比企谷八幡と黒い球体の部屋 (副会長)
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ねぎ星人編 まぁ、でもこいつらに出会えたなら、碌なことなかった俺の人生にも、ちったぁ意味があったのかもな……。

これは、とある孤独に塗れた少年と、黒い球体の物語。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 もし、運命なんてものがあるというのなら、それはどんな形をしているのだろう。

 

 下らない例えだとは思うが、どうか聞いてくれ。

 

 そもそもこんなことを言い出すこと自体、どうしようもない戯言で、泣き言で、世迷言だということは分かっている。実際、これは恨み言なのだろう。

 

 どうしようもなく、救いようのない男の恨み言だ。

 

 色んな人に迷惑をかけて、色んな奴を不幸にして、色んな人生を台無しにしてしまった、これは恨み言なのだろう。

 

 そう、恨み言だ。こんな結末を迎えておいて、こんな状況を作り出しておいて、あろうことか放つのが、運命なんて言うものに対する恨み言だというのが、どうしようもなく俺らしい。

 

 性根の根元から腐りきっている。ああ、やはり救えない。

 

 こんなことに成り果てるのも、当然と言えば当然の報いか。

 

 

 いや、まさしくこのふざけた有様こそ、運命なのかもしれない。

 

 

 俺という――比企谷八幡という腐りきった男の、迎えるべき当然の末路なのだと。

 

 

 真っ白な化け物が、俺の上に馬乗りになり、咆哮と共に俺を殴り続ける。

 

 それは、まるで泣いているようだった。

 

 俺に拳を叩きつける度、まるで自分が苦しんでいるようだった。

 

 対して俺は、何も感じない。

 

 とっくの昔に、壊れ切ってしまったかのように、俺は何も感じない。

 

 

 どうして、こんなことになってしまったのだろうか。

 

 

 運命とは、一体どんな形をしているのか。

 

 選ぶべき選択肢によってルートが変わり、辿り着く結末が変わるといった仕様なのだろうか。

 

 例えそうだったのだとして、こんな結末に辿り着いてしまった俺は、一体どこでまちがえたのだろう。

 

 

 俺は、一体、いつ、どこで、何をまちがってしまったのか。

 

 

 俺の運命は、俺の物語は、俺の結末は。

 

 いつ、どこで、こんなにもまちがってしまったのだろうか。

 

 

 奉仕部に連れていかれた、あの時か。

 

 文化祭で全校生徒の嫌われ者になった、あの時か。

 

 京都の幻想的な竹林で嘘告白をした、あの時か。

 

 生徒会長選挙で一色いろはを生徒会長へと唆した、あの――時か。

 

 

 それとも――あの日。

 

 

 あの、黒い球体の部屋へと、誘われた、あの時から。

 

 

 俺は、こうなる運命だったのだろうか。

 

 

「……ころ……せ……」

 

 

 俺は請う。

 

 この、真っ白の化け物に。ゆっくりと、手を伸ばして。

 

 

 どうか、どうか、どうか。

 

 

「……ころせ……俺を――」

 

 

 

――殺してくれ

 

 

 

 

  

+++

 

 

 

 

 

 時計の針が、この空間を終わらせる時刻を告げる。

 

 この、既に終わらせるまでもなく終わってしまった、冷たいこの空間を。

 

「……それじゃあ、今日はもう終わりにしましょうか」

「……そうだな」

「……そうだね」

 

 俺は今日もただ開いたままで読みもせず、ずっと文字列を眺めたままだった文庫本を鞄に仕舞う。

 

 あの生徒会選挙が終わってから、この奉仕部の空気はずっとこんな感じだった。

 沈黙を恐れて意味のない会話を矢継ぎ早に行い、上っ面だけを取り繕った馴れ合いを繰り返す。

 

 俺は、かつてこのような欺瞞を最も嫌った――筈、だった。

 

 だが、今の俺にはこの関係を終わらせることなど出来なかった。

 

 

 もうすぐ二学期が終わり、今年が終わる。

 

 あれほど守りたくて、結果的に守れた筈の居場所なのに、今は凄く――居心地が悪い。

 

「じゃあ、帰ろっか」

「……悪い。ちょっと平塚先生に呼ばれてんだ。先に帰ってくれ」

「……そっか。じゃあ、また明日ねヒッキー」

「また明日ね、比企谷くん」

 

 別方向に帰っていく雪ノ下と由比ヶ浜に片手を挙げて別れる。

 

 また明日。

 

 そう。明日も明後日も続いていく。

 例え二学期が終わって、年を越しても、また同じような時間を過ごすのだろう。同じような時間を作るのだろう。

 

 意味のない会話を重ね、沈黙を作らないよう腐心し、表面だけを取り繕う。

 そんな、かつての俺が鼻で笑い、嫌悪していた行為を、恥ずかしげもなく続けるのだろう。

 

 これが、俺の行いの結果だ。人の感情を理解できない理性の化け物の、成れの果てだ。

 

 俺は自身の考えうる中で最善の策をとった。

 もし、人生にセーブポイントのようなものがあるとして、過去の行動が選び直せるとしても、俺には意味がない。選ぶべき選択肢がないのだから。

 

 だから、俺は悔やむというなら人生のおよそ全てに悔いている。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 平塚先生から解放されたのは、午後6時を過ぎた頃だった。

 冬場の6時となれば外はすっかり真っ暗だ。その上ついてないことに、今朝は降っていなかった雨まで降っている。

 

 平塚先生に呼び出されたのは、かつてのように作文の内容に色々と文句を言われたからだったが――それは、口実だろう。

 途中からは、今の奉仕部の雰囲気について色々と気を遣ってくれていたような内容だった。更に俺にまで気を遣ってくれたのか、直接的な表現を避けて。

 

 いい先生だ。紛れもなく、俺の恩人と言っていい。

 

 だからこそ、そんな風に気を遣わせてしまったことを申し訳なく思う。

 

「………………」

 

 はぁ……それにしても、どうしたものか。

 今朝はチャリで来たが、この雨だと相当濡れて帰る羽目になりそうだ。傘は持ってきていない。

 最悪それでもいいが、今日は正直、濡れたい気分ではなかった。

 

「…………」

 

 ……まぁ、たまにはバスで帰るのもいいだろう。

 

 こんな時間なら、早々知ってる奴には出くわすまい。

 

 

 

 

 

 

 …………そう、思っていたのに。

 

「――あれ? ヒキタニ君じゃないか。珍しいな、こんな時間まで学校にいたのか?」

 

 ……よりによって葉山かよ。なんなの? 最近のお前とのイベントの多さは。こんなの海老名さんしか幸せにしねぇよ。

 

「………平塚先生に捕まってな。お前こそ、何でこんな時間まで残ってたんだ? この雨じゃあサッカー部は早上がりだろう」

「監督と今週末の練習試合のメンバーを話し合っててな。思ったより遅くなった」

「そうかい」

 

 このクソ寒い中で練習試合とかアグレッシブだな。いや、サッカーはむしろ冬が本番だったか? 興味ないから知らんが。

 

 その二往復のキャッチボールで俺達の会話は終わる。

 俺は前の扉に一番近い一人席に着席。目的地に着いた時にいの一番に降りることが出来、尚且つ誰か知らない人が隣に座って気まずい思いをすることのないという、バスに乗る時の俺の指定席だ。今は俺の他には葉山しか客はいないが。

 

 ちなみに葉山は俺と離れた斜め後方の二人席の窓側だ。

 これまでの葉山隼人という男ならば、俺がクラスメイトというだけで、俺の近くの、それこそ吊り革にでも掴まって、当たり障りのない会話を義務のようにしてきたかもしれない。

 そんなコイツとも、先日の生徒会選挙の時に一悶着あり、こんな関係になった。

 

 奉仕部とは違い逆に沈黙を恐れなくなったというのだから、皮肉な話だ。

 こいつとの沈黙は決して心地いいものではないけれど、だからといって会話をしようとは露ほどにも思わない。雨が降っていても思わない。

 家に着くまでの数十分程度の我慢だ。大したことはない。

 

 ピーという音が鳴り、扉が閉まろうとする。出発のようだ。

 俺は音楽でも聞こうと休み時間のお供である音楽プレーヤーを取り出し、イヤホンを耳に当てようとすると――

 

「すいませーん! 乗ります!」

 

 一人の女生徒が走ってくる。

 プシューと扉が再び開き、バスがその女生徒を迎え入れた。

 その女生徒は、濡れた髪を弄りながら「もう、最悪……」とか言いながら乗り込んでくる。

 顔を見ると、そいつは知っている女子だった。

 

 相模南。

 

 ちょっと前に色々あって、今じゃあ顔を合わせても挨拶しない程度の関係に落ち着いたどうでもいいやつだ。ていうかコイツこんな時間まで何してんだよ。部活に青春してるようなキャラじゃないだろ。興味ないから部活に入ってるかどうかなんて知らんけど。

 

 一瞬こっちと目が合うが、そのままノーリアクションで後ろの席に向かう。

 露骨に目を逸らしたりしない。嫌悪に顔を歪めたりしない。

 

 どうでもいいやつ。俺と相模のお互いの立ち位置はその辺に決まった。

 人生な中で出会う人達の、およそ大多数が占められるその位置に。

 

 あの相模ともこのような関係に、言うならば修復することができたのだ。

 

 ならば、今の奉仕部もしばらくすれば、またあの時のような居場所に修復されるのだろうか。

 

 ……それとも、このまま――

 

「え? 葉山君!? うわぁ~偶然! こんな偶然あるんだ~! 凄い偶然!」

 

 なにやら相模がうるさい。どうやら思わぬ場所で葉山に会えて舞い上がっているようだ。

 乗客が俺達しかいないからいいものの、普段のバスなら確実に迷惑行為だ。普段はバスに乗らんから普段のこの時間帯のバスがどれぐらい混んでいるかなんて知らんけど。

 っていうかさっきから知らんけど多いな。俺は脳内でまで誰に対して言い訳してるんだ。

 

 相模はまだキャーキャー言っている。

 まるで街で偶然芸能人に会えたミーハーな一般人みたいなテンションだ。……自分で例えといてなんだが、凄くしっくりきた。二人ともハマり役過ぎてびっくりした。

 

 そうこうしている間に、バスは出発する。

 

 相模と葉山はザ・何気ない会話を繰り広げている。なんでも相模は数学の課題をやっていなかったから、図書室で勉強していてこんな時間になったらしい。

 相模のようなタイプはどんな時でもお友達と一緒と思ったが、勉強ぐらいは一人でするようだ。まぁ、俺達も4月からは受験生だしな。

 

 ……そう。4月からは受験生。部活も徐々に引退し、勉強一本となるだろう。

 運動部のように明確な大会がないので分かりづらいが、それでもずっと活動し続けるというわけにはいかないはずだ。

 

 終わりが来るのだ。どんなものにも。

 

 もちろん奉仕部にも――俺達3人にも。

 

 ……だめだ。せっかく濡れるのを避けたのに、バスの中でまでこんな思考をしていたのではバス代がもったいない。

 

 俺は今度こそイヤホンを装着し、相模と葉山の会話も、雨の音も、余計な思考もシャットアウトしようとする。

 適当にシャッフルモードで再生したら、それは俺のアニソン満載のレパートリーには珍しいJ-POPのバラードだった。

 愛と再会と希望を歌った、綺麗なバラード。正直、俺の趣味じゃなかった。いつ入れたのだろうか。

 

 ……まぁ、たまにはいいか。

 現在は6時半。まだ今日という日は四分の一ほど残っているけれど、俺が――いやおそらくは全国の学生の大多数が一日の終わりを感じるのは、この下校中だ。

 一日の終わりを、こんな綺麗なバラードで締めくくるのも悪くない。

 そうして、俺は目を閉じ、冷たい窓にもたれかかる。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 だから、決定的な場面を、俺は覚えていない。

 

 

 それは、俺が乗っていたバスが交差点を突っ切ろうとしたときのことらしい。

 

 

 俺は目を瞑っていた。だから、バスが信号無視をしたのか、それとも軽トラックの方だったのかは知らない。

 

 

 

 とにかく、俺の乗っていたのとは逆側の側車部に、軽トラックが突っ込んできた。

 

 

 

 よく覚えていない。

 

 

 イヤホン越しにも聞こえる相模の悲鳴。どちらからか――もしくは両車両から発せられるクラクションの甲高い音。

 

 

 そこで、俺の記憶は途切れている。

 

 

 

 次に覚えているのは、現実感のない激痛と、真っ赤に染まって何も見えない視界。

 

 

 そこで覚えたのは、猛烈な死の予感だった。

 

 

 怖い。怖い。痛い。怖い。怖い。怖い。痛い。怖い。

 

 

 死ぬのってこんな怖かったのか? クソっ、聞いてねぇよ。

 

 

 だが、何もできない。

 バトル漫画みたいに死にかけるような重傷を負いつつも気力で立ち上がるなんてことは絶対に無理だ。顔を動かして葉山や相模の様子を確かめることもできない。

 

 

 初めて味わう感覚ばかりで現実感がまるで湧かない。

 

 

 その時、未だあのバラードが耳元で流れ続けていることに気付く。

 その希望溢れる歌詞が、現実のこの光景とあまりにミスマッチで逆に笑えてきた。

 

 

 だが、現実は一向に変わらない。死へと一直線に向かっていることが分かる。

 

 

 

 すると、真っ先に浮かんだのは、雪ノ下と由比ヶ浜の顔だった。

 

 

 

 ……よかった。ここで黒歴史ばかりの俺の人生の走馬灯なんて流されたらどうしようかと思ったぜ。どうせなら小町と戸塚も加えてくれりゃあよかったのに。

 

 

 まぁ、でもこいつらに出会えたなら、碌なことなかった俺の人生にも、ちったぁ意味があったのかもな……。

 

 

 視界が真っ赤から真っ黒に変わり始めたころ、俺の意識が遠くなりはじ――――

 




こうして、比企谷八幡は黒い球体の部屋へと誘われる。


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ああ、そうだ。俺はカッコ悪い。間違ってもヒーローなんかにゃなれはしない。

 

 

 

 気がついたら、何処かの部屋にいた。

 

 

 

 

 

 そこに居たのは、見た目も年齢もバラバラの数人の男達。

 

 

 そして、その中心に位置する――黒い球体。

 

 

 何が起こったのか、起こっているのか、さっぱり分からない。

 

 だが、あれだけの激痛もなくなり、怪我一つ見当たらないのに、なぜか助かったという気がまるでしなかった。

 

 ……怪我が、痛みがないだと?

 

 なんだそれは。有り得るのか、そんなことが?

 

 一体……何が……どうなってる?

 

「あれ? ……何だ? 一体、どうなっているんだ?」

「何? 何? どうなってるの? ……うち、確かに死んだはず……」

 

 横を見ると、葉山と相模もそこにいた。血痕ひとつない、綺麗な制服姿だ。

 

「……な、なに……なに? なんなの? なんなの?」

 

 次第に相模が顔を真っ青にし、ガタガタと震え始める。

 

 ……それは、そうだろう。

 死をあれだけ間近に感じて、何事もなかったかのように振る舞える奴なんていない。

 

 俺だってこんな意味不明な状況に陥っていなかったら、ガタガタと無様に震えているかもしれない。

 

 葉山が相模の肩を優しく支える。相模が葉山をうっとりとした表情で見上げるが、その葉山も決して普段通りというわけじゃない。顔色は相当に悪い。

 

「……何か、知っているか?」

「いや、俺も何が何だか……」

「――あの、君達……」

 

 葉山と俺が状況を把握しようとしていると、初めから部屋にいた数人の男の一人が声をかけてきた。

 

 年はそれほどいってない。二十代前半といったところの、真面目風な人だ。

 その男は眼鏡をくいっと直しながら、徐に再度、口を開き――

 

 

「君達も――死んだの?」

 

 

 ……こいつは今、何と言った?

 

「死んだって……どういうことですか!?」

「ここにいる他の人達も、君達のように死の直前に――いや、直後にと言った方がいいのかな? 連れて来られてきたんだよ。あの――黒い球体に」

 

 眼鏡の男は、そう言ってこの無機質な部屋の中心に座する、異様な真っ黒の球体に目を向ける。

 

 大きさはバランスボールよりも少し大きいくらいだろうか。だが、余りにも真っ黒で、模様どころか傷一つないそれは、この状況も相まってあまりにも不気味だ。

 それに……この男が話す内容も、訳が分からない。異次元過ぎて、ついていけない。

 

 ……落ち着け。一つ一つ整理するんだ。混乱するな。

 

 ということは、つまり――

 

「――皆さんは、その、死んだ記憶が……あるってことっすか? 少なくとも死んだと感じた後に、気が付いたらこの部屋にいたってことですか? 自分で来たとか、誰かに運ばれたとかの記憶はない、と」

「あぁ? なんで俺が! こんな何もねぇクソつまんねぇ場所に来なきゃいけねぇんだよっ!」

 

 俺の疑問に答えたのは、いかにもガラの悪い不良風のチャラ男だった。

 その威圧感に相模がひっと小さく悲鳴を上げる。かという俺も表には出さなかったが、実は完全に威圧されていた。思わずごめんなさいっとか言いそうになった。何なら喉元まで出かかってた。

 

 その男を眼鏡の真面目そうな人が宥めて、優しく俺の問いに答えてくれる。できた人だ。教師か何かをやっていたのかもしれない。

 

「君の言う通りだ。誘拐犯に拉致されてこの部屋に監禁されている――といった状況じゃない。さっきも言ったけど、僕達はこの黒い球体に転送されたんだ。信じられないだろうけど、この球体から君達が出てきたのを、僕達はこの眼で見ていたんだ」

 

 ……この球体から、人が出てくる。なんだそれは? イリュージョンですか?

 

 そんな面白い状態は想像出来ないけれど――だが、少なくともそんなトンデモ技術でもない限り、今の俺の状態の説明がつかない。

 

「…………確かに、人力の誘拐事件とかだったら、俺がこうして無傷なのはおかしい」

「そうだね。君達がどんな風に死んで――いや、死にかけたのかは知らないけれど、僕はスクーターでガードレールに突っ込んだ。しかし、この部屋で気づいたときは五体満足の体だった」

 

 例えあの状態の後、奇跡的に一命を取り留めたとしても、意識を失ったまま何か月も眠り続けていたという話だったとしても――目が覚めるのは病院のベッドの上の筈だ。少なくとも入学時の事故の時は、気がついたらちゃんとベッドの上だった。

 

「おい、比企谷!こんな話を信じるのか!?」

「…………少なくとも、筋は通ってる」

 

 ように、見える。

 

 まぁ、疑問点は山のようにあるが。

 まず第一に――

 

「――監禁されているわけではないというのなら、なんで皆さんはおとなしくここにいるんですか?」

 

 見るからにここは、何の変哲もないマンションの一室だ。

 ミステリー小説のような密室というわけでもあるまいし。さっきのチャラ男の言動からして、好き好んでこの部屋にいるわけでもなさそうだが。

 

 そんな俺の疑問に、やっぱり真面目そうな眼鏡さんが、苦笑気味に答えた。

 

「…………出られないんだよ」

「出られない?」

 

 俺はとりあえず窓に近づく。

 ごく普通のマンションの部屋の、ごく普通の窓だ。

 ガムテープで目張りなんかもされていない。取っ手のようなものを内側に捻るだけで開く一般的なタイプ……? ん? なんだこれ? 開かない? ――というより“触れない”? 取っ手を掴もうとしてもスルスルとすり抜ける。

 

「……なんだ? これは」

「もう! 何やってんのよ!」

 

 俺を押し退け、相模が開けようと試す。しかし、俺の時と同様にスルスルとすり抜けてしまう。

 

「何なのよ、これは!?」

「そう。開かないというより、触れないんだ。だから窓を破って脱出もできないし、勿論玄関だって開かない。出られたら君の言う通り、こんな所で大人しくしてないよ」

 

 教師風の人は言う。

 ……なるほど。いよいよオカルト染みてきた。

 

 だが、そういうものだと割り切って考えれば、色々と受け入れられることも増えてくる。荒唐無稽ではあるけれどな。

 逆に相模はどんどん現実(?)を直視できなくなっているようだ。元々決して良くなかった顔色を更に真っ青にして「うそ……こんなのうそよ……夢に決まってる……」としゃがみこみながらブツブツと呟いている。……無理もないか。こんな事態、俺だって夢であることに越したことはないと考えている。

 

 だが、ぼっちはあらゆる可能性を考えることに長けている。

 自らを守る為に常に最悪を考え、心の防御に備える。()()()()()()()()()()()()()()()()、あらゆる予防策は張るべきだ。考え得る可能性は、全て想定しておくに越したことはない。

 

「じゃあ、声は? 大声を出して隣に響かせれば、外側から開けてもらえるんじゃ?」

「それも試したけど、一切音沙汰なし。もしかしたら、こちらの声は届かないのかもね」

 

 だろうな。言ってみただけだ。

 こんな不思議技術を使ってまで閉じ込めているんだ。普通の技術でも出来る防音に対策が講じられていないはずがない。

 

 すると、何処かに行っていた葉山が戻ってきた。

 

「……確かに玄関は開かなかったよ。それと、他に出口のような所も見当たらなかった」

 

 なるほど、流石は葉山。情報を鵜呑みにせず、かといって相模のように現実逃避するわけでもなく、ちゃんと情報収集に励んでいたか。

 葉山は基本的に高スペックの男だ。雪ノ下や陽乃さんを除けば、葉山以上の能力を持つ人間を俺は知らない。

 こんな意味不明な状況の中で、こいつのような知り合いがいることは、唯一の救いなのかもしれない。

 

 しかし、だからと言って当てにしすぎるのもよくないだろう。

 

 俺はもう勝手に期待しない。

 勝手に理想を押しつけて、勝手に裏切られた気になって、勝手に失望したりしたくない。

 

「………」

 

 考えるんだ。

 自分で、自分だけでも、この状況を打破する方法を――

 

 

 その時、黒い球体からレーザーのようなものが虚空に照射された。

 

 

「「「!」」」

 

 俺と葉山と相模が驚愕する。

 

 そのレーザーは徐々に競り上がっていき、“人間のシルエットを(かたど)っていく”。

 いや、シルエットなんかじゃない。はっきりとした質感が見て取れる。紛れもない、“人体”が何もない宙に出現していく。

 

「い、いやぁ!!」

 

 相模が悲鳴を上げる。それほどにショッキングな衝撃映像だ。気持ち悪い光景だ。

 

 だが、俺達以外の奴等は平然としている。疑問に思っていると、先程の教師風の男が言っていた言葉を思い出す。

 

『この球体から君達が出てきたのを、僕達はこの眼で見ていたんだ』

 

 …………まさか、これが? これが、黒い球体から人が出てくるという、イリュージョンの正体ってことか?

 

 教師風の男に目を向けると、苦笑しながら頷く。転送ってこういうことだったのか……。

 

 色々とオカルトじみたこの状況だが、これは群を抜けて異常だ。訳が分からない。

 

 やがて、レーザーの照射が終わると――そこには、その虚空には、中学生風の少年が現れていた。

 

 その少年は、目を瞑って、ただ平然と立っていた。

 俺と、葉山と、相模は、ただそいつを呆然と眺めていることしか出来なかった。

 

 こうして、この部屋の人口が――この部屋の住人が、また一人増えた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 俺は今、部屋の隅にポツーンと立っている。どんな状況でもぼっちを貫く俺マジでぼっちの鏡。超一匹狼。

 葉山はしきりに怯える相模を励まそうと話しかけている。その御蔭か相模の顔色も少しはマシになってきた。相模のことは葉山に任せておけば大丈夫だろう。

 

 そして部屋の中心では、教師風の男が俺達にしたように、出現した白いパーカーの中学生に状況説明をしている。この説明したがりな様子を見ると本当に教師なのかもな。

 

「…………」

 

 だが、俺が不審に思うのは中学生の方だ。これだけおかしな状況なのに、一切戸惑う様子を見さない。教師風の男(あ~も、長い。眼鏡さんでいいや)が教える異次元な情報も表情一つ変えずに淡々と受け流している。冷めた十代なんてレベルじゃない。こいつ、間違いなく俺と同じぼっちだろうな……。

 

 一通り説明が終わると、中学生は俺と同じように壁際まで移動して観戦体勢に入った。一切動揺した様子はない。

 

 今、この部屋には、俺達の他には、眼鏡さんとチャラ男の他にも数人の男達(みんな俺より年上で少なくとも成人はしてる。年下は今現れた中学生っぽいやつだけだ。多分)がいて、そいつらも俺が来てから一言も喋ってはいないが、そいつらの顔には少なからず動揺が見える。

 大人でもそうなんだ。いくら冷めた十代(確定)だからって……ここまで落ち着いていられるものなのか? 俺の経験からすれば、中学生のぼっち(確定)なんざ、周りを見下して調子づいていても、不測の事態には人一倍弱いもんなんだが……ソースは俺。

 

「そうか! 分かったぞ!」

 

 眼鏡さんは立ち上がって、大声で言った。

 

「これはきっとテレビか何かの撮影ですよ! 催眠術とかで……そうだ! きっとそうですよ! 最近じゃあ一般の人にドッキリかけたりも多いじゃないですか! そう! きっとそうだ!」

 

 ……そうか? 例えテレビのドッキリだとして、こんな洒落じゃすまないようなドッキリをするだろうか? 下手すりゃ誘拐だとかで訴えられかねないぞ。

 

 この人は結構冷静な人だと思っていたんだが……俺達に必死に説明してたのも、俺は君達よりも優位にいる、情報通だぜっていう心境になって心の平静を保とうとしてたのか?一人で思考に耽るとゴチャゴチャになるタイプか、この人?

 

「いや、それは――」

 

 葉山が異を唱えようとする、その時、その“歌”は鳴り響いた。

 

 

 

あーた~~らし~~いあーさがき~~た~~きぼーのあーさーがー

 

 

 

――部屋のいる人間達が、一斉に口を閉じる。

 

 ……ラジオ体操? 一体、何処から流れてる?

 

 耳を澄ますと、その不気味な音色の音源は――あの黒い球体であることが分かった。

 違和感だらけな無機質なこの部屋(くうかん)でも、ひたすらに異彩を放つ、その奇妙な物体。

 

 自然と皆の視線が、そこに集まる。

 

「ほ、ほら、やっぱりドッキリだったんですよ。ネタバラシの音楽ですよ、きっと!」

 

 眼鏡さんの声には誰も反応しない。ここにいる大人の中で一番高学歴そうな見た目なのに、ここまで不測の事態に弱いのか、この人。いや、だからこそか……。

 

 まあいい。今はそれよりもこっちだ。

 

 音楽が鳴り止むと、黒い球体に文字が浮かんできた。

 

【てめえ達の命はなくなりました。】

【新しい命をどう使おうと私の勝手です。】

【という理屈なわけだす。】

 

 その文字を見て、相模が騒ぐ。

 

「命はなくな……やっぱりうち死んじゃったの!?」

 

 せっかく戻ってきた相模の顔色が、またみるみる青くなる。

 

「はぁ……落ち着けよ、お前」

「なによ!!」

 

 声を掛けた俺を鬼の形相で睨む相模。

 

「書いてあるだろう、新しい命って。つまり、俺達は一度死んでしまったのかもしれないが――どうやったかは知らないが――新しい命があるってことだ。自暴自棄になるのは、まだ早い」

「…………なんで? なんでアンタは……そんな冷静でいられるの?」

 

 相模が信じられないといった表情で俺を見る。いや、恐れるといった方がいいのかもしれない。

 その問いに俺は答えない。そんなの俺だって知りたい。だが、俺は死にました。はい、そうですかって受け入れられる程、俺は人間が出来てないし――それに。

 

 あの場所を、あんなまま、放置して死ぬ。そんなこと――

 

「――――出来るわけねぇだろ」

「へ? 何?」

「……なんでもない。それより続きがあるみたいだぞ」

 

 そう言って俺は相模の方を見ずに、球体を見る。葉山がこっちを見ていた気がするが、取り合っている暇はない。

 

 

【てめえ達はこいつをヤッつけてくだちい】

 

《ねぎ星人》

 

 

「なんだ、これ?」

「気色わるっ!」

「弱そうw」

「やっつけるって、ゲーム?」

「外に出られるのか!?」

 

 表示された情報により、これまで口を開かなかった男達もこぞって球体の前に集まり出した。

 

 人数は俺と葉山と相模を入れて9人。

 眼鏡さんとチャラ男。そしてガラの悪いヤクザ風の2人。おじいさんとおじさんの中間くらいの風格のある男。

 

 そして、俺達の後に来た中学生。

 

 こいつは一人何も喋らない。一応、みんなと同じように球体の前に来てはいるが、目はそこを向いていない。

 むしろ、それを見てる人達(おれら)を観察しているというか…

 

「!」

 

 今、目が合った。すぐに逸らされたが、この状況で人だかりの最後尾にいる俺に目を向ける理由などないは筈だ。……なんだ、こいつの違和感は?

