ULTRAMAN GINGA with GOD EATER (???second)
しおりを挟む

星の降る時

時は未来…。

地球は『神』によって食われていた。

 

 

人類はある日、人類の歴史において未確認の細胞を発見した。発見者たちは、この細胞を仮に『オラクル細胞』と名付けた。

オラクル細胞は一つ一つの生命活動が自己完結しており、いうなれば単細胞生物だ。それだけならまだよかった。

だが、このオラクル細胞には恐るべき特性があった。

それは…。

 

『あらゆるものを食い尽くす』というものだった。

 

オラクル細胞は複数が集合して一匹の獣へと姿を変え、やがて進化を遂げていき、1・2年にも満たない年月で人類を凌駕する怪物へと変貌を遂げてしまったのだ。

既存の大量破壊兵器を用いてオラクル細胞で構成された怪物を攻撃しても、彼らは何度でも再集合し新たな生物となって甦る。そして無機物だろうと生物だろうと何でも食らう。

皮肉にも、その人類共通の敵となった生物の誕生によって、人類同士の争いは終結した。だが、彼らは瞬く間に世界各地に出現し、あらゆる都市の機能をマヒさせ国家を壊滅、事実上世界を支配した。

 

いつしか人々は、人類の天敵となったその怪物たちを、その姿から、かつて日本と呼ばれた極東地域の八百万の神になぞらえ、荒ぶる神『アラガミ』と呼称するようになった。

 

アラガミによって各地に残された人類の歴史を記録したデータさえも多数が消去され、その折り目となった戦いは、人類の記憶には留められていなかった。

そして、同時に…

 

かつてこの地球、いや宇宙を守り抜いた光の戦士たちの存在さえも、人類は忘れ去っていた。

 

アラガミが出現する数十年前…宇宙のどこなのかも不明な暗黒の世界。

その世界では数多の怪獣や悪しき異星人たち、そして…我らがヒーローたちの二派に分かれた戦いが起っていた。

「ヘア!!」「ダアアアア!!」

宇宙恐竜と戦う最初の銀色の戦士。赤き鳥の獣に刃を振う赤い巨人。

その赤い巨人とよく似た容姿を持つ二本角の戦士や、体に紫と赤の模様を刻んだ超古代の巨人。青き慈愛の戦士など、数多の光の戦士たちが、暴れまわる怪獣や異星人たちと激闘を繰り広げていた。

だが、目の前の敵など序の口だった。

突如彼らのいる世界の、闇に染まった空に巨大な黒い影が現れた。

 

 

 

――すべての時を…止めてやる

 

 

 

体から禍々しい赤い光を灯す黒い影は、その手に握った暗黒の道具から、暗黒のオーラを地上に向けて飛ばした。

「「ウワアアアアアア!!!」」

光の戦士も、怪獣や異星人も無差別に、黒い霧のようなそれに抗うことができず、すべてが飲み込まれて消えて行った…。

 

 

 

光の戦士たちがこの世から姿を消し、アラガミによって地球が支配されてから数年後…。

 

元は穀物メジャーであった企業『フェンリル』はオラクル細胞の研究により、アラガミの食べ残しとして生き残った人類の命綱となった。各地に制御されたオラクル細胞で構成されたアラガミ防壁に囲まれた都市『ハイヴ』を提供。さらに人類の希望となる、唯一アラガミに対抗できる兵器『神機』を開発、それを操るためにオラクル細胞を投与された戦士神を喰らう者『ゴッドイーター』を生み出し各地の支部に配備した。

 

 

西暦2071年。

すでにこの時代の地球は、かつての人口の100分の1しか人類は残されていなかった。

かつて日本の神奈川県藤沢市が存在していた都市、『第8ハイヴ』。中央に点在されている基地『フェンリル極東支部』は地下にも施設が広がっていることから、『アナグラ』と呼ばれている。

この地域は特にアラガミが集まっており危険な区域でもあったが、同時に優秀なゴッドイーターが集められ、同時にアラガミ討伐の舞台としては花形でもあったので、第8ハイヴへ移住したがる人間は年々増加傾向にある。だがそれに伴い、居住人数に制限があるため居住を認められない人間が数えきれないほどいるのもまた事実だった。

極東地域のフィールドの一つである、アラガミに喰われた痕が残る教会が特徴の廃墟『贖罪の街』。

夕日に照らされ、哀愁を漂わせる街の、祈る神のいない教会の傍らには、一匹のライオンや虎に似た容姿を持つ大型アラガミ『ヴァジュラ』の死骸が転がり、その周りには死骸を喰らいにやって来た小型アラガミ『オウガテイル』が数匹集まっている。さらにそのオウガテイルを、もう一匹のヴァジュラが飛びつき、喰らいついた。

「……」

近くの廃墟となったビルの陰から、ヴァジュラの捕食を観察する三人組がいた。一人は赤黒い長剣型神機を担いだ黒髪のコートの男、二人目はスナイパー型神機を担いだ黒いボブカットの美しい女性、最後は銀髪に青いフード付きパーカーを羽織った青年がノコギリのような黒い大剣を担いでいた。

「…よし、敵は死体に食いついてるな」

コートの男は二人に視線を向けると、女性は頷き、青年はふんと軽く鼻息を飛ばした。青年はヴァジュラに悟られぬ様、コートの男の反対側の物陰に隠れる。女性も地面にうつ伏せに寝て、スナイパーの銃口を死骸に食いついているヴァジュラに向けた。

コートの男が三の数字を表す三本の指を立てる。数を数えながら、指を引っ込めていく。

「3、2、1……GO!」

掛け声とともにコートの男と青年はヴァジュラに向けて駆け込んだ。ヴァジュラもさすがに全速力で駆けこむ人間に反応し、返り討ちにして喰らおうとしたが、女性の発射した銃弾がその体を貫き通すように突き刺さった。そのダメージで怯んでいる間、コートの男と青年の剣による同時攻撃で、ヴァジュラは体を切り刻まれて倒れ、絶命した。

「うし!今日も仕事終了ってな」

コートの男は神機を死骸となったヴァジュラに構える。死んだはずの敵になぜと思う人もいるだろう。だがこれは、彼らゴッドイーターにとって非常に重大な意味のある行為だった。

コートの男の神機が変形し始めると、彼の神機から怪物の頭のようなものが顔を出し、ヴァジュラの死骸にガジガジと食らいついた。神機が元の長剣に戻ると、コートの男はお、と声を出す。

「レアものだな」

アラガミはたとえ既存の兵器で攻撃しても、彼らの体を構成するオラクル細胞の『核(コア)』を摘出しないと殺すことができないのだ。よって、そのコアを今のコートの男がやったように、神機を通称『捕喰形態(プレデターフォーム)』に変形させアラガミの死体を食わせることで摘出する必要がある。しかも、ゴッドイーターの神機を強化するための素材もアラガミの死骸から手に入れることができるのだ。

「戦果は上場って奴ね。さ、帰りましょう。お腹すいてきちゃった」

女性がコートの男に帰りを促した。

「ああ、またサカキのおっさんがはしゃぎそうだな」

「……こちら第一部隊の『ソーマ』だ。任務完了した。迎えのヘリを出してくれ」

青年は二人の会話に介入しようとはしなかった。持っていた携帯端末を起動させ、迎えを寄越すように連絡先の人間に頼んでいた。

迎えのポイントへ着くと、迎えに来たヘリが、ちょうど降りてきた頃だった。三人は神機をフェンリルのエンブレムが刻まれた特殊なケースに仕舞いヘリに搭乗する。長居するとまたアラガミがやってくるので、ヘリパイロットは三人が乗ったのを確認すると、直ちにアナグラに向けて飛び立った。

ヘリの中で、女性がコートの男に声を変えた。

「ねえ『リンドウ』、今度の配給なんだったか知ってる?」

「うん?この前の食糧会議で、新しい品種のトウモロコシが出るってさ」

「ええ?またあの大きなトウモロコシ?あれ食べにくいのよね…」

「このご時世だ。食えるだけありがたいと思えよ、『サクヤ』」

文句を言う女性『橘サクヤ』に、コートの男『雨宮リンドウ』がたしなめるように言った。

サクヤは後ろの座席に腕を組みながら座っていた青年、『ソーマ・シックザール』に声をかけた。

「ねえソーマ、何かと交換しない?」

「…断る」

低くクールな声で、ソーマは返した。リンドウはそんなそっけない態度のソーマにやれやれとため息を漏らした。懐からライターとタバコを取り出し、一服盛ろうとした彼はちらと外を見た。

地上には見覚えのある地域が広がっていた。現在では『鎮魂の廃寺』と呼ばれている、アラガミに喰われた街とそのシンボルである廃寺。仏像さえもアラガミに喰われてしまい、雪がずっと降り積もり続けている場所だ。

「『降星街』…懐かしいわね」

「ああ…」

サクヤもまた上空からその町を見下ろしながら言うと、リンドウも懐かしみながら返した。

この二人は、かつてあの地域で暮らしていたことがあった。現在では当時の面影を残していない自分たちの故郷に、どうしても切なさを覚えてしまっていた。

「…ん?」

ふと、リンドウは地上…降星町の廃寺に何か、一瞬だけ光ったように見えた。

「どうかしたの?」

「…そういやサクヤ、お前聞いたことあるか?ガキの頃の話なんだが…」

急に子供の頃の話を持ちかけてきたリンドウに、サクヤは首を傾げた。

「降星町のあの寺にはな、呪いを解く御神体が眠っている、なんて話だ」

「?…聞いたことないけど、急にどうしたの?」

「ん?あぁ、気にすんな。大したこったない」

リンドウははぐらかすように何でもないふりをした。きっと目の錯覚だろう。それに、呪いを解くなんてものが存在するなら、この呪われた世界を、人類が安心して生きられる世界に戻してほしいものだ。もっとも、そんな都合のいいものなんてないから、自分たちのようなゴッドイーターが日に日にアラガミと戦い続けているのだが。

だがこの時、上空から見下ろされた降星町の一瞬の煌めきこそが、人類の新たな希望の光となることを、誰も知る由はなかった。

 

 

その頃、フェンリル極東支部第8ハイヴ。

極東地域で生きる人々は、特にこの地域で暮らしている。人口は外部居住区でも13万人、内部居住区である極東基地には1万人の人々が住んでいる。

ここは生産と消費が自己完結しているアーコロジーとなっているため、たとえ他の支部が壊滅しても単独で生き延びることができるのだ。

「ふんふん~」

居住区の道を、少し逆立ち気味の赤茶色の髪をした少年がいた。下手な鼻歌を歌いながら嬉しそうに歩いていることから、何かいいことでもあったように見受けられる。

彼が立ちよったのは、本屋だった。アラガミによってほんの素材となる木々も食われることが多く、本はそれなりに貴重な品でもあった。だがこの日、どうしても彼は欲しかったものがあった。

「…お、あったあった!コミック版『バガラリー』!」

少年漫画のコーナーに置かれていた一冊の漫画を手に取った少年は飛び跳ねるように喜んだ。年齢もまだ大人とは言えないが、まるで誕生日プレゼントをもらった10歳前後の子供のようだ。

ふと、少年はバガラリーの近くに、何となく目についた本を見つけた。

「なんだこれ…」

本棚から取り出し、そのタイトルを確認してみる。

 

『ウルトラマン~空想科学シリーズ~』

 

カバーイラストを見ると、銀色の体に紅い模様を刻んだ戦士が描かれている。何かのヒーローものだろうか?

「ほう、若いの。ウルトラマンに興味があるのか?」

「うわ!?」

いきなり自分の背後に、よぼよぼの老人が立っていた。まるで背後霊のような出現に少年は殺気とは違う意味で飛び跳ねるほど驚いた。思わずバガラリーを床に落としそうになる。

「な、なんだよ爺ちゃん…脅かさないでくれよ」

老人に対して少年はため息を漏らす。

「…で、何?ウルトラマンってこの絵の奴?」

カバーイラストを見せながら、少年は老人に尋ねる。

「そうじゃ、かつてこの地球には、『ウルトラマン』と呼ばれる宇宙人たちがおってな、一年に一度のペースで新たなウルトラマンが現れては、子供から大人まで、皆の憧れの英雄だったのじゃ。もう60年以上も、姿を見ておらんがのう…。

その本は彼らの実際の戦いを元に捜索された物語なのじゃよ」

「へえ…」

少年はカバーイラストに描かれた戦士…ウルトラマンを見つめる。見た目については申し分ないカッコよさを現しており、見る時間が長引く度に少年らしい心を持つ彼の心を刺激した。

「ちょっと爺さん、うちの店の客に変な知識を受け付けないでくれよ!ボケるのもいい加減にしろよな!」

店の奥から老人に対して、本屋の店員が文句を言ってきた。

「変な知識とはなんじゃ!これはれっきとした事実じゃぞ!何せわしは子供の頃に彼らを見たことがある!」

それに対して老人は自分をぼけ老人呼ばわりされて怒りだす。

「あのなあ、んなご都合主義なヒーローがいる訳ないだろ!いるんならとっととアラガミ共をぶっ殺してるぜ!ほら、商売の邪魔だ!あっち行けよ!」

店員が迷惑そうに、老人を店の外に押し出そうとするのを見て、少年は何を真に受けていたんだと、自分の単純さを呪った。こんな無敵のヒーローみたいなのがいたら、フェンリルもゴッドイーターもいらないじゃないか。けど、こんな都合のいいヒーローなんていなかったし、いたとしても本当にアラガミを滅ぼせるほどの力があるだなんて考えにくい。どうせそこらへんの作家がアラガミだらけのこの世界の現実から目を背けたいとか、子供たちに希望を持ってほしいとか思って考えた二次元のキャラクターだろう。

「…爺さん、悪いことは言わないからさ、あんた病院に行った方がいいぞ」

「小童!お前さんまでわしをボケジジイ扱いか!これ、待たんか!!」

少年はそう言って、漫画版バガラリーを購入すると、老人の怒鳴り声を無視してせっせと出て行った。

変な爺さんだったな…と思った。まあ、あんな爺さんのたわごとよりももっと大事なことがあるのだ。忘れても構わないだろう。

「さて…次は…っと」

少年は新しい服でも買いに来たのか、今度は服屋に立ち寄った。フェンリル職員に支給されているものと違い、あまり良質品の供給がアラガミのせいでよろしくないのだが、それでも一般人にとってありがたいものだった。

しかし、もうじきこの少年は一般人ではなくなる。なぜなら…。

「どうしたんだいコウタ、妙にニタニタして気持ち悪い」

店の店員を勤めるおばさんが少年を見て突っかかってきた。少年はよくぞ聞いてくれましたとばかりにニヤッと笑みを浮かべておばさんに言った。

「聞いてくれよ服屋のおばちゃん!実はさ、俺この前の適合試験に合格したんだ!」

「試験に合格って…もしかして…」

「ああ、もうすぐ俺もゴッドイーターになれるってこと!これでおばちゃんも、母さんやノゾミも、みんな俺の手で守ってやれるんだ!」

どうやらこの少年、『藤木コウタ』は新たなゴッドイーターに選ばれたのだ。ゴッドイーターとなった者とその家族は、フェンリルから生活保障を確実なものとされている。そのためゴッドイーターに憧れる者はたくさんいる。だが、その対価としてアラガミと戦うことを運命づけられることを意味しているのだ。おばさんはコウタからその話を聞いて、悲しげに目を伏せていた。それに気づいたコウタは、おばさんに近づいて言った。

「……そんな顔しないでくれよ。俺は、うれしいんだ。皆を守れる力を手にできるんだから」

「そうはいうけど、あんたの父親はあんたがまだちっこかった頃に…下手したら、あんたもアラガミの餌食になっちまうんだよ!それでもいいってのかい!?」

おばさんから父親をはじめとした家族の話をダシにされて、コウタは辛うじて保とうとしていた笑みが消えた。

おばさんはできることなら、この時可愛がっている近所の子供を死と隣り合わせの世界に行くことを思いとどまってほしいと願っているに違いない。しかし、コウタは続けた。今度はさっきのようなおどけた節は全くなく、真剣かつ本気の眼差しで彼は言った。

「…父さんはゴッドイーターじゃなかったけど、俺にとっちゃ最高の人だった。たとえアラガミに殺されたとしてもさ、俺や母さんとノゾミ…それに街の人たちのために何度も危険を恐れずに頑張って来たんだ。だから……今度は俺が頑張りたいんだ!父さんの分も!それが、生き残った俺のやるべきことなんだって!」

「コウタ…」

もう、自分が何を言ったところで止めるすべはないと気付くと、おばさんは店の棚から一つのニット帽を取り出し、コウタに手渡した。

「こいつを持って行きな。あんたに似合うと思って」

「おばさん…」

「けど、約束だよ。ちゃんとお母さんとノゾミちゃんの元に帰って安心させてあげなさい。代金は…いらないから。せめてもの、あたしからの気持ちだよ」

おばさんはそう言うと、店の奥に姿を消して行った。コウタは、おばさんから手渡されたニット帽を見る。

「辛い思いをさせちゃったかな…」

コウタは呟く。脳裏には母と妹、街の人たち、そして幼い頃に死んで顔さえもぼんやりとしている父親の後姿がよぎる。

自分はゴッドイーターとなって家族も街の人たちも守ると決めたのだ。もう後に引くことはできない。

コウタはニット帽をかぶり、袋に包んだ漫画版バガラリーを持って家にいったん帰り始めた。

ふと、あの本屋で偶然出会った老人の与太話を思い出した。

『かつてこの地球には、「ウルトラマン」と呼ばれる宇宙人たちがおってな、一年に一度のペースで新たなウルトラマンが現れては、子供から大人まで、皆の憧れの英雄だったのじゃ』

「…俺がなってやらないとな。みんなにとっての『ウルトラマン』に」

おばさんからもらった帽子をしっかりと被り、コウタは駆け出した。

 

 

外部居住区を守るアラガミ防壁の北入り口が開かれると、フェンリルのマークが刻まれた一台の小型トラックが荷台に機械を乗せて入ってきた。しばらくそのトラックは走り続けると、人気の少ない路地裏に回り込んだ。しばらくそこを走っていると、埃被った店の前に到着し、トラックからはソーマとほぼ同年代に見受けられる好青年が降りてきた。

「…ふう、やっと着いた~」

青年は長旅で疲れていたのか、荷台に被せられたゴムカバーを下ろし、その下に積みあがっていた機械…テレビや通信機などを見上げて深いため息を漏らした。

「すいませ~ん」

青年が店の扉を叩くと、店の中から髭を生やした中年の男性が顔を出してきた。彼が店の店長なのだろう。

「この機械買ってくれませんか?」

青年はトラックの荷台に積みあがった機械を見せながら頼んでみると、店長はいぶかしむような目で、青年が持ってきた機械類を見上げる。

「売るって…そいつら使いもんになるのか?」

「それについては大丈夫ですって!ちゃんと修理したし、チェックは済ませておきましたから!」

「…なら、試してみろよ」

「じゃあ、まずはこのラジオから…」

青年は荷台から一台のラジオを取り出してアンテナを立て、スイッチを試しに押してみる。ザ…ザザ…と電波が悪いせいかあまり聞き取りにくい。なかなか音声が聞こえなかった。

「…兄ちゃん、うちに不良品を押し付けに来たのか?」

青年は店長に睨まれ、焦った。

「い、いやまさか!おっかしいな…ここに来る前にちゃんとチェックしてたのに…」

青年はラジオをコツコツと叩いてみる。しかし音はなかなかならなかった…が、3分ほど経過してからようやく音声が聞こえてきた。

『ニュースをお伝えします』

「やった!やっと鳴った!」

青年は手をバシンと叩いて喜んだ。店長は子供みたいな青年の姿に、あきれた様子でため息を漏らしていた。

『本日未明、外部居住区生活者を中心とした団体による、フェンリルに対する抗議集会が世界各地の支部前にて行われました。フェンリルに対して、主に食料供給の増量と防衛の強化、雇用枠の増大を訴えたもので参加者は二時間ほどでも行進をした後に、大きな混乱もなく解散した模様です』

ニュースの内容は、あまり聞こえの良いものではなかった。だが無理もないことだった。フェンリルは事実上今の人類を支配しているともいえる大企業で、神機やゴッドイーター、そして彼らのいるこの第8ハイヴのようなアラガミ防壁で守れられている都市を提供しているのも全てフェンリルだ。だが、フェンリルで救える人の数も限りが存在し、中にはアラガミのはこびっている危険な外の世界にはじかれてしまう人の方が多いのだ。でもだからといってハイヴの中に保護された人たちの生活が待遇されていると言うわけでもない。そんな彼らのデモについての情報が今のニュースで流れた、ということなのだろう。

「またデモが起きたみてえだな。やれやれ…フェンリルの連中しっかりしてんのか?」

店長は以前にも何度かこのようなニュースを聞いたことがあるのか、いい加減飽き飽きしている様子だった。

すると、青年は店長の方を向いて質問してきた。

「店長さん、この辺りで人を探してるんですけど、どこかに保護施設とかありませんか?たとえばその…迷子とか」

「あぁ?誰か探してんのかい?」

「はい…まぁ」

少し表情を暗くして青年が言った。

「悪いが俺には人探しをしている暇なんてないしな。仕事の用もねえとこの事なんざ知っちゃいねえさ」

「そうですか…」

店長の返答を聞いてさらにいっそう暗くなった青年を見かねて、店長は頭を掻きながらも彼の肩を叩いた。

「そう暗い顔すんなよ。あんまりしけた顔してっと、アラガミに喰われちまうぜ。ほれ、この荷台に乗ってるもん、全部買い取ってやるからよ」

「いいんですか!?」

「いいんだよ、ほれ」

店長はひょいと青年に紙幣の束を投げ渡した。国家が破壊されたこの時代では、お金はフェンリルが発行した『fc(フェンリルクレジット)』に一括されているのだ。

「こ、こんなによろしいんですか!?」

「いいから持ってけ。こう見えてもうちの店はそれなりのもんだからな。これからもうちに売ってこい。ただし、不良品ばっかだったら二度とうちの店をくぐらせねえからな」

店長はぶっきらぼうに青年に言って、青年がトラックに積んで運んできた機械を運び終えると、店の中へと引っ込んでいった。

「…ありがとうございました!!」

店長に手渡された紙幣を見て、青年は店に戻った店長に聞こえるように大声で礼を言った。言わずにはいられなかった。だが、あまりに声が大きかったのかご近所さんが数人、一斉に何事だと思って外に出てきた。おそらくアラガミが防壁を破ってきたのかと思ったらしい。外にいたのは若い青年一人だったことを知ると、主婦の一人が青年に怒鳴ってきた。

「ちょっと、大声出さないでちょうだい!」

「す、すみません…」

青年はつい恥ずかしくなって赤面し、頭を下げて皆に謝った。

付近の人たちが家に戻ると、青年も荷台から荷物が無くなって軽くなったトラックに乗った。

「ちょっと恥ずかしい思いはしたけど、いい具合に稼げたね」

エンジンを起動させ、ハンドルを握った青年は、助手席に置いた財布に詰めた紙幣を見て呟いた。ニヤつかないように堪えるのに必死になる。

「さて…早く『女神の森(ネモス・ディアナ)』に戻らないと。あまり長居すると、フェンリル身分証明書の偽造がバレるだろうし」

さっきのお金で食料品や生活用品を買い、彼は嬉しそうに暖かな笑みを浮かべた青年はそう呟くと、トラックを走らせて店の前から走り出す。

前述で語ったと思うが、防壁外の人間が居住区に入れてもらえず弾かれてしまい、露頭に迷うことは多数ある。中には自分たちで居住区を作り上げることもあるが、アラガミ防壁のない状態ではアラガミの格好の餌場になる可能性が高く、被害は増加傾向にある。

実は彼も路頭に迷った人間の一人で、正規の方法では第8ハイヴに入ることができない。よって、偽造の身分証明書を作っては、こうしてフェンリル職員のふりをして第8ハイヴに出入りし、修繕した機械を売ってお金をため、生活費に必要な品を集めるという形で生計を立てていた。

防壁の外に出て車を走らせ続けて1時間、荒野となった道路を走っていると、彼の胸ポケットの携帯端末から着信音が鳴った。

「はい、『神薙ユウ』です。…うん、わかってるって。すぐに戻るから。じゃ…」

知り合いからの電話だったようだ。青年…神薙ユウは適当に返事をすると電話を切って運転に集中した。

長居事運転し続けている。音楽でも聞こうかな。ユウは車に搭載された音楽プレーヤーを鳴らした。曲名は『あの雲を超えて』。ユウが気に入っている歌だ。

彼の運転しているトラックは、ちょうど『降星町』と書かれたボロボロの看板を横切った。リンドウとサクヤが上空から見下ろし、懐かしんでいた街だ。

街はひどく荒れていた。アラガミに喰われた痕が残された旧時代のマンションやビル、住宅街の残骸があちこちに残っているが、建物の窓ガラスは割れ尽くされ、道路はアスファルトの上に砂が降り積もり、当時の面影は残っていない。

廃寺付近にも到着したが、ここもまた同じ。人類が想像した本物の神やそれに近い存在を象徴する仏像さえも容赦なく食い散らかされていた。アラガミの恐ろしさと、アラガミによって多くの悲しみが生まれたことを物語らせていた。

「…ん?」

ユウはふと、目を凝らした。廃寺の塔の屋根の上に、人の姿が見えた。防壁の外にはアラガミがあちこちにいることも忘れ、思わず彼はトラックを止めて外に降りてしまう。

廃寺の入り口をくぐり、周囲を見渡してみる。

(いない…けど、今確かに女の子の姿が見えた)

どうやらユウが見かけたのは、少女だったようだ。自分よりもほんの2・3才ほど年下に見える少女だった。

(もしかして…!)

ユウは廃寺中を走り回った。この廃寺は雪が積もっていて、非常に肌寒い地域だった。雪を積みつける音が静かな毎日を送る廃寺中に響く。しかし、わずかな時間でもアラガミが襲ってきてもおかしくないくらいの数分間、どんなに探し回ってもさっきの少女の姿を見つけることはできなかった。

(…僕の気のせいだったのか…?でも…)

ユウの脳裏に、一つの記憶が走馬灯のように流れた。幼き日の、自分の手を握る小さな少女が、自分に太陽のような笑顔を向けている姿。このご時世だからこそ力になりそうなその笑顔は、ユウの記憶に深く焼き付いていた。

ユウは肩を落とした。何か彼にとって強い希望になりうるものが見つかるのかと思っていたが、とんだ無駄足だったようだ。

見つかったものと言えば、ちょうど今雪に埋もれていたところを、わずかに顔を出していた小さな人形だった。ユウは雪を払って人形を拾い上げた。二足歩行の、体中から二本の突起物を生やした怪物を象った人形だった。この寺に遊びに来ていた子供が持っていたものだろうか。一体どれだけの人々がアラガミによって大事なものを奪われたことだろう。例えば、この人形の元の持ち主や自分のように…。

と、その時だった。廃寺の入り口から爆発音と火の手があがった。

「!」

今の音は、トラックからだ。ユウは急いでトラックに戻った。

戻った時には、彼が乗っていたトラックはすでに3匹のオウガテイルによって食われて見る影もなくなってしまっていた。

しまった…!ユウは苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。たかがちっちゃな好奇心で、アラガミの支配する外の世界に留まってしまったために…。移動手段を失ったユウの生存確率は限りなく0に近いと言っても過言ではなかった。オウガテイルはアラガミの中でも小型かつ雑魚の部類に入るのだが、油断していると真上から不意打ちを仕掛け、ベテランの神機使いさえも食い殺してしまうすばしっこい奴だ。

「グルアアア!!!」

新たな獲物…それも生きた人間を見つけたオウガテイルは吠えると、ユウを喰らわんと飛びついてきた。

「く!!」

鬼気迫る思いで、ユウはズボンに括り付けていた、ピンのついた一発の黒い玉を取り出した。ピンを歯で引き抜くと、それをオウガテイルたちに向けて投げつける。

すると、弾はぴかっと周囲の景色を白く塗りつぶすほどの光を発し、オウガテイルたちはその光に目をくらませ怯んだ。

フェンリルがゴッドイーターや市民の身の安全のために開発した『スタングレネード』だ。これを常に携帯していたからこそ、ユウは外の世界で何とか生き延び続けていた。

オウガテイルが視界を取り戻し周囲を再確認した頃には、ユウの姿はなかった。だが、雪が降り積もっているせいで足跡が残ってしまっていた。

「はあ…はあ…!!」

こうして死と隣り合わせの世界で立っているだけで心臓がバクバクする。自分はゴッドイーターじゃないから、アラガミに唯一対抗できる神機なんて持っていない。銃を持っていたとしても、アラガミを殺すことなんてできっこないのは誰でも知っている常識だ。

物陰から、見失った自分を探し続けるオウガテイルを見たユウは、絶望に心が染まりかけていた。

(くそ、とにかく逃げなきゃ!)

ユウはアラガミたちから一歩でも遠く離れようと全速力で走った。対して武器を持っておらず、延命用のスタングレネードの数は、残り3個だった。

 

 

同じ頃、フェンリル極東支部アナグラのエントランス。

そこの出撃エレベータ前にリンドウ・サクヤ・ソーマの三人『第一部隊』が揃っていた。目の前には、胸元を大きく開いた制服を着た、鋭い目つきの女性が立っていた。

彼女は『雨宮ツバキ』。元ゴッドイーターで現在は訓練教導官を務めている。美人ではあるが、気が強く厳しい教官で、足音一つで彼女の教え子を震え上がらせるほどと噂されている。ちなみにリンドウとは血を分けた姉弟だ。

「第一部隊に新たな任務を伝える。降星町の廃寺に向かってほしい」

「廃寺に…ですか?」

サクヤが首を傾げると、ツバキが任務の概要を伝える。

「廃寺付近にて何かが爆発したと言う情報が入った。防壁外で暮らす誰かがアラガミに襲われた可能性がある。お前たちにはこれから降星町の廃寺に向かい、現場のアラガミを討伐、被害者を見つけた場合保護をしてもらう。以上だ」

ツバキは任務の概要を伝えると、他にすべき仕事があるためかせっせと去って行った。

「ようし、楽しいお仕事の時間だ。お前ら、準備はできてるな?」

リンドウは二人の方を振り返って尋ねる。

「問題ありません。いつでも行けるように準備してありますから、ね?」

「…さっさと行くぞ」

「よし…」

リンドウはサクヤとソーマ、二人とも準備ができていることを確認し、深呼吸してから二人に言った。

「俺からの命令は…とにかく死ぬな。以上!」

「…っち」

「大雑把な命令、承りました。上官殿」

ソーマは舌打ちする一方で、サクヤはいつものことのようにノリノリの様子で敬礼しながらリンドウの命令を受け入れた。

その後、すぐに第一部隊の三人を乗せたヘリが降星町に向けて飛び立っていった。

 

 

鎮魂の廃寺。

オウガテイルを出し抜いたユウは辛うじて本堂へ逃げた。この辺りは寒いのに、走ったせいか体が無性に熱くて息苦しい。アラガミの食いかけとなった仏像を見上げながら、ユウを深く息を吸って吐いた。

速くここから逃げなくては…。けどこれ以上逃げる場所なんてあるのか?アラガミ防壁外の世界は、アラガミの巣窟なんだぞ?こうして立っているだけで、自分を食べるためにアラガミが近づいてきている。

(僕は、ここで死ぬのか…!?)

『女神の森』からこうして危険を犯してまで第8ハイヴに侵入し商売をしているのは、ユウにはどうしても成し遂げたい目的があったからだ。

それは、機械を買ってくれた店の店長にも言った、『人探し』。彼にはどうしても見つけ出したいと願っている人物がいたのだ。だからこうして、危険はアラガミ壁外に足を踏み入れ続けている。

それに、こんな自分を『女神の森』で保護してくれた人だっている。だから…。

(…嫌だ…死にたくない!こんなところで死んでたまるか!!)

すると、廃寺の入り口の向こうから猛獣の泣き声が聞こえてきた。やばい、もうここまで嗅ぎつけてきたのか。ユウは焦った。せめて何か…何か武器があれば…!!スタングレネードもそんなにたくさんは持っていない。逃げに徹し続ければ、早いうちに全部使い切ってしまう。入口からオウガテイルの姿が見え隠れしている。もう逃げ場と言えば、狭苦しい食われた仏像の裏だ。

…仕方ない。奴らがこの廃寺に侵入したら、残されたスタングレネードでアラガミの視界を奪い、すれ違いざまに逃げるしかない。

と、その時だった。ミシミシ!と音をたてて彼の隠れている仏像の後ろの壁が崩れた。その音にオウガテイルたちが反応を示す。今の音で気付かれたか!ぐ、と唇をかみしめるユウだったが、不幸中の幸いを見つけた。崩れた壁の向こうに、傾斜面が顔を出している。彼は迷わずその道を滑り落ちて行った。まるでスキーをするような滑りっぷりだったが、スキー用品なしでのスキーなんてうまくいくはずもなく、ふもとにつく前に転んでしまい、そのまま顔を擦らせながらふもとに落下した。

「痛った!?いつつ…鼻が…」

顔を擦らせながら傾斜面を落ちていくのは、想像するだけでもかなり痛そうだ。顔を押さえながらユウは起き上がった。廃寺の背後には山がそびえているためか、逃げ道の先はアラガミに喰われた痕があちこちに残っている林の跡だった。

ふと、林の跡の向こうに、星のような輝きを放つ光が見えた。

(なんだろう…?)

気になったユウは近付いていくうちに、誰かが倒れているのが見えた。服装からして、廃寺がまだ寺として機能していた頃あの寺にいた和尚だろうか。気になって近づいてみたが、すでにそれは体の一部が食われ、残された体の部位が白骨化した遺体となっていた。う…と息を詰まらせるユウ。この人もアラガミによって…。

しかし、その遺体の傍らに光の正体を見つけた。銀色に光る謎のアイテムだった。ユウはそれを拾い上げると、さっきまで放たれていた星のような輝きは消えた。

遺体の人物が死ぬ直前まで必死こいて持ち出していたほどのものだ。何か貴重なものなのだろうか。

そのアイテムを観察している間に、彼の周りにまたしてもオウガテイルが一匹現れた。血に飢え、目の前の得物を食いたくて仕方がないと言わんばかりの眼差しをユウに向けている。一匹の雑魚アラガミでも、無力な人間からすれば立派な脅威だ。

武器は…ない。それはそうだ。近くにアラガミを退ける道具が都合よく落ちている訳…。

…とその時だった。

「え…!?」

ユウの脳裏に、謎のヴィジョンが流れ込んだ。自分の記憶ではない何かの記憶が。

光のオーラを身にまとった戦士が、ユウが手に持っていた謎のアイテムと同じ形をしたアイテムを、槍に変えて黒い影と戦う光景だった。

(まさか…!)

自分が手に持っている道具を見て、一つの仮説を立てたユウは…アイテムに念じた。

武器になれ、と。

すると、そのアイテムはユウの願い通り、長い柄の銀槍となった。

「…!!」

星のような輝かしい光を放つその槍をユウが眺めていると、オウガテイルが飛びかかってきた。ユウはそれに気づくと、オウガテイルに向けて槍を突き出した。

突き出した途端、槍の刃先から光の刃が突き出て、オウガテイルを貫き通した。

「グゴォ…」

体を貫かれたオウガテイルは、倒れた。ユウは驚きのあまり呆然とした。神機以外の武器でアラガミを見事に倒して見せたのだ。死骸と化したオウガテイルは、体を構成するオラクル細胞が崩れ始め、やがて黒い水たまりと化し、地面に染み込んでいった。

「嘘だろ…これって、実は神機…なわけないよね」

思わず驚きの声を漏らした。それにしても、なんだこの槍は?まるでファンタジー系の物語の主人公が突然伝説の剣に選ばれました的な展開に、ユウは現実を受け入れがたく思っていた。けど、まぎれもない現実だった。たった今間違いなく神機ではない武器でオウガテイルを倒して見せたのだ。

…いや、調子に乗っている場合じゃない。ここから離れなければ、いずれここにもアラガミがやってくる。せめて、帰りが遅くなることを知らせるために携帯を…。

が、ユウはここで気が付く、胸ポケットにしまっていたはずの携帯がないのだ!またしても焦ってしまうユウ。

ユウは槍を元に戻すと、それを懐に仕舞ってすぐに駆け出した。

が、その直後ユウはドスン!と大きな音と共に地面が揺れるのを感じた。地震?

空を見上げると、ユウはこの時これまでにないほどの恐怖を覚えた。

体中から突起物を生やした、体長60m近くも誇る四足歩行の巨大な生物が、地上を見下ろしていた。

 

 

 

その頃、廃寺に到着したリンドウ率いる第一部隊は、ユウが乗っていたトラックを発見し、その周りに集まっていたオウガテイルを全滅させていた。

「見つからないわね…」

廃寺へ続く二つの内左の階段を登り、サクヤが辺りを見渡しながらトラックの持ち主を探してみるが、姿形さえ見つからない。

「今頃アラガミの餌になったんじゃないか?こんな危険区域を通るような馬鹿みたいだしな」

ソーマがキツイ上に不吉なことを言うと、たしなめるようにリンドウが口を挟んできた。

「ソーマ、そんな悲観的に言うなよ。もしかしたらひょっこり、なんてこともあるかもしれねえぞ」

「ふん、どうだか…」

階段を登り終えた三人は、廃寺の中庭中央部に着く。オウガテイルがそこにも5匹ほど群がっていて、餌を求めてうろついていた。

「また雑魚の集りか」

どうせならやりがいのある言相手を求めていたのか、ソーマは舌打ちする。しかしリンドウはふ、と笑う。

「生き残りやすくていいじゃねえか。後は油断しないこと、だな」

「ええ、始めましょうか」

サクヤは銃を構えながらそう言うと、リンドウとソーマの二人はオウガテイルに向かって駆け出して行く。

オウガテイルはすばしっこいが、彼ら三人の一流のゴッドイーターにとって始末することなどお茶の子さいさいだ。サクヤのスナイパーが次々と敵を捉えて打ち抜き、ソーマが頭を叩き割り、リンドウが横一直線に切り裂いたりと、一分も経たないうちにオウガテイルは残り一匹だけとなった。

「さて、残るはお前だけだぜ。どうする?」

挑発じみた声でリンドウが、残った一匹のオウガテイルに神機を突き付けながら言う。流石のオウガテイルも、アラガミだからと言って悪食な本能にどこまでこ忠実と言うわけではなかったのか、叶わないと感じたのか三人の前からそそっくさに走り去った。

『こちらヒバリ!アラガミが後退、捕喰に向かいました!』

アナグラにてオペレーターを勤める少女『竹田ヒバリ』から通信が入る。

「おいおい、どこ行くんだ?」

「一匹でも残すと後々厄介だからね、追いましょう」

三人は残ったオウガテイルを追っていく。逃げた割に、オウガテイルは遠いとはいいがたい場所、さっきユウが通りかかった右の階段の踊り場にて、雪を掘り返しながら餌を探していた。

「呆れるもんだな。少しばかり食ったくらいで…」

俺たちに勝てるわけがないだろう。ソーマは止めは俺が刺すと二人に進言し、二人はそれを承諾。ソーマは神機を捕喰形態に変形させ、神機にオウガテイルを食わせようとした。

 

――だが、彼らここで一つの予想外な現実を目の当たりにする。

今、オウガテイルが探して食っていたのは、ユウが先ほど拾ってその場に置いたままにしていた、怪獣を象った人形だった。オウガテイルはそれを口の中に飲み込んでしまう。

『こ、これは…!?』

通信先のヒバリから驚愕の声が漏れ出ていた。

「どうしたの、ヒバリ?」

『オウガテイルのオラクル反応が、急激に増大しています!通常のオウガテイルの10…20…50倍!!』

通信越しにサクヤが声をかけると、ヒバリが気が動転したかのように声を荒げた。

ソーマが捕喰形態の神機をオウガテイルに近づかせたとき、同じく通信を聞いていたリンドウが異変に気付いた。

「ソーマ!!すぐそいつから離れろ!!」

「あ…!?」

ソーマが気づいたときには、オウガテイルの体に正体不明の異変が起こった。真っ黒な霧のようなものが、怪獣の人形を食ったオウガテイルを包み込み始めたのだ。

「な、何!?何が起きたの!?」

サクヤもまた驚愕を露わにしていた。この現象は一体?これまで長く神機使いをやって来た三人だったが、こんなことは初めてだった。

見る見るうちに、黒い霧に覆われたオウガテイルの姿が、元は小型サイズだったはずなのに大きくなっていく。中型種のアラガミ…いや、それどころか大型種のサイズをも超え始めた。

「うそ……」

やがて黒い霧が晴れると、そこにはさっきのような小型アラガミとしてのオウガテイルの姿はなかった。

体中が岩のようにごつごつと盛り上がり、背中には棘のような二つほどの突起物を生やした、そして顔にはオウガテイルの面影を残す白い仮面と体表を身に着けた巨大生物だった。

「…グぅウゥウゥ……」

白い息を吐きながら、オウガテイルだったその怪物はリンドウたちを見下ろしていた。

「…こりゃあ、ちとやばいな」

危機感を覚えたリンドウは、加えていたタバコを吐き捨てた。

「ソーマ、サクヤ。こいつは未確認な種である上にデカすぎる。仕方ないが、ここは退くぞ!」

リンドウは二人に撤退指示を出す。無策のまま未確認の…それもこんな馬鹿でかすぎるアラガミを相手にするのは自殺行為にも等しい。

「けど、リンドウ!ツバキさんから探すように言われていた子は!?」

「ここにいたら、俺たちまで共倒れだ!今は自分たちの身の安全を優先しろ。ソーマ、お前もちゃんと言うこと聞けよ!」

「…ちっ」

語尾に念入りに命令を聞けと言うリンドウに、ソーマはまたしても舌打ちした。

オウガテイルが怪獣の人形を喰らうことで誕生したアラガミ『合成神獣オウガダランビア』はリンドウたちに向けて、頭部の角から破壊光線を撃ちこんできた。

まるでアクション映画の爆破シーンのごとく、リンドウたちが走り抜いた箇所の地面が爆発を起こす。その連射速度も攻撃範囲も馬鹿にならず、数発目の光線によってソーマのすぐ近くの地面が暴発、彼は大きく吹っ飛ばされた。

「ぐがぁ…!!」

「「ソーマ!!」」

爆風によってソーマは廃寺の壁に叩きつけられ、地面に落ちると同時に神機を落としてしまう。直ちに二人が駆けつけたが、ソーマは酷いダメージを受けて戦闘を続行できるような状態ではない。

「…リンドウ、ここは私が引き付ける!ソーマを連れて先に逃げて!!」

サクヤがスナイパーをオウガダランビアに向け、リンドウに先に撤退するようにった。

「サクヤ…!!」

リンドウはサクヤに何かを言おうとした。いや、間違いなく馬鹿を言うなとか、お前を残して行けるかとか言うつもりだった。けど、リンドウがそれを言おうとして言わなかったのは、自分には第一部隊の隊長としての責務があったからだ。部下を連れて帰る。ましてやこの状況下、先に戦えなくなったソーマの身の安全の方を優先すべきだ。それにあれだけの巨体の敵を相手に接近戦は無謀。尚且つこの中で遠距離射撃ができるのは、スナイパー型神機を持つサクヤだけだ。

「安心して、あなたからの絶対厳守の命令は完遂させる」

振り返って、サクヤは笑みを浮かべた。リンドウはその笑みを見て意を決した。

「…その言葉、信じてるからな!ソーマ、肩に捕まれ」

「ぐ…」

リンドウは、ソーマの神機を彼に握らせ、彼を連れて先に撤退した。

「さあて、どこまで持てるかしらね…」

若干不敵な笑みを浮かべつつ、サクヤはオウガダランビアに向けて銃口を向けた。

 

 

突如出現した怪獣を見て、ユウは悪い予感を感じて直ちに廃寺の方へと戻ってきた。

本堂の入り口から、オウガダランビアの光線を避けながら、リンドウたちが撤退するまで時間を稼ごうと、射撃を続けるサクヤの姿が見える。

「あんな馬鹿でかいアラガミを相手にたった一人で…!?」

あの女性が神機を持っていることから、彼女がゴッドイーターであることがうかがえる。だが、いくら彼女がベテランのゴッドイーターだとしても、一人で相手にするには無謀すぎるのは、正式なフェンリルの人間ではないユウもわかりきっている。

しかし、サクヤはそれでもリンドウたちを守るために、間一髪オウガダランビアの光線を避けながら、銃を撃ちこむ。だが、無駄内を避けてもいずれ弾切れが起きる。この死と隣り合わせの状況下で、何とか奴の弱点を見つけて撃ちこむことが望ましい。

(奴は角から光線を撃っていた。だったら…!)

そこを狙う!

オウガダランビアの光線を再び避けると、サクヤはわずか一瞬の間、照準をオウガダランビアの角に向け、撃ちこんだ。そして、角に彼女の弾丸が命中した。

「グルオオ!!!」

角を攻撃され、オウガダランビアが怯んだ。しかも、今の一発で奴の角に傷が…オラクル細胞の結合が弱まった『結合崩壊』が起きている。よし!とガッツポーズを決めるサクヤ。流石は長くゴッドイーターを続けてきただけのことはある。

しかし、ここに来て彼女に最大の危機が訪れた。

再び銃を構え、さらに追い詰めようと試みたサクヤだが、引き金を引いても、弾が発射されない。

「弾切れ…!!」

く…と顔を歪ませるサクヤ。

銃型の神機には、従来の銃と同じ弱点があった。それは、弾切れを起こすまで撃つと、しばらくの間射撃ができなくなってしまうこと。だからあらかじめストックを持ちこむことが必要なのだが、この日は雑魚アラガミのオウガテイルだけが相手のはずだったため、無駄を避けるためにもそんなに多くのストックを持ってきていなかった。

オウガダランビアが、角を傷つけられ怒り、活性化した。怒りの咆哮をあげて、オウガダランビアは再び光線をサクヤに向けて放つ。

サクヤの立っている場所の目の前で爆発が起こり、サクヤもさっきのソーマ同様ぶっ飛ばされる。

「いやああ!!」

「!!」

神機を落とし、地面の上を転がるサクヤ。ソーマほど体が頑丈ではないせいか、体を起こすことができない。

一方でそれを見ていたユウは、その場にただ茫然と立っていた。自分は神機使いじゃない。だから彼女に注意が向けれている今なら逃げ出せるはずだった。けど…それができなかった。

サクヤは痛みをこらえて、目の前に落ちた神機を拾い上げようと手を伸ばしたが、自分の頭上に大きな影が差し込む。

頭上を見上げると、オウガダランビアが鋭い牙をむき出してこちらを見下ろしていた。後ろ足がオウガテイルと同じ俊足となっているせいか、素早さをも持ち合わせていたのだ。

オウガダランビアが、口を近づけ彼女を喰らおうとした。

「きゃ…!!!」

目を伏せるサクヤ。

その姿に、ユウの脳裏に一瞬、彼にとって忌わしい過去の記憶が呼び起された。

 

『逃げて!兄さん!!』

ヴァジュラに襲われた、とある壁外の一軒家。幼かった頃のユウの目の前で、家の壁を突き破って現れたヴァジュラから、自分を兄と呼ぶ少女が自分をかばおうと家の外へ突き飛ばすと、彼の家がたちまち崩れ落ち、爆発を引き起こした。

 

「やめろおおおおおおおお!!!!」

過去の記憶に刺激され、ユウは叫んだ。見ていられず、彼は残ったスタングレネードを投げつけた。閃光がほとばしり、オウガダランビアの視界を奪い去った。

その隙にユウはサクヤを抱え、直ちにオウガダランビアの前から走り抜く。だが、あんな巨体が相手では、スタングレネードが作る一瞬の隙で逃げ出せるはずがない。

せめてどこかに彼女を連れて身を隠さなくては、廃寺の塔の傍らに彼女を運びこみ、一緒に隠れてやり過ごすことにした。

だが、オウガダランビアの再起は早すぎた。すぐにサクヤを物陰に隠したユウを見つけ、光線を放ってきた。

「ぐあああああ!!!」

光線によってユウは吹っ飛び、彼の近くにそびえていた塔は粉々に破壊されてしまった。塔が崩れ落ち、ユウとサクヤは瓦礫に下敷きとなってしまう。

オウガダランビアが近づいてくる。二人の死体を塔の瓦礫ごと食らうつもりだろうか。

「ぐうう…痛ってて…」

瓦礫の下で、ユウは頭から血を流して倒れていた。さっきの女の人はどうなった?瓦礫の下の景色を見ると、サクヤもまた負傷した状態で倒れている。生きているのか、それとも死んでしまったのかわからないが、とにかく彼女を…。

すると、ユウは自分の目の前に、廃寺の遺体から拾ったアイテムが落ちていることに気づき、右手でそれを拾い上げた。

このアイテムは不思議なものだった。神機じゃないはずなのに、オウガテイルを…アラガミを倒すほどの謎の力を秘めている。けど…それでもあんな馬鹿でかい怪物に勝てるとは思い難い。

 

――――やっぱりだめなのか?

 

――――僕たちは、こうして大事な人たちが消えていくのを見ているだけしかできないのか?

 

――――どうして、僕たち人間は淘汰されないといけない?

 

――――敵の名前が『アラガミ』なだけに、これは神様の人間に対する裁きだっていうのか?

 

…嫌だ。こんな、理不尽な現実をただ鵜呑みにするなんて、嫌だ!納得なんてできっこない!脳裏に、自分を助けて消えて言った妹の姿が、自分が現在住まう『女神の森』で待っている知人の姿が浮かぶ。

彼らへの思いの強さの分だけ、ユウはアイテムをぎゅっと握りしめる。瓦礫の隙間からオウガダランビアが顔をのぞかせている。

オウガダランビアを睨み付けるユウの目に、怒りの炎が燃えたぎった。たくさんの人たちの大事なものを次々と奪い、食らうアラガミ。

こんなのが、神様だって?

(ふざけるな…!!)

ギリッと、ユウは歯ぎしりした。平気な顔をしてたくさんの命を奪い、自然を無残に喰い散らかし、悲しみを生み出してきたこいつらが、本当に神様だとしても…。

「僕はお前たちを、許さなああああああああい!!!!」

その時だった。まるで彼の思いに答えたのか、アイテムを握る彼の右手の甲に、見たこともない六角形の紋章が浮かび上がってきた。そして握っていたアイテムから、突如14センチほどの光り輝く人形が飛び出してきた。

「…え?」

アラガミとは違う、本当の意味で神々しく綺麗な、雄々しい戦士の姿。足の裏には、たった今ユウの右手に浮かんだものと同じ紋章が刻まれている。

人形は自ら動いてユウの持つアイテムの先端を、まるでカードリーダーのように左足のマークにくっつけた。

瞬間、ユウの体はまるで銀河系を象った光に包まれた。

 

 

「もういい、下ろせ…」

一方、サクヤに促され先に撤退していたリンドウとソーマは廃寺の入り口まで来ていた。ソーマはもう下ろしてほしいと言うと、リンドウはソーマを下ろした。

「おお、相変わらず回復速いな」

「…黙れ」

あれだけの爆風を喰らってまだ間もないのに、予想以上に立ち上がったソーマ。リンドウは褒めたように言うと、ソーマは全く不機嫌そうな仏頂面だった。

ソーマがもう大丈夫なら、残して来たサクヤが心配だ。

ちょうどその時、廃寺の塔がオウガダランビアの光線によって粉々に破壊されてしまった。

「ソーマ、お前はここにいろ。俺はサクヤを連れ戻してくる」

「何言ってやがる。ミイラ取りがミイラになるだけだぞ」

今の爆発で触発されたのか、連れ戻すと言いだしてきたリンドウに、ソーマは警告を入れる。あのリンドウとて、さっきの超巨大アラガミを相手にしたうえで要救助者を迎えに行くことがどんなに無謀なことか百も承知のはずだ。

「俺はこれでも第一部隊の隊長だ。部下を全員生きて連れて帰るのが最優先だ」

しかし、リンドウは助けに行くことを決して諦めようとしなかった。

その時だった。

廃寺の塔の跡から、突然光の柱が立ち上ってきた。

「なんだ…?」

ソーマは目を細めて、光の柱を見上げる。もしや、新しいアラガミでも現れるのか?

「何が起こってるかわかるか?」

アナグラにいるヒバリに連絡を取ったリンドウだが、対するヒバリも予測しえない事態に困惑している様子だった。

『わ、わかりません!ただ、オラクル反応とは全く異なるエネルギー反応が検知され、未だ上昇しています!!』

「オラクル反応じゃない…?」

アラガミは体の抗生物質がすべてオラクル細胞によるものだ。よって、オペレーターが常にオラクル反応を探知しアラガミの現在位置を知らせてくれるのだが…あの光の柱はそうではない。となると、アラガミとは違うということになる。

だったら、一体何が来ると言うのだろうか?

光の柱が消え、そこから一つの光が流星のように飛び、地上に落下した。

 

 

 

銀色のたくましい体に赤く刺々しい模様を刻み、頭や両腕など体のあちこちに水晶を埋め込んだ巨人となって。

 

 

 

「光の…巨人…?」

リンドウがその姿を見て、思わずそう声を漏らした。

 

ユウは、自分の身に何が起きたのか理解しきれなかった。突然人形があのアイテムから姿を現し、アイテムと人形がくっ付いたかと思ったら光に包まれ、自分があの人形と同じ姿となった上に、しかも目の前のアラガミにも負けない巨体に変貌してしまっている。

何が起きたのか理解できず、自分の体を確かめる巨人…。

(なんだこれ…僕の体に、一体何が…!?)

すると、オウガダランビアが巨人となったユウに向けて突進してきた。

「ウワ!!?」

不意打ちを食らい、巨人は後方へ吹っ飛ぶ。

巨人が倒れても、オウガダランビアは傷ついた角から光線を乱射し、巨人を追い詰める。

追撃にダメージを負った巨人に近づき、彼を乱暴に立ち上がらせて顔を殴り、腹に膝蹴りを、背中にパンチを叩き込んでいく。

(ぐ…このぉ…!!!)

考えている暇はなかった。巨人となったユウはオウガダランビアの手を振り払うと、掴みかかって押し出し始める。対するオウガダランビアも巨人を押し出そうと彼に掴みかかり、そのまま二人の激しい相撲取りのような取っ組み合いが展開された。

 

「う…」

瓦礫から、目を覚ましたサクヤが顔を出してきた。私は確か、あのアラガミに食べられかけたら、いきなりスタングレネードの光が…そこから記憶が途切れていた。立ち上がろうとしたが、まだダメージが回復していないせいか彼女はその場に膝を着く。

「ショオラァ!!」

いきなり頭上から誰かの掛け声が聞こえ、思わずビクッと驚いたサクヤは頭上を見上げた。

さっきの超巨大アラガミと、いつの間にか見たこともない巨人が取っ組み合いをしている姿に目を見開かされた。

「何が起きているの…」

「サクヤ、無事か!?」

聞き覚えのある声が耳に入り、サクヤは声の方を振り向いた。リンドウとソーマが階段を駆け上がってきた。

「リンドウ、ソーマ…!あの巨人は…?」

「さあな…だが、あの巨人があのアラガミと戦ってるのは好都合だ。奴らが戦っている間にここから離脱するぞ!」

「え、ええ…」

そうだ、とにかく今はここから脱出しなければ。

が、その時、巨人がついに取っ組み合いに負けてしまったのか、オウガダランビアによって殴り飛ばされてしまい、リンドウたちの近くに倒れこんできた。

すると、オウガダランビアたちが三人に気づく。まずい!そう思ったリンドウとソーマは自分たちの背後にサクヤを控えさせ、直ちに神機を盾形態に変形した。あれだけの巨大なアラガミの攻撃だ。この盾がちゃんと持っていてくれるか…。

しかし驚くことが起きた。

突然自分たちとアラガミの間を、巨人が割り込んできた。そして、自らの背中を盾にリンドウたちの代わりにオウガダランビアのビームをその身に受けたのだ。

「グアァァ!!」

「「「!?」」」

さらに予想外なことを目の当たりにした三人は、無表情ばかりのソーマも含め驚愕を隠せなかった。

驚いている間に、オウガダランビアは右手を触手のごとく伸ばし、巨人の体に巻きつけ動きを封じると、強烈な電撃を流し込んで巨人を苦しめた。

「ウワアアアアア!!!」

今の攻撃を受けてうつ伏せに倒れこんだ巨人。その隙にオウガダランビアが、今度は巨人を捕食対象として、牙をむき出して食らいつこうとした。

が、近づいてきた途端に巨人は後ろ蹴りでオウガダランビアを突き飛ばし、立ち上った。

ピコン、ピコン、ピコン…

すると、胸の蒼く光る彼の宝珠が、突然赤く点滅を開始し始めた。突然警報のように鳴り響く自分の体の一部に、巨人となったユウは驚いたが、その間さえも与えずオウガダランビアも立ち上がってきた。

 

瞬間、ユウの脳裏にまたしても奇妙なヴィジョンが流れた。

今自分が変身している巨人が、黒い影に向けて両腕をくみ上げて光線を放つ姿。

 

迷っている暇などなかった。巨人は両腕を前方で交差させると、全身に埋め込まれているクリスタルが青く輝き始める。Sの字を描くように両腕を大きく広げ、突き立てた右腕に左拳を当てる形でL字型に両腕をくみ上げた。

「シュワ!!」

 

次の瞬間、巨人の右腕のクリスタルから必殺の光線がオウガダランビアに向けて放たれた。対するオウガダランビアは、自分の前方に青白いバリアを張って光線を防ごうとする。しかし、巨人が光線にさらに力を込めると、光線はオウガダランビアの形成したバリアを、ガラスをたたき割るように突き破り、オウガダランビアに直撃。

光線が終わると、オウガダランビアは前のめりに倒れ、激しい爆音をたてながら粉々に砕け散った。

『…アラガミの活動停止を、確認しました』

ヒバリからの通信で、今のアラガミが倒されたことが報告された。

「アラガミを、倒した…!?」

「……」

オウガテイルの突然変異的な進化形態と、突如現れた巨人。自分たちをアラガミの攻撃からかばっただけでなく、神機を用いず光線を撃ちこんで見事撃退した巨人。

巨人は光線の構えを解くと、周囲に光の渦を起こしていき、自らも発光した後小さくなっていく形で姿を消して行った。

三人はそれぞれ巨人が消えた場所を眺めていた。

 

 

一方で、巨人の姿から元に戻ったユウは、変身が溶けると同時に雪の降り積もった地面に手を付けた。息が荒く、かなり体力が落ちてしまっている。

地面に落とした、あの巨人に変身するきっかけとなったアイテムを拾い上げる。

いきなり超巨大なアラガミが現れたと思ったら、自分が突然巨人に変身して、しかもアラガミを撃退した。あまりの出来事に、今までが本当に現実だったのかさえ実感できない。

「僕は…一体…どう…なっ…て…?」

すると、ぐらっと視界が揺らいだ。いけない、今の戦いのせいか、意識が飛びかけている。こんなアラガミしかいないような防壁の外で意識が飛ぶのは、死に等しい。なんとか意識を保とうとするユウだが、ついに意識を手放して倒れてしまった。

 

 

――――ついに、目覚めたか…

 

窓が存在せず、ただ真っ暗な部屋のモニターから、突如出現した光の巨人の映像を見ている者がいた。

 

――――憎い……憎い……

 

どす黒い感情を込めた言葉を述べながら、その声の主は言った。モニターの前でそいつは手を掲げる。その手には、ユウを巨人へ変身させたアイテムとよく似た道具が握られていた。

 

 




NORN DATA BASE


●神薙ユウ
CV.不明、パチスロゴッドイーターの彼と同じ
ゴッドイーターシリーズの小説版や漫画で展開されている作品において、1・BURSTの主人公に当たる青年で今作でも主人公としている。
当初は後述の『女神の森』で暮らしている・偽造のフェンリル職員としての身分証明書を使って第8ハイヴに侵入し、修理した機械を売って生計を立てている・妹らしき人物が存在していたらしいなど、今作の彼は上記のメディアと異なる設定を加えられている。
作者は特に斎藤ロクロ氏の神薙ユウの絵が気に入っている。


●藤木コウタ
原作ゲームでも主人公たちの良きムードメーカーとしても登場した少年。
今回は彼がゴッドイーターとなる直前の視点を描いた。
今回の彼はまだ帽子とマフラーを持っていなかったが、帽子だけは服屋のおばさんから貰った設定としている。


●合成神獣オウガダランビア
小型アラガミ『オウガテイル』とスフィア合成獣『ネオダランビア』の融合体。
白い仮面のような顔を中心とした体表と後ろ足がオウガテイル、巨体や光線などの攻撃手段がネオダランビアのものとなっている。怪獣であると同時にアラガミでもあるので、アラガミ特有の捕喰行動もとる。


●女神の森(ネモス・ディアナ)
漫画版『The second break』で登場した極東地域のとある地点に存在する居住区。今作のユウはそこで暮らしていた。漫画の時期よりも2年ほど前のため、まだアラガミ防壁は存在してはいないが、ユウが拠点としているところからまだアラガミの出現していないか、その確率が低い地域のようだ。


●ウルトラマンギンガ
CV.杉田智和
いわずとも、今作のユウが変身した謎のウルトラマン。『ギンガS』の来堂ヒカル同様、怪獣にウルトライブしてからギンガにライブするという手順を踏まえず、すぐにギンガに変身する手順を取っている。
ユウが手に入れた彼への変身アイテムは鎮魂の廃寺がまだ寺として機能している間、そこに保管されていたようだ。
作者のイメージでは、変身している人間がヒカルではないこともあり、「シュワ!」等の掛け声も常に杉田氏のボイスで発せられている。


●降星町
今作の降星町はリンドウとサクヤ、ツバキの出身地名とされている。原作ゲームのリンドウたちは鎮魂の廃寺の近くで幼少期を過ごしていたため、鎮魂の廃寺もまた降星町に点在している。
アラガミに喰い荒らされたため、廃墟と化している。


●あの雲を超えて
ゴッドイーターの主題歌『Over the cloud』の直訳。ユウのお気に入りの曲と言う設定。


※これはおかしい!などの意見があれば遠慮せずに言ってください。
ただし、そもそもウルトラマンとゴッドイーターのクロスなんざおかしいだろ!など、作品の存在を脅かすほどの意見はちょっと…。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アナグラ

初めて読む方、始めまして。
そして読んでくださった方、お久しぶりです。
うまくできているかはわからないけど、アニメ化記念もかねて二話目が完成したので投稿します。
アニメ版の主人公は空木レンカというキャラになったそうですが、こっちは神薙ユウ君のままにします。

3話目とこの先のプロットについてですが、ほとんど決まってません。そうなると原作にただ沿っているだけになる…それだとちょっと味気ないので次回の投稿はまたずっと先になると思います。

それに今作ではアラガミと怪獣の合成生物を登場させる方針もとっているので、その辺りでも苦戦は必死です。(純粋な怪獣や星人も登場予定です)
今のところ合成怪獣はオウガダランビア以外では一匹しか確定した個体がいません。しかも地上戦型なので次回登場する飛行タイプの怪獣とは別物です(ネタバレを避けるため敢えて言いません)。
なので、できればお読みくださった方々にこんな怪獣・またはアラガミを怪獣と合成させてはどうだろうかという意見をお聞きしたいです。ご自由にご意見を感想、メッセージでもなんでもいいので送ってください。
最優先として、次回登場予定の飛行型の怪獣と飛行型のアラガミを合成した怪獣のアイデアを…できれば!!(汗)orz
他にもおかしいだろ!っ手思った点、こうした方がいいのでは?などのご意見があれば言ってほしいです。

それにしても、我ながら戦闘描写がかなり不得手だな…いや、全体的に?


鎮魂の廃寺で起こった非常事態から約1時間後…。

フェンリル極東支部。アナグラの『支部長室』。

そこには実年齢以上に若い顔立ちを持つ男性が、山のような書類と傍らに置いたノートPCを相手にデスクワークを一人黙々と行っていた。

そんな彼の元に、通信でヒバリからの連絡が入る。

『こちらオペレーターのヒバリです。支部長、聞こえますか?』

「こちら『ヨハネス』。聞こえている。なんだね?」

この男は、極東支部の支部長…つまりこの地域のトップに当たる『ヨハネス支部長』。彼の周囲の状況を見てもかなりの仕事が詰まっていることがうかがえるが、文句をほとんどいうことなくこなしている。元はアラガミ研究の権威で、優秀な人物でもあるのだ。

『リンドウ隊長ら第一部隊が無事帰還いたしました。ただ、今回予想外の事態が起きて、サクヤさんとソーマさんが負傷したと報告がありました』

「予想外の事態?」

『交戦中だったオウガテイルが捕喰活動直後に突然変異を起こし、50mを超える巨大アラガミへと異常進化を遂げたそうです。

さらに、リンドウ隊長たちが危機に陥った時、正体不明の巨人が出現し、アラガミを撃退し姿を消しました』

「巨人?新種のアラガミか?」

『いえ…アラガミと断定していいのか…わかりません。巨人からは強いエネルギー反応は検知されましたが、オラクル反応は全く関知されませんでした』

「………」

ヨハネスの中に、ヒバリから報告された巨人への興味がわく。極限的な再生能力を持つオラクル細胞の集合体であるアラガミを、神機を用いることなく倒した巨人。関心を寄せない方が無理があるというものだ。ともあれリンドウたちが無事であることを知り、ヨハネスは安心した。しかし、すぐに真剣な表情を浮かべる。

「ツバキ君から、現場にアラガミ防壁外の一般人がいると報告があったが、彼は無事かね?」

『はい。リンドウ隊長たちが発見した時は酷く衰弱していましたが、ルミコ先生が診たところ命に別状はないそうです。

…え?もしかして、支部長は現場の方が男性だとご存じだったのですか?』

「ああ、ちょっと彼について気になることがあったのでね。時期に説明しよう。それよりも…彼の適性検査の結果を聞いておきたい」

『…はい。検査の結果、本部から支給された新型神機と高い適合率が確認されました』

ヒバリが『適性検査』の結果をヨハネスに報告すると、ヨハネスはふ…と笑みを浮かべた。

「…そうか。彼にとっては複雑かもしれないが、支部長としての私の立場からすれば、喜ばしいことでもある。ヒバリ君、ご苦労だった」

ヨハネスはヒバリとの通信を切ると、腕を組んで天井を見上げた。

「さて…君は人類のためにどう動いてくれるかな?」

 

 

 

極東地域のハイヴを囲うアラガミ防壁の外の、とある場所に点在する家の集まり…集落があった。そこは幸いアラガミがほとんど出現しない幸運の土地だった。井戸水を組み、わずかな作物を自分たちで栽培するなど、そこに住んでいる人々は、荒れ果てた土地の上にわずかに残っていた自然の恵みや古ぼけた機械類を頼りながら生きていた。

しかし、この時代はアラガミによって支配されているも同然。まだアラガミが出現していなかったとはいえ、集落の人は毎日警戒を怠ることができなかった。しかも彼らは極東ハイヴ入りを拒まれた流れ者たち。武器は愚か、スタングレネードを手に入れることさえままならず、誰かが偽造の身分証明書を作ってフェンリル職員を装ってハイヴに侵入し備品の横流しをする、またはフェンリルの輸送車が偶然通りかかったら適当に盗むなど、生きるために手癖の悪い手段をとるしかなかった。だが決して見つからなかったわけじゃない。中にはフェンリルの連中にばれてしまい、捕まってしまった者さえいる。人類の命綱である貴重な備品を盗み出したのだ。たとえ自分たちが生き残るためとはいえ、捕まったら最後何をされるかわかったものじゃない。

その集落の人たちは、そんな波乱の日々を強いられていた。

『兄さん、起きて!』

そんな集落に、一人の男児がいた。幼い妹を持つ、10を超したばかりの少年だった。彼は、旧世代の歴史や機械などに興味を持ち、アラガミに荒らされた廃都市に向かっては色々と拾い物をしていた。

『んあ…もう食べられないよぅ…』

貧乏な家というにしても、少しボロボロな作りのとある家の居間は、ゴミにしか見えないようなものの山が、テーブルに体を預けて眠っていた少年を中心に積みあがっていた。彼の妹らしき少女がそれを見て頭に来ているのか、寝ている兄を怒鳴り起こすと、兄は情けない声を漏らしながら起き上がった。

『なにが「もう食べられない」よ!またこんなにガラクタため込んで!掃除するあたしの身にもなってよ!』

『わ、わかったって…ふわああ…』

ありきたりな寝言をぼやく兄に対し、両手を腰に当ててプンすか怒る妹だが、兄は寝起きからなかなか立ち直ることができない。なんとか頭を適当に叩き、あくびをして無理やり意識を起こした。

『朝ごはん置きたいから、テーブルの上のだけでも早く片付けてね』

妹から言われると、兄はすぐにテーブルの上に散らかった部品を直ちに片づけ、二人で朝食をとった。しかし朝食を食べ終わって食器を流しに置いた途端、兄はまたしても散らかっていた部品を取って、機械の修理にかかっていた。彼が修理しているのはラジカセ。もうこの時代では80年前後も昔の機械だった。ドライバーで中をこじ開け、汚れた基盤を使い古した服を改造した布巾で拭き取って再び他の部品を繋ぎなおしていく。

『兄さんって、いつも昔の道具ばかりいじってるよね』

身をかがめて、妹は兄の作業を観察しながら言った。

『まあね。一度やってみたらなかなか面白くってさ。それからついハマっちゃって…』

『おかげでうちはごみ屋敷っぽく見られがちなんだけど…』

『し、修理する度に片付いているから大丈夫じゃないか!』

ジト目で睨んでくる妹に、思わず兄はたじろぐ。尻に敷かれているようだ。

『それに、機械を修理するだけの技術ってすごく大事なことなのは確かだ。機械は、言いかえれば人の夢を形にした貴重な遺産でもあるんだ。こんなガラクタにしか見えない奴でも、アラガミのせいで荒れ放題のこの世界で生きる人たちの大切な命綱でもあるんだ』

兄は誇らしげに、修理完了間近のラジカセを眺めながら言った。

『でも…アラガミには普通の銃とか効かないんでしょ?アラガミを倒せるのはフェンリルのゴッドイーターだけ。けど、フェンリルは…』

フェンリルの名前をつぶやき、妹は悔しそうに歯噛みする。

『フェンリルはいっつも壁の中や自分たちのことばっかで!私たちのような壁の外の人たちは毎日誰かが食べられてる!助けられるはずのお父さんやお母さんだって助けてくれなかった!!この前だって近所のおじいちゃんが食べられちゃったんだよ!!』

『●●……』

この少女は父と母を失い、それを救えるだけの戦力を持つフェンリルと彼らが束ねるゴッドイーターたちに対して強い嫌悪感を抱いていた。

妹の名を呟く兄は妹の頭を撫でた。

『大丈夫だ。兄ちゃんがきっと、神機よりもすごい発明をしてみるよ。誰でも人を守るために使うことのできる力。それがあれば、きっとアラガミに怯えない世界がやってくるはずだ』

『………本当に?』

『ああ。そうしたら、もっとすごいものを作るんだ。それが、僕の夢なんだ』

腰を上げると、少年は窓を開けて、外の景色を青く彩る空を見上げた。地上がアラガミによって食い荒れているというのに、白い雲がふよふよと風に流されながら浮いている、いつの時代も青いままの空。

 

そう、夢を叶えたかった。そして、妹にそれを見せてあげたかった。だけど…。

 

『逃げて、兄さん!!』

アラガミが突然それを壊した。また、アラガミによって彼は奪われてしまった。突如家を破壊してきたヴァジュラのせいで、彼の家は焼けて崩れ落ち、置き去りとなった妹を飲み込んでしまった。

突然自分の日常が壊され、ただ呆然と、燃え盛る自分の家だった瓦礫の山を、ヴァジュラが炎に包まれながら食い散らかしている姿を見ているしかできなかった。

残酷な現実を見て、彼は頭を抱えて絶望した。

 

―――――うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

 

 

「ああ!!」

ガバッ!とユウは起き上がった。息がものすごく荒々しく、服を脱がされた上半身に付着した汗が彼の体を照り光らせている。

包帯が巻かれている自分の上半身を見て、彼は周囲を見渡す。ここは…病室だろうか?ベッドが六つほど規則正しく並んで、部屋には薬の匂いが鼻を突いた。けど、こんなに環境が整った病室をユウは見たこともなかった。

「よかった~。目が覚めたんだ。大丈夫?どこか体痛むかな?」

声が聞こえて、ユウは病室の入り口から入ってきた女性を見る。あの廃寺にいた女性とは違う人だった。跳ね上がった短い髪にゴーグルをつけ、ビキニのブラと作業用ズボンの上に白衣を羽織った人だった。女医なのだろうか?

彼女はユウのベッドの傍らの椅子に腰かけた。

「それにしても運がよかったね、君。あの廃寺はアラガミの巣も同然の危険区域なんだよ。それに今回、ものすごく大きなアラガミが出てきたって、リンドウさんから聞いていたし…。なのにやけどを負っただけで済んでたなんてね」

大きな、アラガミ…そう呟くと覚醒した蚊のように彼は女医に食いかかった。

「こ、ここは!?一体どこなんですか!?どうして、僕がここに!?」

「お、落ち着いて!順を追って話すから」

女医はユウの肩を掴み、立ち上がろうとしたユウをベッドに寝かせた。

「まずは自己紹介。私は『ルミコ』。このフェンリル極東支部、通称『アナグラ』で救護班として働いているんだ」

「は、はぁ…アナグラですか…って!?」

アナグラ、と聞いてユウは驚く。ここはアナグラの病室だったのか!?通りで病室の環境が異様に整っているのかと思ったら、そう言うことだったのか。

「リンドウさんたち第一部隊がね、廃寺の近くで急に爆発が起きたからって緊急派遣されたの。君はそこで意識不明の状態で倒れていて、こうして運ばれたってわけ」

「………」

ルミコという女医は、オウガテイルから進化したあのアラガミと、奴を倒した謎の巨人については触れてこなかった。

夢、だったのか?はは…それもそうか。まさか自分が巨人になってアラガミを倒したなんて、言ったところで作り話としか捉えられないに違いない。きっと廃寺の裏の坂を滑り落ちたときに自分は気絶していた。そしてピンチに駆けつけるヒーローという子供じみた夢を見ていたのだ。そうだ、きっとそうに…。

そう思っていたかった自分がいた。非現実的な光景を認められなかったのだが、それは許されなかった。ベッドの傍らに、自分の服の上に乗っているアイテムを見て、彼は驚きの表情を浮かべる。

廃寺で手に入れた、槍に変形してオウガテイルを倒したあのアイテムがたたまれている自分の服の上に乗せられているのだ。ユウはそれを手に取って確かめると、やはり間違いなく会の廃寺で拾ったアイテムだった。

「そのおもちゃみたいなの、君が持ってたんだよ」

「………」

夢じゃなかった。あの時自分は確かに、このアイテムのせいでいきなり巨人に変身し、あの巨大なアラガミを倒したのだ。

「ところで、君のことまだ聞いてなかったね。名前は?」

「え、えっと…」

名前を聞かれてユウは息を詰まらせた。

これまでのユウは、偽造証を使ってアナグラを囲む第8ハイヴに侵入し稼いできたのだ。迂闊な返答をしてしまえば後々厄介なことになってしまう。

それに、いかにこのアナグラがこれまで訪れた場所の中で最も安全な場所だとしても、自分には帰らないといけない場所があるのだ。

ユウは必死に頭を捻る。ここを抜け出し、『女神の森』へ帰還するにはどうすればいい?まずこの施設にはフェンリルの正規職員たちが何千人もいる。ゴッドイーターももちろんいることだろう。彼らを相手に、たった一人の一般人の男が、車やスタングレネードなどを盗み出して脱出するには確率なんてもので測れっこない。確実に捕まってしまうだろう。

(どうする…どうやってここから脱出する?あまり長く待たせるわけにもいかないし…)

「お、目ぇ覚めたみたいだな若者」

調子のよさそうな男の声が聞こえる。扉の方に視線を向けると、今度はコートの男が病室に入ってきた。

「あ、リンドウさん」

「お、ルミコちゃんお疲れ」

ルミコの姿を見て、リンドウは適当に手を振った。そしてルミコとは反対側の椅子に腰かけ、ユウを見た。

「怪我は浅かったみたいだな。いや~見つけたときは冷や冷やしたぜ。せっかく見つけたってのに、実はもう死んじまってたのかと。あ、でも心臓の鼓動は聞こえてたからおかしいか」

「…」

ユウはリンドウの右腕の手首を見る。赤い模様の腕輪がはめ込まれている。これはゴッドイーターたち全員が身に着けなければならないものだ。

実をいうとゴッドイーターたちが用いる神機はアラガミを殺すことができる唯一の武器であると同時に、フェンリルが開発した人工アラガミでもある。適合していない者はたとえゴッドイーターであろうと、迂闊に障れば神機が手に持った人間を捕食しかねない、扱いに関してはシビアにならねばならない危険物でもあるのだ。そしてゴッドイーターたちの体にはアラガミの持つオラクル細胞…偏食因子が投与されている。腕輪を介して定期的に偏食因子を投与しなければ、神機に捕食されるか、または体内のオラクル細胞が暴走し、アラガミとなってしまう危険性があるのだ。だからゴッドイーターとなった者は生涯腕輪を外すことはできない。

ユウはリンドウの持つ腕輪を見て複雑な感情を抱いた。

(もし、あの時…ゴッドイーターが早く来てくれていたら…)

幼い頃の悪夢のような現実を思い出さずにはいられなかった。掛布団を掴む手に力が籠められ、ギュッと布団を握った。

リンドウもそれに気づいた。長年のキャリアを持つため、これまで何度もフェンリルに対して反抗的な態度を持つ一般人を何度も見てきた。神機使いになりたての時は、一方的なバッシングに折れかけたことがあったのかもしれない。

けど、だからって自分まで相手と同じ態度で接することはしてはならない。余計に溝を深めるだけなのだから。

「怪我は痛むか?」

「…大丈夫です。もう動けます」

ユウはリンドウからの気遣いに、そっけなく返答し、立ち上って服を着た。

「その様子なら、大丈夫そうだな」

突っぱねるような態度を示すユウを見て、命にかかわるほどの負傷じゃなかったことを知り、リンドウは安心した。

「聞いてるとは思うが、俺は雨宮リンドウ。フェンリル極東支部第一部隊の隊長だ。こうしてお前の様子を見に来たのは、お前の容体の確認の他にもう一つある」

最初の内は少し砕けた態度にも見えたが、自分が第一部隊隊長であることを明かしてからのリンドウの目つきは少しだけきりっと真面目なものになっていた。

「支部長がお前を呼んでる」

「支部長?」

…ということは、この極東支部のトップ?そんな立場の人間がなぜ自分を呼んでいるのか、ユウには一瞬理解できなかったが、もしやとある予想を立てた。

まさか、自分がこれまで第8ハイヴに不法侵入していたことがバレてしまったのか!?

「リンドウさん、確かに検査には通ってたからって、いきなりすぎるんじゃない?彼だってほら、怪我してるし目覚めたばっかりだし…」

「あぁ、それについては俺も思った。けど、こいつについて見逃しきれない事情があるっつって、目を覚ましたら支部長が丁重に自分の前に連れてきてほしいって命令してきたんだ」

支部長の、目を覚ましたばかりの患者への扱いに対して難色を示すルミコに、リンドウもまた納得しきれていない様子だ。

「その事情も、お聞きしたの?」

「おう、ただ…ここではちと話せないことだ。悪いが、こいつを借りるよ。

お前さん、ちょっと俺について来い」

「あ、はい…」

リンドウはユウの背中を押すと、彼を連れて病室を後にした。

 

 

病室のすぐ近くのエレベーターに乗り、ユウとリンドウはアナグラの『役員区画』エリアの、『支部長室』までやって来た。

部屋に入ると、目の前には実年齢を感じさせない整った顔の男性がデスクに座っていた。

「ご苦労だったね、リンドウ君」

「いえいえ、これくらいの命令なら朝飯前ですから」

労いの言葉を向ける男…ヨハネス支部長に、リンドウは謙虚に言い返す。複雑に思う組織の人間とはいえ、相手は自分より圧倒的に偉い。とりあえずユウは気を付けをしてみる。

「ああ君、そう固くならなくていい。それより、怪我もあるというのに無理に呼び出して済まなかった」

手をかざして肩の力を抜くように言う支部長。

「では、初めましてだね。私の名は『ヨハネス・フォン・シックザール』。聞いているかもしれないが、このフェンリル極東支部の支部長を務めている」

「は、初めまして…」

とりあえず頭を下げてみるユウ。なんというか、正直ただでさえ自分でも自覚している違法行為で呼び出されたのではと言う予感を覚えている彼にとってこの支部長室は居心地が悪かった。

「さて、早速だがこうして君を呼び出した理由を話そう」

ひじを付き、目の前で両手を指でからめながら、ヨハネスはユウをまっすぐ捕える。

「まず、リンドウ君たち第一部隊が君を救出に向かった旧降星町の廃寺で起こったことを話してほしいのだ。記憶している限りで構わない」

「わ、わかりました」

迂闊にここから飛び出して逃げようにも、ここにはリンドウ…第一部隊隊長という役職に就くほどの男がいる。逃げ出そうとしたらすぐに捕まるだろう。とりあえず深呼吸して落ち着かせ、ユウは廃寺で起こったことを話してみることにした。

とはいえ、話す言葉と事実は選んだ。まず、あの廃寺に向かい途中で一瞬だけ見かけた少女。恐らく幻だと思っているので話すのは避けた。続いて自分が変身したあの巨人のことも話さなかった。自分があの巨人に変身したことを知られるのは危険だと感じた。なにせフェンリルは信用性に欠ける。これまで自分のような路頭に迷った人間にとってフェンリルは人類の救世主などではなく、寧ろ守るべき人たちを見捨て自分たちの箱庭を守り続け保身を図る愚か者たちの集まりのように見られているのだ。ユウもそこまでは思わなかったが、フェンリルに全面的な信頼を寄せるのはよくないと悟っていた。

だから、結果としてあの巨大なアラガミ…オウガダランビアのこと、スタングレネードを用いて捕食されかけたサクヤを辛うじて救ったこと、その直後に攻撃を受けて気絶したと話した。

「そうか、なるほど。嘘は…言っていないようだね。私は支部長として、君に感謝の言葉を贈らねばならないな」

こちらを見透かすような目でヨハネスはユウをじっと見る。確かに嘘は言っていない。だが、『本当のことも言っていない』。それを気づかれないでほしいものだ。

「ありがとう、君のおかげで一人の若い命が救われた。サクヤ君ほどの神機使いを失うことは、この極東支部のみならず、人類全体の損害となるだろうからね」

「い、いえ…あの時は無我夢中だったので…」

「だが、君をここへ呼び出した理由はまだ他にもある」

まだあるのか…できればもう早く帰りたいところなのだが…。お礼を言われるのは嫌いなわけじゃないが、ユウは早くこの場所から解放されたかった。

リンドウの目が鋭くなっている。すると、ヨハネスから驚くべき言葉がユウに向けられた。

 

 

「君を我が極東支部のゴッドイーターとして迎え入れたい」

 

 

「な……!!?」

ユウは驚いた。この男は、今なんと言った?

僕に…ゴッドイーターになれと!?

あまりに動揺してしまい、ユウは驚きを隠すことができずにいた。

「その様子だと、やはり驚いているようだね。だが、君のけがを治療している間に適合検査を、勝手で申し訳ないが行わせてもらったのだ。

その結果、この極東支部で初めて支給された新型神機に、君は見事高い適合率を示したのだ。この極東支部にはまだ新型の神機は他にない。それどころか各部隊で隊員の貸し合いが頻繁になるほど人材が不足しがちなのだ。人類全体の未来を考えている我々としては、君ほどの逸材をこのまま捨て去るには惜しいのだ」

どうだろうか?と問うてきたヨハネス支部長。だが、ユウの言葉は一つしか決まっていなかった。

「…嫌です。他を当たってください」

フェンリルには何度も助けを乞い続けていた。けど、今まで一度もそんなことは聞き入れてもらえなかった。結果、父も母も、そして最終的に妹さえも失った。それに今は『女神の森』で暮らし、生計を立てている。アラガミ防壁がまだないとはいえ、あそこは幸運にもアラガミの出現例がなく、ユウにとってやっと手に入れた居場所なのだ。

今回は確かに彼らに助けてもらったところはあるが、だからといって今更フェンリルには頼りたくなかったし、人材不足だからって頼られたいとも思えなかった。

「……そうか。だが、残念ながら君に我々からの要求を拒むことはできない」

「…!」

しかし、ヨハネスの言葉と鋭い視線に、ユウは息を詰まらせる。ヨハネスの手には、ユウが第8ハイヴへ侵入する際に必ず使用する、偽造のフェンリル身分証明書だった。

「君には偽装証を用いてこの第8ハイヴに侵入した容疑がかかっている。

身分証明書では君はフェンリル職員『加賀美リョウ』となっているが、我々の手をもってすれば、正規品と偽造品の見分けなどたやすい。おそらく君は防壁外の未保護拠点の人間なのだね?」

やはり手荷物のことは調べ上げられ、自分の不法侵入の件がバレてしまっていたのだ。リンドウが回復したばかりの怪我人である自分を、少しいやそうにしながらもつれてきた理由がわかる。どんなに小さく正当な理由があっても、不正を見逃してはならないのだ。追い詰められたユウは焦り始めた。

「だが、我々とて鬼や悪魔ではない。君がもしゴッドイーターになってくれるのなら、君の保護者たちの生活を保障、君の不法侵入罪も免除すると約束しよう」

「…」

なるほど、そう来たか。この人はどうあっても僕をゴッドイーターとして引き入れたがっているのか。従わなければよくて独房行きにされるかもしれない。ましてこのアナグラは厳重なセキュリティを張り巡らされている。脱走なんてできないだろう。

「…少し考えさせてください」

それが精一杯だった。時間をおいてから決断する。女神の森に帰りたくても帰れないユウがかろうじて要求できることだった。

ヨハネスは穏やかな表情を浮かべて頷いた。

「いいだろう。我々フェンリルにも非がある。ハイヴに住める人数が限られているとはいえ、アラガミ防壁外の住人を受け入れることができないのは、我々の力不足だ。

元々壁外の住人である君はフェンリルに対して複雑な感情を抱いていることだろう。そんな立場の君が、いきなりゴッドイーターになれと言われてはいそうですかと受託してくれるとは思っていない。

だが、君がゴッドイーターとなることで救われる命があることを忘れないでほしい」

「………」

「そうだ、リンドウ君。忙しいところ申し訳ないが、少しでかまわない。彼にこのアナグラを案内してあげてほしい」

「へい、了解いたしましたっと」

リンドウに連れられ、ユウは彼とともに一度支部長室を後にした。

「…よい返事を期待しているよ」

ふ、と静かに笑いながら、ヨハネスは二人を見送った。

 

 

「そうだ、お前さんの本名聞いてなかったな。さっきの身分証明書の名前って偽名だろ。すぐに名前ばれちまったら洒落にならねえからな」

廊下に出たところで、ユウはリンドウから自己紹介を求められる。

「ユウ…です。神薙ユウ」

第8ハイヴに侵入したことがバレた以上、あの偽造身分証明書の名前も偽名であることが明かされた。嘘を言っても通じないので、ユウはやむなく本名を明かした。

「ユウ、か…いい名前じゃないか。けど、行き成り悪かったな。目を覚まして途端にゴッドイーターになれとか言われて混乱してるだろ」

「………」

肩に手を回しながら気さくに話し掛けてくるリンドウ。根は気のいい人なのは確かだろうが、ユウはそれでもフェンリルに対する複雑な思いのせいで、心を許す気にはなれなかった。それに、脅しじみた頼み方でゴッドイーターになれと言ってきた支部長の存在も大きかった。

こいつぁ、強敵かな…とリンドウは心の中で呟く。元は極東支部入りを拒まれ、壁外の路頭に迷った人間がそう簡単にフェンリルの人間を受け入れてくれるとは思えない。頭ではわかっていたことだが、こっちも気落ちしてしまいそうになる。

「ちょっくらこっちに来いよ。ラウンジに案内してやる」

リンドウと一緒にエレベーターで下の階に降りていくと、二人はアナグラのエントランスに着いた。

ゴッドイーターのために用意された公共端末『ターミナル』とそれを使う幾人かのゴッドイーター、それに挟まれる形で用意された出撃ゲート、他にはミッションを受注するカウンターや近くの階段の傍らにたくさんの荷物を置いて座り込んでいる万屋の男の姿…様々だった。

ふと、リンドウは足を止める。エントランスの入り口付近の椅子に座り込んでいた赤い髪にニット帽を被った少年が、ツバキと対面していた。

「立て」

「…へ?」

不意に目の前の少年に立ち上がるように命じられた少年はボヘッとした様子でツバキを見る。

「立てと言っている。さっさと立たんか!」

「は、はい!!」

その少年は、コウタだった。町の知り合いのおばさんにもらった帽子の他に、この日は縞模様のマフラーを首に巻いていた。

「後の予定が詰まっているので手短に話すぞ。私は雨宮ツバキ。お前の訓練教官だ。これからお前には…………」

「お~お~。姉上ったら今日も新人教育か。それにしても我が姉ながらおっかないな~」

「姉…上?」

もちろんわざとのつもりだろうが、敢えて古風な呼び方をしながら、リンドウは双眼鏡で覗き込むようにツバキとコウタを観察していた。

「わかったか?わかったらとっとと返事をせんか!」

「は、はいぃ!!」

威圧されるように怒鳴られるコウタは完全に気圧されている。ツバキの威圧感に恐怖し、気をつけの姿勢に磨きがかかりすぎている。

とても砕けた態度のリンドウとは姉弟とは思えないきつめの性格をしていたツバキ。髪の色やリンドウがツバキのことを姉上と呼んでいたことから、ユウはツバキとリンドウが姉弟であることは理解したものの、あまりに性格が真反対の二人に戸惑いを覚えた。

「っとと、あんまり突っ立ってると姉上に目をつけられっからな…こっちだ」

背中を押して、エレベーターのちょうど反対側の自動扉の方へと案内した。

その扉の先の部屋は、くつろぎ様のソファ一式とテレビを置いたスペース、ビリヤード台、中央にはキッチン一式とカウンターテーブルが設置されたラウンジだった。

「ここなら少しは落ち着けるだろ。ほれ、こっちに来い」

カウンターテーブルの席に座ると、リンドウは自分の左隣に座ってくるよう左脇の椅子をトントンと叩いてユウを誘い、カウンターテーブルの向こうにいる調理師にビールと適当などリンクを頼む。

「昼間からビールですか…」

「かたいこと言うなって。それに、こいつはノンアルコールだ」

ゴッドイーターとあろう者が飲んだくれるとは、隊長のくせに自覚が足りないんじゃないのかとユウはリンドウに呆れると、リンドウは頼んだビールの缶の『0%』の字を指差す。

「さて、と…お前さんこっからどうする気だ?」

すると、リンドウはテーブルに肘を着いてユウを見る。

「どうって…何がです?」

「支部長からゴッドイーターになれって話だ。まさか断んのか?」

「……」

ユウは、口には出さなかったが断ろうと思っていた。

考えてみれば、自分はゴッドイーターなんかよりはるかに強大な力を手に入れたじゃないか。あの巨人の力を使えば、ここから脱出できることなんて容易いだろうし、万が一誰かがアラガミに襲われたとしても、あの巨人の力を使って適当に光線を打ち込んでしまえば、それでいいじゃないか。それに自分をああまでゴッドイーターに引き込もうとする支部長に対して、不信感が募った。あの男は自分の保護者…つまり女神の森の人々の生活を保障するとは言うが、あそこは壁外の居住区の中でも住人の数が特に多い。その分極東に拒まれ路頭に迷った人々も数が知れない。それだけの人数を一介の支部長だけが何とかできるわけがないじゃないか。

だから、どんな条件を突きつけられても従う気はなかった。

「冗談、じゃないってことか…」

そんなユウの考えを見越したのか、リンドウはユウがゴッドイーターになる気はさらさらないことを見通した。

視線をカウンターの向こうで外の景色を映し出している窓を見ながら、リンドウは口を開く。

「…知ってるか?俺たち第8ハイヴの人間は、自らゴッドイーターになることもできれば、それになることを『強いられてる』ことがあるってことを」

「え?」

「この第8ハイヴの人間はよ、必ず一度は神機への適性を測るために病院で検査を行うことになる。もし保管されている神機への適合率が高かったら、強制的にゴッドイーターとしての使命を受ける」

「そ、そんなのあんまりじゃないですか!」

ユウはそれを聞いて唖然とする。ゴッドイーターたちは無理やり戦場に送られる…つまり死と隣り合わせの世界に無理やり送り込まれているようなものだった。いくらこの世界がアラガミに支配されているも同然で、それを少しでも打開しようとするためとはいえあんまりじゃないか。誰だって死ぬことは嫌なはずなのに…。言い過ぎかもしれないが、まるで生贄だ。

「けどよ…そいつらは自ら神機使いになった連中と同じように覚悟決めるんだ。こんなアラガミに支配された世界だ。だからこそ腹くくって戦う覚悟を決めてきた。自分の背中には家族や友人・恋人…そいつらの命や未来がかかってる。もし逃げ出したら、そいつらは自分の大切な人たちを奪いに来る」

リンドウはユウのほうに向き直ると、ユウの肩をつかんでじっと見ながら、心に叩きつけるように続ける。

「いいかボウズ。ゴッドイーターってのは人類を守る生贄なんかじゃねえ。大事な連中を守るためのチャンスだと捉えろ。

安心しろ、一癖もふた癖もあるが、俺を含めた新しい仲間がお前さんを助けてくれるさ」

「仲間なんかじゃない…」

最後はいつもどおりの笑みを浮かべながら安心させるように言うが、ユウは押し殺すのに必死な声を、抑えきれなくなっていた。

「父さんと母さんも、妹も守ろうともしなかったフェンリルなんか、仲間なんかじゃない!!なれなれしくしないでくれ!!」

リンドウの手を振り払うと、ユウは椅子から下りてラウンジから歩き去っていった。

「…失敗しちまったか…」

まさかここまでフェンリルを嫌っていたとは予想外だった。リンドウは去り行くユウの姿を見て頭を抱えた。最後の彼の言葉からすると、彼の家族『も』アラガミによって命を奪われてしまったようだ。今の時代、そのような被害者はいやなことにほとんど珍しくない事例…しかも個人に与える心の傷が深いものだった。

「けど、お前さんが我侭言えるような甘い世界じゃない。そいつは、お前さんだってわかってることじゃねえのか…?」

アラガミ防壁の外で暮らしていたのなら尚更だ。

すると、ユウと入れ替わる形でサクヤがラウンジにやってきて、リンドウを見つける。

「あれ、リンドウ一人なの?それになんか元気ないんじゃない?」

「おう、サクヤか。実はよ、たった今振られちまってな~。ちょっと付き合ってくれ」

「仕方ないわね…」

呆れつつも、サクヤは彼の愚痴に付き合ってやろうと、リンドウの隣に座って彼と話をすることにした。

「そういや、あの廃寺で戦ったアラガミのコアは回収できたのか?」

サクヤが隣に座ってきたところで、リンドウはサクヤに先日の任務の末端を聞いてきた。

「ソーマのおかげで一応回収はできたの。けど、すごくボロボロになっていたし、回収されたコアは通常のオウガテイルとまったく変わらなかったわ」

それを聞いてリンドウは目を細める。

「嘘だろ?あれだけ形態変化していりゃあコアにも何らかの変化が起きるもんじゃねえのか?」

「そうねえ…私もそう思ってはいたの。けど、あの超大型アラガミが破壊された付近で気になるものは見つかったの」

サクヤが一枚の写真を、複数の書類と共にテーブルの上においてリンドウに見せる。写真には、あの廃寺でユウが見つけそのまま放置していた怪物の人形が写されていた。

「なんだこれ?」

「空想の怪物をかたどった人形みたい。よく見てみて。あのアラガミと、どこか特徴が似ていないかしら?」

言われてみて、リンドウはあのときの、オウガテイルが突然変異を起こした成れの果てと、この写真の怪物の人形を比べてみる。シルエットを重ねて創造すると…。

「確かにところどころ似ているな。こいつにオウガテイルの特徴を加えると…」

あの時の廃寺で見せた驚異的な姿となるだろう。だが、単に人形をアラガミが取り込んだだけで、あれほど強大かつ強力なアラガミが生まれるだろうか?ただの人形を取り込んだだけで、普通ありえない。大きな変化といっても、見た目が変わるだけで身体が巨大化したり、いかずちを発生させるといった攻撃手段が増えるはずが無い。

いや…もし、あの人形が『ただの人形』じゃなかったとしたら?

「おそらくこの人形はただのおもちゃじゃない。サカキ博士はそれを予感して、今この人形を解析しているところなの」

「何かわかるといいけどな…」

あんな怪物にまた出てこられたりしたら、とても生き残れる自信がない。

「さっき誰かと話してたみたいだけど、何かあったの?」

「…言ったろ。デートの誘いだ。ま、さっきも言ったが振られちまったわけよ。なあ慰めてくれよ~」

「子供じゃないんですから、シャキッとしなさい」

 

 

 

ユウはラウンジを出て、エントランスから外に続く入り口方面へ歩いていた。

リンドウは話してて悪い人じゃなかったのは、頭ではわかってはいた。彼なりに言葉をかけてくれてはいたとは思う。…が、素直に彼のくれた言葉を受け入れることができない自分がいた。

フェンリルがもっとしっかりしていれば、自分の家族がアラガミに殺されることもなかった。フェンリルがちゃんと壁外の人間を助けようと躍起になってくれれば、自分をはじめとした極東支部への受け入れを拒まれるような人たちもいなくて済んだかもしれない。

(どうして、あの時…あなたのような人がいなかったんだ…そうすれば…)

だからこそ、リンドウのような良い人間が、自分が一度すべてを失ったあの日、いなかったことがものすごくもどかしかった。余計にフェンリルを許せない気持ちが募ってしまったのだ。

ふと、ユウの耳に誰かの声が聞こえてきた。さっきの赤い髪に帽子の少年なのかと思ったが彼の姿は無く、全くの別人がゲート前のフリースペースのソファに座っていた。

「聞いたか、鎮魂の廃寺にちょうドデカいアラガミが現れたんだってよ!」

年齢よりも幼く見える、少し小柄な帽子の青年が、キザで捻くれた態度を取る金髪の男と何か話している。

「デカいアラガミだと?ウロヴォロスでも出てきたのか?」

「いやいや、それがな…ウロヴォロスよりもでっけえ…本当の意味で山みたいにでかいアラガミだったって話だ。あ~くそ!俺も行きたかったな~。そうすりゃ一儲けできたのによ~」

「馬鹿が…中型種のコンゴウにだって苦戦するお前が行っても瞬殺されるがオチだ」

「ああ!!?」

なにやら内輪揉めでも起きたようだが、ユウは無視した。無理に仲介役をする義理もないし、ゴッドイーターたちは偏食因子を投与されたことで常人を超えた力を手に入れている。迂闊に近づいたらこちらが火傷ではすまない怪我を負わされる。

放っておいてそのまま歩き去り、入り口近くの椅子に腰掛けた。

『君に、ゴッドイーターになってもらいたい』

ヨハネスからの突然の勧誘の言葉を思い出し、彼は天上を見上げる。紳士的に接してきたヨハネスだが、こちらに脅しさえもかけてきた男。素直に従えなんて無理があるし、心の整理がつかない。それに、今更ゴッドイーターの力を得ても…ユウが失った家族は二度と戻ってこない。なったところで、この第8ハイヴから自由に外を歩くことも…いや、アラガミが防壁外で生息している異常、自由にとは言い難いか。自分の勝手で、というのが正しいだろう。ともあれ、人を守る力を手にすると引き換えに、あの男からプレゼントされる首輪をつけられることになるのだ。だったら、侵入罪でこのまま捕まってただ惰眠をむさぼる生活に落ちるか?いや、それはないだろう。

ならば逃げるか?と思うがそうも行かない。おそらく自分を逃がすまいと、この極東に所属する誰か、または監視カメラが自分を常に見張っていることだろう。たかが素人の脱走者を取り逃がすほどフェンリルはザルじゃないと考えるべきだ。

しかし、ヨハネスからの要求そのものはすべてが悪い話ばかりではなかった。自分がゴッドイーターになれば、もう偽造証なしでもアナグラにも正規の手続きの上で居座ることもできる。何より自分や女神の森のみんなの生活を保障してくれるというのだ。しかしその反面、自分はほぼ毎日アラガミとの戦いという命の危機に晒されることとなる。逆に言えば、それは人生最大の不幸なことじゃないか。

でも、ゴッドイーターになれば…。試行錯誤を繰り返しながら、ユウは揺れた。

が、すぐにある答えに到達する。

いや…もうフェンリルなんていらない。今までだってフェンリルに頼らずに生きてきたし、これからだってきっとそうだろう。だって今の自分には、あの廃寺で手に入れたこの力があるんだ。

ユウは上着の内ポケットから、あの廃寺で入手したアイテムを取り出す。これさえあれば、ゴッドイーターにわざわざならなくても、誰かを助けることだってできるし身を守ることなんて容易い。巨人に初めて変身したあのときだって、超大型アラガミを一発の光線で倒すことができのだ。

いずれアラガミが出現するという情報が入るはずだ。その時は、アナグラの屋上のテラスに登り、そこで変身すればついでの人命救助もできれば逃亡することだってできるはずだ。

そうだ。この力さえあれば…自分に、『ゴッドイーター』の力なんか必要ないじゃないか。

うっすらと、ユウは笑みさえも浮かべた。

 

――その考えが甘すぎたことに気づいていなかった。

 

すると、アナグラ全域に突如警報が鳴り響いた。エントランスのカウンターに居た赤毛の少女オペレーターがコンソールをたたき出す。

「緊急事態発生!ただいまアナグラ防壁を『ヴァジュラ』『クアドリガ』『コンゴウ』他小型アラガミが終結!防衛班、直ちに集合してください!」

「ん、出番のようだな。いくぞシュン」

「へ、残らず始末してやんぜ。アラガミ野郎!」

その放送に、ユウのすぐ近くのテーブルでさっきまで喋り合っていた男二人が、出撃ゲート前の方へと出向いた。それから3分ほどたった後、防衛班と思われる6人の男女が集められた。

「カノン、お前ちゃんと放送聴いてたろ?みんなより1分遅れるって何してたんだ?」

「す、すみませんタツミさん…ちょっとお菓子作ってる最中でしたので…」

赤いジャケットを身に纏った青年が、後輩と思われる桃色の髪のおっとりとした少女を叱っている。

「おいおいカノン、あんた俺より年上だろ?そんなトロくて大丈夫なのかよ?」

さっきシュンと呼ばれた少年からもたしなめられ、桃髪の少女は肩を落とす。

「ふふ。じゃあ、お詫びに今回の任務の後お菓子をみんなに振舞うのはどうかしら?」

横から、眼帯で右目を覆っている細い長身の女性が微笑しながら会話に加わってくると、カノンと呼ばれた少女からぱあっと笑みが浮かぶ。

「あ、はい!お菓子、たくさんありますから!」

「…まぁ、深くしかりつけるのもなんだし、次は気をつけろよ。お前ただでさえ誤射が酷いからな」

「うぅ…」

聞くところ、このカノンという少女は銃形態の神機使いのようだが、射撃の腕の方はいまいちらしい。追い討ちをかけられちょっと落ち込んだようだ。少し同情してしまう。

「お前たち、私語はそれまでに。教官がこちらに来るぞ」

すると、青いジャケットを着込んだ短い銀髪の青年が全員に静粛にするように呼びかける。エレベーターの方から、先ほどコウタと呼ばれた少年と会話していた女性、リンドウの姉であるツバキがバインダーを手に防衛班のもとに歩み寄ってきた。

「よし、全員揃っているな?これよりお前たちには防壁外へ緊急出動してもらう。敵は大型アラガミ『ヴァジュラ』をはじめとした群れを成している。防壁を突破されたら、わかっているとは思うが住民に大きな被害が及ぶこととなる。万が一の時は他の部隊を応援に向かわせるが、それまでの間これを一匹残らず、なんとしても食い止めろ。いいな?」

「「「了解!」」」

「よし、では行け!」

ツバキからの出撃命令を受け、6人の防衛班メンバーたちは出撃ゲートから現場へと出撃した。

アラガミは、防壁の外…か。ユウも立ち上がり、エレベーターの方へと向かう。確かこのアナグラはこの第8ハイヴを見渡せるほどの屋上スペースがある。今は警戒体勢に入っているから人も集まっていないはずだ。ユウはエレベーターに乗って上昇ボタンを押し、すぐに屋上に上がった。

 

 

出撃命令を受けて現場、アラガミ防壁から一歩外に出た防衛ライン『創痕の防壁』に、防衛班は到着した。かつて人類の連合軍がアラガミと対峙するために建造された前線基地だった場所だが、現在は廃墟と化し、いまだに燃え尽きることの無い炎に焼かれている。現在もゴッドイーターたちが極東支部を守るためにここを死守し続けている。

主にここを守っているゴッドイーターは、主に防衛班と総称されている、『第二部隊』『第三部隊』の若い男女だった。

防壁の入り口から下を見下ろすと、すでに数体ものアラガミが下で待ち構えていた。

「ヴァジュラ。クラドリガ。コンゴウ…他はオウガテイル2匹とザイゴート3匹。偵察班の情報どおりだな」

ひねくれた風貌を持つ青年が携帯端末に表示された情報と現在の現場の状況を見て呟く。

以前リンドウたちが相手をしていたヴァジュラ以外の、髑髏のついた戦車型のアラガミを見て、シュンがめんどくさげにぼやきだす。

「雑魚はともかく、クアドリガかよ~。硬い装甲を持つアラガミって、面倒なんだよなぁ…」

「大丈夫よ、こっちにはブレンダンとカノンもいるんだから」

眼帯の女性がフォローを入れるように言ってくる。すると、青いジャケットの青年とカノンが頷いてみせる。とはいえ、カノンは少々緊張をほぐせていない様子だ。

「ああ、硬い装甲を持つアラガミなら任せてくれ。」

「だ、大丈夫です!アラガミにしっかり当てていきます!」

「間違っても俺たち巻き込むなよ…前みたいに」

「おいおいシュン、あんまりカノンを落ち込ませんなよ」

赤いジャケットの青年が、さすがにかわいそうになってきたのでそのへんにするように言うと、すぐにシュンから突っ込みが入る。

「そういうタツミだってカノンの誤射には手を焼いてるってぼやいてたくせに…」

「ぐ…」

「タツミさん…うぅ…」

さらに余計に落ち込むカノンを、眼帯の女性が慰めるようによしよしと頭を撫でた。

「っと…ヒバリちゃん聞こえるかい。こちら第二部隊、配置についたぜ」

わざと紛らわすように、赤いジャケットの青年、タツミは携帯端末を起動して、アナグラ内のヒバリに連絡を入れた。

『こちらヒバリ、部隊の配置を確認しました。皆さんの背中、ちゃんと見てますからね』

「うし、みんな。行くぞ!ここは絶対に食い止めるぞ!」

タツミが真っ先に飛び降り、それに続いて他の防衛半メンバーたちも降りた。結構な高さだったが、ゴッドイーターたちは強靭な体を手に入れているため、数メートルの高さから飛び降りても問題は無い。

銃形態の神機を持つ三人…『台場カノン』と眼帯の女性『ジーナ・ディキンソン』、ひねくれた青年『カレル・シュナイダー』が後衛、前衛には剣形態の神機を持つ『大森タツミ』『ブレンダン・バーデル』『小川シュン』の三人が努める。

剣形態…正確には接近形態の神機は現在『ショートブレード』、『ロングブレード』、『バスターブレード』の三種類、銃形態は『スナイパー』『ブラスト』『アサルト』の三種類存在し、属性には炎・氷・雷・神属性の四つがある。

ショートブレードは全ての接近装備の中で短いが、それだけでも普通の刀くらいの長さがあり扱い易さに富んでいる。ロングブレードは身の丈ほどの長さを持つため攻守のバランスに富み、バスターブレードはさらにその刀身に重みを乗せ機動性を犠牲に破壊力を高めたものだ。

「そら!!」

オウガテイルの一体がタツミの手によって切り裂かれる。タツミの持つ神機はショートブレードの『発熱ナイフ』は名前の通り炎属性。長い間神機使いとして戦ってきたキャリアを持つタツミの腕なら、全ての属性に弱いオウガテイルを簡単に焼き切ることなど赤子の手をひねるも同然だった。

「おらよっと!!」

「むん!!」

続いて宙を飛びまわりながら突進してくるザイゴードの一体を、氷属性の長剣『冷却ブレード』による空中回転切りで切り裂き、ブレンダンはクアドリガのはなってきたミサイルを避けつつ一定の距離を保ち、大剣『神切りクレイモア』を振るってクアドリガの前面装甲を傷物に変える。

彼らに向かって、コンゴウやオウガテイルが数匹襲ってくる。彼らが敵アラガミから距離を置けるよう、カノンとカレルが援護射撃を行い、襲ってきたオウガテイルを粉砕し、コンゴウにも被弾させる。ジーナは遠くの高台から、カレルとカノンは中距離からの射撃で前線のタツミたちをフォローするが…。

戦闘の際、傷を負ったコンゴウとヴァジュラが鎮座しているコンテナの間の道を通って逃亡し始め、それをカレルとシュンの二人が追い始めた。

「カレル、前に出過ぎじゃないか!?それにシュン、ヴァジュラは今は放って置け!お前一人の腕じゃ無理がある!」

「ふん、雑魚の多数撃破よりも、大物の処理の方が一発で稼げる。どうせ討伐対象だからかまわないだろ?」

「カレルの言うとおりだぜ!どうせ誰かが殺るんだ、俺がやったっていいだろ!」

ブレンダンからの警告に、済ました態度でカレルは言い返し、シュンと一緒に逃げたコンゴウを追い始める。

と、その途端とんでもない爆発が彼らの付近でズドン!!!と凄まじい轟音をほとばしらせながら発生した。

「「うおおおお!!?」」

無論近くにいたシュンたちは爆風で吹き飛び、同時にシュンたち二人が負っていたコンゴウに爆発の発生源であるブラスト弾が直撃、コンゴウはその一撃を受けて力尽き、ヴァジュラの方はというと顔の皮膚に結合崩壊を起こし傷だらけになる。

「…射線上に入るなって…私言わなかったっけ?」

どすの利いた声で言ったのは、なんとカノンだった。さっきまでの態度とはまるで別人のような態度を見て、タツミは「あちゃ…」と頭を抱え、シュンたちは青ざめる。

実はカノン、誤射してばかりと散々言われているが…原因はこれである。彼女は戦闘の際なぜかおっとりとした普段の性格から一転してとんでもなく攻撃的になるのである。射線上に味方が居てもおかまいなし、アラガミを撃ち殺すことに頭がいっぱいなのだ。ちなみに彼女は…一言も『射線上に入るな』とは言ったことがない。

すると、ヴァジュラが怒りに駆られたのか、タツミたちの方を振り向く。今のところ雑魚のアラガミたちはすでに倒しつくしたが、ヴァジュラは当然ながらオウガテイルが何匹も集まった分の力がある。カノンの誤射の爆風でまだ身動きが取れなくなっていたせいもあって、シュンとカレルはまだ動けない。

そこへ、遠くから線を描くような細く鋭い一発の弾丸が打ち込まれる。ジーナのスナイパーによる射撃だった。それと3発ほど撃ち込むと、ヴァジュラがジーナのほうに視線を向ける。優先すべき相手を彼女に変更したのか、彼女の方に向かっていく。

「あら、こっちに来たのね」

アラガミが近づいてきているというのに、ジーナは一切の恐怖を覚えていなかった。それどころか、それだけ余裕なのか不敵な笑みさえも浮かべている。スナイパーを構え直し、再びヴァジュラに向けて撃ちこむ。さらにもう数発撃ちこんでヴァジュラを痛めつけたが、撃っているうちに弾がでなくなる。

「弾切れか…」

若干顔をしかめるジーナ。銃形態の神機はしばらく待ってOP(オラクルポイント)の回復を待たなければならない。その感覚がジーナにとってかなりもどかしいものだった。

しかしジーナの動きは次に繋げるに大いに役立った。次の瞬間、タツミとシュンの攻撃が同時に炸裂し、ヴァジュラは沈黙した。クアドリガの姿はなかった。

「ヒバリちゃん、クアドリガが見当たらないんだけど、知らない?」

タツミは携帯端末を起動し、ヒバリに連絡を取った。

『クアドリガの反応ですが、そのエリアからは確認できません。タツミさんたちがまだ討伐していないままだとすると…おそらくミッションエリア内からすでに離脱した可能性がありますね』

「んじゃ…任務完了だな。みんな無事か?」

タツミが全員に生存と負傷の確認をとる。全員無事に生きていることや怪我もあまりないことを見て、ほっと安心する。

「ったく、カノン!また俺たち巻き込みやがって!罰として飯奢れよ!」

「そうだな…俺からはお前の分の報酬の半分をいただくぞ」

「あぅ…」

シュンからの怒鳴り声とカレルの言葉に、カノンは縮こまる。さっきまでの豹変が嘘のようだ。カレルはともかく、本当ならシュンよりも一歳年上のはずの彼女だが、貫録がまるでない。

「もっと撃ちたかったわ…」

少し物足りなさそうにジーナは銃を肩に担ぎながら言う。

「最後まで警戒は怠るなよ」

ブレンダンが生真面目に警告を入れる。

…と、その時だった。タツミの端末が着信音を鳴らした。

「こちらタツミ、どうしたんだヒバリちゃん?」

『き、緊急事態です!!現在防壁外にて出撃中の第5・6部隊が、突然現れた超大型アラガミによって…全滅した模様です!』

「な…!!?」

予測不可の凶報を耳にして、タツミ…そしてブレンダンなどのメンバーたちの表情がこわばる。二つの部隊のゴッドイーターたちが、全滅した。それも、『超大型アラガミ』と言う単語。聞きなれないその言葉は皆の心を戦慄させる。

『現在リンドウさんたち第一部隊のメンバー3名に、救援を要請しました。防衛班のみなさんも救援に………え…!?』

「どうしたんだヒバリ!?」

ブレンダンが問うと、通信先にてヒバリの震える声が響く。

『超大型アラガミの反応が…こちら極東支部に向かって進行しています!30秒後にミッションエリア内に侵入します!防衛班のみなさん、警戒を!!』

「わかった!」

端末を切って、タツミは防衛班メンバーたちと向き合う。

「俺たち防衛班はこのままこの防衛ラインに待機する。気を抜くなよ!」

「へ、誰に向かって言ってんだよ。さっきみたいにばっさり切り落としてやるぜ」

「ふん、超大型アラガミ…か。報酬は高くつくんだろうな」

「早く撃ちたいわね。…あらカノン、あなた震えてるけど大丈夫かしら?」

「へ、平気です!これくらいなんとも…!」

「みんな、無茶はするなよ」

こうしてみると、彼ら防衛班はなかなかの個性派揃いだった。結成されてしばらく経つが、それぞれの個性が強く出ているために衝突することも多いが、不思議と皆仲が険悪と言うわけではない。防衛班のリーダーと第二部隊の隊長を兼任しているタツミはこんな仲間たちと共に戦えることに嬉しさを覚えた。

しかし、ヒバリの言っていた『超大型アラガミ』。大型アラガミよりも、さらに大きな姿をした奴なのだろうか?

『そ、そんな…予測より早い!?超大型アラガミ、ミッションエリア内上空に侵入を確認!』

その正体は、意外にも早い時間に現れた。

「ま…マジかよ…」

「…こいつはガチでやばいかもな」

彼らの頭上を黒い影が覆っていた。さっきまで余裕の態度をとっていたシュンは青ざめ、カレルさえも危機感を抱く。カノンも怯えきっていて震えている。

「超大型アラガミ、か…なるほど」

ブレンダンはなるべく心を落ち着かせるように自らの精神を律しようとしているが、油断するとすぐに恐怖に身をゆだねてしまいそうになっていた。

彼らの頭上の空、そこには……空を飛んでいる巨大な影があった。それも……リンドウたちが先日交戦した『オウガダランビア』並のサイズを誇る、巨大な怪獣だった。

 

 

エレベーターの扉が開かれると、すぐに外の風がびゅう…と吹いてユウの肌を刺す。この時代近くに森がなく荒野が広がっていること、かつての都市の機能が完全に停止したせいもあって、風が冷たく感じる。昔はもっと温暖な空気が漂っていたはずなのに。

防壁の向こうから銃撃や叫び声が聞こえる。戦闘が開始されたようだ。

「よし…!」

ゴッドイーターはあまり好きではないが、だからといって無視するわけにもいかない。だからあの時サクヤを助けたのだ。

この力…巨人の力さえあればもう彼らに無理をさせることも無い。自分も帰ることができるし、一石二鳥だ。

ユウは、あの廃寺で手に入れたアイテムを右手に握り、前に突き出した。これであの巨人を模した人形が出てくれば、またあの時と同じように巨人に変身できるはずだ。

 

しかし……巨人の人形は出てこなかった。

 

「え…!?」

もしかして、すぐには出てこない設定なのか?ならばもう少しだけその姿勢のまま待ってみるのだが、10秒、20秒、30秒…一分待っても巨人の人形は一向に出てくる気配を見せなかった。

どうして?何で出てこない!?ユウは混乱した。どうして出てきてくれない!?

意味が分からず、アイテムを睨むユウ。

「くそ!!」

苛立ちを覚え、ユウは頭に来てアイテムを叩きつけてしまう。なんでこんな時に!確かにあの時巨人に変身した時は無我夢中だったが、少なくともゴッドイーターたちの危機的状況であり、だからこそ変身するべきタイミングのはずだ。

なのに…どうして巨人の人形が出現しない!?あれさえあれば、全てがうまくいくはずだったのに!!

納得できずユウは憤りを覚えていると、防壁の向こうで激しい爆発音が鳴り響いた。

ユウは見た。防壁のすぐ傍まで、オウガダランビアに並ぶほどの巨体を誇る化け物が降りてきているのを。

そして、その巨体を用いて暴れまわりはじめたことに伴い、防壁に爆発音がさらに鳴り響いた。

しかもそのポイントは、タツミたち防衛班のいるミッションエリアだった。

「そんな…」

あの時のように巨人に変身することもできない。そのために、アナグラから脱出して帰るどころか、ゴッドイーターたちを助けることもできなかった。

 

ユウは、絶望した。

 




NORN DATA BASE


●加賀美リョウ
漫画版『the spiral fate』の登場人物で、同作の主人公。その作品では彼がGODEATER・およびBURSTの主人公に当たり、二作品で起きた事件も経験している設定。今作では名前のみ、ユウが第8ハイヴ進入のため偽造証に記名した偽名として名前のみの登場。
リデザイン前のタツミと姿が被っているという逸話がある。

●ルミコ
同じく漫画版『the spiral fate』で登場した女医。リョウの怪我の手当てをしていたが…。
原作ゲームではあまり医者らしい人物がほとんど見られなかったため、今作でも登場させた。鎮魂の廃寺で倒れていたところを救助されたユウを診てくれた。


●変身不可能
ウルトラシリーズにおいてたまに起こるある種の伝統現象。名前の通りウルトラマンへの変身ができない状態。
主人公と同化したウルトラマンが主人公の変身を拒んだがために起きる場合が多い。これまでのシリーズの中で作者は『帰ってきたウルトラマン』『ウルトラマンダイナ』『ウルトラマンコスモス』『ウルトラマンマックス』を確認している。
理由については次回の本編中でも語る予定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新型神機使い『神薙ユウ』

ゴッドイーターラジオ聞き逃した!(泣)
その悔しさをバネに完成させました。
でも申し訳ないことに今回も変身はなしorz




アラガミ防壁で戦闘中だった防衛班メンバーたちだが、頭上から襲い掛かってくる超巨大のアラガミは、暴れるのを止める気配がなかった。

「くそ、なんなんだこいつは…ぐあああ!!」

「ブレンダン!」

ブレンダンがたった今、高速移動しながら降りてきた巨大アラガミの低空飛行の衝撃で吹き飛んだ。

「にゃろう!!ってうわ!!」

シュンが意地になって神機を構え、敵の攻撃に備えたものの、彼の神機は遠距離タイプではない。通常の飛行型アラガミならまだしも、あのように何十メートルも空高く飛んでしまっている、まして大型アラガミよりも遥かに巨大な敵をしとめることなど無理だった。今、かろうじて装甲を展開したが、装甲に直撃した際の衝撃が大きすぎて、シュンは吹っ飛んで防壁に背中を打ちつけた。

「ちぃ…偵察班め、一体何をしていやがった!」

カレルは少しでも仲間たちに近づけまいと、再び空高く飛行してこちらに近づく機会をうかがっているアラガミに連射し、牽制する。

「カノン、ジーナ、カレル!一つに固まるな!なるべく互いに遠い地点まで散会しろ!シュンとブレンダンは、それぞれカレルとカノンに着いて装甲を展開!俺はジーナに着く!」

防衛班リーダーでもあるタツミは直ちに指示を出す。銃形態の神機は装甲を搭載することができない。そして接近戦型の神機は空を飛ぶ敵に弱い。だから遠距離攻撃ができるカレルたち銃形態の神機使いの傍に、自分も含めた接近戦型神機使いを置いて、万が一攻撃が近づいたら最低限避け、避けきれない場合は装甲を展開することで銃使いを守るというものだった。

「この、灰になっちゃえ!!」

「撃ち抜く…!」

ブレンダンとタツミの二人に守られている、カノンとジーナもアラガミに向けて射撃する。

鋭い閃光と、暴発する弾丸が敵に炸裂する。しかし、敵にダメージこそ与えているものの、倒すまでにいたらなかった。

「くそ…やっぱし図体がでかい分強くもなっているみたいだな…あの『ザイゴード』もどき」

タツミが、空を飛ぶアラガミに対して悪態をつく。空を見上げ、そのアラガミの姿を凝視する。

ザイゴードとは、真っ白な女性の体が、一つ目のついた黒い卵の殻のようなものに呑み込まれているような姿をした小型アラガミの名前だ。この個体もオウガテイル同様強い種ではなく、全ての属性にも、全ての種類の刀身による攻撃に対しても耐性が大きくない。

しかし、あの巨大なアラガミはそうではない。通常のザイゴードとはまるで異なっていた。

卵の殻のような黒い部分が竜の頭のような形を取っている。女体の部分は、両手は黒い竜の両腕に、下半身も腹の辺りから途切れるような形で黒い竜の体に取り込まれているような姿をしていた。そして背中には、半透明の翼を持っている。

『み、みなさん!それ以上は危険です!早く逃げて!!』

すでにこの時点で、防衛班は詰まれていた。体力・精神も限界に近づきつつあった。勝ち目が無いことは一目瞭然。

しかし、タツミたちには逃げられない理由がある。ここで逃げてしまったら、いずれあのアラガミが防壁を破り、防壁内の人たちを食らい尽くすかもしれないのだ。自分たちもここから防壁の中に逃げたところで…。

ザイゴードの特徴を持つその竜はタツミたちの目の前に山のように積まれたコンテナの上に降りてきた。奴の頭の単眼が血走った目でこちらを見下ろしている。

「グルオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

その雄叫びはヴァジュラの非ではなかった。防衛班メンバーたちを戦慄させ、凍りつかせた。

巨大アラガミは荒れ狂うように腕を振るうと、その豪腕でアラガミ防壁を攻撃する。凄まじい力だった。アラガミ防壁の一部が崩れ、ひび割れてしまい、崩れた箇所から瓦礫がなだれ落ちた。

「しまった!」

アラガミ防壁に傷が入る。たったそれだけでも、防壁内の人たちがアラガミの格好の餌食にされやすくなる。

アラガミ防壁は、人間に好き嫌いがあるように、アラガミの食するものにあわせ、彼らが食べる気を起こさせないようにするための偏食因子を組み込ませている。だから防壁内の人たちは中に入りさえすれば、すぐに襲われたりすることが無い。しかしこの防壁は決して無敵なものではない。ほぼ数日に一回ごとに、この防壁は破られているのだ。それに偏食因子も防壁を構成する『オラクルリソース』も無償ではない。修理するにせよ修繕費用もかかり、ハイヴ内の人々全員の悩みの種となっている。

その防壁が、また破られたのだ。破壊されたのは防壁の頂上。それに続いて、縦一本に描くように防壁が破壊されてしまった。すでに近隣の住民が避難していたことが不幸中の幸い。しかし、これ以上防壁を破られると、せっかく避難した人たちにも危害が間違いなく及ぶ事態が起こる。

「や、やめろおおおおお!!」

カノンが声を振り絞りながら、ブラスト弾を放った。その一発はアラガミの顔に被弾、アラガミの顔は血塗れた赤黒い表皮がむき出しの状態となった。

そのアラガミは邪魔をしてきたカノンを見ると、怒りを孕んだような唸り声を上げながらその大きな口を広げて食らいかかった。

「ひえ…」

カノンはさっきまでの豹変ぶりと異なり、本来のおとなしい状態にあった。恐怖で身動きさえもとることができずにいる。

「カノン!!」

タツミたちが声を荒げていたが、もう遅いし、間に合ったところで自分たちも結局一緒に食われてしまうだけだ。思わずタツミたちは目を伏せる…が、次の瞬間、不思議なことが起きた。

カノンに食らうほんのわずか数センチのところで、アラガミはカノンに近づかなくなり、少しずつ離れていくではないか。

「ふぇ…?」

間の抜けた声を漏らし、呆然とするカノン。いや、近づかなくなった…というのは少しおかしいかもしれない。全員が見上げた時、アラガミはカノンから離れているというよりも、見えない何かによって無理やり押し戻されているように見える。

しばらく見えない何かとつばぜり合いを続けていたアラガミだが、たまらなくなってその場から空に飛び上がり、逃亡した。

「…こちらタツミ。ヒバリちゃん、アラガミが逃げて行ったよ」

『こちらでも確認できました。すぐに救護班を派遣しますね…ふぅ』

通信先のヒバリの声を聞いて、アナグラにいる彼女も酷く安心していることが伺えた。

「た、助かった~…やべ、マジで死ぬかと思ったぜ」

「全くだな。くそ…偵察班め、次に会ったらみっちり問いたださないとな」

「今日も死ななかったわね…」

地面の上に腰を下ろし、緊張の糸が解けて息を荒げたシュン。カレルは帰ってきた後で今回の敵の情報をよこさなかった偵察班に一言文句を言うことを決めていた。ジーナは遠い目で、敵のアラガミが飛び去った空を眺めていた。

「しかし妙だな。あのアラガミ、その気になれば俺たち全員を食うことができたはずだが…」

ふと、ブレンダンが当然ながら先ほどのアラガミの行動に疑問を抱く。

「…今は考えてたって仕方ないさ。今はとにかく、生き残れたことを喜ぼうぜ」

タツミがブレンダンに軽く言う。今は肩の力を落として休まないと、次の任務に望めない。深く考えることが癖になっているブレンダンも、今はタツミの言うとおり休むことを優先し、救護班が来るまでその場に待機した。

ふと、ブレンダンは視線を感じた。挙動不審な彼の動きにタツミが首を傾げる。

「どしたブレ公?」

「いや、今…何かに見られているような気がしたが…すまん、気のせいだったよ」

ブレンダンたちは気づいていなかった。自分たちを、崩れた建物の影から見ていた、二本角を持つ、金色の瞳の主に。

 

 

極東。かつて日本呼ばれたその地には、アラガミたちが特にわんさかいる。毎日が危険な状況下にある中、その地で最も安全といえるのは、やはりフェンリル極東支部、第8ハイヴ。しかし、受け入れることが可能な人は無限ではない。人口が100分の1まで差し引かれてしまったとしても、壁の中の世界は、そのごく一部の人間を受け入れるには限界がありすぎた。

外の世界が常に脅威そのもの。そんな世界で、もし空席の安全地帯があればそこに手を伸ばすのが当たり前。その席をずっと独占したくなる気持ちも当然のことだ。しかし、その席を手に入れられなかった人たちからすれば、妬みと恨みの対象。

家族を、妹を失ってからのユウは、極東支部からやむをえなかったこともあったとはいえ、極東支部の保護を拒否された人々の声を聞き続けてきた。

 

なぜ、あいつらばかりが得をする?

ゴッドイーターばかり優遇しやがって!

どうして自分たちが追い出されないといけない?

自分たちの箱庭ばかりを守りやがって。

どうせ自分たちさえ助かれば他はどうなっていいんだろ?

上の連中は胡坐をかくばかりで、傍観しているに違いない。

 

自分たちばかりが迫害され、あいつらだけが惰眠をむさぼるほどの余裕がある。それが許せない。そのフェンリルとそれに連なる者たちに対する呪詛の言葉を聞き続けていた果てに、ユウも家族を失った悲しみから立ち上がるために、糧とした。

 

フェンリルとそれに連なる者たちへの怒りを。

 

しかし…。

 

「すぐに手当てするから!」

ルミコの叫び声が聞こえる。

何も…できなかった。

ユウは、アナグラの研究区画のメディカルルーム前の廊下にて、搬送されてきた防衛班の傷ついた姿を見て呆然と立ち尽くしていた。

僕は結局何をしようとしていた?何かで来たか?今回は何かを成すことができる力が…鎮魂の廃寺で手に入れたはずの巨人の力が使えなかった。どうして…なんで!?

これじゃ…『あの時』と何も変わらないじゃないか!

脳裏に、妹がアラガミによって倒壊してゆく家の中に飲み込まれたときの光景が蘇り、ユウは悔しさともどかしさで、アナグラの入り口付近の壁の頭を打ち付けた。

(ちくしょう…!!)

何もできない。何も成せない。なんとももどかしいことか。本当ならあの時、自分は巨人に変身して、防壁に出現したアラガミを倒すことができたかもしれなかった。けど、変身できなかった。そして防壁付近の人たちがそこを守っていた防衛班所属のゴッドイーターたち同様負傷、または犠牲になった。

(僕は、ゴッドイーター以上の力を手に入れたんじゃなかったのか!?なのに、どうしてあの時僕は変身できなかった!そうすれば、僕は自分の手でアラガミから人々を守ることもできたし、女神の森に帰ることだってできたかもしれないのに!!)

ガン!と壁を殴り、苛立ちを吐き出した。どうして、現実とはこうも人間に対して容赦の無いものを見せる?僕たちはただ、平穏に生きていたいだけなのに、どうしてこんなことばかりが起こる?

なんでだよ…なんで…なんで…!!

 

「ねえガム要る?」

 

自分のことだろうか?ユウはその声を聞いて振り向くと、どこかで見た顔だった。赤い髪に黄色のニット棒とマフラーをつけた少年だ。確かリンドウの姉、ツバキと一緒にいた少年。彼はポケットからガムの外箱を取り出したが、中は空っぽだった。

「あ、ごめん…!さっき食った奴で最後だったみたい」

謝りながら、少年は頭を掻いた。なんだこいつは。何か用でもあるのかと思っていると、少年は再びユウを見返してあることを尋ねた。

「あんた、もしかして新人の人?」

「え?」

「リンドウさんが言ってたんだ。もしかしたら大物になれるかもしれない奴がくるって。もしかしたらあんたのことじゃないかって」

人のことを過大評価されても困る、と心の中でユウはぼやいた。

「俺、藤木コウタ。もしあんたがゴッドイーターになるとしたら、俺がほんのちょこっと先輩って事で、よろしく」

少年、コウタはニカッと笑う。まるで子供のように見える。最も見るからに年下なのだが。

「そういやさ、あんた…リンドウさんたちが鎮魂の廃寺で保護してたんだよな」

「え?あ…うん」

話を切り替えてきたコウタに、少し戸惑いながらユウは頷いた。

「じゃあ、やっぱ見たのか?廃寺に現れてアラガミを倒したって言う、銀色の巨人」

「…!」

もうすでに、ユウがあの時変身した巨人の話が広がりつつあったらしい。

「いいな~俺も見たかったんだよな。まだ風の噂程度でほとんどのみんなが半信半疑なんだけどさ」

しかしコウタの話だと、まだ信憑性の無い都市伝説程度でしかなかったようだ。一時は自分があの巨人に変身していたことがばれたのかと思ってヒヤッとした。フェンリルは信用なら無い。もし自分があの時の巨人だと知れ渡ったら、モルモットにされるのではないのかと危惧したが、今のところその心配は無かったようだ。

しかし、不思議だ。

「半信半疑なのに、どうしているって思うの?」

ユウがコウタに問う。巨人がまだ都市伝説程度の存在なら、つまりその巨人がいたという証拠写真程度の証拠品がないのだろう。ただリンドウたちが目視し、口頭で伝えただけ。

「いや、俺もまだ信じ切れているわけじゃないって思うけどさ、信じられる気がするんだ。ここに来るちょっと前に、その巨人に似たヒーロー小説があったのを、気に入りの漫画を買いに行った時に見つけてさ。

その小説って、地球がアラガミに支配される前のことを記述してたんだってさ。

そのとき、フェンリルみたいな当時の防衛組織だけじゃない。『ウルトラマン』っていう宇宙人たちが現れて、一緒に戦ってくれてたって話なんだ」

「ウルトラ…マン…?」

そんな名前が、あったのか?

「さっき言ってた巨人の名前。

けどアラガミって色んな物食うだろ?そのせいで昔のデータがほとんどなくなっちゃってたけど、その一握りの情報の中にある、夢みたいな奴が実在したって話を聞いたら、やっぱ信じたくなるってもんじゃん?」

「……」

信じたくなる…か。

僕も信じたかった。あの巨人の力さえあれば、僕はもうゴッドイーターに頼ることなく誰かを守り、誰も失うことが無い。そして自由になれるのだとばかり思っていたのに…。

ユウの表情は沈み始める。コウタはその原因が、近くにあるメディカルルームにあることを察した。

「俺さっき違う地区でリンドウさんと任務に当たってたんだ。あの時はゴッドイーターになれて浮かれてたんだけど、少しはわかった気がするよ。この仕事が、すごく過酷なものなんだって…。」

先輩たちが傷ついた姿を見て、ゴッドイーターに成り立てのコウタも、これから彼らのように傷だらけになっていくことを察した。いや、傷だらけになるだけまだましな方だった。リンドウたちによると、たとえ新人でもゴッドイーターたちは早死にしてしまうことがある。

「嫌なもんだな、傷つくって」

「嫌なら断っとけば良かったんじゃないか…」

ユウがポツリと言う。しかしコウタは首を横に振った。

「確かに自分が傷つくのは怖くていやだけどさ、俺にはもっといやなことがある。だからゴッドイーターになることを選んだんだ」

「どうして?」

「外部居住区に家族がいるんだよ。母さんと妹の二人」

それを聞いて、ユウはコウタの顔を見上げた。ガムの話をした時は、苦労知らずの子供みたいな顔をしていたというのに、今はそんなわずかなおチャラけ具合もなかった。

「俺はずっと考えてる。どうしたらアラガミの脅威から母さんと妹を守れるのかなって。そうしたら、やっぱゴッドイーターになることしかぱっと浮かばなかった。二人とも乗り気じゃなかったけど、俺が絶対になって守る、その代わり必ず帰るって約束したら、折れてくれたんだ。

一度自分で決めたことなんだ。今更後になんか退けるかよ。この腕輪だって外れないし」

コウタはそういって、ゴッドイーターの証でもある腕輪を見せる。この腕輪は一生外すことができないのだ。コウタは見たところ年下に見える。この年齢で責任感に溢れた言葉を言える奴はそうはいない。

「あそこで運ばれた、傷つく人たちがいなくなるように、母さんとノゾミが傷つかないように…俺もなりたいんだ。

みんなにとっての『ウルトラマン』に。

まあ、まだ夢とかそんなもんでしかないってみんな言ってるけど、だから俺ががんばってそれっぽくなってやらないとな!」

「おう、いい心がけじゃないか新入り」

エレベーターの方から声が聞こえた。そこを振り向くと、リンドウが歩いてきた。

「リンドウさん!」

「けど、無理はすんなよ。死んだら元も子もないんだからな…ってお、お前さんもいたのか」

ユウがそこに立っていることに気がつき、よう、と軽く手を上げて見せたが、ユウはリンドウの方を一度ちらと見ただけですぐに目を背けた。

リンドウはユウに近づく。

「ボウズ。ちっとばかしおっさんからの説教だ」

少しその表情は険しいが、口調はいつもの調子をどこか保っている。行き成り思わぬ説教を食らうという状況に一瞬戸惑いを覚えたが、すかさずリンドウは続けた。

「避難誘導の放送が、さっきの戦闘中もアナグラ中に流れていた。けど、お前は屋上にいたんだよな」

ユウは黙ったまま頷いた。

「あそこも戦闘中の非戦闘員の立ち入りは禁止されてんだ。空を飛ぶアラガミがここまでなだれ込んでくる可能性だってある。まして今回のアラガミは、通常の飛行型アラガミよりも遥かに巨大な個体だったそうだ。その意味…わかるな?」

「……」

下手をしたら、自分もあの時アラガミ防壁に出現したアラガミに食われていたかもしれない…ということだ。言わずともわかる。

「お前さんが屋上で何をしようとしてたのかは知らねえが、次からは気をつけろよ。死んだ奴の骨を拾ったって、もう助けてやれないんだからな」

ユウは黙ったままだった。リンドウはその表情から見え隠れしているユウの感情を察した。

「…悔しいのか?」

リンドウからの問いにユウは何も答えない。

「俺は無理にお前さんがゴッドイーターになることを強要する気はねえ。俺から言えるのは、『自分が後悔しない道を選べ』ってことだけだ。

…んじゃ、これでおっさんからの説教は終わりだ」

リンドウはユウの方を軽く叩いて元気を出すように促した。

すると、メディカルルームから数人ほど姿を見せた。防衛班のメンバーたちだ。

「リンドウさん、見舞いに来てくれたんすか?」

タツミが笑みをこぼす。

「おう、お前ら全員無事だった見たいだな。怪我はどうよ?」

リンドウは怪我の具合を尋ねた。

「いえ、全員大きな怪我はありません。数日休むことになるのが、正直…」

ブレンダンが悔しげに言う。自分が戦えないことで、その分の犠牲が出てしまうのではないかと危惧しているのが見受けられた。

「そう思うなら、今はゆっくり休んで、俺たちに任せとけって。な、コウタ?」

「はい、任せてください!」

リンドウから太鼓判を押され、コウタは調子よく胸を叩いた。

「どーだかな…そいつ最近入ってきたばっかの新人じゃねえか。役に立つどころか、リンドウさんの足引っ張るのがオチじゃねえの?」

しかし、ここでシュンが水を差すように口を挟んできた。

「何ぃ…」

あからさまに自分を、新人というだけで小馬鹿にしてきたシュンに、コウタは表情を歪ませたが、自分の頭にポンと置いてきたリンドウが場の空気を和らげるつもりか、あることを暴露する。

「シュン、そういうお前だって最初の頃は足が震えまくりだったろ?俺ぁ覚えてるぜ。最近だってやたらゲンさんに生意気にも『負け犬』とか言う割りに、撃破数稼ぎのために無茶して任務の失敗数も数知れず…って、姉上が頭を悩ませてたぞ」

「あぁ!!リンドウさん、新人の前で何言ってんすか!」

「ふーん…そうだったんすか~…」

「ああほら!リンドウさんが余計なこというから新人の奴が!」

コウタからの冷たく細い視線に当てられ、シュンはコウタを指差しながらリンドウに怒鳴り返した。

「ふふ、やられたわね」

「まぁ、シュンは無駄に強がりだからな」

「てめえら少しはフォローしろよ…」

同じ第3部隊のジーナとカレルからもたしなめられ、シュンは先輩風を吹かせることもできなくなり肩を落とした。

「いいか、俺たちゴッドイーターは戦場でかっこつけたり手柄を立てることが仕事じゃない。最優先は…『生き残る』ことだ。とにかく自分が生き延びることを考えろ。そうすりゃ活躍の場だってもっと増えるし、この先にできるかもしれない仲間や家族、恋人…さらにもっと多くの人たちを助ける事だってできる。

自分なんかがのうのうと生き延びていることを気に病むことはないし、目先の手柄のために喉から手を出すこともねえんだ。いいな?」

「…へーい」

特に自分に対して言われていると思ったシュンが返事し、他の面々も了解、と軽く敬礼した。

「そういえばリンドウさん、そこにいらっしゃるもう一人の人はどなたでしょうか?」

ふと、カノンがユウを見てリンドウに尋ねる。見ない顔であることに気づいていたらしく、他の面々も興味深そうにユウを見た。

「おう、こいつは…っておい!」

視線に耐えがたかったのか、ユウは最後まで何も言わずにリンドウたちから背を向け、エレベーターの方に歩き出していった。リンドウの言葉だけじゃない。それ以外にも、突き刺さるものがある。

医務室に運ばれていった怪我人たち。もしかしたら、別の場所にも怪我人が多数運ばれ、中には死人も出ていることだろう。そんな光景を見て、頑張って理想に近づこうとするコウタの姿と、手柄や報酬よりも生き延びることを説くリンドウの姿勢。

それに引き換え力を持っておきながら何もできなかった自分に、いたたまれなくなってその場から離れていった。

「どうかしたのか?あいつ…」

ブレンダンが首をかしげながら呟いた。

「あぁ…ちょっとな」

リンドウは参ったな…と頭を掻く。今回新たに入ってくるかもしれない新型神機使いの候補者。だが個人的事情についてのクセがある。元はアラガミ防壁外、つまりフェンリルからの保護を受けることができない地にいた人間。フェンリルに対する反発心も強い。これは仲間になるにしても手を焼かされそうだと思わされた。

 

 

どうして…。

ユウは警戒態勢が解かれたこともあって開放された屋上のテラスに来ていた。すでに何人か、第8ハイヴ内の避難民の姿が見える。まだ家に戻れないからやむなくここに集まっているのだろう。自分たちの家を失って嘆いている人、そんな人を励まそうと肩を寄せる人の姿がその中にある。

あの時地面に叩きつけていたあの神秘のアイテムは、ない。誰かに拾われていたのかもしれない。

けど、もうどうでもよかった。あんな土壇場になって使えなくなるような力なんて、肝心な時に役に立てない力なんて欲しくなかった。

きっとここに集まっている人たちはゴッドイーターたちが必死になって助け出した人たち。自分だって、あの巨人の力さえあれば、彼ら以上に多くの人たちを傷つけることなくアラガミを倒せたかもしれない。防壁を破られ、ここにいる人たちが元通り、すぐに家に戻る事だってできたかもしれないのに、どうして自分はダメだった?

しばらくユウは、近くのベンチに座り続けた。いつしか時間が経つにつれ、景色は夕日が差し、この場にいた人たちも夕を除いて去っていく。

この先、自分はどうすればいいのだろう?

以前ここの支部長に言われたとおり、ゴッドイーターになるか、それとも第8ハイヴへの不法侵入罪で牢屋行きになるか。

ゴッドイーターになんかなりたいとは、思わなかった。それはすなわちフェンリルの保護下に入ること。アラガミと果てしなく過酷さばかりが伴う戦いを続けること。そして、フェンリルの保護を得られなかった『女神の森』の人たちを裏切るということ。

自分がゴッドイーターになって、みすみす帰ったら罵倒されるに決まってる。それに自分でも、これまで自分たち防壁外の人間を拒否してきたフェンリルの力に頼らず、自分たちの力だけで必死に稼ぎながら生き延びてきたのに、今更フェンリルの世話になりたくなんかなかった。

それでも、僕だって…ゴッドイーターの人たちみたいに、誰かを守りたかったのに…。

そうすれば、妹を失ったときの自分みたいな思いをすることもなかったのに…。

ただ僕は、今の家でもある『女神の森』に帰りたかっただけなのに…。

 

「なぜ、君があの巨人に変身できなかったのかわかるか?」

 

「!!」

ユウは突然声をかけられ、顔を上げ周囲を見る。しかし、人の姿がない。子供さえも一人としていない。けど今の声は、確かに男の、どこか貫禄さえも感じられる声だった。

辺りをもう一度見回しても姿はない。

「誰なんだ!僕に話しかけているのは!?」

「ここだ」

今の声は、すぐ近く!?咄嗟に、ユウは己の勘に従い、視線を声の聞こえた方…自分が座っていたベンチの傍らに設置されたテーブルへと泳がせた。しかし、やはり人間の姿はなかった。代わりにあったのは…。

「人…形…?」

二本の角を持つ赤い、何かの偶像ヒーローのような人形だった。

「私の名は『タロウ』。ウルトラマンタロウだ」

「ウルトラマンッ…!っていうか喋った…!?」

コウタが確かその名前を言っていたのを思い出す一方で、人形があたかも喋ったのかと思った。

「って、誰かのいたずらか…」

が、直後に一瞬騙された自分をため息交じりに自嘲し人形を掴んで、どこかに小型スピーカーでも仕込まれているのだろうかと手の中に収めて確認してみる。しかしその直後、奇怪な現象が起きる。わずかに人形が光り出したと思ったら、ユウの手の中から人形が姿を消してしまったのだ。

「!?」

思わず身構えてしまった。しかも夕日が沈むに連れて星が見え始めるほど暗くなり始めてしまったために、辺りは暗くなっている。それにしても、あの人形はなんだ?さっきわずかに確認したくらいだが、あの人形には何のギミックもなかった。だがそれにもかかわらず、人形は自分の手の中から消えた。だとすると、あの声も人形そのものが発したものと言う信憑性が高まる。

強い危機感と警戒心を覚えさせられる。

「そう警戒しないでくれ。私はアラガミではない」

再び、テーブルの上に立つ形で人形は現れた。

「いくらアラガミじゃなくても、人の言葉を話す人形を怪しく思わないわけが無いだろ」

「はは、確かに。だが私は少なくとも君の味方だ。神薙ユウ」

「……!」

「君の動きを少し観察させてもらっていたよ。廃寺に巨人が出現したそのときからね」

名前を知られている。しかも知らない間に監視されていた。そのことに余計警戒を強めるユウ。タロウは彼からの不信感を募らせてばかりな視線をものとせずに続けた。

「さっきも言ったが、君は悩んでいるようだね。なぜあの時変身できなかったのか、と」

「……」

否定はしない。変身できなかった理由がいまだにわからない。どうしてゴッドイーターたちが戦うことができて、彼らを凌駕する力を持っているはずの自分がダメだったのか、はっきりとした理由がわからない。

「少し我々ウルトラマンのことを話そう」

タロウは、押し黙っているユウに向けて語り始めた。

「我々ウルトラマンは宇宙の秩序を守るべく、宇宙警備隊なる組織を結成した。そして全宇宙の平和のために、侵略者や怪獣と戦うことを自らの使命としている。だが、宇宙の平和を守る、とは一概に言うが、必然的に自らの故郷とは全く異なる世界を訪れることとなる。その世界の環境に我々の体が適合しないこともよくあるのだ。だから、我々は普段は人間として仮の姿を過ごす、または勇敢なる人間と一心同体となるという手段をとって、普段の生活を送るようにしているのだ」

なるほど、確かにあの時自分が変身した巨人の力は強大だった。もしかしたらあらゆる兵器の束が相手だったとしてもものともしないかもしれない。

けど、タロウと名乗ったその人形の話の中で、ユウは一つ理解した。あの巨人は自分を選んだ、物語でいえば、選ばれし者とされた主人公が手に入れた聖剣のような存在。要するに自分は選ばれた人間なのだ。それもゴッドイーターよりも遥かに選ばれる確率が0に近く、強大な力を。けど、だとしたら納得がいかなかった。

「だったら、どうしてあの時僕は、巨人になれたんだ!?どうして今回は変身できなかったんだ!」

廃寺にいた時は無我夢中気味だったが、変身することができた。そして巨大化したアラガミを倒すことができた。けど、今回だって同じくらいの危機的状況だったにもかかわらず、変身できなかった。

「下手をしたら、あそこの人たちが、戦っていたゴッドイーターたちが殺されていたんだぞ!なのにどうして!?」

「我々の力は、さっきも言ったとおり強大だ。確かに君の言うとおりその力を使うことができていれば、防衛班のゴッドイーターたちも負傷することも無かったし、あの時私が手を貸すこともなかった」

「手を貸す?」

「あの時は、間一髪私が密かに念力をかけてアラガミを追い払っておいたのだよ」

アラガミがカノンを食い殺そうとしたあの時、アラガミは後もう少しで彼女を食うことができたはずなのに、何かに押し出されていくかのように逃げ出していった。それは、このタロウが念力をかけて、カノンたち防衛班を守ろうとしていたからであったのだ。

「まぁ今はそんなことはどうでもいい。それよりも君のことだ」

タロウが再びユウに視線を向けて続けた。その視線は、まるで不良少年を睨む教師のようにも見える凄みがあり、ユウは言葉を発することさえもできなくなる。

「我々ウルトラマンは、人間が精一杯がんばった時だけにしか力を貸すことができない。さきほど言った理由もあるが、もう一つある。これが、最大の理由といってもいいだろう」

「最大の理由?」

「我らの力に、人間が頼りきりになってしまい、努力することを怠ることを避けるためだ。

あの廃寺で、たとえ極限状態においても君の諦めない心に呼応したことで、君は変身して戦うことができた。

…もうこれで、わかっただろう。君が、なぜあの時、変身できなかったことを」

「……!!」

 

―――――この巨人の力さえあれば、ゴッドイーターなんか要らないじゃないか

 

――――この力があれば、ゴッドイーターの人たちも、そうじゃない人たちも僕の力だけで守ることができる!

 

――――女神の森にも帰ることができる!自由だ…!

 

ユウは、気づいた。

目の前のこの人形がそうであるように、あの巨人にも意思があった。だがあの巨人は、ユウがその力にすがり始めていることに気づき、彼が怠惰になり始めていることを察知したのだ。だから、あえてユウに変身させることを拒否したのだ。

それは確かに、許されるべきことではない。力を貸してもらっている身である以上、それを自分のものと勝手に思い込んでしまうのは、他人の手柄を横取りするハイエナのような奴のすることだ。

しかしその反面、ユウには許しがたい事実が浮上する。

「じゃあ…あんたは僕にゴッドイーターになって…フェンリルに素直に従ってしまえばいいって言うのか…!?ふざけんな!!」

巨人の力以外でアラガミと対抗できるのは、ゴッドイーターの扱う神機だけ。しかしユウは知っている。

ゴッドイーターたちを管理するフェンリルの保護を受け入れずに路頭に迷うことになった人たちの言葉を。

 

――――どうして俺たちが追われないといけないんだ!

 

――――くそ、フェンリルめ…自分たちの箱庭ばかり守りやがって!

 

――――どうせ、フェンリルなんてそんな組織なのよ。都合が悪いものを簡単に切り捨ててハイサヨウナラ

 

――――あのような組織に連なるものが来ても、決して馴れ合わない方がいい。後で裏切られるがオチだ

 

フェンリルは人類を守る最後の砦のような組織だが、同時に身勝手さも噂されている。

ゴッドイーターとその家族や、フェンリルの組織内で上役に居座っている連中は全員生活を保障される一方で、そうではない人たちは限られた仕事しか選べず、ゴッドイーターへの適正もごく限られた人間にしか許されていないという始末。

まるで旧時代の貧困に苦しむ平民と、自分たちだけ華やかな生活を送る貴族のような差が開かれている、格差社会。しかも外の平民たちは特に、危険な怪物たちの世界となった場所で、ユウのように肉親や愛する人たちが消えていくのが当たり前になるほどの放置状態。不満が高まるのは至極当然だった。

「フェンリルは自分たちの庭ばっかりゴッドイーターに守らせて、父さんも母さんも、妹も守ってくれなかったじゃないか!今更、あいつらの力に頼るなんて!

第一、あの支部長だって僕を利用しようとしている気が知れ…」

 

「甘えるな!!!」

 

ユウの言葉を、タロウのほとばしる勢いの怒鳴り声が遮った。

「…ッ!」

「辛いのは君たち、フェンリルの保護を受けることができない、防壁外の人間たちだけじゃないんだ!!彼らゴッドイーターも毎日命を賭けて戦っている!その手で助け出せる人の数なんてほんの一握りだ!何人もの人々を、仲間を目の前で失うことがあっても、それでも彼らは諦めることなく戦ってきている!自分たちが戦うことで、君たちのような人たちをひとりでも多く助け出せると信じている!自分たちが殺されてしまう可能性が高いにも拘らずにだ!

それに引き換え、君は何だ!!

支部長だの、戦うのが怖いとか、フェンリルに頼りたくないだの、それ以前に!!私には君がそれらを言い訳に、愚かな自惚れ具合を強めているようにしか見えん!!

自ら努力し前に進むことを捨てた、身勝手な者のために、一体誰が力を貸したがるというんだ!答えろ!!」

答えられない。答えられるはずが無かった。全て、的を射抜いていた言葉と言う名の矢だった。

「だったら…どうしろっていうんだよ…」

うつむき始め、ユウがタロウに言った。

「…アラガミに対抗できる…神機だって…誰にでも使える…兵器じゃないし、安くも無い…ロクに飯も食えないしまともな仕事も見つからない…。

そんな弱い立場の僕たちにできることなんて…何も無いようなもんじゃないか」

そのまま彼は両手と膝を着いた。今にも泣きそうな震えた声だった。

自分たち、フェンリルの保護を受けられなかった者たちにできることなんてなにもないも同然だった。ユウが『女神の森』から外出し、一人外界のアラガミの脅威から逃れつつ第8ハイヴに不法侵入してまで旧時代の機械を売買できることはもはや例外の範囲だが、ゴッドイーターと違って個人でアラガミと戦う力など持っていない。けど、そんな矢先に誰かを守る力が…それもゴッドイーターを超える力を手にしたら、振るわずにはいられないのも理解はできる。

「それは大きく誤った認識だ」

しかしタロウはそれでも否定した。だが、さっきの怒鳴り声と打って変わり優しい口調で。

「何もアラガミを倒すことでしか未来を切り開けない…ということはない。

何も無いのなら、自らなすべきことを見つけ出せばいいじゃないか。できることから、何かを始めていく。そうすればおのずと道は開いていくのだ」

「…あんたは…残酷だ。ロクに飯も食えない、稼ぎもロクな方法ではできない立場にある僕らに重労働を課すようなことを言うなんてさ」

「そうかもしれない。だが、我々は人類に失って欲しくないんだ。諦めることなく自ら、ひたすら前に進み、未来を勝ち取っていく人類に…希望を持って欲しいのだ」

私も、かつては人間だったのだから、なおさらだ。とタロウは心の中で付け加えた。

「ユウ、君は何もできないとは言っていたが、果たしてそうか?」

彼はユウに向けて、指を差す…いや、正確には人形であるせいか、前後の方向にしか動かせない右腕の先をユウに向けていた。

「君は恵まれている。ゴッドイーターになれる素質があると言うことは、その手で君が成したいことが成せるチャンスを人並み以上に掴むことができるということだ。

では問おう。君は何をしたい?どんなことを成し遂げたい?」

「………」

ユウは、顔を上げてすっかり日の沈んだ夜空を眺めた。

自分の成したいこと。

子供の頃は、良く夢に描いていたものだ。この世界はアラガミに支配されて以来、外の世界にロクに出ることもできなかった人間たち。昔は宇宙に足を伸ばしたとも言われているが、アラガミに数多くの資源や乗り物さえも食われてしまったために、それも遠い夢と化していた。

けど、昔のある音楽を聴いて、ユウはその歌の歌詞にあったように、見たいと思っていた。

けど、アラガミたちがそんな夢さえも食いつぶすという現実。

だからまずは…みんなを、助けたい。もう失いたくない。

 

いつか、あの雲を……超えるために。

 

ユウは、無意識のうちに歩き出していた。向かっているのは、エレベーターの入り口。すると、タロウが瞬間的にユウの眼前にテレポートしてきた。

「うわ!な…なんだよ」

「ユウ。忘れ物だぞ」

タロウの身の丈以上のものを、彼は両手で頭上に持ち上げた状態で持っていた。ユウが巨人…ウルトラマンと一体となって戦うための、神秘のアイテム。タロウが拾ってくれていたようだ。

「たとえ一度変身を拒んだとしても、このアイテムの中に宿っているウルトラマンは、君を選んだ。君が持っておきなさい」

「…うん」

ユウは、静かにタロウからアイテムを受け取り、エレベーターに乗り込んだ。しばらくタロウは、ユウを見送った姿勢のままそこに佇んでいた。

「こうして未熟な誰かを見送るのは、メビウス以来だろうか」

遠い昔を懐かしむように、タロウは空を見上げた。すでに満点の星々が、夜空の上で広がっていた。まるで、アラガミの支配されている世界を夜の暗闇が、星の光がそれでも現実を生きて未来を勝ち取ろうとする命の輝きを暗示しているかのようだった。

「兄弟たちよ…今はどこにいるのだろうか…」

 

 

僕は…馬鹿だ…!!

巨人は…僕自身じゃない。それ以前に、僕は僕にしかできないことを精一杯やらなくちゃいけなかった…

けど僕は…自分が大事なものを失っていたからって…フェンリルから助けてもらえなかった被害者だからって…その立場に甘えていたんだ…。手に余る力を使ってアラガミを倒して、調子に乗っていたんだ…!

 

エレベーターに乗り、下の階に降りていくユウは、自分が過去の辛い経験…家族を失ったこと、ゴッドイーターたちに妹を助けてもらえず、フェンリルの保護を受けることができない防壁外の人たちのフェンリルに対する恨み言を聞き続けているうちに、自分が被害者面するあまり思い上がってもいたことを、ようやく痛感した。

早く気づくべきだった。

今までフェンリルに頼らずに、旧時代の機械の修理と売買で稼ぐことで生活費を稼いできたように、自分があの巨人…ウルトラマンの力を振るう前に、今の自分が一人の人間『神薙ユウ』として精一杯がんばらなければならないことを忘れてしまっていた。

しかし、ここでの自分の動きはすでに極東支部によって制限されている。何せ自分は元々偽造証による不法侵入罪で捕まるはずの身だったのだから。だから、許可もなく女神の森に帰ることはもうできない。

それにも拘らず、かのレアな新型神機の使い手としての適正が合った。不幸中の幸いと言う見方も取れる。

(帰ることがもうできないのは…辛いな。でも……)

あのタロウとかいう奴も言ってくれたのだ。手段こそ限られているが、何もできないわけじゃない。

「失礼します」

気がつけば、ユウは支部長室に来ていた。思っていた通り、そこにはこの極東支部の支部長…『ヨハネス・フォン・シックザール』が座って待っていた。

いくらユウを逃がさないためのカードをそろえていたとはいえ、最初からユウがここにくることを待っていたことを予知していたような構えだった。

「…どうやら、決断してくれたようだね」

しかもこちらの心情をすでに察している。ユウはこの男に対してきな臭さを覚えた。が、すぐに自分の決意をヨハネスに向けて表明した。

「はい…僕は、ゴッドイーターになります」

それを聞いたヨハネスは酷薄な笑みを浮かべた。

「よく決断してくれた、神薙ユウ君。そして改めて…」

 

 

『ようこそ。人類最後の砦「フェンリル」へ』

その直後、ユウはゴッドイーターたちが利用する訓練スペースまで連れてこられた。訓練場として使われている場所なだけあって、壁には刀傷や銃弾のあとが夥しく残っている。他にも色の落ちた壁や扉からして、大分使い古されているのが伺えた。

『今から対アラガミ討伐部隊ゴッドイーターとしての適正試験を始めよう』

(ここで適正試験…)

なぜわざわざこの場所で行うのだろうと疑問に思う人も要るかもしれないが、とある知り合いからの情報だとこういうことらしい。

昔、神機が配備されていた頃は現在ほど神機に対する個人の適合率を量ることが難しかったらしく、そのためにゴッドイーターの候補者として選ばれた人間は、神機に捕食され肉片と化してしまうケースがあったという。よって表向きはパッチ検査の一種としているそうだ。

(うぅ…考えたら寒気がしてきた)

もしかしたら自分が肉片になってしまうのではないかと悪い想像をしてしまう。目の前にある、機械仕掛けの台座の上に置かれた長剣を見ながらユウは表情を暗くする。さっき必死に下した決断が、情けないことに早速揺さぶられそうになってしまった。

『緊張しているようだが、少しリラックスした方がいいぞ。そのほうが良い結果が出やすいのだからね』

3階ほどの高さにある場所にはられたガラスの向こうにある部屋からシックザールが、二人ほどの研究者を携えて見下ろし、ユウの緊張を言葉で解きほぐそうとする。

言われてユウはとりあえず深呼吸して、精神と呼吸を整えた。

『少しは緊張をほぐせたかな?では、中央のケースの前へ』

ユウは指示通り中央のケースの前に歩き出す。傍によると、剣の色合いがわかった。美しい、日本刀のような銀色の輝き。それだけではない。

本来神機とは、接近戦型の刀剣型神機と、遠距離型の銃形態神機の二種類。しかし新型神機というだけあってか、この神機には剣の他に銃が折りたたまれた形で組み込まれていた。

『覚悟は決まっているはずだ。さぁ、そこのナット部分に手を置いてみてくれ』

ユウは視線を落とす。ゴッドイーターたちがつける腕輪のパーツがナット部分にある。右腕の袖をまくり、ごくりとつばを飲み込んだユウは右手首を乗せた。

『では…開始』

次の瞬間、断頭台のごとく台座の上の部分が降りてきた。

「ッ!!!!?ぐあああああああああああああああああああああああ!!!」

そして、ユウは絶叫した。何かが自分の体の中に入り込むおぞましい感触を覚える。それが同時にユウの体全体に激痛を走らせた。

「ぐ、うぅ…ううううううう…!!!」

苦痛のあまり脂汗が大量に滲み出る。しかし、右腕を左手で掴みながら、ユウはなんとしてでも耐え抜こうとした。

こんな…こんな痛みなんかで…!!

ユウの脳裏に、あらゆる光景が浮かぶ。

顔も覚えていない、死に際さえもロクに覚えていない、亡くなった両親。

たった一人だけ自分に残されていた妹。

壁外の過酷な環境下で、貧しい集落の中での生活。

アラガミのよって攻撃され、崩れ落ちていく家から突き飛ばす形で兄を守り、消えていった妹。

一人ぼっちになってからの路頭に迷う生活。

壁外の人々と共に極東支部の受け入れを拒絶され、フェンリルに対する怒りを募らせた日々。

やがて同じ境遇の人々と共に、偶然にもアラガミに襲われずに済んだ場所を見つけ、そこが後の『女神の森』となり、新たな家とした。

それからはそこで、昔から得意だった機械の修理をして生計を立ててきた。親しい知人もできた。

でも、いつあの場所もアラガミに狙われるかもわかったものじゃない。

『苦しいかな?だがその苦しみに耐え抜けば、君が守りたいと願っている人々を己の手で守る力を手に入れることができる!求めるのなら、耐えるのだ!』

ヨハネス支部長の、どこか酔狂じみたような声も聞こえる。

ああ、そうだ。手に入れて、ものにしてみせる。まず自分の力で誰かを守るために…。

激痛は短い時間の間だけだったが、ユウには何時間にも感じられた。

台座の蓋が上げられる。装置に挟まれていたユウの右腕の手首に、神機を制御する役割を持ち、ゴッドイーターの証の一つでもある腕輪がはめ込まれていた。最初、腕輪からオラクル細胞による黒い霧が発生していたが、すぐに消滅する。

(お…終わった…?)

息が荒いままだったが、ユウは神機を手に取る。すると、今度は神機から黒い触手が伸び、腕輪に開けられた穴に入り込む。今度は、痛みは無かった。一瞬だけ自分の右手が骨のラインにあわせて黒く染まって消えた。触手は神機に戻っていった。

『おめでとう、君がこの支部初の新型ゴッドイーターだ』

ヨハネスの拍手と祝福の声が聞こえてきた。

どうやら悪い結果にならずに済んだようだ。さっきの激痛で、危うく本当に肉片になるのかと思っていたが、杞憂で済んで何よりだった。

それにしてもこの神機、不思議なくらいに自分の体にしっくり来ていた。まるでこの神機さえも体の一部のように思えるくらいに。しかし、こんなものは今までもったことが無いのだから、行き成り使いこなせるという保障はまずない。

(まずは…この力を使いこなして、いかないと…)

神機を見つめながら、ユウは頷いた。

『次は適合後のメディカルチェックが予定されている。始まるまでその扉の向こうで待機したまえ。気分が悪いなどの症状があればすぐに申し出るように。せっかくの新型神機使いを無下にはできないからね』

「…少しよろしいですか。支部長」

ユウが、ヨハネスたちのいるルームを見上げて口を開いた。

『なんだい?どこか具合が悪くなったのかな?』

「いえ、あなたが僕をゴッドイーターとして迎え入れると宣言した際に仰っていた…」

『ああそれのことか。大丈夫だ。まずは回せる分のみだが、既にいくらか物資を運ばせている。無論、護衛に第7部隊のゴッドイーターも数名配備済みだ。嘘と思うのなら、後で屋上スペースに向かって確認してみるといい』

あの支部長は全てを許せるタチには見えない。後で彼の言うヘリが本当に女神の森に向かうかどうかを確認し、真実だったら約束を破るような人物ではないと見ておこう。

「では、…防壁を襲ってきた巨大アラガミのことは」

もう一つ気になったのは、例の巨大なアラガミのことだった。防衛班がほとんど敵わなかったという相手に、自分を含めたゴッドイーターたちはどう対処すべきか考えさせられた。

『あのアラガミについても後で対策会議を開く予定だ。歴戦のキャリアを持つ防衛班が敵わなかった以上、やはり遭遇する際に無策というのは避けておきたいからね』

「そうですか…ありがとうございます」

 

『気にしなくていいさ。では、期待しているよ。

新型神機使い(ゴッドイーター)「神薙ユウ」君』

 

さて…これで自分は、晴れてゴッドイーターになれた。

ユウは自分の神機を持ち上げ、眺めた。

タロウが教えてくれた言葉…『自らなすべきことを見つけ出せばいい』。

見つけ出した答えは、まずは自らが体を張ること。その手段として敢えてヨハネスの言葉に従い、守るための力を手にすること。

全ては、かつて妹を失った時のような悲しみを消すため、女神の森にいる知人たちを助けるため。そして、二度と『フェンリルからの救いを得られなかった』『家族を救ってもらえなかった』ことを言い訳にしないために。

自分はもう自力で女神の森で帰ることはできない。神機使いになった以上、後に引くこともできない。

でも、いつかあそこへ戻れる機会はあるはずだ。そして守ることも。それまでは…。

(ここが、僕の戦場…!)

ユウはそう呟き、神機を軽く一振りした。

 

 




色々おかしいと思ったり納得できない展開、アラガミと怪獣の合成生物のアイデアがあれば積極的にお知らせください。
可能な限り最低でも月に一度のペースで投稿していきたいと思います。


NORN DATA BASE

○ウルトラマンタロウ
いわずと知れた、M78星雲光の国の宇宙警備隊最高幹部『ウルトラ兄弟』の6番目の弟。両親はウルトラマンケン(ウルトラの父)とウルトラウーマンマリー(ウルトラの母)。義兄にはウルトラマンエース、従兄弟にウルトラセブンがいる。
人間としての名前は『東光太郎』で、当時は防衛チーム『ZAT』の隊員としても活躍してきた。若さゆえに調子に乗ったり失敗することもあったが、戦いを通して一人前の戦士に成長。
ウルトラ兄弟の中でも生まれ持った才能に溢れた戦士で、地球防衛任務を終えた後は教官としてウルトラマンメビウスをはじめとした多くの教え子たちを鍛えた。
しかし、アラガミに支配されたために多くのデータ、そして当時彼の姿を見た人々が消えていったこの作品の世界で、彼を知るものはほとんどいなくなっている。
なぜか人形の姿でユウの前に姿を現す。


○新型神機
従来の神機は、接近戦のみを可能とする剣タイプと、遠距離型の銃タイプの二種類に分けられていたが、新たに開発された新型神機はこの二つの要素を持ち合わせた新兵器。
しかし旧型神機よりも人を選び、適合者含め、その数は現在のところ、全世界の分を集計してわずか10機前後のみ(小説版『禁忌を破る者』より)。


○ユウの神機
この時点でのユウの神機は以下のとおり。

・刀身
ロングブレード『ブレード』

・銃
アサルト『50型機関砲』
↑「スタミナ小」の効果

・盾
バックラー『対貫通バックラー』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その名はギンガ(前編)

戦闘描写がつたないかもしれないですが、描きあがったので最新話を投稿します。



「紹介しよう。本日よりお前たち第1部隊に配属となる新型神機使い『神薙ユウ』だ」

翌日の朝、ユウはアナグラのエントランスにて、新人教育担当のツバキに連れられ、配属先となった第1部隊メンバーたちに自己紹介することとなった。

「神薙ユウです。足を引っ張らないように頑張りますので、よ…よろしくお願いします」

少し堅くなっている様子で、ユウは第一部隊メンバーたちに向けて敬礼した。そうならざるを得ない。先日まで、自分はフェンリルに対する反発心のあまり、第1部隊メンバー…そう、目の前にいるリンドウには特に冷たく当たってしまったので気まずかったのだ。

「雨宮隊長、その…以前は無礼な発言をしたことをお詫びします。申し訳ありませんでした…」

それを聞いてリンドウは気さくに笑った。

「気にしてねえよ。俺たちがそう言う目で見られるのはもう慣れてる。

さて…もう知り合ってはいるが自己紹介するぞ。俺は第一部隊隊長の雨宮リンドウ。それと、雨宮隊長なんて呼び方は止めてくれや。慣れてねえんだ」

「そうね。ツバキさんはともかく、リンドウが『雨宮隊長』って呼ばれるなんて違和感ばりばりだもの」

横からサクヤがクスクス笑ってくる。

「うへぇ、そりゃないぜサクヤ。俺はこれでも隊長なんだからよ。まあでも…」

ばつが悪そうな顔をしていたが、リンドウはユウをじっと見ると、うんと頷いて笑みを浮かべた。

「先日よりはいい目をしているな。お前。吹っ切れたって感じだ」

「そう、でしょうか…?」

自分なりに割り切って見せたつもりだが、いまいち実感はない。本当にこの選択に間違いがなかったのかといわれると、ただ『後悔はしていない』としか返す言葉が無い。

「まぁ、とりあえずとっとと背中を預けられるくらいに育ってくれ。…以上」

「「え、終わり!?」」

少し間があったし、隊長と言う立場だから少しは長話が出るのかと思っていたが、やけに適当な言い方をしてきたリンドウに、ユウとコウタは見事に面食らった。

上官と言う立場以前に、姉として弟の抜けたところは見られたくないところもあるためか、直後にツバキは手に持っていたバインダーでリンドウの頭を叩く。

「痛ッ!」

「全く…少しは隊長らしい挨拶くらいせんか。馬鹿者」

進入隊員の前で叱られる隊長。あまり見ないタイプの隊長なのは間違いない、というかこんな隊長はこの先含めてもリンドウしか思い当たらないのではないかとさえ思える。

…本当にこの人が隊長で大丈夫なのか?

「新人君、いちいち気にしてたら身が持たないわよ?」

やれやれといった感じでサクヤがため息を漏らす。

「それにしても意外だったよ。新型神機が配備されるって聞いてたけど、まさかあんただったなんてさ」

その一方でコウタは、新しく配属された新型神機使いのメンバーが、先日会ったばかりのユウだったとは思って見なく、驚いている様子だった。

「確か、君はコウタだったよね」

「おぉ!覚えててくれたんだ!そうそう、藤木コウタ!よろしく」

「よ…よろしく…」

名前を覚えてもらってて嬉しかったようで、コウタはユウの手を両手で取って固い握手を交わす。しかしぶんぶん振ってくるものだから腕が痛い。

「にしても新型かぁ…剣と銃の両形態が一度に使えるんだろ?俺もうちょっと遅れて入ってきたら新型になってたかな~?」

一方で彼は、自分が新型神機使いじゃないことについて、遠近両方に対応できる武器を手にしたユウをうらやましくも思っていた。そんな彼にサクヤとリンドウの二人が口を挟む。

「何言ってるの。神機は人を選ぶんだから」

「それにコウタ、お前の神機だって古いとはいえ、なかなかのものなんだぜ。なんたって、姉上が現役時代に使っていたんだからな」

神機が人を選ぶ。それは要するに、適合率の話である。ユウが新型神機に選ばれたのは、配備された新型神機がたまたまユウと適合していただけ、逆にコウタは適合していなかっただけの話だ。だがその一方で、コウタが使用することとなっている神機は長期間使われていたために少し古いものの、その分何度も調整されてきた、それもツバキが現役のゴッドイーターだったころに使っていた長年の業物なのだ。使い手によっては、ユウの新型にも劣るどころか上を行くかもしれないというのがリンドウの見解だった。

「リンドウ、ここで私を姉上と呼ぶな」

「へ~い…」

ツバキは公私混同を割けるため、姉上と言う古風でわざとらしい呼び方に目くじらを立ててリンドウに注意を入れた。

「そう言えば、私とはまだ話してなかったわよね?私は橘サクヤ。よろしくね。神薙君」

リンドウが頭の上がらない姉、いや上司からの喝に頭を掻く一方で、今度はまだユウとは会話したことのなかったサクヤが握手を持ちかけてきた。優しい笑みと美貌、しかもその薄着の格好から一瞬見るだけでわかるほどの抜群スタイルが目の毒にカウントできるものだから、サクヤの伸ばしてきた手の感触と彼女の笑みに、彼は思わずどきっとしてしまった。ツバキもまたキツめではあるが、クール系のかっこいい美人なうえに、大きな胸元を開いた服をきているせいもあり、余計に年頃のユウがそうなるのも致し方ない。

「は、はい…よろしく、お願いします…」

「もしかして、まだ緊張してる?」

「そ、そうみたいです…」

頭をかきながら、つい見とれてしまった自分をユウは恥じた。変な視線で見てしまったことに気づかれているのではと思うと余計にそう思えてしまう。

「ソーマ、これから一緒に戦う仲間だ。お前も挨拶くらいしとけ」

リンドウが、後ろにあるソファにふんぞり返るように座っておる青年に話しかける。リンドウと同じく、第1部隊の凄腕の神機使いでもある、ソーマだ。しかしソーマはち、と舌打ちしてきた。入隊早々とっつきにくいタイプの人間と遭遇するとは。行き成り舌打ちされたユウは少しカチンときたが堪えた。

「…ソーマだ。別に覚えなくていい」

「おいソーマ!そんな態度…って、行っちまった。ったく…」

ソーマはソファから立ち上がると、せっかく新しい仲間が自分の部隊に入ってきたにもかかわらず、コウタが引きとめようとしたものの、エレベーターに向かって、そのまま乗って去っていった。完全に拒絶されている。どうしてソーマがこちらに対して突っぱねるような態度を取ってくるのか理解できないユウだった。

「…すまんな。あいつは優秀なゴッドイーターなのだが、あの通り対人に対する態度が問題視されていてな。私が現役だった頃から何度も注意を呼びかけてきたが未だに治っていない」

ため息交じりにツバキがユウに詫びを入れる。上官としてソーマの態度を改めさせることもできない自信の監督不行き届きぶりを情けなく思っているようだ。ソーマをフォローするように、今度はリンドウが言葉をかけてくる。

「だが新入り、あいつはとっつきにくい奴だが、信頼もできるし、死を嫌うやさしい奴でもあるんだ」

「ホントですか~?俺この前軽く挨拶したら、行き成り殴られて医務室行きになりましたよ?」

ジト眼でコウタはリンドウを見る。以前ソーマに意味もわからないまま殴られたことがあるらしい。

「それはまぁ…運が無かったとしかいいようがねぇなぁ…」

「リンドウ…」

乾いた笑みを浮かべるリンドウに対し、サクヤは冷たい視線を送る。

少し空気が妙に重くなっているのを見かね、ツバキが話を切り替えた。

「さて…話を戻すぞ。この神薙ユウは訓練期間中のため、まだ任務には出撃させられないが、今のうちに仲間同士のコミュニケーションをとっておくようにしておけ。その方が任務を円滑に進めやすくなるだろう」

「「「了解!」」」

「ではこれにて解散だ。各自次の任務に備えろ。ユウ、お前は0900から訓練だ。遅れたらその分だけペナルティをかける。そして私からの質問には全てYESとだけ答えろ。わかっているとは思うが、新型に選ばれたからといって調子に乗るなよ。いいな?」

「は…はぁ…」

「YESだ。わかったら返事をせんか」

「は、はい!!」

じろりと睨みを利かされ、ユウは反射的に背筋を立てて気をつけした。去り行くツバキを見て、リンドウはふう、とため息を漏らした。

「や~、やっぱ姉上はおっかないな」

「また姉上って呼んでるわよ。あとでチクろうかしら?」

「聞かれてないうちは見逃してくれよ…オチオチ夜も眠れねえ」

サクヤが少しからかって来ると、リンドウは頭を掻く。コウタがひょいとユウの横に来ると、内緒ごとを打ち明けるかのように耳打ちした。

「気をつけろよ。ツバキ教官はめちゃくちゃ厳しいからな」

「う、うん…」

それはもう見るからにわかる。ゴッドイーターとしてこれから戦うことになるのだ。わざとこちらを恐怖させるような態度で接するのもまた上官として当然のことなのだ。でも、やっぱり怖いので避けて起きたのが本音である。

 

 

アナグラの、新米ゴッドイーターのために用意された『新人区画』の自室のベッド。窓には夕日が映っているが、アナグラは大半の重要なエリアが地下に展開されているため、ユウのいる新人区画もまた地下にある。この窓に映る夕日も偽物だ。

コウタがそうであったように、新人の教育は主にツバキが担当している。見た目以上に彼女は厳しかった。あれからは訓練の日々だった。まずは適合試験も行った訓練スペースにて、彼は腕立て伏せや腹筋などの基礎訓練や捕食形態(プレデターフォーム)の扱い方、新型らしく銃形態と剣形態の即効性を問われる切り替えを練習した。フォームチェンジの際に神機に不調を起こしたらアラガミに隙を与えてしまったりしたらことなので、この訓練には、ユウが所持する新型神機の動作確認実験を兼ねていた。

ちなみにユウがフェンリル入りを果たした際に持ちかけたヨハネスとの約束だが、きっちり女神の森に向けて物資が運ばれていたことが判明、ユウはひとまず安心した。が、見立てを変えれば、飼い犬的な立場のユウから噛まれることなく手なずける、と言う見立てもできるので自分なりに油断はしないようにした。

訓練についても結果は問題なし。思った以上に早く彼は形態変化を自在にこなし、基本動作の訓練、さらに新型故の、銃と剣の両方の訓練も行った。神機はこれまで二種類に分けられたため、訓練の量は通常の新人神機使いよりも二倍近く。訓練期間も少し長めに取られていた。

しかもこの訓練、メニューの量もそうだが、ツバキの睨みを利かせた視線と厳しい指導もまた精神面に堪えて来る。噂では彼女の足音を聞いただけ出た以外のゴッドイーターたちは姿勢を直ちに正すほどらしい。相当鬼教官として恐れられてもいるようだ。返事がほんのちょっと小さかっただけでも「わかったらとっとと返事をせんか!!」と厳しい怒声を浴びせられたので、ユウもツバキの怖さを良く理解した。

「つ、疲れた…ツバキ教官厳しすぎる」

ユウはフェンリルから支給されたコバルト色の制服の上着を脱ぎ捨ててベッドの上に飛び込む。それにしても、どっと疲れたものだ。フェンリルの施しなど受けるものかと強がっていた割りに、皮肉にも彼らに用意されていたこの部屋のベッドの心地よさに癒されてしまう。

「お疲れ様、ドリンクを用意しよう」

「あ、ああ…ありがと…って!!なんであんたがここにいるんだよ!!」

どこからか聞こえてきた声に対して、思わずごく自然な流れで突っ込みを入れてしまった。いつの間にかちゃっかり自分の部屋にいて、しかもスポーツドリンクをベッドの傍らの台座においてくれた、人形の姿をしているウルトラマンタロウに。

「私は君から見れば、ウルトラマンとしては先人に当たる。まだ君が未熟な内は私が面倒を見ておこうと思ってな。よってここに来たのだ」

「よってって…どうせ他にいく宛てが無かったのが本音じゃないの?」

「ぐ、そ…そんなことはないぞ!後の誇るべき後輩のために働くのもまたウルトラ戦士としての重要な役目だ!」

(慌てる辺り怪しいな…いや、こいつが怪しいのは最初からか)

「ユウ、何か失礼なことを言わなかったかな?」

「別に」

ユウはタロウからドリングを受け取り、それを飲み干した。それにしても、動く上に喋る人形とは。傍から見れば妙なものである。視点を変えれば怪談物にも受け取れる。

「それにしても、かなり疲れた様子だな」

「そりゃね…最近までまともな運動といえば、アラガミから全力で逃げることくらいだったんだから。それが急にアラガミと戦う側に立つんだよ。疲れの度合いが段違いさ…」

ため息を漏らしていると、ユウはタロウのまとう空気が暗くなり始めたことに気づく。人間としての表情があれば、落ち込んでいるようにも感じ取れた。

「だが、過酷な特訓で強くなっても、やはり我らは未熟なままだった。何せ…こんな姿なのだからな」

そういってタロウは、部屋の壁にかけられた鏡に映る自分の姿を見る。本来は巨人の姿をしている自分。今では、その姿を模倣した人形の姿。我ながら情けない姿をしている。

「…そういえば、タロウたちウルトラマンってアラガミさえも物ともしないほどの奴らだったんだろ。姿を維持するには人間の体が必要とか言ってたみたいだけど、とんでもな特訓をしてたみたいだし、アラガミを倒すなんてたやすかったんじゃないのか?それに、そんなタロウがどうして人形の姿なのかまだわからない。もしかして、人の体がないとそんな人形になってしまうような体質?」

「…」

「あ、今更責めようとは思ってはいないんだ…ごめん」

いくらか一気に疑問を打ち明けたユウだが、タロウが押し黙っている。もしかしたら自分が、『ウルトラマンが早く来ていれば、今頃人類はアラガミに苦しむことが無かったのでは』と言っているように聞こえていたのではと思った。 

しかしタロウは気にすることなく、逆にユウに対して問いかけた。

「君は、自分がもし女性だったらとか、自分自身の存在そのものがない世界とかを想像したことはないか?」

「え?」

「我々ウルトラマンは、そういったあらゆる宇宙…平行世界に存在し、それぞれの世界の秩序を守るべく戦ってきた。時には時空さえも超え、別の宇宙に飛ぶこともあった」

「別の宇宙って…確かそれって…多次元宇宙論?」

聞く限り、フェンリルの全宇宙規模版のようだ。宇宙規模となると相当の規模である。それだけの行動範囲があるなら、なおさら疑問も募った。ウルトラマンがそれほどの存在なら、どうして目の前にいるタロウがこんなちんまりとした人形なのか、なぜ地球をアラガミの支配下に置くのを見逃してしまったのかと。タロウが先日自分たちの力に頼りすぎて地球人が怠惰になることを恐れていると話していた以上、何も地球の歴史や文明に深入りするわけでもなく、宇宙の平和を保つというのが目的なら、アラガミの脅威から地球を守るという名目で彼らもまたアラガミと戦うことだってできるはずだ。事実、かつてのウルトラマンたちは地球を狙う侵略者だけでなく、突如現れた地球怪獣と戦うことなど腐るほどあった。

「そうだ。複数の宇宙に群がる侵略者は怪獣たちを使役し、互いに連合を結成し、全宇宙制覇という目的を果たす上で最も邪魔となる我らウルトラマンを滅ぼそうとした。我らももちろん奴らの身勝手で傲慢な暴挙を許すまいと、我らも多次元の同胞たちと共に連合を結成し、戦いに挑んだ」

そのとき、タロウの脳裏に蘇るのは、『あの時』…ウルトラマンと言う存在がまだ地球の人々に記憶されていた頃だった。

闇に満ちた荒野の世界。そこで自分が兄弟や別宇宙のウルトラ戦士と共に、あまたの数の怪獣と悪の宇宙人たちと戦う、まさに全宇宙の命運をかけた、壮絶な戦いだった。

「未曾有の、果てしない戦いだった。一体いつに終わるのかもわからないその戦いの中…」

「どうしたの?」

急に沈黙したタロウにユウは首をかしげた。

「…私たちは、そこにきてやっと気づいたのだ。もっと早く気づくべきだった…あの戦いは、何者かによる罠だった」

「罠?」

「私も何が起きたかはっきりとわからなかった。だが、無差別に襲う黒い霧が互いに戦っていた我らを襲い、覆い尽くしたのを見て、意識を失った…」

何者かが放ったのか、それとも自然発生か。タロウの記憶では発生した原因こそわからないままだったが、あの時発声した黒い霧に怪獣や宇宙人だけでない、自分の仲間や兄弟たちが次々と人形されてしまったその瞬間の光景までは忘れたことは無かった。

「もしかして、そのときにあんたは人形に…?」

「ああ…気がついたらこの姿で、荒れ果てたこの地球にいたのだ」

ユウからの問いにタロウは頷いた。

「昔自分がそうしたように、人間の姿となる手段もあったのだが、人形にされてしまったせいで本来の力のほとんどを失い、このとおりだ。本来の力を発揮することもできず、人形の状態から元に戻ることも人間になることもできず、この姿のままくすぶっていたのだ。ずっと守りたいと思っていたこの地球が、地球の人々が、アラガミによって食い荒らされていくのを見ていることしかできずにいた…」

ぎゅっと握り締められた形のタロウの拳が震えているように見える。

タロウにとって、地球は生まれ故郷である光の国とは別の、地球人『東光太郎』として生きていた頃の、もう一つの故郷だ。それがまさか、アラガミという神の名を飾られた醜い化け物などに食い荒らされ、今となっては見る影もなくしている。しかも今のタロウは、最後の戦いで起きた異常現象のせいで力を失っている。悲しみと自身の不甲斐無さを呪いたくなってしまう。

「今の私には、怪獣は愚か、小型のアラガミを倒すことさえもできない。せいぜい念力を使い、追い払うのが精一杯だ…!!」

「…」

これで嘘を演じているとしたらとんだ食わせ物だが、声に嘘が混じっているようには見られない。何かを成したいのに、昔のようにそれを成すこともできない。今のタロウはまさに、今の人間たちの意志の一つを体現しているとも見えた。好きな仕事について裕福な生活を送る、夢を追い求めて生を全うする。今の人類はそんな余裕さえも許されていないのだから。

いや、待てよ?

「ちょっといいかな」

「む、何を…!」

あることを思いついたのか、ユウはタロウを掴んで持ち上げると、彼の足の裏を見る。何かの予想が当たったのか、うんと頷く。

ユウは覚えていた。初めて巨人に…ウルトラマンに変身した時、あのウルトラマンの人形にも、六角形のマークがついていた。そしてアイテムの先端にマークを当てると、まるでカードリーダーのごとく人形が反応し、自分が気がつけば光を身にまとって巨人となっていた。

「もしかしたら、タロウもこれを使えば、元の姿に戻れるんじゃないか?」

最も、これをつかうということは、今度は一時的にタロウに自分が変身するということになるのだろうが。

「む、本当か!?」

「まだ確証はないしただの予測だけど、あの時僕が変身した巨人には、タロウと同じマークが足の裏についているし、もしかしたら…あ、でも今ここで試すのはまずいかな…?」

ウルトラマンはあの時変身してのとおり、巨人だ。ここで試したらアナグラの地下の空間を押しつぶしてしまうのではないかと言う懸念が出た。

「なるほど…まだユウは一度しか変身していない。下手をこいて巨大化してしまったらまずいし、目立ってしまうのもな…」

タロウもユウの懸念を察した。元の姿に戻るのは、人形となって目覚めたその日以来己の無力さを呪い続けてきたタロウにとってこれほど望んだことは無い。しかしだからといって周囲を無視した行為はすべきではない。一応自分たちウルトラマンが等身大への変身やミクロ化も可能なのだが、それは十分な訓練をしてからじゃないとできないのだ。

「うーむ…ユウ、君の気遣いに感謝するが、今はやめておこう。万が一と言うこともある」

「そうだね…」

本来なら不法侵入財で捕まりそうだったところを、新型ゴッドイーターへの適正が通ったなどという、宝くじにも匹敵するようなことが起きた自分の首を絞めることはない。タロウを元の姿に戻すのは、今はおいておこう。

「明日早いし、もう寝るよ」

「あぁ、お休み」

ツバキ教官はさっきも言ったように時間にもうるさい人だ。早めに休んで明日に備えよう。ユウは寝巻きに着替え、毛布に身をくるませた。

「…ところでさ、タロウ」

「うん?」

「どこから用意したのさ?その特注サイズのベッド」

寝る直前、ユウは見た。なぜかタロウが、今の彼の体の大きさに合った小型サイズのベッドに、それも帽子とパジャマ姿で寝ようとしているのを。ちなみに帽子からチャームポイントである二本角が飛び出ている。

「大人の事情と言う奴だ。気にしないでくれ」

「いや…無理だろ…」

シュールな光景が逆に気になってしまい、翌日ユウは寝坊した。その翌日の朝早くのエントランスの光景が以下。

「遅い!3分遅刻だ」

バインダーを片手に、出撃ゲート前に仁王立ちするツバキと、彼女の前で頭を垂れるユウの姿があった。

「以前も言ったな、遅刻したらその分のペナルティを課すとな」

「…はい」

「今から訓練前の追加メニューを言う。腕立て・腹筋・背筋それぞれ300回だ。今すぐやれ」

「はいぃ…!」

ゴッドイーターになれば身体能力が体内に埋め込まれた偏食因子の影響で強化されているのだが、それでもツバキのしごきはきついことこの上なく、ユウはその日の夜には激しい筋肉痛にさいなまれることとなった。

 

 

ユウが訓練の日々に明け暮れている間のある日、リンドウ・タツミをはじめとした各部隊の隊長陣とツバキはアナグラの役員区画にある、会議室へ呼び出された。

会議室にはテーブルが長いテーブル置かれ、奥のほうに巨大電子スクリーン、傍らにはスクリーン画面内を操作するための装置が設置されている。

テーブル中央の席に支部長ヨハネスが、もう一人傍らの席には狐目の眼鏡の男も座っていた。どこか怪しげな空気を漂わせているが、彼もまた極東支部において重要な役割を担っている男なのだ。

「第一部隊隊長雨宮リンドウ、到着しました」

「第二部隊隊長大森タツミ。到着しました」

「来てくれたようだね。では早速…会議に移るとしよう。席に座りたまえ」

それぞれの隊長陣が敬礼し集合。ヨハネスの指示通り彼らは席に座った。

「さて、皆を呼んだのは他でもない。例の、アラガミ防壁を破ったという巨大アラガミとそれに連なる情報についてだ。

サカキ博士、頼む」

「ああ。ではみんな、今からスクリーンに映すものを見て欲しい」

名前を呼ばれた狐目の男が装置を機動、今回の会議のために用意したプレゼンテーションをスクリーンに表示した。

少し紹介しよう。アラガミ技術開発の統括責任者『ペイラー・サカキ』。アラガミを研究者としての立ち居地から常に観察し研究し続けている。少しマッドサイエンティストじみた一面もあるが悪人ではない。支部長であるヨハネスとは旧知の仲である。実は、ユウの適合試験の後、彼のメディカルチェックも担当しているため、ユウともすでに面識がある。

「では、早速始めて行こう。皆も噂で聞いているはずだ。旧降星町の鎮魂の廃寺…そこに出現した巨大アラガミのことを」

誰も返答こそしていなかったものの、その表情には肯定の意思が見られた。

「そのアラガミについてだが、リンドウ君たち第一部隊からの証言によると、オウガテイルがこの人形を捕食したために起きた突然変異による成れの果てだったということがわかった。しかもその体長は、ウロヴォロスよりも巨大な、50~60m級」

なんだって…?そんな馬鹿な…周囲の隊長陣からざわつきが起こる。やはりリンドウたちが戦ったあの巨大アラガミ…オウガダランビアの存在が、先日現れた新たな巨大アラガミの出現に伴って、無視は愚か、隠したままでいることもできなくなったのだ。いや、隠すつもりだったわけではないだろう。ただ、突然の出現で写真のような根強い証拠品もなく、出現の前例が全く無かったのだ。

「待ってください。人形を食ったくらいでアラガミが姿形をそう簡単に変わるものなんですか?」

タツミが挙手し、皆を代表して質問した。その問いに対してサカキが答える。

「いい質問だね。確かに、小さな人形を食べたところでアラガミは姿を変えたりなどはしない。アラガミの中には、クアドリガのようにオラクル細胞が戦車を捕食したことで、捕食対象の情報を元に自らの姿を構築した種もいるが、何の能力も無い人形をアラガミが捕食したところで、彼らの体を構成するオラクル細胞に捕食され尽くされ、外見・能力的共になんの変化ももたらさない。

しかしこれだと疑問に残るね。なぜ、鎮魂の廃寺でリンドウ君たちと交戦していたオウガテイルが、突然変異を起こしたのか…。一つわかるのは、これだ」

サカキがスクリーンに表示したのは、鎮魂の廃寺で発見された、怪物の人形、もう一つは通常のオウガテイルの写真だった。そして今度は写真ではなく、その怪物にオウガテイルの。

「写真については残念だが写せなかったが、リンドウ君たちの話を元に一流の絵師の人に描かせてもらった、例の巨大アラガミの姿だ」

一流、と言うだけあって、絵はうまい。細かいところにわずかな違いが見受けられたが、あの時見た巨大なアラガミとほぼ特徴が一致していた。オウガテイルと怪物の人形と隣りあわせでの表示だったこともあり、わかりやすい。

「戦闘中に逃亡を開始したこのオウガテイルが怪物の人形を捕食し、巨大なアラガミに突然変異した。普通なら先ほど語った通り、人形を食べたくらいでアラガミは進化しない。

でも、こうも考えられないかな?」

サカキはふ、と笑みをこぼしながら、ここに集まっている者たちに向けて言う。

「あの人形が…ただの人形ではない、それも特殊なものだとしたら?」

それを聞いて、一同の目が変わる。サカキがプレゼンの次ページを表示すると、今度はあの怪物の人形の写真の一枚のみ。しかしそれはまるで生物の体の部位を示す見取り図のようだ。

「回収されたあの人形を私なりに観察してみて、あることがわかったのだ。この人形はね……『生きて』いるんだ」

「生きている?」

「そう、実はあの人形は一つの生物なんだ」

皆の疑惑のまなざしを受けるサカキだが、そのことは想定済みと表情を変えない。

「信じられないだろう。私も最初はそうだ。だがこの人形をあらゆる装置にかけて解析した結果、これからは生命反応が検知されていた。予想を覆る結果が出てくるというのは、科学者として興奮させられるものだよ。そうそう、もう一つ気になるといえば、そのアラガミのコアだ。ウロヴォロスのコアは、本来巨大なものだ。

だが回収されたコアは…オウガテイルと全く変わらないものだったよ」

「オウガテイルと全く変わらない!?マジですか!?」

タツミが声を上げてしまう。

アラガミとは、巨大な種であればあるほどそれに比例して、回収されるコアもまたサイズが変わっていく。だが、オウガテイルから進化したあのオウガダランビアのコアは、ウロヴォロスよりも巨大だったにもかかわらず、コアのサイズは通常のオウガテイルと全く同じだった。

「これが、私があの人形がただの人形ではないと判断したもう一つの理由だ。確かにオウガテイルはあの人形を捕食し、進化した。普通なら人形もオウガテイルを構成していたオラクル細胞に取り込まれてしまうはずだが…さっきプレゼンで見せた通り、あの人形は少し汚れた程度で原型を完全に保っていたのだ。しかも生命反応がある…今のところこれしかわかっていないが、これほど研究し甲斐がある研究対象は久しぶりだ。

そして同時に興味深かったのは…リンドウ君たちが見たと言う…『巨人』」

「巨人…?」

タツミをはじめとした、まだユウが変身した巨人を見たことが無い面々が眉をひそめる。

「その巨人は不思議なことにリンドウ君たちを援護し、見事倒した…と。そうだね」

「ええ、その通りです」

サカキとは別に、ヨハネスも問いかけてきて、リンドウは頷く。

「リンドウさん、信じられないですよ。白昼夢でも見たんじゃないですか?」

別部隊の隊長が、疑惑のまなざしをリンドウに向ける。と、そんなリンドウをフォローするかのごとくサカキがその隊長に対して問い返した。

「では尋ねるが、君はどうやってリンドウ君たちが助かったと説明できる?」

「あ…それは…」

「最初はオウガテイルの群れしかあそこにいなかった。しかしあの時の第一部隊は長年のキャリアを持つソーマ君とサクヤ君の両名が負傷し、リンドウ君一人で逃げるのも難しい状況だった。だが第一部隊は全員生存し、保護対象だった青年の救出にも成功した。

超巨大アラガミの存在も、ウロヴォロスをも超えるオラクル反応値をヒバリ君がリアルタイムでキャッチしていた。となると…リンドウ君の言っていた巨人の存在もまた、信憑性がでるということだ」

「確かに…失礼しました」

夢か幻かとリンドウに意見をしてきたその隊長は、まだ半信半疑ではあるものの言い返す言葉をなくし、頭を下げる。その後、ヨハネスが口を開く。内容はアナグラのアラガミ防壁を破った巨大なアラガミについてだ。

「さて先刻、この廃寺に現れたオウガテイルの巨大亜種に続き、ザイゴートの特徴を備えた新たな超巨大アラガミが出現した。防衛班さえ全く歯が立たないほどの相手だ。たとえ最精鋭である第1部隊を派遣しても、勝利は愚か生存も危ういだろう。

遭遇した場合、各隊はザイゴート通常種討伐と同様に、基本は属性攻撃バレットで牽制し、スタングレネードやホールドトラップですぐに敵の動きを封じ離脱するように。本部や各支部にも警告のつもりで情報を与えておくつもりだ。調査部隊も派遣し、次の奴の動きを探らせる。くれぐれも対策が無いまま、自ら討伐しに行こうなどと考えないように。君たちゴッドイーターはただアラガミを殲滅するためではない。アラガミの脅威から人類を守るものなのだから」

「「「了解」」」

と、そのときだった。

彼らのいる会議室をはじめとして、アナグラ中に非常警戒警報が鳴り響いた。

 

 

その頃のユウの訓練は、人工的に作り出したダミーアラガミとの戦闘だった。ダミーアラガミは、オウガテイルを茶色くにごらせたような姿をしている。自分たちの手で作り出したアラガミだから、そのダミーが暴走した場合の対策もしっかり練られている。最も、自分たちの作ったアラガミに殺されるなど笑い話にもならないからこそ、気を引き締めなくては。

『では、訓練開始。目の前のアラガミを倒してみろ』

以前はヨハネスがいたスペースに今度はツバキがいて、ユウの動きを監督する。彼女が命令を下すと、ダミーアラガミが早速ユウに向かう。

「グルオオオオオオオオ!!!」

以前と同様、恐怖を覚えた。訓練のために用意されたダミーとはいえ、目の前にいるこいつは立派なアラガミだ。一歩間違えば殺されることも懸念される。

「く……!」

体が震える。だが、逃げ場はない。逃げてしまえば訓練にもならない。ナントカ勇気を振り絞ろうとしていると、ダミーが突然ユウに飛び掛る。まずい!反射的にユウは右方向にステップして回避した。

(逃げるな…戦え!打ち勝て!)

恐怖を超えようと自分に言い聞かせ、目の前の敵を見据えたユウは…駆け出した!駆け出してブレードを振り上げ、ダミーに切りかかる。

「せやああああああああ!!」

ザシュ!!

一閃。すれ違いざまにはなった刹那の一撃が、ダミーアラガミの体を真っ二つに切り伏せた。

ツバキは目を見開く。最初はダミーでも、恐怖のあまり腰を抜かす新人はこれまで何人も見てきたが、こいつは違った。恐怖で心が完全に支配される前に精神をコントロールし、勇敢に目の前の敵に向かい、そしてわずか数十秒の内に倒してしまった。

しかしこれを見ていたのはツバキだけではない。ユウをたきつけた本人でもあるタロウもまた、ツバキたちには見えない場所からユウの訓練を受ける姿を見ていた。

(こいつは、希望の光になるかもしれんな…)

(一瞬危ないと思ってしまったが…)

ツバキの笑みに、そしてタロウの目には、彼に対する期待と未来への希望が孕んでいた。

『よし、では捕食形態に切り替えてコアを回収しろ』

「はい」

ユウは指示通り突きの構えで神機をダミーに向けると、刀身からアラガミの頭が飛び出す。

近くで見ると、自分の武器ながら恐ろしく見える。捕食形態となったユウの神機はダミーアラガミの死体をガジガジと味わいながら食い破る。食べ終わると、神機のコアが僅かに光った。どうやらコアを回収したようだ。

と、その途端、警報がユウのいる訓練場、そしてアナグラ全体に向けて発令された。そして、放送を通してヒバリの声が轟いた。

『緊急事態!アラガミ防壁に向けて、アラガミの群れが接近中!』

(アラガミ…!)

ユウと、ツバキの表情が硬くなる。タロウも人間としての顔だったら同じ顔を浮かべていたことだろう。以前あの巨大アラガミが防壁の一部を破壊したが、その時にできた破壊箇所の修繕が終わっていなかったのだ。このままではあの場所を中心にアラガミがなだれ込んできてしまう。あれから数日たち、防衛班のメンバーたちも傷は回復した。防壁を壊したあの巨大アラガミが出たと言う情報がないだけまだよかったが、すぐに対応しなければならない。

「ヒバリ、敵の種と数を教えろ」

『偵察班からの報告によりますと、ザイゴート4体、オウガテイル6体です』

「全部で10体も…!」

雑魚アラガミで占められているとはいえ、たった一体でも十分な脅威だ。

『ユウ。さっそくで済まないが…お前にも出てもらうことになる』

ツバキはユウを見下ろしながら言った。これだけの数を相手にするのなら、まだ新人であるはずのユウもまた必要となってくると見た。

『だが、お前は貴重な新型であり、まだ新人だ。銃形態での後方支援を中心に他のメンバーたちのサポートに回れ』

「り、了解!」

神機使いになる前、自分の手で修理した機械を売って稼ぎに出ているときは、アナグラへ進入するために外の世界に出ていた。そしてアラガミから逃げ延びるためにスタングレネードを多く所持していた。

今までは逃げるため、でも今度からは…アラガミを倒すために外に出る。緊張が走る。ユウは直ちに神機を持って出撃体勢に入った。

 

 

アラガミの群れは、極東エリアの一つ『嘆きの平原』に結集する可能性が大とのことだった。エントランスで他の第1部隊と集合し、現場へ出撃したユウたち。防衛班はちょうど修復中のアラガミ防壁の付近にて交代制で待機、万が一破損箇所から内部に侵入されそうになった場合は直ちに応援を呼んで迎撃に当たらせる方針を採っている。

現場となっている嘆きの平原。そこは平原とはいうものの、かつてはビルが立ち並ぶ都市の跡で、現在も古く崩れ落ちかけているビルが残されている。辺りの環境も激変し、常に厚い雲に覆われ雨が降り、コケや菌類が繁殖していた。しかし一番気になるのはその程度ではない。

「な、なんだ…竜巻…?」

現場に着いたユウが真っ先に注目したのは、嘆きの平原の中心部にある、竜巻だった。

「やっぱり気になるみたいね。あの竜巻だけど、アラガミが発生した影響で起きたこと、それ以来一日もやんだことが無いってこと以外ほとんどわかってないのよ」

延々と、ただ吹き荒れ続ける竜巻、思いの他近くにいるはずだというのに、人が吹き飛ぶほどの風圧は無い。ただ人間を、中心部に開けられた巨大な底なしのクレーターに寄せ付けまいとしている。

「噂じゃ、あの竜巻の中からアラガミが出る、なんて聞くことがあるが、所詮は噂程度の情報だ。まぁ今はそんなことよか、今ごろここを経由して近づいてきているアラガミ共だ」

今回は隊長であるリンドウ、副隊長のサクヤ、ソーマ、コウタ、そしてユウ。現在の第1部隊全メンバーがそろい踏みとなっている。

「お互い初任務だな。がんばろうぜ、ユウ」

コウタが元気付けるように背中を叩いてくる。

「あ、うん…」

さっきのダミーともまた違う。今回は、本物の…こちらを本気で食らいかかってくる化け物だ。コウタもおそらく緊張をその身に走らせている。

リンドウが第1部隊メンバーたち全員の方を振り向き、今回の任務の概要をおさらいする目的で話し始めた。

「うーし、んじゃ全員良く聞くように。俺たち第1部隊は今からここに接近中のアラガミの群れを迎え撃つ。数は多いから無理して全部討伐しようとは考えるな。討ち漏らした分はアナグラに待機中の防衛班をはじめとした待機組がなんとかしてくれる。

新入り二人組みは、今回は後方支援だ。新型のお前さんも銃形態をメインに、サクヤと一緒に前衛を勤める俺とソーマの援護を頼む。今回は初陣の奴にはちとキツイ中型種のコンゴウも混じってるからな」

「り、了解!」「了解しました…」

二人の表情に緊張が走っている。いくら行き成り前に出る必要が無いからとはいえ、そう簡単に初任務の神機使いが、死の恐怖が常に伴う任務に挑めることは無い。リンドウは新米だった頃からそんな連中を何度も見続けてきた。

「そんじゃ新入り二人。任務の前にお前らに聞く。俺たちゴッドイーターは何のために戦う?」

リンドウは一つの問いをコウタとユウの二人に投げかける。

「な、なんでって…人類の未来のため、とかじゃないんですか?」

行き成り何を言い出してきたんだろうと、コウタは首をかしげた。続けて、ユウが戸惑いを見せつつも返答する。

「アラガミから…人を守る、そうですよね?」

「そうだな。俺たちゴッドイーターが優先的に高級な配給品を頂いているのは、命がけでアラガミと戦う立場にあるからだ。だが言っておくぞ。命を懸けることと、命知らずは別もんだ」

見続けてきたのは、初陣で緊張するばかりだけの新人だけじゃない。ゴッドイーターになったことで、アラガミとの絶望感いっぱいの戦いに耐え切れず腰を抜かし食われてしまった者、ゴッドイーターになれたことで逆に調子に乗ってしまい、勇気と無謀を履き違えて殺される者もいる。リンドウも数人ほどの同期がいたことだろうが、もうみんないなくなっている。

「まだお前らには言ってなかったな。今から3つの命令を言い渡す。それだけは厳守するように。良く聞けよ?」

緊張が解けない二人を見かね、リンドウはじろりと眼光を尖らせながら、口を開いた。一体どんな命令なのか?真剣みを帯びたリンドウに凄みを感じつつもユウとコウタは耳を傾けた。

「死ぬな。死にそうになったら逃げろ。そんで隠れろ。運が避ければ、不意を突いてぶっ殺せ」

思った以上に、単純だった。そして何より、死を覚悟した戦いより、必死こいて生き残ることを優先する命令だった。

「そ、そんなんでいいんですか?」

「ああ。生きてりゃ後は何とでもなる。アナグラでもそう言ったろ?」

何か重大なことを言われるかと思ったらそうでもなかった、逃げること優先の命令に目を丸くするコウタに、リンドウはそう言い返した。なんかいい加減だよな…と思った。

「でも、4つですね」

「あ、確かにこれじゃ4つだな。悪い悪い」

続けて放たれたユウからの軽い突っ込みにリンドウは後頭部を掻く。

「リンドウって、よく数え間違えるのよね。昔から」

「サクヤ君、遠まわしに隊長を計算もできない男みたいに言うのは止めなさい」

「はいはい」

「…なんか緊張解けましたよ…不思議なくらいに」

締まらないリンドウの言は、これから命のやり取りをする直前のタイミングにふさわしくは無い。ユウはため息を吐いた。が、こんなだからこそかもしれない。緊張で無駄に入った力が抜けた。

「けどまぁ、やばくなったらお前らだけでも先に逃げて、後は先輩に任せとけ」

「そんな…いくら戦い慣れてるからって」

万が一自分たちが危険に及ぶ場合の対応が、まさに文字通り仲間を見捨てる選択に、コウタが講義を入れようとする。

「安心しろって。俺たちはそう簡単にやられるタマじゃねえよ」

ふと、一人会話の輪に入っていなかったソーマが、遠くを見つめながらその眼光を尖らせた。

「…来るぞ」

「ん?」

リンドウも、そしてサクヤ、コウタ、ユウが彼の声を聞いて遠くを眺める。

来た…!まず手始めに接近したのは、オウガテイルとザイゴートの群れだ。話ではこの二種のアラガミの総計10体がアナグラに向かっているという。だが数が、その半分にも満ちていない。せいぜい全部で4匹。前哨戦のつもりだろうか。

「ヒバリ、サポートお願いね」

サクヤが端末越しにアナグラのオペレーター、ヒバリに通信を入れた。

『了解。第1部隊、バイタル正常値…問題ありませんね。がんばってください!』

「よし、行くぞ!」

先頭に立つリンドウが叫び、導かれるように第1部隊メンバーたちは平原の土を踏む。ユウは神機を銃形態『50型機関砲』に切り替える。前衛を勤めるソーマとリンドウが神機を振るい、真っ先に食いかかってきた二体のオウガテイルを切り裂く。

だがその僅かな間に、ザイゴードが叫び声を挙げる。

「…!!」

耳障りな叫びだが、鼓膜を破る目的があるわけではない。変質者に襲われようとしている女性が大声で叫んで助けを求めるように、何かを呼んでいるかのようだ。

「コウタ!」「おうよ!」

このまま叫ばれるとまずい。ユウはコウタの名を呼ぶと、コウタはツバキから受け継いだアサルト型神機『モウスィブロウ』を構え、ユウと同時に弾丸を連射した。

二人が使っているアサルト銃は、威力こそ低いが連射性に富んでいる。火、氷、雷、神属性のうち二人が放ったのは炎属性。ザイゴートは神以外の属性に弱い。二匹のザイゴートは二人の集中砲火をもろに受け、地面に落ちた。なんとか倒したらしい。

「や、やったの…?」

しかし倒したとはいえ、今まで防壁外でアラガミと遭遇することがあったときは、スタングレネードを適当に投げつけて撒くことがユウの取ってきた手段だっただけに、異様な高揚感を覚えている自分に、奇妙な恐怖さえ覚える。初めてアラガミを倒した人間とはこんな感覚に苛まれるものなのか。

「お、やったね」

感心したようにサクヤが声を漏らす。

「よくやった。んじゃ新型。捕食形態に切り替えてコアを回収しろ」

「は、はい…」

リンドウが早速倒したオウガテイルの一匹に向け、捕食形態の神機を構えている。ソーマもザイゴードの一体に向けていた。ユウもちょうど目に付いたもう一匹のザイゴードに向けて、神機を捕食形態に変える。訓練の時と同じようにアラガミの頭が現れ、ザイゴードの死骸を食った。

「コア、回収しました」

回収したところで、ユウがリンドウに言う。そのとき、アナグラのヒバリからの緊急通信が入った。

『緊急事態発生!先日アラガミ防壁を襲撃した超大型ザイゴートが、そちらに近づいています!』

「何…!」

『しかも、ザイゴート8体、オウガテイル6体、コンゴウ5体…ヴァジュラを1体連れています!』

「ヴァジュラまで!?」

声を上げるサクヤ。皆の目に焦りが現れる。

例の巨大アラガミに対する対策会議は執り行われてはいたが、防衛班がコテンパンにされたこと、あのアラガミが小型種であるザイゴートの特徴を備えていることしかわかっていなかった。

そんな状況下で極東支部がとれる対策と言えば、持ちうる戦力=つまりほぼ全部隊のゴッドイーターたちの力、そしてアイテムを用いて食い止めることくらいだった。

しかし防衛班が戦う以前、第5・6両部隊が壊滅しており、その分の補充要員も間に合っていない。

『このままでは危険です!せめて交戦ポイントの変更を提案します!』

「こりゃ、めんどくせえことになったもんだな…」

なんでこんなタイミングで、話に聞いていた例の超巨大アラガミが現れたのか。レーダーに探知されていなかったのか?リンドウは舌打ちする。すると、ソーマが静かに呟きだした。

「新手が来る…」

彼の察したとおり、ちょうどそのとき、新手のアラガミたちが現れた。オウガテイルが6匹、ザイゴートが8匹、コンゴウが2体。大群だ。新人を引き連れた状態で戦うべき群れではない。

「全員車に戻れ!ここから離れるぞ!」

「は、はい!!」

リンドウの指示で、第1部隊は、ミッションエリアのすぐ近くに置いたジープに戻った。リンドウが運転席、ソーマが助手席、ユウ・コウタ、そしてサクヤが後部座席に搭乗し、ジープは走り出す。

「サクヤ、車の後ろは任せた!」

「ええ!」

サクヤが車の後ろに身を乗り出し、こちらに近づいてきているアラガミたちに向けてスナイパー型神機『ステラスウォーム』から、火属性の弾丸を放った。スナイパーはオラクルの消費量が高いものの、遠距離から放つほど威力が増大する。すでに彼らを乗せたジープは現場から遠く離れつつあり、その鋭い一発は、こちらに向かって勢いのまま近づいてきたオウガテイルとザイゴートを計4匹、その僅かな一撃で貫いて見せた。

「同時に複数のアラガミを…!」

リンドウに続き、サクヤも歴戦の実力者でもある。小型とはいえ、2匹以上のアラガミを立った一撃で攻撃した。ユウとコウタは目を見開くばかりだった。しかし今倒した分だけではない。まだ他にもアラガミはいる。しかも厄介なことに、一撃では倒せそうにない、中型種のコンゴウも迫ってきていた。

「援護します!」

先にユウも、走行中のジープから振り落とされないように手すりに捕まりながら立ち、サクヤと同時連射を開始する。アラガミたちが近づいてくる。絶対に近づかせまいと連射を続けて牽制を図る。その際にオウガテイルとザイゴートを3匹ほど撃破したが、長く続くことはなかった。

「弾切れ…!」

先にユウのほうが弾切れを起こしてしまう。

「少し撃ち過ぎてたわね。次はもう少し考えながら撃ちましょう」

「すいません…」

サクヤからの指摘にユウは反省した。確かに今回は撃ち過ぎていた。

接近戦ならアラガミを剣で攻撃さえすれば、弾丸を撃つのに必要なオラクルエネルギーを、刀身を通して神機に充填させることができる。が、今は走行中のジープの上。近接攻撃での充填は不可能だった。

『リンドウさん!アナグラの防壁付近に、例の巨大ザイゴードが出現しました!現在防衛班と第4部隊が交戦中!』

「え…!?」

一同は、突如入ってきたヒバリからの通信にぎょっとした。

「どういうこと?そいつはこっちに近づいてきてたんじゃ…!?」

サクヤがヒバリに説明を求めた。

『それが、ジャミングが発生して敵の位置が急に探れなくなって…すぐに復旧させましたが、すでにターゲットが防壁のすぐ傍に出現して…!!』

ミッションエリアには、たまにジャミングと呼ばれる異常が発生し、こちらのアラガミ探査を妨害してしまうことがある。しかし、ここからアナグラまでは少し離れている。ジャミングが治るまでの間の時間で、こちらを通らずにアナグラに出現するには時間が短い。

「そんな、ジャミングが治るまでの僅かな時間に早く…アナグラにたどり着いたというの…!?」

「ちぃ…!!」

最悪だ。あからさまな舌打ちをかますリンドウ。こちらはアラガミの群れを振り切るだけでも手一杯だ。もう交戦ポイントがどうこうの話じゃない。ここでこいつらにかまってばかりいると、アナグラが、以前防衛班を全滅寸前のピンチに追い込んだあいつの餌食になってしまう。いずれ他のアラガミたちも集まってくるはずだ。

「この…くらえ!」

コウタが手にもったスタングレネードのピンを引き抜き、追ってきているアラガミたちに向けて投げつけた。視界をふさぐだけではない、体中のオラクルの結合を麻痺させる効果もあるその光は追っ手のアラガミたちの身を震わせ、立ち止まらせた。

「一気に飛ばすぞ!しっかり捕まってろ!」

リンドウが後ろの三人に座席に座るように指示し、三人が座ったところで彼はアクセルを一気に踏み込み、嘆きの平原から離れていこうとする…。

「り、リンドウ!!まだ追っ手が来るわ!」

サクヤが叫ぶ。スタングレネードで怯ませ距離を離したというのに、今度はコンゴウがこちらを追ってきていたのだ。コンゴウは聴覚に優れている。エンジンの飛ばす音を聞き、惹きつけられるようにこちらを追ってきたのかもしれない。

しかも、奴らのうちの一匹が背中のパルプ器官から放つ真空波がジープに迫り来る。

「この!!」

させまいとユウは直ちに立ち、コンゴウの放ってきた空砲からジープを守るべく装甲を展開する。バン!という破裂音が響く。その音と衝撃の影響でジープに乗っていた第1部隊メンバーたちは目を伏せ、すぐに目を開ける。ジープが破壊されてもいない。さっきと同様に走行中だった。

しかし、ユウの姿がなかった。

「ユウ!?」「ユウ君!?」

声を荒げたコウタとサクヤ。実はさっきのコンゴウの攻撃を防いだ際、ユウだけは走行中のジープの上に手すりも使わず立つとおうアンバランスな姿勢、敵の攻撃を防いだことと相まって、ジープから落ちてしまったのだ。

「ちっ…!!一旦車とめるぞ!ユウをすぐに見つけて…」

リンドウがすぐユウの救出のためにジープを止めようとしたが、再びヒバリからの緊急通信が入ってきた。

『リンドウさん!!防衛班メンバー、カノンさんとシュンさんが戦闘不能!!ジーナさんとブレンダンさんもバイタルが危険域に入りました!!すぐに帰還して応援を!』

「すまん、こっちは新型の新入りと逸れちまってる!幸いそこまで離れてないから直ちに見つけて…」

自ら探しに向かうことを決めたリンドウは、少しの間だけまだ持ちこたえるように防衛班に言うようヒバリに頼もうとしが、

『リンドウさん、僕にかまわず行って下さい』

別の通信が割り込んできた。それは、たった今姿を消していたユウからのものだった。

 

 

『ユウさん!大丈夫ですか!?』

そのユウはと言うと、近くの廃ビルの中に隠れながら、雨と付近をかぎまわるアラガミをやり過ごしていた。通信端末はゴッドイーター一人に一つずつあらかじめ配布されているため、ユウも通信先をリンドウたちに設定することができた。

しかしコンゴウの攻撃を防いだ際のダメージがあるらしく、顔が汚れ息が少しあがっていた。

「確か、ヒバリさん…でしたっけ?僕は大丈夫です。それよりもリンドウさん。先に…」

『何言ってやがる!生きてるならさっさと戻って来い!今どこにいる!?』

通信先でリンドウが声を荒げているのが聞こえる。鼓膜が破れそうだ。

「このまま走行を続けてアナグラに戻っても、こっちが討伐を担当していたアラガミにもアナグラへの接近を許してしまいます!それにリンドウさんが僕のために戻ってきたら、防衛班の人たちが…!!だからここで僕が連中をひきつけます」

『それは俺がやる!今回が初陣のお前にんなこと任せられるか!』

リンドウの言うことも正しい、いや、最もかもしれない。でも現在のアナグラは二つの脅威に見舞われている。アナグラのほうはすでに戦闘中のゴッドイーターに戦闘不能者が出ており、しかも相手は以前アナグラの防壁を夥しく破損させた超巨大な個体だという。勝てるかどうかの見込みも難しい。その上こっちのアラガミたちも個人が戦うには数が多すぎる。

「リンドウさん!あなたは隊長だ!だったらここで一番優先するべき選択があるはずです!」

『…ッ!』

でも…誰かがここで足止めをしないと、ただでさえアナグラに強敵がいるというのに、アナグラの防壁付近で戦っているゴッドイーターたちはさらなる数の敵と戦って倒さなければならないのだ。

「生意気言ってすみません…でも大丈夫です。

忘れたんですか?元々僕は防壁外出身。アラガミから逃げるのは…結構得意なんですよ?」

ユウは元々機械弄りが得意だった。その腕は自作でスタングレネードを作れるくらいはある。オラクルリソースはフェンリルの庇護下でなければ入手しづらいが、ユウはこれまでアナグラに幾度か侵入して密かに手に入れてきたので、スタングレネード作りに必要な部品を入手することができた。おかげで何度も襲ってきたアラガミを相手に、その度に逃げ延びることができた。今じゃこの逃げ足の速さは自慢にさえ思える。

『……命令、忘れてないよな?』

「はい」

『俺たちの見ていない間に死んだりするんじゃねえぞ』

「了解…!」

無論、死ぬ気はない。今の自分には、アラガミと戦うだけの力を手にした。それ以前に、女神の森とアナグラを行き来する間にアラガミから何度も逃げ切って見せた。リンドウに言って見せたとおり、逃げ足には自身がある。通信を切り、ユウは神機を再び銃形態に。今度は属性付きの弾丸ではなく、無属性のバレットを装填し、ビルの窓から、外で自分を探し回っているオウガテイルを狙い、引き金を引いた。

「グルォ!!?」

そこから一気に連射、オウガテイルを痛めつけながら近づく。無属性の通常弾は威力が低く、オラクルを消費しない。寧ろ無属性弾丸を当てて行くたびにオラクルが回復するというものだった。近づいたところで、ユウはブレードを振り上げ、そのオウガテイルを頭から真っ二つに切り伏せ抹殺した。ぶしゃっと値が噴出し、返り血が顔にかかる。

「ちぃ…」

あまり血を浴びたくなかったらしく、ユウは眉間にしわを寄せた。顔に掛かった血を荒くこすって拭き取っていると、他にもまたアラガミが…オウガテイル・ザイゴートが全部で5匹ほど彼に近づいてくる。まるで仲間の仇でも討ちに来たのかと思えるタイミング。

さっきから同じ個体ばかりだが、こちらを得物としてみている。ブレードを構え、ユウは襲ってきたザイゴードをすれ違いざまに横一直線に斬り、さらに続けてもう二匹の別個体のザイゴートとオウガテイルを切り伏せる。

「はぁ…はぁ…!!」

周囲を見渡し、敵の姿を再確認するユウ。見たところ敵の姿はない。よし…今の内だ。早くここから引き上げ、リンドウたちに追いつかねばと、ユウは仲間たちを乗せたジープの向かう方角に向けて走り出す。が、そのときだった。

「ぐはぁ!!がふ…っ!」

どこからか放たれた電撃球が飛び、ユウは吹っ飛ばされ廃ビルの中に突っ込んだ。何が起こった?床の上を転がされたユウは、自分が突き破ったビルの壁の穴から外を覗き見る。

が、なんとビルの上からこちらに向けて、虎に似た風貌を持つ大型アラガミ…ヴァジュラが電撃の弾丸を放ってきたのだ。さすが、大型種なだけあって、オウガテイル程度の攻撃とは桁が違ったダメージだった。しかも、その音を聞きつけてかコンゴウが二匹、迫ってきている。地上に降りてきたヴァジュラとコンゴウが、いますぐユウに食らい尽きたいとばかりにこちらをじっと見ている。

「さ、さすがに…これ以上はやばいかな…?」

さっきまでのリンドウたちのような先輩たちがいたからこそ今回の任務もまだ成功率があったが、たった一人初陣のユウがヴァジュラどころかコンゴウにも勝てるはずがない。

「り、リンドウさん…そっちの状況は?…リンドウさん?」

とりあえず、先行したリンドウたちに連絡を取ろうと試みてみたが、通信端末が繋がらない…というか、電源が入らない。今のヴァジュラの攻撃で壊れてしまったようだ。

(まずいな…)

アナグラでは今頃、例のザイゴードの特徴を持っているという超大型アラガミが、また襲ってきているという。このままでは…アナグラと外部居住区の人たちがアラガミの餌食にされてしまう。

このまま自分は、今度こそアラガミにやられてしまうのか?以前、目の前でアラガミの精で妹を殺されたように、夢をかなえると約束したのに、叶える機会さえも無いまま…?

…いや。そんなこと…認めてたまるか!

ユウは咄嗟に、懐からあるものを取り出した。

『いいかユウ。もしもだ、自分の力だけではどうしようもなくなった時、それにもう一度触れてみるといい』

そのアイテムは、ユウが巨人に変身した際に使っていたあの銀色のアイテムだった。脳裏に、タロウが訓練の合間に告げていた言葉が蘇る。

「今でもまだ、フェンリルのことを許しきれたわけじゃない。それでも、今の僕はゴッドイーターだ。だから…行かなきゃいけない」

このアイテムの中に宿る、巨人の意思に向けてユウは頼み口調で語りかけた。

「…恥は承知の上だ。けど、頼む。僕に…力を貸してくれ。もう二度と…誰も殺させないために!夢をかなえるために!」

そのときだった。ユウの手の中で、銀色のアイテムがまばゆい光を放ち始め、ユウを包み込む。あまりの眩しさにユウは目を閉ざす。

目を開けると、そこは真っ白に包まれた場所だった。自分の影さえも消し去るほどのまぶしい光の中、視界の向こうに誰かの姿が見える。目を凝らしながら姿を確認すると、その姿にユウは驚きを見せた。

「あなたは…!」

等身大、人間と同じくらいの大きさだったが、間違いない。

自分が変身した、あの巨人だった。

『神薙ユウ。君の思い、確かに受け取った』

頭の中に直接響くような声が届く。あの巨人が、タロウがそうであるように自分に話しかけてくれていたようだ。

「…以前、僕はあなたの力を私物化していた。それでも…僕に力を貸してくれますか?」

『君はもうそのような過ちは犯さない。なぜなら、人とは失敗から自らを省み、未来に向けて成長するのだから。だからこそ、私がこうして君の前に姿を見せた。

皆を守りたい、夢を諦めたくない。その思いに応えよう。

さあ、共に戦おう。未来を勝ち取るために!』

ユウは頷くと、巨人に向けて一つ問いかけた。

「…あなたの名前を、教えてください。あなたにも、タロウがそうであるように名前があるはずだ」

『…私の名は…「ギンガ」』

「ギンガ…」

人類がかつて夢見た、宇宙のとある景色、星の集まりの名前。それが、この巨人の名前…。

巨人は光に身を包みながらだんだんとその身を小さくしていく。初めて変身した時と同じように、人形となってユウの手の中に納まった。

「行こうッ…!」

ユウは左手に巨人の人形を、右手に銀色のアイテムを握ると、人形となった巨人の足の裏についたマークを、右手に握っていた神秘のアイテム『ギンガスパーク』の先に当てると、巨人の人形が光に包まれる。

 

―――ウルトライブ!!

 

巨人の人形から変化した光を松明のように灯しながら、ユウは頭上に向けてギンガスパークを掲げた。

「ウルトラマン…ギンガあああああああああああああああああ!!!」

瞬間、ユウは光の中に呑み込まれ、彼を包んだ光は巨大化していった。

その肥大化した光の余波は、近づいてきたコンゴウ二匹、そしてヴァジュラの体を木っ端微塵に粉砕した。

 




ようやく二度目の変身です。大分長くなりました。
上手くかけたかどうかは、最初のうちは自分ではわからないから、受けが悪いかもしれない…。それでも読んでくれた人には感謝です。指摘してくださると助かります。


NORN DATA BASE

○ロングブレード
身の丈ほどの長さを誇る、攻守のバランスに富んだ刀身。切断に特化している。ユウ、リンドウ、シュンが装備。

○バスターブレード
ブレンダン、ソーマが装備。ロングブレードと比べて刀身がかなり重くなっており、同時に一撃の破壊力が重い分動きが鈍くなる。敵を切り裂く異常に破砕する効果が高い。
オラクルエネルギーを刀身にためて振り下ろす技、『チャージクラッシュ』が使える。


○リンドウの神機
ロングブレード『ブラッドサージ』
シールド『イヴェイダー』

○ソーマの神機
バスターブレード『イーヴルワン』
タワーシールド『リジェクター』

○ユウの変身時
変身時の叫び声の台詞は、ウルトラマンネオスの初期時の変身を意識している。

後半はゴッドイーターの放送日である7月5日に投稿します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その名はギンガ(後編)

予定していた日よりも1日早めに投稿しました。

ゴッドイーターリザレクション、漫画ULTRAMANの6巻、そしてウルトラマンX放映記念で最新話投稿といたします!
アニメだけでなく、まさかゲームの方でもバーストまでのストーリーを再体験できるとは…
先週のレイジバーストのアップデートはみんな楽しめたでしょうか?
あんないい嫁さんを持っていたくせに査問会に呼び出されるほどのセクハラしていたハルさん…
そういやパチスロ版でのユウの声優が女性主役の霊代アキちゃん共々固定されてましたね。誰なのかはっきりしないこともあり、地味に気になってます。

正直な話。アニメがこけないか不安があります…。実際フェスティバルでの上映中止に続き、第1話放映延期…。まだ完成していなかったということでしょうね。

…これ以上は止めましょう。悪い現実がガチで出てきそうなので。
最も、それ以前に自分が転ぶなって突っ込まれそうですけどね(笑)

さて今回は戦闘メインでちょいと短いですが、あしからず(それでも一話としては長いですが…)。明日本当は放送されるはずだったのにされないアニメの代わりに少しでもなれればと思ってます。







「しかし、気になるね」

主に研究員や極東支部の重役たちが務めるアナグラの役員区画の研究室にて、サカキが互いにソファに座っているヨハネスと話をしていた。

「君は新型神機使いの彼を結構気に入っているようだが、どうしてかな、ヨハン?

彼が住んでいたと言う壁外の集落にも資材を約束通りつけていたとは」

「せっかく本部から頂いた新型神機。それを扱えるのは最も適合率の高かった彼だけだ。我々人類は君も知っての通り常にアラガミ共に押されている。だからこそ早急の戦力確保が必要となったまでだ。来たるべき『エイジス計画』のためにね」

エイジス計画。それは極東支部の海域の上に点在された人工島『エイジス』を利用した計画だ。エイジスとは、あらゆる邪悪な存在を排除する神の盾の名前で、エイジス島が完成したらその中に全世界の人間たちを治めると言う計画である。その名の通り各支部よりも強固なアラガミ装甲壁に包まれた超巨大アーコロジーであるエイジス島が完成すれば、人類は何者にも侵されることのない、新たな繁栄を得られると言う前触れだ。

「送りつけられる資材にも限界はあるだろうに」

「神薙君の出身地であるあそこは不思議なことに、アラガミの出現例が稀だった。可能な限りの資材を送れる余裕があったんだ。

故に、私も不思議でならないと思う。アラガミは神出鬼没だ。つい先ほどまでいなかったはずの怪物が、自分が軽く目を離した隙に自分の隣を歩いていた友人を喰らっていた、なんて珍しくはない」

「確かにそれは興味深いな。本当なら彼の出身地である…『女神の森』、だったかな?そこだってアラガミの餌食にされていたっておかしくはないが」

「普通の防壁外の集落は名前さえ飾られないし、付けたところでアラガミ諸共食われて名前も残さない。しかし地域名さえも与えられ、彼もそこでアナグラとそこを行き来し生計を立てて行ったほどだ。アラガミを寄せ付けない、何かがあそこにあるかもしれない」

「なるほど、それを調べるためにユウ君の出身地への援助を?」

あわよくば、エイジス計画を大きく発展させるための資材が眠っている、なんてこともあり得る。

「未知のものが解明された時、そこに更なる道の扉が現れる。研究者はその扉を開く者なのだよ」

ヨハネスは以前、自分が監督したユウのメディカルチェック前に、『君がいるから技師を廃業した』と言っていたが、研究者としての本能を味わうとそう簡単に脱却しきれないものだ。

(…本当の理由は、まだ他にあるような気がするんだけどねぇ)

部屋にセッティングされたモニターには、外の光景が映されていた。防壁のすぐそばで戦うゴッドイーターたち、しかし旗色は決してよくなかった。相手は50mクラスの、前例なしの超巨大アラガミ。大きすぎて、近接神機で迂闊に近づくことは危険だ。かといって銃形態で攻撃しても威力が足りない。あのリンドウたちでさえ万策着くのが必然だった。

しかし、ヨハネスは手杖の中に隠れた口をふ、と笑みを浮かべることで曲げていた。

「そう、彼のような『扉』をね」

遥か彼方の空から飛来してきた、画面の端に見えてきた白い光を、ヨハネスはそう呟きながら見つめていた。

 

 

「ユウさん!応答してください!ユウさん!」

一方でアナグラのエントランスにあるオペレータースペース。ヒバリはユウとの連絡が完全に途絶えてしまい、それでも彼との連絡を取ろうと試みているが、やはり返信がない。向こうで何かあったのか?しかし彼の腕輪から発せられている生命反応ビーコンがまだ発せられている。まだ生きているということだ。それでも連絡が付かないということは、通信機が故障した可能性が高い。

エントランスでは、防壁が破られたということでアナグラに避難した外部居住区の人たちが集まっている。あまりに混雑していて騒がしい。

「おい、押すなよ!」

「ゴッドイーターたちは何をやってるんだ!」

「早くアラガミを追い払ってよ!!」

「家に帰してくれ!!」

避難した人々は予想通り恐怖に駆られている。ゴッドイーターたちへの悪態などが耳障りなくらいに聞こえてくる。早くアラガミを倒せ。それはいくら恐怖に駆られているとはいえ、リンドウほどのゴッドイーターが相手でもまず勝ち目など無かった。通常のアラガミならまだしも、今回の相手は体長50mを超えるほどの巨体を誇っているのだ。

外部居住区には、まだ避難が完了していない人も数多くいるが、アナグラ地下に入りきれる避難民の数もまた限られている。これ以上避難を進めろと言われても無理がある。

それを見たヒバリは、こうなることこそ覚悟はしていたつもりだったが、そのプレッシャーの重さを痛感する。オペレーターとは戦場に立っているゴッドイーターの命を握っているようなものだ。故に自身の言動も指示、判断の一つ一つが、一歩間違えればゴッドイーターの死に直結することもある。ゴッドイーターの死は、こうして避難している彼らの未来にも強すぎる悪影響を与えてしまう。

(私のオペレートがもっと上手かったら…)

リンドウたちのいた嘆きの平原に近づいているアラガミの正確な種別や、数などを読み取ることができたはずだ。けど、今回見事予測が外れた。もちろん自分のオペレートが完璧なわけじゃない、寧ろまだ未熟だ。だからこうなることは覚悟していたつもりでいたが、いざ現実となると胸が苦しい。現に、せっかく新しく入ってきたとされる新型ゴッドイーターの新人、ユウを危険に追いやってしまった。通信越しに、逃げ切って見せるとユウの言葉を聞いていたが、彼は今回が初陣だった。それに、ただ一人乗り物もなしにアラガミから逃げ切れるなんて並大抵のゴッドイーターでもありえない。

ぎゅっと、自分の手を握ったヒバリ。私のせいで…と自身を責めた。

だがそのとき、奇妙なものを目にする。

「…!」

オペレート用のコンピュータ画面のマップに、強い反応を示すマークが表示され、それがアナグラの方角に向かって飛んでいた。もしや、新手!?こんな時にまた…と思ったが、ヒバリはこの反応に覚えがあることに気づいた。

「この反応…もしかして!」

間違いない、この反応は鎮魂の廃寺に現れた…!

その反応が示された様子を、ヒバリの後ろにあるソファ付きのフリースペースの柵の間から、ユウの部屋から外に出ていたタロウも見下ろしてのぞき見るように確認していた。

すでに察していた。ユウが、今度こそウルトラの力を行使するのにふさわしい心を構えたことを。そして、心の中で激励の言葉を送った。

(ユウ…無理はするなよ)

 

 

一方その頃、かろうじてアナグラの、アラガミ防壁の外部にたどり着いたリンドウたち。しかし現状は酷かった。

「な…!!」

特にこれを見て、コウタが青ざめていた。アラガミ防壁は酷い有様で、以前一度は解された箇所を中心により一層ボロボロな状態となっていた。

そしてすぐ傍では、まだカレルとタツミ、ブレンダンが戦っている。戦闘不能と伝わったカノンとシュンだけじゃない。ジーナもまたその場にいなかった。戦闘中の相手は、小型オウガテイル、ザイゴートなどの小型アラガミの群れ。そして空の上には、以前もアナグラを襲い、アラガミ防壁の一部を壊した、アラガミが半透明の翼を羽ばたかせながら空を飛んでいた。ザイゴートの特徴を捉えた黒い竜のようなあいつである。

自分が手を下すまでもないとばかりにこちらをその単眼で見下ろしている。

真っ先にリンドウが、そしてソーマがジープから降り、彼らに近づく。

『タツミさんたちのバイタルもすでに危険域に達しています!なんとか助けてあげてください!』

「わかったわ。コウタ、援護して!」

「か、母さん…ノゾミ…!」

まずはタツミたちを助け出さなければ。サクヤがコウタに呼びかけるが、一方でコウタは防壁の崩れた箇所から見える外部居住区の光景を見て青ざめたままだった。

「コウタ!」

「は…はい!!」

サクヤは返事をしないコウタにもう一度怒鳴って我に返らせた。

「しっかりして!ここで棒立ちしたら死ぬわよ!」

「す、すいません…!」

コウタはまず、もう一個用意していたスタングレネードを投げつけて周囲のアラガミたちの動きを僅かな間だけとめると、すぐ神機を構え、サクヤと共にタツミたちに近づいているアラガミたちを狙撃。途中で撃ち漏らし、しとめそこなった個体はリンドウとソーマが切り伏せる。二人の援護も合って、リンドウとソーマは三人の元にたどり着いた。

「お前ら、大丈夫か!」

「リンドウさん!助かりました!」

駆けつけてきてくれたリンドウたちに、ブレンダンが先に感謝の言葉を述べた。が…一方でカレルは怪訝そうな表情を浮かべていた。その視線の先には、ソーマが映っていた。

「…ち、『死神』もセットか」

「な、あんた…!!」

感謝を述べるどころか、彼はソーマに対して悪辣な言葉を吐いてきた。コウタはそれを聞いてカチンときた。助けに来てあげたというのに、この言い草はなんだこいつは。先輩だからっていくらなんでも言い方と言うものがある。コウタの怒りとカレルの苛立ちを察し、リンドウがいつもの口調でそれ以上のカレルのあんまりな言い草を遮った。

対して、ソーマは何も言わなかった。が…顔を僅かに歪ませていたのがうかがえた。

「はいはいそこまでだ。それよかお前ら怪我は?」

「回復アイテムはまだありますから、まだ戦えます。けど…これ以上はさすがにやばいですね」

リンドウからの問いに、タツミは苦々しげに答えた。

「状況はどうなってるの?」

「数体ほど侵入を許してしまった。今ジーナが居住区で戦闘中の第4部隊のメンバーたちと一緒に進入したアラガミと戦っている」

続けて今度はサクヤが問い、ブレンダンが返答する。

「しっかし、雑魚はともかく…あいつはどうにかできないのかね…」

タツミが空を見上げる。あのアラガミ、まだこちらを見下ろしたままで動いてこない。あの単眼を見ていると、まるでこちらを見てあざ笑っているようにも見える。

「舐められたもんだな…」

カレルが苛立ちを募らせながら呟く。が、実際舐められても仕方がない。こっちには奴を倒す手立てがないまま、奴がこのアナグラに現れてしまったのだ。

これ以上逃げることもできない。なぜなら自分たちの本拠地はここ…アナグラだ。逃げてしまえば、外部居住区やアナグラ内に住んでいる人たちがアラガミの餌食にされてしまうのだ。そして自分たちもまた、帰る場所を失ってしまう。それだけは絶対に避けなければならない。

リンドウたちは神機を構え、スタングレネードの効果が切れて再び動き出した周囲のオウガテイルやザイゴート、そして空の上に浮かぶ一体の巨獣を見上げた。

そのときだった。一筋の光が、遥か彼方から飛んできた。それはまるで流星のようにも見えた。

「光?」

「あれは…流れ星か?」

思わずそう呟くタツミやブレンダン。カレルもまた何が起こったのかと目を細める。だが、直後にリンドウとサクヤが目を見開き、コウタとソーマも注目した。周囲のアラガミたちでさえ警戒を示し、目の前の獲物から視線をそらし頭上を見上げている。

「いや…あれは!!」

「もしかして!」

流星は、ものすごい速さでこちらに近づいてきている。そして、空を飛んでいたあの巨大アラガミに体当たりした。

「グガアアアア!!!」

体当たりを食らって吹っ飛ばされたそのアラガミは、壁外のビルにその身を打ち付ける。

巨大アラガミにその身をぶつけた光は、そのアラガミを真正面から向き合う形で降り立ち、巨人としての姿を現した。

立ち上がってきた巨大アラガミ…彗星怪獣ドラコとザイゴートの合成生物『彗星神獣ドラゴート』が、目の前に現れた巨人に対し、怒りを露に牙をむき出した。

「新しいアラガミか…!?」

「いや…違う!」

警戒したカレルが思わず銃口を向けるも、リンドウが手をかざして攻撃するなと伝えた。人ならざるもの、というのは確かだ。しかし、アラガミではない。なぜならあの巨人からはオラクル反応はもちろんだが、アラガミたちが常に放つ飢え、捕食本能というものが一切無かった。

強靭な肉体と、その体中に散りばめられるように埋め込まれた水晶体。とげとげしい赤の模様。光り輝く胸の青い輝きと、白く輝く瞳。

「な、なんだあれは…!」

防壁内。そこで侵入したアラガミと戦闘していたジーナや、別部隊のゴッドイーターたち、彼らが避難誘導をしていた外部居住区の人々もまた、その勇ましい姿に目を奪われた。

「光の…巨人…!?」

本屋でたまたま見た、小説の表紙に描かれたヒーローとそっくりだったその姿を見て、コウタは思わず叫んだ。

 

 

「『ウルトラマン』!!」

 

 

「シュワ!!」

ドラゴートに向けて、勇ましい声を上げながら巨人…『ウルトラマンギンガ』は身構える。敵意をむき出したドラゴートは、ザイゴードだったころにはなかった二つの足で駆け出し、目の前のギンガに向けて口を大きく開けてきた。

ギンガは両手を伸ばし、ドラゴートの上下のあごを掴み、防壁の反対側へ押し出す。対するドラゴートは、顔を抑えつけられ苛立ちを募らせると、鎌のように鋭くとがった右腕を振りまわしだす。危機を感じ、ギンガは一端ドラゴートから手を離した。

ドラゴートの手は、その元となった怪獣ドラコのものを受け継いでいた。その切れ味は、あるウルトラマンの胸に深い切り傷を負わせるほどのものである。

なら、振り下ろす間もなく!

「デヤアア!!」

ギンガは助走をつけ、勢いよくドラゴートに向かって突進してタックル、ドラゴートが悶えている間に掴みかかり、わき腹に膝蹴りを撃ちこむと、両腕にぐっと力を込め、防壁とは反対側の方へ投げ飛ばす。

すると、宙へ放りされたドラゴートは、受け身を取らずそのまま翼を広げて空に飛び去っていく。

「!!」

逃げられる!?いや、そうじゃない、まだ奴は空を旋回しつつこちらを狙っていた。

だったら…こちらから追ってやる。ユウは、自分が空を飛ぶ姿をイメージする。さっきここまでたどり着いたときは無意識で、本当に飛んでいたのかさえもよくわかっていなかったが、間違いなくここまで飛んできていた。

(できるって、思うんだ…!出来て当たり前だと。そして…飛ぶ!)

ユウは心の中で自らに言い聞かせた。ごく最近まで、ただの人間だった者には、いきなり空を飛ぶなど普通は考えられない。でも、今ならできるはずだ。

ギンガは、かっ!と頭上を見上げ、足に力を込めて思い切り飛び上がった。そのまま空中に留まりつつ飛行する自分を意識しながら飛んだ。

気が付けば、自分は雲の上さえも飛んでいた。雲を超え、はるか遠くの地平線さえも見えるほどの高さまで浮いていた。

(これが、空の上からの光景!)

アナグラが、極東地域がこんなにも小さく見えるような景色をみることになるとは!ユウは内心で強い昂揚感を覚えた。

(飛べる…!僕は…この空を飛べる!!)

ずっと夢見ていた光景だった。数十年前まで当たり前のようだったかもしれない空の上。今ではアラガミに支配された世界では空の上を飛ぶことさえもままならない。でも、ずっと飛びたかった空が、そこにあった。もしかしたら、月まで行けるんじゃないか?かつて人類を月に運んだ宇宙船、アポロ11号のように。

(…と、感動してる場合じゃなかった!)

現に、こちらが空を飛んできたことを警戒してか、ドラゴートがこちらに突進してきて、その鋭くとがった腕を振り上げている。

返り討ちにしてやる。ギンガの全身のクリスタルが、白く光り輝くと、ギンガの右腕のクリスタルから白く輝く光の剣が形成された。自分に向かってくるドラゴートに向けて構えつつ、ギンガもまたドラゴートに向かって突撃した。

〈ギンガセイバー!!〉

「ダアアアアア!!!」

ドシュ!!と切り裂く音が響き、ギンガとドラゴートはすれ違う。僅か一瞬、時間が止まったような静寂があった。が、直後に変化が起きる。ドラゴートの翼が背中から切り離され、飛行能力を失ったドラゴートが地上へ落下、防壁付近のフィールドに落ちた。それを追ってギンガも地上に着地した。

 

 

ギンガの戦いぶりには、地上で見守っているゴッドイーターや避難が遅れている居住区の人々の注目を集めていた。圧倒的な強さであそこまで巨大なアラガミを圧倒する光の巨人は、決して見逃せるものではなかった。

「つ、強すぎる…!あの巨大なアラガミをあんなに圧倒するとは…」

驚きを露わにしながらブレンダンが呟く。

「リンドウ、どうするの…?」

「……」

サクヤから問われたリンドウはギンガを見る。

一度は、彼がその身を手にして自分たちをかばってもらった時があった。でも、まだこちらとしては、巨人を一概に味方と断定はできなかった。たった一度しか見たことのない、それもあれほどの強大なアラガミを倒すほどの巨人を味方とすぐに判断していいのか迷うし、自分がたとえ納得しても周囲の連中がそれを認めるだろうかと思うと、答えはNoとしか返ってきそうにない。特に疑り深いソーマやカレルはまず認めようとしないと思える。

「今はまだ手を出すなよ。まだ…様子を見ておくんだ。それに今の俺たちじゃ、迂闊に首突っ込んだらかえってやばい。防壁の中まで退くぞ」

けど、決して戦いから目を背けない。あいつが一体どんな奴なのか。それを見極める。

 

 

奴は飛行能力を失った。このまま一気にけりをつけてみせる。落下の衝撃の影響か、僅かにふらついているドラゴードに向け、ギンガは駆け出し、強烈な回し蹴りを放った。

「ショオラァ!!」

彼の右回転の回し蹴りによって、ドラゴートの胸元の肉が、まるで胸にも口が開いたみたいに抉り取られ血が噴き出した。血がかかる前にバック転し、ギンガは再び身構えなおす。ドラゴートは胸を抉られてひどく苦しんでいた。今なら止めを刺せる。光線を放とうと、体の水晶を光らせようとしたその時だった。

「ギエエエエエエアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

「!?」

「ぐぅ…!?」

突然ドラゴートの胸に取り込まれている女体部分が、鼓膜が破れそうなくらいの大声を喚き散らしだした。まるで、今のギンガの一撃による痛覚を受けてひどく苦しんでいるような、叫び声を。地上にいるリンドウたちも、ギンガも思わず耳をふさぐ。

「な、なんつー騒音…!」

耳がキーンとなるあまり、思わずコウタが声を漏らす。

「この叫び…覚えがあるな!」

ブレンダンが耳をふさぎながら、うっすらと目を明けてドラゴートを見る。注目したのは奴の姿、白い女体と単眼の元であるザイゴートの特徴に当たる部位。

今の叫び、通常のザイゴートも放つものだ。そしてこの叫びには、ある厄介な効果がある。

「アラガミが、あいつに集まっていく…!」

それを見てサクヤが言葉を発した。ザイゴートの叫び、それは…付近にいる他のアラガミを呼び寄せるものだった。ザイゴートと同じ特徴がある、あの巨大なアラガミにも同じ能力があったのである。現に今、ドラゴートの元に、何体ものアラガミたちが近づいてきている。それを、ドラゴートは手づかみし、自分の口の中に放り込んでしまった。一匹遺さず、念入りにぐちゃぐちゃと不快な音を放ちながら、ドラゴートは自分が引き連れていたアラガミたちを喰らって行った。

「このために他のアラガミたちを引き連れて…!?」

ゴッドイーターたちよりも遥かに強大な癖に、ドラゴートはあたかも自分が危機に陥った時の保険をかけていたのだ。

何十匹ものアラガミを喰らい尽くした影響か、ギンガに削り取られたドラゴートの胸元からじゅううう…と煙のようなものが吹き、最初から傷なんて負っていなかったかのごとく傷が塞がってしまった。

彗星怪獣、ドラコとしての巨体と強靭な力、そしてザイゴートのアラガミとしての再生能力と仲間を呼び寄せる力。二つが重なり合って、一体の厄介な怪獣と成り果てていたのだ。

(う…!)

あまりにえぐい光景とドラゴートの脅威性にギンガは戸惑いを見せると、その隙を突いてドラゴートが右足でギンガの腹を蹴り上げた。

「グルアアアアア!!」

「グワ!?」

さらに続けて、ギンガの左の頬にも頭突きを叩き込み、さっき自分がそうなったように彼を廃ビルに突っ込ませる。倒れた拍子にギンガはそのビルを倒壊させてしまった。すぐに立ち上がろうとすると、ドラゴートが上からのしかかり、ギンガの頭にかじりつこうとした。

頭を食いちぎる気だ!瞬間的にそれを察したギンガはすぐに右に首を傾けた。間一髪ドラゴートの牙はさっきまでギンガの頭を置いていた地面を削り取るように食った。今のうちにと、ギンガは左のパンチでドラゴートを殴りあげ、自身から突き放す。怯んでいる隙に、再び彼は立ち上がり、蹴りを胸元に叩き込んでより深く怯ませた。

もう一度、光の剣を作り出して斬りかかろうとするギンガ。しかし、ドラゴートはその時、口から紫色に染まった何かを吐き出してきた。

霧?吐息?奇妙に思い両腕で顔を覆ったギンガだが、一呼吸した時彼は自身の体が重くなりだしたことに気づいた。

(な…これは…まさか…毒!?)

そう、ドラゴートが吐いたのは毒霧だった。これもまたザイゴートが持つ能力の一つ。これまでのゴッドイーターたちの中でも、この毒霧のせいで負傷・最悪力尽きて死亡するというケースも少なくなかった。

毒を喰らい、ギンガは口を押えながら膝を着いた。その隙に、ドラゴートは両手でギンガの頭を掴んで立ちあがらせると、彼の腹に膝蹴り、続いて胸元に蹴りを一発、さらにもう一撃、今度は自身のかぎ爪のように鋭利な腕を振り下ろした。

「グアァ!!」

斜め一直線、ギンガの胸元のクリスタルに赤い線で描いたような切り傷が出来上がった。激しい激痛と毒のダメージがギンガをより一層苦しめる。ドラゴートは足の地面を蹴り上げて砂を巻き起こし、ギンガの視界を封じた。目の前が見えなくなってしまったギンガは隙だらけとなり、ドラゴートはさらに両手で彼の顔を殴りつけ、今度は狡猾にも胸元の傷をわざと狙い、そこに強烈な頭突きをお見舞いした。

さらに胸元を襲う激痛が彼を苦しめる。膝を着き悶えるも、もう一度立ち上がろうと顔を上げてきた時だった。

眼前からドラゴートの牙が襲い掛かり、ギンガの肩にその鋭い牙を食いこませた。

「ウアアアアア!!!」

メリメリメリと生々しい音が不快に響いた。すさまじい激痛がギンガに、ユウに襲い掛かった。剣の刃が何本も突き刺さるような激痛にギンガは悲鳴を上げる。

ピコン、ピコン、ピコン…

すると、ギンガの胸の水晶体が青い輝きから、赤い点滅に変わった。

ウルトラマンたちが持つ器官、カラータイマー。ウルトラマンたちの生命活動を示すものだ。ウルトラマンたちの大半は地球上でのエネルギーが長く保つことができず、たいていは3分間しかその姿を保つことができない。ギンガの場合、人間であるユウの体を借りた状態なので、一体化しているユウ自身の肉体にも影響が出る。時間をかける、体力が不十分になっていく、必殺技の乱用が続くと、カラータイマーの輝きが青から赤の点滅に変わり、さらに時間が経つと輝きが消えるようになっている。もしカラータイマーの輝きが消えてしまうと、ウルトラマンは立ち上がることができなくなり、敗北してしまうのだ。

 

 

「なんかピコピコ鳴り出した…?」

「さっきと比べて巨人の動きが鈍ってきている。もしや、あれは危険信号じゃ…!?」

目を凝らすタツミ、ブレンダンは的を当てた予測を口にした。

「リンドウさん、あいつをなんとか助けてあげようとか思わないんですか!?」

さすがに見ていて痛々しいし、あの巨人がもしかしたら…と思い、コウタが声を上げるが、その意見に対してカレルがどこか冷たさを孕んでいるような言い方でコウタに反論した。

「何言ってやがる。あんな戦いに無闇に首を突っ込んだら、お前がやられるぞ?」

「…!」

リンドウは、何も言わない。ただ巨人の、その白く光る眼を見続けていた。その目には、リンドウにはまだ闘志が宿っているように見えた。一見危機に追いやられているあの巨人、しかし諦めると言う言葉をあたかも知らないようなまっすぐさを感じていた。

 

 

「グゥゥゥ…!!」

自身の肩にガブリついているドラゴートに、忌々しさを覚えるギンガ=ユウ。このままでは肩をごっそり持って行かれてしまう。つまり…死だ。

死ねば、会えるだろうか?夢を見せてあげようと誓ってあげた、最愛の妹に。

…いや!!あいつはそんな諦めムードの兄貴に靡くような子じゃなかった。機械弄りの際に散らかした部屋を文句を言いながらも片付けてくれていた。それが何度繰り返されようと、あの子は死ぬ直前まで、アラガミに家ごと食われたときだって、自分をかばって逃げるように、生きるように言ってくれた。

(死んで…たまるかッ!)

ここで諦めて死んだら…たとえ会うことができても、怒られてしまうじゃないか。

「ジェア!!」

ギンガはドラゴートの頭をぐいっと力いっぱいに掴んだ。今にもかち割ってしまいそうなほどの力を込めていくうちに、ドラゴートの顎の力が弱まった。その隙を突き、ギンガは強烈な膝蹴りをドラゴートの胸元に叩き込む。そして、上段回し蹴りをドラゴートの頭に叩き込み、ドラゴートを蹴とばした。

蹴られた反動で地面を滑りゆくドラゴート。

餌ごときに、と見下していた相手に対して食事の邪魔をされた怒りと屈辱を覚え、立ち上がって吠えたが、その時にはすでに自分が詰まれていたことに気づいた。

ギンガの全身のクリスタルが赤い輝きを放ち、その周囲には無数に作り出された、炎を纏った隕石が形成されていた。

その火球に危険を察してドラゴートは飛んで逃げようとした。が、すでに翼はギンガの剣によってもぎ取られてしまい、飛ぶことなどできるはずもなかった。あわててぴょんぴょんと滑稽に飛び跳ね続けているドラゴートに向け、ギンガは止めの必殺の火炎弾をお見舞いした。

〈ギンガファイヤーボール!!〉

「ドオォリャアア!!!」

放たれた火炎弾を集中的に浴びせられ、ドラゴートは炎の中に包まれていき、消し炭となって消えて行った。

 

「た、倒した…!」

苦戦こそ強いられていた。毒を喰らい、深い傷を負いながらも、巨人は勝利を収めた。しかし同時に、ゴッドイーターたちに一つの危機感を覚えさせた。今度は、奴はこちらに牙を向くのではないのか?

ギンガが、地上にいるリンドウたちに視線を向けてきた。視線が重なり合い、思わずカレルが、続いてソーマ、タツミ、ブレンダンなどが神機を構える。

「くそ…!」

こちらも深手を負わされているが、このまま正面から立ち向かっても勝つのは間違いなくあの巨人だ。その気になれば一瞬にしてこちらを全滅できる力がある。

しかし、巨人は敵意を向けていないのか、なぜか静かに一度頷いて見せていた。すぐに頭上を見上げると、巨人…ウルトラマンは夕日が差し込み始めた空の彼方へと飛び去って行った。

「シュワ!!」

頷いた姿勢に続いて、襲ってこなかったことにゴッドイーターたちは呆然としていた。

「…ウルトラマン…か」

リンドウは静かに呟きながら、巨人が飛び去って行った空を見上げていた。あいつも、ユウもどこかで見ているだろうか。

と、リンドウはその時、やっとユウのことを思い出した。隊長たるものが、のこのこと新人を戦場に置いてけぼりにした自分が忘れてしまうとは!

リンドウは直ちに通信端末を取り出し、ユウに連絡を取った。

「おい新入り!返事しろ!おい!」

しかし、連絡はつかない。返事はなく、代わりにノイズが流れるだけだった。

「リンドウ…」

悲痛な表情を浮かべるサクヤとコウタ。サクヤは幼い頃からリンドウとの付き合いがあったこともあり、余計に彼の辛い思いを察していた。防衛班のメンバーたちも、こんな顔を浮かべるリンドウに胸を痛めた。ベテランになるまで仲間の死を見続けながらも、それでもゴッドイーターとなった新人たちを守るべく戦い、そしてその分だけ仲間の死に直面した、何度も見たことがある表情だ。

コウタに至っては、これから付き合いが長くなるかもしれない仲間が、初陣でいきなり死を遂げる。この仕事ではよくある話だが、いざ体感するとあまりに辛いものだった。

そうだ、巨人とアラガミの戦いで忘れてしまっていたが、思えば自分たちはここまでたどり着くためにユウを犠牲駒同然に置いて来てしまったのだ。

しかしその時、ソーマが何かを察したのか、顔を上げてきた。

「…おい」

ソーマは軽くリンドウの肩を叩き、彼方の方角を指さす。

誰もが驚いた。向こうでおーい!と手を振って走ってきている青年の姿が見えたのだ。

「ユウだ!!」

コウタが思わず声を上げた。リンドウとサクヤは遠くから笑みを浮かべて走ってきている新しい後輩に、ほっと息を付き、そして笑みを浮かべた。

「ったく…心配かけさせやがって!とんだ新入りだぜ!」

「いだ!?痛い痛い!!痛いじゃないですか!」

心配かけさせられたバシバシっと、合流したユウの背中や頭を乱暴にぶっ叩いてくる。人間よりも身体を強化されたゴッドイーターだからやたら痛い。

「リンドウ叩き過ぎよ!でも、よかったわ…」

神薙ユウ、初めてのミッション。それは新人が味わうには壮絶な初陣だった。

しかし、その苦難の果てに得たものは大きなものであることは間違いない。

「それにしても、新入り。お前よくあんな状況で助かったな」

「言ったはずですよ。僕、逃げ足には自信があるって」

少し生意気な態度を混じらせながらユウは言うが、すぐに落ち着きのある顔を取り戻す。

「まぁ、今回は正直危なかったです。僕は昔のことで、今までゴッドイーターたちを心のどこかでナメてました。けど、こうして現場に立って、アラガミを倒すという目的の上で外の世界に出て、少しわかってきた気がします。リンドウさんたちゴッドイーターが、アラガミとの戦いでどれほど苦しんできたのか」

「ユウ君…」

「リンドウさん。僕は…戦います。生かしてもらった分、生きてたくさんの人を…守って見せます。彼がそうしてくれたように」

「彼?」

一体誰のことを刺しているのかと問うリンドウ。

「はい、みんなも見たはずです。あの巨人を。僕は先ほど彼に、危ないところを助けてもらいました」

巨人の飛び去って言った方向を見上げ、ユウは静かに、あの巨人の名前を呟いた。

 

「彼の名は…『ウルトラマンギンガ』」

 

 

神を薙ぎ払う勇者、ウルトラマンギンガこと新型ゴッドイーター『神薙ユウ』の戦いは、ここから改めて、始まりの幕を開いたのだった。

 

しかし、ユウたちは知らない。

すでにこの荒ぶる神に支配された世界の中でも、アラガミを凌駕し、地球どころか宇宙を蝕もうとする邪悪な影がすでに忍び寄っていたことを。

 

 

その頃…。

ユーラシア大陸の北部の大半を占めていた大国『ロシア』を首都としていた街、モスクワ。現在はフェンリルによって『ロシア支部』として存在している。この支部は2069年、最近できたばかりの支部だ。今更なんだと、フェンリルに対して反発心を見せた地元の住人もいたが、アラガミの脅威に晒されている現在ゴッドイーター以上の人材もいない。支部ができて以来、防壁も以前より強固なものが建設されたことで、モスクワ付近の住民たちの生存率は高まっていた。

かつてのロシアは白き雪に覆われた白銀の世界だった。だが現在はそんな美しい光景も全くない。雪は愚か雨も降らなくなり、砂漠化が進行し始めていた。

そんな荒れた荒野の真ん中に立つ、ロシア支部の基地の上に設置された一台のヘリがヘリポートの上に停泊しており、そのヘリに向かって一人の銀髪の少女が歩いてきている。赤く大きな帽子と、黒いへそ出しの上着、赤いチェックのスカートを付けている、スタイルも容姿も抜群の美少女だった。腕輪が付いていることから、彼女もまたゴッドイーターの一人であることがうかがえ、手に握られたケースも神機を収納するためのものである。

後ろから、サングラスと黄色いバンダナを付けた中年の男性医師がついてきていた。

ふと、少女は後ろを振り帰る。振り返った時の少女の顔はちょうど向こうを向いていたせいで見えなかったが、男性医師は名残惜しんでいるのかと思って声をかけてみる。

「どうしたんだい?」

「…いえ、なんでもありません」

何もなかったように少女は首を横に振ると、男性医師の方を振り返り、彼と共にヘリに搭乗した。

ヘリに乗り込み、地上に広がる砂塵の世界を見下ろしながら、助手席に座っていた男性医師が後ろの座席に座っている少女に話しかけた。

「極東にも、君と同じ新型の神機使いが現れたそうだ。聞くところ、シックザール支部長の推薦で就いたそうだね」

どうやら、この少女もユウと同じ、新型神機使いのようだ。

「君も極東に赴任することになるわけだが…これはライバル登場となるんじゃないかな?追い抜かれないようにしないとね」

「心配無用ですよ。先生」

ふ、と笑みを浮かべた。だがそれは相手との融和を作るためのものではない。

「私より優れたゴッドイーターなんて存在しません」

プライドの高さがにじみ出ている、不敵な笑み。

自分こそがこの世で最も優れたゴッドイーターだと、信じて疑わなかった。

 

 

彼女たちの乗ったヘリを、影から覗き見ている、ある男が、銀髪の少女たちを見て何かを話し合っていた。

「ヒュウ!なかなかダーティなハートを持っているな、あいつは。なかなか利用価値がありそうな奴を選ぶとは、奴もやるもんだねぇ」

何やら軽いノリで喋っている機会な動きを取っている男だった。

しかしその目の奥に宿るのは、自らの願望をかなえるためならばどんなに卑劣なことさえも平気でこなして見せようとする、強い野心だった。

その男はうきうきしながら奇怪な踊りを踊っているように去っていく。ちょうど男の姿が、建物に張ってある窓ガラスに映されていたが、そこに映っていたのは人間の姿ではなく、王冠のような頭をもち、金のマスクをかぶった黒い怪人の姿だった。

 




残念なお知らせ、次回からの展開が浮かんでないので時間掛かります。とりあえずフリーミッションの詳細を見て構想練ってみようかと…ネタ提供してくれるとありがたいです。(←人任せ)



NORN DATA BASE

○「その名はギンガ」
タイトルはウルトラマンガイアのサブタイトルに使われたものを利用した。

○「光の…巨人…!?」
ウルトラマンネクサスEpisode33にて、防衛チームと共に人知れず戦い続け世間からは存在さえ認知されていなかったウルトラマンネクサスが、初めて人類の前に姿を見せた時の台詞の辺りをイメージしながら執筆した。

○(僕は…この空を飛べる!)
映画『ULTRAMAN』でザ・ネクストに変身した主人公の真木が空を飛んだ際に言った台詞。アラガミに奪われたも同然の空を飛びたい=あの雲を越えたいと夢見ていた今作のユウにもふさわしいと考えた。

○死神
カレルがソーマに対して侮蔑的な意味で言った言葉。理由については不明だが、悪い意味であることは確か。


○彗星怪獣ドラコ
ウルトラマン第25話『彗星ツイフォン』などに登場した怪獣。こちらでもレッドキングに翼をもがれて倒されてしまっているが、後にある理由で復活を遂げた。
初代ウルトラマンとは交戦していないが、ウルトラマンパワードで登場したパワードドラコは、パワードの胸を切り裂くほどの切れ味を誇る手を持つ。
今回はザイゴードと融合、彗星神獣ドラゴードとなっての登場。

○彗星神獣ドラゴード
ザイゴードの卵のような部位が、ドラコの頭の形を成している。一つ目であり、ザイゴードの白い女体の首から下の部位が黒い竜の胸元に両手両足を埋め込まれていて、まるで白い体の女性がドラコそのものに囚われているような形態をとっている。
得意技はザイゴードの毒煙、叫び声によるアラガミ誘引。

鋭角な鹿さん、ネタを提供してくださってありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鉄の雨(前編)

リッカさんを出したいけどいつも出しそびれている…

そういやアニメ、最後まで大丈夫なんでしょうか…。
作画は確かにいいんですけど、予定とかをもうちょっと考えてほしかったですね…。

そういや、漫画版『救世主の帰還』読みました。アクが強いとか、主人公の性格が受けないとか言われてて一部のファンから不評らしいですが、僕は結構好きでした。公式じゃ設定さえハブられがちということもあり、設定を組み込んでみようかと考えてます。



アナグラに帰還した後、現場に派遣されたゴッドイーターたちの多くは一般の負傷者たちと共に治療のためアナグラのメディカルルームに搬送された。

無論、ウルトラマンギンガとして戦い、見事ドラゴードを撃破したユウも同じだった。

「デトックス錠持ってなかったの?」

病室のカーテンで囲まれたベッドで寝かされたユウは、以前も治療に当たってくれた女医、ルミコと話をしていた。

「いや、その…ヴァジュラに囲まれた時に落としちゃって…」

あの戦いで変身する直前、一度ユウはヴァジュラの雷撃を受けてしまった。その際に所持していたアイテムの一部がダメになってしまっていたのだ。その状態のままギンガとなってドラゴートと戦い、そして毒霧を吸ってしまってヴェノム状態に陥ってしまっていた。そしてその直後に課せられた負傷者の安全確保などの事後処理に追われていたのだが…。

(ギンガに変身していた時の状態異常とダメージが、変身を解除した後でも引き継がれていたなんてな…)

迂闊だった。自分とギンガは、たとえ意思が一つじゃないにせよ、変身し体を一時的に一つとしている間は痛みも病気も共有される。だからユウも、ドラゴートから受けたヴェノム状態に

「けど、自分がヴェノムにかかっていたことを忘れるなんて、ゴッドイーターである以上は怠っちゃだめなことなんだけど?」

「面目ないです…」

ルミコの言うことは正しい。他人の事も大事だが、それ以上に自分の身のケアをしなければ、いざ助けなければならない命が目の前にあった時に、ダメージの蓄積などで体が動かなくなり、助け出せなくなるようなことだってあるかもしれないのだから。

「まぁ、ヴェノムは時間が経てば治るものだけど、次からは無理しないようにね?傷はそんなに長く時間を賭けなくても治るけど、それまではここからなるべく動かないようにしてよ」

ルミコはユウのベッドを囲うカーテンを開き、じゃあねと一言言い残すと、カーテンの外へ出て行った。

ゴッドイーターは体内に投与された偏食因子の影響もあり、傷は普通の人間よりも傷が治りやすい。でも無理をきたせば傷の治りが遅くなるのも当然だ。1日くらいはこのベッドで休まなければならない。

ヴェノム状態のせいで体力がギリギリ底を尽きかけて戦闘不能寸前になってぶっ倒れたときは、リンドウたちはかなり慌てていたものだ。

「大丈夫か、ユウ」

ふと、誰も見ていないはずなのに男の声が聞こえてきた。

「…いきなり出てくるもんじゃないでしょ。まるで幽霊だ」

しかしユウは驚かなかった。その声の正体を知っているのだから。

「失敬な。私はこれでも生きているんだぞ」

人形となってしまった、忘れ去られた英雄…ウルトラマンタロウだ。

「まぁそれはともかくとして、ウルトラマンとしての真の初陣、お疲れ様。体は大丈夫か?」

「我ながら結構しぶとくてね。でないと壁の外で何年も生きてられないよ」

へへ、とユウは悪ガキっぽく笑って見せた。

「といっても、今日はやばかったな…毒だなんて」

ルミコの治療や薬のおかげでよくなっているが、毒に侵されるという滅多にない体験のおかげで、目覚めた直後は気分が悪かった。

「タロウは、あんな危険な奴らと戦っていたの?」

「…ああ。毒…といえば、一度そういった類の敵に負けたことさえある」

負けた。タロウを完全無敵の英雄のようなもの、とまでは思っていなかったが、それでもタロウの人形になってなお放たれているオーラから察して、大概の敵ならいともたやすく打ちのめせるイメージがあったためか、驚いた。純粋なウルトラマンでも毒を喰らうんだな、と。

「しかし、妙だ。私の知る限り…アラガミと怪獣が合成した生物など見たこともない。つい最近までな」

「え?」

その一言に、ユウは耳を疑った。怪獣はともかく、最近まであんなやばそうな奴を見たこともなかった?あれだけの強敵が今、自分たちがこうして生きている時間の間に現れるなんて信じられなかった。

「最近までって、アラガミが現れたときから知ってたんじゃなかったの?」

「私が目を覚ましたのは、ほんの数年前…ごく最近だ。その時にもそれ以前にも、アラガミと怪獣の合成生物は出現していないはずだ。フェンリルがその危険度を知らせないはずがない。だがつい最近まで、私を含めた誰も知りもしなかった。そしてその矢先に…」

ウルトラマンギンガ=ユウが現れた。

同じタイミングで現れた異系の存在同士。こんな、神々の名を持つ魔獣たちに蹂躙されるという、殺伐とした世界でもその異常な存在の影響は間違いなく遠く、深く及ぶことだろう。

タロウは何か妙な胸騒ぎを覚えた。まるで暗闇の中から誰かが自分たちを覗き込んでいるような不気味さを感じた。

(…やはり、『あれ』の仕業なのか…?)

