった。

 音ノ木坂学院自体が割と高所にあるため、景色は良いことも知っている。実際第二回ラブライブ本選前夜に学校に泊まったとき、ここに来て街灯りの景色だって見たのだ。

 

 そう、景色がいい。夕方とあってそれはもうムード的にも最高。実にロマンに溢れている空間がこの場所を支配している。

 アニメやマンガが好きとだけあって、拓哉はこういうシーンもたくさん見てきた。こういうときのお決まりは大抵告白の流れと相場が決まっている。

 

 つまり、岡崎拓哉はこの屋上で、夕陽で景色が彩られているこの場所で告白をしようと決めていたのだ。

 まさに今のこの状況がうってつけの状態。マンガで何度も見てきたような状況で、自分が告白しようとしていたのに何故逆に自分が呼び出されて話があると言われたのか。

 

 岡崎拓哉もただのバカではない。

 ここまでのお決まりの状況が重なって、先ほどのように推測の域にすら立てないような者ではない。

 

 

(まさか……やっぱり穂乃果達は俺の好意に気付いてたのか……? 俺も恋を自覚してから何だか露骨に態度変えちまうことがあったし、そういうのに女の子は鋭いっていうのは本当だったのか。だから、こうしてわざわざ完璧な状況に俺を連れてきた……!? まどろこっしいことは無しにして男ならド直球に告白してこいって腹の据わった女の子達からの挑戦状だったっていうのか……!?)

 

 ただの大馬鹿野郎だった。

 絶妙な勘違いが炸裂していた。やはり鈍感は恋を自覚しても鈍感だったらしい。ようやく推測の域に立ったものの、見事に外している。

 

 だがしかし、ここで開きかけた拓哉の口に自分で待ったをかける。

 もし穂乃果達が本当に拓哉の好意に気付き、わざわざ完璧な状況に案内してまで告白してこいと思っているならば、どうして自分達から()()()()があるだなんて言うのだろうか。

 

 それとは別の理由があるとしたら。

 ()()()()というのが一つとは限らない。二つ、もしくは複数あったとするなら、まずは穂乃果達の話を聞くのが礼儀であると結論付ける。

 

 若干の迷いがあるのか、何故だかまだ中々口を開かない穂乃果達を前に、拓哉は先に言っておくことにした。

 

 

「ちょうどいい。()()()()()()()()()()()()()()()。とりあえず穂乃果達の話ってのは何なのか。それを聞いてから話させてもらうことにするよ」

 

 突然の言葉に、今度は穂乃果達が動揺してしまう。

 ようやく覚悟を決めた途端に予想だにしない発言が飛んできたから。これから一世一代の告白をしようとしているのにその相手からも話があると言われると、嫌でも期待してしまう。

 

 結論を言えば、予定変更。

 岡崎拓哉は今日ここで告白することにした。

 

 彼女達を思ってライブが終わってから告白しようとしていたが、彼女達がこんな状況を作ってくれて告白してこい(推測がまず間違っているのだが)と示してくるならば、それに応えないわけにはいかない。

 

 

(好意に気付かれた以上仕方ない。フラれることも確定してるようなもんだけど、それでもいい。こいつらの俺への評価が下がっててもいい。とにかく、俺は俺の気持ちをぶつけるんだ。それが穂乃果達に対するクズな俺ができるせめてもの贖罪になるなら、殴られたって構わない)

 

 かくして、思い違いが思い違いを呼び起こした結果。

 告白合戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 もう迷わない。

 これまでずっと隠してきた気持ちを、押し込んでいた勇気を解放するときがきた。

 

 μ’sのリーダー、高坂穂乃果が一歩前に出る。

 

 

 重い一歩だった。その一歩を踏み出すために何年待っただろうか。たった一歩を踏み出すのが怖くて、迷い続けて、それでも少年に対する気持ちは絶対不変であった。

 また震えそうになる体を気力で抑え込む。

 

 自分は一人ではない。背後には8人も同じ気持ちを抱いている仲間がいる。

 だからこそ、あまりにも重い一歩を前に進めることができた。正面にいる少年の顔は、先ほどまで動揺していた感じがあったが今はもう元に戻っている。むしろ、少年も何か覚悟を決めたような表情だった。

 

 いつも見慣れている少年の顔。平凡でありながら、困っている人がいたら迷わず手を差し伸べる普通の男子高校生。

 不思議と、抑え込んでいた震えが自然と止まっていた。真剣な少年の顔を見て安心感さえ覚えたからなのかは分からないが、これなら言える。

 

 積年の想いを伝えられる。

 頭で考えるよりも先に、勝手に口が開いた。

 

 

「小学生の頃だったかなあ。毎日のように日が暮れるまで遊んで、家が近いから何度も一緒に帰ったりしたよね。家族ぐるみで仲も良かったし、実際一番仲良かったのもたくちゃんだったと思う」

 

 突然過去を振り返るように話す穂乃果を、拓哉はただ黙って見ているしかできなかった。

 動揺している素振りはもうなく、いっそ昔話を聞かせるような口調で穂乃果は話す。

 

 

「たくちゃんはいつも私達のことを一番に考えてくれて助けてくれたりもしたよね。けど、自分のことをこれっぽっちも考えないからたまにケガとかしちゃって怒られて……。でもね、私はそんなたくちゃんだから……隣にいたいって何度も思ったんだ」

 

「ほの、か……?」

 

「年齢とか関係なく誰かが困ってる時、誰かが助けを必要になった時、必ずたくちゃんは真っ先にそこへ走っていく。心配するこっちの身にもなってほしいって何回も思ってたりしたし、それと同時にそれがたくちゃんの魅力であって原動力なのも知ってるから、どうしようもなくかっこよく見えた」

 

 いきなりこんなことを話されてどんな反応をしていいかも分からず、自分の話とかよりも穂乃果の話に引きこまれてしまう。

 

 

「その時からなのかな。……うん、そう、きっと小学生の頃からずっとなんだよ。今日この日まで、長かった。離れてた時期も、ずっと想ってた。この気持ちに変化なんてあり得なかったの」

 

 まるで舞台か何かかと思ってしまうような空気だった。

 自分から口を開くのが憚られてしまうような、そんな空間。

 

 次に一歩。

 前に出たのは南ことりであった。

 

 

「私には最初、友達と呼べるような人が一人もいなかった。周りが私を避けて、ずっと一人ぼっちだった私に声をかけてくれたのはたっくんだったね。穂乃果ちゃんも一緒にいたけど、直接手を差し伸べてくれたのはたっくんだった」

 

 ことりとの過去を思い出す。

 彼女はいつも一人だった。周りとどうしても距離があった少女を、少年は見過ごせなかった。だから手を差し伸べた。一緒に遊ぼうと。

 

 

「それだけで私はとても救われた気分だった。たっくんにとっては些細なことだったのかもしれないけど、私には充分すぎるほどの救済だったんだよ? それからたっくんはずっと私と一緒に遊んでくれた。一緒にいてくれた」

 

 誰かにとっては些細なことが、違う誰かにとっては大事なことに繋がることもある。

 きっかけというものは人それぞれなのだ。それが、誰かを好きになるということにだって。

 

 

「私が留学しそうになった時も、心の奥底では止めてほしいって思ってた……。それを、たっくんや穂乃果ちゃんが止めてくれたとき、本当に嬉しかったの。本音を言えって言われてちゃんと言うことができたのも、たっくんも真剣に私を見てくれたからなんだよ」

 

 少女達は留まることを知らない。

 次の一歩は、園田海未。

 

 

「私が恥ずかしがりで、公園にいるときもずっと木の後ろで隠れていた時、声をかけてくれたのは拓哉君でした。家で武術を習っているとはいえ、その時の性格までは矯正できませんでした。だから、拓哉君は私の恩人でもあるんです」

 

 ことりと似たような雰囲気の彼女に声をかけたのは覚えている。

 後ろに穂乃果とことりもいたが、基本的には拓哉がメインに海未を誘ったはずだ。

 

 

「そしてある日、私と穂乃果、ことりが上った木から落ちそうになった時、あなたは身を挺して私達を助けてくれましたよね。自分がクッション代わりとなって、3人の体重をたった一人で下敷きになりながらも助けてくれたこと、今でも鮮明に覚えています……」

 

 穂乃果達と再会したときに思い出した記憶だった。

 自分が少女達のヒーローになると誓って、ヒーローの真似事をしてきた。それで彼女達をちゃんと守れてきたのかは分からないが、今の彼女達を見ると少なくとも最低限は守れていると思う。

 

 

「所詮私は女性。どれだけ武術を学んだりしていても拓哉君からすればただ一人のか弱い女性としか見られていません。ですが、だからこそ、それでもいいと思えたのです。拓哉君になら、私は全てを預けられますので」

 

 儚く、されど美しく大和撫子は微笑んだ。

 夕陽で照らされる表情に見惚れながら僅かに息を呑む。

 

 最初に穂乃果は私達と言った。

 つまり、話があるのは幼馴染だけということではない。

 

 次に出たのは小泉花陽。

 

 

「私と凛ちゃんが秋葉原で絡まれているとき、名前も知らない私達を助けてくれたのは拓哉くんでしたよね。利害とか関係なく無償の善意で、見ず知らずの私達を助けてくれた……」

 

 初めて会った頃、花陽と凛はあからさまな男3人にナンパされていた。

 そこで自分が知り合いの振りをして切り抜く作戦を実行したのを覚えている。

 

 

「凄い人だなあって思いました。また会えたらちゃんと話してみたいって、まさかそれがすぐ叶うなんて思ってもいなかったけど……。入部を迷ってた私に優しい言葉を投げかけてくれたり、拓哉くんのその優しさのおかげで私はここまで成長することができたんです」

 

 そんな大したことは言った覚えもないが、花陽はしっかり覚えているようだった。

 少年の花陽と向き合うその姿勢で、彼女がここまで成長したのは間違いない。

 

 花陽の次に前へ出たのは星空凛。

 

 

「男の子が苦手だった凛だけど、たくや君に秋葉原で助けられてからそんなに苦手じゃなくなったことは今でも覚えてるんだ。初めて会った人に変な要求してくる男の人が嫌いで怖かったけど、それをそんなことないよって壊してくれたのがたくや君なんだよ?」

 

 いつもの語尾にネコの真似事はなく、そのトーンは普段の元気な凛からは想像もできないほどに乙女の声色をしていた。

 慣れないギャップを感じながらも凛はそのまま言葉を紡いでいく。

 

 

「小学生の頃に男の子の言った言葉が原因で女の子らしい服を着れなかった凛に、普通の女の子なんだから女の子らしい服を着ていいんだって言ってくれたこと、この先もずっと凛は忘れないよ。ドレスを着たときも可愛いって言ってくれたもん。今まで接してきた男の子でたくや君だけが凛を可愛いって言ってくれたのも、忘れられるはずがないよ」

 

 彼女に自信を付けさせるために言った言葉だが、それだってちゃんとした拓哉の本音だということを凛は分かっていたようだ。

 少年がああいう時に言う言葉は基本的に噓偽りのない本音だと、少年の知っている者なら全員が知っている。

 

 一瞬迷いを見せながらも前に踏み出したのは西木野真姫だった。

 

 

「さ、最初にμ’sに入ってくれって言われたときはただ鬱陶しいとしか思ってなかったけど、私の心の奥底では音楽をやりたいって気持ちがまだ残ってたのも事実だし、結果的に私に声をかけてくれたのは感謝してるわ」

 

 やはりここはツンデレゆえか、言い方が少しツンツンしている。

 どこか上からのような発言にも聞こえるが、今更気にするような拓哉ではない。

 

 

「それで、私がμ’sに入ってしばらくたったころ、お父さんにバレてやめろって言われたときがあったでしょ。自分でももうダメだって思って諦めていたのに、拓哉は問答無用に私の家に来てお父さんに立ち向かった。わ、私も途中から話は聞いてたけど、拓哉のおかげで私は勇気を出すことができて、お父さんも気持ちを変えてくれて今では以前よりも仲良くできてる」

 

 それは拓哉もはっきり覚えている。

 無謀と言われても仕方ないような啖呵を病院の社長に切ったのだ。胸倉まで掴んで乱暴な口調で怒鳴っていたのも忘れていない。

 

 

「当然だけど、私のためにあそこまでしてくれた人は拓哉しかいなかった。お父さんも拓哉を気に入ってて、今なら拓哉を病院のこう……えと……その……と、とにかく! 拓哉のおかげで今の私はここにいれるから、拓哉は私の恩人なの」

 

 あの父親には感謝として永久無料治療権利を授かったが、できれば使いたくはないと思っている。

 何だか外堀りを埋められそうな気がしてならない。

 

 いっそ潔いと思える一歩を踏み出したのは東條希であった。

 

 

「思えば初めて会ったのは拓哉君が転校してきたときに神社で会ったときやんね。その頃からこの人は面白いんやなってずっと思ってたん。廃校の流れを変えてくれるのはこの人やって、カードもそう告げてたから。ウチの予想はばっちり当たってたってことやね」

 

 母性溢れる笑みをこちらに向ける希は、むしろ無邪気さえ笑みに含んでいた。

 初めての出会いが神社で、巫女姿をしていた希を思い出す。

 

 

「みんなの頑張りで進んでこられて、ウチがずっとしたかったわがままな願いを叶えてくれたのも拓哉君やった。ウチの自分勝手な願望に本気で協力してくれたら、そんなの……心が動かされて当たり前なんよ」

 

 当初からμ’sを陰から支えてくれた彼女のわがままを叶えるなんて当然だろう。

 それほどの功績を希は残してきたのだから。そんな少年からの言葉は、東條希の心を確実に揺らぐものだった。

 

 ほんの少し困り眉をしながらも希の隣に立ったのは絢瀬絵里。

 

 

「最初はお互いあまり良い印象を持たなかったわよね。私はスクールアイドル活動を認めてなかったけど、あなたは真っ向からそれに立ち向かってきた。先輩に対して何の敬意もなかったけれど、今ではそんな態度をされてもおかしくなかったんだって思ってる」

 

 金髪美人に声をかけられその人物が生徒会長と知ったときは驚いたが、μ’sの活動に対していつも立ち塞がってきた印象は確かに強かった。

 拓哉にしては珍しく明らかな敵対関係と言ってもいい人物だったかもしれない。

 

 

「だけど、そんな私をもあなたは見捨てないでいてくれた。過去の挫折が原因で立ち直れなかった私を、拓哉は底から引きずり上げてくれた。おばあさまの言葉の意味をちゃんと分からせてくれた。だから私は今、こうして踊れることがとても嬉しいの」

 

 教室で上級生を相手にあんなに言い合ったのは初めてだったが、決して無意味なものではなかった。

 目の前にいる彼女は、ちゃんと今も笑っていられるのだから。

 

 最後に堂々と一歩を踏んだのは矢澤にこだった。

 

 

「まったく、アンタはいつも遠慮がなかったわね。スーパーで初めて会ったときも、学校で再会したときも、アンタはいつも私の心の中に土足で踏み込んできた。知り合いでも友達でもなかったのによ」

 

 確かにそんなこともあった。スーパーのタイムセールで獣と化した主婦達の中へ入るのを躊躇っていたにこに、何の迷いもなく声をかけ代わりにボロボロになりながらも商品を取ってきたことがある。

 

 怪しいと思われても仕方ないのにそれでも拓哉を信じたにこも相当だとは思うが。

 

 

「私一人だけだった部室に無断で来たと思ったら勝手に部長にするわ勝手にメンバーに入れるわで無茶苦茶にされたこと、忘れてないんだからね。……まあ、そのおかげで私は大銀河宇宙ナンバーワンアイドルになれたわけだけど」

 

 孤独だったにこをどうしても放っておけなかった。

 以前いた部員に去られたという過去を持っているにこを、もう一人にさせまいと思った結果なのだ。

 

 

「アンタがこころ達と会ってからあの子達も随分拓哉を気に入っちゃったし、事あるごとに拓哉と遊びたいって言うもんだからいい迷惑よねえ。私の姉弟まで虜にしちゃうんだもの。本当、アンタってズルい性格してるわ」

 

 褒められているのかバカにされているのか分からないが、にこの顔を見るに悪くは思われていなさそうである。

 これでμ’s全員が言い終えた。

 

 まるで舞台演劇でも見ているかのような雰囲気が漂っている。

 話があるというのは、こんな過去話をするためだったのか。いいや、それにしても穂乃果達の表情が真剣すぎる。

 

 まだ『何か』があるとでも言っているような目だ。

 それを何となくでも察した岡崎拓哉も、ただの鈍感だった以前とは一ミリ程度くらい成長しているのかもしれない。

 

 彼女達の言葉を聞いて、拓哉の脳内は既にしっちゃかめっちゃかになっていた。

 自分から告白するということも忘れ、μ’sからの話の真意すら分からなくなってきている。

 

 どういう目的なのか。

 過去を懐かしむだけの思い出話とは思えない。それこそ、こんなムードありきな場所で言う必要はないはずだ。

 

 だからなのか。

 次に穂乃果の出す言葉さえ意味が分からなかった。

 

 

「こういうことなんだよ、たくちゃん」

 

「な、にが……いったい何の、話をしてるんだ……? どうしていきなりこんな思い出話なんて……」

 

「それだけみんながたくちゃんとの出会いを、出来事を覚えているんだよ」

 

 穂乃果の声を聞くたびに心臓が激しく脈打っているのが嫌でも分かる。

 夕陽に照らされる女神はこんなにも美しいものなのか。

 

 

「ここにいる誰もがたくちゃんを大切に想ってるから、たくちゃんとの思い出を大事にしてるからこんなにもスラスラ出てくるの」

 

 魔性の言葉とでも言うのだろうか。

 言葉一つ一つに心まで奪われそうになってしまう。女性としての魅力が全力解放されているかのように錯覚しそうだった。

 

 

「何でか分かる? ……いや、たくちゃんはいつまでたっても鈍いから分かんないか」

 

 まるでそれさえも愛おしいと思っているような微笑みだった。

 μ’sのリーダー。代表を務める者としては満点中の満点を取る笑顔。これまで人を惹き付ける穂乃果の言葉はいくらでも聞いてきたが、今はそのどれも遥かに上回っていると思ってしまう。

 

 

()()()()なんだよ。()()()()()()()()()()。たくちゃんにとっては些細なことだったかもしれないけど、私達にとってはそれだけで大きすぎる()()になった」

 

()()()()? ()()? それってどういう……」

 

「私達は話し合った。きっとみんなも同じ気持ちを抱いてるからって、言わなくても分かっちゃうくらいみんなと一緒にいた日々が多かったから。そしたらやっぱりみんな同じ気持ちだったんだ」

 

 自分の知らないあいだにどんな話をしていたのか。

 それは岡崎拓哉の想像の域をいとも簡単に超えてしまう。

 

 

「こんな手段は間違ってることくらいバカな私でも分かる。本当ならいけないことも、たくちゃんを困らせてしまうことも分かっちゃってる。だけど、だけどね。それでも私達は一緒がよかった……。いがみ合うような関係にはなりたくなかったの……」

 

 少女達は、同じ少年に好意を抱いてしまった。

 昼ドラさえ簡単に見下せるような相関図になってしまった。

 

 だけど、少女達の絆はそれ以上に強固だ。何者にも変えられない。強固な想いと絆で結ばれている。

 よって、少女達は決意した。

 

 こんなことになったのなら、いっそのこと同じ手段をとろうと。

 誰かが誰かを蹴落とすような真似は誰も望んでいない。少年にどれだけ迷惑がかかろうと、そんなのお構いなしの覚悟ならとうの昔にできている。

 

 9人の女神は、それこそ女神らしく自分達のルールで想いを貫き通す。

 少年の覚悟もそれ相応のものだ。

 

 自分は最低だと決めつけた上で9人に想いを告げようとしている。

 世間や常識を鑑みても、誰も肯定してくれる者はいないと断言できるほどの所業。

 

 間違っているのは当然自分だけど、今更諦められない意地だってあるのだ。

 対して、μ’sもほとんど同じ気持ちだった。

 

 自分達が間違っていると分かってでも言ってやる。

 何をどう捉えても正当化はできず、誰かに理解を求めようとしても受け入れられない。結局は仕方ないことと分かっていても、その『恋』を止めることなど誰もできないのだ。

 

 僅かな時間差と言ってもよかったかもしれない。

 少年の告白は予定変更されて穂乃果達の話が終われば言うつもりだった。

 

 

「残された時間はもうあまりないから。私達9人がμ’sでいられるのはもうすぐそこまでしかないから。終わってしまう前に、最後の私達を最高な形でちゃんとたくちゃんに見てもらいたいから。自分勝手だけど、言うね……」

 

 だけど、それでも僅差で早かったのは結果的にμ’s。

 長年、もしく一年の想いを募らせてきた彼女達はもう一歩、前へ踏み出す。

 

 

「私は、私達は……」

 

 数年我慢してきた者もいれば、一年とない者もいる。

 それでも少年を想う気持ちに強弱の差なんて一切ない。

 

 どれだけの時間がかかろうとも不変であったこの気持ちに、いよいよケリをつける時がきた。

 この言葉を言うのに時間というものは容赦なく進められていった。

 

 だけど。

 今だ。ようやっと、今。

 

 胸に仕舞っていた溢れんばかりの気持ちを伝えることがようやくできる。

 成功か否かはこの際どうだっていい。とりあえず、とりあえずでいいからこのどこまでも鈍感な少年に一泡吹かすための想いをぶつけてやろう。

 

 9人で少年を見据える。

 見つめられた岡崎拓哉はただ黙っていることしかできない。というより彼女達の言葉を待つほかない。

 

 であれば言ってやろう。

 この言葉を。

 

 ある意味において、これから先の関係を覆してしまうかもしれない呪いにも似た禁句を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「私達は、あなたの事が好きです」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不変であった想い。

 不変であった関係。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが、確かに変化しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


まず、投稿が一日遅れてしまい申し訳ありませんでした。
ある意味この作品において一番大事な回のため、ちゃんと書き上げると決めた結果の遅れです。
次回も大事な回ですけどね。焦らしていくう!

穂乃果達のきっかけや出会いを混ぜつつ告白に繋げてみましたけどどうでしたでしょうか。
少年の告白よりも早かった少女達の告白。長年の想いをぶつけることにとりあえずは成功しましたね。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
まだ高評価(☆10)を入れていない方、これを機に入れてみてくださいね!それが自分のモチベに繋がるので!!あとやたら喜びます!!
もちろんご感想も待ってます!

初期の頃の話にそろそろ少し手を加えていきたい。
やはり最初期は文が拙くて自分でも変だなって思うことが多いので←






少女達の告白は少年に届いた。
そして、同じく想いを告げようとした少年は……。


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174.常識をぶち壊せ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳を疑うとはまさにこのことを言うのだろうか。

 

 

 

 

 目の前の穂乃果達から告げられた言葉は、岡崎拓哉の思考回路をパンクさせるには充分すぎるほどであった。

 自分でも目が大きく開かれているのが分かる。信じられないことを聞いたような衝撃。あり得ないはずの言葉を聞いた瞬間、頭の中が空白に染め上げられた。

 

 彼女達の口から聞かされたのはまず懐かしむような思い出話。それぞれの出会いからこれまでの過去を振り返るのはいったい何故だったのか。それがどういう意味を示しているのかまでは分からなかった。

 

 しかし、ここまで聞いてしまえば分かる。

 いくら誰もが認める超絶鈍感唐変木の岡崎拓哉でさえ、直前の彼女達の言葉を聞いてしまったらもはや勘違いのしようがなかった。

 

 ただそれ故に、真っ白になった頭の中を正常に戻すのは時間がかかってしまう。

 現実じゃあり得ないはずの超常現象を目の当たりにしてしまったときのような虚無が脳内を支配している。

 

 意味が分からないわけではない。言葉を理解できないというわけでもない。

 意味は分かる。言葉の理解もできる。だからこそ、勘違いのしようがない真っ直ぐな言葉をそのままの意味で理解してしまっていいのかと反射的に思考を破棄してしまう。

 

 これまで岡崎拓哉は、自分へ好意を向けながらアプローチをしてくる女の子達の気持ちにこれっぽっちも気付かないでのほほんと過ごしてきた。

 どれだけ気のある言葉や行動を向けられてもそれがアプローチではなくただの言動や行動にしか思えないほどの鈍いヤツ。

 

 だからそれに心を折られた異性もいたのだが、悪意もなく本当の意味で気付いていなかったのだから仕方ない。

 そこまでの、超だけでは足りない超絶鈍感男でもだ。これだけドストレートな言葉を受ければいよいよ気付くというものである。

 

 自分も告白しようと考えていたからかもしれない。そんな似たような考えだったから、一切の勘違いもせずに言葉通りの意味を一身に受け止めた。

 これがいったい何を意味するのか。それはこれから分かることだろう。

 

 

「……ぁ、」

 

 まず最初にとりあえず何かを言おうと口を開いて出たのがそれだった。

 音として認識していいのかさえ戸惑ってしまうような微かな声。複数人から一斉に告白されるとこうなるのはもはや仕方ないことなのだろう。

 

 自分から告白しようとしていた矢先にこれだ。

 先を越された挙句、思ってもいなかった言葉を浴びせられたせいでまともな反応すらとれないでいた。

 

 少年にとってはちゃんと発音していたのかさえ分からないような音。

 ただし、一世一代の想いを告げた少女達にとっては、そのか細い音でさえ心臓を直接掴まれたかのように体を震わせるには充分だった。

 

 花陽に至っては薄っすら瞳に雫を溜めてしまっている。

 覚悟をしていても、体が反射的に反応してしまうのはどうしようもない。それを確認した拓哉はようやく思考能力を徐々に取り戻していく。

 

 

(……穂乃果達は今……まさか、俺……告白されたって、いうのか……?)

 

 ぐちゃぐちゃな脳内でそれでも必死に今何が起こったのかを整理していくと、どうやら番狂わせも番狂わせな展開が起きたのが分かった。

 

 

(でも、そんな……こいつらは俺の好意に気付いてこんなシチュエーションを用意して、俺から告白させてから振るって算段じゃなかったのか? いいや、もしかしてそんな俺の予想は端から間違っていた? 最初から穂乃果達は俺に告白するためにここに呼びだしたのが正しい答え……?)

