テイルズオブ・コメディ (たいお)
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バカと補修と逃走劇
シルヴァラントの小さな村、イセリア。穏やかな空気に包まれたこの村にて、ただいま壮絶な追走劇が行われていた。
「待ちなさい、ロイド!大人しく補習の続きを受けなさい!」
「た、助けてくれぇぇぇぇぇ!!」
逃げる者を叱咤しながら追いかけるのは、銀色の髪に橙色の服を着た女性、リフィル・セイジ。対して、そのリフィルに追われている者は、茶色のツンツンヘアーに真っ赤な服を着た少年、ロイド・アーヴィング。
村の中に砂煙を散らせる勢いで追いかけっこをしている二人だが、別に遊んでいるわけではない。リフィルの方は怒りで眉間に皺を寄せ、ロイドの方は恐怖と焦躁にまみれた表情をしていて、それはもう必死である。
なぜこのような追走劇が繰り広げられているのか、事の発端は2時間ほど前まで遡ることになる…
―――――――――――――――――
2時間前。
イセリア内に設立された小さな学校。今日も生徒はリフィル先生の授業に耳を傾け、額を身に着けるのである……のだが。
「ぐぅぬぬぬ……」
喉奥から絞り出したような声を上げているのはロイド。そして彼が手に収め、じっと凝視しているのは青い表紙の教科書。厚さは100数ページ分といった程度か。
【いづれの御時にか、女御・更衣あまた さぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが すぐれてときめきたまふありけり】
「わ、わかんねぇ……」
ロイドにはレベルが高すぎた。今黒板の前でリフィルが訳を解説しているのだが、この語の難しさに囚われたロイドはそれも頭に入らない。
「いづれの……にか?……いづれのべろにか?」
なんだべロニカって。
「さぶらひたまひ……さぶらひ?……サプラァーイ?」
ちょっとサプライが洒落た。何故。
「すぐれて……ときめき?……優(すぐる)君、トキ☆メキ?」
誰だ優(すぐる)君って。しかもこれまで曖昧な解釈だったのに『ときめき』だけ自身ありげに訳している。でも結局本当の訳はわからないまま。
「じゃあ今の語訳を参考にして……ロイド、『いづれの~ありけり』まで訳してみて頂戴」
「え!?は、はいぃ!」
しかもこんな時に先ほどの文を訳せとのこと。授業を聞いていないので先ほどの語訳もあったもんじゃない。ロイドはパ二くる頭のまま勢いよく席から立ち上がる。
「(落ち着け、落ち着け俺……仕方ない、自分の強運を信じて、それっぽい流れで訳してみるしかない!ドワーフの誓い68番、『当たって砕けろ』だ!)」
【いづれの御時にか、女御・更衣あまた さぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれてときめきたまふありけり】
「訳:いつからだろう……べロニカと言う土地で女が服を着、余った物でサプラァーイズ。糸や寝言は無いけれど、優(すぐる)君はトキ☆メキ状態……です!」
「ロイド、今日は夜まで補習決定です」
「なんでさ!?」
当たって砕けるどころか、粉塵骨折レベルの被害であった。
「何でだよ先生!?俺今までになく頑張ったんだぜ!?」
「悪意すら覚えるような文訳に労力を使わないでちょうだい。……というかさっきの私の語訳聞いてたら大分出来てるはずなのだけれど……」
「ごめん、欠片も話聞いてなかった」
「ロイド、尻を出しなさい」
リフィルの眼は本気だ。声にも怒気が混ざっている。
「待った先生!俺だって自分なりに考えてたんだぜ!っていうか今から尻を叩こうとしてるのは分かるけど何で手がグー!?普通、尻叩くのはパーじゃないの!?」
「緩みきった頭のネジを矯正するにはこれ位がベストだと思って」
「いやいや、いつもだったらこれ位のミス、チョーク投げや黒板消し投げで済ませたじゃん!もっと平和的だったじゃん!」
「今日は絶望的にひどい間違いをしたからです。今日は私の憂さ晴ら……あなたにもっと授業を聞いてもらうための緊急措置よ」
「嘘だ!俺は馬鹿だけどこれだけは分かる!今先生は俺をサンドバッグにしたいと思ってる!」
今のロイドの状況は絶望的だった。もうこうなってしまっては自分の力でリフィルを説得するのは難しい。ということで、後ろの席にいる銀髪の少年、ジーニアス・セイジに助けを求める事に。
「ジーニアス、頼む!助けてくれ!」
「ロイド、お尻を硬くする準備はしておいた方がいいよ」
「俺トランセルじゃねーから【かたくなる】覚えてねーもん!せいぜい下着がトランクス位なんだよ!」
「君の下着の種類なんて毛ほども興味ないよ。あ、トランクスと言えば、ロイドに貸したあのマンガ、まだ返してもらってないんだけど」
「ごめん、ラーメンのスープ零して捨てた」
「姉さん、僕、家に忘れ物しちゃったから取りに行っていい?大きなハンマーなんだけど」
「ジーニアス!?そんなもん授業で使わないだろ!?あれか、それで先生が俺の尻を叩くって魂胆かぁ!?それは死ねぇる!」
話がずれた上に助けてくれる気はこれっぽっちもない様子。今度は別の人へ頼むことに。次は自分の隣に座っている金髪の少女、コレット・ブルーネルへ救いを求めるため、頭を深く下げる。
「コレット!危機的状況の俺を救ってくれ、この通り!」
「だいじょぶだよロイド」
「!!……コレット、ありが――」
「どんなにロイドが辛い時でも、ロイドの中にいるマーテル様がきっと助けてくれるから。だから、今は救いを信じて待ってよ?」
「コレットぉぉぉぉぉ!!それ天然!?それとも巻き込まれたくないから関わらない気なの!?とりあえずコレットは何もしないってことだよな!?マーテル様のお助けが来ようが来まいが放置って事だよな!?」
コレットもこれではダメのようだ。何とか別の人に助けを…。そう思ったロイドだったが、時すでに遅し。リフィルはロイドの肩を掴むとずるずると彼を引き摺り、教卓の前に連れて行く。
そしてロイドを皆の前で四つん這いにさせると、ロイドの尻に拳を叩き込む。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!痛えぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「うわぁ…グーだね!」
「確かにグーだよコレット!グーが俺の尻に暴力を振るってるんだよ!けど全然グー(Good)じゃねぇよ!」
「そういえば今日は寒くなー。朝の方がまだ暖かかったよ」
「ジーニアスゥゥゥゥ!それ気温のことだよな!?俺の台詞が寒いとかじゃないよな!?断じて!」
「あなたが学力を上げるまで、殴るのを止めない」
「先生お願いもうやめちぇぇぇぇぇぇぇぇ!!俺の尻が限界ぃぃぃぃぃぃ!!」
この後メチャクチャ殴られた。ケツを。
――――――――――――――――――――――
現代に戻る。
という事があり、ロイドは補習を受けないといけなくなってしまった。しかし補習も勉強だ。つまらないものは所詮つまらない。
ということで放課後の補習の最中、リフィルの隙をついて逃走を図ったロイド。しかしリフィルが逃げる彼を捕まえるべく追いかける。こうして冒頭のシーンに戻るのである。
「まだ5時間も補習は残ってるのよロイド!本当は12時間以上は補習するべきだけど、これでも私なりに譲渡してるのよ!」
「凄い嬉しい譲渡に聞こえるけど、一日の授業分の補習なんて聞いたことねぇよ先生!ていうかそれはもうただの一日授業プラン!」
「今大人しく戻れば遺跡調査用のドリルに加えて、特別に数学と国語のドリルをあげます!ドリルは男のロマン、とか言うでしょう!」
「回転するドリルは確かにロマンだけど勉強ドリルはロマンじゃねえ!ただの拷問だ!」
そんな言い争いをしているが、どちらもすごいスピードで逃げ、又は追いかけている。周りの村人も何事かと目を丸くしている。
「こうなったら…煌めきよ、意を示せ…」
「まさかの詠唱!?先生、村の中で魔術を使うなんて聞いたことねぇよ!」
「フォトン!」
「危ねっつ!」
ロイドの周りに光が集束し、破裂するがロイドはそれを前転でギリギリ躱す。そして立ち上がると全速力で逃走。
「もう、いい加減止まりなさい!」
「足止めたら今度は息の根が止まりそうなんだよ、止められそうなんだよ!もうこれただの追いかけっこじゃねえじゃん!狩りみたいな風になってんじゃん!」
流石にマズイと思ったロイドは全力を出すことに。先ほどよりも早い速度で走り、リフィルとの距離をどんどん離していく。これぞ若き17歳の本気。
しかし、まだ完璧に姿を眩ませるほどの距離ではない。あって8~90メートル程度だが、この村は全体的に見通しが良いので下手に隠れてもバレバレなのである。
すると、走るロイドの前方に良く知った人物が歩いてきた。先ほどの金髪少女、コレットである。再びコレットの力を貸してもらおうとコレットの元へ走り寄るロイド。
「コレット!た、たいへ……たい……へ、変態だコレット!」
「へ、変態なんて……ロイド、酷いよぉ…」
「(俺は何てこと言ってんだーーーー!!)」
何でここで言い間違えてしまったのか。ロイドの言い間違いをストレートに受け止めたコレットは悲しみで目に涙を浮かばせる。これにはロイドも焦る。
「ち、違うぞコレット!コレットは全然変態なんかじゃない!」
「でも…でも、さっきハッキリ『変態』って…」
「へ、変態っていうのは…………そう俺だ!!俺は変態だったんだっ!!」
…………………
「(お、俺は何を言ってるんだぁぁぁぁぁぁ!?何で村の中心で変態宣言してるんだ俺ぇ!)」
そしてこの後悔である。訂正の仕方が仕方だったため、やっちまった感は尋常じゃない。これには流石にコレットもドン引き――
「う、ううん!ロイドは変態なんかじゃないよ!」
……と思いきや、まさかのフォローである。これにはロイドも驚きだ。
「ロイドは勉強が少し苦手なだけで、たまに年上の人に見惚れちゃってたりするけど…少なくとも私の知っているロイドは、ちっとも変態なんかじゃないよ!」
嘘などない、純粋な少女の正直な気持ち。遠回しにバカやら年上好みやら言っているが、別に気を遣って遠回しに言ったわけではない。
この言葉にはロイドも胸打たれ、嬉しさで笑みを浮かべる。
「コレット…ありがとな!誤解招くような言い方してゴメン!」
「ううん、ロイドは悪い事なんてしてないよ。だから謝らなくてもだいじょぶだよ。……ところでロイド…さっき急いでたみたいだけど、何かあったの?」
「あ……」
浮かべた笑みはすぐに消え、顔が徐々に真っ青に染まっていく。そして後ろをゆっくり振り返ると…
「ロイドォォォォォ!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!出たぁぁぁぁ!」