 

 

 ドンッ!!!!

 

 

「「「「「「「「!!!!!」」」」」」」」

 

 その時――突然、球体の左右と後部が飛び出した。

 

 突き出たそこはラックになっており――中には、幾つもの“銃”だった。

 まるでSF映画に出てきそうなゴツイ長銃。他にもこちらもSFチックだが片手サイズの短銃も見受けられる。

 

「ウホッ、なにこれ重~。本物くせ~」

 

 チャラ男が長銃を構えテンションが上がっている。その様子からしてかなりの重量があるようだ。

 

「っ!! うわっ! ひ、人! 人がいる!!」

 

 眼鏡さんが突然悲鳴を上げて、尻餅をつく。ガタガタ震えながら球の中を指さす。

 

「うわっ」

「きゃあっ!」

「……なんだ。これは……」

 

 そこには、裸の男が体育座りで座っていた……いや、寝ているのか?

 体毛というものが一切なく、髪の毛すら一本も生えていない。

 呼吸はしているのか、病院なんかで見られる酸素マスクのようなものをつけ、時折シュコーというウォーズマンのあれのような音がする。いや、コーホーとはまた違う音だが。

 

 だが、その様子は一切生気というものを感じさせない。まるで――

 

「い、いや、作り物っしょ。これ。全然動かないし、人形だよ、人形」

「へっ……人形? ……そっかぁ。よくできてるなぁ」

 

 ……そう。人形のようだ。だが、そうなのか? こんな球体の中に人形を入れておく意味が分からない。……ここに連れて来られて明確に意味が分かったことなどないんだが。

 

 俺は後部に開いた部分を見ようと移動する。そこには幾つかのケースのようなものがあった。

 

 それを一つ取り出す。

 

 そこには――

 

 

【ぼっち(笑)】

 

 

 ……俺か? い、いや待て。ぼっちというならあの中学生も……。

 

 なんて俺が躊躇していると、その中学生が【厨房】というケースをさっさと持って行った。……じゃあ、やっぱこれ俺のか……。

 

「ん? 比企谷、どうした?」

 

 すると、近くに葉山が寄ってきた。

 

「あ、ああ。どうやら、このケース一人一人に専用の奴があるらしい。…………本名では書かれていないみたいだが」

 

 俺の説明を聞いて、葉山の背中にいた相模が俺のケースに目を向ける。そして、その書かれた文字を見るとぷっと馬鹿にしたように笑った。……くそっ、覚えてろよ。

 

 すると、全員がわらわらとこっちに向かってきた。俺はもう自分の物は取ったので反対に広い部分に出る。常に多数の逆の少数に属する。ぼっち(笑)の面目躍如といった所か! ははは!

 

 そして、そんな時にさらっと俺は球体の中の男の脈をとる。

 

「――!」

 

 ……あった。だが、驚くほど体温を感じない。

 なんだ? こいつは生きてるのか? 死んでるのか? そもそも人間なのか? 人形なのか?

 

 人間だとすれば、文字を出したり、武器を出してたりするのもコイツ――ひいては俺達をここに転送したのもコイツということになるが……この状態だと、何も聞けない。どうやっても反応を示しそうにないしな。

 

 俺は一旦球男(長いので短縮)の事は置いておき、このケースの中身を見る。

 

「……服、か?」

 

 そこには、黒い服のようなものが入っていた。所々に機械のようなものが付いていて、新時代的というか、銃なんかの世界観と同じくSFチックな代物だった。

 まぁ服ならば一人一人個別に用意されているのも納得だが……いや、待て。そもそも全員同じものが支給されているのか?

 

「葉山、お前のは――」

 

 と、葉山の方を向こうとしたとき、目の前にケースを抱えた相模がいた。

 

 ケースに書かれていた文字は【うちぃ~】。

 

「……ふっ」

「あ、笑った! 今、笑ったっしょ、アンタ!」

「い、いや笑ってねぇって」

 

 いや、笑ったけど。いや、笑うでしょこれ。確かにこの面子だと、その名前は相模のだろう。相模以外はみんな男だし。男でうちぃ~はない。

 顔を赤くした相模が俺から遠ざかる時、俺はふと思った。

 

 ……そういえば女は相模だけだな。これは偶然なのか? それとも何らかのルール? だとしたら何故相模だけ……。

 

 ……まぁ、今はいいか。

 

「そういえば、相模。おまえは中身なんだったんだ?」

「これから開けるところよ!!」

 

 相模は乱暴にケースを開く。その中身は、俺と同じようなデザインのスーツだった。

 

「は? なにこれ? 全身タイツ?」

「さぁ、分からん」

「何よ! 使えないなぁ~」

 

 無茶言うな。っていうかお前カリカリしすぎてツンデレキャラみたいになってるぞ。こいつが俺にデレるところなんて想像できないが。

 

「比企谷」

「あ、葉山くん♡」

 

 デレたよ。葉山にだけど。

 さっきまでずっと慰めてもらってたから、好感度急上昇したんだろうな。吊り橋効果ってやつか? いや、コイツは葉山にはずっとデレてるみたいなものか。

 

「このケースの中身って……」

「ああ。俺と相模はなんか良く分からんスーツみたいなものだった。たぶん全員のサイズに合わしたものが、それぞれ支給されてるんだと思う」

「はぁ? なんで、うちらのサイズなんて分かんの?」

「忘れたのか。俺達はあの球体から出てきたんだぞ。サイズくらい把握してるだろう」

 

 しかし、その場合は、このスーツを作った奴は“俺達が死ぬのが分かっていた”ってことになる。もしくは、そいつの仲間が殺した……とか。深読みしすぎか? まぁ考え過ぎて損ってことはないだろう。

 

「何それ? キモッ!」

 

 ……俺が言われたってわけじゃないのは分かるが、どんどんツンデレキャラっぽくなるなこいつ。

 だが、体のサイズを勝手に知られたってのは、確かに女子にとっては嫌悪感でしかないよな。

 

「葉山。お前は?」

「……ああ。確かにスーツのようなものが入ってる」

 

 葉山は既にケースを開けていた。

 

 そのケースには【イケメン☆】と書かれている。

 

 ……コイツ、これを迷わず自分のだと判断したのか。確かに、この中で一番のイケメンは葉山だし、当たりなんだろうが……なんだろう。葉山だからナルシストとも言えない。雪ノ下が初対面の時に『私、可愛いから』って淡々と言ったのを思い出した。

 

 だが、となると、次の問題は――これを着るか? 着ないか?

 

 他の連中を見ると、とうにスーツに対する興味はなくなったようで、Wヤクザとおじさんは既に別の話をしている。大人は対応が早いな。必ずしもそれが正しいとは限らないが。

 眼鏡さんとチャラ男は銃の方に興味津々のようだ。眼鏡さんは短銃(二種類あるうちの丸っこい方の銃)を、チャラ男は長銃を弄くっている。……あまり得体のしれないものを弄らない方がいいと思うが。曲りなりにも銃の形をしているんだし。

 

 そして、中坊は……? いない?

 姿が見えない中坊の行方を捜していると、ガチャと部屋に中坊が入ってきた。何処に行っていたのだろうか?

 

「……!」

 

 よく見ると奴は、転送された時に身に付けていた私服の下に、このスーツを着ているようだった。

 ……何故、こんな怪しいものを、迷いなく着用することが出来る? 

 

 ……やはり、あいつは――

 

 

「――う、うわぁぁぁぁ~~~~ッッ!!」

 

 

 その時、突然悲鳴が轟く。

 

「ッッ!?」

 

 俺達は一斉にそちらを向く。

 

 

 男の頭部が、消失していた。

 

 

「ひぃ!」

「な、なんだ!?」

 

 どうやらWヤクザの内の一人らしい。男の腕が自身の頭の部分に手を振り回す。しかし、空を切るばかりだ。頭部がなくても動いているその光景はホラーそのものだった。

 

 そして、肩、腰、終いには爪先の全てまでもが消えていく。そう、中坊がこの部屋に現れた時の、逆再生のように。

 

「……消え、た?」

「な、なんだよ、なにがどうなってるんだ!?」

 

 そうしている間に、もう一人のヤクザ、おじさんと、部屋の住人達が次々に消えていく。

 

「うわぁぁぁぁぁあああああ!!! いやだぁぁぁぁあああ!!」

 

 そして、眼鏡さんも。このままいくと全員消えるだろう。

 

 間違いなく、俺達も。……どうする? どうすればいい? こんな時、どうすればいい。

 

 こんな状況で、訳の分からない異常な状況で、何を、どうすれば正しいんだ?

 

「や、やだ……怖い……葉山くん! 何、これ? どうなってるの!?」

「くっ……比企谷っ、俺達は一体どうすればいい!?」

「…………――!」

 

 その時、俺は見た。

 

 あの不気味な中坊が、消えていくとき、銃を手に取り――――笑っている所を。

 

「…………」

 

 銃 

 

  スーツ 

 

死んだ人間達 

 

      新しい命 

 

 ヤッつける 

 

   星人 

 

「比企谷!」

「……葉山。なんでもいい、あの銃を持って行った方がいいかもしれない」

「!? ……どうしてだ?」

「……なんとなく。只の勘だが」

「……分かった」

「ああ。あとス――」

 

 スーツも。と言おうとしたとき、葉山が消え始めた。その手には短銃の一種。どうやら間に合ったようだ。

 

「っっ!!! 葉山くん!! 葉山くん! いやだ、置いて行かないで!!」

「相模、落ち着け!」

「これが落ち着いていられるわけないでしょう!? ねぇ! 教えて! うちらどうなるの!? 助かるの!? それとも死んじゃうの!?」

 

 相模が泣き喚きながら、俺の胸倉を掴む。

 

 俺が今、人が消えるなんて状況である程度落ち着いていられるのは、なんとかなるという確信があるからだ。

 勿論、消えた後どうなるかなんてのは皆目見当がつかないが、それでもこれだけのお膳立ての後、すぐさま殺されるというのはない――と思う。

 

 そう――“思う”。

 これは只の推測で、言うならばそんな気がするという程度の薄弱な裏付けしかない。

 それを、こんな状態の相模に、一から説明しても納得するとは思えないし、第一している暇なんかない。

 

 そう考える間にレーザーが相模の頭頂部に照射され始める。

 

「っ!? いやぁぁあああ!! 消える!! 消えちゃう!! 助けて! 助けてヒキタニ!!」

 

 なりふり構わず、俺なんかに助けを求める相模。

 これだけの異常空間。頼れる葉山もいない今、こいつの精神は崩壊寸前なんだろう。

 

 だが、俺は葉山のようなヒーローじゃない。問題を解決することなんかできない。いつだって俺が出来るのは、ただの先延ばしだけだ。

 

 俺は相模の肩を掴み、言い聞かせる。

 

「聞け、相模。俺達は何処かに送られる。此処に送られてきたときのように。この球体は、俺達に何かをさせたくて集めた。そして、何処かに送るんだ」

 

 相模に疑問を挟ませない為に、断定口調で、決めつけて言う。

 あやふやでぺらっぺらの、中身ゼロの只の推論を、最もらしく言い聞かせる。

 

「どんな場所だかは分からない。だが、そこには葉山がいる。あいつはお前を見捨てない。必ず助ける。絶対にだ」

 

 そして、全てを葉山に丸投げする。間違っても、俺がお前を助けるなんてカッコいいことは言わない。言えない。それは葉山(ヒーロー)の役目だ。

 

 相模は呆気に取られていたが、顔が消える瞬間、確かに笑った。呆れるように。

 

「カッコ悪い」

 

 そして、相模の頭部は消失した。ああ、そうだ。俺はカッコ悪い。間違ってもヒーローなんかにゃなれはしない。

 我が身を犠牲に人を救う。これまで奉仕部の依頼をいくつかそういった方法で解消してきたが、それはそれが俺の考えうる方法の中で一番効率的だったからだ。断じて自己犠牲なんかじゃない。俺はそんないいやつじゃないし、カッコいい男でもない。

 

 だから、今回も一番効率的な手段を選ぶ。俺が考えうる中で、最善を尽くす。

 

 相模の体はもう膝の辺りまでしかない。

 

 気が付けば、部屋の中には俺だけ。またぼっちだ。こんな怪しい球体にまで存在を忘れられるとかステルスヒッキー有効過ぎでしょ。

 

 まぁ、そんな冗談を言ってる場合じゃない。今、すべきことは消えた後の為に万全を備えることだ。

 

 

 そして俺は、短銃を一つ手に取り―――――忘れないようにスーツの入ったケースを手に取った。

 




そして、彼と彼と彼女はその部屋の住人となる。


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なんとかして……絶対家に帰してやるよ。…………俺と……葉山で

 

 

【いってくだちい】

 

 

【1:00:00】ピッ

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 次に目を覚ますと、目の前には何処かの住宅街のような風景が広がっていた。

 

 当たり前のように――夜。

 

 周囲に目を配ると、予想通り、他のメンバーも近くに居た。

 

「――比企谷」

 

 やはり葉山もいた。その後ろには当然のように相模。

 

「どうやら他の奴もみんな居るみたいだな」

「ああ。……それにしても、どうして銃を持って行けなんて言ったんだ?」

 

 葉山は俺に尋ねる。

 

 俺は、少し離れた場所で飄々と佇んでいる奴を見遣りながら言った。

 

「……あそこの中学生。見てみろ」

「ん? 中学生?」

「あの子がどうかしたの? 普通の子じゃん」

 

 ……そうか。相模には、奴が普通の中学生に見えるのか。

 俺からすれば、俺から見れば――アイツほど異常な奴はいないんだが。

 

「……アイツ、あの部屋に来てから一切動揺してない。服の下にあのスーツも着てるみたいだし、自分の身体が消える時も、まったく慌てず銃のチェックなんてしてやがった。……ここまで重なれば、アイツは何らかの事情を知ってるとみて、まず間違いないだろう」

「……なるほど。それで、銃を……」

「ああ。あいつが持っていったってだけなんだが、何かしらの意味があるのかもしれない」

「……ねぇ。そんなことより帰ろう。ここ、もう外なんでしょう?」

 

 俺と葉山の会話の色が怪しくなっていくにつれ、相模が不安そうにそう言った。

 

 確かにそうだ。此処は見知らぬ住宅街だけれど、辺りの景色は外――少なくとも日本の一般的な平穏な街並みだ。

 

 俺はてっきり某モンスターをハントするあのゲームのようにどっかファンタジーなフィールドにでも飛ばされるのかと思ったが(ってかあの状況でここまで妄想できる俺我ながら引くなぁ……)、少なくとも電車を乗り継げば、頑張れば帰れそうな感じすらする。

 

 ……何だ? ここまで色んな物を用意しておいて、何もさせることなくただで帰すのか? ……この状況を用意した奴は、一体何がしたい――

 

「一千万!!??」

「あ、声がデカいよぉ~。困るなぁ。内緒だって言ったのに」

 

 その時、突然眼鏡さんが絶叫する。眼鏡さんに何か吹き込んでいるのは――やはり、あの中坊。

 

「おいおい。なんだよ、一千万って」

「やっぱりテレビの企画らしい! しかも賞金付きの!」

「なんだ? どういうことだ?」

 

 眼鏡さんの叫びにチャラ男が真っ先に食いつき、ヤクザ風の男達が群がる。

 

 そして、中坊が仕方ないなぁと言った様子で説明を始めた。

 その顔は、俺から見れば虫唾が走る程に、子供のような笑顔だった。

 

 (よこしま)でしかない、無邪気な笑顔だった。

 

「――今、この地球には、一般人にはバレないように潜伏してる宇宙人たちがいるんだ。そして、それを僕たちが退治しに行く」

 

 ……? コイツは、何を言ってるんだ?

 

 そう思ったのは俺だけじゃなく、全員ポカンとしている。だが、中坊はそんな俺たちを見て、ニヤリと笑って、

 

「――っていう設定。プロデューサーはうちのお父さんなんだ。賞金が出るっていうから無理言って参加させてもらってる。コネってやつだね」

 

 その言葉に大人連中は納得したようだ。相模も「へぇ~。そうなんだ~」とか言ってる。いや、お前ちょろすぎだろ。さっきまでガタガタ震えてたお前はどこ行ったんだよ。

 

 だが、俺はそう簡単に納得できない。文言もふざけてるが、一番引っかかったのは、アイツのあの笑み。あれは完全に俺達を馬鹿にした笑いだ。それも『こいつら何も知らないで……くっくっくっ』って奴の笑いだ。中学ぐらいのぼっちにはこういう奴が多い。実際行動はできない癖に、心の中で上から目線で物を言う。ソースは俺。

 

 そして俺の他にも納得してない奴がいる――葉山だ。その理由は、勿論俺とは異なるんだろうが。

 

「なぁ。君、今テレビの企画って言ったか?」

「ん? ああ。そうだよ」

 

 葉山が中坊に食って掛かった。……大丈夫か? 確かにあいつの言ってることはおかしな点ばっかりだ――しかし。

 

「本当なのか? 俺達は死にかけたんだぞ。それに、こういうのは絶対に本人の同意が必要なはずだ。例えドッキリだとしても、些か以上に度が過ぎてる」

「それは、あれだ、催眠術ってやつだよ。それで、死んだ記憶を作られたんだ。一度死んだ奴が新たな命を与えられて、その代わりに宇宙人討伐を命じられるって“設定”だからね。同意云々はちゃんとしたよ、みんな。リアリティを出す為に一時的にその記憶は催眠術で消してあるけどね。ゲームが終わったら、ちゃんと元に戻るよ。ええと、他に質問はあるかい? イケメンさん?」

「…………………いや、ない」

 

 中坊は勝ち誇った顔に。葉山は悔しそうに顔を歪ます。

 葉山もあんな説明で納得したわけじゃないだろう。だが、気づいたのだ。無茶苦茶な状況は、無茶苦茶な理論で納得するしかないってことに。

 

 いかに嘘くさい理屈だろうと、それを確かめる方法がない以上、納得せざるを得ない。催眠術と言われたら、そうですかとしか言いようがない。

 確かホームズで、不可能な事を全て排除して残ったものは、例えどれだけ信じがたくとも真実である。とかそんな言葉があった。あんなカッコいい言葉がこんな形で牙を剥くなんてな。皮肉だぜ。まぁ、厳密に言えばちょっと違うか。

 

 だが、否定できないだけで、中坊の言ってることが真実とは限らない。いや、十中八九嘘だろう。

 

 何故なら、もしこれが本当に賞金の懸かったゲームだとするなら、こんな所でライバルを増やした所で、あの中坊に何の得もないからだ。

 それこそ『馬鹿め。何も知らずにのんきなもんだ。くっくっくっ』とさっさと一人でねぎ星人とやらを狩りに行ってるだろう。コイツはそういうタイプだ。

 

 このことをこの場で指摘してもいいのだが、さっきの葉山とのやりとりで分かる通り、あいつは口が回る。うまく躱されるだけだろう。

 

 それに、なぜか知らんが大人達は乗り気だ。

 怪しいと思わないものなのだろうか。

 それとも、右も左も分からないこの状況をテレビの番組の仕掛けという安全な状況だと思い込むことで、心を必死にを保とうとしているのか。大人なのにずいぶんと情けない。いや、そういうのが上手いのが、そういうのばかり上手くなってしまうのが大人なのか。

 

 人間というのは、それが物であれ人であれ状況であれ、理解できないということに多大なストレスを感じるものだ。

 そうであって欲しいという気持ちも、意識的にすれ無意識的にすれ働いているんだろう。

 

「つまり、そのねぎ星人“役”を捕まえれば……」

「賞金一千万ってことですね!」

「でも何処にいるんだよ、それ?」

「ああ。それはこれで」

 

 そう言って中坊はそのスーツの手首部分をスライドさせて、小さなモニタのようなものを取り出す。いや、ボタンやアナログスティック? のようなものもついているから、何かのコントローラなのか?

 

 そして、人混みの後ろからそれを覗く(俺はいつも人混みというものは最外部にいるからこの手のコツは知っている。嫌な特技だ)と、そのモニタには地図のようなものが表示されていた。ゲームにおけるマップという奴か。

 

「なんだ近いじゃん」

「じゃあ行きますか」

「あ、そうそう。一つ言い忘れてました」

 

 中坊が指を一本立てながら言う。そのニヤニヤとした顔からはうっかり忘れたという感じはなく、むしろ意図的に隠していたんだろう。

 

「このゲームには制限時間があります。一時間です。“このエリアに転送されてから一時間”ですので、こうしている今も刻々と時間が過ぎてます。急いだ方がいいですよ」

 

 その言葉で一同が一瞬シーンとなる。しかし、次の瞬間、大人達は一斉に駆け出した。

 

「マジかよ!」

「急がなきゃ!!」

「一千万! 一千万!!」

 

 ……うわぁ。醜い。そんな旨い話があるわけねぇだろ。

 こういう奴等がいるから犯罪ってなくなんねぇんだろうな。カモに困んねぇもん。

 

「おい! お前も来いよ! マップねぇと困んだろ!」

「っ! ……分かりましたから、引っ張らないでください」

 

 中坊もチャラ男に引っ張ってかれた。チャラ男に腕引かれた時、すげぇ顔したなアイツ。人を動かすのは好きだけど、動かされるのはめちゃくちゃ嫌いなんだろうな。プライド高そうだし。生きにくそうだなぁ。人の事言ねぇけど。

 

「………くだらん。儂は帰る」

 

 お。大人達全員があの話に食いついたってわけじゃなかったのか。おじさんとおじいさんの間くらいの年齢の……重役っぽい人。重役さんでいいか。重役さんは、文字通り偉い人なのかお金持ちなのか。そもそも話自体を信じていないのか。まったく興味なさそうに家路を急ぐ。場所分かるのか? まぁタクシー止めたり駅に行ったりと方法はいくらでもあるか。

 

「比企谷。俺達はどうする?」

 

 と、葉山が聞いてきた。気付けばこの場には俺と葉山と相模しか残っていない。

 っていうか何で俺に聞いてんの? いつの間に俺がリーダーポジションに? いや、そういうのは葉山の仕事だろう。

 でも、葉山はそれが当然みたいに聞いてきた。相模もなんか俺の意見を待っている。

 

「……葉山。お前、あんな説明に納得したわけじゃないよな」

「当たり前だ」

「じゃあ、俺達も帰ろうぜ。万が一これがテレビの企画でも、勝手に帰ろうとしたらスタッフが出てきて止めるだろうし、そうじゃなければ普通に帰れる」

「……ん。そうだな」

「そうね。あんな胡散臭いゲーム、付き合う義理ないし」

 

 そう言って、俺らも重役さんの後を追う形で家路を目指す。っていうか相模、お前さっき信じてなかったか? 葉山に合わせたのか? しれっとしやがって、女ってこわっ!

 

 相模は全力で葉山に甘える形で話しかける。「怖かった~♡」と一色もドン引きのレベルで猫撫で声を出す。鳥肌が凄い。相模、お前そんなキャラだっけ? なんか吹っ切れちゃったのかな? 今回の件でガチで葉山に惚れたとか。……死ぬほどどうでもいいな。

 

 葉山はそれに付き合いながらも肝心な部分はうまく受け流して踏み込ませない。流石は学校一モテる男。女子のアプローチを躱す技術は天下一品だな。うまく傷つかせず、かといって希望もみせない。……俺には一生縁のない技術だ。

 

 だが、そんなことより、俺の頭の中では嫌な予感が消えなかった。

 

『この地球には一般人にばれないように潜伏してる宇宙人たちがいるんだ。そして、それを僕たちが退治しに行く』

「……………」

 

 このまま、本当にすんなりと家に帰れるのか? あんなわけ分からんテクノロジーまで使って俺達を集めて、あんな手の込んだ品々まで用意して。何もせずに、はいさようなら。訳が分からない。いたずらにしては、葉山の言う通り度が過ぎてる。

 

『一度死んだ奴が新たな命を手に入れて、その代わりに宇宙人討伐を命じられる』

 

 かといって、中坊の言うことが本当かといえば、それも信じられない。本当に全部が催眠術なのか? あの死の恐怖も、あの無機質な部屋の不気味さも、そして今こうして歩いている感覚も――全てが夢の中の非現実だと、そう言うのか?

 

 だが、なら、どうする? 俺達は、俺は、一体どうすればいい? どのように行動すればいい? 大人達のように状況に流されてねぎ星人とやらを捕まえに行くか? それともいつも通りに空気を読まずにこのまま重役さんの後について行って帰宅を目指すか?

