狩人世界の似非天使 (御薬久田斎)
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プロローグ

やってしまった二次投稿。何番煎じかも分からないけど後悔はしない。

あと、流星街スタートではありますが旅団ルートとかじゃありません。流星街からが何となく書きやすかったんです。


「……何やってるの?」

 

 ぼんやりと淀んだ空を見上げていると、誰かに声をかけられた。

 

「何も」

 

 私は言葉少なに声の主に返答した。真実私は何もしちゃいない。空を見上げているのも、別に空を見たいわけでもなんでもなく、起きてから何もしないでいたら結果的に目に空が映り込んでいるというだけの話だ。

 

 気がつけば、私はゴミ山の上に寝転がっていた。

 ここはどこ? 私は誰?

 他人に今の状況を説明するとなれば、この二言で事足りる。

 私は誰? そもそもまず自分が誰なのか分からない。これ以前はどこにいたのか何をしていたのかいつ生まれたのかどうして生きてきたのか。さっぱり覚えていない。

 

「貴女も捨てられたのね」

「覚えてないわ」

 

 捨てられた。こんな場所で、生まれたままの素っ裸で何をするでもなく空を仰ぐ私は確かに、他人からすれば廃棄物に見えるのかも知らない。

 

「事情は知らないけど。“此処”に居るということは、捨てられたというのは間違いないのよ」

「どうして?」

「此処には捨てられたものしかないから。この、『流星街』にはね」

 

 流星街。

 確か、HUNTER×HUNTERなる漫画にそんな無法地帯が出てこなかっただろうか。自分のことは何も覚えてはいないのに、そういう知識だけは何故か残留している。

 それにしても、漫画の中の地域名を騙るとは、この人は厨二の人なのかオメデタイ人なのか。

 

(……どうでもいいわ)

 

 本当にどうでもいい。ゴミ山に寝転がる廃棄物(仮)にわざわざ声をかけてきたお節介を放置して、私はゴミに手をついて身体を起こした。意識を覚醒させてからこっち、これが初めての行動である。

 

「ん……」

 

 さらりと、顔に白い糸がかかる。大量の釣り糸でも引っかかっていたのだろうか。軽く手で払っても、それらはピタピタとしつこく顔に張り付いてきた。鬱陶しいわ。

 

「何自分の髪の毛と遊んでるの」

 

 ……どうやらこの白い糸は私の髪の毛らしい。おかしい、日本人なら黒い髪の毛が普通……。

 あれ。私って日本人なのだろうか。そもそも何で裸なんだ私。ゴミに衣装は要りませんってか。

 

「コレあげるから。羽織っときなさいよ」

「……ありがとう」

 

 そう言って、黒い髪の少女が私にボロ布を手渡してきた。なるほど粗末な代物ではあるけれど、何もないよりかは幾分かマシだ。

 手渡されたボロ布を羽織り、私は初めて周りを見渡した。

 

 そこは、まさにゴミの大海。見渡すかぎりに高波のごとくゴミ山が乱立している。ところどころからはドス黒い煙が立ち上り、空を灰に染めている。不衛生という言葉すら既にぶっちぎり、見渡すかぎりに汚物しか存在していない。そこかしこに蠢く何かがいるのは見て取れたが、果たしてここは生物が生存可能の環境なのだろうか。

 

「……どこここ」

「だから、流星街よ。この世の何を捨てても許される場所。ゴミも、武器も死体も赤ん坊も」

「どこかで聞いた設定だわ」

 

 羽織ったボロ布の前を押さえ、私は首を傾げた。どうもおかしい。本当に、ここはどこなのだろう。日本にゴミ山がないとは断言出来ないが、ここまで壮大なものはさすがにない。かと言って少女の言葉を鵜呑みにしてしまえば、今いる場所が漫画の中の世界ということになってしまう。(多分)常識人の私には、俄には頷き難い。

 

「設定? よく分からないけど、ここでぼんやりしていたら“ソレ”と同じようになるわよ」

「“ソレ”?」

 

 少女の指差す先は、大体私の足元辺り。そこには朽ちた玩具やぼろぼろのお菓子の袋、黒ずんだ流木があるばかりで――

 

「馬鹿げてる」

「何が?」

 

 震える声で否定する私に、少女はやはり先と何ら変わらぬ声で尋ねてきた。

 流木は、人間の赤ん坊だった。……正確にはそのミイラだ。小さな体躯はカッサカサで黒ずみ、手足はほとんど骨と皮のみ、眼窩には虚無が渦巻いている。正直、その様は直視に耐えない。どうやったらこんな有り様になるのか、私には想像もつかなかった。

 

「……」

 

 落ち着かない。私は赤ん坊のミイラから目をそらした。早くここから離れたい。少なくとも、この場所は普通では無いのだ。ゴミの海など生ぬるい。

 

「ちょっと! 危ないわよ!」

 

 私は止めようとする少女の手をすり抜け、足場の悪いゴミ山をまるで階段でも降りるかのようにひょいひょいと飛び降りた。どうやら、幸いにも私の身体能力はかなり高いらしい。

 

 ピキ

 

 下に降り立つと同時に、足の裏で何かを踏みつけたのを感じた。足をどけてみると、割れた鏡の破片があるのを見つけた。しかし、足に痛みはなく、傷があるようには感じられない。身体能力の高さだけでなく、私の身体はかなり頑丈でもあるようだ。

 私はその鏡を手に取り、そのくすんだ鏡面を覗きこんだ。

 

「……まるで、Angel Beats!の天使ね」

 

 歪な鏡の向こうにいたのは、金眼の少女。白く、背中まで伸びた髪。幼い顔立ちに浮かぶのは、生きてて何が楽しいのと言わんばかりの無表情である。その少女の口は、私の言葉に合わせて僅かに動いている。

 

「――“guard skill ; hand sonic”」

 

 鏡を持っていない方の手、左手を持ち上げ、ほとんど冗談のつもりで呟いた。

 しかし、事実は奇矯であまりにも残酷だった。

 呟くと同時に、左手に付随する形で虚空から刃が生成されたのだ。無数の数字とアルファベットもまき散らしながらのおまけ付き、である。どこかで見たことがあるような気のするエフェクト効果だった。

 確認を終えた以上刃はもう不要、私は命令を即座に破棄した。一度使ってみて、コレがどういったものかは頭がよく理解してしまったために、破棄は容易に出来た。刃は、初めからそこになかったかのように、収束して消え去った。

 

「困ったわ」

 

 他ならぬ、自分が証明してしまった。

 

「本当に『流星街』かどうかは分からないけど――」

 

 少なくとも、異能の類のある漫画みたいな世界ではあるようだ。私は、そろそろとゴミ山から降りてきた少女の方に目を向けた。腐海とも言えるような場所からのスタートではあるが、不幸の中の幸いというべきか、この身体には身を守るだけの力があり、また都合よく情報提供者になりうる人間もすぐそこにいる。

 

「まずは、情報収集ね」

 

 




国語の長文書かせる問題ちゃんとやっときゃ良かった。


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人を変えるに足るものとは

かと言ってゾル家ルートでもなし。


 

 キキョウと名乗る少女の後に付き、私は悪臭漂うゴミ山の間を縫って歩いていた。

 そのキキョウの手には大きな袋があり、彼女曰く袋の中身が今日の成果だという。

 

「今日はもう引き上げ。夜のここは危険だから」

 

 なるほど、彼女の言う通り淀んだ灰色の空にも少しずつ朱が混ざり始めていた。夕暮れが近い。空を見上げると、また飛行船から何かが落とされるのが見えた。私がゴミ山に転がっていた時にも二、三度見た光景だ。外の住人のゴミ捨ては、ああしてたまに行われているようだ。テレビや洗濯機といった、分解されていないそのままの家電も隕石の如く降ってくるために、もしも下に誰か人がいればひとたまりもないだろう。

 

「危ないわね」

 

 周囲のゴミをまき散らし、地響きを立てて着弾した大型冷蔵庫を呆れた気分で眺めながら、私は呟いた。

 

「でも、ここでは大事な資源よ」

 

 キキョウが袋を掲げながら言った。何でも、此処に住んでいる人々はその日拾ったものを再利用、物々交換することで生計を立てているらしい。

 

「じゃあ、アレは持って行かなくていいの?」

 

 私は、さっき降ってきた大型冷蔵庫を指さしながら聞いてみた。デザインはレトロな感じだが、上空から降ってきたにも関わらず外傷は見られず、まだ使えそうな気がする。自分で使うなり交渉の品にするなり、有益に使えそうに見えた。

 しかし、キキョウは冷蔵庫を一瞥するだけして目をそらした。

 

「大きすぎるし重すぎる。見て分からないの? 持っていけるわけないじゃない。何も持ってなくても、手に余るわよ」

 

 キキョウはそう言ったが、それは私としては予想通りの答えである。どういう形にしても、私は一度自分の力を試しておきたかった。そして、それを今発揮する良い言い訳もこうして出来たわけだ。

 

「なら、私が持っていく」

「は? 何を言って……」

 

 冷蔵庫のそばに行き、角に両手を這わせる。傍目にはかなり不安定で負担のかかりやすい持ち方ではあるが、行けるような気がした。問題は自身の体重の軽さだけだが、それは力のかけ方でどうとでもなる。

 ゆっくり力を込めていくと、冷蔵庫が軽くなっていくような錯覚を覚えた。そこから一気に力を込めると、冷蔵庫はひょいと浮き上がり、私の両手に挟まれるような形で安定した。漫画にすれば、『ひょい』という謎の効果音とともに大岩を持ち上げるような場面だ。今なら私でも主人公になれる気がする。

 

「行こ」

 

 私は呆気にとられた様子のキキョウに、平坦な声でそう告げた。

 

「それ……どうなってるのよ」

 

 自分の身体よりも何回りも大きい冷蔵庫を、まるで発泡スチロールのように持ち上げている様は、彼女には理解し難いらしい。

 私はといえば、自分の身体を蒸気のようなものが取り巻いていることは起きた時から気づいていたので、できると確信していた。おそらく、“hand sonic”だけでなく、他の原作スキルも念能力で再現されていると。この分なら、身体能力強化スキルの“overdrive”も問題なく機能しているだろう。

 

「“念”」

 

 特に隠すつもりもないので、躊躇いなく答える。というよりそもそも、キキョウ自身も稚拙ながら“纏”らしきものを使っていた。無意識のようだが。

 原作HUNTER×HUNTERに出てきた流星街出身の念能力者は、全体的に実力者揃いだ。どこぞの旅団然り、どこぞの暗殺一家の使用人然り。そういう土壌ができている……というよりそういう強者が生き残りやすく、また流星街という内側に収まりきらなくなり外に出てくるのだろう。

 

「ネン? なにそれ、はぐらかしてるの?」

「違う。説明するから、ちょっと黙ってて」

 

 どうにもこの私は口下手だ。心の中ではべらべらしゃべっていても、なかなか外に出す言葉に変換出来ない。

 

「“念”と言うのは、生き物なら誰もが持つ“オーラ”という生命エネルギーを、自在に扱う技術のこと」

「え、何なのそれ。そんなのあるわけない……とは言えないわよね。じゃあ、私にもそれ出来るの?」

「そう。人間なら誰もが持っている可能性。普通なら、死ぬまで気づかず死蔵されたままね。余剰エネルギーのはずなのに、もったいないわ」

 

 私の知る、HUNTER×HUNTERが漫画として存在していた世界、仮に現実世界とでも言うが、その世界でも、人間は普段は無意識のうちに自身にセーブをかけ、全力を出しきれないという話があった。“念”で扱われる普通に生きる分には必要ないはずの余剰オーラも、身の安全のためにセーブされてきたエネルギーの一部なのだろう。無理やり起こし、扱えなければ害もありうるという例を見る限り、死蔵というのも頷ける。

 

「だから、修行次第で誰にでも習得できる。普通は、オーラの出る穴が閉じた状態にあるから使えない。その穴を開き、オーラを引き出すことが第一段階」

 

 私自身、記憶した覚えのないふわふわと実感のない知識を確かめるように、ゆっくりと咀嚼するように言葉にしていった。

 

「どうすれば、その穴を開くことが出来るの?」

「方法としては二つ。『ゆっくり開く』と『無理やり開く』。『ゆっくり開く』方法は、座禅や瞑想でオーラの流れを体感しながら穴を開放する。真っ当なのはこっちの方法。『無理やり開く』は、他人のオーラで穴をこじ開ける方法。ただ、正道じゃないから、オーラを放出しすぎて全身疲労で干からびることもあるらしいわ」

「へ~。貴女は、どっちで使えるようになったの?」

「さぁ。知らないわ」

「え、何でどうして」

「そう言われても困るわ。私は覚えていないから」

 

 本当に、何故か使える、としか言い様がない。このゴミ山で起きる前の私のことなんて、何一つ覚えていないのだから。

 

「ふ~ん。……ねぇ、私にも“念”、使えるようにしてくれない? “念”が使える貴女なら『無理やり開く』ことも出来るのよね? すぐに使ってみたいの」

「何故?」

「何故って……そんなケチケチしなくていいでしょう? その布あげたし、もっとこの流星街のこと教えてあげるから。それとも何? 他人には教えられない理由でもあるの?」

「違うわ」

「じゃあ何なのよ!」

 

 ヒートアップしながら詰め寄るキキョウを片手で押しとどめながら、私は言葉を探した。私が大型冷蔵庫を持っていることを忘れるほどの、興奮度と順応力に些か戦慄する。片手だけでも冷蔵庫を持てたことが幸いだった。……これでもまだ軽いぐらいで、一体どれほどの力があるのか、私の身体もなかなかに底知れない。

 

「貴女はもう“念”を使えている」

「えっ!?」

「より正確に言えば、その入口に立っている」

「ええっ!?」

 

 うまく説明しようと、キキョウの“纏”を観察してみた。そうすると、かなり中途半端な状態であることが分かった。オーラの穴、精孔は全開の一歩手前で、“纏”も揺らぎが多い上にいくらか体外に垂れ流されている。念能力者と呼ぶには、あまりにもお粗末な状態だ。とは言え、完全閉孔垂れ流しの一般人よりはかなり先を行っている。後はオーラを認識させれば、自分でどうとでも出来るのでないだろうか。

 

「キキョウの身体の周りに、蒸気みたいなのがある。ソレがオーラよ」

「えええっ! コレが!?」

 

 ……どうやら既に認識していたらしい。なのに何故そのままなのか、甚だに疑問である。

 

「気づいた時にはもうこうなっていたから……てっきり、こういうものだと思っていたわよ。どうりで他の人より妙にもやもやが多いと思った」

「死にかけたりすると、覚醒することもあるらしいわ。貴女は物心付く前にそうなったのかも」

「そうなの? けど、ツイてるわね。ねえ、もっと詳しく教えてよ」

「見えてるなら、体感も出来ると思う。オーラを、体表で留め、巡らせるイメージ。“念”の基本中の基本、“纏”がそれ。今も無意識にできているみたいだけど、まだかなり不十分みたいだから」

 

 言いながら、自分でもやってみる。私の場合、起きた時から高いレベルでの“纏”ができていた。恐らく、意識がなくとも“纏”の維持が可能なレベルだろう。こうなると他にも色々試してみたくなるが、すぐ隣に集中を始めたキキョウがいるために、“練”などの派手な行為を行うのは気が引けた。なので大人しく“絶”や“流”の真似事、とどめたオーラを意味もなくうねうね動かすに興じることにする。それだけでも何か楽しい。

 

「出来た! これでいいのよね!?」

 

 気づけば、キキョウが“纏”を完成させていた。漏れはなく、淀みも解消されている。精孔はまだ完全解放されていないが、“練”を一度でもやれば無理矢理にでも励起されるだろう。

 

「ねえ! 次は次は!?」

 

 やはり、キキョウの素質はかなり高いらしい。彼女の名前を聞いた時にもまさかと一度思ったが、もしかするともしかするかもしれない。冷蔵庫に構わず楽しそうに掴みかかってくるキキョウを穏便にいなしながら、素知らぬ顔で私は再び彼女の名前を検分していた。

 

「キキョウ。“キキョウ”って、ありふれた名前よね?」

「ジャポンではよくあるけど、流星街では聞かないわよ。ねぇ、そんな事より、他の“念”を教えてよ」

「……(このキキョウがあのキキョウ・Zさんだったら、時間の流れの残酷さを思い知らずにはいられない)」

 

 ゆさゆさと揺すぶってくるキキョウに当たらないように冷蔵庫を掲げ持ち、私は十歳前後の幼くあどけない表情のキキョウを、複雑な思いで眺めながらしばし物思いにふけった。

 




ところで流星街では食料ってどうしてるのでしょう。外と取引してるようにも見えないですし、やっぱり自給自足、というにも環境が悪すぎるし。謎です。


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光る念系統

起伏が欲しい。なんて平坦な話なんだ。


「……ふぅ」

 

 流星街の居住区として使われている区域の一角で、私はため息を吐いた。キキョウに聞かれ、念について知りうることを色々と話していたが、一先ず満足したのかようやく先刻毛布にくるまり寝息を立て始めたのだ。

 空はすっかり黒に塗りつぶされ、灰色のスモッグがうっすらと見える程度。随分長く話し込んでいたらしい。

 周囲にはみすぼらしいあばら屋が立ち並び、流星街の生活水準が見て取れる。が、キキョウ曰く此処は流星街の中でも最下層らしい。普通なら、一応朽ちているとはいえちゃんとした建築物に住んでいるそうだが。まぁ、キキョウのような子供が一人で生きているのだから、さもありなん。キキョウの邸宅もここらの例に漏れず、人一人住むのが精一杯の掘っ立て小屋である。だから、眠気のなかった私は遠慮して外に出てきたのだ。

 また、動く人の気配のは少ないこの時間帯は、今の私には都合が良かった。

 

「ふっ」

 

 一呼吸で地を蹴り、空を舞う。

 この程度のことは、足にオーラを特別回すまでもなく容易に可能だった。

 汚染した空気と、淀んだ夜空がとても惜しい。澄んだ空であれば、この上ないほどに気持ちが良かっただろうに。

 身体が落ちる度に地を蹴りつけ、私は瞬く間にゴミ山の乱立する地帯に移動した。

 

 最終的に立ち止まったのは、ゴミ山にぽっかりと空いた空白、あらゆる角度から死角となりうる窪地だった。

 その中心に立ち、息を整えながら周囲の気配を探る。

 

 そして、何もいないという確信とともに、私は右掌を上にかざした。

 

「“学園天使の模倣劇(エンジェルプレイヤー)”」

 

 高まるオーラとともに、虚空から姿を現したのは一台のノートパソコン。

 

「……成功」

 

 様々あった知識のうちの一つ、どうやらこれが私自身の能力であるらしい。おそらく記憶を失う前の私が創ったのだろうが、こうして能力の核であるノートパソコンを持ってみても実感はあまり沸かなかった。

 電源ボタンを押し、パソコンを立ち上げる。本物とは仕様が違うのか、一秒も経たずにデスクトップが開いた。

 私は、デスクトップの左上に一つだけぽつんとある“Angel Player”のファイルを開いた。ファイルの中にあったのは、起動ソフトとマニュアル、私は起動ソフトの方を選択した。

 

「やっぱり、スキルは全部揃ってるわね。“hand sonic”もちゃんとVer.5まで……けどまさか“harmonics”まであるなんて。カストロも目じゃないわね。ん、スカトロだったかしら?」

 

 それぞれのスキルの仕様を確認しながら、私はマニュアルも開き軽く目を通した。そして、想像はしていたが、この“Angel Player”という念能力がかなり反則くさい能力であることが分かった。

 “Angel Player”に既に作成され登録されているスキルは少ないオーラでほぼ制限なく使える上に、既存スキルの改変、新スキルの作成まで自在に出来る。現在の出力増強や、強度の強化、コスト削減にスキルそのものの仕様変更と、自由度は高い。改変・作成は多大なオーラを必要とするものの、得られる利益と明らかに釣り合っていない。“harmonics”ですら、現状で原作並に分身を出せる上、性能も原作通りという反則仕様。全体的に欠点らしい欠点は見受けられず、強いていうならこのパソコンを破壊されたら、私自身もただではすまない、という程度だ。だがそれも、人目のあるところで具現化しなければいいだけの話である。異様なまでに汎用性の、応用力の高い能力だ。

 一体前の私は、何を引き換えにしてこれだけの能力を創ったのか。その辺りのことは、私の知識にはなかった。

 

 マニュアルを読んでいると、あることに気づく。どうやら“Angel Player”はスキル作成だけが全てではないらしい。マニュアルに書かれていたのは、私の自動戦闘機能についてだった。

