仮面ライダー×仮面ライダー SAO大戦 (BRAKER001)
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序章
剣の帰還


初めまして。
今回初小説なので、見づらい所等あったらすみません…
なお、SAOに入るのは2〜3話後です。


「ご協力、感謝します。」

 

 建物の中に2人の男性が立っていた。

 

「いや、私からも礼を言わせてもらおう。面白いものを見せてもらったからね」

 

 1人は全身に白い服をまとった男性。

 もう1人は白いロングコートに身を包んだ博士の用な男性だ。

 

「しかし惜しいものだ。君の様な人材こそ、我々が欲している人間なのだが……」

 

「その件については何度もお断りしたではありませんか。私にはやることがあるんです」

 

 博士の様な男性がため息まじりに答える。

 

「フフッ、そうだったな。さて、全ての準備は整ったのだろう?」

 

「ええ、βテストも行いましたし、あとは始めるだけです」

 

「……あのプログラムは?」

 

 白服の男性が博士の様な男性を見つめる。

 

「今のところ異常はみられません。もっともβテストで使われることはありませんでしたがね」

 

「そうか……まあ短期間で使えるものではないからな。手を加えたりはしてないだろう?」

 

「当然ですよ、あれだけの資金援助をしてもらった以上約束は守ります」

 

「物分りが良くて助かるよ」

 

「まぁゲームとしては面白いですし、むしろ私の目指しているものに近づくかもしれないですから」

 

 

 ゴーン……ゴーン……

 

 

 建物内に鐘の音が響く。

 

「おや、名残惜しいがそろそろ時間の様だ」

 

「そうですね。では、私も準備があるのでこれで」

 

「わざわざ来てもらって

すまなかったね。最後に君に会えてよかったよ。健闘を祈る」

 

 博士のような男性は白服の男性に軽く頭を下げ、その場を後にした。

 

 

 

 

 

「はぁ、また戻って来ちゃったな……」

 

 ため息まじりに呟く。

 

「あいつらにはもう会っちゃいけないって分かってたはずなのに」

 

 あれからもう10年の月日が経っていた。

 あの日から俺は、あいつに会わないために世界中を旅していた。何の計画も無く始めた旅だったが、それでも悪いものではなかった。

 新しい出会い、初めての経験。何もかもが新鮮で、かけがえのない時間だった。

 

 だが、それも長続きはしなかった。

この体の秘密を隠して過ごすには限界があった。長くて半年、早い時には数週間でその場を離れなければいけなくなった。

時にはそれでも俺を受け入れてくれる人もいた。だが、俺を庇った人は決まって俺を拒絶した周りの人間から孤立していった。そういう時は、俺は黙って姿を消した……

それでも、また新しいところに向かうのが楽しかった。たとえ同じことを繰り返すことになっても、俺は満足していた。

 

だが、ある時。あの事件がきっかけで俺は変わった。

 

俺は何者なんだろう。俺は何が出来るんだろう。

俺は、なぜ生きているのだろう……

 

自分の中で虚無感が渦巻いた。そして気づいたときには俺はこの地を踏みしめていたのだ。

 

「やっぱり落ち着くな、この国は」

 

長い月日が経ち、変わったところも多くある。

新しく大きな電波塔ができているし、昔よりも圧倒的にビルが増えた気がする。周りの人間がいじってるのはおそらく携帯なのだろうが、昔俺が使っていたタイプとは全く形が違う。

それでもやはりかつて自分が住んでいた国は安心する何かがあった。

 

「あまり長居はしたくないけど、少し最近のことを知りたいな……」

 

特になんの予定も立てていなかった俺はとりあえず散策を始めた。

 

 



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剣と魔法の邂逅

とりあえずリンクスタートまで投稿します。
最後までお付き合い頂けると嬉しいです。


「本当にあったよ……」

 

 目の前にはゲームショップ。たてられた看板には先着50個の文字。

見たところ20人程度しか人はいないため、間に合ったのだろう。

 

「よし、並ぶか」

 

 俺は最後尾についた。

 

 

 少し時を遡り……

 俺は調べものにうってつけの場所を見つけた。インターネット喫茶だ。なんと、お金を払えばパソコンが使えるという。

 旅の最中も色んなことをして、金はそこそこにあったので、俺はとりあえず入ってみることにした。

 正直、驚きの連続だった。

 インターネット喫茶だというのに、漫画は置いてあるし、飲み物は飲み放題だし、ダーツなんかも置いてある。つくづく時代の進歩を体感させられた。

 

 特に、パソコンには。

 

 昔パソコンを使ったことはあったが、あれからかなり進化したものだ。使いこなすのにそこそこ時間がかかった。

 使えるようになってからは色んなことを調べた。

 中には都市伝説みたいなものもあった。街のど真ん中に大きな魔法陣が現れたとか、空に丸いメダルのようなものに囲まれた巨大な石が現れたとか、なかなか読んでいて面白いものだった。

 

 そんななか、俺はあるサイトに興味を持った。

「ソード・アート・オンライン、いよいよ明日発売」

 ソード・アート・オンライン……略称はSAOと言うらしいが、名前自体は最近のことを調べている時に何回か見たし、なんなら街中でもちらほら見かけていた。最初はただゲームが発売されるだけだと思っていた。だが、だんだん何故ここまで騒がれているのか気になった俺は、そのサイトを開いてみた。

 

 時代は進歩したものだ。

 なんとこのゲームは自らが入り込んで、まるでその世界に入り込んでいるかのように遊べるらしい。

 記事を読んで行くうちに俺は段々そのゲームに惹かれていった。戦いにあけくれ自身を強くすることもできれば、ゲーム内で家を持ち普通に生活することもできる。

 記事を読み終わる頃には、俺はSAOの虜になっていた。

いい気晴らしになるかもしれない……そう思った俺はすぐにSAOを売ってる場所を調べた。

 

 だが、あまりに遅すぎた。

 これほどのゲーム、マニアが放っておくはずもなく、一週間並ぶのは当たり前…既にほとんどの店が売り切れだそうだ。

 だが、諦める気になれなかった俺は調べに調べ、近くに一軒だけまだ在庫が残っているであろう店を見つけた。何でもそこは知る人ぞ知る隠れた名店らしい。その店は50個入荷し、今朝の段階で18人しか並んでいないらしい。でもなぜそんなに人が少ないのか。

 

 ここまで来てやっとわかった。並の人には辿りつくには厳しすぎるのだ。

 まず距離が遠すぎる。この店はある街の中なのだが、その街自体が森に囲まれているのだ。俺でも約3時間程かかったから、おそらく普通の人だと4、5時間かかるだろう。おまけに途中道とは思えない道が多くあり、危険だ。

 なるほど、わざわざゲームを買いにここまで来る人はなかなかいないだろう。もっとも、目の前にその険しい道を通ってきた人達がいるのだが。

と、いうかこの街はどうやって物資を得ているんだろう……

 

 

「あの、君ソード・アート・オンライン買うために並んでる?」

 

 色んなことを考えていると後ろから声をかけられた。

振り向くと若い青年が立っていた。

 

「ああ、そうだけど」

 

「ふぃ〜、じゃあここでいいのか……いやぁー遠かった。」

 

 驚いた。彼もまたあの道のりを通ってきたのだ。

 

「へぇ、すごいな。あんたもあそこ通ってきたのか……」

 

「ん?まあ他の人とは鍛え方が違うからね〜」

 

 目の前の青年がニヤニヤしながら答える。

 

「そういうあんただってあの道を来たんだろ?」

 

「それもそうか……まあ鍛え方が違うからね」

 

 俺も笑いながら返す。

 

「ははっ、違いないな。あ、俺は操真晴人。よろしく」

 

一瞬本名を言おうか躊躇したが、彼に隠す必要もなかった。

 

「よろしく。俺は剣崎、剣崎一真だ」

 

 

 俺は発売までの間、晴人と話し合った。

 なんでも彼は友人から買ってくるのを頼まれたらしい。

 最初は乗り気ではなかったが、だんだん興味が湧いてきてしぶしぶここまで来たそうだ。

 

 ちなみにその友人は、一週間前から並ぶつもりだったのだが、急に物を作る才能に目覚めたとかで、気づけば何日も経っていたのだと言う。

 

「『晴人さんしか頼れる人がいないんです!』って頼まれちゃってさ」

 

 呆れるように晴人がつぶやいた。きっとその友人の知り合いの中であの道をこれるのが晴人だけだったのだろう。

 

「なんか羨ましいな、そういう関係……」

 

「そうか? うざったい時もあるけど」

 

「でもそれだけ仲がいいってことだろ?」

 

「まあそうなのかな……。一真はそういう友達いないの?」

 

 そう言われた時、ふいにあいつらの顔が浮かんできた。10年経ってもう顔つきも変わっているかもしれないが。

 

「もう長いこと顔合わせてないな……俺今まで世界を旅してまわってたからさ」

 

「まじで?俺もやりたいことがあってこないだまで旅してたんだよ」

 

「へぇ〜奇遇だな。どこ行ったの?」

 

「えーっと……」

 

 それからしばらく旅の話で盛り上がった。

 

「まもなく販売でーす!」

 

 気づくと辺りは暗くなり、晴人の後ろにも10人程並んでいた。

時計は23時55分を指している。

 

「お、やっと発売か」

 

 晴人が店の方をのぞく。

俺もつられて覗いて見るとなにやら忙しそうに準備をしている。

 

「いやぁ、おかげで時間がたつのが早かったよ」

 

「俺も久しぶりに楽しい会話ができたよ。ありがとな、晴人」

 

「お互い様だろ?一真は開始当日すぐにやるの?」

 

 晴人に言われて思い出した。

 SAOのサービス開始まではまだ時間がある。

 

「そうだな……まあ早くやってみたいからな」

 

「じゃあさ、折角だし一緒に冒険しないか?」

 

「いいのか? お前友達のために買うんだろ?」

 

「大丈夫、先にやらせてもらう約束だからさ。」

 

「抜け目無いなぁ……でもどうすんだ?向こうじゃ名前も姿も違うんだぞ?」

 

「あー、そっか。じゃあ待ち合わせ場所決めて……」

 

「発売まで後1分でーす!」

 

「買ってから決めるか!」

 

 晴人が準備を始める。

 

「そうだな!」

 

 俺も荷物をまとめる。

周りの人も慌てている。時計を見るとあと10秒位で0時だ。

 

 3、2、1……

 

「お待たせ致しました!」

 店のシャッターが開く。そして、列が動き出した。

 数分後、俺たちはSAOを手に、その店を後にした。

 

 あれから5日が経った。

 俺は新しく出来た観光地をまわったり、ネット喫茶に通ったりして時間を潰していた。

 そして今日が待ちに待ったSAOサービス開始の日だ。

 俺はパソコン付きのホテルで準備をしていた。

 SAOをやるのにパソコンが必要なのは調べた時にわかっていた。

 だが、SAOを買っていうのもなんだがパソコンまで買う気にならず、ましてや家を持つ気にもなれなかったため、ホテルにいるわけだ。

 時刻は12時半。もうすぐだ。

 俺は最後にもう一度説明書に目を通す。

 接続もちゃんとしてある。始まりの町のマップもある程度覚えた。晴人と決めた待ち合わせ場所への道も。

 

 よし。

 

 俺はベッドに横になりナーヴギアを被った。時間は12時55分。

 もうすぐだ、もうすぐあの世界に行ける。あの世界なら、俺は普通の人間として過ごせる。

 深呼吸して心を落ち着かせる。

 

 そして時計が13:00になる。

 

「リンクスタート!」

 俺は遂にSAOの世界に足を踏み入れた。

 

 そして、それが全ての始まりだった……



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第一章
デスゲーム開始


今回はチュートリアルまでです。
いよいよ本格的にSAO開始です。


 目を開くと、そこには大きな街が広がっていた。

 ただし、現実とは全く違い、ゲームの中のような街だ。

そう、ゲームの中のような。

 

「すげぇ、本当にSAOの世界なんだ……」

 

 街を端から見て行きたいが、まずは晴人との待ち合わせ場所に行く。

 

 装飾品店の前にいくと顔立ちのいい青年が商品を見ていた。他にも数人いたが全て女性だったためおそらく彼が……

 

「晴人?」

 

 青年が振り向く。

 

「お、一真か、久しぶり」

 

 晴人だった。

 

「いやぁ……正解だったな、待ち合わせここにして」

 

「だろ?最初は混まないと思ったからさ」

 

 装飾品店を待ち合わせ場所にしようと言ったのは晴人だった。あまり待ち合わせ場所に使われず、混まなくて分かりやすいところはここしか無いと言うのだ。

 確かに始まってすぐは武器店や防具店に人が群がっていて、ここには人が少なかった。

 

「さて、じゃあ行きますか」

 

 晴人が何かを購入した。

 

「何買ったんだ?」

 

「ん?これ」

 

 晴人が指輪をはめる。

 

「別にたいした効果は付いてないんだけど、普段つけてるから落ち着かなくてさ」

 

 そういえば前にもつけていた。変わったファッションだと感じたが。

 

「あ、そうだ。フレンド登録しとこうぜ」

 

 晴人がメニューウィンドウを開き、操作をする。と同時に、俺の前にウィンドウが表示された。

 

『wizardからフレンド申請が届いています』

 

「wizard…魔法使いか」

 

 申請を許可しながら呟く。

 

「そういうそっちはbladeだろ?この剣の世界で随分と自信のある名前だな〜」

 

 晴人が茶化したように笑う。頻繁に人に見られる訳でもないし、ついこの名前にしてしまった。後悔は無いが。

 

「じゃ、街を見ながら装備を整えるか」

 

「そうだな、剣が無いと始まらないし!」

 

 俺たちは装備を整えることにした。

 

 

「こうして……はっ!」

 

「一真は手慣れてるなぁ……おっと」

 

「剣には覚えがあるからな」

 

 

ある程度装備を整えた俺達は街を出てモンスターと戦っていた。晴人も俺も慣れないながらも段々とコツを掴んできていた。

 

「しっかし難しいなぁ……このソードスキルってやつ。なかなか発動しないぞ」

 

「そうか? 慣れてくると案外簡単だぞ?」

 

 苦戦している晴人とは裏腹に、俺は無理なくソードスキルを発動出来る様になっていた。

 

「一番最初にちゃんと判定されるようにモーションを起こすんだよ……こんな風にっ!」

 

ソードスキルを発動し、目の前の敵を斬りつける。

 

「今のが一番楽なスラントってスキル。晴人もやってみ?」

 

「分かった。こうやって……おりゃあ!」

 

「お、出来たじゃん!」

 

「なるほどね……ありがとう、少し分かったよ」

 

「どういたしまして」

 

 気がつくと周りにも人が増えてきた。

 

「どうする?そろそろ移動するか?」

 

 晴人が提案してきた。

 

「少しコルも増えたし、町にでも行ってみるか」

 

「そうだな、じゃあ狩りながら向かうか!」

 

 俺達はモンスターを倒しながら隣町へ向かった。

 

 

 

「……どうする? 一真」

 

「いや、どうするも何も……」

 

 道なりに敵を倒しながら進むこと数分。

 これといった問題もなく、隣町に着くはずだったのだか……

 

「グルルルル……」

 

 俺達はトラの様なモンスターと向かいあっていた。

 大きさは今まで戦ってきたやつの約2倍。さらにHPバーが二本表示されていた。

 

剣崎「あれ、今のレベルで巡り合うはずの敵じゃないよな……」

 

 どう考えても雑魚モンスターではないだろう。

 まだ数レベしか上がっていない俺達が倒せるかは賭けのようなものだ。だがそれに見合う報酬がもらえる可能性も低く無かった。

 

「一か八か……戦ってみるか?」

 

 ゲームなのだし、最悪死んでもまだ失うものは少ない。そう判断した上で、俺は晴人に尋ねた。

 

「いいねぇ。そういう賭け、嫌いじゃないよ」

 

 俺達は剣を握り、同時に走り出した。

 

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

 俺達はなんとかモンスターを倒した。

 目の前には手に入れたアイテムのウィンドウが出ている。

 

「猛獣の毛皮……これだけかよ……」

 

 手に入ったアイテムは一つだけだった。晴人の方には何も無いという。

 全力で戦った割に、あまり良いとは言えない報酬だろう……

 

「まあそう落ち込むなって!もしかしたらとてつもないレアアイテムかもしれないだろ?」

 

 晴人が俺を励まそうとしてくれる。確かに、使い道が分からない以上なんとも言えない。

 

「そうだな……とりあえず街に戻るか」

 

 誰かこのアイテム使い道を知ってる人がいるかもしれない。

 それに、ポーションや、アイテムの量からしても限界だった。

 

「あ〜俺はそろそろ一回休憩するわ。友達もやりたがってるだろうし」

 

「そうか……まあ確かに時間も時間だもんな。」

 

 もうすぐで始めてから四時間になるところだった。気づかない内に熱中してしまっていたらしい。

 

「じゃ、また今度。多分また明日には入るよ」

 

「ああ、そんときはメッセージ送ってくれ。レベル引き離してても驚くなよ?」

 

「ははっ、お手柔らかに」

 

 晴人がメニューを開く。

 そしてしばらく操作をして……

 

 固まった。

 

「あれ? ログアウトボタンがない」

 

「え? いや、それはないって。メニューの下の方に……」

 

 そして俺も気づいた。

 本来ログアウトのマークがあるべき場所に何もないことを。

 

「あれ、おかしいな……確かにない」

 

「だろ? 何かのバグかなあ……」

 

「いや、でもそれだったらゲームを一回止めるくらいすると思うけど……」

 

 瞬間、目の前が白くなった。

 

「なっ……」

 

 そして目の前に映し出されたのは

 

「ここは……始まりの町か?」

 

「そうみたいだな……」

 

 隣を見ると晴人がいた。

 

「強制的に飛ばされたみたいだな。他のプレイヤーも飛ばされてきてるし、何かやるんじゃないか?」

 

 晴人がそう言ったそばから、空にWARNINGと表示されたウィンドウが表示される。

と、同時に警報が鳴りはじめ、同じ形のウィンドウで空が覆われた。

 

「なんだこれ!?」

 

「不具合の説明ってわけじゃなさそうだな……」

 

 目の前に映し出されたそれは、どう見ても明るいものでは無かった。

 

 やがてウィンドウの隙間から血のような物が垂れ、それが一つに重なり人のような形になる。

 

 そして、とんでもないことを話し始めた。

 

 

 

「プレイヤー諸君、私の世界へようこそ。

私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ」

 

 

 

「茅場晶彦!? それって……」

 

「ああ、このゲームの製作者だ」

 

 俺は何度もその名前を見てきた。SAOを調べていれば必ず目に付く

名前だ。

 

 そしてさらに驚くべきことを続ける。

 

 

「プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。

しかしゲームの不具合ではない。

繰り返す。これは不具合ではなく

ソードアート・オンライン本来の仕様である。

諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトは出来ない」

 

 

「は? あいつ何言ってんだよ……それじゃあ俺達は現実に戻れないってことじゃねぇか!」

 

「いや、でもそれなら現実の方で誰かが外してくれれば……」

 

 

 

「また、外部の人間の手による、停止あるいは解除もあり得ない。

もしもそれが試みられた場合。ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる」

 

 

「おいおい、冗談にも程があるぞ……そんなことできるわけ……」

 

「いや、可能性はある」

 

「嘘だろ?」

 

「SAOを調べてる時に少し見かけたんだ……ナーヴギアが危険なんじゃなかいかって意見をな。

なんでも仕組みが電子レンジに近いらしい……」

 

「そんな……いや、ならコンセントを抜けば!」

 

「説明書にあったろ? ナーヴギアには停電時用にバッテリーがついてる」

 

「くそっ、じゃあ一体どうすれば……」

 

俺達の混乱なんか気にもとめず、茅場はさらに話を続ける。

 

 

「ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーヴギアの強制排除を試みた例が少なからずあり、その結果……

 

 

残念ながら、すでに213名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している」

 

 

「永久退場って……」

 

俺は言葉も出なかった。

茅場の言っていることはつまり……

 

既に213人の人間がこの世界でも、そして現実でも死んだということだ。

 

 

 

「諸君の現実世界の肉体は心配ない。

既にテレビ、ラジオ、インターネットで告知されると同時に死者が出ている事を繰り返し放送している為、ナーウギアが強制的に解除されて死ぬ可能性はない。

諸君らは安心して攻略に励んでくれたまえ。

 

しかし充分に留意してもらいたい……

今後ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能せず、ヒットポイント(HP)がゼロになった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し、同時に諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される」

 

 

「おいおい……そんなのありかよ! じゃあ一体どうしろって言うんだよ!」

 

「落ち着け、晴人」

 

「でも!」

 

「気持ちは分かる。

だがあいつの言うことが本当なら俺達はあいつの言う通りに行動するしかない。

今は少しでも、あいつの話を聞くんだ」

 

「くっ……」

 

俺達は再び茅場に目を向けた。

 

 

「諸君らが解放される条件はたった一つ……

このゲームをクリアすれば良い。

現在君達がいるのはアインクラッドの最下層、第一層である。

各フロアの迷宮区を攻略しフロアを倒せば上の階に進める……

第百層にいる最終ボスを倒せばクリアだ」

 

 

「なるほどな、命をかけてゲームをクリアしろってことか……」

 

「そんな……無理に決まってるだろ……

1度も死なずにこのゲームをクリアしろって言うのかよ……」

 

 

「では最後に、諸君らのアイテムレージに私からのプレセントがある確認してくれ」

 

 

「プレゼント?」

 

 言われるままストレージを見ると、そこには手鏡というアイテムがあった。

 

「うわっ!」

 

「どうした、晴……な!?」

 

 晴人から悲鳴が聞こえた直後、手鏡が光りだす。

少しして光がおさまった。

 

「なんだったんだ……今の……」

 

「分からない……とりあえず無事みた……な、一真⁉︎」

 

「どうした晴……お前!?」

 

 目の前には晴人がいた。アバターではなく現実の姿の。

 慌てて先ほどの鏡を見るとそこには現実の自分が写っていた。

 なるほど、確かに人を殺せるナーヴギアならこれくらいのことはできるだろう。

 

「なんだこれ……一体どうやって……」

 

「ナーヴギアは頭を覆っている。

それに初回起動時に体のあちこちを触ったからな。

現実の姿にする位お手の物ってことか……」

 

「なるほど……でも一体なんでこんなこと……」

 

「さあな……でも、すぐに教えてくれるんじゃないか?」

 

 見計らったかのように再び茅場が話し出した。

 

 

「諸君は今、なぜ私がこんな事をしたのかについて考えを巡らせているだろう。

なぜ―――SAOの開発した茅場晶彦がこんな事をしたのか。

これは一例だと、テロかもしくは身代金目的の誘拐か?と。

私の目的はそのどちらでもない、それどころか私には一切の目的がない。―――何故ならこの状況こそ私の最終目的だからだ。

この世界を創り、人々を配置し、鑑賞する為にSAO及びナーウギアを開発したのだ。

故にすでに私の目的は既に達成されたのだ………

以上でSAOの正式サービスのチュートリアルを終了する。」

 

 

 そう言い残すと茅場は姿を消し、空が元に戻った。

 

 

 だか、周りの人間は元には戻らなかった。

 

 悲しみと恐怖に支配され涙を流す者、わけが分からずパニックを起こす者、中には言い争いを始めるものまでいる。

 

 

 今や人ではない彼は思い出した。

 かつて人間が絶滅の危機に瀕したことを。

 

 手に指輪をはめた青年は思い出した。

 かつて一人の男が娘のために行った儀式を。

 

 

 この光景はその時の人々の反応に近いものがあった。

 

「茅場晶彦……」

 

「許せねぇ……」

 

 そして彼らは決意する。

 

「「俺がこのデスゲームをクリアして見せる!!」」

 



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ボス討伐への一歩

今回は、前回の終わりからしばらく経った後の話です。
SAOでの初めての知り合いが出来ます。


 あれから約一ヶ月が経った。しかし未だ第一層をクリア出来た者は誰もいない。

 それどころか死を恐れて始まりの町に引きこもってしまった人間も少なからずいた。

 

 そんな中俺達2人はというと、

 

「晴人、スイッチ!」

 

「任せろ!はああ…おりゃあ!」

 

 レベル上げに勤しんでいた。

 

 パリィィン

 

 晴人の攻撃で目の前の敵が砕け散る。

 

「ふぃー。やっと13レベだ」

 

「俺もまだ15レベだ。

そろそろレベルが上がりにくくなってきたな……」

 

「今度こそ向かうか?……迷宮区に」

 

「もうその時かもしれないな。安全なレベルは越えてるし、これ以上犠牲者を出さない為にも……」

 

 

 SAO開始当日、あのチュートリアルの後、俺達は2人でひたすら第一層を

駆け回った。

 茅場の言っていた迷宮区へ真っ先に辿りつくため、誰かがやられるより先に第一層のボスを倒すため。

 

 そして3日後、俺達はそれらしき場所を見つけた。

 既に2人ともレベル5であり、一層ならクリア出来るだろうという根拠の無い自信があった。

 

 だが、迷宮区の難易度は俺達の想像を遥かに越えていた。

 

 道中の雑魚とは桁が違い、迷宮区のモンスターを一体倒すのに二人ともHPバーを三割程削られてしまった。

 

 まだまだ奥には同じようなモンスターが多くいたため、俺達は仕方なく撤退し、レベルを上げることにした。

 

 そして今、俺達はあの時よりも強くなった。おそらく、もう迷宮区のモンスターも簡単に倒せるくらいに。

 

「もう約2000人が死んでるんだよな……」

 

 はじまりの街には黒鉄宮という宮殿がある。

 そこには様々な重要施設があるのだが、その中でも一際特殊なのが生命の碑と呼ばれる石碑だ。

 この石碑にはプレイヤー全員の名前が書いてあり、プレイヤーが死亡すると名前に横線が引かれるという仕組みらしい。

 

 そして、横線が引かれた人数は既に2000人にのぼっている。

 

「俺達は一刻も早く第一層をクリアしなくちゃ行けないんだ。

今まで犠牲になった人達のためにも……」

 

「だな……よし!じゃあ一度町に戻ってから準備を整えて、もう一回迷宮区へ向かおう」

 

「ああ!」

 

 そして俺達はアイテムや装備を整理して、再び迷宮区へ向かった。

 

 

「さあ、リベンジと行こうじゃねえか……」

 

「ああ、やってやろうぜ一真! 」

 

 俺達は迷宮区の前に戻ってきた。約一ヶ月ぶりに。

 

「あ、そうだ一真、これ」

 

「ん?」

 

 晴人が渡してきたのは銀色の腕輪だった。

 

「道中で敵が落としたんだ。

俺には指輪があるから一真にやるよ。」

 

 正直あまり強い効果ではなかったが、今は不思議と心強かった。

 

「サンキューな、晴人!」

 

 そして俺達は迷宮区に再び足を踏み入れようとした。

 

「そこの君達!」

 

 ふと呼ばれた声に振り向くと、一人の青年が立っていた。

 

「こんなところで何してる?」

 

「見て分からないか?