 

 状況の整理を順番にこなしていくと最終的にそこへ辿り着いた。

 自分もこのシチュエーションを整えて想いを告げようとしたのだ。であれば必然的にその答えに辿り着くのは当然だった。

 

 

(だけど、だとしたら余計何がどうなってるんだ。俺は確かに9人が好きで、それが異常だってことも重々分かってる。普通じゃないから当たって砕けろで告白しようとしていたのに、穂乃果達は全員俺のことが好きだったって……)

 

 信じていいものなのかと、思ったところでそれを振り切った。

 穂乃果達の表情は真剣そのものだ。それを嘘だと決めつけて、なかったことにしようなんて絶対にできない。してはならない。

 

 例えそれが本来あり得ないものだとしても、それがあり得てしまったのなら受け入れるべきなのだ。

 それに、よく考えてみれば拓哉にとってはこれ以上ないほどの幸運と言ってもいい展開でもある。

 

 振られて当然だと思っていた初恋は、まさかの形で成就してしまったからだ。

 少年は9人の少女が好きで、9人の少女は少年が好き。いったいどういう確率と運命、因果が重なるとこんなことになるのか、きっと神様以外には到底分からないことだろう。

 

 その運命に甘んじていいのか。

 その限りなく低い確率に縋っていいのか。

 

 答えは明白である。

 もう思考回路は正常に戻った。状況整理も言葉の理解も終わった。そこで不意に聴覚が働いた。

 

 

「たくちゃん」

 

「っ」

 

「私達は言ったよ……。友達としてじゃなく、一人の男の人としてたくちゃんが好きだって」

 

 もう一度。

 鈍感だった少年にこれ以上の勘違いをされないよう釘を刺す。

 

 

「私達の告白が間違ってることなんて分かりきってる……。本当ならしちゃいけないものなんだってことも理解してる。それでも私達の気持ちはちゃんと伝えたかったから……たくちゃんのことが大好きだって。どれだけ間違った道だとしても、私達はたくちゃんが好き。9人でたくちゃんと付き合いたい、そんなことを本気で思ってるんだよ……」

 

 穂乃果の体は震えている。

 彼女達の代表として自ら口を開く少女は、間違った道だとしても本音を抑えることはない。

 

 

「この中の誰か一人を選んでとかじゃない。私達9人と、付き合ってほしいの……。ほら、たくちゃんはいつも自分のために行動するでしょ? だからね、今度は私達が自分達のために選択したの」

 

 最大最強のわがままと言っても過言ではなかった。

 少年が今まで自分のために行動してきたのは、その先に必ず誰もが笑っていられる結末を信じていたから。

 

 対して、少女達の自分のために行動したそれは、その先に誰もが笑っていられる結末を自分達が本当に信じていられるのかさえ分からない。

 誰かが泣いて、誰かが悲しむような結末をほんの少しでも考えているなら、それは少年の行動原理とは遥かに遠い。

 

 似ているようで決して似つかない。

 でも。だけど。

 

 それが当たり前なのだ。

 自分と誰かは絶対的に他人。考えも思想も異なるのは必然。だからこそ、少女達の考えも決して間違えているとは言えない。

 

 必ずしもどこかでバッドエンドを考えていたとして、ハッピーエンドを諦めているわけではないのだ。

 

 

「これが私達の精一杯の結論だよ。だから、たくちゃんの答えを聞かせてほしいな……」

 

 穂乃果達の答えを聞いた。

 彼女達の想いを確かに受け止めた。

 

 ここから不変だった関係はゆっくりと変わっていく。

 

 

「……俺は」

 

 今度はちゃんと声が出る。

 自分の意志を確かに口を通して言葉にしていく。

 

 

「こんな感情、本当なら間違ってると思うよ」

 

「……ッ」

 

 真っ先に出たのは否定の感情だった。

 反射的に誰かが声を出すが、俯いている拓哉には見えない。

 

 

「普通、()()()()()()()()()()()()()()()()。ましてや複数人の女の子から好意を向けられることなんてあり得ない。そんなのは、マンガやアニメの世界でしか見てこなかったんだから。この現実でそんな展開とか、あっていいものじゃないんだ」

 

 常識的な話だった。

 現実的な話だった。

 

 

「複数の誰かと付き合ったとして、それが正しいのか間違ってるのかなんて二択、100人に聞いても全員が間違ってるって言うに決まってる。だってそれがどうしようもない正解なんだ。世間の目や声、常識に法律、正論や一般論。その全てから糾弾されるのが目に見えてる」

 

 誰も何も言えない。

 少年の言葉はその通りで、自分達の言っていることが間違っているなんて分かっていた。

 

 それなのに、体だけではない。

 瞳まで震えてしまう。少年からの直接的な言葉だけで、こんなにも精神的ダメージは来てしまうのか。

 

 

「そうだよ。正しくなんかない。決定的に間違ってるんだ。こんな結論を出してしまった時点で、()()はとっくに正しい道なんて歩んでいない。誰に何を言われても仕方ないほどまでに異端者なんだ」

 

 とうとう我慢も抑えきれないところまで来ていた。

 瞳に溜まる雫は溢れそうになり、μ'sの全員が下を向きそうなる。

 

 だから、誰もが気付けなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まず最初に、だ。

 少年を理解している少女達ならすぐに分かるはずのことだった。

 

 いつだって岡崎拓哉は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 

「だから俺達は、()()()()()()()()()()()

 

「………………………………………………………………………………………………え?」

 

 ひと際その声を出したのは穂乃果であった。

 震えそうな声を何とか抑えて俯いていた顔を上げる。目の前の少年は、ほんの少し困ったような笑みを浮かべていた。

 

 

「俺達の出会いはてんでバラバラだった。数年来の幼馴染もいれば、まだ出会って1年とない絵里達もいる。子供だった頃とは違う、今はもう自分で物事を考えられるまでみんな成長してるんだ。自分達の責任だって、もう自分達でとれるくらいに」

 

 先ほどは穂乃果達の思い出話を聞いた。

 だから今度はこちらの話を聞いてもらうことにしよう。

 

 

「この一年、本当に色々なことがあったよな。音ノ木坂に転入したと思ったら廃校になるって知って、それを穂乃果が止めようとスクールアイドルを提案してきた。何だかんだでことりも海未も俺もそれに賛同して廃校を何とかしようって思ったんだよな。花陽や凛と校内で再会もしたし、作曲を手伝ってもらおうと真姫にも出会った。転入初日に神社で会った希が生徒会副会長だってことには驚いた記憶もある。絵里の最初の印象は金髪美人だけど、それ以上に冷たいヤツだって思ったこともあったよ。にことはスーパーで出会ってから再会するまで少し時間がかかったけど、アイドル研究部に認めてもらって屋上でにこの笑顔を見た時はやっぱりにこが部長で良かったって本気で思えた」

 

 出会いの話から再会の経緯まで。

 口に出せばスラスラと出てくる記憶だった。今でも鮮明に思い出せるほど記憶に強く残っているのだ。

 

 そんな思い出が、満タンのコップなのにそこへ余計注いだせいで容赦なく零れていくように出てくる。

 

 

「俺達は互いに協力してたくさんの壁を乗り越えてきた。誰もいない講堂でライブをして、作詞作曲振り付けもそうだし衣装だって自分達で何とかしてきた。リーダーを決めるために色んな試験をして、赤点を回避するために穂乃果と凛、にこも猛勉強もしたよな。絵里と希の口論を聞いて絵里と言い合ったことも覚えてる。夏合宿でトラブルはあっても最後にはみんなと仲を深め合えた。真姫が父親から辞めろと言われてμ'sを辞めるなんて言うから直接家に行って真姫の父親に怒鳴っちまったこともあったな。それに、ことりの留学を知らなくて、穂乃果の風邪にも気付けなくて、そこから色んなすれ違いがあって俺は手伝いを辞めた。穂乃果もすぐμ'sを辞めちまってもう解散するしかないのかって思ったときもあったけど、最終的にはみんな元通りに戻ることができた。山合宿じゃスランプに陥ったけど何とかなったし、A-RISEと同じ舞台で踊って予選通過したときは俺も嬉しかった。にこの姉弟とか凛のドレス問題とかもあったよな。穂乃果と花陽に至ってはダイエットまでしたし。希のわがままでみんなで曲を作ったこともあった。吹雪の中走り回ってライブに全員が間に合ったからA-RISEにも勝てた。……色々話し合ってμ'sを終わりにすると決めて、様々な思いを抱きながらラブライブの優勝を勝ち取った。それで終わりと思ってたのに、また色んなことが起きて海外に行ったり全国のスクールアイドルと交渉したりして、結局はまだこうして俺達はここにいる。本当に……本当に色んなことがあって、俺達はその度に一緒に苦難を乗り越えてきた。多分、いいや、だからなんだろうな。俺は自分でも気付かないうちに、きっと惹かれていたんだと思う。穂乃果達が見せる表情、誰をも魅了する歌や踊り、側で見てきた努力。全部、他の誰でもない全部を、ずっと近くで俺は見てきた」

 

 少年の独白にも近いそれは、穂乃果達の目や耳さえ釘付けにしてしまうほどに引きこんでいく。

 絶対に聞き逃してはならないと。少年から放たれる一字一句を記憶に刻むために。

 

 そして少年は止まらない。

 

 

「だから俺は思ってしまったんだよ。お前達を、誰にも渡したくないって。こんなのは俺の身勝手な独占欲だってのは分かってる。けどさ、ある人に言われてようやく気付いたんだ。気付いたあとにこれは本当に気付いてよかったのかって思ったけど、気付いちまった。間違った感情なのに、気付いちゃいけないのに自覚してしまったんだ」

 

 既に穂乃果達からの告白は受け止めている。

 その上で、拓哉はその気持ちとちゃんと向き合うべきだと考える。

 

 

「こんなのは間違ってる。どう足掻いたって受け入れられない。常識から外れていて、法律さえ無視しちまってる。世間からの声は容赦なく罵声になって、普通じゃないことが疎まれるこの世界じゃ、きっと居場所なんてほとんどないに等しい。だってそれが普通なんだから。それが紛れもなく正しいんだから。正当化なんてできやしない。お前達はおかしいんだって、指を差されてバカにされることが目に見えてる」

 

 前提を見直す。

 自分達がこうした結果、自分達以外からは必ずこういうことを言われ、思われるだろうと。

 

 考えられる最底辺なところまで想定した結果を再確認した。

 自ら口に出して穂乃果達にまでそうなるであろう将来を思わせた。

 

 であれば。

 もう最底辺のところにまで想定してしまえばだ。

 

 

「でも。だけど……」

 

 残るは這い上がることだけを考えればいい。

 

 

「お前ら全員を好きになっちまったんだから仕方ねえだろ」

 

 不意も不意だった。

 直前までの言葉とは思えないほどの直球ドストレートが穂乃果達の心を一気に跳ね上げる。

 

 

「初恋が9股だなんてクズ中のクズかもしれない。報われるべきじゃないかもしれない。それでも、俺は既に覚悟できてんだよ。当たって砕けるつもりだった。フラれて潔く諦めるつもりだった。けど、お前らの告白を聞いたからにはもうなしだ」

 

 絶望は希望へと変貌する。

 穂乃果を含む全員の顔に確かな光が戻った。

 

 ここまで用意されたシチュエーションなどもはや関係ない。

 自分達を照らすオレンジの夕陽は、いつもの少年の熱さを模しているかのようにさえ思えた。

 

 

「常識が何だ。世間が何だ。法律が何だ。異端が何だ。そんなのに縛られて誰かが幸せを掴めないなら、んなくだらねえもんハナっからいらねえんだよ。正しいことだけが幸せなんて決まりはない。間違っていても、誰かに疎まれても、最後に誰かが泣いてる結末より、最後に全員が笑っていられる結末のほうが絶対良いに決まってる」

 

 世間の声など知らない。

 生まれる前に誰かが勝手に決めた法律のせいで誰かの笑顔を奪われていいなんて、決して認めてなるものか。

 そんな普通なんてゴミ箱にでも捨ててしまえばいい。

 

 目の前の少女達の笑顔をこんな自分でも守れるというのなら、手放すなんてことは死んでもできない。

 

 

「穂乃果。海未。ことり。絵里。にこ。希。真姫。花陽。凛」

 

 今のμ'sにとって世界で一番欲しい言葉とは何か。

 いずれ訪れる自らの死よりも恐怖を感じるが、それと同時に拓哉の言葉を待ち続ける。

 

 

「本当なら俺から言うつもりだったけど、まさか先に言われるとは微塵も思ってなかったよ。男として恥ずかしい限りだけど、今度は俺からも言わせてくれ」

 

 もはや、答えなど分かっていた。

 岡崎拓哉の顔を見れば、今までの言葉をしっかり聞いていれば、間違いようのない確信すらあった。

 

 これは本来正当な告白ではない。

 そうあってはならないものだ。複数人が一人に告白し、一人が複数人に想いを告げるなど非常識もいいとこだろう。

 

 だからこそ逆に岡崎拓哉は言ってやる。

 世間や常識、法律なんて結局は自らを阻む壁に過ぎない。

 

 ならば、今まで通りのことをすればいいだけの話。

 ただし、今度は乗り越えるのではない。乗り越えられないほどの高い壁。おそらくこれまでで一番高い壁だろう。

 

 だから乗り越えるのではなく、違う手段をとればいい。

 

 

「俺は、」

 

 世間などどうだっていい。常識さえ幸せを阻む壁というのならば。

 そんな(常識)をぶち壊せ。

 

 

「穂乃果達9人が好きだ。だから俺と、付き合ってほしい……」

 

 

 頭を少し下げ手を差し出す。

 今度は拓哉が少女達の答えを求める番。

 

 対して、拓哉の告白を受けた9人の少女は誰もその手を握ることはしなかった。

 待ちに待ったと言っても過言ではない。それだけ待ち続けて、ようやく成就したのだ。

 

 例えそれがどれだけ間違っていようとも、9人の少女が笑っていられるならそれだけで間違える意味はある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 手を握る代わりに。

 少年が顔を上げた途端、一斉に少女達が笑顔で泣きながら飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、一つの結末を迎えたことを意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紛れもないハッピーエンドという形で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 さて、いかがでしたでしょうか?
 先週に引き続き、投稿が一日遅れてすいませんでした。


 前回、穂乃果達の告白を受けましたね。今回はその返答回でした。
 約3年半書き続けてきてようやくお互いの想いが成就しましたね。とても長かった……。
 これでこの物語はまた一つ、ある種の終わりを迎えました。次回からは映画本編に戻りつつ、恋人同士となった彼らのやり取りを温かく見守って下さると幸いです。
 ※世間や法律が~など言ってますが、そこは『二次元』+『二次創作』ならではということでお手柔らかに。



 いつもご感想高評価ありがとうございます!!
 では、新たに高評価(☆10)を入れてくださった


七菜さん

蓮零さん

t.kuranさん

 計3名の方からいただきました。
 大事な回で高評価をいただけるのはとても励みになります。本当にありがとうございました!!
 まだ高評価(☆10)を入れていない方がいたらこれを機に入れてみてくださいね!作者死ぬほど喜ぶので!!あとモチベになりますので←ここ重要

 これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!








 ようやくカップルというかハーレム?になったけど、映画の本編ももう終盤だからもうすぐ終わるんですよねこの作品(笑)
 付き合い始めて最終回を迎えるのは少女マンガあるある。


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175.その後

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある一家の食卓風景であった。

 

 

 

 

 

 液晶型のテレビにはバラエティー番組が放送されていて、それをたまに見ながら家族と会話をして夕食を楽しむという一般家庭のよくあるシーン。

 と、本来ならいつもそうなのだが、今日の岡崎家の食卓では一人だけ会話に交ざらない者がいた。

 

 

「……あぇ~……」

 

「お兄ちゃんまたご飯下に落ちちゃってるよ~」

 

 ポロポロと白米を箸で口元へ持っていくも、すんでのところでテーブルや膝元に落ちてしまっている。

 隣で甲斐甲斐しくご飯を取って世話をしてくれる岡崎家の妹代表岡崎唯。まるで老人を介護するヘルパーであった。

 

 心ここに在らずな岡崎拓哉。今度はサラダを口元からばらばら落としていく。ウサギがいたら集って来そうなほどだった。

 明らかに放心状態の息子を対面テーブルから見た夫婦の反応はこうだ。

 

 

「珍しいな。唯が作った料理は基本泥にまみれていてもちゃんと食べるヤツなのに」

 

「確かに。唯がおふざけでデスソースをたっぷりかけたカレーですら涼しい顔で食べるはずの拓哉がこんなになるなんて、何があったのかしら」

 

「何でそんな変な例えが易々と出てくるの!? お父さんもお母さんもお兄ちゃんを元に戻すの手伝ってよ!」

 

「はっはっはっ、大丈夫だよ唯。拓哉はきっと落とした料理も最後には全部食べるから放っておいていいぞ。料理を粗末に扱うような息子には育ててないからな」

 

「食べ物で遊ぶなという教育がここにきて弊害に……!? というか食べ物を変な例えに出した自分はセーフなんだね……」

 

 カオスもカオスだった。

 心配する素振りも気持ちすらこの夫婦は持ち合わせていない。何ならこの状況の拓哉を見て楽しんですらいるように見える。

 

 もはや拓哉の膝元にビニール袋を置いて料理が落ちる前にキャッチするという手段にでた唯。

 経過は良好。相変わらず箸からボトボト落としているが、顔を見るに悩みとかはなさそうに思える。

 

 いっそ拓哉の表情は明るいとまで錯覚しそうなほどには瞳はキラキラしていた。

 

 

(これは学校で何かあった……?)

 

「うぇ~……」

 

(凄くアホみたいな顔してるけど、だからこそ落ち込んでるというよりプラスの感情が……もしかしてお兄ちゃん、喜んでる……?)

 

 案外当たっている推測ができるのは、唯が拓哉の最大の理解者であり近くにいる存在だからだろう。

 微かな変化も絶対に見逃さないようにしているのが成果に出たかもしれない。

 

 と、自分の料理を食べることも忘れていた頃。

 不意に拓哉は箸とビニール袋をテーブルに置いて立ち上がった。

 

 

「ふう、ごちそうさま。美味しかったよ唯。今日もありがとな」

 

「いや食べてないけど」

 

「満腹になったから先に部屋戻るよ」

 

「一口も食べてないけど。自分でどかしたビニール袋の意味分かってるの?」

 

「もう明日の朝食が楽しみだ。唯の料理は世界一だもんな」

 

「世界一の料理全部ビニール袋の中に落とされたけどね。物理的なミックス料理になっちゃってるけどね」

 

 はっはっはっと、軽く笑いながら2階へと上がっていく兄を見送る悲しき妹。

 夫婦に至っては兄に目もくれずバラエティー番組に釘付けになっていた。

 

 

「お兄ちゃん、どうしたんだろ」

 

「落ち込んだ様子もないしスクールアイドル関連のことで何かあったってことじゃないか? どっちにしろ気にすることじゃないだろう」

 

 テレビを見ながら唯の独り言に答える冬哉。

 おそらくその通りなのかもしれないが、ここまでになることなんて今までなかったのだ。気になるものは気になってしまう。

 

 

(ここ最近のお兄ちゃん何だか様子もおかしかったし、それに関係してる……?)

 

 兄に想いを寄せる妹は、2階へ視線を向けながらどうするか迷っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって拓哉の部屋。

 自室に戻った少年はベッドへ座り、今日のことを何となく振り返ってみる。

 

 

(今日はツバサ達と協力して制作に取り掛かった。そう、そこまでは何ら変わりのない日常だったんだ)

 

 ありふれた日常の中で作業を終えて夕方がやってきたとき、それは突然訪れたのだ。

 穂乃果達に呼び出され、屋上へ連れて行かれたときは何事かと思っていた。

 

 自分から告白するつもりだったシチュエーションでまさかのあちらから告白されるなんて微塵も思っていなかったため、脳が一瞬理解を放棄したのである。

 何やかんやあって結局自分からも告白して9人と付き合うことになったのだが。

 

 

(……本当に、本当に穂乃果達と付き合うことになったのか俺……)

 

 考えれば考えるほど実感が沸いてこない。

 むしろこれが現実であっていいのかとさえ思ってしまう。

 

 9人と付き合うことになった。言わば彼氏彼女の関係。

 ただし、男1人女9人という異端極まりない形で。ハーレムと言えば聞こえはいいが、その実叶ってしまえばどうしていいのか分からないのが本音であった。

 

 アニメやマンガではハーレムっぽい関係を築きつつも、主人公が全員と付き合うところまでは描写されていない作品が多かったりする。

 ここは恋が成就すれば最終回を迎えるような少女マンガやハーレムを築きつつも付き合わずにダラダラと続いていくだけのラノベではない。

 

 紛れもない現実なのだ。

 複数人と付き合うなんて捉えようによっては浮気っぽく見えてしまったり、世間じゃ淘汰されて当然の関係。そんな問題はもう自分達で解決したが、恋愛初心者ボーイにとってはそれよりもこれから先のことが気になって仕方がない。

 

 というよりもだ。

 まず大前提の話をしておこう。

 

 岡崎拓哉は初恋が最高の形で実ったことで浮かれている。

 それはもう純情少年らしく放心状態になっても心はとてもはしゃいでいたのだった。

 

 

(うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!! 念願の……いや自覚したのはつい最近だけど願ってやまなかった想いが成就して穂乃果達と付き合っちゃったかー。付き合っちゃったか俺ー!)

 

 鼻の下が伸びるという言葉がこんなにも似合うのはこのバカしかいないのではないかというほど伸びていた。

 顔はニヤけ頬は赤らめ枕を両手に抱えるその姿はもはや気持ち悪いと誰もが思いそうなレベルだ。

 

 念願の想いが成就して死ぬほど喜んでいるのはむしろ穂乃果達なのだが、この少年はそれに気付くほど鋭くはない。

 やはり恋が実ったとしても鈍いところは鈍いのである。

 

 

(……はっ!? いかん、浮かれてる場合じゃない。嬉しさにかまけて今やらなきゃいけないことを蔑ろにしたら色々と台無しになっちまう)

 

 そう、喜びたいのは山々だが今はそれどころではない。

 全国からスクールアイドルがやってくるのだ。それについての作業を進めなくてはならないのだ。

 

 

「……、」

 

 ふと自分の両手に目をやる。

 拓哉が告白して返事とばかりにみんなが抱き付いてきたあと、時間も時間とあってすぐさま帰宅した。

 

 その道中に、先に別れる者を最優先に手を繋いでいたのを思い出す。

 今まで穂乃果達とは何度も手を繋ぐ機会はいくらでもあったが、いざ付き合いだして手を繋ぐとなるとどうしても変に意識してしまうのが悲しい性である。

 

 ぎこちないながらも繋いだ手を離さず何とかいつものように話しながら歩いていた。

 別れる際に離した手を名残惜しそうに見ていたのはメンバー全員だったか。いいや、自分も含めて名残惜しかったのを覚えている。

 

 全員がそれぞれ異なった手の温もりを持っていて、それにドキドキしていた自分もいた。変な手汗をかいていないか、違和感のある話し方をしていないか、いつも通りを装いながらも内心ではずっと焦りっぱなしだったのだ。

 

 でも、これだけは覚えている。

 

 

「みんな、笑ってた」

 

 手を繋いでいる両隣にいた者も、前やら後ろやらで茶化してきた者も、みんな笑っていた。

 屈託のない笑顔で、曇りすら欠片も感じさせない笑みで満たされていた。

 

 そう、岡崎拓哉がいつも望んでいること。誰もが笑っていられる結末が目の前で繰り広げられていたのだ。

 幸せそうな顔で微笑んでいた。柔らかそうにはにかんでいた。それがとても愛おしく感じてならなかった。

 

 両の手をギュッと握り締める。

 彼女達があの笑顔を向けてくれるだけでやる気が無限に出てくるような気がした。

 

 あの笑顔を失わないためにも、これからもあの笑顔を見続けるためにも。

 今は最善のことをしていく必要がある。

 

 まずは数日後、参加するスクールアイドル全てに連絡して集まれる日程を確認。それと開催地から近い場所にいるスクールアイドルには準備の手伝いの要請。作詞作曲振り付けはこちらがやるとして、衣装作成に関してはさすがに人数が人数なため手伝える人材の収集も必要だ。

 

 例え9人と恋人関係になったとしても、岡崎拓哉のやることは変わらない。

 目の前の問題を解決するために全力で動くだけである。

 

 

「さてと、やりますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幸せを掴んでみせた少年は、そのままPCを開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


前回のあとがきで本編に戻るとか言いつつどうしても『その後』が書きたくて書いちゃいました。
唯にもそのうちバレるというか打ち明けますし、夏美にも何かしら反応してもらうつもりです。
次回からはちゃんと本編に戻るから!!


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆10)を入れてくださった


秋風さん


1名の方からいただきました。
ラ!作品でも一番好きと言っていただけるのは恐悦至極の限りであります。ありがとうございました!!
高評価(☆10)を入れていない方がいれば是非とも入れて下さいね!長くこの作品を続けるためのモチベになるので!






禁書はもちろん思い出補正で個人的覇権ですが、グリッドマンが予想以上に面白くて驚いてます。
ヒロインズ最高か……。


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176.これが現実

今回はあとがきに宣伝があるので是非とも読んでってください。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 晴れてμ'sの9人と付き合うことになった岡崎拓哉は今、待ち合わせ場所の音ノ木坂学院の校門にいた。

 

 

 

 メンバーではない自分にできること。それはサポートも当然だが実のところライブまでの準備、そこまでの流れが一番やることが多い手伝いである。

 例えば準備に必要な物、場所の確保と使用許可の申請、それぞれの学校から出せる予算の整理、正確な人数の把握から衣装の用意、その他近所への協力申請など、やらなければならないことが山ほどあった。

 

 それを拓哉はこの数日でたった一人でやってのけたのだ。

 やる気はもちろんあったが穂乃果達と付き合うことになった結果、一層その気持ちに拍車がかかったのかもしれない。

 

 そのおかげで着々と準備を進めることができ、今日はそれを実行していく運びとなった。

 拓哉の他に誰もいない理由としては、拓哉が部室から必要な書類やら何やらを確認するために穂乃果達よりも先に来たというわけである。

 

 と、待ち合わせ時間にもそろそろ差し迫ってきたところで見慣れたサイドテールの茶髪の女の子が視界に入ってきた。

 

 

「たくちゃーんッ!!」

 

「よ、よおおおぐぁっ!?」

 

 付き合い始めて数日を跨いだせいか何となく気恥ずかしくなりながら手を上げるや否や、そんなのはお構いなしの穂乃果流直伝穂乃果ダイブが岡崎拓哉を襲う。

 後頭部への痛みが緊張を抹消したせいで何だかもうムードもへったくれもなかった。

 

 

「だあー! 何でいきなり飛び込んでくるんだよ危ねえだろお前には遠慮というものがないんですか!?」

 

「たくちゃんにはもう遠慮はいらないかなって! たくちゃんが見えた瞬間私の我慢の限界は一瞬で消えちゃったのでしたー!」

 

「ちょっと可愛く言うんじゃねえよ。せめて遠慮して。俺じゃなかったら頭かち割れてたかもしれないから」

 

 穂乃果に乗られたままため息一つ。

 いつもなら拳骨の一発でもくれてやるのだが、それが出せないのは惚れた弱みだからかもしれない。

 

 

「朝から頑丈ですね拓哉君は」

 

「おはよ~たっくん。今日もいい天気だね♪」

 

「すげえ。朝から頑丈ってパワーワードに驚きを隠せないしことりに至っては普通に挨拶してきたんだけど。誰も俺の心配してないんだけど」

 

「幼馴染の理解力を舐めちゃダメだよたくちゃん!」

 

「お前はさっさとどきなさい。俺の理性が蒸発したらどうすんだ」

 

 何気に付き合ってる彼女に馬乗りというこれ以上ないほどのシチュエーションではあるが、ここを公共の場+学校の校門前ということを忘れてはいけない。

 一歩間違えればレッツポリスメンである。それだけは避けたい。

 

 どうにかして前のめりにならずにすみ穂乃果をどかして起き上がると、妙に3人の顔が砕けているように感じた。

 

 

「何だお前ら、何か良いことでもあったのか? 変にニヤケてるけど」

 

 穂乃果とことりだけならまだしも、あの海未までにへらとしているのだから気になって仕方がない。

 聞かれた3人娘はもはや照れすら隠さずに答えた。

 

 

「えへへ~だって私達ぃ、たくちゃんの彼女だもんね~!」

 

「ずっとこうなりたいって思ってたし、穂乃果ちゃん達とも仲良くできるんだから嬉しくもなっちゃうよぉ」

 

「それに、まさか拓哉君まで私達のことを好きになってくれていたのだと思うと、こう……平常心を保つのが難しいと言いますか……」

 

 よくもまあそんな恥ずかしいことをスラスラとであった。

 聞いている拓哉が赤面してしまう羽目になるとは以前の岡崎拓哉なら絶対にあり得ないことである。これも一種の成長か。

 

 

「ったく、こっぱずかしいこと言うのはやめてくれ……。これから準備で忙しくなるってのに」

 

「聞いたのはたくちゃんなのにー!」

 

「……いや、まあ、それはーそうなんですけどね……。拓哉さんもそうストレートに言われると照れちゃうというか何というかなんですよ分かります?」

 

「たっくん私達のこと好き?」

 

「大好……愛してる」

 

「そこは素直なんですね」

 

 100点満点なら120点を軽々と叩き出した真っ直ぐ少年岡崎拓哉。

 何だかんだこの中でも一番ストレートなのは拓哉だということを忘れちゃいけない。言うときは言う男なのだ。

 