 

 ……くそっ、ヒントが少なすぎる。

 なら、せめて準備をするべきだ。これから、この訳の分からない状況から、更に続けて起こる可能性のある不測の事態に備えて。

 

 こうしている今、出来ることは……。

 

「………………」

「ん? どうした比企谷?」

「なによ。さっきから黙って。気持ち悪いわね」

 

 ずっと黙っていた俺に二人が問う。何気に相模に毒を吐かれた気がするが、雪ノ下のに比べればなんてことはない。ピリ辛みたいなもんだ。

 

「……悪い、葉山。相模を連れて先に行っててくれないか」

「ッ! どうした!? 何か気づいたことがあったのか!?」

「何なの! いったいどうしたっていうのよ!?」

 

 バッと振り向いた二人に、俺は神妙に顔を上げて――

 

「このスーツ、着てみたいんだ」

 

 僕はキメ顔でそう言った。

 だが、二人の反応は冷ややかだった。

 なんか哀れむような視線を向けられる。

 ……僕はもう二度とキメ顔なんてしない……また黒歴史が追加されちまったぜ。

 

「…………え? 何? アンタそういう趣味があったの? コスプレマニア?」

「違う。決して個人的嗜好の為に着用を試みるわけじゃない」

「じゃあ、いったいどうして?」

 

 侮蔑するような目の相模に反論していると、葉山が真面目な顔で問いかける。

 

「……この色々不可解な状況については、あの中坊のテレビの企画と催眠術って説明で、荒っぽいが説明はつかなくもない。まぁ、俺も信じちゃいないがな」

 

 俺の言葉に葉山は暗い面持ちになるが、構わず俺は続ける。

 

「だが、それだとアイツが、このスーツを着てた説明にはならない」

 

 葉山と相模が目を剥く。

 

「勿論、このスーツにどんな意味があるかなんてわからない。だが、何かあるんじゃないかと俺は踏んでる。マップ機能だけならあのコントローラだけで事足りる筈だ。……いいか。忘れちゃならないことだからもう一度言うが、俺達は一度死んで、よく分かんないが生き返った。そんな訳分からん状況が、普通である筈がない。どんな危険が潜んでるのか分からないんだ。対策になりそうなことはなんだって手当たり次第にすべきだ」

 

 俺の言葉に相模は俯く。せっかく帰ることができる希望が見えて、少し明るくなっていた所に、俺のこの言葉はまさしく水を差すものだったんだろう。

 

 だが、これは紛れもない、俺の本音だ。

 

 俺はずっとぼっち――孤立無援で生きてきた。

 その為には、あらゆる危険性を予測し、その対策を立て、危機を避ける。このノウハウは必要不可欠だった。

 俺の深読みのし過ぎなのかもしれない。もしかしたら本当にテレビの企画で、今頃お茶の間でメンドクサイ奴だと笑いものにされていて、帰ったら小町にこれだからごみぃちゃんはと小言を言われるのかもしれない。

 

 それならそれでいい。俺が笑いものになって、笑い話で済むなら、そんなハッピーエンドはない。

 

 だから、俺は無駄だと思えても、石橋を叩く。叩いて、叩いて、ゲラゲラ笑われても叩き続ける。

 

 生き残る為なら、プライドも好感度もクソくらえだ。

 これが、最善だ。

 

「――分かった。だが、お前を置いてはいかない。お前が着替え終わるまで待つよ」

「はあ?」

 

 俺の話を聞いて、しばらく黙った葉山の第一声はそれだった。

 

「待て。そんなことをして、お前に何のメリットがある?」

「比企谷は、何らかの危険性を、それを着ることで突破できると考えて着るんだろう。なら、その危険な事態(こと)に遭遇した時、そのスーツを着ている比企谷が傍にいた方が、俺達の生き残る可能性が上がるじゃないか」

「………………」

 

 まぁ、その理屈は間違っていない。あくまで可能性の話だがな。

 俺は相模に目を向ける。

 すると相模はそっぽを向きながら答える。

 

「葉山くんがそう言うなら、仕方ないから待ってあげるわよ」

 

 もう完全にツンデレキャラのセリフだった。覚醒したのか相模。まぁ、デレる相手は葉山オンリーなんですがね。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 どこかのガレージに潜入し、着替えを始める。

 公衆トイレかコンビニでトイレを借りようかと思ったが、住宅街だからか右を向いても左を向いても一軒家しかない。諦めて一階がガレージ二階以上が住居となっているお宅のに潜入し着替えをすることにした。

 状況は完全に不審者だ。作業は普段の着替えの三倍スピードで行わなければ。

 一応これはスーツっぽいのでズボンを脱ぎパンツ一丁になる。上はそのままだが、知らない他人の――ガレージとはいえ敷地内でパンツ一丁になるのは物凄い背徳感だ。心臓がバクバク荒ぶる。急いでスーツを着なければ。

 

「っ!? なん……だと……」

 

 きっつ……。まさかこれ……全裸にならないと着れないのか。

 だがパンツ一丁でも相当心理的に抵抗があったのに、下半身全裸とか本格的に言い訳がつかない。

 もし家族でディナーとかでこの家の者がこのガレージに降りてきたらすぐさま110番される。雪ノ下が良く毒舌で使うが、本当にお世話になったら洒落にならない。

 

 だが……ここまできて後戻りは出来ない。

 あんなキメ顔で決めた以上、きつくて入りませんでしたじゃ、余りに居た堪れない。

 

 ……やるしかない。俺はそうキメ顔で覚悟を固めた。

 

 男を見せろ、比企谷八幡! いや決して下半身的な意味じゃない。

 

 そして、俺はまずブレザーを脱ぎ、腰に巻いて、せめてものバリケードを作りながらパンツを下した。小学校時代のプールの授業を思い出したが、人様のガレージでこんなことやってる奴は確実に変態だ。そういえば小学校のプールの授業の後髪を拭いていた女子がタオルを落としたから拾ってあげたらそれだけで変態呼ばわりされたことがあったな……。あれは理不尽だった。

 

 そんな黒歴史を回想しながらも無事下半身は穿けた。どうやら裸になればピッタリ穿けるらしい。なんだその仕様。もう少しゆとり持たせろよ。こちとらゆとり世代だぞ。……うん、関係ないな。我ながらつまらない。

 そして上半身も裸になっていく。こうなったらスピード勝負だ。隠す暇があったら、少しでも手を動かす。最悪上半身なら、服が濡れちゃってとか、苦しいけどなんとか言い訳できる……か? まあ、テンションで押し通してダッシュで逃げればいい。

 

「ねぇ! ちょっといつまで着替えてんの! なんか変なことにな――」

 

 相模、乱入。俺、半裸。

 ……おいおい、間違ってるだろう。学園ラブコメ的に逆っしょ、逆。需要ないよ~。葉山とですらないんだから、海老名さん的にも需要ないよ~。いや、そんな展開俺も望まないけど。断じてお断りだけど。

 

「……な、な、な何してんのよ!! こんな時に、ばっかじゃないの! 変態!」

 

 いや、俺着替えるって言ったよね。勝手に覗いたのお前だよね。

 それとお前のツンデレキャラ化はスルーでいいかな。もう突っ込まないよ、めんどくさいし。

 

 まあ半裸を相模に見られたところで恥ずかしくもなんともないので、落ち着いて残りの行程を済ませて、ガレージを出る。

 すると、出口のすぐ脇に顔を赤くした相模が居て、こっちをキッと睨んできた。……まぁ可愛くなくもない。

 

「…………変態」

「しつこいぞ。そもそもお前が勝手に覗いたんだろうが。それに男の半裸くらいプールとかでいくらでも見るだろう」

「うっさい! そういう問題じゃないの!」

 

 ツンデレさがみんと話していても仕方ないので、直ぐに本題に入る。

 

「で、何があったんだ。……葉山はどうした?」

 

 そう。辺りを見渡してもいるのは相模だけ。葉山がいない。

 これがグループ活動とかだったら、他の奴らが俺を置いて行って、そんでたまたま俺と二人っきりにされた女子が泣き出し、次の日学級裁判が開かれる所なんだが。被告人は俺。それは違うよ! とキメ顔でダンガンロンパする状況。ってか今日の俺キメ顔好きだな。

 

 まぁそれは置いておき、葉山は相模を置いて一人で帰ったりはすまい。何か理由があるはずだ。

 

 相模は困惑を隠しきれない表情で言う。

 

「……それがね――」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 相模が言うには、いきなり空から降ってきたらしい。

 

 宇宙人の子供が。

 

 ……いや、俺も何言ってんだコイツ。って思ったさ。ストレス許容値超えちゃったのかな~? なんて思ったが、紛れもない事実らしい。

 

 その子供は、あの部屋の球体に出てたねぎ星人の画像そのままだったそうなのだ。

 ねぎ星人は頭から落下し、人間なら間違いなく首が折れているの間違いなしの勢いだったらしいのだが、ピンピン、とまではいかずともそのまま立ち上がり、再び“逃走”を開始した。

 

「……逃げた? 何かから追われてたのか?」

「……うん。……あの部屋にいた大人達。ヤクザみたいな人達とか、あのチャラい男とか。……あの真面目そうな眼鏡の人まで」

「……なるほど」

 

 テレビの企画に熱中してるってわけか。あんな大人達がいずれは上司になるとか、マジ就職とかするもんじゃねぇな。やっぱり専業主夫が一番――

 

――って、なんか相模が俺の制服の裾を握ってきた。あ、俺は今、あのスーツの上から制服着てます。中坊みたいに。いや、いくら夜で周りに人がいないっていっても、あんな全身タイツ状態で外をうろつけるほどメンタル強くないんで。

 

 っていやいやそうじゃなくて、なんで相模が俺の裾を!?

 なんか震えてるし、瞳ウルウルしてるし、やべっいけない何かに目覚めそうだ。いやいや、俺には戸塚という心に決めた人が――

 

「なんかね……怖かったの……」

「え? ……そりゃあ、宇宙人なんてみたら普通は怖いだろう。てかまだ本物の宇宙人と決まったわけじゃ――」

「そうじゃ、なくて……」

 

 相模はそう言うと、口を濁し、ポツリポツリと言い始めた。

 

「……うちが怖かったのは……宇宙人の方じゃないの。それを追っかけてた人達……あの人達の目が……なんていうか――輝いてた。子供みたいに、無邪気に、子供を殺そうとしてた」

 

 うちには、追われてる宇宙人が只の子供に見えて、それを追っかけてる大人達の方がよっぽど化け物に見えた。

 

 相模はそう言った。

 

 俺はその現場を見たわけじゃないから確かなことは言えないが、それは恐らく本質を正しく突いているのだと感じた。

 

 相模がそう感じたのだ。人一倍正義感が強いあいつなら、なおさら。

 

「………じゃあ、葉山はそいつらを止めに行ったのか?」

「……うん。比企谷と一緒に先に帰れって」

 

 先に帰れ……か。そう言われると帰りづらいって分かってんのかね。あいつは。

 案の定、相模の表情は晴れない。少なくとも、家に帰れるとはしゃいでいたさっきまでの笑顔はない。

 

 それに、俺もなんとなく気になる。

 

 葉山のことだけじゃなく、さっき相模が挙げたメンバーに、あの“中坊がいなかったこと”が。あいつだけ別行動してんのか?

 

 ……まぁ、今はあいつより葉山、相模のことだ。

 葉山のことは気がかりだが、相模のことも心配だ。ここまで怯えている相模を、その連中の元に連れて行くのが得策だと思えない。

 

 さて、どうする?

 

「……相模。とりあえず、帰ってみるか」

「え? はぁ!? 何言ってるの!? 葉山くん見捨てるの!?」

「そうじゃない。……いや、結果的にそうなるかもしれない可能性があるのは否定しない」

「……何それ。意味わかんない。アンタ、最低だとは思ってたけど、ここまでクズだったなんて」

 

 相模の手が俺の裾から離れる。目線は完全に敵意に満ちている。はっ、縮んでもない距離がまた広がったな。別にどうでもいいが。

 

「まあ聞け。俺らがこれから葉山を追っかけた所で、何が出来る? 相手は完全にテレビの企画っていう大義名分を得て、殺人ゲームに熱中してる狂人集団だぞ。少なくとも、俺はそんな奴らを説得できるほど口は回らないし、力づくでヤクザ連中を止められるほど喧嘩も強くない」

「……………」

「だったら逃げるしかない。……その宇宙人の子供はかわいそうだが、俺は見ず知らずの宇宙人の子供を助ける為に命張れるほど、いい奴じゃない。葉山と違ってな。だから逃げる」

「……葉山くんを置いて? そんなこと――」

「しねぇよ」

「え?」

 

 俺が吐き捨てるようにそう言うと、相模はぽかんと呆気に取られた。

 

「……宇宙人の子供は見捨てても、知り合いのクラスメイトを置いて逃げるほど腐ってねぇよ。だが、今のままだと葉山はおそらく言うことを聞いてくれない。あいつは変な所で意地を張るからな。……それに、気になることがある」

「気になること?」

「ああ。これを見てくれ」

 

 俺はスーツの手首部分にあるモニタを取り出す。そこにはここ周辺のアバウトな地図。そして、赤い点が九個。青い点が二個ある。

 

「なにこれ? 赤い点と青い点がある」

「……おそらく、赤い点は俺達の座標だ。ほら、ここに赤い点が二つ固まってる。たぶん俺達だ。そして、ここに四人と、その少し後方に一つ。おそらく、あいつらと葉山だ。そして、その集団のかなり後方に一つ。……おそらく、あの中坊だろうな。なんで集団から離れてるのかは知らんが」

「じゃあ、この四人に追われてる青い点は、あのねぎ星人? ……だけど、その中学生の更に後ろにもう一個青い点があるけど?」

「……もしかしたら、ねぎ星人は一体じゃないのかもな」

「ッ! ……どうするの、このままじゃこの子も!」

「……葉山を助けに戻る際、助けられるようならこいつも助ける。……それよりも、今はこれを見てくれ」

 

 俺は一つの赤い点を指さす。

 

「これって……」

「ああ。序盤でさっさと帰宅を決め込んだあのおじさんだろ。………だけど、この住宅街のある部分を大きく囲むこの長方形……怪しいと思わないか?」

「どういうこと?」

「………俺は、この長方形内がこのゲームのエリア内で、そこから出れないんじゃないか――そう思うんだ。少なくとも、このゲームが終わるまでは」

「え!? でも、そんなの……」

「なくはないだろう。そもそも、これだけ大掛かりな準備をしておいて、帰りたい人はご自由にどうぞなんて親切設計になってると思う方がどうかしてる。あんな強引な手段で参加させられてるんだからな。……これを見ると、あのおっさんはもうすぐエリアの外に出る。とりあえず、それを確認してからでも、葉山の救出に向かうのは遅くないんじゃねぇか。外に逃げられるのと、時間内エリア内を逃げ回るのとじゃあ、取るべき対策もまるで違ってくるだろう」

「……そうね。でも! それを確認したら、すぐに葉山くんを助けにいくよ! 逃げないでよ!」

「ああ。分かってる」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 そして、俺達は重役さんの元に駆け出した。

 

 ……とりあえず、ここまではいい。帰れないというのは俺の真面目な推測だ。それを確認するのは決して無駄にならない。

 

 それに、万が一帰れるとしたら、まず相模を逃がすことが出来る。

 ……おそらく、今あっちでは相模には見るに堪えない光景が広がってるだろう。それは、あのゴツイ銃から容易に想像できる。葉山も苦しんでいるだろうが、相模を逃がすことが出来るなら、まずはそれに越したことはない。

 

 それに、あの葉山だ。あいつ程の奴が、そんな簡単に死ぬ筈がない。

 あいつは俺とは反対の男だ。それゆえお互いを理解し合うことはできない。

 

 だが、俺と真逆故に、あいつはヒーローになれる。

 あの甘っちょろい思想を実現させることが出来れば、だが。しかし、その資格――素質さえ、持たない俺なんかよりは遥かに可能性がある。

 

 そして、こんなイレギュラーな状況には、そんなヒーローが必要だ。

 

 俺はモニタを見ながら重役さんの居場所をナビゲートしつつ、そんなことを考えていた。

 

 すると――

 

「ッ! ……反応が消えた?」

「え!? 何どういうこと!?」

 

 赤い点の反応が一つ消えた。エリアの端まで近づいた所で、突然それは消滅した。

 

「……行ってみよう」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 俺は赤い点が消滅した地点にダッシュで向かう。だが、だんだんそれに近いていくと――

 

 ピンポロパンポン ピンポロパンポン

 

「……ん? なんだこれ? どっかにケータイでも落ちてんのか?」

「ウチのスマホじゃ……ってない!? うわーあの部屋かな?」

 

 ちなみに俺のスマホは鞄の底だ。滅多に電話なんぞかかってこないからな! あ、俺の鞄もあの部屋だ……。

 

「って、そんな場合じゃない。なんかだんだん音が大きくなってないか?」

「ウチもそんな感じする。……ん? 何あれ? ……え………きゃぁああああ!!」

 

 相模が絶叫する。

 その方向に目を向けると、そこにあったのは――

 

――死体だった。

 

 正真正銘、首が丸ごと吹っ飛んだ、人間の死体だった。

 

「……ッッッ! 何だ……あれ?」

 

 あの服装からして、重役顔のおっさんに間違いない。

 

 でも、一体、誰が、何が、どうして――って無理だ。名探偵の少年じゃあるまいし、冷静じゃいられねぇ。

 体中から嫌な汗が噴き出す。体温が一気に下がった感じだ。ヤバい、寒い、怖ぇ!

 

 相模が蹲って嘔吐している。そりゃそうだ。人間の死体――しかも、あんなグロい死体なんか見たことないに決まってる。生理的に、本能的に、忌避感を抱いて当然だ。

 

「うぇ……ね、ねぇ! ねぇ! 何あれ!? なんで? 何なの? なんで死んでるの!?」

「分かんねぇよ……とりあえず、なんか被せて……移動させるか」

 

 相模の取り乱しようを見て、少し冷静になってきた。

 とりあえず、あのままじゃかわいそうだ。少しでも人目のつかない場所に。そう思って上着を被せようとするが、これはこれ以上、こんな死体(もの)を直視していたくなかったが故の行動なのかもしれない。

 

 でも、あれ? 死体って勝手に動かしていいのか? 警察が来るまでそのままにした方が――そんなことを考えてると、再びあの音楽が聞こえる。

 

 ピンポロパンポン ピンポロパンポン

 

 くっ。この変な音楽、ドンドン強くなってくる。どっかから聞こえてくるというより、むしろ脳の中に直接響いているかのよ――

 

――脳?

 

 あのおっさんの死体は首から上がない――つまり、頭がない。

 

 そもそも、俺はエリア内から出れないと仮定していた。

 見えない壁みたいなのがあってそこから先には進めないようになっている(こんな状況だからそんなのも可能だろうと思っていた)とか、何かそういう仕掛けになっているものだと思っていたが――

 

 もしかしたら、もっとえげつなくて、もっととんでもなく――容赦ないものだったとしたら?

 

 外に出ようとした途端、頭を問答無用で弾け飛ばすような――

 

「ッ! 相模!! ここから、一刻も早く離れるぞ!!」

「え!? 何? で、でも――」

「いいから、早く!!」

 

 俺は相模の腕を引いて一目散に駆け出した。

 

 エリアの中に向かって進めば進むほど、脳内の音は小さくなり、やがて止んだ。

 

 ……なるほど。………そういうことか。

 

「……相模。どうやら、しばらく帰れそうもない」

「え? 何? さっきからどうしたの? ちゃんと説明して!」

「………なぁ。今、頭の中で変な音は鳴ってるか?」

「え? ……ううん。さっきまでは鳴ってたけど、今は聞こえない」

「それは、おそらく警報だ。それ以上行くと、死に(ころし)ますよっていうな」

「死っ……ってことは……」

 

 俺は、努めて抑揚のない言葉で言った。

 

「ああ。俺達の頭には爆弾か何かが埋め込まれている」

 

 その言葉に、相模は顔を一瞬で真っ青にした。

 

「ばく……だん……」

「爆弾かどうかは分からない。だが、このエリア外に出ようとすると、頭を吹き飛ばされる。……あのおじさんのように、な」

 

 相模は震えている。

 今日一日で、コイツにはどれだけの負担がかかっているだろう。午前中――少なくともついさっきの放課後までは、いつもと変わらない日常だったのに。

 

 だが、もうこれで確定した。死人が出たんだ。テレビの企画ですなんて妄言は通らない。

 

 あの中坊をとっ捕まえて、知ってることを吐かせるんだ。

 

「相模、行くぞ。葉山にこの事を伝えるんだ。」

「あ、あの……ちょっと、待って……」

 

 相模の膝はガクガクと震えていた。

 恐怖心を抑え込めないんだろう。

 

 今までは訳が分からない状況に対する漠然とした恐怖だったが、明確に死を、死体を見てしまったことにより、よりリアリティのある恐怖を感じているのかもしれない。

 

 俺は相模の前で屈む。

 

「え?」

「乗れよ。今は一刻を争うんだ。葉山を助けたいだろう。早くしろ。それとも、此処に置いて行かれたいか?」

「う、ううん! 乗る! 乗るから置いて行かないで!」

 

 今のは少し意地が悪かったか。でも、こうでも言わないと、俺なんかに背負われたくないだろうからな。

 

 俺は相模を背負い、モニタで葉山の位置を探り、そこを一目散に目指して駆ける。

 

 にしても軽い。重さを感じない。相模がスリムだとしてもこれは……。

 もしかして、このスーツの意味って……。

 

「ねぇ……比企谷……」

 

 背中の相模が震えながら言う。ってか、こいつ今ちゃんと俺の名前を……。

 

「どうしよう……凄く……怖い……ッ」

 

 相模は、俺の制服の背中をギュッと握り締めた。

 

「………」

 

 俺は――

 

「……なんとかして――」

「………え?」

「なんとかして……絶対家に帰してやるよ。…………俺と……葉山で」

 

 ……くそっ。こんなの俺のキャラじゃない。葉山の仕事だろう、こういうのは。

 

「……ぷっ。カッコつけるならちゃんとカッコつけなよ。最後ので台無し」

「うっせ。……俺だけじゃ信じられなくても、葉山もいるなら信じられるだろう」

「………うん。信じてあげる。……葉山くんに免じて」

 

 心無しか、相模の震えが治まった気がする。すげぇな。葉山効果絶大だな。特効薬過ぎる。

 

「……ねぇ」

「……なんだ」

「……………ありがと」

 




唐突に少年少女は戦場に送り込まれる。


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何やってんだ、葉山?

 

 

 時間は少し遡り、八幡がスーツに着替えているときのこと。

 

 

 

「……ん? ……なんだ、あれは?」

「え? なに? どこ?」

 

 空から何かが落下してくる。

 

 もう既に時刻は夜――空は暗く、闇が濃くて、何が落ちてきているのかは直前まで気づかなかった。

 

 そして、気づいた時には、それは地面に落下していた。

 

――ゴキャッ。

 

 およそ平和な日常において、決して耳にする機会のない音――――首の骨がへし折れる音だった。

 

「きゃぁ!」

「うわっ!!」

 

 善人葉山をもってしても、その身を気遣うことより、己の生理的嫌悪感が凌駕してしまう残酷な光景。

 

 しかし、そこは葉山隼人。

 なんとかその嫌悪感を押し戻し、その少年――というには、余りに奇妙な、その子供に駆け寄る。

 

「おい! 大丈夫か!」

 

 少年は口からなにやら見たことのない色の体液――おそらく唾液や血液だろう――を大量に吐きながらも懸命に立ち上がろうとする。――――首の骨は折れているが。

 

「お、おい! 動くな!」

「ネギ……あげます……ネギ……あげます……」

 

 しかし、葉山の声は届かない。

 恐怖で震えながら搾り出しているというのが丸わかりで心が篭っていないというのもあるが――いや、そんなことまるで関係ないのかもしれないが――この少年、否、このねぎ星人は今それどころじゃない。

 

 まさに、生命の危機なのだ。

 

「はは! おいおい生きてるぞ!」

「すげぇ! すっげぇ! 超イリュージョンじゃん!」

「追え追え!! ひゃははは!」

 

 葉山と相模が立っていたのはT字路の交差点。

 その葉山達から見て左側の道から、数人の男達がやってきた。

 

 それは、自分達と一緒にあの部屋にいて、あっという間に中坊の口車に乗り、意気揚々とネギ星人狩りに出ていた四人の大人達。

 

 彼等の顔は、彼等の瞳は、皆一様に輝いていた。

 野山を駆け回る小学生のように、心から楽しそうだった。

 

 賞金一千万の為なのか。それとも、自分より弱いものを追いつめることが快感なのか。

 呆然と立ち尽くす葉山達のことなど、視界にすら入っていないようだった。

 

 ねぎ星人は道をまっすぐ逃げる。首が折れて不安定な頭を両手で抑えながら、必死に。

 大人達はT字路をスピードを落とすことなく左に曲がり、ねぎ星人を追う。葉山と相模に目もくれずに。

 

 相模南は恐怖していた。

 ねぎ星人にではない。謎の宇宙人よりも、自分と同じ人間の大人達が怖かった。

 あんなに無邪気に、何の罪悪感も持たずに、命を嬉々として奪おうとする人間達に恐怖していた。

 

 同じ人間だからこそ、ついさっきまで同じ部屋にいた人達だからこそ、心の底から怖かった。

 

 葉山隼人は拳を握り締めていた。

 彼もまた気付いていた。彼等は、あの大人達は、異常だと。

 相模と同じく、葉山もまた、正体不明のねぎ星人の子供より、彼等の方がよっぽど危険に見えた。そもそもテレビの企画だとしたら、あのねぎ星人は子役かなにかじゃないのか。それがあんな見たこともない色の体液を撒き散らし、首が折れても走り続けるのか。

 

 訳が分からない。ただ一つ確かなのは――

 

――このままだと、間違いなくあのねぎ星人は彼等に殺される。

 

(……どうすればいい……俺は、一体どうするべきなんだ)

 

 あのねぎ星人は只者じゃない。どう考えても普通じゃない。

 助けるべきなのか。

 どうやって?

 彼等を説得するのか? 彼等を糾弾するのか?

 そもそも助けてどうなる? そもそもアレは一体何だ?

 ならば見捨てるのか? 殺されるぞ? 見殺しにするのか? そんなこと許されるのか?

 

(こんなとき――アイツならどうする?)

 

 思い浮かべるは不気味に丸まった背中。寂しげな背中、けれど、とても、遠い背中。

 

(…………俺はもう、後悔したくない。……間違えたくない)

 

 葉山は一度、拳を解いて――より一層、強く拳を握り直す。

 

「……相模さん。比企谷の所へ行って、二人で先に逃げるんだ」

「……え? ちょ、ちょっと待って。葉山くん何するつもり!?」

 

 相模が狼狽しながら手を伸ばそうとするが、葉山はそんな相模を一瞥もすることなく走り出す。

 

「――彼らを追う!!」

 

 正しいかどうか分からない。軽率かもしれない。間違っているかもしれない。

 

(だけど……俺だって、何かを守りたいんだ。……他の誰でもない、自分の、この手で!)

 

 葉山隼人は、震える膝を懸命に動かしながら――誰かを追うように、走り出した。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 だが、そう簡単にうまくはいかない。

 

 どんなに立派な決心も、全て成果が出るとは限らない。

 

 世界は葉山のように、正しくない。

 

 だから、葉山の思う通りにはならない。

 

 

 

 葉山が連中に追いついた時には、連中はねぎ星人を囲み、銃を乱射していた。

 

 

 

「…………っ! ヤメロォォォォオオオオ!!!」

 

 

 ギュイーン。

 ギュイーン。

 ギュイーン。

 ギュイーン。

 

 

 ………何も、起こらない。

 

 

「なんやこれ、オモチャか?」

「時間差あるんすよ。ちょっと経ってから爆発するんす。まぁ、これ壁吹き飛ばしてましたんで、コイツ確実に死」

 

 バンッ!

 

 ねぎ星人の右腕が吹き飛んだ。

 

「ぎぃ~~~~!!!!」

 

 ねぎ星人の少年が奇声をあげ、苦しみ、のたうちまわる。

 

 しかし、これだけでは終わらない。

 

 バンッ バンッ バンッ

 

 続いて、左腕、両足が吹き飛び、最後に胴体に衝撃が走り民家のコンクリート塀に叩きつけられた。

 

 ダルマ状態のネギ星人。

 しかし、まだ死んではいない。

 ろくに身動きもとれず、荒い呼吸音を漏らしながらも、それでも逃げようと――生き延びようと、必死にもがいている。

 こんな状態で、生きている。間違いなく人間では――少なくとも地球人ではない。

 

 だが、このままでは死ぬ。間違いなく死ぬ。地球人じゃなくても――宇宙人でも死ぬ。

 

 そんな状態まで追い込んだのは、葉山と同じ地球人だ。

 

「やめろぉぉぉぉおおおおおおおお!!!」

 

 葉山はもう一度、叫ぶ。手遅れでも叫ぶ。

 信じられなかった。目の前の光景が、信じられなかった。

 

 葉山の目には、死にかけてる宇宙人が、ただの子供のように思えた。

 それを囲み、銃を乱射する大人達が、同じ人間なのか疑わしかった。

 

「何やってるんだ……お前ら……信じられない……こんなの……こんなのって……」

 

 葉山は呆然とした足取りで、集団に近づく。

 

 寒気が止まらない。本音を言うと、今すぐにでも大声をあげてこの場から立ち去りたかった。

 

 だが、この光景を否定する要素を、現実じゃないことを証明できるかもしれない要素を求めて、一歩ずつその悪夢へと近付く。

 

 ねぎ星人は手足のないその体で必死にもがく。

 そうだ。彼はまだ生きている。もしかしたら、まだ助かるかもしれない。

 葉山は近づく。

 

 

 そんなに甘くなかった。

 

 

 ヤクザの一人が、ネギ星人の頭に銃口を向ける。

 

 ギュイーン

 

 放った。

 

 呆然とする葉山に、そのヤクザは悪びれもせず、言う。

 

「文句あるか」

 

 葉山は立ち尽くす。言葉を失くす。

 ねぎ星人はあがく。もがく。生きようと。必死に生き延びようと。

 

 それでも、もう何も変わらない。彼の運命は決まってしまった。

 

 ねぎ星人は最後に、葉山を見つめた。必死に懇願するように。

 

「ポピキュチュチヨニ……」

 

 それは、彼の母星の言語だったのだろうか。

 

 

 その真偽を確かめる間もなく、ねぎ星人の少年は破裂した。

 

 

 その破片は、近くにいた葉山にも飛散する。

 

「うわっ!」

 

 葉山はそれを目をつぶって身を仰け反らしながら受けた。汚いものでも浴びるかのように。

 そんな自分を嫌悪した。

 

 

 

 何も出来なかった。“また”、見ているだけしかできなかった。

 

 

 

「……そうだ。人間じゃなかった!このガンのレントゲンに写ってた骨、人間じゃなかった!!そうだよ!コイツ人間じゃない!!」

「ンなもん、もうどっちでもええやろ」

「釣りと同じだ……そうだ……」

「あ~あ。ノリで変なもん殺しちまったなぁ~」

 

 四人がそれぞれ好き勝手なことを言う。

 葉山の脳はそれをまっすぐに受け止めることが出来なくなっていた。

 

「なぁ……これ本当にテレビなのかよ……」

 

 葉山は思ってもいないことを言う。

 だが、今はもうそうあってくれとさえ思っていた。ここで、テレビ局の人間がドッキリ大成功の立札を持って現れても笑って許すだろう。戸部あたりに明日話せる笑い話になるかもしれない。

 このどうしようもない罪悪感と無力感が、少しは薄れるかもしれない。

 

「なんだコイツ……泣いてやがる……変なの」

 

 チャラ男が言う通り、葉山は泣いていた。

 ねぎ星人の体液でドロドロなっているので少し分かりづらいが、確かに涙を流していた。

 死んでしまったねぎ星人に対しての同情か、それとも自身を襲うどうしようもない後悔故か。

 

「なぁ……テレビっていうなら、触って確かめてみてくれないか」

 

 これはあまり葉山らしくない物言いだ。死体を凌辱するととらえかねない。

 だが、今の葉山隼人はどうしようもなく怒っていた。自身がこれほど苦しんでいるのに、テレビの企画という免罪符――現実逃避で、一種の達成感すら得ているコイツラに、せめて罪悪感を持たせたかった。

 

「……いいけど……」

 

 眼鏡がネギ星人の死体に手を伸ばす。

 持ち上げたのは、作り物というにはあまりにリアル――グロテスクな内臓だった。手触り、質感、そして圧倒的な血の匂い。

 

「ゔっぉおぇぇぇええ!!」

 

 眼鏡は嘔吐する。その物凄い生理的嫌悪感に。

 

「うゔ……うおぇええ!」

 

