無双しようぜガララさん! (筵 水月)
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幼体期編
誕生


リアルの方が落ちついて来たので舞い戻って参りました。
久しぶりに書き始めるに辺り、設定を見返すとボロが出るわ出るわ。
中学生の時に書いたものとは言え、相当酷いプロットだったので1から考え直しました。
とは言え、そこまで変わっていない部分もあります。
読者の皆様に楽しんでいただけるように頑張りますので、厚かましくはありますが、応援のほどよろしくお願いします。



 不意に目が醒めた。

 

 周りには一片の光すら存在しない暗闇が広がっている。

 

(俺は……死んだ、のか?)

 

 漠然とそう思った。

 

 産まれた時から病弱で、人生のほとんどを病室で過ごした俺は、今年中に死ぬ可能性が高いと言われていた。下手したら今月だとも。

 だから、別に死んだことに対して特に不思議に思うことはない。

 

 ただ、腑に落ちないのは何故俺がこうやって思考できているかということだ。

 

 もし死んだのであれば、普通に考えたなら思考などできるはずもない。もちろん、俺は人間の死に対してそこまで知識を持っているわけではないから確実とは言えないが、少なくとも死後の人間が思考できるということはないんじゃないだろうか。

 

 なのに今、このように思考できてしまっている。それがどれほど異常なことなのかがわからなくて、若干不安になる。

 

 そして、今更ながらに気づく。

 

 曖昧だが体の感覚がある。微かにだが感じるのだ、自分自身の意思で体が動かせるのを。そして、自分を覆う粘膜の様な存在にも気づいた。長い思考で意識の深層に潜り込んでいたせいか今まで気づかなかったが、自分のものと思われる心臓の音も僅かながら聞こえる。

 

 だが、心臓の音が聞こえた時、俺は安堵と同時に苦痛を覚えた。

 

 

 安堵は自身が生きていたことに対して。

 苦痛はもう一度味気のない病室での日々を過ごすかもしれないことに対して。

 

 

 俺は病弱ではあるが、決して内気な性格ではない。むしろ、好奇心旺盛で様々なことを体験したいと思う様な活発な性格なのだ。

 だからこそ、病室で読書や勉強、またはゲームを続ける味気のない日々はこの上なく嫌だった。

 

 だからと言って、別に読書や勉強が嫌いなわけではない。俺がやれることはそれぐらいしかなかったし、何より色々な知識を得ることが楽しかったからだ。

 

 ただ、俺は自分で動いて様々なことがしたかった。

 

 例えば、運動。

 

 体が弱かった俺は、外で駆け回ったりしたことなど一切なかった。無論、同年代の友達なんか一人もいない。話相手と言えば同じ病室のお年寄りかナースのおばちゃんたち。外に行きたいと言えば決まって「安静にしていてください」と突っぱねられる。

 

 と、思考していたところで『コン、コン』といった何かを叩くような不思議な音が聞こえてくる。

 

 そして、『パキッ』と小気味の良い音が鳴ったと同時に真っ白な光が目に刺さった。

 いきなりの事態に反応も出来ず、しばらく目が見えずに悶えていると浮遊感に襲われた。

 

 

(えっ、えっ、なんだこれ)

 

 

 不思議には思うのだが、未だ目が見えず、周りの状況を把握できないでいる。ただ、首筋の部分を咥えられて、持ち上げられている様な感覚があった。

 

 

(いったい何が起こってるんだ!?)

 

 

 余りに唐突な事態に自分が死んでいるかもしれないなんてことは頭の中から綺麗さっぱり吹き飛び、恐怖で身を縮こまらせる。

 

 そして、おそらく地面に下ろされたところでやっと目が見える様になってきた。

 

 

 大自然。その言葉が一番しっくり来るだろう。

 大木が所狭しと立ち並び、黄色に薄く色付いた葉を鮮やかに身に纏った木が至るところに林立している。空には鳥の様な生物と、時々『ドラゴン』の様な存在まで飛んでいた。

 

 絶句した。埒外の光景にしばらく思考が止まり、そして動き出す。しばらく冷静になって考えた結果、俺は一つの結論を出した。

 

 俺は恐らく『輪廻転生』というものをしたのではないかと。

 

 元々仏教の思想であり、死したものが新たに生まれ変わることを指す転生。最近だと、ネット上でも転生を題材にした作品__主に小説__は多くある。そのためか、割と簡単に思いつくことはできた。病室での読書の賜物だろう。

 

 ただ、自分が転生するなど誰が予想できようか。確かに妄想したことはある。自分が転生できたらと。それも、一度や二度ではなく三桁はくだらないだろう数はした。

 

 

 もしも自分が転生できて自由に動けるようになったら。どれだけそう願ったことか。

 

 

 だが、実際に転生なんて現象が起こりえるとは思わなかった。人が想像しただけの空想上の産物、ただの夢物語だと思っていた。

 なのに、実際はどうだろう。なんと転生してしまっているではないか。最初こそ夢では? と疑ったりもしたが、余りにも現実味がありすぎるのだ。

 

 だけど、今はそんなことはどうでもいい。転生だろうが夢だろうがなんでもいい。自由に動けているのならそれでいい。それが俺の一番の願いだから。いや、「だった」から。

 

 ただ、今のところ最も重要なのは現在の状況を把握することだ。

 

 例えば目の前にいる巨大な蛇のモンスターについてとか、だな。

 

 多分だが、これは親だ。それはなんとも言えないが感覚でわかる。そう考えると、俺自身もこのモンスターと同じ姿をしていることになるだろう。

 

 そして、俺はこのモンスターをよく知っていた。前世と思わしき世界にてよくゲームで倒していたモンスターだからだ。

 

 そのゲームの名称は『モンスターハンター』

 

 狩人(ハンター)と呼ばれる人物(しゅじんこう)を操りモンスター達を倒していくハンティングアクションゲームだ。その操作性の自由さと武器を強化する、友人や他の人と協力できる、などのやり込み要素があったためか前世ではかなりの人気を誇ったゲームだ。

 

 その中でも俺は『ガララアジャラ』と言うモンスターが好きだった。そう、今俺の前にいる蛇型のモンスターだ。

 

 ガララアジャラ自体そこまでメジャーなモンスターと言うわけではない。

 そもそも、最近__と言ってもシリーズで言えば4ぐらいから__登場したばかりのモンスターだ。だけど、俺はこのモンスターを一目見て何故か好きになってしまった。

 

 とまあ、長くなりそうなのでこの話は置いておこう。

 今最優先なのは『どうやってこれから過ごすべきか』だと思う。

 

 俺が目の前のガララアジャラの子供になったのなら、人間の頃とは色々と違いが出てくる。最たる例は食べ物とか。

 

 それとこれからの目標も決めたい。とは言っても、これはもうほとんど決まっている。

 

 俺の今後の目標。それは『強くなること』だ。

 

 この世界にはモンスターが横領跋扈しているだろう。死ぬ危険性だって前の世界とは比べものにならないはずだ。なら、強くなればいい。短絡的かもしれないが、残念ながら今の俺にはこれしか思いつかなかった。最優先目標は強くなること。できるなら、誰よりも何よりも……

 

 この日、人間の知能を持つ一匹の蛇龍が誕生した。

 この蛇龍が何を起こすか、それは本人も世界もまだ知らない。




主人公の前世の時系列は、モンハン4が発売して数ヶ月程度の設定です。
というのも、これを書き始めたのがそれくらいの時のことだったからなんですけどね


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確認

 さて、強くなると決めたのはいいが一体何から始めればいいのやら。

 

 テンプレ的な展開で行くと魔物を食べたり、師を探して教えを受けたり、独学で修行したりと様々ある。

 

『魔物』____この世界の場合で言えば『モンスター』____を食べることは出来ると思うが、恐らくモンスターを食べて手っ取り早く強くなれるなんて展開もないだろう……たぶん。

 いや、生物的な成長では強くはなれるかもしれないけどね? 特殊能力とかが簡単に身につくようなことはないと思うのです、はい。

 

 師を探すにしたって、人間には頼めないだろうからモンスターに頼むしかない。

 だが、そもそもモンスターに戦闘を教えられるほどの知能があるかがわからない。現状で確実に強くなれるのは独学での修行だろう。

 

 ただ、俺の場合は現在の体がガララアジャラだと言うのが問題だ。修行するのは確定だとして、次はどんな修行をするのかが問題になってくる。

 

 

(やっぱりゲーム内での動きを再現するくらいしかないかなぁ)

 

 

 それ以外に思い付くのは『ゲームではしなかった動きの修行』だろうか。ここはモンハンに似た世界とは言え、紛れもなく現実だ。

 

 なら、ゲームの時とは違いオリジナルの動きが出来る。

 

 例えをあげると、ガララアジャラには『締め付け』という行動がある。ハンターが「耳やられ」という状態に陥った時に使ってくる技だ。

 この技、今の俺なら別にハンターが耳やられ状態でなくとも仕掛けることが出来るはずだ。

 

 つまりはそういうことで、「自分の意思で体を動かせる」のだからゲーム内では存在しない技が出来るのも当たり前の話だ。

 

 

(他に手もないだろうし、まずは技の練習からでいいかな。そうなると自分の能力の確認をしないと)

 

 

 俺は元人間、ガララアジャラの体について多くを知っている訳がなかった。ならばこの体の能力を把握するのが強くなることへの一番の近道のはずだ。

 

 幸いこの体のスペックはとても高い。

 

 何故か? 生まれて間もないにも関わらず、既に目が見えているという時点で人間とは生物としての格が違うだろうからだ。

 

 とは言え、この世界のハンターと言うのがどれほどの力を持つのかも未知数なのだからまだ安心などできない。モンスターである以上ハンターには狩られる危険性が常に付き纏う。

 

 

(さてと、そろそろ能力の確認をしていこうか)

 

 

 まず確認するのは「体を十全に動かせるか」だ。

 体の構造が人間とは違うのだから本来なら筋肉の使い方すらわからないはずなのだが、何故か体の動かし方に関しては本能的にわかった。

 

 まぁ、だからといって完全に自分の思い通りに動くとは限らないんですけどね! 

 

 

「ッ!?」

 

 

 体をくねらせて地面を這って見ようとしたがバランスを崩して倒れる。前足を使って体勢を整えようとするが、さらにバランスが崩れて顔から地面に突っ込んだ。いたい。

 

 

(これは結構キツイな……)

 

 

 人間の頃でさえまともに歩いたことなど殆どなかった俺だ。こうなるのは目に見えていた。

 根気よく行くしかないだろう。

 

(これ、あれかな。自転車に乗る練習ってこんな感じなのかな)

 

 

 何かの漫画で自転車に乗るのに苦悩している場面を見た事があった。その時はどれほど難しいことなのかわからなかったが、今ならわかる。自分の体以外のものを自分の思い通りに操るというのは至難の技だ。

 

 俺の場合は自分の体ではあるが、人間の体ではないという点から自転車に乗る練習と通づるものがあるのではないかと思う。

 

 

(ってか、これ能力の確認なんてしてる場合じゃないな。 早く体操れるようにならないと他のモンスターに食われる)

 

 

 親のガララアジャラが不在になることもあるだろう。それを考えると巣は絶対に安全とは言い切れない。

 

 そこで体も自由に動かせずに捕食者(モンスター)から逃げられない、なんてことになれば目も当てられない。早急に体を自由に動かせるようにしなければ。

 

 

(まずはあの木までだ。目算で50メートルくらいかな?)

 

 

 前方に見える木に目を向け、そこを目標地点とする。

 首をしっかりと持ち上げ這う体勢を作った。先程のバランスを崩したミスを踏まえ、ゲーム内でガララアジャラが移動する時と同じ体勢を取ってみたのだ。

 

 

(こんな感じでいいかな)

 

 

 視界が少し高くなったことで今まで見えていなかった物が見えてくる。巨大な巣穴だ。

 

 今の俺の体は恐らくだが全長30cmもない。縦の長さに関しては10cm程度かもしれない。そんな状態なので、俺の視界には今まで殆ど地面しか写っていなかった。

 

 

(うわ、凄いな……)

 

 

 巣穴はそこかしこに空いていて、軽く数えても10個以上ある。ちなみに、巣穴と言ってはいるが卵を産み付けて置いている場所のことだ。

 深さは1メートル程度。その巣穴をあちらこちらと親ガララアジャラが這いまわっていた。嘴にはガララアジャラの子供が咥えられている。

 

 

(俺もあんな感じで持ち上げられたのか……それにしても、なんで子供を巣穴の外に出してるんだ?)

 

 

 疑問には思ったが、答えは見つからないのでこの疑問は頭の隅の方へと追いやる。今はまず自分の事が最優先だ。

 

 

(よしっ、やるぞ!)

 

 

 首を持ち上げながら木を目指して這う。そして、バランスを崩して倒れる。またも木を目指して這い、またもやバランスを崩して倒れる。

 暫くこれを繰り返し、倒れた回数が20を超えた辺りで木へと辿り着く。

 

 

(やばい、めっちゃ楽しい!)

 

 

 俺にとっては長い時間体を動かすという行為自体が新鮮で、とても稀有な体験に思えた。

 

『好きこそものの上手なれ』ということわざがあるように、この調子で楽しみながら体を自由に動かせるようになっていければいいと思う。

 

 

(よーし、今度は元の位置までだ!)

 

 

 そう意気込んで再び這い始める。

 這って倒れ、這って倒れ、這って倒れ、そして辿り着く。そして、折り返してまた這って倒れ、這って倒れの繰り返し。

 気が付けば辺りの木々がオレンジ色に染まり始めていた。

 

 

(あれ? もう日暮れ?)

 

 

 まだまだ物足りない。が、夜まで修行をしていてモンスターに食べられなどしたら堪らない。俺は口惜しく思いながらも巣穴へと這って行く。

 

 

(体を動かすのも最初に比べればかなり慣れたし、明日は能力の確認もできるかな。楽しみだ!)

 

 

 子供じゃないのだからと自分自身で思わないでもないが、楽しみなものは楽しみなのだ。仕方ない。

 

 

(これが遠足に行く前の小学生の気持ちなのかなぁ……これは確かに眠れないよな)

 

 

 ドキドキと言う心臓の音が聞こえる気さえする。まさに「生きてる!」って感じだ。

 

(あぁもう! 早く明日になってくれないかな!)

 

 

 ソワソワとしながらも、俺は巣穴で眠りに付いた。明日に希望を馳せながら。



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観戦

 おはよう太陽、おはよう世界! 

 さて、色々と思うことはあるがまず始めにこれだけ言わせてもらおう。

 

 

(うるせぇ!)

 

 

 うるさいとは言ったが、これはあくまで比喩的な表現だ。俺自身は一応蛇なため、耳が存在しない。

 うん、ガララアジャラって蛇龍だから蛇みたいなもんだよね? 

 

 前世で学んだことだが、厳密に言うと耳が存在しないのではなく皮膚内に埋まっているので空気中の音が聞こえないそうなのだ。

 

 俺が音を捉えられるのは体表で音を『感じる』ことができるからで、結構細かい音も捉えられるので音を言葉として表すこともできたりする。

 

 ちなみにだが、瞼は本当に存在しないので寝る時には目を開けた状態のままだったり。

 

 それで、ここからが本題だ。『バキバキッ』とか、『ドゴォン』とか擬音語で現すとこのような音が夜に突然鳴り出した。

 体感時間的に既に数時間ほど続いている。もう本当にいい加減にして欲しい。

 

 

(十中八九戦闘の音だろうけど、あんな時間帯からバトってる馬鹿はどこのどいつだよ……)

 

 

 モンスター対モンスターなのか、それともモンスター対ハンターなのか、どちらかは知らないが夜に戦闘を始めるという時点でその迷惑さはとても許せたものではなかった。

 

 

(今はこの体のことを知れて気分がいいから許すにしても、はた迷惑すぎるわ!)

 

 

 音のお陰で……というわけでもないが、この体は短時間睡眠に適しているということが発覚した。

 

 自然界の生物である以上常に危険が付き纏うのだから、寝ている時に襲ってきた相手に即応するためなのだろう。動物のキリンなんかは1回の睡眠が10分〜30分くらいだった記憶がある。

 

 

(にしても、いつ戦闘が終わるんだよ……いっそのこと見に行くか?)

 

 

 なんとなしに考えた事だがいい案だと思った。

 他のモンスターの戦闘を見ることで学べることは沢山ある。戦闘時における動きやこの世界のモンスターの強さ、まだ俺の知らない知識をきっと知ることができるはずだ。

 

 

(思い立ったが吉日ってね。行くか)

 

 

 危険は承知の上だ。俺は覚悟を決めて音を大きく感じる方向へと這い始めた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

(この辺りか?)

 

 

 俺の這う速度で大体10分ほどかかって目的地周辺と思われる場所に辿り着いた。

 

 実は昨日よりも数cm体が大きくなっているので、多少ではあるが移動速度が上がっていたりする。

 確か、ガララアジャラは幼体でも20mを超える個体もいたはずなので順当な成長速度と言えるんじゃないかな。いや、詳しくは知らんけど。

 

 金冠の最大サイズでは、50mを超える個体もいた気がする。50mと言うと小さめの高層ビルや初代ゴジラほどの大きさだ。

 

 50mを超えればもはや殆どのモンスターは敵にすらならない気がするが、現時点では他のモンスターの強さが正確にわからない以上安心はできない。

 そもそも50m程度に成長できるかも、そこまで生きていられるかもわからないのだから。

 

 

(まぁ、何にしろなるようにしかならないか。それにしたって音は聞こえるのになんでこんなに見つからないんだ?)

 

 

 すぐ近くで戦闘が行われていることはわかるが、なにぶん森の中だ。見通しが悪すぎて中々モンスターの姿が見えない。

 

 

(こっちかなー…… って危なぁ!)