後ろから迫ってくるリフィルを見た瞬間、ロイドは前を向き直しコレットの横を走り去っていく。続いてリフィルもコレットの横を通り、その場から喧騒が遠ざかっていく。
「……?」
事情が分からないコレットは、首を傾げて彼らのいく先を見つめるだけであった。
―――――
決死の覚悟で逃げた末、何とかロイドはリフィルの追跡を振り切ることが出来た。ぜーぜーと苦しそうに呼吸するが、あまり大きい呼吸音だと発見されやすくなるものだ。
「な、何とか…にげ……にげ…げほっげほっ!」
相当必死だった模様。これだけの体力と気力、是非勉学の方に浸かって欲しかったと思う。
すると、そんなロイドの前に一人の人物が通りかかってきた。コレット同様、先ほどの授業で助けを求めた人物、ジーニアス・セイジである。
「あれ、何やってるのロイド?そんな苦しそうにして」
「ジ、ジーニアスンか……げほげほ!と、とっちょ…ロリロリあって…」
「誰だよジーニアスンって。どんだけテンパってんの。『ちょっと』が『とっちょ』になってるし、『色々』が『ロリロリ』になってるよ」
今のロイドの言葉が解読できたのだから、本当に凄いジーニアス。これぞ天才の実力か、それとも長く一緒に過ごしてきた賜物か。
「まぁ、その様子だと、どうせ補習が嫌で逃げて来たんでしょ?」
「あ、ああ…と、とりあえず逃げ切れたけど、このままじゃまた見つかっちまうだろうし…」
「第一、そんな赤い服着てたら目立つに決まってるでしょ。これじゃあハンターから逃げてる分際で打ち上げ花火をしている逃走者同然だよ」
「そ、そうか…確かに俺の赤い服、目立つもんな…ならどうすればいいんだ?」
「そこまで言っちゃうと、僕はロイドの協力者になってとばっちり喰らいそうだから。まさかロイド、友達に迷惑かけるつもり?」
さっきから冷たい態度をとっているジーニアス。勿論、ロイドにはその原因に覚えがある。先ほどの授業でも話題にあった、漫画のことである。
「いや待てよジーニアス!確かにあれは俺の所為だった。だけど、わざとじゃないんだ!逆立ちして本を読みながらラーメン食えるかな、と思って実験してみただけなんだ!」
「さて、今姉さんを呼んであげるね。空に向かってファイアボールでも撃ち出せば駆けつけてくれるよ」
「待ってくれぇぇぇぇ!!」
詠唱を始めようとするジーニアスを、ロイドは涙目で必死に止めた。
「言いそびれてた!言いそびれてたんだけど、流石にあのままじゃダメだって思ってちゃんと代わりの物を用意したんだ!」
「え?……なんだぁ~、そう言う事ならもっと早く言ってくれればいいのに~!僕、てっきりロイドはお詫びをしない奴なんだって思い込んでたのに」
「バーカ。悪いことをしたら謝るなんて当たり前だろ?本当は今日の授業が終わった後に謝ってから渡そうとしたんだけど、色々トラブルが起きたせいで言いそびれたんだけどな」
先ほどのどこか冷めた雰囲気は消え去り、穏やかな空気が二人を包み込んでいく。友達との仲を元通りにするには、先ずは謝ること。そしてもう一押しとなるものは、誠意。それの形の有無は問わないが、己の思いを表現するお詫びの物を上げるのは、中々効果的なものである。
ロイドは自分の懐を探りだし始める。
「ええっと、確かにこの辺りに…」
「ねぇねぇ、一体何をくれるの?やっぱりロイドって細工とか出来て器用だし、腕輪(ブレスレット)とか?」
「あ~惜しい。腕輪じゃないんだよなぁ…。でもかなりいい線いってるぜ」
「やっぱりアクセサリーの類かな?まぁ、オシャレをするのは大人っぽいし、いいよね」
そんな話をしている内に、ロイドは小さく、おっ、と呟いて腕を懐から抜く。その手に握られていたものは、黒い革に沢山のトゲが付いた丸い輪っか。これは……。
「ほい、首輪」
「ファイアボール」
「あぁっ!?一瞬で首輪が炎に包まれた!てめぇジーニアス、いきなり何するんだ!」
「うるさいよ。っていうか何で首輪なの」
「お前、ちょっと前に言ってたじゃん!ノイシュ見てた時に『僕もロイドみたいにペットが欲しいなぁ』って。だからそのための首輪だろ!」
「それ覚えてたのなら普通ペット用意するでしょ。なんでよりによって首輪?野球やるのに球場準備したけどチーム作ってないようなものでしょ」
「そんなこと言われたってよ…ほら、鎖もこの通り準備したんだぜ」
そう言ってロイドはジーニアスに長めの鎖を差し出す。最初はいらないと言って突き返そうとしたジーニアスだったが、寸前のところで自分の脳内でとある閃きが生じたのを感じ、鎖を受け取った。
「ったく、折角作ったっていうのに…かっこいいデザインならいいかと思ってトゲもつけたんだぞ…」
「大人が見たら誤解招くだろうね。っていうかロイド、気付かないの?」
「え?何が?」
ジーニアスの言っていることが分からず聞き返そうとしたロイドだったが、その必要はなくなった。
何故なら、後ろからドドド、という音が徐々に聞こえたので振り返って見てみれば、リフィルが鬼の形相でこちらに向かってきているではないか。
「や、やべぇ、リフィル先生だ!完全に忘れてた!けど、なんでここが……!」
ここでロイドは、さっきジーニアスが言おうとしていたことが何なのかを理解できた。ロイドは地面で燃えている首輪の方を素早く向き直す。
首輪、燃えてる。煙、出てる。
空、見上げる。煙、高い高い。
ただの狼煙である。
「ジーニアス、大変だ!可燃性のある材料で作った事が仇になっちまったぜ!!」
「呑気に言う事なの、それ。けど良かった。姉さん気付けたみたいで」
「狙ってたの!?計算通りだったの!?」
流石ジーニアスである。
「じゃ、じゃあまた後でなジーニアス!さっきあげた鎖、大切に使ってくれよ!」
「それなら、今使おうか」
「はおっつ!?」
なんとジーニアスは先ほど貰った鎖をロイドの脚に絡ませ、彼の脚の自由を奪う。そしてロイドはバランスを失い、盛大に転んでしまう。
「え?え?あれ…ジーニアスくん?」
「ロイド…さっき言ってたよね?」
「…へ?」
「悪いことをしたら謝るのは当然、って」
「あ……」
そして、地面に倒れるロイドの目の前に、先ほどから追い続けてきたリフィルが佇む。彼女もまた、笑っていた。だがロイドは、身が沈みかねない程の威圧をその笑顔から感じていた。
「さぁ…漸く捕まえたわよ、ロイド…」
「とりあえず補習と宿題、逆さ釣りは確実だろうね」
「……ごめんなさぁぁぁぁい!!もう補習から逃げません、人から借りた物をおじゃんにしませぇぇぇぇぇぇん!!」
その後、ロイドは逆さづりのままラーメンを食べさせられた後に夜の十時まで続く補習地獄。更に大量の宿題を課されてしまった。
この騒動をきっかけに、ロイドは補習から逃げない事と人の物を大切にする事を心に留めるのであった。
―――――終わり
記念すべき第一投は、シンフォニアより。ロイドさん、許せ……。
ちなみにこの作品、以前に別のサイトで書いていたもので、今回はそれを軽く見直し、本日投稿するに至りました。折角下書きが残っているのだから、こうして投稿するのも手かなぁと。
今後はこんな感じのスタイルで、ちょっとずつ投稿していこうかなと思っております。ストックがそもそも少ないうえに最近はテイルズからめっきり離れてしまっていたので、投稿スペースはかなり遅い可能性もありますが、のんびり書くつもりでやってまいります。
それでは、次回もお楽しみに。
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ナタリアのサンタはこの俺だー!!
バチカル城、城内の通路にて。
「ふぅ……やはり冬は冷え込みますわね」
よく手入れをされた金髪の髪。やや濃い目な緑の瞳。凛々しさと女性らしさを醸し出した顔立ち。服は余計な華美さのない、保温性が高く暖かそうなものを着ている。
暖房機が行き渡らない通路の気温はやはり低いらしく、ナタリアは両の手を口元に近づけ暖かな息を吐く。一時しのぎ程度だが、幾分か寒さは和らいだ。
すると歩中、ナタリアの耳に部屋の掃除をしているメイド二人組の話し声が聞き届いた。
「そう言えば、もうすぐクリスマスじゃない?やっぱりクリスマスの楽しみと言えばアレよね!」
「まぁた勤務中にアンタは……どうせケーキとかそんなんでしょ?アンタ食い意地張ってるし」
「違うわよ、サンタよサンタ!うちの地元だと毎年やって来ては、こっそりプレゼントをくれるのよ!この間なんか特大サイズの1ホールケーキを……」
「あーはいはい。ケーキなら後でアタシが奢ってあげるから、今は仕事して頂戴。アンタが寒い寒いってぐずってた所為で作業が遅れてるんだからね」
「えー!ケーキはまた今年もサンタさんがくれるし、せっかくだから七面鳥を奢ってよー!」
「いいから働けぇっ!っていうかアンタ歳いくつだと思ってんのよ!?24でしょ!」
そんなやり取りを聞いていたナタリアの耳には、ある一つの言葉が名残惜しく残っていた。
「サンタさん……」
毎年クリスマスに現れては、世界中の子供たちにプレゼントを配っていく人物。例の言葉も受け取らず、颯爽と翌日には姿を消すまさしく大物。そうナタリアは聞いていた。
だがナタリアは、この18年間サンタからプレゼントを貰ったことが一度も無い。いつもクリスマスの日には国王である父親が何か買ってくれるのだが、サンタがくれたという覚えは全く無かった。以前『サンタさんからプレゼントを貰いたい』と父親にワガママを言って困らせたこともあるらしい。
ふとナタリアは近くの窓に近づくと、そこから見える景色を覗き込んだ。未だ街全体に雪が降っており、窓の淵には小さめに雪が積もっていた。
憂いの表情を浮かべつつ、ナタリアは小さくため息を吐く。
「この年になってしまっては……流石にサンタさんは私にプレゼントを下さることは無いんでしょうね……」
落胆ぶりが明らかな独り言を呟きつつ、ナタリアはいつもより遅い足取りで自室へと向かって行った。
「(ナタリアの奴、いつもの元気が無かったな……)」
ナタリアのそんな様子を見て、思案を巡らせていた人物がいた。
血のように真っ赤な髪をオールバックにし、おでこがよく映えている。また、眉間に軽く皺の寄った仏頂面は、子供たちを怖がらせるのに十分な素質を持つ。服は外の白い景色では大いに目立つ黒色の服で、その人物の存在がしっかりと強調されている。
『鮮血』の名を持つ男、アッシュ。
現在彼は、バチカル城の通路に位置する窓にベッタリとしがみ付いている。しかも…雪が降っている外からである。
「(確かあいつ、さっきサンタさんとか言っていたな。あのクリスマスのサンタの事か。クリスマスも近いしな。……という事は)」
広いおでこが寒い風で冷やされているお陰か、思考がスムーズに進んでいく。すぐにナタリアの元気がない理由を推測できた。
だが、アッシュはサンタが何なのかを知っていた。7年も屋敷から離れて暮らしていく内に、サンタについての情報を得ているのだ。