 葉山も限界だった。襲い続ける嘔吐感に耐えられない。

 その溢れ出す吐瀉物を必死で手で抑えながら、再び涙を流す。

 

「ちくしょう……助けられなかった……死んだ……俺の目の前で…くそっ…かわいそうに…」

 

 葉山はポロポロと涙を流しながら懺悔する。目の前の助けを求めた命を見殺しにしてしまったことに。

 

 

「ふざけんな。偽善者が」

 

 

 チャラ男はそんな葉山を見て、吐き捨てる。

 

「俺は見た。この銃のレントゲンでな……こ、こいつは人間じゃなかった」

 

 俺は悪くない。そう言いたげ――そう必死に思い込もうとしているようだった。

 

「ンなことどうでもいい言うとるやろ」

「なんだ。まだ終わんないのか」

 

 逆にこの2人は罪悪感など、微塵も感じていない。

 この子が宇宙人だろうと、人間の子供だろうとどうでもいいとでも言いたげだ。

 

「あ」

 

 その時、チャラ男が気づいた。

 

 

 少し離れた民家、そのテラスから子供がこちらを見ている。

 

 

「ヤバい、見られた!」

 

 この状況は決してただ事ではない。この距離、この暗さだと、凄惨な殺人現場としか見えないだろう。

 

「おい!警察を呼んでくれ!!」

 

 葉山はその子に叫ぶ。そんな葉山をヤクザの一人が睨みつける。

 

「てめぇ……何言ってんだ……」

 

 しかし、葉山は見向きもしない。

 例え、自身も警察で取り調べを受けることになろうとも、コイツラは何らかの裁きを受けるべきだと思っていた。

 

 だが――

 

 

「ママ~。斉藤さんの家、壁が壊れてる~」

 

 

 

 

「…………はぁ?」

 

 

 

 葉山もチャラ男と同じ気持ちだった。

 

 いや、確かに壁も壊れている。ここにねぎ星人を追いつめるまでに、誰かが銃を乱射したのだろう。そりゃあ、木端微塵に砕けてはいる。

 

 

 だが、違うだろう。

 

 

 そんな些事よりも、もっと目を引く、もっと目を背けられない、惨事があるだろう。目に入るだろう。入れざるを得ないだろう。

 

「あら、ほんと。大変ねぇ」

 

 お母さんらしき人が出てきた。子供ならまだしも、大人なら。

 

「あのーー!!すいませーーん!!!」

 

 葉山は大声で呼びかける。大きく手を振り、注意を引く。

 

「留守なのかしら。何かあったのかしら……」

 

 しかし、お母さんはそのまま子供を連れて家の中に入る。

 

 残された彼らの中には、なんともいえない重苦しい空気が漂っていた。

 

「はは……ははは……」

「何がおかしいんや……」

「いやさ……まるで…俺たちのこと…見えてない…みたいな……」

 

 チャラ男が自棄になったかのように言う。これまでヤクザには下手くそな敬語でへつらっていたにも関わらず、それすらも判別できないようだった。

 

「やっぱさ……俺たち、あの時」

 

 

 

「死んでたんじゃねぇの」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 その時、彼らの背後に一人の男が現れた。

 いや、男というよりは、大人――ねぎ星人の大人バージョン。父親だった。

 

 

 彼は、その右手に持っていたスーパーの袋――その名の通り、ねぎが大量に入った袋――を落とし、彼らをかき分け、自分の息子の亡骸を抱え上げる。

 

「フ・オ・オ・オ!!!!!」

 

 ネギ星人父は、文字通りの血の涙を流す。

 その圧倒的な迫力――殺気は息子の比ではない。

 

 先程まで優越感すら感じながらねぎ星人子を虐殺していた彼らも、恐怖でガタガタと無様に震えあがっていた。

 

 しかし、そんな中、彼だけは動じない。今まで、このような修羅場をいくつも(くぐ)ってきたのだろうか。

 

 ヤクザの一人が、怒りの形相のネギ星人父の胸倉を掴み上げ――彼も地球人と同じような服装を身に付けていた――吠える。

 

「てんめぇ、何ガンくれてんだぁ、コルァ!!!」

 

 それに対し、ねぎ星人父も吠える。

 

「ウォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 それは、どちらかと言うと、威嚇に近かった。

 獰猛な獣の雄叫び。

 

 眼鏡も、チャラ男も、葉山も心の底から恐怖した。

 明確に死を想起させた。

 

 だが、ヤクザは動じない。

 先手必勝とばかりに、ねぎ星人父の顎めがけてヘッドバッドする。

 

 2mはある巨漢のねぎ星人父に向かって放たれた勇猛な一撃は、彼自身の額を割ることしか出来なかった。

 

「コイツっ……コンクリかっ……」

 

 ヤクザ1がふらつく。

 

 その時、ヤクザ2が銃を取り出し、ねぎ星人父に向かって構えた。

 

「いまや!撃てぇ!」

 

 その声に反応し、眼鏡、チャラ男、そしてヤクザ1が銃を構える。

 ……葉山だけは、銃を取り出したものの、この期に及んで、銃口を向けることが出来なかったが。

 

 しかし、その行為も徒労に終わる。

 

 ヤクザ1の頭を、ねぎ星人父が片手で握りつぶさんとばかりに持ち上げたのだ。

 

 軽く180cm以上あり、体格からしてこちらも十分巨漢と呼ばれるにふさわしいヤクザ1。

 そんな男を軽々と持ち上げるねぎ星人父。その持ち上げる左手は、刃のように五指の爪が伸びていた。

 

「待て……撃つな……お前ら撃つな……」

 

 ヤクザ1は周りに言う。

 刺激したら、間違いなく殺される。

 

「悪かった……俺が悪かった!!」

 

 ヤクザ1は謝罪する。命乞いといった方が正確か。

 ここにきて、ようやく悟った。思い知った。

 

 コイツは、自分より強い。自分は、コイツより弱い。

 

 自分は狩られる側で、コイツは狩る側。

 

 自分は、コイツに殺される。

 

「バベギョニチュニダモ!!ヴォ!ゾンダゴゲーニバ!!」

「うあああああ!!!ぐあああああ!!!」

 

 ヤクザ1の顔面から、血が流れ出す。

 脳が圧迫され何らかの機能異常をきたしているのか、それとも純粋に死への恐怖故か、小便も垂れ流してした。

 

 そんな光景を見せつけられ、チャラ男の精神は限界だった。

 自分よりも強いヤクザ1が、手も足も出ずに殺されようとしている。

 

 次は自分の番かもしれない。

 なら。それなら。

 

 今の内に、()るしかない。

 

 チャラ男は手に持つ長銃を振り上げる。

 

「死っねっ!」

 

 ギュイーン

 

 

 その攻撃は、ねぎ星人父が盾にしたヤクザ1に命中した。

 

 

「な……」

「あ……あ……」

「撃ちやがったな、てめぇ……」

「あ……やべ……」

「よくも!よくも撃ちやがったなてめぇ!!」

「す、すいません!すいません!!」

 

 いまさら、言葉による謝罪など、何の意味があるのか。

 

 こうしている今にも、ガンのタイムラグは終わりを告げる。

 

「俺には効かねぇ!俺は、生き残る!!」

 

 根拠のない宣言も空しく。

 

「うぉぉおおおおああああああ!!!!」

 

 ヤクザ1の胴体は破裂し、真っ二つになった。

 

 内臓、肉片、体液。

 そういったヤクザ1の人体を形作っていた――あまりにも生々しい物体が撒き散らされる。

 

 ねぎ星人父は、もはや上半身のみとなったヤクザ1の醜態を見ても一向に怒りを治める気配を見せず、血の涙を流しながら、その人外の強靭な握力を駆使し、ヤクザ1の頭蓋を握り潰した。

 

 グギャッ!

 

 脳が情報として認識するのを本能的に拒否するような残酷な破砕音と共に、下半身に続いて上半身も地面にポトリと落ちる。

 

 もはやねぎ星人父の手の中には、潰れた脳と脊髄の一部しか残っていなかった。

 

 人間として――いや、生物としても、これ以上――いや、これ以下とない無残で醜悪な末期(まつご)

 

「……わぁ……わぁー!!ワァーーー!!!!!ああああぁぁぁぁーー!!!!」

 

 チャラ男が絶叫する。いや、錯乱――狂乱か。

 長銃を問答無用で乱射する。

 

 ヤクザ2もなりふり構っていられず攻撃する。

 下手に刺激するな、なんて悠長に構えていれば安全なラインなど、とっくの昔に越えていた。

 

 眼鏡さんは「アハハハハハハ。知ってるよ。すぐスタッフが出てくるんだろう。放送いつかな?生徒たちに自慢しなきゃ。はははははははははは」と壊れた笑いを発しながら、銃を連射している。

 

 葉山は――何もできない。していない。ただ棒立ちし、銃すら構えず。

 

「あ……あ……」

 

 ガタガタと無様に震え、涙を垂れ流しながら――

 

「グァアアアァァァァァァァ!!!!」

「い、いやだっ!やめろっ!!いやだあああああぁぁぁぁ!!!」

「ハハハハハハハハ!!!イタイ!!すごいリアル!!ははははははははは!!」

 

――彼らが壊され、千切られ、殺されるのを見ていた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 気がつくと、そこは血の海だった。

 

 葉山の体感的には、ほんの数秒。

 

 自分以外は(みな)殺された。虐殺された。惨殺された。

 

 ねぎ星人父の目が、自分に向く。

 

 もはや危機感すら感じない。完全に現実感が麻痺している。

 

 ねぎ星人父は、先程の大量殺人で威力が十分に証明されたその鋭い爪で葉山に襲いかかる。

 

 

 バンッバンッバンッバンッバンッ

 

 

 五発の銃声。それで葉山の意識は再び現実に帰還する。

 

「――はっ!」

 

 五発の銃弾は全弾ねぎ星人父に命中した。

 

 ねぎ星人父が倒れこむ。

 

 撃ったのはヤクザ2。その職業柄持ち歩いていた使い慣れたリボルバー銃で、イタチの最後っ屁を喰らわした。

 ニヤリと笑い、再び血の海の中に倒れ込む。そして、二度と呼吸をすることはなかった。

 

 

 そして、地獄の光景の中に佇むのは、葉山隼人ただ一人。

 

 

 攻撃も、防御も、逃走も、援護も。

 

 何一つ行わなかった。

 涙を流し、体を震わせ、小動物のように目の前の惨劇にただただ怯えていた臆病者のみが、こうして生命活動を続けていた。

 

「……いやだ……もう……いやだ……」

 

 葉山の心にあるのは、ただ一つ。

 

 圧倒的理不尽な現状への不満。

 

 生き残った喜びも、助けてもらった感謝も、何もしなかった罪悪感も、何もできなかった無力感も。

 

 今このときは、微塵も感じていなかった。

 

 あるのは、どうして自分がこんな目にという不満。

 

 

 

 そんな葉山の目の前に、ねぎ星人父が立ち上がった。

 

 

 

「……あ……あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 恐怖がぶり返す。

 

 理不尽は、まだ終わらない。

 

 

「……すまなかった……ほんとうに……あなたの気持ちはわかる……だけど」

 

 一歩ずつ、ゆっくりと近付いてくるねぎ星人父に、葉山は諭すように問いかける。

 

 言葉が通じる相手ではないことは、十分知らしめられているはずなのに。

 

「ズゴヌアバッ!グァヌネリッ!!アゴァオァケリッ!!!」

 

 しかし、そんな薄っぺらい同情で、彼の怒りは収まらない。

 

 子供を殺された――――血の涙を流すほどの激情は、葉山の命乞いが多分に含まれた謝罪などで減るようなものではない。

 

「俺は……殺し合ったりとか……傷つけ合ったりとか……嫌なんだ……そういうのは……」

 

 

 それは、葉山がこれまで繰り返し主張してきたことだ。

 

 争いは嫌だ。犯人捜しはしたくない。話せば分かる。現状維持が一番だ。

 

 葉山はそうやって、自分の周りの世界を守ってきた。波風を立てず、平和に、穏便に。

 

 それに伴う痛みは、自分と真逆の“彼”に全て背負わせて。

 

 それを見て、上から目線で同情してきた。かわいそうだと、哀れんだ。

 

 

「アグッァァッァ!!グゴキャラデシ!!!」

 

 ねぎ星人父の怒りはまったく収まらない。むしろ、悪化すらしている。

 

 葉山隼人では、この状況は変えられない。何もできない。

 

「くそッ!!なんでこんな目に!!俺が……どうして俺が!!死にたくない!!ちくしょう!!死にたくない!!」

 

 葉山は銃を構える。

 

 自分の命が危ない。このままじゃ殺される。だから――

 

 

――“しょうがない”。“これは正当防衛だ”。

 

 

 葉山は瞬時に自身を守る言い訳を構築し、容易く前言を撤回し、“敵を殺す”べく短銃を発砲しようとし、引き金を引いた。

 

 

 しかし、発射されない。

 

 

 葉山は知らなかったが、この銃はただ引き金を引くだけでは発射しない。

 

 ちょっとしたコツが――正確には上下のトリガーを両方とも引く必要があるのだ。

 

 だが、葉山はそんなことは知らない。

 

 “殺す”為に、“自分の身を守る”為に、“撃ち殺すつもり”で引き金を引いたのだ。

 

 自分がさんざんしたくないと言った、殺し合い――いや、自身が殺されるつもりなど毛頭なかったので、単純な殺しを決行しようとしたのだ。

 

 だが、世界はそこまで葉山に都合が良くなかった。

 

 銃は葉山の想定した効果を生まず、結果としてねぎ星人父の怒りを増長させるだけだった。

 

「……えっ?なんでだ!?おかしいだろ!!さっきまであんなに」

 

 葉山はパニックに陥る。

 

 死の危機を本能が全力でアラートするが、葉山は必死にそれを否定する材料を探す。

 

「はは……そっか、時間差だ!確かそんなことを言っていた……だから、大丈夫だ!そうに決まってる!!」

 

 しかし、それは儚い幻想。

 

 先程、他の連中が使用していた時は、発射と共に近未来的な発射音と、青白い光が発せられた。

 だが、自身の射撃は、手応えのないカチンという悲しい音しか鳴らなかった。

 

 だから、自身の攻撃は失敗に終わっていて、いくら待とうとも、ネギ星人父の体は吹き飛ばない。

 

 そのことを、学年2位の成績を誇る優秀な葉山隼人の頭脳は割り出している。

 儚い希望を、残酷に叩き潰している。

 

「くそぉ……ちくしょう……」

 

 葉山隼人は、抵抗を、止めた。

 

 顔を俯かせ、涙を流し、理不尽な現実に呪詛を呟くことしかできない。

 

 

 

 ねぎ星人父は、右腕を大きく振りかぶって。

 

 

 

 突然現れた黒い流星に吹き飛ばされた。

 

 

「え?」

「グォォォオアアァァァァァアア!!!!」

 

 ネギ星人父の巨大な体躯は、その流星と縺れ合うように吹き飛び、数メートル先の地面にお互い叩きつけられた。

 

 そして、その黒い流星とは。

 

 

「ひ……き……が…や?」

 

 

 彼はゆっくりと立ち上がると、街灯の光の元に現れ、その腐った目で葉山を見つめた。

 

 

 

「何やってんだ、葉山?」

 

 

 

 彼は、ただの状況確認として問いかけたのかもしれない。

 

 だが、その言葉は今の葉山には冷たく響いた。

 

 




やはり葉山隼人は救うことはできない。


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これからよろしくね☆ ぼっち(笑)さん♪

 

「比企谷~! 葉山く~ん!」

 

 相模が八幡が来た方向から走ってくる。

 その声に、呆気に取られていた葉山が、目の前の惨状を思い出し、相模に向かって来てはいけないと叫ぼうとする、が、葉山が気を取り直すよりも早く、八幡が瞬時に判断し彼らしからぬ大声を放った。

 

「来るな、相模!!」

「え、何でよ!?」

「いいから来るな!! そこにいろ!!」

 

 相模は八幡の横柄な物言いに不満がありそうだったが、八幡の言う通りに素直に立ち止まった。

 周囲の暗さがして、あの距離ならば、この残酷な光景は見ずにすんだだろう。

 

 本来であれば葉山がすべき仕事は、この悲惨な状況を詳しく知らない、今来たばかりの八幡が代行した。

 葉山は自分よりも遥かに周りのことが見えている八幡の横顔を複雑な思いで眺めていたが、次第に八幡の顔が強張っていくのが分かった。

 

「葉山……本当ならこの惨劇の理由とか、アイツは何なのかとか、聞きたいことは山程ある……だが、そんなもんは全部後回しだ。一刻も早く、相模を連れて出来る限り遠くに逃げろ」

「な……どうして――ッ!?」

 

 ゾッ――と。

 葉山は周囲の温度が一気に下がった気がした。

 

 ゆっくりと、八幡の視線の先に目を向ける。

 目を背けたくはあるけれど、視線が勝手にその存在に引き付けられる。

 

 

 ねぎ星人父が――威風堂々と立ち上がっていた。

 

 

 銃弾を五発喰らっても、流星のごとき体当たりが直撃しても、奴は倒れない。

 

 その存在が放つ殺気は衰えを知らず、鋭い刃物のように――葉山を貫く。

 

 葉山の体がガタガタと震える。

 

 嫌だ。

 嫌だ。嫌だ。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。いy――

 

「何してんだ葉山!! 早く、相模を連れて逃げろ!!」

 

 その声を聞いた瞬間、葉山は一目散に逃げ出した。

 

 背中を押してもらえた気がした。この恐ろしい現場から、今すぐに逃げ出していい理由を貰えた気がした。

 

 逃げる。逃げる。逃げる。

 一刻も早く。全力で。全速力で。震える膝を気力で抑え付けて。

 

 途中、同じようにねぎ星人父を見て、顔面蒼白で佇んでいた相模の腕を取って、足を止めずに葉山は叫んだ。

 

「早く逃げよう!! 早く!!」

「で、でも、比企谷がまだ――」

 

 その時、葉山はようやく、八幡に再び全てを押しつけたことに気付いた。

 

 思わず葉山隼人は振り返る。

 比企谷八幡は、一切こちらを見ていない。

 

 ただ、葉山達とねぎ星人父の間に、自身の体を入れるだけ。

 背負うように。庇うように。

 

「――――………ッッ!」

 

 だが、今回はこれまでのような奉仕部への依頼とは訳が違う。 

 

 死ぬ。殺される。

 このままだと、彼は――比企谷八幡は明確に死を迎える。

 

 しかし、葉山は――足を、止めることが出来ない。

 立ち止まり、引き返すことが――震える足を、止めることが出来ない。

 

「――大丈夫、だ。彼はスーツを着ている。さっきの凄い勢いの体当たりも、あのスーツのお陰だろう。彼は俺達よりも、あの化物に対抗できる。…………大丈夫だ。……死なない。……きっと、死なない」

「………………」

 

 相模は、そんな葉山に、まるで自分に言い聞かせるような葉山の言葉に、何も言わず、何も言えず、ただ顔を俯かせた。

 一度だけ、後ろを振り返り、八幡を心配そうに見つめ――そのまま、前を向いた。そして、葉山と共に走り続けた。

 

 唇を噛み締め、一筋の涙を流しながらも、立ち止まることなく走り続けた。

 

 そんな彼女を見て、葉山も、胸に鋭い痛みを覚え、心にモヤモヤを抱えながらも、走り続けた。

 

――これでよかったのか? 

 

――俺は、またアイツに全て背負わせた。

 

 そんな葛藤を胸中で繰り返してはいたが、現場から遠ざかろうとする葉山の足は、一向に速度を落とさなかった。

 

 葉山隼人は、今回もヒーローにはなれなかった。

 

 比企谷八幡にはなれなかった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「さて……何なんだ、コイツは」

 

 俺は今、化け物と向かい合っている。

 

 目の前に屹立するには、2m近い長身に、緑色の肌、そしてシャキーンって効果音が似合いそうな巨大な爪を持つ――宇宙人。

 

 …………いやいや、おかしいでしょう。何なの? ラノベのクライマックスなの?

 俺は第四真祖でもないし、幻想を殺す右手も持ってないよ? 何処にでもいる平々凡々のぼっち野郎だよ?

 

 ……まぁ、ちょっとばかし不思議なスーツを着てるだけの、な。

 

「……………」

 

 どうやらこのスーツは、只のコスプレ衣装じゃないらしい。

 

 相模を背負った時も重さを感じなかったし、さっきも全力で走ったらとんでもないスピードが出た。

 そして、そのままの勢いで一切の受け身なく地面に激突しても、怪我一つしていない。

 

 ……察するに、このスーツは身体能力とか防御力を上昇させるのか。尋常じゃないレベルで。

 剥き出しの顔面とかにもかすり傷一つないとか、本当どういうテクノロジーなんだ。まぁ今更か。

 

「グォックシャ!! グラダッシャスァ!!」

 

 ……目の前にこんな化け物いるもんなぁ。これガチで宇宙人? あの中坊が言ってたこともあながち間違いじゃなかったってことか?

 

 マップによると、青い点は一つ。

 目の前のコイツのことだろう。一つ消えているということは、相模が見たっていう追いかけられていた子供――あの球体の映像のねぎ星人は死んだのか……間に合わなかったか。

 

 そして、赤い点は四つ。

 ……つまり、俺と葉山、相模、それと――()()()()()中学生。

 

 恐らくこの赤点は中坊だろう。俺が生き残っているのに、アイツが死ぬとは思えない。

 この距離で姿が見えないのは疑問だが、アイツが隠れている理由くらいは想像がつく。

 

 とにかく、今は――ッッ!!?

 

「ッ! くっ!?」

 

 あぶねぇ。なんとか避けられた。何だよ、あの爪! 超怖ぇよ!

 

 くそっ! ……落ち着け。漫画とかでも、ああいう爪武器キャラって大概大したことないだろう。

 精々が序盤の小ボスの取り巻き集団のリーダーだ。具体的なモデルがいるわけじゃないが。イメージ的に。

 

 取り敢えず、距離を取れ。そして落ち着け。落ち着け。バクバクいってる心臓を抑え込め。

 俺は某上条さんのように前兆の予知なんかできない。麦わら帽子の未来の海賊王みたく見聞色の覇気なんかも使えない。

 バトル漫画界を生き残れるような器じゃないんだ。さっき避けれたのは完全な偶然だ。

 

 ……この惨い惨状は、十中八九コイツによるものだ。

 油断したら、間違いなくアイツらの二の舞になる。そこら辺に転がる死体の一つにされる。

 

 身体能力、防御力を上昇させるこのスーツ――これが、どこまで頼りになるのかは分からない。

 あんまり当てにしすぎて、そのまま腕を持っていかれる、なんてことになったらその時点でお仕舞いだ。

 

 ……俺はまだ――

 

「――死ぬわけにはいかないんだよ!!」

 

 俺は意を決して、化物に向かって駆け出す。

 緑色の化物も、迎え撃つように奇声と共に腕を振り上げた。

 

 そして俺は、その脇の下をスライディングの要領で潜り抜ける。

 相手の背後を取り、そのまま全体重を込めて――スーツが何やら発光し、駆動音のようなものが発せられた――がら空きの背中を思いっきり殴りつけた。

 

「グォォォオオオ!!」

 

 確かな手応え。数メートルは吹き飛ばした。

 倒してはいないかもだが――間違いなくダメージは与えた!

 

「…………よし」

 

 俺は生まれてからこの方、ずっとぼっちだった。

 中学や高校は、省り方も陰湿だがその分直接的な被害は少ないし、慣れていれば上手いやり過ごし方も見つけ出す。周りの連中も上手い弾き方を学び出す。

 

 だが、小学校は違う。特に低学年――それも男子の場合は、気に食わない奴はクラスのボス的な奴によって、すぐさまジャイアン的な制裁をされる。つまりは暴力だ。

 そして自慢じゃないが、俺はそんな奴らのターゲットに選ばれ続けてきた、ぼっちの中のぼっち、エリートぼっちだ。

 

 つまりはそんな奴が、そんなぼっちが――喧嘩の経験がないわけがないだろう。

 

 ……まぁ決して強くなかったから(万が一にでも勝ったら、そのままジャイアンポジションをやらされることになって変に悪目立ちすることになるし)すぐに上手くやり過ごす方法(ステルスヒッキー)を編み出すことになったが――このスーツがあるなら話は別だ。

 

 腰に装着しているこの銃は、未だ試し撃ちすらしていない。

 使い方も分からない道具に頼るより、あの程度慣れ親しんだ小学校時代の喧嘩殺法の方がまだ頼りになる。幸い、こんな素人パンチでも通用してるみたいだしな。

 

「グ……オオオォォォォ……」

 

 ……やはり、立ち上がるか。

 だが、ダメージはあるみたいだ。少なくとも、さっきの体当たりよりは効いてるみたいだな。

 

「……………」

 

 この住宅街に転送されてから、ずっと気にはなっていた。

 

 まるで“ゲーム”のようなこの状況。

 もし、これが本当に何かのゲームなのだとして、その“クリア条件”は何なのか?