 “Angel Player”の確認をすれば、確かにスキル欄の他に項目がある。

 そちらを開き、戦闘パターンを見ると、基本的に防衛方面に従事されていることが見て取れた。目に付いたのは、反射限界を越えて領域に侵入してきた致死性のある質量体に対するガードパターンや、近接戦闘におけるカウンターパターンなど。

 

「そう言えば、原作の立華奏にとっては“Angel Player”はあくまで自己防衛手段でしかなかったわね」

 

 納得しながら、ここまで原作準拠に設定していた前の私のことについても疑問に思う。Angel Beatsの世界では確かにこれでも十分過ぎるほどではあっただろうが、ここはHUNTER×HUNTERの世界だ。この世界では、正直このままでは心もとない。

 

 私は、能力をより実戦的かつ攻撃的なものに書き換えるべく、キーボードに指を走らせた。

 

 

 

 

 

 私が目を覚ましてから、キキョウと出会ってから一週間。そろそろ流星街の環境にも慣れてきた頃だが、そんな私以上にキキョウは念に対して意欲的だった。

 

「ちょっとカナデ! “練”が上手くできないのだけど!」

「鍛錬が足りないわ。多分」

「もう少し簡単な、そう、コツとかないの?」

「さぁ。あれば誰も苦労しないじゃないのかしら」

 

 と言いながら、私は若干の後ろめたさを感じていた。“纏”は初めから使えていた上に、“練”も次の日には自然に使えることに気づいたのだ。同じ基本技、四大行の“絶”もまた言うまでもなく、今は“凝”と“流”を鍛えている。この身体、念能力もさる事ながら、念技能そのものの素質も反則的だ。

 しかし、側にいる私がアレなだけで、キキョウも才能ある人間らしい。元々触りが出来ていたとはいえ、既に“纏”は安定し、一週間で“練”にもこぎ着けている。軽い手合わせ、じゃれ合いでも、日本の体術に近い型が見られた。一応ジャポン出身と聞いてはいるが、流星街に来る前に何らかの享受を受けていたようだ。まぁ、キキョウにもキキョウなりに色々と事情があったのだろう。

 

 それはさておき、私は水見式に使えそうなコップ・グラスを探すべく、ゴミ山の方に目を向けた。ここ数日場所を変えながら探していたが、大抵使えないレベルで割れていて、なかなか適したものは見つからない。ここ流星街には、それこそあらゆるものがあるが、限定的なものを探そうとなると困難を極める。それも、破損しやすい硝子製のものだとなおさらだ。ただ、それを探す途上で、比較的損傷の少ないジャージ上下を見つけたことは僥倖だった。妙に馴染むので、キキョウに貰ったボロ布はそっちのけで今はそっちを着込んでいる。

 それにしても、いくら貴重品とは言えそろそろ見つかってもいいのではないだろうか。今のところはむしろ、精密機器の部品やら破損した情報端末と言った別の貴重品が発掘されているぐらいだ。

 

(今日見つからなかったら、物々交換しよう……)

 

 ハイスペックの私が加わったこと、自分が念を使えるようになったことで、以前の自分よりも日々の収入が段違いに増している、とキキョウは言っていた。それこそ、生活必需品以外に余裕が有るくらいにだ。因みに、キキョウはコップを持っていない。キキョウにとっては必需品ではないようで、椀で代用していた。

 

「……あ」

 

 と、そんなことをつらつらと考えていると、ゴミとゴミの隙間に、半透明の何かが落ちているのを見つけた。

 勇んで掘り出してみると、それは汚れてくすんだコップだった。

 

「プラスチックだけど。透けてるから問題ないわよね」

 

 縁まで水が入れられて、中が見えたらそれでいいのではないだろうか。

 

 目的を終えた私は、キキョウのいる場所に引き返した。

 キキョウは、私が中座した時から変わらない体制で目を閉じて集中していたが、私が近づくと目を開き頬を膨らませた。

 

「ちょっとカナデ! どこ行ってたのよ、折角“練”出来るようになったのに」

「ごめんなさい。次の準備してたから」

「次の?」

 

 私はコップをキキョウの前に置き、水筒を取り出して水を縁のギリギリまで注いだ。葉っぱも、念のため何枚か用意して持ってきていた。

 

「飲むの?」

「違う。念の基本は四大行、“纏”、“練”、“絶”に“発”。“絶”もその内出来そうだから、そろそろ念能力の本懐、“発”の前準備にうつる」

「“発”! 超能力みたいなことができるのよね?」

「みたい、というより、念能力自体が一種の超能力だと思う。出来ることは、人によって千差万別だけれど」

「ふんふん。カナデも、何か使えるのよね?」

「使える」

「やっぱり! 見せて見せて!」

「念能力は、他人に知られる度にリスクを負うものだから。本当ならあまり披露なんてするものじゃないのだけど。キキョウには、少しだけ。“guard skill ; hand sonic”」

 

 キキョウにねだられ、私は渋々“hand sonic”を使った。とは言え、元々“ hand sonic”は“Angel Player”を隠すための見せスキルにするつもりだったので、大したマイナスにはならない。

 キキョウは、私の手に現れた刃に目を輝かせた。

 

「凄い! どうなってるのそれ、私も出来るようになるの!?」

「さぁ、知らないわ。これは多分具現化系統の能力。キキョウの得意系統によるけど、具現化系じゃないのならあまりオススメはしないわ」

 

 私は刃を消しながら答える。詳しくは分からないが、具現化系は念能力の中でも開発が難しい能力系統だと私は考えている。また六性図で見ても、隣の系統である変化系は具現化系とは合わせにくい上、反対側の特質系は個々人によってあまりに変則的過ぎる。また合わせやすい操作系にしても些か離れている上に、操作系の能力者ならば普通、具現化系よりもより相性のいい放出系に目を向けることだろう。具現化系に特化していなければ、適用しにくい能力系統なのだ。

 ただその代わりに、特質系についで変則的な系統であり、具現化するモノによっては能力者同士の強弱を覆しうる特殊な系統だ。

 

 が、キキョウは恐らく操作系なので正直関係ない。先に述べたように、放出系と合わせたほうが戦術の幅が増えることは言うまでもないだろう。

 

「そう言う能力の話は、貴女の得意系統が判明してからだわ」

「そ、そうよね。えーと、どうすればいいの?」

 

 私は水を注いだコップの水面に葉っぱを一枚置き、コップを包むように両手を添えた。

 

「こんな風にして、“練”をして」

「それだけ?」

「それだけ。だから、やって」

 

 私はコップから手をどけて、キキョウに場を譲った。キキョウは少し逡巡していたが、大人しくコップの前に座り、両手を添えた。

 

「あっ、葉っぱが揺れた!」

 

 キキョウが“練”をすると、予想通りというべきか、水面に浮かべていた葉っぱが予定調和のようにゆらゆらと独りでに動いていた。

 

「えーと、つまり私は何系?」

「六性図のことは、前に少し教えたわね」

 

 テンションの上がるキキョウをよそに、私は地面に拾った棒で六角形を描きながら呟く。頂点から“強”、それから時計回りにそれぞれの角に六系統の頭文字を書き込んだ。そして、左下に位置している“操”の字を棒で叩く。

 

「キキョウは、この操作系」

「操作系……って何が出来るの?」

「ん……任意の対象に念を込めると、操ることが出来るわ」

「えっ! 人間でも!?」

 

 そこで真っ先に人間を提示してくるところが、まさにキキョウだ。それも輝く笑顔で。これが殺し屋クオリティだろうか。

 

「無機物有機物生物無生物問わず、基本的には何でも操作できるらしいわね。ただ、高度な意志を持つ人間を操作するなら熟練が必要だわ」

「へー、へー」

 

 楽しそうに頷くキキョウに、将来を憂う。別に、この人の命の軽い世界で殺人を過剰に厭うつもりはないし、キキョウがこの先暗殺一家に入ろうが知ったことではないけれど、シリアルキラーにはなって欲しくないと思うのだ。

 

「ねえ、カナデがやったらどうなるの?」

「私は……知らない」

「え、どうして?」

「まだ、やったことないから」

「じゃあ、何で具現化系の能力が使えるのよ」

「(しまったそうだった)」

 

 恐らく、キキョウは具現化系の場合はどういう現象が起こるのかを聞いたのだろう。だがそれゆえに、今のやりとりは不自然だった。これではまるで、私が自分の系統も知らないままで能力を開発したように思われる。

 

「やってみせたほうが早いわ」

 

 キキョウの疑問をスルーして、私は強引に話を進める。キキョウも好奇心が勝ったのか、大人しくコップの前から退き、私の挙動とコップとを交互に眺めていた。

 私は、少し緊張しながらコップに両手をかざした。そして一呼吸を起き、一気に“練”をする。

 途端。

 

「!!」

「ひゃっ!」

 

 まるで閃光のように、コップの中の水が暴力的な光を迸らせる。キキョウは小さく悲鳴をあげ、私も思わず目を閉じた。

 そして一瞬後、恐る恐る目を開けてコップの方を見やると、水が消滅し葉っぱがひらひらと寂しげに舞っている様子が目に入った。

 

「……あぁ」

「これは……何系なの?」

 

 呆気にとられた様子のキキョウに聞かれ、私は癖になってきたため息を吐きながら答える。

 

「多分、特質系」

 

 特質系だろうというアタリはつけていたものの、起きた現象は正直予想以上だった。チカチカとする視界を治めようと、目蓋を押し瞬きをしながら、私はこの発光自体が一つの能力になるんじゃないかとぼんやりと考えていた。

 




というわけで天空闘技場に行きたい。


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驚異の251階建

というわけでごめんなさい。キキョウさんはしばらくお休みです。
今更ですが色々オリ入ってます。


「ようこそ。お一人様ですね? では、こちらに必要事項をお書き下さい」

「格闘技経験……二ヶ月、と」

 

 この世界に来て、はやふた月。

 私は流星街を出て、一人天空闘技場に来ていた。

 

 元々、此処に来ること自体は結構前から計画をしていた。流星街で移動費に充てる外貨を集めるのに苦労し、ここまでかかったのだ。天空闘技場は、原作にも出てきた、資金的にも実力的にも大きく第一歩となる場所だ。何よりここでは身分証の類は必要なく、受付で名前(偽名でも可)や年齢(サバ読み)を記入すれば、それだけでエントリーが可能となる。流星街がスタート地点である私にとって、手っ取り早く稼ぐために此処に来ることは決定事項だった。

 勿論、資金調達だけが目的の全てではない。いや、むしろそちらは二の次で、私の第一の目的は経験を積むことだった。

 

 私の戦闘スタイルは、まだ構想段階にあった。キキョウとの手合わせだけでは能力を使う機会がほとんど無く、ほとんど我流の体術のみで相手をしているためだ。最終的には、自己判断(マニュアル)自動戦闘(オート)をリアルタイムで切り替える、一人スイッチを目指してはいるものの、まだまだデータが少なすぎる。何せ能力の元となったキャラが、そもそも普通の高校生なのだ、仕方がない。某可愛い物好きの忍者娘のデータでもあれば話は別だったが、当然のことながら天使の能力の範疇外のようだ。どちらにせよ、能力のバージョンアップを図るにも、戦闘理論を組み上げるにも、私にはあまりにも戦闘経験が足りていなかった。

 

 とは言え、天空闘技場の190階クラスまでは今のキキョウでも勝てる程度の相手しかいないだろう。何せ、念能力者と非念能力者との壁はあまりにも厚い。なので、私の目的は200階クラス、ひいてはフロアマスターだ。原作で出てきた200階闘士は……アレだったが、さすがにフロアマスターともなれば相応の闘士が揃っているだろうことは想像に難くない。

 

 というわけで当面の計画は、200階まで適当にファイトマネーを稼ぎ、200階から本気出す!という流れだ。

 

「それでは中へどうぞ!」

 

 用紙に虚実を混ぜながら必要事項を書き込み、受付に提出すると、笑顔で闘技場への入り口に案内された。見るからに弱々しい私を、初めて見た時からにこやかな笑顔と対応を崩さないスタッフにプロ根性を見ながら、私は闘技場に歩を進めた。

 

 

 

 薄暗い通路を抜けた先には、様々な怒号・歓声の響き渡る広大な空間があった。ばらばらと、しかし決して少なくない数の観客達が観客席を行き来し、中央の正方形のスペースには16の闘技舞台が設置され、それぞれの舞台の上では闘技者達が楽しそうにじゃれあっている。この調子で251階まで続いているというのだから、この世界の建築技術には舌を巻かずにはいられない。少なくとも、私の知る日本という国とはレベルが違った。その癖、航空技術は飛行船、気球止まりなのがおかしかった。エジソン兄弟を始め、あちらの世界の歴史を変えてきた天才達には、尊敬の念を禁じ得ない。

 

 一応ざっと会場を見渡しては見たものの、“纏”を出来ているものは一人もおらず、やはり念が隠匿された技術であるらしいことが再確認出来た。少なくとも、200階までは負けることもないだろう。

 

『992番・1043番の方、Lのリングへどうぞ』

「あ、私の番号」

 

 私は渡された番号札を見ながら、さっき座った観戦席から立ち上がる。

 どうでもいいことだが、ハンター文字があるのにアルファベットの概念もあるらしい。私は舞台に刻印されているLの字を見ながら、この世界の他言語の存在について考察していた。

 

「おいおい本気かよ」

「?」

 

 声をかけられ目を向けると、私の目の前には人相が悪く図体もでかい男性がいた。どうやら、ぼんやりしている考え事をしている間に舞台の上に上がっていたらしい。Lの舞台には俄に視線が集まり、様々な野次が飛び交う。からかうものであったりやめとけ的な言葉ばかりで、私の見た目のためか攻撃的なものはないものの肯定的なものは一つもなかった。

 

「わりーが、手加減はしたことねーぜ」

 

 打って変わって、見た目の割に紳士的なのは私の対戦相手の男だった。よく見れば筋肉質な体つきをしており、姿勢も素人目ながらぶれていない。男からは、武に対する誠実さが見られた。

 だからこそ相手が私であることが気の毒だった。私自身は素人だが、能力で在り方自体を最適化されているこの身体は違う。非現実的なまでに増幅されている筋力、それを補うために強化された感覚、それらを最大限に活かす身体の動かし方。たとえ武術を学んでいなくとも、この身体では機械的に答えが示されていた。

 その上、私は念能力者で男は非念能力者。ご愁傷様としか言い様がない。勿論、200階までは“纏”のみで行くつもりではあるが。

 

「貴方も、気を付けて。私は、早く上に上がるつもりだから。手加減はするけど、容赦はしないわ」

「ふん。確かに少しはやるみてーだが」

 

 男の態度に答え、私は自分なりに謙虚に忠告してみるものの、逆に男に何かの火を着けてしまったように見えた。不快に思わせたのなら些か申し訳ない。

 

「ここ一階のリングでは、入場者の方々のレベルを見ております。制限時間は3分間、この間に、十分自分の力を出しきって下さい。よろしいですか?」

 

 Lのリングの審判に声をかけられ、先の言葉きり黙している男とともに頷く。

 

「それでは、始め!」

「思い上がったガキには、現実ってモンを教えてやるぜ!」

 

 どうやら先の言葉から溜めていたらしいセリフを吐き出し、男は床を蹴った。

 ――残念。やはりキキョウよりも遅い。男が弱いのかキキョウが強いのか。考えるまでもなく後者だろうが、別に男に対する悪感情は浮かばなかった。

 さて、男の語る“現実”はどうやらパンチだったらしい。私は悠長に男の動きをつぶさに観察しながら、目前まで迫った男の拳にそっと手を添えた。男の拳は、背の低い私を捉えるためか下からえぐり込むようなパンチだった。

 しかしそれは関係ない。

 

「!?!?」

 

 一瞬見えたのは、男の、訳が分からないといった顔。

 私がしたのは、ただ自然に男を放り投げただけだ。能力の副作用か、はたまた生まれつき(デフォルトで)こうなのかは分からないが、私は認識力が異常に高い。男の重心のかけ方も、男が拳を繰り出そうとしていたのも、どうすれば私と男に負担をかけずに投げることが出来るかも、全てが一瞬の内に頭で理解できていた。

 男からすれば、いつの間にか宙を舞っていた、と感じられたのかもしれない。

 

 私は壁に叩きつけられた男を確認し、審判の方を向いた。

 

「3分間、やる?」

「……い、いや。1043番。50階へ上がって下さい」

「ありがとう」

 

 審判に軽く頭を下げて、私は舞台を降りる。

 一瞬の静寂後、ざわめきどよめきに変わった会場を背にし、私はエレベーターホールへと足を向けた。

 

 

 

 

 

「おい、さっきの見たかよ!」

「は?」

「見なかったのかよ、見ものだったぞ」

 

 一階の闘技場で交わされる会話は、大部分が先刻行われ一瞬で終わった試合のものとなっていた。この野蛮な場には似合わぬ、一人の少女が巻き起こした逆転劇である。当初少女が舞台に現れた時は、むしろ『此処を馬鹿にするな』という雰囲気すら流れたほどだ。何せ、どの舞台を見ても戦っているのは成人以上の屈強な男ばかり。かたや少女は、10を過ぎたばかりで、細く、病弱そうな風情すら漂わせていたのだ。その上格好はぶかぶかでぼろぼろなジャージである。場違いが服を着て現れた、と言われても無理もない有り様だったのだ。

 対戦相手は、例に漏れず屈強な体つきの男。結果はそれこそ目に見えたようなものだった。

 舞台に集められた視線は、珍しいもの見たさや軽い嗜虐心で占められ、結果自体は観客達の中で決まりきっていた。

 

 しかし、“現実”は全く異なる道を辿る。

 

 審判が開始を宣告した直後、少女と比較すると、途方も無い大きさの対戦相手は、手加減など見られぬ動きで少女へと迫った。少女はといえば、棒立ちでそれを迎え撃つ。その光景は、刹那の間で、押しつぶされる少女を幻視するほどのものだった。しかし少女はまるでゴミでも放り投げるかのように、事も無げに対戦相手の男を場外へと投げ飛ばしたのだ。

 見ていた観客の間で共通していたのは、開いたままの口と静寂、そして事態を飲み込んだ後の興奮だった。

 

「お前、損したな。あの瞬間は見ておくべきだった」

「何なんだ。Lの舞台だろ。勝敗なんざ決まって……あ? 何でアレが負けててあっちが勝ってんだ。俺が目を離してる隙に何が起きた」

 

 好奇心で見ていたとある観客は、他の試合を見ていて首を傾げている連れに軽く説明し、したり顔で語る。

 

「あの歳で、とんでもねぇ達人だぜ、あの嬢ちゃん。恐らく、ジャポンのジュージュツ家だろうよ。ほら、あの敵の勢いを利用して投げるってやつだ。力のない女子供でも、大の大人を軽々とぶん投げるって話だぜ?」

 

 実際は技術のカケラもなく、ただ投げるだけ投げただけなのだが、武術家でもない人間にはそう区別が付くものでもない。というより、眼前で起きた光景に何か理由付けが欲しい、というのが真実だろう。

 

「まさか。どうせ、勢い余って転んで、頭ぶつけたとかそんなのだろ。前にもそれで、俺とお前で爆笑したじゃねぇか」

 

 頑なに信じない連れに、見ていた観客はニヤリと笑い立ち上がる。そして連れを見下ろしながら言った。

 

「じゃ、確かめに行くか? 多分、今日もう一試合やるだろうし、お前も来いよ。見れるかもしんねえぜ? 心躍るスペクタクルがよ」

 

 

 

 といったやり取りが、一階の会場のあちこちで交わされ、十数人の観客が50階へと上がっていった。

 

 さっさと50階へ上がってきていたカナデはそんなことはつゆ知らず。ファイトマネーで買ったジュースを飲みながら、天空闘技場に来る資金を一緒に集めてくれたキキョウへのお土産をどうしようかと、のんびりと考えているのだった。

 




とは言いつつも、次話は流星街で待つキキョウさんの視点を入れて見ます。


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出会わずにはいられない

それぞれのパート毎に、最低一人は原作キャラを出そうと思ってます。


 

 流星街で外貨、ジェニーを集めることは、不可能ではないが困難を極める。流星街で行われる利益交渉は、大体が物品同士の物々交換であり、ジェニー自体が流通せず、またその土壌も存在していない。流星街に存在する数少ないジェニーは、たまたま廃棄物に混ざっているものや、外から何らかの目的で誰かによって持ち込まれたもの、あるいは、流星街の一応の統治機関である長老議会の有しているものに限られる。