「(だが…純粋なあいつの夢をぶち壊す事など、許されるはずがねぇ)」
ナタリアはこれまで王城で時を過ごしてきた身ゆえに、子供のように純粋な心を持つ。
そんな彼女がこれまで抱いてきた希望を、夢を。自分の知る情報を教えて壊そうと思うアッシュではなかった。
「(…ちょっとはマシになったとはいえ、あの劣化レプリカじゃナタリアの今の悩みなど理解出来やしないだろう。ならば…)」
そこまで考えてた時、アッシュの瞳に炎が宿った、ような気がした。取りあえずそれ程やる気があるという事だ。
「(俺があいつの……サンタになってやる!)」
アッシュは決意した。自分がナタリアに夢を守る存在となることを、そして彼女に夢とプレゼントを届ける存在となることを。
決戦は12月の25日。来たるべき日を覚悟し、アッシュは先ほどからずっとしがみついていた壁から手を離し、ガッツポーズをとる。
「あ」
そのままアッシュは、真っ逆さまに落ちて行った。即席雪だるまが出来上がるのも時間の問題である。
時は過ぎ、ついにクリスマスの夜がやってきた。
「はぁ…私も街の観光に行ってみたかったですわ…」
ナタリアは今日も今日とて城から出られず。雪の夜は暗殺者が身を潜めるのにうってつけという事もあり、万が一に備えられて外出を禁じられているのだ。
「はぁ……せめてサンタさんでも来てくだされば」
幾度目ともなるか分からない溜め息を再び。仕方のないこと、と自分を無理やり納得させつつ、彼女は今一度手に持つ本を読み直すのであった。
そして、その様子を窓の外からじっと眺めている一人の男がいた。先日同様の行為をしでかしている所から、該当する人物は一人だけ。
赤い帽子に赤い服。そしてモフモフした白い髭(付け髭)をした男、アッシュである。その背中には白く大きな袋が乗っている。
「(やはりな…ナタリアの奴、刺客の事を考慮されて外に出してもらえなかったようだな)」
特徴的な赤い髪のオールバックは、完全に帽子の中へ仕舞われており、おでこも防止で隠されている。傍目から見てみれば誰なのか分からないほどの良い変装をしている。
「(ふっ、待っていろナタリア。先ほどから寂しいクリスマスを送っているかもしれないが、サンタとなったこの俺がお前に幸せを届けてやる。外出できないというのなら、せめて俺があいつの心の支えに……)」
しかし、逸る気持ちが表に出てしまったせいか、うっかり手袋をはめた手の先が窓ガラスにぶつかってしまい、コツンと音が立った。
無論、その音に気付かぬナタリアではなく、椅子から素早く立ち上がり、窓の方を診ようと振り向いてくる。
「っ!?誰ですの!?」
「(しまった、ばれたか。仕方ないが此処は一気に部屋に入ってサンタだと名乗って侵入者疑惑を薄め、ビックリ感を出すしかないな)」
自身のミスでばれたことをまずく感じるも、直ぐに次の一手を練り直し、即座に行動に移る。アッシュは、自分に出来る最高の笑顔を表に出しつつ、軽やかな身のこなしで窓から部屋へと入ってきた。窓の鍵については、ナタリアが夕食で部屋を外している際に開けておいたようだ。
「メリークリスマ~~~~ス!今年一年、良い子にしていたナタリア……くん!遠い所からやって来た燃えかすサンタが、君にプレゼントを届けに来たよ~~~!!はっはっは~~~~~!」
最早、自分の普段のイメージなど関係ない。彼女を喜ばすためならば、従来のクールなキャラは今日一日封印する。そんな覚悟でナタリアに言葉を掛けたアッシュの声は実に高めで、普段の彼からは中々想像しがたい物であった。
「……っ!!?」
「(ふふふ……やはり驚いているな。それもその筈だ。今まで話でしか聞いたことが無いサンタが、強行して目の前に現れているのだからな)」
「……ぁ、ぁ……」
「(……あれ?驚きすぎじゃね?いや、初めてサンタに会ったとはいえその反応には妙な違和感を感じる。まるでこの世の事とは思えないことに遭遇してるような目で)」
「……んで」
「(ん?なんか目が俺一点に向いてないな。何か交互に見られてるような……)」
ナタリアの視線を不可解に思ったアッシュ。ナタリアが自分じゃない方を向いている方向、彼は自分の右側を振り向いてみると…
「…………」
此処に居てはいけない者が、そこにいた。
赤い帽子に赤い服。恰幅の良い体格は子供から大人までを難なく威圧できるほどであり、背丈は2メートルは超えているだろう。その体格の所為で、肩に背負っている白い袋が体操服を入れる袋程度のサイズに見えてしまう。
そして立派な白い熊ひげに厳つい顔。これはまさしく……。
「(……お、俺以外にもサンタが来ているだとぉぉぉぉぉ!?)」
サンタの隣に、サンタがいた。
驚愕の事態に、思わず身をのけ反ってしまったアッシュ。彼の頬には一筋の冷や汗が。
そんな彼がどれほど驚いているのか知る由もないナタリアは、脳が興奮と混乱で入り混じっていながらも二人のサンタに問いかける。
「なんで、なんでサンタさんが二人も!?一体どうなっていますの!?サンタはこの世に一人しかいないと……!」
「(や、やべぇ……とにかく、この場を何とか収めるためには!)」
あまりに予想外の出来事に、汗の勢いも更に増していく。何とか誤魔化せるよう言葉を取り繕うとする。
因みに内心慌てているアッシュの隣にいた、もう一人のサンタはと言うと……。
「(…まったく、暫く会っていなかったメリルの為に、サンタの格好をしてプレゼントを届けようと今日まで色々と準備したというのに……一体何なのだ、この男は)」
この人の正体がどう考えても一人しか思い浮かばない。『黒獅子』の名を持つあの男、ラルゴだ。
ナタリアを想う者の考えは一致しているものなのか。六神将の二人がまさかの鉢合わせである。普通ならとっくに気付いている者なのだが、どちらもナタリアにばれない様、変装は完璧に仕上げているためどちらも人物の特定が出来ないようだ。
果たして、それが功を成しているのか更にややこしい話へと発展していくのか。取りあえず話を進めることにする。
※注) 地の文では両方とも『サンタ』と書くとややこしいため、『アッシュ』『ラルゴ』と普通に書いていきますが、本人たちは互いに正体が分かっていません。
「どうしたのです?何故二人とも黙っておられるのです!」
「(くっ、全然言い訳が思いつかねぇ!っていうかこの熊みてぇなサンタはホント何なんだ!?)」
ナタリアの催促に急かされるアッシュの視線は、目の前にいるナタリアに行ったり隣の熊サンタことラルゴに行ったり。先ほどから誤魔化せる言葉を考えてはいるが、まるで思いつかないらしい。
「おい」
すると、隣のラルゴがアッシュに声を掛ける。
「一体何なのだ貴様は。サンタの恰好してメリ……女性の部屋に入り込むとは。不法侵入じゃないのか?」
「てめぇがそんな事言えた義理かよ、パッションな色合いしてどんだけ渋い声出してやがるんだ」
ドスの利いた言葉を放ちつつ、訝しげにじろじろと見てくるラルゴに対し、アッシュは言葉遣いはそのままに、そして不機嫌そうに返答する。折角のサプライズを台無しにされたため、不機嫌にもなってしまうだろう。
更にラルゴは無表情のまま言葉を返す。
「と言うか、サンタは全ての子供たちにプレゼントを運ぶ存在だ。貴様、この子以外に何人の子供たちにプレゼントを配った」
「あぁ?それはお前…サンタなんだから沢山のガ……子供に渡してきたに決まってるだろうが。星の数ほど配ってんだよ俺は」
「ふん、随分青いサンタだな(ほ、星の数…!?バカな…このサンタ、今それっぽいことを言ったぞ…!)」
「サンタはどう見ても赤いだろうが。じゃあてめぇは何人に配ったってんだ?」
「……オ、オレはこの子専属のサンタだ。他の子どもなど知らん!」
「てめぇ最低なサンタだな!」
と言いながらも、自分の胸に鋭い棘が刺さる感覚を覚えたアッシュであった。
一方、不意を突かれたラルゴは負けじと応戦に臨む。無論、言葉にて。
「……ならお前、サンタだったらそれなりの証拠ってもんがあるだろ。出してみろ」
「あ?そう言うお前には証拠があるんだろうな?」
「ふん…オレは『サンタクロース能力検定1級』を獲得し、更に『トナカイ使い準一級』『プレゼント選定資格一級』なども得ているベテランサンタだぞ。巷では皆俺の事を【今日も元気なくまサンタ】と呼んで尊敬の眼差しを向けている」
「ふ、ふん……それで胸を張る程度じゃ、底が知れてるな(や、やべぇぇぇぇ!!何かスゲェ本物っぽいこと言いやがったぞコイツ!サンタ検定!?トナカイ使い!?そんな資格マジであったのかよ!?)」
表上は至極冷静な態度。だが裏ではとんでもないほど動揺していた。まさかラルゴが、ナタリアに自信がサンタだと証明するために前から考えていたモノとも知らずに。
こういう質問をそのように返してしまえば、次に相手から来る質問と言えば容易に見当がついてしまう。
「ほぅ…では貴様がサンタだという証拠を見せてもらおうか。無論、オレより優れた証拠を持っているのだろう」
「お、俺が持っている証拠は……お前の持っている資格と…」
「ふっ、それだけではオレの証拠を上回れんぞ」
「あ、後は……『素敵な白い髭グランプリ第10回優勝』に……『住居侵入能力1級』『住居侵入隠ぺい能力2級』『ピッキング能力2級』だ」
「お前それ、ただの白い髭が素敵な泥棒野郎だろ」
半分以上が泥棒関係の資格では、そうとしか思えないだろう。
「ち、違う!サンタたる者、そんな技術にも長けていねぇと防犯に力入れたこのご時世で通用しねぇんだよ!」
「今、防犯って言ったな。自分のやっている事が犯罪紛いの事だと認めたな」
「ふん、夢を届けるのと犯罪は常に紙一重なんだよ。サンタはな、ご近所を回る慈善活動じゃねぇんだ。世界中…つまり”Over The World”に夢と希望をもたらす神の使者なんだよ…」
「ぶふふぅっ!!」
「吹き出すほど笑ってんじゃねぇよ、てめぇ!!」
それっぽく着飾った台詞を考え付き、喋った結果がこれである。あまりの恥ずかしさに、服だけでなく顔も真っ赤になるアッシュであった。
「お、お二人だけで何やら話し込んでいるようですが……結局これはどういう事なのです?」
「は、はは…それはですね御嬢さん……くく……ぶふーっ!!オーバーザワールド……神の使者、くはははは……ウケル……おえっ!えほっえほ…!」
「てめぇいつまで笑ってやがるんだぁ!!」
「えっと、それであなたたちは……」
「あぁ、それはだな……」
「ぜぇ……はぁ……おい、ちょっと待つんだ」
「ぬお!?」
口を開こうとした途端、アッシュは突然後ろからラルゴに引っ張られてしまう。
(さっきから何なんだてめぇは!用が無いならその辺で笑い転がってろ!俺がナタリアにプレゼントを渡す!)」
(落ち着け。さっきお前は自分がサンタだと言い、オレの方は泥棒だと言うつもりだっただろう)
(当たり前だろうが。それがどうした?)