 

 あの球体曰く――『俺達の命はなくなった』『新しい命をどう使おうが私の自由だ』。

 

 そして――『ねぎ星人をやっつけろ』。

 

 誰も本気にしなかった。当たり前だ。あまりにも荒唐無稽で馬鹿げてる。

 

 だが――。

 

 用意されていた銃等の“武器”。“戦闘用”としか思えない機能を持つ技術レベル測定不可能なスーツ。

 更に、現実に実在した、それらの武器を使わなくては到底勝てない“(ねぎ星人)”。

 

 ここまで来れば、ここまで揃えば、立てたくもない推論も立つ。

 

(――俺達は、この化物(ねぎ星人)を倒さなくては……ゲームクリアにならな(かえれな)い)

 

 そして――あの中坊はこうも言っていた。

 

『このゲームには制限時間があります。一時間です。()()()()()()()()()()()()()()()()ですので、こうしている今も刻々と時間が過ぎてます。急いだ方がいいですよ』

 

 あれが本当なのか。それとも、あの場を手っ取り早く動かすための方便なのかは分からない。

 だが、大抵こういうゲームには制限時間はつきもの。守れなければゲームオーバー。

 

 ……そして、コンティニューできる保障なんかない。

 

「ある程度コイツを弱らせないと……アイツは出てこないだろうしな」

 

 俺がボソリと呟く間に、ねぎ星人が立ち上がった。凄まじい殺気だ。俺を自身を脅かしかねない敵と認識したか。

 宇宙人にまで嫌われるとは、ここまで行くとそういう運命(さだめ)とすら思えてくる。まぁ、いきなり後ろから本気グーパンチしてくる奴なんて、俺も大嫌いになるが。

 

「……だから俺はバトル漫画で生き残れるような器じゃないっつってんだろ」

 

 それでも――生き残る為なら、あの場所に帰れる可能性があるならば。

 

 慣れないこともしよう。似合わない役だって買って出よう。

 

 ルフィにでも悟空にでもナルトにでもトリコにでも一護にでも。

 

 

 主人公(ヒーロー)にだろうと、なってやる。

 

 

 向いてないことなど、柄じゃないことなど、百も承知だ。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 そしてその先の展開は、バトル漫画よろしくカッコいい爽やかな戦い――――とはならなかった。

 

 再び、俺の拳がねぎ星人の腹部に突き刺さる。

 

 最初の一撃のような、背後からの攻撃ではない。

 真正面に向かいあって、相手の懐に潜りこんでの一撃。

 

 俺は生まれてこの方、武術を習うどころか運動部にすら入ったことのない生粋のインドアぼっちだ。

 格闘術なんて欠片も知らないし、生まれ持った特別な戦闘センスもない。

 何度も言うようだが、バトル漫画の世界に放り込まれたら、即座に前線から撤退し――大会とかで「アイツ……また一段と強くなってやがるっ……」とか分かった風なことを言うことに全力を注ぐようなモブキャラ野郎だ。

 

 そんな俺でさえ、真正面からぶん殴れるくらい、ねぎ星人はもうボロボロだった。

 肩で息をし、片膝を着いて、自慢の爪も半分以上も圧し折られている。

 

 この真っ黒スーツは――それほどまでに圧倒的だった。

 余りにも一方的なワンサイドゲーム、これを自分の隠された力の結果だと自惚れることなど出来やしない。全てこのスーツの力だ。

 俺は腰の銃がどれくらいの破壊力だかは知らない――だが、それこそバトル漫画の主人公クラスの戦闘センスを持つ奴がこれを着たら、と思うと、それだけでぞっとする。

 

 このスーツは一つの凶器――このスーツだけでも、一つの兵器だ。

 

「ネギ……アゲマス……ユルシテ……クダサイ……」

 

 始めはとても理解できない奇声ばかりを発していたコイツだが、いつしか地球語――それも日本語で、片言だが、必死に命乞いをするようになった。

 

「………………」

 

 確かにコイツは、何人もの人間を殺したんだろう。

 だが、これも恐らくだが、あの子供のねぎ星人――もしかしたらコイツの子供だったのかもな――は、あの大人共が殺したんだろうな。

 きっと、悪気もなく――けれど、純粋な悪意によって。そんなきらきらの笑顔で、奴らはあの子供を追い掛けていた。

 

 だとすれば、俺はコイツが100%悪いとは思わない。むしろコイツの肩を持ちたいくらいだ。

 

 それでも、コイツを倒さなくては、俺達は帰れない。

 この『ゲーム』を、クリアすることが出来ない。

 

 やっつける。

 

 アイツが――あの球男が、この曖昧な言葉を“()()()()()()()”を指して言っていたのかは分からない。

 だが、少なくとも、ボロボロ、ボコボコという状態がピッタリな今のコイツですらダメとなると……。

 

 俺はゆっくりと再びねぎ星人のどてっ腹に突き刺さった拳を抜く。

 すると、ねぎ星人は何の抵抗もできずに、地面にうつ伏せに倒れ込む。

 

 もう立ち上がることも出来ないようだ。

 それでも、何も起こらない――ゲームクリアにならない。

 

 

「――――おい。中坊。いるんだろう? もうそろそろ、出て来い」

 

 

 すると、案の定――中坊は直ぐに姿を現した。

 バチバチバチと電磁的な効果音と共に、虚空から出現した。

 

「……便利な力だな。それも、このスーツの力か」

「まぁね。使いこなすにはコツがいるけど……まぁ、アンタならすぐに出来るようになるさ」

 

 そう言って、中坊はニヤリと笑った。本当に見るものを不愉快にさせる笑い方をする。

 中坊は倒れているねぎ星人を一瞥すると、何やらニヤニヤと呟き始めた。

 

「にしても、本当に凄いね。最近は生き残る人すら稀だったのに、何の情報も無しにそのスーツの重要性に気付いて、あまつさえターゲットを倒すなんて。しかもアンタ、僕が隠れてたことも、その理由にも気付いてたでしょ」

「……お前に聞きたいことは山程ある――が、それよりもだ。まずはさっさとこのゲームを終わらせてくれ。おいしいところはくれてやる。()()()()()()()()()()()()?」

「――くっ。くっくっくっ……やっぱりアンタ面白いや。……うん。決めた。まぁいっか。コイツ点数低そうだし、それより――」

 

 こっちの方が、面白そうだ♪ ――そう言って、中坊は俺に丸い短銃を差し出してきた。

 

「……なんだ、これは」

「今回は、アンタに点数を譲ろう。コイツ――」

 

 

――殺していいよ♪

 

 

 中坊は、心から楽しそうに、見るものを不快にさせる笑顔で言った。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「………………」

 

 殺す。

 

 中坊はそう笑顔で言った。

 

 予想していなかったわけではない。むしろ、その可能性は高いと思っていた。

 

 これだけの武器、装備。捕獲ゲームにしては明らかに過剰だ。

 現に、目の前のねぎ星人は明らかに瀕死状態――それでも、マップの青点の反応は一切消えず、ゲームも終わらない。

 

 あの球男は、この状態ではまだ『やっつけた』とは認めていないのだ。

 さっきの中坊に言ったおいしいところ譲る云々も――実際の所はただ自分に覚悟がないだけだ。

 

 この人間のように二本足で歩き、衣服を着用し、不器用ながらも言葉を操る。

 

 そんな、人間のような生物を――――殺す覚悟が。

 

 彼らを殺して、自分が生き残る。

 そんな野生の食物連鎖を、実行する覚悟が。

 

「どうしたの? やらないの? それとも、()()()()()?」

 

 中坊は笑う。ニタニタと笑う。

 

 コイツは今、試している。

 俺が、()()()人間か、どうか。

 

 これまでのコイツの言葉の端々から、なんとなく伝わってくる。

 コイツはこんなことを何度か繰り返していたのだろう。

 

 そして、コイツは分かっている。ここで殺せないような人間は、この先は生きていけないと。

 

 暗に告げている。試している。()()()かどうか。

 

 見定めている。見極めている。

 

 なんて捻じ曲がった性格と根性だ。間違いなくぼっちだな、コイツ。そういう意味では、俺はお前側の人間だが。

 

「グ……ァァァアア」

 

 っ! まずい、徐々にねぎ星人が回復してきてる!

 

「動くな」

「――! グァァァァア!!」

 

 中坊は右手で俺に銃を差し出した体勢のまま、左手で別の銃を発射した。

 差し出されている丸い短銃とはまた別の、細い三本の射出口がある短銃。

 

 その短銃からは捕獲ネットのような不思議な光線が発射され、ねぎ星人をグルグル巻きにし、完全に動きを封じた。

 

「捕獲用の銃……」

「まぁそうだね。正確には『送る』用の銃」

「送る?」

「そう。こうやって」

 

 ギュオン、と中坊は左手の銃をもう一発ねぎ星人に向かって放った。

 

 すると、真っ暗な天から新たなビームが照射され、徐々にねぎ星人姿を消していく。

 

 あの部屋から、俺達がこのエリアに転送された時のように。

 

「……これ、転送か? ……一体、何処に?」

「さぁ? どうでもいいよ。大事なのは、これでも点数は貰えるってこと。手間かかるし、こっちでぶっ殺した方が確実だから、僕はあんまりやらないけど」

 

 中坊は右手の銃を軽く振りながら、そう軽い調子で言った。

 

「あ。っていうか送っちゃったよ! アンタの仕事奪っちゃったなぁ! ごめんね☆」

 

 コイツ謝る気ゼロだわ。殺意しか湧かねぇよ。お前のテヘペロなんか。

 

「ま、いっか。アンタと会えたし、今回は久々に楽しかったよ。点数はしょぼいだろうけど、次回取り戻せばいいしね」

「……突っ込み所は色々あるが、これでこのゲームは終わりなのか? 俺達は――帰れるのか?」

「うん、帰れるよ。この後、またあの部屋に戻って、採点されて、家に転送されてって感じ」

「っ! 家に帰れるのか!? 葉山と相模も!?」

「その二人が誰だか分かんないけど、生き残っていれば――っと、言ってる傍から」

 

 中坊が転送され始める。

 

 今夜だけで見慣れてきた、人体が段々と消失していく現象。

 この光景に慣れてきた自分に引くが、それも少なくともこれで終わりだ。

 

 奴は、これが終わったら家に転送されると言っていた。

 少なくとも連戦仕様の鬼畜ゲーではないらしい。

 ねぎ星人はこっちにいたし、他の青点はなかったから、恐らくは葉山と相模が死んでいることはないだろう。

 

 一先ず、一段落だ。

 

 だが、アイツは生き残っている人間は、と言った。

 …………葉山と相模以外の、他のメンバーは……。

 

「あ、そうそう。一つ言っておくよ」

 

 中坊は顔の半分が消えているシュール(というよりホラー)な風体で言った。

 

「――最後躊躇ったよね。あれじゃあ、この先は生きていけないよ」

 

 ホラーなカットの中坊は、けれど、そのまま半分の顔で笑い、告げる。

 

「まぁ、そこまで心配していない。アンタは、いざというときは、迷わず殺れる人だ。一番正しく、一番効率的な判断を下せる人だ」

 

 その為なら、()()()()()()()()を許容できる人だ――と、楽しそうに、ニヤニヤと、人を不愉快にさせる笑顔で。

 

 俺は――笑っている、自信はなかった。

 

「これからよろしくね☆ ぼっち(笑)さん♪」

 

 そう言い残して、そう言い捨てて、中坊は完全に転送された。

 

「……アイツ、俺のケース見てたのかよ」

 

 初対面から目をつけていたのは、お互い様ってことか。

 類は友を呼ぶってやつかね。あんな奴とは絶対に友達になりたくないが。

 

 それにしても。

 

「……どいつもこいつも。人のことを知った風な口聞いてんじゃねぇよ」

 

 それでも、やはり同類か。

 

 

 葉山よりは、的を射ているかもな。

 




ついに比企谷八幡はねぎ星人と対峙する。


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それぢは ちいてんを はじぬる

 

 俺が『あの部屋』への帰還を果たした時、既に残りのメンバーは顔を揃えていた。

 

 葉山隼人。

 

 相模南。

 

 そして、あの中坊。

 

 俺を含めて……四人。始めこの部屋にいたのは九人だったから、結果的に半分以下になっちまったわけか……。でも――

 

「へぇ~。残ったね。僕以外に生き残りがいることすら稀なのに、こんなに生き残ったのなんか本当いつ以来かなぁ~」

 

 中坊はニコニコと笑っている

 顔立ちは整っていて、中学生という年齢も相まって、普通ならかわいいとでも言われる筈の笑顔だが――コイツの笑いは人を不快にしかさせない。

 

「なに、コイツ……キャラ変わってない?」

 

 相模は嫌悪半分恐怖半分といった表情を浮かべる。要するに引いている。

 

「比企谷……」

 

 葉山は痛ましげな目でこっちを見る。

 何か言いたげだったが、別にこっちは葉山と話すことなんかない。

 ……後ろで相模も気遣わしげな表情をしていた気がするが、気のせいだろう。

 

 それよりも、俺には中坊と話さなければならないことが山ほどある。

 

「おい、それよりも採点とやらはいつ始まるんだ?」

 

 俺は葉山が何かを言いかけるのを遮るように中坊に話かける。

 

「採点……?」

「なにそれ? ああもう、どういうこと!? アンタ、いい加減説明してよ!」

 

 俺の疑問に葉山と相模が乗っかる。相模の口ぶりからして、俺が来るまでにどうやら中坊に色々と疑問をぶつけていたらしい。

 

 中坊は、そんな俺達を愉快そうに見ながら口を歪ませて言った。

 

「まぁ、そう焦るなよ。すぐに『ガンツ』が採点を始めるさ」

 

 ガンツ?

 また新しいキーワードが出てきた……本当に勘弁してくれよ。

 

 俺がうんざりしていると、黒い球体に表示されていたタイマーがゼロになる。

 もしかしたら、これが噂の制限時間ってやつか? ……なら、本当にぎりぎりだったってわけだ。

 

 チーンとレンジのような音が鳴り、タイマー表示が吸い込まれるようにして消えた後、球体表面に新たな文字が浮かび上がる。

 

【それぢは ちいてんを はじぬる】

 

「採点……どういうことだ? いったい何が始まるんだ?」

「いいから黙って見てなよイケメンさん。どうせアンタは0点なんだからさ」

 

 ゲームクリアの後の、採点タイム。

 ……とことん、あの殺し合いをゲームにしたいのか。

 

 

『うちぃ~』0点

 

 ビッチ過ぎ

 男の後ろに隠れ過ぎ

 

 

「…………え!? これ、うちのこと!?」

「0点か……」

 

 相模は確か戦闘にはまったくといっていいほど参加していない。

 ただ生き残るだけでは、0点ってことか。

 

 ……どうすれば、この点数とやらは手に入るのか。

 そして、この点数を溜めるといったい何があるのか……。

 

 このゲームは、一体、何を目指して開かれているゲームなのか――分からないことだらけ、知らなくてはいけないことだらけだ。

 

 

『イケメン☆』0点

 

 ビビリ過ぎ

 口だけ過ぎ

 嫉妬し過ぎ

 

 

「……くっ!」

「葉山くん……」

 

 葉山も0点か。戦っても、倒さなきゃ点数にはならない、ってことか。

 ということは、あの子供のねぎ星人を倒したのは葉山じゃない――そりゃそうか。葉山にそんなことは出来ないだろう。

 

 ……にしても、このコメント。

 コイツ、俺達のメンタル面すら把握してるのか。葉山が嫉妬って……俺には、想像できないな。興味もない。

 

 

『ぼっち(笑)』0点

 

 ぼっちの割に人助け過ぎ

 頼りになり過ぎ

 色々と鋭過ぎ

 

 

「ははは! アンタ絶賛じゃん!! よかったねぇ~ははは!!」

「…………っつても、0点だろうが……」

 

 何、この中坊。俺のこと好きすぎでしょう? 俺は絶賛同族嫌悪発動中だってのに。

 ……確かにコメントの内容は悪くない。ってか適当だ。ゲームにありがちな次回へのアドバイスってわけじゃなさそうだし。

 不親切な所はとことん不親切だな、コレ。あのでっかいねぎ星人のことも教えてくんなかったし。

 

 

 …………次回、か。

 

 

『厨房』3点

 

 Total 90点

 あと10点でおわり

 

 

「ッ!!」

「90点って……アンタどんだけこんなことやってんのよ……」

 

 いや、そこじゃない! 確かにそこも重要だが、もっと大事なことがある!

 

「おい、中坊!! あと10点で“おわり”ってどういうことだ! 100点集まれば、一体どうなるんだ!!」

 

 俺は中坊に詰め寄る。俺の剣幕に葉山も相模も引いてるが、そんなことは知ったこっちゃない。

 

「答えろ!!」

「ふふふ。知りたい?」

 

 今ばかりはコイツのニヤニヤ笑いが腹が立つ。

 胸倉を掴み上げたい衝動に駆られるが、今は我慢だ。

 コイツの機嫌を損ねたら、肝心なことが聞けなくなる。

 

「100点メニューを選ぶことができる。あとは、ガンツに聞いてくれ」

 

 コイツッ……。

 

「落ち着け、比企谷! 今、コイツを殴っても何の解決にもならない!」

 

 葉山が俺と中坊の間に割り込む。

 クソッ、コイツ分かってるのか!? 今、俺達がどれだけ()()()()()にいるのかを!?

 

「それから……君? 君は俺達より、随分この状況に詳しそうだ。……教えてくれないか? ここは何なのか? そして、俺達はどうなってしまったのか?」

 

 葉山が中坊に話しかける。まだ、俺は聞きたいことが山ほどあったが、相模が俺の腕をとって「落ち着きなよ」と窘めたので、しぶしぶ引き下がる。

 

 だが、アイツは葉山を舐めきっている。

 あの初めてのやり取りの時に葉山は完全にやり込められていて、中坊は葉山を下に見てるし、その後も何かあったのだろう。

 

 このクソ中坊――こういうタイプは、自分より下と見る人間には恐ろしく強気に出る。もしくは、相手にされない。

 

「え~どうしよっかな~? 知りたい? 知りたいよね? どうしようっかな~。教えちゃおうっかな~。それともやめよっかな~」

 

 案の定、中坊はニタニタと笑いながら、覗き込むように葉山を見上げる。

 葉山はそんな中坊に、怒るどころか、まるで恐れるように一歩下がり、反射的に距離を取る。

 

 本当に……一挙手一投足が気持ち悪い奴だ。この部屋もそうだが、俺にはこの中学生も心底恐ろしい。

 

「――ま、いっか。時間は限られてるし、その間なら何でも答えちゃうよ! 今日は面白かったから、機嫌がいいんだ♪」

 

 ……だが、取りあえずこの調子なら、こっちの疑問には答えてくれそうだな。

 自分だけ知っていて、他の誰も知らない。

 そういう自分が完全に強者のこの状況が、コイツには堪らないんだろう。らしい歪みっぷりだ。

 

「おもしろ……っ! アンタねぇ!」

「!」

 

 相模が食ってかかろうとしたのを手で抑える。

 

「なに「ここはアイツから一つでも情報を聞き出した方がいい」………くっ」

 

 俺の囁きに、相模がしぶしぶ引き下がる。ったく、俺に落ち着けと言ったのはお前だろうに。

 ここでコイツの機嫌を損ねたら、まさしく命を落とすかもしれない。

 

 ……今日のような命がけのゲームは、これから幾度となくあるだろうからな。

 

「………………」

 

 それに、アイツは言っていた。この後は各自、自分の家に転送される、と。時間が限られているとは、そういうことだろう。

 本当は俺が自ら質問者をやりたいが、状況的にその役目は葉山だ。

 

 葉山がこちらを向いて、頷く。……任せてくれってか。

 しょうがない。ここは聞き手として、少しでも状況を探り、少しでも多くの情報を得る。

 

 ……そして、俺の転送が、()()()の後であることを祈るのみ。

 

「ありがとう……。それで、まず最初の質問なんだが…………君は今日のようなことを何回も繰り返しているのか?」

 

 ……葉山。質問が軽すぎだ。最初は軽くって言っても、時間が限られているんだ。もっと切り込め。

 

「うん、そうだね。最初にここに来たのは、一年くらい前かな?っていっても僕も初期メンバーじゃない。僕が来るずっと前から、この部屋ではこんなことが繰り返されていたらしいよ。死んだ人間が集めらて、その死人もま死んだら――更に()()()死人を補充する。その繰り返し。今日なんて実はかなり優しかったんだ。なんせターゲットは二体だけ、その上ボスが3点だ。チュートリアルかって」

 

 ……あれで、優しかったのか。半分以上が死んだ、今回のゲームが。

 

 適当に死人を蘇生させ、また殺して、また適当に生き返らせる。

 

 まるで神だな。

 人間の命なんて、いかにもなんとも思ってなさそうなところが特にそれっぽい。

 

「……やっぱり、俺達は死んだのか」

「ん? どういうこと?」

「……さっきのゲーム中、俺達の姿は一般の人には見えていないようだった。お前もさっき、死んだ人間が集められるって、はっきり言った。……なぁ。俺達は、()()()()()なのか?」

 

 一般人には見えていない。そのことは、俺も初耳だった。

 ……まぁ、考えてみれば納得か。あれだけの惨状――にも関わらず、誰も警察を呼ぶ気配すらなかったのは、一般人には感知できなかったからか。……もう何があっても驚かないな。余りにも色々とSF過ぎる。

 

 そして―――俺達は、本当に俺達なのか、か。

 葉山の言うことは、感覚的過ぎるが、何となく分かる。

 

 俺達――――少なくとも俺には、死にかけた、というより死んだ記憶がある。

 

 命が消えていく実感が、流れていた走馬燈が、はっきりと思い出せる。

 

 はっきりと残る、己の死の感触。

 にも関わらず、俺は生きている。

 

 俺は――本当に、俺なのか?

 

「死にかけるような重傷を負って、死ぬ間際に助けられた者がここにやってくる。僕は、そう考えていたよ」

 

 ……考えて“いた”、か。

 

「今回はそんな奴らはいなかったけど、ミッション中どんな大怪我をしても、生きてさえいれば、ここに無傷の状態で戻ってこれるんだ。その技術を応用して、そんな風に死者を蒐集しているんだと思ってた」

「っ! じゃあ、うちら実はみんな生きてるの!?」

「“いた”、って言ってるだろ。国語力ゼロかよビッチ」

「はぁ!? ビッチいうなし!! 年下のくせに!!」

 

 なんか由比ヶ浜っぽかったな今の。……ってか急な毒舌だな。キャラ作りも適当なのか、この中坊は。

 いや、そんなことより今は、こんなコメディパートを差し込んでいる場面じゃない。話を逸らさせるな。

 

 俺は相模を遮るようにして中坊に問う。

 

「っていうことは、違ったのか?」

 

 中坊は、割り込んできた俺に向かって楽し気に答えた。

 

「……僕の考えでは、オリジナル――つまり、()()は死んでる」

 

 今の僕達は、ガンツによってつくられたコピー。ファックスと同じなんだよ――そう、中坊は言った。

 

「っ!!」

「ッ!? 嘘……」

 

 葉山が瞠目し、相模が蒼白する。

 

 俺は、震える手で誤魔化すように拳を握りながら、喉から言葉を搾り出した。

 

「……どういう、ことだ?」

 

 中坊はニヤリと笑う。不快に笑う。

 

 まるでこの部屋の一部であるかのように、笑う。

 

「――こんなことがあった。ずいぶん前の話だ。一人のおっさんがここに集められた」

 

 その男の死因は飛び降り自殺だったという。

 理由は会社をクビになり、借金で身動きが取れなくなったことを苦にしての突発的な衝動だったと。フィクションにすらありがちな分かり易い自殺例だ。

 

 その時のミッションは今回のねぎ星人と同等の難易度で、中坊と、その自殺したオッサンが生き残ったらしい(そのオッサンは終始逃げ惑っていただけらしいが)。

 

 今のように採点を終えて、おっさんと中坊は日常に帰った。

 そして、何の因果か日常世界で中坊と邂逅したそのおっさんは――今にも死にそうな真っ青な表情で、中坊に詰め寄って、言ったそうだ。

 

――『家に帰ったが誰もいなかった! ……家族が、“俺”の見舞いに病院に行っていたんだ!』

 

 ……怖いな。

 今まで聞いたどんな怪談よりも、よほどゾッとする話だ

 

 相模は、真っ青だった顔から更に血の気を失せさせながら、呆然と呟く。

 

「それっ、て……」

「簡単な話だよ。何の意外なオチも、叙述トリックもない、そのまんまの話。そいつは()()()()()()()ことだ。そいつの本体は、オリジナルは生きていた」

 

 だけど、その男は死人としてこの部屋に集められた。

 生き残って、日常へと帰ったら――そこには、死んでいなかった自分がいた。

 

「――結果、そいつは世界に『二人』存在してしまうことになった。まぁ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よね。そいつは、次のミッションの時には呼ばれなかったよ。何でも、改めて自殺し直したらしい。二度手間だよね」

 

 でも、これで分かったでしょ? ――と、中坊は笑う。

 恐ろしく、黒く笑う。

 

「僕達はガンツの遊びに付き合わされるために作られた模造品(おもちゃ)なんだ」

 

 ただのコピーなんだよ――その軽い言葉は、この無機質な部屋に嘘のように響いた。

 

 その静寂を、少女の悲鳴が掻き乱す。

 

「……ぁぁぁぁああぁぁぁああああああああああああ!!!」

「っ! 相模!?」

「さ、相模さん!! 落ち着いて!!」

 

 葉山の声すら届かないとばかりに、相模は狂ったように泣き叫ぶ。

 

 自分は偽物。本体は死んでる。

 そんなことを、ただの女子高生が――常人が、容易く受け入れられる筈がない。

 

 受け入れられる奴が異常なんだ。目の前の中学生が――異常なんだ。

 

 異常な少年は、何処にでも居そうなただの中坊は、そんな俺達を見てクスクス笑っている。

 この残酷過ぎる現実を受け入れる為には、この部屋に適応する為には、コイツのように、ある種壊れなければいけないのだろう。

 

「安心しなよ。ミッション中以外なら、ちゃんと他の人間にも見えるし、声も届く。今まで通りに過ごせるよ。それに、こんな面白事件は滅多にないんだ。大概は本体はきちんと死んでるし、その上で人知れず処理されてるから、何食わぬ顔で戻れるよ。本物面して帰れるよ。ていうか、普通にラッキーだと思いなよ。君達は事故死――――望んで死んだわけじゃないんだろ? 普通はできないコンティニューができて、そうして立って息をしていられるんだぜ? +《プラス》に考えなよ。不幸ぶるなよ。ネガティブに生きたってつまんないだろ」

 

 中坊は笑う。ニコニコと笑う。

 コイツは始めっからこうだったのだろうか。それとも、この理不尽なデスゲームを生き抜いている内に、こうなってしまったのだろうか。

 

 どっちにしろ、コイツはヤバい。この中学生は――ヤバい。

 俺は、自分の訳分からない今の状況より、分かり易く怖いコイツの方が恐ろしい。

 

「お。残念。時間切れだね~」

 

 中坊が転送されていく。

 ミッションに送られた時と同じように、まるで世界から消失するように。

 

 ……これで、終わりなのだろうか。

 

 それとも――何かが、始まったのか。

 

「あ、それからここのことは他の人間に話さない方がいいよ。頭が吹き飛ぶから」

 

 ビクッと相模が震える。

 ……エリア外に出た、あのおっさんのようにか。

 

「じゃあね~♪ 大丈夫、またきっと会えるさ♪」

 

 そんな死亡フラグと共に、中坊は完全に転送された。

 笑えない状況で、笑えないことを平気でする奴だ。

 

 中坊は、俺達に不安と恐怖と絶望だけを与えるだけ与えて去っていった。

 

 異様なこの部屋で分かり易く異質だった存在が消えたことで、残された俺達に僅かながらのほっとした空気が流れるが―――今ばかりは、それに流されるわけにはいかない。

 一人転送されたってことは、俺達もすぐに転送されるだろうが――俺には、まだやらなくちゃいけないことがある。

 

 確かめずにはいられない――重要事がある。

 

 俺はすぐさま黒い球体――ガンツの前に移動した。

 

「比企谷……?」

「ガンツ。100点メニューとやらを見せてくれ」

 

 葉山も相模も、俺の行動の意図が読めないらしい。

 

 だが、これは今後を左右する、大事なことだ。

 

 ガンツが、その表面に100点メニューを表示する。

 

 

【100てんめにゅー】

 

【・きおくをきされてかいほうされる】

【・つよいぶきとこうかんする】

【・めもりーからひとりいきかえらせる】

 

 

「……やっぱり、か」

「これは……」

「かいほうって……」

 

 二人とも、驚きを隠せない。

 だが、俺はそんな二人のリアクションよりも、推測が当たっていたことに対する安堵と昂揚に身を震わせていた。

 

 思った通りだ――これなら、まだ、俺は。

 

「比企谷! これは……?」

「……アイツの話を聞いていて思った。まるでゲームみたいだって。それなら、これだけ危険なゲームで100点を集めるなら、それ相応の“ボーナス”があると思ったんだ」

「ボーナス?」

「このかいほうは……たぶん、解放――このデスゲームから抜け出せるってことだと思う。記憶を消して、情報漏洩を防ぐって策も講じるなら、きっと今まで通りの平穏な日常に戻れるんだ。……こんな残酷な記憶、なくなった方がいいしな。」

「っ!! そ、それじゃあ、本当の意味で助かる日が来るの!?」

「――ああ。きっとな」

 

 相模はパァと顔を輝かした。しかし、すぐに表情を曇らせ、俯く。

 

「どうした?」

「……でも、その為には100点を稼がなくちゃダメなんだよね。あんな化物だって、3点しか…………100点なんか、とても」

 

 相模の声がどんどん暗くなる。

 心なしか、葉山の顔色も悪くなっている。

 

 …………………。

 

「ガンツ。メモリーとやらを見せてくれ」

 

 俺の言葉に、俯いていた二人が顔を上げた。

 

 100点メニューが吸い込まれたガンツの表面に、今度は次々に幾つもの顔写真が表示され始める。

 

 その最下列の右下には――今回のミッションで死んだ、あの大人達の写真があった。

 

「こ、これって――」

「……恐らく、これまでのガンツゲームで亡くなった人達だろうな」

「……こんなに、たくさん……ッ」

 

 相模がまた怯え出す。

 葉山の表情も、尚も暗い。

 

 …………逆効果だった、か?

 だが、俺の考えが正しければ、これはきっと希望になる。

 俺の推論でしかないが、これは公算の高い推測のはずだ。

 

「100点メニューの三番。覚えているか?」

「え?」

「…………!」

 

 俺は、黒い球体から――葉山と相模の方に向きなおして言う。

 

「メモリーから、一人生き返らせるってあったろ」

 

 葉山も、相模も――息を吞み、瞠目する。

 

「……あ」

「比企谷……お前」

「あれだけ恐ろしいゲームだ。100%毎回生きて帰れるなんて、口が裂けてもいえない。お前を絶対死なせないなんて言えねぇよ。俺はそんな、ヒーローなんてガラじゃないしな」

 

 言葉を続けるにつれ、俺はそっぽを向きながら声のボリュームを分かり易く落としていった。

 ……なんだこれ。なんだこれ。俺っては何キャラじゃないこと言ってるの? デスゲーム帰りでハイになっちゃったの?

 

 しかし、そっぽを向きかけた所で、きょとん顔の相模と目が合い――俺は、きっと今夜は枕に顔を埋めながら発狂することになるだろうことを覚悟して、きっともう二度ということはないであろうキャラ違いの台詞を、ぼそぼそと気持ち悪く言った。

 

「……だが、もし万が一、お前が死んだら。……絶対に……生き返らせてやるよ。………俺か…………………葉山が」

 

 …………ああ。なんかもう、逆に俺が死にたい。

 むず痒い。何よりも恥ずい。こんなの似合わないってかキモ。キモ谷くんか俺は。

 

 案の定、相模はぼかんと呆気に取られたような表情をしていたが――ぷっと笑って、俺の背中をバシバシとデリカシーゼロな笑い声と共に叩いた。

 

「ぎゃはは! 何それ!! だから、カッコつけるなら最後までカッコつけなって! 最後ので台無しじゃん!」

「ううううっせ! 俺だけだったらどうせお前信じねぇだろうが」

「当たり前じゃん。っていうか、どうせなら死なないように守ってよ」

「残念だったな。こちとら自分の身を守るので精一杯だ」

「うわっ。さいてー。葉山く~ん。比企谷は頼りになんないから~。うちのこと守ってね♡」

 

 相模が取り戻したぶりっ子仮面の笑顔で葉山の方へと向き直る。

 

 だが、葉山は――遠い何処かを見るような顔で、呆然としていた。

 

「…………………」

 

 …………? 葉山?