 

「たーくちゃーん、私も愛してるよー!」

 

「私も~!」

 

「もちろん、私もです」

 

「あれだな。自分から言うのはいいけど、言われるとなるとやっぱ心にめっちゃくるなこれ。今なら俺幸せすぎて紐なしバンジーも行けそう」

 

「それただの飛び降り自殺です」

 

 他人が見れば口から砂糖のシャワーを出しそうな会話をしていると、残りのメンバーもぞろぞろとやってきた。

 

 

「何朝からイチャついてんのよアンタ達。階段上ってる途中からでも聞こえてたわよバカ共」

 

「そんなっ……にこにバカと言われる日が来るなんて……私はいったいどうすれば……!」

 

「おい海未が一番ダメージ喰らってるぞ。どうしてくれるにこ」

 

「海未の性格上、幼馴染の中でもある意味一番苦労してきたっぽいしそれが爆発したんでしょ。ほら、普段怒らない人が怒ったら凄く怖いみたいな、今まで抑えてた感情が一気に放出されたとか。だから悪いのは今まで我慢させてた拓哉よ。謝りなさい」

 

「なるほど、それはごめんなさいだわ。……ん? あれ、何か流れおかしくない?」

 

 正直言って拓哉も浮かれているせいか頭ユルユル状態で簡単ににこに流されてしまう。

 しかし、いつまでもこんな状態でいられても困るものは困るので軌道修正が必要だった。

 

 こんなときのための頼れるクォーター金髪美人お姉さん絢瀬絵里の出番である。

 

 

「ほらほら、みんな集まったことだしそろそろ秋葉原に行かなきゃでしょ? 拓哉も海未も、みんな付き合うことができて嬉しいのは分かるけど、私達の今やるべきことは何か、分かってるわよね?」

 

「そりゃもちろん。抜かりはないぞ」

 

「うっ、確かにそうですね……。拓哉君と付き合えたこととにこにバカと言われたことが今世紀最大にショックでおかしくなっていました……」

 

「アンタが一番私をバカにしてるの分かってんだからなおい」

 

「ま、まあまあ……」

 

 新たなバトルが勃発してしまいそうなところで花陽が割って入る。

 彼氏彼女という関係になったところで今までとあまりやり取りが変わらないのは良いのか悪いのか。

 

 これが少年達の間柄だからこその関係であることに変わりはない。

 ただこれまでのやり取りにカップル的な会話が増えたものだと思えばいいかもしれない。

 

 

「あ、そういえばたくや君、唯ちゃんには凛達の関係とか言ったのー?」

 

「いや、まだ言ってないぞ。言わなきゃいけないのは分かってるんだけど、結構複雑だからどう言えばいいのか分かんねえってのが正直なとこなんだよなあ」

 

「うーん、まあ唯ちゃんなら案外すぐ分かってくれると思うけど、そこはたくちゃんに任せるよ」

 

「その自信はどこから来てるんだ。あとそれまともなこと言ってるように思えるけどただ俺に全部投げてるだけだからな」

 

 先日は唯に様子がおかしいと言われたが、拓哉自身浮かれていたし準備のあれこれで言う暇も時間もなかった。

 拓哉的には最愛の妹に複数人と付き合い始めたと告げて何を言われるかただただ恐怖でしかない。

 

 世間の声や意見などどうでもいいと豪語はしたものの、唯から拒絶の言葉を言われた瞬間ビルから飛び降りる自信がある。

 唯の意見は拓哉にとって世間というより世界の意思と言っても過言ではないのだ。

 

 

「くそう、今から憂鬱になってきたぞ……。唯にだけは否定されたら体中の水分が枯渇するほど泣いちゃうかもしれない」

 

「そこまで思い詰める必要もないんじゃない?」

 

「あん? じゃあそういう絵里とか穂乃果は亜里沙と雪穂に言ったりしたのかよ?」

 

「「……、」」

 

「ほれみろ言ってねえじゃん! やっぱちょっと戸惑ってるじゃん!! そんなお前らに俺をとやかく言う資格はないですぅーバーカバーカべろべろばー!!」

 

「……私達って彼女だしたくちゃんにもう遠慮は必要ないよね。つまり絵里ちゃん」

 

「ええ。もちろん分かってるわ」

 

「「この野郎をぶん殴る」」

 

「え、あれ、ちょっとお二人さん? 口調が少し荒ぶっておられるのでは……? ちょ、ま、ここは落ち着いぎゃーッ!?」

 

「あれで全員付き合ってるんだから不思議だわ……」

 

「カップルになってもお互い遠慮のいらん関係ってのも素敵やん?」

 

 拓哉とほのえりが騒いでるのを傍から見ている巻き髪お嬢様と似非関西弁巫女。高みの見物であった。

 待ち合わせ時間が若干過ぎたところで彼氏の胸ぐらを掴んでいる金髪ヤンキーと化した絵里に声をかける。

 

 

「エリチーもうその辺にしときや~。そんなでも一応ウチらの彼氏なんやから~」

 

「そんなでもって何? 立派な彼氏だから! 紛れもないみんなの彼氏拓哉さんだから! だからこのヤンキー彼女誰か止めてっ。あと俺の背中に連続パンチしてくる穂乃果テメェこの野郎何気にめっちゃ痛えんだからなやめろやめてやめてくださいお願いしますうー!!」

 

 彼氏の風上にも置けない体たらく岡崎拓哉。さすがに彼女2人に手を組まれると手も足も出ない。フルボッコである。

 もはや他のメンバーも見慣れた景色なので特に気にしている様子がない。唯一の良心ことりと花陽も困り眉で笑っている。そう、笑っている。

 

 

「あらかじめ時間に余裕のある待ち合わせにしてるけどいつまでこんなことやってるのよ。さっさと行かないとでしょ。A-RISEも待ってるはずだし」

 

「まったく、舞い上がりすぎてんのよアンタ達は。私達が付き合ったからって特に何かあるわけじゃないでしょ。今までどおりでいいのよこんなの」

 

 お姉さん気取りの真姫と実質μ'sのお姉さんにこからのありがたいお言葉であった。

 こちらから提案しておいて待たせるのはさすがにまずい。他にも来れる範囲にいるスクールアイドル達がみんな来るから遅刻なんてもってのほかだ。

 

 

「そう、ならにこはいつも通りでいていいわよ。行きましょ拓哉。これからは堂々と腕組んでもいいでしょ?」

 

「ちゅん♪」

 

 にこの言うことなんてお構いなしの絵里。直前まで胸ぐらを掴んでいたヤンキームーブはどこへやら。

 拓哉の右腕を自分の胸に堂々と寄せて満面の笑みを浮かべていた。まさにアメとムチである。

 

 そして何故かことりがその場のノリで拓哉の左腕を独占。豊満なアレの持ち主である2人に挟まれては何も言えない無垢なムッツリ少年。むしろ内心ではガッツポーズしていた。

 

 であって。

 当然外面じゃこんなことを言っているお姉さん矢澤にこではあるが、自分だってもちろん彼氏とイチャつきたいのが本心なわけで。

 

 なのにこんなにもこれ見よがしに見せつけられたら乙女として怒っちゃうのも必然であった。

 

 

「よーしそこの金髪と雛鳥今すぐそこをどけさもないと無駄に溜まった乳の脂肪を削ぎ落としてくれるわあッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(何か、思ってたのと違うなこれ……)」

 

 

 

 

 

 

 付き合い始めたらもっとこう、ピンク色な青春をイメージしていたのに見事殺伐とした光景を目にして少年は静かに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 さて、いかがでしたでしょうか?


 次回本編に戻ると言ったな。あれは嘘だ。
 いや、ほんとすいません。本当に本編に戻るつもりだったんですけど、いきなりスクールアイドル達の前に出て普通に進行するのは不自然かと思いまして、急遽馴れ初めみたいなものを入れました。
 だがしかし、ピンクな世界には必ずなるというわけでもなく、この作品じゃ余裕でコメディーになるということを忘れてはいけない(戒め)

 とまあ、色んな意味でこれまでと違い、余計遠慮のいらない関係になったということと思ってくださればと。
 次回は絶対に映画本編に戻ります。

 そして、この作品の感想数が見事超大台の1000件をとうとう突破しました!
 これも毎回感想をくださる読者の方、たまにでも感想をくださる方のおかげでございます。
 本編が終わるまでに達成したかった目標の一つだったので感無量です。高評価やお気に入りが増えるのはもちろんモチベになるのですが、直接読者の方から貰える感想というのは個人的に一番モチベに繋がるので(笑)
 反応があるのとないのとじゃ気持ちの持ちようも段違いなのです!


 ということでいつもご感想高評価ありがとうございます!!
 これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!モチベのために!


 【報告】
 本編プロローグ~4話までを若干手直ししました。
 以前の文章をできるだけそのままに、読みやすく少しの付け加えや修正など。


 【宣伝】
 さて、ここからは宣伝になります。
 今回、『ラブライブ!~μ's&Aqoursとの新たなる日常~』を執筆している薮椿さんが主催するラブライブの企画小説に参加することになりました!
 テーマはラブライブ、もしくはサンシャイン、または合同でも基本自由。
 総勢30人を超えるハメの作家が参加する大所帯の企画となっているので自分も今からどんな物語が見れるのかワクワクしています。

 投稿は11月25日、時間は21:00から毎日1話投稿となっております。
 自分の順番はまだ分かりませんが、決まり次第また宣伝しようと思っていますので、その際には企画小説の方も読んでみてください!この作品とはまた別の物語を書いているので!
 その時に感想をくださればもちろんその返信も致しますので是非とも!









ちなみに来週はライブがあったりと忙しいので更新はないかもしれません。


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177.イベント前日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー皆さん、こんにちは!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 UTX学院の歩道橋の下。

 そこに拓哉とμ'sは来ていた。

 

 穂乃果が拡声器を使ってできるだけ大勢の人に声をかけている。

 理由はただ一つ。今ここにいるのは拓哉達10人だけではない。A-RISEの3人、そして近くの学校から来てくれたスクールアイドルがおよそ150人もいるからだ。

 

 何とか遅刻することもなく全員が集まれて安心などと思っている暇もない。

 ライブは明日。いくらラブライブやスクールアイドルが世間で流行していると言っても、公共の場を貸し切るなんてことは最低でも2日が限度だ。

 

 その1日目が今日。ライブは明日。そう、時間は当然無限ではなく限られている。

 つまり今日1日で明日の準備をすべて終わらせなくてはならないのだ。人数なんて多いに越したことはない。

 

 

「今日は集まっていただき本当にありがとうございます! このライブは、大会と違ってみんなで作っていく手作りのライブです。自分達の手でステージを作り、自分達の足でたくさんの人に呼びかけ、自分達の力でこのライブを成功に導いていきましょう!」

 

 さっきまで怒りで人の背中をボコスカ殴ってきた少女とは思えない言葉にやるせないギャップを感じながら後方のほうで聞いている黒一点の岡崎少年。

 今更ながらスクールアイドルを手伝う要因としてではなく、これじゃただ自分の彼女達を見守る彼氏なのではと思う今日この頃であった。

 

 

(ライブは明日。でもってその準備を今日だけで全部か。午前に集まったのはいいけど、正直言うと150人いても間に合うか厳しいのが現状ってとこだよなあ。まあ、あの場所を2日貸切にできただけでも幸運だったって思うしかないか)

 

 不安や不満が少しもないと言えば嘘になるが、今はどう思っても何にもならない。

 できるのは行動のみである。ならばそれを少しでも早く手順を決めて作業を進めていくしかないのだ。

 

 一応規模が規模なせいで現状が変わるかは分からないが頼りになる助っ人も呼んでいる。いつものあの3人だ。

 

 

「そして今日の準備に関してですが、それについては私達のお手伝いをしてくれているかれっ……岡崎拓哉君から伝えてもらいます! はい、たくちゃん!」

 

「(思い切り暴露しそうになってんじゃねえよ! 一大イベントの前にスキャンダルでも起こす気かお前は!?)」

 

「(うわーごめんごめん! 次から気を付けるから!)」

 

 とてつもない爆弾投下しかけた彼女に小声で怒鳴るという器用なことをする拓哉。

 何はともあれ聞いているスクールアイドル達は何のことかよく分かっていないようなので、何事もなく拡声器を手に取りやるべきことを伝える。

 

 

「あー、とりあえず簡単な説明だけすると、明日本番のライブに向けての準備をしてもらう。大まかな流れは各自の学校に送ったメールの通りだ。せっかく秋葉の歩行者天国を借りれることになったんだから盛大に盛り上げていってくれ」

 

 スクールアイドル達の簡単な返事を受け取る。

 大体のことは分かっているようだ。それならと、拓哉は加えてこう言った。

 

 

「あらかじめ色々と俺が手配しといたから、そこら辺に置いてあるのは自由に使ってくれ。チラシ配りはもちろんだけど、屋台とかもあるから調理とかもできるし機械の扱い方も説明書置いてるから分かると思う。飾り付けも山ほどある。風船とかは空気入れがあるからそれを使ってくれ。あと何人かは音ノ木坂学院に行って人数分の衣装を作ってくれると助かる。歌詞や振り付け、ポジショニングについては先日送ったメールに添付してた通りだから分かってるよな」

 

 誰一人不安そうな顔をしていないところを見ると、ちゃんと全員確認と練習はしているらしい。

 やはりスクールアイドルはスクールアイドル。練習にはとことん前向きだったようで安心した。

 

 

「あとは諸々の準備だけだ。ボランティアとして各校からも何人か助っ人が来てくれてるらしいからこちらとしてはありがたい。それだけみんな明日のことを思ってくれてる証拠だからな。作業の分担は勝手に決めてくれていい。んじゃさっそく準備開始だ!」

 

 おー! と150人近い女の子の声が響く。やる気は充分。人手は多いほうがいい。全国からスクールアイドルが来る一大イベントだからかみんなのモチベーションもかなりあるらしい。

 

 穂乃果に拡声器を渡して再び後方に戻ろうとすると、歩道橋の上から声が聞こえた。

 

 

「お姉ちゃーん!」

 

「あ、手伝ってくれるのー!」

 

 そこには雪穂、亜里沙、唯がいた。

 入学式はまだだが既に音ノ木坂学院の制服を着ている3人。それだけで何故ここに来たのかくらいは分かる。

 

 

「うん!」

 

「もちろんでーす!」

 

「はーい!」

 

「でも、私達まだスクールアイドルじゃないのに参加していいのー!?」

 

 本来、このイベントはスクールアイドルが自分達で準備をして自分達で盛り上げるためのものである。

 しかし、雪穂達はまだ正式な音ノ木坂学院の生徒でもなければスクールアイドルでもない。なのにこのイベントに参加していいのか。

 

 なんて、そんなものは愚問にもほどがある。

 第一、このイベントに関わっているのはスクールアイドルだけではない。各校のスクールアイドルを手伝っているボランティアの生徒だっているのだ。

 

 もちろん、スクールアイドルじゃなくただの手伝いでしかない岡崎拓哉だっている。

 ならば、答えはただ一つだ。

 

 絶対的なルールは存在しない。そんなルールでせっかく手伝いに来てくれた者を跳ね除けるわけにはいかないのだ。

 未来のスクールアイドルを担う者がいれば、ここにいる者は誰一人としてそれを拒みはしない。むしろ歓迎さえしよう。

 

 だから、μ'sを含むスクールアイドル全てがこう言った。

 

 

「だいじょーぶ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、巡回でもしていくか」

 

 各々が明日の準備をしている最中、岡崎拓哉は自分の仕事をしっかりこなすところから始めていく。

 所々歩いていると、さっそく見知った顔が変なことをしていた。

 

 

「ぷーっ! ぷーっ! ぷーーーっ!」

 

「……、」

 

 ぷくりぷくりと可愛らしく頬を膨らませながら自らの口を使って賢明に風船を膨らませようとしている花陽がいた。

 真っ赤な顔で必死になっている少女を見て思わず顔が引き攣る少年。この少女、先ほど拓哉が話していたことを聞いていなかったのか。

 

 

「どうして突っ立ったままなのよ。早く花陽に空気入れ渡してあげれば?」

 

 隣に来た真姫が空気入れに風船を突っ込んだまま話す。

 色々と言いたいことはあるが、こんなところで余計な感情が出てきてしまうのが高校生男子の悲しい性だった。

 

 

「そうなんだけどさ。何だか花陽のあの必死な顔とぷくっと膨らませたほっぺをいつまでも見てたいと思うのは悪いことだろうか」

 

「こんなところでSっ気に目覚めてどうすんのよ。今はさっさと準備進めるのが先決でしょう」

 

 一年後輩の彼女に注意されてしまうと何も言えない。

 真姫が空気入れを渡しに行くと花陽が驚愕かショックかは分からないが口から風船を離してぷひゅーとどこかへ飛んでいった。

 

 あとは真姫が何とかしてくれると思いその場を離れると、そこかしこにチラシ配りをしているスクールアイドルが目に入る。

 そこには穂乃果達も当然いた。

 

 

「明日、ライブやりまーす! 今度は全員参加のライブです! みんなで歌いましょう!」

 

「お願いしまーす! あら、どうしたの拓哉」

 

「俺は巡回中ってとこだ。結構良い感じだな」

 

「うん、今のところ全員がチラシ取ってくれるんだ!」

 

 ラブライブ優勝者ということで知名度もある穂乃果達がチラシを配ればと思ったのだが、経過は上々のようだ。

 やはり優勝者が配ると道行く人も興味を持ってチラシを手に取ってくれるらしい。

 

 

「これなら早く終わりそうだな。チラシ配りが終わったらでいいから他のところに行って手伝ってやってくれ」

 

「それは分かったけど、ことりのとこは行かなくてもいいのかしら?」

 

「衣装係が各校のスクールアイドルにいるんだからそこは行かなくてもいいと思うぞ。20人もいれば大丈夫だろ」

 

 ことりは衣装担当ということで他の衣装担当のスクールアイドルと共に音ノ木坂学院で衣装を作っている。

 他の学校からも20人ほど衣装担当の女の子がいるから今更素人の助っ人はかえってよくないかもしれない。

 

 

「俺はちょっと屋台とか見てくるからチラシ配り頑張れよ~」

 

「あ、じゃあ私ソフトクリーム欲しい!」

 

「満喫してくるって意味じゃねえよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー!」

 

「スクールアイドルが考えた美味しいメニューありますよー!」

 

「おーっす、繁盛してっかー」

 

「うわ」

 

 拓哉が登場するなり何故かしかめっ面になる大銀河宇宙ナンバーワンアイドルにこにーであった。

 

 

「おい何でいきなりそんな顔すんだよ傷付くぞ」

 

「理由も分からないようじゃまだまだ男して半人前よ。出直してきて死になさい」

 

「結果死んでんじゃねえかそれ。え、何、まださっきのこと根に持ってる? もしかして嫉妬しちゃってる? あらやだにこちゃんってば可愛いー」

 

「知ってる? スムージーって基本ミキサーに材料を細かく刻んでぶち込めばできるのよ。ほら、拓哉」

 

「いやごめんまじごめん。めっちゃ怖い。あえて詳しいことは言わないのめちゃくちゃ怖いから。俺が細かく刻まれる未来しか見えない!」

 

 死因が巡回中に彼女を煽ったら刻まれてスムージーにされるなんて堪ったもんじゃない。

 あまりにもダサすぎる最期はごめんである。

 

 

「ったく、何しに来たのよ。茶化しに来たわけ?」

 

「普通に巡回中だよ。俺が色々申請とか協力要請出したからな。配れるところに目を配っておくのは当然だろ。で、売り上げ的にはどうよ」

 

「今のところ凛とにこちゃんが考えたバナナいちごスムージーが一番売れてるにゃー!」

 

「メニューとしては妥当なところだし、その辺探せば普通にありそうだもんなそれ。高校生が販売するには一番安牌なところか」

 

「素直に褒めることはできないのアンタ」

 

 重要なのは明日のライブだから売り上げ自体は別に気にしなくてもいいが、最低限の味は保障しておかないといけない。

 そして拓哉的に一番気になることがあった。それを聞こうとした矢先。客としてやってきた女の子2人が何となく聞いてきた。

 

 

「あ、いらっしゃいませー!」

 

「あ、あの~」

 

「ここに書いてある白米スムージーって何ですか?」

 

「そ、それは……」

 

 そう、拓哉が気になっているもの。それはこの白米スムージーにある。

 屋台を立ち上げるときにはなかったはずなのに、いつの間に追加されたのやら。

 

 しかも名前には綺麗に『はなよの白米スムージー』と書かれている。

 いっそ清々しいほどに犯人が自白しちゃっていた。凛とにこも返答に困っていることから、あまりオススメはできないメニューかもしれない。

 

 これは最低限の味のラインを超えなければならないのだが、ちょっと危ないかもしれない。

 ということで岡崎拓哉、退散。

 

 

「あっ、こら、ちょっと待ちなさいよアンタ! 配れるとこに目を配った結果逃げの選択なんてどうなのよそれ!?」

 

「こういうのは俺よりも料理に詳しいにこに任せるが一番だ! 大丈夫、お前ならやれるさ信じてる。美味しく調理してやれ。それかもうそのメニューの看板引っさげろ俺は次のとこに行くのでさらばッ!!」

 

 颯爽と逃げ去る姿は彼氏としてはとてもダサいが気にしていられない。

 後で多分痛い目に遭いそうだけど受け入れよう。というより全体的に勝手にあの看板を掲げた花陽が悪いので説教確定である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これちゃんと準備終わんのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


2週間振りの投稿です。先週はライブ行ってたのでできませんでした!
今回は何気に結構仕事頑張ってた岡崎が印象的だったりします。
ちゃんとやる時はやってるんだぞと言わんばかりの仕事ぶりですね。高校生のやることかこれ←


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価を入れてくださった


銀翼໒꒱さん

氷帝さん


計2名の方からいただきました。
このために自分は頑張れています。本当にありがとうございました!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!




【宣伝告知&順番発表】
 『ラブライブ!~μ's&Aqoursとの新たなる日常~』を執筆している薮椿さん主催のラ!合同企画小説に参加してます。
 『ラブライブ!~合同企画短編集~』というタイトルで毎日21時に一話投稿されてるのでぜひご覧ください!

 そして自分が執筆した企画小説の順番が決まりましたので報告を。
 自分の順番は12月1日(土)です!
 まさかの12月の一発目になりました(笑)
 個人的にちょっと新しい試みをしているのでよければ他の方の企画小説はもちろん、自分の企画小説も読んでみてくださいね!

 よろしければそちらのほうでご感想や評価などいただけると返信はもちろんはしゃぐぐらい喜ぶのでぜひ!!
 感想くだしゃい(懇願)
 12月1日ですので!!!!







今年中にこの作品終わらんな(確信)


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178.世間へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何だかんだ準備は着々と進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 普段スクールアイドルをやっているからか、それぞれのチームワークはどれも完璧に近い。

 そのおかげで作業もほとんど止まることなく順調に完成へと近づいていった。

 

 昼休憩を挟んでまたチラシ配りや飾り付けの作業をしている約150人ほどのスクールアイドル。

 街を歩く人々もだんだんお祭り気分へと色を変えていく秋葉原を見て楽しそうにしている。効果は充分に発揮されているようだ。

 

 

 

 

 

 で。

 岡崎拓哉はやはり巡回中であった。

 

 その途中、気になる人だかりがあったから見に来てみると、案の定予想通りの人物が大きな筆を持って何かを書こうとしている最中だった。

 

 

「……何やってんの」

 

「見ての通りです」

 

「いや分かってるよ。だから聞いてんだよ。何か見かけないなと思ってたらこんなところで女子高生がでけえ筆持ってたら色々と聞きたくなるでしょうが」

 

「まあ見ていてください」

 

 誰もが認める大和撫子、園田海未が何やらどでかい筆を墨に付けてこれまた大きな用紙に何かを書いていく。

 どこかのヤクザでもこんなでかい習字はしないだろうと心の中でツッコんでおく少年。

 

 

「……ふう、できました」

 

「いや、だからヤクザかよ。もしくはヤンキーかよ」

 

 用紙に書かれたのは『弗愛(るどいあ)』という字。

 何故素直にアイドルと書かなかったのかという疑問だけが拓哉の脳を支配するが、今更書き直しにするわけにもいかないので仕方なくこれで許すしかない。

 

 

「我ながら良い出来ですね!」

 

「おう、そうだな。ちなみにそれを飾るのはオフマップの裏な」

 

「はい、分かり……ってそれ見えないじゃないですか!」

 

「当たり前だろ。何でカラフルな風船とか華やかな女子高生が集うポップなイベントなのに一つだけ極道チックな飾りを付けにゃならんのだ。たった一つのマイナスイメージだけで好印象だったのがイメージダウンになることだってあ―――、」

 

「そんなことを言わずに! 私だってそれなりに考えて書いたのに表にも出させていただけないなんてあんまりです……! 拓哉君はそんな非人道的な人だったのですか!? あまりにも惨すぎる仕打ちです……! 人が考えることじゃありません!」

 

「俺が人間じゃないみたいな言い方ばかりすんのやめてくんない? めっちゃ言われるから俺も一瞬自分を悪魔かなって思っちまいそうだったわ。あと近い、超近い。良い匂いするけどそんな迫ってこないでドキがムネムネするからっ」

 

 ほぼ涙目で拓哉に詰め寄る海未。

 必死すぎて鼻と鼻がタッチしそうな距離である。ここが公共の場所というのを忘れてはいけない。

 

 珍しく必死になる海未に何故かと問おうとするがやめる。

 ここで理由を聞けば余計に海未が詰め寄ってきてつらつらと早口で理論武装をぶつけてきそうでならない。

 

 

「分かった。分かったから離れなさいっ。それを飾るのは許すから! ただしできるだけ上の方だからな。下が風船とかポップな感じにしてるから雰囲気を損なわない程度にしてくれよ」

 

「はい! もちろんです! 私達にとって最初で最後のスクールアイドル合同イベントなので何か大きな跡を残しておきたいと思ったから良かったです……」

 

「……、」

 

「拓哉君? どうかしたのですか?」

 

「……いや、ちょっとした自己嫌悪だよ……」

 

 早口で理論武装をぶつけてきそうとか勝手に思っていた自分をぶん殴りたい衝動に駆られるも我慢する。

 海未にとって、すなわちμ'sにとってこれは最初で最後のスクールアイドル合同イベントだ。

 

 この先同じようなイベントがあるかは分からないが、μ'sではこれが最後。

 だから海未もこのように自分にとって忘れられない思い出を作ろうとしていたのだろう。

 

 

 

 

 思いは人それぞれなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結構様になってきたか」

 

 辺りを見渡せば周囲の建物にまで様々な飾り付けが施されている。

 もちろん事前に許可はとっているから何も問題はない。申請をした時、μ'sとA-RISEの名前を出した途端どこの店の人達もむしろ喜んで承諾してくれた。

 

 優勝経験者が主催だからそれで店が少しでも繁盛すると思ってのことだろう。

 あるところではスクールアイドルのキャンペーンをすることで順調に客足を伸ばしているらしい。どちらもwin-winなら誰も苦情は言わないだろうと思う。

 

 不思議と街が飾り付けでいっぱいになると気分が高揚してくるものがある。

 家族連れなどでは小さな子供が風船を見るだけで嬉しそうにしていた。スクールアイドルのイベントではあるが、せっかくだから色んな人々に楽しんでもらいたいと思うのは悪いことではない。

 

 

「そういやテレビ局も来てるんだったな」

 

 歩道の邪魔にならないところにカメラマンとキャスターっぽい人がいた。

 というか何かめちゃくちゃ見たことある人だった。いつかのハロウィンイベントの際、μ'sにインタビューをしていたメガネの人がまた特集をしてくれるらしい。

 

 謎テンションが多い人だからか今度もまたカメラに映らない場所からアシスタントの人に抑え込まれている。

 多分ああいう人のほうが案外現地のインタビューに向いているのかもしれない。

 