(泥棒が部屋に侵入したという事になったら、彼女はどういう反応をすると思う?恐らく誰かを呼びに行くことになり、城全体は大騒ぎ。プレゼントを渡す事がほぼ不可能になってしまうぞ)
(ぐっ)
ラルゴの言い分は、確かに理が通っている。このままどちらか一方を泥棒扱いすれば、騒ぎが起こる事は目に見えている。そうなってしまえばプレゼントを渡す事も出来ない上、仮に部屋に置いて逃げたとしても、誰かに怪しまれて処分される可能性がある。
(だから、此処は一旦お互い泥棒扱いするのはやめ、互いに目的を果たすことに専念するという事でどうだ)
(本当だろうな?後になって『嘘だぴょ~ん』とか言って俺を泥棒扱いしたら許さねぇからな)
(こんな歳の俺が『嘘だぴょ~ん』と言う、という疑いを掛けるお前の方が許せんわ。……まあ見ていろ)
ナタリアから隠れてのひそひそ話を打ち切ると、ラルゴは彼女の方へ体を向け直す。
「失礼しました。少し髭の曲がり具合を確認しててもらってて」
「(激しくどうでもいい!)」
「まぁ…そうだったのですか。もう髭の方は大丈夫なのですか?」
「(信じちゃったよアイツ!)」
「ええ、もう大丈夫です。それでお話の続きですが」
「あ、そうでしたわね。何故サンタさんが二人もいるのかと……」
この疑問を問いかけたのは大分前の事になってしまっているが、漸くナタリアはその答えを知ることが出来る。
「(……まぁ、流石にこいつもナタリアの夢を壊すようなことはしないだろ。……なんとなくだが)」
何故そう思ってしまったのだろうか。そのような事は、現状の事を憂いてしまえば詮無き事に早変わり。
一抹の不安は残るものの、アッシュは何か考えを持っているそぶりを見せたラルゴに任せることにした。
「はい。実は、サンタというのは一人ではないんですよ」
「まぁ、そうだったのですか!」
「(まっ無難の判断だな。ここで『サンタ何て居ないんだぴょ~ん』とか言いやがったらボコボッコにしてたぜ)」
一体あの恰幅の良い男がどうしてそう言うと思えるのか。色々な意味で疑り深いアッシュであった。
「『サンタ』……それはクリスマスで子供たちにプレゼントをあげることを運命づけられた、選ばれし人間たちの集う組織『SANTA』の事…」
「うんうん……はぃ?」
「そして今日、幸運なことにあなたは何やかんやで当たりクジを引き、何やかんやでそこの燃えかすサンタがもう一本ついてきたのです」
「てめぇちょっと待てぇぇぇぇぇぇ!!」
「ぐふ……おい燃えかすサンタ、何をするんだ。先ほどまでオレは特A級の言い訳を話してたんだが」
「ふざけんなよてめぇ!どこが特A級の言い訳だ!『SANTA』なんて組織存在してねーよ!しかもアタリが付いたからもう一本ってそれ、ただのアイスキャンディー原理じゃねーかよ!誰がそんなもの信じやがるんだ、そんなボロいハリボテのような言い訳!」
「メリ……彼女を良く見てみろ」
ラルゴにそう言われ、アッシュはナタリアの方を向いてみる。すると……
「まぁ……いつアタリを引いたのかは分かりませんが、今年は2人も来て下さったなんて…素敵なサプライズですわ!」
「信じちゃってる~~~~!!」
流石はナタリアと言ったところか。すっかり信じてくれていた。
「な?」
「な?じゃねーよ!あんな危ない言い訳で信じてくれたの奇跡のようなモンだろうが!別の奴だったら完全に今通報されてたぞ!」
「(ふっ…メリルの純粋な心は菩薩並みの寛容さを持っていたということか)」
「(…まぁ、そこはナタリアは菩薩並みの寛容さを持ったヤツだからな。加えて穢れの無い純粋な心を)」
今更ながら、変な所で共通の思いを持っている二人だ。
「あぁっ申し訳ありません。私だけ興奮してしまって……とにかく今日は宜しくお願いしますわ」
「こちらこそ。それでは早速、この熊サンタからのプレゼントですが……」
「って待ちやがれ!」
「びんっ!?貴様……いきなり殴るとはどういう事だ!」
「何ぬけぬけと先にプレゼントを渡してやがる!俺が先にナタリア……くんにプレゼントを渡すんだ!」
「ええぃ、一々突っかかるサンタだ!」
「てめーが言うな」
「2人のサンタさん、どうか喧嘩はおやめください!」
「「ごめんなさい!僕たちは仲良しでっす!」」
鶴の一声ならぬナタリアの一声。彼女から制止がかかればこの通り、仲良く腕を組み合う程仲良くなってしまった。
「仕方あるまい……ここは平等にじゃんけん勝負と行こう。……念のため3回勝負だ」
「ふん、いいだろう。ついでに赤旗上げたり白旗あげたりするか?それなら俺は誰にも負けんぞ」
「お前ミ○モニ。好きだろ」
――――――
「ふっ、どうやら俺の勝ちのようだな。燃えかすサンタよ」
「くっ、旗上げと語尾にぴょんが付きさえすれば勝てたってのに……」
「なんで」
「ではまず、私のプレゼントから……」
そう言うと、肩に背負っていた袋を床に下ろすラルゴ。そして袋の口を開けて中のものを探り始める。
その袋を見たアッシュは怪訝に感じた。やけに袋の膨らみ具合が大きかったからだ。
「おい熊サンタ、それ全部ナタリア……くんのプレゼントじゃないだろうな?」
「馬鹿を言うな。これはアレだ、他の子どもたちの分だ」
「お前他の子どもの事など知らんって言ってなかったか?」
「貴様アレだぞ、オレがいつそんなこと言った?何時何分何十秒、地球が何周回った日?」
「うぜぇ。子供かてめぇは」
「(…本当はサンタらしい雰囲気を出すためのカモフラージュなんだがな)」
袋を探り出して間もなく、ラルゴは袋の中を探る手の動きを止めた。そしてそのままナタリアに話を吹っ掛ける。俗にいう前フリのようなものだ。
「メリ……ナタリア君、君は動物系は好きかな?」
「えぇ、犬にチワワにダックスフンド、ゴールデンレトリバーにセントバーナード…どの動物も好きですわ」
「それ全部犬!犬が好みの枠独占しちゃってるから!」
思わずアッシュもツッコミに回ってしまう程の、見事な犬揃い発言。
「ではこのジャポ○カ学習帳をプレゼントしよう」
「何でそこに行き着いたんだよ!動物が好きかどうか聞いたなら、動物関係のプレゼント用意するだろそこは!」
「良く見ろ。このノートの35ページ目には犬のシールが1枚貼られている。犬好きの皆さん大喜びの逸品だぞ」
「粗品じゃねぇか!シール一枚貼ったノートがプレゼントってどんだけケチってやがる!」
「仕方ないだろう、今日はジャ○ニカ学習帳とランドセル、あとは学生服しか持って来ていないのだからな」
「お前ただの新入生を全力で支援するオッサンじゃねぇか!」
そもそも、何故カモフラージュのプレゼントがすべてそれなのか。ラルゴなりの考えがあったという事で納得しておくことに。
と言う訳で、次はアッシュがプレゼントを渡す番である。彼も先ほどのラルゴ同様、自身が持参してきた大袋の口を開き、中にあるものを漁る。
「ん?他の子供たちにもプレゼントを渡して来たと言っていたが、貴様のプレゼント袋も随分大きいではないか」
「ふん、それはあくまでこれまでの総数を言ったまでだ。今年はまだ数件程度しか回っていない」
そう言うアッシュの袋の中には、大量の綿(わた)が敷き詰められていた。が、ナタリアとラルゴに気付かれてはいない様子。
そしてアッシュもナタリアに渡すプレゼントを綿の中から見つけたのか、ゴソゴソと探る漁り手を止めた。
「ナタリア…くん、君は確か新しい冬着を欲しがっていたね?」
「はい。今まで来ていた服が小さくなってしまいまして…今年の冬も寒いと聞きましたし、そろそろ新しい冬着が欲しいと思っていた所でしたの」
「俺…じゃない、燃えかすサンタからはこのニットセーターをプレゼントしよう」
「まぁ!素敵なデザインですわ、ありがとうございます!」
桃色のニットセーターを手渡され、そのプレゼントを見たナタリアはラルゴの時よりも遥かに上機嫌そうに喜ぶ。彼女の笑顔に心癒されたアッシュの顔も思わずにやけ気味に。
そのやり取りを見ていたラルゴは、面白くなさそうであった。先ほどの自分のプレゼントは流れであやふやになってしまったため、ナタリアの喜ぶ姿を見られなかったからであろう。
「おい貴様、なぜメリ……ナタリア君が新しい冬着を欲しがっていることを知っていた?」
「ふん、サンタと名乗るなら情報収集くらい充実させておけ。だからてめぇは新入生支援野郎なんだよ」
「貴様……まさかナタリア君の部屋の窓にへばりついて、こそこそと聞き耳を立てて情報を仕入れていたんじゃないだろうな」
「ばはん!?バババ、バカ野郎!俺がそんなストーカーみてぇな事するわけねぇだろうが!」
してました。
「そ、そう言うてめぇはどういう情報収集してやがる?まさか自分がいま言ったことをやってんじゃねぇのか?」
「貴様こそ馬鹿を言うな。俺はちゃんと使用人に扮して内部から情報を集めておいた」
「使用人になりすましたという事か……」
「使用人というか、メイドだがな」
「冥土へ堕ちやがれぇっ!」
「だぷ!?」
決して想像してはいけない物を頭に思い浮かべてしまい、アッシュは咄嗟にラルゴの持ってきたプレゼント袋を持ち、彼の頭部に叩き付ける。
だが、目の前の元凶を叩き潰しても頭に浮かんでしまった忌わしき姿が強烈過ぎて消えない。巨漢の白ひげ男が、メイド服を着る姿を……
「てめぇ今すぐ俺の脳内に残存している、醜悪な姿の化け物をデリートしやがれ!」
「化け物を一々妄想するとは……お前は変態か」
「その言葉、まるっとコピーしててめぇに送り返してやるよ」
ラルゴのメイド姿談義は一先ず置いておくことに。
「で、俺……じゃない、燃えかすサンタからナタリア……くんに、もう一つプレゼントがある」
「それは……ケーキ?」
アッシュが両手を使って持っている物、それはワンホールサイズの苺のケーキであった。
「折角のクリスマスなんだ。プレゼントだけでは味気ないと思ってケーキの方も準備させてもらった」
「貴様、サンタの分際でメリ……ナタリア君のポイント稼ぎをしているな!?」
「何でキレてんだよてめぇ。そういやさっきから思ってたんだが、こい……ナタリアくんの名前を言う度にメリ…って言いかけてるが何なんだ?」
「(ギクッ!)」
アッシュの指摘に対し、気まずそうに反応するラルゴ。
「そ、それはアレだ…メリーポピ○ズ面白いねって言おうとしていただけだ」
「そこはメリークリスマスだろうが!いやメリーポピ○ズ面白いけどよ!」
「そんなことはどうでもいい。とにかく、ポイント稼ぎ狙い丸出しのそのケーキはボッシュートとする。よこせ」
そう言うやいなや、ラルゴはアッシュの持っているケーキに手を伸ばし、強引にそれを奪おうと引っ張り始めた。
勿論、アッシュも大人しくラルゴに渡す義理も無いのでケーキを死守し始める。
「てめ、その手を放しやがれ!」
「喧しい!俺は(貴様がナタリアと交際しようなどと)決して認めんぞ!」
「何をだよ!」
「この泥棒猫!」
「泥棒じゃねぇっつってんだろ!」
「ちょっぴり砂糖があるだけでぇ!!」
「いや急に何の話!?」
手元ではケーキを取り合いつつ、やいやいと口喧嘩を始めたアッシュとラルゴ。
「燃えかすサンタさん、熊サンタさん!喧嘩はお止しに――」
二人の喧嘩を止めようと、ナタリアが一歩前に進み出て先ほど同様収めようとする。
すると、言葉を言い切る前に部屋の扉が開かれる。
「ナタリア様、何やら騒がしいご様子ですが一体何を…」
「「あ」」
二人のサンタの素っ頓狂な声がシンクロする。
二人の意識が部屋に入ってきた使用人の方へと向いた瞬間、手元のケーキが反動で大きく跳びあがった。
そして綺麗な放物線を描いて落ちていくケーキの下には…
―――ベシャッ!
「「あっ!?」」
「ナ、ナタリア様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
宙に弧を描いて行ったケーキは、王女であるナタリアの上へと落ちていった。頭からケーキを被ったナタリアの姿は見るも無残、頭部がクリームとスポンジまみれとなってしまっている。
「貴ぃ様らぁぁぁぁぁ!!ナタリア様にぃ…何という事をしたのだぁぁぁぁぁ!!」
「ち、違う!オレたちの話を――」
「喧しいぃ!大体何で此処にサンタが二人もいるんだぁぁぁ!」
「お、俺は悪くねぇ!俺は悪くねぇ!全部重力が悪いんだ!」
「問答無用!貴様ら、国王の御前に差し出して処刑してやるぅ!」
「「た、退却~~~~!!」」
使用人の憤怒に恐れをなし、アッシュとラルゴはお互い入ってきた窓へ滑り込むように飛んでいき、外へと飛び込んでいった。
「ナタリア様!ナタリア様!お怪我は在りませんか!?」
「…………」
使用人の呼びかけに反応せず、ナタリアはただ、己の頭にくっついたクリームを手に付け、それを呆然と眺める。
「ふ…ふふふ……ははは…あはははははは!」
突然の事であった。使用人はその出来事を目の当たりにし、訳が分からなくなってしまった。
頭にケーキを被せられたのに、嫌な事のはずなのに、彼女は笑っていた。それも不敵な笑いなど微塵も無く、心の底から生じた純粋な笑いであった。
「ナ、ナタリア様…?」
「あはは………ふぅ。私、これほど楽しい時を過ごしたクリスマスは今までありませんでしたわ。今日のクリスマスは一番記憶に残る程の、非常に思い出深いものとなるでしょう」
「え、えぇ!?で、ですがケーキの件は……」
「私、聞いたことがありますわ。年末にパイを顔に投げられた方は、翌年一年は無病息災、常に健康でいられると」
「いや、初耳なんですけど!それにそれパイじゃなくてケーキ!」
頭や肩にケーキ(だったもの)をつけながら、ナタリアはアッシュが飛び込んで行った窓に近づいていく。そして窓の前まで到達すると、窓の外に広がる雪降る空を見つめる。
「燃えかすサンタさん、熊サンタさん……素敵なプレゼントをありがとうございます」
そう呟いて空から目を離し、ナタリアは両腕を使って窓を閉めた。その窓には、クリームとスポンジ、そして苺で派手に汚れている少女の顔が映し出される。
少女の表情は、確かに笑っていた。
「……メリークリスマス、ナタリア」
「……メリークリスマス、メリル」
城の外で即席雪だるまが二人、聖なる夜を祝う。
―――――終わり
ラルゴのメイド姿……あ、いや、なんでもないです。
それでは、次回もお楽しみに!