 

「葉山くん?」

「ッ! あ、ああ。もちろんだ。それにあんな憎まれ口を叩いてるが、いざという時はヒキタニくんも相模さんを守ってくれるさ」

「え~。信用できな~い」

「オイコラ」

 

 姦しさを取り戻した相模が俺に失礼を働いた所で、相模の頭頂部に電子線が照射された。

 

「あ、うわっ、きた。……ね、ねぇ。これ大丈夫なんだよね。ちゃんとうちの(ウチ)に繋がってるんだよね!?」

 

 うちのウチってわかりづらっ。

 

「大丈夫だよ。また明日、学校で会おう」

 

 葉山はそう言って、相模を見送る。

 

 ……正直、現実がどうなっているのか、本当の所は、まだ分からない。

 もしかしたら俺達は本当に死んだことになっているかもだし、再び全く知らない場所に飛ばされている可能性もある。

 

 だが、ミッション中一般人からは見えなくしたり、解放する時も記憶消去したりと――この部屋は、あの球体は、情報漏洩には比較的しっかりしているように思える。

 

 たぶん、何事もなく学校に行けるくらいには、身辺は整理されているだろう。

 それもまた、ゾッとしない話だが。

 

「わ、分かった。じゃあ、また明日学校でね。葉山くん。………………あ、ヒキタニも」

「ねぇ、今完璧に忘れてたよね。俺の事、完全についでだったよね」

 

 相模はクスッと笑いながら――柔らかい笑みと共に、完全に転送されていった。

 

「……さて。後は、俺達だな」

「…………なぁ、葉山おま「ヒキタニ君。今日は本当にありがとう。君がいなかったら、俺達は本当の意味で死んでいたのかもしれない」……もう、死んでんのか、生きてんのか、よく分からんけどな」

 

 葉山は、ははと爽やかに笑う。

 だが、その爽やかイケメンスマイルに――陰りがあるような気がするのは、気のせいか?

 

 あの時、俺が来るまでの間に何があった?

 

 そう聞いてみたい衝動が一瞬湧いたが、すぐにどうせ聞いても答えないだろうと思い直す。

 

 何故なら、きっと逆の立場だったら――俺ならコイツだけには、絶対に答えないだろうと思ったからだ。

 

 それに――そんな個人的な感情よりも、今は優先しなくちゃいけないことがある。

 

「葉山。明日、話せないか? 今日の事で、ちゃんと情報を交換しあった方がいい。次のミッションってやつが、一体いつくるのか、その辺の情報は手に入らなかったからな。出来る限り早い方がいい」

「…………………………」

「葉山? どうした?」

「……いや、分かった。確かに必要だな。昼休みでいいか? 相模さんには俺から伝えておく」

「そうしてもらえると助かるが……三浦達には怪しまれないようにしろよ」

「ああ。分かってる」

 

 そして、葉山の転送が始まる。

 相模と違い終始落ち着いていたが、その表情は家に帰れると晴れやかだった相模と違い、暗く陰りがある。

 

 葉山は、顔が消える瞬間、俺の方を見た。

 その目は、いつもの同情の視線ではなく、だが葉山から初めて向けられる類ではない感情が篭った視線だった。

 

「君は……本当に強いな」

 

 何かを呟いたかのように見えた。

 だが、それはあまりにも小さい呟きで、転送時の電子音に紛れて聞こえなかった。

 

 俺は何も聞き返さなかった。

 

 そして、葉山は完全に転送され――黒い球体の部屋には、俺一人が残された。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 ……コイツ、ガンツだっけ、本気で俺のこと嫌いなんじゃねぇの。

 むしろ好きなのか!? 俺と二人っきりになりたいのか!?

 ……球男×ひねくれぼっち野郎って誰得カップリングだよ。さすがの海老名さんでも……いや、あの人なら許容しかねんな。

 

「………………」

 

 静かに電子音が響く。

 俺の転送が始まった。

 

 その間――俺は、この黒い球体以外は何の調度品もない、簡素な2LDKを眺めた。

 

 次、この部屋に送られるのはいつなんだ。

 ミッションは一体どれくらいの頻度で、どれくらいのインターバルを持って行われる?

 

 中坊の言い方だと難易度はランダムのようだが――今回のミッションはチュートリアルのようだと言っていた――なら、恐らくは次のミッションは今回のとは比べ物にならないんだろう。対策は必須だ。

 

 出来る限り期間が欲しい。

 明日? 一週間後? それとも――いや、だが。

 

 希望が――ないわけじゃない。

 

 道はある。方法はある。光明はあるんだ。

 

 だから――俺は。

 

 目を、瞑る。

 

 そして、誰もいない、黒い球体の部屋に——決意を表明する。

 

「……稼いでやるよ。100点でも、200点でも、300点でもな」

 

 苦境に立たされるのは慣れてる。俺は、そんな中、ずっと一人で生き抜いてきた。

 

 ずっと、戦い抜いてきた。

 

 だから――俺は。

 

 絶対に、生き残る。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 こうして、俺の一夜の戦いは幕を閉じた。

 

 それは、まるでアニメや漫画のような非日常で。

 

 夢や幻と言われた方が、よほど納得が――――

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん! いつまで寝てるの!? 小町的にポイント低いよ!!」

「頼む……あと10分だけ寝かせてくれ……お兄ちゃん昨日は宇宙人と殴り合って疲れてんだ」

「そんな二秒でバレる嘘吐かないで! ほら早く! 今日は日直で早く行かなきゃいけないんだから! 小町が!」

「お前がかよ……なら歩いていけよ……なんで俺がお前の為に早起きしてチャリ漕がなきゃならんのだ……」

「何言ってるの! 可愛い妹の為に30分くらいの早起きなんてことないでしょう!」

 

 (小町)が去った後、俺はのそっと体を起こす。

 体は重い。瞼も重く、中々直視出来なかった。

 

 けれど――いつまでも夢を見てはいられない。

 現実からは逃げられず、俺は制服を取り出そうと、クローゼットを開けた。

 

「嘘なら…………それでハッピーエンドだったんだがな」

 

 そこには――現実が転がっていた。

 

 

 あの一夜の非日常が、地獄が、戦争が。

 

 

 嘘でも、夢でも、幻でもないということを――現実だということを。

 

 

 気がついたら持って帰ってきてしまっていた――漆黒のスーツと近未来的な丸い短銃が、何よりも雄弁に物語っていた。

 




そして、彼は囚われたまま日常へと帰還する。





次章予告


『黒い球体の部屋』から帰還し、日常へと戻った八幡達。

何も変わっていない筈なのに、何かが変わった世界に戸惑いながらも、束の間の平和を実感する――間もなく、彼らは再び、黒い球体の部屋へと、凄惨な戦場へと呼び戻される。

そこで繰り広げられるのは、一度目を遥かに凌駕する、見たこともない戦争だった。


「そして、今の時点で確定しているのは、必ず、次のミッションがあるということだ」

「俺、しばらく奉仕部休むわ」

「ふざけんなよっ!! そんな話信じられるわけねぇだろぉ!!」

「なんで殺した?」

「由比ヶ浜は、雪ノ下の傍にいてやってくれないか?」

「何やってんだ……俺は」

「……君さぁ。ちょっと調子に乗り過ぎだよ」

「うん! 任せて! ゆきのんは、絶対あたしが一人にしないよ!」

「信じられようと、信じられまいとそれが現実なんだよ!!!」

「どうでもいいよ。さっさと殺しなよ」

「助けに行こう」



「宇宙人をやっつけにいくんだよ」

「僕は、悪くない」


「そこで見てろ」



「アンタ達より、僕の方が100倍役に立つ」

「星人と戦おうと思う」

「はぁ……はぁ……アンタ、何してんの?」

「逃げろ!! そのスーツは壊れたんだ!! 直撃を喰らったら死ぬぞ!!」

「私だって……負けたままじゃ嫌なの!! ……これ以上、みじめになりたくない!!」

「……お前らぁぁぁぁぁあああああああああああアアアアアアアアア!!!!!」



「お前さ、死ぬの怖くないの?」


「死にたくないよ」


「死にたくないなぁ……」


「裕三君?」
 
「裕三君」「裕三君」「裕三君」「裕三君」「裕三君」



「………………それしかない、か」



「アンタなら辿り着けるよ。カタストロフィまで」

「こんなとこで、つまんなく死ぬな」

「バイバイ。ヒーロー」



奉仕部(ここ) に、戻ってくるから」





【比企谷八幡と黒い球体の部屋】――田中星人編――


――to be continued


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田中星人編 由比ヶ浜は、雪ノ下の傍にいてやってくれないか?

『――――昨日(さくじつ)、○○交差点にて、路線バスと軽トラック車両の衝突事故が発生しました。路線バスの運転手の男性とトラックの運転手の男性は、近隣の病院に搬送されましたが、昨夜九時間ごろ、死亡が確認されました。()()()()()()()()()()()とのことです。トラックの運転手の遺体から規定値を上回るアルコールが検出され、警察は――』

 

 俺は、リビングのテレビから流れるニュース番組を食パンモグモグしながら黙々と視聴していた。

 

 それは、本来他人事ではなかった筈のニュース。

 渦中にいた筈の、巻き込まれていた筈の、一つの交通事故。

 

 俺も、相模の、葉山も――そこにいなかったことにされていた。

 影も形も――DNA一つさえ残さずに。

 

「本体は人知れず……処理……()()……」

 

 中坊の昨夜の言葉が脳内にリフレインする。

 

 本体――死体。

 

 この交通事故で、本来の俺の肉体――今まで十七年間共に生きてきた筈の肉体は、人知れず処理されたそうだ。

 今こうして食パンを体内に取り込んでいる体は、ガンツからの――あの黒い球体からのプレゼント。

 

 勝手にコインを投入され、俺の意志とは無関係に行われたコンティニュー。

 

「……………………」

 

 俺はテレビを消して、レンジで温めたマックスコーヒーでパサパサの食パンを流し込む。

 

 そして、俺しかいない家から出て鍵を閉め、徒歩で学校に向かうべく、いつもより早めに登校を開始した。

 

 バス登校をする気には、流石になれなかった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

『え!? 学校に自転車置いてきた!? もっと早く言ってよ! っていうか、昨日どうやって帰ってきたのさ! 気が付いたら部屋にいるし! 小町的にポイント低い!』

 

 小町はまるで一昔前のコントのように分かりやすくアタフタしながら、俺よりも大分早く――日直なのに、俺のチャリでにけつして行くことを当てにして余裕ぶっこいていたらしい――家を飛び出した。

 食パンを口に咥えて。

 ……美少年転校生とフラグ建てたりしないだろうな。そうなった場合は大志に続いて絶対に許さないリストに加えなければならなくなるが……。

 

 とにかく小町の言う通り。

 俺は昨日、気が付いたら自分の部屋にいた。

 

 昨夜、ガンツに最後に転送された後、気が付いたら自宅の自室にいた。

 

 あの黒いスーツを身に纏い、手に学生鞄とあの丸い短銃を持った姿で。

 

 その時点で俺は内心、あの常識外れの体験が夢ではないと半ば確信していたのだが、その後、帰りが遅くなったことへの小町への対処と、ぐったりとした体の疲れからの睡魔によって、現実から目を逸らすように、すぐさま夢の――本当の夢幻の世界へと、ベッドに身を投げ出してダイブした。

 生憎、こちらの夢の方はまるで覚えていないが。本当に熟睡すると夢は見ないというから、本気で限界だったようだ。少なくとも精神は。

 

 そんな限界体験をしながらも、こうして遅刻もせずに徒歩通学する俺マジで学生の鏡。

 

 まぁ、今日は多少無理してでも学校には行かなくてはならない。

 ()()()()()()()とやらが、いつあるか分からない以上、葉山達との情報共有は急務だ。

 

 ……そう考えると、葉山はともかく相模がサボらないか心配だ。

 俺はあいつ等とLI〇Eの交換などしていないから、会議をするにも直接会わなくてはならないわけだが……。

 昨日、精神的に一番参っていたは相模だろうしな。あの豆腐メンタルなら有り得るから怖い。これだからゆとりは。あれ、同い年じゃね?

 

 そうして思考に耽っていると、どうやら大分学校に近づいてきたようだった。

 いつもより早めに家を出たのだが、徒歩ということもあり結果的にはチャリで来るいつも通りの時間に着いたようだ。

 

 今日もぞろぞろと学生達が一糸乱れず一つの校舎に向かって集まってくる。

 

 お友達同士と固まって登校する者。

 あるいは、バラバラに登校しつつも見知った者を見つけて合流する者。

 または、音楽プレーヤーを耳に当てあくびを噛み締め単独で登校を果たす者(言うまでもなく俺はこのグループだ。ぼっちなのにグループとはあら不思議)。

 

 だが、この有象無象な愛すべき同校生諸君らにとっては、今日はあくまで昨日の続きで、変わらない有り触れた日常なのだろう。

 代わり映えのしない、大多数にとっては思い出にすら残らない、飽きてすらいる光景なのだろう。

 

 今日もなんとなく、惰性で来ているに過ぎない。

 ひょっとすれば、昨日告白にでも成功してリア充の仲間入りを果たし、昨日までとは世界が変わって見えているハッピー野郎もいるかもしれないが――少なくとも、俺以上に世界が変わって見えている奴はいないだろう。

 

 

 まず、俺は嬉しい。柄にもなく、少し感動している。

 独りで登校し、教室に辿り着いても当たり前のようにぼっちで、放課後の部室も決して居心地の良い空間とは言えない。

 つまりは限りなくアウェーで、登校した瞬間から帰りたくなるような――――まさしく惰性で登校を続けていたような、この場所に。

 

 今日も惰性で登校出来ていることが、はっきりと嬉しかった。

 改めて――俺は生き残ることが出来たのだと実感する。

 

 そして、俺は怖い。知らなくてもいいようなことを、知ってしまったからこそ恐怖する。

 

 今朝のニュース。俺達はいなかったことになっていた。

 あのバスには初めから誰も乗っていなくて、俺達の被害は、死亡は、なかったことにされていた。

 

 その御蔭で今日もこうして何食わぬ顔で雑踏に紛れ込むことが出来ているわけだが――俺は、あのニュースを見た時、こう考えた。

 

 もし、俺が昨日ねぎ星人に殺されていたら?

 あの眼鏡やチャラ男達のように、殺されていたら、どうなっていたのだろうか。

 

 まず、本体の方は、既に俺達がされているように、人知れず処理されているのだろう。

 しかし、彼らのように、複製()の体すら、死んでしまったら――殺されてしまったら?

 

 果たして、どうなる?

 行方不明扱いされるのか? いや、短期間ならそれでもいいだろうが、長期に渡ると隠蔽も難しくなってくる。

 それにあの人数が――メモリーにあったあの人数が全員行方不明となれば、それはもう国が動いてもおかしくない――動いていなければ、おかしい。

 

 それでも、少なくとも国民の大多数は違和感なく日常を過ごしている。

 あんな地獄を知らずに、あんな化物を知らずに――何も知らないかのように、日常は動いている。

 

 となると――やはり。

 

「…………記憶……か」

 

 それしか考えられない。100点メニューの一番にあったように、ガンツは人の記憶を好き勝手にすることが出来る。 

 つまり、ガンツによるコピー体である俺達だけでなく、日常を形成している無関係な人々にすら、あの黒い球体の支配は及ぶ、と、いうことになる。

 

 背筋が震え――ぞっとした。

 いや、そもそも無関係だった――昨夜まで、昨日の今頃ですら無関係だった俺達を、日常世界の一般人だった俺達を、無理矢理に己の関係者にしたのはガンツだ。ガンツは、俺達を()()()()()()()()()()()()()()

 

 そうなると、ここにいる全員が――この日常の住人全てが。

 いや、ひょっとすると、世界中の人類全てが、あの黒い球体の――ガンツの、支配下に置かれているのはないか?

 

「……………っ」

 

 今は『死んだ人間のみでしか遊ばない』というルールを守り、自分の情報を広めないように『首輪』を付けてまで隠蔽工作をしているから、この一見平和な日常を守れてはいるが。

 

 もし、あのとんでもないテクノロジーを、ガンツが乱雑に振り回し始めたら?

 もし、あのガンツを悪用しようと企み、それが可能な存在が現れたら?

 

 俺は――何度考えても、どう考えても、“ガンツ”は人の身に余るものと思えてならない。

 

 何であんなものがあるんだ? そもそも、誰が、どういう目的で作ったんだ?

 

 ガンツとは、何なんだ?

 

「……………………」

 

 気が付いたら下駄箱に到着していた。

 俺は目を強く瞑り、思考を強制的にシャットダウンする。

 

 今、そんなことを考えても仕方がない。

 俺なんかがいくら無い頭を絞って考えた所で、今すぐに答えが出るとは思えない。

 

 それよりも俺が――俺達が最優先に取り組むべきことは、次の、一回一回の『ミッション』を生き残る確率を少しでも上げることだ。その為の努力をすることだ。

 やりたいことは、試したいことは、既にいくつか思いついている。

 この辺のこともなるべく早くアイツと話さないと――。

 

「――やぁ、ヒキタニ君。おはよう」

 

 そんなことを考えながら靴を下駄箱に仕舞い込んでいると、タイミング良く葉山が現れた。

 サッカーのユニフォームだ。どうやら朝練を終えてきたらしい。

 

 昨日の今日でよくやる、と思ったら―――顔色があまり良くはない。昨日の今日で、あまり寝れていないのか?

 

「ああ」

 

 いつも通り、最低限のやり取り。

 ふと、葉山の後ろを見る。どうやら集団から抜け出してきたようで、戸部達とはまだそれなりの距離がある。そのことを確認し、俺は葉山に小声で告げる。

 

「それで、昨日のことだが……昼休みでいいか? 場所は屋上で」

「……分かった。彼女には、俺から伝える」

 

 誰かに聞かれることを恐れ、極力固有名詞は出さない。

 すると、なんだか以心伝心しているみたいになり、海老名注意報が脳内で鳴り響いたが、全力で気付かないふりをする。俺の精神衛生の為にも。

 

 あ、海老名さんで思いだしたが(それで思い出すのも変だが)、屋上といえばよくか……かわ……大志の姉ちゃんがいる。(け、決心して名前思い出すのを諦めたわけじゃないんだからねっ!)アイツ、最近は海老名と少し仲が良いから教室で食うことも少なくないが……事が事だ。万全を期すか。

 

「それとな、葉山――「お~す、隼人くん!ちょ、先に行くとはないわ~」

 

 海老名さんに川なんとかさんを足止めするよう、葉山に頼もうかと思ったが、どうやら戸部達が追いついてしまったらしい。

 俺は、そっとステルスヒッキーを発動し、何食わぬ顔で上履きを取り出し、その場を後にしようとする。

 

 葉山が俺を呼び止めようとするが、それを目線で制する。

 俺と葉山はそんな仲良くおしゃべりする関係じゃない。なるべくいつも通り、昨日通りにすることが大切だ。

 

 ……おい。周りに付き合ってることが秘密のカップルみたいとか言うな。

 海老名シャワー(鼻血)が吹き荒れるだろうが。悪寒しか感じないからやめろ。

 

「お、ヒキタニくん、ちーす!」

 

 すると、戸部がステルスヒッキ―をものともせず俺に挨拶(?)をしてくる。

 

 ……こいつにとっちゃ、俺は一世一代のマジ告白を邪魔した奴でしかない筈なのにな。

 どうしてそんな邪気のない笑顔を向けられるんだか。

 何も考えてないバカなのか? それとも全部受け入れて、それでもものともしない器の持ち主か?

 

「……ああ」

 

 どっちにしろ、俺は一生ああはなれない。

 

 羨ましくなくも、なくもなくもない。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 俺は流れるように誰にも気付かれずに教室に滑り込む。

 もう始業ギリギリなので教室にはいつものように、幾つものグループが出来上がっていた。

 

 窓際の席では三浦と海老名さんの間に由比ヶ浜も居る。

 一瞬そちらに目が行くと、由比ヶ浜もこちらを見ていて目が合い、そして軽く微笑む。

 

 選挙後も由比ヶ浜とは、特別に溝が出来たわけではない。

 

 だが、それでも――俺達は奉仕部だ。あの三人としての関係、空気が万全でない以上、やはり由比ヶ浜との関係もベストとはいえない。

 そして、それは俺なんかよりも遥かに雪ノ下と仲が良いアイツの方が感じている筈だ。

 

 ……アイツの為にも、どうにかしなくちゃな。

 

 由比ヶ浜とのやりとりはそれで終わり――基本的に俺と由比ヶ浜は教室ではこんなもんだ――俺は席に移動する。

 

「おはよ」

 

 ん?

 今、誰に挨拶された?

 

 俺に挨拶するような人間はこの教室には戸塚と由比ヶ浜くらいしかいない。

 

 由比ヶ浜との挨拶(?)は済んだし、天使戸塚なら俺が声で分からない筈がないのだが……。

 

 その声の方向に目を向けると――

 

――――相模南、だった。

 

 は? 相模? あの相模が俺に朝の挨拶だと?

 

 相模は俺の横をさっとすれ違い――すれ違いざまに小声で挨拶したようだ――そのまま自身のグループ連中の元に向かう。

 

 俺は「お、おはよう……」とバカみたいな顔で呟く。

 思わず去っていく相模の方を見てしまうが、直ぐにこのままだと「うわっ、なんかアイツこっち見てるよ~www」と相模グループの奴らに笑いものにされてしまうので――相手が相模というのが色々な面で最悪だ――直ぐに表情を戻し、自身の席に座り、イヤホンの音楽の音量を上げ、突っ伏せる。

 

 ……何やってんだ、相模。

 

 昨日のことを誰にも悟られない為にも、ここはいつも通り無視する場面だろうに。

 いや、相模もそれが分かっているからああいう形をとっんだろうな。悪いのは必要以上に動じてしまった俺か。

 

 俺は突っ伏した腕の間からこっそりとアイツを覗く。

 

 ……やっぱり。空気を読むことに長けているアイツが見逃すはずがないか。

 

 

 由比ヶ浜結衣は神妙な顔でこちらを見ていた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 一限が終了後、俺はさっと教室を後にする。

 別に学校をエスケープするわけでも、保健室に行ってサボタージュするわけでもない。

 むしろ一限が数学だったため、寝不足も解消し今はベストコンディションだ。

 

 俺が向かった先は、自販機。

 毎度お馴染みマックスコーヒーを購入し、一息つく為だ。

 

 俺がマッ缶の優しい甘みに身を委ねていると、予想通り――由比ヶ浜がやってきた。

 

「ヒッキ―」

「おう、由比ヶ浜。どうした? またジャンケンに負けたのか?」

「昼休みでもないのに、飲み物ジャンケンなんかしないよ」

 

 特に棘の無い、穏やかな会話。

 だが、由比ヶ浜の表情は、どことなく固い。

 

「……ねぇ、ヒッキ―」

「なんだ?」

「さがみんと、なんかあったの?」

 

 …………やっぱり、か。

 

「どうして、そんなことを言うんだ?」

「いや、さっきさがみん、ヒッキーにおはようって言ってたような気がしたから。珍しいなって思って」

「……よくわかったな。どんだけ俺のこと見てんの? ストーカーなの?」

「はぁ!? べ、別に見てないし!? た、たまたまだよ、たまたま! ヒッキーキモい!」

 

 おおっ、ちょっと返す言葉を考えるまでの繫ぎのような言葉だったんだが、そこまで必死に返されると本当じゃないかって逆に勘違いしそうになるぞ。

 

「……さあな。見てたんなら分かるだろう。俺も驚いてんだ。まぁ、こっちの聞き間違いかもしんねぇしな。俺にはおはようって聞こえたけど、実はなんで来てんの? って言ったのかもしれん」

「似ても似つかないよ……ってか被害妄想にしても毒強過ぎ……」

「何を言う。こんなものは雪ノ下なら挨拶代わりに……っ」

 

 俺は失言に気付き、思わず言葉を止める。

 由比ヶ浜も顔を逸らして、力無い言葉を返した。

 

「っ……はは、そうだね。ゆきのんならそこからもっと畳み掛けるよね。……はは」

「…………そうだな」

 

 気不味い沈黙が支配する。

 ……何やってんだ俺は。それは()()()()、仮面を着ける前までの雪ノ下だろうが。

 由比ヶ浜に気ぃ遣わせてんじゃねぇよっ……。

 

 お互い、次の言葉を出せずにいた所に――沈黙を消すように予鈴のチャイムが鳴る。

 

「……行こうぜ。次は平塚先生の授業だ。遅刻したら殴られちまう」

「はは。平塚先生、ヒッキ―には容赦ないもんね~」

「まったくだ。婚活のイライラを拳に乗せやがるからな。ホント、早く誰かもらってやれよ…………なぁ、由比ヶ浜」

「ん? なぁに?」

 

 俺は努めて――言葉に感情を篭めずに、言った。

 

 

「俺、しばらく奉仕部休むわ」

 

 

 先行し、彼女に背を向けて放った言葉――彼女の歩みが止まった気配がした。

 

「――え」

「ちょっとな。やることが出来たんだ」

「え、や、やだよ! ヒッキ―奉仕部やめちゃう「辞めない」……え?」

 

 由比ヶ浜の言葉にみるみる涙が混じり始める。

 俺はそれを反射的に塞き止めるように、後ろを振り向き、だが顔だけは俯いたまま――彼女の顔を見ることも出来ないまま、力強く言う。

 

「絶対に、辞めない。俺は奉仕部を、必ず()()()()。その為にも今は、やらなきゃいけないことがあるんだ」

「……ほんと? 本当に辞めたりしない?」

「……ああ。まだ、お前とハニトーも食ってないしな」

 

 何て空っぽな言葉だ。

 中身が伴わない、彼女の目を見て言うことすら出来ない滑稽な宣誓。

 

 だが、俺は、それでも虚勢を張り続ける。

 上滑りの戯言だと分かっていながら――ただ、彼女にそんな顔をして欲しくなくて。

 

「――――だから、泣くなよ」

「……………だってぇ」

 

 由比ヶ浜は目から涙を零す。

 怖かったのだろう。人一倍他人に気を遣い、場の空気を守ることに長けている由比ヶ浜にとっては、今の奉仕部の危うさを誰よりも敏感に感じ取っていたはずだ。

 彼女にとって、奉仕部がどれだけ大事か……俺のような理性の化物でも、人の感情を理解できない怪物でも、なんとなく分かる。

 

 ……俺は、今からそんな由比ヶ浜の気持ちに、優しさにつけこむ。

 我ながら最低だ。唾棄すべき所業だ。それでも、この役目を託せるのは、由比ヶ浜しかいない。

 

「……なぁ、由比ヶ浜」

「……なぁに?」

 

 ぐすっと涙を啜る由比ヶ浜に―――俺は。

 

「由比ヶ浜は、雪ノ下の傍にいてやってくれないか?」

 

 俺は――きっと、何よりも重いものを、背負わせた。

 

「………………」

「お前にも、三浦達との付き合いとか、他にやらなきゃいけないことがあるのは分かってる。……でも、それでも、俺が戻るまでの間、雪ノ下を一人にしないでやって欲しいんだ」

 

 今の雪ノ下と、あの空間で、二人だけで過ごす。

 彼女に、あの他人を寄せ付けない、仮面を被った態度で接せられる。

 

 雪ノ下の事を本当に大事に思っている、由比ヶ浜には相当な苦痛の筈だ。

 

 だが、それでも今の雪ノ下を一人にしてはいけない気がする。

 これ以上、雪ノ下に()()()()()()――きっと、これからどんなに頑張った所で、あの頃にはもう戻れない。

 

 その場所から逃げ出すとも取られる行動をしようとしている俺に、こんなこと言えた義理ではないことは分かっている。

 

 だけど、それでも、由比ヶ浜なら。

 

 そう期待してしまう。そう押し付けてしまう。

 ……何やってんだ、俺は。懲りない、本当に成長しないな。小町にごみいちゃんと言われるのもしょうがない。

 

「うん! 任せて! ゆきのんは、絶対あたしが一人にしないよ!」

 

 由比ヶ浜は、涙で潤んだ瞳を嬉しそうに輝かせ、キラキラと笑った。

 その綺麗な笑顔は、思わず息を呑むぐらい魅力的で。

 

 ……本当に、すごい奴だよ。お前は。

 

「ねぇ! その用事が終わったら、今度こそハニトー食べに行こ! ゆきのんも連れて三人で!」

「……まぁ、行けたら行くよ」

「それ行く気がない人が言うセリフだよね!?」

 

 でも、そのハニトーはさぞかし美味いんだろうな。

 

 

 

 結局、授業には間に合わず――由比ヶ浜が泣いたことを隠す為に化粧し直すのを待っていた――平塚先生には授業後に魂の一撃を頂いた。

 その上、三浦には由比ヶ浜を泣かせた嫌疑をかけられ――獄炎の女王の目は誤魔化せなかった――そのまま校舎裏に呼び出された。やっぱ怖ぇよ、アイツ……。

 





こうして、比企谷八幡は一時、日常に帰還する。


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奉仕部に、戻ってくるから

 

 昼休み。

 場所は川崎(思い出した)の黒のレースを目撃した――そして文化祭の時に相模に暴言を吐き、葉山に胸倉を掴み上げられた――総武高校、屋上。

 

 そこに再び、こうして俺、相模南、葉山隼人の三人が揃う日が来るとはな。

 人生というのは、分からないものだ。

 まぁ、分からないというのであれば、あんな命懸けのサバイバルゲームに巻き込まれる方がよっぽど予想外な出来事なんだが。

 

「それじゃあ、始めようか」

 

 葉山の一声で、俺達は会議――というより、情報共有会を始めた。

 

 その話し合いは予想以上にスムーズに進んだ。

 俺は正直、この昼休みだけで終わるか不安があり、しかし何度も集まると怪しまれるしで、内心どうしようかと思っていたんだが、終わってみれば昼休みを五分以上残しての終了だった。

 

 この結果は、相模が俺の思っていた以上におとなしかったのが大きい。

 

 会議はやはり、持っている情報の多さからか、俺主導で進んだ。

 

 だが、相模はそれに不満そうな態度を見せなかった。

 場所が場所だけに、彼女が文化祭の時の確執を思い出し、皮肉の一つでも飛ばしてくるか――むしろ、皮肉程度で済むなら御の字だと思っていた――と身構えていたが、そんなことは一切なく、彼女自身が持っている独自情報もないらしいので、相模は静かに聞き役に徹していた。

 

 俺はちょっと気持ち悪くさえ思っていた。何だ? コイツ本当に相模か? もしかしたら偽物なんじゃねぇか?