 先ほど凛とにこがいた店に戻ると、そこに2人はいなかった。

 代わりにいつものヒフミトリオがいた。

 

 

「おっす、あれ、にこと凛はどうしたんだ?」

 

「巡回お疲れ様。2人はμ'sだからチラシ配りのほうが集客しやすそうだしそっちに行ってもらったよ。はいこれストロベリーソフトクリーム、ライブにも参加してね~!」

 

 慣れた手付きでソフトクリームを客に渡し明日の宣伝もさりげなく伝えるフミコ。

 もしかするとこの3人、何をやっても器用にできるのではないだろうか。

 

 

「まあそっちのが配り終わるのも早いしな。こちらとしてはμ'sだけじゃなくて色んなスクールアイドルをもっと知ってもらいたいって気持ちもあるけど」

 

「あー……スクールアイドル全般のイベントだもんねえこれ。μ'sやA-RISEだけが目立ったら主旨違ってきちゃうからなあ。もしかして代わらないほうがよかった?」

 

「いや、どっちみち本番は明日だしそのときにμ'sだけじゃなくスクールアイドル自体がメインってのを知ってもらうからいいよ。今はとにかく準備を終わらせるのが先ってとこかな。つってもみんなのおかげでもうすぐで終わりそうだけど」

 

 時刻も夕方を差している。

 季節的に陽も高くはなってきているため微かな澄色が空を徐々に染めていく直前であった。

 

 始めはどうなることかと若干の不安はあったが、見る限り準備はそろそろ終盤を迎える。

 暗くなる前には終われそうだ。

 

 

「俺もちょくちょく力仕事はしてるからそろそろ行くわ。1人でも男手が必要なとこはまだありそうだし」

 

「うん、こっちはもう大丈夫だから。いってらっしゃーい」

 

「おう」

 

 これでも初期の頃から関わりの深いヒデコ達だ。

 お互いの言葉は少なくても大体分かるものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「拓哉君やけに表情明るくなってない? あんな爽やか系だったっけ?」

 

「私の知ってる拓哉君はもっと熱くなりやすく基本気だるい系のラノベ男子と思ってたんだけど」

 

「……これは何か良いことあったに違いないね」

 

「というと?」

 

「男子が突然明るい爽やか系になるなんて思い当たる節は一つしかないっしょ」

 

「その心は?」

 

「男女関係」

 

「「やはりか!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つまり、薄々気付かれているものかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周囲から感嘆の声が聞こえる。

 

 

 

 

 

「ふう、これで終了か」

 

 最後の力仕事を終えた拓哉は一息つく。

 気付けばすっかり空は青から一変した澄へと変わっていた。

 

 しかし同時に今の作業をもって準備は完了した。

 これであと迎えるのは明日の本番ライブだけである。

 

 

「できた!」

 

「ところどころちょっと曲がっていたりするけど」

 

「これも味でしょ?」

 

「ふふっ、うん」

 

 何やら向こうで穂乃果達が話しているのを自分もそこへ行く。

 

 

「お疲れ様、拓哉。はいタオル」

 

「おう、さんきゅ」

 

 軽く汗を拭いて振り返ると、巨大なハート型の風船に小さな風船を詰め込まれたイベントステージの見物である超巨大オブジェが立っていた。

 これによって準備が完成されたことを目で自覚する。

 

 

「自分達で作ったステージにみんなで……」

 

「ワクワクするにゃー!」

 

「何か、踊りたくなっちゃうね」

 

「え、まじか」

 

「何言ってんの。本番は明日よ」

 

 何やら流れが変わってきた気がする。

 準備が終わった今、あとは明日に備えて各自しっかり休んだほうがいいと思っちゃう基本的に休日は家から出たくない人間岡崎少年。

 

 しかし、既にやる気は充分なスクールアイドル達は止まらない。

 

 

「でも練習しちゃおっか!」

 

「今からですか?」

 

「もう夕方よ?」

 

「そうですよーお前ら。明日は大事な本番なんだからここは無理せず休んだほうがいいと拓哉さんは思いますですます」

 

「そうよ。拓哉の意味不明な言動を置いといて、A-RISEだってそんな急に―――、」

 

「別に構わないが」

 

 まさかのどんとこい精神であった。

 ここには拓哉よりも熱血系の者しかいないかもしれない。体力あり余ってるどころの話じゃない。

 

 

「いいねえ。よーし、じゃあ最後にみんなで練習だー!!」

 

 μ'sのリーダー、穂乃果の一言が決定的だった。

 その声に全員が手を挙げて同意する。これはもう完全にそういう流れができちゃっていた。

 

 しかしここで穂乃果、あるいはμ'sの面々、そして岡崎拓哉の耳に入ってきた言葉がその流れを止める。

 

 

「よーしやるぞー!」

 

「A-RISEμ'sに着いていくぞー!」

 

「負けないように頑張るんだからー!」

 

「私だってμ'sに負けないんだから!」

 

 

 何気ない言葉。

 ただ自分達を奮起させるための鼓舞。

 スクールアイドル代表と言っても過言ではない者達と同じステージに立てるというだけでやる気に満ち溢れる歓声。

 

 それだけなのに、心には僅かなわだかまりが生じた。

 

 

「穂乃果」

 

「……うん」

 

 しかし、それは自分達が招いたもの。

 であれば、ちゃんとそのわだかまりを消す方法も自分達がよく分かっている。

 

 拓哉の声が穂乃果の小さな背中を押す。

 

 

「ねえ、みんな。私達、みんなに伝えないといけないことがあるの」

 

 先ほどとは打って変わったような声にスクールアイドル達は一斉に穂乃果へ視線を向ける。

 

 

「あのっ、私達……私達μ'sは……」

 

 若干言葉が詰まる。

 絵里達にμ'sを終わりにすると決めたときも同じようなことがあった。

 

 リーダーだからこそ、それを言うことへの責任と重圧が生じる。

 これを言ってしまえば、とうとう世間にも伝わるだろう。μ'sというグループが終わることを。

 

 ちゃんと言わなければいけない。

 自分達の中ではそのためのイベントでもあり、決別でもあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「μ'sは……このライブをもって、活動を終了することにしました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


終わることをとうとう言っちゃいました。
この作品もそろそろ終盤だということを思い知らされますね。
来年の1月か2月には終わるかも?


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆10)を入れてくださった


ノアブラックさん


1名の方からいただきました。
最終回まで突っ走っていきます!本当にありがとうございました!
まだ高評価入れていない人はモチベに繋がるのでぜひともよろしくお願いいたします!



薮椿さん主催の企画小説にも自分の作品が既に投稿されているのでまだ見ていない方はぜひ見て下さい!
あわよくば感想とかもいただけると嬉しいです!


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179.言うべきこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静寂がその場を支配していた。

 

 

 

 たった1分前にはあれだけ騒いでいたスクールアイドルの誰もが言葉を発さない。いいや、逆に発せないでいた。

 突然の宣言。μ'sの活動は明日のライブをもって終了すると、直接μ'sのリーダーから告げられたのだ。

 

 これが何を意味するのか。それを知る者はおそらくこの場にはいない。

 スクールアイドル界において頂点にも等しい存在の消失は、きっとテレビでも取り上げられるものだろう。ラブライブが世間で流行っている今、穂乃果の言った言葉は即座に広まり日本中へ拡散されていく。

 

 しかし、それでよかったんだと思えるために、高坂穂乃果は再び言の葉を紡ぐ。

 

 

「私達はスクールアイドルが好き。学校のために歌い、みんなのために歌い、お互いが競い合い、そして手を取り合っていく……。そんな、限られた時間の中で精一杯輝こうとするスクールアイドルが大好き!」

 

 スクールアイドルを始める目的は人それぞれだ。

 穂乃果達が最初にスクールアイドルを始めるきっかけとなったのも学校を廃校させないため。最初からアイドルやスクールアイドルを好きだったわけではない。

 

 明確な目的を持って始める者もいれば、目的もなくただ何となくで始める者もいる。

 誰かのために、もしくは自分以外の何かのために始める者もいれば、もてはやされたいなど私利私欲のためだけに始める者もいる。

 

 最初のきっかけは何だっていい。

 ただその過程で、その先にある目的の達成のために努力を惜しまなければ結果は付いてくるものだ。

 

 続けようと思えば長く続けられる『アイドル』ではなく、たった3年ちょっとしかないような限られた時間の中の『スクールアイドル』。

 長いようでいて短い期間。だからこそ、その短期間で自分達の輝きを見つけ出そうとする姿が美しいのだ。

 

 

「μ'sは、その気持ちを大切にしたい。みんなと話して、そう決めました」

 

 μ'sはもう充分に輝いた。

 学校のために必死にもがいた結果、いつしかラブライブを優勝して他のスクールアイドルからは憧れの存在となっていた。

 

 だから、というわけではない。

 次々と起こる目の前の問題を今のメンバーと共に乗り越えてきたからこそだ。

 

 3年生の卒業は当然来るものである。

 9人だったμ'sは6人になってしまう。その時点で、それはもうμ'sとは呼べない。代わりを務められる者など絵里達本人以外この世界にはいないのだから。

 

 μ'sは終わる。

 しかし、終わらないものもある。

 

 

「でも、ラブライブは大きく広がっていきます。みんなの、スクールアイドルの素晴らしさを、これからも続いていく輝きを多くの人に届けたい! 私達の力を合わせれば、きっとこれからもラブライブは大きく広がっていくから!」

 

「そんなっ……」

 

「うぅ……っ!」

 

 ようやくスクールアイドル達の開かれた口からは嗚咽が聞こえた。

 実質のチャンピオン引退。μ'sを目標にしているスクールアイドルだって少なくはない。

 

 いつかはμ'sを超えたい。μ'sと同じ舞台で競いたい。同じステージで踊りたい。

 そんな思いを抱えているスクールアイドルがほとんどなのだ。ここにいる複数のスクールアイドルだってそうだ。

 

 故にショックが大きいのも仕方ない。

 こうなることは拓哉にも分かっていた。おそらく穂乃果も、他のメンバーだって分かっているはずだ。それを分かって穂乃果は言った。

 

 ならば、と。

 拓哉は自分の拳を優しく穂乃果の背中へ当てる。海未とことりも同じように穂乃果の肩を軽く押すように手を出した。

 

 

(穂乃果)

 

 これはスクールアイドル『μ's』のリーダー、高坂穂乃果が言うからこそ意味がある。

 手伝いだけの少年には何も言う資格はなく、またここは出しゃばる場面ではないことを重々承知している。

 

 だから背中を押す。

 手を通して言葉や真意を伝えられるなんて綺麗事は通じないことくらい分かっているが、だからこそ信じたい。

 

『背中を押す』という言葉の意味を。

 

 拓哉、海未、ことりから背中を押された少女は、虚勢でも猜疑でもなくその意味を心で感じ取った。

 

 

 

 

 

 そして、少女は言った。

 

 

 

 

 

「……だから、明日は終わりの歌は歌いません。私達と一緒に、スクールアイドルと、スクールアイドルを応援してくれるみんなのために歌いましょう! 想いを共にした、みんなと一緒に!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「拓哉君」

 

「ん? 何だツバサ」

 

 練習も終わりそれぞれが帰宅し始めた頃、ツバサから声をかけられた。

 その手にはある物が握られていた。

 

 

「はいこれ、ありがとね」

 

「ああ、これか。結局何だったんだ? いきなり衣装データを借りたいって」

 

「ふふっ、ちょっとね。色々確認とかしたかったのよ」

 

「何だそれ」

 

「お楽しみは明日ってことで。じゃあまた明日ね」

 

「あ、おいっ」

 

 軽いウインクをしてツバサはUTX学院まで戻って行った。

 結局何がしたかったのかは分からない。だがあのA-RISEのリーダーのことだ。何か考えているのかもしれない。

 

 

「……帰るか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃんは知ってたんだね。μ'sが終わるって」

 

「まあな」

 

 準備も終わり、練習が終わって家に帰り夕食も食べ終えた拓哉は自室でそう答えた。

 

 

「というか普通に俺の部屋にいるけどいつ入ってきた我が妹よ」

 

「なら余計明日のライブは成功させないとね」

 

「すげえ。俺の声がまったく届いてない」

 

 PCを前に椅子を回して唯の方へ視線をやると、ものすごく自然にベッドに座っていた。

 いつ入ってきたのかすら気付かなかった自分に問題があるのか、忍者の如き無音で侵入してきた妹に問題があるのかはこの際仕方なく置いておく。

 

 

「穂乃果ちゃん、言うの辛くなかったのかな……」

 

 その一言は、小さい頃から穂乃果と仲が良い唯だから思ったことなのか。

 優しい妹に恵まれて感動するのもいいが、その前に言っておかなければいけない。

 

 

「辛くない、って言ったら嘘になるかもしれないな」

 

「そうだよね……」

 

「でもな、辛いという気持ちよりも、穂乃果は未来に希望を感じて託したんだ」

 

「え?」

 

 手伝い風情の言葉にどれだけ力が宿るかは分からない。

 それでも、μ'sの側にずっといて、彼女達を支える一人の男として言えることは必ずある。

 

 

「μ'sや今のA-RISEがいなくなっても、この先にはまだまだ色んなスクールアイドルが誕生する。それだってμ's以上の輝きを持ったスクールアイドルが出てくる可能性だって充分あるだろ? 可能性はいつだって0じゃないんだ。0を1にする努力さえすれば、それだけで可能性は無限大に広がっていく」

 

「μ's以上の輝きかあ」

 

「ああ。例えばお前や雪穂、亜里沙が結成したスクールアイドルがそうなることだってあり得るんだ。俺達も最初は廃校をどうにかするために始めたけど、そこから色んなことがあって優勝まで上り詰めることができた。誰にだって可能性はあるんだよ」

 

 未来に何があるのか、何が起こるのかなんて誰にも分からない。

 だからこそ不安もあるだろうし期待もあるのだろう。予想や想像では計り知れないのが未来。

 

 

「穂乃果は未来のスクールアイドルに希望を託した。絶対的な存在なんていなくても、必ずこの先もラブライブはできるんだと思わせてくれるような存在が出てきてくれるって。今いるスクールアイドルだけでも、ドーム大会は実現できるって信じてるんだよあいつは」

 

 スクールアイドルの魅力はμ'sやA-RISEだけにあるものじゃない。

 他のスクールアイドルにだってそれぞれの魅力や個性があるのだ。ラブライブを勝ち上がったグループだけに輝きがあるわけではない。

 

 そのための明日のイベントだった。

 μ's以外のスクールアイドルも全てのグループが同じ光を灯す。

 

 これで世間に知られるのはラブライブだけではなく、スクールアイドル自体が認知されていくだろう。

 それが今後のドーム大会にも繋がっていくと信じて。

 

 

「あいつの気持ちはもう先へと向いてるんだよ。自分達のいないスクールアイドル界隈、ラブライブがどうなっていくのか。そんなの誰にも分からないけど、あいつは信じて言った。自分の気持ちをスクールアイドルの前でちゃんと言ったんだ。あいつの言う『きっと』ってのはさ、根拠も何もないけど、何でか大丈夫って思っちゃうんだよな」

 

「ふふ、何それ」

 

「まあそう思うのも無理はないけどな。それでもそうやってあいつはいつも乗り越えてきたから、あいつにはそういう力があるんだと思う。言うべきことをちゃんと言った穂乃果はやっぱリーダーだなって思ってるんだ」

 

「言うべきこと、かあ。確かにあの場面であれを言った穂乃果ちゃんは凄いよね」

 

「……、」

 

 唯の言葉を聞いて拓哉は黙る。

 言うべきこと。それは拓哉にもあるはずだ。大事な妹の唯に言わなければならないこと。

 

 μ'sの9人と付き合っていることを伝えなければならない。

 

 

(いつまでも黙っているわけにはいかないよな。タイミング的にも今言うのが多分ベストだ。穂乃果はみんなの前で言うべきことを言った。なら、俺も……)

 

「お兄ちゃん?」

 

「唯、俺もお前に言わないといけないことがある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある意味、岡崎拓哉にとっての大一番が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


みんなへμ'sが終わるということを伝えた穂乃果。
言うべきことを言った穂乃果に感化された岡崎はついに唯へ……?


いつもご感想高評価ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆10)を入れてくださった


近眼さん

気まぐれ野郎のアキシオンさん


計2名の方からいただきました。
ラ!作品の中でも特にこの作品を気に入ってくださって感激です!最後まで頑張ります!本当にありがとうございました!
これからもご感想高評価お待ちしております!!






来週は色々多忙になりそうなので投稿できたらするという方向になります。


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180.真意は如何に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 岡崎拓哉にとって、それは穂乃果達に告白したとき以上の緊張があったかもしれない。

 

 

 

 

 当然ではあるが家族として同じ時間を穂乃果達よりも過ごし、自他共に認めるシスコンばりの愛情を注いできた妹だ。

 これだけ仲の良い兄妹も今の世の中では珍しい部類だろう。お互いがお互いを好きとはっきり言える家族関係は傍から見れば羨ましい限りだった。

 

 故に、拓哉の心情はこれまでの人生で一番不安と緊張でどうにかなりそうになっていた。

 9人の彼女がいますなどとバカ正直に言ってしまえば、それだけでこれまでの関係が一瞬で氷河期レベルにまで陥ってもおかしくないのだ。

 

 自分達の想いで決めたからこれでいいと思ってはいたものの、普通に考えてみるとどれだけの罵詈雑言を浴びせられても何も言い返せないくらいのことを自分達がしているのを忘れてはならない。

 改めて思い知る。

 

 自分がどれだけ異端の選択をしたか。

 普通や平凡とはかけ離れた人生を歩む決意をしたか。

 

 

「お兄ちゃん? 急に黙ってどうしたの? 言うことがあるって何?」

 

「あ、ああ、えっと、そうだな……」

 

 キョトンと聞いてくる唯の顔は拓哉の言葉を待っているようだった。

 これ以上逡巡していても何も変わらない。結局はいつか言わなければならないのだ。だったらできるだけ早いほうがいいに決まっている。

 

 唯にだけは嫌われたくない拓哉としてはもう当たって砕けろ精神でいくしかない。

 最終的にどういう反応するのかは拓哉が分かるわけもなく、いっそ懺悔するように言って少しでも兄妹としての関係を維持できることを願うばかりだ。

 

 ベッドに座っている唯に向き合い、重い口を開く。

 

 

「あのさ、唯。お、俺……じ、実は……えっと、その……μ's、というか……あの9人って言えばいいのかな……。信じられないかもしれないけど……穂乃果達9人と、恋人として付き合うことに、なったんだ……」

 

 言った。

 言ってしまった。

 

 もう後戻りはできない。するつもりもないが、これがいつもの冗談として捉えられても困る。

 9人のうち誰か1人と付き合うならまだ分かるが、普通9人と付き合うことになったと言われると誰もがまず理解できないだろう。

 

 いきなり常識の範疇を超えたことが起きると人間というものは脳が理解する前に一旦放棄してしまうものだ。

 だから理解するのに時間が要することもあれば、ガス欠が起きたみたいにそのまま思考放棄さえすることもある。

 

 現に目の前にいる唯もポカンとしたまま動かない……ように見える。

 いきなり兄から支離滅裂な発言を聞かされたらこうなるのも無理はないだろう。この部屋の時間だけが止まっているようにさえ思える。

 

 岡崎拓哉としては今この時間がまさに拷問のようだった。

 自分の言うべきことは言った。あとは唯が何を言うのかで色々と変わってくるだろうが、それがある意味死刑執行を待つ囚人のような気持ちにさせてくる。

 

 いっそこのまま時間が本当に止まってくれないかという気持ちと、さっさと何か反応を見せてこの生殺し状態から解放してくれという気持ちがぶつかっていた。

 何故告白の返事の時よりもこんなに心臓の音が自分でも聞こえてくるのか。

 

 唯に対しては兄としての思い以上に愛情を注いできた自信はある。

 小学生の頃、いじめを受けていた唯を助けてからいつも以上に唯へ気を配るようにしてきた。

 

 自分が絶対に守り続けると、少しでも唯を傷付けようとする者がいれば誰だろうが許さないと。

 そう思っていたのに、今の自分の行いをよく考えてみればどうだ。

 

 9人もの人と付き合えば唯を守り切れるかどうか分からない。

 それ以前にだ。唯を少しでも傷付ける者は許さないと自分で決めておきながら、世間から冷たい目で見られてもおかしくない選択をしたのが実の兄だと本人から告げられたらどうなる。

 

 軽蔑されてもおかしくない上に、そんな兄の妹である自分にショックを受けてもおかしくないのではないか?

 自分はこんな最低な選択をしたヤツの妹なのかと、自己嫌悪すらしてしまうのではないか?

 

 考えれば考えるほど思考の悪循環が止まらない。

 やはり言うのはもう少し後にしてもうちょっと言葉を選ぶべきだったかと今更後悔すらしている。

 

 しかし、現実は当然時間が戻ることもなく平等に進んでいく。

 次に唯から出る言葉で全てが変わるかもしれない。吉か凶か、なんて生易しい展開は期待していない。

 

 あの唯でさえ、これに関しては難色を示して当たり前のことなのだから。

 覚悟はしていても実際唯から暴言を浴びせられると耐えられるか分からない。

 

 思わず唯から顔をそらして俯く。

 すると、視界に映る唯の足が微かに動いた。

 

 まるでそれが合図と言わんばかりに、それは唐突に紡がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー、やっとか。おめでと、お兄ちゃんっ」

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、」

 

 今度の今度こそ。

 時間が止まった気がした。

 

 

「…………え?」

 

「ん?」

 

 顔を上げるとこれまたキョトンとした表情で唯がこちらを見ている。

 拓哉の反応の意味を分かっていないのか。いいや、拓哉も唯の反応の意味を正しく理解できているかは定かではないが。

 

 

「い、今、なんて……」

 

「ん? 穂乃果ちゃん達と恋人になったんでしょ? だからおめでとうって言ったんだけど」

 

 さも当たり前のように言う岡崎唯。

 この妹、本当に分かっているのだろうか。これじゃ唯の反応を思い悩みながら待っていた拓哉がただの思い込みバカみたいになってしまう。

 

 

「……ちょ、わ、分かってるんだよな? “穂乃果”と恋人になったんじゃないんだぞ。“穂乃果達”と恋人になったんだぞ? 分かる、この意味。この選択の意味が」

 

「もちろん。あのμ'sの9人でしょ。凄いじゃん。おめでたいじゃん! お兄ちゃんはみんなが幸せになれる選択をしたんだから!」

 

「え、あ、お、え、ん、んん~?」

 

 何だかもうよく分からなくなってきた。

 拓哉のほうが思考放棄しそうになっちゃっていた。

 

 てっきり妹から罵詈雑言の嵐を浴びせられるかと思っていたら普通に祝われたという謎展開が繰り広げられた。

 予想の真逆すぎてさっきまで後悔していた気持ちを返してほしいレベルだ。何はともあれ一応関係悪化にはならなくて済んだと思っていいのだろうか。

 

 

「……あれだぞ、唯。俺は、9人の女の子と付き合ってる男だぞ? 普通に考えたらおかしいってならないのか?」

 

 このまますんなり納得して祝福されるとそれはそれで今度は妹の将来が心配になってくる。

 しかし、それでも唯は分かってると言わんばかりにこう言った。

 

 

「うん。だってお兄ちゃん普通じゃないし」

 

「ぐぼぇッ!?」

 

 言葉の暴力が物理で襲い掛かってきたかと錯覚してしまうようなダメージがシスコンを襲う。

 

 

「それに、μ'sのみんながお兄ちゃんを好きだってことくらい私はとっくに知ってたもん」

 

「なん……だと……!? い、いつから?」

 

「穂乃果ちゃん海未ちゃんことりちゃんは昔から、他のみんなもこの1年近くでそうなったのも分かってるけど。私的にはお兄ちゃんが恋を自覚したことに一番驚いたけどね」

 

 一番の理解者はやはり拓哉の何歩先をも視ていたらしい。

 おそらくこうなることを唯は遅かれ早かれ予想していたことになる。

 

 

「唯は……その、軽蔑とか、しないのか? みんなが幸せになれる結末を選んだと言っても、周りからすればただの9股男だぞ」

 

「まあ、確かにそう言われてみれば非常識だよねえ。日本じゃ認められてないのに堂々と9人と付き合うって言ってるし。2人は3人ならまだしも9人だよ9人。もはや何でもありじゃんね」

 

「自分から振っといて何だけど、唯に言われたら今すぐ死にたくなってくる」

 

 兄妹だからか発言の遠慮が一切ないので唯の言葉一つ一つが拓哉の心をグサグサとストレートにぶっ刺してくる。

 これが赤の他人ならダメージ0なのだが、溺愛している妹から言われてしまえばシスコン兄貴には即死コンボ並の地獄であった。

 

 

「……それでも、お兄ちゃんはやっぱり誰も傷付かない結末を選んだんでしょ。自分の気持ちもみんなの気持ちも踏まえた上で選んだ選択がそれなら、少なくとも私は祝福するよ。私もみんなのこと好きだし、何より楽しそうっ」

 

「唯……」

 

 いつもの可愛らしい笑顔ではにかむ唯に陰りは一切なかった。

 本当に心から祝福してくれているのだろう。付き合った人が唯も知る穂乃果達だからというのもありそうだが。

 

 

「だからお兄ちゃんは胸を張っていいんだよ。誰かの泣く姿を見たくなくて頑張るのがお兄ちゃんなんだから、誇っていいんだよ。何回も言ったでしょ。誰が何を言ったって私はいつだってお兄ちゃんの味方だよ」

 

「……そうだったな。ありがとう、唯。何か心が軽くなった気がするよ」

 

 言葉や気持ちではああ言ったものの、心の奥底では誰かに肯定してほしかったのかもしれない。

 こんな非常識な選択をしていても、誰かが認めて応援してくれることがこんなにも嬉しいなんて知らなかった。少なくとも、唯からのこの言葉だけでこれ以上芯を曲げることはない。

 

 

「それにしても、マンガとか好きなお兄ちゃんがまさか本当にハーレムを作っちゃうなんてねえ」

 

「ああいうのは大体なんちゃってハーレムが多いから。女の子達の一方的な好意だけで主人公がまったく気付いてないのがよくあるやつだ。俺をそんなのと一緒にしないでくれ。俺はちゃんと付き合ってるからな!」

 

「急に自信満々になるのはいいけど、この前まで一切気付いてなかったくせによく言うよね」

 

 気持ちの切り替えは大事なのだった。

 唯に認められてしまえばもはや無敵である。誰にどう言われようが鼻で笑ってスルーしちゃうくらい怖いものなしのスター状態であった。

 

 兄から恋人が9人できたと聞いてむしろ祝福した妹は突然ベッドから立ち上がる。

 

 

「はいお兄ちゃんここで私の質問に答えてください」

 

「え? あ、お、おう」

 

 まるで最終確認するように人差し指を突き立てて岡崎唯は何かを計画しているかのように言葉を綴る。

 

 

「お兄ちゃんは9人と付き合うことになったよね?」

 

「う、うん」

 

「それが普通じゃないってことも分かった上でそうしたんだよね?」

 

「うん」

 

「つまりそれだけの覚悟があって決意したわけだ」

 

「うん」

 

「じゃあもはやお兄ちゃん的には何でもありってわけだね」

 

「うん」

 

「なら私もお兄ちゃんの恋人になってもいいんだよね?」

 

「うん」

 

「よっしゃ。じゃあこれからもよろしくねお兄ちゃん」

 

「うん。…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………うん?」

 

 何だか今流れに身を任せてとんでもないことを言わなかったかこの妹。

 完全にこのまま流してはいけない言葉を言ってしまったような気がする。

 

 

「じゃあねお兄ちゃん。明日のライブ楽しみにしてるから♪」

 

 理解が追いつく前に唯はさっさと部屋を出て行った。

 支配するのは場の沈黙。自分以外誰もいなくなった空間で拓哉はポツンと突っ立ったまま、ようやく素に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………じょ、冗談、だよな……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唯本人しか分からない真意を確認できないまま、岡崎拓哉は夜を過ごすこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


先週は引っ越しの手伝いなどで家にいなかったので更新できませんでした。
今回、唯の最後のセリフをどう捉えるかは岡崎次第、そして読者の皆様次第です。
流れに身を任せた結果、この先の唯との関係はどうなるのか。読んでいけば多分分かるでしょう!