 長老議会と関係なく外から持ち込まれた場合は、大体それは逃亡者であることが多い。逃亡者にとっては持ち込んだジェニーは逃亡資金であり、再起のための足がかりでもある。ただ、流星街の中に限ってはそれこそゴミに近く、最悪の場合特に意味もなく流星街の住人に毟られ、藻屑と消えることもままあった。

 長老議会の有しているジェニーはマフィアとの繋がりによって得たものであり、緊急時の貯蔵資金である。専ら廃棄物によって生を支えている流星街ではあるものの、決してそれで全てを賄えているわけではないのだ。

 

 当初カナデとキキョウが集めていたのは、廃棄物としてのジェニーと、外から持ち込まれたジェニーに限られていた。だが、それらだけに頼っていては時間が掛かり過ぎることに気づいてからは、議会との繋がりに終始することとなった。そして幸いとも言うべきか、念を一定の水準以上で扱える二人は流星街でも有益な存在となっており、取引は二人にとって有利な方向で行われた。

 流星街では、外との行き来は推奨はされていないものの制限もされていない。入ることも出ることも、何かを賭けるほど困難なことではなかった。しかし、実際のところは流星街から外に出る人間はかなり少ない。流星街の環境があまりにも特殊すぎること、流星街で物心ついた頃より育ち、外の世界を知らず恐れていること、外の世界で挫折し戻って来た者より話を聞くこと、など理由は様々だが、外の世界に出ることなく流星街で生涯を終える住人がほとんどだった。

 そのためか、カナデが外に出、キキョウが内に残ることはむしろ、消極的にだが歓迎された。流星街が外の事象に干渉することはその特性上殆ど無いが、ゼロではない。例えば外から大きい干渉を受けた場合に限り、自己犠牲あふれる報復を行うこともあった。そういった事態が起きた際などに、外に対する繋がりは必要不可欠である。本来外の組織であるマフィアとは、そう言った部分では絶対的に頼ることが出来ない。彼らはあくまで取引相手であり、仲間ではないのだ。なので、流星街に属し、万が一の場合は強力な武力行使を可能とするカナデという存在は、議会にとっては外との楔としてうってつけだった。

 

 そうしていくつかの制限を受け、カナデは活動資金とともに外に出て行き、キキョウは逆に流星街に残り、一定期間議会の指示に従う事となった。

 

「今はどうしてるかしら、カナデ」

 

 一人残ったキキョウは、掘っ立て小屋を引き払い引っ越した部屋で、“練”を行いながら出て行ったカナデのことを考えていた。

 実のところ、カナデはキキョウにも一緒に来ないかと誘っていたのだが、キキョウはそれを断ったのだ。カナデには言っていなかったものの、キキョウにも目的はある。初めて身近となったカナデと離れることを心苦しく感じたものの、譲れないことがあったのだ。

 

 議会に取引を持ちかけたのは、何もカナデだけではない。カナデに便乗するように、キキョウも議会と取引を行っていた。その対価として、キキョウはしばらく流星街に留まることとなっていたのだ。

 

 キキョウは、元々はジャポンの人間だった。それも、いわゆる名家と呼ばれるような家柄の。

 キキョウの生家は例に漏れず、歴史ある名家が持つ特有の歪みを持っていた。それは本家の当主の後継者は一人だけ、というものだった。それだけ見るのなら、それほどおかしなものではなかっただろう。

 実際は、後継者候補は複数人存在し、あらゆる審査によって最終的に一人に選別される。その手法は蟲毒に酷似したものであり、何があっても最後は一人になるようになっていた。後継者が一人だけ、というのは、最後に残った一人が唯一申請されていた戸籍を獲得するというものであり、その他食い物となった後継者候補は、そもそも存在すらしていなかったものとして扱われる。

 

 キキョウは、その前に追放、ゴミとして流星街に廃棄されてしまったために、生きてきた痕跡は何一つ残っていない。それでいて名前を持ち、ジャポンの文化、知識を有していたのはそのためだった。

 因みに、追放された原因は、キキョウが後継者候補を二人殺してしまったためだ。審査の最中であれば全く問題のない行為であったが、開始前であったために、家に相応しくないとして廃棄されてしまった。

 

 そんな生まれであるためか、キキョウはプライドが高かった。群れていることの多い、流星街の子供のグループに加わらずに生きてきたのも、そのためだ。

 ただ、ゴミ山でカナデを見つけたことで、それが少し変化した。キキョウにとっては、それこそ一目惚れに近かった。“コレは私のモノだ”という、生き物に対する感情ではなかったものの、カナデはキキョウにとって流星街で初めて見つけた“綺麗なモノ”だったのだ。

 ただ、カナデと過ごす内にその感情も少しずつ変化していく。元々、カナデの気質はキキョウと相性が良かった。情の薄いカナデに対し、キキョウは情に厚く、その特性は一見逆に見える。が、なまじ情に厚い者同士よりも反発が少なく、生まれながら一種の歪さを持つキキョウの感情を、カナデはその気質故に平然と、いくらでも受け取ることが出来た。カナデからキキョウに、それらが返ってくることは少なかったが、キキョウはそのことをあまり気にしないタイプの人間だった。そうして二人の仲はキキョウの方から急速に縮まっていった。

 

 とは言え、キキョウにとってカナデの印象は以前も今も“綺麗なもの”である。カナデに向けている認識に多少変化はあるものの、根本的な印象は変わっていない。

 いや、念を深く知る度に、それは強まったと言ってもいいかもしれない。カナデのオーラは、キキョウの観点からすれば、あまりにも美しかった。それまで見てきた、普通の人間のオーラと比べれば、それこそ一個の芸術品のような作り物めいた雰囲気すら感じるほどにだ。

 カナデから念能力について教えられる度に、カナデを手本にしていたのは言うまでもない。

 キキョウにとっては、カナデのそれこそが理想に近いものであり、目的を達成するための目標でもあった。

 

「足りないわ、まだ足りない」

 

 そうまでして果たそうとしているキキョウの目的。それはジャポンにいた頃から変わらず、“すてきなおよめさん”である。

 “すてきなおむこさん”に相応しい人間になるために、今日もキキョウはひたすら健気にオーラを磨くのであった。

 

 

 

 

 

 

『――それでは3分3ラウンド、ポイント&KO制! 始め!』

 

 ところ変わって天空闘技場の120階クラス、カナデは初めてキキョウ以外の念能力者と対面していた。

 

『両者睨み合っております! なかなか動こうとしません! しかし、それも当然でしょう。どちらもここまで一撃で上がってきた強者同士、一瞬の油断が命取りとなりかねません!』

 

 これまでは全てカウンター気味の投げで対処してきたカナデだったが、念能力者相手にどう攻めるかはまだ決めていなかった。そもそも、投げ一択にしていたのも、打撃系では非念能力者にどういう影響を与えるかが分からなかったためだ。ズシの例もあるので、“練”じゃないから大丈夫、という考えもあったものの、確信がなかったために安全策を選んでいた。

 

 しかし、とカナデは対戦相手を見る。

 

 見た目はおおよそ二十前後の、体格のいい青年である。レンジャーのような動きやすそうな服装をしており、ジャージのカナデは不遜にも、センスがかぶってる、などと考えていた。

 ただ念能力者と言っても、まだ覚えたてのようにカナデには見えていた。“纏”は綺麗に行えているので我流とは思えないものの、青年からはどうにもこなれない雰囲気を感じていたのだ。

 

「どうした。来ないのか?」

 

 カナデが観察していると、相手の方から声をかけてきた。口調は落ち着いたものだが、その額には冷や汗が見える。カナデが自然体のままなのに対し、青年は戦闘態勢を崩していない。青年が、見た目でカナデを侮っていないことは明らかだった。

 

「それとも、カウンターじゃないと何も出来んか。“ポイ捨て”の」

 

 青年の挑発に、カナデはため息をつく。ただそれは、挑発そのものにではなく青年の言った“ポイ捨て”の言葉に対してだった。

 

「その“ポイ捨て”っていうの、あまり好きじゃないわ」

 

 120階クラスまで全て同じ倒し方をしてきたために着いた二つ名を、カナデは当然のことながら好いてはいなかった。カナデの追っかけ達がそう呼び始めたらしいが、カナデ当人にとってはいい迷惑である。

 

「そうか? 二つ名も何もついてない俺よりマシだと思うが」

「貴方は、地味だもの。雰囲気が」

 

 半笑いで言ってくる青年に、カナデは刃のような言葉を返す。カナデと違い、個性に乏しい青年は額に青筋を浮かび上がらせた。

 

「……そんなことはどうでもいい。それよりも、そろそろ観客(ギャラリー)も騒ぎ出すぞ。長話が過ぎるとな」

「なら、私から行かせてもらうわ」

 

 少しのいらだちを見せながら、それでも冷静に語る青年に構わず、カナデはそう言って突然床を蹴った。

 

「速っ……!」

 

 ようやく青年がそれを口に出来たのは、カナデが目の前に迫った瞬間だった。カナデにとっては普通に走っただけだったが、青年からしてみればほとんどコマ送りの速度である。十メートルは先にいたはずのカナデが、気づけば眼前50センチの距離にいたのだ。

 

「くぅっ!」

「……」

 

 顔に迫っていたカナデの手を、青年はギリギリでかわす。しかし間髪入れずに、右手に強い力を感じると同時に、青年の見ている視界が線に変わった。

 

「ぬぅあぁぁぁっ!?」

 

 叫び声を上げながら、瞬間的にかかったGに耐える。それらが、右手を掴まれそれを支点に、凄まじい速度でカナデにぶん投げられていることによるものだと気づいたのは、カナデの手から離れてからだった。

 

「あら」

 

 しかし、青年は途中で体勢を立て直し、壁に無防備に叩きつけられることは避けた。カナデはそれを見て、少し眉をひそめる。

 

「やっぱり。一筋縄じゃいかないみたいね」

 

 エキサイトする観客や実況の声の中で、カナデはボソリと呟いた。

 

「冗談じゃない! “練”もしてないのにコレか!」

 

 場外に飛ばされた青年はといえば、動揺を隠せない様子で膝を付いていた。

 カナデは、彼を念能力初心者だと見なしていたが、それは正しい。彼はライセンスを受け取ったばかりの新人ハンターであり、念の師から念能力を学んでいる最中だった。天空闘技場に来たのは精々腕試し程度のものであり、本気ではなかったのだ。しかし、運よくか運悪くかカナデに当たってしまったために、そういう場合でもなくなってしまった。

 

「10カウント以内に戻らなければ、失格とします!」

「チッ」

 

 ジャッジの声に舌を打ち、青年はオーラを練った。

 

「はぁぁっ!」

 

 ドンッ

 

 体内で練ったオーラを体外に一気に噴出させる、“練”。

 青年の練度では、“練”の持続時間は10分足らず。しかも安静時でその時間であるため、戦闘時は更に短くなる。まだ戦闘に十分に扱えるレベルに達しているとは言いがたかった。しかし、彼は試したくなったのだ。自分の全力を。

 ジャッジのカウントの声をよそに、青年はリングに舞い戻った。

 

「いいのか? 君が“練”をするぐらいの時間は待ってやるが」

 

 焦る内心はともかく、青年は余裕の表情で棒立ちしているカナデに声をかける。しかし、カナデはどうでもよさそうに首を振った。

 

「要らないわ」

 

 どうせ自滅するでしょう? それは言葉にならず、カナデの口の中で泡沫と消える。

 なぜなら。

 

「ぬかせぇっ!!」

 

 カナデが言葉にする前に、限界を越えた青年の怒号が塗りつぶしたのだ。

 青年は、声とともに床を蹴り一気に加速していた。折しも、それは最初にカナデがやったことの再現だった。その速度も、カナデのそれに迫るものがある。

 

 接敵に一秒足らず、瞬きの内にカナデとの距離をゼロにした青年は、ようやくその本領を発揮する。

 

 

 

 

 

 

「ツェズゲラ選手、失神によるKOと見なし! 勝者、カナデ選手!!」

 

 試合中の歓声を上回る声が、観客席で爆発する。

 

『試合終了―! 互いに押しも押されぬ戦いでしたが、制したのはカナデ選手! ツェズゲラ選手大丈夫でしょうか? 石板にヒビが入っておりますが……どうやら命に別状はないようです!』

 

 リングに石板に突っ伏し失神していたツェズゲラが、担架に乗せられスタッフに運ばれて行くのを私は眺めていた。

 

(……ちょっと話してみようかな)

 

 キキョウに続く二人目だ、気にならないといえば嘘になる。

 しかし、とりあえず医務室に行く前にシャワーを浴びようと、私は自室に足を向けた。

 

 




投稿する前に読み直しても、変なところって投稿した後に大抵見つかるんですよね。何ででしょう。


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何だったっけ

キャラ崩壊からは逃れられない。あと話も進んでない。
ところで、そんな気はないんですけど強化フラグがばりばり立ってるかのような話の流れ。どうしてこうなった。


「……はっ」

 

 唐突に意識を取り戻したツェズゲラの眼に、白い天井が映る。一瞬自分が今どこにいるのかを思い出そうとするが、頭の痛みに思考は中断された。しかし、それが逆に意識をクリアにさせる。

 

「くっ……そうか、俺は……」

 

 負けたのか、と最後の言葉は口から小さく漏れる。自覚するとともに、意識を失う直前のことが徐々に思い出されてきた。

 全力の“練”で相手であるカナデに肉薄した後、ツェズゲラは自身の本領である体術による近接戦闘を仕掛けようとしていたのだ。

 

 ツェズゲラが幼い時分より修めてきた体術、それはいわゆる軍隊格闘術に属すものであり、合理的かつ酷薄なまでに対人戦に特化している。元軍人だった己が父親に教えを受けたものであり、その分野では天才とすら呼ばれるほどの腕をツェズゲラは持っていた。父親とは違う道、ハンターを目指すことを父親に伝えた際に、自他共に厳しい父親に太鼓判を押されたことも密かに自信となっていた。

 

 “練”で全身が活性化されている間、ツェズゲラは更に一種の全能感に包まれていた。例え師匠が相手でも勝てるのではないかと錯覚させるほど、ツェズゲラはギリギリまでオーラを出しきっていた。

 

 ツェズゲラの学んだ格闘術は、脱力から始まる。通常の使い手ならば徹底した構えから型は始まるが、ツェズゲラはそれを必要としない技術をとうに修得していた。

 喉や肋骨の直下といった正中線をぬく貫手、視界や、場合によっては眼球そのものを潰す目潰し、ただの一動作で繰り出される鞭のような拳、そして相手の領域を侵し崩し落とす変則投げ。それらが息をつく暇もなく、連続的に敵対者へと向かう。ただ相手を殺傷することに主眼を置き、他で言うジャブやフェイントといえるような牽制も必殺となりうる攻撃となる。相手を倒すまでそれらは止まらず、最後の本当の必殺までつながる攻撃は全て必然的に過程にしかなりえない。

 

 カナデに仕掛けられたものは、それらを更に念能力の基本にして骨子、“練”によって強化された絶技だった。ツェズゲラは念では初心者ではあったが、幼少より鍛え上げた技は違う。並みの念能力者であれば、為す術もなく倒されていたかもしれない。

 惜しむらくはカナデが並みの念能力者どころではなく、人外だったことだろう。

 

 始め、カナデは仕掛けては来なかった。

 ツェズゲラの攻撃をただかわすだけかわし、はたから見れば手が出せないでいるようにも見られた。ツェズゲラの息も吐かせぬ連撃の前に、為す術なく逃げまわっているだけだと。

 だが、そうではないことに真っ先に気がついたのは他でもないツェズゲラである。最初の数撃から、既に彼は違和感を感じていた。何かに見られている、観察されていると、彼は感じたのだ。そして、それを始まりに徐々に違和感の正体に気づいていく。

 恐ろしいことに、ツェズゲラの攻撃をかわしながらもカナデはただの一歩も動いてなどはいなかった。そこは最初にツェズゲラが立っていた場所であり、ツェズゲラが投げられ、“練”をして舞い戻ってきた場所。そしてカナデは、ツェズゲラが怒涛の連撃を始めてもただ上体と左手を動かすだけで、足どころか重心も動かそうとはしない。

 身体を効率的に扱うことに自負のあったツェズゲラだったが、師以上にカナデ相手には一線を画すものを感じた。その異様な精密さは、人並み外れていると。

 

 だがそれでも、ツェズゲラは止まれなかった。動き続けたのは、ただの一分。それだけで、ツェズゲラは既に自らの限界を感じ始めていたのだ。戦闘時の負担の大きさを思い知りながら、ツェズゲラはただ気力のみで技を繰り出す。

 

 その連鎖が終わったのは、カナデがその動きを変えた瞬間とほぼ同時だった。そのカナデの動きから、ツェズゲラは何故自身がカナデの在り方を“観察”と受け取っていたのかに気づく。この短い時間で、ただ学ばれていたのだと、ただ盗まれていたのだと、領域を侵され重心を崩され顔面から石板に叩きつけられる直前に、ツェズゲラの思考はその答えに至った。そしてその直後に、何かが砕ける音と眼前の火花とともに意識はブラックアウトした。

 

「あのクソオヤジ! 何が『200階までは、今のお前に勝てる奴はいない(ニヤリ)』だ! きっちりいるじゃないか糞!」

 

 ツェズゲラは、父親の古い友人だと紹介された念の師の、人を食った笑みを思い出しながら悪態をついた。ツェズゲラは、自身の師であればカナデの存在を踏まえた上で送り出した可能性もあることに思い当たる。思えば、天空闘技場への参戦も随分急に決められたことだった。

 

「……くっそぉ」

 

 少し吐き出すとともに、何かがすっきりする。その後は、ただ悔しいと感じていた。

 思い出すのは、自身よりも小さく幼い弱々しそうな少女の姿。そして、初めて心の底から敗北を感じさせた勝者の姿だった。

 

「あぁ。こんなことなら、不満なんぞ漏らさずもう少し修行を積んでおくんだった」

 

 ツェズゲラの在り方は、その実とてもひたむきだ。求める物に対し真摯であり、努力を惜しむことはない。ただ、今回は念の修行の中で明確な成果というものを見つけられず、師の前で焦ってしまった結果だった。

 ツェズゲラは右手を掲げ、力の限り握りしめた。岩のように固められた拳から、蒸気のようなオーラが立ち上る様が目に映る。それは、修行を始める前よりもはるかに力強い。

 

「……」

 

 何故気づかなかったのか。ツェズゲラはそれを黙ったまま見つめ、そして不敵に笑った。

 

「くく」

 

 自分の武は、念は。まだ折れてはいない。そう、彼は感じていた。

 

「次は、負けん」

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 決意を新たにした直後。ツェズゲラはおもむろに、そして目を覚まして初めて周りに目をやった。そうして真っ先に目に入ったのは、自分を見つめる一対の金色の瞳だった。

 

「ぶーーっ!!」

「……」

 

 反射的に身を引き、枕と、ベッドの背に身を寄せる。金色の瞳の持ち主、ツェズゲラの対戦相手だったカナデは、リングの時と同じように無表情でツェズゲラを見つめていた。その笑みのカケラもない顔からも、その温度の欠如した瞳からも、カナデが今何を思い何を考えているかは微塵もうかがい知れない。

 

「な。な。な。な」

「……こんにちは?」

 

 カナデは、狼狽えるツェズゲラに小首をかしげて平坦な口調で問いかけた。二人のいる部屋から見える太陽の位置は、大体午後4時から5時と言ったところ。挨拶にどれを選ぶかは、個々人、あるいは時期によって変動するかもしれない。

 

「い、いつ。いつの間に」

「ん?」

 

 一方的に返されたツェズゲラの問いかけに、カナデは再度首を傾げる。なぜなら『いつの間に』も何も、ツェズゲラが起きる前から椅子に座ってぼんやりと待っていたのだから。

 

「最初から?」

 

 特に隠すことでもないので、カナデは正直に答えた。しかし、ツェズゲラはその一言で石化する。ツェズゲラの反応を眺めていたカナデは、これで幾つ目かになる疑問符を頭上に浮かべた。

 

「どうかしたの?」

「……最初から、ということはもしや、聞いていたのか」

 

 あぁ、とカナデはのんびりと手を打つ。

 

「『……はっ。……くっ……そうか、おれ』――」

「最初からじゃないか!」

「だからそう言ったわ」

 

 抑揚のない声で、しかし確かにツェズゲラの言った独り言を律儀にリピートするカナデを、ツェズゲラは思わず叫んで止める。精神的に痛むのか物理的に痛むのか、それとも両方か、叫んだ後に苦痛に歪む顔でツェズゲラは包帯の巻かれた頭を押さえた。