 

 

 突然目の前が爆発した。

 

 

( え、何が起こった!?)

 

 

 前方を確認すると焼け焦げた地面、クレーター、粉々に粉砕された木々など様々な物が見える。その場所だけは木々が存在していなかった。

 

 そして、最も存在感を放つ存在が『3体』。2対1に分かれて向かい合っている。

 

 

 1匹は雷を纏った孤高の一匹狼「ジンオウガ」

 1匹は火炎を操る空の王者「リオレウス」

 1匹は猛毒の尾を持つ陸の女王「リオレイア」

 

 

 3体ともモンスターハンターを代表するような有名モンスターだ。身に纏う気迫のような物が伝わってきて思わず身震いしてしまう。

 

 

(これが、本当のモンスター……!)

 

 

 恐らく人間だったのなら今頃顔のにやけが止まらなかっただろう。それほど今の俺は興奮している。本当の強者を前に、あの強さを目指したいという欲望が沸々と湧いてくる。

 

 

(ふぅ、一旦落ち着こう。状況からみてジンオウガとリオ夫婦が対立してるのは間違いない。後はここで安全に充分注意しながら見ていればいいだけだ。さて、どんな戦いをしてくれるのかな)

 

 

 気分は戦隊ヒーローを見て応援する小さな子供そのものだ。言葉では表せないほどの興奮感が身を包んでいる。

 

 

「ッオォオオォォオォオォォ!」

 

 

 ジンオウガが突然吠えたかと思えば、ジンオウガの周辺を舞っていた電光虫が辺りへと弾けた。それと共に大量の電気が放電される。

 

 

(これはっ! 超帯電状態か!)

 

 

 ジンオウガは周りに飛ぶ電気を発生させる虫『電光虫』を使い戦闘中に体内にある蓄電器官へと電気を充電する。

 充電が完了すると大きく吠え電気を解放し、身体能力が飛躍的に上昇する【超帯電状態】へと移行するのだ。

 

 

「ルオォッ!」

 

 

 ジンオウガが仕掛ける。様子を見ていたリオレウスは宙で対空しており、その一方でリオレイアは地に足を着けつつ突進の機会を狙っていた。

 ジンオウガはリオレイアを目掛けて頭突きを喰らわせに行く。

 

 

「ゥウゥ、ガァアァァア!」

 

 

 それを見たリオレウスはジンオウガの進行方向の前方へと火弾を放った。これを察知したジンオウガは素早く斜め向きに飛ぶサマーソルトを決行。

 

 

「ルァァアァアァア!」

 

 

 右前脚を振り上げるようにしてリオレイアに爪での攻撃を喰らわせ、その場で空中へと上昇。空中では浮いた状態のまま体を捻り、尾を上手く使って火弾を野球のボールを打つようにリオレウスの方へと跳ね返す。

 落ちてくる時にもリオレイアに追撃することを忘れない。体を回転させながら、その回転エネルギーが上手く牙へと伝わるような体勢を取り、顔を前に出してリオレイアの頭へと噛み付きに行く。

 

 

「ォォオッ!」

 

 

 が、やはりリオレイアもそう簡単にやられはしない。お返しとばかりにその場でジンオウガと同じようにサマーソルトをして、ジンオウガの顔へと猛毒を持つ尾を叩きつけようとする。しかし、ジンオウガはそれを予期していたのか顔を逸らしサマーソルトによる攻撃を避けてしまう。そして、前方へと宙返りし、リオレイアの体に尾を叩きつけた。

 

 

「グォォオッ!?」

「グルァアァアァア!」

 

 

 悲痛な声を洩らすリオレイア。妻の叫び声を聞き怒り狂ったリオレウスが、口から炎を吐き出しながらジンオウガに滑空攻撃を仕掛けた。

 

 ジンオウガはそれもまた予期していたかのように避けようとするが、リオレイアに後ろ脚を噛み付かれ身動きが取れずに綺麗に攻撃を貰ってしまう。

 

 リオレウスはそれでも怒りが収まらないようで、ジンオウガを脚で掴んだまま数発の火弾を喰らわせた。そこまでして、やっとジンオウガと距離をとるために羽ばたいた。

 

 

「ルォァア!」

 

 

 この攻撃によりジンオウガもまた怒り始める。そして、突然吠えたかと思えば体に鮮やかな緋色のオーラを纏った。そのままリオ夫婦の周りを高速で走り始める。

 

 

(なんだあれ! ゲーム内じゃ見たことなかったぞ!?)

 

 

 それも当然。これはこの世界オリジナルの技術であるからだ。

 

 

(例えるならドラゴンボールの『気』みたいなものか? 見た目的には界王拳そのままのように見えるし……)

 

 

 緋色のオーラを纏ったジンオウガは超帯電状態になった時と同じように身体能力が向上していた。超帯電状態による身体能力も上昇したままだ。つまり、二種類の身体能力強化がかかっていることになる。

 

 

(なにそのチートは……)

 

 

 ため息をつきたくはなったが、いい勉強になった。俺も修行をすればあの力を使えるかもしれない。

 

 

「グォァアァアァアアァア!」

 

 

 リオレウスも突然吠えたかと思えば、こちらはジンオウガと違い蒼いオーラを纏い始める。それに呼応するようにリオレイアも吠え、蒼いのオーラを纏った。羽ばたきの力強さもそこまで変わっていない事から、こちらは身体能力面の強化ではないことがわかる。

 

 そして、次の瞬間にその蒼いオーラの効果がわかった。

 

 

「ルォァアッ!?」

 

 

 残像を残すほどに高速で走っていたジンオウガが、反応もできないほどの速度で突然リオレイアに襲いかかった。爪を剥き出しにして、首元を狙った一撃だ。

 俺自身も気づいたら見失っていて全然見えなかったがな! 

 

 やられたか!? と思えば、なんとリオレイアはその攻撃を弾いていた。

 

 その際に金属同士が擦りあったような甲高い音が鳴ったことから、蒼いオーラは耐久力を上げるためのものなのだと推測した。

 

 

(なるほど、気には色々と種類があるのかな? それと『吠える』ことが気を使う条件の一つではありそうだけど)

 

 

 色々と収穫があったためそろそろ巣へと戻ることにする。あまり長居して巻き込まれたりしたら堪らない。

 俺は『気』についての考察をしながらそそくさとその場を去った。

 

 




2017/01/21 修正、加筆

2017年/12/15 修正


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把握

 

(到着っと。はー、疲れた)

 

 

 ジンオウガとリオ夫婦の戦闘の場から去り、巣へと戻ってきた。何故か巣穴が一つになっているが気にしないことにする。

 

 戦いをただ見ていただけなのにやたらと疲労感があった。戦闘自体は未だに続いているようで、表皮で音を感じるがそれに関しても無視することにした。

 

 俺は尾をユラユラと揺らしながら、『気』について考えることにした。

 

 自分でも思うが、非常にわかりやすく単純な性格だと思う。興味のあることがあればテンションが目に見えて高くなるのだから。

 

 

(まず気の種類から考察していこう。緋色の気が身体能力の上昇、蒼色の気が耐久力の上昇だった。仮に名付けるとしたら、緋色の攻撃の気が『剛気(ごうき)』、蒼色の防御の気が『堅気(けんき)』ってところか)

 

 

 若干中二病っぽいのは許してもらいたい。だって思春期なんだもの。オリジナリティ溢れる名付けがしたいんです! 

 

 

(緋色の気の効果は身体能力の上昇だけど、あれはたぶん筋肉に影響していた。つまり、『気』という超常の力が動きをサポートしていたのではなくて、筋力の底上げをしたから身体能力が上がったんじゃないか?)

 

 

 もっとわかりやすく言うと、人間は走る時に自分の筋力で走る。だが、場合によっては追い風によって走る速度が上がる時があるだろう。『気』はそのような追い風的な存在とは違って、人間の筋力自体を補強し、より強靭にする効果があるということだ。

 

 

(まぁ、走った時を例えにしたけど俺は実際に走ったことないから合ってるかわからないんだけどね)

 

 

 ちなみに、なぜ『剛気』が筋肉に影響しているとわかったのか。それはピット器官のお陰だ。

 

 ピット器官と言うのは一部の蛇に備わっている『温度で獲物を認識する』ための器官で、前世で言う所の「サーモグラフィ」と呼ばれるやつだ。

 

 一応ガララアジャラは「蛇竜種」という種族に属するため蛇と同じ器官があるのではないかとは思っていた。だが、ピット器官自体が特定の蛇にしか備わっていなかったりするため、あればラッキー程度に考えていた。

 まあ、幸運な事に実際にあったんですがね。

 

 実はジンオウガ対リオ夫婦の戦闘を見ている時に、目に砂が入った。最初は戦闘を見られなくなったことに驚き、ついで目の見えないという事の怖さに少しパニックになった。

 

 巻き込まれて死んだら堪らないと、その場から逃げようとも考えたが目が見えないのどうしようもなかった。

 と、ちょうどその時に偶然ピット器官での視界の確保に成功したのだ。正直めちゃくちゃラッキーだった。

 

 初めは何がなんだかよくわからなかったが、しばらく混乱しているうちに前世での知識を思い出したのだ。

 

 そんなこんなで、本能的な感覚に頼るところが大きいがなんとかピット器官を使えるようになったわけだ。

 

 

(実際、あの時はやばかったなぁ……突然の危機に臨機応変に対応できなかったし。どんなことにでも即座に対応できるように訓練もしなきゃか……)

 

 

 自然界というのは大変危険な場所だ。何が起こっても不思議ではない。

 

 人間の時でさえ、やれ地震だの火災だのと予想外の事がひっきりなしに起こったのだ。自分がそんな目に遭うはずがないなんて高を括っていてはダメだ。きちんと自分がそのようなトラブルに巻き込まれることを常に想定していなくては。

 

 

(あ、と言うか今更だが、リオレウスの火弾でこの森燃えないのか?)

 

 

 一瞬で血の気が引く。ただ、冷静さは欠かない。

 

 

(待て、一旦落ち着け俺。さっきリオレウスの火弾が目の前で爆発したじゃないか。あの時は木が盾になってくれて、その肝心の木は焦げ目しかついてなかった。つまり、この森の木は火に対する耐性を持っていると考えるのが自然だ。うん、心配する必要はないな!)

 

 

 見事に杞憂に終わった。そもそも、リオレウスがこの森に住んでいて日常的に戦闘をしているとしたら、既に森はなくなっていてもいいはずなのだ。それが起きていないということは、恐らく大丈夫なのだろう。

 

 

(はぁ、なんか今の短い間でめちゃくちゃ疲れたな……もう寝るか)

 

 

 蒼色の気の考察と能力の確認は起きてからにしよう。そう思った俺は巣穴に潜り込み、シャーシャーとうるさい沢山の幼い兄弟に囲まれながらとぐろを巻き、意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

 



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狩人

 おはよう太陽、おはよう世界! (本日2度目)

 

 

(なんで今日はこうも寝覚めが悪いかな……)

 

 

 頭痛が酷い。本当なら30分程度は寝るはずだったのに15分程度で叩き起こされたせいだ。

 

 何故叩き起こされたのかは起きて目の前を見た時にすぐわかった。

 

 

(ハンターか……)

 

 

 親ガララアジャラがハンターと戦っている。

 

 親が優勢なのだが、相手のハンターは4人いるのでなかなか仕留めきれないのだと見た。いや、1人倒れているので3人か。

 

 

(連携されたら厄介だろうなぁ)

 

 

 親を応援しているのか、鳴き声のうるさい兄弟達が尾をビタンビタンと叩きつけている。思わずイラッときた。

 

 

(俺を叩き起こしたのお前らかよ! 人の睡眠を妨害しやがって……! )

 

 

 と言っても、まだ昨日今日生まれたばかりの赤ん坊だ。俺は寛大な心で許す。

 

 それに、結果的に起こされたお陰でハンターとモンスターとの戦闘が見られたのだから感謝してもいいぐらいだった。

 

 そんな事を思っていたらいつの間にかハンター達が散り散りに逃げ出していた。倒れていた1人は体格のいい男のハンターが背負っている。

 

 

(え、もう逃げんの? いや、正しい選択だとは思うけど……)

 

 

 なんというか、物足りない。もう少しだけハンターの動きを観察したかった。

 

 

(あ、追いかければいいのか!)

 

 

 幸運な事にハンター達は3人それぞれが別の方向へと逃げ出していた。

 

 地面から伝わる振動から、一番体格が小さいだろうハンターを追いかけることにする。ハンターは全力疾走をしているので追いつけそうにないが、振動さえ見失わなければ追いかけられる。

 

 

(よっしゃ、行くぜ!)

 

 

 妙なテンションで俺はハンターを追いかけ始めた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 

 とある森の中、息を切らせて走る若いハンターがいた。腰にツインダガーというなりたてのハンターが使う双剣を装備していることから、彼女は新米のハンターだろうことがわかる。

 

 そんな新米女ハンターの目元には涙が浮かんでいた。

 

 実はこの女ハンター、同じく新米である友人と先輩ハンター2人と共に薬草採取のクエストに来ただけだった。まだ新米という事もあり、様々な地域での活動の心得などについて学んでいたところなのだ。

 

 普通ならば何事もなく森で入手できる薬草やキノコの種類、夜営の仕方、緊急時の対応などを教えられて終わるのだが、彼女らは運悪くガララアジャラと遭遇してしまった。

 

 ガララアジャラも普段なら攻撃さえ仕掛けられなければハンターに襲いかかることはない。

 だが、今回は事情が違った。子供が沢山生まれたことで外部の生物に対して攻撃的になっていたのだ。

 

 だが、実は親ガララアジャラがハンター達に攻撃を仕掛けたのにはもう一つ理由がある。ジンオウガとリオ夫婦の戦闘だ。

 

 あの戦闘によって、ガララアジャラは子供を守らなければならないという本能的な使命感を感じた。そして、子供を害する恐れのある、音の発生源であるジンオウガとリオ夫婦に対して怒り狂っていた。

 

 子供が最優先のために、巣から離れることはなかったが近くに危険があるだけでかなりのストレスとなる。そんな時にハンター達は本当に運悪く巣へと踏み込んでしまった。

 

 

「なんで、こんな、ことに……」

 

 

 最初はもちろんガララアジャラから逃げようとした。先輩ハンターは長年ハンターをやっているので、危険な事に対しての対応は弁えていたのだ。

 

 だけど、同期の友人がガララアジャラに襲われた事でパニックになって攻撃を仕掛けてしまった。その時に嘴による反撃を貰った。

 

 ガララアジャラの嘴による攻撃で麻痺毒を受けたそのハンターは、死んでさえいないもののかなりの重傷だった。

 ガララアジャラはそんなハンターにとどめを刺そうとしたが、そこは先輩ハンター達が凌ぐ。そのまま、逃げる機会を伺いつつガララアジャラと数分交戦し、隙ができたところで散り散りに逃げたのだ。

 

 

「はぁ……はぁ……ふぅ。ここまで、来れば、平気、かな」

 

 

 息切れしながらも、自分を鼓舞するための言葉を口から出す。彼女は今にでも不安に押し潰されそうだった。

 

 初めてのフィールド、それも森と言うとてつもなく迷いやすい場所で1人きりという状態。不安に思うのも仕方がない。

 

 

「これからどうすればいいんだろう……」

 

 

 ガララアジャラと遭遇した時は、まだ森に植生する役に立つ植物について学んでいるところだった。その次に森での夜営方法を習う手順となっていたため、森での緊急時の対応について彼女は知らない。

 

 彼女はおもむろに双剣を手に取り、それを正面に構える。そうでもしていないと、本当に心が折れてしまいそうなのかもしれない。

 

 

「うぅ……ヒッ!?」

 

 

 バキバキッという木が倒れる音が森に響き、飛龍と思われるモンスターの鳴き声が木霊した。リオ夫婦の片割れ、リオレイアの声である。

 

 

「もういやぁ……なんで私がこんな目に……」

 

 

 これが原因で彼女の心は折れたらしい。ついには泣き出してしまう。ボロボロと涙を零しながらも大声は上げない。ヒックヒックとか細く声を漏らすだけだ。生きる事を諦めたようではないらしい。

 

 

「レイジさんもナナリーさんもサラもどこいったのよぉ……」

 

 

 今出てきた名前が他3人のハンターの名前なのだろう。彼女は心細さを紛らわすためか自分の体を抱くように手を回し、その場で蹲った。

 

 

「ッ!」

 

 

 が、足音が聞こえたことで顔を上げる。すぐに双剣を構え、全方位を見回せるような体勢を取った。

 足音の正体は予想以上に近くにいた。斜め後方30m程の距離だろうか、赤色のトサカが特徴の恐竜のようなモンスター『ドスランポス』が立っていた。

 

 

「ドスランポスッ! せめてサラが居てくれたらッ!」

 

 

 勝てたのかもしれない。そんなことを彼女は考えているのだろう。だが、それは希望的観測に過ぎず現実は1人きりという状況。絶体絶命のピンチだった。

 

 そんな彼女の事は露知らず、ドスランポスは彼女を一瞥して去っていく。別の用事があるようだった。

 

 

「助かった……?」

 

 

 まだ、現実を受け止めきれないらしい女ハンター。だが、ハッとして自分が森の中に居ることを思い出す。まだ危機は去っていなかった。

 

 そして、何を思ったのか彼女は歩き始めた。兎にも角にも仲間と合流しなければ、と考えているのかもしれない。その背には疲れの色が滲んでいた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

(うーん、表現が悪いけどこのハンターはハズレだったかなぁ……)

 

 

 俺は一番体格の小さいハンターを追いかけてきた。そのハンターが見える所まで近づいて来た頃には彼女は泣いていた。

 

 

(助けてやりたい気持ちはあるけど、今の俺は多分あの女の子より弱いから足でまといになるだろうし……どうするかな)

 

 

 正直に言って、困る。悪くは思うが、見捨てて巣に帰るしかない。

 

 

(運が悪かったってことで納得してくれよ。まあ、俺が心配することでもないか。仲間も彼女の事を探しているだろうから大丈夫だろう)

 

 

 そう思って踵を返そうとした時だった。音を感じた。

 

 

「!?」

 

 

 ハンターの後ろ方向にドスランポスが見えた。

 

 

(あのドスランポス、絶対強いッ!)