脳裏に浮かぶのは、自分を人形に変えたあの黒い霧を発生させた、巨大な『影』。

「…今は休むよ。考えてたって、きっとわからないや」

「…そうだな」

所詮わからないことだらけのタイミングでの憶測など、確信に変わることはない。それ以上にユウの回復が望ましかった。

「ゆっくり休め、ユウ。何か必要なものはあるか?」

まるで入院した肉親に語るような物言いに、ユウは苦笑した。

「タロウって…いつから僕の保護者になったんだよ。それに気持ちだけでいいよ。人形が動くなんて、普通に考えたらただの怪奇現象じゃないか」

「私は妖怪か!?」

 

 

彗星神獣ドラゴートが率いるアナグラの群れの襲撃から数日経過した。

あの日、アナグラは大きなダメージこそ負ったものの、決定的壊滅は免れた。ゴッドイーターたちの奮闘もそうだが、一番の要因といえば、やはり例の光の巨人の存在だろう。

 

コードネーム『ウルトラマンギンガ』。

 

以後、ユウやコウタが放った言葉を元に、巨人の名前はそれで定着し、早速アナグラの各区画に設置されている共有端末『ターミナル』の『ノルン』のデータベースにも記録された。

外部居住区、内部共にギンガの話でしばらく持ちきりとなっていた。

「一体あの巨人はなんなんだ!」

「新種のアラガミなのか!?」

「けど、我々を襲わなかったぞ。それどころか…俺たちを襲うことなく…」

「んなのただの希望的観測だろ!」

影響はもちろんゴッドイーターたちにも及んだ。

一体あの巨人はなにものなのか。もしかして自分たちを救いにきてくれたのか。それとも新たな人類の脅威なのか。

ギンガの活躍を賞賛するもの、疑惑するものに人々は別れた。

「ひとまず落ち着いてください。例の巨人については、我々も必ず調査し皆さんに納得できる返答を約束いたします!」

あの事件の直後から数時間の間、アナグラのエントランスに殺到する住民たちの一部を、なんとかフェンリルの一般職員たちが落ち着かせようと図るのに手を焼かされたそうだ。

 

傷も毒も治ってから、ユウはいくつかの新人向けに用意された低難易度任務をこなしていった。以前も遭遇したオウガテイルやザイゴートなどを相手にしてきたが、訓練の成果もあって小型アラガミ程度なら容易く手玉に取れるまでになっていた。

「どうだね、例の新型君は?」

支部長質にて、ヨハネスはツバキから、ユウの訓練や任務に関する報告を聞いていた。

「まさに天才…というべきかもしれません。神機使いになった人間というものは、最初はアラガミへの恐怖におののくあまり、自分や仲間を死に導くことが多いのですが…」

「彼の場合は、それが一切ない…と」

「寧ろ仲間の生存率を高めています。以前藤木コウタと組ませてミッションに当たらせた際も、パートナーをしっかりサポートし、五体満足でミッションを成功させています」

「そうか、それはよかった。彼の成長は目覚しいものだ。この調子でさらに育っていけば、この極東も安泰だな」

「ですが、優れた人間ほど早い段階で殉職するケースも少なくありません」

「そうだな…」

優秀であることは人間誰もが求めるもの。だがそれだけに、多忙になることも違いない。ゴッドイーターのような命を張る仕事の場合だと、求められるあまり危険な任務にも借り出され、最悪死亡する。

ツバキの弟であるリンドウはこれまで長く神機使いを続けてきた最古参なのだが、我が弟ながら良く生きてこられたものだと弟の悪運の強さを実感する。その悪運を他の誰かにも分けてあげたいほどだ。

「だがこれからもリンドウ君や神薙君のような人材を見つけ育てていくことは重要だ。全ての人類をアラガミの脅威から救うために。来るべき…『エイジス計画』の完成のために」

「…では、私はこれにて」

「ああ、ご苦労」

ツバキは最後に一度敬礼し、支部長室を後にした。

彼女が去ったのを見計らい、ヨハネスは端末を使い、サカキ博士に連絡を取った。

「ペイラー。前回の防衛任務で回収された例の人形について何かわかったか?」

『そうだね…この人形にも生命力があるのは共通しているが、あまりわかったことはないね。もう少し時間が必要だ。

とはいえ、呼び名がないと。仮にこれらの人形を「スパークドールズ」と呼称しよう。例の巨人の情報と共にノルンにアップロードしておくよ』

「…できれば本部の連中に気取られないようにしておきたいな」

『そうだね。秘密主義な連中のことだ。血眼になってでも研究材料として欲しがるだろうね。そして…研究結果を全て独占する』

ふう…とサカキはため息を漏らした。

フェンリル本部はヨーロッパ方面に置かれている。だが本部は自分たち以外の事情についてはほぼ無関心な上に、噂では権力者同士の権力争いという醜い争いを続けていると言う話だ。

『まあなんにせよ、時間は必要だ。あの巨人共々、データがほしいな』

「頼む」

『それにしても…』

サカキはふと、言葉を一度途切れさせてから、もう一度口を開く。口調が昔を懐かしんでいるようだった。

『未知なるものに触れる。あれ以来かもしれないな、ヨハン。

私と君、そして「彼女」と共に、オラクル細胞を研究していたあの時のことを』

「…ああ」

そうだな、とヨハネスは呟く。

その脳裏に浮かび上がったのは、現在よりも若かった頃、ただの研究員だった自分とサカキ、そしてもう一人…『彼女』と共にオラクル細胞の研究をしていたあの時のことを。

その時は、心の大半がまるで、悪友たちと共に街を行く少年時代のように探求心に溢れていたものだ。そして今も、それが年甲斐もなく蘇えろうとしている。あの巨人、ウルトラマンギンガが、それを思い出させてくれている。

(ウルトラマンギンガ…か)

 

 

 

「にしてももったいなかったなユウ!あの時もっと早く戻ってきてたらウルトラマンの活躍を名まで見られたのにさ!」

「別にいいよ。それよりも生き残れたことの方が大きい。リンドウさんもそう言ってたし」

アナグラの新人区画に用意されたユウの部屋。

コウタが以前のミッションの時のことを思い出しながらユウに言うと、対するユウは少し苦笑気味に返した。

実はあの巨人こそが自分だったのだから。見に行くというレベルの話じゃない。

ただ、自分の正体についてはタロウから『決して誰にもばらしてはならないぞ』と念押しされた。無論ユウもそれを重々承知していた。大体ばれてしまった時の想像はつく。

フェンリルの職員に捕まる、または支部長などのお偉いさんからのお呼び出しを食らう。

次にメディカルチェックを強制され、果てはそのまま自分と一体化しているウルトラマンの秘密の解明のために解剖されて…要はフェンリルからモルモットにされてしまうということだ。フェンリルからの嫌がらせなんてまっぴらごめんだ。

「それにギンガに助けられたって言ったでしょ?ちゃんと見てたんだ」

「え、マジ!?」

「マジって…僕はあの時ヴァジュラとコンゴウ2体に追い詰められてたんだよ?新人の僕らが生き残れると思う?」

「…確かに無理だな」

自分が同じ状況に陥った時を想像してコウタは青くなる。大型アラガミの中でも代表的なヴァジュラと、まだ新人の自分たちが単独で相手にするには難しい相手、コンゴウ。囲まれて生き残れる自信は正直無し。

「やっぱりみんな、驚いてるよね」

「そりゃー、あんなでかいヒーローが出てきたらみんな驚くだろ」

「コウタは、ウルトラマンを信じてるんだ」

「当たり前だろ?お前のこともあるし、なんたってあのアラガミを倒して俺たちを助けてくれたじゃねえか!頼もしい味方なのは間違いない!へへん、俺の勘は当たるんだぜ?」

「ホントかな…?コウタの勘って当てになる感じがしないけど…」

「ひっで!!」

コウタはとても離しやすい相手だった。年齢は15歳、ユウよりも3歳年下だが、その差もまるで感じられない。なおかつまっすぐで一本気な節がある。同じ新人同士で、自分の正体がそれであり飽かすことはできないとはいえ、ウルトラマンを信じてくれている。これから仲良くやっていけそうだ。

「にしてもコウタ、ちょっとお菓子を食い散らかしすぎじゃない?」

「え?あぁ堅いこと言うなって」

ちなみに二人がいるのは、ユウの部屋だ。コウタが親睦を深める目的を兼ねて遊びに来ていたのだが、菓子のカスはできれば散らかさないで欲しいものだ。悪い奴じゃないのだが、コウタはあまり行儀がよろしい方じゃない。

「…そんなんだから自分の部屋のゴミ袋片付けられないんだよ」

「う、そ…それは関係ないだろ」

そう言われてコウタは一時息を詰まらせる。

配属され、訓練を受けてからの早数日、コウタの部屋は本人のルーズさが災いしたのか早速ごみ屋敷の卵になりつつあった。一度部屋を見に行った時、ゴミ袋が部屋の隅に、まだ洗ってないままの皿が流しに山積みになっていた。

(最も、僕も昔は片付けられなかったんだけどね)

数年前の全てを失った『あの日』以来、一方で自分はなるべく部屋を片付けるようにしている。しばらく前に物品紛失を防ぐために部屋を散らかさないように片づけを義務付けた。もっとも、自分には監視役としてタロウが目を光らせていることもまた、部屋が片付いている要因となっている。

「ん…コウタ、それなに?」

ふと、ユウはコウタが腰にくくりつけていたものに注目する。

「ああ、これ妹がお守りに持っていけって」

それに気がついて、コウタはそれを手に取る。それは彼の顔を象った手作りのストラップだった。ボタンが彼の目の位置に、特徴的な帽子も被っている。

「なかなかかわいいだろ?今度の休暇にはお返しにお土産いっぱい持って帰ってやるんだ」

「…」

「ユウ?」

コウタはふと、ユウの顔が奇妙に暗くなっていたことに気づく。

「おーい、聞こえてるかー?」

「え?あ、ああ…うん」

コウタに名前を呼ばれて我に返ったユウは、適当に頷いて見せた。

「どうかしたか?」

「なんでもないよ。気にしないで」

わざと笑みを見せ、コウタの気をそらした。

と、ここでユウの胸ポケットに仕舞われた携帯端末がバイブレーション機能の元振動を発し始めた。ユウは端末を手に取って通信に出る。

「はい、こちら神薙」

『ユウさん、そろそろミッションのお時間です。コウタさんとご一緒にエントランスまで来てください』

通信先はオペレーターのヒバリからだった。

「あ、はい!すいません、わざわざ通信まで…」

『これもお仕事ですから。お気を付けて』

ぷつん、と通信が切れると、ユウはすぐに立ち上がった。

「コウタ、任務だよ」

「お、時間か。うし!」

コウタも立ち上がり、二人はエントランスに向かった。

そんな二人の姿を、棚の上に部屋の飾り物のフリをしているタロウが見送っていた。

(ユウの今の表情…もしや…)

ユウの過去について、一つの察しをつけた。タロウは、ああいった顔を地球防衛の任務に就いてた時期に幾度か見たことがある。特に、一度自分がウルトラマンタロウであることを捨て、地球人『東光太郎』として生きて旅をする直前の戦いの前に、とある少年が見せた顔とよく似ていた。

が、自分の立場だったらあまり触れられたくないことだと考え、タロウはひとまず気づかなかったことにした。

 

 

エントランスに降りると、リンドウとソーマ、そしてもう一人サングラスを駆け、刺々しい刺青を刻んだ裸体の上半身の上にジャケットを羽織ると言う派手な格好をした青年が待っていた。

「よお新入り共」

リンドウが二人がやって来たのを見て、二人に向けて手を振る。ソーマを見てコウタがちょっと気まずそうな顔を浮かべていた。コウタいわく、挨拶をしたらいきなり殴られたというらしい。

「あ~あ。ソーマ、君がそんなに憮然としているせいで、新人君が怯えてるじゃないか」

「…黙れ」

ちょっとおどけた言い方をするサングラスの男に、ソーマはチッと露骨に舌打ちする。

「リンドウさん、この人は?」

「おおそうだ、紹介するか。こいつは…」

ユウが、そのサングラスの男は見たことがなかったので詳細を聞こうとリンドウに尋ねようとすると、サングラスの男は手をかざしてそれを遮った。

「リンドウさん、僕に自己紹介させてください」

リンドウはそれを聞き入れて一歩下がると、サングラスの青年は代わりに一歩前に出て、早速自己紹介した。

「やぁ、君たちが新しく配属された新人君たちだね。

僕はエリック。エリック・デア=フォーゲルヴァイデ。

君たちもせいぜい僕のように華麗に戦えるようになってくれたまえ。できうる限り僕も先輩として君たちをサポートしようではないか!」

エリックと名乗ったこの青年が白い歯が見えるほどのさわやかフェイスを見せた途端、どこからかキランッ!と擬音が、白い歯の放つ光と共に放たれた…気がした。

「あ、ありがとうございます…神薙ユウ、です」

「藤木コウタっす…」

なんだろう。この人は…と二人は思った。

派手な衣装もそうだが、言動からしてどこかナルシストさに溢れている。そう、自分を『美しい人』として完全に認識している。

「今回のミッションはお前ら二人とエリック、ソーマの4マンセルだ。討伐対象は鉄塔の森にいるコクーンメイデン。あのエリアにうじゃうじゃ出ているって話だ。

奴らは突然地面から現れる上に、ジャミング能力を持つ個体もいる。壁外の人間だけじゃねえ。ゴッドイーターのミッションにも後々弊害を及ぼすが、個体の力は弱いからお前たち新人二人にも討伐任務を与えることになった。」

「あれ、リンドウさんは?」

てっきりこの場にいるから、リンドウも任務に同行すると思っていたコウタだが、リンドウはおどけた様子で首を横に振って見せた。。

「悪いが俺は今回デートのお約束だからな。お前らだけで行って来い。ソーマ、あんまし新人二人をいじめんなよ」

「うるせぇ、さっさと行け」

冷たく言い放つソーマに、リンドウはやれやれと肩をすくめるも、いつも通りなのかすぐにその場から一度去って行った。

「さて、任務の概要は聞いていた通りだ。僕たちは今から『鉄塔の森』へ行く。人類がかつて栄華を誇っていた時代に稼働していた廃工場なんだが、そこには無粋にも神の名を騙る化け物たちに支配されている。

さて、対象のコクーンメイデンについてだが、すでに勉強はしているかな?」

「へ?えっと…」

エリックからの問いに、コウタはいきなり質問されるとは思っていなかったのか、言葉を濁した。

ユウとコウタはまだ新人だ。そして一人は新型、もう一人は旧型とはいえ、ツバキが使っていた強力にチューニングされている神機。それを使える人材は鍛えられる分だけでもしっかり鍛えておくことが急務。当然アラガミやこの世界に対する知識も蓄えることも重要だ。そのため、ユウとコウタには、サカキ博士からの特別講義への参加が義務付けられている。

しかし…本当なら何か知っているはずのコウタが先ほども語った通り言葉を濁している。

「す、すいません…わかんないです…」

(そういえば、コウタって講義中はうとうとしてばかりだったよな…)

ユウは内心では呆れていた。つまり、コウタは居眠りしていたのだ。ノルンのデータベースもほとんど見てもいないだろう。

なら代わりに自分が答えよう。

「確か、ノルンのデータベースによると、接近戦に持ち込むと奴らの体の中の針が飛び出す。遠距離から構えているとオラクルエネルギーの弾丸を発射してくるので注意されたし…」

「へえ…ユウってちゃんと勉強してるんだな」

「当たり前だろ、命がけの仕事なんだ。コウタこそちゃんとデータベース目を通さないと」

「あはは…見ようとは思っていても、ついバガラリーのアニメ見ちゃうんだよな…」

それでは本末転倒だ。ユウは不真面目加減の強いコウタに呆れるも、続けてコクーンメイデンについて話を続ける。

「でも、一つ弱点がある。それは、動けないことですよね」

「そう、奴らは移動することができない。植物のように根を張り続けている。いくら遠距離攻撃を持っているといっても、僕たちゴッドイーターの銃型神機と比べると遠く及ばない。

僕とコウタ君は当然遠距離から、ソーマは陽動。新型君には遊撃を担当してくれ」

「僕が遊撃、ですか?」

「そうだ。君の持つ新型神機は銃と剣の両方を持っているそうだね?」

「はい」

「だから新型の特性を生かし、臨機応変に接近戦と銃撃に切り替えながら立ち回って欲しい」

「り、了解!」「わかりました」

「ソーマもそれでいいね?」

「…あぁ」

エリックの作戦については文句はない。各員の神機にあわせたポジション配置だ。二人は承諾の意を込めて敬礼する。ソーマも直視せず、エレベータ前のソファに座ったまま頷いた。

ふと、コウタが何か質問があるのか挙手した。

「あの、エリックさん。万が一別のアラガミが現れたらどうするんですか」

「その場合は邪魔な奴だけを叩くようにするんだ」

「え?目に付いた奴から倒した方がいいんじゃ…」

「あまり深追いしすぎると体力の無駄遣いが伴い、かえって自分を危険に晒してしまう。それに持ち帰れる素材の量にも限界があるしね」

「そっか…わかりました」

何かの狩ゲーみたいにステージ中に落ちた全てのアイテムを拾えるなんてことは無理だ。

「さて、これ以上時間はかけられない。そろそろ行くとしよう」

4人は出撃ゲートに搭乗、壁の外へはフェンリル印のジープを用いて出撃した。

 

 

車の運転はソーマが担当。エリックが助手席でユウとコウタの二人が後部座席に搭乗。4人が愛用する神機は専用のアタッシュケースの中に収納されている。この状態なら適合者以外の人間も神機を安全に持ち運ぶことができる

壁の外は、やはり荒れ果てていた。窓ガラスも割れ、壁にひびが入り、砂と泥、雨で汚れ、崩れ落ちたビルがあちこちに並んでいる。何度も見てきたが、気持ちのいい光景ではない。アラガミが地上を理不尽に食い荒らした結果だ。

タロウの話だと、ウルトラマンはこの地球を半世紀以上も守ってきたらしい。彼の教え子を最後にウルトラマンによる本格的な地球防衛は途絶えてからしばらくたった時期に、タロウたちが人形にされてしまい、その間に地球はたちまちアラガミによって見ての通りになってしまった。一族でずっと守ってきた地球の変わり果てた姿に、どれほど絶望と悲しみを味わったことだろう。自分たちの知っている人間もアラガミによってウルトラマンに関する情報そのものが抹消されているため、ほとんどいない。

『ずっと守りたいと思っていた地球の変わり果てた姿を見て、自分がのうのうと生きている』という事実。物悲しくならないはずがない。

その気持ちはユウにも通ずるものがある。ユウもかつて…。

「ユウ、そんなシケタ顔すんなよ。見てるこっちまで気落ちするだろ」

コウタがユウの沈んだ顔を見かねて声をかけてくる。呼ばれて我に返る

「え、ああ…ごめん。ちょっと物思いにふけっていた」

「さっきも似たようなことがあった気がすっけど…老け込んだ?」

「まだ18だよ!」

苦笑いを浮かべながらユウは抗議した。いくら年下とはいえ、せいぜい3歳違いだ。老人扱いは勘弁してもらいたい。

「そっか、君もか」

話を聞いていたエリックが呟く。それを聞いたユウが彼の方を向く。

「そうかって…エリックさんも?」

「エリックでかまわないよ。とはいえ、あくまで今年で18だから、今はまだ17だ」

「へえ…」

「ゴッドイーターでいられるのは若い世代の間だけだ。その間に、華麗にアラガミを討ちつつ生き延びないとね」

華麗に、と言う言葉をどこか強く強調しながらエリックは言った。どこからかキラリ、と擬音を響いてきそうだ。

エリックの言う、若いうち。ゴッドイーターは実際10代前半から、長くて20代後半の間の若い間しか続けられない。長く戦いすぎてしまうと、体内に投与された偏食因子がオラクル細胞に変異し、アラガミ化を招く可能性があるのだ。まだ若いツバキが既に引退したのもそのためで、彼女の腕輪がテーピングされて封印されているのもそのためだ。

「そうだ。是非聞いておきたいことがあるんだ。

君たちはゴッドイーターとして戦う理由があるかな?」

「俺は、母さんと妹を…家族を安心させてやるためです!」

妹…それを聞いてエリックはサングラスの奥に隠れた瞳の色を変える。そしてふ、と柔らかな笑みを浮かべ、今度はユウのほうを向く。

「ユウ君。君は?」

「僕は…」

ユウの脳裏に、これまでの人生が走馬灯のように高速再生される。家族を失い、一人流浪にさまよい、その果てに女神の森にた。そして旧降星町の鎮魂の廃寺で出会った光の超人、極東への配属と神機使い・ウルトラマンとしての戦い。

その果てに見出したユウの望みは、彼にとってわかりきったことだった。

「もう誰も失いたくないから。そして自分にできる何かをするため…後は…」

少し言葉をためた後、ユウは自分の成し遂げたいことを口にした。

「夢があるからです」

「夢?」

「昔、地球人は月に行ったことがあるそうなんです。

僕もいつか当時の彼らのように、空の上…宇宙を、あの雲の上を自由に越えていきたいんです」

現在は空の上さえもアラガミに支配された、はるかかなたの無限の世界を見上げながら、自分の夢を語るユウを見て、エリックとコウタはポカンとしていた。

「あ、あれ…?何かおかしいこと言った?」

ユウは二人のリアクションを見て気まずさを覚えた。今の夢をいつぞやの日にタロウに聞かせた際は『素晴らしい夢じゃないか!』と褒めてくれていたせいか、今の反応に戸惑いを覚える。

「い、いや…別におかしいとは言わないけど、とんでもないこと言ってますよね、エリックさん」

「でも、僕は素敵な夢だと思うな。今の時代、そこまでの夢を抱ける人間は寧ろ貴重ですばらしい。僕はユウ君の夢を心から応援するよ」

「エリック…」

最初はちょっとナルシストさをさらけ出しまくりな人だとは思っていたが、この人はそれ以上に輝いているものを持っている。自分を高く見ている一方で、決して他人を侮辱もしなければ否定もしない。相手が真剣に思っていることを前面的に肯定してくれている。

エリックは、今度は運転席のソーマの方を向いて彼にも問いかけてきた。

「そうだ。ソーマ、君は?この機会に何か言ったら…」

「…興味ねえな」

あっさりと受け流された。

「それと、ユウとかいったか?」

運転席のミラー越しにユウの姿をちらと見ると、次の瞬間辛辣な言葉を彼に向けて突き刺してきた。

「どんな覚悟でこんなクソッタレな仕事に着いたのかと思えば…そんな陳腐な幻想が理由だったのか」

「何…!?」

「こんなくそったれな世界で甘いだけの夢なんざ抱くもんじゃねえ。後で後悔するぞ」

ユウはそれを聞いてどこかカチンと来た。だが確かに自分でも夢見がち過ぎているところはあるとは思う。でも、それでもユウはかなえたいと強く願っている。なんとか心の中で我慢することはできた。

「ッ!!あんた…!!」

しかしそれ以上にコウタがソーマの物言いにムカッと来て、今が車の上であることも忘れて詰め寄ろうとする。だがその前にエリックが右手を掲げ、コウタの手を阻む。視線だけで「それ以上はいけない」と伝え、コウタもその意味に気づいて渋々ながらも引き下がった。

「ソーマ、それは流石に言いすぎじゃないか?こんなご時勢だからこそ、人は夢を見るものじゃないかな?」

「…知ったことか」

全く謝りもしないでソーマは冷たく引き離す。

「それより、もう目的地だ。無駄話するなよ」

淡々と話すソーマに、エリックはやれやれとため息を漏らした。

それからしばらく経過した後、4人は鉄塔の森に到着した。

 

 

今回のミッションの目的地の『鉄塔の森』。

人類が栄華を誇っていた時代では近隣地帯に電力を与えていた発電施設だったそうだが、アラガミによって世界が支配された現在は、施設内にも植物やコケが生え、濁った水で地下が浸水しているなど、ただの廃墟と化している。

四人は直ちに車から降りて、ユウたちはケースから愛用の神機を取り出す。エリックも愛用の神機はブラスト系の『零式ガット』を取り出し、所持の弾丸の最終チェックを行う。

「コウタ君、斬弾の数はしっかり把握を。いざと言うときに撃てなくなってアラガミに返り討ちにされたりしたらちっとも華麗じゃないからね」

「は、はい!」

華麗さについてはさておき、確かに弾の数のチェックは必要だ。コウタと、それに続いてユウも弾の数をチェックしようとする。ユウの神機の銃形態もコウタと同じアサルトだ。弾切れについては、オラクルエネルギーが0でも発射できる無属性の連射弾さえあれば問題はない。とはいえ、威力が同時に少なく敵の弱点も突けないので確認は必要だ。

しかし、一方でソーマが仲間たちが弾の数を調べている間に、一人で歩き出した。

「ソーマ、一人でどこへ行くんだ!一人じゃ危ないよ!」

警告を入れるユウだが、対するソーマはさっきと同じように冷たく言い放った。

「うるせえ。死にたく無かったら俺にかかわるんじゃねえ」

そういうや否や、ソーマは愛用の神機『イーヴルワン』を担いで鉄塔の森のエリア内に入ってしまった。

(ソーマ…)

あれだけ人を突き放そうとする態度。

そのときの彼の目は、酷く冷たかった。まるで障るものすべてを凍らせる氷のようだ。なぜああまで他人を突き放すのか…いや、ユウにはどこか覚えがある目だった。

ゴッドイーターとなる以前に壁の外で生きていた頃、。

「あいつ…何様なんだよ!いくら先輩だからって、ユウの当たり前の忠告だって無視してさ!」

コウタは酷く憤慨する。最初に会ったときは、自分があがってしまったあまり思わず質問攻めしてしまったとはいえ、行き成り「うるさい」の一言で殴りつけてきたほどだ。ユウの夢についても、どこか浮世離れはしているとは思ったが、あそこまで冷たく言い放つなんて酷すぎる。

「ああ、ソーマは僕がついていくよ。それと…誤解はしないでやってくれ。彼はただぶっきらぼうなだけで、心優しい男なんだ」

「あいつが?どーかな…」

エリックのフォローをコウタは全然信じることができない。エリックはコウタの反応を想定済みだったこともあり、頬を指先でかきながら苦笑いを浮かべた。

「さて、ソーマを一人にさせるのは美しくない。僕たちも行こうか」

「はい」「了解」

先輩として二人を仕切るエリックに同意し、三人はソーマを追って鉄塔の森に侵入した。

 

そのとき、彼らは気づいていなかった。

鉄塔の森の廃墟と化した建物の上より3人を…特にユウに注目する視線があったのを。

視線の主は、その手にあるものを持っていた。人形…サカキが『スパークドールズ』と名づけたものを。その人形は、二つの尾を頭に持つ怪物を象っていた。視線の主は、別の方を振り向く。それと同時に、地面からちょうど等身大の黒い影が生えて来た。現れたのは、さび付いた金属のような茶色く汚れたような体を持つ、かの旧時代の拷問器具『鉄の処女(アイアンメイデン)』のような姿を持つ異形の存在。

今回のユウたちのミッションターゲット、コクーンメイデンだ。

「くっくっく…」

見せてもらうぞ…。

そう呟くと、視線の主は左手に人形を持つと、もう片方の手に、あるものを取り出す。

そこに握られていたのは、黒い短剣のようなものだった。

 

 

鉄塔の森に新入後、エリックはソーマの元に向かった。

鉄塔の森の最奥のエリアは海に面し、ちょうど8の字を描くようなエリアだが、中央が濁った水溜りで浸されているくらいで全体の見晴らしがよかったので、見つけるのに時間は掛からなかった。

「ソーマ、独断専行は華麗じゃないぞ」

エリックがたしなめるように言うが、ソーマは振り向こうともせず知らん顔だった。

彼をフォローしてきたエリックには悪いが、コウタはやっぱりあいつを殴ってやりたいという衝動に駆られる。一体仲間を何だと思っているのだ。

「それより、敵は?」

ユウが険悪な方へ行きがちの空気を紛らすために、ここに討伐対象のコクーンメイデンがいるとか言うが、今のところ姿が見当たらない。

「見たところ今のところは一体も出現していないね」

エリックが神機を構え、周囲を見回る。

「えっと…ヒバリさん、レーダーに反応は?」

コウタは平静さを戻し、アナグラのヒバリに連絡を取って確認をとってもらうと、すぐにヒバリから返答が返ってきた。

『ターゲット反応はありません。ですが、突如前触れも無く小型アラガミが出現する場合があります。注意してください』

地面から前触れ無く現れる。まるでグロテスクアニメのワンシーンのような絶望感がある。対応が遅れれば、その直後に起こるのは目も当てられない残酷な一幕。考えただけでもゾッとする。コウタは足が小刻みに震えている。以前はゴッドイーターじゃなかったとはいえ、外への行き来に慣れていいたユウとは違い、彼は壁の外に出る回数は数えるほどしかないのだから仕方ない。

「コウタ。大丈夫?」

「だ、大丈夫…なんともねえって…」

強がってこそいるが、表情から恐怖の色が全く消えていない。しかしコウタは続ける。

「俺がここで退いたら、母さんとノゾミの方にアラガミが来るかも知れねえ。そんなの、俺には耐えられないから…」

なけなしの勇気を振り絞りながらコウタはぎゅっと神機を握り締める。

タロウは言っていた。恐れるのは当たり前だ、だがそれを知り理解した上で乗り切ること。それが勇気なのだと。

その勇気こそ、ウルトラマンにさえも匹敵する、人類が持ちうる貴重な力なのだと。

その勇気は、ユウにもある。だから鎮魂の廃寺で、サクヤを助けるためにスタングレネードだけで飛び出していけた。

「…!」

エリアの北からぐるりと西側に差し掛かったところで、エリックが神機を構える。西にある高台から何かが這い出てきた。

ターゲットのコクーンメイデン、それも5体だ。

「さ、早速5体…!」

コウタは驚きながらも銃口を向けた。

「よし、僕とコウタ君が援護する。ユウ君とソーマは接近してあの個体を!」

「はい!」

ユウは神機を銃形態に切り替え、コクーンメイデンに向けて連射しながら近づいていく。ソーマは肩に神機を乗せてユウよりも先に近づき、、コウタとエリックも二人を援護すべく援護射撃して二人をサポートする。

近づいている際にコクーンメイデンの頭が割れだした。その裂け目から数発の光の弾丸が飛ぶ。オラクルエネルギーによるエネルギー弾だ。警戒して一瞬立ち止まり、装甲を展開しようとするユウ。しかし一方でソーマはかまわずに突っ込んで行った。

(え…!?)

驚くユウを他所に、ソーマは神機の刀身を引きずりながら全速力で近づいていくと、肩に担いでから先端をコクーンメイデンのほうへ突き出す。すると、彼の神機の黒い刀身が捕食形態に代わり、一体のコクーンメイデンを一飲みにするようにかじり取ってしまう。

と、ここでソーマの体に変化が起こった。一体のコクーンメイデンを食らった途端、彼の体に光が灯った。

「おい、どけ」

「え?」

ソーマがさっさとどくように、目を見開いたままのユウに言う。

彼がまとうその光からは、ほとばしる力の波動があった。ソーマはその光の力を刀身にこめ、身の丈異常もあるその大剣を一振りする。

「うわ!!」

あまりに大振りながらも力に溢れたその一撃に、危うくユウも巻き込まれかけるも、ソーマに言われたとおり上に飛び上がって回避。

その一振りは、ソーマの目の前にいたコクーンメイデンたち4体のコクーンメイデンを上下の二つに切り裂いてしまった。

そのたった一瞬の一撃だけで、ノルマの6体の内5体を撃破してしまった。

「すげ…」

ユウだけじゃない、コウタも今のソーマの圧倒的な力に驚嘆した。

(ぼ…僕、何もしてない…)

しかし結果としてユウは何もしなかったに等しかった、というか全部ソーマにいいところを持って行かれてしまった。今回のミッションは新人向けの簡単なミッションだ。コクーンメイデンも新人のゴッドイーターでも注意すれば楽に勝てるレベル。だがそれを…第1部隊の中でリンドウに匹敵する実力者でもあるソーマが全部片づけてしまった。

「さっさとコアを回収するぞ」

「……」

ソーマはジロッとユウを睨むと、ユウは声を出すことができず、黙って死体となったメイデンのコアを、捕喰形態を展開して回収した。

「そ、ソーマ…簡単なアラガミなんだから新人君たちに譲るべきじゃ…」

改修が終わったところで、エリックも震えて渇いた笑い声で注意を促す。

「そいつらのお守りなんざ面倒なだけだ。俺のいないところで勝手にやればいい」

しかし、ソーマはまたしても反省の色を露わにしようともしなかった。そのまま残り二体のターゲットの討伐に一人歩きだしていく。

「いい加減にしろよ!!俺たちはチームなんだぞ!仲間同士の連携が重要だってリンドウさんからも言われてるだろ!」

いくらなんでもここまで来たらエリックの静止など意味を成さなくなり始めていた。コウタがこめかみに青筋を立てるほどキレ、ソーマに向かって怒鳴り散らした。

「仲間…?」

ソーマはコウタの方を振り返る。

「そんなにお友達同士でくっつきたきゃ勝手にしろ。俺は残りの2体を探していくぜ」

なんと申し訳なさそうな顔を浮かべるどころか、馬鹿にしてくるように冷笑したのだ。そう言って、ソーマはコウタからしれっと視線を背け、鉄塔の森の中央部にある、緑で覆われているエリアへ歩き出した。

ブチ!!!

コウタはもう我慢ならなかった。あまりに身勝手で傲慢なソーマの言い分に、後で頭痛が響いてきそうなほど頭に来た彼はソーマに拳を振りかざそうとした。

「コウタ!!」

流石に殴りかかってしまえば始末書どころの問題じゃない。下手したら今後の任務にだって響く。ユウが間一髪彼の右腕を掴んでとめることに成功した。

「離せよユウ!あの糞野郎に一発ぶん殴っておかねえと……!」

ユウに止められなお怒りを抑えきれないコウタに、エリックも説得に入った。

「コウタ君、気持ちは痛いほどわかる。けど君はたった今、仲間同士という言葉を使った。その仲間に拳を向けるのは美しくない」

自分の言った言葉を思い出し、はっとなったコウタは悔しげに拳を下ろした。

「なんなんだよあいつ!!本当にいい奴なんすか、エリックさん!?」

しかしソーマへの怒りは晴れなかった。

「はぁ…ソーマ、君って奴は…」

流石にエリックも、今回のソーマの勝手さ加減には目を閉ざしたままでいる訳に行かない。帰ったらツバキたちに報告しなければならない。

「実をいうと、ソーマの今回みたいな態度はチームを組んだ時はほぼ毎度のことなんだ。特に第3部隊のシュン君とカレル君とは、ほぼ水と油みたいなもんだよ」

「よ、よく付き合いきれるね…」

ユウもああまで仲間の存在そのものを煙たがる人間は初めてだ。そしてそんな男に付き添うエリックのような人間も珍しく思える。

ソーマはこれまで、どういうわけか問題行動ばかり起こしている。実力は前述のとおりリンドウにも匹敵するとは言うが、その度重なる問題のせいで階級も下のままで懲罰房入りの回数も多い。しかもその懲罰房は彼が入るたびにボロボロになると言う始末。

「まあでも、付き合いが長くなった僕でさえ未だにどうにもなっていない…」

どうしたものか…とエリックは深いため息を漏らした。

――――…て…く…

「!」

ふと、ユウの耳に何かが聞こえてきた。

「どうしたんだい?」

耳を済ませだしたユウにエリックが尋ねる。

「人の声が聞こえる…!」

「声?」

エリック、それに続いてコウタが耳を澄ませる。だが、今のところ何も聞こえていない。

「空耳じゃないの?」

「うぅん。確かに聞こえて…」

と、その時だった。

ガシャンと、ユウたちが鉄塔の森への侵入に使った入口付近の廃墟の建物の扉から、誰かが飛び出してきた。

「うわああ!!助けてくれえ!」

数人ほどの、人間の集団だった。そして、ユウたちさえも焦らせる影が、ガラスを飛び散らせながら建物を突き破って現れる。

「オウガテイル!!」

「なんであんなところから!?」

驚くエリックとコウタ。まずい、ソーマも今の音で気付いただろうが、ここからソーマの位置は遠い!

「うおおおおおお!!」

自分がいかなければ、ユウが真っ先に神機を構え、オウガテイルに向かって走りこみながら銃撃を仕掛けた。

「じ、神機使い…」

自分たちとすれ違う形で走り抜けていったユウを見て、建物から姿を見せた集団の一人である男性がユウを凝視する。

このオウガテイルは大したものではない。銃撃を喰らっただけで簡単に怯みきっている。止めに彼は神機を剣形態〈ブレード〉に変形させ、オウガテイルの頭を上から真っ二つに斬り下ろした。

「ハアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!!!」

ザシュッ!!!

「グゴオオオォォ!…!」

ユウに頭を叩き割られたそのオウガテイルは、地面に顎を下ろす形で倒れ、絶命した。その周囲に赤い池が出来上がった。

「なんでオウガテイルが…それにあの人たち…」

疑問に思っていたユウだが、すぐにヒバリが言ってきた言葉を思い出す。奴らは前触れなく地面から誕生することもあるのだ、と。もしかしたらこのオウガテイルもその誕生例の一体なのかもしれない。

「みなさん、ご無事ですか!?」

エリックとコウタ、そしてソーマが、ユウと建物から飛び出してきた人間の集団に駆け寄ってきた。

「なんでこんなところに人が…」

集団の構成は中年の長身の男性一人、若い男性一人、女性一人、そしてまだ幼い少女の4人構成だった。

間違いない、アラガミ防壁外の難民の一団だ。

「何で…だと!俺達を追い出しておいて、今更追いかけてきたのか!!」

すると、若い男性がユウたちを見るや否や、助けられた身であるにもかかわらずいきり立ちだした。その反応を見て、エリックは察した。

「もしかして、あなたたちは…」

「ああそうだ!追い返されたんだよ!極東支部からね!」

「え!?」

それを聞いてコウタは驚いた。極東支部から追い払われた?

しかしユウには覚えがあった。

「パッチテストを、通れなかった人たち…」

パッチテスト。それは各支部のアラガミ防壁を通る際に行われる、神機に適合できる人間であるかを確かめるものだ。もし集団だった場合、その中の一人だけでも通ることが出来れば、その集団は防壁の中への移住を認められる。ユウも、パッチテストを通ることができたから壁の中に入れてもらうことができたのだ。だが、この人たちは…。

(誰一人、受からなかったんだ…こんな小さな女の子さえも…)

ユウは、集団の中に居た小さな少女を見た。こちらをみて、警戒をしているのか難民のリーダーの男性の後ろに隠れながらこちらを見ている。

フェンリルに対して人でなしと言いたくなるほどの非情さを知る人もいるだろう。だがフェンリル側にも事情がある。彼らが弱い立場の人間に与えられるのは、ユウたちが知る限りでもごく一部だけだ。

以下からは酷な言い方になるが、パッチテストにも通らなかった…つまり、

 

保護できるのはゴッドイーターになれる素質を持つ人間だけだ。何年経とうがゴッドイーターになれる素質を持てない、役に立てない人間にまで糧食を与える余裕などない。

それならいっそ、役立たずな人間など外に追い払ってそのまま口減らしに当ててしまえばいい。

有能な存在にこそ飯や金を当てた方が効率的だ。

 

―――無能な人間を救う価値はない…。

 

過激ではあるが、遠回しにそう言っているようなものだった。

現在は新型神機使いであるユウが、当時パッチテストに通らなかったのは、現在ほどの高性能なテストではなかったこと、またはパッチテストの結果保管されている神機に誰も適合出来ないと判定されたこと、当時は資源・食料の問題などの問題、現在よりもパッチテストの合格ラインがシビアだったからなどが考えられる。

自分も、こういった人たちを何度も見てきた。子供の頃も、ユウも一度はアナグラから追い返されたことがある。小さな子供さえも容赦のない現実。この少女も、現実で見るにはあまりに辛いものを目にしたことだろう。以前の自分がそうだったように。

「さっさと行けよ。どうせ俺たちをアナグラに連れて行ったって通してもらえねえ。かえって惨めだ」

若い男性が冷たく突き放すように言い放った。

「アナグラまでにたどり着くまで、一体どれだけの仲間が死んだと思っているの!なのに今になってかわいそうだから保護しましょうって?」

女性の方も、アナグラを追い払われた恨みを込めて怒りを露わにする。

だが、このまま放っておいていいのか?

せっかく助けられるはずの命を無視してまで。

「エリックさん、なんとかこの人たちをもう一度…」

アナグラまで連れて行ってやれないだろうかと問おうとしたが、それを察したエリックが首を横に振った。

「それは無理だよ、コウタ君」

「そんな…!」

コウタはこのはぐれ集団の人たちを助けてられないだろうかと模索するも、エリックが念を押すように言う。

「一度パッチテストが通らなかったことがはっきりしているんだ。もう一度テストしてもらったところで意味はないよ」

また希望を抱かせようとしたところで、再びパッチテストを通らなかったときの絶望感を味あわせるだけだ。

「でも、こんな小さな子までいるのに、こんな場所に放置するなんて酷いじゃないですか!」

それでも諦めきれずにコウタがエリックに抗議するも、その言い回し方にカチンと来たのか、若い男性がコウタの胸倉を掴んで怒鳴り出した。

「酷いとはよく言ったもんだな、あんた。そんな酷いことをしやがったのは、あんたらフェンリルの連中じゃないか!えぇ!!?」

「………」

コウタはその男性の剣幕に押され、返す言葉が見つからなかった。やっとアナグラという安住の地にたどり着いたのに、それを認められなかった悔しさが露わになっている。

エリックも、なんとかしてあげたいとは思っていた。けど、自分たちにはどうすることもできないのが現実。

でも、いつまでもこの態度のままでいいわけがない。

「すいません、そのあたりにしてください」

そう言いながら、ユウはコウタの胸倉を掴む男性の手を解かせる。

「なんだよ!俺たちは被害者なんだぞ!てめえらフェンリルに…」

「あなた、さっき言いましたよね?『助けてくれ』って。僕たちフェンリル参加の人間が偉そうなことを言える立場じゃないのはわかりますが、だからといってそれが人に助けを乞う態度ですか?」

ユウはこの男性を見て思った。この人は、フェンリル入りする前の自分だ。フェンリルにも事情があることを知ろうともせず、『フェンリルは自分たちの箱庭しか守らない』など、自分たちの都合のいいように歪曲し、ただ自分たちが辛い目にあったがために被害者面を貫き通したまま、駄々をこねるだけ。

過去に自分が相手から酷い目に合わされたらやり返したいのは人間の性の一つといえるが、いつまでもネチネチと同じ態度を取り続ければ、逆に自分たちが気が付かないうちに同じ『加害者』側に立つ、いざというときに今までのいやみな態度が原因で他者から拒絶されることもありうるのだ。

「それに、手がないわけじゃないかもしれない」

「え?」

「女神の森…そこへ連れて行けば彼らを助けられる。あそこは極東支部から追い払われた壁外の人たちが作った場所です。

あそこはまだアラガミの出現例がほとんどない地域です」

「そ、そんな場所があるのですか…!?」

リーダーの男性が話を聞いて目を見開いた。フェンリル支部以外に、アラガミがほとんど出てこなくて、それも壁外の人たちによって建設された場所。魅力的な話だ。

(女神の森…最近、極東でもその存在を認知された、壁外の人間のみで作り出された集落。

だが極東でも知っている人間はほとんどいないし、知れたのもほんの数日前から。とすると…)

「僕もそこで生きてましたから」

ユウは彼らに向かって頷いた。エリックはやはりと思った。彼も元は、たった今保護したこの人たちと同じだったのだと。

「現在僕たちの組織は女神の森への物資輸送を行っています。臨時の作業員としてそのヘリに乗せてもらうことができるかもしれません。」

「本当ですか!?」

それを聞くと、リーダーの男性が目を輝かせる。極東支部への保護を拒絶された身としては、他の新天地が見つかっているというのは大助かりな話だ。

「なに言い出すんですか!こいつらが嘘を言っている可能性だって…」

だが、一度見捨てられたことで強い疑心を抱いているせいか、女性の方は男性に同調して反論する。

「だが、考えてみろ。私たちが生き残るには、この手しかない。一度芽生えたチャンスなら掴みに行くのが一番いいはずだ。

この子だっているんだ。可能性があるなら…それに賭けるしかないよ」

リーダーの男性は、自分の後ろに隠れている幼い少女を見る。少女は怯えた様子でこちらの顔色をうかがったままだ。その子を見て男性と女性は押し黙った。自分たちはともかく、これ以上こんな幼い子供に地獄を見せたくはない。

「ユウ君。掛け合うといっても一体誰に…?」

しかし、助けるというのは簡単だが、パッチテスト不合格者である彼らを女神の森へ運ぶには、許可が必要だ。それも安全のため、ヘリを使うのが理想的。トラックならまだしも、4人乗りの車に乗せられる人数ではないし、ここから女神の森はかなりの距離のはずだ。

すると、次のユウの口から、3人にとってとんでもない人物の名前が飛び出してくる。

「シックザール支部長に」

「支部長に!?」

コウタが思わず声を上げる。エリックも声には出さなかったが驚いている。

これを聞いて、さっきまで黙っていたソーマも口を開き出した。

「おい、何勝手に決めてやがる。たかが新兵一人の意見に、支部長であるあの男が賛成すると思ってるのか?」

ソーマの言うことももっともだ。たった一人の新米ゴッドイーターの意見を聞くほど支部長であるヨハネスは暇ではない。

だが、ユウは決して引き下がろうとはしなかった。

「それは…わからない。でも、だからって、ここで見捨てるなんてできない。コウタ、そうだろ?」

「あ、ああ!俺もユウの意見に賛成だ。パッチテストに通れなかったからって、助けないままなんてあんまりだ!」

ソーマには、今のユウたちがまるで現実を見ようともしないわがままな子供のようにも見えた。それがソーマはさらに苛立たせる。

「さっきソーマはいったじゃないか。『勝手にしろ』って。だったら文句なんて言わないよね?」

「はは、これは君の負けだな、ソーマ」

「…ちっ」

揚げ足をとりやがって。最後に一度だけユウと、からかってきたエリックを睨みつけ舌打ちすると、彼はどうなってもしらんといわんばかりに適当な方を向いて放っておく事にした。

「ひとまず、彼らと車の位置まで連れて行こうか」

エリックの提案で、ひとまず彼らをジープまで護衛することにした。

 

「ソーマ、二時の方角は?」

「…今のところ、何も見当たらねえ。索敵を続ける」

道中で聞いた、保護した人たちからの話によると、彼らには他にもたくさんの仲間がいたらしい。二手に別れながらいずれ合流するつもりだったらしいが、2か月前を最後に別働隊とは連絡が途絶えてしまったという。

なんて言葉を掻ければいいのか、それがわからなくなってユウたちは黙った。

すると、リーダーの男性にがっしりとしがみついたままの少女は、ユウの顔を見上げていた。

「ん?僕の顔に何かついてる?」

視線に気づいたユウは彼女を見る。

「…お兄ちゃんたち…ゴッドイーターなの?」

「うん。まだ、入隊して間もないけどね」

自分の神機の刀身を見せながらユウは苦笑する。少女は何か言おうとしているが言葉が見つからないのか、もじっとしている。ようやく口を開き、ただ一言、少女は「ありがとう…」とユウに告げた。ただ一言、それだけでもユウは嬉しかった。

 

「ヒバリさん、支部長に…」

ヨハネスは支部長だ。忙しい立場である以上そう簡単に話しに取り入ってくれるはない。

そして、ようやくジープのところまで辿り来そうになったところで、こちらから回線をつなげられないか、ユウはヨハネスへの通信するたおめ、まずはヒバリへ連絡を取ろうと図った時だった。

ガシャアアァーーーン!!

突如激しい音が鳴り響く。

その音にユウたちは反応する。アラガミが現れたのか?そう思っている間に、彼らの上に暗い影がのしかかる。

「な…!!」

頭上を見上げた彼らは青ざめる。さっきの場所で拾ったち大人たちはさらに青く顔が染まっていた。何か、恐ろしくてたまらない何か巨大なものを見上げていた。

「散れ!!」

ソーマがとっさに叫ぶ。瞬間、ユウたちはそれぞれ散った。直後、ひと塊に固まっていた彼らの立っていた場所に、巨大な針のようなものが頭上から降りかかってきた。

槍のように深く地面に突き刺さったその尾のようなものが引き抜かれる。それの正体を目で追うと、悍ましい姿をした巨獣が、こちらを見下ろしていた。

「「う、うあああああああああああ!!!」」

その姿は、足の部分に怪物の頭があり、さらにもう一つ、本来なら頭に値する部位にさらにもう一つ、二本に束ねた髪を持つ少女を象った顔が人間の頭に部位する位置にある。

怪物と少女、双頭の怪物だった。

「あの怪物…コクーンメイデン!?いや…」

現れた怪獣にはコクーンメイデンの特徴がある。だが、あれは小型のはずだ。それに、なんだあの怪物のような体の一部は。

(別のアラガミと、融合した?いや、だからといって…)

あの巨体はおかしすぎる。エリックは、前回のドラゴードとの戦いにも参加していた。ドラゴードの事も聞いている。だがどちらも異常性に富んだ奴らだ。小型アラガミが大型種に進化するまで、どれだけの捕喰とそれに有する時間が必要になる?それだけの種に進化するなら、アナグラのオラクルレーダーでも探知されやすいのに、こうも突然…進化種が現れるなどあり得るだろうか。

(…いや、そんなこと考えている場合じゃない!)

今のでコウタとエリック、少女の三人とそれ以外の者たちの二派に別れてしまっている。

「やばい…!」

車はユウとソーマ、そして大人たちの方に置いてある。ユウたちが逃げる分にはギリギリだが、全員を乗せるには定員が足りない。無理に乗せたまま走行したら振り落とされてしまうことだってありえる。

しかも、すかさずコクーンメイデンに似たアラガミはこちらに向けて、ツインテールに似た二本の尾を伸ばし、槍のように鋭い瞬発力を持って、突き出してきた。

「避けろ!」

叫ぶと同時に、コウタと同じタイミングで再び放たれる一撃の刺突を、少女を抱きかかえて飛び退いた。しかし一発で終わる気配がない。さらに続けて二度、三度と突き出される尾が、エリックたちを貫こうとする。

「エリック、コウタ!」

ユウが直ちに神機を銃形態に切り替え、アラガミの頭から延びる二本の尾に向けて弾丸を連射する。今の連射が効いたのか、奴の動きが止まった。

「ソーマ、先にその人たちを安全なところに!」

「…ッ!おい、アナグラ応答しろ!」

舌打ちしかけるも、ソーマは大人三人を連れて離れた場所へと連れて行く。その際に彼はアナグラのヒバリに向けて連絡を入れる。

「新種の大型アラガミが現れた!一般人もいる!今すぐ応援を呼べ!誰でもいい!」

『は、はい!すぐに手配します!』

よし、応援の発注は済ませた。後は…逃げるまでの時間だ。何より、一般人の安全確保、そしてコウタたちを助けなくては。

「目を閉じて!」

ユウはスタングレネードを取り出し、ピンを歯で引き抜いて巨大アラガミに向けて投げつける。

瞬間、強烈な光が放たれ、アラガミの視界を遮った。奴の足の方にある顔が瞼を閉ざして呻いている。

「今のうちに!!」

奴の目の届かない場所まで退く。コウタたちに近づいたユウはコウタたちと合流、すぐさまその場から全力で走りだした。

奴は元々コクーンメイデンで、それの変異種のはず。だとしたら、通常のメイデン同様に動けないはずだ。

だんだん遠くなっていくコクーンメイデンの巨大変異種。

その果てに、彼らは近くの市街地跡地の居住区まで逃亡を図った。

 

しかし彼らは一つの誤算があった。コクーンメイデンは、動けない。それは確かだ。

だが、だからといって…

 

コクーンメイデンの特徴を持つあの巨大な化け物…

『双頭拷問神獣テイルメイデン』までがそうだとは限らないのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鉄の雨(後編)

今回の敵、強敵らしく描くことができたか不安…。

さらにもう一つの懸念は、ユウが神機を振う姿を描くタイミング…ギンガに変身して戦うのは当然ですが、ゴッドイーターとして戦う描写が疎かになりがちです。ゴッドイーターでもあるのでなんとかうまく描いていきたいです。


そういや、雨とかタブタイトルに書いておきながら、本編中では雨が降らないな…。




「な、なんとか撒いたかな?」

はぁ~と深いため息を漏らすコウタは座り込んで壁に背中を預けた。今彼らがいるのは、廃墟となった街の、まだ残っていた住居の一階。しかし、気が付いたら鉄塔の森の外に置いていたジープから離れてしまった。もう一度戻るには距離もあるし、時間もかかる。それに一般の人たちを抱えている。移動するだけでも一苦労だ。

「まさか、またあんな巨大サイズのアラガミが現れるなんてね…」

エリックは物陰から外を覗き見ながら呟く。今、テイルメイデンは流石にスタングレネードの効果が切れたのか、ユウたちを見失いはしたものの、鉄塔の森のエリア内でキョロキョロと周囲を見渡している。

それにしても、なんて巨大なのだろう。この前極東支部を襲ってきたドラゴードにも匹敵する50mクラスの巨体。あれだけの敵を倒す手段など自分たちにはない。

「ど、どうするんですか…!?」

「な、なあ!あんたらゴッドイーターだろ!あんなのぶっ倒してきてくれよ!」

すると、不安を隠せなくなったリーダーの男性がユウたちに声をかけてきた。少女に至っては言葉を失っている。

続いて男性が上から目線も同然の言葉を飛ばしてくる。確かにゴッドイーターである以上、アラガミを倒すことは義務ではあるが、いくらなんでも相手にするだけ無謀な敵に立ち向かうのは下策でしかない。

男性の言う通りあいつを倒しておいた方が最上の結果を出せるのだろうが、あいにくあれだけの巨体のアラガミを倒せるだけの攻撃力など、今ここにいる4人を合わせても無理だ。援軍が来るまで逃げきるしかない。

「ある程度体力が回復したら、すぐにここを離れましょう」

一般人を連れての逃亡というものは体力を減らしやすい。ユウの提案で一度身を隠せると言う条件下の元、この場に着いたのだが、いつまでもここに留まるわけにいかない。もしかしたらあいつとは別のアラガミが現れるかもしれない。そうなったらこの人たちを守りつつ逃げ切れる可能性などないに等しい。

だから願う、早く援軍に来てほしい…と。

「…」

一方でユウは悩み始めた。懐に隠しているアイテム…ギンガスパークを服の上からさすった。これを使えば、一発逆転でこの状況を打開することは可能だろう。

(…だめだ、今ここで変身するのは)

だが、タロウから忠告を受けている。この力に頼りすぎてはならないと。事実ユウは以前にこのアイテムの中に宿る巨人…ギンガから変身を拒まれてしまった。それに今は人の、仲間たちがいる。人目につく場所の変身は、自分もギンガも危険にさらすも同じだ。

でも、自分たちがせっかく助けた人たち…特にあの少女を見ていると、使えるはずの力を使ってはならないと言うもどかしさを覚える。焦る気持ちが湧き上がってしまう。

「む…」

壁の影から見張りをしていたソーマの目つきが変わった。彼の目に、わずかに見えていたテイルメイデンの姿が、砂埃の中に消えたのだ。

「敵の姿が見えなくなったぞ」

それを聞いて、一同は立ち上がる。ユウとエリック、そしてコウタも外の様子を確認すると、砂煙が晴れたその場所にはテイルメイデンの姿が影もなくなっていた。

「諦めて帰ってくれたってことか。はぁ~助かった」

姿が見えない。それは同時にあいつから逃げ切れたということ。そうとったコウタは安心の溜息を洩らし、大人たちも一安心する。

「呑気なもんだな」

「え?」

しかし、ソーマはそうは思わなかった。まだ、その氷のような冷たさとツルギのような鋭い目つきが、戦闘態勢に入ったままだ。

「あのアラガミはコクーンメイデンの変異種だ。本来コクーンメイデン系のアラガミは、一度誕生したら決してその場から動くことはない。そもそも歩くことができない。だが、たった今姿を消した。これがどういうことかわかるか?」

「え?えっと…つまり?」

言っていることがわからないと言いたげに、コウタは首を傾げる。あまりに察しの悪い彼にソーマはため息を漏らした。

「進化したことで移動可能になったということ…かな?」

コウタに代わってユウが答えを言って見る。ソーマはコウタの反応と違って否定的な態度を見せない。正解のようだ。

「やっぱり帰ってからちゃんと勉強しておくべきだね」

「…」

エリックからも窘められ、コウタは小さくうめき声をあげた。クラスに間違いなくいる、勉強嫌いな学生タイプの彼にとって勉強と言う言葉はできれば耳をふさぎたいものだ。

しかし、なんにせよ厄介だ。本来なら移動ができないはずのコクーンメイデンが巨大化しただけならまだよかったのだが、本来のメイデンとは異なり移動可能になったなど、厄介の一言では片付けがたい。

「姿を消したんだ。次はどこから現れるか…」

姿のなくなったテイルメイデンが。今度はどこから姿を見せるだろうか。

少女が、ユウに縋るように服の裾を掴んでくる。その目を見て、やはり不安をぬぐい切れていないことがうかがえた。

「大丈夫。兄ちゃんたちが守るから」

「…うん」

少女は頷くが、やはり猛烈な不安を抱いたままだ。

「なんだか、いつの間にかなつかれてるね。まるで兄妹だ」

ふと、横からエリックが笑みを浮かべてきた。

「兄妹かぁ~。そういやこの子、ノゾミと何歳違いかな?」

コウタも話に加わってくる。彼も妹がいる、と任務の前の会話で明かしていた。ユウと少女を見て、自分の家族と重ねてみたのだろう。

ユウは、少女の眼差しに懐かしさを覚えた。

(小さい頃の、あの子に似てるな…)

かつて自分が失った大切な存在にこの少女がダブって見えた。容姿は似ても似つかないものなのに、似ているようにさえ感じる。余計に、この少女とその家族でもあるこの人たちを無事に安全な場所へ連れて行きたいと思った。たとえこの人たちが、一度極東支部入りを拒まれているのだとしても。

「!」

その時、ソーマは何かを察したのか表情を変えて背後を振り返る。自分の正面から見て大人たち三人、コウタ、ユウと少女がいて、エリックが一番向こうにいる。

そして、さらにその向こう、自分たちが隠れている崩れかけの住居の穴の開いた屋根の向こうに、何かが見える。うねうねと動く、巨大な紐のようなものが。

いや…待てよ…あれは!!

「エリック!上だ!!」

ソーマが叫ぶと同時に、エリックが、そしてユウたちも頭上を、性格には自分たちのいる住居の天井の穴を見上げた。

一同の表情が強張る。地面から、二つの触手…いや、尾が生えていた。さきほどまで海藻のようにゆらゆらと揺れていたその二つが、鋭い槍のように研ぎ澄まされ、降りかかってきた。

「外へ!!」

急ぎ外へ向かえと叫ぶユウ。ソーマが無理に大人二名の腕を引っ張り、コウタも気付いてもう一人、女性の手を引いて外に追い出す。

ユウも、少女を抱えて外に出ようとした。

と、その時だった。ユウは思い切り背中を押し出された感覚に晒された

「!!」

ユウたちはその衝撃を受け外に押し飛ばされると同時に、彼らの留まっていた住居が、二本の尾が突き刺さると同時に倒壊した。

「ぐ、大丈夫…?」

外に放り出されたユウは、傍らに倒れた少女を見る。少女はユウを見るが、少女は返事をしない。まさか!?と思っていたが、息がちゃんとある。ちょっと体を撃って気絶をしただけのようだ。ほっと安心した。

「ユウ!早く!」

遠くからコウタの声が聞こえる。ソーマや大人たちも無事だ。

少女を抱え立ち上がる。二本の尾がくねくねとうごめく。

間違いない。あのアラガミ…テイルメイデンが地面の下を移動してここまで来ていたのだ。そして地面の下から二つの尾を伸ばして攻撃をしてきた。見えないはずなのに、いともたやすくこちらの居所を掴んで攻撃を仕掛けるとは恐ろしい。受け身のこっちからすればおちおち安心してその場に立つこともままならない。

しかし、自分たちは今どうなった?いきなり押し出されたようだが…。自分たちが辛うじて隠れていた住居は無残に倒壊していた。

「!」

ユウはその時血相を変えた。住居の瓦礫の山の中に、エリックが倒れているのだ。少女を抱えたまま、ユウは倒壊した住居の方に駆け寄った。

 

「ユウ!!危ねえ!!」

コウタの叫び声が聞こえるが、届かなかった。ユウは少女を抱えたまままっすぐエリックの方に向かって行く。

「くそ、仕方ねえ!俺も…」

このままではユウも危険だ。コウタも助けに向かおうとしたが、ソーマが後ろからコウタの肩を掴んだ。

「状況を考えろ!もうグレネードも残ってねえ。てめえまでミイラになる気か…!?見ろ!」

既に、ユウたちの向こうの、二本の触手が伸び始めていると同時に、地面の砂がだんだんと盛り上がっている。

さっきのアラガミが、地面から姿を現そうとしているのだ。

「待ってくれ!じゃあ…あの子まで見捨てる気か!」

少女のことを刺しているのだろう。リーダーの男性が声を荒げた。

「…悪いが、今はあんたらの方が優先だ。このまま俺たちが突っ込んだところで、二の舞を喰らってお終いだ」

「そこをなんとかしろよ!あんたら」

もう一人の男性が無茶を吹っ掛けてきたが、ソーマはジロッと彼を睨み付けて黙らせた。

「…ぅ…」

なんでもかんでも俺たちに頼るのは勝手だが…限界ってもんを考えろ。心の中で言い返した。実際ソーマの判断は正しい。このまま巻き添えを喰らっては元も子もない。今度こそ全滅だ。

「退くぞ新入り」

「…くそ!!」

せっかく友達に慣れた人間をこのまま置き去りにする。コウタは悔しげに顔を歪め、やむを得ずソーマと大人たちと共に、この場から全力で離れざるを得なかった。

だんだんと、ユウたちの姿が小さくなっていった。

 

 

「この!!」

ユウはエリックの元に接近しつつ、銃形態の神機を向け、テイルメイデンの尾に向けて連射。触手に手傷を負わせて怯ませる。

尾に傷がついて、その傷の奥が僅かに光っている。浅くそれも小さいものだが、結合崩壊を起こしたのだ。今なら!

「エリック!しっかり!」

少女をなるべく優しく下ろし、ユウはエリックの傍らで身をかがめる。

「ユウ…君…」

エリックは瓦礫に下半身が埋まってしまっている。これのせいで抜け出せなくなっているのだ。彼の神機も瓦礫の下に違いない。ユウはすぐに瓦礫を退かしにかかる。

「待ってて、すぐに退かすから!」

「ダメだ…僕に、かまうな…!このまま留まっていれば、君も…」

ユウが瓦礫の一部を手づかみした時、エリックはかすれた声で警告を入れる。

「その少女を連れて…早く…!僕にも、妹がいるからね…コウタ君の気持ちが良くわかるのさ…」

「じゃあ…!」

さっき突き飛ばしたのは、エリックだった。テイルメイデンの攻撃が、ちょうどユウたちに降りかかろうとしたところで、自分の身を顧みずにユウたちを突き飛ばした。代わりに自分ががれきの下敷きになってしまったが、間一髪ユウたちに危機を救ったのだ。

「だったら生きるんだ!妹さんが待ってるんだろ!」

「このまま…共倒れになる気か…!?」

エリックの言う通り、ユウの今の行動はゴッドイーターとしては褒められたものじゃない。下手をすれば自分も、自分の傍にいる少女さえも巻き込んで死なせてしまう可能性が高い。冷静に考えれば、このままエリックを置いて逃げた方が悪い結果にはつながらない。それはエリック本人も承知の上だった。

今のユウが、自分と少女の両方を助けようとしていることはすぐにわかるが、二人とも助けられる見込みなどない。

「そのままじゃ勝ち目はない。僕を置いて、生き延びてく――」

再び逃げることを促すエリック。だが…。

「嫌だ!!」

エリックの言葉を遮るようにユウが叫ぶ。

こんなこと、二度と経験したくなかった。今この時が、ユウにとって世界が黒に塗りつぶされた『あの時』と同じだったから。

たった一人の家族だった妹が、自分を突き飛ばし、アラガミによって瓦礫と化した家の中に押しつぶされていくのを黙っているしかできなかったあの時と。

「KUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

その時、地面を突き破り、テイルメイデンが再び姿を現した。そして、ユウの姿を見るや否や、上の頭が割れて、光を灯す。こちらに向けてオラクルエネルギーの弾丸を撃つつもりだ。

「先に逝く僕を許してくれ…『エリナ』…」

「…!」

エリナ…それが、エリックの妹の名前なのだろう。

もう死を覚悟したことと、ダメージの蓄積の影響だろうか。妹への謝罪と共に、エリックは意識を手放してしまった。

傍には巨大な怪物。瓦礫の下には、助けたいのに自分一人ではどうにもできない人。傍には、他の誰かの手を借りなければ助け出せない少女。

そして、エリックが口にしていた妹の存在。彼の帰りをきっと待っていることであろう。犠牲者の数を考えると、ここでエリックを置いて逃げた方が賢明な判断だろう。だが、それを選んだら、エリックの妹…『エリナ』と言う少女は味わうことになるに違いない。

 

―あの時の自分と同じ、大切な家族を目の前で失うと言う悲しみを。

 

そんなこと…そんなこと!

 

――――許して…たまるか!!

 

ユウは神機を突き立て、懐からギンガスパークを取り出した。

「力を…!」

ギンガスパークを掲げると、右手に『選ばれし者の紋章』が浮かび、先端から溢れた光がギンガの人形となってユウの手の中に収まる。円を描くように回し、足の裏の紋章をギンガスパークの先端に接続した。

 

【ウルトライブ!ウルトラマンギンガ!】

 

接続と同時に、ギンガスパークにギンガの顔の意匠が現れ、ギンガの人形が光となってギンガスパークそのものを包み込み始める。

「ギンガーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」

ユウは甲高く叫び声をあげ、ギンガスパークを掲げると同時に光を身に纏った。

「KUAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

銀河系のごとき天に上る光の柱。それに当てられたテイルメイデンは吹き飛ばされる。

 

エリックは、サングラスを駆けていたにもかかわらず、今の光の眩さによって目を覚ました。

目を開くと、そこには見覚えのある顔があった。だがそれは親しい間柄の顔を見たからなどではない。ごく最近に初めて見た、異形の存在の顔が目に飛び込んできたのだ。

「!」

いつの間にか、自分とユウが運んでいた少女は、巨人の掌に乗っていた。巨人がこちらを見下ろして来た。一瞬エリックは戸惑いを覚えた。少女も目を覚ますと、真っ先に飛び込んできた巨人を見て思わず悲鳴を漏らした。

「ひ…」

もしかしたら、新たなアラガミではないのか?そう疑ってしまう。だがその直後、巨人が頷いてきたのを見た。人間臭さのある感情表現に、今度は違う意味で戸惑いを覚えたが、そこへエリックが彼女の肩に触れて笑みを見せた。

「大丈夫、彼は…僕らを助けてくれたんだ」

そうだ、彼は前回の防衛線で極東支部の危機を救ったのだ。まだ知らないことだらけだが、それでもまた今のように助けてくれたのだ。それにしても…。

(このタイミングで助けに入るとは…華麗すぎて言葉にならないな…)

少女と共に巨人の手の中に収められながら、エリックは心の中でそう呟いた。

 

 

光は、撤退中のコウタたちの目にも届いた。そして、光が晴れると同時に現れた巨人に注目する。

「な、なんだありゃあ!」

「もしかして…アラガミ!?」

3人の大人たちは、巨人の姿を見てかなり動揺した。

かつては地球で数々の伝説を残した超人たちを知りもしない人間がすでに大半を占めている世界だ。今の反応をするのも致し方のないこと。

しかし、コウタは巨人を見てその目に希望の光を灯した。

「ウルトラマンだ!ウルトラマンが来てくれた!!」

「う、うるとら…?あの巨人がなんなのか知ってるんですか!?」

リーダーの男性がコウタの興奮にも達している喜びように目を疑う。一見すれば、アラガミにも見られる巨人に、なぜ希望に満ちた目を向けているのか。

「大丈夫です!あれは…ウルトラマンは味方です!」

「み、味方…!?あの巨人が…!?」

にわかには信じられないと言った様子だった。でも、その証拠はすぐに明らかになる。

ギンガがこちらを見てくると、すぐに駆けつけてきた。思わずその巨人が近づいてきた際に、大人たちは小さく悲鳴を漏らしてしまう。しかし直後に、ギンガが片膝を着き、地面に置いた右手を広げる。そこには、瓦礫の下敷きにされていたエリックと、ユウが抱えていた少女の二人がいた。

「エリック…!」

ソーマは、傷を負ってこそいたが、無事だったエリックを見て、いつもの無表情から一転して目を見開いていた。

「エリックさん、けがは!?」

「大丈夫さ、コウタ君。けがはしているが、見ての通り無事だ」

エリックは渇いたような笑みを見せてくる。

「…あのお兄ちゃんは…?」

すると、少女はユウがいないことに気づいた。それを聞き、コウタとエリックも周囲を見る。少女が気づいた通り、ユウの姿はどこにもない。

すると、ギンガが立ち上がってきた。彼が立ちあがったのを見てコウタたちが一斉に注目を入れる。本当に、エリックたちを助けてくれたのか?そんな疑惑に満ちた思いを秘めた眼差しを向けられたまま、ギンガは彼らを見下ろし、右手を水晶体で敷き詰められた胸に手を当てて見せてきた。

「俺に任せろ…って…?」

コウタがギンガが何を伝えようとしているのか、予想を立てて口にすると、ギンガはそれを聞いて頷いてきた。

(伝わった…!)

それを見て驚くコウタたち。アラガミと違って、人間の言葉さえも分かるのだと知って唖然とした。

「シュワ!」

ギンガは驚いている彼らから背を向けて高くジャンプ、テイルメイデンの正面まで降り立った。

「……」

コウタは言っていた。ウルトラマンは味方、だと。根拠といえば、たった今の自分と少女に対する対応。エリックもその言葉に、不思議なくらいに強い信憑性を覚えた。

(このまま借りを作ったままでは、華麗なゴッドイーターとは言えないな…)

今の恩を、借りを返したい。エリックはなんとかできないかと考え始めた。

「おいエリッ…!」

気が付いたときには、彼は一歩前に歩きだしていた。

 

 

変身を遂げたユウ、ウルトラマンギンガは、そのたくましい豪腕によるチョップを振りかざす。それに対し、テイルメイデンは頭の尾をしゃくりあげてそのチョップを弾き飛ばした。

「グゥ!?」

手にしびれを覚えるほど、尾に入った力は予想以上だった。

今度こそ!とギンガはテイルメイデンに近づき、その胴体に向けてパンチとアッパーを叩き込む。

すると、テイルメイデンの頭の尾が伸びてきた。さっきと同じように、槍や針のように鋭く先がとがっている。

「KUAAAAAAA!!!」

テイルメイデンの、上の頭の少女を象った顔が、血を寄越せと叫んでいるように醜く歪むと同時に、頭の二本の尾が襲い掛かる。

「デュ!!」

とっさに右に避けたギンガ。かろうじて回避に成功したが、避けた際にわずかにギンガの左肩にテイルメイデンの尾が掠れた。しかも傷痕が、右肩の水晶体に傷をつけている。もしあのまま真正面から受け止める、または後ろに同じ方向へそのまま避けていたら、口刺しにされていたことだろう。

まずは、あの尾をどうにかしなければ。

ギンガはまず、奴の尾の出方を探った。対するテイルメイデンは再び尾を振ってギンガに攻撃を仕掛ける。急所に突き刺されてしまえば命はない。

テイルメイデンの意による刺突攻撃が、再び襲いかかる。ギンガが右に避けると、その位置に向けて。左に避けると左に、後ろに避けるとその分だけ尾を伸ばして串刺しにしようとする。

(くそ…!)

近付きにくい。ギンガはそれでも接近して応戦しようとしたが、やはり近づきにくい。しかも、ギンガがうまく近づけないことをいいことに、テイルメイデンは上の、少女を象った顔がついた口が開かれると、口の中からオラクルエネルギーで構成されたエネルギー弾を発射してきた。

それも一発だけじゃない。二発、三発…十発近い連続のオラクルのエネルギー弾がギンガを襲った。

「グワ!!」

ギンガはとっさに両腕を組んで防いだが、爆風のダメージが腕に伝わる。近付かなければそれはそれで厄介ということ。

「KUAAAAAAAA!!」

「シュア!!ハッ!!ウオオオオオオ!!!」

だが、負けるわけにはいかない。ギンガは、その右腕の水晶体から光の剣〈ギンガセイバー〉を形成し、針のごとき攻撃を防いだ。二本の尾がギンガを襲うたびに、ギンガは光の剣を振いながらその二本の尾を必死になって弾き返した。しかし、刺突攻撃を全て受け止めきれなかった。わずかな隙を突いて尾の先が、ギンガの腕に突き刺さった。

「ウア!!?」

膝を着いて刺された左腕を掴んで悶える。その怯みをテイルメイデンは見逃さない。ギンガに向かって飛びかかってきた。

下の方の頭が、グワッ!と大きな口をあけ、ギンガの足にかみついた。

「フォァ!?」

それに続き、今度は上の頭の二本の尾がギンガの首に巻きついてきた。ギリギリと締め上げにかかる尾の力は凄まじい。足と首を捕えられ、身動きが取れなくなってしまった。だが、テイルメイデンの攻撃はこれだけに収まらなかった。

それどころか、恐ろしい攻撃が待ち受けていた。

「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」

「!!?」

ギンガは後ろを振り返る。すると、驚くべき光景を目の当たりにした。

テイルメイデンの胴体が、グパァッ!と、扉のように開いていたのだ。開かれた胴体の中には、何かがうねうねとしているが、色が赤黒く中身も暗いためかよく見えない。見えないのだが、テイルメイデンの扉の裏を見てゾッとした。

針や棘が、おびただしく着いていたのだ。

コクーンメイデン、それは中世の拷問器具『鉄の処女(アイアンメイデン)』に似た姿をしたアラガミ。

アイアンメイデンは罪人をその中に放り込ませ扉を閉じ、扉の裏や中に敷き詰められるように用意された針や棘によって罪人の全身を突き刺すと言う、なんとも想像することも恐ろしい拷問器具の一種だ。

それに似たもののためか、攻撃手段の一部も体内の針で相手を突き刺しにかかると言う鋭いものが多い。

ギンガは、次に自分に降りかかるかもしれない未来を想像して恐怖した。テイルメイデンは彼を喰らおうとしているのだ。それも、今から拷問器具に放り込まれようとしている罪人のように、その体内に取り込んで…。

(全身串刺しだなんて…ごめんだ!)

ギンガはなんとしてでもこの呪縛から逃れなくてはと、まずは首に巻き付いている二本の尾を解こうと、首に巻き付いた尾を掴んで力を入れる。しかし首に巻き付いている二本の尾の力は強く、ほどける気配がない。

このままでは…食われる!!

その時だった。

ブワッ!とギンガの視界を白い光が塗りつぶした。

「GUAAAAAAAA!!?」

今の光の影響か、テイルメイデンが悲鳴を上げている。首と足の拘束が緩んだ。今のうちに!ギンガは後ろを向いたままテイルメイデンに向けて後ろ蹴りを繰り出し突き飛ばした。

今の光は知っている。スタングレネードによるものだ。一体誰が?辺りを見渡すと、スタングレネードを投げた張本人はすぐに見つかった。

(エリック…!?)

ジープに乗っているエリックがこちらに手を振っている。

今のスタングレネードは、エリックが投げつけてきたものだった。

借りを返すつもりで、ギンガを助けに来てくれたのだ。

(命を救われたんだ。これくらいの借りじゃ物足りないくらいだよ…)

ギンガからの視線に気づき、エリックはニヒルに笑って見せている。

さらにそれだけではない。

空からバン!と銃声が数発分鳴り響いた。ギンガが次に頭上を見上げると、ドアが開かれたヘリがギンガの頭上を飛んでいる。ヘリには、サクヤともう一人…眼帯の女性がスナイパー神機を構えていた。あの眼帯の人は確か、第3部隊のジーナって人だったか…?

「皆、生きてる!?」

サクヤが耳に搭載させていた通信機で地上組と連絡を取り計らった。ソーマの救援通信に、この二人が駆けつけに来てくれたのだ。

さらにもう2、3発、ジーナの神機から鋭い弾丸が放たれ、テイルメイデンの体に突き刺さり、血しぶきを起こした。

「綺麗な飛沫」

テイルメイデンから血が飛ぶのを見たジーナは笑っていた。

「もう、ジーナったら。あまりそう言った顔は止めて」

「ふふ、ごめんなさいね。早く撃ちたくてうずうずしてたから」

どこかその笑みは危ない何かを漂わせる。サクヤが一言注意をするが、対するジーナは笑って流していた。

ギンガ…いや、ユウは心が満たされた。いくら自分がこれほどまでに強大な力を持っていても、今のようにピンチに陥ることもある。それを助けてくれる存在が、近くにいることを実感した。

(ありがとう…!)

心の中で礼を言い、地面の上を転がるテイルメイデンを見て、ギンガは腕の痛みをこらえつつテイルメイデンの次の攻撃の出方を伺う。

わざと一歩足を出して、近づく仕草を見せると、それを見てこちらに近づけさせまいと、テイルメイデンが二本の尾を振いだした。警戒すべきはあの二本の尾の攻撃。それはまるで、奴隷に向かって乱暴に鞭を振って言うことを聞かせようとする暴君のようだ。伸び縮みし、突き攻撃はまるで槍か針のように鋭い。

これでは近づきたくても近づけない。

いや、ならば隙を作り出せばいい!ギンガは全身のクリスタルを赤く光らせ、燃え上がらせると、灼熱の火炎弾を自らの周囲に形成、テイルメイデンに向けて放った。

〈ギンガファイヤーボール!!〉

「シュア!!」

それに対し、テイルメイデンは再びオラクル弾をギンガファイヤーボールに向かって今度は3発以上連射しようとした。

しかし、それをも阻まれた。エリックがブラスト弾をテイルメイデンの下の顔の目に向けて放ったのだ。

今の一撃で、片目が結合崩壊を起こし、潰された。お蔭で、テイルメイデンは自信の砲撃の発射を妨害され、ギンガの火炎弾をモロに食らってしまう。

今のうちにあの厄介な尾を!ギンガは再びギンガセイバーを展開し、テイルメイデンの頭の尾をすれ違いざまに斬り飛ばした。

「ショオオラア!!」

「GIAAAAAAAAAAAAAA!!」

頭の二つの尾を失い、もだえ苦しむテイルメイデン。

今度こそ止めを刺す!

ギンガは全身のクリスタルを金色に光らせ、頭上に雷をほとばしらせると、右手にその力を纏わせ、前に突き出すと同時に、雷を纏いし必殺の光線をテイルメイデンに向けて放った。

〈ギンガサンダーボルト!〉

「ドオオォリャア!!!」

「GUGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」

雷の流動がテイルメイデンの全身を包み、宙へ打ち上げる。テイルメイデンは雷撃から逃れることができず断末魔を轟かせながら、遥かな空の上で、華やかさの欠片もない花火となって砕け散った。

勝利を確信したギンガは構えを解くと、地上にいるエリックやコウタたちの方を向いた。皆の笑っている顔が、特にエリックのその顔が見える。静かに頷き、ギンガは頭上を見上げた後、空へ飛び去って行った。

「シュワ!」

 

 

戦いの後、非戦闘員である少女たちも一緒に運べるように、ようやく迎えのヘリが訪れた。

「ユウ!おーーーい!!」

すぐにコウタはユウに連絡を取りにかかった。だが、通信に返事がない。大声で周囲のどこかにいるかもしれないユウを呼ぼうともしたが、それは流石に他のアラガミに見つかってしまう可能性があったので控えるように警告された。

(もしかして、やっぱさっきの戦いで…?)

想像したくない現実を想像し、コウタは青くなる。

「…っち」

ソーマは舌打ちした。任務前に鉄塔の森へ到着する前に言った、ユウの言葉が浮かぶ。

(夢だのなんだの…こんなクソッタレな世界で馬鹿な夢見やがるからこうなるんだ。あのバカが…ッ!)

「お兄ちゃん…」

少女が悲痛な表情を浮かべながら不安を抱く。しかし、エリックは指差した。

「…いや、どうやらいらない心配だったみたいだ」

コウタたちがエリックの指差した方角を見ると、遠くから手を振りながら、ユウが皆の元へと駆け寄ってきていた。

「ユウ!」

「皆、ごめん。心配かけちゃって…」

たはは、とユウは頭の後ろを掻きながら苦笑した。

「お兄ちゃん、けがは?」

「大丈夫。この通りピンピンしてるから」

少女もユウの傍らに歩み寄って怪我がないか尋ねてきて、ユウは彼女の頭をそっと優しく撫でた。

「やはり、あの巨人が君を?」

「うん、ギンガが、僕を間一髪安全な所へ運んでくれたんだ」

エリックからの問いに、ユウは頷いた。それを聞き、責任を感じた彼はユウに向けて頭を下げた。

「しかし、今回の君の危機の原因は、僕にもある。済まなかった」

「いや、責めてる気はこれっぽっちもないし、別に気にしてなないよ!それに、エリックは僕を助けてくれたじゃないか」

謝ってきたエリックの謝罪にユウは気にしないでほしいと言う。

すると、ソーマがジロッとこちらを睨み付けてきた。その威圧感に押されかけていると、ソーマは睨んだまま一言、鋭い言葉を突き付ける。

「…次からは、自分の身は自分で守るんだな」

ソーマはそう言って、ジープ回収のため3人の元から離れだした。

以前も今回も、ユウはウルトラマンがいたからこそ助かった。けど、本来ゴッドイーターは彼の言う通り自分の身を自分の力で守らなければならない。そう言った意味では、ユウはまだゴッドイーターとして未熟なレベルだということだ。

(帰ったら…また訓練かな)

訓練中の映像を録画してもらい、タロウに見てもらおうか検討していたが、実際に行う必要がありそうだ。

「みんな、けがはないかしら?」

ソーマとすれ違う形で、地上にヘリが降りてきて、サクヤとジーナが降りてきた。

「はい、けがはしてますが平気です。」

「そう、よかった…でも」

ユウからの報告を聞くと、サクヤはジトッとユウを睨む。

「さ、サクヤさん?」

「ユウ、ソーマから聞いたわよ。エリックを助けに行ったそうだけど、あの状況で一人突っ走って助けに向かうのは正しい判断じゃないわ」

「……」

「仲間を助けに行く。それは立派だし私も否定はしないけど、だからといってあなたまで命の危機にさらされたらミイラ取りがミイラになる結果しかもたらさないわ。今回はまたウルトラマンが来てくれたからよかったんだけど、必ず来てくれる保証なんてないから」

「…はい。すいません」

サクヤからも同じ指摘を受けるとは。ユウは頭を下げて謝った。すると、サクヤはすぐに朗らかな笑みを浮かべユウの肩をたたいた。

「まあ、二人とも生き残ってよかったわ。次も無理をしない程度に頑張っていきましょう?」

優しく綺麗な笑みがユウに向けられているのを見て、傍から見ていたコウタは「いいなぁユウの奴…」と小さく呟いていた。

「ところで、生存者はこの人たち?」

「うわ!?」

すると、後ろからジーナがコウタに話しかけてきた。まるで背後霊のような話しかけ方に思わずコウタは驚いて声を上げてしまう。しかしジーナは驚くコウタではなく、生存した少女と大人たち3人の難民たちを見る。

「はい。今から支部長に頼んで、僕の出身地へ送ってもらうように申請するつもりです」

ヨハネスはユウがゴッドイーターとなる際に出した条件…『ユウの出身地=女神の森への支援』を約束してくれていた。だったら、そこへ資材を送るついでにこの人たちの保護を向こうにお願いしてもらうことにしたのだ。

彼らは元々極東支部入りを拒まれた身の上。この件については、帰還後ヨハネス支部長と話をすることで解決したい。

一応、ヒバリを通じてアポをとってもらった。それからわずか二分、帰還準備の傍らにヨハネスからの連絡があった。

『いいだろう。だが資材も食料も無尽蔵ではない。こういったことは何度も許可はできない。それだけは心してくれたまえ』

返事はYESだった。だがあくまで、今回は特別だ、という指示だった。それを聞いてユウはただ一言、はいと返事をした。

だが、なんにせよ少女たちはもう壁の外で危険な流浪の旅を続ける必要が亡くなったと言うことだ。

「ありがとうございます!ありがとう…ございます…」

「その…礼は言う」

「フェンリルにもあなたのような子がいるのね…本当にありがとう」

そのことをユウから聞き、難民のリーダーの男性や、一緒にいた男性と女性も涙ながらにユウに熱い握手を交わし、何度も感謝の言葉を述べた。それから難民の人たちは、ジーナとサクヤと共にフェンリルから用意されたヘリに乗せてもらい、改修した素材と一緒に運んでもらった。別れ際に、リーダーの男性と少女が揃って、ユウたちに助けてくれたことへ改めて礼を言った時は、とてもうれしかった。

先にアナグラへ戻って行ったヘリを見送り、ちょうどソーマがジープを回収しこちらに向かって運転してきたのが見えてきた。

「にしても、ソーマの奴も少しは無事でよかった、の一言くらいよこせっての」

「ソーマは確かにあの通りの態度だが…」

近付いてきたソーマのジープを見ながら、不満を口にするコウタ。それでもエリックはソーマへの擁護、いや…自分の彼への本心を明かした。

「リンドウさんもきっと、彼が優しい人間だというはずだ。帰ってきたら訪ねてみるといい。

彼は今の僕らよりもずっと長くゴッドイーターを続けてきた。その分だけ仲間の死を見続けてきたんだ。ここにいる僕らも、彼にとってはいつかいなくなる仲間の一人でしかないと見られているから、あえて突き放そうとしているんじゃないかな?」

「………」

コウタはそう言われて押し黙った。でも、同時に彼はあまり納得しがたいものを感じた。

(だからって、あんな言い方…)

「さあ、先にソーマも乗ってしまったし、僕らも早く乗ろうか」

エリックに促されるがまま、二人もジープに乗り込んでアナグラへの帰路を行くことにした。

 

 

4人がソーマの運転するジープに乗ってアナグラへの帰還中、沈みかかる日の反対の方角を見ると、オレンジ色に染まった海の上に、巨大なドームが見えた。

「あれは…」

「エイジスを見るのははじめてみたいだね」

そんなユウを見て、エリックが声をかけてきた。

「噂では何度か聞いてたし、最近はコウタと一緒にサカキ博士の講義も受けてたから。けど、あんなに大きなものが…」

エイジス島。

ギリシャ神話の女神アテナの防具『アイギス』の名を飾られた、人類をアラガミの脅威から完全に隔離するための人工島。

現時点で地球に残された人類すべてをあの島の中に収容するほどのスペースがあるとされている。今のゴッドイーターたちは、アラガミたちのコアを元に作られたオラクル資源を増やすために、日々の任務に励み、アラガミのコアを回収し続けているのだ。

(そう言えば、あの人形…)

素材、と言う点で…帰る前、ユウはコア回収の際にあるものを手に入れていた事を思い出した。あの時ギンガとなって戦ったアラガミに似た、足の方に顔が合って頭の方に尾が付いている、上下逆さまの怪物の人形だ。しかも足…もとい顔の裏に、ギンガの人形と同じ模様の赤いマークが刻み付けられていたものだ。

(あの人形、一体なんだったんだろう…)

ギンガと同じ何かを感じる人形だった。それに先ほど戦ったコクーンメイデンのようなアラガミには、コクーンメイデンとこの人形の特徴が現れていた。

確信をたやすく抱くことができた。あの人形、あの異様かつ巨大な姿となったコクーンメイデンと何か関係があると。

帰還したら、タロウに聞いてみることにしよう。彼なら、あの人形の怪獣のことについて知っているはずだ。

「…早く完成させようぜ。そうすれば、あの子たちみたいに、壁の外で辛い思いをする人が少なくなる」

コウタは、母と妹。この一握りの家族を守るためにゴッドイーターとなった。他にもたくさんの人たちが同じ理由を持って戦っている。だから、エイジス島の完成は彼らの悲願でもある。

「そうだな。早く完成させて、エリナを安心させてあげたい」

エリックもコウタに同調してそう呟いた。

「エリナって、さっき言ってた妹さんのこと…?」

「へえ、エリックさんも妹がいるんだ」

「ああ」とユウからの質問にエリックは頷いた。コウタも妹持ちと言うこともあって興味を惹かれた。

「元々僕はフォーゲルヴァイデ家の跡取りでもあったんだ。けど妹は体が弱くて、病を治すためにこの極東に来た。

だが、皆も知っている通り、極東は激戦区になりがちで、いつ防壁が破られ、アラガミたちの爪や牙がアナグラに届くかもしれない。

だから僕は、家督を捨てて極東のゴッドイーターとして戦うことを選んだんだ。安心して妹が静養と闘病に専念できるようにするために」

それを聞いていたコウタのリアクションは、思わずユウやエリックがぎょっとするほどだった。

「頑張りましょうエリックさん!同じ妹持ちとして応援します!」

「お、おう…ありがとう…」

恐らく妹を守りたいと言うエリックの意思に、コウタが激しく同調したくなったが故だろう。熱くガシッと両手を掴んできたコウタに対し、エリックは礼を言いつつもどこか引いていた。

「あ…そういえば、ユウって家族いるの?」

ふと、妹の話からなのか、ユウの家族が気になりだしたコウタがユウに、彼の家族のことを訪ねてきた。

しかし、それを問われた途端、ユウの表情が哀愁を帯びた、寂しい笑みに変わった。

「ユウ君?」

「…いないよ」

「え…」

「もう7年以上は前、かな…。アラガミから僕をかばって、家ごと…両親も顔さえ覚えてない」

「あ…ごめん…無神経だった」

ユウには、家族がいない。辛いことを思い出させてしまったことを悔やんだコウタはユウに謝った。任務の直前、居住区の部屋で妹の話が持ち上がった時にやたら暗い顔をしていたのはこのためだったのか。

「いいって。もう昔のことだから。

コウタ、エリック。妹さんを大事にね」

「あ…ああ」

いつまでも嘆き悲しみ続けるのはベストじゃない。死んでいった人たちのために、今を大事にする。したかったから、あの時自分はエリックを助けに向かったのだ。

二人の頷きを見ると、ユウは遠い空の彼方を見上げた。もう太陽は地平線の先にすっぽりと消えて行こうとしていて、空も暗い闇の中に包まれていこうとしていた。

(兄ちゃん、頑張るから…見ていてくれよ)

夢をかなえるため、大切なものを守り続けるため。

遠い彼方の夕暮れの空を見つめながら、改めてユウは心に誓いを立てた。

 

 

「ウルトラマン、ギンガ…」

ちょうどユウたちのジープが横切った廃ビルの屋上、そこから走りゆくジープを見下ろす者がいた。

あの人形…『古代怪獣ツインテール』のスパークドールズをコクーンメイデンの体内に放り込み、テイルメイデンに変貌させた張本人でもある、視線の主だった。

その姿は、とても人間の姿とは思えなかった。だが、だからと言ってアラガミと言うわけでもない。

既に辺りが夜の闇に包まれているせいか、姿は確認できなくなっていた。ユウたちも気づくことはなかった。

「ツインテールに小型アラガミを混ぜた程度では勝てんか…そもそも思っていたほどの戦闘力は見込めなかったしな。

まあいい。今回はただの実験だ。

それにどのみち…この世界にはもうウルトラマンは奴以外にはいない。いずれ、今度こそこの地球をもらってやる…」

その異形の存在は、ほくそ笑むように呟いた。

これから先に起る戦いに、心が躍るのを隠せなかった。

 

 

「我らに倒されるまで、せいぜいひと時の勝利の余韻に酔いしれていろ…最後のウルトラマン」

 

 




NORN DATA BASE

○エリック・デア=フォーゲルヴァイデ
極東支部所属の神機使い。使用神機はブラスト神機『零式ガット』。(ただし、2以降の彼の神機はショットガンにカウントされているが、1・BURSTに準じてブラストとしている)
性格は原作同様ナルシストだが、妹思いで周囲から疎まれているソーマにも気軽に接し友人と言えるほどの関係を築くほど人のいい部分もある。
原作では主人公に自己紹介した直後にオウガテイルに頭部を捕食(アニメでは搬送されている主人公をかばって)され死亡したという衝撃の最期と早期退場で有名になってしまっている。
しかし、早期退場してしまったにも拘らず、BURSTでは隠れキャラとして復活するなど、彼はゴッドイーターのキャラの中でも結構人気がある方だったりする。
彼を語る上でソーマの『エリック、上だ!』は外せない。
本作では無事、ギンガとなったユウのおかげで死亡フラグを断ち切った…?


○双頭拷問神獣テイルメイデン
『古代怪獣ツインテール』とコクーンメイデンが融合した合成怪獣。
ツインテールをベースに、足の部分にツインテールの頭(ただし、より悍ましさと凶悪さのある顔になっている)と、上の頭がコクーンメイデンに、上方のツインテールのように尾が二本伸びている。
攻撃手段はツインテールから引き継がれた二本の尾だが、この尾は鞭と同じように使用するほか、コクーンメイデンと同じように、まるで槍や針のように敵を突き刺してくる。さらに上の少女を象った顔の口から、オラクルエネルギーの弾丸を連射する。
最も恐ろしいのは、下の顔の口と二本の尾で敵を捉え、拷問器具アイアンメイデンと同じように体を開き、鋭い針だらけの自身の体内に相手を取り込ませ捕食するというエグイ攻撃。もしギンガが最終的に取り込まれていたらと思うとかなりショッキングな展開が待ち受けていたに違いない。


○古代怪獣ツインテール
『帰ってきたウルトラマン』にて、『古代怪獣グドン』とセットで登場した怪獣。元々は海洋生物だったらしいが地上戦もできる。グドンの好物でもあり、『帰りマン』本編でも二体係りで、一度ウルトラマンジャックを倒した話は有名。
その時の夕暮れの景色と、二体一の状況で戦う姿は作品の中でも特に印象的。ちなみに『ウルトラマンネクサス』の第35話目でも、ネクサスが同じ状況に立たされている。


次辺りで、読者の方が考えてくれた合成怪獣を出そうと思います。

気がついたら、リザレクション発売まで後1月近く…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

暗躍者

現在はリザレクションのプレイや他作品の執筆に伴い、次回の更新を最後に更新が遅れるか長期間の停止になる可能性があります。ご理解のほどよろしくお願いします…orz

短編にマブラヴ・オルタネイティヴとネクサスのクロスも1話だけ書いてみました。暇だったら読んでみてください。

にしても、ピター強かった…
時系列的に過去の話とはいえ、レイジからの引継ぎができなかった上に、5分前+回復アイテム0になるまで…燃え尽きました…よ…


「……」

ひとりでに稼動しているモニターの明かりのみで照らされた、暗闇に覆われた一室。

そこには一人の人物がダンベルを持ち上げながら筋力トレーニングをしていた。

映像には、テイルメイデンと交戦するウルトラマンギンガの姿が映されていた。最終的には実際に起こったとおり、ギンガの必殺技の前にテイルメイデンが木っ端微塵にされる光景が再生されていた。

「…やっぱ、小型アラガミとの合成じゃ話にならねぇか…」

映像を横目で確認すると、その人物は傍らの机に置かれたものを手に取る。

「にしてもあいつら…人をこき使いやがって…」

手に取ったものは、怪獣の人形だった。それも角を鼻の位置に生やした個体だった。

「まぁいい…どの道後悔させてやるぜ。俺が…最強の、■■■■■■なのだからな!」

 

 

 

鎮魂の廃寺。そこで戦う若者たちがいた。

部隊名は『極東支部所属第1部隊』。

最近新しく入った二人…ユウとコウタの二人だった。

討伐対象は、この日もコンゴウ。

コンゴウとは、大中小の内、中型種に分類されている猿型のアラガミだ。その名前の通り力があり、体表が小型のオウガテイルやコクーンメイデンと比べて硬くなっている。さらには空気弾を使うなどと、中距離戦も可能なアラガミだ。

行き成り入隊したての新人には強敵でもある。

だが…。

「ちぇすとぉ!!」

ユウの神機の銀色の刀身がコンゴウの尾を切り裂く。

『コンゴウの結合崩壊を確認しました!』

二人が、任務中のゴッドイーターが常に耳に装着する無線機からヒバリのアナウンスが聞こえる。見ての通りだ。

コンゴウの尾は切り裂く攻撃に弱い。

結合崩壊によって激昂したコンゴウから回転攻撃が放たれるが、即座にユウは装甲を展開、コンゴウのパンチを容易く受け止めた。

「コウタ!」

「りょうかーーーいい!!」

装甲でパンチを受け止めた衝撃を利用し、後方に退避したユウに応え、コウタがモウスィブロゥの銃口をコンゴウに向け、火属性の弾丸をぶっ放した。顔面に向けて放たれたその弾丸はコンゴウの頭に傷をいれ、結合崩壊を引き起こす。

『顔面の結合崩壊を確認、オラクル反応も落ちてます!

今です!止めを!!』

「了解!!」

顔を覆いながら苦しむコンゴウに向け、ユウは駆け出した。

「沈めええええええええ!!」

近づきながら、彼のブレードが捕食形態に変形、刀身から生えたアラガミの顎がコンゴウの体に食らいつき、食いちぎった。

「ゴオォォ…」

腰の辺りが大きくえぐられ、コアも抜き取られ、コンゴウは沈黙した。

 

 

 

「ミッション、お疲れ様でした。ゆっくり体を休めてください」

「はい、ありがとうございました」

ミッションを追えアナグラに帰還した二人。ヒバリからのねぎらいの言葉をもらい、早速部屋に戻ろうと階段を上った。

「リンドウさん、何してるんですか?」

階段を上ったところで、リンドウの姿が見えた。彼が座り込んでいたのは、出撃ゲートのエレベータ前。ユウとコウタの二人はリンドウの元に歩み寄ってきた。

「お、新人共!任務に行ってたのか?」

「はい、討伐対象はコンゴウでした」

まだ入隊して間もない二人が二人係とは言え、コンゴウを倒すことができた。上達が早いのか、それともまぐれか。いずれにせよ入隊したての新人の二人が討伐できたのは見事なことだった。

「ほぉ。コンゴウをやっつけたのか。そいつはすごいな!」

「そりゃもう余裕でしたよ!俺の銃とユウの剣!息ぴったりでしたよ!ってか、最強コンビじゃないかって思えるくらい!

家帰って妹に自慢できますよ!地球の平和は俺が守って見せる!って」

「おおいいねえ!その調子なら俺のデートも…」

「リンドウさん、余裕って言うほどのものじゃなかったですよ。すばしっこくて体表も思った以上に固かったから苦戦しましたよ」

ユウはそういってため息をつく。コウタはどこか誇張していたらしく、ユウ自身は苦労した様子がうかがえた。

「でも、まだ入隊して間もないのに、新人二人でコンゴウを討伐できるってなかなかのものだと思うわよ?」

「サクヤさん」

今度は区画エレベータの方からサクヤが姿を見せてきた。

「私はちょっと苦労したんだけどな。その才能、別けてもらいたいくらいね、ふふ」

「僕らなんてまだまだですよ。だから、後で訓練しとかないと」

「え…お前こんな時間まで訓練やってんの!?」

謙虚さ抜きに、正直に自分の未熟さを痛感しているとはいえ、今の時間は本来訓練を行う時間にしては遅い。真面目、というにはどこか度を越したユウにコウタは驚きを見せた。

「ユウ君、頑張るのはいいことよ。でも、あまり無理はしないでね?

神機使いは、優秀な人ほど早死にしやすから…」

これだけの真面目さにサクヤは危うさを覚え、寂ししげな表情を浮かべながら一つ警告を入れた。

「ほほぉ、それなら俺はまだ生きながらえることができそうだ」

リンドウがニカッと笑みを見せながら言った。

すると、階段を降りてすぐのカウンターにいるヒバリから彼らに向けて声が掛かった。

「第1部隊のみなさん。少しよろしいですか?」

「おう、どした?」

「ツバキ教官からの通達です。第1部隊には、ブリーフィングルームに集合してもらいたいと」

「わかった」

 

 

ブリーフィングルームに集められた第1部隊メンバー、リンドウ・サクヤ・ソーマ・ユウ・コウタ。

ルームには巨大モニターと階段式の客席が要されており、簡単に言えば一つの映画館と似た構造になっている。

照明の光ではなく、ほぼモニターから発せられる光のみで照らされたその空間にて、ツバキが待っていた。

「全員集まっているようだな。ヒバリ、画像を出せ」

「はい」

ブリーフィングルームにはヒバリも同行し、彼女はツバキからの命令でキーボードを操作し、モニターにある画像を出力する。

表示された画像には、頭に角…というより筒のような砲口を持つ魚のようなアラガミだった。

「明日のミッションでは、お前たちにはフェンリルから発注した任務に参加してもらう。

そこで貴様らにはこの中型種アラガミのコアを回収しろ。

コードネームは『グボロ・グボロ』。魚類に近い姿をしたアラガミだ」

「グボロ・グボロ…」

「偵察班によると、6体ほどの個体を海岸付近のビル街跡にて確認した。

お前たちはリンドウ隊長の指揮の下、これらのコアを回収してもらう。討ち損じるなよ」

鋭い視線を向けられ、リンドウたち第1部隊のメンバーたちは敬礼する。

「それと、連絡事項だ。このミッション終了後にこの第1部隊に新しい隊員を投入することになった」

「え!?」

「俺とユウが来たばっかりなのに、新人がまた来るんですか?」

さりげなく、続けて発表された連絡事項の内容にサクヤとコウタが目を丸くした。

「ああ、ロシア支部からの転属が決定された。それもユウ、お前と同じ新型の適合者だ」

「新型!?本当なんですか?」

新型神機というものは、いまだにその数も少なく、適合者も旧型神機と比べて人を選ぶ。それだけ貴重な新型神機使いが、またもう一人この支部に来るというのか。ロシア支部としても、新型神機を手放したくはないはずなのに、なぜすでにユウという新型ゴッドイーターがいる第1部隊への配属が決定されたのだろうか。

「では解散だ。時間までに出撃ゲートに集合するように。遅刻はするなよ」

ツバキはそう言い残すと、ブリーフィングルームを去っていった。

「新人かぁ…」

ユウとコウタに続き、さらにもう一人の投入。

妙だ。去り行くツバキを見送りながら、リンドウは腕を組みながら考え込む。

恐らく、ロシア支部から新型ゴッドイーターの転属が決められた要因は…。

(うちの支部長、か…)

原因の一つとして真っ先にヨハネスの顔が浮かんだ。彼はサカキ博士とともにフェンリル創設時からオラクル細胞の研究者として名を馳せ、フェンリル内でもその発言力は高いに違いない。

思えばおかしい点は他にもある。

ユウたちは先日の鉄塔の森エリアでのミッションで、怪獣を遭遇したものの、ウルトラマンの登場のおかげもあって辛うじて無事に生き延びた。その際、ユウは救出した難民の一段をなんとか助けたいと、支部長に直接相談を持ちかけた。普通なら考えられない。そもそも、私情を挟んでいるように見て取れる話に支部長が乗っかるはずがない。

だが、ヨハネスは現にそれを受けた。

それを聞いたリンドウは、ユウからの注文をヨハネスが受け入れたことに対してきな臭さを覚えていた。

(エイジス完成には、ヴァジュラのコアでさえ数千体も必要になるはずだ。にもかかわらず、極東の保護を拒否された集落の支援のために、貴重な資源を与えるなんざ支部長は何をお考えなのか…)

現在極東支部で進められている人類保護プロジェクト『エイジス計画』。その要である人工島エイジスは、ヒバリの計算によるとまだ完成まで0.07%分。小数点以下程度の度合いだった。

それにこのアナグラの防壁も、何度もアラガミによって食い破られているとはいえ、いずれ神機使いになるかもしれない貴重な人材でもある、極東支部の人々を守るためにも必要だ。

だからこそ、貴重なオラクル資源はたとえ欠片ほどであってもエイジスとアナグラ以外に回す余裕などない。

理由としては、いくつか想像がつく。

一つは、新たな人類保護区域を作ること、壁の外で生きる人々の中にいるかもしれない、優れた才能を持つ人材を確保できるようにすること。

もう一つは、貴重な新型神機使いであるユウからの信頼を勝ち取るため。その果てに…。

(……きな臭えな)

リンドウはタバコを吸いながら、今の状況に対する不信感を募らせる。

(確かめるためにも、次の『デート』…進めるか)

「リンドウ?」

「ん、ああ…なんでもねえ。次のデートのこと考えてただけさ。気にすんな。それよか、明日に備えて早めに寝とけよ」

顔を覗き込んできたサクヤの視線に気がついて我に返った。軽薄な台詞で誤魔化したものの、サクヤの憂い顔は晴れなかった。

 

 

 

「もう一人の新型かぁ…」

ユウは部屋に戻ってくると、どさっと音を立てながらベッドの上に寝転がった。

ツバキが言っていた新型神機使い、果たしてどんな人間なのか気になるのは確かだが…。

「どうした?疲れたのか?」

ユウの耳に別の男の声が聞こえてきた。

人形…ノルンのデータベースに記録された情報によると『スパークドールズ』だったか。その状態のタロウがベッドの傍らの台座に座った状態でユウを見ていた。

「いや、今度また新しい人が僕の部隊に配属されるって話だよ」

「ほぉ、新しい仲間ができるのか。よかったじゃないか」

「…うん」

仲間が増える、それは確かに喜ぶべきことのはずなのに、ユウはそれを素直に表せなかった。

「どうしたんだ?何か不満なのか?」

「別に新しい仲間が増えることに不満はないよ。でも、仲良くなれるかなぁ…ってちょっと不安なんだ」

ユウは少し前の自分を振り返る。あの時はフェンリルに対してあまり良くない感情を抱いていた。新型神機に適合、それがなかったら自分は今も外の人間だったに違いない。そして第1部隊という仲間と会うこともなかっただろう。そんな経緯でゴッドイーターとなったユウは、果たして今度やってくる新人と仲良くできるのだろうかと心配だった。

「それに、僕たちゴッドイーターは万年人材不足のようなもんだってリンドウさんたちから聞いてて、新型に関してはさらに数が限られている。なのに、僕とコウタの二人が入ったばかりで、貴重なはずの新型神機使いが入ってくるって、変じゃないかな?」

ユウ自身もリンドウと同じ疑問を抱いていた。こんな短期間中に、ユウが持つ新型神機とコウタが使っている…以前はツバキの使い込んだことで強化されきっている神機。その二人と二機が配属されたばかりで、またしても世界で貴重品扱いの新型が新たに投入。

「確かに妙だな…」

タロウも話を聞いて懐疑的な感情を抱く。

ユウに続いて二人目の新型ゴッドイーターの配属。果たしてそれが何をもたらすのだろう。

「でも、今の極東って他の地域に比べたら激戦区になってる。僕が変身して戦った奴らもいるし…理由としてはそうとも考えられるけど…」

そういってユウの脳裏に浮かぶのは、これまで戦ってきた巨大アラガミ…オウガダランビア、ドラゴード、テイルメイデン…いずれも強敵だった。

「奴らについてわかったことがある。

私と同じように、人形の姿…スパークドールズ化した怪獣にアラガミを融合させた存在だ」

「怪獣と、アラガミの融合…」

怪獣とは、タロウの話だと50mほどの巨体を誇るという。大型アラガミよりも遥かにデカい。

一方でアラガミは怪獣と比べて小さい。そう考えると怪獣よりも弱く考えられるが、アラガミのほうは怪獣よりも遥かに厄介な要素を持つ。それはやはり無尽蔵に増える繁殖力と再生能力、そして神機を除く従来の兵器で攻撃が奴らの体を構成するオラクル細胞の捕食特性のせいで、全く通じないということ。

もしこの時代に怪獣がスパークドールズにならずに生きていたとしても、アラガミに襲い掛かられたら肉のいっぺん残されずに捕食されてしまうに違いない。そしてアラガミは捕食したものの特性を吸収する。そうなったら、今まで自分がギンガとして戦ってきた超巨大アラガミのできあがりだ。

しかも、アラガミがスパークドールズを喰らって進化をしたら、これまでウルトラマンとして戦ってきたあの怪物どもの出来上がりだ。

「それだけ巨大なら危険だし、後世に伝えないといけないのに、今の時代じゃ僕を含めて誰も怪獣のことを知らない状態だなんて…」

「ユウ、頼みがある」

今のままが続けば、きっと予想以上の不味い事態に直面する。、そう思っていると、タロウがユウに向かって改まってあることを告げた。

「私も次からのミッションに連れて行ってほしい」

「タロウ…?」

「この姿では確かに私はかつてのような力を振うことはできない。悔しいが足を引っ張るかもしれない。

だが、それでも私も『ウルトラマン』なのだ。何もできずここで帰りを待っていても意味はない」

この先も強大な敵が現れるに違いない。そうなれば、まだウルトラマンになりたてのユウ一人では対処しきれない可能性が高い。

「現場では主にサポートに回ることになるに違いないが役に立って見せる。頼む」

人形になってしまい、己の無力さにさいなまれる人はもう別れなくてはならない。自力で元に戻れなくても、できることはあるのだ。例えば、目の前にいるまだダイヤの原石でしかないこの若者を指導する。かつて光の国でやったことと変わらない。

「…わかった。僕もまだ立ち回りがなってないから、ちょうど実戦でのアドバイスとか欲しかったところなんだ。

頼むよタロウ」

「あぁ。ありがとう…。だがユウ。

私は元々光の国では教官と勤めていたからな。新人指導については厳しくいくぞ」

そう言ってジロッとユウを見るタロウの視線は、人形とは思えない凄みがあった。

「お手柔らかに…」

もしかしたらキャリアに関してはツバキ以上かもしれない。

まるで父親に睨まれて縮こまる息子のごとく、ユウは冷や汗をかいた。

 

 

「…そうか、今は中国支部を経由してこちらに向かっているのか」

支部長室。そこではヨハネス支部長が携帯端末を耳に当て、誰かに連絡を取りつけている最中だった。

「で、『彼女』の調子はどうだ?」

『状態は至って良好です、支部長。計画に支障を起こすことはないと確信しております』

「わかった。わかっているとは思うが手荒には扱うなよ。彼女はデリケートなのだからな」

『大丈夫です。私めはしっかりをわかっておりますから。

到着も明日の予定です。急いで連れてきます』

「それでいい。では、頼むぞ」

最後にそういい残し、ピ…とヨハネスは端末の通信を切った。

「人類を救うためなら、アラガミだろうと誰であろうと、私の目的の邪魔はさせん」

そう言ってヨハネスが眺めたのは、この部屋の壁に掛けられた一つの絵画。絵の中には、津波の押し寄せる嵐の中、荒れ狂う水面の上に浮かぶ1枚の大きく描かれている板があった。

「たとえ、その犠牲が…どれほど大きなものになるとしても」

 

 

 

次の日…

ユウは起床し、配属されてから常に着こむフェンリルの制服に着替えて部屋を出る。この日のミッションはグボロ6体の討伐。

先日のようにコウタと二人じゃとても無理だが、リンドウにサクヤ、ソーマも同行する。さらに今回からは密かにタロウもユウと行動を共にするようになった。心配はいらないはずだ。

食堂のカウンターに座り、パンやスープと言った食事にかかると、テーブルの向かい側に見覚えのある人物が座ってきた。

「やぁ、ユウ君」

「エリック」

座ってきたのは、エリックだった。でも彼一人だけじゃなく、もう一人裕福そうな少女もいる。

「その子は?」

「あぁ、この子が前に言ってた僕の妹、エリナだ」

この子が…。以前のミッションでエリックは死にかけたときに妹らしき女の子の名前を口にしていたが、この子がその話に聞く妹さんなのか。

「へぇ、かわいい子だね」

「ふふ、そうだろ?…でも、手を出さないでくれよ?」

「そんな気はないから安心して」

妹を褒められたことに鼻が高くなるエリックだが、直後に凄みある視線をサングラスの奥から研ぎ澄ませる。誤解がないように言うが、ユウは単に美貌を褒めただけで決してそれ以上の感情があるわけじゃない。要はロリコンでは決してない。

しかしこのエリックさん、意外にシスコン気質があるようだ。

「お兄ちゃん、この人が前に話してた人?」

裕福そうな少女、もといエリナは首を傾げながら兄に問う。

「ああ、命の恩人さ」

「エリック、僕はただやみくもに出ただけで…実際に助けたのはウルトラマンなんだ。僕じゃない」

そう、ギンガがいなければエリックを助けることなどできなかった。だから実際にエリックを助けたのは自分じゃなくて、ギンガだ。謙虚さと事実を含めた返答を返したが、エリックは首を横に振ってそれを否定した。

「いや、君も十分命の恩人だよ、ユウ君。君のその頑張りがウルトラマンを呼んでくれたに違いない。僕はそう思ってる」

予想を超えた答えだった。あまりに予想外だったのでユウは目を丸くしていた。

「ありがとう、お兄ちゃんを助けてくれて」

エリナもエリックのユウに対する態度に習い、兄を救ってくれたことへの感謝の言葉を告げた。

「いや…でも、助けたのは…」

「なんだなんだ?謙虚さで自己アピールってか?」

ふと、そこへ嫌味ったらしげな言葉が飛んできた。

入口の方を向くと、帽子を被った赤紙の短パンの少年がこちらを見ていた。

「よぉエリック。新型とずいぶん仲がいいな」

「…シュン」

来たのは第3部隊の小川シュンだった。しかし、今の喋り方がいかにもいやにねちっこくて、不快感を促してくる。

「よくもまぁ無様に戻って来たもんだぜ。華麗に戦うとか豪語してた割に、結局何にもできずに帰ってきやがった負け犬風情が。

噂のウルトラマンに止めを任せて逃げ帰って来たんだろ?」

「…!」

その一言に三人はカチンときた。寧ろ生き延びたことは喜ばなければならないのに、この言いぐさは何事だ。

「新型、お前…リンドウさんとこの第1部隊だったな。よかったじゃねえか。逃げる回数が多い分生き残りやすくてよ」

シュンは前々からこんな不遜な態度をとることが多く、もう一人…金銭面のトラブルが多いカレル共々、人格面については低評価だった。

三人の不快感に構うことなく、シュンはニヤニヤと笑い、今度はユウに対しても侮蔑的な発言を取り、エリナとエリックは露骨に不快感を覚えた。

「エリック!また食われかけねえように気を付けとけよ!ただでさえお前雑魚イんだからな」

暴言を吐かれた際、エリックは思わず腰を挙げそうになったが堪えた。代わりに、握り拳をシュンの見えないところで握っていた。

「…何もできなかった?それは誰情報なんだ?」

しかし代わりに、怒りを滲ませたユウが腰を上げてシュンを睨み付けた。

「エリックは何もできなかったなんてことはなかった。寧ろ、ウルトラマンを助けて見せたんだよ」

先日の戦いのことを振り返りながら語る。あの時、ギンガに変身したとはいえ、テイルメイデンの尾による攻撃に苦戦を強いられた。その時、エリックの放った弾丸がギンガの窮地を救った。その点は救われた側としては無視できない。

「なんだよ新入り、てめえ文句あんのか?ウルトラマンだかなんだか知らねえけど、あんな化け物に助けられたことを恥とも思ってねえのか?バッカじゃねーの?」

しかし現場に居合わせていなかったシュンにとってそんなことはどうでもよかったし、知ったことではなかった。不遜な態度をまるで崩そうともしない。

「ウルトラマンは化け物なんかじゃない!いい加減なことを言うな!」

今のユウにとってギンガもタロウも恩人でもある。それとアラガミと同列に数えられるのは、たとえ相手が事情を知らないとはいえ、許し難いことだった。

「なんだとてめえ…その生意気な口のきき方…それが先輩に対する態度かよ!気にいらねえな!新型だからって調子に乗ってんのか?え?」

まるで怯む姿勢を向けない。表そうともしない。自分より上に立った気でいるような態度にシュンも不愉快さを覚えた。

「仲間を平気な顔で罵倒する先輩に垂れる礼儀はない!」

「こ、この野郎…」

舐められた態度をとられているとでも思ったのか、格下に見ている奴からいいように言い返されていることが我慢ならないのか、シュンはこめかみをひきつらせながら、今度こそユウに殴りかかろうとしたときだった。

「なにしてんだ、シュン」

その一言でシュンは拳を止めた。振り向くと、今度はシュンと同じ第3部隊の二人、カレルとジーナの二人が顔を見せてきた。

「ち…ったく、新型が気に入らないからって下手な喧嘩売りやがって、時間を無駄にしているってことがわかってるのか?そしてそれが金をドブに捨てるのと同義で…」

「…あ~あ~!!わーったよ!ったく、時間と金なんざ関係ないだろうが…」

ユウに向けて振りかざしかけた拳を下ろし、カレルたちの元に歩いた所で、ユウたちの方を振り向いた。

「新入り。新型だがなんだか知らねえけど、調子に乗んなよな!てめえなんざ所詮、レアもの担いでるだけの青二才だからな!」

捨て台詞を吐き、そのまま食堂から歩き去って行った。

(…お前も青二才だろうが。古株の癖にまだコンゴウに苦戦してるくせに)

口に出さなかったが、カレルはシュンに対して呆れを覚えていた。

「何よ!口だけの癖にお兄ちゃんたちを馬鹿にして!大体調子に乗ってるのはどっちよ!」

一方でエリナはシュンに対して凄まじくキレていた。兄貴が無理をしてまで妹を守ろうとする気概を持っているのだ。兄を馬鹿にされて怒らない妹では決してなかった。

「ごめんなさいね。昨日からシュンは気が立ってるのよ」

しかし、逆にシュンに対してジーナがフォローを入れるようにユウたちに言葉をかけてきた。

「なにかあったんですか?」

「ウルトラマンが現れてから、居住区の方で…ね」

「ゴッドイーター不要論を掲げる奴が現れ始めたのさ。

ウルトラマンさえいれば、ゴッドイーターなんか必要ないとか抜かしてな」

やれやれと言った感じでカレルが続きを述べた。

「それで、シュンは…」

「でもまぁ、結局褒められたことじゃないわね。結局はただの八つ当たりだもの」

わざと自分よりも腕が劣る、戦果の小さい奴を見下して自分が優位に立った気になる。それで自己確立しているのかもしれない。とはいえ、それではジーナたちの言う通りだ。

「不要論を掲げた連中も馬鹿な奴らだがな。あの巨人がまだ味方かどうかはっきりしてもいないのに、俺たちを早速不用品扱いするとは…後で後悔しても遅いぞ。だが…」

カレルは視線をユウに向け、一つの警告を突き付けた。

「シュンの言うことにも一理あることは頭に入れておけ」

「え?」

「新型だからって調子に乗らない方がいいってことだ。何せ、お前は旧型から妬みの視線で見られがちだからな。

っと…時間か。邪魔したな、新型」

時計を見て、何か時間が来たのか、カレルもユウたちから視線を背け、食堂を後にした。

「これから私たち第3部隊はエイジスの警護に行くの。あそこは大事な場所だから」

ジーナが、カレルの確かめた時間の理由を教えた後、朗らかな笑みと…どこか不思議な色気を孕んだ声で「じゃあね」と一言声をかけた後、カレルに続いて食堂を出た。

(ウルトラマンの存在が、必ずしも良かったわけじゃない…か)

シュンが自分たちに向けた苛立ちを促す悪口、その根元がおそらく、新型ゴッドイーターである自分と、ゴッドイーターよりもはるかに強い力を持つウルトラマンギンガに対する妬みなのかもしれない。シュンはああ見えてリンドウたちほどじゃないにせよ先輩の一人だ。同時にゴッドイーターとしての誇りもきっとある。それを脅かされたり蔑ろにされて焦ったのかもしれない。

まぁ、最も…ユウもフェンリルに保護された時の一件ですぐにギンガに頼ることは避けるよう心がけている。皆にとっては新型神機のことでえばるなとは言われているが、調子に乗る乗らないについてはどちらも同じこと。気を抜かないようにしなければ。

「…と、ところで…今日の任務はどこにいくつもりなんだい?」

空気が悪い。無理やり違う話題に切り替えようと、エリックがこの日ユウが受ける任務について尋ねてきた。

「あ…あぁ、うん。今日はグボロ6体を第1部隊全員で当たることになってる」

「グボロか…奴らは炎と雷に弱い。刀身とバレットはそれに伴ったものを用意することを勧めるよ」

「ありがとう…」

「神機の刀身の取り換えについては、整備班のリッカ君に言えばいい」

「わかった」

その後も食事をとりつつ、ユウはエリックからいくつか心強いアドバイスを受けた。

「御馳走様、それじゃ…」

「あぁ、ユウ君。ちょっと待ってくれ」

食事を終え、食器を片づけようとしたところで、エリックが声をかけてきた。

「ちらっとだけでもいい。ソーマのことも見ておいてほしいんだ」

「ソーマを?」

エリックの言葉に首を傾げていると、タロウの声が聞こえてきた。

(そのソーマという青年についてだが、こんな噂があるのを耳にした)

実は、ユウの制服の胸の内ポケットに、タロウが収められている。そこからテレパシーを通して話しかけているのだ。

(タロウ、噂って?)

(噂によると、彼には『死神』という悪名が付いている。

彼とミッションを同行した者は、『死ぬ』というジンクスがあるんだ。あのシュンやカレルというゴッドイーターも同じ目で見ているそうだ)

それを聞き、ユウはこの前のミッションでソーマが言った言葉を思い出した。

 

――――死にたく無かったら俺に関わるんじゃねえ

 

あれは、そう言う意味意味だったのか。自分が他の誰かの近くにいたら、その人が死ぬ。それをソーマ本人も気にしているから、わざと他人を突き放すような言い方をしているのか。

死神だなんてただの噂だし、ソーマもリンドウにつぐ長年のキャリア故に高難易度の任務を受けることが多かっただけだ。それを誰かが勝手に、自分たちの未熟さ、運の悪さをそっちのけに彼を悪く言っている。ソーマもソーマで、否定も肯定もしない。他人をうっとおしがるように距離を置いている。

酷い話だ…ソーマは何一つ悪くないのに。

(…でも、どこで情報仕入れたんだ?)

(君が毒で一時医務室に運ばれた時に見舞いに来ただろ?その時にな)

(…迂闊にうろつかないでよ、怪しまれるから)

人形が廊下で一人勝手にうろついている。知らない人か見れば怪奇現象にしか見られない。ソーマのケースとはまた違った呪いを想像させてしまう。

(わかってるさ)

タロウとて、自分が動く人形であることが他人に知られたらことだとは承知の上だ。

「放っておくと一人で勝手をやらかしてしまいそうだし、彼のような孤独を好む人間にこそ、たとえ彼が他人を疎ましく思っても、誰かが一緒じゃないといけないと僕は考えている」

「…わかった。エリックがそこまで頼むなら、見ておくよ」

エリックの言葉にも一理あるだろう。ソーマのことは突っぱねられた態度を取られたとはいえ、仲間だと思っていたい。エリックからの頼みを断ることはなかった。

「お兄さん、頑張ってね!」

「うん、ありがと、エリナちゃん」

最後にエリナからの励ましを受け、ユウは食堂を後にした。

この日からは、心強い先人でもあるタロウも連れて。

 

 

 

エリックからのアドバイス。それに習ってユウは神機を調整してもらうために、エレベーターで神機保管エリアに降りてきた。

「ほぉ、ここで神機を保管しているのか」

ユウの胸のポケットからわずかに顔を出したタロウが周囲を見渡した。ミッションに出撃しないゴッドイーターたちの神機が、専用のアームに乗せられ、待機状態で収められていた。その中には、自分のも含め、第1部隊みんなの分の神機も納められている。

「しかし、君はなぜここに来たんだ?まだ集合まで時間が空いていると思うが」

「それまでの間に、刀身パーツの交換とバレットの用意を整備班の人たちにしてもらおうって思ってね。

そろそろ属性とかを気にした方が生き残りやすいって思ったんだ」

「うんうん、いい心がけだね。感心しちゃったよ」

「わ!」

行き成り後ろから声をかけられ、ユウは素で驚いた。振り向くと、頬に黒いオイルの線が引かれた少女がいた。灰色のツナギに、腰の工具が詰まったホルダーからして、整備士のようだ。

「ああ、ごめんごめん、脅かしちゃった?」

驚いたユウを見かね、少女はちょっと苦笑いを浮かべる。オイルのせいで少しわかりにくかったが、よく見ると整備士というごついイメージのある仕事をしている割にかわいらしい顔をしていた。

「えっと…君は?」

「私?私は整備班の楠リッカ。よろしくね、新型君」

にこっと笑みを浮かべ、整備班の少女『楠リッカ』は手を差しだす。ユウも手を出し、彼女の手を握り返した。

「って…僕をもう知ってるんですか?」

「それはもちろん。新型神機使いなんてこの極東には君一人だけなんだから。ヒバリやルミコさんからも何度か聞かされてるから」

新型配属に伴い、新型神機の適合者であるユウの噂はすでにこのアナグラ内に広まりつつあったようだ。自分が思っている以上に有名人になっていたユウは、奇妙な複雑な思いを抱く。

「ところで、さっき誰かと話してた?君、今一人だよね」

「え!?」

(む、迂闊だったか…!)

しまった。タロウとの会話をちょっと聞かれていたらしい。タロウの存在が気づかれていなかったのは幸いしたが。タロウもユウの胸ポケットに既に顔を隠していたが、内心焦っていた。

「え、えっと…今日実は用があってきたんだけど…」

「??」

リッカは行き成り話を切り替えてきたユウに対して何だったのだろうと首を傾げていたが、深く追求することはしなかった。

「用って、もしかして神機のことで?」

「うん、これからグボロ6体を討伐することになってるんだ。炎か雷のバレットと刀身パーツを用意して欲しいんだけど…頼めるかな?」

「もう前もってグボロの弱点も調べてたんだ」

「これも生き残るためだからね。といっても、教えてもらってたんだけどね」

「真面目だねぇ…ブレンダンさんみたい」

「ブレンダン…さん?」

あまり聞きなれない名前に、ユウは誰のことだろうと首をかしげた。

「第2部隊の副リーダーみたいな人かな。流石に彼みたいに堅くは無いけどね」

聞いたところ、結構堅物な人のようだ。

「じゃあ、神機の刀身パーツをすぐに取り替えるから、ここで待っててね」

リッカは神機を納めているアームの操作スイッチを操作する。すると、ユウの神機…ブレードを固定していたアームが倒れ、壁に開けられた穴から伸びていたコンベアにつなげられ、そのまま空港でベルトコンベアに乗せられた荷物のように、壁に開けられた穴の中に、アームごと吸い込まれた。

「エレベータから見てすぐ左右の扉の先は整備室になってるんだ」

「へぇ…」

本来ならすぐに手にとって持ち運んだ方が手間が掛からないものだが、神機は人口で作られたアラガミだ。適合者以外が触ると、握った人間を遠慮なく捕食する。だからリッカたち整備班は神機をこうして、オラクルリソースを素材に作られた機械を用いて整備室に運び、整備に当たるのだ。

「あのさ、僕も整備されているところ見てもいいかな?」

「あ、うん。いいよ。でもどうして?」

「昔から物を作ったりすることには興味があるんだ。それに神機とは長い付き合いになると思うから」

「ふーん…」

リッカは面白いものを見ているように、ユウの顔を凝視する。

「な…何?」

年頃の女の子から凝視されるという、慣れることはないであろう事態にユウは戸惑う。

「君は、神機を大事に使ってくれそうだね。なんか安心した」

そう言って彼女はにこっと笑う。今の台詞を聞く限り、彼女は自分の仕事を誇り、そして扱うものに対しても愛着を持っているようだ。

「じゃあ、早速取り掛かるね。あ、でも整備中はあんまり近づきすぎないでね?危ないから」

 

それから数分後…。

 

整備室にて、刀身パーツを取り替えられた自分の神機を見て、ユウはほおぉ…と目を輝かせた。

これまでつけてた銀色の刀身がしっかりと、違う色の刀身に取り替えられていた。新しい刀身の色は、少し刃の部分が緑っぽくなっている。

「君は『ブレード』を使ってたみたいだから、今回はこの『放電ブレード』を刀身に持って言ったらいいよ。

まだ配属された間もないと思うし、今日はじめてグボロを相手にするんでしょ?使い慣れているタイプのパーツにしておいたよ。っと、それと…」

さらにリッカは、整備室に置かれた机の引き出しから、いくつかのバレットと、さらにスタングレネードをつけてユウに差し出した。

「スタングレネードと、ご注文の火・雷のバレット。大事に使ってね。スタングレネードも…はい、おまけ」

「ありがとう、リッカさん」

これなら今回も無事に生きて帰れる自身がある。最も、アラガミと怪獣の合成生物が現れない限りでの話しだが。

「もし炎属性に耐性のあるアラガミの討伐任務を受けたら、迷わず刀身パーツを取り替えに来てね」

といっても、あまり神機のパーツを変える人ってめったに見当たらないんだけど、とリッカは最後に付け加えた。彼女によると、既に使いなれば神機とは違うパーツに取り替えると、神機の重さや使い心地に違和感を覚えやすいというらしく、ユウのように敵の特徴と属性に合わせて神機のパーツを取り替えるようにしているのは珍しいようだ。

「そういえば、噂で聞いたんだけど…新しい新型がここにもう一人来るって本当?」

ふと、リッカが、先日ユウがツバキから聞いた連絡事項のことを尋ねてきた。

「みたいだよ、ツバキ教官の話だと」

「新型が二人も同じ支部になんて、今の時期だと他の支部じゃきっとないことだよ。やっぱり、今の極東の危険度が増してきたからかな?

君も知ってるでしょ?この前から、君も関わってきた、あの巨大なアラガミたち」

「……」(……)

そういわれ、ユウとタロウの脳裏にまたも、あの巨体を誇る…怪獣とアラガミの融合生物たちの姿が浮かぶ。

「でも君ってすごいよね。あんなすごいアラガミたちと何度も遭遇してるのに、ちゃんと生きて帰ってきてる。それも、新型だから…なのかな?」

「違うよ。ウルトラマンがいてくれたからだ。運が良かった、ただそれだけなんだ」

もし、ウルトラマンギンガがいてくれなかったら、自分はきっとこうしてたつことは無かった。

どうも噂になるくらい新型神機は注目されているようだが、ユウ自身は決して新型神機使いであることを驕らなかった。

寧ろ、新型神機使いなんて、アラガミたちからみれば、旧来の神機使いに毛が生えた程度かもしれない。少なくとも、今の自分はそうだ。

「でも、リンドウさんから言われてる命令はちゃんと守れてるって事だよ?」

パーツの取替えを終わらせ、リッカは操作盤を用いてユウの神機をベルトコンベアに乗せ、元の保管庫の方へと向かわせた。

「私、数年前からにこの仕事についてるけど時々持ち主を喪った神機を見るたびに悲しくなるんだ…だから、現場でピンチに陥ってたって聞いたエリックが生きて戻ってきたときは、本当に安心したんだ」

リッカの視線がそのとき、ユウの神機に移っている。彼女は持ち主が死んだ神機の整備も行ってきている。その度にやるせない思いを抱いてきたのかもしれない。

「ユウ君、情けなくてもいい。とにかく生き延びてね?少しでも長く生きてきた方が誰にとってもずっといいし…」

視線をユウに移し、切実な願いを彼女は口にした。

「…大丈夫、死ぬつもりはないよ。僕にだって、やりたいことはあるんだ」

それに対してユウは、深く頷いて決意を新たにする。

やりたいこと…いつか夢をかなえるために、そして守りたいと思った人たちを守るために、神機を振るう。

「…っと、もうすぐ時間か。じゃあリッカさん。そろそろ僕は集合時間なんで」

「気をつけてね。ちゃんと生きて帰ってくること、いい?」

「了解」

神機のこともそうだが、この人は神機使いのことも気を遣ってくれる。仲間として仲良くしていけそうだ。ユウはリッカに強い好感を覚えた。

 

 

「ここだな…」

現場は、海沿いに立つ岩山の上に建設された施設の跡地。すでにその施設は長年放置され、潮風に当てられたこともありすっかり錆びついた色に染まっていた。

しかし、1番乗りだったのはユウたち第1部隊の誰でもなかった。

奇妙な格好をした、妙な男だった。

腕には、なぜか買い物籠と首から財布をぶら下げている。傍から見たら変人と見なされてもおかしくない。

「さて、今度の実験の結果はいかほどのものになるかな?

俺を馬鹿にしやがる連中も、俺が独自でやっていることにも驚くと思うと…くっくっく」

だが、奴には一つだけ見逃したくても見逃せないものを持っていた。

籠の中からわずかにはみ出していたもの…

そこには、鼻の先がドリルのようになっている怪獣の人形だった。

 

 

同じ頃…。

「人形となって目覚めた後も見たものだが…すっかり、荒れ果ててしまっているな」

タロウは、ユウの胸ポケットから見える荒れてしまった地球の景色に、どうしても慣れるようなそぶりは無かった。ずっと守り続けていたいと思っていた、もう一つの故郷、守るべき存在。それらが全て喪われてしまった空虚な世界。哀愁を漂わせてしまう。

「タロウが活躍していた頃の地球…僕も見てみたかったな」

そのときの時代は、今と比べていったどれほど栄えていたことだろう。一体どれほどの人が、どんな夢を馳せながら幸せに暮らしていたのだろう。

ポツッとぼやいていると、後ろからとんと背中を叩かれた感触を覚えた。

「わ!」

「ほら、何独り言呟いてるの。そろそろミッションを始めるわよ」

「は、はい…」

声をかけてきたのはサクヤだった。タロウのことは誰にも悟られない方がいい。たとえ信頼に足るこの人に対してもだ。

「それじゃぁ見せてやろうぜ!俺たち最強コンビのコンビネーション!」

一方でコウタはテンションがあがっている。どうもサクヤと言う美人が同行してくれることに、彼はたびたびテンションが上がる。思春期少年らしいが、動機が不純だ…。

「確認しとくが、対象はグボロ6体だ。

ここは二人一組で行くぞ。サクヤと新入り、コウタとソーマ、俺が単独の組み合わせだ」

さて、早速ミッションに掛かろうというところで、

「一人で平気?」

「サクヤぁ、俺はこの仕事長くやってんだ。単独でヴァジュラとやりあったことなんざ腐るほどだ。もう慣れたよ」

「ヴァジュラを一人で…」

ゴッドイーターでもヴァジュラの相手は手を焼くことに違いない。しかしリンドウはたった一人でそれを撃破した。一体どれだけ長く、そして熾烈な戦いを繰り広げたか見当もつかないものだ。

「そういえばリンドウさん」

「ん?なんだ?」

ふと、ユウは何かを思い出したように顔を上げ、リンドウに一つ問いかけた。

「以前コクーンメイデン討伐の際、ソーマが神機で敵を捕食した際、体が光って…そうしたらいきなりパワーアップしたような現象が起きてましたけど、あれは…?」

「あぁ、あればバースト状態って奴だ。

アラガミから捕食したオラクルエネルギーを、神機と腕輪を介して取り込むことで、文字通り一時的なパワーアップが可能だ。

これは接近戦型の神機じゃないと搭載されていない機能だ」

「へぇ、そんな機能もあったんですか。いいなぁ…」

自分の意思でパワーアップができるというものだ。

「でも、いくら自己強化できるからって突っ込みすぎるなよ。あれ使ったって無敵なわけじゃない。

これまで何人か、バースト状態になった途端調子に乗って突っ込みすぎたせいで、アラガミに食われた連中もいやがる。

シュンもそのせいで一度死に掛けたしな」

「うわ…」

(あぁ…あの人か…)

バーストになって調子に乗ってアラガミの餌になる。いやな構図だ。それを聞いて二人はゾッとする。それにして、バーストしたからって…シュンの単純な性格そのままというか…。

「まあ、死なない程度に頑張っていきますよ。僕だって死にたくないですから」

「うし、その言葉忘れんなよ。

とにかくちゃちゃっと終わらせてアナグラに帰るぞ」

死に急ぐ気はないと答えたユウのその言葉を、リンドウは信じることにした。第1部隊は隊長となったリンドウの指導もあって死亡率が他の隊と比べて著しく0に近い。このまま0に限りなく近い、いっそ0を目指していきたいものだ。こいつらが笑って生きて、自分たちの祖先のように安心して当たり前だったであろう平和な日常を過ごすことができるように。

 

 

サクヤとペアになったユウは、彼女とともに廃墟に足を踏み入れた。

こうして近くで見ると、本当に酷い有様だった。長年潮風に吹かれ偏食したのもあるが、アラガミが食いちぎった後である穴があちこち開いている。それが余計に、今の時代の過酷さを物語らせた。

サクヤが高台からステラスウォームによる弾丸を連続発射、グボロは魚類とは思えない動きで地面を這いながら避けていく。

「ユウ君、陽動!」

「了解!」

ユウは神機を銃形態に変形、グボロに向けて雷属性の連射弾を発射した。

弾丸の属性は炎、グボロには有効な属性だ。炎の熱で体を焼かれるグボロは悲鳴を上げる。

すると、グボロは標的をユウに変え、突進を仕掛けてくる。だが、その動きはユウには見切られていた。横にステップしただけで、彼はグボロの突進を回避し、新しい刀身『放電ブレード』を搭載した神機を振り下ろす。

リンドウたちの話だと、こいつらは元々水生なのか、陸上での動きは速くはない。正面からの突進に気をつけさえすればどうとでもなるそうだ。

側面のひれを切り付けられ、もだえるグボロ。刀身の属性も弱点の雷属性ということもあってかなり堪えたようだ。

グボロが野太い雄叫びを上げ、顔の半分を占めるほどの大きな口を開いた。突進と同時にユウを丸呑みにするつもりのようだ。

「ユウ、来るぞ!!」

タロウの声が響く。

ユウは捕食形態を展開、神機をグボロのほうへ突き出す。神機から生えたアラガミの頭は、グボロの口の中へと突っ込んだ。ユウの神機は必死にグボロの中に食らい付き、口に何かをくわえた状態で引っこ抜かれた。同時にグボロは口から血を吐きながら停止した。

「か、かなり強引に行ったな…」

「コアを摘出さえすれば、アラガミは二度と動かないみたいだからな。すぐに終わらせるならそれに越したことはないよ」

神機がグボロのコアを取り込んだのを確認し、ユウは神機を捕食形態からもとの剣形態に戻した。

「ユウ君、コアは取り込んだ?」

高台から飛び降りてきたサクヤに、ユウはただ一言、「はい」と頷いた。

「ノルマはもう1体よ、さ…行きましょうか」

「はい!…あ!」

すぐに目的の2体目のグボロを探そうとしたが、そのときユウの目に、ビルの3階の中をうろついている、一匹のオウガテイルが目に入った。

「サクヤさん、オウガテイルが…!」

「ユウ君」

すぐに倒さなければ。個々からの距離だとサクヤのスナイパーの方が有効だと考え、すぐに彼女に射撃を頼んでみたが、サクヤは意外にも首を横に振った。

「私たちの今回の討伐対象はグボロだけよ」

「で、でも!」

また、自分がギンガに始めて変身したときのように、突然変異で巨大化でもしたらことだ。それに、そうならないにしても奴を野放しにすれば、防壁の外で生きる誰かに牙を向くに違いない。そうなる前にも奴を討伐するべきだと主張したのだが、サクヤは首を横に振って許可しようとしなかった。

「回収できる素材の数にも限界があるの。それに何より、無駄な戦闘でその身をわざわざ危険に晒すわけにいかないの。どんなに優れた神機使いでも、油断してオウガテイルに食われることだってあるんだから」

「……」

サクヤの言い分も間違っていない。いや、こちらの方が正しいのだろう。無理に藪をつついて死を招くようでは元も子もない。

「いたわ!」

サクヤが頭上を見上げる。グボロが近くの建物の屋上を徘徊していた。二人はそのすぐ隣のビルを駆け上り、グボロたちが下の方角に見えるまでの階まで直ちに追っていった。

屋上に上ると、すでに2体のグボロがそこにいた。

(2体…)

すでに1体を撃破、残ったノルマは後1体なのだが、だからといって相手にしないわけにいかない。

「ユウ君、さすがに2対1じゃ、前衛があなた一人では無理があるわ。リンドウたちが来るまでここで待機しましょう」

「了解…」

ここで逃げられぬよう、せめて銃形態に切り替え、ユウはリンドウたちとの合流を待つ。

「リンドウさんたちは無事でしょうか?」

銃を構え、屋上のグボロたちを監視しながらユウが口を開く。

「あれでも私たちの隊長だから心配ないわ。

といっても、いつも大雑把な命令ばかりだから、たまに上官らしいこと言えばいいのにね」

「そう言うの苦手そうですけどね、リンドウさんのことだから」

「それもそうね」

ユウからの、大雑把な人となりのリンドウに対する見解を聞いてサクヤは苦笑する。しかし

「でも心配なのって、僕じゃなくてサクヤさんのほうじゃないですか?」

「へ?」

「仲がよさそうだし、気づくとリンドウさんを心配そうに見てるし」

ちょ…!?と会話を密かにユウの副のポケットから聞いていたタロウは突っ込みを入れかけたが、かろうじて喉のうちにとどめておいた。そんなタロウの心情など知らずくすくすと笑うユウに、その言葉の意図を察知したサクヤは顔を赤らめた。

「な、な、何を言ってるの!そう言う意味じゃないわよ!」

「僕まだ何も言ってないですけど?」

そう、ユウは何も言っていない。断じて『実は恋人ですか?』などとか言っていない。

「んもう!大人をからかうんじゃないの!」

まんまと引っ掛けられ、サクヤはユウからそっぽを向いた。年上のお姉さんらしさなどなく、まるで子供のようにも見える。

この神薙ユウという青年、真面目な優男のように見えて結構相手をからかうノリもあるのだ。

『こら、ユウ。あまりそのようなことは聞くものじゃないぞ』

タロウがテレパシー越しに指摘してきたところで、二人はあるものを目撃することになった。

「サクヤさん、あそこに誰かいませんか?」

「え?」

もしかしてリンドウたちが来たのだろうか?と思ったが…。

ユウが指を指した方角は、殺気まで監視していたグボロたちのいるビルの屋上。そこにはさっきと同様グボロ二匹が瓦礫を貪っている。だが、グボロたち以外に何かがいるのが見えた。

何か、妙な格好をした人物がそこにいた。

「人…かしら?」

「人?」

確かに、二足歩行でうろついているが…なぜかユウはグボロの周りを徘徊しているその人物が『人間ではない』気がした。

いや、できれば人間であって欲しいと切に願いたい格好だった。

見た目は…全身ボディラインに密着しきったパッツパツのタイツに、クセのある髪の目立つ妙な細身の男。

傍から見たら、まさに『変人』にしか見えない。右腕に通してある買い物籠がさらにシュールだ。

「とりあえず助けてみますか?」

「そうね…ユウ君、悪いけどお願い。援護するから、彼をここに連れてきて。もちろんグボロはリンドウたちが合流するまで倒さなくていいから」

なぜこんな場所に人が?とかは後にしよう。

ユウはグボロたちの徘徊するビルの屋上に飛び降り、人影の元へ向かう。

「グルオオオ!!」

が、やはりグボロたちがユウの存在に気づく。

(っと、そうだ。こいつらがまだいたんだった)

とはいえ、心配は無用。こんなこともあろうかと、ミッションに持って来た者がある。

リッカから出撃前にもらったスタングレネードだ。早速それを投げつけると、まばゆい閃光が瞬き、グボロたちの視界を奪い去った。

光が晴れた。グボロたちはまだ目を傷めている。

「すいません、ここは危険ですから早く…」

早速避難を促したユウだったが、奇妙な人物が振り返ったとき、息を呑んだ。

 

「なんだてめえ…?いきなり変な光だしやがって」

 

その男の顔を見て衝撃を覚えた。

(な、なんだ…この人は…?)

格好からして怪しいとは思っていたのだが、振り向いたその男の顔…いや、肌は青白く、顔は仮面に覆われていた。その下に見え隠れしている肌の色は、灰色に染まっている。

なぜか首から古臭い財布をぶら下げていたがユウとタロウは気づかなかった。

人間、なのか?いや、ユウはその男が、どうも人間とは思えなかった。

「お、お前は…!!」

すると、ポケットから顔を出してきたタロウが、男の顔を見て驚きを露にした。

「な、てめえはまさか…!!」

逆に奇妙な男もタロウの姿を見て、驚愕の表情を露にした。後ずさりしながら奴はユウの胸ポケットから顔を出しているタロウを、親の仇でも見ているかのように睨みつけている。

「ちぃ…すでに俺の行動をかぎつけてやがったか…!つくづく忌々しいぜ、ウルトラ戦士!」

「!」

こいつ、ウルトラマンを…タロウを知っているのか?

『ユウ君、何してるの!グボロが動き出してるわ!』

無線を通してサクヤの声が聞こえる。気がついたときには、彼女の言うとおり、スタングレネードで怯んでいたグボロがすでに動き出そうとしていた。

目の前の男も、どうも発言と見た目からして要救助者などではない。やむを得ず、ユウは神機を構える。

「仕方ねぇ、本当ならこのタイミングで会うつもりは無かったが、てめえらは俺の野望には邪魔すぎるからな。出会ってすぐのお別れは寂しいが…ここで死んでもらうぜ!」

「待て!『マグマ星人』!!」

タロウが叫んだ時にはもう遅かった。

奴は、買い物籠から怪獣の人形、そしてもう一つ…ユウにとっても驚くべきものを取り出した。

「そ、それは…!?」

その男…『サーベル暴君マグマ星人』が取り出したそれは、色こそ間逆ではあった。しかしその形は…。

 

「黒い…ギンガスパーク!?」

 

マグマ星人が取り出したものは、なんと…半透明のギンガスパークをまるで黒く塗りつぶしたようなものだった。

「こいつをこうして…」

マグマ星人は怪獣の人形の足の裏に刻まれたマークに、ギンガスパークに似たそれを押し当てた。

 

【ダークライブ、グビラ!】

 

押し当てた瞬間怪獣の人形は黒い渦に変化し、その状態のギンガスパークに似た黒いアイテムを、マグマ星人はグボロの一体の口の中に放り込んだ。

グボロは口にいきなり物を突っ込まれて一瞬だけ驚きはしたが、結局そのまま怪獣の人形とギンガスパークもどきを呑み込んでしまう。

すると、グボロの様子に異変が起きる。だんだんと体の中から黒いオーラがほとばしり始めた。

もう一体のグボロはそのグボロに危険を感じたのか、ユウとは反対の方角に向けて後ずさって逃げ出そうとする。

しかし、そのグボロは突然放たれた一太刀によって切り伏せられた。

「おい!無事か!…ってなんだぁ!?」

別行動を取っていたリンドウだった。彼に続いてソーマ・コウタのペアも戻ってきた。しかし、ユウたちが相手にしていたグボロの様子がおかしいことに気づいて足を止める。

「ヒバリちゃん、どうなってるかわかる!?」

コウタがアナグラのヒバリに通信を入れる。

『これは…オウガテイルやザイゴードにも起きた現象…グボロ・グボロのオラクル反応が一気に上昇しています!』

「こいつは…またかッ…!」

次に何が起こるのか、それを理解したソーマは苦い顔を浮かべる。現に、グボロの姿がさっきよりも大きくなり始めているのが確認できた。

「ま、まずいユウ!退け!!」

「わ、わかった!」

タロウに促され、ユウは後ろにステップしたが、怪獣の人形を食らったことでグボロの体が肥大化し始めていた。

それに伴い、ユウたちの留まっていた建物が崩れ始めていた。

「不味いわ、ユウ君!リンドウたちも早く!」

サクヤの無線越しからの声が轟く。

「くそ、新入り!!悪いが自分でどうにか逃げ切れ!」

リンドウがユウを呼びつけるが、もう自分たちの足場が、グボロの巨大化が進むにつれて崩れ落ちている。しかもちょうど、巨大化中のグボロが壁になっていて、頑張って向かってもユウの元に間に合うことができない。

「大丈夫です、リンドウさん!命令、忘れてないですから!」

やむを得ず、ここは一度散って別の場所に合流しなければ。

ユウは通信越しにリンドウに向かってそう言い、直ちにビルから飛び降りる。ゴッドイーターになったのなら、変身せずとも3階ほどのビルから飛び降りてもある程度は平気だ。リンドウたちの脱出を見計らい、サクヤもグボロから離れるために、自分が今待機していたビルから直ちに退去した。

リンドウたち第1部隊が去っていく一方で以上に巨大化していくグボロ。やがて…グボロは以前とはまるで異なる巨体に異常な形態変化を遂げていた。

「ふふん、前までの奴よか骨のある奴が誕生したな」

そして、異常進化したグボロを見下ろしながら多少満足げにほくそ笑むマグマ星人。

「名前は…さしずめ、『グボロ・グビラ』と言ったところか?」

 

グボロの異常進化した姿、『深海神獣グボロ・グビラ』を見下ろしながらマグマ星人は呟いた。

 

 




NORN DATA BASE

・サーベル暴君マグマ星人『マグニス』
ウルトラ兄弟No7『ウルトラマンレオ』とその弟『アストラ』と深い因縁のある異星人。かつてレオの故郷である獅子座L77星を滅亡に追いやった一族の一人。
マグマ星人たちはサーベルを用いた戦闘を得意とするが、それ以上に怪獣などの手駒を用いて勝利を確実なものとしてから攻撃を仕掛けるという姑息な手口を用いており、かつてのモロボシ・ダン=ウルトラセブンを追い詰め、彼から変身能力を奪うことに成功した。
本作の彼は、アラガミと怪獣の融合に関する実験を行っている。買い物籠に財布を持っていたり、籠よりも長く大きなサーベルを籠の中に隠していたり、仲間らしき人物から舐められているようなコメントを呟いている辺り、妙に憎み辛いキャラでもあったりする。
ギンガ本編では名前で呼ばれていなかったが、今作では仮に『マグニス』と言う名前を与えた。余談だが、名前の由来は『テイルズオブシンフォニア』の敵キャラの名前に、マグマ星人の名前としても違和感がない奴がいたこと。


・深海神獣グボロ・グビラ
『ウルトラマン』に登場した『深海怪獣グビラ』と中型種アラガミ『グボロ・グボロ』がマグニスの手によって融合させられた姿。
外見的な特徴は、全体的にグビラの体にグボロと同じ色と模様の鱗が張っており、背びれ・尾びれに顔の班部を閉める巨大な口に砲塔を持つなど、グビラがグボロと同じ特徴を手に入れたような姿をしている。


次回は28日の予定です。今年最後の投稿になる可能性があります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

もう一人の新型神機使い

別サイトのほうで、後の反省のためも兼ねて昔書いた小説を修正移植する予定ですが、あの時はオリトラマンを使ったクロスもの(ちなみにGANTZでした)も書いてましたが、昔の自分の文才ってここまで未熟だったんだなぁ…と痛感してます。
そのオリトラやオリジナル形態のネクサスとかの絵を描いてみたいなんて思ってもいますけど、絵…学校の提出物以外でまともに書いたことがない…orz
ちなみにオリトラの名前は『セブンアックス』、ゼロの没ネームをそのまま流用し、姿を歴代のセブンタイプウルトラマンををベースとしたものでした(笑)
どこまでまたやってみたいと思ってたりしますww

それはそうと、リザレクションのメインシナリオ、全部クリアしました!いやーラスボスが強すぎた…。仲間全員が耐久値が尽きて全滅しちゃいましたから。残った自分も耐久値がたったの1桁分での勝負でなんとか逆転できましたよ。はらはらしたわ…
でも、ネタ集めのためもうちょっとだけがんばらないと(リアル事情をがんばれや)



一機のヘリが、空を飛んでいた。

「そろそろ極東に着く頃だね」

窓から外の景色を覗き込むのは、一人のサングラスをかけた医師だった。煙草を口にくわえて中年臭さを押し出している。

「ええ…」

その傍らの座席には、赤いチェック柄の服を着た銀髪の美少女が、同じように外の景色を眺めている。

「長旅で疲れなかったかい?」

「大丈夫です。その気になればいつでも出撃できるようコンディションを整えていますから」

「さすがだね。しっかり自己管理ができているとは」

「これも先生のおかげです。先生にはどれほど感謝してもたりませんから」

「いい子だ。流石は私が見込んだ子だ。極東での活躍、期待しているよ?

君は、誰よりも優れたゴッドイーターなのだからね?」

「はい。私は…新型ですから」

少女は冷たい微笑を浮かべていた。ふと、少女の目に何かが見えた。

あれは…目を凝らしながら彼女は、窓からの景色に見える、気になる物を凝視する。

陸上のある一点で、互いに争っている一体の怪獣と、光の巨人の姿が映った。

「あれか、噂の…ウルトラマンとやらは」

男性医師が地上に見える巨人こそが、最近極東でその存在を示しているウルトラマンであることに気づく。

「…先生。私…」

少女は巨人の姿を見て、わずかに目を細めた後、自分の座席の傍らに置かれているケースを取る。

「あぁ、行っておいで」

医師は少女の意図を察したのか、引き留めることはしなかった。

少女は帽子を被り、ケースからあるものを取り出す。

それは、炎のようでも、血の色のようにも見えるほど赤く染まった、ロングブレードの神機だった。

ヘリの扉が開かれ、少女のサファイア色の瞳が白日の空の下にさらされた。

同時に、彼女の持っていた神機の形が、いくつもの銃口が取り付けられたガトリングガンの形に変形した。

 

彼女こそが、極東に赴任することが決められていた、二人目の新型神機使いだった。

 

 

 

 

「グルアアアアアアアアアア!!!」

 

グボロ・グビラは咆哮を散らしながら、グボロの時と同様に体を捻りながら暴れまわり、周囲の廃坑を破壊し始める。

建物が崩れ落ちる度に、瓦礫が頭上から降りかかってくる。

「くぅ!」

このままでは自分たち瓦礫に…!

装甲を展開した神機を頭上に掲げながら、リンドウたちの元へ急ぐユウ。しかし、ついにこれまでにないほどの瓦礫が彼の頭上から襲ってきた。

まずい!!さすがに神機の走行でも防げない。しかもその落下速度は速すぎて…。

「ウルトラ念力!!」

その時、タロウが勢いよくユウのポケットから飛び出し、彼の頭上でカッ!と落ちてきた巨大な瓦礫を睨み付けた。

すると、ユウの頭上に降りかかるはずだったその大きな瓦礫は、空中で浮いたまま落ちてこなくなった。

「す、すごい…」

ウルトラ戦士とは、たとえ人形であろうとこんな常識はずれの超能力を扱えるのか、自分がさっきまで瓦礫でミンチにされかけていたことも忘れて感心していた。

「ユウ、何をしている!早くギンガに変身するんだ!」

「タロウ!」

「君が変身したら、私がマグマ星人を追う!君はグビラを倒すんだ!」

「わ、わかった!」

アラガミと怪獣の合成生物が現れたのだ。ここはやはり変身して出るべきだろう。

ユウはギンガスパークを取り出す。すると、ユウの危機に反応して、彼の右手の甲に『選ばれし者の紋章』が浮かび、ギンガスパークからギンガのスパークドールズが飛び出す。

ユウは直ちに、足の裏のマークをギンガスパークにリードさせた。

 

【ウルトライブ、ウルトラマンギンガ!】

 

「ギンガ―ーーーーーーー!!」

光に包まれたギンガスパークを掲げ、ユウは再びウルトラマンギンガに変身した。

 

 

 

 

 

「リンドウ、無事!?」

「おう、そっちは?新入りは?」

なんとか廃坑の外まで脱出を完了した第1部隊の面々はユウを除いて合流に成功する。

「…」

しかし、リンドウからユウの安否を問われたサクヤは答えようがなかった。生きているのか、それとも…考えてくない事態が起きているのではと想像してしまう。

「ち…」

ソーマは舌打ちする。夢をかなえる、そのために生きるとか言ってきながらまた

「大丈夫ですって!きっと無事ですよ!」

コウタが皆を励ますように言うと、リンドウが頷いて見せた。

「あぁ、わかってる。あいつは簡単に死ぬタマじゃねぇはずだ」

それに、探さずともユウがどこで生きているのかなんてすぐにわかる。

「ヒバリ、ユウ君の腕輪の反応はある?」

ゴッドイーターが神機を制御するために、そして体内の偏食因子を安定させるために身に着けている腕輪。これには他にもゴッドイーターの生命反応を、アナグラのオペレーターがキャッチするための信号を発信し続けている役割があるのだ。

『はい、バイタルも危険域に達してはいません。生きてますよ!』

ユウが生きている。それを聞いてリンドウたちはホッとしたが、直後に彼らの身にも危険が降りかかる。

「グアアアアア!!」

四人はその咆哮を聞いて再び廃坑の方を振り返ると、異常進化グボロ…もといグボロ・グビラの巨大な姿を見る。

「まーた異常進化しやがった」

「やばいよ、あのままじゃユウが…!」

コウタが悲鳴に近い声を漏らした。

出現と同時にグビラが暴れ始め、それに伴い周囲の建物が破壊され始めている。まだあそこにはユウがいるかもしれない。

しかし、グビラが暴れているところを助けに向かったところで、奴の懐に飛び込むも同然、危険すぎる。

と、その時だった、光の柱が立ち上り、それがグビラの体を持ち上げた。発光が収まると、もはや知らぬ人などいないであろう、光の巨人がグビラを持ち上げていた状態でその姿を露わにした。

「ウルトラマンッ!」

「いいタイミングで来てくれたわね」

「うし、今のうちに新入りを救出するぞ!」

コウタとサクヤは淡い希望を抱いた眼を向けていた。彼が来てくれたのならグビラのことも心配ないし、ユウを助けに行きやすくなれると言うものだ。

「…」

しかし、一方でソーマはウルトラマンギンガを無言のまま、どこか冷ややかな目で見ていた。

 

 

 

 

「シュア!!」

グビラを持ち上げての登場という、派手な演出による変身をやってのけたギンガは、そのまま廃坑の外の海岸付近にグビラを投げ飛ばした。

海岸の土手の上を転がされるグビラの前に、ギンガは降り立ち、グビラの姿を改めて確認する。

グボロの体が縦に細長くなっている。全体的に灰色だが、あちこちに橙や黒の斑模様が刻まれている。体の左右にはグボロと同じようにひれが、空を仰いでいる背中には背びれ、尻の方には尾びれも着いている。

怪獣の人形にグボロの意匠と色合いがそのまま焼きついたような姿だ。

やはり巨大化…いや、マグマ星人によってスパークドールズと融合させられてしまったせいもあって大きく異なっている。

だが、倒すべき敵ならなんであろうと関係ない。戦いって未来を勝ち取るだけだ。

ギンガは空高くジャンプし、グビラの背中に飛び乗った。グビラはお構いなしに暴れ、ギンガを背中から退かす。今度は両手で背中に掴みかかるが、グビラの背中から猛烈な勢いの潮が吹きだす。

「ウワ!!」

顔に、それも目にかかってしまい、ギンガは目を抑える。

しかしそのとき、ユウの足元の地面から緑色の渦のようなものが発生した。

「!」

まずい!避けなくては!ギンガはすぐに横へ転がる。すると、ギンガの立っていた場所の地面が、上から降ってきた砲弾によって、ドン!!と音をたてて大きな穴を作り出してしまった。

危なかった…恐らくグビラは、頭上に向けて水の砲弾を打ち上げていたのだ。喰らっていたら深いダメージを負っていたに違いない。

安心していたその隙だった。グビラがギンガの上にのしかかってきた。

「グゥ…ッ!!」

ギンガと比べて幾分重い重圧がかかり、ギンガは立てなくなる。何とか押しのけようとすると、グビラの鼻の先にある砲口からなにかが生えてきた。

それは螺旋状の突起…つまりドリルだ。まさか!と思いギンガは鼻を突き出してきたグビラの一撃を避けようと頭を左に捻った。

ギンガの顔を貫こうとしたドリルは、さっきまでギンガの頭が置かれた地面を抉った。

さらにもう一撃、ドリルを突き出してくるグビラ。ギンガは間一髪、そのドリルの根本である砲塔を掴み、そのままグビラを蹴り上げて脱出した。

再び互いに向き合う形で退治するギンガとグビラ。

グビラはドリルを引っ込めて、グボロの時と同じ砲口に戻すと、

鼻の先の砲口をギンガに向けて狙いを定める。

すぅぅ…と水の音を響かせると、目を押さえているギンガに向け、一発の水の大砲をぶっ放した。それも一発だけじゃない。2発、3発、4発と連続発射する。

ギンガは右腕のクリスタルから〈ギンガセイバー〉を形成、自分に向けて放たれた水弾を次々と弾き飛ばしていく。

しかし、最後の一発だけは回避しきれなかった。

「ドワァ!!」

その一発の水弾によって胸を打たれ、ギンガは海に落ちてしまった。

グビラの砲撃を受け、ギンガは水の中に沈んでしまった。

 

 

 

 

胸に鋭く重いパンチを食らったような一発だった。

水中だと、思った以上に動きが水圧で鈍くなってしまう。痛みをこらえつつも、彼は浮上して陸に上がろうと水中で一回転し、水面に上がろうとした。

だがその時、ギンガの体に突然何かがぶつかってきた。

「グゥ…!?」

強い衝撃を受け、水中を自身の意思と関係なく舞う。もう一度体制を整えようとすると、またしても背中に衝撃を受けるギンガ。

一体何が?そう思っていると、また何かが近づいてきた気配がした。とっさに彼は背後を振り向く。

「ッ!」

視界に映ったのは、なんといつの間にか水中に潜り込んでいたグボロ・グビラだったのだ。しかも突き出されたのは、鼻の先の砲口から生やされたご自慢の角ドリル。

間一髪!ギンガはとっさに両手を前に着き出してグビラの砲塔の付け根を掴んで、グビラのドリルをギリギリ防ぎ切った。

(このアラガミ…水中戦向きだったのか…!)

さっきまでの水中での動きにしてはあまりに機敏で速い動き。自分を水弾で攻撃して海に叩き落としたのも、自分のテリトリーに誘い込むための手順だったのだ。

しかし、これだけで終わらなかった。

グビラの、グボロだった頃から持ち合わせていた顔の半分を占めるほどの巨大な口が開かれたのだ。

ギンガを捕食しようとしているのだ。

さっさと突き放さなければ。押し出そうと力を前に押し出すギンガだが、グビラはその分だけ尾びれの動きを速め、さらに強い力でギンガを押し、そのまま角で胸を串刺しにした果てに食らおうとしていた。

(このままじゃ…喰われる!!)

神を喰らう者=ゴッドイーターが食われてお終いだなんて笑い話にもならないし、それ以前にそんなエグイ死に方なんて冗談じゃない。

(食われて死ぬくらいなら…とことん足掻いてやる!!)

ギンガは…ユウはさっきまで無理やり離そうとした、自分を貫き通そうとするグビラのドリルの付け根を、逆に決して離すまいと強引に掴みだした。

グビラは、ギンガのとった、さっきとはまるで逆の選択に、生物的な本能からか一瞬困惑した反応を見せた。

体中のクリスタルを金色に光らせ、彼の体からほとばしる雷がほとばしった。

〈ギンガサンダーボルト!!〉

「ディアアアアアア!!」

全身をバッ!と開く形でほとばしる電撃は、水中全体に伝わっていく。必然的にその電撃は、ギンガによって砲塔を掴まれていたグビラにも襲い掛かり、激しい電撃攻撃を浴びせた。

だが、水中であるせいで伝導率は非情に高く、ギンガ自身にもその電撃に痺れが襲い掛かっていた。

しかし今の攻撃でグビラはぐったりし始めていた。

今だ!ギンガはグビラの体を掴み、そのまま水面の方へあがっていき、ようやく水中からの脱出に成功、空中から元の廃坑付近の陸地にグビラを叩き落とした。

 

 

 

 

「おーい、ユウ!返事してくれー!」

その頃、グビラの出現した廃坑に戻ってきたリンドウたちは早速ユウを捜索していた。だが、無理もないこととはいえ、当然ながら探しても彼の姿は見当たらない。

「おいヒバリ、新入りの反応は確かにここか?」

リンドウが通信を通して、改めてヒバリに尋ねる。

『…おかしいですね。さっきまでバイタルも万全な状態で反応があったのに、今はその反応が途絶えてて…』

「反応が途絶えただと…?」

ソーマがいぶかしむように

『ですがこの付近に、ウルトラマンが交戦していると思われる異常進化したグボロ以外のアラガミの反応はありません』

「え、でもそれってつまり…まさか、瓦礫の下敷きに!?」

悪い予感が立ってしまうコウタ。しかし、直後にヒバリがそれを否定した。

『いえ、その場合も違うと思います。その場合は生命反応は無理でも、腕輪の信号がキャッチされるはずですから』

「ジャミングでもされたのかしら?」

ユウの生命反応も腕輪信号もない。サクヤはその奇妙に思える現象に心なしか違和感を覚える。

「参ったな…これ以上ここに留まるのもまずいしな」

すでに残り1体のグボロは自分たちの手には負えないほどの進化を果たしてしまった。それに、ミッションにも制限時間はある。これ以上ユウの痕跡が見つからないなら、彼をおいて撤退しなければならなくなってしまう。

しかし、撤退さえも許すまいと、彼らにも魔の手が忍び寄った。

「ほぉ、てめえらかぁ。ギンガの仲間は」

「!」

その声に反応して、リンドウたち4人全員が神機を、声が聞こえた方へ構えた。

その声の正体は、グビラへ異常進化させた犯人であるマグマ星人だった。

「な、なに?この変態」

全身にぴっちりとしたボディスーツを着込んだ怪人の姿に、サクヤは変な趣味を持った変人の変装かと思って目を細めた。

「誰が変態だ!地球人ごときがこのマグマ星人の『マグニス』様を変態呼ばわりとは!!」

しかしマグマ星人にとって彼の服装はまさに正装。着ていて当たり前のものだ。

「地球人?マグマ星人?」

自らをまるで人間じゃないように言い放つ怪人を、誰もが疑わしげに見る。

「そ、その目…信じてはいないな!!」

「…いきなり信じる馬鹿がいるか」

自分が、かつてこの地球で悪名を轟かせた宇宙人の一族の一人であるはずなのに、疑惑の目で見られていることが我慢ならずにいるマグニス。あんまりにも淡泊と言うか、ソーマは冷静に受け流すようにツッコミを入れた。

「あ~なんだっていい。あんた…いったいここで何をしていやがった?」

しかもリンドウもめんどくさそうな様子で、適当に最低限に問うべきと思った質問を問うてみた。あまりにも舐められたとも取れる態度のリンドウたちにマグマ星人は地団駄を踏む。今は忘れ去られたとはいえ、地球に甚大な被害をもたらしたことのある侵略者の姿にしては滑稽である。

「き、貴様ら~~~~~……!!!

…ふ、ふん、まあいい。何をしていただと?低能の地球人ごときに話したところでなんになる?」

なんとか気を取り戻しつつ、彼は買い物籠から彼らマグマ星人の代名詞でもあるサーベルを取り出した。

「どうせ貴様らはここで死ぬのだからな!」

「どこに入ってたんだよそんなもん!」

思わず鋭くツッコミを入れたコウタ。確かにとても買い物籠に入るようなサイズのサーベルではなかったから疑問を抱かずにいられないようだ。

しかし、すかさずマグニスはサーベルをぶん回してリンドウたちに襲い掛かってきた。

「ち!」

真っ先にソーマがマグニスの刀身を受け止めにかかる。黒い刀身とサーベルがぶつかり合って甲高い金属音を鳴らす。

「そんな重いだけの得物で、この俺の剣撃を防げるか!」

すかさず次の一太刀を浴びせようと、サーベルを振りかざすマグニス。だが、ソーマは右から来た次の一太刀も、神機を軽々と振って防ぎきる。すかさずリンドウがそこに神機を振りかざして斬りかかる。マグニスは軽く舌打ちすると、ソーマから離れる。今度は標的をリンドウに切り替え、サーベルの先を突き付ける。一発目をリンドウは装甲は展開せず、刀身のみで防ぐと、再びマグニスに向けて一太刀横一直線に斬りかかる。マグニスはその一太刀をジャンプして避けると、そのまま降下しながら突き攻撃を仕掛けた。その一撃もまた防いでみせるリンドウは再度一振り、マグニスもまた再びサーベルで攻撃を仕掛け、そのままリンドウを貫き倒そうとしたが、リンドウとマグニスの間に、銃撃が放たれ爆発する。

「っぐ!!」

爆風に当てられ、マグニスの顔が歪む。

「動かないで!」

「動いたら、その頭をぶち抜くぞ!…なんてな」

撃ったのは、鋭い視線を向けるサクヤと、漫画のキャラのようなセリフを吐いてみせたコウタの二人だった。

「悪いけど、私たちゴッドイーターのミッションを邪魔したこと、アラガミを進化・暴走させたことは見逃せないわ。大人しくアナグラへ連行させてもらうわよ」

「けっ、そんな豆鉄砲ごときでこのマグニス様を殺せると思ったか!?」

しかし、マグニスは銃口を向けられても怯む様子を見せなかった。

「ずいぶん余裕だな…」

仮面の下に隠れた顔から露わになっている余裕のオーラに、リンドウが目を細める。いつでも神機を振えるようにしっかりと噛めていたが、マグニスの顔には一点の曇りなし。

「見せてやるぞ…このマグニス様の真の力をおおおおおお!!!」

彼は空に向けて激しく吠えだした。すると、彼の体に異変が起こる。さっきまで、リンドウとはほとんど変わらないはずの身長だったはずの彼の体が、見る見るうちに肥大化し始めていた。風船のような膨らみ方などではなく、シルエットをそのままに巨大化していく…

最終的に、マグニスの体はギンガにも匹敵するであろう巨体にまで進化した

「おい!そんなの反則…!」

「うらあ!!」

卑怯だぞ!と言わんばかりにコウタが抗議を入れようとしたが、マグニスは全く耳を傾けようとせず、彼らに向けてサーベルの剣先を突き刺しにかかった。

サーベルを連続して突き刺していくが、第1部隊の皆は一斉に散った。が、その際にコウタが足を躓かせ転んでしまった。マグニスの突然の巨大化に慄いたのか、足がもつれてしまったのだ。

「う、うあ…!!」

それをマグニスは見逃さない。たとえ相手が自分よりはるかに小さい存在でも、決して容赦をする気はなかった。

「くく…貴様らは俺の実験を知ってしまったからな。生かして帰すわけにいかん。たとえ、貴様のような小僧でもな!」

「あ、ああああああ…!!」

自らに死が近付きつつあることを本能で感じ、絶望に満ちた表情を露わにするコウタ。

しかしその時だった。

「ぬぅあ!!?目、目がぁ……」

眩い閃光がほとばしり、マグニスの視界を奪い去った。あまりに眩しい光はマグマ星人にも堪えたらしく、現にマグニスは両目を覆って悶えていた。

「へ…」

コウタは一瞬目を塞いでいたが、目を明けて自分が助かったことに気づく。今のスタングレネードはソーマが投げたものだった。

「世話をかかせんな。腰抜け」

ソーマはコウタを無理やり立たせてきつい言葉をぶつける。コウタは言い返したくなったものの、皮肉にもソーマの言葉に間違いはなく、返す言葉がなかった。

「仕方ねえ…ここは一端退くぞ!」

こうなってしまってはユウを探すどころじゃない。リンドウはやむを得ず全員に撤退命令を出した。

「け、けどユウが!!」

「気持ちはわかるけど、もうそれどころじゃないわ!早く!」

それを聞いてコウタが抗議しようとしたものの、直後にサクヤからの怒鳴り声に押される。

「おのれ…逃がすか!!」

視力が元に戻ったのか、マグニスはぼやけた視界のなかではあったが、リンドウたちを発見した。

「!走れ!奴の目が回復してやがる!」

すでに100m近くは走って離れていたが、奴が自分たちを見つけたことに気づいたリンドウが仲間たちに急ぐように呼びかける。

マグニスは戻りつつある視力を頼りに、リンドウたちを追ってサーベルを振りかざそうとした時だった。

「ウルトラ念力!」

突然自身の体に向けて、猛烈な力の重さを感じ、動きを無理やり封じ込められた。

「私の存在を忘れるとは、失念したな!マグマ星人!」

その念力の発生源は、タロウからだった。人形の状態でこそあるが、こうして自分より巨大な敵の動きを止めること位は可能だったのだ。

「お、おのれ…たかが人形の分際でぇ…!!」

人形になったことで今ではいつでも消せるちっぽけな存在ともいえるタロウを、忌々しげにマグニスは睨み付けていた。

タロウが念力をマグニスに掛けたおかげで時間を稼いだリンドウたちはアナグラに連絡を入れた。

「アナグラ、聞こえるか!?こちら第1部隊!悪いが、すぐに…」

指定されたポイントに帰還用のヘリの用意と、ユウ捜索のための捜索隊の申請を要請しようとした

しかし、その時だった。

『救援要請なら要りません』

リンドウたちの通信に割り込みが突然入り込んできた。

「…?」

『私がいますから』

声は、女の子と思われる澄んだ声だった。しかしこの声は聞き覚えのないものだった。

「リンドウ、あれ!」

リンドウがいぶかしんでいると、サクヤが空に向けて指をさす。彼女が指を刺した上空に、一機の、なじみ深い狼をモチーフとしたマークが刻まれたヘリが近付いていた。

「フェンリルのヘリだ!でも…」

たった今リンドウが救出用ヘリの申請をしたばかりなのに、こうも早く来てくれるはずがない。

「まさか…」

リンドウがそのヘリを見て呟くと、ヘリの扉が開かれた。

そこから姿を見せたのは、赤いチェックの服と帽子を着た銀髪の少女だった。そしてのその手に握られていたのは、燃えるような赤い刀身のロングブレード神機。

そして、リンドウが抱いていた確信を確実なものにする光景を目の当たりにすることになる。

少女の持っていた神機が、器用に銃に変形したのだ。

そのまま、マグニスの顔に向かって彼女はアサルト銃を乱射した。

「ぬおおおおおお!!?」

マグニスの顔が、何十発もの弾丸の嵐によって、弾幕の中に吸い込まれ、マグニスは膝を着いた。

「「!!」」

「変形…した…!」

少女の持つ赤い神機が長剣からアサルトに変形下のを見て、目を見開くサクヤたち。自分たちの持っている旧型の神機では不可能な可変式の神機…。

間違いなかった。

「あいつが…二人目の新型か」

と、ちょうどその時だった。

「リンドウさん、ウルトラマンだ!」

ギンガがグビラを抱え、グビラを地上に叩き落としてから地上に降り立った姿が見えた。

 

 

 

ピコン、ピコン、ピコン…

自身のポンチを切り抜けるために、わざと水中で電撃攻撃を行ったことで自分もまたダメージを受けていたギンガ。すでに彼のカラータイマーは赤く点滅を開始し、彼の活動限界時間を知らせていた。

だが、もう…負けない!ギンガは絶対の自信を抱いていた。なにせ、自分よりもグビラの方が深いダメージを負っているのだから。

「ぐ、くそぉ…小娘がぁ…よくも俺の目をぉ…!!」

マグニスは自分の苦境を痛感せざるを得なかった。決して認めたくないことではあったがそうするしかなかった。実験対象としてグビラはすでに満身創痍で、さっきのヘリから現れた新型ゴッドイーターの少女によって、実は彼は自分の目を片方潰されてしまっていた。右目から流れる赤い血はまるで血の涙のようだ。

「…今は退いてやるが、今に見ていろッ…!このマグニス様が必ず貴様らを八つ裂きにしてやる!」

捨て台詞を吐くと同時に、マグニスは空に飛び立つと、そのまま空気の中へ溶け込むように姿を消した。

「…逃げたか」

逃げて行ったマグニスをリンドウたちは追うことはなかった。負ったところで勝てるはずがないからだ。あの新型神機使いの少女がヘリから奴の目を撃ち抜いたからこそ退いてくれたのだ

もし目を潰されたまま奴がギンガに戦いを挑んでいたら、倒されていた可能性があった。

(マグマ星人め、相変わらず自分自らはすぐに手を下さない癖に、勝てないと思ったらすぐに逃げるか…)

逃げていったマグマ星人マグニスの消えゆく姿を、タロウも見届けていた。『弟』の一人から聞いていた通りだ。口がデカいくせに姑息な手を使っては逃げ足の速い奴だ。

とはいえ、ゴッドイーターたちにとってはアラガミ以上の脅威だったことに変わりない。アラガミや大半の怪獣にはない知性を持ち合わせている分、卑劣な手を使うなど、厄介な手を使う異星人は彼らウルトラ戦士が若い頃から何度も戦ってきた強敵だったのだから。

さて…後はギンガがグビラを倒すだけとなった。

「グギギギギ……グルアアアアア!!!」

最後の足掻きなのか、グビラが突進を仕掛けてきた。直線的で単調だったが速度が速い。ギンガは辛うじてそれを避けると、グビラはそのまま廃屋となった建物に顔を突っ込んだ。だが、なおもギンガを貫こうとグビラは瓦礫から顔を出して突進を仕掛けてきた。

(その動き…もう見切ったよ!)

グビラのドリルが突き刺さる寸でのところでジャンプ、さらにグビラを踏み台に高く飛び上がる。そして、勢いよく飛び降りると同時に、光の剣を振り下ろした。

「ショオオオオラアアアアアアア!!!」

ザシュ!!

「ギギャアアアアアア!!」

今の一太刀で、グビラの砲口はドリル諸共叩き斬られた。爆転で少し距離を開けると、グビラはもはやいつでも倒されるのを待つだけの雑魚モンスター状態に陥っている。尾びれや背びれ、顔…あらゆる場所にも結合崩壊を起こしてボロボロだ。

止めを刺すべく、ギンガは両腕をL字型に組んで必殺光線を放とうとした。

〈ギンガクロスシュー……〉

が、その時だった。

 

 

 

 

 

ババババババ!!!

 

 

 

 

 

「グゥオ!!?」

予期せぬ不意打ちが、ギンガの体を襲った。

弾幕の中に包まれ、さっきまでの戦闘ダメージと相まってギンガは膝を着いた。

その隙を突いてか、グビラはすでにボロボロの体を引きずりつつも水中に逃げ込んでしまった。

「な…!?」

これにはリンドウたちも驚愕するしかなかった。

一体誰がこんな時に邪魔を?

新しい敵でも出たのか?

 

しかし犯人は、あまりにも意外な人物だった。

 

「攻撃目標…補足」

 

それは、ヘリに乗っていたあの新型神機使いの少女だったのだ。

 

「!?」

 

自分がまさか、人間から…それもゴッドイーターから攻撃されるとは思いもしなかったギンガは動揺した。

 

だが、そんな彼の動揺をよそに、新型神機使いの少女はギンガに銃口を向ける。

 

その目に映る、人類の希望とされているはずの光の巨人、ウルトラマンギンガを…

 

憎悪を孕んだ目で睨みつけながら。

 

「アラガミは…全部私が殺す…ッ!」

 

バァン!!

 

少女の手によって再び、ギンガに向けて一発の銃弾が放たれた。

 




NORN DATA BASE

・深海神獣グビラ・グボロ
水中での動きも早く突進攻撃も強い衝撃を伴う。背中から潮を吹き、砲塔から角のドリルを出して貫くこともできる。ドリルを引っ込めている場合は水弾を発射して敵を攻撃することもできたりなど、『深海怪獣グビラ』とグボロの両方の攻撃能力を備えている。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

優しさを失わないでくれ

待っていた方々、お待たせしました。
うまくできてるか不安ですが、最新話を投稿します。

最近はマグマ星人たちエージェント側のエイリアンやゴッドイーターにおける敵(人間)の扱いをどうしようかと模索中です。ある程度は考えてますがね…。

今回、原作順序のつもりで書いては見ましたが、あの子が酷い状態です。アンチ・ヘイトと見られてもおかしくないかもしれませんので覚悟するように…。
…最初に言っておきますが、決して嫌いじゃないですよ?




ヘリに乗る赤い神機使いの少女の弾丸が、ギンガを襲う。

一発一発が、威力としては軽いアサルト神機だが、嵐のように降り注がれると厄介なものだった。

ギンガは両腕をクロスして盾代わりにして掲げ、少女の放つ銃撃を防ぐ。

「グゥ…!」

腕越しにギンガは…いや、ユウは神機使いの少女を見る。明らかに彼女は敵意を向けていた。突き刺さるような、鋭い氷のようなまなざし。そんな目で見られたことなど無かった。

あの目の意味を、ユウはすぐに察した。

彼女の目は、アラガミを見る目だ。誰もが一度は抱く負の感情の中でも、最もドス黒い…『憎悪』。

(今の僕は…アラガミとみなされているのか…っ)

自分が怪物扱いされている。変身しているとはいえ、自分だってアラガミに対する怒りを覚えている。それはあまりに辛かった。同化しているギンガはどう思っているのだろうか気になるくらいだ。

しかし、もうカラータイマーが点滅をはじめ、この姿を長く維持することは難しい。

ギンガは無理やりに立ち上がり、空高く飛び上がって、かなたへ飛び去っていった。

「シュワ!」

飛び去っていくギンガを見て、一端銃撃を中断した少女はヘリパイロットに怒鳴る。

「追いかけて!!」

「え、ですが…!」

「いいから早くしてください!」

無茶な話だった。既にこのとき、ギンガの姿は豆粒にも満たないほど小さく見える距離まで飛び去っており、追いつけるはずが無かった。

『ちょーっと待った。そこまでだ』

ふと、通信回線越しにリンドウの声が聞こえてきて、アリサは彼の声に耳を傾けた。

『お前さんの機転のおかげで助かったが、それ以上余計なことはしなくていい。どうせあいつには追いつけねぇよ』

「アリサ、ここは抑えよう。彼の言うとおり、とても無理だ」

「……わかりました」

やや不満げに、『アリサ』と呼ばれた少女は、傍らに座っていた医師の言葉に従った。

その後、第1部隊はアナグラへ帰還した。

 

 

 

グボロ・グボロのコアを十分に集めたものの、ギンガと交戦したグボロ・グビラとの戦闘は、結局ターゲットから逃げられる形となった。

当然、戦闘中に現れた異星人…マグマ星人のこともツバキたちに知らせることとなった。アラガミを操る、アラガミ以外の脅威。無視などできるはずも無い。

それを言うと、前回の赤い新型神機使いの少女が最後にとった、ウルトラマンへの発砲行為も許容範囲に捕らえられてもおかしくなかったのだが…。

「なぜ、あのアラガミへの攻撃を許可しないのですか」

上の階層へ上がっていくエレベータ内にて、あのもう一人の新型神機使いの少女、アリサは隣に立つツバキと話をしていた。内容は、前回のミッションの最後のことについてだった。

「あのアラガミは、別の超大型アラガミを撃滅するほどの力を持っています。放置すれば危険です。だったら討伐に向けた作戦を立案するのが妥当じゃありませんか」

「アリサ、あの巨人のことなのだが、あの巨人からはオラクル反応は確認されなかった」

「そんなの、装置の故障でしょう。あんな危険な奴がアラガミでないわけないじゃないですか」

「残念だが本当だ。私も新種のアラガミかと勘ぐっていたが、センサーには一切不備はなかった。よってあの巨人がアラガミではない、アラガミとは全く異なる存在であることが認定された」

「だとしても、奴がいずれ人類に牙を向くことは目に見えています。ツバキ教官もご存知でしょう?あんな恐ろしい力を持った奴が…」

「アリサ」

ツバキはアリサの名前を呼び、彼女の次から続くかもしれなかった言葉を遮った。

「お前の行為は藪を突いて蛇を出す行為でしかない。以後、勝手な行動は慎め。これは支部長からの命令でもあり、全ゴッドイーターたちにも敵意を向けてこない限り、攻撃は絶対に控えろとメールが送ってある。忘れるな」

「…はい」

どこか納得しがたい様子であることは変わりなかったが、彼女はそれ以上何も言わないことにした。

「よろしい、では…第1部隊の者たちに自己紹介だ」

エレベータの扉が開かれ、二人はエントランスへ出た。エントランス前の出撃ゲート前のフリースペースには、既にリンドウたち第1部隊のメンバーが全員揃っていた。ツバキが来たと同時に、リンドウ・サクヤ・コウタ・ソーマ、そしてユウは一列に並んだ。

「全員集まってるな。今日からお前たちの仲間となる新型神機使いだ」

「どうも、アリサ・イリーニチナ・アミエーラです。本日より第1部隊に配属となりました。よろしくお願いします」

「おぉ!改めてみると…」

アリサの姿を見ると、コウタがなにやら興奮を示してきた。実際、アリサは容姿・スタイル共に美少女の部類に入るほどのもので、彼が年頃男子らしい反応を見せるのも無理は無かった。

「……」

一方で、ユウは無言だった。アリサの顔…いや、そのアクアブルーの瞳を見ていた。

(まるで、深い闇だな…)

ギンガに変身していた状態で見たときと同じだ。ユウのアリサに対する印象はそれだった。この子から、一切の光を感じない。彼女から感じる雰囲気に明るさなど皆無で、そういったところはソーマよりも黒く塗りつぶされているような感覚だ。

「ユウ?」

「え?何、コウタ?」

声をかけられ、ユウは我に返る。

「お前、もしかしてこの子に見とれてたのか~?」

「な、何言ってんだよ」

ニヤニヤといやな笑みを向けてくるコウタを、ユウは白い目で見返す。コウタじゃあるまいし…まぁ、確かにこの子がかわいいことは認めはしたが。

「…よくそんな浮ついた考えで、ここまで生き残れましたね」

「へ?」

そんなコウタとユウを見て、アリサは冷たい言葉を向ける。すると、ツバキは第1部隊メンバーたちに向けてアリサの詳細について述べる。

「彼女はロシア支部に就いていた頃から演習において優秀な成績を残している。実戦経験も多くは無いが、戦績も決して悪いものなどではない。追い抜かれないように気を引き締めておけ」

「り、了解です…」

ツバキから鋭く言われたコウタは気弱な返事をした。

「アリサは今後しばらくは、リンドウについておけ。そして、ユウ」

「あ、はい。なんでしょう」

「同じ新型としてアリサをサポートしてやれ。お前自身も彼女から学ぶべき点は多いはずだ」

「は、はい…」

あまり乗り気になれない。でも、とりあえず返事だけはしておいた。

「あ、ところでツバキ教官。一つよろしいですか?」

今度はユウの方から質問した。

「なんだ?」

「あれから、あの宇宙人とアラガミの行方について、何か分かったことはありますか?」

ユウは自分がみすみす逃してしまった敵である、あの後のマグマ星人やグビラの行方を知りたかった。

「それについてだが、我々も捨て置くことはできなかった。お前たちが帰還を開始した時から奴らの反応を追わせて見たが、手がかりはなしだ」

「そうですか…」

やはり、アナグラの方でも行方を追っては見たが成果はなかったらしい。自分の尻拭いの機会が見込めなかったことが残念だった。

「ではリンドウ、書類の引継ぎのため、私と来い。他の者は次のミッションに向けて静養するように」

「ほい、了解です」

「では、これで解散とする」

新メンバー紹介を終えて、ツバキはリンドウを連れてエレベータに乗って去っていった。

ツバキたちが去っていったところで、コウタがアリサと親睦を深めるべく、何かを話そうと考えアリサに適当に質問してみた。

本当は、言いたいことがあるにはあった。でも、せっかく入ってきた仲間を早速嫌うような真似はしたくなかったから、あえて二人はギンガを攻撃したことには触れないようにした。

「え、えっと…確かロシア支部から来たんだよね。あそこ寒いんでしょ?どんなところ?ねぇ、ねぇ!?」

「そうね。せっかくアナグラに来てくれたんだし、何かお話でも…」

サクヤもコウタに乗って、親睦を深めるための会話をかけようと考えてアリサに話しかけてみるが…。

「…どうしてあなた方にそんなことを言わなくちゃいけないんですか?言っておきますけど、私はあなたたちと馴れ合う気なんで一切ありません。

『旧型は旧型なりの仕事をしていただければいい』と思いますから」

「な…」

返ってきた言葉はまたしても冷たいものだった。コウタだけじゃない。ここにいる…いや、全ての旧型神機使いを、彼女は真っ向から否定したのだ。二人はアリサからの言葉通りの拒絶に呆気にとられた。

「そういえば、あなたでしたね。私と同じ、新型のゴッドイーターは」

そんなコウタたちを無視し、アリサは続いてユウの方に振り向く。

「ま、私と同じ新型神機使いだからって、私の足を引っ張らないでくださいよ。先刻のミッションでも、一人『無様』にはぐれていたみたいですし」

「………っ!」

ユウは内心、アリサのあまりの言い分にかちんときた。わざわざ『無様』という言葉を強調して。

ユウがギンガにウルトライブしていることは、彼とタロウ以外誰も知らない。はぐれたととられても当然だ。結果として一人だけ、仲間たちの目の届く場所から消えていたユウさえも、アリサは露骨に見下してきた。

「じゃあ、私はこれから訓練ですから失礼します」

アリサはただ一言言い残し、さっさとその場から立ち去っていった。

取り残された第1部隊メンバーたちだが、彼女がエレベータに姿を消したと同時に、コウタが不満をぶちまけた。

「…~~んだよ!せっかく人が仲良くやってこうって思ってんのに感じ悪いな!ギンガを攻撃した事だって水に流すつもりだったのによ!」

コウタはウルトラマンギンガを強く信頼している。おそらくアナグラの中では、ユウの次に一番かもしれない。だからアリサがギンガに向けて銃撃を仕掛けたことには動揺した。

「こ、コウタ落ち着いて。ここに来たばかりで気が立っているかもしれないじゃない」

「けど、だとしてもサクヤさんだって心の中でムカついてたんじゃないの?」

「それは…まぁ…あの言い方は無いとは思ったけど…」

サクヤもアリサの刺々しさだけでは収まらない言い分には、内心では流石に頭にきていたようだ。けど、やはり大人としての落ち着きがそうさせたのか、コウタのようにはっきりと不満を口にせず、ぐっと堪えた。

「ソーマだって、流石にムカッて来ただろ。かわいいのにもったいないよな」

「コウタ、もう…」

コウタはソーマに話を吹っかけるが、どこか下心のある部分を含めた言い方にサクヤは少し呆れた様子を見せた。

「…………」

「…お、おーい。せめて何か一言言ってくれよ…」

しかしソーマは、さっきから腕を組んだままソファにすわり、我関せずといった様子だった。アリサのことに興味を示したような様子を一切見せなかった。

 

 

 

「ドクター、先のアリサ君の行動…一体これはどういうことかな?」

あれから…支部長室にて、ヨハネスによって呼び出しを喰らった人物がいた。

「は、はぁ…どういうこと、とは?」

その男の名は…『大車ダイゴ』。

新たな新型神機使い、アリサ・イリーニチナ・アミエーラと付き添いでこの極東支部に転属となった医師である。

突然ヨハネスから呼び出されたこと、そしてたった今問われた質問の意味が理解できず大車は困惑していた。

「とぼけてもらっては困る。光の巨人…コードネーム『ウルトラマンギンガ』に対する彼女の発砲行為だ。

迂闊なことを吹き込んだのではあるまいな?」

大車とは支部長席と挟み、背を向けている形でヨハネスは尋ねる。その姿勢のままわずかに顔を振り向かせて大車を見ているときの彼の目には、確かな威圧感が存在していた。

「い、いえ!あの巨人が新種のアラガミなのではと思い…」

その目から放たれるプレッシャーに大車は息を詰まらせかけながらも、ヨハネスからの質問に答える。

「確かにウルトラマンを新種の、それもかなり危険な種のアラガミと断じる者もいることだろう。しかし彼からはオラクル細胞の反応はなく、少なくとも今のところウルトラマンが人類に手を下した情報はない。

わざわざ勝てもしない相手に手を下すのは、ゴッドイーターとして致命的な欠陥だ。しかも、意図は何であれウルトラマンはこれまで我々の仲間を救ってくれたと言う事実がある」

「う…ですが、それがもし間違いだったら…」

「だとしても、今のところ彼が敵であることがはっきりしていない以上、余計なことは吹き込まないでもらおう。おかげで、ウルトラマンが彼女に対して余計な警戒心を抱かせることになる可能性が高い。そうなれば、ウルトラマンが我々を敵とみなし、ゴッドイーターたちに危害を加え、計画に大きな支障をもたらす存在になることも否定できない。

これは上層部の決定でもある。以後、アリサ君には慎んでもらうようにしてくれ」

「は…以後、気をつけます」

「それでいい。では…私はこれから一端極東支部から出張する」

机の上に置かれた鞄にノートPCを、胸のポケットに携帯端末を仕舞うと、彼はそれを手に支部長室の出口に向かう。

「どこへ向かわれるのですか?」

この部屋の主であるヨハネスが出る以上、自分がここに留まるわけにもいかず、大車もヨハネスに質問をしながら後に続く形で部屋を出る。

「こちらにいた新型君の家…通称『女神の森』だ。まだあちらの『総統』とはゆっくり話をつけていない。

あそこに直接行って、確かめてみたいものもあるんだ。

では、私はこれで」

エレベーター前にたどり着いたところで、ヨハネスはエレベーターに乗り込み、大車に軽い別れのあいさつを終えて上の階へ降りて行った。

 

 

 

「しっかし、レアものの新型が二人もいるなんて、ここぐらいじゃないですか?」

エレベータ内にて、書類の引き継ぎのためツバキに同行していたリンドウが、彼女に話しかけてくる。

「ああ、そうだな。だが本部の意向で、今後は新型神機の適合者発掘が優先されている。お前もその理由はよくわかっているはずだ」

「理由…まぁ、確かに」

一つしか思い当たらない。

フェンリル本部も、極東に出現したオウガダランビア、ドラゴード、グボロ・グビラ…巨大アラガミよりもさらに巨大さを誇る超大型アラガミの存在を無視できなかったのだ。少しでも新たな武器に頼り、対策を練るのは自然といえる。

「しかも、先日のミッションでお前たちが遭遇したとか言う怪人のこともある。アラガミを強制進化させたこと、また奴自身も巨大化したという話は上層部も無視できなかった」

怪人、間違いなくマグマ星人を名乗った、タイツ姿の男のことだ。奴のことについてはアナグラ内でも広まっており、マグマ星人はすぐに要注意人物として認定されていた。

「この先も新型の投入のほか、新たな打開策が必要となるに違いない。そのためにも新型であるユウとアリサも磨いておかねばならん。ただ…」

「ただ?」

「アリサはロシア支部にいた頃から、対人関係にも難があったと報告書にあった。どうも彼女の場合、精神面に不安があると診断されていてな。主治医によるからの定期的なメンタルケアを組まれているそうだ。まぁ、とにかく注意を払ってやってくれ」

「厄介なことですねぇ…無愛想の役はソーマだけで事足りてるってのに」

「それもリンドウ、隊長であるお前の務めでもある。あいつらの前で弱音は吐くなよ」

「了解です、姉上」

「…リンドウ、同じことを何度言わせる気だ?」

「いいじゃないですか少しくらい。ここには俺とあなたしかいませんよ」

「まったく…」

常に厳しく対応する彼女とは対照的に、飄々とした対応をとるリンドウ。対照的な弟の反応に、ツバキはため息を漏らす。といっても、ツバキは個人的にリンドウのこの飄々とした姿を否定することはなかった。寧ろ自分には無い美点だろう。あまり厳しく当たるだけでは後輩たちはアラガミよりも先人たちに恐れを抱くようでは話にならない。リンドウのような軽く、安心感を持たせられるような男も必要だろう。

そう思っていると、エレベータの扉が開かれ、ある男が姿を見せた。

ヨハネス・フォン・シックザール支部長だった。

「支部長、これからお出かけですか?」

「ああ、リンドウ君にツバキ君か。これから私自身が直接会っておきたい人を尋ねに行くことになってね。

すまないがアナグラを空けることになる。留守を頼むよ」

「了解しました。お気をつけて」

ツバキの敬礼を背に受け、ヨハネスはエレベータの中に消えた。

「会いに行く、か。支部長もいい女をデートにでも誘ったんですかね」

「馬鹿者」

いつもの調子の良い言い回しに、ツバキは一発バインダーで弟の頭を軽く叩いた。

「姉上、その叩き方やめてくれよ。後輩たちに見られたら恥ずかしいじゃないですか」

「ここにはお前と私しかおらんからかまわんさ」

不敵に笑ってみせる姉に、リンドウはやはりこの人にだけは敵わない、と心の中で思った。

 

 

 

「そうか、ギンガにライブした君を攻撃した彼女は…」

「うん…」

自室に戻ったユウは、タロウにアリサのことを話した。内容を聞いて、タロウは残念そうな反応を示した。せっかくの後輩の新しい仲間が、平気で他人を見下すような隊員だなんて、あってほしくないことだ。

「あんな子が新しい仲間だなんて…!」

ベッドに腰掛け、ぎゅっと彼は膝の上で拳を握った。しかし、タロウは落ち着いた声でユウに諭す。

「ユウ、君の気持ちは痛いほど分かる。だが、人生とは時にこのような人物と出会うこともある。堪えるんだ」

「……」

タロウ自身も、かつては人間として地球に留まっていた時期があるから嫌なタイプの人と会ったことが多々あるのだろう。でも、ムカつくからってこちらから叩きにかかるとかえって自分たちの首を絞めてしまいかねない。

「しかし、あの戦闘でマグマ星人とグビラに逃げられたのは痛かったな。またいずれ奴らは牙を向いてくるに違いない」

「…そうだね」

『一つ下の弟』をはじめとしたウルトラ戦士たちが交戦したことがあるから、マグマ星人の厄介さはタロウの方が良く知っている。強敵をみすみす取り逃がしてしまった。これは今後の痛手として影響することだろう。だからこそ、あのときのアリサの行動は許しがたい。あそこで彼女が邪魔さえしてこなかったら…。

「今日はもう寝た方がいいだろう。あまり苛立つと明日に影響してしまうぞ」

「…わかった。じゃあ、お休み」

またユウがアリサに対して不満を抱き始めたのことに気付き、タロウは就寝を促す。ユウもこれ以上アリサのことを考えるのはやめにした。考えたところで苛立ちしか募らない。だったら考えるのをやめて、いっそどっと寝てしまった方がいい。

寝巻に着替え、彼は次に備えて眠りについた。

 

 

 

グボロ・グビラとの戦闘ミッションからしばらく経った。

アリサはツバキから聞いていた通り優秀だった。接近戦を考慮した剣の訓練ではダミーのアラガミたちを開始からほとんど時間をかけずに一掃し、獣の訓練についてもコウタがダミーと分かっても思わず転んでしまって失敗を犯したことに対して、彼女はそんな凡ミスは一切せず、銃のみでダミーアラガミを一体残らず消し飛ばした。

今こうして順番待ちの間、ユウはガラス越しに訓練場を見渡せるフロアから、アリサの訓練中の様子を見ていた。

「おぉ、この数値は…実に興味深い!」

サカキ博士も新型神機について強い興味を示していたのか、アリサの訓練を見学しにきていた。コンピュータのディスプレイ画面に映る数値を見て猛烈な反応を示している。

「新型神機を手足のように使いこなしてますね。銃形態への切り替えもユウ君より早い」

リッカも神機の整備士としては新型神機に注目せずにはいられず、アリサの訓練を見学にきていた。

『目標を全て撃破しました』

5分も経たず、通信回線越しにアリサが目標のダミーアラガミを全て撃破したことを報告する。

「あ、うん。ご苦労様。記録は…」

今回の訓練は、ダミーの討伐数が目標の数に達するまでのタイムを計るものだったが、ユウは画面でその時間を見て目を丸くする。

(僕よりも早い…)

ユウも同じ訓練をしたことがあるが、アリサと比べるとまだ幾分遅かった。新型だから得意げになっていたわけではない。彼女は事実上の天才的才能の持ち主でもあった。

「これは同じ新型として負けられないんじゃないかな?」

同じ新型ということもあり、ユウに対してちょっと炊き付けるような言い方をしてみる。

が、ユウからは返事はない。

「ユウ君?」

静かに彼はアリサの戦いを見ていた。

『ユウ、彼女の戦い方についてだが』

『タロウ?何か気になるの?』

脳内に、タロウの声が聞こえてきた。実はタロウも、ユウのジャケットの胸ポケットに隠れる形でアリサの訓練を見学し彼女の動きを観察していたのである。

『…いや、なんでもない』

しかし、意味深な声を漏らしておきながらタロウはその場でそれ以上何も言うことはなかった。

演習、座学共に優秀ではあるアリサ。しかし、タロウは彼女の持つ危険さを、一度見ただけで察していた。それがどんなものなのかまでは明確に見極め切れていないが、よくないものであることなのは確かだ。

 

 

 

壁外での討伐任務にて同行者をアリサとサクヤ、そしてリンドウとしたミッションだった。出撃前、美女二人と任務に同行することになったことについてコウタから羨ましがられたが、ユウはそんな気分に全く浸れなかった。それにリンドウもいる。それについてリンドウが「一人余計なおじさんが混じってて悪いな、新入り」と出発前に茶化してきたのは余談である。…何を言うのやら、『まだ26歳』。

場所は、リンドウがソーマとサクヤをつれ、ヴァジュラを撃破した場所でもある廃都市『黎明の亡都』。そしてエリア内にはオウガテイルやザイゴードといった小型のアラガミたちがぞろぞろと揃っている。

「今日は新型の両方とのミッションか。まぁ、足を引っ張らないように気をつけるんでよろしく頼むわ」

「足を引っ張るって…」

寧ろ経験不足なこっちの方が引っ張ってしまうとしか思えない。

「そうですね。隊長さんなんですから、足を引っ張らないようにお願いしますよ」

一方でアリサは不遜な態度を崩さない。ユウとサクヤは堪えはしたが、内心に沸いた不快感を抱かずにはいられなかった。

「…そろそろ時間だな。

今日はこのエリアにいる小型アラガミを一掃する。俺とユウが前衛だ。アリサとサクヤは銃で後方からバックアップ。

今回の任務の目的はアラガミを倒すことではなく、第1部隊内のチームワークを築くことが目的だ。いいな?」

「「了解」」

ユウとサクヤは了解する。

「アリサ、ユウ君のフォローをお願いね」

サクヤが、改めてアリサの方を見て、ユウの背中を任せてもらおうと思って声をかけた。

「必要ありません。私一人で十分です」

しかし、またしても帰ってきたのは拒絶の意思表示。

「アリサ…!?」

「それに、チームワークなんてものに頼るなんて…よほど自分の腕に自信が無いんですね。それじゃ」

「ちょ、ちょっとアリサ!待ちなさい!!」

そう吐き捨てると、サクヤの引き止める声を無視してアリサは神機の剣形態、赤い刀身のロングブレード『アヴェンジャー』を担いでそのまま行ってしまった。

「ったく、ロシア支部の奴らはあいつに何を教えてきたんだよ…」

リンドウもこの手の新人に流石に頭を悩ませた。いくらなんでも仲間を省みなさ過ぎるのではないか。

「仕方ねえ、作戦変更だ。俺がアリサをフォローする。新入りとサクヤは銃で後方支援だ」

「り、了解…!」

全く、なんて勝手な奴なのだろう。心の中で毒を吐くが届くはずも無い。サクヤはステラスウォームを構え、ユウは神機を銃形態に切り替えた。リンドウは二人からの了解を聞いて、すぐにアリサの援護に向かう。

リンドウの接近に気づき、ザイゴードたちが彼に迫る。しかしリンドウは構わずに、向こうでオウガテイルを切り裂くアリサの元に向かった。

しかし、アリサの戦い方は訓練時のときもそうだったが見事なものだった。舞うように迫り来るアラガミたちを切り裂いていく。リンドウもアリサに気を配りつつも、自分に近づくアラガミを蹴散らしていった。ユウは二人を見て援護など必要だろうか、そんな疑問さえ浮かぶ。とはいえ、言われたことはこなすのみ。二人に近づいてくるアラガミを一体でも多く撃ち落すことにした。

その後、アラガミたちは小型のみしか出てこなかったこと、リンドウやサクヤという強力な同行者もいたこともあり、結果としてはミッションはあっさりと成功した。

…のだが、『チームワーク増強』という当初の目的とは大きく外れてしまった。

「なんでリンドウのいうことを聞かなかったの、アリサ!」

「聞くまでも無いからです」

「チームで動く以上、ちゃんと仲間との連携を重視しなさい!…ちょっと、聞いてるの!?これはあなたのためでもあって…」

ミッション終了後、サクヤはチームを完全無視した個人プレイに走ったアリサに説教と飛ばしたが、アリサは後輩という立場を全くわきまえない不遜な態度だった。どこ吹く風のごとくサクヤの言葉を聞き流している。

「…まーためんどくせえことになりそうだな」

リンドウはタバコをふかしながら、サクヤとアリサのやり取りを見て険しい表情を浮かべた。

『…全く、リンドウ君の言うとおりだ。一体ロシア支部で彼女は何を学んできたのだ。あれではいつか自分の方が足を引っ張ってしまうぞ』

ユウの胸のポケットに身を隠している状態のタロウも、サクヤやリンドウと同じ反応だった。

「はぁ…リンドウさんじゃないですけど、めんどくさそう…」

ユウも流石に、これ以上放っていたままなのは危険かもしれないと考えた。いくら優れた力を持つエリートで、新型だからって、何でもできるはずが無い。

寛恕と似たような態度をとるソーマの場合もあるが、あれはエリックやリンドウという貴重な理解者がいるから、乱暴な一面が強いがユウ個人としては悪感情までは抱くことは無かったのだが…。

サクヤとアリサのいがみ合いが終わっていない。アリサに説教をしていたサクヤだが、アリサは無視し続け指先で髪をいじり、鼻で笑い飛ばしている。

あからさまに馬鹿にしてきている態度にサクヤは眉間にしわを寄せた。このままではいくら寛容さを持つはずのサクヤが、堪忍袋の尾を切ってしまう。

「二人とも、もう帰りましょう。今回の任務は達成したんだ」

「…そうね」

「ふん」

「まぁサクヤ。こいつは気難しいだけで悪い子じゃないはずだ。大目に見てやってくれ」

と、リンドウは屈託無く笑みを見せ、アリサの頭に軽く手を載せた、途端のことだった。

「きゃあああ!!?」

いきなりアリサが悲鳴を上げてリンドウの前から一歩後ずさった。

「…あ~あ、ずいぶん嫌われたもんだな」

「い、いえ…驚いただけです。何でもありません…」

アリサはそういうが、その割りにはどこか妙だ。息が荒く、落ち着きが無い。あまりの慌てように、リンドウも一瞬驚いてしまったほどだ。

「リンドウさん、気軽に女の子に触るのはセクハラですよ。それもサクヤさんの前で…」

すると、ユウが少し意地の悪い笑みを浮かべてリンドウを軽くからかって見せた。

「お、おいおい!俺はそんな下心を出したつもりは…」

「やだわリンドウ、もしかしてそっちの気があったのかしら?」

無論リンドウの名誉のために言うが、彼にそんな気は無い。が、悪乗りしたサクヤが目を細めて怖い笑みを浮かべる。

「お前ら、わざとだろその顔…ったく。

…あ~こちらリンドウ。迎えのヘリをくれ」

頭をぽりぽりと掻きながらも、リンドウはひとまず持参してきた携帯端末でアナグラに迎えの連絡を入れる。

してやったり。気まずそうなリンドウを見て、サクヤと二人で笑いあう。

落ち着きを取り戻したのか、アリサがユウに近づいてきた。

「…こんなこと言いたくなかったんですけど、極東の人たちって自覚が足りないんじゃないんですか?」

「自覚?」

「戦場の真ん中なんですよ?へらへらしすぎだと思うんですけど?特に、隊長さんとコウタさん…でしたっけ?いくらなんでもいい加減すぎます」

「…あ、うん」

いい加減さがある、ということについては否定できないが…だからといって周りを見ないこの子もどうかと思う。そう内心で呟いた。

 

 

さらに頭を悩ませる事態が起きた…。

 

 

この日、アリサ、ソーマ、エリックと共に防衛班のタツミらと共に、防壁に群がり始めたアラガミの掃討作戦に入ることになった。

「やぁ、君が二人目の新型君かな?僕はエリック、エリック・デア=フォーゲルヴァイデ。君も…」

「あなたが誰だなんてどうでもいいです。さっさと今日の任務を片付けてしまいましょう」

「へ…」

早速自己紹介をしてきたエリックに対しても、不遜な態度を変えなかった。完全にエリックを邪魔者扱いし、アリサは神機を閉まったケースを持って車に乗ってしまう。

「ふ、な…なかなか癖のある新人君のようだね」

顔を引きつらせながらも、エリックは本人曰く、貴族らしく寛大な心を大事にするためもあって、アリサの態度に対して不満を露にしようとはしなかった。…ぜんぜん平気そうに見えないのが気になるが。癖があるという点ではエリックも変わらないと思うが、現時点で彼の方がアリサの何倍も親しみ深さがあるのでマシだろう。

「……行くぞ。乗れ」

ソーマはユウに乗るように言うと、運転席に座る。あれからアリサとは一言も話していない。というか、最初から全く会話しようとしなかった。ソーマ自身、彼女と話なんてしたくないのだろう。

「…それにしても、極東に来てもまた防衛任務ですか…つまらなかったですね」

走行中、アリサがつまらなそうに呟く。

「嫌なのかい?」

エリックからの問いに当たり前だといわんばかりにアリサは続けた。

「防衛任務はロシア支部にいた頃からうんざりしてましたから」

「…ふう…アリサ、防衛任務も立派な任務だよ。僕たちの帰る家を守るためのね」

ユウも口を挟んで大事なことだという念押しを図ってみる。

「それについては否定しません。でも、そんなのは防衛班の方々に任せてしまえばいいじゃないですか。私はあくまで壁外での討伐任務を希望していたのに…人の希望を聞かないんですね」

(聞いてないのは誰だよ…)

アリサに対して心の中で突っ込みを入れていると、防壁に到着し、現場で先に待機していた防衛班メンバーたちと合流した。

「よぉ、期待の新人もいるようで頼もしいな!」

到着し、4人が車を降りると、防衛班メンバーたちが出迎えてきた。

「ソーマとエリックはもう知り合ってはいるが、そっちの二人とはまだあんまし会話してなかったな。

俺は大森タツミ。防衛班班長、および第二部隊の隊長をやってる者だ」

「第二部隊所属のブレンダン・バーデルだ」

「だ、台場カノンと申します!同じく第二部隊です。よ、よろしくお願いします!」

自己紹介をされて、ユウはこの人たちとはまだあまり話していなかったことに気づいた。ドラゴードが出現した際は同じ現場にいたのだが、

「お前さんが神薙ユウだな。リンドウさんから聞いてるぜ。『なかなか将来性のある奴が来た』ってさ」

「そ、そうでしょうか?僕なんて皆さんに比べたらまだ経験不足ですし」

それに元をたどれば自分はフェンリルに反目していた。今こうして期待を寄せられると、嬉しくないわけではないがちょっと気まずい思いを抱かされる。

「そっちとは初めて会うな。俺は第3部隊のカレル・シュナイダーだ」

「同じくジーナ・ディキンソンよ。よろしく…」

第3部隊のメンバーたちは、ユウとは会ったことがあるがアリサとは始めて会話をすることとなるので、彼女に向けてとりあえずの自己紹介をした。

「…?どうしたシュン、自己紹介は?」

が、シュンだけはすぐにそれをしなかった。恐らく、ユウの姿が目に入ったからだろう。以前のいざこざもあって、今の彼にとってユウはむかつく生意気な後輩というイメージが定着しつつあったのだろう。

「…ち、小川シュンだ!

いいか、前にも言ったがてめえ!新型持ってるからって調子に乗んなよな」

アリサに向けて、未だ未熟な癖にお高くとまろうとしている感が丸出しの先輩風を吹かせながら彼は怒鳴り散らした。

「あなたちこそ、長いだけのキャリアを盾にしないでくださいよ?」

今の台詞は、この場にいる自分以外の全員に向けたものだった。それに対して、第二部隊メンバーは絶句、カレルもイラつきを覚えて目を細めた。

「それに神薙さんでしたか。あなたなんかに目をかけるなんて、雨宮隊長には人を見る目が無いみたいですね」

さらにはユウを評価したリンドウに対する陰口を堂々と言ってのける。自分が馬鹿にされたこと異常に、自分を評価してくれたリンドウを馬鹿にしたことの方に、ユウはアリサに対してカチンと来る。

「…新型ってのはどいつもこいつも生意気な口ばっか聞きやがるんだな…よーくわかったぜ!」

露骨に舌打ちし、アリサをギロリと睨みつける。アリサはシュンから向けられる視線を無視し続けた。

「はぁ…」

ユウはため息を漏らす。またこれか。いい加減この態度を改めてくれないだろうか。

「あーはいはい!皆注目!今作戦の概要を説明するぞ」

これ以上場の空気がギスギスすると任務に支障が出ると考えたタツミが、作戦についての話をするためにみんなに向けて呼びかける。シュンも作戦概要と聞いて、アリサへのガン飛ばしを止めた。

「今回は防壁に張り付き始めているアラガミを掃討する。前線は俺・ブレンダン・ソーマ。中衛はユウ・シュン・アリサ。

後衛はジーナとカノン、そしてカレルで行う。

ユウと、アリサ…だったな。まだ新人のお前さんたちは大物は相手にするな。そっちは俺たちに任せてくれ。

今、『ヴァジュラ』も一匹寄り付いてるからな」

「ヴァジュラ…」

ユウとコウタは、アリサも極東に来てからは、サカキ博士からの講義を受けるようになった。そのときにヴァジュラのことも聞いているし、実際に遭遇した。大型種の中でも特に相手になることが多いと考えられる、虎の姿をした大型アラガミ。無論大型種だから神機使いになりたてのユウにはきつい相手だ。

「了解しました」

ユウは返事をしたが、アリサは無言だった。それを見て、ユウは彼女がまた何かやらかすのではと懸念した。

「うまく連携してここを守り抜くぞ」

ユウの不安など露知らず、タツミは皆に向けて気合の一言をいれる。

そしていざ防衛任務は始まったのだが…またしてもアリサは独断専行したのだ。

「どいてください」

「ちょ、おま…!」

「っ!」

ちょうどそのとき、オウガテイルを相手にしていたタツミとジーナを突き飛ばす。抗議を入れようとした彼を無視し、迫り来ていたオウガテイルを縦一直線に切り落とした。さらには、二次の方角でコンゴウの相手をしていたブレンダンとシュン、エリックのほうに向けて、神機を銃形態に切り替える。

「っ!ブレンダンさん、シュン!エリック!避けて!」

いやな予感がして、ユウがとっさに三人に呼びかける。彼の声を聞き、二人はユウの方を見ると、その呼びかけの意味を理解した。アリサが銃を向けていたのを見て、ブレンダンとシュンは慌てて避けた。

「ひええええええええ!!」

が、反応が遅れたエリックはアリサの銃撃の爆風に煽られ、飛ばされてしまう。

「エリック!」

「て、てめえ何しやがる!!」

無論、沸点の低いシュンがキレない訳がなかった。案の定アリサに食って掛かろうとしたが、アリサは構わずシュンたちが戦っていたコンゴウに向け、神機を捕食形態に切り替えた。

「…いただきます」

がぶり!と彼女の神機がコンゴウの頭を砕く勢いで食らいつく。頭を食いちぎられ、そのコンゴウは倒れて事切れてしまった。

コンゴウを食らうと、アリサの体がわずかに光をともす。

『バーストモード』。接近型神機は生きた状態のアラガミを捕食形態で攻撃し食らわせると、そのアラガミのオラクルを吸収し、一時的に持ち主を一定時間の間のみのパワーアップの恩恵を与える。

バーストしたアリサはさらに動きを高めた。地を蹴って、今度はソーマ、カレル、カノンが相手にしていたアラガミと。

そのアラガミは…なんとヴァジュラだった。すでにカノンとカレルの銃撃、そして前衛であるソーマの銃撃で結合崩壊を起こしていたが、アリサは彼らを跳ね除け飛び出して行く。

「おい!そいつは…」

俺の得物だ。カレルの言葉など聞こえていない。その赤く染まった刀身を振り下ろし、ヴァジュラに深い傷を負わせる。ヴァジュラはすでにソーマたちとの戦闘でボロボロなこともあって、反撃の気力も失っていた。

「…死んじゃえ。跡形も無く」

剣を振り下ろしながら、アリサはヴァジュラに言った。

すでにソーマたちの交戦でダメージを追っていたとはいえ、アリサはその言った地で大型アラガミのヴァジュラを見事しとめて見せた。

 

 

そこまでならまだよかった。そこからは、あまりに吐き気を催すほどの光景だった。

 

 

アリサはヴァジュラを生きたまま剣でブジュ!と血の吹き出る音を鳴らしながら、ヴァジュラの体を、『解体』し始めたのだ。

 

 

全身に、おびただしい血を浴びながら…。

 

 

「っ!」

「ひぃ…!」

絶句するタツミ。一度は、いつもの癖でアリサに構わず銃を撃ちそうになったカノンも、その気が失せるほどだった。両手で口を隠して青ざめている。ブレンダンはそれを見かね、自分の背中でその光景を遮る。

「うげ…!!」

「こいつ…」

一度は任務終了後に、アリサに文句を言ってやろうと考えていたシュンはもとより、カレルも白い目でアリサを見た。

「…ちょっと品性がないわね」

ジーナはアラガミを撃ち抜くことが趣味のようなタイプだが、そんな彼女もアリサを見てあまり良い感情を持てなかった。自分とどこか通じるものがあるとは思っていたが、あそこまで行くとなると、流石の彼女も許容し切れなかったようだ。

「だ、大丈夫エリック?」

「あ、ああ…華麗さ皆無な姿を見せてしまったね」

ユウは、爆風で叩きつけられたエリックに肩を貸す。エリックは先ほど吹っ飛んだ際の悲鳴が自分でもどこか情けない感じに聞こえるものだったこともあり、少し気恥ずかしそうにしていた。

「それにしても、アリサ君のあれは異常だ。華麗さのベクトルから完全に外れている」

サングラス越しにアリサの姿を見て、表情を不快な思いで険しく歪ませながらエリックはそう言った。ユウもアリサを見て、もはや不快感を覚えずにはいられなかった。

そのとき、ヴァジュラを解体するアリサの顔を見てユウはぞっとした。

アリサの表情が…。

 

(笑っている…!!?)

 

簡単に言えば、冷笑。相手を痛めつけて悦楽に浸る恐ろしい笑みだった。

もはや、そこに人類の守護者ゴッドイーターとしての姿はない。

そこにあるのは…まるで…

 

 

人の姿をしたアラガミのようだった。

 

 

『やはり、そうだ』

ふと、ユウの懐のポケットからタロウがわずかに顔を出してアリサを見る。

『あの戦い方は内に秘めた感情をそのまま敵にぶつけているようだ。あのままの戦い方を続けていれば、いずれ彼女自身の身を滅ぼすことになってしまう』

アリサの戦いを見るのはこれで三度目だが、ここでタロウは、アリサの戦い方に対する違和感に確信を抱いていた。

『内に秘めた感情?』

『恐らく……憎悪だ』

憎悪、それを聞いてユウはどこか納得できた気がした。このご時勢だ。アラガミに大切な人を奪われた人など大勢いる。もし神機を握れたら、その人の仇をとりたいとも思うだろう。かく言う自分も、そんな時期があったから理解はできる。できるのだが…。

『異常すぎる…』

『…ああ、いくらなんでも、まだ年端もいかない少女の姿とはとても思えん』

さすがのタロウもアリサの姿に完全に引いてしまっていた。笑いながら相手を殺すゴッドイーターだなんて…。

「…」

ソーマは神機を担いでそのまま防壁の方へ行く。

チームワーク完全無視、それでいてヴァジュラに対する異常すぎる解体作業。ミッション成功、勝利の喜びなど全く無く、アリサのことについては不安ばかりが増す。そしてその不安は的中する。

 

 

 

次の日から、ユウ宛にメールが良く届くようになった。

「はぁ…またか」

メールを閲覧した途端、うんざりしきった様子でユウは肩を落とした。

「なんだ?メールが来たのか。む…」

妙に肩を落とした様子の彼が気になり、肩に乗る形で姿を見せたタロウがメールを見てくる。読み上げた途端、タロウもげんなりとした様子を見せる。

メールの内容は、いずれもアリサがらみのクレームのようなものだった。しかも総数は『数十件』にも上っていた。特にシュンとカレルからのメールが酷い。

いずれも、「あの生意気な態度をどうにかしろ」「あいつとのミッションなんかもうご免だ」といった内容だ。

「大丈夫かな…こんなんで」

「こういったことはなるようになるしかあるまい。何時の時代でも、彼女のような人間はどうしても出てしまう」

「そうだけど、それでもやっぱり不安に思わざるを得ないよ」

リンドウの話にあった、アリサのメディカルケア。精神面に関してアリサ自身も難がある。でも、精神的に問題があると診断されても、どの道彼女が他人との折り合いが悪いことに変わりない。

すると、タロウは口調に重みを乗せながら言葉を発した。

「…ユウ、この世界は我々が現役だった頃と比べ、過酷な上に狂っている。だから私も含め、誰しも心に余裕を持てない者や、彼女のように己自身しか見つめていない者もいることだろう。しかし、だからこそ君が覚えておかなければならないことがある。

これは私の兄の受け売りなのだが…」

 

 

「優しさを失わないでくれ。

弱い者を労わり、互いに助け合い、どこの国の人たちとも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ。

例えその気持ちが、何百回裏切られようと。

それが我々ウルトラ戦士の、変わらぬ願いだ」

 

 

先人からの切なる願いが、その短い言葉の中に詰まっていた。

「我々ウルトラマンも防衛任務に就いたときは、人間の姿を借りるか、人間と一体化しなければならなくなる。当然異星人である我々や、我々と一体化したことで超人的な力を得た者たちが地球人との間に衝突が起きたり溝が起きることがあった。時には悪しき心を持った人間のせいで絶望し使命を忘れかけたこともあった。

しかし、それでも人々に安息のときを取り戻すためにも、澄み渡るような心を忘れてはならないのだ。

君が、ゴッドイーターとなり、ウルトラマンの力を得たことがきっかけで、再び自分の夢を見つめることができたように」

「タロウ…」

 

 

 

優しさを失うな…か。簡単に言うが、本当にできるのだろうか。

ユウは留守をタロウに任せて部屋を出ると、懐からギンガスパークを出す。

(ギンガ…あなたはどう思う?)

もし自分という変身者がいなくても、ギンガならアリサに対して何かためになるようなことをしてくれるだろうか。しかし、ギンガはタロウと違って、ユウに語りかけることはほとんどなかった。あとは自分で考えてみてくれ、ということなのだろうか。

…考えても仕方がない。喉が乾いたこともあり、廊下の自販機から何かドリンクを買いに出ると、リンドウと出くわした。

「リンドウさん?」

「よぉ。今日もアリサの奴ともめたみたいだな」

リンドウはコインを自販機に入れると、二回ほどボタンを押し、二本のドリンクを取り出し口から出した。

「ほら、飲めよ」

「…すいません、いただきます」

ユウは遠慮せず、それを受け取る。

「…あの子なんだけどな、どうも訳ありらしい」

「訳あり?」

「姉上情報だが、精神が不安定らしくてな。メンタルケアを定期的に受けてんだ」

「メンタルケア…?」

そう聞いてユウは目の色を変えた。

「まぁこんなご時世、お前も含めていろんな悲劇を背負ってる奴はいる。お前もそうだったからフェンリルを白い目で見ててたんだろ?」

「……はい」

否定なんてできない。親の顔も覚えておらず、最近は妹の顔さえも記憶の中から霞み始めた。だが、アラガミに家族を奪われたことは今でも覚えている。そんな家族を救えなかったフェンリルに当り散らしていた。

アリサも、同じなのだろうか。だからあの時、ヴァジュラをあんなおぞましい形で…。

「けどま、失った痛みは一人で抱えこまねぇ方がいい。寧ろ誰かに吐き出して痛みを分かち合うのがいい。その方がずっと気楽だと俺は考える」

頭上に顔を上げ、遠い目で空を見上げるリンドウ。一見飄々としている彼自身にも、何か引きずり続けている痛みがあるのだろう。

「…同じ新型のよしみだ。あの子の力になってやってくれ」

…アリサのあの態度にカリカリしすぎていたかもしれない。彼女だって別に好きであんな態度をとるキャラに育ったわけではないはずだ。でもタロウに続いてリンドウのおかげで、少し頭の疲れが取れた気がした。

「…期待はしないでくださいよ?」

そこまで言われると何もしないわけにもいかないが、だからといって何かが解決するわけでもないので、ユウはそう答えた。

「おいおい、そこは『任せてください!』って主人公っぽく言ってくれると、おじさん安心するぞ」

「まだ20代でしょう…」

「それによ、場合によっちゃ、アリサがいい子になってくれて、お前さんの彼女になってくれるかも知れねぇぜ?」

「馬鹿言わないでくださいよ…」

恋愛沙汰に発展したらしたで面倒な気がする。ユウは今ゴッドイーターとして真面目に働き始めた身だ。異性とお付き合いする気なんて起こしようが無いのが彼の見解だった。

でも、優しさを失うな…か。

リンドウがまさにそれを実行しているのを見て、ユウはリンドウの器の大きさと己のメンタル面に関する未熟さ、そしていずれ自分もこの人のように大きな存在となりたいと思うようになった。

 

 

 

極東地域には、アラガミが世界中に出現するようになってから異常な状態となった地域が数多くある。

この、『煉獄の地下街』と呼ばれる場所もそのひとつだ。地下に広がるその場所は、かつては地下鉄とそこに隣接する地下市場が広がっていたのだが、アラガミの影響もあってか、『煉獄』にふさわしいマグマの海が広がっていたのだ。付近には廃棄された電車が転がっており、もう二度とこの場所が栄えることが無いことを物語らせている。

その場所に、一つの人影が車両の積みあがった壁の近くにうずくまっていた。

アリサによって目を潰されたマグマ星人マグニスだ。

「ち、ちくしょうがぁ…」

あの日から、逃亡したマグニスは、目元を押さえていた。アリサの銃撃で破裂させられた目にはガーゼと眼帯が押さえつけられているが、ガーゼの上からも血が染み込んでいる。

「あの小娘、今に見ていろよ…」

脳裏に映る、あの生意気な目つきをした小娘を…アリサを思い出し、憎悪を滾らせながらマグニスは歯軋りした。

マグマ星人の戦士として、あのような下等種族のガキにいいようにされるなどあってはならない。故に必ず報復しなければならない。それも、あいつが生きていることさえ後悔するほどの屈辱と絶望を味あわせなければ。

「OUCH!見るからに痛そうな姿だなぁその怪我はよ!」

すると、怪我の痛みを堪えるマグニスの前に、奇怪な動きをとる怪人が姿を見せた。

「…何の用だ貴様。俺様の今の姿を笑いに来やがったのか?」

「んだよぉ。MeとYouは同じ『エージェント』のFriendだろう?」

顔を上げて目の前に現れた者の姿を拝見する。そこに現れたのは、金色のマスクに赤い目を持つ黒い怪人だった。

「そろいも揃って俺に面倒ごとを押し付けやがって、Friendとはよく言ったもんだな…」

「Oh、ご機嫌NANAME45度って奴~?」

なにやら奇妙かつ奇怪な動き。相手を小馬鹿にしているようなダンスを踊っているようにも見え、マグニスはイライラしていく。この二人は仲間同士らしいが、どうにも折り合いが悪い関係にあるようだ。

「……」

「そうカリカリすんなよ。ちょっといい作戦をThinkingしたのさ。この作戦がうまくいけば…Mr.マグニス、ウルトラマンギンガとあの小娘の両方にRevengeできるぜぇ?それも最も苦痛を与える形の奴を…」

自分の邪魔をしたあの二人への復讐ができる。その言葉が引き金となったのか、マグニスは耳を傾けた。

「…ふん、じゃあとりあえず聞いておいてやるよ」

我ながら現金だとは思うが、どちらにせよ彼にとってウルトラマンは排除すべき敵という認識は拭えない。耳を傾けることにした。

「実はよぉ、この極東エリアに『VeryStrongなアラガミちゃん』が接近中とのことだぜぇ」

「…ほぉ?」

こいつは読めないところもツッコミ所も満載な奴だが、油断ならない奴でもある。そんな奴が注目するだけのアラガミ。嫌にも気にしてしまう。

「そいつを強力な怪獣とFusionさせちまえば、きっとGreetでMoreStrongなMonsterの完成。どうよ?そそるだろぉ?」

「貴様情報というのが気に食わんが…そのアラガミとやらを教えてもらおうか?」

「へへ。そいつはな…」

その怪人…『宇宙海人バルキー星人・バキ』はマグニスの耳元で、彼の知りたがっている情報を囁いた。




NORN DATA BASE

・宇宙海人バルキー星人・バキ
原作「ウルトラマンギンガ」に登場したバルキー星人本人。英語を混じらせた台詞と怪しい動きは健在。最初はキルバと名づけようとも考えたが、「大怪獣ラッシュ」で同じ名前の奴がいたので、とある漫画のタイトルから名づけてみた。…読んだことないが。
彼の語る『VeryStrongなアラガミ』とは…?


・「優しさを失わないでくれ」
『ウルトラマンA』最終回にて、ウルトラ兄弟5番目の戦士ウルトラマンエースがヤプールを倒し地球を去った際、子供たちやTACに対して残した言葉。数十年経った今でもその言葉はファンの間でも語り継がれている。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アリサとユウ、そしてタロウ

長く待っていた方、2ヶ月近くも待たせてしまい、ごめんなさい!
他に主に書いてる小説があり、この小説は優先順位は低い方なので、どうかご了承ください。

また、今回の話は「ウルトラマンタロウ最終回」のネタバレが含まれています。…今更かな?


それ以前に、うまくかけてるのか、我ながら心配…
まだ敵勢力の相関図とか設定もうまくなり多々仕切れていませんから不安が残ったままです。




アナグラから北の方角に位置する山岳地帯。その上空を飛ぶ一機の飛行機があった。船体にフェンリルのマークがあることから、

その飛行機の中に、ヨハネス支部長がいた。空の下に広がる景色を、遠い目で見下ろしていた。

かつてはこの辺りも、小さな町や村などがあったことだろう。だが今では、そんな場所も木々さえも生えてこない荒野に変わっており、かつて人間が築き上げた建物などは瓦礫の山と化していた。

数十年前は、ここも自然が生い茂っていたはずの場所。それが跡形もなく…。

そして、残り少ない『食い物』を求め、アラガミたちがその辺りをうろついている。地球をこれだけ食い荒らしたというのに、まだ食い足りないというのか、あの似非神共は。

ヨハネスはまるでゴミや害虫を見ているような冷たい視線で、地上にいるアラガミを見下ろした。

「支部長、そろそろ目的地に到着と思われ…あれは!」

ふと、パイロットから目的地へ猛すぐ到着するとの報告があったが、その際にパイロットが驚きの声を漏らしてきた。

「ん?どうかしたのかい?」

「いえ、その…信じられません」

パイロットは狼狽えたままだ。一体何を見たのだろう。まさか、アラガミか?

一応、第1~3部隊以外の残存する部隊からゴッドイーターを護衛として連れてきている。対処は難しくはないはずだが、パイロットが次に言った言葉はアラガミに因んだものではなかった。

「目的地の周辺に…自然が色濃く残っています!」

「なんだと?」

ヨハネスは再度地上を見下ろす。

それは彼でさえも驚く光景だった。

 

20年前までは確かに存在し、現在の地球では完全に失われたはずの…。

 

今の人類なら誰しもが望むであろう景色が…

 

 

 

 

緑に覆われた大自然がそこにあった。

 

 

 

 

 

オラクル細胞。それはあらゆる物質を食らい、その特徴を取り込んでいく神の…いや、悪魔の細胞と呼ぶべき魔の代物。

それを破壊できるものは、同じオラクル細胞を持つ存在だけ。

 

本当なら触れたくもないし、知りたくもない力を…

忌まわしきその力を、私は己の体に取り込みました。

 

 

全ては6年前のあの時…

 

 

 

私の両親を奪った、あの憎きアラガミを

 

 

 

パパとママが味わった痛みを

 

 

 

奴の体に徹底的に叩き込んでから

 

 

 

肉塊に変えるために…!!!

 

 

 

 

 

 

アリサは、入隊してから日々の任務で確かに好成績を収めていたのは確かだ。中型種も手玉に取りながら、たやすく撃破していった。

しかし、この日も彼女は単独で任務に当たっていた。当然のことといえるだろう。彼女は確かに優秀だが、仲間を完全に蔑ろにした行動と言動が目立ちすぎていたのだ。

『新型の癖に』『新人の癖に生意気』。アリサを見ると、従来のゴッドイーターたちはすぐにそういうのが日常茶飯事となりつつあった。

しかしアリサは全く気に留めていなかった。本人にとって他人からの評価も、そもそも他のゴッドイーターたちの存在などどうでもよかったのだ。

 

 

つまらない。アリサは赴任してから難易度の低い任務に付かされ辟易していた。自分はかつて大型種のヴァジュラを単独で撃破した事だってあるし、この前も同種をこの手で狩ってやった。なのに、あの雨宮ツバキとかいう女は、自分にこの程度の任務しかさせてくれないのだ。

もっと高難易度の任務をやらせて欲しいと抗議を入れても「お前にはまだ不安要素がある」の一点張りだ。

きっと彼女には人を見る目がないのだ。アリサはツバキのことをそう断じていた。昔は歴戦のゴッドイーターだったらしいが、今となっては戦うこともできない廃品じゃないか。しかも彼女の教え子たちはどいつもこいつも…

 

 

 

「なぁサクヤ、配給のビール余ってるか?」

「またぁ?私の分まで飲み干すつもり?」

「この前のデートの相手がなかなか手ごわい奴で疲れちまったんだよ。一本だけでいいから…お願い!」

「まったく、大人なのか子供なのかわからないわね…」

第1部隊の隊長と副隊長。ビールの配分で揉める。

 

 

 

「なぁヒバリちゃん。今度デートに行こうよ、な?」

「すみません、まだ溜まっている仕事があるので」

「そ、そう…じゃあ、また今度ね?」

第2部隊隊長の場合、軽口を叩いてデートに誘っては断られる。

 

 

 

「………」

「何してるんですか?」

「すまない、今は話しかけないでくれ。精神統一中なんだ。『ザゼン』というらしい」

(この人が座ってるそこ、出撃ゲートの前なのに…)

第2部隊の堅物バスターブレード使いの場合、集中力を高めるためという名目で、意味不明なポーズを取って周囲を困惑させる。

 

 

 

「「どわああああああああ!!?」」

「あはははは!!痛かったの!?ねぇ!?」

カチッ…(弾切れの音)

「こんなときに弾切れ…クソッ!」

第2部隊の、普段はのほほんとした桃髪ブラスト神機使いは、豹変しては斜線上に味方がいるのに、遠慮なく発砲しまくり。

 

 

 

「おいカレル!あいつは俺の獲物だって言ってただろうが!途中で横取りしてんじゃねえ!」

「何言ってやがる。横取りされる隙を作るのが悪いだろうが」

「あんだとぉ!?あ…てめえまさか、お前から借りた金を返させない状況作って、俺に利息を求める魂胆じゃ…」

「被害妄想を抱く暇があるなら目の前のオウガテイル一匹狩って来い。マジで利息をつけるぞ」

「だあああああもう!ほんとむかつくなてめえは!」

第3部隊の二人組の場合、無駄な金銭トラブルばかり起こす。

残ったもう一人はまさにトリガーハッピーな人。

 

 

 

問題児だらけじゃないか。こんな部隊でよくもまぁ、このアナグラを守り抜いてこられたものだ、見るたびに辟易させられる。

 

でも、それでも自分なりに真面目に任務に赴く。だって、教えてくれたから。

 

アラガミを殺して、殺して…殺し尽くせば…

 

天国にいるパパとママが喜んでくれるから。

 

あの人が、そう教えてくれたから。

 

だから…憎いアラガミを…オラクル細胞をこの身に宿したのだ。

 

 

 

 

アリサの赤く燃え上がる神機『アヴェンジャー』の刃が、彼女に食らいつこうと飛び掛ってきたオウガテイルを正面から真っ二つに切り落とす。アリサはすかさず神機を銃形態『レイジングロア』に切り替え、宙を漂うザイゴードの群れを撃ち抜いていった。

「…ふよふよ浮いて…うっとおしい…!」

宙には7体ほどがアリサを狙ってうようよしていたが、一匹残らず爆発した。

「これで、ノルマのアラガミは全部…」

残ったアラガミたちの遺体からコアを回収し、これでこの日の仕事は完了した。早く戻って、体の調子でも見てもらうとしようか。

「こちらアリサ・アミエーラです。任務は終わりました」

『あの、アリサさん…まだそちらの方に中型アラガミがいます。反応からすると、コンゴウとグボロの群れです。ユウさんとコウタさんが交戦中、援護に向かってください』

「お断りします。もう私のノルマは達成しました」

『ですが、現場には極東支部への入居を希望した被害者も取り残されている。すぐ援護に向かわれないと危険です!』

「その程度の敵に負けるその人たちが悪いんです。寧ろ、足手纏いがいない分、フェンリルの負担も軽くなっていいじゃないですか」

『アリサさん…ッ!』

自分の仕事を達成した以上、自分が出る気はない。それどころか、戦果を上げない仲間は寧ろ死んだ方が役に立つ、そう言っている用にも聞こえる言い回しだった。

あまりに勝手な言い分を告げるアリサに、通信先にいるヒバリも、普段の温厚さを消して怒りを露にしたくなった。たまにムカッとする同僚はいるのだが、ヒバリは常に冷静に対応するのだが、こんなアリサのように露骨すぎるタイプは初めてだった。

ヒバリの思いなど露も感じようとせず、さっさと帰ろうと思って、アナグラの方へせっせと歩き去ろうとした時だった。

『アリサさん!』

「え…?」

通信機からヒバリの悲鳴のような叫び声が轟く。瞬間、アリサの背後に積みあがっていた瓦礫がしぶきを上げるように跳ね上がる。

そこから現れたのは、数体のコクーンメイデンと、コンゴウ。

まだ残っていたのか。こいつらは今回の討伐対象として報告を受けていなかったはずだ。でも、自分を狙ってくるのなら…相応の報いを与えてやる。

 

大好きだったパパとママの分も込めて。

 

銃形態のまま、銃口を向けるアリサ。

しかし…ここで予想外なことが起きた。

 

 

カチッ…

 

 

「え…?」

弾が、出ない。不運なことに、このときにアリサの神機に溜め込まれたオラクルが切れてしまっていたのだ。なら剣で切り裂いて…いや、だめだ。すでにコンゴウが拳を振りかざしてきている。

アリサは直ちに装甲を展開し、コンゴウの攻撃に備えようとした。

しかしその直後、数初の弾丸がコンゴウの顔に被弾、コンゴウの顔が爆発の中に包まれた。コンゴウは怯み、周囲のコクーンメイデンたちも自分たちのリーダーだったのか、コンゴウが不意打ちを食らったことでアリサに仕掛けようとしていた砲撃を中断する。その隙を突いて、メイデンたちに向けて弾丸の嵐が降り注ぐ。

「でやああああああ!!」

気合いの雄叫びを轟かせ、ユウは目の前のアラガミ…コンゴウ

に向けて、神機の剣先を向ける。それはほぼ瞬間的なものだった。彼の神機は捕食形態に変形し、コンゴウに向かって頭からかじりつき、そのままコンゴウの体を頭から真っ二つに切り裂くように食いちぎり、コアもその際に取り込んだ。

「コウタ!」

ユウは後から着いてきたコウタに向けて叫ぶ。

「おっしゃ!任せろ!」

ジャキッ!と銃口を構え、コウタはユウの呼びかけに応え、アリサを襲おうとしたコクーンメイデンたちに向けれ乱射する。

「グオォォォ…」

名前の由来である『処女』という言葉とは程遠い、野太い断末魔を挙げながら、コクーンメイデンたちも全滅した。

「ヒバリちゃん、残りのアラガミの反応はある?」

すぐさま、ユウは残存する敵がいないかヒバリに連絡を入れる。

『あ、はい。今のグループが最後のアラガミです。お疲れ様でした』

「っしゃあ!やったなユウ!」

「うん。今日も生き残れたね」

今度こそ任務終了。ユウとコウタは互いにバシン!とハイタッチした。

「そうだ。アリサ、怪我は?」

ユウはアリサに近寄り、怪我がないかを尋ねてきた。

「…ありません。この程度で負傷するほど鍛えていませんから」

「そっか…よかった。さ、帰ろうか」

静かに、それでいて強気で言い返した。若干棘のある感じだったが、とりあえず無事だったようなのでユウはほっとした。

「だな。さってと…困ったな…。ノゾミに語る俺の伝説がまた一つ増えちまったぜ」

「ええ~?あれで伝説~?」

わざとかっこつけて悩むふりをするコウタに、ユウがいたずらっぽく茶化した。

「おーいユウ…そこは乗ってあげるのが優しさだろ~?

そういや、今日はウルトラマンは来なかったな」

「そりゃ、あのくらいで倒せるアラガミにウルトラマンがいちいち出撃していたらキリがないよ。それに、まずは僕たちの方で頑張らなくちゃ」

「そっか…そうだよな。まずは俺たちの方で頑張ってこそだもんな」

「……」

雑談しながらアナグラの方へ帰っていく二人の背を、アリサは若干睨みつけているようにも見える鋭い視線で見つめていた。

「そうだ。アリサ、今から帰りついでにコウタの家によるんだけど、君は?」

「先に帰らせてもらいます」

振り返ってきたユウが、アリサに尋ねるが、そっけなく即答された。

「あ、そう…気をつけてね」

とりあえず手を振って見送るユウを、アリサは無視して去っていった。

 

神薙ユウ…自分と同じ、極東の新型神機使い。

アリサは、ユウのことを高く評価していなかった。自分と同じ新型のくせに、その誇りとかプライドが感じられなかった。新型として選ばれた以上、相応の態度と行動を示すべきじゃないのか。なのに、あのコウタとか言う、見るからに足を引っ張るタイプにしか見えない旧型と馴れ馴れしく会話したりと…。

彼は自分がここに赴任してから幾度か共にミッションに同行することがあった。

赴任してすぐの任務から続き、ヴァジュラを惨殺したあの防衛任務のせいで誰もアリサと関わりを持とうとしなかった。だけどユウだけは、気遣いの言葉を自分にも向けてくる。

任務中はそれなりに緊張感と責任感のある顔を浮かべ、真面目に任務に取り組んではいる。しかしそれ以外はそうは見えなかった。任務が終わった途端、怪我はない?どこか体の調子が悪いところは?そんな聞くまでもないことを尋ねては、馴れ馴れしく話しかけてくる。今だってあのコウタとかいう奴とへらへらと話していて、新型としての自覚が欠けているようにしか見えなかった。

 

 

 

バァン!!

訓練スペースにて、擬似アラガミと交戦するアリサ。

自分の両親は、アラガミに殺された。その消したくても消せない憎しみの記憶を神機に込めて、擬似アラガミのオウガテイルを切り裂く。

今回の訓練は制限時間までの間にどれだけの擬似オウガテイルを倒せるかが目標。制限時間は、3分。

ホログラムで再現された廃都市、自分の周囲にオウガテイルが再現される。

『用意はいい?それじゃ…始め!』

訓練スペースの窓の向こうにいる、の声が聞こえる。始め、の言葉と同時に、擬似オウガテイルたちが襲い掛かってきた。

「ふ!」

まず正面の擬似テイルを切り裂き、他のテイルたちがアリサに飛び掛る前に彼女はたった今切ったテイルを踏み越えて高くジャンプし、壁に足をつける。刃先を床の上の敵に向け捕食形態を展開、壁を蹴って一気に突進、そのままもう一体、飛び掛ると同時に神機でテイルをもう一体食らう。

敵のオラクルを取り込み、アリサはバーストモードに突入する。

すぐに振り向き、取り込んだオラクルによって生成された弾丸を放った。

アリサが今発射した弾丸は、『アラガミバレット』と呼ばれている。近接タイプの神機を扱うゴッドイーターがアラガミを捕食しそのオラクルを取り込んだ際、神機がそのオラクルを瞬時に解析し、弾丸として変換したものだ。

ちなみに今の弾丸の名前は『雀蜂』。オウガテイルのオラクルから生成された蜂の針のような棘を飛ばすものだ。

一度に数発分もの針が飛び、残ったオウガテイルたちを串刺しにし、貫かれたテイルたちはオラクルの液体となって消滅した。

それからアリサは、擬似アラガミたちを切り倒し続けた。

だが、その戦い方は敵を屠るという意味ではそれでよかったのかもしれないが、まるで猛獣を食らう猛獣のようであった。

「がああああ!!」

憎しみをそのままぶつけるような、激情に駆られた攻撃を繰り出し続け、彼女は荒々しくも着実に討伐数を増やしていく。

 

そして、制限時間3分をきった。

 

『はいそこまで!』

リッカの終了宣言と共に、訓練は終了した。全ての擬似アラガミたちが消滅し、アリサは帽子を被りなおした。

『討伐数は…13体。すごい数だね』

「これくらい当然です」

さもこれくらいできて当たり前のように言い切ってみせるアリサ。だが今回の記録は、彼女の中では新記録でもあった。

(この調子で…もっとたくさんのアラガミを…!)

しかし、直後に自分にとって信じられないことを耳にした。

『そうだね。同じ新型君のほうも…20体撃破しちゃったほどだし』

「え…?」

20…体?今彼女は20体と言ったのか?

それに、同じ新型君…そう考えて該当する人間といえば一人しかいない。

(私よりも、あのへらへらしてる人のほうが…!?)

そんなはずはない。だって自分は…選ばれた人間のはずだ。いくら自分と同じ新型だからってありえない。あんな人が…自分より優れている?考えただけで嫌になる。

『アリサ、そろそろ出ないと後がつかえちゃうよ?次に予約していた人がそろそろ来ちゃうからね』

「あ…」

スピーカー越しのリッカからの声にアリサは我に帰った。そうだ、もう訓練は終わっていたのだった。胸の中に何かがつかえた不快感があるが、今はとりあえずここから去ることとしよう。

 

 

悔しかった。自分の方がずっと優れたゴッドイーターだと思っていた。いや、今でも思っている。なぜなら自分は選ばれた人間…新型ゴッドイーターだから、それにふさわしい戦士となれるように日々勉学と訓練を頑張っている。

 

-----私より優れたゴッドイーターなんていません

 

いつぞや、一緒にここに赴任してきた大車に言った言葉だ。そこには絶対的な自信があった。

 

それなのに…

 

自分よりも、あんな優男の方が優れた結果を残したことが許せなかった。

それ以前にも自分はあの男の助けを結果として受けてしまった。

訓練スペースから去る際、アリサはぎゅっと拳を握った。

 

 

 

任務が終わって、むしゃくしゃしていたアリサは食事と気分転換のためにラウンジに来ていた。

アリサの来訪に、周囲の目が白くなる。ここにいる者たちも、彼女の態度にかなり辟易していたり、恐怖を抱いて近寄ろうとしなかったりと様々だ。だが対するアリサはこの人たちと要らない会話をするだけ無駄だと考えているため、無視した。

トレイに乗せた食事一式を置き、席に座ったときだった。

「やぁ」

「…あなたですか」

アリサは淡々としながらも、その目には強い対抗意識を宿して、目の前の席に座ったユウを睨みつけた。

「極東にはもう慣れた?」

ユウは席に座ると、アリサに一つ問いただしてきた。

「…あなたには関係ありません」

「関係ある。君は僕たちと同じ第1部隊の隊員だから」

「だから、あなたたちと馴れ合う気はありません」

「やれやれ…」

ユウはため息を漏らす。リンドウから彼女を託され、タロウからは優しさを失うなといわれたが、正直年頃の女の子相手にどうするべきか、そんなことはまともに考えたことがなかった。昔、まだ生きていた頃の妹との付き合いはあっても、あれは家族であった分、遠慮や配慮というものをさほど必要としなかったから、当時の対応の仕方は宛てにできない。

「ねぇ。アリサは、どうして周りと打ち解けるどころか、そこまで拒否しようとするんだ?」

「…急になんですか」

うっとおしげにアリサが問い返してきた。

「理由を聞きたいんだ。どうして…?」

「…しつこい人ですね」

「しつこくもなるよ。アリサがそこまで排他的すぎるとね」

「そうですか」

アリサはだからなんだ、と言いたげな言い回しで言葉を切ってしまう。だめだ…これじゃぜんぜん話が進まない。

(ここは思い切って尋ねてみるか…)

ユウ自身、この質問はあまりにデリカシーがないことくらいは分かる。でも、このままアリサのほかのゴッドイーターたちに対する態度をなんとかしなければならないと、後の任務の際にどんな支障をきたすか分かったものじゃない。それに、リンドウやタロウとも約束してしまった。

「もしかして…アリサは、アラガミに大切な人を奪われたことがあるの?」

「…!」

その一言で、アリサが反応を示してきた。それはよかったのだが、その反応の意味が触れたくない過去に触れてしまったことになるのでは?そんな不安をユウは抱いた。だが、ここで泊まってはならない。

「いやなことに触れたとは思う。だから、僕も君に話しておく。僕も、子供の頃に妹を亡くしててね…」

ユウの自身のトラウマに満ちた過去を明かす姿勢に、さっきまでやたらと無視する傾向にあったアリサがユウの目を見始めていた。

「思い出すと、怒りが沸くんだ。妹を殺したアラガミにも、そのアラガミに抗うこともできなかったあのときの無力な自分にも」

このご時勢だから、ユウの辛い過去など珍しくはないのだが、気が付けば、アリサはユウの話に聞き入っていた。

「私と同じなんですね」

「同じ?」

「私も、パパとママを奴らに殺されたんです」

「ご両親を…!」

自分から吹っかけたとはいえ、悪いことを聞いてしまった。リンドウから、アリサには精神面に問題があることを聞いていたが、両親が亡くなったことが関係していたのか。

「だから、私は新型ゴッドイーターに選ばれたとき、確信したんです。もうアラガミに怯える必要はない。新型神機を振るい、パパとママの仇を討つこと…それが全てにおいて優先される私の使命なんだと悟りました」

そのアクアブルーの目は、深遠のように深く、光が差し込んでいなかった。見ていると、ぞっとするものを覚える。けど、怯むわけに行かなかった。

「復讐…か。けどアリサ、新型であることとか、過去に大切な人を奪われたからって、仲間を蔑ろにすることは正しいことなのかい?」

「…旧型の人達にいちいち媚を売れと仰ってるのですか?」

「そんなことは言ってないよ。なんでそう悪い見方をするんだ?」

「新型として選ばれた私たちは、それにふさわしい応対を心がけ、新型の名に恥じない教養と力を備えるべきです。無論これは旧型の方々にも言えることです。けど…なんなんですかこの極東のゴッドイーターたちは。どの人も自覚が足りてない人ばかり…」

「確かに問題のある人はいる。けど、僕は個性的で悪くないと思うよ」

実際コウタは話してて面白い。エリックも少し絡みづらいが妹思いのよき兄ということで、自分とどこか精通する部分がある。リンドウは飄々としているように見えるが、周囲から敬遠されがちなアリサやソーマに対しても、隊長としてしっかり見捨てずにいるし、自分に大切なことを一つ教えてくれた人だ。

「そういうあなたも、ずいぶん暢気なことを言うんですね。新型としての自覚を持ったらどうなんですか?」

「…」

どうもアリサは新型だからという理由で、プライドを高めすぎているように見えた。それと同時に…アラガミに対する憎悪を強めすぎている。

「あの日の任務で、みんなを無視してヴァジュラをあんなに酷く惨殺したあのときの君は…正直目も当てられなかった」

「…何が言いたいんです?はっきり言ったらどうなんですか?」

アリサは、ユウが遠回しに何かを伝えようとしていることを察した。

「僕と君は、互いに大切なものを奪われてしまった間柄だ。でも、僕は君のように復讐するためだけに戦うことを認めるわけにいかない」

「な…ッ!」

ユウの口からそれを聞いたアリサは、信じられないと声を上げそうになるくらい動揺した。

「それは…本気で言ってるんですか…!?あなたは…アラガミが憎いんじゃないんですか!?だって…あなたも…」

ヒステリックにも近い声でアリサは声を上げた。その大きな声で、周囲の人間たちがアリサとユウの二人に注目した。

「…そう、憎かった。アラガミも…妹や他のたくさんの人たちを見捨ててきたフェンリルもすごく憎かった」

「だったらなぜ…!?」

アリサは理解できなかった。アラガミどころか、フェンリルさえも彼は憎かったと言っている。なのに、なぜ憎しみを抱いて戦うことを否定してくるのだ、この男は。

「憎しみは、人の心を傲慢にさせる。僕はそれをある人から教えてもらったんだ。実際、僕はその傲慢さを抱いたせいで、ある失敗を犯したことがあるんだ」

直接的な表現はしなかった。

自分は、鎮魂の廃寺にてウルトラマンの力を得た。それは望んで得た力ではなかったが、妹を始めとした、防壁外で暮らす数多くの人達を見捨て続けてきたフェンリルに対する負の感情と、ゴッドイーター以上の力を得たという事実が、自分に力を貸してくれたギンガの意思を蔑ろにしてしまった。結果、本当ならもっと早い内に倒せたドラゴードを、ギンガから変身を拒絶されたことで、戦わずして取り逃がすという失敗を犯した。たとえあの頃のユウは戦い始めたばかりの時期だったにせよ、本当なら誰も傷つかないうちに守ることができたかもしれなかった。

その後に出会ったタロウの言葉。

彼の言葉がなければ今でもユウは、人一人を助けに行くことも保護することも、資源の限界などの問題で余裕ではないフェンリルの事情を知ることもなく、己の被害者意識から来る傲慢さを捨てることができずにいたかもしれない。

だからアリサには、辿って欲しくなかった。自分がウルトラマンの力を手に入れたことで傲慢さを爆発させたように、『新型神機』という力を得たことをきっかけに自分の傲慢さをさらけ出した果てに、何かしら悪い形で彼女の身に災いが降りかかることは避けなければならない。

「僕は、もう憎しみとか…そんなので戦わないことにしたんだ。今の僕の願いは…」

 

自分の夢をかなえるために、そして他の人たちが自分と同じようにもう一度夢を見れるように戦う。

 

バン!

 

直後だった。アリサはユウの言葉を聴きたくないといわんばかりに、机を殴りつけた。

「ふざけないで…ふざけないでください!」

殴った際に俯かせていた顔を上げた時には、アクアブルーの瞳が激流のように荒々しいものに変貌していた。

「憎しみで戦わないですって?アラガミを憎んで何がいけないんですか!殺し尽くして何がいけないっていうんですか!アラガミはこの世にいてはならない存在なんです!

私は、パパとママと殺したアラガミたちを皆殺しにしなければいけないんです!」

しかし、ユウは怯まなかった。体外の人間は少しでも気を弱めると、アリサの気迫に押されていたのだろうが、ユウはそんなそぶりをみせず、冷静とも取れる落ち着いた表情のまま、アリサに言った。

「…アラガミを殺し尽くしたところで、君のパパとママは戻ってくるの?」

「ッ…!」

アリサは顔を憎悪で歪ませたまま、言葉を詰まらせた。

「アラガミを倒すことは否定しないよ。でも、憎しみだけで戦うと、余計にその人を悪い方向に狂わせると思うんだ。

ウルトラマンを独断で攻撃したときもそうだし、君がヴァジュラを…あんなふうにしたのを見て、はっきり確信した」

ユウがそういったとき、彼の脳裏に、ヴァジュラを笑いながら惨殺したアリサの血にまみれた姿が蘇った。あれはもはや、人間らしい姿からかけ離れている。もはや、人の姿をしたアラガミのようで恐ろしかった。

そのとき、アリサの心に、怒りの炎が燃え盛った。正しいと信じて疑わなかった自分を否定されたようで、凄まじく不愉快であることが伺えた。

 

「…それは…それは私の方が、アラガミだっていうんですか!!?あのヒーロー気取りの巨人よりも!!」

 

さらに怒りを強めたアリサが、ユウに再度怒鳴り散らした。

 

「私より寧ろ、あんな人外がアラガミじゃないわけないじゃないですか!!そもそもあの巨人がもし本当に、私たち人類の味方だっていうなら…」

 

 

「どうしてもっと早く来てくれなかったんですか!!

 

どうして…パパとママを助けてくれなかったんですか!!

 

今更ヒーロー気取りで現れたって…虫が良すぎます…!!」

 

 

「ッ…!」

それに対して、ユウは言葉を詰まらせた。そして、どんな言葉を返すべきかわからなくなってしまった。

 

すると、ピリリ…と着信音が鳴った。ユウとアリサ、二人の持つ携帯端末からだった。

アリサはユウに対して、親の仇でも見るような怒りの視線を最後に向け、端末の画面をとる。

 

『第1部隊はブリーフィングルームに集合。

終了後は任務に当たるように』

 

次の任務に向けての知らせだった。

「一度…メディカルルームに向かいます。後で合流しましょう…」

それを見ると、アリサは最後にまたもう一度ユウを睨みつけ、アリサは去っていった。

「…そう簡単にうまくいくわけないってことはわかってたけど………かえって火に油を注いだだけかな…」

以前の自分だったら、たった今自分がアリサに言って見せた言葉を送られたら、どんなふうに言い返してきたのだろうか。

結局、アリサを説得することはできなかった。

「一度憎しみに囚われると、そう簡単に立ち直ることはできない。哀しいことだがな…」

すると、タロウがひょこっとユウの制服の胸ポケットから顔を出してきた。

「タロウ…ここは周りの人がいるから」

誰かが見ているかもわからない。いきなり喋る人形が顔を出してきたら怪しまれてしまうので、ユウは小声で注意を入れる。アリサとの会話で注目されていたこともあり、既に奇妙な視線を向けられていたので、とっさに携帯端末を耳に当て、あたかも通信先の人物と電話しているふりをしながら、二人だけで会話するための場へ移動する。廊下へ出ると、ちょうどエレベータが誰も乗っていない状態で用意されていた。

「おぉ…すまない。つい出てきてしまった。私もあの手の子を見たことがあって気になっていたからな」

「あの手の子?…それって、僕のこと?」

エレベータに乗り、自室の用意された『新人区画』へのボタンを押しながら、ユウは尋ね続ける。

「いや、私が元の姿で地球に留まっていたときに会った、ある少年のことだ。さっきのアリサの言葉で思い出したんだ。

私が出遅れたばかりに起きた悲劇…」

 

 

それは、今から100年近くも前の時代。タロウがかつて、地球人『東光太郎』として留まっていた最後の時期のことだった。

光太郎は夢の中で、自分の母『ウルトラの母』より、自分が世話になった船の主『白鳥船長』が乗る船が怪獣に襲撃されるという悪夢を見た。母は、『あなたの力をもってしても救いの手を差し伸べることができない』と告げた。

白鳥船長を救うことができず、死なせてしまう。その悪夢を覆すべく、当時の防衛チーム『ZAT』の隊員として現場へ向かう。

悪夢の通り、『宇宙海人バルキー星人』の刺客である『海獣サメクジラ』が、白鳥船長の船を襲撃した。ここで変身して戦い、怪獣を倒せば、船長は助かったに違いない。

だが変身したくても、できなかった。普段の光太郎にはZATの隊員として現場から離脱することが許されず、ウルトラ戦士の『人前での変身の禁止』という、自分たちの正体を明かさないための掟を守らなければならなかった。あの時は同僚がすぐ隣にいたため、変身することができなかった。そして、光太郎の思いも虚しく、白鳥船長は船もろとも怪獣の餌食となってしまう。

結果、白鳥船長の息子であり、自分を慕ってくれていた健一少年から、タロウとしての自分の分も恨み言を言われてしまうこととなった。

 

----あの時、タロウが来てくれたら、やっぱり怪獣をやっつけられたんだ!

 

----それなのに、一郎君のお父さんも、僕のお父さんも助けてくれなかった!

 

 

タロウは、アリサのさっきの言葉を聞いて、当時父を殺されたときの健一少年の悲しみに満ちた姿を思い出したのだ。

「そんなことがあったのか…」

「私が間に合わなかったばかりに…健一君たちには悲しい思いをさせてしまった。だが、私たちウルトラ戦士は、地球人たちが我々に頼りきりになって怠けることを避けるために、無闇に力を使うことを禁じられていた。実際、健一君は私や自分の父親の存在に依存していた。それは彼の成長を阻む邪魔な壁となるに違いない。それを健一君に教えるために、私は一度、自分を捨てた」

「自分を捨てたって…もしかしてッ!」

ユウの脳裏に浮かんだ一つの予測に対し、太郎は肯定した。

「あぁ、今君が予想したとおりだ。私は一度、ウルトラマンタロウとしての自分を捨て、『東光太郎』として生きることを選んだのだ。健一君が、父親からも私からも自立した、一人の人間として生きられるように、大切なものを失った悲しみを乗り越えられるように、あえて私の正体を明かして…」

 

それはあまりに大胆な選択であった。

少年の、自分が慕う存在への依存を捨てるため、失った悲しみから立ち上がらせるために、光太郎は自分がウルトラマンタロウであることを健一少年に明かしたのだ。

 

後の時代にまた新たな宇宙の脅威が迫ったことで、光太郎は再びタロウとして戦うことになったが…当時のタロウは、永遠に自分がウルトラマンであることを捨てる覚悟で、正体を明かしたのだ。そして、直後に自分を狙ってきたバルキー星人を…石油コンビナートに誘導し爆破するという作戦で…ウルトラマンの力に頼らない方法で撃破し、少年に未来への道を示したのだ。

 

「だが、今のこの星を見ていると…あのときの選択が本当に正しかったのか、わからなくなってしまった…結局私が健一君に教えたことは、無意味でしかなかったのではないだろうか」

 

助けられたはずなのに、助けることができなかった。

健一少年のときに続いて、現在の…アラガミによって支配され尽くされた地球…二度も同じことを繰り返した。

たとえ、一人の人間に悲しみを乗り越えるきっかけを与えても、それが世界を守ることに繋がるわけではない。それどころか、肉親を失ったかつての健一少年やアリサ、そしてユウがそうであったように、悲しみは無限に溢れてくる。そしてその分だけ、人々の心に絶望と悲しみ、憎しみが満たされていく。

いつぞや、兄の一人が言っていた「ウルトラマンは決して神ではない」という言葉が脳裏に蘇る。自分たちがどんなに強大で特殊な力を持っていても、どうしても救えない命が出たり覆せない現実が存在する。同時に、そんな現実に直面しても、めげてはならないという戒めが込められていた。

自分の未来を賭けてまで健一少年に教えたあの教訓だが、アラガミに食い荒らされた世界を見て、タロウは結局意味のないものとなって風化してしまったのではと、己の努力に虚しささえも感じ始めていた。

(あの時、ギンガに変身した僕に銃撃を放ったのも…もしかして…)

ウルトラマンギンガの存在は、恐らく今ではフェンリルの各支部に伝わっているはずだ。時には脅威、時には救世主と。それだけの強烈な存在感を示したのなら、ロシア支部からここに来るまでの間に、アリサが知っていてもおかしくはない。

ゴッドイーターたちに味方をしている、正体不明の光のヒーロー。だが、同時にウルトラマンに対して快く思わない人間もいる。彼の力を妬むゴッドイーター、彼が新たな人類の脅威と見なす者。

そして…ゴッドイーターより以前に存在し、アラガミを倒すだけの力を持っておきながら、アラガミが誕生したばかりの時期にてアラガミの脅威から人類を守らなかったことを恨む者。

あの時、アリサがギンガを銃撃したのは、ギンガを憎きアラガミの一種として断じていただけではなかった。

 

父と母を助けられる力があったのに、現れもしなかったウルトラマンへの、彼女なりの悲しみに満ちた訴えも含まれていたのかもしれない。

 

「ユウ…すまない。思えば私たちがこんな姿になどならなければ、君たちにこんな残酷な運命を辿らせることもなかった」

申し訳なく思うタロウは、ユウに謝罪した。

健一少年に教えた教訓は否定しない。本来なら地球人自らの手で地球を守ることに価値があるのだから。でも、アラガミの脅威を見ると…このときだからこそ自分たちウルトラマンの力が必要とされるべきであると考える。

だが、いるべきときにいることができなかった。それどころか、こんな小さな人形の姿というみっともない姿になり、力もろくに使うこともできない自分が、あまりにもどかしかった。

「…タロウ、僕はタロウの判断を否定しない」

すると、ユウがタロウに対して口を開いてきた。

「タロウは、フェンリルやアラガミへの被害者意識と憎しみで判断を誤っていた僕を叱ってくれたじゃないか。おかげで僕はタロウの分も戦うことができるんだ。

 

だから、健一って人に教えた大切なことを、無意味だなんて思わないで」

 

「僕もアリサの気持ちは理解できているつもりだ。だけど、同時に…タロウの無念も理解できる。あの時こうしておけば…あの時戦う力さえあればとか…

でも、だからこそ今をどうにかしたいって思えるんだ。」

「ユウ…」

「大体、アリサのことで僕にいい言葉を送っておきながら落ち込むなんて、よくないんじゃないかな?」

優しさを失うな。その言葉を教えたはずのタロウが、過去を思い出した途端、勝手に落ち込むことはよしとできなかった。自分を見つめてくる後輩の目を見て、タロウは少し気力を取り戻した。

「…ありがとう。私としたことが、卑屈になってしまっていた。思えば、こんなのは私らしくないな」

「いいよ、タロウには助けてもらっているんだ。借りは返さないと」

すると、チィン…とエレベータが指定された階へ到着したことを知らせた。

「さ、行こう。次の任務までには、アリサのことをどうにかしておかないと…

タロウ、先輩ウルトラマンとして、僕を指導してくれ」

「…あぁ、私でよければもちろんだ。

だが、覚悟しておくといい。私はこう見えても、光の国ではたくさんの若いウルトラ戦士たちを鍛えた身なのだからな」

そう言った時のタロウの声には、若い頃より培ってきた強い自身に満ち溢れていた。

「お手柔らかに」

ユウは、元気を取り戻した途端に気力を溢れさせているタロウに、少したじたじになりながらも笑みと共に期待を寄せた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

グリーン・サラブレット(前編)

今回結構悩みました。しばらく同じように悩む時間が増え、その割にはあまり大した内容が出来上がらないかもしれません。時間をかけてしまったことも含め、前もって謝ります。すいませんでした。

暁などでも小説を書いています。ハーメルンでも一冊だけオリトラものを投稿しております。気になる方は目を通してくれるだけでも嬉しいです。


アリサは、ある場所にいた。部屋に明かりは灯されておらず、部屋にあるベッドに横たえている。ベッドの周りはカーテンで覆われ、周囲の景色を一切遮断している。

「今日はやけに不機嫌そうじゃないか」

カーテンの向こう側から、声が聞こえる。

「例の新型の方と話したんです」

「新型の?あぁ、彼のことか。君と同じ第1部隊の」

「どんな人かと思ったんですけど、期待外れの人でした。新型としてのプライドもなさそうでしたし、何より…」

「ん、どうしたんだい?何か言いたいことがあるんじゃないのかい?」

「彼は私がパパとママを失ったように、妹さんを亡くされていたそうなんです。それなのに…意地悪なことを言ったんです。『憎しみで戦わない』って…」

シーツを握り締めながら、アリサは悔しさを包み隠さずに顔を歪ませた。

「意味が分からないですし、不愉快です。アラガミを憎むことの何が悪いんです?殺して殺して殺して…オラクル細胞の一粒も遺さないほど消し去って何が悪いのかわからないです」

「なるほどね…アリサの戦う理由に水を差してきたというわけか」

「きっと、妹さんのことなんてあの人にとってはどうでもいいんです。そうに違いありません」

これを彼が…ユウが聞いていたら聞き捨てならなかったに違いない。自分の肉親への思いを、アリサ自身の勝手なものさしで計られるだけならまだしも、こんな言い分をされたら不快に思うはずだ。

「先生、私、間違ってませんよね?アラガミを殺し尽くせば、パパとママも喜んでくれますよね?」

アリサはカーテンの向こうにいる人影に向けて、他の面子には一度も向けたことのない、無垢な眼差しを向けた。

「心配いらないよアリサ。君はただアラガミを殺すことだけを考えればいいんだ。君にそんな意地悪な言葉をいう奴の言葉なんて気にしなくていいんだよ。アリサは私の言ったとおり、パパのママのために、アラガミを殺していけばいいんだ。

天国のパパとママも喜んでくれるよ」

「はい」

「そういえば…」

すると、アリサが何かを思い出したそぶりを見せだした。

「前にも、同じようなことを言われたような気がするんです…気のせいだとは思うんですけど、実際に起きたことのような、不思議な感覚を覚えるんです」

「…ッ!?」

カーテンの向こうに隠れた人物が、息を詰まらせた。

「どうか、なさいました?」

それに気づいたアリサが尋ねるが、こほんと咳払いの後に、何事もなかったように声が返ってきた。

「きっと夢で似たようなことを言われたことがあるんじゃないかな?そのくらいのものだから気に留めることはないよ、アリサ」

「そうですね…」

「さあ、そろそろ診察の時間だ。ひとまず眠るといい」

「はい…」

アリサはカーテンの向こうにいる人物に言われたとおり、眠りに着いた。カーテンの向こうに姿を隠していた人物は彼女が眠りに着いたのを確認すると、再びカーテンの向こう側へと姿を隠した。

ふと、その人物のものなのか、携帯端末の着信音が鳴り出した。

「あ、はい。こちら●●。

そちらのお仕事は…はい。わかりました。それで、次の例の作戦……ええ、こちらもあなたから請け負ったことは忘れておりません。抜かりなく実行させておきますので。では…」

なにやら怪しい会話が続いているように聞こえるが、アリサは既に眠りについていて聞いておらず、仮に聞いていたとしても意味を理解しなかっただろう。

カーテンの向こうに隠れた人物は通話を切り、椅子の背もたれに背中を預けた。

「ち、またか…どこにでもいるということか。人の邪魔をするうっとおしい不純物というものは。

薬のレベルを上げなくては…………む?くそ…ちょうど薬を切らしたのか。早く新しいものを発注する必要があるな」

その人物が姿を消したカーテンの向こう側から、イラつきの混じった深いため息がもれ出ていた。

 

 

 

その頃…。

極東支部から北方の山岳地帯。

ここまで来る間、やはり上空にはザイゴードをはじめとした飛行型アラガミが何十…いや、軽く数百体以上飛び回っていた。おかげでフェンリルの力をもってしても、かつてこの空を飛び回ることができた人類は、そう簡単に空を飛び回ることができない。

だが、今自分たちがちょうど飛んでいる区域は…どういうわけかアラガミたちが近寄ってこなかった。それよりも気になるものもある。アラガミの底なしの捕食活動によって消えたはずの、地上に広がる森林地帯。なぜこの区域だけ、森が生きたままなのだ。こんな森が存在しているなんて、今まで気づきもしなかった。

だが、これは大きな発見だ。なんとしても、この森の正体を突き止めなければならない。

ヘリで飛行を続けると、ヨハネスはある場所に注目した。

森の中央の、山に囲まれた区域に…人々の集落と思われる場所が見えた。外から見ると大きなドーム状の建物だ。

ふと、ヨハネスは携帯端末を出し、誰かと通話し始めた。

「…こちらシックザール。…あぁ、もうすぐ目的地に着く。そちらの手筈はどうだ?…よし、予定の日に頼む。こちらも話をつけるつもりだ。では頼むぞ」

ヨハネスはそこで電話を切り、パイロットにここで下ろすように命じる。

地上に降りて、極東からつれてきた少数のゴッドイーターを護衛として引き連れながら、ヨハネスはそのドームの元へ歩き出した。

(ここが女神の森…か)

ドームの前には、銃を持った警備兵らしき男が二人ほど待ち構えていた。

「なんだ貴様ら?見たところフェンリルのようだが」

警備兵の一人がヨハネスを見て、目を細める。この冷たい視線に込められた、彼らの気持ちをすぐにヨハネスは察した。自分たちフェンリルに所属する者を嫌っているに違いない。

「ここはお前たちのような奴らが入るところじゃない。さっさと出て行け」

とても歓迎されている雰囲気ではないことはわかっていた。ヨハネスは

「私はヨハネス・フォン・シックザール。極東支部の支部長を勤めている。この女神の森の総統閣下と話をさせてもらいたい」

「支部長だと!?」

ヨハネスの正体が極東支部支部長だと知るや否や、警備兵はヨハネスに向けて銃口を構えた。

「支部長!」

ヨハネスの護衛として連れてこられたゴッドイーターたちも、ヨハネスを守るべく警備兵の前に立ちふさがる。

「こいつが俺たちを締め出したせいで、俺の家族は…」

だが、相手が人間を超えた力を持った戦士だとしても、警備兵たちはヨハネスやゴッドイーターたちに対する憎悪の眼差しを向け続けた。

「さっさとアナグラに引っ込みやがれ!」

「そうだ!失せろ!」

ヨハネスはやはり、と心の中で呟いた。彼らは、自分の政策で極東支部をやむなく追われた…いや、自分が外の世界という地獄に追い払ってしまった者たちだ。恐らく、自分が引き取った新型ゴッドイーターの青年がそうだったように。

「き、貴様ら…」

しかし、ゴッドイーターたちからすれば、事情も知らないくせに、とも言いたくなる。

冷徹な考えだが、フェンリルに保護されている人間たちは、いつかゴッドイーターとなるかもしれない…人類の剣となるかもしれない人達。パッチテストの段階でそれになることができない人達が目の前に居る警備兵のような、変色因子への適合が不可能な人間。もしこの過酷な世界で人類という種を一人でも多く遺す…という目的を達するには、ゴッドイーターになる素質を持つ者たちのほうが建設的だった。だからこそ、ヨハネスは自分のとった選択に後悔はしていない。

「それは…気の毒だった」

ふと、ヨハネスの口から哀れみの言葉が漏らされた。しかし、それはたった一言である分、相手側からすればあまりに軽い言葉に聞こえてならなかった。

「気の毒だと…ざけんな!!そのたった一言で済まされると思うな!」

再度銃を構えなおす警備兵。しかしヨハネスは全く怯む様子を見せない。

「確かに君たちの言うとおりだ。君たちが今のように我々に対して敵意を抱くのも致し方ない。全ては我々フェンリルの力不足だ」

「支部長!」

「………」

突然の謝罪に、護衛のゴッドイーターもそうだが、警備兵たちも戸惑いを示した。自分たちの反抗的な態度に、怒りをこらえるどころか、謝罪してきた。

「…何の用でここに来た」

支部長じきじきの謝罪を聞き入れ、少し心に落ち着きが戻ったようだ。

「このドームのリーダーとの会談を申し入れたい。あなた方のような、壁外で苦しむ人間を救うために」

「…少し待っていろ。総統閣下と連絡を取る」

自分たちのような人間を救う。その言葉を聞き、警備兵の一人が旧型の連絡機器を取り出し、連絡を入れた。

「こちら警備の矢島です。『葦原総統』、…はい、実は……」

少しの時間を置いた後、矢島と名乗った警備兵の一人がヨハネスたちに言った。

「喜べ、総統がお前との会談を受け入れるとのことだ」

「…さっさと入れ」

もう一人の警備兵が、目の前の鋼鉄製の扉を開かせる。

そこから見えた世界は、ヨハネスにとっても新鮮に思えてならなかった。

 

ドームの中に、美しい自然に囲まれた街が広がっていた。

 

 

極東には、かつて多くの人たちによって栄えていた都市が密集していた。だがこの時代ではそれらの都市の繁栄していた頃の面影は存在しない。

かつて横浜と呼ばれてたこの『贖罪の街』も同様である。そこは以前、リンドウ・サクヤ・ソーマらがヴァジュラを討伐したミッション現場でもあった。

「おいバキ」

贖罪の街の、あるビルの内部から外を見下ろす二人組がいた。アリサに目をつぶされた『マグマ星人・マグニス』と、彼と行動を共にしているエイリアン『バルキー星人・バキ』の二人である。

「あのシユウとかいうアラガミ…別に大したもんじゃねぇだろうが。あんなちゃちなアラガミを素材にした合成獣でウルトラマンギンガを殺せるのか?」

「NON,NON。もちろんMeだってそうは思っちゃいないさ」

「ではなぜだ!?」

そうと分かっているなら、なんのために。マグニスは怒鳴り声を散らしてバキに問うと、バキはいつものマイペースかつ奇妙過ぎる踊りとテンションで語りだした。

「まずは適当な駒を見繕ってギンガPowerを計るのさ。その結果を元にどの怪獣のスパークドールズが、あの『VeryStrong』なアラガミちゃんと合成するに相応しいかを…な?」

そういってバキが見下ろした時、遠くの地から土しぶきが巻き起こり、見覚えのある巨大な影が姿を現した。

 

「グガアアアア!!」

 

鼻の先の砲塔を持つ、巨大魚のような姿をした怪物だ。

「あれは確か、俺が…」

アリサの横槍のせいでギンガが取り逃がした合成獣グボロ・グビラだった。マグニスは己の手で誕生させたアラガミであるため、あれのことは覚えていた。

「だが、一度でも敗れる程度の合成獣ごときでウルトラマンを倒せると思っているのか?」

同時に、あいつがギンガ相手に敗れてしまったことも記憶に新しい。故に、一度負けた駒をもう一度引っ張り出すバキの魂胆を疑った。

マグニスの言うとおり、グビラの体にはギンガによって受けたダメージの後が傷として痛々しく残ったままだった。流石のアラガミでも、その無差別かつ無尽蔵の捕食能力をもってして数々の兵器さえも無効化できるとはいえ、

だが、いつもの調子のままバキは続ける。

「言ったろ、力を計るだけってよ。あくまで今回はテストさ。まずは、ウルトラマンギンガのPowerを観察させてもらうのよ。もう一つ…」

バキは他にも、どこからか取り出した一つの人形をマグニスに見せ付ける。

「こいつも加えてよ」

 

 

 

この日、贖罪の街には第1部隊も訪れていた。

「今日はこのエリア内に侵入したアラガミを討伐する。

支部長からのお達しによると、今後アナグラの戦力を用いた大規模なミッションの下準備のために別支部からこの極東に戦力を一時集中させるとのことだ。

連中が気持ちよくアナグラにお邪魔できるよう、一匹残らずに討伐しつくように」

リンドウが神機を肩に担ぎながら部下である第1部隊の全メンバーに伝える。

「大規模な作戦…」

どこか大きく聞こえてくるリンドウの言い回し。どうやら今後、大規模な作戦を予定しているということだろうか。

「メンバーの配分はどうするの?リンドウ」

全メンバーが一箇所に固まっての行動は、格好の的となる。分散するのが鉄則だ。サクヤは今回はどのようにこの第1部隊を割くのかを尋ねた。

「そうだな…コウタとソーマはサクヤと行け。新型二人は俺に連いて来い」

「わかったわ。二人とも、着いてきて」

「はい」

「……」

振り返ったサクヤの声に、ユウが返事をしたことに対し、アリサは無言…というよりもそっけない態度だった。露骨に無視しているようにも見える。

「アリサ、返事は?」

「…ええ」

適当な返事で返したアリサに、サクヤは目を細める。ユウも不安をアリサに対して抱きつつあった。この子は、本当に周りを見ようとしてない。仲間のことも、自分の抱え込む思いばかりで、省みようともしていない。

 

 

結局、第1部隊に立ち込めるギスギスな空気は払われないまま、この日も第1部隊のミッションは開始された。

 

 

贖罪の街は、中央の教会を中心に広がっている。その外部には、滅び去った横浜の街のビルが変わり果てた状態で立ち並んでいる。

左方向に広場のあるエリアにはサクヤ隊、右方向の狭い道の方角にはリンドウ隊が行く。

「サクヤさん、あの二人を一緒にして大丈夫なんですか?」

サクヤについていきながら、コウタが尋ねてきた。

「どうしたの?」

「だって、アリサの奴、ユウのことなんか目の仇にしているような感じがするっていうか…」

コウタもアリサがユウに対して不快感を露にしていることを気にしていた。彼にとって仲間同士の不和は不味い飯よりも嫌いなものに値する。いつまでもあんな状態ではこちらが参ってしまう。

「……」

ソーマは話に耳こそ傾けていたが、会話に介入する姿勢は見せない。

「そうね…」

サクヤも憂いを抱いていた。

リンドウはこの極東で最も優れたゴッドイーターで、これまで新人たちをほぼ確実に生き残らせるだけの活躍も見せている。

だが一方で、口下手だ。生き残ることを優先して動くよう、これまで担当してきた新人たちに教えてきたが、度々自分の言いたいことが伝わらず、新人たちから失望の眼差しで見られることもあった。それに何時までも、年齢としては若い時期とはいえそろそろゴッドイーターとしてはロートルと言われても仕方ない自分が言うよりも、お互いにいい方向に刺激し合える相手の方がいい方にことが傾く場合だってある、と当の本人は語っていたくらいだ。

(リンドウのことを信じてないわけじゃない。でも、私たちの部隊は一つになっていない。もしそんなときに、最近出現している巨大アラガミが現れたら、いつかは…)

サクヤは胸の中が異様につっかえる感覚を覚えた。

(…なんか、嫌な予感がする…)

想像したくもない未来を思い描きそうになるが、サクヤはそこで打ち止めにした。悪いことばかり考えると、それが現実のものになりかねないのだから。

「…来たぞ」

ふと、ソーマが二人に向けて口を開く。ただ一言、何かが近づいて来たことを伝えるためだけの言葉。彼の言っていた通り、彼らの方にもアラガミが数匹姿を見せた。コンゴウを中心とし、オウガテイルを配下として従えたメンバー。ゴッドイーターになってから何度も見た光景だ。いつも通り食い荒らしてやる。

 

と、そのときだった。

 

『こちらヒバリ。さ、サクヤさんッ!緊急事態です!』

アナグラから大慌ての様子のヒバリの通信が入ってきた。

「こちらサクヤ。どうしたの?」

『想定外の大型アラガミが進入!しかも、この反応は…』

「ヒバリちゃん?落ち着いて話して。何があったの?」

なんか以前の慌てっぷりともまた一層違う。一体どうしたというのだろうか。

『以前ウルトラマンが取り逃がしたグボロの巨大変異種です!リンドウさんの部隊の方に向かって進行中!』

「な…!」

それを聞いてサクヤは絶句する。

「…わかったわ、こっちを切り抜けたらそちらの援護に向かい、撤退する!」

サクヤはヒバリにそう返事して通信を切り、ソーマとコウタの方に振り返る。

「二人とも、この場のアラガミは全滅させなくていいわ。リンドウたちの方へかなり危険なアラガミが出たわ」

「え!?」

「…」

「私たちはこいつらを適当にあしらったら、リンドウたちの援護に入り、ミッションエリアから離脱する!」

「は、はい!」

ソーマは返事をしなかったが、コウタは少し堅くなりながらも返事した。

さて、まずは目の前の雑魚を片付けなければ。サクヤは端末を腰のホルダーに戻し、目の前のコンゴウやオウガテイルの群れを睨みつけた。

(目の前のこいつらはともかく、よりによって…)

心の中で、相変わらず人間に容赦のない事態に追い込む現実を恨みながら。

 

 

「付近にはシユウの反応が特に強いな。新入り、シユウって知ってるか?」

サクヤ隊と別れてしばらく経ってから、リンドウはユウに尋ねてきた。

「鳥の翼のようなものを持った人型のアラガミ…ですよね」

「ああ、そうだ。奴は人型だから近接戦闘も得意だが、手から火炎弾も撃って来る。それに、体表も固いから破砕属性の攻撃をお勧めする」

俺は切ることしかできないけどな、とリンドウは苦笑する。まだ未熟だった頃にシユウと遣り合って

「アリサ、破砕系のバレットは?」

「あります。当然です」

流石は優等生。危うさこそあれど、アリサはアラガミを根絶やしにするという強い目的意識があるからこそ、準備は万全なものにしていた。

「ところで、リンドウさん。さっき言っていた、『大規模な作戦』ってなんですか?」

「あぁ、ここしばらくアラガミが極東に向かって集まってきているらしい。そのアラガミたちを一掃するための作戦を支部長が考えてるって聞いたぜ」

「アラガミが、極東に…」

ユウはそれを聞いて表情が曇る。いくら一体一体が大したことのないものだとしても、数が集まるとかなり厄介だ。それに自分はまだ中型種までしか相手にしたことがない。ヴァジュラをはじめとした大型種をまともに相手にしたことがない。その作戦とやらには、きっと大型種が大勢集まってくるに違いない。

ギンガの力を使うことになるとしても、変身が許されたわずか3分のみの時間で、襲い来るアラガミを全滅できるだろうか。

「不安か?」

ユウの憂い顔を見かね、リンドウが顔を覗き込んできた。問いかけてきたリンドウに対し、ユウはただ一言「はい」と、覇気のない声で答えた。

「戦う前に落ち込むもんじゃねぇ。任務に当たる際は常にテンションは十分保っている状態じゃねえと元気が出ないぞ。そうなっちまうと、助けられるもんも助けられなくなる」

「…ええ。わかってます」

そう言いながら、ユウはそっと胸の内ポケットに隠し持っているギンガスパークに触れた。

「……」

二人の会話にアリサは耳を傾けていたが、横目で二人を見ているその視線には今だに軽蔑の眼差しが込められていた。ユウに対しては、同じような過去を背負っておきながら憎しみを否定したこと、リンドウに対しては、ゴッドイーターらしからぬ飄々とした態度といい加減さに対しての軽蔑。それが二人に対する差別的な低評価意識に繋がった。

その時だった。

頭上から「ガアアアアア!」と獰猛な鳴き声が聞こえてきた。気配も肌で感じ取れる。三人は頭上を見上げる。

教会の真上の建物に、聞いていた通りの、硬質な体表を身にまとう鳥人の姿が見えた。

「シユウ!」

「二人とも、構えろ!俺が前に出る」

リンドウがユウとアリサに命じると、二人はすぐに銃形態に切り替え、飛び降りてきたシユウに向かって一斉に銃撃を開始した。

「グウオオオオッ!!」

だが、風に乗りながら地上のリンドウ隊に向かってくるシユウは、その手のひらから火炎弾を形成、それをユウたちが発射したバレットに向けて放ち、互いに撃ち合った弾丸は空中でともに爆発を起こした。

「相殺された…!」

く、と悔しげに顔を歪ませるユウ。しかも、今の爆発に紛れたのか、シユウの姿がなかった。

(まずい!)

姿が見えないのでは、どこに向けて攻撃すべきか分からなくなる。

『ユウ、来るぞ!神機を切り替えるんだ!』

だが、制服の胸ポケットに隠れているタロウには見えていた。ユウたちが煙幕に包まれたシユウの姿を見失っている間、奴は爆発によって発生した煙の上を通って背後の建物の上に回り込んでいた。

タロウの声で気づいたユウは振り返る。すでに、彼に向かってシユウが飛び掛ってきていた。

彼はすぐさま装甲を展開、突撃してきたシユウの突進を防いだ。まるで飲酒運転トラックが突っ込んできたような勢い。運よく防ぐことはできたものの、その衝撃で少し体が後ろに下げられた。

『ッ!いかん!』

再びタロウの声が響く。その直後だった。ユウのすぐ真横から一発の弾丸が突き抜け、ちょうど地上に足をつけたシユウに着弾した。すぐ近くだから、ユウも爆風に煽られよろめいてしまう。

「ッ…」

「おい、アリサ!」

リンドウが怒鳴り散らした。当然だ。仲間が斜線上のすぐ近くに居たにもかかわらず、注意がけさえもせずに発砲したのだ。

だが、いつものごとくアリサは無視。すでに神機をロングブレード『アヴェンジャー』に切り替え、ユウを跳ね除けてシユウに切りかかった。

アリサの振り下ろした神機の刀身が、シユウの体に当たる。

ノルンのデータベースや座学で学んだとおり、体表は固い。今の一撃も、少し歯が食い込んだだけであまり効果的なダメージを与えられていない。だがそんなことは関係ない。アリサはお構いなしに力いっぱい神機を振るってシユウの体に傷を刻み込んだ。

シユウはアリサの神機の刀身が食い込むのを防ぐため、一歩後ろに下がった。それを追っていくアリサ。当然ユウとリンドウの存在など無視していた。目の前の憎いアラガミを殺す。ただそのためだけに。

「ったく、あいつは…」

「とにかく、援護しましょう!だからって見捨てたりしたらサクヤさんたちに会わせる顔がない!」

「そうだな…やるぞ!」

頭を抱えるリンドウに、ユウはまずアリサの援護を提案した。正直、不安ばかりだが上官としてリンドウもその案を採用し、銃をシユウに向ける。

だが、アリサの暴れっぷりは尋常ではなかった。徹底的に相手を嬲り殺しにかかっている。

「く…斜線上に入ったままじゃ…」

「これじゃ割り込みにくいな…」

アリサは、ユウの斜線上に入りっぱなしで、リンドウでさえも援護に回るタイミングを窺うのに苦労していた。

なにより見ていて、不快しか催さなかった。仲間も蔑ろにし、まるで自分までもアラガミと化したような獰猛な戦い方。アリサはユウからの説得にも耳を貸さず、逆に怒ってきたが…

(こんなことで…君は本当にそれでいいのか…アリサッ!)