今からボスを倒しに行く」

 

「正気か?

たった二人で敵うような相手じゃない!

そんな簡単じゃないのは今までの犠牲者から分かるだろう。」

 

「その犠牲者の為にも俺達は早く一層を突破するべきだ。」

 

 そう言うと青年は黙り込んだ。

 

「言いたいことは済んだか?

なら、もう行かせてもらう」

 

晴人の声と共に、再び迷宮区に入ろうとした時……

 

「君達は自分が死ぬかもしれないとは考えないのか?」

 

 再び青年が尋ねてきた。

 

 確かにこれは遊びではない、普通なら命がかかっているのだ。

 だが。

 

「そんなこと考えてたら、いつまでたってもこの世界からは出られないさ」

 

 死を考えていたらこの世界で進むことは出来ない。

 

 それを聞くと青年は静かに笑った。

 

「ふふっ……確かにその通りだな。

だが、死ぬ可能性を下げることを考えるのは無意味ではないだろう?」

 

「何が言いたいんだ?」

 

青年の意味ありげな発言に、晴人が首を傾げる。

 

「もっと多人数で挑むべきだということさ」

 

 確かに理には叶っている。だがそれは理想論というものだ。

 

「人を集めていたら、その間にまた犠牲者がでるかもしれない。

それに、今更ボスに挑もうとする人は……」

 

「いるさ、君達のようにね」

 

 今度は俺達が黙る番だった。青年はさらに続ける。

 

「明日、トールバーナで第一層ボス攻略会議を行う予定だ。

君達のような人こそ、是非参加してもらいたい」

 

 俺は晴人と顔を見合わせた。

 

「この世界を終わらせようと思っているのは君達だけではないさ。

それに、君達が死んだりしたらこのゲームのクリアが遅れる可能性もある。」

 

「どういう意味だ?」

 

「おそらく上層に行けば行くほど人手が必要になるだろう。

その時、君達のような人間が多いほど、ボスを倒せる可能性が上がるはずだ。

この世界で死を恐れず、前に進める人間は貴重な人材だからね」

 

 俺達は驚いた。

 そんなことは考えたこともなかったのだ。未来など目も向けず、今しか見ていなかったのだから。

 

「さて、話は以上だ。

俺には君達を止める権限は無い。

今からボス戦に行くなら行ってもらって構わないよ」

 

 俺達はしばらく考え込んだ。

 

 しばらくして晴人が口を開いた。

 

「はぁ……なんか難しい話して疲れたわ。

こんな気分でボスに挑んでも勝てる気しないな……」

 

 そう言いながらも晴人の口元には笑みが浮かんでいた。

 

「そうだな、今日はトールバーナまで戻って休むか」

 

 それを聞くと、青年も笑みを浮かべる。

 

「そうか、では俺は明日の準備があるから失礼するよ」

 

「待てよ、まだあんたの名前を聞いて無い」

 

 晴人に言われ、帰ろうとした青年が振り返る。

 

「そうだったね。

俺の名はディアベルだ、よろしく!」

 

「俺はウィザード。で……」

 

「俺はブレイドだ。よろしく」

 

「ああ、よろしく」

 

 握手をした後、ディアベルが思い出したように口を開いた。

 

「そうだ。どこで誰が聞いてるかわからないから、あまりリアルネームを使わない方がいいよ?

一真君に晴人君」

 

俺達は苦笑いするしかなかった。

 

 

 



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新しい出会い

 ディアベルと別れた後、少し迷宮区で戦い、余裕でモンスターを倒せることを確認した俺達は、トールバーナに戻った。

 

「さて、じゃあ俺は食べ物買ってくるから、今日の宿見つけといてくれるか?」

 

「ああ、分かった。

じゃあ見つかったらメッセ送るわ」

 

 その場で晴人と別れた俺は買い物に向かった。

 

 この世界には色んな食べ物があり、ちゃんと味も感じることができる。

 空腹感や満腹感まで再現されている辺り、さすがフルダイブ形式のゲームだ。

 

だが、

 

「今まであれ以上にうまい物食べたこと無いんだよなぁ……」

 

 俺達が最近食べているのは、黒パンという物だ。

 

 はじまりの街から、ここトールバーナまで俺達は様々な物を食べた。

 だが、さすがにゲームの世界だけあり、現実ではあり得ないような食べ物が多かった。

 

 そして、それらは食べられる味ではなかった。

 一度だけ、パスタの様な食べ物を見たが、それもあまり美味しい物ではなかった。というか辛かった。

 どこかで食べたことがある様な味な気もするが、多分気のせいだろう。

 

 

「お、あったあった」

 

 店についた俺はNPCに話しかけた。

 

「「すいません!」」

 

 同時に別の人の声が聞こえた。

 被った声の方を見ると、少年が同じ様にこちらを見ていた。

 

「はい、いらっしゃい」

 

 そしてNPCが反応したのは少年の方だった。

 

「あ……なんかごめん」

 

「いいよいいよ、先どうぞ」

 

 少年は俺に小さくお辞儀をして、NPCから黒パンを購入した。

 続けて俺も黒パンを購入する

 

「お、あんたも黒パンか……」

 

「こっちでこれ以上まともなもん食ったこと無いからな」

 

 苦笑いしながら答える。

 

「確かに。上の階層が解放されれば、もう少し上手いものもあると思うけど……まだ第一層だからな」

 

「せめて一層に一つは上手い食べ物用意して欲しかったな。こんな味気ないパンばっか食べてるとさすがに飽きてくるぜ……」

 

「あ、それなら……えーと」

 

 少年がインベントリから何か取り出す。

 

「ほら、これ使ってみろよ」

 

「おっと、なんだこれ」

 

 少年が投げて来たのは、とても小さな壺のような物だった。

 

「開けてみ?」

 

 言われた通り開けて見ると……

 

「クリーム?」

 

中から出てきたのは、カスタードのようなクリームだった。

 

「パンにつけると結構いけるぜ? 一個やるよ」

 

「まじか!? サンキュー、えっと……」

 

「あ、俺はキリトだ。よろしく」

 

「俺はブレイド。よろしくな、キリト!」

 

「よろしく、ブレイド」

 

 ピピッ

 

 目の前にウィンドウが表示される。晴人からだ。

 

「お、いい宿があったか……じゃあ俺行くわ。またな、キリト!」

 

「ああ。またな!」

 

 キリトと別れた俺は晴人のところへ向かった。

 

 

 

 

 

その少し前。

 

「さてと、どこにするか……」

 

 一真と別れた後、晴人は街を彷徨っていた。

 明日が攻略会議とあって、街は賑わっている。おそらく、宿屋も混み合っているだろう。

 

「よし、視点を変えてみるか」

 

 晴人は思いついたように路地裏に入って行った。

 

「案外こういうところに良い宿屋があったりしそうだよな〜、ゲームだし……ん?」

 

 奥の方に数人が集まっているのが見えた。

 

「お、もしかして大正解だった?」

 

 歩くスピードを早める。

 だが、近づくにつれて様子が変なのが分かった。

 

「はぁ、外れか……

でも、放っておく訳にはいかないよな!」

 

 

 

「なぁ嬢ちゃん、一緒に遊ぼうぜ」

 

「そんなフード取って素顔見せてくれよ!」

 

「通してって言ってるでしょ。早くそこをどいて……」

 

「通りたいなら突き飛ばしてでも通れば良いだろ?

ハラスメント警告で牢獄に送られても知らないがな!」

 

「くっ、卑怯者……」

 

 

 近づいて行くとだんだん声が聞こえてきた。

 どうやら複数人で女の子を取り囲んでいるらしい。見たところ5人程度か。

 

「どこの世界でもああいうやつはいるんだな」

 

 その様子を見つめながら、近くに落ちていた手頃な石を拾う。

 

「おらっ」

 

 そして思いっきり投げた。

 

 

「さあどうする?牢獄に行くか俺達と……ガッ」

 

 一番手前にいた男の後頭部に直撃する。圏内なのでダメージは無いはずだが、律儀な反応だ。

 

「なんだてめぇ……何しやがんだよ!」

 

 周りの男もこちらに注意を向ける。

 

「あ、わりぃ。

俺、最低な人間見ると先に体が動いちゃうタイプでさ」

 

 笑みを浮かべながら男達に言い放つ。

 

「なんだとぉ!」

 

「てめぇ……調子に乗りやがって!」

 

男達が武器を構える。

 

「おいおい、ここは街中だろ?

お前らがどれだけ攻撃しようが俺には何も意味がないぜ」

 

「くっ、うるせぇ!」

 

 男達がソードスキルを発動しながら突っ込んでくる。

 

「やれやれ……まあ、黙って食らうのも良いもんじゃないな!」

 

 腰から短剣を抜き、ソードスキルを発動する。

 

「おらあ!」

 

「ふっ!」

 

パアアアアン

 

小規模な爆発、そして……

 

「うわあああ」

「ぎゃあああ」

 

 男達は吹っ飛んだ。

 

「へぇ、ダメージは食らわなくても衝撃はおきるみたいだな……

どうする? もういっちょぶっ飛んどくか?」

 

「ちくしょう、覚えてやがれ!」

 

 さっき石が当たった奴が捨て台詞を吐いて逃げて行く。

 他の男もそれを追うように慌てて走って行った。

 

「ふぃ〜。ソードスキルって便利だなあ……

あ、大丈夫か?」

 

 一部始終を見ていたフードの女の子に声をかける。

 

「大丈夫、ありがとう」

 

 女の子は小さくお辞儀をしてすぐに歩きだした。

 

「待てよ、さっきの奴らがまだ居たら……」

 

「ソードスキルにあんな使い方があるなんて知らなかったの。

次からは使うから心配しないで」

 

 そう言うと、彼女は再び歩いていってしまった。その雰囲気に、どこか既視感を感じる。

 

「大丈夫かなあ……ま、いっか。

あ、宿屋探さねえと!」

 

 急いで走りだした晴人が、路地裏の突き当たりに怪しい宿を見つけたのはそれから三分後のことだった。

 



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早すぎる再開

「いやぁ、実に気持ちの良い朝だな、ウィザード!」

 

「悪かったよ……でもブレイドだって反対はしなかったろ?」

 

「反対はしてない、けど最初から乗り気じゃ無かった!」

 

「タダで済んだんだから良いだろ!」

 

 翌朝、俺達は口喧嘩をしながらトールバーナの街を歩いていた。

 何故こんなことになったかは昨日の夜に遡る。

 

 

 晴人に来るよう言われた宿屋は古い建物だった。

 中は民宿のようで、老婆のNPCがおり、話しかけるとクエストが発生した。

 なんでもその老婆の悩みを聞くと無料で泊まれるとのことで、俺達は喜んで受領した。

 

 ……が、そのクエストは俺達の想像とは違った。

老婆の悩みを聞くという意味を履き違えていたのだ。

 キャンセルしようにも老婆はずっと喋りっぱなしだし、逃げようとすると老婆がドアの前に移動した。

 結果として、俺達は約三時間も老婆の話を聞くはめになった。話が終わるとクエストは終了したが、俺達は余計に疲れたのだった。

 

「大体そこそこ時間あったろ……他に無かったのかよ」

 

「こっちだって色々あったんだよ。仕方ないだろ?」

 

「色々ってなんだよ?」

 

「それは……」

 

 

「おーい! 君達ー!!」

 

 

 急に遠くから聞き覚えのある元気な声が聞こえてきた。

 見るとディアベルがこちらに手を振っている。

 

「やあ、参加してくれるんだね?」

 

「まあ、みんなの希望に……力になりたいんでね。この層でも、上の層でも」

 

「これ以上の犠牲者を出さないためにも、まずは第一層を突破しないといけないしな」

 

「フフッ、君達はいつか恐ろしい勢力になりそうだ」

 

「どういう意味だ?」

 

「いや失礼、悪い意味じゃ無いんだ。

これから先どれだけ仲間を作り、みんなをまとめていけるか……それが生き残ることに繋がると俺は思う」

 

「人が増えるほどリスクは減るし勝算も上がるもんな」

 

「その通りだ。

君達は自分ではなく人のために戦おうとしている。そういう人間にこそ仲間は集まるものだよ?」

 

「俺達が口先だけだと思わないのか?」

 

「昨日の君達を見てれば、真意なんだと分かるさ。それじゃ、俺はそろそろ行くよ。また後で」

 

 俺達はお互い笑顔で別れた。

 

「あの人も結構なお人好しだよな」

 

「さぁな……ほら、俺達も行くぞ。ウィザード」

 

「おう」

 

俺達も攻略会議の場所へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

「今日は俺の呼びかけに応じてくれて有難う!

俺はディアベル、職業は気持ち的にナイトやってます!」

 

攻略会議はディアベルの冗談から始まった。

 

「今日、俺達のパーティがあの塔の最上階でボスの部屋を発見した。」

 

ディアベルの冗談に反応していた周りが静まる。

 

「俺達はボスを倒し、第二層に到達してこのデスゲームもいつかクリア出来るって事を、始まりの街で待っている皆に伝えなくちゃならない。

それが、今この場所に居る俺達の義務なんだ。そうだろ、みんな?」

 

 すると今度は拍手や歓声がおきる。

 

「OK、それじゃ早速だけどこれから攻略会議を始めたいと思う。まずは6人ずつのPTを組んでみてくれ」

 

 それを聞くとすぐに周りが行動を始める。

 

「どうする? ブレイド」

 

「別に二人でいいだろ、元からそのつもりだったんだしな。

ほら、あそこにも二人だけで……ん?」

 

 見覚えのある顔を見つけ、そこへ向かう。

 

「おい、ブレイド?」

 

 晴人もついてくる。

 

「お、やっぱりか」

 

 隣の少女と話していた少年が顔を上げる。

 

「お、昨日の……ブレイドだよな?」

 

「覚えててくれたか、キリト」

 

 隣にいた少女もこちらに注意を向ける。

 

「おい、どうしたん……あ!」

 

「あ……」

 

 ついてきた晴人が少女を見るなり声を上げた。

 少女の方も晴人に驚いたようだったが、すぐに目をそらしてしまった。

 

「おい、どうしたんだ?」

 

「いや……それより彼は?」

 

「あ、彼はキリト。昨日買い物した時に色々あってな。クリームもキリトに貰ったんだ」

 

「ああ、そういえば誰かにもらったって言ってたな。あれをくれたのはあんただったのか。

久々にうまいと思ったよ、ありがとうな。

俺はウィザードだ、よろしく!」

 

「キリトだ、よろしく。」

 

「キリトは二人だけのパーティーか?」

 

「ああ、そうだけど……」

 

「なら俺達と組まないか?俺達も二人なんだ。いいよな、ウィザード」

 

「俺はいいぜ」

 

「お、助かるぜ。いいか?」

 

 キリトが隣の少女に話かける。

 

「……別にいいわ」

 

「じゃあ決まりだな!」

 

 俺と晴人は一度パーティーを解散し、キリトのパーティーに入った。

 

「よーし、そろそろ組み終わったかな?」

 

 ディアベルが話し始めた時だった。

 

「ちょう待ってんか!」

 

 急に一人の男が壇上へ飛んだ。

 

「わいはキバオウってもんや。ボスと戦う前に言わせて貰いたいことがある。

こん中に、今まで死んでいった二千人に詫び入れなあかん奴がおるはずや!」

 

 

「何言ってんだあいつ?」

 

 周りがざわつき始める。この場でそんなことを言い出したら、ウィザードのような疑問を持つのが普通だ。

 だが、俺はこの場で誰に白羽の矢が立つのか、大方予想がついていた

 

「……どうせベータテスターのことだ」

 

 案の定、キバオウと名乗った男はベータテスターへの文句を連ねていた。

 ふと横を見るとキリトは深刻な顔で見つめていた。

 

「発言いいか?」

 

 急に別の男が壇上へと上がる。

 

「俺の名前はエギルだ。

キバオウさんあんたが言いたいのはつまり、元ベータテスターが面倒を見なかったからビギナーが沢山死んだ。

その責任をとって謝罪、賠償しろ、と言うことだな?」

 

「そっ……そうや!」

 

 するとエギルは、ポケットから何かを取り出した。

 

「あれって……」

 

「ガイドブックか」

 

 エギルが取り出したのは俺たちもよく知る、一層のガイドブックだった。

 

「このガイドブック、あんたも貰っただろ?道具屋で無料配布してるからな」

 

「もろたで、それがなんや?」

 

「配布していたのは元ベータテスター達だ」

 

 その一言に周囲がどよめいた。キバオウも驚いたように目を見開いている。

 

「いいか、情報は誰にでも手に入れたんだ。なのに沢山のプレイヤーが死んだ。

その失敗を踏まえて俺達はどうボスに挑むべきなのか、それがこの場で論議されると俺は思ってたんだがな」

 

 ついにキバオウは黙り込んだ。

 

「よーし、じゃあ再開していいかな?

ボスの情報だが実は先ほど例のガイドブックの最新版が配布された。

それによるとボスの名前は……」

 

 そこからは有意義な情報を得ることができ、結果として俺達にとってボス攻略会議はとても価値のあるものとなった。

 



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抱える闇

今回はブレイド以外に視点が映ります。


 俺は暗くなったトールバーナの街を歩いていた。

 さっきキバオウが言ったことを思い出しながら。

 

 確かにベータテスターではない者は、彼の言う様に感じているかもしれない。

 だが俺は知っている、その死んだ2000人の中にベータテスターが少なからずいることを。

 下手に情報を持っているからこそ、ほんの少しのベータ版からの変化によって命を落とす危険があるということを。

 

 ただ、後ろめたいことが全くないかと言えば…

 

『おめえにこれ以上世話になるのはいけねよな、だから気にしないで次の街に行ってくれ。』

 

「クライン…」

 

「おい、キリト!」

 

声に気づいて振り向くとブレイドが立っていた。

 

「ブレイド。あれ、ウィザードは……」

 

「用を思い出したから宿を見つけといてくれって言われてな。そしたらお前を見つけたんだ。

どうした? 何か考えてる様だったが……」

 

「いや、ちょっとな……」

 

 あんな話の後だ。自分がベータテスターだと言うことは知られたくなかった……のだが。

 

「キバオウって奴が言ってたことか?」

 

「なっ……」

 

 まさか図星を当てられるとは思わず、動揺してしまう。そんな俺の反応を見て、ブレイドは納得した様な表情になった。

 

「お前……ベータテスターなんだろ?」

 

「どうして……」

 

「昼間、そして今のお前の表情だ。何か思い悩んでる様子だったからな」

 

 迂闊だった。確かにあの時も俺は思うところがあったが、そこまで顔に出ていたとは……

 

「……俺を責めるか?」

 

 俺は意を決した。

 人間関係に亀裂があってはパーティーとしての意味がない。

 最悪パーティーを抜けることも考えていた。

 

「責める理由なんかないだろ?」

 

 だが帰ってきたのは意外な答えだった。

 

「キリトが本当にキバオウの言う様な人間なら、会ったばっかりの人間に簡単にアイテムを渡したりしないはずだ」

 

「でも俺は、一度仲間を見捨てた……」

 

「それを馬鹿正直に言う時点で、お前が悪いやつじゃないって分かるさ。それに、何か事情があったんじゃないのか?」

 

 何と返したらいいか分からなかった。

 

「俺はお前がベータテスターだろうがなんだろうが良いさ。

でももし、それでもキリトが納得できないなら……パーティーの他の二人にも話してみたらどうだ?」

 

 いきなりブレイドが思いもよらない提案をしてきた。

 

「話を聞いてもらえば楽になることだってある。

それに向こうにとっても隠し事を話してくれた人間の方が信用できるんじゃないか?