 

「……。……そう言えば、何故俺は君の存在に気付かなかった。覚醒直後とは言え、それほどぬるい日々は過ごしていないはずだが」

 

 少し間を置き冷静さを取り戻したツェズゲラが、話をそらすように話題を転換してカナデに尋ねる。とは言え転換後の話題も、確かに彼にとっては気になることではあった。

 ツェズゲラは、寝ている時でも奇襲に反応できるような特殊な訓練を父親から受けている。強制失神中はそうはいかずとも、意識の戻った後ならば例え失神直後であってもその限りではない。むしろ、傍らにいたカナデの存在は起きた直後に気づいて然るべきだったのだ。自身の警戒網をいとも容易くすり抜けたカナデが、一体何をどうやったのかがツェズゲラは気になっていた。

 

「念を学んでいるなら、“絶”は知らないのかしら?」

「“絶”……なるほど、それがそうだったのか。どういうものかは聞いていたが、まだ見たことはない。俺の師は、派手好きにはそぐわない、とか言ってな。見せてはくれなかった。今覚えばさて、他にも理由があったようにも思うがな」

「あらそう」

「……興味なさそうだな」

「? ないわ」

 

 特に気負いもなさそうに会話をぶちぎるカナデに、ツェズゲラはため息をつく。そういう人間なのだろうと、短い会話の中で彼はカナデの性質を掴んできていた。しかし、問えば答えはしっかりと返ってくる。なまじややこしい特性を持つ人間よりも付き合いやすいだろうとも、彼は感じていた。

 と、そこでふと思う。何故“絶”をして気配を消していたのかと。特に何をするでもなくツェズゲラに所在を露見させた以上、意味のある行動だったとは思えなかった。

 

「君が俺を起きるのを待っていたのは分かる。だが“絶”をしていたのは何故だ? 何か目的があったようには、俺には思えないんだが」

「知らないわ」

「は?」

 

 それまで同様、疑問に返ってきたのは明瞭な答えだった。……しかし、如何せん受け取り側が理解が出来ない類のだが。ツェズゲラが続きを促すと、カナデは少し視線を迷わせて言葉を探しているようだった。

 

「私は知らない。貴方の部屋の前に居た男に頼まれたのよ」

「ん?」

「『あんたの“絶”なら、面白い反応が見られるはずだ(ニヤリ)』と言っていたわ。結局、あの男は何が目的だったのかしら?」

「……」

 

 妙に心当たりのあるやり口とセリフに、ツェズゲラのこめかみに青筋が走る。

 

「……その男の特徴は?」

「そうね。顔は強面、体格が良くて、袖がなくてポケットのたくさんあるベストを羽織ってたわ。あぁ、そう言えば酔っているわけでもないのに、何故か頭にネクタイを巻いていたわ」

 

 

 

 

 

 罵声と、放送禁止用語をまき散らしながら元気に飛び出していったツェズゲラを見送り、私は首を傾げた。

 

「あれ。何しに来たんだっけ」

 




今まで読み専してましたので、自分が投稿しないと小説が更新しないことが不思議でたまりません。


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空振りしても次がある

カナデがあまり自発的にしゃべってくれないせいで、ツェズゲラさんの言葉が疑問符だらけで困ります。


 流星街を出て一ヶ月近く。

 ツェズゲラと戦った後は大して目ぼしい相手もおらず、私は何事も無く200階へと到達していた。原作で200階クラスの闘士に90日間の猶予が与えられていたように、受付の話を聞く限りその辺りのシステムに変化はないらしい。最初に一回小手調べに戦ったら、流星街に一度戻るのも悪くないと私は考えていた。流星街から出てきたきりだったので、キキョウとはしばらく会っていないし今どうしているかも知らないのだ。

 そうして私は参戦申込書の『いつでもオーケー』にチェックを入れたのだが、その次の日には試合の日程が組まれていた。

 

 相手は9勝2敗という、フロアマスター挑戦権にリーチがかかっている男の闘士だった。全く期待していなかった、と言えば嘘になる。仮にも200階クラスで9勝した猛者なのだ、運もあったかも知れないがそれだけで這い上がれるものでもない。カス何とかさんぐらいの強さを、私は想定していたのだ。

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 と思っていたのに、まさかツェズゲラより弱かったなんて。

 200階での初戦闘を危なげなく終えて、私は一階ロビーで缶ジュース片手にため息を吐いていた。

 

「どうした。随分肩が落ちているが、落ち込んでいるのか?」

「ツェズゲラ」

 

 私がここにいることを知っていて来たのかたまたま私を見つけたのか、とにかくタイミング良く現れ私に声をかけてきたツェズゲラに、私は愚痴をこぼす。

 ツェズゲラとは、初めて戦ってからこれまで交流を続けていた。彼のファンキーな念の師には会ったことがないが、話を聞くところとりあえずよろしくやっているらしい。原作ほどのダンディさはないものの、年長らしい思慮深さは既に持っていて付き合いやすい相手だった。師匠に対しては少々短慮になるが、私に対して何かあるわけではないので気にはならない。

 

 

「さっき、200階で初めての相手と戦ってきたのだけど」

「あぁ、あと1勝でフロアマスターに届く、注目闘士ディオチ=オッツォだったか。俺も観戦していたが、楽勝だったんじゃないか?」

 

 

 ツェズゲラの視点で言えば、それこそあっさりとも圧巻とも言える試合だった。

 試合前にリングで前口上を述べる、小物臭満開でフラグを立てまくっていたディオチが、審判の試合開始を告げる声とともに能力を発動した。

 ディオチの見せた能力は放出系に属するもので、無数の小型念弾を打ち出すというもの。ただその念弾に当たってもダメージはほとんどなく、相手を弾き飛ばしたり体勢を崩させるといった、衝撃のみに特化した能力だった。コストは悪くはないが決定打に致命的なまでに欠け、特化性能であるためか射程距離も長くはない。天空闘技場のようなリング上での限定的な空間における戦闘を意識した能力と言えるだろう。相手の行動を制限し、ポイントを堅実に稼いでいく、という点では確かに優れた能力だった。数が多く、また消費オーラが少ないためか継続能力にも長けている。相手のレベル次第ではあるが、200階闘士が伊達ではない程度の実力はあった。

 

 しかし、カナデからしてみれば9勝は運に頼ったものだったのではないかと言わざるを得なかった。確かに連射性に優れ、一度当たれば断続的に動きを封じられその隙をつかれるという、場合によっては厄介な能力だっただろう。だが、カナデを捉えるにはあまりにも遅すぎた。銃弾にすら反応するカナデに対しては、半端な放出系能力ではおよそ通用しない。また衝撃という火力でもあまりに力不足だった。あえて念弾にぶつかったカナデだったが、ディオチの念弾はカナデの強固な“纏”でそのほとんどの力が減退され、カナデ本人には念無しの紙風船程度の衝撃しか与えられなかったのだ。

 

 その直後に、しょっぱい能力に呆れたカナデが攻撃を仕掛けた。攻撃と言っても、それは190階までやってきたこととほとんど変わらない。ディオチの手を掴み石板に叩きつけた、それだけだ。手を加えたのは手を掴んだ後のこと、秒速18回転という速度でディオチを振り回したという程度のもの。カナデは『とりあえず…』ぐらいの気持ちだったが、ディオチはそれだけで眼を回し、叩きつけられた時には完全に失神していた。

 200階に上がり、能力に頼り切って基本が鈍ってしまったものの末路といえるだろう。

 

 

「そうね。だから、がっかりしてるのよ。200階クラスでも、あんなものなのね」

「ははは。君の追っかけ(ファン)達は随分湧いていたようだが。ご本人はどうやらあまりお気に召さなかったようだな」

 

 ツェズゲラの言う追っかけ(ファン)とは、私が天空闘技場で初めて戦った時から試合毎に観戦しに来るもの好きたちのことだ。当初は二桁いくかいかないか程度だったが、階を増す毎に増えていき、今では100を越える数がいるらしい。それほど魅せる戦いをしていないだけに、何に見どころを感じているのか私にはついぞ分からなかった。

 

「観客は関係ないでしょう、戦っているのは私なのだから」

「それはそうだな。そもそも、200階に上がってきたばかりの君を10勝目に選んでいる辺り、ディオチの闘士としての格も知れるというものだがな。それで、君としてはディオチの何がまずかった?」

「私が得られるものが何もなかった。それだけのことだわ」

「ふぅん。前から思っていたが、君が天空闘技場に来たのは修行のためなのか?」

「まぁ。そう言う解釈でいいのかしらね」

 

 正確には、経験、あるいはデータを稼ぎに来たのだけど。不器用な私の口は、それ以上は語らずに閉じられる。

 天空闘技場に来てから行った私のバージョンアップは一度だけ、ツェズゲラと戦った後のことだ。流星街にいた頃より少しは動きも良くなってきているが、まだまだ満足には程遠い。

 

「君ほどの念能力者なら、此処は敷居が低すぎるだろう。他に修行に適した場はいくらでもあると思うのだが」

「そういうことにはあまり詳しくないわ。私には情報源があまりないから」

「それで、天空闘技場のことは知っていたのか? 偏っているな、君の情報は。一体君はどこから来たんだ」

「流星街よ」

「そうか、流星街……流星街!?」

 

 聞かれたことに答えると、いつの間にか隣に座っていたツェズゲラが驚きの表情で二度見してきた。

 

「うーむ。流星街から流れてきたものは、犯罪者が多いと聞いたことがあるが、君はそんな風には見えないな」

「あけすけね。流星街の人間は、外とは違う常識で生きてきているから、そういう傾向はあるのかもしれないわ」

 

 私はそこで言葉を切り、手元のジュースを飲み干した。そして一度息をついて言葉を続ける。

 

「それから、本人を証明できるデータがないから、お金を稼ぐのも難しいの」

「それで正道から外れることが多い、ということか? それなら何故流星街から出てくる必要がある」

「さぁ? 知らないわ。私には明確な目的があったけれど、彼らには曖昧な目的しかないのではないかしら」

「曖昧?」

「外の世界への憧れとか。そういうのじゃないかしら」

「なるほど。そういうものか」

 

 しかし、後ろ盾なくして外で成功するならば力がいる。有用性を示すにも、何かを奪うにも、自分の縄張りを守るにも、他を問答無用に平らげるだけの力が必須なのだ。

 私は、手に持っていた空の缶を握りつぶした。スチール缶が、紙コップのようにクシャリと潰れる。さらに潰れた缶を包み込むように両手で持ち、力を込めて圧縮させていく。ピキパキと、心地良いとも不快とも取れる音が両手の中で奏でられる。音が止むと同時に手を開くと、そこにあったのは元が何だったのかわからないほど小さくなった鉄屑だった。

 

「ダルツォルネ~」

「は?」

「何でもないわ」

 

 私には運良く最初から力があった。ずるいと言われようとも、持っている以上は自分のためなら振るうことは躊躇わないつもりだ。例え誰かを殺すことになろうとも、他の誰かよりも自分の命の方がはるかに重いのだから。

 こういう考え方を、ツェズゲラは忌避するだろうか? ふと思った私は、ツェズゲラに軽く聞いてみることにした。

 

「そう言えば、ツェズゲラには偏見はないの? 流星街出身者は、それで苦労すると聞いたのだけど」

「俺は新米だが、一応ライセンスを持ったれっきとしたハンターだ。ハンター試験でもそうだったが、世の中変わった奴はいくらでもいる。ハンターをやっていたら、特にそういう人間に出会いやすい。流星街出身? その程度、大したファクターでもないだろう。君があまりにあそこの噂とはそぐわないので、驚きはしたがな」

 

 あっさり言い放つツェズゲラに、私は顔には出さずに笑う。こういう人間を、私は好ましく思えた。

 

「君はハンター証は持っていないのか? あれなら立派な身分証明になるはずだが」

「持ってないわ。手っ取り早くお金が欲しかったから、天空闘技場(こっち)を優先してた」

「そうか。しかし、金は十分稼げただろう。今年の試験に出てみたらどうだ? そろそろ申込期限の日だったが、すぐに登録すればまだ間に合う。君なら余裕でクリアできるはずだ。知っているだろうが、ライセンスは持っていれば色々と便利だしな」

「気が向いたら、考えてみるわ」

 

 特に考えてはいなかったが、暇ができたら行ってみてもいいかもしれない。ハンターとしての身分があれば、金稼ぎや戦闘データ収集も容易に事を運べるようになるだろう。権利とともにハンターとしての義務は発生するものの、得られるメリットは大きい。

 

「ハンターには興味が無いのか?」

「無いわけではないのだけど。用事があるから」

「用事?」

「流星街に、一度帰るつもり」

「なるほど、里帰りか」

 

 ハンターになることの優先度は、個人的にはあまり高くはない。それよりも、放ったらかしにしていたキキョウの今が少し気になっていた。

 

「ツェズゲラ。ジャポンの品が売ってるお店、知らない?」

「調べれば分かるが、何故だ?」

「お土産買うのよ」

「土産……。家族にでも送るのか」

「家族? 何それ」

「あぁいや。流星街出身、だったな」

 

 どこか気まずげにしているツェズゲラはさておき、私はキキョウに買う土産に意識を移した。天空闘技場の外で稼いだファイトマネーを使うのは、ジャージ以外では初めてだ。今回はジャージコレクションを増やすわけではないので、何を買えばいいのかよく分からない。

 私はキキョウへの土産を何にするか考えながら、情報端末の方へ歩いて行くツェズゲラの後に付いて行った。

 




感想への返信が遅くなって申し訳ありません。最近忙しくなってきました…

ところで、話が飛び飛びで分かりにくいと感じることはないでしょうか。話を組み立てることが苦手で、結構マイペースにやらせてもらってます。


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無駄足転じて福になればいいな

キキョウは出てきません。

そして短いです。


 

 200階クラスの受付でギリギリ90日後辺りに試合日を設け、私は流星街に一度帰っていた。しかしそこでの用を早々に失ってしまい、私はさっさと天空闘技場に舞い戻った。そして新たにできた用を消化するために、携帯電話で呼んだツェズゲラとの待ち合わせ場所に向かっていた。

 

 携帯電話は結構最近に開発されたものらしく、携帯電話という名の通りこの時代には電話機能しかない。携帯と呼ぶには少しゴツくポケットに入るようなサイズではないが、少なくとも固定電話よりも使い勝手は良さそうだった。

 キキョウへのお土産を買いに行く途中に、ツェズゲラに勧められ言われるがままに私も買ってみたのだが、今はツェズゲラしか電話相手がいないのでまだ使いこなしているとはいえない状況である。肩掛けバッグにその他もろもろと雑多に詰め込んだ最先端の通信機器は、未だちょっと便利な重し程度の価値しかない。

 

「ツェズゲラ」

 

 80階のカフェテラスでコーヒーを飲みながら待っていたらしい青年に声をかける。相も変わらずのレンジャーファッションで、遠目からでもその姿はよく見えていた。樹海では溶け込みそうなその服装も、この人海の中では目印である。

 

「君か。久しぶり、というには早い帰りだったな」

 

 正面に座った私に、ツェズゲラがそう言った。

 確かに、その通りだ。実際、私は流星街に帰り、一日も滞在しない内に戻ってきた。かかった時間は移動時間のみだ。

 

「渋皮栗のモンブランとカプチーノ泡多めで」

 

 やってきたウェイトレスに注文をして、私はツェズゲラに向き直った。

 

「知人がいなかったから、滞在する理由もなかったわ」

「いなかった? 何か、あったのか?」

 

 不穏なものでも感じたのか、ツェズゲラが眉をひそめる。しかし、私は即座に首を振った。

 

「別に。大したことじゃなかったわね」

 

 

 

 流星街に戻ってからのことだったが、特に他に行くところもなかった私はさっさと私とキキョウが暮らしていた部屋に向かった。しかし、部屋に近づくにつれて人気が感じられないことを疑問に思い始め、部屋に入ってから誰も居ないことに気づいた。始めは“絶”でもしているのかと思ったが、それにしては部屋の中に姿は見えない。外に出て、“円”を広げながら探してみたがそれでもキキョウは見つからなかった。

 首を傾げながらダメ元で総督府に行って聞いてみると、意外にもちゃんと答えが返って来た。

 

『……花嫁修業?』

 

 何でも数日前、たまたまお婿さん候補なるものを見つけ脇目もふらず流星街を飛び出していったという。因みに、そいつはキキョウよりも年上の男で、銀髪の殺し屋らしい。

 

 目撃者の話によると、出会いは意外にも流星街のゴミ山地帯。ロマンもへったくれもない。いつも通りキキョウがゴミ山の影で何か怪しげな行動(おそらく修行だろう。念を知らない者からすれば奇妙な行動に見えるらしい)をしていたが、そこに見知らぬ男がやってきた。着ている服はボロボロで、その上血まみれ、息も絶え絶えで、普通ではない状態だったという。しかしその男はそんな状態でありながら、突然常軌を逸した動きで目の合ったキキョウに襲いかかった。

 キキョウは、見た目だけなら虚ろな両目がチャームポイントの普通の女の子である。もしも人質にでもしようとしたのなら、男にはうってつけの相手に見えたのかもしれない。しかし、そこはあのキキョウである。五体満足ならばともかく男は重症人、キキョウは情け容赦なく返り討ちにした。傷を増やし、それでも男は逃げようとしたらしいが、そこにいつの間にかやってきた銀髪の青年に心臓をくり貫かれてあっさり絶命。流星街に数多あるゴミと同じものになってしまった。

 

 その後、青年はキキョウには見向きもせずその場を立ち去ったらしい。一体その出会いで、その殺し屋のどこが琴線に触れたのか、誠に謎である。

 

 しかし私は、キキョウの意中の相手には非常に心当たりがあった。シルバ=ゾルディック、キキョウと齢が近く関係があるとすれば、まっさきに思い浮かぶ人物である。出来過ぎた話ではあるが、ありえないと可能性を断ち切るにしてはあまりに運命じみている。

 あの将来の暗殺一家の家長が、普通に配偶者を選ぶとは到底思えない。そして当のキキョウは『立派な殺し屋になってくるわ!』とだけ言い残し、今ではすっかり行方不明である。原作通りに絶対に上手く事が進むとは言い切れず、万が一失敗して死体になられていては寝覚めが悪い。それに、一応心配でもあった。

 そう思った私は用の無くなった流星街を後にし、とりあえず情報を集めるためツェズゲラのいる天空闘技場に戻ってきたということだ。

 

 

 

「婚活しに行ってるだけみたいだから」

「婚活? 結婚活動の略か。随分と年上なんだな、君の知り合いというのは。何歳なんだ?」

「さぁ。10歳ちょっとぐらいじゃないかしら」

「……10代前半か。若いというか、幼いな。最近はそれぐらいから始めるのが普通なのか?」

「知らないわ。けど、努力を始めるのに早すぎるということは無いと思うけれど」

「くく、確かに。格言だな」

 

 私がまだ言っていないのだからツェズゲラが知る由もないだろうが、あの暗殺一家の一員になるのならむしろ今からでは遅いとすら言えるかもしれない。向こうはそもそも、一流の暗殺者となるために生まれた頃より英才教育を受けてきた身だ。肉体レベルで改造じみた修行を施されることを考えれば、途中参加は命に関わるどころか生存確率のほうが低いだろう。とは言え、あのキキョウならどうとでもしてしまいそうな気はしている。ああ見えて、異様に強かなのだ。

 

「それで、用件は何だ? 君が珍しくわざわざ俺を呼んだのだ。まさか世間話をしに来たわけではないだろう。話の流れからするとおそらく、その婚活をしているらしい知人に関することだろうと俺は思うのだが、どうだ?」

「お待たせしました~。渋皮栗のモンブランと、カプチーノ、泡多めになります~」

「あ。それ私」

「はい~。それでは失礼致します~」

「ありがとう」

 

 来るのが随分と早いが、決して雑に作られたものではない。ここの味は保証付きだ。このカフェには、100階クラスを過ぎた辺りから私も何度か足を運んでいた。眼前に置かれた甘味に、少し幸せな気分になる。立華奏(オリジナル)はどうか知らないが、(カナデ)は甘いモノは好きだ。この世界にもこういったものは豊富にあるのでありがたい。暇ができれば、食べ歩きをしてみるのも悪くないとすら思える。そう言えば、立華奏(オリジナル)が好物の麻婆豆腐はまだ見かけたことがないが、私は美味しく感じるだろうか。見つけたら、一度は食べてみたいものだ。