いつもご感想高評価(☆10)ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆10)を入れてくださった


弐式水戦さん


一名の方からいただきました。
あまり詳しくないのにこの作品を読んでくださって恐悦至極!本当にありがとうございました!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!

最近話数別に感想が見られるようになったのでお気に入りの回の感想を見直してはニヤついている自分です。
モチベに繋がるとはまさにこの事。




今年最後の投稿になりましたが、来週は年末年始真っ最中ということもあり当然大忙しなわけでして……投稿はないと思っててください……。

今年もこの作品を読んで着いてきてくださってありがとうございます。
来年の2月頃にはおそらく最終回を迎えると思いますが、どうかその時まで皆様には読んでいただけることを祈りつつ、今年はこれで終わりにしたいと思います。
来年もよろしくお願いいたします!!


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181.いつもそのままで



どうも、明けましておめでとうございます。
新年早々親二人がインフルにかかり家が壊滅状態です。たーぼです。

今年もよろしくお願いいたします!!





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 起きた時にはもう既に朝日は昇っていた。

 

 

 

 

 さすがに今日はいつもみたいに寝ぼけながら起きるということもなかった。

 岡崎拓哉にしては珍しくすんなりと目が覚めたのだ。

 

 軽く着替えを済ませリビングへ向かう。

 そこにはもう朝食を用意している岡崎春奈と新聞を読んでいる岡崎冬哉がいた。

 

 

「あれ、唯は?」

 

「あの子なら先に食べて出て行ったわよ。雪穂ちゃんと行くんだって」

 

「そっか」

 

 個人的には昨日の発言の真意を知りたかったのだが、いないのなら仕方ない。また会ったときに聞けばいい。

 と思いつつも、果たしてそれを正直に聞けるものかとも思ってしまうが。

 

 

(唯のことだから冗談とは思うけど、いや、そんなまさかな……。妹だぞ妹。血の繋がった実の妹が兄に好意を抱くなんてそんな……ありだな。うん、個人的には大いにあり。喜んでOKしちゃう。兄妹での愛なんてそれこそロマンに溢れるじゃないか。俺妹を読破した俺に隙なんてなかった)

 

 シスコンここに極まれりであった。

 9人もの少女と付き合っているこの男、もはや怖いものなし精神をマッハで突き進むことを決意したようである。

 

 ちなみに後輩である桜井夏美に9人と付き合うことになったと連絡したら、ご丁寧に『死ね』とだけ二文字で返信がきた。

 次会うときはいつでもガードできる態勢を保っておかないといけない。

 

 そんなことを思いながら出された味噌汁を啜ると、対面に座っている冬哉が新聞を置いて口を開いた。

 

 

「そうだ。俺達もあとで見に行くから、ちゃんと穂乃果ちゃん達のサポートしてやるんだぞ」

 

「分かってるよ。と言っても昨日のうちに全部やっといたし今日やることなんてほぼないけどな」

 

 A-RISEの協力もあってか、サポートに関しては様々な方面に手を回してもらっている。

 基本自分達だけで準備をしているが、スクールアイドル全体の宣伝も兼ねているのでそういうとこはしっかり世間に知ってもらわないといけないのだ。

 

 つまりテレビや街を利用した放送機材などはプロの手を借りている。

 自分達で最大限やるべきことをした上でのことだ。結論的に言えば、拓哉のすることと言えばはっきり言ってないに等しい。

 

 

「まあ、こんな大掛かりなイベントに自分の息子とその友達がたくさん関わってるんだ。親としてはその活躍を楽しみにしないわけがないだろう。お父さんビデオカメラ持ってスタンバっとくから。それはもう舐め回すように録画しちゃうから」

 

「頼むから変質者として捕まらないでくれよ変態親父。踊るのは全員高校生の女の子なんだからな」

 

 仮にもヒーロー精神を拓哉に叩きこんだ父親がこんなことで捕まったらいよいよ救いがなくなる。

 今のご時世ちょっと小学生に挨拶したら通報されちゃう厳しい世の中であることを頭の隅に入れておかないとである。

 

 

「何を言うか息子よ。忘れるな。踊るのは現役女子高生、そんなことはよーく知っている。俺が注目しているのはそこじゃない。これから()()女子高生になる子も踊るんだろう?」

 

「っ」

 

 ピクッと、卵焼きを頬張りながらくだらなそうに聞いていた拓哉の動きが止まる。

 その視線はゆっくりと父へ向けられた。

 

 

「つまりだ。これから音ノ木坂学院の生徒となる唯も一緒に踊るんだろ? ならば父親としてその雄姿を撮らないで何が親だ。愛娘が衣装を着て活き活きと踊る姿なんて録画しなきゃ人生の10割損してるようなもんだぜ拓哉。いつも可愛らしい唯が、可愛らしい衣装を着て、可愛らしく歌って踊る。さあ、拓哉。お前はどう思う?」

 

「……はっ! くだらねえ。んなもんいちいち言わなくても分かんだろうが」

 

 一旦箸を置いて拓哉は吐き捨てるように言う。

 そしてそのまま冬哉を射抜くように見つめながら、言った。

 

 

「最高に決まってるだろ。是非とも愛くるしい妹の姿を4Kカメラで撮影するんだいいやしてくれいいやしてください」

 

「任せろ。男に二言はない。必ずや唯の超絶天使な舞いをカメラに収めてみせる」

 

 馬鹿が2人揃って大馬鹿野郎共になっていた。

 この超絶親バカと超絶シスコン、見事に杯を交わすように腕を組んでいる。普段口喧嘩の絶えないような2人だが、唯の事になると団結力が一気に凄まじくなるらしい。多分このコンビに勝てる者はいない。

 

 

「何なら唯が踊ってるシーンだけを全部写真に変えて現像すれば我が家のアルバムがもっとうるおぶぶぇあッ!?」

 

「親父ぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!?」

 

 ガッシャアアアンと、突如冬哉の頬に突き刺さるようにしてドレッシングボトルが吹っ飛んできてそのまま冬哉が床にぶちまけられた。

 

 

「おいクソ野郎共、くだらないこと話してる暇があるならさっさと食べて準備しろ」

 

「は、はいぃ……」

 

 結論。

 世の中のかーちゃんという存在は時に何者をも恐れ慄かせるほど最強らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天気は快晴だった。

 澄みわたる青空、それを際立たせるかのような白い雲。ほんのりと暖かく心地の良い気温。文句の付け所などどこにもないコンディションだ。

 

 

「あっ、おはよ~たっくん」

 

「おはようございます、拓哉君」

 

「おーす」

 

 穂乃果の家の前に行くと、そこにはことりと海未が早くも到着していた。

 タイミング良く拓哉が着いたとこで穂乃果がドアを開けて出てくる。

 

 

「おはよ~みんな。行こ!」

 

「朝から元気だなお前は」

 

「当たり前じゃん! 今日この日を楽しみにしてたんだから!」

 

「しっかり眠れましたか?」

 

「うん、バッチリ!」

 

「天気も晴れてよかったね」

 

「本当だよ~。良いライブになりそう!」

 

 今日はスクールアイドル全体にとって特別な日になると誰もが思っている。

 そのためにみんな頑張って準備してきたし、何より練習に励んでいた。

 

 成功を祈る者しかおらず、努力を惜しまない者しかいない集まり。

 拓哉の目から見てもそれははっきりと分かっていた。真剣な目をしている者ばかりだった。一つの脱力も見せず、考えていることはイベントの成功のみ。

 

 秋葉原を巻き込んだイベントは準備も忙しいものだったが、それすら楽しむようにみんな笑顔だった印象がある。

 これは多分、きっと手伝いという客観的な立場から見ていた拓哉だからこそ分かる視点だろう。

 

 本番だけが全てじゃない。準備も込みで楽しんでいるのだ。

 そこにスクールアイドル、グループの優劣なんてどこにもなかった。皆が平等に等しく輝いていた。

 

 意味、価値を見出すには充分すぎる代物。

 一人一人がしっかりと持っている輝き。

 

 それが、昨日を遥かに凌駕する輝きでもってライブをすることになるだろう。

 そんな確信が拓哉にはあった。

 

 

「でも、不思議だよねえ。ラブライブが終わったときはやり切ったって、もうやり残したことは一つもないって思ってたけど」

 

「私も」

 

「まさか飛行機に乗るとは思いもしませんでした」

 

「海外で誰かさんが電車逆に乗るトラブルとかもあったけどな」

 

「あ、あはは……」

 

 μ'sを終わると決めた日から色んなことがあった。

 ラブライブも終わり3年の卒業と共に解散すると思っていた矢先の出来事。

 

 誰も予想できなかった海外でのライブも無事に完遂し、日本に帰ればまさかの大人気になっていて追いかけられ、そしてμ'sやA-RISEがいなくなっても大丈夫だと思わせるためにスクールアイドル全体を巻き込むイベントを発足し、その中でμ's9人と付き合うことになった。

 

 およそ2週間足らずでの出来事だったが、それでもここまで濃い日々は中々なかったと思う。

 大変なこともあったけれど、同時に飽きない日々でもあったのだ。

 

 

「でも、楽しかったよね」

 

「ええ」

 

「うんっ」

 

「ああ。だけど、思い出に浸るのはまだ早いぞ? 今日のライブを全員で成功させてからだ」

 

「おお、確かにそうだね! あ、凛ちゃん達だ。おーい!」

 

 道を曲がった先にいたのは凛、花陽、真姫の1年トリオだった。

 

 

「みんな早いねえ」

 

「昨日かよちんの家に泊まったんだ~。誰かさんが緊張して眠れないからって~」

 

「ち、違うわよ! ま、ママとパパが行っていいって言うから……」

 

「ママ?」

 

「パパ?」

 

 どういうことかと聞く前に声がかかる。

 そちらへ目を向けると、いかにも若い美人妻な真姫の母、西木野真梨奈とその夫、西木野翔真がこちらに手を振っていた。

 

 

「真姫ちゃ~ん、頑張ってねー! みんなのお母さん達も含めてライブ参加するわねー!」

 

「お母さん達も!?」

 

「それってママライブ!?」

 

「妙に語感良いな」

 

「もう、来ないでって言ったのに……」

 

「賑やかになっていいじゃん。ね、たくちゃん」

 

「ん、そうだな。イベントを楽しんでもらうのはこちらとしてもありがたい限りだし大歓迎だぞ」

 

 こんな和やかムードの中、次に声をかけてきたのは真梨奈の隣にいる翔真がこちらに手を振っていた。

 

 

「岡崎君、これからもどうか真姫をよろしく頼んだよ」

 

「ぶふぉおっ!?」

 

「へぇあ!?」

 

 拓哉と真姫が盛大に日本語を放棄する瞬間であった。

 あの親父、いきなり爆弾放り込んできやがったではないか。

 

 

「(おい真姫テメェこの野郎バカ野郎まさかあの人に付き合ってるって言ったんじゃねえだろうな!?)」

 

「(い、言ってるわけないでしょさすがに! 私と付き合うこと自体は前から歓迎してるみたいだけど、9人とだなんて言えないわよ!)」

 

 至近距離の小声で言い争っているせいか、それは少し離れた距離から見た翔真にはとても仲良く見えたらしい。

 仕舞いには妻の真梨奈まであらあらうふふと意味深に微笑んでいる。

 

 

「うむ、大変仲睦まじいようで何よりだ。これなら将来も安心かな」

 

「そうねえ。頼りになるお婿さんになりそうだわあ」

 

「(おいぃぃぃ!! 何かめっちゃ飛躍してんぞ! 既に結婚する未来を見据えていらっしゃいますよあのご夫婦!! いやいつかは結婚するつもりだけれども!)」

 

「(うぇぇ!?)」

 

「平和だねえ」

 

「そうだねえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライブ前という普通なら緊張していてもおかしくない時に、いつもと変わらない日常風景を見てのほほんとしている穂乃果とことりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


新年一発目の話ですが、こちらはライブ直前だとしてもいつもの雰囲気を忘れないという意味でこういう会話をたくさん詰め込みました。
外堀は埋められていく……。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!





今年の目標はとりあえず3月までこの小説の完結です。


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182.花言葉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局その場を適当に誤魔化して逃げるように退散してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「朝から心臓に悪いぞまったく……」

 

「私達の関係に気付いてないはずだから多分冗談のつもりだとは思うけど……それよりさっき言ってた結婚の事を詳しくごにょごにょ……」

 

「そのくせピンポイントなとこ攻めてくるから恐ろしいなあの夫婦。親父さんに至っては天才だし変に感が鋭そうだから余計怖い」

 

 総合病院を経営している生粋の天才社長と凡人も凡人な普通少年岡崎拓哉を比べてはならない。

 何か余計な一言でも喋ってしまえばそれだけで勘繰られる可能性しかないのだ。そして悲しいかな、真姫の後半の言葉は小さすぎて聞こえてなかった。

 

 最悪真姫と付き合っていることはバレてもいいかもしれないが、おまけで残りのμ'sとも付き合っていると知られたらどうなってしまうのか想像もしたくない。

 恐らく地下病棟に連れて行かれて監禁薬漬け地獄が待っていると言われても信じてしまうだろう。

 

 

「あら、おはよう。張り切っていきましょう……って何だか暗い顔してるわね拓哉。大丈夫?」

 

「ああ、気にしないでくれ絵里。将来のことでちょっと胃が痛くなってきただけだ」

 

「余計気にするんだけど」

 

 恐らく拓哉達を待っていたであろう絵里と希が合流するや否や、拓哉のどんよりオーラをいち早く察する絵里。

 

 

「誰も遅刻しなかったみたいやね。あと拓哉君はそんな気にすることないと思うよ?」

 

「うん、とりあえず何も言ってないのに何があったのか分かっちゃう希が一番怖いな。凄い、恐怖って上書きされるのか」

 

「ん~? 何ならもっと上書きしてみる?」

 

「生意気言ってすんませんでした」

 

 すぐさま平謝りしかなかった。

 以前から希の物事への察しの良さというか事の顛末を把握する能力は馬鹿げているほどに高い。これをスピリチュアルという言葉一つで聞く者全てを納得させてしまうぐらいである。

 

 

「ほら、そんなこと言ってないで行くよたくちゃん」

 

「うぃっす」

 

 何というかもう完全に彼女に逆らえない彼氏状態になっている。

 彼氏1人対彼女9人。多勢に無勢の出来上がりだった。勝ち筋が一ミリも見えない悲しき結末で拓哉は足を進めていくのみ。

 

 

「ところであと1人、まだ遅刻か分からない人がいるんだけど」

 

「大丈夫、きっと誰よりも早く待ってるんじゃないかしら」

 

 まだ合流していない人物を思い浮かべる。

 そして全員が納得した。誰よりもスクールアイドルを愛しているあの子が遅刻なんてするはずがないと。

 

 道を歩いているとやはりそこに彼女はいた。

 まるで数十分前からその場で待機していたかのように腕を組み人差し指でトントンと叩いている。

 

 その表情は少し険しいことから察するに、自分達が来るのを待ち侘びていたのは一目瞭然であった。

 

 

「あ、にこちゃん!」

 

「む~……遅ーい!」

 

「にこちゃん、ずっと1人で……?」

 

「張り切りすぎにゃ~」

 

「先に行きゃよかったのに」

 

「いいじゃないライブ当日なんだからみんなで一緒に行ったって!」

 

 いつも通りのツンとしたにこの態度にもはや安心感さえ覚えるメンバー。

 スクールアイドル全体を主体としたイベント。言ってしまえば大規模なスクールアイドルイベントだ。

 

 ラブライブとはまた違った意味でスクールアイドルにとって大きな意味を持つイベントになるのは間違いない。

 そんな大事なライブの当日なのにいつもと変わらない自分達でいられるのは何故なのか。

 

 ラブライブを優勝するまで上り詰めた成長故か、一人一人違った個性を持った者の集まり故か。

 きっと、どちらもだろう。どちらかが欠けても意味がない。どちらもあるからμ'sなのだ。

 

 それを全員が理解している。

 ほんの数秒前まではふざけていた雰囲気も一瞬でスイッチが切り替わるように静かになった。

 

 打ち合わせも何もしていないのにここまで息が合ってしまうことに笑みさえ零れてしまう。

 最初に口を開いたのは絵里だった。

 

 

「これで、μ's全員揃ったわね」

 

 次に真姫。

 

 

「昨日、言えて良かったわね。私達のこと」

 

「……うん」

 

「そうだね」

 

「私もそう思います」

 

 思い出すのは昨日のこと。

 穂乃果が突如集まっていたスクールアイドル全員に向かって報告したところから始まった。

 

 “μ'sは終わる”。

 決定的でいて、最終的な結論に至った。

 

 反応は様々だったが後悔も反省もしていないし、何よりあれが最善策だったことは拓哉も分かっている。

 ベストとまではいかないが、ナイスタイミングだっただろう。あそこを逃せば言う機会はなかったかもしれないほどに。

 

 

「もう、穂乃果ちゃんが突然話すから~」

 

「えへへ~ごめんごめん」

 

「でもこれで、何も迷うことも躊躇うこともない。でしょ? 私達は最後までスクールアイドル。未来のラブライブのために、全力を尽くしましょ」

 

「絵里ちゃん……うんっ!」

 

 懸念は取り払われた。

 思い残すことも悩みも、一抹の不安だってもうない。本当の意味で、あとはライブを全力でやるのみだ。

 

 

「それに……私達には私達をしっかり支えてくれる人がいるしねっ」

 

「そうは言われても俺のやることはほとんど昨日終わったし、あんま期待せんでくれ……」

 

「でもサポートしてくれるんでしょ?」

 

「……まあ、できる限り全力でな」

 

 メインは全てスクールアイドルがやるし、細かいところはプロの手も借りている。

 今回は野外で大勢いるということもあって、あえて大掛かりな演出も必要としていない。拓哉のやることなど正直ライブ直前に一言何かを言うくらいだ。

 

 しかし、それがμ'sにとっての支えとなる。

 

 

「よおし、それじゃあみんなでUTXまで競争よ! 負けた人はジュース奢りー!」

 

「ええー!?」

 

「先にずるいにゃー!」

 

「負けへんよ~!」

 

 絵里が突然走り出して罰ゲームまで言い出しながらトップで去っていく。

 それに続いて他のメンバーも焦りながら、けれど楽しんでいるかのように走り出す。

 

 μ's内ではたまにこういったことがあるが、こういう時でも突如として始まるものだから思わず拓哉も苦笑い混じりの溜め息が出てしまう。

 せっかくのライブだしここは自分が負けて後で全員に奢ってやろうと考えた矢先、1人だけ前にいないことを確認して背後を振り返る。

 

 

「何してんだ穂乃果。みんなもう行ってるぞ? お前も早く行―――、」

 

 言い終わる前に穂乃果を見て言葉が止まる。

 穂乃果が何かを拾っていた。

 

 それは赤い色をした一枚の花びらだった。

 花にそんなに詳しくない拓哉でも一目で分かるような見た目であった。

 

 

「アネモネ、だっけか」

 

「……うん」

 

 きっとどこからか風に飛ばされてきたのだろう。

 偶然。本当に偶然、穂乃果の足元へ狙ったかのようにひらりと舞い落ちてきた花びらを見つめる。

 

『アネモネ』。

 そんなに珍しくない花だが、様々な花言葉がある。

 

 一般的な花言葉と言えば『儚い恋』、『見放された』、『恋の苦しみ』など、一見あまり良くないようにも聞こえるが、花言葉というのは色の違いによって大きく変わるのだ。

 

 例えば穂乃果が手に取った赤いアネモネ。

 その花言葉は『君を愛す』。その他の色をしたアネモネには『期待』、『希望』、『待望』、『堅い誓い』などと、どちらかと言うとプラスの意味がある花言葉が多い。

 

 偶然か必然か。

 何だか今の自分達、そして未来のスクールアイドルのことを表しているのかとさえ思った。

 

 これからμ'sがいなくなるスクールアイドルの未来への期待、今日のライブでそれをより現実味のある希望に変えて、この先もラブライブは続くと信じている。

 スクールアイドル全体の願いにも似た花びらを手に、穂乃果は前を向く。

 

 穂乃果自身がアネモネの花言葉をどれだけ知っているかは拓哉にも分からない。

 けれど、穂乃果の瞳に宿る力の芯が固まったのだけは分かる。

 

 昔から穂乃果はこうだった。

 分かっているのか分かっていないのか。他の者からでは到底理解し得ないが、無意識に無自覚に、穂乃果の中にある本能が正しい正解を導き出す。

 

 多少の苦労はするが、その結末はいつだって誰もが納得できるようなハッピーエンドだったはずだ。

 だからみんな自然に高坂穂乃果に着いて行こうと思った。天才には程遠い、けれど本物のカリスマ性を持っている穂乃果に。

 

 岡崎拓哉もその1人だ。

 穂乃果達はいつも自分がいてくれるから頑張れるなどと言ってくれるが、それは逆でも言える。

 

 穂乃果がいるから、いつも楽しそうに、けど真剣に頑張るみんながいるから、本気で支えようと思えた。

 彼女達の強さに惹かれた結果のこれだ。後悔も未練もない。純粋な気持ちで応援できる。

 

 これからのスクールアイドル、μ'sが不在のラブライブ。

 でも。だけど。

 

 今日をもって他のスクールアイドルが抱いているその微かな不安は解消されるだろう。

 穂乃果の目を一目見れば分かってしまう。

 

 

(失敗しようがないな、これは)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行こう、たくちゃん」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?


映画にもひらりと出てきたあの花びら。
一期のススメ→トゥモロウで穂乃果が頭に付けていたアネモネだろうと思って書きました。
ネットで色々調べるとみんなアネモネと言ってたし間違いではないはず……。
一期で出てきた花が映画の終盤で出るなんて、粋な演出ですよねえ。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!
まだ高評価(☆10)を入れていない方、これを機に是非とも!作者のモチベが上がります←
これからもご感想高評価お待ちしております!!




突然ですけど、というか作品を知っている皆様なら既にご存知とは思いますが『奇跡と軌跡の物語』、“多分”あと2話で最終回です。
案外このままあっさり進もうかと。


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183.スクールアイドル

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人で同時に駆け出す。

 

 

 しかし拓哉は穂乃果の少し後ろを着いて行くようにスピードを合わせている。

 罰ゲームなどお構いなしに、穂乃果は楽しそうに跳ねたりクルクル回りながら進んでいた。

 

 穂乃果の手から離れたアネモネの花びらが宙を高く舞っていく。

 まるでこれからの未来へ羽ばたいていくように思えた。不確かでしかない未来。希望だけではないかもしれないけれど、そこには不安よりも期待が多いだろう。

 

 穂乃果達となら何も怖くない。

 どんな壁だって乗り越えられる。

 今までがそうだったように。

 

 

(穂乃果やみんながいたから俺は迷わず前へ進めた。それはきっとこれからも。μ'sの言葉や行動にはそれだけの勇気を貰えたし、何より心を動かされた。だから本気で支えようと思えたんだ)

 

 前を駆けていく少女を見る。

 自信に満ち溢れているわけではないが、何かを期待させてくれる高揚感といつも通りでいられる安心感を感じた。

 

 頭が良いわけでもない。ずば抜けた才能があるわけでもない。

 それなのに、穂乃果の言葉にはいつだってみんな心を動かされてきたのだ。

 

 おそらく他の誰かが言った言葉じゃ響かなくても、穂乃果が言ってしまえば響いてしまう、一種の魔法のようなカリスマ性。

 自信がない者の背中を押し、勇気をくれる太陽にも似た笑顔の持ち主でもある。

 

 別に上から目線ということでもないが、岡崎拓哉は高坂穂乃果という少女を高く評価していた。

 いつもはお互いふざけ合ったりボケにツッコミのような関係性だ。

 

 しかしいざという時は必ず誰かのために、自分のためになりふり構わず壁を乗り越える答えを導きだせるのだ。

 似ているようで似つかない。且つ、似つかないようで似ている2人と言っても過言ではないだろう。

 

 岡崎拓哉と高坂穂乃果。

 人の心を動かせるほどの才を持った2人は、程なくして終盤を迎える。

 

 

「穂乃果! 拓哉!」

 

 突然絵里から声がかかった。

 足を止め呼ばれた方へ目を向けると、そこには拓哉でさえ信じられないような光景が広がっていた。

 

 

「なっ……」

 

 2日間だけ貸し切り状態になった秋葉原の歩行者天国。

 いつもは車が道路を埋め尽くしている中、今日だけはそんなこともない道路は静けさを保ったままである。

 

 むしろ道路を埋め尽くしていたのは、人であった。

 歩行者天国。通常車道とされている部分を曜日や期間により車両通行止めを行い歩行者に開放することとされている。

 

 今回はイベントという形で開放されているが、そのせいもあってか人しかいないこの状況がある種の異常さを表しているかのようにも見える。

 

 

「見ての通りよ」

 

 人という人が道路を埋め尽くしている集団の先頭にいるA-RISEがそれぞれ口を開く。

 

 

「あなた達の言葉を聞いて」

 

「これだけの人数が集まった」

 

「こんなに……」

 

 全国のスクールアイドルから参加のメールが届いていたのは知っていた。

 手伝いということもあって雑務もしていた拓哉はその参加人数も把握していたはずだった。

 

 なのに、今目の前に広がっている光景は想像を遥かに超えている。

 いいや、まず把握していた人数を大幅に上回っているのだ。想定外もいいとこだった。

 

 人数にしておよそ約1500人。

 中には高坂雪穂、絢瀬亜里沙、岡崎唯など、まだスクールアイドルとしては活動していない者もいれば、ヒデコ、フミコ、ミカなどいつも手伝いをしてくれていた者もいた。

 

 スクールアイドル。

 すなわち女子高生の特権をフルに活用されたイベントがこれだ。

 

 

「何で、こんなにも人が……」

 

 それにしてもだ。

 この人数は予想外すぎる。

 

 人数をちゃんと確認していたはずで見落としもしていないという確信があった。

 なのにこれだけのスクールアイドルが集まっていて、しかも全員にちゃんと衣装が配られている。

 

 

「いいや、まさか……ツバサ、お前が昨日聞いてきたことって」

 

「そうよ」

 

 全てを聞く前に返答があった。

 

 

「昨日拓哉君に衣装データを借りたのはこのためだったの。私達の学校でならもっとたくさんの人材がいるし、それだけ衣装も多く作れるってこと」

 

「けど、これだけの人数はどうしたんだよ?」

 

「元はμ'sとA-RISEが始めたイベントでしょ? そしたらうちのとこにも参加メールがたくさん届いてたの。だからちょっと驚かせようと秘密にしておいたのよ。どう、驚いた?」

 

 そのまさかであった。

 しかしこれで合点がいく。UTXにも全国のスクールアイドルから参加メールが届いていたのなら拓哉が人数確認を誤っていたのも仕方ないし、昨日衣装データを突然借りたいと言ってきたことも納得がいく。

 

 

「……ああ、驚いた。改めて思い知らされたよ。さすがA-RISEだ」

 

 μ'sの人気もさることながら、A-RISEだって未だに衰えない人気を誇っている。

 それがここにきてまたしても証明された。

 

 スクールアイドル界において絶大な人気を誇る2大グループがイベントを開いたのなら、これに参加しないスクールアイドルはいないと言わんばかりの集まりと言えるだろう。

 

 そして、1500人がセンターに道を譲るように分かれていく。

 

 

「さあ、時は来たわ」

 

「大会と違って、今はライバル同士でもない」

 

「我々は一つ!」

 

 余計な人物など誰1人としていなかった。

 まるで世界の中心はここだと言っているかのような熱さを声に出して全員が言い放つ。

 