大丈夫、どっかのイガイガと違ってあいつらは固い頭じゃないだろうよ」

 

 ブレイドがおどけながら言う。

 

 俺は悩んだ。

 確かに命を預ける仲間だ。隠し事は無い方がいいだろう。

 だが、果たしてそれで俺を受け入れてくれるだろうか? むしろ不信感を抱かれる可能性もある。

 

 悩めば悩むほど俺の気持ちは乱れていった。こんな気持ちではボス戦なんてできそうにない。

 

「分かった、話してみるよ。俺もこのままだとまともに戦えそうにないしな……」

 

「なら決まりだな。

えーと、ウィザードの位置は……あれ? さっきの女の子と一緒だな」

 

 メニューからパーティーを開くとブレイドの言う通り、二人は同じ場所だった。

 

「ならウィザードに伝えて貰えばいいか。場所は……」

 

「俺が今借りてる家にしよう。あそこならゆっくり話せる」

 

「え? このゲーム家借りて住めるのか?」

 

「知らなかったのか? 部屋も広いし風呂とかもあるから宿屋より落ち着けるんだ。」

 

「……ちなみに泊まれたりは?」

 

 そう言えば宿を探しているって言ってたな……。

 

「ブレイド達がいいなら……」

 

「ありがとう!」

 

 両手をガシッと掴まれる。

 この暖かさも電気信号なんだよな、とくだらないことを考えながら、俺はプライドに揺さぶられていた。

 

 

 

 

「よっ!」

 

俺は座ってパンを頬張っている少女に声をかける。

 

 少女は一瞬びくっと驚いたが、フードの中からこちらを確認するとすぐに言葉を返してきた。

 

「何か用?」

 

「いや、たまたま見かけたからさ。

まあ同じパーティーになったんだし、挨拶でもしようと思ってね」

 

 と、言うのは嘘。少し様子が気になったから位置を確認して来たのだが。

 

「それだけ? ならもういいでしょ」

 

 またパンを食べ始める少女。

 

「まあ、そう言わずにさ……あ、これ使うか?」

 

 俺は一真がキリトに貰った小瓶を取り出す。

 

「これは?」

 

「クリームだよ。昨日ブレイドがキリトから貰ったらしいんだけど、これがうまくてさ……」

 

 少女はしばらく考えたあと、パンにクリームを塗って一口……食べた後二、三口でそれを食べきった。

 

「な、うまいだろ。

あ、キリトに入手方法聞くか?」

 

 少女は少し反応したが、首を横に振った。

 

「美味しい物を食べる為に私はこの街に来たわけじゃない」

 

「へぇ……じゃ何のためだよ?」

 

「私が私でいるため。

最初の町の宿屋に閉じこもってゆっくり腐って行くくらいなら最後の瞬間まで自分のままで居たい。

たとえ怪物に負けて死んでも、このゲーム、この世界には負けたくない……どうしても」

 

 フードの奥に見えたその表情は、どこか諦めた様な表情だった。

 俺が一番嫌いな、そして一番見てきた表情だ。

 

「あんたは明日自分が死ぬと思うのか?」

 

「どうせ全滅するに決まってるわ……今まで何人もあそこで死んでいるんだから」

 

「でも今まであそこまで人が集まったことは無いらしい。今回は勝てるかもしれないぜ?」

 

「だとしても次の層……そこも越えれたとしても、いつか死ぬ。

始めから抜け出せるわけが無いのよ、こんな絶望だらけの世界」

 

 それは聞き逃せない言葉だ。

 今この世界ではゲートもファントムは関係ない。だが、目の前に絶望しかけている人間がいる以上、放っておくことなど出来なかった。

 

「絶望だらけだとは限らないだろ?」

 

「じゃああなたはこの世界をクリアできると言うの?

一ヶ月経ってまだ一層もクリア出来てないのに、百層まで辿り着けると思っているの!?」

 

「そんなことは俺にだって分からないさ」

 

「だったら……」

 

「でも」

 

 ああ、やっと分かった。彼女に感じる既視感の原因を。

 

「前に進むには今を受け入れるしかない、俺たちが何者だろうと、ここがどんな世界だろうと、今を生きようぜ」

 

「っ!」

 

 少女は黙り込む。

 

「だけど、もしどうしても絶望してしまいそうなことがあったら……」

 

 俺は約束する。

 

「そのときは、俺がお前の最後の希望になってやる」

 

 少女は少し呆気にとられた様だったが……

 

「……な、何言ってるのあなたは?」

 

 すぐに元通りになった。

 

「ん? 俺なんか変なこと言ったか?」

 

「……はぁ、何でもない。」

 

 よく分からなかったが、直後メッセージが届いたせいで考える暇はなかった。

 

「お、ブレイドからだ。えーと……キリトが話したいことあるらしいから集まれってさ。

あんたも連れて来いと」

 

「……遠慮しておくわ、作戦とかなら明日の朝でも聞けるし」

 

「そうか。

……へぇ、このゲーム家なんか借りれるんだな。広い部屋に風呂付きなんて……」

 

 後半は完全に独り言だったのだが……気がつくと少女の顔が目の前にあった。

 

「場所は!?」



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動き出す歯車

「えーと、明日のことの前にまずは言っておきたいことがあって……」

 

 後から来た二人も含め、ブレイド達を部屋に招き入れた俺は早速本題を切り出した。

 

「……実は、俺はベータテスターなんだ。」

 

 しばしの静寂。

 そしてまず口を開いたのは……

 

「マジで!?」

 

 ウィザードだった。

 

「隠すつもりはなかった、って言うと嘘にな……」

 

「よっしゃ! 俺超ラッキーじゃん!」

 

……はい?

 今彼は何と言った? 聞き間違いじゃないなら……

 

「ラッキー……?」

 

「だってさ、ベータテスターってことは俺達が知らないことも知ってるんだろ?」

 

「まあ、序盤に限って言うなら……」

 

「そんな奴と知り合えるなんて最高じゃん! 色々教えてくれよ!

いやでも、タダって訳にもいないよな……」

 

「え、えーと……」

 

 完全にウィザードのペースだった。

 見るとブレイドは苦笑いしている。

 

「あの!」

 

 すると今度は女性プレイヤーが声を発した。

 ウィザードに気を取られて全く気にして無かった。彼女の方は今の発言をどう思って……

 

「お風呂貸してください!」

 

 ……はいぃ??

 俺は今何の話をしてたんだっけ? 少なくともお風呂の話はしてなかったはずだが。

 しかし、俺は彼女の鋭い視線に逆らえず……

 

「ど、どうぞ」

 

 よく分からぬまま許可を出した。

 すると彼女は小さくお辞儀をして一目散に【Bathroom】と書かれたプレートの下がった部屋へ向かって行った。

 

 そしてまた静寂が訪れた。

 

 コン、コココン

 

 今度はウィザードではなく、廊下のドアのノック音が静寂を破った。

 

「……お、おい。誰か来たみたいだぞ?」

 

「あ、ああ」

 

 一足先に我に返ったブレイドに言われ、俺はドアの方へ向かった。

 もっとも、ノック音から誰が来たのかは分かっていたが。

 

 ガチャ

 

「よう、アルゴ。どうしたんだ? わざわざ部屋まで来るなんて……」

 

「少し言っておきたいことが出来てナ。あ、情報料は取らないから安心してくれ」

 

「キリト、彼女は?」

 

「ああ、知らなかったか。彼女は情報屋で通称鼠のアルゴ。

で、アルゴ、こっちは明日のレイドでパーティを組むことになったブレイドとウィザードだ」

 

「ブレイドだ、よろしく」

 

「ウィザードだ、よろしくな!」

 

「よろしくナ。

情報が欲しかったら言ってクレ、ただし相応の報酬はもらうガナ」

 

「それで話って?」

 

「ああ、そのことなんだが……」

 

 急にアルゴがブレイド達を見ながら黙り込む。

 なるほど、そっち絡みか。

 

「この2人なら俺がベータテスターだってこと知ってるぞ」

 

「ンナ!? キー坊、正気カ? ツイさっきその話デ一悶着あったばかりだロ!?」

 

「安心しろ、俺達はベータテスターだからって責めたりするつもりはない」

 

「むしろ嬉しい位だぜ? 俺達が知らないことを知ってる人間ってのはありがたい」

 

 アルゴは目を点にして驚いていた。

 

「なんつーカ……変わった奴らダナ」

 

「まあ悪い奴らじゃないさ。

で、本題に入ろうぜ。ベータ絡みの話なんだろ?」

 

「まあナ」

 

 一呼吸置いてアルゴは話だした。

 

「『空を駆る泥棒』がクリアされた」

 

「なっ!?」

 

「何だ? その空を駆る泥棒って」

 

 ブレイドとウィザードが不思議そうにしている。

 

「本来なら情報料をもらっても言わないんだガ……オレっちもベータテスターでナ」

 

 ブレイドもウィザードもあまり驚く様子もないので、アルゴが続ける。

 

「で、『空を駆る泥棒』ってのは第一層のクエストデ、要は鳥に取られた宝石を取り戻すものなんダ。

だガ、ベータ時代にはクリア不可能と言われていタ」

 

「何でだ?」

 

「そのクエストの終着点は森のフィールドにある巨大な木の上の巣から宝石を奪い返すことだ。

だが……少なくとも序盤ではそれは無理なんだ。」

 

「その木はあまりとっかかりがなくてナ。

何人もが木登りに挑戦したが構造上一番上までは登れないようなんダ。

だからベータ時代は誰も挑戦しなくなッタ」

 

「だがある時、そのクエストはクリアされた。

誰も気にしていなかったから誰がクリアしたのかもクリアした方法もクリア報酬も分からない」

 

「だから今回は木を見張ってる奴らがいたりしたんだがナ。

攻略会議の最中にクリアされたみたいで、誰も見ていなかったそうダ」

 

「なるほどな……」

 

 納得したブレイドとは対象的に、ウィザードはよく分からない顔をしていた。

 

「前回は何層か進んだ時だったからまだわからなくもない。

だが今回はまだ一層も進んでないのに……」

 

「あまりにもおかしい……ってことでキー坊に話に来たんダ。

もしかしたらなんか知ってるんじゃないかと思ったんだガ」

 

「いや……正直それどころじゃ無かったからな」

 

「そうカ。まあなんか気づいたら教えてクレ。場合によっては情報料払ってもイイ」

 

「ああ、分かった」

 

「俺達も協力する。何か攻略の糸口になる話なら、関係ないことじゃないからな」

 

「ありがとナ。

まあ話はそれだけダ。

あ、キー坊、夜用の装備に変えたいから隣の部屋借してクレ」

 

「ああ、いいぞ」

 

 この時俺達はこの件で頭が一杯だったのだろう。三人とも黙って考え込んでいた。

 そして三回目の静寂を破ったのは…

 

「きゃあああああああ!」

「んナッ!?」

 

彼女達だった。

 

 

 

 

同時刻、森のフィールドに二人の人間がたたずんでいた。

 

「単刀直入に行こう。あのクエストをクリアしたのは君だよね?」

 

「あ〜、周りには気をつけてたつもりだったんだけど」

 

「安心してくれ、別に言いふらすつもりはない。

その代わりと言ってはなんだけど……頼みがある。」

 

「頼み?」

 

「クエストのクリア報酬の一つをもらいたい」



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初めてのボス戦

視点は戻ってブレイドへ。


翌日、俺たちは迷宮区へ向かって歩いていた。

 

「いよいよか……」

 

「ああ」

 

 昨日の夜、一波乱の後、俺たちはキリトからボスの情報を聞いた。

 大方の情報は会議で聞いたものと変わらなかったが、所々注意点や対処法を織り交ぜてくれたため、より分かりやすかった。

 

 だが、翌日俺たちに与えられた役割は周りに湧く取り巻きの殲滅であった。

 

「君達の強さは分かってるつもりだ。しかし君達のパーティの人数が少ない以上、こういう分担になってしまうんだ……分かって欲しい。」

 

 と、ディアベルに押し切られ渋々了解した。

 もっとも、それに納得のいかない人間もいる。

 

「あーもう! なんで雑魚退治なんだよ……俺達はボス戦に来たんだっつーの!」

 

「まったくだわ! ボス戦の邪魔をするなって言ってる様なものじゃない!」

 

この二人だ。

 

「まあまあ、周りの取り巻きを倒すのも大事な仕事だって」

 

「ボス戦なんて今後いくらでもあるからな、見返してやればいい。

そのためにも今は一層の攻略に集中するべきだろ?」

 

 キリトと共に二人を落ち着かせようとしていると、

 

「おい」

 

 今一番話しかけて欲しくないと言っても過言ではないくらいの人間の声が聞こえた。

 

「ええか、今日はジブンらはサポ役や。大人しく引っ込んどれよ」

 

と、余計な言葉を言いながらイガグリ頭が通り過ぎていく。

 

「……ウィザード、腰の短剣を抜こうとするのやめろ。」

 

「あんたもだ。その細剣から手を離せ」

 

 今にもキバオウに切りかかりそうな二人をなだめる。

 

「あなた達は悔しくないの?」

 

「納得いかねぇだろ! だいたいあいつらよりキリトの方が……」

 

「止めろ、誰かに聞かれた時困るのはキリトだぞ」

 

「あ……わ、悪い……」

 

「ははっ……まあいいよ。確かに気にくわないかもしれないけど、とにかく今はボス戦に集中しようぜ!」

 

 本当にこんな状態で本当にボスを倒せるのか……さすがにそれを口に出すことはできなかった。

 

 

 

 

 時刻は12時半。俺達は最上階に到着した。

 

「最後にもう一度確認しておく。取り巻きのルインコボルドセンチネル相手に剣は分が悪い」

 

「だから俺達が止どめをさすんだよな」

 

「ああ、俺とブレイドが奴らの武器を跳ね上げさせるから、ウィザード達はスイッチして飛び込んでくれ。

ただし……」

 

「ダメージが入りやすいのは喉元なのね」

 

「そうだ、それさえ気にしていれば難しい相手じゃない」

 

 キリトの指示を頭に入れ、整理する。大丈夫、他でもない経験済みのキリトが言うんだ、心配はないだろう。

 

「ただ、これだけは忘れないでくれ、これはあくまでも……ベータ時の情報だ。くれぐれも油断はしないでくれ」

 

 安心していたところに忘れかけていたことを言われる。

 

 そうだ、これは命がかかっているんだ。

 一瞬の油断が死に繋が……死?

 

 そこまできてあることを思い出す。今までの混乱のせいで忘れていたこと。

 

 ……俺に死なんて言葉は無縁じゃないか。

 

 だが、だからと言ってこの世界で簡単に死ぬ訳にはいかない。この世界でも現実でも何が起きるのか分からないのだから。

 とはいえ、万が一誰かに危険が迫ったら……

 

「ブレイド?」

 

 キリトの声で現実に引き戻される……この世界を現実と言うのかは怪しいが。

 

「どうした……大丈夫か?」

 

「いや、少し考え事をな」

 

「まあ初めてのボス戦だからな、警戒するに越したことは無いさ」

 

「ああ、そうだよな……」

 

 考えていることは違った。だが説明するわけにもいかない。

 

「みんな!」

 

 ディアベルがボス部屋の扉の前で呼びかける。

 

「俺から言うことはたった一つだ、勝とうぜ!」

 

 余計なことを考えるのは止めよう。今は目の前のことが最優先だ。

 

「行くぞ!」

 

ディアベルが扉を開け放つ。

 

「攻撃開始!!」

 

こうして俺達の初めてのボス戦は幕を開けた。



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想定外の展開

 恐ろしいほど全てが順調だった。

 それぞれの隊の連携も上手く回っていて、メンバーも誰一人欠けることはおろか、赤の危険域になった者すらいない。

 

 特に驚いたのはキリトと女性プレイヤーの二人の力だ。

 キリトは元ベータテスターだと言うことを差し引いても、常人離れしたテクニックを持っている。特に反応速度に関しては群を抜いている。

 女性プレイヤーの方も、全体的に見れば拙いが、攻撃の速度と正確さはキリトと互角以上に見えた。

 

「あいつらとパーティーを組んで正解だったな!」

 

 晴人も二人を気にしていたのか、声をかけてくる。

 

「ああ、このメンバーでボスと戦いたかったよ」

 

「なんだ、お前もなんだかんだも吹っ切れてねえじゃん」

 

 晴人が悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「まだ先は長いさ。幾らでも機会はある。もっとも、あの二人にその気があればだけどな」

 

「あとで相談してみようぜ! この層はクリア出来そうだし」

 

 晴人に言われボスの方を見ると、すでにHPゲージはラスト一本になる直前だった。

 

 確かこの後、タルワールとかいう武器に持ち変えるんだよな……

 思ったそばから、ボスモンスターは今までの武器を投げ、腰の武器に手をかけた。

 

 

 

 そして出てきた武器は俺の思い描いていたものとどこか違っていた……つまり、キリトにもらった情報と。

 

 慌ててキリトの方を見ると、目を見開き、呆然としていた。

 つまり、この違和感は間違っていないのだ。そしてそれは、

 

 この場にいる者たちの知識と違うということを意味している……

 

「はあああ!」

 

 しかし、武器が違うことに気づいていないのか、ディアベルはボスに向かい突っ込んでいった。

 

「だめだ……全力で後ろに飛べぇっ!」

 

 キリトが叫ぶと同時に、俺の身体もディアベルへ向かって走り出していた。だが、取り巻きの相手をしていた俺にとって……

 

 ボスはあまりに遠かった。

 

 グオオオオオオオオッ!

 

「ぐわあああ!」

 

 ボスの猛々しい方向と共に繰り出されたソードスキルがボスと戦っていたC班を薙ぎはらう。

 そして、ボスに飛びかかっていたディアベルは、攻撃をまともにくらい弾き飛ばされた。

 

「ディアベルっ!」

 

 元々ディアベルへ向かっていた俺が真っ先にディアベルの元へとたどり着く。

 

「さあ、早く!」

 

 俺が差し出したポーションをディアベルは受け取らなかった。

 

「これで、良いんだ……」

 

「これで良いって……このままじゃ!」

 

「ブレイド君」

 

 ディアベルの真剣な声に、一瞬黙り込む。

 

「君は絶対に生きて……このゲームをクリアするんだ。誰かを庇ったりして…。死んでは絶対に駄目だ」

 

 ビクリとする。それは俺がボス戦前に考えたことであり、まさに今行おうとしていたことだからだ。

 

「お前……何言って……」

 

「ディアベル!」

 

 見ると晴人やキリトや、女性プレイヤーまでこちらに来ていた。

 

「ディアベル……どうして……」

 

「君も……ベータテスターなら分かるだろう?」

 

「まさか、ラストアタック狙いで……」

 

 ディアベルは小さく笑うと、真剣な眼差しで俺達を見た。

 

「君達なら出来るはずだ。頼む、ボスを倒してくれ……後は任せたよ……」

 

 そして、小さな声で何か呟き……

 アインクラッド初めてのボス攻略レイド指揮官はポリゴン片へと姿を変え、四散した。



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指揮官交代

「ディアベルはあああん!」

 

 キバオウの叫びが響く。

 

「そんな、ディアベルさんが……」

「あんなの情報には無かったじゃないか!」

「もう駄目だ……勝てるわけがないよ!」

 

 リーダーであるディアベルを失ったことと、ガイドブックの……ベータの情報と違うボスの行動により、レイドの誰もが動揺していた。

 

 本来なら、こんな異常事態の中ボス攻略を続けるようとはしない。

 

 だが、ここで引き下がればもうこんなレイドパーティーは組めないだろう。

 そうすればこの層のボス戦、延いてはこのゲーム事態のクリアはいよいよ絶望的なものとなるだろう。

 

 そして何より……

 

「ディアベルはボスを倒せと言った!」

 

 ウィザードの声に一瞬の静寂が生まれる。

 

 そう、このレイドの指揮官は『撤退しろ』ではなく『ボスを倒せ』と言ったのだ。

 

「俺たちは、最後までリーダーの意志に報いるべきじゃないのか?」

 

 続くブレイドの言葉に、一同がしばし黙り込む。だが……

 

「せやけどあいつがどんな行動するか分からないんやぞ!

第一誰が指揮を執るいうんや!」

 

 キバオウの言葉により、また周りがざわつき始める。

 まずい。確かに誰かがまとめなければボスは倒せない。だが、彼の代わりが務まるプレイヤーなどここには……

 

 グオオオオオオオオッ!

 

 再びボスが雄叫びをあげ、手に持っている刀を振り回す。

 

「うわあっ!」

 

 間一髪、刀が振り下ろされた場所にいたプレイヤー達が攻撃を避ける。

だが、次は当たるかもしれない。

 

 早く……何とかしないとっ!

 

 おそらくこの中であの武器の挙動を知っているのは、ベータテストの時上層で見たことのある俺だけだ。

 だが、それを伝えれば俺がベータテスターだと分かり、ボス戦どころじゃなくなるかもしれない。

 

「くっ、どうすれば……」

 

「ねえ」

 

 悩んでいる最中に女性プレイヤーから声をかけられる。

 

「あなたは、あのモンスターの攻撃パターンを知っての?」

 

「……ああ。この層では無いが、見たことはある」

 

「そう、なら……」

 

 すると女性プレイヤーは突如フードを脱いだ。

 

 栗色の綺麗な髪が露わになる。

 彼女はとても美しかった……誰もが一瞬目を見張る程に。

 

「彼はこうも言ったわ」

 

 その一瞬の隙をついて彼女は話し出した。

 

「次の指揮官は……彼だと」

 

 そう言って彼女が細剣を向けた先にいたのは……俺だった。

 

「……え?」

 

 思わぬ事態に頭がついて行かなかった。無論ディアベルはそんなことは言っていない。じゃあ何故そんなことを……

 

 ああ、そういうことか。簡単な話だったんじゃないか。

 

 その意味が理解できた時、俺は少し笑ってしまった。見るとブレイドやウィザードも笑いを堪えているようだった。

 

「う……うそや! ディアベルはん、がんなこと言うはずあらへん!」

 

「ならどうするんだ? あんたが指揮をとるのか?」

 

「っ!」

 

キバオウが食ってかかったが、ブレイドの言葉ですぐに引き下がった。

 

「さて……指示をどうぞ?」

 

女性プレイヤーがこちらを向く。

 

キリト「ははっ、とんだお嬢さんだな…」

 

 小さく呟いたつもりだったが、聞こえてしまったらしく、女性プレイヤーこちらをムッとした表情でこちらを睨んできたので慌てて目をそらす。

 

「さてと……」

 

 俺は大きく息を吸って

 

「全員ボスから離れろ! 取り囲まなければ範囲攻撃は来ない!」

 

 指示を出し始めた。

 

「HPがイエロー切ってるやつはすぐにPOTしろ!

グリーンはそいつらの援護、手が空いてるやつは取り巻きを頼む!」

 

 みんな最初は戸惑っていたものの、すぐに指示通り動き始めた。

 

「よし」

 

 そして俺はボスに向き直る。

 あいつのHPは残り後一本……一人で削りきるのも不可能ではないが、かなりの無茶だ。

 

「それでも……」

 

 俺がやらなきゃいけない。これはずっと逃げてきたことへの戒めなんだ。

 

 そう俺が決意した時、

 

「私も行く」

 

 横から声がかかった。

 

「置いてくなんて水臭いことしないよなぁ?」

 

「俺たちはパーティーだろ?」

 

……正直なところ、みんなを巻き込みたくは無かった。

 これから俺がやろうとするのは命懸けな行動だ。相手の行動が分かりきっているであろう俺でも危険が伴う……変更前の行動パターンしか知らないブレイド達なら尚更だ。

 

だが。

 

(お前が悪いやつじゃ無いって分かるさ)

(色々教えてくれよ!)

(さて……指示をどうぞ?)

 

 3人とは出会って間もないが、既に俺の中で大きな存在となっていた。

 そして、俺は今強く思っている。

 

 このパーティーでボスを倒したい!

 

「作戦を立てる……やってくれるか?」

 

 俺の言葉に3人は強く頷いた。



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振るわれる剣

「あの武器の攻撃パターンは俺の知る限りでは5パターン、打ち下ろしと上下切り、突き、居合切り、そして範囲攻撃だ」

 

 キリトが説明を始める。

 

「打ち下ろしと突きは威力は高いが、よく見れば避けるのはそう難しくないはずだ。

範囲攻撃はさっきも言った通り、取り囲まなければ飛んで来ない」

 

「さっきC班が受けてた攻撃よね?」

 

「そうだ、一度見てるから分かりやすいと思う。

問題は上下切りと居合切りだ。

まず上下切り……これはあいつの前方に立つと来る攻撃なんだが、威力が高い上に2連撃で来る。まともにくらえばひとたまりもない。

それにモーションが打ち下ろしと同じで、見分けづらいんだ」

 

「じゃあ打ち下ろしのモーションの時点で避ければいいか?」

 

「ああ、その通りだ。2撃目がくるかどうか関係なく、奴が武器を振りかぶったタイミングで避けてくれ。

次に、居合だが……これもかなり厄介だ。

モーションが始まってから避けても遅いくらいに流れが速い。常に警戒してくれ。

 

皆、今回の目的はあいつを倒すことだ。だが、絶対に無茶はしないでほしい」

 

「危なくなったらすぐに逃げるから安心しろって! で、具体的にどうすればいいんだ?」

 

「ああ、まずは……」

 

 キリトに手短に作戦の説明を受けると、俺たちはボスに向き直った。

 

「よし、行くぞ!」

 

「おう!」

 

 キリトの合図で一斉に走り出す。

 まずは俺と晴人が先行する。

 

「いいねえ、こういうの。仲間と何かを成し遂げようとする感じってさ!」

 

 並走している晴人が呟く。

 

 仲間……か。

 数年前の記憶が蘇る。おそらくもう会うことのないかつての仲間。

 

そして思い出す、かつての決意。

(戦えない大勢の人達の代わりに……俺が戦う!)

 

 そうだ、まだ恐怖に怯え始まりの町から出れずにいる人達が少なからずいる。

 だからこそ、こんなところで終わるわけにはいかない!