 

 

 

その頃のサクヤたちは…

「当たれ!!」

「…消えろ」

「これで…終わりだ!」

コウタ・ソーマ・サクヤの三人はコンゴウをリーダーとしたオウガテイルの群れを、最後に群れのリーダーであるコンゴウを仕留めたことで勝利を勝ち取った。

「ちょっと時間かかったかしら。さ、二人とも、すぐにリンドウたちの援護に向かうわよ」

「はい!」

返事をするコウタと、静かに「ああ…」とだけ返事をするソーマ。見たところ、二人とも大きなダメージはない。

この調子ならすぐにリンドウたちの援護にも迎えるだろう。

すぐに三人はリンドウ隊の方へと駆け出した。

が、リンドウたちの元へ走っているとき、サクヤは突如足を止めた。

「サクヤさん?」

いきなり足を止めてどうしたというのか。不思議に思って声をかけたコウタ。すると、ソーマがフードの下に隠れた眼光を研ぎ澄ませる。敵の気配を感じ取ったのだ。

すると、物陰からその気配の正体が姿を現した。サクヤたちの方にも現れたアラガミ、シユウが2体だ。

「悪いけど、今はあなたたちたちと戦ってる時間はないの。

二人とも、目を閉じてて」

すぐにサクヤは神機を構え、スタングレネードを取り出す。歯でピンを引き抜き、目の前のシユウに向けて投げつけると、白い光がシユウを包み込み、視界を奪い去った。

「走って!」

シユウを通り退け、三人は直ちにリンドウたちの元へ駆け出した。シユウたちは視界をつぶされていたこともあり、追うことはかなわなかった。

三人の姿がすでに豆粒ほどに遠くなったところで、やっと視界が回復しようとしている二体のシユウの元に、さらにもう一つの、等身大の人影がシユウたちの前にスタッと降りてきた。

バルキー星人、バキだ。

バキはリンドウたちの存在には気づいていたものの、彼らを追うとはなかった。サクヤたちを見送り、自らの怪光線で動きを封じていたシユウの方へ視線を戻した。

「別にYouたちと戦うことはMeたちの優先事項じゃねえからな」

どうやら今回はリンドウたちに戦いを挑む必要はなかったようだ。

「せいぜい、ギンガとMeたちの戦いのとばっちりを食らわないように気をつけるこったな。

さあてと、仕込みStart…ってな」

バキがそういって取り出したのは、さっきマグニスに見せたスパークドールズと、ギンガスパークに似た意匠をあしらえたあの黒いアイテムだった。

そのとき、ようやく視力が回復したシユウたちが、バキの方に視線をやる。視線の先に獲物がいる。それを瞬時に理解した二体のシユウがバキに向かって飛び掛かった。

だがバキは全く恐怖することなく、そのスパークドールズの足の裏に刻まれたマークに、黒いギンガスパークのようなものをリードした。

 

『ダークライブ…』

 

黒いスパークから、黒い霧のような闇があふれ出し、シユウを包み込んでいった。

 




次回から1月に一回のペースになると思います。ご了承ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

グリーン・サラブレット(中編)

今『暁』の方で、ウルトラマンゼロとゼロの使い魔をやっているんですが、こっちでも投稿してみたいんですが、やっぱ迷います。同じような作品が二作品ほどありますし、片方はその小説を書くきっかけとなった大作ですからね。どうしても嫌な方向に比べてしまいます。するにしても、もっと内容をみんなに受けてもらえるようにうまくまとめられるようになってからじゃないとだめですね。

※誤字、修正します…


私が…アラガミのようですって…!?

アリサはユウから言われた言葉が深く突き刺さっていた。それによる悪感情を払おうと、その不満や怒りを、シユウに対してぶつけ続けていた。

こいつらの方が、醜い化け物だというのに…あの男は!!

 

『アラガミを殺し尽くしたところで、君のパパとママは戻ってくるの?』

 

そんなこと…わかっている!

 

こいつらを殺したところで、パパとママが帰ってくるわけがないってことくらい!

 

だから…だからこそ憎いんだ!!

 

「この、アラガミいいいいいいいい!!!」

ユウに言われたことが正しいはずがない。そう思い込ませているようにしか見えなかった。冷静さを欠いたアリサの連続攻撃を、シユウは軽く避けていった。そして足を狙ってきた一太刀を飛んで避け、アリサに背後から一直線に突進、口を開けて彼女に食らい付こうとした。アリサもすばやく反応して、シユウの攻撃を防ごうとしたが、間に合わない。

「そうはさせない!」

斜線上、アリサよりもシユウのほうがこちらから見て前に出てきた!チャンスと見たユウは、銃に仕込んでいた氷属性バレットを、シユウの頭に向けて連射した。

「ギャアアウウウ!!」

効いた!シユウは氷に弱いとノルンのデータベースで確認していたが、ちゃんと効果的なダメージを与えることができたようだ。今の攻撃で怯んだシユウは、バランスを崩して地面に落下した。

(固いのは胴体部分と翼の方…だが)

奴が剣による物理攻撃を食らう際、苦手とする部位は…手と頭だ。だが奴を相手にする場合は、当てにくい手や頭を狙うよりも…破砕効果のある攻撃の方が当てやすい。

ユウは神機をロングブレードに切り替えて駆け出す。駆け出しながら神機の刀身から捕食形態を展開。ちょうど翼を振るってユウに殴りかかってきたシユウの翼に食らい付かせた。

噛り付いた捕食形態はシユウの翼の一部を飲み込み、ユウに力を与える。シユウのオラクルを取り込んだことでバーストモードに突入し、力がみなぎった。

体の一部を食われたシユウは、怒って活性化を始め、一心不乱にユウに向けて肉弾戦を挑んできた。

『ユウ、落ち着いて…相手の動きをよく見るんだ。今の状態の君なら見極められる』

諭すようにタロウの声が聞こえる。それがユウの心に冷静さを保たせた。

アリサのようにすばやくはあったが、憎しみを込めた力任せな戦い方を展開していたアリサとは違い、一切の邪念を持たない冷静な動きだった。一つ一つを的確に避けていく。だが、避けることに集中する状態は長く持続できるようなことじゃない。

「私を…無視するな!」

すると、体制を整えたアリサがここで参戦、神機を頭上から振り下ろしてシユウに切りかかってきた。シユウが、背後から襲ってきたアリサに反応しユウから背を向けた。

(今だ!)

ユウは、今度は銃形態に切り替え、リンドウの方に振り返り、引き金を引いた。

「リンドウさん!」

彼の神機の銃口から発射された一発の光が被弾したリンドウの体は、光に包まれた。

「これは…」

光に身を包んだリンドウは、自身の力の増幅を強く感じた。それを見て、ユウはよし!と言葉で表しているように頷いた。

 

(リッカちゃんの聞いていた通りか…『リンクバースト』)

 

ここで少し、解説を入れる。

通常、近接武器を扱うゴッドイーターは、捕食形態で攻撃したアラガミのオラクルを自身に取り込むことで神機が活性化し、バースト状態となって一時的にパワーアップする。

だが銃型神機の場合、捕食形態を持たないので、アラガミからオラクルを自力で取り込むことはできない。

 

だが、ユウは技術班のリッカから、新型神機の特性についていくつか、あらかじめ聞いていたことがあった。

 

『私も全部知ってるってわけじゃないけど、新型神機には銃と剣の両方が使える以外にも、特殊な能力があるの。

リンクバーストっていうんだけど、今までゴッドイーターたちは捕食で敵からオラクルを取り込んでバーストするんだけど、新型の場合はちょっと違うんだ。

取り込んだオラクルを、仲間のゴッドイーターたちにも受け渡してあげることができるの』

つまり、自力ではバーストできない旧型銃形態神機でも、新型ゴッドイーターの任意でバーストさせることが可能なのだ。

 

シユウのオラクルでリンクバーストしたリンドウは、狙いをシユウに定める。アリサに注意を向けてこちらには気づいていないようだ。シユウのジャブを、アリサが後ろに下がって避けた。

(今だ!)

リンドウはアリサに気をとられているシユウに向けて自身の神機、ブラッドサージの刀身を振りかざす。シェーンソーのように刃がうなり、シユウの膝に食い込んでいく。さらに力をつ避けて2度振るうと、シユウの胴体の表皮と翼、そして頭の一部が崩れ落ちた。

「結合崩壊した!やれ!」

「はい!」

リンドウの声を聞き入れ、ユウはシユウの頭上に飛び上がる。そして、勢いよく神機を振り下ろしてシユウの頭に回転切りを叩き込んだ。

「がぁ…!」

ユウの頭上からの回転切りによって頭を叩き割られ、シユウの胴体は左右に真っ二つに切り落とされた。

「よし…ッ」

後は捕食形態でコアを取り込むだけだ。ユウはすぐ捕食形態でシユウのコアを回収する。少し時間が経過すれば、シユウの死体は黒い液体となって染み込んでいくはずだ。

アリサの動きでどうなることかと思ったが、この場はとりあえず丸く収まったようだ。

「アリサ、怪我は?」

今回主に動き回った…というか、暴れていたのはアリサだろう。怪我の可能性が一番高い。ユウはアリサに傷を負っていないかを尋ねるが、思った通りというべきか、アリサからは睨み返された。

「ッ…邪魔をしないで!あれは、私が倒すつもりだったアラガミです!」

「そんなの、アリサが勝手に決めたことじゃないか。まるでシュンみたいだよ」

「あんな人と一緒にしないでください!」

見下している旧型神機使いの問題児と同列に見られたことにアリサは憤慨するが、こちらからすればアリサのほうが大問題だ。すると、リンドウも口を挟んできた。

「アリサ。こんなことは言いたくねぇが…あまり勝手な行動ばかりとると、うちの姉上にお前の今後の処遇をゆだねなければならなくなる。手のつけられない隊員を引き連れたままじゃ、チームの足かせになるだけだ」

目の前のアラガミを倒すために、周りの仲間を無視した。下手をすれば仲間を死に追いやり、自分までも敵の手にかかる可能性が高い。それをいつまでも、新型だからだのアラガミが憎いからだの…ありきたりでつまらない理由のために認めないままで居させてはならない。

「ッ!…ついには隊長権限ですか」

まるでこちらが汚い手を使ってきている言いたげな言い回し。やはりそう来るか。こうやって自分から生意気な口を叩いて、それに対して手を挙げたくても、上官として迂闊に手を挙げられないことをいいことに好き放題言ってくる。だがリンドウは気にしなかった。

『ユウ』

すると、ユウの脳裏に、制服の胸ポケットに隠れているタロウからのテレパシーが届いた。

『タロウ?』

『向こうに車が一台通って来ているぞ』

そう言われてユウは、自分たちが立っている場所の崖下に広がる廃ビル街の景色を眺めてみる。タロウが言っていた通り、一台のトレーラーが通りがかっていた。フェンリルのマークが刻まれていることから、恐らくあれが、リンドウが言っていた、後に行う大規模のミッションのスタッフとなるフェンリル関係者なのだろう。

すると、リンドウの通信端末に着信が入った。

「こちらリンドウ。どうした?」

『リンドウさん!そちらの方にアラガミが接近中です!それも、グボロの巨大変異種です!』

(グボロの巨大変異種…!?)

サクヤたちに伝えた情報と同じだった。

「…!リンドウさん!アリサ!」

すると、彼は向こうにのトレーラーに向かっていくアラガミの群れが見えた。すぐに二人に知らせると、リンドウとアリサもユウが指差した方に目を向ける。

「フェンリルの関係者なら、なおさら助けないわけにいかないな。急がないと…って、おい!?」

と、リンドウが呟いたときだった。ユウはすぐに崖から飛び降りていった。引き止めようとしているようにも聞こえた声だったが、ユウの耳には届かなかった。

「無茶しやがって…」

呆れた声を漏らすが、アリサの場合と違う。恐らくあのトレーラーを守りに向かったのだ。好感は持てるが、しょうがない子だ。とりあえず援護を万全なものとするためにもサクヤたちに連絡を入れなければ。

「こちらリンドウ。サクヤ、聞こえ……ッ!」

連絡を取ろうとした途端のことだった。

アリサもユウに続くように、崖を折り出していたのだ。

「ったく、新型ってのは張り切り屋だなぁ…」

崖下を覗きながら、リンドウはため息を漏らした。だが、このまま見ているのはよろしくない。

『リンドウ、今そっちに向かってるところだけど、なにかあったの?』

すると、通信先のサクヤの声が聞こえてきた。

「悪い、すぐこっちに来てくれや。新型が二人とも、このエリアを通ってきたフェンリルのトレーラーの援護に向かいやがった」

『なんですって!?今そっちの方には…』

「あぁ、俺も聞いた。ウルトラマンが取り逃がしたグボロの巨大変異種が近づいてきてる。俺は新型とトレーラーの連中の援護に向かう。とりあえず急いでこっちに来て、遠距離からの援護を頼む」

 

 

 

贖罪の街を突っ切ろうとしているトレーラーは、オウガテイルとシユウの集まりによって追い回されていた。このままではいつ奴らの餌となるか分かったものじゃない。

「ぐるおおおおおお!!!」

オウガテイルの一匹が、走りこみ続けながらついにそのトレーラーに食らい付こうとしたときだった。

バン!と音を発しながらそのオウガテイルの顔は破裂し炎上した。駆けつけ、銃形態に切り替えたユウが、トレーラーの上に飛び移り、炎属性バレットでトレーラーに食らい付こうとしたオウガテイルの顔を撃ったのだ。

「な、なに!?」

トレーラーの中から、誰かの悲鳴が聞こえる。若い女性と思われる声も混ざっていた。

「落ち着いてください!そのままハンドルを握って走って!」

エンジン音越しでも聞こえるように、ユウは大声で運転手に向かって叫んだ。そして再びトレーラーの後ろを振り返り、銃でオウガテイルたちを乱射し続ける。残るはさっきと同じくシユウ。そのシユウは飛びながらこちらに近づいてきていた。

こちらからすればいい的だ。

だが、シユウを撃とうとした途端のことだった。

そのシユウは翼に向けてどこからか放たれた弾丸によって翼が破壊され、地面の上を転がってしまう。それと同時に、近くの3階建てほどの廃ビルの屋上から人影が飛び降り、ユウのすぐそばに着地する。

「アリサ!?」

それはアリサだった。

翼を失って地面の上を這い蹲るシユウはそのままトレーラーに追いつくことが敵わず、放置されていった。

最後の一匹も無力化されたところで、ユウは元に近づいた。

「さっきは…その、助かったよ」

「勘違いないしないでください。私は目の前のアラガミを駆逐しただけです」

助けを求めていたわけではないが、結果的に彼女の援護で助かった。それについて礼を言ったが、アリサは冷たく返してきた。前回までのような、アラガミを殺した時の優越感も見えない、よほどユウに対して良くない感情を持っているようだ。ユウからすれば迷惑な話だが。

すると、ユウの脳裏にタロウの声が響いてきた。

『ユウ、安心するのはまだ早いぞ!』

「!」

その一言でユウの気は意思と関係なく引き締められる。

 

ゴゴゴゴゴゴ…と周囲が地響きを起こし始めた。

 

思わず止まるユウ。何か、強い気配を感じる。アリサもまたそう思った。

その気配の正体は、すぐに分かった。

地面を突き破りながら、以前にもギンガと戦ったことのある巨大なアラガミ…『グボロ・グビラ』だった。

「クアアアアアアア!!」

しかも、かつてギンガに負わされた傷がほとんど回復していた。これもアラガミのオラクル細胞による驚異的な再生能力からなのだろう。

現れたと同時に、トレーラーを追跡していたアラガミたちは地面ごとグビラの口の中に飲み込まれてしまい、一瞬で貪られてしまった。

「またあいつが…」

以前取り逃がしてしまった相手。それがあまり日数の経たないうちに再び災いとして降りかかってきたと思うと、あの時仕留めることができなかったことが悔やまれる。

さすがにこいつ相手では、神機で倒すことはできない。だとしたら、自分に残された手段は一つしかない。ユウは懐のギンガスパークに触れる。

(これに頼りっぱなしだと、またギンガに呆れられるかもしれない…)

思えば、最終的にこの力にばかり頼っている気がしてならなかった。自分たちゴッドイーターは精一杯日々の任務に励んでいるし、今日の自分もそれなりに戦ったとは思う。だが、あのような巨大なアラガミが現れる事態になるたびに、結局ギンガに変身しなければ対抗することができない。それでは、いずれ自分はまたこの力に依存し溺れてしまうのではないだろうか。とはいえ、これ以外巨大アラガミに対抗できる術はない。

それにまだ、ここにはアリサもいる。下手に変身して正体を明かすことになるのは避けなければならなかった。

『ユウ、ボーっとしている場合か!』

タロウの声が聞こえ、ユウはハッと我に返った。いつグビラがトレーラーに追いつくかわからない。時間がない。ユウは変身の構えを取ったときだった。

 

バン!!

 

アリサの神機によって銃声が鳴り響いた。

たとえどんな敵だろうと、『憎きアラガミならば倒すだけ』だ。アリサは迷うことなく神機を銃に切り替え、グビラに向けてバレットを連射した。だが、巨大な体であることも関係して通じている気配がない。グビラは被弾したことで一度立ち止まり、アリサの方を見る。しかしすぐに追跡を再開した。それを見てアリサは炎属性のバレットを装填して、再びグビラに向けて連射を開始した。すると、元が火を苦手とするアラガミであるため、グビラの皮膚の一部に小さな火が着いた。

そうだ、こっちを向け。すぐに殺してやるから。

彼女は闘争心と憎悪を燃え上がらせ、グビラを睨みつける。自覚の足らないあんな極東のゴッドイーターたちなんて当てにできない。こいつを倒して、自分こそが真に優れたゴッドイーターであることを示す。そして、憎いアラガミを殺して亡き父と母に捧げてやる。

グビラはアリサの銃撃を受け続けたこともあって、結果として進行速度が遅くなり始めた。

(いや、今はそんなことはどうだっていい。僕もやらないと!)

ユウも神機を銃形態のまま構え、グビラに向けて連射を開始した。さきほどよりも弾幕が激しくなり、攻撃を絶え間なく受け続けたグビラの速度がさらに遅くなる。

「…邪魔をしないでくださいと言ったはずです」

横から連射を続けながらアリサがユウに対して冷たい言葉を飛ばしてきた。

「別に邪魔なんてしてないだろ?」

ユウは今のアリサの発言から確信した。アリサは『トレーラーを逃がす時間を稼ぐため』に撃っているのではない。『グビラを倒すため』に射撃を繰り返していた。グビラを倒すことに関してはどう考えても無謀だった。アリサは、人のことを好き放題言っておきながら、自分が今とっている行動の真意があまりに無謀なことであることに気づかなくなっていた。

アリサは、このまま連射しても埒が明かないと思い始めた。ならば、奴の急所を…目を狙ってやる。あの時現れた、マグマ星人とやらと同じように。アリサは照準をグビラの目に向ける。

 

だが、思わぬハプニングが発生した。

 

ガタン!!

 

「うわあ!?」

トレーラーに衝撃が走り、激しく揺れ動いた。彼や、フェンリルから派遣されたスタッフを乗せたトレーラーは、まるで追突事故でも起こしたかのように地面の上を転がってしまった。

実はこのとき、不安定な道の上を走行し続けた影響でトレーラーの前のタイヤがパンクしてしまったのだ。それもアラガミから必死に逃げるために高速走行中だったこともあり、過剰な逃走スピードに加えて、グビラの追跡の度に起きる地面の激しい揺れが災いしてトレーラーがバランスを崩し、地面の上を転がってしまったのだ。

「きゃあ…!」

当然トレーラーの上に着地していたアリサやユウにも影響が出た。真っ先に、アリサがバランスを崩して宙に放り出されてしまう。

「アリサ!」

気が付いたユウは飛び上がり、宙に放り出されたアリサの体を自分の身を使ってキャッチする。だが勢いが付いていたこともあって、二人揃って廃墟となったビルの中へ、割れた窓ガラスを突き破って中に入り込んでしまった。

 

 

 

リンドウが、崖からユウたちが飛び降りた低地へ駆けつけたのは、そのときだった。

敵は、あの時ウルトラマンが倒せなかった巨大なアラガミ。性懲りもなく現れたのか。すると、そこへサクヤたち三人がようやくリンドウに追いついてきた。

「リンドウさん、ユウとアリサは!?」

コウタが真っ先にユウの安否を尋ねてきた。

「悪い…またはぐれちまった」

「ち、またか…」

ばつが悪そうにリンドウが答えると、それを聞いてソーマが舌打ちする。何度もはぐれているような気がする。そのたびに生きて戻ってくるのはいいが、自分としてはいい加減にしてほしかった。

「とにかくユウ君たちに連絡を取ってみましょう」

サクヤは端末を取り出してユウへの連絡を試みようとするが、ソーマが顔を上げてきた。

「待て。あれを見ろ」

彼が指を差すと、その方角にてグビラがトレーラーの走行していた方向に向かって歩き続けている。もう時間がない。恐らく向こうにはユウたちがいる。

「ったく、やっこさんはまーだ前のデートの続きがしたいらしいな」

「んな呑気なこと言ってる場合じゃないでしょ!」

ため息交じりにぼやくリンドウに、コウタが鋭く突っ込みを入れてきた。

「みんな、一気に駆けましょう!」

サクヤが三人に向かって叫んだ。

 

 

「ぐ…」

一方、トレーラーから放り出されたことでビルの中に突っ込んでしまったユウは起き上がった。

「ユウ、大丈夫か!?」

目の前にタロウが浮遊しながら言葉をかけてきた。

「なんとかね。結構痛かったなぁ…」

いくら偏食因子を体内に注入されたことで体が強化されているとはいえ、激痛だ。普通の人間だったら死んでいたかもしれない。

「そうだ、アリサは!?」

確か、ここに突っ込む直前に自分の身を使って受け止めていたと記憶していた。アリサの姿を求めて辺りを見渡すユウ。

アリサの姿は、すぐに見つかった。ユウの傍らで倒れていた。

「アリサ、大丈夫!?」

「う…」

倒れていたアリサのそばで身をかがめ、名前を呼ぶ。アリサはすぐに目を覚ました。

「神薙、さん…私の神機は…?」

アリサもさっき吹っ飛ばされたことで体に受けた衝撃が残ったままだったようだ。

「無茶したらだめだ。もうその怪我じゃ…」

「私は立ち止まるわけに、行きません…パパとママの仇を殺すまでは…絶対に…」

既に体が激痛だらけで、見た目も負傷していることが伺えるというのに、アリサは戦うことをやめようとしない。立ち上がって傍らの地面に突き刺さった神機を拾いに行こうとする。

「痛ッ!」

怪我の影響もあってアリサはすぐ膝を着いてしまう。だがそれでも、体を引きずりながらも外に向かい始めた。

「アリサ!やっぱり堪えてるじゃないか。すぐに治療しないと…」

「あなたの方を借りるくらいなら…一人で行く方がマシです!」

元々ユウを見下していたこともあるし、しかも体を触られたショックで彼女は、絶対にユウに頼らないことを心に誓った。神機を地面から引き抜くと、背を向けてユウの下を去り始めた。

「アリサ!一人じゃ危険だって!おいって!」

「っぐ…」

しかし、意地をいくら張っても体というものは正直。神機を手から落とし、アリサは体に残ったダメージの影響でその場で膝を着いた。

「ほら、やっぱり痛んでるじゃないか。ここに座ってて。今携行品から薬出すから」

「ち、ちょっと!」

ユウは無理やりアリサを壁際に座らせると、自身の携行品から回復錠やガーゼを取り出す。そしてアリサの傷だらけになっていた右腕を持ち、傷に塗り薬を塗りつける。ゴッドイーターとなった人間は普通の人よりも傷の治りがずっと早いのだが、今は仲間をはぐれている状態。薬を使ってすぐにでも回復した方が効率がいいはずだ。

「意外と、手慣れてるんですね…」

「意外は余計。まぁ、昔妹がすりむいたときとかあったからね。それで自然とね」

なるほど、通りで手先が小器用なのだ。治療相手の傷を痛めないように、そっと優しく触れながら傷薬を塗りつけていく。

不思議と、アリサは懐かしい気持ちになる。

 

以前にも、『あの人』にやってもらったんだっけ。

 

親を失い、絶望の淵に叩き落されたアリサには、手を差し伸べてくれた人がいた。親をアラガミに食われ生きる導も見失った彼女の手を握り、引っ張ってくれた人だ。だけど…

(なんで、あの人のことを思い出したんでしょうか…)

アリサはその人のことを考えるのをやめた。その人とは、もう会っていない。いや…もう会えないと考えるべきだろう。だって私は…あの人からも…。

「アリサ、昨日の話の続きなんだけど」

すると、ユウが治療を続けながら、アリサに向けて話を切り出してきた。それも昨日の話の続き。アリサとしては避けたかった話題だった。

「ご両親って、どんな人だった?」

しかし、彼はなぜかアリサの両親について問いかけてきた。

「…私のわがままを笑って許してくれる、優しい両親でした」

幼い頃の光景を脳裏に浮かべながら、率直且つ正直に、アリサは答えた。

「そっか…」

どこか安心したように、ユウはほっと息を吐いた。そして、だとしたら…と続けた。

「そんなに優しい人ならアリサが憎しみの赴くままに戦うことを良しとしないと思うんだ」

「ッ!…どうして…どうしてそんなことが言い切れるんですか。あなたは私のパパでもママでもないくせに…ッ!」

またそれか、とアリサは思った。この人はなぜこうもアラガミへの憎しみを理由に戦うことを拒むのか。以前一度否定されたときの怒りが湧き上がりそうになる。

「確かに。でも、人を養ったことがあるから分かる気がするんだ。君のご両親と同じように、僕も妹を持っていたから」

ユウはアリサの視線にも、その言葉にも押されることなく続けた。

「もし、妹が生きていたとして、ゴッドイーターになるって言ったら…僕は間違いなく反対する。たとえ僕自身が死んでいても同じことを言いたくなる」

表情が、穏やかなものからだんだんと険しいものになっていく。

「だってそうだろ?自分の大切な人を好きで戦場に送る奴なんて、その人の命を軽く考える、ただの人でなしじゃないか。ましてや、自分が傷つけられたからって娘にやり返すことを促すなんて…そんなの親のすることであってたまるか」

アリサは、一度ユウに否定された憎悪を否定されたときと同じように、心が灼熱していくのを覚えた。

 

 

アリサったら、どこに行ったのかしら?

 

なぁに。いつもの場所に決まってるさ

 

あの子は、かくれんぼするたびに何時も同じところに隠れるからな

 

 

「違う…」

 

 

もういいかい?

 

まぁだだよ

 

 

「君のパパとママはそんなことを平気で強要する酷い人だったのか?」

 

 

もういいかい?

 

もういいよ

 

 

「憎しみを糧に戦い、仲間の存在を蔑ろにする、今の君を本当に肯定してくれる人でなしだったのか?」

 

「違います!!…痛ッ…」

 

思わず腰を上げたアリサ。だが、まだダメージが残っていた影響で、すぐに体を抑えながら再び腰をかけた。だが、親さえも否定してきたユウへの怒りを、力で示せないぶん口先で強くぶつけて見せた。

「私のパパとママは!そんな人じゃありません!!そんな人…じゃ………ッ!!」

が、ここまで言いかけたとき、アリサは何かに気が付いて、ハッとなった。

「そうだよね。やっぱりそうだと思った」

ユウはそこまで聞いて、頷いた。

「親を失ってあれだけアラガミを憎むほど両親を愛した君の親が、君が戦場で戦うことを喜ぶはずがないじゃないか」

「それ、は…!でも…」

『あの人』は、言っていた。何度も言っていた。『アラガミを殺せばパパとママが喜ぶ』と。

でも、どうしてだろう。悔しいが、確かに思い起こせばパパとママはユウの言ったとおり、そんなことを許すような人たちじゃなかった…という確信があった。それなのに、『アラガミを殺せばパパとママが喜ぶ』だなんて、どうして思うようになったんだろう。

自分の中に宿る矛盾を、彼女は自覚しつつあった。

「アリサ、憎しみってすごく厄介だよね…。でも、だからってアラガミを殺すためだけに戦うことにつなげるべきじゃないし、ましてや周りの皆を見下していい理由にもならない。そんなこと、君のパパとママが許してくれるはずがないだろ?

だから、ほんの少しずつでもいい。僕たちやアナグラのゴッドイーターたちのことを見てほしいんだ。新型だからとか憎しみとか、そんなこと関係なしに」

「……」

憎しみを持っていることも、新型であることも関係なしに…。

親を失い、生きる気力を失った。だがある日、新型の資格を得たことで、自分から全てを奪ったアラガミへの憎悪を糧に、ゴッドイーターとして精進してきた。だが他のゴッドイーターたちは、旧型の人たちはアラガミを倒すための心構えを持っているとは思えない抜けまくりの人材ばかり。新型である自分は、そんな人たちとは違うと考えた。だから自然と壁を作ってきた。その人たちのようにはなりたくなかったから…仲間を蔑ろにし始めていた。

そうやってゴッドイーターとして戦ってきたアリサにとって、それはゴッドイーターとしての生き方を丸々変えてしまえと言われているようだった。

「あ、そうだ。アリサ。回復錠、まだ自分の分ある?」

「え?あ……いえ」

思わず呆けたような声を漏らすアリサ。しかし、直後に彼女のボーっとしていた脳はすぐに覚醒する。

「ほら、あーん」

ユウが指先で回復錠を摘み、それをアリサの口の中に入れようとしていたのだ。それを見てアリサは、これまで冷たい表情しか見せなかったはずのその顔を真っ赤にした。

「こ、子供扱いしないでもらえます!?」

「な…なんだよ。そもそも君は僕より年下だろ?」

がー!っと牙をむき出すように怒鳴るアリサに、逆にユウは困惑した。

「どうでもいいです!回復錠くらい自分で服用できますから!」

アリサは乱暴にユウから回復錠をぶん取ろうとしたが、その拍子にバランスを崩し、体が前のめりに倒れてしまう。

「危ない!」

ユウはとっさにアリサの体を落ちないように受け止めた。

だが、そのとき彼は手に何か変な感触を覚えた。

 

何か、むにゅ、と心地よいやわらかさが彼の手に収まっていた。

 

(なんだこれ?なんかやけにやわらかくて…妙に大きくて…)

ふにふに、とも取れる感触。驚くほどに心地よい。

すると、ユウに受け止められていたアリサの口から声がもれ出た。だが、その声は今までにないほどのものすごくドスの利いた真っ黒な声だ。

「……………ちょっと」

思わず神機もギンガスパークもなしでアラガミと相対した時以上の恐怖が蘇りだしたユウ。

(な、なんだ…アリサ、もしかして怒ってる?)

どうして彼女は怒っているのだろう。視線を落としてその意味を知ろうとする。すぐにその答えはわかった。

 

 

自分の右手が、アリサの豊満な胸をがっしり握っていたのだ。

 

 

「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!」

思わず両手を挙げて、まるでお化けにでも遭遇したかのような叫び声を挙げてしまったユウはすぐにアリサから離れた。

「ち、ちちち違うんだ!これは決してわざとじゃないんだ!アクシデントなんだ!

本当です!信じてください!」

アリサの胸の忘れたくても忘れられない心地いい感触を必死に頭から振り払うように、ユウは彼女に必死に弁明した。だが対するアリサの視線は、あまりに刺々しいものだった。

「ド・ン・引・き・です!!!」

しまいには、この一言。アリサの顔は羞恥によって真っ赤に染まっており、目は汚物でも見ているように嫌悪感丸出しだった。

だめだ…わざとじゃなくてもこの子は絶対に許さないタイプだ。

『…ユウ』

胸ポケット内に隠れたままのタロウがテレパシーで、かなり呆れた…というより嫌悪感に近い感情を露にしていた。つい最近ウルトラマンとなった新米とは思えない、なかなかの語りを見せてきたはずなのに、あまりにも締まらないオチを見たことで、ユウに対して呆れずにはいられなかった。

「言っとくけど、アリサの胸握ったのはわざとじゃないからね!?わかります先輩!?」

『わ、わかった!わかったから落ち着け!!』

あくまで言っていることがタロウとのテレパシー越しの会話であることも忘れ、あまりに必死に弁明してくるユウの気迫に、流石のタロウも押されかける。よほど胸を触ったことでアリサの刺々しすぎる視線を浴びたこと、…いや、それ以上にアリサの心地よすぎる胸の感触への動揺が大きかった。

体を、それも胸を触られた羞恥心のあまり、アリサは棘のある視線を向けてユウから数歩離れ始めていく。

すると、ユウが所持している端末から着信音が鳴り出した。すぐに取り出すと、サクヤの声が端末から聞こえてきた。

『こ…ら…ャ!ユ…君、無…!?』

だが、ノイズが走っていてあまりよく聞こえない。

「ちょっと回線が悪いな…アリサはここにいて!ね?」

ユウはよし!と逃げるように、いったん外に出た。

「こちら神薙。僕の方は大丈夫ですが、アリサのほうが結構深いダメージを受けてるみたいです。救援を願います」

『やっぱり怪我をしたのね。でも、無事でよかったわ』

通信先の相手は、サクヤだった。少し息が弾んでいる。こっちに向かいながら連絡を取ってきているのだろう。

『すぐそっちに救出に向かうから、アラガミが寄ってこない限りはそこから離れないで。アリサのことも見ておいて頂戴』

自分たちの無事を聞いたことで安心してくれたようだ。しかしサクヤの声に続いて、コウタの慌てる声が聞こえてきた。

『サクヤさん!あれ!』

「どうしたんです!?」

『まずいわ…』

通信越しでもサクヤがかなり焦っているのが伺える。さらにもう一つ、アナグラからヒバリが緊急連絡を入れてきた。

『た、大変です!もう一つ、巨大アラガミの反応があります!』

「え!?」

ただでさえ一体だけでもきついというのに、このタイミングでさらにもう一体出現したという事実に、ユウは驚愕した。

『今こっちの方でも確認したわ!…あ!』

サクヤの方でも確認されたようだ。だが、サクヤが再び声を上げてきた。今度は何があったのだ?一瞬ユウは気になりだしたが、すぐにその意味を知った。

『そっちにアラガミが向かっているわ!』

「なんだって!」

しかもこっちに来ている、だと!?

端末に表示中の贖罪の街のマップに表示された、二体の巨大アラガミの座標データ。まさかもう一体現れるとは。たった一体でも間違いなく苦戦を強いられたというのに。

「なんてこった…」

ユウは苦難の続く現実に顔を歪ませた。このままでは、アナグラに出迎える予定のフェンリルスタッフもそうだし、第1部隊の仲間たちも危険だ。

「ユウ、今は早く行った方がいい。手遅れになるぞ」

「で、でもアリサは…」

ひょこっと上着のポケットから顔を出し、すぐさま進行を促すタロウ。確かに今はアラガミに襲われた仲間やフェンリル派遣のスタッフたちの元へ行かなければならない。速攻でいくには、負傷しているアリサをここに置いて行くことも考えなければならない。

だからって、ここにアリサを置いて行っていいものか?そう思うと足が動かなくなる。

「行ってください…」

すると、内部からアリサが姿を見せてきた。傷の治療こそしたが、神機を杖代わりに立っている姿はどう見ても万全とは程遠い。

「私はゴッドイーターです。私自身が足を引っ張るくらいなら…不本意ですけど、あなたに後をお任せします」

「…!」

ユウは驚いた。あのアリサが、不本意だと口にはしているものの、目の前の憎い仇を殺すことよりも、一度体勢を立て直すために退くことを選んだのだ。

「…わかった。一度リンドウさんたちの下へ僕が連れて行くよ。歩ける?」

「いえ、私一人で雨宮隊長たちの下へ戻ります。心配はいりません」

強気の姿勢のまま、ユウからの問いにアリサはそう答えた。

「本当に?」

「はい。それに…また胸を触られるのはいやですし」

そう言って彼女はジト目でユウを睨みつける。もし次に触られたら、今度はバレットを何百発もユウの脳天にぶち込むつもりでいる凄みがあった。

「いやいや!触らないし!わざとじゃないからね!?」

まだ根に持っていたのかと思い、ユウは慌てて首を横に振った。

あまり格好のつかない形のまま、彼は一旦アリサと別行動をとるのだった。

 

 

邪魔者がいなくなったグビラは進行を再開し、さっきまで狙っていたトレーラーが廃墟の街の路上を転がっているのを見つけた。やっと餌にありつける。そう確信してトレーラーの元に近づいていく。

すると、横転していたトレーラーの傍らから、3・4人ほどの白衣を着た男女が姿を現してきた。リンドウが言っていた、後日の作戦のためにフェンリルから派遣されたスタッフたちだった。

「ひ、ひい!」

その内の一人の男性が、迫り来るグビラを見て悲鳴を上げた。その恐怖は伝染し、他の3人の男性たちにも及びかける。トレーラーの中から持ち出してきたケースを抱きかかえてそのまま立ち止まったり、腰を抜かして座り込んでしまうスタッフたち。

そして、追い討ちをかけるように、巨大な影が彼らの頭上から降りてきた。

「…!!」

頭上から自分たちの真上を暗くしたその巨大な影の正体を見上げ、彼らは今度こそ絶望の淵に叩き落されようとしていた。

 

 

同時期、ユウたちの元に急いでいたリンドウたちだが、厄介な事態に遭遇することになった。

ユウとアリサの居ると思われる方角に姿を見せているグボロ・グビラ。そしてさらに…自分たちが降りてきた高台のほうから、巨大な影が降りてきた。その姿を見て、リンドウは呟く。

「シユウの、巨大変異種…!?」

シユウはアラガミの中でも珍しい人の形を元にした種だ。その戦い方も武人然としている。そして本来なら空想の生物である鳥人間のように飛び回りながら獲物を翻弄し捕食する。

だが、たった今現れた、シユウの巨大種はその武人のような風貌に磨きがかかっていた。

顔の牙はそのままにした仮面。背中から生えたシユウの両翼のほかにも、手甲を身につけた新たな腕が生え、全部で四本にも増えた腕。そのうち新たに生えた鎧の両腕には、神機にはない、芸術的な美しささえも持つ名刀が握られていた。

「キシャアアア…!」

全体的にシユウの姿が、鎧武者のようなものに変貌しているのだ。

「一丁前に侍の真似事か?いい趣味してるな」

戦慄を覚えながらも、リンドウは戦意を孕んだ視線でシユウの変異種を睨みつけた。

すると、向こうから一つの人影が走ってきているのが見えた。だが足取りが、走っている人間にしてはどこか遅く、そしてぎこちない。目を凝らしてみると、その正体はすぐに分かった。

「アリサ!」

姿が見えたアリサの下へ、リンドウたちは一斉に駆け寄った。

「アリサ、無事か?」

「平気、です…少しへまをしただけですから」

リンドウから怪我の容態を問われ、アリサはいつも通り強気の台詞を言う。

「んの割にはボロボロじゃんか…それよりユウは!?」

「あの人なら、向こうに残っています。トレーラーの人たちの救助に向かいました」

それよりとはなんですか、と文句を言いたくなったが、コウタからの問いにアリサがそう答えると、皆の後ろからソーマが呆れたように口を開きだした。

「で、傷を負ったてめえだけがのこのこ戻ってきたって訳か」

「ッ!…そうですよ。悪いですか」

「…変な鼻っ柱を立てるから後で恥をかくんだ。覚えとけ」

こちらに目もあわせず、ムカつくくらいきつい言葉を述べていくソーマの姿を、アリサは睨みつけた。その言葉、覚えて置いてくださいよ?いつが自分に跳ね返ってくるでしょうから。そう言い返したかった。だが実際自業自得。言い返す資格なんてアリサにはない。

「はいはい君たち、喧嘩はお家に帰ってからにしなさい」

それを見かね、リンドウは両手を叩いて、まるで遠足にて生徒を引っ張る引率の先生のように呼びかける。どこかおどけた態度だが、直後に本気の目つきに変わって、隊員たちに向かって続けた。

「第1部隊はこれより新入りの救援を優先して動く。遅れるなよ!」

 

 

シユウの巨大変異種…『剣豪神ザムシユウ』は、横転したトレーラーから現れたフェンリルのスタッフを襲っていた。まるで、獲物を狙う鷹のように降りてくると、その魔手を伸ばしてスタッフを捕まえようとする。

彼らは必死にその手から逃げ延びようと、効かないと分かっていたが銃で狙撃する。当然ながらオラクル細胞の塊であるアラガミに、既存の武器など通じない。シユウの変異種の体が銃を受け付けないほどの頑丈であることもそうだし、たとえ通っても、アラガミの肉体を構成するオラクル細胞が弾丸さえも吸収してしまう。

しかも、グビラまでも迫っており、絶体絶命のピンチに陥っていた。

「だ、だめだ…」

やっぱり自分たち人間ごときじゃ、アラガミを倒すことなんてできないのだと改めて悟らされた。

「目を塞いで!」

だが、突如声が聞こえ、同時に一戸の物体が彼らや二体のアラガミたちの間に、視界を白く塗りつぶすほどの光が瞬く。スタングレネードの光だと瞬時に分かった。

その眩しさにアラガミたちは視界をつぶされてしまった。動きを止め、目元を覆うアラガミたちに、スタッフたちは驚いて動きを止めてしまう。

「こっちです!早く!」

声の聞こえた方向を見やるスタッフたち。そちらには、アリサと別行動をとり、彼らを救いに来たユウが彼らに向けて手招きする姿だった。

「ゴッドイーターだ!」

「よかったぁ…俺たち、助かるのか…」

安心するスタッフたち。だがそうするのはまだ早い。まだここは敵中の真っ只中なのだから。シユウの巨大変異種はまばゆい光から目を覆ってる隙に、彼らは一斉に駆け出した。

「みなさん、怪我はありませんか?」

スタッフたちが自分の下に来たことを確認し、ユウは怪我がないかを問う。

「はい、助かりました…」

「さ、早くこっちへ」

後はこの人たちをリンドウたちの下へ送るだけ。ユウが彼らを誘導しようとした時だった。

「ガアアアアア!」

シユウの変異種とグビラの二体が同時に暴れだしたのだ。周囲を探るように乱暴に手を伸ばしたり、とにかく体を動かして周囲の廃ビルを壊し始めた。

「ど、どうして!?視界をスタングレネードで潰したはず!」

『奴らめ、相当食い意地を発しているな。手探りと匂いを辿ることで、獲物である我々を探し始めたのだ』

これは不味い。いくら直接アラガミの手にかからなくても、ここは酷く老朽化した上に破損した建物の並ぶ廃墟。ここで奴らに暴れられたら、瓦礫が頭上から降って来て自分たちの身が危うくなる。

『タロウ、その人たちを頼めない?』

小さな声でタロウに、ユウは頼みを申し込んだ。

『わかった。隠れながら彼らを見ておこう。気をつけるんだぞ』

タロウは表立って出歩くことができないが、ユウの指示通りリンドウたちの下へ一直線に向かうスタッフたちを隠れて追いかけながら行けば問題ないはずだ。

うん、と小さくユウは頷いた。が、その短い意思疎通さえも許さないとばかりに、視界がまだ回復していないアラガミたちは周囲を破壊しながら、逃した獲物たちを探り続けていた。おかげで瓦礫が頭上から降り始めている。

「みなさん!今の内に走ってください!その先から僕の仲間が向かってきています!ここは僕が足止めしますから、そのまま振り返らずに走って!」

「す、すみません…お願いします!」

ユウを気遣う余裕は、スタッフたちにはなかった。彼らはトレーラーから持ち出したケースをそれぞれ手持ちに持って一目散に、リンドウたちの下へ走り出した。

ちょうどそのとき、ザムシユウとグボロ・グビラの視力が回復した。獲物を狙おうと、口から涎を流しながら迫ろうとする。すると、奴らの顔に向けてユウの神機による銃撃が数発撃ち込まれた。

「お前たちの相手は僕だ!」

銃撃とその一言で、アラガミたちは彼に視線を集中させた。

そうだ、それでいい。リンドウさんたちにも、スタッフの人たちにも手出しはさせない。

まとめて、相手になってやる!

敵意を剥き出しにする二体のアラガミたちに対し、ユウはすぐギンガスパークを取り出す。右手の甲に『選ばれし者』の紋章が浮かび上がり、ギンガスパークからギンガの人形が飛び出す。それをガシッと掴み、足の裏の紋章をギンガスパークですぐにリードした。

 

『ウルトライブ、ウルトラマンギンガ!』

 

「ギンガーーーーーーー!!」

 

光に包まれたギンガスパークを掲げると同時に、ユウはまばゆい銀河系の光に包まれた。

 

 

その光の輝きの発生に気づき、ユウの助力の甲斐もあって逃げ延びたスタッフたちは振り向く。

まばゆい光の輝きは、彼らの元へ駆けつけたリンドウたちにも見えた。

「おーい!無事か!」

ユウの言っていた通り、仲間のゴッドイーターたちの姿を見てフェンリルスタッフたちの顔に安堵がよみがえる。そして、自分たちが逃げてきた方角から発生した光に対して疑問を寄せた。

「あの、あの光は一体…!?」

「見てりゃわかるさ。安心しな」

リンドウがそう言ったとき、天に向けて立ち上る光の柱が、巨人の姿となって実体化した。

「き、巨人…!?」

「まさか、あれが…あの巨人が…『ウルトラマン』…!」

話には、フェンリルの一因であるスタッフたちも聞いていた。突然極東に現れた巨大変異種アラガミに対抗するように出現した、正体不明の光の巨人だと。

「もう大丈夫です!俺たちとウルトラマンが揃えば、怖いものなんかないって!」

コウタは、もう安心していい、大船に乗ったつもりでいてくれと言いたげに、大声で豪語した。

「グオオオオオ!!」

「クアアアアアアア!!」

「シュワ!」

ザムシユウとグボロ・グビラという二体の強敵と相対してなお気圧されることのないその雄雄しく神々しい姿は、人によっては頼もしい英雄の姿ともとれた。それに、リンドウたちが彼に対して敵意を抱いていないことを察した彼らは、今だ未知の存在に対する不安こそ拭いきれなかったが、少なくともギンガが自分たちの敵ではないことに心の安寧を取り戻しつつあった。

「全員戦闘区域から離脱するぞ。走れ!」

今の自分たちは、保護対象者を抱えている。援護するべきだとしても、ここで彼らを巻き込むことになる。リンドウは一度ここで全員に撤退命令を下した。

しかし、一方でアリサは複雑な表情を浮かべていた。

(……)

自分の心の中で燃え続ける復讐の炎を、血塗られた過去を体現するような赤い色の神機を握りながら。

そしてそんなアリサを、影からタロウが憂いている様子で眺めていた。

 




●NORN DATA BASE

○『本当です!信じてください!』
『ウルトラマンA』で何度も披露された、ウルトラマンエースの変身者である北斗星司の名(迷?)台詞。
この作品の宿敵である『異次元人ヤプール』の召喚する超獣たちが、あまりにも非現実的な形で登場することが多く、また彼らの起こす怪事件もこれまで以上に現実離れしすぎたケースが多かった。
唯一目撃した北斗だが、現実主義な山中隊員を中心に仲間たちから信じてもらえず(ただし南夕子隊員だけは別)、竜隊長から謹慎処分を下されることが多かった。

ググってみるとすぐに見つかる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

グリーン・サラブレット(後編)

「……」

ヨハネスは、女神の森の中央に立つ、一番高い塔の最上階に招かれていた。半円形の机が並び、その向こうにホワイトボードと演説用の席が一つ。そこはまさに会議室…というべき造りだった。

しかしそれ以上に、ヨハネスに同行している護衛のゴッドイーターたちは突き刺さるような視線の方が気になった。中高年層の人間が大多数を占めているのだが、そのありとあらゆる視線が、敵意を込めた白い目だった。アラガミと違って手を出してこないのはいいのだが、逆に言えば排除することなど以ての外の相手からの視線は違う方向でキツイ。

「…女神の森へようこそ」

演説用の席からヨハネスたちに呼びかける男の声。だが、言葉とは裏腹に、心から歓迎してくれているとは思えない。その男はメガネをかけており、周囲とはまた違う目でヨハネスたちを見下ろしていた。

「私はこの女神の森の総統『葦原那智』だ。貴君は…」

「お初目にかかる。葦原那智総統。私はヨハネス・フォン・シックザール。ご存じだと思うが、フェンリル極東支部の支部長を勤めさせてもらっている」

「やはりそうか!」

そう叫んだのは、那智と名乗った男とは違う人物だった。この部屋にいた、議員の一人だ。彼が席を立ってヨハネスを睨み付ける

「シックザール!貴様、よくもまぁここへ来るきになったものだ!貴様の政策のおかげで、私は極東に入れず、路頭に迷うことになったのだぞ!」

「俺の家族は、貴様が見捨てたためにアラガミに食われたのだ!俺だけじゃない!ここにいるみんなの家族が、貴様のせいで死んでいった!」

「どの面を下げてここに来たんだこの野郎!」

「あわよくばここを乗っ取るつもりで来たのではないだろうな!そのつもりでいるならしかるべき覚悟をしてもらうぞ!」

たちまち、怒りの声がヨハネスたちの耳に飛び込んだ。その声を苦痛に感じて、ヨハネスの護衛のゴッドイーターたちは顔を歪ませた。

「そういう君こそ、なぜここにいるんだい?葦原那智総統…君の顔はエイジス建設計画書の顔写真で見たことがあるのだが」

至って落ち着いた口調でヨハネスは那智に問い返した。

「…やはり私のことを覚えていたか」

ふん、と息を吐いて那智は言う。

「なぜか?それは貴君の胸に聞けば容易くわかることだ。先ほど、彼らが貴君の名前を聞いて声を荒げてしまったようにな」

やはりか、と思った。それに対してヨハネスは表情一つ変えようとしなかった。わかっていたからだ。自分が…自分たちフェンリル関係者が彼らに罵声を浴びせられることは。

フェンリルの手で救える人類など、結局ほんの一握りだ。食料もアラガミに食われることもあるし、食料を作ったり育てたりするための土地もアラガミのせいで満足に開拓することもできない。地下にプラントを建設しているが、建設費も馬鹿にならないし数に限りがある。どのみちすべての人間を救うことなどできないのだ。誰かが貧困に陥り、路頭に迷うことになる。ならばせめてゴッドイーターとなる素質のある人間を優先的に救うのがいい。非情だとわかってはいるが、限られた資源と土地というハンディを強制で課せられている以上、それしか選択することができないのだ。

この選択で彼らのような人間から憎まれるとわかっていても、これも人類を救うために必要な選択だった。ヨハネスはどんなに悪意のある視線にさらされ、罵声を浴びせられても迷いもせず、そして揺らぐこともなかった。

「…改めて謝罪しよう。君たちを過酷な外の世界に放り出したのは紛れもなく私だ。謝って済む問題でないことは承知しているが、申し訳ないことをした」

だが、せめてもの礼儀は尽くさねばならない。ヨハネスは頭を下げて謝罪した。無論たった一言で済まされるほど自分のしたことは…『自分が行っていること』は許されることではないとわかっていた。

「謝って済まないとわかっていながら…なぜ俺たちを見捨てた!!」

「ゴッドイーターの素質がなければ、救う価値もないとでも言うのか!貴様それでも支部長か!!」

ヨハネスの誠意を持った謝罪に対しても、信用できないとばかりに女神の森の議員たちは口々にヨハネスを罵倒し呪いの言葉をぶつける。

「せめてもの償いとして、我々の方からこちらに資材を送っていることは…」

ヨハネスはユウをゴッドイーターとして迎え入れたことで、資材をこの女神の森に送り届けていることについても触れる。

「償い?物を送りつけたくらいで済む話か!!」

もちろん、向こうにとって大助かりではあるものの、物を送ったくらいで彼らがこれまで失ってきた近しい人たちが蘇るわけではないし、怒りが必ず収まるわけでもないことは、ヨハネス自身も分かった上の事だった。

「黙れ貴様ら!支部長が…俺たちフェンリルだって人類のために苦心の努力をしているというのに、何も理解もせず非難するとは、貴様らこそ何様のつもりだ!!」

「なんだと!!?」

「おい、止さないか!」

だが、ついにヨハネスの護衛のゴッドイーターたちも黙っていられなくなり、たとえすべきでないとわかっていても、乱暴な口調と怒鳴り声で反論してしまった。中にはそれを止めようとした者の声もあったが、彼らの声はすぐ互いを憎み合う心の声で潰されてしまう。

「静粛に!!」

すると、那智が両手を一つパンと叩いて、議員たちの口を閉ざさせた。

「君たちもだ、ここで事を荒げるような真似をするな」

ヨハネスも、引き連れてきたゴッドイーターたちにただ一言言って、彼らを黙らせた。

そして、那智は改めてヨハネスを見て質問する。

「単調直入にお尋ねしようか、シックザール支部長。なぜ、ここに来られたのだ?」

「ここはアラガミの襲撃された痕跡が全くと言っていいほど見られなかった。その理由を我々も知りたいのだ」

「やはり、ここを奪いに…」

「木野議員、お気持ちはわかるが、今は支部長殿との話し中だ」

「……」

一人の議員が、ヨハネスがここを乗っ取ると思って席を立って文句を言おうとしたが、那智の一言と視線を浴びせられ、渋々ながらも着席した。

「で、知ってどうするおつもりだ?」

「人類を一人でも多く巣食うために、その秘密を解き明かしたいのだ。君たちのような、路頭に迷ったもの、今でも壁外で苦しむ人間を一人でも救うために」

ヨハネスは那智を見ながら続けた。

「私の政策の結果が、君たちのような方々を生み出してしまった。だからこそ、その過ちを精算するためにここへ来た。

勝手を承知ではありますが、葦原総統。あなた方『女神の森』に協力を申し出たい」

自分の方法がすべて正しいとは思っていない。だが、自分は人類を守るために親友と共にオラクル研究者に、そして今は支部長としての役割に徹している。その信念に迷いはない。

ここがアラガミに狙われない理由…それを解き明かさねばならない。

しかし、彼らは自分の切り捨て政策のために、アラガミの巣くう防壁外での生活を余儀なくされた身の集団。信用されない方がおかしいとヨハネス自身も自覚している。もしかしたら、自分たちの予期していないタイミングで、背中を指されることも懸念されるし、それ以前にこの場で協力を断られることも当然考えられる。

万が一そうなった場合の…覚悟はできている。

 

(アラガミの根絶された未来…それこそが『アイーシャ』の…人類の誰もが夢見た未来なのだ)

 

 

そのためなら…どんな手を使ってでも…!

 

 

 

 

「グガアアアア!!」

グボロ・グビラとザムシユウ。二体のアラガミたちが、自分たちが取り囲っている巨人、ウルトラマンギンガに一斉に襲い掛かった。

先手を打ってきたのはグビラの方からだった。以前にも見せた突進してギンガに攻撃を仕掛けた。ギンガはそれを、両手を広げ正面から受け止める。勢いがすごかったことも合って、ギンガは受け止めの姿勢のままズルズルと後ろにずらされていく。背後にはザムシユウが、刀を構えていた。あれで串刺しにするというのだろうか。

そうはさせるか。ギンガは突進するグビラの方に向き直すと、グビラの背を伝いながら前転し、グビラの背後に降りた。

「デア!」

自分の頭上を、それも背中を逃げ道に利用されたグビラは驚き、ギンガを押しのけるためにかの上につけすぎた勢いを殺すことができない。結果、さっきまでギンガの背後で構えていたザムシユウとぶつかり合ってしまう。

「グフ…!!」「ギィ!!」

ギンガはアラガミたちの方に向き直ると、グビラの尾を掴んで引っ張りあげて振り向かせて持ち上げる。顎が頭上に見えるくらい持ち上がったところで、ギンガはその顎にアッパーを叩き込んで怯ませ、続けて蹴りを腹に叩き込んで突き飛ばした。

それと同時に、グビラと入れ替わるようにザムシユウが刀を振り上げてギンガに向かってきた。

「オオオオオ!!」

剣ならば、剣で勝負。ギンガは右腕のクリスタルから〈ギンガセイバー〉を形成、ザムシユウの剣撃を受け止めた。ザムシユウは一度防がれても動揺することなく、続けてギンガに向けて刀を振り回し続けた。ザムシユウが一太刀入れる度に、ギンガの光る剣が、刀の一撃を受け止め続けていく。

 

 

一方、撤退中の第1部隊。

彼らは保護したフェンリルのスタッフたちを連れて一度ミッション現場から退避していた。ギンガが戦ってくれていたおかげで、アラガミたちは彼の方に注意を向け続けており、今のところ自分たちは比較的万全の状態での撤退を続けることができていた。

「すげぇ…さすがギンガだぜ」

退避しつつも、彼らはギンガとアラガミたちの戦いを見ていた。

コウタから見て、ギンガの戦いぶりはまさに無双の剣士のような立ち振る舞いに見えた。相手も剣を使う相手だが、グビラというもう一体の強敵がいながら、奴らの攻撃をたくみに受け流している。

「こ、これならいけるかもしれない!」

自分たちはきっと助かる。リンドウたちに保護されたフェンリルのスタッフたちもコウタと同様に期待を寄せ始めた。

だが一方で、ソーマはふぅ…と呆れたようにため息を漏らしてきた。

「何だよ?」

なんか馬鹿にされたようにも聞こえる、そのため息をコウタは聞き逃さず、ソーマをジト目で睨む。その視線に対してソーマはただ一言「よく見ろ、馬鹿が」とだけ呟いた。

「…旗色が悪くなったな」

リンドウも表情が険しくなった。タバコを吸いながらギンガを見る目が、鋭くなっていた。

長年ゴッドイーターを続けてきたリンドウは、ギンガがそのとき苦戦を強いられ始めたことに、真っ先に気づき始めていた。

 

 

リンドウが思っていた通りだった。ザムシユウとの攻防はギンガに…ユウにとって一秒は愚か、一瞬たりとも気が抜けない攻防だった。

(速い!)

あまりにも相手の剣捌きが速く、達人の域と言っても過言ではないほどだった。これが捕食本能ばかりを優先させるアラガミの戦い方とはとても思えない。頭、喉下…手数を踏まえつつこちらの急所を的確に狙ってきているのだ。

「く!」

ほんの少しでも考えてると、奴はその隙を突いてくる。気を抜く暇も息つく暇もない。容赦なくザムシユウの剣撃がギンガを襲い続けた。

いつまでもこの状態では不味い。ギンガはお返しにザムシユウに向けてギンガセイバーを振るった。しかし、その一太刀は簡単に見切られてしまい、あっさり受け止められてしまう。

「!?」

驚いて隙を見せたのをザムシユウは見逃さなかった。

「フン!!」

刀を切り上げてギンガセイバーを弾き、胸元ががら空きとなったギンガに向けて、今度は刀を頭上から振り下ろした。

『避けろ、ユウ!』

タロウの声が頭の中に響く。まずい!ギンガはとっさに後ろへ飛び退こうとしたが…。

 

スバッ!!

 

「ガハッ!!」

胸元に鋭い痛みが走った。後ろへよろめきながら胸を押さえるギンガ。カラータイマーを囲う形で胸元に埋め込まれていたクリスタルの一部に、切り傷が痛々しく刻み込まれていた。

 

 

「Wow!やるじゃねえかザムシユウちゃんよぉ!」

「ほぅ…」

ビルの屋上より、ギンガの体に刻まれた切り傷を見て、遠くから眺めていたバルキー星人バキははしゃぐ。マグマ星人マグニスも関心を寄せていた。思った以上の成果だった。

「確か、あのシユウの変異種の素材にした奴は…我らの同胞を切り殺した剣豪だったな」

「おうよ。メビウスやヒカリと共に、かの『暗黒大皇帝』に挑んだ身の程知らずではあったがな。Powerはこの宇宙でも十分強力な部類に入る奴だったのよ」

 

ここで少し説明を入れよう。

彼らの言うザムシユウの素材となった存在の名前は『宇宙剣豪ザムシャー』。

彼と、彼の同族たちはこの宇宙において高名な存在となるほどの剣の達人を輩出してきた種族なのだ。特に、『メビウス』と『ヒカリ』と戦った戦士はというと…今マグニスたちが言っていたように、彼らの同族を多勢に無勢だった上に、彗星という不安定な戦場だったにもかかわらず、『名刀・星斬丸』の一太刀のみで瞬殺したほどの豪の者だったのだ。

 

「しかし、試すというわりに、本気でやりあっているように見えるな」

マグニスは一方で、優位に立っているザムシユウを見て呟いた。今回はギンガの力量を計るために、シユウをザムシャーのスパークドールズと融合させている。その結果誕生したザムシユウは、見ての通りギンガよりも優性にあるのだが、これはもはや『試す』のベクトルを通り越しているようにも見えた。しかしバキは言った。

「試すには、本気で殺るつもりじゃねえと試すってことにはならねぇのよ、Meたちの業界じゃな。だろ?」

「…なるほどな。試し程度で敗れるような奴ならこれ以上関心を寄せる必要もないというわけか」

この程度で負けるようなウルトラマンなら、寧ろ願ったり叶ったりだ。自分たちの脅威となる災いの目が刈り取れるのだから。

「さあて…ギンガ、YouはこのPinchをどうClearするかい…?」

あぐらをかいて地上を見下ろしながら、バキは催し物を見るような目でギンガの戦いを見届け続けた。

 

 

「グオオオ!」

斬られた胸を押さえているところで、ギンガは後ろから押し出される感覚を覚え、そのまま前のめりながら倒れ込んだ。

「グゥ…!」

上からのしかかってくるグビラを跳ね除けようとするギンガ。すると、グビラはいつぞやのように鼻の砲塔からドリルを出すと、それを使ってギンガの顔をえぐり取ろうとする。

砲塔が顔に突き刺さる寸でのところで、ギンガはドリルを生やした砲塔を両手で掴んだ。力いっぱいドリルを突き出してはギンガの顔に傷を入れようとするグビラを、なんとしても押しのけようとするが、グビラの体重があまりに重かったために難しかった。だが、諦めるわけにいかない。ギンガは根性を振り絞り、全身のクリスタルを紫色に輝かせる。そして次の瞬間、彼の額のクリスタルから一発の光線がグビラの顔面に直撃した。

〈ギンガスラッシュ!〉

「デア!!」

「グガアアアア!!」

0距離で直撃した攻撃。それを食らってグビラはかなり怯み、その隙にグビラを蹴り上げて脱出。さらにダメ押しに勢いをつけたけりを叩き込んで遠くへグビラを突き飛ばす。

しかし、脱出に成功した直後に刀の刃がギンガの立っていた場所に突き刺さる。ザムシユウの攻撃だ。もしあのままグビラに捕まっていたままだったら、あの刀によって串刺しにされていたかもしれない。

だがその時、テレパシーを通してギンガ=ユウに呼びかけるタロウの声。

『気をつけろ!奴は先ほど地面に潜って姿を消したぞ!』

『何…?』

テレパシーの通り、周囲を見る。

(いない…!?)

目の前にはザムシユウ。だが、もう一体の…グボロ・グビラの姿が見当たらない。いったいどこへ消えたのだ?ザムシユウにも警戒しつつ、姿を消したグビラの姿を探し回った。どこに隠れたのだ。注意深く観察するギンガだが、そんな気さえも回そうともせずギンガに襲いかかる。今度は、シユウだったときにも備えていた火炎弾を手のひらから飛ばしてきた。

「グゥ!!」

ギンガはとっさに両腕をクロスし、火炎弾を防御する。奴は接近戦だけでなく、遠慮理からの攻撃も可能。これでは姿を消したグビラがどこに消えたのか調べることができない。

地面に突き刺さった刀は、ギンガに近づいてきたザムシユウによって拾い上げられ、再びギンガを細切れにせんとばかりに振り回された。自分ももう一度ギンガセイバーを用いて応戦するギンガ。だが、やはり剣術の腕は奴の方が上手だった。ザムシユウの荒れ狂う剣の舞の前に、鍔迫り合いに持ち込むことさえできなくなる。

そして…

「ムゥン!!」

 

バキン!!

 

ギンガのセイバーが、へし折られた。

「!?」

自分の剣が折られ、思わず動揺し折られた剣を見る。まさかここまで見事にへし折られてしまうとは思いもしなかった。だが、それは今の状況でしてはならないことだった。折れたギンガセイバーに視線を傾けてしまった隙に、一つの影がギンガの前に立っていた。

それも…刀を振りかざした状態で。

直後、名刀による一太刀が、ギンガを頭上から襲いかかった。

『いかん、ユウ!』

タロウの叫び声がギンガの耳に聞こえたが、もう遅かった。

 

ドシュ!!

 

「グアアアアアアアアア!!」

避けることができず、ギンガの肩に深い刀傷が刻み込まれてしまった。

ピコン、ピコン…ピコン…

ギンガのカラータイマーが、点滅を始めた。

強い…。ギンガはアラガミとはいえ、とんでもない剣術を繰り出してくるザムシユウに戦慄する。でもここで負けては、自分たちにも仲間たちにも未来はないのだ。勝たなくてはならないんだ。

そのとき、地面が勝ち割れる音が響いた。もしや、姿を消したグビラだろうか?そう思ってギンガは身構えなおす。

だが、このときユウは自分が油断しきっていたことを呪った。

 

姿を消していたグビラが、フェンリルスタッフを連れてミッションエリアから離脱しようとした第1部隊の仲間たちのすぐ近くの地面から、這い出てきたのだ。

(しまった…!!)

ギンガは、すぐに彼らを助けに向かおうと駆け出そうとしたが、銀色の剣閃が彼を襲った。ザムシユウの刀だ。咄嗟にバック転して回避したギンガ。

(あ、危なかった…)

下手したら同と下半身が分かれる所だった。しかし、これでは仲間たちの援護に迎えない。

「ヌアアアアアアア!!」

武者というよりも、凶戦士のような雄叫びを上げて再び剣を振りかざしてきたザムシユウ。ギンガは再びギンガセイバーを形成してその剣撃を防御する。一度この剣は折られてしまったのに、咄嗟のことだったから避けるのではなく防いでしまった。そのことを軽く後悔する。

(く、くそ…!)

ギギギギ…と音を立てながら続くつばぜり合い。だが、このままではいずれまた剣を折られてしまう。そしてまた仲間たちの下へ向かう時間が…。

いちいち時間なんてかけられるか!

「どけ!邪魔をするな!!」

ギンガは、自分とつばぜり合いの姿勢のままだったザムシユウの足元の地面を蹴り上げて抉った。その際、土や砂がザムシユウの頭に降りかかる。刀で押し返すことに集中していたこともあり、油断して顔に土や砂を浴びてしまい、顔を抑えるザムシユウ。隙を見せて、しめた!とギンガはザムシユウの体に一太刀、剣の一撃を加えた。

「ゼア!!」

「ギェアッ…!!」

ギンガの光の剣の一撃が、ザムシユウの体を覆う鎧さえも突き破り、鎧に覆われていたその体表に傷が深くめり込む。斬りぬくと同時にザムシユウは大きく後退りしてよろめき、膝を着いた。

(間に合え!)

ギンガは再び第1部隊の元へ駆け出した。

 

 

 

「ヤバイ!ウルトラマンに傷が!」

斬りつけられ、カラータイマーが点滅を開始したギンガを見て、コウタが思わず声を上げた。

あの太刀捌き、素人から見てもあまりにすごすぎて言葉にならなかった。ゴッドイーターは剣を扱う者は数知れないが、あれほど剣術に精通した戦いぶりを見せた存在は、リンドウでさえ見たことがなかった。

「化け物の癖に…」

なんて達人ぶりなのか。アリサは認めたくないのに、ギンガを斬りつけたザムシユウの剣術を心のどこかで認めていた。

「な、なんだよあのアラガミは…あんな奴見たことないぞ!」

フェンリルのスタッフたちも、ギンガと交戦するザムシユウの力に恐れおののくばかりだった。

「リンドウ、どうする?援護する?」

苦戦するギンガを見て、サクヤがリンドウに提案した。

「援護って…本気で言ってるんですか!?」

ギンガを快く思わないこともあり、信じられないといった様子でアリサは声を上げた。

「ウルトラマンが得体の知れない存在なのは確かよ。でも、アラガミと戦ってくれるのなら、彼の力を利用しない手はないわ。その方が誰も命を落とすことなく危機を脱する可能性が高い」

「そうだな…だが今の俺たちは彼らを護衛しないといけない身だ。迂闊に手を出すのはかえってやばい。それに…俺とソーマは近接攻撃しかできねぇ。ヴァジュラ程度のサイズならまだいいが、あそこまでデカイ奴だとちと無理がある」

サクヤとリンドウの言うとおり、自分たちを襲わず、アラガミとの戦いを自ら率先してくれるウルトラマンの存在は都合がいい。それに今回は、フェンリルから派遣されたスタッフがいるのだ。彼らを守りつつアナグラに無事帰還するためには、ギンガの力を借りた方が効率的だ。

しかし、アリサは納得できずにいた。なんで、あんな奴の力を借りなければならないのだ。

「前々から思ってたんですが、あなたたちはそれでもゴッドイーターなんですか!?あんな巨人の力じゃなくて、自分たちの力で任務を遂行しようと思わないなんて!」

自力で解決するのが難しくても、それをなんとかするのが自分たちの仕事ではないのか。アリサはそれを訴える。

「じゃあアリサ、お前に何か決定打があるとでもいうのか?」

「そ、それは…!」

じっとリンドウの視線に当てられ、アリサは息を詰まらせた。認めなくないこともあって、何かを言いたくて仕方ない衝動に駆られた。だがいくら考えても、リンドウが求めているような答えを見つけることができない。

「で、でも!あの巨人が私たちの味方かどうかなんて…!そもそも、ウルトラマンがもし人類の味方であることが本当だとして…どうして今までアラガミを見逃してきたんですか!!」

それでも、許せない気持ちを隠せないアリサには、ギンガに力を貸すことに反論したくなる。

「っと、どうも俺たちも呑気に話してる場合じゃねぇな…!」

ガン!と激しい音が鳴り響くとともに、リンドウたちの足もとが地震を起こしたように激しく振動する。ギンガとアラガミたちとの戦いが激化し始めたのだ。

しかし、もう一つ彼らはあることに気が付く。

「もう一体のアラガミがいない!」

そう、彼らもグビラが姿を消したことに気が付いた。位置は?どこに隠れた?廃ビル街の中か?すぐに警戒を強めた第1部隊だが…姿が見当たらない。

「下だ!早く避けろ!」

ソーマが足元を見ていきなり叫び声を轟かせる。彼の声に反応して、第1部隊の面々は3人のスタッフを一人ずつ抱えると、一斉にその場から散る。そして次の瞬間、地鳴りが起こり、地面が割れていく。

そして勢いよく、巨大な影が彼らの立っていた場所を突き破って姿を現した。

「うわあああああああ!!」

姿を消していたグビラだった。ギンガに敵わないと見たのか、同時に一度狙った獲物を逃がさないために、今度はゴッドイーターたちにターゲットを変えて襲ってきたのだ。

「クアアアアアアア!!」

グビラは怯えるスタッフたちに追い打ちをかけるように、彼らに向けてその鋭い牙を生やした。ウルトラマンが現れ、アラガミと戦ってくれている。そしてゴッドイーターたちが自分たちを守ってくれている。安心した矢先にまた自分たちに死の恐怖を叩き込もうとする脅威が目の前に再来したことで、フェンリルスタッフたちは青ざめる。

「うわ!」

そして内の一人が恐怖で足がもつれたせいで転んでしまう。それを獲物に飢えたグビラが見逃すはずがなかった。地面をえぐりながら進み、そのスタッフの一人を飲み込もうとした。

『ウルトラ念力!』

その時、小さな赤い影が…タロウが間一髪でグビラの前に現れ、今の彼にとって唯一の武器である念力を浴びせた。

「ガ、ガガ…!?」

その影響でグビラは、見えない何かに押さえつけられたように動きを止めた。

「なんだ…?」

獲物を食らう絶好の機会なのに、動きを止めたグビラに、転んだスタッフを直ちに拾いに向かったリンドウたちは困惑する。

だが生き物とは常に動かずにはいられない存在。グビラはその見えない何か…タロウの念力に抗おうと、体に力を入れて抵抗し始める。

『く、やはり私の今の力では、抑えきれないか…!』

グビラの抵抗力の強さに、念力をかけているタロウも苦心する。元の力があれば、この怪獣に…アラガミにも対抗できたはずなのに、今はまだまだ青く若い後輩に託さなければならないというのがやはりもどかしい。それでも、ウルトラ念力は今の自分にできるたった一つの技。ゴッドイーターたちがスタッフたちと共に一度戦線を離脱し、ギンガが…ユウが来るまで時間を稼がなければ。

だが、タロウの願いとは裏腹に、グビラは咆哮を上げる。その雄叫びの力はタロウの力では抑え切れるほどのものじゃなかった。

『くあああああ!』

押し返されてしまい、念力が解けてしまうタロウ。当然解放されたグビラは再び獲物を狙いに迫る。しかし、再び閃光が周囲に走る。咄嗟にアリサがスタングレネードを投げ込んだのだ。視界を再び遮られたグビラがまたか!と叫んでいるような、うっとおしそうに悲鳴を上げる。

「早くこっちへ!」

アリサが立ち上がれないスタッフの男を引っ張っていく。まったくしつこいものだ、と思わされる。

「急いで走れ、アリサ!」

アリサに呼びかけるリンドウ。だがその時、グビラはスタングレネードで視界をつぶされていたにもかかわらず、すぐに動き出したのだ。

「何!?」

なぜ?スタングレネードの浴びせたのに?もしや、一度食らったがために、もうスタングレネードのフラッシュに対してある程度の耐性ができてしまったとでも言うのか?

「アリサ!」

一足先に、数メートル離れた位置にいたサクヤとコウタの声が聞こえる。しかし自分たちと違い、アリサたちはいつでも食われてもおかしくないほどの至近距離にいた。

すぐにコウタが銃を構え、グビラに向けて発砲しようとするが、ソーマが彼の手を掴んで遮った。

「俺たちがこいつらを抱えているのを忘れたのか…?」

「う…」

文句を言おうとしたコウタに、ソーマは自分たちの後ろに居るスタッフたちを見る。それを聞いてコウタは息を詰まらせた。そうだ、今自分があのアラガミを撃ってアリサの危機を救うことは簡単だ。だがその後、グビラにターゲットにされ保護しているフェンリルのスタッフたちを抱えたままもう一度逃亡することなどできるはずもない。少なくとも今はアリサを助けたくても助けられないのだ。

どちらにせよ味方の援助にはいまだ期待を寄せられないが、神機を構えなおすアリサ。

「く…!」

今度は、目を撃ち抜いて完全に視界を潰してやる。スタングレネードの比ではない。アリサはグビラの目に向けて発砲しようとした時だった。

 

グビラの目と、アリサの目が合った。

 

グビラの、獲物を…自分の食料を見る目がアリサのアクアブルーの瞳に飛び込んでいく。

そして、アリサの頭の中に…彼女の人生を変えた『悪夢』が蘇った。

「あ…」

 

 

もう、いいかい?

 

 

まぁだだよ…

 

 

もういいかい?

 

 

もういいよ

 

 

そこは、廃棄された古い倉庫に放置されたクローゼットの中。

扉の隙間の向こうから聞こえる、両親の声。まるでいたずら好きな子供を、やれやれと思いつつも構ってくれている暖かな声だ。

彼女はその声の主が、両親が自分を見つけてくれるのを待っていた。

姿が見えた。アリサは何時もここに隠れていた。うまく隠れることよりも、両親がここを見つけてくれることの方が、アリサにとって重要だった。両親に見つかり、自分の手をその暖かな手で握ってもらう喜びのほうがとても大きかった。

その日も、仕事で忙しかった両親を困らせてでも構ってほしくて、大好きなかくれんぼをしていた。そして両親がいつも通り自分を見つけてくれる………

 

 

はずだった。

 

 

グチャ

 

 

…え?

 

 

少女は、最初は何が起こったのかわからなかった。

聞こえたのは、汁まみれの物体を足で踏んづけたような、気持ちの悪い音。その正体を知るのに、時間はかからなかった。

扉の向こうに見える、アリサの両親が…ついさっきまで、困り顔を混じらせた笑顔で捜していた二人が…

 

 

 

帝王のような風格の人間の顔を持った、黒いアラガミの口の中に…

 

 

 

ぐちゃぐちゃの肉片となって『食われていく』姿だった。

 

 

…!!!

 

 

突然の悪夢のような…いや、悪夢で済んでほしかった残酷な光景に、少女は呆然とする。両親の足が、奴の口からまるで奴にとっての麺類の食事のように飛び出ていた。

 

 

パパ…ママ…

 

 

 

やめて…食べないで!

 

 

懇願する少女。だが、神の名を騙る化け物に届くはずもない。

彼女の両親は、肉片も骨の一欠片も残さず飲み込まれた。

 

 

口元を赤く染めたそのアラガミは、クローゼットの隙間から感じる視線に気づき、アリサと目を合わせた。そして…

 

 

笑ったのだ。

 

 

アリサの両親が自分に向けてくれたような暖かなものじゃない

 

弱者を踏みにじるのを楽しんでいる、

 

 

 

狂った殺戮者と同じ目だった。

 

 

 

「あ、あ…ああああ…」

アリサは、グビラの視線に突き刺され、構えていたはずの神機を、ポトッと地面に落としてしまう。そして、その場で座り込んでしまった。

「あ、アリサ!?」

なぜこの状況で神機を!?リンドウたちはアリサの突然の異常に困惑するばかりだった。

ただ、わかることがある。

今のアリサは、グビラから発せられるプレッシャーに…いや、奴の視線と目を合わせたことで、過去のトラウマによる恐怖が蘇ってしまったのだ。

長くゴッドイーターを続けていたリンドウとサクヤ、ソーマには覚えがある。新人のゴッドイーターたちも、始めてアラガミと遭遇する際に同じ顔を浮かべていることが何度もあった。そして、戦意を失ってそのまま捕食されてしまうということもある。ここしばらく、最悪の事態だけは避けることができたのだが…。

「アリサ、逃げろおおおおお!!」

「あ、ああ…」

叫ぶリンドウ。だが、アリサの耳に仲間たちの声が全く届かない。

「お、おいあんた!しっかりしろ!頼む!しっかりしてくれ!」

彼女の傍らの男性フェンリルスタッフが叫ぶ。自分を守るためにもだが、何よりアリサ自身が自分のみを守らねばならないはずの状況で、おびえて何もできなくなったアリサに喚起を促す。

無情にも、グビラが今度こそ食らってやろうと大きな口を挙げて近づいてきた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

グリーン・サラブレット(終編)

次回からの執筆はしばらく時間がかかると思います。あらかじめご了承ください。


ザムシユウとグビラとの交戦に入った第1部隊。ユウもウルトラマンギンガとしてこの二体の強敵を相手に応戦することとなる。

しかしアリサはグビラとの戦闘中に奴と目を合わせた途端、過去のトラウマが蘇り、神機を落として戦意を失ってしまう。

迫るグビラに、ただその場で呆然と逃げることなく立ちすくんでしまうアリサ。

 

 

だが、そのときだった。

 

 

「ダアアアアアアアア!!!」

 

 

光が、アリサたちを守ろうとグビラの前に立ちふさがり、グビラの進行を両手で掴んで阻止した。

「う、ウルトラマン…!!」

ギンガが、ザムシユウの妨害を経て辛うじて駆けつけてくれたのだ。それを見て、リンドウたちはほっとした。そして…同時に確信したことがあった。

 

彼は…ウルトラマンは味方なのだと

 

すぐにでもアリサたちを捕食しようとするグビラを、ギンガは押し返していく。

(お前なんかに…!!)

 

仲間たちを食われてたまるか!!

 

「ショオオオオララアアアア!!」

右腕を振りかざし、ギンガはその鉄拳で、グビラの砲塔を殴りつけた。

バキン!!と音を立て、グビラの砲塔は無残にも砕け散った。

「ガアアアアアアアア!!」

初戦と同様…いやそれ以上に自慢の砲塔を砕かれたグビラが激痛で悲鳴を轟かせた。

「すごい…結合崩壊した!」

神機を用いず、素手のみで、アラガミのオラクル細胞の結合を砕いた。やはりギンガの力は凄まじいものだと実感させられた。

怯むグビラを、ギンガは下から力いっぱい持ち上げると、そのままザムシユウのほうに向かって思い切り投げ飛ばした。

投げ飛ばしたところで、ギンガはアリサの方を振り返った。

グビラへの恐怖で、ギンガに直視されていることに気づくのに、少し間をおく必要があった。自分とギンガの目が会ったところで、アリサははっと我に帰って神機を拾い上げる。

「お、おいあんた!」

今は逃げるべきじゃないのか?アリサが保護しようとしたフェンリルスタッフの男が慌てる。やめてくれという言葉を喉から出そうとするが、それは喉の奥で押しとめられた。

 

『アリサ』

 

「え…?」

突如、頭の中に自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

「今、私を呼びました?」

「え、いや…私は何も…」

アリサは、自分が拾おうとした、すぐ傍にいたフェンリルスタッフの男が自分を呼んでいたかと思ったが、その男ではなかった。そもそも、彼には一言も自己紹介していなかったことを思い出す。

(じゃあ…今の声って…もしかして…)

アリサは、まさかと思って顔を上げ、目の前に立っている光の巨人の顔を見上げた。

銃形態『レイジングロア』の銃口は確かに、ギンガに向けられていた。だがアリサは、彼に向けて発砲していない。

彼女は、ギンガの乳白色に発光する瞳に当てられていた。最初は、恐れた。ウルトラマンといえど、彼女からすれば人ならざる者であることに変わりない。だが…。

自分の両親を奪った、あの黒い帝王のような顔のアラガミとは違う。

 

 

穏やかで、暖かな…全てを慈しむような優しい目だった。

 

 

どうして…なんでだ。

 

私は一度、あなたをアラガミと断じて、撃ったのだぞ?

 

それなのに…

 

(どうして…パパとママみたいな優しい目で…私を見るんですか…)

自分をまっすぐ見て、安心してくれと頷くギンガを、どこか悔しそうに見ていた。

「シュア!!」

再びアラガミの方へ向き直り、彼は立ち向かっていった。

「アリサ!」

そこへ、リンドウがアリサたちを連れ戻しに駆けつけてきた。アラガミに立ち向かっていくギンガの姿をただ見つめる、そんなアリサに説くように言った。

「アリサ、お前の昔のことは聞いてる。だからこそ許せないのはわかるさ。

けどな…俺はウルトラマンの事情なんざ知らねぇし、今のお前はゴッドイーター。もう過ぎちまったことを何時までもごね続けたところで、過去は変えられねぇ。アナグラにいる連中はそれを割り切ってる。

だとしたら、何が自分にとって成すべきことなのかは分かっているはずだ」

「……」

リンドウはやれやれとため息を漏らした。どことなく、まだ納得できない気持ちが分かりやすく表に出ている。気難しいけど、分かりやすい子だと思った。仲間たちをあまりに蔑ろにしてきたアリサに対して悪感情を抱きたくなったが、実際はただの融通の利かない不器用な少女なのだろう。

「自分以外の何かを認めることも、人として大事な一歩だぜ?あの新入りのこともな」

新入り、と聞いて、アリサはそれがユウを指していることを察した。

あの人のことを、認める…か。

正直な話、あの人のことをそう簡単に認めるべきかと思うと、素直にそれができるとは思えない。だが…ユウの言葉が蘇る。

『君のパパとママは、憎しみで戦うことを肯定する人でなしだったのか?』

自分の戦いは、復讐心から。だが、あのような言い方をされては否定せざるを得なかった。

でも憎しみを持たない戦いは、自分にとって生きる意味を変えなければならないことと同義だ。そうなると何もできなくなる。

「…私には、わかりません」

憎しみだけを糧に生きてきた自分が、それを否定された。それ以外に、何を理由に戦えばいいのかわからない。

「アリサ、今はわからなくてもいい。けど、少なくともわかっていることがあるはずだ」

「…目の前の任務を、成功させることです」

ただ一つだけ、はっきりしていることをアリサは口にした。よろしい、とリンドウは親か先生のような口調で言った。

「今から俺たちはウルトラマンギンガの援護および、このフェンリルより派遣された方々の護衛の二手に分ける。

俺とアリサ、コウタはウルトラマンの援護。サクヤはヘリを呼び、それまでの間ここにいるお客様方の護衛を頼む。ソーマは新入りの捜索に当たれ!」

「「「了解!」」」「……」

 

 

「ダァ!!」

ギンガはアリサを助けた後、そのままグビラとザムシユウに果敢に立ち向かう。再び剣を形成し、ザムシユウの刀に対抗する。さっきよりもエネルギーを流し込む形で作り直したから、さっきのように折られることはないはずだ。だが剣の腕に関しては、つい最近になって剣を握ったばかりの自分より、奴の方が上だろう。とはいえ素手で立ち向かうには不安がある。まだ未熟なユウとしては、とりあえず接近戦においては剣で立ち向かうしかなかった。

「フン!!」

再びザムシユウの刀とぶつかり合うギンガセイバー。力に至っては互角だが、変身する時間も使うことができる光エネルギーも限られている。カラータイマーも点滅が早まっており、このまま押し返されるとまずい。

すると、ギンガの耳に発砲音が聞こえてきた。つばぜり合いのまま振り返るギンガ。

リンドウとコウタ、そしてアリサがやってきてくれたのだ。

(みんな…)

来てくれたのか。しかも、どっちの自分(ユウとギンガ)にも否定的だったアリサまで。

「いっけええ!!」

アリサとコウタの同時射撃攻撃がザムシユウに向かっていく。

だが…。

「ヌウウウアアアア!!」

ザムシユウが、バレットが自身に被弾する直前、目にも止まらぬ速さで刀を振り回した。結果、彼らの撃ったバレットは金属音を発しながらあらぬ方向へと弾き飛ばされてしまう。

「嘘だろ!?弾丸を剣で弾きやがった!」

「これは、ちょっと反則って言いたくなるわね…」

ザムシユウの荒業を見て驚くしかないコウタ。遠くから見ていたサクヤも、この場の見晴らしがよかったおかげでそれを見ており、コウタ同様驚きを露にしていた。

といっても、驚いたのは全員だったことに変わりない。こんな荒業を見せ付けられるとは。

グビラが、仲間たちからの援護を入れられずザムシユウとそのままつばぜり合いを続けるギンガに突進していく。ことごとく邪魔をされてかなり怒っており、その怒りに呼応して体内のオラクル細胞が活性化しているのだ。

まずい、今の状態では避けきれない!

「ぬううう!!」

ここで援護できるのは自分だけ。グビラに念力を押し返されながらも、気力を吹き返したタロウが向かおうとした。

しかし、次の瞬間驚くべき光景を目の当たりにすることとなった。

「フン!!」

 

ザシュ!!

 

「!?」

ギンガも、リンドウたちもその瞬間に起きた出来事に呆然としていた。

ザムシユウによって振り下ろされた刀が………

 

「ゲェ…!?」

 

味方であるはずのグビラの胴体を、上下に真っ二つに切り落としてしまったのだ。少なくとも敵ではない、そう思っていたのか、味方に切られた事実を受け止める前に、グビラは絶命しその場でこと切れた。斬り分かれたグビラの遺体から露出したコアは、コアの内部に取り込まれていたスパークドールズごと真っ二つに切り落とされていた。

「邪…魔……ダ……」

ザムシユウの、仮面の奥に隠れた口から発せられた、無情な一言。それが余計に周囲の者たちの背筋に悪寒を走らせた。

(こいつ…!)

自分の味方を斬ってしまうなんて、なんと恐ろしいことをするのだ。卑劣さに怒りたくなるどころか、寧ろ恐怖と戦慄を覚えてしまう。

ギンガの方に向き直り、再び剣を構えるザムシユウ。

一人ぼっちで佇みながら自分に剣を向ける。ただ目の前の敵を倒すためだけに。

奇妙なことに、アリサはその姿をどこかで見たことがあるような…いや、違う。見たことがあるというよりも、自分自身に覚えがあった。

新型としてのプライド故に、緩さを感じる極東の旧型神機使いたちを蔑ろにしてきた自分。

邪魔の一言で仲間のアラガミを切り伏せ、たった一人で戦おうとするザムシユウ。

不愉快だが、アリサはその姿が自分とあまりにダブって見えてきた。

同時に、無性に消し去りたくなった。自分とどこか被って見えるあのアラガミを。

だが、自分も意地を張ってるわけに行かない。

「…藤木さん。雨宮隊長」

「へ?」

「うん?」

いきなり声をかけられ、リンドウはともかく、コウタは間の抜けた声を漏らす。

「あのアラガミをウルトラマンに倒させます。手伝ってもらいますよ」

「ええ!?」

コウタは予想外なアリサの発言に目を丸くした。あれだけウルトラマンのことを否定してきたアリサが、一体どういう風の吹き回しなのか。

「…ふ」

だが、リンドウは満足げに笑っていた。

「な、なんですか?何がおかしいんですか?」

「いや、若者の成長を感じただけさ」

自分がまるで馬鹿にされているように感じたアリサはリンドウを睨むが、対するリンドウはいつもの飄々とした態度で流した。

「さて、お二人さんはあのアラガミの隙を作れ。もし攻撃が来たら俺が盾になる。いいな」

「はい!」「…了解しました」

同じ頃、二つの剣がぶつかり合い、金属音が鳴り響く。ギンガとザムシユウの戦いはまだ続いていた。

(そろそろ時間が…!)

さっきと比べると、カラータイマーの点滅がさらに早くなった。このままでは変身が解けてしまう。いや、解けるだけならまだいいかもしれない。思えば、時間切れになったときの代償がどんなものかはタロウから聞いている。

しばらく再起不能になるか、一定の期間の間変身できなくなるか、最悪の場合…

『我々ウルトラマンにとって光は命そのものだ。その光で構成されたエネルギーがもし、切れるようなことがあれば、最悪の場合生命活動が停止…つまり…』

 

―――死だ。

 

死がすぐ近くまで迫っている。そう思うと心に焦りが余計に生じてしまう。そして…ギンガの腕を鈍らせてしまう。

「ク…!」

しかも相手はアラガミの癖に剣の達人なのだ。剣術では劣るギンガでは持ちこたえきれない。

「ギンガあああああああ!!」

コウタの叫び声が聞こえてくる。ギンガは後ろを振り返ると、リンドウとコウタ、そしてアリサの姿が見える。

「そいつの動き封じててくれ!」

封じろ、と叫んでくるコウタ。すると、言ってる傍からザムシユウが再度剣を振りかざす。止めを刺しに来ているのだ。

(コウタも無茶を言ってくれるよな…)

こちらの方が不利だというのに。だが、死にたくないし、諦めるわけにも行かない。ギンガは何とか自分の剣とザムシユウの刀をぶつけ合わせ、そのままつばぜり合いの姿勢を保たせる。

「今の内に奴の刀を握る手をつかめ!」

リンドウの声が聞こえた。その声にギンガは反応し、ザムシユウの手元に目を落とす。自分が振りかざしているギンガセイバーを押さえつけようとしている奴の刀が、奴の両手によってしっかりと握られている。

「!」

そうか!ギンガはつばぜり合いの姿勢のまま、ギンガセイバーを握る腕の力を抜くと同時に、瞬間的に自身の体をザムシユウの方に寄せた。そしてギンガセイバーを即座に解除。ザムシユウの刀を握る両腕を、容疑者を引っ捕らえようとする警官のように、右脇の下に挟んで捕まえた。

離せといわんばかりにザムシユウは、ギンガを振りほどこうともがきだす。しかしギンガは力を振り絞って決して離れようとしない。ザムシユウを妨害するべく、アリサとコウタは氷属性バレットを装填、ザムシユウに向けて銃口を向ける。

「しくじってウルトラマンに当てないでくださいよ?」

「へっ!そっちこそ、どさくさに紛れてウルトラマンを撃とうだなんて思うなよ!?」

互いに挑発しているような言葉を交わしあいながらも、二人は刀を握るザムシユウの腕に向かってバレット連射する。ザムシユウの素材となったアラガミ、シユウは炎と氷には弱い。それも合ってか、進化後のザムシユウにも弱点が引き継がれていたようだ。

「グ、ギギギ…!!」

だが、それでもザムシユウは、刀は武士の魂だと語るように、しっかりと握ったまま離れない。いくらオラクルの消費の少ないアサルト銃の神機によるバレット連射でも、いずれ神機に溜め込んであるバレット発射用のオラクルが尽きてしまう。

しかし、一つの人影が高速で駆け抜けながら迫ってきた。それは一回りどころか何倍も大きなザムシユウの体を駆け上がっていく。

(リンドウさん…!?)

その人影がリンドウだった。ゴッドイーターは体内に偏食因子を投与したことで身体が驚異的に向上することは既に知っている、というか常識としてユウの記憶の中にも刻み込まれているが、まさか自分とほぼ同じくらいかそれ以上のサイズの敵の体を、まさか走って駆け上がるとは。

リンドウは神機『ブラッドサージ』を構え、空中で捕食形態を発動、そのまま落下する。その先は、ザムシユウの両手だった。

「おおおおおおおお!!!」

ドガッ!と生々しい音を立てながら、リンドウの神機がザムシユウの手の指を食いちぎった。

「ガアアアア!!」

苦しみ悶えながら、ザムシユウは手から刀を落とし、よろよろと後退りする。奴の自慢の刀は、ギンガのすぐ傍の地面に突き刺さった。

「今だ、やれ!!」

地上に着地したリンドウがギンガに向けて吼えた。ギンガは頷き、地面に突き刺さったザムシユウの刀を引き抜き、逆手に持って構える。

最後の足掻きか、ザムシユウはギンガに向けて手のひらから火炎弾を放ちだした。

「ウオオオオオ!」

それと同時に、ギンガは走り出した。自分の体に向かっていく火炎弾が体に被弾することも構わず…

 

ドガッ!!!

 

ちょうど自分と奴の姿が重なると同時に、一閃!

ギンガは駆け抜け、ザムシユウの背後で刀を逆手に持ったままその場に佇んでいた。ギンガとすれ違ったザムシユウも、一歩も動かずそのまま突っ立っていた。

しばしの間が置かれていた。それから、数秒後のことだった。

 

ザムシユウの上半身がずるずるとずり落ち、自身の下半身と永遠の別れを告げた。

 

「か、勝った…やったああああああ!!」

勝利を確信し、コウタは思わず神機を頭上に放り投げた。

「ち、ちょっと!危ないじゃないですか!」

あまりに乱暴な扱い方をするコウタに、アリサは突っ込んだ。

ギンガも振り返ってザムシユウの生命の安否を確認する。すでにザムシユウの遺体にはリンドウがおり、神機で遺体を捕食し、残されたコアを回収していた。回収が完了したところで、リンドウはギンガの方を向いてサムズアップを向けた。これでもう奴は完全に倒したことになる。

それを確認したギンガもリンドウに、そしてコウタとアリサに向けて頷くと、空の彼方へと飛び去って行った。

 

 

「大丈夫かよ、ユウ?」

ギンガが去ると同時に、ひょっこり戻ってきたユウ。無論心配をかけたことでリンドウたちからとことん茶化しを受けた。既にヘリを呼んでいだサクヤから当然止められたが。ちなみにタロウは既に彼の服の胸ポケットに隠れている。

サクヤが戦闘中に守っていたフェンリルのスタッフたちは、怪我こそしているが全員生存していた。

「大丈夫だよ。大した怪我はしていないって」

コウタから怪我の具合を問われたユウはなんともなさそうに言うが、サクヤがユウの服を見て言った。

「あら…ユウ君、服の胸の辺り破けてるわね」

言われてユウは自分の服の胸元を見る。確かに何かに切られたかのように破れていた。

「あ、本当だ。アラガミを戦っていたときに破けたかもしれませんね」

「せっかくだし、私が編みましょうか?」

「いいんですか?わざわざ」

お姉さんキャラのイメージどおり、家庭的なことが得意そうに見えるが、本当らしい。

「今日もがんばったご褒美よ。せっかくもらえるんだから素直に受けなさいな」

「はは、ありがとうございます」

ユウはせっかくだからお言葉に甘えてみることにした。

「えぇ…いいなぁユウ。サクヤさん、俺にはご褒美ないんですか?」

「コウタも?そうね…」

コウタも、美人なお姉さんからのご褒美を受けてもらうことを、ズルをした奴を見るような目でユウを見ながら羨ましそうにしていた。

「神薙さん」

すると、アリサがユウの前に歩いてきた。いつもの高飛車な言葉をぶつけてくるのだろうか?不穏な空気を感じ取るコウタとサクヤ。

「私は、アラガミが憎いです。アラガミをオラクルの残すことなく滅ぼすまで、戦い続けることになると思います」

「そっか…」

やっぱりそうか…とユウは内心がっかりした。だが自分もアリサの気持ちがよく分かるから否定できない。しかし…次にアリサの口から出てきたのは意外な言葉だった。

「ただ、あなたにいわれたことも一理あります。今回戦ったアラガミと同じ目で、見られたくないですから。ですから皆さんのことも少しは妥協して考えてみることにします」

「アリサ…!」

それは、アリサがほんの少しだけ旧型の仲間たちのことも、大きな目で見ることを誓う言葉でもあった。リンドウはおぉ、と声を漏らす。アリサの心の氷が少し解けた。それだけでも今回の任務は、それについても非常に意味があったと思えた。

「…それと今日は、まぁ…あなたのおかげもあって助かりました。それについてはとりあえず感謝しておきます」

上から目線を感じる物言いだったが、その言葉遣いとは裏腹に、どこかアリサの態度がしおらしく見えた。ユウには視線を合わせず、少し顔を朱色に染めつつも続けた。

「別に、僕は大したことはしていないよ。それに今日も、ウルトラマンギンガがいたから勝てたんだし」

「まぁ、そうでしょうけど…それでも私はあなたに借りができたことに変わりないです」

「そ、そう…」

なんか気まずい…もしや、胸を謝って触ったことをまだ怒っているのだろうか?などと思い、またあの魅力的な感触を思い出しかけてユウは必死に頭から煩悩を取り払おうとした。

「ですから、その制服…」

「うん?」

なんだろう、少し声が小さいが、ユウは聞き逃さないように耳を傾ける。

「橘副隊長じゃなくて、私が…編んであげます」

「え!?アリサ…が…!?」

それはあまりに意外だった。いつも自分たちに対して高飛車な態度をとり続けていたアリサの言葉とは思えなかった。リンドウを除く全員が驚きのあまり目を丸くした。

「な、なんですかその目!はっ、さては私が家事もできない女だと思ってるんでしょう!?」

「な…なんでそうなるのさ!?」

「べ、別に苦手なわけじゃありませんからね!?ただ、その…まだ慣れていないだけなんですから!!」

言いがかりだ。あまりに意外な言葉だったから驚いただけなのに、アリサは勝手に疑惑している。

「いいですか神薙さん!その服はアナグラに戻ったらちゃんと私のところに持ってきてくださいよ!?」

「は、はぁ…」

顔を真っ赤にしながら怒鳴り散らすアリサ。高飛車な態度のままではあるが、これまでの彼女と比べると、どこか不思議とかわいらしく見える。アラガミに残酷な死を与えてきたとは思えない。

でも何をそんなに怒っているのか分からない。ユウは自分にガーッ!と突っかかるアリサに困惑するばかりだった。

「さぁ、そうと決まったらさっさと戻りますよ!橘副隊長、確か迎えのヘリとのランデブーポイントはこっちでしたよね!?」

「え、えぇ。そうだけど…」

「ほら、先に行きますよ!」

「ち、ちょっと待ってよアリサ!」

アリサは自分の熱くなった顔を必死に隠すかのように、仲間たちも護衛対象のフェンリルスタッフたちを置いて先に言ってしまった。それをユウたちは追っていくのだった。

「アリサの奴、ユウと何かあったんスかねぇ…?」

アリサを追いながら、コウタはリンドウに呟きだす。

「はは、いいじゃねぇか。こういうのは詮索しないでやるもんだぜ?」

リンドウはニヤニヤしながらコウタに言った。

「そんなもんすか?…はっ!?もしかしてユウの奴、アリサにフラグを立てやがったんじゃ…」

「ま、まぁ…そこから先はご想像にお任せってもんだ」

「ちくしょお…ユウの奴、サクヤさんからもご褒美進呈だし、羨ましすぎるぜ!俺だって今日がんばったってのに!」

一人勝手に悔しがるコウタを、リンドウは面白おかしく思いながら、この日も無事に任務を、誰一人欠けることなく終わったことを実感した。

 

しかし、リンドウはユウの服の破けた箇所と傷を思い出して、あることに気が付いた。

 

見間違いじゃなければ、ギンガの胸を斬られた箇所と、ユウの服が破れた箇所が…合致している。

(シユウの変異種に切られた箇所と同じ…それに何かに切られたような…)

思えばあの新入りが姿を消していた時間と、ウルトラマンが交戦している時間も重なっていた。

 

まさか…な。

 

リンドウは、自分がたった今浮かんだ憶測をすぐに払おうとする。だが…決定的な根拠がないのに、不思議と納得できる自分がいた。

「リンドウ、ソーマがまだ戻っていないみたいだけど」

すると、サクヤが一旦リンドウの元に引き返して言ってくる。

「あっ!しまった…あいつのこと失念しちまってた」

サクヤの一言で、うっかりソーマのことを忘れていたことに気が付いたリンドウはやらかした…と頭を掻く。

「ちょっと、ソーマのこと忘れないでいるつもりだったでしょ?一人にしたら一人で勝手に死にに行く奴とか言ってたのに」

「悪かったって…ったく」

「それはソーマに言ってやりなさい」

「へいへい…」

まるで妻からたしなめられる夫。リンドウはすぐに、ユウの捜索を任せていたソーマに連絡を入れた。

 

 

その頃、ユウを探しているソーマは、リンドウからほどなくしてユウが戻ってきたとの連絡を受けた。

「ちっ」

ソーマは通信を切ると、いつも通り舌打ちした。全く、仲間に心配をあれだけかけておきながら、ひょっこり戻ってきやがって。とことん悪運に恵まれた奴だ。

そう思いながらも、ソーマは廃墟となったビルの街を横切りながら仲間たちの元へ戻っていく。

 

だがそのときだった。

 

…?

 

ソーマは、目の前のビルとビルの間の裏道に進む何かを見た。

 

「なんだ…人影?」

さっきの連絡のことで頭が一杯だったこともあり、一瞬しか見えなかったが、大きさと形からして人に見えた。

ソーマは、アラガミの気配に対してかなり敏感だ。アナグラのコンピュータに搭載されているオラクル反応追跡機能がなくても、どういうわけか近づいてくるアラガミを他のゴッドイーターよりも感じ取ることができる。そしていち早く対処することも可能だった。

そして今彼が感じ取った気配。

でも、奇妙だった。気配を確かに感じたのに、それはたったの一瞬で、すぐに消えてしまった。

バスターブレード神機『イーヴルワン』を構え、辺りを見渡すソーマ。まるで誰かに見られているような視線を感じていた。だが、いくらキョロキョロと見渡しても、姿が見当たらない。

「気のせいか…」

神機を肩に担いで、ソーマはその場から歩き去っていった。

 

ビルの屋上から、発せられる…

 

白く短い髪と肌を持つ少女の視線に気づくことなく。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

グラスゴーから来た二人(前編)

感想欄にて、運営の対応した形跡がありました。
よってアイデアに関しては今後、行う場合は感想欄ではなくメッセージの方でお願いすることになるかと思います。


追記…ちょっと『グリーンサラブレット(後編1)』にて忘れていた記述があったので、他にも気になったところを含め、つたないものの書き加えておきます。今回の冒頭においても同じなので…
申し訳ないです!




「…あいにく我々『女神の森』は、今のところ極東支部と協力関係になるつもりはない」

それが、総帥『芦原那智』とはじめとした、女神の森の議員の総意だった。

ヨハネスは、ユウのかつての居住地であった女神の森の評議会に協力要請を試みた。しかし、自身がゴッドイーターの素質のあるものを優先する方針のために切り捨てられた女神の森の人間たちはその事を恨み、リーダーである那智も拒否したため、叶わなかった。

だが、どういう風の吹き回しか…と皮肉を言いつつも、ヨハネスがユウからの頼みにあった資材の輸送についてはひとまずの感謝はしてきた。極東から送られてきた資材のおかげで、アナグラに習って以前より強固なシェルターが建設されるようになったのだ。

この件で一部の者たちの「ヨハネスを捕まえろ!」という過激な発言を押さえ、ヨハネスたちを大人しく門まで送り返すことを決定した。

そのなけなしの誠意にしたがって大人しく帰ることにし、ヨハネスたちは女神の森の門に向かう。

その道中、ヨハネスたちは今までの恨みつらみのお返しのつもりか、白い目を向けられていた。

「支部長、よろしかったのですか?彼らの協力なくしては、この区域がアラガミの襲撃を受けない理由が掴めないままですが…」

「無理強いして彼らの反感を買ったら後の弊害にしかならない。こうして我々に手を出そうとしないだけでもまだいいさ」

「それは、そうですが…」

護衛として同行している神機使いの一人の問いにたいして淡々と返答するヨハネスだが、護衛の神機使いはまだ納得出来ていない。

「けど、連中だって頭が堅すぎるんですよ!協力を受けた方が向こうにとっても都合がいいはずなのに!」

「それだけ、我々は彼らから恨みと不信を買っていたと言うことですね」

さらにもう一人の護衛も不満を漏らすと、さらにもう一人がなだめるように言った。人から恨みを受ける。ここまでのものだったとは。

「諸君、心配には及ばない。時期に、彼らが我らに頼らざるを得なくなる時が来る」

しかし、ヨハネスが急に意味深な言葉を向けてきた。その言葉の意味を、ヨハネスの無表情から護衛の神機使いたちは読み取れなかった。

すると、ピピピ、と誰かの携帯端末の着信音が鳴る。あぁ、私だ。ヨハネスはただ一言護衛に告げ、端末をとって通信先と連絡を取った。

「あぁ、私だ…そうか。本部から次の作戦のための…わかった。そちらにはリンドウ君たちを向かわせてくれ。まだまだ彼には働いてもらわなければ」

 

そう、『まだまだ』、ね…

 

「あの、すみません」

すると、ヨハネスの下に一人の少女が走ってきた。

「あなた…極東の支部長さんですよね?」

その少女は、アリサと同じくらいの10代半ばと思われる少女だった。少し高値を張っていそうなワンピースを着込み、サンダルも今の荒れた時代では手にはいることがほとんどないかもしれないほどの立派な材質でできていた。まさにお嬢様、といった感じだった。

「なんだ君は。支部長は多忙の身ゆえ、すぐに極東へ戻らなければならないんだぞ」

護衛のゴッドイーターたちは目を細めながら少女を追い払おうとした。こんなところに、こんな立派な格好をした人間がいるとは。自分たちが戦場でアラガミと命がけで戦っているというのに…。ここの連中は、フェンリルは資源を独り占めにしているだの、人の事を散々罵っているくせに、こんな贅沢な格好をさせているやつがいるのか。そう思うと、こっちとて怒りを抱きたくなる。

「いや…いい。何か用かな?」

しかしヨハネスは同行者たちを抑えて後ろに下がらせ、少女の話を聞くことにした。

「あの、極東の方がもしここに来たらどうしても聞きたかったことがあるんですが…」

「ふむ…」

「碧眼に少し金髪がかった、若い男の人を見かけませんでしたか?

『神薙ユウ』…という名前なんですけど」

「……」

この少女、どうやらユウの知り合いのようだ。

彼女になら、話してあげてもいいだろう。

あえてユウのことをあの場で那智に明かさなかったのは、彼が神薙ユウの知り合いである可能性が低かったからだ。また、女神の森出身の者を保護したといったところで、今回の会談で邪険に扱われたように、嘘とみなされることも考えられる。ヨハネスが恩を与えたところで隙を突いてこの女神の森の所有権を強奪するかもしれない…彼らがそう思って警戒を強めるかもしれないと、ヨハネスは考えていた。だから会談中はユウのことについて一つも触れなかった。

「…あぁ、彼なら我々が保護している。ただ、知ってのとおり我々はゴッドイーターの素質がある者とその近親者しか保護できない。

彼は今、我々の仲間として共に戦っている」

「ユウさんが…ゴッドイーターに…!」

その少女はユウがゴッドイーターとなっていることを聞くと、目を丸くした。

「ところで、君は?」

ヨハネスは、この少女がこの街において優遇されていることを読んだ。でなければ、このような、若干高級さに溢れた格好を彼女はしていないはず。

「あ…『芦原ユノ』、この女神の森の総統、芦原那智の娘なんです」

それを聞いて、ヨハネスはほとんど表情を変えなかったが、ほぅ…と驚いた。

「ユノおねえちゃーーん。お歌聞かせて~」

すると、ユノの後ろの家から幼い子供の声が聞こえてきた。どうやら彼女は歌を聞かせていたらしい。

「は、は~い!

すみません、支部長さん…私これで…」

「あぁ。気にしないでくれ」

ユノは最後に一度、ヨハネスたちのお辞儀をした後、家の中にいる子供たちの元へ急いだ。

しかし、彼女がまさかあの那智の娘だったとは。となると…ユウは那智とも顔見知りかもしれない。

(覚えておいた方がいいかもしれんな…)

後の交渉のカードとなるかもしれない。そう思ってヨハネスは彼女…芦原ユノのことを覚えておくことにした。

 

 

 

 

「これが、今回の任務で回収したスパークドールズだね」

極東支部アナグラの、サカキ博士の研究室。自動操作機能付き照明で照らされた台座の上に置かれた、『剣豪神ザムシユウ』の素材となったスパークドールズを見て、サカキは探究心と好奇心に目を輝かせた。

「いやぁ、こんな小さな人形に、アラガミをあれだけ活性化と形態変化を促す力があるとは。見ただけでは、ただのマニアックな人形にしか見えないのに不思議だと思わないかい?」

そういいながら、サカキはツバキに尋ねる。

「そうッスね…誰も想像しなかっただろうよ」

リンドウもサカキの考えに同意を入れた。

「しかし、故に脅威です。できればこのスパークドールズとやらの早期発見と回収を急ぎたいところですが…」

アラガミと違い、これらは食われていないうちはただの人形だ。以前のサカキの研究によると、この人形には生命活動が行われていること…つまり生きていることが判明した。ただ分かっているのはサカキとツバキが今告げたことくらいで、ほとんど分かっていない。

「それに、この人形を悪用する者がいると、以前アリサが始めて介入した任務の後、リンドウからも報告を受けています。しかもそいつは…信じがたいことですが」

「宇宙人を名乗っていた…そうだね?」

えぇ、とリンドウは、サカキの狐のように釣りあがっている視線を受けながら頷いた。

「しかもその…『マグマ星人』とやらは、ウルトラマンを狙っているとか言ってましたよ」

「ふむ…」

「目的は分かりませんが、警戒するに越したことはないッスね。まぁ、できればこのまま二度と会わないでいたいところッスけど」

率直な感想を述べた弟の少し気の抜けた言い回しに、ツバキは少しため息を漏らす。だが彼の言うとおり、常々人材不足問題にさらされているゴッドイーターたちを無駄に犠牲にしたくない。

「よし。では、私はこれにて。支部長がお帰りになられるので、そのお迎えとご報告に」

「うむ、ご苦労だったね」

「リンドウ、次の任務に就いて支部長から連絡があった。付いて来い」

「息つく暇もない、か…了解」

ラボから去っていく雨宮姉弟を見送った後、サカキは台座の上に置いた、ただいま解析中のスパークドールズに視線を傾けた。

「……『先生』から教わったことがあるね。直接見たことはないが、君もまたこの星に貢献した英雄だった…そうだろう?」

何か意味深な言葉を口にするが、それを聞いたものは誰もいない。

さて、と彼は一息入れると、改めて画面の方に目を移す。

「ヨハンが戻ってくる前に、『例のあれ』について、少し手を打たないとね」

 

 

 

「いいかい、このバレットについてなんだが…」

その頃、出撃ゲート前のフリースペースにて、ユウとコウタはある人物からバレットのエディット方法に就いての講義を受けていた。

ユウは銃形態で距離をとりつつ戦うことはあっても、そのために重要視されているバレットエディットについては、まだ知識不足なところが多く、それでいてかなり難しい。それを見かねたエリックが、せっかくだからとコウタも混ぜて二人に講義を行ってくれた。

ここで少し解説を入れよう。

 

バレットエディットとは、バレットに任煮の挙動を設定する大作業。

制御にはモジュールという部位が必要。

モジュールには弾丸、レーザー、爆発など…現在9種類ほどの分類がされている。

さらにサイズや属性、挙動が異なるなど、さまざまなモジュールが開発されており、設定を組み込んだモジュール同士を接続することで、特殊なオリジナルバレットが誕生する…というものだ。

 

「さすがエリック、よく知ってるね」

「お褒めに預かり光栄だな。最も伊達に神機使いをやってきたわけじゃないからね。常に華麗に戦えるように知識と鍛錬は積んで置かなければ」

補佐として一緒に来ていたリッカからの賞賛にエリックは笑った。ユウたちより長く銃型の神機使いとして戦ってきたこともあり、知識は確かに持ち合わせていた。これも妹エリナのため、人類のためと強く願っているが故だろう。

「そのために、モジュールを組み込む際…アラガミを美しく華麗に散らす花火を打ち上げられるバレットを組み立てられるか悩むあまり、夜もなかなか眠れないものだよ!はっはっは!」

「「「……」」」

華麗な花火って…。

彼のナルシストさに富んだ独特の感性は健在だった。人の価値観とは様々なものだな…とエリックを除く三人は、高々に語る彼の姿を見て引き気味に思った。

「うーん、でもいざ組み立てるとなると、やっぱどんなものにしたらいいのか迷ってくるよな。組み立てるのも面倒そうだし」

面倒くさげにコウタがぼやく。気持ちが分からなくもない。これにハマれるのはよほどの経験者かバレットマニアじゃないといけないだろう。

「でも、これをどうにか覚えていかないと、今後の任務に支障が出るから、なんとかマスターしておきたいな」

自分が所持しているバレットを一つ、指先に摘んで見つめながらユウは言った。元々機械いじりは生計を確保する手段として用いたくらいに好きだったから、コウタよりはうまく進められるかもしれない。

「そういうゴッドイーターたちもたくさんいるから、コウタ君たちもわからないことがあったら相談してね?」

面倒くさい作業であると感じるのは、何もコウタに限った話じゃない。幼い頃からずっと長く整備士として働いてきたリッカも、是非相談に乗るようにと言ってくれた。

「でも、それはそれでリッカさんたちの時間とっちゃうんじゃ…」

「大丈夫。仕事だもん。機械いじりだって大好きだし」

相手の時間を食うことを気にしたコウタだが、対するリッカは寧ろ望むところという姿勢を見せてきた。前から少し思っていたが、ユウは彼女とは気が合いそうな気がした。

「じゃあ、今日任務が終わった後、神機のチューナップとか頼めるかな?」

「もちろん、任せといて!」

早速相談に乗ってもらおうと重い、ユウはリッカに神機の整備を頼むと、彼女は笑みを見せて快く引き受けてくれた。

「……」

「エリックさん、どうかしたの?」

ふと、エリックがサングラス越しに視線を細く、どこかをじっと眺めだしていた。それを見て、コウタが何を気にしているのかを尋ねる。

「いや…ユウ君。君のその服なんだが…」

エリックが、今ユウが着ている服を指差す。

それは確かに、ゴッドイーターになって以来、よくユウが着込むようになっていた、コバルトブルーのフェンリル仕官制服のジャケットとシャツのセットだ。だが…

「そういえばさっきから気になってたけど、なんか変じゃない?服が変なところでつなぎ合わさってる。これじゃ動きにくくないかな?」

それを見たリッカの指摘どおり、今のユウの服はちょっとおかしかった。

胸元の、前回の戦いでギンガに変身した際、ザムシユウに胸元に剣戟を食らって切り傷を負わされたことで、変身を解除した後のユウの服も、胸元部分が破けてしまっていたのだ。その部分は確かに縫い合わされていた……

…が、あまりにもつたない。縫い目が大きすぎて緩いし、球結びもできておらず、あちこちタラリと、縫合に使った糸が垂れ下がっている。縫い方も基本の並縫いとも程遠く、しかも極めつけは…シャツの方とジャケットが見事に『縫い合わされてくっついてしまっている』ということだった。しかもジャケットの肘の部分も、脇腹の部分にまでくっついている。

「お前裁縫下手だったの?」

コウタがちょっと呆れた様子でユウを見るが、ユウは首を横に振った。

「これ僕じゃないよ。僕だって裁縫はそれなりにできるから」

かつて子供の頃、妹の服が破れたときは自分が縫合していた記憶がある。だからそれなりに裁縫はできるのだとユウは自負していた。

「じゃあ一体誰なんだい、ユウ君?」

「……アリサ」

この下手糞さ加減が丸出しの有様、それはアリサの手によるものだった。

 

 

前回、サクヤがユウの服が破れたのを見かね、自分が直してやろうといってきたとき、アリサが借りを作ったままでは嫌だったらしく、ならば自分が代わりに直してやろうと申し出てきた。それも、あの任務が終わった直後、裁縫の腕を疑われたと勝手に思い込んだアリサは、意地を張ってユウの破れたジャケットとシャツを取り上げて部屋に閉じこもってしまう。

『いいですか、絶対に喉をうならせてやりますからね!』

最後に、ユウの顔をじろっと睨んで今の一言を言い放って。…それは料理を言うときに言うセリフ…とは、アリサの怒りを余計に買いたくなかったので敢えて突っ込まなかった。

しかし、その結果はあまりにも残念なものだった。頼んだ方が逆に不幸になるという結果となったのである。

『なぁ、アリサ…これはちょっと』

当然ユウは困り果てた。これでは任務に出るに出られない。しかし、恥ずかしさを押し殺してでも自分なりにお礼をしたアリサからすれば、できれば許してほしかったことに変わりなく、怒ってしまう。

『な、なんですか!せっかくお礼をしてあげたというのに文句を言うんですか!

文句を言ったら、胸を触ったことばらしますからね!?』

『え!?いや、あれは不可抗力で…!!』

『そうなったら…ふふ、あなたは査問会にかけられるでしょうね』

(うわ!卑怯!)

せっかく忘れられそうになったところで、またあの幸せの塊のような感触を記憶に呼び起こされ、ユウは顔を赤くしながら必死に弁明しようとするが、邪悪な笑みさえも浮かべてきたアリサにユウは戦慄さえも覚えさせられたものである。

『と、とにかく次はうまくいって見せますから!べ、別に深い意味はないですからね!?』

と、まぁ…これがこの、アナグラの新人区画で起きた残念ジャケット事件の真相である。

 

そのことを、胸を触ってしまったことを除いてコウタたちに話してみた。

 

「アリサって、器用そうに見えてかなり不器用だったんだな」

性格もそうだが、まさか手先もそうだったとは思わなかったコウタ。しかし、これはこれで後のからかいのネタにできそうだと、アリサの入隊当時に彼女から小馬鹿にされた恨みを晴らそうとでも言うのか、意地悪な野心を抱いた。

「しかし、君も君で、なかなか殊勝だな。そのままの状態のジャケットを着るとは」

エリックは、ユウがアリサの失敗縫合でおかしくなったジャケットを何気にしっかり着ていることに、男としてちょっと関心を持った。…まさかバストタッチのことを脅されているとは思わなかっただろう。

「でも任務に出るときはちゃんと直しとくか、他の服を着て任務に出るようにしてね」

「だ、大丈夫…わかってる」

リッカからの指摘にユウは頷く。当然こんなジャケットでは任務に出るに出られない。戦いに着て行く服装はちゃんとしたものでないと、たまたま武器や瓦礫の尖った先などが服のほつれた箇所に引っかかって足をとられてしまい、隙を作ってしまうことが予想されるからだ。

「でも…ふふ、意外だね。あれだけ高飛車で同じ新型のユウ君を目の仇にしていたアリサが、こんなことするなんて」

「なんで笑ってるの?リッカちゃん。僕、またアリサから恨みを買ったんじゃないかって思ってるんだけど」

対するユウは、またなにかアリサが仕返しでもしてきたんじゃないかと、脇腹部分とくっついたせいで上がらないジャケットの右腕を見せながら困り果てていた。

「じゃあユウ君は、アリサに何か悪いことでもしたの?」

「それは…ないよ?」

「何で疑問系?…やっぱりなにか変なことデモしたんじゃないの?怪しい~な~」

「ち、違う!!違うぞ!!断じて違う!!」

「ぷぷ…あはははは!!」

ユウが結構な鈍感な青年だという一面を持つこともそうだが、このユウの慌てよう。それが余計にリッカを噴出させてしまい、リッカは大笑いしたのであった。深くは聞かないでおくが、何かあったのは一目瞭然だ。

アリサとユウの距離が近くなったきっかけが。

それに対し、エリックとコウタは地味に男としての悔しさを覚えたのは余談である。

「…なにへらへら笑ってやがる」

しかし、そんな楽しい空気に水を差してくるかのような冷たい声が聞こえてきた。

ユウたち顔を上げると、同じ第1部隊のメンバー、ソーマがそこに立っていた。

「ソーマじゃないか。君も会話に加わりに来たのかい?」

「んなわけあるか」

エリックからの誘いを、ソーマは一蹴した。

「ところで、お前」

ソーマはソファに座っているユウを見下ろす。

「な、何?」

何時ものような威圧感のある視線にユウは凄みを覚える。

「前のミッションエリアで、俺たち以外の人の気配を感じなかったか?」

「気配?」

ソーマが自分たちに質問してくること事態珍しい。ユウたちに尋ねてでも知りたい何かがあるのだろうか。

「いや、何も」

「そうか、邪魔したな」

ソーマはそれ以上言及することなく歩き去っていった。

「なんだったんだ?」

結局ソーマが何を聞きたがっていたのか察せず、コウタが首をかしげる。リッカも長いことソーマの普段の行動を見たことがあるだけに、珍しく質問してきたソーマに目を丸くした。エリックもそれについて同様だった。

とその時、ユウとコウタの端末から着信音が鳴る。

ユウたちがそれをとると、リンドウからのメールが届いていた。

 

 

 

リンドウ

件名:あ~、次の任務についての通達だ

 

本日も本部から、予定されている大規模ミッションのメンバー出迎えの任務だ。

ただし、今回は空と陸の両方同時になってる。二班に別れて向かう。

出撃前に各班のメンバー発表を行うのでそのつもりでいるように。

 

ま、とにかく生き残ることを優先しろよ。特に新入りとソーマ。

 

以上。

 

 

 

「任務の連絡?」

リッカの問いにユウは頷いた。

「うん。じゃあ僕らは任務の準備に入るよ」

メール越しに釘まで刺されてしまった。無茶をするような事態にならないように準備を整えておこう。

「うっし、じゃあ今日も張り切って行こうぜ、ユウ!」

コウタはその日も気合い十分な様子で、ユウと一緒に出撃ゲート脇のエレベーターに直行した。

「入隊してしばらく経つけど、結構馴染んでるみたいだな」

「そうだね…」

あんな風に、友達同士で気兼ねなく喋り合うことができる。こんな日常的なことさえも、余裕にできないし、これが最後となるかもしれない。仲間の死をまるで日常茶飯事に近いくらいに聞いてきた。だから尊いものに思わされる。

あれを大事にするためにも、整備士として一層体を張らなければならないな、とリッカは決意を固めた。

「例の神機の『新機能』の話、聞かせてやらないといけないしね」

「新機能?何時の間にそんな物が?」

リッカの話の中に利いたことのない内容を耳にし、エリックが彼女を見る。

神機に新機能?そんなものが計画されていたのか。

「うん、近い内に新しい機能を搭載することになったんだ。と言っても…銃型神機のエリックには縁がない話だけどね」

「うぅむ…それは残念だな。より華麗に戦えるチャンスだと思っていたのだが」

今度の神機の新機能は、どうも近接型のみの性能らしい。エリックは銃の神機なのでそれが不可能であることを残念に思った。

「…まぁ、それ以前に…この機能を付けたところで、最近出てくることが多い超巨大のアラガミに勝てるかどうか…だけどね」

しかし、エリック以上にリッカが少し不安を抱いている様子をあらわにした。

ここしばらく現れる、オウガダランビア、ドラゴード、テイルメイデン、グボロ・グビラ、ザムシユウ…スパークドールズを取り込んだことで異常進化したアラガミたちのせいで被害の増加と、対応策の献策に追われるばかりだ。奴らの暴走による被害が予測値を上回らないでいるのは、やはりウルトラマンギンガの存在が強く出ているのだ。

しかも、第1部隊や救出されたフェンリル本部からのスタッフの報告によると、ギンガは先日アリサに一方的に砲撃を受けたにもかかわらず、身を挺して彼女を救い出したというじゃないか。これによって極東におけるウルトラマンの支持率はさらに高まっているが…ゴッドイーターおよびフェンリル関係者への軽視の傾向もまた高まっていた。

自分たちは、この先もやっていけるのだろうか?そんな不安がリッカをはじめとした多くのアナグラ内で生きる者たちの胸中にあった。

 

 

 

「で、任務の内容だけど、覚えているわよね、二人とも」

「はい、大丈夫です!」

それから数十分後、この日も第1部隊は先日の任務と同様に、フェンリルからのスタッフを迎えるために、彼らが通るルートの先にあるアラガミの掃討作戦に参加することになった。

今回はリンドウがメールで伝えたとおり、第1部隊を地上と陸、二手に分ける方針で行くことになった。

地上はリンドウ、ソーマ、アリサの三人。

ユウはコウタ、そして副隊長であるサクヤと共にヘリに乗って、空で任務に就く事になった。

現在、フェンリル本部から飛来する輸送機を迎えるために、旧日本海の上空を飛行している。

海は美しかった。太陽の光に反射し、コバルトの波が輝いている。

(昔よりも海が綺麗に見えるな…)

ユウのジャケットの胸ポケットから海面を見下ろしていたタロウは心の中で呟いた。

タロウの時代から2000年代初期の間、日本海を初めとした海は観光スポットとして指定されるほど美しい場所もあったが、人類の文明の発展に伴い、ゴミが海面に捨てられていたり、赤く染まった状態…赤潮になるなど、汚染されていることが多くなっていた。

それがアラガミの出現に伴い、ゴミも赤潮も有害物質も観測されない、本来の美しさを取り戻しているなんて、なんとも皮肉なことだろう。

「そういえばサクヤさん、今回来る人の話ってないんですか?」

アリサのときもある、厄介な人が来るのでは?なんて不安をコウタは抱えており、今回やってくる人物について何か知っていることがないか尋ねてみた。

「そうね…ごめんね、私も詳しい話までは聞いてないの」

「そうですか…」

今回来る人が面白い人であればいいのだが、と淡い希望を抱くことにした。できれば…同じ年頃のかわいい女の子とか、なんて不純な思いを抱いてもいたが。

「そろそろ目的の輸送機と接触します」

ヘリの操縦士が、後部座席にいる三人に伝える。

「ユウ君、コウタ。あくまで輸送機内にいる仲間を無事に極東まで送り届けることが最優先よ。前回は結局アラガミを交戦したけど、いつもみたいにウルトラマンが助けに来ることは考えないでね」

「は、はい!」

身を引き締めるような言い方をするサクヤに、コウタはビシッと背筋を伸ばしていい返事をした。相手が先輩であることもあるが、やはり綺麗な女性の前ではかっこ悪いところは見せられない。

「あ、見えてきました!」

ユウが地上を指差した。

遠くに見える雲海から、一機のフェンリルのエンブレムを刻んだ飛行機が飛んでいるのが見えた。だが、見えたのはそれだけじゃない。

輸送機に向かって、水色の一つ目の飛行型アラガミが、何百体もの数で群れをなしながら輸送機に近づいていた。

「すでに、アラガミがあんなにたくさん…」

『何て数だ…』

ユウとタロウはヘリから見えるおぞましさに溢れているその光景に戦慄する。輸送機の中の人たちを餌として狙っているのだ。

それにしても、今回のアラガミは少し変わっていた。ザイゴードなのかと思ったが、身が水色一色。それにザイゴードやドラゴードにもあった女体部分もない。

「形態変化の最中のようね」

「形態変化?」

サクヤの言葉にコウタが首をかしげる。キョトンとしているコウタに、サクヤがため息を漏らした。

「もう、サカキ博士の講義で聞いてなかったの?」

新人にはサカキ博士からゴッドイーターとしての基礎知識を学ぶ講義を受けることになっている。当然このユウも、そして別働隊のアリサもだ。しかしコウタはどうも居眠りグセがついていた。

「コウタって、博士の講義中によく居眠りしてましたから」

「ユウ君、そこはちゃんと起こしてあげて。後で困るわよ」

「もちろん起こそうとしましたけど、コウタって、『母ちゃんもう食べられないよ』って寝言を吐いてまた爆睡するんですよ…」

困り顔のユウを見て、サクヤはやれやれ、とぼやいた。それにしても、寝言も何てベタな…。

「また夜更かししてバカラリー見てたの?」

「バ『ガ』ラリーだよ!」

「コウタ、アニメもいいけど、ちゃんと基礎知識は勉強しておきなさい。死んでからじゃ遅いから」

「は、はぁい…」

ちょっと憧れに思ってる女性からも厳しく注意を受け、コウタは肩を落とした。

「もうおしゃべりできる余裕はないですね」

そう言って外を見下ろしているユウの視線の先には、さっきよりもアラガミたちが輸送機に近づいていた光景があった。

「ここから早めに仕留めましょう。放置すると、最悪サリエルに進化するわ!」

「サリエル…」

ノルンのデータベースに載せられていたアラガミだ。大型種に分類され、神話の女神の名の通り美しい女神の姿を象っている。当然ザイゴードなんかより強く、女神から敵を追尾するレーザーを放ち、体からは敵の攻撃を弾くバリアまで張れるのだ。

「了解、とにかく輸送機に近づいてるやつから片っ端ですね!」

「輸送機に誤射しないようにね!」

気合いを入れ直すコウタに対し、銃形態に神機を切り替えるながらユウは嗜めた。

最初にコウタは発砲したのを皮切りに、ミッションが開始された。

ザイゴードとサリエルの中間形態のアラガミたちは、ユウたちの弾丸の嵐を掻い潜って輸送機に近づこうとする。

輸送機に近い個体はサクヤが主に狙い撃っている。彼女のスナイパー型神機は発砲速度が早く、槍のように的確に突くことができるからだ。しかしその分オラクルの消費量も高く、カノンのようなブラスト銃神機ほどの威力もない。そのためユウとコウタのような、威力が低めの分オラクル消費率の低いアサルト銃神機が、彼女の手を煩わせる前に、一体でも多く潰す。例えとりこぼしてもすでに二人からダメージを追わされた分、サクヤが一撃で仕留めやすくなる…このような流れで三人は連携しつつアラガミたちを迎え撃った。

だが、着実にアラガミを空の塵にしていくものの、数はなかなか減らせなかった。

「数が多すぎる…このままじゃ、輸送機に敵が張り付く!」

神機に内蔵されているオラクルにも限度がある。まだ始まって間もない時間だが、このまま攻撃を続けるとジリ貧の末に力尽きてしまう。

「このまま極東に送るまでの護衛は厳しいわね…」

「!サクヤさん!」

輸送機とそれに群がっていくアラガミの群れに視線を送り続けているサクヤに、コウタが叫んだ。サクヤが反射的に顔を上げる。

そのとき、自分たちが乗っているヘリのすぐ傍にアラガミの一体が迫ってきていたのだ。しまった、輸送機に注意をそらしすぎたか。そう思ったと同時に、そのアラガミの体が火花を起こして暴発した。

「危なかった…大丈夫ですか!?」

ユウがいち早く、そのアラガミを討ち落としてくれていた。

「ありがとう…油断してたわ」

助けに向かうのはよくても、こちらが先に落とされてしまっては元も子もなかった。サクヤは油断していたことを詫びる。

「やばいですよ。あいつら、さっきよりすごい勢いで輸送機に張り付いてますよ。どうするんですか?」

コウタが輸送機に近づくアラガミを一体ずつ撃ち落しながら二人に尋ねた。彼の言うとおり、ザイゴードとサリエルの中間形態をとっているアラガミたちは、機体により一層張り付き始めている。

「…これじゃ、近づくのは難しいわね。あの輸送機にはフェンリルの関係者がヘリに搭乗できる人数がいるはずと思うけど」

「正確な人数の方は聞いてないんですか?」

ユウが目を丸くしながら尋ねると、サクヤは首を縦に振って肯定した。

「それはリンドウの口からも明かされなかったわね。流石のあの人でも人の命にかかわることについては確実に教えるわ」

でも、詳しい人数については聞いていない。ただ、ミッションエリアが空の上であることを除いて、前日と同じミッションであるということしかわかっていない。

「サクヤさんにも伝わっていない…?」

「ごめんなさい、副隊長なのに情報に疎くて。でも、一つ分かっていることがあるの。そもそもこの日の任務も急に決まったことだって、リンドウが『ビールを飲む暇もないな』って愚痴りながら言っていたわ」

「だから、正確な人数もどんな人が来るのかもわからないまま…」

確か、支部長がクライアントとしている、後日予定されている大規模ミッションのため…だったか。そのために、急ぎで輸送機にフェンリルの関係者を乗せて回してきたのだろうか。

「それはともかく、この数を相手にただ闇雲に敵を撃ち落しても意味ないわ。あそこに私たち以外のゴッドイーターがいるなら、まだ…」

あの輸送機に、戦える者…ゴッドイーターがいてくれればこの状況をどうにかできるかもしれない。そう思ったときだった。

『ん、呼んだかい?』

三人の通信機に、突然若い男の声が聞こえてきた。声から感じる予想の年齢はリンドウに近いが、彼自身のものじゃない。

「あ、人が‼」

コウタが輸送機を見て叫ぶ。見ると、輸送機の上の出入口から一人の男が現れ、船体の上から襲ってきたアラガミを数匹、一太刀の元に切り伏せた。

その男が持っているのは茶色のバスターブレード神機。初めて見るゴッドイーターだ。

「だ、誰ですか?」

少し警戒心を抱きながらも、ユウが通信先の男に問い返す。

『おいおい、そう構えるなよ。それより…あんたら、極東からの出迎えかい?』

「そうだけど、あなたは?」

『お、今度は別嬪さんだな?声で分かるぜ!あ、…わかった!』

すると、男はサクヤの声を聞いて何か気づいたらしい。

『あんた、極東のオペレーターだった橘サクヤだろ?そっか、神機使いになってたのか』

その男は、サクヤを知っていたようだ。

「あなた、もしかして元極東の?」

来訪者が自分を知っているという、意外なことを聞いたサクヤが目を丸くする。

『まあな。2年くらいそっちで稼いだことがある』

「へえ…」

これはユウたちにとってもちょっとした衝撃だった。まさか極東出身の人だとは。

『しっかし、こっちからチラッと見えてたが、あんた前よりいっそう美人になったな!こりゃお兄さんも張り切っちゃうぞ!』

「「「…」」」

三人は今の男の声で色々理解した。こいつは…相当のドスケベだ!と。どんな人が来るかと思ったら、こんな人が来るとは。

『ゴッドイーターとは個性的な人が多いな…』

ユウのジャケットの胸ポケットにいるタロウも、ここまでスケベ丸出しの男は初体験だった。タロウ…できればあの人と比べないで…と、ユウは比べられたくない思いを痛感した。

すると通信先から、突如ドガッ!と、なにかを殴ったような音が聞こえてきた。何だろう、向こうの人が転んだのか?疑問に思っていると、さらにもう一人機体の上で頭を抱えながら悶絶している男の傍らに姿を見せていた。手にはピンクのアサルト銃神機が握られている。今度はその女性のものと思われる声が聞こえてきた。

『ごめんねー、うちの旦那が迷惑をかけたかしら?』

旦那、という単語が出てきた。さっきの男の妻のようだ。声からして、相方に呆れながらも申し訳なさそうにしているのが伺える。

「あ、いえ…で、今の音は?」

『何時ものように天罰下しただけだから気にしないで。それより…回りのアラガミをどうにかしたいの。こっちも、今やっと神機の調整が終わったところだから、手を貸してくれる?』

「もちろんよ、そのために来たんだから」

「微力ながら僕もお供します」

『うんうん、そっちの子は礼儀正しそうだね。うちの旦那にも見習わせたいわ』

ユウの声を聞くと、通信先の女性が感心した様子を示してきた。直後に復活した男の声が聞こえてきた。

『痛てて…ケイト、お前今本気で拳骨かましただろ』

『妻の前でセクハラ紛いの発言をしたハルが悪いんです~』

『ふぅ、うちの嫁はなかなか厳しいな。…っと、そろそろふざけるのも終わりか』

ハルと呼ばれた男が立ち上がると、甲高い女の叫び声が響いてきた。ザイゴードがアラガミを呼び寄せる声と似ている。

すると、船体の側に、一体の女性型のアラガミが姿を現した。その姿は、まるで女神と蝶が合成されたような、美しさと不気味さの相反する要素同士の特徴を備えていた。

「サリエル…!」

どうやらさっきのアラガミの群れの中で進化した個体がいたようだ。

『こいつのお陰で輸送機にアラガミが張り付いちゃってるの。改めて力を貸して!』

「了解、援護するわ。ところで、あなたたちの名前は?」

作戦行動中に、名前がわからないままでは支障が出る。サクヤが輸送機の上に立っている若いゴッドイーターの夫妻に名前を尋ねた。

 

『本部の命令で極東支部に派遣されることになった、グラスゴー支部所属、

ケイト・ロウリーです。そして…』

 

『同じくグラスゴー支部所属、隊長の真壁ハルオミだ。よろしくな』

 




今回はさっさと書いちゃってます。ウルトラよりゴッドイーターの比率が高いです。

タロウの影が薄くなってく…次からの展開も悩み中です。他にも書いてる作品もありますので大変です。

リンドウたちと敵サイドの方は次回に触れる予定ですが、さっさと書いたもののため修正するかもしれません。

今回登場した二人も元は原作の『2』で登場するのですが、アニメでもちょこっと出てきたので、登場させてみました。


今回のタイトルも、ウルトラセブンのエピソード『V3から来た男』からとってみました。


※…ハルオミの台詞の一部を修正…にわか化進行中を痛感…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

グラスゴーから来た二人(中編)

ユウたちが、ハルオミたち空からの来訪者たちを迎えているのと同時期…。

見慣れた極東の一角にある都市の跡。

そこにはユウたちと別働隊としてリンドウ、ソーマ、そしてアリサの三人がいた。

自分たちはここで、空から来るフェンリルからの派遣者とは別の部隊を迎えることになる。後日行われるであろう作戦のために。

しかし、サクヤがユウたちにも言っていたように、今回の任務も急務に発注されたものだった。それも支部長直々のである。

新たな人材を確保する。それも、自分の管轄化である極東を中心に。

確かに現在の極東はかつてないほどの危機に見舞われている。これまで何体もの、スパークドールズを取り込んだことで規格外のサイズに進化したアラガミたちと交戦し、そのたびにウルトラマンに助け出されてきた。

支部長はウルトラマンの手を借りてばかりのフェンリルに、極東支部に保護されている人々が見限りをつけることを恐れ、本部から応援を要請したのだろうか?後日行われる大規模ミッションの事も考えるとわからなくもないが…。

(それだとただのパフォーマンスの意味合いが強くなっちまうな。そんなことのために本部から人材を回したのか?)

周囲にアラガミがいないか散策しながら、リンドウは考え込む。

ヨハネス支部長は、ヨーロッパに構えられている本部から遠く離れた極東支部の支部長という身分だが、フェンリル内では高い発言力を持っている。聞いた話によると、フェンリル設立には彼とサカキが深く関わっているとか。だが、いくら組織内での力が強くてもやりすぎれば周囲から疎まれる。その結果で邪魔が入ることもある。

その可能性がありながら本部の方から人材を回してもらっている。それだけの状況になるほど、なぜここ最近、異常進化したアラガミがこの極東を中心に集まっているか、ということが気になる。

しかもさらにきな臭いのが……

『支部長が巨大アラガミとウルトラマンの存在に対する驚きが自分たちよりも薄かった』ことだった。

(支部長の奴…)「何を考えてやがる…」

「そういうあんたも何を考えてやがる。今は任務中だ」

ソーマの声を聞いて、リンドウは我に帰る。そうだ、今は任務中だった。

「しっかりしてください、雨宮隊長」

この面子の中で一番の新参であるアリサからも冷たく返され、リンドウは頭を掻いた。

「あ~、すまん。ちょっと次のデートの打ち合わせについて悩んじまってな」

「もう…」

アリサはそれを聞いて目をしかめ、呆れた様子を露骨に示す。あからさまに軽蔑されたことを察して苦笑いを浮かべながらも、改めて任務に集中しようと、リンドウは通信機を通してオペレーターのヒバリに尋ねた。

「ヒバリ、アラガミの気配は?」

『はい、現在周辺のアラガミは中型種以下の個体で占められています。』

つまり今のところは予想外の危機となる確率は低いということだ。中型種程度なら、油断さえしなければ問題はない。アリサも既に中型種を相手にできるレベルでもある。後は不覚を取ってしまうなどのような、不測の事態さえなければ、だ。

「……」

ソーマは、周囲に気配を感じないか神経を研ぎ澄ませる。突然アラガミがレーダーの反応していない地点から誕生することもあるから、自分の第六感も頼った方がいいこともある。

すると、彼らの周囲から光が消えた。

何かの影が、太陽と自分たちの間に入って光を一瞬遮ったのだ。

何かが来たに違いない。三人は一斉に神機を構えた。直後、三人の前に何か巨大なものがドスン!と落下し、砂煙を巻き起こす。

異常進化した個体ではないようだが、この重量感…恐らく大型種だ。厄介なやつでなければいいが…と願うものの……その願いは見事に打ち砕かれた。

 

それも、最悪な意味で。

 

「リンドウ!こいつは…!」

いち早くソーマが表情を一瞬で険しくさせ、声を荒げた。まだ若いとはいえ、彼もまた古参のベテランゴッドイーター。そんな彼からこれだけ落ち着きを奪うほどの相手だった。

リンドウとアリサもまた、目を凝らしてその砂煙に姿を覆い隠している敵の姿を目視する。

「な…!」

その姿を真っ先に見たリンドウは、絶句した。だんだん薄まっていく砂煙の奥に隠れている敵の姿を見て、アリサは表情を険しくした。

「こいつは、確か…『ボルグ・カムラン』?」

ボルグ・カムランとは、全身が鎧のような硬い体表で身を包んだ、騎士のようなサソリの姿をした大型アラガミである。その尾は槍のように鋭く、両手の髑髏模様の盾は展開されればあらゆる攻撃を弾き飛ばすといわれている。

だが…妙だとアリサは思った。このボルグ・カムラン…話に聞いていた特長とはかなり違っている。確かにサソリと別のものが混ざったようなだが…それが騎士ではなく、寧ろ男神ととるべきである気がする。それに全身が、漆黒のような鎧がわずかに紫色に発光しているようにも見える。そしてその両腕は、カムランが本来持っている左右に分かれた盾ではなく、神機の捕食形態に似ている。鬼のような顔を刻んだ頭からは発光する長い髪を靡かせている。

アラガミたちが、各地の環境に適合するように形態変化を起こした種『堕天種』というものだろうか?

「グゥゥゥ…」

だが、今のうなり声で、リンドウとソーマは…すぐにこのアラガミが通常のボルグ・カムランではないことに気づいた。自分たちの知るボルグ・カムランの鳴き声とは異なっている。

(冗談だろ…!?)

頭の中に、カラータイマーの点滅のような警鐘が鳴り響き、ドッと汗が吹き出た。

どうなっている…ヒバリのオペレートにも引っかからなかったのか!?

「おい、一旦退くぞ!」

「え!?ちょ…何をするんですか!?」

飲み込めていないアリサは、突然リンドウが下した退避命令にあっけにとられる。が、すぐにソーマが乱暴に彼女を引っ張りだす。

カムランに似たアラガミは、彼らを逃すまいとリンドウたちを追い回そうとしたが…直後にやつの顔のすぐ手前の辺りで何かが投げ込まれ、強烈な光を放つ。

スタングレネード。ゴッドイーターの任務においての必須アイテムだ。

その光でカムランに似たアラガミの視界を奪っている隙に、リンドウたちは急いで離れ、廃ビルの中に姿を隠した。

「はぁ、はぁ…」

「…おい、リンドウ。奴は?」

身を隠した直後、三人はぜーぜーと荒く息を吐き続けた。

「あぁ、俺たちを取り逃がして悔しがってるみたいだな。やっこさんは」

廃ビルの入り口からそっと外をのぞきこんで、相手の姿を観察するリンドウはソーマにそう答える。

「おい…さっきまであいつの反応はなかったのか?」

『す、すみませんソーマさん…どうしてか、いきなり現れたとしか…』

ソーマが通信先のヒバリに、責めるようにも聞こえる口調で問いただすと、ヒバリが申し訳なさそうに謝罪するばかりだった。もしかしたら、自分たちの前に現れたあの瞬間に誕生した可能性がある。リンドウとソーマは、長いことこの仕事をし続ける中で、アラガミが地面から湧いて出てくる形で生まれる光景を見たことがある。

一方で、アラガミ殲滅主義者のアリサは抗議を入れてきた。

「なんで戦おうとさえもしなかったんですか!いくらなんで逃げ腰がすぎますよ!」

「…アリサ、ありゃただのカムラン系のアラガミじゃねぇんだ」

「え…?」

すると、リンドウが外のアラガミの様子をそのまま観察しながらアリサに説明を入れた。

「まだお前も知らないみたいだから、この際によく覚えとけ。

いいか、あいつに出会ったらすぐに逃げろ。今のお前の腕じゃ絶対倒せない手合いだ。それに、俺も戦ったことさえもねぇ。

ただ分かっているのは、やつは『神機』が大好物ってことだ」

「神機が、好物…?」

「ソーマ、お前は?」

「…やりあったことはある。ただ…やつと接触した日は俺以外全滅だった。俺もかなり傷を負わされた」

この二人も、アナグラの中ではかなりの凄腕だと評されているゴッドイーター。その二人をそこまで言わせるほどのアラガミだというのか。

「ソーマがそこまで言うほどって事は…間違いねぇ、あいつは……

『接触禁忌種』だ。それも、さらに『第1種』に相当しやがる」

「接触禁忌種…?」

響きだけで、なんだか妙にヤバイやつだということが伺える。

「近づいただけで、人によっちゃそのアラガミの放つ偏食場で気が狂うことだってある。しかも鬼畜めいた強さもあるから、出会ったら即退避が一番ってことだ」

リンドウはアリサのほうに向き直って、彼女が決して忘れないように念を押すつもりで続ける。

「よく覚えて置け、アリサ。奴の名前は……」

 

 

 

『スサノオ』だ。

 

 

 

 

その頃の上空エリア。

ユウたちは、地上のリンドウたちとは別に、フェンリル本部の意向で派遣された輸送機に乗せられた人々を極東支部へ安全に連れて行く任務を与えられた。しかし輸送機はザイゴードとサリエルの近縁種のアラガミに狙われており、その数もおびただしかった。何とか援護を試みるものの、数がなかなか減らせなかった。

すると、輸送機の中から護衛対象でもある二人のゴッドイーターが新たに参戦した。

その二人はグラスゴー支部の若夫婦ゴッドイーター…。

真壁ハルオミと、ケイト・ロウリーである。

「うおおおおらああ!!!」「せええええいい!!」

ハルオミのバスターブレードの一太刀がアラガミを3体まとめて切り落とす。彼の背中を守るように、ケイトがアサルト銃で援護に回る。

バスターブレードは攻撃力が高く、硬い体表を持つアラガミの体を破砕し切り裂くことができるが、その分動きが現時点での神機の刀身パーツの中でも鈍い。だがその鈍さから発生する隙を、ケイトが連射率の高いアサルト銃でけん制して援護、隙を消し去ってくれる。

さすが、夫婦を名乗っているだけ見事なコンビネーションだった。

だが、二人だけでは輸送機のダメージが大きくなる可能性が高い。

「サクヤさん、僕が降りてあの二人を援護します!」

「わかったわ。パイロットさん、ヘリを近づけて!」

ここは自分が行こう。幸いヘリにはさっきの一体以外寄り付いてきていない。今の内にユウを輸送機に移すことになった。

「真壁隊長、今行きます!」

ユウは使い捨てのパラシュートを装着し、ヘリが輸送機の方に近づいてきたところでユウは飛び降りた。すると、彼の接近に気づいたのか、2匹ほどのアラガミたちが宙に身を投げた彼の方に向かっていく。格好の餌だとでも思ったのか。

だが、それをサクヤたちが許すはずもない。ユウに近づいてきたアラガミたちに向け、サクヤとコウタの二人が狙撃。ユウを食わせまいとアラガミたちを撃ち抜いた。二人の援護もおかげで、ユウは輸送機の上に着地した。

「あらら、サクヤちゃんの方じゃないのか~、残念」

「こら、せっかく来てくれたんだから変な事言わないの」

大した残念さを感じさせない軽い笑みを浮かべるハルオミに、ケイトがぴしゃりと言い放つ。

「お二人とも、怪我はありませんか?」

ユウが二人の下に駆け寄ってくる。

「おう、助かったぜ」

「君もここに来るまで怪我はなかったかな?」

「はい、サクヤさんとコウタが援護してくれましたから。それよりも…」

ケイトからの問いにユウは頷く。彼が輸送機の周囲に再び集まろうとしているアラガミたちの群れを見る。さらに数が増えている気がする。これもサリエルが空のアラガミたちを引き寄せているせいなのだろうか。

『この数…輸送機は、諦めた方がいいかもしれないわ…』

通信機に、サクヤの声が聞こえる。後日の大規模ミッションのためにフェンリル本部から派遣されたのは、恐らくこの二人だ。この二人を優先的にヘリに回収して即時離脱さえすれば、ミッションコンプリートとなる。

「輸送機のパイロットの方に、操縦をオートに切り替えてもらって離脱…ってことですね?」

『えぇ、それが完了するまで、そっちでその二人を援護してくれるかしら?』

「あ~、俺たちをご指名してくれるのはありがたいが、それは却下させてもらえるか?」

「え!?」

ユウとサクヤが上げた、二人の優先案をハルオミは蹴った。

グラスゴー支部という一拠点で隊長の座に就いたのなら、自分たちが下した提案こそが最善の判断だと分かるはずだ。なぜ断った?

その理由を、ケイトが説明した。

「実はこの輸送機…そっちの支部長の命令で本部から召集をかけられた人たちが乗っているの。そっちのヘリには入りきれない人数よ」

「なんだって…!?」

操縦士ならまだしも、他にもまだフェンリル所属の人たちがこの輸送機に乗っているというのか。目を丸くするユウに、ケイトはさらに言う。

「言ったでしょ?さっき整備を完了させたって。アラガミが近づいてきたから、急いで整備をしてもらってたの」

「正直、お前さんたちが一足早く来てくれなかったらやばかったかもしれない。

けど、俺たちはできればこの機内にいる連中も守りたい」

ハルオミは機体の床を見下ろしながら、中にいるであろう人たちの身を案じた。

ここで自分たちを見捨てて、ハルオミとケイトの二人を回収するのはたやすいし、任務においてはこの二人さえいれば何とか成功扱いとなる。だが…。

それができるほど、ユウは非情にも大人でいることもできなかった。

「サクヤさん、コウタ…」

『…言わなくていいわ、なんとなく察したから。弾丸も腐るほどあるくらいよ』

サクヤは、ユウが自分たちの名前を呼んでいるときの声から、彼が何を考えているかを察したようだ。

「じゃあ!」

『けど無茶は禁物よ。ウルトラマンが都合よく現れる保障もないんだから』

「はい…」

実はそのウルトラマンが僕なんです…と心の中で呟いた。最も、いつでも変身できるわけじゃないから同じことだが。だが言っていることは決して間違いではない。ウルトラマン頼りはよろしくない。ギンガからも最初は、無言の形でそれを言われたものだ。

「ウルトラマン?」

聞きなれていないのか、ハルオミは首をかしげる。

「それは任務の後で説明します。今は…」

「…そうだな。かわいい化け物ちゃんたちとの楽しいお時間を乗り切らないとな」

「またへんな言い方するんだから。ま、なんだかんだ言って付き合ってる私も私か…」

軽い物言いをするハルオミに、ケイトはため息を漏らし、苦笑いを浮かべた。

 

こうして、グラスゴー支部部隊と第1部隊の共同戦線が開始された。

前衛はハルオミ、中衛は遠近両用が可能なユウ、後衛は当然銃型神機であるサクヤ、コウタ、ケイトの三人。…忘れられているかもしれないが、タロウもユウ以外に存在が知れていないとはいえ、彼と同じポジションだ。

サクヤの放った、爆発効果をもたらすモジュールを組み込んだ弾丸が、狼煙となった。その一発が、多量のオラクルと引き換えに多数のアラガミたちを一掃する。

それに合わせ、機体の上でユウとハルオミが動き出した。

「ったく、モテる男は辛い……なっ!!」

最初はハルオミが、自分に向かってくるアラガミを横一直線に切り裂く。前衛は後衛のための壁役のようなもの。それを取りこぼしたり仕留めそこなったもの、または前衛の手にかかる前に後ろから狙い落とすのが後衛の役目だ。一番前のハルオミの負担を減らすために、ユウとケイトが彼の後ろから、そしてコウタとサクヤの二人が空から狙撃して、数を減らしていく。

そんな中、ユウの銃が弾切れを起こした。

「ち…!」

こういうときは捕食形態に切り替えだ。すぐにそれに切り替えに入るが、その隙を突いて来るアラガミの群れ。だがそんなアラガミたちを、仲間たちが射撃を行ったり、ハルオミの剣戟で処理されたり援護をしてくれた。

その中にはこの人もいた。

『ウルトラ念力!』

胸のポケットに収まったままのタロウが周囲に念力を発しながら、アラガミの動きを一時的にだが封じてくれていた。おかげで、ユウは一番近い位置のアラガミに対し捕食をたやすく行うことができた。ユウの神機は、ガジリ!と噛り付いてその体のオラクルを取り込んだ。

「サンキュー、タロウ!」

「私を忘れてもらっては困るぞ!」

バースト状態に入って体から力がみなぎり、発砲に必要なオラクルも取り戻した。銃形態に早速切り替え、取り込んだオラクルで形成したアラガミバレットでユウは他のアラガミたちを打ち抜き始めた。

「ねぇ今誰かと話してた?」

「空耳ですよ、ケイトさん!それより、これを!」

さっきのタロウとユウの短い会話が聞こえたのか、ケイトが話しかけてきたが、ユウは一言適当に言い返して彼女の問いを受け流した。ついでに念押しのつもりか、ユウは銃口を通して、ケイトとハルオミに捕食で取り込んだオラクルを受け渡した。

「!これって…バースト!?」

銃形態のみの旧型神機は自らバーストできない。初めて感じるバースト状態にケイトは新鮮味を感じた。

「なるほど、噂の新型の機能って奴か!両刀使いとはやるな」

「…その言い方止めてくれますか!?すっごく嫌な意味に聞こえるんですけ…どッ!?」

ハルオミのヤバイ意味を孕んだ下品な言葉にユウは鋭いツッコミを入れながら、近づいてきたアラガミの一匹を切り伏せた。

さっきよりも、着実にアラガミを減らしていくことができた。だがまだ全滅には至らない。やはり、さっき現れたサリエルの存在が大きいのかもしれない。

「サクヤさん、サリエルの居場所はわかりますか!?」

『今レーダーで確認しているわ!…今度は5時の方向よ!』

言われたとおり、ユウは5時の方角を見る。その方角には、確かにサリエルがいた。そして、目が合った瞬間頭についた単眼から光線を放ってきた。奴の放ったレーザーがうねるように舞いながらまっすぐ向かってくる。そして、一本だったその交戦は分裂して、輸送機の上にいる三人にそれぞれ向かっていった。

「ユウ!」

「わかってる!装甲展開!」

すぐにユウは神機を一度剣に戻し、そして盾『バックラー』を展開し、レーザーを防いだ。

(ッ…!)

バックラーは小さく軽いから展開速度は速いものの、その分装甲が薄くて振動が伝わりやすい。盾を通して少しだが振動を感じた。

他の分裂したレーザーが他の二人にも襲ってくる。ケイトの神機は銃形態のみなので、装甲を展開することができない。レーザーにも追尾の効果が加わっていて、当然格好の的だ。ケイトも急いでレーザーの回避に入るが、この輸送機の上は同時に空の上。動ける範囲は限られていた。何とか軽快に動き回るが、やはりしつこくレーザーが彼女を追尾してきていた。

「ケイト!」

だが、一人の大剣を使う紳士がケイトの前に颯爽と現れる。そして、瞬間的に盾を形成してケイトを狙うレーザーを、自分の方を狙うそれといっぺんに防いで見せた。

「ケイト、無事か!?」

「ええ、大丈夫よ。ハル」

「はは…そいつはよかった」

自分のピンチに駆けつけて来てくれた旦那様に笑ってきた妻に、ハルオミは頭の後ろを掻きながら照れくさげに笑い返した。綺麗な女性に花の下を伸ばす夫と、それを笑顔のまま厳しくしかりつける妻。だがいざ危機に陥れば自ら互いを守る盾と剣となる。この夫婦の愛と絆は確かなものだろう。

「サリエルをなんとかしないと…」

二人が無事なのはいいが、まだ安心はできない。親玉であるこいつが、まだ残っているのだから。

ユウは神機を構えなおした。

 

 

輸送機の中の連絡通路には、フェンリルから派遣された人たちが大勢乗っていた。だが、その人たちの多くが、包帯を頭に巻いていたりと、あからさまに怪我をしていた。

「ぐ、うぅ…」

「しっかりしてください。外でゴッドイーターの皆さんが頑張ってるんですから」

恐らく、この輸送機がさっきのアラガミの群れに襲われたとき、思い切り壁などに体をぶつけてしまったためだろう。怪我人に対して、他の者たちが救護に入った。だがここは輸送機。十分な医療環境ではないので、応急処置しかできない。一刻も早く極東支部へ…彼らの願いはそれだけだった。

 

だが、この輸送機を、悪意を持って利用する者がいた。

 

船内の中にいる男の一人が、なぜかキャビンの方へ移動した。

「まったく、あの二人も人使いが荒いわねん…『女』を何だと思ってるのかしら?」

窓の外から見えるザイゴートアラガミの群れ、そしてそれらを率いるサリエル。女…それを名乗っていることからして、こいつはオカマのようだ。

「まぁいいわ。私が運んできた『ブツ』をよこせば、連中も喜ぶでしょ」

男はそれを見て、にやっと笑うと、姿を一瞬にして変えた。

その姿は、人間のそれとは大きくかけ離れていた。細い灰色の体から、首から下の部位が獣のような体毛に溢れた怪人の姿に変わった。

「そして、彼もこの歓迎で盛り上がってくれるかしら?

最もこれは、あの二人にとって…彼を始末するための『お試し』としての意味合いが強いけど」

そう言って、その怪人…

 

『暗殺宇宙人ナックル星人グレイ』は、闇のアイテム『ダークダミースパーク』ともう一つ、小さな人形を…スパークドールズを取り出し、その足の裏についたマークをリードした。

 

【ダークライブ…ドラゴリー!!】

 

 

そして、その黒い霧はサリエルの体内に入り込んでいった。

「AAAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!」

霧に包まれたサリエルが、悲鳴を上げた。

「!!」

「な、何…?」

その尋常ではない叫び声と、霧に包まれる姿。サリエルの異変にユウたちは驚愕し、動揺した。そんな中、タロウがユウに向けて怒鳴る。

「ユウ、気をつけろ!こいつは…もうすぐいつものようになる!」

「いつもの?…まさか!」

そのまさかだった。

黒い霧に身を包んだサリエルの体が、見る見るうちにふくらみ、そして肥大化していく。

 

やがて、黒い霧が晴れ、サリエルは姿を変えた。

 

その姿はより巨大な…60mクラスのものに。

女神の体の部位の上にあった、単眼を供えた頭は猛獣のごとき牙を携えた凶暴な獣に、両手はまるで醜い巨大な蛾のようにカラフルで派手な翼。体全体の体表は緑色の硬くぶよぶよとした肉で覆われていた。

 

後に、その異常進化したサリエルは、それと区別されるために、ある種族名を名づけられた。

 

 

『蛾神獣ザラキエル』と。

 




●NORN DATA BASE

・真壁ハルオミ
『ゴッドイーター2』に登場するゴッドイーター。愛称は『ハル』。
元は極東出身で、後にグラスゴー支部に転属した。
性格は今回のエピソードから見ての通りのスケベ丸出しで、男の本能に忠実。女性型のアラガミと遭遇する際も『点数付け』を行うこともしばしば。
しかし、こんな彼だが仲間たちから頼られるほどの奇骨を持ち合わせており、彼なりに強い信念を持って戦いに臨む。
今回の時系列では、旧型のバスターブレード神機を使う。
アニメでは、セリフ無しだがケイトと共にちょっとだけ登場する。


・ケイト・ロウリー
ハルオミと同じく『ゴッドイーター2』に登場するゴッドイーター。ハルオミとは長年共に戦った仲間でもあり、夫婦でもある。
グラスゴー支部所属。
茶髪のロングヘアーに、メガネやセーターを着こんだ一見知的な女性。献身的で常に明るさを失わず、何かとセクハラ行動の多いハルオミをなんだかんだ言いながらも愛し、支えてきた。
今回の時系列では、旧型アサルト銃神機を使う。


・暗殺宇宙人ナックル星人グレイ
『ウルトラマンギンガ』本編に登場する異星人。
おネエな性格だが、歴代の同族同様、狡猾で卑劣。原作ではヒロインの心の闇に付け込んでギンガを始末しようとした。
今回もまた、何者かの呼び出しを受けて極東行きの輸送機に侵入、輸送機を追っていたサリエルをザラキエルに無理やり進化させた。


※次回は10月の上旬土曜日の予定です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

グラスゴーから来た二人(後編)

新作の情報が出ましたね。でも、アプリ…スマホの電池残量が気になっちゃいます。
でも一方で3と思われる新作が開発されようとしているみたいです。どうも、フェンリル本部に何か異変があったようで…けど、今は1の前半時期を書くのがやっとの状況ですね…

そしてオーブのサンダーブレスター…やばすぎww

暁の方でも別作品の最新話出してますので興味がある人はそちらもよろしくお願いします。

それと、ついにお気に入り件数が100を突破しました!ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。
にじふぁんをやっていた頃からずっとですが、三桁を突破したことはないです。特撮とのクロス作品はジャンル受けがよくないし、小説サイトの人たちってたいていが神様転生ものを好む人たちが多いみたいですので、たとえ人によってはちっぽけな数値だとしても嬉しいです。

 …って思ってたらいきなり3件もマイナス…俺が何をしたんだ!?(汗)

※ザラキエルの名前が修正前のものになってました…すみません


スパークドールズが、サリエルの体に吸い込まれたことで奴の体に異変が大きかった。

体が肥大化し、女神と巨大蛾が合成したような美しくもおぞましい姿…『蛾神獣ザラキエル』に変貌した。

ザラキエルは、進化直後に一度叫び声を上げ始める。その叫びはザイゴートの、他のアラガミを呼び寄せる叫び声と似ていた。輸送機を襲っていたアラガミたちが、一斉にザラキエルに集まっていく。そして、ザラキエルの頭についていた眼球のすぐした部位が、ガバッ!とおぞましく口となって開かれた。その中にアラガミたちを、一匹残らず掃除機のごとく吸い上げていき、バリバリ!ゴキ!と生々しく気持ちの悪い音を立てながら捕食していく。

その影響でさらに体が膨れ上がり、ザラキエルはついに60mを超えた巨大な怪物となった。

「なにこれ…アラガミなの…!?」

ケイトは巨大な姿を見せつけるザラキエルを見て、かつてない恐怖を覚えた。

こんなアラガミがいたのか?というか、こんなデカすぎるアラガミと、一体どうやって戦えばいいのだ?

「…ちぃ…反則だぜ」

「真壁隊長…」

ハルオミも同感の様子だった。無理もない、こんな巨大すぎる怪物を相手にしては、ゴッドイーターでもどの方向から立ち向かっても勝ち目を感じさせもしない。

ユウはそれを横目で見て、嫌な意味で思ったとおりの現実を見たことを痛感した……

 

 

…というのは直後に打ち砕かれた。

 

 

 

「そんな出てるところをさらに出してくるとか、反則過ぎるぜ!」

 

 

 

そう叫びながら、ハルオミはかっこよくビシッ!と一直線に……

 

ザラキエルの『たおやかでたわわな二つの果実』を指差した。

 

ズルッ!!!

とんでもないコメントに、ユウとタロウ、ケイト、ヘリにいるサクヤとコウタ、果ては、アラガミであるザラキエルでさえ宙に浮いたままズッこけた。

「何を言い出すかと思ったら、いきなり何を言い出すんですかあなたは!!」

ガバッ!と立ち上がったユウが真っ先に突っ込みを入れた。

「いやぁでも、さっき俺たち言っただろ?この輸送機にいる連中を極東まで送りたいってな」

確かに言いはしたが、それとどう関係があるというのだ?と疑問を抱かされるユウたち。

「ん?ただの緊張ほぐしだぜ?」

「緊張の糸がほぐれすぎて落ちるところでしたよ!」

何時になく平静さをなくしてしまい、ユウは思わず怒鳴り散らしてしまう。そんなことで切れてしまう緊張の糸であって欲しくないのを痛感してしまう。

「まぁそれはともかく…」

軽く流した!?という直後に発せられたユウの突っ込みも意に返さず、ハルオミはさっきと変わらずお調子者じみた笑みを浮かべながら続けた。

「これで、こんなアホな男と一緒に死ぬより、死に物狂いで生き延びたくなっただろ?このまま死ぬには格好つかないもんな?」

「わ、わざとってことですか…?」

「やり方を考えてよ…もう。でも…なんかあいつに驚くのが馬鹿馬鹿しくなったな」

確かに、なんか絶望していることさえもばかばかしく思えてきた。

ユウたち第1部隊はザラキエルのような異常進化型の超大型アラガミとの交戦経験があるから慣れがあるため絶望まではしなかったが、ケイトとハルオミは今回が初めて。どんな状況においても、自分たちのいつもの調子を保ち続けることで生きながらえる。これが彼らのやり方なのかもしれない。…不純さ満載だが。

「なんにせよ、この輸送機をあいつから絶対に守り通さなきゃ…!でないとグラスゴーで帰りを待っているあの子に顔を会わせられないもの」

「だな…」

ケイトとハルオミは、互いに並び立ちながらザラキエルを見上げる。まずは、こいつをどう切り抜けるかだ。幸い、ここには極東支部において百戦錬磨の第1部隊と、自分たちグラスゴー支部で活躍してきたゴッドイーターがそろい踏みだ。しかも内一人は新型。これらをうまく連携し利用しあうことで、なんとかこいつを切り抜けてみせる。無理に倒そうとはせず、全員が生き残る算段を積み重ねていかなければ。

「よぉ、新型の坊や。名前を聞いてなかったな」

ハルオミは剣を肩に担ぎながら、後ろに立っているユウに自己紹介を求めてきた。

「坊やじゃないです。ユウ、神薙ユウです」

「…神を薙ぎ払う勇者…か。今の時代にぴったりの洒落た名前かもね」

ハルオミと共にユウの名前を聞いたケイトが言うと、ハルオミが改めてユウに問う。

「じゃあユウ、こいつを輸送機から引き剥がすぞ。無理かもしれなくたって、やる。着いて来てくれるか?」

「そのつもりです。…サクヤさん、コウタ!」

『ええ、サポートは任せて!』

名前を呼ばれたサクヤとコウタも、ユウに対して頷きの姿勢を通信越しに現した。

「さっきまでの通り、俺が主な壁役になる。べっぴんさんの相手はやっぱ俺みたいなイケメンじゃないとな」

ユウとケイトの前に、ハルオミが立ちながらザラキエルを見上げる。自分は旧型だから近接パーツしか搭載していない。敵の攻撃が来たら装甲を即時展開して後衛を守らなくては。

「ハルが耐えている間、奴の目を潰す役と、攻撃で注意を引く役…この二つに分けるのね」

ケイトの言葉に続き、サクヤが作戦内容を纏め上げた。

『私たちやケイトさんが主に攻撃役。奴の目を潰して視界を潰し、輸送機とヘリをエリアから全速力で離脱させる。それまでユウ君がハルオミ隊長が倒れないように遊撃役としてサポートする。この作戦で行くのね』

「あぁ、頼むぜ…アナグラ1の凄腕部隊って聞いてるからな」

『新人からベテランまで腕は確かよ。そうでしょ?コウタ』

『は、はい!がんばります!!』

コウタが緊張しているのが伺える。さっきのハルオミのアホでスケベな一発ギャグ?では完全に収め切れなかったようだ。

「コウタ、ガチガチになってる?いつもみたいに調子よくすれば緊張が解けるよ」

『ユウはいいよな…なんだかんだで、一番緊張が解けやすいもんな』

「そんなことないって…」

とユウが遠慮しがちに謙遜したときだった。

「来るわ!」

ケイトがザラキエルを見て叫ぶ。そのとき、一定の距離を置いていたザラキエルがこちらに接近してきたやはり、奴の攻撃が始まろうとしていたのだ。

これは自分たちの腕にもかかっているが、限界がある。輸送機とヘリのパイロットにも腕を見せてもらわなければならない。だがその際に、輸送機とヘリが大きく揺れる可能性が高い。ハルオミは早速、命綱であるワイヤーロープを結うとケイトの二人にも配布、フックや機体の梯子部分にワイヤーを金具で固定。衝撃と揺れに備えた。

『ユウ、奴の攻撃は神機の装甲で防御するのは難しい。私が念力をかけて動きを鈍らせるから、そのときはケイトと一緒に砲撃して奴のビームを相殺するんだ!』

『うん、お願い!』

タロウもテレパシー越しにサポート対象であるユウへの指示を出す。

恐らく、これまでの異常進化したアラガミと同じように、スパークドールズを取り込んでいたのだ。それに伴って進化したアラガミの攻撃をしのぐのは難しい。だが人形になっているとはいえ、ギンガと同じウルトラマンであるタロウの力があれば何とかいけるかもしれない。

 

 

その頃の地上では…

「やばいな…」

よりによってリンドウたちは、アラガミの中でも危険中の危険な部類に入るアラガミ…『スサノオ』に見つかってしまっていた。一度は逃げおおせたかと思ったが、奴は神機を好む性質がある。そのせいなのか、自分たちゴッドイーターの気配にいち早く気づき、彼らがさっきまで隠れていたビルに向けて、捕食形態に似た両腕で食いちぎりにかかった。おかげでビルの中で隠れることもできなくなり、やむを得ずスサノオの前とわかっても、外に出るしかなかった。

しかもこいつは、接触禁忌種…立っているだけで周囲の偏食場に影響を与えこうして対峙しているだけでもヤバイのだ。果ては神機も好んで食らうというし、ゴッドイーターにとってこいつは天敵なのだ。

「ぐぅ…!」

アリサはうめき声を上げながら膝を着いた。さっきビルに隠れていた自分たちに向けてスサノオが攻撃を仕掛けたとき、彼女は不覚にも負傷してしまったのだ。

「まだ、まだ…!」

「無理してんじゃねぇ。てめえの体力がそれくらいが限界だ」

「勝手に…言わないでください!」

新型のゴッドイーターとして、一矢報いることもできないまま引き下がれない。ソーマの一言に対し、かえって対抗心をむき出したアリサは根性で立ち上がろうとしたが、それもままならなかった。

(情けない…!新型なのに、またこんな…!)

アリサはこの極東に来て、自分が戦果を上げられたのが最初のうちだけであることを気にしていた。期待を寄せられたというのに、それに応えるべく抗議も訓練も模範生とも言うべき成績を収めたのに、いざ実践となるとなんとも情けなくて間抜けなのだろうと、自分の無力さを痛感させられるばかり。

スサノオがうなり声を上げながらこちらに迫ってくる。リンドウとソーマは、負傷したアリサとそいつの間に入って、スサノオと対峙する。こうして立っているだけで、奴の放つ偏食場パルスの影響で気分が悪く感じる。なんとかこの場を切り抜けられる手はないものか…!

と思ったときだった。

一台のカーゴつき大型六輪トレーラーがリンドウとスサノオの間に割って入ってきた。

「…?」

救援部隊が来てくれたのか?いや、スサノオと遭遇してからヒバリには一切連絡を入れていなかった。だとしたら…?ふとよぎった疑問の答えだが、すぐにわかった。トレーラーにはフェンリルのマークが刻まれていた。とすると…

(こいつらが俺たちが出迎える予定の…!)

そう思っている間に、トレーラーのコンテナの扉が開かれ、一人の赤い髪の少年が飛び出し、トレーラーの上に乗っかった。

「スサノオか…!」

恐ろしいアラガミ、その中でも危険中の危険な種と対峙しているというのに、彼は楽しそうに笑っていた。彼の手には、神機が握られていることから、ゴッドイーターであることがすぐにわかった。その神機の形状は、かなり変わっていた。目の前にいるスサノオとどこかよく似ている。しかも…銃と剣の両方が彼の神機にしっかり装備されている。

「新型…!?」

アリサが絶句する。ユウはともかく、自分以外にもまたもう一人新型のゴッドイーターがこの極東にやってきたという事実に驚かされた。

すると、呆然とする三人に向かって、トレーラーに付けられたスピーカーから声が聞こえてきた。

『そこに立っていると危険だ、早く「グレイブ」に乗れ』

若い男の声だった。確かにここに立っているのは危険だ。三人は促されるがまま、トレーラーに搭乗した。中は、後部が主に神機の簡易整備のための環境、運転席側は建物の一室のような、テーブルや椅子の置かれたいたって普通の生活環境の整ったものだった。

運転席にいたのは、まだ10代半ばの少女と20代初期の青年の二人。青年がさっきのスピーカーから聞こえた人物の正体なのだろう。

「お前らか?本部から寄越されたのは」

「あぁ…そうだ」

青年はリンドウからの問いに、表情一つ変えず淡々と答えた。

「あ、すみません…ヴェネってちょっと無愛想だけどいい人なんですよ」

ちょっと気を悪くされるのを気にしたのか、少女がささやかなフォローを入れた。

「あぁいや、気にしないでくれ。そういうのはいちいち気にしないタチだからな」

「よかった…」

リンドウが気さくに言い返したその一言に、少女は安心した。しかし、横からヴェネが警告を入れてきた。

「マリー、喋っている暇はない。ここにいるとギースの邪魔になる」

「邪魔って…まさか、あいつひとりにやらせる気か?」

ヴェネと呼ばれた青年に、リンドウは目を細める。さっきの少年の実力がいかほどかは不明だが、あの接触禁忌種のアラガミであるスサノオに一人で立ち向かわせるなど無謀にしか思えない。しかし、ヴェネはいちいち応えることなく、マリーと呼んだ少女にトレーラーを出すように指示を出し、彼女もうんと一言だけ言ってトレーラーを下がらせた。

「一人じゃあんなのを相手にできねぇだろ。俺だけでも下ろしてくれ」

「おい、リンドウ」

自分も加勢すると進言するリンドウに対し、ソーマが嗜めるように後ろから肩を掴んできた。リンドウは逃げろと命令するくせに、他人のために自分から危険に飛び込むことが多いことを知っているからだ。

「雨宮隊長、下ろすなら私にしてください!」

さっきのやられた借りを返したがっていたアリサも志願したが、直後にソーマからきつく指摘を受けた。

「お前馬鹿か。それこそダメに決まってるだろうが。負傷している以前に、経験不足なてめえが勝てる相手なわけねぇのは頭で分かるはずだろ」

「ッ…!」

確かに事実だが、無遠慮なソーマの言い分にアリサはカチンと来た。

『気遣いありがたいが、ヴェネの言う通り「あれ」に任せてもらおう』

すると、そんな第1部隊の三人に、内部のスピーカーから別の男の声が聞こえた。もう一人別の男がいるようだ。ここは運転席とその後部にある荷台。おそらく、このトレーラーに付けられたカーゴの中にいるのだろう。

しかし気に入らないものの言い方だ、とリンドウは思った。あれ、とは外でスサノオと戦おうとしている少年の事のようだが、まるで物扱いだ。

そんなリンドウの意に返すことなく、スピーカーの男は続けた。

『君たちは黙って、我々「アーサソール」の活躍を見ているといい』

 

 

 

奴の頭の目を狙って、サクヤが狙い打つ。

ユウとコウタ、そしてケイトが注意を引くために奴の体中を狙撃して援護射撃する。

ハルオミが盾となってケイトとユウを守る。

タロウも隠れて念力を使用することで敵の攻撃を逸らす。

 

その作戦で、ザラキエルから輸送機を守るユウたち。

そして、サクヤの放った一発の弾丸が、ザラキエルの頭についている目を貫いた。

「ギエエエエエ!!!」

頭の目を潰され、悲鳴を上げるザラキエル。

「今よ!」

サクヤが通信越しに、ヘリと輸送機のパイロットの両名に、今の内に振り切るように指示を出す。彼女の指示と同時に、輸送機の上のユウ・ハルオミ・ケイトの三人は輸送機の中に戻ろうとする。

ユウ以外全員が乗り込んだところで、輸送機とヘリは速度を上げた。だが、そのときだった。

ザラキエルが悪あがきにも近い形で、全力速度で逃げようとした輸送機とヘリに向かって、レーザーを無差別に放ってきた。

「ッ!」

まずい!このままでは!

ユウは乗り込むのを一度中断し、急いでザラキエルの放ったレーザーを相殺すべく、神機を銃形態に切り替え、弾丸を連射した。

まずは輸送機の方を撃つ。しかしレーザーはうねるように避けながらながら輸送機に近づいてくる。

『ウルトラ念力!』

すかさずタロウが念力をかけてそのレーザーを操り、二つのレーザーを互いにぶつけ合わせることで相殺した。

「このまま見逃したらまた奴は…」

もう一発あの厄介なレーザーで狙ってくるに違いない。ここはやはり…

「ユウ、ウルトライブだ。今ならサクヤ君たちも見ていない」

促され、ユウはギンガスパークを取り出す。しかし、ユウはすぐに変身しようとしなかった。

「…」

「おい、どうした⁉早く…」

「ねえ、タロウ」

ユウはタロウに視線を向けてきた。

「前に、元に戻りたいって言ってたよね?」

「あ、ああ。だが今それとこれと…ッ!」

タロウは、ユウの言葉の意味をすぐに理解した。

「今ならタロウを元に戻せるチャンスだ。いいかな?」

「あぁ!ユウ、ありがとう」

ユウは忘れずにいてくれていたのだ。自分が元の巨人の姿に戻りたがっていたのを。タロウはその事にものすごく感涙した。

「た、タロウってその姿でも泣けるんだ…」

涙を流す人形…端から見たら完全に怪奇現象である。それはともかくとして、ユウはタロウを左手に、そしてもう片方にギンガスパークを持つ。

「では頼むぞ」

「うん」

もしタロウが元の巨人の姿を取り戻したら、頼もしい味方として戦ってくれるかも知れない。それとも、いつもみたいにギンガではなく、タロウにライブするのだろうか?様々な期待を胸に、タロウの足の裏のサインに、ギンガスパークが押し当てられた。

(ギンガ、タロウを元に戻してあげて…)

 

が…

 

 

「あれ?」

無反応だった。

「な、何⁉」

あり得ないとばかりにタロウは声を上げた。そんな馬鹿な‼ギンガスパークの力なら、元の姿に戻れるはずなのに!

もう一度押し当てたりしてみても結果は変わらなかった。

しかし、ザラキエルはタロウたちにそれ以上試す時間も与えてくれず、予想通りレーザーを放った。補食して取り込んだたアラガミのオラクルを活性化させたことで、目が治ったのだろうか。

ヤバい!ユウのその感情に呼応するかのように、彼の右手の甲に選ばれし者の紋章が浮かび、ギンガスパークからギンガの人形が姿を現し、自ら足の裏のサインにリードする。

 

【ウルトライブ!ウルトラマンギンガ!】

 

その後はいつも通りだった。光に身を包んだユウが、ウルトラマンギンガに変身、ザラキエルに向けて飛び立った。

なぜか元に戻れないタロウに対し、何一つ変わったこともなくいつも通りのギンガ。

「な、なぜ何だ!なぜ私だけは元の姿のままなんだ!ああもう…」

 

 

早く大きくなりた~~~~~~い!!(T0T)

 

 

一人元の姿に戻れない嘆きの叫びをあげるタロウであった…

 

 

 

「ふう…」

先に輸送機の中に避難したケイトとハルオミの二人は一息着いた。目を潰して視界を奪った。輸送機がその隙に奴を全速力で振り切る。これで一安心といったところか。

「にしても、まさか俺たちの輸送中に、噂の異常進化したアラガミが襲ってくるとはな…」

自分たちが極東に向かっていつ途中で遭遇するとは思わなかった。

「ねぇ、ハル。あの子は?」

ケイトが回りを見渡して、ユウの姿がないことに気がつく。さっき、輸送機の速度を上げて敵の追撃から逃れるため、一緒に中に入ったはずだ。それを聞いて、ハルオミもまた回りを見てユウの姿がないことに気がつく。

「まさか!」

嫌な予感がしたハルオミは扉に向かおうとするが、ケイトに肩を掴まれて止められた。

「待ってハル!今の輸送機は速度を上げてるんだよ!下手に外に出たらあなたが落ちるわ!」

確かにケイトの言う通りだ。外に出てしまっては自分が落ちてしまう。すると、輸送機のパイロットからの放送が二人に届いた。

『外に異常発生!』

「異常?まさか、敵がまた進化したの?」

『今映像に出します!』

近くに設置されていた、外から襲ってきたアラガミを見るためのモニターが映り、二人はそれに目を向けた。そこには、さっきのサリエル異常進化種と同等の巨体を誇る巨人が、アラガミに向かって行く姿があった。

「この巨人は、最近極東で噂の…!」

「あれが…ウルトラマンって奴か…」

実際にこの目で見る、噂の巨人の勇姿に、二人はひきつけられた。極東から遥か遠くのイギリス・グラスゴーという遠い地で戦っている二人にとって、この巨人はアナグラのゴッドイーターたちが思っている以上に得体の知れない存在として捉えられた。

だが…それでも自分たちの仕事に変化などない。

「パイロット、今の速度は?」

『すでに十分な距離を離しています!今の状態なら、数十分後に極東に着くはずです!』

そうか、それならまだ余裕がある。

「ケイト、俺は今の内に外に出て、あのユウって坊やを回収する。そこで待ってろ」

「いえ、私も外で見るわ。なんとなく、あのでかいアラガミがまた来るような予感がするもの」

だからこそここでじっとして欲しいところだが…と言いたかったが、ハルオミはそれ以上言わなかった。言っても彼女は受け入れない。自ら危険に身をさらしてでも仲間を守るのがこのケイト・ロウリーという女性なのだ。そんな彼女を守りたくなったから、自分はこうして彼女の夫になっている。

「…わかった。あんま無理すんなよ」

「ハルもね」

 

 

 

 

ギンガの登場はサクヤとコウタが乗っているヘリの窓ガラスからも確認された。

「ギンガ、また来てくれたのか!」

「まさか、また来てくれるなんて…!」

歓喜に打ち震えるコウタと、また巨人が現れたことにサクヤは驚く。なぜこんな都合のいいタイミングで来てくれるのだろうか。

「コウタ、今の内にバレットを装填しなおして!いつでも敵の攻撃に備えられるように!」

「は、はい!」

 

 

「シュア!」

変身直後の飛行と同時に、ギンガはザラキエルに向けて拳を早速叩き込み、怯んだところで奴の体に掴みかかり、足で奴の腹を狙って蹴飛ばした。

とにかくこいつを輸送機とヘリから引き離さなければ。ギンガはさらにザラキエルに接近して引っつかみ、より遠くへ押し出していく。

ザラキエルはそんなギンガの背を翼で打ち、さらに顔に向けてビンタを叩き込んでギンガを突き放す。その際にバランスを崩したギンガに向けて牙をむき出して近づくと、宙で体制を整えたギンガがタックルでドラゴリーの体に飛びつき、肩の上で持ち上げた。

その状態のまま、ギンガは自らの体を回転させていく。その速度は次第に速くなり、まるでベーゴマのごとき高速回転を展開した。そして、その状態のままギンガはザラキエルを彼方の方へと投げ飛ばした。

勢いをつけまくった分、その分ふっ飛ばし力も半端なものではなく、豆粒ほどの大きさになるまでザラキエルは飛ばされた。

ここまで突き放したのなら、奴がこちらに向かってくるまで時間がかかるはずだ。今の内に輸送機の方へ…向かおうとしたときだった!

 

ビイイイ!!

 

「グア!?」

突然ギンガの背中に赤い色に染まったレーザーが直撃した。背中の痛みを感じつつも、咄嗟に周囲を見渡すギンガ。だが、敵の姿はどこにも見当たらない。

どういうことだ?確かに今攻撃を受けたはず…と思って左側にたまたま視線を泳がせたとき、今度は右後ろの方から同じレーザーが飛んできてギンガの体を痛めつける。

「グゥ…!!」

敵の…ザラキエルの姿が見当たらない。一体どこに消えた?それに、あれだけ距離を離したというのに、どこからどうやって?

疑問を抱くギンガの頭の中に、タロウのテレパシーが聞こえてきた。

『ユウ、気をつけろ!奴は恐らく、ドラゴリーを基にしたアラガミだ!』

(ドラゴリー?)

タロウはどうやら、そのドラゴリーとやらを知っているようだ。この不測の方角から来る攻撃の意味に気づいたのか?

『ドラゴリーは、かつて私とエース兄さんをはじめとしたウルトラ戦士が戦った強敵…「ヤプール」が作り出した怪獣兵器「超獣」の一種。奴らは通常の怪獣以上に強力だ。そして…』

「もったいぶらないで教えてくれ!こっちはちょっとヤバイ…!」

ギンガの姿のまま、ユウがタロウに速く教えてくれと頼むと、またしてもギンガの体に向けてどこからか放たれたレーザーが襲ってきた。

『ヤプールと超獣たちは、空間を破壊した箇所から攻撃を仕掛けることが可能だ!つまり、どこにでも現れ、そしてどこにでも攻撃を仕掛けることが可能なんだ!』

「!」

じゃあ、どんなに突き放したところで、無意味だということ。それどころか奴を遠くへ飛ばしたことが、逆にザラキエルの的になってしまったということなのか。

となると、いったいどうすれば…。

『ユウ、後ろだ!』

直後にタロウの声が聞こえ、ギンガは咄嗟に振り返って身構える。すると、さっきのようにレーザーが襲ってきたが、先ほどと違って両腕を盾にして防ぐことができた。

そしてタロウの言葉の意味を実際に見て理解した。空間を破壊…それは見たとおりに言うと…

空がガラスのようにひび割れ、その割れた箇所から赤い空間が口を開けることだった。赤い空間の中に、ザラキエルの姿が確かにあった。

「ガアアアアア!!」

(空を割って、その中から攻撃を仕掛けるなんて!!)

なんて奴だ。こんな方法で攻撃を仕掛けてくるなんて思いもしなかった。敵はここまで強力に成りつつあるのか。

だが…ここで退いてしまっては仲間たちや輸送機の皆が…!それだけは阻止しなければならない。

ギンガは次のザラキエルの攻撃に備える。すると、ザラキエルが開いた空間の破損箇所が、時間が巻き戻されて窓ガラスが元に戻ったかのようにすぐに直っていき、元の空に戻った。それに伴ってザラキエルも姿を消してしまう。

今度はどこから来る…?じっと待って敵の姿を見定める。

だが、じっと待ってもザラキエルの姿が見当たらない。なぜ出てこない?逃げたのか?

思わず構えを解いてしまうギンガだが、直後にタロウの声が再び聞こえてきた。

『ユウ!奴がこっちに現れた!』

「ッ!!」

しまった!姿を消したのはそういうことだったのか!

今回自分たちの任務が極東までハルオミたちの乗る輸送機を護衛すること。不要ならばアラガミを討伐する必要はない。だがそれは奴とて同じこと。獲物を食らうためにわざわざ強敵と戦う必要がないということだ。

タロウが言っていた通り、

ちょうどそこへ、ハルオミとケイトの二人もユウを探しに輸送機の機上に立っていた。そして、割れた空間の中にさっきの巨大アラガミの姿があったことに驚愕する。

「空が割れて…!?」

ケイトが思わず驚きのあまりそのまま突っ立ってしまった隙をザラキエルは見逃さない。彼女に向けて、赤く染まったレーザーを放った。

サリエルのレーザーと、ドラゴリーの目から放つ稲妻上の怪光線が融合した、破壊光線。それがケイトに死をもたらさんと襲い掛かってきた。

「ケイト!!」

咄嗟にハルオミが横から妻を突き飛ばし、自分は瞬時にタワーシールドを展開して奴のレーザーをやり過ごそうとした。だが、やはり奴の攻撃の方がハルオミの神機の防御に勝っていた。

「ぐああああ…!!!」

「ハルぅ!!!」

爆風で吹き飛ばされ、宙に飛ばされてしまうハルオミ。ケイトは我に帰り、自分の夫が輸送機から落下してしまう様を見て、届かない手を伸ばすばかりだった。

 

だがピンチはこれだけじゃない。

 

輸送機の護衛として近くを飛び回っていたヘリの中、サクヤたちもザラキエルの脅威に戦慄した。

「空を割るとかありかよ!」

「なんて能力なの…」

コウタが反則にも取れる敵の能力に思わず文句を言ったが、すかさず彼らの乗っているヘリにもマグニチュードが高い地震のような、強い衝撃とゆれが入った。

「た、大変です!機体のプロペラが奴の攻撃を!」

「何ですって…!」

ヘリの上につけられたプロペラが、攻撃を受けて破壊されてしまったのだ。

「や、やばい!落ちる落ちる!」

酷く慌てるコウタ。とはいえ、本当にまずい。このままでは…落ちる!!

「シュワ!!」

だが、そこへギンガが超特急で接近。落ちていくハルオミ、そしてコウタたちのヘリを手のひらに乗せた。

そのまま、ザラキエルが再び輸送機を狙って放ってきたレーザーに向けて、紫色に光った頭のクリスタルから光刃を発射する。

〈ギンガスラッシュ!〉

その光線によって、ザラキエルのレーザーは輸送機に直撃する前に相殺され、輸送機は無事だった。

「お前…!」

ハルオミは手のひらの上から、ギンガの姿を見上げる。ギンガは何にも言わず、ただ手のひらに乗せたハルオミと、破壊されたヘリに乗っていたコウタ、サクヤ、ヘリパイロットを輸送機の上まで運んだ。

これで安心…そう思っていた矢先だった。

「グオオオ!!!」

「ッグア!!」

突然ギンガは背後から首を締め上げられた。それもものすごい力。今にも首をもぎ取りにかかるほどの勢いだった。

後ろから、ひび割れた空から飛び出してきたザラキエルが、ギンガがハルオミたちに気を取られている隙を狡猾にも突いてきたのだ。

『いかん!すぐに引き離せ!』

タロウがギンガに向けてテレパシー越しに大声で警告する。奴の素材となった超獣ドラゴリーは、怪獣の一匹をその豪腕でばらばらに引き裂いて殺したほどの力を持っているのだ。最悪の場合…!

『やらせんぞ…ウルトラ念力!』

タロウも抵抗するギンガに力を貸すべく、念力をさらに強力にかけてザラキエルの動きを妨害する。元の姿に戻れない分、ここで挽回せねば!

その影響でザラキエルの、ギンガの首を掴む力がわずかに緩み始めた。だがそれでも、ギンガはザラキエルの高速を振りほどくことができない。

「ギンガ、今助けるわ!!」

と、そのときだった。ザラキエルの頭や腕に向けて、サクヤとコウタ、そしてケイトがバレットを連射した。だが、奴の巨体からすれば豆鉄砲のごとくで、あまりダメージは見られない。

「くそ、やっぱ神機じゃあいつを倒せないのか…!」

「うぅん。そうでもないみたいだよ?」

悔しがるコウタ。だが一方で、ケイトは眼鏡をかけなおしながらザラキエルの様子を見る。

よく見ると、ザラキエルがわずかに苦しみ始め、そしてギンガから体を離してしまう。一体これは?奴からすればバレットの威力などものともされないはず。

その理由を、ケイトは一つのバレットを見せながらコウタに説明した。

「特性の封神弾だよ!」

アラガミには、不利な状態変化の一つとして毒(ヴェノム)、一時的に動きをその場に固定させ行動不能にするホールド、そして…一時的な弱体化を促す『封神』の三つがある。

ケイトが撃ったのは、その封神状態を促すバレットだったのだ。それがタロウの念力の効果と相乗効果を果たし、ザラキエルの動きを鈍らせたのだ。

よし!ギンガはザラキエルの力が弱まったところで、肘うちと蹴りのコンボで奴を突き放す。十分な距離を開いた。今だ!

〈ギンガクロスシュート!〉

「デエエヤアアア!!」

全身のクリスタルを光らせ、L字型に組まれた両腕から放たれた光線が、ザラキエルに直撃した。

「やったか!?」

ハルオミが爆発の中に姿が見えなくなったザラキエルがどうなったのか、目を凝らす。

ギンガはこれで、ようやくこの火の戦いが終わったと思っていた。

 

 

しかし、現実はそうはいかなかった!

 

 

 

「ガアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 

 

怒り狂った咆哮が爆炎の中から轟いた。その中から、激昂しているザラキエルが再び姿を現した。今度こそギンガと、ゴッドイーターたちを喰らい尽くすために。

 

なんて強さだ。ギンガの光線にも耐えうるなんて。

だが、このまま退いては仲間たちと輸送機にいる人たちが…!

背水の陣の状態に陥っても、背後にいる大切な人たちのためにも退くことができない。ギンガはザラキエルに向けて再び身構え直した時だった。

 

 

 

「ギャアアアア!!」

 

 

 

突然、ザラキエルに向けて光線が放たれ、ザラキエルに直撃した。光線を受けたザラキエルは姿を覆い被せられたかのように、光の中に消えていった。

「!?」

思いもよらない攻撃によって敵が倒されたことに、ユウ…ギンガたちは、今何が起こったのか理解するのに時間を要したが、それ以上に目を疑う光景が彼らの視界に飛び込んだ。

「あれは…!?」

雲海の中に、何かが見える。それも、暗雲のように光を遮るほどの巨大な何かが見える。

 

 

グオオオオオオオオ…!!

 

 

ギンガも、誰もがぞっとした。雲海より姿を見せたのは…

 

いくつもの足を持ち、角を持った…

 

 

 

ギンガの何倍もの巨体を誇る魔物だった。

 

 

 

「まさか、ウロヴォロス…!?」

その巨大な魔物を見て、サクヤも絶望を孕んでいるようにも見えるほど、目を見開いていた。

「ウロヴォロス…?」

聞いたことがない様子でコウタがサクヤを見た。彼女のリアクションから察しても、危険性がどれ程か、見ただけでは想像もつかない。

しかし、そのウロヴォロスらしき巨大なアラガミは手を出してくることもなく、雲海の中に姿を消した。

「…触らぬ神になんとやら…だな」

このまま去ってくれたのは幸いだった。サリエルの突然変異種一体でも、あの巨人の助力があっても苦戦したというのに、あんな化け物までは相手にできない。

 

 

輸送機の上の、ケイトたちから見られない位置から、タロウはウロヴォロスらしきアラガミが去っていくのを見届けた時、自身の中で何かがざわざわしたのを感じた。

(何だ?この奇妙な感覚は…)

なぜだろう。あのアラガミを見た途端に、彼は以前にも感じたことのある何かを感じ取っていた。

(いや、まさかな)

気の迷いに違いない。そう思って彼は考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

 

その嫌な予感が、後に不吉な形で現実となることを知らずに…

 

 

 

 

 

 




●NORN DATA BASE

・蛾神獣ザラキエル
(ドラゴリー+サリエル)
サリエルの頭の部分がドラゴリーの物となっているが、目はサリエルが持っている一つ目のギョロギョロとした邪眼。
ドラゴリーが目から放つ雷状の赤い怪光線、サリエルのレーザー発射能力を用いた、追尾レーザーを使う。
また、サリエルが使っていた毒霧も発生させることも可能だが、バリア能力まで再現しているかどうかは結局不明のまま。
しかし、歴代の超獣たちがガラスのように割れた空から現れるのを利用して、ザラキエルはどこにでも短時間で移動することができるようになっている。

ちなみに初期では『ガブリエル』と名前をつけようと思ったが、意味合い的に違和感があったので、死の天使サリエルの別の読み方のものに急遽変更した。


・蛾超獣ドラゴリー
『ウルトラマンA』の序盤以降のシリーズに登場した、怪獣を超えた生物兵器『超獣』の一匹。口と牙を持つ蛾のような姿をしている。両手からミサイルを放つことが可能な他、初代ドラゴリーは『巨大魚怪獣ムルチ(二代目)』をバラバラに引き裂くほどの腕力を持つ。これをウルトラマンが受けたら……うん、たぶんジャックさんみたいになります。
「わざわざ口に出して言うこと!?」byコウタ


・「早く大きくなりた~い!!」
『ウルトラマンギンガ』本編での、タロウの名(迷?)台詞。
怪獣や自分以外のウルトラ戦士が、ギンガスパークの力でライブすることで元の姿に戻れるのに、なぜか自分だけ巨人だった頃の姿に戻ることができないことを嘆くタロウの、切なさと悲しみに満ちた魂の叫びである。

…最近一番使ってみたかった台詞(笑)


・アーサソール
小説版『禁忌を破る者』に登場した、主人公ギース、ヒロインのマルグリット、二人の幼馴染のヴェネが所属する、フェンリル本部直轄の特殊部隊。
その部隊が結成された意味は…。


・ボルグ・カムラン
騎士と蠍を組み合わせたような姿の大型アラガミ。全体的に体表が硬く、両腕の髑髏のような盾はあらゆる攻撃を跳ね返すほど頑丈。尾から生えている槍攻撃でこれまで自分には向かってきたゴッドイーターたちを貫いてきたに違いない。
しかしわずかな箇所に柔らかい部分が存在しており、破砕属性の武器攻撃が弱点。

・スサノオ
ボルグ・カムラン種の大型アラガミ。
アラガミの中でも危険な種『接触禁忌種』の内、さらに危険な部類『第一種』に相当する。
紫色に光る漆黒の鎧を身にまとった鬼神のような姿をしている。
神機を好んで捕食するらしく、『ゴッドイーターキラー』の異名を持つ。
今作品でのソーマは一度交戦経験があるが、仲間全員を結果的に犠牲にするほどの被害を負わされている。


※次回は未定です。
アーサソールや闇のエージェント、ヨハネスたちの扱いに悩みまくっているので。
できればアドバイスとかも聞いておきたいので、もしあるならメッセージ等でお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オペレーション・メテオライト

暁で投稿中の『ウルトラマンゼロ×ゼロの使い魔』の小説でかなり時間を取ったために更新が遅れました。申し訳ありません!

気がついたらゴッドイーターオンラインの情報とか、GERとGE2RBのアップデートとか、地味にいろいろあったりしました…

今回も急ごしらえ間はあると思いますが、最新話をお届けします。小説版とアニメの一場面を元にした話となっています。あまり内容は進んでません…ご了承ください。
おかしくない?と思えることとか、誤字とか、アドバイスとかあればお願いします。
ただ、運営の規制もあると思いますので、できればユーザーメッセージでお伝えください。

次回も書きますが、更新日程は未定です。また、後の展開にあわせて今回のエピソードも改変するかもしれませんので、どうかご理解ください…

追記;早速お気に入りが2件以上ダウン…自分の未熟さが招いたとはいえ…凹みました…orz


「よぅ、タツミ。久しぶりだな!」

ユウたちが護送した輸送機と、リンドウたち地上班が護衛した本部からの援軍は、無事アナグラへ到着した。

アナグラのエントランスに来ると、ユウたち三人と同行していた二人のうち一人の、ハルオミがヒバリがいつも構えているカウンターの前にいる第二部隊隊長のタツミを見ると、手を上げて彼を呼んだ。

「なんだよ…今日こそヒバリちゃんを食事に誘おうって時に…って!」

名前を呼ばれて、タツミはヒバリとの二人の時間(ヒバリからすれば業務妨害だが)を邪魔されて不機嫌になる。しかしヒバリの前で他人への悪態を露骨に表すのも気が引けるので、自分を呼んだ男の声の方を向く。その男の顔を見て、タツミはさきの不機嫌モードから一転していつもの満面の笑みを見せた。

「ハル!ハルじゃないか!なんだ、極東に戻ってきてたのか!?」

「うちの支部長が、こちらの支部長の頼みを断れないとか言ってな、こっちに俺たちを寄越してきたんだよ」

「タツミさんと知り合いなんですか?」

どう見てもタツミと顔見知りの対話に、ユウが尋ねる。

「おう、極東を離れるまではこいつとはご近所だったからな。んで、そちらのお嬢さんは?」

ハルオミはヒバリの方を見ながらタツミに尋ねた。その視線にタツミは危機感を覚えたのか、ヒバリの前に立ってハルオミの視線からヒバリを隠した。

「ハル、まさかヒバリちゃんを次の標的に選んだんじゃないだろうな」

「おいおい、男の嫉妬は醜いぜ」

「あの、タツミさん…そこに立ってると邪魔になるんですが…」

後ろからヒバリの言い辛そうな声が聞こえてきた。

「う、あぁごめんヒバリちゃん。今退くから」

意中の女の子からの指摘に慌ててタツミはすぐに退いた。なんだかカッコ悪い印象を与える。

「ハッハッ!その様子じゃお前、まだまだ彼女作れそうにないなぁ」

ハルオミの挑発的な台詞にタツミは少しカチンと来た。

「んだよ…じゃあお前はどうなんだよ」

「俺には最高の嫁さんができたからな。な、ケイト?」

「何!?」

ハルオミに妻がいると聞いてタツミはギョッする。よく見ると、ハルオミのすぐ傍に眼鏡の知的美人がいるではないか。

「先を越された…」

タツミはそれを見て項垂れる。

「そうがっかりしなさんな。俺はお前より2年人生の先輩してんだ。よくあることだろ?」

「そりゃそうだけどよ。無類の美女好きのハルに言われると余計に悔しいっての…」

さらりと嫌みを言うタツミだが、勝ち組のハルオミにはただの無色の装飾弾だ。

「ふふ、気持ちは分かるけど、あまりそんな言い方はしないでほしいな」

今度はハルオミの横にいたケイトがタツミに声をかけた。

「え、あ…すいません!気分悪くしたかった訳じゃないのに」

旦那を貶されて怒らせてしまったのかと思い、タツミは慌ててケイトに謝罪する。

「いいのよ、この人があっちこっちでフラフラしてるのは知ってるわ」

「は、はあ…そうなんすか」

旦那の不純行為を知ってるのかよ。この人ハルのせいで苦労しそうだな、とタツミは思った。

「けど極東を出る前、金髪美女をゲットしてくるとか言ってなかったか、ハル」

「バーカ。狭い尺で未来の嫁を限定したんじゃいい女に出会えないぞ。彼女いない歴=年齢のタツミ君」

「やかましいわ!」

からかってきたハルオミに、完全に敗北ムードに陥ったタツミはムキになって喚いた。

「仲いいんですね」

ユウは二人を見て笑うと、ケイトもほほえましげに笑った。

「タツミ君のことはハルからよく聞いてたわ。子供の頃ずっと一緒で、よくバカやってたんだって」

「ああ、よくやったもんさ。確かガキの頃、こいつが夜に一人…」

「待て待て!お前今、言ってはならない何かを言おうとしたんじゃないだろうな」

何かタツミに関する出来事を暴露しようとしたハルオミだが、すぐにタツミが口を挟んできた。酷くあわてたそのリアクションを、ハルオミはケタケタ笑いながら誤魔化した。

「さあてな~。んじゃケイト、二人でアナグラデートと行こうぜ~」

「私の前で見かけた女の人たちを口説いたりしないでよ?」

タツミのことで何かありげなことを言いながらも結局最後まで言わず、愛する嫁と二人でどこかへと行ってしまうハルオミであった。

「あの野郎…散々が人のことをいじっていきやがった」

タツミは、ケイトはともかく去り行くハルオミの背を恨めしげに睨んだ。

「子供の頃…タツミさん、何かあったんですか?」

「すまん、その話については触れないで、お願い…」

さっきの言いそびれたままのハルオミの含みある言い方が気になったのか、ヒバリはタツミに触れさせようとしなかった。居辛くなったこともあってか、そのまま彼はエントランスから去っていった。

「…なんか凄く哀愁を感じる…」

「え、ええ…」

背中から暗いオーラが出ているのを見て、ユウはおろか、タツミからよく口説かれるヒバリも彼をどこか気の毒に思った。

すると、彼らと入れ替わる形で、コウタがユウたちの前にやってきた。

「よ、ユウ!今日もバッチリ任務完了できてよかったな!」

「あ…そ、そうかな?」

今日の任務のことに触れられ、無事に生き延びることができたことを喜ぶコウタだが、ユウはあのミッションのことについて素直に喜べないところがあった。

「どしたの?なんかあった?」

「いや…」

ユウの脳裏に、先刻のミッションの最後のあたりの時間の記憶が過ぎる。

ギンガに変身し、サリエルが進化したザラキエルと交戦した。光線技で止めを刺し、それで戦いが終わるはずだった。しかし、自分たちの全力の光線をぶつけてもなお、ザラキエルは倒せなかった。そしてその直後に現れた、とんでもない破壊光線を放ってザラキエルを消滅させた…あの『超巨大なウロヴォロス』。

もし、あいつにまで狙われていたりしていたら、皆あいつに…。

「あ、それより地上班の皆は?」

皆のことを思い出し、ユウは今回の任務で別行動を取っていたリンドウたちのことを尋ねた。

「リンドウさんたちなら、ユウさんたちが戻られる少し前に無事帰還しましたよ」

今答えてくれたのはヒバリだった。

「そっか」

「ただ、リンドウさんたちもかなり不味い状況だったんです……」

無事だったことを聞いて安心するユウとコウタだが、ヒバリは落ち込んだような表情を浮かべる。

「何かあったの?」

「実は……」

尋ねてきたコウタに応えヒバリは地上班に起きた状況を説明した。

彼らも地上ルートで派遣された、次の大規模ミッションに必要な人材を迎えるために、近隣のアラガミを掃討することになった地上班。だが、その際に……リンドウほどの古株ゴッドイーターでさえ相手にすることを避けるべきアラガミ……スサノオが現れ、危うくピンチに陥ったらしい。しかしそこへ、迎えの対象である特殊部隊のゴッドイーターが、そのスサノオをたった一人で倒したのだという。

「しかも、その人は新型のゴッドイーターだったそうです。アリサさんは特に悔しがってて……」

「新型がまた!?」

ユウとアリサに続き、また新型ゴッドイーター。

なるほど。話を聞いて、それもそうだろう、とユウは思う。アリサは新型としてのプライドが高い。だがスサノオに立ち向かうことも許されず、黙って見ているしかできなかったことを不甲斐なく感じたのだ。

「その新型の人たちはどこに?」

「支部長が直接お話があるそうで、今は支部長室に向かわれましたよ」

「そっか、ありがとう」

ユウはヒバリに礼を言い、コウタと共にエントランスの階段を上る。

「スサノオ……」

リンドウでさえ相手にすることを避けるべきアラガミ。そんなヤバイ敵と遭遇して無事だった。同じようなことが地上でも起こったのか。

「ユウはスサノオってアラガミのこと知ってた?」

エレベーターに乗り、新人居住区画に向かう中、コウタが聞いてくる。

「いや、僕もまだスサノオのことは聞いてないよ」

「そっか……リンドウさんでも戦うのを避けないといけないアラガミがいるなんてな。できれば会いたくないな……けど、万が一の時はウルトラマンが来てくれるよな?」

「随分たるんだことをぼやくのだな、コウタ」

すると、エレベーターの扉が開かれると同時に、アラガミか可愛く感じられそうな威圧感が二人に浴びせられる。

アナグラ勤務のゴッドイーターたちの一種の恐怖の対象、ツバキ教官だ。

「つ、ツバキさん……」

「コウタ、本来人を守るのは我々の役目だ。にもかかわらずそのようなたるんだ言動をほざくようでは自覚が足らんぞ」

「は、はい……」

「ユウ、お前もだ。仲間としてこいつの気合いを入れ直すようにしろ。

ウルトラマンが必ず現れるとは限らんからな」

「り、了解……」

二人は有無を言わせないツバキのプレッシャーに頷くしかなかった。

エレベーターから降りて新人居住区画に来た二人は、ツバキを乗せたエレベーターを振り替える。

「怖え~……リンドウさんが『姉上はアラガミよりおっかない』って言ってた気持ちがわかるよな……」

「けど、確かなことは言っていたよ」

「え?」

「ウルトラマンが来るとは限らないってこと。それに今回、ウルトラマンは止めを刺しきれなかった。もしかしたら負けて、あのサリエル変異種の矛先が僕たちに向いていたのかも……」

「あ……」

自分がとんでもない楽観視していたことにコウタは気づいた。今回のギンガとザラキエルの戦闘はコウタも見ていた。にも関わらす希望的観測なことを聞いたら、ツバキが機嫌を損ねても仕方ない。それにサクヤもツバキと同じことを言ってたじゃないか。

ウルトラマンは無敵ではない。それを知らされた戦いだった。

ふと、ユウはあることを思い出す。

(そう言えば、戻ってからタロウの様子が少しおかしかったな)

今、タロウはいつも通り胸ポケットの中に隠れている。だがユウからの声かけになかなか反応を示さなくなっていた。一体どうしたのだろうか。部屋に一度戻ってタロウと改めて話をすることにした。

 

 

 

「今日は本部から遠いところ、ご足労と我がフェンリル極東支部のゴッドイーターを救援いただき、感謝する。ドクター・イクス、そして『アーサソール』の諸君」

「いや、シックザール支部長の寛大なお出迎えに、我々も感謝の気持ちで言葉がありません」

支部長室にて、ヨハネスはリンドウたち第1部隊地上班が出迎えた、特殊部隊『アーサソール』の構成員たちに挨拶をしていた。

リンドウもまたその場に居合わせていた。

『イクス』と呼ばれた、メンバーの中で一番年齢と見られる高いメガネの男がヨハネスに会釈する。どことなく、その紳士的な姿は不穏な雰囲気がある。

「…よく言うぜ、イクスの奴」

「こら、ギース…!極東の支部長の前だよ…!それにドクター・イクスにまで…」

「けどよ…」

そんなイクスを見て、赤髪をフェンリルマークのついたバンダナで束ねている少年が目を細めて小声でぼやくと、それを聞いた長い金髪の露出度の高い服を着た少女が小声で注意を入れる。

「二人とも、私語は慎め。ここは極東の支部長室なんだぞ」

「ヴェネ…」

二人に対して静かに喝を入れてきたのは、イクスの次に大人びた雰囲気を漂わせる青年だった。彼はヨハネスに対して頭を下げて謝罪する。

「申し訳ありません、シックザール支部長。ギースは落ち着きのない奴でして、我々も少々手を焼いているのです」

「ヴェネ、子ども扱いはやめろよ!」

「そう思うなら静かに気をつけしろ。二度も同じことを言わせるな、ギース」

「ははは。なに、気にしないでくれ。これくらいで怒るほど私は器の小さい人間でいたつもりはないからね」

そんなアーサソールの三人を見て、ヨハネスは快く笑う。リンドウはそんな支部長の一件屈託のない笑いを、胡散臭げに見つめる。

だが胡散臭いのは支部長だけじゃない。このアーサソールに所属している、あのイクスという男、彼もまたヨハネスとは違うきな臭さを漂わせている。

「さて、早速だが君たちにこの極東支部へ来てもらったのは他でもない。

我々極東支部にて行われる予定の、アナグラ内および君たち他支部から集めてきたゴッドイーターたちによる合同大規模作戦『オペレーション・メテオライト』に参加してもらうためだ。

このミッション成功の暁には、フェンリルが進めているエイジス計画に大きな前進が見込まれる。

だが、この作戦では接触禁忌種アラガミも現れる可能性が高い。なんとしても成功させるために…接触禁忌種を討伐し続けてきた君たちの力をお借りしたい」

「我々に可能なことがあれば、どのような命令も成功させるつもりです。お任せください」

「頼もしいな、ヴェネ君。さすがアーサソールの隊長だ。引退してしまっているのが実に惜しい」

「お恥ずかしい限りです」

ヴェネは首を横に降りながら言う。居合わせていたリンドウは、まだ彼が年齢的にゴッドイーターを続けられるはずであることを知っていた。ここに来る前に、彼らの話を多少聞くことができた。

アーサソールにてただ一人の戦闘員ギース・クリムゾン、整備士マルグリット・クラヴェリ、リーダーのヴェネ・レフィカルに加え、本部からアーサソールに送られる資材を提供し神機のオーバーホールも行う最年長のイクス。イクスを除く三人は幼馴染で幼い頃から一緒だったそうだ。ただ、ギースは口が悪くリンドウに対しても不遜な態度だった。それをマルグリットが年下なのにお姉さんっぽくしかりつけ、最後はヴェネからも黙らされるのが日常らしい。リンドウも飄々としたキャラがギースから一方的に嫌われてしまったという。そんなギースだが、確かな目的を持ってゴッドイーターをしている。

それは、新型神機の初期型を使っていた『ヴェネの神機を見つけること』。かつてヴェネも新型ゴッドイーターだったが、スサノオに神機を食われてやむを得ず引退したのだ。まだ戦えるはずなのに前線で戦うことが許されない。ゴッドイーターを引退した者にはよくある話だ。

「さて、作戦に出るからには、ひとつ気になることがある」

ヨハネスはアーサソールのメンバーたちを見渡しながら、彼らに向けて話を続けた。

「スサノオと……いや、接触禁忌種アラガミに遭遇したゴッドイーターは、自身の偏食因子や精神状態が不安定になるケースがある。その状態でアナグラ内を歩かれると、他のゴッドイーターにどんな影響が出るか予測がつかない。よって、この後サカキ博士からの検診を受けてもらい、君たちの身体に以上が見当たらないか調べさせてもらいたい」

ヨハネスからそのように言われるが、イクスは首を横に振る。

「私はアーサソールの監理官だ。本部の許可なくしてそのようなことは許可しかねる」

「アナグラの安全を考えたら妥当だとは思うが、それでも拒否するというのかな?」

「そのようにご理解いただきたい。本部の許可がない限り、『これ』の身体データは提供できない」

イクスの、ギースに使った『これ』という言い方に、リンドウは眉をひそめた。気に入らない物言いだ。イクスはあったときからまるで人を小馬鹿にしているような顔を浮かべているが、まるでギースを道具のようにしか見ていないとしか思えなかった。

「ならば仕方ない。ギース・クリムゾンとヴェネ・レフィカルの二名は、必要時以外はなるべく部屋にこもっていてもらう。ドクター・イクスとマルグリット・クラヴェリはその限りではない。もし外出を求めるなら、リンドウ君が常に同行するものとする」

「待てよ!俺はともかく、ヴェネまでなんで!?」

「彼もかつてはゴッドイーターだった」

納得できないと声を上げるギースに、ヨハネスは冷たく言い返す。たとえ引退して体内のオラクル細胞が休眠状態となっても、何かしらの要因でそれが悪い意味で呼び起こされたら何が起こるかもわからない。

「よろしいのか?ゴッドイーターであるミスタ・アマミヤを同行させたら、彼の偏食因子と精神状態が不安定になるのでは?」

イクスがヨハネスに、そのように問い返してくる。

「こちらでそれらを緩和させるアンプルを用意させる。さすがにいちいちこの支部内のゴッドイーター全員に配布できるほどではないが、二人分程度なら問題ない」

「そのアンプルの安全性は?」

なにか妙なものをギースとヴェネに飲ませるつもりなのではとイクスが怪しむと、それを察してヨハネスは説明する。

「心配無用だ、我々にとっても接触禁忌種は驚異だ。いずれ君たち同様この支部のゴッドイーターが相対する機会はあるに違いない。それに備えて本部が寄越したのだ。」

ヨハネスは机の引き出しからアンプルを収納したプラスチックケースを机の、ヴェネの前に置く。

「ギース君にヴェネ君、不満が募るかもしれないが、我慢してほしい」

「ち…!」

ギースはそれを聞いて、露骨に舌打ちをしてきた。支部に着くと、いつもこのように扱われる。これなら外に出た方がマシだと彼は思っていた。全く、向こうから『オペレーション・なんとか』のために呼びつけておいて、なんとぞんざいな扱いだ。

「舌打ちしたらだめだよ、ギース。これまでの支部では外に出されることもままならなかったんだよ。見張りつきでも外に出歩けないわけじゃないんだから」

場をわきまえずに不満を洩らしてばかりのギースに、マルグリットが再び注意を入れる。17歳のギースは、1歳年下のマリーからこのようによく年下扱いを受ける。そこがどことなく不満だった。…マルグリットは気付いていないが、相手が意中の相手だから、なおさらそう思ってしまう。

「マリーの言うとおりだ、ギース。

雨宮隊長。こんな我々ですが、ここにしばらく滞在する間、よろしく頼みます」

「そう堅くなるなよ。俺にできることがあれば、質問なり何なり聞いてくれ」

会釈するヴェネに、リンドウはいつもどおりの態度で接した。

 

 

 

その頃、アリサは医務室の方にいた。その部屋には、大車が彼女を待っていた。この日も定期的に受けているメンタルケアに来たのだ。

早速大車の前にある回転椅子に座り、大車はアリサに尋ねる。

「調子はどうかな?」

「問題ありません。大車先生のお世話もあって、至って健康です」

アリサからそう聞いて大車は、それはよかった、と笑みを浮かべる。

「そう言えばアリサ、ルミコさんから話を聞いたよ。同じ新型の彼とちょっと仲良くなれたそうじゃないか」

「なっ、仲良くなんてありません!あんな、あんな……」

同じ新型と仲が良いと聞いて、アリサは頬を染めて大車に反発する。

「そうなのかい?今回よりひとつ前の任務で、彼に助けられたと聞いたんだが……」

「それは!まあ……そうですけど…けど仲がいいとかそういうんじゃなくて…」

確かにユウのおかげであの時は助けられた。でもだからって、なぜ私があの人と仲良くしなければならない訳じゃない。今でもそうだ、自分があの人よりも優れた神機使いでありたいと思っている。ただ、少しは任務を効率よく遂行するために、ちょっとは彼らの話に耳を傾けようと思っただけだ。助けられた恩は確かにあるが………胸を触られたことだって許したわけではないのだ。ユウからすれば立派な不可抗力なのだが。

「と、とにかく!大車先生が考えているようなことじゃないですからね!」

「ははは。済まない。そのときの任務を終わらせてから、少し表情がやわらかくなったように見えたからね。何かいいことがあったのだと見たんだが…」

「特にこれといって何もありません。いつもどおりですから!」

「わかったわかった。悪かったからそんなに気を損ねないでくれ」

両掌を見せながら謝ってきた大車に、アリサは誰のせいですか、とぼやいた。

アナグラには医務室が二つある。地上の街を見渡せる窓付きの場所と、地下にある窓のない場所。地上の方は大車が、地下はルミコが勤務している。今アリサたちがいるのは、窓から街を眺められる方の医務室だった。そこから見える景色をアリサは一望する。

ここにいる多くの人達は、ゴッドイーターとしての素質があるか、またはその人たちの親族のどちらかしか住んでいない。アラガミ出現によって何億もの人々が亡くなった今の世界でもかなり限られた人達だ。その人達の中でも、さらに限定されているのが…銃と剣の両方を使える新型ゴッドイーター。自分は選ばれた人間だと思っている。だが、ユウに続いてさらに……

もう一人、自分たちをスサノオから救ったあのもう一人の新型ゴッドイーターの顔が浮かび上がった。

「どうかしたのかな?」

「…先生。私は選ばれた子だとおっしゃっていました。けど、選ばれたとしても…私より上の人間がいる。

…今回の任務は、情けないことに何もできませんでした…私と神薙さん以外にも、新型が現れるなんて…」

ひざの上で丸めている手をぎゅっと強く握りながら、アリサは悔しげに言った。大車はくるっと椅子に座ったまま彼女の顔を覗き込む。

「おそらく君が出会ったのは本部の特殊部隊だろうな。仕方ないさ。本部にとって新型の発掘は優先されていることだからね。

でも、大丈夫だよ、アリサ。君はアラガミを倒すためにゴッドイーターとなった…人類の希望なんだ。後輩たちに簡単に追い越されるほどヤワな訓練はしていないだろう?それに私だって力になっているはずだ。君が頑張れるように、ね」

「はい、もちろんです…私は、人類の…希望…ですから…」

大車から背中を押すような言葉を贈られ、アリサの表情が若干明るくなっていた。

 

…だが、どうしてだろうか。

 

彼女の瞳には…『光』が消えていた。ユウと少し歩み寄れたときに見せた、わずかな光がそのときだけは消えてなくなっていた。

 

「そう、いずれ…君はウルトラマンさえも超える強い存在になるんだよ」

「ウルトラマンを、超える…」

突然、大車が非現実的で飛躍した言葉をアリサに向ける。それをアリサは、何の疑問も抱かずに鵜呑みにし始めていた。

「そう。それができたら、君は君のパパとママを食べた、あの憎いアラガミを殺す無敵のゴッドイーターとなるんだ」

「はい…必ず、なってみせます…パパとママの仇をとるために…」

「うんうん、いいぞアリサ。そうだ…君にこれをあげよう…」

大車は机の引き出しから、掌に載る程度の直方体のケースを取り出す。黒く塗りつぶされていて、中身は見えなかった。

「これ、は…?」

「パパとママの仇を討つための…お守りだよ。時が来たら、これが自動で開く仕掛けとなっている。常に任務の際に持ち歩くようにしなさい」

「はい、わかりました」

すると、アリサの持っている通信端末に着信音が鳴り出す。

すみません、と一言断りを入れてから、アリサは端末に贈られたメールを受け取る。

 

 

雨宮ツバキ

件名:オペレーション・メテオライト説明会

 

明日の10:00、作戦室にて、予定していた大規模ミッション『オペレーション・メテオライト』についての説明会を行う。概要書は、同日に配布する。

アナグラ内のゴッドイーター全員、遅刻することなく出席せよ。守れなかった場合は懲罰を与える。

以上。

 

 

 

「オペレーション、メテオライト…」

自分の部屋にて、ユウもそのメールを受け取っていた。メテオライト…隕石。かなり大仰な名前だが、これが予定されていた例のミッションの名前なのか。

「どんな任務になるのか、まだわからないけど、不思議と身が引き締まるね。タロウ」

ユウは同室しているタロウに向けてそのように言う。だが、タロウは返事を返してこなかった。振り向くと、タロウはソファの前にある机の上で、ユウとは反対方向を向いて突っ立っている。

「タロウ?」

再び呼びかけても返事はない。ならばと、ユウはタロウの背後から忍び寄ってみる。

「タロウ!」

「むぉ!?」

三度目、ユウが近づいて声をかけた途端、タロウは素っ頓狂な声を上げて飛び上がる。

「な…なんだよ、変な声出して。さっきから何度も呼んでたよ」

「そうだったのか。すまない、少しボーっとしていたよ」

「人形がボーっとしているって言っても、なんかな…」

人形の姿のタロウ…いや、常にポーカーフェイスのウルトラマンがボーっとしているかどうかなんて、一目見ただけじゃわかるはずもないし、人形ならそのまま立たされているのが当然だ。

「く……そ、それより、何を話しかけてきたんだね?」

「予定されていた大規模ミッションについてのメールが来たんだ。ほら」

ユウはタロウに、端末の画面に表示されたメールをタロウに見せる。

「そうか、ついに来たのか」

「まだ説明会の開催以外にこれといった情報はまだ無いけど…今のうちにタロウからこの任務に備えて聞いてみたいことをちょっと聞いておこうと思ったんだ。前の戦いは、相手に止めをさせなかったから」

そういってユウは、前回ザラキエルを仕留め損なったザラキエルと、結果的に自分を救うこととなったあの超巨大なウロヴォロスのことを思い出す。コウタと離していたときに予想した、万が一の可能性への恐怖を感じずにいられなかった。

「またあのウロヴォロスって奴がこないとも限らないし、次に現れたときの対策も考えておきたいんだ」

「ウロヴォロス…か」

タロウの口からもウロヴォロスの名前が出たのを聞いて、ユウはさっきからタロウがボーっとしがちな様子を露にしている要因がそこにあると見た。

「もしかして、あのウロヴォロスのことが気になる?」

「…いや、なんでもないんだ。気にしないでくれ」

「……」

こんなタロウは珍しいと思った。何か気になるようなことがあるはずなのにそれを隠そうとしている。ユウはそれを察していた。一体彼は、あのウロヴォロスに何を感じたのだろうか。

 

 

そして翌日、オペレーション・メテオライトの作戦説明会が始められた。

作戦室の巨大モニター前の階段式の座席には、アナグラと、ここへ集められた他支部からのゴッドイーターたちが集合していた。その数はざっとみて50人以上。思いの他多かったことに、ユウは内心驚いた。

ユウたち第1部隊も同席し、リンドウはギースとヴェネの監視のため、彼らの傍に立っている。モニターの前に、ゴッドイーターたちと向き合う姿勢でツバキが口を開いた。

「これより、後日決行予定の『オペレーション・メテオライト』の作戦説明会を開始する。資料は各隊員の端末を確認しろ」

ツバキから命じられ、ゴッドイーターたちは通信端末を取りだし、画面を確認する。メールと共に送付されたファイルがある。タイトルも分かりやすく『オペレーション・メテオライト』と表記されている。

画面をタッチしてそれを開くと、ツバキの言っていた作戦の概要等を記した文面や図、画像が表示される。

機械の箱の画像が最初に目に入った。

アラガミを引き寄せる誘導装置らしい。ツバキによると、これを極東の各所に設置し、集まったアラガミを一網打尽にする。

最近、よく現れるようになった巨大なアラガミたちは、スパークドールズをアラガミが捕食し異常進化を遂げたもの。スパークドールズを喰らうアラガミが減れば、超巨大アラガミの出現率が下がるという狙いがあった。

これはユウにとっても助かる作戦である。

「誘導装置は、本部から派遣された技師により最終調整を終了済みだ。諸君らは作戦時にはこの装置を護衛対象として死守し、作戦を成功に導かねばならない。

だがくれぐれも無理をするな。最後には必ず生き延びることを第一とせよ。

部隊は誘導装置5つに伴い、5部隊に分ける。各部隊の編成を発表する。聞き逃すなよ」

ツバキは皆に対し、いつも通りの鉄のごとき姿勢のままだが、一方でゴッドイーターたちに生きることを勧めてきた。

(リンドウさんのお姉さん…だな)

キャラは正反対なのだが、このような優しさも混じらせてるだけあり、二人が姉弟なのだとユウは思った。

「本日より作戦結構まで、この作戦区域となる地点のアラガミの討伐を中心に行う。それまでの間の任務は、今から発表する部隊メンバーで任務に当たれ。これは、他支部を含めた諸君ら全員の、まだ慣れない者同士のチームワークの強化を狙った方針でもある。

まずA班指揮官は…」

ツバキは引き続きメンバーの発表を行った。この物語の中で名前が判明しているメンバー編成は以下の通りとなった。

 

・サクヤ、アリサ、コウタ、ソーマ

・リンドウ、ギース、ユウ、エリック

・タツミ、ブレンダン、カノン

・ジーナ、カレル、シュン

・ハルオミ、ケイト

 

基本的には、それぞれ部隊長経験のあるリンドウやタツミたちが5部隊の隊長をそれぞれ担当することになった。明確な隊長が決められていない第3部隊はジーナが担当している。

第1部隊は人材が富んでいる傾向にあるため、第1部隊の普段の編成メンバーのままでは行わず、副隊長に当たるサクヤも別部隊の隊長を務めることとなった。名前こそ判明していないが、上記よりも実際のこの5部隊のメンバーは50人を超えるゴッドイーターたちが集められているため、多い。だからこそ、ツバキはチームワークの強化という言葉を、念を押すように皆に言った。

後は他の支部から派遣されたメンバーたちは隊長に選ばれた者たちの指示に従い、万が一彼らが戦えなくなったなどのアクシデントが起きたら、別の隊長経験のある者、隊長に適した者が代理を務めるという方針となっていた。

「雨宮三佐、一つ質問があるのですが」

すると、参加していた神機使いに混じっていたヴェネが、手を上げてツバキに質問をかけてきた。

「なんだ?」

「この作戦中に、例の巨大アラガミや…その、宇宙人とやらが干渉してくる可能性はあると思われますが、その場合は…?」

それはアーサソール隊長としてヴェネが気にしていることの一つだった。

噂では、このエリアには接触禁忌種よりも危険性の高さが予想される超巨大なアラガミがここしばらくの間に出没している。さらには、それを操るという…『宇宙人』を名乗る謎の怪人がいる。ヴェネはアーサソールの隊長として、そういった極東内での状況を、本部からの情報提供である程度把握していた。

それらが現れた場合の主な対処法を極東ではどのように取っているのかを聞きたがっていた。

「その場合は追って作戦の変更を通達する。が、可能な限りそいつらが現れた場合は交戦を極力避けて撤退しろ。なお、ウルトラマンが現れる可能性は想定に入れるな。必ず現れる保証は無いからな」

何度もコウタやユウに告げられた言葉を再び、今度はヴェネに向けて言った。

「…?ヴェネ、ウルトラマンってなんだ?」

突如隣にいたギースがきょとんとした顔で、あまりに間抜けな声で場違いな言葉を口にしてしまい、しかもそれが他のゴッドイーターたちの耳に入り、周囲から妙にクスクス笑いを浮かべたりする者、こいつ大丈夫か?と心配そうなまなざしを向けてくる者、あいつは馬鹿だと一種の軽蔑を向けてくる者がギースを見る。

本部派遣のゴッドイーターの癖に知らないのか、と。

「な、なんだよ…俺、何か変なこと言った?」

「…言ったからこうなったんだ」

ヴェネが呆れながら、ギースに言う。極東に現れたという光の巨人=ウルトラマンギンガについては、当然フェンリル本部でも無視すべき存在ではなく、ノルンのデータベースにもしっかりと、フェンリルが掴んだギンガの情報も公開されている。実を言うとギース、難しいことは全部ヴェネに丸投げしていたため、その姿勢が災いして無知さが露骨になっていたのだ。

「お前は本部の特殊部隊アーサソールの隊員、ギース・クリムゾンだな?」

「そ、そうだけど」

「会議終了後すぐに、ノルンのデータベースで確認しろ。ウルトラマンギンガのこと、この極東内に出現した異常進化型のアラガミについてもだ。ヴェネ・レフィカル隊長、お前もよく言って聞かせてけ」

「了解。私の部下が、お恥ずかしいところをお見せしました」

ツバキからの命令と忠告に、ヴェネは心底恥ずかしさを覚え陳謝した。後でマルグリットが聞けば、ギースの丸投げ姿勢をとがめてくるだろう。ギースのこの姿勢は自分の監督不行き届きさもあるが…マリーにチクるか。ちょっとした報復のつもりでそうすることをヴェネは決めた。ギースはというと、周囲からの視線にさらされ気まずくなっていた。

ウルトラマンを知らなかったというギースの姿勢には、ユウたち第1部隊も聞いていた。

「ふふ、困った子ね」

「あの背の高い人、めっちゃ恥ずかしそうにしてるぞ。なんかかわいそうだな…」

苦笑いしながらサクヤはつぶやく。コウタは、ギースの巻き添えでほぼさらし者状態のヴェネに同情している。ソーマは心の中で『馬鹿がまた一人』とつぶやき、アリサは「ドン引きです」の一言。ユウは頭を掻きながら、こういう人もいるのだろうと思いつつ、やれやれと思った。

「ふう…みな一度静粛に!他に質問する者はいないか?」

ツバキはため息を洩らしながらも、全員を一度黙らせ、他のゴッドイーターたちに質問がないかをたずねる。といっても、ギースのおかげで、逆に気まずくてわからないことがあっても尋ね辛い状況でもあった。

「以上で、本日のオペレーション・メテオライトの作戦説明会を終了する。作戦結構当日、およびそれまでの期間中に通達すべき事がある場合もこの場を設けることとする。

以上、解散!」

少し予想外なこともあったが、こうして後日行われる予定となった『オペレーション・メテオライト』の説明会はひとまず終わった。

ユウは席を立ち、胸の内ポケットに隠しているギンガスパークに触れる。

皆はギンガなしを前提に作戦に参加していることとなるが、ギンガの力をおそらくこの作戦内でも使うことになる、その確信があった。

今度こそ、守って見せなくては。ここにいる人達を。

神薙ユウとして、ウルトラマンとして。ユウは固く誓った。

 




NORN DATA BASE

⚫ギース・クリムゾン
小説『禁忌を破る者』の主人公。17歳。アーサソールの現在ただ一人の戦闘員で腕も一流。アリサやユウと同じく新型ゴッドイーター。子供っぽい性格で口が悪い。難しいことを考えるのが苦手。マルグリットに想いを寄せている。

⚫マルグリット・クラヴェリ
アーサソールの整備士。16歳。ギースやヴェネの幼馴染み。優しく献身的で、よくいい加減なギースを叱りつける。愛称はマリー。
なぜか女性ゴッドイーターたちと同じく服装の露出の高い…(ほぼビキニ)

⚫ヴェネ・レフィカル
アーサソールの隊長。21歳。冷静沈着で、クールな容姿。ギースがゴッドイーターとなる前、新型神機の初期型を扱う新型ゴッドイーターだったが、以前に遭遇したスサノオに神機を喰われ、やむなく引退。ギースはヴェネの神機を喰らったスサノオを倒して神機を取り戻し、ヴェネと共に戦えるようになることを目標としている。

⚫イクス
アーサソールの監理官を勤める研究者。人を小バカにしたような笑みを見せる。ギースらを道具にしか考えていない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ギースとユウ

お待たせしました、今回戦闘はありません。次の戦闘回へのつなぎです。

文を書いてると、どうしても『あのキャラはこんなときどういうのか、どうするのか』とか、そのあたりで悩むことが多くなってきます。そして考えた果てに、そんなにインパクトのある話を書けたわけでもなく…なんてことになりがちです。

特にタロウや、支部長たち、そして闇のエージェントたち。この人達はどう考えて動かすべきか、いざ書いてみて『本当にこれでいいのか?』とか、まだ練りきれていない気がしてなりません。
なので、また大幅な変更があったりすることもありえますので、ご了承ください…
(今ならアニメ版のスタッフさんたちの苦労がわかる気がする…)

『禁忌を破る者』編は、オリジナルに踏み込みすぎるとだいぶ苦戦するので、小説内の経緯に沿った方針で行こうと思います。

その後で、運命の展開へつなげていこうかと…

話のエピソードに関しても皆さんからアドバイスを仰ぎたいです。アラガミのアイデア等も含めよろしくお願いします。
ただ、できればユーザー機能にあるメッセージで送ってくれると助かります。


余談ですがゼロ魔、ついに完結しましたね。それを記念して暁の方でもゼロ魔×ウルトラマンゼロを更新してます。気になる方は覗いてみてください。


…とある暗闇に満ちた一室にて、怪しげな人影が数人集まっていた。

「極東の連中、各支部からゴッドイーターを集めて新たな作戦を行おうとしているようだな。『オペレーション・メテオライト』とは…ふん、ゴッドイーターという隕石を降らせてアラガミを一網打尽というわけか」

「Foo,なかなかCoolなnamingじゃねえか。

けどよ、このProjectをThinkingしたMr.シックザール…人間の癖になかなかのTacticianだと思うぜ。ただアラガミをKnock Downするだけとは思えねぇな、こいつは」

今の言葉を発したのは、これまでゴッドイーターたちの戦いに干渉し、スパークドールズを使ってアラガミを異常進化させて事態を混乱させた異星人…マグマ星人マグニスとバルキー星人バキの二人。

「そうねぇん…こっちでもシックザールちゃんのきな臭さは噂になっているわよん」

さらにもう一人、オネェ言葉を使う怪人…ナックル星人グレイもまた腰を奇妙にくねらせながら言葉を発する。

「…エイジス計画のことか」

すると、この三人の怪人以外にもう一人、暗闇の中から話しかける者がいた。この三人の怪人たちの仲間だろうか。

…エイジス計画。あらゆるアラガミから全ての人類を守るための巨大シェルター。現在のゴッドイーターたちはこれを完成させることが最終目的だ。しかしその『もう一人』は嘲笑する。

「もしこれを本気で進めているとしたら、馬鹿な話だよ。アラガミの捕食本能は高ぶるばかり。いずれあのエイジスさえも食らうか破壊できるアラガミが出てきて終わりだ」

その人物はエイジス計画の是非そのものを怪しんでいた。

「それをあのMr.シックザールが気付いてねぇはずがねぇ。何せHeは、オラクル細胞の発見者にして研究者の一人だったんだからな」

「…裏で彼が何かを企んでるってわけね?それも、もしかしたら私たちに害をなすようなことかもしれない」

グレイの問いに、バキは頷く。

「ウルトラマンギンガのことだけじゃねぇ。Youたちを呼んだのも、このProjectの裏をMeたちも調べる必要があるからさ」

バキの言葉に続くように、暗闇に隠れた謎の人物は、彼らに向けて言う。

「シックザールが、貴重な人材ということで私の部隊も引き寄せてくれて嬉しかったよ。おかげで、奴の動きを探りつつ、命令も遂行できる」

「命令だと?」

マグニスは目を細める。

 

「命令は…『ウルトラマンギンガを…手中に収めろ』」

 

「なんだと…どういう意味だ」

マグニスは、聞き違いかと思って耳を疑い、その人物に再び問うと、その人物はマグニスに肩をすくめて見せる。

「わからなかったのならわかりやすくいってやろう。あの方は、私に命令したのだよ。

ウルトラマンギンガを我々『闇のエージェント』の手駒にせよ、と」

それを聞いた途端、マグニスは「馬鹿な!」と声を荒げた。

「ウルトラマンは俺たちの先代たちにことごとく邪魔をして屈辱を味合わせた、不倶戴天の敵だぞ!」

マグニスの同族であるマグマ星人だけじゃない、グレイのナックル星人、バキのバルキー星人も…これまでアラガミが出現するはるか昔、地球を侵略しようと目論んだ種族だ。それを、ことごとくタロウをはじめとした歴代のウルトラマンたちに阻まれてしまい、侵略星人たちはウルトラマンという存在は憎んでいた。もっとも自業自得な上に逆恨みなのだが、宇宙の頂点に立とうと躍起になっている彼らからしてみれば、他の星の秩序や日常など石ころ以下の価値だった。

「あんたの個人的感情なんてこの際どうでもいいのよん。それにこれは…あの方の意思でもあるということよ」

「そういうことだな。Sorry、Mr.マグニス。どうやら、Youの復讐は思っていたのとは違う形になるようだぜ」

「ぐ…!!」

マグニスは納得できないと言った様子で顔を歪める。この手で、ギンガと自分の目を潰したあの小娘に復讐してやろうと思っていたが、それが自分の求めている形で叶わなくなったことにイラついた。しかし…『あの方』とはどういうことなのか。

「いいじゃないの。ウルトラマンには、私たちの先代たちの味わってきた敗北の味の分だけ、苦しませてあげようじゃない。

ウルトラマンたちが愛する地球人を、ウルトラマン自身の手で殺す。面白いと思わない?」

お釜口調とあいまって残酷なことを口にするグレイはマグニスに言った。

さらに謎の人物はマグニスたちに話を続ける。

「それにこの計画の影響で、アラガミたちが極東に集まっている。しかも『素材』にふさわしい個体も数え切れんほど見つかった。万が一ギンガが逆らうことになっても問題ない」

「後はスパークドールズたちが適合するかどうかね。どうなの?どいつか適合できそうな奴はいた?伊達にスパークドールズを組み合わせて、怪獣とアラガミのハイブリットを作っても、素材同士の力を引き出しきれないことだってあるじゃない?

…でしょ?マグニスちゃん」

「…ああ。コクーンメイデンとやらとツインテールはだめだった。素材が弱すぎただけじゃない。適合率が低く力を引き出しきれなかった。それにグビラとグボロも、てこずらせはしたが結局ギンガに劣る失敗作だ」

テイルメイデンやグボロ・グビラのように、マグニスはアラガミとスパークドールズ化した怪獣の合成実験を、闇のエージェントの仲間たちから任されていた。しかし、それも必ずしも彼らの望んだ結果を導くとは限らないようだ。

「いずれにせよ我々の、この極東の地でやることは全て…『あの方』の復活、そして『あの方』の望みをかなえることだ。しくじらないようにな」

「あなたもね…今回は、あなたに与えられた命令が要なのだから」

グレイは、そのように言ってきた暗闇の中の人物に対して、そっくりそのまま返してやるといっているような口調で言い返した。

 

 

 

説明会終了後、ユウはオペレーション・メテオライトに備えて神機の調整をしてもらうために、整備士のリッカの下を尋ねていた。しかしそこにいたのはリッカだけじゃない。サカキ博士もそこに居合わせていた。

「サカキ博士?」

「おぉ、ユウ君か。最近なかなかに活躍しているそうだね。入隊当初に私の講義を受けていた頃が懐かしいものだ」

「まだほんのちょっと前じゃないですか」

まるで遠い昔のように語るサカキに、ユウは苦笑いを浮かべる。

「でも、どうして博士がここに?」

「神機に搭載された新たな機能の調子をこの目で確かめに来たのだよ。」

「もしかして…メテオライト作戦の資料にも載っていた、神機の新機能の…ですか?」

説明会の配布資料の中に、近接型神機に新たに搭載される新機能について触れている記述があった。そのことも含めて、彼はここに来ていた。

「ツバキ君の説明会ですでに知っていたようだね。」

「ユウ君、『プレデタースタイル』のことを聞きたいの?」

神機の調整中だったリッカが少し手を休めるつもりか、ゴーグルを外してユウのほうに振り返る。

「整備士であるリッカちゃんの口からいろいろ聞いてみようと思ったんだ。せっかくだから、博士からもご説明をお願いできますか?」

「ふむ、いいだろう。君がゴッドイーターとしてできることが多くなることは私としても喜ばしいからね」

「わかった。ちょっとこれを見て」

リッカは、タブレットを出してモニターに、神機の設計図のような図面を見せる。彼女はその図面の神機の見取り図にある一部部を指差しながら説明を続ける。

「神機の機関部にあるオラクル細胞を制御するこの制御ユニットに、さまざまな形のプレデタースタイルを記憶させることでそれを扱うことが可能なの」

「君たちゴッドイーターによって今まで使われていた捕食形態は、プレデタースタイルで言うと〈壱式〉と呼ぶ。わかりやすく言うと、神機からそのまままっすぐ捕食形態の顎が出てきて、対象のアラガミを食らうようになってるが、プレデタースタイルを使うとまた違う形で捕食形態が展開されるんだ」

「博士、それはどんな風にですか?」

「たとえば…捕食形態の顎が三つに分かれる…とか想像できるかな?」

「三つに…」

サカキの例えに、ユウは頭の中でおぼろげに想像してみる。捕食形態展開時のアラガミの頭が、三つ首になる。ちょっと子供が想像しそうな、怪物的な姿を考えてしまう。

「なんか、ちょっと怖いかも」

内心、捕食形態の姿がまさにアラガミのそれだったから、ユウは少し恐怖心じみたものを抱いていた。何せしばらく前まで、神機を持たずにアラガミから逃げ回った過酷な壁外生活を経験してきた。何度食い殺されかけたかわかったものじゃない。

それを察したリッカは苦笑交じりにユウに言う。

「ふふ、そうかもね。でも君の命を預かっている大切な神機だから大丈夫」

「この機能をうまく使えば、バーストモードを長時間維持することが可能だ。それ以外にも攻撃力が上がったりとか、ヴェノム状態への耐性が着くとか、さまざまな効果を発揮することが可能であることが、テスト段階で判明している。

まだ搭載したばかりだから、古株のゴッドイーターでもすぐに使いこなすには時間がかかるかもしれない。だが、君たちなら使いこなせると私は信じているよ」

サカキの狐のような目の奥には、強い期待がこめられていた。

「…はい、絶対に使いこなして見せます」

「うむ、いい返事だ。期待しているよ、ユウ君。

さて、私はここのところで研究室に戻るとしよう。こう見えてやらないといけないことがあるからね」

サカキは二人にそう言うと、整備室を後にした。ユウは、去っていったサカキを見送りながら、ふと浮かんだ疑問を口にする。

「博士って、普段はなにをしてるんだろう」

あの人と初めて会ったのは、神機の適合試験の後で体のメディカルチェックを受けたときだ。それからはアラガミの知識を得るために、コウタと共に講義を受けたこともある。常に狐目の笑みの奥に、何かを隠しているようにも感じられた。見た感じは、結構な変人だと思うが。

「アラガミの研究とかをやってる人なんだけどね、あまり研究室から出てこないんだ。で、たまに変なドリックを自販機で販売してる」

リッカの説明の中に、思わぬ事実を聞いたユウが目を丸くした。

「変なドリンク?」

「さっき聞いたら、『今度初恋ジュースって飲み物を売ってみようと思うんだがどうだね?』なんて聞いてきたよ」

「…何、その甘酸っぱそうなジュース」

本当に何をやってるんだ、とユウはサカキへ突っ込みたくなった。

「神機の生みの親でもあるんだから、もっとマシな発明はしないのかなって、内心では私も突っ込みまくりだけどね」

どうやらリッカも同じことを考えていたようだ。自分の考えがおかしいものじゃなかったことにどこか安心する。

「…と、そうだ。プレデタースタイルのことを知ったんだし、せっかくだから何か搭載してみたらどうかな?」

「なんか悪いね。寝る間も削らせることになっちゃうみたいだし」

「いいのいいの。私たちの仕事はゴッドイーターたちの命を預かる神機を完璧な状態に治したり強化することだから。それに、機械をいじってると楽しくなるんだ。

夢中になりすぎていつの間にか朝!なんてこと、しょっちゅうだけどね…我ながらあまり女の子っぽくないなぁ…」

たはは、とリッカはユウに笑う。整備士としてここでこもりきりだから、女の子らしいことがあまりできないのかもしれない。

すると、そんなユウとリッカのもとに、さらに新たな人物が一人やってくる。

「あの、ここ…整備室でいいですか?」

「えっと、君は?」

入ってきたのは、見たところまだ10代半ばのまだ若い女の子。なぜか服装の露出度の高さが目立つ極東支部の女性陣約数名のように、彼女も結構肌の露出が高い服を着ているのが気になった。…と、ユウはそこで煩悩を心の中で振り払う。タロウは今部屋の方にいるのだが、ここにいたらまた「女性の肌をじろじろ見るなどけしからんぞ」と小言を言ってくるところだった。

「あぁ、もしかして、アーサソールってチームの整備士さん?」

「え、はい!そうです。マルグリット・クラヴェリといいます」

その少女は、マルグリットだった。整備士ということもあってここへ来たのだ。

「はじめまして、だね。私は楠リッカ。よろしくね。ああと、こっちの彼は…」

「僕は神薙ユウ。第一部隊のゴッドイーターだよ」

「よろしくお願いします、リッカさんに、ユウさん…でいいですか?」

「いいよ。…ん?アーサソールって、もしかして…」

説明会での出来事をユウは思い出す。確かツバキの口から聞いて、その名称の対象とされたのが、あのギースとヴェネと呼ばれた二人の男だった。

ギースとヴェネのちょっとしたとんちなやり取りを思い出してユウは思わず苦笑する。

「あの、なんで笑ってるんです?」

「いや、君が悪いわけじゃないんだ。ただ…」

「ユウ君、出会いがしらに女の子を笑うなんて酷いんじゃない?」

リッカが細めでユウを睨んでくる。

「ごめん、そんなつもりじゃなかったんだけど…ちょっと説明会のこと思い出しちゃって…」

それからユウは、説明会でギースが起こした寸劇の詳細をマルグリットの話すと、マルグリットは大きなため息を漏らした。

「…ギースったら、ヴェネに丸投げしすぎちゃダメって言ってるのに、もぅ…」

彼女も彼女で、ギースという少年には少し頭を悩まされているようだ。

「昔から知り合いなのかい?」

「はい、幼馴染みなんです。ギースって昔から…」

そこまで言いかけたところで、先程サカキが去ったエレベーターの扉が開かれ、二人の男が入ってくる。

「マリー、探したぞ。どこ行ってたんだよ」

「よぉ、新入り。お前もここだったか」

ギースとリンドウの二人組だった。

「リンドウさんまでここにくるなんて、なんか珍しい。もしかしてサクヤさんに追い出されたんですか?」

「こらこらリッカ君、それはどういう意味かな?」

リンドウとリッカが他愛のない会話をする一方で、ギースは…マルグリットの隣の位置に立っていたユウを睨んだ。

「…誰だてめぇ」

「少年、こいつがうちの新型の一人、神薙ユウだ。仲良くしてやってくれ」

とりあえずリンドウが間に入ってユウを紹介してみる。

「こいつが…ね」

「えっと…ギース…だったね。僕、何か悪いことしたのかな?」

「てめえとなれ合う気なんかねぇよ。気安く俺の名前を呼ぶな。それと、なにさりげなくマリーの隣に立ってんだよ」

ギースがやたら睨んでくる姿勢に、ユウは少し後ずさる。説明会で皆からいろんな意味で注目の的にされたから機嫌が悪いのだろうか。

「ギースッ!」

「な、なんだよマリー…」

「初対面の人に対して失礼じゃない。そんな居心地の悪くなるようなこと言っちゃだめでしょ」

出会い頭にユウへ、まるで突っかかるような態度を現すギースを、マルグリットが叱る。

「だって、なんかこいつの優男っぽい顔が気に入らねぇンだよ」

本音は、惚れている女の子が自分は愚かヴェネとも違う男の傍に立っているのが非常に気に入らないだけだった。しかしそれをマルグリットが察するはずもなく…というか、今察する必要もないだろう。無礼な態度をとるギースの方がよほど悪い。

「またそんなこと言う!いい?そんなこと言うと、素でギースが嫌な人だって思われることになるの。私とヴェネはそうじゃないって知ってるけど、この人たちがそうとは限らないんだから」

「別に仲良くなる気はねぇし…」

ギースは本気でそう思っていた。マリーとヴェネ、この二人さえいれば他に何もいらない。イクスがいなくなればもっといい。それにこの支部も、例のなんとかって作戦が終わればすぐに退散することになる。仲良しごっこをするだけ無駄なのだと思っていた。

「そのつもりじゃなくても、せめて礼儀正しく接すること!この前の支部ではそのせいで他の支部で会ったゴッドイーターと殴り合いになりかけたでしょ!?」

また彼女から説教されたことに面白くない表情を浮かべるも、彼女の言葉を無碍にできないギースは口を尖らせ、渋々ながらユウの前から下がる。

すると、ユウたちの通信端末にメールが入る。

次の任務…誘導装置設置任務についての詳細だった。説明会でのツバキの発表だと、ユウとリンドウ、そしてギースとここにはいないエリックが同じ班となっている。今回の任務でギースたちとの連携を確かなものとし、メテオライト本作戦での備えにしておかなければならない。

「…やっと任務か!マリー、すぐにグレイヴに来いよ。早くしねぇとアラガミに逃げられちまうから」

ギースは任務と聞いて、不機嫌な様子から一転してかなり興奮した。彼はアラガミとの戦いに喜びを感じている。そんな戦闘狂っぽいところは、ギースが先ほどユウに対して悪感情を押し付けたように…ユウもまた、あまり快く思えないところがあった。リンドウのように心に余裕があったり、体を外で動かすのが好きなだけなら、まぁそれでいいのだが。

「その前に!ちゃんとユウさんたちに謝って!」

しかしすぐにギースがこの場を出ようとするのをマルグリットが許さなかった。彼の手を引っ張り出し、

「な、なんでだよ!俺がやらかしたの、こいつ相手にだけだろ!?」

なぜかリンドウとリッカにまで謝るように言われたギースが、ユウを指さしながら納得できないと声を上げるが、すかさずマルグリットは言い返す。

「リンドウさんやリッカさんたちにもみっともないところを見せたじゃない。それも含めて、です!」

「…わーったよ。…ごめんなさい」

「もぅ…後ですぐグレイヴに来るから、それまで大人しくしててね」

「へ~い…」

とことん叱られ、いじけた様子のギースはエレベータの方へ向かう。

「おっと、俺もそろそろ行かないとな。こいつの面倒見るように支部長から言われたからな」

「…保護者面してんじゃねーよ…」

リンドウが馴れ馴れしく保護者顔してくるのが嫌なのか、それとも意地っ張りな性格ゆえか、ギースがボソッと呟く。マルグリットに聞こえたらまた説教を食らうと思い、聞こえないようにボソッと言った。

「すみません、ギースの事よろしくお願いします」

「おぅ、大船に乗ったつもりで任せとけ。若者の扱いは慣れてる方だ」

リンドウさんだってまだ若いじゃないですか。ユウは心の中で突っ込む。リンドウは去っていくギースについて行ってその場を後にするのだった。

二人が一度整備室を出た後で、マルグリットはユウの方を改めて振り返って頭を下げてきた。

「ごめんなさい。ギースは悪い人じゃないんだけど…」

「あ、ああ…いいんだよ。ちょっと慣れてるし」

「ゴッドイーターって、たまにあんな感じの子が来るんだよね。特にシュン君がそうだったし」

慣れてる、というのは…ユウの場合はアリサとソーマ、さらに加えるとシュンのおかげかもしれない。彼らも初対面からユウに対してあまりよろしくない態度だった。相手が嫌な接し方を仕掛けてくるシチュエーションに慣れてしまうとは、あまり自慢できない特技だ…とユウは心の中で苦笑いする。

「でも、そういう君もちょっと大変じゃない?言っちゃ悪いかもだけど、あんな感じの幼馴染を見ておくのって」

「ギースを見ておくのが私の役目だって思ってますから」

大変ですけどね、と笑みを見せるマルグリットはリッカに応える。ギースに対する不満こそあれど、決して嫌がっている様子はなかった。寧ろ望んで彼の面倒を見ている。ギースの子供っぽい仕草も性格も嫌いではなかった。

「でも、最近おかしいんです」

しかし、マルグリットは何かを憂うように、ユウとリッカに向けて言葉を続ける。

「ギースって、最近かなり気が立ちやすくなってるんです。昔から良くも悪くも素直だったけど、最近はいらだつことがあると物に当たることも多くて…そのせいで前の支部で鉢合わせした人たちと揉めちゃったんです。ヴェネからたしなめられて、私が言いくるめると、おとなしくなってくれるんですけど」

「確か、接触禁忌種のアラガミを倒すのがアーサソールの役目だって、サカキ博士から聞いたんだけど……禁忌種のアラガミが放つ偏食場パルスがギース君の精神に影響を与えてるんじゃないのかな?」

「いえ、それを考えてドクター・イクスが対策を講じてくれてます。それに、ここの支部長さんも精神を落ち着かせるアンプルを今日渡してくれましたし、だから…問題はないはずなんです」

「そのドクター・イクスって人の対策って?」

「…ごめんなさい。そのことはドクターから口止めされてるんです。アーサソールの機密に抵触することだから口外するなって」

その対策のことについては、マルグリットは話せなかった。

イクスの対策というのは、『ニーベルング・リング』と呼ばれる首輪のことだ。いつもギースの首に巻きつけられている。これのおかげで、接触禁忌種の偏食場パルスの影響を受けないのだというが…マルグリットは内心ではあのリングに不信感を寄せていた。調べようと思ったが取り外すこともできず、ならばイクスのカーゴを調べようと思ったが、あれはイクス以外に入れない。完全なブラックボックスだ。

マルグリットはユウに顔を向ける。

「ユウさんって、これからギースと任務を一緒にするって聞きました」

「うん、リンドウさんとエリックと一緒に行く予定だよ」

「なら、一つお願いしていいですか?」

「もしかして、ギースを見てくれってこと?」

「はい。ギースって昔から危なっかしいところが多いから心配で…私に合う神機が見つかったら、ギースとヴェネの負担を下げられるんですけどね…」

彼女は整備士だが、同時にゴッドイーターの候補者でもあった。しかし未だに彼女に合う神機は旧型にも見つかっていない上に、開発もされていない。一緒に戦うことだけでもできるユウが、ちょっとうらやましく思えた。

「大丈夫、仲間を守るのもゴッドイーターの役目だから」

ユウはマルグリットのお願いを全く断ろうともせずに頷いて受け入れる。いい人だ、とマルグリットは思う。少しはギースも彼を見習ってほしいところだ、とも思ってしまう。

「それに、僕も駄々っ子の扱いの経験くらいはあるから」

「そうなんだ?」

ユウからそんなことを聞いてリッカがちょっと意外に思って目を丸くする。

「昔ちょっとね」

…子供のころにアラガミに殺された妹の相手だけどね、と口には出さなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

禁忌に挑む者(前編)

小説「禁忌を破る者」編のオチで現在かなり悩んでます…どうすべきか…
オチの書き方次第では、今回のエピソードも大規模な修正が加わるかもしれません。


いざ現場へ、アーサソールが動かしているトレーラー、グレイヴに乗って向かうリンドウ、ユウ、エリック。

「やあ、君が新たな新型君だね?僕はエリック・デア=フォーゲルヴァイデ。極東一の華麗なるゴッドイーターを目指す者だ。よろしく頼むよ」

荒野を走るトレーラーの中で、いつぞやのようにエリックは初めて会うアーサソールメンバーたちに自己紹介する。キラリ!と輝きの擬音が聞こえたような、やたら大袈裟に自分を魅せつつ自己紹介するエリックに、アーサソールの三人は戸惑った。

「あ、はい…よろしくお願いします」

弱冠引いたような声で返事したのはマルグリット。ヴェネはよろしくの意味を込めた軽いお辞儀だけでなにも言わない。ギースに至っては…

「なんだこのウザそうな奴…」

小声だが露骨だった。

「ギース!」

また勘に障る物言いをしたギースに、マルグリットが目を吊り上げた。

「は、はいはい!ごめんなさい、俺が悪うございました!」

「え、なぜ謝るんだい?」

どうやらエリックには運よく聞こえてなかったようだ。謝られたエリックは戸惑った。

『ずいぶんと正直な子だな。良くも悪くも』

ここに来るまでの間、ユウのポケットに隠れているタロウは、ギースたちのことをある程度ユウから聞き及んだが、これは人間関係で結構こじらせてくるタイプであることをすぐに察した。…確か、『あの人の息子』も昔は結構荒れていたが、ギースも彼と同じような年頃ということだろうか。

「はは、これじゃおかんと息子だな」

リンドウがギースとマルグリットの会話を聞いて笑う。ギースはリンドウの言い分をよろしく思えなかった。人の恥ずかしいところを笑う。からかわれるのは好きじゃない。だがマルグリットたちの手前、飲み込んだ。

しかし、いざ支部に寄ると正直不満だらけだ。行動は制限されるし、気に入らない奴と出くわしたりと。そんなギースの不満げな表情を見て察したユウはギースに言う。

「ギース、短い間かもしれないけど、僕たちは一緒に戦うことになるんだ。少しは仲良くしておきたい。変かな?こんな考え」

これはタロウから教えてもらった姿勢だが、仲良くなって損はないはず。

少し面を食らったような顔を浮かべたギースだが、なにも返さずにそっぽを向いた。

「そろそろ例の地点だ。全員神機の準備を」

運転席のヴェネがユウたちに言った。

外を見ると、多少開けたビル街の跡地に着いていた。当然アラガミが集まっている。

「なんだよ、禁忌種の相手じゃなきゃつまんないじゃん」

外に集まっているアラガミたちの中に接触禁忌種は居ないことにギースは不満を漏らした。

「ギース、今回の我々の任務は禁忌種の討伐じゃない。オペレーション・メテオライトに利用する誘導装置の設置と、その驚異となるアラガミの討伐だ」

「わかってるけど、張り合いがないじゃん」

長く接触禁忌種との戦いに慣れたギースには通常の歯応えない雑魚の相手なんてやってられない。

「いいじゃないか。全員生きて帰れる可能性がある方がずっといい」

ギースに対して、ユウはそのように言った。そりゃそうだけど、とギースはユウを睨みながらぼやくと、イクスの声が通信越しに聞こえてくる。

『せいぜいやられてくれるなよ、諸君。

こちらからも、極東のゴッドイーターたちの手並みを拝見させてもらう』

アーサソールがアラガミと戦う際は、グレイヴのカーゴに閉じこもってそこから連絡を入れてくる。ギースはずっと堪えてきたものの、常にあの男から見られているのが嫌だった。

「誰に向かって言ってるんだよ、イクス」

ギースはそのように言い返す。

「見世物にしちゃちと泥臭いと思いますぜ?」

リンドウも後に続くように言うと、運転席のヴェネがリンドウたちに声をかけてきた。

「今回の作戦の流れはわかるな?」

「誘導装置をマルグリットが設置する前に、僕たちは誘導装置を守るバリケードを4か所に設置。後は誘導装置を設置しいつでも起動できるように準備をさせる。

大丈夫です、レフィカル隊長」

「しっかり覚えていておじさんは安心だが、少しはボケも加えてくれた方が愛嬌があるぞ?」

「ボケかましてるのリンドウさんじゃないですか」

口を挟んできたリンドウに対して、何言ってんだかといった感じでユウは言った。

(こいつ、ヴェネには礼儀をわきまえてるくせに、なんでマリーには…!)

ギースは一方で、ユウがマルグリットを出会って間もない癖に気安く呼び捨てにしたことが気に入らなかった。

「ハッチを開ける。武運を祈る」

言い終えると同時に、グレイヴのハッチが開かれる。

そして、真っ先にギースが、それに続いてリンドウ、ユウ、エリックが飛び出して行った。

皆が出た後で、マルグリットは心配そうに外にいるゴッドイーターたちを見る。

「ギース…大丈夫かな」

「どうした、マリー」

ヴェネが、いまだギースの様子を見て憂い顔が晴れないままだったマルグリットを見る。

「ヴェネはどう思う?最近のギース。あの人たちにも言ったんだけど、なんだか怒りっぽいというか…」

「…そうだな。自分を抑えきれているとは思えなくなっている。元々感情を表に出しやすい奴ではあったが…。いや、それよりも任務だ。マリー、誘導装置の設置の準備に入ってくれ」

「う、うん…」

彼女の言葉に同意こそしたが、今はそれよりも任務を優先するべきだ。わからないことはあとで考えればいい。ヴェネは切り替えてマルグリットに誘導装置を任せた。

(感情を抑えきれない、か…)

そんな二人の会話を、カーゴの中にいるイクスは静かに聞いていた。

怪しげな微笑を浮かべながら…。

(…それでいいのだよ…)

 

 

 

誘導装置はマルグリットが設置してくれることになっているが、当然ながら設置している間の整備士はがら空きだ。それを守るべくリンドウたちが、設置の間彼女を守るのが、今回の仕事内容だ。

アラガミが集まっていない箇所の地点にグレイヴを置き、すぐに飛び出したリンドウたちがバリケードの支柱を運び込む。四ヶ所に支柱を突き刺し、荷台に乗せた誘導装置をマルグリットが中央へ運んで装置を起動、動作を確認する。後はゴッドイーターとマルグリットたちが装置から離れてグレイヴに戻り、バリケードを展開して脱出。

その流れにそって、極東ゴッドイーターとアーサソールの合同任務が開始された。

「俺が前に出る。エリックは後方から、新入りとお前さんは遊撃を頼む」

「了解!」

前衛はリンドウ、中衛には新型故に遠近両方に対処できるユウとギース、後方からエリックが掩護射撃で、迫るアラガミたちに応戦する。

アラガミたちはオウガテイルやコクーンメイデンなど、空を飛べない小型種で構成されていた。リンドウもそうだし、頭角を表しつつあったユウ、禁忌種との修羅場を潜ってきたギースの敵ではなかった。エリックも油断さえしなければ小型種に遅れなど取らなかった。

さらに言うと、ユウしか知らない頼もしい味方もいる。

『ユウ、2時の方角から三体来るぞ!』

「了解!」

ユウの服のポケットに隠れているタロウだ。彼はユウと違う視点を眺め、迫るアラガミたちの動きを見てくれていた。お陰でユウは予想以上に的確な対処が可能となった。

さらに今回、リッカが搭載してくれた新機能もあった。

三体同時に襲ってきたオウガテイルたち。ユウはすぐにチャージ捕食の構えをとり、神機を前に突出した。

「行け…っ!?」

すると、驚くことが起きた。

捕食形態で展開されるアラガミの顎が…三つに別れ、オウガテイルたちを纏めて食らいついてしまった。

「うあああ!なんだこれ!?」

ユウは思わず大声を出してしまう。まさか、プレデタースタイルのことを聞いた際の妄想が現実になるとは。

リンドウの方もまた、プレデターフォームを利用しつつ交戦中だった。任務に来る前に、リッカの手で設定を加えられたブラッドサージの刀身から捕食形態が展開されたが、彼のものもまた以前のものとはことなる形のものが出た。さらにそのアラガミの顎は、ジェット噴射のように空気を排出してリンドウを引っ張り、前方にいたコクーンメイデンを一口でかじり潰してしまった。

「おお!こいつはなかなか便利だな」

思わずリンドウも簡単の声を漏らす。捕食攻撃はどうもワンパターンになりがちという癖が付いていたが、これは中々便利に感じられた。

切り伏せ、撃ち抜く。その繰返し。

ギースも迫り来るオウガテイルたちを切り捨てる。遠くからコクーンメイデンがオラクルの光弾でギースを狙ってくる。しかしそれを見越したように、ギースは咄嗟に銃形態『神蝕銃タキツ』に切り替えて、撃ってきたオラクルの光弾もろとも、自分を狙ってきたコクーンメイデンを返り討ちにした。その隙を突こうとしてさらに数体同時にオウガテイルが口を開けて襲ってきたが、すぐにギースは宙へ飛び、真上からオウガテイルたちに神機の刀身を突き刺した。

「おらよっと!…っち」

しかし、ギースはアラガミたちを切り倒していくうちに、次第に嫌な気分になった。雑魚ばかりで、歯応えがない。しかも、他の三人も憎たらしくも、アラガミたちを次々に撃破し、次第に数が減っていく。退屈だ、禁忌種じゃないだけでこれほどの不満を抱えるとは自分でも驚くくらいだ。しかも約一名…

「ふはははは!どうだ、この華麗なる裁きの弾丸!」

「エリック、集中してよ!」

耳障りな台詞を吐く奴がいて苛つく。しかも何気にこいつも、遠くから雑魚アラガミたちを次々撃ち落としているからあまり文句を言えない。言ったら言ったでマリーが後でうるさい。ま、あのくらいの雑魚を何匹倒そうが、雑魚を倒しただけでいい気になっているような奴だ。放っておくことに決め込んだギースは、退屈な仕事をとっとと終わらせるために目の前のアラガミたちに、スサノオの素材で作られた刀身『神蝕剣タキリ』を振り続けた。

やがて、周辺の小型アラガミたちは一匹残らず退治された。

「作業終わりました!誘導装置、問題なく起動しました!」

マルグリットが設置した誘導装置の傍で立ち上がって皆に手を振った。彼女の作業も終わったようだ。

「終わりですね、何事もなくてよかった」

「まだだ、家に帰るまでがミッションだぞ?」

さっきはユウに、気を抜いた方が可愛いげあるみたいなことを言ったくせに、リンドウがひと息つくユウに言う。

「よく言いますよ。…それにしても、プレデタースタイルって中々便利ですね。前よりも捕食がやりやすかったです」

どうせわざとなのだろうとリンドウに思いつつ、ユウは自分の神機に付けられたロングブレードの刀身を眺める。

『ふむ…思えば、ここまで怪物的な見た目の攻撃で、平和を勝ち取ろうとする様は新鮮だな』

『やめてよタロウ。なんか僕が本物のアラガミみたいじゃないか』

『おぉ、すまん。侮辱したわけじゃないんだ』

『わかってるよ。ちょっと見てくれ的に気にしただけだから』

さっきのプレデタースタイルを発揮した捕食形態を扱うユウを見て、奇妙な新鮮さをタロウは覚えていたようだ。

リンドウも、自分の神機を担ぎながらユウの言葉に同意する。

「お前もそう思ったか。俺も同感だ。なにせ、こいつとは長い付き合いだが、最初の頃は突っ立って溜めないと捕食できなかったくらいだからな。その隙に他のアラガミに食われかけて…なんてこともあったもんだ」

プレデタースタイルも思いの外扱いやすかった。少し驚かされたが、捕食がより便利になっただけでなく、攻撃手段としても幅広くなったに違いない。

「けど、お前さんもまたやるもんだな。前にもスサノオをブッ飛ばした時もそう思ったが、本部の直轄部隊をやってるだけあるもんだ」

リンドウは、今度はギースのように視線を向ける。ユウも戦いの最中に、マルグリットから見ておくように頼まれたこともあって、ギースの様子を時折見た。あの腕前は、リンドウやソーマにも遅れをとる姿はあまり想像出来なかった。

だがギースはというとリンドウの声に対して無視を決め込もうとしていた。なんだか飄々としたこの男のキャラが、最初に会った時もそうだが気に入らなかった。

「おいおい、照れているのかい?そんなに緊張しなくても…」

そう思ったエリックがギースに声をかけるが、振り返ってきた彼から鋭い視線を向けられてきた。

「気安く話しかけんな。このナルシスト野郎。今の俺、退屈すぎて機嫌が悪りいんだよ」

「う…」

その殺気ともとれるような気迫に、エリックは圧される。それを見かねて、ユウがたしなめるように言った。

「ギース、またマルグリットに怒られるよ」

「うるせえ…!」

ユウの言うことも最もだ…とは思ったが、ギースは自分でも今の自分の中に蔓延するイライラを抑えるのがやっとだった。意味が分からない。どうしてだろうか。これ以上は無性に殴りたくなりそうだ。

(新型ってのは、最初は気難しいものなのかねぇ)

リンドウはやれやれと言った様子で肩をすくめた。ユウもアリサも、ギースと同じように最初は誰かに対しても反目を露わにしていたが、そういうジンクスでも出来上がっているのだろうか。…いや、新型の三人に限った話じゃないからそんなわけないか、とすぐに振り払う。

誘導装置の設置と稼働の確認を終えたマルグリットがユウたちのもとにやってくる。

「ギース、またみんなに迷惑をかけたりしてないよね?特に態度について」

「べ、べつにぃ…」

目を背けてきたギースを見て、やっぱり!とマルグリットは彼が嘘をついていることを確信した。

「あ!怪しい!またいらないこと言って怒らせたりしてたんでしょ!」

「し、してねえよ!」

「嘘!後ろめたいことがあるなら私の目を見てはっきり言えるでしょ!?」

「あ、あのマリー…近いって…」

「何?はっきり言ったらどうなの!?」

ぐいぐいと顔を近づけては叱り付けてくるマルグリットだが、ギースはそれよりも胸がドキドキしてしまっていた。ずっと異性として意識してきた少女がここまで自分に顔を近づけてくると、変に意識してしまう。

『マルグリットが心配するのもわかるけど…ギースってあそこまで怒りっぽいのか?意味もなくこんなに…』

ユウは、エリックに対しても、自分が怒ってますと言っているような、あそこまで露骨に悪い態度を取ったことが気になった。人には気の短い人間もいる。第3部隊のシュンとか、アリサも該当する。だが…彼らには彼らなりの苛立ちの理由もあったが…ギースにはそれらがまるで思い当たらない。我儘で短気な子供のように、無意味に当り散らしてばかりな印象がある。

『…ユウ、それについてなんだが…』

ふと、タロウがそれについて何か言おうとしたが、その瞬間リンドウが皆に向けて口を開いた。

「うし、これで全員だな。全員、アナグラに…」

全員無事に揃ったところで、リンドウがアナグラへの帰還を宣言しようとした時だった。通信機越しにヴェネの声が彼らの耳に轟いた。

『ギース、緊急事態だ!すぐ近くからさらに大型種の反応が出た!』

それを聞いて、ギースは激しい昂揚感を感じた。それもとてつもなく心地よい形の、だ。感じる、これほどの気配の主を何度も相手にしてきたから、すぐに分かった。こいつはさっきまでの雑魚などとは比べ物にならない奴だ。

「…おいおい、本当にシャレにならない奴がきたぜ」

リンドウが、スサノオの時と同じ…いや、もしかしたらそれ以上に強く感じる強大なオラクル反応を肌で感じ取った。

ズシン!と地鳴りが響く。なにか大きな存在が近づいている。

「なんだ、あれは…」

思わず声を漏らすエリック。

近くのビルの隙間から、その正体と思われる巨大な存在が姿を現した。それもかなり巨大…大型アラガミの中でもさらに大型のサイズを誇っていた。不気味かつ巨大な腕を地に着け、地鳴りを常におこし続けるほどの、その太陽のような彩を放っていた。

「ウロヴォロス…!?」

腕の形状、全身のシルエット、それらを見てリンドウが、唯一自分が知っているアラガミの中で一番適合していたアラガミの名前を呟いた。

しかし、ウロヴォルスとは似ているようでやはり異なる。すると、耳に着けている通信機越しに、イクスの声が聞こえてきた。

『いや、違う。あれは

 

「アマテラス」だ』

 

「アマテラス…?」

誰も聞いたことがない名前。リンドウでさえ初めて聞く名前だった。

『この極東の地の伝説に登場した太陽神の名前からとったものだ。見ての通りウロヴォロスに近いが、そいつが何らかの形であのような姿に進化したと予想される。当然、あれもスサノオと同じ接触禁忌種だ』

スサノオの恐ろしさを、この場では特にリンドウが理解していた。だとしたら、ここでただじっと待っているだけなのもまずい。

「リンドウさん、あそこ…女性が捕まっているんじゃ!?」

思わずユウが、ウロヴォロスの複眼の位置にある場所を指さす。複眼のあるはずの場所には、白い裸体の女の姿が不気味に這い出ていた。他にも太陽の光を再現したような飾りつけもついていて、さらには不気味にも白い乳房を思わせる袋をぶら下げて、よりおぞましさを体現している。

「本当だ!どうしよう…?」

「ぬぅ…女性を捕まえて人質を取っているというのか。卑怯な…」

アマテラスの顔の部分にある女性の姿を見て、マルグリットとエリックが焦りを覚える。

しかし、通信越しにイクスからの冷たい声が聞こえてきた。

『気にすることはない。あれはただの擬態だ。ザイゴートの胸にある女も模倣に過ぎないようにな』

「どうしてそんなことが言えるのですか!?」

エリックが声を上げるが、さっきと同じように、今度はヴェネが言い返す。

『よく見ろ。あのようなデカい女がいるのか?』

「あ…」

ユウもそれを聞いて、言われてみれば…と思う。アマテラスの顔の女は、見ただけでもかなり大きい。おそらく3m前後もある。肌も白く、見れば見るほど人間らしさを感じられない。

ユウは自分がとんだ勘違いをしたことに、少し恥ずかしさを覚える。

「今度こそ楽しめそうだなっと!さっきまで雑魚の相手で物足りなかったんだ!んじゃ、遠慮なく行ってくるぜ!誘導装置の方はよろしく!」

さっきまで雑魚のアラガミたちと相手をしていて相当辟易していたのが伺えるギースは、仲間たちの返答も聞かず、すぐに飛び出してしまった。

「おいおい待て!一人じゃ…」

「ちょっ…ギース!!」

『雨宮君、君はギース・クリムゾン以外を乗せて一度下がりたまえ。後はそれに任せる。その間君たちは誘導装置を守るのだ』

またギースを「それ」呼ばわりするイクスに、リンドウは目を細めた。しかしギースはかなり喜んでいる様子だ。

高ぶる気持ちを抑えられないギースは仲間たちの引き止める声を無視し、新発売のゲームに飛びつく子供のごとく、神機を担いでアマテラスの方へ駈け出してしまった。

「ギース、せめてバレットぐらいは…」

結局自分の引き止める声を聴かずに行ってしまったギースに、マルグリットは手に何かを握りながらもどかしさを漏らす。

「バレット?」

「これです」

ユウたちがマルグリットの言葉を聞いて注目すると、彼女は皆にそのバレットを見せる。

「ヴァジュラの攻撃を再現した『ライトニングマイン』というバレットなんです。空中で停止して雷の球を形成するから、たとえ効かなかったとしても、少なくとも目くらましや足止めになると思います」

「スタングレネードの効果も加わったバレットというわけか…よし、ならばそのバレット、僕が華麗に届けに」

紳士としての振る舞いを兼ねてからなのか、それをギースに届けようとエリックが名乗り出ようとした途端、ユウがそれを遮った。

「いや、僕が行きます」

だがそれをリンドウが引き留めてくる。

「ドクター・イクスも言っただろう。接触禁忌種は近づくだけでもお前らの偏食因子に影響を与える。下手したら近づいただけで頭がイカれちまうぞ」

『極東の新型君、彼の言うとおりだ。たとえ出向かなければならなくても、今はその時ではない。まだあれはやれる』

「……」

ユウもギースをあれ呼ばわりするイクスの言い方に、眉間にしわを寄せた。だが、確かにゴッドイーターとしての自分たちには接触禁忌種を倒せるだけの力はないだろう。

思うところはヴェネにもあるが、禁忌種の特性のことも考えるとイクスの言うことが最も理にかなっている。

『…ギースのことは、僕が通信機越しに情報を送って援護する。僕はウロヴォロスと交戦経験があるから役に立てるはずだ』

「ほえぇ…お前あのデカブツとやりあったことがあるのか」

関心を寄せたような声を漏らすリンドウ。彼でさえウロヴォロスは戦うには危険な相手だという認識があった。

しかし…本当に大丈夫なのか?ずっと一緒だったというマルグリットがここ最近のギースに対して不安を抱いているのだ。さっきまでのやたらと意味不明な喧嘩腰といい、彼の身に何かが起こるのかわかったものじゃなかった。

 

 

アマテラスと相対したギースは、改めてアマテラスの姿をおぞましく感じた。アラガミには裸体の女性の姿をかたどった個体もいるが、あいにくアラガミたちのそれには、怪物らしいグロテスクさも混ざっているためまったく興奮もしない。服の露出度の高いマルグリットの方がよっぽど…っと、そこまで考えたところでギースは、脳裏によぎった煩悩を振り払う。今はそんなことを考えている場合じゃない。

『まずはレーザーで撃ってみろ。いずれの弾丸も効かなかったら、そのあとは牽制のためだけに使え』

「わかった!」

通信越しに聞こえてきたヴェネの声に、ギースは頷いてすぐに神蝕銃タキツに切り替えると、さっそく指示通りバレットを撃ち込んでみた。まずは氷属性。

「おら!!」

氷属性のレーザーを選んだのは、なんとなく外見的にアマテラスは炎属性のような体色だったのが理由だ。アラガミの中には体の色で属性を表している奴もいる。しかし、氷のレーザーはアマテラスの体に当たったが、アマテラスは全く堪えた様子を見せない。氷はダメか。なら敢えて炎!バレットを切り替えて別の属性のレーザーを撃つが、やはり効かなかった。どうもバレットは奴にはあまり効果がないらしい。なら、得意の物理攻撃をメインに戦うべきだと考え、ギースはすぐに剣形態に切り替える。

同時に、アマテラスが近づいてきたギースに向けて、右腕を上げ、彼を踏み潰そうとする。しかしギースはあらかじめ、アマテラスの足の方に視線を向けていた。腕の筋肉の動きを見て、相手がどのように攻撃してくるかを前もって予測できるのだ。よって、今の一撃も難なくかわして見せた。空振りに終わった攻撃は、地に根を張るように地面を砕く。

交わした直後、ギースはすぐに刀身を振りかざしてアマテラスの足を切りつけた。腕から血しぶきをあげ、悲鳴を上げるアマテラス。

『ウロヴォルスの腕は切断攻撃が苦手だが、アマテラスも同じようだな』

「だったらそこを狙いまくってやる!」

再度腕に向けて切りかかるギース。だがアマテラスは自分の弱点を知らないわけではない。そうはさせまいと、腕をさらに激しく動かし、ギースを惑わせる。腕がだめなら…そう思ってギースは懐に飛び込むように、アマテラスの体の下へ飛び込む。そして、奴の体からぶら下がった擬似の乳房を刀身で切り裂き、血を浴びる前にアマテラスの体の下から抜け出す。だがその時だった。激しい激痛がギースを襲った。

「が…!」

体を貫かれた様な痛みだった。ギリッと歯ぎしりして顔を上げると、アマテラスの頭上に、一発の火球が出来上がっていた。やばいと思い、すぐに装甲『神蝕盾イチキシ』を展開する。ギースが盾の陰に身を隠した直後、アマテラスの火球が、ギースの周囲の地点を焼き尽くした。

 

 

「ギース!」

それを見て思わずマルグリットが叫ぶ。

「り、リンドウさん…これはさすがにまずいですよ!」

エリックもこれを見て慌てずにいられなかった。あんな攻撃、もし自分が直撃したらと思うとぞっとする。リンドウも今の攻撃を受けたギースを見て、すぐに飛び出したい気持ちに駆られた。

しかし、直後にヴェネからの通信が届く。

『待ってくれ。ギースはまだ無事だ』

「無事って…」

あんな攻撃を受けて耐え抜いたというのか?ユウも耳を疑う。

『ギースの神機に搭載されている盾は、たとえ装甲を展開していなくても、オラクルエネルギーが放出され、見えない盾となってギースを常に守っている』

『ユウ、見ろ彼の言うとおりギースはまだ無事だ』

タロウもポケットからわずかに顔を出してユウに言う。確認のために目を凝らしながら見ると、爆炎の中からギースの姿が見えた。本当に無事だったらしい。

しかし、ダメージは間違いなくあるはずだ。少なくとも死なずに済んだだけ。現に、向こうにいるギースは少しふらついているようにも見えた。

と、その時だった。

『こ、こちらヒバリ!緊急事態です!』

「どうした!?」

アナグラのヒバリからの通信が入り込んできた。

『新たなアラガミが出現!そちらに向かっています!警戒を!』

「なに…!?」

このタイミングで、また新たなアラガミが近づいているだと?全員が衝撃を受ける。

「ヒバリ、反応からどの種類が特定できるか!?」

『…だめです!この反応は従来のアラガミとは全く異なる反応です!新種か、もしかしたら例の…』

例の…というヒバリの言葉に、リンドウたちは出くわしたくなかった敵の正体を想像してしまった。

そう…これまで自分たちゴッドイーターは愚か、ウルトラマンでさえ苦しめた以上進化型の超巨大アラガミを。

「マジかよ…」

ここしばらくはまさに厄日続きだな、とリンドウは思う。軽めの言い方を心の中でつぶやくが、それでも現状に対する危機感は誤魔化せない。このままでは誘導装置も破壊され、ギースは愚か自分たちも無事では済まない。

『仕方ない、グレイヴに乗れ!全員この場から離れるぞ!』

ヒバリからの通信をグレイヴ内から聞いてそのように言ったヴェネにマルグリットが反論するような口調で口を開いた。

「ヴェネ、ギースは…!」

『わかっている。ギースを見捨てはしない!グレイヴでアマテラスに近づき、スタングレネードを使って視界を奪う!その隙にギースを回収する!』

「おいおい、その車はお前さんたちの大事な家も同じだろ?壊されたらまずいんじゃないのか?」

ヴェネの提案に対し、リンドウはそのように言った。おそらく接触禁忌種の放つ偏食場から身を守るために、グレイヴを利用しようとしたのだろう。だがグレイヴはリンドウの言うとおり、アーサソールの重要な移動拠点。替えもなく、壊されてはあまりにも今後のアーサソールの動きに支障をきたす。

…今しかない!ユウはマルグリットの手からライトニングマインを取り上げ、リンドウたちに向けて言い放つ。

「だったら僕が行きます!みなさんは一度離脱の準備をしてください!これもついでに届けてくる!」

それからは返答も聞かなかった。ユウはバレットを仕舞い込み、神機を担いで走り出した。

「新入り!!」

叫ぶリンドウだが、結局ユウの耳には聞きいれられなかった。

「ったく…」

また無茶を…リンドウはユウに対して呆れを通り越しかけた。

しかし、ふとリンドウの頭にある予感が蘇る。先日の、アリサとの距離がようやく近づけることとなった任務から帰ろうとしたときに抱いた疑問だ。

当時相手にしたアラガミの攻撃でウルトラマンが受けた傷と同じ箇所、ユウの服に傷が入っていた。それにこれまでのミッションでユウが参加したもののなかで、ウルトラマンが出現している間、いつもユウは姿を消している。

(あいつ、まさかやはり…)

もしかしたら…という予想が彼の中に確立される。いや…どちらにせよここでユウを見捨てるわけにいかない。

「エリック、お前はアーサソールと一緒に一度この場を離脱しろ!それまで連中をお前が守ってやれ!」

エリックに対してアーサソールの守りを任せるが、エリックはユウに対する恩義もあってすぐに受け入れなかった。

「逃げるなんて馬鹿な!華麗なゴッドイーターである僕が、仲間を見捨てるなど…」

「今は泥臭くても一人でも多く生き延びることを考えろ!これは命令だ!」

こんな時に華麗さを極めようとするエリックに向け、怒りを覚えたような怒鳴り声を散らしたリンドウ。そのプレッシャーにエリックは逆らえず、怖気ついたようにも思える後退りを見せる。それから彼は素直にマルグリットをグレイヴに連れて行き、この場を後にした。

「待ってろよ、無茶したがり」

グレイヴが一度この場を離脱するのを確認し、リンドウはユウに対してそのように呟きながら神機を担いでいく。

 

 

ギースはかなりダメージを負っていた。足のブーツが解けるように焼け落ち、骨まで溶かされた様な痛みを与える。

「んの野郎が…!!」

彼は立ち上がってアマテラスを睨みあげる。この痛みは何倍にでも返さなければならないと言い本能が働いた。

しかしそんな彼のアマテラスへの報復に水を差すように、巨大な影が地中から飛び出してきた。

「うお!?」

大きな地響きに、足を取られかけるギース。まるで、ギースとアマテラスの戦いに、眠りを妨げられたような…狂った叫び声をあげていた。それを見上げるギースは息を詰まらせた。

「やばいかも…」

さすがのギースも、この状況に危機感を抱かずにいられない。なにせ新たに現れた巨大な影の正体は、アマテラスよりも大きかった。

見た目は、ヴァジュラの容姿…いや、その元となった…絶滅した動物の一種である『虎』に近い。しかし自分の知るヴァジュラとは大きく異なるものが多かった。確かにヴァジュラだが、全身が金の鬣をなびかせ、通常のヴァジュラ以上に鋭い牙をむき出している。ヴァジュラにはなかった二つの槍のようにするどい角も生やしている。アラガミはなぜか神々の姿を模倣していくものだが、こいつはまさに伝説の生き物らしい姿をしていた。

こいつが、新たにヒバリの通信にあった、新たなアラガミだった。

そいつは……『地殻地底神獣ヴァジュリス』は地上を見下ろすと、ギースとアマテラスに向けて、口からエネルギー弾を放ちだした。その攻撃は、アマテラスの体に直撃し、爆炎の中に包み込んでしまった。

ギースは驚愕する。これまで自分は接触禁忌種を相手に、何度も勝利を手にしてきた。しかしそれはギースの天才的な実力とたゆまぬ努力もあるが、ヴェネやマルグリットらの頼もしいサポートもあってこそだし、何度もダメージを負っては傷だらけになった。しかしあいつは、たった一撃の攻撃でアマテラスに手痛すぎるダメージを与えてしまった。

ギースは、戦慄した。これほど目の前の敵を恐ろしく感じたのは、ゴッドイーターになり立てた頃以来…久方ぶりだった。

これだけデカ過ぎると、神機でいくら切りつけても効果がないだろう。砂粒を石ころのように投げるのと変わらないかもしれない。だが…

(ここで俺が退いたら、マリーとヴェネが…)

イクスや他の連中はどうでもいいが、あの二人だけは絶対に守らなければならない。ゴッドイーターになったのは、子供の頃の貧困生活から抜け出したかっただけじゃない。ヴェネとマリー、何にも代えられないあの二人を守りたいからだ。

相手がどんな奴だろうと、あの二人のためにも退けない…絶対に!