 

 

 

 

『私達は、スクールアイドル!!』

 

 

 

 

 

 1500人から放たれる声には確かな力があった。

 どこかの登場人物Aや通行人Bなどではない。一人一人が、明確な主人公としてそこに立っていた。

 

 モブなんてものは存在しない。

 主要人物しかいないこの場には、岡崎拓哉でさえ自分の存在がちっぽけだと思ってしまうほどだった。

 

 

(すげえ。みんながみんな主人公の顔してやがる。これじゃ失敗の二文字なんて到底出てきやしないな……)

 

 手伝いでしかない自分が一瞬で霞んでしまうような顔立ちをみんながしていた。

 そして、()()()()()()()()が前へ出た。

 

 

「みんな、今日は集まってくれてありがとう! いよいよ本番です。今の私達なら、きっとどこまでだって行ける! どんな夢だって叶えられる!」

 

 その場にいる全ての者の心を動かす言葉が紡がれていく。

 あまりに純真無垢であって清純で純粋なドストレートな言葉は、スクールアイドルをしている者達の純心へすんなりと入っていった。

 

 空にいる太陽へ手を掲げる。

 さあ、準備は整った。

 

 

 

「伝えよう。スクールアイドルの素晴らしさを!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Music:スクールアイドル/SUNNY DAY SONG

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何だよ、これ……)

 

 

 

 

 まさに壮観であった。

 約1500人のスクールアイドルが似た衣装を着て、歩行者天国で同じ曲を同じ振り付けで踊っている。

 

 言うだけではシンプルに聞こえるかもしれないが、実際に見てみると心が躍るような光景でしかなかった。

 他の観客と一緒に歩道で見ている拓哉がただ見ているしかできないほどに、このイベントは成功と言っても過言ではないだろう。

 

 テレビの中継はちゃんとされているだろうか。ちゃんとリポートしてくれているだろうか。プロに任せている部分では何か不備があったりしないだろうかなど、自分達が何もできない箇所にある懸念も不安も何もなかった。

 

 これだけの人数が集まりこれだけのパフォーマンスがされていれば、心配なんて気持ちはもはや野暮にすらなってしまう。

 今はただこの生の光景をできるだけ記憶に留めておく努力が必要とされた。

 

 大規模な集団の中心にいるのは言わずもがなμ'sとA-RISEであった。

 スクールアイドルのためのイベントとはいえ作詞作曲に振り付け、イベントの発起人でありスクールアイドルのトップを飾るグループとしてこういうポジショニングになったのだ。

 

 率直に言って、映えていた。

 周囲のスクールアイドルの踊りがμ'sやA-RISEの存在を際立たせている。そして逆にμ'sやA-RISEの存在が、周囲のスクールアイドルの存在を確立させていた。

 

 そんな誰もが楽しんでいる時間も、もう終わりを迎えようとしている。

 

 

(これが、スクールアイドル)

 

 μ'sやA-RISEだけじゃない。

 スクールアイドルにはこれからまだまだ先がある。

 

 同等かそれ以上の存在だって出てくるかもしれない。そんな期待が充分にできそうなイベントだった。

 これだけのクオリティーとライブができるのなら、秋葉ドームでラブライブも開催できるだろうと思う。

 

 例え、これからのμ'sがいなくなっても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は夕方を差していた。

 

 

 陽も沈みかかっており、イベントも終わって遠くから集まってくれたスクールアイドル達も帰り色々と撤収して完全終了しようとしている最中だ。

 そんな中、ようやく撤収作業もほとんど済んで比較的学校も近いスクールアイドル達が集まって最後の挨拶でもしようかとしている時、誰かが案を出した。

 

 せっかくだし写真を撮ろうと。

 

 

「おーし、んじゃ撮るぞー」

 

 というわけで最近写真撮影を趣味にし始めた素人少年の出番であった。

 およそ30人となったスクールアイドル達から返事を聞いてカメラを構える。

 

 

「2人共重いよ~」

 

「ちょっとにこ押さないでよ~」

 

「気にしない気にしなーい!」

 

「みんなふざけないの~」

 

「おい、撮られる気あんのかお前ら。そんなショットもオフショ的なノリで撮っちゃうからな拓哉さんは」

 

 主にμ'sがふざけちゃっていた。

 ラブライブ優勝グループがこんなもんだから他のスクールアイドルは何も言えなかったりする。

 

 

「はいはい、気を取り直していくわよー」

 

 そこにA-RISEの頼れるリーダーツバサの一言で再び全員がカメラの方へ向く。

 

 

「準備はいい? 拓哉君」

 

「いつでも」

 

「それじゃみんな、練習したアレいくわよ!」

 

(ん? 練習したアレ? 何のことだ?)

 

 僅かに拓哉が疑問に思っていてもお構いなし。

 そのままカメラの前にいるスクールアイドルが合図を言った。

 

 

「せーのっ!」

 

「「「「「「「「「ラブライブ!!」」」」」」」」」

 

 

 

 

 何ともスクールアイドルらしい写真の合図であった。

 

 

 

 

 

 

 

 撮れた写真を確認してみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こりゃ一生もんだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?


スクールアイドルのためのイベント、これにて終了。
そして次回、約4年という長きにわたって書き続けてきたこの作品もいよいよ最終回です。


いつもご感想高評価ありがとうございます!!

では、新たに高評価(☆10)を入れてくださった


オータムリーフさん


1名の方からいただきました。
最初期から読んでいただいてたようで光栄です!本当にありがとうございました!
まだ高評価入れてない方がいたら是非ともよろしくお願いします。今後のモチベになります!




とうとう来週に最終回。二次創作といえどここまで書き続けてきたので何とも感慨深いですね。
どうか、最後のその時まで。


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最終話.奇跡と軌跡の物語

 

 

 

 

 

 

 

 桜舞う季節といえばこの時期だろうと誰もが思う。

 

 

 

 

 

 卒業式も終わり、新学期が始まる目前まで控えている3月末。

 風が吹けば桜の花びらが空を舞い、人々に春を感じさせると同時にある一種の風物詩とも言える心情を抱かせる。

 

 学生ならば入学する者もいれば卒業して学校を去る者もいる。

 一番の青春時代と言える高校生にとって、それは言葉では言い表せないほどの様々な感情が渦巻くものだ。

 

 学年が異なる友人がいれば尚更それは大きなものとなる。

 結論的に言ってしまおう。これは必然なのだと。

 

 この季節に何かを付け加えるとするならば。

 それは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出会いと別れの季節。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇―――最終話『奇跡と軌跡の物語』―――◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり規模が段違いだな……」

 

 

 中を何度見渡しても気圧されるような感覚に陥りそうになる。

 音ノ木坂学院の講堂とは比べ物にならないほどの空間だった。少しでも声を張ればそのまま反響してきそうな確信さえある。

 

 岡崎拓哉が今いるのは秋葉ドームの会場の中。それもステージのど真ん中に立っている。

 明らかな場違い感と自分への異物感を少し感じながらも周囲をちゃんと確認していく。

 

 

 

 そもそもの発端が一週間前のことだった。

 スクールアイドル全体を巻き込んだイベントが終わった直後、中継を見たであろうラブライブの運営をしている者から電話がかかってきたのだ。

 

 あのイベントには多少ながらもプロの手を借りていた。

 そのためμ'sの手伝いである拓哉の連絡先をプロの何人かに教えていたのだが、そこからラブライブを運営している者から連絡先を教えてほしいと言われたらしい。

 

 そして翌日近くのカフェで話を聞くと、内容はこうだった。

 どうしてもμ'sのライブを秋葉ドームで披露してほしいと頭を下げられた。

 

 秋葉ドームでラブライブが実現された時、ゲストとしてμ'sを招きスペシャルライブをしてほしいとのこと。

 今やμ'sもラブライブ優勝者として、海外でのライブ中継や先日のイベントでの中継で人気が絶頂期と言っていいレベルにまでなっている。だから運営者がこう言ってくるのも当然だろうとは思う。

 

 しかし、拓哉はそれを拒否した。

 イベント中継翌日ということで帽子にサングラスをしながら隣にいた穂乃果も何も言わないが拓哉の言葉に首を縦に振った。

 

 イベント前日に言った穂乃果のμ's解散宣言は既にSNS上でも莫大なスピードで拡散されていて、もちろんラブライブ運営にも知れ渡っているはずだ。

 なのにそれを承知で出演してくれと言ってくるのは、ある種の無礼にすらあたると考えた。

 

 どれほどの思いで解散を決意したか、なんてものは当人じゃない者にとっては中々理解できないものかもしれないが、少なくとも穂乃果達は解散したけど頼まれたからゲスト出演しますなんて軽い思いで言ったのではない。

 

 穂乃果達はアイドルに拘っているのではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 秋葉ドームが実現した時、少なくともその時には絵里達は当然高校生ではなくなっているし、もしかすると穂乃果達もそうなっているかもしれない。

 スクールアイドル『μ's』は高校生である穂乃果達9人。これが絶対のルール。それだけは誰にも譲れなかった。

 

 秋葉ドームで出演なんてにこなら一番に飛びつきそうだが、生憎そういうわけにもいかないのだ。

 そこで運営者から一つの案が出された。

 

 ならば秋葉ドームでμ's単体のスペシャルライブをしてほしいと。

 普段野球やアーティストのライブなどで押さえることすら難しいドームだが、3月の末なら空いているらしい。

 

 そこを何とか押さえてみせるから、μ'sのラストライブを秋葉ドームでやってほしいと言われたのだ。

 3月末。海外に行く前ににこが言っていたことを思い出す。今月まではスクールアイドルだと。

 

 それに、真姫が個人で作曲していたものと海未が作詞していたものは先日のイベントでは披露していない。

 つまり、μ'sのラストライブをまだ完全には終わっていないということになる。

 

 元々最後のライブをする予定だったが、始まりの舞台でもある講堂でやろうと思っていた。

 しかし、持ち掛けられた話によってそれは変わってくる。

 

 μ'sの最後を飾るライブ。

 拓哉としては華々しく、綺麗に終わらせてやりたいと思っている。なら、どうせなら誰も感じたことのない空間で、できるだけ大勢の人にμ'sの最後を見届けてもらいたいと思うのは良いことなんじゃないかと思う。

 

 3月末。

 まだギリギリではあるが9人がスクールアイドル。

 ラストライブはまだやっていない。

 

 ラブライブの運営者がここまで言ってくれるなんて、スクールアイドルを始めた頃の自分達には到底信じられないことだろう。

 断わる理由は、もうなかった。

 

 

 

「こんなにも準備が早いものなのか」

 

 ステージから会場内をもう一度見渡す。

 既に観客席も用意され、舞台袖には演出として技術スタッフが何度も作業手順を確認している。

 

 基本押さえること自体が難しいと言われているドーム。

 スケジュールが過密なのは当然だが、とにかく準備作業の早さが尋常じゃないのである。

 

 その日に野球をやっていて翌日にアーティストのライブがあるとすれば、野球が終わって撤退作業が始まると同時にライブの準備に入るのだ。

 夜通しで行われる準備作業のおかげでドームは毎日のように異なったイベントが行われる。

 

 今回のライブもそうだ。

 つい二日前まで野球が行われていたが、今やもういつでもライブができそうな状態にまで作業が進められている。

 

 ライブの演出もポジショニングも既に話し合って決まっていた。

 μ'sのラストライブとはいえ、だ。

 

 たった一曲。

 ほんのたった一曲のためにわざわざ秋葉ドームを押さえてライブをする。

 

 普通に考えたらあり得ないと馬鹿にされるようなことかもしれない。

 スクールアイドルが人気とはいえ、たかが素人の女子高生風情がたった一曲のためだけにドームを借りて大掛かりなステージで歌うなどと指を差されるかもしれない。

 

 でも。

 だけど。

 

 μ'sにそれだけの価値を見出してくれたラブライブの運営と、彼女達の努力を近くでずっと見てきた拓哉だからこそ胸を張って言える。

 たかが素人の女子高生風情が、スクールアイドルを通してどれだけの人々の心を動かしたかを。

 

 決して無意味なんかじゃない。

 決して無価値なんかじゃない。

 

 彼女達の魅力は既にイベントで中継を通して世間に知れ渡っている。

 そうでなければ、秋葉ドームを借りれることさえできなかったのだから。

 

 

「凄い景色だね。たくちゃん」

 

「穂乃果。ああ、まだ客はいないけど、それでもすげえ景色だな」

 

 まだ時間があるからか、スクールアイドルとして音ノ木坂学院の制服を着ている穂乃果が隣に立つ。

 

 

「お客さんがいっぱい入ったら、もっと良い景色になるんだろうなあ」

 

「満員は確定してるし、今まで見たことないほどの人がお前らを待ち構えてるんだろうけど、緊張とかはしないのか?」

 

「うん、不思議と緊張はしてないかな。むしろ楽しみだよ」

 

「そうね。私達も楽しみのほうが大きいかしらっ」

 

「何だ。全員来たのか」

 

 ステージの中央にμ'sメンバーが続々と出てきた。

 まだみんなも制服を着たままである。ちなみに拓哉もいつもの学ランだった。私服よりも制服姿のほうが手伝いの関係者として分かりやすいためだ。

 

 

「何だか控え室にいるのも変な感じがしてね」

 

「みんなも同じ気持ちだったようで、こうして一緒に来たんです」

 

「珍しく真姫ちゃんもソワソワしてたやんね~」

 

「り、リハーサルが始まる前にステージの空気を感じておこうと思っただけよ!」

 

「これが秋葉ドームのステージ……燃えてきたわ」

 

「こんなところで歌うんだ。私達……」

 

「今からテンション上がるにゃー!」

 

 それぞれが異なった反応をしているのを見て、やはり一人一人個性が違うなと笑みが零れる。

 抱く気持ちは異なれど、こうしてメンバー全員が一緒の行動をする。実にμ'sらしいと思えた。

 

 

「気合いのほうは?」

 

「もちろん、あり余るくらいだよ」

 

 他のみんなも穂乃果と同じように首を縦に振った。

 ならこれ以上聞くのは野暮というものだ。

 

 9人は拓哉の彼女でもあるため、お互いの気持ちくらいは大体分かる。

 誰も、今は“最後”や“ラスト”と言った単語は言わなかった。無意識なのかそうでないのかは定かじゃないが、それよりも今はこの空間を噛み締めようと思ったのだろう。

 

 秋葉ドーム。

 収容人数は第二回ラブライブ決勝会場の約10倍。

 

 ステージに立って会場内にある席を見るだけで何となく分かる。

 イベントでは約1500人のスクールアイドルが集まった。あれでももの凄い人数だと思っていたが、ここにはそれすら遥かに凌駕するほどの人数が入ってくるのだ。

 

 それを考えるだけで、実際に歌って踊ることもしない拓哉でさえ武者震いがしてきた。

 目を閉じると、遠くで作業をしているスタッフの微かな声以外は何も聞こえなかった。

 

 今は誰もいない観客席。ふと、誰もいなかったファーストライブを思い出した。

 あの時もこのような静けさがあった。客がいるかいないか、常に期待と不安が入り混じっていたあの頃。

 

 最初こそ誰もいなかったが徐々にライブを見に来てくれる人が増え、いつしか不安は消え去り期待と楽しさが勝っていた。

 そして今回も同じ。

 

 イベントの時と同じで不安はない。

 どうしようもないくらいの期待と楽しさが心を心地良く支配してくる。

 

 その心地良さに浸っていたいが、今一度目を開け芯の通った瞳をμ'sに向けて少年は口を開いた。

 

 

「そろそろリハだ。練習着に着替えて最終チェックするぞ」

 

「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラストライブまでの時間は、刻々と迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 万を軽く超える数の人が会場内の席を埋めていた。

 

 

 

 

 さすがに私服に着替えて関係者の名札を胸に掛けている拓哉はスタッフの通り道から観客席を覗き見していた。

 

 

「実際に埋まってるのを見ると熱量が半端ないな……」

 

 ライブが始まる前というのもあり、観客席のほうは大変賑わっている。

 席に座って談笑している人、自分の席へ行くために歩いている人、もしくはそれを案内しているスタッフ。

 

 たった一曲のためだけにこれだけの人達が集まってくれた事実を改めて認識する。

 この中には自分の家族やμ'sメンバーの家族、友人なども招待しているからきっとどこかにいるだろう。後輩の桜井夏美にも伝えているから多分どこかにはいると思う。

 

 会場内に響く喧騒、ライブ前特有のBGMも合わさりボルテージは徐々に上がっていく。

 こうしている間にも舞台裏では着々と本番への準備が進められているのだ。

 

 早足に舞台裏へ戻ると、既に衣装に着替えていた穂乃果達が踊り場で軽く最後の練習をしていた。

 

 

「問題はなさそうだな」

 

「あ、たくちゃん。どうだった? お客さんいっぱいいた?」

 

「ああ。思わず五度見するくらいにはいたぞ。スタッフの人に聞いたら満席らしい」

 

「何回見てるんですか」

 

「あの観客席が全部満席かあ……。たくちゃん、ライブまであと何分!?」

 

「大体あと10分だな。そこから観客のほぼ全員が席に座るまでを考えると15分くらいだと思う」

 

 基本ライブなどは開演時間になっても丁度に始まることは早々ない。

 理由としては大体の観客がその時点では席にまだ座れていないことが多いからだ。その時間を含めると猶予はおよそ15分。

 

 

「よおーし、ギリギリまで振り付けのチェックしよう! 一曲だけのライブだけど、逆に言えばそれだけで見に来てくれたみんなを満足させれるようなパフォーマンスをしなくちゃ!!」

 

「そうだねっ。衣装も映えるように作ったんだし、できるだけみんなに見てもらいたいもん!」

 

 言うや否や再び踊り場に戻って練習に戻る穂乃果達。

 その雰囲気は拓哉から見ても和気あいあいとしていた。

 

 それを見てもう一度、拓哉は手伝いとして彼女達を最大限魅力に見えるように最後の確認をしに行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 観客はほぼ全員が席に座っている。

 それはライブ開始までもう直前ということを雰囲気で感じ取っていく。

 

 会場内のBGMは既に全体へ響き渡り、照明も暗くなっている。

 観客席から手拍子と歓声が聞こえ、μ'sの出番を今か今かと待ち受けていた。

 

 そして舞台裏。

 ライブでは開演直前によくアーティストが自分達を鼓舞するかのように円陣を組んだり声を掛け合ったりしていると言う。

 

 μ'sもそれに伴い、いつものように9人全員で2本の指を使い星の形を作る。

 少し後ろでそれを見守る岡崎拓哉。

 

 最後のライブということは、この円陣も最後となることをメンバー全員が理解している。

 その上で、μ'sのリーダーを一年務めてきた高坂穂乃果は、あえて今まで言わなかった単語を交えて言った。

 

 

「……μ's最後のライブ、楽しんでいこう!!」

 

 8人が強く頷く。

 その意味を噛み締める。

 

 泣いても笑ってもこれが正真正銘最後のライブだ。

 ならば最高に楽しもうと穂乃果は言っている。

 

 最後だから泣くのではない。

 最後だから笑って終わる。

 

 どこかの少年がいつもそれを信条にして突き進んでいることを知っているから。

 最後に誰もが笑って終われる結末。ハッピーエンドとやらを自分達で迎えに行くために。

 

 

「たくちゃん!」

 

「……何だ」

 

()()()()()()()()()()()()()()……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 突然の振りに今更困惑はしない。

 こういうことにはもう慣れてしまっている自分がいた。

 

 というよりも、自分から言えることなんて最初から決まっていたのだ。

 円になっている9人がこちらを見つめている中、少年も9人を見据える。

 

 μ'sをずっと側で支えてきた。

 言わばμ'sともっとも近しい存在として、9人の彼氏として何が言えるか。

 

 変わらない。

 少年はいつだってその芯は変わらないのだ。

 

 故に。

 いつものように岡崎拓哉は言う。

 

 

「悔いのないように、思いっきり楽しんでこい!」

 

 普段のライブと変わらない言葉。だからこそ、その本当の意味を少女達は知っている。

 少年の言葉に応えるように、穂乃果達もその言葉を待っていたかのように笑みを返してきた。

 

 

「よおーし、いくよー!!」

 

 舞台裏に穂乃果の声が響き渡る。

 

 

「1!!」

 

「2!!」

 

「3!!」

 

「4!!」

 

「5!!」

 

「6!!」

 

「7!!」

 

「8!!」

 

「9!!」

 

 10、とは言わなかった。

 これは10人で頑張ってきたラブライブ決勝の時とは違う。

 

 μ'sのラストライブだ。

 9人の最後なのだ。

 

 ならば、自分はその輪に入るべきではない。

 言わなくてもあの時の気持ちは、既に彼女達に伝わっているのだから。

 

 

「見ててね、たくちゃん。私達の最後を」

 

「ああ、行ってこい。スタッフとして特等席で見届けてやるからな」

 

「「「「「「「「「行ってきます」」」」」」」」」

 

 少年の言葉に、女神達は笑顔で答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さあ、μ's最後のライブが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Music:μ's/僕たちはひとつの光

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最前列の席と言っても過言ではなかった。

 ステージと観客席の間にはスタッフやカメラマンが通る道として一定の距離が開かれている。

 

 そこに岡崎拓哉はいた。

 まさに特等席であった。

 

 蕾から花が開くようにして現れたμ's。

 女神というよりかは、花の妖精にも思えた。

 

 自分達では決してできない演出だった。

 ドームの大きさを最大限に利用されたライブ演出。本格的な照明技術や音響。どれもこれもが今までとはレベルが違っていた。

 

 真姫が個人的に作曲していて、海未が密かに作詞を書いていて、ことりがそれを基に衣装を作った。

 正直衣装を着た穂乃果達に見惚れているのもあっただろう。それほどにことりの衣装は完成度も技術も上がっている。

 

 海未が書いていた歌詞にはメンバーそれぞれの名前にまつわる言葉が入っていた。

 真姫の曲には盛り上がるものでもなく、バラードでもない、まさしく最後に相応しいメロディーが奏でられていた。

 

 何もかもあの頃とは違う。

 誰もいなかった講堂とは遥かに違う。

 

 間違いなく目の前で歌っている彼女達は輝いていた。

 幼かった雛鳥がいつしか白い羽を羽ばたかせて飛び立つように大きく成長していた。

 

 笑顔で踊っている穂乃果達を見て自然と拳に力が入る。

 

 

(ああ、本当にすげえよ。よくここまで頑張ってきた……)

 

 

 

 

 ここに来るまで、色々なことがあった。

 

 

 そもそもの始まりが学校が廃校になりかけていたところからスタートした。

 

 ある少女の強い願いを無下にしないために手伝いとして支えることから前に進むことにした。

 

 グループ名が思い浮かばず募集箱に入っていた1枚の紙から『μ's』という名前になった。

 

 ファーストライブでは最初こそ誰も来ずに挫折しそうだったが、それでも最後まで披露できた。

 

 以前からスクールアイドルに興味があった1年の女の子2人と、作曲をしてくれた女の子もμ'sに入ってくれた。

 

 過去にスクールアイドルをしていたが仲間が次々と辞めて心を閉ざしていた少女も最後には認めてくれた。

 

 誰がリーダーになるかを決めるために色んな手段を講じたこともあった。

 

 過去の挫折によりずっと対立していた生徒会長とそのために陰から支えていた副会長を救うために口喧嘩したこともあった。

 

 夏合宿ではメンバーとの絆を深め合った。

 

 メンバーが泣きながら脱退させられた時は世界にも誇れる総合病院の社長と真っ向から対峙した。

 

 様々なすれ違いによりグループが解散の危機に陥ることになり第一回ラブライブも辞退になったが、色んな人に助けられて存続することができた。

 

 第二回ラブライブのために山へ合宿に行きスランプから抜け出すこともできた。

 

 予選では第一回優勝者のA-RISEと同じ舞台で歌った。

 

 あることがきっかけでメンバーの姉弟と知り合いにもなったし、修学旅行ではイベントに行けない代わりにサポートに徹したこともあった。

 

 ハロウィンイベントでは無茶苦茶な試行錯誤をし、ある時はダイエットのために過酷な運動もした。

 

 いつも陰から支えてくれていた女の子の大切なわがままを叶えるためにみんなで作詞したこともあった。

 

 ラブライブ本選の日に猛烈な吹雪が襲来して合流できないかもしれないメンバーを迎えに行って、音ノ木坂学院の全生徒が力を借してくれた。

 

 キャッチコピーでは自分達だけではなく応援してくれる人達のおかげで思い付けた。

 

 3年の卒業も迫る中、みんなと真剣に話し合った末にラブライブが終わったら解散すると決めた。

 

 ラブライブ決勝ではトリを務め、観客からのアンコールもあって見事に念願の優勝ができた。

 

 ようやっと卒業式も終わりこれでμ'sも解散と思った時、まさかの海外からの依頼が来た。

 

 アメリカではいろんなことがあった。

 

 不慣れな土地で不安もあったが何とか観光を含め楽しむことができた。

 

 迷子になったメンバーを探していると偶然にも女性シンガーと出会った。

 

 海外で刺激を受けたライブは大成功し、帰国したときにはμ'sが大人気にもなっていた。

 

 μ'sの存続問題では悩みながらもスクールアイドルに拘ることを決めた。

 

 女性シンガーと再会したときは自分の恋心を自覚し、まさかのμ's9人と結ばれることにもなった。

 

 スクールアイドル全体を巻き込んだイベントでは全国からスクールアイドルが集結し、テレビ中継もされてドーム大会への実績も作れた。

 

 それを見たラブライブの運営からドームでラストライブをしてくれと言われ、μ'sの最後を綺麗に飾れるならと承諾した。

 

 

 

 

 そして今。

 長かった、と思う。

 

 ここに来るまでの出来事は決して楽しいことばかりではなかった。

 何度も悩み、何度も壁にぶつかり、何度も乗り越えようとがむしゃらに奮起を繰り返してきた。

 

 だけど、岡崎拓哉は後悔していない。

 それらの行動が、決して少なくない人達を助けて一緒に同じ道を突き進んできたことを知っているから。

 

 曲がりなりにもヒーローに憧れ続けてきた少年が紡いできた繋がりは無駄ではなかったのだ。

 前を歩くのでも後ろを歩くのでもない。隣に歩く者として共に壁を乗り越えてきた少女達。

 

 岡崎拓哉が必死に支えてきた成果物として。

 9人の女神は今、万を超える人々を魅了の世界へ惹き込んでいく。

 

 

 そうだ。

 μ'sは、ここまで来たのだ。

 

 

 観客もスタッフも、誰もがμ'sを見ている。

 この空間にいる誰も岡崎拓哉を見ていない。

 

 それほどまでに大きくなった。

 拳の力が段々と強くなる。

 

 ずっと近くで見てきたから。

 解散を決めたとき、メンバーが泣いているのをただ黙って見ていたから。

 

 μ'sが、穂乃果達が。

 どれだけ熱く、楽しく、必死に、悩んで、足掻いて、笑って、スクールアイドルをしてきたから。

 

 今は誰も、岡崎拓哉を見ていないから。

 

 

 

 

 

 

 

 俯いた少年が今の今まで我慢して溜めてきた想いは、大粒の雫となって夢の舞台へと柔らかく落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとな」

 

 

 

 

 

 何に対しての感謝だったのか。

 一緒に頑張ってきたμ'sに対してなのか、こんな自分を手伝いとして迎え入れてくれたことに対してなのか、はたまた別の理由か、それが分かるのは岡崎拓哉のみだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ライブの音と観客の歓声により、少年の微かな声は独り言のように霞んで消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たった一曲でも、あれだけ盛り上がっていた会場も今は別の意味で喧騒にまみれていた。

 

 

 一曲となれば当然ライブの時間も短くすぐに終わってしまう。

 まさに瞬間的な幻想のようにライブは瞬く間に終了した。

 

 撤退作業で忙しくしているスタッフをよそに、少年は彼女達を待つ。

 

 すると。

 背後から元気な声が聞こえた。

 

 

「たくちゃーん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当然。

 岡崎拓哉はそれに笑顔で答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、ある少年と少女達が紡いできた物語。

 

 

 

 

 

 

 

 本来成し得ないような偉業を成し遂げ、文字通りの努力と絆を育んできたからこその伝説。

 それは音ノ木坂学院でも語り継がれていくことになるだろう。

 

 

 

 

 少年少女達が起こし続けてきた度重なる奇跡と。

 

 

 

 少年少女達が苦楽を共にしながらも歩んできた軌跡。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさしく。

 それが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『奇跡と軌跡の物語』である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       ~END~

 

 

 

 

 




 さて、いかがでしたでしょうか?