 

「ふふっ、そうだな。絶対あいつを倒して二層へ行こうぜ!」

 

「ああ。さぁ……ショータイムだ!」

 

「ショータイム……?」

 

「あ、つい癖で」

 

「どんな癖だよ……お、来るぞ!!」

 

 コボルトロードが武器を構える。

 

「あの構えは……打ち下ろしか!」

 

 グオオオオオオオオッ!

 

 雄叫びと共にコボルトロードが武器を大きく振る。

 

「ふっ!」

「よっと!」

 

 勢いを殺さぬまま、俺たちはジャンプで横へと飛んだ。

 

『まず、ブレイドとウィザードの二人は二手に分かれてあいつの側面を攻撃しながら後ろに回ってくれ。』

 

 そして攻撃を避け終わった時、俺達は綺麗に二手に分かれていた。

 俺が左で晴人が右。レベリングの時も、大型モンスターと戦う時はいつの間にかこのパターンでやるようになっていた。

 そして決まっていたのは、攻撃の順番なんかもだ。

 

「おらっ!」

 

 まずはリーチのある俺が軽く攻撃をする。

 

 そして敵がこっちを見たタイミングで……

 

「はああ……」

 

 晴人の短剣が光を帯びる。

 

「おらっ!」

 

 斜めに切り上げる晴人のソードスキル、《シャープ・スライス》がコボルトロードの足を捉える。

 

 ウガアアッ!

 

 雄叫びと共に晴人に向き直る。すかさず今度は俺がモーションを起こす。

 

 横水平切りの片手剣ソードスキル《ホリゾンタル》。

 これまたコボルトロードの足にヒットする。

 

 ガァッ!

 

 今度はボスがこちらに向き直る。

 

 あとはこの繰り返しだ。とはいっても、一歩タイミングを間違えたりすれば硬直状態のままボスの攻撃をまともにくらう可能性もある。

 だが俺達は何度も戦う中でお互いのスキルを把握した。おまけに今はキリトのくれた知識もある。

 

 キィィィンッ!

 

 こちらを向いたままコボルトロードの刀が光を帯びる。

 

 あれは…突きか。

 

 前方にジャンプしてかわす。と同時に向こうで晴人がソードスキルを打ち込む。

 

 そんなことを数回繰り返している内に正面まで回り込んだ。

 

『そうすれば完全にボスのヘイトは二人に向くはずだ。そのタイミングで…』

 

「俺たちが叩く!」

 

 ガッ⁉︎

 

 キリトの声にコボルトロードが首を向ける。だが、遅い。

 

 キリトの突進系ソードスキル《レイジスパイク》と、少女の単発ソードスキル《リニアー》がコボルトロードの背中を捉えた。

 

 背中などには補正が働き、ダメージが上がるらしい。

 だがここまでの猛攻をもってして、コボルトロードのHPゲージは2割弱しか減っていなかった。

 

「うわっ、あれだけかよ……」

 

「まだまだっ!」

 

 声と共に、キリト達が俺たちのところまで回り込む。

 そして今度はキリトと俺が、それぞれコボルトロードの横に向かった。

 

『一度正面まで行ったら今度は俺とブレイドが側面から足を攻撃する。刺突系の二人は正面から頼む』

 

 キリトの話によるとどうやら転倒というボスのバッドステータスがあるらしく、それを狙うには足を切るのが一番やりやすいらしい。

 

「はああっ!」

 

 向かいにいるキリトの剣がライトエフェクトを帯びる。

 

 そしてキリトがソードスキル『バーチカル』を発動させると同時に、俺も剣を構えた。

 

 

 

 

 

 

「ふっ!」

 

 武器が振り下ろされるのを避け、敵の硬直を待つ。

 

(ここっ!)

 

 そして相手の手に剣を突き刺す。

 と言っても所詮は普通の攻撃なので、与えたダメージは注意して見てやっと減ったと分かる程度だ。

 

(やっぱソードスキルじゃなきゃこの程度……でも)

 

 大きく後ろへ飛ぶ。と、同時にボスが硬直から戻り、先程まで自分がいた場所を斬りつけた。

 

『ただ、正面はかなり危険だ。回避を最優先にしてくれ。

攻撃するとしてもソードスキルを使ったりしなくていい』

 

(って言われたものね……とはいえ、これじゃ全然ダメージが入らないじゃない)

 

 キリトとブレイドのソードスキルがボスのHPを削っているものの、時たまボスがそちらを狙うこともあるため大きく削れずにいる。

 

(彼の……ベータテスターの言うことを信じてないわけじゃないけど、転ぶ気配すらない)

 

「スイッチ!」

 

「!!…了解っ!」

 

ウィザードの声で我に返り、慌ててスイッチする。

 

「おらっ! っと……考え事は後にしようぜ。今はこいつを倒すことに集中しないとな!」

 

「わ、分かってるわよそんなこと!」

 

「そ? ならいいけどっ!」

 

 ウィザードが飛ぶと同時にボスが武器を振るう。

 

「スイッチ!」

 

 そして今度は私が前に出る。

 

(全くもう、なんなのよあの人は……)

 

 会った時から訳のわからない人だったし、どこかふざけているようでイライラする。

 しかし同時に何故か懐かしい感じもする。

 

(でも会ったことなんかないわよね、顔は本物のはずだし……ん?)

 

ボスがソードスキルのモーションを起こした。

 

(あれってさっきの振り下ろしよね……なら!)

 

 ボスの剣が振り下ろされるのを横に飛んでかわす。

 

(そこっ!)

 

 そしてその手を目掛けてソードスキルのモーションを起こした。

 

……が

 

(あれっ、何か違う……こんなに長く光ってたっけ?)

 

 ボスの武器はそこでライトエフェクトを失わなかった。そして、

 

 向きを変えこちらへ迫ってきた。

 

『モーションが打ち下ろしと同じで見分けづらいんだ』

 

(……打ち下ろしじゃ、ない!?)

 

「なっ……避けろっ!」

 

 慌てて避けようとするがすでに《リニアー》が発動してしまっていた。

 

(何してんのよ……私は!)

 

 つくづく自分を馬鹿だと思った。だが今更もう遅い。ならせめてこの攻撃だけは…

 

 ボスの腕に一撃を与える。

 と、同時にボスのソードスキルが私に当たる……

 

 はずだった。

 

「全く……手間かけさせるなよっ!」

 

 攻撃が当たる直前……私の前にウィザードの姿が見えた。

 

 直後、私達はボス部屋の端まで飛ばされた。



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初ボス撃破

今回はウィザードからキリト視点へ。ころころ変わって申し訳ないですが、ついて来ていただければ幸いです。


「ねぇ、ねぇってば!」

 

 声に目を開けると目の前に栗色の髪の少女がこちらを見ていた。

 どうやら遠くまで吹っ飛ばされたらしい。

 

「お、平気そうだな……」

 

「平気そうだな、じゃないわよ!なんであんな余計なことを……」

 

「余計なことって、助けてもらった相手に言うセリフかよ……

大体あんたが無茶したから……」

 

「わ、私は別に……

大体助けてくれなんて頼んでないわよ!」

 

 少女がどこか泣きそうな顔をしているように見えたのは、流石に自惚れだろうか。

 

「何? もしかして心配してくれた?」

 

「な、何を……」

 

 その時、パキィンという音を立て、俺の短剣がポリゴン片となって消滅した。

 

「あちゃー、やっぱ無茶だったか。

結構気に入ってたんだけどなぁ……」

 

 と、俺が愛剣を失くした軽いショックにうたれていると……

 

「……え?」

 

 目の前の少女は少しポカーンとした顔でこっちを見ていた。

 

「あなた、防いでたの?あの一瞬で?」

 

「ん? ああ、両手で剣抑えたから負担かかっちゃったみたいでさ」

 

「じゃあ……ダメージは?」

 

「吹っ飛ばされたせいで少し減った」

 

 直後、何故か目の前の少女から憤怒のオーラ……のようなものが出た気がした。

 

「ああ、そうですか!」

 

 すると少女は恐ろしいスピードでメニューウィンドウを操作し、オブジェクト化された何かを投げつけてきた。

 

「うぉっ!……ん?」

 

 投げつけられたものを確認すると、それは短剣だった。

 

「これ……しかも確かレアドロ品の……?」

 

 迷宮区の敵、コボルドシーフが稀に落とす武器

《盗賊の宝刀(シーフズトレジャーナイフ)》

 派手な見かけだけでなく、スペックも中々の武器だ。

 当然欲しかったものだが、ブレイドとレベル上げしてたのは迷宮区じゃなかったため、諦めていた。

 

「短剣壊れたんでしょ!

早くしなさい、あいつを倒すことに集中するんでしょ?」

 

 そう言うと、少女は走って行ってしまった。

 

「……つまりくれるってことなのか?

ま、いいや。まずはあいつを倒さないとな!」

 

 見るとボスのHPは残り6割を切っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんてやつだ……」

 

 ウィザードが吹っ飛ばされた時、一瞬しか見えなかったが、彼は2Hブロック(両手で武器を抑える防御)をやってのけた。

 

 その結果彼のHPバーは、ボスの攻撃ではほぼほとんど減っていなかった。

 

「教えてはいないもんな……ってことは戦いの中で学んだのか?」

 

 短剣による2Hブロックはうまくいけばダメージをほぼ無効化できる反面、武器の壊れる確率がかなり高い。

 表面積の狭さから失敗のリスクも高いため、ベータの頃はほとんどの短剣使いが使おうとしなかった。

(もっとも、命がかかってなかったということもあるが)

 

「あいつら、やっぱすごいな……」

 

 戦いを見てる限り、ブレイドは相当な腕を持っているように思えたが、ウィザードもまたかなりの手練れなのだろう。

 何よりレベルがものを語っている。

 ウィザードのレベルは13、俺やリーダーだったディアベルと同じだ。

 そしてブレイドに至ってはレベル15……このレイドの中で一番高いのだ。

 

 後でどうやってあげたのか聞いてみるか……

 

 などと考えていたせいでボスの剣が振り上げられたのに気づくのが一瞬遅れた。

 

「っ!」

 

 慌てて横に飛ぶが、右足を攻撃が擦り、部位欠損状態に陥ってしまった。

 

「くっ……」

 

 うまく立ち上がれないところにさらにボスの剣が向かってきた。

 

「やばっ……」

 

 なす術もなく、せめて攻撃を受けようと俺も2Hブロックを構えたが……

 

 ガキィィィィン

 

 という音は俺の剣じゃないところから発せられた。

 

「あんたらがPOTしてる間は俺たちが支える」

 

 そう言ったのは俺の前でボスの攻撃を受けた巨漢の漢だった。

 

「あんた……頼むっ!」

 

 動くわけにもいかずその場でポーションを飲む。

 見ると彼だけでなく彼の仲間たちも一緒に戦ってくれていた。

 

「 みんな、足を狙ってくれ!そろそろ奴が倒れるはずだ!」

 

「「了解!」」

 

 敵の攻撃を避けながら、彼らの攻撃が足へ集中する。みんな両手斧なだけあってダメージが大きい。

 ベータの頃ならこれだけ集中してダメージを与えたら……

 

 ウガァウッ!

 

 予想通りボスが盛大に転んだ。

 

「今だ!全力で殴れ!」

 

 部位欠損が治った俺や、向こう側のブレイド、戻ってきた女性プレイヤーやウィザード(何故か武器が復活していたようだった)や巨漢の漢たちのソードスキルがボスのHPを一気に削る。

 

 ここで削りきれなければ、また範囲攻撃が来るっ!

 

 しかし無情にもボスのHPは数ドット残り、ボスは立ち上がってしまった。

 

「まだだっ!」

 

 体を斜めに傾ける…と同時に剣が光を帯び、システムが体を後押しする。

 

突進技《レイジスパイク》

 

 ボスは既に攻撃モーションを始めていたが、その懐目掛けて飛び込む。

 

 視界の端にブレイドもまた突進技《ソニックリープ》をボスに打ったのが見えた。

HPは残り1ドット。

 

「行けえっ!」

 

 剣先がボスに触れる。

 直後、ボスのHPバーが0となり、第一層ボス『イルファング・ザ・コボルトロード』はポリゴン片となって消滅した。



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生まれる亀裂

ここはキリト視点じゃなきゃ……ですよね。


「Congratulations、見事な剣技だった。この勝利はあんた達のもんだ」

 

 最初に口を開いたのは巨漢の男だった。

 

「完璧な指示だったぜ、キリト」

 

「ふぃ〜、とりあえずお疲れさん!」

 

「まぁ……勝てたのはあなたのおかげよね。お疲れ様、指揮官さん。」

 

「や、やめてくれよ! 俺が一人で倒したわけじゃない。みんなが協力してくれたから倒せたんだ。

それに……」

 

全員生還、とはいかなかった……

と、言おうとした時。

 

「なんでや!」

 

 唐突にボス部屋に大声が響き、誰もが声の主の方を見た。

 

「なんで……ディアベルはんを見殺しにしたんや!」

 

 彼はその言葉を俺に向けて放っていた。だが、俺には彼が何を言っているのか分からなかった。

 

「……見殺し?」

 

「そうや! ジブン、ボスの攻撃知っとったやないか!」

 

 そこまで言われてやっと理解した。

 ボスの持ち替えた武器はベータの時とは違い、その情報は誰も……俺ですら知らないものだった。

 だがベータの頃かなり上の層まで進んだ俺は、その武器の攻撃パターンを知っていた。

 

「そうだ……そのことをもっと早く伝えてればディアベルさんは死なずに済んだんだ!」

 

「そもそもなんであいつの攻撃を知ってたんだ!」

 

「もしかしてこいつ……ベータテスターじゃないか?」

 

 次第に周りからも非難の声が上がってきた。

 

「そうだ、ベータテスターに違いない! こいつらは自分の為に手段を選ばないんだ!」

 

「 俺たちは騙されたんだ! 情報屋もグルだったんじゃないのか?」

 

「他にもいるんじゃねぇのか!? 出てこいよ!」

 

 次第に矛先はベータテスターへと向いていった。

 

 これはまずい。

 

 このままだとベータテスターと一般プレイヤーの確執が修復の効かないものになってしまう。

 

「あなたたちね……」

「おまえら……」

 

 口を開きかけたウィザードと女性プレイヤーの2人を手で制す。

 

 そして俺は覚悟を決めた。

 

「くっ、ふふ……ははははは!」

 

「……キリト?」

 

 ウィザードが怪訝な声を上げる。女性プレイヤーも同じような表情だ。

 対象的に、ブレイドや巨漢の男は黙ってこちらを見ている。2人は分かった上で、それでも口を出さずにいてくれる。

 

 だから俺は演じ続ける。

 

「ベータテスター? 俺をあんな素人連中と一緒にしないでもらいたいな」

 

「な……なんやと!?」

 

「SAOのベータテストに当選した1000人のうちのほとんどがレベリングのやり方も知らない初心者だったよ……あんたらの方がまだマシさ!

 

でも、俺はあんなヤツらとは違う。俺はベータテスト中に、他の誰も到達出来なかった層まで登った。

 

ボスの技を知ってたのは、ずっと上の層で刀を使うモンスターと散々戦ったからだ。

他にもいろいろ知ってるぜ? 情報屋なんか問題にならないくらいにな」

 

キバオウ「な、何やそれ……そんなんもうベータテスターどころやない……チートや! チーターや!!」

 

「そうだ! チーターだ!」

 

「ベータのチーター……だからビーターだ!」

 

「ビーターか、いいなそれ」

 

 ちょうど良い単語が出てきた。

 

「な、なんやと!?」

 

「俺はビーターだ。これからは元ベータテスターとは一緒にしないでもらおうか」

 

 もはやキバオウは返す言葉もなく唖然としていた。

 これでいい。ベータテスターへの敵意は薄れ、ビーターという存在に敵意が集中するはずだ。

 

 俺は目の前に表示され続けているラストアタックボーナスの表示を操作し、そのラストアタックボーナス《コートオブミッドナイト》を装備した。

 

 途端に俺の体に漆黒のコートが現れる。

 そしてそのまま、未だ唖然としているプレイヤー達の間を通り、次の階層への階段まで向かった。

 

「第二層の転移門は俺がアクティベートしといてやるよ。町までは少し歩くことになる。

初見のMobに殺される覚悟があるならついてきてもいいぜ」

 

そんなセリフを吐いて階段を登り始めた時だった。

 

「キリト!」

 

 声に振り返るとそこにはブレイド、ウィザード、女性プレイヤーの姿があった。

 

「ふっ、悪いな。お前らともここまでだ」

 

 俺はパーティ画面を開いた。

 

「そんなの……」

 

何か言いかけたウィザードをブレイドが制した。

 

「……覚悟は出来てるんだな?」

 

 急な質問だった。だが、ブレイドの目は真剣そのものだった。

 

「……ああ」

 

 だから俺も真剣に答えた。

 

「ふっ……そうか。なら、俺たちは止めないよ」

 

「なっ、お前!?」

 

「そうね、彼の覚悟を無駄には出来ないわ」

 

「あんたまで……」

 

 ウィザードがまた何かを言いかけようとしたが、やがてため息をつき頭を振った。

 

「俺は納得してない……こんなところで関わりを切るなんてごめんだ。

だから……」

 

 ウィザードが何かすると同時に、俺の目の前にメッセージウィンドウが開く。

 

『wizardからフレンド申請が届いています』

 

ウ「これくらいならいいだろ?」

 

 苦笑いともとれるような笑みを浮かべながらこちらを見るウィザードに、俺も苦笑いを浮かべながら申請を許可する。

 

 おそらくこれから俺を非難する目が増えるだろう。

 今だけならたまたまパーティーが同じだけで済むが、ウィザード達がこれからも俺と関わりを持つなら、彼らへの風当たりも強くなるかもしれない。

 

 しかし、ウィザードはそれも……いや、それを分かっているからこそこうして俺と繋がろうとしているんだと思う。

 だから、俺の思いを汲み取ってくれたからこそ、俺もウィザードの気持ちに応えようと思った。

 

「さて……じゃあ今度こそお別れだな!」

 

 改めてパーティー画面に目を向ける。

 

「ありがとう……ブレイド、ウィザード、アスナ」

 

 パーティーメンバーを読み上げ、パーティーを解散する。

 最終確認を承認すると同時に左端の小さな3つのHPゲージが消滅した。

 

「じゃ、またな……」

 

 そして俺は第一層を後にした。



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切れない絆

今回で一章終了です。


「さてと、俺たちはどうする?」

 

 俺は新たにパーティーを結成して晴人に招待を送りながら尋ねた。

 

「なんでお前はそんな冷静なんだよ……」

 

『wizardがパーティーに加入しました。』

 

 という表示を確認し、メニューウィンドウを閉じる。

 

「別に冷静ってわけじゃないぞ? 俺だって驚いたさ」

 

 でも納得できないわけじゃなかった。だってキリトがした決断は通じるものがあったから。

 

過去に……俺がした選択と。

 

「驚くとかじゃなくて、なんかこう……

ああっ! 考えてたら俺までわかんなくなってきた!

もういいや、とりあえずフレンド申請したし」

 

 言われて気付いた。さっき何をしたのかと思ったらフレンド申請か。

 そして俺まだキリトとフレンドになってねえ……

 

「じゃあ二層のボス戦の時はお前がキリトを誘ってくれ」

 

「それはいいけど、あんなことになっちゃってキリトは参加するのか?

というかキリトが来たとしても参加させてもらえない場合も……」

 

「前者はさておき後者は問題ないさ」

 

「え、なんでだ?」

 

 晴人が怪訝な顔をする。

 

「決まってる、貴重な存在だからだ」

 

「貴重?」

 

「ああ。現状、レイドの中でベータテスターだと分かっているのはキリトだけだ。

そして、命のかかっているこのゲームの中で、ベータテスター……過去にボスと戦ったことがあるという人間は生存率に大きく関わる。

だから、キリトが参加すると言えば止める訳にはいかないはずだ」

 

「なるほどな、分かったよ。どちらにせよキリトにはそのうち連絡を取るつもりだったし」

 

「ああ、頼む。後は……」

 

 俺が目を向けた先では例の少女が何やら巨漢の男と話していた。

 

 出来ることならまたこの4人で……

 

 そう思ったのは、久しぶりに仲間というものを感じたからか。皮肉にもこの世界で、また4人で命をかけて戦ったからか。

 

 やがて巨漢の男と別れた少女がこちらの視線に気づき、近づいてきた。

 

「あんたもお疲れさん」

 

「そちらこそ、お疲れ様。あなたたちも何か伝言ある?」

 

「伝言?」

 

「彼に聞きたいことが出来たんだけど……向かおうとしたらキバオウさんやさっきの人に伝言を頼まれちゃって」

 

「キバオウに!?」

 

 ウィザードが素っ頓狂な声を上げる。

 実際俺も意外だった。あれだけ敵視していた相手だ、何か嫌な気持ちになる言葉でなければいいが。

 

「別に悪口とかじゃないわよ? まぁあの人も、思うところがあるみたい……で、あなたたちは?」

 

 俺は晴人と顔を見合わせる。

 

「そうだな、じゃあ俺は……」

 

 俺は少し考えて、口を開いた。

 

「忘れるな、俺らはずっと仲間だし、いつでもお前の力になる」

 

「ふふっ、了解。伝えておくわ」

 

「なんだ?俺変なこと言ったか?」

 

「いえ、さっきの二人とはまた違った感じだったから。でも、まあ彼も喜ぶんじゃない?」

 

 そして少女は晴人に向き直った。

 

「それで、あなたは?」

 

「うーん……友達申請送ったし、今更改まって言うこともなぁ……」

 

 晴人は少し考え、やがて口を開いた。

 

「メシの恩は忘れない……とか?」




次回、仮面ライダー×仮面ライダー SAO大戦

「要は武器を使わなければいいんだろ?」

「ありえないはずだ。武器が壊れるなんて聞いたことがない……」

「見間違い……いや、そんなはずは……」

「フンッ、モンスターの分際で公爵を名乗るとはな…」

「Amazing! まさかこんなところで会えるとはなァ……指輪の魔法使い!」


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幕間(1)
第一層の巨木


「全く、二人ともあんなに笑うことないだろ!」

 

「いや、だって……メシの恩とか……ははっ! だめだ、また面白くなってきた!」

 

「言っとくけど、ブレイドのセリフだって結構格好つけてた感じだったからな!

全く、よく恥ずかしげもなくあんなことが言えるよな……」

 

「え、そうか? あれ、じゃあアスナが笑ったのってそういう?」

 

「さあ、どうだろうな」

 

 

 

第一層 森のフィールド

 

 迷宮区からトールバーナの間にあるフィールドを、俺達は散策している。

 俺達がこんなところにいるのは、俺が剣崎やアスナに笑われた直後に至る。

 

 

「はぁ……まあいいわ、伝えておく」

 

「そんなに爆笑された後で言うのも癪だが、まあ頼むよ」

 

「いや、今のは確実にウィザードが悪いな」

 

「なあブレイド……後でデュエルでもしないか?」

 

 などとやりとりをしあう俺達を見て、少女がふと口を開いた。

 

「そういえば、まだちゃんと自己紹介してなかったわね」

 

 唐突なセリフに俺も剣崎も彼女の方に向き直った。

 

「名前、まだちゃんと言ってなかったから。私はアスナ、改めてよろしく」

 

 いきなり言われ、二人して一瞬どうしたらいいか分からず固まったが、すぐに剣崎が口を開いた。

 

「そういえば俺たちもきちんと名乗ってなかったな。ブレイドだ、よろしく」

 

「なんか今更だけどな。俺はウィザード、よろしく」

 

「よろしく、私のことはアスナって呼んでくれて構わないから」

 

「じゃあ俺達のことも呼び捨てで大丈夫だぞ」

 

「それは私が嫌。ブレイドさんとウィザードさんでいい?」

 

「今更さん付けって言うのも変な感じがするな……」

 

「それもそうね。じゃあブレイドくんとウィザードくん。これでいい?」

 

 少し考えて、二人で頷く。

 

「了解、じゃあ私はそろそろ行くから、また二層で」

 

「おう、またな!」

 

「アスナももう俺にとっては仲間の一人だ、またいつでも力になるからな」

 

 アスナは頷いて去っていった。

 すれ違いざまに

 

「さっきはありがとう……助けてくれて」

 

と小さいながらも聞こえたのは、システム上気のせいじゃないのだろう。

 

 たとえ魔法が使えなくとも人を救える。なら俺は最後までこの剣を振おう、絶望を希望に変えるために。

 

「さて、じゃあ俺たちも行くか!」

 

 剣崎の言葉に我に帰る。

 

「ああ、次の階層へ……」

 

「あ、その前に行きたいところがあるんだ」

 

「何だよ!今いい感じだったろ?」

 

 ブレイドに出鼻をくじかれ思わず突っ込んでしまう。

 

「まあまあ。それに今アスナが行ったばっかなのに、そこに行くのもバツが悪いだろ?」

 

「それは、そうだけど……」

 

「どうせ1日2日じゃ階層は突破されないさ、寄り道してこうぜ!」

 

 

 

 

 と、いうわけで剣崎に連れてこられたのがここだったというわけだ。

 

「で、こんなところに何の用があるんだよ?」

 

「おいおい、忘れたわけじゃないだろ?アルゴが言ってたクエストだよ」

 

「アルゴって……ああ、昨日の夜言ってた奴か!」

 

『空を駆る泥棒』……確か現状クリア不可能なはずなのにクリアされたらしいというクエストだ。

 

「木の上にある宝石を奪い返さなきゃいけないけど、その木は登りようが無いって話だったか」

 

「ああ、ただキリトやアルゴと違って俺達は実物を見てないだろ?