 

 

 俺がモンスターを発見する時頼りにするのは主に地面の振動だ。だから、音が聞こえてから発見なんてことは相手が空を飛んでいたりしない限りは基本的にない。

 

 なのに、今は音を先に感じて発見した。これはドスランポスが地面への衝撃をすべて殺して走っているという証拠に他ならない。流石に森の中なので枯葉などを踏む時の音は消せなかったようだが、衝撃を殺せるという時点で実力の高さが伺える。

 ドスランポスはハンターを一瞥したが興味無さそうに走り去っていく。

 

 

(やべ! 早く追いかけないと見失う!)

 

 

 あのドスランポスにとても興味がそそられた。危険など度外視にして、自分のスペックを充分に活かして今出せる最高の速度で這う。

 

 昨日の時点で這う速度は人間の歩く速度とそこまで変わらなかった。今はそれよりももっと速い。時速で言えば20km程度は出ていると思う。蛇というのは全身が筋肉で出来ているので、その身の小ささからは想像もできないような速度で這うことができる。

 

 幸いな事にドスランポスはそこまで急いでいないようで、ジョギング気味に走っている。それでも俺では追いかけるのが精一杯な速度だ。

 

 

(これは絶対に見失えないぞ! あんなドスランポスそうそういないだろうから確実に観察しなきゃな!)

 

 

 テンションが上がっているせいなのか、一切疲れを感じなかった。ランナーズハイというヤツだろうか。それとも、この体のスペックが高いからかもしれない。

 

 そうしてドスランポスを追いかけ、辿りついたのはリオス種の巣。つまり、リオ夫婦の巣と思われる場所だった。

 

 

(まじかよ……これ絶対卵盗むだろ。うわぁ……付いてこない方が良かったかも)

 

 

 俺は深く後悔した。ジンオウガと戦っていたあのリオ夫婦の巣だといいのだが、恐らく違うだろう。

 基本的にリオス種の巣はリオレイアが上空から監視して守っている。ここも例に漏れずリオレイアと思わしきモンスターが上空を飛んでいるのが確認できた。

 

 憂鬱な気分になりながらも、俺はこれから起こるだろう戦闘を予測して木の影に隠れる。

 

 木の影に隠れた直後、空から咆哮が聞こえた。大きな影が空から降りてくる。

 

 甲殻が綺麗な桜色のリオレイア亜種だった。

 

 

(うっそぉ……)

 

 

 死んだ魚のようになっているだろう目で遠くの空を見る。青く澄み渡っていた。その綺麗な空にはもう1匹リオレイア亜種がいた。

 

 

(あ、ここに居たら死ぬかも)

 

 

 今の俺、白目になっているかもしれない。

 

 今日は色んなことが起こるなぁ、なんて現実逃避気味に思考を展開しつつ、俺はそっと木の影から移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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圧倒

 ドスランポスとリオレイア亜種2頭が睨み合う。俺はその光景を、かなり離れた場所にある倒れた大木の裏から見守っていた。

 

 

(流石にドスランポス1頭じゃ明らかに劣勢だと思うんだが……)

 

 

 突然だが、モンスターハンターのゲームにはクエストに階位が存在していた。下から順に、下位・上位・G級である。

 この階位が一つ違うだけでモンスターは驚く程に強くなる。特にG級に至っては、下位のモンスターを10頭同時に倒すよりもキツい。

 

 もし、ドスランポスがG級の個体でリオレイア亜種2頭が下位か上位の個体であれば勝ち目はある。

 だが、もしリオレイア亜種2頭がG級の個体だった場合確実に負けるだろう。ゲームならば。

 

 

(でも、ここゲームじゃないし。気もあるからどうなるかはまだわからないよな)

 

 

 そう、この世界はゲームとは違う。俺の目の前にいるドスランポスなんかは全身に古い傷がある。こんな演出はゲームでは無かったので、現実特有のものだろう。

 

 そして、傷が沢山あるという事はそれだけ多くの戦闘をこなしてきたと言う事の証明だ。もしかしたら、リオレイア亜種2頭さえも軽々と倒せてしまうかもしれない。

 

 

「グゥィィィィッ、グェァグゥエア!」

 

 

 首を上に向けてドスランポスが叫びだした。仲間を呼ぶつもりか? と思いきや、そのまま首を前に向けてリオレイア亜種2頭の方へと突撃していく。その身に迸る黒く紅い雷を纏って。

 

 

(は? 龍属性のエフェクト? なんで?)

 

 

 モンハンには属性の概念が存在する。アラビア・ヨーロッパ世界などに代表される四元素の地水火風の属性ではなく、『火・水・雷・氷・龍』の五属性だ。この中で龍属性のエフェクトは紅に縁取られた黒い雷として表現されている。

 

 その龍属性のエフェクトを、あのドスランポスは何故か体から発していた。俺が知っている中だと龍属性のエフェクトを纏っているモンスターと言うのはジンオウガ亜種くらいしか思い浮かばない。

 

 

(もしかして、あれも気なのか? よく考えてみれば叫んでたし……)

 

 

 ドスランポスはきちんと予備動作の咆哮を行っていた。あの咆哮は威嚇の為でも仲間を呼ぶ為でもなく、気を使うための準備だったのだ。

 

 

(しまった、考えるのは後だ! 今は戦闘を見ないと!)

 

 

 気になることにすぐに熱中してしまうのはいい癖でもあり悪い癖でもある。俺は意識を戦いへと向ける。

 

 

「グェァァァァア!」

 

 

 今、起こった事をありのままに話す。

 ドスランポスがジャンプした。ドスランポスから見て右側にいたリオレイア亜種の首が落ちた。

 は? どういうことだよ……

 

 

(え、ここまで強いとか聞いてない……何アレ反則すぎる)

 

 

 正直目で追う事すらできなかったが、恐らく発達した後脚で首を刈り取ったのだと思われる。残ったリオレイア亜種は即座に逃げ出していた。

 ドスランポスを見ると、「雑魚が!」とでも言わんばかりの嘲りの表情を浮かべている……ような気がした。

 

 

(これは流石に参考にすらならないわ。でも、世界にはここまで強いドスランポスもいることが知れただけで御の字だ)

 

 

 俺が目指すべきなのは、少なくともあのドスランポスを相手に互角以上に戦える程の強さだ。もちろんあのドスランポスよりも強いやつがいるはずなので、いずれはドスランポスを圧倒できるようにならなければいけない。

 

 うん、無理だろ(絶望)

 

 そもそもの目標が生き残る事なのだから、実際そこまで強さを求める必要はない。ただ、この世界で自分がやりたい事をやり通す為には強さが必要不可欠になってくる。

 

 

(はぁ、厳しいなぁ)

 

 

 思わず弱音が漏れる。

 

 

「グェァ!」

「ッシュェァ!?」

 

 

 あ、初めて声出た。じゃない! なんで目の前にドスランポスがいるんだよ! 

 

 考え事をして思考が飛んでいた間にドスランポスが俺の所へと移動してきたようだった。まさか、気付かれているとは……って予想はしてたけど。

 

 冷や汗が全身から出る様な感覚がする。冷たいような熱いような不思議な感覚だ。

 

 

(え、これ死ぬんじゃ……?)

 

 

 命の危機に瀕しているはずなのに妙に冷静な自分がいた。ドスランポスは俺の事を不思議そうに見つめてくるだけで襲おうとはしてこなかった。

 

 だが、次の瞬間、ドスランポスが大きく口を開く。

 

 

「グゥエアィィィィィィィッ!」

 

 

 爆音で皮膚がジンジンと痛みを訴えてくる。俺はあまりの衝撃と恐怖に石像のように固まることしかできなかった。

 

 ドスランポスは叫び終わると何処かへと走り出していく。何がしたかったのかは分からないが兎に角助かったようだ。

 走り去るドスランポスの背を見ていると、バサバサという羽ばたきの音を感じた。咄嗟に上を見る。蒼い炎を纏ったリオ()()()亜種が爛々と目を光らせながらドスランポスを睨みつけていた。

 

 

(あっ……)

 

 

 まさに、「あ」っという間の出来事だ。

 ドスランポス目掛けて滑空したリオレウス亜種が大きな顎を目一杯開き、ドスランポスを丸呑みにした。口の中から、ボキボキッ、バキッ、と異音が聞こえる。

 

 俺は思わず、腰を抜かしたような状態になった。あまりの壮絶な出来事に思考がついていけない。弱肉強食の厳しさを知った、その程度のことで俺は心が折れそうになりかけている。

 

 

(あんなに強いドスランポスが一瞬で……)

 

 

 所詮自然界とはこの様なものだ。どれだけ強かろうと油断すれば即座に死ぬ。そんな当たり前の事を、今更ながらに知った。いや、今更ながらという程でもない。むしろ、生まれてから二日で知れたことは幸運だと考えた方がいい。

 

 今までは、何処かゲーム感覚でこの世界を生きていた気がする。好奇心に振り回されすぎた。もっと慎重になるべきだった。それをドスランポスは教えてくれた。

 

 俺は既に亡きドスランポスに感謝しながら、なるべく音を立てないよう、リオレウス亜種に気付かれないようにゆっくりと這って巣へと向かう。

 

 この日はどうやって巣に帰ったかは覚えていない。睡眠に関しても本来なら10分程で済むはずなのに、人間の頃と同じように日が昇るまで長い間眠ってしまった。

 

 




次回から主人公の本格的な修行が始まります


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適応

 目が覚める。気分はそこまで悪くなかった。生きるための気力が体の底から湧いてくる。

 

 

(俺は、生きる。生きるために強くなる!)

 

 

 寝起きなのに随分とテンションが高いぞ!

今すぐにでも狩りをしたい、モンスターの戦闘を見たい、という衝動が湧くが我慢する。

 今は何よりも修行が先決だ。昨日ドスランポスが目の前であっさりと死んだところを見て完全に考えが変わった。

 

 俺は最強になりたい。

 

 もちろん、死にたくないという思いからの願いではある。だけど、それだけが理由じゃない。強い者でさえ一瞬で死んでしまう事に対して虚しさを覚えたからだ。

 

 俺は前世の頃から誰かを観察し、その背景を想像するのを楽しんでいた。いわゆる人間観察が趣味だった。

 

 ドスランポスに対してもそうだ。あのドスランポスは群れを率いてるのではないか、番や子供はいるのかなど様々な事を想像した。そして、恐らく大体は当たっているんじゃないかと思う。

 

 実際に群れを率い、当たり前のように親がいて、生きてきたのだろう。それまでの歴史の積み重ねというか、時間の積み重ねがあったはずだ。

 

 それが、一瞬で消え去る。この虚しさがわかるだろうか。

 

 芸術作品、またはゲームのデータや自身の記憶。それらが消えた時どう思うだろうか? きっと酷い喪失感に襲われるだろう。それと同じような感覚を、俺はドスランポスの死に対して抱いた。

 

 

 俺はドスランポスのようには簡単に死なない。俺がこの世界に生きたという爪痕を残したい。なら方法は? 最強になればいい。最強になって名前を世界へと知らしめてやればいいのだ。

 

 その為にまず、俺は自分自身に名前を付けよう。名前は安直なものでいい。わかりやすい名前の方が覚えて貰える。その名前をどうやって伝えるかは……まぁ、おいおい考えていこう。

 

(そうだな、なんて名前にしようか。ガララ……ガーラ、ラーガ、ラガー。ラガー、なんか個人的に好きな響きだな。よし、これにしよう。今日から俺の名前は『ラガー』だ)

 

 言語に関してはそこまで心配いらないはずだ。

 実は、親とハンターが戦っていた時に大柄な男のハンターが指示を飛ばしていた。その時の言葉が、何故か日本語だった。後はどうにかして俺の言葉を伝える手段を手に入れれば名前を伝える事に関してはクリアできる。

 

 

(さて、一旦意識を切り替えよう。ずっと神経を張り続けてたら持たないからな。まずは腹ごしらえだ)

 

 

 先ほど気づいたのだが、俺はこの二日間食事を一切取っていなかった。下手したら今日中にでも餓死する可能性がある。早めに胃に何か入れたかった。

 

 

(でも、どうやって飯を調達しようか)

 

 

 親が食べ物を取ってきてくれたりするが、それは兄弟達が群がってすぐに食べ尽くしてしまうため当てにはできない。となると、自分で食料を調達するしかないのだが、今の俺の能力でどんなモンスターを倒せるのかがわからなかった。

 

 

(どうするかなぁ……って、そういえば、リオレイア亜種の死体!)

 

 

 昨日ドスランポスが首を刈り取ったリオレイア亜種だ。リオス種の巣にあるから危険だろうし、何より死体が今も残っているのか不安はある。だが、背に腹は変えられない。リオレイア亜種を食べるために俺は巣を目指すことにした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

(で、巣まで来たはいいがこれは一体どうなってるんだ?)

 

 

 昨日までリオス達の巣だった場所にはリオレイア亜種の死体が『2つ』。それとリオレウス亜種の死体もあった。

 

 

(あの後何かがあったのか? うーん……物凄く気になるけど今は先に腹を満たさないと)

 

 

 先程から体が倦怠感を訴えてくる。エネルギーが足りていないのだろうか。流石に二日間何も食べずに動き回っていればそうなるか。

 俺はリオレイア亜種の死体に近づいて行き、嘴を近づける。

 

 

(リオレイア亜種って毒袋あるんだっけ? 気を付けて食べないとだな。気付いたら死んでたなんて嫌だし)

 

 

 と考えた事が災いしたのか、見事に毒袋に近い部分の肉を噛みちぎった。驚いた俺は思わずその噛みちぎった肉を飲み込んでしまう。そして、思い切り咳き込んだ。口から紫色の液体が出た。

 

 

(まずい! やっちまった)

 

 

 毒と言うのは、傷口から入らないと機能しないものもあると聞く。リオレイア亜種の毒がその系統のものならば、食べただけでは効果が現れないだろう。だが、もし、胃に入れた時点で機能するような毒だった場合は……

 

 

「クルェカロァッ」

 

 

 気の狂うような激痛が全身を襲う。ゲームの中のハンターはこんな痛みを受けながらピンピンしてたのか!と驚愕する。

 

 曲がりなりにも俺はガララアジャラ、毒を操るモンスターである。そのため、ちょっとした毒の操作というものができる。

 まだ試してないのでぶっつけ本番になるが、俺は胃袋の中に自身の生成した麻痺毒を流し込みリオレイア亜種の毒を薄めようと考えた。

 

 

(諦めるな! いける! 前世での絶望に比べたらこんなの生温い方だ!)

 

 

 実際、俺にとってはそうだった。運動ができないことに対しての絶望はこれ以上だった。ならこの程度の絶望に負ける道理はない。俺は全神経を麻痺毒の生成と胃への放出に集中させる。

 

 結果、中和のような事に成功した。そして、その頃になって毒に対しての抗体が作られてきたようだった。

 抗体が作れるという事は、その抗体と対になるように毒も作れるということだ。人間ならば抗体があるからと言って病原体などを生成することはできないが、俺は毒を生み出すことのできるガララアジャラ。そこは、持ち前の毒の生成器官を使って作ることが出来る。つまり、端的に言うと思いがけぬ所で麻痺毒を強化できた。

 

 

(なんとかいけたか……いや、ホントにもっと気を付けなきゃいけないな。口だけじゃなくてちゃんとやらないと)

 

 

 安心感から心が緩みそうになるが、すぐに自分を律し、戒める。このままだと、確実にドスランポスのように死んでしまう。最強なんて程遠い。

 

 

(じゃあ、毒も克服できた事だし食事を再開しようか)

 

 

 俺はリオレイア亜種の肉に喰らいつく。生きるために、自分の血肉とするために。

 他者の命を喰らって、自分が強くなる。それが世界の理なのは重々承知だ。だから今更、相手を殺すことなんて躊躇わない。強い者を倒す時、虚しいとは思うだろう。けど、それだけだ。虚しいという感情は最強を目指すことをやめる理由にはなり得ない。

 

 

(今は前だけを見つめていよう。一刻も早くこの世界に適応して、ドスランポスやリオレウス亜種、そしてリオレウス亜種達を殺した存在全てを追い越してやる)

 

 ラガーの瞳は煌々と光り輝いていた。下克上を成す者の目である。将来の事を見据えて彼は、身に膨大なやる気を漲らせていた。



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修行

 

 

(ふぅ、結構食べたな。てか、これは流石に食べ過ぎっていうか明らかに体の大きさ以上の量を食べてるけど一体どうなってるんだ?)

 

 

 開けた森の一角。人間の知性を持つ幼体のガララアジャラ『ラガー』と、食べ尽くされて骨だけになったリオレイア亜種2体の死体があった。

 

 

(妙に体から力が湧いてくるな……)

 

 

 ラガー自身気付いていなかったのだが、彼の体の中では目まぐるしくエネルギーの吸収がなされていた。肉を喰らって胃に入れた瞬間にはエネルギーが全て吸収され、肉はその体積を数十分の一にまで減らされていた。これが体の大きさ以上の量を食べられた理由だ。

 

 

(なんにせよ、随分都合が良いじゃないか。これから修行をしようと思っていたところなんだ。これだけ力が漲っていれば多少の無理だってできる!)