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すずは大人になります!
……おや、こんな時間に誰だろう。それにさっきからサイレンがうるさ――。
時が移り変わろうとしている夜中のオアシス。その湖の傍にて、大小二つの影が動きを見せている。
「おい、すず…。あのバカが言ってたこと、あんま気にすんじゃねーよ」
「いえ、私はあくまで自分の我を貫き通すのみ…チェスターさんこそ無理に付き合う必要はありません」
二つの影の正体は二人の人間。一人は忍び装束を着た少女、藤林すず。もう一つは青色の髪を後ろに束ねた青年、チェスター・バークライト。
「いや、お前をこのままほっとくとどんな無茶すっか分かんねーしよ…っていうかホントにやるのか?」
「はい。チェスターさんこそ、アーチェさんを襲ったりしなくていいんですか?」
「しねーよ」
「あぁ、すいませんでした。襲うのはミントさんでしたね」
「それもちげぇ。てかクレスに殺される」
「では…クラースさ―」
「同性愛には絶対目覚めねぇぞ」
「え」
「え?じゃねぇ!なんで『意外ですよ、それ』みたいな表情してやがんだ!」
「…まぁとにかく、私はこのまま止めるつもりはありません。必ず成し遂げて魅せます」
すずの決心は固い。このまま説得しても、頑として止めない空気を漂わせている。
「(はぁ…クレスといいアーチェといい、うちのメンバーは頑固な奴ばっかだな…)」
チェスターの脳裏に、何年間も一緒に過ごしてきた幼馴染みや、ちょくちょく自分のことを小馬鹿にする少女の顔が浮かび上がる。
この手の人物には、今のままでは何を言っても聞かないという事を感じていたチェスターは、せめて彼女が危なっかしい行動に出ないよう、ひとまず様子を見ておくことにした。不安な事に変わりはないが。
そんなチェスターの心境もいざ知らず、すずは後ろ髪を纏める髪留めを結び直し、気持ちを改めて気合を入れる。そして星が一つ一つくっきりと見える夜空に向け、一言。
「すずは立派な忍者…もとい、立派な大人になってみせます!」
「(またメンドくさそーな事になる気が…)」
この小さな少女が主役の短劇は、フレイランド砂漠の中にあるオアシスにて起きたある一件がきっかけとなり、始まろうとしている。
時は少々遡り、数刻ほど前に遡る……
数時間前、フレイランド砂漠のオアシスにて。
魔王ダオスを…だお(自主規制)倒すため、クレス一行は船で海を渡り、大陸で最も大きな砂漠へとたどり着いた。そしてその道中に砂漠旅の生命線とも言える存在、オアシスを発見し、一行はそこで休息のために野宿をする事にした。
太陽が沈み、気温が下がっていく夕刻頃、6人は早めに休むために夕食をとる事にした。そしてそのメニューは……
「…………」
すずは両手に乗せられたお皿に盛られた料理をまじまじと見つめる。
とろみのある深赤色の液体の中にニンジンやジャガイモ、牛肉などが含まれており、その傍らに白いご飯が添えられている。そこから発生する湯気が、料理を見ているすずの頭上をふよふよと上っていく。
そう、今晩の夕食はカレーライスだ。
「うん、やっぱりミントの作ったカレーはすごく美味しいよ。おかわりはあるかい?」
「ふふ…今日のカレーライスは少し辛すぎたんじゃないかと思いましたが、嬉しいです。今日は少し多めに作りましたので、皆さんもどんどん食べて下さいね」
「ガツガツモグモグ……う~ん♪やっぱカレーはこんくらい辛くないとね!ミント、あたしにもおかわりちょうだい!」
「全く…もっと落ち着いて食べないか、アーチェ。…しかし、今日のカレーライスはスパイスが効いていて食欲が進むな。これは確かに美味い」
ミント作のカレーライスに舌鼓を打つ者達が続出。料理の味を高評価しつつ、次々と料理を食べていく。
すると、すずの隣にいたチェスターが彼女の様子に気付いた。スプーンに料理をつけた形跡が無かったため、彼女がまだカレーライスに手を付けていないのが直ぐに分かった。
「どうかしたのか?すず。腹でも痛いのか?」
「失礼な。私は妊娠なんかしていません」
「陣痛の心配なんかしてねぇ。っていうか腹どころか胸すら膨らんでねぇじゃうぎゃあ!?」
「ああチェスターさん、その眉間の装飾品、中々お洒落ですね。特に顎に向かっていく赤いラインが素晴らしいです」
「いきなり眉間に手裏剣ぶっ刺すヤツがいるか!?」
そんなやりとりに区切りをつけ、改めてチェスターはすずに問いかける。
「で、さっきからずっとカレー見つめてたが…嫌いなもんでも入ってたか?」
「いえ、なんでもありません。いただきます」
すずは先ほどまでの自分の違和感を悟られない様、平静な態度でチェスターの疑念を晴らす。そして何事も無かったかのようにカレーを一口食べると…
「~~~~~~~!!?」
「おぉぉぉい!?すずぅぅ!何いきなり湖に飛び込んでんだお前ぇぇぇぇぇ!!」
チェスターの叫びと豪勢に吹き上がった水柱に気付いたチェスター以外の4人も異変に気づき、彼に続いて湖の淵に駆け寄った。
「すずちゃん!?一体どうしたんだい!?」
「な、なんでもありましぇん……今なら魚ににゃれる気がして…」
「忍者じゃなくて!?」
「というか、別に魚になりたいという願望は無かっただろう、お前さん」
「いえ…『忍びたるもの、魚を目指せ』と父上が…」
「父親の意図が全然分からないんだけど」
すると、すずの言葉に違和感を感じていたアーチェが不意にすずに質問をする。
「もしかしてすずってさ…辛いのが苦手?」
「(ギクッ!)」
図星。アーチェの指摘はすずの心にブスリと突き刺さる。
「ご、ごめんなさいすずちゃん。まさか辛いのが苦手だとは知らずに…」
「そ、そんなわけありません。辛い食べ物なんてこれっぽっちも苦手ではありません」
「じゃあもう一回さっきのカレー食べてみる?」
「嫌です」
「即答!?」
くらーすも反射的にツッコミを入れる程の即答。それほどまでに辛い食べ物が嫌いだという事が、5人にはすぐ理解できた。
「あっはっは!大人ぶってはいるけど、やっぱりすずもまだまだ子供って事よね~♪」
「ち、違います!断じて違います!」
「けど辛口のカレーも食べられなんじゃね~、大人っていうにはちょっと遠いんじゃない?あっはっはっは!」
「くっ」
「72」
「くっ」
「関係なくね!?」
そして現在
「…あそこまで言われてしまっては、次期頭領である私の面目が立ちません。明日の朝までに『私が大人である証拠』を確立させ、アーチェさんの発言を撤回させてもらいます」
「いや、どう考えてもアイツよりお前の方がよっぽど大人だぞ?精神面とか、身体面は…まぁ、その、うん」
「いえ、カレーも碌に食べられない様では、私もまだまだ子供という事です。身体面は…はい、ええ」
「(あ、フォロー無理だったな)」
自分で取り出した話題だったが、僅かながらもアーチェに同情したチェスターであった。
「…で、大人になるって言っても実際には何やるつもりなんだ?」
「…やっぱりチェスターさんが『大人になる』っていうワードを言うと、何だかいやらしく聞こえます」
「どういう意味!?」
「それは置いておくとして、まず私が挑戦するのは…」
STEP1.大人な辛口カレー(当社比30倍)を食す
「いや待て待て!お前さっきカレー食ってぶっ倒れたじゃねぇか!何でまたカレー食うんだよ!」
「いや、口の痛みも大分引いてきましたし、今ならイケるんじゃないかと。それにやはり、辛口カレーを完食する事こそ大人になるという事だと思いまして」
「さっきの晩メシより辛いもん食うのかよ…」
「という訳でチェスターさん、料理お願いします」
「俺が作るのかよ!?」
そして何やかんや文句を言いつつも、チェスターは何やかんやでカレーを作り終えた。
「なんやかんや…?」
「なんやかんや、です」
改めてチェスターが作ったカレーを見てみることに。ルーの色が夕飯のカレーよりもかなり赤黒い姿をしており、危険色一歩手前といった空気と匂いを漂わせている。一応チェスターは従来のカレーの辛さ30倍を意識して作ったつもりだが、確実に誤差が生じているだろう。
「では…早速いただきます」
手慣れないスプーンでカレーを掬い(ルー多め)、そしてそれを一口。
「×○△□☆♨!?」
「あ」
やはり駄目だった。
口に入れた瞬間、顔を真っ赤に染め上げたすずは、誰にも通じない言葉を放ちつつ、湖
へ飛び込んだ。
「また湖に飛び込みやがって…今はアーチェの魔術使えねぇから服が乾かねぇぞ」
「っ!失念していました…このままではびしょ濡れの私の姿にチェスターさんの理性が吹き飛び、本能のままに襲われる可能性が…」
「お前さっきからどんだけ俺にエロエロ野郎のイメージ定着させようとしてんの!?しねぇからそんな事!」
「ですがチェスターさん、以前アーチェさんたちが入っていた女湯を覗いてたと聞きましたが」
「別にアーチェの裸を覗くつもりはなかったぜ。ターゲットはミントのはだぶふぉあ!?」
「あ、後ろから魔神剣が直撃しましたね」
「殺される……数百メートル先のテントで寝てるはずの親友に殺される…」
「寝て撃ったんですか、魔神剣を」
愛の力ってスゲー。
STEP2.大人な体つきになる。
「どう考えても無理だぎゃあ!?」
「あ、眉間の装飾品が取れていたので新しいのを付けさせていただきました。それも似合ってますよ」
「付けるたびに血まみれになるアクセサリーなんかいらねぇよ!手裏剣の次はクナイかよ!」
「次回はまきびし。次々回は爆弾です」
「2つ目からいきなりレベルが跳ね上がってる!?って、俺が言いたかったのはそうじゃなくて、一日も無いのに大人の体になるっていうのは流石に不可能だろってことだよ!」
「勿論、分かっていますよ。ですからこれは今後の目標ということにするんです」
「…あれ?俺ってもしかして刺され損?」
「はい」
そもそも、刺されて得になることなどないのだが。
STEP3.礼儀正しい、清楚な作法を心得る。
「大人の女性は礼儀が正しくて清楚な印象が窺えますからね。私もそれらしい作法を身に着けようかと」
「あぁ、ミントみたいにか」
「そこでミントさんの名を挙げるとは…やはりチェスターさんの本命はミントさん…」
「だからちげぇ!またクレスに殺される!」
「まぁ冗談はさておき、取り敢えず挨拶を清楚に振る舞ってみます。…ごほん」
一息ついたすずは、チェスターの方をくるりと振り向くと、スカートの両端を軽く持ち上げるモーションをし出した。
「チェスターさん、ご機嫌麗しゅう」
「…ぷふっ」
「忍法・雷電!」
「あべ!?」
すずの放ったクナイはチェスターの頭に直撃し、更に雷が追撃を掛ける。
「どうして今ので笑うんですか」
「いや…全然似合ってねぇからあんぎゃ!?」
「そうですか、まきびし似合ってますよ」