これから先に進むにあたってそうそう一層に来れなくなるかもしれないからな……」

 

「なるほどね。まあ俺も気になってはいたし見るだけ見てみるか」

 

 なんて話してるうちに、視界にひときわ大きな木が入ってきた。

 

「あれみたいだな」

 

「ああ」

 

 俺達は歩く速度を上げた。

 

 

 

「なるほど、確かに簡単には登れなさそうだな……」

 

 

 俺達の目の前には巨大な木があった。高さは30m程だろうか。

 

「さて、見るだけじゃ仕方ないからな。早速登ってみるか」

 

 いうや否や剣崎は、木にしがみついて登り始めた。

 しかし、最初の枝を掴んだところで枝が折れ、盛大な音とともに剣崎は地面に落下した。

 

「いてて……確かに簡単には登れそうにないな」

 

 見ると剣崎によって折られた枝はすぐに復活していた。

 

「条件でもあるのかねぇ……ほら、あそこ」

 

「ん? ああ、枝が元に戻ってるな……ってことはやり直しはきくのか、よし!」

 

 剣崎は急にメニューを操作し始めた。途端に剣崎の防具が端から消え、やがて洋服だけになった。

 

「一応安全地帯じゃないからな、モンスターが来たらちゃちゃっと倒しといてくれ」

 

「いや、それはいいけど……なんで急に防具を外したんだ?」

 

「いや、重さの問題かなぁと」

 

 いうや否やまた木に登り出す剣崎。そして先ほど折れた枝を掴む。しかし、枝が折れるような気配はなかった。

 

「お、当たりみたいだな……よっと!」

 

 しかし彼が次に掴んだ枝はバキッという音を立てて折れ、またしても彼は盛大に地面に落下した。

 

「まじか……こうなると運でも絡んできてるんじゃねぇか?」

 

「どうなんだろうな……あっ、装備着とけよ?」

 

 そして今度は俺が木の前に立つ。

 

「よしっ、行くぞ!」

 

 木を掴み登り出す。すると意外なことに先ほど剣崎が折った二箇所の枝を簡単に過ぎてしまった。

 しかし3メートルほど登ったところで同じように落下した。

 

「うーん、これ一番上まで行けんじゃね? とか期待したんだけど……」

 

「馬鹿言うな。とはいえなんで晴人がそこまで登れたのか分からないな……」

 

 それから色々試してみたが、とりあえず運だけじゃないだろうということくらいしかわからなかった。

 

「はあ、俺達だけじゃデータ不足だな。また今度キリトなりアルゴなり誘ってくるか……」

 

「だな……さて、じゃあそろそろ第二層に向かいますか!」

 

 そして俺達は元来た道を戻り、森のフィールドを後にした。



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第二章
第二層到達


今回から二層です。
とりあえず、今はプログレッシブに乗っかって行きます。
ただ、そうするとエルフのクエストをどうするか考えないといけないんですが…二層終わるまでに考えておかなくては…


「ふぃ〜、ここが第二層か」

 

 

アインクラッド第二層、主街区《ウルバス》

 

 攻略組(と、第一層の転移門から真っ先にテレポートしてきた人々)に一足遅れて、俺達は第二層にやって来た。

 

「で、これからどうするよブレイド?」

 

 晴人に聞かれ、少し考えてから答えを出す。

 

「とりあえず街の設備を把握しよう。店の場所とか分かってないと面倒だからな」

 

 あんなことにならなければ、今頃キリトに案内してもらえてたのだろうか……。

 

 そんなことを考えつつ、俺達は街の散策を始めた。

 

 

 

「あそこが端っこみたいだな」

 

 中央の広場からまずは西へと真っ直ぐに向かうことにして、途中の施設を見ながら端まで辿り着いた。

 さすがに始まりの街に比べたら小さいが、それでも主街区なだけあって中々の大きさだった。

 

「よし、こっちはある程度把握したし、次は北の方にでも……」

 

 と、外周を歩こうとした時だった。

 

「「ご、ござるううううう!」」

 

 謎の叫び声に振り向くと、西門の外から走ってくる謎の二人組の姿があった。

 よく見ると牛のようなモンスターに追われているようだ。

 

 そのまま街の中に入ってきても走ることをやめようとしない二人に話しかける。

 

「おい、おいっ! あんたら!」

 

「な、なんでござるか! 拙者たちは今忙しいのでござる!」

 

「見てわからぬか! モンスターに追われているでござるよ!」

 

「いや、そのモンスターなら……」

 

 と、晴人が指をさした方には、街の衛兵にボコボコにされ、ポリゴン片と化した(元)モンスターの姿があった。

 

「はっ、いつの間にか街に入っていたでござるか!」

 

「教えて頂いて感謝するでござる!」

 

 やっと危機が去ったことに気づいた二人は、息を切らしながらその場で手を膝についた。

 

「いや、別にお礼を言われるようなことはしてないけどさ、気をつけろよ? ここは第一層と違うモンスターが居るんだから」

 

「かたじけない……」

 

 この口調には何か意味があるのだろうか……なんてことを考えていた時だった。

 

「くっ、おのれ……あの黒装束の伊賀者め。まさか口寄せが出来るとは……」

 

 何を言ってるのかほとんど理解できなかったが、1つだけ引っ掛かるところがあった。

 

 黒装束?まさか…

 

「結局あの情報屋も逃してしまった……今度会った時には必ずやエクストラスキルの話を!」

 

 続いて情報屋という単語まで。となるとやっぱりこいつらが話してるのって……

 

 いや、それより今なんて言った?エクストラスキル?

 

「そうと決まればこんなことをしている場合ではござらん! 早急に策を練らねば!」

 

「では、これにて御免!」

 

 相変わらず最後まで謎の口調のままだったが、二人が走り去っていくのを見ても、俺と晴人はしばらく固まっていた。

 

「なぁ、さっきあいつらが話してたのって……」

 

「十中八九、間違いないだろうな。それに、エクストラスキルなんて話もしてた」

 

 また少しの沈黙の後、俺たちは同じ結論を導いた。

 ウィザードが、さっきの2人が来た方向を指さす。

 

「あいつらはこっちから来た。モンスターに追われてたなら、おそらく時間もまだそこまで経ってない」

 

「街の散策は後回しだな」

 

 俺たちは、ウルバスを後にした。

 




大概の構造は練ってあるのですが、改めて読み返して見るとどこに何があるかをきちんと理解できて無いんですよね。
思いっきり改変するならまだしも、層の構造を変えない場合はなるべく原作設定に乗っかりたいもので……


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情報屋の錯乱

「……居ないな」

「……居ないな」

 

 街を出てからそこそこな距離を歩いたが、目的の人物はおろか、人影すらなかった。

 晴人にキリトの《追跡》も試してもらったが、足跡は無かった。

 

「はぁ、もう遠くに行ったっていうのが妥当かねえ……」

 

「街に戻ってくるかと思ったけどなあ……もしかして、そのエクストラスキルとやらのとこだったりして!」

 

「ありえない話じゃないな。あいつなら興味持ちそうだし……

しかし、さっきの奴らに頑なに教えなかった情報をころっと教えるものなのか?」

 

「あの二人はベータテスター仲間だろ? もしかして、付き合ってたりしてな!」

 

「おいウィザード、冗談でもそんなことあいつらに聞かれたら……」

 

 その時ふと違和感を感じた。なんだろうかと思って周りを見渡す。

 

「いや、あり得るかもしれないだろ? この世界じゃ結婚も出来るんだぜ?」

 

 そして違和感の正体を知った。木々の間の一部が、ほんの一瞬だけ揺らいだのだ。

 

 

 

 

 

「にしし……しっかしあの時のキー坊の顔と言ったラ……」

 

 キリえもん(勝手に名付けた)の顔を思い出しながら、アルゴは来た道を戻っていた。

 

「ン?」

 

 不意に人の気配を感じる……まぁ気配も何も、《索敵》スキルによるものなので本当に人がいるということなのだが。

 

「ヨッと」

 

 すぐさま近くの木の裏に隠れ《隠蔽》スキルを発動して様子を伺う。

 無論隠れるのはやましい事をした等ではなく(ある意味しているわけだが)、情報屋としての本能のようなものだ。

 

(あれは……確かキー坊の知り合いの、ブレイドとウィザードだったナ)

 

 そのまま耳をそばだて話を聞く。

 

「街に戻ってくるかと思ったけどなあ……もしかしてそのエクストラスキルとやらのとこだったりして!」

 

(何の話ダ? エクストラスキル……まさカ!)

 

 エクストラスキル……ただ武器の熟練度やパラメーターを上げただけでは出現しないスキルのことである。

 ベータテストの時代にはいくつかそのようなスキルが見つかり、この名称がついた。

 

 しかし、この正式版の……それも第二層において習得可能なエクストラスキルは情報屋の知識を総動員しても一つしか思い浮かばなかった。

 しかし、ベータテスターでない彼らが何故そのことを知っているのかが分からない。

 

(落ち着ケ、考えロ……キー坊はさっきの様子じゃ元々知ってたわけじゃないよナ。

ってことはキー坊から聞いたのはありえなイ。

他のベータテスターも自分から教えるはずがないシ……)

 

 情報屋を自称している以上、大したことでは動じないように心がけているつもりではあった。だがそれ以前に、彼女も一人の少女である。

 

「あの二人はベータテスター仲間だろ?…もしかして、付き合ってたりしてな!」

 

 ビクッ!

 

(ハッ! 思わず驚いちまっタ。いきなり何を言い出すんだあいつハ……)

 

 ふと目をやると少しハイドレートが下がっていた。自分でも何故こんなに驚いたのか分からない。先程柄にも無いことをしてしまったからだろうか。

 しかし落ち着きだした彼女にさらなる追い打ちがかかる。

 

「いや、あり得るかもしれないだろ? この世界じゃ結婚も出来るんだぜ?」

 

 ビクゥッ!

 

(ケケケケッコン!? オレっちとキー坊ガ?

本当に何を言い出すんダ……)

 

 改めて心を落ち着かせ……そして彼女は気付いた。

 

 ハイドレートが減少を止めないことを。

 

「そこにいるのは誰だ?」

 



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譲れない情報

 俺が森の一点を見つめていると、やがてそこに人影が現れた。

 

 《隠蔽》している人間にはハイドレートというものが存在する。

 これは本人が動いたり、別のプレイヤーに見つめられたりすると下がり、やがて見つかってしまうという仕組みだ。

 隠れ続けることは不可能ではないが、スキルの熟練度以外にも、様々な技術が必要となる。

 例えば、同様を完全に消すこととか。

 

「そこにいるのは誰だ?」

 

 俺が見つめ続けたことによりハイドレートが下がったのであろうその人は、諦めたように俺たちの前に姿を現した。

 

「やれやレ、オレっちもまだまだだナ……」

 

「やっぱりか」

 

 現状、他のプレイヤーの事を《隠蔽》してまで盗み見るのにそこまでの得は無い。

 となるとそんなことをするのは、情報を集めることを生業としている者くらいだろう。

 

「え? え? 何? どういうこと?」

 

 一連の流れに全くついてこれていない晴人のことはとりあえず置いておくことにした。

 

「まだまだなのは俺も同じさ、いつからあんたがいたのか全く分からなかった」

 

「残念ながらオイラはたまたまここを通りかかっただけだからナ。たいした情報はもらえなかったヨ」

 

「ほう、それは良かった。つまりエクストラスキルのことは既に知ってるということか」

 

「ああ、体術スキルのことだロ?

生憎オレっちもその情報は知ってるんでネ」

 

「何が何だかよく分からんが、知ってるなら話は早い! 教えてくれ、情報量なら払うぞ!」

 

 話についてこれていないながらも、晴人が頼む。

 と言ってもさっきの連中の話だと……

 

「悪いナ、あの情報は売らないと決めてるんダ……」

 

 やっぱり、アルゴは体術スキルの情報を他の人には売りたくないようだ。

 しかし、知っている人が目の前にいる以上簡単には喰い下がれない……そこで俺は鎌をかけてみることにした。

 

「キリトには教えたのに……か?」

 

「!?」

 

 どうやら当たりのようだ。

 

「やっぱりか、それなら俺たちはキリトからでも話は聞ける」

 

「確かにナ、じゃあキー坊に聞いてくレ、オレっちはあの情報を売る気は無い」

 

「と言いつつキリトには教えたんだろ? 何をそこまでこだわってるんだ?」

 

「色々とあるんだヨ。どうしても知りたいなら1000コルくらイ……」

 

「よっしゃ買った!」

 

「ナッ…!?」

 

 これには流石にアルゴも目が点になっていた。確かに今現在で1000コルと言ったら破格の値段だ。

 だが、それはあくまで平均的な話である。俺たちは途中無茶なレベリングを行ったりした影響で多少懐は暖かいのだ。

 

「うーん……わかっタ、オレっちも言っちまったしナ。少し長くなル、移動しながら話そウ」

 

 そしてアルゴは移動しながら、二層に着いてからの経緯を話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ聞いた?第一層がクリアされたらしいよ?」

 

「それでこんな騒ぎなんだね、僕も早くレベルを上げないと……」

 

「それもそうだけど無茶はやめてよ? すぐHPがイエローになるんだから」

 

「善処します……」

 

 彼女にはまだ俺の体のことは話していない。生来の直感とでも言うのだろうか、致命傷は回避出来ているため、多少無茶をしてるというくらいで誤魔化せている。

 

 話したら心配されるだろうし、足を引っ張ってしまうかもしれない……それは避けなければならない。

 

 彼女は俺が守るべきなのだから。

 

「それで、どうするの? 一応第二層に転移出来るようになったらしいけど……」

 

「第二層も見てみたいけど、もう少しレベルを上げてから行きたいかな。付き合ってくれる?」

 

「しょうがないなあ……いいよ!まだ頼りないしね!」

 

 笑顔で答えてくれる彼女に苦笑いで返す。

 いつか俺も攻略に参加出来るよう、今は自分を鍛えよう。

 こんなところで止まっていたら()()()に会わせる顔がないから。



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不安と自信

時間は少し巻き戻り、一層での回想からスタートです。


「で、ウィザードくんが、飯の恩は忘れない……だって」

 

「ふっ、なんだそれ? まあでもあいつらしいのかな」

 

 迷宮区の階段を上がってすぐの場所。

少し開けたところで俺は件の女性プレイヤーに呼び止められた。

 下から四人分の伝言を預かって来た彼女は、ご丁寧にそれぞれの口調を真似ながら俺にそれらを伝えた。

 その記憶力が羨ましい……

 

「それで、わざわざ伝言を伝えるためだけに?」

 

「あ、それもあるんだけど、一つ聞きたいことがあって」

 

「聞きたいこと……?」

 

「うん、あなたさっき私の名前呼んだでしょ? なんで知ってたの?」

 

「はい?」

 

 一瞬なんでそんなことを聞かれたのか分からなかった。そういえばパーティを解散するときに呼んだような気はする。

 あの時は確かパーティーメンバーを読み上げたような……

 ん? もしかして。

 

「パーティーを組むのって今回が初めて?」

 

「一度だけ組んだことはあるけれど……お互い名前は知っていたから」

 

 なるほど。

 

「えっと……今は解散しちゃったからわからないけど、パーティーを組むと自分のHPの下にメンバーの名前とHPが出るんだ」

 

 と、説明をすると彼女は目を丸くした後、少しして笑い出した。

 

「なんだ、そんな簡単なことだったの。教えてくれてありがとう、覚えておくわ」

 

 そして小さく息を吐いた後、彼女はまた話し始めた。

 

「本当はね、あなたにお礼を言いに来たの」

 

「お礼? 俺に? ウィザードじゃなくて?」

 

 命をかけて……いや、本人はケロッとしていたが。

 アスナを守ったウィザードならまだしも、俺がお礼を言われる覚えなどなかった。

 

「な、あの人はっ!……まあ助けてはくれたけど。あなたにも色々と助けてもらったから」

 

 はて、そんなことをしただろうか?

 多数の人の恨みを買うようなことはすれど、感謝されることなんて……

 

 と、悩んでいるのを見透かしてかは分からないが彼女がため息をついて話し出した。

 

「誰が何と言おうが、私はあなたのお陰であのボスが倒せたと思ってる。

あなたが私に希望を見せてくれたのよ?」

 

「希望?」

 

「そう……だから、少しは胸を張りなさい」

 

 そう言われて、不思議と少し気持ちが楽になった。こんな自分でも目の前の彼女の力になれたということだろうか……

 

「言いたかったのはそれだけ……っと、もう一つあったわね。

もちろん第二層のボス攻略も参加するんでしょ?」

 

「え? いや、そりゃあ参加はしたいけど……」

 

 果たして向こうが参加させてくれるのだろうか。

 今の俺は嫌われ者なはずだ。俺が入ってもギスギスするだけな気がする。

 と、その様子を見た彼女が呆れた様子でまたもため息をついた。

 

「はぁ……まあいいわ、もう一つっていうのは第二層でもまた4人で一緒に戦いたい。それだけ」

 

 そう言って彼女は振り返り一層へ戻ろうとしながら、

 

「ありがとう」

 

と一言つぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 アルゴと別れてから一時間ほどだろうか。少し眠ってしまったらしい。

 まあ、迷宮区攻略からここまでぶっ通しだったわけで、疲れもたまっていたのだろう。

 

「また4人で、か……」

 

 俺個人としてもそうは思う。アクシデントもありはしたが、あそこまでのコンビネーションが出来たのはベータの頃でも無かった気がする。

 

 しかし、今の俺と関わるということは非難の矛先を向けられるかもしれないということだ。これは俺が勝手にしたことであり、あいつらを巻き込むつもりも勿論無い。

 

 ウィザードにこそ連絡は取れるし、おそらくブレイドも一緒だろうが、こちらから連絡をとるのは控えるつもりだ。

 

「まぁ、攻略会議には来るだろ……その時考えればいい」

 

 もっとも俺自身が参加出来るか怪しいわけだが。

 

「さて、そうと決まればこんなところでモタモタしてられないな」

 

 立ち上がり再び岩に向き合った時だった。

 

「おっ、やってるなぁ」

 

 聞き覚えのある声の方を向くと……

 

「よっ!」

 

 なぜかそこにいたブレイドと目が合った。

 

 合わせてしまった。

 




今更になりますが、この話は読者の方がプログレッシブも含めsaoを知ってる前提で書いております。
プログレッシブを読んで無い方はすみませんが少し調べるか読んでいただけると話が繋がるかと……面白いよ! プログレッシブ!


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染み付いた技

「……つまりお前が連れてきたんだな? アルゴ」

 

「いやあ、ごめんヨ? キー坊。オレっちも悪気があったわけじゃないんだガ……」

 

「嘘つけ! 絶対わざとだろ!」

 

「だから悪かったってバ……」

 

 こちらに背を向けて巨大な岩の前に座っているキリトとそれを宥めるアルゴ。

 なぜキリトがこちらに背を向けてるかというと、横で必死に笑いを堪えている馬鹿がまた大爆笑を始めてしまうからである。

 

 晴人も人のこと笑いすぎとか言えないじゃんか……

 まあ、かくいう俺も流石に見たときは吹き出してしまったが。

 

「で、その岩を割るのが体術を身につけるクエストってことでいいんだよな? どこで受けるんだ?」

 

「ああ、それはだナ……」

 

「お主らも体術を習得しに来たのかの?」

 

 ふと声がした方を向くと、いつの間にか老人が経っていた。

 頭に”?”が出ていることから、NPC……それもクエストが発生していることを意味する。

 つまり、慎重に行動しなければいけないのだが……

 

「ああ、その通りだ!」

 

 晴人は迷わず返事をした。

 何を考えてるのか、あるいは何も考えて無いのか。

 

「お主もか?」

 

 老人がこっちを向く。

 

「……ああ、そうだ。」

 

 とはいえ、ここまでついてきて体術とやらを諦めるつもりも毛頭無い。

 俺も返事をすると、老人の頭の”?”が”!”に変わる。

 クエスト開始の合図だ。

 

「ならばその岩を割ってもらおう、但し……」

 

「剣は使うなって言うんだろ?」

 

「ほら、預けるよ」

 

 岩を割るには自分の体しか使えないとアルゴに聞いていた俺たちは、自分の剣をオブジェクト化し、老人に渡した。

 

「ほほう、どうやら物分かりのいい若者たちのようじゃ……だがそれだけではないぞ?」

 

「「は?」」

 

 アルゴから聞いていた情報はそれだけだった。

 他に何かあるのかと思いアルゴの方を見ると……

 

 こちらを見ながら何やらキリトとほくそ笑んでいた。

 

「お主らにはこの授業が終わるまで、山を降りない誓いをたててもらう」

 

 そう言った老人の手には筆が握られていた。

 

「「はめやがったなあああああ!」」

 

 そういえば笑いをこらえるのに必死でキリトの顔の理由を聞いていなかった……

 いや、もしかするとアルゴのヒゲの理由もこれに準じているのかもしれない。

 

「オレっちは聞かれた情報は教えたゾ?

命に関わることならまだしモ、そこまでサービスすると思うなヨ」

 

「俺だけ笑われるってのも不公平だよなあ? さあ、覚悟を決めるんだな」

 

 珍しく黒い性格の二人にニヤニヤされながら、俺たちは仲良く墨を顔に塗られた。

 

 

 

 

 

「なんだヨ、スペードマークって! アハハハハハ!」

 

「ウィザードはその……パンダっていうか眼鏡っていうか……ククッ」

 

 目の前で笑ってる二人を目の前に俺たちは鏡を見ていた。

 ウィザードの顔には目の周りに四角というかコの字というかよくわからない模様が書かれた。

 

 それはいい。

 

 俺は目の前の手鏡を見る。そこにはもちろん俺の顔が写っていた。

 ただし、顔面にはでかでかとスペードマークが書かれている。

 

 いくらなんでも出来すぎじゃないか?

 

 そう思うのは、考えすぎなのだろう。

 スペードマークなんてトランプを知ってる人なら誰だって知っているし、それならキリトはどうだと言うのか。

 まさか現実ではドラ◯もんだとでも? 馬鹿馬鹿しい。

 

 俺は気持ちをなんとかするため、岩の目の前まで行き対峙した。

 

「ん? もうやるのかブレイド?」

 

「そんな簡単に割れるもんじゃないぞ?」

 

「ああ、オイラ達が保証するヨ」

 

 様々な声が飛び交ってくるが、一度頭を空っぽにして心を落ち着かせる。

 

 ドドドドドドドドッ!