 

 

 おもむろに木へと近づいていくラガー。何を思ったか木へとその体を巻き付けた。

 

 今の時点でラガーの全長は2m程になっている。起きた時点で1m程度だった。その時点で驚きでしかないのだが、リオレイア亜種を食べていく中で、まるで魔法にでも掛かったかのようにグングンと成長していった。特殊な力が関係しているとしか思えない。だが、ラガーはそんなことは気にせず貪欲に強くなることだけに目を向けている。

 

 2mもある巨体を木に巻き付けたラガーは、全身に力を入れ木を締め付けた。すると、バキバキッという音と共に木が弾け飛んだ。俄には信じ難い光景だ。

 

 

(今の力だとこんなもんか……目標は10本ほど束ねて潰せるようになることかな。あ、流石に体の長さが足りないか。なら別の事を試してみよう)

 

 

 ラガーが次に行ったのは、木の前に立つことだった。森の中なので木は沢山あるのだが、この勢いで修行していくと木の存在しない空白地帯ができそうであった。

 

 

「シッ!」

 

 

 ビュオンッという風を切り裂く音と共に尾を振り抜く。木が悲惨な音を立てながら倒れた。綺麗に両断というのは簡単に出来そうにないようだ。

 

 

(いや、何やってんだ俺。冷静になれ。単純に威力の底上げしたって意味無いだろ。修行って言うのはこういうものじゃない。体を正確に使えるようにするためのもののはずだ)

 

 

 もう一度木の前に立ち、尾を振り抜いた。今度は風を切り裂く音はせず、ドスッというような木を叩く鈍い音だけが響いた。木は叩かれた衝撃で全身を揺らし葉を落とす。

 

 

(まずは1枚!)

 

 

 その落ちて来た葉を正面から、尾で貫く。こうすることで、不規則に動き回る敵の動きの予測、敵の弱点を正確に突くことのできる精密な攻撃の修行になるという寸法だ。

 

 

(2枚! 3まっ、あ!)

 

 

 ヒラリと葉が風になびいて空中で舞った。そのせいで葉の真ん中を狙った尾の攻撃がズレて貫くことに失敗する。

 

 

(くそっ、もう一回だ!)

 

 

 木を揺らし、葉を散らせ、宙に舞う葉っぱを1枚、2枚と貫いていく。今度は5枚目で失敗した。

 

 

(今のは風での動きを予想出来なかったせいだ。2度も同じ目にあったんだから次こそは失敗しないようにしないと)

 

 

 段々と集中し、熱中していく。前世の頃から繰り返しの作業というのは好きだった。時間を忘れていつまででもやっていられた。

 宙を舞う葉っぱを貫く数は、回数を積み重ねる毎に増えていく。

 気付いた時には目の前の木には1枚も葉がついていないという寂しい状態になっていた。

 

 

(これ明らかに環境破壊だよな。でも、今更か。強くなるためには仕方ない事だから一々気にもしてられない。ただ、木も一つの命だ。感謝を捧げておこう)

 

 

 丸裸になった木に向けお辞儀をする。そして別の木に向き直り、修行を再開する。そんな行為を陽が落ちるまで数時間続けた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

(今日の修行終わり! 完全に暗くなる前に巣に帰ろうか)

 

 

 ピット器官を使えば夜でも活動できるんじゃないか? と思うかもしれないが、地面は基本的に冷たいため周りの木々と同化して見えて行動するには危険なのだ。

 

 ただ、そもそもの話として夜目が効かないわけでもないので、朝と夜のどちらが危険かは一概には決められない。

 

 夜は地形の把握が難しいという点でモンスターと戦闘になった場合不利になる。逆に朝はモンスターが活発に動き回るので複数のモンスターと鉢合わせる不安がある。どちらにしろ危険なのは変わりない。

 

 ピット器官自体は普通に便利だ。ピット器官のお陰でモンスターは遠くからでも発見できるのはありがたい。木などの障害物を無視して直接姿を確認できるのは自然で生き抜く中でとても貴重で有用な能力だ。

 

 

(そろそろかな)

 

 

 明日は何をしようか、修行の改善点はないか、今の自分に足りない力は何か、など考えを巡らせている間に巣の近くへと迫っていた。

 

 ピット器官で巣を確認してみれば、一つの大きな赤色の塊と複数の小さな橙色の塊が蠢いている。親と兄弟達だろう。

 

 

(アイツらは元気だなぁ)

 

 

 幼い兄弟達が少し羨ましい。今はまだ弱肉強食の厳しさを知らないのだろう。いつも無邪気に遊んでいる。

 

 ちなみに話は変わるのだが、俺はいつも勝手に巣の外へと出ているが親は特に連れ戻したりしない。1匹、2匹程度なら死んでも問題ないと思っているのかもしれない。

 野生のモンスターにとって最大の生きる理由というのは子孫繁栄だろう。その考えでいくと、小を切り捨ててでも大を取るのが親ガララアジャラの中では当たり前なのだ。

 

 

(モンハンの世界だって言うのに随分と世知辛いなぁ。やっぱり、ある程度の切り捨てられる存在って言うのはどの時代にも、どんな世界でもいるんだな……)

 

 

 弱肉強食の世界にしみじみとした感想を漏らす。人間としての価値観の俺からすれば、家族を見捨てるなんてとんでもない。だが、野生の生物の中ではやはり、何においても子孫繁栄が優先されるのだ。その事に文句を言っていたってしょうがない。

 

 それに、今の俺は他人について心配している場合ではない。焦って目の前が見えなくなるなんて事はあってはいけないが、強くなることを急ぐというのは悪くないと思う。それだけ向上心があり、努力を続けられるという下地になるから。

 

 

(明日は狩りでもしてみようかな。大人しい草食竜なら今の俺でも充分狩れるはずだ)

 

 

 頭の中に浮かぶのは温厚な性格の草食竜アプトノス。攻撃を仕掛ければ反撃してくるため注意が必要だが、ゲームでは駆け出しハンターが2、3回攻撃しただけで死んでしまうほど脆弱だった生物だ。油断は禁物ではあるものの、そこまで緊張して挑む相手では決してない。

 

 

(それから、明日の修行は技の練習にしよう)

 

 

 夜の暇な時間を、技を練習するためのイメージトレーニングの時間に当てようと思う。頭で事前にイメージが固まっていれば、何も考えずに動くより明らかに動きを再現しやすいはずだ。

 

 

(今度こそは、努力を実らせる。前世みたいにはいかない。簡単には死んでやらないし、何も爪痕を残さずに消えてやるなんて絶対にゴメンだ。俺は歴史に名を残す!)

 

 

 死んでしまったドスランポスを脳裏で思い出しつつ、自分自身に対して改めて固く誓いを立てる。これが最初の一歩だ。ここから俺の伝説を作ってやる、と強い気持ちを抱きながら。

 

 

 



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小人

 

 朝になった。

 

 夜の間は寝るには寝るが、やはり長時間の睡眠というものができない。だから、ずっとイメージトレーニングをしながら朝になるのを今か今かと待っていた。

 

 短時間睡眠は行動できる時間が増えるので嬉しい。ただ、俺はまだ弱いので夜には行動できずにどうしても暇になる。

 

 前世では普段からスマホをいじっていたので、どうも何かをしていないと暇のせいで精神がおかしくなりそうだ。これが近年問題となっているスマホ依存というやつなのだろうか。

 

 何にせよ、今は狩りへと出かけるのに集中したい。夜の暇な時間を利用したお陰でイメージはバッチリ掴めているのだ。

 

 

(獲物はどうするかな。アプトノスだけだと流石に大人しすぎるから戦闘の経験は積めないだろうし。そうなると、ランポスとかジャギィあたりも見つけられればいいんだけど……)

 

 

 ただ、やはり油断は命取りになるだろう。ボス級モンスター以外のモンスターが『気』を扱えないという保証がないからだ。

 

 もしかしたら古龍を倒すことができるほど強いジャギィがいるかもしれない。

 森の支配者がランポスであるかもしれない。

 

 ありえない事、イレギュラーな事態、例外的な存在、全ての可能性を考える必要がある。

 

 もちろんある程度は妥協する。なるべく死にたくはないが、生物は死ぬ時には死ぬ。どんな状況になっても諦めるつもりは毛頭ない。だが、死ぬ可能性が高い以上覚悟だけは決めておきたい。

 

 

(いつまでも考え事ばかりしてないでそろそろ狩りに行くか。人間、じゃなくてガララアジャラでもいつか死ぬ時が来る。問題はどれだけ後悔の残らない生を送れるかだ)

 

 

 前世で生に対する執着がかなり強かったのも手伝ってか、今まで俺は死なないことばかりを考えていた。でも、冷静に考えてみて改めて気持ちの整理がついた。

 

 俺は、死なないために生きるのではなく、悔いなく生を楽しめるように生きたいと思う。

 

 こんな当たり前のことを今の今まで忘れてた。思えば、俺は本心では死ぬことよりも生を楽しめないことを恐れていたのかもしれない。そうじゃなきゃ普通ジンオウガとリオ夫婦の戦闘なんか見に行かないだろう。死にたくないと言いつつ無茶な行為ばかりをしてきたのは、俺が気づいていなかった本心からの思いだったのだ。

 

 

(俺って馬鹿だなぁ。人生なんて楽しまなきゃ損だろ。本当になんでこんなに当たり前の事を忘れてたのか……)

 

 

 考え方がポジティブになり明るくなったのが影響してか、周りの風景がいたく輝いて見える。心持ち一つでここまで世界の見え方が変わることに驚きだ。

 

 

(そうだよ、そう! 折角転生したんだ。前世と違って動けるんだ! 何を迷ってた! 何で躊躇ってた! 自分の命だ、自分の好きなように使えばいいじゃないか!)

 

 

 ああ、楽しい。自分史上最高の気分だ。前にあるのは暗闇じゃなかった。幾本もの道。俺の可能性。俺は本当の意味で自由なんだ。何も縛るものなんかない。

 

 

(一先ず狩りをしよう。既に出掛けようとしてから結構な時間が経ってる気がするし)

 

 

 一旦落ち着く。頭はクールに心はアツく。なんだか普段以上に色々なことをやれそうだ。

 

 俺は煮え滾る熱意を胸に狩りの獲物を探すため巣穴から出た。降り注ぐ陽光が眩しい。でも嫌な感じはしない。ポカポカと気持ちのいい陽気だ。

 

 

(絶好の狩り日よりだ)

 

 

 俺は内心でほくそ笑む。振動や皮膚で感じる音で相手の行動は分かるが、やはり目視で確認しながら動く方が断然やりやすい。その点で言えば、今日は太陽の光が降り注いでいて殆ど見えない場所がない。まさに最高の状態だ。

 

 

(でも、それは相手側も同じなんだよな。これでフィールドに関してはイーブンってわけだ。後は俺自身の力量が試される)

 

 

 少し緊張する。ただ、それすらも今は心地よい。ほどよい緊張のお陰で気を抜くことがない。この身体の持っているポテンシャルを充分に引き出せそうだ。

 

 

(それで、どうやってモンスターを探すか。やっぱり一番手っ取り早いのはピット器官で見つけることなんだけど、昼だと若干見づらいんだよな)

 

 

 実は太陽光によって様々な場所が暖められるとピット器官の視界が殆ど赤一色で染まってしまう。

 

 それでもなんとかモンスターを見つけられるには見つけられるのだが、なんというか、物凄く疲れる。

 

 なにせ人間の頃には存在すらしていなかった器官なわけで、感じたことのないような疲労感がある。敢えて言葉で表すとしたら、眉間に目があって、その目に何か異物が入っているような変な感覚になる。

 

 

(ん? 今、振動が……)

 

 

 不意に振動を感知する。現在の場所からそう遠くない位置にモンスターがいるようだ。しかも、恐らく1匹。これはチャンスだと思った。即座に振動を追いかける。

 

 暫くの間這い続けていると、振動が途切れたのでモンスターが止まったようだった。というか、止まったのを目視で確認した。

 

 

(ジャギィか……)

 

 

 ジャギィが死体を漁っていた。腐肉の臭いが自分の元まで漂って来ている。

 

 

(あのジャギィ、なんで群れにいないんだ?)

 

 

 普通ジャギィ____ランポスと同系統の姿をしたモンスター____は数体の仲間と共に行動するはずだ。しかし、今目の前にいる個体は一匹で行動している。

 

 

(群れからはぐれたか、それとも一匹で行動しても危険じゃないくらいに強いのか。多分、前者だな)

 

 

 そう思ったのには理由がある。

 最近強いモンスターを見ていたお陰で相手の力量がなんとなくわかるようになってきたのだ。

 

 本当になんとなく「こいつは俺より強い……ような気がする」「こいつは俺よりも弱そうだ……恐らく」という程度のものだ。今は物凄くあやふやな感覚だが、強くなるためにもこの感覚は後々鍛えていきたい。

 

 

(もし力量を隠す技術があって、あのジャギィが実は強かったなんてことがあったら仕方ない。その時は、全力で抵抗して死ぬまでだ。見破れなかった俺が悪いのだから。でも、そのせいで躊躇っていたってしょうがない。強くなるためには沢山の戦いを経験しないと)

 

 

 覚悟を決めてジャギィの首元を注視する。幸い、というか隠れているから当然なのだが相手はまだこちらに気づいてはいない。ジャギィは呆れたことに警戒すらしていない様子だ。相当俺の運が悪くない限り負けることは殆どないと思いたい。

 

 身体から力を抜く。ここから瞬時に身体に力を入れることで素早い加速をするのが目的だ。

 

 

(よし、準備はオーケー。三つ数えて飛びかかろう)

 

 

 未だにジャギィはこちらに気づいていない。腐肉を漁るのに夢中だ。

 

 

(三)

 

 

 何かを悟ったのかジャギィはしきりに周囲を見回し始める。

 

 

(二)

 

 

 ジャギィが戦闘体制を取り始めた。

 

 

(一)

 

 

 身体の脱力を深くする。

 

 

「シュァァアァァアッ!」

 

 

 初めての狩りというのはやはり不安がある。俺はそんな不安を吹き飛ばすように叫びながらジャギィへと襲い掛かった。

 

 

「グェア!」

 

 

 ジャギィは突然飛び出してきた俺に対応することができず、首がガラ空きになっていたので思い切り噛み付く。

 

 そしてすぐさま毒を流し込んだ。ガララアジャラの麻痺毒とレイア亜種の猛毒が混じったハイブリッド毒だ。

 

 毒を流し込まれたジャギィは叫び声すら上げずに倒れた。倒れた後に痙攣などもしていないので死んだようだ。

 

 

(え? 呆気なさ過ぎないか?)

 

 

 あまりにも毒の威力が強すぎたようだ。やはり種族による強さの差というのは大きいらしい。

 

 

(まぁ、一応初めての狩りは大成功だ。物足りない感じはあるけれども、今はとにかく喜ぼう!)

 

 

 初めての獲物。それだけで嬉しくなる。自分で手に入れた、自分が行動して成功した。やはり何かを達成した時は気分がいいものだ。

 

 

(巣に持って帰りたいところだけど、そうすると兄弟に盗られるだろうし、腹も減ってて丁度いいからここで食べるか)

 

 

 ジャギィに口を付けるために嘴を近づける。不意に目の前を黒い影が通り過ぎた。俺が閉じた嘴は空を切る。

 

 

(は?)

 

 

「チャチャ! チャ!」

 

 

 小人がいた。

 否、チャチャ族と言うモンハンに出てきたドングリのようなものを被っている小さい人型モンスターがいた。そして頭の上にジャギィを乗せている。

 

 

(え、なに、アイツに獲物盗られたのか俺?)

 

 

 段々と状況が飲み込めてくる。それと同時にチャチャ族に対しての怒りが沸沸と湧いてきた。

 

 

「シュァァァァァァ!」

 

 

 思わず叫んでしまう。

 本来は相手を威嚇するための咆哮だが、今回は怒りの感情を表す意味でも使っている。

 

 

「チャチャ! チャチャチャ!」

 

 

 チャチャ族は変な声を出しながら走り去った。とても速く追いつけそうにない。

 

 

(マジかよ……)

 

 

 チャチャ族が走り去ったその場には、怒りの向け場を失った一匹のガララアジャラが落ち込んだ様子で呆然と佇んでいた。

 

 



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強襲

(あー! クソッ!)

 

 チャチャ族に初めての獲物を奪われた時から数分。暫くの間呆然としていたので思考が停止していたが、段々とそれも解けてくる。それと同時にまたも激しい怒りの感情が胸の内から湧き上がってきた。

 

(絶対見つけ出して獲物を取り返す! あ、いや、取り返さない方がいいのか?)

 

 抑えきれない怒りはある考えが浮かんだ事で多少和らぐ。

 なぜ取り返さない方がいいと考えるのか、その理由は獲物の仕留め方にあった。俺は「毒」を使ってジャギィを殺した。もちろん俺自身は自分の毒に対しての耐性を持っているからそのまま食べても平気だ。だが、チャチャ族は違う。過去にガララアジャラやリオレイア亜種の毒を喰らって抗体が出来ている、なんて事でもない限りジャギィを食せば毒に苦しむはずだ。

 

(このまま放置しておけばアイツも懲りるか。正直、確実性もないし微妙なところだけど今は意識を切り替えよう。いつまでも過去を引きずってたらダメだ。今一番やらなければならない事は食料確保なんだし)

 

 獲物を奪われたなら別の獲物を探せばいい。そう考えた俺は意識を切り替える。一応ジャギィを狩ったのだから戦闘の雰囲気は掴めた。あの簡単に終わった狩りを戦闘と呼べるのかは怪しいところだが。

 

(次は昨日からの目標のアプトノスだな)

 

 次なる狙いは草食竜アプトノス。弱く、それでいて数が多い。食料としてはうってつけだ。

 腹からグルルと音がする。食事のことばかりを考えていたせいで余計に腹が減ってきた。

 

(早いとこ見つけないとだな。とりあえず水場近くを探してみようかな?)