 約4年と書き続けてきた『奇跡と軌跡の物語』。
 ついに完結いたしました!!
 これも皆様の応援あってのものです!飽き性な自分がモチベを保っていられたのも毎回感想や高評価をくれる方々がいたからです。

 書き始めた当初はこんなにもこの二次創作作品が伸びるとは思っていませんでした。
 ただ自分が書きたい物を書いていたら、たまたまそれに共感や気に入ってくれる方がいたのかなと。
 書き始めた数か月後には映画もやっていてμ'sの人気も絶頂期だったので単純な実力ではなく、時期とかに恵まれているなーというのが自分の印象です。

 ラブライブに出会い、このサイトに出会い、自分ならこうするという妄想を行き当たりばったりでただこの作品に書き殴って、まさか4年も続くなんて思いませんでした(笑)
 ただ、最後の結末は当時から既に浮かんでいたので、途中で投げ出そうとは思いませんでした。しかし、モチベは大事なのでそれを保持するのが大変でしたね。

 基本的に自分はある程度の話に『自分ならこうする』という妄想をしていたので、そこを何としても書きたいという意欲で書き続けてきました。
 今回の最終話もそうなんですが、あるシーンは分かる方には分かるオマージュを入れています。
 このシーンを書きたいがために4年も書き続けてきたと言っても過言ではありません(笑)

 とりあえずはリアルの事情で休むことがない限り、毎週1話更新を続けてこれてやり切った感があります!
 自分以上にラブライブのアニメ準拠をこれだけ書いている方はいないと今の現状ではいないと自己満足しておきましょうかね←

 そんなわけで『奇跡と軌跡の物語』はこれにて完結!!
 
 ……と言いたいところなんですが、主人公とμ'sが結ばれてからの物語が過密すぎてあまり書けていなかったことは読者の皆様も思っておられると思います。自分もそう思ってます。
 なので、今まで通り“毎週更新”というわけにはいきませんが、ちょっとした番外編を書こうかと思っている所存であります。

 なので物語本編は完結しましたが、番外編は少しだけ書いていくという形になるかもしれません。
 

 さて、最終話の後書きも長く書いてきましたが、そろそろ終わりにしようかと思います。
 


 では、新たに高評価(☆10)を入れてくださった


 クビキリサイクルさん

 倉橋さん


 計2名の方からいただきました。
 この作品でもっとラブライブを知り、この世界にハマっていただいで恐縮です。
 番外編も書くので今後も何卒!!本当にありがとうございました!!
 
 本編はこれで最後なのでご感想高評価たくさんお待ちしております!!





 ということで、約4年間『奇跡と軌跡の物語』をありがとうございました!!
 今後ともこの作品共々よろしくお願いいたします!!
 それでは今回はここで終わりにしたいと思います。
 次回もどこかの作品で皆様と出会うことを願いつつ。

 今回はここで筆を置かせていただきます。


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AFTER STORY
AFTER1.挨拶は挨拶でも内容によっては死を覚悟するものである(前編)



どうも、お久しぶりですたーぼです。


書き溜めていた『悲劇と喜劇の物語』のデータが全て消えここ数ヵ月心がポッキーになっていたのですが、何とか頑丈なトッポに治りましたのでとりあえずこちらをちまちま再開していきたいと思います。

久々の投稿ですが、やはりこの作品といえばのコメディー出しまくりですのでよろしければ気楽にどうぞ。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 挨拶。

 

 

 

 

 それは新たに顔を合わせた際や別れ際に行われる、礼儀として行われる定型的な言葉や動作のことを指す。また、式典などで儀礼的に述べる言葉をいうこともある。そして、日常生活には欠かせない人と人とが気持ちよく生活できる言葉でもある。

 

 要するに、『おはよう』や『こんにちは』、『さようなら』など、日本で育った者なら必ず一度は言ったことのある馴染み深い習慣だったりする。

 

 

 しかしこの日本、生粋の日本人でさえよく日本語が難しいと思うほど同じ単語でも意味が複数あったり、言い方によっては相手の感情を逆撫でしてしまう。だから日本人は自分の言葉遣いに繊細な扱いが要求されるのだ。

 

 

 それは、特別重圧が圧し掛かりそうな大事な場面では、特に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でもってここは高坂穂乃果の家、『穂むら』という店の中にある一室。

 そこに岡崎拓哉を含む“元”μ'sの面々がいた。

 

 秋葉ドームでファイナルライブを無事に終えたμ'sは宣言通り解散。

 スクールアイドル界に数々の伝説と奇跡を残し、スクールアイドルの歴史に間違いなく名を刻んだグループとなった。

 

 そしてそれが終われば彼女達はただの女子高生、音ノ木坂学院を卒業した絵里、希、にこに至っては大学生となる。と言っても今はまだ春休みの途中であり、何だかんだで暇だから集まったわけではあるのだが……。

 

 

 不気味な微笑みを含ませている穂乃果達とは打って変わって、黒一点我らが頼れる主人公岡崎拓哉は顔色悪く嫌な汗を垂らしながら俯いていた。

 

 

「ほらたくちゃん。そろそろ覚悟決めなよ」

 

「……、」

 

 そう促してくるのは高坂穂乃果。

 元μ'sのリーダーで発起人。天性のカリスマ性を持ち、音ノ木坂学院を廃校寸前という窮地から救った張本人の一人。その行動力は他者を動かす原動力ともなる。そして、拓哉の彼女でもある。

 

 

「そうですよ拓哉君。せっかくの機会なんですし、男としてここははっきりさせておきましょう」

 

 凛とした声で言ったのは園田海未。

 文武両道、現代では珍しい大和撫子という言葉がもっとも似合う女子高生。極度の恥ずかしがり屋だったが今では克服し、ほぼ無敵女子となった。そして、拓哉の彼女である。

 

 

「たっくん、行こ?」

 

 甘く囁くように言ったのは南ことり。

 裁縫、衣装作りとなると右に出る者はいないほどの実力を持っている。穂乃果達幼馴染のやり取りをいつも笑顔で見守りつつ、いざという時は拓哉を殺人級の笑顔を使って吹っ飛ばす。当然、拓哉の彼女である。

 

 

「私もこういうのは早めのほうが良いと思ってるの。だから、拓哉、ね?」

 

 諭すように優しく言うのは絢瀬絵里。

 日本とロシアのクォーターであり、元μ'sのまとめ役を難なく務めた、いわば根っからの生徒会長気質。しかし少々世間知らずなとこがあり、ゲームセンターなどに行くと初めて見るものに興味津々となる少女でもある。拓哉の彼女。

 

 

「拓哉君、善は急げって言うやん?」

 

 似非関西弁でニヤけているのは東條希。

 過去に親の都合で転々と引っ越しをしていた少女。今は一人暮らしをしており、たまに不正確な関西弁とカード占いが趣味なスピリチュアルな部分もある。無論、拓哉の彼女だ。

 

 

「そうそう、何今更怖気づいてんのよ」

 

 強気に言ったのは矢澤にこ。

 スクールアイドルに強く憧れ、自身もそうなりたいと思い1年の頃からアイドル研究部に所属していた。部にたった1人残る形になっても諦めなかった精神と下の姉弟の世話を見れるほど面倒見がいい。やはり拓哉の彼女である。

 

 

「いい加減素直になったらどうなのよもう」

 

 呆れながらツンと言い放ったのは西木野真姫。

 世界に誇れる医療技術を持っている西木野総合病院の一人娘。当然お嬢様レベルの金持ちで性格もツンデレ多めなお姫様だ。しかもその名に恥じない学力とピアノの実力者でもあり、作曲に関してはピカイチ。そんなお嬢様も拓哉の彼女なのだ。

 

 

「拓哉くんが良ければ、私も嬉しいなって……」

 

 控えめに主張したのは小泉花陽。

 性格は他の者と比べると奥手ではあるが、アイドルの話になるとにこと同等かそれ以上の饒舌になる。大のお米好きで、お米があればそれだけで生きていけると断言するほどの愛好家。彼氏は拓哉。

 

 

「こういうのはパッパッといったほうがいいんだよたくや君!」

 

 元気に笑顔で口にしたのは星空凛。

 運動神経ならこの中でも断トツでトップを誇る活発代表。それと同時に成績も断トツでワーストを誇るバカ代表でもある。反面、メンバーの中でも随一の乙女力を持っていて女の子らしさで言えば凛を上回る者はいない。そんな乙女も拓哉の彼女だ。

 

 

 そして。

 

 

 そして。

 

 

 そして。

 

 

 彼女達にそう言われようと俯いたままでいるのは岡崎拓哉。

 音ノ木坂学院唯一の男子生徒であり、学校を廃校から救うためにその手伝いとして一躍を買ったヒーローの一人である。そしてこの世界で9人の女の子を彼女にしているというある意味罪深い選手権第一位の男でもあった。

 

 そんな世のモテない男子から間違いなくこう思われているであろうクソ野郎こと冷や汗だらだら少年は、少女達に迫られてようやく一言を発した。

 

 

「ちょっと仮病気味なんで家に帰ってもいいですかね」

 

 顔面に穂むまんが直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し前まで遡る。

 事の経緯はこうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファイナルライブも終え、絶賛春休みを満喫中の10人。全員が恋人ということもあり集まるときは自然とこの10人になることが多い。

 そして今日も普段と変わらず穂乃果の家に集まったのだが、今日は何だか彼女達の雰囲気がいつもと少しだけ違うような感じがした。

 

 何気なく繰り広げられる和気あいあいとした会話に女の子だらけの空間だからかほんのりと甘い香水の香りが漂う、いつも集まるときと変わらないはずなのに、どこがおかしいと感じたのか。

 

 きっかけは穂乃果の一言だった。

 

 

「そういえば私達の関係ってお父さん達にどう説明すればいいのかな?」

 

 当然、それを聞いて一番最初に反応を示したのは岡崎拓哉だ。

 マンガで例えるならあまりにも分かりやすく体をビクゥッ! と震わせていた。

 

 

「言われてみれば確かに難しいかもね」

 

「改めて私達の関係性を客観的に見てみると不思議というか、普通に考えるとあり得ないものだもの」

 

 ことりと絵里があからさまに打ち合わせでもしたかのようなセリフ染みた言葉を言う。

 それに続くように希が口を開き、

 

 

「そうやねえ。付き合ったのがまだこの前って言っても、ウチらはもうすぐ大学生やし、外堀を埋めるなら今の内かもしれんなあ」

 

「……あ、あの……ひ、姫様方……? い、いったいぜんたい……何を急に仰っていらっしゃるんでしょうか……?」

 

 冷や汗に困惑の表情を見せる拓哉に対し、9人の女神はそれを意に介さず話を進めていく。

 まるで、この一連の流れ全てを元から決めつけているようなとんとん拍子ですらあった。

 

 

「何をって、もちろん今後のことを決めてるんだよ?」

 

「いや、だから、そのですね? 何で急にこんな話になったのかっていう疑問もあるけど、それ以前に話の内容が俺にとって不穏というかこの先の人生において俺の安否が不明になるんですが……」

 

「それを乗り越えるのがたくちゃんの役目だよね。だって私達と付き合うって決めたのはたくちゃんなんだしっ」

 

「……、」

 

 ぐうの音も出ねえほどの正論であった。

 

 9人と付き合う覚悟は確かに決めた。誰にどう言われようが構わないと決めた。世間の声なんて知るかと吐き捨てた。

 だがしかし。だがしかしである。

 

 その場のノリというわけではないが、初告白で盛大に道を踏み外した自分を思い返すとよく分かる。

 自分の直近の未来を考えていなかったことに。

 

 

「ということでたくちゃん、まずは私のお父さんに挨拶をしよーう!」

 

「嫌だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 そう、全員が初恋で恋人となるほど純情なのだ。

 つまりチャラいパリピのように付き合っては別れるみたいなのが当然になるような思考にはならない。

 

 ともすればごくごく自然に健全で純粋な男女達はこう解釈している。

 無垢な10人は全員もれなく結婚を前提として付き合っているのだ。

 

 付き合う男女がいるならば必ずやってくるのが親への挨拶である。

 世間の男性はそれだけで重圧に呑まれそうになるのだが、それさえ無事に終わってしまえば後は楽になったりするものだ。

 

 しかし、それは世間一般の普通だった場合の話。

 岡崎拓哉の場合、何度も言っているが9人の女の子と付き合うというあまりにも現実離れした行為を行っているため、そしてそれが成功してしまっているために、世の男性よりも8人分の重圧が加わってしまう。

 

 プレッシャーに弱いというわけではないが、さすがに9人の両親へ挨拶となるとどうしても心に余裕がなくなってしまうのも無理はないのだ。

 

 

 

 

 

 そんなわけで開幕のやり取りにまで時間は戻る。

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、仮病気味って明らかな嘘しかない日本語で逃げようとしてんじゃないわよ」

 

 にこから直球ドストレートほむまんを顔面直撃された拓哉は見事床に倒れ伏せていた。

 

 

「どっちみちいつかは言わなきゃいけないことなんだから、それを早く終わらせようってだけでしょ。おら、倒れてる場合か立てやヘタレ」

 

「にこっち言動と行動が矛盾してるようにしか見えんのやけど。拓哉君立ちたくても顔にほむまんめり込んでるせいで視界失ってるよ」

 

 どこかのネコとネズミが追いかけ合うアニメのような演出みたいに顔面にほむまんが埋まっている彼氏。

 完全に妖怪ほむメンたらし野郎の誕生であった。

 

 

「うん、良い感じに緊張もほぐれたみたいだし、本番行ってみようかたくちゃん!」

 

「全然ほぐれてないんだけど。ほぐれたの顔面の筋肉だけなんだけど」

 

 とは言ってもこれ以上は誰も待ってくれないらしい。

 時間が長引けば長引くほど余裕を失うのは自分だけらしい。いよいよ覚悟を決めるしかないか。

 

 

「あーもうくそっ! こうなったらやけだ。やれるとこまでやってやる! 言えばいいんだろ親御さんに!」

 

「そうそう、やっとやる気になってくれたにゃ!」

 

「骨だけは拾ってあげます」

 

「当たって砕けろだよたっくん♪」

 

「死にさえしなければうちの病院で治療してあげるわ」

 

「基本的に俺が死ぬ前提なのやめてくんない?」

 

 散々な言われようであった。

 これが両親に挨拶させようとした彼女達の言い草なのが何とも言えない。おそらく無事では済まなさそうなのが確定した。

 

 

「さあたくちゃん! いざ私達との幸せな将来のため、レッツトライだよっ!」

 

「嫌だよう、死にたくないよう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何ともまあ頼りのなさすぎる第一声であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハッピーエンドを迎えた少年達の、その先のちょっとしたストーリーが今、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 さて、いかがでしたでしょうか。


 久々すぎる投稿で少し書き方を忘れているのはご愛敬。

 番外編というかAFTER STORYというか……みたいなもので、活動報告で読者の皆様からいただいた読んでみたい話のアイデアをさっそく使わせていただくことに。
 ですが初っ端なので短すぎず長すぎずを意識した結果、前編という形にさせていただきました。

 このお休みの間にラブライブも色々なことがありましたね。
 自分にとってはラブライブフェスでμ'sも出るということや9周年記念のPV付ニューシングルが制作決定となったことでしょうか。
 それでラブライブ熱が再燃した結果のこの投稿です。
 これまで通り毎週更新というわけにはいかないやもしれませんが、また更新し始めたのかと思った際にはぜひ読んでやってください。



 では、久々に新たに高評価(☆10)を入れて下さった、


 チェケたんさん

 黒~傍観者の傍観者~さん

 超ギーノ人2さん

 ミュンヒハウゼンさん

 ここじさん

 Вишневое деревоさん


 計6名の方々からいただきました。
 番外編も楽しみにしてくださっていたようで、本当にありがとうございました!!
 これからもご感想高評価お待ちしております!







 久々すぎて小説書くのこんな難しかったっけ……って約4年も書いていたのに思う始末。


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AFTER2.挨拶は挨拶でも内容によっては死を覚悟するものである(中編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、手っ取り早く一人目の両親に挨拶という名の自爆特攻を仕掛けようとする足ガクブル少年。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋を出て数歩進めばもうレジのとこには穂乃果の母である高坂桐穂がいて、厨房には父の高坂大輔がいる。

 

 

「……、」

 

 はっきり言って生きた心地がしないのは気のせいではないだろう。

 床を踏む一歩一歩があまりにも重い。一歩進むたびに精神的な体力がごっそりと削られていくのを感じる。

 

 たった2歩3歩の忍び足なのに何故か頬へ汗が垂れてきた。

 まるで自分の罪をこれから告白しに行くかのような緊張感が拓哉を襲う。

 

 

「な、なあ、やっぱ後日とかじゃダメ、ですかね……?」

 

「ほら、早く」

 

「……、」

 

 もはやまともに答えてすらしてくれない穂乃果。

 ただ穂乃果も含め背後から見ているμ'sの面々もさっさとしろという圧のみを送ってきている。どうやら自分の気持ちを分かってくれる者はいないらしい。

 

 心の中で大号泣したい気持ちを抑え(おそらくこのあと大号泣するのは目に見えているから)、今はもう男としてこの茨の道を突っ切るしか選択肢はない。

 もうなるようになれである。店は今客もいなくて店番をしている桐穂も暇そうにあくびをしている最中だ。桐穂はこういう時たまに穂むまんをつまみ食いなどしてマイペースな部分もあるから今は話しかけても大丈夫だろう。

 

 意を決す時が来た。

 約一週間後には高校3年生になるとしても、まだまだ早すぎるであろうステップを半ば強制的に踏まなくてはならない。

 

 

 一世一代の告白の第二幕が切って落とされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~高坂家の場合~

 

 

 

 

 

 

「……あ、あの、き、桐穂さん……!」

 

「ふわぁ~……ん、あら、どうしたの拓哉君? 穂むまん足りなくなった?」

 

 この店員、まさかの膝の上に穂むまんを常備していたのか、そのまま穂むまんを拓哉へ差し出してきた。

 

 

「い、いや、そういうことじゃなくて、ですね……」

 

 さっそく出鼻を挫かれて脳内の台詞がすっ飛ぶ拓哉。

 そう、忘れてはいけない。今目の前にいるのはあのマイペースな穂乃果の母親なのだ。

 

 ならば高坂桐穂という女性は穂乃果と同じか、それ以上のマイペース気質を持っているということにもなる。

 拓哉のペースでどうにかなる相手ではない。冒険しに村から出たらいきなりスライムではなくラスボスが出てきた気分である。

 

 

「そうなの。じゃあようやく穂乃果と付き合うことになったとか?」

 

「いやいや、そういうわけでもな……………………え?」

 

「ん? どしたの?」

 

 後ろの部屋の方でドンドダダン!という音がした。

 本当なら拓哉もそんな反応をしたいところだったのだが、あまりに唐突に言い当てられたことにより硬直に近い状態となった。

 

 

「あら、もしかして図星だった……?」

 

「……あ、や、えっと、その~」

 

 人間、唐突な出来事が起こると普通にパニックになるものだ。

 心の準備をしていたつもりなのにすっかり虚空になってしまった。

 

 高坂穂乃果の母。

 それつまり、マイペースな部分ももちろんだが、同時に穂乃果と同等の天然な鋭さの持ち主なのである。

 

 穂乃果でさえ拓哉の想像を軽く超える事をするのに、母の桐穂が超えないはずがないのを忘れていた。

 だからこそ、逆に言ってしまえばである。

 

 そんな穂乃果とずっと近くで関係を築いてきたからこそ、そんな予想外な出来事にも一瞬持ってかれそうな意識を培ってきた経験で戻すことができる。

 

 

 

「あー、と……もしかして、元から分かってました?」

 

「いや? 当てずっぽうで言っただけだけど」

 

「ああ、さいですか……」

 

 拓哉が断った穂むまんをそのまま自分の口に放り込み堪能している桐穂。

 まさにこの子にしてこの親ありであった。

 

 拓哉と穂乃果は幼馴染であり、子供の頃からの付き合いで家も近いということもあり家族ぐるみで交流がある。

 マイペースな性格はラスボス級ではあるが、小さい頃から知っている桐穂に対してはまだ緊張もそんなにはないはず、と拓哉自身は思う。

 

 自由気ままな者が相手だとこちらの緊張も多少は和らぐらしい。

 どうやら最初のように口は重くなくなったようだ。だが本題はここからだ。緊張は和らいでも気楽にいくなんて判断はしてはならない。

 

 まずは深呼吸から。

 

 

「すぅ……はぁ……。桐穂さんの言う通り、この度俺は穂乃果と付き合うことになりました」

 

「おお、いつかは~って思ってたけどとうとうその時が来たのねっ。今夜は赤飯かしら! 私からすれば遅いくらいだったんだけどね~。何はともあれおめでと!」

 

「あ、あの、その言葉は素直に嬉しいんですけど、まだ報告があるというか何というか……」

 

「あらら、これ以上にまだ何かあるの?」

 

「っ」

 

 桐穂が純粋に喜んでくれているからこそ、次の言葉が中々出てくれない。

 当人達が納得できても、その両親がどう思うかはちゃんと考えていなかったツケが今ここに来てしまった。

 

 幼馴染の母親が喜んでくれているのに、数十秒後にはどんな表情を浮かべるか想像もできないしなるべくしたくないのが拓哉の本音だ。

 いざとなれば穂乃果本人を連れて一緒に死ぬほど泣いて説得するという最終手段も用意しておくしかない。真のハッピーエンドを迎えるためならそのくらいの道連れは許されるだろう。

 

 

「どうしたの? そんな緊張すること?」

 

 簡単に言えればどれだけ楽だろうか。

 穂乃果と同じ純粋な瞳で見られるほど罪悪感のようなものが拓哉を蝕む。

 

 いっそ生殺しですらあるこの状態。

 この地獄からさっさと脱出しなければずっとこれが続いてしまう。長引くほど拓哉の精神は壊れるだろう。

 

 しかし投げやりな気持ちで言っていい告白でもないので、我らが認める男の中の男、岡崎拓哉。

 覚悟を決めた。

 

 

「……桐穂さん。俺、実は付き合ってるのは穂乃果だけじゃなくて、他のμ'sのメンバーとも交際してるんです!」

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」

 

 長い沈黙の果てに素っ頓狂な声を放つ桐穂。

 無理もない、と拓哉も後ろで盗み聞きしている穂乃果達も思う。

 

 はっきり言ってしまえば堂々と9股していると親に公言しているのだ。こんな馬鹿げた話をいきなりされてすぐ理解できるほうが難しいだろう。

 桐穂も次の穂むまんへ伸ばしていた手が止まっている。さすがに放心状態と言ったところか。

 

 

「で、ですけどっ、もちろん俺は勢いとかノリとか軽い気持ちで付き合ってるわけじゃなくて、真剣に9人と向き合って真摯に交際してるつもりなんです!」

 

 頭がパンクしているであろう桐穂に畳み掛ける9股少年。

 もう後戻りはできない。ならばもう止まることなく自分の気持ちをぶつけ続けるのみだ。

 

 

「桐穂さんからすればふざけた話かもしれないですけど、俺は本気であいつらが好きだから……正直に言うことにしました」

 

 突然穂乃果達から強制的に挨拶させられる羽目になったとは思えないほど、即興だが岡崎拓哉の本気の言葉。

 こういう時の少年は必ず決めてくれるという少女達の信頼あってのものか、改めて9人と付き合うことの難しさを知っての表明か。

 

 

「認めてくださいなんて勝手なことは言いません。俺も穂乃果達も、お互いの将来を懸けて決めたので、早すぎるかもしれないですけどちゃんと言っておこうと思った結果です」

 

 勝手で都合の良い話をしているのは重々承知だ。

 その上で岡崎拓哉は言っている。

 

 元々決めていたことではないか。誰に何と言われようが構わないと。

 例えそれが相手の両親だとしても、当人の気持ちが何より一番なのだ。

 

 高校二年生。大人から見てみればまだまだ未熟であり子供だろう。

 そんな子供の、未熟ながらの真剣な言葉だった。手段は横暴にして無謀だったとしても、どれだけ本気なのかは少年の目を見れば簡単に分かる。

 

 拓哉を小さい頃から知っている高坂桐穂は、こういう時の少年が嘘を言う人間ではないと知っている。

 だから、子を思う親は言った。

 

 

「……はあ。そんな重い雰囲気で何を言うかと思えばそんなことなのね」

 

「……え?」

 

 呆気に取られた顔をする拓哉に対し、桐穂はいっそ笑みを浮かべる。

 

 

「まあ薄々そんな予感はしてたというか、まあ、拓哉君だからねえってのが正直な感想かな」

 

「俺だからっていったいどういう……というか、え? 怒ったりとか何か、しないんですか?」

 

「何で怒る必要があるの? みんなが拓哉君を好きで、拓哉君もみんなが好き、だからみんなと付き合った。()()()()()()()でしょ?」

 

 拓哉の言葉を聞いてそれだけ、で納得できる者は果たしてこの世界にどれだけいるだろうか。

 浮気や不倫に対してとても厳しい昨今、大半の人が罵倒と非難の嵐をぶつけるのが当たり前の世の中で、たった一人の母親はそれを一蹴した。

 

 

「本当ならふざけるな~だの別れろ~だの言うべきなんだけど、娘が自分で納得して決めたことなら私は何も言うことないかなって。それに私は穂乃果だけじゃなくて海未ちゃんもことりちゃんも昔から拓哉君が好きって知ってたから、仲の良い誰かが悲しい思いをしなくて済んだならそれでいいの」

 

 幼馴染の親だから分かることだった。

 拓哉、穂乃果、海未、ことりの4人が小さい頃から遊んでいるのを見守っていた大人としての観察眼。

 

 拓哉の性格や性質上、当たり前のように人助けをするという行為を見ていてこうなることはある意味必然だったと桐穂は思う。

 素性も知らない相手に手を差し伸べる優しさを持つこの少年は、将来必ずこういうことが起きるだろうと。

 

 

「拓哉君の性格ならきっとみんなが少なからず好意を持つかもって思ってたし、それが本当になっただけだから私自身はむしろおめでたいわね~って感じよ? だって自分のために見返りもなく手を差し伸べてくれるなんて、好きにならない方が珍しいもの」

 

 桐穂の言葉を聞いた途端、後ろのほうでガガンッ! という何かが崩れる音がした。

 恐らく図星を突かれた者が数人いたのだろう。

 

 

「だから、私はあなた達を祝福するわ。みんなが幸せになれるなら、そっちのほうが良いに決まってるしねっ」

 

「……ありがとうございます」

 

 全てを知った上で、桐穂は認めてくれた。

 いいや、むしろ喜んでくれた。

 

 てっきり何を言われるか気が気でなかった拓哉は正直ホッとしていいのか迷う。

 桐穂はこう言ってくれた。しかし、まだ一人目だ。

 

 他のメンバーの両親にも言わなければならない。

 毎回メンタルが削られそうなことをこの後もしなくてはならないと考えると、まだまだ気を引き締めるべきだろう。

 

 

(とりあえず桐穂さんは認めてくれた。次は大輔さんだ。ある意味一番言いにくい人だな……)

 

 拓哉も子供の頃から交流のある穂乃果の父、高坂大輔。

 いいや、交流はあると言っても、まともな会話をしたことは一度もないと言ったほうが良さそうか。

 

 一言も喋らない穂乃果の父親にどう言えばいいものか、それは拓哉ですら未だに掴み切れていない。

 というか本当に喋るのだろうかあの人はという疑問しか深まらない。

 

 と、悩んでいる拓哉を見て色々察したであろう桐穂が先に口を開いた。

 

 

「お父さんにも同じこと言おうとしてるみたいね」

 

「え? あ、まあ、はい。大輔さんにもちゃんと言っておきたいので」

 

「ならもう特に言わなくて大丈夫よ」

 

「……はい? それはどういう……」

 

「ほら、厨房見たら分かるわよ」

 

 言われるがまま厨房のほうを覗き込む。

 いつも通り仕込みやらで品を作っている大輔の背中が目に映る。

 

 そして、まるで拓哉が見ているのを分かっているかのように、高坂大輔は分かりやすく親指を突き立てた。

 

 

「……、」

 

「私達の会話聞こえてるみたいだし、最初からあの人は拓哉君や穂乃果を認めてるから心配いらないってわけ。どう、これで私達はクリアしたんじゃない?」

 

「……どうやらそのようですね」

 

 拍子抜けもいいとこ、と言っていいのかすら分からないが、これで穂乃果の両親には認めてもらえたようだ。

 

 

「やったねたくちゃん! このまま次もいっちゃおう!」

 

「少しは休憩させろよ! 俺のメンタル回復させてくれませんかね!?」

 

「ほら穂乃果、拓哉君困ってるから離れてあげなさい。アンタだけ店番させるわよ」

 

「娘にだけ厳しくない!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、このまま拓哉の精神は持つのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか。


約5ヵ月振りの更新です。
お待たせしましてすいません。

そしてまさかの中編という形になりました。
書いてたら以外に長くなってしまいそうになり中編にしました。
シリアスにしすぎるのも何なので、次回後編の挨拶はダイジェストでコンパクトに書こうと思います。

出来れば早めに更新したいですね。



では、新たに高評価を入れて下さった


蒼柳Blueさん

Ryonganさん

デジー,さん


計3名の方からいただきました。本当にありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!