 

 そして数発、岩を連続で叩いた。

 こういう時、痛みを感じないのは素晴らしいと思う。最も現実で感じるかといったら怪しいが。

 

「だかラ、そんなにやっても無理だっテ……」

 

 また後ろの方で聞こえてくるが、俺は笑みを浮かべていた。

 今ので芯の場所は捉えた。

 後は強力な一撃を放つだけである。

 

「要は武器を使わなければいいんだろ?」

 

 剣を使わず体だけで放つ必殺技……1つしか思い浮かばなかった。

 

 岩から距離を取る。

 

……ck

th……der

ma……

 

 頭の中で曖昧ながらも電子音が再生される。

 

 ダッ

 

 助走をつけ思い切りジャンプ。そしてそのまま……

 

「ウェェェェェェェェェエイ!!」

 

 岩の中心に蹴りをいれた。

 

 瞬間、その光景を見ていた誰もが沈黙した。

そしてその沈黙の直後……

 

 ピキッ、ピキピキピキッ……パァアン!

 

 音を立てて岩が砕け散った。

 

「「……は?」」

 

「お前……何したんだ?」

 

 晴人に言われ返答に困る。悩んだ末、俺は答えた。

 

「ライトニングソニック?」



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それぞれの想い

「なーにが『ライトニングソニック?』……だ。どうかしてるのか俺?」

 

 思わず技名を呟いてしまい、ポカーンとしてた3人に、

 

『じゃ、じゃあ俺、先に二層見て回ってるから!』

 

 と、老人から剣をもぎ取って(ついでに小汚い手ぬぐいで顔を拭いて)、足早に立ち去ったのが30分ほど前のこと。

 記憶を手繰りながら、俺はなんとか二層の主街区《ウルバス》まで戻ってきた。

 

 時間が経ったこともあり、街は活気にあふれている。

 

「数日前までは信じられなかった光景だな……」

 

 仲間と飲食店に向かうもの、店の商品を眺めるもの、果ては自分で店を広げようとしているものまでいる。

 

「あいつも、少しくらい胸を張ったっていいはずなんだけどな……」

 

「全くよね」

 

 ふと振り向くとそこにはアスナが立っていた。

 

「お、ようアスナ」

 

「こんにちは、ブレイドくん。あれ?ウィザードくんは一緒じゃないの?」

 

「なんだ?あいつのことが気になるのか?」

 

「そ、そんなんじゃないわよ! あなたたちが一緒じゃないなんて珍しいと思っただけ。」

 

 言われて気づく。そういえば、街中でならまだしもここまでの別行動は初めてな気がする。

 

「ああ、まぁなんだ。あいつなら、今キリトと一緒に山に篭って修行してるよ……」

 

「ふふ、何それ? まあでもあの二人らしいかもね……で、あなたはいいの?」

 

「5分で終わった」

 

 目の前のアスナの目が点になった。

 

「……前々から思ってたけど、あなたたちってなんかこう、普通じゃないところがあるわよね……」

 

「な、何のことだ?」

 

「それってなにかのクエストでしょ? それもキリトくんやウィザードくんが簡単に出来ないような……

と思えばキリト君はあっさりボス倒しちゃうし、ウィザードくんはボスの攻撃食らってもけろっとしてたし」

 

「まあ確かに……あいつらには才能があると思う」

 

「……どの口が言うのよ」

 

 アスナが何か言った気がするが、聞かなかったことにする。

 

「でもそれだけじゃない、あいつらは本気でみんなを助けたいと思ってる。

これ以上の死人を出さず、現実に戻ろうと頑張ってる。

だから俺もあいつらを信じて戦えるんだ」

 

「……」

 

「その想いが強さになってるのかもな」

 

「想い、ね……」

 

 アスナは少し考え込んでいるようだった。

 

「私、最初は怖かった。嫌な思いをして、自暴自棄になって無茶な戦いばっかして。

でもキリトくんや、ウィザード君を見て、なんて馬鹿なことしてたんだろう、って思ったの。

 

だって二人とも、本気でこの世界を出られると信じてた。

この世界からみんなを出してあげようとしてた」

 

 俺はアスナの話を黙って聞いていた。

 

「そして、それはあなたも同じ」

 

「え?」

 

「あなただって、全力でこの世界に立ち向かってるじゃない」

 

「……まあこのままでいいとは思ってないからな」

 

「だから、私もあなたたちに安心して背中を預けられる。

私……あの攻略会議であなたたちと出会えて本当に良かったと思ってる」

 

「それはみんなも同じはずだ、アスナだって充分強い」

 

「それでも、まだまだあなたたちには敵わないわよ。だから、もっと強くならなきゃ行けない」

 

「それはいいけど、無茶するのはやめろよ?」

 

「わ、分かってるわよ!

……というわけで、少し手伝ってくれない?」

 

「おう……え?」

 

「あら、無茶するなとか言っといて一人で頑張れなんて言わないわよね?」

 

「はあ……まあいいぜ、予定があるわけでも無いし。で、何するんだ?」

 

「ありがとう、実は武器の強化素材が足りなくて……」

 

 というわけで幸か不幸か俺はアスナの手伝いにより、フィールドを見るという意味では当初の予定通りとなった。

 

 

 

 

 

 

 コンコン

 

 目の前の岩を叩いてみるがやはり硬い。

 これは破壊不能オブジェクト一歩手前位の硬さのはずである。

 

 にも関わらず、ブレイドはこれを実質蹴り一発で壊してしまった。

 本来そんなこと起こり得るはずがない、いくら芯を打とうが、このオブジェクトがスキル無しに一撃で壊れるはずがないのだ。

 とすると先程の一撃、あれは……いや、そんなはずは無い、あれは岩と接触したことによるエフェクトのはずだ。

 

 ガンッガンッ

 

 乱暴な音の方を向くとウィザードが文句を言いながら岩に回し蹴りを続けていた。

 

「くそっ、なんであいつに出来て俺には出来ないんだ! ああ〜指輪があればこんな岩一発だってのに……」

 

 どうやらブレイドが岩をいとも簡単に壊したことに焦っているらしい。

 まあ俺はそうじゃないかと聞かれたら、少しは悔しいわけだが……

 それはさておき、

 

「指輪? 装備品かなんかか?」

 

 俺は先程の発言で気になったことを聞いた。

 

「ん? ああ、気にしないでくれ、こっちの話だ」

 

「いや、気になるだろ? もし俺の知らない装備品とかがあるなら……」

 

「いや、そうじゃないんだ」

 

「?」

 

 俺の発言はウィザードに遮られた。

 

「その、向こうでの話だ」

 

「向こう…? あっ……」

 

 一瞬分からなかったが、冷静に考えればここでいう向こうなど一つしかない。

 現実世界のことだろう。

 

 しかし現実では指輪があるとウィザードの力が変わるのだろうか。誰かに貰ったものだとか……

 いや待て、人に貰う指輪と言ったら一つしかあるまい。まさかウィザードに……

 

 いや、止めよう。何にせよ現実の話と言われたら追求しないのがマナーというものだ。

 

「そうか、悪い、変に聞いちゃって……」

 

「いや、先に変なこと言ったのは俺の方だから。気にしないでくれ」

 

 そう言うと晴人は岩を蹴るのを止めて、少し考え込んでしまった。

 その指輪のことでも思い出しているのだろうか……

 と、一瞬考えてしまったが、すぐに気持ちを集中させた。

 現実のことは触れないと考えたばかりだ。今はこの岩を割ることに専念しよう。



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休憩と歓談

「こんなところか……?」

 

 俺とアスナは手に入った素材を確認する。

 

「うん、足りてる。ありがと、手伝ってくれて」

 

「気にしないで良いって、俺だって暇だったし……それに、仲間だろ?」

 

「それでも手伝ってもらったのは確かだもの。何かお礼でも……」

 

「だから気にするなって。どうしてもっていうなら、そのうち俺の素材集めを手伝ってもらうさ」

 

 インベントリとにらめっこしているアスナを止める。

 

「……じゃあ今日はお言葉に甘えさせてもらうわ。折角集めたんだし、強化も済ませちゃいたいし」

 

「そういえば、アスナのその武器って今どのくらい強化してあるんだ?」

 

「えっと……今+3、強化に成功したら+4になるわね」

 

 アスナが剣のステータスを見ながら答える。

 

「へぇ……強化するのはウルバスの鍛冶屋?」

 

「そのつもり。ちょっと心許ないけど、今はあそこくらいしかないし、素材もおかげさまで必要最高値まで集まったから」

 

「そっか、なら俺もついてっていいか?」

 

「え?」

 

 キョトンとした顔のアスナに続ける。

 

「どうせまだ暇だしな、集めた素材の結果を見たい」

 

 アスナは少し悩んだ後、苦笑いしながら

 

「そういうことなら」

 

 と、了承してくれた。

 

 

 

 

 

 

「ほラ、差し入れダ」

 

 アルゴの取り出したパン二つを貪りながら、俺たちは休憩に入った。

 時間が経つにつれ、コツを掴んできたのか、俺もキリトも着々と岩の中心を捉えられるようになってきたのか、岩を叩いた時の音も響くものに変わってきていた。

 

「それでも、まだ時間はかかりそうだけどなあ……まじでなんだったんだあいつは……」

 

「本当にな……あいつ、俺たちにはない隠しステータスとか持ってるんじゃないのか?」

 

「ン? ブレイドのことカ。確かにオレっちもアレが初見で壊せる代物だとはこれっぽっちも思わなかったナ……」

 

 思い思いの感想を述べる三人。しかしどれだけ悩んでも答えが出るはずも無い。

 当の本人は何の説明も無しにとっととこの場を後にしてしまったのだ。

 

「薄情者め……せめてヒントくらい置いてってくれても良かったんじゃねえか?」

 

「いや、残念ながらそれはあまり意味がないと思うぞ?」

 

 しかし、その文句はあっさり否定されてしまう。

 

「正直コイツは、アイテム収集やモンスター討伐なんかとは違って感覚頼りだからナ」

 

「説明すること自体難しいだろうし、その説明を聞いたところで活かせるかどうか……」

 

「そういうもんかねぇ……」

 

 二人の説明を聞き、しかし俺は納得できずにいた。

 

「そーいえバ、そのブレイドだけどナ、さっきアーちゃんと一緒に街の中を……キー坊、なんダその目ハ」

 

「アルゴが簡単に情報をくれるなんてあり得ない。一体何が狙いで……」

 

「失礼な奴だナ! 確かにオレっちも普段はこんなこと絶対にしないけど、お代はオマエらの顔で頂いてるさ」

 

 ニヤニヤと人の顔を見ながら、アルゴは話を続ける。

 

「それニこんな情報、大雑把すぎて売り物になんかならないからナ」

 

「それで? あの二人がどうしたんだ?」

 

「さっきウルバスにコレ買いに行った時見かけてナ。二人仲良くどっか行くような感じだったゾ」

 

 ……はて、あの二人はそんな仲だったか。確かに一緒のパーティーでボスを倒した仲だけれど、剣崎はキリトとこそ仲は良くとも、アスナとはあまり接してなかった気がする。

 

 いや、別に二人が何してようと俺の問題じゃないが、俺たちがここにいなければならないというのに、二人で楽しそうに何かやっていると言われるとあまりいい気分でも……

 

 などと一度意識し始めると思考が止まらなかった。

 ちなみに晴人の目の前の黒髪の少年も同じような感情に苛まれていたりするのだがそれをお互いが知る由もない。

 

「さてト……じゃあオレっちはもう行くゾ。

流石にずっとオマエらに付き添ってたら商売上がったりだからナ」

 

「あ、ああ。そうだよな」

 

「飯、ありがとな」

 

「まだ明日もやってるようならなんか持ってきてやるヨ。あ、なんならブレイドやアーちゃんも誘って…」

 

「「頼むからそれはやめてくれ!」」

 

 二人の懇願が暗くなりだした森に響いた。



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抱える気持ち

「♪〜」

 

 横で上機嫌なアスナを見ながら、俺はウルバスの街をうろついていた。

 

「随分嬉しかったみたいだな」

 

「え? あ、ごめんなさい、私……」

 

 全くの無意識だったのか、気づいて急に顔を赤くするアスナ。

 

「……でも、やっぱり嬉しいわ。どれだけ頑張っても確率は100%にはならないもの」

 

「それでも必死に素材集めたんだから、それはアスナが導いた結果さ」

 

「それはブレイドくんも……ううん、ありがとう」

 

 さっきと同じやりとりになると思ったのか、お礼の言葉と微笑みで済ませるアスナ。

 

「どういたしまして」

 

 だから俺もそれに応える。

 

「にしても成功率80%だっけ?失敗しても素材が無くなるだけなら充分な気もするけど……」

 

「強化上限のシステムがあるものね……もう少し確率を上げる方法は無いのかしら」

 

「ありますよ」

 

 唐突にかけられた声の方を向くと広場の中央で何やら広げている少年がこちらを見ていた。

 

「あ、すみません! つい、お話が聞こえてきたんで職業柄と言いますか……」

 

「いや、気にしないでくれて大丈夫だ。それよりさっき言ってたのって?」

 

 二人で少年のところに近づきながら、少年に尋ねる。

 近づいてみると、少年の足元にはカーペットのようなものが敷いてあり、いくつかの武器が並んでいた。

 

「あ、はい。と、その前に自己紹介を……僕はネズハ、ここで鍛冶屋をやっています」

 

 ネズハの指差す先を見ると、そこには

 《Nezha's Smith Shop》

の文字があった。

 

「鍛冶屋……へぇ、確かにこの世界には店が開ける機能があるって聞いたけど」

 

 剣を振るしか脳がない……頭にない俺にとって、いざそういう人を見てみると不思議な気分だった。

 

「それで? 確率を上げられるって本当なの?」

 

 アスナが本題に切り込んだ。

 

「あ、はい。なんか売り込みみたいな気がして申し訳ないんですけど……熟練度の存在が僕のような生産系のスキルにも存在することはご存知ですよね?」

 

「それはまあ、この世界のスキルはほとんどが熟練度によって何かしらの制限があるからな」

 

「はい、そして鍛冶スキルの場合その制限はこのハンマーの装備に影響します」

 

 そういうネズハの手には鉄のハンマーのようなものが握られていた。

 

「これは《アイアン・ハンマー》です。先程、NPC鍛冶屋で強化を行って来たんですよね?どんなハンマーでした?」

 

「え? ええと……」

 

ハンマーなんて全く気にしてなかったぞ……

 

「茶色……いえ赤褐色だったかしら? まるで銅のような……」

 

 記憶を探っている俺とは裏腹に、アスナははっきりと答えていた。

 

「はい、まさしくここのNPCは《ブロンズ・ハンマー》、銅のハンマーを使っています」

 

「よく覚えてたな……」

 

「当たり前じゃない、私の命に関わることだもの」

 

……確かに。

 

「それで……つまりあなたのハンマーの方が、NPCのよりも性能が高いってことでいいのかしら?」

 

「あ、はい。その通りで……僕の《アイアン・ハンマー》の方が要求スキル値が高いんです」

 

「なるほどねぇ」

 

 確かに、そのような差別化がなければ、プレイヤーが生産職をやる意味がなくなってしまう。上手い調整と言えるだろう。

 

「とはいえ、結局は確率ですからね。プレイヤーに頼むよりNPCの方がトラブルとかもありませんし気が楽って人も……」

 

「私はそうは思わないわ」

 

 アスナが強い口調で言い放った。

 

「あなたも私たちと同じプレイヤーだもの。

戦闘か生産系かは違えど、努力して今の位置にいることはなんとなくわかる。

あなたの方がNPCより優秀だって根拠もちゃんとあるわけだし」

 

 そう言いながらハンマーを見つめるアスナの目にはどこか懐かしむような感情が込められている気がした。

 

「教えてくれてありがとう、次の強化の時には是非お願いさせてもらうわ」

 

 笑顔とともにそう話すアスナに、ネズハは一瞬惚けた後慌てて、

 

「任せてください、丹精込めて打たせていただきます!」

 

そう返した。

 

 

 

 

 

 

 

「前にも言ったけど……私ね、このゲームに閉じ込められたって聞いたとき自暴自棄になってたの」

 

 ネズハと別れて歩いていると、アスナが話し始めた。

 

「今のアスナからしたら考えられない……とも言えないか。誰だってあんな話聞いたら動揺するよな……」

 

 この世界で死んだら現実でも死ぬ。そんな話を聞いて正気を保っていろと言う方が難しい話だ。

 俺ですら完全に冷静ではいられなかったのだから……

 

「それだけってわけじゃないんだけどね。

死んだら死んだだ、それまでひたすら戦おうって、馬鹿みたいにダンジョンにこもって……」

 

 後悔するような自嘲するような表情でアスナは語った。

 

「で、そこからまた色々あったんだけど……今は思うの、なんであんなことしてたのかなぁって」

 

「今はどう思ってるんだ?」

 

 アスナは少し考え、

 

「少なくとも、無駄に命を捨てたくないとは思ったかな……

それにね、ネズハさんみたいな人を見てると思うの。自分はなんて失礼だったんだろう、この世界で生きていこうと頑張ってる人達もいるのにって」

 

「そんなの……」

 

 アスナが思ってるだけで、他の人は気にしてなんていない。そう言おうとした気持ちはアスナの表情を見て消え去った。

 

 真剣な表情だった。

 

「ネズハさんだけじゃない、キリトくんやウィザードくん、もちろんブレイドくんだってこの世界で必死に頑張ってる。

だから決めたの。私はせめてみんなと並んで肩を並べられるようになるんだって」

 

 そう言うアスナの目には強い決意が宿っていた。

 しかし、すぐに表情を緩め、

 

「ごめんなさい、変な話しちゃったわね。

私、そろそろ休むわ。今日は色々とありがとう」

 

「……ああ」

 

 笑顔で言う彼女の裏を知って、そして自分を省みて……そう返すのが精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に……やるの?」

 

「せっかくいい話を聞いたんだ、やらなきゃ損だろ?」

 

「大丈夫だよ、言われた通りならバレたりしないって!」

 

 いつになく表情の明るいみんなを前に、

 

「……分かった、やってみる」

 

 そう答えるしかなかった。

 さっき言われた言葉が、重く心にのしかかっている気がした。



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武器破壊ペナルティ

ガッ、ベキベキベキ……ドゴンッ!

 

「アハハハハハ! 割れた! 割れたぞ!」

 

「ハハハハハハ! 終わった! ザマアミロッ!」

 

 クエストが始まってから三日目の朝、俺たちはほぼ同時に岩を割ることに成功した。

 

「……どうしたんダ? お前ラ……」

 

 それはもう他の人が見たらドン引かれる位のテンションで。

 

 

 

 ふたり仲良く老人からボロ切れをふんだくって顔を拭い、クエストが終わったことと《体術スキル》が増えたことを確認してやっと一息つく。

 

「もうあの顔は見納めなのカ。記録結晶があればなァ……」

 

「頼むからやめてくれ。ただでさえ嫌われ者なのにそんなもの残したら何が起きるか分かったもんじゃない……」

 

「そうカ? 案外見方が変わったりするかもしれないゾ?」

 

 まあそれは冗談なんだがナ、とアルゴは続けてから真面目な顔になった。

 

「で、キー坊達はウルバスに行くつもりなのカ?」

 

「俺はそのつもりだ。さっきブレイドにメッセ送ったら、あいつもウルバスに居るらしいし」

 

 ウィザードはブレイドと合流するつもりらしい。クエストが終わり別行動する理由もなくなったのだろう。

 

「俺は……ウルバスにはまだ戻らなくていいかな。せっかくこんな場所まで来たんだし」

 

 どのみち他のクエストなども見るつもりなのだから端から潰した方が楽だろう。

 ……というのは本当の気持ちなのだが、一方で、まだ賑わっているだろう主街区を堂々と歩き回る気にならないという気持ちもあった。

 

「そうカ……まあなんダ、情報が必要ならいつでも言ってくれヨ?」

 

 そんな気持ちに気付いたのかどうかは分からないが、アルゴは笑みを浮かべながら冗談まじりに言った。

 

「でも、どうしてそんなことを?」

 

 先ほどアルゴが真面目な顔で話していたのを思い出す。

 

「あぁ、ちょっと妙な噂を聞いてナ…」

 

「妙な噂?」

 

「うーム、裏付けが取れてないことを話すのはオレっちのポリシーに反するんだガ……とはいえ事実ならオレっちだけの手にも負えないシ……」

 

 アルゴは少し悩み、意を決したように話し出した。

 

「他言無用で頼むゾ……プレイヤーがやってるウルバスの鍛冶屋で、強化時に武器が壊れたそうダ」

 

「なっ……!」

 

「武器が壊れた!?」

 

 アルゴの話にウィザード共々驚く。

だってそれは……

 

「強化失敗のペナルティーってことだよな。でもそれって……」

 

「ああ、ありえないはずだ。武器が壊れるなんて聞いたことがない……」

 

 少なくともベータ時代でのペナルティは、無難なところで素材のみが消えるか、強化したステータスが変更される……最悪でもステータスが減少する程度で済んだはずだ。

 

「そういうわけでオレっちも必死に調べてるんだが……事が事だけに大事にするわけにもいかなくてナ」

 

 確かに、そんな情報が出回ってしまったら大騒ぎになるだろう。

 

 しかし引っかかる……いくらデスゲームとはいえ、そこまでするだろうか。

 茅場はこのゲームを出来る限り長続きさせたいだろう。

 それなのに、わざわざ生命線である武器を消滅させてしまっては、プレイヤーに死んでもらいたがっているようではないか。

 

「確かに腑に落ちないな……分かった、気にしておくよ」

 

「ああ、頼ム」

 

「にしても変だな」

 

 ふとウィザードが声を出した。

 

「だからオレっちも頭を抱えテ……」

 

「いや、そりゃ起きたことも変だけど。

大事にしたくないってことは大事になってないんだろ?」

 

「少なくとも街で大騒ぎになってるってことはないナ」

 

「それだ」

 

 ウィザードは少し考え、言葉を続けた。

 

「つまり……誰もそのことを騒いでないんだろ?」

 

 そこまで言われてやっと俺もウィザードが言いたいことに思い当たった。

 

「鍛冶屋側が黙ってるのはまあ分かる、でも強化を依頼した側が黙ってる理由はなんだ?

少なくとも俺なら大騒ぎする自信があるぞ?」

 

……後半部はさておき。

 

 確かにそうだ。自分の武器が壊されたとあれば普通ショックなり怒りなり、少なくとも静かでいられるはずがない。

 そして、なんらかの騒ぎが起きれば、大事にならないはずなどないのだ。

 

「アー……それなんだがナ」

 

 バツの悪そうにアルゴが口を開く。

 

「ん?」

 

「とりあえず、武器を壊された奴が言いふらすことはない……はずダ」

 

「壊された奴を知ってるのか?」

 

「うーン、どちらとも言えないんだガ……何にせよ、それに関してはオレっちからは言えないナ。

今は大事になる心配は無いだろうってことで納得してくレ」

 

「うーん……?」

 

「まぁアルゴがそう言うならそこから先は聞かないでおくよ」

 

 おそらく、壊された人本人から依頼を受けたのだろう。そしてその本人はそのことを知られたく無い…といったところか。

 

「助かル。まあオレっちが言いたかったのは気をつけてくれってことだけダ。

別にこの前みたく、何か教えて欲しいとかじゃ無いから安心してくレ」

 

「分かった。サンキューな、アルゴ」

 

「そこまで言われて何もしないままって言うのもなんだか……まあ俺も了解した。

後でブレイドにも言っておくか」

 

「オイラ他言無用って言っタばっかなんだガ……まぁアイツなら多分言いふらすこともないカ」

 

 結局、ブレイドやアスナ辺りは知ってた方がいいかもしれないと言うことで話はまとまり、俺は散り散りに分かれた。

 

 

 

 

 

「まぁ、納得できないよな……」

 

 一人森の中を歩きながらさっきの話を思い出す。

 さっきは分かったと言ってしまったが、俺も気持ちはウィザードと同じである。

 

「武器が壊れると言うと……確かエンド品の強化で発生したっけか」

 

 エンド品……強化上限回数まで武器を強化し、良くも悪くもそれ以上強化できなくなった武器だ。

 

「でも、間違ってエンド品を強化したなんて考えられないよなぁ……」

 

 プレイヤーが知らなかった可能性は僅かなりにあるとしても、鍛冶屋側はさすがに気づくはずだ。

 何よりそんなことならアルゴが調べたりしないだろう。

 

「とすると……何かの間違いでエンド品が強化された?」

 

 例えばそう、武器を取り違えたとか。でも何で……

 

「!?」

 

 いや違う、取り違えたんじゃない。もしわざとすり替えたのだとしたら……?