 

「おい」

 

 モンブランの頂点に堂々と鎮座しているツヤツヤの栗をフォークでつつく。何となく、栗がとても可愛らしいものに見えた。

 

「素晴らしい。キュートだわ」

「おい」

「何。今忙しいのだけど」

「そうは見えんぞ。俺は用件を聞きに来たのであって、君の珍しい姿を観賞しに来たわけではないのだが」

「はっ」

 

 憮然とした表情のツェズゲラに気付き、一瞬トリップしていた意識が正気に戻る。私は落ち着き払いモンブランのクリーム部分にフォークを通しながら、ツェズゲラにさっさと用件を伝えることにした。

 

「キキョウを、その私の知人のことなのだけど、今どこにいるのか分からないのよ」

「ほう、なるほど。つまり、その居場所を知りたいと、そういうことか?」

「そう」

 

 頷いて返すと、ツェズゲラはため息を吐きながら腕を組み、椅子の背もたれにギッと背中をもたれかけさせた。

 

「君な、俺を便利屋と勘違いしちゃいないか? ベテランなら可能かも知れんが、俺はまだ(ライセンス)を手に入れたばかりの新人ハンターだぞ。情報の少ない個人を探すのは俺にはまだ無理だ」

 

 そう言って肩をすくめるツェズゲラに、私は首を横に振った。ツェズゲラは少し勘違いをしているからだ。まぁ、その勘違いも私の言葉足らずが原因なのだが。

 

「違うわ」

「ん、どういうことだ」

「ツェズゲラに、直接調べてもらおうとは思ってないわ。ただ、“調べられる”人間を紹介して欲しい」

「……ああ、そういうことか」

 

 原作でツェズゲラは懸賞金(マネー)ハンターをしていたし、おそらくこっちのツェズゲラもこれから金稼ぎを念頭において仕事をしていくのだろう。この先人探しのスキルが絶対に不要、とまでは言わないが必須ではないはず。ならば、そういった分野は専門家に任せるべきだ。

 

「いいだろう。俺自身にそういうコネはまだないが、師匠ならばツテがあるはずだ。あたってみよう。ただし、コレは貸しにさせてもらうぞ」

「勿論、構わないわ」

 

 世の中ギブ・アンド・テイク、無償の好意ほど信用のならないものはない。人間は得てしてそういう生き物なのだ。

 

「しかし、自分から出て行った者を専門家に頼ってまでわざわざ探しに行こうとするとは、君も存外心配性なのだな」

「そうかもしれないわね」

 

 長持ちするものを選んだのでまだまだ猶予はあるが、あまりのんびりしているとお土産の賞味期限が切れてしまうかもしれない。あのキキョウに賞味期限の切れた食べ物を渡すのは、些か気が引けしまう。私はそこが少し心配だった。

 

「そう言えば、まだ君には言っていなかったか。俺もそろそろ天空闘技場を離れる予定だ。200階クラスまで上がったことだしな」

「初耳ね。まぁ、おめでとう」

「君と当たることがなければ、そうそう負けはせんさ。それこそ当然の結果だよ。あとは200階闘士と何戦かやってから、修行と仕事を本格的に再開するつもりだ。そもそも、天空闘技場に来たのは俺にとってはイレギュラーだった。……まぁ、それも無駄にはならなかったがね」

 

 私に視線を向けてくるツェズゲラに、「そう」と気のない返事を返し、私は最後にとっておいた天辺の栗にフォークを突き刺した。

 

 




主人公が結構感情豊かになってきたような気がします。まだ起きて二ヶ月も経ってませんが、ちょっとは馴染んできたみたいです。


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生の証は狭間に有りなんて

昼休みに調子に乗ってみた。
そしてゾル家にはまだ行きません。仕方ないんです。


 カサカサカサと、ヒビ割れた道路の上を回転草が転がっていく。西部劇などでお馴染みのそれはタンブルウィードと言うらしいが、この世界では一体なんというのか。通りに人通りはなく、廃墟のような建物がいくつも立ち並んでいる。一応街に人がいないわけではないのだが、時間が時間なのか少なくとも表には誰もいなかった。

 

 私は教えられた道を歩き、教えられた裏路地を進んでいった。明りが少なく、初めての道はどうにも歩きにくい。

 薄暗い建物と建物の間を歩いて行くと、その先に明りのついた店が見えた。小奇麗なショーケースには、これまた小洒落た服を着たいくつもの人形が並べられている。中の光が漏れでてきている扉を押し開けて入ると、からんからんとドアベルが鳴った。

 

「いらっしゃい」

 

 店内に入った私に、落ち着いた声が掛かる。

 明るい店内には静かなクラシックが流れ、棚にはたくさんの人形が並べられていた。その小さな人形の山の中に、椅子に座った人間サイズの人影が一つあった。私に声をかけてきたのは、その人影だ。

 

「こんばんは」

 

 私は、店の主人であろう老人に声を返した。

 

 

 

「珍しい、お客さんですなぁ……。お嬢さん、こんな時間にウチに何の御用ですかな?」

「仕事をお願いしにきたのだけど」

「仕事……。と言いますと、オーダーメイドの人形ですかな? お嬢さんは、どのような人形をご所望かな?」

 

 この店の名前は、ドールズ人形店。少し頭の悪い名前だが、名前の通りなら確かにここは人形を買いに来る場所である。しかし。

 

「違うわ」

「違う……? それでは、人形の修理を?」

 

 否定した私に、老人は眉をひそめる。これ以上茶番を続けるつもりはなかった私は、言葉を続けた。

 

「私はエイティ=ケーンの紹介で来た、カナデ。合言葉は“リビングドール”」

 

 私がそう言うと、老人は顔に微笑みを浮かべて頷いた。

 

「いや、失礼しました、カナデ様。聞いてはいたのですがね、これもいわゆる様式美というやつでしてな。……さて、改めてよくいらっしゃった。この“情報屋・ドールズ”に、何の御用ですかな?」

 

 老人、いや、裏の世界では名の知れた腕利きの情報屋、ドールズが悪びれもせず穏やかな表情で私に笑いかける。

 ツェズゲラの師、エイティ=ケーンは聞くところによると現役のシングルハンターらしく、私には都合の良いことに裏でも顔が利いた。結局その彼自身とは顔を合わせることはなかったが、ツェズゲラが言うには私の要望だと話すとわりと簡単に教えてくれたらしい。

 

「知り合いを捜して欲しいの」

「なるほど、人探しですか……」

 

 老人は、小さく頷きながらボールペンと手帳を取り出した。

 

「それで、どなたですかな?」

「“キキョウ”という女の子よ。歳は大体十代前半ぐらいで、黒い髪を背中まで垂らしているわ。小柄で、虚ろな黒い目をしてるのだけど」

「お待ちを。写真などはありませんかな。特徴だけでは、大陸一つとっただけでも少なくとも何千人は該当者が見つかりましょう。不肖この私、人探しには多少の自信があるのですが。さすがにそれだけで見つけるのは難しい……。名前も、もしも偽名ではそれまでですからな」

「写真……。持ってないわね」

 

 あの流星街で、使えるようなカメラはついぞ見たことがない。そもそもそんなもの、大して必要とは思っていなかった。

 

「ふぅむ……。では、国民番号、あるいは何らかの証明書などは? ……この際、髪の毛一本でもあれば良いのですが」

「全部ないわ。……それに、多分その線じゃ無理よ」

「……ほぅ。流星街、ですかな」

 

 当たり。そう思ったが、口には出さなかった。情報屋の看板は、なるほど伊達ではないらしい。

 困難な依頼でありながら、老人は何故かどこか楽しそうに呟く。

 

「困りましたなぁ。取っ掛かりがないようでは、私も探しようがない」

「取っ掛かりは、無いこともないわね」

「ほう。それは?」

「ゾルディック家。どうやらキキョウは、そこの息子を追いかけてるみたい」

 

 老人は目を見開いた。

 

「ゾルディック……。それはまた、随分と厄介な……」

「何とかならないかしら」

「不可能では、ないのですがねぇ。そこまでとなると、随分危険な橋も渡らなければ。……失礼ですが、予算はいかほどですかな?」

「三億ちょっとね」

 

 私は指を三本立てた。天空闘技場のファイトマネーで、私の今の全財産だ。しかし、老人は首を横に振った。

 

「全く足りませんな」

「……そう」

 

 何となく、私もそんな気はしていた。原作では、ゾルディック家の人間の顔写真一枚で一億近い懸賞金がかかると言われていたのだ。もしもそれ以上の情報になるとするなら、私にもどれほどになるのか想像もつかない。

 ……そもそも、私はどうしてここまで躍起になってキキョウを探そうとしているのだろう。自分で言うのも何だが、どうも私は妙なところで生真面目だ。もう少し適当に生きられないものか。

 

「そこで、相談があるのですが。よろしいかな?」

 

 と、私が腕を組んで考えこんでいると、老人が話しかけてきた。

 

「何かしら」

「私は、情報を扱う情報屋でありますが。同時にハンター達への仕事の斡旋もしておるのですよ」

「私はハンターじゃないわ」

「だが。使える」

 

 老人が、人差し指を立てる。“凝”をしているとよく見える、指の先に現れた、オーラで形作られた文字が。随分と、器用なことをしている。

 

「なら、私に仕事をしろと?」

「“しろ”とは、言いませぬ。これは、言うなれば取引ですな。私の依頼する仕事を受けても良いし、受けずにお金を集めてきても良い」

「……仕事にもよるわ」

 

 私がそう言うと、老人は笑みを浮かべ紙を一枚取り出した。

 

 

 

 ドールズ人形店を後にし、私は出てきた路地裏を振り向いた。

 

「食えないわ。情報屋って、みんなああなのかしら?」

 

 終始姿を現さず、老人の人形を使って話しかけてきた“情報屋・ドールズ”の事を思い出す。

 “凝”を使わなければ気づくことはなかっただろう。それほどあの人形は精巧に作られていたし、おそらく念での擬態も本物の人間と見まごうほどのものだった。おまけに、人形でありながら見たところ相当腕も立つ。裏の世界で、情報屋なんて因果な職をしていながら生き残っているだけはある。

 

「まぁ。やることをやってくれるなら、私には関係のないことだわ」

 

 

 

 

 

 

 そして、ドールズから仕事をもらった数日後の深夜。私はとあるシティ中央にある、ビルの前にいた。私の周囲には、私同様仕事を請け負ってきたらしい能力者達が何人かいる。別口ではあるようだが、雇い主は皆同じだ。ビルの中にはさらに多数の能力者が配置されており、上に行くにつれその能力は高いものとなってきている。こうして玄関前にいる私達は、雇い主からの信用が最も低い者達である。どうやらかなり急いでいたらしく、広く、そして無節操に能力者が集められていた。外様に置いているとは言え、あまり信用のない私達も“護衛”として雇われているのはそのためだ。

 

 そう、ドールズから斡旋された仕事は、“護衛”だった。それも、マフィアの幹部の。

 私達の使い道は護衛というよりも“壁”なのだろう。実力も見ず、派遣元だけ聞いて玄関先に置いたことが良い証拠だ。とは言え、一応受けてしまった以上契約は履行しなければならない。

 

「面倒だわ……」

 

 ビルを見上げ、最上階にいるであろう今回のボスに文句を投げる。本人に聞こえるわけはないけれど、どうせただの気晴らしである。

 

「よぉー、迷子のガキがこんなところに居やがるぜぇ。ひへへっ」

 

 暇なのか、見るからに(頭と)柄の悪そうな男が絡んできた。一度ビルの中に集められた時も、私に驚いてジロジロと見てきていたことを覚えている。

 

「おい、仲間に絡むな」

 

 相方なのか、堀の深い顔立ちをした男が柄の悪そうな男を止めた。

 

「仲間ぁ? おいおい寝ぼけてんのか、ブイラ。こんな痩せっぽちの貧弱なガキが仲間かよ。はっ、冗談じゃねぇ、足ぃ引っ張られんのがオチじゃねぇか。さっさと追い出しちまおうぜ。勝手に死ぬ分には構わねぇが、俺達の邪魔を少しでもされたら何遍殺しても飽きたらねぇよ。そもそも俺はガキが大っ嫌いなんだよぉぉぉ!!」

 

 柄の悪い男にブイラと呼ばれた男は、私の方をちらりと見る。

 

「俺は、彼女の顔には覚えがある。“ポイ捨ての(ダストシューター)”カナデ。天空闘技場200階クラスの闘士の一人だ」

「天空闘技場ぉ? あの幼稚な遊技場かよ、アホらしい。耄碌すんのが早すぎんぜブイラァ。それとも、仕事始まる前から酔ってんのかぁ?」

「彼女は、あそこの偽物連中とは格が違う。今回の仕事でも、きっと足手まといにはならないはずだ」

「じゃあぁぁぁてめぇでめんどうみろやぁあっ!!」

 

 柄の悪い男はヒステリックに喚き散らして踵を返し、ブイラに背を向けた。その際私と目が合うと、『ぺっ』と思いきり痰を吐き捨てていた。

 それにしても、“ダストシューター”とは。私も、そんなリングネームは初めて聞いた。

 

「すまないな」

「別に。いいわ」

 

 今度は、ブイラが私に話しかけてくる。私は、いつも通り素っ気なく返事を返した。

 

「いきなり怒鳴られて、驚いだろう。あいつも、前はあれほどじゃなかったんだがなぁ……。以前の仕事で、乱戦にパニクった子供の念能力者に殺されかけて以来、あの調子なんだ」

「そう」

 

 別に私に関係のない他人の諸事情なんて、正直どうでもいいことなのだから、側でしんみり語るのはやめてくれないだろうか。私の声なき訴えは、当然のことながらブイラには届かない。

 

「あいつは、確かに初めて会った時から変わらない。初対面の相手には、あんな感じに喧嘩腰なのさ。俺も、それで一度は殴りあったものだ」

「そう」

 

 まだ続くのだろうか。五月蝿いわけではないけれど、正直少し面倒くさい。

 

「だが、長く付き合ってりゃ色んな面が見えてきやがる。どうしてあいつが初対面の相手にあんな喧嘩腰なことや、周りの人間をどういう思いで見てるかとかな。知ってるか? あいつ、あんなんでも子持ちなんだぜ? 笑っちまうだろ。あいつは何も言いやしなかったが、この仕事で大金が入ったら家族で旅行に行く計画立ててんだよ。それに気づいた時はもう、爆笑モノだったよ」

「そう」

 

 と言いつつも、温かみのある笑顔でしんみりとブイラは語った。どうでもいいけれど、勝手に人の死亡フラグを乱立させていくのはどうかと、私は思う。

 

「ま、そんなものだから、死ぬわけにはいかないのさ、あいつは。だから多分、あんなに必死になってんだ。今回のは結構大仕事みたいだからな。マフィア同士の抗争……ってやつらしいが、俺達能力者が多数駆りだされてるとこ見ると、どうやらタダ事じゃない。噂じゃあ、ここのボスを始末するために雇われた殺し屋ってのがあの――」

「黙って」

「どうした?」

「……」

 

 このシティは、ドールズのいた場所とは違い“眠らない街”と呼ばれる程度には人の動きが活発だ。マフィアのビルの前だろうと深夜であろうと、行き交う通行人が途絶えることはそうそうない。男に腕を絡ませる女や酔っぱらい、明らかにカタギに見えないならず者に調子に乗る若者。さっきまでは、そういう人間達がチカチカ光るネオン街を右へ左へと行き交っていた。

 しかし今は、寒々しいほどに人の通りが途絶えていた。点滅する看板の照明が、不気味に通りを照らしだす。

 

「来た」

「何が?」

「……殺し屋?」

 

 宵闇の向こうから、三人の人間が姿を現した。

 一人は、ワンピースを着た女性。顔には仮面を着けており、素顔は窺えない。一人は、軽くウェーブした銀髪を流した青年。無表情ながら鋭い眼をこちらに向けている。最後の一人は、銀髪を逆立てさせた偉丈夫。がっしりとした体躯に、殺気を潜めた濃密なオーラを全身から迸らせていた。

 

「“guard skill ; hand sonic”」

 

 久々に、両手に刃を具現化する。

 ビルに近づいてくる三人組が敵であることに他の護衛達も気が付いたのか、ビル玄関前はにわかに騒がしくなった。これほど堂々と、真正面から来るとは思っていなかったのだろう、護衛達の足並みはばらばらだった。

 しかし、それも全員ではない。急遽集められた者達の中にもこういう場に慣れた者もいたのか、既に冷静に態勢を整え、相手の出方を観察している能力者もいる。ブイラやその相方も、どうやらそっち側だったようだ。

 

「ここは俺が請け負う。お前達はターゲットを始末しに行け」

 

 高まる緊張感と張りつめた沈黙の中、不思議なほど通る声を上げたのは、三人の中で身体もオーラも最も大きい偉丈夫だった。

 

「親父、掃除は、俺がやった方がいいんじゃないか?」

「私は地下の方に行きましょう。あなたは上階を」

「いや。ここはお前達では荷が重いだろう。黙って先にいけ。俺の方が終わる前に、さっさと片付けてこい」

 

 偉丈夫の平坦で貫くような視線が、私の方を向いた。どうやら、随分と買ってくれているらしい。そして好都合だ。私も三人相手では尻尾を巻いて逃げることになったかもしれない。

 

「行け!」

 

 再びの偉丈夫の命令とともに、偉丈夫の両脇にいた女性と青年が同時に地を蹴った。私は動かなかったが、ここにいるのは私だけではない。玄関前に展開していた護衛達が、二人を迎え撃った。

 

キィィィィ

 

 動かなかったというより、動けなかった。駆け抜ける二人にも視線を向けられないほどに、偉丈夫の殺気とオーラが研ぎ澄まされていく。偉丈夫の視線もまた、私から外れることはなかった。

 

「――っ!」

「はぁっ!」

 

 姿がかき消えんばかりのスピードで間合いを詰めた偉丈夫の貫手と、私のhand sonicが紙一重で交差する。一寸のズレで、私の身体には風穴が開くだろう。しかし、それは相手も同じこと。かつてない強敵との殺し合いに、私の意識もまた加速度的に研ぎ澄まされていった。この強敵の動きも、鮮明に見てとれるほどに。

 




やふー


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時には前に逃げてみる

戦闘って難しい…ヽ(´Д`ヽ ミ ノ´Д`)ノ
あと主人公も強化しすぎたような。


 とあるマフィアの所有するビル前で、最高峰の暗殺一家と雇われ能力者達がぶつかる。かたや三人、かたや10数人、数の上では守る側が圧倒的に有利だった。戦況は拮抗するまでもなく、あっさりと片方に傾く。まるで、人間が鼠を蹴散らすかのように、その力量差は圧倒的だった。そう、勝ったのは暗殺一家の二人、仮面の女性と鉄面皮の青年だった。決して、護衛側の能力者全員が弱かったわけではない。マフィアの抱える能力者の中でも上位に食い込めるほどの実力者、そんな存在も、この場にはたまたま置かれていた。だが、今回は相手が悪すぎた。彼らのつくる壁をまるで紙のように切り裂いたのは、一家次期当主の青年とその母親だ。マフィアの持つ最大戦力、“陰獣”クラスの者達でも手に余る実力者。一介の雇われ能力者達では、あまりにも荷が重すぎた。

 

 既に殺し屋二人はビルに入り、ビルの玄関前で戦っているのは二人だけだった。

 

「……っ!」

 

 二人の内の小さい方、カナデが相手の攻撃をかわしながら考える。大きい方、偉丈夫の攻撃は、かつてないほどに対処が困難なものだった。

 人並み外れた認識能力や処理能力を持つカナデは、敵が攻撃をする前から何をしてくるのかを察知することが出来る。その予知は相手の呼吸であったり、筋肉の動きであったり、身体の流れであったりと、相手から得られる様々な情報によってなされるものだ。戦闘経験が未熟なカナデに、フェイントの類を得手とするツェズゲラが容易に完封されたこと、それはカナデの能力がツェズゲラの技術を大きく上回っていたことを意味する。

 

 しかし、今度のカナデの相手はまず根本から違っていた。ツェズゲラとは比較にならない、戦闘技術と練度は確かに言うまでもない。だが、それだけではない。偉丈夫の、普通の人間ならば“絶対にありえない”筋肉と身体の動きに、カナデの感覚は翻弄されていた。普通の人間だったなら無意識下で狂わされるのだろうが、子細を知覚できたカナデは余計に混乱した。