「待て待て落ち着け!次の爆弾は絶対に止めろ!もう茶々入れねぇから!」
「しかし…そんなに似合ってませんでしたか?今の」
「あぁ…アレはどっちかっていうと煌びやかなドレス着たお姫様がやるような仕草じゃねぇか?びしょびしょの忍び装束でやっても不自然極まりないぜ」
「なるほど……だからといってびしょ濡れの私を見て鼻血を流さないでください、いやらしい」
「おめぇのまきびしで血が眉間から鼻に垂れ落ちてるだけだよ!」
STEP4.リーダーシップを身に着ける
「私たちのメンバーで大人と言ったらクラースさんです。大人は子供を先導するのが基本ですから、リーダーシップを身に付ければきっと…」
「けどクラースの奴、基本的に戦闘はクレスに任せっきりだぜ」
「………」
「一応、色々知ってる事が多いから道を教えることはあるけど、『俺について来い』みたいな時は殆ど無かったぞ?」
「………」
「………」
「…チェスターさん」
「…なんだ?」
「大人って…みんなああなんですか?」
「いや、違うんじゃないか?」
STEP5.クレスになろう
「おい待て!もうこれ大人になること関係ねぇだろ!なんでいきなりクレスになろうとすんだよ!」
「ミントさんのカレーが食べられて、剣術師範代として立派な体つきで、礼儀正しくて、リーダー的存在。もうクレスさんを目指す方針でいきます。クレスさん=大人、大人=クレスさん、エロい=チェスターさんという方程式でいいじゃないですか」
「ちゃっかり俺の方程式を加えんな!」
「取り敢えず、魔神剣の習得から始めようかと。というわけでチェスターさん、実物をもう一度見たいのでここでミントさんへの愛を叫んで、クレスさんに殺されてください」
「そこはせめて魔神剣喰らって下さいだろ!どっちにしろ絶対断るがな!」
「そうですか…残念です」
しょんぼりと小動物のように項垂れるすず。だからといってチェスターは親友に殺される道を選びはしない。
「しかし、これでは私はクレスさんになれません。なんでしょう、ダジャレセンスを身に付ければいいですか?」
「アレにはねぇだろ」
「ですね。これっぽっちもありません」
一方その頃、離れたテントで寝ていた一人の青年の目から一筋の涙が零れていた…
**翌日**
オアシスにて野宿をとった一行は、目的地に向かって再び進行し始める。
「さぁみんな!出発しよう!」
「はい!」
「オッケー!」
「うむ」
「おう」
「はい」
クレスが昨日見た夢の話についてミントたちに話している後ろで、チェスターとすずは足を並べて歩いていた。
「で、すず。結局どうすんだ?まだ大人になること、諦めてねぇのか?」
「…チェスターさん、一つ思う事があるのですが」
「なんだ?」
「昨晩、色々なことをやって気付いたのですが……大人になろうとしている時点で、それは自分が子供であると認めている、という事になりますよね」
「…あぁ、そうだな」
「ですから、私は…今はまだまだ子供です」
そんなすずの言葉を聞いたチェスターは、驚いたように若干目を見開いた。
「意外だな。てっきり『私はもう大人ですから、そう言う事にはこだわりません』とか言うのかとおもってたぜ」
「それこそ見苦しい言い訳です。私は辛口カレーすら満足に食べられないお子様です。チェスターさんをうまく誘導してクレスさんに殺されるように仕向ける事すらままならない程、未熟です」
「やめて」
「ですから私は…これから色々事を学び、身体的にも精神的にも成長してから立派な大人になります。子供でいられる時間は限られているのに、今から大人と言い張るのは凄く勿体無い様な気がして」
「……そっか」
晴やかな顔で語られた、すずの思い。彼女の思いを感じたチェスターは、ただそれだけ口にした。
「すずは……いつかきっと、立派な大人になって見せます!」
今はまだ実りの気配すら見せない、小さな蕾。
だが、いつか必ずその蕾は花開き、美しい姿を咲き誇らせることが出来るだろう。
「…それに、急いで大人になろうとすればクラースさんみたいな大人になりそうですから」
「だな」
「へぷしっ!」
―――――終わり
最近喉の調子ががが……仕事中に咳は控えたいのだけれど。
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王はこれでも真剣に悩んでます。
※一部登場しない人たちもいます。ソーディアンとかソーディアンとか。
「ウッドロウさん、みんなを急に呼び出してどうしたんだろうな?」
スタンがふと不思議そうに呟いた。
彼の周りにはかつて旅をしてきた仲間たち、ルーティ、フィリア、マリー、チェルシー、コングマン、ジョニーがいる。
彼らが現在いるのはファンダリアの王都、ハイデルベルグにそびえ立つ王城の一室。外は深々と雪が降っており、見るからに寒そうな雰囲気を窓の景色から伺えさせられる。それとは対照的に部屋には暖がとられており暖かい状況である。
「さあ?人を呼び出しといて待たせるなんて……早く用事を済ませてほしいんだけどね」
スタンの呟きに返しを入れたのはルーティ。少しばかり不機嫌そうな様子である。
みんながウッドロウから呼び出しを受けたのは2日前。一部のメンバーはそれなりに用事があったのだが、現役の王からの呼び出しということもあって予定変更やスケジュールをとって来たのである。
その一人であるルーティも今日は子供達と買い物に行く予定だったが、今回は孤児院のシスターに任せていったのである。
「急に私たちを呼ぶということは……何か事件でしょうか?」
「事件っていってもなぁ……アクアヴェイルにはそんな話入ってないんだけどな」
「フィリアさん、ご安心ください!俺様もフィッツガルドにいましたが事件があったとは聞いておりません」
「私も、ダリスと共にファンダリアで過ごしていたが事件はなかったぞ」
フィリアの『事件』という言葉に反応し、ジョニー、コングマン、マリーがそれぞれ最近の故郷の様子を報告する。どうやら3か国には事件の様子はなかったようで、それを聞いたフィリアは安堵の息を漏らす。
「チェルシー、あんたは何か聞いてないの?」
「いいえ、わたしも全然……」
ルーティに尋ねられたチェルシーは首を振りながら否定をする。
ウッドロウを誰よりも敬愛している彼女なら、今回の招集が何なのかを知っているかと思われたが、彼女も今回の事態を知らないらしい。
誰もが呼ばれた理由を掴めない中、部屋の扉が突然開き、誰かが入ってきた。
「みんな、待たせてしまって済まない。よく来てくれたね」
現れたのは穏やかな笑みを浮かべたウッドロウであった。部屋に入ってくるその様は悠然としており、やはり彼は王なのであると全員が改めて自覚させられた。
「……で?早速だけど、あたしたちを呼んだ理由って何なの?」
「今回君たちを呼んだのは他でもない、実は今深刻な悩みを抱えている。そこで皆に相談に乗ってほしいのだ」
「俺たちはもちろん構わないですけど、その悩みっていうのは…?」
スタンが代表してその悩みを聞き出す。その言葉を聞いたウッドロウは一瞬嬉しそうに微笑み、すぐに真剣な表情に戻って話し始める。
「私は…目立ちたいのだ」
『……は?』
ウッドロウの言葉を聞いた全員が素っ頓狂な声を上げる。
「いや、だから目立ちたいのだよ」
「帰る」
「ま、待ってくれルーティ君!」
「離しなさい!そんなアホみたいな理由であたしら呼んだわけ!?」
「アホとは心外な!これは私の人生を左右するほどの大事なのだ!」
「いや、目立ちたいのどこにそんな重要性があるってのよ!?」
とりあえずルーティを落ち着かせたウッドロウは詳細を話し始める。
「私はこのデスティニーの作品、多くのところで活躍したのではないかと自負している。パーティキャラの参加も私が一番だ。知識も豊富だし地位も王族、顔もなかなかイケメン。どうだね?」
「あたしに振るな!」
口元から現れた歯をキラリと光らせ、ルーティの方に顔を向けるウッドロウ。ヴァン師匠を思い出してくれるほどのスマイルである。
余談だが、先程から苛ついてるルーティは内心ウザいの一言で一蹴していた。
「だが…外伝作品ではそのスキルをあまり輝かすことができていない!さらには空気王などと呼ばわれ、多くの場でそれをネタにいじられてしまう、コンチクショオめ!!」
「ちょっと~、落ち着いてくんない?普段使わない言葉まで使ってるわよ」
「というわけで、今回は私のイエージ改じぇん…」
「興奮して口が回ってないんだけど?」
「……今回は私のイメージ改善のため、みんなの力を借りたいのだ。協力してくれないだろうか?」
それを聞いたスタンは拳を力強く握りながら返答をする。
「当たり前ですよ、ウッドロウさん!俺たちは仲間じゃないですか!俺たちに出来ることだったらいくらでも協力します!」
ほかのメンバーも、そうだそうだとスタンの言葉に賛同する。
しかし、やはりまだ納得していない人が約一名いた。ルーティである。
「あたしは嫌よ!どうしてあたしがそんなことしなきゃなんないの?もうちょっと真剣な内容だったら乗ってあげたんだけどね」
「何を言う。私にとってはかつてのミクトランとの戦いが霞んでしまうほどの重要な事なのだ」
「どんだけ苦労したと思ってんのよ!?あの戦い!」
「別に戦闘メンバーに入れてもらえず、サポートタレントですら使ってくれないことを根に持っているわけではない」
「レベル上げの妨げだしね、あんたのサポート」
ウッドロウのサポートは見張り。つまり敵との遭遇率を下げてしまうという戦い好きの人がガックリしてしまうものである。そんあわけでサポートに回ったことが殆どない彼。
「ジョニー君がサポートタレントで歌いっぱなしじゃ疲れると思い、気を利かせてこっそり変わろうとしたが無駄だった……!」
「どうりで途中で控えが騒がしいと思ったわ。とにかく!あたしは帰るから、あんたたちで勝手にしてちょうだい!」
「しかたない…ルーティ君、これを」
「?何よ、この紙……」
ウッドロウから長方形の小さな紙を2枚手渡されるルーティ。怪訝な顔で受け取りながらその中身を確認すると……。
「ま、まぁちょっとくらいなら……いいかな?」
「そうか、それは良かった」
なんと、急に気を変えてきた彼女。ルーティから参加の意を聞いたウッドロウは嬉しそうに微笑む。
「なあルーティ、何をもらったんだ?」
「えー?別にー、子供服の格割チケットと商品のタダ券もらったとかそういうんじゃないからねー?」
「う~ん、じゃあ何なんだろうな?」
そういう訳で、ここからウッドロウのイメージチェンジ大会議が開かれるのであった。
まずウッドロウが指名した人物。それは……
「ではまずスタン君、いい案は無いかね?」
デスティニーの主人公、スタン・エルロン。天然おバカキャラ、重度の寝坊助、田舎出身らしい発言等という数々の個性を持ちえた人物。さらには数々の作品にゲスト出演を果たしている。