 

「でも、それっ…て…」

 

 だが方法が分からない、それにそれを確認する方法も……

 

「いや、確認する方法はあるにはあるか……」

 

 だがもし本当にすり替えが起きているのだとしたら、グレードを下げたものに変えられるだけかもしれない。

 そしてその場合、確実な証拠は残らない。

 

「変えの効かない武器、レアドロ品か……あそこのとかなら丁度いいな」

 

 俺は適当なレア武器を狙うため、目的地に向かって足早に歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「武器破壊ねぇ……」

 

「信じられない話だよな」

 

 ウルバスで晴人と合流してから1時間ほど。

 ウルバスのクエストは大したことがないか色んな人がやっていて時間がかかるかの二択だったため、周りのものから潰そうということで移動中である。

 

 そんな最中、晴人が話した内容が鍛冶屋で武器が壊れる事件があったというものだった。

 

「確かに信じられないな……」

 

 勿論そんなことが起きるのが信じられないというのはある。だが、もう一つ。

 

(現時点でプレイヤー鍛冶屋なんか早々いないよな……)

 

 そして、数少ないプレイヤー鍛冶屋の一人を俺は知っている。

 数日前に街で話したあの少年である。

 

(奇妙な巡り合わせもあったもんだ)

 

「ブレイド?」

 

「ん? あぁ悪い、何だっけ?」

 

 どうやら考えこんでいて晴人の話が耳に入っていなかったらしい。

 

「まぁいいけど、お前素材集めしてたんだろ? 強化どうするんだ?」

 

「あぁ、とりあえずは置いておくよ。まだ強化に必要な最大数を集めきった訳じゃないし」

 

「へぇ、珍しい。お前最低数で賭けに出たりとか割としてなかったっけ?」

 

「あれは成功率が50%を軽く超えてる時だけだ。それに……そんな話を聞くとな」

 

 正直なところ、ウルバスであの鍛冶屋の少年に強化してもらうつもりだったのだが、ウィザードからクエストが終わったというメッセージを受けてごたごたしてるうちに、忘れてしまったのが事実である。

 しかしこうなってしまうと、彼を疑う訳ではないが確実性を求めたい。

 

「……何かの間違いってことはないんだよな?」

 

「そりゃあ俺自身が見た訳じゃないから分からないさ。でも、アルゴの情報を疑い出したら仕方ないだろ?」

 

 確かにその通りである。情報屋の情報を(いくら売られたものでないとしても)疑ったら何も始まらない。

 

「……まあ今は考えたって仕方ない。とりあえず、どのクエストを受けるか考えようぜ」

 

「それもそうだな。どんなクエストがあるんだっけ?」

 

 俺はこの話を打ち切った。

 今は情報が少なすぎるというのは嘘ではないが、もし彼が事故では無く武器を壊したのだとしたら……うっすらそう考えてしまった自分に嫌気がさしたからだ。

 

 しかし、皮肉にも問題はそこまで先延ばしにならなかったのだった。



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真相を暴く決意

数日後……

 

「ふぃ〜……ここで最後だっけか」

 

「ああ、他のクエストは大した報酬じゃないからな。とりあえずこんなものでいいだろ」

 

 俺達は色んな場所を回りながら第二層のめぼしいクエストを潰し終わった。

 俺があらかじめ見ておいたのと、晴人が体術クエストの間キリトから話を聞いていたのとで、思ったほど時間はかからなかった。

 

「で、この後どうするんだ?」

 

「そうだな、一度ウルバスに戻るか……」

 

 強化用の素材もクエストを行ってるうちに上限数を超えてしまった。これ以上モンスターを狩っていてもあまり意味がないだろう。

 

「とはいえこの調子じゃ、着く頃には夜だろうけどな」

 

「あー……夕日が綺麗だなぁ」

 

 モンスターと戦っていたりすると時間を忘れるのは俺たちの悪い癖だ。

 いや、疲れを感じたりしないこの世界が悪いんだ、うん。

 

「この調子じゃ、街につき次第また手分けして……って感じか?」

 

「……もう何時間も話を聞かされるのはごめんだからな」

 

「お前まだ根に持ってたのか……悪かったって」

 

 別にそういうわけでもないが、まあこれでまた変な宿になることはないだろう。

 

「じゃあ宿は任せるとして、俺はまたなんか食べ物を買って来るとしますかね……」

 

 

 

 

「思った以上にかかっちまったな……」

 

 ウルバスに着いた時にはすでに真っ暗だった。

 

「まぁ途中途中狩りながら来たから仕方ないか」

 

 あまり意味がないと分かっていても、通り道にモンスターがいれば倒さずにはいられないのだ。

 

「じゃ、適当になんか買ってくる」

 

「はいよ、またメッセージ送るわ」

 

「おう」

 

 晴人と別れ、食べ物を売ってる店の多い道へ行く。

 

 

 

 

「キリト様様だな、こりゃあ……」

 

 作ったやつの趣味なのかなんなのかは知らないが、このゲームは比較的大通りよりも、一本曲がった細い路地などにいい店がある傾向にある。

と教えてくれたのはもちろんキリトである。

 おかげで今夜の夕飯は久々にまともな食事が出来そうだった。

 そういえばオススメはスイーツが上手いレストランだとか言ってた気がする。せっかくだし第二層にいる間に行っておいてもいいかもしれない。

 

「……ん?」

 

 ふと目に入った人物を二度見する。

 件の鍛冶屋、ネズハが何人かとともに店に入って行くところだった。

 

「……」

 

 個人の意見としては彼を疑っていない……というより疑いたくないのかもしれないが。

 だが、もし何かあった時、後悔したくはない。場合によっては装備を失ったことによる犠牲者が出てしまう可能性もある。

 

 悪い、ネズハ。

 

 心の中で謝り彼が入った店をほんの少しだけ開ける。

 この世界では壁などから音が漏れたりすることはまずないため、中の音を聴くには隙間を空けなければいけないのだ。

 

 そして、中で行われていた会話は俺の想像を超えるものだった。

 

 

 

 

 

 

「あら?」

 

「あ」

 

 迷宮区に数時間篭り、なんとかレアドロ武器を手に入れた帰り、偶然アスナと出会った。

 

「こんにちは、キリトくん」

 

「あ、ああ……」

 

 こんなところで会うとも思っていなかったのでまるで言葉が出てこない。

 えーっとなんだ、あ、鍛冶屋のことを話さなきゃ。いやでもいきなり切り出すのもおかしいし……

 

「迷宮区の帰り?」

 

 黙りこくっていたのが気になったのか、首を傾げながらアスナが聞いてくる。

 

「あ、うん。欲しいレアアイテムがあって……」

 

「レアアイテムか……この層だとどんなものがあるの?」

 

「うーん、やっぱ牛関係が多いな。迷宮区に牛男がいるのは知ってるか?

あいつの上半身の装備とか……何でそんな距離を取るんですかアスナサン?」

 

 アスナはすごい勢いで後ずさりながらこっちを睨んだ。

 

「欲しかったレアアイテムって……」

 

「違うから!

そんな趣味じゃないから!」

 

 そう、と安心したように戻ってくるアスナさん。そんなに嫌なのかあの見た目。

 

「あれがドロップするなんてね。誰がつけたがるって言うのよ……」

 

「つけたがるかどうかはさておき、似合う人はいるんじゃないか? この前一緒に戦ったエギルさんとか」

 

「あぁ……」

 

 とはいえそんな人なんて一部な訳だ。茅場は何を考えてあんな装備を作ったのだろうか。

 趣味だとは思いたくないが……

 

「キリトくんは今から主街区まで行くの?」

 

「ん? ああ、そろそろボス攻略の準備もしなくちゃいけないしな」

 

 それと……鍛冶屋のこともはっきりさせなきゃいけない。

 

「私もやりたいことがあるからついていっても良い? ボスのこととかもっと色々聞きたいし」

 

「……ああ、いいぜ」

 

 一瞬迷ったが、ここで断る理由もない。

 ウルバスに着いたら適当に分かれて……いや、アスナには知らせといてもいいって話だったっけか。戻りながら考えよう……

 

 

 

 

 

 

 

 

「それ本当か!?」

 

 晴人と合流した俺は宿でさっき聞いたことを話した。

 この世界の部屋は扉が閉まっていれば、話が漏れることはない。もっともさっきの俺のように少し開けてしまえば聞こえるわけだが。

 

「ああ、間違いない。武器破壊は故意的に行われている」

 

「じゃあ早くみんなに……いや、そいつを止めるのが先だ!」

 

「いや、そう言うわけにはいかない」

 

「なんで……」

 

 確かにあのプレイヤー鍛冶屋のネズハを止めるのが最優先だろう。だが、すぐにそうすることは難しい。なぜなら……

 

「動機がわかっても方法が分からなきゃ指摘のしようがない」

 

 そう、あくまで分かったのはネズハか故意に武器破壊を行なっていると言うことだけだ。いや、正確には何かしらの方法で武器を壊してコルを稼いでいると言うことか。

 

 なんにせよトリックが分からない限り誤魔化される可能性がある。おまけにこっちは盗聴まがいのことまでしてる。場合によってはこちらが責められる可能性もあるのだ。

 

「でも放っておくわけには!」

 

「落ち着け、何も放っておくつもりはない」

 

「え……?」

 

 簡単な話だ、要はトリックさえわかればいい。

 

「今夜、その鍛冶屋に行く」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな気はしてたけど、ボスまで牛とはね……」

 

「そういう層だからなぁ……」

 

 アスナと話しながらウルバスの近くまで来た。 すっかり辺りも暗くなってしまった。

 

「そういえば、やりたいことがあるとか言ってたよな。何するんだ?」

 

 何気なく聞いてみた。

 方向が違うなら別れればいいし、少なくとも全く同じということはないだろう。

 出来るなら誰も巻き込まず俺だけで鍛冶屋の件を終わらせたい。

 

「そろそろ武器を強化したくてね。丁度素材も集め終わったところなの」

 

 全く同じ方向だった。

 いや、まだだ、まだ同じとは限らない。

 

「てことは鍛冶屋か。でもそれなら他の街にもあるだろ?」

 

「NPCじゃなくてね、プレイヤー鍛冶屋の人がいるから頼んでみようかなって」

 

 巻き込みストレートど真ん中だった。

 

「ん? どうしたのキリト君、変な顔して」

 

「へ? 変な顔!? そんなことは皆目滅相も……」

 

「怪しい……もしかして何か隠してる?」

 

「そんなことは……はぁ」

 

 誤魔化そうとしたけど流石に鋭い目で睨まれてしまっては隠せる気がしなかった。

 

「分かったよ、話すからそんな睨まないでくれ……」

 

 俺はアスナにアルゴから聞いた話を伝えた。

 

「そう、私に内緒でそんなこと調べてたの。みんなで。ふーん……」

 

「そんな怒らないでくださいアスナサン」

 

「怒る? 怒るようなことはないわよ?

私はただの初心者の女の子だもの、頼られなくったって何もおかしくないわ」

 

「ほんとゴメンナサイ……」

 

 なんとかアスナを宥める。

 

「はぁ……いいわよもう。今いるプレイヤー鍛冶屋って一人だけよね?」

 

「ああ、ベータの時は好き好んで鍛冶屋なんかやってる物好き居なかったからな……

今は人数10倍だけど、その一人を除いて鍛冶屋なんてやってるやつはいないはずだ」

 

 そもそも鍛冶屋や商人なんてのはこの世界では副業のようなものなのだ。

 無論それを生業として生きて行くこともこの世界の醍醐味ではあったのだろうが、まだこんな状況でそんな人は件の一人を除いておそらくいないだろう。

 

「それで君は今からその鍛冶屋に行って確かめてくるんでしょ?」

 

「まぁ、そんなところかな……」

 

 唐突にアスナの目つきが変わった。

 

「その役、私にやらせてもらえないかな」

 

彼女は真剣な眼差しでそう言った。



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壊れたものは

ここで多くは語りません。また少しずつ執筆して行けたらと思います。
会話者の名前など、前から変化していますが、少しずつこちらの形式に過去のものも揃えていきますね。


「こんにちは」

 

「はい、いらっしゃいま……ああ、この前の」

 

ウルバスの主街区、中央広場。そこでいつも通り鍛冶屋をやっていたネズハにアスナが話しかけた。

 

「今日はどういったご用件で? 武器の購入……それとも売却ですか?」

 

「いいえ。やっとお願いできるだけの素材が集まったから、武器を強化してもらいたくて」

 

瞬間、ネズハの眼が僅かに細まった……ように見えた。その真意は俺には分からない。

 

「本当にいいんですか? この前もお話しした通り、人同士よりNPC相手の方が問題なんかも……」

 

何故か食い下がるネズハ。しかし、アスナはそれを笑って制す。

 

「もう、あなたが言ったのよ? 『自分の方が確率をあげられる』って。それに……」

 

一呼吸置き、アスナは真剣な眼差しでネズハを見つめた。

 

「言ったでしょ? 『私はそうは思わない』。あなたを、この世界で生きようとしてる人達を、私は信じてるから」

 

その言葉に何を感じたのかは分からない。だが、俺にはネズハが息を飲む音が聞こえた気がした。

 

「……分かりました、強化したい武器を見せてください」

 

「ええ」

 

アスナが武器を取り出す。

 

「なっ……!」

 

今度こそ、ネズハが息を飲む。それも当然のはず、アスナが取り出したのは俺が取ってきたレアドロ武器だ。

 

「この武器、一体どこで?」

 

「迷宮区の敵が落としたの。かなり強い武器だったから、使ってみようと思って」

 

「そう、ですか」

 

仮にネズハがなんらかの方法で武器をすり替えていた場合、誰でも手に入れられる剣なら強化が1段下の武器にすり替えられる可能性がある。

その場合、確信を持ってすり替えを指摘するのは難しい。ただ強化が失敗した可能性を拭いきれないからだ。

 

だが、レア武器なら話は変わる。仮にネズハがその武器を所持していなければ、強化段階の違う武器にすり替えるのは不可能。必然、エンド品とすり替えるしかなくなるはずだ。

 

そしてネズハの反応から察するに、どうやら現時点では俺の目論見は外れていないらしい。

 

「強化素材はこれね」

 

アスナが強化用の素材も渡し、ネズハが後に引けなくなる。

 

「……分かりました、少々お待ち下さい」

 

ネズハが準備を始める。程なくしてハンマーを取り出し、目の前に剣を据えた。

アスナの渡した素材を炉にくべる。瞬間、眩い光が生まれるが、俺はネズハから目を逸らさない。

 

ネズハがハンマーを取り、武器を叩き始める。6回、7回……奥の炉から時折眩い光が生まれるため、終始見れているわけではないが、響いてくる音から回数は分かる。

 

9回……ここでネズハがハンマーを振り上げ、少し止まる。

何を考えているかは本人にしか分からない。アスナも黙ってネズハの前の武器に目を向けている。

 

そして、再び炉が光を放った瞬間。

 

(!?)

 

一瞬だが、ネズハの前にある武器が別物になった……ように見えた。自信がないのは本当に一瞬だったからだ。

 

次の瞬間、俺の目の前に写っていたのは砕け散った武器のエフェクトだった。

 

「っ! すみません!」

 

顔を歪めたネズハが謝りを入れる。

 

「何を謝る必要があるの?」

 

「え……?」

 

「今壊れたのは私の武器じゃないでしょ?」

 

「なっ……」

 

凍りつくネズハ。流石にアスナも気付いていたみたいだ。

 

「やっぱり、仕掛けがあったのね。最後に取り出したのはエンド品かしら? 私にはどうやったかは分からないけれど……」

 

頃合いだな。

 

「貴方なら、分かるんじゃない?」

 

物陰から姿を出す。こちらを見て、ネズハがさらに驚いていたが、やがて諦めるように笑った。

 

「Mod、クイックチェンジ。違うかな?」

 

「ええ、その通りです」

 

武器種の熟練度を上げることで取得できるMod、その中の1種がクイックチェンジだ。

ベータテストでは武器を盗む敵が出て来た時、即座に予備の武器を取り出せるように使われていたModだが……おそらくネズハはこれを使っていたのだろうと思った。

証拠まで用意はできないが、ここはネズハが認めてくれたのでホッと胸を撫で下ろす。

 

「ねぇ、ネズハさん。あなた、最初に私に強化を行わないように勧めなかった?

もしかして、こんなことやりたくでやってるわけじゃないんじゃないかしら?」

 

「……まさか。これは僕が1人望んでやったことです。お金が欲しくて、だからもう皆さんにお返しすることも……」

 

「それは違うな」

 

ふと聞こえた別の声に、ネズハだけでなく俺たちも身を強張らせる。

アスナがこちらに目を向けてくるが、首を振る。この話は俺たち以外には……いや待て。

 

「よっ、キリト」

 

「驚かせて悪いが、話が聞き逃せない方に進みそうだったからな」

 

暗闇から姿を表したのは、俺たちがよく知るブレイドとウィザードの2人だった。



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強化詐欺の真実

「それで、さっきの話はどういうことなんだ?」

 

 流石に街の中央で話せるレベルを超えてきたので、場所を変えて建物の中に移る。もちろんネズハも一緒にだ。

 

「ああ、それなんだが……」

 

 ブレイドは話し始める前に一度ネズハを見つめた。

 ネズハは全てを覚悟して居るのだろう。神妙な面持ちで頷き、ブレイドに全てを託した。

 

「先に謝らせてくれ。実はネズハと同じギルドの人達の話を盗み聞きさせてもらった」

 

そう前置きしてブレイドが話し始めたのは、ある意味想像していた話だった。

 

 

 

「もう限界だよ……」

 

 俺が盗み聞きを始めたのは、ネズハのその一言からだった。

 

「大丈夫、まだまだイケるって!」

 

「大騒ぎにはなってないんだし、まだ平気だよ!」

 

 他のメンバーがネズハを励ます(?)が、ネズハの顔色は晴れない。

 

「もう十分に元は取れたじゃないか……これ以上は……」

 

「何言ってんだよ、ここからだろ? 頼むよネズハ、お前の稼ぎが頼りなんだ!」

 

 稼ぎが頼り? でもならネズハはなんで嫌そうに……

 

 いや、ここまで来て目を逸らしても仕方ないだろう。本当はわかって居るのだ。ネズハが嫌がる理由なんて一つしかない。

 

「これ以上他の人を騙すのは……」

 

「なぁ、なんかドアが変じゃないか?」

 

 その声を聞いた瞬間俺は大きく飛び、手近な物陰で隠蔽スキルを発動させる。

 すぐにドアから先程ネズハと話してたうちの1人が出てくるが、暗さのお陰もありどうやらバレずには済んだみたいだ。

 

 

 

「というわけだ。

ネズハは自分の私利私欲のために……いや、自分の私利私欲はあるかもしれないけど、それだけじゃない。

仲間たちのためにやってたんじゃないか?」

 

「……」

 

 ネズハは答えない。それは弱みを握られているからか、はたまた仲間を守るためか。

 いずれにせよ、この事はハッキリさせなければいけない。これがただのゲームならまだしも、今後絶対同じようなことがあってはならないのだ。

 

 そしてそれはネズハの処遇に関しても言える事だ。この世界でプレイヤーをどう裁くかは、今後のアインクラッドを左右すると言っても過言ではない。

 

「キリトくん、それに2人も、ごめんなさい。私、それでもネズハさんが根っから悪い人には見えない」

 

 だんまりを決め込むネズハの前にアスナが立つ。

 

「教えてネズハさん。どうして、何のためにこんなことをしたの?」

 

しばらく口を閉ざしてたネズハだが、やがて口を開いた。

 

「もし、誰かが僕の詐欺に気づいたら……その時は死んで償おうと思ってたんです」

 

「「それはダメだ」」

 

 ブレイドとウィザードの即答が被り、一瞬場の空気が固まる。

 被った2人も顔を見合わせ、やがてブレイドが話し始めた。

 

「いいか、もうこの世界はゲームじゃない。この世界の命は本物なんだ」

 

 一瞬、ブレイドが顔を顰めた……気がした。

 

「自己犠牲は楽かもしれない。でもそれは何も償ってないのと同じだ。

何よりこの世界で死を以って償う人間が出てきたらそのあとどうなるか……想像できないわけじゃないだろう?」

 

「それは……」

 

「もう君一人だけの問題じゃないんだ。そしてそれは、君のギルドの人達も同じことだ」

 

 そう。仮にこの件がネズハだけへの処遇で終わった場合、最も怖いのはネズハと同じギルドの仲間たちだ。

 ネズハに悪事をやらせ、その上ネズハを切り捨てるような連中だとしたら……その先は考えたくもない。

 

「それでも僕とみんなは違います。僕みたいなノロマは遅かれ早かれすぐ死ぬんですよ……あなた方には分からないんです!」

 

「ふふっ」

 

 その言葉に、今度はウィザードが小さく笑った。ありえない目を向ける3人と、心なし傷ついたように見えるネズハの視線を受け、ウィザードは慌てて弁解する。

 

「いや、アスナ……そこのお嬢さんも1層で似たようなことを言ってたなぁと思ってさ」

 

「え?」

 

 ネズハがあっけに取られる。俺も驚いた。そんな話は初耳だ。ブレイドだけはどうやら納得したような表情だったが。

 

「あの、アスナさんって前線攻略集団の方ですよね?」

 

「え? まあ攻略集団といえばそうかもしれないけど……私のこと知ってるの?」

 

「先日話しかけた時にもしかしたらと思いましたが、お名前を聞いて確信しました。

前線唯一の女性プレイヤーのアスナさんは、攻略集団以外でも有名ですよ」

 

 複雑そうな顔をするアスナ。こんな世界で、自分が話題になって居るというのは女性からしたらどんな気持ちなんだろうか。

 

「ちなみに俺のことは……?」

 

 思わず聞いてしまう。俺が攻略集団以外でどんな評価なのか。

 

「いや、知らないです……すみません……」

 

「あ、いやいいんだ! そっか……」

 

 今度は他の3人が笑いを堪える。ほっとけ。

 

「でもそうなんですね、アスナさんみたいな人でも同じ気持ちになることもあるんだ……」

 

「正直、まだその気持ちは消えていないわ。私たちはまだ二層、百層なんてとても見えないもの」

 

 アスナは瞳を閉じ、そして俺たちを見つめた。

 

「でもね、こんな世界になって……ううん。こんな世界だからこそ必死に戦ってる人がいる。

だから私も、死ぬために戦うのはやめようって思ったの」

 

 そう語るアスナの顔に、迷いはなかった。

 

「私にはささやかだけど確かな目標がある。あなたにもあるんじゃない? はじまりの街から出てきたあなたにも」

 

 ネズハは俯き、足元を見つめる。その足に履かれているのは街用のシューズなどではなく、れっきとした防具だった。

 

「確かにありました……僕にも、目指したものが。

でも無理なんです、FNCの僕には」

 

「FNC?」

 

 ウィザードが怪訝そうな声をあげる。

 

「FNC……Full dive Non Conforming。用はフルダイブ不適合者だ」

 

 俺はウィザードたちに説明する。フルダイブ環境で不適合になる意味を。それがどれだけ稀有で……どれだけ残酷なのものかを。

 

「僕に異常が出たのは視覚でした。見えないとかではないんです。ただ、両目視機能……つまり遠近感がうまく働かなくて。

それがどんな影響を及ぼすか、皆さんなら分かるでしょう……?」

 

 そう笑うネズハの顔は、とても悲痛だった。

 弓すら存在しないこの剣の世界で、遠近感が働かないのは致命傷だ。敵との距離が把握できなければ、攻撃することも攻撃を避けることもできないだろう。

 それでもこれがただのゲームなら、慣れていくこともできたはずだった。

 ネズハに訪れた不運は、確かに俺たちには計り知ることのできないものだろう。

 

「なら、なんで無理にSAOに参加したんだ?」

 

 ウィザードが何気なく質問する。だがその質問は残酷だろう。なぜなら……

 

「オイオイ、酷な事聞くなヨ」

 

「っ!?」

 

 新たな人物の声にまたしてもネズハが身を強張らせる。だが、俺たちにはこの特徴的な喋り方にすぐ思い当たる節があった。

 

「仲間たちが遊んでルゲームを一人だけ我慢しなきゃいけないなんテ、そんなの誰だって耐えられないだろうヨ」

 

 少し開いた窓の外、そこには俺たちのよく知る情報屋が立っていた。

 

「邪魔して悪いガ、この件はオレっちも見過ごせないんでナ。

というかお前ラ、こんな人気のなイ建物とはいえ無用心がすぎるゾ。

窓くらいきちんと閉めとケ」

 

 うっかりしていた。先程盗み聞きの話を聞いたばかりなだけに、耳が痛い。

 

「情報屋さんまで……そっか。これだけの人が気にしてたのなら、もうとっくに手遅れだったんでしょうね」

 

 ここまで囲みこむと、もはやネズハに哀れみを覚えるが、そうも言っていられない。

 

「お前さンのギルド、『レジェンド・ブレイブス

』だロ?