 今カナデが偉丈夫と相対しきれているのは、カナデの念能力“学園天使の模倣劇(エンジェルプレイヤー)”によるところが大きい。本来身体の反応が間に合わない連撃を、カナデの身体は自動的に回避していた。しかし、それは薄氷を踏むかのようなやり取りだ。カナデの自動戦闘機能は、まだまだ未熟といってよいレベルの練度でしかない。カナデと偉丈夫が接敵しまだ十秒程度しか経過していなかったが、カナデは感覚で、あと数秒もすればこの単調な回避パターンを見切られると感じ取っていた。

 

「ふっ!」

 

 カナデはなりふり構わず後ろへ下がり、“練”で体内に練り上げていたオーラを噴出させた。そして、常に自身を強化させていた身体強化スキル“overdrive”に大きくオーラを割き、本格的(・・・)に稼働させ始めた。

 瞬間、カナデは自分の世界が広がり、意識と肉体が正確に溶け込み合うかのような錯覚を起こした。ただ足を踏みしめただけで地面にヒビが入り、ただ手を動かしただけで空中に衝撃波が生まれる。そんな万能感だ。

 

 そして、それは空想だけでは終わらない。

 

「――あぁあっ!!」

 

 カナデが地を蹴ると同時に、石床が砕け散り宙に舞う。カナデの身体が、空気の壁を突き破り景気のいい破壊音を奏でた。カナデの視界の中で、偉丈夫の姿が刹那の内に収束する。これまでとは、それこそ比較にならないスピードでカナデは駆けた。

 ……ただし、同時にカナデはその力を持て余してもいた。蹴った地が砕けたというのであれば、それだけ力が減衰したことを指し、空気を突き破ったというのであれば、身体にそれだけの抵抗を受けたということである。身体を使うことに、人外レベルで秀でているカナデならそうそうこんなことはありえない。それは、瞬間的にではあるがカナデがそれだけ切羽詰まっていたという証でもあった。

 

 偉丈夫に肉薄したカナデが、手に具現化した刃を振るう。直線的に振るわれたその攻撃を、偉丈夫は少し身体をずらすだけでかわした。

 

「――“ver.2”」

 

 しかし、カナデも迅速に現状に対して最適化を始めていた。かかる時間は数秒程度、カナデは力の赴くままに防戦を止めた。

 カナデの呟きとともに、発光するデジタル数字を散らしながら刃が形を変える。特徴のない、防御に主眼を置いていたただの短剣型から、攻撃を意識し高速戦闘に特化した薄刃の長剣型に。

 

「っ!」

 

 刹那の内に変型し、高速で切り返された攻撃的な刃に、偉丈夫が眉を上げる。それでも紙一重で回避した偉丈夫に、カナデは両腕をフルに稼働させ畳み掛けた。

 

 ヒッ ヒヒュンッ

 

 縦横無尽に残像と音を残しながら空を斬る刃は、さながら数多を切り裂くかまいたちである。偉丈夫はそれでもその全てを回避してみせたが、それは彼だからこそ出来たこと。カナデの暴走は偉丈夫に、自分以外なら無傷では済まなかったとすら思わせた。

 

(もう少し)

 

 神速の突きを繰り出しながら、カナデは身体をギリギリとひねる。そして、限界を迎えた身体をプロペラのように高速で回転させた。肉を斬るどころか削ぎ落としそうな凶悪な回転刃を、偉丈夫は後ろに下がりかわす。

 しかしその後退も一瞬のもの、偉丈夫はほとんどカナデの動きを見切ってきていた。次の瞬間には、偉丈夫は音もなくカナデの背後へと回っていた。偉丈夫のゴツゴツとしているが形は普通の右手が、ビキビキと異形へと形を変える。より肉を、心臓を、命を抉るのに適した形へと姿を変える。殺気は限界まで鎮められ、殺しに特化された手が無情にもカナデの小さな背中へと向けられた。

 そして。

 

(間に合っ、た!)

 

 貫かれる位置にあったカナデの背中がずれ、カナデの全身が背を向けたままごく自然に偉丈夫の懐へと入り込む。そして何気なく動いたカナデの手によって、偉丈夫の身体がいとも容易く宙に浮かされた。

 

「――っ!」

 

 息を呑んだのは、偉丈夫の方。特に勢いも飾りもない投技だったために、体勢は速攻で戻されたものの、彼にとってはそもそもそこまで投げられかけたことこそが驚きだった。偉丈夫は、静かに地へと降り立ち再びカナデへと向き直る。

 

「……」

 

 カナデは、身体の感じを確かめるように両手を交互に握りしめていた。

 

 カナデの、ひいては立華奏(オリジナル)の根幹を担う身体強化系のスキル、“overdrive”。それは、概要としては本人の持つ基礎ステータス全般を強化するというスキルであり、念能力に互換すると純粋に強化系の能力に属している。それ故特質系のカナデとは相性が悪く、通常時は中途半端にしか機能していない。それこそ、精々四割程度だ。これはカナデ自身、“学園天使の模倣劇(エンジェルプレイヤー)”でスキルの詳細情報、稼働状況を確かめるまで気づかなかったことだが、普段“overdrive”は感覚系のステータスを強化することに重点を置かれており、肉体系のステータスは雀の涙、申し訳程度にしか強化されていない。流星街で目を覚まし、これまでカナデが発揮してきた力は全て、カナデ自身のナチュラルな身体能力だ。そもそも、あれら程度の力であれば無能力者の中にもいる。どこぞの十代の少年達が数トンの扉を念無しで開いたことからも、それは明らかだ。

 カナデは、“overdrive”を十全に発動させることでようやく“怪力”というアイデンティティをこの世界で確立できるのだ。

 

 仮に強化系能力者が、100のオーラを注ぐことで“overdrive”の力を100引き出せたとする。翻ってカナデの場合は、100のオーラを注いだとしても練度不足で40の力しか引き出せない。それは、“発”の最大習得率の関係上どうしようもないことだ。だが、カナデは“練”使用時に“overdrive”の力を無理やり100まで引き上げた。やったことは実に単純、250のオーラを注いだだけ。これは、カナデが偉丈夫と対峙した時、オーラの大きい彼と比較することで自身の潜在オーラの量が異様なまでに多いことに気づいたことで、気兼ねなく実現できた空論だった。

 

 そして、急激に膨れ上がった身体能力に遊ばれることがないよう、最適化を終えた今からこそが、カナデにとっての本番だった。

 

 キィィィィッ

 

 カナデが両腕の薄刃を擦り合わせると、高い金属音が奏でられる。

 

 キンッ

 

 それを合図として、カナデと偉丈夫は再び互いの戦意を拮抗させた。

 

 

 

 ビルの玄関前で戦っているのは確かに二人だけだが、実のところ生きているのは三人だ。玄関前に配置されていた能力者達は、一人残らず心臓を抜かれたり首を切られたりへし折られたりと、瞬く間に女性と青年に一掃された。全員が誰が見ても致命傷に見える傷を負わされ、事実一人を除き揃って即死だった。

 生き残っていたのは、三人組が来る前にカナデと少しだけ話していたブイラ。彼は首を大きく切り裂かれていたが、血液を操作する能力で自身の血流を操作し、辛うじて生き残っていた。しかしそのような状態では万が一にも継戦などは出来ず、殺し屋の青年に見逃されたのももう邪魔にならないと判断されたためだ。

 

 そうして、首を押さえ息を潜めていた彼は、目の前の光景を呆然と見つめていた。それは、生きるために能力を使うことを忘れそうになるほどだった。

 

「何だ、これ。何なんだ、一体……」

 

 邪魔だ足手まといだと、少女を侮った相方は既に死んだ。邪魔にも、足手まといにすらなる暇もなく、まるで塵芥のように心臓を抜かれ白目を剥いて呼吸を止めた。そして、相方が侮り自身も心中では期待していなかった少女が、三人の中で最も異彩を放っていた男と互角に渡り合っている。

 初めの一分ほどは、彼でもまだ影が見えるほどだったが、今では二人共が完全に彼の視界から姿を消していた。時々前触れもなく姿を現し、その時は必ずと言っていいほど凄まじい勢いで二人揃って攻撃の応酬を繰り返している。

 

 ブイラが必死に命を繋ぎながら、それでも戦いから目が離せずにいる中、二人の戦いは更にヒートアップしていった。

 

 

 

 カナデと偉丈夫が戦い始めて、どれほどの時間が過ぎただろうか。頭蓋骨を破砕しそうなほどの蹴りを軽く屈んだだけでかわし、カナデは何度目かの突きを繰り出した。しかしそれは偉丈夫の手で軽く払いのけられ、お返しにカナデを頭から真っ二つに両断してしまいそうな手刀が、偉丈夫が身体を落とすのに合わせるように振り下ろされる。だが、無論カナデもそれでは終わらない。

 

「“ver.4”」

 

 途端に片方の手の薄刃は、巨大で華やか、かつ不気味な蓮の花へと姿を変える。カナデは頭上の死角から放たれた手刀を、蓮の花を振るうことで偉丈夫の体ごと弾き飛ばした。

 

「“ver.2”」

 

 しかし、その圧倒的な質量も通常的に使うのではあまりにも邪魔になる。カナデは、偉丈夫が再び攻撃を仕掛けてくる前に形態を元に戻した。

 だが、その直後息を呑み思わず叫ぶ。

 

「っ!――

「はっ!」

――“guard skill ; distortion”!」

 

 次の瞬間、偉丈夫から放たれた強力な念弾がカナデに接触する。間一髪で展開の間に合った歪曲場によって、大部分がねじ曲げられ直撃は避けられたものの、いくらかはカナデの力場を突破したことから、一瞬の溜めから放たれた念弾でありながら相当の威力を持っていたことが分かる。かつてカナデの闘った放出系能力者の能力が、それこそ紙くず以下とも思えるほどの力だった。

 

 直後間合いを詰めてきた偉丈夫に合わせるように、カナデは再び蓮の花に変型させた“hand sonic”を振り下ろし、偉丈夫を無理やり後退させた。

 

「“ver.2”……はぁ」

 

 蓮の花から薄刃に戻したカナデが、偉丈夫からは目を離さずにため息をつく。そして、誰に聞かせるでもなく呟いた。

 

「やっぱり、こうなるのね」

「……?」

 

 カナデの小さな声を聞き取った偉丈夫は、訝しげに眉を寄せる。カナデは偉丈夫の反応には頓着せず、何度目かになる疾駆を始めた。今度は、偉丈夫の真正面へと、ただ一直線に猛進する。偉丈夫は身構え、カナデを迎え撃った。

 しかし。

 

「“guard skill ; delay”」

「っ!」

 

 カナデが接敵する直前、偉丈夫の反撃が届く直前に、カナデの姿が偉丈夫の目の前からも掻き消える。これまでとは、一線を画す速度。事実、偉丈夫の眼でもカナデの姿は追い切れなかった。眼前で小さく奇妙な発光体が乱舞する中、しかし偉丈夫は自分の真後ろへと貫手を放った。

 

――“absorb”

「――っ!?」

 

 今度こそ、偉丈夫が瞠目する。偉丈夫の貫手は、背後にいたカナデの身体を確かに貫通した。しかし、偉丈夫の目に映ったのは胸を貫かれ絶命したカナデの姿ではなく、赤黒い粒子となってその身体を消失させてゆくカナデの姿だった。貫手を貫通させた胸も、既にスカスカだ。

 

「……」

 

 完全に消え行く直前、戦闘下においても表情の乏しかったカナデが、似つかわしくない、裂けるような笑みを浮かべた。

 

「ちっ!」

 

 カナデの姿が消えるか消えないかのうちに、唐突に現れた“練”の気配を感じ取り、偉丈夫が再び背後を振り向いた。そしてそれとほぼ同時に、ビルの玄関前が暴力的な光に満たされる。偉丈夫は、その光の中でカナデの気配が遠ざかっていくのを感じ取っていた。

 光が消えたのは、そのすぐ後。“練”の気配のあった場所に目を向けると、頭を切られたペットボトルが落ちているのを見つけた。偉丈夫は戦闘態勢を解き、今度はカナデの逃げた方へと視線を向けた。

 

「割に合わん仕事だ。アレを除くのは、骨が折れるわ」

 

 偉丈夫が視線を向けた先には、カナデの走り去る背中がある。

 そう、まるで、天地が逆さまになったかのようにビルの壁面を凄まじい速さで駆け上がっていく、カナデの背中が。カナデの走り去った後には、どこからか白い羽根が現れ空を舞い、地面に落ちる前に発光するデジタル数字となって消えていった。

 




まぁいいや。
あと生き残りが欲しいと思って彼入れたんですけど、何か変に浮いてるような。
まぁいいや。


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最後は派手にいきたいもんです

オリジナルスキル注意です。原作にはないスキルが出てきます。


「はー。面倒だわ……」

 

 私は、ビルを垂直に全力で駆け上がりながら愚痴をこぼした。耳に当たるビル風と羽ばたく翼が、轟々と音を奏でる。予想以上の加速だった。この分なら、目的の階に辿り着くのに十秒もかからないだろう。

 ビルの中では、私とあの銀髪の偉丈夫がやり合い始めた頃から、護衛達と殺し屋が戦いを繰り広げていたが、つい先刻最上階の防衛ラインが突破された。一度は地下と上階で二手に分かれていたようだが、地下の探索が終わったのか上階に向かった奴と合流してからは、驚くべき速度で護衛達は駆逐されていった。

 

 私はこうなるんじゃないかと思ってはいたものの、一応もしかしてとも思っていたので、二十分近く銀髪の偉丈夫の足止めに徹していた。しかし、結局はこれだ。隠し、温存していた能力も逃走に使ってしまった。

 

 自分を擬似加速させる“delay”はともかく、自分の分身をオーラの続く限りほぼ無制限に作り出す、“harmonics”はかなり痛い。このスキルはとっておきもとっておき。これを見た人間は、というより使う時は必ず誰かを殺す時に限定するつもりだったのに、つい使ってしまった。

 

 この能力は、原作のものと少し仕様が違う。一応分身にも意識があるが、それは私から分化、あるいはコピーされたものであり、あくまで私自身だ。故に暴走することはなく、総体的な意識に沿う形で行動する。それに抗うことは、ひいては分身体の私にとってもデメリットになるからだ。

 そして通常ならば、“absorb”で私の中に戻す時も大きな副作用はない。ただ、分身体の器の方が些か攻撃的な特性を持っており、あまり長く大量に分身体を出していると器に染められ意識の分化が促進し、同期、吸収する際に分身体の意識と揉めることになる。

 

 今回は吸収に問題は発生しなかったが、あまりほいほい使いたい能力ではないのだ。

 とはいえ、あれだけ大盤振る舞いしなければ、あの男から背を向けるなんてことは出来なかったのも事実ではある。実際、私がほとんど全力だったのに対しあの男は余力を残しているようにも見えた。

 

 “angels wing”は念のため“隠”で隠してみたものの、どうやら抜ける羽根までは隠せなかったらしく、虚空から生まれ出るように羽根がチラチラと地へと舞い落ちている。あの偉丈夫にも、見えていることだろう。“凝”で見れば簡単に見破れる、私の背中に生えた一対の白い翼が。

 しかしどちらにせよ、対処される前に最上階に辿り着けば問題ない。

 

 

 

「“ver.4”」

 

 私は蓮の花に変型させた“hand sonic”を一閃し、最上階の大窓の強化ガラスを粉砕した。そして間髪入れずに室内に飛び込むと、丁度今回の仕事のボスが銀髪の青年に殺されそうになっているのが目に入った。

 

「“ver.2”。お邪魔するわ」

「なっ」

 

 瞬きの内に青年の懐に入り込み、容赦なく女性の方へとぶん投げた。まだ偉丈夫と戦っていた時の“練”は継続中だ。あの偉丈夫クラスでなければ、このスピードでの奇襲は対応しきれないだろう。ただ、女性の方は青年よりも上だったらしい。豪速で飛んできた青年をすり抜けるように避けると、私へと飛びかかってきた。能力か何かは知らないが、両腕から鉄条網のような鉄線が伸びてきている。

 

「“guard skill ; delay”」

 

 が、さっさとこの場から逃げ出したかった私は躊躇わずスキルを使い女性の死角へと潜り込み、両腕に切りつけた。

 

「くっ、舐めた真似を!」

 

 しかし女性はそれにも反応し、左腕を犠牲にしてだがかわしてみせた。左手が血を噴き出しながらくるくると宙を舞う中、女性の腕の切断面からはにょきにょきと棘々しい鉄線が生えてくる。だが、私としてはこれ以上の長居は不要だった。

 

「失礼させてもらうわね」

「待ちなさい!」

 

 私は二人が体勢を立て直す前に、急いで銃を持ったまま固まっていたボスの背広を掴み、割った窓から飛び出した。私達に追いすがり、ボスに絡み付こうとしてきた鉄線はもう片方の腕の薄刃でスパスパと切り裂いた。

 

「……ぅうああぁぁぁああぁぁぁあぁぁぁぁっっ!!?」

「静かにして」

 

 肌寒い夜空の下、我に返ったらしいボスが叫び声を上げる。確かに、常人にこの高さは辛いだろう。しかも、頼りはどうやって飛んでいるかも分からない私のか細い腕一本。能力者ではないボスには、私のオーラも翼も見えてはいないのだ。その上私の腕には得体のしれない刃が二本。きっとマフィアもびっくりだろう。というか、あまり動かれると刺さってしまいそうだ。

 しかし、“angels wing”を実用に耐えうるレベルまで改変していたのは正解だった。元々逃走用に備えていたものだったが、ここまで役に立つとは私も考えてはいなかった。

とにかく、私はここから早く離れようと翼をはためかせた。

 

 しかしその直後、下からただならぬオーラを感じ取り、私は遥か眼下へと視線を向けた。

 

「そう。やっぱり、ただでは行かせてくれないの」

 

 視線の先にいたのは、先程まで戦っていたあの偉丈夫の姿。凄まじい量のオーラがその偉丈夫から発せられるとともに、その姿に龍の顔のような形をしたオーラの塊が重なる。まず間違いなく、私を撃ち落とすつもりの放出系の攻撃だ。戦っていた時にぶつけられた念弾とは比べ物にならない量のオーラが込められており、直撃すれば私もただでは済まないだろう。そしてとりあえず、ボスは間違いなく死ぬ。ここまでやって仕事失敗なんていうのはそれこそ、冗談じゃない。

 

「……っ! ふっ!」

 

 ドンッと龍の頭が発射されると同時に、私はボスを頭上へと放り投げた。そして、歪曲場を今度は全力で展開する。以前は展開させたまま動いてしまうと歪曲場が散ってしまう傾向があったのだが、座標固定型の設定だったものを私中心に発生するものとして定義することで今はある程度解消している。

 

「“guard skill ; distortion”」

 

 そこで、私はぐんぐんと迫り来る龍の背に誰かが乗っていることに気づいた。まだかなり距離が開いているにも関わらず、龍のものではない洗練されたオーラの気配が、ぴりぴりと肌で感じられる。

 

 本当に、冗談じゃない。

 そう思いながら、私は対応策をひり出した。本来ならこのまま龍を破壊するつもりだったが、それではあの男に何をされるか分からない。かと言って、男を止めようとすれば龍がフリーだ。男一人に苦戦する私が、一度で双方をどうこうできるわけがない。

 まぁ、結局はまたこうするしかないのだ。前回はすぐに消したので、かかし(デコイ)程度にしか思われなかっただろうが、今回はその性能が知られてしまうだろう。相手が悪かったと諦めるしかない。

 

「“guard skill ; harmonics”」

 

 私同様翼を生やした分身が私の身体に重なるように現れ、直後私から離れると龍の背にいる偉丈夫へと急降下した。長時間の足止めは必要ない。一瞬さえあれば、足場となっている龍が壊せる。それができれば、私と違い翼のない偉丈夫ではもう地に落ちるしか無い。

 続けて、私は“angels wing”の“隠”を解き目一杯大きく広げた。

 

「“attack skill : sonics wing”」

 

 ギ ギ ギ ギ ギギギギギッ

 

 変化が起こったのは、背中に広がる両翼から。金属がこすれ合うような異音とともに、瞬く間に柔らかな羽毛が硬質な刃へと姿を変えた。それとともに、翼から大量の発光数字が剥がれ落ちるかのように高空に舞い散る。

 “angels wing”の設定をいじった時に、ある考えから新たに増設したスキル。“angels wing”の亜種でもあるし、“handsonic”との複合スキルとも言える。見た目は確かに翼のままだが、印象は天使などとは間違っても言えないほど禍々しい。羽根の部分が、全て“handsonic”と同様の刃となっているのだから、それも仕方がない。