 

 ジャギィを探す時には考えつかなかったが、生物であるなら水分補給が必要だ。ならば、水場で張り込んでいればモンスターがやってくるはず。正直、別の強いモンスターが来る可能性もあるので怖いが、そんなことを言っていたらこのまま餓死しそうだ。恐怖心を振り払うように、頭をブンブンと横に振って前を向く。そして、思った。

 

(水場ってどこにあるんだ?)

 

 完璧に失念していた。そもそも俺は水場の場所を知らない。この森に生まれて日が浅いのに、地理に詳しいはずがなかった。

 

(うむむむ……こうなったら、ピット器官で……)

 

 

 疲れるのであまり使いたくはないが、地理に詳しくないので今回は致し方ない。今後の為にも水場近くでモンスターを見つけたいものだ。

 

 

(フッ!)

 

 

 通常の目で感じる視界からピット器官での視界へと変えるのには多少コツがいる。ピット器官は眉間にあるので、言うなれば第3の目のようなものを開く感覚だ。

 

 ピット器官を知った当初はあまり上手く使えなかった。と言うのも、なかなか眉間に感覚を集中させられないのだ。

 例えば、人間は耳で音をよく感じたいと思う時に目を閉じたりする。俺の場合も目を閉じて集中しようかと思ったのだが、残念ながら瞼が存在しない。そうなると、目で風景を見たままピット器官での視界に切り替えなければならないわけだ。感覚的には脳内でTVのチャンネルを変えるイメージと言えばわかりやすいだろう。目と言うチャンネルをピット器官と言うチャンネルに変える。結構なコツがいる作業だ。

 ぶっちゃけると、俺がピット器官を使うのが嫌な理由の8割はコレだ。確かに昼だと色々な場所が暖められて視界が見にくい。ただ、それよりもピット器官の視界に切り替える作業の方が圧倒的に俺に負担を強いてくる。だから、俺は好んで使わないのだ。

 

 

(おっ? それっぽいの見つけた!)

 

 

 俺のピット器官の視界に写るのは群れている数匹のモンスター。それと、湖のような場所。現在の場所からそこまで離れていない場所だった。

 

(こんなに水場が近くにあるならピット器官なんか使わなきゃよかった……)

 

 少し後悔をする。だけどここはポジティブに考えよう。もしかしたら水場を見逃して別の場所を散策していた可能性もあるのだ。ここで発見できたのは運が良かったと思うんだ俺。

 

(早速仕留めにいくかなっと!)

 

 少々テンションが高めなのはご愛嬌。先ほどチャチャ族に獲物を奪われたのことなど既に頭の中にはなく、今は獲物を仕留めることに対しての楽しみだけが頭を占めていた。

 

(毒殺か絞殺か、それとも噛み殺すか。どれもいいな! 尻尾で殴殺ってのもアリかもしれない)

 

 色々と弾けて既に思考は危険な領域に達している。まだまだゲーム感覚が抜けきっていないのも事実だ。やはり、何かを狩るとなるとゲームのように簡単にいくのではないかと思ってしまう。

 自分自身でも少し……いや、かなり無邪気なのは自覚している。ただ、前世での16年と言う時間、俺は1度も自由に動けたことがなかった。触れるもの全てが目新しく、例え知っている知識であっても初めて体験することばかり。精神年齢が生きてきた時間に未だ伴っていない感覚がある。知識だけで言えば、そこらの同年代の子供よりよっぽど多いかもしれないが、精神は小さい頃からあまり育っていない。だから、多少無邪気なのは自覚していても治せない。こればかりは仕方ないことなのだ。これから先、この世界で生きていく中で改善されていくとは思うが、今はこのまま全てを新鮮に思い楽しむ気持ちを大切にしたい。

 

 

(よし、決めた。絞殺だ)

 

 

 頭の中でイメージするのはゲーム時代のガララアジャラの動き。その長大な体躯でハンターの周りをドーナツ型に囲み、上からドーナツ型の中心部に嘴を突き入れる動きだ。俺はそれを頭の中で少し改良する。

 目標となるモンスターの姿はハッキリ見えた訳では無いので未だ分からずにいるが、大体の大きさは掴めている。その大きさに合わせて身体を鞭のように使って囲み、囲んだ直後にすぐに身体を縮めて締め付ける想像をする。バッチリだ。準備は万端。いつでもいける。

 

 

(こういうのは失敗が付き物だから、失敗してもそこまで落ち込まないようにしないと)

 

 

 あらかじめ誰に言うでもなく言い訳をして、失敗した時の心構えをしておく。

 

 

(まずは、バレないように静かに近づいて……)

 

 

 ズルズルと身体をくねらせて、ゆっくりと湖方向へと向かっていく。木々が開けてきて段々と岩場が多くなってくる。皮膚では水の音と大地からの振動を感じる。視界を塞ぐ木がなくなった頃、目標である獲物のモンスターが見えてきた。案の定アプトノス。五匹の家族のようで、小さいアプトノスが2匹程見える。

 

 

(おぉ……本物のアプトノスだ)

 

 

 我ながら不思議な事に、ジンオウガやリオ夫婦には驚かなかったくせにアプトノスには素直に感嘆の念を感じていた。ジンオウガなどは余りにも戦闘が凄すぎて現実味がなかったせいかもしれない。

 アプトノスの姿に感嘆している内にアプトノス達は水を飲み始めた。警戒はしていないようだ。ジャギィの事が脳裏にフラッシュバックする。

 

 

(倒したその後が肝心、だよな)

 

 

 また奪われる可能性を考える。同じ二の轍は踏まない。今度は気を抜かずにしっかりと警戒をしようと心に決める。

 

 

(狙うなら足の遅い子供のアプトノスだな。大きさはイメージしてたヤツとちょっと違うけど、まあ、問題はそこまでないだろ)

 

 

 子供のアプトノスに狙いを付け、突撃しようとしたその時だった。

 

 

「グルァァァァァァァァア!」

 

 

 リオレウスが滑空してアプトノスの集団に突っ込んでいった。。

 

 

(だろうね! どうせ今回もこうなるだろうと思ってたよ!)

 

 

 生まれて間もないにも関わらず、今まで何回もハプニングに遭っている俺だ、今回も必ず何かが起こるだろうと思っていた。

 

 

(むしろ、ハプニングが起こるのがこの世界での普通なのか? そもそも、これをハプニングと呼んでいいものか……)

 

 

 リオレウスがアプトノス達に襲い掛かったのは食物連鎖の一貫でしかない。これは毎日起こっている出来事だと考えた方がいいだろう。そうすると、これは異常な事でもハプニングでもなんでもなく、ただの日常ということになる。

 

 

(うーん、何かこの森で生きていけるか不安になってきたなぁ……)

 

 

 目の前でリオレウスの火弾が爆発するのを見ながら、しみじみとそう思う俺だった。

 

 

 

 

 

 



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盗奪

若干スランプ気味…


(アプトノスまっずッ!)

 

 口の中にジューシーな肉汁が広がらない! 肉汁の代わりとばかりに溢れてくる血液。噛みごたえは固く、歯応えは最悪。噛めば噛むほどに口の中では不快な生暖かい液体が漏れ出してくる。はっきり言わなくても最悪の気分であった。

 

(はぁ……やっぱ焼かないとダメかなぁ……)

 

 リオレイア亜種を食べた時には不快感などは一切感じなかった。アプトノスとリオレイア亜種。一体何が違うのだろうか。

 リオレウスはアプトノスの群れを壊滅させたあと、すぐに大きい2体のアプトノスを脚で掴んで飛び去っていった。これ幸いにと、俺はリオレウスが狩ったアプトノスを盗ん……貰ってきたというのがここに至るまでの顛末。やってる事はチャチャ族と殆ど変わらないが、俺は別にチャチャ族の行為自体は否定していない。許せるかどうかと聞かれれば別なだけだ。そして、アプトノスを貰ってきたまではいいが、いざ実食となって食べてみれば、表現もできないほどに酷い味だった。人間の頃の味覚が今世でも関係しているのか、アプトノスの肉はとても生で食べられた物ではなかった。

 

(生で食べられないのなら焼いてみるしかないけど、火は起こせないし。そうは言ってもリオレイア亜種をもう1回食べるのと、火を起こしてアプトノスを食べられる可能性を天秤にかけたら明らかに火を使ってアプトノスの肉を食べてみる方に軍配が上がるしなぁ……)

 

 難易度的にもアプトノスを食べる方が楽なのは明確だ。だが、俺の味覚がそれを許してくれない。ならば、焼けばいいのだが、火を起こす手段も持っていないときた。

 

(我慢するしかないかぁ……いや、でもなぁ……)

 

 正直、アプトノスのマズさは我慢できるレベルの物ではなかった。多分あと一口でも食べたら吐くと思うほどのマズさだ。食事をしようとして、吐いて体力を消耗でもしたら本末転倒だ。栄養補給の為に食事をしようとしているのに、逆にエネルギーを消費してしまうなんてことは避けたい。

 

(うーん、とりあえず、火を探すか。ハンターキャンプに行けば焚き火があるかもしれないからそこから火を拝借してこよう)

 

 リオレイア亜種以外にも俺が美味く感じるモンスターはいると思うが、俺は一刻も早く栄養補給がしたい。だから、今回は最も手っ取り早いであろう火を使ってアプトノスの肉を焼くという手段を取ることにする。大抵の食べ物は焼けば食べられるだろうと言う安直な発想だが、事実、人間の時には生ではマズい物でも焼けば美味くなったのだ。きっと、大丈夫なはずだ。あ、これフラグっぽい……

 若干の不安を残しつつ、俺はハンターキャンプを探すことにした。今回は宛があるので、探す場所は既に決まっている。女ハンターが逃げた場所、ドスランポスと遭遇した場所だ。あの地帯は地面が少し柔らかいので足跡が残る。俺もドスランポスを追いかけている時に地面を抉って進んでいたので、この情報は確実なものだ。その足跡を追えば、もしかしたらハンターキャンプへと辿り着けるかもしれない。

 

(いざ、ハンターキャンプへ!)

 

 

 ◇

 

 

(道に迷ったー!)

 

 森が広く、それでいて複雑なせいで完全に道が分からなくなった。軽い感じで言っているが状況は意外と深刻だ。このまま巣穴に帰れないとなると、安全な住居がない状態でこのだだっ広い森の中をサバイバルをすることになる。あの強かったドスランポスが一瞬で死ぬような世界だ。到底俺が生き残れるとは思えなかった。

 

(どうしたものか……)

 

 途方に暮れて絶望が身を支配する。心まで暗くなりかけていた時に、人の声がした。咄嗟に声の方向へと向かう。

 

(ハンターか……? )

 

 向かった先にいたのは、如何にも学者然とした白衣を着た男と様々な鎧を付けているハンターらしき人間が4人。キャンプを張って焚き木を囲み談笑をしている。白衣を着た人物は手に持ったメモ帳のようなものに必死に何かを書き込んでいた。

 

(護衛任務、みたいな? 任務かどうかは兎も角として、念願のハンターキャンプだ)

 

 問題はここからどうするかだ。ハンターは護衛をしているなら寝ずの番をするだろう。近づけば間違いなく襲われる。いや、襲われたと思われて反撃される。そのため、火を拝借するのは大変困難だ。

 

(学者に興味を持ってもらうことに賭けるか? でも、確実性はないし……)

 

 無抵抗で警戒心もなく、それにプラスして相手に降伏しているように出ていけば攻撃されない可能性が高い。もしハンターが攻撃を仕掛けてきそうになっても、学者が俺に興味を持ってくれて攻撃を辞めさせてくれるのなら円満に火を貰うことができる。だが、確実性がない。

 

(てか、降伏してるように見えるポーズとかってどうすればいいんだ? 腹見せる、ってのは流石に安直すぎるか。白旗は布とかないし無理。頭を下げて……いや、意味が伝わらないか)

 

 散々葛藤した挙句、結局盗もうという発想に無事着地した。案外、自然に出ていって何事もなかったように火を貰ってくれば見逃される可能性が無きにしも……ないな、うん。

 

(尻尾を伸ばせばギリギリ届くか)

 

 俺の身長は現在5メートル程になっている。いつの間にかここまで大きくなっていた。ハンター達の下まではここから目測で数10メートル。ササッと近づいて、筋肉を弛緩させてから一瞬のうちに力を入れる方法を使えば、恐らく焚き木を取れると思う。

 

(ふぅ……よし。行くぞ!)

 

 1歩目、ではなく身体全体を使って地面を叩く感じで前方へと大ジャンプ。この時、予想以上に力を入れすぎたらしく、ハンター達の上空を通り過ぎてしまうくらいに吹っ飛んだ。それでもなんとか空中から尻尾を伸ばして焚き木を取るというファインプレーができた。着地した後はもちろんすぐに逃走。この間約三秒。とてつもない早業である。

 

(あっぶねぇぇぇぇぇぇぇ!)

 

 心臓がバクバクと脈打っている。現在進行形で全速力で這っているのも影響しているだろうが、突然のハプニング、先程の大ジャンプに関しての咄嗟の対応に対してのものが大きいだろう。自分でもあそこまで飛ぶとは思っていなかったので素直に驚いている。自分の身体の力はきちんと把握しておかないとダメだと改めて思った。

 

(何はともあれ、焚き木ゲットだ!)

 

 風に煽られてユラユラと揺れている火を見る。纏めて10本程の焚き木を奪って来たので、その火は力強い。

 

(よっしゃ、これでアプトノス食べられる!)

 

 移動の際に初めて狩ったアプトノスは置いてきてしまったので、もう一度アプトノスを狩ることになる。だが、今は火を手に入れたことによる興奮で煩わしさも全く感じない。むしろ、アプトノスを狩るのが楽しみで今すぐにでも見つけ出して狩りたいが、一先ず火を別の場所に移すのが先だ。

 俺は抑えきれない胸の昂りと共に森の中を駆けて行った。

 

 



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料理

むぐぐぐ…スランプが…

※後で修正か加筆する可能性が高いです


 パチパチと火が弾ける。焼いている肉からはキラキラと光るたっぷりの肉汁が染みだし、それが下の火に落ちることで更に火が弾けた。鼻腔には肉の匂いがいっぱいに広がり、口からは涎が溢れてきた。

 

(米が欲しい)

 

 切実にそう願う。将来、強くなれたらどうにかして米を栽培してみるのも有りかもしれない。

 ハンターキャンプから焚き木を拝借してきてから数時間。俺は現在アプトノスの肉を焼いていた。数時間も経っている理由はアプトノスを探すのに森を彷徨っていた為だ。この時点でお分かりかもしれないが、実は巣に帰れなくなった。まず最初にハンターキャンプへと辿り着くまでに迷っていた。更に、先程までアプトノスを探して森の中をやたらめったらと動き回っていた。既にここが巣穴から遠いのか近いのかさえ分からない。俗に言う「詰み」の状態だ。それでも、一先ず腹を満たしてからこの先の事を考えようと思ったのでアプトノスを焼いている次第だ。

 

 

(早く焼けないかな。てか、リアルで肉を回しながら焼くことになるとは……なんか感動した)

 

 現実逃避気味にそう考える。病床に伏せっていた俺はもちろん料理だってしたことがない。初めて作る料理がモンハン式焼き肉とは想像だにしなかった。ただ、ゲームでの行動を再現できたことに対して感動しているのも事実だ。それに、やってみて分かるが意外と楽しい。

 

(そろそろ焼けたかな? 上手に焼けましたー、ってな)

 

 モンハンシリーズの肉が焼けた時お決まりのメロディー。リアルなので聞こえる訳がないのだが、気分的に聞こえた気がした。あくまで気がしただけだ。幻聴の様なものだろう。スマホを長時間弄っている人が、スマホを弄っていない時でも通知の音が聞こえた気がするのと同じ原理だ。

 

(いざ、実食)

 

 香ばしい匂いが鼻腔を突き抜けた。脳髄が犯されているみたいな感覚を受ける強烈な匂い。口に含めば肉汁が広がり舌を喜ばせる。咀嚼と共に肉汁が次々に溢れ出し味が深まる。少し獣臭さの様なものもあるが、それすらもアクセントになって俺を楽しませてくれる。

 

(うっめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!)