スタンは自信満々に自分の案を話し始める。
「やっぱり、決め台詞があると良いんじゃないですか?ほら、ファンタジアのクレスだって『僕は…ダオスをだおす!!』っていうのがあるし」
「なるほど…確かに一理あるな。月に代わって…とかも非常に有名だ」
「せめてテイルズ内で例を挙げなさいよ」
納得のいったウッドロウは早速どんな決め台詞にしようか考えることにした。
「クレスはダオスの名前でダジャレを言った……。ならば私も宿敵ともいえるグレバムで考えることにしよう」
「それ単なるパクリだし!てかミクトランはどうしたのよ!」
「戦ってないから宿敵としては認識できない。印象に残らないのだ」
「本人聞いてたら泣いてるわよ……」
既に倒されてここにはいないミクトランに僅かながらの同情をするルーティであった。ものの数秒で同情をやめたが。
その間にもウッドロウは決め台詞開発のために知恵を絞るのである。
「グレ、グレ……グレちゃうもんね」
「いや、意味わかんないし」
「バム、バム……バームクーヘンに、幸あれ」
「ちょっとイクティノスっぽいセリフになったけど!?何バームクーヘンに幸福願ってんの!?」
圧倒的にダジャレのつけ辛い名前にブツブツと呟きながら決め台詞となるような言葉を探していく。忘れてはならない、ダジャレを考えている彼は現役の国王である。
「……ダメだ、まるで思いつかない!」
「あの名前は無理でしょ。思いついた奴の顔が見てみたいわ」
「グレバムなんて影が薄くなればいい!死ね!」
「名前がダジャレ作れないからってそんな敵意抱く?」
「ではルーティ君、君は何かないかね?」
「諦めれば?」
これまた一蹴。
「ならん、私は今日生まれ変わるのだ!」
「イメチェンを大層に言うな!ただの雰囲気替えでしょ!」
「イメチェンを嘗めてはいけない!イメチェンは挑戦の象徴、イメチェンは今の自分との決別!確かにイメチェンを『ただの』イメチェンと思う者にとってイメチェンとはそういうものだろう。…だがイメチェンだ、イメチェンなのだ!イメチェンを『ただの』イメチェンと思わない者にとってイメチェンは飛翔の時なのだ!それがイメチェン!」
「イメチェンイメチェンうっさい!てかどんだけ熱く語るのよ!」
結果的にルーティからの案は無ということで、ウッドロウは次の人物を指差す。
「どうかね?マイソロ2では私と共に出番がないと訴えた同志、フィリア君」
「いろいろ余計です、ウッドロウさん」
3人目はフィリアであった。おさげ、知的、眼鏡、おしとやか…属性のフルコース状態の彼女はウッドロウの台詞が癇に障りながらも笑顔で対応する。
「そのキャラだけが持つ、特殊能力についてはどうでしょうか?リバースのメンバーたちは全員が特定のフォルスを扱えますし」
「なるほど…確かにそれもありだな」
「というわけで…」
そう言いかけるとフィリアは自分の懐を漁りだし、何かを取り出してきた。
……鮮やかな緑色の液体が入ったフラスコであった。
「私が新開発したこれを飲めば、ウッドロウさんに自分だけの特殊能力が生まれるはずですよ」
「え!?ちょっとフィリア!なんかそれ嫌な予感しかしないんだけど!」
「緑か…風属性の私にはぴったりの色合いだな」
「いや、色で判別しちゃダメでしょ!」
「これで私は変われる…いざ、ゆかん!」
「どこに!?天国に!?」
グイッと一気にフラスコを傾け、自分の喉に一気に緑の液体を流し込むウッドロウ。その様はどこか男らしい豪快さがあった。
そしてウッドロウは液体をすべて飲み干し、口元を手の甲で拭って一息つく。
「これで私は特殊能力を手に入れられたでゲス?」
『……ゲス?』
フィリアはウッドロウの様子を見ると、残念そうにゆっくり口を開く。
「どうやら失敗のようです……語尾に『ゲス』がつけられただけみたいです」
「いや、めっちゃ痛々しいんだけど!?」
語尾に『ゲス』をつける王様に見ていられなかったのか、とりあえず解毒薬をウッドロウに飲ませる一同。
**少しして**
「では気を取り直して、コングマン君、君の意見を聞かせてほしいザマス」
「なんか悪化してるんだけど!解毒したんじゃないの!?」
「どうやら度重なる薬の服用で副作用が生じたようですね……」
「冷静に分析してるけどちっとも悪びれてないわよね、アンタ!」
「そんなことありませんわ。今度お詫びに別の薬を提供しますから……」
「……」
天然なのか、それとも先ほどのウッドロウの発言を根に持っているのか、フィリアの思惑がイマイチ分からない。どちらにせよ恐ろしいが。
とりあえず場面を戻す。ウッドロウに指名されたコングマンは腕組みをしたまま堂々と喋り始める。
「ウッドロウよ、確かにおめぇは剣、弓、晶術を使いこなす万能型だ。だが、まだ決定的に足りねぇものがある……それは体術だ!」
「体術、か……」
「そうだ!これさえマスターすりゃあおめぇは完璧なオールマイティー型へと変貌するにちげぇねぇ!!」
「!……そうか、私に足りないもの……それは体術か!」
「いや、違うと思う」
ルーティの冷ややかなツッコミが入ってくるも、意気揚々としている2人の耳には全く入っていないようである。
「よし!早速俺様と特訓だ!1対1のガチンコバトルだ!」
「ちょ、あんたチャンピオンでしょ!体術素人じゃ絶対無理よ!」
「ルーティ君、確かに私はまだまだ体術にかけては長けたものではない……。今のままコングマン君に挑んでも勝機がないかもしれない……。だがどんな困難でも諦めず、前に向かって進み続けることで私は、いや、人は成長することが出来る……」
「ウッドロウ……あんた結構いいこと言――」
「――ザマス」
「台無しになったんだけど」
とりあえずウッドロウとコングマンは外にて格闘試合をするために部屋を出て行った。やけにウッドロウの足取りが早かったような気がした。
「ところでチェルシー、あんたは何か案とかあるの?」
「わたしは今のウッドロウ様でも十分素敵だと思います♡」
「ああ、そう……」
そうしていると、外から声が聞こえてきた。先ほどの2名なのだろう。
(じゃあいくぜウッドロウ!おおぅりゃぁぁぁぁ!!)
(ぐああ!!……まだまだ)
(グレイトアアァッパァァァァ!!)
(ぐああぁぁ……)(エコー付き)
(たてぇ!立つんだぁ!ジョ……ウッドロォォォォォォォウ!!)
「……あたしもう帰ってもいい?」
(ならん!まだならんぞ!ルーティ君!)
「どんだけ地獄耳!?ここ4階よ!」
その後も悲鳴(一名のみ)と打撃音があたりに響き渡っていった。王様殴って大丈夫なのかと思うが、本人の意思のもとによる行動なのできっと大丈夫。
**暫くして**
「燃え尽きたよ……ショッキングピンクな灰に……」
「淡く着色すな」
コングマンとの訓練を終えたウッドロウががっくりと椅子にうなだれている。よほどしごかれたのであろうが、良い成果は全く挙げられていない模様。
「ジョニー君、君の意見が聞いてみたい。何か案は無いだろうか?」
「そうだな……外見的な特徴や変わった武器でインパクトを出してみるってのはどうだい?デスティニー2のジューダスは仮面被ってるし、武器ならファンタジアのアーチェはキャラで唯一箒を使ってるし、レジェンディアのノーマはストロー、俺は楽器を使ってるしな」
「武器を変えてしまってはソーディアンではなくなってしまうからな…外見的な特徴を考えてみよう」
「うわぁ……絶対ロクな案が出ないと思う」
良い予感を全く沸かさないルーティとは逆にどんな特徴を加えるべきか頭を捻り始めるウッドロウ。
「そうだな……頭をアフロにしたり頭に小熊を乗せたり、腕をロケットランチャーに改造したりするのもありか」
「そんな奴と街を歩きたくないわよ!」
「小熊は可愛いと思うぞ?」
「そういう問題じゃない!」
「ロケットランチャーだって!すっげぇなぁ!」
「あんたらちょっと黙ってなさい!混乱する!」
マリー&スタンの天然ボケに対してもツッコミをかけていくルーティ。一人でお疲れ様です、本当に。
結局この案もルーティの猛抗議で没となり、次の起案者をウッドロウは示す。
「マリー君、君は何か案がないかね?」
「そうだな……料理が出来る男性というのは立派だと思うぞ」
「もはや目立つとか関係なくなっちゃってるわよね」
そんなことをポツリと零すもウッドロウの耳には届いていない。そのウッドロウも感覚が徐々に麻痺してるのか、納得したように頷いている。
「なるほど、料理の出来る男…確かにいいと思うな」
「目立つとはかけ離れてるわよ。2回も言うけど」
「よし、これで私は今日からクッキングマスターの道を……!!」
突然、言葉を中断して固まるウッドロウ。
「クッキング……くっきんぐ……くうきんぐ……空気ング……空気のキング……空気王……!!いやだぁぁぁぁぁぁ!!」
「何かトラウマこじ開けた!?」
―――――――――――――――――――
「こーた~えが、みつか~らない……」
「何でここで主題歌!?ていうか歌詞がやたらマッチしてるし!」
「どうすれば私は目立つことが出来るのだ……どうしたら……!」
「理由がしょべぇ」
悔しそうに歯を食いしばり、拳を握りしめるウッドロウ。
すると、先ほどまで何か考え事をしていたスタンがそんなウッドロウに声を掛ける。
「あのぉ~ウッドロウさん、一ついいですか?」
「……なんだね、スタン君」
「俺、思うんです」
「……?」
「確かにウッドロウさんの『変わりたい』っていう意志がすごく伝わってきます。けど、どんなにイメチェンしてもそれはウッドロウさんらしくないと思います」
「……!」
徐々に目を見開いていくウッドロウ。
「頭がよくて剣術に弓術、晶術も使いこなして、王様でいてカッコイイ……それがウッドロウさんなんだと俺は思います」
「!……そうか」
何かに気付いたような様子のウッドロウはスタンの傍に近づき、手を差し伸べる。
「私はどうやら間違っていたようだ…。どんなに自分を変えようと、どんなに姿を派手にしても…それは『ウッドロウ』などではない。ウッドロウという存在は…『今の私』しかいないのだ」
その言葉を聞いたスタンは笑みを浮かべ、差し出された手を握り、握手をする。その顔は悩みのない、晴れ晴れとしたものであった。
「ありがとう、スタン君。君のお陰でもう悩まなくてもいいようだ」
「いえ、役に立ったのなら嬉しいです!」
自分はのこれからのキャラを確立させることが出来たウッドロウ。これからも彼は今の自分を貫き通していくのであろう。
これにて一件落ちゃ―――
「……で?この8000字にも渡る件はどうすんの?」
「……考える。答えが出るまでね」
「永久に出ないでしょ!」
……一件落着。
――――終わり
当初は9000文字くらいありましたが、地の文を削ってテンポ改善を画策……その結果、7000文字まで削減することに成功しました!どっちにしろなげぇ!