 このスキルはオーラの消費が大きく燃費が悪いが、現状私のスキルの中でも最大火力を有している。それを目的に作ったので、当然なのだが。

 

「――!」

 

 天へと昇る龍に対抗するように、私は刃の翼を強くはためかせ急降下した。偉丈夫とぶつかる私の分身が視界に入るが、どうやら長く持ちそうにない。そして、この龍が能力者側で軌道を操作できるのなら厄介だ。私を無視して、彼らのターゲットを仕留められても困る。つまるところ私は、それが間に合わないだけの速度で龍に接触し、破壊すればいいのだ。幸い、その手段を私は持っていた。

 

「“guard skill ; howling”」

 

 その足がかりがこのスキルだ。元々は“handsonic”の刃でやるものなのだが、否応なしに両手が殺されてしまうため正直格下相手でなければ使いにくい。刃翼を作ったのも、こうして両手をフリーにするためというのが理由の一つとしてあげられる。

 

 背中の両翼に展開された大量の刃が互いを擦り合わせ、不快な金属音を盛大に奏で始めた。そして、それがオーラ放出によって破壊的な超音波へと変わる。本来はその超音波によって広範囲に影響を及ぼす無差別攻撃なのだが、私はそれをあらかじめ周囲に張り巡らせていた歪曲場によってある程度の指向性を持たせることに成功した。無秩序に拡散させるよりも一点あたりの威力が高められ、選択的に、例えば今回のように自身の後方などに超音波を飛ばさないような工夫が出来る。

 

 龍と接触する寸前に、私はそれこそ掘削機のように身体を回転させた。主に前方に向かって撒き散らされる暴力的な超音波が、大気を震わせオーラの龍を歪ませる。オーラを纏わせた“handsonic”をミキサーのように振り回し、私は回転する身体ごと龍の体に喰らいついた。私の身体に、噛み付く余裕は与えない。掘削機としたのは、まさしく私自身をそれに見立てていたためだ。龍の口腔より捻り突き破るように奥へ奥へと貪ってゆく。

 

 防壁のような歪曲場で出来るだけ身を守り、両手の刃で身体を食い込ませ切り刻み、両翼で奏でる超音波で再生の効かない段階まで散り散りに。

 

 無数の“影”を瞬く間に殲滅し、『爆撃機並』と称された立華奏(オリジナル)の姿を再現すること。それは流星街にいた時から密かに目指していたことだ。私は恐らく現状でも彼女よりも強いだろうが、それでも彼女が見せた技を、私は既存スキルで再現することは出来なかった。そうしてやけくそで作り上げたのが、あの刃の翼である。

 

 びりびりと、私の顔からジャージ、足先に至るまでが余波を受けて切り破れる。頬や額、脇や脚には裂傷が走り、傷からは赤い血が飛び散った。相手が強すぎたというのもあるだろうが、相手の攻撃を捌き、殺しきれなかったのも事実。まだまだ調整が必要だ。

 

(ここまで傷を負ったのは、初めてかな)

 

 龍を完膚なきまでに破壊し、私は分身の方へと目を向けた。

 そちらでも既に決着がついており、龍の背からいつの間にか退避していた偉丈夫が分身を捕え、首の骨を折っているところだった。

 

(痛そ。“absorb”、“angels wing”)

 

 折角ここまでしたのに、分身を足場にでもされたら興ざめもいいところだ。私はそう思い、早々に分身を破棄した。そしてついでに、刃翼も通常の天使の翼へと戻してしまう。そうして、遥か上空にいるボスを迎えに行くために、私は翼を強く羽ばたかして身体を急上昇させた。

 

「……」

「……」

 

 その途中、普通に落下してきた偉丈夫と眼が合う。ただ無言で、互いに平坦な視線を交わし合い、どちらからともなく外してしまった。どこかにあった戦いの熱は、刹那の内に冷めてしまった。私にはこれ以上戦うつもりはなく、また偉丈夫からも戦意の類は感じられない。

 ただ上と下へと向かう双方の間で、間の抜けた電子音が鳴り響いていた。

 

 

 

 

 

 拳ほどのサイズのある、六芒星の描かれた通信機を片手に偉丈夫、ゼノ=ゾルディックは空を見上げていた。

 

「いいや、仕留め損ねた。俺達の方はただ働きだな」

「―――」

「違うな。今回失敗したのは、むしろ俺の方だ。情報にはない、手練の能力者がいた。俺はそいつの始末、あるいは足止めを請け負ったのだが、振り切られた」

「―――、―――?」

「そうだな、初めて見る顔だったが、見た目はかなり若かった。あれほどなら、少しは知れ渡っていそうなものだがな。アレを殺すのは、くく、骨が折れるだろう。それこそ文字通りにな」

 

 ゼノの話し相手は、ゼノの雇い主をターゲットとして雇われていた祖父である。

 

 ゾルディック家に一度でも狙われれば、その依頼の雇い主が死なない限り狙われ続ける。例え、万が一にでも殺しに来たゾルディック家の人間を返り討ちに出来たとしても、別の家族が仕事を引き継ぎ殺しに来るのだ。それと個人の持つ強さこそが、暗殺屋業界でゾルディック家が伝説となっている所以なのだが、それはともかく、通常ゾルディック家の襲撃を退けることがあまりにも困難であることは分かってもらえるだろう。

 

 生き残るためには、雇い主が死ぬか、あるいはわざわざゾルディック家に依頼しておいてあり得ないことではあるが、依頼を取り下げるかだ。後者は除くとして、前者ならばカウンターとしてやはり暗殺者を送り込むことになるだろう。しかし、ゾルディックを雇うだけの力を持つ相手を通常の暗殺者で仕留めるのは難しい。

 結果的に、今回のゼノのターゲットはいち早く自身が狙われていることを察知し、身を固めた上で反対に別のゾルディックを送り返したのだ。

 因みに、情報が漏れたのはゾルディックからではなく雇い主の方からである。つまるところ、今回ゼノ達がターゲットを殺し損ねたのは雇い主の脇の甘さが遠因であり、結局そのしっぺ返しを雇い主本人が食らったに過ぎない。

 

「ああ、合流したらもう戻る。他に、特に殺ることもないしな。祖父さんはどうするつもりだ? ……そうか。じゃあ、また後でな」

 

 そう言って、ゼノは通信を切った。

 それと前後するように、ビルの玄関が開き二人の人間が出てくる。

 

「悪い、親父。ターゲットを逃した、殺り損ねた」

 

 そう言ったのは、銀髪の青年で、ゼノの息子でもあるシルバだった。服のところどころが返り血に染まっている以外に、全身が瓦礫でもかぶったかのように汚れていた。

 

「いや、俺も『請け負う』なんぞと言っておいて、しくじったしな。あまり気にするな、少しだけ気にしろ。それにしても、随分とぼろぼろだな、シルバ。アレ(・・)とやり合ったのか?」

 

 『アレ』と言いながら、ゼノが人差し指を軽く立てて天を指す。もうとうに、夜空にあの白く目立つ姿はなくなっていたが、途中から見ていたシルバはそれが何を指しているのかは理解できた。

 

「どうだろうな。俺は投げられて、いくつか部屋の壁を抜いただけだ。俺が戻った時にはもう逃げられていた。その辺りは俺じゃなく、お袋に聞いてくれ」

 

 そう言ってシルバは、隣に歩いてきた仮面の女性、母親を指し示した。彼女は、見た目はともかくほとんど無傷のシルバとは違い、切れた片腕を抱えている。切れた方の腕からも、肩口の方からも幾条もの鉄線が伸び、双方を歪に繋ぎ止めていた。

 

「おお、重傷だな。大丈夫か?」

「えぇまぁ。少々油断してしまいましたよ。それにしてもあなた、何です? あの娘は。不躾に窓から入ってきた上に、私に断りもなくシルバを投げるなど、不遜にも程が有ります」

「さあな、俺も知らんぞ」

 

 ぷんすか怒る妻に、ゼノは苦笑いで肩をすくめる。

 

「アレを殺る依頼は、遠慮願いたいものだな。割に合わん仕事はまっぴら御免だ。アレは、まだまだ伸びるぞ。それに見れた能力も数が多い上に得体が知れん。どうもそこらの能力者とは、毛色が違って見えたわ」

「親父とマハ爺なら殺れるか?」

「祖父さんと組むなら、十中八九取れるだろうな。あるいは、祖父さん一人でも可能か。……だが十年後二十年後は分からん。見た目だけなら、シルバ、お前より年下だっただろう。丁度伸び盛りな頃か、この先どうなるかは想像もできん」

 

 直接やり合ったゼノは、カナデが思う以上にカナデを高く評価していた。それは現状の戦闘力もあったが、それ以外にその高い対応力にも注目していた。

 

「ふーむ」

 

 ゼノが、何かを考えるように顎を擦る。

 

「どうかしたか? 親父」

「あなた?」

 

 しばし黙したゼノに、二人が尋ねる。問われたゼノはシルバの方へ顔を向けると、おもむろにこう言った。

 

「どうだシルバ。アレを、お前の嫁にでもしてみるか?」

「ん?」

「な、何を言っているんですかあなた! あんなちんちくりんの小娘など不当にも程が有ります、他に相応しい者はいくらでも……」

「まあ待て。見たところ歳は近いようだし、力も申し分ない。それに適応力も高そうだったからな、なかなか相応しいと俺は思うのだが」

「そんな、あなたはいつだって不意に大雑把過ぎます! この前だって不粋に……」

「今はいいだろう、そんな話は。俺はシルバと話しているんだぞ。それで、シルバはどう思う?」

 

 ゼノの爆弾発言に、シルバは訝しげに、女性は過剰に反応する。彼女の感情に呼応してか、左腕の鉄線はキシキシと音を立てていた。ゼノはそれを手を振って適当にあしらうと、改めてシルバの方へと視線を向けて問いかけた。

 

「それは命令か? 親父」

 

 しかし、シルバの答えはこうである。ゼノは肩をすくめて首を横に振った。特にゼノの方も、家族に入れるというのなら文句がないというだけの話で、努めてカナデを入れたがっているわけではない。

 

「それこそまさかだ。嫁ぐらい自分で選べ、なぁ?」

「……えぇえぇ。シルバが選んだのなら、私だって不満は言いませんよ」

「……」

 

 白々しく言い合う夫婦に、シルバは特に反応は見せず黙り込んでいた。

 

「さて、そろそろ行くか。時間は遅いが、夕飯を用意させている。あまり祖父さんを待たせるのも悪いしな」

「それを早く言って下さいあなた。お義父様を待たせるなんて、不徳にも程が有ります」

「親父。俺はあんまり腹は減ってないんだが」

「食え食え。今度のこいつは命令だ」

 

 ゼノの言葉を皮切りに、三人は潮が引くように何事もなかったかのようにするするとビル玄関前から立ち去っていった。ビルの内外問わず血臭死臭の漂う中、三人はあまりに自然体だ。後に残るのは物言わぬ死体の山と、首を切られながらも細く命を繋ぎながら一部始終を見ていた一人の男だけだった。

 

 

 

 

 

「もう終わった?」

 

 適当なビルの屋上に身を寄せ目を回したボスを転がし、カナデは携帯電話を耳に密着させていた。ポケットに今一入りきらないサイズのそれを、カナデは身体にテープで巻き付けて所持していた。とは言え、今回の戦いの中でそれが壊れなかったのはただの奇跡でしかない。

 

『えぇその通りです、カナデ様。どうやら、雇用主が死んだことで自動的に殺人依頼も取りやめられたようですなぁ……』

 

 話し相手は老人の声、あのドールズだった。ゼノに通信が入ったのとほぼ同時に、彼からの電話がカナデにかかってきていたのだ。そのタイミングがどこかおかしいことに、ゼノがマハから通信を受けていたことを知らないカナデは、気づくことはなかった。

 

「ドールズ。あの連中のこと、ドールズなら知っていたのではないかしら」

『そうですなぁ。貴女は本当に私の、期待通りに動いていただけました。いや、期待以上、でしょうか。助かりましたよ。今後とも、よろしくお願い致しますよ』

「話をそらされているような気が、するのだけど」

『いえいえ……彼らのことは直に分かるでしょう。そろそろ貴女もこちらに来られては如何かな。此度の報酬の、話をしようではありませんか』

 

 そう言って電話を切ったドールズに、カナデは独り言ちた。

 

「本当に、食えない男ね」

 

 ドールズはカナデの懐事情に関わらず、端からこの護衛の仕事につかせるつもりだったのだ。恐らく、カナデが人形店に入った時からそれは決められていた。

 

 カナデは携帯電話を仕舞い、そこで身体のどこにも傷が残っていないことに気づく。龍に付けられたはずの裂傷は、切り裂かれたジャージをそのままに消え失せていた。カナデは、頬を指先で擦りながら首を傾げる。

 飛び散り流れた血も消えていたのだが、カナデはそこまでは気づかなかった。

 




ところで、スキルは別に口に出して使用する必要はありません。なのにわざわざ口に出してるのは、まぁ、オリジナルの模倣ですかね。


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ノックもせずにすみません

\(^q^)/
どんだけ時間かかってんねんて話ですけど。
夢の中では何度か投稿してました。何ででしょう。


「え~、皆様。本日は号泣観光バスをご利用いただきまして、誠にありがとうございます。当バスはデンドラ地区に御座います、悪名高き暗殺一族の邸宅を始めとし、世界に誇る様々な山景をご紹介させていただきます。どうぞ最期までごゆるりとご堪能下さいませ」

 

 パドキア共和国デンドラ地区、五年前から始まったという定期観光バスに搭乗し、私はバスガイドの紹介を適当に聞き流していた。

 

 

 

 情報屋ドールズから斡旋された仕事を終え、報酬として現金その他情報や、ついでに戸籍の類をもらい、私は一先ずキキョウの姿が確認されたというゾルディック家に行くことにした。身分証明が必要とされていた飛行船にようやく乗ることができたので、かかった日数は精々4日ほど。ただ、キキョウがどうやってゾルディック家のあるパドキア共和国まで行ったのかは謎だ。キキョウのことなので、何か能力でも使うかなんかして、飛行船に非正規に潜り込んだとかそんなところだろう。

 

 それはともかく、ドールズに聞いたところやはり今回の仕事で相手にした殺し屋達は、ゾルディック家の人間だったらしい。“龍頭戯画”を見た辺りからそうではないかと思っていたのだ。間接的にそこの情報を欲していた私にこの仕事を斡旋したことを、善意と見るか稚気と見るかは私次第だが、少なくとも仕事前に詳しく確認しなかったのは私の落ち度だった。例え意図的に、ドールズが情報を伏せていたのだとしてもだ。

 どちらにせよ、今回のことはドールズに対する貸しだ。現金や戸籍のようなものはもらったが、本来の目的である情報は些細なものだった。普通の護衛依頼なら確かに破格の報酬……しかし、あのゾルディック家の暗殺者三人から命を護った報酬としては心もとない。

 ただ、向こうとしてもこのまま私とのつながりを持っていたいと考えているらしい。この貸しは、言うならば彼との縁なのだ。私としても、その点で否やはない。これからいくらでも頼る機会は出てくるだろう。

 

 

 

「え、皆様。左手を御覧くださいませ」

 

 そう言って、髪をくるくるとカールさせ、きちっと制服を着込んだバスガイドが右手を掲げ窓の外を示す。しばらく前からその偉容と異様な存在感を露わにしていたのは、遠目からでも分かる巨大な死火山だった。バスガイドが指ししめたのは、丁度その死火山の全景が望めるポイントのことであった。標高3772m、山頂は素知らぬ顔で雲を突き破り、ギンギン陽の照る晴天なのに全体的にどこかおどろおどろしい雰囲気が漂っている。

 

「あちらが、世界にその名を轟かす最凶にして最高峰の暗殺一族の棲む、ククルーマウンテンです。標高3772mのこの死火山のどこかに、彼らの屋敷があるとされておりますが、誰一人それを確かめたものはおりません。家族は全員が殺し屋、その一人一人には懸賞金がかけられており、もしも仕留めた者は一生を遊んで暮らせるほどの富と名声を手にすることが出来ると言われております」

 

 そこまで言うと、バスガイドはちらとバスの中に視線を走らせた。バスの席は満席だが、一番後ろの、隅っこにひっそりと座っている私から見るとよく分かる。このバスに乗っている乗客の半数以上は、観光以外が目的の似非狩人達だ。各々で装備を手に握りしめ、張り詰めた空気を漂わせている。私の都合隣りに座っている頭頂寒い中年も、一体何を入れているのか馬鹿でかいボストンバッグで席を占領させていた。

 しかし、それらを目にしてもバスガイドは洗練された営業スマイルをその顔に浮かべて言葉を続けた。

 

「それでは、ククルーマウンテン麓の樹海手前まで、近づいてみましょう」

 

 十数分後、バスは巨大な扉の前で停車していた。扉の両脇から延々と広がるのはこれまた巨大な外壁、とりあえず天辺まで2、30mはありそうだ。原作ではゴンが釣り竿を引っ掛けていたが、実際のところこれって届くんだろうか。

 扉にその段階ごとに描かれているのは、数字だ。ローマ字を横にしたら、こんな感じになるだろう。1から7まで、最大で片方256トンの常識外れの“扉”である。

 

「ここが、正門となります。入ったら最後、生きては戻れません。そこから、地元の住民からは黄泉への扉と呼ばれ親しまれております。ただ、ご覧のとおりこれは扉の形をしているだけで、開くようにはできておりません。実質、中に入る方法は存在しないのです」

 

 よく見ると正門前には、原作にあったはずの守衛室と、小さな扉がどこにもない。この時代にはまだ作られていないのだろう。キキョウの外見年齢から逆算すると、今は大体原作の三十年前。それならまだゼブロさんも雇われてはいないはずだ。

 

「古くから此処から先は全てゾルディック家の敷地となっており、例えこの先に行けたとしても観光することはできません」

「よぅ、姉ちゃん。聞きたいことがあんだけど」

 

 と、そこで、バスから降りて何かの準備をしていた脛に傷の有りそうな一団の内の一人がバスガイドに声をかけた。体中傷だらけの禿頭の中年、私の隣に座っていた男だ。持っていたボストンバッグは地面に降ろされ、他の男達が何やら中を漁っている。

 

「はい?」

「あんた、この仕事始めてからこの門を抜けた奴を見たことあるか?」

 

 百戦錬磨の0J営業スマイルのまま首を傾げるガイドに、男が親指で試しの門を指さした。

 

「いえ。私、この観光バスが初めて運行を開始した時より五年間勤めておりますが、門を(・・)抜けた方はただの一人も存じ上げません」

「くく、そうか。そんじゃ、俺達がその最初で、最後だ」

「は?」

「悪りぃなァ、あんたらの飯の種減らしちまって。ま、伝説の暗殺一家邸宅跡地、にでもして稼いでくれや。……おい」

「へい。おらてめぇら! 巻き込まれたくなかったらさっさと場所あけろ!」

 

 禿頭の男が、部下らしき男に指示を出すと、部下らしき男は門の周囲にいた他の仲間を門から離れさせた。因みに、一般人勢は端から近寄ってはいない。

 男達が離れた後に見えた一の門には、先程までなかった何かが貼り付けられている。どうやら、ボストンバッグの中身はアレらしい。

 

「やれ!」

 

 ドォンッ!