「デカブツが…かかってきやがれ!!マリーたちには、指一本触れさせねぇぞ!」

「ゲエエェェ!!!」

お前なんか怖くないぞと言わんばかりに、虚勢と使命感を混ぜた叫びを浴びせる。ヴァジュリスは、そんなギースを目障りに見たのか、アマテラスに食らわせたものと同じエネルギー弾を口から吐き出し、ギースを狙った。

ちょうどそこへユウがようやく駆けつける。

「ギース!」

ギースを、狙う滅びのエネルギー。それから彼を守るべく、ユウは直ぐ様ギンガスパークを取り出し、ギンガのスパークドールズをリードする。

 

【ウルトライブ!ウルトラマンギンガ!】

 

「ギンガーーーーー!!!」

光に包まれたユウの体は巨大化し、突き出された拳はヴァジュリスの口元を殴り飛ばした。

ヴァジュリスが思い切り殴り飛ばされた衝撃で、ギースもわずかに宙に浮き、尻餅をつく。

「…ッいてて…な、なんだ…?」

そして、地面に打ち付けた尻をさすりながら、彼は頭上を見上げる。

そこに立っていたのは、赤く刺々しい模様といくつもの水晶をその身に刻んだ、光の巨人だった。

「!」

ヴァジュリスにも匹敵するくらいデカい。アマテラスよりも数メートルほどデカい。そして…雄々しい姿に、ギースは呆気にとられた。いや、こいつは確か、昨日ヴェネが話していた…

「…ウルトラマン…」

 

「シュワ!!」

再びその姿を現したギンガは、立ち上がって怒り吠えるヴァジュリスに向けて身構えた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

禁忌に挑む者(後編)

今度のウルトラマン、どうも気になる設定を加えたキャラになるみたいですね。そのあたりが楽しみです。


ただその一方、どうも先代ウルトラ戦士の力に頼るスタンスは変わらないのが個人的にネック…そろそろティガ~ネクサスの頃みたいな、他のウルトラマンが持っていない完全の専用能力を持つようなウルトラマンに出てほしいです…。


オペレーション・メテオライトのために用意された誘導装置の設置のため、ユウとリンドウ、そしてエリックはアーサソールと共に設置任務を任される。しかしそのさなか、接触禁忌種に相当するウロヴォロスの亜種、アマテラスが出現する。

誘導装置を守るためにも、奴は追い払わないといけないのだが、ドクター・イクス曰く、接触禁忌種の特殊な偏食場にゴッドイーターが近づくと、体内の偏食因子に影響を加えられ、精神が不安定になる等の症状を発症し危険なのだという。やむを得ず接触禁忌種との交戦経験がただ一人だけあるギースがたった一人で挑むことに。

しかし、戦いの途中、最悪のタイミングともいうべきか、新たな異常進化型アラガミ…『ヴァジュリス』が出現、アマテラスをたったの一撃で手ひどいダメージを与えてしまう。

ギースは同じアーサソールの仲間たちを守るべくただ一人そのまま立ち向かうが、さすがの彼でもこれほどの敵を相手に勝つことは不可能に近いと考えていた。

しかし、ユウがここで間一髪、ギンガに変身。かろうじて彼の危機を救ったのである。

 

 

この任務を始める前、リンドウはヨハネス支部長からあることを命令されていた。

「あのカーゴの中にあるものを調べてほしい。できれば回収も頼む」

アーサソールは本部の直轄部隊。いくらフェンリルという同じ組織のもとに動いているとはいえ、本部はやたらと秘密主義な側面がある。他者の秘密に抵触するのは命を危険にさらすことも考えられた。だからリンドウは言われた際は、あいまいな返事をした。

連中に事故でも起こったら、話は別だろう、と。冗談にしてもあまり笑えないことを言ったと自分でも思った。しかし、本当に笑えないことを…ヨハネスは口にした。

『そういうこともあるのではないかね?新型神機には私でも不確定なことがある』

それは事故でも起こせと言っているような言い方だった。本当に、まだ若いギースたちにそんなこと…冗談じゃない。それだけ支部長がやたら興味を惹かれているものでもあるのだろうか。それ以前に…彼とサカキは自分たちには決して悟られないように隠していることがあるような気がする。ここしばらくの任務にもその意図が見え隠れしているような気がしなくもない。

…と、今はそんなことを考えている場合じゃない。今は、あの無茶してばかりの新入りの身の安全だ。リンドウは、先行してしまったユウを追って走る。すぐにでもユウの安全を確保した彼は、新たに搭載されたプレデタースタイル『シュトルム』を発動する。展開された捕食形態が、ジェットのようにリンドウを一気に前方へダッシュさせてくれた。

そのおかげもあって、すぐにユウの姿を見つけ出すことができた。

そのさらに向こうにはギースと、またさらに向こうには彼と先ほどまで対峙していたアマテラスが倒れている。そしてさらに、できれば出会いたくなかったデカブツの姿も見えた。サカキ博士がスパークドールズと呼称した怪物の人形を捕食して進化した…異常進化アラガミだ。おそらく、ギースがアマテラスを相手にしている間に、あのデカブツがアマテラスをノックアウトし、ギースを追い詰めたところでユウが来ようとしていたのだ。

「新入り!」

すぐに逃げるように追いながら、呼びかけたリンドウ。しかしその時、リンドウの目を疑う現実が起こる。

ユウは突如、神機を地面に突き刺すと、懐から出した銀色のアイテムを掲げた途端、まばゆい光に身を包んだ。その光はスタングレネードの光よりも眩しく感じ、思わず目を覆うリンドウ。そして目を開けた時には……

「……マジ…かよ………」

アリサがようやく一歩だけ歩みとってきたあの日の任務の帰りで、もしかしたらという予想はあった。だが…いざこうして現実で見ると、どうしても信じられないと驚愕してしまう。

まさか、自分の部下の一人が…『ウルトラマン』だったとは。

 

 

 

そんなギンガの姿を、グレイヴのカーゴのモニターからイクスは覗き見ていた。

「想定通りだな。奴が姿を現したのは」

極東に突如出現するようになった異常進化アラガミに対抗するように出現した光の巨人、ウルトラマンギンガ。それはフェンリル本部内でも度々話題を呼ぶほどの大きな存在。あるものはアラガミと同列の脅威だと恐れ、あるものは人類の新たな救世主として称える。しかしイクスにとって今はそんなことはどうでもよかった。彼にとって大事なことは…そんなことではない。

「…こちらイクス。奴が姿を現した。今から奴の動きを監視する」

イクスが今通信をつなげていたのは、グレイヴの運転席にいるヴェネでもマルグリットでもなかった。

「…わかった。あのアラガミを奴が討伐した後、ギース・クリムゾンたちに奴の『人間体』が普段はどこで何をしているのか…その動きを見させる。常に奴の傍にいる『負け犬』もどうにかせねばならんからな。そちらでも例の奴がこちらに近づいてきているかを確認しておけ」

何やら通信先の相手と、怪しげなことを相談し合いながら何かを目論んでいる。一体彼は何を狙っているのだろうか。通信を斬ると、改めて彼はモニターの向こうにいる光の戦士の姿を確認する。

その時のイクスの顔は、にたりと不気味に笑っていた。

 

 

 

「シュ!!」

ユウ…ギンガはギースから引き離すように、ヴァジュリスの角を両腕でつかみ、押し出して行った。押し出す最中にも、ギンガはヴァジュリスの顔面に拳を叩き込んでいく。

角をつかんだまま、立ち止まってギースたちの方を振り返る。ちょうど良い具合に距離が開いていた。ここならなんとか周りを気にせず戦える。いざ敵の方へ向き治ろうとすると、ヴァジュリスが怒ったように唸り、角をつかまれたままギンガに体当たりをかましてきた。押し出されたギンガはその拍子に手を離し、ヴァジュリスはさらに口から電撃のエネルギーを弾丸に変えて吐き飛ばしてきた。

「ヌォ!!」

光弾を受けて大きく仰け反ったギンガ。だがこれしきと、すぐに持ち直して身構えた。すると、さらにヴァジュリスは口から電撃弾をギンガに向けて連射してきた。ギンガは手刀で、一つ一つ撃ち落としていく。

雷を撃ち落とす際に、視線がたまたまギースたちのいる方角を向いた。その時だった。ギンガは…異様なものを目にした。以前にも似たようなものを目にしたことがあっただけに、それはすぐに色濃く目に焼付いた。

アリサと一緒に防衛班の任務に同伴した時と同じだった。

 

ギースの、虐殺劇が繰り広げられていたのだ。

 

 

 

「……」

ギースは突如現れた光の巨人に目を奪われた。頭を使ったことは全部ヴェネに丸投げしてしまったため、知ったのはつい昨日だ。極東に突如姿を現し、ゴッドイーターたちに力を貸す戦士。正直、得体が知れない奴だと思った。どうせそいつもアラガミの一種に過ぎないのだ、と。

だが…奴は、ウルトラマンギンガはドデカいヴァジュラもどきを突き飛ばすと、ギースの方へと視線を向けてきた。襲われる!?強い警戒と恐怖を抱いたギースは神機を構えるが、奴は襲ってくる気配を見せなかった。ただ静かに見つめると、コクッと静かに頷いて、立ち上がってきたヴァジュリスの角をつかんで押し出し始めた。

「あいつ…」

俺を、助けてくれたってのか?じゃあ、本当にあいつは…。

そう思いながら、遠くへと向かっていくギンガとヴァジュリスを見送っていると、ギースは瞬間、自分の足もとに猛烈な熱波が襲ってきたのを感じた。反応が遅れたのか、それとも気を取られてなお早く気付けたというべきなのか…足元から湧き上がった灼熱の炎が彼を逃すまいと燃え上がる。

「がッ!!」

かろうじて全身に一気に浴びるのだけは避けられたギースだが、反応が遅れて、今度は左腕が溶かされた様な熱さを覚えた。膝を付いて、激痛に顔をゆがませながら、焼かれた左腕を見る。肌が赤黒くなってしまっている。普通の人間だったらこれでショック死していたかもしれない。

すると、頭上に黒い影がのしかかる。アマテラスが起き上ってきたのだ。あのヴァジュラもどきに…ヴァジュリスに強烈な一撃もらってなおしぶとく生きていた。

まだくたばっていなかったのかとギースは舌打ちする。しかし構わない。この手でぶっ倒す方がやりがいがある。ギースは神機を構え直し、改めてアマテラスの方に向き直った。

しかし、やはり足に続いて腕さえも焼かれたダメージがキツい。動くのもままならなかった。

『ギー…、無…か!?』

耳に着けていた通信機から声が聞こえる。この声はおそらくヴェネだと思ったが、ノイズが酷くてよく聞こえなかった。もしかしたら、今の熱波のせいで故障し始めたのかもしれない。これではヴェネのアドバイスも聞き取れない。頭で考えるのが苦手な分、ヴェネのオペレートがとても心強かったのだがそれ…かなりまずい状況だ。

しかし、ここで奇妙な現象が彼の身に起こった。

痛みが…あれほどの激痛が…文字通り『消えた』ではないか。疑問が頭の中に浮かぶ前に、彼の頭の中を…ただ一つの感情が支配した。

…怒り。マグマのようにそれは吹き上がり、彼の心を完全に支配した。

イクスの声が首のニーベルング・リングから聞こえる。

『痛みを遮断しておいた。奴はあのアラガミのおかげで満身創痍。

さあ…殺せ』

イクスがそういい終えると同時に、ギースは咆哮した。

 

 

 

(ギース、いったい何を…!?)

遠くからでも、今はギンガに変身していることもあって遠距離の景色もくっきり見える。アリサの身にも起こったような、彼の突然の豹変を目の当たりにしてギンガは動きを止めてしまった。

その隙を狙ってか、ヴァジュリスはギンガに向け、獲物に飛びつく獣らしく飛び掛かってきた。雷をまといながらの体当たりに、ギンガは突き飛ばされ押し倒された。むき出された牙が、すぐにでも頭にかじりつこうとし、ギンガはそれを防ごうと、ヴァジュリスの上顎と下顎を掴む。力を抜けば、すぐに頭にかじりつかれてしまうだろう。それを見て、改めてアラガミという奴はどうもすぐに食いつきたがる姿勢を感じる。

(食い意地を張るのも大概に…!)

しろ!と言うと同時に、ギンガはヴァジュリスを蹴って退かした。

今の技も通常のヴァジュラが持っていたものだ。以前に遭遇したこともあってすぐにユウ=ギンガは気づいた。こいつはヴァジュラが何かしらのスパークドールズを取り込んだ奴だ。大型種のアラガミをもとにした巨大アラガミとの交戦は、今回が初となる。しかしだからといってここで退くことはできない。仲間たちや誘導装置を守らなくては。

「ゼアッ!!」

宙へ一回転しながら、ギンガはヴァジュリスの背に飛び乗った。まるでロデオのように乗り回しながら、ギンガは奴の背中から拳による攻撃を加えた。しかし思った通り、ヴァジュリスはギンガを背中から払い落とそうと暴れ出した。振り落とされまいともがくが、ヴァジュリスの力強さに押し負け振り落とされてしまう。

ヴァジュリスは角を槍のように構えながら、倒れたギンガに向かって突進してきた。近づけまいと回し蹴りを放って蹴りつけたが、構わず向かってきてギンガを角で突き刺そうとする。刺さる前に、ギンガはヴァジュリスの片方の角を両手で捕まえる。ヴァジュリスは角をつかまれた状態のまま、強引にギンガを押し返していき、強引にギンガの手を角から振り払う。その直後、鋭い牙をむき出してギンガの右手首に噛みついてきた。

「グアアア!!」

まるで針を食い込まされた様な激痛が、彼の腕に走る。こんな鋭い痛みから一刻も早く逃れようと、ギンガは必死にヴァジュリスを振り払おうとする。だがそうするだけでも、今すぐにでも腕を食いちぎろうとする痛みが彼を襲い、腕を鈍らせた。ヴァジュリスはさらに、鬣から電撃を迸らせてギンガの体を痛めつけた。

「そんなに…食らいたいというのなら…食らわせてやる…!!」

ギンガは体中のクリスタルを赤く輝かせ、灼熱の炎の球を無数に作り出すと、それを至近距離からヴァジュリスにぶつけて見せた。

〈ギンガファイヤーボール!!〉

「ディア!」

「ギエエエエエェッ!!?」

噛みついていたこともあって避ける間などなかった。ヴァジュリスはギンガの攻撃で炎に包まれた。ヴァジュラのころから引き継いだ自慢の鬣が燃えカスと化し、体中のあちこちが燃え始めた。まるでサーカスの火の輪潜りに失敗し体に引火した猛獣のようにヴァジュリスはもがきだした。元となったアラガミであるヴァジュラは、大型種に属するだけあって確かに強力なアラガミである。しかし、以外にも火・氷・神、そして自分の攻撃属性である雷さえも…すべての属性が弱点なのだ。一流のゴッドイーターとなっていけば、倒すことも決して不可能ではないのだ。

今なら、行ける!

ギンガは火だるまとなったヴァジュリスの方へ駈け出し、スライディング。ヴァジュリスの顎に向けて足を突出しすべりながら近づき、力一杯相手の顎を蹴り上げた。

顎を蹴り上げられて大きくのけぞるヴァジュリスに、さらなる追撃を加えようと、ギンガは即座に立ちあがり、光の剣〈ギンガセイバー〉を形成、すれ違いざまに…ヴァジュリスの体に一太刀浴びせた。

鋭い一撃をもらって、ヴァジュリスは立ち上がる力を失う。とどめを刺す!

〈ギンガクロスシュート!〉

「シュア!!」

L字型に組まれた右腕から発射した光線が、ヴァジュリスの体に激しい火花を起こした。爆発が起こり、体をえぐられたヴァジュリスの傷口からコアが露出された。

 

ギンガの正体を知って呆然としがちだったリンドウはそれを見て、我に返る。そうだ、コアの回収を急がなければ。すぐに遺体となったヴァジュリスに近づき、神機を捕食形態に切り替える。そして、露出されたヴァジュリスのコアを食わせた。

そのコアは、やはりこれまで現れた異常進化したアラガミたちと同じだった。コアは全く大きさが変化しておらず、回収できた素材も通常のアラガミと何一つ変わらない。今回手に入ったのも、ヴァジュラの素材だ。しかもレアものの素材は回収できていない。

「リンドウさん!」

すると、リンドウの背後から声が聞こえてきた。振り返るとそこにはいつの間にかユウが立っていた。

「新入り、お前…」

いつの間にか、ギンガの姿もなくなっていた。目を離している間に、変身を解いて元の姿に戻ったのだろう。こいつが…あの光の巨人の正体…ユウの姿とギンガの姿を見比べても、どうもにわかに信じがたかった。だが…真実だった。覆しようのない…。

「リンドウさん?もしかして…怒ってます?」

正体が実がバレてしまっていたことに気付いておらず。さっきから珍しく無言のリンドウを見て、ユウは少し恐る恐る尋ねる。ギンガに変身してヴァジュリスに対抗するためとはいえ、自分がほぼほぼ勝手なことをしてしまったことに変わりないことを自覚していた。

「…新入り…俺はお前に無茶しろだなんて命令は下してないぞ」

上官としてそのように口にしたリンドウだが、若干その声にはあまり覇気がない。そもそも覇気を感じさせる男ではないはずだが、それでも一部隊を率いるベテランゴッドイーターでもある。ギンガの正体を知って、まだ戸惑いが彼の心の中にあった。

「すみません…」

ユウは素直に謝るが、今後も同じ事態が起きたら今回のようなことをしないという保証は出来かねた。人の命を救える手段があるのなら、手遅れになる前に何とかしておきたい。誰でも考えそうで実行に移せないことができるからこそ、そうしたくなった。

『ユウ、安心している場合じゃないぞ!』

ユウの頭の中から、服の中に隠れていたタロウのテレパシーが入った。それを言われて、ユウはようやく思い出した。

そうだ、ギースは!?

 

 

「何をしているんだギース!そいつはもう動けない!早く捕食しろ!」

いつも任務の時に聞こえてくるはずの、頼もしい幼馴染の声も、今のギースの耳には全く入ってこなかった。

ただギースは、頭の中に湧き上がる怒りと殺意の感情に支配され、ただ目の前にいるアラガミをずたずたに引き裂いていく。グレイヴからその光景を映像で見えていた

なんともおぞましい光景にエリックも口元を抑えた。アラガミの血しぶきなど、この仕事をやっていると何度も目の当たりにするはずのもの。だが決して慣れていけるようなものでもない。

「う…」

新人のゴッドイーターの一部は、恐怖に駆られるあまり、死体となったアラガミに対しても神機を振るって暴れてしまうこともある。だが…禁忌種ほどの強敵を何度も相手にするチームに所属しているギースが、今更新人ゴッドイーターのような症状を起こすとは考えにくいとエリックは思った。

「ギース、ギース!もうやめて!!」

マルグリットが悲痛に叫ぶ。こんなギースの姿は見たくなかった。

ギースが、すでにこと切れたアマテラスのコアを神機で砕くと、その体を構成していたオラクル細胞が黒く霧散して消えて行った。

『…マリー…?』

その時、ようやくギースの声が聞こえてきた。しかしギース側の通信機が故障していたこともあって声だけはすぐに聞こえなくなり、きょろきょろと辺りを見渡すギースの姿が映る。どうやら、元の彼に戻ってくれたようだ。

 

 

ギースはあたりを見渡した。戦っていたはずのアマテラスは消滅し、ギンガもヴァジュリスの姿もない。自分が暴走していたことへの自覚もなく、その間の記憶もなかったようだ。

ユウとリンドウもちょうどそこへやって来た。禁忌種であるアマテラスの偏食場も、奴が消えた今気にすることもなかった。

暴れていたギースの姿を、ユウとタロウも見えていた。まるで、あの時のアリサのような、残酷な暴れようだった。

『元に戻ったみたいだが…いったいあれは…』

先ほどのギースの変貌ぶりはいったいなんだったのだろう。何か嫌な予感がしてならなかった。タロウでさえもこれは驚かされるばかりだった。

ただ…一つ気になることがあった。

(ギースの、あの首輪…)

イクスがギースに装備するように義務付けている、ニーベルング・リング。タロウはあの首輪がどうも怪しく感じていた。

 

リンドウもギースについて同じように考えていたが、同時にユウのことに対しても思うところがあった。それを指摘するべきか、頭の中で考えていた。

なぜ、ユウがウルトラマンギンガなのか。なぜ彼が人類の味方としてあの強大な力を持っておきながら、ゴッドイーターとしての役目を担うのか、どのような経緯であの力を手に入れたのか…。

(…今は、何も言わないままでいるべきだな)

リンドウはそのように判断した。下手にユウの正体のことを指摘して、彼を警戒させたくなかった。人には触れるべきでないところがある。それは…ヨハネスやサカキを見ていて学んだことだった。だが、様子を見ておくべきだと思った。

ギースの事も、ユウの事も…知らないふりをしつつ、じっくりと観察して判断することにした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

陰る光

サブタイトルでいいのが浮かばなかったので適当…(をい)


アーサソールと共同で誘導装置を設置することになったユウとリンドウ、そしてエリック。戦闘中、新たな接触禁忌種アマテラスが出現し、これをギースが応戦する。それだけならまだよかったかもしれないが、運の悪いことに、また新たなアラガミ…合成神獣ヴァジュリスが出現する。ヴァジュラをベースにしたそのアラガミからギースを援護するべく、ユウはギンガに変身し、これを打ち倒した。

だが、ギンガとして戦闘している間、アマテラスに深手を負わされたギースが突如暴走、アマテラスを惨殺するというおぞましい形での勝利を飾った。

さらには、ユウ自身は認知していないことだが、彼は偶然にもリンドウに変身したときの光景を見られ、正体がバレてしまった。当然、リンドウは衝撃を受けた。

あらゆる理由で勝利の喜びを得られないまま、一向はアナグラへと帰投した。

 

 

 

医務室では、ユウは今回の戦いで着いた傷を癒すため、ルミコからの治療を受けた。

「うん、怪我はさほど深くないから、これくらいでもすぐに治るよ」

「ありがとうございます、ルミコ先生。いつもすみません」

「これが私の仕事だから。けど、謝るなら体をもっと大事にしてね」

「善処します」

果たして大事にできるのか、と問われると無理が大きい。なにせ戦う敵はただのアラガミではない。かつてこの星で戦ってきたウルトラマンたちを苦しめた怪獣との合成生物なのだから。

ルミコに軽く頭を下げてから医務室を出ると、ユウはふぅ、とため息を漏らした。

「今回戦った相手、ヴァジュラの特徴を持っていたな」

「大型種に属するアラガミだな」

先刻、ギンガとなって戦ったヴァジュリスのことを口にすると、タロウがちらっと顔を出して言葉を返してきた。

「正直、勝てるかどうか今思うと不安だったかもね。元が大型アラガミだから、勝ててよかったよ」

「ユウ、君は着実にギンガの力を制御できるようになっている。その賜物もあっての勝利だと私は思うぞ。ここしばらく、私が見ていた訓練でも、なかなか見事な動きをこなせるようになった」

「そうかな?まだよくわからないけど…少なくともまだまだだと思う」

この最近のユウの訓練は、密かにタロウも見てくれていた。

立体映像を用いた擬似アラガミとの訓練にて、ユウの動きにミスが見られたら、どうしたらそのミスを解消できるかを的確に指示し、それをユウは形にしていった。

かつてこの地球を守っていた英雄の一人だった事実は嘘ではない的確なアドバイスを元に、ユウは次第に訓練でも好成績を収め始めていた。元々新型神機という貴重な武器を手に入れただけでなく、戦士としての才覚も他のフェンリルスタッフやゴッドイーターたちの注目を集めつつあった。

だが自分でもユウは、まだ戦士としては青さがあることを知っている。それにギンガの力のすべてをまだ把握できているとはいえない。

「それに、アラガミってサカキ博士の講義を聞く限り、短期間で限りなく強くなっている。タロウも見ただろ?あのアマテラスってアラガミを」

その名前を聞いて、先日のアーサソールとの合同任務のことを思い出すタロウ。アラガミは同じ種類の個体が地球中のあちこちに生息している。アマテラスも遭遇した件数が少ないらしいが、ギースが倒した個体で最後だなんてことはありえない。

「アマテラスか…あいつらがオウガダランビアや先日の相手のような進化を果たしたら、もしかしたら今の君がギンガに変身しても勝てないかもしれない」

タロウでさえ、アマテラスがアラガミの中でもやばい個体であることを認めた。アラガミたちは、ついに大型種がスパークドールズを取り込んで進化した個体を見せてきた。タロウのいうとおり、もしアマテラスがスパークドールズを取り込んでしまったとしたら、想像するだけでゾッとする。

「…うん、だからもっと強くなって、みんなを守れるだけの力をつけたい。」

懐のギンガスパークに触れながら、改めて決意を口にするユウ。

…もう、妹を失ったときのような、あんな思いをするのはたくさんだ。

「ユウ、任務お疲れ!」

「うわ!」

ちょうどそこへ、コウタがやって来た。タロウとの会話で気を取られていたこともあって、突然のことのようにユウは驚いた。

「え、えっと…どったの?」

なぜ驚かれたのか、事情を知らないコウタは戸惑う。一瞬、さっきの会話を聞かれてタロウの事がバレてしまったのではと疑惑したが、どうやらそういうわけではないらしい。

「あ、いや…なんでもないよ。コウタもお疲れ様。ありがとう…」

適当に誤魔化してコウタの手から差し出されたドリンクを受け取り、二人は腰を下ろせる場所を求めて廊下を歩きだした。

ユウはふと、リッカから聞いた、サカキが時々奇妙な飲み物を開発しているのを思い出した。もしやそれだったりするのでは…なんて嫌な予感をよぎらせた。

が、ラベルの柄はいつも通りの、気に入りのドリンクを表していて、杞憂だったことを気づかせる。

「どうした?飲まないの?」

「あぁ…うん、飲むよ」

コウタに言われ、ユウはすぐ缶の蓋を開いて飲んだ。味も普通のドリンク。やはり杞憂だったようだ。

「なあ、そっちはどうだった?」

横からコウタが話しかける。

「無事に設置してきたよ。向こうの部隊の人やリンドウさんがいなかったらヤバかったかも」

「そんなにヤバイ奴がきたの?リッカさんから聞いたけど、ユウたちって神機に新しい機能つけてもらったんだろ?えと、なんだっけ…『ブースカスタイル』?」

「プレデタースタイル、だよ。コウタもそのことは聞いてたんだ」

奇妙な言い間違いをかましたコウタに訂正を入れる。

「けどまあ、本当にヤバイアラガミだった」

アマテラスのことを思いだし、ユウは僅かながら恐怖を蘇らせる。接触禁忌種とされているだけあり、今のユウではギンガの力がなかったらまず勝てない。ギンガの力をやたらと使うわけに行かない以上、できればもう会いたくない相手だった。

「ヤバイ相手か…そうそう!実を言うとさ、俺たちの方もヤバイ奴が来たんだよ。確か…スサノオ!」

「え…!?」

それを聞いてユウは目を見開く。リンドウたちが交戦することなく退くことを強いられた、アマテラスと同じ第一種接触禁忌種アラガミ。コウタはそいつと出くわしてしまったというのか。

「本当に見たんですか?正直疑わしいですね」

そんな二人の前に、少し高飛車な声が入る。声の方を向くと、アリサがそこに立っていた。いつも通りの、少し高圧的な感じの空気を出している。

「ご無事だったようで何よりですね、神薙さん」

「あぁ、アリサ。もしかして心配かけちゃったかな?」

「し、心配なんてしてません!同じ新型のあなたが任務中に殉職でもしたら張り合いがなくなって、今後の任務が詰まらなくなったら嫌だと思っただけです!」

少し頬に赤みをさしながらアリサは怒鳴る。なぜ怒鳴られたのかわからず、ユウは困ったように首を傾げた。どうも彼女からは変な対抗意識を向けられている。

「と、ところで、スサノオを見たと言いましたよね、コウタ。確か、今回の任務で一度逸れた時の事でしたよね」

少しコホンと咳払いしながら、アリサはコウタの方を見る。ユウがリンドウやアーサソールとの合同任務に勤しんでいた頃、コウタはアリサ・ソーマ・サクヤと共に、ユウたちが設置する者とは別の誘導装置の設置任務に参加していた。しかしその最中、一度仲間たちと逸れてしまったらしい。

「そ、そうそう!スサノオ!ボルグ・カミヤンの堕天種みたいな感じだから」

「ボルグ・カムランです。ちゃんと戦う敵の名前くらい覚えておいたらどうですか」

「なんだっていいさ。それより、スサノオを見たって話だったでしょ?」

名前をまた間違えたコウタに冷たく訂正を入れてきたアリサを遮りながら、ユウは話を戻させた。

「うん。そいつはさ、言葉を喋ってきたんだ!」

「言葉を…喋る?」

アラガミが、人間の言葉を発していたというのか?ユウが怪訝に目を細めると、コウタがちょっと不満を感じてきた。

「あ、その目は信じてないだろ!間違いなく喋ってたぜ、あいつは!」

「そんなわけないでしょう。夢でも見たんじゃないんですか?」

アリサが頭でもおかしくなったんじゃないかと言わんばかりに鼻を鳴らす。

「はっきり起きてたよ!ギー、とか、ギィス…とか!」

(…ギース?)

ユウはコウタがそういったとき、脳裏にギースの姿を思い浮かべた。確かにギースとスサノオは接点がある。だが…スサノオがそれを感じるとは思えなかった。アラガミがいちいち捕食対象の名前など覚えるだろうか。

「仮に声を発してたとして、それは本当に言葉だったんですか?ギィスだなんて…ただの関節の軋みとか唸り声だとか思わないんですか?

それに、そんなアラガミと遭遇して、あなた程度のゴッドイーターが無事で済むとは思えませんね」

さらりと、以前通りの旧型神機使いへの見下した言い回しをしてきたアリサに、言われたコウタもピクッと眉をひそめたが、ユウもまたか…と頭を抱えた。しかしコウタには言い返せる要素がない。自分でもまだ青さが強く残っている事はわかっていた。怒りを押し込めて話を続けた。

「そうは思ったんだけどよ…本当に喋ってたんだよ!アンプル切らしてすぐに隠れたからちゃんと聞き取れたんだぜ」

「…じゃあ、なんて言ったんですか?」

とりあえず聞いてやろう、な上から目線の姿勢を保ったままアリサは耳を傾けた。

「うん、なんか…『タロウはどこだ?』…とか」

「…!?」

それを聞いた途端、さらにユウは思わずぎょっとした。それ以上に、ユウの服のポケットの中にいるタロウが強い衝撃を受けた。

いや、コウタの聞き違いかもしれない。嫌な予感を促す言葉だが、まだ確証はない。二人はその予感を封じて耳を傾けた。

「なんですかそれ。アラガミが誰かの身を案じていたというんですか?それに、太郎?今時の極東の人の名前じゃないって、ロシア出身の私でも知ってますよ」

(今時じゃなくて悪かったな…)

存在を認知していないとはいえ、鼻で笑ってきたアリサにタロウは目くじらを立てた。確かにやたら昭和のごく一般的な響きの名前だが、父と母が名づけてくれた名前だ。それも、光の国の言語だと『タロウ』は『勇気があり正義を愛する者』という、まさにウルトラマンが名乗るにふさわしい意味が込められている。全次元世界、日本全国の太郎さんに謝れ!と叫びたい。

「やはり幻覚でも見たんでしょう?活性化したオラクルが幻覚を見せることだってありえるんですから」

そんなことを言ってきたアリサの顔が、なぜか一瞬だけ曇ったが、すぐにいつもの高飛車な顔に戻る。

「アリサ、ちょっと黙ってて」

「な、なんですか急に…」

「いいから」

さらに畳み掛けるように言おうとしたアリサだが、ユウが睨みを利かせたような鋭い視線を彼女に向けて黙らせてきた。少し渋々ながらも、アリサは会話から外れた。

「そのスサノオに、他に何か特徴とかないの?見た目に変化は?」

「え、えっと…」

何か確信めいたものを感じてか、さっきと打って変わって食い入るような姿勢で聞いてきたユウに、コウタは少し戸惑ったが、言われた通り続けた。

「うーん…あ、そうだ!ボルグ・カムランとかスサノオって、なんかサソリっぽかったよな?」

「うん。サソリと騎士っぽいもんね」

「けど、俺が見たスサノオって、それを通り越して…ケンタウロス、だったっけ?馬と人間が組み合わさったような…エメラルドっぽい光も発してて、スサノオのようで違うような…そんな感じだったよ」

(…スサノオかどうかもはっきりしないじゃないですか)

アリサが言葉を発さず、心の中でコウタに突っ込む。紫っぽい体色をしているケンタウロスのようなスサノオだなんて、もはやスサノオの領域に組んでいいのか疑わされる。

「それと、なんか顔つきが…」

しかし、そんな小さなことなど最初からなかったことにするかのようなことを、ユウは耳にすることになる。

 

「ウルトラマンっぽかったんだよな。胸にギンガの胸の宝石みたいなのもついてたし」

 

「ッ…!!?」

 

ドクン、とユウとタロウは心臓が一瞬強く高ぶったのを感じた。

もしコウタの言っていることが事実なら…いや、そんなまさか…

嫌な予感が確信となり、二人の頭の中をよぎり続けた。

 

 

 

帰還後、ギースが戦闘の途中で暴走を始めたということで、アーサソールのメンバーたちはリンドウを同伴させられる形で、支部長室への呼び出しを受けた。

「リンドウ君から聞いたよ。ギース・クリムゾンが戦闘中に暴走したそうだね」

椅子に座り込み、頬杖で頭を支えながら見据えてくるヨハネスに、イクスは頷いた。ギースらの前に見せる小馬鹿にしたような笑みはなく、少し余裕がないように見えた。

新人のゴッドイーターがアラガミとの戦闘への恐怖のあまり、ギースのように暴走してアラガミの死骸をズタズタに引き裂くまで暴れることもある。だが…ギースはこれまで接触禁忌種を相手にしてきた、若手ながらベテランの域に達知っているゴッドイーター。しかも、接触禁忌種の偏食場パルスをシャットアウトするニーベルング・リングで精神を正常に保っているにも関わらず、だ。

そんな彼が暴走してアマテラスを倒したことは異常事態。無視できないことだった。リングも万能ではないことも判明した。

当然、ヨハネスはイクスに、アナグラの安全とギースのためという名目で、ギースのメディカルチェックを命じた。ギースも戦いの負傷もある。とりあえず傷の治療は行われたが、メディカルチェックとなると綿密な身体データも取らされる。これはイクスにとって避けたかったこと。なぜなら、今のギースの体を調べられることで…『知られてはまずいこと』をヨハネスに知られてしまうことが懸念されていたからだった。

とりあえず、自分には決定権はないから、本部に許可をもらうよう連絡を入れることをヨハネスに伝え、とりあえずこの場を収めて解散した。

メディカルチェックを行うかどうかは、ヨハネスが連絡を取って結果を出すまでは決まらない。それまでの間、イクスはなんとしても、今『自分たち』が進めている『計画』を実行に移さなければと考えていた。

駐車場にて注射されている、グレイヴに繋げられたカーゴの中で、イクスはある人物へ連絡を入れた。

「私だ。今、例の奴の位置はどうなっている?……そうか、近くに留まっているのか。到達までは…後1日か。なら、すぐに計画を進める。ギース・クリムゾンの暴走でシックザールが合法的に我らの計画に干渉しようとしている以上、妥協している間はない…」

モニターの明かりでぼんやりと照らされたカーゴ内のデスクの上に、一枚の写真が置いてあった。その写真には…

 

『スサノオのような何か』が焼き映されていた。

 

 

 

「作戦の準備は順調かい?」

翌日、ヨハネスのいる支部長室にサカキが訪れていた。

「ペイラーか。ああ、今のところはない。ゴッドイーターたちにしばらく死者も出ておらず、装置も正常に稼働中だ」

「私には少し気になることがあるんだけどね」

デスクに居座ったまま言うヨハネスに、サカキはそう言った。

「誘導装置はアラガミを引き寄せる。なら、前日のリンドウ君たちやアーサソールがそうだったように、誘導装置の傍に『合成神獣』が出現することも、君なら容易く想定できたと思うんだけど?」

「『合成神獣』?」

聞きなれない単語を聞いたヨハネスはサカキの発した単語に詳細を尋ねる。

「おっと、スパークドールズを取り込んでアラガミのことさ。異常進化型アラガミといちいち長い呼び方をすると舌をかむと思って名付けてみたんだ。

っと、話が逸れたね。どうなんだい?」

「…確かに、私も君が考えていたことについては否定しない」

ヨハネスはあっさり肯定した。サカキとは長い付き合いだ。下手に嘘をついてもすぐに見抜かれることがわかっていた。

「確かに君の言うとおり、合成神獣が装置に傍に現れることはわかっていた。だが、わかっていたからといって、このオペレーション・メテオライトは決定事項だ。

それに、『装置が壊されるから』などという理由で今やらず先延ばしにしたところで、ずるずるチャンスを逃すだけだ。その分だけ、アラガミがどこかでスパークドールズを取り込み、合成神獣と化してその数を増やす。そうなる前に、合成神獣たちの素材であるアラガミを一気に始末できる作戦は、今後のためになると私は考える。

作戦には恐らくウルトラマンも現れる。我々の味方として戦ってくれるだろう」

「ウルトラマンのような存在を宛てにするとは、君はウルトラマンを高く信頼しているみたいだね」

「これまで彼は何度も我々の危機を救ってきた。信頼に足る存在だ。今のところか…だが」

サカキはヨハネスの言動に、常に細く保たれているキツネ目がさらに細くなったような気がした。ここまでウルトラマンを買っているとは、現実主義的かつペシミストであるヨハネスにしては意外に思えてならなかった。

「しかしいつまでも彼一人に頼っては我々が廃る。可能な限り彼への支援も積極的に行うつもりだ。そのためにもアーサソールが持つ技術を…ギース・クリムゾンが持つニーベルング・リングの技術を調べておきたい」

「あの秘密主義な本部の人間であるドクター・イクスが我々にそうたやすく教えてくれるかな?」

「もちろん思わないが、今回ギース・クリムゾンの暴走の件、私でなくても無視はできない。君とっても彼らの技術は魅力的だと思うがね」

もちろん、アラガミの研究者として魅力は感じるのは否定できない。ギースが装備している、禁忌種の偏食場パルスをシャットアウトできるスニーベルング・リング。これがあれば、多くのゴッドイーターたちが禁忌種と戦うことができるようになるはずだ。

しかし、そううまくいくものだろうか?サカキは疑惑する。アーサソールが自分たちと仲良くなったりすれば、向こうから秘密を明かしてくれるなんてこともあるのかもしれないが。

すると、ヨハネスのデスクの机にある電話機から受信音が鳴り響く。受話器を取ったヨハネスが通信先の相手から、無視できない報告を耳にする。

「…新種のアラガミだと?…そうか、わかった」

「何かあったのかい?」

「偵察班からの連絡だ。実は…」

ヨハネスが次に発した言葉を聞いて、サカキはやはり、と思った。

今の自分たちが体感している現実の通り、世の中そう簡単にうまくいくはずがない、と。

 

 

マルグリットはグレイヴの方でギースの神機を点検していた。やはり、と彼女は思った。ギースの神機だが…アマテラスとの戦いの後で意識が戻ったギースが言った通り、ある『変化』をしていた。

ボディが全体的に赤くなり、強度も以前までの神蝕剣タキリよりも増している。

「やっぱり、アマテラスのコアを捕食せず砕いてしまったのに、アマテラスのオラクルが検出されてるわ」

「どういうことだ、マリー」

ヴェネが説明を求める。

「ドクター・イクスに聞いたんだけど、神機は言わば人工アラガミで、アラガミは捕食したものの特徴、能力を吸収して進化する。本当ならコアから素材を吐き出すはずなんだけど、あの時ギースの制御を失った神機が、回収予定だったアマテラスの素材を刀身から取り込んだみたい」

「マジか…」

自分で言うのも奇妙だったが、何だかとんでもないことが自分の神機に起きたことをギースは感じた。

「さしずめ、タキリ改か。

しかし、ギースが暴走してこれを許してしまったのはまずい。ギースの体にも影響が出かねない。最悪、ギースに神機が牙を向くことも考えられる」

それを避けるためにも、メディカルチェックを受けてギースの体の具合を調べ、それをもとに神機を改めて調整する必要がある。ここは幸い、設備が他のよりも整っている。神機もうまいこと調整してくれるかもしれない。ニーベルング・リングの調整も必要だ。

しかし、オペレーション・メテオライトの要である誘導装置はアラガミを引き寄せる。禁忌種も引き寄せることだろうし、無視もできない。ギースはすぐに駆り出されざるをえないだろう。ギース一人で無茶な戦いを強いられる可能性が高い。

「やっぱり私も神機を持った方がいいと思う。これ以上ギースとヴェネに負担をかけたくないから…」

「やめろよ!」

マルグリットが自分もゴッドイーターとなることを言おうとした途端、ギースがその言葉を怒鳴り声で遮った。

「マリーが戦う必要なんてねぇよ!俺がアラガミを全部片づける!余計なこと考えんな!」

「でも、ギース…私は…」

「いいか!ゴッドイーターになるとか俺が絶対に許さねぇからな!絶対にゴッドイーターになろうだなんて考えるなよ、マリー!!」

マルグリットがゴッドイーターとなる。それは頼もしい味方が増えるという意味では好都合。だが、同時に彼女が危険な戦いに身を投じることになる。アラガミと何度も戦ってきたギースにとっても、そしてかつてゴッドイーターだったヴェネにとっても避けたかったことだった。特に感情を隠さず表に出すギースはそれを強く拒否した。

しかも、この極東では、自分達が遭遇したヴァジュリスのような規格外のアラガミさえいる。そんなやつらとマリーを戦わせてなるものか。

その思いが強すぎるがゆえに暴言のように発せられた怒鳴り声は、マルグリットに不満と苛立ちを促す。

「なんで…ギースが勝手に決めるの」

「マリー…?」

その不穏な空気を、真っ先にヴェネが察した。そして、直後に苛烈な眼差しを、マルグリットはギースに向けて大声を出した。

「私が、ギースとヴェネが前線で戦っている間、どれだけ自分の無力さを呪ったかわかる!?いくら整備士として頑張っても、前で戦ってるあなたたちと比べたら、私の苦労なんてたかが知れてる!!だからずっとゴッドイーターになって二人の役に立ちたかった!!今だってそうだよ!でも、そのことをギースに決めつけられる義理はないじゃない!最後に決めるのは私なんだから!!」

元々彼女は、ゴッドイーターとしての適性があったことも関係して整備士としてアーサソールに参加していた。しかし自分の神機だけはいまだに見つからず、ヴェネは神機を失い、今はギースがただ一人の戦闘員。整備士としてバックアップを頑張ってきたが、やはり全盛に赴くギースの過酷な現状と比べると、その苦労は比較にできない。だからこそ神機を求めていたが、ギースからああまで真っ向から拒絶されたら怒りたくなった。

「お前、わかってねぇよ!ゴッドイーターとして前戦で戦うってことはな…」

「いわなくたってわかるよ!それに理解もしてる!だから…」

「いい加減にしろ!!二人とも!!」

ついには口論に発展するギースとマルグリット。しかしそれを見かね、ヴェネが二人よりもさらにでかい声を発して二人を黙らせた。

「ギースもマリーも落ち着け。ここでお前たちが口論したところで、アラガミは倒せない。そうだろ?」

「「………」」

「とにかく、僕らは今後のオペレーション・メテオライトのためにも対策を練る必要がある。ギース、お前も体を休めておけ。アマテラスとの戦闘だけでも、お前はかなりのダメージを負っていたんだからな」

「…」

ヴェネから落ち着くように言われた二人は、そのまま互いを見ることができなくなった。

すると、グレイヴの外からノックする音が聞こえてきた。

「…誰だ?」

グレイヴは基本、関係者以外立ち入りをしないようにさせていたが、イクスだろうか?それとも雨宮隊長だろうか。

「僕です、神薙です」

「!」

リンドウと共に自分たちアーサソールと共に戦うことになった、極東の新型。なるほど、一応関係者でもある。だが、接触禁忌種という主に戦う敵の偏食場パルスの影響のことも考慮すると、任務以外ではアーサソールのメンバーでない者とはなるべく接触しない方がよかった。それを、あの新型はわかったうえでここに来たのか?

「…神薙上等兵か。要件はなんだ?」

ヴェネはグレイヴの扉を開く。そこに立っていたのは、確かにユウだった。ギースとマルグリットも、突如来訪していたユウに視線を傾けてきた。

「少し聞きたいことがあるんです。スサノオのことについて。…もしかして、お邪魔でしたか?なんだか、大声が聞こえてきたんですが…」

「いや、こちらの事情だ。それより、スサノオについて聞きたいことがあると言ったな?」

「ええ」

「だったらメールとか通信機とか使えよ。なんでわざわざここに来たんだ」

「ギース…」

少し言い方を乱暴に発したギースに、これで何度目か、マルグリットが睨み付ける。その視線の重さに、少しギースは凄みを覚えて、いけね、と口を押さえた。そんな二人に対してユウは首を横に振った。

「いいよ、マルグリット。僕も急に訪ねてきてごめんね。

それとギース、君たちはあくまでオペレーション・メテオライトで派遣されてきた臨時の人だからアドレスを持っていない。だからメールで伝えることができないし、通信回線も作戦以外では繋げてもらえないから、こうして直接来るしかなかったんだ」

「あぁ、そう…」

そういうことかよ、とギースは適当に流すことにした。ちょっと礼儀がなっていない態度にマルグリットはもぅ、とため息を漏らしたが、いちいちこれくらいで突っ込んだりすると、かえってギースが拗ねると思ったのでやめた。そんな子供っぽい姿は嫌いではないのだが。

「でもユウさん、どうしてスサノオのことを聞きに来たんですか?」

「友達が…第1部隊の仲間に、変わった姿のスサノオを見たって言う話を聞いたんだ。アーサソールは禁忌種の討伐を目的としているみたいだから、目撃情報とかないのかなって、気になったんだ」

「……」

ヴェネはその際、なぜ彼がスサノオのことを気にするのか気になった。それも、変わった姿をしたというスサノオだという。

「もし次の任務で、そんな怪物が出たら、いくらギースが禁忌種と戦える力を持っていたとしても危険であることに変わりない。ギース一人だけでどうこうできるほど小さい問題じゃないはずです。いずれ他のゴッドイーターたちも接触禁忌種と戦う力を持たないと、アラガミたちに一方的にやられるだけです。だから、少しでもスサノオと戦ったことのある君たちから情報をもらって、少しでも一緒に対策を講じ、ギースじゃなくても禁忌種と戦えるだけの技術も手にするべきだと思います」

ユウはそういうが、口には出していないが理由はまだある。スサノオ…第1種接触禁忌種と呼ばれるほどの力と強力な偏食場パルスを放つほどのアラガミが、もしスパークドールズを取り込んで異常進化を果たしたとしたら、どれほど恐ろしい敵となるのか予測がつかない。タロウが、もしそれが現実となったら勝てないと断言するくらいだ。アラガミを異常な形で進化させた、あのマグマ星人とかいう異星人がスサノオを見つけることも考えられる。その前に、こちらからスサノオのような禁忌種を倒さなければならない。

ギースはユウの言葉を聞いて、ずいぶんと真面目な男だと思った。こいつは考えている。ヴェネに難しいことを丸投げしている自分とは…違う。それがなんとなく妬ましく感じた。

そして、ヴェネとマリー、この二人さえいれば他に何もいらないと考える自分の領域に、ずけずけと踏み込んでくるこのユウという優男のことがますます気に食わなくなった。アーサソールに配属された際に管理官として近づいてきたイクスのように、何を仕掛けてくるのか分からないという、テリトリーを侵された獣のように警戒していた。

「スサノオの情報を少しでも知りたい、か。君の気持ちはわかった。ただ、それはいくらこのアーサソールの隊長である僕であっても、僕だけの一存ではできかねる」

「どうしてですか?僕たちはアラガミという共通の敵と戦っている。なら情報はお互いに共有すべきだと思います」

ヴェネの返答を聞いて、ユウはスサノオの情報を明かそうとしないヴェネに疑問を抱いた。

一方でヴェネはユウの今の発言を聞いて、一つ気付いたことがあった。フェンリルは一枚岩ではない、ということをユウはまだ認識しきれていないようだ。同じ組織下でも、互いに腹の探りあいをしているというのが、ヴェネが本部にいた頃に知ったことだ。

すると、カーゴの扉が開かれ、イクスが降りてきた。

「構わないよ」

話を聞いていたのか、ユウの頼みに対して、快く頷いてきたのだ。

「ドクター?珍しいな。本部の目を気にするあんたが、僕たちの集めた情報を他者に提供するとは」

「彼もこの極東にいる間は共に戦う仲間。なら万が一スサノオが現れた場合に備えて情報を与えるのも、互いのためだと思うがね」

言っていることは確かに正しい。だが、ヴェネはどうも不気味に感じた。あのイクスは、嘘は言わなくても、本当のことも言っていない。そんな感じの言葉をこれまで何度も口にしてきた。それに本部のことに関しても彼は一切話してこない。同じ部隊に所属する者同士でも、イクスとギースら三人には確かな隔たりがあった。

「それに、先ほど本部から連絡があったよ」

「新たな禁忌種が現れたって話か?」

イクスの言葉を先に言ったのは、ちょうどやって来たリンドウだった。

「…雨宮君の方にも報告があったようだね」

「支部長が教えてくれてね。だから新入り探しもかねてここへ来たのさ」

「お!」

ギースは禁忌種がまた現れたと聞いてを聞いて目を輝かせる。

「新入り、ここにいたか。すぐに出る準備しとけ。俺たちが設置した誘導装置のすぐそばだ。見逃したら装置がやられるから急げよ」

「はい」

命令を受け、すぐにユウは準備に入ろうとするが、一度グレイヴのそばを離れようとした際、リンドウはユウの肩を掴み、一旦引き留めた。

「リンドウさん?何かまだ…」

「命令は覚えてるな?お前がゴッドイーターになって最初の任務で、俺が言った奴だ」

「…死ぬな、死にそうになったら逃げろ…っていうあれ、ですか?」

「覚えてるならいい。その命令だけは絶対守れ」

なぜいきなり、その言葉の確認を求めてきたのか、ユウにはわからなかった。ただ、去り際に自分に向けていた彼の視線は、自分の中にある何かを見据えているように見えた。

…いや、考えても仕方ない。兎に角すぐ準備にかかろう。

コウタから聞いた…ウルトラマンの特徴を持つと言う、スサノオも気になる。タロウはその事を聞いてから、黙り混んだままだ。

今のタロウの中に、ある嫌な予想が立っていた。頭の中で言葉にすることさえも恐ろしいくらいの予想があった。まして口にすることなどできるはずもない。

ユウはタロウが抱く悪い予感に関しては、口にしないことにした。タロウだって耳を塞ぎたいことがある、そう思って。

タロウのためにも、今回の禁忌種がスパークドールズを取り込んだりする前に、ギンガに変身してでも仕留めなければ。

 

 

しかし、どれほど目と耳を塞いだところで、現実は覆らない。それを彼らは思い知ることになる…

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神となった光の戦士

現場である誘導装置設置地点。そこの廃ビルの屋上に、今回のターゲットがいた。

一つ目の青い巨人型のアラガミだ。ここへ来る途中のイクスが、本部からそのアラガミの名前は『ツクヨミ』と名づけられた。

青い身体中からシリンダーのような突起を生やし、金色の頭髪のようなものが生えている。

「あんなアラガミ、見たことないぞ」

停車させたグレイヴの窓からツクヨミの姿を見上げながら、エリックは呟く。ユウも外で暮らしていた頃、アラガミを数種類ほど頭に記憶していた。だがツクヨミは、今まで会ってきたアラガミと比べて異様な姿だ。

「リンドウさん、あれは何から進化したんですか?」

「強いてあげるなら、コンゴウ堕天種だが、まさに猿と人間の差だからな。俺も検討がつかないな」

「ドクター、何か、何か情報ないんですか!?」

「あるなら教えている。あれは既存のアラガミとは全く異なる進化をたどったミッシングリングかもしれん』

つまり、新種といっても、フェンリルで確認されている既存のアラガミの亜種『堕天種』でもない、言葉通の完全な新種ということになる。

「こんなときに、君たちの隊長はどこに…」

こんな未知の敵は、出現すること事態は可能性のうちにあったはず。

だというのに、ここにいるはずの…アーサソール隊長であるヴェネが、なぜかここにはいなかった。

エリックの口にした疑問は、まるでヴェネが臆病風に吹かれてたからここにヴェネがいないんだ、そんな風に聞こえた。ギースの頭の中でプチンと何かが切れるきっかけとなる。

「てメェ、ヴェネを臆病者だって言ってんのか…このナルシスト野郎っ!」

「ひ…」

「ギース!」

マルグリットが引き留めるように彼の名を呼んだが、今のマルグリットはヴェネの代わりに運転席にいるため、すぐに止めに行くことができなかった。

代わりに彼を止めたのはユウだった。後ろから羽織い絞めで彼の動きを封じた。

「止すんだギース!味方同士で殴りあってどうするんだ!」

「離せ、離せよ!だってこいつはヴェネを…」

「エリックはいないことを口にしただけで、君が勝手にそう思ってるだけじゃないか!いいから落ち着くんだ!」

そうだ、「怖くなったんだよ、あいつは」なんてエリックは言った訳じゃない。やはりマルグリットが気にしている通りかも知れない。ギースとは知り合ったばかりだが、短気すぎる。いったいどうしたというのだ。

「いい加減にしとけ!」

ついには、普段は怒ったような口をほとんど叩かないリンドウから、強い怒鳴り声が轟いた。

「そのイラつきはアラガミを倒すときにぶつけろ」

それは、ギースがヴェネから何度も言われた言葉だった。

リンドウだけじゃなかった。マルグリットも運転席から降りてきてギースに目だけで「止めて」と訴えていた。

「ギース、お願いだから…」

ギースは、自分が普通じゃなかったことにようやく気づいて落ち着いた。

「大丈夫、エリック?」

「あぁ…」

「…出るよ、開けてくれ」

ユウはどつかれたエリックを支える。それを見てどこか逃げようともしてるともとれた言い方をしながら、ギースは整備台の上の神機に触れる。マルグリットの手で整備台の神機の固定具が解かれ、休眠状態から目を覚ました神機を手に取ったギースは、開かれたグレイヴのハッチから外へ飛び出す。

気をつけて…ギースを見送りながら、マルグリットは小さく呟く。

それをユウたちも見送るなか、ポケットに隠れているタロウがユウにテレパシーを送ってきた。

『…ユウ、禁忌種というものは、近づいたゴッドイーターの精神に影響している。そうだったな?』

『うん、そう聞いてる。でもギースはその禁忌種を倒すのが仕事だろう?だったら、禁忌種の偏食場を相殺するための対策もあるはず…』

だから通常のゴッドイーターである自分たちは禁忌種の偏食場を相殺できないので、極力ここで待機させられている。

ちょっと今更な感じを漂わせる確認。なぜタロウは今になってそんなことを尋ねてきたのか。

『本当にそう思うのか?』

しかし、タロウは話を続ける。

『ギースのあの短気ぶりは、彼を知ったばかりの我々から見ても異様なことは、君でも察しているはずだ。マルグリットが止めにはいれば大人しくなるとしても、あれほどまでだと、集団行動において高いリスクを抱え込んだも同じではないか?』

『確かに…』

タロウの言う通りだ。それにマルグリットでさえ今のやたら短気なギースに不安を感じていたことをユウに明かしていた。

『…ユウ、少し気になることがある。今から少し場を離れるが、構わないかね?』

『え?』

タロウがこの状況下で一度この場を離れるという提案を出してきたことに、ユウは少し困惑した。

 

 

予想はしていた。自分が苦戦することは。しかし苦戦する状況に陥るといつも落ち着かないのは変わらなかった。

奴は地を這うアメンボのように体をくねらせ移動しながら、ギースを襲った。すぐに避けたギースは銃形態に切り替え、ツクヨミを撃つ。マルグリットお手製の数発ものバレットレーザーがツクヨミを襲う。彼はその際、火・氷・雷・神…瞬間的にバレットを切り替えていた。どの属性が奴に効くのか確かめるためである。結果、着弾したバレットの中で、ツクヨミは神と雷のバレットに対して怯んだ姿勢を見せた。

「よし!」

ギースの神機の刀身、神蝕剣タキリは神属性。奴の弱点を突ける!しかし、神機を剣に切り替えた瞬間、ツクヨミの一つ目が光り、勘を研ぎ澄ませた彼は身をかがめる。その直後、彼の頭上を、奴の目から放たれたレーザーが突きぬけ、地面を焼いた。

危なかった、遅かったら…頭を失っていたところだ。首をもがれた姿なんて、マリーたちには見せられない。彼は懐に飛び込むように姿勢を低めたまま、ツクヨミに向かい、剣を振るった。

だが、奴の肢体に届く前に、ツクヨミの髪がギースの神機をガードした。剣をはじかれてしまい、彼の胸元ががら空きになる。そこに向かって、ツクヨミの髪が鋭く振るわれ、彼の胸元を斬りつけた。

「ぐあぁ!!」

鋭い痛みを感じ、ギースは胸を押さえる。さらに追い打ちをかけに、ツクヨミは単眼からオラクルのビームを放った。倒れざまに、ギースはただちに神蝕盾イキオシを展開。直後にツクヨミのビームが、盾を展開した彼に浴びせられる。盾のおかげで、ダメージは免れることができた。

「この一つ目野郎…やりやがった…なッ!?」

踏ん張って立ち上がったギースだが、直後に体に猛烈な虚脱感を覚えた。この状態には覚えがある。ヴェノム状態…つまり毒だ。

しまった、動きが鈍った…!

ギースがふらついたところで、ツクヨミの頭の後ろにある金環が輝いた。

 

 

「まずい、奴の攻撃がくる!」

グレイヴから見ていたユウ・リンドウ・マルグリット・エリック。しかし彼らは力を貸すことはできない。なぜならユウたちゴッドイーターが外に出れば、ツクヨミの禁忌種特有の偏食場パルスによって狂わされてしまう危険がある。かといってマルグリットでは話にならない。彼女はそもそもゴッドイーターではないため戦う力などない。

「ギース、逃げてギース!!」

窓にすがりつきながら、マルグリットは悲鳴に近い叫び声をあげる。

このままではギースが殺されてしまう。

「ドクター!応答して!早く!」

マルグリットはカーゴにいるイクスにすぐ連絡を入れたが、全く応答がない。いや、連絡を入れたところで無駄なのだ。イクスでさえツクヨミに関して何の知識も持っていないのだから。

「ギース、今行く!」

やはり、ここは助けに向かうしかない!ユウは踵を返してグレイヴの入口に向かう。

「ユウ君、待ちたまえ!何をする気だ!」

すかさずエリックが引き留める。当然リンドウも口を挟んできた。

「お前、外に出る気か!危険だ!」

「ユウさんダメです!外に出たらあなたも偏食場パルスの影響を受けてしまいます!」

マルグリットもギースらと共に禁忌種の相手をし続けてきた。それに連なる知識と、危険度もここにいる誰よりも熟知している。

「だがこのままだとギースが死ぬ!」

ユウは反論する。いくらミイラ取りがミイラになるとしても、ギースを見捨てられないのは彼らとて同じはずだ。

それに…ユウにはただ一つ残された、ギースを救う方法がある。それを使うしか、ここにいるみんなが助かる手段が思い浮かばない。そのためにも、正体を隠しつつ外に出て変身しなければならない。

その直後だった。イクスの金環の光がギースを飲み込んでしまった。

「ぎ…!!」

ギース!と呼ぼうとしたマルグリット。しかし、彼を包み込んだ光は、ギースの周りで激し爆炎を起こした。

爆発によって炎が立ち上る中、マルグリットは自分の心の中に絶望と悲しみが生まれるのを覚えた。

 

ギースが…死んだ…?

 

目を背けた。そしてその事実が頭の中に刻まれる。

ずっと一緒だった少年が、たった今目の前で消え去った。走馬灯のようにギースがこれまで自分に見せてきた表情がよぎる。

体が震え、涙があふれ出てきそうになる。

そして…こんな時に限って、自分でもなんと愚かしいタイミングだろうと思えるときに、気づいた。自分が、本当はギースをどのように思っていたのかを。

ユウ、エリック、リンドウもギースが殺されてしまったのかと思い、衝撃を受けたことを露わに、目を見開いていた。

ギースを抹殺したと思っているのか、ツクヨミがこちらに近づいてくる。

(くそ、やはり反対を押し切ってでも…)

外に出るべきだった。ユウの中に、後悔が生まれた。

が、マルグリットが崩れ落ちようとしたところで、ユウは彼女を受け止め、外を指さした。

「マルグリット、しっかりして!ギースはまだ生きてる!」

「…!」

その言葉を聴いて彼女は窓の外を見る。

流星のように、グレイヴに迫ってくるツクヨミの真上から、何かが落下した。

上から落ちてきた何かによって地面に押さえつけられたツクヨミは、踏みつけられた虫のごとく足をくねらせながらもがいている。

その背中に、神機を突き立てながら立っていたのは、死んだと思っていたギースだった。

彼の姿を見て、マルグリットはさっきとは真逆の、感涙の涙を流していた。嬉しいときの方が涙があふれ出る、そんな話が本当のことだと思い知らされた。

 

…だが、様子がおかしかった。

 

「ギース…?」

思わず彼の名前を漏らすユウ。その時、彼はギースから嫌なものを感じ取った。

その何かの正体を、ギースの次に放ってきた叫び声で知った。

 

「クソガアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

(これは…殺意!?)

ツクヨミの背中を、捕食形態に切り替えた神機でむさぼるギース。背中から神機を引き抜くと、ツクヨミの頭の上に浮いている月輪に刀身を叩き込んで破壊した。

異常だった。その時のギースは、前回のミッションの時よりも明らかに暴走していた。こんな状態のギースは、近づくものすべてを敵とみなしてしまうかもしれない。

こういう時は、タロウの方が適任だろう。彼はゴッドイーターじゃないから偏食場パルスの影響を受けない。しかし彼はどこかへ飛んでいってしまっている。

(タロウ、こんな時にいったいどこに…?)

 

 

 

ギースがツクヨミを相手に奮闘している頃だった。

グレイヴに繋げられているカーゴ内。いつも通りイクスはそこにいた。しかしこの日は珍しく彼だけではない。中央にある椅子には、なぜかヴェネが座らされている。目を覚ましたヴェネ。しかし手足が思うように動かなかった。拘束されていると気づくのに時間は必要なかった。

なぜ拘束されているのか。ヴェネは記憶を辿る。新たな禁忌種出現を聞いて、イクスに隊長として呼び出されたのを思い出す。そしてその直後からの記憶がない。その際に、イクスに何かをされて意識を失ったのだ。

「…これはなんの真似だ、ドクター」

「お目覚めのようだね、レフィカル君」

ジロッと睨んできたヴェネに、イクスは酷薄に笑みを見せてくる。

「これは任務を兼ねた実験さ」

「任務を兼ねた実験だと?」

ヴェネは目を細める。

「僕らは接触禁忌種の討伐が目的のはずだ。こんなことをする理由がわからない」

イクスはヴェネの口からそれを聞くと、不気味に笑みを見せた。

「君たちには知らせていなかったね。このアーサソールの真の目的を…ね」

「真の目的?」

「禁忌種の討伐など、真の目的を達成させるための必要過程でしかない」

イクスの笑みに見られた、狂気がかつて無いほど寒気を促すものへと強まっていた。それがヴェネの背筋さえも凍らせた。

「私の任務は、既存のゴッドイーターよりも戦闘に特化したアラガミ殲滅部隊アーサソールに必要な強化ゴッドイーターを作り出すための基礎研究の確立。そのために君を、そして君の後を継いだギース・クリムゾンを戦わせていた。そしてこれまでのデータをもとに、強力な洗脳状態を起こして戦闘に特化したゴッドイーターを作り出せることを私は発見したのだよ」

「洗脳…!?」

とても穏やかではない、人間としての尊厳を踏み躙る単語を聞いてヴェネは目を見開いた。

「じゃあやはり、ギースのニーベルング・リングは…」

「そう、ニーベルング・リングは禁忌種の偏食場を相殺などしていない。あれはギース・クリムゾンが禁忌種の偏食場を受けた際の脳波の状態を私のもとに送信していたにすぎん!

おかしいと思っただろう?偏食場を相殺しているはずだと言うのに、ギース・クリムゾンが妙に機嫌を損ねやすかったことに!」

ヴェネは、自分がゴッドイーターとして体を張ってきたことがすべて否定されたような、絶望を覚えた。自分がゴッドイーターとして戦ってきたのも、ギースたちをフェンリルへ誘ったのは、この狂った世界で共にくじけることなく生きるため。だが、それが逆にギースたちを追い込ませていたのだ。以前は自分が、今はギースがイクスの実験のモルモットになっていたのだ。ここしばらくのギースが感情の抑えが効かなかったのもこのためだった。

下手すれば、マリーもそうなっていたのか…!?

「計画に必要な禁忌種の出現位置も、君を利用させてもらうことで特定してきた。神機を食われた君の脳を少しばかり弄らせてもらった」

「なに?」

ヴェネはさらに疑問を抱かされる。

「いくら接触禁忌種といっても、アラガミであることに変わりない。その位置は我々のレーダーで探知可能なはずだ。なぜ僕が利用される?」

「偏食場パルスとは、電波ではない。空気振動でも地面のゆれでも…いずれでもない。全く新しい『波』だ。それを我々は偏食場パルスのレーダーを発して探知する。だが禁忌種の場合…そのパルス振動数はごく微量過ぎて、現在のレーダーでは探知不可能。するには、そのごく微量の振動数のパルスをこちらから発しておく必要がある。その発生源として、君の脳に禁忌種と同じパルス発生装置を仕込んだ。つまり君自身が禁忌種の探知装置なのだ」

悦楽に満ちた笑みを見せながら、イクスはさらに話を続けた。

ゴッドイーターが神機を制御する際の、捕食形態への切り替えなどの命令は信号という形で、腕輪を介して神機に伝わる。偏食場パルスにもそれと同じ信号をイクスは見つけ出したのだという。

「さらにもう一つ判明した。新型ゴッドイーターは神機を脳波からの信号によって銃形態と剣形態へと切り替えが可能だ。そしてそれは、アラガミの持つ偏食場パルスの中にも同様の者が確認されている。

つまり、神機への命令と同じように、ゴッドイーターに対してパルス信号を利用した命令を送信し続ければ、ゴッドイーターを唯一つの目的の元に突き動かし操ることが可能だとわかったのだ!」

「ッ!!」

息を呑むヴェネ。まるで悪魔のごとき発想だ。さらにイクスの恐ろしさを、彼はさらに知ることになる。

「おぉ、見給え。あれを」

イクスが外の様子を映し出したモニターを指さす。ヴェネもそれに視線を向ける。そこに映っていたのは、ツクヨミと戦うギースだった。だがその様子はヴェネにとって許容しがたいものだった。

「ギース、お前…!?」

まさに自分そのものがアラガミのごとく暴れるギースを見て、イクスの言うとおりだったことを痛感する。

彼は、偏食場パルスの影響を強く受けて、暴走していたのだと。

 

 

ツクヨミの巨大レーザーを食らい、消し飛んだようにみられたギース。しかし…彼はまだ生きていた。爆発の瞬間、展開した神蝕盾イキオシの上に乗り、爆風に乗りつつ空高く飛び上がるという突拍子もない方法でツクヨミのレーザーを避けていたのだ。

ツクヨミは気が付いていないのか、グレイヴの方に向かっていく。空中で神機を捕食形態に切り替えたギースは、それをツクヨミの真上から兜割の構えで、落下と同時に叩き込んだ。

プレデタースタイル、滑空穿孔式・穿顎。頭上から爪のように牙をむき出した捕食形態がグレイヴの方へ進んでいたツクヨミの背中に食らいつく。

肉をぐちゃぐちゃに食いちぎらせながら、ギースは殺意を燃え上がらせる。

ただ頭の中には、こいつを殺す!殺す!という言葉しかなかった。

ツクヨミはたまらず、ギースを強引に振り払った。その際、ヴェノムを促すオラクルの光の刃が彼を襲った。遠くへ吹き飛ばされるギースは、地面に落下する。骨が折れたような気がしたが、痛みは感じなかった。

「てめえを食らってやるうううううううううう!!!」

すぐに立ち上がり、ギースは殺気をほとばしらせながら、再び吠えてツクヨミに向かっていった。

 

そんな彼を、近くから『何か』が覗き見ていたと気づかずに。

 

 

 

「ギース、ギース!!」

制止の言葉を、グレイヴの中からマルグリットは必死に叫ぶ。だが暴走するあまり頭の中が殺意のみとなっているギースには届かなかった。

「だめだ…彼は完全に暴走しているぞ!」

エリックが言った。今のギースは、もはやこちらから見てもアラガミのそれといえるような獰猛さだった。見ているこちらが、仲間のはずだというのに恐ろしく感じる。

「おいドクター!どうなってる!返事しろ!」

リンドウが怒声を浴びせながらイクスを呼ぶが、返事はない。ちっ、としびれを切らす。

「…こうなったら、私が!」

意を決して、マルグリットがユウたちの方を振り向いた。

「そんなのだめだよ!やはりここは僕が…!」

ユウが自分からギースを助けに向かおうと決断するが、マルグリットは首を横に振る。

「ゴッドイーターであるあなたたちは偏食場パルスの影響を受けてしまいます!だから私が行きます!グレイヴを叩きつけて、ギースを助けます!

その間にユウさんたちは、カーゴからドクターを引きずり出してください!カーゴは切り離しておきます!」

ゴッドイーターとしてそれ以外に、手はなかった。それにマルグリットは自分たちが何を言っても聞く姿勢を持っていないことを、リンドウは察した。

「…新入り、エリック。俺たちはグレイヴを下りる」

「リンドウさん!」

そんな無茶なことを!反論しようとするエリック。ユウも同感だった。マルグリットは確かに編職場の影響は受けないだろうが、車をぶつけただけで、神機以外のあらゆる攻撃を受け付けないアラガミは倒せない。それでギースが助かることになっても、殺されに行くようなものだった。

…いや、ユウはこれをチャンスととらえた。外に出さえすれば、変身してギースもマルグリットも助け出せるかもしれない。

「わかった。マルグリット…死なないで」

「ありがとう、ユウさん…」

「ユウ君まで…」

「エリック、僕たちはマルグリットが少しでも生きられるよう、遠くからグレイヴを援護しよう。その間リンドウさんにはカーゴのドクター・イクスたちを引っ張り出してもらえばいい」

ユウがそういったところで、彼らの動きは決まった。ユウたち三人がグレイヴを下りたところで、カーゴを切り離したグレイヴは、マルグリットの運転によってツクヨミとギースの交戦地点へと向かった。

「俺はカーゴのドクターを叩きだす。お前らは遠くからあの子を援護しろ!絶対に近づきすぎるな!」

グレイヴを見送り、リンドウはユウとエリックに命令を下す。全員生きて帰る。それだけは諦めてはならない。

ユウとエリックは顔を見合わせて頷き合い、散会した。

散会しながら、エリックとユウは銃神機を構えながら、射撃の射程圏に入りつつも偏食場パルスの影響を受けない位置まで到着する。

エリックの姿が見えない。それを確認したところでユウは瓦礫の陰に隠れ、ギンガスパークを取り出した。

 

【ウルトライブ、ウルトラマンギンガ!】

 

 

 

「ギース、よせ…!」

届かない彼への言葉を、ヴェネは口にする。

「今の彼の頭には、目の前のアラガミを殺すことしかない。実験はゴッドイーターに対して、成功しているとみるべきだな」

無駄だ、といいつつ、イクスはギースの暴走ぶりを見て満足げに笑った。禁忌種の偏食場パルスだの影響を受けた状態のギースは、イクスがカーゴの装置から発している信号によって動かされているのだ。うまく殺意を、ツクヨミの身に向けて他のことは全てシャットアウトされている。

「ギースは…どうなる」

あれほど暴走しているということは、おそらく己の限界以上の力も引き出されている。通常のバーストモードの比ではないだろう。だがそれは、彼の体に大きすぎる負担をかけているに違いない。あの状態を長く続けてしまったら、たとえツクヨミを倒せてもギースは…。

「さあね。私はこの実験が成功に足るものと判断できるデータさえ取れれば、君たちの命などどうでもいい」

ヴェネはキッ!とイクスを睨み付けるが、囚われの身であるヴェネに対する恐怖などイクスには全くない。

「しかし、この計画に一つ変更すべきことが見つかったのだ。それも…とても面白く、私にとってとても喜ばしいことだ」

イクスは話を切り替えるかのような口調で話を続ける。

「君は前回の任務で、ウルトラマンと巨大なアラガミが戦う姿を見たとき、どう思ったかな?」

「なぜそんなことを気にする…」

悪寒を感じながらヴェネは問い返す。

「君の視点から聞いてみたいのさ。まだ一度しか見たことがない君だが、ウルトラマンがどんな存在か、考えたはずだ。なぜゴッドイーターに力を貸すのか、どこから現れたのか、何のために彼はアラガミ共と戦うのか、とね」

ヴェネはそれを否定しなかった。ウルトラマンという存在を知ってから、確かに色々思うところがある。しかし、現に彼は…目的はわからないが前回の任務でギースを、アマテラスよりもさらに強大なヴァジュリスの手から守った。味方だという確証は個人的に抱ききれていないが、それについては一種の恩義も感じたくらいだ。

「しかしウルトラマンというものは、私のような手合いにとって非常に厄介だ。いつまでも正義の味方面してもらうことは、邪魔でしかない。だから我々はウルトラマンの正体を調査し、そして突き止めた」

まるで、聖人君子が現れたことで自分の言うことを聞かなくなることを恐れた、古来の悪徳権力者の発想のような予想だった。しかし、驚く話を耳にした。

「ウルトラマンの正体を…知っただと?」

「そうだ、それも君たちからすればかなり意外な場所だったよ」

酷薄に笑うイクスは、衝撃の事実をヴェネに暴露しようと、口を動かした。

「ウルトラマンの正体は、極東の…」

 

「待て!!」

 

突如、イクスの声をさえぎる者が現れる。

「ドクター・イクス、ここでいったい何をしている!」

「ッ!誰だ…!?」

ヴェネはあたりを見渡す。この狭いカーゴの中、自分とイクスしかいないはず。扉も開かれた形跡もない。だというのに、この部屋に侵入者がいたというのか?

その声をイクスも聞いていたようで、肩を震えさせながらそれをあざ笑った。

「っくっくっく…そんな情けない姿で何を格好つけた台詞を吐くんだ。みっともないとか思わないのか?」

「く…」

声の主は悔しげに声を漏らす。少なくとも退く姿勢はないだけ臆病者でないとほめるべきか、と心の中でエラそうに評価する。

「貴様は人間の姿にも、ましては本来のウルトラマンの姿さえも封じられている。そんな貴様に何ができるというのだ、ウルトラマンタロウ!」

イクスは、椅子に拘束されているヴェネのちょうど背後にいる、小さな赤い影を指さしながら言い放つ。

背後を振り返るヴェネ。そこには彼の言うとおり、ユウと別行動を取っていたタロウがちょこんと立っていた。

「ウルトラマン…だと…?その人形が…」

こいつは、ただの人形じゃないのか?誰かが悪戯で…と思ったがすぐにそれは否定した。このカーゴに入れるのは、管理者であるイクスだけ。自分がここにいられるのは、この男によって拉致されたからだ。そしてあの人形、イクスの趣味にしては幼児的すぎる。あれがただの人形なら、明らかに子供が好みそうな人形だ。そんなものを集める趣味なんて、ギースから笑われるだけだ。だとしたら…本当に…。

「私の正体を知りながら、動揺もしないか。貴様、さては…やはりマグマ星人の…!」

タロウの中に、イクスに対する確信がついた。

奴らの仲間だったのか!そうに違いないとしか思えなかった。だとすると、この男は…

 

人間じゃない!!宇宙人の擬態だったのか!

 

「やはりここへ来ると思っていたぞ。私が不振な行動をとっているのを貴様が見逃すはずがないとよんでいた。しかし迂闊だったな。今の自分の無力さを忘れているようだ。そんな人形の姿となったにもかかわらずここへ来るとは、まさに飛んで火に入る夏の虫よ。我々が貴様の横槍を想定しなかったとでも考えたのか?」

イクスは小さな人形としてのタロウを、下等生物を見下すような…いや、明らかに見下している意志をさらけ出しながら言い放つと、壁に埋め込まれたスイッチの一つをプッシュする。

「ぬぅ!!」

瞬間、タロウの足もとから突如、煙のようなものが漂い、彼の姿を覆い隠してしまう。それが晴れると、タロウの姿はあるものの中に閉じ込められていた。

「こ、これは…!」

それは、パッと見ると鳥籠だった。なぜいきなり鳥籠が!?タロウは鉄格子を握り、無理やりこじ開けようとする。だが鳥かごの鉄格子は全くびくともしなかった。

「く、イクス!これを外せ!!」

「その籠は宇宙金属で構成されている。たとえ念力を使うことができても、今の貴様では抜け出せまい」

外せと言われて外すはずがない。笑みと無言の視線でそれを伝えるイクスは、タロウを見下ろしながら言う。

「レフィカル君と共に、その籠の中で見ているがいい。貴様が希望を託した愚かなウルトラマンが倒されるのをな。それも貴様がよく知っている者の手で」

「なんだと…どういうことだ!」

鉄格子を開こうともがきながら、タロウはイクスに対して問いただす。自分がよく知っている者の手で、ギンガが倒される?

「貴様があるゴッドイーターに手塩にかけているのが、既に調べがついている。

ウルトラマンギンガの正体は…

極東のゴッドイーターが変身したものだとね!」

タロウはイクスのセリフを聞いて歯噛みする。この男、そこまで調べをつけていたのか。

「いくらウルトラマンといえど、普段はただのゴッドイーター。パルスの影響を受ける。つまり…変身前にパルスの影響と我々の命令を乗せた信号を受けてしまえば…」

「そうか!貴様の狙いが分かったぞ!」

イクスがそこまでいいかけたところで、タロウは確信を得た。

「お前の狙いは…アーサソールの洗脳技術を利用し『ウルトラマンギンガを手駒にすること』だな!」

「くくく…正解だ」

イクスはタロウが正解を突いたのを聞いて笑った。

「ウルトラマンの正体が…ゴッドイーター…!?」

それを聞いてヴェネが強く反応する。頭の中が、次から次へと飛んでくる衝撃的事実に、頭が追いつくのが難しくなっていた。イクスの目的にも、イクスが突き止めたというウルトラマンギンガの正体についても。

「そして現に私はレフィカル君を利用したこの方法で、あるウルトラマンを制御下におくことに成功している!

見るがいい、あれを!」

ギースがツクヨミと戦っている映像を再び指さすイクス。

タロウと、ヴェネは…それを見て目を驚愕で見開いた。

 

 

ぐしゃ!!と生々しい音が、対峙していたツクヨミから聞こえてきた。顔を上げると、ツクヨミの頭が、どこからか伸びてきたアラガミの頭に…捕食形態に似た頭に食われてなくなっていた。

「てめえ…そいつは…」

イクスの信号や偏食場パルスの影響もあり、獲物を奪われた怒りがあった。だが、今目の前に現れたアラガミが、自分がよく対峙したアラガミとは異なるものとわかると、かろうじて失っていた理性が取り戻された。

それは…『スサノオ』だと思った。だが自分が知るスサノオとはだいぶ異なる。

すると、ギースのもとに一つの光が舞い降りた。

その身を包み込む光が消え、ウルトラマンギンガとしての姿を彼の前に見せる。

ギースと同じように、目の前のスサノオ擬きを見て、彼はギースとは違った衝撃を受けた。

コウタから聞いた通りだった。

ごつごつとした体はエメラルドグリーンに輝き、ツクヨミを食らった捕食形態の腕は元の…人間らしい形のものに変化している。スサノオを元にしたこともあり、四本足の姿はサソリというよりもケンタウロスというのがふさわしい。

鬣が風に流れて靡き、まるで怪物とは思えない…まさに戦士としての風格をもっている。

だが、他にも奴は無視しきれない特徴も持っていた。

胸には、ギンガのように青く光る宝珠が埋め込まれ、顔つきはギンガに近い。

(そんな、あれはまさか…!?)

 

 

 

「あれは…」

奴の姿に、ヴェネも目を見開く。スサノオ擬きのあの姿が、ウルトラマンの姿に似ている。

いや、タロウから見ればそれは当然だった。

鳥籠の中で、ギンガとギースの前に立つ新たなアラガミを見て、さらにその二人よりも違った…見てはならないものを見てしまった時の反応を露にしていた。

イクスはその反応を見て面白がっていたが気に留めることも出来なかった。鳥籠の鉄格子を握る腕が、カタカタと震えていた。

「あぁ…そんな、そんな馬鹿な…」

彼は感じ取った。ギンガたちの前にいるスサノオのようなアラガミから、感じ取ってしまった。

自分が昔から知っている、光の波動を。

「なぜ、なぜあなたが…」

悪い予想はしていた。しかし信じたくなかった。ハルオミたちを迎えた空のミッションの際に超巨大なウロヴォロスを見て、その予想を抱かされたが、信じたくなかった。そんなことがあるわけないと。

しかし、悪夢程度であってほしかった非情な現実がそこにあった。

「なぜあなたがそこにいるのですか…!?」

 

 

 

ジャック兄さん!!

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

無双の武神、憂鬱の青年

ユウたちは、オペレーション・メテオライトに必要なアラガミ誘導装置の設置を行ったが、自分たちが設置したその装置が禁忌種の攻撃を受けたという話を受け、リンドウとエリックと共に、アーサソールに連れられ直ちに出撃する。

禁忌種とはギース以外戦うことができない。通常のアラガミだけならまだしも、禁忌種との戦いだけは彼に任せるしかないのは変わらなかった。

しかし、新たな禁忌種『ツクヨミ』との戦闘で、再びギースは暴走状態に陥る。

一方、ヴェネはカーゴ内にてイクスによって拘束されてしまう。彼の目的は、普段はゴッドイーターとして留まっているウルトラマンギンガを、アーサソールへ施す洗脳技術で手中に収めることだった。それに気づいたタロウはイクスに歯向うも、逆に自分の襲撃を予測したイクスによって捕まってしまう。

そして、タロウや外にいるギンガ=ユウは予想外の敵と遭遇することになる。

 

 

その姿は、コウタから聞いた通りの特徴だった。ウルトラマンに似ながらも、どこかスサノオの特徴を多く備えた姿。プレッシャーがほとばしり、ギンガはそれを肌で感じるあまりすぐに動くことはできなかった。

「ギィ、ス……」

苦しそうに、何やら聞き取りづらい声を発していた。ギースは一瞬、自分が名前を呼ばれているのかと思った。

すると、直後にスサノオ擬きはギンガに向けて駈け出してきた。

「ジュアアア!!!」

(ッ!)

来る!!

ギンガは、考える間も与えられず、襲いかかってきたスサノオ擬きに向けて身構えるしかなく、近づいてきたスサノオもどきに向けて光線を打ち込む姿勢に入った。

前進のクリスタルを紫色に輝かせ、それを向かってくるスサノオ擬きに発射する。

〈ギンガスラッシュ!〉

「ディア!!」

光線は、スサノオ擬きが直進してきたこともあってもろに直撃した。…が。

「アアアアアアアアアア!!!!」

「な…!?」

ギンガは動揺した。光線を正面から受けているにもかかわらず、そのまま突撃してきている。ならばこれで!とギンガは宙に向けて飛び上がり、上空から次の技の態勢に入る。体中のクリスタルを赤く燃え上がらせ、灼熱の隕石を形成してぶつけた。

〈ギンガファイヤーボール!〉

火球はスサノオ擬きに浴びせられていく。やったか?

爆炎の中に姿が消えたスサノオ擬きだったが、ギンガの淡い希望は砕かれる。

炎の中からスサノオ擬きが姿を現したのだ。それも…『傷一つ』ない状態。

だったら!ギンガは次の技の態勢に入る。次はクリスタルから金色の雷をほとばしらせる〈ギンガサンダーボルト〉。闇を切り裂く雷が、スサノオ擬きに向けて放たれた。

「デエエアアアア!!!」

さっきと同様に、スサノオ擬きの周囲が爆発に包まれたが、すぐに奴は軽くいなすように、煙を腕の一振りで払ってしまう。これだけ、これまでアラガミと怪獣の合成生物を倒してきた技を連続して喰らいながら平然としている相手に、ギンガは絶句するしかない。

こいつには僕の…ギンガの技が通じないのか!?

しかし驚くのもつかの間、スサノオは両腕を…

十字形に組み上げてきた。

(あの構えは!)

驚きが抜け出せなかったために空中で静止していたギンガ。避けるのに反応を遅らせたために肩に直撃する。

「グアァアアアアアアア!!」

スサノオの右手から発射された光線を受けたギンガは地上へ落下し激突する。

(こ、光線…!?)

光線を受けたダメージですぐに立ち上がれず、顔をあげてスサノオ擬きを見るギンガ。

彼の脳裏に、あってほしくなかった予想が過る。奴の身体的特徴、今の光線…

 

そのまさかの予想は、的中していた。

 

「あ、あぁ…!!」

信じられない、信じたくない現実を、イクスがカーゴ内に設置した用意したモニターから見せられたタロウは、全身を震えさせた。

ツクヨミを捕食してギンガとギースの前に現れたアラガミは、スサノオの姿に加え、タロウがよく知る戦士の特徴を備えていた。

それに今ギンガに発射した光線にも深く覚えがある。あれは、〈スペシウム光線〉だ。

 

タロウが良く知る戦士、それは……

 

かつてこの地球にウルトラマンという存在が認識されていた頃、この地球を幾度も危機から救い出した光の英雄『ウルトラ兄弟』の一人…

 

「なぜあなたがそこにいるのですか……ジャック兄さん!!」

 

 

『ウルトラマンジャック』だったのだ。

 

 

そう、ウルトラマンジャックはタロウ同様スパークドールズ化してしまったところを…

スサノオに捕食されてしまい、結果的に自分たちの使命を継いでいたウルトラマンギンガの敵として、立ちふさがってきたのである。

 

『無双武神・ジャック』として。

 

(これが……タロウが言っていた、兄と慕うウルトラマン…だった人なのか…!?)

ギンガ…ユウも、相手がタロウの身内ということまでは知らないが、それでもあのスサノオの正体が、ウルトラマンとアラガミの合成神獣ということには気付いている。

タロウが暇なときに話を聞かせてくれた…光の国の兄弟たち。彼が尊敬する先代ウルトラ戦士の一人が…アラガミとなって自分に敵意を向けているのだ。こんな恐ろしいことは夢であってほしかったことだ。それはタロウの方がそう思っているに違いない。

しかし動揺の暇など無かった。すかさずジャックはギンガに向けて、左手首をかざす。すると、ジャックはそれを右手で触れるとその手に光輝く刃を出現させ、ギンガに向けて投げつけた。

それを、身を反らして回避したギンガだが、よけきったと思った途端、空中でその刃はギンガの足を切りつけた。

「グゥ…!?」

鋭利な光の刃によって右足の肉を切り裂かれ、ギンガは膝を着いた。激しい激痛だった。まるで骨の辺りまでえぐられたような、どこまでも体の芯に突き刺さる痛みだった。

しかし、ジャックはすかさず彼に追撃を加えてきた。

近づいてきたジャックは腕を伸ばし、その腕を通常のスサノオだった頃の捕食形態に変異させ、ギンガに食らいつこうとする。ギンガはそれを飛び退くことで避けると、彼の背後の地面に何かが突き刺さった音を聞いて足を止めた。

振り返ると、ジャックの尾から延びた槍が、首を亡くしたツクヨミの遺体を貫いている。その尾は引っ張りあげられると、今度はギンガを貫き刺そうとうねりながら再び襲ってくる。

頭上からだと空から降り注ぐ雨、横や正面からだと自分を狙い打とうとする弾丸のようだった。しかし食らえばただでは済まない。

ギンガは光の剣〈ギンガセイバー〉を形成、自ら剣を振るってジャックの槍を弾く。だが必死に弾いていっても、ジャックの槍の方が圧倒的に速く、ギンガはそれに追い付けなくなっていく。さらには足を切り裂かれた痛みで動きが鈍ってしまっていたため、ついに一撃肩に槍の刃先が突き刺さる。

「グアアアァ!!」

ギンガは、今度は突き刺された肩を抑えて絶叫した。

そこからは、まさにウルトラリンチというべき有り様だった。拳の一撃全てが、ギンガの体に深くめり込み、今にも体を引き裂かれるような痛みを与える。

ギンガの技はことごとく通じず、逆にジャックが徹底的に追い詰めていった。

 

 

 

「兄さん…なにをしているんです!やめろ!やめてください!!」

カーゴ内の、自分を閉じ込めている鳥篭をガシャガシャ鳴らしながら、タロウはモニターに映されたジャックに向けて叫んだ。

「無駄だ。このカーゴから発している信号によって、あのウルトラマン…ジャックは意のままに動いている。アラガミに取り込まれ、もはや怪物と化した貴様の兄に、貴様の声は届くはずも無い」

イクスは、ひとりでに動く哀れな人形を見下ろし、それをこっけいに感じて笑った。視線を、椅子に拘束されているヴェネに向ける。

「どうだいヴェネ君。ウルトラマンさえも私は制御することが可能となったのだ。それも、アラガミと一体化し究極の生命となった存在をね」

彼の言う通り、アラガミとの合成生物と化したジャックは圧倒的だった。これまで合成神獣を打ち破ってきたギンガの技が全く通じていない。その驚異にヴェネも戦慄を覚えざるを得ない。

「…こんなことをして、一体どうするつもりだ」

「なに、後で別地点にて待機している私の仲間が彼を回収する。後は、私の放つ信号でギンガの人間体を洗脳し、次はジャック…奴を倒させてスパークドールズを回収。その後は………くくく」

いわずともわかるだろう?と言いたげな笑みに聞こえた。

きっとその先に、この男がやろうとしていることは、さっき彼自身が口にした目的からたやすく想像できた。

ギンガをあえてスサノオに取り込まれたジャックの手で倒させたところを、変身が解けたユウを回収、洗脳する。そしてギンガをその状態で復活させて、今度はジャックを倒させてスパークドールズを回収させる。後は、後に配属されることとなるアーサソールの隊員にウルトラマンのスパークドールズを与え、究極の殲滅部隊を完成させる。

そんな究極の殲滅部隊を完成させることは、確かにアラガミの脅威から絶対的な盾となれるかもしれない。しかしこの男の正体を考えると、そんな希望的観測など抱けるはずも無い。なぜなら…こいつもマグマ星人たちと同じ、ウルトラマンを敵視し、この世界を狙う『闇のエージェント』なのだから。

「まぁ、私が命令を送らなくても、あのアラガミはスサノオのままだとしても、ギース・クリムゾンを地の果てまで追って殺す。何故ならあれは、ウルトラマンジャックであるが、同時に君の影でもあるのだからね」

「影だと…?」

何を言い出すのだ。理解できないヴェネに、イクスは説明する。

「あのウルトラマンとスサノオの合成だが、実はスサノオの体内には、かつてスサノオに食われた君の神機が取り込まれていることがわかっている」

ヴェネの目が見開かれる。ギースたちと共に、アーサソールとしての任務を続けているさなかずっと探し続けていた、スサノオに食われた神機が、ウルトラマンと一つになったあのアラガミの中にあるというのか!

「君の頭に埋め込んだ装置と、奴が捕食した君の神機との交換作用により、君の感情を受け取ったことで、あのスサノオとウルトラマンジャックの合成体は、ギース・クリムゾンをツクヨミから救いに来ると同時に殺しに来たのだ。

ツクヨミの出現地に、いつもどおり我々が来て、ギース・クリムゾンが危機に陥れば、必ず現れると踏んだよ」

「もしそれが本当だとして、なぜスサノオがギースを狙うんだ…!」

あのスサノオが…ジャックが偏食場パルスの交換作用で自分の感情をそのまま受け止めているのなら、仲間であるギースを殺すことなどできない可能性がある。それでも見ての通りギースやウルトラマンギンガを襲っているのは、やはりアラガミとしての本能が抑えられないからなのか?

すると、ヴェネの心を奥底まで見透かすような視線を、イクスはヴェネに向けてきた。

「引退したゴッドイーターが現役のそれに対して、どう思うか、君は考えたことはあるだろう?」

「耳を貸すな!こんな男の言葉に惑わされてはいけない!」

「他人の貴様が話を阻むな。私はレフィカル君に問うているのだ」

自分の言葉を強く否定したタロウの言葉をイクスは黙らせる。

ヴェネは一方で、どう言うことかなにも言わない。否定したくても、それが出来ない、そんな感じの苦痛の表情だった。それを見てイクスは笑う。

「その暗き闇の心を晴らす機会を与えてやろうじゃないか。

さあ、神の力を得たウルトラマンジャックよ。レフィカル君の暗き情念を、お前の血染めの手で晴らしてやれ!ウルトラマンギンガとギース・クリムゾンの命を代償に!」

 

 

 

「…ッ!!」

リンドウとエリックを下ろし、グレイヴを運転してギースを助けに向かうマルグリット。その際、ウルトラマンギンガと、アラガミとなったジャックの対峙を目の当たりにして…、一度運転を止めて窓から外の様子を伺う。なんという破壊力のぶつかり合いなのだ。こんな怪物同然の存在同士の戦いの場、赴けた自分もただでは済まされないのは明白。

いや、それでも今はギースを回収しなければ!あれだけの巨体同士の存在の戦う傍にいるのだ。だからこそ行かなければ!

「待ってて、ギース!」

すぐ助けに行くから!マルグリットはアクセルを踏んでグレイヴを再発進させた。

 

 

「っくしょう…!!」

リンドウは悪態をついていた。

今、彼はカーゴの前に立っていた。マルグリットに言われた通り、この中に引き込もっているイクスを引っ張り出してくるように頼まれたが、いくらノックしても、扉に拳を叩き込んでも、うんともすんともいってこない。この状況下、イクスの自分に対するシカトっぷりにはさすがのリンドウもキレたくなった。こんなときにあの陰険そうなドクターは何をやっているのだ!

現に今、またギンガが現れ、巨大アラガミと戦っている。

しかも今度現れた奴はこれまでの敵とはあまりにも桁違いで、ギンガがまるで歯が立っていなかった。

そして苦戦を強いられているギンガの正体は…

あの激闘の激しさと、接触禁忌主の持つ偏食場パルスの影響を考えると、近づきたくても近づけない。だが時間がない。すでにギンガのカラータイマーは点滅を開始し始めていた。

こんなところでぐずぐずしてる場合じゃない。彼は強行手段をとることにし、神機をカーゴに向けて構えた。

 

 

 

エリックは再び姿を現したウルトラマンギンガに希望の光を見出したが、それはすぐに消え去った。ウルトラマンの光線に対して、あのスサノオはまるでびくともしていない。

なんと言う強敵なのか。こればかりはさすがにまずい。

(ギース君を見捨てででも、ほかの皆で撤退すべきか…?)

合理的だとは思うが、その考えをすぐにエリックは却下した。仲間を見捨てるゴッドイーターなど、華麗なわけが無い。そんなのは自分のプライドが許せなかった。何が何でも助けてこそ、真の華麗なるゴッドイーターというものだ。たとえ、愚か者とののしられることになっても。

そんな彼の感情を、さらに後押しするような光景を、彼はすぐに目にした。マルグリットが運転しているグレイヴが、ギンガとスサノオ…ジャックの方に向かっている。

「いかん、マルグリット君!戻りたまえ!今度ばかりは危険すぎる!」

危機感を覚えたエリックは、思わず声を上げる。さっきはスサノオが発している接触金機種の偏食場パルスの影響のことで、ツクヨミからギースを救うためにゴッドイーターではない故にパルスの影響を受けない彼女が近づき、その援護をユウと自分が行うことになっていたが、今度ばかりは状況が悪すぎる。なにせ50mもの巨体を誇る存在同士の争いなのだ。アリを踏み潰すかのごとく、彼女の命がないのが目に見えた。

近づけば、偏食場パルスの影響を受けてとち狂うか、ギンガとスサノオの戦いに巻き込まれて無駄死にするか…。

いや、行くしかない!

エリックはバレットを神機に装填し、駆け出した。

 

 

 

「うおあ!!」

戦いの余波はすぐ近くにいたギースにも及んだ。彼のすぐ近くの地面が、ジャックの光線の余波でえぐられ、彼もその身を風圧で煽られる。

落下してその身を地面に打ち付けたギースは、すぐに立ち上がる。

「くっそがあああ!」

暴走の影響がまだ残っているせいか、ギースはまだ興奮気味だった。バレットを乱射し、スサノオの体に当てていく。神機に内蔵しているオラクルを絞り出すように。こいつを食らったスサノオが怯まなかったことはなかった。最もふつうのスサノオでも、この乱射を回避せずに食らえばの話だが、今回は全部当てることができた。しかもアマテラスの素材を取り込んだことでギースの神機は強化されていた。

…しかし、バレットを食らったことで巻き上がった煙が晴れた時、スサノオ擬き…アラガミ化したウルトラマンジャックの姿を見てギースは絶句する。

「…!?」

無傷、そう…全くの無傷だったのだ。

そんな馬鹿な…!?これまで腐るほどアラガミと戦ってきたが、こんなことは初めてだ。禁忌種を狩り続けてきた自分の腕に自信があっただけに、ギースは驚愕させられる。

そんな彼に向けて、ジャックは尾の槍をギースに向けて伸ばしてきた。ギンガはそれを見て体を起こそうとしたが、刺された肩の傷みと足の傷みが走って動きを止めてしまう。だったら、ここからもう一度光線を打ち込んで牽制するしかない。ギンガは一発だけギンガファイヤーボールを放ち、ギースを狙っていたジャックの足元を焼く。ジャックが足を止め、その間にギンガはギースの元へ、足を引きずりながらも急いで助けに向かう。

なんとかギースの前に立ち、彼を強引に手の中に納めた。ギースの驚きの声が聞こえたような気がしたが、気に止めなかった。

しかし、足を止めていたジャックがすでにギンガたちの背後に迫っていた。一瞬だけで眼前に飛び込んできたジャックに向かって振り返る。

つかみかかってきたその腕で、自分の首を掴まれた。

(は、離れない…!?なんて力だ…!)

当然ほどこうとしたギンガだが、予想以上にその力は強かった。本気の力を振り絞ってでも奴の腕を振り払おうとしても、ちっともほどける気配がない。

これでは窒息するか、それとも最悪首を脊柱ごと…なんてことを想像してしまう。

「……タ…ウ…」

一瞬、ギンガは動きを止めた。何か聞き覚えのあるような声が、スサノオもどきから聞こえてきたせいだ。

その時だった。ギンガとジャックの腕が繋がりあった時、ギンガの…ユウの頭の中に、何か奇妙な記憶が流れ込んできた。

(こ、これは…!?)

しかしそれは、ギンガの手の中にいるギースの頭にも、流れ込んでいた。

 

 

記憶の中には、ある光景を描いた映像が再生された。

闇に包まれた暗黒の星。その世界は、各地で起こる戦いの戦禍によって発生した炎で照らされていた。

『なんだ、この景色は…!?』

非現実的なヴィジョンに、ユウは息を飲む。いや、この景色は…ギンガスパークを手に入れたときと…

 

しかしその星を照らしていたのは、戦いの炎だけではない。怪獣たちと戦う光の戦士たちの持つ光によっても照らされていた。

数多の光の戦士たちが、数百を超える怪獣軍団と交戦する。

「くそ、こいつら…!!」

一人のウルトラ戦士の一人が、全く減ることのない怪獣たちの攻撃に痺れを切らしたように声を荒らげる。

「兄さん、このままでは我々のエネルギーが尽きてしまいます!」

その言葉と共に、一人のウルトラ戦士が、鋭いくちばしを持つ赤い鳥をヘッドロックで動きを封じながら、こちらに呼び掛けてきた。

その戦士には覚えがあった。

『タロウ…!?』

ユウは今の戦士が、タロウだと気付いた。ただ、小さな人形として留まっている普段の姿ではない。ギンガにライブしたときの自分と同じ、ウルトラマンとしての姿を保っていた。

「諦めるなタロウ!ここで我々が倒れたら、誰がこの宇宙を守るのだ!?」

もう一人別の声が聞こえてきた。ほかのウルトラマンだろう。だが、『こちら』に話しかけてきたタロウ以外に声をかけてきたのは誰もいない。おそらく、『こちら』の視点の主のウルトラマン…ジャックがタロウを叱責したのだ。

戦いは怪獣と邪心を抱く異星人。平和と正義を尊ぶウルトラマンたち光の勢力軍。あらゆる世界から呼び寄せられた戦士たちが二つに別れて、激しい激闘を繰り広げていた。

しかし、光の戦士軍は次第に劣勢に立たされていた。それは、この不思議なヴィジョンを見ているユウからみて、アラガミの脅威さえもそのときは忘れてしまうほどだった。

それでも互いに補い、言葉を交わしあいながら、ウルトラマンたち光の戦士たちは戦い続けてきた。この戦いの先、少なくとも諦めずにいれば平和を取り戻せると信じて。

だが、そんな景色もすぐに変わる。

戦いを続けるウルトラマンたちの頭上。そこに煙のように立ち込める、暗い闇が吹き上がりだした。

こいつは煙でもなければ…ただの闇なんかではない。強大すぎる、邪悪な力が…捕食本能の塊であるアラガミよりも、あらゆるものを飲み込んでしまいそうな…一言で表すなら、まさにその闇は『ブラックホール』そのもののようだ。

ユウはそれを見て、強烈な恐怖と戦慄と感じる。

それだけじゃない。闇の中に、何かが見える。あれは…

(巨人…?)

ウルトラマンよりもさらに一回り大きな、闇の中で巨大な影が、ところどころから赤い光をちらつかせていた。あれが、この得体の知れないプレッシャーの正体なのか?

その影は、地上で争っているウルトラマンや怪獣たちの方を振り返ると、彼らに向けて影の中に隠した、闇の見えざる手を突き出す。すると、黒い煙のような闇が放射され、地上にいる彼らに浴びせられていく。

無差別に蔓延していくその闇は、次々と怪獣や異星人、そして光の戦士であるウルトラマンたちをも飲み込んでいく。

その闇に、タロウも巻き込まれかけていた。

「く、ウルトラバリア!」

タロウはバリアを発生させて身を守るが、闇は足元や横、そして図上からも彼を飲み込んで食らおうとする。すでにタロウの体を、闇が覆いつくそうとしたときだった。視界の主であるジャックが、強引にタロウを、まだ闇が蔓延していない方角へと投げ飛ばした。

飛ばされたタロウは地上を転がされ、顔を上げる。このヴィジョン内では、地に這い蹲るタロウがこちらに顔を向けているという様子だったが、ジャックがすでに闇の中に呑まれているのが察せられた。ジャックが闇に対して抵抗を見せるも、体を包み込んでいく闇はジャックを闇の中に溶け込ませていく。

「ジャック兄さん!!」

「このままでは我々は全滅する!そうなる前にタロウ、お前はできうる限り、生き残った手勢を集め、ここから急いで離脱しろ!」

「そんな、駄目です!私などよりも、兄さんの方が生き延びるべきだ!」

「来るなタロウ!もう俺は闇の中に溶け込むだろう。お前までこちらに来たら巻き添えを食らうぞ!」

「しかし…」

「いい加減にしろ、タロウ!メビウスほどの戦士を鍛えるだけの才をも発揮しておきながら、また甘えたことを抜かすつもりか!

まだ大隊長たちもどこかで戦っているはず。いいか、俺の言う通りまだ生き延びている戦士たちをかき集め、この戦場を脱出しろ!」

そのときの、ジャックの視界が…ユウが見ているヴィジョンが闇の中に包まれ始めていた。タロウの姿も見えなくなっていく。

かろうじて見えたのは、タロウが必死に届かない手をこちらに、ジャックに伸ばそうとしている姿だった。

「兄さん、ジャック兄さあああああん!!!」

タロウの最後の叫び声を最後に、ヴィジョンはそこで切れた。

今のは、間違いない。タロウが人形にされる直前にどこかで起きた出来事だ。しかしどうしていきなりあんな景色が、一瞬で頭の中に流れ込んできたのだ。

何かを…ジャックが伝えようとしているのだろうか。

 

だが、ユウの頭の中に流れ込んだ記憶は、ウルトラマンジャックのものだけではなかった。

今度は、全く異なる景色がユウの脳裏に流れ込んだ。

新たなヴィジョンから感じられるのは…危機に陥っても闘志を失わなかったウルトラマンジャックの不屈の精神と異なり、激しく陰鬱とした嫉妬や劣等感というマイナスなものだった。

景色は、アナグラの中に似た建物。正面には、ギースとマルグリットが楽しそうに会話をしている姿。

 

―――なぜ、なぜ僕なんだ。なぜ僕に見せ付ける!

 

―――なぜ僕だけ戦うことができないんだ!神機さえあれば、僕だって…!

 

―――僕だって守りたい…それなのに…

 

―――なぜ僕を選ばなかったんだ、マリー!!

 

(…ッ!)

ギンガ…ユウが受け止めた、ヴェネの暗い情念。

彼は、新型ゴッドイーターでありながら、スサノオに神機を食われてしまったために引退を余儀なくされてしまった。生き残れただけマシともとれたが、同時にそれはヴェネに、己の無力さに対する生き地獄を与えていたのだ。

そしてヴェネは…気付いたのだ。マルグリットが一番誰を想っているのか。

 

ジャックの動きが止まった。その隙に、腕の中にギースを抱えたままギンガは、奴から距離をとった。

「…ギィ…ス……ロウ」

ギンガは気付いた。こいつがさっきからつぶやいていたのは、ギースとタロウの名前だったのだ。ジャックとヴェネの記憶を持っているために、こいつは彼らの名前を口にしている。

(けど、なんであんなものが僕の頭に…!?)

理由がわからなかった。最初の、ウルトラマンジャックの記憶と思われるヴィジョンについては、もしかしたらジャックが自分に何かを訴えようとしている意思があると考えれば説明がつくが、ヴェネの記憶のヴィジョンの話となると、理由がわからない。寧ろ他人には明かされたくない記憶を垣間見てしまったとしか思えない。

「っぐ…」

ギンガはそのとき、うめき声を上げる。ジャックから受けたダメージで、膝を突いてしまった。それでも腕の中にいるギースを落とさないように、ゆっくり手を地面に置いてギースを下ろした。

ギースに怪我はなかった。体の痛みが気になるが、それについてほっとしたギンガ。しかし、ギースの様子がおかしかった。

「…ヴェネ…」

ギンガの手から下りた彼は、ジャックを…スサノオを見上げながら呆然としている。さっきまでの暴走気味の様子と比べ、落ち着きを取り戻したとも見えるが、戦意喪失していると見るべきだった。なぜこんな状況で!?

(まさか、ギースも…!?)

今のジャックやヴェネの記憶の一端を見てしまったのか?

そう考えるとギースがこの状況で立ち止まってしまったことにも納得がいった。後半のヴェネの記憶から知ってしまった、ヴェネのギースに対する嫉妬と憎悪の感情が、彼から戦う意思を奪ってしまったのだ。

ずっと一緒だったギースとヴェネ、マルグリット。ヴェネはギースがそうであるように、マルグリットを一人の女の子として大切に想っていた。しかし神機を食われたためにそんな彼女を守ることができなくなり、逆にマルグリットから目を向けられていたギースがその力を持ち続けている。ずっと守ってくれていたヴェネがそんな風に思っていたなんて…。二つの事象からなる嫉妬と憎悪に気付けなかったことに、ギースは自分を呪い始めた。

これは自分に対する…罰なのだと。

すると、スサノオが…ジャックが再び動き始めた。しかも狙っているのは…ギース!

『いけない…!』

ギンガはすぐに動き出して、ギースに向かってきたジャックから、彼を守ろうと立ちふさがる。しかし、今のギンガはすでに満身創痍だった。駆け出しざまに食らったパンチで殴り飛ばされ、簡単にギースの元から引き剥がされてしまった。

「グフッ…!」

再び地面にダウンさせられたギンガ。顔を上げると、尾の槍…かつてジャックがウルトラマンとして使っていた武器の一つ…〈ウルトラランス〉がギースを貫こうと振りかざされていた。

手を伸ばすが、やはり届かない。援護しようにも、すぐにそれができるほどの余裕はギンガにはなく、ただギースが串刺しにされるのを黙ってみていることしかできなかった。

「逃げろ…逃げるんだギース!!」

ユウとしてのありったけの声で叫ぶ。だが、ギースは動かなかった。手から神機を落としてしまい、例えここで気力が戻っても彼に逃げる余裕などなかった。

槍が彼を貫こうと、まっすぐ伸びてきた。

そのときだった。

「ギーーーーーース!!!」

マルグリットの声が轟いた。同時に、彼女の運転していたグレイヴが、ギースとジャックの間に割って入り、ウルトラランスの刺突攻撃をその装甲で受け止めた。

グレイヴは、アラガミからの襲撃に備えてアラガミ防壁と同じ素材で出来上がった移動拠点。しかし防壁が何度も破られ防衛班をはじめとしたゴッドイーターたちがその度に侵入したアラガミを拾蜂しているように、グレイヴの装甲も無敵ではなかった。

貫かれたグレイヴが、無残に爆発を起こした。

中にいたマルグリットを、巻き添えに…

「ッ!!!」

ようやくギースは、意識を戻した。目の前に飛び込んだのは、自分を守るために現れたグレイヴが爆発で燃え盛る光景だった。

ギンガも、グレイヴの爆発する光景に絶句し、呆然とした。

「あ、あぁ…」

 

 

マリーーーーーー!!!

 

 

今まで気付けなかったヴェネの感情に対する後悔と重なり、グレイヴに乗っていたマルグリットへの後悔の念のあまり、ギースは叫んだ。

 

 




●NORN DATA BASE

・無双武神ジャック
スパークドールズと化したウルトラジャンジャックがスサノオに捕食されて誕生した合成神獣。素材となったのがウルトラマンであることに加え、アラガミの中でも強力な部類である『第1種接触禁忌種』であるため、間違いなくこれまで登場した合成神獣の中でも最強。
これまでジャックが使ってきた『スペシウム光線』などの光線技を使う他、『ウルトラブレスレット』から繰り広げる武器も扱う。
ウルトラランスはスサノオから引き継いだ尾の先から生え、あらゆる敵の体を貫くほどの鋭さを持つ。両腕は、普段はジャックの頃と同じ普通の腕なのだが、スサノオのように神機の捕食形態状のものや、ボルグ・カムランのような盾に変化することが可能。ちなみに盾もウルトラブレスレットの武具の一つである「ウルトラディフェンダー」である。
見た目は『Another Genesis』に登場したジャックの姿とよく似ている。そちらのジャックは、見た目だけなら全くの別人…というか怪獣のようにも見える。



・ウルトラマンジャック
『帰ってきたウルトラマン』の主人公。ジャックという名前は放送当時の名前ではなく、後年で名付けられたもの。
「ウルトラ兄弟」の4番目の戦士で、宇宙警備隊に所属するウルトラマンの中でもベテランかつ最強の戦士の一人だった。
人間の姿の名は『郷秀樹』で、元々ジャックとは別の存在だった地球人である。恋人や家族を星人に暗殺されるなどの辛い戦いを送ってきたが、それでもウルトラマンとして凶悪な星人や怪獣と戦い抜いた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ギンガ、敗れる

「はははは、すばらしい!見ろ、ウルトラマンギンガは全く歯が立たないほどの力を身につけるとは!圧倒的だぞ!」

爆風で吹っ飛ばされたグレイヴを、今まで自分も乗っていた乗り物が破壊された光景をモニター越しに見ても、イクスはあわてるどころか興奮しきっていた。マルグリットがあの中に乗っていたというのに、それを意に返そうともしていない。こいつにとって他人の命などモルモットでしかないのか。

いずれギースも奴か、待機させている他の闇のエージェントどもに殺されるだろう。ヴェネはここにいるし、あとは彼を拘束したまま極東を離脱すれば、この技術を持ち帰ることができ、情報が漏れることもない。あの男はおそらくこの技術を狙っているだろうが…奴の悔しがる顔が目に浮かぶ。

「さて、そろそろ奴らに指示を出すか」

イクスは通信端末を起動させ、どこかに繋げる。すると、ジャックやギンガの戦いの映像を映しているモニターとは別のモニターに、奇怪な怪人の顔が映されていった。

ヴェネはモニター越しに彼らの顔を見て目を見開く。

仮装しているような見た目だった。しかし、あのイクスがこの状況でなくても奇妙な趣味に逸るような連中とつるむとは思えないから、すぐに認識した。こいつらはウルトラマンと敵対している奴らだと。

「機は熟した。ウルトラマンギンガを捕らえるチャンスだ。すぐに始めろ」

冷淡に言ってきたイクスに、映像の向こうにいる毛の深い怪人が身を気持ち悪くくねらせてくる。

『んもぉ、繋いで来ていきなりそれん?少しは「気をつけていけよ?」とか言わないわけ?』

『オカマ野郎がなに乙女くさい願望をほざいてやがる。はっきり言ってキモいぞ』

さらに、仮面に全身タイツの男がオカマの怪人に対して辛辣な感想を述べると、さっきのオカマ口調の怪人が憤慨する。

『んま!!失礼な人!これだからマグマ星人の男ってのは…』

『HeyHey!喧嘩は終わった後でも間に合うだろぉ?さっさと憎きウルトラマンギンガをCatchingしてやろうぜぇ!』

極めつけのごとく現れた、英語交じりの奇妙な口調で第3の怪人も姿を現す。こんな怪しげ満載の連中とコンタクトを取って命令を下す。イクスは本当に奴らの仲間なのだろう。

『あらあら、そこにいるのはあのウルトラマンタロウかしらん?随分可愛らしくなっちゃって』

気持ち悪い言い回しのなかに屈辱的意味も込めて、オカマの怪人、ナックル星人グレイは人形の姿で鳥かごの中に捕まっているタロウを嘲笑う。

『これから貴様の後輩は俺たちで飼ってやる。貴様らウルトラマンは、一人残らず皆殺しにしてやりたいところだが、これも命令でな。ま、殺さないだけありがたく思うんだな』

『そこでWatchingしとくんだな。てめえの後輩が、Youたちが後生大事に守ってきた人間共を蹂躙するところをよ』

仮面の怪人、マグマ星人マグニスにバルキー星人も不快感を促すような台詞をタロウに言い放つ。好き放題言い放った挙句、行動を開始するつもりなのか、即座に彼らの顔を映していたモニターの映像が切れた。

「…一度ジャックには停止命令を出しておくか」

イクスは一度コンソールのキーを一つ適当に押す。すると、唯一表示されたままのモニターに見えるジャックの動きが、さっきの暴れぶりが嘘のように停止した。確実に闇のエージェントたちがギンガを捕獲するために、邪魔な動きをさせないための停止命令の信号を送ったのだ。アラガミ化した強敵が自分たちにまで危害を食らわせることは避けたかった意図が見える。

「これでギンガを捕まえれば、もう我々の障害となる脅威はいなくなるも同然だ。…せめて、同じウルトラマンの手で別のウルトラマンを葬るというもの見てみたかったがな」

「…貴様ら、絶対に許さんぞ!」

タロウは自分を閉じ込めているこの邪魔くさい鳥篭を破壊し、今すぐにイクスに報復してやりたくなった。ウルトラマンも心がある以上、相手を憎む気持ちがある。正義の枠を越えた感情を抱かないはずがない。

何もできないまま時が過ぎるのを待つしかないのか?ギンガが破れ、この卑劣な男とその仲間たちの傀儡とされるのを…。

(く…ギース、マリー…)

ヴェネもまた歯噛みした。ウルトラマンが一体なぜ自分たちを守ってくれるのかわからないが、少なくともこの男よりもはるかに信ずるに値するし、外の様子の映像内でもギースを現に守ってくれていた。何より、今はギースの危機。確かにイクスが指摘した通りの感情はあるのかもしれない。だが、それだけじゃないはずだ。自分は、ギースとマルグリットの二人を守るためにゴッドイーターとなったのだ。今は神機を失っているが、それでも…

(…待てよ…?)

ヴェネはふと、あることに気付いて目をわずかに見開いた。

そのときの彼の視線は、映像に映っているジャックの姿に向けられていた。

それと同時だった。カーゴの外からガン!とやかましい音が鳴り響いた。

イクス、ヴェネ、そしてタロウはカーゴの入り口の方へ視線を傾けた。

 

 

 

「っくそが…!こいつやたら頑丈だな」

リンドウは神機で何度も、イクスがこもり続けているカーゴの入り口を切りつけていた。しかし、アラガミたちとの数え切れない戦いもあり、その分行われていたチューニングで新規の神機よりも高い切断力を備えた代物でありリンドウの神機の力でも、いまだに扉を開くことはかなわないままだった。まるで、こうなることが…カーゴに忍び寄る侵入者の存在を察していたかのようだ。何度叩いても斬っても、中からうんともすんとも言わない。無性に腹が立ってくる。

できればもっとパワーがほしいところだが、ここには自分をバーストさせてくれるような雑魚アラガミさえもいない。

しかし、諦めるわけにいかない。こうして戦っている間にあの新入りは…ユウは戦っているのだ。光の戦士、ウルトラマンとして。

一見、強大な力を得たものはその後の戦いで無敵の力を振るうことが約束されると想像するだろう。だがリンドウにはそう思えなかった。なぜなら、たとえユウがウルトラマンギンガの力を使いこなしていたとしても、今までの戦いで彼が余裕の勝利を飾りきれたことなどなかったからだ。それはつまり、力を得た分だけさらに過酷な運命が彼に降りかかるということ。無茶を承知でギンガとして戦ってきた彼がこれ以上その身に鞭を振るい続ければ、後でどんな反動が来てしまうのか。

そんな最悪な事態を避けるためにも、リンドウはカーゴに向けて神機を振るった。しかし、やはりカーゴはアラガミの襲撃を想定しているせいでかなり頑丈。なかなかこじ開けられなかった。

 

 

 

スサノオと一体となり、アラガミとなってしまったジャックの、尾から生やしたウルトラランスが、ギースを守るために乱入してきたグレイヴを貫き、爆発させてしまう。

ギースも、ダウンしたままそれを見ていたギンガも唖然としていた。マルグリットが、グレイヴもろとも爆炎の中に消え去った。そんな風にしか見えなかった。

しかし、そのときだった。ジャックが空中から落ちてきた何かを、その手の中にキャッチした。

ギンガとギースはそれを見てはっとする。

ジャックのキャッチしたもの、それは…

「マリー!!」

(マルグリット!)

グレイヴと共に爆発に巻き込まれたマルグリットだった。

実はジャックのウルトラランスが突き刺さって爆発した瞬間、彼女は爆風によって空高く吹き飛ばされていたのだ。

ジャックがマルグリットを捕まえると、奴は彼女を腕の中に収めたまま、ただ静かに腕の中に収めた彼女を見下ろす。

それを見たギースは青ざめる。まさか…マリーを食うつもりか!?

「や、やめろおおおおおおおおぉ!!」

ギースは神機を拾い上げ、ジャックの前足に刀身を食い込ませる。

『ギース駄目だ!危険すぎる!』

警告するギンガだが、マルグリットのことで頭がいっぱいの彼に声は届かない。がむしゃらに、洗練されていない荒い剣筋で、彼はジャックの足を切りつけ、最後に補食形態で神機にジャックの足からオラクルを取り込む。瞬間、ジャックはギースを邪魔と言わんばかりに蹴っ飛ばした。ただの人間だったら間違いなく体を粉々に吹っ飛ばされていたその一撃は、ギースの身体中の骨を砕いた。もはや悲鳴さえあげれない。

空中で血反吐を吐きながら舞うギースに、止めを指してやろうと、ジャックは無慈悲な光を浴びせる構えをとっていた。

ギンガはこんな状況でも動けない自分を呪った。なんて情けない。ウルトラマンの強靭な肉体でも奴の攻撃を耐えきれないなんて。それ以前に全く歯が立っていない。なんのためにこの力を借りたのだ!

このままだと、今度こそギースが殺されてしまう。

(動け…動けよ!)

ギンガは、ユウは心の中で自分の体に呼びかける。だが大きすぎるダメージが溜まり続け、彼の体は思ったままに動くことが出来なかった。

宙に放り出されたギースに、ジャックは両腕を十字に組みあげた、その時だった。

突如どこからか発射されたバレットが、ジャックの目の前で弾けた。

「グウゥ!?」

眼前にて暴発したそれは、ジャックの視界を閉ざした。爆発の形状が、なぜかバラの形をかたどっていたのが気になったが、今ので奴に隙が生じた。今だ!動け!

ギンガは、動けなかった分だけ温存していた気力を絞り上げ、立ち上がった。そのまま宙に放り出されたギースに向けて駆け出し彼をキャッチ、すかさずギンガセイバーを形成してジャックのアラガミとしての腕を切りつける。悲鳴を上げながらジャックは、捕まえていたマルグリットも手放し、ギンガはもう片方の掌に彼女を受け止めた。

二人を地上に降ろし、ギンガは立ち上がる。二人が顔を上げてギンガの姿を見たが、もうすでに体はボロボロだった。それでも彼は二人を背後に控えさせる形で、目の前のジャックと対峙する。

なんとか、さっきの援護射撃のおかげで二人を救出できた。というか、さっさと動けるようになってほしかったものだと、自分の体に恨み言を並べたくなった。

それにしても、さっきの妙に派手なバレットは…

「二人とも、怪我はないかね!?」

その声が耳に入り、ギンガは気付いた。今のバレットを撃ってきたのは、エリックだ。

「お前、何で来たんだよ!?馬鹿か!?」

「そうですよエリックさん!どうしてここに来たんですか!?近づいたら危険だってわかってるでしょ!」

いつもだったらギースの言い方に注意を入れるマルグリットも、ギースに全面的に同調するように、エリックに怒鳴る。

「偏食場パルスのことかい?わかっているさ、その上で僕は君たちを助けに来たんだ。

僕にとって、仲間を見捨てて逃げるなど、僕の目指すべきゴッドイーターとしての姿からかけ離れている。だから来たんだ」

無謀なことをする人だ、と二人は思った。スサノオ…今はジャックだが、奴の発する偏食場パルスの影響を受けて、助けに向かうエリック自身が精神を狂わされたかもしれないというのに。が、結果的に彼に助けられたので、とやかく文句を言うことが出来ない。

マルグリットの言うことも分かる、だから一刻も早くここから離脱しなければ。ウルトラマンも長くは持たないかもしれないのだから。エリックは一度ギンガの方を振り返る。

彼も今回ばかりは退いておくべきだ。そう言おうと思ったが、目を疑う光景が飛び込む。

再度立ち上がったギンガが、ここは通すまいとジャックと対峙していたのだ。

ギンガは、このままでは倒れてしまう。だがギンガは退く姿勢を見せなかった。

 

今でも痛くて苦しい。でもここで自分が退いたら、ギースたちがこいつの手にかかってしまう。

こいつはタロウの同胞がアラガミ化してしまった存在。それだけにとんでもない力を持ったアラガミとなっている。ならばなおさら、ここでなんとかしなければならない…そう思えてならなかった。たとえこの人がタロウの大事な人だったとしても…

 

――――――大事な人?

 

(僕は…殺そうとしていたのか…タロウの仲間だった人を…!?)

ギンガ…いや、ユウはここにきて、自分でも愚かしいタイミングだと思えるこのときにようやく気付いた。さっきまで一方的にやられていたせいで、なんとかこの場をしのがなければ、そう思っていたから気付くのが遅れたのかもしれない。

しかし、彼が動揺している隙を突いてくるように、ギンガは突如その身に、突然放たれたサーベルの一太刀による強い衝撃を食らってダウンした。

「っぐぁ!?」

「これほどの敵を相手に棒立ちとは、ずいぶん余裕があるんじゃないか?ウルトラマンギンガ!」

ギンガは体を起こすと、見覚えのある怪人が、今の自分と同じサイズで姿を現していた。

「マグマ星人…!」

 

 

「な、なんだよこいつら…!?」

突然現れた三人の怪しい姿の巨人たちを見て、ギースとマルグリットは目を見開く。

「アラガミ、じゃない…?」

あいつらは自分の意思を持って、ギンガに言葉を発している。アラガミに言語能力を持つ奴なんて、自分たちが知る限りその事例はないはずだ。

「確かアラガミを巨大凶暴化させたという怪人か!」

エリックはアナグラで配信されているノルンのデータベースで知っている。アリサがほぼ飛び入りの形で第1部隊に参加した日、グボロ・グビラを誕生させて暴れさせたと。あの時の怪人は一人だけだったが。今度は三人も…!ただでさえあのスサノオ(ジャック)には勝てる見込みが無いというのに、現実とはどれほど自分たちに 試練を与えるのだろうか。

「…」

どの道自分たちには、このままぶつかったところで犬死しかしない。そんな中自分たちにできるのか…一つしか思い浮かばなかった。

「リンドウさんと合流するしかない…!」

 

 

 

「覚えていてくれて光栄だ。しかし、もう忘れることになると思うと、少々物悲しいものだ」

刀身を撫で回しながら、全く悲しみを感じていない、どこか喜んでいるような声でマグニスはギンガを見下ろす。すると、彼の後ろからも新たに巨大な怪人が二人も姿を現す。

「お前たちは…!?」

こいつらもマグマ星人の仲間なのか。アラガミじゃないことは、ゴッドイーターになったこともあって、感覚的に理解できたが、アラガミじゃない敵の出現には驚きがいまだに勝る。

「このTimeを待ってたぜい!アラガミ化したウルトラマンジャックにてめえをぶっ潰させたところを、俺たちで回収。後は…」

「あなたを彼の手で、私たちの仲間にすれば…闇のウルトラマンギンガの完成…ということねん」

「なんだと!?」

ジャックに僕をつぶさせ、僕がこいつらの仲間に…闇のウルトラマンギンガ、だと?新手の怪人、バキとグレイの言葉にギンガは耳を疑った。

「さあて、大人しくMeたちについてきてもらおうかい」

「冗談じゃない…!」

目的は大体だが理解できた。こんな奴らに連れさらわれたりしたら、目的が何であっても、どう考えてもよからぬことをされかねない。

抵抗の意思表示も含め、ギンガは立ち上がる。だが、そんな彼を見てマグニスたちは肩を震わせながら笑った。

「すでにピコピコ鳴ってるわ、ふらついているわ…そんな状態でどうやって俺たちの相手をするつもりだ?」

「黙れ…!アラガミだけでも手一杯だって言うのに、余計な茶々を入れてくるお前たちを無視できるか…!」

タロウから話は聞いている。彼はこいつらのような手合いを何度も相手にしてきたと聞いている。そのいずれもが、一部を除いて地球を侵略しようとした悪党。しかもアラガミよりも巨体サイズになれるのだから、個々の強さに関してはアラガミ以上の脅威だ。

「あたしのことも見てくれるのは、女冥利に尽きるというものだけど、頑張りすぎるのもどうかしらねん。愚かで弱くて野蛮な人間なんかのために、無意味だと思ったりしないわけ?」

「何!?」

ユウとしての行いも含め、自分がやっていることを否定してきたグレイに、ギンガは目を尖らせた。

「アラガミが現れる以前、Meたちの同胞たちはな、何度もこの美しいPlanet地球を乗っ取ろうとした。ことごとくウルトラマンたちに返り討ちにされちまったがな。

しっかし、相変わらずウルトラマンって奴らは無駄なことがHobbyらしいな。人間なんざ、相手を見た目や噂だけで判断することもいとわない、weakでstupidな生き物なのを理解してねえのかねぇ」

グレイに続いてそのように口にしたバキは、呆れた様子でつぶやく。

「こいつらの事情など俺たちの知ったことではない。さっさと捕まえるぞ」

マグニスは、これ以上焦らされるとイラつくだけと考え、サーベルを構えてギンガに真っ先に切りかかった。

応戦するべく、ギンガもギンガセイバーを形成しようとした…が、

(け、形成できない…ッ!?)

右腕のクリスタルから発現するはずのギンガセイバーが、ほんの少し光を帯びた状態でのびた途端に、消失してしまったのだ。

「うらああ!!」

「グハァ!!」

その隙を突いてマグニスは乱暴な立ち振る舞いでギンガの胸を切りつけた。

 

 

「ふぅ…全く脅かしてくれる」

カーゴの外から聞こえてきたうるさい金属音。アラガミでも近づいているのだろうかと思ったイクスは息を吐く。リンドウが神機をぶつけてきている音だろう。

だが、その安心感もすぐに危機感へと一変した。

ザクッ!と音を立てて、ギザギザの刀身の一部がカーゴの角に突き刺さっていた。イクスは絶句する。まさかこのカーゴを突き破ってくるとは!

突き刺さった刀身は、リンドウの神機ブラッドサージの刀身だった。チェーンソーの刃のように刃が回転しながら、カーゴの壁を無理やり切り裂いていく。やがて、その刃は完全にカーゴの壁を切り裂き、リンドウが姿を現した。

「ヴェネ、無事で良かった…ここにいたのね」

リンドウだけじゃない。その後ろにはエリック、そしてギースとマルグリットの二人も健在だった。リンドウだけでは打ち破れなかったカーゴの装甲を、ギースとエリックの攻撃も兼ね備えたことで打ち破ったのだ。

「ヴェネ…」

「ギース…」

しかし、ギースとヴェネは互いの顔を見て気まずい思いを強く抱いた。ギンガを通してジャックの記憶と共に、ヴェネのギースに対する猛烈な嫉妬と憎悪を知ってしまった。そのことが、本来なら喜ぶべきこの再会を台無しにさせた。

「ドクター・イクス!」

「シックザールの犬風情が…!」

入ってきたリンドウは、カーゴ内部を一望する。椅子に拘束されているヴェネ、怪しげな実験器具の山と、壁に設置されているモニターの数々、さらには…なぜだろう、二本角の赤い人形が鳥かごの中に閉じ込められている。

「くそ、ギース・クリムゾンまでも…あいつら何をやっている…!」

ついに侵入を許してしまったイクスは、モニターの一部に移る闇のエージェントたちの姿を見てはき捨てる。仲間がギンガのほうに集中するあまり、こちらのことはそっちのけ扱いの現状に不満を洩らさずに入られなかった。

改めてリンドウの方に向き直り、彼を睨む。

しかも、てっきりジャックとギンガの戦いに巻き込まれたギースとマルグリットも健在だった。ギースたちは、生かしておくことはイクスとしては望ましくなかった。これまで培ってきた自分の…ウルトラマンを制御した究極のゴッドイーターを作り出す研究の情報が少しでも漏れてしまう危険があった。あのまま死んでしまっていれば、アーサソールの情報を欠片も漏らす危険がなくなったものを…!

犬呼ばわりにリンドウは不快感を覚えたが言い返さなかった。…いや、言い返せなかった。少なくとも、ある目的のためにあえて『犬』となっているのだから。

「仲間が仕事中だってのに、一体ここでなにをしてやがったんだ。話してもらうぜ?」

「ほざけ!貴様らには何も話すことは無い!」

イクスはやけを起こしたように、懐から銃を取り出す。それで反撃するつもりかと思い、リンドウたちは身構える。

しかし、イクスが最初に撃ったのはリンドウたちではなかった。その銃口は、ヴェネに向けられていた。

「ヴェネ!」

いち早く気づいたギースが、前にいたリンドウとエリックをはねのけイクスの前に立ち塞がり、銃を握っている彼の腕を掴む。当然二人は銃をめぐって取っ組み合う。その際タロウを閉じ込めた鳥篭が蹴飛ばされ、タロウもその拍子に「おわああ!?」と悲鳴をあげて鳥篭もろとも蹴られてしまうが誰も気づかなかった。

「この、モルモット風情が邪魔をするな!」

腕を捕まれたイクスが声を荒げながら、ギースの腹に強烈な膝蹴りを叩き込む。

「が…!」

「ギース!」

うずくまるギースの元にマルグリットが駆け寄ると、イクスはそれを見てニタッと笑う。今度は彼女に銃口を向けていたのだ。

それに気づいたギースは、とっさにマルグリットをエリックの方へ突き飛ばした。それも狙い通り、イクスはギースに向けて引き金を引く。

撃たれる!ギースは思わず目を閉ざす。しかしその時、鳥篭が蹴られた拍子に籠の入り口が開かれ、脱出に成功したタロウが飛び出した。

「ウルトラ念力!」

「うぐ…!?」

目に見えない波動が、ギースに銃を向けるイクスを襲う。イクスは体の動きを封じられ、バン!と何かを撃ち込むような金属音が鳴り響く。

念力の力により、ギースに向かうはずの銃弾はイクスの方にはね返り、彼の胸を貫いた。

「グハッ…!お、おのれ…人形ごときが」

恨めしく発したイクスは胸を押さえ、立つことができなくなってその場で膝をついてしまう。

「え、あれ…!?」

ギースはてっきり自分が撃たれたとばかり思った。しかし自分の体に銃で撃たれた痛みも傷も無かった。例えギースでなくてもあの反応を示すしかない。リンドウたちが来る前にタロウのことを聞いたヴェネだけは、今のが誰の仕業だったのかすぐにわかった。

「…レフィカル隊長、お怪我は?」

「ああ、問題ない。救出感謝する」

エリックもてっきりギースが撃たれるとばかり思っていたため今の現象に目を丸くしていたが、たまたま視界に椅子に拘束されたままのヴェネが見えたので、すぐに彼を解放する。

「ヴェネ、俺…」

「…その様子だと、『感応現象』で僕の記憶を見たようだな」

「え!?」

拘束を解かれたヴェネを見て、言いづらそうにしながらも、とにかく何か言葉をかけようとしたギースだが、その前にヴェネが彼に向けて問い返してきた。逆に自分がそのことを言おうとしたことを気付かれたギースは驚愕する。

「どうしてわかったんだよ…!?俺、まだ何も…」

「イクスが言っていた。あのスサノオの中には、僕たちが探していた僕の神機が取り込まれている。その神機とお前の間に感応現象が起こって、神機の中に眠っていた僕の記憶がお前の頭の中に流れ込んだんだ」

(感応現象…?)

あまり聞いたことが無かった単語に、リンドウとエリックは自然と耳を傾ける。

「…ごめん、ヴェネ。俺、馬鹿だから何でも軽く考えて、今までヴェネがあんなふうに思っていたなんて気付いてなかった…」

ギースは、あの時垣間見たヴェネの記憶を通して抱いた思いを口にした。対するヴェネは首を横に振る。

「ギース、確かに僕は…お前に対して嫉妬や劣等感を抱いていた。でも、お前が悪く考えることはない。僕が勝手に思っていたことだ」

「けど…」

「それ以前に、僕にも非がある。お前とマリーをこんな戦いの世界に巻き込んだことだ。だから、いつも通りいつもみたいに深く考えるな」

「ヴェネ…」

本人はそう言ってくれたが、すぐに気にしなくなるなんて無理だった。だからせめて、それ以上ギースは言わないことにし、心の中に留め続けることにした。

「見て!ドクターの体が!」

マルグリットが床の上に倒れたイクスに指を指す。全員はそれを見て言葉を失った。

イクスの体が泡となって崩れ落ちたのだ。

ヴェネと、密かに隠れたタロウは正体を知ったとはいえ、知らなかったために驚いたギースたちと同様に、異様な光景に絶句した。

「イクスが泡になって…一体どうなってんだ…!?」

「…いや、今はこんなことよりも、この戦線を離脱するべきだ」

動揺しているギースに、ヴェネは平静さをなんとか保ちながら言った。確かにイクスが泡となったのは気になるが、そんなことをしている場合じゃない。外の状況のこともあり、もはやこれ以上ミッションを続けることは不可能だった。

その時だった。外からズン!と大きな地鳴りが鳴り響く。ちょうどギンガがマグニスの踏みつけを食らった音だった。一同はその正体を確認するために外に出た。

このとき誰も気がついていなかった。

イクスだった泡の塊が、床に染み込むことなく何かの形をなそうと、ひとりでに不気味に動いていた。

 

 

外に出たリンドウたちは、星人を相手にしていたギンガの傷だらけの姿を目の当たりにした。

「ウルトラマン…!」

夕陽を背景に、表情に陰ができていたギンガは痛々しく見えた。星人たちはそんな彼にも容赦せず、ギンガがマグニスによって踏みつけられる姿を見せつける。

「ウルトラマンに気をとられてる今なら離脱できます。今のうちに…」

「待ってくれ!まだユウ君が…」

しかしまだユウだけが合流していないことに気づいたエリックが言う。

リンドウはそれを聞いて、視線を改めてギンガの方に向けた。そうだ、あいつはまだあそこにいる。見るからに満身創痍だった。しかしそれでも彼は、あの怪人たちを相手に退く姿勢を見せなかった。

(なにやってんだあいつは!もう自分でも限界だってわかってるだろ!?)

リンドウはギンガに、ユウに対して憤りに近いものを感じた。自分は言ったはずだ。死にそうになったら逃げろ、隠れろと。だがあいつはそれをやろうとしている姿勢が見られない。ウルトラマンの力なら、何でもできると思い込んでいるのか!?

彼はエリックの方に向き直って命令を下す。

「エリック、すぐに迎えのヘリの手配をしろ。作戦エリア外にアラガミのいないポイントにおろすようにヒバリに連絡入れとけ」

「え、あ、はい!」

命令を受け、エリックは直ちに通信端末を取り出し、連絡を入れた。だが、いざ端末に耳を澄ましてみても、聞こえてくるのはうるさいノイズだけだった。

「駄目です!電波障害が起きて、アナグラと連絡が取れません!」

「っち…!こんな時にジャミングかよ」

舌打ちするリンドウに、ヴェネが口を開いた。

「おそらくあの怪人やイクスが、邪魔が入らないように何か仕掛けたのだろうな。奴らの狙いは、ウルトラマンギンガの捕獲だからな」

「ウルトラマンを捕獲!?」

マルグリットが思わず声を上げる。リンドウはそれを聞いてさらに危機感が高まった。まだ殺さず、あのじわじわとなぶるような攻撃を続けているのはそのためか。

もし奴らの手にウルトラマンギンガが落ちてしまったら、この先の人類の未来が暗闇に閉ざされる。そんな確信がリンドウ、そして密かに着いて来ていたタロウによぎった。

(ゴッドイーターである以上、リンドウ君たちはすぐに動ける状態じゃない…)

ならば自分が先に助けに向かわねば。タロウはリンドウたちに気付かれないように、ギンガ救出のために去って行った。

 

 

「どうして、こんな真似を…!!」

踏まれた状態のまま、ギンガは顔を上げてマグニスを睨み付けた。

「それをYouに話したところでどうなるってんだい?さぁて、大人しくMeたちに従いな。さもねぇと…YouのFriendたちをどうしてくれようかねぇ。少なくとも今のエネルギー切れ寸前のYouでは絶対に守れないだろうしな」

すると、身をかがめて見下ろしてきたバキが彼に代わって、残酷な脅しをかけてきた。

「ふざ、けるな…!!」

ギンガは踏みつけられた状態のまま、地面の土もろとも拳を握り、体に最後の力を振り絞らせて強引に体を起こし、同時にマグニスを押しのける。

「ぬ!まだそんな力があったのか。…いや、もうタイムリミットだな」

転びかけたマグニスだがすぐに体制を整えて直立しギンガを見るが、動揺は一瞬で霧散する。

ギンガのカラータイマーの点滅速度は、極限状態にまで達していた。わずか1秒の間だけで、何十回もカラータイマーが連続して点滅していた。

スサノオと化したジャックは、星人たちが動き出してから、イクスのカーゴから送り込んだ、停止命令を含んだ信号によってその場で立ったままだ。

夕日をバックにしていたことで表情が影で覆われていたギンガは、まるで消えかけたろうそくの炎のようだった。しゃんと身構えようとしてるが、もう歩くことも立つこともままならなかった。

 

 

そして…ついにマグニスのいうタイムリミットが訪れた。

 

 

エネルギーが尽きかけてなお、戦う意志を保っていたウルトラマンギンガ。だが、ついに片膝を着き…倒れると同時に、

 

 

 

幻のように姿を消した。

 

 

 

 

「ウルトラマンが…負けた?」

 

 

 

 

現実を受け止めきれないエリックの呟きが、風と共にかき消された。

 




●Mail

そろそろエピソードのストックが尽きそう…早く続きを書かなければ。

…え?

タイトルが「城ノ内、死す」みたいだって?

細けぇことはいいんだよ!(開き直り)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

禁忌を破る者(前編)

これまで様々なアラガミに、合成神獣に勝利を飾りゴッドイーターたちを救ってきたウルトラマンギンガだが、ついにこの日、スサノオと化したジャックと、卑劣な闇のエージェントたちの奇襲によって敗北した。

「ウルトラマンが、負けた…?」

すぐに彼の敗北を受け止められないエリック。

「ねえ、あそこにいるのって…」

マルグリットが、ギンガが消滅した地点を指さす。その地点には、見覚えのある青年が倒れていた。

「ユウ君!?なぜあんなところに…!」

エリックが、思わぬ場所にユウがいたことに驚きを隠すことができない。しかしそのことに食いつく暇を、現実は与えてくれない。

星人たちが、まるで待ちわびたかのように彼に手を伸ばしていたのだ。

 

 

 

「はっはっはっは!さすがのウルトラマンもそんなちっぽけな姿となっては形無しだな!」

顔を覆いながら、マグニスは勝ち誇った笑い声をあげていた。ずっと夢見ていた。自分の同胞たちの侵略計画を邪魔し屈辱を味あわせてきたウルトラマンをこの手で屠る光景を。それはグレイとバキも同じだった。

「こうなったらあとはこのBoyを連れ去るだけだ」

「…っく…!」

ユウは、ひどくダメージを負っていたせいでぐったりしていた。たとえゴッドイーターであるユウでも、負傷した上にこれほど巨大化を果たした相手から捕まってしまえば、自力で逃れることは不可能だった。

「ずいぶんと小さく可愛らしくなったんじゃない?あとであたしたちがたっぷりとかわいがってあげるわよぉ」

嫌悪感を促すような言い回しと台詞をグレイは言いながら、彼に向けて手を伸ばしてきた。

「ユウ!!今助けるぞ!」

しかしその時、どこからか声が轟く。リンドウたちの元から密かに離れたタロウが、瞬間移動でユウの傍らに姿を現した。

「ウルトラ念…」

「しゃらくせぇ!!」

「ぬわああああ!!!」

バキたちに念力を懸けようとしたタロウだが、それを見越したバキが彼に顔を向け、深紅に染まったその目をさらに怪しく光らせる。目から発せられた邪悪な波動が、タロウの念力を押し返して彼を吹っ飛ばしてしまう。

「人形になっちまったYouの唯一の攻撃がそれとわかっている以上、油断さえしなけりゃ大したことねぇぜ!!」

地上へ落下していくタロウを、バキは嘲笑った。

「ぐぅぅ…人形でさえなければ、お前たちなど…!!」

まるで不法投棄されたゴミのように、地面の上に落ちたタロウは、小さくなった自分と、対照的に巨体を保ち続けている闇のエージェントたちの圧倒的な力の差を見せつけられ、歯噛みする。こんなしょうもない負け惜しみしか言えない自分に無性に腹が立った。

いや、ここで諦めるわけにいかない。タロウは再度立ち上がり、飛び上がって念力を仕掛けた。

「たとえこの念力の浪費で我が身がどうなるとしても、ユウ…未来の希望である君を失うわけにいかん!」

「ちっ、いい加減しつけぇんだよ!…うぐ!!?」

せっかく勝利の余韻に浸っていたというのにそれを邪魔してきたタロウに、マグニスは短い堪忍袋の緒を切らし、サーベルを振り下ろす。その瞬間、マグニスの顔に向けて弾丸が撃ち込まれる。以前アリサに撃たれた顔の傷にまた攻撃を食らってマグニスは顔を押さえて攻撃を差し止めてしまう。

「でかしたエリック!後は俺が行く!お前はギースと一緒にその二人を守りつつ援護しろ!」

「リンドウさん!」

タロウの存在に気付いているのは、まだヴェネが彼のことを離していないので、ヴェネだけが知っている。今の攻撃はユウに向けようとしたものと考えてか、リンドウはエリックに攻撃命令を下したのだ。

「今行くぞ、新入り!」

仲間たちの声を背に、リンドウは神機を担いで駈け出した。ここでユウを捕まえさせてはならない。ヴェネはウルトラマンを捕まえることが、奴らの目的だと言っていた。なぜ殺さずに捕まえるのか、その理由をヴェネに問いたいところだが、ウルトラマンであるユウが捕まってしまえばどのみちロクでもない結末が訪れるのが目に見えている。

しかしまだ、グレイとバキ、二人のエージェントが残っている。

「そうはさせないわよ!」

「ここまで来て、MissionFalledなんてさせないぜ!」

「それはこちらのセリフだ!ユウ君に手出しはさせん!」

手から邪悪なエネルギーの弾丸を放とうとしたグレイとバキに、エリックがバレットを打ち込む。

「んなCheapなBulletで!」

そんなもので怯むものか。こちらと自分たちとで力の差が圧倒的なものであることを理解していないのか。バキは舐めてかかりながらも、エリックのバレットを叩き落とす。奴らが自分より強大な敵を相手にしてなお生き残るつもりなら、自分たちの視界を奪うために目にバレットを撃ち込み、目を負傷させること。そこへ来るとわかっているなら問題ない。

「あたしのつぶらな瞳を潰そうなんて、ずいぶん姑息ね。さあ、そろそろ天国へ連れて行ってあげるわ!」

グレイは地上を走っているリンドウに、エネルギー弾を撃ってくる。

やば、と声を漏らしながら、リンドウは地を強く踏み蹴って右方向へ跳躍する。瞬間、リンドウがたどっていた道がグレイのエネルギー弾の爆発によってえぐられる。食らったらただでは済まないだろう、直視せずともリンドウはそれを理解した。だが足を止めなかった。倒れているユウに向かって彼は必死に駆け出し続ける。次から次へとグレイの手から放たれるエネルギーの弾丸を、リンドウは紙一重で回避し続けていく。

(ぐ…こ、こいつ人間のくせにやるじゃない…!)

グレイは少し手間を懸けさせられたことによるイラつきを感じつつも、リンドウの人間離れした反射神経を評価した。これも彼がゴッドイーターとして長年戦ってきたことで培ってきた技術なのだろう。だが、所詮は人間だ。自分たちのように、元から優れた力を持った種族ではない。だからどのみちこの男の行動は無駄な足掻きに終わるに違いない。もしこの男が地球人じゃなくてナックル星人の男だったらよかったのに…などと、聞いたら寒気を催すようなことを考えるグレイだった。

「ぐおおおお!!」

次に撃ち込んだエネルギー弾の爆風によって、リンドウは大きく吹き飛ばされた。

地面を転がりながらも、すぐに神機を杖代わりに立ち上がり、彼は再びユウの元へ向かった。

 

 

「リンドウさん…!」

ギースたちは、ユウを助けるために危険を顧みずに向かっていくリンドウに、マルグリットが名前を呟きながら憂う気持ちを露わにする。気が気でならなかった。本当に、あんな化け物たちを相手にユウを助け出そうというのか。いくらなんでも無謀だった。

「死にそうになったら逃げろ、そんなことを自分で言っているのに…」

バレットを撃ちながらエリックが思わずそのように呟く。自分がゴッドイーターになった時、何度もリンドウから聞いた言葉だ。だが、言っている本人がいつも自ら仲間を守るために危険に飛び込んでいくことが多かった。

「いくら自分の部下が大事だからって、あんな怪物どもを相手に突っ込むのか…助けられる可能性なんて、考えられないってのに…」

ギースが正気の沙汰には思えないとばかりにリンドウを見ていた。神機を握る手に、自然と力が入る。なんだかんだいいつつも、彼も嫌っていた節が見えたリンドウの身を案じつつあった。

「……」

ヴェネも黙っていたが、ギースの言うとおりだと思った。エリックの援護射撃も万能ではない。リンドウ自身もスタングレネードを用いて、なんとか対処できている。だが相手が個々の力においても、その個々すべてを併せ持ったうえで圧倒的な力を持つ以上、いつまでも持ちこたえられるはずもないことが予想された。

敵はウルトラマンギンガを狙う怪人、イクスもその一人だった。現にアラガミと化したウルトラマンを操ってギンガを襲い、そして敗北に追い込んだ。

…ウルトラマンを、操る?

「…そうか!」

ヴェネは閃いたのか、思わずそのように声を漏らす。

「ヴェネ、どうしたの?」

マルグリットが彼の顔を覗き込む。

「今、この状況を覆す手を思いついた」

「マジで!?」

それを聞いてギースも思わず声を上げる。こんな絶望的な状況を、打開できる手を彼は思いついたのか。やはり彼は、神機を失っても尊敬すべきゴッドイーター、自慢の幼馴染だったと彼は強く感じた。

「本当に、この状況をどうにかできるのかい?」

エリックはヴェネの提案に対して、まだ聞いていないとはいえ状況が状況なだけに、それが本当のことが疑惑を抱いた。それについてギースがわずかに不満を抱き、何か言い返そうとしたが、それを察したのかマルグリットがギースの手を引いて黙らせた。

「ああ、それは…」

 

 

 

「ぐ、ぬぬぅ…!!」

「ちぃ…!!」

グレイがリンドウの相手をしてる間、タロウはマグニス、そしてバキの動きを、懇親の念力を用いて封じ続けていた。その間、リンドウが彼の元にかろうじてたどり着いた。

「新入り、無事か!?」

「リンドウ…さん」

なんとかユウのもとにたどり着くことはできたが、肝心のユウはまだ動ける状態ではなかった。

「ユウ、早く立ち上がるんだ!ここにいては危険すぎる!っぐ…」

「タロ…ウ…!」

後ろを振り返るタロウはユウに対して必死に呼びかける。対するユウも、傍らに落としていた神機を握り体を起こそうとしている。だが、やはりジャックとの戦いでのダメージに引き続き、闇のエージェントからの追撃のせいで体の自由がまともに利かなかった。それでも彼は何度も立ち上がろうとした。

情けない…ウルトラマンになったのに、自分はリンドウさんやタロウの世話になってばかりで…!ユウは自分の未熟さをとことん呪った。

(人形が…喋ってんのか?)

一方でリンドウは、目の前に、ユウの盾となっているかのように、二人もの巨大な異星人と対峙している人形を見て目を丸くする。人形が、…いや、人形にしか見えない何かがユウに間違いなく話しかけていた。

ウルトラマンに変身できることといい、この人形擬きといい…一体こいつはこれまでどんな秘密を抱えているのだ。

しかし今の彼らの身に起きている状況は、そんなことを気に留める暇も与えない。

「リンドウ君、今のうちにユウを!」

「え?お…おお!」

そうだ、今はこいつをギースらごと連れて帰ることが最優先だ。リンドウは動揺が抜けていないものの、タロウに言われた通りユウを背中に背負って駆け出した。

「待て!逃げるな!」

マグニスの怒鳴り声が響くが当然無視。そのままリンドウは脱兎を開始した。

「この…!人形の分際でどこまでも邪魔をするか…!」

マグニスはタロウのウルトラ念力で、全身に重りを乗せられたような感覚を覚えながらも、強引に体を動かしてサーベルを振り下ろそうとしている。動きがゆっくり過ぎて、振り下ろすというよりも、そのままゆっくり下す動きになっていた。だがタロウのこの唯一の対抗手段であるウルトラ念力は、そう何度も多用すべきものではない。著しくエネルギーを縮めてしまうリスクがあった。限界まで続けてしまえば、タロウも倒れて共倒れとなってしまうのだ。

「おい、ジャック!突っ立ってないでこの邪魔くさいてめえの弟をどうにかしろ!」

マグニスは動けないことにしびれを切らすと、よりによって待機させていたままのジャックに非道な命令を下してきた。

それを聞いて、タロウは言葉を失いかけた。さっきまで動きを止めていたジャックは、その命令を聞いたのか、わずかに動き始めたのだ。イクスが、闇のエージェントの仲間の命令を聞くように信号を送っていたのかもしれない。

「兄さん…本気なんですか…!?本気で私とユウを殺そうというのですか…!?」

タロウは目の前の現実を素直に受け止めきれない。

「目を覚ましてください、兄さん!!あなたは…あなたはウルトラマンジャックだ!この地球を共に守ってきた、私の尊敬すべき兄さんなんですよ!!」

「は、ははは…馬鹿が!今のこいつは、もはやウルトラマンではない!血に飢え、食うことにしか能のないアラガミだぜい!」

「黙れ!」

嘲笑ってきたバキの言葉を、タロウは怒鳴り声で遮る。

「思い出してください、ジャック兄さん!あなたはこの地球で、『郷秀樹』としても生きていた!人間の美しさも醜さも…その両方を知り、守るに値する星と信じて共に戦ってきたではありませんか!」

必死に呼びかけ続けるタロウ。そんな彼をマグニスは本当に愚かな奴だとけなした。今のこいつはアラガミ、そしてイクスが、ジャックを取り込んでいるスサノオがその前に捕食していたヴェネの神機を介して信号を送っていることで操っている。

「そんなあなたが、自分の愛する人間と地球をおびやかそうとする者の悪事に荷担すると言うのですか!?ましてやそこにいるナックル星人は…あなたの大切な人を殺した者の同族だ!」

「…」

弟からの必死の呼びかけだったが、反応はなかった。

「ああもう、あんたうるさいのよ!」

耳障りに聞こえたグレイが、彼に闇のエネルギー弾を放った。

 

 

 

「よし」

ギース、マルグリット、ヴェネ、そしてエリックは、ヴェネからの提案でカーゴに戻ってきていた。イクスが変化した泡は蒸発してしまったのか、跡形もなく消えている。

「ねぇヴェネ。一体どうするつもりなの?本当に、あんな怪人たちを倒せる手があるの?」

「ああ」

「どんな方法だよ?」

今度はギースが尋ねてくる。あのヴェネのことだから、きっと本当にこの状況を打破できる手立てを考えてくれているはずと信じていた。

「外にいるあのスサノオ…あれは僕の神機とウルトラマンを取り込んだことによる異常進化したものだ。それをイクスは、あの中にいる僕の神機に信号を送ることで操っていた」

「アラガミ化した、ウルトラマンだって…!?でも、ウルトラマンはあのアラガミや怪人たちを相手にしていたじゃないか!」

ギンガに助けられた身であるため、それを聞いてエリックが特に強い反応を示した。ギンガ以外のウルトラマンはユウ以外に全く認識されていないため、ウルトラマンのアラガミ化と聞いて、ヴェネの話に矛盾を感じていたのだ。

「ギンガだけじゃない。元々ウルトラマンはギンガ以外にも、何人もいたらしい。いくら僕らに隠し事の多いイクスでも、あの状況で嘘をつくとは思えないし、ウルトラマンに対する対策が万全だった。ギンガ以外のウルトラマンの存在を想定しなければできない」

そういわれて、ギースたちは納得を示すとともに、イクスに対して恐怖にも似た感覚を覚えた。

「…で、どうなんだよ。どうやってあいつらを止めるんだよ?」

「イクスが使っていたこのコンピュータから、あのスサノオに『あの怪人共を討伐せよ』と命令を送る。そうすれば、あのスサノオは僕らではなく怪人共を攻撃してくれる。おそらくは、な」

「おそらく?」

マルグリットからの質問に確証があるとはいわないヴェネに、一同は呆けた。

「この方法で本当にこの状況を打破できるかどうかは保証できない。なぜなら、イクスが使っていたコンピュータに直接触れたことなどない。秘密主義のあの男が、触らせようとするはずがなかったからな」

「でも、これしか…ないんだね?レフィカル隊長」

エリックがそう尋ねると、ヴェネは迷わず頷いた。

時間がない、さっそくヴェネはイクスのコンピュータに触れた。基本的に普通のPCと似た構造だったが、やはり天才科学者でもあるイクス。どのように動かしていたのか理解するには時間を要しそうだ。

だがヴェネはここで怯むつもりはなかった。ギースを危うくイクスの実験のモルモットとして死なせ、マルグリットさえも悲しませようとした罪をあがなわなくてはならない。そして自分たちの事情にリンドウとユウを巻き込んでしまったこともあるのだ。

やがて、ヴェネは見つけ出した。

「この波形…新型神機の可変時の、ゴッドイーターの体内オラクル細胞の波形データか。…そうか、これをもとに…!」

さらに閃きを示し、彼は指を目にもとらえきれないほどの速さでキーを叩いていた時だった。

「よし!これで…」

「さすがだね、レフィカル君」

このタイミングで聞きたくなかった声が背後から聞こえてきた。振り替えると、もう二度と見ないと思っていた男の姿があった。

「い、イクス!?」

泡となって消えたはずのイクスだった。

「そんな、さっき確かに…!」

「忘れたのか?私はもとより人間ではない。君たちのような脆弱な存在とは違うのだよ。たとえ、アラガミの細胞を取り込んでもその事実は変わらない」

「相変わらず腹の立つ野郎…!」

ギースはイクスのいつも通りのの、相手を見下して嘲笑っているのが見え見えの態度にムカつきを覚えた。

「だが、悲しいがここでお別れだ。君たちにアーサソールの秘密を口外される訳に行かない。ここで我が研究の礎となってもらう」

自分から事前にヴェネに話していたくせに、ずいぶんと身勝手なことを言い出した。すると、イクスの体に再び異変が起きた。タロウによって跳ね返された弾丸が彼の胸を貫いた時のように、全身が泡となって崩れだした。

しかし今度はさっきと違う。イクスだった泡は風船のように膨れ上がり、カーゴの中をあっという間に飲み込もうとした。

「いかん!脱出しないと!」

エリックが叫ぶ。彼らはイクスの泡に飲み込まれる前に、カーゴから脱出した。

最後にマルグリットがでたところで、カーゴは内部から膨れ上がってきた泡の塊によって破裂し、砕け散った。

ギースたちは、泡の中にいる巨大な影がいるのを見た。

あれは、アラガミ?いや…アラガミではないとすぐにわかった。アラガミから感じる捕食本能、オラクルの気配、それらが感じられない。しかし、やつから感じる悪意を強く感じた。

「ギイイイィィィィィ!!」

泡の中から、姿を現した巨大生物に、彼らは戦慄した。泡に包まれた針ネズミのような刺々しい体表と、赤く染まった目、そしてウルトラマンやあの怪人にも匹敵する巨体。

この怪物こそが、イクスの正体だった。あの不気味さを放ちながらも知的な科学者であった姿からは想像もつかない光景だった。

この怪物…怪獣は星人にも匹敵する高度な知性を持ち合わせ、ギンガに施そうとしたように、かつてあるウルトラ戦士を操って見せたことのある個体の同族だった。

今では失われた情報だが、アラガミが現れる前までの地球ではこのように記録されていた。

 

『発泡怪獣ダンカン』と。

 

「これが、イクスの正体…!?」

人間だった時の姿とは全く異なる姿に、ギースたちは息をのんだ。

 

 

その頃、リンドウ、ユウの二人は、タロウがウルトラ念力を使って闇のエージェント三人の動きを封じている間、一足先に奴らの目の届かない、近くの廃ビル街に逃げ込んでいた。

リンドウはビルの入口の影から、外の様子を確認する。

「ええい、どこに行きやがった!」

「んもう、イクスの奴はいったい何をしているの、こんな時に!あの時あんたたちがモタモタするから!」

「貴様もあんなちっぽけな人間ごときに翻弄されていただろうが!」

「HEYHEY!今は喧嘩してる場合じゃないぜ!さっさとギンガの人間体を見つけて『あの方』に捧げねぇとな」

星人たちのいらだった声が聞こえる。あんな血眼になって、どうあってもこいつを…ウルトラマンであるユウを捕まえようとしている。

「はぁ…やっこさんたちはしつこいな」

「みんな、無事でしょうか…」

「あいつらか…」

前回に引き続き、今回の任務もまた危険極まりないものだ。たとえギースらが接触禁忌種アラガミを討伐するほどの実力でも、あの怪人共やアラガミ化したウルトラマンには間違いなく敵わないのは容易く想像できた。タロウに関しても同じことが言える。今の彼は知っての通りの人形で、唯一の抵抗手段がウルトラ念力だけだ。

外を覗き見ていたリンドウが、再びユウの傍らに身をかがめて彼と目を合わせた。

「しっかし…驚いたぜ。お前がウルトラマンだったなんてな。あのちっこい人形さんともなにかあんだろ」

「…すみません、隠してて」

俯いたユウは、自分がウルトラマンギンガとして戦っていたことを隠していたことを詫びた。

「今はいいさ、んなことは。それよりこれ使え」

「ありがとう…ございます」

リンドウは自分が持っていた回復錠をユウの口に放り込んだ。今の彼はかなりボロボロだ。少しでも回復してやらないと、アナグラへ帰還する前に力尽きてしまう。回復錠を服用したことで、ほんの少しだけユウの体に力が戻った。

「俺もいろいろ聞いてみたいことはあるが、今はあいつらのことよりも、お前の体のことを考えろ。さっき連中にやられたダメージは、見てるこっちから考えても相当だっただろ」

リンドウ自身、ユウに会ったらすぐにユウから聞き題したいことが山住だった。ユウはなぜウルトラマンになったのか、そもそも元からそうだったのか、なぜその力を持ってしてゴッドイーターとして戦うのか、様々だった。だが、今は落ち着いて質問攻め出来るような状態でないのが残念だ。

「…だめです、こうして休んでる間にも彼らが…!」

ギースやエリックたちの身を案じるユウは、休む暇などないと、まだ満足に動かせないからだを起こす。しかしやはり体力も少なく、ダメージがまだ蓄積しているからだでは一方ごくのも難しかった。たった今も、壁伝いでようやく前に進める状態だった。

リンドウは強引にユウを引っ張り、自分と目を合わせさせる。

「だから体のことを考えろって言っただろ?さっきのスサノオ擬きとの戦闘でかなりのダメージを負っても、お前は退くことを放棄してあの怪人共に立ちふさがっていた。

ウルトラマンになったからって、無茶しすぎだぜ」

「……」

強い眼差しを突きつけられ、ユウは俯いた。しかし、その時だった。

「伏せろ!」

リンドウが何かに勘付き、ユウの頭を地面に押さえつけて自らも伏せる。それは一瞬の出来事だった。空を切り裂くような感覚がユウたちの頭上を襲う。直後、彼らのこもっていた廃ビルの天井が消え、夕暮れの空がむき出しとなった。

「うわああ!」

起き上がったユウとリンドウに、エリックの悲鳴が聞こえてきた。直後、ギースとマルグリット、ヴェネ、そしてエリックがユウたちの傍に転がり込んできた。

「お前ら、無事だったか!」

「リンドウさん、ユウさん!」

しかし現時点で誰もかけていないのは喜ばしいことなのだが、再会を喜べるような状態ではない。

「見~つけた♪」

頭上から見下ろしてきたその顔を見て、ユウたちは表情が険しくなる。

グレイ、マグニス、バキ…三人の怪人が勢ぞろいだった。そしてさらに付け加えてスサノオに取り込まれアラガミ化したウルトラマンジャック…灰色のハリネズミのような怪物までも加わっている。

「腹いっぱいだってのに、追加オーダーを頼んだ覚えはねぇぞ…?」

リンドウが軽い感じのセリフを吐きながらも、さらに悪化した状況に苦虫を噛む。

「またもう一体…あいつは!?」

「イクスだ…あいつ、人間に化けて俺たちを嵌めてたんだよ!」

「なんだって!?」

ユウが新たに姿を見せたダンカンを見て詳細を尋ねると、ダンカンを見てギースは質問に答えてきた。実はギースたちの管理官が、あの怪人と同じく人間ではなかったという事実に耳を疑った。

すると、ダンカンからイクスの声が聞こえてきた。

『ちょうどいい、レフィカル君たちを殺した後、君も捕えてあげようか』

その赤い瞳をユウに向けながら、イクスの声で彼はユウに下卑た笑みを見せ、ユウはそれに対して嫌悪感を覚える。

続いてマグニスがユウに対して視線を向けてくる。

「しっかし、人形に成り下がったあの野郎は大したことなかったぜ。足止めした時間も長く持てなかったぞ」

「ッ!タロウ…タロウは!?」

自分たちを逃がすために一人残って奴ら闇のエージェントに向かったタロウがいながら、奴らがこうして自分たちの前に再び姿を現した。そうなると、タロウの身によくないことが起きたことが予想された。

「探し物はこれかい?」

そう告げてバキは、親指と人差し指の先に小さなものをつまんでいるのを見せつける。黙視せずともそこにいるのが誰なのかすぐに分かった。

「ぐ…ユウ…!」

「タロウッ…!」

「へへ、タロウはまだ生きている。けど俺がほんのちょこっとでも力を入れたら…こいつが潰れる。さあて、MeたちのRequestがなんなのか理解できるかな?」

バキが卑劣さなどまったく隠す気配をみせずに、本来の意図をあえて言葉に出さずに問いかけてきた。

「…俺らの首を差し出せというのかよ?」

ギースが、自分たちアーサソールの隊員のことを指しているのかと思ってそう問い返すと、グレイがふん、と鼻息を飛ばしてくる。

「あんたら程度なんて、イクスが適当に踏みつぶせば終わりじゃない。違うわよ。

あたしたちは、そこの優男に用があるのよ。ねぇ…ウルトラマンさん」

「な…!」「え…!?」「…なに?」

まだユウの正体を明確に知らなかったギース・マルグリット、そしてエリックが目を見開いた。ついに彼らにも知られたか、とユウは思ったが、そんなことは今はどうでもよかった。

「さあどうするつもり、ウルトラマンギンガ?私たちに無謀な戦いを挑んで仲間もろとも死ぬか、それとも自分の身を差し出して仲間を助けるか…」

「く…ッ!!」

いやらしく気持ちの悪い声でグレイはせせら笑う。全快の状態なら、こいつらとも渡り合うことくらいは可能なはずだ。だが、もう自分はギンガ再変身することが難しいほどにエネルギーが尽きている。ならば自分の身を差し出して仲間を……それしかない。

「耳を貸すな、ユウ!!お前は希望なんだ!こいつらの話に乗ろうとするな!」

「Be Quiet!余計なことはNGだぜ」

「グアアアアアアア!!」

タロウが地上のユウに叫ぶと、バキが指先に、ほんのわずかな力を入れてくる。小さな体のタロウには、バキのちょっとの力でも苦痛を与えるのに十分だった。

ユウはそれを見て、焦りと憤りが入り交じるのを覚えた。卑劣な星人たちをすぐにでも倒し、タロウもリンドウたちも救いたい。だが、ギンガに再変身できる体力は残っておらず、それ以前にゴッドイーターとして神機を振るうこともままならないほど消耗していた。

「く、今度こそ終わりだと言うのか…」

「諦めるなエリック、最後まで考えろ!」

どうすればいい…どうすればこの最悪の状況を免れることができるのか。ユウだけじゃない、リンドウもヴェネも、頭を必死に練って考えた。

ヴェネは、カーゴのコンピュータから送られている信号であのスサノオ…ウルトラマンジャックが操られていることを突き止めていた。イクスは、ジャックを取り込んだあのスサノオの中にある、ヴェネの神機に信号を送信することでジャックを操っていた。ならこちらから新たな命令として、自分達を守るように信号を送れば良かったのだが…だがカーゴは正体を現したイクス自身の手で破壊され、失敗した。

…ならば、覚悟を決めるしかない。たとえこの手段で身を滅ぼすことになっても。

「…わかった。仲間を見逃してくれるなら…」

ユウは、苦渋の決断として自らの身を差し出すことを宣言した。

「な、ユウ!?」

タロウも、そしてリンドウたちもそれを聞いて絶句した。

「いかん、ユウ!よすんだ!そんなことをしたところで…」

それこそこいつらの思う壷だ。ユウが身を差し出したところで、リンドウたちを見逃してくれる保証などない。むしろ、ウルトラマンという鉄壁の味方を失った彼らを、花を摘むように狩ると考えるのが普通だ。それをユウは、理解しているのか!?

(あんな思いをするのは二度と…)

タロウが殺されかけ、仲間たちも危機に陥っている。この状況は、ユウにとって過去のトラウマを刺激していたのだ。今は亡き妹から庇われ、みすみす自分だけ助けられた事実が、ユウから正常な判断力を消していた。

「ほっほう…聞き分けがいいじゃないかウルトラマン。俺たちのRequestを聞いてるとは」

ユウがこちらからの要求を受託したことを聞き、マグニスたちは笑った。

「さて、そうとわかったらこちらに」

「待て!」

手招きしてきたマグニスがユウに来るように告げたとたん、ヴェネが遮ってきた。

「なんだ、イクスの用済みのモルモット。なにか用か」

「彼の命だけでは、お前たちの安全は保証できまい。なら僕の身も差し出させろ。ギースたちを見逃してくれ」

さらに飛んできたトンでもな発言に、ユウたちが、特にギースとマルグリットが驚愕した。

「なに言い出すの!?」

「そうだよ!何でヴェネまで…」

二人の叫び声に当てられても、ヴェネは顔色一つ変えてこなかった。

「ほう、わかっているじゃないかレフィカル君。まさかアーサソールの機密を身をもって守ろうとするとは、そこまで自覚を持っていたとは予想外だが、管理官として嬉しいよ」

ダンカンの姿のまま、イクスが満足げに笑った。

「やめてください!僕があなたたちの代わりに身を捧げます!だから…」

ユウは、ヴェネにやめるように言うが、ヴェネは耳を貸さない。

「だが残念だが、君だけの命ではアーサソールの機密が漏れる。そこの二人を見逃してほしくて言っているのだろうが、やはりアーサソールのメンバーである君たちが生き残るには、このまま私の実験に付き合うことぐらいだ」

「こうまで頼んでもダメか?」

「残念だが」

マグニスにバキ、グレイ…他の闇のエージェントたちはヴェネに注目し笑っていた。こいつらバカだ!

「そうか…なら仕方ないな」

全員が自分に注目している、そして自分達の勝利を信じて疑わない、それを察したヴェネは、手の中に隠していたものを投げつけた。

目の前になにかを投げられ、一瞬ぼうっとした闇のエージェントたち。投げつけられたそれは…カッ!と光を解き放った。

「な、グアアアア!?」

ウルトラマンを敗北させ、残ったゴッドイーターたちも詰みの一歩手前まで追い込んでいたことで、完全に油断していたヴェネが隠し持っていたスタングレネードの輝きに視界を潰された。ユウたちもその目映すぎた輝きによってなにも見えなくなってしまう。その拍子に、バキもタロウを手から放してしまう。

ヴェネはスタングレネードが破裂する直前、特殊なサングラスをつけていたため視界を潰されずに済んだ。自分以外の誰もが視力が回復していないうちに、彼はある方向へ走り出す。その先は、アラガミ化したジャックの前だった。ジャックの前に立ったヴェネは、新たにポケットから一本の注射器をだし、それを自分の体につき出した。注射器の中には、偏食因子は大量に入っていた。ゴッドイーターが神機を制御するためには、腕輪から自分の体に合わせて調整された偏食因子を腕輪から投与す必要がある。そのための注射器だった。だが本来、投与の際に数滴で構わないのに、ヴェネは注射器一杯の因子を直接体に投与した。下手したら自分がアラガミになりかねない、あまりに危険な行為だった。

「ぐ、うう…」

多量の偏食因子を取り込んだことで一瞬悶えたヴェネだが、次に壁を伝うようにジャックの足に触れた。

その時エージェントたちの傀儡となったジャックに異変起きた。

じっと待機していたはずだが、ヴェネと彼の体が触れたとたん、さらに強い輝きを放つエメラルドグリーンの光が二人を包み始める。

 

光が晴れ、全員の視力が回復したとき、ヴェネの姿はなかった。

 

「ヴェネ…ヴェネ!?」

マルグリットが名前を呼びかけるが、ヴェネからの返事はなかった。

「…ち、どうやら逃げられたみたいだな」

マグニスが、姿を消したヴェネに気付いて舌打ちする。これについては、秘密主義なイクスも、自分の研究が何かしらの形で漏れるのを危険視していたため気にしていたが、その考えはすぐに消えた。アラガミ防壁外の世界はアラガミの巣窟。神機を失っているヴェネが一人逃げたところで、どこかでアラガミに食われるのが目に見えている。

「しかし、可哀想なことだな…ギース・クリムゾン、マルグリット・クラヴェリ。まさか、昔からの幼馴染みに、ついに見捨てられてしまうとは」

くっく、と怪獣の姿でも変わらず相手を見下した下卑た笑みを見せてきたイクスに、ギースが我慢ならずに反発した。

「ざけんな!ヴェネは絶対に逃げたりなんかしねぇ!」

「ではなぜ姿が見えない?逃げたのだよ、我々に怖気づいてな」

神機を向けて明確な敵意をむき出すギースに、イクスは笑みを崩さずに言い返して押し黙らせる。

なぜ…こんな時に姿を消したんだよ、ヴェネ!!

ここにはいないヴェネに対してギースとマルグリットは、絶対に抱きたくなかった疑心を抱き始めていた。

「ヴェネさん…」

この状況に絶望するのも無理はない、とユウは一瞬思ったが、ギースとマルグリットが強く信頼を置くほどの人だ。二人を置いて敵前逃亡なんて、二人の視点から考えればありえないと考えられた。

「…ふん、雑魚一人消えたところでどうでもいいわ。今度こそこのガキを連れて行きましょう」

もうこれ以上こいつらのために時間を割きたくないとばかりに、グレイがユウの捕縛を勧めてきた。それを聞いて、ユウたちは身構える。もうこいつらは自分たちに対して油断をするつもりはないだろう。そしてこいつらに立ち向かえる力を、自分たちは持っていない。たった一つの対抗手段であるウルトラマンの力をユウは現時点で使うことができない。

今度こそ…万事休すか…!エリックを筆頭に、全員に絶望の色が見え始めた。

(くそ、僕は何のために…!)

なんのためにウルトラマンとして戦ってきたんだ。ギンガから力を借りることで、これまでの困難をしのぎ、仲間を守ってくることができた。自分の可能性の低い夢に希望を抱くことができた。だが、その結果が…こんなところでの無様な敗北なのか。結局仲間を守れずに、このまま奴らの手に落ちるのが僕の最期だというのか!

「HAHAHAHA!今度こそYouたちの敗北だぜぃ!」

バキは勝ち誇った高笑いを浮かべ、他の闇のエージェントたちも同調する。

「させん!」

しかしそうはさせまいと、バキたちの拘束から解放されたタロウが、再びバキたちの前に立ちふさがる。今度はギースとマルグリット、そしてエリックの三人が突然現れた小さな人形に目を丸くしたが、ユウとリンドウ、注目の的となっているタロウ本人は無視した。

「タロウ、いい加減諦めなさいよ!見苦しいったらありゃしない!」

グレイがうっとおしげにしっしと、虫を追い払うように手を振る。

「タロウ、もういい!!僕たちはもはやどうすることも…」

もはや抵抗する術を失ったユウが、タロウにやめるように、そして逃げることを促したが、直後にタロウが叫び声を飛ばして遮った。

「それ以上言うな、ユウ!忘れたのか、お前はなんのためにゴッドイーターに、ウルトラマンになることを決めた!?」

「なんのためって…」

「この空を、星を…アラガミに奪われたこの世界に自由を取り戻したかったんじゃないのか!?亡くなった妹のような犠牲を生まないために戦うことを選んだんじゃないのか!?」

確かに…あの雲を超えたいという叶えたい夢がある。過去の悲劇を繰り返したくないという願望がある。だが、今の自分にはもう…。

「どうすることもできなくなっているじゃないか…これ以上…」

「やめろ、新入り。そのお人形さんの言うとおりだ」

この先は言わせないとばかりに、今度はリンドウが口を開いてユウの肩に手を置いた。

「俺は第1部隊の隊長…気楽な日常を取り戻すためにも、お前らを生きて連れて帰る。たとえ相手が、自分より百万倍強い奴であってもな」

「リンドウさん…」

「帰ったら、お前に無茶をしない戦い方を教えてやる。だから立て。お前だって…ウルトラマンなんだろ?」

「………」

こんな状況だというのに、リンドウはまだ諦めていなかった。その目の中に、未来を見通しているような強い決意を秘めた眼差しを、ユウは見た。

「あんたって…よくそんなあきらめの悪さを保てるよな」

そんなリンドウを見て、ギースがため息交じりに口を開き、ユウをじろっと睨んできた。

「神薙、あんた任務の前に俺にエラそうなこと言ったんだ。俺より先に倒れるとかゆるさねぇぞ」

「ギース…」

ユウ、そしてマルグリットが、神機を構え、リンドウの隣に立った彼に視線を向ける。

「下がってろよマリー。俺たちが守るからな」

「う、うん…」

言われたマルグリットは、ギースの後ろに下がる。

「…僕の事も忘れないでくれ」

ギースに続いて、エリックがリンドウとギースに並んで立ってきた。

「ユウ君、僕はウルトラマンとゴッドイーター…両方の君に救われた身だ。ここでその借りをまとめて返そうじゃないか!」

「エリック…」

「あんた、体震えてるだろ。無理すんなよ」

「ふ、ふふ…これは武者震いだよ…逃げたりなんかしたら、エリナに合わせる顔をなくしてしまう。それに…華麗なるゴッドイーターに…こ、このような窮地は付き物だからね」

ギースからの指摘通り、エリックは少し体が小刻みに震えていた。ナルシストな性格の奥に隠れた臆病な…しかし勇気を持った意志を、ユウはその姿に見た。

「いつまでもありもしない希望にすがる…虚しくて哀れで、虫唾が走るッ…!!」

うんざりした様子で、今度はイクスが言葉を発してきた。同調するように、マグニスとグレイも顔をしかめている。

「バキ、さっさと邪魔者共を殺して、ウルトラマンギンガの人間体を捕まえろ」

「言われなくたって、やってやるぜ」

バキは、ついにその黒くて巨大な手を、今度こそユウに向けて伸ばしてきた。

 

だが、その時……

 

ガシッと、バキの腕を背後から掴んでくる者がいた。

振り返るバキ。その直後だった。

「ふぐぁ!!!?」

突然、バキは何かに殴り飛ばされた。

「え…!?」

突然の出来事にユウたちは、何が起こったのか理解できなかった。

「な、貴様…!」

バキを殴り飛した何かを見て、マグニスがそいつに対してサーベルを振り下ろしてきたが、逆にそのサーベルは一瞬にして刀身を切り落とされてしまい、さらに続けてグレイ、そしてイクスが強い衝撃を受け吹っ飛ばされた。

「…嘘だろ…」

突然闇のエージェントたちに攻撃を仕掛けた者を見て、ユウたちは驚愕するしかなかった。

奴らに反抗した者、それは…

 

「…ジャック、兄さん…!?」

 

スサノオと一つとなってアラガミとなったはずの、ウルトラマンジャックだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

禁忌を破る者(後編)

「バカな!!?」

イクスたちは、自分たちに攻撃を仕掛けてきたジャックに、あり得ない怪奇現象を目の当たりにしたような驚愕を露にした。

「ありえない、貴様は私の手で思いのままに操られているはずだ!たとえカーゴを破壊しても、予備の信号発信装置から命令を送り続け、我々に逆らわないようにしているはず!」

イクスは、アラガミとなったジャックを操るために完璧なる算段を考え、準備をした。すべては自分の忠誠の対象である『あの方』の最大の天敵となるであろうウルトラマンギンガを無力化させ、その力を捧げるため。

かつて、イクスの同胞だったダンカンは、タロウの親戚に当たる先代戦士の一人、『ウルトラセブン』を操ったことがある。ダンカンはウルトラ戦士さえも操る強力な催眠術を持っているのだ。

さらに、闇のエージェントたちにはギンガスパークを模した黒いアイテム『ダークダミースパーク』がある。それで力を解放させられた怪獣のスパークドールズをアラガミに取り込ませ、暴走させることができる。支配下に置くことも可能だ。

だが、ギンガの場合は違う。何故ならば、ウルトラマンギンガは…

闇のエージェントたちが畏怖する、ある存在とは…水と油のさらに先…『表と裏』の関係にある。

故に従来の洗脳が通じないことが予想され、イクスはゴッドイーターを利用した、新たな洗脳術を確立させた。ヴェネたちアーサソールを利用したのもこのためだ。

結果、スサノオと一つとなったウルトラマンジャックを自分達の操り人形にすることに成功した。ゴッドイーターを器としているギンガも、これで操ることが可能。もしかしたらあの方さえも…

しかし、操るにはこちらから信号にのせた命令を送信し続ける必要がある。主な送信元であるカーゴを奪われたり破壊されてもいいように、イクスは予め、誰にも見えないところに別の送信気を設置していた。だから、ジャックがこうして自分たちに逆らうことはあり得ないはずなのだ。

「WHY!?どう言うことだよDoctor!こいつはMeたちの思いのままじゃなかったのかよぉ!」

バキが、話が違うとばかりに声を荒くする。他二人のエージェントも説明しろとばかりに視線を向けてきた。

そんなこと言われても、自分の計画に何も支障はなく、己の才覚に対する自負が過ぎたような覚えもない。もしや、ウルトラマンギンガの変身者が何かを施したのか!?いや、奴の動きは常に把握していた。ジャックに何かをしでかしたような動きは見せていない。

いや…待てよ…?まさか!

確信を得て、イクスはジャックを睨み付けた。だがその目に見えているのは、ジャック本人ではない。

 

「…貴様の仕業か、ヴェネ・レフィカル!」

 

 

 

「どういうことだ…!?」

ユウたちも、突然アラガミ化し奴らの手駒となっていたジャックが、逆に闇のエージェントたちに反抗し始めたという事態に、何が起こったのか理解しきれなかった。

一体何が起こったのだ?

「今、あいつヴェネの名前を言ってたみたいだけど…」

マルグリットが、イクスのたった今のセリフを聞き逃さずに聞いてそのように言う。あのスタングレネードの光の中に紛れて、ヴェネが何かをしたのだろうか。

だが、そんな彼らの頭の中に浮かび上がる疑問について考える間もなく、反抗を始めたジャックが、アラガミの姿のまま闇のエージェントたちに襲いかかってきた。

 

 

ジャックが真っ先に狙ったのは、ナックル星人のグレイだった。

奴に即座に迫った彼は、奴の肩を掴んで引っ張り、腹に前足のひざを食い込ませ、

背後からジャックを狙いに、バキが飛び掛ってきたが、ジャックは全く動じず、右拳を頭の後ろへと運び、その際に飛び掛ってきたバキを殴り飛ばした。

「ぐふ…!」

だが、その隙を嫌らしく突いてくる輩がいた。のびてきたサーベルを、かろうじて身を翻して避けたジャック。見ると、予想通りマグニスがサーベルを彼に向けて突き刺そうとしていた。次々と向かってくるサーベルの嵐。ジャックはそれに対し、尾から生えていた〈ウルトラランス〉で応戦した。マグニスはサーベルを装備している状態で攻撃しているのに対し、尾から槍を生やして攻撃しているジャックは両手も使える状態だった。こちらの攻撃をいなすのにサーベルを利用しているために、逆に自分が隙を見せる羽目になっていた。ジャックは槍でマグニスのサーベルをかわしながら、残った両腕のうち、右手を突き出す。

〈ウルトラショット!〉

「ジュアア!!」

「ッ!しま…!」

純粋なウルトラマンだった頃と比べて野太い声をはきながら、マグニスに向けて光線を発射した。光線技がすぐ近くから発射されたのを見たときにはすでに遅く、マグニスは胸にジャックの必殺光線をもろに食らってしまう。胸元で火花が散り、マグニスは胸を押さえながら一歩下がった。

しかしそのとき、ジャックの横から強烈な肉弾が彼を突き飛ばした。四本の足で支えられた巨体が突き飛ばされ、ひび割れた廃ビルを倒壊させてしまう。

ぶつかってきた張本人は、怪獣としての正体をあらわにしたイクスことダンカンだった。イクスはさらに自分の体を高速回転させ、がけから転がしたタイヤのような破竹の勢いでジャックに再び体当たりに向かう。立ち上がったジャックは両腕をクロスしてそれをしのごうとするも、やはり相手の勢いの方が強かった。二度目を受け、再び突き飛ばされてしまうジャック。

「まったくもぅ…どうしてあんたたちウルトラマンはこうもしつこいのかしら…ね!!」

すると、突き飛ばされて一時ダウンしたジャックを、グレイが無理やり起き上がらせ、その四肢に拳を乱暴に叩き込んできた。

今のは結構堪えたらしく、ジャックは殴られた箇所を押さえながら一歩退いた。だが追撃に、グレイは手から邪悪なエネルギーを形成し、弾丸としてジャックに発射した。

「ウ…!」

さらに深く入り込んだ一撃に、膝を折ってしまう。

「俺たちのモルモットにしてやったのに結局逆らいやがって…覚悟しやがれ!」

マグニスがさっきの仕返しとばかりにサーベルを振りかざし、ジャックの体を切りつける。

「傷をえぐられるのはさすがに嫌だろう?ORA!!」

胸に深い切り傷が出来上がっていた。その傷をえぐるように、今度はバキが調子よく笑いながらその傷をわざと狙って蹴りを叩き込んでジャックをひるませた。

それからはリンチの始まりだった。バキがケンタウロスのようになったジャックの背中に乗り、羽交い絞めでジャックの動きを封じ、そこをグレイとマグニスがさらに攻撃、続いてイクスが体を転がして体当たりしジャックを再度突き飛ばした。

「グアァ…!」

ダウンしたジャックは、立ち上がって方膝を着いた。ウルトラマンだった頃からの名残である、カラータイマーも赤く点滅を開始し始めていた。

「へ、こちらには向かってきたからちと焦ったが…俺たち4人を相手にするには程遠かったようだな!」

「頼みのウルトラBrothersたちもてめえと同じく人形になってどこかに眠っている状態だろうしよ。復活早々残念だったなぁ!」

自分たちに逆らっておきながら、結局自分たち闇のエージェントたちはジャックをあざ笑った。すると、グレイがジャックに向けて、心無き言葉を飛ばしてきた。

「アラガミとなってなお、あんたはいまだに認めようとしていないみたいね。あんたが始めて戦ったあたしの同胞に、あんたの大事な人達が殺された理由が」

その言葉に、フラフラになりかけていたジャックがピクッと動きを止めた。

「ま、弱い奴から死んでいくのがこの宇宙の道理という奴よ、ウルトラマンジャック。

故に強大な力を持つ者にこそ世界を支配する権利があるの。そいつの大切な人とやらがあたしの同族に殺されたのは自業自得、当然の結果よ!」

「………ッ」

グレイから好き放題、勝手なことを言われたが、アラガミ化している影響からなのか、それとも別の理由からなのか…ジャックは言い返さなかった。

 

 

遠くから今の言葉を聞いたユウは、激しい憤りを覚えた。

(…当然の結果、だと?)

怒りを募らせるあまり、痛みを忘れたユウは傷だらけの体を起こして立ち上がった。ギリッと歯ぎしりし、目の前にそびえる塔のように立っているグレイを睨みつける。理不尽に命を食らうアラガミ、理不尽に暴力を用いて仲間たちを襲うこの怪人。…それは、憎むべき敵として同列の者として認識された。

「強ければ、何をしてもいいと…お前はそういうのか…!?」

ふざけるな…!僕の妹も…何の罪も犯していないあの子が死んだのも当然の結果だと?

強く握られた拳から血が流れ落ちた。

 

 

「グレイ、挑発しすぎるな。いくら追い詰められたといっても、こいつらは我々の野望をことごとく阻止してきたウルトラマンだ」

イクスが、調子に乗っているようにも取れたグレイをいさめる様にいうが、心配ない、とグレイは軽く聞き流した。

「安心なさい、今度こそ同じナックル星人であるあたしが止めを刺してあげる!」

グレイは自らの手で止めを刺してやろうと、ジャックに向かって近づき、その肩に手を置き始めた。

 

――――弱い奴から…死んで当然だと?

 

――――坂田さんと、アキちゃんを殺したことが、何も間違っていないと?

 

「終わりよ!」

再び自分の右手からエネルギー団を、それも至近距離からカラータイマーに向けて叩き込もうとしたグレイ。だがそのときだった。

 

「…フザケルナ…」

 

ガシッと、自分の手をジャックが強く掴んできた。

「な…!まだそんな力が…!」

振りほどこうとしたグレイだが、あまりに強烈な力でジャックが掴んできたために振りほどくことはかなわなかった。これまで好き放題操ってきた報復を返すかのごとく、ジャックはグレイの顔に強烈なパンチを叩き込んだ。

「ヘア!!」

「がぶ…が!!」

その足った一撃の拳が、決定打となった。

「あたしの…美しい、顔に…よく、も…!!?」

ダウンしたグレイは、自分が美しいと自負する自慢の顔を傷つけられ怒りに駆られた。だが、彼は立ち上がれなかった。こめかみの辺りを強烈に殴られたせいか、激しい脳震盪を起こしていた。

「この!いい加減に…!」

痺れを切らしたバキが、再びジャックに向けて突撃する。だがそれを見越して、ジャックは尾を伸ばしてバキを瞬時に拘束した。そして強烈な締め付けで首と胴体を締め上げていく。

「が、がが…!!」

バキは抵抗を試みるが、自分の首と胴体を締める力に逆らえず、力が抜けてぐったりとしてしまう。そのバキをジャックは、動揺しているイクスのほうへと思い切り投げつけ。イクスを昏倒させた。

「おのれ…ウルトラマあああああああああン!!!」

残ったのはマグニス。マグニスは口元を苛立ちでゆがませながら、自慢のサーベルを振り回し、ジャックに襲い掛かってきた。

だが、敵を威圧するのに十分なマグニスの迫力に対して、ジャックは決して動じることなく身構えるのだった。

 

 

(これが…タロウが言っていた…光の国最強戦士の一人『ウルトラ兄弟』の力…!)

一度苦戦しかかったように見えて、実は決して負けているわけではない。それどころか逆に何度も逆転の状況を作って反撃に転じ、星人たちを圧倒する。

想像していた以上…無双のような強さを見せつけるジャックに、ユウたちは驚かされていた。アラガミ化しているとはいえ、ギンガ以外のウルトラマンの戦い。いや、寧ろその状態となった自分の特長さえも生かして彼は星人たちを翻弄している。さっき自分達を襲ってきたような恐ろしさ不思議と感じなくなった。

 

ジャックの手から、光り輝く光輪〈ウルトラスラッシュ〉が放たれる。

マグニスはそれを叩き落そうとしたが、それはできなかった。サーベルの刀身は、ウルトラスラッシュの切れ味に勝てず、そのままたたき折られて彼の肩を掠めてしまったのだ。

「ぐあ…!!」

これでマグニスも今度こそ戦闘不能となった。すると、イクスが再び立ち上がってくる。

「おのれ…私はなんとしても、生き延びてやる…」

その口から、同じく逆転のピンチを許し危機状態となった仲間であるマグニスたちに対する気遣いはなかった。イクスは自分の体を丸める。再びこちらに向かってくるつもりかと考えたジャックは再度構えを取ったが、イクスは予想外の行動に出た。

ジャックとは反対方向へと高速で転がり始めたではないか。

「あ、てめえ…!!」

自分だけ逃げるつもりか!!ギースらをモルモット扱いして非道な実験にかけ、自分が助かるために仲間さえも見捨てる。なんとも薄情で卑劣な男なのだ。

そんなイクスには考えがあった。いくらウルトラマンといえど、今の奴はアラガミでもある。オラクル細胞の中にあるアラガミの本能が蘇ることは目に見えていた。あの状態が…かつてのウルトラ戦士だった頃の正常な心がいつまでも保てるとは思っていなかった。

(あのままマグニスたちが奴と戦い続ければ、いずれまた奴は暴走する。そうなればマグニスたちとウルトラマンは相打ちとなり、近くにいるギース・クリムゾンたちも死ぬだろう…)

そうなれば、自分の研究成果と内容をこれ以上知られることなく隠蔽し、自分もまた生き延びて再び研究の続きを…ウルトラマンの力を支配した最強のゴッドイーター完成の研究を続行できることになる。そのためにも、マグニスたちには悪いが犠牲になってもらう。

今回はジャックの反抗という予想外の事態が起きたが、それも含め貴重なデータが取れた。

(ふふ…喜ぶがいい、お前たちの犠牲が、『あの方』の願いの成就に繋がるのだからな…)

思った以上に早く、奴らのいる場所から離れることができた。もう自分の独り勝ちは決まった。そう思っていたイクス。

だが、イクスは見誤っていた。ウルトラマンは…人の命をもてあそび仲間を見捨てる非道の輩を見逃すほど甘くは無かった。

はるかかなたまで距離を開いていたにもかかわらず、イクス…ダンカンに向けて、ジャックは両腕をL字型に組み上げる。ギンガクロスシュートと同じ構えを見て、ユウは次にジャックが何を繰り出してくるか瞬時に理解した。

組み上がった腕から、〈スペシウム光線〉を越える破壊力を誇る最強光線、

〈シネラマショット〉が炸裂した。

「ヘアアアアッ!!」

シネラマショットは、スペシウム光線よりもはるかに高い威力と、その分だけ伸びた射程距離があった。互いにのびた距離感も無視し、光線はイクスの体を直撃する。

「ぐがあああああああああああああああ!!!?」

ジャックの最強の必殺光線をもろに受けたイクスは、木端微塵に砕け散ってしまった。

アーサソールの管理官であり、一方でギースたちをモルモットに、ユウとギンガを野望のための兵器に仕立てようとした悪の異星人科学者の、無惨な最期だった。

 

「ぐ、があ…は…!!」

闇のエージェントたちも思わぬ反撃により、もはやユウたちをどうこうできる余裕はなくなっていた。

「キーッ…!あと一歩のところで…ウルトラマンなんかを宛てにしたのが間違いだったのよ」

グレイが、自分も話に乗っていたくせに、自分には全く非がないと、無責任な台詞を吐き飛ばす。闇のエージェントたちは、絶対的と思われたチェックメイトから、ジャックの反抗によって一気にダメージを追わされ、逆転を許してしまう。

「SHIT!ここはEscapeするしかねぇ!」

バキが撤退を進言、闇のエージェントたちはやむを得ず、この場から姿を消した。

「た、助かった…」

最大のピンチから、ユウたちは奇跡的に救われたのである。

ユウたちは、危機の脱出のきっかけとなったスサノオ…ジャックを見上げた。

なぜ、闇のエージェントたちに操られていたはずのこいつが、自分達を助けてくれたのだろうか。

「ジャック兄さん…まさか、自我が?」

タロウが、ほのかな希望を心に宿しながら、ジャックを見上げた。さっきは星人たちの僕として襲ってきたにもかかわらず、突如反旗を翻して自分たちを救った。自分の知っているウルトラマンジャックとしての心が蘇ってくれたのかと期待をしてしまう。

対するジャックは、静かにタロウたちを見下ろしていた。

タロウはジャックに手を差し伸べるように近づいていく。

だがその途端のことだった。ジャックの口が開かれた。

『来るな!』

突然飛んできた怒声に、タロウは動きを止めた。だが、もう一つ気になることがあった。

「今の声…兄さんじゃない」

「え?」

タロウの突然の発言にユウは耳を疑った。どういうことだ。このアラガミとウルトラマンの合成生物の元になったのはタロウが兄と呼んでいるウルトラマンじゃないのか?

「ヴェネ…!?」

マルグリットがジャックを見上げてそう呟いてきた。ギースがそれを聞いて目を見開く。一瞬嘘かと思った。けど、ギース自身、今の彼女の言葉に強い信憑性を感じていた。今の「来るな」という声の感じとイントネーション…それらに強い覚えがあった。

「どういうことだよ!お前、同じウルトラマンならわかるだろ!?」

「僕にだってわからないよ…!」

ギースが、なぜジャックからヴェネの声が聞こえたのか、その理由を求めてユウに問い詰めてきた。もしかしたら、このアラガミがヴェネでもあるのではという嫌な予想が過ぎっていた。ユウもウルトラマンだが、ごく最近に偶然とも言える形で変身できるようになっただけで詳しさなど皆無だ。答えられるはずもなかった。

すると、ユウの代わりに返事するつもりか、目の前にいるジャックから声が聞こえてきた。

『…マリー…よく僕がこの中にいるとわかったな』

「!やっぱり…ヴェネなんだね!?」

マリーが目を見開きながら、ジャックを見つめる。ジャックはヴェネの声のまま話を続けてきた。

『以前、僕はスサノオに神機を食われた。このウルトラマンとスサノオの合成生物の片割れは、そのときのスサノオだった。さっき、スタングレネードの光にまぎれて、今度は僕自身を取り込ませたんだ。

こいつの中に取り込まれた僕の神機を通して、僕は「ギースたちを守れ」と命令し続けた。その結果、どうやら今の通り、この体を操ることができたようだ』

「すげえ…やっぱヴェネは凄すぎるよ」

ヴェネを強く尊敬するギースは、こんな大胆かつ無謀な手を使って、あの状況を覆してしまったヴェネに、それ以上どのように言葉を浮かべるべきかもわからなくなった。

「なんつーこと考えたんだ…自分がそのまま食われちまうことは考えなかったのか!?」

『確かにあんたの言うとおりだ。だが…あんただったら、他に何か思いつけたのか』

聞いただけでとんでもなく無謀さに満ちた手段をとったヴェネにリンドウは声を上げるも、逆に言い返され返す言葉が見つからなくなる。彼のいうとおり、他にヴェネが取った行動以外で、あの最悪の危機を抜け出せる方法など浮かばなかった。

 

『っぐ…!!』

 

突如、ジャックの口からもれ出たヴェネの声が、苦痛のそれになった。胸を押さえ、苦しそうに身悶え始めている。

「ヴェネさん!?」

「ッ!あぶねぇ!」

ユウが一体何が起こったのかと、彼に向けて叫ぶ。同時に、反射的にリンドウがユウを抱えて飛びのいた。直後、ジャックの右腕が振り上げられ、ユウの立っていた地面を貫いた。

『避けろ、マリー!!』

だが、すかさずジャックからヴェネの声が再び響く。だがマルグリットは動揺のあまりその場で立ちすくんでいる。ギースがすぐに彼女を抱きかかえて飛びのくと、今度はジャックの、スサノオの尾の槍が、すれ違うようにマルグリットが立っていた地面に突き刺さった。

ジャックが、今度は自分たちにも刃を向けてきたという事態に、彼らは動揺した。

「どうしたの、ヴェネ!?」

『…予想は…していたが、やはりお前の変身したウルトラマンギンガと違い、こっちはアラガミでもあるせいだな。もう…僕の制御が利かなくなった』

「制御が利かない…まさか!?」

マルグリットが悪い核心を得た。

『大体お前の予想している通りだマリー。もうじき、今度こそこいつは…アラガミとして暴れ始める。僕の全てを完全に食らって、な…』

「ヴェネ、そうと決まったら早くそんな奴の中から出てこいよ!」

ギースがヴェネに、ジャックの体からの脱出を促したが、ヴェネから還ってきた返事は『無理だ』の一言だった。

『…こいつの中には、ウルトラマンの力を支配しているスサノオと、半ば…無理矢理…主導権を奪った僕が…存在しあっている。

どうやら…スサノオ自身が新たなコアとなった…僕の存在を拒んでいるようだ。もし脱出ができても、それは同時に…この体の主導権をスサノオに返すことになる…そうなれば、誰にも止められない…』

「そんな…」

エリックが青褪める。タロウも、ヴェネが捨て身の行動でこの危機をようやく脱することができた矢先に、また新たな、それもさっき以上の驚異が迫っている事態に、強烈な危機感を覚えた。

『安心しろ、こいつなんかにお前たちを殺させやしない。この中にいるウルトラマンも奪わせたりしない』

だが、ヴェネは最期の時が迫っているというのに…いや、だからこそなのか、諦めない姿勢を崩していなかった。

すると、ヴェネの意思によるものか、ジャックは自らの体に、突然自分の手を突き刺しえぐりだした。自らを殺す勢いで自分の肉体を抉るジャックに、全員が絶句する。

ジャックは自分の体を手探り続けた果てに、引き抜いた血みどろの手に、金色に輝く宝珠を掲げた。

「スサノオのコア…!」

何度も見たことがあるギースがそうつぶやいた。しかもそのコアの中に、あるものが見えたのをタロウは見逃さなかった。

「じ、ジャック兄さん!?」

スサノオのコア、その中には…なんとタロウと同じように人形と化していたウルトラマンジャックが取り込まれていた。

コアを取り出したジャック…いや、ジャックだったアラガミは自らのコアをユウたちの前に置くと、再びその身が激しくもだえ始める。さらにおぞましい光景が、現実に起こり始めた。

「な、なんだ!?なにが起きて…!?」

あまりの現象にエリックが悲鳴のごとく声を上げた。

ヴェネの意思によってコアの取り出し口となった傷口から真っ黒な霧が、決壊したダムからあふれ出る水のように湧き上がり始めた。湧き上がった黒い霧は全てを飲み込もうとする勢いでさらに吹き荒れていく。

「やばい!離れろ!」

リンドウがすぐに呼びかけたが、それはできなかった。黒い霧は彼らさえも飲み込み、食らいつくそうと、自分と彼らごと黒い霧で周囲を囲ってしまった。

「まずい、逃げ場が…!」

「見て、この霧…!」

マルグリットが黒い霧を指差す。見ると、霧の中には、オウガテイルにコクーンメイデン、コンゴウ、ヴァジュラなど、あらゆるアラガミが百鬼夜行のごとくうねりながら現れて迫ってきている。獲物を決して逃がすまいと少しずつ近づいている。

「このまま我々を一人残らず食らうつもりというわけか…!」

タロウが苦々しげにつぶやく。念力を使って食い止めようにも、逃げ場をふさがれてしまっては意味が無い。しかもウルトラ念力ではいかなる敵の命を奪うことはできないのだ。

「おのれ!」

エリックが近くにいた、黒い霧のオウガテイルにバレットを撃った。彼のバレットは狙ったオウガテイルの頭を粉々に砕いた。…が、無意味だった。

「な……!!」

砕かれたオウガテイルの体が黒い霧に飲み込まれ、また新たにザイゴードの形を成して再び迫りきた。人間がアラガミに唯一対抗できる神機の攻撃さえも通じず、逃げ場も失った彼らに、打つ手は…。

(…これしかないのか)

ユウは、内ポケットに持っていたままのギンガスパークに触れる。すでに正体を仲間たちに知られた異常、ためらう理由はなかった。早速それを取り出したユウは、変身の構えをとってそれを掲げた。だが…ギンガのスパークドールズは現れない。

「やっぱり、まだ…」

さっきの闇のエージェントの戦いで、ユウと同様にウルトラマンギンガ自身もエネルギーの回復が間に合っていなかったのだ。

すると、スサノオの傷口から一本の神機が露出される。黒い霧は傷口から発生し、そこへと集まり始めていた。だがそれだけじゃない。自らの体に偏食因子を大量投与しわざとスサノオとジャックの合成生物に取り込まれたヴェネも、血まみれの姿で姿を現した。

「ヴェネ!?」

「…ギース、マリー…すまなかった。こんな残酷な世界にお前たちまで巻き込んでしまって」

露出された自らの神機の柄を杖のように掴みながら、ヴェネは幼き日からの幼馴染二人に謝罪した。

「神薙ユウ、雨宮隊長。あなた方にも謝らなければ…僕らアーサソールの問題に…」

「ヴェネさん…」

この黒い霧は、先ほどまでのスサノオの体を構成していたオラクル細胞。ヴェネの神機に吸い寄せられていく黒い霧の中のアラガミたちが一つに集まり、再びスサノオの形を成そうとしていた。コアを失ったスサノオが、いまだに生き延びようとヴェネの神機をサブのコアとして取り込んで復活しようとしているのだ。

だが、そうさせないためにヴェネは、打つべき手を打とうとしていた。

「こいつは…僕が連れて行く。ギース…マリーを頼んだぞ」

優しい笑みを見せたヴェネ。それを見てギースとマルグリットは同時にヴェネの名前を、引き止めるように叫んだ。気付いたのだ、あの笑みが…彼が自分たちに見せられる笑顔であることを。

「最後に…神薙、君にもう一言」

ヴェネは再びユウに視線を向ける。

「……人類の未来を、頼む」

ヴェネは神機を握り締め、自分の相棒だった神機に意識を集中する。すると、次第にユウたちを飲み込もうとしていた黒いオラクルの霧が、神機を掲げたヴェネに集まり、彼を包み始めた。それはまさにブラックホールのようだった。ヴェネの神機を中心に全ての黒い霧が吸い込まれていき、跡形もなく消え去った。

 

その中心にいたヴェネも…

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ウルトラマンは神ではない

今回は次の展開へのつなぎです。こういう繋ぎエピソードは考えるだけで難しいです。だからでしょうかねぇ…一話投稿するたびに、お気に入り件数がひとつほぼ確実に減ってしまうというのは…奇妙なジンクスを感じてます。

それはそうと、ゴッドイーター3が開発されつつあるみたいですね。果たしてどんな話になるのやら…
といっても、この小説で3まで描ける保障ないです(笑)




「本当に行くの?フェンリルを捨てて」

「ああ」

闇のエージェントたちによる、ウルトラマンギンガを手中に収める計画は、ヴェネの犠牲によって阻止された。エージェントたちは逃亡し、イクスはヴェネによって一時コントロールされたジャックによって倒され、そしてヴェネもまたギースとマルグリットを遺して死んだ。遺体も残されておらず、スサノオの新たなコアにされかけていた彼の神機も消えていた。

二人は、今まで頼っていた保護者でもあるヴェネさえも失い、完全に身寄りの無い存在となった。

「リンドウさん、なんとか二人を保護するようアナグラに連れて帰って事情を話しませんか?」

エリックが二人の保護を進言する。彼らは優秀なゴッドイーターとその候補者兼整備士だ、悪い扱いはされまい。そう思っていたが、リンドウは唸った。

「エリックの言うとおりです。もう一度支部長に掛け合ってみましょう。メテオライト作戦にもギースは参加する予定でしたし…」

「やめとけ、新入り。支部長が何度もお前もわがままを聞くようじゃ、ほかのゴッドイーターたちに示しか着かなくなっちまうぞ」

「示しとかそういう問題ですか!?ヴェネさんが亡くなって、この二人には何一つ当てが無いんですよ!こんな壁外の世界で、ゴッドイーターがフェンリルの支援なしで生き延びるなんて危険すぎます!」

なぜこの二人を保護しようとしないのか理解できなかった。生き残ることを優先させる主義であるリンドウらしくない。ユウは強く抗議の声を上げた。

「僕もユウ君の意見に賛成です。ゴッドイーターは定期的に自分の体に合うように調整された偏食因子を投与しなければ神機に捕食されてしまいます!」

納得できない様子でエリックは言った。彼の言うとおり、偏食因子を腕輪から定期的に投与しなければ、自分の神機に食われてしまうのだ。それに長らく放置し続けると、アラガミ化の危険も想定される。グレイヴを失い防壁外で逃亡生活を送らなければならないこの二人には、アラガミと戦う以前の問題が多すぎた。

そんな彼に、リンドウは冷静に言い返してきた。

「この二人は例の怪人共のモルモットにされていた身だ。俺たちの方で保護したら奴らに付け入られる口実を与えちまう。しかもただのモルモットじゃねぇ…ウルトラマンを自分たちの手駒にするために用意された存在だ。そしてそれを用意したのは誰だった?」

「ドクター・イクス…ッ!」

死んだイクスの名前を口にし、ユウは気付く。イクスはマグニスたちと同じく闇のエージェントの一人である異星人だった。そしてイクスは、『フェンリル本部から派遣されていた』男だ。つまり、例え自分たちフェンリルに保護をすることが仮にできたとしても…

「二人が再び、フェンリルの内部にいる悪しき存在の手に落ちるかもしれない、ということか」

ユウの肩に乗っていたタロウが、あまり認めたくない様子で綴った。

「わかっただろ。連れ帰ってこの二人がなんのためにアーサソールで使われていたのかわかった途端、本部や上層部の連中はこの二人にどんな非人道的なことを強いるかわかったもんじゃねぇんだ。内側も外も…俺たちフェンリルはそういう組織なんだよ」

「………」

ユウは強く理不尽に感じた。なぜこの二人がこんな目にあわなければならない。この二人が、いったい何をしでかしたというのか。大切なもの同士でともに支えあいながら、幸せに生きたいだけなのに。この世界は、いつもこんなのばっかりだ。

エリックも同じ気持ちを抱えた。妹を守るためにゴッドイーターとなったのだが、その組織にそんな醜い側面があると知ると、強い憤りを覚えざるを得ない。

「あんた…いいよもう。気持ちだけで十分だから」

ギースは、始めた会った時からやたら目の敵にするような視線を向けてきたとは思えないような、穏やかな声と視線をもってユウに言った。

「ユウさん、リンドウさん、エリックさん…今回の件については、本当にありがとうございました」

マルグリットもギースに続いてユウたちに礼を言った。

「…礼なんて、言われる資格なんて僕にはないよ」

ユウは首を横に振り、拳を握り、悔しさを隠し通しきれないほどに表情を歪ませた。

「ギンガが僕に力を貸してくれたのに、それでもあいつらをやっつけてヴェネさんを助けられなかった!…僕は……僕は………」

「ユウ君…」

ウルトラマンに選ばれたユウは、ゴッドイーターとして、そしてウルトラマンとして、かつての自分が味わった悲劇を繰り返すまいと、必死に戦ってきた。敗北に陥りかけたこともあったが、それでも彼は負けることなく多くの人たちを守り、アラガミを撃退した。

だが今回は…完全に敗北していた。下手をすればヴェネだけじゃない、全員が星人かアラガミとなっていたジャックに殺されていたかもしれない。

「ヴェネは、自分の意思でユウさんを救ったんです。あなたがきっと、未来への希望になるって信じたから…ユウさん、これを」

自らを攻め続けるユウを見かねるように、マルグリットはユウにあるものを差し出してくる。

「これは…」

「ジャック兄さん…!」

タロウもそれを見て目を見開く。それは、ウルトラマンジャックのスパークドールズだった。さっきのアラガミとしてのおぞましかった姿とはまったく異なる、戦士としての凛々しい姿をかたどった人形となっていた。

「そいつを取り込んでいたスサノオのコアを俺の神機で捕食してから吐き出させたんだ。そいつは、あんたが持ってた方がいい」

ギースがそう言うと、マルグリットはユウに、ジャックのスパークドールズを手渡した。

手に取ると、それだけで力を感じる。だが、タロウやギンガと違い、このジャックというウルトラマンのスパークドールズから意思を感じ取れず、動くこともなかった。

このウルトラマンを助けることができたことは喜ぶべきだが、それでもヴェネを救えなかった自分の無力さを呪った。

「そんな顔しないでください。ほら」

マルグリットは、暗い表情のままのユウに、もうひとつあるものを見せる。顔を挙げてそれを確認すると、ギースとマルグリットの指に、黄金色のリングがはめ込まれていた。

「それは?」

「ヴェネのリングピアスです。これだけ…残ってたんです」

「ヴェネは、これからも俺たちを見守ってくれる。こいつを見てると、それがよくわかるんだ」

ギースがリングをつけた手をかざす。それは太陽の光に反射し、星のように強い光を放っていた。この先の二人に、未来への道筋を示す導となろうとするように。

「…ギース」

「あ、ああ…」

ユウが彼らと会話している間、あまり口を挟まなかったリンドウが、ギースらに向けてある方角を指差す。

「ここから北に行ってみろ。俺たちのために用意された緊急避難用シェルターがある。水と保存の聞く食料、小型のアラガミ装甲版もある」

「ありがとう、ございます…リンドウさん」

初めてギースは、リンドウに敬意を払い、礼を言った。

 

そして、ユウたちはともに旅立っていったギースとマルグリットを見送った。

 

その後、星人たちがユウたちへの援軍を防ぐために張っていた電波障害が溶けたことで、ヒバリからの通信が入った。リンドウは、ギースとマルグリットが生存していること、ユウこそがウルトラマンギンガであること等、明かされてはまずいと判断した事実を隠しつつ、ヒバリを介しての、ヨハネスへの報告を綴った。

 

 

 

 

 

「全員集まったな?」

その報告がヨハネスのもとに届いてすぐの頃。

アナグラの作戦司令室にて、待機中の第1部隊メンバー全4名が呼び出しを受けた。全員が集まったのをツバキが確認したところで、コウタが挙手した。

「ツバキさん、まだユウたちが戻ってないんですけど?」

「それについて今から説明する。言っておくが、聞いたとたんに慌てたりするなよ?」

ひとつ注意を入れてから、ツバキは全員に向けて説明を始めた。

その際、サクヤは不安を覚えた。リンドウが後輩とセットでピンチに陥ることなど何度もあったこと。そしてその度に彼は仲間を連れて帰ってきて、いつもと変わらない笑みを見せて配給ビールをねだってくる。

「サクヤ、顔色が悪いぞ?」

「え?」

ツバキに指摘を受けて、サクヤは我に返る。いけない、この人の前ではあまり気を抜けない。昔からツバキが怠惰に対して厳しいのは知っている。特に彼女がゴッドイーターになった頃から特にその傾向が強い。

「…リンドウの強さは、お前もよく知っているはずだ」

まるでサクヤのわずかな心情さえも見抜いていたような言い方に、サクヤは少し目を見開いた。

「今は信じてやれ。いつも通りにな」

「…はい」

ただ厳しいだけでなく、時にその分の優しさを見せてくれる。だからこそ彼女は慕われている。そのことも知っているサクヤは椿に向けて頷いた。

「では改めて説明に入る。

現在、リンドウら3名の生存者は長時間の戦闘による疲労および偏食因子の投与の必要が出ている。だが現地は強力なアラガミが出現した影響もあり、周囲の偏食場も不安定だ」

「それ、大丈夫なんっすか…!?ユウたち、無事なんですか!?」

話の前に念押しされても、仲間の身に危険が迫っていると感じたコウタが思わず席を立つ。

「慌てるなと言ったはずだコウタ。大丈夫で済ませるためにも、早急に迎えにいく必要がある。

お前たちにはリンドウたちの現在地から近い贖罪の街にヘリで向かい、リンドウたちを見つけたらすぐに連れて帰ることだ。わかっていると思うが、現地のアラガミ討伐よりもあいつらのことを優先しろ。いいな?」

本当は、さっきまでリンドウたちの現在位置など把握しきれていなかった。今回のリンドウとアーサソールのミッション現場から謎のジャミングが発生し、現地の情報をまったく把握できていなかったのだ。だがそのことを下手に話し、彼らを焦らせては迎えの際に支障をきたすかもしれないので言わなかった。

「あの…ツバキさん、もしリンドウさんたち以外に他に人がいたら?」

「その際は連絡してこい。人数次第ではリンドウたちと共に連れてこられるかもしれんが、あまり期待はするなよ」

コウタの質問にそのようにこたえるツバキ。実際確かに、ギースたちという形で、他に人はいたが、どのみち彼らにはここへ戻れない事情があるので無関係だ。

「他に質問はないか?」

ツバキの問いに対して首を縦に振る者はいなかった。

「では、すぐに支度にかかれ。一秒でも遅れるなよ」

ツバキのその一言で、第1部隊はすぐに出撃準備のために退出した。去り際にツバキの方に、サクヤはさっきのように憂いているような視線を送っていたが、その視線に対しツバキも一瞬視線を返したところですぐに背を向け、すぐに作戦室を後にした。彼女たち全員が出たところで、ツバキはモニターに映る極東エリアの地図を見上げた。

(リンドウ…)

彼女もまた感じていた。いつもと違う、底知れない不安を。

 

 

 

「おのれぇ…ウルトラマンジャックめ…アラガミに堕ちていたくせに最後の最後で逆らいやがって」

暗闇の中、先刻の戦いから逃亡したバルキー星人バキ、マグマ星人マグニス、ナックル星人グレイ…三人の闇のエージェントたちはそこにいた。

「ジャックぅ…よくもあたしの顔に傷を…今度会ったら絶対に八つ裂きに…バラバラにしてやるわ!!

これも全部イクスのせいよ!!あいつが自分の手駒の管理もできなかったからこうなったのよ!!」

特にジャックに反逆に対して怒りを見せていたのはグレイだった。

イクスこと泡怪獣ダンカンが発案した作戦も、ヴェネの反逆によってアラガミ化したはずのジャックがユウたちの味方をしたために破算した。自分の同胞の侵略計画を阻止され倒された屈辱と重なり、自分が美しい(と本人が勝手に思っている)顔を傷物にされたことで怒りの頂点にあった。

「Shit…今度ばかりはさすがのMeにとってもUnexpectedな展開だったぜ…」

バキも今回の事態については完全に意表を突かれたようだ。マグニスは、ギンガやジャック、そしてリンドウたちから受けた傷を抑えながら、その顔に焦りが見え始めた。

「しかし、これでウルトラマンギンガへの対策は最初から練り直しということになるな…ちぃ、あの方になんと報告すればいいんだ…!」

次第に焦りは、恐怖へと変わっていく。彼らは同じ主の下で、その手足となって暗躍しているようだが、それだけ彼らは自分たちの主に畏怖しているのだ。

「Don’t Worry、Mr.マグニス。Next Handならあるぜ?」

しかし、バキはまだ余裕を保った笑みをグレイとマグニスの二人にチッチッチ、と人差し指を揺らしてみせた。

「最も、本来はDr.イクスがここにComingする前にThinkedしたProjectだがな。ほら、前にYouに話したろ?」

それを聞いてマグニスの眉が動く。

「前に話していた、超ド級のアラガミとやらの話か?」

「何よ、そんな話をしていたわけ?だったらなんでイクスに話さなかったのよ?」

「一応Youたちがいないときに話しておいたけどよ、Dr.イクスは自分のProjectに何の支障もない、必要ない…の一点張りでよ。Meの話に聞く耳持たずってやつよ」

グレイからの問いに対してバキはそう答えた。本当の話かどうか疑惑を感じた。何せ自分たち闇のエージェントは、あくまで同じ主の元で働いているだけであって、ゴッドイーターたちのように信頼関係で結ばれた仲間同士というわけではない。イクスも例外ではなかったようだが、今回はそれが災いした可能性が大きいだろう。バキの考えと前回披露されたイクスの策謀、その二つを揃えてユウたちに挑戦すれば、彼らはウルトラマンを倒し『あの方』からの褒美と賛辞をもらえたかもしれない。

「けど、Meが考えたこのProject、Dr.イクスでも成せなかったことができるかもしれねぇぜ?」

「いいからさっさと聞かせろ。これ以上あの方の機嫌を損ねるようなことを行えば、俺たち全員始末されるだけだ」

「せっかちな男ね…でも今度ばかりは同感よ。これ以上ウルトラマンたちに負けるなんて、暗殺宇宙人の名が廃るわ。バキ、教えなさい」

マグニスは少しイラつきながらバキに、彼の考えた作戦の詳細を言うように促す。

「んじゃ、早速Youたちに教えてやるぜ。この作戦にはな…」

二人から促されたのもあったが、バキもそろそろ考えていた作戦を自慢したい衝動に駆られていた。

「このアラガミが必要なのさ」

一枚の写真を取り出し、それを見る二人のエージェント。

「…こいつか。なるほど」

「見るからに強そうなやつねん。でも、こいつスサノオとどれくらい力の差があるの?」

「そこまではMeにもわからねぇ。けど、こいつは目撃情報こそ少ねぇが、各Areaで目撃されるたびに、Bloddy Tragedyを引き起こしてるって話だ。遭遇したゴッドイーターを、ベテラン相手だろうが何人も葬ってるらしい」

「ふぅん…なら、期待してもよさそうね」

「Dr.シックザールのオペレーション・メテオライトでUsingされているMachineのおかげで、LuckyなことにこいつもFar East Area(極東エリア)にComingしている。すぐにでもProjectをStartできるぜ」

「…で、そいつを一体どの怪獣と結合させるつもりだ?」

「へっへっへ…それはな…」

 

 

 

ヒバリを介しての、シックザールへの報告は完了した。後はアナグラへ帰還するだけ。リンドウは通信機を切り、残った自分たちの面子を見やる。

「残ったのは俺ら3人だけ、か…」

さっきまでそれなりに大所帯のはずだったのに、今は自分とリンドウ、そしてエリックの3人だけ。イクスは闇のエージェントたちの仲間で、ギースたちを自分のモルモットにしていた、狡猾な怪獣だった。特にユウは、危うくやつらの実験のためのモルモットにされるところだった。

「リンドウさん。これで、よかったんですか?あの二人のこと…」

ユウは、二人が去っていった方角の地平線を眺めながらリンドウに尋ねた。

本当なら、あの二人だけじゃなく、ヴェネも守らなければならなかった。ゴッドイーターである以上に、ウルトラマンとして選ばれた自分にはそれができるはずだった。でも、ヴェネも守れず、ギースとマルグリットをフェンリルの黒い目から逃れさせるためにただ見送ることしかできなかった。

彼の表情から、悲しさと悔しさがひしひしと滲み出ていた。

リンドウは火をつけたタバコを吸い始めながら、ユウの方を見て口を開く。

「…新入り。お前の気持ちは理解できるさ。お前はウルトラマン、だから目の前の人間はもとより、仲間を守らなければならないっていう感情を抱くのも当然だ。けどな…お前が一人で頑張っても、たとえどんなに強くても、どうしても結果と結びつかねぇことなんてある。今回のお前はウルトラマンの力を使った上で、コテンパンにされていた。寧ろ、犠牲者がヴェネだけってのは奇跡的だ」

「一人人間が死んだのに、それを奇跡って言うんですか!!」

まるで死んだことがあたかも美しいものとして肯定しているようにも聞こえるリンドウの言動に、ユウは怒りを露にする。

「二人も僕がウルトラマンであることを知ったなら、わかるでしょ!?僕はあの力を持っておきながら、結局ヴェネさんを助けられなかった。それどころか守られて…」

人を、仲間を守れる力を持っておきながら、助けることができず、生き残ったギースとマルグリットを、フェンリル内部に潜む闇から逃がすために、ただ見送ることしかできなかった。

「死んだ人間はいつもそうだ…!言葉だけは綺麗だけど、結局生きる尊さには代えられない!!」

「ユウ君…」

傍らで見ていたエリックには、その覚えがある。自分も妹のために家督を捨て、華麗なゴッドイーターを志して戦ってきた。リンドウも同じだった。幼馴染であるサクヤと姉であるツバキの存在を糧に、彼はゴッドイーターとなった。

が、最初の頃は特に仲間や先輩ゴッドイーター、そして守るはずだったのに助けられなかった人たちがアラガミに食い殺される様を何度も見せられた。思い出すだけで自分の心が絶望で染まりそうな光景だった。その度に心が折れそうになった。それでも心が折れることなく戦ってこれたのは、妹エリナの存在だったのは違いない。

(やはり口頭で話したくらいでは耐性を持てなかったのか…)

以前ユウに、かつて自分が守ってやれなかった人間のことを話したタロウだが、それでも今回ユウの心に深い傷ができた。思い起こせば、話によるとユウにはかつて妹がいたらしい。目の前でアラガミによって家を押しつぶされた時に、妹が彼をかばってそのまま下敷きとなり、行方不明…いや、間違いなく帰らぬ人となった。そんな過去のトラウマがある以上、口頭で耐性ができるなんて簡単なわけがない。

すると、リンドウはユウの頭に手を乗せた。

「確かにお前の言うことも尤もだ。死ぬことなんかより、生き延びる方がずっといい。

俺たちはゴッドイーター。神を食らって人を守るのが仕事だからな」

「だったら!」

「けど、その先のあいつらの人生まで面倒見る義務はない。お前、あいつらにそこまでのことをしてやれる余裕なんてあるのか?」

言われて、ユウは言葉を詰まらせる。できるとは言えなかった。

フェンリルが…正確にはイクスのような、その中に巣食っている邪悪な者たちによって計画されていた、スパークドールズと化したウルトラマンの力を行使する、洗脳支配されたゴッドイーターを生み出すプロジェクト。その被験者であるアーサソールメンバー、ギースとマルグリットは、漏らされてはまずいその計画の情報を握っていると見なされ、秘密保持のため抹殺対象として認定される。彼らを庇った者も同じだろう。そしていずれ、直接アーサソールと関わっていない人たちでさえ、『ギースらと接触した人間』という条件のもと、鼠算式で狙われる人が増えていく…。

たとえユウがウルトラマンギンガであっても、絶対に守りきることはできない。

「………」

認めたくないことを悟らざるを得なかった。ユウは押し黙る。

「それに、いくらお前がウルトラマンでもその力を行使するのはさすがに限界があるのは、これまでの戦いで見てわかった。あの力は5分にも満たない程度しか使えない。

そうだろ?先輩ウルトラマン」

リンドウはユウの肩の上に立っているタロウに視線を傾けると、タロウは頷いた。

「…ああ。我々はおおよそ3分しか戦えない。ユウも同じだ。人間がウルトラマンの力を永続的に行使することは、命を削るにも等しいことなのだ」

正直に話した。嘘はつけなかった。ユウだけじゃなく、ウルトラマンの存在を無視できないゴッドイーターたちにも、ウルトラマンが完全なる万能ではないということを知ってもらわなければならない。

「ユウ、我々ウルトラマンは、たとえどれほど強大な存在となっても、『神』ではないのだ。いや、どんな生命体も真の意味で神にはなれない。だからどうあってもこのようなことは起きるときは起きてしまうのだ。悔しいことだがな…」

ゴッドイーターとなるためにアラガミの因子をその体に宿しても、そもそも人間である自分では、ギンガの力を持続させられない。それはユウにとって、どう望んでも救えない命が存在するということを再認識させ、苦痛に顔を歪ませた。

「それでも、僕は…」

「その悔しさを次の任務からのバネにしとけ。ただ、無理はすんな。どう転んでも、俺たちに救える人間は限られている。なら、自分たちの手でも守れるもんを見つけていけばいい。その積み重ねが、いつかさらに多くの人たちを救うことに繋がっていく。ここでうじうじしてもどうにもならねぇだろ?」

「ユウ君、とにかく今は、迎えに来てくれる仲間たちのもとに戻らないか?」

「………はい」

ただでさえ、さっきリンドウが言っていたようにこれ以上、アラガミたちの支配下である防壁の外でリンドウと口論しても、自分の身を危険に晒すだけだ。まだ現実に納得できないところがあるものの、エリックからも勧められたユウはそれ以上言うのをやめて帰還することにした。

最悪の事態は確かに免れたかもしれない。だが、悔しい思いばかりが残る戦いだった。結局守るはずが守られる側になり、自分が誰かの犠牲に上に立つ。これからさき何度も起こりうることかもしれない。

「リンドウさん、タロウ」

「ん?」

「…僕、もっと強くなりたい。もう二度とこんな思いをしないためにも」

「…ああ、もちろんだ。帰ったら無茶しない戦い方を教えるって言ったしな」

ようやく落ち着いた顔になったユウに、リンドウは笑みをこぼし、フゥー、とタバコの煙を吐いた。

そのとき、リンドウの通信機に着信音が鳴った。

『リンドウ、みんな!無事!?応答して!』

「おうサクヤか。新入りとエリックは無事だが…アーサソールの連中は守れなかった」

『そう……でも、あなたとそっちの二人だけでも無事でよかったわ』

近いうちに参加することになる『オペレーション・メテオライト』。その作戦で同じチームになるはずだったアーサソールメンバーたち。彼らが全滅したと聞いて、通信越しのサクヤの声が沈んだ。リンドウが彼らを守りきれなかったことを気にしている、そう思っているのかもしれない。

「サクヤ、お前が気にすることじゃねぇさ。俺が力不足だったってだけだ」

昔馴染みさえも、彼らのために騙さなければならないことに、そちらの方に罪悪感を感じるリンドウだが、悟られないと適当に誤魔化した。

「それよか、どこで合流する?ここでそのまま待機じゃさすがに落ち着かねえからな」

『…ランデブーポイントはそこから北東よ?そこにヘリを着陸させる。

もうすぐ雨が降りそうだけど、今そこはアラガミの反応が薄いから、そっちに向かってちょうだい』

「おう、了解。道中気を付けてな。空の旅も楽じゃないからな」

『あなたもね。さっきまで危ない目にあったんだから』

 

 

 

「隊長のヴェネ・レフィカルはスサノオに殺され、ギース・クリムゾンもスサノオと相打ち、マルグリット・クラヴェリは彼を救おうとグレイヴで特攻…

何よりドクター・イクスの正体が、これまで我々とウルトラマンに危害を与えた怪人の仲間だった。彼もウルトラマンに倒され、アーサソールは、全滅…か」

支部長室にて、オペレーターのヒバリを介してリンドウからの報告を聞いたヨハネスがなぞらえるように復唱した。

ユウたちの今回の任務中、イクスや星人たちがミッションエリア内に発生させていたジャミングが発生していたために、アナグラ側は彼らの現場での状況を把握することができず、故に迂闊に援軍を送ることができなかった。だがようやくリンドウからの通信がヒバリに届き、リンドウ、エリック、ユウの三名の生存が報告された。

話によると、アーサソールが遺した異物である、イクスのコンピュータもギンガと怪人たちとの戦いで破壊されてしまい、データが残存しているのはもはや絶望的だという。

『以上が、現場のリンドウさんたちからの報告です』

「そうか、わかった。しかし迎えに行くまでの間、長時間交戦状態にあったリンドウ君たちを危険区域にとどめておくわけに行かない。すぐにこちらから、同じ第1部隊のメンバーを迎えに行かせてくれ。現場のリンドウ君たちには、決して戦闘を行わないように伝えてほしい」

『了解しました』

通信を切り、ヨハネスはふぅ、と息を吐いて遠い目で天井を見上げた。

「もし、アーサソールの異物からデータを回収できたら、君は何をやりたかったのかな?」

すると、その場に居合わせていたサカキがヨハネスに尋ねてくる。

「我々が彼らの遺物を独占したりしただけで、本部の連中からうるさく文句を言われる羽目になる。大切な計画実行の支障になるようなことは避けたい。

だが…それをどうしてあなたが知りたがるんだ?サカキ博士」

彼は酷薄な笑みを見せながらサカキにそう言った。大切な計画とは、エイジス計画のことを言っているのだろうか。

エイジス…あらゆるアラガミを寄せ付けない無敵の防御シェルター。人類の全てをあの中に収容可能だという最後の砦。それが完成すれば全ての人類はアラガミの脅威にさらされることが無くなるとされている。

だが、星人たちは疑惑していた。アラガミの捕食本能の高さを、アラガミ研究の第一人者の一人であるこの男が警戒していないはずがない。エイジスが本当に全てのアラガミを寄せ付けないことが真実かどうかも、それどころかそれまでにエイジスが無事であるかどうかの保障さえもないのだ。

「別に、単なる素朴な疑問さ」

それは、サカキもまた同じ考えを示していたのである。そう告げたときのサカキの狐目が、穏やかな口調と裏腹に一瞬鋭くなった。

「もし彼らが…

 

『ウルトラマンを意のままに操る技術』を開発していたとしたら、

 

その技術を利用し、ウルトラマンギンガを自分の計画を守護する用心棒にするつもりだったのかな?」

 

それに対し、ヨハネスもわずかに眉を動かした。

「…ふ、ずいぶんと怖いことを言うのだな、ペイラー。

彼は…ウルトラマンギンガは我々の仲間たちの窮地を救った恩人だ。そんなことはしようとは思ってないよ」

…だがヨハネスは、そんなサカキの言葉の裏に隠れた意味を見越していたように返した。

「…それもそうかもしれないね」

「それより、君こそ今熱心に行っている研究があるのではないかね?」

「そうだね…では私もこのあたりで失礼」

サカキは、それ以上触れることはやめておくことにした。自分と彼の間には奇妙な線引きがある。それを迂闊に踏み越えても互いのためにはならない。彼は静かに支部長質を後にする。

彼が去ったのを確認すると、ヨハネスは改めてリンドウが提出した報告書を眺める。

「…どんな結果にせよ、君たちのおかげで邪魔者が消えてくれた。だから、例え君たちが私に何かを隠そうとしているとしても、それを咎めることはしない。それが、今回の任務において私から君たちに密かに贈る報酬としよう。

この計画だけが、この地球を救う。そのためにも、君にはもう少し頑張ってもらうよ…『ウルトラマンギンガ』」

それにあわせ、デスクの上のノートPCに写された光の巨人、ウルトラマンギンガの姿を見る。

「…と、大事なことがあった…」

ヨハネスはあることを思い出し、傍らの電話の受話器に手を書け、ある場所へかけた。

「ああ、君か。ついに時が来た。本来ならオペレーション・メテオライトの最中に行うつもりだったが、今の機会を逃せない」

 

 

 

 

「…賢しい知恵をつけた『老犬』を引退させる時がね」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

終焉の時(前編)

ついに残酷なる運命の展開が幕を開く…


アナグラへの連絡を通したのち、闇のエージェントらの企みから辛くも生き延びたユウ、リンドウ、エリックの三人とタロウは、サクヤからの連絡で聞いたランデブーポイントへ向かっていた。

「降って来たな…」

サングラス越しに、空を見上げるエリックはそのように呟いた。

運が悪いことに、ランデブーポイントの道中で雨が降り始めていた。体が冷えて動きが鈍くなってしまう。

「この雨でアラガミの目から俺たちが見えづらくなりゃいいんだがな」

リンドウの言うとおりだった。今ほどアラガミと遭遇せずに済むことを願わずにいられない。

「すみません、僕がもう一度変身さえできれば、こんな手間はかからなかったのに…」

ユウは仲間たちに謝罪する。変身して全員でアナグラへ帰還する。最初に考えていたことで、ギースたちにもやってみせたかったのだが、それは無理だった。その理由をタロウは特に知っていた。

「仕方あるまい。タイムリミットを過ぎた上に、あれほどダメージを負わされたんだ。もう一度変身できるまで、時間を要するだろう。たとえユウ、君が万全であっても、君に力を貸しているギンガ自身も万全でなければならない」

「先輩さんの言うとおりだ。それに、俺たちは元々ウルトラマンを知らないまま戦ってきた。こんなことはいつ起こっても不思議じゃねぇ。

とにかく、サクヤの言っていたポイントに急ぐぞ。次のデートのためにも、とっととアナグラで休まないと身が持たないぜ」

「そ、そうですね…僕も早く帰ってエリナに顔を見せてやらないと。新しい服を買う約束までしたんですし」

タロウに続いて口を開いたリンドウに、エリックが同意する。

これ以上の戦闘以前に、長時間外の世界に留まることも危険すぎた。3人とも疲労が蓄積しているだけでなく、活動限界を迎えつつある。ウルトラマンほど短くはないが、ゴッドイーターもまた活動限界というものがある。それを超過してしまうと、体内の微量なオラクル細胞に対する制御が弱まり、制御下を離れた細胞が人体を侵食、全身がオラクル細胞と化し、最終的にアラガミとなってしまう。疲労も蓄積している中、アラガミの危険が高すぎる防壁外にいることは、彼らはいつ最悪の事態に陥っても、あらゆる意味でおかしくなかったのだ。

 

 

 

雨の中、サクヤたちが乗っている第1部隊のヘリも、ランデブーポイントへ向かっていた。

「あのさぁアリサ、それ何?」

その最中、コウタは座席に座っているアリサの膝の上に載っている黒いケースに目を向けた。一見なんてことない箱なのだが、なんとなく異質な何かを感じる。

「大車先生から預かったものですけど、何か?」

「いや、何かって…別に、なんとなく気になっただけだけど」

「どちらにせよあなたに教える義理はありません」

「あのさ…アリサって、なんか俺にだけ特に冷たくない?」

「気のせいでしょう。自意識過剰じゃないですか?」

「やっぱ俺にだけ冷たいじゃん!」

初対面から特に自分に対して悪い意味で変わらない冷めた対応の仕方に、コウタは抗議を入れずにいられなくなるが、対するアリサはどこ吹く風を貫いている。これでもユウに対して一定の評価を持つようになったから入隊直後よりもマシになってきているが。

せっかくかわいいのにもったいない。などと不純なことを心の中で呟きながら、アリサの方から、自分の左隣の窓に向き直った。

「それよりサクヤさん。この先のルート、アラガミが集まってないんですか?」

「私たちは今北東に進路を向けているわ。オペレーション・メテオライトに使うアラガミ誘導装置が数機、そのポイントから南へ少しばかり離れた場所で稼働させてる。近づいて来てもそっちの方に数が集中して、こっちへの注意がそがれているの」

「なら、今のうちになんとしてもユウたちを助けないと…ユウたち、大丈夫かな…」

少し不安げにコウタは窓の外を眺めながら呟くと、サクヤが温かく言葉を向けてきた。

「リンドウや本部直轄のゴッドイーターも一緒だから、きっと大丈夫よ」

「…その割には、あんたが一番不安そうに見えるがな」

ソーマが二人に視線を向けないまま指摘を入れてくる。任務の直前、自分でも妙な不安を覚えていたが、さすがはソーマ、そこはよく見えているのだろう。サクヤはそのように思ったが、何でもないふりをした。

「そうかしら…?こう見えても、私はあの人を見てきたから、信じてるつもりよ。どちらにしても、早く迎えに行くのに越したことじゃないけど。

そういうあなたはどうなの?」

「ふん…別に」

言い返されたソーマは、さらに顔を真逆の方に向ける。相変わらずの態度だ。鼻に突くとは思うが、リンドウほどじゃないものの長年ソーマと共に戦ってきたこともあって慣れてしまった。

そのソーマだが…

(…っち、さっきから妙な胸騒ぎがする)

苛立ちと共に、実はサクヤと同じ嫌な予感を彼は感じ取っていた。

リンドウのアホ面を見ないとどうも落ち着かない。本人には知られたくない本音を、無意識のうちに抱え込み始めていた。

(…『あの野郎』、何かする気じゃないんだろうな)

 

 

 

「はぁ、はぁ…」

指定されたランデブーポイントに向かう内に、ユウたちの疲労はさらに深まっていく。雨も強くなり、体が冷えていく。特に最も疲労が強かったのはユウだった。

「大丈夫か、新入り?」

倒れかけたユウをリンドウは覗き見る。顔が若干青く染まり始めている。体調が悪くなり始めていたのが伺えた。

「やはり先ほどの戦いのダメージが酷かったか…エリック、何か体力を回復できるアイテムは残っていないか?」

「回復錠の事かい?それならストックが残っている。残り少ないが…」

タロウから促され、エリックはすぐに所持品の中に余っている回復アイテムを探り始める。

「いいよ、エリック…それは君のものだよ。僕のために使ったら、君の分がなくなる」

「何を言うんだ。僕のような高貴な者は誰かに施しを与えるものさ。素直に受け取ってくれ」

自分の体が重くなり始めているのを感じながらも遠慮しようとするユウだが、エリックは取り出した回復錠をユウの口に向けてくる。

「新入り、とりあえずその一個は食っとけ。お前さんが一番消耗しているからな」

「…じゃあ、いただきます」

結局ユウはリンドウから促されたこともあり、その回復錠を口にした。少しだけだが、力が戻ったような気がした。

「指定されたポイントはもうすぐだな。近くに休める場所がないか見て回るぞ」

ここまでの間アラガミの姿は見当たらない。サクヤたちの迎えの時間も迫っている中、不幸中の幸いだが警戒は怠らないようにしなければ。彼女たちがやって来た頃、自分たちはアラガミに食われてしまったなんてことになったらシャレにならない。前に視線を向け直したリンドウは、撥ね休めできる場所がないか、視界の悪い前方を見渡しながら目を凝らす。

すると、暗雲と雨のせいで暗くなっていた前方に、他と比べて少し黒く見える何かが見える。アラガミだろうか、と思ったが、違った。アラガミよりも大きく見える。

そこは建物だった。アラガミがこの地球に現れる前に建てられた、古びた2,3階建てほどの小さめのビル。

「ここなら雨風を凌げそうですね」

サングラスをずらし、肉眼でビルを見上げながらエリックが言った。

「うし、じゃあここで休憩に…」

リンドウがさっそくここで休息を進言しようとした、その時だった。

カラン、と何かが転がった音が、ビルの中から聞こえてきた。

「「「!!」」」

三人の中で、一気に警戒心が高まる。

「リンドウさん、今のは…」

ユウが思わず言葉を発したが、リンドウがすぐに彼の口を手で強引に押さえつけた。

言葉を発さず、視線のみで彼は「今は黙っていろ」命令した。大きく口を開けていたビルのガレージの入口。先行するリンドウはそこから隠れながら、ビルの中を覗き込む。タロウも今は人形であることを活かし、さりげなくリンドウたちの足元から中に入り込んでみる。

さっきの音は、もしかしたらアラガミの可能性がある。この付近には、迎えの途中のサクヤからの通信によると、オペレーション・メテオライトのためにこの場から少し離れた場所に設置した誘導装置の影響でアラガミは寄り付かないはずらしい。とはいえ装置も万能ではない。装置に引っかからないアラガミもいて、そいつが今この中にいるのかもしれない。

いないことを祈りながら、リンドウは中を覗き込む。そこに見えたのは…

「ひぃ…!」

聞こえてきたのは、小さな悲鳴だった。そして目に飛び込んできたのは、小さな子供。そして、複数人の大人たち。

「こんなところに、人…!」

まさかここで、またしても防壁外で生きている人と出くわすことになるとは。しかも、以前ソーマやコウタと共に鉄塔の森のミッションに向かったときに会った一団と比べると大人数だ。

「ゴッドイーターだ…」

ビル内部の闇の中で、息を潜めていた人たちも、最初はアラガミだと思って身を隠していたが、現れたのがそうではないことを知って顔を出してきた。

「なんで、こんなところに…」

「もしかして、俺たちを助けに来てくれたんじゃ…!」

「んなわけないでしょ。防壁の前であたしたちを追い払った連中が今更…」

自分たちは生き延びれるという希望、またはふぇんりるに対する失望ゆえに希望を見出さないものと様々だった。

ユウの中に、この人たちにどうにかできることはないだろうか、そんな思いが駆け巡る。一度人を守る道を選んだ以上、そう思わざるにいられない。

「リンドウさん、この人たちをどうにか助けること、できませんか?」

「…現状じゃちと無理がありすぎるな。それに…」

リンドウは雨が降り続く外のほうに目を向ける。

「ここからどこへ連れて行くんだ?ヘリに部外者を乗せられる余裕はないし、ここから迂闊に彼らを連れて行くと、誘導装置の干渉対象外に入る。かえって彼らを危険に追いやるぞ」

「…ですよ、ね…」

やっぱり無理があるのか。でも、たとえだめでも何とかしてあげたいという気持ちを押し殺せなかった。

そんなときだった。

「…まさか、ユウか?」

「え?」

ユウの名を呼ぶ声が、集団の中から聞こえてきた。まさか自分の名前を呼ばれるとは思わなかった彼は、集団の中にいる人たちの顔をそれぞれ確認すると…。

「スザキ、さん…?」

見知っている男の顔を見た。

「知り合いか?新入り」

リンドウからの問いに、ユウは「はい…」と頷く。

「ゴッドイーターになる前、僕が第8ハイヴに侵入して修繕した機械を売ってお金を稼ぎ、生活用品や食料を調達していたように、彼は女神の森の装甲壁強化のための資材を調達していました。盗み…でしたけど」

ゴッドイーターになる以前のユウが何をしていきつないできたかは既に聞いていた。なるほど、とリンドウは納得した。彼以外にも既に何人か動いていた者がいて、このスザキという男はその一人なのだ。

「でも、どうしてスザキさんがここに…」

「はっ。さすが選ばれし勇者様。何も聞いてなかったようだな」

「どういう…ことです?」

スザキと呼ばれた青年は、自分がここにいることを不思議がるユウに対して露骨に呆れる。

「俺もアナグラに潜り込ませてもらってたんだよ。フェンリルからオラクル資材を奪取し女神の森の装甲強化に当てるためにな。けど、そいつがお前らに保護された影響で、俺も捕まって追い出されたんだよ」

「え…」

それを聞き、ユウは言葉を失った。僕の…せいで?

「偽造で侵入したとはいえ、俺はフェンリルの技術開発職員としても信頼されていたんだ。けど、お前がのこのこ捕まって、偽造証使っていたのがばれたせいで、俺たち技術班にも同じようなやつがいないか、徹底的な検査が行われたんだ。結果…俺だけクロ。当然壁の外に追い出されて、女神の森のために資源を確保することができなくなった。もっとも、フェンリルの連中がちょっとばかし、自分から俺たちに資源を提供してくれたのは以外だった。今更俺たちに塩を送る意図がまるで理解できねぇが助かったことに変わりない。

だが俺が許せないのは…ユウ。お前だ」

スザキは顔を上げ、ユウに対して激しい怒りをあらわにしながら怒鳴り散らした。

「なんでお前だけ追い出されず、ゴッドイーターになってんだ!!俺だけ追い出されてお前だけ助かるなんて、ざけんなよ!!フェンリルの連中の甘い汁に誘われて、俺のことなんかさっぱり忘れてたんだろ!?おかげでお前は奴らのおかげで、かつてない裕福な暮らしを約束されたんだからな!!」

ゴッドイーターは過酷な戦場に立つことと引き換えに、フェンリルから破格の待遇を約束される。当然の措置ともいえるが、それは壁の外で毎日のように荒神に食われる恐怖におびえる人たちから見て、不公平かつ理不尽なものを見せ付けられているようなものだった。結局命と隣り合わせのままとはいえ、アラガミに対抗できる唯一の兵器を扱えるというだけで自分たちとはまったく異なるのだ。

「なんだそれ…自分だけ助かるために、仲間を見殺しにしたのか…」

「くそが…ゴッドイーターになって裕福になるためなら、仲間さえも切り捨てるのか!!」

「人でなし!!」

「フェンリルの色に染まりやがって…」

「…!!」

ユウが、ゴッドイーターになるために仲間を切り捨てた。その悪い見方ばかりでユウを判断するスザキの言動に、周囲の人たちのユウに対する怒りが高まり始めた。

ユウは、胸の中に弾丸を撃ち込まれたような感覚を覚えた。かつての自分が、フェンリルに向けていた敵意。それが今、自分に向けられている。

「や…やめたまえ!ユウ君はあなた方が考えているような男じゃない!!彼は僕らよりもずっと華麗で誇るべき…」

「黙ってろやこのキザ野郎!フェンリルの飼い犬が口挟んでんじゃねぇ!!」

「ひぅ…」

これ以上戦友が一方的に暴言を言われるのをよしとできなかったエリックが口を挟むが、集団の中にいた強面の男性から怒鳴り散らされ、あっさりと押し黙ってしまう。

「あ~はいはい、そこまでにしてくれ」

これ以上重くなるばかりの空気を避けるため、リンドウが両手をパンパン叩いた音で周囲の注意を自分に向ける。

「なんだよあんた。同じフェンリルの犬同士、庇おうってのか?ましてやそいつは、俺たち女神の森の裏切り者…「今のこいつは、俺の大事な部下だ。………あんまりいじめてくれるなよ?」…ぐッ…」

そこまでいったとき、最初はいつもの飄々とした態度とは打って変わり、鋭い視線をスザキに向けた。睨まれたスザキは、リンドウがアラガミよりも恐ろしい存在に感じ取れたのか、押し黙った。

「いやぁ~悪い悪い、俺としたことが、ついカッとなっちまった。許してくれ」

スザキが黙ると同時に、リンドウは軽いノリに戻して彼に謝ってくる。だがスザキも、ほかの難民の人たちも、さっきのリンドウの迫力に押されていたためか、彼に対して何も言い返してこなかった。

すると、リンドウの通信機から連絡が入る。

『リンドウ、無事?応答して!』

その連絡からほどなくして、サクヤたちがリンドウらのいるビルまでやってきた。

 

 

 

以前、この『女神の森』に極東の支部長、ヨハネス・フォン・シックザールが訪れた。今まで自分の方針のために、ゴッドイーターの素質のない者を切り捨ててきた男。女神の森は、ゴッドイーターの素質を持たないことを理由にアナグラへの入居を認められなかった人間たちが作り上げた場所。故に彼の存在は許されざるものだった。

そんな彼が、まさかここへ来るとは思わなかった。その際、知りたかったことを思わず彼の前で尋ねてしまった。

『碧眼に少し金髪がかった、若い男の人を見かけませんでしたか?

『神薙ユウ』…という名前なんですけど』

彼とは、数年前にこの女神の森…正確には数年前まだ女神の森が存在しなかった時にこの場所で出会った昔馴染みだ。第8ハイヴに侵入し、フェンリルが独占している資源を盗んだり、廃都市から発掘した旧世代の機械を修復しそれをハイヴの店に売るのを生業としていたこともよく知っている。彼のように、フェンリルから資材を回収したりする人間がいなければこの女神の森は発展できなかっただろう。

しかし、ユウはある日を境に帰ってこなくなった。女神の森の防壁から外に出ることは、生活に必要な資源の調達以外ではほぼ禁止とされている。行方を探る余裕もないのでユウのことは事実上放置されていたようなものだった。

そんな彼が、まさかゴッドイーターになっていたとは。

「そうか、あの子はゴッドイーターになったと…あの男が言ったのだな?」

「うん…」

その話を、すぐにこの地の総統である父『芦原那智』に、芦原ユノは報告した。娘に背を向け、那智は窓から一望できる女神の森の景色を見渡していた。

「ねぇ、お父さん。ユウさんのこと…」

「返してくれと、あの男が頷くと思っているのか?」

何とか連れ戻したりはできないだろうか、とダメもとで話を続けようとしたユノだが、那智は遮るように問い返した。

「でも、ユウさんのことでおじいちゃんやサツキだって心配してるわ」

「独占欲の強いフェンリルの事だ。ゴッドイーターは誰にでもなれるものじゃない。貴重な人材である彼を、シックザールが見逃すはずがない」

フェンリルが貴重な資源を、人間さえも含めて強引に独占していることは今に始まったことじゃない。壁の外での生活を強いられていたのだから何度も思い知ったことだった。

「…尤も、彼は自分に神機への適合率の高さなど知らず、そして知る機会もなかった。知ったとたんに手のひらを返すように、ここを捨てたかもしれんな。フェンリルのせいで妹が死んだことさえも忘れて、奴らの与える甘い汁につられたのだろう」

父とは思えぬほど冷たい言動を言い放つ那智に、ユノは抗議した。

「お父さん、そんな言い方ないわ!!あの人の頑張りもあって、私たちの今の生活が保たれていたはずでしょ!?それに、あの子のことを忘れたなんて、ユウさんに限ってありえないわ!」

彼女はフェンリルに対してよくない感情は確かにある。しかし、現在のユウがそうであるように、フェンリルのやり方にも理解を示すことができている。

一方で、父は違った。過去に第8ハイヴへの入居を頑なに拒絶されたことで、自分たちを救えるはずの資源を独占し続けているフェンリルを存在さえも否定するかのように毛嫌いしている。

「……ユノ、我々がなぜこの女神の森を建設したか忘れたか?もうフェンリルを信じない。そう誓った者たちが自分たちで生き延びるために造ったのだ。フェンリルに取り込まれた時点で、もう彼は…私たちを裏切ったも同然だ」

ヨハネスの計らいで断れなかったこともあるが、それでもこの女神の森にいる皆のためにもフェンリルに入り、ゴッドイーターとして、ウルトラマンとして戦う彼を徹底的に拒絶し始めた。

「そんな…もしかしたら、断りたくても断れなかったかもしれないじゃない!どうしてそんな言い方…!!」

横暴な持論を掲げる父にユノは激高寸前になる。父のフェンリル嫌いは極みの領域だった。

「もう部屋に戻りなさい、ユノ。そして彼…いや、奴のことは忘れなさい」

「お父さん!!」

それでも抗議しようとする娘を、那智は部下たちに無理やり追い出させた。

 

すぐに部屋を追い出され、那智の部下に部屋に連れて行かれた後、ユノは私室で父に対する不満を募らせた。

(お父さん…ユウさんと仲が良かったのに、フェンリルに加担したってだけで、あんなこと…!!)

自分の父ながら何とも信じがたいことだった。父のフェンリル嫌いが今に始まったことじゃないし、その理由もユノは知っている。フェンリルがたとえゴッドイーターの素質がない人間でも助けようとさえしていれば、あんな冷たい人にはならなかったはずだった。しかし…。

(おじいちゃんの言っていた通りだわ。最近のお父さん、前よりずっと冷たくなってる。でも…)

いくらなんでも横暴が過ぎる。フェンリル嫌いであっても、それでも父はフェンリルから見捨てられた人たちのために、この残酷な現実に抗おうとしている立派な人だ。ユウは父も昔から知っている人だし、その人となりだってよく知っている。あの二人は決して不仲ではなかったはずなのに…。

(フェンリルを嫌っているのはそのままだけど、それよりも、もっと人が変わった様な…)

 

 

 

「やぁソーマ、またこうして生きて君と会えるなんて、まるで神の導きだね」

「…相変わらずふざけたことを言う。俺たちはその神を毎日ぶっ殺しているだろうが」

一方でエリックはソーマとの再会を喜んでいたが、対するソーマは素っ気ない。

「ユウ、大丈夫かよ!?すげぇボロボロじゃん」

再会して間もなく、コウタが傷だらけのユウを見て慌てたように言った。

「ちょっと、しっかりしてくださいよ。同じ新型として、あまり弱いところ見せてほしくないんですけど」

「…ごめん、アリサにも心配かけちゃったかな?」

「し、心配なんてしてません!!変な言いがかりはやめてください…」

コウタと異なり、辛辣さを混じらせた物言いのアリサだったが、ユウからそのように返されて狼狽える。だが、すぐに二人と、横目でユウの姿を見やったソーマは、ユウの声に力を感じないことに気づく。

一応再会と同時に、ユウ、エリック、リンドウの三人はサクヤたちによって、腕輪に偏食因子を投与されて活動限界を引き飛ばし、回復錠などのアイテムで体力も戦闘を再度行えるだけの分は回復させてもらったが、ユウは元気を取り戻せたように見えない。

「ユウ、なにかあったの?」

コウタが尋ねるも、ユウは何でもない、と力のない返事をした。リンドウとエリック、そしてユウの服に隠れていたタロウはユウが今、何を思っているのか察した。

ギースたちを満足の形で守りきれず、続けて自分の出身地の仲間からもゴッドイーターになったからという理由で批判される。ショックが続きすぎたのだ。

サクヤも一部のみだが、リンドウから話を聞いていたので、ユウが心を痛めていることに気づいていた。

「同行していたアーサソールって部隊の子たちがいないけど…あなたたちだけでも無事でよかったわ」

「…できれば、助けてやりたかったがな。ここの連中も、今の俺たちだけじゃ無理がある」

もう覆せない事実。だからこそどうにかしてやりたい。だが、満身創痍のゴッドイーターが3人、ウルトラマンの力を持つユウもその一人に入ってしまっていて、万全の状態に戻すには時間がかかり過ぎることが予想された。

「そうね、困ったわ…本来このエリアってヴァジュラの生息圏なのに、まさかこんなに人がいたなんて…」

以前、鉄塔の森で救出した人たちのように、どこか安全な場所へ送れないだろうかとも考えたが、人数が多すぎる。乗り物はヘリのみで、第1部隊メンバーたちを乗せるのがやっと。なら往復で安全な場所に…ともいかない。ヘリの燃料が足りなすぎる。

そんな時、少し痺れを切らしたように、ソーマがリンドウたちに向けて口を開いた。

「…そんなに助けたきゃ、応援を呼んでみたらどうだ?誘導装置とやらが正常に働いているなら、アラガミが寄り付いていない間に他の連中もここに呼び寄せればいい。

あの野郎の作戦のためにゴッドイーターが他の支部からも取り寄せられてんだ。人材には困ってねぇだろ」

「おぉ、さすがソーマ!その手があったじゃないか!」

「ほほぅ、ソーマ君頭いいじゃないの♪ご褒美に戻ったら俺のジャイアントトウモロコシを…」

「いらん。んなもん自分で処理しやがれ」

エリックは真っ先にソーマを褒め称える。同時にリンドウもソーマの肩に手をまわしてくるが、ちゃっかり残飯処理を押し付けようとした。

「待って…もしかして、私たち助かるの?」

「な、なんだよ…それならそうと早く言ってくれよ!」

やはり自分たちは助からないのか、そんな嫌な予感をよぎらせていた難民たちの顔に、わずかながら希望が戻り始めた。だがソーマはそんな彼らに鋭い視線を向ける。

「喚くな。まだ助かるとわかったわけじゃねぇぞ」

その一言で、難民たちはソーマに対して恐れを抱いて押し黙った。その中には、ソーマに対して不快感を覚えるものもいたが、ソーマは無視し、ユウの方に歩み寄る。

「…こいつらに何言われたかしらねぇが、いつまでしょげてる気だ」

「え…?」

顔を上げてきたユウの表情は、まだ沈み切っていた。ソーマはちっ、と舌打ちし、話を続ける。

「覚悟してきてんだろ。てめえの言う夢とやらを叶えるために」

ソーマには許せなかった。以前任務に同行した際、おおっぴらに『夢』を…『あの雲を超える』夢を強く抱いていたユウが、他者からの言葉に簡単に折れてしまうことが。

「わかったらさっさと立て。このくそったれな仕事を選んだんなら、こいつらに何言われようがいちいち気に留めるな」

「…ごめん、ソーマ。君の言うとおり…だね。いろいろあり過ぎてまだ心の整理、ついてないけど…まずは立ち上がらなくちゃ」

ユウは、あまり顔色が元通りにとはいかないが、何とか立ち上がって笑みを見せた。

「ありがとう、ソーマ」

「…ふん、勘違いするな。てめえがしょげると任務が滞るから口を出しただけだ」

ユウからのお礼に、ソーマは小さく鼻息を飛ばして顔を背けた。そんなソーマを見て、付き合いの長いリンドウやサクヤの顔にも笑みがこぼれた。

(この少年、この冷たい態度と違って心優しいのだな…エリックが彼をよく評価しているのも頷ける)

密かに、ユウの服のポケットから覗き見ていたタロウは、ソーマに対して好感を持った。

 

 

しかし、追い打ちをかけるような悪夢が直後に襲うこととなるとはだれも予想しなかった。

 

 

ユウたちがサクヤたちと合流を果たした頃…。

支部長室にて、ヨハネスはいつものように深く椅子に座り込んでいた。

目の前の電子モニターには、極東エリアの一部のマップが表示されている。それを拡大表示されていくと、さらに新たな表示が映される。

「Rindou Amamiya」

「Sakuya tachibana」

「Soma Schicksal」

「Alisa Ilinichina Amiella」

「Kouta Fujiki」

「Eric Der Vogelweide」

「Yuu Kannagi」

それは、ちょうど合流した第1部隊+@メンバーたちの名前だった。この位置を表す信号は、彼らの腕輪のビーコンをキャッチすることで表示されるものだ。

「彼らを見ていると…いつも懐かしい気持ちになるな」

ユウたちの名前を見て、ヨハネスは誰かに語りかけるように、遠い目をしながら呟く。たまにアナグラ内で見かける普段の彼らの姿を見ることがある。自分と比べて一回り年若く、その何気ない会話は微笑ましいと感じることもある。

彼らを通して、ヨハネスは思い出していた。かつて、一介のオラクル細胞研究者だったころの自分と、榊博士、そして……かつて自分が愛した女性の姿を。

「あの頃は楽しかったな……ペイラーと君がいて、共に研究に励んでいたあの頃は」

親友と愛する妻の二人と共にあり、人類の未来の足がかりとなるエネルギーを求めてオラクル細胞を研究していた、もう二度と戻れない若き日の思い出。

だが、それは残酷な形で締めくくられた。

自分はあの時、決めていたことがあった。

「…アイーシャ。君も、あの時のペイラーのように、今の僕を見たら軽蔑するかもしれない。だがそれでも…」

 

たとえどんなに罵られようとも、どんなに非人道的な手段をとろうとも…

 

「もう退くわけにいかないんだ」

 

愛する妻との約束、再び人類が地上で平穏に生きる未来をつかむ、と。

 

その思いを胸に、ヨハネスは机から取り出した、一つのスイッチのみのリモコンを取り出し、それを押した。

 

 

 

 

「!」

ソーマは、周囲の空気に違和感があるのを肌で感じ取った。同時に、ヒバリから通信が入る。

『第一部隊のみなさん!き、緊急事態です!!』

「何があった!?」

『誘導装置に予想外の挙動が確認されました!アラガミがみなさんの方に近づいています!』

「どういうことだよ?ここから離れた場所の誘導装置のおかげで、こっちにはこないはずじゃ…」

コウタが危険を感じながらも、なぜそれが起きたのか分からず困惑する。

『それが…たった今そちらに誘導装置と同じ反応が出ています!』

「何…?」

同じ反応が出ている。つまり、誘導装置がもう一つ存在していることになる。

「第一部隊、戦闘体勢に入れ!」

ともかく、今は戦う準備をしなければ。リンドウは全員に呼び掛ける。

「新入りとエリックは下がれ!後ろの人たちを守るんだ!サクヤ、アリサ、コウタ!お前らは後方支援!ソーマは俺を前衛!

ヒバリ、すぐにもう一つの誘導装置の反応を特定しろ!」

『了解!』

ゴッドイーターたちは、すぐにリンドウの指示通りの位置に身を置き、いつでもアラガミが来てもいいように臨戦態勢に入った。

それからアラガミが襲ってくるまで、時間はかからなかった。

「!後ろだ!」

真っ先にソーマが叫んだ。

 

ガシャン!!!

 

「グオオオオオオオ!!!」

ガラスや壁もろとも打ち破り、アラガミが入ってきた。それも、よりによってリンドウたちの正面とは真逆の壁を破壊して入ってきたのだ。

「うわあああああ!!!」

リンドウたちの真後ろ、そこにはスザキたち難民たちの集まりがいた。自分たちとアラガミの間に、自分たちを守ってくれるゴッドイーターはいない。丸裸も同然の状態だった。

そのアラガミは、四足歩行でシルエットはヴァジュラによく似た、女神の顔をした青いアラガミだった。女神といっても、その形相に美しさは感じられず、寧ろ恐ろしさしか感じない。

「新種…!?」

エリックがそのアラガミを見て絶句する。そのせいで反応が遅れてしまった。そのアラガミは真っ先に自分の視界に映った女性に、その前足を振りかざしてきた。

「や、やめろぉ…!!」

一番近くにいたユウが、ロングブレードを担いでそのアラガミの前へ走りこみ、その勢いに乗せて剣を振り下ろした。

だが、その新種アラガミはユウの一撃を容易く前足で払うだけで弾き飛ばした。今ので大きな隙を作ってしまったユウ。

「ユウ君!」

エリックがすぐにバレットを撃ち込み、ユウを襲おうとした新種の顔に被弾する。アラガミの僅かな隙ができて、リンドウが前に出る。その間にコウタが咄嗟にユウを自分の方に引き寄せる。

「ユウ、平気!?」

「ご、ごめん…」

ユウはコウタに世話を焼かせたことを謝る。まだ力が戻りきれていなかったのだ。

「新入り、エリックは下がれ!ソーマ、俺と来い!サクヤとコウタは後方支援だ!アリサ、後ろから新手が来ないか見張れ!」

結果的に180°の方向転換となり、リンドウとソーマが率先して新種アラガミに切りかかる。

ヴァジュラと似ていることもあり、そのアラガミは動きがほぼ合致していた。ヴァジュラとは何度も戦ったことのあるリンドウとソーマは、その動きにヴァジュラと異なる挙動がないか警戒しつつ、前足のジャブや飛びかかりを避けて、返しに二人の剣で切り付けられる。

新種アラガミ…氷のヴァジュラは二人の攻撃を受けて少し仰け反ったものの、少し後退して身構え、身に纏っていた冷気を強めた。

通常のヴァジュラが雷の攻撃をすることに対し、奴は氷の刃を頭上に形成し、それをリンドウとソーマに向けて放った。

すぐに二人は盾を展開してガードする。

「わかりやすい属性ね!コウタ、炎属性!」

「はい!」

言われた通り、コウタはサクヤと同時に炎属性のバレットを装填、リンドウらに当たらないように撃った。

バレットがあらに当たると同時に、炎が新種アラガミの体で燃え上がるアラガミは体についた火を必死になって振り払おうともがいた。やはり氷の属性。火が弱点だった。

サクヤたちのおかげでもあって弱点も突けるし、こいつ一体だけなら問題無さそうだ。リンドウは確信した。見ていた難民の人たちの目に希望が見え始めた。

 

 

しかし…その時だった。

 

 

彼らの希望を打ち砕く、邪悪な神が現れたのは。

 

一瞬だった。

 

「ガアアアアアアアアアア!!!」

 

ガジ!

 

黒い影が新たに飛び込み、新種アラガミに食らいついてきた。

 

グチャリ!!

 

肉を食らう生々しい音が響く。コウタは思わず押さえた口から「うげ…」と声を漏らした。

「な、なんだ…あいつは…!?」

「ヴァジュラの変異種…?あんなの見たことが…」

ただひたすら氷のヴァジュラの喉に喰らいつき、肉を食す黒いヴァジュラのようなアラガミにエリックは青ざめている。サクヤも同じ反応を示していた。

「あ、ああ…」

そのアラガミの姿は、誰の目から見ても恐怖と戦慄を与えるのに十分だった。難民の人たちはオウガテイルさえもその対象だというのに、その上を行く存在が目の前に現れたことに、怯えるしかなかった。動くことさえできず、歯をガチガチに鳴らし、中には失禁さえしている者さえいた。

「…ったく、俺はこんな追加オーダー頼んでねぇっての」

難民たちの前に立ちふさがり、いつものようにふざけた感じで言うリンドウだが、その台詞を吐いている時の口調が、焦りに満ちて危機感を抱えていることを表していた。

サクヤは見たことがない、と言っていたが…

実はリンドウはそのアラガミを、たった一度だけ見たことがあった。そして戦い…取り逃がしてしまった。

 

6年前…リンドウは当時、まだ12歳だったソーマと、現役だったツバキとともにロシアで行われたアラガミ大規模掃討作戦に加わっていた。ゴッドイーターではない、通常の軍の連合の方が立場が上で、今以上にアラガミへの対抗手段も、それを培う手段も少なかった時だ。核融合炉にアラガミをおびき寄せ、大勢集まったところを爆破させて一網打尽にするという作戦だ。だが作戦は失敗、融合炉を爆破させても結局アラガミを殺しつくせなかった。その取り逃がした分のアラガミを追って、一人ロシアの雪の降り積もった町を散策していたときに遭遇したのだ。

「あいつは確か…」

 

「『ディアウス・ピター』」

 

リンドウが言う前に、その先をさえぎる様に、アリサが口を開いた。

 

「やっと…見つけた」

 

アリサも…この黒いヴァジュラを見たことがあった。いや…忘れるはずもない。なぜなら…

 

「パパとママの…仇!!!」

 

かくれんぼでタンスの隙間から見た、父と母を食って口元を血で濡らし、髭を生やした暴君のような顔を…忘れもしなかった。

そのアクアブルーの瞳に…強い激情を宿し、彼女は大量の錠剤を口に放り込んで噛み砕いて飲み込む。そして神機を構え、『ディアウス・ピター』と呼んだその黒いヴァジュラに単身で立ち向かっていった。

「アリサ、待ちなさい!」

サクヤが真っ先に言うが、アリサは聞いていなかった。ロングブレード『アヴェンジャー』を構え、ただひたすらピターに剣を振るい始めていた。

「っち、お前ら!この人たちを下がらせろ!俺がアリサを連れ戻す!」

「リンドウ…でも!」

リンドウが舌打ちの後、サクヤたち全員に呼びかける。このまま戦えば、難民たちもアリサとディアウス・ピターとの戦いに巻き込まれてしまう。

「このままその人たちを抱え込んだままじゃ戦えねぇ!いいから行け!」

もう選択する余裕も、やり直す余裕もなかった。難民たちは十数名もの大人数。これほどの要救助者がいる状況では、たとえ第1部隊全員とエリックがプラスワンゲストで加わっても、新種の大型アラガミと交戦など無理があり過ぎた。

「ッ…みなさん!早く外へ!!私たちが安全な場所まで連れて行きます!

みんな、手伝って!」

リンドウに力を貸したいのにそれができないこの状況に歯噛みしつつも、彼女はリンドウの命令に従い、残った仲間たちに難民たちの護衛を共にすることを命じた。

 




○NORN DATA BASE

スザキ
元は『GODEATER summerwars』で登場したキャラ。当初はユウたちゴッドイーターに対して友好的に接しながら、エイジスを案内していたのだが…
本作の彼はユウと同じく女神の森の住人で、フェンリルに偽造証で進入し技師としての力をつけつつ、オラクル物資を女神の森へ横流ししていた。だがユウが始めてギンガに変身しアナグラに運ばれた際、彼が加賀美リョウという偽名で不正侵入していたことが明らかとなったことで、スザキもユウが病室で目覚めるまでの間に強制捜査が行われる。結果、彼も偽造証を使ったことが発覚して追い出されてしまった。
自分と違い、ユウだけがゴッドイーターとして選ばれそのまま保護されたことに不満を抱いている。

後に登場させる機会とタイミングが見受けられなかったため、性格的に悪化したような形で登場させてしまいました…苦手な方はごめんなさい。
不満な点や指摘したいと思った方はメッセージをください。


追記
お詫び:
ユウが非難を受ける場面で、まだ合流していないコウタのせりふが残ったままだったので削除しました。見落としがちな作者で申し訳ありません。自分でも極力ないようにチェックはしてますが、それでも見落とすことが多いです。またおかしな部分があったらすぐに報告願います。


追記
ウルトラマンビクトリーの変身者、決定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

終焉の時(中編)

祝、ジード劇場版&漫画『ULTRAMAN』のCGアニメ化決定!

ジードでジャグジャグも巨大化して登場したことに感激でした!