 ……いや、このセリフは今の状況じゃ冗談にしても性質が悪いし、そのままブーメランで自分に帰ってくるからやめよう。

 

 まぁ、結果としてスムーズに終わることに越したことはない。

 このメンバーが一堂に会するだけで当事者ながら猛烈な違和感だ。もし、こんな現場を誰か(数少ない)知り合いに見られたらうまい理由を取り繕う自信がない。

 

 

 会議の成果は次の通りだ。

 

 俺が出した情報は――

・Xガン、Yガン(具体的な名前があった方がいいとのことで命名)の性質の違い。

・スーツの効果(身体能力、防御力のアップ)。

・コントローラーの分かる限りの使い方。

・エリア外に出ることのペナルティ。

・(方法は分からないが)姿を消すことが出来るということ。

 

 葉山が出した情報は――

・Xガンの詳しい説明。(何やら操作にコツがいる、発光後効果が現れるまでタイムラグがあること、など)

・自身の姿が一般人から見えないと発覚した時の状況。(戦闘の際の器物の破壊は一般人からも認識されるということ)

・あのゴツイ長銃(チャラ男が使っていたらしい)はXガンと同様(もしかしたら威力等に違いがあるかもしれない)の性質をもつということ。(以下Xショットガンと命名)

 

 殆どが俺由来の情報だったが、こういうのは独占しても(わだかま)りしか生まないし、それに誰かに話すことによって俺自身もその情報を再検討出来る。メリットは大きい。

 

 それに、器物破壊は隠蔽出来ないという初耳の情報も知ることが出来た。

 

 初めて発見できた、ガンツの限界のようなものだ。

 欠点が無い奴を相手取ることほど、徒労を覚えることはないからな。正直、ホッとしたような気持ちになれたのも事実だ。

 まぁ、別にガンツが敵というわけではないが、俺にはアイツが味方だとも思えないからな……。

 

「じゃあ、みんな持ってる情報は、これくらいかな」

「ああ。だが、これをやるとやらないじゃ大違いだ」

「……うちだけ、何の情報も持ってない」

「気にしないでいいよ。こういうのは、相手に伝えることで知ってる情報を再検討する意味合いも兼ねてるんだから。聞き役も重要な役目だ」

「……葉山くん♡」

 

 ……確かに俺も同意見だが、葉山に言われると癪だなぁ。俺よりも出した情報少ないくせに。

 まあいい。葉山が相模にフラグを立てようとどうでもいい。

 

 それよりも、今はやるべきことがある。

 

「――だが、何よりも重要なのは、必ず、次のミッションがあるということが、ほぼ確定的だということだ」

 

 俺がいちゃつく二人に向かって意図的に低い声で発した言葉に、相模と葉山が表情を引き締め、真剣味を帯びさせる。

 ……だから、何で俺がリーダーっぽいことをしてんだよ。仕事しろよ、葉山。

 

 ……まぁ、いいか。この集会を提案したのは俺だし、一回で情報共有も済んだからコイツらとこうして集まるのも、これが最後だ。

 慣れない役だとは自覚しているが、面倒なことはさっさと終わらせるに限る。早く締めに入ろう。

 

「そう、だな」

「……また、あるんだよね」

「……そうだ。そこで俺の疑問なんだが――あの部屋には死んだ人間が集められる。そして、100点を稼ぐまで、縛られ続ける。じゃあ、俺達みたいな()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()時は、どういった手順で『あの部屋』に呼び戻されるんだ?」

「――あ」

「確かにそうだな……」

「流石に、毎回死ぬような目に遭わせられるとかはないだろう。だからもっと穏便に集められる筈、だと思う」

 

 まぁこれは、ガンツがあくまで死んだ人間を無作為に回収しているという希望的観測に基づく見解であって、元々玩具にしようと目を付けた人間を死ぬように仕向けて回収しているという絶望的見解を見ないふりをしての仮説だが。

 ……これのどちらでもバスとトラックの運転手両名が転送されなかった理由になるのが嫌な所だ。判断がつかない。

 

 そして、もし後者なら。

 ガンツは死人しか――少なくとも呼び寄せることはできないということになり、俺らはミッションに呼ばれる度に文字通りの意味で死ぬ思いをすることなる。

 そして、この仮説が事実となった時は、同時にガンツが人の運命を操れるという事実も判明することになるのだが――しかし。

 

 少なくとも俺には、前者の説を推せる――希望がある。

 

「そして、俺の見解では。あの『転送』で強制集合させられると踏んでいる。ミッション終了後にエリア内からあの部屋に転送されたように」

 

 ガンツは生人を呼び戻せないというわけではない、と、これから分かる。

 ……まぁ、これはガンツにとって自分が作ったコピーは死人扱い可能という解釈も出来るし、それとガンツが人の運命を操れないかどうかは別問題だが。

 

「確かにそれが一番ありそうだな」

「うわぁ……あれ嫌なんだよね」

「確かにあれは気分のいいものじゃないことには同意するが、今俺が問題にしているのはそこじゃない。――――問題は、その転送が一般人に見られるかどうかだ」

 

 二人の表情が固まる。

 そう。これは実はかなり高い危険性(リスク)を孕んでいる。

 

「中坊は言っていた。あの部屋のことを誰かに話すと頭が吹っ飛ぶと。アイツは冗談めかして言っていたが、俺はかなり信憑性は高いと思う。ガンツは情報漏洩の防止には結構神経質だ。だからこそ、もし転送シーンが一般人に視認可能なのだとしたら、そのシーンは絶対に見られちゃいけないということだ。もし見られたら、それだけで頭が吹っ飛ぶかもしれない」

「で、でも! その転送ってのがいつ来るか分からないんでしょ!」

 

 確かにそうだ。いつ来るか分からないものに四六時中備えろといっても無理だろう。

 

「……こういう言い方はおかしいかもしれないが、俺はその辺はある程度ガンツを信用している。そういうタイミングは気を遣ってくれるんじゃないかってな。――だが、ガンツは完璧じゃない。中坊の、あのコピー話を聞くと、特にそう思う。……だから、心に留めておけって話だ。もし人混みとか街中で転送が始まったら、速やかに人気のない場所に移動するとか、前もってそういう心構えをしておくかいないかで、いざという時の混乱が大分違うからな」

「……っていうか、よくアンタそんな最悪の事態を想定できるね。神経質っていうならアンタこそが神経質なんじゃない?」

 

 相模は呆れた――というより気持ち悪いものを見る目で俺を見てくる。

 うっせ。ぼっちは常に最悪の事態に備えておくもんなんだよ。いざという時に誰にも頼ることが出来ず、自分で何とかするしかないからな。

 

「でも、その通りだな。せっかくのヒキタニ君の助言だ。活用させてもらうよ」

 

 葉山は相変わらず爽やかだ。

 こういう場合、リア充は不利だな。絶えず誰かしらと一緒にいるということは、常にこの危険性と共にあるということだ。

 その点俺はもしかしたら教室の中で転送が始まっても下手すればスルーされるレベル。それはないか、流石に。……ない、よな?

 

「一応気に留めておいてあげる。……実行できるかは分からないけど」

 

 確かに相模は、もしグループの連中と一緒にいるときに転送なんて始まったら、分かり易くパニックになりそうだな。

 そこら辺は個人でなんとかしてもらおう。そこまで面倒みきれん。

 

「よし。じゃあ、そろそろ切り上げて、教室に戻ろうか。一応、怪しまれないように、時間差をつけてね」

 

 そして、俺は相変わらず、一番最後に屋上を後にした。

 

 まぁ、今回に限っては誰に自主的になんですけどね。ホントだよ?

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 そして、放課後。

 

 俺は奉仕部の部室前に居た。

 

 帰りのHRが終わってすぐさまこの部屋へとやって来たが、それでも――雪ノ下は、俺よりも早くこの部屋に来て、あの窓際の席で本を読んでいるだろう。

 

 あの日。

 雪ノ下の期待を裏切ってしまったあの日。

 雪ノ下が俺を、俺と由比ヶ浜をある種見限った――雪ノ下に見限られたあの日。

 

 あれ以降、雪ノ下は仮面を被ってしまったけれど。

 

 それでも雪ノ下は、この場所に居続けた。

 こうして誰よりも早く、この場所に来てくれ続けた。

 

 それこそ惰性で、体に染みついたルーチンワークをこなすように、無感情な機械的行動だったのかもしれないけれど。

 

 もしかしたら、まだ望みを捨てずに、俺達に期待してくれているのかもしれない。

 その表れなのかもしれない。

 

 …………ダメだな。死ぬような思いをしたせいか、やめると誓った手前勝手な期待の押し付けが止まらない。

 

 特に雪ノ下相手には、一度酷く後悔した筈なのに。

 

 それに、俺にはそんな資格はない。

 

 俺は今から、そんなありもしない、かけられてもいない期待を――裏切るんだから。

 

 

 

「ういーす」

「あら、比企谷くん。こんにちは」

 

 雪ノ下は、読んでいた文庫本から目を上げ、俺に挨拶をする。

 

 挨拶代わりの罵倒もない、すっかり慣れてしまった平和な光景。平和なだけな、ありふれた光景。

 どこにでもありふれる、俺達らしさなど皆無の光景。

 

「ん? どうしたの、比企谷くん?」

 

 扉の所から動かない俺を訝しがってか、雪ノ下が疑問を投げかける。

 

「……ああ、雪ノ下」

「……本当に、どうしたの、比企が――」

 

 喉にへばりついたように離れない、飛び出すことを拒絶するような往生際の悪い言葉を――俺は、努めて、淡々と吐き出した。

 

 

「俺、しばらく奉仕部休むわ」

 

 

 その時、一瞬、垣間見えた気がした。

 

 あの選挙の時の、あの言葉が脳裏を過ぎる。

 

『わかるものだとばかり、思っていたのね……』

 

 空虚な――冷たく、何かを失くしてしまったような呟きが、再び脳裏に響く。

 

「――――」

 

 雪ノ下の目が、失望に、彩られた。

 

 気が、した。

 

 しかし、それも一瞬。

 

「……そう」

 

 雪ノ下は、再び仮面を被った。

 心なしか――それは、厚みを増した、ような気がした。

 

 俺は、それに気づかない振りをして、言葉を続ける。

 

「……用事が済んだら、また来る。だけど一応、平塚先生に聞かれたら言っておいてくれ。俺が直接こんなことを言ったら、あの人は問答無用で拳を振るいかねん」

「――ええ。伝えておくわ」

「……それじゃあな。依頼があったら伝えてくれ」

「――ええ。分かったわ」

 

 雪ノ下は、こちらを見てすらいない。

 何かに彩られた目は、何かを失った目は、手元の文庫本の文字列に注がれたままだ。

 

――その手は、一向に、次のページを捲らないが。

 

 俺は雪ノ下に背を向ける。

 

 そして、扉に手を掛け――

 

「――雪ノ下。俺が用事を終わらせて戻ってきたら……きちんと話そう。……その似合わない仮面も外して。本音で」

 

 この言葉は、少しは雪ノ下に響いただろうか。

 それとも、こんな言葉では動揺もさせられないほど、見限られてしまったのだろうか。

 

 何よりも滑稽なのは――もし、そんな日が来たとしても、きっと俺達は本音などでは話せないのだろう。

 

 だって――こんなにも、何かを言わなくてはと思っているのに、何も言葉にならないのだから。

 

 故に俺は、言葉にするのが、答えを知るのが、形を得るのが怖くて堪らない臆病者は。

 

 雪ノ下の顔を、瞳を見ないように、後ろ手で扉を閉め、何も言わず――奉仕部を後にした。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「あ、ヒッキ―……」

 

 奉仕部部室から下駄箱へ向かう途中、奉仕部へと向かっていたのだろう由比ヶ浜と遭遇した。

 

「……今、雪ノ下にしばらく部活を休むことを伝えてきた」

「……そっか。別に、あたしがゆきのんに伝えたのに」

 

 由比ヶ浜はそう言ってくれたが、俺は俯きながら首を振る。

 これは俺なりのけじめだ。これ以上、由比ヶ浜におんぶにだっこってわけにはいかない。

 

「……じゃあな」

「っ……」

 

 俺は由比ヶ浜の横を通り過ぎる。

 すると、数歩進んだ俺の背中に、湿っぽい声の叫びが届く。

 

「ま、また! ……戻ってくるんだよねっ!」

 

 由比ヶ浜の、悲痛なそれは、俺の足を止めるに十分な威力だった。

 声の調子からして、もしかしたらまた泣いているのか。

 

 だが、それを確認することは出来ない――振り向くことすら出来ない、臆病者には何もしてやれることも、そんな権利もない

 ……俺は、由比ヶ浜を何度泣かせれば気が済むんだ。また三浦に校舎裏に呼び出されちまうな。自業自得以外の何物でもないが。

 

 小さく、か細い声で、俺は返す。

 それ以上大きな音量を求めると、何かが溢れてしまいそうだった。

 

「…………ああ」

「…………ねぇ。用事って何? もし、もしあたしに何か、出来ることがあるなら――」

 

 だが、そんな自制は、そんな由比ヶ浜の声で弾け飛ぶ。

 抑えきれないものが瞬時に膨れ上がり、俺は廊下中に響き渡る―――叫びを上げた。

 

「ダメだっ!!!!」

 

 思わず声を荒げてしまった。

 由比ヶ浜が怯えるのが気配で分かる。

 

 だが、ダメだ。絶対にダメだ。それだけはダメだ。

 

 由比ヶ浜を、『あの部屋』に関わらせることは、絶対にダメだ。

 

 例え、俺が死んだとしても。それだけは…………。

 

「………………わるい」

 

 由比ヶ浜からの返答はない。

 俺は一刻も早く彼女の前からいなくなるべく、早口で告げた。

 

「大丈夫だ。これは、俺が何とかすべき問題だ。お前には関係ない。……だけど、約束する。必ず、俺は――」

 

 だけど、この言葉だけは、この誓いだけは。

 

 例え、どれだけ資格がなくとも、薄っぺらでも――それでも、真摯に、彼女には伝えなければならない。

 

 

奉仕部(ここ)に、戻ってくるから」

 

 

 俺は、それだけを告げると、再び足を踏み出す。

 

 余りにも申し訳なく、余りにも恥ずかしく、余りにも――許せなかった。

 

 合わせる顔があるわけがなく――俺は、終ぞ由比ヶ浜の方を振り返らずに、まるで地面に八つ当たりするような歩調で、帰途についた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 比企谷八幡は去っていく。

 

 由比ヶ浜結衣は、その背中を見ていることしか出来なかった。

 

 彼が、あれほど声を荒げるのも、あんなに感情を露わにするのも、初めて見た。

 

 思えば、今日は始めからおかしかった。

 相模と挨拶を交わすのも不自然だったが、その後、自分をあんなに素直に頼るなんて、これまでの彼からは考えられないことだった。

 

 生徒会選挙の件で心を閉じたのは、雪ノ下雪乃だけではない。

 

 あの依頼の時に、比企谷八幡は少なからず手法を変えた。

 自分を犠牲にせず、周りを頼り、誰も傷つかない方法を、本人なりに模索した。

 

 その結果が、あれだ。

 

 本人がどこまで自覚的なのかは分からない。――それは、八幡だけでなく雪ノ下にも言えることだが。

 

 八幡はその件を――他人に頼ったことを、手法を変えたことを――意識的にしろ、無意識的にせよ。

 

 失敗だったと。間違っていたと。

 

 後悔している。

 

 由比ヶ浜は、そう思っていた。

 自分は今回助けられる側だったので、八幡を手助け出来たわけではない。

 もちろん、八幡を助けた人達を責める気など毛頭ないし、八幡自身を責める気も皆無だ。

 感謝こそすれ、恨む気持ちなど一切ない。

 

 だって自分も、雪ノ下の親友を自負する自分も、雪ノ下が仮面を被る事態になるまで何も出来なかったのだから。

 

 何も気付けなかったのだから。

 

 だから、歯がゆかった。

 

 八幡が。あの比企谷八幡が。

 遂に自分を犠牲にせず、他人を頼ってくれた、今回の依頼で――結果を残せなかったことが。

 いや、一色いろはの依頼はクリアしたのだから、結果は残せたのだが。

 

 いつものように、いや、いつも以上に。

 後味の悪い結果になったことが。そう、してしまったことが。

 

 

 だけど、そんな八幡が、自分を頼ってくれた。

 再び他人を、信用してくれた。

 

 凄く、嬉しかった。

 

 しばらく奉仕部を休むと言われたときは、もうダメかと思ったけれど。

 

 彼は――比企谷八幡は、まだ諦めていない。

 あの時の奉仕部を取り戻すことを、諦めてない。

 

 なら、自分も諦めない。

 

 きっと比企谷八幡は戻ってくる。

 

 それまで雪ノ下雪乃を支えるのは、自分の仕事だ。

 

 そう意気込んで、奉仕部に向かった。

 

 

 

 

 そして、奉仕部からの帰りであろう、比企谷八幡に遭遇した。

 

 その時の彼の顔を見て、なぜだかはわからないけど、急に不安になった。

 

 だから思わず、彼に問い詰めた。

 

 彼を信じた筈なのに、このまま黙って行かせることは出来なかった。

 胸の内から、嫌な予感が溢れてくる。

 

 

「ダメだっ!!!!」

 

 

 彼に拒絶されたのは、初めてではない。

 

 しかしここまで力強い――しかし弱弱しい拒絶は初めてだった。

 

 去っていく彼の背中が、とても遠い。

 

 彼は、今、何を背負っているのだろう。

 何と、戦っているのだろう。

 

 それは、あの彼をここまで追い詰めるほどのことなのだろうか?

 

 私は、彼に何も出来ないのだろうか?

 

 由比ヶ浜結衣は、そのまま八幡の背中が見えなくなるまで見つめ続けて、そして、ゆっくりと、雪ノ下雪乃が佇む奉仕部へと足を向けた。

 




比企谷八幡は、彼女たちに背を向ける。


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何やってんだ……俺は

 

 火花が瞬くようなバチバチバチという音と共に、俺は『透明化』を解除した。

 場所は自宅の門の中、路地からは死角になる位置――それでも一応通行人がいないことを、そして家の中から小町が見ていないことを確認してからだ。万が一誰かに、の、万が一すらあってはならない。確率は可能な限り0%に近づけるよう、叩ける石橋は叩けるだけ叩くべきだ。

 

 いや、そもそも何でお前透明になってんの? という鋭いご指摘はごもっともだ。お前、朝は普通にチャリ通学だったじゃん、と。まさか透明人間のままチャリンコに乗って来たのかと。お前は何処の両津〇吉だよ、と。

 

 なんてことはない。一足早くチャリで帰宅を果たした後に、そのまま鞄を持ったまま近所の公園の公衆トイレで、()()()()()()()()()()()()()()ガンツスーツ(命名)に着替えて、

そのままトイレの中で色々とコントローラーを弄くっている内に透明化する方法を見つけ、()()()()()()()()帰宅した、というわけだ。

 

 …………いや、分かるよ。散々リスクがどうのこうの言ってるくせに何やってんの? 石橋の欄干をスキップで渡ってんじゃんって言いたい気持ちは分かる。

 

 でも、これも一応色々とこれからに繋がる実験なんですよ、マジでマジで。

 

 多少の危険を冒してでも俺は、絶対に次のミッションが始まる前に、透明化だけはマスターしたかった。

 昨夜の戦争の終盤――中坊がこの透明化を使っていたのを見た時から、これを使えるか使えないかで、これから先の生存確率は大きく変わると、俺は確信した。

 

 恐らくはかなりの『あの部屋』の経験者である中坊が――この透明化を、あの土壇場で使っていた。

 それはつまり、星人にも、この状態の俺達は目視出来ないということ。

 

 殺し殺される戦場に置いて――そんなチートがあるか?

 勿論、これから先、どんな敵に対しても有効っていう反則技ではないんだろうが――中坊もねぎ星人はかなり格下のようなことを言っていたし――それでも透明化(これ)がかなり便利な機能であることは変わりない。

 次のミッションがいつなのか分からない以上、これは一刻も早く見つけなければ、身に着けなければならない優先事項だった。

 

 ガンツスーツを持ち歩いていたのも、それが理由だ。

 これは、俺があの部屋から持って帰ってしまった代物だ。

 

 このスーツは一人一人に合わせて作られたオーダーメイドのようだったし、もしかしたら毎回毎回支給されるものではないのかもしれない。

 スーツを着用することは、透明化習得以上の、あのゲームにおける必須条件。前提条件と言ってもいい。

 

 もし次のミッション時、これを家に忘れたなんてことになったら笑い話にもなりやしない。

 だから、この鞄にはXガンも入っている。

 

 ……もし手荷物検査でも受けたらどうするんだという意見も分かるが、こればっかりはしょうがない。

 これらを発見されるリスクより、これら無しでミッションに放りこまれるリスクを避けた結果だ。

 

 Xガンに至っては、あの部屋にいっぱいあったから別に持ち歩かなくてもいいじゃんかって思うかもだが、これは家に置きっぱなしだと小町に見つかるかもしれない。

 俺の部屋に黙って入る奴だとは思ってないが、帰宅はアイツの方が早いからな。精神衛生上、たとえ危うくても俺の目の届くところに置いておきたい。念の為だ。

 

 まぁ、そんなわけで。別に何の考えもなくこんなことをしたわけじゃないんだ。

 しかし、俺は今ピンチだ。大ピンチだ。

 

「………………」

 

 ……どうやって、家に入ろう?

 

 家の中は電気が点いている。いつも通り、小町は俺よりも早く帰宅しているようだ。

 なんがかんだ色々やっていたら、結局は部活帰りと同じくらいの時間になっちまったからな。

 

 そして、俺は透明化を解除した所。つまり、がっつりスーツを着ている。

 一応は上から制服を着ているのでパッと見は分からないだろうが、このガンツ支給の真っ黒コーデは全身スーツ。すなわち首元とか、足元とかからチラチラあの光沢とか機械部分とかが見え隠れしているわけで。

 

 つまり、小町にバレる可能性も0じゃない。

 

 っていうことは……。

 

「はぁ……戻るか……」

 

 俺はもう一度、全身に透明化を施す。

 

 そして、ずこずこと公園へ戻った。個室トイレで着替えるためだ。

 お前なんで自宅(いえ)まで来ちゃったんだよと聞かれれば。

 

 ……テンション上がっちゃったんだよ、ちくしょう。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 翌日――土曜日。

 

 葉山隼人は近隣高校に練習試合の為、遠征していた。

 サッカー部となれば、土日も休みとはいかない。

 

 現在、午後三時。

 午前中から数試合をこなし、途中に昼食休憩を挟みながら、午後からは時折サブメンバーのみの試合や、一年生のみの試合などを行ったりしながら、サッカー部員としては有意義な時間を過ごしていた。

 

 だが、爽やかな青春の汗を流しながらも、葉山の表情は優れない。

 

 ここ最近、葉山はよく寝れていない。

 と、いっても、昨日と一昨日の話だが。

 

 寝ている間に、あの部屋に転送されていて、またあんな戦争をやらされるんじゃないか。

 目が覚めたら、あの部屋に転送されていて、またあんな怪物の前に放り出されるのではないか。

 

 そう思うと、文字通り、夜も眠れなかった。

 

 今は、両チーム控えメンバーを中心に組んだメンバーでの試合の最中だ。

 葉山はベンチにすら入らず、コートから程よく離れた大きな木の根元で涼んでいる。

 

 この季節に涼んでいるというのもおかしな話だが、先程の試合で葉山はフルタイム出場で、何かを振り払うように遮二無二に走り回っていたので――おかげでハットトリックを達成し、自校の応援団と相手校のファンの子達の喝采を浴びた――この木陰に吹く風が心地よかった。冷えすぎないようにと上着は着ているし、何より、今は一人になりたかったのだ。

 

「……………」

 

 ふと、歓声が沸き起こる。

 

 総武高の一年生が出したパスが上手い具合に相手校のディフェンスの間を抜け――そこに走り込んでいた戸部が、そのスルーパスにぴったりと右足を合わせて、ゴールを決めた。

 これで総武高のリードだ。

 

 戸部はレギュラーだが、彼の明るく距離を感じさせない性格からか、後輩の人望はチーム内でも抜けて厚く、同学年の控えメンバーも気さくに接しやすい。

 

 運動部というのは面倒なもので、同学年でもレギュラーとそうでないものでは浅くない溝があるものだ。それはコンプレックスやらでしょうがないものだが。

 しかし、かといってレギュラー無しで急に試合をやれといわれても、そもそも普段試合に出ていない者達であるが故に、圧倒的に経験が不足しているのだ。ましてやサッカー強豪校でもない、進学校のサッカー部。それも世代交代してまだ半年だ。

 だからといって、葉山のような強すぎるカリスマが入ると、みんな遠慮して葉山に任せきりになってしまう。それでは練習にならない。

 

 そこで戸部だ。

 彼は試合経験は豊富だし、気負いと緊張で動きが硬くなりがちな試合慣れしていないメンバー達を、上手くほぐして引っ張ってくれるだろうと、葉山が推薦した。

 

 奇しくもそれは、葉山があの日、監督と話し合って決めた人選だった。

 どうやら上手く嵌まったようだと、木陰から見守る葉山の、しかし、表情は晴れない。

 

「…………………」

 

 あの日、メンバー決めで学校に残らなければ――あんなことには……。

 そう思わずにはいられない。まるで意味のない、後悔だけのifだとは分かっていても。

 

 比企谷八幡のように現状を受け入れて、生き残る確率を上げるための努力をする方向に、葉山隼人はまだ、思考を向けられない。

 

 だが、これは葉山の方が一般的だ。普通だ。葉山が正しい。

 比企谷八幡が間違っているのだ。いや、間違ってはいないが、違ってはいる。普通じゃない。正しくない。

 

 それでも葉山には、その間違いが、間違えることが――堪らなく、羨ましい。

 

「よ。どうした、一人なんて珍しいな」

 

 葉山が声の方向に顔を上げると、そこには相手校のエースがいた。葉山自身も市選抜のメンバー合宿などで顔を合わせ、それなりに仲良くしている男だ。

 

 達海龍也(たつみたつや)

 葉山に負けず劣らずイケメンなリア充。葉山が優しい王子様タイプなら、達海はワイルドな俺様系だろうか。某ジャンプバスケ漫画なら、葉山が黄色で達海が青か。サッカー部をバスケ漫画で例えるのはどうかと思うが。

 

「……いや、ちょっと疲れてな」

「はは、さっきの試合お前凄かったもんな。やられちまったよ」

「何言ってんだ。午前中はお前もハットトリック決めただろう」

 

 達海は葉山の隣に腰を下ろす。

 この二人が話しているとまるで映画の撮影のようだが、今はカメラも回っていないし、別に二人は芸能人でもないのでマネージャーなんかもいない。サッカー部のマネージャーは現在自分達の本来の仕事を全うしている。

 

 なので、こんな絶好のチャンスを、彼らのファンの子達が見逃すはずがない。

 今も少し遠目に女子高生の集団が彼らを熱い眼差しで見つめていて、「行きなよぉ~」「いや、ちょっと押さないでよぉ~。アンタが行けばいいじゃ~ん」「え~でも~」などとお互い牽制し合っている。

 そして、彼らはお互いこんなことには慣れっこだ。お互いがこういうのが苦手なことも知っている。

 

「じゃあな。あと一試合くらいレギュラー試合もあるだろう。次は負けねぇぜ」

「ああ。またな」

 

 そういうと達海は、敢えてその女の子達が群がっている方向に足を進めた。

 あちら側が自陣なのは分かるが、迂回することも可能だった筈なのに。

 

 葉山は先述の通り、達海がああいうのを嫌がることは知っている。

 なのに、敢えてその集団に突っ込んでいったということは。

 

「……気を遣わせたか」

 

 恐らく、それほどに葉山が参っているように見えたのだろう。

 つくづく――自分と似ている。

 

 だから、だろうか?