 

 男の合図で、轟音とともに一の門が爆炎と土煙に包まれる。

 しかし、やはりというべきか土煙の晴れた後にあったのは、無傷の試しの門だった。

 その後も男達はバズーカだとかハンマーだとかを持ち出してきたが、門はびくともしなかった。どうやら、門の部分は通常攻撃では破壊できないらしい。オーラの類は見えないものの、何となく念による産物な気がする。念字とか、神字とか、そのあたりのものが内部に刻印されているのではないだろうか。

 

 ところで門の部分、と表現したのは、どうも両脇の石壁の方は通常のものであるらしいからだ。男達は試しの門を破壊するのは諦め、その横の石壁に残った爆薬や武具で穴を開いた。これだけするのなら、もう少しスマートな入り方があるんじゃないかと思う。ゴンがしようとしたように、壁を乗り越えるとか。

 

「よっしゃぁっ!! 手こずらせやがって、この借りはこれからきっちり返してもらうぜ。行くぜてめぇら、皆殺しだ!」

『おう!』

 

 一気呵成の元、男達が石壁に無骨に開いた穴に殺到する。その様を傍から眺めているのは、仕事のためか残っていたバスガイド、おそらく好奇心の一般人勢、そして順番待ちをしていた私である。流石にバカスカ爆薬、砲弾、大金槌が乱舞する門前に、男達を押しのけて飛び込む気にはなれなかった。そしてそれをする理由もない。

 男達が全員穴の中に入っていったのは見届け、私は試しの門に手を当てた。

 

「あ、お客さん、何をされているんですか」

「見ての通りよ。私は此処に用があるから、行くわね」

 

 ギィオオォン

 

 私はバスガイドに軽く答え、手に力を込めた。すると、かつて聞いたことのないほどの重低音とともに試しの門は三の扉まで開いた。

 

「うーん」

 

 念を覚える前のキルアが開いた扉と、同じだ。何の強化もせずこれほどの力が出せるのなら、上出来だろう。能力を使えば、どこまでいけるか試してみたい気もあるが、それよりも開いた扉の向こうから聞こえてきた悲鳴の方に私の意識は向いた。

 

「ギャアアアアアアァアァァァッ!! た、助っぐげ」

「グガァァァアアァッ!」

「フー! フー!」

 

 再び重低音とともに閉まっていく扉と、その間に垣間見えた呆然としたバスガイドや一般人の姿を背に、私は血臭香る広場へと目をやった。

 そこにあったのは、先ほど穴をくぐっていった男達の成れの果てと、それらを貪る見たこともない魔獣の姿だった。見た目は双頭の犬だが、大きさは小屋程度はある。背丈の低い私からすれば、十分“見上げる”ほどだ。

 

「グルルルル」

 

 魔獣と目が合う。原作に出てきたミケには機械的という印象があったが、この魔獣の瞳からは原始的とは言え感情のようなものが見られた。そんなだから、三十年後にはいなくなっているのかもしれないが。

 

「ひっ、ひぃぃぃぃっ!」

「あら」

 

 と、私は自分の側に腰を抜かした男が一人いるのに気がついた。魔獣がこちらに目を向けたのは、私に反応したのではなくどうやらこの男の方を向いただけのようだ。

 その幸運な生き残りは、あの禿頭の中年男だった。男は私に気が付くと、身体中の穴という穴から体液を垂れ流しながらすがりついてきた。数分前の彼自身に、この顔を見せてあげたい。何にせよその結末を予知していたところで、ご丁寧にオーラまで扱っているこの魔獣に、念能力者でもなんでもない似非狩人達が勝てる通りはないのだが。

 

「た、たすっ、助けてくれ!」

 

 恥も外聞もなく、中年男が私に叫んだ。というか、とりあえず手近にいた私に助けを求めているだけで、私が何なのかは分かっていない気がする。涙で視界が潰れていなければ、あるいはこれほど切羽詰まっていなければ私の姿を見て助けを求めようなどとは思うはずもない。

 

「分かったわ」

 

 彼にとって幸いだったのは、私のすぐ側にいたことだろう。手の届く場所にいなければ私は面倒臭がって、大して関わりのなかったこの男をわざわざ助けに行こうとはしなかった。

 私は、私の脚にしがみついていた男の腕を掴み一気に引き剥がした。

 

『ガアァァァアァァアッ!』

 

 咆哮とともに、牙の並んだ二つの口腔を開き、魔獣が飛びかかって来る。しかし、魔獣の牙はもう男には届かない。

 掴んだ腕に力を込めて、開いた穴に向けて男をぶん投げる。ごグッと何かが外れる感触がしたが、とりあえずこの魔獣にバリバリと噛み砕かれるよりかはマシだろう。狙い違わず、男は壁に開いた穴を綺麗に通過していった。点数をつけるなら85点。まずまずといったところか。

 

「グルルルルッ」

 

 標的を失った魔獣が、私の横をすり抜けてたたらを踏んだ。そして、燃える感情の宿る四つの目を、残った私の方へと向けてくる。

 やはりミケとは違う。躾が成されていないのか、はたまた試しの門をくぐろうとも侵入者は侵入者なのか、何にせよこのまま穏便に終わることはなさそうだ。

 

「私は、少し話しに来ただけなのだけど」

 

 少々揉める程度のことは覚悟していたが、しょっぱなからこれとは、甚だツイていない。そして彼らと敵対しにきたわけではないので、あまり派手なことをするのも憚られた。

 

「面倒だわ」

『ガアァァッ』

 

 再度飛びかかってきた魔獣を、その双頭の付け根を支点に後ろへと放り投げる。四足獣は人間よりも投げるのが簡単だった。かかる力は直線的、両手を自由に使える人間とは違い、彼らが標的に仕掛ける攻撃手段はあまりに限られているだけに対処はし易い。力強ければ力強いほど、速ければ速いほど、私にとってはうってつけの獲物となる。とは言え……。

 

『――!』

 

 魔獣は空中でくるりと身体を回転させると、器用に体勢を立て直し何事もなかったかのように地面に降り立った。

 案の定ただ投げるだけでは、効果が薄い。野生に生きてきた獣の平衡感覚は、それを捨てた人間の比ではない。例え天高く放り投げたところで、この魔獣ならば傷一つ負うことなく生還することだろう。

 

「私は、貴方と遊びに来たわけじゃない。次は、痛いわよ」

 

 ならば、そのまま地面に叩きつけてしまえばいい。骨が折れる程度なら、ゾルディックの人間も許してくれる気がする。

 ……因みにご婦人の腕を斬り飛ばしたのはノーカウントだ。あれはあくまで仕事中の事故、殺しに来といて腕一本で抗議するほど、ゾルディック家は狭量ではないだろう。そう、私だって例え両腕を取られたとしても笑って……何だろう、放っといたらまたすぐに生えてくる気しかしないや。

 

「グルルルルッ」

 

 魔獣の爪が、ギリリと地面に食い込む。前傾姿勢となり、全身に力が込められていることが目に見えて分かった。

 来る――。私も魔獣の戦意に呼応し、しかし対照的に全身を脱力させる。構えはしない。余計な力は、むしろ私の初動を鈍らせる。さて準備は完了、次の瞬間には双頭の番犬の愉快なオブジェの出来上がりだ。

 

 

「ポチ」

『キャインッ!!』

 

 

 もう放たれるだけという、弓の弦の如く極限まで張り詰められていたはずの魔獣の体躯は、突如その場に響いた声一つで行儀の良い“お座り”へと変わった。ギリリと牙すら噛み砕いてしまいそうなほど噛み締められていた顎はだらしなく開き、双頭ともにだらりと舌を垂れている。

 

「……お邪魔しているわ」

 

 最早私を一顧だにしない魔獣から視線をそらし、私はその場に現れた男に軽く頭を下げながら声をかけた。仕方なかったとはいえ、一応私は他人の敷地に勝手に入った不法侵入者である。とりあえず、家人に挨拶ぐらいはしておかなければ筋が通らない。

 

「数日ぶりだな、娘。どうした、殺し損ねた俺の、ゾルディック家当主の首でも取りに来たのか」

 

 重く、そして堂々と響く低音。殺気どころか戦意一つ感じられないのに、ピリピリと肌を刺す鍛えあげられ研ぎ澄まされたオーラの気配。それでいて、近づいてくるその足音は異常にすら思えるほど静かだ。

 つい先日私と激戦を繰り広げた殺し屋の偉丈夫、現ゾルディック家当主ゼノ=ゾルディックが、彫りの深い顔に楽しげとも威嚇とも取れる鋭い笑みを浮かべてそこに立っていた。

 




しかし書こう書こうと思ってたことも、いざ書く時になると忘れます。
そしてメモを取ろう取ろうと思っても、面倒くさくて(故意に)忘れます。


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玄関先の立ち話

ルビ振るのって何だか楽しい。


「例え頼まれても無理ね。勝てる気がしないわ」

 

 ドールズの情報通りの男、ゼノ=ゾルディックが出てきても、私の動揺は少なかった。

 念の為に、天空闘技場の自室にて己のバージョンアップは済ませてきている。元となったデータは、言わずもがな今目の前にいる偉丈夫、ゼノとの戦闘データである。能力の大半を知られていることを差し引いても、その勝率は2、3割といったところだろうか。元々私の能力は、知られて困ることはあれど、致命的となるような特性や制約・誓約を持たない直接戦闘系の能力がほとんど。全体的に初見ほどの効果は望むべくもないが、相手の情報が開示されているという点ではこの男も同じこと。そして以前より性能の向上した今なら、この男にもそうやすやすと取られはしまい。

 

「前にアレだけ暴れておきながら、よく言う。全く勝算がなかったわけではないだろう」

 

 立ち止まり、隙のない佇まいでゼノが私に語る。

 しかし、それは買いかぶりだ。私はあくまで負ける気がなかったというだけで、別に勝算があったとかそういうわけではない。私の役割はこの男を排除することではなかったのだから、勝つこと自体は考えていなかった。

 

「標的を仕留められなかったのは、俺がガキの頃以来久方ぶりだ。それも、仕事の邪魔をしてきたのがお前のような子供とは、皮肉なものだな」

「私は運が良かったわ。結果的に、ローリスクで大きな成果が得られたから」

俺達(ゾルディック)生温い(ローリスク)か。なかなか吹くじゃないか」

「貴方が本気だったのなら、その限りではなかったのだけど」

 

 ゼノが最初から全力であったなら。私は対応が間に合わず負けていたに違いない。一応死ぬ前に逃げる算段はついていたものの、手足の一本や二本は命と引き換えに確実に取られていた。

 

「俺達は、お前を殺しに来ていたわけではない。そも、あの時は息子のシルバに大体は任せるつもりだったからな。お前があいつらのところに行きさえしなければ、当面はそれで良かったのだ」

 

 ゼノの言う通り、私が彼らの標的ではなかったからこそ。結局のところは、それに尽きるのだろう。

 

「私も同じ。私の仕事はただの護衛だった。護衛対象(ボス)さえ死ななければ、それだけで目的は達せられる。貴方の生死は、どうでも良かったわ」

「お前の役目も、俺の足止めだけだった、と? その割には随分と派手にやってくれただろうが。あの状況下で相対していた俺を振り切るとはな。お陰で腕が飛んだアイツにどやされた」

「ボスが死にそうだったから、持ち場を離れただけよ。派手にやったのは、そうせざるを得なかったから。ビル内にいた戦力だけで事が運んでいたのであれば、あそこまでするつもりはなかったわ」

 

 そう。そのせいで結果的に能力を大盤振る舞いする羽目になった。足止めだけなら、見せスキル3つで済んだものを。何度も何度もグチグチ言いたくはないが、それ以上に手札の八割を開示した状態でポーカーをすることの方が恐ろしい。この男が、ベラベラと吹聴するタイプの人間ではないであろうことが、不幸中の幸いだ。

 ……あの場で一人、運良く生き残っていた護衛仲間からは見えないように気を使っていたし、ゼノさえ黙っていればこれ以上の杞憂はない。あの生き残っていた男のせいで動きがかなり阻害されてしまっていたのは業腹ではあったが、敵対者以外を殺せるほど私はまだ割りきれてはいなかった。

 

「なるほど。しかし、それだけの実力を持っているのなら気付いていただろう。ビルにいた連中ではあの二人を止められるはずもないとな」

「……私は、まだまだ経験が乏しい。この世界で、弱いというつもりは毛頭ないけれど、最上にいるつもりもないわ。そんな私が見切れないほどの実力者が、十把一絡げの中に潜んでいることに賭けていただけ」

「分の悪い賭けをする。お前より上の者など、世界が広かろうと少数派だろう。結果の分かりきった賭けで、賭け金を無駄にするとはな」

大金()は賭けなかったから。だから私はまだ此処にいる」

「くく、そうか」

「それに、最終的には貴方の賭け金(能力)も引き出した」

「は、言いやがる」

 

 表情を愉快か不愉快に歪め、ゼノが笑う。“龍頭戯画”が彼にとっていかほどのものかは知らないが、少しは琴線に触れたらしい。とは言え、私にとっての何よりの収穫はゼノの能力ではなくゼノとの戦闘経験である。あの場で偉丈夫が“ゼノ・ゾルディック”であることまでは知らなかったものの、ゼノの能力は前もって知っていた。それでもあえて口にしたのは言葉遊びの意趣返しに過ぎない。

 何気ない会話が途切れたところで、ゼノの焦点はこの場の惨状へと移った。具体的には、散らばる死体とか崩れた外壁とか。あるいは、尻尾をくるりと縮め巨体を竦めて子犬のようにぷるぷると震えながら怯える双頭の犬とかである。

 

「それで。今日は何用で此処に来た? そこに散らばっているものがお前の仲間だとは思わないが、どうやら(ウチ)の番犬が世話になったようじゃないか。遊びに来たのなら、せめてインターホンぐらい鳴らせ」

 

 インターホン。そう言えば扉の横にそんなものもあった気がする。しかし、扉の前で暴れていた男達が壁の穴をくぐった頃には無くなっていた。残骸らしきものは残っていたが……。

 

「インターホンならもう無いわ」

「またか。全くどいつもこいつも、跡を濁して去りやがる」

 

 ゼノは面倒そうに呟いた。どうやら初めてのことではないらしい。というより様子を見る限り何回か繰り返しているようだ。原作に出てきた守衛室と罠扉は、こういう経緯で作られたものなのだろう。

 

「あの犬は?」

「あまりにも不躾な奴が多いのでな。番犬にと思ってしばらく前に捕まえてきた。躾の最中に門の方が騒がしくなったので、試しに放ってみたのだが……どうやら、それほど役には立たなかったようだな」

 

 縮こまる魔獣に目をやり、ため息をつく。

 

「そうでもないと思うけど」

 

 確かにこの魔獣は私に対しては無力だったが、壁をわざわざ破壊して侵入してくるような無頼達には十分な防衛機構となった。過小評価でお役御免になってしまうのであれば、その原因となった私も少しは気分が悪い。

 

「いや、ポチのことはこの際どうでもいい。結局、お前は我が家に何をしに来た?」

「人探し」

「人探し? こんな場所にか」

 

 ようやく本題に入り私が目的を簡潔に告げると、ゼノは訝しげに眉を上げた。気持ちは分かる。来訪者の九割九分が襲撃者兼死人な暗殺一家の棲家に、一体誰を探しに来るのかという話だ。

 

「まさか俺ではないだろう? 家族の内の誰かか」

「違うわ」

「回りくどい。誰を探しに来たのかはっきりと言え、さっきまでペラペラとしゃべっていただろうが」

「私より、少し年下の女の子。“キキョウ”というのだけど」

「キキョウ……」

 

 ゼノはキキョウの名前を反芻し、しばし黙り込んだ。そして、すぐに何かを思い出したように口を開いた。

 

「あぁ。二、三週間前に家を訪ねてきた、面白い娘のことだな」

「面白い?」

「インターホンを鳴らして、執事が出るなり『王子様の嫁にしてくれ』とか何とか。その時はすぐに帰るように言って切ったらしいが、すぐに門を開いて樹海を強行突破してきてな。面白いだろう?」

「……」

 

 相変わらず自由だなぁ、キキョウは。人生楽しそう。

 その情景を想像しながら遠い目をする私に構わず、ゼノは言葉を続けた。

 

「立ち塞がる家の執事相手に結構奮戦したんだが……そこは経験の差と言おうか地力の差と言おうか。まぁ結局負けたのだ、あの娘は。なるほど、お前の知り合いだというなら、あの歳でそこそこ腕が立つのも納得がいく」

「で、その後。キキョウは負けた後どうなったのかしら」

 

 まさかあのキキョウが死んではいないだろうが、話を聞く限りでは生存率は絶望的である。不覚にも、執事に殺され樹海で骨になっている未来が浮かんできた。私はその想像をかき消し、ゼノに続きを促した。

 

「その後か。執事に殺されそうになっていたところに、突然ポチが乱入してきた」

「そうなの」

「あの時は連れてきたばかりで、シルバにしばらくポチの世話を任せていたからな。隙を突いて逃げ出したのだろう。結局その後、三つ巴になりかけていたその場にシルバも乱入してきてな。ポチは竦むわ、執事は恐縮するわ、娘は娘でシルバに陶酔するわで何もかも有耶無耶になってしまった」

「ふーん」

「娘の言う“王子様”とは、どうやらシルバのことだったらしい。シルバがそんなタマとは俺でも思えんが、まぁそれはいい。兎も角、こうして娘は晴れてシルバの婚約者候補になったわけだ」

「うん?」

 

 『こうして』で大分端折られた気がする。いや、この際経緯自体はどうでもいいのか。私が知りたいのは、最初から一貫してキキョウの今の居所なのだ。

 

「それで。キキョウは今どこに?」

「あの娘なら、使用人達の訓練施設にいるはずだ。シルバが珍しく敷地内での滞在を許可してな。今は自主的に花嫁修業というやつに勤しんでいる」

 

 うん。元気そうで何よりである。

 ところで、ゼノの語り口から推察するにどうやら訓練施設とやらはこのゾルディック家の敷地内にあるようだ。キキョウの足取りを追ってたらい回しにされるかと思っていたが、思ったよりも早くキキョウに会えそうだ。

 

「そう。キキョウに会えるかしら」

「別に構わんが……そうか、お前も流星街出身か。道理で情報が少ないわけだ」

 

 ゼノは突然踵を返すと、そのことには何も言わず勝手に歩き出した。ついて来いということだろうか、歩きながらも語り口はそのまま私へと向けている。所在なげに双頭をしょげさせているポチに一瞥をやり、私はゼノについて行った。

 

「調べたの?」

「何を言っている。お前とかち合うのが前一回だけなら兎も角、そんな保証はどこにもない。こちらの仕事を邪魔し、阻んだのだ、マークされて当然だろう」

「そう。それで、何か分かったかしら」

「あまり、だな。お前の情報は、隠されているのではなくほぼ存在しなかった。天空闘技場に属していることまでは容易に分かったが、それ以外のことについては驚くほど痕跡が見つからなかった。こんなものでは、お前との交渉材料にすらなりはせん」

「……そう」

「お前、一体何者だ? お前ほどの実力者が、突然発生したかのように唐突に存在している。まるで、ゴミ山の中で突然変異した致死率の高い病原菌だな」

「……」

 

 私も知りたい、とは言わない。自分の意志で此処に来たとはいえ、敵地になるかもしれない場所で弱みを見せる気にはなれなかった。

 しかし病原菌とは酷い言い草だ。せめて動物以上で例えて欲しかった。態度に現さないだけで、実は意外と私に対して含むものがあるのかもしれない。よくよく考えてみれば、前回会った時だけでなく今回もあまり彼に好印象を与えているとは言い難かった。

 私は、私の印象を好転させるべく肩掛けカバンを開き手を突っ込んだ。

 

「ところで、これ。つまらないものだけど」

「ん?」

 

 言いながら、私がカバンから取り出したのは天空闘技場近辺で購入した饅頭である。結構なお値段のした、ジャポンの老舗支店自慢の逸品である。これで、少しは私への悪印象も払拭されることを願おう。

 

「ほう、天甘(あまあま)堂の万幸(まん)饅頭か。なかなかいいセンスをしている」

 

 立ち止まり、受け取った箱の包みを見てゼノがそんなことを言った。どうやら思ったより好感触だったようだ。

 ……因みにこのセンスは私じゃなくてツェズゲラだ。丸投げしてしまったが、今は割と感謝している。

 

「喜んでもらえたようで、何よりだわ。賞味期限が切れる前に食べて」

「あぁ、分かっている。……うん? これの賞味期限、もしかして今日じゃないか?」

 

 しまった忘れてた。ゼノの言葉に、一瞬愕然とする。あの饅頭は、元々は流星街にいるはずだったキキョウのために買ったもの。日持ちするものを選んだのだったが、流石に日数が経ちすぎていて限界が来ていたらしい。

 

「多少、賞味期限が切れても大丈夫。貴方達ならきっと問題なく食べられるわ」

「さっきと言っていることが矛盾していないか」

 

 ゼノは少し思案げに饅頭の箱を眺め、そしておもむろに歩みを再開させた。……しかし微妙に先ほどと方角が違うことに、私は気づく。意図が分からず内心戦々恐々としながら棒立ちする私に、ゼノは肩越しに顔だけを振り向かせてこう言った。

 

「よし。訓練施設へ行くのは後にして、まずは茶にするか。丁度、茶菓子もあることだしな。何遠慮するな、たらふく食っていけ」

 

 笑いながら箱を振るゼノの提案を私が断れるわけもなく、私は進む方向を本邸に修正させたらしいゼノに大人しくついていくのだった。

 




道中はこんな感じ。

「そう言えば、今日のジャージは前のものとは色や意匠が違うな」
「今日のはとっておき。オーダーメイド、特注品だから」


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