 

 焼いただけの肉、それがこれほどまでに美味いとは思わなかった。調味料なんて一切ないので肉自体の味がいいのだろう。不味いアプトノスを焼くだけでこの美味さなのだ、リオレイア亜種を焼いて食べたらどれほど美味いのだろうか。俄然、興味が湧いてくる。俺はこの世界での目標として色々なモンスターを料理して食べるという項目も入れようと思った。

 ふと、冷静になった。この肉の美味しさをゆっくり堪能していたいがそうも言っていられない。もしかすれば匂いに釣られてモンスターが寄ってくる可能性もあるからだ。俺は急いで残り肉を食べ、慌てて飲み込んだ。火は消すかどうか迷ったが、そのままにしておく事にした。囮のようなものとして利用できるかもしれない。

 

(んじゃまぁ、彷徨いますかねぇ)

 

 実のところ、今はそこまでサバイバルをすることに関して心配はしていない。強いモンスターに遭遇してしまえば別だが、基本的に森でも生き残れると思ったからだ。

 そう思った理由はアプトノスを狩ってきた時に群れを全滅させることが出来たからだ。平和に暮らしていたアプトノスには悪いと思ったが、俺の今の力を試させてもらった。すると、驚いたことにものの数分で十数頭いたはずのアプトノスの群れを壊滅させることが出来たのだ。アプトノスは弱いとは言っても一応モンスターだ。当然反撃もしてくる。その反撃は意外と重い一撃だったりする。そもそもの体格が大きいからこそ一撃の重みが増すのだろうが、俺の考えが正しければその一撃は大型モンスターの突進攻撃の一撃に匹敵する。体格的には大型モンスターとアプトノスはどっこいどっこいだからだ。つまりは、アプトノスの攻撃に耐えることができればイコールで大型モンスターの攻撃にも耐えることができるということだ。当たり前だが、気を使われれば勝てないだろう。だが、俺にとって大型モンスターの攻撃を耐えることができるかもしれないという事の意味は大きかった。それはつまり、俺が気を使わない普通の大型モンスターと多少なりとも戦うことができるということだ。正直言って俺はまだまだ大型モンスターとは戦えないだろうと思っていた。しかし、アプトノスの一撃を喰らい耐えられたことで自信が持てた。

 

(そこまで頻繁に気が使えるモンスターとは遭遇しないだろうし、大型モンスターと戦えるかもしれないってだけで生存確率はグンと上がる)

 

 そう、生存確率が上がるのだ。

 俺は今まで生存確率が低すぎたので巣穴に住んでいたかった。夜にはモンスターの襲撃があるのではないかと内心で戦々恐々としていた。だが今は俺自身が強くなることによって、それを凌げる可能性が高まってきた。そこで俺は考えた。「最終的には巣立っていくつもりだったんだから、別にそれが早まってもよくね?」と。

 結果、俺は巣まで戻れなくなったことにそこまで悲観することもなくなった。むしろ、これから自由に遠くまで移動でき修行出来ることに喜びを抱いていた。

 息を思いっきり吸う。そして、

 

「シャァァァァァァァァァァ!」

 

 森全体に聞こえるように叫び声を上げる。これは宣戦布告だ。この森の全てのモンスターに対しての挑戦状だ。俺を襲って来いと、そんな意味を込めて叫んだ。

 モンスターが近づいて来るかもしれないと思い食事を早めに切り上げて来たのに俺は何をやっているのだろうか。これでは矛盾している。だが、そんなことはどうでもいい。俺は胸に滾る熱い想い、強くなりたいという想いに素直に従ったまでだ。後悔はしていない。

 

(武者修行だ! まずは、戦闘の経験を積むために百連戦!)

 

 テンションが天元突破しているので、いつも以上に無茶な事を言っている気がする。でも、不思議とやれそうな気がした。

 



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慢心

 森で覚悟の叫び声を上げた俺は現在、逃げ回っていた。後ろを振り返ればモンスターの大軍。ただし、全て雑魚モンスターだ。

 

(なんでこうなるんだよ!)

 

 俺の狙いとしては、そこそこ強めの大型モンスターに来て欲しかった。ただ、よく考えてみれば大型モンスターは縄張りを持っているはずなので、他のモンスターが叫んでいたところで別段気にならないだろうし、襲っても来ないだろう。そこを失念していた俺は、軽率に叫び声を上げた事で知性のない雑魚モンスター達の大軍に追われることになっていた。見事なまでの自業自得である。

 

(くっそぉ、こうなったら全滅させてやる!)

 

 心に募るイライラを解消するために取った手段は、雑魚モンスターの掃討であった。八つ当たりだ。

 俺は身体を止めて後ろに向き直った。それと同時に背中辺りの甲殻に力を入れる。

 

『ッッッ!!?』

 

 ガララアジャラは種族の特徴として音を操ることを得意としている。「鳴甲」という特殊な形状の甲殻があり、それを擦り合わせることで超音波を発生させることが出来るのだ。余りに強い超音波というのは生物の身体には害だ。人間も大音量の音を聞くと耳がキーンとしたり、酷い場合には鼓膜が破れてしまう。超音波はそれを簡単に、そして俺の場合はそれを意図的に引き起こすことが出来る。

 鳴甲を擦り合わせる事で大きい超音波を発生させ、敵モンスターの平衡感覚や思考能力を奪い動きを止めさせてもらった。止まっているモンスターを倒すのはとても簡単だ。尾でペシペシ叩けばそれだけで肉塊になって弾け飛んでいく。先程までコイツらを雑魚モンスターと呼んでいたのは慢心でもなんでもなくただの事実なのだ。

 蛇、正確には蛇竜に分類されるガララアジャラは蛇と同じように全身が筋肉で出来ていたりする。そのため、人間には想像もつかないような強烈な一撃が放てる。例えば尾での一撃。これは、ハンターがハンマーや大剣での振り下ろし攻撃をする際の数十倍の威力があると思われる。そう思う根拠は、親のガララアジャラがハンターと戦っていた時に、最大限まで力を溜められた大剣での一撃を見ることがあったからだ。その時は、大地にめり込むほどのとてつもない一撃に驚嘆させられたものだが、今の俺からしてみるとなんてことはない。森を彷徨っている時に興味本位で試した俺の尾での本気の振り下ろしは、文字通り地を揺らすほどの一撃だった。具体的に言うと、小さめのクレーターが出来上がる。この世界のモンスターは、俺自身も含めて身体能力が頭のおかしい次元に突入しているらしい。

 

 

(最後の1匹っと!)

 

 軽い運動をした程度に疲れたが、特にサバイバルへの支障などはありそうにない。

 

(それにしても、気づいたら随分強くなってるなぁ。そこまで修行もしてないのに……ていうか生まれてまだ3日くらいしか経ってなくね?)

 

 俺の成長は明らかに異常な速度であった。その原因は、やはり人間としての知識や波乱万丈なここまでの出来事が関係しているのだろう。生まれて3日でモンスターを肉塊にして弾け飛ばせる事のできる筋力がある。これは、とてつもなく恐ろしいことだ。下手をすれば慢心してしまうかもしれない。いつまでも謙虚な心を持ち続けなければと思う。

 

(ここからどうするか。大型モンスターとは戦いたいけれど、余りに強い奴とは勝ち目がないだろうから嫌だな。そこそこの強さのモンスターが支配している縄張りを発見できればいいんだけど……)

 

 やはり難しいだろう。そも、そこそこの強さのモンスターと言うのは縄張りを張れるのかと言う問題がある。この森は魔境と呼んでもいいほどに様々な強大な力を持つモンスターがいる。そのモンスター達の中で自分の縄張りを保つという行為こどれほど難しいことか。そのような事情を考えるとやはり実戦訓練はまだやらない方がいいかもしれない。

 俺の悪い癖として考えたら即行動してしまうというものがある。余り深く熟考しないので短絡的に行動してしまうのだ。それが最短の道を行く手立てである時もあれば、窮地に陥る悪手の時もある。良くも悪くもランダム要素というか、偶然の出来事に身を任せるところが大きいので色々な問題点が出てくるわけだ。それと相乗効果を生み出すように、俺自身が曖昧で優柔不断な性格であることも計画が崩れる原因であったりする。俺は意見がコロコロと変わるのだ。最初はこうだ、と思うのだが、別のいいものを知ったりするとそっちに流れてしまう。わかりやすく言えば、美味しい料理店に行こうとして安い料理店があるとの噂を聞きそちらに行ってしまうようなものだ。自分が良さそうと思った意見にすぐに引っ張られてしまうことが多々ある。そのため多くの矛盾が発生し、計画がすぐに頓挫する。要は俺自身があやふやな存在で精神的に不安定だということだ。

 そんな理由もあり、今現在も別の案が浮かんできてそちらに思考が引っ張られそうになる。

 

(モンスターと戦うよりハンターと戦ってみた方が良くないか?)

 

 これから生きていく上でモンスターと戦うことよりハンターと戦うことの方が圧倒的に多くなるだろう。ハンター側も色々と理由があって襲って来るのだろうが、俺は名も残せずにやられたくはない。ならば、対モンスターの戦闘技術を磨くより、対ハンターのための戦闘技術を磨いた方がよっぽど有意義な時間の使い方と言える。

 

(あ、待て待て。まずは普通の技の修行だろ)

 

 今更になって、最近やろうとしていたことを思い出す。実戦訓練も良いだろうが、まずは技の訓練、身体を自分のイメージ通りに動かせるように訓練するのが先だ。いつの間にか、俺は気持ちばかり早って大型モンスターやハンターとも戦えると慢心していたらしい。先程慢心は禁物だと思ったばかりなのにこのザマとは情けないものだ。こんな気持ちでは決して強くなることはできないだろう。

 

(まずは基本。それから応用。不測の事態が起きたら都度対応。これが原則だ)

 

 改めてハッキリと一先ずの目標を決める。何かを長期間継続してやるのは苦手だが、これも自分の未来のためだと思えば頑張れる気がした。

 

 



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鳴甲

(目標を改めて決めたまではいいけど、住む場所がないんだよなぁ……)

 

 現在直面している問題として一番不安なのが住処についてだ。まだ日は暮れていないので今から作るのもありかもしれない。

 

(蛇の巣穴なんて頭で地面掘ればいいだけだよな、多分)

 

 身を隠せさえすれば、後はどうとでもなるだろう。俺は自身の身体をすっぽりと隠せるほどの穴を掘るために地面に頭をつけた。

 

(今、傍から見ると凄く馬鹿っぽそうな格好だろうな。あ……頭じゃなくて尻尾で掘ればいいじゃん)

 

 盲点であった。と言うか、俺と同じ立場の人やモンスターがいれば、普通尻尾で掘る事を思い付くと思うのだが、なぜ俺は頭で掘ろうと思ったのだろうか。自分でも不思議だか、今になって頭で掘るという事の間抜けさ加減に気づいた。

 

(はは、やっぱ俺って馬鹿だな)

 

 自虐する。これも俺の悪い癖の一つだ。後々直せるなら直していきたい。

 と、そんなことを考えながらも簡易拠点作り、もとい簡易巣穴掘りを終えた。

 

(こんなもんかなー)

 

 そこで、俺は思い出した。夜に確実に暇になることを。

 

(あー、やっべ。どうしよ。何か暇潰しになることないかな)

 

 暇な時間をイメージトレーニングに使うのも流石に限度がある。ここは、トレーニングでもして時間を潰したいのだが、巣穴の中でトレーニングというのも中々難しいだろう。そうなると、どうするべきか迷う。

 

(今日のところはイメージトレーニングだけで暇潰しして、他の暇潰しは後で考えよう)

 

 選んだのは後回しだ。正直手がこれくらいしかない。いい案が思い浮かばないのは時間が解決してくれるのではないかとの希望的観測を持ってのことだ。

 

(日暮れまではまだ時間ありそうだし修行しようかな。ちょうど試したいこともあるし)

 

 俺が試したいこと、それは超音波を使った攻撃の方法を増やすこと。ガララアジャラの一番の特徴であり武器である鳴甲。これを有効利用しないなんて勿体ない。そして、なによりも俺の創作心に火が付いた。必殺技を作りたい。「音」なんていう最強の能力の1角を持っているのだから圧倒的な必殺技を作ってみたい。そんな気持ちが湧き出てくる。

 

(そうだな……例えば、「超音波ブレス」なんかどうだろ?)

 

 必殺技案のその1。超音波ブレス。

 俺の中のイメージとしては、指向性を持たせた声で相手を怯ませたり破裂させたりできればいいと思っている。

 やり方は意外と簡単だ。まずは、鳴甲を擦り合わせる事で超音波を発生させる。その際に、実は俺自身の身体も共振して細かく震えるのだ。それを利用して、振動数の高い声を出し目標物を破壊する。言葉で説明するのは簡単だが、まだ仮説の段階の為実際にやってみないとできるかどうかは分からない。ゲームでも似たような事をガララアジャラがやっていた気がするが、俺の考えたこの技は少しアレンジを加えてある。鳴甲による身体の振動と咆哮を合わせて振動数を2倍にするつもりだ。

 もう一つ必殺技の案がある。

 必殺技案のその2。鳴甲共鳴爆発。

 モンハンをやっていた人ならわかると思うが、ガララアジャラは鳴甲を身体から切り離して飛ばすことが出来る。ゲームでは尻尾を振ると同時に飛ばしてきた。モンハンをやっていない人にも分かるように言えば、忍者がクナイや手裏剣を投げるイメージだ。つまりは、尻尾という名の手を使って鳴甲という名の武器を投擲するというわけだ。

 ここで一番大事なのは、その飛ばした鳴甲というのは俺の発した超音波と共鳴を起こすということ。そして、共鳴によって爆発するということだ。それを利用するとどんなことができるか、例を挙げさせて貰う。鳴甲を地面に埋めれば地雷になる。鳴甲を空中で爆発させれば音爆弾になる。煙幕の様な物としても使えるし、爆散した鳴甲の破片で攻撃することも出来る。今思い付くだけでも4つの実用例がある。汎用性はかなり高いと思う。

 

(んー、鳴甲共鳴爆発の方を練習してみるか。ゲームでもガララアジャラが使ってきた技だったし早めに覚えておいた方がいいだろ)

 

 この鳴甲共鳴爆発、俺が勝手に名称を付けただけでゲームでもガララアジャラが使ってきていた。ただ、それは地面に突き刺して爆発させ、音爆弾として使うというだけのものだった。だから俺は、それとは違う汎用性の高い複数の技に派生できる技術として鳴甲共鳴爆発と名付けた。あくまで鳴甲共鳴爆発というのは「鳴甲を共鳴させて爆発させる」技術でしかない。この技術をしっかりと使えるようになって初めて技として派生できるようになる。

 

(よし、やる事は決まったから早速修行だ!)

 

 段々と日が落ちてきているが、まだまだ時間は余っている。俺の予測では後2、3時間は暗くならないだろう。

 モンスターの身体になってからやけに思い通りに身体を動かせるようになった。前世では病院暮らしで動かなかった、と言うか大して動けなかったのも関係しているのだろう。が、それだけじゃない。恐らくこの身体自体の運動神経の様なものが人間とは段違いに優れているのだろう。ここの筋肉をこの程度の力で動かせればいいのに、と思えば自分が思った通りに動く。それどころか細胞一つ一つすらも動かせているようなそんな感覚すらある。

 前世で暇潰しに自分の筋肉を自由に動かそうとする遊びをしたことがあった。右手の薬指だけを立てて、中指と小指を曲げるというものだ。ジャンケンのパーの状態から指を曲げるのだが、これが想像以上に難しい。他にも小指だけを曲げて他の指は立てっぱなしにしておくというのも試した。結果は見事に失敗した。今のこの身体ならばそれも簡単にできそうだ。人間ではないので現実的には無理だが、そう思うほどに身体を自由に動かせる。

 

(鳴甲の切り離し方は……おっ、こんな感じか)

 

 身体を自由に動かせるとこのようなことも一発で成功させることができる。モンスターの運動神経に感謝したい。

 

(飛ばす場所は……あの木でいいかな)

 

 目の前にちょうど悠然と佇む大木があった。俺から見ても大木だと思うほどなのでかなりでかい。全長は二十メートルくらいあるんじゃないだろうか。

 

(大きいなら的としては好都合だな。飛ばす時のイメージはダーツ……いやクナイの方がイメージに近いか)

 

 頭の中でイメージを上書きする。

 イメージがしっかりと固まったので、早速鳴甲を飛ばしてみることにした。

 

「シッ!」

 

 鳴甲を真っ直ぐ飛ばすイメージで短く息を吐き出し、力を込めて尻尾を振る。イメージ通りに真っ直ぐ飛んでは言ったが、結果がイメージとはズレた。せいぜい木に突き刺さって終わりだろう、ぐらいに思っていた鳴甲は想像とは違い勢い余って爆散していた。

 

(は?)

 

 着弾地点を見ると随分と木が抉れている。どうやら威力が強すぎたせいで木に当たった瞬間に爆発したらしい。

 

(えぇ……物を普通に投げる感覚で木に当てたら爆発って、俺の力どんだけ強いんだよ……)

 

 自分でも少し怖くなるくらいの力だった。と言うか、先程まで身体を自由に動かせると思っていたが間違いだった。身体自体は自由に動かせるかもしれないが、自分の力のイメージと現実に起こる現象が釣り合っていない。まずは修行よりも自分の力をコントロールする方が先になりそうだ。

 

 




2017/02/16 00:20
一部修正しました


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制御

(力をコントロールするための修行って何すればいいんだろ? ひたすら地面を叩くとか?)

 

 何回も試せる行動の方が力の制御を覚えやすいだろう。と言うことで、俺は尻尾を地面に振り下ろして力の制御を練習することにした。

 

(まずは弱めに。あんまり弱すぎてもきちんとコントロールできてるのか判断できないから周りの木が揺れるくらいを目安にすればいいか)

 

 ガララアジャラの尻尾の動かし方として、人間で一番近い部分をあげるなら「腰」だろうか。上半身を固定して腰を動かすような動きで尻尾を動かすことができる。もちろん、人間の身体とは構造が違うので実際には腰を動かすのと尻尾を動かすのは違うのだが、あくまで人間に例えたらの話だ。

 

(そぉい!)

 

 変な掛け声を心の中で叫ぶと共に、尻尾を振り下ろす。クレーターができた。

 

(うっわ、これ無理だわ。感覚掴めないだろ……)

 

 初っ端から失敗したせいで早速心が折れかけている。気持ち弱めに振り下ろしたつもりなのに、イメージと実際の動きに差がありすぎた。

 

(地道にやってくしかないかぁ……)

 

 とは言っても、やはり力加減がきちんとできないと不都合な事がこれから出てくるだろう。それを考えると、身体の制御を今の内に身に付けられるなら身につけておいた方がいい。

 それから俺はペシペシと、時にバシバシと地面に何回も尾を叩きつけた。不思議なもので、数十回を超えたあたりから段々とコツのようなものが分かるようになり力を加減でき始めてきた。数百回も叩く頃には既に力加減は完璧。それでも飽き足らず、俺は1万を数えるまで修行を続けた。

 

(1万終わりっと。いやー、最後らへんは無意識で加減できるようになったしこれで身体の制御は充分かな。にしても、まさか1日で終わるとは思わなかったけど。これもやたらと自由に身体を動かせるお陰かな?)