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バルバトスがアパレルショップで働き始めました。
とある市街地に佇む、一軒の洋服屋がある。
店の名は『凛々の明星(ブレイブ・ヴェスぺリア)』。若きリーダー、カロル・カぺルと副店長のユーリ・ローウェルの二人が切り盛りしており、彼ら以外に従業員はいない。店を開いて早数年だが、現在まで地道に基盤を整えていく経営方針を執り続け、その小さな積み重ねのお陰で、近年、客数は安定してきている。
そこでカロルは、今後の新たな一歩を踏み出す決心をした。それは、新たに従業員を雇用し、徐々に経営規模を拡大していこうというものだった。
前々から相談を受けていたユーリも、時期が良い頃だと踏んでいたため、彼の案に賛同した。
そしてカロルは早速、授業員を一人雇ってきたのだが……。
「(おいカロル……なんでこんな奴を採用したんだよ)」
その新たな従業員と対面していたユーリは、現在不在中の上司であるカロルにかつてない程強い疑問を投げかけていた。
なぜなら……
「今日からここで働くことになった、バルバトス・ゲーティアだぁ。よろしく頼むぞぉ副店長」
青い長髪のウェーブ。筋骨隆々。彫りの濃すぎる顔。そして全身タイツ。
どう見ても不審者でしかない男――バルバトスが、ふてぶてしく椅子に座りつつ自己紹介をし始める。しかもやたら態度がデカい。
興味ない、関わりたくない、変な噂が立つ前に追い出したいという感情が湧き始めたユーリだが、一応これでも上司であるカロルが採用を認めた人物。それを前提として、ユーリはそれらしく質問を試みる。そもそも、それを前提としないと感情に従って殴り飛ばしてしまうから。
「あ~……バルバトス、だったな。お前、他のアパレルショップで働いた経験とかは?」
「暴れるのとチョップは得意だぞぉ」
「帰れ」
危険人物だった。
「あのな、ここは真っ当な洋服店なんだよ。ウチはプロレスラーなんて別に必要としてないんだよ。暴れるとチョップなんて店と客に危害及ぼすだけじゃねえか」
「一つ勘違いしている……俺は『元』無職だぁ。プロレスラーに就職したことなどない」
「すごくどうでもいい。大体何でお前カロル……店長から採用されたんだよ」
「俺のポテンシャルを図り見れば当然の判断だぁ。首筋に得物を突きつけてやれば面接なんて余裕よぉ」
「やっぱり帰れお前。刑務所に帰れ」
その時、ユーリの記憶の中から、昨夜カロルから届いたメールの内容が思い出された。
『明日、新しく採用しちゃった人が来るけど……その日は僕、用事があるからユーリに任せるよ。……本当にゴメン』
文字だけだというのに、最後の一言だけ妙に力が籠っているように感じたのはこれだったのか。そう思い、ユーリはカロルに深く同情した。そして厄介事を押し付けた事を軽く恨んだ。
「それで副店長ぉ。俺は今日はどんな仕事をするんだぁ?」
「いや、だから脅迫犯はウチには――」
とにかく目の前の犯罪者を追放すべく、断りを入れようとした直後……。
<Reaching up for no man's land♪ To take a breach and take a chance♪>
「え?」
突然、店内に音楽が流れ始めた。しかもその曲は、ユーリにとって非常に聴き馴染みのある曲……開店の時間になるといつも流している曲だった。
「今日の俺は積極的だぁ。こっそり事務室に忍び込んで、今日は早めに店が開くように弄らせてもらったぞぉ」
「なに初っ端から勝手な事してんの!?え、っていうか入り口のロックも!?」
「当然だぁ。その辺りは既に解除済み。そして店の前にも早めに開くという看板を立てておいたぞぉ」
最近の世間では『指示を受ける前に自分から進んで行動しろ』という事を言われているが、その結果がコレである。見事な空回りっぷりである。
「おいふざけんなよ!まだ準備とか色々残ってんのに……!」
「さぁ、副店長。選ぶがいい。このまま準備をしても確実に間に合わない状況の中、俺を追い出して準備不足のまま客を迎え、店の信用を下げるか。それともぉ、俺を従業員として素直に迎え、準備を間に合わせるかっ」
「こんの野郎ぉ……やることがクズすぎる……!」
しかし、バルバトスの言う事も事実。本来はもっと余裕のある時間で、カロルと共に準備をしているのだが彼は今日は不在。限られた時間の中、一人で店全ての準備を進めるなど無理がある。まさに猫の手も借りたい状況だ。
「くそっ……忌々しいが、目の前のゴリラの手も借りたいシチュに追い込まれてんだよな……おいバルバトス!しゃーねーから早く店の準備手伝え!それと後でぶっ飛ばす!」
「新人を脅迫してくるとは……なんて外道な副店長だブルァ」
「お前マジでぶっ潰すからな!」
殴りたい衝動を理性で抑えつつ、ユーリは店の準備を始めるために裏から道具をとってくるために、走り出す。
「おいバルバトス!お前は店頭に並んでる服を綺麗に畳み直しとけ!」
「任せろぉ」
ユーリから指示を受けたバルバトスは、ユーリとは逆方向に歩いて行く。そして店頭に並べられた服の前に辿り着くと、弱者を見ているかのようなそぶりで鼻を鳴らした。
「ふんっ。この程度のイージー作業、ラジオ体操にオリジナル運動を加えている俺の手にかかればお茶の子ハイハイよぉ」
しかし、よほど服を畳むことに自信があるのだろうか。バルバトスは陳列された服の中から黒いVシャツを一枚選び、手に取ると…
「ぬぅぅん!」
千切れそうなくらい大きくVシャツを広げ。
「ぬぉぉぉぉっ!」
両手で高々と上へ持ち上げ。
「ぶるぁぁぁ!!」
床へ叩き付けた。
「ふっ……完璧な手際のよさぶほぉ!」
「何やってんのお前」
バルバトスの頬に、ユーリのグーパンチがめり込んだ。
「ぶふぅ……おい副店長ぉ。いきなり何をしやがるんだぁ。たった今、俺の有能っぷりが示されていたというのに」
「俺がいつ服をボロ雑巾にしろっつったよ。もう完全にこのシャツ売れねぇじゃねぇか」
「俺の力に耐えられないほど軟弱なこの服が悪いんだブルァ」
「軟弱なのはお前の脳みそだバカヤロー」
悪びれる様子無し。責任を無機物に擦り付け、バルバトスは作業を続行する為に次のシャツを手にとり…
「おい止めろ!もうボロ雑巾なんかいらねぇ、っていうか商品壊すな!」
「ぶるぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
<ビリィ!>
「だから破ってんじゃねぇぇぇぇぇ!!」
「ぜぇ……はぁ……ちくしょう、なんで開店して間もないのにこんな疲れてんだよ、俺……」
「おい副店長ぉ。次はどのコーナーの服を畳めばいいんだブルァ」
「もう服は畳むな。このままじゃ店が畳まれる。じゃあ次は、商品の品出しの準備をしといてくれ。店の奥に段ボールがあるから、それをこっちに持ってこい」
「アラホラブルァっブルァー」
「さっさと行けや、マッスルトンズラー」
バルバトスの悪ふざけを軽く流し、ユーリはバルバトスを店の奥に向かわせる。
流石に運搬作業は難しくなかったということだろうか。バルバトスは特に問題を起こすことなく、無事運搬を終了させた。若干量が多いが。
運搬業務ではこの脳筋も割と使えることを知れたユーリ。だが、最大の問題がどんどん近付いてきている。
「(こいつ……接客ぜってぇできねぇだろ)」
寧ろ、させたくないというのがユーリの本音だ。こんな大男を公衆の面前の前に出すという事がそもそも気の引ける話だ。確実に事故を起こす事だろう。
どうしようかとユーリが唸っていると、店の入り口にある自動ドアが開いた。お客が来てしまったのだ。
「や、やべぇ!こんな時に限って客が……っ!」
「ここは俺に任せろ、副店長ぉ」
「任せられるわけねぇだろ!お前みたいな化け物を客の前に出すわけにはいかねぇだろ!冒険で初めてフィールドで会った最初のモンスターがラスボスでした、みたいな反応されるわ!」
「むぅ、確かに……俺の強さを見た客が惚れてファンになってしまったら、副店長の怒りを買う事になってしまうなぁ」
「もう既に買ってんだよ、お前。それも特大級のをな」
「それはそうと副店長ぉ。副店長はまだ裏方でやるべきことがあるのではないかぁ?まさかその業務をほっぽいて接客に臨むつもりかぁ?」
その点を指摘されたユーリは反論できずに、ウっ、と唸ってしまう。バルバトスの言うとおり、店長であるカロルが不在の今、ユーリはカロルの代わりに店長業務を行わないといけない。やり方は以前、もしもの時の為にとカロルから教わっていたので心配はない。
が、問題はその業務をバルバトスが行う事は不可能だという事。新人でやり方も知らないバルバトスに代理を頼むことなどできないし、かといってサクサクと終わる仕事でもない。暫くはバルバトスに接客を任せなければならないというのが現状だ。
無論、風評諸々の都合で目の前にいる男を客に会わせたくない。しかし、客をほったからかしにすることなど言語道断。
苦心の末、ユーリが最終的に出した指示は……
「……店のほう、頼む。会計だけやってくれればいいから」
「お任せブルァ」
苦渋の選択だった。しかし、こうするしかなかったユーリ。これからバルバトスの会計を受ける客に、大きく同情するしか彼にはできなかった。
一方、自分の狙い通りに指示を貰えたバルバトスは意気揚々とレジの方へ向かっていく。何故か軽やかなステップを踏みつつ歩いている。何故ステップ。
そんな後姿を見ていたユーリは、せめて面倒事にならない様にと心の中で祈り――
「ぶるぁぁぁぁぁっ!!いらっっしゃいませぇぇぇぇい!!」
「ひ、ひえええ!?」
時既に遅し。バルバトスの奇声と客の悲鳴を聞いた瞬間、ユーリはがっくりと項垂れた。
そして店頭での仕事についたバルバトスはというと、先ほど客に威勢よく挨拶をした後は店内を歩いて回り、商品の整理を行っていた。
「ぶらっ、ぶらっ、ぶらっしゅあ!」
彼の手にかかった衣服は、ことごとくグチャグチャになっているが。とにかく言えることは……無残すぎる。
店内を一通り巡回し終えたバルバトスは、ひとまず副店長から頼まれていた会計の仕事に就くべく、レジへと歩を進める。そしてその道中、ふとこんなことを考えていた。
「ふぅむ…どうやらこの店には決定的に足りない物があるようだなぁ」
足りない物とは一体何なのか。意外にも店の為に脳を使っているバルバトスが導き出した答えは……
その足りない物を補うべく、バルバトスはレジから離れて一コーナーの方へと向かって言った。レジに立った時間、なんと13秒。
――――――
そしてこちらは店内を見て回っている一般客の視点。白いTシャツに黒のジーンズというラフな格好で歩く若い男性。今日は仕事は休みで、新しい服を買おうとこの店を訪れた。彼はよくこの店に足を運び、商品を買って行ってくれる。いわば常連さんと言ったところだ。
若い男性は聴き馴染んだ店内BGMを聞きながら陳列された商品を眺めていく。
「(ん~、やっぱりこの店は良いモン揃ってるよな~。家の近くにこう言う店があって助かるわ~………ん?)」
『全身タイツコーナー』
「なにこれ!?」
聞いたことも無い珍妙なコーナー名だった。
仕事に疲れて幻覚でも見ているのかと思い、男性は目をゴシゴシと擦るともう一度コーナー名を確認する。
『全身タイツコーナー』
「……見なかったことにしよ――」
「きぃさぁまぅあぁぁぁぁぁっ!!」
「ひぃぃぃぃぃ!?」
クマと聞き間違える程の雄叫びが聞こえ、思わず短い悲鳴を上げる男性。とっさに、その声がする方を向く。
すると遠くの方から、蒼い全身タイツを着た筋骨隆々の濃い男がものすごい形相でこちらに向かって走って来た。
「俺の特別コゥナーを、素通りしてんじゃ……ねぇぇぇぇぇぇいっ!!」
「ええええええええぇぇ!?」
筋肉―バルバトス―男性の胸ぐらを掴むと、床に叩き付け、数回踏みつけ、どこかに隠し持っていた斧を振り上げ、男性を天井へと豪快に吹き飛ばした。
成す術も無くバルバトスにやられた男性は、重力に従って地面に叩き付けられる。酷(むご)い。
「ふぅ……。服を買ってもらうために客を引き留める……これが真のアパレルショップ店員だブルァ」
「おいたが過ぎたなてめぇ。(店に)仇なす者を微塵に砕く!漸毅狼影陣!」
「ぶるぁぁぁぁぁぁ!?」
やりたい放題に暴れる男へ、ついに副店長の鉄槌が下った。
その後、お客様に危害を加えたバルバトスは即刻クビ。慰謝料、賠償金諸々はもちろんバルバトスが全負担となる。
ちなみにバルバトスがクビになって間もなく、ジュディスという若い女性とレイヴンという中年の男性が『凛々の明星(ブレイブ・ヴェスぺリア)』に新しく雇用され、店の成績は右肩上がり。以降も人員とショップ規模を拡大していったという。
「次回、『バルバトス・ゲーティア様がメイド喫茶で働き始めたら』。画面の前の諸君、期待しておくんだぞぉ。いらっしゃいませぇん、ごしゅ――」
「おい止めろ」
―――終わり
気が乗ったらマジで書くかもしれません、メイドバルバトス。
けどリアルが忙しくなりそうで……行けるところまで頑張ります。
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