ついにULTRAMANもアニメになる時が来たか!でも2019年と、待ち遠しい…

今回はこれを記念して、予定より少しばかり早く投稿します。誤字脱字等、至らぬところがあればご指摘お願いします。


アリサは単身ピターに剣を振りかざし続けていた。しかし、彼女が振り下ろした剣は、ピターの前足の表皮に当たった途端、弾き飛ばされた。

「…っく、固い…!」

ピターの表皮は、新型神機として入念なチューニングを施された彼女のアヴェンジャーでも全く刃を通せなかった。

「アリサ、下がれ!俺が前衛をやる!」

「いりません!こいつだけは…私が倒します!!」

後ろから走ってきたリンドウが横に並んでアリサに言うが、彼女は真っ向から拒絶する。

対するピターも、アリサに意識を集中し、その剛腕な前足で彼女に襲いかかる。アリサは踏み潰される直前で神機を銃『レイジングロア』に切り替え、バックステップして軽やかに回避し、同時にバレットでピターに向けて連射する。

だが、ピターはアリサたちと比べて大きなその体からは想像できないほど素早く動き、アリサの弾丸をすべてかわしてしまった。

「く、この!!」

それでも、絶対に当てて見せようと彼女は連射を続けた。だがピターはそれらも回避し、アリサが連射を中断した一瞬の隙を突いて、一気に彼女の方へ突進、彼女を跳ね飛ばし壁に激突させる。

「がは…!!」

「アリサ!!」

まずい、そう悟ったリンドウは、今度は自らがピターの相手をする。とにかくアリサから引き離さないと。彼はブラッドサージの刃を振るい、ピターに切りかかる。しかしピターは、リンドウから見てもすばしっこかった。彼の神機の刀身が入る前に、後ろに跳躍して避けて見せた。

「っち…」

刃が少しでも食い込めば、刀身に搭載されたチェーンソーを起動させ、一気に肉を切り裂いてやれたのだが。リンドウは舌打ちしつつも、神機を構え直す。

「アリサ!後方支援を頼む!」

やはりここは二人で同時に奴を攻撃した方がいい。リンドウはアリサに命令を下し、ピターとの交戦を再開した。

彼はとにかく、奴の攻撃をよく見ながら、反撃のチャンスをうかがった。いつまでも、防壁外の世界で長時間戦うのは危険すぎる。今はこいつを倒すよりも、こっちにビビるくらいのダメージを負わせて逃げ帰ってもらう方がいい。後は、アリサとどれほどまで連携できるかどうか…それにかかっていた。

 

…しかし、リンドウの期待は、『見えない悪意』によって裏切られる。

 

 

 

 

リンドウの指示通り、仲間たちと難民たちを連れ出したサクヤ。

「リンドウとアリサ以外はそろってるわね?」

二人を除く他の人間が揃っているかを黙視して確認する。見たところ、仲間もかけておらず、難民たちにも誰か殺されてしまったような様子も見られない。

「リンドウさん…アリサ…」

ユウは後ろを…リンドウとアリサが残ったビルを振り返る。ユウの服のポケットに隠れていたタロウもひょこっと顔を出してビルの中を凝視した。

『あの黒いヴァジュラ…ディアウス・ピターといったか。見ただけで嫌なものを感じたが…うぅむ…』

自分はユウたちと違い人形、それに存在も迂闊に知られてはまずいので、回復錠による回復も手当もできない。エネルギーも先刻の戦闘でユウたちを助けるために念力を使いすぎたためにガス欠状態だ。自分も残ってリンドウたちを助けるというのも無理があった。

「僕より遥かに華麗で強いリンドウさんもいるんだ。サクヤさんのおかげで十分な回復もしている。今は二人を信じよう」

彼らの気持ちを察し、エリックがユウの肩に手を置いて言った。

「…は、俺たちよりも仲間の心配か。やっぱ俺らのことなんかどうでもよくなってたんだな。それに、さっきも大して役に立ってなかったみたいだしな。

使えねェ癖にゴッドイーターになる…裏切り者で無能とか終わってるぜ」

そんなユウを見て、スザキはまたしても嫌味なことを、わざとユウに聞こえるように口にしてくる。ユウはそれを聞いて一瞬スザキの方を振り返り、顔を不満で歪ませる。

「あんた、ユウの同郷だろ!なんでそんなにディスってばっかなんだよ!リンドウさんがいないからって、好き放題言いやがって!」

「なんだよ、文句あんのか!?実際俺の言うとおりだろうが!そいつ、対してあのアラガミにダメージ食らわせもしなかったじゃねぇか!」

コウタの反論に対し、スザキはさらにヒートアップしてコウタに言い返す。スザキに同調して、難民たちも「そうだそうだ!」と声を荒げ始めた。

「アラガミ一匹殺すのもやっとかよ!この無能の裏切り者が!!」

「ゴッドイーターならちゃんと命張りやがれ!」

「そうよ!ちゃんと仕事しなさいよ!あたしたちの命をなんだと思ってるの!」

その時だった。ガン!!!と、コウタと難民たちの間に、ソーマの神機『イーヴルワン』が大きな音を立てて振り下ろされた。

その轟音に、難民たちもコウタ、そして後ろのエリックとユウも驚く。

すると、地面から神機を引き抜いて担いだソーマは、スザキの眼前に歩み寄りその胸倉を乱暴に掴んで顔を近づけ、冷たく低い声でスザキに言った。

「ひ…」

「…次無駄口叩いたら、アラガミの群れの中に置いていくぞ」

それは双方に対する脅しだった。コウタは自分が熱くなったことに気付いて閉口し、難民たちも自分たちが助かる唯一の存在であるゴッドイーターの機嫌を損ねては敵わないと悟り、もう何も言わないことにした。

「…とにかく、援軍を呼びましょう。手が空いている子たちがいればいいんだけど…」

重くなるばかりの空気から少しでも出ようと、サクヤが口を開いた。

リンドウたちも、難民たちも、両方できうる限り助けるためにもさらなる人手が必要だ。通信機でアナグラのヒバリに連絡を入れようとしたその前に、逆にヒバリから通信が入ってきた。

『みなさん、先ほどリンドウさんから言われていた誘導電波の発信源が特定できました!』

「どこから!?」

『そ、それが…』

少しうろたえているような、信じられないような口調だった。だがヒバリは次に、その発信源がどこなのかを伝えた。

 

『アリサさんから発信されています!』

 

「え…!?」

アリサから発せられている?一瞬耳を疑った。

「本当なの!?アリサから発信されているって…」

『は、はい!信じられないんですが…アラガミ誘導信号とアリサさんの腕輪のビーコン反応が全く同じ場所から発信されているんです!』

「バカな…」

なぜアリサから、アラガミ誘導電波が発せられているのだ。

ふと、サクヤは、ヘリでここに来る途中アリサが黒いケースを持ち込んでいたことを思い出す。まさか、あのケースが!?だとしたら、アリサがこの事態を仕組んで…いや、違う。

『大車先生から預かったものですけど、何か?』

大車…?じゃあもしや、今この事態を引き起こした犯人は…!

確信したサクヤは、ユウの方を振り返った。

「ユウ君!一度戻ってアリサが持ってる黒いケースを壊しなさい!それがあなたの方にアラガミを引き寄せている!」

「え…!?」

「早く!!」

「は、はい!!」

その迫力に圧され、ユウはすぐにビルの方へ引き返した。

なぜサクヤは、いつになく大声を出してまで自分に命令を入れたのだろう。

 

「タロウ…どう思う?」

ビルの方へ走りこみながらユウはタロウに問う。なぜかアリサからアラガミ誘導の電波が発生していると言っていたが、いったいどういうことだろう。

「わからん。だが、アリサの身に何かが起こりつつあるのかもしれない。とにかく、その例の黒いケースとやらのことをアリサに尋ねよう」

タロウもまた予想がつかなかった。

しかし、これはこれでよかった、とも思える。今の自分はギンガへの変身はできずとも、サクヤたちが回復させてくれたおかげで辛うじて戦える状態ではある。アリサが持っているという黒いケースを壊すだけなら、今の自分でも十分に役目をこなせる。

すぐにビルの入口前にたどり着くと、ピターと交戦し続けているリンドウと、壁に激突されたのか、フロアの端で四つん這いの状態から立ち上がろうとしているアリサを見つける。

見ると、彼女の傍らに黒いケースが転がっている。

もしや、あれか!

「アリサ、無事!?」

アリサの名を呼んで容体を確認するユウは、ビルの中へ一歩踏み出そうとした。

 

それが、これから始まる地獄のひと時への一歩だと、知る由もなかった…

 

 

 

「く、うぅ…」

アリサはピターの攻撃で壁に叩きつけられ、そのまま床の上にうずくまっていた。体に移植されたオラクル細胞のおかげで肉体が強化されてなお、アリサに叩き込まれたピターの一撃は重すぎた。体がもう一度動けるまでまだ時間を要しそうだ。

顔を上げると、リンドウがピターと戦っていた。自分よりもキレがあって無駄のない動き。自分よりも熟練しきったものだった。自分が食らったピターの攻撃を避け続け、そして自分も自ら反撃に転じてピターに切りかかる。互いに避けて、攻撃して避けられる。それを繰り返していくうちに、

「うらああ!!」

リンドウの気合の入った一太刀が、ピターの顔に叩き込まれた。

「ガアアアア!!」

その顔に、右目の上から血を吹き出し、切り傷を刻まれたピターは激痛からの絶叫を轟かせる。アリサは驚いて目を見開いた。自分がどうやっても一撃を与えられなかったピターに、手痛い一撃を与えたリンドウ。リンドウに対して、すごいと思う一方で、それ以上に……悔しさを覚えた。自分よりも熟練しているとはいえ、旧型と侮っているゴッドイーターが、自分と違って、この手で殺してやりたいと何度も思い続けてきたアラガミに手傷を負わせたということに。

「おいアリサ、立てるか!?立てるなら援護してくれ!」

リンドウの声が耳に入るが、頭には入ってこなかった。

ピターはその顔を苦痛で歪ませながら、リンドウを睨んでいた。他のアラガミと比べると、表情が豊かな方だ。リンドウのことを明らかに餌以外の何にも見ていないが故に、餌ごときに手傷を負わされたことに、怒りと屈辱を覚えているのがなんとなくわかる。

赤く染まっているその目に、リンドウと…そして壁に叩きつけたアリサの姿を見る。一匹残らず食らってやる、その意志を宿らせながら。

その際、アリサとピターの視線が重なり合った。

「あ…」

アリサの頭の中に、過去の忌まわしい記憶がフラッシュバックする。

かくれんぼで外に放置されたクローゼットに隠れた時に見た、父と母がピターに食われる、その残虐な光景を。

 

 

―――パパ…ママ…!?

 

 

―――やめて…食べないで!!

 

 

「あ、ああ…」

アリサの中に、幼き日に感じた恐怖が湧き上がる。

あれほど憎み、立ち向かうことができたはずのアラガミが……怖い。

食われる…あの時の両親のように、今度は自分が……

「や…いや…」

血だまりしか残さなかった両親の変わり果てた姿が、次の自分の姿そのものになる。自分がピターの口で噛み砕かれるイメージがよぎる。

「アリサ、どうしたぁ!!?」

ピターの前足の攻撃や飛び掛かりを避けながらリンドウが叫ぶ。しかし、アリサはその問いには答えられなかった。恐怖で何も言えず、そこから逃れたい気持ちに駆られる。

そして…新たな光景が彼女の頭の中をよぎった。

 

 

 

『いいかい、アリサ。こいつらが君たちの敵、アラガミだよ』

どこかの医務室。そこでベッドで横たえているアリサの前に、電子パネルが機動させられ、何者かは不明だが、白衣を着た男がアリサに何かを教えている。

『アラ…ガミ?』

電子パネルには、アラガミの写真が何枚も表示されており、その中には、あの氷のヴァジュラや、ディアウス・ピターの姿も見られる。

『そうだ、こわーいこわーいアラガミだ。そしてこいつが…』

だが、それだけではなかった。アラガミの写真の中に…アラガミではない『人間』の写真も同時に映されていた。

あたかも写真内の人物を、アラガミとして扱う男。しかも、対するアリサは何一つ疑問を持っていないのか、ただひたすらボーっとしたまま男の声を鵜呑みにしていく。

『君のパパとママを食べちゃった…アラガミだよ』

それは…

 

 

 

 

リンドウとユウの顔写真だった

 

 

 

 

 

それと同時だった。入口の方からアリサに向かって駆け寄る足音が聞こえ、アリサはそちらの方に目を向けると、ユウがこちらに向かってくる姿が目に入った。

「アリサ、無事!?」

その気遣いの言葉と共にビルに入ってきて自分に近づいてくるユウを見て、アリサは目を見開いた。さっきのヴィジョンの中で自分が見せられたアラガミの写真の中に、ユウがいたのを思い出す。

 

――――こいつが、君のパパとママを食べた…アラガミだよ

 

頭の中に蘇ったその言葉によって、両親を食い殺しクローゼットの中の自分を覗き見た時のピターと、今自分のもとに駆けよってきたユウの姿が…重なった。

「いや…いやああああああああ!!!」

「「!?」」

ユウを見た途端、彼女は悲鳴を轟かせ、思わずユウとリンドウは動きを止めた。

アリサの方へ二人が視線を向けると、彼女の傍らに落ちていたケースが、妖しげな黒いオーラを纏い始め、ひとりでに蓋が開かれたケースの中身が露わになる。

「あれは!」

ウルトラマンであるため、最も視力が優れていたタロウが、その中身を見て声を上げた。

大車がアリサに渡したケースの中にあったのは、小型の黒い機械…おそらくそれが携帯型のアラガミ誘導装置だ。だが二人がそれ以上に注目したのはもう一つあった。

 

「…黒い、ギンガスパーク!!?」

『ダークダミースパークだと!?』

 

闇のエージェントたちも使っていた『ダークダミースパーク』だった。

 

 

 

『でも、大丈夫。君はもう戦える』

彼女の肩に手を置いて、彼女の心に安らぎを与えようとする男。

『簡単な事さ。まず、こいつと出会ったら…こう唱えるんだ。

один(アジン)два(ドゥヴァ)три(トゥリー)…と』

『один、два、три…』

それはロシア語での、数字の1・2・3を意味していた。

アリサは男に言われた通り、数字を復唱する。終わると、男はアリサの頭を撫でまわす。その手つきは…どこかねちっこくていやらしい。本来のアリサなら女子らしい嫌悪感を出すはずなのに、彼女は受け入れていた。

『そうだ、そうすれば…君は誰にも負けない、無敵の子になれるんだよ』

 

 

 

先ほどのヴィジョンの続きが蘇り、アリサは黒いケースの中にあった。ダークダミースパークに、震える手を伸ばす。

「いかん、アリサ!それをとってはならない!!」

タロウが声を荒げながらアリサに呼びかけた。しかしそれでも手を止めないアリサ。

「「アリサ!!」」

ユウとリンドウもアリサの方に向かって走り出す。だがリンドウの方は、ピターの邪魔が入っていた。

「ガアアアア!!!」

逃がすかとばかりに、ピターがリンドウに向けて、近縁種に当たるヴァジュラのそれよりも強力な電撃をほとばしらせ、彼に浴びせた。

「ぐあああああ!!」

しくった…!リンドウは油断した自分に歯噛みしながら崩れ落ちた。

「リンドウさん!」

「お、俺のことはいい!アリサを止めろ!早く!」

思わず足を止めたユウに、体が痺れて動けなくなったリンドウは叫んだ。はっとなったユウはアリサの方をもう一度見る。

ユウが立ち止った時点で、既に遅かった。アリサはダークダミースパークと、セットで入っていたスパークドールズを手に取ってしまっていた。

「один…два…」

アリサは今すぐにでも、今自分の心を支配し始めていた恐怖を紛らわせたかった。それを打ち消して『仇のアラガミ』を撃ち滅ぼしたかった。手にしたダークダミースパークを見ながら、アリサは迷わずそのおまじないを、小さな声で口にした。

 

「…три…」

 

そして、スパークドールズを……ダミースパークに付けてしまった。

 

 

『ダークライブ…!』

 

 

 

一方その頃、外でユウ、リンドウ、アリサの帰りを待つサクヤたちにも危険が降りかかっていた。

「まずいな…こっちも囲まれ始めている」

口調はいつもの冷静なものだが、確かな焦りをソーマは口にした。

今、ビルの外にはアラガミが5体も集まっていた。それも、さきほどビルの中で見かけた、女神像のような顔をした氷のヴァジュラたちだ。新種で大型種が5体。思わしくない事態だった。

「ひ、ひぃ…!」

「お、おい!どうにかならないのか!?」

スザキたち難民から必死の声が聞こえる。だが迂闊に動いても、みすみす餌になるだけ。ゴッドイーターたちはすぐに動けなかった。

「う、ぐぅ…」

エリックの手が震えだす。雨で体が冷えていただけじゃない。一体だけでも苦戦を強いられるアラガミがこれだけ集まれば、たとえゴッドイーターでも危機感を感じざるを得ない。

(だめだ、震えるな!ここで僕が弱気になったら、彼らも不安になる!そんな無様な姿は、華麗なゴッドイーターを目指す僕の姿じゃない)

心の中で自分に言い聞かせながら、エリックは自らの体の震えを止めようとするが、それでもおさまらない。

「サクヤさん、どうしたら…!」

「どうにか一体でも倒して、退路を開かないと」

まだリンドウがアリサを連れ戻しておらず、ユウも同じく彼らの元にはなってからまだ戻っていない。でも、こいつらをどうにかしなければ自分たちはここから離脱もできない。

しかし、その時だった。リンドウたちのいるビルが、激しい爆発を起こし、内部から木端微塵に砕け散った。

「ッ!!」

突然の事態に、サクヤたちは絶句し、目を見開く。そして、爆発の中からひとつの小さな影が飛び出し、サクヤたちのもとに転がる。

「ユウ!?」「「ユウ君!?」」

「ぐ…」

「大丈夫!?」

「は、はい…」

ユウはうめき声を上げながら、コウタやエリックの肩を借りて立ち上がる。

「いったい何があったの!?今のは…リンドウたちは!?」

「それは…」

サクヤからとにかく質問攻めを受け、ユウはどこから説明すべきか迷ってしまった。

「サクヤさん、落ち着いて!まずユウの話を」

コウタが焦り始めるサクヤを何とか落ち着かせようとするが、さらなる事態が起こる。

爆発を受けつつもわずかに立ったままの壁を残したビルの中から、何かが巨大な影が現れる。

「あれは…」

爆炎の煙の中から、その姿を見た外の第1部隊は…さらに言葉を失った。

 

「怪、獣…?」

 

煙の中から現れたその姿を見て、ユウが思わず呟く。

黒いヴァジュラに続き、さらに第1部隊の前に姿を見せた巨大生物に、彼らはただ困惑した。

「な、なんだあれは…!?」

難民たちは、現れた怪獣に驚愕し、畏怖する。それは第1部隊も同じだった。

その怪獣を見て、タロウは口を開く。

 

 

「…間違いない、あれは『高次元捕食体・ボガール』だ!」

 

「ボガー…ル?」

 

 

 

 

アリサは、気がついて周囲を見渡した。そこは真っ暗な空間の中だった。光が少しも差し込まない、真っ暗闇の中だ。

「ここ、どこ…?」

思わず呟くが、誰も答えを返さない。この暗闇の中には、自分以外誰もいないのだ。

人間は、どこが前で後ろなのかもわからない暗闇の中にただひとり取り残されれば、平静さを失うものだ。

「だ、誰か…誰かいないの!?」

アリサは叫んで見せる。だがさっきと同様誰も答えない。アリサはとにかく走りながら、誰もいないのか呼びかける。それでも誰一人、アリサの前に姿を見せる者はいない。

しかし、誰かの声がアリサの耳に聞こえてきた。

 

―――もういいかい

 

「え…?」

今の声は…まさか!

アリサはすぐに声の聞こえた方へ駆け出した。今の声、忘れそうになっていたが、聞くと同時に誰のものなのかすぐにわかった。

「パパ、ママ…!」

そう、今は亡きアリサの両親だった。もう二度と聞くはずのないその声は、アリサの気を引くのに十分だった。

 

―――もういいかい

 

また声が聞こえる。それも、ようやく見えた、扉の隙間から差し込むような縦長の光から。

アリサは立ち止まって、その光の外を見る。ああ、そうだ。自分はずっと『この中』に隠れていたのだ。両親をちょっと困らせたい、かまってほしいときに何度も隠れていた、子供たちの遊び場になっていた廃屋のクローゼットの中に。

「まぁだだよ」

アリサは外にいるであろう自分の両親に言う。すると、両親も気がついたのか、アリサの隠れているクローゼットに近づいてきている。

 

―――もういいかい

 

「もういいよ」

もう見つかるのも時間の問題。わざと自分がここにいるのだと伝えるように、アリサは言った。見つからないように隠れるのが、アリサのかくれんぼの目的ではない。いつも両親に見つけてもらってとことん甘える。それがよかったのだ。

両親が、クローゼットの扉に触れる。あぁ、今日も見つかっちゃったな。喜びながら、アリサは両親の温かな顔を見るのを待った。

 

 

 

が…彼女が次に見たのは、まったく違うものだった。

 

 

「え……」

 

 

残酷な光景が、飛び込んだ。扉を開けたのは、両親ではなかった。

その両親は…血の池の中でばらばらに噛み砕かれていた。頭の臓器も…すべて…

ディアウス・ピターに飲み込まれていく。

すると、ビデオ映像が切り替わるように、ようやくアリサの視界が、現実に戻った。

自分が、いつの間にかアラガミに似た怪物になっていることなど気がつかなかった。真っ先に飛び込んだ、地上の人たち。第1部隊の仲間たちと、彼らの手で保護されている難民たち。その中に見えた、ユウの姿を見たときだった。

いつぞや見せられた、アラガミの写真の中に見せられた、リンドウとユウの顔写真が蘇った。

『これが…君のパパとママを食べちゃった…アラガミだよ』

実際に両親が食われたときに、その赤い目でクローゼットを覗き込んできたピターの顔が、赤い眼を持つユウとリンドウの顔に差し替えられていた。

 

「いやあああああああああああああああああ!!!!」

 

アリサは、かつてない恐怖に駆られ、狂った悲鳴を轟かせた。

子供一人しか入れないような狭いクローゼットだったのに、いつの間にかその手に持っていた神機の銃形態『レイジングロア』で乱射し始めた。誰の声も、自分の奇声さえも耳に飛び込んでこない。

「来ないで…やめてええええええええええ!!!」

 

―――君のパパとママを食べた…アラガミだよ

 

「あああああああああああああああああああああああ!!!!」

彼女の頭の中に聞こえる声は、ただその一言だけだった。

目に見えるすべてが、自分の両親を食い殺した憎き存在にして、絶対的恐怖の対象としか見えなかった。

 




○NORN DATA BESE

・高次元捕食体ボガール
『ウルトラマンメビウス』本編の序盤におけるボス怪獣。
怪獣を呼び寄せる能力を持ち、ウルトラマン80とユリアンが地球を去ってから26年もの怪獣未出現の平和な時代を終わらせた張本人。この能力を利用して餌となる怪獣を集め、自分とほぼ同じサイズの怪獣さえも、翼のような器官を広げて食らい尽くすことができる。
エネルギー弾やサイコキネシスを使うことや、不気味な人間の女性の姿に変身して潜伏が可能。知性も持ち合わせている。
何より恐ろしいのは、アラガミにも匹敵する異常すぎる捕食欲求。ウルトラシリーズでは、人間の恐怖や絶望を求め残虐な捕食を繰り返す『スペースビースト』という種族がいるが、ボガールも彼らやアラガミに負けないほどの悪食っぷりを見せている。それはかつて、ウルトラマンヒカリ(当時は名が不明の光の国の科学者)が愛した平和な惑星アーブをはじめととした、数多の星の生命体を滅ぼしつくすほどで、メビウスをも食らおうとさえした。
性格も当然のように自己中心的で残虐非道さに満ちていて、自分の腹さえ満たせれば他の命などただの餌にしか見ていないため、オラクル細胞をもっていないとしても『アラガミ』と断じられてもおかしくない。
彼女(本編では女性の姿でもあったので敢えてこのように表現)の同種族には『レッサーボガール』、『アークボガール』等がいる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

終焉の時(後編)

新年早々の愚痴です。

ここしばらく、面白動画とかいろいろ気になったりで執筆にあまり集中しきれなくなって悩んでます。卿はここまで必ずやるぞ!と思っても…考えてもなかなか思いつかなくて筆が動かなかったり、パソコンがうまく動いてくれない時とか特にモチベーションがさがったりとか…
そして「この展開で本当にいいのだろか」とも。結構原作の流れをぶち壊してきましたから結構不安が強まってます。



「ウウウウウウウウガアアアアアアアア!!」

暗闇の中でアリサが叫ぶと同時だった。怪獣は狂ったように叫びながら、ユウたちに…正確にはユウに向かって手からエネルギー弾を発射した。

まともに照準を合わせていなかったため、直接は免れたが、すぐ近くに光弾が撃ち込まれ爆発するだけでも、難民たちをパニックにさせるには十分だった。

「うわあああああああ!!!」

「た、助けてくれええええええええええ!!」

難民たちは怯え、恐怖に慄いて散り散りになっていく。

「待ってみんな!」

サクヤが難民たちに向かって叫ぶが、彼らはもう自分たちの声を聞くほどの余裕はなかった。

「くそぉ!!」

コウタは銃神機で怪獣に向けてバレットを発射する。とにかくこの人たち全員が逃げきるまで時間を稼がねば…と思ったが、コウタのバレットを何発受けても、怪獣は体から被弾された時の煙を立たせたくらいで、何ともなかった。

「そ、そんな…効いてない…」

「アアアアアアアアアア!!!」

呆然とするコウタを無視し怪獣は手を振り回しその手から放つ光弾で無差別に周囲を攻撃し始めた。その一発が、コウタにも襲いくる。

はっとなって気が付いたときには、コウタを飲み込もうとしていた。しかしその時、コウタの前にソーマが現れ、タワーシールドを展開し、彼に代わって怪獣の光弾を防いだ。だが、やはりエネルギー弾を防ぎきれず、ソーマは吹っ飛んでしまう。

「ソーマ!」

すぐにエリックが駆け寄り、彼に手を貸そうと手を伸ばした。

「あ、俺…」

「ボーっと、してんじゃねェ…!」

気が付いたコウタが、思わず声を漏らすも、ソーマはコウタを睨み返して厳しい言葉を吐く。だが彼の言うとおりだ。パニくることもボーっとすることも許されない。

「グゥウウ…!!」

ボガールは空に向けても、地上に向けてもエネルギー弾を飛ばし続ける。そのエネルギー弾に恐れを感じ、先ほどまで第1部隊と難民たちを取り囲んでいた氷のヴァジュラでさえ驚きすぎて、文字通り尻尾を巻いて逃げ始めるほどだった。だが何体か、ボガールの無差別の光弾に体を砕かれていった。

「ぐああああ!!」

ユウにもその余波は来ていた。というか、彼が最も狙われていた。

必死になって避けていくも、アーサソールの騒動から引き続いての戦闘、たとえ応急手当と回復を受けても無理があった。しかも今は、ギンガに変身できない。当然、ユウは爆風によって吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた。

「ユウ、大丈夫か!しっかりするんだ!」

「ぐ、うぅ…なんとか…ね」

激痛ばかりが走る体を、タロウの激励を受けながら立ち上がる。

「それにしてもタロウ、あいつを知ってたの?」

さっきタロウが知っている口ぶりだったので、ユウがあの怪物のことを尋ねる。

「かつて、私の教え子であるメビウスがヒカリと共に戦ってようやく倒せた、恐るべき怪獣だ…奴のせいで、あらゆる星の生命体が奴に食われ、滅ぼされたと聞いている。

悪質かつ悪食な…まさに自分以外を餌としか見ていない、凶暴な生命体…」

「…!!」

タロウの語るあの怪獣の話は、まさに自分たちの知るアラガミのそれとほとんど変わらなかった。アラガミ以外にもそんな恐るべき存在がいるというのか。

しかし、あの怪獣が現れたのはなぜか。それもリンドウやアリサのいたあのビルから。

ビルが爆発する前にアリサが持っていたダークダミースパーク。闇のエージェントたちがアラガミとスパ-クドールズとなった怪獣の合成生物『合成神獣』を作り出すために利用されていた。自分がギンガへの変身に使っているギンガスパークのように、変身する力をも与えられるとしたら…

「じゃあ、あの怪獣って…アリサが…!?」

ボガールが再びユウに向かって再度攻撃の姿勢を取っていた。

構わずボガールは移動を開始する。

しかも向かっているのは、逃げまどう難民たちだった。彼らの侵攻先に降り立つ。巨体で飛んで移動できる。瞬間的に難民たちに追いつくことなど簡単だった。

「ひ、ひいいいいい!!」

難民の誰かが、思わず腰を抜かして恐れおののく。自分たちの目の前に、アラガミよりもさらに巨大で恐ろしい生物が現れただけで、彼らは動くことさえままならなくなる。

まずい!まさか彼らを攻撃する気か!?

「やめろおおおおおお!!」

「ユウ!!」

ユウは彼らの元へ駈け出しながら銃形態に切り替え、ボガールの目の前の位置に向けてバレットを放った。だが、直接ボガールに直撃させず、ただ目くらましのためにバレットを撃った。ボガールはユウの撃ったバレットに驚いたのか、鳴き声を上げながらその場で足を止めた。

「早く逃げて!!」

ちょうど後ろに座り込んでいた難民の一部に、すぐに逃げるように怒鳴るユウ。難民の人たちはただひたすら頷いて、すぐにその場から立ち上がって逃げだした。

背後の難民たちが遠くへ行ったところで、振り返ったユウはボガールに向けて呼びかけを行った。

「アリサ!!僕だ!!ユウだ!」

届くかどうかわからないが、それでもそうせずにいられなかった。

すると、ボガールはユウの声を聴いたのか、彼に視線を傾けてきた。

その目は…あの時のアリサと同じだった。初めて極東に彼女が来訪した時の、アラガミを憎むあまり、ギンガというある種の異系の姿となった自分に対しても向けていた、憎悪の目に。

「ギイイイイイエエエエアアアアア!!!」

叫び声をあげ、集中的にボガールはユウに狙いを定め、光弾を放ち始めた。とにかくユウを殺す。それだけを考えているように。

「うわ!!」

自分の周囲に光弾が落ちてきて、爆発が彼を取り囲む。

「ぐ…アリサ…やめろ!やめるんだ!!」

ボガールの光弾を、何度も必死に避け続ける中、呼びかけを続ける。

自分の声なんて、全く聞き届く気配がなかった。だめだ…まるでこちらの声が聞こえていない…。自分の神機の装甲『バックラー』ではとても耐えられないのは目に見えている。

だから、避けるしかなかった。

しかし、アーサソールを巻き込んだ闇のエージェントとの戦闘で、応急で回復してもらっただけのユウの体は、再び限界の時を迎えようとしていた。

一発食らっただけで大ダメージなのは間違いないボガールの光弾を、必死になって避ける。そんな状態はすぐに終わってしまう。

「ぐ、う…はぁ…はぁ…」

「ガアアアアア!!」

ついに避けるだけの体力を失い、スタミナ切れで荒い息が出たところで、ボガールが地面を抉って蹴り上げる。その拍子にユウも宙へ放り出される。同時に、ボガールの光弾がユウ目がけて撃ち込まれた。しかも今度は、スナイパーのように正確に向かっている。

「く!!」

やむを得ず、ユウは神機を盾に変形、ボガールのエネルギー弾を防ごうとした。

だが、仕方がないとはいえ…それはユウにとって残された武器の一つを失うことと同義だった。

ボガールの攻撃は、神機では耐えきれるものではなく、光弾を受けた神機は…。

 

柄の部分だけを残し、剣、銃、盾の部位が粉々に砕け散った。

 

「がばっ…!!!」

血反吐を吐き飛ばし、ユウは古びた鉄橋の前まで吹っ飛ばされた。下は激しい濁流が流れる川。落ちたらひとたまりもない。

血がおびただしく流れ落ち、ユウはうつぶせに倒れこんでいた。神機は今の一撃であらゆる部位を失い、もはや機能していなかった。その場で死体のように倒れたユウを見て、ボガールは彼の方から方向転換する。

その目に狙うのは………逃げまどう難民たちや氷のヴァジュラ、第1部隊のメンバーたち。

ボガールは、彼らに狙いを定めた。一匹遺さず、食い残さない…そのつもりで。

その様は、アリサの面影など全く感じさせない、血肉に飢えた凶暴なアラガミそのものだった。

 

 

 

アリサは、アラガミたちに取り囲まれていた。ピターや氷のヴァジュラ、そしていつの間にか現れていたオウガテイルやコンゴウをはじめとしたあらゆるアラガミたちが集まっていた。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

しかし、そもそもこの世界はアリサの深層心理そのものだ。このアラガミたちも、彼女自身のアラガミに対する憎悪と恐怖が作り出した夢…幻に過ぎない。

「いや、来ないで…やめて!!やめてよおおおおおおおおお!!」

だが、アリサはそれに気が付けるほど冷静ではなかった。さっきから続くピターへの恐怖が、今の目の前の幻影アラガミたちに対するそれにすり替わってしまい、恐怖から少しでも逃れるために、次々にアリサを食らおうとする目の前のアラガミを一体一体、切り伏せ、撃ち抜いていく。

だが、絶え間なく襲ってくるアラガミたちに、アリサはもう限界だった。体力以上に、精神的な方で疲れ始めていた。それでもアラガミたちは、アリサを食らおうと近づいてくる。

「ひ…ひぃ…!!」

尻餅をついて後退りするアリサは、両親が食われていた時に隠れた、あのクローゼットに隠れようとした。しかし、そのクローゼットはアラガミたちに食われていたのか、それとも壊されたのか…どちらにせよ消え失せていた。逃げ場さえも失っていたアリサは、怯えてその場で萎縮するばかりだった。

「いや…いや…死にたくない…死にたくない…助けて……パパ、ママ…」

もう両親が助けてくれるはずがないのに、いない父と母に助けを求める。

 

―――逃ゲルコトハナイヨ

 

そんなアリサの頭に、声が聞こえてきた。

誰の声?不思議に思ったが、自分の周りをおびただしい数のアラガミが取り囲んでいる今、アリサには頭を上げる勇気さえなかった。アラガミの顔さえも見たくない、少しでも恐怖から逃れようと目を背け、耳さえも閉ざそうとする。

だが、声の主―――おそらく声の高さから女性のものだろう。だがどこか野太い声と二重で聞こえてくる――――はアリサに声をかけ続ける。

 

―――ヤラレル前二、食ベチャエバイイ

 

―――ホラ、イツモヤッテイルジャナイカ

 

「いつ、も…?」

 

――――オ前ノ武器デ

 

「私の…武器…」

声に導かれるように、アリサはなるべくアラガミたちを見ないように、傍らに落としていた自分の神機を見る。もしや、この声の主は、アリサにアラガミたちを捕食形態で食らえと言っているのか?

「で、でも私…」

それでも怖いという前に、声はアリサを安心させようと呼びかけを続ける。

 

―――大丈夫、私ガ一緒二食ベテアゲルカラ

 

その時だった。神機が、アリサの意思と関係なく、自らアラガミの顎を出した状態…捕食形態に切り替わった。

 

―――サア、オ食ベ

 

―――死ニタクナイナラ、食ベロ

 

――― 一匹残ラズ

 

その声を受け入れたと同時に、アリサは神機を手に取った。そして目の前のアラガミに向けて、捕食形態となった神機を突き出した。

 

おいしい餌を目の前にした、獣のように舌なめずりしながら。

 

「イタダキマス」

 

その時のアリサの声は、彼女自身の声ではなく、彼女に声をかけ続けた正体不明の女の声のものになっていた。

 

 

 

自分の精神世界で、彼女が神機の捕食形態を使ったと同時に…現実世界でアリサがダークライブしたボガールも、動き出した。

「く…うぅ…」

ユウは、倒れたまま起き上がる。装甲も銃・剣も失い、もう神機は使い物にならない。

でも、ただ一つユウには残された手段があった。

それは…ウルトラマンに変身すること。そうすれば彼らを助け出せるはず。

…だが、今のユウは立ち上がることさえままならないほどのダメージを負っていた。

今のボガールを止められるのは、誰一人としていなかった。

うつぶせに倒れたまま顔を上げた時、ボガールが難民たちの前に降り立ったところだった。

両手の翼のような部位を広げ、ちょうど自分の足もとや目の前にいる、氷のヴァジュラや大勢の難民の人たちに近づく。

「あ、ああ…」

氷のヴァジュラも含め、標的にされた彼らは最早逃げる気力さえ失った。そして悟った。

今、自分たちはこいつに食われる…と。

ユウも理解した。ボガールとなったアリサが、次に何をしようとしているのかを。

「いかん、間に合わない!」

タロウが叫ぶ。ボガールの光線は、ユウに変身の間さえも与えようとしなかった。

「く…ウルトラ念力!」

タロウはユウを殺させまいと、ボガールの前に瞬間移動、念力を浴びせて動きを封じようとする。だが、ボガールはタロウの念力に全く動じなかった。

(しまっ…念力が弱まっている…!)

タロウもギンガと同じで、先刻の戦いで、ただでさえ少ないエネルギーが減少したため、ウルトラ念力の力が大きく弱まってしまっていた。

タロウの妨害などものともせず、ボガールはタロウを睨み返し、目から発した念力返しでタロウを押しのける。

「うわああああああ!!」

「タロウ!?」

吹っ飛んでいくタロウに目もくれず、引き続き自分が獲物と定めた小さな生き物たちに近づいていくボガール。

「や…やめ…!!」

止めろアリサ!と叫ぼうとした。だが、声さえもうまく出しきれなかった。

「キイィィィィァアアアアア!!」

上から飛び掛かるように、彼らにのしかかってきた。そして翼で身をくるめるように立ち上がると、ボガールはその翼の中に大きく膨らんだものを抱えていた。

「…!!」

 

バリバリ!!ムシャ!!グチャリ!!

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

「!!!」

「うっ…」

第1部隊は、絶句する。中でもコウタは吐き気を催し、エリックも青ざめていた。

「あ…ああ……」

ユウは、手を伸ばしていた。だがその手は、たとえどんなに待とうが届くはずがない。

あの翼の中に何が包み込まれていたのか、瞬時に理解した。

ついさっきまで守ろうとしていた人たち、あるいは倒そうとしていたアラガミが、まとめて…

 

 

 

 

食われたのだ。

 

 

 

 

翼を広げ、膨れた腹を叩くボガールの翼の中には、真っ赤で大量の血がおぞましく滴っていた。

「な、なんなのあの化け物…!?」

サクヤも長らくゴッドイーターをやって来たが、今の氷のヴァジュラや、アリサがディアウス・ピターと呼んだ黒いヴァジュラに続いて、こんな怪物は見たことも聞いたこともない。

だがボガールは、未だに食い足りないのか、今度は第1部隊の仲間たちや、その周辺でボガールを恐れるあまり彼らを取り囲んだ状態のまま固まっていた氷のヴァジュラに視線を傾けた。

「ち!!」

ソーマが真っ先に前衛に立って神機を構える。それを見てサクヤ、コウタ、エリックも銃を構える。だが、ボガールの他にも氷のヴァジュラもまだ生き残りがいる。

絶体絶命、だった。

 

 

こうなったら、もうこの手しかない。

ユウは、ギンガスパークを取り出し、変身しようとした。しかし…ギンガのスパークドールズは出てこなかった。

「ッ!!そ、そんな…!?」

目を開いてギンガスパークを見るユウ。最悪なことに、まだギンガはエネルギーが戻っていなかったのだ。

それと同時だった、ユウがまだ生きていることに気が付いたボガールが、再び彼に視線を傾けた。

忌々しげに唸り声を漏らし、標的を再度ユウに変えて近づいていく。

それを見て危機を察したエリックが、光線の発射前のタイミングでユウに向かって叫んだ。

「ユウ君だめだ!逃げろおおおお!!」

しかしすでに ボガールの両腕から邪悪なエネルギー弾が、ユウを狙って迫っていた。

先程までの光弾とは比べ物にならない破壊力。その光線によって、遠くからも見えるほどの大爆発によって、ユウが留まっていた古びた鉄橋は砕け散った。

 

 

 

ボガールの放った光線により、ユウたちの立っていた地点が爆発を引き起こした頃…。

「ユウうううううう!!!」

遠くからその地点で爆発が起きたのを黙視したコウタは、すぐにユウたちを助けようと、バレット発射の姿勢に入るが、それを阻むように彼らの前に立ちふさがる影が現れる。

3体の氷のヴァジュラだった。他の個体がボガールに食われたというのに、自分たちが標的から外れたことをいいことに、再び自分たちを狙い始めたのだ。

「この、邪魔なんだよ!!」

苛立ったコウタがヴァジュラたちに向けてバレットを放つ。だが氷のヴァジュラたちはコウタの弾丸を後ろに飛び退くことで避けてしまう。飛び退くと同時に、奴らは頭上に形成した氷の刃をサクヤたちに向けて連射し始める。それも2体同時によるもの。マシンガンのように放たれたその氷を、三人は必死に動いて回避を試みる。しかし、ゴッドイーターになって間もなく、まだ動きが確立しきれていないコウタは、ぎこちない動きを見抜かれたのか、真っ先に氷のヴァジュラの一体に狙われる。そのヴァジュラはコウタの頭上から飛び掛かってきた。

「あ…」

「避けろ馬鹿!」

頭上から襲ってきた氷のヴァジュラに驚き、一時動きが止まってしまうコウタを、駆けつけたソーマが彼を乱暴に殴り飛ばす。コウタは結果的に氷のヴァジュラの下敷きにならず、ソーマも直ちに真下から避けるが、氷のヴァジュラが着地と同時に、自分の周囲に氷柱を地面から生やして攻撃してきた。

「うああああ!!」

「ぐが…!!」

冷気と氷柱の不意打ちに二人は突き飛ばされる。

「コウタ!」「ソーマ!」

二人のもとにサクヤとエリックが駆けつけようとする。だが、彼女の前に別の個体の氷のヴァジュラが立ちはだかる。

「あなたたちなんかにかまっている暇などないのに…」

一刻も早く、残ったリンドウを助けたいと思うあまり、サクヤはその顔に怒りを見せる。新種の大型種三体。人員が欠けすぎたこの状況では、戦うことはあまりに無謀さを増していた。

「ちっくしょぉ…」

今の攻撃で、コウタとソーマはダメージを負わされた。ソーマは体が頑丈なためか、まだ動きが鈍るほどじゃなかったが、コウタはそうはいかなかった。動きが鈍りだしている。相手がヴァジュラクラス、それも3体を相手にしているこの状況では、次の攻撃は避けきれない。サクヤは遠目でそれを見て悟る。

(回復弾を撃ってコウタのダメージを軽減できれば…いえ、そんな余裕ないわね…!こいつら全部の動きを見ながらなんて、いくらなんでも…)

その時だった。サクヤの通信機にリンドウからの着信が入った。

『サクヤ、聞こえるか…?』

「リンドウ!大丈夫!?今どこにいるの!?」

『はは、ちとドジっちまってな。只今瓦礫の毛布を被ってるとこだ』

そうだ、ボガールが現れたのは、リンドウとアリサ、ユウがいた。リンドウだけはピターの電撃で体が痺れていたせいで脱出に失敗し、瓦礫の中にいるのだ。

しかし、助けるべき仲間がそれぞれ違う方角に位置している。

(どうすればいいの…ユウ君とエリックを助けようにも、そうしたら逆にリンドウが…!でも、たとえリンドウを助けることができたとしても…いえ、そもそも今の私たちじゃ、片方を助けることさえ難しい…)

リンドウを救うか、ユウを救うか…その選択さえ判断しかねた。

リンドウはビルの瓦礫の下から脱出を図っているが、それを手伝っている間に他のアラガミが寄ってくる。ユウの傍には…あのアラガミのような巨大生物が構えている。どちらにせよこの目の前の氷のヴァジュラを切り抜けようにも、いずれがれきの撤去という大手間か、ボガール相手への勝利の見えない戦いに挑まなければならなくなる。体力的に、今の自分たちではそもそも彼らを片方だけ助けることさえ難しい状況なのだ。

もう一つ。この危機を脱する選択肢があるとすれば………両方ともここに置いて自分たちだけ撤退すること。しかし仲間を見捨てることなどサクヤには選べなかった。ましてや、リンドウは自分にとって…

しかし、リンドウはサクヤに向けて…指令を出した。

『サクヤ!命令だ、残った皆を連れてアナグラに戻れ!』

その命令は、絶対に聞きたくなかったものだった。

「でも…!」

『聞こえないのか!皆を連れてとっととアナグラに戻れ!』

躊躇うサクヤに、リンドウはさらに強く復唱する。

『悪いが俺は、新入りたちを連れ戻しに行くわ!配給ビール、とっといてくれよ?

サクヤは全員を統率、ソーマは退路を開け!!』

「だ…駄目よ!私も残って戦うわ!!」

リンドウを見捨てて行けない。サクヤは反対して自分も残ることを選ぼうとするが、リンドウはそれを聞き入れなかった。

『これは命令だサクヤ、必ず生きて帰れ!!』

「嫌よ!いやあああああ!!」

サクヤは正常でいられなかった。リンドウの言葉は、言葉だけなら自分も生きのびることを約束しているように聞こえる。だがこの絶望的な状況からだと、その言葉を信じられなかった。

コウタも同じ気持ちだった。ユウのことを助けに行きたい。でも今の自分は次の氷のヴァジュラの攻撃を避けられる自信がなかった。それに……ユウたちの近くの怪物、目の前の氷のヴァジュラ、そしてピターがすぐ近くにいる。冷静に考えてみれば絶対に不可能だった。それに、自分たちが乗ってきたヘリもアラガミにいつ襲われるかもわからない。

ソーマはスタングレネードを取り出し、氷のヴァジュラに向けて投げつけると、まばゆい光がヴァジュラたちの視界を塗り潰す。視力を奪われ、ヴァジュラたちはもだえる。その隙にソーマが少し力をため、自分とコウタ、そしてサクヤの間を挟む氷のヴァジュラの頭上から神機を振り下ろす。バスターブレード神機のみが仕えるその破壊力抜群の技『チャージクラッシュ』で氷のヴァジュラはその頭を叩き壊され悲鳴を上げた。

「ガアアアアア!!?」

「ちっ…早くしろ、囲まれるぞ!!」

サクヤとコウタ、エリックに向け、ソーマが怒鳴る。

「け、けど…」

「ユウ君を見捨てるのか、ソーマ!!」

「馬鹿か!ここで俺達まで倒れたら、誰がリンドウたちを助けるんだ!さっき頼むはずだった救援部隊を要請する暇も何もねぇんだぞ!」

「………ッ、サクヤさん行こう、このままじゃ共倒れだよ!!」

ソーマのその言い分に吹っ切れ、コウタは心の中でユウたちに申し訳ない気持ちを持ちつつも、サクヤの手を引っ張る。

「嫌よ!リンドおおおおおおおおお!!」

だがサクヤは、それに気づくどころか、正常な判断ができない状態だった。ヘリの方へ自分を後退させようとするコウタの手を振りほどこうと必死になる。

ソーマのスタングレネードとチャージクラッシュによって隙を見せている今の内に、コウタと共にサクヤを引っ張り出し、急いで戦場から離脱した。

自分たちを見失った氷のヴァジュラタチを振り返りながら、近くのビル街を行くコウタは、一言だけ、切実な思いを口にした。

「こんな時に、ウルトラマンが来てくれたら…」

しかしそれは叶わない願いだった。彼が求めるウルトラマン…ギンガは、濁流の中に流されてしまったのだから。

 

しかし、エリックだけは…違った。

(………すまないソーマ!みんな!エリナ…!)

ユウを最後まで見捨てることができなかった。

三人が目の前を走ることに集中したところで、エリックは三人から踵を返してUターンしていた。

 

 

 

「…行ったか」

通信先から命令を下すと同時に、リンドウはようやく自分を下敷きにしていたビルの瓦礫から脱出した。だが、たくさんの瓦礫はゴッドイーターの体でも重すぎて、どかすだけでもそれなりの強敵と戦うくらい体力を使う。抜け出したと同時に、雨を受けながらリンドウは背中を瓦礫に預ける。タバコで一服したいところだが、この悪天候では火が消えてしまう。配給ビールとタバコの味が恋しいな…とリンドウは薄く笑う。

だがそんな彼を、いつの間にか彼の座っている瓦礫の傍で待ち構えていたディアウス・ピター…黒きヴァジュラが、まるで彼をあざ笑うかのように笑って見下ろしていた。

「ちょっとくらい休憩させろよ…体が持たないぜ」

その体中からは、翼のような器官が飛び出た。そこからは、不気味にも血がおびただしく流れておる。これはピターの血ではなかった。

ユウたちがさきほどまで保護していた、難民たちの血だった。翼のような突起すべてに、彼らの惨殺死体が突き刺さっていた。その中には……ユウを激しく非難したスザキのものもあった。アリサがダークライブしたボガールが暴れている間、卑劣にも逃げまどう難民の人たちを一人残らずどさくさに紛れて食らっていたのだ。当然、ボガールの目を盗んで逃げつつ。

「…おーおー、ずいぶんと食らったもんだ。なのに腹は膨れきれてないってのか?」

気の抜けた言葉だが、それとは裏腹の不快な思いを顔に表しながら、リンドウは神機を杖代わりに再び立ち上がる。

こいつの事だ。彼らだけじゃ飽き足らず、ユウたちも食らう気だろう。

ユウといえば、そういえばこいつに食われてしまったうちの一人は、ユウの知り合いだった。新入りには、あのスザキという男まで食われたのは黙っていた方がいいだろう。

「…てめぇに、新入りまで食わせるわけにいかねぇ。あいつは…俺たちの希望なんだ。

だから、ここで引導渡してやるよ。6年前のロシアでの分もまとめてな」

未来を託すべきと悟ったユウのために、逃がした仲間たちのために。今まで死していった多くの人たちのために。

決死の覚悟と決意を胸に、リンドウはピターに向かって歩き出した。

 

 

 

 

(あ、れ…?)

気が付けば、自分は、爆風に煽られ遥か空の上を待っていた。

落ちていくうちに、ボガールの姿が見える。あぁそうか…と彼は理解した。自分はやられてしまったのだ。何一つ、一矢報いることも、アリサの意思に触れることさえもできず、難民の人たちを救えず、ただされるがままにやられてしまったのだ、と。

スザキらの、自分に対する罵りの言葉が蘇る。

『無能の裏切り者』

夢を叶えたい、誰かを守りたい。

そう思ってゴッドイーターになっても、ウルトラマンの力を得ても、一度その力で誰かを守れても、結局いつか死なれてしまう。例え守っても、それを感謝してくれるどころか、こちらのことなど理解せずに批判する。

 

全てが、虚しくなった。

 

 

 

木端微塵に崩れ落ちていく橋から落ちていくユウが見たのは、今も雨を降らしている雨雲と、自分の真上に飛ばされたギンガスパークだった。

 

 

 

ユウは空とギンガスパーク、その両方に向けて手を伸ばすが、その手は決して届かない。

 

 

 

超えたいと思っていた空は、どこまでも遠かった。

 

 

 

濁流の中に落ち、ユウの意識は途切れた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

狙われていたユウ

お待たせしました。次への繋ぎ回です。


「…そうか、リンドウ君たちが…報告、ご苦労だった」

支部長室にてヨハネスは、呼び出したツバキから今回の第1部隊の身に起きた報告を聞いた。

「現在、ヒバリに腕輪の反応を追わせています。現地には調査隊も派遣させ、第1部隊には一度帰還させ休ませています」

「すぐ捜索に向かわせなかったのは賢明な判断だ。現場には目撃情報の少ないヴァジュラの変異種が現れ、リンドウ君を含めた全員が苦戦を強いられた以上、正面から戦闘を行うのは危険が大きすぎる。

防衛班の隊員や他の支部から呼び寄せたゴッドイーターを、調査隊と同行させるのも厳しいだろう。これ以上負傷者および犠牲者が出ることはオペレーション・メテオライトへ悪影響も及ぼしかねない。ツバキ君、とにかく今は彼らを休ませてあげてくれ。何を言われてもね」

「はい」

ヨハネスの判断は間違いではない。

リンドウほどの戦士と、貴重な新型神機の使い手であるユウ。生死が確認されているわけではないとはいえ、この二人に続いてオペレーション・メテオライトに必要な人材が、ミイラ取りがミイラになるように減っていく可能性が大きかった。

「君にも憎まれ役を押し付けることになってすまないな。きっと君に、たくさんのゴッドイーターたちが、リンドウ君たちの捜索を願い出るはずだろう」

「いえ、これが私の仕事ですのでお気遣いなく。それに…我が愚弟のしぶとさは私がよく知っています」

「それを聞いて、少し安心したよ。

だが、少し気になることがある。今回の任務中、アリサ君から誘導装置と同じ、アラガミを誘引する信号が発せられていたと、君は言ったね?」

「サクヤの話によると、そのようです。どうやら大車医師に持つように言われていたと、リンドウらと合流する前にヘリの中で話していたそうです」

「大車君が…」

それを聞いて、すぐにヨハネスはデスクにある電話機を取り出し、医療班に連絡を入れた。あの男は前のロシア支部同様、ここの医療班に配属されたことになっている。

「こちら支部長のシックザールだ。すぐに大車医師を……いない?どこへ外出したかは?…そうか、聞いていないか、わかった。もし姿を見かけたら直接私に連絡を入れてくれ」

ヨハネスはそう言って、医療班との通信を切る。

「…どうやら、すでに逃げられていたようだ」

「ッ…」

ツバキはそれを聞いて、わずかに眉間にしわを寄せる。大車…どこか胡散臭い男だとは、廊下ですれ違った時に思うことがあったが、まさか『黒』だったとは。

「大車君には、別の捜索隊に極東支部内を探らせるとしよう。

それともう一つ気になることがある。今回の任務中、第1部隊はウルトラマンを目撃したかな?」

報告を聞く限り、相手はリンドウでさえ手こずる相当の力を持ったアラガミ。ならばウルトラマンが這い出てきてもおかしくないとヨハネスは読んでいた。

「ウルトラマンは、姿を見せませんでした。ですが…にわかに信じがたいことがあったようです」

「ほぅ?聞かせてくれないか?」

「…アラガミのような巨大生物に、襲われたとのことです」

「巨大生物?例の合成神獣か?」

それを聞いたヨハネスの目が鋭くなった。

「いえ、ヒバリによると、オラクル反応は検知されていなかったとこのことです。」

「アラガミではない、正体不明の未確認生物、ということかな?」

「信じられませんが、そうなるかと。奴の攻撃で、神薙ユウの行方が分からなくなったとのことです。また、撤退中にとエリック・デア=フォーゲルヴァイデの姿もなくなったと」

エリックがユウを助けに戻ったことは、やはり伝わってたようだ。

「…そうか。ご苦労だった。下がっていい」

「では…」

ツバキは敬礼をし、その後支部長室の扉から去って行く彼女をヨハネスは静かに見送った。

(…すまないな、ツバキ君。だが…)

この後は極東支部の他の上層部からも、行方不明になったリンドウらについての話があるだろう。そしてそれがオペレーション・メテオライトにどれほどの影響を与えるのか、自分もまた質問攻めに入られることが予想される。場合によっては中止を進言してくる奴もいるかもしれない。ゴッドイーターたちをこれ以上犠牲にできない、犠牲をさらに増やすつもりか、と自分に文句を言ってくる。だがヨハネスは、そういった奴に限って、ゴッドイーターでなく、自分の命の方を心配している臆病な輩だと確信していた。

まぁ、保身に身をやつしている奴よりも気にするべきは、リンドウとユウの行方だ。調査隊を派遣させているが、彼らはそもそもゴッドイーターでもないメンバーで構成されているのでアラガミとは戦えない。アラガミとの戦闘では幾度も疲弊しがちな、そして一人一人が貴重なゴッドイーターの負担を減らす目的があって運用されているのだ。あくまで璧外調査のみを目的としたので戦闘を行う必要はないのだ。

しかし、皆もすでに気づいてるだろう。

 

あの二人が行方不明になった最初の原因が…このヨハネスによるものである、ということを。

 

椅子に座ったヨハネスは両手の頬杖に顎を乗せ、電子モニターの方に目をやった。

ヨハネスは画面を見ながら、先ほどの任務中で、第1部隊メンバーたちの現在地が表示されていた電子マップを見る。そこには誰の名前も表示されていなかった。アラガミの名前も非表示になっている。だがヨハネスは、先ほどまでこのモニターにあった、『異能の反応』の存在があったことを知っていた。

(巨大生物…か……)

自分とはまた別の、それも悪意を持った者の暗躍がある。それをヨハネスは察した。

ツバキからの報告にあった、大車がアリサに渡したというケース。あれの中には、自分が渡したもの以外に、もう一つ『余計なもの』も入れていたようだ。

(神薙君の方は心配ないだろう。彼には『有能な先輩』がいるようだからな…だが、万が一のこともある)

頭の中に、自分が期待を寄せている新人、ユウの顔が浮かぶ。これまで合成神獣の戦闘の際、何度もその窮地から生還した奇跡と才能に恵まれた青年。人類にとっても、『自分の目的』のためにも、失うのは非常にまずい。

(…すぐに出撃できるよう、ヘリの準備を整備班に急がせるか)

 

ヨハネスは椅子から立ち上がり、支部長室を出る。

彼が去って行ったデスクの上には、赤い模様の小さな球体が飾られていた。ひとりでにそれは、赤いランプを灯し、ある電子画像を映し出す。そこには…

 

極東支部の屋上で彼とタロウが対話している姿と、

 

合成神獣が出現した任務において、ユウがウルトラマンギンガに変身しているちょうどその時の画像が表示されていた。

 

 

 

その後、ヨハネスの予想通り第1・第2部隊メンバーをはじめとしたゴッドイーターたちから、リンドウ捜索の申し出があった。だが支部長命令を貫いたツバキによってそれは封じられた。

捜索さえ許されなくなったことに、特に第1部隊メンバーであるサクヤ、コウタ、ソーマの三人が不満を露わにしていた。

「納得できねぇよ!なんで俺たちが捜索に向かわせてもらえないんだよ!こうしている間にも、ユウたちが危ない目に合ってるのに!!」

エントランスのエレベータ前、第1部隊はそこのソファーに座っていたが、コウタが机に握った拳を叩いて苛立ちを吐き出した。

「リンドウ…」

コウタだけじゃない。サクヤも今にも泣きそうな、切ない表情でソファに座ったまま俯いている。ソーマもフードに顔を隠してその表情を見せない。今の自分の顔を、誰にも見られたくないとでも言いたげに。

そんな彼らのもとに第3部隊の三人もアナグラのエントランスを訪れた。第2部隊と同じくアナグラ防衛班として扱われているが、本来の彼らはエイジス島の防衛である。今は勤務時間を過ぎたので戻ってきていたのだ。

「サクヤさん!リンドウさんが死んだってマジなのか!?」

「新型二人とエリックもいねぇな…何があった?」

第3部隊にもリンドウたちの失踪については伝わっていた。リンドウはそれだけ凄腕のゴッドイーターとして有名だった。だが、有名なのはもう一人いる。

シュンはソーマの方を睨み、彼の胸ぐらをつかんで彼に怒鳴りだした。

「てめえ…ソーマ!お前今まで超難易度の任務でも生き残ってきたんだろ!!なのになんでお前が戻ってリンドウさんたちが帰ってきてないんだ!」

激高するシュンに対し、ソーマは無言を貫く。黙っていることをいいことに、彼の怒りは行き場をソーマに定め続けた。

「やっぱてめえ噂通りだな。一緒にいるだけで仲間を殺す…死神だ!!」

「ッ……」

死神、その侮辱と罵倒の意志がはっきりとされた呼び名に、ソーマはフードの下でピクリと反応を示した。

「シュン、うるさいぞ。ちっとは落ち着け」

「これが落ち着いてられるかよ!逃げ足も速くて強いあのリンドウさんがだぞ!?あの人のおかげで、俺たち何度も助けてもらってたんだぞ!なのに、なんであの人がいなくなって、こんな死神が…!!」

ソーマを指さしながら、シュンはカレルに向けて癇癪を起し続ける。ちょうどその時、エレベーターの扉が開き、ハルオミとケイトの二人がその場を目の当たりにした。

「ね、ねぇハル。あれって…」

「ったく、リンドウさんがいないって聞いて来てみれば…さっそく揉め事かい」

見かねたハルオミがシュンを止めに行こうと向かった時だった。

「やめなさい!」

サクヤはソファから腰をバッと上げて怒鳴った。思わず怒鳴られてビクッと身を震わせたシュンだが、すぐに彼女に抗議を入れる。

「け、けどサクヤさん…!リンドウさんとあんたは確か…」

「それ以上は、ソーマを信じたリンドウやツバキさんへの侮辱になるわ!!そんなの…私が許さない!!」

正面から睨み返され、シュンは押し黙った。怒鳴って内に溜めた者を吐き出し、冷静さを取り戻したサクヤは目を背けだした。

「…ごめん、大声出して…今は、何も言わないでちょうだい…次の任務までには、持ち直してみせるから」

彼女はそう言い残し、ハルオミたちとは入れ替わるようにエレベーターに入って行った。彼女を乗せてエレベーターが下りていったところで、ジーナはシュンに向かって口を開いた。

「…一番傷ついてるのはサクヤの方よ。死んだとか、言うものじゃないわ」

「あ…」

口が過ぎたことをようやく自覚し、シュンは俯いた。

すると、サクヤに続くようにソーマもエレベーターの方へ向かいだした。

「ソーマ、どこへ行くんだ?」

「…てめえらには関係ねぇ」

コウタの問いに対しても、ソーマはただそう答えるだけで、戻ってきたエレベーターにのってそのままエントランスを後にした。

「ねえハル。死神って何のこと?」

「…さあてな」

去って行ったソーマを見送ったところで、ケイトはハルオミに、シュンのソーマに対する『死神』という単語が何のことかを尋ねだす。女性がらみのムーブメントに関することなら遠慮しないが、こういう悪意の混じった陰口じみたことを話すのは抵抗があったハルオミは適当に誤魔化しておくことにした。

「あの…」

ハルオミは自分のズボンを引っ張る感触を覚え、足元を見る。そこにいたのは、エリックの妹であるエリナだった。

「どうしたお嬢ちゃん?誰かいい男でも探しに来たかい?」

「ハル、そんな小さい子にまで手を出す気?」

「こらこら、俺はロリには手を出す気はないぞ?んで、どうしたんだ?」

背後から冗談半分で奇妙な疑惑を寄せてくるケイトに言い返し、身をかがめてエリナとの目線に合わせたハルオミがエリナの話に耳を傾ける。

「あの…兄を見ませんでしたか?エリックっていうんですけど…今日、第1部隊ってチームの人と一緒にお仕事に行ってるって…」

「あぁ…」

この子、エリックの妹か…とハルオミは納得する。兄がまだ任務から戻ってこないから、心配になってきていたのだろう。

「大丈夫だ。すぐ戻ってくるさ。ちょっと忙しいから」

ハルオミはエリナの頭を優しく撫でて安心させようと図る。

エリックにはリンドウも、そして以前自分たち夫妻と共に戦った新型のユウもいる。あの腕前は信じながら、強い可能性を感じていたが…。

(無事でいてくれよ…みんな)

こうして待っているだけの身の自分たちにできることは、祈ることだけだった。

 

 

部屋に戻ってから、サクヤは部屋の明かりをつけずにベッドの上で横になった。

リンドウがいないときなんて今に始まったことじゃない。でも、彼が次第に危険な任務を追うようになっていく内に、会う時間が少し減ることもあった。なんとなくわかった、リンドウが力をつけていく内に、彼を頼って上層部が危険な任務を彼に実行させていると。

それでもリンドウは、何度も死地から戻ってきて、自分に飄々とした態度で屈託のない笑みを見せてきた。でも、今回は…。

右腕でアイマスクのように目を多い、その下からは涙がわずかに流れ落ちた。

「リンドウ…」

 

 

ソーマも、自室の部屋の明かりをつけず、ターミナルの横の空いた壁の前に立ち、壁を乱暴に殴り付けた。

彼の部屋は、ひどく荒れていた。ターミナルは画面がひび割れ、他の箇所の壁には、銃弾の跡さえある。

「くそが…」

リンドウはいつも自分に言っていた。『死ぬな』『死にそうになったら逃げろ』『そんで隠れろ』『運が良ければ不意を突いてぶっ殺せ』と。だが今回は…。

「自分で出した命令さえ守れないのか、あの野郎は…!!」

 

 

 

リンドウらの失踪、その一つの情報は、今の極東のゴッドイーターたちから希望を霞ませつつあった。

 

できることは、無事でいてほしいと願うことだけだった。

 

 

 

 

 

だが、その願いは打ち砕かれていた。

 

 

リンドウとピターが交戦していたビルの瓦礫の山の付近には…

 

 

血の池がたまっていて、その上はリンドウの着込んでいるコートの切れ端が、浮いていた。

 

 

 

 

第1部隊が、元はヴァジュラの生息圏だったエリアから離脱してしばらくの時間が経過した頃だった。

「ぬぬぅ…」

水たまりの中から、タロウは這い上がってきた。人形の姿にされたせいで、水たまりでさえ今の彼にとっては深い池のようだった。

彼は顔を上げて、雨が降り続く荒廃した大地を見渡す。

自分をここへ落としたボガール…ダークライブしたアリサの姿も、リンドウたち第1部隊のメンバーの姿も、エリック…そして彼と共にいたユウの姿も見当たらない。

「くそ、私がこんな姿だったばかりに…!!」

アラガミ化したジャック、闇のエージェント三人、強敵たちとの連戦で体力もエネルギーも浪費しすぎた。それ以前に、自分が本来の力を封じられたせいでこのような事態になってしまった。

…いや、悔やんでいる場合じゃない。こうしている間にも、ユウはどこかに…

その時、ザッ…と、自分以外にこの地を踏む何かの足音らしき音が聞こえた。アラガミかもしれない。タロウはとっさに水たまりの中に隠れ、水中から外を覗き見る。

「ここが、先ほどまで狙い目のアラガミがいた場所、か…」

そこに現れたのは闇のエージェントの異星人、バルキー星人バキ、ナックル星人グレイ、マグマ星人マグニスの三人だった。

「なによぉ、何もないじゃない」

グレイが拍子抜けしたのか、がっかりした様子を見せる。

「いやいや、さっきどす黒い闇の力を感じたぜぃ。アラガミの中でも珍しい個体だ。あのお方とは別に、DarkなPowerとHeartを持ったアラガミってのは他じゃ見ないからな」

「アラガミでありながら、闇の力を持った個体だと?例の…『ディアウス・ピター』とかいうアラガミか?」

「Of couse!Meも最初はUnbelievableだったがな。だがこのダミースパークが、奴にReactionしていたのさ」

そう言ってバキは、マグニスに対しどこからか取り出したダークダミースパークを取り出した。

「こいつはDirtyなHeartに強い反応を示す。あのピターには、単に獲物をEatingするだけじゃぁねェ……Eating timeに、獲物のFear to full Faceを拝むのが大好きなのさ」

つまり、ディアウス・ピターは人間の恐怖の顔を拝みながら食べることを喜びとしている…ということだ。

「…趣味の悪いアラガミね。できれば会いたくないタイプよ」

「バキ、もしやお前…『あれ』とピターを合成させる気か?」

(『あれ』?)

タロウは、バキの意図を読み取ってそれを尋ねたマグニスが口にした『あれ』という言葉に強く気を惹かれた。

「さすがはMr.マグニス!ご褒美のExcellentDanceをPresentするぜ!」

ご名答だったらしく、バキは手をパチンと鳴らし、彼の周りで怪しげな踊りを始める。その動きは、とにかく目障りでうっとおしいことこの上ない。

「いらん!そのウザッたくて下手糞なダンスをやめろ!!」

「HeyHey!下手糞とは心外だぜ!Meが徹夜して考えたSoulのこもったDanceだぞ!?」

「ああもう!さっさと話を進めなさいよ馬鹿コンビ!」

「グボ!!?」「Ouch!?」

話が脇に逸れ始めたことに、怒り爆発のグレイが揉め始めた二人の頭にゲンコツを叩きこんだ。

「ハァー、ハァー…バキ、さっさとその例のアラガミとやらの居所を探って頂戴」

妙に余計な体力を使って息を荒くするグレイは、ピターの現在地について詳細を求める。その迫力はまるで、男がらみの問題で機嫌を損ねた鬼女のようである。…グレイはオカマなのだが。Noなど許さんとばかりの迫力に圧されるバキはただ頷くだけだった。

「Y…Yes、Boss…ぴ、ピターの居場所は…」

改めて掲げたダミースパークに、ピターの位置を示させようとしたバキ。だが、タロウは同時に、三人の闇のエージェントたちとは違う何者かの気配を感じた。

「その必要はないぞ、星人共」

「「「!」」」

三人は同じ方角を見やる。そこには顔を覆い尽くすほどの大きなフードが付いた雨合羽を着た男が、顔を隠したまま三人に近づいて来ていた。

「ウルトラマンギンガなら、もうお前たちが追う必要はない。私があらかじめ作っておいた『愛しい人形』に始末をつけさせたよ。これを使ってな」

「何!?」

大車は、闇のエージェント三人に見せつけるように、右手にあるものを見せつける。

それはアリサが変身していた怪獣ボガールのスパークドールズだった。それを聞いたマグニスが驚愕し、バキが男に向けて抗議を入れる。

「Hey!まさか抜け駆けしやがったってのかぁ!?YouがあのRussiaGirlに持たせたボガールとピターをFusionさせた合成神獣でギンガをKillingするPlanだっただろう!?」

「いつまでたっても、貴様らが合成神獣を差し向けても、ウルトラマンギンガを殺せなかったからな。しかし予想通りだな、星人共。貴様らは過去にこの地球を侵略しに来た悪名高い種族だと聞いていたが…やはり期待外れという奴だな」

「あんた…!!…『地球人』ごときが、私たちと同じ主を持ったからっていい気にならないで」

グレイは屈辱と怒りを強く感じ、これ以上舐めた口をきけば殺すと言わんばかりに言葉をぶつける。だが男はグレイから放たれるプレッシャーなどものともせず、彼らを嘲笑った。

「だってそうだろう?貴様らは何度侵略に来てもウルトラマン共に返り討ちにされ、敗北の歴史を積み重ねてきた愚かな連中だからな!」

タロウは、グレイの言っていた言葉の中に、信じられない言葉があったことを聞き逃さなかった。

(今…ナックル星人はなんと言った…地球人のくせに、だと!?)

青ざめるタロウ。水中だから耳にグレイの声が響きにくいから、聞き違えたのだろうかと思いたくなる。だが自分たちウルトラマンは水中でも音を聞き分けられる。今のグレイの言葉が嘘でもなければ聞き違いでもなかったことを悟らされた。

 

闇のエージェントに、地球人がいるのだ、と!

 

ずっと地球と人類を守ってきたウルトラマンであるタロウ。だが、その守ってきた人類の中に、自分たちウルトラマンと明確な悪意を持って敵対する存在がいるなんて!

…いや…と、タロウは一呼吸置いて冷静さを保とうとした。ウルトラマンに敵意を持つ人間なんて、前例がないわけではないのだ。少なくとも、自分は兄弟の内の二人…特に愛弟子でもある弟から明確な悪意を向けられ、裏切られたことがある。それを語った時の彼の顔は、失望と怒りを強く感じさせられた。もし彼に地球人の仲間がいなければ、彼は二度と人間を信じらなかったかもしれない。それくらいの邪悪さを持った人物だった。

だとすると、あの男もそうなのだろう。しかしならばあの男は一体誰……?

(…もしや…)

タロウはつい先ほどの第1部隊の戦闘を見た自身の記憶を辿る。

先ほどの戦闘、氷のヴァジュラに続いて、ピターがビルの中に飛び込み、第1部隊は戦闘を開始。難民を逃すため、リンドウとアリサだけを残してビルの中でピターとの戦闘が続く。そしてその途中、アラガミ誘導信号がアリサの持つ黒いケースから放たれていることが判明し、それを破壊するためにユウがビルに入り込んだ途端…。ダミースパークでボガールにアリサがダークライブした。

タロウは確信した。

あの闇のエージェントの地球人は…!

 

(…大車、ダイゴ…!!)

 

タロウの確信は的を射た。フードを取ってその素顔を闇のエージェントに表したその男は。紛れもなくアリサの主治医、大車だったのだ。

「くははは…!残念だったな星人共!私こそが、あの方のご加護を得る崇高な存在となるのにふさわしいのだ!あの娘と同じようにな!!」

嘲笑い続ける大車に、マグニスは今すぐにでもサーベルでその首を跳ね飛ばしたくなる衝動に駆られる。だが、大車もまた闇のエージェント。何の対策もなしに、自分より優れた種族であるマグニスたちに近づくはずがない。それに気づいていたこともあり、マグニスは手を下すことはなかった。

「まだ奴が死んだとは限らん。ウルトラマンの悪運の強さは俺たちがよく知っている」

「ふん、なら奴を見つけて止めでも刺しに行くなり、ピターとの合成神獣作りに勤しめばいい。無駄だろうがな」

「そういうあんたも、せいぜい自分がスパイとして潜り込んだことバレない様にしなさい。特にあんたをロシアから引き連れてきたシックザールちゃんには…ね」

「わかっている。奴の目論みを探りきるまではしくじる気はないさ…」

タロウは水中に隠れながら、この異星人たちがまた一つ、ユウたちに対して卑劣な策謀を目論んでいることを聞き逃さなかった。それにしても、シックザール…ヨハネスもまた何かを考えているらしい。それについては闇のエージェントたちも知りたがっているようだ。だからアリサと共に大車を送り込んだのだろうか。

(ピターとの合成神獣に続き、地球人である大車が闇のエージェント…なんということだ…!一刻も早くユウを見つけ出して、この恐るべき事実を伝えねば…)

しかしこのまま逃げてもこいつらに見つかってしまう。水中に隠れながら、タロウは闇のエージェントたちが立ち去るまでの間、泥の中に自分の身を沈め続けた。

しばらく時間を置いたのち、闇のエージェントたちがどこかへ姿を消したところで、密かに彼はユウを探しに雨夜の中を移動し始めた。

 

 

 

同じように、雨の中で目を覚ました男がいた。

極東の華麗なるゴッドイーター。エリック・デア=フォーゲルヴァイデ。極東で療養中の愛する妹のために、名家の御曹司の身でありながら自らも極東支部のゴッドイーターに志願した男だ。

「げほ!げほっ…!」

泥水をかぶっていたせいか、彼は咳き込んだ。

実はエリックはあの後、ユウが川に流されていたところで、川の中から突き出ていた瓦礫に引っかかって流されずにすんでいたところを発見したのを見つけた。陸から何とか引き上げようと、ロープを川の近くの瓦礫に巻きつけ自らを固定しユウを引っ張り上げようとしたが、その瓦礫が頑丈じゃなかったせいでエリックも、ユウと共に流されてしまっていたのだ。

(我ながらなんとドジなことか…)

口の中まで土の味がして嫌な感じだ。名家の御曹司とはいえ、ゴッドイーターになって戦いに出るようになってからは土臭いのは慣れているが、ここまで泥臭いのは流石に堪える。薄着だから上半身は泥まみれだ。

口からとにかくこの土と砂の味と感触を取り払おうと、エリックは吐き飛ばし続ける。早く帰ってうがいしたいところだが、そんなことを言っている場合じゃない。

「ユウ君!どこだ!?」

そう、つい先ほど助けようと思っていたユウの姿が見当たらない。確か、あのアラガミのような怪物の起こした爆風で一緒に流されていたはずだ。

「アナグラに連絡を入れなければ…」

エリックはすぐに通信端末を手に取る。だが、通信機は電源スイッチを何度押しても画面に光がともらない。防水機能があるのだが、川に落ちた時に端子部分から水が入り込んでしまったので壊れてしまったのだ。

「やっぱりだめか。それにしても…」

エリックは川の上流を見上げる。どこまで流されてきただろうか。既に夜なのか、それとも雨雲のせいなのか、空が黒く染まっていて見えづらい。いや、見えていたとしても、この荒廃しきった地球の景色はほぼどこもかしこも同じような景色しか広がっていない。

一刻も早く見つけ出さなければ。エリックはすぐに駆け足で川の水を踏み、川を下りながらユウを探し始める。幸い自分の神機はすぐに見つかった。もし見つからなかったら、万が一アラガミに遭遇したときに対抗しきれないところだった。だがこの神機はオラクルの消費率の高いブラスト銃神機。無駄撃ちは避けなければ。

運よく、川を下っている間にアラガミと遭遇することはなかった。川を下り始めてしばらく時間が経ったところで、エリックはあるものを見つける。

ユウの新型神機だ。証拠に、ボガールの攻撃を防いだことで、銃・剣・盾すべてが壊れて跡形もなくなっている。もしかしたら近くにいるのかも!確信したエリックは、ユウの神機をそのまま置いて周囲を散策する。

「あれは…?」

その時、エリックは目を疑った。侵攻先の向こうから、何か白い光のようなものが輝いている。何かいるのだろうか。いつでも撃てる姿勢を保ち、神機を構えながら光に近づくエリック。そこに、探し求めていた男が倒れていた。

「ユウ君!!」

コバルトブルーのフェンリル士官兵服の上着に、目立つ金髪。近づいて顔を確認すると、間違いなくユウだった。岩陰に、うつ伏せで倒れている。だが、奇妙だった。なぜ彼の体が白く光っているのだ?

これも、彼がウルトラマンだからなのか?いや、そんなことを考えている場合じゃない。

すぐにエリックはユウを担ぐ。直接触れてしまうと、彼の神機に捕食されてしまうため、彼の神機はあらかじめ持っていたロープで縛りつける形で一緒に引っ張り上げた。

陸地まで引っ張り上げたところで、エリックはユウをあおむけに寝かせる。やはり意識がないのか、目を閉じている。でも呼吸していることから、まだ彼が生きている事がわかる。彼を包む白い光は少しずつ弱まり、やがて彼の胸元に向けて収縮し始め、そして消えた。

「なんだ、今の光は…」

なんとなく、その光の正体を探ろうと考え、エリックはユウの服のポケットを探る。

その正体はすぐに分かった。

イクスの陰謀に巻き込まれ、アラガミとして一度は自分たちに襲いかかった、ウルトラマンジャックのスパークドールズがユウの胸のポケットから確認された。

取り出したジャックのスパークドールズを見て、エリックは納得した。しかしタロウと違い、ジャックは言葉を話す気配を見せなかった。

「そうか、彼を守ろうとして…力をほとんど使いきったのか」

もしタロウのように、スパークドールズとなってなお意識があったのなら、すでに話しかけているはずだ。ボガールの攻撃や濁流からユウを守るのに精いっぱいだったに違いない。

なら、やはり自分がユウを助けなければならない。

彼を失えば、自分たち人類は、アラガミだけじゃない。あのわけのわからない怪人共に蹂躙され滅ぼされてしまう。ユウはそれを回避できる可能性を秘めた救世主…ウルトラマンなのだ。

エリックはユウを担ぎ、彼の神機も引っ張りながら、少しでもここから安全と思える場所まで移動し始めた。

「ユウ君、安心したまえ…今度はこの華麗なるゴッドイーターである僕が、君を守って見せよう…!!」

絶望の中だからこそ、人は希望を抱いて前に進む。今のエリックは、誰よりも強く華麗にあろうとする戦士の姿をしていた。

しかし、ここからどこへ向かえばいいだろう。アナグラからここまでかなりの距離があり、しかも連絡をつけられない。雨はまだ降り続く。ひたすら冷たい雫を浴びせ、二人の体を冷やしていく。特に薄着であるエリックにこの天候は辛い。いつまでもつかはわからないが。できればどこかで休める場所さえあればいいのだが。それも人が住んでいそうな…。

「…え?」

その時だった。エリックは、目を丸くした。

目の前の瓦礫の傍らから、一人の女の子が姿を現した。だがその子は、あまり普通には見えなかった。

なぜならその少女は、どこかで拾ったのか、フェンリルのマークが刻まれたボロボロのマントを身にまとっているだけだった。だがそれ以上に、

 

短い白い髪と、雪のように真っ白な肌を持っていたのだから。

 




○NORN DATA BASE

・大車ダイゴ
年齢50代で、ヨハネスやサカキより年上。
ヨハネスによってアリサと共に極東支部へと赴任した医者。新型神機に関する知識を持っており、アリサがロシア支部へ入局した当初から彼女の主治医を請け負っている。彼女からは強い信頼を得ているが…
その実態はどす黒い野心と欲望に満ちた、『吐き気を催す邪悪』。
原作ではアリサに、親の仇がリンドウだと誤認させる暗示を施し、リンドウを贖罪の街の教会の中に閉じ込めさせる。アニメ版でも舞台こそ異なるが同じ行いを実行し、アリサの過去(『アリサ・イン・アンダーワールド』)や無印とBURST編の中間の時期を書いた小説(『ノッキンオンヘブンズドア』)ではさらにその描写が露わになっている。
本作品では、加えて変態要素を強く備えており、アリサを都合のいい人形として抱えている。ヨハネスに従っておきながら、その実は闇のエージェントを真に自分が身を置いている勢力としている。そのため彼に従うふりをして、アリサにリンドウだけでなく
、ウルトラマンであるユウさえも抹殺しようとした。
現在、ヨハネスに裏切りがバレることを察し、アリサを連れて先に逃走した。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

失意のユウ

雨の中、雨合羽を着込んで移動していた大車は、廃墟となっているビルのひとつに入っていった。

そこで大車よりも先にいた人があった。

彼の企みによって恐ろしい怪獣、ボガールにされていたアリサである。元の姿に戻って倒れていたようだが、その姿はずぶ濡れになっていて、どこかみずぼらしい。

「う…」

アリサは意識を取り戻して起き上がり、大車の存在に気づく。目はわずかな光さえも差し込んでいないように虚ろなものだった。

「…大車、先生?」

「おぉアリサ。やはりここにいたのか」

大車は、まるで父親が娘と再会できたときのような穏やかな口調で彼女に近づく。

「私、一体…」

なにをしていたのだろう。そのように呟こうとした彼女だが、その瞬間頭の中に記憶があふれ出す。

 

先刻でリンドウらを迎えに行った際に現れた氷のヴァジュラと、親の仇と追い続けてきたディアウス・ピター。

だがピターと視線が合った瞬間、自分の中によみがえったアラガミに対する恐怖。

恐怖と憎悪が入り混じり、感情が爆発して…。

 

おぞましい怪物となったのだ。

 

「いや、やあああああああ!!」

自分がボガールに変身し、ゴッドイーターとして守らなければならない人たちを、逆に傷つけ、襲い…殺して行ったことを思い出した彼女は、悲鳴を口にせずにはいられなかった。

私が、あんな醜い化け物に!?パパとママの仇を討つために、ゴッドイーターとなったはずの自分が!?

自分の身に起きた異変に絶望と恐怖が駆け巡り、床の上に膝を付いて崩れ落ちた。

「違う、違うの…パパ…ママ…私、そんなんじゃ…やだ、わたし…なんで…あんな…こと…」

「アリサ、落ち着きなさい」

「いや、やぁ!!来ないで…いやぁ!!」

アリサは身を縮め、近づいてきた大車を拒絶する。だが構わず大車は、身をかがめて大胆にも自分に彼女を抱き寄せた。

「せん、せい…?」

戸惑いを見せるアリサの耳元で、彼は…あの言葉を口にする。

「один…два…три」

父親が娘に言葉をかけるように言いながら、自分を抱きしめる大車の体温を感じ取るうちに、アリサに落ち着きが戻っていく。

「落ち着いたかね?」

大車からの気遣いに、「…はい」とだけ、アリサは答えた。

「でも先生…私、あの時………あれ…?」

怪物にってしまった…などと言いそうになったが、言えなかった。言えるはずがない。大車は自分にとって恩師だ。

「怯えることはないさ、アリサ。何があろうと、私は君の味方だ。いつもそうだっただろう?」

「せんせい…」

その頭を帽子ごと撫で回す。その手つきが妙にいやらしいのに、アリサは嫌悪感ひとつ表していなかった。『なにがあろうと君の味方』。その優しい言葉の裏に…大車の悪意が隠れていた。

「ふふふ…しかしよ~くやったね、アリサ。『仇のアラガミ』たちを滅ぼすことができたのだから…」

「仇の…アラ、ガミ…?」

「そうだ。君は…私の思っていた通り『ウルトラマンを超えた存在』に進化し、憎き仇を討ったんだ。天国のパパとママも喜ぶよぉ~?」

下卑た笑顔で、タバコ臭い息を吐く大車の言葉に、立ち上がったアリサは薄ら笑いのごとく微笑し嫌悪感さえ表さなかった。

「そっか…私、やっと討てたんですね…パパとママの、仇を…」

どう見ても彼女は正気を失っていた。…というより、大車に精神を支配されているのが一目瞭然だ。本当の彼女なら…わかるはずだ。醜くおぞましい怪獣の姿になり、仲間たちに牙を向いた罪深さを。

「これで『あの方』の最大の邪魔者が死んだ…シックザールも『自分の計画』の守護者が消えたことでさぞ焦っているだろう…。雨宮リンドウを暗殺するための駒としてアリサを育てるために、都合のいい犬として抜擢したはずの私が、まさかウルトラマンの化身である神薙ユウさえも暗殺しようとは考えていないだろうからな。もはや、私たちを止められる者は誰もいない…くくくくく…ははははははははは!!」

しかし狂っているという点では、この大車の方がそうだろう。人類の一人でありながら、人類に害をなす闇のエージェントと成り果てた男なのだから。自分が怪物となったことの重大さを忘れ、ただ自分の従順な僕となっていく少女を見て満足しているのが、何よりの証拠である。

「…私、先生のおかげでパパとママの仇を討てました。だから、恩返しがしたい、です…」

「あぁ、ありがとう…なんていい子なんだアリサ。君は、私の希望そのものだよ」

自分の未来に、栄光が差し掛かっていると確信し外へ出る大車に、アリサは疑うことなくついていく。彼女は、美しく精巧された人形のような可憐で美しい容姿をしている。今はその言葉通り…『大車の人形』と化していた。

 

 

 

意識がはっきりしたとき、ユウの視界に映ったのは、白い天井だった。

「あれ…?」

頭がボーっとする。いつの間に寝ていたんだろうか。ユウは起き上がる。

そこは、アナグラの病室だった。ゴッドイーターになる直前、ここに運ばれてきたことがあるが、あの時とまったく景色が変わらない。

(いつの間に、ここへ運ばれていたのか?確か僕は…)

意識を失う前の記憶をたどるユウ。そして思い出す。

アーサソールとの任務の最中、すでに介入していた闇のエージェントたちの企みによって自分はギンガに変身しながらも敗北したこと。その際アラガミ化したウルトラマンジャックと、彼を呼び覚ましたヴェネによって一命を取り留めたこと、そのヴェネが犠牲になり、ギースとマルグリットの二人はフェンリルおよびその中に巣食っている闇のエージェントたちの目から逃れるために逃亡せざるを得なかったこと。

アナグラへの帰還中、かつての知り合いを含めて難民たちと遭遇、さらに突如凍りのヴァジュラと黒いヴァジュラが現れ、アリサが暴走しボガールにダークライブしてしまった。自分はギンガのエネルギーが不足していたがために変身できず…

(何もできないまま一方的にやられ、川に落ちたんだ…)

完全な敗北を喫した。確かに自分は、戦いの場に立って間もない身だ。それにピターが現れたあの時、

とはいえ、そんな言い訳が人の命がかかっている戦場で通じるはずがない。自分は…何もできなかった。みんなはいったい…

「…そうだ、みんなは!」

みんな、そのたった一つの単語でユウの頭はさえたような気がした。第1部隊の仲間…特にリンドウにアリサ、そしてスザキたち難民の人々がどうなったのかを知らなければ。

だが、ユウがベッドから降りたと同時に、病室の扉が開かれる。

そこに真っ先に現れたのは、第1部隊の仲間でもあるコウタ、ソーマ、サクヤの三人だった。

「なんだユウ、死んでなかったんだ。…意外。てっきり死んだのかと思ってたのにがっかりだな~」

「コウタ…!?」

最初の口を開いたコウタから、信じられない言葉が飛んできた。その目も彼とは思えないほど冷たい。ユウを、家畜かそれ以下のように見下したものだった。

すると、ソーマはユウの胸倉をつかみ、無理やりに彼をベッドから引き摺り下ろした。そしてうつぶせに倒れたユウの髪を乱暴に引っつかんで自分の方に顔を向けさせる。

「ぐ、ソーマ…何をするんだ!」

「年々足手まといばっか押し付けられて…うんざりなんだよ。てめえみたいなのが勝手に先に死ぬおかげで、俺は『死神』なんてふざけた呼び名を押し付けられるんだ」

普段の冷たい態度がさらに加速し、今のコウタにも匹敵するほどの冷酷な視線と言葉をユウに投げかける。

「ユウ…あんたのせいよ。あんたが変身してアラガミに戦うことさえできれば、リンドウは……!!アラガミの餌食になることなんてなかったのに!!」

「え…」

だがそれ以上に、サクヤの言葉が剣よりも深く、えぐるように深く突き刺さる。

リンドウさんが、アラガミに…?

ユウの心に暗雲がかかり始めた時、さらに彼を罵る声が彼の耳に届いた。

 

「兄さんって、本当に役に立たないよね」

 

自分を兄と呼ぶその声を聞いて、ユウは目を見開いて顔を上げる。いつしか暗闇に包まれ始めた病室。中心に自分を取り囲んで冷たい目で見下ろすコウタたち三人。そして正面の入り口から、もう二度とその姿を見るはずがなかったはずの人物が、ユウの前に姿を現した。

ユウの目から見て特に印象に残っていたサイドポニーに結われた長い髪。そして自分と同じ青い目。見間違いかと思ったが、どう見てもそうではなかった。

それは…防壁の外で暮らしていたころ、アラガミの襲撃から自分を守り、破壊された家に押しつぶされて死したはずの…彼の妹だった。

「●●…」

「気安く名前を呼ばないでよ。役立たずの癖に」

妹の名前を呼ぶユウだが、妹からの返事は氷のような冷たさしかなかった。

「スザキさんが言っていたとおりね。せっかくゴッドイーターに加えて、ウルトラマンの力を得たのに…結局無様に負けて、スザキさんたちも仲間も助けられなかったんだから」

自分を見下ろす目もまったくぬくもりがなかった。ユウの知る妹は、時折自分に対してあきれ返ることもあったが、それは家族として長らく親しんだからこその温もりがあった。だが今の彼女からは、それをまったく感じない。

「あの時だって、そうよ。本当なら兄である兄さんの方が、私を守るべきじゃなかったの?それなのに、私にかばわれて一人生き残ってさ…恥ずかしくないの?」

自分が死んだときのことを引き合いに出し、それを恥じれとばかりに妹はユウを侮蔑する。そして、彼に決定的な言葉の弾丸を撃った。

 

「兄さんなんて…死んじゃえばよかったのに」

 

「…ッ!!」

 

「そうすれば、私が生き延びることができたのに」

 

―――――はははははははは!!

 

「やめろ…」

 

―――――はははははははは!!

 

「やめてくれ…」

 

―――――あははははははは!!

 

絶望に目を見開き、両手を頭に添えて苦悶の表情を浮かべたユウ。周りで妹や、三人の仲間たちが彼をあざ笑い始めていた。

どれだけ耳をふさいでも、目を閉ざしても、彼らの嘲笑はユウの脳に刻まれていった。

 

 

 

 

 

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

その叫び声と共に、ユウは『再び』起き上がった。

「はぁ…はぁ…」

荒い息を吐き、自然と周りを見る。さっきまでの景色とはまったく異なっていた。

古いコンクリート作りの建物の中。窓からは未だに降り続ける雨の景色。目覚める前と異なり空が若干明るいのは、すでに日が経過したためだろうか。自分が横になっているものも含め、屋内にあるわずかな数のベッドも古くてさび付き始めている。少なくとも設備が完璧に整っていたアナグラの病室ではなかった。

「夢、だったのか…」

夢の中にいた妹や仲間たちの顔や言葉が残っている。思い出したくもないものほど重くのしかかり、記憶にのしかかる。本当に恐ろしい夢を見たものだ。ユウは右手で汗ばんだ顔を覆ってため息を漏らした。

でも、夢の中の彼らが言っていたとおりかもしれない。アーサソールとの合同任務の時点で、自分はゴッドイーターとしてもウルトラマンとしても、成すべきことをなせなかったのだ。

ふと、ベッドに自分が着ていたフェンリル制服に気が付き、手に取る。胸の内ポケットを探るが、そこにはあるはずのものが…ギンガスパークが…。

「ない…!!」

気を失う直前のあの時、自分の手元から離れてしまっていたのを思い出した。

神機が壊れた今、それだけが頼みの綱だったのに、それさえもなくしていた。

スザキが言っていたとおりだ。本当に自分は役立たずの無能だ。何が新型だ、何がウルトラマンだ。タロウは「自分たちは神ではない」とは言っていたが、だからどうしたというのだ!それでも誰かを守らなければならない立場なのに、それを成せなければ…何の意味もない。だから、アナグラに戻ったら力をつけて、二度と後悔しないでいられるようにしたかった。だが…甘かった。家に帰ることを許してくれる優しさなど、アラガミが持ち合わせていなかったことを忘れていた。アラガミだろうが闇のエージェントだろうが、奴らが常に自分たちに求めているのは、生贄となるか服従することだけだ。

帰る余裕も強くなる間さえも与えられず、立て続けに現実は非情な結果を押し付ける。

ヴェネは自分に希望を見出してくれていたが…認められもしない、結果も実らない…。

「…夢も希望も、ないんだ…こんな世界に」

今の自分は、アラガミに全く歯が立たない、女神の森で暮らしていた頃の無力な自分に戻ったのだ。

ギンガスパークも失い、神機も武具の部分が全部粉々に砕け散り、柄とオラクル残量数を示す機器、そしてアラガミと同様のコアを包む器官の部分しか残っていない。そして自分を陰ながら支えていたタロウもいない。

全てが虚しく感じていった。

そんな時、ユウのいる病室の扉が開く。

「あ、よかった…目が覚めたんですね」

入ってきたのは、若い女性だった。眼鏡をかけていて、長い金髪で白い肌、スタイルも一目見ただけでも抜群の女性だった。白衣を上に着込んでいるところを見ると、女医なのだろうか。

「でも驚きましたよ。まさかゴッドイーターがここに来るなんて」

「あの…あなたは?」

「あ、自己紹介まだでしたね。私は医者をしている『リディア・ユーリエヴナ・バザロヴァ』といいます。あなたは…カンナギユウさん、ですよね?」

「え?僕を知ってるんですか?」

すでに名前を知られていたことに、ユウは目を丸くした。

「先ほど、一緒に来たゴッドイーターさんから聞いたんです。外で、手ごわいアラガミに遭遇した上に、アナグラに戻れなくなったって」

そう言われて、ユウはエリックが自分たちのことを彼女に話したのだと気づく。

「それより、お体大丈夫ですか?寝ている間に栄養剤を投与させてもらったから大丈夫だと思いますけど」

「…いえ、なんか…だるくて」

傷自体は、寝ている間に彼女が治療を施したこと、それ以前にゴッドイーターとなるために偏食因子を取り込んだことで自己治癒力も高まっているおかげで感知していた。なのに、体が重く感じていた。

「え?もしかしてまだどこか痛むんですか!?」

「うわ!」

リディアは慌ててユウの元に駆け寄り、その手をとる。それだけなら…まだよかった。さっきまでの落ち込みを嘘にしてしまえそうなくらいのことが起きた。

「どこが痛むんですか!?足?腕?それとも胸元辺りの傷跡!?すぐに治療し直しますから言ってください!」

ユウの右手が、心配してくるリディアの両手によって、アリサを超える豊満な胸元に引き寄せられていたのである。

「ちょ、ちょっと待って!落ち着いてくだ…わ!」

「きゃ!!?」

女性に興味のある男ならあこがれてしまえそうだが、女の子に慣れていないユウにとって刺激が強すぎた。すぐに逃れようと手を引っ込めようとしたユウだが、強く引っ張りすぎて、手をつかんでいたリディアまで引っ張ってしまい、そのまま音を立てて倒れてしまった。

それと同時だった。エリックが神機を持って入ってきた。

「ユウ君、どうしたんだ?今妙な音が聞こえ…て……」

だが、タイミングが悪かった。エリックは目の当たりにした光景に絶句した。

 

ユウが、リディアに押し倒されているような形になっていた。

 

「…まさか、いつの間にそんな関係に…」

「ち、違う!!僕は何も…!!」

「ひゃあ!!こ、これは違うんです!!これはその…」

三人が今のリアクションをどう表すべきかもわからなくなるほどパニくってしまい、三人が落ち着くまでしばらく時間がかかってしまった。

落ちついたところで、エリックに対して誤解もなんとか解けた。

 

 

 

「しかし、思ったより早く眼が覚めて本当に良かった。少しトラブルもあったけどね」

「もういいよ…」

掘り返さないで、とユウはエリックに言う。

「それより、ここはどこなんだ?僕たちは確か…」

ピターや氷のヴァジュラ、そしてアリサがダークライブしたボガールとの交戦で川に落ちたはず。だが今、ユウはエリックとリディアの三人で外を歩いている。

ユウのいた医務室は、この集落の中で最も大きかった研究施設の建物の中にあった。そこから外に出てみると、この集落に住まう人は予想以上に多かった。それにあちこちに点在している建物の中には食料貯蔵庫、または食料になりそうな植物を栽培しているビニールハウスがある。傍らには、大量の水を貯蔵し続けているダムが、未だにアラガミに食われることがないまま存在していた。

「ここは、かつてフェンリルが利用していた実験施設の跡さ。発電も自律して行っている」

「そうだったのか…でも、アラガミ防壁もないのにどうして…」

これだけ人の営みにあふれている場所をアラガミが見逃すはずがない。なのに人が住まい、森が生い茂っているなど、本来ならあり得ない光景だ。

「それは、あの木々に理由があるんです」

今度はリディアが説明を入れてきた。

「あの木は、実をいうとアラガミなんです」

「木が…アラガミ!?」

それを聞いたユウは驚愕し、山に生い茂る木々に対して目を見開いた。ますます疑問が浮かぶ。あれらがアラガミなら、なおさら危険ではないのか?その疑問を見越したように、リディアは説明を続けた。

「オウガテイルくらいなら勝手に木々が捕食して、アラガミの侵入を食い止めてくれているんです。私もここに来たとき、うっかり触りそうになって、ここの人たちに怒られちゃいました」

眼鏡をかけ直しながらリディアは苦笑いした。

「といっても、完全というわけじゃないみたいです。さすがにヴァジュラほどのアラガミまでは無理があるそうです。しばらく前には襲撃があって、その時に何人かお亡くなりになって…」

「痛ましいな。僕もあの森の事を聞いたときは、まだここに着ていない、防壁外の人たちを守れると思っていたんだが…しかし、これだけの設備…璧外の人たちにできるものじゃない。一体どこから…?」

エリックは森の景色を見上げながら呟くうちに、疑問を抱いた。防壁代わりに木をアラガミ化させるなんて、偏食因子を投与させなければできない。そしてそれが手に入るのは、このエリアでは極東支部だけ。当然それを、資源を独占する姿勢であるフェンリルが渡すはずがない。

「…誰かが盗んできたんだ。それ以外で手に入る手段なんてない」

ユウはすぐに、あの木々の生成や、この施設跡地が集落として成り立っているのか確信を得た。リディアも「ええ…」と頷く。

「これだけの場所を作れるだけの資源を持ち出してるって聞いたときは信じられなかったです。持ち出すにしても、誰かの手引きがないとできないくらいの量なのに…」

誰かの手引きと聞いて、ユウは脳裏にスザキや、ゴッドイーターとなる前の自分の日常を思い出した。

「不正を働かなければ命を繋ぐこともままならないということか…」

エリックは、ゴッドイーターという立場であるということもあってか、由々しき事態のように受け止めていた。自分たちにとってなくてはならないオラクル資源。フェンリルが独占しているおかげで問題なくその恩恵を授かっているのだが、こうして防壁外の人たちが窃盗でもしなければ手に入れない事態も無視できない。

「フェンリルとこの集落、そしてユウ君のいた女神の森…ともに協力し合って活動ができれば、激戦区になっているこの極東エリアも暮らしやすくなるのだが、その女神の森が協力を拒んでいるらしい。うぅむ…」

エリックは腕を組んでさらに悩み始める。妹の平穏な日常を求めている彼にとって、自分たちを保護している極東支部が少しでも豊かである方が都合がいい。なら極東支部と女神の森や、この集落が協力関係であれば喜ばしいのだが、彼が言っていたように女神の森は総統の芦原那智が、ヨハネス直々の申し出を断っている。

「そうだ!ユウ君、女神の森出身の君なら、女神の森の総統に話をつけて…」

「…無駄だよ」

「ユウ君?」「ユウさん…?」

解決策を思いついたエリックの答えは、ばっさりとユウによって切り捨てられた。目を丸くする二人に、ユウは構わず続けた。

「あの人は、僕が知る限り極度のフェンリル嫌いだ。話なんて聞いてもらえるはずがない。僕の事だって、きっとスザキさんのように…」

自分で口にしたスザキの名前で、彼は一瞬はっとなって顔を上げ、そしてスザキから言われた非情な言葉を思い出した。『役立たずの無能』と。

「…そうだ、僕はヴェネさんも、スザキさんさえも守れなかったんだ。結局誤解されたまま、アラガミたちにいいようにされて…気づけばタロウもギンガも、いなくなっていた…」

ゴッドイーターであり、ウルトラマンとしても戦ってきた自分には、抗う力があったのだ。いくらタロウが、「自分たちが神ではない」と、そんな気遣いの言葉を告げたところで、できるはずのことをできなかったことに違いない。新型神機、ウルトラマンの力。それを持ってなお、守るべき人を守れなかったのだから…

「僕はやはり、無能なんだ…」

「止したまえ!」

積み重なった失敗と敗北。あまりにもネガティヴさを積み隠さないユウに、エリックはついに声を上げた。

「いったいどうしたんだユウ君!君にしてはあまりにも華麗さに欠けているじゃないか!」

エリックにとって、新型でありウルトラマンでもあるユウは、ソーマにも匹敵する目標にもなりつつあった。そんな彼が、ここまで酷く気を落としているのは看過できなかった。

ユウには、未だに折れる姿勢を見せないエリックのその姿が、逆に直視できなかった。

「…ごめんエリック、一人にさせて。今は…何も考えたくない」

「ユウ君!」

そのままユウは、エリックの前から逃げるように去って行った。その重い足取りと背中が、他者を拒絶する壁と相対しているように感じた。

(ユウ君…)

さっきもヴェネやスザキの名前から、先刻の戦いでその身に受けた心の痛みが深刻なものだと理解した。思えば、今の彼にどのような言葉を自分はかけられるだろうか。

(思えば、タロウも先刻の戦いから逸れたままだ。一体どこに…?それに、ギンガもいない?どういう…)

自分よりもユウをうまく導いてくれそうだが、そのタロウもまたいない。ギンガもそれと同様だと口にしていた。自分は彼と違って新型でもウルトラマンでもない。力を持ち得ながら何も守れなかった者の無念を、どう晴らせばいいのか、どんな言葉をかけるべきか…わからなかった。

「なぁ、ちょっとあんた。ゴッドイーターだろ?」

悩んでいると、後ろから声をかけられた。

「ちょっと手を貸してくれないか?少し困ったことになっててな」

二人ほどの中年と少し若い方の男性の二人組だった。

「え?ちょっと待ってくれ。僕はユウ君と話を…」

ユウをどうにかしたいと考えていた矢先に、いきなり横から依頼されたエリックは戸惑ってしまうが、横からリディアがエリックに話しかけてきた。

「あの、エリックさん。私が見てきます」

「…すいません、リディアさん。僕にはどうもなんと言葉をかけるべきか」

「任せてください。こう見えて、もっと手のかかる子を診たことがありますから」

そう言ってリディアはユウの後を追っていった。…が、直後に彼女は何もないはずなのに、ずてっ!!と前のめりに転んでしまう。

「きゃ!!」

「だ、大丈夫ですか!?」

「うぅ…大丈夫です…じゃ、行ってきます。…痛ったた…」

思わず心配の声を上げるエリックだが、リディアは土まみれの顔にずれた眼鏡をかけ直して強がりを見せ、改めてユウの後を追っていった。

「本当に大丈夫だろうか…」

「大丈夫だって。リディア先生は妙にドジなところはあるけど、面倒見がいい人だからな」

若い方の男が、リディアが聞いたら明らかにからかわれていると思えるようなことを言う。

「あんたもリンドウさんと同じゴッドイーターなら無視できないはずだぜ」

「リンドウさん…?それはどういう…」

「話なら道中でもいいだろ。ほら、若いんだからさっさと持ち場に向かうぞ」

「あ、ちょ…!!」

このタイミングで、まさかリンドウの名前が出てきたことに目を丸くするが、中年の男性が強引にエリックを背中から押し出していく。そのまま森の方角へと、エリックは連れて行かれていくのだった。

 

 

 

しかし、ここを訪れていたのは、ユウたちだけじゃなかった。

「アリサ、しばらくここに留まることとしよう」

「…はい…」

大車と、奴に洗脳されていたアリサの二人だった。

自分が闇のエージェントたちと内通し、彼らの一員としてユウ=ウルトラマンギンガへの闇討ちを仕掛けたことは、ヨハネスに知られることも時間の問題だ。いずれ隠れるのにちょうどよい場所を探ったところ、リンドウが防壁外の人たちを救うために資材を持ち出しているという情報をもとに、隠れ家としてここを特定していたのだ。

「シックザールの命令で始末した雨宮リンドウには感謝せんとな…極東支部ほどじゃないにせよ、十分な生活環境を持った集落に育ててくれたのだからな…くくく」

タバコをふかしながら、我が物顔で彼はアリサを同行させながら集落内にある、空き小屋から外を観察していた。リンドウたちからすれば怒りを促しそうな言い分である。

さらに続けて、大車は闇のエージェントたちに向けても侮蔑を混じらせ、嘲笑った。

「あのバカなエイリアン共も馬鹿なものだな…スパイ行為をシックザールにバレない様にしろとは。あの男の事だ、私が『あの男の計画』に乗ったふりをして、要でもあるウルトラマンを変身してない間に抹殺したことくらい勘付いているはずだ」

自分より年下だが、あの男はオラクル細胞の研究者を勤め、その縁もあって極東支部長に任命された男だ。忌々しいが頭脳については自分よりも優れているなど想像に容易い。『計画』を共にしていたはずの自分の裏切り行為についても察しがついているだろう。

(だがこのタイミングでウルトラマンを抹殺し、奴に反旗を翻したのは、既に奴の『例の計画』についての秘密を掴んでいるのだよ…バカなエイリアン共が!!)

顔を押さえながら、大車はくっくっく…と不気味に笑いをこらえる。あまり大声を出すと周囲から怪しまれるが、闇のエージェントたちはいないし、どうせここの人間にはただの変人にしか思われない。シックザールも、雨宮リンドウの事も含め、知られてはまずい『計画』のことも自分に握られたタイミングで、ウルトラマンがいなくなったことにもいずれ動揺を示すはずだ。

これで『あの方』は、手柄を立てた自分に対して褒美と祝福をもたらしてくれるはずだ。自分に手柄を独占されたあのエイリアン共や、自分を見下した目で見てきた人間たちの悔しがる顔が目に浮かぶ。

「さて、アリサ。何か食べたいものはあるかな?」

「…そうですね…少し、お腹が空きました」

「本当におなかが減ってたんだねェ…あれだけ食べたのに」

虚ろな目のままのアリサに、下卑た笑みを向ける大車。あれだけ食べた、というのは、彼女がボガールにダークライブしたときに、現場に集まっていた氷のヴァジュラたちを食らったことだろう。アラガミを憎んでいた彼女が、アラガミと同じ味覚を感じるなど、正気だったら気が狂うに十分に違いない。

「だめ、でしょうか…?」

「いやいや、遠慮することはないよアリサ。力をつけるためにも食べることは大事なことだ。君には……私のためにもっともっと…邪魔者たちを食べてもらわないと困るからねェ…とりあえず何かとって来よう。それまでここで休んでいなさい」

「はい…」

大車はアリサに待機を命じ、自分は何か食料になるものを探す。極東支部に入れなかった人たちは、防壁外の人間に対しては特に大らかだ。自分が下手になって頼み込めば、食べ物の一つや二つ、分けてくれるだろう。

集落内の建物を見て回りながら、ビニールハウスで栽培されている野菜や、倉庫に貯蔵されている缶詰の山などを見ながら、『ただの医者』らしくアリサの健康を保てるようなものを見繕っていく。

アリサは自分にとって、希望だ。そして同時に…闇のエージェントとして『あの方』に近づくために必要な駒、都合のいい人形だ。今はまだ小娘だが、十分に成熟した大人になった暁にはじっくり味わいたい…そんな外道且つ下種な考えを大車は抱いていた。その野望に近づくために、犠牲はもとより、アリサの人生も人間としての尊厳さえも、どうでもいいとばかりに踏みにじっていた。

集落にいた負傷者を、往診することを条件に集落で食べ物をいくつか恵んでもらった大車は、森の中を進んでいく二人組を見つけた。

「な、あいつらは…!!」

それを見た大車は、目を見開いた。一人はメガネの若い女、そしてもう一人は…。

「バカな、神薙ユウ…生きていたのか!それにあの女…」

ユウが生きていたことに驚愕する大車。てっきり死んだとばかり思っていた。生きていると知って大車は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。だがそれだけでなく、共に集落へ向かっていたリディアにも、どうも知っているような反応を見せている。

(まずい、あの女と今のアリサが万が一鉢合わせたら…神薙ユウとの接触以上にまずい!

それに、あの方にはすでに『ギンガに変身するガキは始末した』と知らせてしまっている…)

先刻の余裕はどこへやら、大車は強く焦りを覚えていた。ここは一度様子を見た方がいいかもしれない。今後の対策を練りながら、大車は怪しまれないように尾行を開始した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再起

お気に入り3件ダウン…ちょちょ凹んだ…orz


エリックたちの前から姿を消したユウは、森の景色を一望できる崖の上に腰を下ろしていた。

綺麗な景色だ。女神の森にも、どういうわけか自然が残っていたが、ここにある森は全てアラガミ。人類の脅威であるはずのアラガミに逆に守ってもらう。ゴッドイーターである自分も、神機というアラガミを持っているが、なんだか皮肉だ。

でも、あの木型のアラガミと違い、自分はもっと大きな力がある。正確にはギンガから力を借りていた身だが、それでも何かを成せたはずだ。それなのに…

(僕はあの木々よりも役に立ってないってことか…)

「ユウさん」

腰を掛けたままうずくまるユウのもとに、背後からリディアが到着した。

「リディア…先生」

声をかけられて振り返るユウの隣に、リディアは腰掛ける。

ユウは視線を、改めて集落の方に映す。横から見ても、ユウが精神的に弱りつつあることを察した。何か話すことがないか、とにかくリディアは彼に話を振ってみる。

「…いい場所ですね。ここ。緑に溢れてて空気も澄んでいますし」

「そうですね…」

「元気ないですね。…といっても、まだ今日会ったばかりなんですけどね」

「…いろいろ、嫌なことが立て続けに起きましたから」

ユウの声に、未だに力が戻る気配がない。

(自分の殻に閉じこもろうとしているように見える。まるで、『あの子』みたい…)

あの子…彼女の脳裏に、敵意を持っているわけでもないのに、自分に対して恐怖のまなざしを向ける幼い女の子の姿が浮かんだ。リディアは今のユウを見て、少し昔の出来事を思い出していた。

「失礼ですけど…さっき、ご自分のことを『無能』って言ってましたよね?あれって、いったいどういうことなんです?」

今のユウをどうにかするためにも、ユウにひとつ問いかけてみた。

「僕には…守るだけの力があったはずなんです」

遠い目で集落を見渡しながら、彼は少し沈黙をしたものの、わずかに口を開いてきた。

「僕は新型ゴッドイーターに選ばれ、たくさんの人たちを守れるだけの特別な力を得ました。防壁外で生きていた頃の間違った感性も、リンドウさんや頼れる先輩、仲間たちのおかげで直すこともできて、危ないことも多かったけど、それでもうまくやっていったんです。でも…」

ヴェネやスザキたち難民たちを救えなかった自分に対する罵声が、何度も脳内で繰り返された。

「守りたくて、守れたはずで…でも、結局…僕はまた目の前で人をみすみす死なせた。もう誰も失いたくないから、力を使って戦ってきたのに…」

どうしても救えない人というものは出てきてしまう。それが現実なのだろうが、ユウにはそれが耐えられなかった。

「はっきりわかった…僕が何をどうしたところで、やっぱり誰も救えやしない。どれほど願おうがどれほど努力しようが、この世界は人の思いも頑張りも、すべてをねじ伏せる。この集落も、女神の森も…いつか必ずアラガミに滅ぼされて、何も残らなくなるんです」

全てを投げ出し、ただ滅び行く世界を遠くから眺める。どうせ何もなせないだろう。そう思ってユウは遠くを見つめなおした。

「もう何もかも…無意味なんです。ちっぽけな人間でしかない僕たちが、いくら頑張ったって…だったら、もう何もしないでこのまま死を待ったほうが…」

話を聞いて、リディアは彼が何を理由に落ち込んでいるのかを察した。ゴッドイーターとしての任務において、仲間を目の前で…。

「ユウさん。私、ロシアにいた頃…ある子を診たんです」

目の前で人を。その話の流れに気づき、リディアはユウに優しく撫でる様に言葉をかけ始めた。

「その子は目の前でご両親をアラガミに食べられてから、ずっと心のクローゼットの中に閉じこもっていました。往診しに来たお医者さんも、ご飯を持ってきてくれた看護師さんも、自分が入院している部屋の扉を開こうとすると、自分を食べに来たアラガミだと錯覚して、頑なに扉を閉ざして誰も寄せ付けようとしませんでした。なんとかその子と話をしたくて、危ない手だったんですけど…窓からその子の部屋に忍び込んだんです。部屋には入れたんですけど、その子はかなり暴れてしまって…おかげでその子の爪で傷だらけになっちゃいました」

ユウは無言な上に視線を向けていないものの、リディアの話に耳を傾けていた。

「でも、なんとか落ち着かせてようやく話ができるようになったんです。往診を繰り返しながら毎日話し続けて…その子、やっと部屋の外に出られるようになったんです。そして、ずっと会わせてあげたかった実の妹とも仲良くなってくれました。でも、その子もアラガミに殺されて…」

「…!」

アラガミに殺された実の妹、その単語を聞いたとたん、妹を亡くしたユウがリディアに視線を泳がせた。

「妹の死と同時に、あの子とも疎遠になっちゃったけど、今でもその子のことは妹のように思っています。亡くした妹の分も含めて、とても…。だから、今のユウさんが感じている痛みもわかるんです。

ユウさんは、ご両親をアラガミに殺されて孤児になったその子と一緒に生きていこうと決断したときの私のようです。でも同時に…私と始めて会った頃のあの子のようでもあります」

「…何が、言いたいんですか?」

おとなしく聞いていれば、他人の思い出話。それで自分の心を晴らそうと考えていたのだろうか。それを通して、結局彼女が何を言いたいのか、ユウにはわからなかった。

「人が抱えている大事なものも、全部この世界は持っていくんです。どんな夢を持とうが、どれほど守りたい人を守ろうと努力したって…重くて苦しいだけで、結局最後に……」

大事に思った分だけ、それを失ったとき、その苦しみが自分に跳ね返ってくる。

だから…もう無駄でしかない。どんな夢も希望も、愛や友情…家族…そんな当たり前に持ちうる繋がりさえもアラガミたちは食らっていくのだ。無駄なことなのだと、ユウは悟った…悟ろうとした。

だが、それでもリディアはユウに微笑みを向け、言葉を続けた。

「そうですね。大事なものって、重いんです。想いの分だけ重いんです。守りたいけど、その方法がわからなくて、時々泣きたくなるくらい苦しくて、身動きが取れなくなったり立ち止まりたくなることもある。でも…」

 

「手放しても決して楽になれないんです」

 

亡くなった妹に祈るように目を伏せたリディアのその言葉は、ユウの心に強く響いた。

 

 

 

タロウは、雨の中を進んでいた。

あれから何時間もユウとエリックの二人を探し続けている。だが、広大な大地の中で立った二人の人間を探すなんて、さすがのタロウでも骨をいくつ折るほどの作業なのか。

ユウが姿を消したと思われる場所は徹底的に探した。ウルトラ一族特有の遠視を用いたものの、それでも彼の姿を見つけ出すことができなかった。

体が雨水で冷たくなる。しかも道中、何度かアラガミに遭遇し、追いかけられている。

「ガアアア!!!」

「く、しつこいぞお前たち…!!」

タロウは必死に飛び続けながら、後ろから追ってきているオウガテイルやコンゴウの群れから逃げ続ける。弱音なんて吐いていられない。こうしている間にも、ユウはアラガミたちの格好の餌になっているかもしれないのだ。

何時間も時間をかけ、タロウはユウが姿を消したと思われる場所のすぐ近くにあった川を見つけ出す。

しめた…ここなら!タロウは後ろから追いかけてきているアラガミとの距離と、奴らの速度を確認しながら、今度は逃げ切るのではなく、わざと追いかけられている状態を維持しながら逃げ続けた。そして、川の真上にたどり着くと同時に、タロウは一気に上空へと飛ぶ。

「グゴオオオ!!?」「ギギギギ…!!」

すると、タロウを追いかけてきたアラガミたちは勢いを止めることができず、バランスを崩して次々と川へ落下し、激流によって流されていった。

「食い意地ばかり張るからだ。このままいかせてもらうぞ」

タロウは吐き捨てるようにアラガミたちに言い残して移動を再開した。

願わくばにユウたちが、アラガミに襲われていることなく生きていることを願いながら下浮遊しながら進んでいく。

「ユウ、無事でいてくれ…む?」

下流へと進んでいく中、タロウは川の傍らに光り輝くものを見つけた。近くまで降りると、見覚えのあるものが光って放置してある。まるでそれは、タロウに自分の居場所を教える灯台の光のようだった。光が消えて、その正体をタロウは知る。

「ギンガスパーク…!」

すっかり泥まみれになっていたが、すぐに理解した。ユウがウルトラマンギンガに変身する際に使っている、ギンガスパークだ。小さな体には中々に大きかったが文句を言っている場合じゃない。タロウはすぐに背中に担ぐ。

「ギンガ、必ず君をユウの元に送り届けて見せる…君と彼は、私たちの希望なんだ…!」

 

 

 

一方、エリックは集落の二人の男性に連れてこられ、集落を囲む森を訪れていた。その中にある、どこか葉の色が薄茶色に変色し、やせ細っているような木を、中年の男性が指を刺す。

「ここだな。この辺の木がどうも、調子がよくなくってな」

「この木に、偏食因子を投与すればいいんですね?」

「ああ、でも気をつけろよ。この木は聞いてると思うが、アラガミだ。下手に触ったら俺たちも食われるぞ」

尋ねてきたエリックに対し、若い男性が頷きつつも警告を入れてくる。アラガミにあらゆるものが食われたこの世界では、木…というより植物自体が珍しい存在だ。今では植物よりも、光合成を行えるアラガミがその役目を担っていると聞いたことがあるが、この木はそれを体言した存在と言えるだろう。

「しかし、この木を育てるだけのアイテムくれたリンドウさんには感謝しても仕切れないよ」

「そうだな、おやっさん。フェンリルにも、ああいう人がいるんだって知った時は驚いたぜ。俺たち、完全に見捨てられたって思ってたし」

再び二人の男性はリンドウの名前を口にした。エリックは、この人たちがどうしてリンドウを知っているのか、いや、そもそもこの人たちが言う『リンドウ』という人物が、自分たちが知るゴッドイーターの雨宮リンドウと同一なのか気になる。

「そのリンドウさんって、やはり僕たちが知っている雨宮リンドウさんのことですか?」

「ああ、さっきも言ったろ?あの人は俺たちのようなハイヴの外の人間にも気を配ってくれる」

「極東支部から持ち出すって形だけどな。貴重なもんだし、泥棒の真似事みたいなことしてまで俺たちを助けてくれてるから、悪い気もするけどな」

エリックは、リンドウさんらしい、と思った。あの人は飄々としていて戦場でも逃げ足の速さを持っているが、それ以上に無類の強さと共に、守ると決めた人間は徹底して守ろうという強い姿勢を持っていた。死にそうになったら逃げて隠れろ、みたいなことを何度も自分たちに言って聞かせているが、そういっている本人は危険からは、みんなで無事に帰るまで決して逃げようとしない。それは彼らのような難民に対しても変わらないようだ。

(さすがリンドウさんだ。他人を拒絶してばかりのソーマが頼るのも、やはり頷けるよ)

だが、エリックは直後に、先刻の氷のヴァジュラやボガールが出現した戦いを思い出す。リンドウでもあれほどの相手はきつい。本当に逃げ切れたか、戻るまでは安心できない。リンドウを頼っているこの集落の人たちのためにも、なんとか極東に戻りたいところだ。

「ほら、チャライ兄ちゃん。あんたもこいつを木にぶっ刺してくれ」

「チャラいって…」

心外だぞ、といいたくなったが、ここは敢えて堪えた。あくまで華麗なるゴッドイーターであることを目指しているエリックだが、そのキャラだからこそこんなことも言われることがある。

堪えながら、いわれたとおりエリックは偏食因子の入った注射針付きカプセルを手に取り、それを木に刺した。すると、針を通して中の偏食因子が木々に吸い取られていった。

これでこの木もそのうち元気を取り戻すだろう。

しかし、元気といえば…ユウは今頃どうしているのだろう。リディアが一緒に着いてくれているようだが、心配だ。思えば第1部隊のメンバーたちや、ユウに常に着いてきていたタロウのことも気になる。アラガミに襲われていなければいいのだが…

作業はなるべく早く切り上げ、彼の様子を見に行こう。

(そしてアナグラに戻ったら、ソーマたちがどうしてるのかも知っておかなくてはな…)

…そういえば、もう一つ疑問に思うことがあったのを、エリックは思い出した。

この集落までユウを運ぶ。初めて来る場所なのに、こんなにも都合よく生活に十分な潤いを持つ集落にたどり着けるなど奇跡だった。外はアラガミの住処、自分たちは手傷を負った、ほぼ丸腰の若造二人。普通じゃ無理のある話だ。

 

だがあの時…

 

 

どこかアラガミの脅威の少ない場所を求めてさまよっていた時、ユウを抱えるエリックの前に、一人の少女が姿を見せていた。

白い髪ならまだしも、肌もまた雪のような白さだった。雨の中だったというのに、靴も履かずにフェンリルのマークを刻んだ、ボロボロのマントを羽織っているだけという、奇妙な少女。普通には思えなかった。しかし安全な場所を求めていたエリックにとって、人なら誰でもよかった。少しでも手がかりを求めようと、少女に尋ねた。

「なぁ君、この辺りに人が住んでいる場所はないだろうか?」

「…?」

しかし少女は首を傾げている。

「え、ええっと…」

エリックは少女の反応に困った。言葉の意味がわからないのだろうか?人が住んでいるところを教えてほしい、そこまで返答が難しい質問だろうか。

少女はエリックと、彼の背中に背負われているユウを見ては、やじろべぇかメトロノームのように、首を左右にカクカクさせながら不思議そうに観察する。

この少女はいったい何者なのだ?どこぞの野生児なのだろうか?と思ったが、それはあり得ないと考えた。野生児のまま生かしてくれるほどこの世界は甘くない。それにこの肌の色…普通の人間のものとは思えない。

疑問ばかりが浮かぶ中、少女がエリックの顔を間近でじーっと覗き込んでいた。

「うわ!?」

その無垢で可憐な容姿が眼前に飛び込んできたことにエリックは思わず声を上げて驚いてしまう。対する少女も、エリックの声に驚きを示し、ささっ!と近くのビルの影に隠れてしまう。だが、壁からちょこっと顔を出してこちらを見ており、あまり隠れているとは言えなかった。まるで見た目よりも精神的に幼い子のようだ。

「あ、あぁ…脅かしてすまない。僕としたことが取り乱してしまった」

元は御曹司だったエリックは紳士としての教育も受けていた。女性にはなるべく優しく接するべし、少女を安心させようと優しく言葉をかける。

今のエリックの言葉で、少女の顔がさっきよりも外に出てきた。警戒が弱まったらしい。

「あの…改めて聞かせてもらうよ。どこかに人がいる場所がないか教えてくれ」

すると、今度こそ少女はエリックたちの前に姿を見せ、何か意味を理解したのか、かなたの山を指さして歩き出した。

「着いてこい…ということか?」

ここで立ち止まっても仕方ないので、エリックはユウを背負い直し、少女についていく。

しばらく歩くと、驚いたことに緑にあふれた山道を歩いていた。アラガミによって食われつくされたはずの植物が存在しているということに信じられなかった。しかしその意味をすぐに理解した。道中でオウガテイルが現れたのだ。だがそのオウガテイルは、周囲の木々に近づいた途端に、オウガテイルに向けて無数の棘を伸ばして貫き、オウガテイルを殺した。この木々がアラガミの一種だと確信するのに時間はかからなかった。

やがてしばらく歩くと、エリックはついにこの集落へとたどり着いた。見晴らしのいい場所から集落を見下ろし、アラガミ防壁の外の世界とは思えないほど、人の営みが行われている集落に、エリックは驚きを隠せなかった。ともあれ、ここまで案内してくれた少女に礼を言おうとしたが、白い少女はいつの間にかどこかへと消えていた。その後、エリックはリディアと出会って、ユウを診てもらうことになった。

 

 

(あの子がいなかったら、今頃僕とユウ君は…)

いずれ外の世界でのたれ時ぬか、アラガミに食われていたかもしれない

(しかし、あの時の少女はいったい…知らせるべきだろうか?)

ふと、そこで若い男性がある方角を見て指差す。

「なぁ、おやっさん。あれなんだ?」

「?」

話しかけられた中年の男性が、若い男性が向ける指の方角に目をやる。

大きな影が、木々の向こう側から見える。それも次第に近づいてきている。さらによく見ると、その影が大きくなる度に影の前の木々が倒れていく。

その大きな影の正体を見て、エリックたちの顔が青ざめていく。ここの木々が勝手に食ってくれるオウガテイルなんて比じゃない。もっと大きな…

姿がサングラス越しでも見えてきた。サソリのような、大型のアラガミだった。

(スサノオ!?)

アーサソールとの作戦では、ウルトラマンジャックとスサノオの合成神獣と遭遇していたこともあって、一瞬そう思ってしまった。だが、あれと比べるとずっと小さい。ただのアラガミだろう。だが、ただのアラガミの中でも、そいつは十分に大型だった。

スサノオの原種に当たる、大型アラガミだ。

「ぼ、ボルグ・カムラン…!!?」

「あ、アラガミだ…!アラガミが来たぞおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 

 

その叫び声は集落へ、そしてユウたちの元にも轟いた。

「アラガミ…!!」

思わず立ち上がるユウとリディア。森の方を見ると、一本の線を描くように木々が倒れていく。木々に侵攻先が集落へ向かっていく。間違いなくアラガミが、それも大型の奴が来ているのだ。

「まずいわ、集落の方へまっすぐ向かっている!早くみんなを避難させないと!!」

医者として見過ごせないため、リディアが青ざめながらも、集落へすぐに駆け出した。

(いかないと、アラガミにみんなが…でも…)

しかし、ユウはすぐに動けなかった。リディアは今、集落の人たちをアラガミの手から逃れさせようと必死になっているはずだ。一方で自分は、それが無意味だと思い始めている。だからすぐに動こうとしなかった。

すると、集落の建物の一部が崩壊の音を鳴らして崩れ落ちた。ついにアラガミが入り込んでしまったのだ。その証拠に、先ほど森から描かれたアラガミの通った跡の線が集落に到達している。地面がわずかに揺れるのを感じるほどの振動だった。

「きゃあああああ!!」

「ッ!!」

そこで、リディアの悲鳴が近くで轟いた。その悲鳴を聞いた瞬間だった。ユウが思わず顔を上げて、彼女の声が聞こえた方へと走り出す。もしや、彼女に何かあったのか?そんな不安が、ユウの頭から苦悩を打ち消し、突き動かした。

「リディア先生、いったいどうし…!?」

まさか、既に他のアラガミが侵入していたのだろうか。そう思うと、足が速くなった。

 

………しかし、それは何とも詰まらないオチで終わることになった。

 

「あうぅ…転んで服が泥だらけ…」

思わずユウまで、一昔前の漫画の一コマのごとくズゴッ!と転びかけた。単に道中で転んだ拍子に、雨で濡れ切った道の泥で服を汚しただけだった。

「…大丈夫ですか?」

心配して損した。リディアにあきれ返りつつも、彼は膝を付いていた彼女に手を伸ばした。

「す、すいませんユウさん…」

眼鏡にも少し泥水が付着しており、ユウの手を借りて立ち上がったリディアはすぐに拭き直す。

「先生、この集落はもう持たないです。早く逃げてください」

転んだのはある意味ちょうどよかった気もした。このまま彼女を行かせるなんて、死地へみすみす行かせるようなものだ。だがリディアは首を横に振る。

「私は医者です!あそこには、私が診てきた患者さんたちが大勢いるんです!私は医者として彼らを見捨てるわけにいかないんです!」

「でも、このまま行ったって…」

殺されに行くだけ、そう言い掛けたが、見た目からは想像できないほどの気迫に満ちたリディアの大声が、ユウの耳を貫く。

「ここで逃げたら、私はさっきあなたに話していた『あの子』に会わせる顔がありません!いつかあの子に、笑顔でもう一度会うためにも、私は彼らを助けて生き延びて見せます」

「そんな無茶な…!!」

どう考えても、どちらか一方しか選べないはずだ。自分たちか、それとも逃げ遅れた人たちかの二者一択。アラガミの出現と同時に、人類は人の命という最も残酷な形で選択を迫られる。

「ユウさんは何をしたって無駄だって思ってるんでしょう?私たち人間が、この地獄のような現実に抗っても意味がないって思ってるんでしょう!?だったらあなたから先に逃げればいいじゃないですか!!」

その通りだ。理屈で言ってしまえば、彼女の言っていることが正しい。リディアは何を言っても、患者を…集落の人たちを見捨てて逃げるようなそぶりさえ見せないだろう。なら他者よりも自分の命を優先させた方がいい。彼女が先に避難するように説得するよりも、自分がこのまま背を向けてしまえば確実に自分は助かる…はずだ。

「でも…」

ユウはこのまま目の前で死地に向かおうとするリディアを、無視できなかった。少し強めに怒鳴っているような口調だったリディアが、普段の穏やかな口調と眼差しでユウと目を合わせてきた。

「…ユウさん…こういう時だからこそ、素直になってもいいじゃないですか?本当は、私と同じことを思っているはずです。『みんなを守りたい』って」

「そんなこと…」

「じゃあ、どうしてそんなに拳を握っているんですか?」

「…!」

ユウはそれを聞いてはっとする。

彼女の言うとおり、いつの間にか自分の両手は、拳を握って震えが止まらずにいた。恐怖もあるかもしれない。でも、それ以上に…うずうずしていた、という表現が正しかった。心の奥に隠れている強い衝動のようなものが、炎のように燃えていたのを感じた。

「私たち人間の力って、確かに小さなものですよね。私もゴッドイーターさんたちの戦いを見ていると、常々思います。あんな力が私にもあればって…。

でも、こんな私でも、アラガミに家族を殺され心の中に閉じこもっていた女の子とも通じ合えたんです。私の妹も…そうやってこの辛い世界を精一杯戦って、最期まで生き抜いたから、短い人生だったけど、後悔はしていない…

だから、結果がどんなものであっても、後悔しない選択を選ぶべきだと思います」

「後悔しない…選択」

 

どうせ何をしたってアラガミに奪われる、なら全部捨てて逃げる。

 

目の前で誰かが死にそうになっている、自分には彼らを救える可能性があるから戦場に行く。

 

これまでユウは、あらゆるピンチが訪れることがあっても…逃げることはなかった。自分が傷ついて、ボロボロになっても…それでも自分には守れるものがある。ウルトラマンじゃなくても、ゴッドイーターじゃなくても…自分以外の誰かのために自ら危険を顧みなかった。自分が死ぬかもしれなくても、目の前で人が助けられるかどうかの可能性など考えず行動する。自分がウルトラマンとなったあの日…戦う力なんてないくせに、サクヤをオウガダランビアから救おうとしたのがよい例だ。

「ぐ…うぅ……」

思わず、ユウは膝を付いて呻いた。

どこまでも、リディアの言うとおりだ。何をしたって無駄なんだ…そう思っても、やはり消えてくれなかったのだ。『誰かを守りたい』という気持ちが。

初めて会ったばかりなのに、どうして彼女はここまで自分のことを見透かせるのだろうか。多くの患者と向き合ってきたからなのだろうか。

膝を付いたユウに、今度はリディアが手を伸ばした。

「行きましょう?エリックさんだって、戦っているはずです」

顔を上げて、アラガミのようなまがい物なんかとは違う…本当の女神のような笑みを見せたリディアの手を、ユウは強く握った。

「…先生、すみませんでした。僕はゴッドイーター…こんな弱音、吐くなって仲間から言われたばかりだったのに…」

「いいんですよ。ゴッドイーターだからこそ、言いたくなることだってあるはずですから」

愚痴を恥じることはない、そのようにリディアは言った。この人にはなんだか口で敵う自信がない。いい意味で、ユウはそれを思い始めた…その時だった。

「どこへ行くつもりかね?」

咄嗟に振り替える二人。彼らの目に飛び込んだのは、二人をつけていた大車の、自分たちに向けて銃を構える姿だった。

 

 

 

 

一方その頃、エリックは戦っていた。

集落まで、木々に偏食因子を与える役割を担っていた二人の男性を護衛し、ボルグ・カムランの襲来を皆に知らせた。アラガミの襲来の知らせはたちまち集落中に伝わり、住民たちは一斉に避難を開始した。

雪崩れるように住民たちは、ボルグ・カムランとは反対方角へと逃げていく。すでに奴は、集落内にまで侵入した。

「みんな、早く!こっちに急げ!」

既に集落内に、ボルグ・カムランが侵入していた。すでに奴の手…正確には尾についた槍によって手にかかってしまった人がいるのか、槍の先は血濡れていた。

実質アラガミを倒せる力があるのは、エリックただ一人だった。しかしエリックも、まだ半人前の身のゴッドイーター。リンドウやソーマほどならまだしも、彼一人でボルグ・カムランなど倒せない。

「くそ、僕の華麗なバレットがまるで…この!!」

さっきから何度もボルグ・カムランに弾丸を当て続けているが…。

ガキン!

金属音を立てながら、ボルグ・カムランが前方に展開した両腕の盾によって防がれた。ボルグ・カムランは進化した接触禁忌種に当たるスサノオは、圧倒的な攻撃力を持つ反面、刀剣で体を切り裂かれやすい。だが原種であるボルグ・カムランはそうではなかった。逆に体表が硬くて切り裂きにくい、見た目どおり騎士の鎧だった。

せっかくのバレットも、弾幕と目くらまし位にしか役に立っていなかった。

ボルグ・カムランの暴走しているかのような猛攻は収まることがない。自分に攻撃が行き届かないことをいいことに、エリックに尾先の槍を振りかざす。

「く!!ぐぅ…!!」

それでも彼は銃を下ろさず、ボルグ・カムランに果敢に立ち向かう。バレットを撃ち、弾き返され、避けて、食らって…。エリックの体は、時間と共に肩や脇腹等に傷が増えていく。何度も、いくつも…。

「だめだ、ゴッドイーターさん!あんたも早く逃げろ!!」

遠くからそんな声が聞こえてきた。だが、それでも彼は足を踏ん張らせて引き下がらなかった。声の主の男性は、ボウガンを使って援護してくれているが、神機以外でアラガミを傷つけられる武器はない。しかも体表そのものが装甲であるボルグ・カムランには避けるまでもなく弾かれている。今度はボルグ・カムランが盾を展開したままエリックに突撃を仕掛けてきた。

「ぐは…!!」

突進攻撃を受け、吹っ飛んだエリックは建物の壁に激突する。激突と同時に吐血し、骨の髄まで衝撃が走る。何かが折れたような感覚もあった。

「お、おい!」

大丈夫なのか!遠くから男性がエリックに向けて尋ねてくるが、それに答えるほどの余裕はなかった。傷だらけの体を鞭打ち、エリックは立ち上がってボルグ・カムランの姿を見上げる。

下がることはできない。ここで引き下がったら、もう誰も彼らを守る者がいなくなってしまう。それに…

エリックの脳裏に、これまでユウと共に請け負った任務での出来事を思い出す。

最初は、ソーマとコウタと共に組んだ時だ。新型神機という貴重な武器を授かった後輩、それくらいだった。でも彼はそれだけじゃなかった。最初に一緒に戦ったころから自分の命を救ってくれた戦士、ウルトラマンだった。

彼は新型とウルトラマンという強力なアドバンテージを鼻にかけることはなく、純粋に目の前の誰かを…仲間も含めて絶対に守り抜こうとする強い精神を持っていた。彼のおかげで、どう足掻いても死ぬかもしれない窮地を脱し、帰りを待っている妹と再会ができた。

彼は新型とウルトラマンという強力なアドバンテージを鼻にかけることはなく、純粋に他者のために戦ってきた。その背中は、友と慕うソーマと同じか、それ以上にエリックには大きく見えていた。

届きたい…追いつきたい。妹を、友を…守りたいものを守り抜ける。自分が望む、最も華麗で誇りある姿を、ユウの中に見出していた。

「ユウ君は…最後の希望であり、僕が友と認めた数少ない男なんだ!手を出させてなるものか!!」

今はふさぎ込むあまり無様にも見えるが、自分よりも華麗だと認めた仲間もいるとわかっている以上、怖くてもエリックはそこから逃げようとしなかった。

寧ろ、自分の身に起きた危機的状況に闘志を燃やし、自分より格上の敵であるボルグ・カムランに向かっていった。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 




○NORN DATA BASE

・白い少女
エリックと遭遇した謎の少女。実は第1話でユウが車を走行している際に、ほんの一瞬見かけた少女と同一人物。
アラガミ防壁外の世界をただ一人さまようという、人間とは思えない無謀な行動をしているが、現在正体は不明である。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mad Dorctor(前編)

自分たちの道を阻むように、突如姿を見せた大車に、ユウはリディアの前に立って身構えた。そんな彼を大車は見下すような目を向ける。

「正直言って君が生きているとは思わなかったよ、神薙ユウ君…ボガールに君を殺させようと思っていたのだが、奴らの言うとおりだったか」

闇のエージェントたちもウルトラマンギンガと、彼の変身者として選ばれたユウが生きている事を指摘していた。ギンガを倒した手柄に酔いしれた自分に対する妬みだと思って適当に流していたが、こうしてギンガに選ばれた男を見つけた以上、無視はできない。

「大車先生、なぜあなたが!?アリサちゃんの主治医だったあなたが、極東支部外のこんなところで…?」

困惑と動揺を露わにしていたリディアの口からも大車、そしてアリサの名前が出たことに、ユウは目を見開く。

(アリサ、ちゃん?…まさか、さっきリディア先生が言っていた女の子って…!?)

「ロシア以来ですね、あなたとこうして会話するのは」

大車のその一言で確信に変わった。かつてリディアは、数年前にアリサと面識があったのだと。

「それに、今何をおっしゃってたのですか?私には、まるでユウさんが生きていることが、あなたにとってなにかしら不都合な言い回しに聞こえましたが?」

「ええ、おっしゃる通りです。彼に生きてもらっていると非常に困るのですよ。私の夢を叶えるために…彼は存在自体が邪魔なのですよ」

「それが同じ医者の言葉ですか!?医者というものは、患者の命を第1に考えるものでしょう!?」

「私と比べて一回り年下のくせにずいぶんと上からの物言いを言ってくるのですね。ロシアでの任務のショックで自我が崩壊しかけていたアリサを救ったのがこの私だという恩を忘れたのですか?」

「…ッ!!」

(ロシアでの任務…?)

それを言われた時のリディアは、おっとりとした人物像から一転して、鋭い目で大車を睨み付ける。そんな視線さえ、大車は嘲笑って楽しむように適当に流した。

「まぁ、今はそのようなことはどうでもいい。それよりも君だ、神薙君。君にぜひ聞いてほしいことがあるのだ」

「僕に聞いてほしいこと、ですって?」

アリサをボガールに変え、自分たちを罠にはめようとした男だ。間違いなくろくでもないことを要求してくるに違いないと確信した。

「君には、このまま私と共に来てほしいんだよ。君の身を、『あの方』に差し出してほしいんだ」

思った通りだった。しかもアーサソール事件で姿を現した闇のエージェントたちと言っていることが全く同じ。

「もし私の要求に応じてくれるなら、集落のボルグ・カムランをどうにかしてあげようじゃないか」

こちらから冷静さを奪ってくる物言いに怒りが殺意に変貌しそうだった。

「さあ、早くしたらどうなんだい?早く決めないと……集落の人々がボルグ・カムランの餌になってしまうかもしれんぞ?私のアリサなら…止められるだろうがね」

「アリサ!?」

「アリサちゃんもここにいるんですか!?」

「ええ、それはそれはもう…彼女は私の役に大いに立ってくれていますよ。……『忠実な哀願人形』としてね」

「哀願…人形…!?」

「…やはり、アリサにあんなことをしたのは、あなたが…!なんてことを!」

その言い回しにユウは衝動的に大車に向かおうとするが、彼の足もとに大車の銃弾が撃ち込まれ、足を止めてしまう。

「そう構えたところで無駄なことはわかっているだろう?今の君に、ウルトラマン共の加護はない。そして頼みの神機も、私のかわいい人形のおかげで使い物にならないスクラップと化している。つまり、私がその気になれば、この銃で君の脳天を貫くことなど簡単なのだよ」

先刻の戦いでアリサはアラガミを誘引する装置とダミースパーク、そしてボガールのスパークドールズを入れていた黒いケースを持たせたのが大車だと聞いてから、予想はしていた。この男は自分がウルトラマンだと知ったうえで、命を奪うべく卑劣な罠を仕掛けてきたのだ。

遠くから建物が倒壊する音が響き、後ろに存在する集落の方角を三人は振り返る。

「ボルグ・カムランか…あのエリックとかいうゴミには敵わん相手に違いない。まったく愚かなものだよ。守る価値のない人間のために、敵いもしない敵に単身立ち向かうとは…実に理解しがたいよ」

この集落はともかく、そこにいる人間など彼にとってどうでもいいことだった。寧ろ邪魔な人間たちが勝手にアラガミの餌になってくれてちょうどいいくらいだ。それに、さっき尾行したところ、どうやら神薙ユウは先刻のミッションでのことがトラウマになって戦闘できる状態ではない。これを機に、奴がこのままアラガミに食われてしまえば、報告の虚偽の疑いを『あの方』から懸けられずに済む。

「…断れば?」

「はははははは、君は断れる立場ではない。なぜなら今の君は神機を破壊され、ウルトラマンの加護を得ていないただの無力な人間でしかないのだからね。いつも一緒にいるウルトラマンの先輩が一緒でも、あんなちっぽけな人形にされた虫けらに何ができるんだろうね?」

タロウが傍にいないこともわかっていたようだ。思えば確かに、タロウがいたのなら、大車はこうして自分たちの前に姿を現さなかっただろう。銃弾程度、たとえ人形になった今のタロウでも怖くもなんともないのだから。

「さて、答えを聞こうじゃないか?」

「く……」

後ろにはリディアもいる。万が一断った結果、自分が大車の銃弾に倒れてしまえば、今度は彼女の命が危ない。ユウには従うしか選択肢が残されていなかった。だが、リディアがユウの前に立ち、彼を守るように立ち塞がった。

「撃つなら私を撃ってください」

「リディア先生!?」

リディアは後ろにいるユウの方へ振り返る。

「最近噂で、ウルトラマンのことはよく聞き及んでいます。どうしてこのタイミングで、あの人があなたに向けてそのことを言ったのかよくわからないけど、何かあるんですよね、ユウさん?」

「先生、下がってください!この男の狙いは僕だ!」

「下がれません、私は医者として、一度診た患者は絶対に見捨てません!」

彼女はユウの言葉を拒否し、両手を広げ自らユウの盾になり続けた。

「妹が死んだだけでいっぱいなのに…もう私と関わった人の死は…味わいたくないんです」

「…そうだな、ちょうどいい。小娘…お前も私の人形の邪魔になるだろうからな」

ならばと、大車は銃口をリディアの眉間に合わせた。

「通りで、アリサちゃんをここに連れてこなかったんですね。私と顔を合わせれば…あの子の心に影響が出る。場合によっては、あの子はあなたにとって都合のいい人形さんじゃなくなるから…」

「その通りだ。だが今のお前たちなど、この銃で十分だ」

人差し指を引き金に回し、1秒もかけることなくすぐに撃てる体制に入る大車。

「さあ早く答えを出したまえ、神薙ユウ。このまま大人しく私と共に『あの方』の元へ来るか、ここで彼女と共に私の凶弾に倒れるか、それとも集落がアラガミに破壊されつくすのをただ待つだけか」

「く…」

「ユウさん、私のことは構いません!こんな人の言うことなんて聞かないで!」

リディアは自分のことを気にしなくてもいいと言うが、それこそそんなこと聞けるわけがない。かといって、一人の少女をいかがわしい意味合いも含めて人形扱いし、罪のない人々さえも死に追いやろうとする、医者の風上にも置けないこんな卑劣な男の掌で踊らされることも許しがたい。

(くそ…また僕は…!)

目の前で誰かが死ぬ様を見せられるというのか。こんな卑劣な輩の企みで!!何の罪もない人が、どうしてこんな卑怯者たちの踏み台にされなければならないんだ!!

「いい顔を見せてくれるじゃないか、神薙君。さあ…もう時間はないぞ?どうするのかね?」

ユウの顔に悔しさが現れ、それを大車は愉快そうに笑ってみていた。怒りと焦りで、ユウの顔から汗が流れ落ちていく。

どうすればいい…どうすれば…どうすればこの状況を打開できる?何か方法はないのか?どこまでも自分に、『人間が求める形の神』は微笑まないというのか。

苦悩を強めていくユウ。

「…どうやら最後まで膝を着くつもりがないということか。まぁいい、ここで君たちを殺せば、私の野望も、『あの方』の野望も阻む最大の障害が消えるのだからな」

自分に対してどこまでも反抗的な視線を向けるユウに、大車は彼に降伏の意思がないと見なし、ついに引き金を引いた。

 

 

だが…その時だった。

 

 

ユウとリディアに向けて飛ばされた銃弾は、二人に届きかけたところで、まるで時間が止まったかのように制止、少しの間を置いた後、軌道を変えて近くの木の幹に突き刺さった。

「「え!?」「何!?」

何が起こったのか分からず、困惑するリディアと大車。

(今のは…まさか!)

思わず顔を上げるユウ。そこには、待ち望んでいた者の姿があった。

「無事か、ユウ!?」

「タロウ!!」

やはり思った通りだった。小さな人形にされながらも、若き日から抱き続けてきたウルトラ戦士の心を貫き続ける誇るべき先輩、ウルトラマンタロウが目の前に浮遊していたのだ。

「これを受け取れ!!」

タロウはユウに向けて、背中に背負っていたギンガスパークを投げ渡した。受け取ったそのギンガスパークは、土と泥の跡でかなり汚れきっていた。あの雨の中、ここに来るまで探し回ってくれていたのか。

「え、え!?もしかして、人形が…喋って…!?」

色々と混乱を促す状況が続く中、人形が自我を持ってさらに困惑を深めるリディアだが、今はこの疑問に正面から答えている暇などない。

「この男は私が止めておく。ユウ、先に行くんだ!」

「ナイスタイミングだよタロウ!ありがとう!」

「あ、ま…待ってくださいユウさん!!」

ユウはこの時ほどタロウに感謝を述べずにいられない時はなかった。すぐにリディアを連れて、集落の方へと一気に駈け出した。

「この、逃がす…か…あ!?」

すぐに振り返ってユウたちを撃とうとする大車だが、体が突然動かなくなってしまう。タロウのウルトラ念力によって、動きを封じられてしまったのだ。結局ユウたちが大車の射程圏から立ち去るまで、大車は身動きできなかった。

「く、くそぉ!!あと一歩のところで…!!」

ユウたちが無事タロウの助力で去った直後、忌々しげに大車は、自分の動きを封じ続けているタロウを睨み付ける。

「…大車ダイゴ…君は何をしているのかわかっているのか」

だが、対するタロウもまた、大車に対して心の中に静かな炎を燃え上がらせていた。

「君は侵略者の手助けをしているんだぞ!

自分の故郷を…自らの手で潰そうとしているんだぞ!」

故郷が滅ぶ助力をする。タロウにとって、地球を守り続けてきたウルトラ戦士としても、地球人・東光太郎という自分としても、あまりにも非道な行為に走る大車の行いは怒りを燃やさずにいられないほど許しがたい行為だ。

「…だからどうした…!!こんな癌細胞のような人間共ばかりが生きる世界、何の価値があるというのだ!!」

「癌細胞…だと!?なぜそんな言い方ができる!?」

全く持って理解ができない。確かに地球には悪意のある人間だっているだろうが、それでも大車のような男は悪い意味で希有過ぎた。疑問と不快感を覚えるタロウに、大車は嘲笑うように言い放つ。

「ウルトラマンタロウ…お前たちも愚かだなぁ…一昔前から人間を何度も救って来たみたいだが、はっきり言って理解に苦しむよ。こんなことをしても、この地球は真の意味で救済されない」

大車の言葉が、次第に陶酔さを出し始めていた。空を仰ぎ、何かを崇めるように彼は話を続けた。

「この星を悪辣な人間共から救うのは、『あの方』しかいないんだ。お前のような、いつまでも飽きずに正義の味方ごっこに浸る馬鹿共ではない」

「救済?それに、『あの方』…?

…ぬ!!」

意味深な言葉を口にしている大車に、いったいどういうことかを問おうとした時だった。

タロウは自分に向かって、何かが飛んできたのを察し回避に移った。今のは、神機のバレットか!?念力による拘束が解かれ、大車は自由の身となる。

「ご無事ですか…先生?外に出てから、戻ってこないまま時間が経過していたので…」

その銃撃の射手は、森の中から現れたアリサだった。大車を守るように、タロウの前に立ちはだかった。

「アリサ…!」

「アリサ!ははは…どうやら私もまた、幸運の女神というものに愛されていたようだな!」

自分の人形が都合のいいタイミングで自分を救いに現れた、その事実に大車は歓喜する。自分の人形としてどこまでも完成に近づきつつあることに大満足だった。

「戯言を…!アリサ、目を覚ませ!!」

「…誰ですか、あなた」

すかさず説得を試みるタロウ。しかし、返ってきた答えは淡々としたものだった。そうだ、思えば自分はアリサとはちゃんとした面識を持っていなかった。疑念を持つのも致し方ない。

「あなた…大車先生に明確な敵対行動を行っていた…つまり、私の敵です」

「違う!今の君は、大車に操られているんだ!」

銃口を向けてくるアリサにタロウは再度言葉をかけるも、アリサの目に変化はない。そのアクアブルーの瞳は、最初に極東支部に赴任した時よりも深い、少しの光さえも差し込まない闇の色に染まっている。

(ダメか…!やはり大車に精神を支配されたままなんだ!!)

「先生…この変な人形…食べてしまった方がよろしいですか?」

「いや、それには及ばない。それより、すぐに私を連れて集落に向かうんだ!まだ君の仇のアラガミが生きて、集落で暴れまわっているんだよ。君の力があれば、そいつを今度こそ殺してやれる。さあ、早く!!」

「……パパと…ママの仇が…まだ…」

仇のアラガミがまだ生きている。その言葉が、アリサの表情を歪ませる。元々抱いていたアラガミへの憎しみが、大車の暗示によってさらに溢れ出している。しかもその両親の仇が、奴の洗脳によって本来のディアウス・ピターからユウたちにすり替わってしまっているままだ。

すぐにアリサは、右手を神機からダークダミースパークに持ち替え、左手に握ったボガールのスパークドールズをリードする。

 

【ダークライブ、ボガール!!】

 

アリサと大車は、二人同時にダークダミースパークが放つ邪悪な闇に覆い尽くされ、巨大化していく。やがてアリサはあの時と同じように、巨大な魔獣…ボガールへと姿を変えてしまった。

ボガールとなったアリサは、大車を乗せて集落へ向かう。

「く、待て!!」

その後を、直ちにタロウは追った。

 

 

 

集落内の戦いは熾烈を極めた。

全身から血を流しながらも、ボルグ・カムランを水辺までに追い詰めていたエリックがいた。集落の人たちの多くは、避難場所へと逃げ込むことに成功した。一部の者だけが、近くのダムの管制塔からエリックの戦いを見守っていた。

この時、彼らはある作戦を立てていた。エリックが近くの川にアラガミを追い落とす。そしてダムの放水を開始し、押し流すというものだ。コアを回収できず、単独では奴に止めを刺すのが難しいエリックの戦闘力を考えてのことだった。戦いの最中にこの作戦を立てて、そしてエリックに伝えるのも難しかった。

自分たち以上に、かなり疲れ果て、もはやこれ以上の戦闘が望めないほどに疲弊とダメージを蓄積し、膝を着いて一歩も動けなさそうだ。エリックよりもずっと少ないが、最初のころと比べるとボルグ・カムランにも傷が目立ち始めていた。

「…これで…最後の2発…!」

歯を食いしばり、エリックは新たな…残りの、たった二発のバレットを震える手で装填し、ボルグ・カムランに向ける。奴のように固い体表を持つアラガミに有効な、たった二つだけ残った破砕属性のバレットと、鋭くて発射速度が速い貫通属性のバレット。盾に防がれてしまうことがないよう、彼は狙いを定める。だが奴はこちらがバレットを撃つことを考えているはずだ。でなければちょうどいいタイミングで何度もバレットを、あの髑髏のような盾に防がれるわけがない。だがそれでも、必ず撃ち落とす。

静かに狙いを定め、発射タイミングを図る。対するボルグ・カムランの尾先の槍をいつでもエリックにぶつけてやれる態勢に入っている。その動きに細心の注意を払う。

1秒が長く、ここまで澄み渡るような感覚は初めてだ。さながら、アラガミが現れる前に広くされていた、一昔前の西部劇のガンマンのような気分だ。

さあ、来い…

僕が華麗に葬ってあげよう…そして、エリナへの土産話のネタになってもらおうか。

サングラスの奥で不敵に笑うエリックは、引き金を引いた。それと同時に、ボルグ・カムランの槍もまた、エリックを襲った。

 

 

 

ユウとリディアは走り続けた。必死になって集落に向かって駆け続けた。今の自分にはアラガミや怪獣を倒す力はない、アラガミの細胞を移植されただけの、ただの人間だ。

だけど、それでも守りたい。家族に守られ、ただ目の前で失うのを黙って見せられるだけなんて、もうごめんだ!

その思いがユウの足をとにかく速めさせた。

「ゆ、ユウさん…ちょっとペースを…」

ユウほど過度な運動に慣れていないためか、リディアが先に息切れをし始める。気持ち的に焦っている自分としては、聞きたくない弱音だった。だからほぼ無視してリディアを連れて集落へとノンストップで向かう。

ようやく集落の入口までたどり着いた時には、二人とも…特にリディアが酷くバテ果てていた。

「ぜぇ、ぜぇ…ゆ、ユウさ…ん…ペース、落とし…てっ…て、」

息が切れすぎてろくに文句も言いきれないリディアだが、休ませる余裕さえも現状は許さない。

集落はボルグ・カムランの暴れっぷりによって酷い有様となっていた。防壁外の廃都市とあまり変わらなく見えてしまうくらいに。

だがそれ以上に気になることがある。エリックはどこにいるんだ!?辺りを見渡して彼の姿を探し回ると、ちょうど激闘が終わろうとしていた時だった。

ちょうどエリックの神機から、バレットが一発放たれたところだった。向こうも攻撃態勢だったこともあってか、盾で防がれなかった。弾丸はそのまま、ボルグ・カムランの体に着弾し、その鎧の一部を砕いた。

「ガアアアアアア!!」

激痛で吠えるボルグ・カムラン。だが同時に放たれたボルグ・カムランの槍は…

 

 

 

 

 

エリックの体を貫いた。

 

 

 

 

 

 

彼のトレードマークでもあった、サングラスが宙を舞う。

「エリッ…」

ユウの喉から声が続かなかった。だが、すかさずエリックは…残されたもう一発のバレットを、お返しに撃ちかえした。

「終わりだ…!!」

貫通属性は言葉通り鋭く早い。スナイパー神機と比べると劣るだろうが、それでも自分を守る鎧が砕けている奴の体を貫くには十分だ。さきほど破砕属性のバレットを撃ち込んだ場所に向けて、エリックはそれを放った。

見事に、それはズレさえも起こすことなく狙い通りの場所に被弾、ボルグ・カムランの体に、エリックの腹と同じように穴が開いた。

「ガ、ガギギギギギイイイイ!!!」

もだえ苦しみ、後退りした果てに、ボルグ・カムランは後ろ脚を川岸から踏み外し、バランスを崩して川に落ちた。

「放水開始!」

このチャンスを見逃さない!管制塔にいた男性はすぐにダムの放水レバーを下ろし、ダムを開く。ダムの水は一気に放水し、今も降り続ける長雨によって溜め込まれた激流がダムの扉から流れ落ちる。

ボルグ・カムランもまた、その水によって流されていき、姿を消した。

「やった…よ…ソーマ……エリナ……エミール………ユウ、君」

勝利を悟り、笑みを浮かべたエリックだが、血反吐を一気に吐き飛ばしてダウンした。

「エリック!!」「エリックさん!!」

すぐにユウとリディアの二人が駆けつけた。顔からサングラスが外れ、素顔が露になっていた。

「やぁ、ユウ君、もう…大丈夫、なのかい…?」

エリックを腕の中に抱き起したユウは、声を出していなかった。喉の奥が詰まって、声が出なかった。

「そうか…良かった…」

だが、エリックにはユウがなんともないと言ったように認識していた。幻聴を聞くほどまでに酷いダメージだった。

「よかったって…そんなわけ、ないだろ!だって…」

今のエリックの変わり果てた姿に、ユウは思わず喚いた。

彼の体は、今の光線の余波で…腹が抉れていた。血がおびただしく流れ、止まる気配がない。今の攻撃で致命傷を負っていたのだ。

「ユウ君…華麗なゴッドイーターであろうとしてきた僕だが…このざま、だよ…ソーマに…追いつくことも……君に借りを返しきることも…できなかった……まだ、返すには足りなすぎるのに…」

「エリック、もう喋らないで!先生、すぐに手当てを!」

「………」

すぐにリディアに治療を求めるユウだが、悲しげに、首を横に振るリディア。医者としてはっきりわかっていた。もはや治療でどうこうできるレベルの傷ではないほど、出血が多すぎたのだ。ゴッドイーターの持つ、普通の人間よりも高い自己治癒力も追いつかないほどに。

虫の息のまま、エリックは話を続けた。

「…正直、怖くもあったんだ…今も、そうだ…戦いに出れば、いつ…アラガミ…に…食われても…おかしくない…父上も、何度も言っていたよ…臆病な癖に無理にその道を選ぶものじゃ…ないとね…だが…僕は…僕が…してきたことに…何の、後悔もない……

君ほどの…華麗で…誇るべき戦士の…そして、守るべき…人々の…盾に、なれたのだから……これ以上の…名誉は、ない…」

「もういいって!それ以上喋ったらだめだ!!」

これ以上エリックが死に向かって苦しむ姿は目も当てられなかった。見ているだけで、心が抉り取られるような痛みを覚える。

「…ユウ君、忘れないでくれ…君は…僕らの…人類の希望だ……リンドウ、さんも…きっと同じ、ことを…考えている…はず、だ…」

エリックは震える手をユウに伸ばす。その手を、ユウは握り返す。

「ソーマと、エリナを…頼む、よ………あの子には…新しい、服を……僕の、代わりに…

 

………………………………………………………………

 

………………………………………………」

 

それが…エリックの最期の言葉だった。満面の笑みを見せ、華麗なる若きゴッドイーターは……目覚めのない眠りについた。

「……!!!」

エリックの手が、ユウの手から滑り落ちると同時に、近くの泥の中に…宙に舞っていた彼のひび割れたサングラスが落ちた。

一度はその命を救い、共に戦ってきた仲間なのに…自分が無力だったばかりに、結局彼を死に向かわせる羽目になった。

ユウは、呆然としていた。ショックが大きすぎて、叫ぶことなくそのまま涙が雨と共に流れ落ちた。リディアも、泣いていた。治療する間さえも与えられず、ただ目の前で助けたいはずの人の死に目を黙ってみているしかできない悔しさと悲しみが、心を締め付けた。

そんな彼らのもとに、追い打ちをかけるように、巨大な影がのしかかる。

アリサがダークライブしたボガールと、彼女が乗せている大車だった。

ボガールは放水したままのダムの池に着地し、近くのユウたちを見下ろした。

「!大車、先生…」

巨大なアラガミのような生物の肩に大車がいる。その信じられない光景にリディアが目を見開く。

「ははははははは!!無様だな神薙君。結局君はまた、目の前で仲間を失った!!」

エリックの遺体を抱いたままのユウを、大車は大声で笑い飛ばした。

「しかしそこの彼も…君の上官だった雨宮リンドウも…つくづく救えない大馬鹿者だ!!いや…すべてのゴッドイーター共に言えることだな!!

君たちは人をアラガミの脅威から守るために戦っているようだが…人の命?そんなもの簡単に散ってしまうではないか!

事実こうして君の仲間は呆気なく死んだ! 雨宮リンドウも、先日の時点で今頃アラガミの餌となっているだろうな!

たとえ万が一守ることができても、君が守ってきた人間たちは君に賛辞を必ず贈ってくれるのか?無理だろう!寧ろ彼らが求める形での安寧を、君たちゴッドイーターもウルトラマンももたらすことができない!そしてそんな人間たちは何もしてないくせに、君たちを『無能』『役立たず』と罵って侮辱する!!現に、君の故郷…『女神の森』だったか?彼らはかつての君と同様、人類を守るわずかな手段であるフェンリルを日々憎み、罵っていたではないかね!?君の伝でフェンリルからようやく来た支援に対しても、彼らはフェンリルへの認識を改めようとしなかった!」

ユウはその言葉に耳を傾けているのかそうでないのかもわからない。ただエリックの安らかな眠り顔に目を落とし続けている。構わず大車は、ユウを嘲笑い続けた。

「全く理解に苦しむよ。自分の命を預けている相手に対して感謝よりも文句ばかりを口にするような、そんな人間を生かそうと考えていた…昔の自分さえもね。

今の私ならもっと賢い選択をするよ…ゴミのごとき無駄な命を、私のような優れた人間のために有効に研究材料として利用する、とね」

「ふざけないで!それが仮にも医者の言うこと!?」

リディアは我慢ならず激高した。どこまで腐っているのだ、この男は!!

「今はっきりわかりました…アリサちゃんが極東に赴任する直前にあなたが施した、『あの時の措置』もそうだった…あの時のあなたは、アリサちゃんを救いたかったわけじゃない!!単に自分の都合のいい研究材料として…自分の野望のために体よく利用しただけ!!」

リディアの罵りに対して、大車はとことん下卑た笑みを浮かべた。

「全く、何度言わせる。私にとって、今のこの星の人間などその程度の価値しかないんだよ。寧ろ、私のような人間に見初められるんだ。この上ない光栄なことじゃないかね…ぎゃははははははは!!!」

自ら醜く利己的な本性を積み隠さずに明かしていく大車。聞くもの全ての神経をとことん逆撫でする。

「…喋りすぎたな。さあ、アリサ。こいつらを殺してパパとママの仇を今度こそ討ち滅ぼすんだ」

「え…!?」

ボガールの頭をねちっこく撫で回すあの男の言葉に、リディアは耳を疑う。今、あの男はあの化け物をアリサと呼んだのか?まさか……認めたくない事実を知りそうな予感がするあまり、その顔は青く染まり始める。

こと切れたエリックを優しく地面に寝かし、ユウは俯いたまま立ち上がる。

「許さない…」

「あん?」

「リンドウさん、エリック、ここの集落や、防壁外の人々だけじゃ飽き足らず…アリサまで弄んで…………」

拳を強く握りしめ、顔を上げたその目からは、大粒の涙が流れ、雨に溶けて行った。その目に映るのは、現在の集落の変わり果ててしまった景色。あの男はこの惨状でさえも嗤っている。

「でも一つだけ礼を言いますよ、大車先生………おかげで…挫ける気が完全に失せた!」

ユウは、タロウから受け取ったギンガスパークを掲げ、内部から出現したギンガのスパークドールズを掴む。あの激戦から、ついにギンガも十分なエネルギーを取り戻したのだ。

「僕はこの先も、すべてを投げ出したくなるような絶望を体感するかもしれない…それでも、僕が少しでも動き出すことで、助けたいと思った人たちの未来を切り開けるのなら…二度と膝を着かない!

みんなの未来や夢を守るためなら、憎しみも悲しみも責任も、全部背負ってやる!」

ギンガスパークを手に取ったユウを見て、大車は顔をしかめる。やはりタロウがあれを持ってきたため、こちらに対する対抗手段を取り戻していた。こちらの思惑が崩れる可能性を奴が再び手にしたことに、思い通りにならない現実にイラつきを覚える。だがすかさず彼は、ユウに対して言い放つ。

「私は君を遠くから観察してもらったから知っているぞ?女神の森の人間は…君をフェンリルに寝返った裏切り者だと!そして君がウルトラマンであることは誰も知らない!そんなことをしたところで、君が守ってきた人間が感謝するとでも言うのか!?再び信じてくれるとでも言うのかね!?」

その言葉に、目覚める前に見たあの悪夢が…第1部隊の仲間たちや、亡くなった妹から罵られ、心を踏みにじられた光景と言葉が、スザキや防壁外の人々から言われた侮辱の言葉が脳裏をよぎる。

…だけど、そんなことはもうどうでもよい。

ユウは、エリックの安らかな顔を見下ろす。視線をリディア、そしてちょうど森の方から大車たちを追ってきたタロウに移す。さらに…ここにはいない行方不明のリンドウの顔が浮かぶ。

信じてくれている人がいるのだ。こんな役に立たなくて、無能で、まだ未熟さばかりが目立つ自分を。

「僕は感謝されたくて戦っているんじゃない。自分の、ありもしない偉大さに浸り、多くの人たちの命と未来を弄んだ貴様ごときと一緒にするな!!」

自分を指さし、今度はユウの口から飛んできた罵声に、大車はこめかみをピクつかせ、顔を紅潮させた。普段保っていた紳士的な態度などそこにはない。この男は野心に溢れた激情家なのだ。

「何も知らない糞ガキが…アリサ!!あの生意気な小僧どもをぶち殺せ!!」

『…は、い…』

自分とは親子ほどの年齢の差があるであろうユウの言葉は、礼儀知らずや生意気な子供の悪口のようなもの。だがそんな陳腐な言葉同然の台詞にも怒りを露わにするほど大車の器は小さかった。彼は、アリサに…ボガールに抹殺命令を下した。ユウに向かって歩き出すボガール。

ついに戦う意志を見せてきた敵に、ユウはギンガのスパークドールズを見つめた後、ボガールの中にいるであろうアリサに視線を移す。

同じ地球の人間でありながら、あまりに利己的で残虐なあの男に、今度こそ守ろうと思っていた仲間をまた失った。このままあの男の好きにさせれば、この集落の人たちは殺され、彼らが生きるために溜めてきたもの全てがあの男の野望に利用されるだろう。それ以前にアリサは一人の人間としての、女の子としての人生さえ潰されてしまう。

今度こそ…守らなければならない。この集落の人も、アリサも!!

「ギンガ…僕は今度こそ守りたい。あなたの力…お借りします!!」

眼前にギンガスパークを掲げ、左手に掴んでいたギンガの人形をリードした。

 

【ウルトライブ!ウルトラマンギンガ!!】

 

「ギンガーーーーーーー!!!」

 

光の柱がユウを中心に立ち上り、彼を光の超人の姿に変えた。

 

 

復活を遂げたウルトラマンギンガの、一人の少女を弄ぶ卑劣な男との戦いが始まった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mad Dorctor(後編)

その頃、フェンリル極東支部、通称アナグラ…。

「全員集まったな」

作戦司令室に、いつぞやのように第1部隊が集まっていた。しかし、本来ならいるはずの3人のメンバーたちが、いない。できれば夢であってほしかったサクヤにとって、リンドウがいないことが特に心細さを覚えていた。ソーマもいつものような無愛想な顔だが、どこか落ち着きを感じない。

「ツバキさん、もしかしてユウたちの反応が見つかったんですか!?」

トラブルが発生したアーサソールとの合同任務に向かったリンドウたちを連れて返すことができず、消耗も激しかった。だが今は、次の任務に備えられるだけの十分な状態にある。今ならあの時のディアウス・ピターとやらが来ることになっても、ユウたちを連れて帰れるはずだ。息を巻くコウタだが、ツバキが「慌てるな」と言って黙らせる。

「確かにお前たちの期待通り、腕輪のビーコン反応を探知した。しかしその反応が見つかったのは、神薙ユウとエリック・デア=フォーゲルヴァイデの二名のみ。雨宮リンドウ少尉の反応は見つかっていない」

サクヤはリンドウの生死が未だに掴めないことに肩を落とすしかなかった。

「じゃあ、アリサは?」

「アリサさんの反応ですが、反応が見つかった時刻はありますけど、それが消えたり再び探知されていたりと、曖昧な状態が続いてるんです」

コウタの問いに、オペレーションデスクの前に座っていたヒバリがそのように答えた。

「もしかして…腕輪が故障したのですか!?」

話を聞いて、その予想が思いついたサクヤ。腕輪は神機を制御するのに必要なものだが、それ以上にそのゴッドイーターの体内のオラクル細胞を制御するために必要なものだ。それを壊したりすれば、そのゴッドイーターはアラガミとなり果ててしまう。少しの故障も取り外しも許されない。

「まだわからんが、その可能性もあるだろう。または…腕輪の信号を狂わせる何かがあるのかもしれん。また、二人の反応が検知された地点にはウルトラマンの反応もあった」

「ウルトラマン!?」

その名前に真っ先にコウタが食いつく。

「これまでウルトラマンが現れたその時は、異常進化したアラガミ…つまり合成神獣との交戦状態があった。諸君らは現地に赴き、二名を回収次第、直ちに帰還しろ。

オペレーション・メテオライトの成功、そしてその先にある数多のミッションを成功させ、多くの人間をアラガミの脅威から救うためにも、二人の救出を優先し、敵との交戦は極力回避しろ」

 

 

 

 

ボガールをアリサと呼ぶ大車、そしてウルトラマンとなったユウ。

リディアは目の前で展開されたユウと大車の話にも、ユウが起こした超常現象にも理解が追いつけきれていなかった。

「ユウさんが、噂のウルトラマン…」

「リディア君、ここはユウたちに任せて下がるんだ!」

それに…このウルトラマンのような小さな人形が喋っているということにも。思わず眼鏡をとって目をこすり、幻覚を見ていないか確かめてしまった。

「これ、夢じゃない…んですよね?」

「そんなこと言っている場合か!!早く!!」

「ひゃ!!」

タロウが小さな体からは想像つかない力で、リディアの背中を押していった。

(…頼んだぞ、ユウ!ギンガ!)

後ろを振り返り、タロウは自分の使命を託した戦士の武運を祈った。

 

 

 

「ギンガ、また力を貸してくれてありがとう…」

ギンガの中にある不思議な空間『インナースペース』。ユウはそこでギンガと向き合っていた。

『いや、礼には及ばない。それよりも私は、君に詫びなければならない。私の力不足で、君や君の仲間を危機に追いやってしまった。あまつさえ、エリックも…』

ただで差口数が少ないギンガが、自ら謝罪を述べたことにユウは少し戸惑いを覚えたが、すぐに首を横に振る。

「いいんです。本来は僕自身が、どうにかしなくっちゃいけなかった。でもそれができなかった。だからあなたの責任じゃないです」

『そうか…』

「それよりも、あいつをどうにかしなくっちゃね…」

頷くギンガと、ユウは一緒に『目の前』に視線を向ける。

二人の目…現実世界のギンガの目には、ボガールの姿があった。

彼に変身した今なら見える。奴の中にいる、救うべき仲間の姿が。

暗い闇の中にアリサはいた。いつものように神機を片手に、こちらを見ていた。

『お前は…パパとママを…殺した…』

最初に会った時と同じ、憎しみを帯びた深い闇。大車の暗示のせいで、自分の両親を殺した仇のアラガミだと認識しているのだと見た。

『二人を殺した痛みの分だけ……オ前ヲジワジワト食ラッテヤル!!!』

「ガアアアアギイイイイ!!!」

狂った咆哮を上げるボガール。しかし二人は圧されることはなかった。

(ギンガ…行こう!今度こそ仲間を守るために!)

『…うむ!』

イメージの中でアリサが神機を振りかざすと同時に、現実で向かってきたボガールに、対するギンガも飛び掛かった。

「ジュア!!」

リディアたちや集落の避難所のある陸にあげるのは危険だ。そう思った彼は、そのままダムが溜め込んでできた湖の方へとボガールを押しやった。

互いに水飛沫に身を濡らしながら、ボガールは右手を振るってギンガの顔に殴りかかった。

二度ほど飛んできたそれらのジャブを、ギンガは一度ずつ姿勢を低めて回避し、平手で押してさらに集落から遠ざけるようにボガールを押し出す。

十分集落から距離を開けたところで、ボガールは尾を振るってギンガに攻撃を加える。思いの外早く飛んできたその一撃を避けきれず、耳の辺りに受けたギンガは怯む。隙を突くように、ボガールは両腕でギンガを挟み込んでくると、ギンガは脇腹にボガールを挟み込み、その状態で両足を上げてボガールを蹴り飛ばす。

「デア!」「ガァ!?」

さらにすかさず、ジャンプを加えた後ろ蹴りを胸元に叩き込んでさらに強くボガールを押し出した。

すぐに構え直してボガールと対峙するギンガ。今のところ、特にこちらが不利という状況ではない。油断さえしなければ、勝てない相手ではないだろう。

だが………単純に倒していい相手でもない。

ふと、視線をリディアに向けていた。

リディアは、ギンガと目が合ったことで当惑するも、その視線から不安を感じ始めた。

 

 

 

「くくく…ウルトラマンギンガ、いくら強力な力を持つ貴様とて、私のアリサには決して勝てない。わかっていたはずのことだ」

いつの間にか遠くの森の中に移動していた大車は、ボガールの方が劣勢に立っているというのに、余裕の笑みを見せていた。

「ボガールを倒すことは、場合によってはアリサを殺さなければならなくなる。果たして貴様の力を預けた人間態共々、お人よしの貴様にそれができるかな?」

アリサは、大車の都合のいい駒というだけではない。事実上の…人質だった。

「まったくどこまでも愚かな奴らだな!ためらいなく殺しにかかれば、少しは優位に立てるものを!

さあアリサ!私の野望のために、そのうざったいだけの偽善の味方を殺してしまえ!!」

 

 

怒ったように唸るボガールは、両腕からエネルギー弾をギンガに向けて二発放つ。ギンガはそれを手ではたき落とし、反撃に全身のクリスタルを赤く染め〈ギンガファイヤーボール〉の態勢に入る。だが、放とうとしたところで、攻撃を止めた。

「く、うぅ…」

だめだ…迂闊に痛手を加えたところで、アリサを傷つけてしまう。それどころか、たとえ今の彼女が洗脳の途中だとしても、今度はアラガミに加えてウルトラマンに対する恐怖を植えつけてしまうのでは?その嫌な予想がユウの中によぎり、攻撃を躊躇させた。

「ガアアアアアアアアア!!!」

攻撃をためらったところを、一気に近づいてきたボガールに蹴り飛ばされ、ギンガは山肌に背中を打ち付ける。その途端、アラガミの木々がギンガに対して反応を示し、彼の背中や肩、腕に棘を飛ばしてくる。

「ッグ!!」

体のあちこちに鋭く刺々しい感触を覚え、ギンガは悲鳴を漏らす。ボガールはそんなギンガの首を両腕でつかんで無理やり立ち上がらせて強引に引っ張り出し、腹を殴り付ける。

膝を着いたギンガに、ボガールは背中から彼を蹴りつけて、そのまま彼を水底に踏みつける。

「グアアァ!!」

『死ね…死ね…死んでしまえ!!パパとママの痛み…その身に味わえええええ!!』

ボガールは…いや、アリサはボガールの中で憎悪をむき出しにして徹底的に彼を踏みつけ続けた。自分がアラガミに…今はギンガに対して宿す憎悪を刻み込むように。まるで水が入ったままの風呂桶に憎い相手を連れ込み、溺死を図ろうとする殺人者のようであった。

狂ったようなアリサの怒りの声が、ギンガとユウの頭の中に響く。変身しているから水中の息苦しさはなかった。だが、背中から伝わってくる激痛までは決して打ち消せない。

痛い…苦しい。

この痛みは、アリサがこれまでアラガミから受け続けてきた精神的な痛みが、自分へ肉体的なそれとして伝わっている。リディアから聞いた、あの話の通りだ。アリサは心に深い傷を負って、ずっとクローゼットの中に閉じこもり続けていたのだ。そしていざ復讐が可能な力を得た途端、そこから飛び出してただひたすら憎い相手に暴力を向ける。

 

―――止めなくちゃ

 

水中で踏みつけられ続けながらも、ギンガは身を横に転がして何とか踏みつけ地獄から抜け出し、すぐに立ち上がってボガールに拳を叩き込んだ。今度はボガールが山肌に背を打ち付け、木々のアラガミの剣山のように伸びた棘に背や足などを刺された。

「ギシャアアアア!!」

すぐに立ち上がりもだえ苦しみながらも、強引に姿勢を整えたボガールは、目に入ったギンガに向かって両腕から光弾を飛ばしてくる。

〈ギンガセイバー!!〉

「フン!!シュア!!デヤ!」

それらの光弾を、ギンガは全て光の剣で切り伏せて無力化する。

『なんで…なんで倒れないの!!どうして、勝てないの…!?』

ふと、アリサの焦る声がボガールの中から聞こえてきた。憎い相手に決定打を未だに与えられず、再び苦戦しそうになっている状況に、次第に気持ちが逸りはじめる。

その声は、リディアの耳にも聞こえてきた。

「あの声は…!?」

じゃあ、やはりあの怪物は…!

「アリサちゃん、なの…!?」

さっきの大車の言葉。それを考えるとあのアラガミのような怪物が…自分が妹として大事に思い続けてきた少女だということになる。だが未だに信じられずにいた。あんな醜い化け物が、アリサだなんて…!!

『こうなったら、もっと食べて…食べてエネルギーを!!』

アリサがそういった時、ボガールはギンガから別の方向に視線を泳がせ、そちらに向かい始めた。それを見てギンガとタロウ、リディアはまさか!と動揺する。向かっているのは。多くの人たちが逃げ込んでいる避難所だった。

ボガールは翼を大きく広げ、避難所へと飛び出し始めた。

「いかん!!」

ボガールのスピードが速すぎる!タロウがウルトラ念力で一時的にボガールの動きを止めようとした。ギンガも、アリサにけがを負わせることになると思いつつも、自分が躊躇いすぎたことでまた犠牲が出ることをよしとできず、クリスタルを紫色に光らせ、〈ギンガスラッシュ〉を放とうとした。

「止めてええええええええええええ!!!」

あと少しでボガールが避難所もろとも、中の人たちを食らいつこうとしたときだった。避難所の前に、リディアが両手を広げてボガールに向かって叫んだ。

その叫びが届いたのか、ボガールは動きを止めた。

リディアの声がボガールに届くと同時に、ギンガとタロウも驚きを見せつつも動きを止める。

「アリサちゃん、なのよね…?」

自分の声が届いたことで、リディアは次第にあの怪物の正体がアリサであることを信じはじめた。なぜあんな姿なのかはわからない。ゴッドイーターに起こりうる『アラガミ化』の症状なのか、それとも別の何かなのかもリディアにはまだわからなかった。だが、間違いなく言えることがあった。

「お願い、やめて…ここには、昔のあなたのように苦しんだ人たちが大勢いるのよ?」

今にも泣きそうな、それでも絶対に退こうとしないリディアに、ボガールはただ静かな唸り声を上げる。

 

 

ボガールの中にいるアリサにも、リディアの姿がはっきりと捉えられた。

中で捕食形態に切り替えていた状態で神機を構えていた彼女は、呆然としていた。

『リディア…先生…?』

驚きのあまり、強くうろたえていた。なぜあの人が?だって、あの人は…言っていたはずだ。

 

――――リディア先生はね、もう二度と君に会いたくないそうだ

 

――――君がリディア先生の大事なものを奪ってしまったから、すごく怒ったんだ

 

極東に赴任する前に、大車からそのように聞かされていた。それなのに…

『なん、で…』

しかも今の自分は、大車から与えられた『仇を討つための力』を解放しているはずだ。そのうえで自分が、彼女の知るアリサであることに気付いている。

 

……仇を討つための力?

それはゴッドイーターとしてのそれだったか?いや、ゴッドイーターの力だけではパパとママの仇と討つことなんてできない。二人の仇であるウルトラマンは、それほど強くて…

…仇が、ウルトラマン?……違う…何かが違う……

…だったら、リンドウさん、神薙さん?……それも違う……あの人たちは、同じゴッドイーターじゃないか。仇なんかじゃない。

じゃあ誰が、パパとママを殺したの?…そうだ、アラガミのはずだ。たとえばそう、今の自分が姿を変えているような…

 

今の、自分……?

 

アリサは、今自分のいる暗い空間の足もとに、水面が広がっていることに気付く。まるで洞窟のように水音が聞こえる。水面に自分の姿も見える。

ただ、その水面に映る自分の姿が、波紋が広がると同時に、全く違う姿に変わっていく。

アラガミのようなおぞましい怪物、ボガールに。

「ひ…!!」

恐怖を感じて後ずさるアリサ。そして彼女は気が付く。水面に映っているのと同じように、自分の姿も怪物に変貌していることに。

 

『い、いや…やぁ…いやああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!!』

 

アリサが頭を抱えて叫ぶと同時に、ボガールも全く同じ動きで狂った悲鳴を上げた。

ボガールの中で、自分が怪物となっていることに気が付いたアリサに、『あの声』が聞こえてきた。

『何ヲシテイル…早クアソコノ人間ヲ食ワセロ…!』

それは、かつてボガールが自身で人間の姿に化けていた時の女の声だった。頭を抱え、膝を着くアリサを、ボガールは悪魔の囁きを続ける。

『アソコノ人間ヲ食ッテ栄養ヲ取リ込メバ、私タチハアノうるとらまんニモ勝テル…!

憎イ相手ヲオ前ノ手デ殺セルンダゾ…!』

『いや、いやあああ!!』

違う!!

アリサは泣き叫びながら、頭の中に響くボガールの声を振り払った。

『これ以上私を化け物にしないでええええええええ!!』

 

 

「「「!!」」」

ギンガ、タロウ、リディアの三人は、ボガールに起きた異変に、驚愕と戸惑いを感じた。

「まさか、洗脳が解けかかって…」

そうとしか思えなかった。アリサは父と母を殺したアラガミを激しく憎んでいた。仲間の存在を蔑ろにするほどに。そんな彼女が、自分もまた人を食らう怪物に変身していることに気が付けば、ショックを受けないわけがない。そのためも含め、大車はアリサの洗脳に手を加えていたに違いない。

そんな時、ギンガが、自分の中にいるユウに向けて口を開いた。

『ユウ、ボガールの力と大車の洗脳が弱まった今なら、この技が効くはずだ』

『この技?』

『私と一つになっている今ならすぐにわかる』

何を言って、と言い掛けたが、ギンガのその言葉の意味をユウはすぐに理解した。

(…そうか、『この技』なら、アリサを助け出せる!)

意を決したギンガは、全身のクリスタルを輝かせる。今までの輝きとは異なる…エメラルドのような緑色の光だった。右手から溢れるその光は、水辺から掬い上げた天然水のように零れ落ち続ける。

「シュア…!!」

ギンガはその光をボガールの頭上に飛ばす。

〈ギンガコンフォート〉。闇の力から人を解き放つ、浄化光線。

その光は、天から彼女を祝福するかのように、ボガールに降り注いだ。

 

 

 

「アリサちゃん…!!」

元の姿に戻って倒れこんだアリサのもとに、リディアはすぐに駆け出した。早く彼女を抱きしめたい、もう手放したくない、もう離れ離れになりたくない。その一心で。

しかし、その前に大車がリディアの足もとにどこからか放たれた銃弾が突き刺さる。

「きゃ!!」

「リディア先生!!」

リディアの後ろからタロウと共に追ってきたユウが、咄嗟に彼女を後ろへ引っ張った。そして、アリサの傍らに大車が再び姿を現す。

「大車先生…!」

「ちっ、せっかくここまで作り上げてやったのに……あの方からの恩賞を独占できると思っていたのに…あのクソエイリアン共の悔しがる顔が見れると思ったのに、なんてことをしてくれたんだ」

ユウたちを見て、大車は心底忌々しそうに顔を歪めた。ちょうどリディアの隣に立ったところで、ユウは大車に向けて口を開いた。

「大車、あなたの企みもこれまでだ。アリサを利用し、リンドウさんたちを傷つけ、罪もない人たちを自分の野望の糧にした償いをするんだ。そして…あなたが隠していることも話してもらう」

ボガールとの戦闘前から、この男はどうも自分たちの知らない秘密の情報を抱え込んでいる。たった今もそうだ。『あのお方』という人物に対し、この男は膝を着いている。闇のエージェントたちとも繋がりがあることもはっきりした。このまま見逃すわけにいかない。

「ユウの言うとおりにしろ、大車。…私は、ずっと守ってきた地球人へ手を下すようなことはしたくない」

タロウもまた、痛烈な思いを口にしつつも、投降を呼びかける。この男は腐っても地球人。過去にウルトラの仲間たちと共に守ってきた人間と好きで敵対したくなかった。

「ふ、ふん!!今回は確かに私の負けだ。だが偉そうにほざくなよ…私には、まだいくらでも貴様らを殺すための策があるのだよ!」

二人の呼びかけに対し、大車は往生際の悪いことにその意志を見せなかった。それどころか、自らの盾とするつもりなのか、倒れているアリサを抱き起す。

「アリサ!」「アリサちゃん!」

「何をする気だ!?」

声を上げるユウたち。

「…以前、あなたは私に言いましたよね?リディア先生…『アリサは強い子だ。あの子の死の悲しみも飲み干せる』、とね」

「…!!まさか…!」

名指しをされたリディアは、嫌な予感をよぎらせた。それを見て、大車は悪魔のごとき微笑を浮かべた。その髭を帯びた笑顔が、まるで弱者を蹂躙し楽しんでいる時のディアウス・ピターのように見えてくる。

「どうしたのです?あなたの望みの一歩を、私が叶えてやろうというのですよ?もっと喜んだらどうなんです?」

自分の顔をアリサの耳元に近づけていく大車に、ぞっとするものを覚える。

「さあアリサ。心安らかに聞きなさい。そして思い出すんだ。失った記憶の全てを…『     』のことを」

だがそれ以上に、リディアたちの中にはもっと別の恐怖が駆け巡った。

「один、два…」

あの男が、アリサに何か最悪なことをやろうとしている、と。

「やめ…!」

「три…!!!」

だが、止める前に大車の呪いの暗示は、アリサの耳から脳へと行き届いてしまった。

「あ…う…!」

ビリッ!と、彼女の頭の中へ電流のような痛みが走る。それが全身に駆け廻り、厳重に閉ざされたアリサの中にある『扉』を開かせた。

 

 

太陽のような笑顔の少女。

 

共に背中を預けあった、姉妹同然の親友。

 

だが、予想しなかった危機…ヴァジュラとの対峙。

 

 

そして…傷ついたアリサは見た。

 

 

大切な『少女』の…

 

 

 

半分に食べられた顔。

 

 

 

 

「あああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

突然妖怪のように立ちあがったアリサは、耳が裂けるほどの悲鳴を散らした。狂ったように頭を地面に、いくら額から血が流れようとも構わずに叩きつけ続けた。

「アリサ!!」

「アリサちゃん!しっかりして、アリサちゃん!!」

必死に止めるも、ユウたちの声は今のアリサの耳に届かなかった。

「貴様ぁ!!!アリサにいったい何をし…!!?」

タロウが真っ先に激高し大車の方を振り返ったが、大車の姿がない。周囲を遠視して徹底的に見回ってみるが、影も形もなくなっていた。最後の最後で、あの男は最悪の置き土産を残してとんずらしたのだ。

「いやだ!いやああああああ!!ほっといて!!私なんか、私なんかああああああ!!」

「アリサ!気をしっかり持って!アリサ!!」

何度も呼びかけずにいられなかった。だがアリサは洗脳されていた時よりも激しく狂い、自分を抑え込んでいるユウたちを跳ね除けてどこかへ逃げようとしていた。

 

 

第1部隊の仲間たちが、ユウたちの生態信号をたどって救助目的で来訪したのは、苦労の末にアリサに鎮静剤を打ち込んでしばらく経過したころだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

渦巻く思惑

お久しぶりです。
6月分の投稿です。戦闘はありません。
自分で考えた設定なのに訳が分からない…なんてことがあるかもしれません。文章を読んでお気づきになった方がいれば、自分でも気づかないこともあるのでご指摘お願いします。

…人任せですいません。自分かなりおおざっぱなのでorz


ユウやアリサの腕輪の信号を追って、第1部隊の仲間たち三人が、集落近くのポイントに下ろしたヘリで救助に来た。

「ユウ、生きてる!?」

「怪我はない!?」

コウタとサクヤの二人が、ユウに容態を聞いてくる。あれだけの危機が起きたのだから尋ねずにいられなかった。

リンドウの行方、アリサのこと、森で溢れているこの集落のこと、アリサに何かしら仕掛けを施したと思われる大車のこと…

だが、二人はその時のユウの…そして集落の人々の様子を見て、言葉を失った。

「…」

ユウとリディア、そして集落の人々が何かに対して祈りを捧げていた。

彼らの中心に横たえてた、エリックに。

腹部が血でまみれながらも、安らかな笑みを浮かべていた。

その中でも、ソーマがフードの下で目を見開き、そして沸き上がる感情を隠すように深く被り直した。

「…っ…馬鹿野郎が…」

誰の耳にも届くことのない消え入りそうな声で、ソーマは眠りについたエリックに言った。

ユウはエリックの手に、彼のひび割れたサングラスを握らせ、再び彼に祈りを捧げた。

 

取り戻し、守ったはずの仲間。だが、失った仲間もおり、勝利の喜びなどなかった。

 

だが、それでもユウは戦い続けると誓った。

 

ゴッドイーターとして、

 

ウルトラマンとして、

 

 

神薙ユウとして。

 

 

 

 

アーサソールとの合同任務、闇のエージェントの謀略に続く激闘を経て、ユウはようやくアナグラへの帰還を果たした。

だが、その代償はあまりにも重すぎた。

リンドウは、アリサが初めてボガールになってみせたあの時、ビルの下敷きになってそのまま行方知れず。難民の人々はボガールや氷のヴァジュラなどに襲われて皆殺し。エリックはユウを連れて行った先の集落を襲ったボルグ・カムランとの戦闘で華麗なる戦死。そしてアリサは、最後の最後で大車によって精神異常をきたした。

あの集落については、エリックを含めて死傷者はわずか3名だった。集落の人たちも自分たちの住む場所の荒れようにショックを受けていた者がいたが、壁の外でたくましく生きてきたこともあって、頑張って復興すると集落の代表者が宣言した。

「リンドウさんだったら、何が何でも生きろっていうはずですから」

「エリック君のおかげで拾ったこの命、無駄にしません」

あの集落におけるリンドウの存在は、アナグラ内でもそうだったように大きかった。それに加えて、命を投げ出してまで集落の人々を守ったエリックの死を惜しむ声も多かった。

密かに物資を持ち出して防壁外の人々に与え、アラガミの脅威からも守り抜いた彼らはまさにヒーローだった。その姿に救われ、自らも奮い立とうとしていたのだろう。

復興支援のことも考えたユウだが、やめた。元々ここにある物資はリンドウが防壁外の人たちを救うために密かに持ち出したものだ。サクヤも第1部隊の仲間たちに、集落の人たちがリンドウの伝で手に入れた物資については口を閉ざすように念を押した。

ただ、リディアは迷っていたことがあった。医者を育てることも困難な今の世では、防壁外の人たちの怪我を診る医者は貴重だった。彼女は医者として、この集落の負傷者を見捨てることはできない。だが一方で、大車の汚い野望のために利用されたアリサのことも放っておくこともできなかった。アリサはというと、かろうじてリディアの鎮静剤入りの注射をさされたことでようやくおとなしく眠っている。しかし目覚めて薬の効果が切れてしまえば、まだ精神が安定していない彼女のことだから、また錯乱して暴れるのだろう。

そんな彼女を察してか、集落の人たちはリディアに…

「こっちの方なら大丈夫です。行ってあげてください」

「怪我人も多くないですし、常々先生からは包帯の替え方とか教えてもらってました」

このように、リディアに行っても大丈夫だという人がいてくれた。何人かが医者という貴重で頼れる人がいなくなるのを恐れて反対した人もいたが、リディアの気持ちを案じてくれた人たちが彼らを説得するそうだ。

リディアは彼らに、アリサの身に起きた憂いを絶つことができたら、改めてここへ戻ると約束し、第1部隊のメンバーたちの協力者としてアナグラヘ同行した。

 

 

 

戻った後のユウは医務室に運ばれ、傷の手当を受けた。

さすがに疲労が蓄積していたこともあり、2日ほど入院をすることになった。ゴッドイーターはアラガミの細胞を取り込んでいることもあって回復は早いのだが、それでもかなり痛手を負わされていたので油断ならなかった。その間の見舞いに、コウタやサクヤ、タツミら第2部隊、真壁夫妻といった仲間たちも何度か訪れた。

無事を祝ってくれたが、大半のゴッドイーターたちが特に望んでいたのは…リンドウの無事であることだった。長年多くの後輩たちを生存させてきた実績による安心と信頼、それが大きかった。寂しいが、仕方がない。

その際、やはりというべきか…ディアウス・ピターとボガールが同時に襲ってきたあの時のことを聞かれた。だが正直に言うことはできなかった。特にアリサがボガールになっていたなどと知られれば、極東は愚か、世界中から彼女は居場所を失ってしまうことが考えられた。任務中に怪物と化して、リンドウやユウを襲った…裏切り者として。彼女だって大車に踊らされた哀れな被害者なのに、かわいそうすぎる。

「まだ整理がついていないから、せめて退院するまで待ってください」

だからユウは、そのようにはぐらかした。いずれにせよ、ツバキなどの上官たちからも問われることだが、悪いハプニングが起こり過ぎたし、大車のように気になることも多い。入院している間に彼は報告すべきことを、タロウと話し合いながらまとめることにした。

 

 

 

ユウは2日の休みを経て、退院した。だが、アリサは…回復の兆候が見られなかった。

あの時以来、アリサは目を覚ますとすぐに錯乱して暴れだしてしまうようになった。これも大車が彼女に行った洗脳によるものなのだろうと思った。

「パパ…ママ…違う、違うの…私のせいじゃ、私のせいじゃ…」

「ルミコさん、アリサちゃんを押さえつけて!鎮静剤を打ちます!!」

「わかった!」

「あああ…ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ……」

「私だ、わかるかアリサ?」

「やだ!ほっといてよぉおおおおおおお!!私のことなんて……」

病室の外から聞こえるアリサの言葉は、許しを請うか言い訳ばかりだった。リディアたちの奮闘の声も聞こえてくる。

「アリサ、大丈夫かな…なんか、酷いことされてたんだろ。あの大車って人に」

「うん…」

一緒に病室の外で待っているコウタにそのようにユウは答えた。

先日同様、酷い有様に違いない。ユウは病室内のアリサがどんな顔をしているのかたやすく想像できた。コウタも表情が思わしくない。ユウとの再会を喜びたかったが、エリックの死やアリサの今のこともあって、いつもの明るい振舞いをする気にもなれない。

「なぁ、ユウ……」

少しの沈黙を経て、コウタが再度口を開く。

「戻ってきてから、何度も思ってたんだ。なんであの時、ウルトラマンは来なかったんだって」

コウタは、ウルトラマンを特に信頼していた。少年らしい、ヒーローへの憧れゆえに。それだけに、あれほどのピンチの状況でありながらギンガが現れ無かったことが気がかりだったようだ。

「…その前に、アーサソールとの任務中の時に僕らを助けたんだ。その時…エネルギーを使いすぎて、ね…」

はっきりとした真実ではないが、ほぼ嘘は言っていない。

「じゃあ…助けたくても、無理だったってこと?」

「だろうね…」

そう、助けたかったけど無理だった。ギンガも自分の力不足を、アリサがライブしたボガールとの戦いの際に口にしていた。でも、何より僕自身に力が足りていなかったことも大きかった…とユウは思った。

「…俺、すっげー嫌なこと考えてる。あの時ウルトラマンが来てくれれば…リンドウさんはいなくならなくて、サクヤさんも悲しむことなかった。エリックだって死なずに済んでさ…妹さん、いたのに…

…勝手だって、わかってるけど…」

ウルトラマンがもっと早く来れば、誰も傷つかずに済んだ…と。コウタは自分の中に湧き上がる身勝手な感情を自覚しつつも、そう思いたくなっていた。以前にアリサからも指摘されたことだ。愛する父と母をピターから守ってくれればこんなことには、と。

「妹って…前にエリックが言ってたエリナって子のこと?」

「うん。あの任務の後、エリナちゃんがエントランスにきて、エリックがまだ帰ってないか何度も尋ねて来たんだ。さっきも見かけたよ」

「…僕もだ。入院中にあの子が来て、僕に聞いてきた。『エリックが戻ってこない』って…」

 

 

入院時、エリナはエリックの行方をユウに聞いてきた。エリックの遺体と神機も帰還の際に回収されたから、アナグラにいる誰もが知っている。

エリックは死んだ。

それを言葉に乗せても、エリナは聞き入れない。入院中にユウのもとに来た時がそうだった。

『皆が嘘つくの!エリックが死んだって…もう帰ってこないって!』

『…ごめん、エリナちゃん…』

『っ!ユウさんまで…そんなこと言うの…お兄ちゃんが死んだって!そうやってみんなで私に意地悪して楽しいんだ!!

最低!皆大っ嫌い!!』

泣き叫びながら訴えるエリナに、その時のユウはどう答えるべきか、わからなかった。ただ心を痛め…ただ一言

だけ詫びを入れることしかできなかった。そして泣きながら病室を飛び出すエリナをただ見ているしかできなかった。

 

 

すごく心に傷を刻み込むような…だがユウ自身も、同じように思ってしまうことだった。僕がもっと強ければ、あの時ヴェネや難民の人たちを守れなかったことにを悔いて腐っていなければ、こんなことには、 ならなかったと。コウタがそうであるように、何度も自己嫌悪に陥る。

すると、病室の扉が開いてルミコとツバキが出てきた。

「アリサの様子は?」

ベンチから腰を上げて彼女らのもとにユウが向かい、真っ先に尋ねる。

「今は落ち着いて眠っているよ。でも、結構強い薬使ったからね…しばらく意識は戻らないと思う。また目が覚めたら、暴れ出しちゃうと思うから、しばらく面会謝絶ってことで」

「そうですか…」

ルミコからの報告に、ユウは表情が沈む。命にかかわるほどの外傷がないのは不幸中の幸いだが、それでも思わしい結果ではない。

ちらっと、病室の扉を見やる。実は密かに、病室にはタロウを忍び込ませている。大車の洗脳を不幸にも受け、一時怪獣にされてしまった身だ。万が一鎮静剤だけでどうにもならなくなった場合とかのために、一度ユウの元から離れているのだ。

「今はまだ入らない方がいいだろう。リディア先生が診てくれているから、今日のところはそっとしておいてやれ」

元から鉄仮面をかぶった様な表情を保っているツバキ。…だが、元神機使いで相談役の百田ゲンから聞いた話だと、その顔の奥で彼女も心を痛めていると察した。

その理由はアリサやエリックのこともあるが、それ以上に…

 

――――ましてや血を分けた弟だ。飛び出したいのはあいつの方だろうに

 

実弟のリンドウが姿を消した。それも生存確率が限りなく低い。さすがのツバキでもこれほど堪えることはなかった。ツバキはそんな心情を悟られまいと、いつもの鬼教官らしい毅然とした態度を持って部下たちに対応する。

「神薙ユウ、報告すべき事項はまとまったか?アーサソールとの任務直後から帰還までの日、何があったのか説明してほしい。あの…大車医師のことについてもな」

「…わかりました。ごめんコウタ、話はまた今度」

「あ、ああ…」

さっきも言ったように、アーサソールとの任務から立て続けに悪い状況が続き、仲間たちに死傷者と行方不明者まで続出した。生き延びたユウたちも静養の必要があったので、まだ報告を控えさせていた。リディアにも、自分がウルトラマンであることやタロウの存在、それらに関することは特に口に出さないように口止めさせている。

コウタたちに少しの間の別れを告げ、ツバキに連れられる形でユウはエレベーターに乗り込んだ。

「ツバキさん」

上に登っていく中、ユウは背を向けているツバキに向けて口を開く。

「なんだ?」

エレベーターの入口を見たまま、ツバキが聞き返す。

「リンドウさんの捜索…まだ情報はないですか?」

「…残念だが、捜索隊からあいつを見つけたという報告はない。生存は……正直、絶望的だろう。

オペレーション・メテオライトについても、日程の見直しか中止にするか、今は上層部の間で意見が割れている。リンドウほどのゴッドイーターの穴埋めは、他の支部から呼び寄せてきた者たちでも代わりが効く者はいない」

やはり、まだ見つかっていないのか。アナグラ内でも、リンドウが未だにアナグラへの帰還を果たしていないことは何度も耳にした。というか、ユウ自身、そのことについて問い詰められた。だが答えられるわけがない。リンドウが行方をくらます前に、自分がそうなっていたのだから。

「…すいませんでした」

「なぜ、お前が謝る?」

ツバキは背を向けながらも横顔を、謝罪してきたユウの方に向けてきた。

「…もしや、もっと強ければリンドウたちを救えたかもしれない…などと自惚れを抱いているのではないだろうな」

「…仰る通りです。自惚れなのはわかっています。けど…」

本当なら、自分にはできたかもしれなかった。口に出して言えることではないが、自分はウルトラマンだから。

「…今回のことは、僕以上に…みんなにとって失ったものが大きすぎます」

リンドウ、エリック、ヴェネ…ここに戻るまでの間にいなくなってしまった仲間。いずれも死なせるべき人間などではなかった。それなのに、この世界は彼らのような人間から真っ先に命を奪っていく。この世界は理不尽…わかっていたことだが、許しがたいことだった。

「ユウ」

ツバキは、気が付くとユウの肩に手を置いていた。

「その痛みを、決して忘れるな。そして…すべてを背負おうとするな。お前もゴッドイーターである以前に、一人の人間でしかないのだ」

その時の彼女の眼は、必死で堪えていた。

 

 

ユウは、ツバキに連れられて、支部長であるヨハネスへ明かせる分の報告を行った。

アーサソールの結末については、ギースとマルグリットを逃がすために、リンドウが以前に全滅したという虚偽の報告で終わらせている。今回も嘘を混じらせた報告をすることになった。

防壁外にて、かつてユウと同じく女神の森の人間だったスザキたちとの遭遇。ピターとボガールの同時奇襲によって、合流したはずの第1部隊は一気に瓦解。ユウ自身もエリックに救出されたものの、避難先でエリックが自分を守るために命を賭してボルグ・カムランを撃退、死亡。ここまでは帰還時の報告の通りだった。だが詳しく問われたのはそこではない。大車とアリサ、そしてボガールのことだ。

「大車君は巨大なアラガミのような獣を操っただけでなく、アリサ君を己のいいように扱える存在として暗示を施していた…か」

「はい。ウルトラマンが助けに来なかったら、僕も今頃殺されていたと思います」

ヨハネスが両手で組んだ頬杖を解きながら、ユウの話を復唱する。ユウがウルトラマンであること、アリサがボガールだったことはなるべく伏せ、大車がボガールを直接操っていたような形の内容で報告した。

「行方不明者の中で君と、不安定な状態とはいえアリサ君だけでも無事だったのは幸いだった。エリック君のことは誠に残念だったが…最後まで仲間のために戦い、散った彼を私は誇りに思う。

後日、彼の葬儀を執り行おう。彼の魂が、少しでも安らかに眠れるように」

「ありがとう、ございます…」

作戦のことはどうでもよかった。世界のために、妹のために、そして友のために命を燃やしたエリック。ユウは少しでも多く祈りをささげたいという思いが強く、それだけにヨハネスの配慮に、ユウは深く感謝した。

「しかし、リンドウ君とエリック君、そしてアーサソールのメンバーたちが抜けた穴は大きい。オペレーション・メテオライトにも影響がでるだろう。上層部と話をつけねばならないな」

「……」

他の支部のゴッドイーターを一時滞在させているという貴重な状況から、彼らを簡単に元の支部に帰すのは、帰り道にもアラガミが出ることもあるので危険且つもったいないと思えば、理解はできる。しかし普通なら、リンドウや本部直轄のアーサソールがいなくなったことで、作戦が当初の形から大きく外れてしまいかねず、下手をすれば確実に失敗する流れになってしまうかもしれない。

確かに、この作戦が成功すれば大勢のアラガミのコアが入手され、エイジス完成が一気に近づく。アラガミの数が少なくなることで、合成神獣の発生率も減るだろう。だがそれでも、エイジスが完成に至るまでには長すぎる時間を要することに変わりない。なら別の確実かつ効率的な方針を考案することも考えるべきかと思うが…ツバキは、ヨハネスがどうもメテオライト作戦を勧めたがっているように見えた。リンドウたちという貴重な戦力が削れた今でも、何が何でも作戦を決行したがっていると。

「あぁ、それと神薙君。まだ君に言っていないことがあった。君の故郷の総統と会ってきた」

「故郷?…まさか、女神の森に!?」

席を立ち、話を切り替えるようにヨハネスは改めてユウに話を振る。

「予想通り、私に対する敵対心が強かったよ。当然のことだがね。私の行いの重さは私も重々承知しているつもりだ。だがそれでも、支援については、引き続き行おうと検討している。とはいえ、我々もエイジス完成のために、オラクル資源を駆使せねばならないから、あくまで微々たる量程度しか回しきれない」

やはりそうなのか。大車も言っていたことだし、ピターやボガールの出現前にもスザキから酷く一方的に言われたものだ。

「しかし、君に対しても先ほど連絡があった。『我々への援助をしてくれたこと、感謝する。神薙ユウのこともよろしく頼む』とね」

「え…」

それを聞いたユウは目を見開いた。

「我々フェンリルに対する反目の意思はあったが、君個人に対する心配は、芦原総統も気に留めておられたようだ。君は向こうでも強い信頼を得ているようだね」

「い、いえ!恐縮です!」

思わなかった。フェンリルの庇護下に置かれた自分が、極度のフェンリル嫌いでもある芦原総統から心配をされていたとは。幼い頃、彼の娘であるユノと縁を持ったことが幸いしたのだろうか。思わずヨハネスからの褒めと、予想外の嬉しい知らせで舞い上がりかけるのを悟られまいと、ユウは姿勢を固くする。

「ご苦労だった、神薙君。下がっていい」

その言葉でユウを支部長室から下がらせた後、ツバキはヨハネスに顔を向ける。

「…よいのですか?そのような嘘をついて」

「君らしい意見、理解するよツバキ君。だが、今の彼は仲間の死と敗北の味の重さで傷つきすぎている。これ以上ショックを与える情報を与えては、今後の彼のコンディションに悪影響が出る可能性が高い。貴重な新型にして勇敢なゴッドイーターを失うことは、全人類共通の損失だ」

これを見ている皆も、ヨハネスの口から「芦原総統が、裏切り者と断じたユウを心配している」と聞いておかしいと思っただろう。だが実は嘘だった。

実は、ヨハネスは女神の森への来訪から戻る際に、このようなメッセージを受けていた。

『一応感謝はしておくが、これ以上恩着せがましく資材を送ったところで、我々が貴様らへの考えを改めると思うな。そちらが送り付けてきた資材についても、我々はそちらとの協力関係を結ばない。自分たちで勝手にやらせてもらう。裏切り者の神薙ユウは、そちらで好きに扱え。あの時あなたを何もせぬまま送り返したことも含め、我々を蔑ろにしたことの罪はひとまずそれで妥協してやる』

ツバキに向けて、ヨハネスは女神の森からのメールを見せた。文面を見てツバキは、彼らに対する不快感を覚えた。

フェンリルを嫌う理由はわかる。現在少ない資源を多く保有しておきながら、独占するばかりで防壁外に留まったままの人のためにほとんど分けてくれない状況が続いている。だがフェンリルもアラガミに対抗する兵器の開発のために余裕がないのだから仕方がないのだ。ゴッドイーターになれる素質を持つ人間も限られている。だがそれを抜きにしても、ずっと共に生きてきた仲間であるユウに対して、あまりにも…。

一方でヨハネスは全てを悪いものとは思わなかった。

「しかし援助を彼ら自身が受けるのを拒否したのは逆に好都合な側面もある。ノーコストで神薙君を我々の仲間として保持できる」

元々ユウがこの支部で戦うことを選んだのは、一種の契約も混ざっていた。ユウの活躍に応じて、エイジス計画に差し支えない程度の量のオラクル資源を遅れる分だけ女神の森に送りつける、というものだ。だがユウの使用権を全部こちらに委ねた。こうなればもう、親切に資源を送りつける必要もないということだ。

「彼の活躍が高まれば、きっと女神の森の彼らもきっと考えを改めるはずだ。少なくともその時まで、彼にはこの連絡のことは私と君だけの秘密にしてくれ」

「了解いたしました。では…」

ツバキもまた、支部長室を後にした。

「…そう、彼には十分すぎる利用価値がある。裏切り者として捨てるとは…愚かしいものだ、芦原総統」

ヨハネスも芦原那智に対して、呆れと失望を抱いたような言葉を呟いた。フェンリル嫌いの姿勢を貫くために、ユウという人間と、援助を受けることで得られる資源を切り捨てるとは。

彼の真実を知れば、きっと彼らは後悔することになるだろうというのに。

だが、実は彼らの協力を仰ぐことが目的ではなかった。

(女神の森に、未だにアラガミが寄り付かない要因の究明と…万が一に備えての『保険』をかけてきた。寧ろ対立姿勢を持ち、神薙君の保護権限をすべて私にゆだねてくれたのは都合がいい…)

もし、彼らがユウや資源の援助を切り捨てられるだけの余裕に理由があるのだとしても、現時点において自分にとって良い方向に状況が流れ始めていることをヨハネスは悟った。

「おっと、裏切り者といえば…彼もいたな。あの男と目障りな異星人も、彼に倒させてもらわないとな。私のこの計画…真に地球を救うための計画のために」

そのためにも、当初は大車に操らせたアリサに…リンドウを殺させようとしたのだから。

全て最終的に、人類がアラガミをはじめとしたあらゆる脅威から救われるためだ。そのためならどんなに汚れた手を使っても構わない。

 

「今後も期待しているよ、神薙ユウ…いや……

 

…ウルトラマンギンガ」

 




次回も後処理的エピソードですが、それに加えてアリサのエピソードを始めようと思ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エリックの葬儀/捜索中止

今度のウルトラマンR/Bにて、水のクリスタルがなぜかアグルを差し置いてギンガになっていたのが納得いかない…だってギンガに水属性の技ありませんでしたよね?寧ろ炎だの雷だのなのに…まぁ、その気になれば水とか出せそうですけどね。初代ウルトラマンたちも手から水を出してましたし。
でも名前の語源に『河』があるからとか知名度狙いとか、そんな無理やり感のある理由による設定では、さすがにウルトラ好きな子供たちも疑問に思うと思います。
なので少しでも個人的に納得が行ける設定にしようと、いつの日かまではわかりませんがギンガにオリジナル新技を追加しようと思います。



後日、エリックの葬儀が訓練スペースで執り行われた。この部屋は壁に傷や銃の後などが常につけられる場所だが、演説用の高台ステージが設置されていたり、一昔前の体育館のように集会として使えるようにできている。

「これより、我らが誇り高き戦友、エリック・デア=フォーゲルヴァイデの葬儀を執り行う」

極東勤務のゴッドイーターたち、ツバキやヨハネスといった上官、オペレーション・メテオライト参加者の中で参加を希望した者、そしてエリックの親族や、他の関係者等が出席した。当然アリサを除くユウたち第1部隊メンバーも参加した。全員が喪服を着こみ、訓練スペースの中央の棺で眠りにつくエリックに、献花を添えていった。

 

 

葬儀が終わった後…。

いつもの表情がさらに険しく見える。パッと見ただけではわかりにくいが、エリックの死についてはソーマもまた強く衝撃を受けていた。

「…あのバカ息子が、先に逝き追って」

「うおおおおおおおおおおおお!!!わが友エリック!!なぜ…どうして死んでしまったのだ!!」

「え、エミール落ち着け…!」

自分も知らないエリックの友人や、実の父親。道中でこんな声が聞こえてきた。葬儀中、堪え続けた涙が一気にあふれ出てしまったのだろう。

ソーマは購入したドリンクの缶を開けずに自販機近くのベンチに腰掛け続けていた。ふと、彼の耳に声が聞こえてきた。

「第1部隊、酷いことになっちまったな……リンドウさんが行方不明で…エリックが死ぬなんてさ…」

「馬鹿だったけど、筋の通った男だったのにな…」

「これもやっぱ、ソーマのせいだったりするんじゃね?あいつ『死神』だって噂だし…」

「あいつと組んだ奴は死ぬって奴か?」

「サクヤさんも辛いだろうな…噂じゃ、リンドウさんとくっついてたって話だしよ」

「新型の新入り二人も生き残ったみたいだけど、生意気な女の方は精神崩壊してるって話だろ?」

「うっわ…最悪じゃん。俺あいつと組みたくねぇわ」

「オペレーション・メテオライト、あんなのがいたら作戦にならないだろ。ってか中止だな」

何ともお門違いなことか。ユウたちもそうだが、エリック本人が聞いていたら間違いなく憤慨するような話である。

若くしてベテランの域に達し、そして高い生命力であらゆるミッションでソーマは生き延びてきた。だが、その分だけ彼の周りで仲間が何度も死に絶えて行った。それでついた不名誉な仇名……『死神』。アラガミにちなんで名づけられたその殺人的な称号、それを気にせず、ソーマから当初邪険にされながらも、諦めず対等に接してきてくれた友が遂に死んだ。さらに付き合いの長いリンドウでさえ、未だに発見されたという報告がない。

 

――――ソーマ、僕は必ず君を超えた華麗なるゴッドイーターになって見せる!

 

――――ち、ちょっと油断しただけだ!次は華麗にあのアラガミを打ち倒して見せる!

 

――――君は僕が認めた華麗かつ誇るべき仲間だ。もっと誇らしくしてくれ

 

勝手にくっついて来て、勝手に持ち上げて…最初はうっとおしくてしょうがなかった。だがそれでも、自分が死神と揶揄されていることを気にせずに接してきてくれた…数少ない友だった。

「くそ……!!」

なぜだ…なぜ俺の周りではこうも死が付きまとう…!

ソーマは、思わずぎゅっとドリンク缶を握り潰した。

 

 

 

葬儀が終わった翌日…。

ユウは今後の身の振り方を少し見つめ直しながら、アリサの病室を後にした。出ると同時に、タロウは再びユウのポケットに隠れて、彼と行動を共にしていた。

『どうも大車の洗脳の後遺症が酷いようだ。薬が切れて目が覚めるたびに、また暴れる状態が続いている』

「まだ回復するには時間がかかるってことか…」

残念なことに、アリサはまだ回復の兆候が見られなかった。エリックの葬儀終了後も見舞いに行ったが、目を覚ますことなくベッドで眠りについたままだった。早く良くなってほしいものだ。あんな悪党に振り回されるなんて酷過ぎる。見舞いに来るたびに、傍らで彼女を見守っているリディアの辛そうな顔も、見ているこちらの心を痛めつける。

何とか、目を覚まさせることができればいいのだが…死ななかっただけでもまだ可能性があると思いたい。エリックと違い、彼女はまだ生きているのだから。

アリサの見舞いの後、今度は屋内に設置された戦没者の霊園に来たユウは、エリックの墓の前で手を合わせる。

彼の墓石には彼の名前と生没年が掘られ、そして彼が巻いていた腕輪が安置されていた。亡くなったゴッドイーターの墓には、こうやって腕輪を収めることがあるのだ。

腰を上げて、霊園を出ようと思ったところで、ユウはある人物を目にする。

「タツミさん…?」

防衛班班長にして、第2部隊の隊長である大森タツミだった。別の墓の前で祈りをささげていると、ユウの存在に気が付いて彼もまた立ち上がった。

「ん?おぉユウ、お前か。エリックの墓参りか?」

「はい…」

近づいてきたタツミに対し、ユウは頷く。

「辛かったな、お前さん。エリックのこと…」

横に並んできてエリックの墓を見下ろすタツミ。

「はい。でも…ここで挫けたっても、エリックは二度と帰ってきません」

ぎゅっと拳を握り、湧き上がる悲しみを押し殺すユウ。

「それに、リンドウさんもまだどこかで生きているかもしれません。その時僕がまた腐ってたら、今度こそ助けてあげられなくなる。だから…もっと強くなりたいです。もう誰も失いたくないから」

ユウのまっすぐな目を見て、タツミは一瞬驚いたように目を見開き、なぜか小さく笑い出した。

「………ははは」

「タツミさん?」

急に笑ってきたタツミに、ユウは首を傾げた。

「いや、悪い。なんというか、お前に対して親近感って奴が沸いてきたんだ。

そうだ、ちょっと来てくれ」

馬鹿にしたような笑いに見せてしまったかと思ったタツミはすぐに笑うのをやめる。ユウの肩を押し、自分が祈りをささげていた墓のもとまでユウを案内した。その最中、タツミは自分のことについて話し始めた。

「俺はさ、10歳くらいの頃に外部居住区に住んでて、ゴッドイーターに助けてもらったことがあった。その時の彼らの背中がでっかくて、かっこよくてさ。ゴッドイーターになったら、彼らみたいにみんなを守れるヒーローになりたかった。最近話題のもんで言えば…例のウルトラマンみたいな奴だ。外部居住区の人たちとか、あいつを完全無欠のヒーローって言ってるみたいだからな。あいつにも憧れてるけど、正直嫉妬もしてる」

「………」

「けど、理想と現実ってのはどうもかみ合わないもんだよ。俺は適合率がめちゃくちゃ低くてさ、適合試験での偏食因子投与の時、危うくアラガミにされかけたし、ゴッドイーターになった後も、神機が全然扱えてなかった。捕食形態になった神機が俺を引っ張りまわすわ、勝手に装甲を展開するわ…散々だったよ」

苦笑いを浮かべながら、タツミはある墓の前で立ち止まる。

「でも、そんな俺と一緒に体を張り続けてくれた奴がいた。こいつだよ」

ユウは、タツミの前に置かれた墓を見やる。これを彼は見せたかったのだろうか。墓には、エリックの場合と同じように腕輪が置かれ、名前も掘られている。

「『マルコ・ドナート』…?」

「あぁ、防衛班の初代副隊長…俺の相棒だった。今は見ての通りだけどな。減らず口ばっか叩いてくるけど、実家に孤児を連れてきて家族にしちまうくらい子供好きで、俺や防衛班のみんなにとってかけがえのない仲間だった」

そのマルコという人物のことを思い出してるのか、タツミは遠い目でマルコの墓を見つめた。

「ちょっと偉そうに説教もしてきやがったんだけど、あいつも俺たちと同じ経験をしてた。目の前で助けたいと思ってた人をアラガミに食われまくった。だからヒーローになりたいって思ってた俺に対して、『完全無欠のヒーローなんて馬鹿げてる』『てめえでできることをやれ』って何度も言ってきたよ。そんなふうに言いまくってたあいつ自身が、ヒーローになりたがってたらしいのによ。

で、最期は…本当にヒーローになった。アラガミに食われそうになった赤ん坊を、命を賭して守ってな」

完全無欠のヒーローを否定しておきながら、実はヒーローを目指していた。人のこと言えんのかと突っ込みたくなるようなことだが、実は同じ理想を高く持っていたということは、友としてタツミは嬉しく思っていた。だが、その笑みに悲しみが混ざりはじめた。

「こいつを失った途端、俺は一気に腐っちまったよ。もうヒーローにはなれない、理想を追うことはできないってさ…そのせいで生き残った仲間にも迷惑かけちまった。そんな俺をヒバリちゃんが俺を励ましてくれて、マルコが守ってきた子たちと出会って、何とか立ち直れたんだ。それをきっかけに、あいつが守ってきたものを知ることができた。

だから、マルコが守ってきた子たちに見せてきた、あのでっかい背中に追いついて見せるって決めたんだ」

語っている間のタツミは、相棒を失った時の悲しみも思い出していた。だが彼はずっと笑顔で語っていた。悲しみよりも、苦楽を共にした相棒と出会えたこと、戦ってきたことを強く誇っていた。

「今は、ウルトラマンギンガも俺にとっちゃライバルみたいなもんかな。と言っても俺なんかとはスケール違いすぎるし、あのでっかい背中に追い付く前にマルコの神機受け継いだカノンの誤射癖をどう解決するべきかが問題だけどな」

(…いつの間にかライバル宣言か)

苦笑混じりに言うタツミを見て、ユウも薄く笑った。マルコの墓からユウの方に視線を向け直し、タツミは話を続ける。

「ユウ、俺はこれでもお前よりもずっとこの仕事やって来たんだ。俺みたいに完全無欠のヒーローを目指すわけじゃないとしても、一緒に任務に行くなり、訓練につきあうとか悩み事を相談するなり、なんでもいい。俺たちにできることがあるなら、なんでも言ってくれ」

ユウは、タツミに対して強く尊敬の念を抱いた。普段はヒバリをデートに誘っては断られるというちょっと情けない様を見ているが、それを除けば彼は尊敬すべき先輩としか言いようがなかった。

「タツミさん、僕もなりたいです。マルコさんや、タツミさんが追いとめているようなヒーローに。この先も大切なものを失うことが続くとしても」

ヒーローを目指してないだろう、というタツミの予想に対して首を横に振り、ユウは家族を失い、仲間を失い、苦痛と共に様々な経験を経た上での、決意を新たに示した。

「…やっぱ、思った通りかもな。俺とお前って何となく似てる気がするんだよな」

皆を守れるようになりたい。その願いを互いに抱えている者同士、それに気づいたユウは否定しなかった。この人と似ていると思うのは、悪い気がしなかった。

「僕はタツミさんやハルオミ隊長ほど女の子に積極的じゃないですけどね」

「あ!言いやがったなこいつ!しかも何気にハルなんかと比べやがって!!」

「い、痛いですってタツミさん!!」

ただ一つだけはっきり違うことについて関して、ちょっと生意気を言って見せたユウに対し、タツミはヘッドロックをかけてきた。

 

 

 

エリックの葬儀以降、ユウは毎日タロウの指導の下で訓練を行い、破壊された神機の修復状況の確認のためにリッカのもとを来訪したり、アリサへの見舞いを繰り返していた。

この神機が治るまでの間、ユウはゴッドイーターとしては事実上の活動休止状態だ。ウルトラマンとしてなら戦えるだろうが、自分が戦えないからと言ってギンガに頼りきりでは、このアナグラに来たばかりのころと何も変わらないので避けたいと思っている。

この日はコウタも同行し、一緒にユウの神機の修理状況を見ていた。

「どう、リッカちゃん?直りそう?」

修理代の上に乗せた自分の神機を修理してくれているリッカに、ユウは尋ねる。

「うーん…まだ時間がかかりそうかな。刀身、銃身、装甲がトリプルで破壊されるなんて、正直初めてのことだと思う。そもそも新型神機って、旧型と比べてかなりデリケートなんだ。変形部分の部品とか、すぐに損耗しちゃうの。ボルグ・カムランの盾から削り取った合金使っても長持ちしないんだ」

ボルグ・カムランと聞いて、ユウは真っ先にエリックの最期の光景を思い出してしまった。

「あ、ごめん…」

うっかり傷をえぐるようなことを言ったと気づいたリッカは、すぐにユウに謝った。エリックと相討ちになったアラガミがボルグ・カムランであることはリッカも聞いていたのだ。

「いや、いいんだよ。僕の方こそ、こんなハードな仕事押し付けることになっちゃったし」

「無理もないよ。新種のヴァジュラの他にも、あんなでっかい奴を相手にしたんだし」

コウタが横から口を挟んでくる。彼の言うとおりだ。ボガールに、氷のヴァジュラ数体、そしてディアウス・ピター。ウルトラマンとして敗れたアーサソール事件の直後に、こんな奴らを一度に相手にして生き残れただけでも運がよかったと言えた。

「そういえば、エリックの神機は…?」

「…エリックの神機なら、保管庫で封印処理を施して保管しているよ。いつか受け継いでくれる人のために」

二人から視線を外し、神機保管庫の方に目を向ける。

「何度も経験してきたことだけど、正直つらいよ。神機だけが帰ってくるのって」

ゴッドイーターたちの命綱を整備・強化する立場の苦悩だろう。リッカの瞳が僅かに潤んでいた。それを見てユウは修理中の自分の神機を見て提案する。

「リッカちゃん、こいつを前より強くした状態で直してあげて。もうエリックのような犠牲が出るのも、目の前で守れなくなるのも嫌だから」

「…予定より長引くかもだけど、いいんだね?」

ユウは、迷わず頷く。

「わかった、任せて!きつい仕事を押し付けたって、ユウ君は言うけど、私は寧ろその方が整備士明利に尽きるってもんだから、遠慮しないで!」

失いたくないのならやることはひとつだ。それを見てリッカは自らを奮い立たせるように笑みとサムズアップを見せてきた。

「じゃあ、俺のも!」

流れに乗ってコウタも神機の強化を願い出る。が、ユウの場合と違い、なぜかリッカは微妙な顔を浮かべた。

「コウタ君のは…正直これ以上のチューニング望めないかもよ」

「え、なんで…」

「だって、君の神機…ツバキさんのお下がりじゃん。もうとっくに限界近くまで強化されてて、今度どこを強化すればいいのかわからないもん」

それを聞いて挙手したときのテンションはどこへやら、コウタは肩を落とした。

「マジかよ~…俺も神機改造してもらって、ユウみたいに剣とかバンバン使ってみたいって思ってたのに…」

「それ最早新型だから」

少し突っ込みじみた返しをするリッカだが、コウタのその何気ない案自体は悪くないと思った。旧型神機を、ユウやアリサ、そして行方知れずのギースの神機のように、銃と剣の同時使用ができる、現時点においてかなり魅力的だ。

「そういえば、さっきサクヤさんが来たよ」

ふと、リッカは思い出したように言った。

「サクヤさんが?」

「今のコウタ君みたいに神機の強化をお願いしてきたんだ」

「…リンドウさんのこと気にして?」

ユウからの問いに、リッカは頷く。

「…多分ね。あの二人、ツバキさんも含めてずっと一緒だったって聞いたから」

「そうだったのか…」

サクヤにちょっと憧れを抱いていたコウタは、少し残念に思っていたが、同時に納得もできた。たまに見せるあの二人のやり取りは、まさに恋人同士のそれだった。

「ユウ、神機直ったら、一緒にリンドウさんを探しに行こうぜ」

「うん、もちろんだよ」

言われるまでもないことだ。神機の修理が終わり次第、リンドウ捜索任務を申請しよう。今は捜索隊を出向かせているようだが、そろそろ自分たちゴッドイーターが出てもいいはずだ。

 

その矢先だった。

 

 

第一部隊に、認めがたい通知が来たのは。

 

 

ユウとアリサが帰還を果たし、エリックの葬儀が終わってから1週間後、作戦室へ集められた第1部隊のメンバーに、ツバキの口から告げられた通達。それは…

「捜索、中止!?」

 

 

雨宮リンドウの捜索中止だった。

 

 

「どういうことですか!まだ腕輪と神機が見つかっていないのでしょう!?」

「そ、そうだよ!説明してくれよ!俺たち、リンドウさんを早く見つけようと思って準備してたのに!」

サクヤとコウタが真っ向から反論する。行方不明になったゴッドイーターの捜索が終わるのは、その人物の腕輪や神機が見つかるか、可能性は限りなく0だが本人が発見されるまで続投されるのだ。任務の優先順位としては高くないものの、それが決まりだ。だが…あまりにも期限が早過ぎる。

「これも上層部からの決定だ。それに、こちらのレーダーで腕輪のビーコン、生体信号ともに焼失したことが確認された。捜索隊からの情報によると、最期の消失ポイントにはリンドウのものと思われる大量の血痕と、奴の服の一部が発見された」

ツバキは淡々とした態度で、弟であるリンドウの捜索中止の理由をユウたちに告げていく。

「レーダーの故障とかではないんですか…!?」

「…残念だが、至って正常に動いている。

それもオペレーション・メテオライト開始前に、新種のヴァジュラに合成神獣、そして我々を妨害する謎の異星人共の妨害がある状況で生きている可能性が低い者を探す余裕はない。まして深手を負っているならなおさらだ」

「…たかが服の一部と血の跡を見ただけだろうが。そんなにあの野郎の立案した下らねぇ作戦の方が大事だってのか…!」

ユウに続き、直接死体を見たわけでもないのにと言いたげに、ソーマが珍しく口を開く。長らく戦ってきたリンドウのことについても、彼は強く気に留めていた。今のはツバキに対してではなく、リンドウ捜索中止を下した上層部…支部長であるヨハネスたちに対するものだった。

「ツバキさん…リンドウはあなたのッ!!……」

そこまで言い掛けたところで、サクヤははっとなって口を閉ざした。肉親であるという指摘を受け、ツバキは少しの沈黙ののち。ユウたちから背を向ける。

「…確かにリンドウは、私の弟だ。だが…上層部の決定だ。覆ることはない…」

その言葉を残し、ツバキはエレベーターへ乗り込んだ。

ツバキを傷つけてしまった。リンドウ同様にツバキと長らく共に生きてきたサクヤは、それに気づいた。間違いなく、彼女に当たってしまっていた。

「ごめん…少し頭冷やしてくるわ。今日の任務には、間に合わせるから…」

サクヤも、リンドウについての悲しみとツバキへの罪悪感から、この場にいるのが後ろめたくなり、ユウたちの前から去っていく。

「サクヤさん、だいぶ参ってるな…」

「うん…」

ここ最近、この第1部隊…いや、極東支部は失ったものがあまりにも大きすぎた。でも、ユウはヴェネやエリックの死に際の言葉や、タロウやリディア、タツミからの励ましもあって、膝を折ってはならないと強く自分に言い聞かせた。

この空気の重苦しさには耐えないといけない。それはコウタも同じように考えていた。

「今日、俺サクヤさんとソーマと一緒なんだ。二人のことは俺が見るから、ユウはアリサの方頼むよ」

「大丈夫、そのつもりだから。どのみち神機が修理中だしね」

 

 

 

「…すまない、サクヤ…」

ユウより一足先に上へ向かうエレベーターの中では…

「……うぅ…リンドウ……」

誰もいないその場所で、ツバキは壁に手を付け、床に膝を着いてこらえきれなくなった涙を流していた。絶対に他の誰かに見せまいとしていた涙が、床に滴り落ちて行った。

 

 

 

かつて人類が繁栄していた頃、その地下エリア一帯には多くの人々が買い物でにぎわっていた。その名残からか、地下から地上へのビルに続くエスカレーターや、延々と伸びる地下鉄の線路の跡が今も残っている。とはいえ、当時と比べれば明らかに変わり果てた光景だった。

さらに異様なのは…そのエリアには地下からマグマの池がわき出ているせいで、ありえないほどに熱くなっていた。

そこは、現在では『煉獄の地下街』という名前で、ゴッドイーターたちから命名されている。

「ぐばぁ!」

大車は、マグマ星人マグニスからの暴行を受け、壁に激突した。壁から転がり落ちる大車を、マグニスたちは見下した目線で見下ろした。

「まったく、やはり所詮は地球人だな。結局ウルトラマンギンガの始末に失敗し、自分が使っていた人形の小娘まで奪われるとはな」

「呆れたGuyだぜ。Youは。ウルトラマンはYouが考えていたほど簡単に始末がつくとでも思っていたのかい?」

「ちょっと普通の人間より強い力を持ったくらいで、すぐに大きな手柄を求めて調子に乗る…これだから地球人は愚かなのよ」

積み隠すことなく呆れた様子だった。長年自分の同族たちがウルトラマンと戦ってきたからこそ、大車のとった手段程度ではギンガを倒せないと読んでいたようだ。

地面に転がり、露骨に星人たちから呆れられ見下され、歯噛みする大車。彼の傍らには、彼が隠し持っていたボガールのスパークドールズが転がってきた。それをグレイが拾い上げ、さらに見下した目を向けてくる。

「このボガールのスパークドールズは返してもらうわよ。あんた程度じゃ宝の持ち腐れみたいだし」

「ま、待て…」

「よし、今度こそピターを見つけに行くぞ。そして今度こそ、ウルトラマンギンガを殺せるだけの合成神獣を作り出してやる」

手を伸ばす大車。だが、そもそも地球人ごときを当てにしていなかったらしく、マグニスたちは大車の前から立ち去ろうとする。

しかし、その時だった。

三人の闇のエージェントたちは、足を止めた。目に見えない、何かに足を掴まれた様な感覚を覚え、身動きが取れなくなる。

そして、彼らの前に……屋内だというのに、真っ黒な暗雲のようなものが現れる。

「あ、あなたは…」

グレイが後ずさる。その中に何かを見つけたのか、他の面々も恐怖を露わにした表情を見せている。途端に、大車が暗雲に向けて土下座をかましてきた。

「お、お待ちください我が主様!今度こそお役にたちます!シックザールが抱え込んでいる秘密についてもつかんだ情報があります!ですから…どうか…どうか…」

額を地面にこすり付け、命乞いをみっともなく行う大車を、三人のエージェントたちは笑わなかった。その暗雲の中に潜む何者かに対し、恐れをなしていた。そんな存在の前でふざけた真似などできないのだ。

すると…何も聞こえないはずなのに、暗雲の中から何かを聞いたのか、マグニスが目を見開く。

「以後の作戦について、いくつか話がある、と?」

Realy(マジで)?」

 

 

 

ユウは、改めてアリサの病室を訪れた。アリサが落ち着いて眠る時間が増えたので、面会ができるようになっていた。そこには先にリディアと、タロウが共にユウが来るのを待っていた。

「アリサの容体はどうですか?」

ベッドで眠っているアリサを見ながら、ユウはリディアに尋ねる。

「健康には近づいています。でも、まだ…」

リディアからの返答に、やはりか…とユウは残念に思う。

「タロウもどう?その人と話は?」

ユウは、今度はタロウに向けて質問をする。帰還後、ユウはアーサソール事件の際に手に入れたウルトラマンジャックのスパークドールズをタロウに預けていた…いや、返したというべきか。

「いや…会話はできない。ジャック兄さんの声は一切聞かなかったよ」

こちらも同じらしい。残念なことにジャックもコミュニケーションが取れるような状態でもないようだ。

(…本当に人形なのに喋ってる)

リディアは、当然ながら人形なのに自我を持って喋っているタロウに驚かされた。ユウがウルトラマンであることもそうだが、こうして小さな人形として普段はとどまっているとか、非現実的な光景としか思えない。だがこうして現実で起きている。しかも、かつてはこのタロウというウルトラマンの人形たちも、自分たちの祖母以前の代には地球を守っていた時期があったという。未だに半信半疑だが、彼女は自分の患者だった集落の人々やアリサを救ってもらった恩もあり、引き続きユウたちの正体云々については口を閉ざしてくれている。

「ところでユウ。君の方はどうだ?」

「実は…」

ユウはリンドウの捜索が中止になったことも伝えた。そのことを聞いて、二人も残念そうに押し黙った。

「リンドウさんの捜索が…」

「サクヤさんたち、納得してなかったよ。もちろん僕もだけどね…」

リッカに頼んで神機を強化修繕してもらい、いつでも自分たちも捜索任務に出られるように準備していた矢先に、捜索の中止だ。納得なんてできるはずもない。

今のところ、すべてがうまくいっていない状況だ。こんな時にあの闇のエージェントを名乗る異星人や大車が、こちらに向けて何かしらの悪事を働かなければいいのだが…

「…すぅ……」

アリサは、ここに連れ帰ったころと比べて確かに落ち着いているが、表情はあまり安らいでるように見えなかった。

(かわいそうに…)

自分とアリサは、肉親の死という悲しみを背負っている。大車は狡猾にも、自分を…ウルトラマンとリンドウを殺すために、彼女の悲しみと憎しみに付け込んだ。

…思えば、なぜあの男は…ウルトラマンである自分ならまだしも、リンドウさえも殺そうとしたのだろうか。確かにリンドウは極東でトップクラスのゴッドイーターだ。だが、闇のエージェントたちの持つ力…怪獣を人形の状態から元に戻し操ったり、アラガミと融合させる力をもってすれば、わざわざアリサを洗脳までして始末を請け負うだろうか。

目を覚ましたアリサから、そのことについても話を聞けたらいいのだが、そのアリサはまだしばらくは目を覚ますことはないらしい。

(早く良くなってくれ…)

その願いを込めて、ユウはそっとアリサの手に触れた。

 

その瞬間だった!

 

「!?」

 

ユウの脳裏に、突然数多の光景が流れ込んできた。

 

黒いヴァジュラ…ディアウス・ピター。

 

そいつに食われていくアリサの両親。

 

大車の悪意に満ちた、アリサへの語りかけ。

 

大車によって引き金を引く仕草をするアリサの視線の先に映る…自分とリンドウの顔写真。

 

 

「ユウ、どうした?」

「ユウさん?」

「あ…!!」

二人の声を聴いて、ユウは我に返った。

「い、今のは…?」

思わずアリサの手を握っていた自分の右手を見る。今の感覚には…覚えがあった。

(これは…あの時と似ている…!)

アーサソール事件の際、アラガミ化していたジャックと戦っていた時だ。突然奴と戦っている間に、ジャックとヴェネの記憶が突如流れ込んだ。しかもその影響は、一緒に戦っていたギースにも及ぼし、ヴェネが内心ではギースに対して嫉妬と羨望を抱いて、一時彼から戦う意志を奪ったほどに鮮明だった。今見えた光景と同じように……

 

ふに…

 

そう、こんな柔らかい感触もまたどこかで………って。

「大丈夫ですか!?顔が青くなってますよ!?もしかしてどこかお体の具合が…!?」

気が付いたら、自分を心配したリディアがユウの顔を見て心配していた。が、いつぞやのように、ユウの手首を自分の谷間に埋め込んでいた。

彼女は、思わずこうして相手の手を握った際に、無自覚の内に相手の手を自分の胸元に持っていく癖があるのだ。

「ちょ、待…せ、先生!!落ち着いてーーーー!!!」

「…ユウ、また君という奴は…」

「だからわざとじゃないってば!!!これはリディア先生の癖っていうか…あああもう!」

以前事故でアリサの胸をもんだことを忘れていなかったのか、横から掘り返してきたタロウに、ユウは必死に抗議した。

その時、もう一つあることが起きた。

「あ、私…」

三人は思わず、声が聞こえてきた方を向く。

眠っていたはずのアリサが、目を覚ましていた。

「アリサちゃん!」

「せ、ん…せ、い……」

だが目覚めたのは、ほんの一瞬だった。アリサは再び目を閉じて眠った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閉ざされし扉

ウルトラマンR/B放送記念!
というわけで、放送日前日のこのタイミングで最新話を投稿いたします!


アーサソールの壊滅、リンドウの捜索中止、エリックの死。大車のアリサへの洗脳と脱走。

オペレーション・メテオライト前に積み重なるように事件が起こる極東支部は混乱していく。

リンドウの捜索中止は、アナグラにいるゴッドイーター全員に、全員へのメールという形で知れ渡った。

リンドウを慕う者は多い極東支部のゴッドイーターたちは納得を示す者はおらず、日々抗議を入れる者が続出した。だが誰がなんと言われても、上層部からの決定だと、捜索任務の許可は下りなかった。

食堂にて、メールで捜索中止の通達を見て、ケイトは残念そうに呟いた。

「リンドウさんとは、ハルから聞いていたこともあったから、会って話してみたわ。面白くて、それで仲間思いの人だった…そうよね」

「ああ。あの人とは俺は特に年が近くて世話になったの何度になるか…こっちに戻ってきたときは、一緒に飲みにいくつもりだったのにな…」

ハルオミの手には、三人分の酒の入った缶がある。自分とケイト、そしてリンドウのために用意したものだ。今では、墓前に添えるための供物になってしまったが。

「第1部隊のみんなは大丈夫かしら?新型の二人も戦線に復帰できないまま、今日も次の作戦の準備のために任務に行ってるんでしょ?」

「……」

ハルオミは腕を組んで遠くを眺めるように天井を見つめる。

リンドウがいなくなったことで一番悲しみに暮れたのは間違いなく、残された第1部隊の面々だ。そんな彼らに今、自分に何ができるのか…リンドウに直接恩を返せなくなったハルオミは考え始めた。

 

 

その頃、出撃中の第1部隊は…

アナグラから遠く離れた廃工場地帯で、ヴァジュラと交戦中だった。

「グルウウアアアアア!!!」

ヴァジュラの鬣から電撃がほとばしり、ソーマ、コウタ、サクヤを襲う。それを紙一重でよけ、すかさずコウタとサクヤはバレットをヴァジュラに撃つ。ヴァジュラは二発の弾丸を受けて少しのけぞるが、すぐに持ち直してソーマの方へ飛び掛ってくる。それをソーマは、重いバスターブレードを持っているとは思えない軽やかな身のこなしで後ろへ避けた。

ソーマはそのまま自分が注意を引きつつ、遠距離の二人の援護を受けながらヴァジュラと攻防一体の戦いを展開する。

…しかし、彼らの動きは、いつもと比べるとやや悪い方向にあった。

サクヤは、任務中でもリンドウのことが頭から離れられず、戦いに集中しきれなかった。

(リンドウ…)

戦いのさなか、サクヤは何度も周囲を見渡した。どこかにリンドウが生きてさまよっている。戦いに集中すべきとはわかっていても、それでも目をキョロキョロと動かして、アラガミを攻撃しつつリンドウの姿を探し続けていた。

だが、それが彼女の油断を生んでしまう。

「あッ!!」

背後から背中に突き刺さる攻撃に、サクヤは悲鳴を上げた。

「サクヤさん!」

コウタがそれに気がついて声を上げ、即座にサクヤの後ろの方角に見えたオウガテイルたちに発砲した。そのオウガテイルたちはコウタの弾丸を受けて倒れたものの、攻撃を受けたサクヤは、背中にオウガテイルたちが放った針が突き刺さっていた。

「く…」

命に別状はないものの、ダメージが重くてすぐに動けない状態だった。

コウタがすぐに彼女の元へ駆け寄ろうとするが、今度はコウタに、ヴァジュラの尾の鞭が飛ぶ。

「うわあああ!!」

「コウタ…!」

コウタを吹き飛ばし、サクヤに向けて飛び掛るヴァジュラ。サクヤは、自分が追い詰められたことを悟り、目を閉ざす。

だが、ヴァジュラの攻撃は届かなかった。

間一髪サクヤの前に駆けつけたソーマが正面から装甲を展開して、ヴァジュラの突進を防ぎ、カウンター攻撃『パリングアッパー』でヴァジュラの顔を下から切り上げた。

「グゴォ…」

今の一撃で頭を真っ二つにされたヴァジュラは絶命する。

「油断してんじゃねぇ」

「ごめんなさい…」

ソーマの厳しい視線にサクヤは項垂れる。

「ソーマ、もっと気が利く言い方しろよ!今のサクヤさんは…」

コウタが少しはフォローを入れるようにソーマに抗議するも、サクヤが手を突き出して首を横に振った。

「いいのよ、コウタ。私のせいであなたまで危険にさらされたんだから…」

「サクヤさん…」

何か言おうと思っていたコウタだが、サクヤの思いつめた表情を見て押し黙った。やはりリンドウのことが気になって彼女は戦いに集中できなかったのだと気づいた。

三人は任務を完了させ、ジープを走らせてアナグラに戻っていく中、サクヤは運転をソーマ、助手席をコウタに譲って一人、後部座席で周囲を遠い目で見つめていた。

(だめね…あなたがいないだけで、こんなドジを踏むなんて…)

ソーマに厳しく指摘されるのも無理はない。リンドウが姿を消したあのエリアからこの場所は遠く離れている。リンドウが入る可能性なんて皆無なのに、それでも淡い希望にすがってしまい、集中が途切れてしまう。下手をしたらコウタが食われていたかもしれなかったのに、コウタは自分を責めなかった。

戦闘中と同様に、遠くを眺め続ける。だがやはりというべきか、リンドウと思われる姿は影も形も見られなかった。

(リンドウ、どこにいるの……?お願いだから…帰ってきて…)

 

 

 

ヨハネスは、極東支部の上層部と連絡をとるモニタールームを訪れ、大型モニター越しに3人の議員たちと対談していた。

『支部長、中止という考えはないのか?アーサソール壊滅、雨宮リンドウ少尉の消息不明について、本部は作戦の中止を要請してきているのではないのかね?』

『ここしばらくのこの極東は、ただでさえアラガミとの戦闘が激化傾向にある。その上で異星人だの合成神獣だの、わけのわからんイレギュラーまで出現した。そやつらはウルトラマンの存在が抑止力になっているとはいえ、とばっちりを食らって、我々もそうだが、別支部から派遣されたゴッドイーターに犠牲が出たら、君は責任をとれるのか?』

メテオライト作戦前のリンドウらが抜けたことによる著しい戦力低下と、別支部から呼び寄せたゴッドイーターの負傷および犠牲が出ることを、彼らは懸念していた。

だが、ヨハネスは首を横に振る。

「本部は中止を念頭に入れろと伝えてきただけで、中止にしろとまでは私に命じてはいません。それに、各支部から一時的とはいえ、ゴッドイーターたちをよこしてもらったのです。作戦の一つも実行せず、このまま各支部へ彼らを帰しては、それこそ責任問題と私は考えます」

『ですが、雨宮少尉ほどのゴッドイーターが抜けた穴は大きすぎると思います。ロシア支部から寄せた新型もまだ回復できていないと聞いていますが?』

女性の議員の指摘に対し、ヨハネスは薄く笑みを浮かべ、彼らに告げた。

「安心してください。雨宮少尉に代わる逸材を、既に我が極東支部は手中に収めています」

『逸材だと?』

「みなさんもご存じ、新型の片割れ、神薙上等兵です」

『あの若者がかね?だが、彼はまだ入局して間もない、経験が浅いではないか』

『それに彼の神機は…』

上層部の方でも、ユウの神機の損壊は報告されていた。

新型神機は修理に必要な素材も種類が限られている上に消耗も激しい。貴重な新型が二本もあるとはいえ、そのうち一本が壊れたなんてただ事ではないのだ。これには特に整備班のリッカたちも頭を悩ませている。

「心配要りません。彼の神機については既に対策済みです」

即座に言い放つヨハネスに、モニター越しの上層部は目を見開いた。

 

 

 

「その話は本当かな?」

「はい、アリサの手に触れた途端、彼女の記憶と思われるビジョンが、僕の中に流れ込んできました」

その頃、医務室のアリサと手を触れた時に起きた現象について、ユウはこれの詳細に関して詳しそうな人物と訪ねていた。

その人物とは、ペイラー・サカキ。ヨハネスとは旧知の仲であり、この極東支部の技術開発統括責任者を勤める男だ。

サカキのラボにあるソファに互いに腰掛け、特徴的な狐目の上にかけている眼鏡をかけ直しながら、ユウの話にサカキは興味深そうに耳を傾けていた。

「おそらく、それは『感応現象』だ」

「…官能?」

「感応だよ」

おかしな意味の方に捉えてしまったユウに対し、サカキは素のまま訂正する。

「この現象は、新型ゴッドイーター同士の間に起こるものだ。さきほど君が、アリサ君の手に触れたと話したように、肉体的接触をすることで互いの記憶・感情を共有し合うことができるんだ」

ユウはサカキの説明を聞いて自分の手を見る。新型である自分に、こんな能力が備わっていたとは思わなかった。ただ、一つその説明だけだと疑問に思うことがあった。

「…感応現象って、新型ゴッドイーター同士じゃなくても思りうるケースって、ないんですか?」

なぜこのようにユウが尋ねたのか。それは、アーサソール事件の時、スサノオに捕食されアラガミ化したウルトラマンジャックと戦っていた時に触れたことで見えたビジョンにあった。あれも眠っているアリサの手に触れた瞬間に起きたように、感応現象によるものだと確信を得ていた。だがそれだと『新型ゴッドイーター同士でなければ発動しない』という条件が満たされない。

「ふむ…」

サカキは少し考え込むと、ユウに対してこのように答えた。

「実をいうと、この感応現象については不明な点が多すぎるんだ。なにせ新型の人数が現状、世界各支部を回っても少ない。つまり事例や情報がほとんど集まらないんだ。しかも単に触れ合ったからと言って発動するとは限らない。

ただ少なくとも、新型ゴッドイーターという存在が不可欠だという可能性は高いね」

はっきりとしたことは、サカキでさえもまだわからないようだ。だが、新型という存在が間違いなく原因だという確信がある。当時引退していたとはいえ、ヴェネは元々新型ゴッドイーターで、あのスサノオはジャックの他に彼の新型神機も捕食していた。彼の新型神機を通して、ヴェネの記憶ごとジャックの記憶も流れたと考えれば辻褄が合ってくる。アリサにも以前……胸をもんでしまったことも含めて触れたことがあるが、あの時もこのような現象は起きていない。発生するタイミングも不特定と考えられる。

「私の知っている限りのことを、私なりの解釈を含めてという程度だったが…これで大丈夫かな?」

「はい、十分です。ありがとうございました。サカキ博士」

ユウはソファから腰を上げて、サカキのラボを後にしようとすると、呼び止めるようにサカキが声をかけてきた。

「ここしばらく、君にとって辛いことが何度も起こったというのに、君は思った以上に毅然としている」

ちょうどドアノブに手を触れようとしていたタイミングだった。サカキの言葉に、ピタッとユウは動きを止める。

「辛くないのかい?」

「…そう尋ねられると、辛いとしか言えません」

アーサソールは離散、ヴェネとエリックは死に、リンドウは行方不明扱いされ捜索ができない。アリサも昏睡状態が続き、いざ薬が切れて目覚めると暴れだす。これを辛くないと言える奴は、心が冷え切っているどころじゃないだろう。

「でも、僕は決めたんです。二度と膝を折らないって。でないと…アラガミや、身勝手な悪人が嘲笑いながらみんなの命を奪いに来ますから。

みんなの未来と夢を…何より自分のそれを守りたいから、僕は戦います。自分よりどれほど強い敵が現れても」

振り返りながら、サカキにそう告げた後、ユウは今度こそラボを後にした。

「…実に興味深いね、神薙ユウ君」

一人残されたサカキは、ユウが去って行った扉の方を凝視していた。

「その行動力、ヨハンや『来堂先生』に似ているな」

 

 

 

ユウは、感応現象を体感した次の日も病室でアリサの見舞いに来ていた。どのみち今の自分は神機が壊れている状態にあるので任務に連れて行ってもらえない。基礎体力作りなどの訓練を行うか、こうしてアリサの見舞いに行くしかやることがない。

アリサの病室へ来ると、この日もやはりリディアが待っていた。アリサはこの日もぐっすり眠ったままだという。

「リディア先生、彼女の様子はどうなのだ?」

ユウの胸ポケットから顔を出してきたタロウが尋ねてくる。

「鎮静剤の効果が効いていてまだ眠っています。ただ、昨日までと比べると顔色が少し良くなったみたいです。昨日ユウさんがアリサちゃんの手に触れてからですね」

「…!」

言われてみて、ユウは少し驚きを見せる。確かに、病人らしい顔色だったアリサの顔が、少し安らいだものになっているように見える。

「これも、サカキ博士が語っていた感応現象の影響なのだろうか?」

「感応現象?」

知られていない単語だったこともあり、リディアは何のことか疑問に思う。ユウはそれについて、サカキ博士から聞いた通りのことを彼女に説明してみる。

「新型ゴッドイーターが起こす現象…それで、昨日アリサちゃんは、薬の効果と関係なしに少しだけ目を覚ましたんですね」

「……ユウ、彼女の手に触れてみてはどうだ?」

すると、タロウが一つユウに提案を出してきた。

「あの集落での戦いで大車は、アリサを使って、リンドウ君を殺したと言っていた。そして君の命さえも狙った。もし、再び感応現象を起こすことができれば、アリサから何かを聞き出せるかもしれない」

「!」

あの男はマグマ星人たちと同様に闇のエージェントだ。自分はウルトラマンだからまだ狙われる理由はわかるが、なぜリンドウまで確実に命を奪おうとしたのか。その理由がわかるかもしれない。

「…わかった、やってみる」

自分はもとより、なぜ大車がリンドウさえも殺そうとしていたのか。大車の駒にされていたアリサなら、何か知っているのだろうか。

それを確かめるべく、ユウは再びアリサの手に触れた。

 

そして…期待通り感応現象が起きた。

 

だが、今回起きた現象は、前回よりもさらに鮮明で………不思議な形を取っていた。

 

 

 

「……う……」

ゆっくり目を開けるユウ。

視界に映った景色は、さっきまで自分がいた病室ではなかった。

そこは、防壁内の町だった。

アラガミの襲撃を受けた後だからか、防壁に近い場所の建物がいくつかボロボロになっている。極東支部に限らず、防壁はほぼ連日して破られてしまうため、壁の近くの住居は真っ先に狙われ、整備士たちが毎日修理と補強を繰り返し行っている。

ここは、極東支部の市街地なのか?だが、なぜだろう。似ているけど、何か違う気がした。空気?気温?それとも…

「パパ、ママ!早く早く!」

(!?)

突然、ユウの喉からキーの高い声が響いた。思わぬ声にユウは内心ギョッとする。今のは自分の声なのか?エリックの妹、エリナのような幼い女の子の声だ。

元気一杯にはしゃぎながら、視界が近くの廃屋の中に移動させられ、窓の外を覗き込んでいる状態になる。ふと、視線の先に、まるで自分を追ってきたかのように、二人のやや若い夫婦が歩いてきた。

その際、偶然に廃屋の割れたガラスに、今のユウの姿が映った。

(なんじゃこりゃああ!?)

帽子を被ったまだ幼い女の子だった。まさか女の子になっていたとは。

…いや、待てよ。この少女の顔には覚えがある。そして、この少女の両親のうち、母親の顔も同様だ。

「おーい、アリサー」

父親が姿を隠した少女を呼びかけようと口にしたその名前を聞いて、ユウは目を見開いた。通りでそこの母親の女性とあの少女に見覚えがあると思ったら…

(幼い頃のアリサと…ご両親だったのか)

そう思っているうちに、ユウが見ている幼いアリサの視点は、廃屋の中で天井から差し込む光に照らされたクローゼットに移る。彼女はそこへ向かい、その中へと入って身を隠した。

二人は困ったようにしながらも、娘を追って廃屋の中に入る。内部の隅にはタンクや掃除道具、木箱、放置されたもので溢れている。中央は割りと空いていて遊び場としてちょうどよいスペースだった。

「あの子ったら…」

「いいじゃないか。さっきまで仕事の話でちゃんと構ってやれてなかったんだ。付き合ってやろうじゃないか」

「もう…」

母親が困った様子だが、父親は娘からの構ってアピールが嬉しかったらしく、娘であるアリサの我侭にも付き合う気満々だった。

アリサの視点に見えるクローゼットの扉の隙間から外を見て、ユウは底知れないほどの不安を覚えた。

…嫌な予感がする。それもとてつもなく…少し前にも起きたあの悲劇にも匹敵するような…。

アリサはかつて、両親をアラガミに……待てよ…まさか!!?

「もういいかい?」

「まぁだだよ」

アリサと、彼女の父親が互いに呼びかけあう。アリサは幼い頃はかくれんぼが好きだったようだ。

天井に開かれた穴から差し込む光で照らされるクローゼットが、両親の目に入った。なんとなく、あそこにアリサが隠れているような気がしていた。

「もういいかい?」

「もういいよ」

アリサから探してもいいという合図が出て、彼女の両親は周囲を探そうとした、そのときだった。

「アラガミだ!アラガミが来たぞ!」

何度も聞いたような、でも誰もが一言聞けば恐怖を抱く叫び声が聞こえた。

たちまち外は悲鳴で満たされた。

「アリサ!」

アリサの両親もあせりながら直ちにアリサを探す。しかし現実は更に非情さを増す。

アリサ一家のいるこの廃屋の中に、アラガミがついに突入してしまった。それも…よりによって…第1部隊に悪夢を見せた要因のひとつであるあのアラガミだった。

(ディ…ディアウス・ピター!?)

間違いなかった。あの暴君のごとき風貌を持った黒いヴァジュラ。見間違いようがなかった。

奴の赤い眼は、廃屋の中央にいたアリサの両親に狙いを定めていた。

まさか…!!

「やめ…!!」

ユウはピターに向かって叫ぼうとするが、無駄だった。今の彼はアリサの中にいる状態。アリサの両親に向かって、ピターは目にも留まらぬ速さで飛び掛り…

そこから先の光景を、ユウは直視したくなかった。思わず目を背けたくなった…が、できなかった。生々しくて吐き気を催す音が、アリサとなっているユウの耳に入る。

目を開けたときには……アリサの両親は、奴の口の中に骨のひとかけらも残すことなく飲み込まれていた。

「ッ…!!」

ユウは言葉を発せなかった。おびただしい血の池と、赤く染まった口元と…あの下卑た満足そうな笑み。ある意味、血の一滴さえも残さず食っていたボガールの捕食よりも残虐な光景だった。

『―――パパ…ママ?』

聞こえたのはそんな気持ちも悪い音だけじゃなかった。アリサの悲鳴も聞こえてきた。

『い、いや…いやああああああああああああ!!!やめてええええええええ!!』

鼓膜を突き抜けそうなほどのアリサの恐怖に満ちた悲鳴が、まるで大音量のスピーカーのようにクローゼットから轟いた。

「やめろおおおおおお!!」

ユウはピターに向かっていこうと、クローゼットの中からそのまま奴の体に拳を叩き込もうとした。

だが…できなかった。

アリサの体の中から自分の半透明な右腕が飛び出てクローゼットを突き破ろうとした瞬間、扉から自分の体がすり抜けてしまい、彼の拳は空を切るだけだった。

(そんな!?)

どうして触れない!?

動揺するユウ。アリサを助けないといけないのに!!

奥の手であるギンガスパークを使おうとしたが…そのとき、背後から誰かが自分の肩を掴んできた。

「え…?」

 

---無駄だよ。これはあの子の過去の記憶、つまりすでに起きてしまった事。

 

---だからあんたが手を出したところで意味はないんだよ

 

「誰だ!?」

振り返ってそう言おうとしたが…ユウは振り返ると同時に辺りを見て驚愕する。

「!?」

景色が、一変していた。

さっきの汚い廃屋のではなく、綺麗に掃除されたどこかの病院の一室となっていた。病室のベッドの上に、アリサが座っているようだ。しかし、体が小刻みに震え続けている。個室だからか他に誰もいない。

(これは…いつの出来事だ?)

そう思っていると、アリサのいる病室のドアノブがカチャっと動いた。その途端だった。彼女は扉に向かって走り、扉を押さえて必死に開くのを防ごうとしていた。

「アリサちゃん、待ってくれ!私は往診に来ただけで…」

「やだ!やだ!開けないで!来ないで!いや、いやあああああああ!!」

幼子とは思えないくらいのヒステリックな悲鳴。往診に来ただけの医師の来訪さえ彼女は恐れた。クローゼットの扉から見えた、両親を食ったピターの姿が彼女の心に深くトラウマとなって刻み込まれてしまっていた。

外から医師看護師の声が聞こえる。

このままだと彼女の治療もままならない。いつか栄養もとれなくなって死んでしまう、と。それほど彼女の受けた心の傷は深かった。

なんて不憫なことだろう。彼女は自分に救いを差し伸べようとする人の手さえ怖がっていたのだ。扉を開こうとする。ただそれだけなのに。

しばらくしてから、アリサの元に新たな来訪者が来る。だが今度の来訪者は、あり得ない場所から来た。何と窓からだった。アリサのいる病室は二階以上の高台なのに、これほど大胆な行為に走るとは。

流石のアリサも、窓を開けて外を確認すると、上から降りてきた人物が彼女の部屋に入ってきた。

「ふぇぇ…助かった」

ユウはアリサの中で目を丸くした。その人物は、なんとリディアだった。現在とほとんど変わらない容姿だが、自分とほぼ同じ年くらいの少女のようなあどけなさがあった。

なぜわざわざ、まるで一昔前のクリスマスに現れるサンタクロースのような形でアリサの元を来訪したのか。恐らく、部屋に閉じ籠り続けるアリサを助けたいと思ったからだろう。それにしたって昔から見かけによらず大胆な人だな、と思った。

「あ、あの…」

大丈夫なのかと、思わずたずねかけたアリサだが、彼女の頬に窓から拭きぬける風が当たり、その目に自ら開いた窓が映る。

伝わってくる。あの時…彼女の両親が食われた瞬間の、絶望と恐怖が、今アリサの中から見ているユウさえも飲み込まんとする勢いで。

「い、いやあああああああ!!」

「ッ!!アリサちゃんだめ!!」

扉が開いてる。アラガミが来る!

アリサは再び暴れだした。自分を抱き締めるリディアの白い肌に爪を突き立て、引っ掻き続ける。しかしリディアは、自分が傷だらけになることも厭わず、暴れるアリサを抱き締め続けた。

しばらくして、アリサは暴れ疲れたのか、ようやく暴れるのをやめた。顔をあげると、自分を抱き締めるリディアの顔が自分の爪痕で傷だらけになっていた。

アリサは泣きながら謝り始めた。必死に、自分に優しくしてくれたリディアにひたすらごめんなさい、ごめんなさい…と。リディアは聖母のように微笑み、再びアリサを優しく抱き締めた。

これがアリサと彼女の恩師、リディアとの出逢いだった。

ユウは感動を覚えた。この残酷な世界で、リディアのあの優しさは貴重なもののように思えてならないくらいに。

 

だが、ユウは知っている。アリサが、自分と出会った頃は憎しみの塊となっていたことを。そのきっかけが…仲間たちに悲劇を押し売りしたあの外道で間違いないことを。

 

さっきとまた景色が変化した。

体つきを見ると、さっきまでの幼い体ではなく、一気に今と変わらないくらいの年齢に成長しているようだ。

すぐさま…あの卑劣漢の顔が目に入った。

(大車…!)

あの男の顔を見た途端、ユウの中に怒りの炎が猛る。

「さあアリサ、心安らかに聞きなさい。今日も強くなるおまじないをしようじゃないか」

「はい、先生…」

大車は見るからに人の神経を逆撫でするような下品な笑みを浮かべ、臭い吐息がかかりそうなほど顔を近づけているというのに、アリサは疑いもなく、いつぞやのように素直な子供のように聞き入れている。目は光を灯さず、明らかに正気ではなかった。

アリサの視点から見ているせいか、もう気持ち悪さを感じるばかりだった。

「いいかいアリサ。君にはパパとママの仇を討てる力がある。その力で、憎いアラガミたちを皆殺しにするんだよ。そのために、私のことだけを信じ、私の言うことだけを聞くんだよぉ?」

「はい、私…大車先生の言うことを聞きます」

「いい子だ。それじゃあ今からこれを見て、よぉく覚えるんだぞぉ?」

大車は、ベッドの前に立てたパネルに、写真をいくつか表示し、彼女に語りかけ続ける。

ねちっこく、いやらしく…それでもアリサ疑問の一つも抱かず聞き入れ続けていた。

そして、決定的な光景が再現される。

「そしてこれが君のパパとママを食べた…アラガミだよ」

ユウは絶句した。パネルに映されていたのはアラガミではない。

リンドウと自分そして…ウルトラマンギンガだった。

(そうか、こうして大車はアリサを洗脳したのか…!)

既にわかってはいたが、なんて卑劣な男だ。アリサを自分の都合のいい暗殺の道具に仕立て上げやがって!

 

そこから先も、アリサの視点で彼女の記憶は再生され続ける。

ロシア支部へ配属され、新型神機への適合試験を受けたとき。

『幼い君はさぞかし自分の無力を呪っただろう。だがこれで君は仇を討つ力を得る。戦え、打ち勝て!』

それはヨハネスの声だった。自分もあんな感じで声をかけられながら適合試験を受けていたのを思い出した。

(支部長もロシア支部でアリサの適合試験を見てたのか)

 

「うあああああああああああ!!!」

ザシュ!!

「うげ…」

「ち、ちょっと…あの子やばいんじゃなぁい?」

同じくその支部で共に戦う仲間たちと任務に向かったときの光景。だがそれは極東支部に配属された時と同じく、仲間を蔑ろにし、アラガミへの虐殺を厭わないものだった。

ロシア支部での彼女の仲間の、彼女を見る目も白かった。誰も腫れ物のように彼女を見て寄り付こうとしない。

(アリサ…)

無理もない。あんなことをする人を仲間だなんて思いたくないだろう。自分も、アリサの憎しみ任せな戦い方と心構えを肯定できなかった。第3者から見て、あまりにも異常すぎたのだから。

だが、そんな中でただ一人だけ彼女にじゃれつくゴッドイーターの少女がいた。

ポニーテールの金髪、褐色肌、やや小柄で、細い身体と裏腹に、大きなバスターブレード神機を担いでいる。

(彼女は…?)

当時は大車に洗脳されているせいで冷酷かつ残忍な性格にされてしまっていたアリサに対して、疑問に思うほどの明るい笑みをその少女は向けていた。

「終わった終わったー。早く帰って一休みしたーい。あ、でも戻ったらチビたちを遊ぶ予定だった…イヤー人気者は辛い辛い」

その顔は、幼いがどこかリディアとよく似ていた。

対して、アリサから伝わる感情は、彼女に対する苛立ちだった。アリサは、この少女を嫌っていたようだ。

「あなた…何を考えてるんですか。いつも任務中にへらへらして。あなたはアラガミが憎くないんですか?」

いつも、という言葉を使っているあたり、この記憶はアリサがゴッドイーターとなってしばらくの期間を置いてからだと理解した。

「あはは、あたしそんなにへらへらしてるように見える?っていうかさ…いい加減名前で呼んでくれない?

オレーシャって」

調子を変えようとしないその少女、オレーシャにアリサは馬鹿にされたと思ったのか、さらにイラつきを強める。

「質問に答えてください!あなたとリディア先生は、アラガミに両親を殺されたと聞きました。でも、あなたはどうして笑っていられるんです!?」

オレーシャはアリサの怒鳴り声に物怖じすることなく、聞き流すこともなく、彼女の言い分を受け止め、逆に問い返した。

「じゃあもし、アリサは自分のパパとママがアラガミじゃなくて人間に殺されたら、人間を憎んで殺しちゃうわけ?」

予想外の質問を返され、アリサは絶句する。

「そ…それは違う問題です!アラガミは絶対に滅ぼさないといけないんです!!」

「…無理だよ。アリサ。ゴッドイーターとしての最初の講習で、何度も言われてたでしょ?アラガミを滅ぼすなんて、事実上不可能だってこと」

それを聞いてアリサは、息を詰まらせる。だが納得もしていなかった。アラガミは両親の憎い仇だから、どうしようもないことだと割り切れるほど大人になれなかった。

「だからってアラガミを倒すな、なんていわない。そうしないと誰も守れないから。でも、あたしは憎しみだけで戦いたくない。こんな辛い世界だからこそ、ね?」

アリサはニカッと笑ってみせるオレーシャに、体の奥底から炎が沸きあがるような怒りと悔しさを覚えた。後にユウに指摘されたときと同じように、自分があたかも間違っていると突きつけられたような、でも絶対に認めなくないプライドの高さが、オレーシャの瞳の中に映っていただろう。

だが、そんな会話さえも与えまいとばかりに、二人の下に轟音が響く。

またアラガミが防壁を突き破り、居住区へ侵入したのである。

ロシア支部のゴッドイーターたちはすぐに対処に入り、アリサとオレーシャもまたアラガミを倒しに向かう。

そんな時、逃げ遅れた幼い少女をオレーシャとアリサは発見する。家に残した気に入りの人形が心配になって、戻ってきてしまったのだという。オレーシャは「心配だったんだね」と優しく少女に語り掛けるが、アリサはそうではなかった。

「なんて馬鹿なまねをしたんですか!あなたのその軽率な行動が、どれほど他の人に迷惑をかけたと思ってるんですか!!」

「わ、私はそんな…!」

「ちょ、アリサ!」

幼い少女はアリサに怒鳴られ、驚きを経て縮こまっていくばかりだった。アリサは相手が子供だろうと構わず、罵声を浴びせ続ける。

アリサの目を通してだからか、この記憶の映像をただ見ているだけしかできないユウは、当時のアリサ同様気づけなかった。

「こんなことをして、自分の家族に心配をかけることも分からなかったあなたなんて…」

オレーシャが、この時のアリサを見て、確信を得た視線を向けていた。

「死ん…」

「待った!」

オレーシャは、アリサが次に言おうとした呪いの言葉を遮った。

「ごめんね。このお姉ちゃん真面目だからつい気が立っちゃってるの。本当は優しい子だから、あまり怖がらないであげて…ね?」

「う、うん…」

「よろしい。じゃあパパとママのところに帰ろっか」

「待ってください!まだ話は…!」

「それはあと!今はこの子を安全なところに連れて行って皆と合流!」

納得できないままのアリサだが、オレーシャは最もなことを言ってかわした。仕方なく、アリサはオレーシャと共に少女を連れて一度、安全を確保できる地点まで引き上げた。

その後、合流した仲間たちと共に、侵入したアラガミを一掃したロシア支部のゴッドイーターたち。戦闘が終わったところで、オレーシャはアリサに向けて口を開いた。

「さっき女の子、パパとママに無事会えたそうだよ」

「…そうですか」

「あたし、さっきあの女の子にアリサが怒鳴ってるの見たとき、やっとわかった」

「な、何が…」

「リディア姉が言ってた。アリサはずっとあのクローゼットの中に閉じ籠ってるって。それはアラガミが憎いから、そう思ってた」

アリサは当時、いつもオレーシャたちの前で澄ましたような、周囲に対して無関心過ぎた態度をとっていたが、今は様子がおかしかった。つき受けられようとしている真実にオレーシャが踏み込もうとしている。両親が食われたあの時、ピターが今度は自分に迫ろうとしたときのような、そんな恐怖が沸き上がる。

「でも、本当は違ってた」

「…いや」

「アリサ、あんたは本当は…」

「やめ…」

 

「自分が憎かったんだ。

 

結果的に自分が、アラガミに両親を食われる原因作ったから」

「やめてえええええ!!」

アリサは悲鳴をあげ、頭を抱えて膝を着いた。オレーシャは、アリサのリアクションを見てオレーシャは正解を当てたと確信した。

「今までアラガミをあんなふうに殺したりしてたのも、自分への八つ当たり…ってとこか」

「…そうですよ。パパとママを本当の意味で殺したのは、私なんですよ!!子供の軽いいたずらじみたことをしたせいで、パパとママはアラガミに食べられたんです!

なのに私だけ生き延びて…私が死んでしまえば良かったんだ!」

顔を両手で覆いながら、アリサは悲痛に泣き叫び続けた。

ユウは、アリサのアラガミへも憎しみが、本当は別に、それも彼女自身に対するものであったことを知り、息を呑んだ。

(アリサ…本当は自分が憎かったのか…)

あの様子だと、アリサ自身も初めて知ったように見える。今までアラガミに味会わされた死の恐怖、両親の死への悲しみ。その発端はすべて自分にある。いつしかそれがアラガミに対するものへと刷り変わっていたのだ。恐らく、大車の洗脳のせいで。

「とりゃ」

「あいた!?」

すると 、そんなアリサの頭をオレーシャは小突いた。小突かれた箇所を抑えながらアリサが顔をあげると、オレーシャは怒っていた。

「ったく、せっかくパパとママから貰った命を粗末にしない!それこそ親不孝もんだぞ」

「な、なんなんですか…私が自分の命をどう使おうがあなたには関係ないでしょう!!どうせこのまま生きてたって、残酷な世界しか見えないなら、アラガミを殺し尽くして私も死んでしまえばいいんです!もうこんな地獄のような世界耐えられないの!!」

「…だったら」

膝を着いて叫び続けるアリサに、オレーシャは手を伸ばした。

「そこから出てきなよ」

顔を上げたアリサが見たのはオレーシャの笑顔だった。

「この世界は確かに絶望だらけだよ。あたしとリディア姉もそうだった。でも、こんな世界でも希望をもって生きてる人もいるんだよ。

少なくとも、アリサが閉じ籠ってるそこよりも、明るくて希望があると思うな。だから、悲しみなんて飲み干しちゃおう」

すべてを包むような慈愛に溢れたその視線を、アリサは知っていた。病室に閉じ籠っていた自分のもとに手を差しのべ抱き締めたリディアと同じ暖かさに満ちていた。

「あたしがいる。リディア姉もいる。アーサーとヘルマン、ダニエラ…一緒に戦ってくれるみんながいる。悲しみを飲み干して、笑おう」

記憶を通して、ユウも心が温かくなり、このときのアリサの心が光に満ちていくのを感じた。アラガミと、それ以上に自分への無意識な憎しみだけで戦ってきたアリサは…自分の間違いと、オレーシャがこの地獄のような世界でも希望を抱いて誰かのために戦っていることの意味を知った。

アリサは、オレーシャの手をとった。

「初めまして、だね。アリサ」

「初めまして…オレーシャ」

今までは、顔を合わせてから仲間として接しているとはいえなかった。アリサが心を閉ざしていたのだから。でもこのとき、二人は本当の意味で出会うことができた。

ユウは、感動した。油断していたら涙が出るところだった。

アリサには既にいたのだ。彼女の悲しみを理解し共に肩を並べて戦う大切な仲間が。それ以前にリディアという、姉のような存在もいて、決して孤独に飲まれることはなかった。

アリサは…一度知っていたのだ。憎しみで戦うことの愚かさと、悲しさを。

(…待てよ?)

ユウは疑問を抱いた。これほどすばらしい姉妹と出会っていたのに、なぜアリサはユウが所属する極東支部に異動したとき、また憎しみを抱いて戦うように……

 

(ま、まさか………!!!)

 

ユウの背筋が凍った。その後のアリサの身に起きた、更なる地獄がくることを確信した。

 

 

そう、そんな幸せも…この非情な世界は容赦なく壊した。

 

 

後日の任務で、傷つき倒れたアリサは、目を覚ました。共に任務にきていたはずのオレーシャの姿がない。

「オレーシャ…?」

周囲は枯れ木で生い茂る、死した森。その森の中央は、赤く染まった血の池が出来上がっていた。

そこにたどり着いたアリサは……見てしまった。

瞬間、彼女の頭の中に、オレーシャと共にすごした日々がよぎった。初対面からじゃれ付くように迫ってくて、それ以来何度もスキンシップで尻やら胸やらを触ってくるオレーシャ。傷つき倒れそうになった自分に手を差し伸べ、無事を誰よりも喜んでくれた彼女の笑顔。

太陽のように明るいそんな彼女の顔が…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴァジュラに食われ、半分に別れていたのを

 

 

 

 

 

 

 

アアアアアアアアアアアアアアアアアアァァアアアアアアアアアアァァァァァァァァーーーーーーーー!!