 

 頭でのイメージに身体が慣れてきた、と言った感じだ。今では言葉通り、自由自在に身体を動かせるようになった。途中からは尾を叩きつけるのと並行して身体の各所を動かしていたのだ。同時に5箇所くらいならば同時に動かしてもそこまで疲れない。人間だったら疲れるだろうことは想像に難くない。目で何かを見ながら、箸で食事をして、更には走っている。目、口、手、足、鼻。それぞれをすべて同時に動かすのは人間には至難の技な気がする。頭のキャパシティを余裕でオーバーしそうだ。

 

(それじゃあ、必殺技の修行を再開しますか)

 

 身体は制御できるようになった。ならば次は技の修行に入るべきだろう。俺は尻尾を構えて巨木へと目を向ける。

 

(あ、暗い)

 

 辺りは既に薄暗くなっていた。あと数分もすれば真っ暗になってしまうほどには日も落ちていた。これでは修行を続けられそうにない。

 

(続きは明日って事で。とりあえず、寝るか)

 

 俺は自分で掘った簡易的な巣穴に潜り込む。一応カムフラージュの為に土で入口を隠しておいた。

 若干寝床が狭苦しく感じたので、暇潰しがてらより深く、より奥へと巣穴を広げることにした。

 ザクザクと土を掘る音だけが響き、人によっては精神的に辛い時間が流れる。俺自身は単純作業は好きなのでこのようなことはいくらでもやっていられる。ただ、熱中しすぎて本来の目的を忘れることも多々ある。今も寝床を広げるという目的を忘れてかなり奥まで掘ってしまった。

 

(またやっちゃったなぁ……まぁ、広くて損はないしいいか)

 

 基本的に俺は楽観主義なので特に物事を深くは気にしなかったりする。それもあって不測の事態に対応するのが遅れるのだが、これはもう性格なので一々気にしていたら負けだ。何に負けるのかは知らないが。

 

(これだけ広くしたなら修行できんじゃね?)

 

 唐突にそんな疑問が浮かんだ。ふむ、よく考えてみれば問題なのは暗さだけで、広さがあれば修行自体はできる。なら、安全な地下で修行した方が何かと都合が良いかもしれない。

 暗さが問題とは行っても一応俺もモンスターなわけだ。当然若干の暗視能力程度は持っている。正直、本当に申し訳程度のものなのでハッキリと見えるわけじゃない。だけど、身体が成長してきた事に比例して暗視の精度も高まってきたのだ。生まれた日には夜は完全な闇だったが、今は月の光だけでも細部までとはいかないが意外と見える。だから光の少ない地下であろうと、多少不便ではあるが修行はできる。むしろ、周りが見えなくなる様な状態に陥ることもあるだろうから、そのための修行となって丁度いいかもしれない。

 

(今すぐにでも修行したいけど流石に身体を休めないとな。あと、朝になったら食糧確保にも行かないと)

 

 食糧確保。そこで思い出した。火を置いてきてしまった事を。

 

(あっ、やっべ! どうしよ。アプトノス狩っても食えないじゃん!)

 

 かなり深刻な問題に今更気付いた。何故あそこで火を置いてきてしまったのか。自分の行動に深く後悔する。ただ、過去は変えられない。今はこの結果を受け入れてまた明日、諸々のことを考えていこう。

 

(はぁ……なんか疲れた)

 

 肉体的には健康で元気そのものだが、精神的に辛い。人間の知能を持つモンスターは普通のモンスターより賢いので早く強くなれるだろうが、精神面が脆いと言う弱点が存在していた。元人間の思考回路からすれば、科学技術などがない場所で何日も生活するというのはかなり精神に疲労を与えるものなのだ。それだけ俺が科学技術に頼っていたという証拠でもあるのだが、今はそんなのことは関係ない。過去は過去。今は今だ。早くこの大自然の中での生活に慣れたい。そう本心から思った。

 



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想像

 目が覚める。巣穴から顔を出してみるが、辺りはまだ暗かった。

 

(うん、まぁ、こうなるよね)

 

 恐らく数十分程度しか寝ていないので当然まだ夜は明けていない。短時間睡眠なのを考慮していなかった。

 

(朝になると思って寝ちゃダメだな。人間の頃とは睡眠時間が違うからそれを頭の隅に置いとかないと)

 

 朝に起きるつもりだったので計算が少し狂ったが、あまり問題はない。朝になるまでの時間は修行をして時間を潰せばいいだろう。二度寝するのも一つの手だ。

 短時間睡眠とは言っても、1日の睡眠合計時間は2時間ほど欲しい。1回の睡眠が20分くらいなので、寝る時は6回に分けて睡眠をとりたい。そうでないと、流石に眠気がキツくなってくる。

 

(起きたばっかりで目も覚めてるし、二度寝よりは修行の方がいいか。なにより、早く強くならないと死にそうだし)

 

 結局俺が選んだのは修行だった。

 暗闇の中で寝ていたのもあってか、目は随分と闇に慣れていて、夜目が効くこともあり自分の周辺は少しだけ見ることができる。

 

(寝る前はどんな修行しようと思ってたんだっけ? 内容自体は考えてないんだったか? )

 

 寝る前には、暗闇の中で修行するのは「目が見えなくても戦えるようにするための修行にもなる」ので都合がいいと考えただけで、修行の内容自体についてはきちんと考えていなかったのだ。そこで俺は迷ってしまう。土の中で尻尾を振り回したり、鳴甲を爆発させてもいいものか、と。それをやってしまえばこの巣穴は崩れる気がしてきた。

 

(この場合「崩落」って言うのか? うーん、今更だけどそれの心配するの忘れてたなぁ……)

 

 生き埋めになっても普通に脱出することはできるので、その面に関して言えば全くもって問題はない。だが、折角掘った巣穴が壊れたらもう1度掘り直さなければならないので面倒な事になる。ここはやはり修行はやめておいた方がいいのだろうか。

 

(でも、他にすることもないしなぁ……)

 

 やる事がないと言うのは由々しき事態だ。前にも1度、暇な時間の潰し方を考えた事があったが、あの時にきちんと暇な時間の潰し方を考えておくべきだった。

 

(やっぱイメージトレーニングぐらいしかやる事ないな。別に嫌いなわけじゃないからいいんだけど、いつか飽きたときはどうするかなー)

 

 未来の事に思いを馳せる。いつまでも同じ方法で時間を潰せるのかを不安に思うが、やはりその時はその時だろう。こうやって後回しにするからこそ、その時々に後悔をするのだが、良いアイデアが浮かばないので仕方ない。

 

(イメトレどうしよ。まず仮想敵作るか)

 

 脳内にイメージするのは雷狼竜ジンオウガ。あのジンオウガとリオ夫婦が戦っていた時に行っていた動きを脳内で再現する。そして、俺はそれに対してどのように回避すれば良いかを考え始めた。

 

(よし、リオレイア視点で戦闘を想像してみよう)

 

 何かを想像するのは人並み以上に得意だという自負があった。長い病院生活のせいですっかり身についてしまった特技と言ってもいい。自分が身体を動かせるようになることをいつも想像していた。

 

(戦闘開始!)

 

 瞼がないので目を開けながら想像しなければならないのが辛いところだ。でも、そんなことは関係ないほどに俺の頭の中ではハッキリとしたイメージが出来上がっていた。実際、人間の頃にも目を開けながらでも想像はできた。ボーっとしていて虚空を見つめるようにすれば簡単だ。

 ジンオウガが俺を目掛けて突進してくる。流石に細部まで想像するのは難しいが大体の形や色などは把握出来ているのでよしとする。

 俺はジンオウガの突進を身体を逸らして避け、絡みつこうとする。が、ジンオウガは首を動かして俺の胴体に噛み付きにきた。咄嗟に全身の筋肉を総動員して、身体を後ろへとくねらせてそれを辛くも避ける。自分が想像している敵のはずなのにやたらと強い。

 ジンオウガは突進が失敗に終わり、勢いそのままに俺の後ろ側へと回った。俺は当然それを目で追いかける。ジンオウガはそれをチャンスと見たのか、後ろ脚で急ブレーキをかけて勢いを殺して、その反動で一気に俺へと飛びかかってきた。当然、自分の想像の中なのでその行動はわかっていた。それでも、俺は回避しきれず、ジンオウガによる引っ掻きをまともに喰らってしまった。ただ、俺も無傷でやられたわけじゃない。回避できないとわかった時に、嘴に毒を含ませてジンオウガの身体へと嘴を打ち込んでいた。肉を切らせて骨を断つという寸法だ。これは現実では余り使いたくない手だが、想像の中では多少無茶をしてでも反撃をしておくべきだと思った。もし、強い敵と戦う事になった場合に、傷を受ける覚悟と共に反撃を喰らわせる為のイメージを固めておきたかった。

 

(はー、疲れる)

 

 一旦想像を中断する。今の想像は時間的に言えば恐らく数分も経っていない。体感的には数十分に感じる。

 何かを想像するという行為は存外疲れるものだ。自分の行動の想像だけならばまだしも、相手の動きなども想像し、それに合わせて戦うとなればその想像の難易度と疲労度は言葉では言い表し難いほどに高くなる。それでも、強くなるためになるのであれば、この疲れる行為でさえ楽しめる。元々何かを想像しているだけでも楽しかったので、案外、俺に一番合う修行方法はイメージトレーニングなのかもしれない。

 

 

 

 

 



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飢餓

本日1話目
2017/02/20 0:00 にもう1話更新します


 朝になった。あの後もイメージトレーニングを続けて、高確率でジンオウガの攻撃を避けられるイメージが固まった。

 

(さてと、今日はまず火をもう一回探すところから始めなきゃだな)

 

 頭の中には昨日残してきた火種の事がチラついている。もしかすれば、まだ残っている可能性があるので最初に確認しに行きたい。恐らく9割方火は消えているだろうから、ハンターキャンプにもう1度行くことも考えておかないといけないだろう。

 巣穴を忘れないように木の棒を突き立てておく。これで目印の完成だ。墓に見えなくもない。

 

(ん? これもしかしたら死亡フラグ……なわけないよな。てか、リアルでフラグとかないだろ)

 

 この時は気楽に考えていた。だが、後にこの言葉が本当になる事を俺はまだ知らなかったのだ。

 

(なんてな。ふざけてないで早く火種を確認しに行くか)

 

 おふざけもほどほどに、火種の確認に行くために動き出す。ズルズルと地を這って火種の下へ向かう俺の真後ろで、木の棒が倒れたような気がした。

 

(っ! なんか背筋に悪寒が……)

 

 これも俺の悪い癖、と言うより弱点と言った方が正しいか。俺は幽霊系やホラーがとてつもなく苦手だった。迷信などを「ないない」と言いつつもどこか信じている部分があるタイプなのだ。

 

(考えすぎ、考えすぎだから。俺今モンスターだから。平気、大丈夫、俺ならやれる。I can do it!)

 

 思考が段々と混乱していき、這う速度が上がっていく。まだ昼間で暖かいにも関わらず、俺の身体はどんどんと冷えきっていく気がした。

 

(冷静に、そう冷静に。クールにだぞラガー。落ち着け、まずは深呼吸をしよう)

 

 一旦立ち止まって大きく深呼吸をする。そこでやっと落ち着いた。周りが明るいために、その明るさに引っ張られるように気持ちも明るくなった。混乱していた思考は徐々に普段通りに戻っていき、冷えたと思っていた身体は熱をしっかりと保っていた。

 

(はぁ、随分取り乱したな……これも治さないと後で辛いかも)

 

 何かを怖がるというのはもちろん大切な事だ。それだけ危機を察知でき、無理をしないということだから。だけど、何かを怖がるせいで冷静になれずまともに戦えないで死んでしまった、とでもなれば無念しか残らないだろう。この弱点もどうにかして治していきたいが、考え方そのものを変えていかないと難しいかもしれない。

 

(あー、もうグダグダ考えるのはやめ! 今真っ先にやらなきゃならないのは火種の確保だ。この弱点の治し方について考えるのはまたあとにしよう)

 

 止まっていた身体を動かし、昨日焚き木を置いてきた場所まで向かう。無心でしばらく進むとようやくそれらしき場所が見えてきた。案の定、火は消えていた。

 

(荒らされてる跡があるな。囮作戦は成功ってことか。成功しても特に意味はないけどな。はぁ、ほんとに馬鹿なことしたなぁ、俺)

 

 深い後悔の念が胸に湧き上がる。なんで火をそのままにして逃げてしまったのか、何故持っていくという選択肢を選ばなかったのか、頭の中をタラレバの考えが巡る。なんだか虚しい気分になってきた。

 

(次はハンターキャンプか。場所は……どこだ?)

 

 二度あることは三度ある、という有名なことわざがあるが俺はそのことわざに少し修正を加えたい。二度も三度もあることは何度もある、と。

 

(ガムシャラに這ってきたせいでハンターキャンプの方向わからないじゃん……またふりだしに戻るのか……)

 

 元を正せば全て俺の自業自得なのだがどうにも無性にイライラしてくる。八つ当たりをしたい気分だ。

 

(あぁ、そうか。リオレイアを狩ればいいのか!)

 

 アプトノスを焼いて食べたのは生肉が不味かったので最後の手段として頼った結果だった。元々はリオレイア亜種を狩って食べるという選択肢が存在していたことを完全に忘れていた。大型モンスターが美味いかどうかはまだわからない。だが、リオレイア亜種が美味かったのだ。その下位種族であるリオレイアも多少味は落ちるだろうが美味い可能性は高い。

 そうと決まれば話は早い。今からリオレイアを狩りに行く。

 

(いや、リオレイアに限らない方がいいか。他の大型モンスターがいればソイツを食おう)

 

 思考がなんだか纏まらない。空腹感が酷く、周りの風景が鋭敏に見える。呼吸は荒く、心臓の鼓動が周りに伝わって聞こえるのではないかと思うほどに高鳴る。嘴が上手く閉じられずに、中から毒が溢れ出し、身体を充足感と飢餓感が支配した。

 頭の中を支配するのは『獲物』の二文字。そこで俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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暴走

本日2話目
ちょっとハッチャけ過ぎた気がしなくもない


 気づいた時、俺の周りには沢山のモンスターの死骸が転がっていた。そのどれもが皆腹を食い破られて死んでいる。全て俺がやった事だ。

 自分の記憶が信じられない。だが、事実として俺はこの惨劇を引き起こした記憶があった。もう何が何だかわからない。かつてないほどに俺の脳内は混乱していた。

 

 ◆

 

 理性を失い本能のみを頼りに狩りを行う獣と化したラガーは森の中を途轍もない速度で飛び回っていた。突然変異を起こして羽が生えた、なんてことはない。木に尾を巻き付けて、筋肉によって自分の身体を空中に飛ばしているのだ。獲物を必死に探すラガーの目は血走っていてとても正気だとは思えない。

 ラガーが突然木に巻き付いたまま動きを止めた。ラガーの視線の先にいるのは、ハンター。昨日ハンターキャンプにて学者らしき男の護衛をしていた四人であった。

 普段であればラガーは襲い掛かろうとはしないだろう。が、この時のラガーはもちろん普通ではない。異常であった。

 ラガーはスルスルと木を降りていく。叫び声を上げて襲い掛かるのかと思えば、そうではなかった。ラガーは飢餓により理性を失ったことでガララアジャラ本来の戦法、完全に音を消して近づき、一撃で相手を仕留める暗殺者のような行動を取ろうとしていた。ラガーは理性がきちんとある時、前にこの戦法を使ったことがある。ジャギィを仕留める時の事だ。あの時は初めての狩りということもあり緊張していたのだろう。相手に気付かれないことを第一にしていたために音を殆ど消すことが出来ていた。

 だが、今回は違う。ガララアジャラが持つ本能による音消しだ。理性のあるラガーが行った音消しとは技術力に甚だしいほどの差がある。まさに、天と地の差があると言うべきだろう。音を消し、気配なく忍び寄り、相手を一撃で仕留める。そんな天然の暗殺者ガララアジャラの本領が、ラガーが理性を失うことによって発揮される。

 

「ッ!?」

 

 ラガーはハンター達との距離を詰め、最後尾にいた女ハンターを丸呑みにした。そして、筋肉を使い身体の中でハンターを潰す。女ハンターは悲鳴さえ上げる暇もなく天へと還った。

 女ハンターを飲み込んだラガーは一瞬でその場を離れる。尾を木に巻き付けていて、身体を一気に引っ張り移動したのだ。

 

「あれ? ルーアどこに行った?」

「ん、お花摘みじゃないの」

「知らね。そのうち戻ってくるだろ」

 

 リーダー格と思われるハンターが共に行動している別の二人のハンターに問いかけるが、返答は冷たいものだった。

 ハンターというのは危険な職業のため、死んでも基本自己責任とされる。情に絆されると仕事に支障をきたす場合も多々あるため、ハンターの間では冷めきった関係というのが往々にして見られる。

 ラガーはそんなハンター達の様子を見て、まだ楽に捕食できると考えたのか狩りを続行することにしたようだった。瞳を鋭く細め、舌をチロチロと出している。

 ラガーは今度、上から仕掛けるようだった。木を伝いハンター達の後を着いていく。流石にハンター達も仲間が一人いなくなったのだから警戒しないはずがない。それを表に出す者は誰一人としていないが、ラガーからしてみれば警戒しているのは丸分かりだった。動物的、この世界で言えばモンスター的な『勘』のお陰だ。