少し育ち方が妙だったからナ。調べてみたら案の定、てわけダ」

 

 どうやらアルゴは元々ネズハのギルドの方を追っていたらしい。その上で、ネズハの武器破壊の話に行きあたったってところか。

 

「仲間たち……ってことは、ネズハは向こうでの友人たちとギルドを組んでるのか?」

 

 リアルに踏み込むのはタブーだと知りつつも、踏み込んでしまう。むしろこんなことをさせているのが、この世界で知り合った人間だとは思いたくない。

 

「いえ、元々はSAOよりも前に出たアクションゲームでのチームでした」

 

 その言葉に、俺は複雑な表情を浮かべるしかなかった。出会ったばかりではないというなら、まだ出来心の範囲だろうか。

 

「別に無理に脅されたとかじゃ無いんです! 僕が足を引っ張ってばかりだったから……だから、恩返しができるならって気持ちはありました」

 

 俺の考えを知ってか知らずか、ネズハが慌てて付け加える。

 

「アルゴさんは、なんでネズハさんたちが昔から知り合いだって分かったの?」

 

「ン? あァ、アーちゃんたちは知らないのカ。レジェンド・ブレイブスのギルドは名前に統一性があってナ」

 

 アルゴの話だと、最近そのレジェンド・ブレイブスが突然攻略に名を上げてきたらしい。その活躍だけでなく、プレイヤーネームもあって有名なのだと言う。

 

 クフーリン、ベオウルフ、オルランド。アルゴが名前を挙げたプレイヤーはどれも、俺ですら聞いたことある『英雄』の名前だった。

 でもそれなら……

 

「それなら、ネズハはどうなんだ? 俺はそんな名前の偉人聞いたことないけど」

 

「ああ、オレっちもそう思った。だガ、本当の読み方は『ネズハ』じゃ無かったんダ。

だロ? 『ナタク』?」

 

「本当に、全て気付かれちゃいましたか……」

 

 俺の気持ちを代弁してくれたウィザードに、アルゴが答えた。

 

「ナタク……確か孫悟空と戦った武将とかだっけ」

 

「ご存知なんですか!?」

 

「あ、いや、前に何かで見たことがあって……」

 

 少し明るさが戻ったネズ……ナタクにたじろぎながら、頭の中で槍を振り回す女性(?)をかき消す。

 

「……負い目はあったんです。ただ、それでも内心では、僕だって英雄なんだぞって。みんなと戦って行けば、いつか胸を晴れる日が来るんじゃ無いかって。

本当……どうしようも無いですよね」

 

 これで全て合点がいった。そもそも彼は最初から鍛冶屋をやる気なんてなかったのだ。

 元々FNCだった彼は、それでも仲間たちとSAOの世界で戦いたかった。だからクイックチェンジのmodが取れるまで、熟練度も上がっていたのだろう。

 

「でもこの世界は変わってしまった。それであんなことに手を出したのね」

 

「足を引っ張っている僕が、みんなを助けられるなら……と。許されることで無いのはわかっています。でも、みんなすごく喜んで……僕を褒めて……」

 

 そこでネズハは言葉を止めてしまった。

 なんとも言えない空気。あのアルゴですらやや気まずい顔をしつつ、どうするか悩んでいるようだった。

 

「確かに、足を引っ張るくらいならみんなのサポートをしたいというのは分かるわ。でも、なんでそれが詐欺にまで発展してしまったの?

 

そもそもこれは、誰のアイデアなの?」

 

 そんな空気を変えるどころか、バッサリと確信に触れたのは、我らが細剣使い様だった。

 それこそが、この場の全員が知りたいことであり、欲しい情報なのだ。

 

 こんなことを思いついたのは、やろうと言い始めたのは誰なのか。

 

「SAOがこんなことになって、僕は最初『《投剣スキル》を使おうとしたんです。

けど結局ダメで……僕に付き合ってくれたみんなはかなり出遅れちゃいました」

 

 なるほど、確かに投剣スキルならネズハが今のまま拳を振るうよりは現実的だろう。

 だが、投げナイフなどは消耗品。コストもバカにならず、緊急用に投剣スキルを取っておくプレイヤーはいても、あれをメインに戦うのは無謀という他ない。

 

「僕が投剣スキルを諦めた時、かなり険悪な雰囲気になりました。鍛冶屋に転向するにも時間とお金がかかりますし……

結局みんなが送り出してくれて、頑張ろうと言う気持ちで鍛冶屋を始めましたが、儲けは思うように出ませんでした。

 

彼が話しかけてきたのはそんな時です」

 

「彼?」

 

 まさか、と言う予感があった。詐欺のアイデアを発案したのは、レジェンドブレイブスのメンバーじゃ無いのか?

 

「話し合いをしていた酒場の隅で、NPCだと思い込んでいたプレイヤーが話しかけてきたんです。

 

『その鍛冶屋が戦闘スキルを持っているなら、クールな稼ぎ方がある』……って」



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パーティー解散?

「あの2人、間に合うと思うか?」

 

「難しいだろうな……ウィザード達でも3日はかかったんだろ?」

 

「どっかの誰かみたく、普通じゃない方法を使わなきゃ……か」

 

「そんな目で見るな。俺だってなんであんな簡単に割れたかよく分かってないんだ」

 

「そんなこと言って……あ、分かった。さてはお前もベータテスターだな?」

 

「お、いたぞ。悪ふざけはその辺にしておけ」

 

 集まっている人混みから、少し離れたところにキリトの姿を見つける。

 

「よっ、キリト」

 

「ブレイド、ウィザードも。3日ぶりだな」

 

 第二層、迷宮区に最も近い街に俺たちは集まっていた。目的はもちろん、二層のボス討伐だ。

 周りを見ると、すでに多くのパーティが集まっていた。どれも見知った顔、一層で共にボスと戦ったプレイヤー達だ。

 

 その中に、ボス戦とは違うところでみかけた顔ぶれを見つける。

 

「レジェンド・ブレイブス……」

 

 3日前のネズハの顔が頭をよぎる。だが、強化詐欺の発端が彼らの中の誰でもないことや、ネズハが最後まで彼らを庇っていたことを考えると複雑な心境だ。

 

「あの2人も、一緒に戦えたらよかったんだけどな」

 

 ウィザードの呟きに、キリトが苦い顔をする。

 

「仕方ないさ、まさかボス攻略がここまで早く進むとは思わなかったしな……」

 

 あの後、ネズハはある事情から体術スキルを取ることになった。

 どういうわけか俺はすんなり行けたものの、ウィザードやキリトですら3日かかったのだ。ネズハが間に合わなくても仕方ないことだろう。

 

 そしてここにはいない彼女も。

 

「……まだボス戦まで間に合わないと決まったわけじゃない」

 

「確かに……キリトの言う通りだ。遅れて来たあいつらに恥ずかしい姿は見せられないな」

 

 キリトの言葉にウィザードが頷く。

 確かに俺たち……いや、ウィザード達は体術クエストの厳しさを知っている。

 だがそれ以上に、今そのクエストに挑んでいる2人がどういうプレイヤーかもよく分かっているのだ。

 

 迷宮区……ボス戦まではまだ時間がある。まだ2人が来る可能性も十分残っているはずだ。

 

「よし、とりあえずこの3人でパーティーを……」

 

 ふと、視界に1組の男女が映る。少し離れたところを歩く、俺たち攻略組から一歩引いたプレイヤー達だろう。

 

 俺の目を引いたのは男の方の顔だった。遠目で確信は持てないが、その顔は見覚えのある顔に見えた。

 

「見間違い……いや、そんなはずは……」

 

 悩んでいるうちに2人は道を曲がり、見えなくなってしまう。

 だが、俺はどうしても確認したかった。本当にアイツがこの世界にいるのかどうかを。

 

「……悪い2人とも、先に迷宮区に向かっててくれ」

 

「え、おい! ブレイド!?」

 

 言うやいなや、俺は2人が向かった方へと走り出した。

 

「…前も…よ!」

 

 キリトが何か叫んでいるが、俺の頭にはさっき見かけた顔しか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……悪い2人とも、先に迷宮区に向かっててくれ」

 

「え、おい! ブレイド!?」

 

 3日前、あんな別れ方となってしまったアスナのことを考えていると、突然ブレイドが走り出した。

 

「用が出来た! 先に行っててくれ!」

 

「え、お前もかよ!」

 

 そして追いかけるべきかどうか悩んでいる間もなく、ウィザードまでも走り出したのだ。それもブレイドとは全く違う方向に。

 

「え、えぇ……」

 

 迷宮区へ向かうのを目前に2人の仲間が離脱し、頭が混乱する。ただでさえアスナもいないのだ。当然残されるのは俺1人ということになる。

 

「どうしろって言うんだよ……」

 

 2人が全く違う方向に行ってしまった以上、追いかける選択肢は消えた。おまけにボス戦をほっぽり出すわけにも行かない。

 

 あの2人に限ってないとは思うが、やはりビーターである俺と組むのは嫌なのだろうか……などと卑屈になっていると。

 

「オイオイどうした、さっきまでお仲間と一緒じゃ無かったか?」

 

 話しかけて来たのは、一層でも一緒に戦った巨漢の男、エギルだ。

 

 「いや、その筈だったんだけどな……」

 

 まさか2人ともどこかへ走って行きました……などと言っても仕方がない。なにせ目の前で見ていた俺が信じられないのだ。

 

「あー……何があったのかはわからないが、もし誰ともパーティーを組まないって言うなら俺たちのところに入らないか?」

 

「え?」

 

 願ってもない申し出だった。

 少なくとも2人は先に行けと言った。それはすぐに戻って来れると言う事ではないのだろう。ボス戦より優先することなのだから、なおさらな筈だ。

 

 レジェンド・ブレイブスの存在もあり、今回のレイド人数はかなりギリギリだ。入れてもらえるならこれほどありがたいことはないが……

 

「いいのか? ありがたい話だけど俺はほら、立場的に……」

 

「ああ、ビーターだったか? あんたのことをそんな風に呼ぶのはほんの一部だ。むしろアンタがいれば百人力さ」

 

 エギルの言葉は気を使うでも無く見かねたからでも無く、本心からのものだと思えた。

 

「じゃあ……お言葉に甘えようかな」

 

「改めて、エギルだ。よろしく頼むぜ、ブラッキーさん」

 

「よろしく……ブラッキー?」

 

 差し出された手を取りながら、俺はエギルの口から出たあだ名に疑問を浮かべる。

 

「ビーターなんかよりよっぽどイイと思わないか?」

 

 そう語る彼の言葉も、やはり本心のようだった。

 

「……キリトだ。まあ好きに呼んでくれて構わないけどな」

 

 だから俺も、嫌味などでは無く素直な自己紹介をした。

 

「じゃあ早速パーティーに入ってもらうか。あ、オレの仲間はあそこだ。3人は見覚えあるだろ?」

 

 言われて見た方には、4人のプレイヤーがいた。内3人はエギルの言う通り、見覚えがある。

 彼と共に第一層のボス戦に参加していたプレイヤー達だ。エギル同様、筋骨隆々と言ったアバターなので忘れようがない。

 しかしエギル達は現実でもこのような肉体と言うことなのだろうか……

 

 そしてもう1人、見覚えのないプレイヤーがいた。

 

「アイツも1人で彷徨いててな、アンタの前に誘ったんだ。てっきりアンタもこの前みたいにパーティーを組むと思ってたんだが……何にせよちょうど誘えてよかった」

 

 彼は他のパーティーメンバーと違い、普通の男性だった。読んでいるのはガイドブックだが、その姿はとても絵になっていて、まるでよく作られたNPCのようだ。

 

「フンッ、モンスターの分際で公爵を名乗るとはな……」

 

 《Buron》

 

 それがパーティー画面に映っていた彼の名前だった。



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出会うはずのない存在

今回、大幅な設定改変があります。


「はぁっ、はあっ……」

 

 キリトとブレイドを置いて、さっき見かけた影を追う。

 

「今のは……っ!」

 

 だが、説明している余裕はなかった。その間に逃げられても意味がないし、ボス戦の方を疎かにするわけにもいかないだろう。

 

 捕まえられる確証もそもそも本当にアイツなのかも分からないが、とにかく今は深く考えず追いかける。

 

 先程建物の影からこちらを伺っていた、黒ポンチョの男を。

 

 

 

 

 

 

 

「一体誰なんだ、そいつは!」

 

 ネズハから、強化詐欺の発案者がレジェンド・ブレイブスの中の誰でもないと聞き、俺たちは動揺した。

 真っ先に口を開いたのはキリトだ。

 

「名前は……分かりません。すり替えのやり方だけ話してどこかへ行ってしまったんです。

以来一度も会っていません」

 

 一度もというのは妙な話だ。それはつまり……

 

「待ってくれ、じゃあ君たちはその男に利益の一部を渡したりしていないのか?」

 

「はい、分け前とかアイデア量の要求などはせず、本当にただ方法を説明しただけなんです」

 

「ナッ……ウソだロ!? これが命のかかったゲームじゃなけれバ、オレっちですら十分価値のある情報として扱うゾ……」

 

 一番反応したのはアルゴだった。それもそのはず、情報を商売道具とする彼女にとって、知り合いでもない相手に情報をただで受け渡すということは信じ難い行為だろう。

 キリトとアスナも顔を見合わせ、絶句していた。

 

 だが、俺には覚えがあった。

 金儲けのためじゃない。相手の弱みに漬け込み、ちょっと背中を押してやる。そんなことに何の意味があるのか、理解しようという方が無理な話だ。

 そういう相手は、そもそも理解できる行動理念で動いていないのだから。

 

「そいつ、どんな見た目だったかは覚えてるか?」

 

「すみません、それも分からないんです……黒エナメルの、雨合羽みたいなフーディックマントをすっぽり被っていて……そう、アスナさんのような感じでした」

 

「フーディックマント……」

 

 アスナの方を見ながら考える。アスナの装備はケープのはずなので、その男はさらに胴体全体を隠していたということだ。

 

 そして、そうだとすれば目的は1つ。

 

「顔を隠しておきたかったってこと……?」

 

 やはりアスナは思うところがあるのか、すぐに言葉が出てきた。

 

「なんというか、妙な感じの人でした……学校も、喋り方も。

やっぱり詐欺は詐欺ですから、最初はギルドのみんなも否定的だったんです。そんなの犯罪じゃないかって。

 でもそしたら、あいつがフードの下ですごく明るく笑って……すごく楽しそうで、なんだか綺麗な笑い方でした」

 

「綺麗な……笑い方?」

 

 おおよそ似つかわしくない表現に、キリトが疑問を呈す。

 

「ええ。なんていうか、聞いているだけでいろんなことが深刻にならない気がしてきて……気づいたらみんなも、僕ですら笑っていました」

 

 なんとも奇妙な話だ。その男はその場の空気を支配してしまったという。

 それは扇動……もっと言ってしまえば洗脳に近いものだろう。

 

「そんな中、あいつが言ったんです。『ここはゲームの中だぜ? 店のものを盗めなかったり、街の中でNPCを攻撃出来なかったり、やっちゃいけないことはシステム的に出来ないだろ?

てことはだ……やれることはなんでもやっていいって、そう思わないか?』」

 

「そんなの詭弁だわ!」

 

「ああ! だってそれじゃ極論、圏外で他のプレイヤーを……!」

 

「やめろウィザード」

 

 ブレイドの声で我を忘れていたことに気づく。

 ネズハはもちろん、声を荒げたアスナですら少し顔が青ざめているようで、自分がなんてことを口走ろうとしていたのか理解した。

 

「悪かった……でも、そんな危険な奴、放っておくわけにはいかないよな」

 

「ウィザードの言う通りだ。放っておいたら何をするか……」

 

「ただでさえこんな状況なんだ。みんなで協力しなければ、この世界から抜け出せない……そのためには、お互い信じ合わなきゃ行けないんだ」

 

「でも特徴がそのフーディックマントしかわからないんですもんね……」

 

 その男がやばいという認識は共通していたが、打つ手がないというのが現状だ。

 ただ、その裏で俺は思っていることがあった。

 

 仮にその男の目的が金稼ぎなどじゃなく、この世界を掻き回すことなら……今の状況は面白くないのではないだろうか。

 今一度自分が戦ってきた存在を思い出す。動機は違えど、人の心を掻き乱す点ではアイツらと同じはずだ。

 

 そしてアイツらは、自分が手をかけた奴らを必ず確認するのだ。自分の目で確かめるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからって本当に来るとは思わなかったけどな!」

 

 第二層のボス戦。件の男の狙いがネズハ達だけでなく、この世界を滅茶苦茶にすることなら……強化詐欺の話が収束し、ボス戦がすんなり始まるのは気持ちいいものではない筈だ。

 だからこそ、その男はこの場に来るのではないかと思っていた。

 

 事実、視界に黒ポンチョのようなプレイヤーが映り、こちらに気づいた瞬間逃げ始めたのだから。

 

「ここで逃したら……本気で手がかりがなくなる!」

 

 幸い、まだあの男を完全に見失ってはいない。

 自分の慣れ親しんだ戦いをするためにも、敏捷よりのステータスに振っていたが、それが意外なところで功を奏した。

 

 一方で、

 

「なんか、気持ち悪いな……」

 

妙な感覚もあった。

 

 特徴も残さずに人を操れる用意周到な相手だ。事実、服装を変えていたら俺は全く気づかなかっただろう。

 

 そうだ。そもそもあのマントを脱げばいい話じゃないか。曲がり角を曲がり、マントを脱いでいれば俺には判別のしようがない。

 

 そもそも、なぜ俺は未だにアイツを見失ってないんだ?

 

 

 

 

「スゲェな、ここまで追いかけてくるか」

 

「!?」

 

 考え事をしながら追いかけていたせいで、目の前の男が逃げるのをやめたと理解するのに時間がかかった。

 周りは袋小路となっており、男に逃げ場などないように見える。だからこそ、やはり奇妙だった。

 

「……なんのつもりだ、鬼ごっこはもう終わりか?」

 

「オイオイ、そりゃねェぜ。そもそもこっちには追いかけられる理由もねェのによ」

 

「だったら逃げる必要なんか無いだろ」

 

「人間誰しも追いかけられたら逃げるモンだろ?」

 

 減らず口を……なるほど、ネズハの言っていたことも頷ける。

 

「単刀直入に聞く。ネズハに強化詐欺の方法を教えたのはお前か?」

 

「ネズハ? あァ、あのFNCのガキか! あの顔は傑作だったなァ!」

 

「っ! なんでそんなことをした! この世界で、命にも関わる武器を騙し取るなんて……どうなるかわかるだろ!

やられた方も、やった方も……」

 

 3日前の悲痛なネズハの顔が頭をよぎる。

 だが、それに対する男の答えはアッサリとしたものだった。

 

「あァ? 知ったことかよ。オレは方法を教えただけだ。その後どうなろうと関係ねェな」

 

「お前っ……!」

 

「オレはな、人間の絶望する顔が見たいんだ」

 

「……!」

 

 絶望。また絶望だ。

 

『じゃああなたはこの世界をクリアできると言うの?

一ヶ月経ってまだ一層もクリア出来てないのに、百層まで辿り着けると思っているの!?』

 

『僕みたいなノロマは遅かれ早かれすぐ死ぬんですよ……あなた方には分からないんです!』

 

 こんな世界に閉じ込められて、絶望するなって方が難しいのかもしれない。

 

 それでも、少女は前を向いた。

 それでも、鍛冶屋は戦う決意をした。

 

「そうか、それがお前の目的か……なら何度だって打ち砕いてやるよ」

 

 絶望が全てじゃない。俺のやることは今までもこれからも変わらないのだ。

 

「俺が……最後の希望だ!」

 

 それを聞いた男の反応は、なんとも意外なものだった。

 

「最後の……希望? クッ、ハハッ、ハハハハハハ!」

 

 突如笑い始めた男の声は、確かに綺麗なものだった。あまりのことに、一瞬自分が何を考えていたか見失ったほどだ。

 

「なんだ、何がおかしい?」

 

「ハハハ、これが笑わずにいられるか! そうかそうか、本当にこの世界はオレを楽しませてくれる!」

 

 続く言葉は、俺がこの世界で聞くはずのないものだった。

 

「Amazing! まさかこんなところで会えるとはなァ……指輪の魔法使い!」

 

「なっ……!?」

 

 《指輪の魔法使い》

 俺が幾度となく、現実世界で呼ばれた二つ名だ。

 そして俺のことをこの名で呼ぶやつは決まっていた。

 

「どうして……この世界にファントムがいるんだ!」

 

「ファントムがゲームしてちゃ悪いかよ。にしたって、まさかこの世界でお前に会えるとは思わなかったけどなァ。

ドレイクを倒したって聞いてお前に興味が湧いてたんだ」

 

 ドレイク……その名前には聞き覚えがある。ファントムの中でもかなり苦戦した相手だ。

 

「なんだ、仇でも打つつもりか? お前らにも仲間意識なんてあったんだな」

 

「そんなんじゃねェよ。確かにドレイクとは多少関わりもあったが……むしろお前には感謝してるくらいだぜ? 鬱陶しいワイズマンを消してくれたんだからな。

お陰で中に動けるってもんだ」

 

「ならどうして人の絶望を望む? もうファントムを増やす必要なんか無いだろ?」

 

「何言ってんだお前、目的ならさっき話しただろ? ファントムなんざ関係ねェ。俺はただ、人が絶望していく様を見たいんだよ」

 

 最悪だ。今までにも変わった目的のファントムはいたが、コイツはずば抜けてタチが悪い。

 おまけにこいつが今ここにいるのは、手綱を握っていた笛木を俺が倒してしまったせいだと言う。

 

 こいつは俺の責任でもある。なら、俺が止めるべき相手だ。

 

「なんだ、いい目が出来るじゃねェか。だがてめェと戦うのは今じゃ無い」

 

「何?」

 

「折角この世界で会えたんだ、勢いで始めちまったらもったいないからな。ショウには相応しい環境が必要だ」

 

「馬鹿げたことを……大体この場でお前を逃すと思ってるのか?」

 

「オイオイ、お前こそ俺にかまけてていいのかよ?」

 

「ボス戦なら俺1人程度いなくたってなんとかな……」

 

「そうじゃねぇ、放っておいたら始まっちまうぜ? SAO初の公開処刑がなァ」

 

「何を言って……まさか!」

 

 脳裏によぎるのは、3日前に分かれた鍛冶屋の少年。

 

 もし彼があのクエストを終わらせていたら?

 もし彼がボス戦にまにあっていたら?

 そしてボスを倒した後……もし彼が罪を自白していたら?

 

「お前らには邪魔されちまったが、まだ俺のショウは終わってねェ」

 

 ふと考えてる間に、男は壁の上へと登っていた。

 

「待てっ!」

 

「じゃあな、指輪の魔法使い。せいぜい手遅れにならないよう急ぐんだな」

 

 言うやいなや、男は壁の後ろへと飛び降りた。

 

「クソッ!」

 

 慌てて壁の後ろへと回り込むものの、既にもぬけの殻だった。

 

「ハメられた……やっぱり誘い込まれてたか。

仕方ない、今はボス戦に急ごう!」

 

 奴の言っていたことがどうも気になる。妙な胸騒ぎを覚えながら、俺は来た道を戻り迷宮区へと急いだ。



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