 

 

 

 

 

今までにない彼女の悲鳴は、まるで嵐のごとくだった。暴風に煽られるように、アリサの中からその叫び声を浴びたユウは吹き飛ばされた。

 

「うあ!?」

気がつくとユウは、元の…現実でのアリサの病室に戻っていた。

「ユウ、大丈夫か?」

「はぁ…はぁ…タロウ…うん、なんとか」

肩に乗って来たタロウを、ユウは見返す。

アリサの幼き日の過去。両親を目の前で食われたと聞いていたが、実際に見るとあまりにもショックが大きすぎる。だがもうひとつ驚いたのは、アリサにも彼女の孤独と心の傷を理解し、支えた親友がいたことだ。その親友オレーシャは…

「リディアさん、教えてもらえますか?オレーシャって、あなたの亡くなった妹…」

「ッ!」

リディアは、まだユウに自分の妹の名前を言っていなかったこともあり、驚いて目を見開いた。アリサの記憶の中にいたオレーシャが、リディアのことを姉と呼んでいたし、容姿や雰囲気もどこか似ているものがあったが、やはり当たりだったようだ。

「そこまでわかるなんて…なんだか、ユウさんが超能力者みたいですね」

やや苦笑気味にリディアは言った。

リディアはそれから、オレーシャのことを話し始めた。ある程度の情報は、アリサの記憶の中で見たとおりだったが、それだけでは知りえなかったこともリディアは話していった。

 

 

 

その頃、闇のエージェントたちは…

「ふぅ…ディアウス・ピター、Getだぜい!!」

キュピーン!と、どこぞのポ○モントレーナーのごとき台詞と、擬音を感じさせるようなポーズをとりながら、バルキー星人バキは得意げに叫んだ。

「なに一人でかっこつけてんのよ。こいつを捕まえたのはあんたじゃなくて、このあたしの故郷ナックル星の拘束具のおかげよ」

「我がマグマ星の特別星捕獲器具『マグマチックチェーン』を使ったことも忘れるな。こいつは、あのウルトラマンキングでさえ未だに外すことが困難とされるほどの、宇宙一の特注品なのだからな」

「宇宙一とは行ってくれるじゃない。あたしたちナックル星人を差し置いて…」

「ふん、自分の星を自慢できないような弱小星人を名乗った覚えはないからな」

「グルルルルル……」

そのディアウス・ピターだが、奴は今、体中に鎖を巻きつけられ、両足も拘束具で固定され身動きがとれずにいた。それでいて現在は等身大サイズの闇のエージェントたちに、今すぐにでも食ってやろうかといわんばかりの視線を向けている。

「ちっ…!」

その視線が気に食わないのか、マグニスは露骨に嫌悪感をあらわにしながら、サーベルを取り出してピターの目に向けて、サーベルを変形させた銃の砲口からビームを一発打ち込んだ。

「ガアアアア!!?」

目を焼かれてピターが悲鳴を上げた。アリサの両親のにくき敵で残忍なアラガミが、今は密猟者に虐待されている動物のような有様だった。

「何生意気にもこの俺様たちを睨み付けてやがる。たかが神の名前をもらっただけの卑しい獣の分際が。寧ろ貴様をこれから無敵の怪獣に強化してやるんだ。感謝してほしいくらいだぜ」

「おいおいMr.マグニス。あんまそいつをAngryさせちゃだめだぜ。今度は腕を引きちぎってでもEscapingするかもしれねぇからな」

短気なマグニスをたしなめるバキ。グレイは、ピターの苦痛と怒りに歪んだ顔を眺めながら深くため息を漏らす。

「けど、こいつにも困ったものねぇ。何度捕まえても、宇宙金属性の鉄格子さえ食って逃げるわの繰り返しだったわ。アラガミ様様ね」

「まったくだな…この拘束具も、俺たちが故郷から持ち出した数少ない特注品だ。どうせ使うならウルトラマンギンガを相手に使っておくべきだったか」

どうもピターは、これまで彼らが捕獲のために用意した拘束具を食いちぎっては逃げ続けていたようだ。ついに業を煮やした彼らが用意した特別製の拘束具によってようやく逃げられないようにできたらしい。

自分たちと、自分たちの主の仇敵であるウルトラマンを倒すことさえできれば、確かにこんなに手の込んだ手間をかけることもなかった。

「ヒッポリト星人の奴らとかならうまく捕まえられたかしら?ウルトラ戦士でさえタール漬けにしてしまった奴らだし」

「やめとけ。手柄を横取りされて、俺たちのあの方からの評価が下がるだけだ。もし、使い物のならないと判断されたら、俺たちはどうなると思う?」

「…それもそうね」

闇のエージェントたちは、常に自分たちが崇拝する『あのお方』という存在からの評価を気にしている。同時にそいつから切り捨てられたら、その末路はろくでもないものであることも察してた。だから他の星人の能力に活路があっても、自分たちの力か、自分が従える手駒のみの力で『あのお方』からの命令を遂行している。大車がこの星人たちを出し抜こうとしていたのもそのためと見られる。

「さて、流石のYouたち自慢の拘束具もEatingし始めたぜ。とはいえ、Long timeを費やしそうだ」

バキの言うとおり、性懲りもないというべきか、やはり本能というべきか、ピターはマグニスたちの用意した拘束具、そのうちマグニスによるマグマチックチェーンをかじり始めていた。だが、これまで自分を捕まえていた鎖と違い、あまりにも硬くて食いちぎれずにいる。

「ふん、そうやって犬用のおやつみたいにしゃぶり続けていろ。さて、後は…」

マグニスは、大車から取り上げていたボガールのスパークドールズを取り出す。

「こいつとアラガミの合成神獣を作り出し、ピターとボガールとの融合を果たすまでの時間を稼ぐ…この作戦、あの無能な地球人に果たせるかな?」

「ギンガを倒せばそれがそれでGoodだぜ。ま、Impossibilityなのは目に見えてらぁ。

あのお方も、よくあのMad DoctorにNew Missionをくれたもんだぜ」

「…実績や実力はともかく、あの男がつかんだ『情報』だけは、あのお方でも目を見張るものがあったというわけだ。気に食わんがな」

小さく舌打ちするマグニス。

前回『あのお方』が彼ら闇のエージェントの前に次の作戦への指令を下した際、本来なら役に立てなかった無能者として、彼らの主から処断されてもおかしくなかった大車。しかし、ヨハネスの部下として極東支部から持ち帰った『ある情報』と引き換えに、もう一度チャンスを与えられたのである。一度は処断されるかもしれなかった大車がもう一度チャンスを与えられるという…よほど有力な情報だったに違いない。それをあのような無能でクズな地球人が掴んだことが気に食わないでいた。

「情報だけじゃないわ。あの男自身が持つ醜い感情による『マイナスエネルギー』の量と質は、普通の人間よりも並外れている。あの男が闇のエージェント入りを果たして以降、予想以上に『あのお方』の復活に必要なエネルギーも上がってるし…まぁでも、別にいいじゃない。大車にはせいぜい働いてもらおうじゃない。捨て駒らしく、ね。あの男が身体をどれ程張った所で、あの方のあいつへの評価は上がるはずがないもの」

「…ああ、自分のCountryを売るようなBADMANは、俺たちのようなAlienであっても万死に値するからな。せいぜい、捨て駒らしく散るのを期待だぜい」

闇のエージェントたちはほくそ笑みながら、大車の捨て駒としての活躍に期待するのだった。

 

 

その大車は、今は極東支部のすぐ近くの廃屋に隠れていた。

「くそ、あの糞異星人どもめ…」

マグニスたちから暴行を受け、身体は打撲だらけだった。サングラスもひび割れている。タバコを吸ってストレス解消しつつ、傷の手当てを行う大車。

(だが、まだあの方は私にチャンスを与えてくださった。私のアリサに仕掛けた『保険』とも言える作戦を信じて…これが成功すれば、私はギンガを倒し、あの方からの評価は今度こそ絶対となる!)

まだ大車は、ギンガを倒すことも、アリサのことも諦めていなかった。そうでなくては、この前アリサを奪い返される直前に、アリサに残した『置き土産』を仕込まない。あのときは自分が逃げるだけで精一杯だったが、ギンガを殺し、自分の未来の要であるアリサを取り戻す。

大車の頭の中に、ギンガの変身者であるユウの顔が浮かぶ。

『ありもしない自分の偉大さに浸る貴様ごときと一緒にするな!』

思い出すだけで腹が立った。あんな、ウルトラマンの力に、おんぶにだっこなだけの生意気な糞ガキ。前以上にとことん絶望させてから殺さないと気が済まない。

「失敗すれば死あるのみ。だが、何があろうが、私は生き延びてやる…!」

大車は、新たに『あのお方』から与えられたスパークドールズとダミースパークを取り出した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

扉を開いて(前編)

レゾナントオプスでまさかのユウが参戦…。個人的に衝撃でした。女性主人公のアキやレンカ、ヒロもそのうち参戦するでしょうか…

というわけで最新話です。
今回のエピソード、コスモスのエピソードを元にする形で一度書き直そうとも考えましたが、時間的余裕を感じず、形だけでも結局そのままにしてます。不恰好なエピソードになるかもしれませんが、よろしくお願いします。


暗い。

目を開いても閉じても、広がるのは闇の世界。アリサはまたそこにたっていた。

あぁ、またここに戻ってきたのか。なにも存在しない、ただひたすら暗いだけの場所。でも、ここならもう大丈夫、だってなにもないと言うことは、アラガミもいなくて、止めどなく溢れ出てくる悲しみもない。

まさに楽園と言うものだろう。このまま寝てしまおうか。そうすれば誰も私なんかに構わなくなる。私も誰かに迷惑をかけることもない。

なんだ、楽園なんて目を閉じればそこにあるじゃないか。何でアラガミを倒そうだなんて思ったのだろう。そんなことをわざわざしなくても良かったのだ。

誰も傷つかずにすむのだ。リディアも、自分も…オレーシャのように死ぬことも。

うずくまり、じっと闇の中で眠りにつこうとするアリサ。

だがそんなアリサに、扉が開く音が聞こえ、それに伴って細い光が差し込む。

アリサはそれに気がつき、ビクッと身を震わせ、身を縮こませた。また扉が…!

何で…何で開けるの!?これ以上私に怖いもの見せないで!早く扉を閉じて!

あの日の、両親をピターに食われた時のトラウマに満ちた記憶が甦り、怯える。

しかし、聞こえてきたのはアラガミの鳴き声ではなかった。

「…いさん、起きて。朝ごはんだよ」

…?誰だろう、この声は。幼い女の子のようだが、聞いたことがない声だ。

「兄さん、起きてってば」

朝ごはん?兄さん?

思わず気になって顔を上げると、僅かに開いていた扉が開いていった。

 

扉の先は、ボロボロのあばら家だった。瓦礫から拾い集めた資材で作られたのか、全体的にいびつなつくりで、かろうじて居住スペースとしての形を保っているものだった。

アリサが出てきたのは、ちょうどクローゼットの正面にある、ボロボロの畳の上だった。当時の一般家庭の家の再現のつもりか、床に敷かれた畳の中央にちゃぶ台もある。ただ、その上に並べられている料理はパンとスープ、野菜…あまり手が込んでない献立となっていた。

ちゃぶ台の向こう側に、幼い女の子がアリサを見て、やや頬を膨らませて睨んでいる。

「兄さん、また夜更かししたんでしょ?早寝早起きしろって何度も言ってるのに」

兄さん…?何を言ってるんですか、私はそもそも女で…

口でそういおうとしたが、アリサの喉からそんな声は出ない。変わりに、自分の意思とは全く関係のない、男の子の声が発せられた。

「あはは、ごめん。昨日もラジオいじるのに夢中になってたから、つい夜更かししちゃった」

アリサは自分の喉に自然と手が伸びたような錯覚に陥るが、手も自由に動かなかった。

(なんで私、男の子の声を出してるんですか!?)

混乱するアリサ。でも変わっているのは、声だけではなかった。部屋の壁にかけられた鏡を見て、姿だけでなく見た目までも少年となっていた。

「ちょっとクマできちゃってるな…」

これは一体どういうことだ?なぜ自分は男の子になっていて、いつの間にか妹がいることになっているんだ?

「ユウさーん」

すると、玄関の方からもう一人、妹とは別の幼い少女がやってくる。

「ユウさん、ラジオ直った?」

儚げで大人しそうな子だ。大人になったらきっと美人になるに違いない。そう思えるような美少女だった。

「ごめん、もうちょっとだけ待ってて。今日中には終わらせるから」

「もしかして、あまり寝てない?」

頭を掻く少年を見て、少女は顔を覗き込む。少女の眼に映る少年の顔の目元に見える黒いクマを見て、申し訳なさそうに謝りだした。

「ごめんなさい。私無理を言っちゃったかな?」

「ユノが気にすることじゃないよ。早くユノの新しい歌聴きたいからつい頑張っちゃっただけだ」

首を横に振って、気に病みつつある少女に笑顔を向ける少年は、傍らにある分解されたラジオに視線を向ける。

「これが直ったら、またユノが新しい歌を覚えることができる。その歌で元気になる人が増える。けど、やっぱ古すぎるからかな…何度も修理が必要になってくる」

「ユノちゃんの歌に関しては同意だけど、いい加減ちゃんと睡眠とってよね。朝ごはん冷めちゃうんだから。私たちがなかなかご飯を食べられない生活送ってるの、わかってるでしょ?」

少し悩むように首をかしげる兄に対し、妹は深くため息を漏らした。

 

アリサは、なんとなく理解し始めた。

以前聴いたことがある。自分と同じ新型ゴッドイーター…、神薙ユウには妹がいて、彼は主に古い時代の機械の修理を得意としていた、と。これは彼の過去の記憶なのだと。

でも、どうしてこんなものを私は見ているのだろう。私と彼は別の人間なのに、他者の記憶を見るなんて…。

悩んでいると、景色が映画の場面切り替えのように一変する。

「アラガミが来たぞ!!」

(!?)

何度も聞いた叫び声。アリサはその一言だけで、一気に恐怖と不安を抱いた。

視界に映る人たちは、流れ込むようにアラガミの群れから逃げていた。しかし、視界の主…当時のユウ少年は彼らの逃げた方向とは真逆、アラガミがいる方角へと突っ走っていた。

(体が勝手に…!!)

アリサは自分の意思と関係なく体を勝手に動かされ、危険に身を飛び込んでいく感覚に、恐怖を感じ始めた。だが止めることはできない。これはあくまで過去の記憶を映像と似た形で見ているだけ。彼女の意思で見るのを止めることはできない。

しばらく走らされると、さっき景色が変わる前に見た、あのあばら家にたどり着く。すぐに玄関を開き、ユウ少年が叫ぶ。

「○○、アラガミだ!早く!」

中にいた妹に向けて、避難を促すユウ。妹も名前を呼ばれると、傍らにある自分の貴重品…といっても、自分が大事に持っていたわずかな服や人形だけを持って外へ逃げようとした。

だが、既に時が遅かった。いや、『早すぎた』のかもしれない。

「ッ!」

妹は自分たちのあばら家のすぐ外に、アラガミの…ヴァジュラが迫っていたことに気付いた。

「兄さん、逃げて!!」

ヴァジュラが二人の住んでいたあばら家を押しつぶしたのは、その叫びと同じタイミングだった。その前の間一髪、妹は力いっぱい、兄であるユウを突き飛ばす。

ユウは反応できなかった。それができた時には、自分たちが住んでいたあばら家は崩れ落ち、ヴァジュラの下敷きになっていた。

 

ユウの、あの時の彼の絶望に満ちた叫びが、アリサの頭の中にこだました。

 

彼が妹を亡くしていたとは聞いていた。でも自分と違い、憎しみで戦うことを彼は拒んでいた。かけがえのない家族を失ったのなら、アラガミを憎む自分の気持ちを理解できるはずなのに…いや、理解したうえで否定したのだろうか。アリサには、この悲劇の記憶に心が痛みつつも、ユウの考えが分からなくなった。

(神薙さん、あなたはなぜ…憎しみを抱かずに戦えるんですか…?)

 

その後も映像は続いた。

フェンリル極東支部のアラガミ防壁の前。

当時のユウと同じく、壁の外で暮らしていた人たちであふれていた。

「なんで中に入れてくれないんだよ!」

「規則です!パッチテストに合格できなかった人を通すわけにいきません!」

壁の入口では、フェンリルの職員と壁外の男性たちが揉めていた。何も珍しい光景ではない。フェンリルの各支部、壁の中に収容できるのはゴッドイーターの素質を持つ人間だけ。それに当てはまらない人間が入るには、素質のある人間とは血縁関係にあるか、または譲歩しても配偶者である必要がある。だがいずれにも当てはまらない彼らは必然的に弾かれる。ゴッドイーターという希望になれる可能性のある人間を残すために、才能がないと見なされた人間を切り捨てる。シックザール支部長の方針だ。

「我々の保有する資源にも限りがあるのです!みなさんを無差別に入れれば…」

そう、これが一番の理由だ。今のフェンリルには、本当に余裕がないのだ。

常に進化を繰り返すアラガミに対抗するために研究を重ねる。そしてそれを形にするために膨大なオラクル資源が、そしてそれに伴って研究者や、ゴッドイーターたちの生活を支えるための物資が必要となる。いつぞやの時代のように、慈善事業感覚で恵まれない人たち全てに施しを与える余裕などあるわけがない。ゴッドイーターとなったアリサには理解できた。だが、壁の外で見捨てられたも同然の人たちにそんな事情など簡単に理解されるはずもなかった。

ユウもその声を聴いて、フェンリルの職員に願い出た。

「お願いです。僕のことはどうなっても構いません。だから、みんなを壁の中に入れてください…」

深く頭を下げて頼み込むユウだが、フェンリルの職員はそれを聞き入れなかった。…いや、できなかった。上官からの許可や説得だけではどうにもできない。さっきも言ったように、そもそもフェンリルにはユウたちを保護してやれるだけの余裕がなかった。

「ごめんね、ボク…私たちにはどうにかしたくても、できないんだ…!」

ユウの、子供の頼みさえ拒んだフェンリル職員に、壁外の人たちの怒りが爆発する。

「くそが!本当は俺たちを壁の中に入れなくないんだろ!お前らのぜいたくな飯やうまい酒が減っちまうだろうからな!」

「ざけんなよ!こっちは命がけでここまで来たんだぞ!」

「自分たちだけおいしい思いばっかりして!ふざけないでちょうだい!」

フェンリルの職員に対して、壁外の人たちの文句のオンパレードが続く。

このままでは、そう思ったのか顔が苦渋に満ちるフェンリル職員は、持っていた銃を人々に向けた。

「退去してください!さもなくば…」

それは最早脅しだった。銃を向けられ、防壁外の人たちは後退りして押し黙り、引き返すしかなくなった。

「ちくしょう、フェンリルめ…自分たちの箱庭ばかり護りやがって」

負け惜しみのごとく、防壁外の男性が呟く。

ユウは怒りと失望を抱く。なんでフェンリルはいつもそうなんだ。僕たちを助けてくれるだけの力があるはずなのに、どうして見捨てるのだ。自分たちさえ助かれば満足だというのか、フェンリルのことをただの自分勝手な組織だと思い込むことで、その怒りをただひたすらフェンリルに向けることで、ユウたちは望みのない防壁外で荒みつつある自分の心を保とうとしていた。

向こう側も苦しんでいたことに気づこうともしないで。

「……」

どのように言葉で表現するべきかわからず、無言でその光景を、ユウの目を通してアリサは見続ける。

景色はさらに変わっていく。

今度は鎮魂の廃寺の敷地内だった。しかしそこは、廃墟とはいえ残されていた寺のところどころが、その場で暴れていたアラガミによって崩壊寸前だった。

ユウは、その廃寺の瓦礫の下敷きとなっていた。少年時代と違い腕に筋肉が引き締まっている。おそらく現在と変わらない姿、青年になっているかもしれない。右腕腕輪もないことから、ゴッドイーターになる前の事だとわかった。

そんな彼の目を通してアリサが見ているのは、当時の瓦礫の下にいた彼が見上げていたのは…超巨大なアラガミだった。

(このアラガミは、もしや…!)

ここしばらくの間、極東支部付近で何度も現れ、自分もその一体と遭遇した…合成神獣。オウガテイルが別の巨大な生物と融合して生まれた、オウガダランビア。その姿を見て、ユウの中のアリサは戦慄を覚える。しかし、ユウがこの時抱いていた感情が伝わった。

理不尽な暴を振るい、罪もない人たちを次々と喰らっていく化け物に対する、怒り。

「僕は、お前らを…許さなあああああああああああああい!!!」

そう叫んだ瞬間、アリサはユウの身に異変が起きたことに気付いた。今はユウと一つになっているからだろうか。自分の体の奥底からも、力が湧き上がるのを感じる。バースト状態とは比較にならないほどの…それでいて、とても暖かな光のような力だ。

気が付けば、アリサが見ているユウの視点が、遥か高い地点まで、それもあの巨大な合成神獣とほぼ変わらないほどに高くなっていた。

『なんだ、これ…僕の体に、いったい何が…?』

ユウ自身も、この時は自分の身に起きた異変に動揺を示していた。自分の手を見ると、銀色の肌に赤い模様が刻み込まれている。そして腕…いや、足にも夜の中でも輝く水晶体が埋め込まれていた。

(こ、これは…!?)

信じられない。だって、この姿は……いや、でもまさか……ありえない。

なんで…?

アリサはひたすら、動揺し続けていた。

なぜ今の自分は…いや、当時の彼の姿が…

 

 

ウルトラマンとなっているのか

 

 

そこからも、まだ記憶映像は続く。ドラゴート、ツインメイデン、グボロ・グビラ、ザムシユウ、ザラキエル、ヴァジュリス、ジャック…様々な合成神獣を相手にギンガと第一部隊が戦う姿を見る。

間違いなかった。今思えばギンガが姿を見せている間、ユウは姿を消していた。そしてギンガが去ると、ユウが再び姿を表す。ギンガがザムシユウに胸を切りつけられた傷に伴い、ユウの胸元も傷がついていた。彼の服のあの部位の補修を自分が借りを返す目的でしたから覚えている。

(神薙さんが、ウルトラマン……)

彼は新型ゴッドイーターというだけではない。凶悪な合成神獣たちを相手に最前線で闘ってきたのだ。

しかし、強大な力を得ても、ユウに必ずしも望ましい結果が得られるとは限らなかった。

ジャック、そして…自分が変身させられたボガールと新種のヴァジュラたちの群れに襲撃を受けたとき、そして…エリックを失った時がそうだ。ユウの記憶を通して、アリサは自分を憎んだのがこれで三度目になった。

(私は…まただ…また同じ間違いを…)

家族も親友も死なせ、今度は接点の低い同僚さえも死なせてしまった。自分がどれ程呪われているのか、悟るしかなかった。

しかし、ユウは違った。

この先も、ウルトラマンとして戦う分、普通のゴッドイーターよりも過酷な戦いの中に居続けることになる。それでも彼は戦うことを決意していた。

私なんかと違う…

初めて会ったばかりのころは、自分が優れてると思っていた。でもそんなことなかった。

最初は確かに彼も、フェンリルを快く思っていなかったということについては、アラガミを許せなかった自分と似ていた。でも彼はその認識が自分たちのことしか考えていない身勝手なものであると気づき、自分以外の誰かのためにゴッドイーターとして、そしてウルトラマンとして戦ってきた。その身に降りかかる痛みも、地獄のような悲劇も見てもなお、彼は誰かのために自分の意志を貫いている。

 

無駄に高いだけのプライドを保ち、他の誰かを省みようともせず、憎しみだけで戦ってきた結果、二度も大切な人を死なせ、闇に身をゆだねることしかできなくなる自分とは違う。

 

何が新型ゴッドイーターだ。何が「私よりも優れたゴッドイーターはいない」だ。

私なんか、何かを成すどころか、両親も、親友を含めた同じゴッドイーターたちも死なせ続けてきた、ただの出来損ないだ。

 

それどころか、私は……

 

邪悪な意思によって、自分はアラガミとなんら変わらない…人を食らう化け物になってしまっていた。

 

――――イタダキマス

 

その一言を呟き、ボガールとなって何人もの防壁外の人たちを食らった光景が頭をよぎり、思わず吐き気を感じ、口元を抑えた。

収まったところで、再び体育座りのまま闇の中で座り込んだ。

 

 

 

…このまま闇の中で、死ぬまで静かにおとなしくしていよう。

 

外の世界は、もう私がいなくてもきっとうまくいく。だって…私なんかよりも遥かに優れていて、強いあの人がいるのだから…。

 

 

 

 

無事、任務から戻った第1部隊だが、任務成功の喜びなど皆無だった。

「今回もよくやってくれた。新型の二人、そしてリンドウがいない穴をカバーできているようで何よりだ。だが今言ったように、三人が抜けた穴は大きい。くれぐれも油断するなよ」

戻ってきた彼ら三人に、ツバキはねぎらいと共に用心を促す言葉をかける。

ツバキは、解散直後にサクヤを呼び止めた。

「サクヤ、お前に上官命令を出す。少し休暇をとれ」

「そ、そんな…私は!」

もしかして役立たずと思われ始めているのでは?そんな不安を抱いた。でもリンドウがいない今だからこそ、なんとか気をしっかり持たなければとも彼女は考えていたので、サクヤはツバキに抗議する。

「…最近、鏡を見たか?」

「え?」

「その顔、あれからほとんど寝ていないだろう?」

気遣うようにやや穏やかな口調で指摘してきたツバキから言われ、サクヤははっとなった。確かに、リンドウのことを考えるあまり、ここしばらく寝ることもままならなくなっていた。

「サクヤ、お前は幼い頃からリンドウを慕ってくれていたな。姉として嬉しく思う。だが、だからこそ上官としても、今のお前を見過ごせない。コンディションを整っていない者は死を呼び込む。わかるな?」

「…はい。軽率でした」

「最後に忠告する。お前はもう少し回りに頼ってみろ。まだ未熟な連中だが、頼れるやつらはいるはずだ」

「………」

サクヤはリンドウがいなくなった後、彼が見つかるまでの間、自分が副隊長として皆を引っ張ろうと思っていた。でも、今回の任務で油断をしてしまい、危うくコウタを危険に晒してしまった。

(周りの誰かに頼る、か…)

ツバキの案は常に見ているために的確だ。でも、今誰にどんなことを頼るべきか、まだ整理がつけきれていなかった。

 

 

 

その頃、ソーマは一人、支部長室へと足を運んだ。

支部長室では、ヨハネスが一人、まるでソーマが来ることを予見していたかのようにデスクで待ち構えていた。

「リンドウ君のこと、かな?」

ヨハネスは要件さえも見越していた。

「わかっているなら捜索を再開しろ。あいつはあの程度で死ぬようなタマじゃねぇ」

ソーマも、サクヤと同様にリンドウの生存を強く望み、そして信じていた。

「それはできない相談だ。先ほど、オペレーション・メテオライトの1週間の延期が決まった。今後の重要な作戦のために、貴重な人材をこれ以上裂くことはできん」

息子だからといって、ヨハネスはソーマの提案に賛同しなかった。

「そんなに、そのくだらねぇ隕石作戦とやらが大事なのかよ」

「当然だ。これを成功させなければならない理由、ここしばらくこの極東支部に起きた合成神獣たちによる事件を考えればな」

剣で突き刺すように鋭くなっていくソーマの視線に、ヨハネスは全く動じずに話を続けていく。

「しかし、幸いなことに、既に我々はリンドウ君に匹敵する人材を手にしている。彼ならば十分にリンドウ君の代わりを務めるだろう。お前にもやってもらっている…『特務』についてもな」

それを聞いた瞬間、ソーマは声を荒げて反発した。

「止めろ!あいつはまだ入ってきたばかりのヒヨッコだぞ!

てめえはまた誰かに犠牲を強いるのか!『母さんが俺を生んだとき』や、6年前のあの作戦のように!『てめえの妄言』でしかないことのために!!」

「…」

ソーマの口からの、『母』と『妄言』という単語を聞いたヨハネスは、目を細め顎を上げて口を再度開いた。

「お前が神薙君の危険を避けたいと思うならば、これまで通り特務を受け、『あれ』を早急に見つけ出せ」

全く大きな反応さえも見せないヨハネスに、ソーマはちっと舌打ちする。

「…そんなに探し回りたいなら、全員で探させればいいだろうが。てめえの作戦のために何人も集まってんだ。頭数は充分だろ」

「本部の連中は元々、『あのこと』を風説としか思っていない。大々的に我々極東支部だけで公表しても、お前が妄言と断じたように眉唾物と見なされるか、パニックを促すか作戦前にまた犠牲を出す可能性を生むだけで意味はない。だから極東部外秘とした」

(…どの口で言いやがる…)

何度もこの男のやり口には辟易していた。確実かつ効果的ならば、『人が犠牲になる』ことも、この男はやる。今回のリンドウの件も、もしかしたら…しかし確証もないし、同時に効率と確実性を求めるこの男が無駄なことを好まないことも知っていた。

「だが、いずれ発生するのは確実だ。だからその前に手を打たねばならんのだ。可能ならば、これをオペレーション・メテオライト前に成し遂げろ」

 

 

「『終末捕食』の鍵…『特異点』の回収を急げ」

 

 

ソーマ・シックザール。そしてヨハネス・フォン・シックザール。

親子とは思えない、冷え込んだ空気が支部長室を支配していた。

 

 

 

 

リディアから聞いた、ロシア支部時代のアリサと、リディアの亡き妹オレーシャの間に起きた悲劇。感応現象とリディアの語りで知ったユウは、予想以上の残酷な悲劇に胸が締め付けられた。

ロシア支部でゴッドイーターになったアリサは、一度はアラガミの、そして自分への憎しみから開放され、オレーシャという最高のパートナーと出会い、人類とその未来のために戦うことができていた。それがまた、オレーシャの死をきっかけにまた心を閉ざしてしまった。

「支部に搬送された時のアリサちゃんは、ひどい状態でした。倒したヴァジュラに大怪我を負っただけじゃなくて、心の方が酷く傷ついていました。私や、あの子が所属していた防衛班の同僚さんたちの声がまったく届かなかったくらいに…

その際、大車先生が、アリサちゃんの精神を元に戻す治療法として、オレーシャのことを忘れさせ、あの子のことを思い出させないために、私や防衛班の方々には二度とアリサちゃんに会わないことを提案したんです」

話している間のリディアの表情は、やはり暗い。自分の妹の死を、本当なら話したいとも思わないのに、彼女はその辛さを押し殺してユウに話してくれていた。

「最初は、例え辛いことでもいつか乗り越える。そう信じて私は反対してましたけど、結局私は、その案に乗りました…私は、アリサちゃんを信じると言っておきながら、最後にアリサちゃんの傷ついた姿が耐えられなくて…!今思えば、それがあの男の思惑通りだったのに…!」

最後に耐えきれなくなり、リディアは涙を流して震えた。

「なんと言うことだ…」

話を通してタロウが思わずそう呟く。

だが、大車が最後に自分達の前から逃げた際に取った手段、アリサが奴に錯乱させられた理由もわかった。封じられたオレーシャと彼女の悲惨な最期の姿を思い出させられたのだ。

「…納得できない。なんでだ…」

こんな残酷な話があるだろうか。確かにこの世界は残酷だ。でも、許していいことなのか。何の罪もなく、ただ家族や親友と末永く幸せに暮らす。そんな当たり前のはずであることさえもこの世界はさせてくれない。それどころか、何度でも大切なものを奪い去って行く。それも、大車のような許しがたい下衆のために。

「なんでアリサばかりがこんな酷い目に会わないといけないんだ!!彼女が一体何をした!大車やあの宇宙人たちみたいに自ら悪に染まっていたわけでもないのに…なんでだ!!」

どこまでアリサを、しかも加えてアリサの大事な人たちの思いを踏みにじれば気が済むんだ!!

「ユウ、君の気持ちは最もだ。だがいきり立ってもなにも変わらない。一呼吸置いて落ち着くといい」

そばにあるテーブルに立つタロウがユウに言い、ユウは怒りを口に出すにをやめ、深呼吸した。

「落ち浮いたか?」

「うん…二人とも、すみません」

また熱くなってしまった。まだ精神面に置いては未熟さがあると、自分で思った。

「いいさ、私もアリサほど不憫な子供は見たことがない。君でなくても、そのように怒りと悲しみを覚えるのも無理はない」

かつて地球を守っていた頃、タロウは幾度か近しい人たちの悲しみと向き合うことになったことがあるが、アリサほど残酷な過去を背負うことになった子は初めてだった。

「ユウさん、ありがとう…アリサちゃんのために」

リディアが、辛そうにしつつも、ユウがアリサのために強く心を痛めていることを知り、微笑んだ。この人はアリサのことを大事に思ってくれている。それが嬉しかった。

ユウはいまだに眠りについているアリサの寝顔を見る。

今回の、二度目の感応現象を起こしても、一度目と異なり目を覚まさなかった。今はそこが気がかりだった。

「君が感応現象で見たアリサの記憶から推察すると、恐らく目覚めるのを拒否しているかもしれん」

「アリサちゃん…」

「っ…済まないリディア先生。あなたの前で…」

「いえ、いいんです。タロウさん…」

目覚めるのを拒む。確かにタロウの言う通りかも知れないと思った。両親の死の悲しみから救ってくれた親友さえ目の前で食われたなんて、トラウマにならない方がおかしいとさえ思える。

(でも、アリサに目覚めてほしいと願っている人もいる)

リディア。かつて両親を失ったアリサを孤独の闇から引き上げた女性。血のつながりはないが、アリサにとってこの世にたった一人だけ残った家族同然の存在だ。たった一人でもアリサの目覚めを求める人がいる。なら自分には何をどうするべきなのか。

しかし、考えている間に面会時間は終わってしまい、その日は病室を後にするのだった。

 

 

 

ツバキから休暇を与えられたサクヤは、自室で傷ついた心を落ち着かせようと、静かにベッドの上で蹲っていた。

脳裏によぎるのは、任務をこなす日々を送りながらも何気ない当たり前の会話を、リンドウと共に交し合っていた記憶。でも、リンドウがいなくなって1週間以上が過ぎてしまった。本当なら今もここにいるはずの人が、ここにいない。それがこんなにも辛いことだとは…。

リンドウがこの部屋に来るのは、自分が飲まない配給ビールが目当てだった。文句はいうものの、サクヤはあまりビールは飲まないのでいつもリンドウにあまりさえ残さず飲み干されてしまう。

『配給ビール、とっといてくれよ?』

最後に聞いたリンドウの言葉を思い出し、ふとサクヤは喉の渇きを覚え、部屋に備え付けられた冷蔵庫を開き、ビールの缶を一本取った。

ふと、彼女はビールを握る指先に、何か違和感を覚えた。その缶に目をやると、底にテープで固定されたデータディスクが貼り付けられていた。

(何、このディスク…?)

身に覚えがないものだった。わざわざ冷蔵庫の缶の底に張り付けるなんて。

…待てよ、まさか!?

リンドウが別れ際に伝えていたあの言葉は、そういう意味だったのか?

彼女はさっそくそのディスクを、部屋のターミナルに挿入して中身を調べる。

だが、残念ながら中身を閲覧するまでに至らなかった。リンドウの腕輪によるロックがかけられていたからである。これを見るためには…

(リンドウの腕輪が必要…か)

リンドウが戻ってきさえすれば、わざわざ腕輪認証はしなくとも、彼から直接聞きだすことはできる。

こうして、ビールの底にディスクを隠したくなるような、何かを。

「リンドウ、あなたは…」

私たちの知らないところで、いったい何をしていたの?

思わず口に出したくなるような疑問を抱いたサクヤ。

すると、サクヤの部屋の扉をノックする音が聞こえた。

予測外の来訪者に思わず警戒心を抱くサクヤだが、聞こえてきた声でそれを解いた。

「サクヤさん。僕です。今大丈夫ですか?」

「ゆ、ユウ君?なんだ、君だったのね」

「はい?」

「なんでもないわ。入ってきていいわよ」

入室許可を貰い、ユウがサクヤの部屋に入ってきた。

「今日もアリサの見舞いに行くつもりですけど、その前に僕が任務に出られない間の皆のこと、直接この目で確認したくて…ご迷惑でしたか?」

「大丈夫よ。むしろ、気を遣ってもらって、心が軽くなったわ」

二人でソファに座り、ユウは改めてサクヤに聞いた。

「サクヤさん、最近元気が見られないですけど、やはり…」

顔色が優れないことは、ユウにも一目でわかった。彼にも見破られたサクヤは少し苦笑しながら肯定した。

「…ええ、ツバキさんからも言われたわ。こうして休暇を勧められたみたいにね。ダメな先輩ね…リンドウがいない今、副隊長の私が引っ張らないといけないのに」

「そんなことないですよ。あんなことが起きて、ショックに思わない方が不思議です。アリサのことだって…」

「…そう言えば、アリサはどうしてるの?」

「今はリディア先生が常に診てくれています。アリサとは昔からのお知り合いだったそうで…」

 

 

ガタン!

 

 

「え!?」

物が落ちたような大きな音に、二人が顔を上げた瞬間、部屋の照明が落ちて真っ暗になった。

「なんだ…!?」

どうしていきなり証明が?混乱する二人だが、さらにその次、アナグラ中に警報が鳴り響いた。

「警報…!?」

「何か大変なことが起きたに違いない…急いで出ましょう!」

「え、ええ…!」

ユウに促され、サクヤは彼と共に部屋の外へ駆け出した。

 

 

 

電気が落ちたのは、ユウの部屋だけではなかった。アナグラ全体の照明が落ちて、内部全体で混乱が起きていた。

「何があったんだ!?」

「こっちでも照明が落ちたぞ!」

「誰か電気をつけてくれ!」

病室の廊下の外からも聞こえる。アリサはそんな声にも目覚めるのを拒否し、眠り続けていた。

夢の中にも、現実でのその声が聞こえた。両親食われたあの日に聞いた、アラガミが来たという叫び声が、たった今の出来事のように。暗闇の中で、アリサはその声から耳を塞ぐ。

やめて…アラガミのことなんか思い出させないで!これ以上私を外の世界に連れ出さないで!もう誰かが死ぬの見たくないの!

恐怖に心が染まっていく。

そんなときだった。

叫び声とは別に、アリサに誰かが声をかけてきた。

 

『それなら、行ってみない?』

 

…誰?アリサは顔を上げる。相手の顔を見て、アリサは目を見開く。手を伸ばしてきたのは、女の子だ。

 

『パパとママのいる、天国へ』

 

「あ、あなたは……!?」

 

その少女の姿を見たアリサのアクアブルーの瞳は、驚愕に染まった。

 

 

 

「え、もう電気が!?」

あまり時間も経たないうちにアナグラ内が元の明るさに戻ったことにユウは目を見開く。

「予備電源に切り替えたの。知らなかった?」

「そんな便利な機能があったんですね…防壁の外で暮らしてた頃だと想像してなかったですよ」

「そうね…」

サクヤは設備が十分すぎるほどに整っているアナグラ内での暮らしが浸透していたこともあって、ユウが予備電源という存在を知りもしなかったことに少し驚きながらも、納得した。防壁外の外に設備が整ったままの建物なんてあるはずもない。子供の頃、自分やリンドウとツバキも壁の外で暮らしていたこともあったからよくわかった。

「それより、なんで照明が落ちたんでしょう?」

「わからないわ。こんなこと滅多にないもの。アラガミが侵入した影響だなんて思いたくはないけど…」

「ユウ、サクヤさん!」

ユウとサクヤの元に、コウタがやって来た。

「聞いてよ二人とも、さっき部屋で気分転換にバガラリー見てたらさ、いきなり電気落ちたじゃん!おかげでバガラリーのダウンロード中のビデオが…」

人がアラガミの襲撃で警戒しつつあるときに…ユウは少し文句を言いたくなったが、悪気があったわけではないので黙った。

「ユウさん、ここにいらしたんですね!」

「リディア先生?」

さらにそこへ、リディアもやって来た。コウタとは違い、本気で焦っている様子だ。

「あの、アリサちゃんを見かけませんでしたか!?さっき病室に戻った時、姿が見えなくなって…!」

「アリサが…!?」

病室からアリサがいなくなった。それを聞いてユウは驚愕した。目覚めるのを拒否し、しばらく目が覚めないと思っていたアリサが、なぜ…!?

「その様子だと、知らないみたいですね…」

もしかしたら同じ第1部隊のユウたちのもとにいるのかと期待したが、残念ながらそうじゃなかったことにリディアは落胆した。

「アリサって、まだ入院中のはずだろ?なんで抜け出したんだ?」

当然の疑問を口にするコウタ。

「とにかく、聞き込みをしてみよう。どこかでアリサを見かけた人がいるはずだ」

「お願いします。私、まだこの支部の土地勘がないから…」

リディアはユウが快く捜索を提案したことに安堵する。

「ソーマにも知らせるよ。あいつも同じ第1部隊だし…あ、でも…あいつちゃんと乗ってくれるかな?」

コウタが携帯端末を取り出して同じ部隊のソーマにも連絡を取ろうとしたが、いつもの彼の態度を思い出して、アリサを一緒に探してくれるか不安を抱いた。

「心配ないわ。ソーマはああ見えて仲間は見捨てるタイプじゃないから。ちょっと文句は言ってくると思うけど」

サクヤがそう言った時、リンドウさんと同じこと言ってる、とユウやコウタは思った。

ともあれ、サクヤの判断を信じてコウタは自分の携帯端末を取り出し、ソーマに連絡を入れてみた。

『…なんの用だ』

「ソーマ、俺!コウタだけど、アリサ見なかった?見てないならアナグラ内を探し回ってくれ!」

『…っち、そんなもんお前らだけで勝手にやれ』

「はぁ!?」

あっさりと、且つ冷たく断ってきたソーマに、コウタは思わず声を上げた。

「ふざけんなよ!お前またそんなこと言うのか!あの子だって俺たちと同じ第1部隊の仲間だろ!」

『…仲間を平気で蔑ろにするような奴が本当に仲間か?』

コウタは息を詰まらせた。アリサの旧型神機使いを侮辱し続ける態度は褒められたものじゃないのは、自分も旧型だから内心不満に思っていた。

「そ、それは…でも、それでもいつかわかってくれるかもしれないだろ!」

『…どっちにしろ、俺にはどうでもいい話だ。俺は…てめえらを仲間と思ったことはねぇからな』

「んな…それ、マジで言ってんのかよ…リンドウさんやエリックだって、探して行けって、こういう時絶対言うだろ!?」

ここにはいない、ソーマともかかわりの深い人物の名前を口にして説得する。

『………知るか。弱い奴から死んでいく…そういうもんだろうが、この仕事は』

通信先のソーマは、二人の名前を聞いて一瞬だけ沈黙したが、それでも冷たい姿勢を崩そうともしなかった。ここまで言われて、コウタが怒らないわけがなかった。

「…ッこの糞野郎!もういいよ!てめえはそうやって部屋で引きこもってやがれ!!この人でなし!!」

ソーマに口汚い悪口をぶちかまし、コウタは強引にソーマとの通信を切った。

「あの野郎、全然やる気見せなかった…!!」

「ソーマ…」

ソーマへの腹立たしさのあまり、握っている携帯端末を握り潰しそうになるコウタを見て、サクヤは複雑な感情を顔に表す。

「…ごめん、コウタ。ソーマの方は私が説得してくるから、リディア先生とユウ君と一緒にアリサを探して」

「ソーマなんかほっときましょうよ!あんな奴、こっちから仲間だって思ったのが間違いだった…」

完全にソーマに対して悪感情しか抱けなくなりつつあったコウタが、さらに追い立てるように反発するが、ユウが彼の前に手を突き出してその先の言葉を遮る。

今はソーマと争っている場合じゃない。たとえアナグラの中でも、アリサの身にまた何か危険なことが及んでいるかもしれないのだから。

「わかりました。他にアリサを見た人がいないか尋ねてみます」

「お願い」

ユウからそれを聞いて頷いたサクヤは、ソーマの部屋の方へ、ユウたちはまず最初に人が多く集まるエントランスに向かった。

 

 

 

その頃、姿を消したアリサは…極東支部中央施設の屋上にいた。

アリサは上空を見上げる。上空には、怪しげに立ち込める暗雲が発生し、極東支部周辺の空を覆い始めていた。

『この先にパパとママがいるよ』

「…………」

『どうしたのよ?あたしがここにいることが、そんなに意外?』

アリサに向けてそう告げるのは、アリサにとって確実にありえないと思えてならない人物だった。未だにその人物を…少女を見てアリサは驚きを露わにし続けている。

「だって…あなたは…あの時………私の、せいで……」

夢か幻かと思うが、認知してから消え去ることなく、ここまで自分を導いた。

『あたしはこの通り、ぴんぴんしてるでしょ?アリサがあの時見たのは、ただの幻。あたしは「死んで」なんかなかったってこと。

まぁ、詳しいことは向こうで話そうよ。その方が説明しやすいし』

「…そう、ですね…」

なぜ彼女がここにいるのかわからない。でも、動揺を感じる他にかつてない喜びが、アリサの心を満たす。

 

「行きましょう…『オレーシャ』」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

扉を開いて(中編)

「ホラホラアリサ!こっち来て!」

「…」

アリサはその頃、ある場所に連れてこられていた。そこに広がる光景を見て、彼女は目を見開いた。

天にも届きそうなほど高い位置まで延びた線路。

各地に設置され自動で動く巨大カップ。

あらゆる先端にゴンドラをぶら下げた巨大な輪。

「オレーシャ、あの…ここって…」

「見てわからない?アリサも聞いたことあるでしょ?」

「え、ええ…そうですけど」

そこは旧時代、世界各地にあらゆる形で点在していた遊園地だった。暗い夜でも星のように美しく輝くイルミネーションに照らされ、多くの人たちが遊園地でひと時の余暇を満喫している。

幻を見ているような気分だった。こんなにきれいな景色を見たのは初めてと思えた。

「アリサ、さっきからなんかボーっとしてない?ちゃんと寝てる?」

顔を覗き込んできたオレーシャに、アリサは当惑を露わにしながら、浮かび上がった疑問を口にした。

「オレーシャ、ここって、フェンリルの運営している遊園地でしょうか?」

「ほえ?なんで?」

「だって、ここまでアラガミに荒らされることなく存在している遊具施設なんて、あるはずが…」

アラガミが世界中に蔓延るこの時代、地球上の遊園地はすべて壊滅している。だがアリサの目の前には、それが崩壊することなく存在し続けていた。それは考えてみればあまりに異様だった。ただ、フェンリルが直接管理していると考えれば、各支部の防壁がそうであるように、アラガミに食い荒らされない対策が施されていると考えられる。

しかし…オレーシャの回答は予想外なものだった。

「アラガミ?なにそれ?」

「え?」

「やっぱりアリサ、最近寝不足でしょ?やっぱり何か悪い夢でも見たんでしょ?」

「夢…?」

改めて、自分の目に映る景色を見て、そして自分の記憶をたどる。

アリサは自分の記憶に違和感を覚えた。

幼い頃に両親が殺され…リディアと出会い……あれ?

(パパとママが、死んだ?何を考えてるんですか…それに、アラガミって、なんですか…そんな、ゲームの中に出てくるような化け物がいるわけないのに…)

アリサの頭の中の記憶…アリサは幼い頃から大好きな両親によって育てられ、いきつけの病院の先生であるリディアのつてでオレーシャと親友同士となり、日々何不自由ない幸せな日々を過ごしていた。そう、そうではないか。

自分がさっきまで、どうして悲劇的な過去を背負った設定になっていたのか不思議だった。自分は特に不幸になった経験なんて何もなかったのに。

(今日はなんだかおかしいですね。今だって胸に変な感触…って)

自分が覚えのない記憶に振り回されかけ、自嘲しているアリサの胸を、突然オレーシャは後ろから揉みだした。

「ひゃああ!?い、いきなり何するんですかオレーシャ!!」

「うーん、しかし今日もいい感触ですなぁ~」

「は、放してくださいよ!」

アリサの胸が大きくなり始めて以来、オレーシャはしつこく自分の胸をおもちゃにしてくるのだ。

「にしても、あたしと同じ年齢でここまでのサイズとは……いや、待てよ…これならあたしの胸にも希望が…!!」

でも、同時に悩みも持っていた。彼女はアリサと比べるどころか、女子の平均バストサイズより著しく低かったのである。

「………」

「ち、ちょっと!そこで黙らないでよぉ!!?」

アリサの無反応さにオレーシャは驚愕と絶望感を露わにして喚いた。本当に困った子だと思える。でも、自分にとってかけがえのない親友なのだ。

「おーい、アリサー!」

遠くから自分を呼ぶ声が聞こえる。その声を聴いた瞬間、アリサの胸の奥に、瞬時に光に満たされたような温かさが湧き上がった。

すぐに振り返り、声の主の姿を確認した彼女は目を見開き、視界が歪み始めた。目からあふれ出る…大粒の涙で。

「パパ…ママ…!!」

アリサの中から、果てしない喜びの感情が溢れる。なんでだろう、ずっと一緒に暮らしてるのに、なぜか今日は愛する両親がメリーゴーランドの前で、笑顔でこちらに手を振っている。

「アリサ、今日はあたしをあんたのパパとママに紹介してくれる約束だったでしょ?」

オレーシャのその一言で、アリサの頭の中に『最近の記憶』が過る。

そうだ、今日両親と共にこの遊園地に遊びに来る暁に、親友であるオレーシャも誘い、両親に彼女を紹介する約束をしていた。

「…はい。そうでしたね。すみません、こんな大事なことを忘れるなんて」

「反省してるならよろしい!んじゃ、早く行こう!あたしもあんたのお父さんたちと話してみたいから!」

「はい!」

二人ははしゃぎあいながら、次のアトラクションへと駆け出した。

 

 

 

そのときの大車の目にも、上空から見ている状態で二人の姿が映った。

ああ、いいよ。この感じだ。自分以外の誰かを支配し思いのままに操る。支配者にだけ許された快楽、最高のものだ。アリサはまた、この大車ダイゴの人形として舞い戻ってきた。もう一度この人形を利用して、今度こそウルトラマンを仕留めてやる。前回は予想外にも苦汁をなめさせられた。だから、以前にも匹敵する屈辱で絶望を味あわせる形のものでなくてはならない。

助けだそうとする少女から、救いを拒絶され、そして何もできないまま一方的に蹂躙してじわじわと痛めつける。奴が完全に戦闘不能になったら、あえて生かしたまま拘束し、今度はアナグラにいる奴の仲間たちを一人ずつ、最も絶望と屈辱に満ちた形で殺し、心を完全につぶしてから殺してやる。

そのために仕込みを、これまで言うことを聞かせるために封じ続けていたオレーシャの記憶を呼び覚ましたのだ。アリサは自分の管理下に置かれながらも次第にオレーシャに対して心を開いていた。その分、『用意したオレーシャ』に対しても依存を示すはずだ。

「あぁ…楽しみだよ。奴を始末すれば、きっとあの方も私をもう一度信じ、これまで以上に頼ってくださるに違いない…闇のエージェント共も、私の偉大さの前に今度こそ膝を折るだろう…くくく…」

いつか来ると信じて疑わない未来に酔いしれながら、大車は自分の手のひらの中で今もなお、親友とともに踊り続けるアリサを見て笑っていた。

アリサにも以前握らせていた闇のアイテム、ダークダミースパークが彼の手の中で怪しく光った。

「この私をコケにした罪は重いぞ…ウルトラマンギンガ、神薙ユウ。せいぜい、今度こそむごたらしく恐怖と絶望を覚えて死んでくれよ……?…くけけけけ」

 

 

 

 

しかし、大車以外にもアリサたちを物陰から覗き込む誰かがいた。まるで特定の誰かの監視役のように、アリサたちをじっと見続けていた。

背の高さと服の上から見える華奢な体つきからして、アリサたちとそれほど年の変わらない少女のようだった。物陰から姿を現した彼女は、深々と背中にフェンリルのシンボルマークを刻んだ黒いコートを着込み、その素顔もフードで覆い隠していた。

 

 

 

 

アナグラ内を中心に、アリサを捜索し始めたユウたちは、とにかくアナグラにいる仲間たちに聞き込みを始めた。だが、アリサの手がかりとなる有力な情報はなかった。

「手がかりなし…か」

「アナグラの大半の範囲を探し回っても、手がかりひとつないなんて…」

「アリサちゃん…」

特にこれと言って、好転するような情報も得られず、ユウ、コウタ、リディアは参り始めた。

ツバキにもこの事態を知らせ、もしアリサを見かけた人がいたらすぐに連絡を入れるようにと、メールで極東支部内でのフェンリル関係者全員知らせが届いた。

 

「アリサ?あなたと同じ新型の?ごめんなさいね、私は見かけてないわ」

「悪いが、俺も例の新型の居所は知らない。奴は今病室にいるんじゃなかったのか?ま、口先だけのやつがいなくても俺には関係ないがな」

「はっ、あんな生意気な奴知るかよ!寧ろいなくなって清々するぜ」

「ご、ごめんなさい。私、みなさんにお分けする分のお菓子を焼いてたので…」

 

しかし知らせを待つだけでは我慢ならなかった彼らは先程まで聞き込んでいったが、以上のように誰も知らない様子だった。それどころか、アリサは極東に赴任したてだった頃の、旧型を見下し、アラガミを惨殺する姿や態度が大きく災いして、極東支部内での彼女の評価は下の下に近かった。中にはいなくなって精々するといった態度の者もいたほどだった。その悪印象はゴッドイーターだけでなく、そうではないフェンリル職員にも伝わり、彼女を密かに不気味がる人が大勢いた。

中にはハルオミとケイト、タツミやブレンダンたちのように協力的な人もいたのだが、「いなくなって良かった」と心無い者からそれを口にされた際、話を聞いたリディアは強くショックを覚えた。

「みんな、どうだった?」

三人で肩を落としていると、サクヤがユウたちのもとに戻ってきた。だが、三人の表情を見て、サクヤは結果がそうだったのかを瞬時に悟る。

「その様子だと、アリサも見つかってないのね」

「はい…サクヤさん、ソーマは?」

「それが、ソーマは部屋を留守にしてていなかったの」

「ソーマも?…まさか!」

もしやソーマもアリサと同じように姿を消したのか?そう思い始めたユウだが、サクヤはそれを察して首を横に振る。

「でもアリサと違ってちゃんと見かけたって人がいたわ。私はこのままソーマを追いながらアリサを探してくる」

「なら、僕らは引き続きアリサを探します」

再度、合流する前と同じように、彼らはアリサの捜索に向かった。

だがいくら手分けして探し続けても、アリサは愚か、彼女を見かけたという人さえも見つからなかった。

ユウは、より確実にアリサが見つかるよう、ツバキにもこの事態を知らせ、アリサにも病室に戻るように館内放送で知らせてもらったが、いくら待ってもアリサは現れなかった。

 

「先生、そちらは何か手がかりはありましたか?」

再び合流したリディアと二人になり、彼女に捜索の状態を尋ねるが、リディアは首を横に振った。

「いえ…誰もアリサちゃんを見た人がいませんでした」

「僕も同じでした。さっき合流したときと何も変わって無かったです…」

「もしかして、アナグラの外に出てしまったのでしょうか?」

「その可能性を考えて、アナグラの出口近くの職員にも聞いてみたんですが、彼らもアリサを見てなかったようです」

「じゃあ、一体アリサちゃんはどこに…これだけ探してて手がかりひとつないなんて…」

ようやく再会できても大車のせいで精神に異常をきたし、挙げ句の果てに失踪。リディアは心配どころじゃなくなりつつあった。

(…)

ユウの服のポケットに隠れているタロウも、アナグラ中を回ってもアリサが姿を見せず、外にも出たと言う話がないことに違和感を覚えた。

そんなとき、ユウの通信端末から着信音が鳴った。直ぐに手に取って画面を見ると、その内容を目にした彼は目付きを変えた。

 

 

 

from:大車ダイゴ

件名:アリサに会いたいか?

内容:屋上まで来て、上空に広がる雲の中に飛び込むといい。

 

 

 

 

なんと、連絡してきたのは、あの大車だった。

 

 

 

 

 

アリサは、両親にオレーシャのことを紹介し、せっかくだからオレーシャと二人で遊んでくるように勧められた。

「あ、あの…オレーシャ…これに乗るのは…」

「何言ってんの。これに乗れなきゃ遊園地を制覇したとはいえないっしょ!」

が、遊園地というものには絶叫マシンは付き物。ジェットコースターを前に足がすくむアリサを、オレーシャは無理やり引っ張りあげる。その後、アリサの悲鳴が遊園地の空に響いたのは言うまでもなかった。

「もう、酷いですオレーシャ!私が嫌がってたのに、無理やり乗せるなんて!」

「ご、ゴメンゴメン…だからそんな泣かないでよぉ…かわいいから眼福だけど」

「全然反省してないじゃないですか!反省してください!」

ジェットコースターから降りた途端、涙目でポカポカ叩いてくるアリサだが、オレーシャは寧ろその反応を楽しんでいた。

その後も彼女たちは楽しんだ。ウォーターボートを乗り回したり、ゲームセンターにあるUFOキャッチャーで可愛い人形を狙ってみたり、巨大回転ブランコを回ってみたり、様々な遊具を二人で楽しんだ。

まるで、本当に天国にいるような幸せな気持ちだった。アリサとオレーシャは、遊園地の各地のアトラクションを遊び尽くす勢いで楽しいひと時を過ごし続けた。

 

そんな二人を、ここでも黒コートの少女が遠くから見つめていた。

彼女は、アリサたちのもとへもっと近づこうとする。しかしそれは叶わなかった。なぜか彼女の目の前に光の壁が現れ、近づくこともままならなかった。

(バリアか…好き勝手してくれちゃって…)

まるで自分の干渉を許そうともしないそのバリアを苦々しげに睨むと、彼女は夜の闇に満ちた空を見上げた。

(早く彼に来てくれないと、手遅れになっちゃうかもね…)

彼女の目に映ったのは、闇だけではなかった。

空の一部が歪み、その中からアラガミのような怪物の顔がいくつか浮かび上がった。

 

 

 

 

 

大車から突然のメールを受けとり、ユウたちは極東支部中央施設の屋上まで来た。

ウルトラマンの力を手にした自分が、二度目の変身をしようとしてギンガに拒否された場所。当時の自分は、あくまでギンガは力を貸してくれただけで、ギンガの力を自分のものだと勘違いしていた。自分ならば、ろくに壁の外の人間を助けようともしない フェンリルと違って助けに行けると思い上がっていた。ここで出会ったタロウに喝を入れられ、フェンリルにいる人たちも防壁外の人々と同様に苦しみ、今日を生きていると思い知らされた。大切なことに気付かされたとはいえ、苦い思い出だ。

こんなご時世だ。苦い思い出もそうだが、人が悲しい思い出を積み重ねていく事態なんて有り余り過ぎている。でも、それでも強く生きなければさらにもっと深い悲しみに溺れ、いつか二度と抜け出せなくなってしまう。そうなる前に、アリサを助けださなければ。

「あの雲、邪悪な気配を強く感じるぞ」

タロウが、施設のちょうど真上に広がる暗雲を見て呟く。長年のウルトラ戦士としての勘がそう囁いている。

「この暗雲も、このまま放置すれば極東支部に害をなすことも容易に考えられる。

ユウ。大車は間違いなく罠を張っているはずだ。あの男の人物像を考えれば、それは君の身を裂くような卑劣さに満ちているかもしれない」

「…うん、僕もあいつがそうしてくると思う」

タロウもやはりそう思っているか。過去に、何度も卑劣な宇宙人たちと戦った猛者だからこそすぐにそう思えてならないのだろう。だが、このまま向かうしかない。

「ユウさん…」

自分の名を呼ぶリディアの顔は、不安に満ちていた。

アリサは幼い頃から抱き続けた両親の死、そしてしばらく前に失った親友の死のショックで心を閉ざし、大車にそこを着け狙われてしまった。リディアもその分だけ湧き上がり続ける悲しみに何度溺れかけたことだろう。

アラガミの脅威は自然災害に近いほど理不尽だ。でも、人の悪意で湧き上がる悲しみだけは絶対に許してはいけない。

「先生は、ここで僕たちを待っててください。必ず…アリサを連れ戻します。

タロウ、先生をお願い」

「わかった、くれぐれも気を付けるんだぞ」

タロウの言葉を受けて頷いたユウはリディアの前から一歩下がったのち、ギンガスパークを上空に掲げた。

 

【ウルトライブ!ウルトラマンギンガ!】

 

「ギンガーーーーーー!!!」

 

変身を遂げ、ウルトラマンギンガはアナグラの上空に広がり始めている暗雲の中へ飛び込んだ。

「ユウさん…アリサちゃんを、お願いします」

アリサたちの無事を強く祈りながら、リディアは暗雲の中へ飛び込んでいったギンガを見送った。

 

 

 

「む…?」

大車は、自分の作り出した『この世界』に、侵入者が飛来したことを察して頭上を見上げた。

空の上に、歪みが生じている。確信を得た。やつが…この世で最も打ち殺したい小僧がここへ来る、と。

ニタッ…と不気味な笑みを浮かべた大車は、ダークダミースパークを手に取った。

 

 

 

この先にアリサがいる。

たくさんの人たちの命、彼らのために戦ってきたエリックやリンドウさえもあざ笑う大車の下卑た笑みと、悲鳴を上げ恐怖におびえ続けるアリサの姿が頭に浮かぶ。

なんとしても、無事に連れ戻さなければならない。もう、大車のような悪党にいいようにさせてたまるか!!

ギンガ…ユウは黒い雲の中を潜り抜けながら、何度も決意を固め続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

――――ありがとね、この子のために必死になってくれて

 

 

 

 

 

 

「…?」

 

ふと、耳に誰かの声が聞こえてきた。アリサとの間に起きた感応現象による彼女の過去の記憶、それを見ている時に聞こえたのと同じ声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――あたしだけじゃ、助けてあげられないから…力を貸してね

 

 

 

 

 

 

「君は、いったい…」

 

問い返そうとしたところで、ギンガはあの暗雲の中への侵入に成功していた。

着地と同時に、周囲を見渡す。

(これは…!)

見たことのない、光輝く遊園地の夜景。ユウもまた驚かされた。アラガミに食い荒らされることなく、綺麗に光り続ける、こんな景色を目の当たりにするなんて。

いや、これが本物であるはずがない。さっき自分は変身して暗雲の中へ飛び込んだ。その先にあった景色が、こんな形であるはずがない。大車や闇のエージェントたちが仕掛けたに違いない。

「とにかく、アリサを探さないと…!」

ギンガは幻の遊園地の中を遠視で探し始める。

『ようこそ、神の玉座へ』

「!!」

今の声、わすれもしなかった。アリサの主治医という立場にかこつけて、彼女を自身の野望のための人形に仕立てた卑劣な男…大車。

「大車、姿を見せろ!」

ギンガが、まだ姿を見せてこない大車に聞こえるよう、遊園地全体に向けて叫ぶ。

「慌てるな。そう叫ばなくてもここにいる」

すると、闇の中からギンガの呼びかけに答えるように、大車が姿を見せた。手にはダミースパークと、スパークドールズが握られている。彼はそのスパークドールズの足の裏をダミースパークでリードする。

 

【ダークライブ、メザイゴート!】

 

大車の姿が黒い闇に包まれると、醜悪な獣の姿をした怪獣が大車のいた場所に現れた。

「その姿…!!合成神獣に、ライブしたのか」

今度はアリサではなく、奴自らがライブしているようだ。

新たな合成神獣…『波動電撃神獣エレキメザイゴート』。

その姿は醜悪だった。クラゲに似た体から、ザイゴートの女体が首を長く伸ばし、両腕のかぎ爪を鋭くさせ、ザイゴートだった頃の頭の単眼と口が腹に移動している。ただ、女体部分が通常のザイゴートと異なり、黄色い。恐らくザイゴートが特定の属性に進化した『堕天種』なのだろう。

だが、一つユウは疑問を抱いた。

(合成神獣は、アラガミが怪獣のスパークドールズを捕食し、その特徴を取り込むことで誕生する。でも、あいつは…)

大車は、合成神獣のスパークドールズを用いていた。合成神獣と化したアラガミも、スパークドールズに自らを変化させられるのだろうか。それとも…

…いや、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。

『この世界は、私が今ライブしているこの「メザイゴート」によって支配されている。こいつは私が他のエージェント共にも明かしていない秘密兵器の合成神獣。この神の力を持ってすれば、ウルトラマンギンガ…貴様など赤子のようなものだ』

神と言うには、おぞましい姿だ。そしてその中でいい気になっている邪悪な男は…

「…神、ねぇ…畜生の間違いでしょ?」

その一言に、合成神獣の中にいる大車のこめかみの血管が膨れる。口調だけ紳士ぶっても、やはり中身の醜悪さは消えないのだ。

減らず口を…と呟くも、大車は普段通りの口調に戻す。

『ところで、いいのかな?君はただ一人の、合成神獣に相対することが可能な存在だ。ここで君がそうやって立っている間にも、アナグラにアラガミが押し寄せているか、闇のエージェントたちが何かを企んでいるかも知れないんだぞ?』

「…彼らはあなたが考えているほどやわじゃない」

気遣いのフォローなどではない。個性的でどのように接するべきかもまだわからない人たちもいるが、リンドウやエリックが背中を預け戦ってきた人たちだ。

『まぁ、ゴミどもがどうなろうと知ったことではない。君さえ殺せばあんな連中軽くひねり潰せるからな』

興味なさそうに、そして完全にアナグラにいる仲間たちを見下す大車。

「そんなときは来ない。あんたの汚らしい野望を砕いてやる」

『ずいぶん意気込んでいるようだが、前回のようにうまくいくとでも思っているのかな?』

余裕の意思を崩さない大車ことメザイゴート。三つ首のアラガミの顔さえも、どこか歪んだ笑みを浮かべているかのように錯覚させられる。

うまくいくかどうかなんてわからない。未来が見えているわけではないのだから。でも、自分が求める未来のために、いつも自分は前を向いてこの残酷な世界の中で戦ってきた。今もそれは変わらない。

「ジュア…」

身構える形で返答したギンガを見て、戦意を崩す様子がないことを悟った。

『やる気ということか。実に結構だ。だが、それも無駄に終わることだろう』

「痛い目を見たくないなら、今すぐアリサを帰せ」

『おやおや、ずいぶんとアリサを連れ戻すことにこだわるのだね。もしや、好いているのかな?だからあの子にやたら執着するか。まぁ無理もないだろう。まだ小娘とはいえ、あの子の美貌と発育具合は私も目を見張るものがあるよ』

さっきの挑発的な言動を返し、嘲笑うように大車が言った。アリサに対するセクハラまで露骨に暴露している。ユウはすさまじく嫌悪感を覚えた。

これ以上話をしているのも時間の無駄だ。アリサをすぐに助けだし、この世界から脱出するべく、ギンガはメザイゴートに向かって駈け出した。

『さすがゴッドイーター!力づくというわけか!』

向かってくるギンガに向けて、メザイゴートはライブしている大車の意思の元、体中から無数の電撃と氷の礫を形成し、それを飛ばす。

「ムン!ハッ!ディア!!」

着弾しそうになったところで、ギンガはそれらの攻撃を手刀で弾き、すぐにメザイゴートの眼前にまで迫った。

ギンガとメザイゴートは互いに掴みあった。掴みあった状態から相手を投げ飛ばそうと体を回転させ、二人同時に回り出す状態になる。このままでは投げ飛ばされると勘付いたギンガは、腕をひねり、一本背負いでメザイゴートを前へ投げ倒した。

『ぐお…!!』

大車の苦痛の声が聞こえた。効いているらしい。

すかさずギンガは馬乗りになり、強烈な連続パンチを繰り出し続けメザイゴートを滅多打ちにする。

『…の、ガキが!!』

「ウワ!?」

ギンガがメザイゴートの顔を殴っている間に、腹の顔から電撃玉を放ってギンガを押しのけた。

再度立ち上がったメザイゴートは、すべての顔から…ギンガを撃ち滅ぼさんがために強烈な電撃波を放ち続けた。

さっきと比較にならない威力で放っていた。触れたものを焼き尽くしかねないほどの雷。

ギンガはすかさず対処した。電撃には電撃!

「〈ギンガサンダーボルト〉!」

互いの電撃が、お互いに相殺された。今の攻撃も塞がれ、舌打ちした大車に向け、ユウは言い放った。

「こんなもの?あんた…詰まらないな」

『き、貴様ぁ!ならこれでどうだ!』

大車は怒り、指の音を闇の中へ響かせる。

なんと、闇の中からさらにもう一体…合成神獣が姿を現した。

『変形神獣ガザート』。こちらもザイゴートが怪獣を補食して生まれたのか、奴の特徴である女体部分と単眼がある。他には元になった怪獣の特徴と思われる大きな翼を広げていた。

(もう一体駒を確保していたのか。だが…それがなんだ!)

アリサという助けるべき仲間を目の前に、一体敵が増えたところでユウは怯むことはなかった。

向かってきたガザートに向け、初手の蹴りを食らわせると、肩に背負って体を回転させ、地面に放り投げた。

背中を強く打ちつけながらもガザートはすぐに立ち上がり、鋭い牙をむき出してギンガに向かい、彼に両手ではたきつけにかかる。そのビンタを両腕で防ぎながら、ギンガは力を込めた鉄拳でガザートを突き飛ばす。

「キシャアアアア!」

少し距離を開かされたところで、ガザートが飛びながらギンガに突進した。ギンガは真正面から突撃したガザートの頭を両手で掴み、踏ん張る。

「ヌウウウ…シャア!」

ガザートの頭を掴む手を左手のみに替え、右手のチョップで地面に叩き伏せた。すかさず、メザイゴートがギンガの背後から電撃波を飛ばしてくる。いち早く反応したギンガは、すぐにジャンプしてそれを回避、空振りになったメザイゴートの攻撃は、ガザートに直撃してしまう。

しめた!メザイゴートに向け、ギンガは空中からとび蹴りを食らわせた。

「ディヤア!!」

「グギイイイィ!!?」

『ば、バカな…!』

突き飛ばされながら、メザイゴートから大車の驚愕の声が漏れた。

確実にウルトラマンを殺すために二体の合成神獣を用意した。『あのお方』が自分に与えたチャンスを成功させるためにわざわざこしらえ、与えてくれたものだ。なのに、それと使ってなお、奴が不利になる気配はなかった。それどころか、こちらの方が旗色が悪くなっている。なぜだ、なぜ奴に敵わない?

答えの見えない疑問にただ混乱するばかりの大車。

「僕に勝てると思っていたのか?大車」

ギンガが、ちょうどガザートを肘打ちで殴り倒したところで、メザイゴートの中にいる大車に言い放つ。

「僕は常日頃ゴッドイーターとしての通常訓練に加え、ベテランのウルトラ戦士であるタロウからもトレーニングの指導を受けていた。こうして二体の怪獣を相手にすることも想定の内でね。

それに引き替え、ただの医者だったお前はまるで戦い方がなっていない。ただのアラガミよりも読みやすい。しかもせっかく二体の合成神獣を用意しておきながら、僕を殺すことだけにしか頭を働かせてないから、チームワークも散々だ。

お前は僕と戦う前から、僕を殺した未来の事しか考えていない。だから無様な戦い方しかできないんだ。自惚れが過ぎるぞ」

これまでユウは、ゴッドイーターとなり、ウルトラマンとなってアラガミと何度も戦ってきた。当然知っての通り合成神獣たちとも、闇のエージェントたちとも未来を賭けた戦いを潜り抜けてきた。それは時に辛いことも経験したが、その痛みもまた彼を強くしていったのだ。その辛さと痛みを経て、もう悲劇を繰り返すまいと強く生き、戦いに身を投じてきたことで彼の体には、戦士としての動きが体に染みついていた。

そんな彼と、ただの医者でしかなかった大車の間には、天と地ほどの戦闘経験の差があったのである。

「このまま勝負を決めてやる…お前の呪縛から、アリサを解放する!」

指をさして、自分の勝利を強く宣言したユウことウルトラマンギンガ。

…だが、不利なはずだというのに、大車は突然押し殺すような笑い声を漏らし始めた。

『く…くくく…』

「な、何を笑っている…?」

『自惚れが過ぎる?それは君たちの方だ。

全く、本当に無駄なことを好む者だな君たちは…実に愚かしいよ』

苦戦し始めているとわかった途端に…また前の詭弁の続きか?話したところでこいつの話はとても共感できることではないに違いない。

『だが、残念だったね。あの子はもう外の世界に出るつもりはないようだ』

「どういうことだ?」

『あれを見たまえ。あそこに彼女がいる』

メザイゴート…大車は自身の右方向に顔を向け、ギンガもそちらの方に視線を傾けた。

確かにアリサはそこにいた。観覧車の中で隣に座っている女の子と仲良く談笑しあっている。

それを見たギンガは、絶句した。

(あの子は…バカな!?)

感応現象でみたアリサの記憶の通りだ。あの少女は、アリサの亡き親友であるオレーシャだ。

 

 

 

 

バリアの内部にて、少し遊び疲れたところで休憩を挟むことにした二人は、観覧車に乗って遊園地の景色を楽しむことにした。

「あ~、遊び過ぎて疲れた~」

ゴンドラ内の椅子で、オレーシャのぐったりとした様子を見てアリサは深くため息を漏らす。言っている彼女もまた疲労の色が見える。

「はぁ…オレーシャってば、はしゃぎ過ぎですよ。着いて行った私まで、すごく疲れたんですから」

「そういうアリサだってめちゃくちゃ楽しんでたじゃん」

「それは、まぁ…そうですけど」

「特に一番楽しんでたのは、やっぱお化け屋敷かジェットコースターの方だったんじゃない?」

「た、楽しくなんかなかったですよあれらは!!なにが楽しくて自分から怖がらないといけないんですか!」

意地の悪い笑みを浮かべるオレーシャに、アリサは食って掛かるように文句を言う。どうも恐怖を促すタイプのアトラクションが苦手なようだ。

笑みから一転して、オレーシャはアリサの目を真っ直ぐ見続ける。

「ねぇ、アリサ」

「なんですか?」

「あたしたち、ずっと友達だよね?この先も、ずっと…」

急に真剣な顔をして問われたアリサは困惑した。オレーシャがこんな質問をしてくるとは思わなかった。でも、聞くまでもない質問だからこそハッキリと思いを伝えなくてはいけない。

「当たり前じゃないですか。私とオレーシャは、最高の親友です」

「ありがと、アリサ」

会話を終えたところで、二人を乗せたゴンドラは地上まで後少しのところまで来ていた。

二人が少し待ってからゴンドラから降りると、二人をアリサの両親が出迎えてきた。

 

 

 

なぜ彼女がここにいるのか…しかも、アリサの両親まで現れた。どう考えても普通ではなかった。死んだ人間がこの世に戻るなんてあり得ない。何かがあると見たギンガは、目をギラつかせながらアリサと談笑しているオレーシャとアリサの両親の姿を透視する。

(やはり!)

結果は予想通りだった。彼女たちは本物ではなかった。一瞬だけだが、透視した際にオレーシャたちの姿が消滅し、そこにあるのは青白い波動の塊、実体のない幻影なのだ。

「アリサ!」

ギンガはアリサに向けて叫んだ。

その声が、彼女に届いたのか、アリサは驚いたように振り返った。

「え…」

アリサはギンガを見て本当に驚いた。見覚えのないはずの巨人が、自分の名前を呼んでいた。

「アリサ!ここにいてはいけない!さぁ、帰ろう」

巨人の者と思われる、頭の中に響く声に、アリサは困惑する。

「帰る?いきなり、何…を…」

だが、彼の呼び掛けによって、アリサの頭の中に…メザイゴートによって封じられていた全ての記憶が呼び覚まされた。

人類の天敵アラガミによって荒らされた地球。ロシアで両親と共に過酷な世界でも幸せに生きてきたが、両親はディアウス・ピターに食われ、仇を討つためにゴッドイーターとなった。だがその矢先に親友も失い、地獄のような現実に恐怖しすべてを拒絶してしまった…悲劇だらけの記憶がアリサの頭の中をよぎった。

「ッ……!!?」

恐怖を思い出したアリサの身が震えはじめる。

全部思い出してしまった。…いや、本当は忘れていたのではなく、思い込んでいたのかも知れない。この世界にアラガミがいたなんて、それこそ幻の出来事だったのだと。本当は父も母も、親友も生きていて平和に暮らしていた…と。

「聞いてくれ!そこにいるのはオレーシャじゃない!大車の作り出したただの幻影だ!」

ギンガの呼びかけはまだ続く。思わずオレーシャを見つめるアリサ。幻影と言っていたが……

「アリサ、あんな得体のしれない化け物の言うこと聞いちゃダメ!」

オレーシャが自分に対して警告を入れてきている。真に受けてしまったら最後、そう言いたげに。

「アリサ!大丈夫か!?」

「アリサ!」

オレーシャだけではない。アリサの両親もアリサのもとに現れ、彼女の身を案じてきた。

両親も登場したことで、アリサは…すぐに信じ込んだ。このオレーシャや両親が幻覚なわけがない。幻にしては現実味が強すぎて、とてもそうだとは思えなかった。思いたくもなかった。

「あんた、いきなり現れてなんなの!あたしのアリサに変なこと言わないで!さっさと出て行ってよ!」

「そうだ!この化け物め!!私の娘を驚かせるな!」

「化け物!バカなこと言って娘を惑わせないで!どこへでも消えて頂戴!」

幻影のオレーシャたちが、ギンガに向けて反論してきた。

(化け物…!?)

ギンガは思わず化け物呼ばわりされてたじろいだ。…いや、いちいち動揺なんてして、まして大車が合成神獣の力で作り出した幻なんかに構っていられない。

「アリサ!戻ってくるんだ!このまま闇の中に取り込まれれば…二度と戻ってこれないぞ!」

ギンガは再度、アリサを説得する。リディアという、彼女の帰りを待つ人がいる以上、このままでいいわけがないのだ。

…しかし…

 

「し…知らない……!!」

 

「…!」

 

「…知らない…あなたなんか知らない!

来ないで…こっちに来ないで!!来ないでよおおおおおおおおおお!!」

 

アリサが発したのは、拒絶の言葉だった。頭を抱え、全てに対して恐怖を思い出した彼女はひたすら現実逃避に走ってしまった。

「ほら、アリサ!こっちへ逃げよう!」

幻影オレーシャたちがアリサを連れて逃げ出し始めた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

扉を開いて(後編)

「アリサ!待って!」

ギンガはアリサがもとへ行こうとする。が、近くに来たところで、なぜか観覧車の一歩手前で見えない何かに触れ、身体中に電撃のようなものが走って押し返された。

「グゥ!?」

強い衝撃でギンガは押し返され、仰け反る。既に光の壁が、ギンガを阻むように展開されていた。

『無駄だよ。そのバリアは私の力で展開されている。アリサを戦いに巻き込んで怪我でもされたら私も困るからね』

ギンガは心の中で舌打ちした。予想はしていた、簡単に返してはくれないことは。このバリアは、アリサの身を守るというより、彼女を閉じ込めるクローゼットだ。

正直ムカつかずにいられない。あんな男の手のひらで、アリサが未だに踊らされ続けているのは。

「だったらお前を倒してバリアを破壊する!」

『それが彼女の望みだと思っているのか?たった今見ただろう?彼女は自らこの世界にいることを望んだのだよ。君もアリサの過去を知ったはずだ。アリサがどれほど心に深い闇を抱え、絶望したのか』

確かにそれは聞いている、しかしそれがどういう意味かと問う前に、大車はその理由を明かした。

『彼女の壊れかけた心は私の作り出したこの、幸せのみで詰まった幻想の楽園によって保たれているのだ。両親と親友が存命し、そもそも最初からアラガミが存在していなかったという設定で進行しているこの世界でね!』

両手を仰ぎ、大車は高らかに言う。不利な状況であるはずの自分が、どのみち勝利するつもりでいるように。…いや、この男は自分の勝利を最初から信じて疑っていなかった。その最大の理由を、ついに明かした。

『両親も、自分に救いの手を差し伸べた少女の死を目の前で経験したことで心が壊れた…心の弱い娘だ。もし万が一私を倒し、ガザートも倒せば、私の力で形成されたこの幻想の世界は消える。あの幻影の連中も同時にな。

その時………果たして彼女は無事で済むだろうかな…?

それどころか地獄のような現実を受け入れられず、今度こそ二度と心が蘇ることなく、廃人と化すかもしれないなぁ!?』

「!!?」

廃人…だと?

たとえこのまま大車に勝って、彼女をこの世界から連れ戻したとしても、元から強くないアリサの弱り切った心が…耐えきれないかもしれない。

これが奴の狙いだったのだ。壊れかけているアリサの心を盾に、攻撃できなくなったギンガを今度こそ抹殺するために。

「ガアアアアァ!!」

「ウワァ!!?」

迷いを生んで動きが固まってしまったところで、メザイゴートのかぎ爪による反撃の一撃を、ギンガは許してしまった。

さらに、ガザートも立ち上がって背後からギンガに飛びつき、彼の左肩に思い切りかじりついてきた。

「グアアアアァァァ!!」

深々と、ガザートの牙がギンガの左肩を貫こうとする勢いで食い込み始めた。このままでは、腕を噛み千切られてしまう。ギンガはすぐに肘打ちを後ろに叩き込んでガザートをひるませ、そのまま引きはがした。

距離を取って態勢を整えようとしても、今のガザートの噛みつきのせいで、左肩が酷い有様だった。噛まれた痕が痛々しく刻み込まれている。

しかもそれだけじゃない。

(ち…力が抜けていく…!?)

傷口を元に、ギンガの体中に強い痺れが走り始めた。

ガザートの元になったアラガミ、ザイゴート堕天種(雷属性)の能力。その毒ガスはじわじわとダメージを与えていく通常のザイゴートの毒ガスと異なり、こちらは攻撃力を下げてしまう。さきほど噛まれた時に、奴の牙から毒を流し込まれていたのだ。

『ははははは!そうだ、やはりお前たちはそうなんだよウルトラマン!人質同然の身の弱い人間など見捨てて攻勢を保ってさえいれば、私を倒すことなど容易かっただろうに!

そんなだから貴様らは相も変わらず愚かなのだよ!そうやってお人よしなところを改善しないから不利になる!』

そのまま一方的に、メザイゴートはガザートと共に、傷の痛みで攻撃に対応できなかったギンガを殴り、蹴り、電撃の雨を浴びせ、蹂躙していった。しかも卑劣にも、大車たちはガザートに噛まれたギンガの傷を何度も狙って攻撃し、さらに徹底して痛めつけていく。

「グハ!!ク!!ウワアアアアアアア!!」

ギンガが電撃波を受けて吹っ飛んだところで、大車はメザイゴートの中から彼を引き続き罵倒した。

『思えばこの世界…アラガミによって支配されたこの世界に対してもだ!わざわざ貴様らがいつも通り救いの手を差し伸べなくとも、この地球は真なる救済を静かに待つのみだった!それを己の自己顕示欲を満たすかのように、相変わらず出しゃばってヒーローごっこに浸る!

全く持ってエゴに満ちた愚かさ、野蛮で…虫唾が走る!!』

「く…」

再度立ち上がったギンガは反撃しようと思ってメザイゴートたちに攻撃を繰り出そうとしたが、そこでギンガはアリサのことを思い出して攻撃を止めてしまう。

「く、うぅ…!」

このまま大車を、メザイゴートを倒してしまえばこの世界は消える。アリサを連れ帰ることも可能だ。だが、その代償にアリサは…そしてアリサの無事を祈るリディアは…そう思うと腕に握る力が弱まってしまう。

『安心したまえ…君が死んでもこの世界は本当の意味でいずれ生まれ変われる!君が手を下さずとも、地球は自らの手で再生できる!

弱くて脆いクズな人間も、人の手に余る怪獣や宇宙人さえも飲み込み、地球を蘇らせる最大の自然再生システム…オラクルがもたらす神の救済によってね!!』

「オラクルがもたらす…神の、救済…?」

この男は、何を言い出してきた?意味が分からずどう言うことかを思わず尋ねようとしたが、大車はその問いにまともに答えようとしなかった。

『今から死ぬことになる君がここで知る必要はない。あの世でゆっくりと見物すればいいからな』

ギンガは、大車にものを尋ねようとした自分を恥じた。この男がまともに答える訳がない。傷が増えた体を鞭打つように立ち上がった。しかし、フラフラだ。ガザートの毒で力がうまく入らない。

『ほう、まだ立つというのか?

確かに合成神獣にライブし、二体も用意しても、憎たらしいことに君は私より遥かに強い。だが、アリサという究極の人柱がいる以上、私の勝利は確定していたのだよ!現に君は我々の攻撃で蹂躙され、毒の影響もあって満身創痍だ』

体の痛みや毒による虚脱感はどうでもいい。それよりもアリサのことだ。アリサは、人質の状態。もし奴を倒して元の世界に戻っても、例え生き残れても…。心が壊れてしまったら、たとえギンガの技の一つ、〈ギンガコンフォート〉でもどうにも出来ない。あの技はあくまで闇の力を浄化する技だ。闇の力で心をかき乱されたならまだしも、闇の力と無縁の形でめちゃくちゃに壊れた人の心を癒す技ではない。そもそもアリサは、アラガミに大事な人たちを食われ、現実そのものを拒絶したのだ。

どうすればいい。どうすればアリサの心を壊すことなく、この男とその駒の合成神獣を倒せる?

目の前にいるメザイゴートとガザートを睨みながら、ギンガは考える。だがいくら考えてもアリサを救い、大車を撃退する手段が浮かばなかった。

 

 

―――――ウルトラマン、そいつの言葉に乗っちゃダメ!

 

 

その時だった。ユウの頭の中に、また誰かの声が聞こえた。当然ギンガやタロウの声ではない。この空間に突入した時に聞いた女の子の声だ。

何者かはわからない。この状況だからか姿もすぐに確認できない。でも…不思議と悪意を感じなかった。

 

『でも…奴らを倒せばこの幻想世界が消えて、アリサはまたあの残酷な記憶を呼び覚まして…』

 

―――――躊躇わなくていい!このままそいつの言いなりになって殺されたら、本当にアリサを助けられなくなる!

 

『だったらどうすればいいんだ?僕にはこれ以上の手が…』

 

―――――あたしに、アリサと話をさせて!あたしの言葉なら、絶対にあの子は無視できないから!

 

 

(君は………いや、待てよ…まさか、君は…!?)

 

 

『何をぶつぶつ言っている?それより、もう時間がないのではないか?』

大車の声でギンガは我に帰る。大車が指摘した通り、胸のカラータイマーが点滅を始めていた。

『このまま放置しても私の勝ちだが、それでは私の気が済まない。君には徹底的に痛め付け、屈辱的な敗北を味会わせてから殺すと決めていた。

ガザート、私と共に奴を半殺しにしろ!』

ガザートが大車の命令を受けて、メザイゴートと共に全身からこれまでにないほどの電撃をほとばしらせていく。今度はもう二度と抵抗できないようにするまでぼろぼろにするつもりだ。もうそうなってしまえば、ギンガに勝ち目がなくなり、同時にユウはアリサを連れ戻すことができないままこの世界で死ぬことを意味する。

大車は確信していた。もうこいつに勝てる要素などない。死した人間にすがり続けるアリサという人柱がいる。彼女の心が無事で済ませる状態でないと奴が満足しないことも察していた。

(こいつに最期に与える屈辱…そうだな…奴の変身が解けたところで、アリサをあいつの目の前で…)

とてつもなく、それも闇のエージェントたちでさえ引くほどの下種な手段を用いようとたくらみ始めた大車。

 

だが…

 

「オオオオオオオオオ…」

全身のクリスタルを紫に光らせ、ギンガの頭のクリスタルから光線をバリアに向けて放った。

〈ギンガスラッシュ!〉

「ディヤ!」

ギンガの光線はバリアに直撃した。しかし、毒によって力がうまく入らないせいか、直ぐに砕ける気配が見られない。

『馬鹿な…バリアを攻撃しただと!』

メザイゴートの中で大車は唖然とした。こいつは、さっきまでアリサの心を砕かれるのをあんなに躊躇っていたのに!?

バリアはまだ砕けない。だがギンガは、ユウは光線を止めなかった。アリサはこれまで何度も悲劇の中に放り込まれて苦しんできた。心を閉ざしてしまうのも無理はない。でも、彼女を思う人がいる。自分もアリサがこれ以上悲しみに溺れるのは嫌だ。こんな残酷な世界の中でも、強く幸せであってほしい。だから…大車のようなゲスのために弄ばれる何てことがあっていいわけがない。

「砕けろオオオオオオオオオオ!!」

力を振り絞って、ギンガはさらに光線の威力を強め…。

 

バリィィィィン!

 

メザイゴートのバリアは粉々に砕け散った。

大車は絶句した。非常になりきれない、だから人柱にしたアリサのために、この小僧が抵抗するわけがないと。だが、こんな思いきりを見せるなんて。

『し、正気か!?お前は救おうとしていた小娘の心がどうなってもよかったとでもいうのか!?』

「………賭けてみたんだよ」

動揺する大車に、立ち上がり、振り返ってきたギンガは言い切った。

「アリサの心を開くには、僕よりも適任の子がいるってね」

『は…?』

意味が分からず、大車は当惑する。その隙にギンガの拳が大車=メザイゴートの顔に叩き込まれた。

『ぶ!?』

「あれだけ僕らを殺したがってたんだ。この程度で済ませないからな…!

ほら、かかって来いよ、変態医師!」

倒れ込んだメザイゴートに向け、ギンガは手招きする。

『こ、このくたばり損ないのクソガキがぁ……!!ぶち殺してくれる!!』

指摘を受けた実力差などどうでもいい。恨みがましく唸りながらギンガと、彼の中にいるユウを睨み付けながら立ち上がった。

ふと、ギンガは自分の足元を見下ろした。

そのとき、アリサを遠くからみ続けていた黒コートの少女が、メザイゴートのバリアの張られていた場所を飛び越え、アリサたちが去っていった方角へ走り出していた。

 

 

 

幻影のオレーシャと両親に連れられ、アリサはギンガやメザイゴートたちから遠く離れた場所にあるコンテナへと誘導させられた。

「ふぅ、ここならあいつも来ないかな」

オレーシャが周囲を見渡し、巨人も怪獣もいないことを確認する。アリサはまだ体が震えていた。親も親友も殺され、その果てに自分が化け物にされ多くの人たちを犠牲にしてしまった記憶が彼女の中でフラッシュバックを繰り返していた。

アリサの父親が、震えて座り込む彼女を見かね、そばにあるコンテナの扉を開く。コンテナだから外の景色を映す窓もなく真っ暗で、遊園地で使われている何かの道具というものもない、空っぽだ。

「さあ、こっちへ」

母親はアリサをなるべく優しく抱き起こすと、アリサをその中へと導いた。

「アリサ、ここに隠れていなさい。私たちはあの化け物たちがいないか見て回ろう」

父親がアリサにそう言い残し、扉を閉めようとする。が、アリサの頭の中にディアウス・ピターに食われた両親の死の記憶が過ぎり、反射的にその扉をつかんで閉めるのを阻んだ。

「い、いや!行かないで…一緒にいて」

寒さに凍えているかのようにぶるぶる震え、両親とオレーシャが去るのを必死で拒んだ。

「仕方ないなぁ…」

やれやれ、そういいながらオレーシャはその願いに答えてアリサのいる倉庫の中へと入る。両親も苦笑しながらアリサの元へ歩み寄った。

「アリサ、大丈夫だよ。あたしがここであんたを守ってあげる」

震えて座り込むアリサの手を、オレーシャは握った。アリサは顔を上げて、オレーシャと両親の顔を見つめる。

「オレーシャ…パパ、ママ…」

「そう、この中にいれば、誰もお前を脅かさない…」

「私たちは、永遠にあなたを愛し続ける…」

アリサの父と母が、アリサの傍らに寄り添う。

「この闇の中こそが、アリサにとっての天国なんだよ」

オレーシャも後ろに回り込み、そっとアリサを抱き締める。アリサの心は満たされていった。

あぁ、幸せだ。もうあんな残酷で悲しいだけの世界なんか要らない。未来もほしくない。ここには私大切な人たちがいる。死ぬこともなく、永遠に共にあり続けてくれる。この人たちさえいれば、もうなにも要らない。

この闇の中に、共に大切な人たちがいるのなら、それで…

 

トントン

 

すると、扉をノックする音が聞こえてきた。

誰?アリサは疑問を抱くが、無視した。両親の死の記憶が消えたわけではないから覚えている。あのクローゼットの隙間から見えた、ピターの餌にされていく両親の最期。それがトラウマとなっている以上、扉を開くことはアリサにとって、この幸せを自らが捨てることだった。

 

トントン

 

無視を決め込むアリサだが、それでも扉をノックする音は止まらない。聞こえないふりを続けようとして、自分を包むオレーシャたちの中へと自ら埋もれていく。

 

ドンドンドン

 

ノックする音が騒がしくなった。アリサは耳を塞いで必死に無視を決め込んだ。開けてはいけない、開けたって何も良いことなんかないのだから。

 

ドンドンドンドンドン!!

 

だがノックする音は次第にうるさくなっていった。今にも扉を壊しそうな勢いだ。

 

止めて!なんで構うの!?私のことなんて放っておいてよ!

もうこんな世界にいたくないの!パパとママ、オレーシャさえいればいいの、なんで邪魔するの!

そんなに私をいじめたいの!!?そんなに私が食べたいの!?いい加減にしてよ!

 

「ああああもう!いい加減にするのはそっちでしょうが!このお馬鹿!!」

 

外から痺れを切らした声がとどろき、ノックなんてものじゃないほどの強い衝撃がコンテナの扉に叩き込まれ、扉はこちらから見てもわかるほどに凹んだ。

アリサは思わず悲鳴を漏らした。鉄の塊さえ凹ませるその強すぎる衝撃は、本当に幻であってほしかった奴らを思い出させた。

「ま、まさか…アラガミ…!?」

「アリサ、おびえなくていい。ここにいれば安全だ」

アリサの父は娘を安心させようと優しい言葉をかける。その言葉で、アリサの心は満たされていく。

 

…はずだった。

 

「あたしの姉妹をたぶらかすなああああああああああああああああ!!!」

 

いつかどこかで聞いたことのある、少女の叫び声が轟くと共に、コンテナの扉がついに破壊された。

現れたのはアラガミでも規格外の合成神獣でもなかった。

深いフード付きの、フェンリルマーク印の黒コートを身にまとった少女だった。

「アリサ、無事!?」

「え…?」

扉が破壊されると共に身をよじらせたアリサは呆けた。こんな怪しげな人物が、なぜ自分の名前を?しかも…アリサは驚くものを目にした。彼女の手には…思いもよらないものが握られていた。

(神機…!?)

小柄な体には不釣り合いの、バスターブレード神機『クレイモア改』。彼女はそれを担いでコンテナの中へと足を踏み入れる。

「アリサに近づかないでちょうだい!」

「あんた、あたしのアリサに何をする気!?」

オレーシャたちがアリサを守ろうと、黒コートの少女に立ちふさがった。すると、黒コートの少女は三人のうち…特にオレーシャを見て深くため息を漏らした。

「あのさぁ…化けるなら、もっとかわいく化けて見せなさいよ!」

怒りをにじませたような怒鳴り声を散らし、彼女は真っ先にオレーシャの顔面を殴り飛ばした。

「貴様ぁ!!」

すかさずアリサの父と母が同時に黒コートの少女を取り押さえようとする。が、その前に少女がバスターブレード神機をぶん回し、アリサの両親をその刀身で殴り飛ばした。

「どっせええええい!!」

少女に吹っ飛ばされた三人は、壁に激突すると同時に、そのまま空気に溶け込むように消滅した。アリサは思わず手を伸ばしたが、消えて行った三人を見て絶望した。

「や…いやぁ!!パパ!ママ!オレーシャ!」

また消された…大切な人たちが!縋るように三人が消えた壁を這い始めたアリサだが、その途端、黒コートの少女がアリサを無理やり立ち上がらせ、自分の顔の方へと向き直させた。

「まっったくこの子は!!相変わらずドつぼにはまっていくんだから!!」

彼女はもう呆れるばかりだと言わんばかりに、フードを取ってその素顔をアリサに見せつけた。

アリサは…目を見開いた。一体どういうことなのか理解するのが追いつけずにいた。

だって、その少女の素顔は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お…オレーシャ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たった今消されたはずの親友、オレーシャだった。

 

「やっと会えたのに、アリサってば酷いわぁ…あんな偽者なんかとごっちゃにするとか、親友として泣きたくなるわ」

「…本当に、オレーシャ…なんですか?」

唖然としたままだった。さっき消された幻影のオレーシャとどこか違うものを感じる。幻影なんかじゃない。本物の彼女だからだろうか。

「当たり前でしょ。こんな美少女、他に誰がいると思ってんの。それに、偽者なんかと違って全部覚えてるから。ロシアでアリサと出会って、みんなと一緒にアラガミと戦ってきたこととか、無茶するあんたを何度もあたしがフォローしたりとか」

「あ…」

「あと、日に日に大きくなってくアリサのおっぱいの感触もね」

「な、何を思い出してるんですか!?ドン引きです!」

「あ、今のあたしの口癖でしょ。いやぁ、口癖を真似られるほど慕われてたなんて照れるなぁ」

人がせっかく感動していたのに一気にそれを台無しにするオレーシャのセクハラ発言にアリサは顔を真っ赤にした。してやったりと言いたげなオレーシャの、詫びれないにやにや顔が憎らしい。

「けどちょっと安心したんだよ。アリサを心配してくれる人が極東にもいたんだから。ほら、あのユウって奴とか。極東に来たときも、あたしたちロシアのチームに来たときと同じ態度だったじゃん。だからずーっと心配だった」

「み、見てたんですか?」

「全部アリサの中から見てたよ。ずっと」

オレーシャはニヤニヤ顔から優しい笑みを浮かべて頷く。本当に懐かしくて太陽のように暖かい笑顔。生きていた頃の彼女と変わりなく、そして懐かしささえ覚える。

そんな彼女の笑顔が…ヴァジュラに半分に食われた時の光景がフラッシュバックした。それに続き父と母がピターに食われた時の光景が、そして大車によってボガールにされ防壁外の人たちをボガールの邪悪な意思に促されるまま、アラガミのように文字通り『食った』時の記憶が蘇った。

「いやあああああああああ!!!」

「ちょ、アリサ!」

「放して!私は…私はああああ!」

またあの地獄のような光景を見せつけられる。過去の悲惨な記憶によってこの世に対する恐怖心が溢れ出てくるあまり、アリサはコンテナの隅の方へと身を寄せようとオレーシャを突き放そうとした。

「やかましぃ!」

「ひゃう!」

オレーシャはそんなアリサを大人しくさせようと、彼女の頭にチョップを入れる。結構痛かったのかアリサは頭を押さえてうずくまる。

「ったく、相変わらず過ぎるでしょ。そういうメンタルの弱すぎるとこ。おちおち死んでなんかいられないっての」

「だって、だって、私のせいで…パパとママに続いて…オレーシャも、リンドウさんやエリックさんも…たくさんの人たちも………私なんかいない方がじゃないですか!向こうの世界ではあの人がいるんだから」

自分の回りで起きた不幸、そして悲しみがアリサの心をかき乱し、涙を落とさせた。しまいには自分の存在さえも否定した。

自分なんかいない方がいい。それを口にしたとき、一瞬オレーシャの目つきが鋭くなった。

「…ユウのこと?」

「そうです、オレーシャも私の中にいたのなら知っているはずです。

あの人が…ウルトラマンだってこと」

「…うん、知ってる」

さっきアリサの中で見ていた。アリサとユウの間で起きた感応現象。それによってユウの記憶を見たアリサがそうであるように、オレーシャもまたユウがウルトラマンギンガであることも知った。

光の勇者に選ばれたユウ。一方で、アリサは邪悪な意思に踊らされてしまい、周囲の人間を傷つけ殺していった哀れな『人形』。だからなのだろう。『自分なんかいない方がいい』と口にしたのは。

「だから、私がいなくなっても…」

「アリサ、それ以上言ったら、あたし怒るよ?」

その先は言わせまいと、オレーシャはアリサの言葉を遮った。

「いない方がいい?ふざけないで。最初からいない方がいい人間なんているわけがないんだ。誰も最初は何も知らない無垢な赤ん坊だった。それを後で悪者になるからって理由で存在を否定していい理由にはならない。寧ろそうならないように考えて、過ちを犯してもそれを正して行けばそれでいいんだよ。

ロシアにいた頃のあんたが、そうだったじゃん?」

そうかもしれない。確かに一度はオレーシャのおかげで、自分は復讐だけで戦う血濡れた道から、光さす道へと戻ることができた。でも…。

「でも…私は結局!!あなたさえも死なせたんですよ……復讐することしか能がなかった私には、ウルトラマンである神薙さんみたいに、誰かのために戦うことなんてできないんです……結局、周りの誰かを傷つけ殺す……アラガミとなんら変わらない化け物なんです……」

どこまでも卑屈で、落ち込み続け、悲しみに溺れて行こうとするアリサ。

オレーシャはついに怒りを露わにして、彼女の顔を強引に自分の方に向けさせ、怖いほどに真剣な目でアリサの視線を突き刺した。

「そのウルトラマンであるユウが、わざわざあんたを助けにここまで来たんだよ!なのにあんたはまたどつぼにはまってく!

あんたがここで彼の手を取らなかったら、今度はあの人が殺されるんだよ!もしそうなったら、今度はリディア姉が、極東の人たちが餌食にされるかもしれない!それでもいいの!?」

「う……」

リディアが、餌食になる。そう聞かされたアリサは強くうろたえた。いいわけがない。そんなこと、何度も大切な人たちを失ってきたアリサからすればとても許せることではなかった。

「あたしはアリサとリディア姉に出会えて、アーサーにダニエラ、ヘルマン…一緒に戦ってきた仲間がいて、すごく幸せだった。最期はあんな形だったけど、それでもあたしは自分が幸せだったって言える。誰にも不幸なんて言わせない。

だから………だから……たとえ誰が何と言おうと、あんた自身が自分の存在を否定しても、あたしはアリサに生きてほしいんだよ!こんな真っ暗な闇の中なんかじゃなくて…どんなに残酷でも、太陽の光が差し込んでくる、あの世界で……!!」

「お、オレーシャ…あなた…」

アリサが、自分を見て急に驚いたように目を見開いている。え?と思ったオレーシャは、その時自分の唇に塩のような味を覚えた。頬に触れて、自分が涙を流していることに気付いた。

アリサには意外だった。オレーシャはいつも笑っていた。へらへらしているともいえるくらいに、笑顔が絶えなかった。アラガミで溢れたあの残酷な世界で戦い続けていても、その笑顔で仲間たちの心に光を灯す…何度もそう思えてきたが、まさに太陽のような少女だった。そんな彼女だが、少なくとも自分の前で涙を見せたことなど一度もなかったため意外に思えてならなかった。

「あたし、あれ…はは……これじゃ、アリサみたいだ…」

「……ふふ…なんですか、それ…それじゃ、私が泣き虫…みたいじゃないですか…」

「実際、泣きまくりだったじゃん…」

「本当に…意地悪な友達です…」

二人はそう言っている内に、泣きながら次第に笑顔が戻り始めた。二人で泣いた分だけ、お互いに笑い合った。

泣き止んだところで、ズシン!とすさまじい音が鳴り響き、二人はそちらの方を振り返った。

ギンガが、二体の合成神獣を相手に苦闘しているところだった。

オレーシャと互いに頷き合い、アリサはギンガの元へすぐに駆け出した。

 

 

 

「ディイアア!」

気合の雄叫びを上げながら、ギンガはメザイゴートとガザートの方へ振り替えるとすぐに攻撃体勢に入り、全身のクリスタルを今度は水色に染め上げた。すると、ギンガの足元から水が噴水のように溢れだし、やがて凍える冷気となってギンガの体にまとわりつく。

彼はガザートに向けて左手を突き出し、その大量の水と冷気を吹雪のように浴びせた。

〈ギンガブリザード!〉

冷気と水を浴びせられ、ガザートの体は足下から凍りついていき、たちまち氷像となった。一瞬の内に凍ったガザートに、ギンガは助走をつけて突撃、力いっぱいのパンチを繰り出し、ガザートを粉々に砕け散らせた。

『ガザートが…!』

「次はお前だ…!アリサの心と人生を弄び、リンドウさんやエリック、たくさんの人々をアリサに殺させた罪を思いしれ!」

ギンガはメザイゴートに指差してきたが、大車は余裕の笑い声をあげた。

『ふ、ふふふふ……た、確かに驚かされたが、それがどうした!今の貴様は、もう残りの時間もエネルギーもないじゃないか!』

 

ピコンピコンピコン…!!

 

指摘を受けたとおり、ギンガのカラータイマーは点滅開始時と比べてもかなり点滅速度が速くなっている。大車の言うとおり、もう変身を維持できる時間も、エネルギーも尽きかけているのだ。

『燃費の悪いウルトラマンと違い、私がライブしている合成神獣は制限時間など存在しない。こうなれば、いくら本来の実力が私以上だとしても、防御に徹底しつづけさえいれば、私の勝利など揺るがないのだ!』

悪知恵に関しては何度もひらめくものだな、とギンガは心の中で悪態をつきながら片膝を着いた。

『なかなか頑張ったようだが、やはり君にアリサを救うことなどできなかった。だが君にはもっと苦しんでもらう。変身が解けたら、二度と私に抵抗できないように、手足をもぎ取らせてもらう。…そうだな、アリサにそれをやらせてあげよう。

君が守ろうとした少女の手でやってもらえるんだ。本望だろう?』

どこまでもクズであり続ける大車。こいつが本当に同じ人間なのかさえもユウは疑い始めた。

もう残りエネルギーがない今、何をどうすれば逆転できるのか。

 

「神薙さん!!」

 

ギンガ…ユウは自分を呼ぶ声を聴いて左の方角を見た。

(アリサ!)

オレーシャに連れられたアリサが、自分の元へと向かってきている。それはメザイゴートの中で大車もまた見ていた。

強く危機感を覚えた。彼女のあの顔…まさか、自分が作り出した幻影のオレーシャと両親を跳ね除けて、ギンガのもとへ向かおうとしているのか!?

(馬鹿な…あの娘にそれだけの心の強さはなかったはず!)

自分の知る限り、アリサは本来孤独におびえ、自分が信じる者に対する依存度が強い。だから付け込むことができた。両親に続いて、オレーシャという親友を失ったことで心をめちゃめちゃになったところで、自分はアリサの壊れた心に寄り添うことで、彼女からの信頼を手に入れ、同時に人形として愛でられるように自分に対する依存を強めさせた。それはもう、大の成人男性が年頃の少女に抱いてはならない…薄汚い欲情を露わにしていると言ってもよかったくらいだ。それを疑いもせずアリサは自分に依存していた。

だが、今の彼女は……明らかに自分ではなく、ギンガを求めて彼の元へと向かっている。

『貴様、アリサは私のものだ!渡さんぞ!!』

ここでアリサを奪われるのはまずい。奪われたら、ギンガに対する人質作戦は完全に効果をなくし、逆転を許してしまうことになる。ならばいっそ…

(アリサもろとも、奴をここで始末してやる!!)

ついに、自分が研究のため、そして欲望のはけ口として手元に置きたがっていたはずのアリサもろとも、ウルトラマンギンガをここで抹殺することに決めた。

メザイゴートの口から、邪悪な黒い雷を纏ったエネルギーが集まっていき……後ほんの数メートル、そこまでたどり着いたアリサに向けてそれを弾丸として放った。

『死ねえええええええ!!』

「キシャアアアア!!!」

闇のエネルギー弾に気付き、ギンガはアリサに向けて手を伸ばした。そして……

 

 

ドガアアアアアン!!!!

 

 

アリサとギンガの手が触れそうになったとき、二人のいた場所が大爆発を起こした。

 




NORN DATABASE

●ギンガブリザード
本作オリジナルのギンガの技の一つ。
全身のクリスタルが水色に光り、水と冷気を纏う。纏った水を相手に浴びせ、直後に冷気で相手のすべてを氷像のように凍てつかせる技。
『ウルトラマンR/B』にて、水属性技がないのに、アグルを差し置いてギンガが水属性扱いとなったため、水の属性技を加えようと思って思いついた。氷だけど。

他にも水属性技や、原作にあった炎属性の技なども加えようか検討中。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

扉を開いて(終編)

理解できない構図=最新話を投稿するたびにいちいちお気に入り登録が一件は必ず解除される。頻繁に起きてるのでちょっと不満に思ってます。人の好みって人それぞれなので仕方ないとは思いますが…。


馬鹿め!と大車は思った。今の奴はダメージの蓄積とエネルギー切れ直前。そんな状態でアリサを庇いでもしたら、確実に奴はエネルギーをすべて失い、敗北。そして元のユウの姿へと戻る。その時にユウが生きているかはわからないがどちらでもいい。寧ろアリサを庇ってくれるのなら、奴が死んで、アリサは引き続き自分の人形のままでいさせることができる。

爆発の炎を見て、大車の中で勝利への喜びが高ぶった。

『やった…やったぞ!!ついにあの憎らしい神薙ユウを…ウルトラマンギンガを、この私が倒したのだあああああああ!!

我が主!!どうですか!見ておられますか!あんな糞異星人共等よりも私の方がよほどお役に立てたでしょう!?これからもこの大車ダイゴを、あなたの右腕としてお使いください!』

完全勝利。もはや『あのお方』の脅威はなくなった。ギンガ以外のウルトラ戦士は皆、あのお方の力によってスパークドールズとなり、無力だ。ゴッドイーターがどれほど束になっても、怪獣や合成神獣を味方に付け、それ以前にもあのお方をバックに置いている自分たち闇のエージェントには敵わない。

『どれ、アリサの無事とあの小僧の死体の確認でもするか…』

生きたままで屈辱的な始末をユウにつけられないのは残念だが、十分にあの方が喜ぶ展開となるだろう。そして自分は、あのお方に寛大な褒美を頂き、未来永劫の栄光を約束される。金、名声、女…全てに困ることはない。そして自分にとってムカつくだけの存在を跪かせられる。

『これでこの地球は…この大車ダイゴのものだ!!私をコケにした人間共を全員、私の前にひざまずかせて…』

 

 

 

 

 

 

「浮かれるの体外にしろよ、大車」

 

 

 

 

 

 

『………は?』 

爆炎の中から聞こえてきたその声に、大車は呆けた。

「この地球も、僕も、そしてアリサも…お前ごときに運命を左右されるほど軽くもなければ、小さくもないんだよ!!」

煙が晴れた。今度こそ始末できたと思っていた。でも、今見た光景にそれがただの思い込みでしかなかったことを知った。

だが、一つだけ納得できないことがあった。

生きていたウルトラマンギンガのカラータイマーが、さっきまで赤く点滅していたはずなのに、エネルギーが満タンである証…青い輝きを放っていたのだ。

『な、なぜだ………なぜ貴様のエネルギーが…!?…は!』

メザイゴートの目を通して、大車はギンガの中に広がっている、ライブしている人間が留まっている空間『インナースペース』を覗き見た。

 

『アリサ…お前かああああああ!!』

 

間一髪だった。メザイゴートの攻撃を受ける直前、ギンガは無事、ユウと同じようにアリサを自身のインナースペースへと導くことに成功していた。

今のギンガは、ユウだけではない。アリサもギンガにウルトライブしたことになり、その影響でエネルギーが回復したのである。

遠くから、うっし!と、オレーシャがガッツポーズを決めた。

 

 

 

「ここは…」

インナースペースの中にいたアリサは、この特殊空間の中にいるためか、不思議な感覚を覚えた。一度はアラガミと断じて、憎み怖れたウルトラマンの中。父と母に包まれてるような、何故かとても安心できる場所だった。

「アリサ」

アリサのもとに、ユウが駆け寄って来た。

「神薙さん…」

感応現象で見たとおりだった。こんなところにいるということは、やはりこの人が…ウルトラマンなのだろうと、改めて確信を得た。思えば、自分の傲慢さと心の弱さが原因で、この人に対してあまりにも迷惑をかけすぎていた。

「あの、私…」

「いい友達を、持ってたんだね」

ユウに対して何か言う前に、彼からそのように言われたアリサは驚いて目を見開いた。

「聞いてたんですね…オレーシャのこと」

「うん。リディア先生からも、ね。辛かったね…」

「はい……でも、もう膝は着きません…!!」

ユウから心配の眼差しを向けられ、アリサは頷いた。完全に晴れた顔…とは言えないものの、それでも顔つきを引き締めていた。自分のせいで死んだと思っていたオレーシャ。アリサを恨むどころか、強く生きていてほしいという願いを秘めていた彼女の思いを知り、絶対の自信を強く持てるわけではないが、今一度アリサは立ち上がろうと決断した。

「行こうか、一緒に」

「はい!」

オレーシャにも、天国にいる父と母にもこれ以上恥ずかしい姿は見せられない。

ユウが左手でギンガスパークを掲げると、アリサも右手でそれをぎゅっと握る。

アリサには、一杯言いたいことがあった。ユウにはこれまでの非礼と迷惑をかけ続けてしまったことへの謝罪、そして自分を助けにここまで来てくれたことへの感謝。リディアにも何度も心配をかけてしまったこともあるし、今まで変わることのない友情を持ってくれたオレーシャにもお礼を言わなければならない。

ギンガスパークを通して二人の強い決意を受け、現実世界のギンガはメザイゴートに向けて再度構えを取った。

 

 

 

完璧だった。アリサを自分にしか信頼を置けないように何度も彼女の心を追い詰め、その心につけこんだ。それを盾にしてウルトラマンギンガを抵抗できなくさせ、敗北させるなど容易かったはずだ。

『なぜだ、なぜなんだあああああ!』

「残念だったな大車…お前の予想は外れた」

ギンガがメザイゴートを指差しながら、その中にいる大車に向けて言い放つ。

「お前の最大の敗因は、人の心を見下し舐め切ったことだ。医師としても、人間としてもどこまでも落ちぶれ、己の欲望のためにたくさんの人の命と心を踏みにじったお前は…絶対に許さない!」

ユウがそう告げると同時に、ギンガは火炎弾〈ギンガファイヤーボール〉を放った。自身と周囲が炎に包まれ、メザイゴートは地面の上を転がった。

『ぎゃあああああああああ!!!あ、熱い!熱いよおおおおおおお!!』

大車の悲鳴も聞こえる。火達磨にされ、身もだえながらみっともない悲鳴を上げている。

『し、死ぬ!死ぬ死ぬ死ぬ!あぎゃああああああああ!』

…醜い。ギンガ…いや、ユウは思った。

アリサも、ユウの隣で見ていて、今までの自分が信じられずにいた。脳裏によみがえる、大車が自分に刷り込んでいたあの暗示の言葉…あんなものに、しかもべたべたとすり寄ってきた大車の言葉に安らぎを覚えていたなんて…。

それも、自分が両親と親友の死で壊れてしまうほどに心が弱かったからだろう。今でもこの世界の残酷さには恐怖する。でも、それでも生きてほしいと願う人がいたことに気づいた以上…別れを告げなければならない。今までの…クローゼットの中に閉じこもっておびえ続けた自分と。そうしなければ、また自分は同じ過ちを本当に繰り返してしまう。

「これで決める…!」

ギンガは全身のクリスタルを、一昔の時代の春を思わせるような桜色に輝かせた。

その光は周囲に満ちる夜の闇さえも照らし、星よりも強く輝く。周囲がその光でまるで真昼のように空を明るく染め上げたところで、ギンガは両手を前に突出し、ユウとアリサはギンガの中で強く技の名前を言った。

 

 

 

――――〈ギンガサンシャイン〉!

 

 

 

「ドオオャアアアア!!」

闇を払う光は、メザイゴートの体を宙へ打ち上げて行った。

『ぬああああああああああああ!!』

宙へと舞い上げられるメザイゴートの中から、大車の声は引き続き響き続ける。空間内にも強い闇に満ちていたはずなのに、彼がライブしているメザイゴートのインナースペースにも、ギンガの光線によるものか、太陽のような強い輝きが大車の身を焦がすようにまばゆく輝いた。

『ひ、光……あぁ…栄光の光は…また私を……拒むと、いうのかあああああああああああああああああああああああああ!!!!』

大車のその叫び声が轟くと同時にメザイゴートは爆発し、光となって消えて行った。

 

 

 

メザイゴートへのライブが解除され、地面の上に大車は全身やけどを負ったようなすすだらけの姿となって転がった。メザイゴートのスパークドールズの状態はもっとひどく、火で炙られたかのようにボロボロでもう使い物になりそうになかった。

「大車先生…」

ギンガの中から、それをアリサは見下ろしていた。

信頼していた。両親を殺された自分に道を指し示してくれた人だと思っていた。でも、それは自分の野望のため、欲望のはけ口として利用するための方便だった。結果、自分は復讐の鬼と化し、仲間たちに何度も迷惑をかけてしまうだけの存在にされた。今までの恩義が、ただの疑惑と嫌悪感に変わっていくこの変化に、アリサの心境は複雑さを増していった。

(アリサ…)

その心境を察したユウは考えた。憎しみ、それは彼もまた抱えたことがある感情だ。幼いころに妹も、防壁外で共に暮らしてきた人たちも救おうともせず見殺しにしたフェンリルに対してそれを抱いた。そこにもし、大車のような悪意のある存在が自分を利用するために甘い誘惑の言葉をかけてきたとしたら、果たして逆らえただろうか…?

いや、タラレバの話をしても仕方ない。

既に、この空間が遠くの位置からうっすらと消滅し始めていた。アリサを探してからまだ一日はおろか1時間ほども時間は経過していないとはいえ、仲間たちも心配しているはずだし、これ以上ここに留まり続けるのは危険だ。

「脱出しよう。もちろん、彼女も連れて」

彼女、と言われ、アリサの視線の先にオレーシャの姿が映った。こちらに笑顔を向け手を振っている。勝利の喜びを共に分かち合ってくれている。ロシアで一緒に戦ってきたころと同じように。

「はい…!」

 

 

 

一方、アナグラの中ではまだコウタたちはアリサを探し続けていた。

「アリサはまだ見つかってないの!?」

「ええ、もうアナグラ中を徹底して探しても、誰も見てなかったそうよ。ヒバリちゃんにも頼んでアリサの腕輪信号を探して貰ったけど、今空に強力なジャミングを起こす雲が発生していて、反応を追えないそうよ」

コウタから質問に、お互い成果のなかったサクヤはそう答えるしかなかった。

まさか空の上にできた、ジャミングを発生させている妙な雲の向こうに展開された特殊空間の中にいると思わなかったに違いない。見つからないのも無理はなかった。オペレーターのヒバリの力を借りてもダメだったとなると、もうこれ以上はどうにもならなかった。

「くっそ…どこ行っちまったんだよアリサの奴…さっきハルさんたちにも聞いたけど、向こうも手がかりなしみたいだし、ソーマの野郎も手伝わないし…」

「…」

サクヤは、コウタがソーマのことに触れると、コウタの向こうの廊下の角に視線を向ける。そこに、ソーマが壁に背中を預けた状態で隠れていて、サクヤは小さくため息を漏らした。…実を言うと、手伝う気を見せなかったソーマだが、ちゃっかり隠れて、アナグラ周辺の居住区を中心にアリサを探し回っていてくれていたのだ。コウタには言うなよ、その一言をサクヤに念押して。昔から素直じゃない男である。

「…ここまで探しても見つからないなら、もしかしたら誰かに連れ出されていることも考えられるわ」

「連れてかれた?なんで?」

「それはわからない。でも、さっきアナグラ中の電気が一時的にダウンしたことを考えると、アリサの失踪と関係あるかも知れない」

サクヤのその予想は概ね合っていた。メザイゴートの発生させたあの雲の影響である。一時的にアナグラの電力をダウンさせ、オレーシャの幻影にアリサを連れ出させ、ユウを誘き出す。しかもメザイゴートの雲にはジャミングを発生させる効果もあり、アリサはおろか他のゴッソイーターの位置情報も得られなくなる。

「もしかしたら、アリサを狙う誰かが電気をダウンさせて、暗くなった隙を突いて…」

そこまでサクヤが言いかけたところで、サクヤの通信端末に着信が入った。連絡してきたのはヒバリからだった。

『サクヤさん、上空に広がっていた雲が消えてジャミングが収まりました!アリサさんの反応も特定できましたよ!』

この時、ユウとアリサがライブしたギンガが、大車のメザイゴートを撃破して脱出を果たしていた。そのためあの雲も同時に消滅しジャミングが解かれ、アリサの腕輪信号をキャッチできたのだ。

「っち…」

結局自分が動き回ったのは無駄だったらしい。ソーマは人隠れて小さく舌打ちした。

 

 

 

 

脱出を果たし、三人は元の現実世界、極東支部中央施設の屋上に立った。ユウたちがライブを解いて降り立つと同時に、極東支部上空に広がっていた大車…正確にはメザイゴートの特殊空間は消滅した。

「おぉ、戻って来たか!」

大車が作り出した特殊空間に突入した時と同じように、リディアとタロウが待っていてくれた。

「アリサちゃん!!」

戻ってきたとたん、アリサの姿を見たリディアは彼女の元へ駆けつけ、すぐにぎゅっと抱きしめた。

「り、リディア先生…苦しいです」

胸の圧迫感がすさまじくて息苦しい。気がついてすぐにリディアは腕の力を緩めた。

「ご、ごめんなさい…嬉し過ぎて…でも、よかった」

「先生、私のこと…恨んでは…」

オレーシャが死んで、ロシア支部の病棟で目を覚ましたあの日、アリサは知らない間にオレーシャに関する記憶を大車によって消されていた。その時、大車の口車で「リディアの大切なものをアリサが奪ったから、もう二度とリディアはアリサに会いたくないのだ」と言われた。それが自分を利用するための方便であり、オレーシャの記憶が戻ることで大車に何かしらの弊害が起こるのを防ぐための方便でしかないことだと、今なら思えるが…彼女が自分を恨んでいること自体は本当ではないのかと不安を抱いた。でも、それは杞憂でしかなかった。

「私がどうしてアリサちゃんを恨まないといけないの。むしろ、あんな人にアリサちゃんを預けて、離れ離れになって…ずっと後悔してきた…ごめんね」

「そ、それこそおかしいです!先生は何も悪くありません!」

リディアからも謝られたアリサは慌てた。しかしリディアからすれば、アリサの心を平常に戻すためという名目で大車にオレーシャの記憶を消してもらうことになったが、結局アリサを救うことを諦めてしまっただけの言い訳だとしか思えなくなった。しかも、自分の妹とアリサの絆をなかったことにしてしまうところだったのだから、大車と違って優しさに溢れた彼女の罪悪感は大きかった。

「さっきから二人とも、お互いに謝りすぎだよ。せっかく会えたんだから、もっと笑顔でいないと」

アリサとリディアは、横から言葉を挟んできたオレーシャのほうを向いた。リディアはやはりというべきか、驚きの表情をあらわにするしかなかった。

殉職したはずの妹が、生前と変わらない姿でそこにいたのだから。

「嘘…オレーシャ、なの…?」

「久しぶり、リディア姉」

リディアはアリサの時と違い、やや恐る恐るオレーシャに歩み寄って手を伸ばす。その頭をそっと撫でると、忘れかけていたオレーシャのふわりとした匂いが漂った。

リディアはオレーシャをギュッと抱き締めた。オレーシャも姉を抱き締め返し、姉妹は一緒に泣いた。

「ユウ、彼女はもしや…」

「うん…アリサの、大切な友達だ」

ユウが感応現象でアリサの記憶を見ていたことは、タロウもその場にいたから知っている。確信を持って訪ねてきたタロウに、ユウは静かに頷いた。

ユウたちは二人から一歩引いた場所に下がり、もらい泣きしそうになるくらい感動した。

ようやく離したところで、リディアとオレーシャはユウたちの方を向いた。

「ユウさん、本当に…本当にありがとうございます。あなたのお陰で、アリサちゃんと…オレーシャとまた会えました」

「いえ、僕だけの力じゃどうにもなりませんでした。アリサとオレーシャの力ですよ」

今回は本当にそうだった。ギンガと一緒に大車をボコボコにすればよいと言う話ではない。アリサを救うことが最大の目的だったのだから。

「でも君が、アリサの中からあたしを見つけてくれなかったら、あたしはリディア姉とアリサにもう一度会うことは出来なかった。ありがとね…」

「神薙さん、私からもお礼を言わせてください。迷惑ばかりかけてきちゃった私を助けてくれて…ありがとうございます。それと、今まで…無礼と迷惑をかけ続けて、ごめんなさい!」

アリサからも頭を下げられ、オレーシャからも礼を言われ、僕自身はそんな大したことないのに…と口に出さなかったが、ユウは照れ臭くなって謙遜する。それに初対面からのあの態度も、いちいち気に留めたらきりがないので慣れ始めていた。

「……あ、そうそうアリサ。ちょっと耳貸して。リディア姉もこっちこっち」

すると、何かを思い出したかのようにオレーシャはアリサに手招きしてくる。さらにリディアも加え、端から見たユウがどうしたんだろうと困惑するのをよそに、三人でコソッと会話を始めだした。

「ユウのことなんだけど、なかなかいいんじゃない?」

「え?何がです?」

「やだなぁもう。それをあたしの方から言わせる気?」

「あぁ、成る程。オレーシャの言いたいことがなんとなくわかった。確かにあの人ならいいと思うわ」

何かを察したのか、リディアが妙に生暖かい視線をアリサに向け始めた。

「な、なんですか…二人して何の話を…」

それらの視線に思わずたじろぐアリサに、オレーシャはニヤニヤ笑いながら言った。

「新型ゴッドイーターのカップル、うん、悪くない」

聞いた瞬間、アリサは顔を真っ赤にして会話の輪から飛び出した。

「か、カカッカカカップ…!!?何を言い出すんですか!!わ、私は別に彼のことそんな風に思ったこと…」

顔を赤くして必死に否定するアリサを見て、大笑いしているオレーシャはもとより、リディアまで腹を押さえて必死に笑いをこらえていた。

「もう、リディア先生まで!!」

「ふふふ、ごめんなさい。久しぶりにアリサちゃんが慌てる姿を見てたら、可笑しくって」

思わず涙目になってしまうくらいに怒鳴るアリサ。三人の会話が今の動揺するアリサの言葉以外小声で展開されてたので、ユウはアリサの「カプなんとか」の意味が理解できず首を傾げていた。

だがオレーシャのアリサいじりはここで終わりではなかった。

「それでユウ。君はアリサのことどう思ってるの?」

「言った傍からなに言い出すんですかオレーシャ!!?」

気が付けば、確信的な質問をユウに投げかけている。当然真っ赤なままのアリサなど無視して、次にユウが口にする回答に、いたずらっ子のような笑みを浮かべながら期待を寄せる。

「えっと…仲間だと思ってるけど?」

そう言うと、オレーシャは呆れたのか深いため息を漏らした。あくまで『仲間』かよ…と。

(…別に、期待してたわけじゃなかったけど…)

アリサも心なしか残念な気持ちを抱いた。命がけで助けに来てくれた割に、アリサ個人にはあまり固執していないのだろうかと思うと、なんだか気に食わないし切ない。

「あれ?僕何もおかしいこと言ってないはず…ねぇタロウ?」

「…やれやれ」

ユウはひたすらよく理解できずに首を傾げるばかりだった。タロウにも尋ねてみるが、彼は肩をすくめて見せるだけだった。なんか腑に落ちないというか…すっきりしないリアクションのタロウに、さらに困惑を深めていくだけだった。

ふぅ、と一息ついたユウは、視線を後ろに向ける。

そこには、ボロボロの姿に変わり果てたまま気絶している大車がいた。呼吸が聞こえる。ライブしたメザイゴートの体が盾代わりになったことで命までは失わずに済んだようだ。だが、いくらスパークドールズもダークダミースパークも消滅しているとはいえ、起きたら何をしでかすかわかったものじゃない。

「タロウ、今のうちにこの人を拘束できる?」

「うむ、任せてくれ。…ウルトラ念力!」

タロウは大車をじっと睨むと、大車のボロボロになった白衣をウルトラ念力で細長く伸ばし、それをロープにして大車をぐるぐる巻きにしばりつけた。これでこの男はもう逃げられないだろう。

「後はこの男を引き渡して尋問してもらおう。この男には聞きたいことがある」

タロウは大車を見下ろしながら言った。

思い起こせば、ユウたちがしばらくの間暗闇の道を進むことになったのは、この男の邪悪な思惑が原因だ。しかも今もなお、この男のせいでリンドウは失踪したまま。ウルトラマンであるユウを殺そうとしたのは、この男が闇のエージェントであることを考えれば納得がいくが、なぜアリサを利用してまでリンドウを暗殺しようとしたのか、そもそも地球の人間でありながら闇のエージェントに堕ちたその理由が未だにわからなかった。それを知るためにもこの男はまだ死んでもらっても逃げられても困る。

「……」

アリサたちも複雑な心境を抱き、大車に対して今すぐにでも怒りの感情をぶつけたくなった。この男のせいで長らく自分たちは苦しみを味合わされ、引き裂かれたのだからなおさらだ。でもタロウの言うとおりだ。そもそも自分たちゴッドイーターはアラガミを倒す戦士であって、いくら落ちぶれた存在でも人間を殺すわけにいかないのだ。

今は、タロウの言うとおり尋問させてもらい、真実を聞き出すまで怒りを収めることにした。

ふと、オレーシャを見たアリサが声を上げた。

「お、オレーシャ…!?それは…!」

ユウとリディア、そしてタロウもまた彼女を見て目を見開く。

彼女の体が金色の光となり始めていたのだ。

「あはは…もうこれ以上は限界みたい」

オレーシャのその言葉を聞いて、ユウたちは思いだし、そして理解した。オレーシャは、既に死んでいる。そんな彼女が再び現世に現れるという、本来ならあり得ない奇跡。そのタイムリミットが来てしまい、もうこの世に留まることができなくなったのだ。

「あたしは、ユウ…君がアリサの記憶の中であたしを見つけてくれたことで形になった…

本当にありがとね。またリディア姉と、アリサと会えたこと…本当に感謝してる」

「………」

オレーシャはユウの方を見て、改めて彼にお礼を言った。ユウは、なんと言葉をかけていいのか分からず、声が喉から出せずにいた。

「いや、行かないで!」

アリサはオレーシャの手を掴もうとするが、できなかった。彼女の手に触れようとしたところで、アリサの手がすり抜けてしまったのだ。

「そんな…!」

自分の手とオレーシャの手を見比べ、動揺するアリサに、オレーシャは切なげな表情を浮かべ、首を横に振った。

「アリサ、ごめんね…でも、こういうのはどうしようもないんだ。いつかは訪れるんだよ、別れの時って奴は」

顔を上げたアリサは、駄々をこねる子供のように首を横に振り続けた。

「嫌だ…お願い…消えないで…まだあなたと、たくさん…お話ししたいのに…一緒にいたいのに…」

耐えきれなくなったアリサは膝を着き、両手で顔を覆ってしまう。オレーシャは彼女の前で身を屈めると、もう触れることができなくなった光るその手でアリサの肩に触れた。

「あたしもだよ…でも、ごめんね………もう行かなきゃいけない……だからせめてさ、向こうでアリサのパパとママに会ったらいっぱいあんたのこと、話してくる。あたしたちのお父さんとお母さんにも、自慢の友達がいたってこと、話さなくちゃ」

「オレーシャ……」

リディアも、眼鏡の奥の瞳から涙が溢れ出はじめていた。幼き日から二人で強く生きてきた妹と、二度も別れなければならないなんて辛くないわけがない。

「…リディア姉も、ごめん。あたしって…姉不孝者だよね……あたしがゴッドイーターになるって決めた時も大ゲンカして、必ず生きて帰るって約束で納得してもらったのにさ……」

「そんなことないわ…あなたは、世界一の…私の自慢の妹だったわ」

リディアが必死に喉の奥から絞り出した言葉を聞き、オレーシャもまた、笑顔を浮かべた。オレーシャはユウの方に向き直る。涙をこらえようと、必死になりながら。

「ユウ、アリサのこと…これからもお願いね?」

「…あぁ、もちろんだよ」

本当なら、自分がアリサの傍にいたかったに違いない。親友として、家族として…姉妹として。でももう、それは敵わない願い。だから、こうして信頼できる誰かに託すのがやっと。それは先に逝く者にとって苦痛と悲しみに満ちたものに違いない。彼女の顔を見たユウはそれを悟るしかなかった。

ユウからの承諾の言葉に安心したオレーシャは改めてアリサとリディアに向き直った。

「じゃあ、そろそろ行くね」

「…待って…」

立ち上がったアリサが、目元をこすりながらオレーシャのもとに歩み寄った。もうわがままを言っても、手遅れなことは、さっきからもうわかっていたことだ。

だから……

「オレーシャ、最後に…言わせてください。

 

オレーシャは…私にとっても最高のお友達です。これからもずっと…」

 

オレーシャはアリサの言葉を受け、うんと頷いた。

 

「ありがと…アリサ」

 

さっきから泣きそうになってばかりだったのが嫌だった。だから少しでも明るく笑顔で、美しく別れを告げようと、オレーシャは必死の笑顔と共にVサインをアリサたちに向けた。

 

 

 

 

―――――アリサ、リディア姉…絶対幸せになってね!

 

 

 

―――――それが、あたしの最後の願いだから!

 

 

 

 

最後の瞬間に堪えていた一筋の涙を流し、その言葉を最後に……オレーシャの体は無数の光の雫となって霧散し、空へと舞い上がって行った。

思わずアリサは手を伸ばしたが、もうその手の中に光の一粒も届かなかった。

今度こそ天国へと昇天していく親友を見上げ………叫んだ。

 

「オレーシャァァァァァーーーーー!!!」

 

ユウとタロウも、もちろんリディアも、オレーシャが超えて行ったあの白い雲の漂う青い空を、ずっと眺め続けていた。アリサの涙が止まる時まで、ずっと……

 




NORN DATABASE

⚫️オレーシャ・ユーリエヴナ・バザロヴァ
外伝作品『アリサ・イン・アンダーワールド』『ノッキンオンヘブンズドア』に登場した少女。ロシア支部の防衛班に所属していた。
同性へのボディタッチが趣味だが、一方で姉のリディアと違って貧乳であることを気にしており(良く言えばスレンダーでもある)、同じ年齢なのに発育の整ったアリサと、同部隊に所属していたダニエラのスタイルの良さを羨んでいるところも。そのために貧乳であることをいじると、その相手に殺意を露わにしたような言葉を口にする。
作中でも語った通り、既に故人で享年15歳。
ロシア支部の防衛班のムードメーカー的存在であり、ロシア支部に配属された時は大車の洗脳もあって他者に対して邪険な態度のアリサにも明るく接し続け、その心の扉を開かせて親友となった。
しかし、その後間もなく任務中に予想外にも遭遇したヴァジュラに、傷ついたアリサを守って戦死。その凄惨な最期を目の当たりにしたアリサは再び心を閉ざしてしまった。だがその魂は死後もアリサと共にあり続けた。
アリサと再会を果たし、別れを告げる場面は、ゴッドイーターのテーマ曲『My Life』の歌詞の一部を、最期の願いの下りはウルトラマンA最終回でエースがこどもたちやTACの仲間たちへ最後の言葉を残した時の台詞を意識させられるように書いた。


⚫️リディア・ユーリエヴナ・バザロヴァ
『アリサ・イン・アンダーワールド』『GODEATER2 undercover』に登場した若手の女医でオレーシャの姉。まだ駆け出しの頃、ピターに両親を食われたアリサを、現場の廃屋にあるクローゼットから発見した。アリサの心に光を与えたはじめての人。
ふわりとした雰囲気を放ちながらも、絶望的な現実にも折れない芯の強さを持つ。
アリサとオレーシャを抱きしめて温もりを感じるのが好き。
時々話をしている相手の手を握って、そのまま豊満な胸元に無自覚なまま相手の手を持っていてしまうことがあり、それは男性に対しても発生してしまっている。羨ま…いや、人によっては結構危険な癖である。


⚫️波動電撃神獣エレキメザイゴート
合成素材:波動生命体サイコメザード+ザイゴート堕天(雷)
大車がダークライブした合成神獣。ザイゴート堕天がサイコメザードのスパークドールズを捕食したところを、『あるお方』の力でさらにスパークドールズ化した。
武器は電撃波と、攻撃力を下げる毒霧、そして劇中でギンガにアリサを追わせまいと展開したバリア。
バリアの元ネタは、ウルトラマンガイア『迷宮のリリア』にて、メザードに心を乱された佐々木敦子隊員を追おうとした梶尾隊員を阻むために作られた金色の光の壁。
暗雲を発生させ、その中に幻想に満ちた特殊空間を発生させることもできる。その能力で、非情な現実に心が疲弊したアリサを、アラガミの存在していない設定の幻想世界に導き、オレーシャとアリサの両親の幻影も作り出し、あたかもこれまでのアリサの人生そのものがありもしない夢だと思い込ませる形でその心を完全に支配しようとした。ちなみに特殊空間を発生させる能力はメザードの最上級種『クインメザード』の能力。
また、メザイゴートの作り出した暗雲は発生時はジャミングを引き起こしてしまう。

外見はメザードの首の部分と両腕が、ザイゴート堕天の女体部分となっている状態。ザイゴートの女体部分の首がメザードのように伸びきっている。ザイゴート時の単眼を持った黒い頭の部分は、メザードの腹の位置に第二の顔として移動している。


⚫️変形神獣ガザート
合成素材:変形怪獣ガゾート+ザイゴート
強力な磁場を発生させるガゾートのスパークドールズを捕食し進化したザイゴート。そのためガザートも立っているだけで強力な磁場を引き起こす。
捕食欲求も、ガゾートが『親愛の情を持った同胞を共食いする習性』もあってかなり高い。
ギンガを確実に殺そうと目論んだ大車が手駒として所持していた。しかし戦力的には、既にヴァジュラとティグリスの合成神獣であるヴァジュリスを撃破できるようになっていたユウ=ギンガの敵ではない。
外見は、ガゾートの頭の部分がザイゴートの単眼を持つ黒い頭の部位に差し替えられ、両翼の先がザイゴートの翼、中央の腹にザイゴートの女体が埋め込まれている。

実は、このガザートが原因で今回の大車はかえって敗北に追い込まれていると言える。なぜなら、元になったガゾートは常に強力なプラズマエネルギーを発生させており、それは時に、肉体を失った人間の魂を具現化させてしまうこともある。現にウルトラマンティガ「幻の疾走」にて、シンジョウ隊員の妹マユミを守るために、ガゾートに殺された婚約者アオキ・タクマが現れGUTSに協力、ティガの勝利に貢献した前例がある。
このガゾートの意図せぬ能力は、ユウがアリサとの感応現象を発生させたことでアリサの中に眠っていたオレーシャの魂を呼び起こし、ガザートのプラズマエネルギーによってオレーシャの肉体を一時的に復活させ、壊れかけていたアリサの心を救うこととなった。

自分のありもしない勝利に戦う前から酔いしれていた大車の傲慢さ、自分の使う駒を把握しなかった怠慢さが招いた敗北とも言えよう。
ただ、ガザートを使わなかったとしても、オレーシャが万が一復活を果たさなかったとしても、ユウの必死の覚悟の強さが、長い時間をかけてでもアリサを救うことになる可能性があったのは否定できない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ボロボロの翼でも(前編)

病室から失踪したアリサを探すのをきっかけに起きた、大車との新たな戦いは、無事アリサを救出することで幕を下ろした。

しかしその裏でウルトラマンと合成神獣の戦いも起きていたことは、極東支部の者たちの中で知る者は誰もいなかった。…ただ一人を除いて。

「アリサ君は無事だったのか?」

「はい。同時に、極東内にアリサを狙って侵入した大車に誘拐されたところを、神薙上等兵が救出、大車を拘束したそうです。アリサはその時には、意識が十分に回復していたとのことです」

「では次に…大車君は今どうしている?」

「アリサ奪還を阻止しようと神薙上等兵と乱闘になって負傷したらしく、今は厳重な監視の元で治療を受けています。その後はそのまま懲罰房の牢獄にて監視をつけて拘束させる予定です」

逃がすわけがない。大車はツバキ個人としても許せる男ではない。

「そうか、ご苦労だった。オペレーション・メテオライトの憂いの一つがこれで消えた。そのまま彼を逃さないようにしてくれ」

ツバキから報告を聞いたヨハネスは、大きなリアクションは示さなかったが満足げに頷いた。大車はフェンリルを裏切った卑劣な裏切り者。管理下において置かなければ、次に何をしでかすかわかったものじゃない。奴の行いとその裏にある、悪事の理由などには大体察しがついている。故に放っておけば、こちらの害となるのは目に見えている。

「ところで、アリサ君を発見した神薙君に怪我などの異常はなかったかな?」

「神薙上等兵に怪我は見られませんでした。至って体調は良好、神機さえ稼働できればすぐにでも任務に復帰できるでしょう」

「それならよかった。実は、彼の神機をすぐに修理させようと思っていたところでね」

「え…?」

ツバキは耳を疑う。

「実は、我が極東支部はアリサ君のものを除いて、新型神機を二本保有している。少しでも新型神機を扱える適合者がほしくてね、少し無理をしたが予め新型神機を二本手に入れていた。そのうちの一本が、神薙君が適合した新型神機だ」

ツバキは驚く。新型神機はまだ開発されて間もなく、本数も多くはない。そんな新型を、この男はロシア支部から引き抜いたアリサの分も含め、三本もこの時期に確保していたのだ。

「もう一本のパーツの一部を、神薙君の神機にそのまま移植させておくよう、修理班に連絡しておいた。ツバキ君、君は神薙君の訓練状況を見て、彼が常に最高のコンディションで任務に当たれるように見ていてほしい。

1週間後、その日に延期させていたオペレーション・メテオライトを再会する。前日には現在ここにいる全ゴッドイーターたちはブリーフィングルームに呼び出すようにしてくれ」

「…了解しました」

この男はフェンリル創設にも関わっていたと聞いている。だから三本もの貴重な新型を確保できただけの権力もあるのだろうか?

ヨハネスからの命令に承諾しつつも、彼に対する確証を得ようにも得られない疑惑がツバキの中で渦を巻いた。

 

 

大車との戦いから二日過ぎた。

アリサが無事に見つかり、さらに大車も極東支部によって厳重な監視の下拘束された。無事だったアリサもメディカルチェックを受け、一時は現隊復帰が危ぶまれるほどに精神を乱されていたが、検査の結果心身ともに問題はなかった。…が、それはあくまで普通に生きられる上での判定。ゴッドイーターとして戦えるかどうかまでは別問題だった。

「はぁ…はぁ…!」

訓練スペースにて、アリサは激しく息を弾ませていた。目の前には、コクーンメイデンの姿をしたダミーアラガミが立ちふさがっている。

訓練スペースの床から3階の高さには、全体を見下ろせる防弾ガラスで張られた部屋があり、ユウとタロウはそこからアリサの訓練の様子を見守っていた。

「ちょっと驚いたな。アリサが、あんなこと頼むなんてね」

ふと、ユウが呟く。大車の洗脳の影響もあったとはいえ、彼のアリサに対してどうもプライドが高いイメージを持っていた。そんな彼女が、これまでの行いと態度から打って変わって自分に頼みごとをしてきたのが衝撃だった。

「私はそうは思わなかったよ。あれだけのことがあって変わろうと思わない人間などいないだろう」

タロウは寧ろ頼みごとをしてきたことを当然だと思っていた。

 

 

事は数十分前。

「私に、戦い方を教えてください!」

退院してすぐに、ユウの部屋を訪れたアリサは彼にこのように申し込んできた。

「僕に?どうして?」

思わぬ要求にユウは目を丸くした。さっきも言ったように、アリサはプライドの高いイメージがあったから頼みごとを申し出ると思わず、理由を尋ねる。

「知っての通りだと思いますが、私は…ずっと復讐のために戦って来ました。でも、ただ目の前の敵を倒すだけじゃなく、今度こそ自分の意思で大切なものを守れる強さがほしいんです!」

アリサには、まだ大切なものがこの世に残っている。恩師であるリディア、そして自分をもう一度光の下に導いてくれたオレーシャとの約束。

一度は引退だって考えてもアリサを責められない。両親と親友を立て続けにアラガミに食われるという、あれだけ辛いことを経験したのだから。これ以上危険な戦いに身を投じずともよいのではとも思える。

「…」

しかし、彼女の目は前のような深い闇のような冷たい目ではない。強い光を宿したアリサのアクアブルーの瞳を見て、ユウは彼女の意思が固いことを悟った。

「うん、力になりたいのは山々なんだけど…僕じゃあまり力になれないんじゃないかな。神機だって今は修理中だし」

「そんなことありません!ウルトラマンでもある神薙さんは、私が理想としている強さを持っています。だから、あなたに…」

「うーん…」

神機も壊れていて、まだ人にものを教えると言うにはあまり熟練しきれていない。そもそも自分自身がウルトラマンな訳ではなく、あくまでギンガの力をお借りしてるだけだ。だがせっかく立ち直ったアリサの頼みを無下にするのも気が引ける。どうしたものかと悩むと、アリサがかなり落ち込んだ様子を露にしていた。

「や、やっぱり…私なんかの頼みなんて聞きたくないですよね。私、あんなに酷いこと言ってましたし…」

「うわあああ!そんな泣きそうな顔しないで!!」

「な!だ、誰が泣きそうですか!変なこと言わないでください!」

泣きそうだと言われ、思わずこれまでのような意地っ張り具合を表に出して反発するアリサを宥める始末。落ちつかせるのに少し時間を要した。

「す、すみません。取り乱してしまいました。でも、もう泣きませんから!」

しばらく…と言ってもそんなに長時間というわけではない。ようやく落ち着いたものの、変わらず意地を張って見せるアリサに、ユウは苦笑いを浮かべる。アリサはその顔を見て面白くなさそうに頬を膨らませた。

「悪かったから、そんなに睨まないでよ…。

ただ、さっきの話だけど、僕だってまだ未熟だよ。だから教えられることも多くない。寧ろこれから学ばないといけないことも山ほどあると思う。」

「そうですか…」

「だから、アリサ。僕も君と同じ気持ちだ。一緒に学んでいこう?」

「!ッあ、ありがとうございます…!」

ユウからそのように言われ、アリサは少し驚いたように顔を上げながらも、少しだけ嬉しそうに笑みをこぼした。

「神機の扱い方については、他のゴッドイーターたちにいろいろ聞いて回るのがいいと思う。サクヤさんや、防衛班の人たちに聞いてみたりとかもいいと思うけど…」

「サクヤ、さん…ですか…」

サクヤの名前を聞いて、アリサの表情が不安に満ちる。

そっか、そうだったな…ユウはアリサが暗くなった理由を察した。リンドウが失踪した際、一番取り乱してしまったのはサクヤであることはアリサも聞き及んでいた。あの日、両親の仇でもあるディアウス・ピターをはじめとした新種のヴァジュラたちの群れがいた。それだけならまだ切り抜けたかもしれないが、彼が失踪した一番の原因は、あの状況で自分が大車によってボガールにされてしまったのが一番の要因だと、アリサはサクヤに対して罪悪感を強く抱いた。

「…わかった。神機の扱い件は、僕の場合はまだ修理中ってこともあるし、後にしよっか。

じゃあ戦い方だけど…それは僕より適任の人の力がちょうどここにいる」

「え?」

ここに戦い方を指南してくれる適任者がいる。そう言ってきたユウだが、アリサの目にはユウ以外誰も彼の部屋にいなかった。

「タロウ」

名前を呼ばれると同時に、瞬間移動という形でタロウがユウの肩に乗ってきた。

「アリサ、君とちゃんとした形で会話をするのは、これが初めてだな」

「に、人形が喋っ…!?…あ」

突然現れた人形。それがいきなり喋ってきたことで一度は驚いて声を上げかけたアリサだが、ここで霞んでいた記憶の一部が蘇る。大車に操られ、あの男に命じられるがまま防壁外の人たちの集落に隠れていたユウを暗殺しようとしたとき、ユウを守るべく現れたあの赤い人形が自分に立ち塞がってきたのを思い出した。

「あなたは確か、あの時の…」

「自己紹介しよう。私はウルトラ兄弟No.6、ウルトラマンタロウ。地球人としての名前は東光太郎だ」

「あ、はい…はじめ、まして…」

やはりウルトラマンだったのか。しかし、ウルトラマンといえど、人形と会話…なんだか奇妙な気分に陥った。

「タロウは光の国…あ、ウルトラマンたちの故郷の星のことなんだけど、そこで若手のウルトラマンたちを指導していた教官だったそうなんだ。それにアラガミが現れるずっと前にも、地球防衛の任務に就いていたから僕よりも戦いのノウハウとかずっとわかっていると思う」

「いやいや、私もまだ上の兄弟たちには及ばないままだ。今は訳あって、見ての通り人形の姿になっているが、こう見えて戦いの経験は長らく培ってきている。私でよければ君を指導しよう」

「あ、ありがとうございます!」

確かに人形の姿だが、ウルトラマンの教導官なんて頼もしい限りだ。アリサは深く感謝して頭を下げた。

「あ…わかってると思うけど、僕やタロウの事は、秘密にしておいてね?」

「大丈夫です!誰にも教えません」

 

 

こうしてタロウによって、アリサは指導を受けることになったのである。

 

 

まずはこの日、ダミーアラガミとの模擬戦闘で、今の彼女のコンディション等とタロウたちに確かめてもらう。

アリサは神機を握りしめ、敵の攻撃に備えて身構える。

コクーンメイデンは遠くから頭から放つオラクルの光弾を飛ばす。また、近づく者を体内から生やした無数の針で串刺しにする奴だ。アラガミの中でも雑魚中の雑魚。油断さえしなければ遅れは取らない。しかし…

(く…)

手が少し震える。ダミーだとわかるが、見た目は本物と遜色ない。

アリサは呼吸を整え、目付きを変えて神機を銃形態『レイジングロア』に変形する。…以前と比べて、銃への切り替えが遅い。前はもっと、瞬きほどでないにせよ早く切り替えられたはずだが。

アリサは銃撃を加えながらコクーンメイデンに接近する。こうすればメイデンは近づいてくる敵に対して攻撃を加えられなくなる。光弾をアリサに向けて撃つこともままならず、アリサの接近を許すダミーのコクーンメイデン。

「はあああああ!!」

アリサは十分に接近したところで、ロングブレード『アヴェンジャー』に切り換えコクーンメイデンを頭上から真っ二つにした。切り伏せられたダミーのコクーンメイデンは消え去り、ふう…と、アリサは呼吸を整えた。この程度の相手なら問題ないようだ。でも雑魚相手に安心するようではいけない。

「次、お願いします!」

アリサは再度神機を構えて言った。その後、アリサはオウガテイル数匹や、シユウ等の中型種の新たなダミーアラガミとの模擬戦闘を続けていった。

 

 

 

ここから見たところ、戦闘はなんとか行うことはできていたように見受けられた。目の前の敵を、まずは小型種から一体ずつ片付けていく。物量に差があるときは弱い奴から倒してしまうだけでも、敵の攻撃から狙われる回数や確率が減っていく。性格面については大車のせいもあったとはいえ問題はあったものの、彼女は元々模範的な知識と技術を培っており、それを実行するだけの能力もあった。

だが、タロウはアリサの戦い方を見て、気づいたことがあった。

「恐怖をなんとか抑え込もうとしているな」

「え?」

そのように呟くタロウに、ユウが視線を向けた。

「確かに目の前の敵を倒すことはできている。だが、以前と比べて動きの切れが荒くなっているように見える」

改めて窓ガラスからアリサの模擬戦闘の様子を見るユウ。見ていくうちに、タロウが指摘したことについても理解が追いついていった。

銃と剣の切り替えのタイムに遅れが生じ、何とか小型種を倒していってるが、やはり攻撃の隙を突いて攻撃対象になっていないダミーアラガミがアリサに攻撃を仕掛けている。

それでもアリサは、膝を突くことなく神機を振るいながらダミーたちを倒して行った。

コクーンメイデン、オウガテイルの群れ、シユウ2匹、コンゴウ2体。病み上がりでもここまで彼女は繋いでいった。

「けど、撃破数を考えると、結構うまくいっているように見えるね」

「ああ、確かに。だが相手はあくまでダミー。実際のアラガミとは違う。本物は予測不能の行動に走ることもあるし、何よりダミーはこちらを殺すことは決してない」

不慮の事故さえなければ命を保証された戦い。それが模擬戦と言えよう。だがそれは実践の過酷さと空気を知ることも、不測の事態への応対が体に身につかない。ダミーたちを的確に処理していくのは悪くないのだが、訓練の内で以前ほどの調子がまだ戻っていないアリサがこのまま戦線復帰させるべきかと思うと、タロウはまだ不安を強く覚えた。

その不安は、的中する。

「あ、あれは…!!」

新たに表れたダミーアラガミを見て、ユウは絶句した。

 

 

 

「はぁ、はぁ…次!」

息を整えながら、アリサは次のダミーを出してくれるように申し出た。

少し前と比べて、まだ調子は確かに戻りきれていない。それでも、中型種を相手に連戦をこなして撃破できているのだから、調子は取り戻しつつあるはずだ。

……が、それこそが希望的観測だとアリサは思い知ることとなった。

次に現れたダミーアラガミは…

「………!!!」

思わずアリサは息をのんだ。

出現したのは、ヴァジュラだった。

そう、両親を殺したピターとは同系統、オレーシャを目の前で食った奴と同一種のアラガミだ。

ダミーヴァジュラがアリサに向けて咆哮を響かせる。このヴァジュラは偽物。自分が食われることはない。ないのだが…

「グオオオオオオオオオオ!!」

「ッ…!」

大車に封じられた記憶が蘇った今、アリサはヴァジュラへのトラウマも同時に蘇った。目の前のヴァジュラが偽物だと頭では分かっていたのだが、確かな恐れを抱いて身をビクつかせた。

ダミーヴァジュラが攻撃を仕掛けてきた。以前までのアリサならすぐに装甲を展開するはずだが、恐怖で指先が咄嗟に動かせず、反応が遅れてしまう。

「アリサ、避けたまえ!」

アリサの耳に、タロウの叫び声が聞こえる。反応して回避にかかるが、やや遅かった。アリサはダミーヴァジュラの前足の殴り付けによって壁に激突してしまう。

「痛ったぁ…!」

苦痛に顔を歪めるアリサ。いくら死なないように安全措置を施されたダミーとはいえ、殴られたりするのは流石に痛い。

『トレーニング中止!』

アナウンスが流れ、ダミーヴァジュラが消える。

「アリサ、大丈夫?」

訓練スペースにユウが入ってきて彼女のもとに駆け寄る。ヴァジュラがダミーアラガミとして出てきて、アリサがすぐに動きが固まってしまったのを確認してすぐに降りてきたのだ。

「…はい…すみません」

差し伸べられたユウの手を使ってアリサは立ち上がる。以前と比べ、彼女は素直に謝ってきた。

 

 

訓練スペースを出て、一度休憩にはいることにしたアリサを連れ、自販機コーナー近くのベンチに座った。

「やっぱりすぐにってのは無理があったんじゃないかな?」

ダミー相手にうまく立ち回れないからって失敗を咎める気になんてならなかった。両親をピターに、親友をヴァジュラに食われるなどという悲惨な過去を持っているのだから。

「い、いえ!今回は確かにダメでしたけど、私は…」

だがアリサ自身が強く意識している。いつまでも恐怖に怯える訳に行かないのだ、と。

だから今朝、アリサはユウとタロウの二人に頼み込んできた。戦い方を教えてほしい、と。

しかし一方で焦っている印象も否定できない。

アリサは、オレーシャとの約束を果たすために今一度生きることを決意したが、かといってトラウマを拭い去りきれた訳ではない。現に今回、ダミーヴァジュラを相手に身動きがうまく取れずにいた。

「アリサ、焦ることはない。不調からすぐに元通りに行かないのは何もおかしいことではない。我々ウルトラ戦士でもこのようなことは同じだ」

「そうなんですか?」

ユウの肩から姿を見せたタロウからそう言われた際のアリサは少し目を丸くする。

「私たちを完璧なる存在だと思っているのならそれは間違った認識だ。私たちにも敗北もあれば、最悪死が訪れることもある」

その言葉は決して嘘ではないことはアリサも理解できていた。それはギンガ…つまりユウやタロウの身につい最近実証されたことでもあり、そして自身が原因で起こったことでもある。これ以上、自分のせいで誰かが傷つくようなことがあってはならない。だからどうしても焦る気持ちが逸ってしまう。

「あ、ここにいたのね」

そこへ、アリサの様子を見に来たリディアがユウたちのもとにやって来た。だが彼女だけじゃない。

「ッ…サクヤさん…!」

思わずアリサは、もう一人リディアと共にやって来た女性…サクヤを見て思わず顔をこわばらせた。無理もなかった。自分のせいで、リンドウは行方不目になったようなものだと思えてならなかったから。サクヤの顔を直視できず、アリサはすぐに目を背けてしまう。

「アリサちゃん、調子は…よくないみたいね」

アリサの顔を見たリディアはすぐに読み取る。やはり付き合いの長さもあるし、医者として患者の状態を目で見極めることができるからなのだろうか。

「…すみません、リディア先生」

「昔みたいに姉さんって呼んでほしいんだけどな?」

リディアは少し困ったように笑みを見せた。大車のせいでしばらく引き裂かれてしまっていたし、オレーシャのこともあるから、まだそう簡単に離れ離れになっている間の溝や時間は埋め尽くせないようだ。

「…アリサ、今…少し時間あるかしら?聞きたいことがあるの。リンドウがいなくなったあの日、あなたの身に何が起きたの?あなたの口から、直接聞いてみたいの」

サクヤから尋ねられたアリサは、ビクッと身が震えた。リンドウの件について、やはり自分に対する恨みつらみを募らせているに違いないと思えた。

恐る恐る、彼女はユウに助けを求めるように視線を泳がせた。サクヤがリンドウのことを想っていたのは察しがついていた。だから彼女の頼みも無視はできないと思い、ユウはアリサに対して頷く。

「辛いかもしれない。でもそれはきっとサクヤさんもわかってくれているはず。そうですよね?」

「ええ……でもアリサ。あなたが悪かったわけじゃないのは頭では理解できているの。ただ、あなたやリディアさんには悪いけど、あなたの行いに関しては正直まだ許しきれているわけじゃない。けど、少しでも心に整理をつけるためにも、聞いてみたいの。当事者だった、あなたの口から」

リディアは、サクヤの話を聞いて心を痛めたのか少し悲しげに目を伏せる。理解はできているのだが、やはりつらいものだ。でもそれはサクヤにも言えたことだから文句を言うことはできない。

「………わかり、ました」

アリサは、ロシアで両親が食われメンタルケアを受けてから、リンドウが行方不明になったあの日のことまでの敬経緯を話し始めた。

「両親をピターに殺され精神を乱した私は、リディア先生のお陰で部屋の外に出ることができるようになった頃でした。私には神機との適合率が高く、ゴッドイーターとしての素質があるとされ、フェンリルの総合病院への異動を受けました。そこで大車先生に出会ったんです。あの人は紳士に私と向き合ってくれて、とてもよくしてくれてました」

よくしてくれていた。表向きはそうかもしれない。でもユウとリディアは本当のことを知っているだけに、腹の奥に積めたものが燃えるような感覚を覚えた。サクヤも先のことを察してか、表情が険しくなっていた。

「…でも、その頃からだと思います。アラガミへの憎しみが強くなったのは…思えば、あの人の言葉は私を都合のいい道具にしようと誘導していたんです。パパとママの仇のアラガミを片っ端から殺していけって、そうすればパパとママが喜ぶって…本当のパパとママなら、私が危ないことをすることに反対していたのわかっていたはずなのに…!

気がついたら、あの時リンドウさんが、パパとママの仇に見えて、彼のいるビルを…!」

それ以上アリサは言えなかった。自分がボガールという、アラガミ同然の化け物に変身させられリンドウを襲ったなど、口にするだけでも恐ろしかった。

ユウとリディアより先に、アリサが怯えて頭を押さえたところで、サクヤが彼女の肩に手を添えた。

「話させてごめんなさい。辛かったでしょう?

でも、ありがとう。話してくれて。あなたの痛みも伝わってきたわ」

「サクヤ、さん…」

顔をあげてサクヤの顔を見るアリサ。その時の彼女の目は、リンドウを奪った自分への憎しみはなかった。一人の醜悪な男に人生を狂わされた少女を慈しむ優しい目をしていた。その目はアリサからサクヤへの後ろめたさからの恐怖を和らげた。

「アリサ、これからまたゴッドイーターを続けるのよね?」

「…はい。まだ任務に行くには、不安がありますけど…」

この先も自分がまた新たなトラウマを抱くようなことが起きるかもしれない。飲み干せない悲しみにあうかもしれない。でも、オレーシャと約束したのだ。彼女の分も生きて幸せを掴むために。

「なら、先輩として私もあなたをサポートするわ。同じ部隊の女同士、悩みでも何でも話していってね」

「ッ…ありがとうございます…!」

なんていい人なのだろう、そうとしか思えなかった。今も昔も、自分の回りには優しい人たちが集まってくる。

アリサは強く決意した。こんな優しい人たちが生きる世界や未来を守りたい、と。

それがきっと、死してなお自分を見守ってくれていたオレーシャにも届くと思って。

そのためにも早く恐怖を克服し、休んでいる間にも鈍った本来の動きを取り戻さなければ。

 

 

 

 

アリサは訓練を再開してから、とにかく努力を積み重ねようと必死且つ積極的になった。

「これまでの無礼、本当にすみませんでした!!」

反感を買ってしまったゴッドイーターたちにもアドバイスを受ける必要も出たため、謝罪と共に頭を下げた回数も多い。タツミたち第二部隊やグラスゴーから遠征してきた真壁夫妻は人柄が良かったのでともかく、

特にカレルやシュンのような風当たりの強い相手には苦戦を強いられている。

「…儲け話を持ってくるなら考えてやるよ」

「へ、俺はてめえの生意気な口は忘れてねェからな。当然…リンドウさんのことだってな!俺は認めないからな!」

「………ッ」

言われた時は何も言い返せなかった。今も初対面からこれまでの無礼な態度を許してもらっていない状態だ。その身に受けるしっぺ返しの重さを痛感しつつも、アリサはユウやサクヤのような協力的なゴッドイーターたちからの支援、タロウからの教導を受けて腕を磨き続けていった。

剣術、銃の扱い、相対する敵に合わせた動き、不足の事態や死角からの攻撃への対応。オペレーション・メテオライトまで残り一週間になるまでの間、アリサはひたすら訓練を繰り返した。

 

辛いときもあるが、その度にアリサは空を見上げる。ある日にリンドウが教えてくれた言葉がある。

 

 

―――混乱しちまったときは空を見るんだ。それで動物に似た雲を探してみろ。落ち着くぞ

 

 

オレーシャと最後の別れを行った極東支部中央施設の屋上に上って、彼女が光となって飛び去った、明けの明星が輝く空を見上げる。

薄暗くも、日の出とともに明るさを取り戻す空。いくつもの雲もその光によって照らされていく。

「雲が多すぎて、数えられません」

思わず苦笑するアリサ。リンドウの言っていた通り動物に似た雲を探してみるが、風で流れていく雲の数が多く、動物に似た形の雲なんて見つからなかった。でも効果がなかったわけではなく、不思議と落ち着いた。

 

 

ボロボロに傷ついた翼でも、いつか飛んで行ける。

 

傍には、こんなにも弱い自分を信じてくれている人たちがいるから。

 

 

あの雲を超えた世界の向こうで、オレーシャは今も見守っているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、大車のやつはフェンリルに捕縛されたようだ」

大車の敗北は、マグマ星人マグニス、ナックル星人グレイ、バルキー星人バキにも伝わった。廃屋の中にある、放置されたままのデスクに腰掛けるマグニスがほかの二人に向けてため息混じりにぼやく。

「当然のResultって奴だぜ。あんな野郎ごときにやっぱりギンガはCan't Killingだったんだ」

さも当然に、こうなることをわかっていた様子でバキは言った。続くようにグレイが口を開く。

「今頃、牢屋の中で悔しがってるでしょうけど、このまま放置して良いのかしらね」

そう、大車も地球人でありながら曲がりなりにも自分たちと同じ闇のエージェント。そいつは今、自分たちの宿敵であるウルトラマンギンガこと神薙ユウの本拠地に捕まっている。

「極東支部の連中の拷問にかかって、うっかりあたしたちのことを喋ったりしないかしら」

「それもそうだな。誰か、あそこにもぐりこませる必要があるな。あの男の始末と……ギンガの近しい奴に、心に闇を抱えた者がいないかを探るためにもな」

自分達の現状を喋られ、不利に陥ることを懸念したグレイに、マグニスも納得し、何か対策を講じようと思案する。

「心に闇を抱えた奴を?ピターとボガールの合成神獣がいるのに必要かしら?それに、アナグラへの侵入はさすがに警戒されないかしら?」

「いや、案外Easyかもしれないぜぇ?」

懸念するグレイだが、バキは腰かけた机から飛び降りてマグニスの考えに同調する。

「連中のFRIENDの一人に、実は心に闇を抱えたBoyがいたぜ。例のオペレーション・メテオライト、その時にピター以外にも、そいつにライブさせた駒を差し向けさせんだ」

「それ、アーサソールを使ったときとそんなに変わらないじゃない?」

「いや、あの時はウルトラマンジャックがアラガミ化していた身でありながら俺たちに歯向かうという事態があった。駒が俺たちでさえも手に負えない奴だったせいでまんまと反撃されたが、駒を俺たちの制御下における程度にしておけば問題ない。それに、あんな奇跡二度も起きると思うか?」

マグニスにそう問われたグレイは、確かに…と呟いた。

「さらにさらに、もうひとつmeたち自身も念のためパワーアップを考えるのもgoodだぜい。あれだけのpinchを脱したLUCKYBOYなギンガのことだ。YOU-JINにYO-JINを重ねるに越したことねぇだろ?」

「確かに、あたしたちの先代は勝利したと思ったところで、ウルトラマンと地球人どもの返り討ちにあってやられたものね。奴等にもその悔しさと絶望をくれてやれるし、悪くないわね」

「うし!そうと決まったらあの御方にrequestだぜい!」

「奴の死を完全把握するまでは絶対油断するな。俺たちの持ちうる全てを持って、今度こそウルトラマンギンガを抹殺し、その首をあの御方に捧げるぞ」

ガチィン!

その時だった。突如彼ら三人の耳に、激しい地鳴りと、金属を叩きつけたような音が響いた。

「HEY!今のSoundは!?」

「ま、まさか…」

真っ先にマグニスが飛び出し、他の二人も後に続く。彼らは廃屋の下へと降りていき、階段の下にある倉庫の扉を開く。そこは倉庫ではなく、地下への更なる階段となっていた。急いで降りていく三人のエージェント。たどり着くと同時に、彼らは信じられないものを目にした。

「な…!?」

無惨に引きちぎられた鎖と、地上へ続く大きな穴が開いていたのだ。

「バカな…マグマチックチェーンを引きちぎって…」

地面に捨て置かれた鎖、それはピターとボガールの合成神獣を拘束していた、マグマ星人特性の拘束具マグマチックチェーン、そしてナックル星の拘束用の鎖だった。ウルトラマンでも外すことができないとされるほどの宇宙随一の物なのに、合成神獣はそれを食いちぎって地上へ逃亡したのである。

「OhMyGod!なんてこった!あいつここまで…」

「どういうことよマグニス!あの鎖はあんたの星の自慢のものなんでしょう!?」

「俺だけのせいにするな!貴様だって自慢げに自分の星のものをつけていただろうが!」

思わず互いに言い争いをしてしまうマグニスとグレイ。バキは二人の間に入って直ぐ様喧嘩を止めさせる。

「HEY!YOU GUYS!喧嘩してる場合じゃないぜ!こうなったら、すぐに奴らのFRIENDをこっちに引き入れなくっちゃぁな!」

「ならバキ、教えなさい!奴らの仲間の誰にダミースパークとスパークドールズを渡せばいいの!?」

バキに向けて八つ当たりでもするような剣幕でグレイが問い、バキはその先を話した。

「それは…」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ボロボロの翼でも(中編)

ストブラみたいに、ゴッドイーターもOVAという形でTVアニメ版の続編制作してほしい。そうすればスケジュールもあまり気にならないはずだし、ゴッドイーター3の宣伝にもなると思うんです。

誰かバンナムに直接直談判を!!


その生き物は、その姿になって以来、不愉快な窮屈さの中にいた。

四肢に異様に硬く頑丈な拘束具をつけられ、日も差さない暗い場所に放り込まれ、ひたすら使い時が来るまでの間は昼も夜もわからない暗闇の中に閉じ込められていた。

そいつは、とにかく貪欲だった。何かを口に放り込まないと気が済まなかった。

 

食べたい…食べたい…食べたくてしょうがない

 

そいつを支配する感情…それは『食欲』だった。

ただひたすら、目に見えるものも、どこかにあるであろう美味なものを食べて腹を満たしたいと思っていた。他の誰のものだろうが、知ったことではない。そいつにとって自分の食欲こそが絶対順守すべき正義と言えた。

そいつにとってこの世にあるとあらゆるものが餌なのだ。自分以外の存在は自分に食われるためだけに存在する。その意思に歯向かい、食事の邪魔する奴は全部悪であり、そいつらもまた自分にとって餌だ。

おのれの抱く感情がどれ程身勝手で下衆であろうと、そいつはこの世の全てを食らうまで、そいつは決して止まることはない。

そのどす黒い欲望はそいつの原動力となり、自身を縛る拘束をも食らって自由を掴むのだった。

 

 

 

 

 

 

以前自室の冷蔵庫に隠されていたリンドウのディスクを手に、サクヤは考えていた。

リンドウの残したディスクを解析するも解除できず、ただひたすら考え込み続ける。リンドウがこのディスクを遺した理由を。

大車はアリサを洗脳し、怪獣を使ってまでリンドウやウルトラマンを殺そうとした。でも大車とリンドウの間に直接的な接点は何もなかったはずだ。なのに、リンドウは大車に命を狙われた。いったいなぜ?

あの男はアリサを狙って再度アナグラに侵入したが、結局ユウに捕まって拘束された。それを機にアリサは回復、原隊復帰を果たし、今では新型神機を破損しているユウのサポートを受けながら任務への復帰も目指すに至り、アリサに関しては心配することは少なくありつつある。彼女に対しては複雑な思いがあるが、彼女も被害者でもある。リンドウが目にかけていたユウや、昔から彼女を心配している女医のリディアもいる。これから立派なゴッドイーターとして成長していくことだろう。

だが…大車のこれまでの行動の意味がなんなのかがわからないままだ。

大車自身に、リンドウとの接点はない。だがそれでも、手の込んだ手法で殺害を試み、行方不明に追い込んだ。彼自身にリンドウを殺す理由が見当たらないのなら……

(大車とは別に、誰かがリンドウが死ぬことで得をするか、都合のいい奴がいる…?)

そう考えると、何かが繋がってくるのを感じた。

わざわざアリサをさらおうとした理由が、彼の持つ秘密…リンドウが命を狙われた理由を隠ぺいするためと考えると…。

大車は人間でありながら怪獣も使っていた。以前任務中に遭遇し、グボロ・グボロを合成神獣に変えたあのマグマ星人となのった奇妙な人物も何か関係があるのかと。もしや、あのマグマ星人が黒幕なのだろうか?

…いや、あの星人がリンドウが死ぬことでいったいどんなメリットがあるというのだろうか。それに、あくまでこれは憶測でしかない。真実を知るには、やはりリンドウのディスクの内容を知るか、もしくは……当事者から話を聞くこと。

アリサからは、彼女が訓練を挟んだ時に話を聞いたが、結局リンドウが大車に狙われた理由について何もわからなかった。

今度は大車から話を聞くためにサクヤは動いた。

だが大車は今、厳重な警戒態勢の元で拘束されていた。

「大車医師に話を伺いたいのです。通してください」

サクヤはアナグラの中でも特に地下深くの場所に位置している独房エリアの看守に、大車と面会を求めた。

「申し訳ありません。大車ですが、ここには収監されていません」

「…!?」

サクヤは看守から話を聞いて耳を疑った。ここにはいない、だと?

「なぜここに捕えられていないんですか?あの男が危険な人物であることが分かっている以上…」

「だからこそ、こことは別の、さらに厳重な独房に収監させているとのことです。皆の安全を考えた上層部の判断なのです。残念ですが、私のところにも大車がどこで何をしているのかも不明です」

「…そうですか。わかりました」

サクヤはひとまずここは引き上げることにした。

あれほどの危険人物がここにいない。こことはまた別の、看守でさえ知らない場所に収監されていると。ここの担当者が知らないということは、アナグラ内のほとんどの人間がわからない状態ということだ。

大車は危険人物。確かにそれなら、ここよりも厳重なエリアで拘束するのもうなずけるかもしれない。だが、誰にもそれが知られてないということに、サクヤはきな臭さを覚えた。

大車はあくまで実行犯程度で、本当の黒幕がいる可能性が高い。リンドウがいない今、その牙が他の第1部隊のメンバーをはじめとした他の仲間たちにまで伸びるのでは?

(………ダメよ、そんなこと)

ここしばらく弱りつつあったサクヤの意思が、強くなった。

(リンドウが戻るまで…いえ、たとえ本当に死んだとしても、それがわかるまであの子たちを守らないといけないのは私)

胸の前に、リンドウの残したディスクを握りしめながら、サクヤは誓った。リンドウの安否がわかるまでの間は絶対に、あの子たちを守らなければ、と。

独房エリアからエレベーターで上がると、居住区の自販機エリアで一休みしているユウとアリサ、そして彼女が心配で来たのかリディアもそこにいた。

「サクヤさん?」

「ああら、あなたたち…」

サクヤはすぐに、アリサのこの日の状況を聞くことになった。

 

 

 

影からのタロウからの教導、ユウたちのサポートを受けた訓練開始から数日。再び任務に出るために訓練を続けるアリサだが、どうしても直しきれていない弱点が、彼女の戦線復帰を阻んでいた。

 

ヴァジュラである。

 

両親を食ったピター、親友を殺した通常種ヴァジュラ。アリサにとってはトラウマの象徴であり、高すぎる壁だった。

「う、う…」

ダミーであっても、ヴァジュラと相対する度にアリサの体は固まってしまい、手足は震え、ろくに身動きがとれなくなってしまう。

「ガアアアアア!!」

そして結局ダミーヴァジュラの攻撃を受けてしまう。

ヴァジュラは大型種に属するアラガミだが、個体数も多く世界中で何度も見られる。ゴッドイーターという道を選んだ以上、また遭遇することになる。だから、この問題はゴッドイーターを続ける以上は必ず越えなければならない。

アリサはそれをよく理解している。だからヴァジュラが怖くても、訓練相手のダミーアラガミに選ぶ。が、克服できない自分の弱さを呪う日々が続いた。

結局、昨日の朝の訓練も、ダミーヴァジュラに手も足も出ずに終わった。

「…今日もだめでした」

「そっか…」

『むぅ…』

昨日、訓練スペースから出てそのようにユウたちに告げ、ベンチに座るアリサは、自信をなくしかけていた。

「アリサちゃん…」

隣に座るリディアも心配そうに見詰める。ゴッドイーターを続けるとアリサが決めて以来、何度も様子を見に来ている。一度ゴッドイーターとなった妹の死を経験してしまった身としては、引退してほしいのが本音だ。でも、それはオレーシャを失ったあの日大車に勧められオレーシャに関する記憶を消させた時のように、アリサの強さを信じていないことを口にすることだ。二度も同じ間違いを犯すわけに行かない。それに、アリサはまたこうして立ち上がろうとしてくれたのだ。今は、信じるしかない。

(…簡単にはいかないわね、いろんな意味で)

サクヤもどうした者かと頭を抱えた。大車からリンドウが行方不明になったことについて話を聞こうと思った矢先だが、アリサのメンタル状態も無視できない問題だ。

このままずるずると弱点を引きずったままの状態では危険だ。大車の支配を完全に脱した今、一体どうすれば彼女のヴァジュラへのトラウマを克服できるだろうか。ユウとタロウの最近の悩みどころとなっていた。

『どうする?メテオライト当日には確実にヴァジュラがたくさん出てくるはずなのに…』

『むうう…私もアリサほど深いトラウマを刻んだ子は初めてだからな。勘も取り戻しているのが見受けられ、基本的な戦闘能力とかは特に問題ないが…』

今日もアリサのトラウマに関しては改善が見られないことに、小声で話し合うユウとタロウは互いにため息を漏らす。

オペレーション・メテオライト。リンドウの行方不明とエリックの死、アーサソールの離脱などが重なって延期になったが、当初の通り内容に変更はない。極東各地に設置されたアラガミ誘導装置にアラガミをひきつけ、現在極東支部に滞在しているゴッドイーターたちの総戦力を持って殲滅する。ヴァジュラも当然ながら出現するだろう。大型種の中でも、かなり数が多い個体だ。

「あ、いたいた!!」

そこへエレベーターからリッカが現れ、ユウのもとに急ぎ足でやって来た。

「リッカちゃん、どうしたの?」

「いいニュースだよ!ユウ君の神機、あと少しで修理が完了するんだ!」

「え、もう!?」

予想以上の速さに、ユウに限らずコウタやサクヤ、アリサも驚いていた。

「新型神機って修理が大変で、しかもパーツをそろえるのも難しいはずだよね?」

新型というだけありまだ希少だ。刀剣と銃形態への変形の際の挙動に必要なパーツの消耗が激しく、故に旧型と比べて修理にも手間がかかるのだ。

尋ねるユウに対し、リッカも頷く。

「私もそう思ってたんだ。修理を速めるならともかく、特にパーツをそろえるのは…でもね、実はもう一本、君やアリサの持ってるのとは別の新型神機が保管されてたんだ」

それはさっき以上に衝撃の事実だった。何度も語ったが、新型神機はまだ開発されたばかりで数も少ない。それをこの極東支部は、ユウとアリサ、そして適合者なしの三本を持っていたのだ。

「信じられないわ…その話は本当なの?リッカ」

「本当ですよ。まさか三本も新型をそろえてたなんて。あ、でもアーサソールの子も新型だったから4本になるのかな?一時でも一つの支部がそれほど新型を抱え込むなんて、その分だけオペレーション・メテオライトの難度の高さや責任を感じるよ」

サクヤから驚きを混じらせたの質問に対し、アーサソールの子…つまりギースのことにも触れつつリッカも当初は信じられないと言った様子を見せた。

(ギース、か…二人とも無事だといいんだけどな…)

ギースと聞いて、ユウは彼と、彼と共に死んだと見せかけて逃亡中となったマルグリットの二人が今どうしているのかが気になった。

「その神機から刀身と銃身の変形機構の部分を取り出して君の神機に移植したの。偶然にしてはできすぎって思えるくらい」

「その言い方だと、なんか妙な陰謀に巻き込まれたように聞こえるんだけど…でも、これなら…!」

ユウは自分の神機も修理完了間近ということにホッとする。

「でも、装甲だけまだ修理が終わってないんだ。新型って旧型と違って銃身と刀身が一緒だから、どうしても細かい部分のパーツが違ってたりすることもあるの。おまけに消耗も早いし、君の神機に合う装甲パーツがないの。旧型神機用の装甲をくっつけようにも、それだと君の神機に合うように改造するのに時間がかかっちゃうんだ。装甲なしでもアラガミに攻撃はできるだろうけど、さすがに防御する手段がないと不安だし…」

「そっか…」

しかしそう簡単に完全な修理までは望めなかったようだ。装甲がない神機で強引に任務に向かおうにも、立て続けに離脱者が起きていたこの状況では無理がある。他の誰かに差し止められるに違いない。

「あ、でも心配ないよ。必要なアラガミ素材さえあればすぐに作って間に合わせるから」

リッカが問題ないとフォローをいれると、アリサが二人の会話に入ってきた。

「それなら、私が持ってる装甲パーツをお譲りします。ロシア支部にいた頃に使っていた『ティアストーン』があります」

「え、いいの?」

「構いません。神薙さんには、日ごろからお世話になったお礼もあります。

私の神機に現在使われている装甲『プリムストーン』と対になるように作られたんですが、一度壊れてしまったのを直してもらったんです。

神薙さん、私のお下がりですけど、よければ使ってください」

「ありがとう、アリサ!大事に使うよ」

「い、いえ!お役に立てるなら…」

面と向かって笑顔でお礼を言われ、アリサは思わず顔を赤くして視線をそらした。

(…熱でも出たのかな?)

訓練を頑張り過ぎて、何かアリサの体に不調でも出たのだろうかと思ったユウだが、リッカがユウの脇に肘を着いて来た。

「ふーん、やるじゃん。このこの」

「え?何が…?」

リッカの言った言葉の意味が分からず困惑する。サクヤはなぜかこっちを見てくすくすと笑い、コウタからは羨望のような視線も加わり、困惑が深まった。

 

 

次の任務の話が出たのはその後の事だった。

 

 

 

 

オペレーション・メテオライト開始の一週間前までに差し掛かろうとしたところで、ユウたち第一部隊に、あるミッションが下された。

作戦司令室に集められた彼らを待っていたのは、ヨハネスとツバキ、そしてサカキの3名だった。

「『全員』揃ったようだな」

本当なら、もう一人、それも隊長である彼がいるはずだった。部隊は愚か、この世からも消えたような言い方にも聞こえるヨハネスの言葉を聞いて、サクヤとアリサ、そしてソーマの表情が特に影を差した。

「オペレーション・メテオライトまで後わずかな期間に差し掛かっている。

だが、知ってのとおりリンドウ君がいなくなり、まだアリサが戦線復帰するには十分か怪しい今、第1部隊の戦力は落ちていると言えるだろう。

さらに悪いことに、我々の敵はこれまで通り通常のアラガミだけではなくなりつつある。しかもその新たな敵…宇宙人や合成神獣を相手にできるのは、現状ではウルトラマンだけだ。だがそのウルトラマンも無敵ではない。このまま作戦に参加しては、万が一あの妨害に見舞われ、作戦の成功はおろか、我々人類が立ち上がる力を失うほどのダメージを追う可能性が高い」

ゴッドイーターたちに、任務中に遭遇したあのマグマ星人たちや、ボガールといった、アラガミに属さない敵の姿が浮かぶ。そしてウルトラマンがそれらの敵に果敢に立ち向かい勝利してきた一方で苦戦もしていたことも、アーサソール事件では敗北を喫したことも思い出した。

「だが我々もこのままウルトラマンが奴らを倒すのを黙って見つめたり応援だけに回るだけの側に立つのは、フェンリルに身を置く者として心もとない。

そこで、防壁外に派遣した調査隊の調査結果をもとに発見した、旧時代の地球防衛軍の施設へ向かってもらいたい。そこで当時の防衛兵器のロストデータを回収してほしい」

「ロストデータの回収…ですか?」

「他のゴッドイーターたちには、当日の要の一つである誘導装置の護衛につかせてある。リンドウ君がいなくなり、まだアリサが戦線復帰するには十分か怪しい今、第1部隊の戦力は落ちていると言えるだろう。だが、たとえリンドウ君たちがいない今でも、今の君たちでも十分な戦力があることをこの任務で証明できれば、他のゴッドイーターたちの希望となれるだろう」

作戦司令室に集められ、ヨハネスから今回の任務についてそのように聞いたユウが尋ね返した。

「ここからは私も話そう。まず最初に、これらを見てほしい」

そこでサカキが新たに説明に加わった。後ろにある大型モニターに、いくつもの古い画像が表示されたが、その写真を見てユウたちは目を見開いた。

「こ、これって…!」

「な、なあユウ…これ…」

狼狽えながらコウタはユウに言う。

 

「ウルトラマン、だよな…?」

 

巨大モニターに映し出された画像。そこに映ったのは…

ギンガとはまた別の、何人ものウルトラマンが、怪獣たちと戦っている画像だった。

「ウルトラマンって、こんなにいたのね…」

サクヤも同じ反応だった。

ユウは既にタロウから聞き及んでいたが、こうして写真だけでも彼の同胞たちを見ることができるとは思わなかった。写真の中には、人形ではなく巨人としての姿を見せて怪獣と戦うタロウ、そしてウルトラマンジャックの姿もある。

(あぁ…映像と写真とはいえ、こうして見るのは久しぶりだ…)

タロウはユウの服のポケットからチラッと顔を出し、かつての自分やウルトラ兄弟たちの勇姿を映像越しで見て感慨深くなる。

「なぜ、このデータをサカキ博士たちが?」

サクヤのふと浮かんだ疑問に、サカキが答えだした。

「今ではアラガミのせいで彼らに関する情報さえも一般人知る機会がないに等しい。今見せている画像は、我々フェンリルが辛うじて守ったデータの一部だ。

今では大衆に知られていないことだが、かつてこの地球は4度にも渡って人類滅亡の危機が訪れていたんだ。アラガミとはまた別のあまたの脅威でね。その時、過去のウルトラマンたちが遥か彼方の宇宙からやって、地球を守ってくれていたんだ」

「か、過去にもそんなことが起きてたんですか…それも、4度も!?」

その話を聞いて、初耳だったサクヤとコウタは驚きを見せた。過去の情報を得る手段も限られているから、これは一般的な反応と言えた。アリサはその反応を笑うことはなかった。自分もタロウからアラガミが出現する以前の地球の話を聞いたときは衝撃を受けたものだ。

「ただヨハンも言っていたように、人類もただ守られているわけにもいかないと思い、怪獣や宇宙人の脅威に対抗すべく、時には宇宙人の遺した兵器の解析を行い、超兵器を作り出した。私と技術班本部から派遣された者でそれを解析し、神機でも放てるタイプのものを開発するために、次の任務で派遣するエリアからそのデータを回収してほしいんだよ」

「す、すげえ…それが本当なら、俺たちでもウルトラマンを助けてやれるってことじゃん!」

サカキから話を一通り聞き、コウタは興奮して胸を躍らせた。最近の彼にとってウルトラマンは憧れになりつつあるヒーロー。それと肩を並べて戦えるようになれるなんて、彼の少年らしい心を刺激するに十分だった。

「コウタ、喜ぶのはまだ早い。それに遊びでやっているんじゃないのだぞ」

はしゃぐコウタに対し、ツバキが注意を入れつつ、話を続けた。

「他のゴッドイーターたちには、当日の要の一つである誘導装置の護衛につかせてある。

たとえリンドウたちがいない今でも、お前たちでも十分な戦力があることをこの任務で証明できれば、他のゴッドイーターたちの希望となれるだろう」

他のゴッドイーターたちは、リンドウがいなくなってしまったことに関しては士気が落ちつつあった。何せこれまで死亡率の高かった新人のゴッドイーターたちの死者を一人も出していない。彼の優秀さを勝って、極東支部では新人は真っ先に彼と組ませて任務に当たらせることがここ数年の間の義務となっていた。他の支部にさえもその有名さはいきわたっている。だから、リンドウが行方不明になったことは皆から明日への希望が薄れてしまうのも無理はなかった。でもいつまでもリンドウの影にすがるわけにいかない。今回の任務はこれまでリンドウと共に戦ってきた、残存している第1部隊の腕を証明する目的もあると踏まれた。

「ユウ、お前の神機が直ったばかりで悪いが、人材が不足している今、お前に頼る必要がある。構わないか?」

「はい!」

困難と思われていた神機が修理完了した。

ギンガへの変身は3分しか持たない。それに比べてゴッドイーターも偏食因子の活動限界というタイムリミットがあるのは同様だが、活動限界を伸ばす偏食因子を投与しないままでも30分以上は持ちこたえるので、寧ろ神機が再び使えるようになるのはありがたい。ゴッドイーターとして直接現場に関わりやすくなる。アリサへの現場サポートの口実もできるし、願ったりかなったりだ。

「それで支部長、今回の任務についてですが…アリサは今回の任務から外れた方がいいと提案します。代わりに、グラスゴー支部の真壁隊長とロウリー隊員を部隊に入れて派遣するべきかと」

アリサは、ツバキがそのようにヨハネスに申請したのを聞いて、目を見開いた。

「な、なぜです…!?…か…」

思わず強い口調で反論しかけるが、その意味を頭で理解して、次第に弱々しくなった。ツバキは伏し目がちにそれを見ながらも、アリサを今回の任務に出すのを反対した理由を明かした。

「今回向かうミッションエリア内には、ヴァジュラとプリティヴィ・マータが生息しているのが確認されている。調査部も手が出せない危険エリアだ。お前は退院してからの訓練を頑張っていることは聞き及んでいるが、唯一まだヴァジュラへのトラウマを克服していないのだろう?」

プリティヴィ・マータ。それはリンドウが失踪したときにユウたちの前に現れた、女神像のような顔と氷属性を持つあの新種のヴァジュラに付けられたコードネームだ。第二種接触禁忌種にもカウントされた危険なアラガミである。

「……」

ツバキの指摘に対し、アリサは反論できない。

だが、ここでユウが挙手した。

「ツバキ教官。僕はアリサをあえて任務に出すことを提案します」

ユウの突如の提案に、アリサが思わず驚きを見せて彼の方を見る。コウタとサクヤもやや衝撃を感じたようにユウに注目する一方で、サカキとヨハネスは驚きを見せることなく、ユウの方を見やった。

「理由を話してみろ」

ツバキが静かにユウに尋ねる。

「現場だからこそ、危機に瀕したときにアリサのトラウマさえも超える強さを証明できると思うんです。リンドウさんが抜けてしまった今の僕らの力が、どれほどのものかを確かめるためにも、アリサの存在は欠かせません」

「だが荒療治にしてもそれはかなり強引さがあるのではないか?」

「すぐにヴァジュラと戦ってくれとは言いません。僕らがヴァジュラと何度も遭遇し、ヴァジュラ戦ではアリサには遠距離からの支援を優先させます。ヴァジュラに対して、まずは遠くから攻撃を加えさせ、少しずつ距離を縮めさせていくんです」

「後方支援から、ということか」

なるほど、とツバキも一定の理解を示した。だがそれでも、アリサが万が一ヴァジュラと相対して足がすくめば、真っ先に食われたり、別の誰かが彼女を救おうとして代わりにそうされてしまうなど、アリサが結果として足手まといになってしまう危険が付きまとうことに変わりない。

だが、ここでコウタもツバキに向けて挙手した。

「俺も、アリサを今回の任務に出してほしいです!最近、彼女頑張ってるって思うんだ!俺じゃ力ら不足かもしれないけど、俺も力になりたいんです!リンドウさんの分も!」

彼もアリサがここ数日の間に必死の努力を続けていることを知っていた。確かに初対面の時は人柄に関してあまり良い印象を持てなかったが、今の彼女なら信じられると彼は考えた。

「お前もか…他の者に異論はないか?」

コウタの賛成も出たが、サクヤたちがどう考えているのかも知っておかなければならない。ツバキはサクヤとソーマの二人に視線を向ける。

「私も異論はありません」

初心に帰って神機の扱い方に関してアリサからサポートを頼まれたサクヤも、ここはひとつアリサを信じてユウの案に乗ってみることにした。

「ソーマ、あなたはどう思う?」

「…好きにすればいい。俺に構わなければな」

ソーマは特に反対も賛成もしなかった。あまりアリサには強く興味を示していないように聞こえる。というか、今でもあまり関わろうとしない。だが、どちらでも構わないのなら多数決としても賛成という見立てでも構わないだろう。そう考えたヨハネスは、アリサに目を向ける。

「アリサ君、君の意見を聞きたい。もし君がヴァジュラと戦いたくないと思うのなら…」

「…いえ、行きます!行かせてください!絶対に乗り越えて見せます!」

自分をここまで信じてくれた人たちがいるのだ。答えないわけにいかない。アリサは迷いを捨ててミッションへの参加を申し出た。

その目を見て彼女が見栄などではなく本気で意思を見せているのを確認し、ヨハネスはツバキに向けて無言で頷く。ツバキも頷き返した。

「いいだろう。だがアリサ、くれぐれも無理はするな。現場ではサクヤの指示に従え」

「ありがとうございます!」

アリサの参加が認められた。ユウやコウタは笑顔を浮かべた。しかし油断はできない。これからが一番大変なのだ。

「話はまとまったみたいだね。皆、ツバキ君も言っていたが、無理はしないでくれ」

サカキのその時の笑みは、何かに対して安心したように穏やかだった。

「データの回収よろしく頼んだよ。アラガミが出現する数十年前に起きた…第4次怪獣頻出期の遺産…

 

 

 

 

 

 

『メテオール』を」

 

 

 

 

 

 

 

 

ユウたち第1部隊はいつものようのヘリでミッションエリアに運ばれた。

今回のミッションエリアは、関東のとある場所にあったとされる、かつてウルトラマンと共に戦った地球防衛組織が存在していたという地下施設だった。

ユウはウルトラマンとして戦っている身であるということもあり、今回のミッションには強い関心があった。ウルトラマンと共に戦った戦士たちの砦なのだから。観光気分に浸るつもりはないが、考えるほどに興味が沸いてくる。

「なぁなぁユウ。さっきサカキ博士たちが話してたことなんだけどさ」

「うん?」

「昔の人って、ウルトラマンと一緒に戦うためにすっげー武器作ってたって言ってたよな。いったいどんなもんだろうな?なんかこう、でっかいビームとか出してアラガミを一気にやっつけるやつとか?」

コウタも同じ気持ちを抱いていたようで興奮ぎみにユウに少年らしい夢に溢れたことを口にする。

「メテオール…かつて人類がウルトラマンと共に戦うために作られた兵器…か。うーん、どうだろう。案外アラガミも寄せ付けないシールドを張ったりとかもあるかもよ」

「えー、それなんか地味じゃん。防壁にそれが使われると考えると、俺としても悪くないって思うけど、やっぱりここはド派手やつとかがよくね?アリサはどう思うよ?」

「……」

「アリサ?」

アリサは緊張しきっている様子だ。ミッションエリア内にはヴァジュラやプリティヴィ・マータもいる。アリサのトラウマの塊と、過ちを犯したその日に現れた新種のヴァジュラ。いざ任務に向かうと意気込んでも恐怖するものはしてしまうのだ。以前の調子なら今のコウタに向けて「何を興奮してるんですか、子供みたいに。私たちは遊びに来てるんじゃないんですよ」と言ってきただろうが、そんな余裕もない。

ヴァジュラへの恐怖を克服できないままのメテオール回収任務。これが最後のチャンスとなるかもしれない。

このままアリサがヴァジュラに対するトラウマを克服しなければ、作戦への参加は愚か、ゴッドイーターとして活動を続けるのも難しいと上層部から判断を下されてしまい、そのまま干されて引退に追い込まれてしまうことだろう。

「大丈夫?やっぱり緊張する?」

「すみません…行くと決めたのはいいんですけど…」

アリサも、せっかく自分の都合にユウたちが付きあってくれたのに、なかなかヴァジュラを前にすると動けなくなってしまうことに申し訳なく思うばかりだった。

「他のアラガミなら、いつも通り動くことができるようになってきてるんですが、ダミーであっても、どうしてもヴァジュラを見るたびに、パパとママ、そしてオレーシャが殺されたあの時の記憶が戻って、体が動かなくなってしまうんです」

「それは無理もないことだよ。大切な人を、あんな形で失ったら僕だって…」

当然真っ先に感応現象を通してアリサのトラウマの全てを知ったユウは、アリサがどうしてもヴァジュラ相手に足がすくむのも無理もないと思えてならなかった。

大事な人たちをヴァジュラとその近縁種に奪われ続けてきたアリサ。コウタとサクヤも話を聞いて、その痛みが想像の中でしか測れずとも辛いものとして感じ取った。

「でも、私はゴッドイーターを続けたいです。パパとママ、オレーシャを失った私が感じた痛みを、他の人たちに味わってほしくないですから」

「アリサ…」

名前を呼ばれ、アリサはユウの方に顔を向けた。

「大丈夫。君ならできる。自分を信じて」

「…はい」

頷いてくるユウに、アリサは不安こそ見せていたが頷き返した。

アリサの中に強い安心感が湧き上がる。この人は自分を信じてくれる。何があっても支えてくれる。

「あのさぁ、さっきから一つ気になったんだけど…」

二人を見て、コウタがユウたちに話しかけてきた。

「二人とも、いつからそんなに仲良くなったの?」

妙にコウタの表情がニヤニヤしている。そのニヤつきの理由をアリサは瞬時に察し、頬を朱色に染めた。

「べ、別に仲良くなったわけでは…!」

「ふーん…?俺てっきり付き合いだしたのかなって思ってたけど?」

「つ、つつつ付き合う!!?そそそ、そのような大それたこと考えているわけないじゃないですか!」

ついには確信を突いたような言葉で言ってきて、耐性のないアリサは激しく動揺を示した。

「あらあら?じゃあ、ユウ君に神機パーツを上げたのも、もしかして感謝だけじゃなくて…?」

「サクヤさん!そんな生暖かい目で見ないでください!!てぃ、ティアストーンもあくまで感謝の意味を込めただけであって、別に深い意味はないんですからね!?」

あまりにあたふたするアリサに、サクヤはリンドウに関して複雑に抱いていたアリサへの感情が吹き飛んだ。アリサにとっては面白くないことだろうが、寧ろ可愛らし過ぎて和んでしまう。

「やれやれ…」

そんなつもりなかったのに、ユウはそう思ってため息を漏らした。

「…うるせぇ。そろそろ到着するぞ」

ヘリの助手席でうんざりしきった様子のソーマがここで口を挟んでくる。

既にその時、彼らの乗るヘリは、今回のミッションエリアの上空までたどり着いていた。

 

 

 

ヘリから降りて、その概観を眺めるユウ。

着地した場所は、その施設跡の一部と思われる飛行機のエアポート。滑走路のような平たい土地が広がっている。今では地面のアスファルトがひどくひび割れ、砂をかぶっている。ただ、滑走路という割にはやや狭い。ひとつ気になるのは、アスファルトの地面のヒビの一部に、やけに形の整ったヒビがある。ちょうど長方形の形をとっている。そのヒビから風を感じる。この長方形をかたどっているヒビの形を元に、地面が口を開いて地下に続く空間でも広がっていそうだ。

「まさか、地面から飛行機でも飛び出したりするのかな」

「あたっていると思うぞ、ユウ。私たちウルトラ兄弟が地球を守っていた頃は、そのようなことは特に珍しいことではなかった」

「え!?」

思わず口に出した妄想が正解を当てた。タロウから正解判定をもらったことにユウは驚いた。過去の地球防衛軍の基地がどのようなものだったかまでは詳しく聞いていなかった。

過去の地球…ウルトラマンや怪獣といった、一個体ならアラガミをも凌駕する存在がいたのに、果てしないものだ。

「だが、ここもずいぶん変わってしまったものだ…」

タロウが、滑走路の近くに見つけた廃墟の外観を眺める。そこは防衛軍の地上の施設があったと思われるが、今では見る影もない。周囲には瓦礫の山しかない。

「ここは、タロウにとって縁のある場所なんですか?」

話を聞いてきたのか、二人の下にアリサが歩いてきた。

「私個人に直接的な関係はない。ただ、私が手塩にかけた教え子が隊員として所属していた基地がここにあったのを思い出したのだ」

「弟子…確か、『メビウス』って名前の?」

メビウス。タロウが故郷である『光の国』で教官をしていた頃、才能を見出されて、1980年代に地球を守っていた先代のウルトラ戦士以来、26年ぶりに地球防衛の任に就いたとされるルーキーウルトラマンの名前だ。先代にも負けない才覚と力、そして純粋な心を持っていたと聞いている。

「あぁ…一度彼が地球防衛の任に就いていた頃のことだ。まだ新米だった彼が相対するには危険すぎるほど強大な敵が地球を狙っていると知り、宇宙警備隊はメビウスに代わって私を派遣した。結局引き続きメビウスが任務を続投することになったがね。そのときこの場所の外観を見たのだが…」

見る影もない。その先の言葉を発さなかったが、何を言いたかったのかユウは察した。

「メビウスが任期を終えてからも、この組織は長きに渡って地球防衛の要であり続けたのだろう。見たまえ、あれを」

タロウが右手を伸ばし廃墟の外壁を指差す。その外壁には、かすれ消えかけていたが辛うじてエンブレムに刻まれた文字が刻まれたままだった。

 

『GUYS』

 

ここは、今のフェンリルと同じく、人類の砦だった。それだけじゃなくて、地球防衛軍の組織というものは、ある意味ではお互いに助け合っていた地球人とウルトラマンにとって大切な繋がりの形でもあった。それがこのように変わり果ててしまう。当時の時代を知るタロウにとって、この辛さはいつまでも慣れそうになかった。この光景を、メビウスが直接自分の目で見ていないことだけが、唯一の幸運だったかもしれない。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ボロボロの翼でも(後編)

ついにウルトラマンR/Bも明日で完結…平成ウルトラマンシリーズも終わりとなりましたね。幼い頃にティガをリアルタイムで見てから早く20年近く…
映画の情報では新たに悪のウルトラマン、トレギアに続き、あの子が変身する女性ウルトラマン、グリージョの登場が明らかに。平成時代が終わっても、まだウルトラマンが終わる気配がなさそうで良かったです。永遠といかずとも、これからも長くウルトラマンたちと付き合っていきたいです。

ゴッドイーター3も発売されましたが、残念ながらPS4持ってない…パソコンも新しいやつを買わないとプレイできません。動画視聴でも話はわかりますが、せっかくなんで実機プレイをしたいところです。
就職もしたんでしっかり働くか…


「…例のもの、残っているといいね」

支部長室にて、任務へ向かったユウたちのことを考えながら、サカキとヨハネスは共にコーヒーを酌み交わしていた。

「今回彼らが回収する予定のメテオールのことか?」

「アラガミは何でも食べてしまうのは語るまでもない常識だ。私たちにとって特にね。例のアレが食べられても不思議じゃない」

「だが、あそこには決して失ってはならない遺産がある。それを奪われる前に回収しなければ、アラガミ共はそれを利用して新たな進化を遂げる個体を生むだろう。もし宇宙人共が先に手に入れてしまってもそれは同じ。

そうなれば、『計画』に強い支障をきたすアラガミと戦う羽目となり、我々はさらに不利に追い込まれてしまう。今まで我々が偏食因子や神機…フェンリルが人類の砦として確立させるまでの間、結果として放り出し続けていたが、私はあれが本当に失われたのかどうか…いや、メテオールのデータは必ず今もなお存在し続けているはずだ。

なにせ、ソーマが生まれたあの時に私たち親子を守ったあの『安産のお守り』…それを作り出せるだけの技術を君が受け継ぐことができたのは…あの人のおかげだ」

(……)

安産のお守り、その言葉にサカキの脳裏に、一瞬だけ…昔の記憶が過った。

ヨハネスと自分、褐色肌の美しい女性と共に机を並べて話し合っていた時の光景が。

そしてもう一人…

 

…自分たちに貴重な知識を与えてくれる、年老いた老人の顔も。

 

「あの安産のお守りは君が作ったものだが、その元の構想を作り出していたのは…我らが『恩師』。かつてのオラクル細胞研究チームに来訪なさる前には地球防衛軍の科学担当班でも兼任なさっていた人だ。独自にアラガミへの対抗策を講じていても不思議ではない。アラガミの蹂躙にかこつけて侵略を目論む異星人たちが我々の抵抗を恐れてメテオールを狙ってくることも、あの人は想定したから、あの場所にメテオールのデータを隠し、その足取りを我々のみに伝えた。

メテオールを守ることは、我々がお互いに抱く願いを成就するため。それすなわち人類の未来を守ること。私たちには、地球の未来を思ったあの人の教え子でもある以上、それを無視するわけにいかない」

「『先生』の意思を汲んでいると言うのなら…考えを改める気にはならないのかい?『あのこと』について」

「……」

『あのこと』と聞いて、ヨハネスはソファから腰を上げ、支部長室の壁に駆けられた絵画に注目する。

荒れ狂う海の上に浮かぶ、板切れの絵だ。過去の高名な画家が遺したとされるものだ。

「君は、絶対に逃れられない世界の滅びから唯一逃れられるものが目の前にあって、それを手放せと言うのか?私はもう引き返せないのだよ」

その絵を一瞥した後、改めてサカキの方を振り返ると、サカキはいつものように笑みを浮かべているが、それは仮面のようにも見えた。

「時が君の考えを改めてくれると思っていたが、無駄だったようだね」

「そう、指を咥えても無駄なんだ、『星の観測者』。先生が今の私を否定するとしても、どんな手を使ってでもやらねばならない。

人の安寧に満ちた未来…それ自体は間違いなく彼らが…『アイーシャ』と

 

 

 

『来堂ホツマ』先生が最期まで望んでいたことなのだから」

 

 

 

「SHIT!いったいどこにFade-outしやがったんだ」

その頃、荒れ果てた極東の大地の上で、闇のエージェント三人組は、逃亡したピターとボガールの合成神獣を探していた。

「まさか我がマグマ星自慢のマグマチックチェーンをこうも早く食いちぎりやがるとは…さすがは暴食のアラガミと怪獣の合体ということか」

「それほどなだけに、今度こそギンガを殺せる切り札になれると期待できるのだけど、飼い慣らす以前に、最低限逆らわせないのも一苦労ね…」

バキ、マグニス、そしてグレイの三人は予想以上に成長を遂げていた新たな合成神獣に驚くものの、苦労をさせられたことに一種の疲労感を覚えていた。

「む…おい見ろ」

その時、マグニスは自分達のいる丘の上から、下に見える廃墟の方角を指差した。

「ギンガの人間態の所属する部隊だ」

それを聞いてグレイとバキもマグニスが指を差した方角を見ると、ユウたち第一部隊のメンバーたちが巨大な廃墟のもとへ向かうのが見えた。

「あいつら何をしに来たのよ。いつも通りアラガミの相手というには、なんか様子が違うわね」

グレイには、アラガミと戦うのがゴッドイーターたちの生業なのに、瓦礫の山へ向かう彼らの行動の真意が読めなかった。

「…なんだかSmellingだぜ。ここはあいつらを追ってみるか?」

「確かに気になるが、俺たちには合成神獣を追わねばならん。もし俺たちの手で作りだしたあいつが俺たちはおろか、あのお方に牙を向くようなことがあってみろ。俺たちも只では済まなくなるぞ。只でさえ奴は、俺達の拘束から逃れるほどまでに成長したのだからな」

「なら、誰か一人奴らを追う役、残った二人で合成神獣を探す…というのはどうかしら?二兎を追っても二とも取れるでしょ?」

マグニスの考えも汲みながらも、グレイは悪巧みを思い付いたように笑いながら提案した。

「そいつはちょうどいいぜ。前に言っていた作戦に必要な駒を、奴らの仲間から引き抜いてやる。既にsearch済みだ」

「ならバキ、奴らを追え。その間俺とグレイは合成神獣を追う」

「ヘヘ…ラジャー!」

 

 

 

 

 

 

 

防衛軍基地跡は遠くから見たとおり瓦礫の山だった。

入り口らしい場所も完全に破壊され尽くされ、鉄骨やパイプ、壁のかけらなどが転がっているだけだ。

タロウによると、メビウスがかつて勤務していたというこのキャリアベース『フェニックスネスト』には地下への入り口があるはず。当時の地球防衛軍は現在で言うアナグラのように地中にまで基地が広がっていることが多かったらしい。アリサ以外の、ユウの正体を知らない面々が周囲を観察しながら目を離している時にタロウが密かに教えてくれたその証言を元に、地下への入り口を見つけ、ユウたちは薄暗い地下を下りていった。

階段も所々崩れてしまって通れない場所もあるが、ある程度の高さまでなら飛び降りてもゴッドイーターたちには問題ない。壁も瓦礫も天井が崩れ落ちたりする心配さえなければ、神機で道を開くこともできる。

「それにしても暗いわね」

地上は昼時だが、反して暗闇に満ちた地下。持ってきた懐中電灯を明かりとして進んでいく第一部隊は、不気味な静寂に包まれた地下へと進んでいく。今歩いている廊下は、廊下というには広めだった。バスターブレードをソーマが振るってもあまり窮屈ではない。

「なんかここ…なにかしら出てきそうだよな。横切った壁に立てかけられた鏡に映った自分の後ろに、髪の長い女の人が…」

「へ、変なこと言わないでください!不謹慎です!」

周囲を見渡しながら恐怖を煽るようなことを口にしたコウタに、アリサは身震いして怒鳴りだす。それを聞いてコウタは意地の悪い笑みを浮かべだす。

「ははーん。さてはアリサ、お化けとか怖いんだろ?」

「べ、べべ…別に怖くないですよ!アラガミと違っているかもわからないものに怖がるほど臆病じゃないですよ!?」

じゃあオレーシャのことはどう説明するつもりだよ、とユウとタロウは同時に思った。実際に口に出したら「オレーシャは別です!」と猛反論してくるだろうが。まぁ確かに、オレーシャのような明るいタイプと、本来のよく聞くタイプのおぞましい幽霊を比較して考えれば同意できる。

「そんなこと言ってる割に声が震えてるぞー?」

「こ、コウタぁ!そこへ並んでください!!今すぐ撤回しないと…」

喚き散らす二人の間に、巨大な黒い刀身がずいっと割って入ってきて、二人は咄嗟に後ろへ躱した。

「ひゃ!」「うわ!」

「…うるせぇぞてめえら。任務中に無駄なお喋りをするくらいならとっとと帰れ」

二人の間の突き出したバスターブレード神機を引っ込め、うっとおしいとばかりにそう言い残し、先頭を切って歩き出した。

「…さ、行きましょう。この地下にももしかしたらアラガミもいるかもしれないんだから」

アリサとコウタはお互いに不満そうにソーマの背中を睨んだが、サクヤの言うとおりだ。今の騒ぎでアラガミが聞きつけてきたら大事だし、黙って奥へ進むことにした。

「けど、結構地下深くのエリアまできたわね。まだデータが残ってそうな場所が見当たらないけど」

この遺跡と化していると言えるGUYS地下基地跡の奥の方に、サカキたちが言っていた、『メテオール』と呼ぶ兵器のデータが遺されているかもしれないらしいが…。

(本当に残っているんだろうか…?)

アラガミたちはどんなものでも食らう。メテオールだって無事で済むとは思えないのに、サカキたちはなぜ取りに行かせることを進言したのだろうか。

疑問に思うユウ。

すると、廊下の向こうから何かが落ちる音が聞こえた。

「ひ!?」

薄暗い空間の向こう側から聞こえた物音に思わず悲鳴を上げるアリサ。思わず幽霊が出たのかと予想してしまう。

しかし、その正体は…

「グルアアアアアア!!!」

「オウガテイルか!」

物音が聞こえた廊下の向こうから、二匹のオウガテイルが襲ってきた。しかし、油断さえしなければこの程度の相手は敵ではない。だがオウガテイルが現れた方角とは真逆、背後からも新手のアラガミが現れる。

「サクヤさん、後ろからシユウが3匹!」

コウタが後ろを振り返り、敵の姿を確認してすぐに叫ぶ。

「前の方からもコンゴウが二匹来てます!」

アリサもオウガテイルの後ろからコンゴウのコンビが姿を見せたのを知らせた。

思いの外大勢でやって来た。もしかしたら、左右に退路が見当たらないこの場所に自分たちが踏み込むのを観察していたのだろうか。

「ソーマはそのまま前方!ユウ君はこっちで前衛!コウタはソーマを援護射撃、アリサは私と一緒にユウ君を援護!」

すぐにサクヤは全員に命令を下す。リンドウがいない今、副隊長である自分がこのメンバーのリーダーだ。リンドウの分も、絶対にこの子たちを守らなければ。

一同はすぐに動いた。ソーマが前方へ向かい、一撃のもとにオウガテイルを切り伏せる。その間コウタが、ソーマが切ったオウガテイルの向こうにいるコンゴウを狙撃して足を止める。

後方ではユウが新たな装いとなった神機を振るい、迫るウシユウの顔に傷を負わせた。

新しい神機の刀身、クレメンサー。アリサの神機とは対をなすように青く染まった刀身は容易くシユウの体に食い込んだ。

(軽く振り回しやすい!)

神機を振るいながら、新しくなった神機がまるで自分の腕そのもののような使いやすさにユウは心地よさを覚えた。

サクヤと共に狙撃しながらユウを援護する中、アリサはユウの勇姿に注目していた。ただ神機を新しくしただけで数日のブランクが抜けるわけではない。彼は以前と変わらないキレのある動きで回避を繰り返し、隙を見て一匹のシユウの腕を切り落とし、そして止めを刺していった。羨ましい、といつも思うようになった。あの人のように、本当の強さを持ったゴッドイーターに…。

しかし、ここでさらに予想を覆す事態が起きた。アリサのすぐ近くの天井が崩れ落ち、コンゴウたちよりもさらに大きな影が現れた。

「…!!!?」

アリサはそれがなんなのか真っ先に気付いた。そして…ほとばしる恐怖に足が凍りついてしまった。

最悪だった。

 

現れたのは……ヴァジュラだった。

 

それを見た瞬間、アリサは硬直した。

「アリサ!!」

「あ、あああ……あ……」

ユウの呼びかけに反応を示さない。アリサはただその場でカタカタと身を震わせていた。

そんな彼女にヴァジュラは前足を振りかざしてきた。

「アリサああああ!」

ユウはすぐにアリサの前に立ち、装甲ティアストーンを展開、ヴァジュラの攻撃をそのまま受け止めた。

直撃と同時に、ティアストーンから強い金属音が鳴り響く。

バックラーは3種類に分けられる装甲の中で最も小さいため展開速度が早く攻撃を防ぎやすいが、ダメージを軽減できる量が少ない。防御ができても強い衝撃が来るのだ。

「っ…!」

「か、神薙さん…!」

腕に痺れが走り、苦痛に顔が歪んだ。だが防御が遅れた場合を考えれば、これくらいなんともない。

しかし、前は防げても…

 

ピシッ…

 

足下は防げなかった。ヴァジュラの攻撃を防いだ際、ユウの足下にヒビが周囲の床に走り出した。足に妙な浮遊感を感じ、一気に脆くなったことを察したユウだが、その時には足下に大きな穴が開いていた。

「うわああああああ!」

アリサ共々ユウは床に開いた穴に落ちていった。

「ユウ!アリサ!」

二人が落ちた穴の方に向かうコウタだが、サクヤが彼の肩を掴んで引き留めた。

「待ちなさい!今は床が崩れやすくなってる!このまま行って落ちたりしたら、さらに分断されて私たちが不利になるわ!」

「く…」

コウタは、ユウたちが落ちた穴のそばで待ち構えているヴァジュラを睨む。さっきそのまま穴に向かっていたら、あいつは自分を食らおうと飛び付いて来たに違いない。

ヴァジュラの向こうには、向こうのコンゴウを仕留めきったソーマが駆けつけ、それに気づいたヴァジュラがソーマの方へ向き直って身構えた。

(無事でいてくれよ…!)

落ちていった二人を思いながら、コウタはサクヤと一緒にソーマの援護に入った。

 

 

 

「きゃあああああ!!」

「アリサ、落ちついて!神機をそのまま握って!!」

自分たちが落ちている奈落は、不運にも高層廃ビルの天井から地上の差ほどの深さだった。これではいくら身体が強化されたゴッドイーターでもタダでは済まされない。

落下中のアリサに向けて呼びかけたユウは、すぐに彼女の手を掴み、強引に彼女を自身の方へ引っ張り上げ、腕の中へ彼女を抱きしめた。

「!?」

緊急時とはいえ、いきなり異性からこんな形のハグをされたアリサは裏返った声が喉から出そうになった。しかし落下中だから文句を返す余裕もない。自分の神機を握り、そのままユウの抱擁を受けたまま落ちていく。

「タロウ、お願い!」

「任せろ!ウルトラ念力!!」

ユウはさらに、自分の服のポケットに隠れていたタロウに呼びかけた。応じて飛び出してきたタロウは即座に念力をユウとアリサに向けて放射すると、勢いよく落ちていくユウの体が、先ほどと比べてゆったりとした速度で降り始めた。

ユウはぎゅっと抱きしめていたアリサを、抱きしめた状態から右手だけでつかんだ状態へ放すと、アリサの体もユウと同じ状態でふわりとした状態で浮かんだまま降り始める。

「………」

不思議な感覚だった。まるで自分の体が空を自由に浮いているように思えた。やがて二人の体は、奈落の奥底の床の上に激突することなく着地した。

「ふぅーーー…一時はどうなるかと思ったよ。アリサ、大丈夫?」

「は…はい。タロウもありがとうございます」

「怪我はなさそうだな。よかった」

「さっきはごめん。いきなり抱きしめたりして」

「お、思い出させないでください!すごく恥ずかしかったんですから!!」

タロウの念力のおかげで激突を防げた安心感と、宙にゆっくり浮かんでいた時の感覚で忘れていたと思っていたのに、なぜ掘り返すのかとアリサはユウに怒鳴った。不可抗力だったが胸を揉まれた時に比べればマシとも言い切れないほどに恥ずかしいものだった。

「それより、ここはどこなんでしょう…?」

現在の自分達の位置を把握しようと回りを見渡すアリサ。アナグラの訓練スペース以上に広く、自分たちが落ちてきた穴以外にも所々壁の崩れやが見られるが、あまり物は転がっていない。床には何かのベルトコンベアが三方向に延びている。

「ひとまずサクヤさんたちに通信しよう」

ユウは通信端末を取り出してサクヤに連絡を入れてみた。

「こちら神薙、サクヤさん聞こえますか?…サクヤさん?…だめだ。無線が通じない」

だがサクヤから応答がなかった。

「恐らく地下深い場所まで落ちたせいで、電波が届きにくくなって通信が通じなくなったんだ」

そう言って、床のコンベアを見てタロウはここがどこなのか予想した。

「ふむ…この構造…どうやらここは地球防衛組織GUYSが利用していたメカニックを、地上へ続く発射口に送るベルトコンベアのようだ。おそらく地上と格納庫の両方に続いているはず。サクヤ君たちを探しつつ、今回の任務で探すように求められていたデータを探してみよう」

「わかった。その方針で行こう。アリサもいいかな?」

「はい…」

今の自分は足を引っ張っている身だ。かといって迂闊に独断なんてできるはずもないので、アリサは大人しく二人についていく方針を固めていた。

ひとまず右に伸びるベルトコンベアに沿って、ユウたちは歩き始めた。格納庫の上のベルトコンベアを渡り、その先のフロアへ向かおうとすると、後ろにいたアリサがユウに声をかけてきた。

「さっきは…すみませんでした」

急に謝ってきた彼女にユウは戸惑いを覚えたが、あぁ、と呟いて何のことかを察した。

「あー、いいって、僕もちょっと気遣いが足りてなかったよ。確かにアリサの立場になって考えたら恥ずかしかったもんね」

「そっちじゃありません!」

だが、次に飛んできてのはボケに対して突っ込みをかます芸人のような鋭い声だった。

「え、違うの?」

素できょとんとするユウに、一時は恥ずかしくて顔が赤くなっていたアリサも、すっかり冷めたように深いため息を漏らした後、何のことを謝って来たのかを明かした。

「…ヴァジュラと対峙した時の事です。私、結局また動けなくなってしまって…」

「あ、そっちか…そう簡単に克服できるほどアリサのトラウマが簡単なものじゃないってことはわかってたから、気にしてないよ」

「そうですけど…」

ヴァジュラにただひたすらおびえ続ける。それはまた同じ過ちを犯そうとしていると言っても間違いではない。このままで本当に大丈夫なのだろうか…。また己の身に悲劇が繰り返されるという不安がアリサに重くのしかかっていた。

これまで何度もことばをかけた。だが、ただ言葉をかけたところで、アリサの自信が完全に回復できるわけではない。現に何度もアリサは落ち込んだり落ち着きを取り戻したりを繰り返している。

(…何とか、自信を掴めるきっかけがあればいいんだけどな)

ユウはただひたすらそう願い続けた。

 

 

 

その頃、遭遇したヴァジュラを撃退したサクヤ、コウタ、ソーマの三人。

ソーマによってコアを回収されたヴァジュラは、少し時間を経た後でその肉体を黒い霧のように変えて床にしみ込んで消えて行った。

「ユウ君、無事?返事をして!…ダメか」

サクヤもユウに連絡を試みたのだが、通信先のユウたちが無線が通じないほど地下にいるので通じなかった。リンドウの分も守ると決意した矢先にこれである。不足の事態とはいえ、サクヤは自分を不甲斐なく思った。

だが、まだ二人が死んだと決まったわけではない。サクヤは、今度はアナグラのヒバリに連絡を入れた。

「ヒバリ、ユウ君とアリサの腕輪信号は?」

『はい!大丈夫です。お二人とも微弱ですが腕輪信号が確認されました!生体反応も探知できます』

「よかったぁ…二人まで今度こそいなくなったりしたらどうすりゃいいんだってヒヤヒヤしたよ…」

二人の無事を知り、コウタはホッと息をついて額の冷や汗を拭った。リンドウの行方不明とエリックの訃報に続けて起きたのだから気が気でならなくなってしまう。

「サクヤさん、二人を迎えに行こうよ。早く行ってやらないと、あの二人安心できないだろうし」

「そうね、早く行ってあげましょう。ソーマ、いいわね?」

「…」

「ソーマ?聞いてるの?」

「…ああ」

なぜかすぐに返事が帰ってこなかったソーマに、サクヤは首を傾げるも、特に気にすることでもないだろうと思い、二人を連れてユウたちを迎えに行った。

(…)

ソーマは、頭の中にユウの姿が浮かんだ。

生存が絶望的な状態が続いてたのに生き残り続けた男。ソーマもまた、それは同じだった。生存率の少ない任務から、仲間が全員死んでも生き残ってきたという共通点がある。

その傍に、常にウルトラマンギンガというあの得体のしれない巨人がいる。あの巨人が常に奴のいるところに現れ、そしてアラガミを倒す。人から望まれた救世主としての姿を見せつけるように…。

 

……気に食わない。

 

ユウとウルトラマンギンガに対して、ソーマは不快感を募らせていた。

 

そんな彼を、近くの壁の影から、バキがほくそ笑みながら近づいていた。

 

 

 

 

ユウとアリサ、タロウの三人は、ある場所へとたどり着いた。

数多の古いコンピュータがいくつも並べられたフロア。いかにもと思えるような部屋だった。

「このコンピュータルームは…?」

三人は部屋の中を見渡してみる。デスクの上に並べられていたコンピュータたちは、いくつも壊れているものがあった。床の上に蜘蛛の巣のようにはりめぐらされている回線も所々千切れているものが多く、切断部から小さな火花が数秒おきにバチバチと散っていた。ここまでアラガミが押し寄せていたこともあってか、別の部屋に続いているほどに壁に大きな穴も開いている。

「長いこと使われなくなってるみたいですね。本当に回収目的のデータが残っているのでしょうか?」

「探してみよう。残っているのかどうかなんて確かめないとわからない」

ユウはそう言って真っ先に目についたコンピュータの電源を入れてみる。だがそのコンピュータは壊れていたらしく電源が入らない。アリサやタロウも、ユウに続いて別のコンピュータに触れて機動を試みた。しかし、全てのコンピュータを調べつくしても、回収を任されていたデータを見つけることはできなかった。

「ここにはないみたいですね…」

できれば早めに見つけておきたいところだが、これほど酷い有様の場所で未だに機械が生きているということは奇跡に近いだろう。

「というより、ここの機械は全部壊れていたね。別の部屋に行ってみようか?」

「なら、あそこはどうだ?」

タロウが、壁に開けられていた穴の向こうを指さす。穴の向こうには、別の部屋が広がっていた。

神機を構え、その向こうの部屋を覗き込むと、さっきのコンピュータルームと異なり、画面が壁に埋め込まれた形の、個人用コンピュータが設置された個室だった。

「さっきのコンピュータルームの管理者の部屋か?」

「仕方ないですけど…あまり清潔とは言えませんね」

傍らにあるかび臭くて汚れきったボロボロの布団をかぶったベッドを見てタロウが呟く。長いこと使われていないように見受けられ、汚くなった部屋を見てアリサは少し眉をひそめた。

「ここが生きていたらいいんだけど…」

部屋の中を見渡しながらユウが呟く。さっきまで全く使い物にならなくなった機械を相手にしていたせいで、ここのコンピュータに対しても期待が薄く感じられた。

しかし、そのわずかな期待に応えるように、突如その部屋の壁に設置されたコンピュータから、プツン、と何かがキレたような音が聞こえてきた。

「…?」

ユウが振り返ると、確かに機械音が壁のコンピュータから鳴り出している。

『…閲覧該当者を認証。起動条件を満たしました』

アリサとタロウもそのコンピュータの方に振り返り、目を丸くする。

ユウは疑問を抱いた。誰も、このコンピュータには手を触れていなかったはずなのに起動している。答えの見えない疑問を抱く中、サンドノイズ画面を経て、一人の老人の姿が映し出された。

 

『私の名は来堂ホツマ。以前地球防衛軍の兵器開発の任を引き受けていた者である』

 

 

 

 

(Hehehe…見つけたぜ…)

壁の影に隠れながら、バキはサクヤたちの姿を観察する。

(しかも、今ギンガの人間態はターゲットと別行動…隙を突きやすいぜ)

闇のエージェントである彼は心の闇を見通すことができる。奴らの仲間の中にいる一人の人物にちょうどいい心の闇の持ち主がいる。そいつにダミースパークを与えてこちらに引き込む。ギンガにもちょうどいい地獄を見せることになるだろう。これであのお方もお喜びになるはずだ。

だがその時、ソーマがバキの隠れている壁の角を見やった。

「おい、いるんだろ。隠れてないで出てきやがれ」

コウタとサクヤ少し驚いた様子を見せながらも、警戒しソーマが振り返った方に銃口を向けながら向き直った。

おっと、気づかれたか。勘の鋭いやつだと思ったが、焦ることなくバキは自らソーマたちの前に姿を見せた。

「Meが隠れていることに気が付くとは、さすがと言ったところか」

「こいつ、もしかして以前会ったマグマ星人って奴の仲間?」

「Of Couse!」

バキの姿を見たコウタの疑問に、バキはいつものおどけた振り付けを加えながら肯定した。

「なら見逃しておくわけにいかないわね…ユウ君たちの事も気になるけど…」

神機を構えていつでも撃てる体勢に入るが、バキは余裕の姿勢を崩さない。接触してしまえばどのみちこっちのものだ。

さて、そうと決まれば早くダミースパークを…と思ったときだった。

『バキ、今何をしている!?』

慌てた様子のマグニスがテレパシーをかけてこっちに連絡を入れてきた。

「HEYHEY!今missionにtryするとこだってのに!」

「は?」

いきなり奇声じみた声を上げてきたバキにコウタは当惑する。テレパシーだから彼らにマグニスの言葉が聞こえていないのだ。

『それどころじゃなくなったぞ!ボガールとピターの合成神獣がそっちに向かっている!』

「Really!?」

『俺たちは奴を取り押さえる。お前は早く奴らの仲間の誰かを引き込め!』

テレパシーはそこで切れた。少し不味いことになったかもしれない。早くこいつらの誰かにダミースパークを与えないと、引き込んだ駒とピターの合成神獣をぶつける作戦が破断する。

が、ダミースパークを取り出そうとしたところで、また新たな驚異がソーマたちに、バキもろとも襲いかかった。

「ッ!お前ら、下がれ!」

「え?」

「速くしろ!」

何かの気配を察し、ソーマがサクヤとコウタに向かって叫んだ。

途端、彼らの傍らの壁が勢いよく突き破られた。

壁の向こうに潜んでいた…いや、壁の向こうからずっとこちらへ掘り進んできた氷のヴァジュラ、プリティヴィ・マータによって。

「な…こいつは!」

「WHAT!?」

出てきたのが、リンドウが消えたあの日に現れたアラガミだったことに驚くサクヤとコウタだが、同様の反応を示した辺り流石にバキにとってもこれは予想外だったらしい。いきなり新手のアラガミが出てきたことに飛び上がっていた。

マータは新たな獲物を見つけ、真っ先に目についたバキに襲いかかった。

「UHYOOOOOOOOO!?マータちゃんだとぉぉぉぉぉ!!?」

巨大化能力を持っているとはいえ、こんな余裕のない状況と狭くて閉鎖された場所では、それは無理があった。強引に巨大化しても、その巨体が地面の中に埋もれた状態になって格好の的にされてしまうからである。

「Oh!No!Don't come over here!!」

素っ頓狂な悲鳴を上げ、バキは一目散に逃げた。

「に、逃げた…」

「…今の内に私たちも移動しましょう。ユウ君たちの事の方が気になるわ」

予想以上に間抜けな去り際に、コウタは唖然としていた。今のマータはバキを追っていてこちらから注意が逸れているため格好の的だが、別にバキを助ける義理もないので、サクヤは放っておくことにした。

いきなり現れたと思ったら、ちょっとアラガミに驚かされたからといって尻尾を振るって逃げるとは。ソーマは人騒がせだと思いながら小さく舌打ちした。

その時、何かを踏んづけたような感触が足に伝わる。足を退かしてソーマは、今何を踏んだのか確認する。

(こいつは…?)

黒い棒のようなアイテムと、人形か?

訝しむように目を向けながらそれを拾い上げて凝視すると、サクヤの促す声が聞こえた。

「ソーマ、行きましょう」

「…今行く」

ソーマはサクヤたちに着いて行った。

 

バキが落とした、ダミースパークと……アニメのロボットのような人形をポケットにしまって。

 

 

 

その頃、ユウたちはコンピュータルームのすぐ隣に見つかった個室にて、突如起動したその部屋の備付のコンピュータが再生するビデオメッセージを閲覧していた。

『私が今このビデオを録画している数か月前、地球上に怪物の姿をしたオラクル細胞の集合体が増殖し、世界各国を蹂躙し始めた。今もなお、どこかで奴らの脅威に人々は脅かされているだろう。この状況を打破するための手段もまた失われ、このままでは地球上のあらゆる生命が死に絶えるだろう…う、げほ!げほ!』

映像に映る老人は、かなりやつれていた。頬は痩せこけ、肌も荒れ、かなり激しく咳き込んでいる。しかしそれでも彼はきぜんと姿勢を保ち、自分のビデオメッセージを見ているであろう後世の人間に対して言葉をつづっていく。

『だが、私はこのままおめおめと滅ぼされる訳に行かない。この星は我々地球人だけの星ではないのだ。

かつてこの星を幾度も救ってくれた光の戦士たちに報いるため、私は地球防衛軍が遺した超兵器のデータを守ることに決めた。アラガミと、アラガミの脅威に便乗しこの星を狙う悪しき者たちに対抗するには、奴らに対抗できる強大な力がなければならない。どんな高潔な理想を口にしても、力無き正義には何も守れない。しかし、同時に正義無き力もまた脅威にしかならないであろう。

故に切に願う。この力を扱う者が、宇宙の秩序を守る種族…「ウルトラマン」と同じ平和のために力を振るえる正しき心の持ち主であることを』

老人…来堂ホツマが祈るようにそう告げると、コンピュータの差し込み口からディスクが自動で取り出された。

『恐らくこれを見ている君たちの状況は、説明をゆっくり聞く余裕はないだろう。この先の情報は全てそのディスクに託す。それは私がアラガミの偏食傾向を研究し、決して食われないために開発した特殊ディスクだ。しかしアラガミの偏食傾向は常に変化しているため、完全な対策とは言えない。アラガミや星人たちに奪われ破壊される前に、どうかこのディスクを……』

ブツン!

そこで映像は途切れた。端末が古くなりすぎて、もう限界が訪れてしまったのかもしれない。

ユウは、差込口から出てきたディスクを手に取る。死体となったアラガミが消滅する際に見せる黒い霧のように真っ黒なディスクだ。

「これが、メテオールのデータが入ったディスクか…」

軽いもののはずなのに、手に取ると妙に重さを感じる。人類の未来が重くのしかかったような…何としても守らないといけないと思わされる。

「これで目的のものが手に入りましたね。アラガミに狙われる前でよかったです」

アリサはホッとしたように言った。

「よし、ここに長いするわけにいかん。すぐにサクヤ君たちと合流しよう」

タロウのその言葉にうなずき、ユウたちはすぐにその場を後にしようとした……その時だった。

ズシン!!と激しい音と主に、天井が揺れた。

「じ、地震?」

「…いや、違う!地上に何かいるぞ!」

タロウの予想は、当たっていた。

 

 

 

その頃、地上ではユウたちを帰すまいというようなタイミングで、恐ろしい魔物が暴れていた。その傍らには、既に何かに襲われ事切れたヴァジュラやマータ、他にも数体のアラガミの死骸が転がっていた。

「ぐっ、はぁ…!」

目の前にいる『それ』に重い一撃を受けたのか、膝を着くマグニス。すぐ近くにはグレイがうつ伏せで倒れていた。

「くそが!バキは何をやっている!いつになったら駒を連れてこっちにくるんだ!」

当初はそのような作戦のはずだった。だがバキがいつまでも来ない上に、予想外なことに『そいつ』が現れて作戦が完全に滅茶苦茶になってしまった。

「これだから普段からふざけた奴は信用できないのよ…!!」

付き合いをそれなりに持っていたのに、すぐに役立たずの烙印を押すグレイ。

「ちぃ、仕方ない。このまま俺たちだけでこいつを取り押さえるぞ!」

マグニスはもうバキを当てにできないと判断し、『そいつ』に向けてサーベルを振りかざした。

だが、その一太刀はあっさりと、『そいつが伸ばしてきた手』によって受け止められた。

「な!?」

驚きながらも、すぐにサーベルを引き抜こうとするマグニスだが、サーベルはすさまじいほどの力で握りしめられ、全く抜ける気配がない。

(こいつ、予想以上に…!!)

それでもなおマグニスはサーベルを引き抜こうとしたが、『そいつ』…自分たちによってボガールのスパークドールズを埋め込まれたことで異常な進化を遂げたディアウス・ピターは、マグニスのサーベルを握りしめたまま……バキッ!とへし折ってしまった。

さらに驚きを見せるマグニスに向け、すかさず前足…いな、腕を振りかざしてマグニスを殴り飛ばした。

「ぐおぉ!!」

マグニスは宙を舞ったのち、背中から地面に落下した。

「おのれ…これでも食らいなさい!」

グレイがお返しに手から紫に染まった波動弾をピターに放った。マグニスがあいつにかまっている間に、自分の持ちうるエネルギーを凝縮させた必殺のエネルギー弾だ。食らえばまともに済むはずがない………という予想はすぐに打ち砕かれた。

異常進化したピターはグレイのエネルギー弾に対しバサッ!と翼を広げた。

以前ユウたちが遭遇した際に、その翼に何人もの防壁外の人々が串刺しにされた、死を与える魔の翼は、融合したボガールのそれと混ざり合った状態だった。さながらそれは、壮年の帝王がマントを広げた姿を風潮とさせながらも、翼の内側の刺々しさはコクーンメイデンのもとになった鉄の処女のようだった。

グレイのエネルギー弾をその翼で包み込むと、包まれた翼の中でぐちゃぐちゃと生々しい音が響く。やがて翼を元通りに戻したピターは、食った食ったと喋っているように腹を叩いた。

ボガールのスパークドールズと融合させられたことで手に入れた技。敵の肉体、またはエネルギーを吸収して補食する。

「あ、あたしの攻撃を…!」

唖然とするグレイ。

僅かに顔を上げ、マグニスは自らの手で進化したピターを見上げる。

「くそ…が…!俺たちの…おかげで…その力を持ったくせに…!」

忌々しげに睨む彼の視線に対しピターは…

…笑っていた。

自分に純粋なアラガミだった頃にはなかった強大な力を与えたはずの恩人を『ただの料理』にしか見ていなかった。生物として、彼らを完全に見下している目だった。

もはやそいつは、ディアウス・ピターとは言えなかった。

後に、フェンリルによってボガールとピターの合成神獣はこう命名された。

 

『暴食神帝獣ベヒーモス』、と。

 

ベヒーモスは、ゆっくりと倒れている二人の元へ近づいていき、右手でマグニスの、左手でグレイの首を掴んで持ち上げた。

「は、放せ…!!」

宙ぶらりの状態で足をあたふたさせて今すぐにでも逃れようとする二人だが、身動きは取れないままだった。当然離さないまま、ベヒーモスは二人の体をそのまま地面にぶつけるようにして叩きつけた。

「ぐげ…!!」

周囲数百メートルの範囲まで地面に大きな亀裂を走らせ、二人のエージェントの頭を地面にめり込ませたその衝撃は、まだ地下にいたユウたちのもとにも激しく響いた。




次回は大晦日に、暁で連載しているウルトラマンゼロ×ゼロの使い魔と同時投稿予定です。これが平成最後の投稿となります。みなさん、ぜひ両作品を読んで感想を聞かせてください!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ボロボロの翼でも(終編)

これが今年最後の投稿となります。最終回まで続くかはわかりませんし、それ以前に皆さんの満足いける作品にできるか不明ですが、がんばって書いていきますので、来年もよろしくお願いします。


「いかん、もうこの場所は持たないぞ!」

タロウが崩れゆく天井を見上げて声を上げる。

神機なら崩れた瓦礫を退かすくらい訳はないかもしれないが、こうして崩壊が始まった場所でそんなことをしては脱出前に自分たちが瓦礫に押しつぶされてお陀仏だ。タロウ唯一の攻撃手段であるウルトラ念力も、一時なら防げても永遠に念力を放出など無理がある。

「このままだと、私たちも、サクヤさんたちの方も…!!」

アリサは必死に落ちてくる瓦礫からディスクを守ろうと装甲を展開し傘代わりにして防いでいたが、いつまでも防げるものではない。

「二人とも、こっちに来て!」

こうなってはこの手しかない。

ユウはギンガスパークを取り出し、アリサとタロウに傍に来るように言った。タロウはすぐに、アリサは一瞬意図が分からなくて困惑したが、タロウが彼のもとに近づいたことで気が付く、後に続く形で傍に寄った。

「いくよ」

ギンガスパークから、ギンガのスパークドールズが現れ、ユウは足の裏のマークをリードした。

 

 

【ウルトライブ!ウルトラマンギンガ!】

 

 

 

 

 

ベヒーモスの起こした地響きによって、サクヤたちのいる場所にも強い地響きが伝わり、天井が崩れ始めた。

「や、やばい!」

周囲の壁も床も、すべてが大きく揺れて崩れ落ち始めてコウタがひどく焦った声を上げた。

「急いで上へ上がれ!生き埋めになるぞ!」

「待てよ!それだとユウとアリサは!?」

警告を放つようにソーマが叫ぶが、コウタが反論する。

「お前、この状況であいつらを助ける余裕があると思ってんのか!」

「……ッ…!!!」

ソーマの言うとおりだ。地下数百メートルまで広がる閉鎖空間が崩れ落ちている。その中で助けに向かうなど、もはや自ら生き埋め自殺を望むようなものだった。だが、ソーマに反論したい気持ちも捨てられない。リンドウやエリック、立て続けに仲間が消え続けているのだ。ウルトラマンが都合よく現れてくれるわけではないのは、彼らの身に起きた事件がその証明となっている。それは、リンドウと長らく共に生きてきたサクヤも同じだった。

「サクヤ!」

覚悟を決めろと、ソーマはそう言いたげに促した。副隊長であるから、今は彼女が第1部隊の隊長代理だ。故に決断しなければならなかった。二人を見捨てて、脱出を優先しろ、と。

(でも…!!)

ここしばらく仲間が消える事態が連続しているという事実が、サクヤの判断を遅らせてしまっていた。

その油断が、ついに彼らをチェックメイトに追い込むことになる。さらに大きな地響きが怒り、ソーマたちが激しい揺れで膝を着いたとき、最悪の事態が起こった。

「ッ!しまった…出口への道が…!」

今の揺れが原因で、自分たちが下りてきた階段が瓦礫に埋まってしまったのだ。それもかなりの量とサイズの瓦礫が、よりにもよって天井から落ちてきて完全に道をふさいでいる。

万事休すかと思った時だった。

ユウたちが落ちた穴の方から、スタングレネードの光よりもまばゆい光が溢れ、サクヤたちを包み込んだ。

 

 

 

ギンガはその手の中にアリサとタロウ、そしてサクヤ、ソーマ、コウタの三人を連れて地上へと飛び出し、降り立って仲間たちを降ろした。

「ぎ、ギンガ…」

自分を手から降ろしたギンガを、コウタとサクヤは驚いた眼で見上げた。ソーマの視線が、やたら鋭く見えたのは気になったが、すぐにアリサの方に視線を傾けた。以前はアラガミと同列だと見なして憎しみを向けてきたその目は、自分に対する信頼に溢れていた。彼女の笑顔と頷きがその証拠だった。

「ぎゃああああああああああああああ!!!!」

しかし、彼女の表情はすぐに警戒を高めた険しいものになった。ギンガの後ろから聞こえた悲鳴がそうさせていた。

ギンガも後ろを振り返ると、驚くものをその目に見た。

闇のエージェントたちが、見たことない怪獣の傍で呻き苦しんでいる。

しかも……

 

グレイの右足と、マグニスの右腕がサーベルごとなくなっていたのだ。

 

(あの宇宙人たちが!?)

そいつの方に向き直ったギンガは、いつでも奴の攻撃に迎えられるように身構えた。

ギンガと第1部隊の存在に気が付いたのか、そいつもギンガたちの方を向いた。

その顔は、ピターに非常によく似ていた。だが、どことなく以前アリサが大車の手でライブさせられていたボガールの特徴もある。背中から生えた、ピターとボガールのものを合わせたその翼は皇帝のマントのようだが、その内側は鉄の処女のような鋭い棘…いや、牙というべきか、それらが無数に散りばめられている。

でも、ボガールの頭にそのまま埋め込まれた様なあのピターの顔は変わっていない。こちらを見て、二マリと笑っている。うまそうな獲物が現れた…そう言っているようにしか見えない不気味な笑みだった。

口元に見える…マグニスの腕をくちゃくちゃと言わせながら食っている様が、そのおぞましさを引き立てていた。

なんとおぞましい姿だ。もしや、あの時のピターが姿を変えた者なのか?でもそうだとしたら、なぜ闇のエージェントを…?

『ユウ、ギンガ…気を付けるんだ。そいつは間違いなくやばい相手だ!』

長年の勘だけじゃない。奴の持つ狂気が、タロウにもそう確信させていた。

 

…クヒヒヒヒ…

 

「!」

突然、ベヒーモスの口から笑い声が聞こえてきた。不気味過ぎて背筋が凍り付く感覚さえ覚える。

 

「人間、肉ト血ノ味…」

 

「人の言葉を……喋ってる…!?」

アラガミが人の言葉を話すなんて聞いたこともない。サクヤたちも目を見開いて驚いていた。

アリサは、自分がかつて大車によって変身させられたボガールが奴の合成素材だからか、ベヒーモスから感じる悪寒には覚えがあった。奴の持つ、異常なまでの捕食欲求を抱いた声にも…

 

「食ベタイ…ナァ…食ワセロヨ…オ前ノ肉モ…」

 

しゃぶりつくした骨のように、ベヒーモスは口に含んでいたマグニスのサーベルを吐き捨てながら、じわっと来るような足取りでギンガの元へ近づいてきた。

相変わらずの食欲旺盛ぶり…いや、暴食ぶりというべきか。

そしてこいつのせいで、防壁外で再会したスザキも、リンドウも……!!

脳裏に、こいつの元になったボガールが、容赦なしに人々を食らった姿がよぎった。ピターもきっと、自分たちの見ていないところでも、たくさんの人たちを自分の意味のない満腹感のためだけに食って来たに違いない。アラガミは別に人を食わなくたって生きていける。瓦礫でも食っていればそれでいいはずなのに、それなのにこいつは遠慮なしにたくさんの人々を食らってきた。そう思うと…怒りを抱かずにいられない。

それなのに…

 

「まだ食い足りないというのか!『お前ら』は!」

 

怒りの言葉を口にしたギンガに、ベヒーモスは全く詫びれることなく口を歪めて笑い…決定的なことを言った。

 

 

 

「我以外ノ奴ラナンカ、我ノ餌。ソレ以外ノ価値ナドナイワ…クヒヒヒヒ」

 

 

 

ブチッ…と頭の中で切れる音がした。

(こいつは…許さない!!)

拳を握りしめ、胸の奥で怒りの炎を燃え上がらせたギンガはベヒーモスを迎え撃った。

 

 

 

 

 

自分達の作品であるはずのピターことベヒーモスに、片足を奪われたグレイと、サーベルごと右腕を食われたマグニス。飼い犬に手をかまれるどころか、五体不満足にされてしまうなんて、闇のエージェントでありながらなんという失態だろうと思わされる。

しかし許せないのは…

「バキ…あの道化が…!!」

マグニスは苦痛に顔を歪めながら、ギンガたちとベヒーモスが戦っているエリアから辛うじてグレイと共に遠くの場所へ逃げのびていた。作戦では、バキが自分の持ってきたスパークドールズとダミースパークで、ギンガこと神薙ユウの所属する第1部隊の、アリサを除くメンバーの誰か一人、それも心の闇を強く抱く奴を選出し、そいつをライブさせてギンガにぶつけること。その間に自分たちがピターとボガールの合成神獣であるベヒーモスを連れ、そして一気に抹殺する。

アーサソール戦で一度似た様な作戦を実行したが、あの時は従えていたはずのアラガミ化したジャックが反旗を翻すというイレギュラーが発生したから失敗した。だが次もあんな奇跡が起こるような要素はない。人間ごときにダミースパークの闇を自力で払うことなどできるはずがない。あのアリサとかいう小娘も、自力ではなくギンガとその変身者の助力がなければ大車の呪縛から逃げられなかったのだから。

また、ギンガも他のウルトラ戦士の助力と言えば、『あの方』によって無力な人形と化したタロウからしか援助を受けていない。他のウルトラ戦士たちの助けも見込めないこの状況で

、二度も防げるとは思えない。

それをわかっていたからこそのこの作戦なのに…

「HEY!Are You All Right!?」

…きやがった。彼なりにこっちの身を案じているような言い方だが、そんなことはさっき自分たちが受けた仕打ちを考えると全然ありがたみを感じない。

「バキ…貴様…この大事なときに何をしていた…!」

「あんたのせいであたしたちは…」

自分たちのもとにやって来たバキに対して憎悪ともとれる視線を鋭く向ける二人に、バキはたじろぐ。

「Oh,T'm Sorry…MeもPlan通りに連中とContactしたんだがよぉ…」

バキは、ユウとアリサがサクヤたちと別行動を取ったところで接触に成功したものの、そのタイミングでプリティヴィ・マータの襲撃を受けて作戦の通りに動く余裕さえなかったことを明かした。

「…ってなわけで、MeがYouたちを見捨ててEscapeしたわけじゃねぇってことは理解してくれや」

「……」

普段のふざけたキャラのせいで、こいつが本当に反省しているのかもわからない。それに闇のエージェントは、同じ主を仰いでいるが、各々がその主に気に入られようと躍起になっている。ウルトラマンと闇のエージェントという二つの勢力で分ければ味方同士といえるが、その味方同士でありながら、場合によっては互いに蹴落としあう。元々利害の一致でつながっているだけだ。絶対の信頼は寄せられないのだ。謝罪こそしているが、闇のエージェント同士の関係がただの利害の一致でつながっているということもあって、バキの謝罪がいまいち信用できなかった。

「…もう作戦は失敗も同然だ。俺たちがこのまま飛び込んでも、俺たちもピターの餌になるのがオチだ…」

「忌々しいけど、一度ここは引き上げて、主の命令を待ちましょうか……」

結局自分達の飼い犬にいいようにされたという屈辱を引きずり、闇のエージェントたちは人知れず撤退した。

 

 

 

 

その間、ギンガとベヒーモスは取っ組み合いを繰り広げていた。

「セア!」

気合を入れたキックを放ち、ベヒーモスの下あごを蹴り上げるが、ベヒーモスはそれに全くひるまず、お返しの前蹴りでギンガを押し出す。

ギンガは次に、ベヒーモスの足を狙って足払いを仕掛けると、偶然からか膝の裏を押されベヒーモスがわずかに姿勢を崩した。その隙を突いて、ギンガはベヒーモスの真上に飛ぶと、逆さの姿勢から連続でラッシュパンチを叩き込み、そのまま宙返りしながらベヒーモスの背を蹴って着地する。

だが、怯む様子はまだ見られない。

(なんて頑丈なんだ。それとも、痛みを感じないのか?)

そう思っていると、ベヒーモスはギンガに向けて鋭くとがったかぎ爪を振りかざす。

正面から一撃をもらったギンガは怯み、すかさずベヒーモスは膝を着いた彼に、爪の傷を刻んだ箇所に叩き込んだ。

「ガハ…!」

ギンガは苦悶の声を漏らす。まだベヒーモスは攻撃の手を緩めない。後ろからギンガの首を両腕で締め上げると、待ってましたと言わんばかりに彼の肩に向けて口を大きく開けだした。

「グゴオオオオォォォォ!!!」

まずい!僕を食う気か!

そんなことさせるものかと、ギンガは抵抗して腕を振り払おうとするが、予想以上の力で締め上げてきてほどけなかった。

その時、閃光がベヒーモスの腕に突き刺さった。サクヤの神機から放たれた貫通弾だった。

 

 

ベヒーモスが忌々しげに彼らの方を見た時には、サクヤたちは更に弾を装填していた。

「コウタ、アリサ!そのまま射撃を続けて、ギンガを援護!」

「はい!ギンガ、今助けるからな!」

コウタがギンガに向けて叫びながらベヒーモスの腕に向けて射撃を連射していく。

だが、ここで気が付いたことがあった。アリサだけ、援護に加わっていなかった。

「アリサ、何してるの!」

「…!」

コウタの一言で、アリサは我に返る。

実はベヒーモスが彼らの方を見た時、アリサはまたトラウマに満ちた記憶が過ったことで恐怖心に駆られ、体の動きが鈍くなっていたのだ。

しかし幸運だったのか、サクヤの貫通弾で出来た傷がベヒーモスの右腕に刻まれていた。

「どうやら、神属性の弾丸が有効みたいね。神属性のバレットに変えて!いいわねアリサ!?」

「は、はい!!」

名指しされたアリサは慌てて返事した。

また、自分の悪いところが出てしまった。ベヒーモスに睨まれた時に、両親を困らせようとかくれんぼして、クローゼットの中で両親がピターに食われた時の記憶が重なるように過ってしまい、援護するのを忘れてしまっていた。

まだ体が、恐怖で震えている。

ギンガ…ユウが何度も自分たちを救ってきてくれていたというのに、自分は未だに恩を返すこともできていない。なんて未熟なのだろうかと、神属性のバレットを仕込みながらも、アリサは自分をただ呪った。

 

 

 

サクヤたちの援護で、ギンガは再び自由になる。

だがベヒーモスはさらなる猛攻を仕掛けてきた。

二足歩行から、ピターの時と同じ四つん這いになると、後ろ脚に強く力を込める。そして地面をいざ蹴ると、目に見えないほどの速度でギンガにぶつかった。

ベヒーモスからの強烈なタックルを受け、ギンガは吹き飛んでしまう。

「グワアアアア!!」

「ギンガ!」

思わず叫ぶコウタ。

すると、ギンガとの距離が空いたことで、ベヒーモスは第1部隊のメンバーたちに向き直っていた。奴の手が、紫のオーラに包まれ、雷をほとばしらせている。

「散開して!!」

サクヤが叫ぶと同時に、ベヒーモスは両手から雷の弾丸を飛ばしてきた。

回避行動に入ったサクヤ、コウタ、ソーマをベヒーモスの雷が襲う。だが、ここでもアリサは足がすくんでしまい、膝を着いて動けなかった。

「あ、う……!!」

座り込んでただ震える手で神機を握り続けるだけのアリサ。そんな彼女は、案の定というべきか、ベヒーモスの雷の弾丸の的にされた。

「ウルトラ念力!!」

即座に、彼女の傍らに隠れていたタロウが念力の壁を展開、あらぬ方向へ雷を弾き飛ばして難を逃れた。

「アリサ!しっかりしろ!的にされてしまうぞ!!」

「す…すみません…」

タロウから叱り飛ばされ、アリサはゆっくりと立ち上がる。

そんな彼女を、ベヒーモスは優先すべきターゲットと見なしたのか、彼女の元へ向かい始めた。

『…オ前、前ニ私ト一ツニナッタ小娘ダナ…?』

頭の中に、ベヒーモスの声が伝わってきた。

『うるとらまんハ、オ前ニ肩入レシテイタ…ダカラオ前カラ食ラッテヤル』

自分が狙われると気づいて、アリサは更に恐怖を抱いて後ずさる。

「い、いや…来ないで!!」

「…クヒヒヒヒ」

何とか銃口を向けることができたアリサ。だが、手が震え、歯をガチガチに鳴らしたままだった。そんなアリサの反応を、ベヒーモスは楽しんでいるのか、口から笑い声を漏らしていた。

「モット見セテヨ…?」

 

 

―――――恐怖ト苦痛ニ歪ンダ顔ヲ

 

 

〈ギンガスラッシュ!〉

「デヤァ!!」

しかしその時だった。ギンガの額のクリスタルから放たれた紫の光線が、ベヒーモスの背中に直撃した。

不意打ちを受けて怯み、背中に傷が刻まれたベヒーモスが、後方にいたギンガを睨み付ける。至福の時間を邪魔されて怒っていた。

ギンガは手招きして挑発、ベヒーモスの注意を引き付けようとすると、希望通りベヒーモスはギンガの方へ突進し始めた。

 

 

ギンガはベヒーモスのパンチを避けると、空振りしたベヒーモスの拳が地面にめり込んだ。

ベヒーモスの拳を地面に叩き込んだ振動で、地面に亀裂が走った。地下にまで及ぶ広範囲の旧防衛軍基地。発展していた頃なら頑丈だっただろうが、今は長らく放置されていたことで、巨人と巨大生物を支えるには些か脆かった。ベヒーモスによって刻み込まれた亀裂は基地跡の周辺に広がり、やがて一つの大きな穴を開けた。ギンガでさえすっぽり入りそうなほどの奈落。穴の奥から、基地の奥に溜め込まれた空気がひゅうう、と吹き抜けている。

ギンガたちの戦いは、これほどの穴が開くほど地盤の悪いエリアで戦うのをやめるほどのものに留まらない。寧ろ苛烈さを増していった。

「ディア!」

今度はギンガがベヒーモスに向けてパンチを叩き込む。さっきよりも深くめり込んだ一撃はベヒーモスをのけぞらせる。少し間が開き、ギンガがダッシュで接近すると、ベヒーモスは一直線に向かってきたギンガに向けて雷の弾丸を撃ち込んだ。

胸元で火花を起こし、続けてベヒーモスは雷の弾丸を連射する。

ギンガは連続でもらい続けながらも、両腕をクロスして何とか防御態勢に入ることができた。だが、何度も立て続けに耐えられるほど頑丈とは言えなかった。

「ガアアアアアア!!!」

すると、連射を一度止めたベヒーモスが、頭上にこれまでにないほどの巨大な稲妻をほとばしらせた弾丸を作り出した。

(まずい!)

今のギンガは、連射を防御していたことで腕がしびれていた。身動きが取れない。

避けることもできないギンガは、ベヒーモスの稲妻を……その身にもろに受けてしまった。

「グアアアアアアアアアアアア!!!」

火花と爆発の中に包まれながら、ギンガは悲鳴を上げ、そしてうつぶせに倒れてしまった。

「ギンガーーー!!」

「神薙さん…!!」

コウタが叫び、思わずアリサがユウの名前を呼ぶ。

 

ピコン、ピコン……

 

ギンガのカラータイマーが、ついに点滅を開始した。もう残りのエネルギーも時間も少ない!

ダウンしたギンガに、ベヒーモスが薄ら笑いを浮かべながら近づいてくる。ギンガはまだ立ち上がれない。10のカウント内に立ち上がらなければ、奴の餌にされてしまうほどに接近を許していた。

「コウタ!神属性バレット!」

「は、はい!」

「ソーマ、隙を突いてチャージクラッシュを仕掛けて!」

「っち…」

即座にサクヤがコウタ、そしてソーマに指示を出す。

コウタとサクヤは素早く動きながら銃型神機でベヒーモスの体を撃っていく。射撃を受けたベヒーモスはサクヤとコウタをそれぞれ見やると、目障りなハエが来たと思ったのか顔をしかめ、標的を二人に変えて手から雷の弾を放った。

雷の弾から、サクヤは軽やかに避けていく。でもその顔に余裕はなかった。ピターの時でさえ手を焼くほどの相手だったのだ。それが普通のアラガミなどよりも遥かに進化を遂げたベヒーモス相手ではなおのこと。ベヒーモスの弾幕を回避するのは一秒一秒が気を抜けなかった。サクヤは避けることができていた。しかし…コウタはサクヤのようにはいかなかった。

「うわあああああ!!」

「コウタ!」

思わず足を止めたサクヤ。ベヒーモスは自分の雷の弾丸の爆風で吹っ飛び、地面に落下したコウタの元へ近づいてその手を伸ばしだした。コウタを食らうつもりだ。

「…!!」

伸びてきたベヒーモスの掌を見て、コウタは思わず目を伏せる。

「どけ!」

コウタの前にソーマが駆けつけた。彼の神機の刀身は青紫色の光を纏っていた。肩に担いだオーラを纏う大剣を、迫るベヒーモスの腕に向けて勢いよく振り下ろした。

叩き落とされた刀身を受け、ベヒーモスの右手が上から半分に切り裂かれた。チャージクラッシュほどの威力に、奴の手は耐えられなかったようだ。引っ込めた右手を左手で押さえて後退り、悲鳴を上げた。ベヒーモスのもだえ様を見て思いの外手ごたえがあったことを察する。

「…さっさと援護の態勢に入れ」

「い、言われなくたって!!」

後ろを振り返ったソーマに言われ、ムカつく奴から助けられたことに感謝以上に屈辱を覚えたコウタはふてくされたように顔を歪めて立ち上がる。

こんな奴の顔を見てるとムカムカが止まらない。すぐに視線をウルトラマンの方に向けることにした。

 

 

「神薙さん…!」

未だに、アリサはただ銃形態の神機を握った状態のまま、ギンガの戦いを見ているだけだった。

またしても足を引っ張ってしまった。アリサは唇を噛み締めた。タロウは彼女が今自分に対して憤りを感じていると察したが、かといってこのまま彼女に戦闘を続けさせるのは無理があると思い始めた。

「アリサ、もう下がった方がいい。やはりまだ早すぎたのかもしれん」

「…」

タロウの言うことが最もだろう。でも、オレーシャと約束したのにそれを成せないことが、どうしても納得できなかった。だから、彼女はタロウの忠告に頷かなかった。

「…いえ…私は……!」

気が付けば、彼女は駈け出していた。

「おい、アリサ!」

意地を露わにしたアリサに驚きながら、タロウはすぐに追いかけて行った。

 

 

 

ギンガは大地に根を張るように足に力を入れて立ち上がった。

「く……」

こんな奴には負けられないのだ。自分以外の存在をただの餌としか見なしていないこんな奴に負けられない。

ギンガは、周囲で自分を援護しようと構えている第1部隊の仲間たち…サクヤ、コウタ、ソーマ…そして後ろで自分をじっと見続けているアリサとタロウを見る。

妹を、リンドウを、エリックを失った時のように…もう二度と誰も死なせるものか!

こいつが自分よりはるかに強くたって…僕は負けられない!

「シュア!!」

気合の声を上げ、ギンガは駈け出した。

相手が向かってきたのを見て、ベヒーモスも向かってくる。ぶつかると同時に、お互いの体を掴みあった。相手を投げ飛ばそうと腕に力を込めあうが、力が拮抗し合ってそこまでに至らない。ひたすらお互いに掴みあってそのままぐるぐるとまわり続けている。

「これじゃ撃てない…」

援護しようにも、このまま迂闊に打てばギンガに弾丸が直撃しかねない。サクヤとコウタは、銃を構える姿勢のまま援護の機会を待つしかなかった。

ようやくお互いを離すと、ベヒーモスは全身に雷を纏った。何か必殺技でも仕掛けるつもりだろうか。

こいつはやばいかもしれない!こっちはもうカラータイマーも点滅していて、エネルギーも残り少ない。あれをまともに喰らったらもう勝ち目はない。

「フン…!」

ギンガはすぐに必殺光線の構えに入った。全力でぶつけなければ。全身のクリスタルを青く輝かせ、L字型に両腕を組んだ。だが、ベヒーモスの方が発射準備の完了が速かった。先に撃たれてしまう!

「コウタ、アリサ!」

サクヤがコウタ、そしてもしかしたら援護してくれるかもしれないアリサにも叫んだ。

コウタとサクヤ、二人の射撃がベヒーモス最大の雷の弾の発射を阻害する。すぐに放とうとしていたベヒーモスだが、主に顔の周囲を被弾したせいで、発射を中断してしまった。

「今よ、ウルトラマン!撃って!」

サクヤの叫びに頷き、ギンガは必殺光線を放った。

〈ギンガクロスシュート!〉

「ディア!!」

ギンガの腕から放たれた光線は、ベヒーモスに直撃した。だが、当たったからと言って勝ちではない。今までこの光線を耐え抜いた合成神獣は何度もいたのだ。だからダメ押しでさらにエネルギーを高め、そして奴の胴体さえも貫く!!

「オオオオオオォォォォォ!!」

ギンガは雄叫びを上げながら、さらに光線の力を強めていく。エネルギーがそれに伴って枯渇していき、カラータイマーの点滅速度も速くなっていった。

そし…ベヒーモスの体をギンガの光線が、まるで槍で貫かれたかのように貫いた!

「ガアアアアアアアアァァァァァァ!!!!」

苦しみ悶えながら、腹に風穴を開けられ、そして大量の血を腹の穴や口、目などからも噴出しながら、ベヒーモスは苦痛の叫びをあげる。

光線を放ち終わって、ギンガは膝を着いた。大量のエネルギーを使いすぎて立つのも難しかった。

ベヒーモスはギンガに手を伸ばしながら、一歩一歩、生気を失いつつある足取りで近づいていた。もう奴自身、戦う力が残っていないのかもしれない。それでも奴は獲物を求めるように、ソーマにぱっくり叩き割られた右手を伸ばしていた。

サクヤたちは神機を構えて奴の出方を伺う。

すると、5歩ほど歩いたところだろうか。ベヒーモスは……前のめりに倒れこんだ。

「……や、やった……やった!しゃああああああ!」

コウタが真っ先に喜びの声を上げた。自分たちは勝ったのだ。あのピターとボガールの合成神獣に!

「リンドウ…」

サクヤはほっと深い息を吐いて、空を仰いだ。空のどこかで、リンドウの姿を探し求めるように。

 

合成神獣ベヒーモス。あのボガールとピターという、捕食欲求が異常な強敵同士をくっつけたアラガミなだけあって、すさまじい強敵だった。アラガミ化したジャックほどではないが、もし一人で戦っていたら自分は負けていたかもしれない。…いや、今の戦いだって負けていてもおかしくなかったかもしれない。それでも勝てたのは幸運だった。

ギンガは、サクヤ、コウタ、ソーマ、タロウとアリサの方を向いた。全員無事だった。よかった…とギンガ、ユウは内心深くホッとした。

仲間たちに深くうなずき、空へ飛び立とうと空を見上げた。

「………」

アリサは、強敵との戦いが終わったことへの安心感を確かに感じていた一方で、自分の出番が何もなかった…というよりも何もできなかったことで複雑な感情を抱いていた。自分の手を見て、やや悔しそうにぎゅっと拳を握った。

(…ごめんなさい、パパ…ママ…オレーシャ、リンドウさん…私、まだ……)

あの合成神獣は、自分も倒しにかからなければならない相手だった。両親とリンドウ…彼らの無念を晴らすためにも。でも、未だトラウマの鎖が自分を縛っていた。

 

 

 

しかし、安心するのはまだ早かった!

 

 

 

「グルルルル……!!」

 

小さな唸り声を上げながら、ベヒーモスが立ち上がりだしたではないか!

「ッ!!!」

それに真っ先に気が付いたのはアリサだった。

あれほどの攻撃を受けてなお、まだ生きていられるなんて、なんて生命力なのだ。

 

そして、ベヒーモスはその大きな翼を広げ…ギンガに…襲いかかった!!

 

自分の両親を食らったピターや、オレーシャを無残に食いちぎったヴァジュラが獲物を食らうように。

ギンガを飲み込もうと、その涎まみれのおぞましい牙と口が、ギンガに後少しのところまで迫っていた。

「!?」

彼が振り返った時にはもう遅かった。

 

アリサはそれを、目を見開いてみた。ピターに食われた両親、ヴァジュラに食われた親友…。

アリサの脳裏に、これまで彼女が経験した悲劇が過った。

いつもならその記憶は、アリサの手足を止める鎖となる…はずだった。

 

だめ…!!

 

心の中で、強く自分の声が響いた。

 

アリサは叫んで神機の銃口を向け、引き金を引いた。

 

 

「避けて!!」

 

 

自身の方に向かってきた弾丸に一瞬驚いたギンガだが、アリサの警告が頭に入って体が動いた。

彼女の発射した神属性バレットは、ベヒーモスの目に…正確に直撃した。

アリサの決死の一撃を受けたベヒーモスはバランスを崩し、そのまま地面に開かれた、旧GUYS基地の地下に続く奈落へ、落ちて行った。

すぐに振り返ったギンガは、ベヒーモスが落ちた奈落の底を見下ろす。奴は穴に落ちてしばらく上がれないようだ。なら今のうちにと、ギンガは奈落の淵をギンガセイバーで砕き、大量の瓦礫を落として即座に穴をふさいだ。

奴は、まだ生きているだろう。アラガミはコアを摘出しない限り死ぬことも、新たに再生することもない。エネルギーも残り少なく、これ以上戦うことはできないから、今はしばらくの間動きを封じるだけで十分だ。

 

それにしても危なかった…アリサがあそこで撃っていなかったら…!!そう考えるとぞっとしてしまう。

でも…一つ安心したことがあった。

 

ついさっきまで、恐怖のあまりその目でヴァジュラ種を見ただけで震えて動けなかったはずのアリサが、自ら動いて、そしてギンガの窮地を救ったのだ。

 

「アリサ!」

サクヤとコウタが近づいていく。アリサは緊張の糸が切れたのか、その場で膝を着いていた。

「サクヤ、さん…コウタ…私………うまく…できたん……ですよね?」

「ええ、もちろんよ…!!」

顔を覗き込んできたサクヤを見つめ返しながら尋ねるアリサに対し、サクヤは笑みを浮かべて頷いた。

リンドウを失った要因であるはずの自分に、サクヤは罪を許す寛大な女神のような言葉をかけてくれた。

後ろには、ギンガがこちらを見下ろす姿が見える。ギンガ…ユウは、アリサと視線を合わせ、頷いた。ありがとうと、告げるように。

「よかった……今度こそ、守れ…た…!!」

アリサは、顔を覆って泣き崩れた。

 

オレーシャは今の自分を見て、相変わらず泣き虫ね、とからかうように言ってくるだろう。でも…きっと同時に喜び、褒め称えてくれるだろう。

 

 

アリサはこの日……過去のトラウマを乗り越えたのだった。

 

 

 

 

その日から、アリサの様子は変わった。

オペレーション・メテオライト当日に向け、訓練スペースで彼女はこの日も自主訓練を行っていた。

その様子を、別室の窓からユウ、サクヤ、コウタが見ていた。ソーマは別件があるとのことで同席していない。コウタは、

「ソーマのことなんかいいよ。どうせ『俺には関係ねぇ』とか思って適当に言い訳したんだろ」

と一蹴してソーマの事を放っておくことにした。

リディアも同席していたが、彼女はさっきから

「アリサちゃん大丈夫かな…」

と言葉を繰り返しながら部屋の中をうろうろして挙動不審だった。

「先生、大丈夫だって。俺たちもアリサの任務中の動き見てたから」

「そうですけど…」

コウタが落ち着かせようとしても、リディアは心配のあまりあたふたしたままだ。今回の訓練スペースでのダミーアラガミとの模擬戦闘はアリサ自身が申請したことなのだが、ユウはアリサとリディアの間で起きた過去を詳細に知っていたので、彼女のこの反応はやむを得ないところがあった。

「みんな、あれを…!」

サクヤが目つきを険しくさせた。ユウたちが窓の向こうにいるアリサの姿を見る。遂に来たか…と心の中で言葉が出た。

アリサのトラウマの象徴である大型アラガミ、ヴァジュラのダミーが立ちふさがっていた。

 

 

 

「次、お願いします!」

すでにダミーのシユウやコンゴウを同時に葬り、次のダミーアラガミの出現を促すアリサは、息を整えて神機を構え直した。

次に出たのは…ヴァジュラ。

ダミーとはいえ、過去のトラウマに縛られてきたアリサは、前回の任務では最後の最後が訪れるまでは決してこいつに手を出せなかった。一目見ただけで、両親とオレーシャが殺された時の光景が過り、激しい恐怖心が彼女の心を支配したのだから。

今だって、こうしてヴァジュラを見ていると強い恐怖を覚える。

「…ッ!!」

でも、今のアリサにはオレーシャとの約束があった。今度こそ大切な人たちを守るという約束が。それ以上の恐怖があることを知っていた。オレーシャとの約束をたがえ、戦う力を持ちながら恐怖に慄き続けて何もせず、仲間をまた見殺しにすることへの恐怖が。

咆哮を上げるダミーヴァジュラが、雷弾をスパークさせ、アリサに向けて放った。以前は完全に固まってしまい、装甲で防御する間もなくもろに食らって終わりだった。

だが…アリサは、目つきを変えてヴァジュラが飛ばしてきた雷弾に対し、ジャストタイミングで装甲を展開してダメージを無効化した。

そして即座に神機を剣形態に変形し…

「やあああああああああああ!!!」

すれ違いざまの一閃を、ヴァジュラに刻み込んだ。

「グゴオオォォ……」

ダミーヴァジュラはアリサとすれ違ったと同時に、おびただしい結合崩壊の痕を顔に刻まれ、ダウンし消滅した。

(やった…!)

アリサは思わずガッツポーズをしそうになったが、ユウたちが見ている前で妙に張り切った姿を見られると思い、思い留まった。今までこの極東支部で晒してきた自分の態度を考えると、はしゃぐ様なんて自分には似合わないし、考えただけで恥ずかしい。

「アリサちゃん!!」

思わずその声を聴いて、訓練スペースの扉の方を向くと、リディアが飛び込んできてアリサに勢いよく抱きついた。あの豊満な胸元の中にいきなり顔をうずめさせてきたのだから息苦しく感じる。一旦放してほしいと言おうとしたところで、リディアはその前にいったん離して両手でアリサの両肩を掴んで容体を確認してきた。

「大丈夫!?どこも怪我はない?平気!?」

「だ、大丈夫ですってリディア先生…だからそんなに慌てないでください」

この人の心配性は自分のせいだと思うと申し訳ない気持ちもあるのだが、あまり過保護にされるのもアリサとしては受け付けられなかった。

「アリサ!」

「あ、みんな…!」

続いてユウ、そしてサクヤとコウタも入ってきた。

「すごいわアリサ!もうこれなら心配することはなさそうね」

「この前まであんなに怖がってたのに…アリサすごいじゃん!」

「ありがとうございます!」

サクヤとコウタの二人から高く評価を受け、アリサは嬉しくなる。冷たくするわ、自分のせいでリンドウとも離れ離れになったりもして、この二人にも悪いことをし続けていたのに、二人は完全に自分を認めてくれている。

でも、こうしていられるのも、オレーシャと再会して約束を結ぶことができたのも、再びゴッドイーターとして戦うことができるようになったのも…

「アリサ…」

名前を呼ばれ、アリサはユウの方を向き、頭を深く下げた。

「神薙さん…本当にありがとうございました!」

本当ならタロウにもお礼を言いたいところだが、タロウの存在を迂闊に喋らない方がいいとユウたちと決め込んでいたのでこの場ではユウだけにお礼を言った。

「あなたがいなかったら、きっと私…あのクローゼットの中で今も閉じこもり続けていました」

「いや、僕だって一人じゃ何もできなかった。アリサが勇気を出したから成しえたことなんだ」

謙遜もあるかもしれないが、それは事実。自分がウルトラマンでなかったら、タロウや仲間たちの助けがなかったら、そしてオレーシャの魂がアリサの中で生きていなかったら、このひと時を得られなかった、とユウは確信していた。

「神薙さん…でも、私…」

「うーん…あのさアリサ」

ユウはふと、今のアリサの言動で一つ気になったことを抱き、アリサ一つ要求を出した。

「僕のことは名前で呼んでくれ。苗字じゃなくて、ちゃんとユウって呼んで」

「え?」

「せっかく仲間としてまた再始動するんだもの。それくらいはしてほしいかな?」

急に、何かお礼をさせられるかと思っていたが、予想外にも呼び捨てを要求されたことにアリサは戸惑いを覚えた。

「え、えっと…じゃあ…………その……あの……ユウ……」

距離感のある苗字呼びから呼び捨てを促され、なんだか妙に緊張感を覚えるアリサだが、言われた通りユウを呼び捨てで呼んで見せた。

「こ、これでいいですか?」

「うん、よろしい。これからもよろしくね。アリサ」

ちゃんとアリサが自分の名前を呼んでくれたことに満足し、ユウはアリサの頭を帽子の上から撫でた。

「あ……」

その笑みは、オレーシャの笑顔にも引けを取らない暖かな笑みだった。もし自分に兄がいたら、なんて思えるような優しい笑顔。頭に感じる、その手の大きさと温かさ。撫でられるととても心地よくて、いつまでもその温もりを感じていたくなる。

しかし、アリサは同時に何かを感じた。胸の奥で、ドクン…と心臓が高鳴る音がした。

それを覚えると同時に、アリサは見る見るうちに彼女の神機のように顔が赤く染まって行った。

「ちょ…あ、頭を撫でないでください!私そんな子供じゃないんですから!」

思わずアリサは激しく恥ずかしさを覚えるあまり、ユウから勢いよく距離を取り出した。

さっきまで異性の笑顔をまじまじと見ては頭を撫でられて心地よさを覚えるなんて、恥ずかし過ぎてユウの顔を見ることができなかった。

「え?あ、ごめん…さすがに気安く触っちゃダメだったか?」

「あ、いえその…別に怒ってるわけじゃないです。ただ、その…えっと…」

なぜかまたいつぞやのように怒鳴ってきたアリサに、ユウは困惑を覚える。対するアリサは強く言い過ぎたと思って訂正しようとするも、何を言えばいいのか分からなくなり、その先をうまく口に出せなかった。

そんな微笑ましい二人に、サクヤはあらあらと楽しげに呟き、コウタはやや羨ましそうにユウを見て、リディアはアリサのその態度の意味を瞬時に察して心の中でエールを送ったのだが、ユウがそんなことを三人が考えているなんて夢にも思わなかった。




○NORN DATA BASE

・暴君神帝獣ベヒーモス
(ボガール+ディアウス・ピター)
上記の、異常に捕食衝動が強い者同士が、闇のエージェントたちによって融合した。
外見は顔がピターのままだが、そのピターのフォルムを元に頭や角の形がボガールのものとなり、『ゴッドイーターリザレクション』で新たにつけられた刃翼もボガールの翼と融合したことで、翼の裏が牙のように鋭い棘で覆われている。当然ボガールのようにそれをウルトラマンや怪獣一体分ものサイズに広げ、覆い尽くすように捕食が可能。
ピターのころと比べると、2足歩行となり、前足が腕に変化している。
他にもボガールのころの名残で、言語能力を習得した。
しかし性格は融合素材となった二体と同じく、自分以外の存在をただの餌としか見なしていないため、他の命を踏みにじることに何の罪悪感も感じない、純粋な悪の怪獣である。その性格ゆえ、自分たちを一つに融合して強化した闇のエージェントたちに従うつもりも全く見せず、そればかりか反逆して彼らの体の一部を食いちぎってしまった。
当然ながら戦闘能力も高く、ボガールの持つエネルギー弾とピターの雷の弾丸が互いにひとつになった光弾を撃ったり、ボガールと同様に超能力を使用することもできる。
名前は、これまで幾度もアラガミの組み合わせと特徴を投稿してくださった名前不明の方が、ピターを元に提案した合成神獣の名前からとらせてもらいました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メテオライト開始前

闇のエージェントたちは、暗闇に満ちた煉獄の地下街の一角に隠れていた。

廃列車が幾重にも積み上がって線路が塞がった場所の奥に続く闇の中で、グレイ、バキ、マグニスの三人はただ静かに、『誰か』を待っていた。

これまで彼らは、何度も自分たちの主の邪魔者であるウルトラマンギンガを抹殺しようと策謀を張り巡らせていた。しかし、それらはことごとく失敗し、最後にボガールとディアウス・ピターを融合して生み出したベヒーモスからも餌として、体の一部を食われる始末だった。

今は義手・義足で普段通りに歩くことだけは可能だが、青ざめたその顔には強い恐怖心が伺えた。できれば自分たちが待っているその『誰か』にはこのまま来ないでほしいとさえ思えた。まるで怒られるような間違いを犯してしまい、教師や親からの説教を恐れる子供のようだった。

「…ねぇ、あのお方にいったいどう言い訳する?」

グレイが口を開く。声が震えていて、恐怖に身が裂けそうでいるのが見て取れた。

「Meには、Answerの出せないQuestionだぜ…」

「俺にもわかりっこねぇよ………!!」

主とあがめているだけあって、バキとマグニスにとっても畏怖の対象でもあった。だからこそ彼らは、大車もそうしたように『主の宿敵』でもあるウルトラマンギンガを抹殺しようとした。だが…正義は必ず勝つとでも現実が囁くように、彼らの企みはことごとく失敗した。果たしてあのお方が役立たずの駒を許すだろうかと考えると…その先は最早考えることさえ憚りたい。

すると、三人の前…廃列車の積みあがった通路側の暗闇に、三人は強い気配を感じた。はっきりとした姿は目しできない。だが、彼らはあの闇の中を覗き見て…察した。

自分たちが忠誠を誓い、そしてこの世で最も恐れている存在…自分たちが『主』と呼ぶ存在がここを訪れたことを。

「も、申し訳ありませんわ!ウルトラマンギンガを今度こそ仕留めようと、試行錯誤を張り巡らせていたのですが…奴ら予想以上に運に恵まれていたようで…」

主が自分たちの前に現れたと知るや否や、闇の中にいる主に向けて必死に弁明…いや、言い訳するグレイ。

「ま、Master!MeたちにはまだギンガをKillingするためのProjectを講じていますぜ!もうOnceMore、Meたちにチャンスを!!」

「どんな命令でもお聞きいたします!ですから…どうか…」

三人そろって土下座をして、必死に主に向けて命乞いをする闇のエージェントたち。主のお役に立ちたいというよりも、必死に命乞いをしているだけだった。

しばらく三人は頭を下げ続け、恐る恐るバキが顔を上げる。

すると、三人の命乞いに対して、主からの答えが返ってきた。

「森へ向かえ…?」

そう呟いたのはグレイ。そのように彼らの頭の中に、主からの声が聞こえた。

 

 

 

かつてこの地球に荒神が出現する前に、人類を守る剣でもあった兵器『メテオール』。データ等の回収に成功し、アリサもトラウマを無事克服することができた。ユウの神機も無事修理が完了し、新型神機使いが二人とも完全復帰を果たしたことで、

リンドウの行方不明やエリックの死、ユウの挫折、アリサの身に起きた悲劇。それらの身を裂くような困難を彼らは乗り切り、第1部隊は再び頭角を現す兆しを見せ、下落傾向だった極東支部内の士気は上がりつつあった。

だが、ディアウス・ピターが闇のエージェントの手によって合成神獣へと進化を遂げたこともまた無視できないことだった。

これまでの合成神獣の中でも強敵の部類に位置するベヒーモス。

後のことを考えれば、初めてあの姿を自分たちに見せたあの場で倒すべきだったかもしれない。メテオライト作戦の際は極東地域に生息する数多くのアラガミと共に、奴もまたアラガミでもあるため当然現れることが想定された。だが、奴はスサノオと融合したウルトラマンジャックほどじゃないにせよ、ギンガとしても単独で戦うには危険だった。ギンガクロスシュートを食らってもなお倒れずに生き延び、逆に逆転の不意打ちを仕掛けるほどだ。今度もまた勝てるとは限らない。

だが、こちら側も決して無策で挑むわけではない。

『来堂ホツマ』博士の遺したデータディスク。その中には、彼がアラガミの脅威の中でも必死に守り続けてきた人類救済のための情報が詰め込まれていた。それも、アラガミの偏食傾向を解析し、アラガミには決して……否、あくまで可能な限り食われないように奴らが嫌う素材で作られた特別性のディスクだ。絶対ではないにせよ、それほどのものを作り人類が失ってきたであろう情報を守った来堂博士の、人類の未来を思う強い意志が現れているとユウは思った。

「…で、解析はどれほど進んでいるんですか?」

ユウとアリサは、サカキの研究室を来訪し、彼から話を伺っていた。回収したのは自分たちなので、ディスクの解析状況を直接その目で確かめたかった。

「解析そのものは特に問題はない。ただ、このディスクの中にある情報をもとに再現するのは、結構苦労を強いられると思うよ。当時とは全く異なる素材で、それも限られた時間内、現在で利用できる技術で再現・応用するのだからね」

「そうですか…」

メテオライト作戦までにはどうにか間に合ってほしいところだが、サカキほどの優秀な科学者でも難易度は高いらしい。

「いや、作戦までには必ずみんなが安心して使えるものを用意するよ。各支部からそれぞれのゴッドイーターの他にも、優秀な科学者たちもこの極東支部に派遣されているから不可能ではない。私としても、この人が遺したものを人類のためにフルに活用したいんだ。

来堂博士は…私とヨハンの若い頃の恩師だから尚更ね」

「え!?」

「そのディスクの製作者さんと、サカキ博士たちは…お知り合いだったんですか!?」

突然の告白に、ユウとアリサは驚愕した。まさか、ディスクを受け取る直前に見た、あの映像の老人が、サカキとヨハネス支部長とは顔見知りだったなんて。

「あぁ、君たちが生まれる前…アラガミも姿を現す前のことさ。私とヨハン、後にヨハンと結婚した女性…アイーシャというんだが、彼女と三人で、来堂先生から直接ご教授を受けたんだ。

その時はまだ人類は何万年もの間に培ってきた情報や技術を保有していたのだが、それでも知ることができる知識はほんの一握り。そんな数多の情報の中から、先生は私たちに念を押すように教えていたことがあった」

「念を押すほど教えていたこと?」

「ウルトラマンと怪獣の知識、そして人類がかつてウルトラマンたちとどれほど深い関係だったのか…さ」

昔を懐かしみながら、サカキは当時の…まだアラガミが現れる前に、来堂博士から講義を受けた時の記憶をよぎらせた。

「私たちは、あの人からの教えを人類のために、そしてあの人が強く憧れていたウルトラマンたちのためにも、科学者として努力を重ねて行ったものだ」

「尊敬してるんですね…その博士を」

「あぁ、もちろんだ。できれば君たちにも会わせてあげたかったのだが…ユウ君、君はいまいくつかな?」

「え?18ですが…」

「そうか、ソーマと同じ年齢なのか。だとしたら、君たちが生まれるよりちょっと前の時期だ。あの人が、姿を消したのは…」

ユウの言葉にそのように答えたサカキだが、その先は何も言わなかった。言わずともわかっているのだ。きっと来堂博士は、今頃は…確信した二人は心を痛めた。

「済まない。今の君たちに人の死の話は酷だった。軽率な物言いを許してくれ」

空気が沈みがちになっていたのを察して、サカキは謝った。これまで二人の身に、第1部隊に不幸が降りかかり過ぎていたことには、リンドウとは良き仲でもあった彼もまた心を痛めていた。ユウはいえ、と気にしないでほしい旨を言った。

「ともあれ、私はこのディスクに記録されていたデータをもとに、神機に関連する新たな武装やバレットを再現するつもりだ。必ず君たちの力になれるものを作ると約束しよう。かつての恩師、来堂ホツマの名に懸けて」

「お心遣い、感謝します。サカキ博士」

 

 

 

サカキ博士の研究室を後にし、二人はエレベータに乗って居住区画へと向かった。今日はもう任務もない。このまま自室へ自由時間の予定だ。

「うまく開発できたらいいな」

「サカキ博士が解析している『メテオール』ですね?確かに、あれが完成したら私たちにとって大きな戦力になりそうですね」

ユウの一言に対してアリサが期待を抱きながら言った。サカキはあのディスクのデータをもとに、神機に搭載できるタイプのメテオールを設計している。完成すれば確かに、

「ピターの合成神獣も、ただものじゃないからな…」

「はい…」

アリサもピターだったころからあいつの恐ろしさは重々承知している。合成神獣もアラガミであることに変わりないので、奴もメテオライト作戦中に現れることは明白。メテオールの完成は、奴を倒すためには必須となることが予想された。

「でも今の私たちは、メテオールについてはサカキ博士の解析能力と、技術班がどれほどの状態で再現できるかを願いながら期待するしかできません。

私たちは、私たちにできることをしましょう」

ピターは確かに恐ろしく、そして強い。合成神獣へと進化したならなおのこと。でも、アリサは絶対に倒さなければならないと決意し、強い眼差しをユウに向けた。

ユウはその視線にやや驚きを感じたが、安心したように少し微笑した。

「なんだかアリサ、前にもまして頼もしいな」

「へ?あ、ありがとうございます…」

一時笑みを見せたユウが馬鹿にしているのかと不服に思ったが、寧ろ自分を褒めてきたことに困惑を抱きながらも、少し照れくさそうに視線を逸らした。

「最初に来たときも自信満々だったけど、あの時よりも刺々しさもなくていいと思うな」

「う…あ、あの時の事は忘れてください…!!」

極東支部に配属された頃のアリサを思い出してそのように評価すると、アリサは急に怒ったように赤面した。

「なんで?」

「なんでって…それは……その……」

ユウから首を傾げられ、口ごもりだしたアリサ。すると、エレベータが一時停止し、扉が開く。

「なんだ?新型同士仲良く逢引かよ?」

するとそこには、第3部隊に所属するゴッドイーター、小川シュンが二人を見て嫌な視線と笑みを向けてきた。

「いいご身分だよな。リンドウさんを見殺しにしておきながらよ」

シュンは下卑たとも取れる笑みを見せているが、その目には確かな怒りの炎がちらついていた。

「な…私は…!!」

「私は?なんだよ?まさかリンドウさんを行方不明にさせたくせに悪くないってのか?」

「そんなこと言ってません…!」

大車に操られていた頃ならそう思っていたかもしれないが、正常である今、そんな行き過ぎた傲慢な考えを抱くわけがない。アリサは真っ向から否定した。

「ま、せいぜい足引っ張んなよ。あれだけ威張り散らしやがったんだ。またすぐに壊れたりしたらアラガミの餌になるだけだからな。

んじゃな、口先だけの新型共」

「ッ…!!」

アリサだけでなく、ユウに対しても吐き捨てるようにシュン。アナグラ内へ収容されている、ゴッドイーター以外の人間が住まう居住区画までエレベータが到着したところで、彼は最後まで自分たちを見下した態度を改めないまま降りて行った。

「…ごめんなさい。私のせいで」

シュンが去ると同時にエレベータの扉が閉じたところで、アリサはユウの方に向き直って頭を下げた。何も悪くないはずのユウまで悪く言われているのは、自分の巻き添えによるものだと思っていた。

実をいうと、アリサにとってあの頃…自分以外のゴッドイーターを見下していた頃の自分はあまりにも恥ずかしくてたまらないものだった。精神も脆く、才能に驕って他人を見下し、ただ仇のアラガミを倒すことしか能のない自分。しかもシュンの言うとおり、大きな口を叩いておきながら精神崩壊を引き起こしたこともあるので、シュンの悪辣さを混じらせた言動を否定できなかった。

「アリサが悪かったわけじゃない。シュンは腹いせをぶつけてきただけだし。

それよりアリサ、これからどうする?」

シュンのあんな態度なんかにいちいち構っていても意味はない。適当に流すことにして、ユウは首を横に振ると、アリサにこの後の彼女の予定を尋ねる。

「私、これからサクヤさんのところへいきます。ユウはこれからどうしますか?」

「僕はこれからタロウに訓練を見てもらうよ。メテオールだけじゃない、僕自身も強くならないとギンガも力を発揮できないかもしれないから」

ユウは、ギンガに選ばれたとはいえ、実際には彼の力をただ借りているだけの身だと自分を捉えている。自分が強くならなければ、ギンガも自分の力を発揮しきれないかもしれない。または自分が身体を強化すれば、自分が変身したギンガもまた同様に強くなれるのではと考え、訓練に積極性を強めたのだ。

その時、ユウの持つ通信端末に着信音が鳴った。

 

 

コウタ

件名:時間ある?