 そんなハンター達が気を緩める瞬間をラガーはじっと耐えて待つ。じっくりと、ねっとりと、絡みつくような視線でハンター達を観察し、その一挙一動に至るまでをしっかりと目に焼き付ける。突然の動きにも対応できるように。

 

「なぁ、そろそろ休憩しようぜ。ルーアもまだ帰って来ねぇし、この辺で休憩しないとアイツも追いついて来れなくなるだろ」

「そうだな。ここら辺で休憩を入れておいた方がいいか。よし、焚き火の準備だ」

 

 男ハンターの提案にリーダー格のハンターが同意する。残る一人の女ハンターは黙って頷いた。

 それぞれが焚き火用の木を探すためにバラけるのを見て、ラガーは鋭い目を更に細めた。狙い時だと思ったようだ。

 ラガーはまず男ハンターを追いかけることにした。軽薄そうな男で一番警戒が浅い。

 男ハンターが腰を曲げ、木の枝を拾っている上から、ラガーは嘴を限界まで開き丸呑みにしようとする。

 

「なっ!?」

 

 男ハンターは何かを感じ取ったのか突然振り向いたが、時すでに遅し。ラガーに丸呑みにされてしまう。そのままラガーの身体の中でその身を潰され命を落とした。

 最初の女ハンターに続き、男ハンターを食べ、合計人間二人を食べたラガーだが、未だに空腹は収まらないようだ。次は女ハンターが向かった方向へと木を伝って向かう。が、既に女ハンターは焚き木を集め終わったようで休憩場所で腰を下ろしていた。これ幸いにとラガーは直ぐに女ハンターの後ろに回り込む。そして、一気に距離を詰め女ハンターを丸呑みにした。この女ハンターもまたラガーの身体の中でその身を潰され命を落とした。

 次の標的であるリーダー格のハンターの下へと向かうのかと思われたが、ラガーは何を思ったのか森の中に身を隠した。そして、ハンターの休憩場所を囲むように自分の尾から鳴甲を切り離して設置していく。どうやら今度は趣向を変えて捕食するようだ。

 

「アイツらまだ戻ってないのか」

 

 リーダー格のハンターが休憩場所へと戻ってくる。それを確認したラガーは身体に力を入れて鳴甲を擦り合わせ始める。

 

「ぐっ、な、なんだ!?」

 

 休憩場所を囲むようにして設置された鳴甲がラガーが発する音に共鳴し、けたたましい音を響かせる。ハンターはそれにより平衡感覚を失い地に倒れふした。

 ラガーはそこに追撃をかけるように、ハンターの下へ近づいていくと大きく息を吸い音波のブレスを吐き出した。

 

「ッッッッッッッッッッッッィィィ!!」

 

 あまりに強い音による衝撃でハンターは内部から身体を壊されていく。口から、耳から、鼻から、肛門から、ありとあらゆる身体中の穴から血が吹き出す。そんな壮絶な光景を残しリーダー格のハンターは死んでいった。ラガーはそのハンターを丸呑みにはせず、嘴で摘み咀嚼するように、味わうように口の中で転がす。しばらく味を楽しんだ後に満足したのかハンターを飲み込んだ。

 これでハンター四人を喰らった事になるラガーだが、まだまだ空腹感を満たせていないようで次の獲物を探し始める。

 バッと、突然ラガーが振り向いた。どうやら次の獲物を見つけたらしい。スルスルと音を全く立てずに目にも留まらぬ速さで地を這い移動し出す。

 

 

 

 着いたのは大きな水場だった。朝ということもあり、多くのモンスターが水を飲んでいる。ここでは不思議な事に戦闘が一切行われていなかった。

 そこに交じる害意。忙しなくチロチロと舌を出し入れしているラガー。何を思ったか、突然尾を振り上げると地面に叩きつけた。尾がぶつかった地点から地面へと波状にヒビが入り、多くのモンスターが身体をよろつかせる。しばらくしてモンスター達は体制を立て直すと、ラガーへと敵対的な視線を向けた。

 それに対しラガーが考えていたのは単純。『喰らう』こと、それのみだった。

 

「シャァァァァァァァァアアア!」

 

 ラガーは一瞬で莫大な量の空気を吸い込み、それを音として周囲に放出した。結果巻き起こったのは惨劇。爆音による大破壊だった。小さなモンスター達は身体を弾けさせて死んでいく。体格がそこそこ大きいモンスターは地に倒れふし、少ないながらも居た大型モンスターは皆音によって苦しんでいる。爆音によって影響を受けたのはモンスター達だけでなく地形もであった。ラガー周辺の地面は捲り上がり、木々があまりにも大きな爆音によって吹き飛ばされていく。

 ラガーが突然叫ぶのをやめた。モンスター達は未だ音による衝撃から立ち直れずにいる。ラガーはゆっくりと水場周りを這い始めた。そして、楽しむようにしてモンスターの腹を食い破り殺していく。ジャギィ、ランポス、ゲネポス、アオアシラ、アプトノス、ルドロス、ロアルドロス、イャンクック、ドボルベルク、ドスファンゴ、ケルビ。次々とその場にいたモンスターの命を奪っていく。その姿はまるで死神のようですらあった。

 水場の周りに居たモンスター全ての腹を食い破った後、ラガーは突然理性が戻った。

 人間の知能を持つラガーにとって、本能で行動し、このような事を仕出かした事はとてつもなく重くのしかかる。

 

(なんだよ……これ)

 

 頭が真っ白になり今は何も考えられなかった。

 

 



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遭遇

おそらく明日も更新すると思います。
明後日からは修学旅行の為、5日間は日本にいなくなります。なので更新できません。


 結果的に言えば、俺はあの虐殺のことを割り切った。そうする事でしか平静を保てなかったのもあるが、何よりあの虐殺を俺自身が引き起こした事だと思いたくなかった。

 ただ、罪自体は重く受け止めている。俺が理性さえ失わなければあんなことは起こらなかった。でも、過去に対していつまでも思いを引きずっていれば、この先いずれ俺は潰れてしまう。だからこそ、ある程度割り切ることにしたのだ。「あれは俺の本能がやったことなんだ」と。

 罪を真正面から受け止めることに関しては逃げた俺だが、全てから逃げたわけでもない。二度と本能に意識を乗っ取られないように今後は理性を保つ力を鍛える訓練も取り入れて、絶対にあの様な惨劇を引き起こさないことを固く心に誓った。

 

(気持ちを切り替えよう。さしあたってやらなきゃならない事は掃除……いや、流石に言い方がマズイな。弔いと言った方がいいか)

 

 周囲に散らばる死骸へと目を向ける。惨たらしいその姿に自身に対しての嫌悪感が湧き上がってくるが、なんとか押さえつける。後悔の念と気持ち悪さを胸に押し込んで、俺は一番近くにあったイャンクックの死体から食べ始めた。

 今回に限って言えば、この場合の弔いと言うのは「食べる」事であるべきだ。弄んで殺したのは事実だが、元は腹を満たすためにモンスター達を殺したのだから、食べなければ命に対しての失礼にあたる。こう考えるのはやはり元が人間だったからだとは思う。

 

(やっぱマズイ……吐きそうだ。でも……)

 

 食べるしかない。これで罪が消えるとは思っていない。いや、そもそも自然界の弱肉強食の法則に従っただけなのでモンスターの虐殺は罪とは言えないのかもしれないが、それでも、俺は、奪った命には最大限の敬意を込めて責任を取りたいと思う。

 

(吐いてでも食べる!)

 

 気合いは充分。だが、世の中気合いだけではどうにもならない事もある。食べに食べて、水場周辺に散らばる死骸の4分の1を食べ終わった時、俺は限界を迎えた。

 

(流石にもう無理だ……しばらく休もう)

 

 急いで食べなければならないという訳でもないので少し時間を開けて、胃を空けてから食べようという魂胆だ。

 気分転換に他の事を考えようとして、ふと思い立つ。

 

(技の修行まだ途中だったよな……あっ!)

 

 技について考えていた時に別のことが連想されて頭に浮かんできた。本能のみで身体を動かしていた時のことだ。

 もし、本能で身体を動かしていた時のように完璧な音消しができればどれほど強くなれるか、と。幸いな事に感覚だけは曖昧ではあるが身体が覚えている。そうとなれば話は早い。腹を空かせるついでに音消しの練習をすればいいのではないかと考えた。

 

(確か、身体の真ん中部分を浮かせる感じだった気が……)

 

 言葉では中々言い表しにくい状態にすることで音消しが可能となる。

 詳しく説明すると、身体の前の部分と後ろの部分を地面に付けて、真ん中の部分を浮かせることで地面との摩擦によって生じる音を無くしているのだ。と言ってもやはりわかりづらいだろう。だから、これを人間に例えてみる。両手と両膝を地面に付けて、浮いている身体を動かす感覚と言えば多少は分かりやすくなったはずだ。厳密に言えば異なることではあるが、動かす時のイメージは当たらずとも遠からずと言ったところか。

 

(こうか? あれ?)

 

 これが意外と難しい。身体はかなり精密に動かせるはずなのに、微妙な力加減が難しいのだ。強すぎると音がなってしまうのは当然のことだし、弱すぎても素早く移動できない。絶妙な力加減で流れるように動くことが大切なのだろうが、完璧な音消しができるようになるまではかなりかかりそうだ。

 しばらく試行錯誤しながら、音消しに挑戦してみる。小一時間ほどの時間が経ち、腹も大分空いてきたので残りのモンスターを食べることにした。

 

(やっぱ不味い。せめて火があれば……)

 

 段々と慣れつつあるが、不味さに対しての不快感は拭えない。

 そんな事を考えながら淡々とモンスターを食べていた時、何かの近づいてくる気配、地に伝わる振動を感じた。

 

(ッ!)

 

 咄嗟に臨戦態勢に入る。振動の大きさからして人以上のサイズがあることは間違いない。つまりは、人かモンスターのどちらかしかありえなかった。もし、人の場合、十中八九ハンターだろう。もしかしたら俺を捕獲しに来た可能性もなくはない。モンスターであれば水場に水を飲みに来ただけかもしれないが、この惨状を見れば俺を敵と認識するかもしれない。どちらにしろ相手に敵対の意志がないことを確認するまでは気を抜けなかった。

 

(どっちだ? ハンターかモンスターか、クソッ、なんでこんな時に!)

 

 せめてモンスターを残らず弔い終わるまで来て欲しくはなかったが、もしものことを言っても仕方ない。今は兎に角、相手が危険かどうかの見定めをしなくてはならない。

 

(来たッ!)

 

 森の中から姿を見せたのは、熟練の雰囲気を漂わせたハンターだった。そいつを見た時に悟る。「あ、これは死んだ」と。

 見るだけで分かる圧倒的な力量差。装備している武具も『古龍』と呼ばれるような最強に分類されるモンスターのものだった。

 勝てない可能性が高いとか、勝てる可能性が限りなく低いとか、そんな次元ではない。絶対に勝てない、と言い切ってもいいほどの力の差は俺に絶望感しか抱かせてくれなかった。

 



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捕獲

 身を縛る圧迫感は否応なしに俺の脳裏にある言葉を浮かばせる。

『死』という逃れられぬ恐怖だ。本能も理性も関係なしに恐れる絶対的な恐怖の象徴。この世から自身の存在が消える一番簡単な方法。一度死んだ身であるにも関わらず、変わりない死に対する恐怖心は、死というものに対しての生物が抱く絶対性を分かりやすく強調しているような気がする。

 

(死ぬ? 俺が、死ぬ? え、なんで? どうして? 死ぬ? 死にたくない。死ぬかもしれない。嫌だ。嫌だイヤだいやだ! イヤだ!)

 

 脳内は混乱し思考がまとまらない。ただ、死にたくないという気持ちだけが先行し、俺の身体を鎖のごとく縛り付け、自由を許さない。

 身体が動かないことによってさらに混乱は深まり、より一層の恐怖心が身を包む。

 悪循環ここに極まれり、と言った感じではあるが、そんな中でもどこか冷静に状況を俯瞰できている自分もいた。勝てないながらも抵抗ぐらいはしようと、身体を動かす。

 まず、狙ったのはハンターの頭だ。人間の急所の一つ。ここを潰せば一撃で殺れる。間違いなく防がれるとは思うが一縷の望みにかけて、祈るように尾を振り下ろす。

 

 「ぐおらアッ!!」

 

 勢いよく叫ぶと同時に燃え盛る火のようなオーラを纏ったハンターが、背中に背負っていた大剣を抜刀し俺が振り下ろした尾を真っ向から弾き飛ばす。弾かれた時の力は凄まじく身体ごと吹っ飛ばされかけるが、身体をくねらせて衝撃をいくらか地面へと逃すことでなんとか耐える。この一合で俺の混乱していた思考は一瞬にして吹き飛び、ハンターに対しての敵対心、警戒心だけが残ることになった。

 幾分か冷静になったところで今の状況を振り返る。敵は見た目からして明らかに強者とわかるハンター。こちらは生後一週間も経っていない幼体のガララアジャラ。勝敗は目に見えていた。

 だが、それでも俺は立ち向かうことしか考えなかった。もちろん逃げると言う選択肢もある。でも、それをしてしまえばモンスターの死体をこの場に残すことになり、自分の犯した罪の後始末からも逃げることになる気がしてならない。あるいは、このハンターとの遭遇こそが罪を犯した俺に対する罰であるかもしれないのだ。なおさら逃げるわけにはいかなかった。

 

 「ふーん、知能の高いガララアジャラがいるっていうから来てみたらまだ幼体じゃねえか。あの野郎わざわざオレに調査を依頼してくるからどんな化け物かと思ってたら、ただの雑魚とは……面倒くせえ事押し付けやがって、後でシバく」

 

 

 ハンターの呟きが聞こえた。兜を被っているせいでくぐもっていて聞き取りにくかったが、それでも何を言っているのかはわかった。どうやら誰かから俺のことを聞いて、または依頼されてきたようだ。脳裏によぎるのは白衣の研究者。ハンターキャンプにいたあの科学者だ。もしかすると俺が食べてしまったハンターも俺を探しに来たのかもしれない。安易に姿を見せなければよかったと今更ながらに後悔する。

 

 「んじゃ、まあ、サクッと捕獲して帰りますか」

 

 来る、と思った次の瞬間にはハンターの姿が掻き消えていた。

 野生の勘のようなものが働き、直感的に後ろから攻撃が来ると思ったのですぐに振り向き、嘴でハンターを攻撃しようとする。結果は空振り。何故、と疑問に思うと同時に後頭部に重い一撃を貰って派手に吹っ飛ばされた。

 

 「クルェアッカロァッッ!?」

 

 後頭部に感じる鋭い痛みと地面に叩き付けられる痛みとが、ないまぜになって喉の奥から変な声が漏れた。

 

 「おー、すげぇな。今のフェイントに引っかかるのか。相当勘が鋭いな」

 

 何故褒められているのか一瞬わからなかったがすぐに理解する。このハンターは恐らく、一度俺の背後に回り殺気のようなものを発して、また元の場所へと戻ったのだ。瞬時に殺気を感じ取れるか試したのだろうか、と思ったが多分このハンターにとっては遊びのようなものなのだろう。

 

(ははっ……無理ゲーすぎんだろ……)

 

 半ば諦めに近い感情を抱きながら心のうちで愚痴る。わかっていたつもりで、全然わかっていなかった彼我の実力差。くだらないプライドや価値観などを捨てて逃げるのが最善の手だったのかもしれない。

 それでも、無理だと、無駄だとわかっていてなお俺は立ち上がる。相手は人間だ。必ず勝機はあるはず。それがたとえ限りなくゼロに近い可能性だったとしても、ここで折れるわけにはいかなかった。

 

「まだ立てるのか。結構強めに殴ったはずなんだけどな。一撃で意識を刈り取れるぐらいには力を込めたと思ったんだが、ちょっと加減しすぎたか」

 

 

 ハンターは油断しているのか、かなり隙だらけだった。これを好機と見た俺はすぐさま息を吸い込む。そして、吸った息を吐き出すと共に鳴甲を一斉にならす。空想段階の必殺技、超音波ブレスだ。ぶっつけ本番で使ったこの技は見事に成功した。

 俺を中心として音の衝撃波が広がり、地面を巻き上げていく。巻き上がった地面は志向性を持つ弾丸となり俺の周囲へと散らばって甚大な被害を出した。水場周辺にあった死体も吹き飛んでしまったが、後で探せばいいだろう。それよりも今はハンターの方が気になった。

 超音波ブレスは音という性質上、周囲へも攻撃をすることが出来るが、真に凄まじいのは前方に関しての影響だ。放射状に地面が抉れ、直線上の木がすべてなぎ倒されている。恐ろしいまでの破壊力だった。

 

「いってぇ……腕すげえ痺れたし。マジ最悪。もういい。遊びは終わりで本気で行く」

 

 直線上に抉れた地面の中で、ただ一点のみ変わらない場所があった。ハンターの足元だ。ハンターは大剣を盾にして先程の攻撃を防いだらしく、無傷であった。それを見たときに完全に悟らざるを得なかった。俺はこのハンターには絶対に勝てないのだと。

 

「ハッ!!」

 

 声が聞こえたと思ったときには既に俺は殴られていた。そしてそのまま意識を落とす。

 

「あー、ダルすぎ。帰ったら絶対あいつシバくわ」

 

 凄惨たる水場周囲に残ったのはハンターの怒りに燃えた声のみだった。

 

 



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