虹のあなたちゃん可愛い。


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AFTER3.挨拶は挨拶でも内容によっては死を覚悟するものである(後編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 善は急げとはよく言ったもので、高坂家の両親から付き合う許可を貰ったハーレム少年岡崎拓哉は、そのまま穂乃果達による半強制連行という形で次の場所へと移動していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~南家の場合~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、まさか次って……」

 

 

 青ざめた顔で拓哉が見ている先には学校があった。

 というかここに来るまでの道のり的にもう既に分かってはいたが認めたくなかったのだろう。ちなみに何故かことりは満面の笑みである。

 

 そう、もう約一年はこの道のりを朝と夕方に往復していたであろう場所。

 まだ子供と大人の中間にいる未成熟な学生に教養を身に付けさせるための領域。天下の学び舎。音ノ木坂学院である。

 

 

「ちょ、やばくねこれ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! 常識とか世間云々を教える立場の人とか今一番ダメ!! せっかく一番手が上手くいって少しは希望持ててたのにすぐにメンタル壊れちゃうからあ!!」

 

「いっそここでメンタル壊しておけば次から楽になるでしょ」

 

 にこの言葉に何がどう楽になるのかと問い詰めたいところではあるが、そこを聞いてしまえばおそらく立ち直れないことを察する拓哉。

 きっと人としての尊厳を無くしただただ言葉を連ねるだけの機械人形になる未来が見える。想いのない言葉に意味は持たないのだ。

 

 季節は卒業も終わり珍しく学校も大人しくなるような春。

 しかし教職員、ましてや理事長という学校の中で最上の位置にいる南陽菜は、今日も音ノ木坂学院で次年度に来る生徒達への歓迎文や資料を見ているだろう。

 

 ことりによると、本来なら廃校になっていたはずでこんなにも生徒が入学してくると思っていなかったからウキウキで仕事しているらしい。

 理事長にもなると社畜の域を超して愛着が湧くようだ。

 

 と、そんなことは割とどうでもいい拓哉だが気付けば学校の中に連れられ今は校舎内である。

 

 

「というか普通に校内まで来たけど仕事中の陽菜さんにいきなり会いに行っても大丈夫なのか大丈夫じゃないでしょうアポは大事だぞということで陽菜さんへの挨拶は次の機会にしようそうしよう」

 

「それなら大丈夫だよたっくん。お母さんにはたっくんが大事なお話があるからそっち行くねって伝えてあるの♪」

 

「それもうほとんど分かってるやつ! あの人ならそれで大体察してしまうやつじゃん! どうしよう希、俺今から赤っ恥と同時に覚悟決めなきゃならないのハードル高すぎない!?」

 

「ぶちかませばええねん」

 

「何でこういう時だけ普通に関西弁なんだお前!」 

 

 そんなこんなでもう理事長室の近くまでやってきていた。

 一回目が上手くいったからといって二回目も上手くいく保証なんてどこにもない。ましてや相手は学校の理事長だ。

 

 拓哉がどれだけ理論武装したところで衝突した途端に負けるのはこちら側だろう。

 忘れてはならない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 理事長室の前。

 まるでダンジョンのラスボス手前までやってきた気分だった。

 

 元μ'sの9人もさすがにここまで来ると大人しくしている。

 ゴクリと拓哉が唾を飲み込む音が目立つ。二度目の意は決した。

 

 

「(たっくん、お母さんは確かに理事長だけど、それよりも私の幸せをいつも一番に思ってくれるからきっと大丈夫だよ)」

 

「(……だといいんだけどな)」

 

 自重気味に笑う。

 このドアを開ければそこはもう拓哉にとって処刑台のようなものだ。

 

 そんな死地へ自分から向かっていくことの無謀さは既に穂乃果の両親の時に味わった。

 慣れない緊張感を胸に、拓哉はノックという名のカウントダウンを鳴らした。

 

 

「はい、どうぞ」

 

 ドアの奥から陽菜の声が聞こえる。

 掴みかけたドアノブに一瞬の躊躇いが表れるが、それよりも将来への思いを優先した岡崎拓哉はドアを開ける。

 

 

「……失礼します」

 

「あら、ことりから聞いてたとおりやっぱり拓哉君だったのね」

 

 理事長室に入ったのは拓哉ただ一人。

 μ'sの面々はドアの前で待機(盗み聞き)である。

 

 

「で、さっそくだけど大事な話があるってどうしたの? 一応は仕事中だから悪いんだけど、出来れば手短にお願いできるかしら?」

 

「そ、そうですよねっ。すいませんわざわざ忙しいときに! 俺も手短というか出来れば穏便に済ませたいところなので……単刀直入に言わせていただきます」

 

「ええ、期待してるわ」

 

 何故だろうか。陽菜の言葉一つ一つに何とも言えない違和感を感じる。いいや、言葉だけではない。

 拓哉を見る目や態度にすら違和感のような何かがある気がしてならない。いつも接している時よりも微かに棘というか、見定められているかのような感覚。

 

 片手間に資料を見ることすらしない。目線は真っ直ぐこちらに向けられている。南陽菜の全てが、岡崎拓哉を試しているようだった。

 それに応えられるかは少年次第。圧倒的に教職という立場の頂点にいる存在へ堂々と間違った倫理観を言えるかどうか。

 

 その時は来た。

 

 

「俺はことりと付き合っています。ただ、他にもあと8人……信じられないかもしれませんが他の元μ'sメンバーとも恋人関係にあります」

 

「……」

 

 陽菜の目が細くなった気がした。子供を持つ親の反応としてはむしろそれが正しいだろう。

 

 

「っ」

 

 分かってはいた反応だが、ここで言い淀んでしまえばその圧に負けてしまう。

 

 

「すぐに認めてくださいとは言いません。けど……ことり達も、もちろん俺だって本気で考えて出した結論だという事だけは知っておいてほしい……と思ってます」

 

 穂乃果の母親に言ったときと似たような言葉を言うも、それが通じる相手かは分からない。

 こういう時の南陽菜は理事長として正しい判断を下す。生徒を正しく導くための教えを説く。それが彼女の仕事なのだから。

 

 頭を下げた拓哉を沈黙だけが襲う。ある種の延命か、あるいは生殺し状態か。答えがどっちにしろ心臓に悪いのは確かだ。

 およそ数十秒の沈黙を破ったのは、陽菜だった。

 

 

「……まあ、最近のことりの雰囲気とか会話からある程度は想定していたけれど、さすがに9人はぶっ飛んでるわねえ」

 

「……ええ、まあ、はい……自分でもそう思います」

 

 それを言われては拓哉としてはもう何も言えない。

 これでも理事長としてまだソフトに包んで言ってくれたほうだと思う。普通の親なら一言目に罵声を浴びせてきても何らおかしくないのだ。

 

 幼馴染の友達だからという優しさか、だからこその呆れの表れだろうか。

 

 

「その様子だと、もう他の誰かには報告したあとかしら?」

 

「……え?」

 

「拓哉君にしては顔色、悪いほうよ? ()()()()()()()

 

 そんなに優れない表情をしていただろうかと分かりもしないのに指で自分の頬に触れる。

 陽菜の言葉の含みには気付かなかった。

 

 

「桐穂さんと大輔さんには一応、報告はしました」

 

「……そう、あの二人には言ったのね。それで、認めてもらえたの?」

 

「はい」

 

 拓哉は穂乃果達とは子供の頃からの幼馴染だ。

 それはつまり、その親も含め家族ぐるみで仲が良いわけだったりする。ラブライブ決勝の時、拓哉の両親と一緒に穂乃果達の両親も合流して応援していたくらいだ。

 

 南陽菜は高坂桐穂のことをよく知っている。

 だからその娘の穂乃果の性格のこともよく知っており、廃校の危機に陥っていた際には穂乃果達の可能性を信じて応援していた。

 

 そして岡崎春奈のことも当然知っているとすれば、岡崎拓哉がどういう人物なのかも分かっているのだ。

 大切な友人が娘達の交際を認めた。10人という異常な交際をだ。

 

 拓哉の顔を見る。そこには不安がありながらも確かな覚悟を持っている瞳をしていた。ことりからの大事な話があるという連絡の趣旨はこれだった。

 ということはことりもそれ相応の覚悟と決意をもっているのだろう。

 

 理事長の娘というある種のハードルを理解していてだ。それでも娘は理事長の自分へ正直に連絡してきた。

 こういう時の少年は絶対に嘘をつかないと陽菜は知っている。少年少女のちっぽけな勇気を垣間見た。話の全容を知った。

 

 ならばもう。

 自分のかける言葉は決まっている。

 

 

「じゃあ、私から言えるのは特にないわ。拓哉君、他の子もそうだけど、ことりを幸せにしてあげてね」

 

「……い、いいんですか?」

 

「理事長としての立場で言うなら、本当は止めなくちゃいけないんだとは思うんだけどね。今の私はあの子の親としての立場だから、あの子が心からそう思えた結果なら、それを尊重したいのよ」

 

 本音を言うなら心配だってある。それが親というものだ。

 しかし、世間の言う正論だけが正しいとは限らないことも陽菜は知っている。

 

 

「ことりの人生だもの。なら可能な限りあの子が望む道に進んでいってほしいというのが、私の気持ちよ。例えそれが他の人とは違う道だとしても」

 

 陽菜の目を見れば嘘を言っているようには見えない。

 おそらく本心で言ってくれているのだろう。他人とは違う道。一言でそうは言っても中々割り切れる生き方ではないのは確かだ。

 

 なのに認めてくれた。

 ならばその意味を、その重さを、その責任を、その覚悟を、その誠意を、岡崎拓哉はこれからの人生で応えねばならない。

 

 

「だから私がよく知っていて最も信頼している拓哉君になら、あの子を任せて良いと思ってる。今のことりは本当に幸せそうにあなたの話をするんだもの。あの笑顔に偽りはないと断言できるわ。だから拓哉君、さっきああ言っておいて意地悪だけど最後に言わせて」

 

 理事長でもなく、一人の娘の親として、南陽菜は岡崎拓哉を見つめてこう言った。

 

 

「あなた達のこれから進む道はきっと簡単なものじゃない。いくつかの障害があっても不思議じゃない。それこそこれまで以上の試練や壁が立ち塞がることだってある。……それでもあなたは、あの子達を幸せにできる?」

 

「はい。俺一人だけじゃない、ことり達と一緒にその試練や壁を乗り越えていきます」

 

 見事なまでの即答であった。

 ここで少しでも言い淀むことがあれば陽菜も迷っていたかもしれない。しかし、少年は言ってみせた。

 

 一人ではなく、()()()()()()()()()()()()()と。

 少年はもう見据えているのだ。彼女達との未来を。その意志は瞳に映っているようにさえ見えた。

 

 であれば、何も言うことはない。

 

 

「うん、よし。じゃああの子達のことをこれからよろしくね。ただし、ちゃんと高校や大学生活を終わらせてみんな自立できるようになるまでは、出来るだけ健全なお付き合いをするように、ね?」

 

「……は、はい! 絶対みんな幸せにします!!」

 

 まだ高校二年生の少年にそんなことを言わせてしまう事に違和感を覚えるが、元はと言えばあちらから最初に言ってきたのだし気にしないようにした陽菜。

 これで娘からの惚気話が増えることは確定だろう。

 

 

「はい、話が済んだならもう行っていいわよ。あとの話は今晩ことりに聞かされるでしょうしね」

 

「じゃ、じゃあ失礼しました……!」

 

 言われるや否や嬉しそうに理事長室を出ていく拓哉。

 正直色んな緊張で心拍数が半端なかったりした。この一日で5年くらいは老けそうである。

 

 

「凄いよたっくん! お母さんが認めてくれたよ!」

 

 もちろん理事長室を出れば盗み聞きしていた元μ'sのメンバーがいるわけで、全員が全員安堵した顔になっていた。

 

 

「……いや、マジで心臓止まるかと思った……俺の社会的人生の詰みじゃねえかって思った……」

 

 反面、自業自得気苦労少年は既にグロッキー状態だった。

 これがあと数人分残っていると思うとやるせない気持ちだ。出来れば数時間ほど休憩したい気分である。

 

 

「よし、じゃあたくちゃん次いってみよう!」

 

「バカなのお前!? 俺の精神的体力が今どれだけ削られてるかお分かり!? こちとらそこらの不良共と喧嘩するより体力持ってかれてんだけど!?」

 

「まあほら、だからこそパッパッて終わらせようってことで、さ?」

 

「何のフォローにも気遣いにもなってないぞバカ。何なら追い打ちかけてるだけだぞボケ」

 

「オーケー、次は海未ちゃんとこね」

 

「あらちょっとやだこの子。俺の話何も聞いてないんだけど。海未の親ってお前、俺が昔海未の父親に稽古つけてもらってフルボッコにされてたの知らないの? もしかして知ってて言ってる? なら謝るから。俺が全面的に謝るから物理的に殺されるのはせめて最後にさせてもらえないでしょうか!?」

 

「行きますよ拓哉君」

 

 心も体もボロボロの拓哉。為されるがまま海未に襟首を掴まれ引きずられていく。

 さながら出荷されていく豚のようであった。

 

 

「死ぬ……絶対殺されるッ!!!!」

 

「大丈夫ですよ。お父さんは確かに厳しい方ですが、私が選んだ人ならどんなヤツでもいいと仰ってくれました」

 

「……9股でも?」

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………多分」

 

「殺されるうッッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~園田家の場合~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 園田家とは日本舞踊や弓道に剣道などの武道を教えられているとされ、地元でも有名なほどに知られている。

 当然、そんな日本の奥ゆかしい歴史と和を重んじる家柄でもあり、礼儀作法にも厳しい教育を施されていた。

 

 そして、岡崎拓哉が小さい頃にあるきっかけで武道を学ぶこととなったある意味思い出の場所でもあるのだ。主に辛い経験として。

 

 

 そんな園田家の一角にある道場にて、園田家の現当主であり最も厳しい人物、園田大和(やまと)は頭を下げている岡崎拓哉にこう言った。

 

 

「ふむ、まあ性格も根性も凡人とかけ離れているお前なら全員を幸せにすることも容易いか。いいだろう、お前と海未、その他の交際を認めよう」

 

「……あえ? え、なっ、まじでか、まじでいいのか!?」

 

「何を戸惑っている。認めてほしいと言ったのはお前だろう。それとも認めたのが気に食わないか?」

 

 海未に思い切り背中を叩かれ気合いを入れてもらったと思ったらこれだ。誰だって疑ってしまうのも無理はないだろう。

 まさかの第一声から合格通知を貰えるなんて思いもしなかったのだから。

 

 

「いや、認めてもらえるのは嬉しいんだけど……アンタのことだし絶対に反対されると思って……」

 

「ふん、私もお前以外の男がそんなことを言って来たら殴り飛ばすとこだったんだがな。残念ながら海未も私も全面的に信頼しているお前になら、任せてもいいと思ったまでだ。千尋も異論はないだろう」

 

「はい。拓哉さんなら大丈夫でしょうし、海未さん達がそれで良いと判断したのなら一番の最適解でしょう」

 

「大和さん、千尋さんまで……ありがとうございます」

 

 稽古をつけてもらっていた頃から世話になっていた身としては、大和も千尋も拓哉の第二の親みたいなものだ。

 そんな人から認めてもらえるのは本当にありがたいという思いしかない。

 

 深く下げた頭を上げる。

 まだ終わりじゃない。本当に安心できるのは最後までやり遂げてからだ。

 

 

「じゃあ、俺はこれで失礼し──」

 

「時に拓哉」

 

「はい?」

 

 道場から出ようとしたら大和から声をかけられる。

 その雰囲気を簡潔に言うと、何だか殺る気満々であった。

 

 

「久々に軽く組手でもやろうじゃないか。腕は落ちてないだろうな」

 

「え、や、俺まだ他にも挨拶しなきゃだし……」

 

「何、数分だけだ。少しくらいいいだろう。お前をいたぶ……ボコボ……うむ、まあいい。やるか」

 

「やっぱちょっとキレてるよこの人! 二回言い直した挙句諦めてるんだもん! ただただ俺をボコボコにしたいだけだもん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~絢瀬家の場合~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と言っても両親はロシアにいるし、挨拶のしようがないわよね」

 

「あれ、もしかしてここに来て詰んだ? あの親バカにフルボッコにされてまで続けてきたのにここで中断されんの?」

 

 まぶたやら頬がしっかりと腫れている岡崎少年。しっかりとあの数分で園田大和にボコボコにされていた。

 こんな顔で挨拶しようものならそれこそ反対されそうだが、そこは誠意を見せていきたい所存の拓哉である。

 

 

「というわけで一緒に住んでるおばあさまにお願いしようと思ってたんだけど、さすがに拓哉から言ってもらうとビックリさせちゃうからもう私が先に言っておいたわ」

 

「え、まじ? そんなのあり?」

 

「ちなみにおばあさまは廃校の危機で焦っていた私を救ってくれた人ならと喜んでくれたわ。もちろん亜里沙もね」

 

「亜里沙にも言ったのか!? というか喜んでたってどいうことだ……」

 

「唯ちゃんと実質姉妹みたいなものだしこれからも一緒にいられる~って言ってたわよ。ほら、あの子ちょっと思考がズレてるとこあるから……」

 

「……いや、まあ、うん。そっちで勝手に終わらせてくれてたんなら、こちらとしては全然ありがたいんですけどね」

 

 緊張の糸がまた一つ解けたと思えば上々か。

 まずはこの怪我だらけの顔面をどうにかしなければならない。あの親バカ、執拗に顔ばかり狙って来ていたのは完全に殺意から来るものだろう。

 

 

「ええい、次だ次!!」

 

「じゃあ私のとこね」

 

「……え」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~西木野家の場合~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こちらとしては真姫と結婚してくれるなら何でも歓迎さ』

 

「言っておいて何ですけど正気かアンタ」

 

 西木野総合病院の社長ともなれば必然的に毎日忙しい身となる。

 短い休憩時間での電話挨拶という形になった。

 

 

『僕は元々真姫と君が一緒になってくれるならそれでいいと思っていたからね。それは妻も一緒だ。だから僕は歓迎させてもらうよ。それに手早く認めた方が君としてはありがたいんじゃないのかい?』

 

「……ごもっともです」

 

 さすが社長というべきか。頭がキレるというか瞬時にこちらの状況を把握して結論を急いてくれたようだ。

 

 

『で、式はいつにするんだい? 良ければ僕が会場を押さえてもいいけど』

 

「まだ高校生だから気が早いですって!」

 

『ああ、そういやそうだったね。僕もまさか真姫が高校生の内に彼氏から挨拶されるとは思っていなかったしつい忘れていたよ』

 

「それはまあ、そうですけど……」

 

 何も言い返せない平凡少年だった。

 しかしこれでとりあえずは半数の挨拶を終えたことになる。何だかんだで今のところは反対もされず事なきを得ているだろう。

 

 だが油断してはならない。

 こんな異常な段取りで最後まで上手くいくというビジョンがまったく見えないのだ。

 

 

『おっとすまない。もう休憩時間が終わりそうだ。また今度真姫も交えて改めてゆっくり話そう。多少は早くても祝福くらいはさせてほしい』

 

「真姫から許可が出ればですけどね。では、失礼します」

 

 通話を切る。

 この先だ。この先からさらに気を付けていかないと、どこかしらで必ず試練が来るはずなのだ。

 

 幸や不幸の均等化を測るための帳尻が発生するに違いない。これまでの経験則で分かる。

 良いことが続けば絶対と言っていいほどに悪いことも起こる。そんな予感が脳をよぎった時だった。

 

 

「なあ拓哉君。ウチのとこの件なんやけどね」

 

(来たッ! これは確実に何かある! 希は一人暮らしだし絵里と同じように事前に家族に連絡してたとかで反対されたに違いない! ここからが正念場だぞ岡崎拓哉。限界まで足を踏ん張れ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~東條家の場合~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウチ一人暮らしやしとりあえずお母さん達に言うたら普通に了承してくれたんよ」

 

「俺の気合いどうすりゃいいんだよ!?」

 

 踏ん張りどころとかそんなレベルではなかった。

 何かもう出る幕すら奪い取られちゃっていた。

 

 

「俺の出番は!? 全員分用意していた俺の覚悟迷子になってんだけど何これ!?」

 

「転校続きでウチには迷惑ばっかかけてたからって、さらっと受け入れてくれたん」

 

「その優しさに涙出てきそうだよちくしょう!」

 

 そんな中、気まずそうに手を挙げたのが二人いた。

 

 

「あ、あの~、拓哉くん……」

 

「凛達からも言いたいことがあるんだけど……」

 

 花陽と凛だ。

 さすがにここまで来れば拓哉でも流れは分かる。分かってしまう。何なら凛が“も”って言っちゃった時点で察してしまった。

 

 

「や、やめろ……これ以上俺の覚悟を消さないでくれ……! 花陽、凛、お前達なら俺の気持ちを分かっ──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~小泉家と星空家の場合~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ、私達もお母さん達に言ったんだけど、割とすぐに認めてもらえたよっ」

 

「凛も言ったらまた凛を女の子らしくさせてくれた男の子ならって言ってくれたにゃー!」

 

「省略されすぎか!!」

 

 自分よりも彼女達の両親の思考回路を心配してしまうほど略されていた。

 というよりもだ。少年的には真っ先に出てくる疑問があった。

 

 

「てか俺にご両親へ挨拶しろって言ってきたのお前らなのに何で気が付けば勝手に言って了承貰っちゃってんだよお!? いやちょっとホッとしてるのも事実だけど! 今の俺にはまだ重責すぎたけども!」

 

「いやあ、よくよく考えてみれば拓哉君一人に全部背負わせるのも気が引けてなあ。一緒に歩んでいくのはウチらも同じやし、それならウチら自身で出来ることなら自分でもやろうって話になったんよ」

 

「……」

 

 言い返そうにも善意でやってくれたっぽくて強く言い返せない純情少年。

 そもそも無茶振りしてきたのは彼女達なのだから、それはそれでこういう処置をとってくれるのは割と当然という正論なのだが、拓哉は頭から抜けていた。

 

 

「ま、まさかにこまで……?」

 

「はあ……ほら」

 

 手間を省けたという意味ではありがたいが、それはそれとしてとんとん拍子に進まれるとかえって煮え切らない気持ちになるのがこの少年だ。

 その誠意を無駄にしてはいけないということを、彼女になったにこはちゃんと理解している。

 

 そう、通話画面ににこの母親の名前が表示されているスマホを片手に、にこはそれを拓哉に渡す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~矢澤家の場合~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恐る恐る手に取ったスマホを耳に当てる。

 すると、先ほどから会話が聞こえていたのか、にこの声を合図としてその母親の声がした。

 

 

『もしもし、岡崎君かしら?』

 

「……は、はい、どうも、岡崎拓哉です。卒業式以来……ですよね?」

 

『ええ、じゃあその時した会話の内容は覚えてる?』

 

「え? えっと、確か……」

 

 言われて思い出してみる。

 母親とは思えないほど見た目が若かったから印象的な意味でも覚えていた。

 

 あの時、確かこんなことを言われていた。

 

 

『いつも娘がお世話になっています』

 

 

『忙しくて遊び相手にもなってあげられてないからとても助かっています』

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そう、言われていた。

 

 

「……」

 

『思い出しましたか?』

 

「……はい」

 

『じゃあ、私からはもう何も言うことはないと分かってますね?』

 

「……はい」

 

 あの時からもう認められているようであった。

 恋の自覚もないときに、あの母親はもう見越していたのかとすら思えてしまう。

 

 

『ふふっ。では、にこの事、これからもよろしくお願いしますねっ』

 

「……必ず幸せにします」

 

『はい。では』

 

 通話を切る。

 何かを言う前にあちらから全てを言われたような感覚に陥る。

 

 とにかくだ。

 これで一応は全員分の了承は貰えたと言っていいところだろうか。どっちみち将来また会いに行かなければならないだろうが、その時には拓哉もまた成長している。

 

 今とはまた違った覚悟を持って、彼女達との将来を誓う日がやってくるのだ。

 

 

 

 

 

 

「戻ろっか、たくちゃん。私の家に」

 

 穂乃果の声がかかる。

 緊張の糸は切れた。とりあえずはまた平穏で平凡な日常が戻ってくるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 9人の彼女達との何気ない幸せな日々が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緊張が解けたことで冷静になった岡崎拓哉。

 9人の中心を歩く中、ふとこんなことを呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、結局俺って最後一方的に言われて何も挨拶できてなくね?」

 

「気のせいよ気のせい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 さて、いかがでしたでしょうか?


 久しぶりすぎる更新。もはや覚えている方はいないと予想しておきましょうか。
 いや、本当に申し訳ございません。今思えば普通に難しいテーマで書くのに時間がかかってしまいました。

 親への挨拶、ということでしたが、岡崎が会った事ある人達を重点的に、会った事のない、もしくはアニメで台詞すらない両親はダイジェストというか簡潔にさせていただきました。
 まあせっかく結ばれたのですから無駄なシリアスはいらないかなと。ならもういっそのことコメディーでいこうぜって感じで書きました。





 さて、一応この作品を好いてくださっている皆様には大変申し訳ないのですが、『奇跡と軌跡の物語』の続きは一旦これにて一区切りとさせていただきます。

 他に書きたい作品(虹ヶ咲)が出来てしまって、そちらのモチベに力を入れたいなと。どうかご理解のほどお願い申し上げます。



 では、新たに高評価を入れてくださった


 陽炎@暇人さん

 名無しの冒険者さん

 煉獄騎士さんさん


 計3名の方からいただきました。本当にありがとうございました!!
 これからも高評価お待ちしております!



 では、また次回作で皆様に出会えることを祈りつつ、今回はここで筆を置かせていただきます。
 




 虹ヶ咲アニメ最高すぎません? 侑ちゃんに会えないの辛い。
 ラブライブ熱が再燃してきましたんで、虹ヶ咲の小説書こうかと思います。


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