 

俺の方の訓練が終わったら俺んち来いよ

母さんの料理食って、作戦に備えようぜ?

アリサも誘っとくよ

 

 

食事の誘いだった。

コウタの母親と妹。自分にはもう取り戻せない繋がり。その点においてユウはコウタの事を羨ましいと素直に思えてならない。でも、外部居住区を守る装甲壁は何度も破られている。今度こそコウタの家族がアラガミの餌食にならないとも限らない。ヴェネやエリックのように…

だから、今度の作戦は負けられない。もう誰も失わないためにも、タロウからの訓練に力を入れなければ。

「そうだ。そのタロウは今は…」

そう言えばこの日、タロウは用事があると言って別行動をとっている。何をしに行ったのだろうか。

「ここにいるぞ、ユウ」

「うお!?ちょっと…脅かさないでよ…」

何をしているのか気になったところで、突如タロウがユウの目の前に浮遊する形でテレポートしてきた。

「いやぁすまん。どうしても気になったことがあってな」

「気になったこと?」

「大車ダイゴのことだ。直接あの男に話を伺いに行っていた。だが、顔を見ることもできなかった」

タロウは大車から、これまで現れた合成神獣の他にも、彼と同じ闇のエージェントや、自分や他のウルトラマンたちを人形に変えた彼らの親玉の情報を聞き出そうと考えていた。しかしタロウが今伝えたように、大車が捕らえられている独房がどこにあるかわからず、探し回ろうにも今の自分がアナグラ内部でウロウロしていたら、『怪奇!動く赤い人形』という噂がたって動きにくくなる。

「大丈夫だったの…!?」

大車の名前を聞いて、ユウは目を見開く。

「しかし奴は厳重に拘束されているんだ。ダミースパークも取り上げられているし、大丈夫だろう」

確かにそれなら、ひとまずは心配はなさそうだに思えるが、あの男がこれまで行ってきた悪行を考えると、どうも気が気でならなくなる。平気でとち狂ったことまでほざいて自己正当化までしてきた。神の救済とかだのなんだの…このままなにもできないままでいてほしいところである。

「…救済、か」

「ん?どうかしたのか?」

「アリサを幻影の世界から連れ戻そうとしたとき、大車が言っていたんだ。この星は、オラクルによる神の救済を待つだけ…って」

「オラクルによる救済?どういう意味なんだ…?」

オラクル。おそらくアラガミを構成しているオラクル細胞のことを指し示している。だがアラガミは、所謂天災的な脅威。それを肯定した何て、一体奴は何を考えていたのだろうか。

「…いや、今はそれよりも体を鍛えることを考えよう。もう作戦まで時間がない」

だがオラクル細胞のことなんてあまり詳しくない。考えても、奴の狂言なんかにいちいち振り回されてなんていられない。

今の自分はゴッドイーターであり…ウルトラマンなのだから。

「そうだな。ピターの合成神獣がまた現れるのも予想がつく。ユウ、作戦までの間さらに私が一流のウルトラ戦士になれるようビシバシ鍛えるから覚悟したまえ」

「お手柔らかに、タロウ教官」

 

 

 

訓練スペースにて、銃型神機使いたちが集められていた。メテオライト作戦で使うバレットのシミュレーションを行うためである。

そのバレットの威力は、予想を超えたものだった。

「これで、練習用なんですか…?」

訓練スペース内の高台から、天井に打ち上げた金色の弾丸が雨のように落ちてダミーのアラガミたちを貫く。遺体となったダミーたちがホログラムらしく消滅したのを見て、コウタが驚きを隠せずに呟く。

「さすがはメテオライト。技術班もすごいものを作ったのね」

サクヤも驚きを感じていた。

「とすると、この前の任務で回収したデータにあった、『メテオール』はこれさえも超えているのかしら?」

「メテオール?」

聞きなれていない単語を耳にして、傍にいた第2部隊のカノンが首を傾げた。

「リッカが今張り切って取り掛かってる作業があるって聞いたんだけど、もしかしてそのメテオールのことかしら?」

興味を抱いたのか、さらに第3部隊のジーナも話に加わってきた。

「でも、あれにはリッカたちも手を焼いていると聞いてるわ。まだサカキ博士の解析も途中らしいし、間に合うのかしら?」

「…だったら、それを利用して設けることは期待できそうにないな」

現在サカキがディスクの解析を急いでいるとはいえ、完全な状態ではない。その範囲内でのディスクのデータにあった兵器の再現が至難であることは想像に容易い。ジーナにもその辺りは伝わっていたようで、それを察したカレルは一人勝手に落胆したように愚痴をこぼしていた。守銭奴でも有名とされている彼のことだから、開発中のメテオールを利用して討伐が困難なアラガミを倒して報酬をがっぽり儲けるという魂胆だろう。

「でも、そのメテオールがないとしても、私たち自身でバレットを生成することは可能よ。

実はちょっと自信作を思いついて、今度のメテオライト作戦で試してみたいのがあるんだ」

フォローするように口を挟んできたのは、グラスゴー支部から夫のハルオミと共に極東に来訪してきたケイトだった。

「バレットの生成…」

小さくつぶやくと、コウタはサクヤたちの方を振り返って頭を下げだした。

「あの…みんな、俺にもバレットの作り方を教えてくれませんか?

俺…リンドウさんがいなくなったときとか何もできなかったし、役に立ちたいんです!」

自分は、思えば第1部隊の中でも、目立った何かを持ち合わせていない。使っている神機が、かつてツバキが使っていたこともあって、何度もチューニングを施された年季の入った優れもの、というだけだ。しかも実際、ユウたちと違って本当に何もできていないところも多く、それが少しずつ彼の中でコンプレックスになっていた。

だから、役に立ちたい。外部居住区にいる母と妹のためにも、仲間のためにも。

「…そんなにかしこまることないわ。私も同じ思いだから」

「お姉さんでよければ手伝うわ。みんなのためにも、いいバレットを開発しましょう」

サクヤが笑みを見せ、ケイトもまたコウタの要求に快く頷いてくれた。そして、やっぱり年上の優しい美人っていいなぁ…などと、自分でも不謹慎だとは思いつつも綺麗な銃型神機使いの美人なお姉さんたちからの講習を受けられることにコウタは喜びを覚えた。

「…別に構わんが、俺からの講習は安くないぜ?」

「…そこは譲歩してくれよ…」

しかし、カレルのその一言で一気に現実から引き戻され肩を落とした。

「わ、私も誤射しないバレットを作りたいです!」

「…言いにくいんだけど、あなたはバレットを作るより、腕を磨いた方が先決だと思うけど?」

「…デスヨネー…わかってました…」

カノンもさらっと話の輪に入って、自分の弱点を打ち消してくれるご都合主義なバレット製作を思いつくも、ジーナから冷静に突っ込まれて凹んだ。

 

 

 

極東支部中央施設の屋上。

マットが敷かれ、そのうえでユウは高く飛び上がった。

「はぁ!!」

ユウはタロウから、かつて彼が使っていたというフォームを教え込まれていたが、一回転、二回転、三回転。空中で一回飛んでる間にそれを三連続で行うというのは流石にしんどいものだった。オラクル細胞を取り込んでゴッドイーターとなったからこそできるのだろう。ただの人間だった頃なら絶対にできない芸当に違いない。しかも教えてもらったからと言って一発でできるものでもなかった。

「せい、は…うわああ!!」

二回転目に入ろうとしたところで、うまくバランスが取れなくなり、ユウはマットの上に落下し尻餅をついた。

「痛てて…」

お尻をさするウルトラマンの変身者。そう思うと自分が情けない絵面をさらしている気がする。

「甘いぞユウ。もっと体を回転させろ。わずかな恐怖心も技を発動している間は捨てないと成功しないぞ。もう一度だ!」

「は、はい!」

タロウはツバキとはまた違った厳しさがある。ツバキは結構なプレッシャーを与えて奮い立たせるタイプだが、タロウの場合は付きっきりで手解きする。多忙の身でもあるツバキより長く細かいところを見ることができる。

再度、ユウは挑戦する。高く飛び上がり、再び一回転、二回転…と回ったところで、

「うご!?」

今度は頭からゴチン!と音を立てて落ちた。

ヌオオ…と苦悶の声を漏らし座り込んで頭を抱えるユウ。滅茶苦茶後頭部が痛い。たんこぶも出来上がっている。

「だ、大丈夫か…?」

タロウがユウに近づこうとすると、その後頭部にすごく冷たい感触にユウは悲鳴を上げた。

「冷た!?」

「おぉ、なかなかいい反応だ。でもそこにいるのがかわいい美女じゃないのが残念だ」

振り替えると、ジュースの入った瓶を持っているハルオミの姿があった。それにともないタロウはハルオミに見つかる前に、近くのベンチの影に隠れた。

「ハルさん…何するんですか。お陰でたんこぶがものすごく痛くなりましたよ」

それに「かわいい美女だったら」とは何事だ。ケイトという知的眼鏡美人の奥さんがいる癖に…と付け加えたくもなった。

「そうか?たんこぶができた時は冷えたもんを患部に当てるのがいいって聞いたぞ」

詫びれることなく、ハルオミは笑ってユウに瓶を手渡す。中身はラムネだった。こういう時はスポーツドリンクが向いていると思うのだが、などと文句を垂れる気にはならなかった。どうせハルオミのことだから風に靡く薄のように流すと予想がついていたから。

いただきます、と一言言って、ラムネをのむユウ。やはりシュワっと喉の中で泡が立つのが感じ取れる。…ウルトラマンなだけに、などと心の中で呟いたのは内緒だ。

「で、なんでハルさんがここに?」

「お前さんがここに上がっていくのが見えたからな。もしかしたら隠れて逢い引きしてたのかと期待してたんだよ。そしたら何てことない自主練だったとはな」

「あんなことがあったんですから当然ですよ。もうあんなことが起こしたくないから、こうして自主的にも訓練してるんです」

「なるほどな…そりゃそうか」

リンドウエリックの身に起きた悲劇。ハルオミも思い出す度にいつものおどけた調子を出し辛くなるほどの出来事だ。

「まぁでも、あんま無理に根詰めても当日うまく動けないからな。ほどほどに体を解しとけよ、帰ってきたときに自分が死体になってました、なんて洒落にならないからな。俺とケイトもグラスゴーに残ってる後輩一人に留守番任せてるからな。そこは絶対に譲らないように気を付けないとな」

「大丈夫です。ありがとうございます」

肩に手を乗せてきて身を案じてきてくれたハルオミに、ユウは軽く会釈した。

「で、話は変わるけどよ…」

さっきと売って変わって真剣な視線を向けてきたハルオミ。その視線にユウは思わず唾を飲み込んだ。何かゴッドイーターとしての重要な言葉を向けてくるのか…!?

…と、思ったらそんなことなかった。

 

「なあ、お前女の子の外見を見る時、どこを見る?」

 

「結局そこに行き着くんですか!?」

さっきまでちょっとかっこよく兄貴分のように接してきた矢先に、残念な話題を持ちかけてきたハルオミに突っ込むしかなかった。最初に会ったときから知っていたが、噂通りのセクハラ先輩である。…もしや、さっきハルオミが口にした、グラスゴーで留守番している後輩も同じ感性だったりしないだろうか…?

「言ったろ?無理に根詰めてもって。だからこうして緊張を解すトークを持ちかけてんじゃないか」

「せめて健全な範囲の話題とか思い浮かびません!?」

「で、どこを見てるんだ?」

「どこって…そんなこと…」

言えるわけないと言おうとしたが、男の本能がこの悪いタイミングで呼び起こされたのか、ユウは思い出してしまった。

アリサの大きくて柔らかい胸を、不可抗力とはいえがっしりと鷲掴みにしてしまったことを。

(うわああああああ!こんなときに何を思い出してるんだバカヤローーーーーー!!)

「んんー?どうしたんだ若人。もしや…」

「なにも思い出してなんかないんですからね!!」

「そう意固地になることないさ。心を裸にして、お兄さんと一緒に行こうじゃないか。聖なる探求の道へ…」

「お願いだからそっちの道に導かないでください!」

顔を覆った自分の反応を見て、さらに詰め寄ってくるハルオミをかわすのに体力を無駄に浪費したユウだった。

飲み込まれたら、あの時のアリサの蔑むような目に晒される…と自分を思い留めながら。

 

 

 

 

「やはり、ダウンロードしたパスワードクラッシュソフトじゃ、ロックの解除なんて無理か…」

メテオライト作戦前の、銃型神機使いたちが総出で参加した射撃訓練が終わった後、サクヤは自室に戻って、部屋に備え付けられたターミナルを操作していた。冷蔵庫に隠されていたあのディスクを調べるためである。しかし、ディスクにはロックがかけられていて、解除にはリンドウの腕輪が必要だった。だが知っての通りリンドウは行方不明。それ以外で解除の方法があるとしたら、そのロックを無理やり破壊するアプリ等を探すしかない。だがそういったソフトは大概ウイルスソフトであることも多く、もし本当にロック破壊ソフトを見つけても、この腕輪認証という厳重なロックを解除できるとは限らない。

しかし、気になってくる。アリサにアラガミを誘引する装置を渡し、怪獣を使ってリンドウを失踪に追い込んだという大車。その手口、目的、動機は一切わからない。なんのためにあの男はこんなことをしたのだろうか。不透明な点が多すぎて、わからないことが多い。

考えていると、サクヤの部屋の扉をノックする。

「誰?」

気がついてサクヤは扉の方を振り替える。

「すみませんサクヤさん、私です。少しお話ししたいことが…」

「アリサか…入ってきていいわよ」

「失礼します」

サクヤに迎え入れられ、ソファに腰かける。サクヤはコーヒーの入ったマグカップを二人分用意し、ソファに座った。

「で、話って言うのは?」

「サクヤさん、なにか償えることはないでしょうか…?」

コーヒーの水面を眺め、アリサはサクヤに向けて口を開いた。

「ここに来る前、シュンさんにリンドウさんのことをきつく指摘されました。やはり、まだ私のことを認めていない人たちがいるようです。でも私の信頼よりも、リンドウさんのことが……」

アリサはシュンにきつく指摘を受けたことで、リンドウ失踪の原因が自分であることを再認識され、リンドウとは親しかったサクヤたちに対して強く罪悪感を覚えた。でも嘆き悲しむだけではいられない。サクヤに、自分の意思を吐き出したくなったのだ。

「リンドウさんやパパとママの仇でもあるピターを討ったところでリンドウさんが戻ってくるわけでもないことも事実です。ですから、他に何か償えることを………」

以前の高圧的な彼女からは想像もつかないような素直な態度。これがアリサの本当の姿なのだろうとサクヤは改めて思った。

「アリサ、あなたがが償うことなんてないわ。あなたは元々邪な輩に利用されてしまっただけなんだから」

「私はそうは思いません…私がもっと心を強く持てば、大車先生につけ入れられる隙を与えなかった、リディア先生だって私のことで苦しむこともはずですから…

だから、サクヤさん…リンドウさんと親しかったあなたにも何かをしてあげないと気が済みません!」

アリサは頑なに自分に責任があることを譲らなかった。真摯に自分が向き合わなければいけない責任と向き合おうとしている。このまま何もさせないでいるのも、かえってアリサが思いつめるかもしれない。

『周りに頼ってみろ』。ツバキのそんな言葉が頭をよぎった。…なら、ひとつお願いでもしてみるか。

「そうだわアリサ、これを見て」

サクヤは、リンドウが隠していたディスクをアリサに見せた。

「それは?」

「リンドウが残した手紙よ。残念だけど、彼の腕輪認証のロックがかけられてて中を見ることができないの」

リンドウがサクヤの部屋に隠していたとされるそのディスクを見て、アリサは目を見開く。なぜ彼がサクヤの部屋にこんなものを隠していたのか。

「あなたを利用し、リンドウを失踪させた大車医師の目的がなんなのかは明確にわからない。でも、もしかしたらその理由がこのディスクの中に隠れているのかもしれない。

このディスクの中を見るためにも、リンドウの腕輪を一緒に探してほしいの。

これは償いとしてではなく、仲間としてのお願いよ」

「…!手伝わせてください!」

願ってもない願いをサクヤから頼まれ、アリサは即座に返答した。

 

 

 

 

「誘導装置の複製品を設置し、アラガミを引き寄せる…か」

周囲に生い茂る木々を見て、マグニスが口を開く。

アラガミがはびこるこの世界で森が生い茂っている場所などないに等しい。にもかかわらず森が生えているのは一箇所しか該当しない。

リンドウ失踪直後にユウたちが訪れた、あの山岳地帯の集落だった。そばには、ダムの水が貯水されてできた湖が見える。

三人の傍らには、極東支部のゴッドイーターたちがメテオライト作戦のために極東エリア各地域に設置した、アラガミ誘導装置とよく似た装置が設置されていた。複製といっていたところを考えると、彼らはその誘導装置を新たに作っていたか、または『主』から与えられたようだ。

「装置を起動すると、メテオライト作戦エリアからアラガミたちは離れ、非戦闘員が密集するこの森の集落へと流れる。そうなれば、ウルトラマンギンガやゴッドイーターたちはこちらへ向かわざるを得ない。その間に極東支部を、別の合成神獣を仕向けて…制圧。

さすがは主ね。敵の本拠地を直接狙えば、さすがのウルトラマンでも今度こそお終いね」

「あぁ、今の奴はゴッドイーターのBOYを器にしている。偏食因子を定期的に摂取しないといけねぇあのBOYが、それができなくなれば、たちまちBOYはアラガミ化しHUMANとしてはDEATH…ギンガは新たな器を探すか、またはそのまま器を見つけられず、Masterの野望が果たされるのを、FingerをくわえてSeeingだけ…ってわけだな」

「でも、どうせ確実にギンガを殺すなら、ここにいる人間共を直接人質に取るのもいいんじゃなくって?」

「それは俺も考えた。だが、その場合人質を取り返された後で俺たちのほうに隙が生じやすい。俺たちが万が一人質を取ってギンガを一時行動不能にしても、別のほうから邪魔が入るのは目に見える」

「邪魔?」

「忘れたのか?ウルトラマンタロウだ。

奴はあの姿でも強力な念力を発することができる。つまり俺たちの動きを封じている間に人質を取り返されて返り討ちだ。かといってタロウを先に確保しようにも、あの百戦錬磨のウルトラ兄弟が二度もそんな隙を見せるか?」

「つまりこのPlanがBestってことだ」

マグニスからいわれ、グレイはあぁ、と相槌を打った。自分たちの主に人形にされた今のタロウは、存在さえも忘れられるほどに侮られていたのである。でもそのどこかなめてかかっている自分たちの姿勢が、これまでの失敗の連続に繋がっていたのかもしれない。

「後はこれを湖の中に落とすぞ」

マグニスはすぐさま、誘導装置を湖の中に落とした。後は、メテオライト作戦の日を待つだけだ。

「これが最後のチャンスだ。これに失敗したら、俺たちにもう未来はない」

「えぇ、私たちも今度は慢心も油断もなしで行きましょう」

「今度こそウルトラマンギンガをDeleteしてやるぜ」

三人の闇のエージェントたちは、もうこれまでのように白星をギンガに譲るつもりはなかった。いや、元からくれてやる気はなかったが、自分たちの油断がこれまでの失敗の原因といえた。だから今度は容赦しない。

自分たちにチャンスをくれた主のためにも、ウルトラマンギンガを倒す。

絶対になさなければならない使命に、彼らの士気と意気は高揚していた。

 

 

 

 

 

 

 

だが…それはかなわない未来だった。

 

 

 

 

 

 

 

それも、ユウたちにとっても、まして闇のエージェントたちにとっても予想外な形で。

 

 

 

 

 

 

 

アリサを利用し、闇のエージェントとしてウルトラマンを始末しようとした男、大車。

彼はごく一部の者でさえも知り得ない独房内で、両手両足、そのすべてが動かせないように十字架の形をした拘束ベッドの上に寝かされていた。白衣を剥ぎ取られ、囚人らしく黒い縞模様の服を着せられていた。

大車はここで拘束されて以来、ずっとこの独房の中でもがき続けている。

「もご…もごごっが…!!」

出せ!ここからだせ!

口に着けられた、遠隔操作で口の前の部位を開け閉めできる機械のマスク越しに大車はわめき続ける。だが誰一人、彼の声を聞く者はいない。いたとしても耳を傾けようともしないだろう。

そんな時、大車のマスクが自動で開き、彼の汚い口が露になった。

「しばらくぶりだな。大車ドクター」

同時に大車の元を来訪してきた男がいた。

「し、シックザール…!」

ヨハネスの突如の来訪に、大車は目を見開いた。

「私の頼みを途中まで聞き入れてくれていたようだが、途中からやはり本性を現したか」

「…知っていて私をそのまま使っていたということか…」

「まだ君の力が必要だったからこそだ」

「…そうやって、ウルトラマンをも従え、あのお方に対抗するつもりか。はははは…!」

大車は冗談でも聞いたように笑い出した。

「『雨宮リンドウの暗殺を私に依頼した張本人』が、よくもまぁ我が物顔でウルトラマンに協力できるものだな!」

これを他の者たち、ユウ、アリサ、サクヤ、そしてツバキが聞いていたら耳を疑っていただろう。自分たちを厚く待遇したはずの、支部長であるはずのヨハネスが、あの大車にリンドウの暗殺を命じた張本人だったなんて。

大車の指摘に、ヨハネスは済ました顔のまま言った。

「そう、私はリンドウ君の殺害を君に依頼した。たとえこの世界にウルトラマンたちがいなかったとしても、アラガミを根絶するためなら手を汚すこともいとわない。悪と罵られても仕方ないだろう。

だが大車君。私はこの地球…いや、宇宙の未来を憂いている」

「地球の未来を憂うだと…!ならばなぜウルトラマンのような似非救世主どもに味方する。あいつらがいくらがんばったところで、糞の様な異星人共は消えてなくならないぞ」

「その糞のような存在は、我々人類…特に君自身も含んでいるのではないのかね?自らのためだけに地球を邪悪な存在に売り渡す…自己保身と醜い上昇志向の塊である君が」

「私はあのお方に選ばれた闇のエージェント、大車だぞ!私のやっていることは正しい!何も間違っていない!あのお方は、この宇宙を確実に平和に導く…そうだ、アラガミのような神の姿を模倣しているだけの化け物とも、貴様ら人間のようにいつまでも弱く愚かな存在とも違う!私は真の神に近づいた唯一の存在なのだぞ!あのお方と、あのお方に真の忠誠を誓う私こそが!!」

傲慢さと醜さを何一つつみ隠さず、大車はこれまでの悪行を棚に上げて自己正当化を繰り返した。当然、ヨハネスの視線は大車の言葉を聴けば聞くほどに冷ややかになっていく。

「…大車君…君は歴史の授業でこんな男の名前を耳にしたことはないか?」

「何…?」

「『蛭川光彦』…凄腕のジャーナリストであり、かつてウルトラマンに守護された身でありながら、ウルトラマンを…いや、この地球を邪悪な異星人に売ろうとした大罪人だ」

ヨハネスは大車の周りをゆっくりと歩きながら語りだした。

「彼は、『メビウス』という名のウルトラマンに幾度か命を救われたことがあった。しかし、彼はその卓越したジャーナリストとしての腕を、自分の利益のためだけに利用した。時に捏造記事をでっち上げて有名人を芸能界から追いやって多額の利益を得たり、同じやり方で地球防衛チームを失脚させようとさえした。そんなことをすれば自分を守る盾がいなくなり、悪の存在にこの星を乗っ取られてしまう…そんな簡単なことさえも無視してね。

あまつさえ彼は、ある強力な星人がメビウスを引渡しを要求し、地球の人間すべてに降伏を持ちかけてきた時、メビウスが当時防衛チームの一人として隠れて活動していたことを世間に暴露した。

星人には自分たちの力では逆らえないかもしれない。犠牲を恐れた地球人はメビウスを引き渡すべきか、選択を迫れた。自らを救ったはずのメビウスに逆恨みしていた蛭川は、このままメビウスも防衛チームも一泡ふかせられる…何一つ正統性のない復讐を果たせると思っていた。

だが…当時の防衛組織の総監の言葉に動かされ、メビウスは引き渡されずに済み、彼と防衛チームたちの奮戦を経て、その星人は倒され地球は平和になった。

その後、蛭川は『地球の恥さらし』『ウルトラマンと人類全てを裏切った屑』『吐き気を催す邪悪』…さまざまなバッシングを受け心を病み…この世に逆恨みしたまま自殺したという」

衝撃の事実の連続を口にしながらヨハネスは大車の周りを歩きながら、全てを言い終えたところで再び大車の方に向き直った。

「君はまさに、その蛭川と同じ…哀れだ。君は忠誠という言葉で自分こそが正義だと自身に暗示しているだけだ。実際は自分だけ生き残りたがっているだけ…

まったく実に哀れだ……自分がいずれ、切り捨てられるだけの存在だとも知らずに…」

「切り捨てる…?は、どうせ貴様の計画の話だろう?例の…エイジス計画の裏に隠している『あの計画』のことだ」

「…くっくっく。『あの計画』?」

ヨハネスは肩を震わせて笑いをこらえ始めた。

「貴様…何を笑っている」

まるで、自分の言っている言葉的外れだと受け止めているように思われ、大車が顔をしかめる。

「くく、まぁいい…これ以上話すと君の絶望を促すだけだ。さすがにその先を話すと君がさらに哀れになってしまう。

それよりも本題に入ろうか」

「俺の質問に答えろ!若造が!」

「…君こそ立場をわきまえたまえ。今君の命を握っているのは私だ」

ヨハネスは、ポケットから取り出したリモコンを見せ付けると、その中央に埋め込まれたスイッチを押す。瞬間、大車のマスクを起点に、部屋を照らすほどの電流が大車の体を駆け巡った。

「あががががががががががががが!!!!?…っが…あ…」

リモコンのスイッチを押して電撃がとまったところで、ヨハネスは冷淡に言った。

「私に逆らったと判断すれば、君が身につけられているマスクに仕込まれている電流装置が起動。今のはほんの小さな電撃だが、出力を上げれば君の顔を黒こげにする」

大車は青ざめた。自分もよく知っている。こいつは、やると決めたら平気でやる。人に死を強いることにも躊躇を示さない。自分より年下で才能がちょっとあるだけと思っている相手に、『あのお方』のご加護を理解できない愚かな若造と見下していた相手に命を握られている屈辱以上に、彼は死の恐怖で何もできなくなった。

「…奴らにどこまで話したか、奴らは次に何を企んでいるか、全部話してもらおうか…さもなくば…」

自分が選ばれているものだと思っている大車ダイゴ。今でも彼は信じていた。いつか自分は、自分を選んでくれた『あのお方』の手によって救われると。

だが、ヨハネスは確信していた。そんなことは絶対にないと。そんな簡単に気づきもせず、ただひたすら自分のありもしない栄光の未来を信じ続ける大車を、心の奥底で軽蔑した。

 

(どこまでも…愚かな男だ。

 

…いや、愚かなのは、私を含めた人間全て、か…。

 

もしそうだとしても、私は…)

 




○NORN DATA BASE

・来堂ホツマ
『ウルトラマンギンガ』第1期に登場した、主人公来堂ヒカルの祖父。降星町の神社で神主をしている。
本作での彼は原点とは別次元の存在なのでヒカルという孫を授かっておらず、来歴も異なる。
学生時代のサカキ、ヨハネス、そして後にヨハネスを結ばれる女性アイーシャの恩師。彼の行う講義を経て、当時既に時代と共に伝説となりつつあった怪獣やウルトラマンのことをヨハネスたちは知ることになった。他にも地球防衛軍の科学兵器にも精通している身でもあったため、かつての防衛チーム『GUYS』の最強の兵器『メテオール』のこともくわしかった。
アラガミの出現後の生存は確認されていないが、アラガミによって世界の環境が激減したことで体を壊し、持病を患って自分が長くないことを悟る。自分が死ぬ前にせめて、人類がかつてのように地球で安心して暮らせるようにするため、メテオール等のデータを保存したディスクを遺した。だがアラガミの存在に駆けつけて、既にフェンリル内部に邪悪な宇宙人が入り込んでいたことに気付いた彼は、奴らに貴重なデータを奪われたり破壊されないために、わざと人気のない、既に壊滅した防衛軍基地にディスクを隠した。それからの彼の動向は全くの不明となっている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

隕石の降る戦場

ギースらと離別したアーサソール事件。

リンドウが失踪した、期間中のボガールとディアウス・ピターによる襲撃。

集落でのボガールとの決着。

大車の謀略によるアリサ誘拐。

 

これまで幾度もユウの身の回りで常識を超えた事件が多発した。それに伴って、身を裂くような痛みをその身に受けることになった。

 

しかし、その痛みにひとつの区切りをつける戦いが始まろうとしていた。

 

 

作戦会議室。

「諸君、ついにこの日が訪れた」

巨大電子モニターの前で、目の前の階段状の座席に座るゴッドイーターたちに向けて、ヨハネスが支部長として全員にスピーチをした。

「我々人類はこれまで、アラガミによって多くの数えきれない大切なものを奪われ続け、多くの悲しみを抱き、そしてアラガミに対する怒りと憎しみを抱き続けてきたことだろう」

その言葉で、第1部隊等、リンドウやエリックを知る面々の脳裏に二人の顔が浮かぶ。アリサは同時にオレーシャや両親の顔を、ユウは妹の顔を浮かべた。だが、心に悲しみを感じながらも彼らは俯くことなくヨハネスの演説に耳を傾け続けた。

「これまでかけがえのない仲間を失うという不幸に見舞われた我々だが、希望は消え去っていない。

極東支部はその悲劇から人類を回避すべく、エイジス計画を発案した。しかし、人類すべてを収容可能とするエイジスは完成までの道は遠い。しかもここしばらく、君たちも知っているように、合成神獣という新たなアラガミたちによる脅威も迫りつつある。日々の暮らしのリソースの維持と同時並行では、これ以上完成のための作業速度を上げるどころか下がってき、やがて我々人類がアラガミに淘汰されるのも時間の問題だろう」

そこまで話が続いたところで、コウタは拳をぎゅっと握った。エイジス…人類の全てを守る最強の防壁。それはコウタにとって、家族を守るために絶対に完成させなければならないもの。これが完成する前に自分たちが全滅することは絶対に避けたいことだった。

「だからこそ私は本部と掛け合い…このオペレーション・メテオライトを発案した。

この作戦を成功させた暁には、合成神獣の発生率も下がり、エイジス建設に必要なオラクルリソースを大量に得ることができる。人類がアラガミの脅威から完全に救済されるときが近づくのだ。

 

立ち上がれ、ゴッドイーターよ!

 

我々人類の、アラガミに…あらゆる脅威に脅かされることのない、希望と輝きに満ちた未来のために!!」

 

熱き信念を抱く思想家の民衆への訴えのように宣言したヨハネスに、ゴッドイーターたちから歓声が上がった。

演説でこれほどの士気を引き出すとは、さすが支部長はカリスマ性に溢れていると思えた。ソーマに至ってはむしろムカついてるという感じを出しているが。

 

 

この士気の高さは、皆のやる気なのだ。リンドウ達の身に起きたことを知っていて、これほど高く士気を出している。

自分も、この作戦に…ピターの合成神獣であるベヒーモスとの戦いは決して負けられない。

タロウから受けた血の滲む訓練に報いるためにも、命を繋いでくれたリンドウやエリックのためにも、故郷である女神の森にアラガミたちが寄り付かないためにも、そして今共に生きている仲間達のためにも、

ゴッドイーターとして、ウルトラマンとしてできることを精一杯する。

それが僕、神薙ユウの戦いだ。

 

 

早朝、ヘリが極東支部から飛び立っていく。

チームの振り分けは、以前とはやや異なっていた。

名前が判明している者の中で、以下のような振り分けになった。

 

 

・サクヤ、アリサ、コウタ、ソーマ

・タツミ、ブレンダン、カノン

・ジーナ、カレル、シュン

・ハルオミ、ケイト、そしてユウ

 

ユウは元々別部隊だったが、リンドウ、ギース、エリックの三人がいなくなってしまったので、急遽ハルオミのチームに配属されることになった。

作戦エリア上空に来たときには太陽が昇っていたが、地上を見下ろしたユウたちは息を飲んだ。

「うっはぁ…団体さんのお着きだな」

「確かに、すごい数ですね…」

思わずそのようにつぶやくハルオミとユウ。

大型種のボルグ・カムラン、ヴァジュラ、プリティヴィ・マータ、サリエル…さまざまな大型種のアラガミたちが、設置された5つのアラガミ誘導装置に吸い寄せられていく。まるで百鬼夜行のようだ。アリサも息を呑んだ。自分のトラウマでもあるヴァジュラたちが、あんなにたくさんいる。少し前、克服する前の自分だったら、これを見ただけで戦意喪失していたに違いない。

(ベリアルの僕である何100体のダークロプスと戦った時もこれほどの圧巻さだったな…)

ユウの服に隠れていたタロウが、人形にされる以前のことを思い出す。

『でも、この前練習で使ったバレットの完成系なら、あいつらをたくさんやっつけられるんですよね』

強い緊張と、軍隊とも言える数のアラガミを見て戦慄するも、少しでも自分を安堵させようとコウタが通信越しに言った。

『ええ。後はイレギュラーがこのタイミングで来ないことを祈るだけよ』

同じヘリにいるサクヤがそれに頷きながら、今から使用するバレットがしっかり神機にセットされているか確認した。

オペレーション・メテオライト第1フェイズ。

今から銃型神機使いたちによって、特殊バレット〈メテオライト〉を発射する。練習用でどんなものかはわかっている。銃型神機全てから放たれたメテオライトが空中で一つに固まり、それが雨のように降り注ぐというもの。

『この状況で、合成神獣や宇宙人たちが邪魔をしてこなければいいんですけど…例の「メテオール」も、結局今日には間に合いませんでしたし…』

アリサがふと、不安を口にする。奴らの危険性は、ユウの正体を知っている今はさらに強く感じられていた。

サカキが、以前の任務で回収されたディスクのデータ『メテオール』を解析し、それをもとに技術班が作業を急いでいたのだが、結局この日の内に完成させることは敵わず、この日も技術班が急いで再現できそうなものを作っている最中だという。

「そこは神様にでも祈るしかないさ…って、僕たちが神に祈るなんておかしいか」

『…腑抜けたこと言ってねェで、てめえもバレットを構えろ。てめえとアリサも撃つんだろ』

そうだった。ユウとアリサもソーマからキツめに言われて気が付き、改めてバレットがしっかりセットされている状態かを確認する。自分たちは新型、つまり銃と剣の両方が仕えるので、メテオライトを配布されている。神機も銃形態だし、バレットもちゃんとセットした状態だ。

『各版、準備はよろしいですか?』

『こちらサクヤ、Aチーム配置についたわ』

『こちらタツミ、B部隊もついたぜ』

『こちらジーナ、私たちも配置についたわ』

「こちらハルオミ、俺たちも配置についた」

通信越しに聞こえてきたヒバリの問いに、全員が応えた。

『ツバキさん、AからE、全部隊の配置を確認しました』

『よし、全員無事に付いたな。銃型神機使いおよび新型、全員銃口を上に向けろ。

これよりオペレーション・メテオライトを発動する!』

通信越しに聞こえてきたツバキの指示に、各ポイントの上空に配置されたヘリに搭乗しているすべての銃型神機使いたちは銃口を空に向けた。

 

『5…

 

4…

 

3…

 

2…

 

1…

 

 

撃て!!!!』

 

 

一斉に、メテオライトが空に向けて発射された。

空の上で光は一つに固まり、雨のように降り注いだ。メテオライトの光を立て続けに浴びせられ、誘導装置周辺のアラガミたちは次々と体を貫かれて骸と化していく。かろうじて生き残った個体も、結合崩壊を引き起こして傷の修復までに時間がかかるようだ。

「すごい威力ね…」

「ひゅう、こりゃ派手な花火だな」

撃ったケイト自身も驚き、ハルオミも軽い調子で言いつつも同様の反応を示した。ユウやタロウも、それは同じだった。

これだけの威力を持つなら、合成神獣にも効くんじゃ…とも思えるが、そうはいかなかった。メテオライトの威力では、合成神獣の体に大きな手傷を負わせられない。奴らの体が、計算上メテオライトの威力でダメージを与えられるほど脆くないことがわかっていたからだ。同時に、莫大なオラクルエネルギーも使うため乱用もできない。

しかし、これはこれで大いに役立つバレットだった。合成神獣と比べるとはるかに劣るアラガミだが、その代り個体数が軍隊をも超えるほどに圧倒的に多い。数の多い敵には最適と言えた。

『着弾を確認!大多数のアラガミたちの反応の消失および結合崩壊…生き残った個体のオラクル反応も著しく弱まっています!』

『よし、第2フェイズへ移行!全員地上へ!』

ツバキの新たな指示を受け、ゴッドイーターたちはいっせいに地上へ飛び降りた。極東支部以外にもグラスゴー、イタリア、シンガポールにマルセイユ…あらゆる支部のゴッドイーターたちが降り立った。

『第2フェイズ開始!アラガミを…』

ここにリンドウがいたならば、こう叫んでいただろう。そう思いながら、全員が地上に降り立つと同時に、ツバキは叫んだ。

『一匹残らず食い荒らせ!』

宣言と同時に、ゴッドイーターたちは駈け出した。

「せい!!」「はぁ!!」「…喰らえ」

ユウの一太刀が、アリサの斬撃が倒れたアラガミを切り裂く。ソーマの捕食形態が、死の淵にいるアラガミの体を食らってコアを取り込む。メテオライトで深手を負わされたアラガミたちは徐々に数を減らしていった。しかし、中には弾丸を辛うじてのがれた個体、または他の個体にゴッドイーターたちが気を取られている間に、他の個体を食らって体の傷を自己治癒して起き上がったアラガミたちもいる。だがそれも想定のうち。

「貫け!!」

「肉片にしてあげる!!」

「綺麗なしぶきをあげて頂戴」

「ぶっとばせ!!」

「…」

サクヤやカノン、ジーナ、コウタ、カレル、ケイト…銃型神機使いたちが追い打ちをかけるようにそのアラガミたちに弾丸を撃ち放った。特にカノンは、射線上に味方もおらず、且ついつもの誤射をする方角にもアラガミがたくさんいることもあってお構いなしにバレットを連発している。

「おうおう、カノンの奴張り切ってるな。そら!!」

「俺たちも負けてられんぞ、ふん!!」

「へ、俺の分までとったりすんじゃねぇぞ!おりゃあ!!」

「…ふむ、あのサリエルは80点数かな。せい!!」

「ちょっとハル、何アラガミに欲情してんの!撃つわよ!?」

ちょうど撃ち抜かれたアラガミたちの傍にいたタツミ、ブレンダン、シュン、ハルオミも張り切ってダメ押しをかけるように、倒れたアラガミを切り裂き、捕食形態でコアを根こそぎ奪い取って行った。

名前が判明していない他のゴッドイーターたちもそれぞれの誘導装置付近の死に体と化したアラガミたちを次々と討ち果たしてコアを溜め込んでいった。

 

 

 

 

「地球人共め…なかなかやるようだ」

双眼鏡でメテオライト作戦エリアを、防壁外の人間たちが暮らす集落のはずれの森から眺めながら、マグニスが呟く。

「自分の星がこれほどボロボロになっても、あんなものを作れるなんてね」

それを同じように見ていたグレイも素直に評価した。

「HUMANは逆境に立つほど何をしでかすかCan’t Imagineだぜ。

けどこれなら、Meたちもなめてかかることなく、真面目にPlanをStartさせられそうだぜ」

星人というものは、狙った星に住む知的生命体を見下し舐めてかかる傾向が強い。それだけの自信が無ければ侵略などこれまでしてこなかった。でもその自信ゆえの甘さが、ウルトラマンや地球人たちに邪魔をされ失敗する原因になったと言っても過言ではない。

もう油断をしないと決め込んでいた闇のエージェントたちは、その顔つきを変えていた。

バキはその手に握っていた、リモコンのボタンを押した。すると、ダムの底に沈められていた複製誘導装置を起動させた。これでアラガミたちをこっちに誘引し、それにともなって集落の人間を守ろうとするであろうこちらにウルトラマンをおびき寄せる。最初は奴じゃなくても、ゴッドイーターの誰かがこちらに来て危機に陥らせば、奴もどのみちこっちへ来るはずだ。そうして極東支部から注意をそらさせ、その間に別のエージェントが合成神獣となって極東支部を陥落させる。

「よし、うまく起動したようだ。あいつに連絡を入れろ」

「OK。ポチッとな…」

マグニスが水の中にともる小さな光、装置が軌道を知らせるライトを確認した。バキがマグニスの指示を受け、手のひらに収まるサイズの小さな直方体の機械を取り出す。すると、その機械から立体ホログラム映像で、怪しげな姿のエイリアンが現れる。

「もすもーす。Meだ。Machineを起動させたぜ。Youの状況はどうよ?Mrテイラー?」

『……こちらテロリスト星人のテイラー。いつでも行けるぞ。くく…』

「あんた楽しそうね」

通信先にいる星人…『緑色星人テロリスト星人』のテイラーのほくそ笑む顔を見てグレイが尋ねてくる。

『当然だ。奴らの中に、俺たちの同族の邪魔したウルトラマンタロウがいる。あいつさえいなければ、この星のガス資源が、アラガミどもに食われずに済んだものを…』

テロリスト星人。その名前の通り非常に好戦的で残虐極まりないエイリアンだ。彼らにとってテロリズムなど、息をするようにごく当たり前の事だろう。

会話の内容からして、どうやら昔、まだウルトラマンとして戦っていた頃のタロウと戦った星人の同族らしく、タロウにかつて自分たちの野望を阻止されたことを根に持っているようだ。

『その鬱憤を今回の我が主の任務も兼ねて晴らしてくる。タロウの悔しがる顔が目に浮かぶぜ!』

「浮かれ過ぎるなよ。ウルトラマンは逆境に立つほど何を仕掛けてくるかもわからん。窮鼠猫を噛む…と地球のことわざでも言うくらいだからな」

『今まで自身たっぷりだった貴様らが随分と慎重だな。まぁいい。俺は主の命令に沿いつつも好きにやらせてもらうだけだ。そっちもしくじらないことだぜ…』

マグニスからの警告に総言い返してきたテイラーからの通信はそこで切れ、立体映像のテイラーの姿も消えた。

「…Mr.テイラーの奴、向こうがTenshonがHigh UPでMissなんてしなけりゃいいけどな」

「そうなったら奴を八つ裂きにしてもらうように主に申請するだけだ。それより、誘導装置に惹かれてアラガミがこっちによって来るはずだ。ウルトラマン共が来るまでひとまず身を隠すぞ」

 

闇のエージェントたちがその場から一度姿を消すと同時だった。

 

アナグラの作戦司令室。そこでオペレートしていたヒバリが、自分のデスクの電子モニターのマップに異常を発見した。

「これは?」

「どうした?」

ツバキが近づいて尋ねてくる。

「アラガミが、北西の方角に向けて移動し始めています!」

「なんだと?」

ツバキは目を細める。作戦では5つの誘導装置からは決して移動しないように装置を調整している。だが、現に電子モニターのマップでもわかるように、無数のアラガミたち、主にヴァジュラの反応が北西に向けて移動を始めている。

 

 

 

メテオライト作戦現場でもその変化はゴッドイーターたちも気づいた。

「どうなってんだよ!?」

移動を開始したアラガミたちを見てコウタが声をあげる。

「これは一体…このままじゃたくさんのコアを逃してしまいます!」

「…」

アリサもそうだが、ソーマも言葉を出さないまま顔を険しくしている。

「ツバキさん、一体何があったんです?」

サクヤが詳細説明を求める。

『わからん。今サカキ博士と連絡を…』

『話は聞いたよ』

ツバキもわからずに混乱を示したところで、サカキからの通信が割り込むように入ってきた。

『装置の後作動か故障、またはなにか別の偏食場に影響があったかもしれない。なんにせよ思わしくない状況だ』

サカキもすぐに原因がなんなのかまではすぐに察することはできなかった。

 

 

当然ながら真壁負債と行動していたユウの元にもこの事態はいきわたっていた。

「おいおい、こんな色男置いてどこに行こうってんだ?」

軽口を叩きながらも、いぶかしむような目つきで、去っていくアラガミたちに向けてハルオミは神機を構えた。

「くそ、逃がすか… !タロウ、奴らを押さえつけられる!?」

「任せろ。ウルトラ念力!」

ユウから頼まれ、タロウはウルトラ念力を発動、作戦エリアから移動し始めたアラガミたちの動きを鈍らせた。念力は広範囲、作戦エリア内の部隊の周囲にいきわたり、同様の効果をもたらした。

「今だ!やああああ!」

動きを封じてる隙にユウは改良された捕食形態、プレデタースタイルを発動、三つ首に別れたアラガミの顎が、ヴァジュラを数体一気に噛み砕いた。

「なんだ…アラガミの動きが…?」

「とにかくチャンスよ。ハル、今のうちに!」

「お、おう!」

タロウの存在を知らないこともあり、一部のゴッドイーターたちは当惑する。だが戦いの最中だからか、中には気づくことなく目の前の敵に集中していたこともあり、あまり怪しまれなかった。それよりも動きが止まったことで一匹でも多く討伐しコアを手に入れる方を選んだ。

(一瞬動きが…そうか、タロウが…なら私も!)

事情を知るアリサは、今アラガミの動きが鈍くなった理由を察し、すぐに捕食形態を展開、自分も複数のアラガミを神機に食わせた。

 

だがそれでも、一部のアラガミしか移動を防げなかった。

 

「効果はあったけど、これだけじゃダメか…」

移動を続けたままのアラガミの群れを見て、ユウが苦虫を噛み潰す。やはり原因を突き止めないと…

タロウも同じことを考え、ウルトラマンの超能力を利用した遠視を使って遥か北西の方角を見る。彼はその先にあるものを見つけ、動揺した。

「ユウ、不味いぞ!この先の方角…あの時の集落が!」

「何だって!?」

ユウは驚愕する。ボガールとピター、奴らに圧倒されて流れ着いた僕を保護したあの集落が!?

じゃあ、この移動しているアラガミの群れは、あそこを狙って…!

だがあの集落が狙われるように仕組めるものは、あそこを知っていて、それも集落の人々を犠牲にできる冷酷さを持った者だけ。

(闇のエージェントたちか!)

そうに違いない!でなければアラガミたちがこんなタイミングで都合よくあの集落に移動するわけがない。

「ツバキさん、僕を偵察に行かせてください!」

させるものか。あそこはリンドウエリックが命を懸けて守ろうとした場所でもあるのだ。ユウはすぐにツバキに頼んだ。

『ダメだ…これ以上人員を割く訳にいかん』

「ですが…このままでは大量のコアを逃がします!」

嘘である。本当はあの集落の人々の安全を確保しなければならない。あそこに保持してある物資はリンドウが横流ししたものだ。バレたらフェンリルの権限で強制で回収され、集落の人たちが飢えてしまうかもしれないので、ツバキにも言えなかった。ましてや今は支部長であるヨハネスの目も通っているのだ。

『コアよりもお前たちの命の方が大事だ!コアなど後でいくらでもとれる!』

だがツバキは反論する。上官として部下の命を重んじて、というのもあるだろう。だが弟の失踪が彼女の反対する大きな理由だった。

しかし、ここで思わぬ通信が入った。

『いいだろう、許可する』

『支部長!?』

ヨハネスからだった。

『ツバキ君、君の意見にも理解できる。しかし、エイジスの完成を長引かせることもまた、任務という形で彼らの命を危険に晒すことにもなるのでは?』

『ですが…』

『責任は私が取る。神薙君、すぐに向かってくれ。そしてこの事態の原因を一刻も早く突き止め、処理をしてくれ。その上で生きて戻ってきたまえ。君の手で救える人々が、まだこの世界に大勢いる』

「支部長…ありがとうございます!」

ユウは深くヨハネスに感謝しサクヤたちに向き直った。

「みんな…すみませんが…」

「支部長命令なら仕方ないわ。でもユウ君、無理はしないで。危なくなったらすぐに逃げて」

ケイトが銃をアラガミに向けたまま、鋭くも見えるほどにまっすぐな視線でユウを見て言った。その言葉の中に、リンドウの存在が大きかったことをユウは察した。

『ユウ、こっちは任せてよ!俺もまだ行けそうだから余裕だし』

通信を介して、コウタと背中を押すように言った。

すると、アリサが待ったをかけて自分も同行させてほしいと願い出た。

『待ってください!私にも行かせてください!』

おそらくあの集落に闇のエージェントらが待ち構えていることを懸念してのことだろう。ユウ一人では危険だと思って自分も同行を願い出るも、ヨハネスがそれに許可を出さなかった。

『アリサ君はダメだ。ここで作戦を続行したまえ』

『で、でも…もし北西の方角に予想外のアラガミが現れたりしたら…』

『だからだ。貴重な新型である君たちを二人同時に派遣するには、それに見会う状況でなければならない。まずは神薙君の調査報告を待つのだ』

さらに反論をしようにも、淡々と論破を続けるヨハネスにアリサは言い返しきれなくなっていた。闇のエージェントたちの本当の形で脅威を覚えている彼女にとって、恩人であるユウの力添えができないというのは悔しいものだった。

「アリサ、大丈夫だよ。僕には頼れる仲間たちがいる」

ユウはそう言って、胸の内ポケットの上をさすってみせる。その中にギンガスパークがあることを表現していた。確かにギンガの強さは知っている。でもそれを行使しているのはユウ、しかも今まで敗北したことだってある。今度も確実に勝てるだろうかと不安もある。おそらく、ボガールとピターの合成神獣ベヒーモスだって待ち構えているはずだ。なおさら彼に味方がいた方がよいのではないのか…

『アリサ君、不安を抱くのも無理はないが、君たちには他にも頼みたいことがある。まずは神薙君が向かっている間に、この場の処理を終わらせてくれ』

『………わかり、ました…』

納得がいかない様子を抱きながらも、これ以上この状況で反対を続けても、アラガミの格好の的になる。アリサは渋々ながらも了承した。

『ですがユウ、本当に危なくなったら、ちゃんと逃げてくださいよ?』

「わかっているさ。リンドウさんからも命令されてたからね」

『死にそうになったら逃げろ、そんで隠れろ』。ただ敵に突っ込んで華々しく散る、などと一昔の愛国心が高すぎる軍人のような生き方ではなく、泥をかぶってでも石にかじりついてでも生きのびることを尊ぶ、生きていれば望んだ未来を掴めると考えるリンドウらしい命令だ。ユウもその生き方の方が正しいと思っている。

まだ自分には、やりたいこともやるべきことも多い。

だから、行かなければ。みんなを、亡き妹やエリックたちのように死なせないために。

『それを覚えているなら大丈夫そうね。ユウ君、こっちは任せてね』

「はい、サクヤさん。

ではみんな、この場はお任せします!」

ユウは仲間たちに背を向け、北西へ向けて走り出した。

 

 

 

「装置に異常はないのか!?」

「5つすべて正常に作動しています!なのにどうして…?」

作戦司令室にて、支部長命令でユウを派遣した後、ツバキはすぐにヒバリに確認を取った。アラガミたちが、装置が置いてないはずの北西へ向かう。故障したわけではないのに、一体これはどういうことなのか。

だが、さらに彼らを追いこむような事態が発生する。

「っ!大変です!」

「どうした!?」

「ご、合成神獣の反応です!ユウさんが向かう北西の方角に向かっています!」

「なんだと…!」

大型電子モニターのマップに目をやるツバキ。ヒバリが言った通り、ユウが向かう北西、そこの湖を示す楕円形の地点に向かって、合成神獣を示す赤い大きな点が移動し始めていた。

「すぐにユウに戻るように伝えろ!さすがにあいつ一人では…!」

合成神獣に、ゴッドイーターが一人で相手にするなどもはや話にもならない。ヒバリに命令を下すと、ヒバリは言われた通りユウに連絡を入れ始めた。

「ユウさん、こちらヒバリです!…ユウさん?ユウさん!応答してください!」

しかし、ユウからの返事はなかった。

「どうしたヒバリ!?」

「ユウさんとの連絡が、とれません!通信が途絶えてます!」

「どういうことだ…!?」

次から次へと、一体何が起こり始めている?しかしひとつわかることがある。このままではユウが危険だ、ということだ。

「そ、それに…」

だがそれだけではないとばかりに、ヒバリがかなり動揺を露わにしている。感情豊かながら、オペレーターとして冷静さを保つように心がけている彼女が、一握りのそれを保つこともできずにいる。通信が途絶えただけでなく、一体何を知ったのだ。

 

「り、リンドウさんの…腕輪信号が…合成神獣から発せられています!」

 

「……!!?」

 

合成神獣から、リンドウの腕輪信号の反応が確認された。

ツバキは、鈍器で頭を殴られた様な衝撃を受けた。

 

 

 

ヨハネスにも、ユウとの通信が途絶えたことは伝わっていた。しかし彼は普段通りの涼しい顔のままで動揺しているようには全く見えなかった。

「…済まないが、まだ彼に援護を出すタイミングではない」

デスクに座っている彼の目の前の電子モニターの画面にあるエンターキーに、彼の右手の指先が伸びていた。

そう、ユウとの通信をとだえさせたのは彼の仕業だった。

密かにユウがウルトラマンギンガであることを知っていたヨハネスにもわかっていた。彼が今向かっているその先に待つ者、そして本来誘導装置の影響で作戦エリアから離れないはずのアラガミたちが遠ざかっているのは、闇のエージェントたちによる仕業だと。

(フェンリル本部の内部に入り込んでいた奴らの仲間が誘導装置を複製して、神薙君のいるポイントに配置したのだろう…)

おおむね予想通りだ。恐らく彼は変身しなければならないほどの事態に追い込まれるだろう。仲間までついて行ったりこの時点で追いついてきたりしたらやりにくくなるはずだ。彼を追いこんでいるようにも思えるが、これも自分なりに考えた細やかな気遣いだ。変身しているところを見られ、大勢の人間に知られたりしたら、フェンリル本部にも彼のことが伝わってしまい、向こうの方へユウを強制的に異動させようとするかもしれない。フェンリル本部の一部に闇のエージェントの息がかかっていることは、何度も本部を訪れ、あるきっかけでそれを知ったヨハネスはユウのアリバイ作りをすることにしたのだ。

同時に、自らがひそかに行っている事への守護者としても、ユウはこの極東支部に置いておかなければならない。

「さあ、行きたまえウルトラマン。その間に、我々もさらなるサポートを準備しておかなければな」

独り言を呟くと、ヨハネスはサカキに回線を繋いだ。

「サカキ博士、例の兵器はあとどれくらいの時間で完成する?済まないが急いでくれ」

 

 




祝!劇場版ウルトラマンR/B公開!久々の新規ウルトラウーマンと新規悪トラマン、グリージョとトレギアの存在が気になってしょうがないです。


一方…ゴッドイーター3をSTEAMで買ったのはいいが、右スティックでカメラ操作ができない…

(追記)
映画見てきました。グリージョが面白かわいいキャラでした!
トレギアは…最後まで謎ですね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

NO WAY BACK!

岩山の道をたどり、主に多数のヴァジュラで占められていた大型アラガミから隠れながらユウは北西へと急いだ。

誘導装置は正常に作動していたはず。だが現にこうしてアラガミたちは、リンドウが防壁外に追いやられた人々のために築き上げたあの集落へ向かっている。

「くそ、闇のエージェントたちめ…!!」

自分を倒すつもりだというのなら、わざわざ集落の人々を巻き込むようなまねをする必要などないはずだ。僕たちへの挑発のつもりか…!そう思うと怒りがわく。

「ユウ、冷静さを失うなよ。奴らのように狡猾な輩はそこに付け込む」

共に着いて来たタロウが、ユウに冷静さを失わせないように諫言した。もちろんわかっている。それはタロウもわかっているだろうが、人はすぐに心の平静さを失うことだってある。言葉をこうしてさりげなくかけてくれるタロウに感謝しつつ、ユウはアラガミの辿るコースを辿りながら奥地へ向かった。少しでも早く、アラガミよりも早くたどり着けるように、最短のコースを、浮遊できるタロウにナビゲートしてもらいながら。

しかし途中で邪魔が入ることもあった。

「グオオオオ!!!」

咆哮と共に、滑空しながらシユウが迫ってきた。それを飛び上がって避けると、今度はヴァジュラが上空から降りかかるように襲ってくる。

「邪魔を…!」

ユウはとっさに神機を銃に切り替え、セットしていた神属性バレットを、ユウを食うために開かれていたヴァジュラの口の中にぶち込んだ。

ヴァジュラは勢いを失って落下、口の中のダメージに悶えて動きを鈍らせる。

「喰らえ!」

ユウはすぐに捕食形態を発動。プレデタースタイル〈ミズチ〉の形でアラガミの顎がそのヴァジュラの顔を噛み千切った。顔を失い、そのヴァジュラはダウンした。今はこいつにかまっている場合じゃない。コアの回収もこの作戦の任務の一つだが、集落の状況を確かめるのが先だ。ユウは邪魔するアラガミたちを退けつつ、北西への進路を走る。

それからようやくあの集落へたどり着いたユウ。見たところ、新たに闇のエージェントに襲われた痕跡はなかった。

「よかった…被害があったわけじゃないのか」

まだこの集落に新たな被害が出たわけじゃないことにユウは安堵する。だが油断はできない。こうしている間に、闇のエージェントたちはアラガミたちを何かしらの方法で引き寄せている。

「お兄ちゃん?」

すると、誰かがユウに向けて声をかけてきた。思わず声の方を振り返ると、見覚えのある少女が彼の傍に駆け寄ってきた。

かつてアナグラのパッチテストに合格できず、リンドウの誘導でこの集落に住まうようになったあの幼い少女だ。

「また来てくれたんだ!」

嬉しそうに少女はユウの来訪を喜ぶ。さらにユウの存在に、集落の人たちも次々と気が着いて来てユウの元へ何人か集まってきた。

「あんた、ゴッドイーターの兄ちゃんじゃないか!一体どうしたんだ?」

意外そうにユウを見る一人の男性。

「みなさん、突然の再来訪を許してください。実は…」

ユウは事の次第を説明する。この近くにアラガミがある理由で近づいている事。自分はその原因を突き止め処理するために来たことを明かした。

「そんな、しかも大型種が大量にこっちへ…」

「おいおいそんなのどうやって逃げたら…」

「皆さん落ちついてください!木のアラガミたちが、大型アラガミたちの侵攻をある程度食い止めているはずです。その前にみなさんは避難を!」

アラガミの接近とユウの避難の呼びかけを聞いて、集落の人たちの動きは早かった。何度もアラガミに襲われてきて、ようやく集落へたどり着いた彼らの賜物だ。

避難所まで来たところで、ユウは皆が注目する中改めて集落のリーダーの男性に話を伺った。

「それで、ここ数日の間に誰かがこちらへ来たりはしませんでしたか?」

「この集落に新しく?いえ…」

ユウにそのように問われ、リーダーの男性は腕を組んだ。新しくこの集落に住まってきた人はいないようだ。だがこれでは情報がないままだ。ユウは質問を変えてみる。

「なら、何か別に変わったことはないですか?あまり見ないものを見たとか」

「あ、それなら私、心当たりがあるよ」

少女がユウの問いに答えてきた。

「昨日の夜中、ちょっとトイレに行こうと思って起きたら、ダムの湖の方から音が聞こえたの。結構大きなものが落ちたみたいで音が大きかった」

「湖…!」

もしかしたら、湖の底に闇のエージェントが仕掛けを作っていたのでは?そうとしか思えない。だからこちらの方に、メテオライト作戦エリアから移動したアラガミが向かっているんだ。

「ありがとう、すぐに湖に行って調べてみる。みなさんはいつでもここから移動できるように準備をしてください!」

ここもいつまでアラガミの手から逃れられるかはわからない。ユウはこの集落からもいつでも逃げられるように集落の人たちに呼びかけ、すぐさまダムの湖の方へ走り出した。

 

 

 

 

ユウが北西の方へ向かう間、残ったサクヤたちは引き続き現地のアラガミたちを掃討し続けていた。

ユウが去ってからしばらく時間が経ったが、ようやく終わりの目処が立ってきた。

「あと少しの辛抱ね。みんな、焦らず潰していきましょう!」

サクヤが仲間たちに呼び掛けながら、バレットを撃ち続ける。現状としては順調になりつつある。だがアリサは気が気でない。戦闘に支障が出ているほどではないが、ユウが無事かどうかと思うと焦って次の手を誤りそうになる。

なら、新型ならではのやり方で早くこの場を収拾しなければ。

「どうぞ!」

アリサは捕食したアラガミバレットをソーマ、コウタ、サクヤたちに、銃を介して譲渡した。放たれた光が三人に浴びせられると、彼らの体から力が沸き上がった。

新型神機使いのみが使える技、リンクバースト。通常のバーストよりも最大三段階まで一時的な強化を図れる上、単独でバースト状態になれない銃型神機使いでもバーストできる。

「おぉ!みなぎって来たああああぁぁー!」

「うるせぇ…」

「大声出すくらいなら早くアラガミを撃ってください!」

溢れるオラクルの力にテンションが上がるコウタに、ソーマがポツリと悪態をつき、一刻も早くユウを助けに行きたいアリサが怒鳴った。

バースト状態となった第一部隊によって、周囲のアラガミは駆逐されていった。

「ようやく、ひと段落…ですね」

もうどれ程の数のアラガミを撃破しただろうか。数えるのも面倒になるほどのアラガミを倒し、コアも回収した。

「そうね…みんな怪我はない?」

「私は大丈夫です!」

「俺も!」

「…ふん」

どうやらまだ戦える余裕はあるようだ。メテオライトがかなり効いたことや、北西に向けてアラガミが何体か逃げたためだろう。

全員の無事を確認して、サクヤはアナグラに連絡を入れた。

「こちらサクヤ。ヒバリ、まだ残ってるアラガミは?」

『あ、はい。作戦エリア内のアラガミの反応は、もう数えるほどしか残っていません。ですが例の北西の方角に向かってまだ大多数のアラガミの反応があります』

この近くにはもうほとんどいないが、アラガミが誘導装置から離れた北西の方にはまだ多くのアラガミの反応がある。北西に向かったユウが、そいつらを全員相手にしなければならなくなるかもしれない。

話を聞いてアリサがすぐにツバキに願い出た。

「すぐにユウの救援にいきましょう!」

『慌てるなアリサ。向かわせるつもりだが、その前に厄介なことが起きたことを伝えねばならん』

「厄介なこと?もしかして、ユウに何かあったんですか!?」

『合成神獣が現れた。お前たちが先日相手にした、ピターの異常進化した個体だろう。ユウのいる北西に進行している』

「ピターの…って、それ、めちゃヤバイじゃないですか!だったらなおさら助けに行かないと!」

コウタが酷く焦りを覚えて声をあげ、アリサに同調する。

『慌てるな。このまま救援に向かっても、お前たちでどうにかできる相手ではないことはわかっているはずだ。おまけにユウが向かっていた道中のアラガミたちを次々と喰らってその分膨大なオラクルエネルギーも取り込んでしまっている』

「そ、それは…」

『安心しろ。手がないわけではない』

危機感が高まる中ツバキが急に頼もしく聞こえるようなことを言い出した。

『まずはサクヤ、コウタ、ソーマ。現地へ向かいユウの安全を確保しろ』

「り、了解!」

『アリサ、お前には運んでほしいものがある。それを持ってから救援に向かえ』

「運んでほしいもの…?」

『サカキ博士に感謝しろよ。お前たちのために無理をなさっているからな。

わかったらさっさと動け!このままではまた一人仲間を失うぞ!』

有無を言わせない気迫のツバキの命令に、すぐにサクヤたちは動き出した。

第1部隊以外の残るゴッドイーターたちはそのまま現地でアラガミの討伐とコアの回収を行い、万が一第1部隊も危機に陥った時や、極東支部に何かしらの脅威が迫ったときに備えることになった。

 

 

 

「…ふぅ、さすがに骨が折れたよ」

医務室にて、珍しくサカキがベッドで横になっていた。

以前の任務でユウたちが回収したディスクの解析を行っていたが、彼の予想以上に解析作業は時間をかけた。メテオライト作戦開始までの数日、あのディスクのデータを解析、それをもとに神機に合わせた兵器『メテオール』の設計データを技術班に渡したり等、ろくに眠れていなかった。さっきもコンテナに押しこめた新生メテオールをヘリに乗せる準備をして多忙だった。

「熱が40度近くまで上がってますね。今日は安静にした方がいいですよ」

「あぁ、ありがとう…」

傍らで自分を診てくれているリディアに、サカキは礼を言う。

流石のサカキも、研究に没頭しては何時間もありついてしまうところがあるが、適度な休息を行わないと疲れてしまう。一体何日ほど徹夜したことだろうかとさえ思ってしまう。

「でも、すごいですねサカキ博士。何日も眠らないで…」

「私は技術屋だからね。ゴッドイーターたちと違って前線で戦うことはできない。卑屈に思っているわけではないが、こうして後ろで彼らの力となれるものを考案することくらいしかできることがない。君が大事にしているアリサ君に対しても、私の技術が大きな足掛かりになることを望むよ」

「アリサちゃん…」

アリサも今回の作戦、オペレーション・メテオライトに参加していることはリディアも知っている。彼女は貴重な新型神機使い。参加しない方がおかしいとも取れるが、一方で最近までは精神的に追い詰められていたことが多くもあった。それにアリサは、血の繋がりがなくとも自分にとっては大切な妹の一人でもあるのだ。

「立ち直ってくれたのはわかっているのに、それでもなんだか…」

「不安かな?」

指摘してきたサカキに、リディアは頷いた。

「今回私が開発したものは、急ぎの作業で必要なテストをいくつか省いてしまったが、それなりに自信が持てるものだと思うよ。旧時代とはいえ、当時の地球防衛兵器を現在のオラクル技術で再現したものだ。並大抵のアラガミが耐えられるものではないと確信している。

後はそれらをうまく扱ってくれることも含め、私たちが彼らを信じるだけだ。アリサ君や彼女を救ったという神薙ユウ君…そして彼らと一緒に戦うゴッドイーターたちを」

サカキの言葉を聞いて、リディアは少し心が軽くなった気がした。

そう、アリサの傍には彼女を支え、オレーシャとの再会さえも果たすきっかけをくれたユウ…ウルトラマンもいる。

きっと大丈夫。もうあの時のような、オレーシャを失った時のような悲劇を繰り返すはずがない。

(オレーシャ…アリサちゃんたちを守ってあげて…)

天井を仰ぎながら、天国に上った妹に強く願った。

 

 

 

 

 

 

ユウはダムの壁の上に上り、そこから湖の水面を見下ろした。到着と同時にタロウがユウの肩に乗ってきた。

「タロウ、ここから見える?」

「確かめてみよう」

住民の少女の話によると、ここに昨日の夜中に何かが落とされたという。それが、メテオライト作戦エリアからアラガミたちが移動している原因だ。タロウは目を光らせ、湖の中を覗き込む。ウルトラマンの目は透視能力を備えており、人間の目では見えないものを見通せる。

そして今、タロウは湖の底に、ランプを点らせている機械を発見した。

「アラガミ誘導装置が設置されている…!」

「誘導装置がここに?」

どういうことだ。あの装置はフェンリル以外に作れる企業なんてないはず。それを闇のエージェントたちが作り出していたのか?

「どうして?」

「いや、思い出せユウ。闇のエージェントには、フェンリルの内部に入り込んでいた者がいただろう?アーサソールの責任者だったあの男が」

「!」

ギースたちアーサソールの責任者だった男、イクス。奴の正体は闇のエージェントの一人である泡怪獣ダンカンだった。ならば誘導装置を作り出して他の仲間に予め渡していたのなら、奴らの手の内に誘導装置があるのも頷けた。

「とにかく、原因が分かった以上破壊しないと!」

ユウはすぐに神機を銃形態『サイレントクライ』に切り替え、バレットを貫通弾に変えて撃ち抜こうとする。

だが、引き金を引こうとした直前のタイミングで、ユウに向かって森の方角から紫に染まったエネルギー弾が飛んできた。

「ユウ、いかん!」

ユウが反応するより前に、タロウが前に飛び出て念力を放出、そのままそのエネルギー弾の軌道を湖の底にある誘導装置の方へと流すように変えた。エネルギー弾はそのまま湖の下へ突っ込み、誘導装置を木端微塵に破壊した。

「ありがとうタロウ」

同時に流石だと思った。不意打ちで放たれた敵の攻撃を利用して装置をすぐに破壊させるとは。

「油断するなユウ。どうやら奴らが来たようだ」

タロウが警告を入れると、彼の言うとおり三人の影が、ユウの前に姿を現した。

「流石にあの程度で死ぬとは思わなかったけど…できればここで死んでほしかったところね」

ナックル星人グレイが、少しがっかりした様子で呟く。

「ふん、すぐに死なれたらいたぶりがいもないがな」

サーベルをそっと撫でながらマグマ星人マグニスが言った。

「やはりお前たちの仕業か、あの装置は」

誘導装置が設置された湖の底を指さしながら、ユウは鋭い視線を向けて問いかけた。

「何を考えているんだ。しかもこんなところにあんなものを置くなんて…」

「何よ?みんなアラガミに食われるからそんなもの置くな、とでも言いたいわけ?相変わらずいい子ちゃんぶってるわね。あんたをここへ一人おびき寄せ、確実に殺すためならどんな手だって使うわ。知ってるでしょう?私たちがそういうことをするのが当たり前だってことくらい」

彼の視線に宿る怒りの感情を読み取り、グレイはうんざりした様子で言い返した。自分たちの行いに何一つ反省の色を示していない。思えばリンドウとエリックの離脱は、いやギースたちアーサソールが苦しめられたのも含め、こいつらが余計なことをしなければ、あんな惨劇は起こらなかった。

「お前たちみたいに、沢山の人々を苦しめて楽しむような奴らになるより、お前の言ういい子ちゃんでいた方が比べるまでもなくマシだ」

「…言ってくれるな、糞ガキめ」

マグニスがマスクの裏に隠れた素顔を険しくさせた。

「HEYHEY、そう熱くなるなよ。MeたちにはAfterがないから仕方ねぇが、だからこそここはCoolに行こうぜ」

そう、闇のエージェントたちも必死にならざるを得ない。たとえどんなに卑劣だとこの目の前にいる正義の味方ぶる若者に言われようと。なにせ、これ以上の失態を犯せば、自分たちは崇めている主に殺されてしまうのだから。

「さあて、ウルトラマンギンガ。MeたちがYouと戦うのもこれがLastだ。MeたちはもうYouを侮ることなくRejectさせてもらうぜ!

Here WE GO!」

ただでさえハイテンションなバキが、いつも以上にテンションを上げているのも、彼なりに大マジになっているということなのだろうか。バキはすぐさま湖の方へとび上がると、その身を本来の40mクラスへの巨体へと変身した。

「ったく、バキのやつめ…」

「でも、これはこれでいちいち時間を取る必要もなくていいわ。さっさと始末をつけてやりましょう」

マグニスとグレイの二人もまた、バキにならって巨大化した。

「…タロウ、あいつらは僕が引き受ける。あなたは集落の人たちがあいつらに人質にされないように、彼らの元へ」

「一人で行けるのか?」

ユウが振り返らないままタロウに集落の人たちの護衛を申すが、タロウは一方で懸念を口にする。これまで自分を含め、ウルトラマンは多人数を相手にしなければならないこともあったが、まだユウはウルトラマンになって日が浅い。タロウの手ほどきをこの数日の間に受けていたとはいえ、まだ3人の異星人を一気に相手にするのはきつすぎるのではないだろうかと思う。

「一人じゃないさ。ただ、今は一人で頑張るだけ。それが終わったら…」

「…わかった。だが、変身していられる時間は3分。わかっているな?」

「流石に分かっているよ、何度も変身したんだから」

「…死ぬなよ」

ユウは無言で強く頷いた。

タロウが瞬間移動を利用したのか、一瞬で姿を消した。一人になったユウは、湖からこちらを上から見下ろしている星人三人を見上げた。

(お前たちの思い通りになんかさせるものか…!!)

ギンガスパークを取り出した……その時だった。

 

――――――…………

 

「…む?…な、マスター!?」

三人の頭の中に、『主』の新たな声が聞こえてきた。

「?」

突如こちらへの警戒を緩め、頭を抱えながら頭上を見上げだした宇宙人たちに、ユウとタロウは当惑する。

(なんだ?どこかに敵がいるのか!?)

周囲を見渡す二人だが、こいつら3人は愚か、アラガミの姿もまだ確認しきれていない。

「どこか遠くから、我々の動きを見て、奴らにテレパシーで語りかけているようだな…」

タロウが一つの予測を立てる。声は、彼ら三人にしか聞こえないらしい。三人以外の声らしい音は聞こえていないが、マグニスたちは主の声が聞こえたようだ。

「Master、ここで大人しくしていろって…?」

なぜかその場での待機を命じられ、困惑を示す。

するとその時、突然彼らの目の前に水柱が立ち上り、三人は慌てて伏せた。顔を上げた三人はその奥にいた存在を見て絶句した。

「こ、こいつは…!」

それは、水面から延びてきた、ピターとボガールの合成神獣ベヒーモスだった。口元に血が滲み、ボルグ・カムランの尾やヴァジュラの足などの肉片が口からはみ出ている。ここまで北西に向かう道中のアラガミたちを食いながら、地面の下を掘り進んでここまで来たのだ。

「なるほど、マスター…こいつも使えと言うことですか。確かにこいつもうまく利用できれば…」

ずぶ濡れになって姿を見せたベヒーモスを見て、なぜこのタイミングでこいつが来たのか?そう予想するマグニス。以前は飼い犬に手を噛まれるという情けない姿をさらしたが、こいつが逆らうことを知った上でうまく立ち回り利用すれば…!

しかし三人に対し、『主』は告げた。

 

 

 

「え……さ、最後の任務…ですって?」

 

 

 

ウルトラマン抹殺に失敗し続けた、役立たず共に対する非情な審判を。

 

 

 

 

「よ……用済み……!?」

 

「餌…!?」

 

 

 

 

彼らの口からそのような単語が出たと言うことは、以前主に向けた彼らの命乞いは受理されなかったことを意味していた。

「ま、待ってくださいマスター!!まだ俺たちは…」

なおもチャンスを今一度乞おうとするも、それは叶わなかった。

三人は、突然周囲に立ち込め始めた闇の霧に包まれ始めた。

「な、なんだ…!?」

何が起きたのかわからず、ユウは呆然とそれを見ていることしかできない。だがタロウは、この立ち込める闇の霧に覚えがあった。

「この闇は…まさか!」

覚えている。この霧は…

 

自分たちウルトラマンや怪獣・宇宙人たちをスパークドールズに変えたあの闇だ!

 

ベヒーモスが闇に向けて左腕を伸ばし、引っ張り出すと、その手の中にスパークドールズとなった闇のエージェント三人が鷲掴みにされていた。

「があ!!?ま、Master…Please.Help…」

「主、どうか、どうかあたしにもう一度…

 

 

ぎゃああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

最後まで届くことのない命乞いは、森の中に響き渡った。グレイがマスターと呼ぶ存在に命乞いを続けようとしたところで、これまでユウを、ウルトラマンギンガを苦しめた闇のエージェントたちはベヒーモスの口に放り込まれ…

 

 

貪り食われた。

 

 

「…!」

口を抑えて思わず視線を逸らすユウ。何てことだろう。これまで自分たちを苦しめてきた宇宙人たちが、こんな末路を辿るとは。

「グオオオオオオオオ!」

よほど美味だったのか、ベヒーモスが歓喜の雄叫びをあげる。自分をここまで進化させた宇宙人たちを食らう恐ろしいまでの食い意地。そして、闇のエージェントたちをあっさりと切り捨てた、エージェントたちがマスターと呼ぶ存在。

ひたすら戦慄を覚えた。

そうしている間に、ベヒーモスは陸に足を踏み込んでいた。奴が見ている視線の先、そこには…

避難している集落の人たちがいる避難所だった。我に返ったユウがベヒーモスに向けて叫んだ。

「待て!」

ユウの声を聴いて、ベヒーモスは足を止め彼の方を向く。

「僕の目の前で、また罪もない人々を食らうつもりか?たらふく同じアラガミを食ったくせに、いい加減にしろよ!」

敵意を向けられ、ベヒーモスは忌々しげに顔を歪めながらユウの方を振り返って見下ろしてきた。

『…オ前ニハ一杯食ワサレタ借リガアッタナ』

以前、メテオール回収任務でユウ=ギンガに邪魔をされたことをかなり根に持っているようだ。随分とまぁ、自分が悪い癖に厚顔無恥なものである。ピターとボガール、その両方の持つ自分至上主義と捕食欲求の自我がそうさせているのだろう。それにあいつのピターの名残でもある壮年の暴君のような顔。まるで大車をアラガミに変えたような姿にも見えてくる。どちらとも自分のことしか考えないクズの本性を持ち合わせているからどうしてもかぶって見えた。

なんにせよ、ユウははっきり思った。

この下種な化け物はここで絶対に仕留めなければならない。次の機会など与えないように倒す。

ギンガスパークを取り出し、ギンガのスパークドールズが出現。ユウはそれを先端にリードする。

 

【ウルトライブ、ウルトラマンギンガ!】

 

光の柱がユウを中心に上り、消えると同時にユウが姿を変えたウルトラマンギンガが出現した。

 

「ベヒーモス…お前を倒す!」

 

『イイダロウ…骨ノ髄マデ貪リ食ッテヤル!!』

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決戦!暴君対第1部隊

ついにアニメ『ULTRAMAN』がNETFLIXで…!
テレビアニメじゃないのが気になるが見ることは可能なので構わぬ!
TVシリーズのオマージュ要素が、アニメだとどのように表現されているのかが気になります。

ちなみに本作も200件お気に入り登録数を突破しました!みなさんありがとうございます!まだまだ伸ばしていきたいです。


ベヒーモスの方から、先に向かってきた。ギンガはとっさに身構えて応戦する。

前足だった拳を突き出してきたベヒーモスの攻撃を何度も放つベヒーモス。ギンガは受け流し、蹴りを返して押し込める。ベヒーモスは特に堪えていないのか、近づいて拳を放とうとするギンガの数多をすぐさま上から殴り付け、怯んだところで両腕の爪で切り付ける。

胸元に痛みを感じたが、幸運にも浅かった。ギンガは追撃に出てきたベヒーモスの顔に回し蹴りを叩き込んだ。そのわずかな怯みが出たところで、今度はベヒーモスの首を脇下に挟んでその頭に拳を思い切り叩き込んでいく。

頭に鈍痛を味合わされ、痛みの分だけ不快感を覚えたベヒーモスが、全身から雷をほとばしらせた。

「グガァ!?」

雷撃を受けてギンガは思わずベヒーモスを離してしまう。痛みを味わう間も与えられず、さらに雷の弾丸を二発、ギンガの顔と腹にそれぞれ撃ちこまれ、ギンガはぶっ飛んでしまう。しかし、宙へ浮いたギンガの体を、ベヒーモスの尾から延びた触手が捉えて引っ張り出す。奴の背中のマントのような翼が大きく広げられる。裏側に鉄の処女のように棘のような牙が並んでいる。あれで噛み砕いて食うつもりなのだ。

(食われてたまるか!)

ギンガは宙へとび逃げようと抵抗しながら、全身のクリスタルを紫に光らせる。そして一気に彼を食べようとベヒーモスが触手を引っ込めギンガを翼で包み込もうとしたところで、ギンガの頭のクリスタルから光線が飛ぶ。

〈ギンガスラッシュ!〉

「シュア!」

光線はベヒーモスの腹に至近距離で直撃、ベヒーモスの尾からギンガは解放され着地した。ギンガはダッシュして光線を受けてかなり怯んだベヒーモスの体を、光の剣〈ギンガセイバー〉で切り刻みまくった。

「オオオオオオオ!!」

「ギギギギギイイイイイ!!」

火花と血を飛び散らしながら、ベヒーモスは後退した。

「グガ…!」

「はぁ、はぁ…!」

激しい激闘が続き、ベヒーモスとギンガのお互いの体力が減っていく。だが、徐々にギンガの方が押し始めていた。

(馬鹿ナ……!?)

ピターとしてボガールを取り込んだ姿でもあるベヒーモスは、人間に近い感情さえも手に入れ、言葉も発するようになった。今の奴は、自分が追い詰められつつあるこの状況に驚愕と屈辱を抱き始めていた。

…もう妥協してる暇などない。

「…前ヨリハ、ヤルヨウニナッタガ…」

ニタッと笑うベヒーモスは全身に力を込める。すると、ベヒーモスの体に異変が起き始める。

右腕にサーベルが生え、首回りにたてがみのような体毛、頭から金の冠が現れる。首から下の肌を黒いボディスーツのようなものが覆われ、所々に金の意匠が、へその辺りにマグニスのスーツにもあしらわれたマークがある。

他にもピターの頃に持っていたあの鋭い剣が織り成しているような『刃翼』が展開された。刃翼の間にコウモリの翼のような膜が張られ、その中に鋭い棘が牙のように生えそろっている。前のマントのような翼よりもさらにおぞましさが増していた。

姿を変える前と異なって冠と剣を携えたその姿は、以前にも増して帝王らしさを現していた。

「所詮、貴様ナド我ニトッテタダノ御馳走デシカナイワ…!」

「な…!!」

形態変化を起こしたベヒーモスに、ギンガは目を見開く。サーベルと金の冠と鬣、あれらはすべて、奴が食らった星人たちの特徴だ。

驚愕するギンガの隙を突いて、ベヒーモスがマグマ星人のサーベルを振りかざしてきた。

あと少しのところで顔面にサーベルの剣先が突き刺さろうとしたところで、ギンガは我に返り、頭を横に傾けてよけた。だがベヒーモスの剣は止まらない。さっきまで剣を持ったことがないのに、こいつは達人級の剣さばきを見せていた。

自分もギンガセイバーを作り出し、ベヒーモスのサーベルさばきに対抗する。アラガミを相手に、まさか剣の勝負をするとは思わなかった。剣と剣が何度もぶつかり、激しい金属音が森の中へと響き渡る。

剣の扱いには、ギンガ=ユウは神機を使っていく内に心得えつつあった。彼はベヒーモスの剣撃を避けたり剣で防いだりしながら、光の剣でベヒーモスの体を斬りつけようとした。

「フ!!」

しかし、傷を負わせられなかった。体に当たっただけで、そのまま奴の体に食い込むことさえもできなかった。おもちゃの剣で叩くほどの威力さえもないとでも言うように、ベヒーモスの体に何一つダメージが通っていなかった。

効いてないことに驚いている間に、ベヒーモスによって次々とサーベルを食らってしまう。

「グアアアアア!!!」

サーベルで斬りつけられるたびに、火花がギンガの体から飛び散った。

 

 

 

「お、おい…なんかあいつやばくなってんぞ」

避難所の方から、集落の人々がギンガとベヒーモスの戦いを見守っていた。しかし姿を変え、形勢逆転したベヒーモスと、苦戦に陥ったギンガに、彼らは不安を抱かずにいられなかった。

(何てことだ…!)

物陰から隠れながら見ていたタロウもベヒーモスの恐ろしさに恐怖さえ感じた。

やはり自分も赴くべきだろうか。そう思っていたタロウだが、避難所の人々に目をやる。バルキー星人たちはまさか三人まとめて食われるという結末を迎えたが、闇のエージェントはあいつらだけじゃない。まだ見ぬ別の闇のエージェントが人質に取ってくることや、他のアラガミたちがここへ来るかもしれないから動いてはいけない。そうユウから念を押されていたのだ。人質作戦を使われたり二重方面での攻撃には、ユウは対応しきれない。これまでのウルトラ戦士たちも人質を取られて身動きを封じられることは多々あった。もしその手を使われては、今のギンガとユウでは勝つことが今以上に難しくなってしまう。

だがタロウも歯がゆかった。相変わらず本来のサイズへ巨大化できず、できることと言えば念力で敵の動きを一時的に封じたり攻撃を防ぐことくらいだ。

ウルトラ兄弟の一人として宇宙の平和を守っていたあの頃が懐かしい…いつも思うことだがとても悔しい気持ちを抱きながら、タロウはギンガの戦いを見守った。

 

 

 

反撃しようと、ギンガは全身のクリスタルと青く光らせ、両腕をL字型に組んだ。必殺光線〈ギンガクロスシュート〉だ。

「デヤアアアア!!」

ベヒーモスの恐ろしさはサーベルだけではない。ピターだった頃の名残でもある刃翼もあった。

ベヒーモスはギンガが光線を撃つと同時に、自分を包み込むように翼を盾のように展開した。ギンガの光線が、刃翼に直撃する。光線の威力を高めその盾を貫こうとするが、あまりにも手ごたえを感じられず、ギンガは思わず光線を止めた。刃翼には傷一つ付いていない。

(そんな…!!)

「ガアアアアアアア!!」

「ウグォ!?」

ベヒーモスが飛び掛かるように突進を仕掛けてきて、ギンガは地面を引きずられるように滑って行った。

滑り終わったところで、ギンガは腹を押さえながら立ち上がろうとするが、そんな彼の動きを予知したかのように、遠くから雷の弾丸が飛んできた。一発だけじゃない。それも5、6……いや、気が付けば20もの個数の雷の弾丸が、ギンガを逃がすまいと頭上と左右全ての位置において彼を取り囲んでいた。

「…焼キ加減ハ………うぇるだんダ」

ベヒーモスが勝ち誇るようにニタリと笑う。奴の感覚では、料理に使う肉を焼く感覚だった。なめてかかっているとも取れるその言動にムカつきを覚えたギンガは雷の弾丸を、ギンガセイバーを形成してはじき落としてやろうと思ったが、その時だった。

地面から次々と、木の根のようなものが伸びてギンガの体に絡みついた。

(何!?)

なぜ木々の根が自分を!?あいつは植物のアラガミではなかったはず…と思ったところで、ギンガは気づいた。この根は、集落の周りを囲っているあのアラガミの木々のものだ。

(まさか…あいつが!!)

そうとしか思えない。自分が反撃に転じようとしたところでこの木の根たちは自分を襲った。あいつが周囲の偏食場を狂わせて木々を操っているのだ。

「くそ!!グ!!」

ギンガは木々を振りほどこうともがくが、ギンガの体に木の根以外にも、木から延びてきた赤々としたオラクルの棘が伸びてギンガの足に次々と刺さりだした。

「アグ!!く…!!」

激しいダメージの蓄積に、ギンガは膝を着いた。

アラガミは、捕食した物質の特性と姿を手に入れる。捕食した星人たちの戦闘力を引き出し形態変化という形で圧倒的なパワーアップを遂げたベヒーモスにより、ギンガは劣勢に陥った。

止めを刺しに、ベヒーモスはサーベルの剣先をギンガの首筋に向けた。サーベルからは、ピターの名残でもある電撃がほとばしっている。奴は、ギンガを突き刺そうとサーベルと突き出した。

ギンガはすぐに刀身を掴んで防ぐ。だが、両手に走る電撃のダメージが彼を苦しめた。

「グウウウウウゥゥゥゥ…ガアアア…!!!」

全身に行き渡るように走る雷に、ギンガは悶え苦しむ。だがそれでも、自分の喉を貫こうとするサーベルからは手を離さなかった。

ベヒーモスは顔を歪めていた。さっさと貫かれてしまえばいいものをと言うように、サーベルを押す力と電撃の威力を強めていく。

ギンガの絶叫がさらに強く響く。根性でサーベルを掴み続けるも、次第にギンガの力が弱まって次第にずれるようにギンガの喉に針のような剣先が近づく。

このままでは、今度こそこいつに…!

死んでたまるかと思いながらも、電撃による全身に感じる激痛のせいで力が入らなくなっていく。

そんなときだった。ギンガとベヒーモスの頭上に向け、3発のバレットが放たれる。銃声を聞いてベヒーモスとギンガが頭上を見上げそれを見る。

「!?」

バレットは三ヶ所に点在し、互いに線を結びあって三角形を作り出す。すると、その三角形の中へベヒーモスの電撃が吸い取られ始めた。ベヒーモスは顔を苛立ちで歪めた。今のは目の前にいる餌の技ではない。つまり一体どこの馬の骨が邪魔をしたのか。

今の三角形の正体にギンガはもしやと思って周囲を見渡す。

森の入り口に見覚えある三人の姿があった。

サクヤ、コウタ、ソーマの三人だ。

「やった!」

「やったわねコウタ。あなたの考えたバレットがウルトラマンを救ったのよ」

「へへ…」

コウタはサクヤから誉められ、照れ臭く笑った。

(今の、コウタのだったのか!)

ギンガの状態のため、遠くからでも彼らの声を聞き分けられたユウは驚いた。コウタは難しいことは苦手だと本人も自認している。長話を聞いている内に理解が追い付かなくて眠気に苛まれるくらいだ。そんなコウタが、あのベヒーモスの攻撃を無力化するバレットを製作したのだ。他の銃型神機使いの手も借りたのだと思うが、それでも彼が予想を超えた部分を発揮したのは間違いない。

「笑ってる場合じゃねぇ。あのアラガミの姿を見てみろ」

ソーマが浮かれるコウタに水を指すように言う。サクヤたちも、改めてベヒーモスの姿を見て戦慄する。

「また、ピターの姿が変わってる…!」

宇宙人たちを捕食したことで、まるで王を気取るような外見に変貌している。

(ふざけやがって…あのバカの姿も見当たらねェ。いったい何をしてやがる)

ソーマは不快そうに呟いた。自分はありとあらゆることを許された存在だと誇示しているようにも取れ、それが彼の神経に触った。しかもここにいるはずのユウもいない。連絡が途絶えたと、先ほどツバキから通信が入ったが、無事の連絡もできないのかと不服に思う。しかも今はギンガと合成神獣の戦いの激しさ故に、彼を探す余裕がなかった。

「みんな、まずはウルトラマンを援護するわよ!コウタはウルトラマンの体に絡みついている木の根を!ソーマと私であいつの注意を引くわ!」

「はい!!」

ここはギンガを援護し、余裕を持った状態でユウの捜索を行えるようにしようという意志だろう。サクヤが強く言い放ち、三人は駈け出した。

「なんなんだよこの木!ギンガ、すぐにその木の根を解いてやるから!」

そんな言葉がコウタの口から出てきた。コウタがバレットを撃って、ギンガの体に絡みついている木の根を攻撃する。すぐに千切れたりはしないものの、少しずつコウタの弾丸で木の根の拘束が弱まって行った。

弱まった拘束を強引に引きちぎり、ギンガはベヒーモスをタックルで突き飛ばし、後ろにバク転しながら距離をとった。

サクヤのスナイパーの弾丸がベヒーモスの体に何度も被弾させ、ソーマから肩にバスターブレードを担いで接近する。神機もアラガミ、大概のものを食らって切り裂くことは可能だ。奴の体のどこかに、神機でも傷を負わせることが可能な部位があるはずだ。

ベヒーモスがソーマの接近に気付いて、右手のサーベルで彼を串刺しにしようとする。突き出されていくサーベルを、彼は紙一重で避けていく。しかもサクヤが遠くから援護射撃を行ってベヒーモスの行動を妨害していることもあり、ソーマに攻撃が当たることはなかった。

ハエのような存在にしか思えない小さな人間に翻弄されたことに、ベヒーモスは次第に腹を立てていった。頭に血を登らせたのか、サーベルのみで強引にソーマを殺そうと刀身を突き出していく。すると、ソーマはベヒーモスが付きだしたサーベルの刀身が地面に刺さると同時に、その刀身の上に自ら飛び乗り、その上を伝って駆け上りながら、肩に担いだ神機のオラクルエネルギーをチャージしていく。

「…喰らえ…!!」

フルチャージを完了させたと同時に、ソーマは跳躍。ベヒーモスの顔に向けてバスターブレードを振り下ろした。

チャージクラッシュが、奴の目に直撃しようとしたところで、ベヒーモスの刃翼がそれを阻んできた。ソーマのチャージクラッシュはその刃翼とぶつかり合い、ベヒーモス本体への直撃は叶わなかった。

「っち!!うおおおおおお!!」

だったらこのまま無理やりにでも砕いてやる!ソーマはチャージクラッシュをそのまま続け、神機に込める力をさらに強めた。金属を切り裂くような音が響き、彼の神機の刀身が1センチ、3センチと次第に食い込んでいく。

ベヒーモスは顔をしかめ、ソーマが自分の刃翼の一部を砕こうとしている間に、目から放った念力でソーマを突き飛ばした。

「ぐあッ!!」

「ソーマ!!」

ソーマが吹っ飛んだのを見てサクヤが声を上げる。何メートルもの高さから地面に落下したソーマ。ゴッドイーターだったおかげで落ちても即死することなく、かなり強い打撲で済んだもの、ベヒーモスは自慢の刃翼を見やる。

わずかだが、ソーマのチャージクラッシュが食い込んで傷が少しだけ入っている。おそらくギンガの光線を受けた個所が少しだけ脆くなり、ソーマのチャージクラッシュでさらにヒビが加えられたのだ。だがそのほんの少しの傷さえも、ベヒーモスはこれまでにないほどの屈辱を覚えた。

『餌ノ分際デ…ヨクモ…』 

自慢の刃翼傷つけられ、激しい怒りに駈られた。格下の、餌程度の存在でしかない人間どもの前で、また醜態を晒す羽目になった。身勝手な怒りを力に変え、ベヒーモスのオラクルエネルギーが高ぶっていく。

「ガアアアアアアアア!!!!」

その憎悪に満ちた赤い雷がベヒーモスの全身から放たれた。

一瞬だった。ギンガ、コウタ、サクヤ、ソーマ。全員に視界を赤く染め上げるような深紅の電撃が襲いかかった。

「うわああああああああ!!!」

「ぐがぁ…!!」

「きゃああ!!!」

「ウワアアアアア!!!」

あまりの威力に、コウタが作ったバレットによる電撃吸収サークルも電撃を吸収しきれず砕け散り、周囲を強い爆発が襲った。

赤い雷はギンガや第1部隊だけにとどまらず、大地を切り裂き、森をも燃やす。その炎がさらに世界を血のような赤に染めていった。

 

 

 

かつてないほどの威力の雷。このまま浴び続ければ、今度こそ殺されてしまう。それを浴びせられる中、ユウは意識を繋ぎ止めながら考える。リンドウだったら逃げることを提案しただろうか。でも、ここで逃げることも奴はきっと許さない。でも、今の自分に、何かしらの手立てがあるとは思えなかった。

(だめだ…ここで、こいつに屈したら…この集落の人も、アナグラの人たちも……みんな……!!)

ギンガの中でユウはなおも闘志を燃やし続けていた。

諦められない。決めたのだ。ここでこいつを倒すと。

防壁の外で極東支部に入れず死んでいった人々、自分のようにかろうじて女神の森で生き延びている人々、アナグラで仲間となったゴッドイーターたち。

そして、いなくなってしまった亡き妹や、リンドウ、エリックが守ったこの大地を守るためにも。

「諦めるかああああああああ!!!」

 

ユウがその思いを叫んだ時だった。

 

 

極東支部地下、アナグラの新人区画にあるユウの部屋。

ユウ不在のため真っ暗だったその部屋に置いてあるものがあった。

かつて、タロウと同じくウルトラ兄弟の一員として活躍した英雄、ウルトラマンジャックのスパークドールズ。

義弟であるタロウがいくら声をかけても、何も反応を示さなかったその人形の目に、わずかに光が灯った。

ユウの諦めない思いが届くと同時に、それに応えるようにジャックの人形は瞬時に消えた。

 

 

その瞬間に、ユウの目の前にジャックの人形が現れた。

「ウルトラマンジャック…!?」

思わぬ来訪者にユウは驚いた。最初のピターとボガールの襲撃で濁流にのまれた時に助けてもらった時はあったが、それ以外の時は少しも反応を示さなかった人形がこのタイミングで来てくれるとは、まるで自分の叫びを耳にしてくれたかのようだ。

「そうか、あなたも…」

ユウは感じ取った。ジャックは人形となり、言葉も反応も示さないが……その中にある彼の魂は生きている。それは、同じウルトラマンだからかギンガも同じだった。

『ユウ、彼を…』

「ギンガ?」

『彼の力を借りるんだ』

力を借りる?

疑問を抱くユウだが、その意味をすぐに理解した。ジャックの足の裏にもタロウやギンガと同じく、『ライブサイン』が刻まれている。

ユウはジャックに向けて頷いた。

「ウルトラマンジャック、あなたの力をお借りします。僕とギンガと一緒に戦いましょう!」

ジャックのスパークドールズを手に取ったユウは、彼の足の裏のライブサインをギンガスパークでリードした。

 

 

 

 

 

【ウルトライブ!ウルトラマンジャック!】

 

 

 

 

 

リードを完了したギンガスパークとジャックのスパークドールズが十字形の光に包まれる。

それを右手で頭上に掲げると、ユウもその光と共に身を包んでいった。

 

 

 

 

タロウたちがいる避難所にも、雷の光は見えていた。

「な、なんだあれ!!」

窓の外から見える閃光はまばゆく、世界を赤く染めた。まるで血が大量に噴き出たようなおぞましさが現れた。目を背けたくなる光景だったが、さらにそう思わせるようなことが起きた。雷の衝撃で、窓ガラスが全て破壊されたのだ。

「ぬう!!」

タロウがいち早く動いた。飛び散るガラスの破片で彼らが怪我をしないように念力で弾き返していく。

「きゃあああああ!!!」

「だ、だめだ…おしまいだ…」

「俺たち、あの化け物に食われるんだ…」

女性たちや子供たちの悲鳴が響き、男性たちも頭を抱えて絶望する。

タロウも心が疲弊しそうになった。そして何度も繰り返してしまう。自分がこんな小さな人形でさえなければ、と。それだけに、外で自分の分も戦うギンガの事が気がかりだった。

(ユウ、ギンガ…!!)

もう我慢ならず、自ら飛び出して行こうと思った時だった。

雷がほとばしり続け、最後に一度爆発が起きたと同時に収まった。

 

タロウは、爆炎の中から一筋の光を見つけた。

 

 

 

見たことのある、十字形の輝かしい光が。

 

 

 

(あの光は……まさか!?)

 

 

 

 

 

爆発の後、立ち込める煙の中から姿が見えた第1部隊の面々は、揃ってダウンしていた。

体中があの一瞬で傷だらけになっていた。

「うぅ…ぐ…」

全身が強すぎる電撃の影響で、彼らは指一つ動かしきれないほど体が麻痺していた。だが、サクヤ、コウタ、ソーマ。三人は自分たちが思ったほど傷が深くないことに気付いた。ピターから進化を遂げ、闇のエージェントたちさえも捕食した以上、その力も遥かに増しており、本当なら自分たちもあいつの今の攻撃で死んでいてもおかしくなかったはずだ。でも現に自分たちは生きている。

三人は顔を上げた。視線の先に巨大な銀色の背中が見えた。

「ギンガ…!」

ウルトラマンギンガが、自分たちの前で身を屈めた状態でその身を盾にしていたのだ。

しかし、視界が晴れていく内に、彼らは違和感を覚えた。彼は結構筋肉質な体をしていた。だが目の前の巨人は、ギンガとほぼ同等のサイズだがギンガにしては、細く見えた。

ギンガのようで、ギンガではないような…

…いや、違う。

「ギンガじゃない!!?」

その姿の全容を見てコウタが声を上げた。

実際にギンガより体が細くなっていた。体の模様も刺々しいものではなく、変化前と比べると落ち着いたような丸みのある模様だ。あの特徴的な、全身の各部にあるクリスタルもない。代わりなのか、その巨人の右手に、ダイヤの形状の飾り付けがされたブレスレットが巻かれていた。

サクヤがギンガにそっくりなその巨人を見てこう口にした。

 

 

「新しい、ウルトラマン…!?」

 

 

 

 

避難所で見ていたタロウは、かつてない驚きを覚えた。悪い意味ではない。その驚きは同時に、彼にとって歓喜としか言えない。

あの姿。見間違いようがない。一度はアラガミとなってしまったことがあるが、かつて見た懐かしい英雄、

ウルトラ兄弟の4番目の戦士の姿がそこにあった。

「帰って…来てくれたんですね……ジャック兄さん…」

涙ぐむようにタロウが言った。

 

 

 

地球の時間で実に70年もの長い年月を経て、

 

 

 

 

 

 

ウルトラマンが、帰ってきた。

 

 

 




○NORN DATA BASE

・ウルトライブ『ウルトラマンジャック』
スパークドールズにされたところ、スサノオに捕食されたことでアラガミとなっていたウルトラマンジャックだが、アーサソール事件を経てユウの手元に渡る。
タロウと違い、自我は目覚めておらず、呼びかけには全く応じていなかった。だが、今回ユウの轟く叫びに呼応し、彼のもとに現れたりと、全く無反応なわけではない。
TV版『ギンガ』本編でジャックは回想シーン内のみでの登場だったが、本作ではギンガのタイプチェンジ姿のポジションで活躍。
ちなみに変身時のポーズは、インナースペース内のユウがギンガスパークにジャックのスパークドールズのサインをリードした後、本来の変身者である郷秀樹が手を上げるのと似たような感じでギンガスパークを掲げるポーズをとることで変身する。その動きと連動し、現実世界ではギンガも郷と同じ変身ポーズをとることでジャックに変身する流れを取っている。


・「新しい、ウルトラマン…!?」
セリフの元ネタは、ウルトラマンネクサスEpisode25・26話。
悪のウルトラマンである闇の巨人ダークメフィストとの闘いで姿を消したと思われたウルトラマンネクサスが、再び姿を見せた直後、新たな姿ジュネッスブルーにタイプチェンジした際に、主人公の孤門が口にした言葉。
ウルトラマンジャックは放送当時個人名を持っておらず、初代ウルトラマンとの区別するために「新マン」と呼ばれたことがあり、まさに今回のパターンの通りの呼び名といえよう。
他にも、タイトル通り「帰ってきたウルトラマン」と呼ばれた他、「ウルトラマン二世」とも呼ばれていた。


・ウルトラマンが、帰ってきた
ウルトラマンメビウス「デスレムのたくらみ」で、メビウスと防衛チーム『CREW GUYS』のピンチに現れたジャックを見て、きくち電器商会の社長が口にした台詞。
たった一言ながらも様々な意味が込められており、当時を知るファンにとっても強く響く言葉として伝わっている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ウルトラの星は再び輝く

ウルトラマンジャックの眼前には光の壁が展開されており、ジャックは下げていた腰を上げると同時に光の壁を解除した。

ベヒーモスは忌々しげに顔を歪めた。さっきの渾身の雷の攻撃もあの光の壁で防がれたのだ。あれが決まっていたら間違いなくこいつもろとも、周囲一体の餌を殺し、食うことができたと言うのに。感情を爆発させ、ベヒーモスが襲いかかってきた。

でもそんな身勝手な欲望と怒りを露わにする邪悪なケダモノを、ウルトラマンは決して許さない。

「シャ!」

襲いくるベヒーモスの突撃に対し、ジャックは空高く飛び上がった。舞うように飛び上がった彼は空中で姿勢を保つと、足を突き出して飛び蹴りを放った。ジャックの技の一つ、〈流星キック〉である。

「ヘアア!!」

鋭い蹴りが炸裂し、頭を蹴られたベヒーモスは突撃姿勢からバランスを崩して背中を地面に打ち付けた。

倒れこんだベヒーモスに対し、マウントを取ったジャックは身動きを封じたままラッシュを顔面に叩き込んだ。数発痛いパンチを受け続け、ベヒーモスは背中を蹴りつけてジャックを跳ね除ける。落とされたジャックは転がってすぐに跳ね起きて姿勢を整えると、立ち上がったベヒーモスに今度は回し蹴りを放つ。一発放った後でもう片方の足でまた更にうち、そして戻した足でまたもう一度放つ。お返しとばかりに振り下ろされたベヒーモスのサーベルをそよ風に靡く薄のように、軽やかに横方向に向けて避け、そして側転しながらベヒーモスに近づいて頭上から二発ずつ蹴りを叩き込む。

「速い!」

コウタが思わず口を開いてそう言った。ギンガの頃と比べると、動きの一つ一つが素早い。敵の攻撃も軽やかに避け、まるで風のようだった。

ジャックは両手を胸の前で横一直線に添えると、ボールを投げるように右手を前に突き出し、光輪〈ウルトラスラッシュ〉を投げつけた。

しかし、ベヒーモスは意地を見せた。向かってくる光輪に対しサーベルを突き出すと、なんと輪投げの輪を棒で引っかけるように、ウルトラスラッシュをサーベルに引っ掛けてしまった。その状態でサーベルごと光輪をくるくる回して前に突き出すと、その遠心力を利用してウルトラスラッシュをジャックに向けて投げ返した。

「フォア!?」

ジャックはただちに右に前転して避ける。

倒れたまま、今度は右手を突き出して光線を放った。

〈ウルトラショット!〉

光線はベヒーモスに当たろうとしたところで、ベヒーモスは刃翼を展開し、盾にしてウルトラショットを防いだ。

攻撃用のサーベルと雷撃、防御には刃翼。攻守に置いてあいつは隙を見せなくなっていた。

(厄介だな、あれをまずはどうにかしないと…!)

そう思っていると、再度ベヒーモスがジャックに襲いかかってきた。飛びかかりながら振り下ろされたサーベルを避けるが、ベヒーモスはサーベルをジャックに突き刺そうと突きを繰りだし続けた。ギンガのころよりも動きが素早くなったこともあり、何とかジャックはベヒーモスの剣撃を避けて行ったが、サーベル攻撃が通じにくくなったのを見て、ベヒーモスは次の攻撃手段に移った。

サーベルに電撃が走る。また電撃を帯びた剣撃でも浴びせるつもりだろうか。だが今の自分なら回避するなど難しくはない。

そう考えていたのもつかの間だった。

雷を纏ったサーベルを振り下ろした途端、雷の衝撃波がジャックに向かって襲いかかってきた。

「グアアアァァ!!」

大地さえも切り裂くような雷の衝撃波という、予想外の攻撃に防御の間も与えられず、ジャックはモロに食らって大きく吹き飛んでしまった。

しかもその際、森の方に背中を打ち付ける形で落下してしまったため、森の木々が針のように突き出てジャックの背中を突き刺した。

「ウグァ…!!」

 

ピコン、ピコン、ピコン…

 

ジャックのカラータイマーが、鳴り始めていた。

苦悶の声を漏らしながら、ジャックは立ち上がる。

どうすればいい…どうすればこいつを倒せる?悩みながらも絶対に諦めまいと彼は身構えた。

 

 

 

「ユウ、何をしてるんだ…!」

避難所からジャックとベヒーモスの戦いを見るタロウは焦りをさらに強めた。せっかく自分の兄ともいえる戦士に変身を遂げたというのに、まだ決定打を与えられずにいる。

(なぜブレスレットを使わないんだ!)

『ウルトラブレスレット』。ジャックの代名詞とも言える、様々な武器に変化する万能武器だ。だがさっきから彼はこの状況を好転できるかもしれないブレスレットの力に頼る気配がない。

(…いや、待てよ…)

しかし、今のジャックには致命的な面があったことにタロウは気づいた。今のジャックは、ユウが変身したウルトラマンギンガが、フォームチェンジの要領で変身した。つまり自我はジャック本人ではなく、ユウの意思で動いている。そのユウは、今回初めてウルトラマンジャックに変身した。つまり…

(しまった…そうか!ユウはまだブレスレットの能力を把握できていない!)

なんという致命的な盲点だ。これではせっかくジャックに変身したというのに宝の持ち腐れになるだけだ。

なんとか伝えなければ。しかし、今のジャック…ユウは戦闘に集中していてこちらのテレパシーを聞き分ける余裕があるかどうかが問題だ。下手にテレパシーで話しかけたら、自分との会話をしている隙をベヒーモスが突いてくる可能性が高い。

何とか隙をあいつが見せてきたら、その時に伝えに行くしかない。ユウにはここで避難民を守るように頼まれているが、ユウをここで失うのだけは絶対に避けなければならない。

タロウは、焦る気持ちを押し殺しながらタイミングを見図り始めた。

 

 

 

「…っちぃ…おい、勝手にくたばるな」

いち早く、ベヒーモスの電撃から回復したソーマが、サクヤのもとにやや鈍い動きで近づき、彼女の腕輪に手を添える。

リンクエイド。自分の体力を分け与え、戦闘不能になったゴッドイーターを戦線復帰させる能力だ。しかしこれは使用したゴッドイーターの体力を使用時の半分も縮めてしまう。復活したゴッドイーターも全快の回復は望めないため、使いどころを間違えれば二人そろってやられてしまうというリスクもある。ただ、幸運なことにベヒーモスはウルトラマンの方に注意を向けていたため、また体が部隊の中で頑丈なソーマは仲間を回復させるだけの余裕を持つことができた。

リンクエイドをかけられ、サクヤが立ち上がった。

「ありがとう、ソーマ」

「動けるのか?」

「大丈夫、まだいけるわ」

サクヤもそう言うと、今度は彼女がコウタのもとに駆けより、彼にリンクエイドをかけた。

「コウタ、大丈夫?」

「いっちち…助かったぁ…」

頭をさすりながらコウタも立ち上がる。

すると、すぐ近くで爆音が聞こえた。咄嗟に振り向く三人が見たのは、ジャックと、彼の光線技をしのぐベヒーモスの姿だった。

「新しいウルトラマンの攻撃にも耐えるなんて…!」

ギンガが新たな姿を得て、一度は逆転勝利への道が見えたと思われた。しかし、ウルトラマンジャックはギンガの上位互換というわけではない。ジャックに変身したことで攻撃力がやや落ちる代わりに素早さが向上しているだけなのだ。

すると、ベヒーモスがサーベルに蓄積させた電撃を衝撃波として放ってきた。ジャックは避けることができず、モロに食らって吹き飛び、背中に木々が突き刺さった。

「ウルトラマン!」

このままだとウルトラマンが負けてしまう!もしそうなれば、今度こそ自分たちもあいつの餌食になってしまう。

危機感が再び高まっていた、その時だった。

遠くからベヒーモスに向けて、無数の弾丸が降り注がれた。今にもジャックに襲いかかろうとしたベヒーモスは進行を止め、刃翼を展開して防御する。

 

「みなさん!お待たせしました!!」

 

通信回線越しに、アリサの声が聞こえた。空を見上げると、一機のヘリが付近を飛び回っていた。

「アリサ!」

ようやくアリサが、救援に駆け付けてくれたのだ。

 

 

ヘリから飛び降り、サクヤたちの傍らに着地したアリサは、ベヒーモスを見て顔を歪めた。また姿を変えている。しかも今度は王様のような見た目だ。まるで自分はすべてを許された存在だと主張し、罪悪感を覚えていないようにも取れた。

だが姿を変えたのはギンガも同じようだ。あの姿は知っている。タロウが兄と慕うウルトラマンのスパークドールズと同じだ。ユウは、ギンガスパークからギンガのスパークドールズを取り出し、それを認証させることでギンガに変身する。それと同じ方法で姿を変えたと推測した。

『アリサ、聞こえる?』

すると、通信を介してリッカの声がアリサに届いた。

「リッカさん、聞こえます!」

『いい?サカキ博士が解析したデータを元に私たちが作ったその新バレットは一発だけだよ!絶対に外さないで!大丈夫、アリサならできる!』

一発分だけ…あれだけメテオライト作戦開始まで寝る間も惜しんでサカキ博士やリッカたち技術班が頑張っても一つしか作れなかった。威力は期待できそうだが、外したらもう後がないと言うプレッシャーも与える。

「…サクヤさん、コウタ、ソーマ!下がってください!」

でも、ビビるわけに行かない。オレーシャも遠くから見守っている。自分には守らなければならない人たちがいる。それがアリサを迷わせなかった。

地上にいる仲間たちに退避を伝え、銃口をベヒーモスに向ける。

「グルォオォ!!」

すると、地上のベヒーモスこちらのヘリを落とそうと、遠距離で雷の弾丸を撃ってきた。

しかし、ジャックがその弾丸を〈ウルトラショット〉を撃って相殺し、ヘリを守った。

ありがとう、ユウ。心の中で礼を告げたアリサは引き金を引いた。

 

「メテオール解禁…『オラクルスペシウムバレット』…発射!!」

 

アリサの神機の銃口から、ウルトラマンの光線に似た音と共に、波状のレーザーが発射された。

「うおおぉ!?」

あまりの爆音に、コウタが真夜中に幽霊と遭遇したかのような絶叫を上げた。

光線を危険だと判断したのかベヒーモスが刃翼を盾として展開して防御し、レーザーが刃翼に直撃する。メテオールを撃った反動でアリサはバランスを崩しかけた。

サカキが、この場所に派遣される前の自分に伝えていた解説の一旦を思い出した。

『そのバレット…仮に種名を「オラクルメテオール」、バレットそのものの名前を「オラクルスペシウムバレット」としよう。それにはウルトラマンが使うスペシウムエネルギーと、オラクル素材を融合させた特殊バレットだ。威力はウルトラマンの光線技と同等のものになるように調整してある。その分反動もすさまじいもののはずだ。

下手に空中から撃つとバランスを崩し、最悪頭から落ちて頭蓋骨粉砕の危険がある。くれぐれもヘリの上から発射したり、飛び降りたときに発射するようなことは避けるようにしてくれ。

もう一つ、これは試作品で一発しかない。撃ち損じるんじゃないぞ』

(話には聞いたけど、なんて威力なの…!)

神機を通して振動が激しく伝わり、予想以上の威力を目の当たりにして、レーザーを放出し続けているアリサは、驚異的なメテオールバレットの威力に驚いた。

しかし、これほどの威力の兵器をぶつけられているというのに、ベヒーモスの刃翼は破壊できずにいた。

「まだ砕けないのかよ!」

頑丈さを発揮し続けるベヒーモスの刃翼にコウタがいい加減にしてくれと叫びたくなった。

「私たちも撃ちましょう!少しでもあいつの翼が砕けるように!」

アリサが光線を放ち続けているのを、ただ黙ってみるわけにいかない。少しでも彼らの力になろうと、サクヤの提案にコウタとソーマも乗っかった。

「ぶっとべ!」

「あああああああ!!!」

神属性の破砕バレットに切り替え、コウタとサクヤは援護射撃を開始した。狙うはその間、旧型バスターブレード神機のため遠距離攻撃ができないソーマはベヒーモスに近づき、奴に向けて神機の剣先を向ける。

「…喰らえ!」

じっと身構えた後、神機を捕食形態に切り替え、ベヒーモスの刃翼にかじりついた。いかにも噛み千切りそうな勢いでソーマの神機は刃翼に食らいつくが、まだそれを含めても刃翼に砕ける気配がなかった。

このままだと、彼らが攻撃し終わった時に耐え抜かれてしまうかもしれない。そう思ったジャックは念押しのため、自分も両腕を十字に組んで必殺光線をベヒーモスに放った。

〈スペシウム光線!〉

「シャァ!」

ジャックの光線もまたベヒーモスの刃翼に直撃した。

第1部隊とウルトラマンたちの総攻撃。だがベヒーモスは余裕の笑みを刃翼の下で浮かべていた。

「コノ程度カ…!所詮獲物共ノ攻撃ナドデ我が………ヌ!?」

しかし、余裕の表情を浮かべたのもつかの間だった。

ジャックは十字型に組んでいた両腕を少しずつずらし、L字型に組み直していた。それに伴って光線技はスペシウム光線を超えた〈シネラマショット〉に変化し、威力が一気に向上した。

次第に、ジャックとアリサの光線が、一度ソーマに傷をつけられた箇所を中心に刃翼にひびを広げ始めていた。そのひびはサクヤとコウタ、そしてソーマの援護によってもさらにひび割れていく速度が速くなり…

 

パキイイィィィン!!!

 

刃翼は、粉々に破壊された。刃翼も体の一部。砕けた個所から血を噴出しながらベヒーモスは大きく仰け反った。

「グギギギ…ウガアアアアアア!!」

苦痛の表情はやがて屈辱と怒りに満ちたものとなり、残されたサーベルに再び電撃を纏った。しかもその纏わせようとしている雷は、ジャックに変身する直前にベヒーモスが放出した、あの赤い最強の雷だ。

コウタのバレットでも防げなかったあの最強の雷にジャックはたじろぐ。

(まずい!今度はどうやって防げば…!)

何か手がないかを思案し始めると、ジャック…いや、変身しているユウの頭の中にタロウからのテレパシーが届いた。

『ユウ、ブレスレットを盾に変化させるんだ!』

『盾!?』

思わず左手首に巻かれたウルトラブレスレットを見やるジャック。咄嗟に掴んで頭上に掲げると、ブレスレットはタロウの言うとおり十字の光の意匠が刻まれた銀の盾となった。

(これは…そうか!)

納得を示したと同時に、ベヒーモスがサーベルにまとった電撃を、衝撃波として放ってきた。ジャックは盾〈ウルトラディフェンダー〉で身を守り、雷の衝撃波を受け止めた。

ウルトラディフェンダーは、予想以上の効果を現した。ベヒーモスの電撃が、ジャックに直接届くことなく盾の中に吸収され始めていた。あっと言う間に吸い込まれた電撃は、そのままジャックのコントロール下に置かれた状態で跳ね返り、刃翼という最強の盾を失ったベヒーモスはやむ無くサーベルを盾代わりにして防御を図る。だが、サーベルは刃翼ほど頑丈にできていないのか、ベヒーモスの右腕もろとも光線でもぎ取られ、ジャックの光線と第一部隊の総攻撃はそのままベヒーモスに直撃した。

「ギャアアアアアア!!」

強烈な火花を起こしながら、苦痛の叫びをベヒーモスは上げた。

ウルトラディフェンダーには、相手の光線などを吸収し、そのまま返して反撃するという性能が加えられているのだ。

あらゆる攻撃が、ウルトラマンに通じなくなった。もはや、今のベヒーモスにジャックに…そして第1部隊たちに勝てる手段は残されていなかった。

ベヒーモスは自分に向けて構えを取るジャックと、神機を向ける第1部隊にたじろぐ。

すると、奴は残された左手にエネルギーを溜めると、こちらに放つと思いきや、自分の足元に撃って激しい砂煙を巻き起こした。

「フゥ!?」

「うわ!なんだあいつ!いきなり…」

「気をつけて!煙に紛れて不意打ちを仕掛けるつもりかも知れないわ!」

あまりの立ち込めように目に砂が入って涙目になるコウタ。サクヤがすぐ仲間たちに警告を入れた。

奴はどこから攻撃を仕掛けるか警戒を高める。しかし、ジャックは両腕をクロスさせ、自らの体を高速回転させる。

〈ウルトラスピン!〉

すると、ジャックの回転で彼の周囲に風が巻き起こり始め、砂煙はあっさりと消し飛ばされた。

砂煙が晴れると、ベヒーモスの姿も再確認できた。奴は、避難所の近くにまで迫っていたところで停止していた。

動きが不自然に停止していたことに一同は困惑した。ジャックとアリサだけは、それがタロウの念力によるものだと理解した。大方砂煙に紛れて避難所の人々を捕食して回復と強化を図るつもりだったのだろう。

「タ、助ケテ…止メテ…許シテクレ…」

ベヒーモスがわずかにこちらを向いた。その顔は、恐怖で歪んでいた。これまであいつが餌・獲物と決めつけた人々にあいつが浮かべさせ楽しんでいた表情だ。しかも言葉を覚えたことで命乞いまでしている。

「アリサの両親や、防壁外の人たちを数え切れないほど食っていた癖に…。リンドウさんが行方不明になったこともお前のせいでもあるのに…!

自分が殺されそうだからって命乞い?

 

ふざけるな!!

 

お前はそうやって命乞いしてきた人たちを何人食ってきたんだ!!」

 

どこまで意地汚くて腐った奴なのだ。ジャック…ユウは拳を握ってベヒーモスに向けて怒りをぶちまけた。

『ユウ、やれ!』

「今です!」

テレパシー越しタロウと、アリサからの叫びが聞こえた。

ジャックは頷き、タロウの念力で動きを封じられたベヒーモスの折れた翼を掴むと、自信のエネルギーを流し込む。すると、ベヒーモスの翼の破片は巨大化し、一本の剣そのものとなって彼の手に握られた。

〈物質巨大化能力〉。ウルトラマンが持つ超能力の一つである。

ジャックはベヒーモスの翼を握ったまま跳躍する。狙うは奴の…首の根元に見えたアラガミのコアだ!あれを砕けば、いくら再生能力に優れたアラガミでも肉体が維持できず崩壊する。

すれ違いざまでそうするように、ジャックはベヒーモスの翼を頭上から突進する形で突き出した。

「シュア!!」

だが、ベヒーモスの翼をもってしてもベヒーモスのコアは切り裂けなかった。だが、ジャックは諦めなかった。空中で静止しさらに力を強め貫こうとする。

「ギャアアアアアア!!」

ベヒーモスの断末魔が森に響く。やめろ!と大声でわめいているのだろうが、今更止める気はさらさらなかった。人も同胞の命も、自分に今の強大な力を与えた宇宙人たちに恩を仇で返すような卑劣な真似を繰り返したこいつは、生物界のルールさえも踏み外しすぎたのだ。

リンドウも、自分たちが見ていないところでこいつに…!!

これ以上、こいつの身勝手な欲満たしのために犠牲を出すわけに行かない。

怒りを力に変え、ウルトラマンジャックは力を込めた。

 

ビキビキビキ!

 

パリイイイィィィン!

 

ベヒーモスのコアが砕け散った。同時にベヒーモスの断末魔が収まった。

 

「ダアアアアアア!!!」

 

ドガッ!!

 

そのまま肉を切り裂く音が聞こえ、ジャックは少しの間静止する。すると、ベヒーモスの…いや、バルキー星人の冠を被ったディアウス・ピターの首が、ボトッと音を立てて落ちた。

 

「や、やった…!!」

 

人々や同じアラガミも、あまつさえ自分たちをここまで進化させた闇のエージェントさえもむさぼり食い、蹂躙し続けた怪獣ボガールと、暴食の帝王とも言えるディアウス・ピター。

最後は一体のアラガミとして、全ての行いの報いを受けた。

 

(リンドウさん、エリック…勝ったよ。僕たちは…)

 

ジャックは…ユウは空を見上げ、拳を掲げた。

ゴッドイーターたちはその目に焼き付けるように、夕日となって沈む太陽の光を浴びるウルトラマンの姿を見上げた。

 

ウルトラマンもゴッドイーターたちの方を見て視線を合わせると、静かに彼は頷く。

 

 

オペレーション・メテオライト。長きにわたる準備と不測のピンチが何度もあったが、ウルトラマンとゴッドイーターたちの勝利で幕を閉じた。

 




○NORN DATA BASE

・暴食神帝獣ベヒーモス(第2形態)
バルキー星人バキ、ナックル星人グレイ、マグマ星人マグニスが『主』と崇める存在によってスパークドールズにされ、ベヒーモスがそれを食らったことで形態変化した。
ベヒーモスまでの頃の攻撃方法の他、マグマ星人のサーベルを使った攻撃もできるようになりたり等、星人たち3人の攻撃能力も習得する。他にもアニメ版最終回でピターが第1部隊に使用した、赤い超威力の雷を広範囲に発することもできるが、原点よりもはるかに威力が高まっている。また、それらの能力を応用してサーベルから電撃の衝撃波を放つこともできる(わかりやすいイメージは、三國無双シリーズの劉禅の無双乱舞1)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

流星の夜が明けて

オペレーション・メテオライト。エイジス完成のために大量のアラガミのコア…主にヴァジュラのコアを大量に集め、同時に合成神獣自然発生の確率を下げることを目的として発動したこの作戦は、成功という形で終了した。

作戦成功の方を聞いて、エントランスで帰還したアリサを待っていたリディアは、彼女の顔を見た途端、いつものようにぎゅっと彼女を抱きしめた。

「あぁ…アリサちゃん!よかった…!」

今回もまた生き残ってくれたアリサに安心を覚えるリディア。ユウたち同じ第1部隊の仲間たちもまた無事に帰還したのを見て、何も悲しい報せはない。

 

…はずだった。

 

作戦を成功させ、ウルトラマンと共にベヒーモスという強敵を打ち倒したというのに、アリサたち全員の表情が晴れやかなものではなかったことに、リディアは気づいた。

「あの、一体何が…」

「…先生…私…わたし…う、うぅぅ……」

アリサはたまらなくなって彼女の胸の中に顔を埋め、泣いた。

嗚咽する彼女を見て、今回も何か嫌な報せがあり、それで彼らが悲しんでいることをリディアは気づいた。

「ユウさん、お辛いことをお聞きするようですけど…一体何があったんですか?」

「…サクヤさん…」

その理由を、サクヤに明かすように促す。サクヤはリディアにあるものを見せてきた。

赤い輪…ゴッドイーターの証にして偏食因子を制御する腕輪だ。傷がおびただしく付けられ、元から赤い色の上に、生々しい血の跡が刻まれている。

それは……行方不明になったリンドウの腕輪だった。首をはねられたベヒーモスの死体が無数の黒いオラクルとなって消滅した場所に、リンドウの神機と共に発見されたという。

ゴッドイーターの腕輪は、決して取り外すことが許されない。ピターが合成神獣にされる前にリンドウは……誰にとってもそうとしか思えなかった。

 

メテオライト作戦終了と共に、第1部隊によって極東支部に訃報が届いた。

 

 

 

 

フェンリル極東支部第1部隊隊長

 

雨宮リンドウ KIA(殉職)

 

享年26歳

 

最終階級 二階級特進により『大尉』

 

 

 

後日、ヨハネスによる作戦終了の挨拶が行われた。

作戦に参加したすべての、各支部から呼び出しを受けたゴッドイーターたちに向けてヨハネスの演説内容は、作戦に貢献した全ゴッドイーターと技術班、通信班への感謝の言葉の他、今回の作戦前に死を遂げたエリックやリンドウへの哀悼、そして邪な作戦で妨害を図ろうとした大車などの闇のエージェントたちへ糾弾だった。

決して二度とこのような悲劇は起こしてはならない。ヨハネスの言葉に誰もが、次もリンドウと同じような目に合う人たちがいないことを強く願うばかりだった。

 

 

 

リンドウの葬儀も執り行われた。

リンドウは極東支部にて、姉であるツバキやソーマと共に長い期間ゴッドイーターとして才覚を表し、新人ゴッドイーターの生存率も彼のお陰でほぼ確実と言えるほどに高くなり、これまでたくさんの人間をアラガミの脅威から救ってきた、まさに英雄だった。

同時に人格も、この荒れた世界でも明るさと調子の良さを失わず、ふざけることも多いように見えて仲間ゴッドイーターや極東支部内勤務の職員たちにも気軽に話せる親しみやすい男だった。そんな彼の死を、多くの人たちが悼んだ。

そしてその悲しみの矛先に、リンドウの死を招いたきっかけであるアリサに、憎しみを帯びた視線が突き刺さる。

何であの生意気で口先だけの新型女が生きてリンドウさんが…。そんな陰口がどこからか聞こえる。

ユウは彼らの話し声が聞こえて拳を握った。アリサだって被害者だと言うのに。

アリサは、その声を真摯に受け止めるように、決して反論することはなかった。だが自責の念は強く、遺体がないためリンドウの写真だけが飾られた壇の前で献花するアリサは、リンドウの写真を見て堪えきれずに泣き出してしまう。

「リンドウさん…ごめんなさい…ごめんなさい…」

そんな彼女に、リンドウを慕っていたがゆえに視線を鋭くする心無き者がいた。アリサが泣いているのを見て、泣いたってリンドウさんは戻らないんだよ、と寧ろ怒りと悲しみを募らせる。

「アリサ…!」

そんな彼女のもとに、ソーマを除く第1部隊の面々が駆け寄る。リンドウの死でアリサを憎む者たちは、サクヤが涙ながらアリサを慰めていることに驚き、自分たちの怒りの矛先を見失うことになった。

ソーマは、そんな第1部隊の仲間たちを見ようとせず、その目元は前髪の影に隠れて見えなかった。

 

 

やがて、作戦に参加した別の支部のゴッドイーターやフェンリルスタッフたちもそれぞれの支部に戻る日が来た。その中にはリディアも含まれていた。

「もう、行っちゃうんですね。先生」

名残惜しそうに、彼女が乗るヘリの前で、リディアに対してそのようにアリサが言った。

「仕方ないわ。お医者さんの数もこのご時世だから少ないし、私ももっとたくさんの場所を回って、たくさんの人たちの力になりたいから」

リディアも笑みこそ浮かべているが、それはアリサとまた別れなければならないという寂しさを隠すためのものでもあった。

「先生。絶対にまた会いましょう。それまで私も、仲間たちと一緒に頑張っていきますから!」

「うん。でもアリサちゃん、無理はしないでね?」

「わかっています。オレーシャにまたどつかれちゃいますし、ロシア支部の皆にもまた会いたいですから」

相変わらず心配してくるリディアに対して平気だと主張する。死んだ後も、自分の頭にチョップを下しては叱ってくる亡き親友のことを思い出してはにかんだ笑みを浮かべた。

今回の作戦に、ロシア支部からゴッドイーターは派遣されなかった。他のヨーロッパに位置する支部から連れてくる人数分だけで事足りていたこともあるが、それ以上に、まだ少し前まで精神的に不安定なアリサとロシア支部での彼女の同僚が顔を合わせることで、オレーシャとの記憶を呼び起こされて精神面に偏重をさらにきたす危険性が考えられていたからである。だからいつか、アリサはロシア支部で共に戦ったことのある仲間たちにも改めて顔を合わせ、成長した自分を見てもらいたいとも思っていた。

「…ふふ、そうね。アリサちゃんには、もう大事な人がいるもんね」

「なぁ!?だだ、だから私は別にユウの事なんて…!!」

「誰もユウさんのことなんて言ってないわよ?」

うぐ、とアリサは息を詰まらせた。してやられた、と悔しそうに顔を膨らませた。ついなぜかこういう時はユウの名前を口に出してしまう。彼とはまだ会って間もないし、何度も迷惑をかけてきたこともあるから、そんなことあり得るわけないのに…というのが今のアリサの認識である。

「他にもロシア支部のアーサー君たちにも教えちゃおうかしら?アリサちゃんに彼氏ができたって」

「だ…だからやめてくださいよぉぉぉ!それに彼氏じゃありませんからあああぁぁぁ!!」

リディアがユウのことも話すとなると、どうしても勝手に彼氏だと説明してきそうなのが気がかりだ。現に生前のオレーシャみたいに、アリサを弄って遊んでいる。オレーシャならまだしも、普段は優しいリディアまで弄ってきて、彼女にはどうしても勝てないと認識しているアリサは反撃することもできなかった。

「やれやれ…お別れの雰囲気じゃないな」

それと少し離れた場所から見ていたユウは苦笑いを浮かべた。

「いいじゃないか。最後はお互いに笑って、次の再会を祈ってお別れしたいもんだろ」

後ろから自分に向けて声がかかってきて、振り返るとハルオミがそこにいた。

「よう。若人」

「ハルさん、今からお帰りですか?」

「まぁな。タツミの奴とも適当に挨拶済ませてきたし、後は愛する嫁とグラスゴーに戻るだけだ。留守を任せてるギル…後輩にも土産話したいしな。

そういうお前さん一人か?見送りは他にいないの?」

「サクヤさんは今リンドウさんのところですし、ソーマも別件で空いてません。コウタもこの日は家族に会いに行ってて、結局僕とアリサだけなんですよ」

「そうか~。お見送りに綺麗な美女たちを添えたかったところだが、残念だぜ」

「ハルー。またユウ君に変なこと吹き込んでるんじゃないでしょうね」

まるで申し合わせたかのようなタイミングで、ハルオミの妻であるケイトが呆れ笑いを浮かべてやって来た。

「おいおい、ちょっと話をしただけだろ?」

「どうかしらね?さっきも『お見送りに綺麗な美女たちを添えたかったところだが、残念だぜ』…なんて言ってたのはどなたかしら」

どうやら最初から話を聞いていたのだろう。途中から話に加わって来たかのように見えて、実はハルオミのことを常に監視し続けているのではないかと思う。

「ユウ君、この人から変なことまた吹き込まれなかった?何か教えてあげてるつもりのようだけど、この人の言うこと当てにし過ぎたら同じ色に染まっちゃうから気を付けてね?」

「大丈夫ですよ。さすがにこの人ほど欲望に忠実になれませんよ」

「そんな容赦のない言い方されると、お兄さん…悲しいな」

自分と同じ属性に染まりもしないユウを連れない奴だと思いながら、ハルオミは肩をすくめた。特に直る気配がないのか、それともこれはあくまで冗談の範囲内だとわかっているのか、仕方ないわね、とケイトは深いため息を漏らした。

「それはともかく、せっかく極東に来たのに、あまり極東めぐりを楽しめなかったことは残念だわ。一度延期されたこともあって、時間は十分にあったのに。…でも、仕方ないわね」

元々メテオライト作戦のために、別支部から短期間の間だけ派遣されたのだ。それがリンドウの失踪とエリックの死という立て続けの不幸の影響で期間が伸びた。だがこんな形で極東滞在の期間が延びても全く嬉しくなかったし、この状況を利用して極東めぐりを楽しんでも不謹慎でしかないので、結局フリーの時間内はアナグラの中を散策するくらいだった。

「リンドウさんの立場で考えたら、きっとあの人も残念がると思います。そういう人ですから」

「…ああ、だな」

ハルオミはリンドウとも年が近く、幼馴染であるタツミ以外では特に気の合う者同士だ。せっかくの再会のタイミングでこのような形になったことは残念だと思えてならない。

「けどま、あんまし生き残った俺たちがしみったれた顔するわけにもいかねぇ。次も同じようなことがないように、アラガミちゃんたちとのデートに励むとするか」

「言い方は考えてちょうだい」

わざと軽口を叩いて少し重くなりつつあった空気をほぐすハルオミに、ケイトは困ったように笑みを見せ、ユウもそれに乗るように笑みを浮かべた。

「ユウ、また今度に会うは一緒に任務に行こうぜ。そん時に、俺の新たなムーブメントを紹介してやるからよ」

そんな余計なひと言を最後に言い残してハルオミはケイトを連れてヘリに乗る。

こうして、真壁夫妻やリディアたちと、いつか訪れる再会の時まで別れることとなった。

次に会うまで必ず生き残って、それでいてみんなを守れるようになりたい。ユウは彼らの乗ったヘリを見送りながら強く願った。

 

 

 

その頃、サクヤは自室のターミナルを操作しながら独自の調べものに集中していた。リンドウの腕輪を手に入れ、彼が隠していた『置手紙』の中身を確認するためである。ゴッドイーターの腕輪は本人の死後、大概はその持ち主の墓に添えられるのだが、サクヤが「一日だけリンドウと一緒に最期の時間を過ごしたい」という理由で一時的に所持が認められた。当然、リンドウのディスクの中身を見るのに、リンドウの腕輪認証が必要だったのが一番の理由だが、嘘は言ってないつもりだ。

ディスクの中身は、レポートとリストファイル、プロジェクトファイル、プログラム実行ファイルがそれぞれ一つずつ収められていた。

「やっぱり、私に隠して何かしていたのね…」

大車はアリサを利用し、そしてボガールを呼び出してリンドウを殺害した。思い出すと大車への許せない気持ちで、今にもあの男を撃ってやりたい気持ちにさえ駆られてしまいそうだ。

…いけない。冷静にならないと。サクヤは一度深呼吸して頭を冷静にする。思えば、なぜ大車はアリサを洗脳し、ボガールを差し向けるという大掛かりすぎる手口でリンドウを暗殺しようとしたのか。ユウがアリサを再度攫った大車を捕まえたあの後、大車が実はあの宇宙人たちと手を組んでいたことが判明したのは聞いている。しかしリンドウはあくまでゴッドイーターの立場に身を置いていただけで、宇宙人たちにとってもさほど接点がなく、狙われる理由も不透明すぎてわからない。ゴッドイーターの力を削ぐにしても、それだけでは説得力に欠ける。あの宇宙人たちの力は、自分たちゴッドイーターよりも強大なのだから。

このディスクの中身にある何かが、そのカギを握っているのだろうか?

サクヤはまず、レポートファイルを閲覧する。そのファイルに記述されている文書の中に、一つ気になるキーワードを目にした。

 

「…『アーク計画』?」

 

サクヤは画面に見えたその単語を見て目を細めた。

 

 

 

それからまた日が経過していった。

あれからアナグラ内の屋内霊園にリンドウの墓も立てられ、第1部隊は通常任務の後にリンドウの墓で彼にその日の報告を時折語る日を送っていた。

また、ユウはウルトラマンとしての役目も全うしなければならない身でもある。そのため、新たにジャックに変身できるようにもなった時から、ジャックと同じ『ウルトラ兄弟』の一人でもあるタロウから、ジャックの代名詞でもあるウルトラブレスレットの扱い方や用途を予習するようになった。

「…他にも相手の口の中に放り込み、爆弾として暴発させることも可能なんだ」

既に幾度か説明を受けた頃のようだ。タロウからウルトラブレスレットに関する様々な話を聞いて、自分が扱うことが可能になったブレスレットの力に驚きを覚えていた。

「とんでもないな…ブレスレットの、いやウルトラマンたちの科学力ってほぼチートじゃん」

「ちいと?」

「反則技って意味だよ。コウタがよく言ってた」

ユウが口にした言葉の意味が分からず首を傾げたタロウに、そのようにユウは説明した。

「変な言葉ばかり覚えますねコウタは。そんなの覚えるくらいなら、これから戦うかもしれないアラガミのことをもっと学ぶべきだと思うのに」

同席していたアリサがここにいないコウタに対して呆れた様子を見せる。

 

同時刻…コウタの実家。

「へっくし!!」

「お兄ちゃん風邪?ちゃんと休まないと危ないよ?」

「ずず…はは、大丈夫だってノゾミ。この前の戦いでも頑張ったから、別の支部の女の子が俺の事噂してんだろ」

アリサがコウタに対して苦言を口にしていたのと同時に、お決まりのごとくくしゃみをかますコウタ。冗談交じりなのは本人もわかっているかもしれないが、くしゃみの要因が自分に対する苦言などとは、お調子者のコウタにはわかるはずもなかった。

 

「ともあれ、ジャックのおかげで僕たちは一つ、アラガミに対してまた優位に立つことができるようになったってことだね」

「だが油断はできないぞ、ユウ。ウルトラブレスレットは確かに万能武器とも言われていて、ジャック兄さんの持つブレスレットは、我々宇宙警備隊の持つ同様のものでも、特に特注品とされている」

「それなら、寧ろ心配ないんじゃないんですか?」

もうリンドウやエリックのような犠牲を出さずに済むかもしれない。そのように期待を抱いたユウに警告を入れてきたタロウに、一体何が気がかりなのだろうかとアリサが尋ねる。

「ところがそうもいかないんだ。逆にブレスレットは破壊力も高い。使いどころを間違えれば、逆に被害を拡大させてしまいかねない危険性もある。また、敵にコントロールを奪われたりすることもあり得るのだ。事実、私が地球防衛に着任する以前、当時その任務のために地球を守っていたジャック兄さんは、侵略宇宙人にブレスレットをコントロールされ危機に陥ったことさえある。所持者であるウルトラマンにさえ、ブレスレットは十分な威力を持つんだ」

「なるほど……」

自分たちの場合、神機は適合する所持者以外には扱えない特徴がある。それは神機を自由に選べないという不便さがあるが、同時にそれは悪用を防ぐためのセーフティロックともいえるかもしれない。

「しかし今後、ジャック兄さんの力が必要になることは十分に考えられる。今後も君たちの支援に尽力しよう」

「うん、ありがとうタロウ。これからも頼むよ」

「礼を言われるほどの事ではないさ。できれば私も共に戦いたいところなのだがな…」

ユウから感謝を受けるタロウが遠慮しがちに、そして自分が戦うことができない悔しさを口にする。

「タロウ、弱気にならないでくださいよ。あなただってウルトラマンなんですから」

そんなタロウに向けて、アリサが激励をかけてきた。

「それにタロウたちは、いつか地球の人たちがウルトラマンの力に頼らずとも自力で困難を乗り越えることを望んでいた…私がユウとあなたの関係を知って、光の国のことや過去に地球のウルトラマンたちの話とか、色々教えてくれた時にそう言っていたじゃないですか。今がまさにその時だと思うんです。

それは…確かに私はつい最近まで過去のトラウマが原因でみんなに迷惑をかけてきてしまった未熟者なんで偉そうに言うべきじゃないかもしれませんが…だからこそ、指導者であるタロウには毅然としてほしいんです」

傲慢さを持った言葉ではない。一人の戦士として敬意を持つからこその叱咤だった。

「そうだな…アリサ。どうも私は最近、自分だけではどうにもならないことだらけすぎて卑屈になりがちだ。このような隙に奴ら闇のエージェントが漬け込んでくる。気を付けるよ」

そうだ、彼女の言うとおり人形にされた今でも自分はウルトラマンなのだ。戦うことはできないが、自分に代わる誰かを強くなれるように教育することもできる。それが今の自分の戦いなのだと、自分に刻み込んだ。

「…闇のエージェントか」

タロウからその単語を耳にしたとき、ユウの頭にある疑問が浮かんだ。

「そう言えば、僕たちがメテオライト作戦に出てるとき、極東支部にはゴッドイーターはいないはずだよね。いると言えば警備兵の人たちだけど」

「ええ、そのはずです。なにか気になることがあるんですか、ユウ?」

「うん…闇のエージェントたちは、メテオライト作戦の内容も把握していた。でないともうひとつ誘導装置を作り出してなんていない。同時に、僕らが留守の間に合成神獣をけしかけてアナグラを攻め落とすことだってできたはずだ」

「あ…!」

タロウとアリサは目を見開く。思えばそうだ。ユウの言う通り、あの三人の闇のエージェントはこちらの動きをあらかじめ考えていた。リンドウが助けた人々の集落があることも知っていた上で誘導装置をそこに設置し、それに釣られ、アラガミたちメテオライト作戦エリアから外れていけば、いずれ自分たちのうちの誰かが確かめに向かう。当然集落の存在を知るユウが出向く可能性が高かった。その間、警備兵しか守っていない極東支部は手薄。狡猾なあいつらなら何か手を打っていたはずだ。他のエージェントの手で、アナグラを壊滅させる。

だが、あいつらはそれをしなかった。

(どう言うことなんだ…偶然なのかな…?)

すると、ユウ携帯端末にから着信音が鳴る。

連絡してきたのは技術班のリッカからだった。

『ねぇ、ユウ君。ちょっと時間あるかな?もしかして任務で時間ない?』

「いや、今日の任務はないんだ。メテオライト作戦の影響でアラガミの数が減ったみたいで」

『よかった~。君って壁外で暮らしてて、当時は旧時代の機械の修理で生計を立ててたんだよね?なら、今から頼みたいことに興味がわくと思うんだけどいいよね?』

機械弄りか…思えば最近、ゴッドイーターとして働きづめだったからそんな暇もなかなかなかったな、とユウは思い出した。

『実はこの前運用を始めた「メテオールバレット」以外にも、新しく取り入れたものがあるんだ。メテオライト作戦でこっちに赴任してきた別支部の技術班が本部から取り寄せたっていう新しい神機パーツの試験運用に付き合ってほしいの』

「新しい神機のパーツ?」

ユウは少し胸が踊った。久しぶりに機械いじりに携わり、なおかつ神機を強化してゴッドイーターとしても仲間を守りやすくなれるかもしれないという期待がわく。

「わかった。じゃあそっちに向かうよ」

『ありがと、ユウ君。それじゃ整備室で待ってるからね』

ユウはリッカが通信を切ったのを確認し、アリサとタロウの方に向き直った。

「この話は後にしよう。考えても答えが見えないんだから、今できることをした方がいい」

「今からお出掛けなんですか?」

外出の気を出すユウを見て、アリサは立ち上がった。

「リッカから用事頼まれたんだ。新しい神機のパーツでちょっと手伝ってほしいってさ」

「…仲がいいんですね」

「そうかな?まぁ、昔機械いじりで生計立ててたことあるから、それで気が合うのかもね」

「………」

「アリサ、どうかしたの?」

「い、いえ…何でもありません。それじゃあ私、先に出ますから早く行きましょう」

黙り込んだと思って声をかけたら、なぜかアリサは視線を逸らす。彼女が何か言いたいことでもあるのだろうかと思っている内に、彼女は部屋の入口の方に足を運んでいた。

「え?アリサも来るの?」

「私もゴッドイーターとして、リッカさんのいう新しい神機パーツに妙味がありますから。…なんです?私が着いて来るのが不満なんですか?」

なぜか言っている本人が不満そうにユウを睨み付けてくる。

「別にそんなことないけど…なんか妙に機嫌悪いね」

「気のせいです」

そのままぷいっとそっぽを向くと、アリサはそそくさに出て行った。

「…僕、また何か怒らせるようなこと言った?」

助けを求めるようにタロウの方を向くが、タロウは肩をすくめるばかりで何も答えてくれなかった。

 

しかし、アリサ本人も今の自分の態度がよくわかっていなかった。

(はぁ…)

アリサは、自分でも何をやっているんだろう、と思わず天井を見上げる。なぜか何の前触れもなくユウに対して態度がまた冷たくなってしまった。ただ、リッカと楽しげに会話していたユウを見ていると、妙に頭に来るような感覚がある、ということしかわからないでいた。

 

 

さて、先ほどのユウが指摘していた、ユウたちゴッドイーターがメテオライト作戦中の隙を突いて極東支部を攻めてこなかったことについて話をしよう。

実は彼の推測通り、本当ならユウたちがベヒーモスと戦ったあの日、極東支部をもう一人の闇のエージェントが襲撃し、支部を破壊するはずだった。

ゴッドイーターは神機を制御するために偏食因子を定期的に投与しなければならない。極東支部が破壊されたら、その接種が不可能となり、神機に補食される危険が出てしまうため、神機を扱うことができなくなる。しかもそれだけでなく、オラクル細胞に関する重要な医療施設が固められている極東支部が破壊されたら、ゴッドイーターたちの体内のオラクル細胞の制御もできなくなり、いずれアラガミ化して暴走してしまう。ウルトラマンとゴッドイーターの両方に位置するユウを始末する、時間と手間をかけつつも確実な抹殺方法なのだ。

だが、闇のエージェントたちは結局、メテオライト作戦中に極東支部を直接襲うことはなかった。

 

 

 

その驚くべき理由だが、時間はウルトラマンと第1部隊がベヒーモスと交戦中だった頃にさかのぼる。

 

 

 

 

テロリスト星人テイラーは、森に囲まれた集落で待機しているグレイたちとの打ち合わせ通り、ゴッドイーターたちが任務で出ている間の極東支部を襲うために、支部のすぐ近くの廃都市を訪れていた。もう夜に差し掛かろうと、遠くに夕日が見える。

「くっくっく…間抜けなゴッドイーター共は気づいていないだろうな。このテイラー様がいつでも自分たちの巣穴を踏み潰せる場所にいるということに」

テイラーはここにいないゴッドイーターたちを嘲笑った。

さて、ならばさっそくライブするとしよう。テイラーは『主』から与えられたダミースパークを取り出す。

 

だが、予想外の横槍が彼の身に入ってきた。

 

彼の手に握られたダミースパークが、突如どこからか飛んできた光弾に直撃し、木端微塵に砕けてしまう。

「ぬおお!?」

テイラーはもう片方の手に握っていたスパークドールズを、その拍子に放り投げてしまう。宙に投げ出されたスパークドールズは、テイラーの数メートル後ろの人影の足もとに転がり落ちた。

「ちぃ、誰だ!俺の邪魔をしやがったのは!!」

スパークドールズを投げてしまった方角と同じ、ちょうど後ろからさっきの光弾は飛んできていた。邪魔をされて不機嫌になるテイラーは後ろを振り返る。

後ろに立っていたその人影の正体を見て、テイラーは絶句する。

「な…貴様は…!?」

テイラーは見た途端、急に警戒心と危機感が高まり、自慢の剣〈テロリストソード〉を構える。ダミースパークは消されたが、自分は巨大化もできるし、名前の通りライブせずとも戦える。だが、今目の前にいるこいつを相手にするのは危険だと、頭の中で警鐘が鳴る。自分の襲撃が悟られてしまった以上、作戦は失敗だ。ここは一度引いて、『主』や他のエージェントたちに報告しなければ。

テイラーは左手から弾丸〈テロファイヤー〉を、現れた謎の戦士の足元に向けて撃った。とにかく撃ちまくり、土煙を濃く立ち込めさせる。

これで奴も相手に姿を黙視できまい。今のうちに…と思い、テイラーは作戦を中止して逃亡と図ろうとした…その時だった。

土煙の中から放たれた金色の光線がテイラーを襲った。

「な!?くぅ!」

テイラーはテロリストソードを盾がわりにして光線を防御する。だが自慢のテロリストソードはしばし光線に耐えたものの、土煙の中の戦士の気合いの声が響くと同時に威力を増し、無惨に砕け散ってテイラーに直撃した。

「ドォリャア!!!」

「ぎゃあああああああああああ!!!」

光線を浴びせられ、テロリスト星人テイラーは、作戦を成功させることなく、呆気なく木端微塵に砕け散った。

「…」

土煙から姿を現した戦士は、地面に転がっていたスパークドールズを拾い上げた。

 

夕日も沈み、闇夜が次第に濃くなった闇の中、

 

 

 

 

彼の体に散りばめられた『V字型のクリスタル』が金色の輝きを放ち続けていた。

 

 

 

 

後にユウたちは出会う。

 

 

 

この、もう一人のウルトラマンと。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

心無き機械の鉄人(前編)

「フン!!」

ユウは、リッカの頼みである『新しい神機パーツの試験』に付き合うために、訓練スペースでその神機を試しに動かしていた。

「これかなり重いな…」

今使っている彼の神機だが、刀身が先日までのロングブレードではなく、触るものすべてを粉砕しそうなハンマーに差し替えられていた。振り回すたびに、その比重のあまる自分の体が引っ張られるような感覚を覚える。ゴッドイーターは普通の人間より身体が強化されているものだが、そんな身の上のユウにさえ重いと言わしめる。一体何キロの重さなのだろうか。

「『ブーストハンマー』はバスターブレードよりも破砕に特化させた、破壊力重視の刀身パーツだからね。重くなっちゃうのも仕方ないよ」

三階ほど高い位置に見える窓からリッカが、スピーカーを介してユウに言った。

「リッカさん、これほど重いと流石に隙が大きすぎと思うんですが…バスターブレードの場合みたいに何か特殊な機構とかあるんですか?」

彼女と同じ部屋にいるアリサが、ユウが振り回している神機を見て憂いを覚える。さっきも言ったように、あのハンマーは非常に重いのが見られる。しかもリーチもバスターブレードよりも短い。破砕攻撃力が高い分、動きもどうしても鈍くなってしまうのが想像に容易い。

「うん、大丈夫。普通に叩き割るだけじゃ味気ないからね。ブーストハンマーだからこその機能しっかり着いてるよ。ユウ君、今から言うとおりに神機を動かして」

「了解」

スピーカー越しに聞こえるリッカの指示に耳を傾け、ユウは彼女から聞いた通りにハンマーに搭載されている機構を起動する。ハンマー部位の近くの機器が火を噴き、それに伴ってユウもためしに一振り、素振りをしてみた……直後だった。

 

ガコオォン!!

 

「ひゃ!?」

一瞬の激しい金属音と共に、アリサとリッカのいるフロアにまで強い振動が来た。あまりに振動に、二人は思わず尻餅をついたり壁に顔をぶち当てたりした。

「いったた…」

起き上がった二人は、窓の向こうの訓練スペースを見やると、そこには壁に大きな凹みが広がり、その中央でユウが目を回していた。

 

 

 

「痛てて…酷い目にあった」

「ユウ、大丈夫ですか?」

「ごめん、ユウ君。どうもブースト機構の出力、人間が支えるには強すぎたみたいだね」

医務室を出て、頭に大きなたんこぶが出来上がったユウに、アリサが気遣いの言葉をかける。

「気にしなくていいよ。…まぁ、ゴッドイーターでも痛いのは辛いけど」

ブーストハンマーの試験運用だが、結局ユウが目を覚ました頃には中断ということになった。リッカは彼が目を覚ます間に整備室に戻り、すぐにブーストハンマーの再調整に取り掛かったという。

本来なら直立した状態で、ハイスピードで乱打できる〈ブーストラッシュ〉が完成するはずだったが、今回の試験運用で設定されたブースト機構の出力が人間の体で支えきれないほどのものだったことが分かったそうだ。体よく実験台にされたと言えるが、試験運用なんてそれも含めてのものだからユウはあまり文句もいえなかった。

「神機は神機使いの命綱そのものだから、次はちゃんとしたものを作れるように頑張るよ」

失敗こそあれど、それは普通に生きる上で当然のこと。まして、技師と言うものは数々の失敗を経て成功へと昇華する。それをわかっているリッカはさらに張り切っていた。

彼女の技師としての手腕は、整備士たちの間でも噂になっていて、若いのに大したものだと評判だ。次は期待できるかもしれない、と思った時だった。

「お願いです!私に神機をください!」

三人は少女の声を耳にした。

「あれって…エリナちゃん?」

声の方を見ると、ベレー帽を被った裕福そうな少女が、整備士の男性に必死に詰め寄っている。亡きエリックの妹、エリナである。

「パッチテストならすでに通ってます!いつでも適合試験を受けられます!だから…!」

「そうは言われても…俺の一存でできることじゃ…」

整備士の男性は、自分に無茶を吹っ掛け続けるエリナに困っていた。

「どうしたんですか?」

見かねたリッカがその整備士の男性とエリナのもとに歩み寄って話を伺った。

「聞いてくれよ。さっきから何度もだめだって言ってるのに、彼女神機をくれってせがむんだ」

困った様子を露わに、頭を掻きながら整備士の男性はリッカに言う。エリナは邪魔が入ってきたとばかりに不満そうに顔を歪めている。おもちゃをねだる子供が拗ねているように見える…と、事情を知らない者が見ればそう思うだろう。だが、彼女が神機を求めている本当の理由をユウたちは知っている。

「…仇を、討ちたいんだね」

ユウの一言に、エリナは俯きながら頷いた。

「………だって……誰も探さないもん……」

「探す?」

「エリックを殺したアラガミよ!!まだどこかで生きてるんでしょ!?」

顔を上げた時のエリナは、涙目だった。濡れた瞳でユウを睨み付け、彼女は自分が抱え込んでいた、悔しさと悲しみに満ちた叫びをぶちまけた。

「ゴッドイーターはアラガミを倒さないといけないんでしょ!だったらなんでエリックの仇を討ってくれないの!?誰も彼もリンドウさんリンドウさんって…お兄ちゃんのことなんてまるでどうでもいいって言ってるみたい!!

ユウさん、あなたはお兄ちゃんの友達だったでしょ!だったら私のお願い聞いて!お兄ちゃんの仇のアラガミを探して!!」

「エリナちゃん…」

ユウは息を詰まらせた。エリナが兄の死で嘆き続けていることは知っていたが、これほど心の傷が深くなっていたなんて。だが仇のアラガミを探せなど、無茶にもほどがあることを注文してきている。エリックを殺したあのボルグ・カムランは、最後の最後でエリックが放った貫通弾で穴を開けられ、湖に落ちたところをダムの水で押し流されていって倒すに至っていない。おそらく放っておいている間にエリックから受けた傷は回復しているはずだ。そして位置を特定しようにも、他にもカムランは何体もいるはず。オペレーション・メテオライト中に紛れ込んで倒されてくれているとよいのだが…。

「わかった、探してみるよ。でもすぐには無理だから時間がほしいんだ。

だから駄々をこねて整備士さんを困らせないであげて?」

妹を気遣う兄のような口調で優しく言葉をかけるユウ。だが…

「……そうやって、適当に流して終わらせる魂胆なんでしょ」

「え?」

エリナが口にした言葉に耳を疑うと、彼女はすかさずユウに向けて怒りを向けてきた。

「ユウさんも、エリックが死んだことなんか本当はどうでもいいんでしょ!本当にエリックのことを気にしてるなら、私に言われるよりも前に仇を探してるはずだもん!」

「何を言ってるんだ!エリナちゃん、そんなこと…!」

「嘘だ!!だって誰もエリックの仇を取ろうとしてない!一人で死んじゃったエリックの気持ちなんて、誰もわかろうとしてない!!」

あるわけがないとユウは否定するがエリナは聞く耳も持とうとしない。

「ユウさんなら、すぐにでも探しに言ってくれると思ってたのに…もういい!みんな死んじゃえばいいんだ…誰もエリックを助けてくれなかったんだから!!」

エリナは泣き叫びながら、その場から去って行った。

ショックだった。エリナがあそこまで追い詰められていたとは。ユウは呆然とするあまり、エリナになんと言葉をかけるべきか見つからなかった。

「明らかに、焦ってるね…彼女。自分はゴッドイーターじゃないから、お兄さんの仇を討つどころか、戦うこともできないから…」

リッカが走り去るエリナを見て言った。

「私のせいでも、ありますよね…」

エレベーターに乗って姿が見えなくなった彼女を見送り、アリサがポツリとつぶやく。

「エリックさんのことです。私が、大車先生の駒にされてたから…」

エリックの死について、アリサは決して無関係ではないと自認している。自分がまんまと大車の操り人形にされ、ボガールとして暴れさせられたがために、エリックが結果として死を遂げてしまったのだから。真実を知れば、きっとエリナはアリサのことも兄を殺した仇の一人だと見なすかもしれない。かつて家族を失い、心のクローゼットに閉じこもっていたアリサには、兄という大切な家族を奪われたエリナの悲しみと怒りを強く理解した。

でも、アリサを一方的にせめていい話であっていいはずがない。彼女だって被害者なのだ。

エリックが死んだあの日、自分は何も救えないと自棄にならなければ、すぐにギンガに変身してエリックを助け出せたかもしれなかった。

…だが、悔やんでばかりもいられない。

エリックから託されたのだ。エリナとソーマを頼む…と。

彼の遺言を思い出したユウは、エリナのことはしばらく気に留めようと心に決めた。

 

 

 

 

 

兄はナルシストで自尊心が高く憶病でもあると言われているが、一方で周囲から疎まれているソーマにも気軽に話しかけ、彼のような強いゴッドイーターを目指し、そしてなんだかんだ仲間に対してアドバイスをかけたりバレットについて同じ銃型神機使いたちと話し合う機会を設けたりと、決して悪い評価を受けた男ではなかった。

父から引き継ぐはずの家督を捨ててでも選んだそれらの行動は、極東で療養中の身でもある病弱な妹を守るための行動だった。

エリナは、兄を尊敬していた。ナルシストな一面を差し引いても、誰よりも強くてかっこいい人だと。

そんな兄が、ある日…仲間を捨て身で守ったために命を落とした。

エリックの死には、はじめは多くの人たちが痛ましく、悲しんでくれていた。

だが…リンドウの死が決定的となって以降、エリナは苦痛を感じ始めていた。

エントランスにて、アナグラに戻っていた第2・3部隊の会話が聞こえる。エントランスにある受付前のベンチで、死んだリンドウのことを語り合っているようだ。

エリナは近くの柵から隠れるようにして会話に耳を挟んだ。

「リンドウさん、あの人には何度も世話になったのにな…」

「あぁ、俺もこの極東に赴任したての頃は世話になったものだ」

「悔しいです…リンドウさん、私の誤射にも笑って許してくれてたのに」

「その後しばらく一緒に連れて行ってもらえなかったわよね?」

「う…それは…」

「俺もあの人にはまだ借りを返しきれてない。このままとんずらは御免だったがな…」

「…ちくしょう…逃げ足が一番すごいはずのあの人が…」

エリナは、リンドウの葬儀の日からずっとその言葉を聞き続けていた。聞けば聞くほどリンドウ、リンドウ、リンドウ…リンドウの名前ばかりを耳にし、もう誰もエリックのことを語らなくなり始めていた。

まるで、兄のことなどリンドウに及ばない、取るに足らない存在とでも言うように。

少し前までエリックのことを惜しんでいたはずの声が、すべてリンドウに対するものになっていた。兄を慕うエリナには、苦痛を与える現状だった。

誰もエリックのことを語らなくなっていく。話にもあげなくなっていく。仇を討ってあげようとなんで言い出さない。

エリナは聞いていた。兄を手にかけたアラガミは死んだのではなく、兄が発見された湖に落とし、激流に流されただけだと。第1部隊のメンバーたちと、兄は何度も行動をともにしており、最期の日も兄が友と認めたユウと一緒だった。エリックが今何をしているのか、アナグラに姿がない間はずっと誰かに何度も聞いていたので知っていたのである。

兄の死で誰もよりも心に傷を負ったエリナは、その場から立ち去った。

 

 

 

ゴッドイーターたちは、アラガミから回収した素材やミッションエリアから適当に拾い上げたものを持ち帰ったり、預けてもらうことができる。その中に、ユウたちにとって無視できないアイテムが置かれていた。

メテオールデータ回収任務の際、バキがプリティヴィ・マータの予想外の奇襲で取り落とし、そこをソーマが回収したダークダミースパークと、アニメロボットのようなスパークドールズである。

ダミースパークは、まるで自分の意思を持っているかのように『見ていた』。

いや、ダミースパークを通して何者かが二人を見ていた。

 

ソーマとエリナ。エリックという存在で共通点を持つ二人を。

 

二人の心にある、『心の闇』を。

 

 

 

その日…悪魔は二人のうち、まずはエリナに狙いを定めその魔の手を伸ばした。

 

 

 

自室に戻ったエリナは、部屋のベッドに顔を埋めていた。

時間なんてかけてる場合じゃない。じっと待っている間にも、兄を殺したアラガミは他にも誰か…防壁の外に追いやられた人を襲ったり、いずれこの極東支部の防壁を破り再度襲って来るのかもしれない。そうなれば、兄がそうだったように、多くの人たちが犠牲になるのは明白。

ゴッドイーターではない自分では倒すどころか戦うこともできない。だから信頼できる相手に頼もうと思っていた。それなのに…エリックの友だったはずのユウも自分の願いをすぐに聞き入れようとしなかった。

誰もエリックの仇を討ってくれようとしない。悔しくて悲しくて…ただひたすらエリックに対する無念が強まる。

 

そんな時だった。

 

保管庫に保存されていたダミースパークが妖しく光ると、傍にあるスパークドールズごと保管庫から瞬時に消え、エリナのベッドに落ちてきた。

「…?」

エリナは何かが起きてきた感触を覚え、部屋に突如現れたダミースパークとスパークドールズを手に取る。

「なにこれ…?」

見たこともない何かが、突如部屋の中に転がってきたことに、彼女は困惑する。

すると…ダミースパークが怪しい闇を放ち始めた。

その闇に触れたエリナの瞳が、赤く染まっていく。

何かが自分の中で沸き上がっていく。

 

憎悪。

 

怒り。

 

悲しみ。

 

失望。

 

どす黒い感情が、彼女を支配した。

 

 

 

翌日…。

メテオライト作戦時よりもガランとなった作戦司令室に、第1部隊が召集された。

「なぁ、なんの用事で呼び出しなんだ?」

「知っていてもあなたには教えませんけど」

相変わらずコウタに対してはやけに冷たい態度のままのアリサ。とはいえ、以前のように心まで侮辱するような感じではなく、だらしのない生徒に対する真面目な優等生の態度のそれである。

「え~。何だよアリサ。俺にだけ冷たくない?ユウに対して仲良さげに話しかけてんのに…は!?…ははーん、さては…」

「べ…別に他意はないですよ?」

「ほんとかよ~?その妙に赤くなった顔が怪しいな~?」

コウタのニタニタ顔にたじろぐアリサは必死に誤魔化すが、対するコウタにはなんの意味もなさない。彼女の赤く染まり始めたせいで動揺しているのが分かりやすすぎた。

「ほんとに何でもないです!サクヤさん!何か聞いてませんか!?」

「……」

強引に話を切り上げ、サクヤに話を吹っ掛けるアリサ。逃げやがったな、とコウタが呟くがアリサは無視した。しかし、話しかけられたサクヤは反応を示さなかった

「あの、サクヤさん?」

「え?あ…なに?何か用かしら?」

サクヤはアリサに呼びかけられ我に返った。やはり話を聞いていなかった。

「今日の呼び出しの理由です。何か聞いてませんか?」

「あ、あぁ…そうね。私も聞いてないからわからないわ」

「二重の意味で聞いてなかったんですね…」

「ユウ君は、なんだかきつくなってきたわね…」

ユウからやや呆れられた視線を向けられ、サクヤは反論できない。実際ユウの言葉通りだから文句は言えない。

「私語は慎め。今から執行部から降りた正式な辞令を発表する」

そこへ、ツバキが作戦司令室に到着し、巨大モニターの前に立った。しかし、一人人数が足りないことに気付く。

「…む?ソーマはまだ来ていないのか?」

「ええ、あいつまだ部屋で寝てるんじゃないんですか?」

「…まったく。まぁいい。ソーマには別途で伝えることとする。では執行部からの辞令だ、よく聞け」

コウタのソーマに対する陰口を聞いてため息を漏らすと、ツバキはすぐに目つきをいつものようにキリッと引き締め、到着している第1部隊メンバーたちに向く。

「本日を持って、橘サクヤ。貴官を第1部隊新隊長に任命。同じく…神薙ユウを副隊長に任命する」

「え…?」

ユウは耳を疑った。今、ツバキが言ったのか?

自分が、副隊長?

「す、すげえ!出世じゃん!大出世じゃん!こういうのなんて言うんだっけ?下克上?」

「それ、裏切りですよ。でも、おめでとうございます、ユウ」

コウタはユウの昇進と聞いて大はしゃぎ。そんなコウタを軽く咎めながらもアリサも祝福した。

「ち、ちょっと待ってください!なぜ、僕なんですか?僕なんてゴッドイーターになってまだ日が浅い身ですよ!」

いきなりの副隊長就任に、ユウは強く戸惑ったままだ。それに自分でもまだまだ戦士として未熟さを感じている。副隊長なんて自分には合わないと思えてならない。

「謙遜することはない。サクヤ以外に副隊長を勤められるのはお前だけと判断してのことだ」

「だよな~。俺まだ人を引っ張れるほど立派じゃないし」

「私も、最近のこともあります。それにまだ、副隊長クラスの責任を負うには実力の他にも課題が多く残ってると思いますので」

「それに加えて、ソーマは実力は一流で、任期が現存の第1部隊の中で最も長いが、知っての通り協調性に改善が見られん。任期の長さと言うだけでやらせても部隊は瓦解するだけだ。それはソーマ本人も理解しているだろうがな」

だが誰一人、ユウの副隊長昇進に反対しなかった。それどころか自分たちの自覚している欠点を、まるでユウを取り囲むように言って、ユウしか副隊長に相応しい者がいないと伝える。

「私も、ツバキさんの決定に異論はないわ。寧ろ、あなたがリーダーになってみる?」

「と、とんでもないです!」

副隊長だけでもいっぱいいっぱいだ。それにリーダー、つまり隊長になると、万が一ギンガに変身しなければならない状況に陥ったら、変身と同時に第1部隊は指揮官不在の状況に追いやられてしまう。ユウがウルトラマンであることを知るアリサでも、不在の間のフォローを続けさせるのも酷だ。

…仕方ない。あまり乗り気ではないが、もしかしたら自分でも今はわからない得を得られるかもしれない。前向きに考えることにし、ユウは決心した。

「僕で勤まるかはわかりませんが…慎んでお受けします」

 

 

こうして、ユウは入隊してまだ期間が圧倒的に浅い異例の時期に、第1部隊新副隊長として就任した。

 

 

 

作戦司令室でユウに下された副隊長昇格の報には、タロウも驚いていた。

「まさか入隊してさほど月数も経っていないユウが、これほど早く副隊長の座に就くとはな」

ユウの服のポケットから顔を出して、タロウが廊下を歩く最中のユウに話しかけた。

「僕も驚かされたよ。他に適任者がいないって話だけど、それでもまだ僕が副隊長にふさわしいか様子を見ることもできたのに」

「それだけ人材も厳しくなっているとみるべきかもしれんな。私が人間として活動していた頃と比較すると、今の地球の状況に合わせて時代が変わったともいえるな…ところでユウ、これからどこへ行くつもりだ?」

「エリナちゃんのとこだよ。ちょっと気になって」

よくエリナが姿を見せたのはエントランスの方だった。任務から帰ってくるエリックを迎えに、彼女はよくそこで姿を見かけると聞いていたので、おそらくそこだろうと予測した。彼女にどんな言葉をかけるべきかなんてわからないけど、それでも放っておくのは、自分にエリナとソーマのことを託して逝ったエリックに申し訳が立たない。

エントランスへ着いて、エリナの姿をさっそく確認しようと、一帯を見渡してみる。だが、珍しくこの日はエリナの姿がなかった。兄が死んだ後も、その死を認めたくないのか、エントランスに来てはもう二度と戻ってこない兄の帰りを待っている彼女にしては珍しい。

「姿が見えないようだな」

「ヒバリちゃんに聞いてみるか」

階段を下りて行き、受付のヒバリにさっそく声をかけようとすると、その前にユウの元へ裕福そうな紳士が歩み寄ってきた。

「君か、神薙ユウというのは」

「え?あ…はい」

「エリック…息子から聞いている。自分にも匹敵する華麗なゴッドイーターの戦友だと」

エリックを息子と呼ぶその紳士に、ユウは喉を詰まらせた。この紳士は、エリックとエリナの実父だった。彼の父と聞いて、ユウは何をどう返すべきか迷った。下手な言葉をかけられない。息子の最期に立ち会っていた…その身の上である自分のことをどう思っているのかが、ユウには不安だった。

「あ…あの…息子さんのことは…」

だが、謝るべきだろう。救えなかったことについては自分に責任があると自認しているユウは謝ろうとした。思えば、なんでもっと早く伝えられなかったのだろう。しかし、ユウが謝ろうとしたその前にフォーゲルヴァイデ氏は首を横に振った。

「息子のことを謝罪することはない。あの子は自分の意思で選んだのだ。その先が自らの死であっても」

天国にいるであろう息子の影を追うように、天井を見上げるフォーゲルヴァイデは、そのまま話を続けた。

「本来は臆病で見栄っ張りなバカ息子だったが、私は息子のことを恥じるつもりはない。あの子は私の教えの通りに、誰よりも華麗なゴッドイーターであり続けることができた。

これもきっと、君がいたからかもしれない」

そんなことはない、と喉の奥で出かかった。華麗かどうかはともかく、自分はこの人が思っているほど立派とはとても名乗れなかった。

「ただ…君に対して不快を催すかもしれないが…時々自分でも嫌悪感を抱くことも考えてしまう。息子が最後に戦ったアラガミと対峙したあの時、誰かがいち早く間に合っていれば…息子は……と。

当然、これは私一人の身勝手な認識だと思っているがね」

ユウは胸を締め付けられた。やはり、心のどこかで息子の死を誰かのせいにしたいとも思っているのだ。間違いだとしても、それは決して非常識なことではないだろう。悲しみを抱くほどに相手を思っている分だけそう思えてならないのだ。

「神薙君、君が息子のことを友と思っているのなら一つ約束してほしい。

息子を、これからも君の友であることを忘れないでほしい。息子が守った君の命を、どうか大事にしてくれ」

「……はい」

「ありがとう。私の戯言に付き合せてすまないな」

ユウはあの時の、エリックが死んだ時の悲しみを胸に秘めながらも、フォーゲルヴァイデに向けて了解の意思を込めた敬礼をした。自分の勝手だと自覚している糾弾についても含め、フォーゲルヴァイデは謝罪とお礼を同時に告げた。

「ところで話は変わるが、エリナを見なかったかね?」

「え?」

まるで知らないという言い方に聞こえる彼の言動に、ユウは耳を疑った。

「実は、朝から姿が見えないんだ。君は心当たりないか?」

「いえ…僕も今日、エリナに会いにここへ来たんですが…本当にいらっしゃらないんですか?」

おかしい、と思った。あのエリナのことだからここに来ると思っていたのだが、今日はたまたま別の場所にいるのだろうか。でも朝から父親の前にも姿を見せていないなんて。

 

探しに行こうと思ったその時、アナグラ中に警報が鳴り響いた。

「これは…!!」

受付のヒバリが、電子モニターに表示された反応に目つきを変えた。

「ヒバリちゃん、何が起こったんだ!?」

「南部の防壁が攻撃を受けています!」

アラガミ防壁が攻撃を受けていることは別段、珍しいことではない。しかし、この日はいつもとはまるで違ったことになっていた。

「敵は!?大型種が来たの?」

「い、いえ…これは………そんな……」

ヒバリの様子がおかしい。コンソール前のモニターのマップに表示されているマークを見て、彼女はひたすら目をこすったが、驚愕の表情に変化がなかった。彼女にとってもかなり予想外の事態らしい。

「どうしたんだ!?」

「い、今防壁を襲っている敵………

 

オラクル反応がありません!

アラガミではない何かが、この極東支部を襲撃しています!!」

 

 

 

 

ヒバリが言うその『オラクル反応を持たない敵』は、極東支部の防壁外に突如出現した。

外部居住区の人たちから存在感を強く現すその姿に注目が集まった。

「なんだあれ…」

出動要請に真っ先に飛び出たのは、極東支部防衛班に位置する第2部隊。タツミ、ブレンダン、カノンの三人は襲撃を受けていると言う南部防壁にたどり着くと、防壁を攻撃する敵の正体を見て言葉を失う。

「な、なんですか、あれ…」

「まるで、旧時代のアニメのロボットのようだな」

「…」

ようやく口を開いたのはカノン。当然わからないタツミとブレンダンには正解なんて答えられない。

敵の見た目は、アラガミとはとても言えなかった。機械的なその見た目で、髑髏の戦車のような大型アラガミの『クアドリガ』を浮かべたが、全然似てもいないし、クアドリガのように生物的な部位も全く見られない。

わからないことだらけだが、一つわかることがある。

アラガミではないこの『ロボット』が、この極東支部を破壊しようとしている、ということだ。

 

そのロボットの名は…『ジャンキラー』。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

心無き機械の鉄人(後編)

お気に入り件数、一つ減るだけでもへこみます。
しかも投稿するたびにほぼ確実に一件減ってます…


アナグラ内の屋内霊園にリンドウの墓も立てられ、第1部隊は通常任務の後にリンドウの墓で彼にその日の報告を時折語るようになった。

「…」

ソーマは、一人屋内霊園来訪していた。墓を掃除しに来たわけでも、供え物を持ってきたわけでもなく、霊園を歩き回って、目についた墓の前に立って静かに見下ろすだけだった。

今彼が見ていた墓は、先日死亡が確認され葬儀を行ったリンドウのものだ。

自分が12歳…今から6年前の頃から長いこと共に戦い続けて来た。ツバキが引退して教官になってからも、彼女の分も含め前線で戦い続けていった。

ソーマと共に戦うゴッドイーターはその多くが死することが多かった。彼が任される任務は、完遂が困難とされる高難易度のものが多かったためである。その中でもリンドウは生き残ってくれた数少ない、仲間だった。でも、長いこと一緒に戦ってきた彼さえも遂に…。

『命令は三つだ。

死ぬな。

死にそうになったら逃げろ。

そんで隠れろ。

運がよけりゃ不意を突いてぶっ殺せ。

隊長命令だからな、無視すんじゃねぇぞ?』

どこかおちゃらけた感じを出しながらも、忠告を何度もソーマに言い聞かせておきながら…本当に自分の出した命令を守らずに…。

彼と任務を共にしたゴッドイーターは死ぬ。昔から根付いたそのジンクスはソーマの精神を苦しめる。最近ではエリック、そして新米のゴッドイーターたちを生存させてきたことでも有名なリンドウさえ餌食となった。

エリックといえば、彼の墓の前に覚えのある少女が立っているのを見かけた。エリックの妹、エリナだ。

(……)

恐らく兄の墓参りだろう。彼女ほどエリックを慕う者はいない。

エリックはあの時、濁流に消えたユウを救うために撤退命令を無視して引き返した。あの時自分が引き留めるなり、共に同行していれば、何かが変わったかもしれない。だがリンドウの命令を素直に聞いた結果があれだった。命令違反なんて、何度も犯したことがあるのに…なぜあの時ばかり素直に聞いてしまったのか。

(くそったれが…!)

エリックに続いてリンドウ…自分に関わる者が消えていく現実に、苛立ちが募っていく。

…この日の任務がある。あの糞親父から命じられている任務が。ソーマはエレベーターでエントランスに昇ろうとろうとした。

しかし、彼は足を止めた。

エリナがぽつぽつと兄の墓の前で何かを呟きだしたのが聞こえた。

「…ねぇ、エリック。一人でさびしくない?」

身を屈めてエリックに語りかけるエリナ。だが、ソーマはこの時エリナの様子がどこかおかしいと思った。優しげで穏やかな口調で話しているはずなのに、その言葉に裏を感じた。それも真っ黒な…

「…うん、寂しいよね。それはそうだよね。だって誰もエリックを助けてくれなくて、一人で死んじゃったんだもん」

ソーマはエリナに対して、一種の警戒心を抱いた。彼女から不穏な雰囲気が漂っていく。

「でも安心してエリック。私…いいこと思いついたんだ」

笑みを浮かべながら、ソーマの視線に気づかないままエリナは話を続けた。

「私、すごい力を手に入れたの。アラガミなんて目じゃないほどのすごい力。これさえあればエリックの仇を簡単に討てるんだよ。あれだけ怖かったアラガミが、今じゃ全然怖くないの。すごく楽しみだなぁ…憎いアラガミをぐちゃぐちゃに潰して、エリックが受けた痛みを何乗にもに返してやるの」

(強大な力…?)

聞けば聞くほどエリナの言動が怪しくなる。だが、それだけじゃない。更に彼女は自らが狂いつつあることを露にしていった。

「でもアラガミなんかより、そっちに行く人は人間がいいよね?だから私ね、今からたくさん人間を殺すの。そうすればエリックのところにたくさんの人たちも行って寂しくないでしょ?」

(人間を…たくさん殺すだと?)

とてもエリナの言動と信じたくなかった。しかし本当にそんなことができるのか?本気なのかと思っていると、

それが本当だと思わせる証明を、エリナは手に取っていた。

以前バルキー星人バキが落としたダミースパークと、ロボットのような人形。それを見てソーマは思わずエリナの前に飛び出した。

「おい、なんでお前が持ってる!?」

あれは厳重に保管していたはずだ。後でサカキに見せて解析させてもらうために。だがゴッドイーターでも正規のフェンリル職員でもない、ただ金持ちの娘と言うだけのエリナがなぜ持っているのかソーマにはわからなかった。

「あ、誰かと思ったらソーマさんじゃないですか。もしかして、今までの話聞いてたんですか?」

ソーマに気がつき、エリナは怪しい笑みを浮かべて振り返った。

その目付きを見てソーマは戦慄する。あの目、一時前のアリサに似た、深い闇のようだった。

「私、ずっと兄の仇を討ちたかったんですよ。なのに誰一人それをしてくれる人がいませんでした。それどころか、皆リンドウさんのことばかり気にして、エリックのこと最初からいなかったみたいに…エリックだって皆のために、私のために戦ってくれてた、誰よりも華麗なゴッドイーターだったのに…酷いと思いません?」

「お前…」

「酷いと言えば…ソーマさん…言いましたよね?」

 

 

 

それは、あの集落でユウとアリサが共にウルトラマンとボガールの生体反応を追って救援に来た第1部隊に連れられ帰還した後のことだ。ユウの元にエリナが現れ、兄の死を認めたくない一心でエリックに会わせてくれと懇願したように、ソーマの元にも彼女は来た。

正確にはアリサが大車にメザイゴートの超空間に連れ拐われた時、コウタが一緒にアリサを探そうと、通信でソーマに頼んできたのを、兄の死をどうしても認めたくないエリナが、エリックの死が嘘だと、彼が常日頃親友だと言っている者の一人であるソーマに言って欲しくて訪ねに来たところを聞いてしまったのだ。

『んな…それ、マジで言ってんのかよ…リンドウさんやエリックだって、探して行けって、こういう時絶対言うだろ!?』

『っ…!』

廊下の角、そこでソーマがコウタの通信に対して応対しているのを聞いて、エリナは足を止めて壁の角に隠れ、耳を傾ける。次に口にしたソーマの言動で彼女は心に深い傷を負った。

『………知るか。弱い奴から死んでいく…そういうもんだろうが、この仕事は…』

エリナはすぐに引き返した。

兄が親友だと言っている男が、兄を侮辱した。

弱い奴、と。

これはエリナにとって屈辱だった。

 

 

「ソーマさんのこと、ユウさんと同じくらいエリックから聞いてたんですよ。誇るべき極東のライバルだって。なのにあなたは…兄をその程度にしか見てなかったなんて…本当、他の人たちが言っていた通りですね。だからあんな言い方を平気で言えるんですよ。

 

そうですよね?『死神』さん」

 

「…!」

エリナからも死神と言われ、ソーマは言い返そうにも言えなかった。エリナにとって最も大切な兄を、侮辱してしまったのだ。その死さえも笑うようなことも口にした。

だが、あれは決してソーマの本心ではなかった。エリックは、周囲から疎まれ、自分もまた他者を拒絶するなか、自分を仲間だと認め着いてきてくれた数少ない理解者だった。本心ではエリナと同様に、エリックの死を嘆き悲しんでいた。

そんな彼をなんでもないと言ったのは、幾度も危険な任務に同行した仲間たちの死を見続けた彼が、自分の抱いた悲しみを他人に悟られないために、わざと何とも思っていないふりをしていたのだ。

でもその癖が、結果としてエリナにここまでの心の傷を負わせることになってしまった。

「ソーマさん、安心してください。今から貴方を楽にしてあげます。もう貴方を死神と呼ぶ人たちが、この世から全員いなくなるんですよ」

エリナは手に持っていたダミースパークを、スパークドールズにリードした。

 

【ダークライブ、ジャンキラー!】

 

 

 

 

巨大な鉄の巨人、ジャンキラー。

その赤く光る目の視界に、自分たちを見上げる人々がいる極東支部外部居住区の光景が見える。興奮する子供たち、珍しいものとして捉える人もいれば、逆に得体の知れないものとして恐れる声が聞こえる。

その子供たちの中に、ふと目に付いた姿があった。二人の幼い兄弟だ。

「兄ちゃん兄ちゃん!あれなに!?もしかして、新しいウルトラマンがきたのかな?」

「おいおい、さすがにあれはウルトラマンじゃないだろ。でもそうだな、ウルトラマンとは別の新しいヒーローだったりするのかもな」

「本当!?かっこいいなぁ!」

幼い弟がジャンキラーに向けて強い憧れの視線を向け、それを兄が相手をしている。どうも弟は、あのロボットがウルトラマンと一緒に戦う光景に期待しているようだ。

ジャンキラーの中からそれを見ていた人物…エリナは、面白くなかった。

自分がもう二度とできない、兄とのふれあいをごく当たり前に話をしているあの兄弟の存在が、目障りに感じていく。

 

なんでお兄ちゃんが死んでしまったの?

 

なんでお兄ちゃんが殺されなければならないの?

 

なんで私のお兄ちゃんが死んで、あんな何の力もない子供なんかがのうのうと生きているの?

 

私だって…もっとお兄ちゃんと一緒にいたかったのに…!

 

彼女の手に握られたダークダミースパークから紫色のオーラが走り、それに伴って嫉妬が憎しみへと変わっていく。

「許せない…」

自分が兄の死で苦しみ続けているのに、自分に幸せを見せ付けるかのように談笑しているあの兄弟たちが憎くなった。

憎しみは抑えられなくなり、激しい憎悪と殺意と化して、ジャンキラーに力を与えていく。

 

そしてジャンキラーは彼女の意思に沿って…その宇宙金属の固まりの拳でアラガミ防壁に風穴を開けた。そのままジャンキラーは積み上げた積み木を崩し落とすように、防壁を破壊し始める。

「う、うわあああああああ!!」

人々はジャンキラーの暴走を見て、一目散に逃げ出していった。さっきジャンキラーに一時憧れの視線を向けた兄弟たちも、ウルトラマンと同じ新たなヒーローなどと希望的な視点から見ることなど到底できず、他の人たちと共に逃げていった。

第2部隊がいち早く到着したのはそれから間もないことだった。

 

 

この事態に、ユウ以外の第1部隊メンバーも全員揃って作戦指令室に集合した。

「なんだあれ!?かっこよくね!?」

コウタはジャンキラーを見てはしゃいだ。

「コウタ、状況を考えてくださいよ。またアラガミ以外の敵が現れたんですよ!?」

「そ、そうだった…ごめん」

アリサはそんなコウタをきつく叱った。この事態を聞きつけてここへ来たツバキも状況を考えろというように鋭い視線をコウタに向けていた。実際、この映像に映っているあのロボットは、防壁に向けて攻撃を仕掛けている。少年心をくすぐる憧れの眼差しで見るなど無理なことだ。

「現在、外部居住区南部を中心に被害が拡大!このままでは、居住区にアラガミがなだれ込んでしまいます!」

ヒバリがそう言っているときには、既に南部防壁の入り口は周辺の壁は、撤去作業が終わった後のように跡形もなく破壊されていた。

「ツバキさん、防衛班だけでは守りきれません。私たち第1部隊にも出動要請願います!」

「わかった。エイジス防衛中の第3部隊にも救援要請を出す。くれぐれも無茶をするな」

サクヤが出動を願い出ると、ツバキも第1部隊に出動許可を下ろした。

すると、そこで遅れてきたソーマがユウたちの下にようやく姿を現した。

「ソーマ、何をやっている!外部居住区に新たな敵が現れたんだぞ!」

すぐにここへ来なかったことに、上官として厳しくツバキはソーマに怒鳴った。

「…わかっている…!」

そうだ。言われずとも、例え待機命令を下されても行かなければならない。

あのロボットには自分が心の傷を抉ってしまったエリナがいるのだから。

彼には、そのロボットに見覚えがあった。糞親父とサカキのおっさんにメテオールとやらのデータを手に入れるために赴いた任務先、そこで遭遇した宇宙人がプリティヴィ・マータの不意打ちに驚いて置いて行った人形にそっくりだ。それを最後に持っていたのがエリナだ。

スパークドールズ。最近現れ始めた合成神獣の素材となっている、命を持つ謎の人形。アラガミはそいつを捕食することで人形の特徴を得て合成神獣へと進化する。

以前自分がジャンキラーのスパークドールズと一緒に回収したダークダミースパークさえあれば、合成神獣を作り出さずとも十分な駒として利用できることを、エリナが実際にやって見せた。

「くそが!」

ソーマはすぐさま指令室を出た。

「ソーマ!おい、どうしたんだ!」

「ソーマ、待ちなさい!」

仲間たちの声に耳を傾けず、彼は真っ先に神機を持って出撃、ユウたちも後を追った。

 

 

 

ジャンキラーの暴挙を阻止すべく、先に到着していた第2部隊はジャンキラーと交戦し始めた。

「ブレンダン、俺たちで奴の足元を中心に攻撃して注意を引け!こっちに注意が向いたら少しずつ防壁から遠ざける!十分離れきったら、カノンはあいつにデカイ一発をかましてやれ!いいな、誤射るなよ?」

「了解した。踏み潰されないように気を付ける」

「わ、わかってます!これだけ大きな的なんですから誤射なんてしません!」

タツミからの提案にブレンダンとカノンは受理し、早速行動を開始した。

ジャンキラーは大型アラガミよりも比較にならない大きさ。使用しているのがブラスト銃神機のため遠距離固定で戦うカノンと違い、迂闊に近づけばブレンダンの言ったとおり踏み潰されてしまう。捕食形態で現れるアラガミの顎で遠くから噛み砕きながら攻撃した方がよさそうだ。それに、ジャンキラーも第2部隊の侵攻を見て彼らを敵と認識、右腕を突出し、その手首に搭載されているキャノン砲から砲撃を開始した。

砲撃の嵐が、ゴッドイーターたち3人を襲う。

「ひゃああ!!」

絶え間ないその連続砲撃は、攻撃する際以外は気弱なカノンを慌てさせた。まるで足元ではじけるねずみ花火を避けるかのような足取りで彼女はジャンキラーの砲撃を避けていく。

タツミとブレンダンは砲撃の雨の中を、時によけ、時に装甲を展開しながら十分な距離まで接近する。

「ブレ公!」

「うむ!」

二人は捕食形態を展開し、ジャンキラーの関節部に向けて捕食形態を伸ばした。展開されたアラガミの顎は、ジャンキラーの足の関節部にかじりついた。

しかし、敵の体の一部を捕食したはずなのにバースト状態は起きない。一瞬違和感を覚えたが、すぐにその理由を理解した。

(そうか。ヒバリちゃんの通信によると、こいつはアラガミじゃないからか)

バースト状態は、捕食形態でアラガミの体の一部を神機で食らわせ、神機を通して取り込んだオラクルエネルギーをゴッドイーターの体に取り込ませることで、ゴッドイーターの体内の偏食因子を活性化させることで発生する。しかしジャンキラーはアラガミではない。純粋なロボットだ。

しかし、関節を破損させたのなら、奴は立つことも難しくなる。まだ直立できるにしても、食われた表面の金属部がなくなって、内部が露出される。そこをカノンに攻撃させれば奴の足を破壊できる。

だが、捕食形態の神機にかじらせたというのに、神機はうまく噛み砕ききれず、噛みついたままだった。

「く、固い…!」

神機もアラガミだから、ある程度のものなら噛み砕いたりさせることだって可能だ。けど、奴の体を覆う金属があまりにも固すぎる。ほとんどダメージが入っていないが仕方ない。

「カノン、奴の膝を狙え!!」

「は、はい!!…ふふ、吹っ飛ばしてあげる!」

タツミからの指示を受け、カノンはいつも通り豹変しながらも、ジャンキラーの露出した膝の内部に目がけて砲撃した。…が、それは砲撃というか乱射に近かった。直接狙いを定めたというよりも、ひたすら乱射を続ければいつかは当たるだろうという当てずっぽうさ満載だった。そのため狙うべき膝以外にもカノンの砲撃が何度も着弾する。

(相変わらずむちゃくちゃな…)

何度もカノンの誤射率の高さを矯正しようとしたが、全く改善が見られない。味方であるこっちにとばっちりが来ないかいつも心配になってしまう。だが、乱射されている弾丸は、狙うべき膝の関節部分にはしっかり当たっていた。

膝を狙われ、膝に内部の機器が露出されたジャンキラーは動きを止めた。

「今だ!」

高く跳躍したタツミとブレンダンは神機を頭上から振りかざし、ジャンキラーの膝を狙った。ひびが入らずとも、一定の衝撃を受けた金属はややもろさを生み出すはず。空中に飛びながら、ブレンダンはチャージクラッシュの発動準備を完了させている。もしかしたら行けるかもしれない。

…そう期待を寄せたが、それは夢想に終わった。

二人の斬撃をもってしても、ジャンキラーの強固なボディを砕くことができなかった。まるで剣で受け止められたかのように金属音を鳴らしながら、二人の神機の刀身は跳ね返った。

「ちぃ!!」

弾き返され、その反動で二人は地上に着地するが、そこを狙ったのか、ジャンキラーの目から放つビーム〈ジャンレザー〉が彼らを襲った。

「ぐあぁ!!」「うおおぉ!!」

「タツミさん!ブレンダンさん!!」

間一髪、直撃寸前で回避したため直撃せずに済んだが、それでも爆風で吹っ飛ばされ、それを見たカノンの悲鳴が響いた。彼女の声を聴いて、ジャンキラーが今度は彼女に狙いを定めた。接近戦しかできない二人より、遠くから砲撃が可能な彼女の方が厄介だと感じたのかもしれない。

「逃げろ、カノン!」

ブレンダンが叫ぶ。だが、ジャンキラーはその警告よりも早く、カノンに向けて手から放つ〈ジャンキャノン〉を放った。

「きゃああ!!」

思わず目を伏せるカノンだがそんな彼女の前に、突如一人の人影が飛び出した。

一足先に出撃したソーマだった。

「ソーマさん!?」

突然のソーマの登場に驚いている間に、ソーマはタワーシールドを展開しカノンを狙う砲撃を防御した。だが神機の装甲の中でも最も頑丈な種別であるタワーシールドでもジャンキラーの砲撃は防ぎきれず、爆風でソーマは吹き飛んでしまい、地面に叩きつけられてしまう。

「っがぁ…!」

「「ソーマ!」」「ソーマさん!」

落下したソーマはうつぶせに倒れ、すぐに起き上がれなかった。しかもジャンキラーはこれを見て、彼に止めを刺そうと、胸の無数のランプに光を灯す。

だめだ、今自分たちは奴の砲撃でダメージを受けてすぐに動けない上に、ソーマをあいつの攻撃から逃すには距離が開きすぎていた。

再びジャンキャノンの砲口が、ダウンしたままの彼に向けられ、光を放…とうとした時だった。

ジャンキラーの胸元や顔に向けて、遠距離から射撃が浴びせられた。ジャンキラーは不意打ちを受けて仰け反り、攻撃を中断する。

「みんな無事!?」

「…間に合ったか」

起き上がったタツミたちが見たのは、援軍に現れた第1部隊メンバーたちだった。

「ソーマ、しっかり!」

「もう、いきなり飛び出したりしないでください。心配するじゃないですか」

「…黙れ」

ソーマはゆっくりと起き上る。

「な、その言い方…!」

「てめえだって人のこと言えるか」

「ぐ…」

反発しようとしたアリサだが、ソーマに昔の自分のことを指摘されて押し黙る。

ユウはソーマとアリサの前に立ちながら、神機を構えてジャンキラーを見上げた。

(こいつはいったい…)

アラガミの他、合成神獣に宇宙人と、様々な敵と戦ってきたユウだが、今度の敵はさらに異質さを感じさせた。まさかロボットと来るとは。機械を弄って生計を立てていたこともあるので興味はそそられるが、こいつは極東支部を狙ってきた敵だ。

しかしこいつ…一体なんのために、なぜここを攻撃しているのだろうか。ユウと同じく、サクヤもスナイパー神機を構えながらそれを考えていた。

二人ともまた違い、ましてやコウタのようにやや興奮気味の視線を向けているとも違った考えを持ったのがソーマだった。

(エリナ…!)

すると、考えつく間も与えまいと、ジャンキラーがジャンキャノンを乱射してきた。

ユウは背後のアリサとカノンの前に立ちふさがったまま装甲を展開し防御した。だが、装甲の中では展開速度が速い分ダメージ軽減度と耐久の低いバックラー系統の装甲では完全にダメージをシャットアウトできない。装甲越しに振動という形でユウはダメージを受けた。

「ぐ…アリサ、今のうちにソーマを下がらせて!」

「はい!さあソーマ…ってソーマ!?」

ユウが攻撃を防いでいる間、アリサはユウに言われた通りソーマに手を伸ばそうとするが、ソーマはその手を払ってジャンキラーに突出した。

 

――――あなたは…兄をその程度にしか見てなかったなんて…本当、他の人たちが言っていた通りですね。だからあんな言い方を平気で言えるんですよ。

 

『死神』さん。

 

ここに来る直前にエリナが言っていた言動が頭に焼き付いて離れない。それがソーマの心を危うい方向へ加速させる。

「うおおおおおおおお!」

ジャンキラーの足をぶち砕こうとバスターブレードを振り回し、はじかれてもまた再び叩き込む。踏みつけられそうになると回避し、再び近づいて神機をがむしゃらにジャンキラーの足元で振るって暴れた。渾身のチャージクラッシュをジャンキラーの足に叩き込む彼の頭にあるのは、ジャンキラーの中にいるエリナと、もう一度会って話をすることだけだった。

クールなキャラをしているはずのソーマがいつになく暴走しているようにも見えるほどにアグレッシブになっている様は、見ている者を困惑させた。

「ソーマの奴どうしたんだ!?あいつにしては熱くなりすぎだろ!?」

「コウタ、このままだと二人がやられるわ。援護を!」

「はい!」

攻撃を続けるソーマと、防御態勢に入ったままのユウを援護すべく、サクヤとコウタが同時にジャンキラーに向けて砲撃を開始した。

「僕も行きます!!はぁ!!」

二人の砲撃で一時的に攻撃を止めたジャンキラーに向け、装甲からアサルト銃に切り替えたユウも共に射撃する。すべての弾丸はジャンキラーに直撃し火花を起こしたものの、ジャンキラーはびくともしなかった。

「ぜ、全然効いてないですよ!?」

「予想以上に頑丈ね…」

銃型神機で最も威力が高いブラスト神機を使うカノンでも貫けないわけだ。だがこれだと、こちらに決定打がほぼないに等しいことになる。

(やはり、ギンガに変身しないと…!)

このロボットはアラガミとは比較にならない。となると自分が変身しなければこいつに勝ち目がない。でも、まだここでは仲間たちの目に留まり過ぎている。どうにか変身できるような物陰さえあれば…だが、物陰に隠れたところでジャンキラーの目にもついてしまうのも明白だ。

「アリサ、メテオールは!?」

メテオライト作戦で、ベヒーモスにもダメージを与えたあの強力なバレットでなら決定打を与えられるのではないか?そう思ってユウは後方にアリサに向けて尋ねるが、アリサが首を横に振ってきた。

「すみません…あのバレットは新しいものができてないんです!!」

残念なことに、メテオール『オラクルスペシウム』は新しい弾ができていない。サカキやリッカたち技術班がかなり苦戦して作り上げたものだから、そう何度も短期間で作れるものではないようだ。

すると、ジャンキラーの足元で暴れ続けていたソーマが、ついに回避するのがきつくなり、思わず足を止めてしまったところを蹴飛ばされた。

「っぐあぁぁぁ!!」

「ソーマ!!」

さっきよりもかなり重く一撃が入ってしまい、落下したソーマはそのまま動かなくなった。

すぐさまユウはソーマのもとに駆けつけた。

「カノン、ソーマを!」

「はい!」

衛生兵でもあるカノンにすぐタツミは支持を出し、カノンも彼のもとに向かう。

「ソーマ、しっかりして!」

倒れているソーマの肩を揺すって呼びかけを続けると、意識がもうろうとしているソーマの口から声が漏れ出た。

「…な…」

「え?」

「……エリ…ナ…」

「エリナ?」

うわごとのように、なぜかエリナの名前を口にするソーマ。なぜ彼が今彼女のことを気にして…?すると、ユウの服のポケットから姿を現したタロウがユウに向けて声を上げた。

「まずいぞ!あのロボットの中…エリナがいるぞ!」

「なに!?」

予想だにしない彼の報告にユウは驚愕する。タロウの透視でエリナの姿を見つけたのだろう。まさか姿の見えないエリナが、あの中によりによってあの中にいるなんて。

「そういうことだったのか…!」

ユウは理解した。さっきまで冷静さを失ったソーマがジャンキラーに向かって単身暴れ続けていたのは、あの中にいるエリナを助けるためだったのだ、と。

 

 

 

「あはは…あはははははは!!」

高揚感。興奮。

今のエリナの心を支配しているのはそれだった。

手に取ったダミースパークを振るいながら、彼女は自分が搭乗しているジャンキラーに、極東支部の外部居住区を砲撃させていった。

ジャンキラーの砲撃はすさまじく、しかも遠い場所にまでリーチが行き届いていた。居住区の家は粉々に砕け散り、逃げ遅れた人たちが爆風にあおられていく。本当ならその光景に心を痛めずにいられないはずのエリナは、笑っていた。まるで、つまらない日常に辟易した果てに自分以外の命を見下す引きこもりの少女が、自分が安全な場所にいることをいいことにゲーム感覚で人の命を食いつぶすかのように。

アラガミも、エリックを助けてくれなかったやつらも、みんな憎い。そいつらをぶっ潰すのが…とても楽しい。

何も疑問を抱くことなく、彼女はジャンキラーで破壊活動を続けていった。

その分だけ、兄エリックと同じ死という結末をたどっていく人たちもいるのだと…理解しないまま。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

君は誰だ

ついに新たな新作、ウルトラマンタイガが放送開始!ULTRAMANもまさかの第二期が決定し、さらにウルトラの時代は加速していく…この作品もまたその流れに乗っていけたらと思います。


ユウは苦悶の表情を浮かべた。

エリナが、以前のアリサがそうだったように、闇の力に魅入られてライブしてしまうとは。

エリックを救えなかったがために…これは自分がつけなければならない責任だ。エリックからも彼女を託された身でもある。

(絶対にエリナを助けないと…!)

だが変身も現時点ではだめ、メテオールにも頼れない。しかもあの中にエリナもいる。最悪の三拍子が揃い、今度こそ終わりなのかと思えるような事態だ。

…いや、待てよ。

ユウは、腰のアイテムポーチを見て、策を思い付いた。

「カノンさん、ソーマを頼みます!」

「ふえ?あの、ユウさんはどう…ってユウさん!?」

「ユウ君、あまり前に出たらだめよ!」

「ユウ、無理をしないでください!!」

後ろでソーマのリンクエイドにかかるカノンにただ一言言い残し、何をするつもりなのかと尋ねようとしたカノンを無視してユウはジャンキラーの方へと向かった。サクヤやアリサの声も聞こえたが、今はそれどころじゃないと思った彼は聞き流した。

ジャンキラーが、それを見越したかのようにジャンキャノンをユウに向けてきた。

反射的にユウはギンガスパークを握ると同時にポーチから取り出したものをジャンキラーに向けて投げつける。

『なんのつもり?』

ジャンキラーは怪しいと見たのか、ユウが投げたものに向けてジャンキャノンを撃って破壊…しようとした瞬間、視界を白く塗りつぶす閃光が解き放たれた。

スタングレネード。アラガミから視界を奪って隙を作るアイテム。ゴッドイーターにとって大事な常備品である。

今の閃光で仲間たちも目潰しから逃れるために目を閉じた。今だ!

「タロウ、皆を頼む!」

「気を付けろよ、ユウ…!」

タロウが離れたところで、ギンガスパークを取り出し、ギンガのスパークドールズをリードする。

 

【ウルトライブ、ウルトラマンギンガ!】

 

「シュア!!」

閃光に紛れてユウは光の奔流に身を包んでウルトラマンギンガへ変身した。そしてすかさずジャンキラーに接近…した途端だった。

「ハ!?」

ギンガは前方に向けて違和感を覚え、足を止めた。

…いない!

駈け出した先にいるはずのジャンキラーが、最初からそこにいなかったかのように姿を消していたのだ。あのスタングレネードの光の中、あいつもそれに紛れて…!

「ウルトラマン!?…あ、あれ…あのロボットは…?」

ウルトラマンが突如現れたことに驚く地上の第1・2部隊の仲間たちだが、それ以上にスタングレネードの光が消えたと同時にジャンキラーの姿が消えていることに気付いた。

一体どこに…!?

ギンガやゴッドイーターたちが周囲を見渡す。すると、上空にキラッと光るものを見つけたコウタが叫んだ。

「上だ!!」

その叫びに反応するかのように、彗星のごとく空から一機の鋼鉄の乗り物が飛来した。

(変形して逃れてたのか!)

まさか飛行機の形態に変形できるとは。

上空から雨のように降る注がれるレーザーがギンガ、そしてその周りにいるゴッドイーターたちを狙う。

「く…!」

両腕を盾にし、そして強引に弾き飛ばしたギンガは空を飛び、上空に飛び去った飛行形態のジャンキラー…『ジャンスター』を追った。

(ユウ…)

あれほど空高く飛んでしまうと、彼らが地上に降りるまで自分たちはもう援護できない。アリサとタロウはギンガの、ユウの無事を静かに祈った。

 

 

 

 

 

雲の遥か上、ギリギリ大気圏内に入るほどの高度に入ったところで、はるか先の場所まで進んでいたジャンキラーが折り返してきてギンガに〈ジャンキャノン〉を連射してきた。

(これくらい!)「ディヤァ!」

ギンガは〈ギンガセイバー〉で弾き飛ばした。

「エリナ、やめろ!!今すぐ攻撃をやめるんだ!」

ユウは、ジャンキラーの中にいるエリナに呼びかけた。

『やめる…?何言ってるの』

しかし、中から聞こえたのは、ギンガの言葉に対するエリナの惚けたような声だ。

『私、これから極東支部を地獄に変えてやるの。エリックのことをみすみす死なせたフェンリルの連中も、エリックが死んだのに意に返そうともしなくなった人たちもみんな皆殺しにしてあの世に送り付けてやるの。そうすればエリックだって、寂しくなくなるわ』

ダミースパークを使ってあのロボットにライブしているためだろう。兄が本当に聞いていたら昏倒してしまいそうなほどに残虐なことを当たり前のように口にする彼女は、手に持っているダミースパークから放たれる邪悪な波動によってさらに精神を歪めさせられていた。

「そんなこと、エリックが望んでいると思ってるのか!?」

そうだ。あの男が望むなんてあり得ない。エリナが一番よくわかっていることのはずだ。だがエリナは耳障りとばかりに金切声をあげるようにわめき散らした。

『うるさい…うるさい!!正義の味方ぶっておきながらエリックを助けてくれなかったくせに!エリックが死んだ時、なんでもっと早く来てくれなかったの!?今更現れて、偉そうに私に説教しないでよ!!』

「……」

エリックを救えなかったことを指摘されるとさすがに言い返し辛くなる。そうだ、エリックを助けられたはずなのに、自分はあの時、アーサソール事件でヴェネを守れず、それに続いて再会したスザキたちを守れず、その果てに一人で腐っていた。ウルトラマンなのに誰も救えない、と。でもそれは力を得たが故に、自分がやらねばならない、自分にしかできないと思い込んだ、遠回しに自分が選ばれた人間であることを言っているも同然の傲慢さ。一度ギンガから変身を拒絶された時と同じ自身の秘めた傲慢さが、エリックの死に繋がった。あの時の後悔は今でも鎖に繋がれた鉄球のように引きずり続けている。

だから…エリナを助けなければならないのだ!

「エリナ…君が僕をどう思うかは自由だ。恨まれても仕方ない。でも僕は、君のお兄さんから君を託されたんだ。だから、君は僕が助ける!」

『助ける…?なにそれ。エリックから私を託されたですって?』

意味が分からない、とエリナは呆れたような言い方で返してきた。

『エリックを助けられなかったくせに…いつまで友達ぶるの!!あなたに兄を語る資格なんてない!!死んじゃえ!!』

来る!エリナの叫びと同時に、ジャンキラーがギンガに向かってきた。

突き出された拳に対し、ギンガはそれを右手でガシッと受け止める。

 

腕が振り払われ、ジャンキラーの前蹴りがギンガの腹に叩きこまれる。後方に少し飛ばされたギンガだが、すぐに宙を旋回し、勢いをつけた突進飛行でジャンキラーを突き飛ばしかえした。

ギンガはまだ止まらない。すぐさまジャンキラーの眼前にまで接近し、正面からその身を取り押さえた。無理やりにでも、エリナを引きはがすためには、やはり0距離から近づく必要がある。ギンガはジャンキラーの顔に向けて手を伸ばす。

今すぐにでも出してやろうかと思ったが、ジャンキラーの胸部の発行部分から無数の光弾が飛び、ギンガは全弾をその身に受けてしまう。

「グアアァァァ!!」

胸元を押さえながら、ギンガは受け身の姿勢を取ろうとするも、次の瞬間、今度は自分の番とばかりにジャンキラーがギンガの目の前に迫っていた。

『みんな死んじゃえ!!私とエリックの痛みと苦しみを味あわせてやるんだから!!』

エリナの意思に従い、ジャンキラーはギンガの顔面を殴り付けた。

顔を押さえながらもだえる彼に、すかさず裏拳やジャブストレートをギンガの体のあちこちに何度も撃ちこんで痛めつけていく。

最後に首元を掴んで持ち上げると、ジャンキラーは月に向けてギンガを放り投げた。

すると、ジャンキラーの腹のひし形のパーツが開かれ、超強力なビームがギンガに向かって放たれた。

『やっちゃえ!ジャンキラー!』

〈ジャンバスター!〉

「!」

気が付いたときには、既に目の前。ジャンキラーの強力な抹殺光線はギンガに直撃、大爆発を引き起こした。

 

 

地上からも、その爆発は確認された。

「い、今の爆発は…」

コウタの肩を借りながらブレンダンが呟く。

負傷した第2部隊のメンバーたちを回収した第1部隊の仲間たちの目に見えた爆発。それほどにもギンガとジャンキラーの戦いが加速しているのだと感じ取った。

「ギンガ、大丈夫よね…」

そう信じずにいられない。信じなければ本当にギンガが倒れてしまったのではと思ってしまう。リンドウたちの死に続いてウルトラマンまで…なんて考えたくなかった

「大丈夫ですサクヤさん。ウルトラマンは負けません」

そんな彼女の不安を拭うように言ったのはアリサだった。まっすぐ空の上に、全くぶれる気配を見せない視線を向けていた。

それを見たコウタが、へぇ…と感心したように声を漏らした。

「なんですかコウタ。その目は」

「いや、ちょっと意外だなって思ったんだよ。アリサがそこまでウルトラマンを信じるようになったことが」

「な…べ、別にいいじゃないですか。信じたって」

「でも、コウタの言うとおりね。アリサは最初のころ、ウルトラマンをアラガミと同列に考えて、いきなり狙撃してきたくらいだもの」

「そ、それは言わないでくださいよサクヤさん!!」

確かに、かつてアラガミへの憎しみに囚われていた自分はウルトラマンをアラガミの一種と考えて問答無用で攻撃してしまったことは否定できない。でも正直今のアリサにとって忘れたいだけの恥ずかしい過去だった。さらりと自分の黒歴史を言ってくるサクヤに、アリサは顔を赤らめた。

そんなアリサの可愛らしい一面を見て、タツミたちは意外そうな視線を向けていた。

「…あの新型、最初と比べてだいぶ柔らかくなったな」

「そうですね。なんか、本当に同じ人なのかなって思っちゃうくらいです」

「ソーマもあれくらい親しみやすくしてくれるとリンドウさんも嬉しがっていただろうに…」

ブレンダン、カノン、そしてタツミと、それぞれが感想を述べたところで、寝かされていたソーマからうめき声が出た。

「っぐ…」

「あ、ソーマさん!気が付いたんですね!」

「ソーマ、大丈夫?」

ソーマが意識を取り戻して起き上がったのを見て、カノンは安堵の笑みを浮かべた。サクヤとアリサも気づいて彼のもとに歩み寄ってきた。だが、コウタだけはこれまでソーマの他者に対するあまりに冷たい態度が原因で複雑な反応だった。

ソーマはカノンを一瞥した後、すぐにジャンキラーの姿を目で追おうとするが、当然すでに飛び去った後なので見当たらない。

「…あいつは…?」

「空の上に逃げたのを、ウルトラマンさんが追って行ったんです」

「…また、ウルトラマン…か…」

カノンからその名前を再び聞いて、ソーマの顔が険しくなった。

「ソーマ、やはりどこか痛むのか?」

「…余計なお世話だ。これくらいかすり傷…っぐ!」

ブレンダンから傷の状態を問われるがソーマは着き返すように言う。だがいくら頑丈なソーマでも、ジャンキラーの蹴りを食らったのはかなり痛かったらしい。…いや、普通のゴッドイーターでもソーマ以上のダメージの可能性がある。ゴッドイーターの中でも特に頑丈であるソーマだからこそ、『この程度で済んだ』のかもしれない。

「ソーマさん、無理しないでください。まだ傷の手当が完了してませんから…」

「俺に構うな!!」

カノンが差し伸べてきたその手を、ソーマはムキになって振り払ってしまう。そのせいでカノンは「ひう!」と悲鳴を上げて怯えてしまった。

「ソーマ!みんながあなたを思ってくれているのに、そんな言い方はないでしょう!?」

それを見かねたアリサが我慢ならずにソーマに向かって怒鳴りつける。

「お前、いい加減に…」

「落ち着いてコウタ。ソーマ、一体どうしたというの?さすがに今日のあなた、様子がおかしいわ」

コウタがもう今すぐにでも殴ってやろうかと拳を握るが、リンドウほどではないが長年の付き合いで慣れたのか、ソーマが粗暴さも持ち合わせていることを知っているサクヤはコウタを下がらせてソーマに言った。

「………」

ソーマは何も言わず、カノンに対して怒鳴ってしまったことにも後ろめたさを感じているのか視線を逸らした。逃げるように彼は、エリナを乗せたままのジャンキラーと、それを追ったギンガが飛び去った方の空を見上げた。

「あ、見えたぞ!」

タツミが空を指さして、何かが飛来してきたことに気付く。

あの高度から一気に落下してくるもの。ウルトラマンとあのロボット以外に他はなかった。

戻ってきているウルトラマンを見て、ソーマは一層その表情を険しくさせた。

 

 

 

「あははは!!見た見たお兄ちゃん!?綺麗な花火でしょう!?今度は地上の人間殺して、もっと綺麗なの咲かせてあげるからね!?」

宇宙空間、ギンガを包み込んだ大爆発を見て、エリナは笑った。

他のゴッドイーターやウルトラマンが助けようともしなかったエリックの死と孤独、それをリンドウなどの赤の他人なんかのためにあっさりと忘れていく様を許せなかったエリナは、自分とエリックの死と痛みを極東支部の人間たちに思い知らせたいと思っていた。でもそれにはウルトラマンは最大の邪魔者。ダミースパークを握ってからそう認識していた。

でもこれで邪魔者はいなくなった。

これから極東支部を地獄に変えてやる。

エリックを蔑ろにするあいつらが炎と爆発の中に包まれ、死の恐怖と痛みにおびえながら死んでいく地獄の光景。それはさぞ、高価な絵画では決して描けない美しい光景に違いない…。悪意が増幅させられていたエリナは邪悪な笑みを浮かべ勝利を感じた。

 

しかし、すぐにその狂った笑い声は収まった。

 

爆発の中から、十字型の光が輝きだした。

操縦席にいるエリナの目の前のモニターに、敵の生命反応を知らせる赤い文字の羅列のような表示がなされる。

まさか!と思ったその瞬間、爆発の中からビームがジャンキラーに直撃した。

「きゃあああああ!!!」

エリナは船体に響く激しい衝撃に立つことができずに倒れた。転んだ痛みで顔を歪めながら立ち上がってモニターを見ると、消えた爆発の場所に、ギンガと異なる巨人の姿があった。

ウルトラマンギンガは生きていた。ジャンバスターが直撃する直前、ユウはウルトラマンジャックのスパークドールズをリード、ジャックへの変身を遂げると同時にウルトラブレスレットの武装の一つ〈ウルトラディフェンダー〉でジャンバスターを防御し、光線を跳ね返したのである。

すぐジャックは、両腕を十字型に組み上げて光線をジャンスターに向けて放った。

〈スペシウム光線!〉

「シャァ!」

光線はジャンスターに掠る程度だったが、わずかに船体に当たったことでジャンキラーは大きく揺れ、落ちた。

『こ、このおおおおおおお!!』

激高したエリナに呼応して、大気圏内に入り込んだところで態勢を整えたジャンキラーはギンガに突撃した。

まるで駄々っ子のような動きだ。さっきから遠距離の兵装を使ってきたというのに、今は頭にきすぎて蹴りやパンチばかりを繰り出している。それもあまりに大ぶりな動きだったため、ジャックに容易く避けられた。

(これくらい!)

これまで格上の強敵とも戦ったことのあるユウ。ある程度強敵に対する的確な動きを取ることができるようになっていた。まして、今はギンガよりも軽やかに動けるジャックの姿、そして対するジャンキラーは悔しさを爆発させた子供じみた動きであるせいで簡単に避けられた。エリナはジャンキラーの力を思いの他使いこなしきれていないようだ。

『もう、さっさとやられなさいよ!エリックと私の邪魔しないで!』

苛立ったエリナの声が響くと同時に、ジャンキラーがジャックに掴み掛った。ジャックもその鋼鉄の腕を掴み、取っ組み合いの姿勢になる。振りほどこうにも、相手も相手でかなりの力でジャックの腕をつかんでいて離さない。

(ならば…!)

ジャックはギンガの姿に戻ると、全身から電撃をほとばしらせた。

〈ギンガサンダーボルト!〉

「ジェア!」

電撃を浴びせられたジャンキラーの動きが鈍くなった。

『きゃあああああ!?』

エリナの悲鳴が聞こえた。透視能力で中を覗き見てみると、今の電撃でエリナが気絶して倒れたのが見えた。

これ以上は流石に危険だと思うが、今ならチャンスでもあると見て電撃を止めた。ギンガはジャンキラーの顔に右手を伸ばした。光に包まれたその手は、ジャンキラーの顔を突き破ることなく、透明の壁を突き抜けるようにすり抜けた。

ギンガはその手の中にエリナを握りしめ、すぐにジャンキラーから離れ、すぐに地上へ向かう。対するジャンキラーは、エリナという操縦者を失ったせいか、その赤い瞳の輝きを消失させ、糸の切れた人形のように落ちて行った。

 

 

地上にいるゴッドイーターたちの前に降り立ったギンガは、握った右手を地面に乗せて開いて、意識を失ったままのエリナをおろした。

「な、あの子はエリナ!?」

なぜかギンガの手からエリナが現れたことに皆が驚く中、アリサは気づく。

(そうか、あのロボットにエリナちゃんが…)

自分も経験者であり、最近のエリナのことも見ていたからすぐにわかった。エリナは兄の死を嘆き続けていたところを狙われてしまったのだ。しかしダミースパークは持っていない。ジャンキラーの中に置き去りにされているのだろう。だが所詮道具、使う者がいなければ意味がない。

「大丈夫、気絶してるだけだわ」

近づいて容態を診たサクヤが、エリナに怪我もないことを確認する。

仲間たちから距離を置いた場所にいたソーマは、ギンガを睨み付けていた。その視線に気がついたのか、ギンガもソーマの方を見た。

恨みでも持っているかのような鋭い視線だ。

(なんでそんな目で僕を見るんだ?ソーマ)

 

その時だった。

ジャンキラーの中で置き去りにされたダミースパークが赤黒いオーラを放出、ジャンキラーの中を闇で満たした。

 

そして外で、今ちょうどソーマの後ろで落下したまま動かなかったはずのジャンキラーが動き出し、腕の砲口の照準をソーマに合わせていた。

(危ない!)

ギンガはとっさに動いて自らソーマの盾となってジャンキラーの〈ジャンキャノン〉を連続で食らってしまった果てに吹っ飛ばされ、極東支部のアラガミ防壁に背中を打ち付けた。

「ッグ、アアアアァァァァ!!」

 

ピコン、ピコン、ピコン…

 

不意打ちでダメージを大きく食らい、ついにギンガのカラータイマーも点滅を開始した。

「ぎ、ギンガ!」

コウタが思わず声をあげる。

「操縦者だったエリナちゃんがここにいるのに…タロウ、どう言うことなんです!?」

アリサはタロウに、タツミが背負っているエリナを見て混乱を露にする。ダミースパークで恐らくあのロボットを操っていたのだろうが、エリナはここにいる。あのロボットが動くはずがない。

「私にもわからん!なんでだ…!?もうエリナは引きずり出したのに…!」

タロウも同じ疑問を抱いていた。もう彼女はダミースパークを持っていない。なのにジャンキラーは再び起動している。考えられる理由としては、あのジャンキラーには自動操縦モード…つまりジャンキラー自身の意思で稼働できる機能があるということ。だがその予想は違う気がした。例えロボットでありながら自我を持っているとしても、ジャンキラーも人形にされ、自分の意識を封じられているはず。自分はその例外に該当するが、ジャンキラーが人形から元の巨大ロボットとしての姿を現しているということは、自動操縦モードに切り替えるための自我を封じられている可能性が高い。それでも奴が動き出した理由は一体……この時のタロウにはまだわからなかった。

 

 

一方で、ソーマは壁に激突し膝を着いたギンガを見て驚きを示しつつも、屈辱を覚えて歯噛みした。

本当は、俺がエリナを救わなければならなかったのに…またこいつに…

「てめえの助けなんざ…いるか…ぐっ…!!」

「ソーマ、やめなさい!さすがのあなたでも、満足に動けるようになるまで時間がかかってしまうわ」

やはりソーマらしくない、とサクヤは思った。これまでソーマはゴッドイーターになってから命令違反を犯したことがあり、故に古参の割に階級が高くない。勝手が多いが、自分の実力と相対しているアラガミの力量を図り、自分なら倒せると考えた上でのこと。ここまで無謀な行動には出たがろうとしなかったはずだ。

すると、ジャンキラーが腰のひし形のパーツを開いた。狙いの矛先には、ギンガの姿がある。

(まずい、あれを食らったら…!)

あれを放たれたら今度は無事では済まない。ウルトラディフェンダーで防いだときに感じたあのビームの威力は身に染みていた。地面に当たったら、溶岩のようにどろりと溶けてしまうほどの熱線なのだ。

タツミもここにいたら自分たちもビームの余波を食らうと感じ、全員に向けて避難を呼びかけた。

「やばい!みんな離れ…!!」

だが、もうジャンキラーのビームのチャージが完了するまで時間がなかった。カラータイマーも点滅し始めていて、ギンガに変身していられる制限時間もない。ここは、一か八か!

ギンガは必殺光線〈ギンガクロスシュート〉の構えを取り始めた…

 

 

その時だった。

 

 

鏃のような形状の光がジャンキラーのボディに直撃した。

 

 

前触れのない突然の攻撃にジャンキラーは怯まされ、ギンガやゴッドイーターたちは驚いて動きがその場で止まった。

光線が飛んできた方角は、ギンガから見て8時の方向。そこに、金色に光る巨大な光が舞い降りて、アラガミ防壁を足場代わりに降り立った。

 

「…!?」

 

金色の光が消えると、誰もが光線を撃ってきた者の姿を見て、驚きのあまり言葉を失った。金色の光を纏っていたのは、彼と同等の巨体の戦士。

 

身体中の赤と黒の模様。冠のような頭に、額や両手足のV字型のクリスタル。白く光る目。金のクリスタルと同じ形状のカラータイマー。

 

「あれは……!」

アリサが呟いた時、その戦士は両腕を一度ずつ掲げ、Vの字を象った光を眼前に形成、それを頭上に掲げた右腕のクリスタルに吸収する。それから両腕の拳を握った形でL字型に組み上げ、右腕のクリスタルから光線を放った。

「ズェア!!」

光線はジャンキラーに炸裂。胸元に受けて火花を起こしたジャンキラーは今度こそダウン、目の輝きを失って機能を停止した。

ギンガとゴッドイーターたちは呆然と、防壁の上に悠然と立つその戦士を見上げていた。謎の巨人もまた、特にギンガの方へ視線を合わせた。

「君は…誰だ?」

ギンガは、その巨人へ問いかけた。

「……………」

「答えてくれ、君は誰なんだ?」

「……………」

黒い巨人は、何も答えなかった。静かにギンガを見据え、背を向ける。

「待ってくれ!」

ギンガが黒い巨人を呼び止めると、巨人は後ろを振り返ってギンガにただ一言…こう名乗った。

 

 

―――――ウルトラマンビクトリー

 

 

自身をそう名乗ってすぐ、謎の巨人『ウルトラマンビクトリー』は光に身を包み、空へ帰って行った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

計画の布石

ジャンキラーの襲撃後、エリナは無事ゴッドイーターたちによって保護された。すぐに医療班に回され容態を診てもらったところ、命に別状はなかった。

ベッドに寝かされていたエリナが目を覚ました。意識に関しても、アリサの場合と違ってしばらく目覚めない状態が続くわけではなかった。

「おお…エリナ。よかった。目が覚めたのだな」

「お父、様…恥ずかしいからやめてください…」

見舞いに来たところ、目が覚めた娘を見て、父親であるフォーゲルヴァイデは娘を何度も抱きしめた。

ユウはギンガに変身した時、ジャンキラーの動きを封じるためにギンガサンダーボルトを放ったことで、中にいたエリナにも致命的なダメージを負わせてしまったのではないかと不安を覚えていた。ルミコたち医療班の報告を聞いたとき、フォーゲルヴァイデと入れ替わる形でエリナの見舞いに来たユウとアリサは、エリナの実父以外で他の者以上に安堵した。

ただ、彼女にひとつ気になる症状と思われるものがあった。それは、ユウとアリサがエリナの見舞いに行った時のことだ。

「…何も覚えてない?」

「はい…自分の部屋に一度戻ってから、それ以後に何をしてたのかわからないんです」

エリナは、ジャンキラーを操縦していた頃の記憶がすっぽり消えていたのだ。てっきり覚えていたのではないかと思っていたユウとアリサ、そしてユウの服の中にいたタロウも話を聞いて耳を疑った。

アリサは確かに覚えていたのに、エリナだけは闇の力に呑まれていた時の記憶が途切れている…。いや、よくよく考えたらアリサだって大車に洗脳された身だ。忘れてしまっていたところを思い出したのかもしれない。

「あの、私もしかして…何かとんでもないことを…?」

「…いや、心労が祟って部屋で倒れていたのを君のお父さんが見つけたんだよ。エリナは何もしてない。安心して」

ユウは真実を言わないことにした。エリックの死を引きずり過ぎて体調を崩した。そういうことにしておかなければ、エリナもこの先極東支部に居場所をなくしかねない。

「そう、ですか…すみません、ご心配を、その…おかけしました」

エリナは世話をかけてしまったと思い、ユウたちに詫びを入れた。

どうやら体に後遺症らしきものもなく、当日そのまま退院するとも聞き、ユウたちは病室を後にした。

エレベーターで上の階へ上る中、アリサはユウに話しかけてきた。

「エリナちゃんが忘れていたのは、不幸中の幸いだったかもしれません。私の場合は、ユウやリディア先生のおかげで立ち直れましたが…」

「うん、確実にアリサのようになるとは限らない。辛いことは無理に思い出さない方がいいかもね」

「だが、今回の件は私たちにも責任があるだろうな…」

タロウが苦悩をそのまま口にするように言うと、アリサがそれに同調した。

「そうですね…ソーマが回収してきた、あのダミースパークが、あれほど危険だったなんて…一度使ったことがあるくせに、まだ知らない部分があったなんてなんだか情けないです」

「持ち帰ることなくあの場で破壊するべきだったね。僕もすぐにそれに気づくべきだった」

ダミースパークは、握った持ち主の心の闇に付け込んでその心を悪に染めて暴走を促す。たとえ持ち主がいなくても、放置すれば本来の姿に実体化したスパークドールズに暴走を続けさせる。それだけ危険なものを破壊しないままに捨て置いたことは反省しなければならない、と三人は思った。もしアラガミやメテオールの他にも、スパークドールズの研究も行っているサカキに研究解析目的で預けていたら、今度はサカキが闇の力に呑まれてしまい、アナグラの頭脳担当という貴重な人を敵に回すことになっていたかもしれない。

でも今回の事で、ダミースパークは即時破壊してもいいことがわかったので、それはそれで不幸中の幸いでもある。

「ところでタロウ、ダミースパークはどうしたの?」

「あれならここにある」

ユウの疑問に、タロウは頭上にダミースパークを掲げながら答えた。自分の体のサイズとほぼ同等のアイテムを一体どこから出したんですか、と突っ込みを入れたくなったアリサだが、ここは流すことにした。

「これなら後で、訓練スペースでの自主練にかこつけて破壊できますね。調査部の方々がジャンキラーの調査中に回収していたら、今度はあの人たちの誰かが、このアイテムの魔力に精神を汚染されていたかもしれませんから」

ジャンキラーだが、ギンガと戦った後、あのまま機能停止状態のまま調査部の大掛かりな回収作業が決められた。極東のはずれの島、後にあらゆるアラガミから人類を守る最後の砦、エイジス島の地下に保管されることになっている。今はまだ極東支部の外に、ワイヤーロープで縛り受けられているが、あまりに大きすぎて極東支部内に置く場所がなく、かといってずっと防壁のすぐ近くに置こうにも、その辺りにもアラガミは常に現れている。せっかくの貴重な資源、研究材料にもなりうるジャンキラーを、無機物さえ食いつぶすアラガミの餌にされてしまうのは決して見逃せず、上層部は安全なエイジス島への保管を決定したのだ。

「ジャンキラー、あのまま悪用されることがないまま眠ってくれると良いな。

…しかし、ジャンキラーと言えば…もう一つ気になることがあったな」

「…あぁ」

そうだ。絶対に忘れられないことがあった。

ジャンキラーの突然の再起動と不意打ちで危機に陥ったギンガを救った、あの黒い巨人だ。

「名前、聞こえてました。確か…『ウルトラマンビクトリー』…っと言ってましたね。コウタがまたうるさくはしゃいでましたよ。『新しいウルトラマンだ!』って」

ギンガの姿からユウが変身を解いて仲間たちのもとに戻るまでに、少年心をくすぐる存在が新たに現れたことでコウタがまたテンションを上げたらしく、その相手をさせられたアリサは面倒な目にあったようだ。

ちなみにコウタだが、ジャンキラーが遠距離射撃で外部居住区にも攻撃を加えてしまったため、家族の無事を確認するために一度実家に戻っていた。

「タロウ。あのウルトラマンには覚えはないの?」

「いや、私もあのウルトラマンは見たことがない。そもそもギンガのことも私はどこから来た何者なのかもわからないんだ。少なくとも、私の故郷、M78星雲光の国の戦士ではないだろう。

正直、驚いたものだ。てっきり私は、ギンガ以外のウルトラマンたちは全員闇の呪いによって人形にされていたとばかりに…」

タロウの記憶でも、そもそもギンガさえも知らないウルトラマンだった。それに加えウルトラマンビクトリー、彼の見た目はM78星雲人でも、義弟である獅子座L77星出身の双子たちとも異なる。レッド、ブルー、シルバー、いずれの種族にも属さない外見だった。

「タロウたちも知らない、ウルトラマン、か……」

「でも、これは良い兆候かもしれませんよ。同じウルトラマンがもう一人いる。これは宇宙人たちも警戒して、迂闊にこちらを攻めることもないでしょう」

アリサの言うことも一理ある。闇のエージェントを名乗っていたあの宇宙人たちも、ウルトラマンであるユウを非常に警戒していたからこそ、あのような用意周到な罠を張ろうとしていたのだ。だがそこへ未知のウルトラマンが現れた。彼のことを調べていないうちは、奴らも迂闊に手出しがし辛くなるはずだ。

「だが、だからといって日々の鍛練を怠るべきではない。まだあのウルトラマンが何者なのかもわからないのだぞ」

タロウは、ビクトリーに対して一定の警戒心を持ってユウに警告した。

「…大丈夫。もう大事なことで怠けたりなんかしない」

あの集落にいた頃の、自信を無くした頃の自分なら、ウルトラマンビクトリーの存在を知ったとしたら、きっと自分はウルトラマンであることを本気で放棄していたかもしれない。でも、今は違う。自分以外にウルトラマンがいるからといって役目を放棄することは絶対にしない。そんな怠惰の先にあるのは、きっと不幸だけだから。

「でも、できればあのウルトラマンと直接話をしたい。今度会ったら、助けてもらったお礼もしたいから」

あのウルトラマンは、結局話す間も与えることがないまま去ってしまった。一体何者なのだろう。できることなら、みんなを守るために一緒に戦っていきたい。

すると、ユウとアリサの端末に着信音が鳴る。二人がそれぞれの携帯端末を確認すると、二人にコウタからのメールが届いていた。

 

From:藤木コウタ

件名:二人とも有給貯めてたよね?

 

今度の俺の非番の日、サクヤさんとユウの昇進パーティーをやろうよ!ここ最近辛いことも結構あったしさ、ここは景気よくモチベーションアップ狙いでパーッと騒ごうぜ!

 

 

「パーティー、か。コウタが勝手に騒ぎたがっているように思えますけど…」

「でもいいんじゃないか?コウタの言うとおり我々の身には最近色々なことがありすぎた」

アーサソール事件、リンドウとエリックの死、アリサの乱心、オペレーション・メテオライトでのベヒーモスとの決着。肉体と精神、その両方に大変なことが立て続けだった。コウタはみんなと騒ぎたいという欲求が見えるが、それだけでなく彼なりに気遣いを見せていると思える。

「せっかくだ。コウタの誘いに乗るといい」

「そうだね。そうしよう。アリサはどうする?」

「コウタの…というのがちょっと気になりますが、パーティーに反対はしません。寧ろ思い切って楽しんでしまいましょう」

タロウから背中を押されユウとアリサも参加の意向を示した。

しかしユウの場合、メールはコウタからのだけではなかった。もう一つ着信があったのをユウは見つめた。

「あれ?これは…支部長?」

珍しくヨハネス支部長からのメールがユウに直接送り届けられていた。

 

 

From:ヨハネス・フォン・シックザール

件名:副隊長就任おめでとう

 

本来ならあのロボットが出現していた時間帯に、君に直接祝辞と、他に君に伝えねばならないことを言うつもりだった。済まないが今から支部長室へ来てほしい。

 

 

「支部長からなんて、珍しいですね」

アリサが希少なアラガミ素材を見つけたかのように言った。こうして支部長がたった一人の人間に対して名指しで呼び出しを行う。本当なら確かに普通のことではない。でも最初こそユウを不法侵入者として拘束、半ば強引に新型ゴッドイーターとして入ることを強制していたものの、彼がフェンリルに入局してからヨハネスからの待遇は妙によかった。どこか怪しいとさえ思う時もある。だが、こちらに危害を加えるなどと言った行為をヨハネスはとってきていない。今のところは味方なのだが、どこか引っかかりを覚えた。

そんな時、エレベーターに新たな乗客としてソーマが乗ってきた。それを見てタロウは咄嗟にユウの服のポケットに隠れた。

「………」

ソーマはユウとアリサを一瞥すると、すぐに視線を逸らし、腕を組んで壁に身を寄せた。

…気まずい。ソーマの性格を考えたら当然そうなのだが、ユウとアリサは無言のオーラを漂わせるソーマに対してそう思わざるを得なかった。ソーマはやたら他人を拒絶する。どうも噂では『死神』と揶揄され疎まれているからのようだ。しかしその苛立ちをぶつけるかのようにコウタに対して何度も悪い態度を見せてしまい、ソーマの態度の悪さにコウタも怒りを覚えて仲違いを起こすようになった。これではよくない。エリックからもソーマの事を見てほしいと言われたことを思い出し、ユウはソーマに少し話しかけてみることにした。

「ああ、そうだ。ソーマ、エリナは今病室にいるよ。元気そうにしてる」

「…そうか」

エリナのことについてはソーマも気に留めていると思ったが、あまり深入りしてくることはなかった。でも…どこか安堵しているようにも聞こえた。

すると、三人が乗っているエレベーターが、支部長室のある役員区画へ到着した。ユウが下りると、ソーマもまた降りた。

「あれ?ソーマもここ?」

「…あぁ、糞親父の呼び出しだ」

糞親父、というのはヨハネスのことだろう。苗字がシックザール。そして顔つきがどこか似ている。ソーマはヨハネスの実の息子だが、糞親父呼ばわりしていることから、親子というには関係がかなり冷え込んでいるのが見て取れた。

「…奇遇だね。僕も支部長から呼び出されたんだ」

「何?…っち」

ソーマは耳を疑うかのように反応してくると、なぜか舌打ちしてきた。何か不快を催すことを言ってしまったのだろうかと思ったが、普通に話していただけなのでそんな心当たりもあるはずがない。

「何舌打ちしてるんですか。相変わらず失礼な人ですね」

「その言葉、そっくり返してしてやる」

アリサが顔をしかめてくるが、ソーマの返しに息を詰まらせ、あっさりと言い負かされた。ゴッドイーターとしての才覚を目覚めさせつつあるのだが、トークでの勝負についてはめちゃくちゃ弱いアリサだった。

「うぅ…じゃあ私、そろそろ部屋に戻りますね。次の任務に備えて休まないといけませんから」

「あ、うん。お疲れアリサ」

アリサは二人が降りたところで、自分の自室がある新人区画へエレベーターで移動していった。ちょっと悔しそうな顔がかわいいと思ったのは本人には言わない方がいいだろう。

二人はたまたまながらも一緒に支部長室の扉に立った。

「えっと…どうするソーマ?一緒に行く?」

「いい。てめえはここで待ってろ」

とりあえず同行するかを尋ねたが、ソーマが嫌がって一人で入室した。やはりどうもとっつきにくい空気を出して他人を拒否している。

ソーマは一体どうしてここまで、他人を拒絶するのだろうか。アリサのパターンは理解し解決したが、ソーマの事はいまいちまだわからないところがある。どうしたものかと思っている間に、ソーマが思ったより早く支部長室を出てきた。

「次はてめえが入れだとよ」

そのようにソーマは言ってユウに背を向ける。

どこか煮え切らないような感覚を覚えつつも、扉をノックし、奥からヨハネスの「入りたまえ」という声が聞こえる。

「失礼します」

面接を受ける入社希望者のように、ユウは入った。最初に会った時と同じように、ヨハネスはいつもの姿勢でユウを待っていた。

「ソーマも一緒だったかな?」

「ええ。まぁ…」

この日はソーマも呼び出していたので、一緒に来たのではと予想したのだろう。頷いたユウを見て、ヨハネスは少し難しそうな表情を浮かべた。

「その様子だと、息子があまり仲良くしてやれていないようだな。父親としてお詫びをさせてほしい。多忙や様々な理由があってのことだが、あれには私からあまり必要な教養を学ばせていなかったからな。おかげで、反抗期が予想以上に長引いてしまった」

「あ、いえ…」

息子を『あれ』と呼ぶ言い方に、ユウはどこかヨハネスがソーマを道具扱いしているようではないかと思った。深い意味はなく、あくまで『あれ』と呼んだだけなのかもしれないが。

「おそらく、唯一の友人だったエリック君や、理解者であるリンドウ君の死亡で、心が落ち着ききれていないのだろう。できれば息子と仲良くしてほしい。これは命令ではなく、ソーマの父としての願いだ」

その願いに対し、ユウは頷いた。エリックとの約束でもある。同時にタロウが以前教えてくれた「優しさを失わないでくれ」という教訓を少しでも重んじようと思ってのことだった。

「さて、では今から支部長として、今日の呼び出しについて話をしよう。

今日はよくあのロボットを迎撃してくれた。ウルトラマンだけではこの極東支部を守り抜くのは難しかっただろう。やはり君は、私が見込んだとおりの人間のようだ」

「いえ、僕はまだまだです。リンドウさんには遠く及びません」

そもそもジャンキラーとの戦いは、ウルトラマンビクトリーも来なかったら危なかったから、極東支部が無事だったのはとても自分たちのおかげとは言いにくい。

「その謙虚さは好ましいな。確かに今回は新たなウルトラマンが現れ、この極東支部は守られた。だが彼らが来る前にこの支部を守ったのは他ならぬ君たちだ。リンドウ君がそうだったようにね。

彼は私によく尽くしてくれた。信頼に足るゴッドイーターだった。実に大きな損失だった。だが私は、君がリンドウ君さえも超える逸材だと思っている」

ヨハネスはずいぶん自分を買っている。いくら貴重な新型ゴッドイーターだとしても、それほど自分は、彼の目から見て魅力的なのだろうか。

「では改めて祝辞を。副隊長就任、おめでとう」

自身に嘘偽りなく答えたユウに、ヨハネスは笑みを浮かべる。

「さて、ここに足を運んでもらったのは他でもない。副隊長就任に伴い、君に権限の強化が与えられる」

ヨハネスの話では、ユウが第1部隊副隊長に昇格したことで、今まで閲覧許可が下りなかった一部の資料のデータの閲覧が可能になった。これは同時にフェンリルからの信頼の証でもあるという。

「次に義務についても伝えることがある。君には通常の任務以外に、リンドウ君が行っていた『特務』を引き継いでもらう」

「特務?」

通常の任務と違い、特務とは支部長であるヨハネスが直轄で管理することが原則となっている。任務中に得られたアイテムも例外ではなく、特務は全てが最高クラスの機密であること。その性質上、特務は全て君が単独で行わなければならないことをヨハネスは説明した。たとえ信頼できる仲間に対しても、決して特務やその内容については明かしてはならない、ということだ。当然その分だけ、通常の任務よりも難易度が爆上がりとなる。しかしその代り、入手困難なアイテムや多額の報酬金額も得られるというそうだ。

(なんだか気まずいな…仲間たちに隠し事してるみたいで…って、今更か)

そう思ったユウだが、そもそも自分は、アリサ以外の仲間たちにはまだ自分がウルトラマンであることを明かしていない。当然明かすつもりはない。下手に自慢でもするかのように明かしてしまえば、後でどんな危険が伴うかわかったものじゃないのだ。

「苦労を掛けることになるかもしれないが、君なら単独でも危険な任務を果たすことができると私が判断した。特務は私からのさらなる信頼の証でもある。

特務の内容は追って伝える。とにかく今日もまた、驚くべきこともあって疲れているだろう。これからもよろしく頼むよ」

ヨハネスからの話はそこで終わり、ユウは支部長室を後にした。

部屋を出ると、なぜかソーマはそこで壁に背中を預けていたままだった。

「ソーマ、待ってたんだ」

「…別にてめえを待っていたわけじゃねェ」

「あ、そう…」

じゃあなんでここにいるんだよと突っ込みたくなったが、いちいちこのことで詮索しても仕方ないので歩き去ろうとすると、「おい」とソーマが珍しく呼び止めてきた。

「何?」

「あの男に干渉しすぎるな。それと…」

振り返ってきたユウに、ソーマは言った。

「俺みたいな化け物にも関わるな。…今度は、てめえが死ぬぞ」

そう言い残してソーマは、それはどういう意味なのかと尋ねようとしたユウを追い抜いて歩き去って行った。

彼が妙に周囲から疎まれているのは知っているが、なぜ自分を化け物と呼んで遠ざけるのだろうか。それに加え、自分の父親に関わり過ぎないように警告まで入れてきた。

(死神って、呼ばれてる理由と関係あるのかな…?)

疑問を抱きながらも、ユウもソーマに続く形でエレベーターに乗って自室へ戻って行った。

それと同じころ、アリサは二度と使われないよう、ダミースパークを訓練中に破壊した。

 

 

 

 

サクヤは、リンドウが残したディスクを閲覧していた。謎の単語…『アーク計画』。それが何なのかまだわからない。ただ、ファイルを閲覧し続けているうちに、リンドウが何をしようとしていたのかわかってきた。

「エイジス…潜入…」

どうやらリンドウは、『アーク計画』が何を意味するのか知るためにエイジスに潜入しようとしていたようだ。

サクヤはこのエイジス潜入を企てたリンドウが消された意味に、おおよその予想が着いてきた。

(まさか…口封じ…!?)

だとしたら辻褄が合ってくる。このアーク計画というものが、誰かに漏れてしまうのが不味い計画だとしたら、リンドウは、知ってはならないことを知ってしまったがために…。

「…!」

サクヤは歯噛みした。もしリンドウが、知らなければ良かったことを知ってしまったとしても、サクヤにとってこの計画の実行者を憎まずにいられない。

リンドウはサクヤにとって、守るべき愛する人だったのだから。

でも、憎しみに逸って急ぎすぎるのは不味い。

(…この計画、ユウ君やソーマたちに伝えるべきじゃない)

そう、今の自分はリンドウから隊長の座を引き継いだ身。隊員たちを引っ張り、守る義務がある。冷静に、そして慎重に動かなければ…。

 

 

 

 

一方その頃、サカキはヨハネスのいる支部長室を訪れた。

「やぁ、ペイラーじゃないか。オラクル技術を新たに組み込んだメテオールの調整はどうかな?」

「時間はどうしてもかかり気味だが、そのぶんやりがいを強く感じているよ。昔の登山家風に言えば、高い山ほど征服のし甲斐がある、というものだ。ヨハンも技術屋をやめなければ、この心地よい達成感を得られただろうに」

「君がいたから廃業したんだ。自覚してくれ」

「本当に廃業しちゃったのかい?君は裏で、何かを行っているところだろう?そのために彼を、手駒に引き込もうとしている」

笑顔で言うサカキだが、その狐目は鋭い眼光を宿していた。ヨハネスはそれに気づいたが、態度を変えずに話を続けた。

「…ソーマだけでは、ままならないからな。だが手駒とは…少しは言い方を考えてほしいところだな。君はいつも通り、観測者として徹しつつ、例の件について調べてくれればいい」

さっきの鋭い視線への返しのつもりか、ヨハネスは重さを乗せた口調でサカキに言った。

「…最後の確認だが、考え直すつもりはないんだね」

「当然だ。メテオライト作戦で大量のアラガミのコアを入手し、前回の戦いでジャンキラーというロボットも手に入れた。計画は最終段階に入りつつある状況で思わぬ天の恵みを得たのだ。これほどのカードをそろえた今、もはや止められんよ」

今更だと言うように、ヨハネスはサカキにそう告げる。もう決意は何度、何を言っても変わらないのだとサカキは悟った。

「そうか…ならばそんな君に良いニュースがある。現地住民からのタレこみでね、旧イングランド地域で非常に強力な反応を示すアラガミが現れたらしい」

「もしや…『特異点』か!?」

ヨハネスが食いついてきた。待ち望んでいた者を目にしたように目を光らせている。

「それはまだわからない。あそこは本部直轄のエリアでね。私でも手が出しにくい以上、私が確かめに行くことは難しいんだ。本当に特異点なのかどうか…」

ヨハネスはサカキからそのように説明を受けた後、少し考え込んでから決断を下した。

「…よし、ヨーロッパへ飛ぼう。その間に留守を頼む。

例のジャンキラーというロボットについても、私の発注した任務として後日エイジスへの輸送護衛任務で運ばせる。その当日までなら、あのロボットの解析も許可しよう。あれをうまく利用できれば、極東の新たな守護神になってくれるかもしれない」

「そう簡単にいけばいいんだけどね」

「アラガミ装甲壁の元となった『お守り』を作った君ならそう難しくはないはずだ」

ヨハネスは最後に、では頼むぞ、と一言だけ言い残し、支部長室を去った。サカキが情報を掴んだという、『特異点』のことがよほど気がかりだったらしく、その足取りは早かった。

ヨハネスが去ったのを見て、彼は安心以外にもどこか含みのある笑みを浮かべた。

「研究の障害がいなくなってくれて助かるよ。さて…」

 

――――彼はどちらについてくれるかな?

 




お詫び:追加し忘れていた部分があったので急遽挿入させてもらいました。あと、サブタイトルもないようにそぐわないため変更します。申し訳ありませんでした。


次回は、ついに無印ヒロイン来る…?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アラガミの少女

盆休み中だから人の目は多いはずということで…

ゴッドイーター無印のメインヒロインと言えるあの子がようやく登場!もうめちゃ長かった…ここまで来るのに

ほんの少ししかアレンジを加えてないのでほぼ原作通りです。



「探してほしいものがあるんだ」

「探してほしいもの、ですか?」

ヨハネスから吹く体調就任の祝辞を頂き、リンドウの特務も受け継いでから数日のある日、サカキから呼び出されたユウはサカキから突如頼みごとの相談を受けた。

「支部長から頼まれていた特務の一つなんだが、とあるアラガミを見つけてほしいんだ。ソーマにも以前から同じようなお願いをしていてね。いつでも任務に出られるように準備をしておいてほしい」

支部長からの特務。そう聞いて気が引き締まった。貴重かつ莫大な報酬を支部長権限でいられる代わりに、かなりの高難易度とされている特務。場合によってはギンガに変身しなければ生き残れないようなものかもしれない。

「了解しました。……あの、博士」

「何かな?」

「…顔が近いです」

そのとき、まるでユウに断らせないように念を押すように、サカキが視界いっぱいに入り込むくらいに自分の顔をユウの顔に近づけていた。

「おっと、すまないね。無意識のうちだった。とにかく、よろしく頼んだよ?」

「だから近いですって…」

何を考えているのか読みづらいその笑みが、超至近距離である分だけ妙にプレッシャーを感じさせられた。

 

 

 

小さな褐色肌の少年が、真っ黒な刀身の大剣…神機を持たされていた。

そこは、ゴッドイーターたちが己を鍛えるために用意された訓練スペース。その部屋の広さは、旧時代の体育館にも匹敵するほどの広い床と高い天井を誇る。ただ、体育館などと違い、銃弾の跡や切り傷など、生々しい傷が天井や床・壁に刻み込まれていた。

しかしその日、少年が刻み込んだものはもっと深い亀裂だった。

あまりにも強力な一撃を訓練で放ったためか、近くで彼の力を測定するように付き添っていた研究員たちも衝撃の煽りを受けて負傷していた。

研究員たちを傷つけてしまった。少年はやりすぎてしまったこと、故意ではなかったことを伝えようとしたが…次に研究員たちが口にしたのは…

『ば、化け物!!!』

『!?』

少年は、研究員たちに伸ばそうとした手を引っ込めた。自分をアラガミと同じ、怪物として見なしていることを彼らの目を見て悟った。

認めたくなかった。自分が化け物だなんて。

二階ほどに見えた窓ガラスの向こうのフロアから見下ろしている父を見て、研究員たちからの畏怖の視線に耐えられない少年は思わず叫ぶ。

『お父さん!僕は人間だよね!?そうだよね!!』

父親に、お前は人間だ。そう言ってほしかった。

だが…

『お前は…すべてのアラガミを滅ぼすために生まれた。

いいな…あれをすべて殲滅しろ』

欲しかったはずの父の愛情に満ちた言葉などなく、淡々と使命という名の責任の押しつけを行う父に、自分は道具扱いされている身でしかないことを…気づかされた。

アラガミを…滅ぼせ?

知らない。そんなこと…

俺は…俺がほしかったのは…そんな押し付けられた使命なんかじゃない。

でも、彼はそれを拒めなかった。父と母の願いどおり、自分の力で何かができることがあることもまた知っていた。自分が力を振るうことで、誰かを救い、命を守れるのだと。

でも、自分が守ってこれた人間などほとんどいない。仲間たちは、自分に与えられた危険な任務に同行するたびに死んでいく。長年連れ添ってきてくれたリンドウやエリックさえ帰らぬ人となった。

自分の周囲の誰かが死に絶えるたびに、自分はまた『死神』『化け物』と蔑まれる。

そして現在では…得体のしれない光の巨人どもに役目を食われてしまう始末だ。

『ウルトラマンと違って、役に立たない死神なんざとっとと死ねばいいのによ…』

自分を蔑むゴッドイーターの心無き言葉が頭の中に響く。

自分が両親から与えられ果たすべきだったであろう使命が、ウルトラマンによって果たされる。それに伴い、自分は役立たずの烙印さえ押された。そして、拗ねる暇などないというように、父の言葉も蘇る。

『すべてのアラガミを滅ぼせ。それがお前の母の願いでもあるのだ』

目の前で、ヨハネスと共に、人間と同じサイズのウルトラマンギンガと、新たに現れた第2のウルトラマン…ビクトリーが、これまで自分を死神や化け物などと蔑むゴッドイーターたちが、ソーマを嘲笑ってきた。

 

 

滅ぼせ…滅ぼせ…

 

 

―――煩い…

 

 

仲間を殺す死神が

 

 

――――黙れ

 

 

滅ぼせ!!

 

 

死ねよ!!

 

 

「うるせぇ!!」

「きゃあ!?い、いきなり大声出さないでくださいよ!?」

思わずソーマは喚き散らしながら起き上り、すぐそばにいたアリサを驚かせてしまった。

そこは、鎮魂の廃寺の山門の一室。ゴッドイーターたちが廃寺エリア内の入口としてよく通る場所だ

多量の冷や汗を浴びていたソーマが見たのは、ユウ、コウタ、アリサの三人だった。今の悲鳴は、一番近くにいたアリサのものだったようだ。

任務開始予定時間まで時間がやや空いていたようで、自分は待機している間に寝ていたらしい。

「…悪かった」

「お、やけに素直じゃん?」

素直に謝ってきた意外そうにコウタが目を丸くする。

「ソーマ。うなされていたようだけど悪い夢でも見ていたの?」

「…どうでもいい話だろうが」

身を案じたユウが尋ねると、ソーマは腰を上げて神機を担ぐと、ユウに近づいて耳打ちした。

「忘れてないだろうな?」

「うん。サカキ博士からの仕事だろ?」

ユウは忘れてないから、と一言加えてソーマに答えた。

メテオライト作戦で大量のアラガミを討伐したためか、まだアラガミの数はさほど多くない状態なので任務自体はこれまでと比べていささか楽になっていた。今回自分たちは4人で任務に向かうことになっている。サカキが支部長から頼まれている「特殊なコア反応を持つアラガミを探してほしい」という頼みを、通常任務がてら探している。しかし数回ほどここ数日の間にその仕事をこなそうとしていたが、そもそも姿かたちがどんなものかわからず、とりあえずそのアラガミがいるという周辺の通常のアラガミを討伐するという流れになっていた。

今日も同じだ。ただ、サクヤがこの日別の任務に当たっているため、少し遅れてから合流するとのことだ。

「わかっているならいい」

てっきり忘れていたとでも思っていたのだろうか。自分は寝ていた癖に…などとユウは心の中でごちる。

「…あの、二人で何を話してるんですか?あれを見たとかなにかとか」

アリサが二人でこそこそと喋りあっている二人を見て疑うような視線を向けてくる。

「…は!?もしかしてお前ら…そういう関係!?」

「え、ええ!?」「な…」

爆弾発言をかますコウタに、行きなり何を言い出すんだとユウは声をあげた。アリサもショックのあまりユウと同様に声を上げ、あんまりな誤解にはソーマも絶句する。

「そんなわけないでしょ!ただ…」

「ただ?」

「…まぁ、うまく話せない頼まれごとがあるっていうか…」

何て誤魔化しにもならない言い訳なのか。ユウのしどろもどろな発言に、二人の疑惑は確信的になってしまう。

「怪し過ぎる!!さてはやはり…!」

「ユウ、不潔です!あなたがそんな人だったなんて!信じたくないです!」

「だから違うってばさ!」

「…てめえらいい加減にしろ!さっさと任務を終わらせて帰るぞ!」

4人の騒ぎ声は、その声を聞き付けてアラガミが接近するまで続いた。

「…前途多難だな、これでは」

ユウの服のポケット内で一部始終を聞いていたタロウが、深くため息を漏らした。

 

 

 

「はああああ!!」

廃寺の東側には、満月が美しく輝くポイントがある。第1部隊によってそこへ追い込まれたシユウとヴァジュラが、同時にユウたちを襲ってくる。前衛にはユウとソーマが、後方にはコウタとアリサの二人が前衛二人への援護を行う。

ソーマもヴァジュラを相手に、これまで何度も相手にしてきたこともあってか全く苦戦するそぶりはなかった。ヴァジュラが放ってきた電撃弾を避け、足を狙って神機を振るった。だが、ヴァジュラは思いの外すばしっこく、ソーマの一撃をすぐに避けた。

「っち…」

ソーマは軽く舌打ちし、すぐにヴァジュラを目で追って次の攻撃への態勢に入る。ヴァジュラは咆哮を上げながら、今度は自らがソーマを食らおうと駈け出した。

これまでソーマから嫌な態度ばかりを見せつけられてきたコウタは、内心ではソーマへの援護に不満を抱いていた。だが、仲間を見捨てるような奴にも成り下がりたくない。だから本音では渋々ながらも、ソーマがヴァジュラの攻撃を受けないようにバレットを遠距離から撃ちこみ、援護する。動きを止めたヴァジュラに向け、ソーマは神機でヴァジュラの体に傷を刻み込んだ。

シユウの翼手から放たれる火炎弾を、ユウは装甲を展開してシャットアウト。シユウは急接近してユウを捕食しようと、滑空しながら突進を仕掛ける。それを見てアリサがシユウの頭上を飛び越えながら、空中で華麗に回転切りをする。悲鳴を上げて地面に落下するシユウだが、傷が浅かったのかまだ倒れない。立ち上がろうとしたところへ、アリサとユウは神機を捕食形態に可変し、地面を蹴った。瞬間、捕食形態から車の排気パイプのような部位から空気が噴出。その勢いでさっきのシユウを超える速度の突進を仕掛けた。二人が神機に捕えさせたのは、シユウの翼手。同時にかじりつかれ、そして二人が引っ張り上げたところでシユウは両腕をもぎ取られた。両腕を失い、立ち上がれなくなったシユウはいつでも倒せる。

「コウタ!」

「よっしゃ!!パワーアップ!」

「ソーマ!」

「…ふん」

二人は神機に取り込ませたオラクルでバースト状態に移行、ユウはコウタに向けて、アリサはソーマに向けてシユウから取り込んだオラクルを銃で受け渡す。すると、コウタとソーマがリンクバースト状態に入り、コウタはシユウのオラクルバレット『爆炎連弾』でヴァジュラの顔面を焼き、その皮膚が脆くなったところをソーマが頭上から振りかざしたバスターブレードで真っ二つに叩き斬った。

二体のアラガミは、たやすく彼ら4人の手で沈黙した。

「任務完了、だね」

「はい」

「うっし!今日も生き残れたね」

何事もなく討伐対象を無事倒し、ユウはアリサとコウタの二人にそれぞれハイタッチした。

「キレが良くなってきているじゃないか、アリサ。もうヴァジュラも敵じゃない」

ユウから誉められ、アリサは少し照れ臭そうにしながらも、はにかんだ笑みを浮かべた。

「ユウとタロウが見ていてくれたおかげです」

「タロウ?何、二人の知り合い?」

「あ…!」

しまった!とアリサは思わず口をつぐんだ。ユウと、服に隠れているタロウまでも思わずドキッとしてしまう。うっかりタロウの名前を口にしてしまった。タロウのことがバレたら、ユウの正体も明るみになってしまうかもしれない。コウタはかつての自分と違ってウルトラマンのことを強く信頼しているから、協力的になってくれるかもしれない。でも、アリサはどうしてもコウタに対して不安を抱いていた。様々な面で抜けまくりな彼のことだから、うっかり喋ってしまうかもしれない…ってそれは今の自分だろう!と思わず自分に対して心の中で突っ込んでしまった。

とにかく何か誤魔化さなければ…そう思っていると、ユウが先に口を開いた。

「じ、実はアリサと一緒に外部居住区の人に自主連に付き合ってもらってたんだ」

「そうなの?でもそれなら、訓練スペースでやったらよくない?」

「あそこは…たまに後がつかえることがあるから、その時にね」

「ふーん、でどんな風に訓練してたのさ?」

「そ…そうだなぁ…ジープで追いかけ回されながら足腰を鍛える…とか?」

「…それ、自主連じゃなくて事件じゃねぇの?」

またしどろもどろ誤魔化すユウの言動に、コウタも流石におかしいと思う。

(ユウ、誤魔化すにしても、それはないと思うんですけど…)

アリサもユウに対して、変に嘘をつくのが苦手なのだと認識した。

(…前にセブン兄さんがレオに施した特訓エピソードが地味に響いたか)

誤魔化しの内容を聞いていたタロウはそんなことを考えていた。

「おい、さっさとコアを回収しろ」

しびれをきらしてソーマが早くしろと急かしてくる。自分達が話し込んでる間にすでにヴァジュラのコアを神機に取り込ませたようだ。おっとそうだった…とユウは気を取り直してシユウの死体に神機を向ける。

「待ってもらえるかな」

「皆無事?」

捕食形態に変えようとしたところで、ユウを止める声が聞こえたユウたちが振り替えると、サクヤともう一人、意外な人物が姿を現した。

「サクヤさん…って、サカキ博士!?」

思わず声を上げたのはアリサ。他の三人も驚いた。

なんと、サクヤと共に現れたのはサカキだった。

「なんで博士がここに…サクヤさん、これはどう言うこと?」

「私もまだ詳しくは聞かされてないの。ただ、博士に外へ護衛してくれって言われて…」

コウタから尋ねられたサクヤだが、ちゃんとした理由までは聞かされていないようだ。

「でも、博士の立場から考えて、こんなところへ来るなんて危険すぎます」

アリサの言うとおりだ。神機および極東支部における開発技術の統括者でもある彼が、アナグラを離れてこんな場所に来るなんて、本来ならあり得ないことだし、許されることではない。

「もちろん危険は承知の上さ。だから君たち第1部隊に頼らせてもらうことにしたんだよ」

アリサから指摘を受けたサカキはそのように答えた。

「とにかく、時間がない。説明はあとでするから、一旦シユウのコアはそのままに、隠れてもらえるかい?」

「は、はぁ…」

第1部隊の面々はサカキに言われるまま、近くの石の階段の陰に隠れた。

 

 

 

待つこと2分。壁伝いに一列に並んだ第1部隊+サカキたちは、サカキを先頭に何かを待ち続けた。

「いったい博士は何を待っているんだ…?」

他の仲間たちに見えないようにタロウがポケットから顔を出し、皆に聞こえないようにユウに小声で話しかける。

「わからない。でも、博士が支部長から頼まれた特務と何か関係あるのかも…」

サカキは、ヨハネスからあるアラガミを探してほしい、といっていた。討伐ではなく、あくまで『探す』。それほど危険性の高いアラガミなのだろうかと思ったが、それを頼まれた矢先に支部の外に姿を現して、討伐したアラガミを一度放置して何かが来るのを待たせている。

「来るとしたら、アラガミなんでしょうけど…」

「危険なアラガミかもしれないわ。みんな、いつでも迎撃できるように準備して」

アリサの警戒心に同調し、サクヤがユウたち隊員に戦闘準備を促す。ユウとアリサは銃型へ神機を可変させ、コウタもサクヤと同様に神機のオラクルエネルギーの残量とバレットの装填状況を確認、ソーマは神機を肩に担いでいつでも振り下ろせる態勢に入る。

そんな彼らにサカキが呟く。

「できれば、すぐに神機をぶっ放しちゃうなんてことは避けてほしいけどね…お、来たよ」

サカキがやや興奮気味に視線を、シユウの死体を置いた場所に向けた。

皆が目を向ける。アラガミが来たのか…と思ったら、それはまた意外なものだった。

(…人?)

シユウの死体に近づいてきたのは、一人の人間だった。その姿かたちは、今自分たちが見ている場所から見てもはっきりわかった。背丈と華奢な体つきから見て、年端もいかない、コウタやアリサとも比べると2,3歳ほど幼く見える少女だった。むしゃむしゃ、と何か生々しい音もする。

「みんな、彼女の元へ行こう。くれぐれも驚かせたり、いきなりの攻撃はダメだ」

「…了解しました。みんな、行くわよ」

腑に落ちない気持ちを抱きながらも、サクヤはユウたちに出るように言い、神機を構えながらその少女にゆっくり近づいた。

少女はシユウの死体を漁っていたようで、その体と、服の代わりなのか体にまとっていたボロボロのフェンリルの旗を赤く染めていた。

「オナカ…スイタ…ヨ」

「ひぃ!?」

「コウタ、落ち着いて!」

真っ白な肌を赤く染めているという、あどけなく可憐な顔である分だけグロテスクにも見えたのか、振り返ってきた少女にコウタが思わず銃で撃ちそうになるほど恐怖を抱いた。ユウが思わず制止するが、銃口を向けられているのに少女はきょとんとしながらユウたちを見ている。

ユウは、少女を凝視する。

(あれ…この子、どこかで見たような…)

以前にも見覚えがあるような感覚を抱いた。

ユウはほぼ記憶してないが、実はギンガスパークを手に入れ、初めてウルトラマンとなって戦ったその日、この廃寺屋根の上にこの少女がいたのだ。その少女に一度気を取られ、ギンガスパークが眠っていたこの地へ選ばれし者となるユウが訪れた。まるでこの少女がユウにウルトラマンとなるように導いたようにも思わされる。

「あぁ、よかった。やっと姿を見せてくれて。コア反応自体は私の方で探知できていたけど、メテオライト作戦の巻き添えになってなくてよかったよ。みんなのおかげで居合わせることができた。ありがとう!」

「…いい加減どういうことか説明しろ」

ソーマがサカキに説明を促してきた。

「前々から彼女を探してたんだ。でも、アラガミの反応も多いせいか彼女が中々姿を見せてくれなくてね。なら、メテオライト作戦後でアラガミの数が著しく減っている今の時期に、彼女がいるこの一帯の生き残っているアラガミを根絶やしにさせてもらったんだ。どんな偏食家でも空腹には耐えられないだろう?」

「っち…悪知恵は相変わらず一流だな」

「えっと、博士この子は?」

コウタは何が何だかわからず、きょろきょろとユウたちを見る少女を見ながらサカキに尋ねる。

「そうだね。でも、焦らすようで申し訳ないが、まずはこの子を連れてアナグラに戻ろう」

まだこの場ではうまく説明ができないのだろうか。サカキはまだ詳しいことを明かしてこなかった。だが、わざと話を流そうとしているわけではない。ちゃんと帰還したらその時に明かすのだろう。

サカキは、白い少女の前に立って、手を差し伸べてきた。

「お預けにしてしまってごめんよ。今から美味しいご飯を用意してる場所に案内するから、一緒に来てくれるね?」

少女は首を傾げる。着いて行こうかどうか考えているのだろうか。ふと、彼女の目にソーマの姿が映る。

「…あ?」

なぜか自分を見て笑みを浮かべたことにソーマは困惑する。なんで自分を見て笑ってきやがったのか。

「…イタダキマス!」

それは了解のつもりなのだろう。笑顔を見て少女は会釈して快諾したが、その了解の言葉は食事の際の挨拶だった。

「…イタダキ、マシタ?」

少女は言葉の使い方を間違ったことに気が付いて訂正したが、それもまた正しい使い方ができたものではなかった。

 

 

 

そしてアナグラへ帰還し、サカキの研究ラボラトリへ彼女を連れて行ったところで…ユウたちはその少女の衝撃な事実を明かされた。

 

「「「ええええええええぇぇぇぇぇーーーーーー!!!?」」」

 

絶叫。サカキの明かした衝撃の事実に、全員が声を上げていた。

「あ、あの…博士、今なんと…」

「何度でも言おう。この少女は……

 

アラガミだよ

 

サクヤから尋ねられ、さも当たり前のようにとんでもないことをサカキは復唱した。

なんとその少女は現在の人類の天敵にして…ユウたちゴッドイーターにとって倒さなければならないはずの、

『アラガミ』だったのである。

「ちょ、あぶ!?」

「え、え!?」

コウタとアリサがとっさにその身を手で覆って身構える。今の自分たちはアナグラの中にいるので当然丸腰、その状況で、人の姿とはいえアラガミと同じ部屋にいる。食われる!と思うのも当然だった。

(人間の姿をした、アラガミだなんて…)

(なんということだ…こんなことがあるとは!)

唯一、この部屋の中でアラガミの少女が危害を加えても対処できるのは、ギンガスパークを持つユウと、彼の服に隠れているタロウの二人だ。いざというときに備えて構えるが、サカキが呑気に思われるようなことを言う。

「落ち着きたまえ。この子が君たちを捕食することはないよ」

「な、なんでそんなことが言えるんですか!?」

アリサが信じられないと反論する。そう、アラガミならば人間を食べて当然だ。なのになぜそのような楽天的に決められるのだろうか。

「前にも話したけど、全てのアラガミには『偏食』と言われる特性を有しているのは知ってるよね?」

「アラガミが個体独自に持っている捕食の傾向…私たちの神機の制御にも関わってくる性質の事ですね」

「そうだね。君たち神機使いにとっては常識だ」

「え…知ってた?」

常識だというのに、どうも忘れていたのかそれとも聞いてなかったのか、コウタがユウに尋ねる。

「コウタ…」

ユウはコウタに対して呆れていた。その反応に、コウタは気まずさを覚えた。加えてアリサの「だらしなすぎます」と言わんばかりの冷たい視線が突き刺さって痛い。

この常識『神機を含めたすべてのアラガミには偏食の特性(人間的に言えば好き嫌い)の特性がある』ことは、ユウとアリサは当然だが、コウタもゴッドイーターになりたての頃に義務付けられているサカキからの講習で教わったことだった。偏食の特性を把握し、あのアラガミが何を好み、何を嫌って食べたがらないのか、それを知ることができれば生存率の上昇にもつながる。それを知らないというのは、ゴッドイーターとしてはちょっと致命的なのだ。どうしても長話が苦手なのかコウタは講義中、何度も居眠りしてしまっている。ハマっているアニメ『バガラリー』を遅くまで視聴する悪い癖もあって中々それが治らなかった。

「そんなだから、『相変わらず神機についての基礎知識が欠けてるから、下の者も注意を促すように』って、ツバキ教官がノルン上のあなたのプロフィールに書き込むことになるんですよ」

「今それ言う!?言っちゃう!?」

アリサが明かしたことだが、事実である。ツバキはよほどコウタの集中力の無さを心配しているようだ。しかも、後々に入隊するかもしれない新人たちにも注意を促すように書き記しているとはよほどである。まるで彼女の祖国ロシアの、一昔前の冷たさのようなアリサの厳しいコメントに、コウタは当たり前とはいえショックを受ける。いつしか後輩におバカっぷりを指摘され舐められるかもしれない…という嫌な予感が過った。

サカキはあまりそのやり取りに構わず流すように話を続けた。

「で、この子の偏食傾向だが、より高次のアラガミに対して向けられているようなんだ。つまり、我々は既に食物の範疇に入っていないのだよ」

「にわかには信じられないんですが…」

サクヤが少女を見て呟く。確かに一件、人を食べるようなアラガミには見えないのだが、アラガミと知った以上、どうしてもサカキの言動が本当かわからなくなる。今こそ確かにこちらを食べに襲ってくる、ということはないのだが…。

さらにサカキが説明を続けた。

「よく誤解されがちだが、アラガミは他の生物の特徴を持って発生するのではない。彼らは捕食を通じて凄まじいスピードで学習し、様々な情報を取り入れて適応する…それが驚くべき早さで進化しているように見えるだけなんだ。結果として、ごく短期間に多種多様の可能性が凝縮される。それがアラガミという存在だ」

「つまり、この子は…オラクルが人間の情報を取り入れ続けた結果、人間の少女の姿で誕生した特殊なパターン…ということですか?」

サカキの説明を聞き、一つの予想をユウが口にすると、サカキがうん、と頷いた。

「正解だよ、ユウ君。この子は我々と同じ…『とりあえずの進化の袋小路』に迷い込んだ者…人間に近しい進化をたどったアラガミだよ」

「人間に近い…アラガミだと…!?」

ソーマがそれを聞いて、一番驚いた反応を示した。

「そう、先程彼女の体を少し調べてみたのだが、頭部神経節に相当する部分が、まるで人間の脳のように働いているみたいでね。学習能力もすこぶる高いとみえる。しかも臓器や生殖器官さえあり、いずれもが機能しているんだ。肉体がオラクル細胞で構成されていることを除けば、ほぼ人間そのものだ。実に興味深いね」

肉体的にも、構成しているものがオラクル細胞というだけで、人間とはさほど変わらないなんて…とはいえ、サカキの説明が続く間、まるで親と同伴で公共施設へ来た幼い子供が待合室で待っている間のように、アラガミの少女は床の上でゴロゴロと転がり続けたり寝そべったりしている。

「先生!」

まるで授業を受ける生徒のように、コウタが手を挙げて質問をする。

「なにかな、コウタ君」

「大体の事は分かったっていうか、やっぱりよく分かんなかったけど…こいつのゴハンー!とかイタダキマス!って何なんですかね?」

「ゴハーン!」

「こいつが言うとシャレになんないですけど…!?」

わざとなのかと言いたくなるようなタイミングでご飯と言ってきた少女に、コウタはビビらずにいられなかった。

「さっき言った通り、アラガミは自分と近い形質のものは食べないんだ」

「え?でも、確か…よくよく考えたら、あのピターは…」

アリサが、憎き親の仇でもあるピターのことを思い出す。リンドウが行方不明になったあの時、ピターは同じヴァジュラの亜種であるプリティヴィ・マータを迷うことなく食らい尽くしていた。

「確かに、例のディアウス・ピターのような例外もあるだろう。

だから、さっきみたいに本当にお腹が空いたら、不味かろうと何だろうとガブリッ!…だろうね」

ガブリッ!とサカキが口にした途端、ユウたちは事前に申し合わせていたかのように同じタイミングで後退りした。

「…お願いですから脅かさないでください」

「ごめんごめん。ちょっと怖がらせ過ぎたね」

ユウから睨まれ、サカキはさすがにふざけが過ぎたかなと思い、説明を続けた。

「まあそれは例外さ。アラガミと言う名は彼らの俗称だけど、実際にいくつもの個体が、我々人間がイメージする神々の意匠を取り込んでいる事例が各地で報告されているんだ。一体彼らが、どのように至って神をかたるに至ったのか…実に興味深いじゃないか。そんな中、完全に人間の形をしたその子は、ユウ君が言ったようにさらに貴重なケースのひとつなのさ。

…おっと話が逸れちゃったね。勉強会はこのくらいにしよう。…最後にこれは私と君たち第一部隊だけの秘密にしておいて欲しい。いいね?」

「ですが、教官と支部長には報告しなければ…」

サカキの頼みに対して、サクヤは第1部隊の隊長として報告の義務からそのように主張する。

「サクヤ君」

しかし、それを聞いた瞬間、サカキが穏やかな表情とは裏腹に、こちらを威圧するような雰囲気でサクヤに視線を向けた。

「君は天下に名立たる人類の守護者…ゴッドイーターが、その前線拠点に『秘密裏にアラガミを連れ込んだ』と…そう報告するつもりかい?」

「そ、それは…しかし、一体何のために?」 

そう尋ねられ、いつぞやのユウに対してと同じように、彼はサクヤにドアップで顔を近づけてきた。何が何でも、自らの好奇心のために自分の選択を押し通すつもり、と言うように。

「言っただろう?これは貴重なケースのサンプルなんだ。あくまで観察者としての、私個人の調査研究対象さ。なに心配要らない。この部屋は他の区画と通信インフラやセキュリティは独立させてある。外に漏れることはないさ」

サカキの狐目がわずかに開いて、サクヤに耳打ちする。

「……君だって今個人的にやっている活動に、余計なツッコミは入れられたくないだろう?」

それを聞いたサクヤの目が大きく見開かれた。

(なんで…博士がそのことを…!?)

彼女の頭にめぐるのは、図星を突かれての混乱だった。一体いつ、『自分が密かに行っている事』について知っているのだろうか。

「…わかり、ました」

サクヤに、サカキからの要求を拒むことはできなかった。

(サクヤさん…?)

さっきの二人の小さく一瞬のやり取りをユウは見逃さなかった。あのサクヤが簡単に丸め込まれたのだ。何かサクヤ自身の弱みを掴んでいると見た。

「そう、我々は既に共犯なんだ。覚えておいて欲しいね。まあ、そう言うわけで、彼女とも仲良くしてやって欲しい。ソーマ、君も頼むよ?」

「タノムヨー」

さっそく言葉を覚えたのか、少女もサカキに便乗してソーマに言った。彼に対して、妙に笑顔が多いことにユウは気づいた。

(…もしかしてこの子、ソーマに何かを感じてるのか?)

そしてそれはソーマも気づいた。

 

同じ人間たちからは身勝手な理由で嫌われてるのに、化け物なんかに好かれているという屈辱が募った。

 

「ふざけるな!」

ソーマはサカキに対して声を荒げた。声がやたらと大きく、ユウたちもそうだが、アラガミの少女さえもぎょっとして気圧される。

 

ソーマの脳裏に、父ヨハネスに対して少年時代に言った言葉が蘇る。

 

『お父さん、僕は人間だよね!?』

 

しかし返ってきたのは淡々とした言葉だった。

 

『お前は全てのアラガミを滅ぼすために生まれた。いいな?あれをすべて殲滅しろ』

 

叶うならば、なんてことない人間でありたかった。だが、親の願いを押し付けられ、人ならざる力を持った体を持って生まれた。死神、化け物。何度もそのように蔑まれてきた。人を守る使命、それ自体は大いに結構だ。ソーマ自身も、本心では誰かの死を望むような男ではなかったし、だからこそこの呪われた体を活かしてアラガミへ進んで戦いに挑むこともできたし、リンドウやエリックの死で嘆き悲しんだことも事実だ。同時に、周囲から化け物や死神、父から『アラガミを滅ぼすための存在』としか見られない自分にとって、『自分は人間である』という自己顕示欲を満たせた。

なのに…その矢先に、この少女が…人間の姿をしたアラガミが現れた。自分と少女の境界線が、無いに等しく思える。どこまでも、世界が自分を『化け物』として、『死神』として扱いたがっているようだ。それは人間でありたいと強く願うソーマにとって耐えがたい苦痛だった。

 

「人間の真似事をしようが…化け物は、化け物だ…」

 

少女を拒絶し蔑む言葉のはずが、自分に対するブーメランにもなる。人間でありたいのに、自分でそうだと認めたいのに、そうすることさえもできなくなったソーマは、サカキの言うことに素直に従いたくなかった。

ソーマは、仲間たちからの視線から逃げるように、サカキの研究室から去って行った。

(………)

誰もが沈黙する中、ユウはふと少女を見る。その時の彼女は、寂しそうにソーマの去った扉を見つめていた。

悲しんでいる、と確信した。アラガミでありながら、人間の持つ喜怒哀楽を彼女は持っていた。

 




○NORN DATA BASE
・ホモ疑惑
元ネタはウルトラマンメビウス24話『復活のヤプール』から。劇場版『メビウス&ウルトラ兄弟』で倒されたヤプールが、メビウス=ミライの親友であるアイハラ・リュウ隊員に憑依し、メビウスの戦意を削ごうとした。リュウの姿で、テレパシー越しで挑発するヤプールに対してミライも睨み返しているのだが、傍から見ると男同士が熱い視線で見つめ合っているようにも見えたせいか、他の三人の隊員たちからそのような疑惑をかけられる。しかもリュウが「実は俺たちには誰にも言えない秘密がある」と決定的なことを言ってしまったために仲間たちからドン引きされたとか。意図的ではないにせよ、ヤプールもふざけたジョークをかます奴と言えるかもしれない…。



最後に愚痴…
投稿する度にお気に入り件数がまた減るとやはりへこみますね…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

孤独な二人

しばらく原作を汲んだ流れになるので、短期間連続投稿しておこうかと…


アラガミの少女と出会ってから、数日が経過した。

メテオライト作戦によって、極東支部の周辺はアラガミの数が一時的に激減していた。だが、決して0になったわけではなく、時折緩やかながらもアラガミが再び誕生し始めていた。

そんな時、一匹のコンゴウが逃げていて、それをボルグ・カムランが追っていた。アラガミは自分に近い種を食べないとは言うが、この二体のように種別が異なる者同士なら、アラガミ同士での共食いは行うのだ。

コンゴウは傷ついていた。恐らく何かの拍子で繰り広げられたボルグ・カムランとの戦闘で負傷し、敵わないとみて逃げているのだろう。アラガミらしく一度狙った獲物は逃すまいと追い立て続ける。

コンゴウはボルグ・カムランから逃れながら、目についた廃都市のビルの中へと逃げ込んだ。とにかく何か食べたいと思えるものを食らい、傷を癒さなければならない。幸いボルグ・カムランはビルの中へ入れないようだ。といっても、空なり破壊するなりの方法でコンゴウを追ってくるのかもしれないが。だがボルグ・カムランはコンゴウから興味を失ったのか、追うのをやめて去って行った。

コンゴウは傷ついた体を引きずって、近くに見つけた廃材を口に放り込んだ。どう見ても食べ物に見えないそれを食らう様は、まさにアラガミらしい。

その廃材を漁っていると、コンゴウはあるものを見つけ出す。

それは人形…それもただの人形ではない。タロウと同様に、何者かによって縮小された生物…スパークドールズだった。

コンゴウは廃材ごと、気づかないうちにそのスパークドールズを捕食してしまう。

満腹感を得て膨れた腹を、この事態では絶滅した生物の一種であるゴリラのように叩くコンゴウ。

すると、コンゴウは自らの体に異変が起きたことに気付いた。

体中からあふれ出るその得体のしれない力に、強い昂揚感を増していく。力があふれるにつれて、コンゴウの体が50m級に膨れ上がり、その体もまた異常な変化を及ぼした。スパークドールズを取り込んだことで合成神獣に変貌したのである。

コンゴウだった頃と同様に赤い体を基調としながらも、その両足や、半分に割れた赤い仮面の下の顔や皮膚が、捕食したスパークドールズの怪獣のものと複雑に絡み合うように融合していた。

新たな合成神獣、『どくろ神獣クレナイコンゴウ』となったコンゴウは、昂揚感のあまり吠えた。

「グオオオオオオオ!!」

クレナイコンゴウは、みなぎる力を感じるあまり、本能的に感じ取った。もう自分は無敵だ。さっきのボルグ・カムランだって屁でもない。自分は最強のアラガミとなった。これで自分以外の全ての生物を自分だけの餌として蹂躙しつくすことができる。

本能の赴くままに野心を燃え上がらせたクレナイコンゴウ。

そんなコンゴウの前に、

「………」

頭にかぶったフードとマスクで顔を覆っている一人の少年が、クレナイコンゴウの前に姿を現した。

クレナイコンゴウは、さっそく獲物がきたとしか思わなかった。だが、現れたのがこんな小さな生き物かと思うと、もっと大量にむさぼれる獲物を求めたくなった。だが、せっかくの獲物だ、遠慮なく食らってやる。

クレナイコンゴウは、その剛腕で少年へと手を伸ばした。少年が懐に忍ばせたものを取り出そうとそこへ手を突っ込んでいたことなど気にも留めなかった。

 

その直後に、自分の身を滅ぼすとは知らずに…

 

それからすぐの事だった。

愚者の空母に、合成神獣の反応があった。その報告をもとに第1部隊、そして一時エイジス島の防衛任務を休み、極東支部に戻っていた第3部隊が派遣された。

「あれは、もう一人のウルトラマン…!」

現場に来て、真っ先に口を開いたのはサクヤだった。

派遣された時には既に合成神獣は、未だその正体が掴めない第二のウルトラマン『ビクトリー』に圧倒されていた。すでに体中が傷だらけにされ、ズタボロと言える状態だった。

(ビクトリー…!)

同じウルトラマンでもあるユウは、ビクトリーの姿を絶対に見逃すまいと、その姿を凝視した。できるなら、あのウルトラマンがいったい何者なのかを見極めたいところだ。

「す、すげぇ…やっぱり夢じゃなかったんだ。ウルトラマンが他にもいたなんて…」

コウタは興奮を抑えながら、自分が今見ているこの光景…ギンガ以外のウルトラマンが本当に現実のものであることを噛みしめた。

「俺たちが来る前に、もうあそこまで…」

「俺たちが来るまでもなかったというわけか。無駄骨だったな」

シュンが当然の反応を示した一方で、カレルが今回の報酬には期待できそうにないと思った。ウルトラマンのおかげで自分たちの生存率が高くなったのは良いとは思うが、その一方で自分たちに与えられるはずの報酬がもらえなくなることについては不満だった。

「ちょっと残念ね。私も合成神獣を撃って、綺麗な花を咲かせてみたかったんだけど」

戦闘狂の気があると良く囁かれるジーナも残念そうにしている。せめてあと5分早く来たかったわ、と最後に呟いた。

ソーマは、表情を険しくしながらビクトリーを睨みながら見上げていた。

(……また、ウルトラマン…か…!!)

ビクトリーはV字型の光を形成しそれを右腕に吸収すると、警戒したクレナイコンゴウが足元から拾い上げた廃ビルの上数回分の部位を持ち上げ、ビクトリーに向けて投げつけた。光線を撃つ前にぶち当てることで強制的に光線を中断させようとしたのだろう。だが無駄に終わった。ビクトリーが直撃する前にL字型に組み上げた両腕から必殺光線を放った。

〈ビクトリウムシュート!〉

ビクトリーの光線で、投げつけられた廃ビルは砕かれ、その後ろにいたクレナイコンゴウがモロに食らった。もだえ苦しんだ果てに、クレナイコンゴウはダウンし、そのまま爆散した。

クレナイコンゴウが倒れたのを確認すると、ビクトリーは頭上を見上げ、空の彼方へと飛び去って行った。

「やっぱウルトラマンって、すっげぇな…」

「…うん…」

コウタに対して適当に相槌を打ちながら、ユウはビクトリーの正体を掴もうとする間さえも与えられなかったことに少し残念に思った。

「二人もウルトラマンもいれば、死ぬ人も少なくなるんだよな?さっきのウルトラマンだって、アラガミと戦ってたし」

正体は未だ掴めずにいるものの、それでもあのウルトラマンが敵ではないと考えられた。というよりは、コウタを始めとして誰もが思っていることだろう。

「これを機会に、死神様と一緒の任務がなくなるとせいせいするぜ」

シュンが、ソーマを遠くから横目で見ながら言ってしまったその一言を、ソーマは聞いてしまった。聞きたくなくても、彼の耳は小声さえ聞き分けられるほどに良すぎた。

「…!」

サクヤも聞いていた。ソーマと一緒に信頼し合い戦ってきた彼女にとって、またしてもソーマを侮辱するシュンの言動は許しがたいことだった。サクヤから睨まれ、シュンはまずった…と口をつぐんだ。

ソーマが、シュンの横を通りすぎた。危機感を覚え、シュンは思わず身構える。だがソーマは、シュンを殴り飛ばしたりすることなく、そのまま横を通りすぎた。

一時シュンを殴り飛ばすのではと思っていたユウたちだが、ソーマが乱闘を起こさなかったことにホッとした。でも、ユウは見ていた。今すぐにでもシュンを殴り飛ばしたがっていると言えるくらいに怒りで顔を歪ませていたソーマを。

 

 

 

 

 

ユウたちはアナグラへ帰還し、アラガミの少女の様子を見に行った。

ユウとアリサにアラガミの少女のことを任せて、コウタとサクヤは任務の報告を終わらせてから来ることになった。ソーマは、アラガミの少女を受け入れられず、この研究室へ来るのを避け続けている。

サカキの言うとおり、本当に彼女が人間を襲うことなく平穏に暮らしているかどうか心配になり、ユウたちは任務の合間を縫って少女の様子を見に行った。

「あ、ユウだ!アリサもきた!」

少女は予想以上に学習能力が高かった。瞬く間に第1部隊の仲間たちの名前と顔を覚えた。

ちなみに普段このアラガミの少女は、サカキのラボ内にある、左右の二つの扉の内、右側を彼女の部屋として与えられている。

サカキは現在この少女の観察の他にも、この極東支部の戦力増強のためにメテオールのデータ解析を行ったり、これまで回収されたスパークドールズの研究にも勤しんでいたりとかなり多忙だ。解析だけならこの部屋にいるので、ついでにアラガミの少女の観察も可能なのだが、たまに部屋を出ておかないといけない時があるので、その際は第1部隊のメンバーの中で手が空いているいずれかが来訪して様子を見に来ることになっている。何か変わったことや、覚えたことがある場合は簡単なレポートとしてまとめておくことにされているのだ。

「やぁ。こんにちは」

「…?」

普通の挨拶をしたのだが、少女は初めて聞くためか首を傾げてくねくねする。

「知ってる人と会ったら、こうやって挨拶するんだ」

「…うーんと……こん…に…ち…わ?」

「うん、よくできたね。エライエライ」

ユウから頭を撫でられ、少女はえへへ、と嬉しそうに微笑んだ。

こうして何かを教え込むと、意外と早くこちらの言葉を吸収していく。アラガミ風に言うと、知識そのものを捕食している、ともいえるかもしれない。

少女は他にも好奇心旺盛で知識欲も強かった。基本的な挨拶もそうだし、ユウたちの会話を通して様々な言葉とその意味に理解を示して行った。

(……○○)

ユウは、懐かしい感覚を覚え、心の中で妹の名前を呟く。子供の頃に死んでしまった妹にも、こんなふうに頭を撫でたりすることがあった。もう妹にはしてあげられないが、この少女には、妹に与えられなくなったものを与えられる気がした。それは、きっとこの少女がアラガミではなく、人としていられる理由になってくれたらと願いたくなった。

アリサもその様を見て関心を寄せていた。

「色んな言葉を覚えてきましたね」

「にしても驚いたよなぁ…まさか人間の姿をしたアラガミだなんて…」

「うぅむ…私も驚くばかりだ。このようなことは」

タロウもユウのポケットから顔を出して同意した。今はユウとアリサ以外は誰もいないし、アラガミの少女からも見られないようにほんの少しだけ顔を出している。

ユウはもとより、あのタロウでさえあのアラガミの少女については驚かされていた。これまでアラガミというのは、人間が想像する神々の姿を模倣した、目についた獲物はどんなものでも食らう凶悪且つ悪食な怪物。そのイメージが深く根付いている今、人間そのものと言えるアラガミが現れた。これが驚かずにいられようか。

「タロウは、あの手のパターンって昔はなかったの?たとえば、人間だったと思ったら…なんてことは」

ユウは、タロウがまだウルトラマンとして戦っていた約100年前のことを尋ねた。

「知性のある怪獣や星人が人間へ擬態や憑依を行ったり、人間を怪獣へ改造したという話はあったが、少なくともあの少女のように凶暴なはずの種族に、あのようなイレギュラーが生まれることはなかった」

(…それほどのことがあって、あの子のことをよく驚けましたね)

むしろタロウの話した過去の戦いの方が驚きの連続だったのではないかとアリサは思ったが、対してタロウはそうとは思っていなかった。

「この宇宙は常に驚かされることばかりだ。

だが、サカキ博士の言うように、アラガミが何かを模倣した姿で誕生するならば、いずれ人間の姿をしたアラガミが現れるのも、時間の問題だったのかもしれない」

「そうだね。でも、あんなかわいい姿をした女の子がアラガミか…」

鎮魂の廃寺から連れ出したあの時、シユウの死体を貪るという、人間がすれば間違いなく腹を壊しかねないことを平然とやってのけたあたり、普通の子じゃないのはわかっていたが、それ以外においてあの少女はとにかく無邪気で純粋な人間の少女そのものだった。アラガミ、といわれないとなかなか気づかないのかもしれない。

「…ユウって、ああいう女の子が好みなんですか?」

「え?」

アリサがユウにポツリと呟く。

「いえ、なんでもありません」

小声だったことでよく聞こえなかったので聞き返したが、アリサはなぜかユウからそっぽを向いた。なぜか彼女は不満を抱いているのか、それとも何か怒っているのか、面白くなさそうに少し膨れている。

「サカキ博士が言っていたことがすべて的を射抜いているのなら、あの少女に脅威はない。私も彼女を見て、アラガミにも本能的に備わった凶暴さも悪意も感じなかった。おそらくはだが、きっと大丈夫だろう」

「…うん、そうかもね。ソーマに怒鳴られたときもそうだったし」

「ソーマに怒鳴られたとき、ですか?」

「実は…あの子がソーマに「化け物は化け物だ」と拒絶された時、寂しそうにしてたから」

あのときの悲しそうな顔は、ユウにあのアラガミの少女が人間と同じ心を持ち合わせていることを確信させた。

「人間らしい感情も備わっているということか」

「でも…あの子にはかわいそうだと思うんですけど、ソーマのあの子への態度も、本当なら当然の反応だと思います。少し前の私も、『アラガミと仲良くなんてできるわけない』って言っていたと思いますから」

かつて、アラガミを殺しつくししたいと願うほどに憎んでいたアリサは、あまり言っては気分を悪くすると思いながらも、ソーマのあの時の少女への拒絶反応が必ずしもおかしいとは思わなかった。

でも、この少女が人間とほとんど変わらない存在というならば、いつまでもソーマのあの態度を放置したままでいても苦痛しか伴わない。それは、ソーマ自身にとっても同じことのはずだ。

どうすればいいのだろうとユウが悩んでいると、サカキの研究室をノックする音が聞こえる。

「二人とも、いる?」

入ってきたのはサクヤとコウタだった。

「サクヤ―!」

「あらあら…」

少女にじゃれ付かれ、サクヤは少し驚きながらも、本当に人間の少女と変わらないその少女の仕草に、すぐに笑みをこぼした。

「なんだか不思議だな。アラガミのはずなのに、そんな感じがしない」

コウタもそれを見て、アラガミの少女に軽く挨拶をしてみた。

「おっす!」

「オッス!」

少女もコウタを真似て返してくる。

「なんですかその下品な挨拶は。変な言葉覚えさせないでください」

アリサが白い目でコウタを睨む。

「えー、これくらいいいじゃんよー」

「じゃんよー」

アラガミの少女が再びコウタの真似をすると、アリサは軽めに少女を叱った。

「駄目だよ。コウタみたいに馬鹿になっちゃうよ?」

「ひでぇ…ユウ相手にはそんなんじゃないのに。差別だぜ」

前よりも明るくなったアリサだが、やたらユウに対して信頼を置いているというか、どことなく彼に対して贔屓しているようにも思えた。…まぁ、なんとなくその理由は察している。しかし口にしたらアリサからどやされてしまうのは目に見えている。切れたらそこらへんのオウガテイルよりも凶暴なのだ。

「なにか失礼なこと考えてました?」

「いえいえ…」

おっと、考えていることを悟られかけたか。コウタはすぐに何でもないふりをする。

すると、サクヤはアラガミの少女を見てふと疑問に思ったことを口にした。

「一つ気になったんだけど…この子に名前はないのかしら?」

「あ…そういえばまだつけてあげてませんでしたね」

思えば、この少女がアラガミで、しかもアナグラに置くというこの状況に驚くあまり、名前を付ける余裕などモテていなかったことにユウは気づく。

「へっへーん、俺、ネーミングセンスには自信あるんだよね」

「嫌な予感しかしませんけど…」

真っ先に名付け親として名乗り出たコウタに、アリサが懐疑的な視線を向ける。

その予想だが、当たっていた。

 

「ノラミ!」

 

 

サカキの研究室内が、一気に沈黙した。

「…ドン引きです」

真っ先にアリサが、絶対に認めないと言うように否定した。

「なんだよー!じゃあお前何かいいのあるのかよ!」

「な、なんで私が…」

逆に反論されるアリサは狼狽えた。

「はっはーん。自分のノーセンスっぷりをさらすのが怖いんだろ?」

「ち、違います!」

 

そう否定するアリサだが、ここで皆にこっそり教えよう。アリサには内緒だぞ。

 

以前ロシア支部に身を置いて、仲良くなったオレーシャと共に任務に赴いたとき、少し神機の挙動が遅くなったことが気になったアリサがオレーシャに相談したときだ。アリサと異なり旧型バスターブレード使いだったオレーシャだが、銃にはなれずとも可変する機能があることにかわりないし、何より仲良くなれたアリサの力になろうと、一つのアドバイスを告げる。神機を愛情を持って扱う、というものだ。その一貫で

『名前をつけてみたら?』

と勧められた。

アリサはあくまで復讐の道具として神機を扱って来たため、神機にそのような情を抱くことはなかった。でも神機も人工アラガミとはいえ生きている。もしかしたら持ち主の大切な気持ちも伝わるかもしれない。そう思ってアリサが考えた神機の名前は…

 

『ぱくぱくゴッ君!まさに名は体を表します!』

 

…コウタの予想通り、アリサはコウタ以上にネーミングセンスが壊滅的だった。当然オレーシャからも『ドン引き…』と言葉通り引かれていたには言うまでもない。

 

もうあのときのような失態はできない。恥ずかしい過去を思い出しながらも、アリサはとにかく少女にふさわしい素敵な名前を着けようと考える。

「名前、名前…えーっと…」

「ホラホラなに悩んでるんだよ~?あるんだろ~?ノラミより良い名前がよ~」

「コウタうるさいです!集中できないじゃないですか!」

馬鹿にするように横槍を入れてくるコウタを怒鳴りつけながらも、アリサはアイデアを絞るが、やはりよい名前が浮かばない。

「はいはい。二人とも、そう熱くならないの」

この場の年長者らしく、落ち着きと温かみのある呼びかけでサクヤはコウタとアリサを仲裁する。すると、アリサはサクヤとユウの顔が目に入ったことで、コウタに対抗できる一手を見出した。

「あ、そうだ!サクヤさんとユウには何かアイデアありますか?」

苦し紛れにとったアリサの選択、それは『逃げ』だった…。

「おい、逃げんなよ!」

「逃げ?ええ、何とでも言ってください。リンドウさんが言ってたじゃないですか。『死にそうになったら逃げろ』って」

(そこでリンドウの命令を持ってこられても…)

大して死活問題でもないのに都合よくリンドウの命令を使って逃げの一手を図るアリサに、リンドウとは親しかった身であるサクヤは微妙な気持ちになった。

「やぁ君たち。今日も来てくれたんだね」

その一言と共に、部屋の主でもあるサカキがソーマを連れて来訪した。

ソーマは、いつも機嫌が悪そうな顔をしているが、この時はさらにそれは顕著に表れているように見えた。ここへ来たのも決して望んだことではなく、サカキに言いくるめられて仕方なく、というところだろう。

「博士、今日はどちらへ?」

ユウがサカキに質問する。

「さっきメテオールについて、解析がある程度進んだ分のデータを技術班に回しに行ったんだ。また新たなオラクルメテオールを実像できるかもしれない。どうもまた、あのビクトリーという新たなウルトラマンが現れたみたいだからね。我々も彼らと肩を並べるだけの戦力を蓄える必要がある」

それを聞いてコウタがおぉ!と期待を寄せた声を上げた。ウルトラマンとまた一緒に戦うのを期待してるのだろう。しかも新たな、対アラガミの新兵器、新メカというのは少年らしいコウタの心をくすぐりやすいようだ。

(僕としては、ウルトラマンビクトリーの正体についても掴んでおきたいけどな…)

まだビクトリーの正体がわからないままなのは、ギンガであるユウやタロウとしてはむずがゆさを感じずにいられなかった。

「このままウルトラマン任せでは、我々フェンリルはいずれ人々からの信頼を失って破産しちゃうからね」

(なんてプライドもへったくれもない理由…)

さらに続けてサカキが口にした、特にかっこいい信念とかフェンリルに身を置く立場のプライドとかは口にせず、ちょっとリアルな事情混じりな動機に、ユウは気持ちがよどんだ。まぁ、口先だけの善行ともいえない善よりも、リアルな視点の偽善の方が救われる。ウルトラマンとして戦う立場ではあるが、同時にゴッドイーターでもあるユウとしては、それも考えて行かなければならないことだと思えた。

「じゃあ、あのロボットは動かせそうなんですか?」

アリサがジャンキラーのことについて尋ねると、サカキは難しそうな顔をした。

「あれだけどねぇ…メテオール以上に解析に時間がかかりそうなんだ。動かし方も全く分からないし、暴走の危険も考えられる。後日エイジスへ輸送することになりそうだ。私もそれなりに技術屋としての腕は自負しているが、さすがは宇宙で作られたものだ。」

「え?あれ宇宙で作られたものなんすか?」

「普通に考えられるでしょう?あんなものが地球で作れたら、私たちが今使っている神機より、今頃もっとすごい武器が扱えましたよ」

ジャンキラーが宇宙で作られたロボット。それは確かに誰も口にしていなかったことだが、大方の予想はつくだろうと、コウタの反応に対してアリサが呆れた。

「ところで、彼女の様子はどうだい?」

「最初に会った時と比べて、結構たくさんの言葉を覚えてますよ」

ユウが、アラガミの少女を見ながら言った。サカキは少女に近づくと、軽めに「こんにちは」とあいさつした。

「はかせ、こんにちは!」

元気よく手を上げながら挨拶を返してきた少女に、ふむ、とサカキは何か納得したように声を漏らす。

「君たちが相手をしてあげてるおかげというのもあるだろうけど、それにしてもこの子は飲み込みも早い。知性を持ちながら食うか食われるかの世界を生きてきたんだ。きっとコミュニケーションに飢えてるんだと思うよ」

「なら、やっぱり名前を早く決めた方がいいかもしれませんね」

「そうだね。さすがにいつまでも『彼女』ではかわいそうだ」

この先も少女とは幾度も会話を続けることになる。名前を考えることについてサカキも同意する。

「ただ、まだちゃんとした名前が決められないんですよ」

「なぁ。やっぱノラミがいいって」

困るユウに、コウタが自分の意見を押し通そうとするが、やはりアリサから反対される。

「ダメに決まってるでしょ。そんなふざけた名前。少しは変な名前付けられるこの子の気持ちを考えてくださいよ」

「なんだよー!アリサなんか思い付いてもねぇくせに!」

「い…今から考えるところなんです!」

「ユウとサクヤさんもノラミがいいよな!?」

むきになって反論するアリサを無視してコウタはユウとサクヤに同意を求めるが、現実の非情さを思い知る。

「いや、ノラミはないと思うわ…」

「僕もノラミなんて名前は付けたくないよ」

(私も話には参加してないが、そんな野良猫に適当につけてるような名前は賛成しかねるぞ…)

ユウとサクヤだけでなく、ユウの服の中でコソッと話を聞いているタロウからも酷評を下された。

「えええええええええ!?なんで!?ノラミいいじゃん!」

納得できない様子のコウタだが、彼以外の誰もが思った。なぜそんなヘンテコな名前にコウタはこだわるのかと。というか少しは変だと思わないのか、と。

「名前というのは基本的に一生ものだ。じっくり考えてよい名前を考えて行こうじゃないか」

あまり急場凌ぎ感覚で名付けるのもよくないと思ったサカキがそう言うと、少女はサカキにおねだりしてきた。

「はかせー、おなかすいたよー」

「おっと、そうだ。そろそろお腹がすく頃だと思ったから、彼女用のランチを用意してたんだった」

サカキはソーマ、と呼ぶと、ソーマは舌打ちしながら、唐揚げに似た食べ物が詰まった大サイズ紙コップを取り出してサカキに差し出した。荷物持ちもさせられていたらしい。

「アラガミ素材を利用したランチだ。はい、めしあがれ」

「いただきます!!」

両手を合わせて会釈。ユウたちから教わった通りの食事の作法をしながら、早速少女は食事にありつこうとする。

「そーま、いっしょにたべよ!?」

すると、少女はソーマに笑みを向けて食事に誘う。

「おいおい、俺たちはアラガミを食べたりはしないんだぜ?」

コウタがおいおいと突っ込むように言うが、次に少女が言った一言で、場の空気が一変した。

「え~?でも、そーまのあらがみは、たべたいっていってるよ?」

「え…?」

ユウたちは少女の言ってる意味がよくわからず当惑する。

 

――――これを機会に、死神様と一緒の任務がなくなるとせいせいするぜ

 

だがそれ以上に、少女の言動は…ちょうどシュンの侮蔑に満ちた言葉と重なってソーマの逆鱗に触れた。

「ふざけるな!!てめえみたいな…てめえみたいな化け物と…一緒にすんじゃねェ!」

ソーマの、自分に向けられた激昂に、少女は怯えビクッと実を震わせた。

「そ、ソーマ…!」

動揺しながらも気遣うように声をかけるサクヤに気がつき、ソーマははっと、また自分が熱くなっていた気とに気がつき、仲間たちに背を向けた。

少女を招き入れた日のように、そのまま逃げるように去ろうとすると、少女がソーマに戸惑いながらも引き止めるように声をかけてきた。

「…ずっと、ひとりだったよ」

ソーマが、彼女の言葉を聞いて足を止めた。

「だれもいなかった…ほかのあらがみに…なんどもおそわれた。おっきくてこわいやつもいたよ」

ソーマにまた拒絶され怒鳴られるのを恐れているのだろう。まだ恐怖心が垣間見えた。ソーマが先ほど怒鳴ったように、本来誰もが恐れるであろう化け物…アラガミであることなどまったく感じさせなかった。

「だから…そーまにあえて、うれしかった!みんなとあえて、うれしかった…だから…だから…」

まだ無知ながらも、それでも自分の嘘偽りのない気持ちを、ひたすらソーマに言葉として伝える少女。

でもソーマがようやく搾り出した言葉は、いつも通りと言える拒絶の言葉だった。

「…もう、俺に関わるな…」

しかしその言葉に力はなく、とても弱々しくて消え入りそうだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

忌まわしき過去(前編)

結局あの時から、ソーマはサカキから仕事を頼まれることがあっても、決して彼の研究室に近づかなくなった。理由は簡単だ。あの少女と顔を合わせたくないからだ。

あの時、少女が口にした「そーまのあらがみはたべたいっていってる」…つまりアラガミである彼女から同類扱いされたことがよほど不快だったのだろうか。

以前からソーマは何度も、自分がほかの誰かとかかわることを避け続けている。彼と任務を共にしたゴッドイーターは死ぬ。そんな噂ゆえに彼は他の多くのゴッドイーターやフェンリルの職員たちから死神と揶揄され恐れられてきた。その矢先に、人間と変わらぬ知性を持ったアラガミの少女。死神と蔑まれる自分が、彼女と同類扱いされるなど、精神的な追い討ちでもされたようなものだろう。あの日、自分たちはソーマとそりがあわない第3部隊と合同での出撃だったが、そのときのシュンが彼を死神扱いしたのと重なったのもあるだろうが…

だが、ソーマはソーマが自らを化け物呼ばわりするのは、『自分と任務を共にした仲間が必ず死ぬ』というジンクスが働く現実だけではない気がした。アラガミの少女の言った、「そーまのあらがみがたべたいっていってる」という言動が、ユウにそんな予感を抱かせ、もっとソーマのことを詳しく知る必要があるかもしれないと思わせた。

まずはツバキを訪ねようと思い付く。

だが、向こうから姿を見せることは多いが、ツバキはこちらから探そうとすると姿を現さないことがある。教官として新人のゴッドイーターたちを訓練している立場だから多忙なのだろう。なら何時戻るのか、知っていそうな人に尋ねてみることにした。

「なぁ、ヒバリちゃん。今日は予定ある?」

「き、今日は…すみません。この後も提出しないといけない書類が多くて…」

「あ、そう…今日もなんだ…」

エントランスでちょうど知ってそうな人が目に着いた。受付兼オペレーターのヒバリと、彼女にご執心な第2部隊隊長のタツミだ。タツミがヒバリにアプローチをかけるものの、都合が会わなくて敢えなく撃沈するのがいつものパターンである。…あまりにも合わなすぎて、それどころかヒバリがタツミのことをそろそろうっとうしく思ってわざと遠ざけているとも思われている。ユウもこの光景は幾度か見たことがあるので、あながち噂程度じゃないとも思えてきた。

「あの、ちょっといいですか?」

「あ、ユウさん」

声をかけられ、二人がユウに気がついた。

「あ…もしかしてお取り込み中でしたか?」

「い、いえいえ。何かご用ですか?」

男に言い寄られているところに声をかけられ気まずく思ったようだが、気をとりなおしてユウへ応対する。

「ツバキさんが今どこにいるか知りたいんだけど、わかる?」

「ツバキさんにご用ですね。ちょっと待ってください…」

ユウの頼みを聞いて、早速受付コンピュータを操作してツバキの予定を開示されている範囲までの分だけ調べた。調べている間、タツミはこそっとユウに耳打ちしてくる。

「お前、もしかしてツバキさんみたいなのが好みだったりするのか?」

どこかからかってきているような口調に聞こえる。

「…タツミさん、そっち方面に結び付けないでください。いくら昔馴染みのハルさんがグラスゴーでご結婚してたのを見て焦っているからって」

「あ、あああ焦ってなどいないわ!」

苦笑いしながら言い返してきたユウの言動に、明らかにタツミは動揺を示した。やはり羨ましく思うあまり、ハルオミに男女関係に関して先を越されたことを根に持っていたようだ。

すると、調べ終わったのかヒバリはユウに結果を知らせてきた。

「ユウさん。ツバキさんのことなんですけど、別件でお忙しいようです。すぐにお会いになるのは難しいかと」

「そっか。ありがとう」

今すぐには会えないということか…望みの結果ではないことに少しがっかりしたユウを見て、タツミは疑問を口にする。

「にしても、ツバキさんに会って何をする気なんだ?」

「ツバキさんから、ソーマのことを聞いてみようと思ったんです。彼が何で自分から化け物と揶揄するのか。二人は何か知ってますか?」

一度タツミとヒバリは互いに顔を見合わせ、やや気まずげな顔つきになった。

「…俺も噂程度の話しか聞いたことがない。少なくとも、悪い奴ではないとは思ってるんだが、どうもカレルやシュンの奴が噂を真に受けて特に関わろうとしたがらなくてな…」

「噂…?もしかして、彼と組んだゴッドイーターが死ぬっていう…」

「さすがにそれは聞いているか。その通りだ。けど、知ってるならなんで聞いたんだ?」

「僕は…知りたいんです。ソーマが他人をあそこまで拒絶する理由を。そこに死神と呼ばれ、自分を化け物って呼ぶ原因もわかる気がするんです」

真摯に思ったことを口にしたユウの目を見て、タツミは笑みをこぼした。リンドウが見込んでいた通り、彼はいい人間なのだと思えた。癖の強いカレルとシュンの奴もこの人柄の良さを見習ってほしいものだと思ったのは内緒だ。特にシュンは新型ゴッドイーターに対する嫉妬が強く、自分に対して生意気な態度をとってきたことがあるユウやアリサのことを未だに認めようとしない。

「あ、そういやシュンの馬鹿がまたソーマにいらない事を言ったみたいだな。防衛班長として詫びさせてくれ。ただ、あいつもあいつで仲間が死ぬのは嫌がるタチなのは確かだ。マルコの一件もあるからな…。だから噂通り仲間の死に直面しやすいソーマの事も嫌がるんだって思う。けど、馬鹿なこと言ったのは事実だし、しっかり注意させるよ」

「…悪いのはタツミさんじゃありませんから、頭を上げてください」

シュンのこの前の失言についてはタツミの耳にも届いていたようだ。頭を下げてきた大先輩に、ユウは首を横に振る。

「あ、ソーマさんのことでしたら、他にも詳しい方がいますよ」

ヒバリから、ソーマに詳しい人を紹介され、さっそくユウは向かった。

 

場所は、サカキ博士の研究室前。

 

ヨハネスとは旧知の仲であるサカキは、ヨハネスの子であるソーマのことも、親戚の伯父のように昔からよく知っていた。確かに彼からなら、何か聞けるかもしれない。さっそく彼に聞こうと思っていると、研究室の扉が開かれ、探していたサカキが姿を見せた。

「サカキ博士」

「やぁ、ユウ君。何か用かな?今からリッカ君たち技術班と、メテオールやその他もろもろについて話をしに行くところでね。済まないが、用事がある場合はもう少し時間が経過してからにしてもらえるかな?」

自分が尋ねる前に、あたかも自分の考えを予知していたかのようなサカキ。しかし彼は先約を取り付けていたためか、頼む前だったユウの要求に応えることができず、すぐにエレベーターに乗ってしまう。

よりもよってこのタイミングで用事とは…これではソーマのことを聞くのはしばらく先になりそうだ、と肩を落としていると、床の上に気になるものが見つかった。

それは、一種のデータディスクだった。ターミナルにセットして中を閲覧できるタイプのものだ。サカキが落としたのだろうか。そう思っていると、サカキが最後に一言だけ言ってきた。

「君は、好奇心旺盛な方かな?」

「え、ちょ…!!?」

ユウからの返答を待つまもなく、サカキはそのままエレベーターに乗って行ってしまった。

「…………どうするんだよこれ」

ユウは拾い上げたディスクを見て頭を悩ませた。

「…怪しいな」

ひょこっと、一部始終を聞いていたタロウが一言呟く。

「サカキ博士は、まるで君にわざと拾ってもらおうとしているように見えた」

サカキがわざと?タロウからその憶測を聞いてユウは手に持ったディスクを見つめる。確かに、思い起こせばなんかわざとらしい。拾われて困るくらいなら、すぐにエレベーターで去る必要もなく、その場でエレベーターを停止させたままユウからディスクを返却してもらえばいいのに、サカキはすぐさま行ってしまった。単にせっかちなだけなのか、それとも…。

このディスクの中身が妙に気になったのは確かだった。

 

結局ユウは好奇心に負け、部屋に戻ってそのディスクを自室のターミナルにセットしてしまう。

「…本当に見ても良いのかな?今更だけど」

そう悩みながらもこの先にあるものを見たくなっていたのもまた事実だった。

「安心しろ、私も共犯だ」

バレたら一緒に責任を負うとでも言いたげだが、フェンリル関係者でもないのであまり慰めにもならないタロウの言葉。でも背中を押す言葉にはなったので、ユウは意を決して再生した。

 

 

 

 

ビデオデータの最初に再生されたのは、白衣を着た、男一人、女性一人の二人組が、大胆にもオウガテイルを診察台の上に乗せ、その体を調べている光景だった。今の時代だったらあまりにも自殺行為にも見える光景だ。大掛かりな手術のようにメスを通しながら、その二人はオウガテイルの体を調べようとしていたが、突如男性が悲鳴を上げて倒れた。オウガテイルの体から湧き上がったオラクルの瘴気に体の一部を捕食されてしまったのだ。

『麻酔が効いてないの!?』

女性が最後に驚いて声を上げたところで、新たな映像に切り替わった。

次に映ったのは、さきほどの映像にも姿を見せていた褐色肌の女性と、現在と比べるとサクヤやリンドウ並みの若い外見のサカキとヨハネスが、研究室で話をしている様子だった。後の新たな研究のために、自分たちの研究と会議の光景をわざわざ録画したのだろうか。

『あの弾丸の効果は一度のみ…アラガミの偏食傾向が変わってしまったせいか。まだ実用段階じゃなかったというのに…』

『けど、効果があったのは事実よ。たった一度だけだとしても、それで助かった人たちもいるはず…』

ヨハネスがいわんこっちゃないと言いたげに言うと、褐色肌の女性がヨハネスに向けて言った。続いてサカキが微妙な反応を示す。

『だがそれを特効薬のように売りさばくのはどうかと思うけどね。なんにせよ、現状の武器では限界がある』

『それなら、兵器に組み込む偏食因子の純度を高めれば…』

『偏食因子はオラクル細胞から摘出した時点で劣化してしまう』

ヨハネスが提案するが、首を横に振るサカキ。

『くそ…だめなのか。かつてこの地球を狙ってきた宇宙人や怪獣共にもメテオールが効いていたというのに、今では奴らより遥かにちっぽけな生物の群れに…』

『悔しいけど、仕方ないわ。アラガミはあらゆる物質を捕食してしまうもの。ただ単純にメテオールをぶつけても、意味はないわ。

…来堂先生なら、何かを掴めたかしら。メテオールに偏食因子を劣化させることなく組み込ませる方法とか…』

『アイーシャ、もう来堂先生はご家族の様子を見に失踪してかなりの時間が経っている。そもそも防衛軍所属ではない一研究者である我々ではメテオールに触れさせて貰えないんだ。いつまでも、あの人の頭脳に頼りきりなのもいかがなものだろう。先生が何度も話してくれたウルトラマンも、これほどの地球が危機に瀕しておきながら全く姿を見せていない。無い物ねだりをしても仕方ない。

まだ若い私たちが、あの人から託された知恵でなんとかするべきだ』

女性が考え込みながらそう呟くと、サカキは首を横に振る。現在のサカキが実際に成功させていた方法を口にするが、当時の彼らの現状ではそれを形にできない状態のようだ。

『なら、どうするの?』

『そこで、これを見てくれ』

サカキは女性から尋ねられ、その答えを自身の目の前のコンピュータのディスプレイに表示する。

持ち手から伸びる、アラガミのような奇怪な形の剣や銃。その見取り図を見て、ユウは気づく。

これは、サカキが神機を発案したばかりの頃の記録だったのだ。

『これは…君が設計したのか?』

『純粋な偏食因子を兵器に転用するには、この手しかない』

『これは武器というより、生態兵器ね。悪趣味だけど素晴らしいアイデアだわ』

『人が制御するアラガミを作るというわけか』

『だが問題がある。これもオラクル細胞で作られるものだ。つまり触れた者に牙をむいて捕食してしまう。これではアラガミ相手に使う以前の問題だ』

適合者ではない人間が握ると、神機は握った者を襲って食い殺す。やはり今と同じリスクを孕んでいたようだ。

『無人で使うことはできないのか?』

『生物である以上、制御は難しいだろう…』

どうしたものかと、三人は考え込む。すると、アイーシャと呼ばれた女性が顔を上げて二人に言った。

『一つ、方法を思いついたわ。

使用者側に偏食因子を投与し、この兵器に適合させるの。もしかしたら使用者側も適合するだけでなく、アラガミにも匹敵する強靭な肉体になれるかもしれない』

『それは…!』

ヨハネスはアイーシャのアイデアに衝撃を受け、サカキはあまり良いとは言えない反応を示した。

『それは確かに手っ取り早い方法だが、まさに悪魔の発想だ』

それは、人命や倫理を無視した非情ささえ感じる手段だ。この方法なら、長期にわたる研究の手間も省いた上で、神機を制御できる手段を確立させられるかもしれない。しかし、人体で実験を、それも自分以外をすぐさま食らうオラクル細胞を利用するとなると、その実験で多くの人間が犠牲になりかねないことは想像に容易かった。

『…まずは、ラットで実験してからにしよう。さすがにいきなり人体で実験するには危険だ』

焦るべきではない。アイーシャや自分に言い聞かせるように、ヨハネスは提案した。

 

 

そこで、次にその三人が円卓を囲う形で研究会議を行った映像に切り替わった。

『やはり生態への偏食因子の組み込みは難しいわね』

『投与してもアポトーシスが誘導しづらいようだね。やはり、細胞分裂と自己崩壊が多い胎児段階の投与ならが一番確実だ。少なくともラットでは成功している』

『どちらにせよ、この「マーガルム計画」は人体での臨床試験が必要な段階に入ったな…』

どうやら理論自体は確立しているようだが、肝心の制御方法として行っている『生体への偏食因子の投与』は難航していた。

『原理がわからないものを、わからないまま使うアプローチすべてを否定するわけじゃないけど、P73偏食因子の解明は始まったばかり。少なくとも今行うのはいかがなものかな』

サカキが難色を示していると、ヨハネスが何を言ってるんだと言いたげにサカキに言った。

『1日10万人近くがアラガミに食われている状況で、そんな悠長なことは言ってられないだろう!』 

『君がペッテンコーファーのように、自分の肉体で試すというのかい?』

『必要とあらば、覚悟はできている。この星を救うためなら、喜んで…!』

自らが、人体への偏食因子投与の被験者になることを宣言するヨハネス。冷淡な印象を与える今現在と比べると、やや感情的で熱さを感じさせられた。

すると、アイーシャが自分の腹部に手を添え、二人に衝撃の提案を持ちかけた。

『ヨハン、私たちの子に偏食因子を投与するのは…どうかしら?』

『なんだって…!?』

自分とアイーシャの間に子供ができた。初めて聞いたことだったらしく、ヨハネスは驚きを露わにする。

『子供ができたのか!?それはよかったじゃないか!おめでとう!』

サカキは、友と慕う二人の間にめでたく愛の結晶が生まれたことを祝福した。…が、直後に笑みを浮かべる前と同じ、複雑で重苦しいものへと変わる。当然のことだ。アイーシャは、自分の子供を実験に使おうとしているのだ。どう考えても普通ではない。

『…あ、いや…すまない。しかし本気かアイーシャ?いくら君の発案でも、君とヨハンの子供をそんな風に…』

『子宮経由で胎児に投与すれば、直接投与よりも安全な投与ができるわ。

それに誰かが渡らなければならない橋よ。それなら言いだしっぺである私たちが…』

アイーシャは、他の誰かに実験を押し付けるよりも、自分たちでその責務を背負うという使命感から、敢えて自分と自分の子供を偏食因子投与実験の実験台になろうとしていたのだ。

『だが、もし失敗したら君もその子供も…何か別の方法があるはずだ!』

ヨハネスは反対した。アイーシャが望んだこととはいえ、我が子と愛する人を実験にかけるなんて当時の彼には、自分自身の体ならまだしも、自分以上の大切なものを賭けに出すことに等しかった。一度失えば、もう二度と戻ってこない大切なものを賭けに出すほどヨハネスは覚悟を決められなかった。

『私たち人類にはもう時間がないでしょう?私のことは構わないけど、まだ私が実験の犠牲になるとは限らないわ。ただ、生まれてくる子供に、この世界の終わりを見せたくないの…たとえ死ぬことになっても、せめてこの子に希望を託したい』

アイーシャはお腹の子を撫でながら、それでも覚悟を決めた眼差しを向ける。

『合理的だが賛成しかねるよ。先生も話を聞いていたら、猛反対していたことだろう』

サカキは、恩師を思いながらアイーシャの提案を否定した。彼の目には、人類が危機に瀕していることを理由に、自分以外の倫理や命さえ蔑ろにし始めている印象を受けた。もしかしたらアイーシャの案で、この後助かる数多の命があるのかもしれない。でも、その実験の過程でもしアイーシャ自身と、お腹の子に何かがあったら?たとえ生き残っても、その後彼女たちの子供は…?

『…僕は、支持する』

そう考えている内に、ヨハネスはアイーシャの提案を受け入れた。だが、その顔はとても良いものではない。他にさっきまで求めていたような安全な手段があればそっちに飛びつきたい。でも、無尽蔵に増殖しあらゆるものを捕食し続け成長するアラガミ。怪獣以上に厄介極まりない残虐な怪物を相手に時間がない。さらに自分たちはこれまで安全な手段を何度も考え、それを確立すべく実験を繰り返しても成功に繋がらなかったことが、ヨハネスに決断を急がせた。

サカキは、二人を見て諦めたように深くため息を漏らした。そこには二人に対する、秘めた怒りと失望があったかもしれない。

『…両親ともに賛成か。なら私は降りるとするよ。君たちとは方法論が違いすぎる。私は、私のやり方で偏食因子を制御する方法を模索するよ』

『ペイラー…』

『私はどこまでも星の観測者だ。君たちの重大な選択に介入するつもりはない。またどこかで道が交わることを祈ろう。それじゃ…』

サカキは席を立つと、決別を姿勢で示すように二人に背を向け、二人のもとを去って行った。

 

 

(神機が誕生した裏には、あの人たちの決別もあったのか…)

襟を分かつサカキとヨハネスの夫妻。しかし、今ではサカキは再びヨハネスの元に戻ってきている。なぜだろうか。この先を見続ければその理由もおのずとわかってくるのだろうか。ユウがそう思っている内にまた映像が切りまわった。

 

 

患者服に身を包み、先ほどと比べてお腹が大きくなった状態でベッドに横になっているアイーシャが映った。ヨハネスの姿がない。妻のその時の様子を録画しているのだろう。

『気分はどうだ?アイーシャ』

『うん、体調は十分よ。……ねぇ、ヨハン。ペイラーは?』

アイーシャは、あの時決別してしまった仲間であるサカキのことを案じていた。

『…この安産のお守りが贈られたが、音信不通のままだ。…今でも、僕らの決断に対して怒りを抱いているのだろう』

ヨハネスは、手に持っていたお守りをアイーシャに見せた。旧日本の神社でよく購入されていたように、お守り袋に包まれている。

『でしょうね…確かに、彼の傍観者としての立場から見れば、無理もないわ』

二人はサカキの自分たちの案に反対した意思を理解していた。ただ、やはり決別を言い渡されたことへの後ろめたい気持ちは誤魔化せないでいた。

『アイーシャ、今はペイラーとのことは考えない方がいい。体に障ってしまう』

『ええ…』

アイーシャは、お腹の上から、もうすぐ生まれる我が子を愛おしげに撫でた。

『早く生まれてきてね、ソーマ』

「ソーマ…!?」

ここで同じ第1部隊の仲間の名前が飛び込んできた。では、あのお腹の中にいるのは…

(そうか、これはソーマがもうすぐ生まれる時期の…)

あのアイーシャが、ソーマの母であることにも気づいた。思えば、アイーシャはソーマと同じ浅黒い肌をしている。あの肌は母から受け継いだものに違いない。

『ソーマ?もしやそれは…』

『もし、誰も見たことのないウルトラマンを見たら、この名前を付けたいって思ってたの。アラガミから皆を守り、福音をもたらす…この子にはそんな優しい子になってほしいの』

『ウルトラマン、か…』

ヨハネスは考えていた。もし、来堂先生が自分たちへの講義やプライベートトークの際に何度も話していた、地球を幾度も危機から救ってきた救世主の一族が、この世界がアラガミに荒らされる前に現れていたら…と。もしかしたらこの地球が今のような惨状になってしまうことは避けられたかもしれない。アイーシャが、自分と子供を犠牲にしかねない実験に自ら買って出ることもなかったかもしれない。でも、それは所詮現実にならなかったもしもの話。それに地球だけを守るのがウルトラマンたちの役目ではないし、ウルトラマンたちがアラガミを倒せるかどうかなんてわからないのだ。既存のあらゆる兵器…かつて侵略宇宙人たちの兵器を応用して開発された超兵器メテオールさえも通じなかった。

アイーシャが、ヨハネスの顔を見て気分を変えようと、もっと希望が持てる話に話題を切り替えた。

『来堂先生、最後に会ったとき、孫が息子夫婦の間にできたってはしゃいでたわね。息子さんやその子供たちに、この子と会わせたいわ』

ヨハネスは少し我に返ったようにはっとなるも、すぐにアイーシャの希望にあふれた笑みに応えて、自分も笑みをこぼした。

『きっと会えるさ。その時はペイラーも…』

『ええ…。ヨハン、そのお守りはあなたが持ってて頂戴。あなたにちゃんと見守ってほしいの。私たちの子供が、生まれてくるその瞬間を』

『ああ…!』

もう一度サカキとも和解し、そしてソーマを恩師の親族にも会わせたい。アラガミを根絶したあかつきにその明るい未来を掴むつもりだった。危険が伴う実験に身をゆだねていたアイーシャだが、彼女は実験の尊い犠牲に留まり、未来を諦めるつもりは毛頭なかったのだ。

『ソーマ、あなたはこの世界に福音をもたらすの。アラガミからみんなを守ってあげて……来堂先生が教えてくれた、ウルトラマンのように…強く、優しい子に育って』

 

 

だが、その未来は永遠に来ないことを痛感させる映像が次に現れた。

 

 

次に現れたのは、支部長室で一人デスクに座っているヨハネスが、録画モードのカメラに向けて一人話を始めていた。

(アイーシャさんが、いない…)

妻であり、ソーマの母であるはずのアイーシャの存在が感じられなかった。先ほどと比べると彼の雰囲気は、ユウの知る…どこか冷めたようなものだった。

『やぁ、ペイラー。しばらくぶりだね。

君も知っての通り、あの忌まわしい事故でマーナガルム計画は事実上凍結された。あの事故で生き残ったのは、産まれながらに偏食因子を持ったソーマと、君からもらった安産のお守りを持った私だけだった』

(生き残ったのが、ソーマと支部長だけ…じゃあ、アイーシャさんは…!)

その先は言うまでもなかった。二人は、この映像の時点ではソーマの誕生と同時に、アイーシャが亡くなったことを確信した。間違いなく、先ほどまでの映像で実行されていた、『マーガルム計画』で…。

しかも「忌まわしい事故」とも言っている。アリサの過去にも匹敵する、想像することさえおぞましい現実があったに違いない。

『君が作ったお守りの技術が、今や人類をアラガミから守る対アラガミ装甲壁になるとは…科学者として、君には敵わないと痛感したよ…恐らく君は、こうなることを予見していたのだろう』

アイーシャと共に未来を語らっていた希望にあふれたものではなく、ただひたすら伝えるべきことを淡々と告げるだけの酷薄な声。アイーシャの死が、ここまでヨハネスを変えてしまったのか。

『フ…安心してくれ。君を責めるためにこのメールを送ったのではない。あの時君が必死になって止めていたとしても、アイーシャは決断を覆さず、私もまたそんなアイーシャの意思を汲んでいたかもしれないからな』

ヨハネスは薄く笑うと、このビデオメールを見ているであろうサカキに向けて話を続けた。

『話を戻そう。私は近々、フェンリル極東支部の支部長に任命される。そこで再び君の力を貸してほしい。報酬は研究に必要な十分な費用と、神機使い…ゴッドイーターにまつわる全ての開発統括だ。

…そうだ、君にまだ息子を紹介していなかった。まあそう言うわけで、近々挨拶に行くよ…それでは失礼』

最後にそう締めくくり、ヨハネスは彼らを止め、再び画面を砂嵐が覆った。

「…とても良い光景とは言えなかったな」

「うん…」

タロウの一言にユウは頷いた。見ているものを深刻な気持ちに沈ませる映像だった。ソーマと神機、両方の誕生の秘密に触れたが、そこにはサカキやヨハネスの忌まわしい過去も混ざっていた。

…と、ユウとタロウの二人が気持ちを沈ませていたところで、一枚の画像がビデオの最後を締めくくった。

 

『このディスクを拾われた方は、ペイラー・サカキの研究室まで届けてください。

 

…まさか中身は見てないよね?』

 

デフォルメされたサカキとオウガテイルが両脇に出た文書付き画像。シリアスな空気をぶち壊すメッセージに二人は思わず声を上げた。

「「おいいいいいい!!!?」」

最後にこんな、自分にとって見られてはまずい映像ですとアピールされても全く意味がないではないか!!

しかし確信を得た。サカキは間違いなく『わざと』ユウが視聴するように仕向けたのだ。

でもまだその理由がはっきりとわかっていない。ソーマが自身を化け物と蔑む理由を考えていたタイミングで、サカキはこの記録ディスクをわざと落とした。サカキなりに、ソーマのことを誰かにわかってほしいと願っての事だろうか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

忌まわしき過去(後編)

ギンガがついにウルトラギャラクシーファイトに参戦!ということで最新話投稿です。思えば今回で久しぶりにルギエルが自我をもっての復活な気がします。


最近執筆が滞り気味…申し訳ないです。でも暁と並行しながら2作品も書いてて、なおかつ向こうの方が苦戦しそうなので、向こうの方の執筆を優先して行ってます。
後、ソーマ戦のエピソードは一通り書き上げてましたが、なんか書き直した方がよさそうな気がしたので、少し手直しする予定です。時間がかかるかもしれませんが…何卒ご了承くださいませ!


次の日、ユウはサカキの研究室へ、例のディスクを届けに来た。

「ゆう!おはよ!」

「うん、おはよう」

ソーマに拒絶された辛さなど感じさせない明るいテンションで、アラガミの少女がユウに朝の挨拶をしてきた。てっきり落ち込んでいるのではと思ったが、その辺りは思い過ごしだったようだ。この少女は案外メンタル面では結構図太い方なのかもしれない。

「サカキ博士。こちら、落とされましたよ」

ユウはサカキに、彼が落としたあのディスクを手渡した。

「あぁ、よかった。君が拾ってくれていたんだね。ありがとう。

………まさか、中身は見てないよね?」

ディスクの最後のメッセージをリピートするように、サカキが笑みを崩さずに尋ねてきた。本人にそのつもりはなさそうだが、妙なプレッシャーを放ってきているように見える。

「…はい。見ました」

「そうか、見てしまったのか。悪い子だね…と言うところだが君は正直だ。気にしないでおこう」

相変わらず何を考えているのか読めない笑みを浮かべるサカキに、わざと落としたくせに、と心の中で思った。

「…神機とゴッドイーター…それにソーマの誕生の裏に、あんなことがあったんですね」

「…まぁね。私にとって、若い頃の苦い思い出さ。

マーナガルム計画、あれはお世辞にもエレガントとは言えないものだった」

遠い過去を振り返ってか、サカキは少し遠目で語りだした。

 

 

 

同じ頃、極東支部を経って数日経過したヨハネスはヘリでヨーロッパへ向かい続けていた。窓から見える、どこまでも荒廃した大地を見つめていた。

自分達が若かった頃、まだこの地球は人に溢れていた。かつては地球防衛軍宇宙飛行士以外で宇宙へ飛び立てる者は中々いなかった。だが文明の発達に連れて、それ例外での本格的な進出が始まろうとしていた。宇宙開拓を引き受けていた組織『ZAP』の発足もその頃だっただろうか。

だが、それらは夢と消えた。…否、食われたのだ。自分達が見つけた…あの時小さかった細胞によって。

 

アラガミが現れる前、地球上のエネルギーは文明の発達に伴い、枯渇の傾向にあった。

過去に地球が、怪獣の暴威や宇宙人の侵略等、数々の滅亡の危機に立たされたこともあり、それに対抗するための兵器開発と、都市の復興のために人類は膨大な資源とエネルギーを必要とした。だがその結果、度重なる発展と復興のツケとして、エネルギー不足問題が目立ち始めたのである。

新たなエネルギー研究のために、ヨハネス、サカキ、アイーシャの三人は、新たに発見した新細胞を研究していた。それが現在のオラクル細胞である。

オラクル細胞はあらゆる物質を取り込む特性を持っているのは知っての通りだが、その特性故に、時に自ら電力を発するなどの現象を起こすことが可能であることを見つけた彼らは、この細胞をうまく利用できれば、エネルギー枯渇問題を解消、あわよくば既存の資源に代わる無限のエネルギーを得られると見た。

だが…それは夢想でしかないと思わざるを得なくなる事態が発生した。

ある日、地球防衛軍からの報告で、オラクル細胞を持った謎の生物が捕獲されたものの、無機物であるはずの檻を捕食して脱走、周囲に被害を及ぼしたという報告があった。現在でいうアラガミが、すでに姿を現し人類に害を成し始めていたのである。しかも当時の防衛軍の兵器は、怪獣を抹殺できる破壊力を持つあのメテオールでさえ効果をなさないという耳を疑いたくなる事態が起こった。

三人はすぐに、フェンリルから対抗策に関する研究を進めるように要請された。

そんな中、オラクル細胞は、互いに隣り合っているものを捕食しないという習性を見つけたのである。アラガミは現在でも滅多に共食いは行わない。稀にヴァジュラの亜種でありながら、積極的にヴァジュラを捕食するディアウス・ピターのような例外もいるが、今でもその偏食傾向は崩れていない。その研究の果てに、彼らはP73偏食因子を発見する。この細胞を人体への投与がうまくいけば、アラガミに捕食されない人間を作り出せるかもしれなかった。

だが、現在のゴッドイーターたちの肉体に投与されるP53因子と異なり、P73因子は血中への投与が不可能だった。P73因子の影響力が強すぎて、下手に投与すればアラガミ化を引き起こしてしまう。またしても、ヨハネスたちは求める結果以前の問題に差し掛かってしまうことになった。

そこで思いついたのが……胎児段階での投与。

胎児のころは、細胞分裂と自己崩壊が繰り返し盛んに行われている。よって、その段階で胎児に投与すれば、その胎児の肉体が強化され同時にアラガミの捕食されない人間となり、

アラガミ化の影響が出る前に投与したP73因子が細胞の自己崩壊に伴って一緒に消えることになる。

 

そして、その悪魔的発想の発案者であり、自らが被験者となったアイーシャは…

 

『うあああぁぁぁぁぁあ!!』

手術台に寝かされているアイーシャの悲鳴が、防護ガラスの向こう側から響いてくる。周囲で医師たちが細心の注意を払いながら、アイーシャの中からソーマを取り出そうとする中、ヨハネスは悲鳴を聞くたびに胸が果てしなく締め付けられる。サカキが乗り気でなかった気持ちが今になって理解できてきた。たとえ人類の未来のための研究であっても、こんな実験は被験者になっていないヨハネスにとっても苦痛を催すものだった。彼女の病服に隠れた首筋の肌が、オラクルの浸食をうけた影響で不気味に変色している。

『もういい…やめてくれ!アイーシャ!』

思わずそう叫ぶヨハネスだが、それを聞いたアイーシャがヨハネスの方を見て、苦しそうに首を横に振り続けた。ここで実験をやめてはならない。人類の未来を切り開くための必要な実験だと、そして生まれてくるソーマに滅び行く世界を見せたくないという思いが、彼女に実験中止という選択肢を与えなかった。

ヨハネスは、サカキから送られた安産のお守りを握り締め、とにかくアイーシャとソーマの無事を祈り続けた。

結局実験は続けられた。しかし、ソーマが中々彼女の体内から生まれてきてくれなかった。

医師たちは、メスを通して帝王切開という手段でソーマを取り出すことにした。

アイーシャの腹にメスが入った、次の瞬間…

 

悪夢が現実となった。

 

べちゃっ!

 

『うわあ!?』

防弾ガラスが一瞬で黒く塗りつぶされヨハネスのそばにいた研究員たちが悲鳴をあげた。

『なんだ…何が起こったんだ!』

ヨハネスも起きた事態をのみ込めなかった。アイーシャの腹にメスが突き刺さった時、黒くおぞましいスライムのような物が、まるで彼女の体という牢獄から閉じ込められていたところを解放されたかのような…

『アイーシャ!』

妻の名前がよぎった瞬間、彼女の元へ駆けつけようとヨハネスはアイーシャのいる手術室の扉を開こうとした。だがそれを近くの研究員が差し止めた。

『ドクター・シックザール!危険です!迂闊に開けたら…!!』

だがヨハネスが扉を開けるまでもなかった。その扉が、配管が大量の水で内部から破裂するかのように弾け飛び、ヨハネスと研究員も吹き飛ばされてしまった。

『がぁ…!!』

壁に背中を激突させたヨハネスはずり落ちる。体に重いダメージを受け、体をすぐに動かせなかった。

『ぎゃあああああ!!』

その悲鳴を聞いてヨハネスは顔を上げた。さっき自分を止めていた研究員が、アイーシャたちのいる方角からあふれ出た黒いスライムに飲み込まれていたのだ。研究員を捕食したその黒いスライムは、今度はヨハネスの方に向かって迫ってきた。

思わず反射的にヨハネスは安産のお守りを握ったままの手で身を守った。

瞬間、お守りがキィン!と光り輝き、彼を襲ってきた黒いスライムはヨハネス自身に当たることなく、彼の傍らの壁に激突した。

『…!?』

ヨハネスは、自分が助かったことが信じられず呆然とした。ふと自分の握っているお守りに目をやると、破れた袋の中に、金属片のようなものが入っていた。さっき自分がこれを握ったままかざしていたが…

(まさか、こんなものをペイラーが…!?)

ヨハネスは確信を得た。その金属片は、アラガミからの捕食を防ぐためにサカキが作り上げた、現在の『アラガミ装甲壁』のプロトタイプだった。アラガミ防壁は、アラガミが食べるのを嫌がる素材と状態を維持し続けることで、支部内の人々を守る。この時点で、サカキはその原型を完成させ、それがヨハネスの窮地を救ったのだ。

動揺のあまりその場で固まっていたヨハネスだったが、そのとき彼は耳にした。

生まれたばかりの赤子の産声を。

おぎゃあ、おぎゃあと聞こえるその声の主が誰なのかすぐにわかった。

ついに生まれてきたわが子、ソーマだ。すぐにヨハネスはソーマと、そしてアイーシャのもとへ向かった。サカキの装甲壁のプロトタイプを持っているおかげで、近づいても食われずにすんだ彼は手術室へ難なく入ることができた。

しかし、部屋はあまりにも悲惨な状態となっていた。手術の担当医たちは全員…肉片さえ残さず食われていたのだ。残っているものといえば、血と粉々になった数々の器物。もはやすべてが原形をとどめていなかった。

とにかくヨハネスは赤子の声をたどりながら自分の家族を探し続けた。そして、ついに見つけた。アイーシャと同じ褐色肌の、小さくて折れそうな、そして愛らしくも血まみれの赤子…ソーマを。

『ソーマ…!』

すぐにヨハネスはソーマを抱き上げた。ソーマも無事でいてくれた…しかもあの黒いオラクルのスライムに食われずに。実験の目的どおり、アラガミに食われない体質を持った状態で生まれてくれたようだ。

だが、アイーシャの姿がまだ見つからない。彼女が寝かされていた手術台も、粉々に破壊されていた。ヨハネスは嫌な予感がした。

『アイーシャ!僕だ!ヨハンだ!返事をしてくれ!』

荒れ放題の手術室内に向け、ヨハネスはアイーシャを呼ぶ。すると、部屋の奥の瓦礫がカタカタと揺れた。アイーシャか!?そう思って近づいたとき…ヨハネスは残酷な真実を目の当たりにした。

『AAAAAAHHHHHHHHH!!!!』

瓦礫が吹っ飛んだと思いきや、その下に潜んでいた黒いスライムが無数の触手を伸ばし、周りの瓦礫や、どこかに残っている人間の肉片を求めるように暴れだした。だがヨハネスが驚いたのは、その触手が突然現れたことではない。続いて現れた…人型の『何か』に対するものだった。

『あ……あ……』

その人型のものは、シルエットだけを見れば美しく艶かしい肢体といえた。だが実際にヨハネスが見たそれは、美しさも色気も何もない…おぞましいものだった。ゲル状にぶよぶよと膨れ上がった真っ黒の化け物。

愛するアイーシャの…アラガミと化した成れの果てだった。

『そんな…アイーシャ…嘘だ…』

アイーシャだったアラガミが、触手を伸ばしてきた。

『やめてくれアイーシャ!食うなら、僕を食え!ソーマは…ソーマだけは!!』

とっさにソーマをかばうように抱きしめたヨハネスの手の、あのお守りが再び輝き、触手たちが、自らの意思を持って嫌がるように弾かれる。アイーシャは次に、自ら急激に接近してヨハネスとソーマを食らおうとする。だがアラガミ化したアイーシャでも、それに近づくことはできなかった。見えない壁にぶつかったかのようにその場で弾け飛び、やがて…ぐずぐずに溶けて完全に崩れ落ちた。

アイーシャの本体が溶け尽くされた場所には、きれいに輝く青い宝石のようなアラガミのコアが転がっていた。

『アイーシャ………

 

うあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』

 

 

 

「実験に参加していたアイーシャ含め、ヨハンとソーマ以外の全員が死亡。

その日を持って、マーナガルム計画は永久凍結したんだ。私が噂等を通してそれを聞いたのは、このビデオメールが来るしばらく前のことだ。一度は決別したとはいえ、アイーシャの死には流石にショックを感じたよ。

それから彼の持つP73偏食因子による身体能力の向上や偏食因子による拒絶反応の減少を研究し、私はより安全な偏食因子を発見した。それが君の体にも投与されているP53偏食因子だ。マーナガルム計画の失敗を元に見つけることになるとは…二人が計画を強行する前になぜ見つけられなかったんだと自分を呪いたくなったよ」

「…」

「ヨハンがはじめてソーマを私に会わせたのは、彼が12歳に、ゴッドイーターになった頃だ。当時ロシアで核融合炉を爆破させて、周辺から集めたアラガミを殲滅する作戦に彼が参加することになったのだが、ソーマから冷たく言われたよ。『余計なことをしやがって』とね。

彼のことだ。こんな生を受けるくらいなら、最初から死んでいたほうがマシだった、と思っているだろうね…」

サカキが、ユウに返却されたディスクを見つめながら、過去を悔いるように当時のことを語った。

アラガミがという異形の怪物によって狂わされた、一つの一家の残酷な過去。もし、オラクル細胞が存在していなかったら、サカキたち三人の研究していたエネルギー枯渇解決問題が解決はしないものの、シックザール一家は明るく平凡な家庭を築けたかもしれない。

「ヨハンはあの事故以来、以前のような情熱を抱くことはなくなった。アラガミを滅ぼす戦士としてソーマを鍛えるようになり、とても当時のアイーシャとヨハンが思い描いた家庭と程遠い状態になった。

ヨハンもそうだが、ソーマも自分が生まれたせいで母親が死んだと思っている。二人とも、アイーシャの死を今でも引きずっている。一緒に戦う仲間も死んでいき、P73偏食因子の恩恵でどんなに深い傷でも死ななければ生き延びれるソーマは一人何度も生き残って、仲間たちから蔑まれ、それが今の彼を作り出してしまった。

私も彼に恨まれても仕方のない人間だ。結局、観測者としてのポリシーにこだわり、ヨハンとアイーシャの強硬姿勢を止められなかったからね…」

彼は自らを『星の観測者』と名乗っている。故に自分以外のことに首を突っ込みすぎない主義を貫いていたが、それが同時に大切な友人たちと失うことになったことへの後悔にも繋がっていた。

きっとソーマがたどった道、そしてヨハネスがたどっている茨の道はどちらの考えている以上のものだろう。自分にとっても、サカキにとっても。

「ソーマがこの子を拒絶するのも、この子の存在が…ソーマのコンプレックスを刺激しているのかもしれないから、ですか?」

「それは間違いないね。これはソーマの前では言えないことだが、アラガミに最も近い肉体を持つソーマと、人間に限りなく近いこの少女はまさに表裏一体。ソーマもそれに気づいて、でも普通の人間でありたいという願望も持っている。あくまで彼は不器用なだけで、本当はかつてのヨハンと同じ、死を恐れる心優しい若者なんだ。だからこそ敢えて、自分の肉体が呪われた体だと思いながらもゴッドイーターとして戦ってこれたんだ」

ユウは、ソーマが他者を拒絶し続け、そしてこの少女も受け入れられない理由をはっきり理解した。この少女を受け入れたら、自分がアラガミであることを認めたことになる…認めたくないのに自分が本当に化け物であるという事実を認めることに恐れを抱いているのだ。

「そういうことだから、というのも変かもしれないが、ソーマのことをあまり悪く考えないであげてほしい。そして、ソーマに気づかせてあげてほしいんだ。自分が、死神でも化け物などではないということを」

…なんだ、生い立ちもこれまでの軌跡も不幸が続いていることこそあれど、同時にソーマは幸福なところもいっぱいあるではないか。サカキもソーマのことを気遣ってくれているようだ。リンドウにエリック、父であるヨハネス、そしてサカキ。もしかしたら気がついてないだけで多くの人たちが、ソーマのことを大事に思っているのかもしれない。

「…はい」

もちろんサカキのその案を受け入れた。そもそも言われずとも、タロウからの教えやエリックとの約束もあるし、そのつもりだった。

「ありがとう。きっとアイーシャも喜ぶはずだ」

サカキはそれを聞いて安心した様子を見せた。

「うーん…」

少女の唸るような声が漏れ出た。

「わかんないけど…そーまに、いやなこと…いった。

そーまにあやまりたい。ちゃんとはなしをしたい」

サカキが明かしたソーマの話を聞いて、まだ一般常識などを身に着けてないものの、それでも彼女なりにソーマを傷つけてしまったことを彼女は理解していた。

「後でソーマに伝えるよ。君が謝りたがっているって。だから心配しないで」

少女の背に合わせて身を屈めると、ユウは少女の頭をなでる。その手の温かみが伝わったのか、少女は頷きながらさっきよりも落ち着いた顔を見せてくれた。

「あ、そうそう。話が切り替わるけど、この後君たち第1部隊に任務が与えられる。私に監督を任せた支部長発注の任務だ」

「任務ですか?」

サカキが次の任務について話を持ちかけてきて、ユウはそれに耳を傾けた。

「ジャンキラーなんだけど、今のところ解析も難しいし、オラクルメテオールの開発やスパークドールズの研究で時間が取れないんだ。だから、数機の大型ヘリでつるした状態で、エイジス島の領内へ一旦輸送し保管することにしたんだ。君たち第1部隊にはその護衛を任せたい。

改めてソーマのこと、頼んだよ」

 

 

 

あの日のお守りは…今でもヨハネスがその手に大事に持っていた。

オラクル細胞…エネルギー枯渇問題がなんだというのだ。あんなものを地球に置くべきではなかった。オラクルが産み出す恩恵など放っておいて、早く危険性について調べるべきだった。そして宇宙船で輸送し、太陽にでも突き落とすなりブラックホールの中にでも放り込んでしまえばよかった。

今でもヨハネスは、内心で当時のことを悔やんだ。あの時そうすれば、今見ている荒廃した景色を現実にすることなくアイーシャたちと今でも…

 

Prrrrrr…

 

自身の通信端末に着信音が鳴り、ヨハネスはそれを手に取った。

『やぁ、兄さん。今は極東を経ったところですか?』

通信を入れてきたのは、自分を兄と呼ぶ何者かだった。だが、ヨハネスは間違い電話だと断じたりはしなかった。ヨハネスには、弟が一人いるのだ。

「…ガーランドか。久しぶりだな。まさかお前がかけてくるとはな。

今、中国支部の領空を抜けるところだ」

肉親との久方ぶりの会話のようだ。少しだけ、ヨハネスの表情が柔らかくなった。

『極東は激戦区。しかも最近は、かなり巨大で強力なアラガミが出ているとも聞いています。さぞ、大変だったことでしょう』

「気遣ってくれて悪いな。だが人類の未来のためだ。そうも言ってられまい」

そうだ、弱音など吐けない。

時は巻き戻ることはない。巻き戻せない。ならば今、自分にできることを、それがたとえどんなに薄汚い手段だとしても、アイーシャと共に生きたこの地球を救わなければならないのだ。

『…義姉さんも、きっとあなたを応援しています。お体にお気をつけて、お帰りください』

「あぁ、しかし本当に珍しいなガーランド。お前がここまで、気遣いとねぎらいの言葉をかけるとは」

『私にも色々ありましたからね。…ええ、色々と』

少し声のトーンが低く感じたヨハネスだが、あまり気にしないでおくことにした。

「とにかく、このままそちらへ戻る。もし力を借りることがあれば、お前にも手伝ってほしい」

『お任せください。地球のためというならば…』

 

 

 

極東支部の外部居住区。

ゴッドイーターや、フェンリルの一般職員になれる者は限られている。故に働くことができずにいる人が多く、フェンリルからの定期的な配給に頼るしかない。しかしその中でも、いつか自分たちの求める未来が訪れることを信じて奮闘する人間もまた存在する。この極東支部の防壁内に迎え入れられたということは、ゴッドイーターか、フェンリル職員として迎え入れられる可能性があるのだから。

外部居住区の中でも古ぼけている一軒家。それを近くの、他の木造建ての家と比べてちょっと立派な作りになっている2階建ての民家から覗き見ていた少女がいた。

藤木ノゾミ。コウタの妹である。コウタに似ながらも、幼い少女らしい愛らしさを持つ女の子だ。兄コウタが話してくれる彼の誇張気味な伝説を大概本当のことのように飲み込み、その分だけ兄を慕う純粋さも備えており、兄とは顔だけでなく、この過酷な世界でも失われない明るい性格もよく似ていた。

そして…ちょっとしたものへの好奇心も似ていた。

彼女は二階の窓から、ボロボロの一軒家を覗き見ていた。

「ノゾミ、あまりよその家を覗くのはよくないわ」

そんな彼女を、一階のリビングから上ってきたコウタと彼女の母親がたしなめてきた。

「だってお母さん、あそこの家変なんだもん」

「変?」

「だってほら。あそこの家の人、朝からずーっとあそこに座ってるんだもん」

ノゾミは覗き見ていた家の方角を指差して言った。その指の先にある家は、窓が開いていて家の中が見えているのだが、他の窓が閉ざされているためか昼間だというのに夜のように真っ暗だった。

「別にどこも変じゃないでしょ?さあ、あまり覗き見ては失礼よ」

母は特に何もなさそうだと言い切り、再び一階へ降りて行った。母からはもう覗くなといわれたが、どうしても好奇心が沸き立つノゾミは再びあの家の中に座り続けている男を観察する。

それはたまたまのことだった。ノゾミはある日、窓の外を見ていたときだった。そのときも今のように、その家の家主と思われる男が真っ暗な家の中でじっと椅子に座り込み続けていた。たまたまじっとしているとか、病気でうまく動けない状態なのだろうと最初は思ったが、少し気になってそれから数時間後、またその男の様子を観察したノゾミだが、驚いたことに、その男は同じ位置に座り続けていた。まるで石像のようにその場から一歩も動いていなかったのだ。…いや、目を放している間にトイレや食事のために動いたはずだ、とも思ったが、それからまた様子を見てみれば、また同じ場所にその男は居座り続けていた。

ノゾミはおかしいと思えてならなかった。特にその男に興味を示さない母は当然信じていない。なら…兄ならば信じてくれるだろうか。

「お兄ちゃんが戻ってきたら、話してみよっかな」

そう決めたノゾミは、母のいる一階へ降りた。

 

 

 

「使命…承知しました。シックザールが捜している特異点の件は別の者に任せ……

 

…我輩は、あのロボットの処理と、第2の巨人について……」

 

 

 

彼女が観察していた怪しい隣人は、他に誰もいないはずなのにひとり誰かへ報告を続けていた。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ジャンキラー、再び(前編)

今回の投稿文までは投稿しても問題なさそうなので、まずはこちらから……

暁のゼロ魔の方、どうも執筆が進みません…集中できない。


化け物……死神。

 

 

ますます不愉快な二つ名の通りになっていく自分への苛立ちと…仲間を失った深い悲しみを、ここ数日の任務中、彼はひたすら遭遇したアラガミたちにぶつけていった。

時々脳裏に流れる、『声』を聴きながら。

 

 

――――早く生まれてきてね

 

 

――――あなたはこの世界に福音をもたらすの、アラガミからみんなを守ってあげて…

 

 

 

ふざけんな…

福音だと?俺が奏でてきたのは、そんな綺麗なものなんかじゃない。

 

 

 

――――お前は全てのアラガミを滅ぼすために生まれてきた。いいな?あれをすべて殲滅しろ

 

 

――――あの子、八針縫うほどの傷が一日で…人間じゃないわ

 

 

――――あの人と組んで生き残った人っているの?

 

 

――――あいつとは組みたくないな

 

 

――――最近じゃエリックとリンドウさんだろ?洒落になってねぇよ

 

 

――――やっぱり、あいつは死神なんだ

 

 

大切な人たちを失った深い悲しみと無念の声、そして…理不尽に自分を恨み、忌み嫌う連中の、怨念と拒絶の叫びだ。

 

俺はただ『アラガミを滅ぼし、人を守るために生まれた』。それが父と母の望みだった。

でも実際はどうなのだ。

リンドウやエリックを救えず、自分が回収したアイテムのせいでエリナが苦しみ、これまでにも自分の任務で共に同行してきたゴッドイーターたちが次々と死んでいき、自分だけが強靭な生命力で生き延びた。

守りたいと思っている奴ほど守れずに死なせ、一人のうのうと生き延びてしまう…『出来損ないの化け物』だ。

 

しかも最近では…

 

 

――――ウルトラマンって、すごいよな。あんな馬鹿デカいアラガミをやっつけられるんだからな

 

 

――――あいつがいれば俺たちの生存率も上がってくるよな

 

 

――――けど、できれば俺たちが倒せる範囲の奴は残してほしいな。報酬が減ってしまう

 

 

――――でも、アラガミがいなくなれば、私たちの仕事なくなっちゃうんじゃない

 

 

――――へーきだって。充分俺たちの生活潤ってるだろ。アラガミなんかいない方がいいし

 

 

――――だな。ましてや、味方を死なせ続けるだけの役立たずな死神にはとっとと消えてほしいぜ

 

 

――――そ、それはさすがに言い過ぎじゃ…

 

 

ソーマは、自分を死神と忌み嫌う連中より、ウルトラマンギンガに対して黒い感情を抱き始めていた。自分と違って…ヒーローとして皆から必要とされる人ならざる巨人。それに引き換え、自分は…

 

役立たずの死神。

 

しまいには、先日ギンガを救いに現れた、ビクトリーとかいう新たなウルトラマン。

次から次へと、自分は果たすべき役目も全うできず、挙句の果てに存在意義を得体のしれない巨人などに奪われていく。

 

どいつもこいつも、どいつもこいつも…!どれほど俺を惨めにすれば気が済むんだ!

 

ソーマが振るうバスターブレード神機の黒い刀身は、まるで彼自身の黒い感情を体現したかのようだった。

 

怒りと苛立ちの赴くまま、彼は神機を振るい続けた。

また一匹、オウガテイルを切り伏せる。それからコンゴウ、サリエル、ザイゴート、ヴァジュラ…さまざまなアラガミを無双のごとく切り裂いていく。

「はぁ、はぁ……」

息が切れるまで神機を振るい続け、ソーマは刃を止めた。改めて自分が切り伏せたアラガミの死体を確認する。

「…!!」

ソーマは絶句した。自分が切っていたのは、自分の神機に切断されて転がっていたのは…

 

 

リンドウ、エリック、サクヤ……

 

 

自分と共に戦ってきたゴッドイーターたちの、バラバラに切断された死体の山だった。

 

 

ソーマは後退りした。すると、後ろにある何かにぶつかった。

 

「そーまも、やっぱりおなじだったんだね」

 

 

少女からもソーマは後ずさる。

 

(違う…違う!)

 

叫びたいのに、声がうまく出ない。少女がソーマを惑わすように手招きする。

 

「いっしょにたべようよ。そーまのあらがみも、たべたいっていってるよ?」

 

ソーマは感じていた。さっきまで自分がアラガミを切り伏せていた時、苛立ちと共に『飢え』を感じていた。

頭を抱え、自らの中に感じる『飢え』。認めたくなかった。それを受け入れたら、自分は今度こそ人間でなくなる。アラガミとなんらかわらない存在だと認めることになってしまう。

 

「俺は…俺は…!!!」

 

 

 

 

「うわあああああああああああ!!!」

ソーマは起き上がった。嫌な汗がどっぷりと彼の額をぬらしている。

そこは自室のソファの上だった。銃弾の後や自分が殴り付けたことでボロボロで穴だらけになっている部屋の壁やターミナルがその証拠だ。

またあの夢を見た。これもあのアラガミの少女が現れて以来だ。何度も悪夢が自分の頭の中に浮かび続けていた。

この前のサカキの研究室で、そして夢の中で少女に誘われた二度の時のことが、ソーマの頭の中で重なった。

『そーまのあらがみはたべたいっていってるよ』

「くそが!」

またしても怒りのままに壁を殴り付けるソーマ。また一つソーマの部屋に傷が刻み込まれた。

 

 

 

 

 

ジャンキラーは、エリナを搭乗者として暴れ、そこをウルトラマンビクトリーに止められて以来、決して動かなかった。その気になれば、今その機体を地面に縫い付けているワイヤーロープなど簡単に引きちぎってしまえるはずだが、彫像のように固まり続けている。

そんなジャンキラーだが、サカキでも解析が困難であることや、他にもサカキでなければ進められない仕事が多く、一度ジャンキラーを、あらゆるアラガミの攻撃から守る装甲が覆う島『エイジス』へ輸送し保管することになった。

この任務のために、輸送用ヘリが用意され、ワイヤーにつるした状態で運ばれる。当初は3機で運ぶ予定だったが、予想以上にジャンキラーの重量が重く、予定よりも多めの6機で輸送することになった。

アラガミはザイゴートやサリエルをはじめとした飛行型も存在しており、空の旅も当然ながら危険を伴う。サカキがユウにあらかじめ伝えて通り、第1部隊、エイジスへ戻る第3部隊にも当然出動要請が下された。

「これだけ大掛かりな輸送任務はかつてないものね」

周囲に、ジャンキラーに絡みつくワイヤーをヘリにつなぐ作業員たちの様子を見ながら、サクヤが呟いた。

「今からあのジャンキラーを運ぶんですよね?なんかもったいないよな。あれが俺たちの味方になって戦うとこ、見てみたかったんだけど」

コウタが、ウルトラマンとジャンキラーが一緒に戦うと言う構図を想像しながら期待していたようだが、残念ながら現実になることが無さそうなので落胆している。

「なんでそんなふうに思えるんです?」

アリサがやや呆れ気味にコウタに問う。

「だってさ、ロボットだぜ?宇宙で作られた変形スーパーロボットだぜ?めちゃくちゃかっこいいじゃん!?」

「そんな理由で動かされてもこっちが困りますよ。前みたいに暴れられたりしたらどうするんですか。…ウルトラマンギンガでも、あのロボットには苦戦させれたのに、まったく子供なんですから」

「なんだよ!お前俺と年変わんないじゃん!」

「そんなふうに年齢を気にするから子供なんです」

また不毛な言い争いに発展する二人の会話。それを少し離れたところから見ていたシュンは不満を口にする。

「はっ、サクヤさんはまだしも、なんで俺らがこいつらと…」

ユウやアリサ、ソーマ…第1部隊には彼が嫌うゴッドイーターがいるのが原因だった。

「嫌なら降りるか?シュン。その分だけお前の借金返済が遅れるだけだがな」

「あぁ!?」

カレルの言動にシュンが目くじらを立てる。

「…まぁ、死神の呪いが怖けりゃそれでもいい。その分の報酬は俺がいただく」

「んなことさせるかよ!いいぜ、接触禁忌種でも合成神獣でも死神の呪いでもこいってんだ!」

カレルの挑発にシュンは対抗意識を燃やすが、話を遠くから聞いて、ユウは二人に向けて不愉快さを覚えた。カレルは一見シュンと違って冷静な面で物事を見ることができそうだが、どうも彼もソーマに対して悪感情を抱いているようだ。

(ソーマの苦しみを理解しようともしないで、好き勝手言いやがって…)

「ユウ、今は収まれ。あんな者達でも勢力としては君の味方なんだ」

誰にも悟られないよう、タロウがそっとユウに耳打ちして落ち着くよう促した。だがタロウもシュンたちの会話に怒りを感じていた。

それを見かねたサクヤも、内心ではシュンたちにいい加減にしろと叫びたくなった。ソーマはリンドウが長らく信頼したゴッドイーターの仲間だ。それを根も葉もない噂に流され、仲間の死の責任を押し付けるシュンたちの身勝手さに憤りを感じずにいられない。でも、今の自分は第1部隊の隊長だ。少なくともこれから任務というときに、彼らの任務へのモチベーションを下げるようなことは避けなければならない。

「みんな、それぞれ別のヘリに搭乗して」

ヘリは6機。それぞれ一人か二人組みになってヘリに乗り、エイジスに到着するまで自分たちが乗るヘリと輸送中のジャンキラーを守るという流れだ。

組み分けは、ユウ、サクヤ、アリサ、シュンとジーナ、カレル、ソーマとコウタという、少なくともそれぞれに一人、遠距離攻撃が可能なゴッドイーターを一人配置することを重点に置いた組み合わせとなった。

ソーマと組むことについて、コウタは不満そうだった。ソーマをシュンや噂に流されたゴッドイーターたちのように死神だのと揶揄しているわけはない。ソーマの最近の態度がさすがにフレンドリーな彼でも…いや、そんな彼だからこそ仲間に対して排他的なソーマの態度が許せなかったためだろう。まだソーマの過去について知らないコウタに対して怒りはわかなかったが、このままではコウタもシュンたちのようにソーマのことを罵倒するようになってしまうのではないかと、ユウは恐れを抱いた。

「俺はあのジャンキラーに乗らせてもらう」

すると、そんな彼を読んでか、ソーマがジャンキラーを指差しながら言った。

「どうしてか理由を聞かせてもらえる?」

サクヤが理由を聞く。

「俺たちの敵には、宇宙人を名乗る変な野郎どもがいただろ。あのデカブツを、そいつらの仲間が狙ってこないとも限らない。そいつらに備えて俺が見張らせてもらう」

言っていることは理にかなっていた。サクヤにはその意見を反対する理由はなかったので、ソーマのジャンキラーの守備配備申請を受け入れた。

「わかったわ。でも危険だと思ったらすぐにヘリに移って」

「…へ、てめえの呪いで動かしたりすんじゃねぇぞ」

いやみたっぷりに言いながらヘリのほうへ向かうシュンに

「悪いわね。うちの男共がいちいちあんなこと言ってきて」

ジーナは、曲者ぞろいの第3部隊の中では、相手を侮蔑するようなことはなかった。シュンとカレルの非礼をユウたち第1部隊に詫びてきた。

「そう思うな口止めてあげてください」

ユウが少し棘を含めたように言う。

「何度言っても聞かないのよ。あの二人は。…もっとも、私は目の前のアラガミを撃つことに頭が向かって、二人への注意よりも戦いを優先しやすいから、ある意味同罪でしょうけど」

とはいえ、自分でも癖がある人間であることをジーナはわかっている。彼女は戦狂いの気があるらしく、より苛烈な戦いを求めて無謀な行動に出るところもあるという。そういうところもあってか、寧ろソーマの噂などまったく気に留めておらず、彼の死神の呪いが本物なら寧ろかかってこいといわんばかりの姿勢だ。ソーマにとってはそんなことは嬉しくもなければ慰みにもならないことだが。

「ともあれ、今回の任務の間はお互い、わだかまりを忘れて冷静にいきましょうか」

第1部隊と第3部隊の間のしこりを残したまま、ジャンキラー輸送任務は開始された。

 

 

 

その出発直前、ある一人のフェンリル職員がジャンキラーに近づく。

ジャンキラーは、中には誰も入ったりしないように監視の目が厳しく光っていたが、彼は怪しまれることはなかった。その男が近づいても、監視員の職員たちは、同じフェンリルの者かと思っているのか、その男が素通りしてもまったく気に留めていない。まるで透明人間が通り抜けたかのようだった。

その男は、ジャンキラーの中に入り込んで内部を動き回った。廊下、エネルギーをつかさどるジェネレーター前、そしてコクピット。

彼はそのコクピットに、何かを入れている小型ケースを持ち込んでいた。

その箱からは、妙に禍々しいオーラが出ていたことには、彼以外誰も気が付かなかった。

飛行したヘリによってジャンキラーが運ばれたのはそれから数分後の事だった。

 

 

 

一人、ワイヤーでくるまれたジャンキラーの背に乗っていたソーマは、エイジス島の方面を眺めていた。

クソッタレな父親がやたらと完成させたがっている、人類全てを収容できるとされている防壁。あらゆるアラガミに捕食されないように常に調整が続けられ、現在までアラガミに食い荒らされることなく存在し続けているため、多くの人たちからも信用されている、『エイジス計画』の要である。だが、ソーマにはあれがとても人類を守りきれる絶対のものとは思えなかった。アラガミは常に進化を続けている。今でこそアラガミに食われずにいるものの、いずれあのエイジスさえ喰らい尽くすアラガミがいつか必ず現れると信じて疑わなかった。最近では合成神獣なんて、通常の大型種アラガミよりもさらに巨大で強大なアラガミが現れているくらいだ。間違いなくその時が来る。

今はヨーロッパへ遠征中のあの糞親父だってわかっているはずだ。その上であんな物を作り出している。そしてリンドウやエリック、彼らをはじめとして多くの人たちが、その犠牲になっている。ヨハネスは決して犠牲になることは『強制しない』。あくまで『選ばせている』だけ。しかし自分の望む方向へ『選ばせる』ことが得意だ。要は、相手を利用するのが得意だ。それが胸糞悪いことこの上ない。あのユウとかいう新人についても同じことが言える。だから自分は、敢えてこの呪われた体を利用して、奴の計画の犠牲になっていく仲間たちを守ろうとした。でも、守れた仲間なんていない。この先も、今は生き残っている仲間もいつか必ず死んでいくのだろう。

何をやっても、人の死が連続して現実となる。何度人死にが起きないことを願っても、自分だけ異常な回復力で一人生き残っては仲間を死なせ、死神だの化け物だのと揶揄され、自分でもそう思えてならなくなる。

それに引き替え、最近になって表れた光の巨人『ウルトラマン』は、明らかにソーマ以上に異常な存在。強大な力を持ち、合成神獣とも互角に戦い、勝利してきた。まさに誰もが描く通りの理想的なヒーローだ。0にこそなってないが、あいつが現れて以来、人死にが著しく激減し、合成神獣もすべて倒され、多くの人たちからの信頼を得ている。だがソーマは、リンドウやエリックといった身近でごくわずかな人たちからしか信じてもらえていない。

シュンたちが言うとおり、自分は…あの少女と同じ…『化け物』なのか。彼女のことを思い出して、ソーマの表情が歪んだ。あいつを見ていると、心がざわつく。

(…違う!俺は…あいつとは違…う…!!)

ソーマはすぐに頭の中でそれを否定したが、その否定の意思に力が思ったほど入っていなかった。そしてそれが、あの少女と同じように、自分が常に他人を遠ざける時に使っている通り、『化け物』なのだと思えてきてしまう。

…本当に、そうなのか?

自分は仲間を死なせ続ける化け物。だから仲間なんて最初からいない方がいい。そう思っているから敢えてユウたちと距離を置き続ける。それと引き換え、あの少女は最後に会った時、自分に言った。

「そーまにあえて、みんなとあえてうれしかった」、と。

なんだこれは…本当なら殺すべき仇敵であるはずのアラガミが、自分に必死に訴えてきていた。自分の嘘偽りない、一緒になれて嬉しいという気持ちを倒すべき化け物が言葉で、伝えられているのに…。

(俺は…………)

仲間を死なせ続ける出来損ないの化け物な自分より、あのアラガミの少女の方がよほど人間らしいじゃないか。

ソーマは、自分が今足場代わりにしている、足元に見えるこの機体を見下ろした。

 

 

 

飛行型のアラガミが接近していないか、ユウたちは周囲を確認しながらヘリの護衛を続けていた。

何匹か、任務が始まってから飛行型のアラガミが接近してきたが、いずれも今の彼らには取るに足らなかった。

「喰らえ!」

銃声が鳴り響く。ユウのヘリに近づいた数匹のザイゴートが落ちていく。他のヘリにもザイゴートの他にサリエルが二体接近しレーザーで打ち落としにかかってきた。

「コウタ、レーザーを撃って!」

「はい、サクヤさん!」

だがそれらの光線はシュンが装甲で防御したり、ヘリに被弾する前にサクヤたち他の銃型神機使いたちのバレットがレーザーに直撃することで相殺される。

「ユウ君、アリサ!捕食!」

「「了解!」」

ユウとアリサは次のザイゴートが迫るまでの間、捕食形態に神機を切り替えると、落下中のザイゴートに向けて捕食形態の首が延びてザイゴートに噛りついた。ザイゴートのオラクルエネルギーとコアを取り込み、神機がバースト状態に移行する。

「ジーナさん、カレルさん!」

「あら、これはいいわね」

「ほう…これがバーストか」

ユウは取り込んだオラクルをカレルとジーナに飛ばし、彼らをリンクバースト状態に。二人は旧型の銃型神機使いなので自力でのバーストはできないため、今回始めてのバースト移行だった。

アリサもその間にコウタとサクヤにオラクルを渡して二人をリンクバーストさせた。ザイゴートを先頭にサリエルが後に続く形で、アラガミたちはヘリやその中にいるユウたちを食らおうと必死になって群がっていく。しかし、彼らに隙はなかった。接近しようにもユウたちはバレットを十分に保有していることや、ユウとアリサの二人が捕食形態を利用してアラガミバレットを補給し続けており、弾切れを起こすことなく撃ち落としてくる。

サリエルも自身が放つバリアを展開することで彼らの銃撃を防御し、レーザーを撃ちかえしてくるも、レーザーがヘリに被弾する前に、銃型神機のバレットによって相殺されていった。そしてバリアの持続時間も永遠ではない。一度展開したら数秒でサリエルのバリアは消える。

「さあ、綺麗な花を咲かせて…」

「俺は花よりも金だ」

バースト状態のジーナやカレルのバレットが、バリアの解除と同じタイミングで放たれ、サリエルは赤いバラを再現するように血しぶきを上げながら落下していった。

ジャンキラーの方も、近づいてきたサリエルとザイゴートをソーマが迎撃していた。ジーナとカレルの銃撃によって落ちていくサリエルに向け、ソーマは捕食形態の神機を突出し、そのオラクルを取り込んでバースト状態に入る。

「…失せろ」

ワイヤーを誤って叩ききらないように、当然ジャンキラーにも傷を追わせるわけにいかないので、気を遣わなければならない。ソーマは普段と違ったやりにくさを感じたが、それでも一匹でも多くのアラガミを屠っていく。こうしてアラガミをぶった切っている間の方が、余計なことを考えなくて済んだ。死神と揶揄されることも、あのアラガミの少女の事も気に留めないので、心がざわつくことも余計なイライラも降りかからないのだから。

そんな時、サリエルたちに向かって風のように何か黒い影がすり抜け、同時にワイヤーの一本が切れた。

「うわ!」

シュンの慌てるような声が聞こえる。ワイヤーが切れたのはシュンとジーナが乗っているヘリだった。今通り抜けたのは、間違いなくアラガミだ。ソーマの気配を察する感覚がそう囁いていた。

サクヤが敵の姿を確認すると、甲殻類のような表皮を持つ、蛇のように長い体を持つアラガミの姿を4体確認した。

「ヨルムンガンドですって!?」

「ヨルムンガンド?…って、なんだっけ?」

「少しはターミナルで学んでください!」

ここに来て己の無知をさらして仲間に尋ねてきたコウタに、アリサは恥ずかしささえも覚えて怒鳴った。

「まずい!今のでワイヤーが切られた!」

一本、サリエルごとワイヤーが食われたことで、ジャンキラーを支えるヘリが5機に減り、切れたワイヤーの方に向けてジャンキラーが傾いた。残りの5機もそれにともない、バランスを失いかけていた。

「飛行型のアラガミの中でヘリの金属を好んで捕食するわ!すぐに撃ち落として!」

サクヤがすぐに簡易的な説明を入れて迎撃命令を下した。すぐに銃型銃型神機使いたちはヨルムンガンドに向けて射撃を開始した。

雨のように連射される弾丸にヨルムンガンドは体をうねらせながら避けていく。当たったのはせいぜい2、3発程度。全く致命的なダメージとは言えなかった。銃型神機使いたちのバレットの威力が足りなかった。

ヨルムンガンドはさらに追い詰めるように、ゴッドイーターたちのバレットを避けながら、もう一本…今度はアリサのヘリに繋がれたワイヤーを食いちぎった。

「きゃ!」

アリサが転びかけたが、ヘリの壁に捕まって事なきを得る。だがこの状況、もっとも危険な状態なのはソーマの方だった。

足場代わりのジャンキラーを支えるワイヤーが二本も切れてしまい、今にも落ちそうだった。

「4機ではロボットを支えられません!このままヨルムンガンドの攻撃を避けながらエイジスへ向かうのは不可能です!」

自分が乗るヘリのパイロットがユウの方を振り返って警告してきた。ユウはただちにソーマに呼びかけた。

「ソーマ、早く飛び移って!このままだと君も落ちてしまうぞ!」

手を伸ばしながらソーマに呼びかけるユウ。

しかし、ソーマにそんな余裕はなかった。飛び移ろうにも、ヨルムンガンドが自分達のヘリやソーマの元で群がり次々と邪魔をしてくる。

ソーマは焦りを覚えた。

(くそが…どうすれば良い…?)

ソーマがその時考えていたことは、どうすれば仲間たちが助かるのか、ということだった。

ふと、足元に目についたものがあった。

今、足場代わりにしているロボット、ジャンキラー。こいつを動かせれば…

だが、当然動かし方なんてわからない。そもそもこいつをどうやって動かせば良いのだろうか。

ウルトラマンが来るのを待つか?…いや!

(…ウルトラマンなんかに…頼れるか!)

ソーマは予想外の行動に移った。ソーマはそのままヨルムンガンドと戦闘を続け始めたではないか。

「ソーマ!!」

何をしてるんだ!とユウは叫んだ。あんな不安定な場所で戦い続けたら、ソーマもただでは済まなくなってしまう。

「ソーマ、何してるの!早く脱出しなさい!」

今度はサクヤが呼びかけるも、ソーマはそれを受け入れなかった。

「このままではこのデカブツのために全員がお陀仏だ。俺も今の状況じゃお前らのヘリに移れねぇ。飛んできたところで攻撃されて落ちるだけだ…ふん!!」

近づいてきたヨルムンガンドの一体の突進をタワーシールドで防御し、すかさずパリングアッパーで切り伏せるソーマだが、まだ3体も残っていた。今、自分たちのヘリはエイジスと旧日本領の本州の間の海上までに移動している。このままではソーマはジャンキラーもろとも、海へ落ちてしまう。

すると、ソーマはまた一つ予想外の行動に出た。…いや、起きたと言えるような光景だった。ソーマの足もとに、魔法陣のような形の円形の光がともると、それがソーマを包み込んだ。消え去ると同時に、ソーマもまたその姿を消してしまう。

「「ソーマ!」」

ユウとサクヤの声がこだました。

ヨルムンガンドたちも、ソーマというターゲットを見失って周囲を見渡す。姿なき獲物に興味を失ったのか、今度はユウたちの乗るヘリを、再び獲物として狙い定めた。

(ソーマのことが気がかりだってのに!)

邪魔するなら倒すまで。ユウが苦々しげに神機を構え、ヨルムンガンドに対して迎撃態勢を整えた、その時だった。タロウがユウのポケットから飛び出て叫んだ。

「ユウ、あれを見ろ!」

「え…?」

ユウは、タロウが指を刺した方角…ジャンキラーの方を見下ろした。

ジャンキラーの赤い目が、再び輝き始めた。そして赤い模様を刻んだ鋼鉄の白いボディから、命が吹き込まれたように蒸気が噴き出て、機械が稼働した音が鳴り響く。

そして次の瞬間、拘束されていた鋼鉄の巨人は、その身を包むワイヤーを引きちぎり、再び極東の空に舞った。

「ジャンキラーが、また動いた…!?」

 

 

 

「!?」

ソーマもまた、自分の身に起きたことに戸惑っていた。突然足元に魔法陣のような円形の光に包まれたと思ったら、その一瞬で景色が一変した。赤い模様を刻んだ白い壁が周囲を囲っている。中央にはソファが置かれ、奥の壁にはモニターが設置されていた。どこかの建物の中なのだろうかと思っていたが、ここがどこなのかソーマは気づく。

(ここは、ロボットの中か?)

そうとしか思えない。まさか急にこんな形で乗り込むことになるとは。

ふと、ソーマは気配を感じた。誰かがここに入り込んでいる。

身構えていると、その気配の主が姿を見せた。

「お前は…」

現れたのは、フェンリル職員の男だった。なぜこんなところに一般職員がいる?ヘリでジャンキラーが運ばれた時に全員降りていなかったのか?

「なんでここにいる?」

「あ、あの…僕、徹夜で作業してたら、いつの間にかヘリが飛び立っちゃったみたいで…」

つまり作業してたら眠ってしまい、ジャンキラーから降り損ねたということだ。迷惑な奴だと、ソーマは思った。

しかし、これでどのみち自分がとらなければならない選択肢が定まった。

「そこでじっとしてろ」

ソーマは、すぐにジャンキラーの操縦桿を探し始める。このジャンキラーは、ウルトラマンにも匹敵する強力なロボットだ。コントロール下に置けば、この状況を脱することができるかもしれない。どんなリスクが潜んでいるのかもわからないが、このままなにもしなければ、仲間たちがヨルムンガンドに食われるのを待つだけだ。

「な、何をするつもりですか?私もここから何度も脱出しようとしてたんですが、出口らしき場所も見当たらないんですよ?」

「いいから黙ってろ」

後ろから声をかけた職員の男に対し、ソーマは適当に黙らせた。しかし、奇妙だ。どこをどう探しても、操縦桿らしきものは見当たらない。

「私も探し回ったんですけどこのロボット、そういったのないんですよ」

ソーマの行動を察して、職員の男がそう告げた。しかし、その時彼は奇妙な動きを見せた。

「だって…」

手元に、妙な禍々しいオーラを纏った黒いケースを取り出し、その中からあるものを取り出すと、それを…

 

仕込みナイフのようにソーマに向けて突き刺そうとした。

 

「!」

ソーマは人一倍周囲への気配や動きに敏感だった。それもあって、フェンリル職員の男の動きにいち早く気付き、その腕を掴んだ。

「…なんのつもりだ」

「今の不意打ちに気付くとは、さすがはゴッドイーター…といったところじゃなイカ」

男の雰囲気が一変していた。ソーマの人並み以上の力で腕を握られても平然としている。

「てめえ、まさか…」

「そのまさかじゃなイカ」

すると、男のかおがグニャリと空間ごと歪んだ。歪みが収まると同時に、男の姿は、人間のものでなくなった。小動物のような耳に、首回りに貴婦人が巻くマフラーのような黒い体毛。そして象のような灰色の肌。

「そう、我輩は闇のエージェントの一人、『イカルス星人イゴール』じゃなイカ」

ソーマは、男が正体を見せると同時に、奴の腕を捻ってへし折ろうとした。こいつを野放したら、仲間たちが危険に晒されると、直感的に確信した。だが腕を捻ったその瞬時、イゴールは一瞬で姿を消した。

「何 !?」

「でも、無駄無駄。お前の心に闇が巣食っている限り、この支配から逃れることはできないじゃなイカ」

背後から気配と声がして振り替えると、ソーマの後ろ、モニターの前でイゴールが立っていた。

「大方、ジャンキラーを操ってアラガミを撃退して仲間を救おうなんて…考えてたんじゃなイカ?

ロクに宇宙の技術を知らない地球人ごときに、そんな真似できるわけないじゃなイカ!!イカカカカ!!」

イゴールはソーマを露骨に嘲笑った。

これまで任務を共にしたエリックやリンドウを救えず、エリナがダミースパークを手にして極東支部で暴れたのを見過ごし、さらに倒すべきであるはずのアラガミの少女から懐かれている。イゴールのふざけているような笑い声は、それらのことが重なって自分に対するイライラのピークに達しようとするソーマの神経を逆撫でした。

「うんうん、良いよ良いよ。その心の中に深い闇が見えるじゃなイカ。ジャンキラーにここへ連れてこさせた甲斐があったじゃなイカ」

イゴールはソーマが今にも自分へ襲い来ようとしているのに、満足げだった。

その手には、さっきソーマに突き刺そうとした、エリナも使ったダミースパークが握られていた。さらにダミースパークからは黒い闇が溢れだし、ソーマたちのいるコックピットに充満していく。

その闇を浴びていくうちに、ソーマも異変を起こし始めた。

「ぐ、お…おぉ…!?」

なんだ…体の中から、力がみなぎって行く。それだけじゃない。心の奥に溜め込んでいた感情が…

 

怒り・憎悪・絶望・そして嫉妬…

 

あらゆるどす黒い感情が押し溢れていく。

「君には、もう一人のウルトラマンをあぶり出すための餌になってもらおうじゃなイカ」

「ふざ、け…ぐあああああああああ!!!」

イゴールに対する敵意も叫びも、黒き闇に飲み込まれていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ジャンキラー、再び(中編)

今年もそろそろ締めくくりですね。
最近ゴッドイーターサボり気味でしたが、ストック分を少し手を加えて最後にし、サクラ大戦もマリアさんの回だけでも書き上げて次に進みたいと思います。

ジャンキラー回もようやく今回の修正で完成しました。次回は少し期間をおいてからですが、スムーズに投稿できると思います。

1日の目標立てないと、つい関係のないことに進みがちです。だらしのない自分に鞭を打ち続けられるような男になりたい。


「………」

今は任務で第1部隊の皆は誰もいない。サカキの研究室で、アラガミの少女はそわそわしていた。

サカキはそんな彼女を、ソファに座り込んで観察していた。今の彼女からは、不安が見える。どことなく、自分たちの研究が上層部に認めてもらえるか不安を抱えた時のヨハネス夫妻と挙動がよく似ていたのでそう察した。

「はかせ…ゆうたちはきてくれる。でも…そーま、あってくれない…」

彼の予想通り、彼女は確かな不安を抱えていた。二度目の拒絶以降、ソーマはサカキから少女と顔を会わせてほしいと頼まれても絶対にそうしようとしなかった。少女はソーマに同族意識を感じているだけに、ソーマが会いに来ようとしないことを気にしていた。思った通り人間並みの知性の高さを備えている。いや、それどころか彼女自身が知識欲を強く持っているため、なかなかの勉強家という印象だった。

…いけない。彼女が人間と精神レベルで変わらないなら、あまり観測者視点でものを見ては、彼女の気持ちを察しにくくなる。自分も彼女と心を通わせ仲良くなる必要があるので、ちゃんと言葉をかけてやらなければ。

「ソーマたちなら心配ないさ。ちゃんと帰ってくるよ」

「……うーん」

サカキが言葉をかけるが、少女はそれでも浮かない表情を変えない。

「やっぱり、いやなこと、いっちゃったから…こないのかな…?」

「ふむ…」

先日ユウが来訪したときから既に、彼女は自分がソーマを怒らせてしまった理由について察していた。今はそれを引きずり、どうすればソーマに許してもらえるかを考えているようだ。

サカキは、ふとアイーシャの顔が浮かんだ。思えば自分は、アイーシャとヨハネスが胎児だった頃のソーマに偏食因子を投与する実験を強行して以降、アイーシャと二度と会えなくなった。喧嘩したままそのまま会えなくなる。その悲しさを過去の経験から思い知っていたサカキは、一つアイデアを出してみた。

「花をプレゼントしてみる、というのはどうだい?」

「はな?」

少女は体を左右にくねらせる。彼女なりの疑問を抱いていることを表現している仕草だ。

「ほら、こういったものだよ」

サカキはタブレットを起動し、ネットで一つ見繕った花の画像を少女に見せた。

「これが『はな』?」

画像に映っていた白百合の花を興味深そうに覗き見る。

「そう。昔、人は花に花言葉というものを付けていた風習があってね。その言葉にあやかった花を相手に与えることで、様々な意思表示になるんだ。たとえばこの花…」

次にサカキは別の花を紹介する。次に映ったのは、薄紫色の花だ。

「この花は『カンパニュラ』と言う。花言葉には、『後悔』という言葉があるんだ。これを相手にあげるとね、ごめんなさいと相手に伝えることと同じ意味を表すんだよ」

「しってる!『ごめんなさい』はわるいことをしたときにいうことばだな!こうたがおしえてくれた!」

どうやら謝罪の言葉についてはコウタから教えてもらっていたようだ。妹持ちなだけあって、年下の少女にものを教えるのは慣れているのだろう。

「これ、あげたら…そーまもゆるしてくれるかな?」

花の画像を見て、少女は期待を寄せつつも、どこか不安を抱えた表情を浮かべた。少女にとってあらゆることが初体験であり、そのこともあって自分が花を携えてソーマに謝罪するという手段が本当に彼に通じるかどうか不安なのだ。

「ソーマも君と向き合うようになってくれる。まずは信じてみるんだ」

そういうサカキだが、正直なところ確証はなかった。これまで両親が抱いた人類への希望のために、母の命と引き換えに、それもアラガミにごく近い人間という残酷な形で生を受けたソーマ。しかもその強靭な生命力と回復力故に何度も戦場から生き延び、仲間を死なせて生き延びたことを責められ、自分を化け物と罵り続けてきながらも、それでもゴッドイーターとして戦ってきた彼が、話を聞き入れてくれるかどうか…。

 

 

―――――ぐあああああああああ!!!

 

「!」

少女の頭に、ソーマの叫び声が響いた。

「そーま…?」

今の叫び声、普通ではなかった。激しい苦痛を孕んだ悲鳴だった。嫌な予感がする。彼の身に何か悪いことが起きている。

「いかなきゃ…そーまのところに」

「い、行く?って…おい、待ってくれ!」

歩き出した少女に、サカキは最初当惑する。ソーマの元へ行く。それは彼女が今やってもらっては困ることだった。彼女はアラガミだ。この研究室は極東支部内の他のエリアとは通信インフラ等が独立しているため、ここにアラガミがいたとしてもバレない。だがもしこの部屋から何の対策もなしに出られたりしたら、アラガミがこの極東支部内、それもアナグラの中に侵入を許してしまったことがアナグラ内のレーダーにキャッチされてしまう。

だから彼女をここへ連れてきたとき、レーダーから探知されないよう、人が一人入り込める特殊なコンテナを作ってその中に彼女を入れ、ここへ連れてこさせたのだ。サカキもあの日アナグラから外に出る際も、そのコンテナの中に入っていたことで、本当なら第8ハイヴから外に出てはならない身でありながら防壁外へ、護衛として連れてきたサクヤと共に出られた。

アラガミの少女は貴重な研究対象でもあるため、無計画な外出はさせてならない。しかし、少女はサカキの制止に構わず、研究室の奥に彼女のために用意された部屋へ向かう。彼女がかじってしまったのか、部屋の白いベッドは一部にかじられた痕がある。

彼女はその部屋の壁に拳を叩き込む。見た目は幼子の華奢な腕だというのに、悪戯で襖に穴を開けるように、いとも簡単に穴をあけてしまった。すさまじい音と共に開けられたその穴を通って、彼女は飛び出してしまった。

当然、サカキの研究室内だけ遮断されていた彼女のアラガミの反応がアナグラ内のレーダーにキャッチ。アナグラ中に警報が鳴り響いてしまった。

「よ、予測できない……」

サカキは、少女が空けた穴を、少しの間呆然と見つめていた。数秒たってから、アナグラ中に警報が鳴り響いていたことに気が付いて大きくあわてた。

「あぁ、いかん!彼女が脱走などしたら、アラガミを連れ込んだことがばれてしまう!」

当然反応が探知されたのがここであることもばれてしまうだろう。サカキは第1部隊に彼女が外に出てしまったことを連絡すること、その前にこの部屋からアラガミの反応がレーダーにキャッチされてしまったことの言い訳を作る羽目になった。

 

 

 

サカキの研究室から穴を開けて外に飛び出したアラガミの少女は、一昔の日本の伝説にあった妖怪『天狗』のように跳躍を繰り返しながら、第8ハイヴ内のビルや住宅街、そして防壁の上を伝って極東支部の外へ飛び出していった。防壁の外に出てなお、彼女はペースを落とす気配を見せずに駆けていく。

それを、極東支部のすぐ近くの廃墟のにいた、一人の少年がそれを見ていた。

彼は緑のフードとマスクで頭を多い、その素顔を露にしていなかった。しかし彼の目はそれに映るものを射抜くような鋭い目をしていた。

少年は彼女が廃ビルの上を跳びながら南の方へ向かうのを見て、眼光をさらに研ぎ澄ませた。少女から感じ取る『何か』に、彼は強い警戒を示したのだ。

少女は少年が見ている間に、ほぼ豆粒ほどの遠くの場所まで向かっていた。だが少年はあわてもせず、しかし彼女をまったく見逃していなかった。

この先に何かがある。そう感じて彼は懐から『あるもの』を取り出した。

 

 

 

 

動き出したジャンキラーは、ヨルムンガンドの一体を右手でひっつかみ、そのまま握り締めた。基本、オラクル兵器以外では倒せないアラガミだが、強力な圧力で押しつぶされてしまうと、少なくともその肉体はひとたまりもないようだ。予想通り、ジャンキラーに捕まえられたヨルムンガンドは肉塊となって潰されてしまった。開かれた手のひらに残ったのは、ヨルムンガンドのコアと血肉。さすがにコアだけは神機でなければ破壊できないようだ。

ジャンキラーは手を振り払ってヨルムンガンドの残骸を取っ払うと、別のヨルムンガンドに視線を向け、右拳を突き出した。右腕の装甲がスライドし、砲口が露わとなり、ユウたちを襲うヨルムンガンドに二連のビーム〈ジャンキャノン〉が放たれる。

「うおぉ!!」

爆風で全てのヘリが煽られ、その際に危うくシュンやコウタが落ちかけるが、ヘリの壁に捕まって免れた。

ジャンキラーは構わず、残りのヨルムンガンドにも攻撃を加え始めた。ヨルムンガンドたちもジャンキラーを敵と認識し、その身に食らいつこうとした。だが接近を許すほどジャンキラーは甘さを見せなかった。近づいてきたヨルムンガンドたちに向け、胸元の六つのランプから光弾〈ジャンフラッシャー〉が乱射される。ヨルムンガンドは砲撃を見て宙を飛び回りながら避けにかかるが、ジャンキラーには当然ロックオンされている状態で逃げられるはずなく、すべての弾丸はヨルムンガンドたちに直撃した。残った3体のヨルムンガンドたちは、アラガミなので既存の兵器が通じない。そのためか、ジャンキラーの攻撃にも耐え抜いていた。それでも爆風で怯みを見せ、ヘリから離れていく。さっきの二つの技ではまだアラガミの肉体を破壊できなかったようだと見て、ジャンキラーは腰のひし形のマークを展開させた。

〈ジャンバスター!〉

腰のマークから飛んだその太いレーザーは、ヨルムンガンドを飲み込み、レーザーの中に消え去った。発射を終えたレーザーと共に消滅した後、コアだけが海に落ちた。オラクル兵器以外の手段では倒せないアラガミであるヨルムンガンドの肉体も、さすがに超高熱を帯びた光線の前では、肉体を維持できず崩壊したようだ。コアだけでも残ったのは、それでもなおオラクル以外の攻撃が通じないという法則を守ろうとしている意志があるようにも取れた。

「すっげぇ…」

どちらにせよ、すさまじい破壊力を持ってヨルムンガンドを撃退したジャンキラーに、コウタは目を輝かせた。

「まさか、また動き出すなんて…」

「…威力が凄すぎて花が咲かないわね」

サクヤは銃を構えたまま、突如動き出して自分たちを襲っていたアラガミを撃退したジャンキラーに目を丸くしていた。ジーナは、いつも通りのノリを含んだ感想だったが、それでも驚きを感じたことにかわりない。

「…シュン、今のうちにヨルムンガンドのコアを回収するぞ」

カレルはあまり顔に出していないが、ジャンキラーの破壊力に戦慄していたが、シュンに落ちていくコアの回収を要求する。

「…よくいつも通りでいられるよな。おい、ヘリを近づけてくれ」

シュンはカレルの言葉に目を細めるも、カレルの言う通り神機を捕食形態に変え、ヘリパイロットにもコアに近づくように言うと、落ちていくヨルムンガンドのコアを回収した。

「ユウ、あれ…もしやソーマが操縦しているんでしょうか?」

通信インカム越しに、アリサはユウに話しかけた。

「…かもね…」

ユウは黙って、ジャンキラーを凝視した。ソーマがさっきまで輸送中だったジャンキラーの上でヨルムンガンドと交戦していたソーマが姿を消してわずか数秒、その後にジャンキラーが謎の再起動を遂げた。アリサの読みはあながちそうであってもおかしくなさそうだ。

でも、ユウはウルトラマンとゴッドイーターの両方を兼任している身となってしばらく経過したからか、嫌な予感が過っていた。

「なあなぁ!見たかユウ!今の!?あのロボット、あっさりアラガミを倒したぜ!」

ジャンキラーは元々エリナがダミースパークを手に取ってしまったことで暴走したロボットだ。その陰には、闇のエージェントがダミースパークを提供してしまった可能性も否定できない。コウタはジャンキラーが味方になってくれたと思ってすっかり信じ込んでいるようだが。

(こんな都合よく味方になってくれるだろうか?…いや、それにしては都合があまりに良すぎる気がする)

 

その予感は、当たっていた。

 

ジャンキラーが、首だけをぐるりと回し、ユウたちのヘリ6機に向けた。その挙動の不気味さにヘリに乗るゴッドイーターたちはたじろぐ。

「ユウ、いかん!ジャンキラーが!!」

タロウが叫んだ時、ジャンキラーが右腕をこちらに突き出していた。

まずい!タロウの呼びかけもあっていち早く気が付いたユウは、ジャンキラーが右手から砲撃を放つと同時に、空にダイブしてギンガスパークを取り出した。

【ウルトライブ!ウルトラマンギンガ!】

ギンガスパークが輝くと同時に、ギンガはその身を光で包み込む。

変身完了と同時に、彼はヘリの前に浮遊し、バリアを展開してジャンキラーの攻撃から後ろのヘリ6機を守った。

「ぎ、ギンガ…」

ギンガの登場に、コウタがその大きな背中を見上げた。

コウタは期待を寄せていた。もしかしたらジャンキラーが味方になってくれてら、と。でも、それはただの夢でしかなかった。それを見越してギンガが来たのだろうか。

「ユウ…」

「どうにか変身に間に合ったようだ。と言っても、こういうときだからこその変身だがね」

ユウのヘリから瞬間移動してきたタロウがアリサの目の前で浮遊する。ギンガとタロウの姿を見て、安堵するアリサ。

「コウタ、何ボーッとしてるんですか!早くウルトラマンの援護の準備を!」

「お、おぉ…!」

アリサの叱咤の声が通信インカム越しに聞こえ、コウタはすぐバレットの装填状況の確認を行った。

 

 

 

 

「ふむ、新しいウルトラマンじゃなくてギンガの方が出てきちゃったじゃなイカ」

ジャンキラーのコクピット。

そこでは黒い闇が充満しつくしており、新たな闇のエージェント、イカルス星人イゴールが操縦席のソファに腰掛けるソーマに、心の奥底で囁く悪魔のように言った。

「でも構わないじゃなイカ。さあ、ソーマ君。躊躇うことはない。溜め込んだその心の闇を爆発させて、ウルトラマンギンガを抹殺しようじゃなイカ!」

「う、うぅ…」

ソーマは頭を抱えながら苦悶の声を漏らす。その手には、イゴールから与えられたダミースパークが彼の目の前で浮遊し続け、放出した闇を彼に浴びせ続けていた。

ソーマは頭を掻きむしりながら苦しみ続けていた。

モニターにギンガの姿が映る。ソーマはヘリを守る形で姿を現したギンガをモニターで見て、秘めた感情を沸き上がらせた。仲間たちから疎まれ揶揄され、自分を信頼する一握りの存在を救えない悔しさ、悲しみ、怒り、絶望…

そして、ウルトラマンギンガに対する『嫉妬』。

人間であるはずの自分が死神として煙たがられ、逆にウルトラマンは人々から救世主として求められていることへの、怒りだった。

人ならざる化け物同士の癖に…!

「うんうん。いいよいいよぉ…負の感情を高ぶらせようじゃなイカ。それがダミースパークの力を高め、ジャンキラーをさらに強力に、そして操れるようになっていくじゃなイカ。

それじゃ…決定打をポチっとな」

イゴールは、どこからか取り出したパットを手に取る。どうやらそれが、ジャンキラーの本来の操作盤のようだ。イゴールがボタンのひとつを押すと、モニターに映るギンガの顔が次第にアップしていく。すると、ソーマは驚くものを目にした。

「な、お前…は…」

ギンガの中に広がるインナースペース。そこに…ユウがいた。

「てめえ、だったのか…!」

ソーマの中で、ようやく分かったことがあった。それは、なぜ命の危機に瀕することが多かった彼が、必ず生き延びることができたのか。

 

自分が気にくわなく思っていたウルトラマンだったから。

「てめえが、あ…ああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

「!」

ジャンキラーの中から聞こえてきたその声に、ギンガははっとする。

あの叫び声、ソーマの声だ。しかもただ事ではないような、苦痛の叫び声だ。ジャンキラーの中で何か彼の身に起きているのだ。

すると、ジャンキラーは飛行機形態『ジャンスター』に変形、ヘリやギンガよりも高く飛び上がり、上空から彼らに向けて砲撃を開始した。ギンガはすぐさま宙を旋回、ジャンキラーのジャンキャノンを殴ったり、両腕で防御したりする形で、仲間たちの乗るヘリに直撃しないように防ぐ。

しかしジャンキラーの攻撃は終わらない。今度はジャンフラッシャーも加え、さらに砲撃を激化させる。ギンガはそれに対し、無数の火球<ギンガファイヤーボール>を作り出してそれらをジャンキラーの<ジャンキャノン>に向けて連射し、すべて相殺した。

全部防いだところで、ジャンキラーは元の形態に戻り、上空からギンガたちを見下ろした。

嫌な予感が的中した。またしてもジャンキラーが暴走するとは。しかし、さっきのソーマの悲鳴といい、もしやと思ったギンガはジャンキラーの内部を透視した。そこで彼が目にしたのは、ひとりでに浮遊し続けるダミースパークから放出された黒い闇で充満したコックピットで、もがき苦しむソーマと、その後ろであざ笑うように見ている奇怪な怪人だった。

(宇宙人!新たな闇のエージェントか!)

おおよその察しが着いた。あの灰色の動物みたいな宇宙人が、ソーマに新たなダミースパークを与え、ソーマを宿主とさせたジャンキラーを再度暴走させたのだ。

(相変わらず汚い手を!)

ユウはギンガの内部意識空間『インナースペース』から見て、イカルス星人イゴールへの怒りを募らせる。

「ソーマ、やめるんだ!」

『う、うぅおおお…!!』

ギンガはジャンキラーの中のソーマに呼びかけた。だが、ソーマは頭を抱えたままうずくまって苦痛の声が収まる気配がない。

(だめか…!)

むしろこちらに向けての攻撃がさらに激しさを増していく。再び発射された〈ジャンフラッシャー〉はギンガに向けて全弾が襲う。後ろにはアリサたちが…仲間たちがいる。

ギンガはジャンキラーの方へ正面から向かった。ジャンフラッシャーの弾丸を両腕で弾き飛ばしながら接近し、ジャンキラーのボディにしがみつく。

「オオオオオオオ!」

ジャンキラーをその状態で捕まえると、彼は北の方へジャンキラーを押し出していった。

 

 

 

ギンガとジャンキラーが本土の方へ離れていく。それを確認したサクヤのもとに、アリサからの連絡が入った。

『サクヤさん、ウルトラマンたちが本土のほうへ向かいました!私たちも援護に向かいましょう!』

ギンガの正体を知っていることもあって、アリサは援護に向かうことを提案したが、それを聞いていた別のヘリのカレルが口を挟んできた。

『サクヤさん。さすがにこれ以上はまずい。俺としては戦闘は続けず第1部隊は極東支部へ撤退、俺たち第3部隊はこのままエイジスに向かうことを提案する』

『ウルトラマンへの援護を拒否するんですか!?』

『そ、そうだぜ!ジャンキラーを見逃したら…』

コウタも、もはやジャンキラーに期待を寄せるのは愚かだと考え、アリサの案を肯定するが、カレルは遮る様に言った。

『俺たちの任務はジャンキラーをエイジスへ運ぶことだ。だが見ての通りジャンキラーは暴走している』

『だったら!』

『だからこそだ。もうあれは俺たちが手をつけられる次元のブツじゃない。何よりジャンキラーを倒したところでなんの報奨金も俺たちには振りかからない。労力の無駄だ』

最後に他人にはどうでもよさそうな個人の金銭がらみの理由を振ってきた。もしかしたらジャンキラーのせいで、どこかで放浪している人間や、場合によっては逃亡した果てに極東支部の人間を再び襲うかもしれないと言うのに、この男は金の方を気にしていると言うのか!第1部隊の三人、そしてタロウは眉を潜める。

『相変わらず金ばっかだな…ま、俺も援護に向かうのはやだぜ。かったりぃし、第一俺はロングブレードだぜ?空も自由に飛べる奴にどうやって援護しろって言うんだよ』

シュンも個人的意見を混じらせながらも、もっともらしいことも含めながらカレルの意見に乗った。

『それに、いい加減死神の呪いに付き合いたくないんだよ』

しかし最後に、以前どおりソーマの噂を鵜呑みにしたまま、彼を糾弾するような言動を口にし、それはアリサやサクヤが内心で彼への反感を抱かせた。

「…そう、わかったわ。これ以上あなたたちを無理に引き止める気はない。第3部隊とはここで別行動、私たちは本土へ戻ってウルトラマンの援護に向かいましょう」

『話がわかって助かる』

いたって冷静に、なるべく感情的にならないようにサクヤはこのまま第3部隊を送り出すことにした。

ジーナは当初、第1部隊と行動を共にするのがよいとも考えたが、カレルとシュンだけ残して向かうのも、万が一エイジスにアラガミが出現した際のことも考えて控えることにした。

結局足並みがそろっているとはいえないまま、第3部隊は予定通り防衛のためにエイジスへ、第1部隊はジャンキラーを見逃さないべきという考えのもと、本土へ引き返した。

 

 

 

 

「もう…!なんなんですかあの人たちは!ジーナさんはまだ話が通じやすそうでしたけど、あの二人は!!」

アリサはインカムを通して、コウタとサクヤの二人にカレルとシュンに対する文句を垂れていた。

『アリサ、気持ちはわかるわ。でも私たちが彼らへの不快感を優先して、判断を誤るわけにも行かないでしょう?』

「それはそうですけど…」

アリサが不愉快に思うのしかし、第3部隊は本当に癖の強い奴らばかりだ。この先も一緒の任務もあるかもしれないと思うと気が進まないな…とコウタは気後れした。

『みんな、緊急事態だ!』

そんなとき、彼ら三人のもとに通信が入った。サカキからだ。彼にしては妙に慌てている。

「サカキ博士?何かあったんですか?」

『大変だ!彼女が…彼女が研究室から脱走してしまったんだ!』

「「「!?」」」

三人に衝撃が走る。あのアラガミの少女が脱走。これは不味いことであることは、サカキに半ば共犯にさせられた身でもある彼らにとってもまずいことだった。

『それヤバイじゃん!だってノラミはアラ…』

『コウタ!』

その先は言うなと、うっかり口にしそうになったコウタにサクヤが強く言い放つ。コウタも気がついて慌てて口をつぐんだ。彼ら三人はヘリにいる。つまりヘリパイロットたちがすぐ近くにいると言うこと。聞かれてはまずいのでこの事は話してはいけないのだ。

「コウタ、さらっとあの変な名前をあの子に付けないでください!」

『ええ~!やっぱあの名前しかないだろ!ノラミで!』

「ユウたちからも反対されたのにその名前を通すなんて、たとえ世界が滅亡しても絶対に認めません!」

『そこまで否定する!?』

ちゃっかり自分が少女に名づけようと思っていた没ネームで呼んできたコウタをアリサは必死さも混ぜながら怒鳴る。とにかく二度とコウタが変な名前を名づけられないように徹底して否定し続けた。

『二人とも、喧嘩は後にしなさい!私たちにはやらなければならないことが二つもあるのよ!』

サクヤからの叱責を耳元でたたきつけられ、コウタとアリサは喉を詰まらせるように黙った。すると、二人が黙ったのを見計らうように、サカキが再び彼らに話しかけてきた。

『実は、あの少女の向かう場所に心当たりがあるんだ。彼女は、ソーマを怒らせてしまったことを気にしていたんだ。だからおそらく、ソーマのもとに向かったんだと予測される』

「ソーマの、ところ…ですか」

『どうかしたのかい』

「実は…」

アリサが思わず口にしたためらいがちな言い方にサカキは何かあったのか勘繰ってきた。それからサクヤの口から、ジャンキラーが再び暴走してウルトラマンギンガと交戦を開始、ジャンキラーの中にはソーマが閉じ込められてしまったことを明かした。

『なんだって!?それは本当かい?

なんということだ…このままでは彼女がジャンキラーの格好の餌食になるかもしれないぞ』

サカキが向こう側で頭を抱えている姿がたやすく想像できた。彼の言うとおり、少女がソーマの元へ向かうというなら、ジャンキラーの下へ行かなければならない。たとえ彼女がジャンキラーの中にソーマがいることを知らないとしても、ジャンキラーはどこにでも飛び回ることができる上に、遠くからでも攻撃することができる。場合によっては偶然、彼女がジャンキラーの攻撃に巻き込まれる可能性が高い。彼女じゃなくても、別の支部や防壁外の人や彼らが生きる集落が襲撃を受けてしまうことも考えられる。

『サクヤ君、すぐにウルトラマンとジャンキラーを追ってくれ。彼女がソーマを目指しているなら、そこへ行くはず…』

『こちらヒバリ!第1部隊の皆さん、聞こえますか!?』

サカキが話していると、ヒバリから緊急通信が入った。

「ヒバリさん、どうしたんですか!?」

『ウルトラマンとジャンキラーの反応が嘆きの平原上空に探知されました!さらに、先ほど極東支部内から発見されたアラガミの反応もそちらへ向かっています!』

『聞いたかみんな?すぐに嘆きの平原へ向かうんだ』

「「「了解!」」」

サカキからの命令を聞き、第1部隊はすぐに嘆きの平原へ急行した。

 

 

 

 

ウルトラマンギンガとジャンキラーの戦いは、嘆きの平原上空にまで及んだ。

ジャンキラーが向かってくる中、ギンガは迫るジャンキラーに対し、躊躇いを覚えていた。今ジャンキラーの中で、こうして自分が思考に入っている今もなおソーマも自分もあざ笑いながら傍観しているイゴールに、その心の闇を利用され操られているだけだ。エリナの時と同じように…。

(今は…戦うしか、ないのか…!)

上空を飛び回るギンガを、ジャンキラーが追い続けている。上空からジャンスターの形態のまま、ジャンキラーは上空からの砲撃を繰り返し続けた。

それを避け続けるギンガだが、全てをよけきることまでは出来ず、数発砲撃を受けてしまう。

「ウゥ!?」

砲撃を受けたギンガを見て、ジャンスターは再びジャンキラーの姿に変形、今度は直接ギンガへの攻撃を仕掛ける。ギンガも姿勢を整え、向かってきたジャンキラーを迎え撃つ。繰り出されたジャンキラーの拳をかわしてその腕を捕まえる。ジャンキラーは構わず、もう一つの腕で殴りかかろうとするも、それもギンガによって捕まれ、お互いに組みあう姿勢となった。

ギンガはジャンキラーと組み合ったまま、ジャンキラーの中で闇に囚われ続けているソーマに呼び掛けた。

「ソーマ、やめるんだ!こんな戦いに意味なんかないじゃないか!!」

ジャンキラーの中にも、ギンガの説得の声が響くが、今のソーマに、その声は耳障りだった。

『…お前だったんだな…ウルトラマンは』

「!」

ギンガの動きが止まった。ソーマ、まさか僕の正体に…!?動揺していると、ジャンキラーのパンチが彼の顔面に炸裂した。

「グゥ…!」

顔を抑えるギンガ。すさまじく緊迫した凄みでソーマが、自分の正体を指摘したことでモロに食らってしまった。

『どういうつもりだ、神薙ユウ…』

ジャンキラーの中から再びソーマの声が聞こえた。あたかもジャンキラー自身が喋っているようにも聞こえる。

『お前はこれまで、ゴッドイーターとして働いておきながら、その裏じゃ正義の味方気取りでウルトラマンをやっていやがった。何様のつもりだ…!俺が死神呼ばわりされているのを、てめぇはずっと後ろから見てて嘲笑っていたんだろ!!一人だけヒーロー扱いされていることに、いい気になってやがったんだろ!!

おかげで俺が…お前のせいでどれだけ惨めな思いをさせられたかわかるか!』

ソーマの声にさらにドスが効いたような、鬼気迫るものへと変わっていく。

ユウはこの時、自分でもようやく気がついたと思った。サカキから見せられたあのマーナガルム計画の映像を見た今、ソーマの立場を考えればすぐに想像できることのはずだった。

押し付けられた使命とはいえ、ソーマはウルトラマンに嫉妬していたのだと。だがそれだけじゃなかった。

「違う!言いがかりだ!」

ソーマがこんなことを言ってくるとは思わなかったユウは、まるで図星を突かれたかのように慌てた。だがユウは決してソーマの言った通りのことなどになっていない。だがソーマは信じようとしてくれなかった。

『なぜだ…ただの人間じゃないことで同じはずのお前だけが英雄として扱われるんだ!いつもお前ばかりが崇められる!なぜ俺ばかりが蔑まれないといけないんだ!そのくせ正義の味方を気取りながら、てめえはリンドウもエリックも死なせやがった!何がウルトラマンだ!何が「あの雲の上を自由に越えていきたい」だ!!

ふざけんじゃねぇ!!』

「…」

リンドウとエリックの死についてもソーマはユウを、ウルトラマンギンガを糾弾し、彼が以前エリックやソーマにも聞かせた『夢』についても罵倒した。嫉妬しながらも期待を寄せていたところもあったのだろう。死神と揶揄され、一緒に戦う仲間が死んでいくことが多かった自分がいても、犠牲者がでることがなくなるのでは、と。でも結局、ユウはそれができなかった。アーサソール事件で闇のエージェントに敗れたがためにヴェネを守れず、その時のダメージが祟って変身できないところでピターとボガールのダブルパンチ。遭遇した防壁外の難民たちも守れず腐ってしまったせいでエリックも死んだ。なのにウルトラマンは、仲間を守れず死なせた、ただの人間ではないということではソーマと何ら変わらないのに、今でも極東支部内ではヒーローとして捉えられている。しかもその矢先に新たなウルトラマンとアラガミの少女が現れ、彼の抱くコンプレックスがさらに強く刺激された。

ソーマが失望と怒りを抱くのも、期待を寄せていた分だけ許せなかったのだろう。

ギンガは目を伏せるように俯き、申し訳なさを感じながらソーマに向けて口を開いた。

「……ソーマ、君の生い立ちや、これまでのことを考えると、僕に…ウルトラマンに対してそんな風に考えるのも仕方ないことかもしれない」

『!……てめえも見たんだな、あれを。サカキのおっさんも相変わらずお節介な奴だ』

「…あのビデオのことか…うん、ごめん」

ユウは、結果的にだがソーマの触れたくない過去に触れてしまったことを詫びた。

(うん?ビデオ?なんのこと?)

話に聞き入っていたイゴールも耳を傾け続けた。

『…大方、あのおっさんがわざとお前に見るように仕向けたんだろ。言っておくが、あれを見たからって変な同情を寄せるなよ… !』

マーナガルム計画に携わる両親とサカキの記録映像。やはりソーマもそれを見たのだろうか。それとも何が記録されているかを把握しているのだろうか。どちらにしても彼にとって絶対に気持ちのいいものではないのは間違いない。だが…

「でもソーマ、あの映像のご両親は君を…」

『お前に俺の何がわかる!』

ソーマはユウの言葉を遮った。頑なに聞こうとするつもりはないようだ。

『てめえみたいな…叶いもしない夢を抱いて、結局リンドウたちを守ることさえできなかった癖に、未だに糞親父どもに期待され、他の連中からヒーロー扱いされている甘ちゃん野郎に…あのアラガミのガキと同じ化け物である俺の何が理解できてやがるって言うんだ!!!』

ジャンキラーの赤い目が、ソーマの感情に呼応して輝きを増し、拳を突き出す。しかしギンガとの距離が開いている。ただ突き出したパンチが空を切っただけだった。咄嗟に身構えたギンガは、ジャンキラーの手からさっきのようなビームが飛んでくるのかと思ったが、何も起こらなかったことで困惑を覚えつつも、自分の身を守るためにクロスしていた両腕をほどく。

…が、次の瞬間だった。ジャンキラーの『拳だけ』がギンガの顔面に向かって飛んできた。

〈ジャンナックル!〉

「グハァ!?」

この時の彼にとって予期せぬ攻撃だった。まさか、右腕が分離してこっちに向かって飛んでくるとは。殴り飛ばされたギンガは、地上へ落下、嘆きの平原の一角にある湿地帯に落ちた。

常に雨が降り注ぐ大地の上に落ちて、ギンガは激突と同時に泥の飛沫を浴びせられた。

「…く」

立ち上がろうとするギンガだが、ジャンキラーがすかさず上空から〈ジャンフラッシャー〉を降り注いできて妨害され、再び膝を着いてしまった。

 

 

 

 

 

「いいぞいいぞソーマ君!その調子じゃなイカ!」

ジャンキラーの中で、心の闇に呑まれていくソーマがジャンキラーでウルトラマンを攻撃するさまを、イゴールは思い通りに展開されていくこの状況に大層満足していた。

ソーマにジャンキラーを操縦させる。元々は、これはバルキー星人バキが思いついた策の一環だった。第1部隊の中でも、ソーマの心の闇が深かったのは闇のエージェントたちでも織り込み済みだった。それにいち早く気付いたバキが、確実にウルトラマンギンガとその変身者である神薙ユウを確実に抹殺するために、そのうちの仲間の一人…それも心の闇が最も深いソーマを選んだ。心の闇が深ければ深いほど、ダミースパークは持ち主を支配しコントロールする。死に物狂いで仲間を守ろうとするウルトラマンに、闇に落ちたソーマを倒すなどできないだろう。万が一倒しても、仲間を守ることを絶対とするウルトラマンが自らその禁忌を破って仲間を手にかけるなんてことをすれば、今度こそウルトラマンギンガに変身する青年は、己の手が仲間の血で汚れているのを見て、心が折れて二度と立ち上がれなくなる。

「そうなれば、あのお方もお喜びになること間違いなしじゃなイカ!」

それにギンガを始末させ、ジャンキラーをこのまま暴れ続けさせれば、いずれ当初の狙いでもあったもう一人のウルトラマンも現れるかもしれない。もしかしたら、まとめて始末させることも…そう思うと『あのお方』からの報奨が楽しみになって仕方がない。

「さあソーマ君、心の赴くままウルトラマンギンガを抹殺しちゃおうじゃなイカ!」

「ウうううう…うおおおおおおお!!!」

憎悪、怒り、嫉妬…自身の生い立ちや周囲からの視線、そして押し付けとはいえ成すべきと思っていたことをすべてユウが…ウルトラマンがこなして自分が何もなせていない現実。

イゴールの囁きでダミースパークの闇の深まり、さらにソーマの暴走は激化の一途を辿る。今の彼はギンガを、ユウを見ているとひたすら負の感情が湧き上がり続けていた。

ジャンキラーは、ソーマの動きに合わせて戦うことができる。ソーマがモニターに見える、インナースペース内のユウに向けて殴りかかると、現実でもジャンキラーがギンガを殴り付けることができる。

ジャンキラーが、ソーマの思考と同調して、ギンガに向けて自らが飛び出した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ジャンキラー、再び(後編)

明けましておめでとうございます!
お年玉…というのも変ですが、再びジャンキラー回の続きです。

今年はもっと集中して執筆作業ができますように…

しかし、頭がボーッとしてきている。元旦だからではない。最近結構そういうこと多くて、仕事で聞き逃したらダメなことを聞き逃して怒られた…


極東支部を飛び出したあのアラガミの少女は、アラガミの出現以降、ずっと雪が降り積もる場所…鎮魂の廃寺を訪れていた。ソーマを追っていたはずの彼女が、なぜここにいるのだろうか。

彼女は周囲をきょろきょろして、何かを探していた。目に移る場所に捜し求めているものがないとわかると、違う場所に足を動かして探し回る。これをずっと繰り返していた。

その様子を、緑のフードとマスクで素顔を隠していた少年が、物陰に隠れながら少女を追って観察していた。深い意味などない、ただ彼女の奇行が彼には怪しく見えた。それに、ミッションエリアまで常にヘリを使って時間短縮を図るゴッドイーターたちと違い、彼女は極東支部から徒歩と走りだけで、それもたった数分の時間のみでたどり着いた。少年の眼から見ても、彼女が人間から見てあまりに常識を超えた何者かに見えてならなかった。

(いったい、何者だ?それに、なにを探しているんだ…あいつは)

少女は時に雪を書き出しながら何かを探していた。しばらくして、廃寺の裏に積もっている雪をかき出していた彼女は、あ!と声を上げた。

「やっと見つけた!」

どうやら探していたものを見つけ出したようだ。だが、少年の視界から見て、ちょうど少女が背を向けている状態だったため、何を見つめていたのか見えない。少女は探していたものを握ってすぐにこの場を立ち去ろうとする。

だが、そんな彼女を狙ってか、馴染み深いオウガテイルにザイゴート、そしてコンゴウ。彼女の周りにアラガミが集まってきた。

「むー!じゃましないでよ!」

自分をこのアラガミたちが狙っている。それはソーマに会いたがっている彼女にはわずらわしいもの以外のなんでもない。少女はかまっていられないとばかりに、アラガミたちの頭上を一気に跳躍して飛び越え、廃寺の門を一気に駆け抜けた。

そのさまを見届けた少年は、物陰から出てきて、ひたすら少女の驚異的な身体能力に驚いた。

(なんて速さだ…)

常識を超えた相手には追跡も難しい。普通なら人間のみで追跡できるものではないだろう。

…彼が『ただの人間ならば』の話だが。

少女を取り逃がしたアラガミたちが、今度は少年の周りに集まってきた。

「グルルルル…」

オウガテイルのうなり声が聞こえる。どうもなかなかに飢えているようだ。少年は、できればあの少女を追いたかった。でも、彼のアラガミを見る目は、ゴッドイーターたちにも負けないほどに鋭くなっていた。

「…悪いが、すぐに片付けさせてもらう」

少年は懐から、赤い銃のようなものを取り出し、それをアラガミたちに向けた。

 

【ウルトライブ!!ウルトラマンビクトリー!!】

 

光の本流が柱となり、少年はその身を巨大化させ姿を変えていく。光の余波が発するそのほとばしるエネルギーは、周囲のアラガミを飲み込み、その身を跡形もなく消し去った。

そして、光が終息すると同時に、以前ジャンキラーからギンガのピンチを救った新たな戦士が現れた。

自分を取り囲んでいた周りのアラガミが消滅したのを確認すると、ビクトリーは遠く後に強い気配を感じた。自分と同じ光の気配ともう一つ、醜悪な闇の力を。

(あっちか…)

もしかしたらあの白い少女も向かったかもしれない。確証はないが追ってみよう。

ウルトラマンビクトリーは勢いよく空へ飛びあがり、気配の感じた場所へ急行した。

 

 

 

第1部隊の仲間たちのヘリが駆けつけたのは、その時だった。

ジャンキラーに向けて、サクヤ、アリサ、コウタの三人の神機の弾丸が浴びせられ、ジャンキラーの動きが止まった。

「よかった…間に合った」

アリサがまだ無事の様子のギンガを見てホッとするも、まだ油断できないと気持ちを引き締めた。現にギンガが、ユウが苦戦を強いられていた。

「ギンガが…サクヤさん!」

「わかっているわ。二人とも、ウルトラマンを援護して!」

「「了解!」」

いち早くウルトラマンを救わなければと思ったコウタの声にサクヤも頷き、三人はジャンキラーに向けて射撃を行った。

雨のように降り続く弾丸に、ジャンキラーは身動きができない……と思われた。

ジャンキラーは三人の援護射撃を無視し、ギンガに向けて再度殴りかかってきた。

「あいつ…!」

こっちのダメージなんて全くものともしないのかとコウタが目を見開いた。

殴りかかったジャンキラーに対し、ギンガもまたジャンキラーの胸元に蹴りを叩き込んで押し出した。

ギンガのエネルギーが、もう残り少ない。カラータイマーの点滅を見て、アリサは心配を募らせた。サクヤとコウタも、ギンガがジャンキラーに今度こそ勝てるのか、神機を構えたまま、いつでも援護できる姿勢を保ち続けていた。

だが心配なのはギンガだけじゃない。まだジャンキラーの中には、ソーマが囚われているままだ。

「ウルトラマン!まだその中にソーマがいるわ!」

ソーマは、リンドウと同様サクヤにとって長らく共に戦ってきた仲間だ。これ以上、大切な仲間が死ぬなんてことはあってほしくない思いのあまり頼まずにいられなかったサクヤはギンガに呼びかけた。

ギンガはジャンキラーとの殴り合いの中、上空から見ているサクヤを見て頷いて見せるも、直後に繰り出されたジャンキラーの目からの光線〈ジャンレザー〉が飛んできて、いち早く反応して腕をクロスして防御した。危うくモロに食らうところだった。

気を取り直してギンガはジャンキラーと向かい合う。

『くそが…どこまでも苛立たせやがる…』

戦意を失うことなく、身構えるギンガの姿を見て、ソーマのイラつきの声がジャンキラーから聞こえてきた。

「え…?」

「今の、ソーマの声…?」

思わずコウタが呟く。今の声は、サクヤたち3人にも聞こえた。特に強く反応を示したのはサクヤだった。

まさか、ソーマがジャンキラーを動かしてるのか!?先ほど、確かにソーマがジャンキラーの中に吸い込まれるように消えたのはこの目で見ていたのだが…。

「どういうことなの…」

サクヤは何が起こっているのか分からず、ひたすら混乱し続けていた。

だがギンガとユウの関係を知っていたアリサとタロウは、大筋のことを理解した。そしてタロウは、ウルトラ一族特有の透視能力でジャンキラーのコックピットを覗き込むと、ソーマ以外にもう一人、宇宙人が入り込んでいるのを見つけた。

「あれは…イカルス星人!」

「イカルス星人?まさか、宇宙人がソーマを!?」

肩に乗っているタロウがその名を口にしたことで、アリサも確信を得た。

心優しいユウのことだ。操られているとはいえ、仲間が敵に…同時に人質となるこの状況には弱い。ユウは…ウルトラマンはまだこの世界に必要だ。でも、そのために…今度はソーマを手にかけなければならないかもしれない。そんなことをしたら、勝っても負けてもユウは…きっと心に深すぎる傷を、再び負うことになる。

(今度はソーマを操って……嫌な手ばかりを好みますね!!)

闇のエージェントに対し、彼女はギリッと苦虫を噛み潰すように顔を歪めた。

 

 

 

『グオォ!』

鋼鉄の拳はギンガの顎に食い込み、まるでボクシングのリングで、相手からの痛心の一撃をもらってしまったボクサーのように、ギンガは大きく跳ね上げられた。

今度こそ何とか立ち上がり態勢を整えようとするも、瞬間移動でもしたかのように目の前にジャンキラーが立っており、今度はギンガの頭を掴み膝蹴りをギンガのみぞおちに叩き込んだ。腹を押さえてふらつくギンガに、再び〈ジャンフラッシャー〉を浴びせて痛めつける。

『ウワアアアアア!!!』

集中砲火を食らい続け、体を痛めつけられていくギンガ。

「っち…みんなから愛されるヒーローウルトラマン様、この程度か…」

ジャンキラーのコックピットのモニターでそれを見ていたソーマはふん、と鼻息を飛ばしながらギンガを見下すように見下ろし、失望感を露骨に出しながら吐き捨てた。大層な夢を語り、その強大な力を持って人を守ってきたが、やはりリンドウたちを死なせたところで化けの皮が剥がれたのだと彼は考えた。

「まあいい。このままこいつを二度と戦えないようにしてやる。そうすりゃやすっぽいヒーローごっこもできなくなるだろ」

ソーマはジャンキラーの腕でギンガに手を伸ばす。後ろからソーマの台詞を聞いていたイゴールが目を細めた。

「何を言ってるのかな?君は。この程度で済ませるなんて甘いじゃなイカ」

「う…」

彼の頭の中に、イゴールの声が強く響き、ソーマは頭に頭痛を感じたのか再び頭を抱えだす。

「ウルトラマンギンガも、その変身者も生かしておいたら、あのお方の障害にしかならないじゃなイカ。君は今我輩の思い通りに動くマリオネット。だから我輩の言うことを何でも聞く義務があるじゃなイカ。さあ、さっさと彼を殺してしまうんだよ!君のコンプレックスの対象が消えてくれるし、あのお方の邪魔者もいなくなるじゃなイカ!」

イカレた宗教の教祖が信者に語りかけるように、狂気的な言い回しでソーマに命令を下す。

だが、ソーマはすぐにそれを実行に移さない。頭を抱えたまま小刻みにもがいている。

イゴールはまだ、ソーマが抵抗の意思を強く持っていると認識した。

「うーん、どうも聞き分けが悪いなぁ。じゃあもっと心の闇を増幅させないと」

ダミースパークに強く念じると、さっきと打って変わってまたさらに深い闇がダミースパークから放出され、彼の目が赤く明滅する。

「う、うおおおおおおおおお!!」

獣のような咆哮を上げるソーマ。今度は言うことを聞いてくれそうだと、イゴールはほくそ笑んだ。

ソーマはモニターに見えるギンガに手を伸ばすと、ジャンキラーもまたギンガの首下に向けて手を伸ばしだした。

そうだ、そのまま首を絞めてやつを絞殺してしまうのだ。頭の中にイゴールは命令を響かせる。

そのソーマは…わずかに残った理性の中で強く抵抗の意志を持っていた。

(く、くそ…やめろ…!!)

イゴールの操る闇の力が彼の頭の中を支配していく。確かにユウとギンガに対する不満と嫉妬はある。でも…少なくともソーマは命を奪うつもりは毛頭なかった。痛めつけて、ヒーロー気取りな青臭い行動と態度を止めさせたかっただけだ。それなのに、理性を超えてギンガ=ユウへの殺意が沸いてくる。これでは…

(これじゃあ結局…本物の化け物じゃねぇか…!!)

その意志に体だけが勝手に従い、あと数センチのところまで必死に引っ込めようとしている腕がギンガの喉元に触れようとした時だった。

目の前のギンガが地面の土をぎゅっと握りしめながらジャンキラーの方を見て言った。

 

上空から鏃のような金色の光がギンガとジャンキラーの間に割って入ってきた。

 

「ウワ!!?」

光はギンガとジャンキラーの間の地面に激突し、その爆風でギンガが後方へ転がり、ジャンキラーがわずかに煽られる。

今の不意打ちには驚いたが、結果的に今の光はギンガにとってピンチを救った予期せぬ幸運だった。だが今のタイミングでの攻撃…もしや…

ギンガは光が飛んできた方角を見やる。すると、予想していた通りの存在が、鏃状の光が突き刺さった地点に激突するように降り立った。

体中に散りばめられたV字型のクリスタル、黒と赤の模様を刻んだ体。

 

前回の戦いでも姿を現した謎の巨人、ウルトラマンビクトリーだった。

 

「う、ウルトラマンビクトリー!?」

「嘘、なんでこのタイミングで…!?」

思わぬ時期の登場に、ヘリに乗っていたサクヤたち三人も驚きと同時に当惑した。

 

 

 

「…ウルトラマン、ビクトリー…」

ギンガは、自分とタロウ以外の新たなウルトラマンの背中を見た。なぜここにきて現れたのか。

あまりに予想外なタイミングでの登場に、ギンガは少なからず嫌な予感がしていた。

 

そしてそれは、的中する。

 

「ハアアアアア!!」

ビクトリーはジャンキラーを見据えて身構えると、一気に駈け出してジャンキラーに飛び掛かると同時に、膝蹴りを叩き込んだ。

「な…!!」

このビクトリーの行動に最も驚愕したのはタロウだった。

(なぜ彼はジャンキラーを…ソーマがまだ中にいるのだぞ!?)

 

 

(ついにやってきたじゃなイカ!)

期待通りにビクトリーが現れた。もうてっきり現れないと思っていたイゴールは今更かよと突っ込みたくなった。こいつをあぶりだしてまずは実力を推し量る。それで今後奴が邪魔者として立ちはだかるなら、可能ならばこの場で始末する。ジャンキラーは『ウルトラマンやそれと同等の戦士が数人がかりでも倒せなかった』宇宙最強クラスのスーパーロボットだ。しかもウルトラマンと違い、エネルギーに制限と言えるものがない。

今は、イゴールにとってよい展開だった。

「おぉ!これは不幸中の幸いというものじゃなイカ!」

元々ジャンキラーにビクトリーをぶつけることはイゴールが望んでいたことだ。ビクトリーと戦わせてその実力を図ることができるのだから。

 

 

 

鎮魂の廃寺であの少女を見失った後、直後ビクトリーに変身した謎の少年は、襲ってきたアラガミをあっという間に蹴散らした少年は、インナースペースからジャンキラーを見た。

(気配の正体はこいつか)

このロボットからは嫌な感じがする。近づくだけで人を不快感にさせるような、醜悪な闇を感じる。現にこいつは、自分と似ている光の巨人を…人を守るために体を張り続けていると噂されているウルトラマンギンガを襲っていた。

さっきまで追っていた白い少女も気になるが…こいつは捨て置けない。

ビクトリーはジャンキラーを敵と見定め、飛び蹴りを炸裂させた。大きく後ろへ後退するジャンキラーに、すかさずビクトリーの怒涛のラッシュが襲う。ジャンキラーが宇宙でも指折りの鋼鉄の体を持っていなかったら、今頃ジャンキラーのボディは凹みと穴で塗れていたことだろう。

『ンの野郎が…!!』

思えば、こいつもウルトラマン。ソーマにとって、自分の存在理由を奪う、気に食わない存在だった。

ジャンキラーもビクトリーに対して敵意を露わにし、ビクトリーが放ったパンチを逆に自分の繰り出した腕を突き出して受け流しながら、胸から〈ジャンフラッシャー〉を降り注がせビクトリーを怯ませた。少し距離が開いたところで、ジャンキラーは再度拳を前に突き出すと、〈ジャンナックル〉を飛ばしてビクトリーの胸元を突く。

腹にロケットパンチを叩き込まれ大きく吹っ飛ばされるビクトリーだが、地面に落ちる前に地面を手に付け、そのまま側転しながら地面に着地する。

同時に、自分に向かってきた〈ジャンキャノン〉に、ビクトリーは額のクリスタルからV字の光線を発射する。

〈ビクトリウムバーン!!〉

「ディア!」

ビクトリーとジャンキラー、その両方の光線が互いにぶつかり合って消失した

爆炎が巻き起こってお互いの姿が一時見えなくなったが、爆炎の中からジャンキラーが接近戦を試みてきて、ビクトリーの方へ向かってきた。ビクトリーも接近してきたジャンキラーに向かっていき、互いに組み合う。すると、ジャンキラーがビクトリーの腕に両手から放つ電撃を浴びせた。

〈ジャンサンダー!!〉

「ウオオオオ!!?」

強烈な電撃を受け腕の力が弱まったところで、ジャンキラーは彼の腕を振り払い、その鋼鉄の腕でビクトリーを数発殴り付ける。ビクトリーもいくつか殴られ仰け反ったものの、足を突き出すと同時にジャンキラーに足から光弾を撃ちこんだ。

〈ビクトリウムスラッシュ!〉

「ハ!!セイ!ウオリャ!!」

一度だけじゃない、回し蹴りを加えながら二度三度と続けて光弾を撃ちこんだ。仰け反ったところを見ると、ダメージはあるようだが、それでも致命的なものとは程遠く、未だジャンキラーは平然としていた。

ビクトリーはジャンキラーを見て、小さく唸り声を漏らした。

(こいつ、予想以上の強さだ。アラガミとは比較にならない)

だがこいつを野放しにはできない。並みのアラガミ以上の脅威なら寧ろここで倒さなければならないと彼は考えていた。

だったら一気に勝負を決めてしまおう。ビクトリーは光でVの字を描き、両腕をくみ上げだした。

『光線の撃ち合いか…なら、望みどおりにしてやる…!!』

それに対して、ジャンキラーもまた腰のひし形のパーツを展開させた。

「!」

これを見てギンガはぎょっとした。まさか、互いに必殺光線を撃ち合うもりなのか!?そんなことになったら、どちらかが…!!

「だめだ、やめてくれ二人とも!!」

ギンガは飛び出してビクトリーの腕を掴んだ。どっちにも撃たせてはならない。あのジャンキラーの中にはソーマがいるのだし、ビクトリーも同じウルトラマンだ。

「っ!邪魔をするな!!」

「グアァ!」

ビクトリーが光線を妨害してきたギンガに怒り、彼を乱暴に跳ね除けた。近くで転がり倒れたギンガを無視し、再び光線の構えに入るビクトリー。

「やめるんだ!!あの中には僕の仲間がいるんだ!!見えていないのか!?」

ギンガは再び立ち上がってビクトリーに呼びかける。すると、ビクトリーが構えを崩さないままギンガの方を向く。

そして、信じられない言動を口にした。

 

「…お前、地球と人類の平穏を踏みにじる奴を庇うのか?俺と同じウルトラマンでありながら!」

 

「え?」

「闇に囚われ、あんな危険なロボットを乗り回している時点で、あいつは人類の脅威だ。倒さなければならない敵。それ以上でも…それ以下でもない」

ギンガは、呆気にとられた。あまりにも冷酷さばかりが目立つことを、このウルトラマンは言ってのけた。彼は…操られているだけで本人に悪意がないはずのソーマさえ、闇のエージェントやアラガミと同列の『殺すべき敵』としか捉えていないのだ。

ギンガに対してそう切り捨てたビクトリーは、ジャンキラーと同じように光線のチャージを完了させようとしていた。

『くそが…ああああああああ!』

まずい!ソーマもソーマで、ビクトリーを敵と見定めていた。この先に待っている結果が明らかに悪いものとしか思えない。

なぜだ…なぜこうなってしまった!? どうしてこんなことになってしまった!!

だが、光線は止まることなく同時に放たれた。

〈ビクトリウムシュート!!〉〈ジャンバスター!!〉

二体の戦士たちの強烈な光線が互いにぶつかり合った。周囲に嵐のような衝撃が走り、アリサたちの乗るヘリ3機も吹っ飛ばされかけ、すぐに嘆きの平原から退避する。

「グウウウウゥゥゥゥ……!!!」

ビクトリーは必死にジャンキラーのジャンバスターを押し返そうとしていた。だが予想以上にジャンバスターの威力が高く、自身の光線が押し返されかけていた。だがかく言うジャンキラーも、限界が近づいていた。それ以前にギンガと力をぶつけ合っていたのだ。内包しているエネルギーや内部中枢の機器にも、そろそろ休眠が必要なほどに限界が訪れようとしていた。

やがて、お互いに背負ったハンディキャップの上での光線の撃ち合いに変化が訪れた。次第にビクトリーの光線の方が押し返して行った。ビクトリーが自身の光線に、さらにエネルギーを注ぎ、その分だけ威力が増して行ったのだ。押し返そうとするジャンキラーだが、ジャンキラーはその身に受けてしまった。

『がは…!!』

激しい爆風が巻き起こり、ジャンキラーはその中に包まれた。

「「「!!」」」

ギンガ、ヘリに乗っていた第1部隊のメンバーたちはショックを露わにしていた。

爆発が終わり、ジャンキラーが小刻みに揺れ動きながら、膝を着いて前のめりに倒れこんだ。ダメージもやはり相当なもので、今の光線が直撃したことで一時的に機能停止してしまう。

だが、強引に光線の威力を高めるためにエネルギーを大分消費したのか、ビクトリーのカラータイマーも点滅を始めていた。それでも彼は残り少なくなったエネルギーで、止めを刺そうと両腕を眼前でクロスして、額に光を集めていく。

(く…今度こそ、ここまでか…!)

ジャンキラーのコックピットで、ソーマは膝を着いた。もうジャンキラーは動かない。そしてあの光線が炸裂したら、ジャンキラーは爆破させられる。この複雑に体内が入り組んだロボットから脱出するには時間を要する。つまり…このまま逃げられずにジャンキラーと運命を共にすることになる。

まずい!これ以上食らったら、ジャンキラーの中にいるソーマもただでは済まなくなってしまう。倒れている場合なんかじゃない!

「やめろおおおおお!!!」

ギンガは地面を蹴り、駈け出すと、背後からビクトリーを取り押さえた。

「お前、何をするんだ!放せ!!」

妨害をしたギンガの行動が意味不明にしか思えなかった。ビクトリーは、さっきの光線の撃ち合いでもう余裕はない。このタイミングでジャンキラーへの始末を邪魔されることは不快だったビクトリーはギンガに、目の前から退くように言うが、ギンガだけじゃなかった。

さらにギンガの前に、いつの間にかあのアラガミの少女が足を泥だらけにしてビクトリーに立ちふさがったのだ。

「やめて!これいじょうそーまをぶたないで!!」

両手を広げ、必死にやめるように彼女はビクトリーに言った。

「お前は、さっきの…!」

鎮魂の廃寺で探していた少女がここにいるということにも驚いたが、何よりあの少女もジャンキラー…正確にはその中にいたソーマを気遣っているという状態が信じられなかった。

「そーま、そこにいるの?」

アラガミの少女は、ジャンキラーの方を振り返り、ジャンキラーの前に立つ。彼女には、ジャンキラーの中にいるソーマがしっかり見えているようだ。

 

 

 

アラガミの少女の到着は、ヘリに乗っているサクヤ、コウタ、アリサにも見えた。

「サクヤさん、あの子が!!」

アリサが地上を指さしてサクヤに言った。サクヤも、別に誘導されたわけでもなく、アナグラから足だけでとても来れるような距離ではないこんなところまで来た少女に驚きをあらわにしている。

「まさか、ソーマの危険を本当に察して…?」

「でもサクヤさん、やばいよ!このままじゃノラ「コウタ?」……いや、あいつが!」

コウタがすぐに、少女を助けるためにも指示を仰ごうとする。

途中、またしても自分の考えた残念な名前を口にしそうになったが、直後にどこからか心臓を射抜いてきそうな鋭い視線を感じて口をつぐんだ。

…ちなみにその時、いい加減にしろと言わんばかりの目で、アリサがコウタの方に銃口を向けていたという。

 

 

 

『お前…』

ジャンキラーの中で、ソーマは目を見開いた。なぜこいつがここにいる?サカキのおっさんは何をしているんだ。こいつが外に出たら、アナグラにこいつが隠れていたことがばれてしまうのではないのか。

なぜか、その手には一輪の花も握られていた。

(だ、誰だあの子は?やけに肌が白いじゃなイカ)

イゴールはあの少女に対して疑問が沸いた。なぜアラガミの蔓延る防壁外のこんなところに、それもソーマの事を知っている年端もいかない少女がいるのか、しかも人間にしては肌白い。さすがにあの少女がアラガミだなんてことには気付いていないようだ。

「いいや、どちらでもいいことじゃなイカ!ソーマ君、あの小娘も排除しちゃおうじゃなイカ!」

イゴールは構わず、アラガミの少女を打つようにソーマに命じた。あの少女を放置するのはまずいと直感が囁いていた。ダミースパークの精神支配力を疑っているわけではないが、ソーマを説得し正気に戻すためにあの少女は現れたに違いない。ビクトリーの実力の測定についてはここまでで十分だが、可能ならばこの場で自分たち闇のエージェントの主のためにギンガを始末しておきたい。

「ぐ、く…」

ソーマは操縦室にて、その手に握られたダミースパークの先を、モニターの向こうに見えるアラガミの少女に向ける。このまま一息に前に突けば、あの少女の体など、たとえアラガミでもタダでは済まされない。

つまり、今自分が乗っているこのロボットの拳で、あいつを簡単にする潰せる…。

 

―――あいつを殺せば、この胸糞悪い気分から永遠に解き放たれる…

 

アラガミのくせに、人間くさく考え行動し、喜怒哀楽を示す。ただの人間でありたいのにアラガミに近い存在として生まれたソーマにとって、アラガミの少女は、自分にとってコンプレックスを強く刺激する存在だ。見ているだけで落ち着かない。心がざわつくのだ。

 

―――あいつを消さなければ、俺はまた……

 

このままあいつを生かしておけば……

 

殺せ!殺してしまえ!!

あいつもアラガミだ!

リンドウたちを殺した奴らと同じ…!!

 

「消えろおおおおおおおおおおお!!!!」

 

衝動に身を任せ、ソーマは吠えた。

 

 

 

その叫びと同時に、ソーマの意思に沿って再起動したジャンキラーの赤い目から光線〈ジャンレザー〉が放たれ、アラガミの少女の方へと向かった。

「く、放せ!!」

「ぐ!」

ビクトリーが自分を羽交い絞めているギンガに肘打ちをぶつけて彼を引き離し、ジャンキラーの攻撃を阻もうとするも、間に合うほどの余裕はなかった。

レーザーは彼女の周囲の地面に着弾すると同時に爆炎を起こし、アラガミの少女はそれに怯えてびくっと身を震えさせた。一度だけでは、ソーマの苛立ちが収まらないと言わんばかりに、何度も放たれ、少女の周りを爆発で包む。

「…!!」

倒れこんだギンガはそれを見て、恐怖に似た焦燥に駆られた。あの少女はアラガミ。つまりは人類の敵…のはずだ。でもこれまで彼女はユウたちに危害を加えることなく、純粋なその心のままに、人間の子供のように接してきた。何一つ悪意と呼べる側面を持ち合わせておらず、とても手にかけるべき相手とは思えなかった。寧ろ…新しい仲間ができたと、今ならはっきり言える。

その仲間が、爆炎の中に消える。かつて、たった一人の家族だった妹を失ったあの時の様に、ユウは目を背けたくても背けることができない最悪の事態をイメージした。

(…あれ?)

…が、ギンガは少しの時間をおいてから、違和感を覚えた。

ジャンキラーはそれでも立て続けにアラガミの少女の方へと目から放つレーザーを放ち続ける。

「くそ!」

ビクトリーはそれを見て、すぐに少女を守ろうと自ら前に出ようとした。が、立ち上がったギンガがその行く手を、ビクトリーに背を向けたまま手を伸ばす形で阻んだ。

「さっきから何度も言わせるな!退け!」

「必要ないよ」

「何?」

ギンガの言っていることが分からず、ビクトリーは言い返そうとする。

だが、彼の一言の意味を、ふいに目に入ったジャンキラーと少女を見て、理解した。そして信じられないものを目にしたと、目を見開いていた。

「バカな…!」

 

アラガミの少女を守るため、ヘリのアリサたちも、最初はジャンキラーの攻撃を妨害しようかと考えた。

だが、サクヤがジャンキラーへの攻撃を躊躇したこともあってそれはなかった。何よりソーマは、粗暴かつ一匹狼な態度故に友人は少ないものの、それでも第1部隊にとって仲間であることに変わりない。

しかし彼らもなた、今の状況を見て動揺のあまり、そうすることを忘れていた。

「な、なにが起こってるの?」

 

 

 

ジャンキラーのコックピットのソーマは、焦りに似た衝動を覚えた。今の状況が理解できずにいた。

怒り、憎悪、後悔…負の感情を乗せ、アラガミの少女を滅ぼすために放っているジャンキラーの攻撃が、

 

一発たりとも命中していなかったのだ。

 

「どういうことだ…」

 

ソーマ自身も、理解できなかった。なぜ、殺したいと…殺すべきとみなしたはずの彼女に攻撃が命中しないのか。

あの少女は一歩たりとも先ほどから動いていない。同類と思っているソーマの意思で攻撃され、周囲に起こる爆発に驚くあまり、その場で身を丸めてうずくまっているだけだ。

『ちょっとちょっと!ちゃんと狙おうじゃないイカ!そんなんじゃあのちびっこを殺せないじゃなイカ!!ちゃんと狙わないといけないじゃなイカ!!』

「っるっせぇ…黙ってろ…!!」

イゴールがうるさく後ろから喚き散らしてくる。奴に持たされているダミースパークの精神支配の影響があるとはいえ、ソーマの耳にそれは耳障りなものだった。

『むぅ、なんか反抗的になってきてるじゃなイカ。なら、もっと闇の力を強めようじゃなイカ!』

イゴールは、新たに取り出したダミースパークから邪悪な闇を放出し、ソーマに握らせているそれに浴びせていく。ソーマのダミースパークはさらに闇を吸収し、彼の身をさらに強い闇で包み込んでいく。

「ぐが、あ、あが…が…!!」

まるで薬物中毒に陥ったかのように、深く闇の底へと沈みだしていく。だがそれでも、ソーマは抗い続けた。必死にイゴールの支配から抵抗の意思を示し続ける。その抵抗の意思はジャンキラーにも表れ、アラガミの少女から攻撃を外し続けていた。

 

 

 

ギンガはそれを見て、確信を得た。

ソーマはまだ、完全に心の闇に呑まれ切れていないのだ。

サカキやリンドウが度々言っていた。ソーマは、仲間の死を恐れる心優しい男だと。残酷な出生と、これまで守れなかったものが多すぎたがゆえに、自分に付きまとい続ける『死』を忌み嫌う彼が、自分を受け入れる数少ない存在を、どうして手にかけられる?

いや、無理に決まっていたのだ。どんなに心を闇で塗りつぶしても、覆せない事実だったのだ。アラガミだと分かっていても、彼は自分を受け入れてくれた彼女をとても殺す気になれないでいるのだ。

「…シュア!!」

少女を狙って放たれ続けるジャンキラーの放つレーザーを、ギンガが〈ギンガセイバー〉ではじき落とすと同時に、アラガミの少女を襲っていたジャンキラーの光線も止まった。

「そーま…?」

彼女は、自分を襲う光線が降りやんだのを機に、ジャンキラーの顔を見上げた。

『ぜぇ…はぁ……てめえ、やっと…やる気になったか』

ソーマの、ギンガに対する戦意を感じ取った声がジャンキラーから漏れ出る。長距離走でも走ったかのようにその声は息切れを起こしかけている。

抵抗を続けているとはいえ、まだソーマは星人の支配下にある。呼びかけは当然必要だが、それだけではだめだろう。言葉を乗せた分だけ、中にいるイカルス星人が、さらにソーマを闇の力で心を支配しようとする。

変身できる時間も、あまり長くない。ビクトリーに任せるのはダメだ。彼はあくまで、人の多い各支部や、壁外にいる人々に危害を加えるのを良しとしていないだけだ。だからこそ、ソーマもろともジャンキラーを破壊するつもりでいる。

だが、ソーマは自分にとって仲間だ。たとえ彼が自分に対してどう思おうとも。それに、リンドウたちからも託されたのだ。

「…みんな、僕に任せて」

胸に手を当て、ビクトリーと、アラガミの少女に言った。

「……」

ビクトリーは無言だった。本当にできるのか?疑わしげにギンガを見ると、ギンガは信じてほしい、と頷いて見せる。その意思が伝わったのか、ビクトリーは一歩下がった。

「…無理だとわかったら、俺が奴を破壊する」

最後にそう一言付け加えて。

続いてギンガは、ヘリに乗っている仲間たちにも目を向ける。彼が真っ先に目を向けたのは、自分の正体を知るアリサだった。その視線に、彼が何を言いたがっているのかを彼女は理解する。

(…わかりました。無理はしないでください)

頷いたアリサは、インカム越しにサクヤに向けて懇願した。

「サクヤさん、ウルトラマンたちから少し距離を置きましょう」

「アリサ?」

「彼は、必ずソーマを助けてくれるはずです」

私がそうだったように。心の中でアリサはそう付け加えた。

 

 

 

アリサに届いたのか、それからほどなくしてサクヤたちのヘリがすべて嘆きの平原から少し離れた場所へと下がっていく。

それを見届けると、ギンガは改めてジャンキラー、その中にいるソーマと対峙する。

『他の…連中を…混ぜなくていいのか?』

自分と戦う意思がある。そう判断したソーマの声が出てくる。

「ああ。僕は君を止めるために、戦う。もう迷ってばかりじゃ何も守れやしないからね」

『…いいぜ、来いよ…てめえの叶いもしない夢も、全部守ってやろうってつもりのその正義の味方ぶったムカつく面、ぶっ壊してやる…!』

変わらずギンガ…ユウへの敵意を露にするソーマ。ギンガは静かに、その言葉に異議を唱えた。

「…ソーマ…勘違いしないでくれ」

『あ?』

「君だけじゃないんだ…力を持っても、助けたかった人たちを救えなかったのは僕だって同じなんだ。ただ、突然与えられたウルトラマンの力を借りているだけの…ただの人間なんだ」

まるで言い訳でも言っているようにも聞こえたソーマは眉をひそめた。

「別に正義の味方を気取っているわけでもないし、ウルトラマンになったからって何でもできるようになったわけでもない。寧ろ、力を与えられてできることが増えても、できないことばかりが新しく目につくんだ。それでも、何かできることがあるから…全部じゃなくても誰かを救えるって信じてるから、僕はウルトラマンとして…ゴッドイーターとして戦うんだ」

そこまで言ったところで、ギンガは立ち上がってジャンキラーと対峙した。

「だから、リンドウさんやエリックがそうしたように…君ともちゃんと向き合いたいんだ」

『何度も言わせんな…お前に俺の何が「ほら、それだ。またその馬鹿げた台詞をだす!」』

ユウに対してムカムカしながらソーマはさっきと同じセリフを飛ばそうとしたが、ユウがその前に彼の言葉を遮った。実はこの時、ユウもまたソーマに対して、先ほどから少しカチンと来ていた。

「そういう君はそうやって他の人を避けてばかりじゃないか。自分を化け物と呼んだり、死神であることを受け入れようとしたり、一人で勝手に仲間から遠ざかったり…。

そんな君から何がわかるとか言われたって、わかるわけがないとしか答えられないよ。ごく一部を理解できても、全部理解できるわけないだろ。僕はソーマじゃないんだから。心を読めるわけでも、ましてや…神でもないんだ。君の言っている事なんて愚問でしかないんだよ!」

『て…てめえ…!』

揚げ足を取るように言い返されたソーマは歯ぎしりし、再度直接殴り掛かってきた。しかし、その拳は直線的で、ギンガに受け止められてしまう。

『は、放しやがれ!』

「そんな君が、僕のことを勝手に皮肉交じりにヒーロー扱いして、そのうえで叶いもしない夢を抱くなとか、正義の味方面するなとか……勝手に決めつけるな!!」

瞬間、ギンガの鉄拳がジャンキラーに炸裂し、ジャンキラーは大きく仰け反った。

『が…!!』

あくまで操縦者という立場だが、ソーマにも振動を通してダメージが伝わった。なぜかわからないが、ギンガから直接殴り飛ばされたように、ジャンキラーと同じく左の頬に痛みが走っていた。その痛みで、さらにギンガへの怒りといら立ちを高ぶらせた。

『んのヒーロー気取りがあ!!』

「ディヤァ!!」

ギンガとジャンキラーは互いに向けてパンチを繰り出し、二体の巨人の拳が強烈な振動を周囲に迸らせた。

だがこの時すでに、ギンガのカラータイマーが鳴り始めていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ジャンキラー、再び(終編)

気が付いたら、もうゴッドイーター10周年か…改めて、更新速度遅くてすみません。モチベの維持と集中力、仕事が多忙になったこと、アイデア…これらのバランスが本当に難しいです。


「「おおおおおおおおおおお!!!!」」

その戦いは洗練されたものではなくなった。

夕暮れの川岸で、喧嘩を始めた男二人が、親友であるお互いにひたすら意思をぶつけて合うように、泥臭いものだった。

 

 

お互いに拳を繰り出しあい、クロスカウンターの形でギンガとジャンキラーは突き飛ばし合った。

「っく…!」

『くそったれが…!!うおおおおお!!』

口を拭うようなしぐさを見せたジャンキラーは、再度ギンガに向けて右腕を飛ばしてきた。向かってくる〈ジャンナックル〉に対し、ギンガは両手で正面から受け止めると、さらにもう一発、ジャンキラーの左手のジャンナックルが飛んできてギンガの腹に叩き込まれた。

ジャンナックルがそのままギンガの腹に食い込んだまま、ずるずると彼方まで押し出す形で引きずっていく。

「ヌウウウウウ…オオオオオオオ!!」

ギンガはそんな中、腹に食い込むジャンナックルを両手で掴み、強引に投げ返した。

『なに!?』

『な、投げ返したじゃなイカああああ!?』

思わぬギンガの強引な形での反撃にジャンキラー内のソーマとイゴールが同時に驚愕する。

返されたジャンナックルに反応しきれず、ジャンキラーは大きくのけぞった。その瞬時、ギンガは一気に駆け出し、〈ギンガセイバー〉を精製してジャンキラーに切りかかった。かろうじて仰け反り状態から姿勢を整えたジャンキラーは、両腕をクロスしてギンガの剣撃を防御する。だがギンガはそのまま、剣劇を続けた。

「ショオオオラアアアアア!!」

視界を白く塗り潰すほどの残像を残すくらいに、何度も何度も剣で切り付けていくが、ジャンキラーのボディが予想以上に固いせいもあって腕を切り落とすこともできなかった。

『っち…うっとおしいんだよ!!』

ソーマがそう叫ぶと同時に、ジャンキラーが両腕を振り払った。これでギンガの剣を弾き飛ばした…

と思った時だった。

『な…!!』

両腕をL字型に組み上げたギンガが、ジャンキラーの眼前に立っていた。

 

 

 

しまった…このために奴はわざと通じない剣撃を繰り返していたのか。この距離、一秒でもあればギンガはいつでも光線を放ってこれる。

(…俺の負けか)

「な、何をしてるんだ!早くウルトラマンに反撃しようじゃなイカ!」

イゴールがソーマに後ろから怒鳴り付けてきた。このままでは自分も殺されると危機感を抱いたのだろう。だがソーマは、イゴールの言葉に従わなかった。彼は自分の敗北を受け入れ目を閉じた。

(俺はやはり、出来損ないの化け物だった。だから…これでいい。これで良かったんだ)

あの人間くさいアラガミの少女よりも、ずっと…化け物らしく終わる。

彼は、さっきまでとうって変わって殺気も消え失せていた。ギンガに、このまま倒されるべき敵として殺されても構わない。親が押し付けてきた過酷な使命と、人間でありながらアラガミにもっとも近いこの忌まわしい肉体から、同じゴッドイーターたちからの蔑みからやっと解放されるのだと思うと、寧ろ済々する。

(…羨ましいもんだぜ、ムカつくことだが…)

最期を悟ったソーマが抱いたのは、ユウ=ウルトラマンに対する羨望だった。人を救える力を持ち、人からも好かれている。自分が何度も願っていたのに得られなかったものを彼は持っている。

そう思うと安心感があった。彼なら、自分の回りで何度も起こした悲劇を、回避できるようになってくれるかもしれない。

「…止めをさせ」

ソーマは静かに、ギンガにただ一言頼んだ。

(リンドウ、エリック…俺もそっちへ…)

 

…………

 

だが、数秒経ってもギンガは光線を撃ってこなかった。恐る恐る目を開けると、ギンガは光線の構えを解いて背を向けていた。

「な、何の真似だ!お情けのつもりか!!こっちを向きやがれ!」

ギンガに向けて怒鳴るソーマ。だが、ギンガは背を向けて軽くジャンキラーの方へ振り返ったままだった。

「イカカカカ!!ちょっとびっくりしたけど、驚くことなんてないじゃなイカ!今のジャンキラーはソーマ君を介して吾輩が操っている状態!止めを刺すなんてできるはずもなかったじゃなイカ!イカカカカカカ!!」

イゴールも最初、ギンガが光線技の構えを取った時はやられると思っていたが、ギンガが光線を放たなかった理由をすぐに察した。下手をすればソーマを傷つけ、最悪ジャンキラーもろとも彼を殺すことになっていたかもしれなかったからだ。

それを確信してイゴールは高笑いを上げた。

 

 

そんなイゴールの笑い声をギンガが遮る。

「…ソーマ、君は今…自分から僕に殺されようとしたね?あいにく僕は、仲間を手にかけるなんて頼みはパスだ」

『な…!?』

思惑を見抜かれ絶句するソーマに、ギンガは上空を指差す。ソーマはジャンキラーの目を通して空を見上げると、3機のヘリからそれぞれ見ていたサクヤたちが彼に必死に呼び掛けていた。

「何を言ってるのソーマ!冗談止めて!すぐに降りなさい!」

「そうですよ!自分から殺されようとするなんて、何を考えてるんですか!」

「…ソーマ…」

コウタは、これまでソーマから冷たくされてきたこともあって、言葉が見つからなかった。だが、それでも一つサクヤたちと共通して、ソーマが死を受け入れようとしていることにいい気分は全くしなかった。

「君は僕に背を向けるなって言ったけど、君こそいつまでそうやってみんなに向けて背を向け続けるんだ!彼女たちの声が聞こえないのか!!」

ギンガが強く言い放った。自分を必死に呼び止め続けている。それはありがたいことなのかもしれない。だが、これまでの人生でソーマはそんな風に思えなかった。寧ろある種の迷惑ささえ覚えた。

「黙りやがれ!さっさと俺を殺せ!!俺はさっきまでお前も、こいつも殺そうとしていたんだぞ!」

サカキの命令で秘密裏に保護しているアラガミの少女。殺してしまえば命令違反の一言だけでは済まないし、既に第1部隊全員にとって親しい存在となりつつある彼女を殺すことは道理にも反しているともいえる。そんな彼女を、殺そうとしていたのだ。ユウたちは、ソーマを裁く権利があるのだ。命を奪うこともソーマは許している。

だがギンガは首を横に振り、アラガミの少女に目を向ける。ジャンキラーの中のソーマの目にも彼女の姿が映った。

「そーま…あのね……あの…うーんとね………怒ってる?…いやなこと、そーまにいっちゃったから……こうたやさくやがいってた。いやなことをいうのはえらくないって。だから……」

少女はソーマに向けてなんとか言葉を紡いでいく。少女は前に、『そーまのあらがみがたべたがっている』などと口にした。それはアラガミに最も近い存在であるため、人間でありたいと願うソーマのコンプレックスを強く刺激し、激怒させた。彼女は必死に、ソーマに向けての謝罪の意思を、覚えたばかりの言葉で伝えようとしていた。

(一丁前の口を利きやがって…)

さっきまで俺は、お前に何度も攻撃を仕掛けてたんだぞ。それなのに自分に謝罪の言葉を向けてきている。少しでも着弾すれば粉々に吹き飛ばされていたかもしれないのに、アラガミでも自分を顧みることができている。だが自分は、ちょっと口を開けば他人の神経を逆なでしたり遠ざける憎まれ口しかでない。ソーマはジャンキラーの中で少女から目を背けた。

さらに畳み掛けるようにあの子…アラガミの少女についても触れつつギンガは言葉を紡いでいく。

「あの子のことを化け物だのとか、一緒にするなとか言うくせに自分のことも化け物扱い。

今だって殺そうとしていたと思ったら、ジャンキラーの光線は一発も当たっていない!結局君はあの子を殺すことさえ躊躇していたってことだろ。化け物を自称してるくせに、やってることはつくづくその真逆じゃないか。

リンドウさんたちからも大切に思われて、第1部隊のみんなからも死ぬなって言われて、あの子からも懐かれてる君を、どうして殺せる?」

『俺に…俺にまた、惨めに生きろって言うのか!このくそったれな世界で!成せないこともなせず、ただひたすらお前にその役目を食われ続け、周りの連中から蔑まれるだけの人生を過ごせって言うのか!』

確かにソーマの言うことも理解できるし、実際その通りともいえるだろう。

「あぁ…君の苦しみはきっと計り知れないものだろうさ!地獄のような苦しみだろうさ!でも、それでも僕たちは、リンドウさんのもとで戦ってきた仲間だろ!一人で背負えないなら、僕にも背負わせろよ!」

『う、うるせぇ!!』

ユウの言葉で豪語したギンガの腕を、ジャンキラーは乱暴に振り払った。

『…そう言って、俺の周りで何人も死んだ!!リンドウもエリックも、死ぬなだと死なないだのとえらそうにほざいておきながら死んでいきやがった!!どの道死ぬような仲間なんざ、最初からいるか!!』

再びギンガとジャンキラーの間に距離が開いた。ソーマの拒絶の意思を体現するように、ジャンキラーの目から再び光線が飛ぶ。何発も再び光線がギンガに飛んでいき、またこの二つの巨体を誇る者同士の争いが起こるのではないだろうかと、一同は危惧した。少女もまたソーマが怒りだしたのではと不安を募らせた。

ギンガは、無言でジャンキラーに向かって歩き出す。その身にジャンキラーの光線が当たるのもいとわずに。

「………」

光線はギンガの方角に向かいながらも、まともに当たっていなかった。何十発も放たれていたが、ちゃんと当たったのは5発にも満たない。ギンガは周囲の爆発にも、自分にも直撃しているレーザーなどものともせずにジャンキラーの元へ歩いていく。

ギンガがジャンキラーの目の前に再び立った時、中にいるソーマが膝をついて身を震わせたと共に、ジャンキラーも膝をついた。

『もう限界なんだよ…俺は…人の死を見るのも…蔑まれるのも………』

初めて、ソーマは弱音を吐いた。ついに自分から…己の弱さをさらけ出した。

ギンガは…ユウは再認識した。サカキや生前のリンドウたちが言っていたとおり、ソーマは…

『仲間の死を嫌う心優しい男』なのだと。そして、『本当は周りから愛されたがっていた孤独な子』でもあったと。

 

(…私…ソーマのことを何もわかってあげられてなかった。リンドウの分も、あのこのことを見ておかなければならないって意気込んでいたくせに…)

今残存しているメンバーの中で一番ソーマと付き合いの長いサクヤは、これほどまでにソーマが苦悩し続けていたことをなぜ気づけなかったのかと自分を責めた。

 

「ソーマ。それが本心なら…なおさらリンドウさんがいなくなる前に残した言葉を無視したらだめだよ。

君は母であるアイーシャさんを殺して生まれたわけじゃない。まして噂通りの呪いで仲間を死なせたわけじゃない。アイーシャさんは君に未来を託し、命を繋いだんだ」

『………』

「僕がはっきり認めるよ。君は…

『死神』なんかじゃない」

優しい口調になったギンガは、ジャンキラーと、その中にいるソーマに手を伸ばした。その言葉を受け、気が付いたらソーマはジャンキラーにその手を握らせて、立ち上がっていた。ギンガとジャンキラーの目を通して、ユウとソーマは互いに視線を交し合っていた。ユウには、ジャンキラーの向こうに見えるソーマの目に、自分に対する敵意も、彼を支配していた邪悪な闇もないことを悟った。

「命令は『死ぬな。死にそうになったら逃げろ。そんで隠れろ。運がよければ』…」

その先は、リンドウが第1部隊にいた頃に何度もソーマも聞かされた。ユウたちよりもずっと長く、耳にタコができるほどに聞いている。言うまでもなかったが、ソーマはその先の答えを口ずさむ。

「…『不意を突いて…ぶっ殺せ』…もう聞き飽きた」

 

 

 

しかし、これはイゴールにとって面白くない展開だった。

狙いである第二のウルトラマンが姿を見せず、しかもギンガがこちらを押し始めている。

「ソーマ君!惑わされちゃだめじゃなイカ!あいつは君の倒すべき敵!それ以上でもそれ以下でもないじゃなイカ!」

後ろからソーマに、ギンガを倒せと急かした。

「そう、今あいつ自身が言ったように、今なら奴らの不意を突けるじゃなイカ!!さあ、ソーマ君早く!」

だが、それは無意味な悪あがきでしかなかった。直後にソーマの振り向き様のパンチがイゴールの顔面に入った。

「…うるせぇ!さっきから耳障りなんだよ!」

「イカァ!!?」

しかも拳を叩き込む際、彼はイゴールに与えられたダミースパークを奴の顔面にぶつけていた。

自分の顔に叩き込まれたダミースパークは粉々に砕け、イゴールはジャンキラーの外へ弾かれるように追い出された。

ダミースパークの力で彼は心の闇を爆発させている状態。ダミースパークは自分たち闇のエージェントによって使用されている。それを介してソーマを操っているのだから、ソーマが自分たちに逆らうはずがないと思っていた。だがソーマは自分に危害を加えてきた。

(わ、吾輩に…反抗したじゃなイカ!?どういうことなのかわからないじゃなイカ!!)

思わぬソーマの反抗に、嘆きの平原の泥の地面の上に這いつくばっていたイゴールは鼻を押さえながら当惑した。

(ま、まさか…今の茶番劇なんかで、ソーマ君の心の闇が消えたんじゃなイカ!?)

ダミースパークの力源である心の闇が取り除かれたら、ダミースパークは効力を失う。ソーマが現に刃向ってきたのでそうとしか思えない。

(くそぉ…我輩の作戦全部おジャンじゃなイカ!他のエージェントを倒しただけのことはあるじゃなイカ…!ここは一度逃げるのみじゃなイカ!!)

イゴールのウルトラマンビクトリーの誘き寄せとギンガの抹殺、二つの思惑は崩れ、屈辱に心を乱すイゴールはそそくさに撤退し姿を消した。

 

 

 

 

なぜ、ジャンキラーは攻撃を止めた?ビクトリーには理解が追いつき切れていなかった。あれだけ暴れまわっていた奴がなぜ?

疑問を抱くビクトリーに、ギンガは差も同然に彼の考えを読み取っていたかのように、彼に向けて言った。

「言っただろ。ソーマは僕たちと同じ、誰かを守るために一緒に戦ってきた……仲間なんだ」

「じゃあ、なぜさっきまでお前に危害を加えた?さっきのエイリアンについてはどう説明する?」

ビクトリーは、ジャンキラーとソーマ、そしてイカルス星人との関係を指摘する。間違いなくイゴールに悪意があることはわかっており、ならそれに従っているソーマも同じだと考えているようだ。

だがそれは、ソーマのことを何も知らないからこその短絡的な考えだ。

「少なくとも君よりもソーマの事は知っている。もうソーマは君が考えているようなことはしない。さっきだって、あの宇宙人に操られていただけなんだ。本当はどんな人間なのかもわかっているつもりだ。

 

僕は、ソーマを信じる」

 

(…!)

ジャンキラーの中で聞いていたソーマが目を見開いた。まだエネルギーに余裕のあるビクトリーと比べ、もうギンガは戦う余力さえほとんどないのに、ビクトリーに対して反論し続けている。

「……だとしても、もしそいつがまた暴れたらどうする。そうなったらまた無用な犠牲が生まれる。その時お前はどう責任を取る気だ?その女の子を万が一殺すようなことがあっても…」

またソーマが、ギンガの言うとおり操られるにしても、誰かに危害を加えるなどの行為に走っても、どちらにせよ自分たちウルトラマンはゴッドイーターたちがアラガミと戦うのと同じように、それらの脅威に対処しなければならない。手遅れになって死人が出たりなんてことになったらそれこそ取り返しがつかない。そのことをビクトリーは指摘する。

「もしまたソーマが暴走することが会ったら、その時はもう一度僕が仲間として、責任もって止める」

その問いに対し、ギンガは断言した。

「ビクトリー。僕は同じウルトラマンである君とも戦いたくない。でもだからといってソーマの命を差し出すわけにもいかない。ジャンキラーだって、無理やり星人に操られていただけだ。今回だけでもいい…僕が責任もって見ておくから、ここは見逃してくれ」

「…………」

まっすぐ自分を見据えて、薄っぺらな言葉として口にしたとは思えないような口調で決意表明したギンガにビクトリーは、言葉では何も返してこなかった。

背を向けると、光となってどこかへと飛び去って行った。

 

 

ユウは、ギンガの中でビクトリーが飛び去った空をしばらく見上げ続けていた。

ソーマにかけられた闇の呪縛は解かれ、ジャンキラーに危険性はなくなっていた。それでもビクトリーは中にソーマがいることも知ったうえで、彼がいずれまた危険を及ぼすと豪語して…ジャンキラーを破壊することを考えていた。

(ビクトリー…)

なぜああまで強硬姿勢を押し出そうとしているのだろうか。ソーマを、本人が自分のことを化け物と呼んでいたように、あからさまに彼とジャンキラーを人類の脅威となるとみなしていた。

…いや、今はよそう。今考えてもわからないことである以上、気にし続けたところで解決に導かれない。

今はソーマの心を開き、助け出すことができた。今はそれを喜ぶとしよう。

 

 

 

ジャンキラーに続いて、ビクトリーとの戦いの後も大変だった。なにせアラガミの少女がサカキの研究室から脱走していたのだ。ある意味ソーマと暴走したジャンキラーを鎮めたり、身を挺してビクトリーを説得する以上に大変だった。

言うまでもなくアリバイ工作が必要になるのだが、少女や仲間たちと合流したとき、第1部隊を乗せたヘリパイロットたちもいたのだ。当然ながら彼らはサカキが研究観察のためにアラガミの少女を保護したことを公表するはずもないので知らない。

なので、ユウはギンガに変身したまま一旦少女を極東支部のすぐ近くに下し、サカキに通信連絡で「防壁外の近くに少女を見つけた。ジャンキラーが暴走し巻き込まれそうになったところを、少女と一緒にギンガに助けられた」と嘘の事情を説明した。

ギンガに救出されたという言い訳は、彼の正体を知らないコウタとサクヤも誤魔化すことができた。これによって、少女の存在を第1部隊の誰かに、そしてユウの正体がすでに知っているアリサとソーマ以外の面々に気付かれることなく、ユウたちはアナグラへ帰還を果たした。

嘆きの平原に置き去りにされたジャンキラーのことだが、あれもひとまず後日改めて再び輸送することが決められ、それまでの間定期的にゴッドイーターたちが、ジャンキラーをアラガミに食われないように巡回することが決まった。

 

 

 

 

 

その後、サカキの研究室でソーマを待っていたのはユウたち第1部隊のメンバー、サカキ、そしてあのアラガミの少女だった。

最初にコウタが重苦しげに言った。

「マーナガルム計画のこと、俺たちも聞かせてもらったよ。ソーマと神機が誕生した裏に、そんな悲劇があったんだってさ…」

ユウがサカキのディスクを閲覧したことで知った、サカキが神機を開発したその裏で起きた、サカキとヨハネス、そしてソーマの母アイーシャの間で起きた悲劇を、この時のコウタたちもソーマが来る前に聞いていた。

「けどソーマ、俺はお前に、いつまでも一人でかっこつけてほしくないって思ったよ。俺は確かに頼りないかもだけどさ…それでも俺、仲間のこと大切だから、あんな風に邪険にしてほしくなかったよ。…まぁ、今までもお前だったら、『言ったところで何が変わるんだ』とかいうだろうけどよ…」

「私、自分が恥ずかしいです。そんなことがあったのに…改めて、すみませんでした」

神機誕生の裏で、ヨハネスとアイーシャ、そしてサカキの間で起きた決別と血まみれの過去があったことなど知らずに、新型であることを鼻にかけて仲間の事を、特に旧型神機使いたちを蔑ろにしていた時の自分をアリサは恥じていた。

「ただ、ソーマのこれまでのことは、私も似たような経験があります。でもだからこそ、生き残った私たちに、できることがあるんです。それは死んでしまっては、絶対にできないことです」

親友であるオレーシャとの経験があるからこその言葉だった。大切な人を死なせた、それはアリサもまたソーマと同類だという証明だった。

続いてサクヤがソーマに向けて言った。

「ソーマ、二人と同じように私もあなたの過去のことを聞かせてもらったわ。あなたがこれまで仲間を遠ざけていたことも…

でも、私も…リンドウもあなたのことを大切な仲間だって思ってる。ツバキ教官だって現役のころから変わらずそう思っているはずよ。もしあなたまで死んでいたら、私はまた大切な仲間を失う苦しみを味わうところだったわ。

あなたに仲間を、リンドウたちを思う気持ちがあるなら、約束して。もう二度とこんなこと…しないで」

彼女の瞳は、波を経たせた水のように揺れていた。万が一ソーマまで死んでしまっていたら…そんな思いたくもないヴィジョンを想像して、リンドウが死んだ時の悲しみが蘇っていた。

「お前ら…」

ソーマはばつが悪そうに目を背けたが、この日の事も含めて仲間たちに謝罪した。

「…今まで、悪かった」

これまで仲間を救えなかったことも引きずっていた彼は、今回イゴールに操られ仲間を殺してしまうところだった。罪悪感を感じない訳がなかった。

「ソーマ、済まなかった。アイーシャとヨハンのことは…」

サカキも思うところがあったので、ソーマへ謝罪した。ソーマが生まれる直前、アイーシャたちのマーナガルム計画への強硬姿勢をちゃんと止めてさえいれば、ソーマがこれほどまでに苦しむことがなかった。まだ幼かった頃から過酷な運命に立たされたソーマが、アイーシャとヨハネスが与えた使命に、心が付いていけず荒んでしまうことは当然のことだった。

「いい。本当は俺も頭では理解していた。それに、俺がこの体で生まれなければ、あんたの研究にも滞りがあった。ただ…」

着いていくのに時間がかかっただけだ。その先をソーマは言葉で示さなかった。

ソーマが母親の提案で、胎児の頃にP73偏食因子を投与されたことで、彼はアラガミに捕食されず、かつ驚異的な回復力と常人どころか並みのゴッドイーターを超えた力を得た。彼の研究データをもとに、サカキがあらたに安全性の高いP53偏食因子を発見し、神機を完成させた。ソーマがこの呪われた体で生まれてこなければ、神機の開発が遅れていた…下手をしたら今も完成しておらず、ユウたちもアラガミに対抗できる力を得られないまま、人類は今以上にアラガミに食われ続けていたかもしれない。そう思うとあまりに皮肉なことだった。

「そうか、でもよかった。少しでも…アイーシャたちのことを理解してくれた。私にとってまだあの二人は、かけがえのない学友なんだ」

サカキがひとまず安心して笑みをこぼした。今すぐに受け入れられなくてもいい、ただ…単純に二人のことを嫌ったりとかは、息子であるソーマにしてほしくなかった。

ソーマ、と一言名前を呼びながら、今度はユウが一歩前に出た。

「君は、希望を託されたことを、やりたくもないことを押し付けられたって思ってるかもしれない。でも、ここで君が命を捨てたら、それこそアイーシャさんリンドウさん、それにエリックの想いを踏み躙ることになる」

「…あぁ、わかっているさ。だが、俺は…」

その重さに耐えられなかった。この過酷な世界で、今の世間から見てのウルトラマンのように、みんなの希望になってほしいという亡き母の願いの重さに。それは周囲から疎まれているうちにかえってソーマの重荷となった。

だからあんなふざけたエイリアンなんかに操られた。それこそ笑えないことだろう。誰にとっても。

すると、ユウはアラガミの少女に一言「…さあ」と告げて背中を押した。少女は緊張した様子で、ソーマの前に立った。

「そーま…」

ソーマを怒らせたことへの後ろめたさを覚えつつも、それでも彼女なりに言葉を紡いだ。

「あのね…はかせ、おしえてくれた。おはなをあげると、きもちつたわるって」

「あ、ああ…」

そう言って彼女は一輪の花を差し出した。それは白い百合の花だった。ジャンキラーに攻撃されている最中も肌身離さずに持っていたためか、少ししおれている。ソーマは戸惑いながらも、その花を受け取った。花なんて愛でる趣味はないんだが、と思ったが口にしなかった。

「おや、それは百合の花だね。教えた花と違うが…」

「あれ?まちがえた?」

サカキが教えたのは、花言葉が『後悔』であるカンパニュラの花だ。ギンガとジャンキラーの戦いの場へ来るまでの間で、防壁外の大地で見つけた花を一つ見繕って来たのだろう。アラガミに食い荒らされているこの世界で都合よくカンパニュラの花が残っているということはさすがになかったようだ。

百合の花言葉は無垢、純粋。カンパニュラとは全く違う。

「うーん、まちがえちゃったか…」

少女は、ソーマと違いアラガミであることなんて気に止めていない。今のやや間抜けともドジともとれる少女のキョトンとした様子に、ソーマはふとポツリと呟いた。

「俺もお前みたいに、自分のことを気にしないで生きていたら…な」

「?そーま、じぶんってうまいのか?」

「…くく、はははは…!」

少女の言葉に、思わずソーマは吹き出した。ユウたち…その中でもサクヤとサカキが特に反応した。

これまで過酷な出来事に出くわしてきたがゆえに、ほとんど笑顔を見せなかったソーマが、笑っていた。

「それくらい自分で考えろ。

 

『シオ』」

 

「しお?」

自分を、聞き覚えのない言葉で呼んだソーマに、少女は首を傾げた。

「お前、まだ名前がなかっただろ。…まぁ、気に入らないなら名乗らなくてもいい」

名前をもらった。自分が自分である証を、ソーマがくれた。それは少女を大いに喜びで満たした。

「しお…しお!そーまがなづけてくれた!!そーま、ありがとね!ありがと!」

「っち、騒ぐな」

喜びのあまりソーマにじゃれつくアラガミ…改めてシオは彼から鬱陶しそうに退けられようとしても、とにかく彼にしがみついてきた。

一方、なぜ『シオ』と名付けたのかコウタが真っ先に疑問を抱いた。

「えっと…なんでシオ?調味料のあれみたいに白いから?」

「バカですかあなた。そんな理由ならもっと他にいい名前あるでしょ」

「またバカって言われた!アリサなんて浮かんでもなかったくせに!」

「だ、だから今考えていたところです!」

「いや今さら過ぎんだろタイミング的に!」

コウタとアリサの不毛な言い争いを無視して、サカキがサクヤとユウに、名前の意味を説明した。

「今の流れだと『ユリ』って名前も思いつくけど、シオ…か。シオはChiot…この綴りで子犬を意味するんだ」

「子犬か…なるほど」

「この子、ソーマがくれた名前が気に入ったみたいね。この子の名前はこれで決まりってことかしら」

確かにシオのこの様子は、あどけなさと愛らしさも合わさって、まさに飼い主になついている子犬そのものだ。

「……なぁ、やっぱりノラミがいいだろ?」

あれだけ反対されたバッドネームに未だに拘るコウタは、シオに向けてしつこく問いかける。アリサはどうしても許せず、いい加減にしろと言う前に、シオは決定的なことを告げた。

 

「やだ」

 

「…んだよちっくしょー!!」

ばっさりと切り捨てられた非常なる現実に、いつぞやの時代の芸人のようなコウタの絶望の叫びがこだました。

そのリアクションを皮切りに、サカキの研究室からコウタとソーマを除く彼らの笑い声が飛び交った。その笑い声の傍ら、コウタが拗ねたのは言うまでもない。

 

 

 

それから次の日…

ソーマと歩み寄れたところで、第1部隊は鎮魂の廃寺へ任務に赴いた。といっても、普通にアラガミを討伐するだけでなく、彼らにとってある意味重要な仕事の隠れ蓑のようなものだ。

「シオの食糧探しか~。っつっても、いつも通りアラガミをぶっ潰すだけなんだけどな」

ユウが呟く。実はこの日の任務だが、通常の任務に偽装した、シオのグルメデートなのだ。

シオはアラガミなので、他のアラガミの肉やコアを好んで食事する。最近では人間の食べ物にも興味を示しているのだが、サカキによると彼女の食事のために溜め込んでいた食料がなくなりかけていたという。なので、食料確保とシオの食事のためにこうして外に連れ出す必要が出た。

「ったく、万が一見つかったらどうするつもりだ」

「いいじゃないのソーマ。たまには外へ連れ出さないと可哀そうよ。対策だってちゃんと立ててるし、外に出たいってシオが駄々をこねて、また壁を壊して外に出る、なんてことにもなりかねないわ」

愚痴をこぼしたソーマに、サクヤはそう言った。それはそうかもしれないがとソーマは思うが、自分で付けたとはいえいくら名前の由来が子犬だからって、一昔前の人間がペットとして飼っていた犬みたいにホイホイ散歩していいものでもない。おかげでアナグラのレーダーから逃れるためのコンテナに、いちいちシオを入れて外に出なければならなくて地味に面倒くさい。

それでシオはというと、コウタから雪を使った遊びをいくつか教えてもらっていた。今はそのうちの一つ、雪だるま作りを教わっている。

「いいかシオ。こうやって雪玉を丸めて、そしてコロコロ転がしていくんだ。その玉を大きい奴と小さい奴と作って…最後にこうして小さい奴をデカい奴の上に重ねる。これで雪だるまの完成だ!」

「おぉ、なんかしろいのができたぞー」

「昔の人は雪が積もる日にはこうしてみんなで遊んでたってさ。後はこいつに顔を書いたりとかすると…」

「おぉ~」

試しにコウタが適当に雪玉を転がし、雪だるまを作って見せる様子を見学したシオは、知識欲が掻き立てられて目をキラキラさせていた。

「まったく、コウタはやっぱり子供ですね。まぁ、だからこそシオちゃんの遊び相手が務まるんでしょうけど…」

「アリサ、なんかちょっと機嫌悪い?なんかムスッとしているけど」

雪を使ってシオに遊びを教えるコウタにため息交じりにつぶやくアリサを見て、ユウはどうしたのだろうと気になって尋ねてきた。

「別に、いつもどおりですけど?」

なぜアリサが不機嫌なのか。実はこんな理由があった。

これまでウルトラマンギンガの正体がユウである事を知っているのは、現在ではアリサ一人だけ…だった。先日の戦いがきっかけで、ソーマもまたユウの正体を知ったのである。アリサは、ユウの秘密を彼と二人で共有できているという状況に、内心ではちょっと心地よさを覚えていた。だがその矢先に、大して仲良くなかったはずのソーマまで偶然にも知ることになり、大車との決着とオレーシャとの再開をきっかけにユウのことが気になり始めていた彼女にとって、せっかく共有していた秘密がそうでなくなりつつあることが不満だった。当然これを鈍感なユウが気づくはずもないのでさらにストレスが溜まる。

(せっかくユウの秘密を独占できてたのに…)「きゃ!?」

突如、アリサの頭にべちゃっと雪玉を投げつけられ見事に直撃した。

「あ…悪ぃ…ユウの足もとを狙ってたんだけど…」

(狙われてたの僕だったんかい…)

冷や汗をかきながらそう言ったのはコウタだった。投げつけた犯人を見て、頭についた雪を払い落としながらアリサは頭に青筋を立ててわなわなとふるえた。

「コウタ…あなたには身の程というものを…ひゃう!!」

コウタに怒鳴ってやろうとした途端、またしても雪玉がアリサに炸裂する。次に投げつけてきたのはシオだった。

「あはははは~!」

「コウタあああああああああ!!!」

大笑いしてくるシオを見てアリサはコウタにブチ切れた。

「待て待て待て!!今投げてきたのはシオじゃん!!」

「シオちゃんが真似したのはあなたのせいでしょ!!そこに直りなさい!!」

「わ~!ありさがおこった~!!」

門の上から飛び降りた彼女は神機を構えてコウタとシオを追いまわし始めた。

「やめろシオ!アリサを怒らせたらそこらのアラガミよりも怖いぞおおお!」

「どういう意味ですか!!」

雪合戦の次は鬼ごっこ。三人は鎮魂の廃寺のエリア内を走り回りだした。

「もう…また喧嘩しちゃうんだから…止めに行きましょうか」

「ですね。アリサー!あんまり怒るのは良くないよー!」

三人に呆れながらもサクヤは彼らを追って行った。ユウも放っておいたら三人が他のアラガミの格好の的になってしまうことを危惧しながら、サクヤに着いていく。

 

ユウたちを見て、ソーマは一人思考の世界に入る。

 

彼らは自らアラガミの細胞…P53偏食因子を取り込んだ。ユウに至ってはウルトラマンの力も兼任している。ある意味、自分以上に救えない奴等だろう。

だが、ソーマは感じていた。彼らのこういう馬鹿で平凡な様を見ていると、これまで自分がためてきた怒りや絶望、負の感情が少し和らぐような気がした。イカルス星人によって暴走させられた自分を目の当たりにしてもなお、彼らが自分を真正面から受け止めてくれた今は、これまで以上に心が軽くなっていた。

だが、絶対に死なないとさえ思えていたリンドウやエリックのように、彼らもまた命を落とすかもしれない。

なら、今度こそこいつらを守れるように自分も心を強く持って向き合わなければならない。またあのふざけた星人ごときに心の隙を見せて、死んでほしくないと願っていたはずの彼らを逆に手にかけるなどといった、最悪の事態から永遠に逃げ切るためにも。

 

ようやく素直に、その事実を受け止められる気がした。

 

彼らは同じ…仲間なのだと。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ギンガ対ビクトリー(前編)

タイトル通りですね。逃れられない運命というか…
今回でビクトリーの変身者が誰なのかもはや確信を得た人もいるのではないでしょうか?


「ぐぬぬぬぬ…」

あの戦いのどさくさにまぎれて引き上げていたイカルス星人イゴールは、これまで同じ闇のエージェントたちがそうだったように、自分も作戦を失敗させ、結局ウルトラマンギンガたちに勝ち星を譲る羽目になったことを悔しがっていた。『あのお方』が危険視した第二のウルトラマン『ビクトリー』をあぶりだしたのが唯一の成功だった。結局心の闇を沈められたソーマと彼が操っていたジャンキラーもギンガたちの活躍で停止させられ奪われたも同然となったが…。

(なんか新たな作戦を考える必要があるじゃなイカ。もし二度も三度も失敗することになったら、我輩までグレイ氏たちのように、あのお方から粛清されてしまうじゃなイカ)

やっていることは悪党のそれでしかないが、彼らは彼らで必死だった。自分たちが崇拝する主の機嫌を損ねることは避けなければならない。そのためにも、主の願いをかなえるため、主の敵は徹底して排除しなければならないのだ。

「でも、もうあいつらの仲間を洗脳して駒にする作戦は使えないじゃなイカ。何とか別の方法も考えないと…」

今はとにかく新たな作戦を立案しなければならない。二人のウルトラマンを倒し、あのお方の脅威を取り除くために、イゴールは一人暗い部屋の中で思案に時間を費やしていく。

「…む」

ふと、イゴールは何かを思いついて顔を上げた。そういえば気になることがあった。

ギンガとジャンキラー、そしてビクトリーの争いを止めに来たあの白い少女のことだ。

(あの少女は何者なんだ?やけに肌が真っ白だし、どうもソーマ君とは知り合いのようだし…)

 

 

それは、もう一人の人物も気にしていた。

ウルトラマンビクトリーに変身する、あの少年だ。

彼は今、とある廃墟の建物内にいた。

アラガミの影響もあってすでにボロボロにされ、長らく放置されていた建物だが、わずかな食料が詰め込んである箱や薬がいくつか置かれている棚、人が寝泊りするためにつるされた天幕と寝床など、わずかに人がここに住んでいた形跡があった。

そこの窓際から外を覗き込む少年。ギンガがジャンキラー、そしてその中にいた、星人に操られていた人間を庇ったこと、そして例の白い少女が同じ行動をとったことが気がかりだった。

あの時、ギンガが自分の邪魔をしたのはその中に彼が守ろうとした人間がいたから。それはとりあえず理解できた。とはいえ邪魔をされたときはいい気持ちではなかったし、ジャンキラーの中にいるあの男がまた星人にそそのかされて暴走しないとも限らない。

だが気になるのは…危険を顧みずに自分の前に立ちふさがった、あの白い少女だ。

(あいつは、何者なんだ?)

イゴールがそうであるように、彼女から人間とは何かが違うものを感じた。でも見た目は、どこからどう見ても年下の人間の少女にしか見えない。だがその割に身なりが、フェンリルのマークを刻んだボロボロの布一枚。人間が着込むにはあまりにも貧乏くさすぎる。

疑問が深まっていくばかりだ。

(確かめるか。あいつらゴッドイーターは、任務で壁の外に出てくるはず。そのときに…)

少年の決断は早かった。早速例の少女が何者か確かめるべく、彼は廃屋から外に出る。

外に出ると、彼の目にいくつもの土の盛り上がりが映る。

これらすべて、アラガミに襲われ不運の死を遂げた者や、満足のいく治療を受けられず病死していった防壁外の人々の墓である。中には、土を穿り返されたものもある。アラガミが死んだ人たちの遺体を掘り返して食ったのだ。

神を騙る墓荒らしの所業が、また自分の見ていないところで行われていた。それを悟った少年は目つきが険しくなり、悔しそうに歯を食いしばる。

その中でただ一つ、無事に残っている木製の十字架の墓があった。その墓の前に少年は立つと、静かに黙祷を捧げた。

「…大丈夫だよ。俺が必ず……」

 

 

 

 

理解できなかったのは、ユウもまた同じだった。

「なんであの時、ビクトリーは…」

思わずその疑問をユウは自室で口にした。彼の部屋を訪れていたアリサが、テーブルの上に立っているタロウに問う。

「ねぇ、タロウ。タロウの話だとウルトラマンは、人間を救うために何度もその命を張ってきたんですよね。それなら…なんでビクトリーは、ソーマがエイリアンに操られていたときに…」

中にいるソーマもろとも、ジャンキラーと、そしてイカルス星人を抹殺しようとしたのか。ギンガと同じヒーローというには、あまりにも攻撃的過ぎる姿勢のビクトリーが信じられなかった。

「おそらく彼は、同じウルトラマンとはいえ価値観と物の捉え方が異なるのだろう。光の国出身の私にとって、価値観の合わない同胞はほぼいないも同然だったから、同じウルトラマンであのような強硬姿勢をとられたのは滅多にない」

「…そのビクトリーとかいう新しいウルトラマンは…ハト派かタカ派で言えば…後者だな」

ソーマもこの場にいた。ユウからウルトラマンについての詳細な情報を得て、それを共有するためだ。当然ソーマは、ここにきてここまで話が進むまでの間、ユウとウルトラマンについて詳しい話を聞いた。

ユウがアナグラに保護されて以来、ギンガとして戦ってきたこと、数々の強敵を打ち破ることがあっても、時にアーサソールやエリックの件のように多くの救えなかった命もあったこと、その跡で立ち直り、アリサの心を救ったこと、そしてそのアリサが今ではユウの正体を知る数少ない人間の一人だということ、そんなユウを序盤から見守ってきたのが、タロウと名乗る人形にされたウルトラマンの大先輩だということ…第1に知る必要がある情報を優先して聞いた。人形であるタロウが自分と会話してきたことは、メルヘンな夢でも見ているのかと疑ったくらいの衝撃だったが。

「奴は、事件解決のためなら、例え相手が人であっても、無害な人間を守るためなら、危険な存在は徹底的に排除する。…現に、俺がまさにそうだった」

前回のビクトリーの戦いに対する意識と、ジャンキラーへの明らかな敵対行為。ソーマが操られていたとはいえ、ビクトリーは彼もろともジャンキラーを破壊しようとしていた。

「…まだそうだって思いたくないな。僕たちがこうして生きているのはウルトラマンたちのおかげでもあるんだ。ビクトリーが最初に現れた時だって…」

そう、ジャンキラーがエリナを操縦者として始めて暴走した時、危うくギンガは敗北を喫するところだった。それを救ったのもまたビクトリーだった。それもあってユウはまだビクトリーのことを信じたいと思っていた。

「お前のことだからそういうだろうとは思った。だが、万が一奴と戦うことがあって、甘さに囚われれば、お前がやられるぞ」

「…うん。わかってる」

ソーマは言い方こそきついが、この警告は彼なりの気遣いだと知っている。そしてそれは決して間違いではない。だから頷くユウだが……彼はやりたくもない戦いを、またすることになるとは思わなかった。『同じウルトラマンと命を懸けた戦い』を。

「ウルトラマン同士の戦い…絶対に避けなければならないことですね」

「あぁ、まったくだ。私たちに、同胞同士で血を吐きながら続けるマラソンなどやっている場合ではないのだから」

今の地球は、アラガミ、宇宙人、合成神獣…圧倒的な力を持ち、なおかつ非道で狡猾な敵で乱れに乱れている。だからこそビクトリーとは協力し合える間であることが望ましい。だがビクトリーがあの調子では、それは望めそうになかった。だがユウとタロウ、二人が特に強く願った。ビクトリーと戦うことがないことを。

と思ったとたん、勢いよくユウの部屋の扉が開かれた。

「おーいユウ!」

「ひゃ!?」

突然の来訪者。コウタがいきなり大声を出して扉を開けてきたものだから、特に繊細なアリサが悲鳴を上げた。タロウも驚いて声をあげそうになったが、ここは人形の振りをしてわざとコウタから見えない位置へ、テーブルからコテッと落ちた。

「こ、コウタ!ノックぐらいしてから入ってきてください!」

「悪い悪い。…もしかして、お邪魔でした?いやぁ~幸せそうでなりより」

アリサとユウが逢引している。遠まわしにコウタはそう読んでアリサを露骨にからかってくる。

「そ、そそそんなわけないでしょう!ソーマだってここにきてるんですから」

「ソーマが?いやいや嘘だろそんなわけ…」

それを聞いてコウタは耳を疑ってユウの部屋を見渡すと、確かにソーマがユウの部屋のソファにどっしり腰を下ろしていた。

「そ、ソーマが来訪してる…!?」

「悪いか」

「いや、その…ここまで打ち解けてるって思わなくってさ…」

確かにソーマが仲間として溶け込み始めているのは記憶に新しいが、部隊の仲間の部屋を来訪してくるとは予想しなかった。とはいえ、これはこれでからかいやすいアリサを弄る口実ができなくなったと思うとちょっと面白くない…とコウタは思った。口に出したら殺されそうになるので当然このことは黙る。

「ところでコウタ。何か用だったんじゃないの?」

「あ、そうそう。サカキ博士が俺たちに来てくれって。サクヤさんも先に入ってるよ」

「呼び出し?」

再びサカキからの呼び出しとのことで、ユウたちは真っ先にアラガミの少女シオのことが浮かぶ。さすがに脱走した、などということはない。そうなったらアナグラ中がアラガミ侵入の警報でうるさくなっているころだ。前回はシオが研究室の壁を破壊して脱出した時はそれはもう大混乱が起きたものだ。サカキが研究中の事故とのことで誤魔化し、すぐに壁の修理を技術班に、神機開発研究統括責任者の権力を利用して最優先で行わせたので、スムーズにシオを研究室に連れ戻すことができた。とはいえ、急遽修復作業をやらせたため、破壊される前と比べると脆いので注意が必要。当然破壊される前以上の頑丈な壁を作ってもらうように手配し、シオをバイキングデートに連れて行ってる間の時間を使って作業してもらう予定だ。

っと、話が逸れてしまったのでそろそろ話を戻そう。サカキが再びユウたちを研究ラボへ招き入れた。

その理由を聞くためにもユウたちはさっそくサカキの研究室へ向かうが…

 

 

「服、ですか?」

 

 

呼び出しの理由は意外なものだった。

 

シオの服のコーディネートについてだった。

「見ての通り、シオは我々フェンリルのお古の旗をこうして身にまとっているだけだろう?アラガミとはいえ、この子もれっきとした女の子だし、ちゃんとしたおしゃれな格好をさせてあげようと思うんだ」

「確かに、この格好は…」

やや幼いとはいえ少女の姿でボロ布一枚。少々際どい格好だし見窄らしい。せっかく可愛らしい容姿をしてるので、ちゃんとした服を着せた方がよさそうだとユウたちも思った。

だがサカキの悩みはその先にあった。

「ただね、何度か服を着てもらおうとアプローチをかけたんだが…」

試しにサカキは、一枚の黒いシャツを取り出してシオに突き出すと、シオが嫌そうな顔を浮かべて、駄々をこねるようにじたばたしてきた。

「きちきちちくちくやだー!」

「…と、こんな感じで着てくれないんだ。私たち人間の服は、彼女の肌には合わないらしい。彼女の肌が人間のものと若干異なるからか、それとも彼女自身の好みに合う着心地ではないからか…どちらにせよこれ以上押し付けがましくすると、また脱走しちゃいそうな気がしてね…そこでシオとのバイキングデートの傍ら、彼女用の服の素材を集めてきてほしい」

「アラガミの素材から作った服なら、シオの肌に合うかもしれないってことか?」

サカキからの説明に、おおよそ察しが着いてソーマがため息を漏らした。ゴッドイーターの仕事にしてはあまりにもらしくない。

だが一方で、アリサとサクヤは全く違っていた。

「けど、この格好のままなのもちょっと気になりますよ。急いで素材を集めて、シオちゃんの服を作ってあげましょう!」

「ええ、どんな服でも作れるよう、素材をもれなく集めてきましょうか」

シオに服を着せると聞いて、妙に盛り上がっていた。

シオはと言うと、着たくもないチクチクする服を着せられると思ってか、ソーマの後ろに隠れて拒否反応を示している。

「うぅ~ちくちくやだよ~」

「だ、大丈夫だよシオ。ちゃんとちくちくしない服を作ってもらうんだから」

「…ほんとか?」

「そうそう。大丈夫大丈夫」

不安げに上目遣いで顔を覗き込んできたシオの頭を、ユウは撫でて安心を促した。

「今回も任務は通常のものに偽装してある。必要な素材も追って伝えよう。よろしく頼んだよ。ただ、くれぐれも用心はしてくれ。任務続行が不可能とわかったら、すぐに帰還するように」 

 

 

こうして第1部隊は、バイキングデートがてら、シオの服の素材集めにいそしむことになった。

 

 

第1部隊はミッションエリアへ移動用ジープに乗って向かっていた。ジープの荷台に積んであるキャスターつきのコンテナにはシオが入り込んでおり、入れる前にユウたちから言われたとおりコンテナを食べることなく大人しくしている。

「でもどんな服にするか考えないといけないわね。どんなデザインがいいかしら。シオって見かけによらずやんちゃだし…動きやすさ重視がいいのかしら?でも…うーん、悩むわ」

「いえ、ここはやはりかわいい服がいいと思います。シオちゃんだって女の子なんですから。フリルがついたものがいいでしょうか?いや、それとも大人っぽい色に…なんだか自分の服のこと考えるよりなんだか楽しいです!」

サクヤとアリサはシオの服をどんなものにするかで話が盛り上がっていた。

「…なんか、二人とも張り切ってない?」

コウタがユウとソーマに同意を求めるように小声で問う。二人は黙って頷いた。

「確かに、たかが服によく盛り上がるもんだ」

それを聞いてアリサが当然です!と言い切る。

「女の子にとって服装は重要です。絶対の嗜みなんですから、それを怠ったりしたらドン引きものですよ」

言っていることは確かに正しいし、コウタとソーマも自分の趣味に合わない服とか、周りから見て格好悪い服は着たくない。が、今の彼女の勢いを見ると、なぜか理由のわからない同意のし辛さを感じる。

「けど、最近僕たちのあいだで、こんな他愛のないことが少なくなってたから、いいんじゃないかな」

ユウは一方で、肯定的にコメントした。彼の言うとおり、ここ最近の間は辛いことが続きすぎた。寧ろこれくらいの会話があった方が日々への充実感があるというものだ。

「…まぁ、こんな他愛のないことで目くじらを立てるのも大人気ないか」

ユウの言うことももっともと思い、ソーマもあまりこの空気に水を差すのはやめることにした。

 

 

必要なアラガミの素材は

サリエルから取得できる「女神羽」「女神羽衣」

ヴァジュラの「獣神雷毛」、

コンゴウの「猿神大尾」、

クアドリガの「戦王大鎧」、

ボルグ・カムランの「騎士針」

 

 

「うへぇ…けっこう多いな。ってか、こんなに必要なの?しかも大型種ばっか…」

メモに記したラインナップを見てコウタがややげんなりしている。素材の元となっているアラガミたちが、中型種であるコンゴウを除いて全部が大型種だったことが大きかった。

「コウタ、私たちはアラガミを倒すための部隊であることを忘れたんですか?大型種を複数相手にするなんて、これからいくらでもあるのは目に見えてますよ」

「そりゃそうかもだけどさ~。さすがにこの数を一度に相手にするのは難しいっしょ?」

「それはまぁ、確かに…」

一度はだらしのない言い方をするコウタをとがめるアリサだが、コウタからも事実を突きつけられ、返す言葉もなかった。

「なら、ここは二手に分かれながらターゲットを探し、各個撃破しながら素材とシオのご飯を集めるのが最善だと思うけど、どうかな?」

「どうかな~?」

ユウが運転しながら、隣と後部座席にいる仲間たちに意見を求める。箱の中からもシオが顔を出してユウを真似て声を出してくる。

「そうね。一体ずつ仕留めるなら今の私たちでも問題ないわ。メンバーは男女別で行って見ましょう。ちょうど隊長と副隊長、新型の二人をそれぞれ一人ずつ別の班に回せるし、いいかしら?」

サクヤが簡単ながらも、各メンバーの武装の特徴を考えた配分を発表し、誰もそれに反対することはなかった。

「それなら、シオはどうします?さすがに壁の外では出してあげないと窮屈でしょうし」

「しお、そーまといっしょがいい!」

「だってさ。ソーマ」

ユウが少しからかうような口調で言う。ソーマはふぅ、と一呼吸をおいてからシオに言った。

「好きにしろ、だが戦いになったら下がっていろ」

「うん!」

「みんな、あれ!」

車の前方を指差すユウ。進行先に廃墟となっている小さな市街地に、サリエルとヴァジュラが俳諧していた。

「どうやら行ったそばから狙い目のアラガミが出てきてくれたみたいだね」

「じゃあユウ君、ソーマ、コウタ。ヴァジュラは任せたわ!私たちはサリエルを狙う!」

「気をつけてくださいね!!」

「はい!!」

サリエルの方が近かったため、さきにサクヤとアリサが車から飛び降りる。気がついたサリエルが、勢いよくヴァジュラの方角へ向う車に向けてレーザーを放とうとしたが、その前にサクヤのスナイパーが火を噴き、サリエルの額の目に直撃する。貫通力のある弾丸を受け、サリエルが悲鳴を上げる。レーザー攻撃は遮られたことで、ユウたち4人の乗る車はそのままヴァジュラの方へ向った。

 

 

 

ヴァジュラが車の音に気がついて、ユウ達を迎え撃つために彼らが乗る車の方角へ顔を向け、威嚇の咆哮を上げた。だがそれに怯むほど、未熟なままのユウたちではない。

「たかがヴァジュラ一匹、さっさと片付けるぞ」

「うん、今の僕たちならこいつは敵じゃない!」

「おう、俺たち第1部隊の力を見せてやろうぜ!」

ソーマが心を開き、シオとも手を取り合うようになったことで、第1部隊はリンドウが不在なとなった今でも…いや、以前以上に意識レベルの結束力が高まっていた。

車を停車させ、車にはそのままコウタが、前衛にソーマ、中衛にユウが入る形で第1部隊男性組は戦闘体制に入った。

ソーマがヴァジュラへ接近、対するヴァジュラも鬣に雷を帯びていく。ユウとコウタは、銃神機で銃撃、ヴァジュラの電力チャージを妨害する。ヴァジュラが弾丸を浴びせられている間にソーマの斬撃がヴァジュラの前足に入る。切り傷を負わされ、前足を負傷したヴァジュラに、ユウは頭上を飛び捕食形態を展開、そのまま落下と同時にヴァジュラの鬣の一部を神機に食いちぎらせた。

プレデタースタイルの一つ、〈穿顎〉。空中から地上への緊急着地にも役立つ技だ。捕食に成功したことでバースト状態となったユウはすぐに銃に切り替え、振り向きざまにソーマとコウタにバレットを移す。

「頼んだよ!」

「おっしゃあ!」「ふん…」

リンクバースト状態に移行した二人の体から力がみなぎっていく。

すると、自分の足を斬りつけてきたソーマを憎んでか、ヴァジュラがソーマを狙って突進してきた。ソーマは近くのビルの窓に飛び込んでそれを避ける。

その光景を、車のコンテナから顔を出したシオが興味深そうに眺めていた。まるで、初めて見るテレビにくぎ付けになる異世界からの迷い人が食い入るように眺めているかのように。もちろん今回第1部隊の戦いを見るのが初めてではないのだが、シオは人一倍知識欲が強い。言い換えるなら勉強熱心な子だ。

ソーマの剛腕な剣劇。ユウの銃と剣を併用する器用なタクティクス。そして傍にいるコウタの遠距離からの援護射撃。

「しおもやる~!ふん!」

「うわ!?」

すると、シオはまるでびっくり箱から飛び出す仕掛けのようにコンテナから飛び出す。その勢いに一番傍にいたコウタが驚くが、それ以上にシオは驚くべきものを見せ付けた。

シオが手を前に突き出すと、その指が奇怪に伸びていく。まるであやとりのように絡まり、広がり、そしてねじれを繰り返していくうちに、シオの手にはショートブレード神機にそっくりな形状の剣が握られていた。

「でええぇぇ!?そんなことできんの!?」

「えへへ~。つよいぞ~」

驚きの声を上げるコウタに、まるでおもちゃの剣を手に取る無邪気な少年のように、手製の擬似神機を振り回している。

「それじゃ、いってきま~す!」

「ちょ、シオ待てって!おい!」

コウタの制止を聞かず、軽いノリでシオはそのまま戦闘に飛び入り参加してしまった。

当然、彼女の飛び入り参加にユウとソーマは驚かされた。

「「シオ!?」」

声をそろえて思わず彼女の名を口にすると、シオは手製神機をヴァジュラに向かいだした。当然ヴァジュラもシオに気が付いて雷をほとばしらせる。まずい!そう思ったユウとソーマは彼女の元へ向かおうとする。

「おおぉぉ~」

だが、思いの外シオはヴァジュラが自身の周囲に放出した雷を軽やかに避けた。しかも何とも緊張感のない声を漏らしながら。身軽な体を生かし、彼女はヴァジュラの前足の攻撃や、突進攻撃を避けていく。そしてすかさず手製神機でヴァジュラの体に傷を刻み込んだ。それでもシオを近づけまいと、ヴァジュラは一度シオが距離を置いたところで、遠距離から雷の弾丸を放ってくる。だがシオもまた、遠距離から射撃をヴァジュラに向けて撃った。その時、彼女の手製神機は変形していなかった。刀身の形を取ったまま、銃撃が行える造り造りとなっていたようだ。

「あははははは~うりゃりゃりゃ!!」

シオは銃撃が楽しいのか、そのまま銃撃を撃ち続けてヴァジュラの体を傷つけていく。

(これじゃ…まるでカノンさんじゃん…)

笑いながら楽しそうに撃ちまくる姿は、第2部隊のカノンの戦闘時の豹変ぶりとダブってしまい、ユウは青ざめながら苦笑いを浮かべた。さすがにその時のカノンと異なり、悪魔じみたものではなく、無邪気な天使そのものだが、どちらにしろ質の悪さを感じさせられる。

「援護するぞ!」

「うん!」

シオが手製神機で戦いだしたものだから、驚きのあまりしばらく呆然としてしまった。このままシオに任せては彼女が危険だと思い、危なっかしくて見てられないとばかりのソーマの一言で我に返ったユウも戦線に戻る。

シオは戦いの初心者とは思えない軽やかですばしっこい動きで、ヴァジュラを切り刻んでいく。だが、やはりまだ戦い慣れてはいないところもあり、ついにヴァジュラの突進で突き飛ばされてしまう。

「うわああああ~!!」

だが、大きく吹っ飛ぶほどの攻撃を受けたというのに、彼女は緊張感がまるでない悲鳴を上げていた。…というか、

「楽しんでいるように聞こえるぞ…」

「うん」

ポケットから顔を出してきて呆れ気味のタロウに、ユウは同意した。と、拍子抜けしている場合ではない。いくら苦痛を表に出してこないシオでも、痛いのは嫌だといつかは言うに違いない。ユウは捕食形態を再度展開、突進攻撃を備えたプレデタースタイル〈シュトルム〉で攻撃、再びヴァジュラの顔の一部を食いちぎった。

「ガアアアアアア!!」

今の一撃がよほど答えたらしく、ヴァジュラの顔の皮膚が剥がれ結合崩壊を起こし、赤々とした皮膚の下が明るみとなった。

ヴァジュラは怒り狂って活性化、さらに雷の力を高めてユウに反撃を加えようとした。

「目を閉じろ、ユウ!!」

後ろからコウタの声が響く。咄嗟に装甲を展開しつつ、ユウは目を閉じると、コウタが投げつけたスタングレネードがユウとヴァジュラの間で爆発。まばゆい光がヴァジュラの視界を潰した。

その隙にソーマはビルの壁を駆け上る。

「ソーマ!」

その間にユウはさっき取り込んだオラクルを再びソーマに向けて譲渡、ソーマのバーストレベルがさらに上がり、より強く彼の力を活性化させる。そしてソーマは壁を蹴り、刀身を兜割の構えで真下のヴァジュラに突き出した。

プレデタースタイル〈獄爪〉。ソーマが好んで使う技だ。大きく開かれたアラガミの口がヴァジュラのうなじにかじりつき、そのままバリバリと貪っていった。ヴァジュラはやがて、首と銅が離れ、倒れた。

「シオ、大丈夫!?」

ヴァジュラが死んだのを確認し、真っ先にユウが、そして続けてコウタがシオのもとに駆けつける。

「あたたた…てへへ」

少し痛みはあるようだが、舌を出して笑ってきている。特に何ともないようだ。

すると、最後にソーマがやってくる。シオはソーマが近づいてきて笑みをこぼし、ソーマに手製神機を見せながら得意げにした。

「そーま、みた!?しお、すごいだろ~?」

「勝手に飛び出るな。このバカが!」

シオは褒めてもらいたかったのだろう。だが次にソーマが口にしたのはシオへの叱咤だった。

「お前が戦えるかどうかは別にいい。それよりも、お前の勝手な行動でこいつらの動きが乱れ、逆にお前もこいつらも余計な危険に晒すところだったんだぞ!」

「ソーマ、そこまで言わなくても…」

以前シオを拒絶してきたときのように、また大声を出してくるソーマ。確かにソーマの言うことは間違いではないが、とは思っていたが、シオが落ち込み過ぎないのではないかと懸念してをコウタが止めようとする。

「待ってコウタ」

だがそんな彼をユウは止めた。今は止めるべきではない。そう思ってユウはコウタにはあえてフォローを入れさせなかった。

「あう…ごめん、なさい。しお、またえらくなかったな」

シオはソーマから厳しく怒られ、予想通りすっかり落ち込んでしまった。このままシオがソーマの事をおびえてしまわないかと、コウタは心配する。だがユウの予想通り、コウタの心配は杞憂だった。ソーマがシオに背を向けながらも、驚くことを口にしたからである。

「…まぁ、今回は大目に見てやる。俺も勝手な行動でリンドウやこいつらに迷惑かけたこともあるからな。勝手な行動はこれっきりにしろ」

「そー…ま?」

「…初めてにしてはよく戦えたな。それについては褒めてやる。お前を守りながら戦うより、一緒に戦う方がやりやすそうだしな」

後ろを振り返ったソーマが、薄く笑みをこぼしてきた。彼なりに、シオの戦いを評価してくれたのだ。

「それと、戦いになってもあまり前に出すぎるなよ」

シオは戸惑いを覚えながらも、泣きそうな表情から一転していつもの笑顔を露わにした。

「よかったなシオ!でもソーマの言うこと、忘れない様にしろよ!」

「うん!」

はしゃぐコウタの言葉にシオが頷いた。思わぬ事態が起きたものの、全員が無事で丸く収まったことで、ぐううううぅぅぅ…と大きな腹の虫が聞こえてきた。

「今の音…誰の?」

ユウは視線をコウタとソーマに向ける。

「ソーマか?」

「んなわけあるか。てめえじゃあるまいし」

「あぁ!?俺そんなかっこ悪い腹ペコ野郎じゃねぇぞ!?」

馬鹿にされたと思ったコウタはソーマを睨み返すが、本当の腹の虫の主が座り込んだ。

「あうぅ…おなかすいたよぅ…」

シオだった。

「シオだったのかよ!?って、もう腹減っちまったのか…?」

本当におなかが空いてしまったらしく、お腹を抱えて動こうとしない姿はちょっと苦しそうにも見える。しかし、シオは朝にちゃんと朝食をとっていて、再び空腹になるには時間が早すぎる気がする。

「…あ!もしかして…」

その理由について、ユウはあることに気が付いた。

「何かわかったのか?」

「シオが神機っぽいので撃ったからだよ。僕たちやコウタの神機もオラクルエネルギーを消費してバレットを撃つだろ?たぶんそれと同じで…」

「そういうことか。次からは考えて撃たせないとな」

説明を聞いて、ソーマはふぅとため息を漏らした。自分で空腹を速めていたとは、食いしん坊のくせにちょっと間抜けなものをシオに感じたようだ。とはいえ、同時にシオらしいとも取れる。

ユウは、一時はシオの使い擬似神機が便利なものに思えた。自分たちの使う神機は、取り扱いを間違えれば使用者を逆に喰らってくる危険な代物だし、これを扱えるようにするには、アラガミに食われるか、または自分がアラガミになってしまうかの危険な綱渡りを渡らなければならなくなる。シオはそもそもアラガミだし、自分の手で即興で作った物だからそんなリスクはない。でも弾丸を撃つたびにお腹が減って力が抜けるようでは、必ずしも全てにおいて優れている、というわけではないのだろう。

「シオ、ヴァジュラを食べなよ。少しはお腹も膨れるから召し上がれ」

「いっただきまーす!」

食べてもいいと聞いて、シオは反射的にヴァジュラの死骸に食いついた。死骸に飛びついておいしそうに肉片を肉料理同然に食べる。

「やっぱりアラガミなんだなぁ…」

「何を今更…」

ソーマが呆れたように呟くと、ヴァジュラの死骸を、捕食形態を展開した神機に食わせた。今回はシオの服の素材となるアラガミ素材を回収するのが目的だ。てっきりシオの飛び入り参加劇で忘れそうになるところだった。

ソーマがヴァジュラの死骸からコアを回収したところで、少し離れたところからサクヤとアリサの声が聞こえてきた。

「みんな~!片付いた~!?」

「こっちもサリエルをやっつけてきましたよ~!」

無事なのか、ではなく片づけたかどうかを聞いてきている。ヴァジュラ一匹ごときにユウたちが負けるとは全く思っておらず、信じていた表れだ。シオの服に必要なサリエルの素材も回収済みだろう。

「こっちも終わったよ~!!」

ユウもアリサたちに手を振って自分たちの方もヴァジュラを倒したことを知らせた。もう目の前に彼女たちがやって来たところで改めて二人を見ると、彼女たちは深い傷と言えるものは何もなかった。余裕綽々だったらしい。いくら大型種でも個体差というものもあるし、たいていのレベルの奴なら十分にやっつけられるようになっていた。

「サクヤさん!アリサ!聞いてよ!!すげぇびっくりなニュースがあるんだ!」

さっきのシオの活躍ぶりを話そうと興奮気味のコウタに、アリサは怪しい人間で見るように目を細める。

「なんですかコウタ。またそんなにはしゃいで。何か悪いものでも食べたんですか?」

「いや食べてねぇよ!食べてるのはシオだけど…ってかアリサ、俺をけなしすぎでしょ!?」

煩いですね、と騒ぐコウタをどこ吹く風のように流すアリサ。

「はいはいそこまで。さて、シオの服の素材の一部を手にいれたし、アナグラに戻りましょうか」

サクヤが二人の間に割って入り仲裁しつつ、全員に帰還を促した。

「シオ、早く来い。帰るぞ」

「ん~、もうちょっと」

ソーマは、まだヴァジュラの肉を食ってるシオに言うが、まだ食べたりないのかシオは食べ続けていた。

「ダメよ。ここにずっといると危ないから」

サクヤがお姉さんらしくシオに注意をいれつつ彼女に近づいて肩を軽く叩いた。

「うぅ~…」

しかしまだ味わいたいのか、シオはちょっと愚図るように唸った。

「帰ったら博士がヴァジュラよりおいしいもの用意するから。我慢することも覚えないともらえないぞ?」

「あう…わかった。しお、がまんする!」

もっとおいしいものをもらえなくなる。それを聞いてさすがにシオも耳を傾け、重くなっていた腰を上げた…

 

…その時だった。

 

シオとサクヤ間の足元に向けて、どこからか放たれた光弾が襲いかかってきた。

「キャ!?」

「シオ!?」「サクヤさん!」「シオちゃん!?」

突然の不意打ち。直ぐにユウたちは二人の元へ駆けつける。だがすかさず光弾は空から降り注がれ、次第にシオを重点的に狙い定めて集中砲火を繰り返す。

「シオ!!」

ユウは装甲を展開した神機を傘代わりに頭上にかぶり、その中へ飛び込んでシオの元に駆けつけ、脇の下に彼女を抱えて爆炎の中から飛び出した。

「ユウ!」

一人無茶にも取れる行動に出たユウに、アリサが声を上げる。ユウはシオを抱え、ビルの中へ飛び込んだ。

「シオ!ユウ!」

ソーマが焦るように声を荒げていた。

「コウタ、アリサ!一緒に攻撃してるやつを!」

サクヤが指示を出し、彼らは敵の姿を確認するべく、光弾の飛んできた方角に向けて銃口を向けた。

ビルの上に、人がいる。おそらくシオを狙ってきた犯人だろう。緑のフードを被り、その素顔をマスクで覆っている。結構な距離が相手との間に広がっていることもあり、ユウたちにはまだその人物の正体が掴めない。

サクヤたちに姿を見られてか、そのフードの人物は背を向けて、ビルの向こう側へ飛び降り姿を消した。

「くそ、ユウたちを追うぞ!」

ここで逃がしてはならない。頭の中でそのように警鐘が鳴り響く。ソーマが皆に追跡を促し、第1部隊はユウたちを追って行った。

 

 

 

朽ち果てたビルの中はコケや土、真っ黒なカビなどで汚れきっており、窓ガラスも全て割られている。その中へ飛び込んでいたユウは、シオの容態を確認する。

「シオ、大丈夫!?」

「い、いたいよう…」

シオの白い肌にいくつか傷ができていた。アラガミなだけあって、人間よりかなり頑丈であり、人よりも早く自然治癒力が高いだろうが、やはり苦痛であることに変わりないようだ。どう見ても幼子が転んで怪我をしたようにしか見えないだけに、彼女を攻撃してきた者に対する怒りが沸いてくる。

「タロウ、さっきの攻撃どう思う?」

胸ポケットにいるタロウに尋ねる。

「目的はわからないが、もしかしたらまた奴らが来たのかもしれない」

タロウは、さっきのサクヤとシオへの攻撃は闇のエージェントによるものだと予想していた。まだ確証はわからないが、真っ先に浮かぶ敵など奴らしか思い浮かばない。

「闇のエージェントか…!」

確かにあいつらならあり得そうだ。変身する前を狙ってくる。何度も非道で卑怯な手段を企ててきたあいつらならやりかねない。

「とにかく彼らと合流し、アナグラに戻った方がいいだろう。闇のエージェントかアラガミが出ても対応できるよう、用心するんだ」

「うん。さあ、シオ、乗って。しっかり捕まるんだよ」

「うん…」

ユウはシオを背負い、神機を構えてビルのさらに奥へ進んでいく。

ビルの中は静かだ。どこかでアラガミか、宇宙人のどちらかが息を潜めているのだろう。だがこの静寂はこちらの警戒心を高ぶらせ、落ち着きを奪っていく。

その内に、広々とした倉庫の広場にたどり着いた。周囲や天井を見渡してみる。天井を見た時、パラパラ、と音を立てる穴を見つけた。さっきの人影が、倉庫の屋根を突き破ってできた穴なのかもしれない。屋根の砂を落としながら音を立てているところから見て、まだここにきて時間はさほど経っていないはずだ。

だが、周りを見てもさっきの人影の主と思われる者の姿を確認できなかった。

どこだ…どこにいる?

闇のエージェントか?それとも…

「おい」

後ろから声が聞こえた。反射的に振り返ると、さっきの人影…フードの人物が立っていた。今の声からして、自分たちとあまり年齢差がない少年のようだ。

「君か…?さっきシオとサクヤさんを攻撃してきたのは」

シオを下して後ろに下がらせつつ、何者かを尋ねてきたユウだが、彼の質問を無視し、少年は逆に自分の問いかけを強引に押し付けてきた。

「俺のことはどうでもいい。それよりも俺の質問に答えろ。その少女は……

 

アラガミだな?」

 

ギクッと、ユウは喉を詰まらせた。間違いなくシオの事だ。

「なんの、ことだ…?」

「今更誤魔化すな。俺は見ていたぞ。そいつの腕が偽の神機を作り出し、アラガミを食っていたところを」

見られていたのか!これは非常にまずいかもしれない。しかも最早誤魔化しなど通じない段階に入っている。

…仕方ない。ならシオのことをある程度の部分だけ説明しておくべきだろう。

「待ってくれ。この子の事だけど…」

確かにアラガミであるが人間に害はない。アラガミであることを除けばほぼ人間同然なのだと説明しようとしたが、少年はユウが説明をする前に、それを遮るかのように声を荒げだした。

「お前たちはゴッドイーターだ。アラガミは俺たち人類すべての敵。倒すべき害悪でしかない!それをわかっていながら…お前たちは!!」

少年は懐から、金の意匠を刻んだ赤い銃を取り出し、銃口をユウたちに向けた。

「何をする気だ!」

「決まってるだろ。そのアラガミを…殺す!」

「っ…!!」

明確な殺意を露わにした眼差し。それを見てシオは怯えてユウの背中にしがみついた。

「そんなことさせない!シオは僕たちの仲間だ!」

「…仲間…だと…」

ユウの決意を露わにした言動に、少年はますますその顔を険しくしていく。

「ふざけるな!アラガミが仲間だと!?何の罪もない人々を殺して、食らって、あらゆるものを踏みにじり続ける、価値もない害獣を…増殖し続け地球を汚し続ける癌細胞を…仲間だというのかお前は!!」

少年の言葉は、アラガミに対する明らかな憎悪があった。アリサがかつて抱いたそれにも劣らないほどの、黒き炎が彼の中で燃えたぎっていた。アラガミは愚か、自分さえも焼き尽くしそうなほどの灼熱の炎が。

「前は敢えて見逃してやったが…もう遠慮はしない。

俺と同じでありながら、ゴッドイーターでありながら、人に害をなすような奴を庇う人間も…俺の敵だ!!」

少年は銃を棒状に変形させて顔の前に突き出すと、銃から人型の人形が現れる。

 

それは…ウルトラマンビクトリーのスパークドールズだった。

 

「君は…!!」

薄々感じていたかもしれない。彼が『そう』であることに。だがそれでも、またこんな事態になるのではと予想すると、それが杞憂であってほしいと思えてならなかった。

だが…それでも現実となってしまった。

少年はスパークドールズの足の裏に刻まれたサインを銃でリードする。

 

【ウルトライブ!ウルトラマンビクトリー!!】

 

光の弾丸となったスパークドールズが空に撃ちあげられ、少年は人とは思えぬ跳躍力で飛び立ち、その光と一体となった。

そして、空の彼方から黒き巨人…ウルトラマンビクトリーが、ユウたちのいる倉庫を踏み潰す勢いで降り立った。

呆気にとられるユウとシオにかまわず、ビクトリーはシオに狙いを定めて、ありを踏み殺しにかかるかのように拳を叩き込んできた。

「く!」

ユウはシオを抱きかかえて走り出す。とにかくすばしっこく動きながら避け続けていく内に、衝撃で倉庫が崩れ出した。

このままでは、シオと揃ってミンチにすり潰されてしまう。

ユウはスタングレネードを取り出し、ビクトリーが再び拳を繰り出そうとしたところで投げつけた。

「グ!?」

まばゆいフラッシュはビクトリーにも効果があったらしく、一時的にビクトリーは両手で顔を覆った。

「シオ、逃げて!ソーマたちのところに行って!」

「……」

逃げるように促すユウだが、シオはビクトリーに対して恐怖を抱いているためか、ユウに縋りたくて逃げるのを躊躇っていた。

「早く行くんだ!君を抱えたままではあいつと戦えない!」

「ゆう…でも…」

「大丈夫だ。僕は負けない。さあ、行くんだ!ソーマたちのところへ!」

「…!」

躊躇いがちであったが、それでも最後にユウの言うことを聞いてシオは逃亡した。

だがシオ一人だけで逃がすのは危険だろう。そう思ってユウはポケットにいるタロウに頼み込んだ。

「タロウ、シオを!」

「く…こうなってしまうのか…わかった。だがくれぐれも彼を…!」

できればビクトリーと、同じウルトラマンと争うなんてことは避けたかったが、実際にこうなってしまった以上迎え撃つしかなかった。タロウは今の現実の非情さを痛感しながらも、シオを守るべく彼女に着いて行った。

二人ともいなくなったところで、ユウはまだ視界を潰されて苦しんでいるビクトリーを見据え、ギンガスパークを取り出し、ギンガのスパークドールズをすぐにリードした。

 

【ウルトライブ!ウルトラマンギンガ!】

 




追記:
タロウのセリフに違和感を感じたらしい人がいたので、説明を入れます。

皆さんもご存じ、タロウの元親友ウルトラマントレギア。彼についてですが、本作の時系列ではまだ悪に堕ちたかどうかは、現時点では不明とすることにします。
理由は、このエピソード投稿時にはまだトレギアがタロウの親友だという設定が公式発表されておらず、その状態のまま執筆していたからです。
さらに加えると、本作はメビウスの時代からまだ数十年後…大怪獣バトルの時代よりもまだ時間が進んでいないため、大怪獣バトル及びゼロの時代までは、光の国出身の悪トラマンはベリアルのみとなっています。今公式の通りに修正を加えると、逆に先の執筆に何らかの悪影響も及ぼすかもしれませんので、このままにします。
トレギアが悪に堕ちたかどうかは、現時点ではタロウはまだ知らないか、またはこの時代のトレギアは悪にまだ落ちていない状態のどちらか、または存在してないか…今後必要に応じて決めていこうともいます。

ただこうなるとゼロの扱いも公式と同じにはできません。別サイトで書いてる『ウルトラマンゼロ~絆と零の使い魔~』でのゼロは「6000歳」「生まれたその日に追放されていたベリアルが光の国で乱を起こす」「母をベリアルに殺されながらも生き延びだが、当初のセブンは妻共々息子も殺されていたと思っていた」「ゼロが息子だと気づくまでの間にTVシリーズの『セブン』~『レオ』にて活躍し、その後に息子がゼロだと気づく」…という設定となっていますが、それを反映させようとも考えてます。
ちなみに漫画作品に出てくるタロウの叔父(ウルトラの父の兄の方のウルトラマンジャック)についてですが……出ません。その作品は読んでないという理由もありますが、個人的な一番の理由は帰ってきたウルトラマンと名前が被るからです。名前が丸かぶりなキャラの登場は可能な限り避けたいので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ギンガ対ビクトリー(後編)

少年は、第1部隊と行動を共にしていた白い少女のことが気になっていた。変な意味では決してない。得体の知れない存在として彼女を怪しんでいた。

何か嫌な予感というものを…アラガミに似た危険な臭いを感じていた。

そして、その予想は的中する。

少女の腕から、神機そっくりの剣が作り出され、ゴッドイーターたちと共に戦いだした。しかも、アラガミの肉を当たり前のように食らっている。

もはや黒。自分にとって、あの少女は『抹殺すべき人類の天敵』だと確信した。それを庇い、あまつさえ一緒に仲良くしているあのゴッドイーターたちも場合によっては…。

少年は決断した。あの少女は…絶対に殺さなければならない。

 

ウルトラマンとして。

 

あの時…アラガミを倒すと誓った者として。

 

 

 

「さっきはやってくれたな…ズェア!!」

目くらましから回復したビクトリーの回し蹴りがギンガに向けられ、それをギンガは右腕で受け止めると、すかさずビクトリーはもう一撃回し蹴りを撃ちこんでくる。鋭いパンチも飛んできて、繰り出されるそれらを何度も防いでいく。

(速い…そして重さがある!)

ビクトリーは、ギンガが同じウルトラマンだからといって手加減するつもりなど毛頭ない、本気でシオを殺すつもりだ。そのためなら、ギンガを倒すことに何の躊躇も持っていない。攻撃を次々受け止めていく内に、ユウはそれを嫌でも悟らざるを得なかった。

ラッシュを繰り出し続けるビクトリーは、立て続けに放つ回し蹴りに加え、同時に足のクリスタルから光弾を放ってきた。

〈ビクトリウムスラッシュ!〉

「グアァ!!」

回し蹴り単体なら防げるが、二重の攻撃となると防ぎきれなくなり、ギンガは次々とビクトリーの光弾を受けてしまう。

 

その繰り出され続ける光弾は、一発ギンガの後ろを越え、シオの方へ一直線に向かってしまう。

だがここで、彼が腕を振るった。

「ウルトラ念力!」

タロウは唯一使うことのできる超能力を使い、ビクトリーの光弾を全く異なる方角へずらした。シオは無事そのまま仲間のもとへ逃亡を続けた。

なんとか防ぐことはできた。だが喜びなどない。

「なんということだ…本当にこんなことになってしまうとは」

ウルトラマン同士で戦うこと。それは決して起こしてはならなかった現実。

しかし、アラガミとなっていたジャックから数えて、『ここ最近』の中で二度も、望まなかったのに起きてしまった非常な現実がそこにあった。

 

 

腹を押さえ、目の前に視線をやるギンガ。しかし目の前にビクトリーの姿はない。

「デヤアアアア!!」

上から声が聞こえた。頭上を見上げると、ビクトリーがギンガに向けて飛び蹴りを仕掛けてきていた。危うく食らい掛けたギンガは、かろうじて両腕をクロスして防ぎ、両腕を振り払うと同時に額の紫に光ったクリスタルから光線を放った。

(仕方ない…!)

〈ギンガスラッシュ!〉

だが食らう直前、自分を足場代わりに蹴って後ろへ飛び退くことでビクトリーは回避した。

回避と同時に撃たれた蹴りで光線の軌道もずらされ、ギンガは後ろへ押し退けられた。

「お前、やる気あるのか?だったら邪魔をするな!」

着地したビクトリーがギンガに言い、シオを追おうとする。

「やめてくれ!シオは…」

「くどい!」

ギンガがその肩を掴んで止めると、鬱陶しく思ったビクトリーはギンガの手を払い、みぞおちに拳を食い込ませた。

「うぐ…!」

腹を押さえつつも、ギンガは絶対にシオを追わせまいと自らを奮い立たせ、両手を広げてビクトリーの攻撃の全てを受け止める体勢に入った。

「君に…シオを追わせない!」

「貴様…!」

苛立ちを覚えるビクトリーは、ギンガに怒りの攻撃をさらに加え始めた。

 

 

 

「みんなーーーーー!」

「シオちゃん!」

その頃、シオはなんとか第1部隊と合流を果たした。

「あれ、ユウは!?」

「あっちで、たたかってる…」

コウタは、ユウがいないことに気づいてシオに尋ねると、シオは自分が来た方角を指差した。その時にはすでに、二人の巨人ギンガとビクトリーが争いあっていた。

「なんだよこれ…どうなってんだよ…」

コウタは唖然としていた。同じウルトラマン同士が戦っている。力試しなんて生易しいものではない。本気で潰しあっていた。一度ギンガの危機を救ったはずのビクトリーが、今度はギンガを襲っている。ウルトラマンに憧れを抱いていたコウタにとってショックな光景だった。

「彼らは、なぜ争うの…?」

サクヤもどうしてウルトラマンが互いにいがみ合っているのかわからずにいた。

ギンガの正体を知るアリサとソーマにも、この状況の原因はハッキリとわからない。だが少なくとも予想はつく。ユウ=ギンガが望んで同じウルトラマンと戦うはずがない。間違いなくビクトリーに理由があると見た。

「…みんな、ユウ君を探しましょう!シオはソーマ、あなたが見ていてあげて!」

サクヤの指示で第1部隊はユウを救出するべく、ウルトラマンたちの戦闘領域内へ踏み込むことになった。

バレットの準備を急ぐサクヤとコウタ、そしてアリサ。その最中、ソーマがアリサの隣に並び、耳打ちするように彼女に話しかけた。

「あいつをうまく援護してやれ、あの様子だと、まだあのビクトリーとかいう奴と戦う覚悟が定まりきれてない」

言われてみて、アリサはビクトリーに応戦するギンガを見る。ソーマの読み通り、ビクトリーに対して攻撃を積極的に行っていないように見受けられた。

ユウらしいと言えばそうなのだが、だからといってやられてしまっては元も子もないことは本人が一番よくわかっていることのはずだ。

ユウを援護しなければ。正体を知らないままユウの捜索を始めるサクヤとコウタと共に、アリサはシオをソーマに託し、ギンガの援護に向かった。

 

 

一方、ビクトリーのギンガに対する攻撃はさらに激しさを増していった。

「セイ!」

顔面を狙って蹴りを加えてきたビクトリーに対し、ギンガもいい加減やられっぱなしのままで終わるわけにいかないと、ビクトリーの繰り出された足を引っ掴んで投げ飛ばした。

「ディヤアアア!」

「ウオォア!?」

さっきまで攻撃に対して消極的だったはずのギンガが、意を決して反撃の手を強めてきたため、ビクトリーは受け身を取りきれずに背中から地面に落下する。だがギンガからの追撃は来なかった。その間にビクトリーは立ち上がり、ギンガに再び足から放つ〈ビクトリウムスラッシュ〉を連射した。

ギンガは〈ギンガセイバー〉を形成、ビクトリーの光弾を一つ一つ切り落としていき、全てきり終えたと同時にビクトリーに飛び掛かった。

止めを刺すところまで行くわけにいかないが、一度ビクトリーを無力化して説得しなければ。シオは決して彼が考えているような子ではない、と。

ビクトリーに掴み掛り、組み合う姿勢となったギンガは、そのまま彼を背負い投げようとした。しかしその直前、ビクトリーの額から光線が飛んできた。

〈ビクトリウムバーン!!〉

「グハァ!!」

胸に直撃したその光線は、ギンガを押し返し、彼の背中に押しつぶされる形で廃ビルを倒壊させていく。

「フン……ム?」

鼻で笑うように息を漏らしたビクトリーの視線に、シオとソーマの姿が目に映った。

人間の少女の姿をしているとはいえ、アラガミ。かたやその傍にいるのは、以前ジャンキラーを操って暴れまわっていた男。

(自ら危険なやつらを抱え込むとは…やはりあいつらは危険分子か!)

一度ギンガが吹っ飛んでいった方角を見て彼を一瞥すると、すぐにソーマとシオの方へ向き直ったビクトリーは、足に光を集めていく。

「シオ、捕まれ!」

ソーマはすぐに神機を荷台へ放り投げ、シオを助手席へ強引に押し込めると、すぐに車を起動して走らせた。それと同時に、ビクトリーの〈ビクトリウムスラッシュ〉が彼らの方へ飛んでいく。

光弾は二人を狙って次々と降り注がれていく。ソーマはハンドルを切り続け、くねくねと蛇行運転を繰り返しながら光弾を紙一重で避けて行った。シオは隣の座席で「おぉ~」と、まるで遊園地のアトラクションを楽しむ子供のように楽しげな声を上げていた。

「ったく、呑気な奴だ…!」

人が必至こいて、一撃でも敵から貰ったらゲームオーバーまっしぐらのデスゲーム状態から脱出しようとしているのに。シオの危機感を全く無視した子供らしいリアクションに呆れながらも、彼はハンドルを左から右へと何度も切り続け、ビクトリーの光弾から逃げ続ける。

「ちょこまかと…」

車のくせに妙にすばしっこい。ビクトリーはさらに光弾を連射し続けるが、ソーマの巧みなドライバーテクニックによって避け続けられる。しびれを切らし、ビクトリーは自ら直接狙おうと接近を図って駈け出した。

「やめろーーー!!ディヤ!!」

ここでそうはさせまいと、飛んできたギンガがビクトリーの前に降り立ち、彼に向けて飛び蹴りを叩き込んだ。

「グォ…っちぃ…!」

大きく後ろへ仰け反らされたビクトリー、そして彼に対して再び身構えるギンガ。

だが、ここで二人は自らの異変に気付いた。

 

ピコン、ピコン、ピコン…

 

エネルギーと制限時間の限界が近づき、彼のV字型のカラータイマーが点滅を始めていたのだ。同時に立ち上がっていたギンガもカラータイマーが点滅を始めていた。

「…時間か。なら次で決めてやる…!その暁には、あのアラガミを倒させてもらう…!」

ビクトリーは両腕をV字型に組んで、必殺光線を放とうとした。

「く…!」

ギンガもそれにならって思わずL字型に両腕を組みかけるが、それ以上は思い留まった。

ビクトリーにそこまでの攻撃を加えるのはまずい。アラガミ化したジャックとは違う。彼には言葉も通じるし、同じ人間が変身している。やはり思い切った行動に移るのに、ギンガは抵抗を覚えて光線を撃つのを躊躇った。

それをお構いなしにビクトリーは右腕にエネルギーを充填しつくし、ギンガに撃ちこもうとした時だった。

「ギンガーーー!!」

アリサの声が轟き、ビクトリーに向けて弾丸が連射された。

「うぐ…!!」

ビクトリーは連射された弾丸によって光線の姿勢を崩されてしまう。見ると、サクヤとコウタ、二人のゴッドイーターたちの姿がこちらを警戒して銃神機を向けている。

「っち…邪魔が入り過ぎたか」

ビクトリーは、これ以上はやりにくさを覚え、ギンガたちに背を向けた。

「待ってくれビクトリー!話を…」

「回復がすんだら、ケリを付けにそっちへ向かってやる。それまでせいぜい俺に勝つ算段でも考えるんだな…!」

言葉で引き留めてきたギンガに対し、振り返ってそう言い残したビクトリーは、そのまま飛び去ってしまった。

「ビクトリー…」

最後までこちらの言葉を受け入れることなくビクトリーが去ってしまった空を、ギンガは落胆を覚えながら眺めるしかなかった。

 

 

 

見つからないように変身を解き、元の倉庫に戻ってきたユウは、ひとまず仲間と合流しようと歩き出す。

チャリ…

何かを蹴ったのか、足元から物音が聞こえた。ユウは足元を見下ろして音の出どころを確認する。

「これは…」

それは、方位を指し示す道具…コンパスだった。なぜこんなものが、アラガミに食われることなくここに?

ふと、ユウは思い出した。あの少年がビクトリーに変身した際、常人離れした跳躍力で飛んだ時に彼の体から何か小さなものが落ちてきていた。彼がビクトリーに変身してシオを殺しにかかってきたショックで気に留めてすらいなかったが…。

(もしかして、彼の持ち物なのか?)

「ユウ君!」

真っ先に一つの予想が浮かんだとき、サクヤがユウの元へやって来た。

「サクヤさん!」

「ユウ君、怪我はないわね?…っ!?」

怪我の確認を行うサクヤだが、彼の持っているコンパスを見て目を見開いた。

「あなた、それをどこで…?」

「これがなんなのか知ってるんですか?」

コンパスひとつで妙に驚いているサクヤの反応があまりに意外に感じられた。何か深い意味でもあるのだろうか。

「…リンドウの、コンパスよ」

「リンドウさんの!?」

思わぬ名前を聞いてユウは驚愕する。

だがこのコンパスは、ビクトリーに変身していたあの少年が持っていたものだ。だがサクヤは、これがリンドウのものだと口にしている。

「…そうだ、思い出したわ」

ふと、コンパスを見ていたサクヤはあることを思い出した。

「5年くらい前にリンドウが話してくれたときがあったわ。落ちていた棒切れ一本でアラガミと戦おうとした子がいたって。その子にそのコンパスをあげたって聞いてるわ」

「棒で、アラガミと?」

サクヤからそれを聞いてユウは目を丸くした。棒切れ一つで戦うなんて、そもそもナイフは愚か、オラクル兵器に属さないあらゆる武器も通じないアラガミに立ち向かうこと自体命を捨てるに等しいことだ。だが、5年前という年月から考えて…ビクトリーの変身者であるあの少年はどう考えても子供だ。怖気づいて動けなくなってもおかしくないのに…。

「あの、その子の名前は聞いていますか?」

「名前?確か………

 

 

『空木レンカ』、

 

 

そう聞いているわ」

「レン、カ……」

自分とは別に、ウルトラマンの力を得たであろうその少年……『空木レンカ』の名前は、ユウの頭の中に深々と刻まれた。

 

 

 

「なるほど、シオには自ら擬似神機を展開して戦闘できるのか。それも新型と同等の性能とは」

帰還後、第1部隊は早速サカキ博士に今回の任務の結果を報告した。

シオが疑似神機を形成して戦った。それはサカキにとって研究者としての本能を刺激するほどに興味深い話だった。

「俺たちも最初に見たときは驚きましたよ!シオの手がにょきにょきって延びたとたん、あいつの手に神機擬きができるなんてさ」

「ほい!」

「うおぉ!?」

コウタが熱弁するかのようにサカキに言うと、シオが証拠を見せるためか、それとも今こうしてコウタをわざとびっくりさせるためか、実際に疑似神機を作り出して見せつけた。

「いきなり、んな物騒なもんを出すな」

ソーマが軽くシオの頭に拳を乗せると、シオの口からあう、と声が漏れた。

「実際に見てみると、やっぱり驚くわね」

「えぇ、自分の体から神機を作れるなんて…」

女性陣二人も当然ながら驚いた。

「おぉ、これはなんとも興味深い!おそらく君たちの戦いを見て、シオのオラクル細胞が彼女の意思に従って独自に変形されたんだろう」

サカキは実際に作られたシオの疑似神機に大いに興味を惹かれていた。眼鏡を何度もかけ直しながらシオの擬似神機を眺めてクルクルと彼女の周りを回る。はたから見ると明らかに変人である。

「ある意味では…便利ですね。神機って管理も制御も大変ですし、剣の形のまま銃撃を行えるのは、切り替えの際のわずかな時間の隙を突かれにくくなりますし…」

ユウも、改めてシオの疑似神機を見て言った。ゴッドイーターとしてより便利で効率よくアラガミと戦えるようになりたいと思う立場としては、シオの能力はかなり魅力がある。といっても、人間の身では決してできないであろう特性なのだが。

「なら、君たちも実際に使えるようになるようしてみるかい?なに、心配入らないよ?多少体をいじくって改造するだけ……」

「じ、冗談はやめてください!」

全員がサカキの提案に引いた。ちょっとうらやましく思っただけで肉体改造だなんて勘弁してほしいものだ。なぜか円形のテーブルの上に貼り付けにされ、怪しげな覆面と黒スーツを着た迫る犯罪組織の団員に改造手術を施されるときのイメージが浮かんでしまう。

「まぁ冗談はさておいて」

(割とマジな目をしていましたよね…)

「シオの観察のためにも、これからも彼女をデートに連れていってあげてほしい」

「…それは、危険かと思います」

異を唱えたのユウだった。

「危険?」

アラガミのことかと思ったが、そんなことはわかりきっていることだ。別の理由があると見てサカキは耳を傾ける。

「実は…」

それから、シオを連れていくことの危険な理由を、そして今回の任務でおきたこと…ビクトリーがシオを抹殺するために、同じウルトラマンであるギンガと争ったことを告げた。

「そうか、あの黒い新たなウルトラマンは、シオの命を狙っているんだね?しっかり彼女が、アラガミだとわかった上で」

「はい…ビクトリーは、アラガミや、人類に少しでも害をなす存在を徹底して排除する傾向にあるみたいです」

「むぅ…それは困ったね。シオの食料も必要だというのに…」

口調は暢気そうに聞こえるが、胸中は決してそうではない。ウルトラマンが明確にシオを抹殺対象にしている。外へ連れ出していけば、間違いなくマークされてしまう。…いや、既にマークされていると言える。

「どうするんですか?あの黒いウルトラマンに狙われる以上、シオを連れて歩けないですよ!」

「…仕方ない。しばらくシオを外へ連れ出すのは控えることにしよう。それまで君たちには普段どおり任務を続け、シオの食料調達と服の素材集めに着手してほしい」

サカキのその提案しか、今後の第1部隊が取れそうな動きはなかった。すると、ソーマが腕を組みながら、頭に浮かんだ悪い予想を口にした。

「だが、全員で向かうのもまずいぞ。あのウルトラマンに、俺たちの顔は知られている。当然、ゴッドイーターであることもな」

「まさか、ウルトラマンビクトリーが直接ここへシオを狙って現れるってこと?」

「…ああ」

「そ、そんなわけないじゃん…いくらウルトラマンでも、まるで人の家に踏み込んでくるようなこと…」

サクヤはソーマの予感していることを言い当てる。コウタはそこまでのことは流石に起こらないのではと思って否定を入れが、言い切る前にソーマが遮るように言い返した。

「だと言い切れるのか?あのウルトラマンの強硬姿勢は、ジャンキラー輸送のときで既にわかっているはずだ」

身を以てそれを知っているソーマの説得力は大きく、コウタはそれを否定できない。

「あ…そっか…。くそ、なんだってウルトラマンビクトリーが、シオを殺しにくるんだよ!いくらシオがアラガミだからって、あんなお構いなしに…しかもあいつが攻撃してきたあの時、シオと一緒にソーマだっていたんだぜ!?そもそもシオは何も悪いことしてないのに、ありえるかあんなの!?」

その言葉には落胆も混ざっていた。ギンガと同じウルトラマンであるビクトリーが、ソーマを乗せたジャンキラーの時以上に、自分たちに対して明確に危害を加えてきた。心のどこかでまだ信じたい気持ちがあったコウタにとって、裏切られたような気持ちにも駆られてしまうことだった。それはユウも、隠れていたタロウも、アリサもまたどこか同じ気持ちを抱いた。

(タロウから聞いていた話では、ウルトラマンは地球と人類を守る正義の戦士。だが必ずしも怪獣や異星人を倒すことをよしとはしなかったって言ってた。相手を理解して、倒すべきか否かを判断する。だけど、ビクトリーは…)

同じウルトラマンなのに…なぜ、あんなに強硬姿勢を取って来たのか。

単にシオがアラガミであり、以前にソーマがイカルス星人によってジャンキラーを操るための駒にされた、というだけではない。それだけではない、何か理由があるはずだ。

ソーマや、アリサがかつてそうだったように。

いつか、もう一度会うべきだろう。

 

ウルトラマンビクトリー…空木レンカに。

 

 

 

その頃、ウルトラマンビクトリーの変身者、空木レンカは、以前にも訪れていた墓の集まる廃墟に留まっていた。

粗末な暖簾で囲いを作ってある寝床で、着ている緑のポンチョを脱いで腰掛ける。ふと、彼は服に違和感を覚えた。あるはずのものがない、そんな感じがしたのでポンチョのポケットを探る。

数年前に、あるゴッドイーターからもらったはずのコンパスがなくなっていた。どこかで落としてしまったのだろうか?少し時間を使って周囲を探ってみるが、やはりない。あの広々とする高野のどこかで落としてしまったのだろう。

「…」

まぁいいか、とレンカは割り切った。コンパスなどなくとも今は大して困らない。ビクトリーに変身すれば空を自由に飛べるし、アラガミを倒すことだってできる。やるべきことも、頭に刻まれている。

コンパスを探すのを諦めて横になりながら、彼は先日の戦いを思い出した。

(………)

自分以外のウルトラマン、ギンガ。あいつは確かにゴッドイーターたちと共に戦い、人類を守るための戦士だろう。俺もこの目で直接見たことがあるからそれはわかる。だから一度、あのロボットに不意打ちを食らい掛けたところを助けたのだ。

でも、一つ看過できないことがある。あいつが、人の姿をしているとはいえ、倒すべき敵であるはずのアラガミを守っていた。それだけは絶対に許されない。しかもあの時、ギンガの頼みで敢えて見逃していたあの男は愚か、あそこにいたゴッドイーターたち全員がアラガミの少女を庇っていた。

アラガミは、所詮アラガミだ。抹殺しなければならないのだ。放置すれば、いずれまた災いを振りまくとしか思えないのだから。それを邪魔するなら……

レンカは懐を探ると、服の下からペンダントを取り出した。青い光を放ち、内部に不思議な文様が刻み込まれた宝石をひもでくくりつけたものだ。

「アラガミは…倒さなければならない。

そうだろ?」

 

 

――――姉さん…

 

 

 

イカルス星人イゴールは、潜伏中のとある古い民家の中で悩んでいた。

テーブルの上には、いくつかの怪獣たちのスパークドールズと、数冊ほどの本が並べられていた。本には『怪獣図鑑』『アラガミ百科』と、最近のフェンリルの手によるものや、かつての時代に執筆されたものなどさまざまなものがあった。イゴールはこれらを読みながら、アラガミと怪獣の組み合わせを考え、ウルトラマンを倒すための新たな合成神獣を作り出そうと考えていた。

「うぐぐぐぐ…だめだ、何も思いつかないじゃなイカ」

だが、いくら考えてもこれといった合成神獣が浮かばない。これでは、マグマ星人マグニス、バルキー星人バキ、ナックル星人グレイのように、『あのお方』から見限られ、残酷な形で粛清されてしまう。頭を抱えて悩んでいると、イゴールの背後からガチャっと玄関の扉が開く音と、せせら笑い声が聞こえてきた。

「悩み事か?イゴール」

「む?おぉ…君は…」

イゴールは、それを待ち望んでいたようで、振り返ってその声の主を確認した途端に喜びを露わにした。

そこにいたのは異星人のようだが、人間の男性だった。見た目は確かに人間だが、擬態しているのだろう。

「何かいい駒が思いついたか?」

「…全然じゃなイカ。ウルトラマンギンガは既に強力な素材を合わせた合成神獣を倒せるくらいに強くなっているんじゃなイカ。これではいつまでたってもウルトラマンを始末できないじゃなイカ。また吾輩たちの知らないウルトラマンも現れて…もうどうすればいいのかわからなくなってきたじゃなイカ!」

頭を抱え、もうお手上げだと両手を広げて足をばたつかせるイゴール。どこか駄々っ子じみた動きだが、ボルストは笑わなかった。

「そうか…まったく、何年経とうとウルトラマン共は忌々しいものだな。だが、一つ面白い情報を得たぞ」

その時の男の笑みは、誰から見ても悪の心が垣間見えるほどに歪んでいた。

「あのビクトリーとかいうウルトラマンだが…どうやらギンガとは対立しているようだ」

「対立ぅ!?それはどういうこと!?そんなのありえるぅ!?ウルトラマン同士がいがみ合うなんてありえないじゃなイカ!」

「絶対にありえんことではないだろう。100年前…ババルウ星人の一人がこの地球と『ウルトラの星』が衝突させようとしたときの話を聞いたことはないのか?」

「あ…!」

男からその話を聞いて、イゴールは思い出した。

 

1974年、ウルトラマンたちの故郷『M78星雲ウルトラの星』が地球に衝突する危機に瀕するという大事件が起きた。当時地球を守っていたウルトラ戦士『ウルトラマンレオ』の弟、アストラがウルトラの星の軌道を制御する鍵兼兵器『ウルトラキー』を盗み出したためである。だがこれは、実際にはアストラに擬態した『暗黒宇宙人ババルウ星人』の企みによるものだった。地球を滅亡させ、ウルトラマンたちを彼らの惑星もろとも抹殺するための卑劣な罠。ババルウ星人の擬態は技も姿も全てコピーすることが可能であるため、まさに完璧を誇り、ウルトラ兄弟たちは愚か実の兄であるレオは何が何でも守りたいと思っている弟が偽物であることに気付けず、アストラを裏切り者として倒そうとしたウルトラ兄弟たちと対立してしまうこととなる。

間一髪のところでその事件は、レオと本物のアストラによってババルウ星人は倒され、ウルトラキーも奪還された事で事なきを得たが、この事件は宇宙人たちの間で広く知れ渡るほどの大事件として語り継がれている。

 

たとえ同じウルトラマン同士でも、事情によっては対立しあうということだ。

「詳しい理由はよくわからんが、我々の最大の障害となるウルトラマンが手を組むことなくいがみ合うのは、俺たちにとって格好のチャンスだ。これを利用しない手はない」

「ふむ…確かにその通りじゃなイカ。でも問題はその状況をどう利用するかじゃなイカ?」

「それについてだが………」

ウルトラマンやゴッドイーターたちに、再び新たな脅威が迫ろうとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。