 彼の事をいいやつだとは思っても、あまり好きになれないのは。

 

 自分も周りからそういう風に見えているのだろうか。同じように、思われているのだろうか。

 

 彼女や、彼に。

 

「………………」

 

 葉山はようやく、重い腰を上げて自陣の方に――総武高のベンチへと戻っていった。

 

 しかし、相手側のファンの子は達海が引き受けてくれたとしても、総武高ベンチ側にファンがいないというわけではない。

 葉山単独狙いというファンもアウェーとはいえいるわけで、そういう子達はむしろこちら側に陣取る。

 

 その子達の相手を、自前の薄い笑顔でこなしていると、

 

「葉山せんぱーい。次の試合の用意してくださーい」

 

 そう、一色いろはが呼びかけてきた。

 生徒会長になってからは、サッカー部に出られる機会も減ったが(というよりも殆ど皆無だったが)、今日は休日ということもあってか、本当に珍しく出席していた。

 

「ああ。今行くよ」

 

 葉山は女の子達から離れる理由が出来たとほっとしたが、ふと一色の対応が変わっていたことに気付く。

 今までの一色なら、葉山が女の子達に囲まれる前に、すぐさま壁となって葉山を引き離した筈だ。

 一色はあの三浦相手にすら引かないのだ。勝てるかどうかは別にしても。このようなミーハーなファンなどに恐れを抱くような一色ではない。

 

 しかし、今は遠目から呼びかけただけで、それ以降は見向きもしない。

 

 葉山は総武高ベンチに戻り、ストレッチを開始する。

 そして、それとなく一色に話を振ってみた。

 

「そういえば、いろは。生徒会の方は大丈夫そうか?」

「え? あ、はい。それなりに。城廻先輩もこまめに来てくれますし、雑用があったら先輩に無理矢理やらせてますから♪」

 

 葉山の靴紐を結ぶ手が、止まった。

 一色がただ()()と呼ぶ時は、あの男を指している。

 

「へぇ……ヒキタニくんに」

「ええ。まぁ、私が生徒会長になったのも、あの人の口車に乗ったからですしね。それくらいはやって貰わないと。……だけど、やっぱり忙しいは忙しいので、これからはあんまりサッカー部の方には来れないかもですね」

 

 心無しか、八幡のことを話す一色の表情は明るい。

 そして、葉山に対して猫を被るのを忘れている。

 

 以前、葉山は八幡に一色が素を見せる相手は珍しいと言った。

 しかし、今、一色が葉山に素を見せているのは、決して一色が葉山に心を許しているとかそんな理由では決してないと、葉山は気付いていた。

 

 

 その後に行ったレギュラー試合は1対1――葉山と達海が互いに1ゴール――で終え、その日の練習試合は全て終了した。

 

 互いに遠征用のジャージに着替え、整列して挨拶し、そのまま現地解散。

 

 葉山は達海と二言三言話した後、戸部を含めた数名と食事に行くことになった。その中に一色はいない。

 

 そして帰り際、達海を囲む女の子集団に何とはなしに目を向けると――門前にたむろっていたので目に入った、という方が正確かもしれない――そこに見知った、というよりは見たことがある顔を見つけた。

 

 折本かおり。

 

 先日、八幡とそして彼女の連れとダブルデートの真似事をして、彼が傷つけた女生徒だった。

 一瞬だけ、彼女と目が合ったが、すぐさま葉山は戸部へと、彼女は達海へと目線を逸らした。

 

 そして葉山は、そんな再会ともいえない再会を果たし――――海浜総合高校を後にした。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 時刻は土曜日深夜。

 

 俺は人気の無い場所――高架下に来ていた。よくヤンキーがスプレーで落書きをするあそこだ。

 一応、ヤンキーの方達がいないことは既に確認済。居たらサッと何も見ていない振りして帰るまである。

 

 俺は、このガンツスーツの性能をチェックするべく、こっそり家を抜け出した。

 

 今回は自分の部屋で直接着替え、その上からスウェットのズボンとパーカーを着用。

 そして、室内で透明化を作動し、窓から屋根伝いに移動して、ここまで来た感じだ。

 

 なるべく音を立てないように短い移動を繰り返したため、それなりに時間がかかっちまった。

 

 早いとこ始めよう。

 受験生の小町が寝静まってから、早朝出勤の両親が起きるまでの間しか、俺にはトレーニングの時間がない。

 

 そして、こんな深夜の人気の無い郊外の河川敷の高架下まで来たのは――これを試したいからだ。

 

 俺は、持ってきた鞄から――Xガンを取り出した。

 

 

 ゴガンッ!!――と、俺が川から拾ったそれなりに大きな石(両手で抱えるくらいの大きさ。スーツを着ているので、重さは全然苦ではなかったが)は、木端微塵に破砕した。

 

 ……なるほど。このレントゲンのような画面の意味はよく分からんが(石を透かしても訳が分からん)、葉山が言っていたコツと言うのは、二つのトリガーを同時、または両方引いた時に発射するということか。片方だけ何度引いてもダメだと。

 

 Yガンの方もこうなのか? それともXガンだけなのか? そもそもなぜ二つ? それぞれのトリガーの個別の意味はあんのか?

 分からないことだらけだが、今、考えてもそこら辺は答えは出ない。

 

 Xガンの性能確認はこれまでにしよう。リアクションが派手過ぎる。まさか生物に向けるわけにもいかないし、これ以上はバレるリスクが増すだけだ。

 あとは、スーツだが……これも、だいたい試したからな。そもそもここまで屋根伝いを飛び回って――跳び回って来れただけで、十分だ。

 

 それに、帰りも同じ方法で帰らなくてはならない。

 

 時間が朝に近づくほど、バレるリスクが増す。

 

 そろそろ帰ろう。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 屋根から屋根へと、まるで忍者のように移動していく。

 

 分かる――俺は今、高揚してる。

 自分でも分かるくらい、心が躍っている。

 

 漫画やアニメに一度はハマったやつなら――いや、そうでなくても、子供の頃、ウルトラマンや仮面ライダー、または戦隊ヒーロー。そういうものに憧れたことのある奴は、これにハマらないやつはいないだろう。

 

 俺は今、月光のみが照らす夜の街並みを、上から見下ろしている。

 

 このスーツによる跳躍は、現実感が無さ過ぎて、まるで空を飛んでいるかのようだ。

 

 俺は、浮き立つ心を必死に抑えながら、帰宅の途に就いた。

 

 

 

 正直、この夜の事を思い出すと、その時の自分をぶん殴りたくなる。

 

 誰かに見つからなかったのは――次の日、俺の首と胴体が繋がっていたのは、間違いなく奇跡だった。

 

 

 

 俺は、鍵を開けておいた自室の窓を開け、二階の部屋に直接、ひっそりと中に入る。

 

 鍵を閉め、そのままの動きでスーツを脱ぎ、スウェットとTシャツに着替える。

 そして、スーツとXガンの入った鞄をクローゼットに放り込み、そこでようやくベッドに身を預けた。

 

 俺は、大きく、溜め息を吐く。

 

「何やってんだ……俺は」

 

 舌打ちをし、腕で顔を覆いながら、俺は吐き捨てるように自嘲する。

 ガンツスーツ――あの部屋の黒い装備、その一番危ういポイントに気付いた。

 

 これは、麻薬だ。

 

 いや、麻薬よりよっぽど性質が悪い。

 

 巨大な石をまるで発泡スチロールみたいに持ち上げるパワー。

 忍者のように身軽に屋根を跳び回れるジャンプ力、ダッシュ力。

 

 正しく超人だ。

 あれだけの力を、ただ着るだけで手に入る――着るだけで、超人になれる。

 

 それに溺れない人間が、どれだけいるだろう。

 甘美な程に――圧倒的な全能感だった。

 

 力とは――卓越した力とは、それほどまでに魅力的で――人格を大きく捻じ曲げる。

 正直、この力に溺れるのも悪くないと、先程の空中散歩で思いかけてしまった。

 

 だが、それは同時に、誰かにあの部屋の秘密がバレる危険性を飛躍的に高める。

 この秘密が誰かに漏れた時――その相手がどうなるのか?

 

 俺は、それが一番恐ろしい。

 もちろんバラした本人は頭が吹き飛ぶのだろうが、それを知ってしまった一般人には、果たしてどんな罰がある?

 

 何もしないというのは有り得ないだろう。

 俺が昨日考察したように、その該当の記憶だけ消えるのか。

 しかし、その相手諸共……という可能性も、危険性も、決してゼロではない。

 

 そして、何より。

 この力に溺れたら、あの部屋から解放されたいというモチベーションが無くなる。

 

 ……その為の、選択肢②か――『つよいぶきとこうかんする』。

 俺は、この選択肢の意味が分からなかった。

 

 例えばそれが50点ボーナスとかなら分かるが(途中のレベルアップ的な意味で)――100点に辿り着き、わざわざ解放を選べるのに、新たな武器を手に入れる必要があるのか、と。

 

 だが、今なら少し分かる。

 この高揚感を味わってしまったら……思ってしまう。

 

 もっと、もっと……強くなりたい、と。

 ゲームでレベル上げをして、自分より弱いモンスターを無双する。

 

 あの快感を、現実――生身の自分で味わえるのだ。

 どっぷりあの部屋の魔力に魅了される人間が居ても、おかしくない。

 

「はぁぁ……くそっ!」

 

 俺は、あの装備はガンツの唯一の親切設計だと思っていたが、なんてことはない。

 

 あれも、ガンツの罠の一つだった。

 だが、これらを使いこなさなければ、生き残れないのも確か。

 

 …………よし。

 ガンツのミッション以外で、あれらに触れるのは、もう止めよう。

 

 勿論、いつ来るか分からないミッション召集に備えて、常備はするだろうが、決して身に付けない。

 

「次のミッションの時に……あの部屋に置いて帰らねぇとな」

 

 俺はゆっくりと眠りにつく。明日も休みでよかった。休日最高。昼まで寝よう。

 

 

 

 

 

 ……くそっ。寝れない。

 

 

 結果的に、寝つけたのは朝方で、起きたら夕日が眩しかった。

 




やはり比企谷八幡は生き残る為の準備を惜しまない。


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僕は、悪くない。

 

 

――そして、その時は来た。

 

 

 時刻は夜六時頃。

 夕方までぐっすり眠り、小町にゴミを見られるような目で睨まれ――受験生からしたら、そりゃ腹も立つよね。ゴメンね――朝飯代わりの昼飯を含む夕飯を食べ、そのまま一っ風呂浴びようと着替えを自室に取りに行った時だった。

 

 寒気がした。

 

 寒気? ……悪寒?

 

 とにかく――――嫌な、予感。

 

 俺は大急ぎでクローゼットを開き、その中のスーツとXガンを手に取った。

 

 

 

 

 

 そして、気が付けば俺はあの部屋にいた。

 

 先客はただ一人――見覚えのある、不愉快な笑みを浮かべる中学生。

 

「やぁ! 久しぶりだねぇ! 僕! 僕のことを覚えてるかい! よく一緒に遊んだじゃないか! 懐かしいな~!」

「……何でお前は、同窓会で久々に同級生に会ったかのようなテンションなんだよ……」

 

 俺はお前の同級生でも、ましてや友達でもないし、最後に会ったの三日前だし、よく一緒に遊んだことないし、それに俺同窓会とか行ったこともたぶんこれから呼ばれることもないし、ってあああ! ツッコミ追いつかねぇ! やっぱコイツ嫌いだわちくしょう!

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「ねぇ! いいじゃん、行こうよ! 今日は特に練習があったわけじゃないんでしょ!」

「ああもう、うっせぇな! 俺は別に今は彼女欲しいとかないの! だから、逆ナンなら別の奴誘えよ!」

 

 場所は変わって――夕方から夜に変わろうとする千葉。

 そろそろ周囲を行き交う客層が、若い学生から休日出勤を終えた勤労戦士へと変わり始める時間帯。

 

 苛立ち混じりで早歩きで進む達海龍也を、折本かおりがしつこく追いかけまわしていた。

 

 折本はあのダブルデートの後から、ずっとこんな感じだった。

 折本は別にクラスのマドンナというわけではない。

 だが、その姉御肌(自称)な気さくな性格と、決して悪くはないルックスで、少なくとも面と向かって馬鹿にされたことなどなかった。

 

 彼氏も常に長続きはしなかったがコンスタントにいたし、少なくともそんな自分は()()()()()、と思っていた。

 

 だが、そのプライドのようなものは、この間の一幕でズタズタにされた。

 葉山隼人に取られたあの態度も、折本の心に影を落としていたが、それ以上に突き刺さったのは、彼のあの言葉だった。

 

――比企谷は君たちが思っている程度の奴じゃない

 

――君たちよりずっと素敵な子たちと親しくしてる。表面だけ見て、勝手なことを言うのはやめてくれないかな

 

 かつて、中学時代に自分が振った比企谷より、あの日会わなかったらそのまま告白されたことすら忘れてひょっとしたら卒アルを見てこんなやついたかも! って笑い話にしかならなかったかもしれない、そんな男より、近隣高校に名前を轟かせる学園の王子様から直々に――自分は格下だと言われた。

 

 それが――無性に、我慢ならず、恥ずかしかった。

 どうにか見返してやりたい。何か、行動を起こさなくちゃ――と。

 

 そんな折本がとった手段は、葉山と同等、あるいはそれ以上のレベルの男子と付き合うこと。

 もし、葉山隼人と同等以上に有名な、同クラスのステータスを持つ達海達也の彼女になれれば――このクラスの男子に認められれば。

 

 少なくとも、あんなことを言われるような筋合いはないと。

 あんな惨めな思いをするような、あの時のショックを受けた自分は、払拭出来る――のでは、と。

 

 どこかで、なにかがまちがっているような、そんな焦燥感を振り払うように、折本はとにかく行動した。

 ここでそういう思考しかできない時点で、葉山の言っていることの十分の一も理解できていないということに気付かずに、気付かない振りをして突き進む。

 

 サッカー部のイケメンエースとして、校内だけでなく他校の女子からも人気の高い、達海龍也。

 傍から見れば、とてもではないが釣り合いが取れない――それこそ、あの日、あの現場に現れた、二人の少女クラスの女の子でなければ。

 

――比企谷は君たちが思っている程度の奴じゃない

 

――君たちよりずっと素敵な子たちと親しくしてる。

 

「――――ッ!」

 

 あの日の葉山の言葉が蘇り――折本は、それを振り払うように、達海に追い縋る。

 

 始めは達海も、自分の他のファンと接するように丁寧に応対していたが、折本のアタックがあまりにもしつこく、鬼気迫るものがあった為ので、いつからか荒っぽく切り捨てるようになった。

 

 元々、達海は葉山のような八方美人タイプではない。

 むしろ男子だけのグループでガサツな掛け合いを好むような、根っからの体育会系。

 根が優しいので、女子に汚い言葉を吐いたり乱暴な対応をしたりはしないが、基本的に男子同士の方が気楽だと感じるのだ。

 

 彼女を作らないのもそれが理由。なんとなく、だ。別に明確に想い人がいるわけでもない。だが、友達に彼女いた方が女避けになるぞと言われても、そういう理由で彼女を作るのはなんとなく気が引ける、というくらいには恋愛に興味がない、というより恋愛に理想を抱いている部分はある男だった。

 

「ああもう、しつけぇよ!!」

 

 達海が本気で怒鳴ると、折本はビクッとなり体を硬直させる。

 時間も少し遅めとはいえ、まだまだ人通りも多い。

 お陰で注目を浴びてしまったが、達海は限界だった。

 

 彼が折本を鬱陶しく思う最大の理由――それは、別に折本が()()()()()()()()()()()()()()()()()と気づいているからだ。

 

 達海は葉山のように学年二位の成績というわけでもない――ぶっちゃけスポーツバカだ――が、葉山のように幼少期からモテてきた由緒正しいエリートリア充だ。

 だから折本のように、自分という()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()女子を何人も知っている。

 

 達海が恋愛に幻想を抱きがちになったのも、それが理由の一端ではあるのだ。

 恋愛の汚さ、薄っぺらさを知っているからこそ、恋愛へのハードルが上がっていった。

 

 それに気付いてからは、折本のことはきつく、激しく拒絶してきた。

 

 今日オフなのに友達と遊ばずに、ここまでバッティングセンターに繰り出してきたのも、ただただストレス解消の為だった――達海はサッカーだけでなく、色んなスポーツが好きだ。その中でサッカーが一番好きだったからサッカー部に入っただけで。強豪校に行かず、地元高校を選んだのも、勝ち負けに拘らない、ただスポーツが出来ればよかったという理由だ――にも関わらず、何の因果か道中で折本と遭遇し(偶然だと信じたい)こうして付き纏われている。よく一日我慢した方だ。

 

 それが遂に爆発した形だが、折本は達海の怒声に怯えているものの、立ち去ろうとしない。

 

 何が彼女をそこまでさせる?

 

「…………っ!」

 

 達海は折本を気味悪く感じ始めた。

 

「……付き合ってらんねぇよ」

 

 達海は自前のバイクに乗った。

 海浜総合は担任の教師の許可証があれば二輪免許を取得することが出来る。

 

 達海はバイクが好きなので趣味として休日はツーリングをしていた。

 

 そのまま折本を振り切ろうとするが――折本は、達海がヘルメットを被った隙に後ろに乗り込んだ。

 

 達海は気付かずにそのまま発進させる。

 車体が進み始めた時、折本は初めて達海の腰に手を回す。そこでようやく、達海は折本に気づいた。

 

「っ! てめぇ、何してんだ! 早く降りろ!」

「……や、やだ! こんなとこで降りれるわけないじゃん!」

 

 達海は一刻も早く折本を振り切ろうと、道路に出る直前まで車体を手で押してから発進させたので、既に路上だった。

 だが、幸いにもすぐに赤信号で止まった。前のファミリーカーの後ろで停車し、折本に降りるよう促す――というより命令する。

 

「てめぇ! 早く降りろよ! このままだとお前のノーヘルで俺が罰金取られんだよ!」

「ヘルメット着ければいいの? じゃあ着けるから出して」

「俺は一人乗りしかしねぇから持ってねぇよ! だから降りろ! 早く!」

 

 達海は、ヘルメットの中から、くぐもった声でもはっきりと伝わる憤怒の――あるいは、畏怖の表情で叫ぶ。

 

「オマエ――なんで、ここまですんだよッ!」

 

 折本は気付かない。

 その言葉に、唇を噛み締めた自分に。

 

「―――――ッ!」

 

 折本は、達海は、どちらも気づかない。

 

 自分達のすぐ後ろに――居眠り運転のトラックが近づいていることに……。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 始まったか……二回目のミッション。

 

 今現在この部屋にいるのは俺と、葉山、中坊。そして、ヤンキーが四人(さっきから喚いてうるさい。ていうか怖い)。

 この四人は、いわゆる新人だろう。窓に向かったり圏外の携帯に向かって吠えたり玄関が開かないと騒いだり忙しない。

 

 葉山が、説明した方がいいか、とか言っていたが俺は全員揃ってからの方がいいだろうと言った。

 正直、状況は時間勝負。全員の転送が終わってからあのラジオ体操の曲が流れるまでの時間で説明しきるか不安だが、それこそ同じことを何回も説明するのは時間の無駄だし、それにコイツ等が荒唐無稽なこの状況を受け入れるとは思えなかった。

 

 こういう人種は、政治家並みに自身に都合が悪いことは耳に入らない。

 アナタたちは死にました、これから命懸けで戦ってもらいます、なんて言われたら、ヤンキーじゃなくても大抵の人物が受け入れないだろう。

 

 だから、俺はその役目は葉山に押しつけ――ゴホゴホッいや任せるつもりだ。俺なんかよりもはるかに初対面の人物の印象が抜群だからな。うん。完璧だ。適材適所だ。決して面倒だからとか苦手だからとかじゃない。

 

 それに――。

 

「ねぇ、ねぇ。今回はどんな敵かな? 強いかな? 怖いかな? 楽しみだなぁ~。ねぇ、ぼっち(笑)さんもそう思うよね! ね!」

「……俺は二回目だから知らねぇよ。ねぎ星人さんとしかお会いしてないんだからな」

 

 さっきからコイツが纏わりついてきてうるさい。っていうかウザい。なんなの? なんでそんな物騒な話をそんなキラキラした顔で言えるの?

 うわ~ん。もう早く相模来いよ~。少なくとも相模が来れば、これで全員かもとか言って葉山に説明任せて、スーツに着替えられるのに~。

 スーツを着ろなんて言ったって、コイツらおとなしく着るわけねぇから、目の前で俺がこれを着る宣言すれば少しは有効かな? なんて思ったから着るの我慢してるのに……くそっ。前回生き残ったやつから優先的に転送されるわけじゃないのか。まぁ、中坊は前回ラストだったしな。

 

 

 ん? また誰か転送されてきたな。

 ……二人?いや、二人二組で四人か。

 

 おいおいずいぶん多いな。前回死んだメンバーは五人だったから、補充されるとしてもそのくらいだ……と……。

 

「おい……まさか……」

 

 葉山が絶句する。まさしく信じられないという心情が強く言葉に現れている。

 ……そっか。確かに、葉山もコイツとは縁があったな。

 ったく、最近俺は関わり合いたくない奴とのイベントばっかり増えるな。

 

 それにしても、どうして。

 

 何で死んだんだよ……。

 

 

「折本……」

 

 

 四人の中の一人――それは、折本かおりだった。

 

「ん? なんだ……ここ……」

「え!? なに!? ここ……おばーちゃん……こわ…いっ!」

「だいじょうぶ……だいじょうぶよ……おばーちゃんが守るから」

 

 その他の三人、高校生くらいの男子に、小学生くらいの少年、そしてその祖母と思しき老人。

 

「え? 何? ……っ! ……比企谷? ……葉山くん?」

 

 折本は俺と葉山の顔を見て――呆然と。

 

「ここ……どこ?……」

 

 折本の問いに、俺達が明確な答えなど、持ち合わせている筈もなかった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 相模が転送されてきたのは、葉山が新メンバーに状況を説明し終えたころだった。

 

 新人達のリアクションは、……まぁ、概ね予想通り。

 

「ふざけんなよっ!! そんな話信じられるわけねぇだろぉ!!」

 

 ヤンキーの一人が大声で喚く。

 ……はぁ。やっぱこうなったか。

 こいつだけじゃない。他のヤンキーも、葉山の知り合いっぽいあのイケメンも信じていない。おばあちゃんと子供にいたってはガタガタ怯えてそれどころじゃない。……こんな人達すらターゲットになりうるのか……。

 

 そして、当然――折本も。

 

「…………………」

 

 この部屋に転送されてからというもの、折本は部屋の隅で体育座りをしながら、ちらちらと俺や葉山を細めた眼で見てくるだけで、何も言おうとしない。葉山の説明も、果たしてどう受けとっているのか……。

 

 ……はぁ。……どうすんだ、これ?

 

「ねぇ、どうしたの?」

 

 相模が俺に問い掛ける。……まぁ、こいつにしても、よく分からない状況だろう。

 

「こいつらが、今回、新しくこの部屋に連れてこられた奴らだ。葉山がこれから起こることを説明したんだが……」

「……ああ。……まぁ、信じられないよね。……っていうか」

 

 信じたくない、よね、と相模はそう言った。

 

「悪いが、葉山。いきなり、俺達はもう死んでいて、これから命がけの戦いに送られるって言われても、はいそうですかって簡単には信じられない」

 

 ワイルドイケメン君が言う。

 

 ……まぁ、そうだよな。

 俺だって、いきなりこんなことを言われたら、まず当たり前のように詐欺を疑う。

 

 誰だってそうだろう。

 死んだなんて、戦うなんて、誰だって、そんな可能性を全肯定できるわけがない。

 

 だって、そんな都合が悪いだけの真実は、信じるメリットが一つもないんだから。

 

 そんな思考が腐った眼に出ていたのだろうか――折本が、イケメン君の背中に隠れながら、俺に向かって疑問を呈す。

 

「……それに、戦うって、何と戦うっていうの?」

 

 折本の、淡々と放つ疑問に、葉山は窮する。

 

「それは……」

 

 葉山……言いにくいのは分かるが、この状況で言い淀むのは最悪の選択だぞ。

 

「ほらっ! 言えねぇのかよ! イケメンさんよぉ!」

「そんな話で騙せると思ってんのか!」

「ゾクなめてんじゃねぇぞ!」

 

 ヤンキー達が分かり易く勢いを増して喚く。こういった連中に弱みを見せるとこういうことになるんだ。

 葉山がその声を受けて、どんどんと俯いていく。

 

 ……このままじゃまずいな。

 

 

「宇宙人をやっつけにいくんだよ」

 

 

 俺の言葉に、部屋中の人間の視線が集まった。

 

 そして、少しの沈黙の後、どかんと湧き上がるようにヤンキーの大爆笑が響く。

 

「ははははは、何だそりゃあ!」

「腹痛ぇ! ヤバい腹痛ぇ!」

「会いてぇw! 宇宙人会いてぇww」

 

 すげぇウケっぷりだ。R-1の一回戦突破ぐらいなら夢じゃないレベル。

 折本は完全にコイツ頭おかしいんじゃねぇの? ってレベルの眼で見てるし、イケメンも戸惑いを隠せないって感じだ。

 

 

「まぁ、信じたくない奴は死ねばいい。俺は死にたくないから準備を怠らないがな」

 

 

 笑い声がピタリと止む。

 

 ついさっき死に掛けた――紛れもなく死んだコイツ等にとって今、死って言葉は重い。

 

「あぁ? 何言ってんだお前?」

 

 ヤンキーの一人が本気でガン飛ばしてくる。

 はっ! 残念だったな。お前程度じゃあ、由比ヶ浜を泣かせた疑惑で校舎裏に呼び出された時の獄炎の女王に遥か劣る。こ、怖くなんてねぇぞ。俺のナックルパンチが火を吹くぞ!

 

 一切、動揺を見せるな。あくまで不敵に。コイツ何か知ってる風なキャラを装うんだ。

 

 そろそろ……。

 

 

あーた~~らし~~いあーさがき~~た~~きぼーのあーさーがー

 

 

 全員がギョッとした表情をする。

 確かに、こんな状況で流れるラジオ体操は不気味だよな。

 

「な、何!?」

 

 折本が怯える。

 

 ……始まるな。またアレが。

 

 

【てめえ達の命はなくなりました。】

【新しい命をどう使おうと私の勝手です。】

【という理屈なわけだす。】

 

 

「は、ふざけんなよ何だよコレ!」

 

 ガンツからのメッセージ。

 

 そして――。

 

 

【てめえ達はこいつをヤッつけてくだちい】

 

 

 ここまでは、前回通り。

 

 

《田中星人》

 

 

「はぁ? 田中……星人?」

「何……コレ……?」

 

 ヤンキーらと折本は球体に浮かび上がる文字を食い入るように見ている。

 

 その時、ドンッ!!!! ――と、黒い球体が三方向に勢い良く開く。

 

 子供の泣き叫ぶ声が響くが、それも相応しいかもしれない。

 

 なんせ、そこに現れるのは――無数の黒い銃器なんだから。

 

「ゲーム……?」

 

 イケメンが呟く。

 的を射ている。

 これはゲームだ。ガンツの動かすキャラクターとなって、命懸けのゲームを強いられる。

 

 だが、TVゲームのキャラと違って――このキャラクターには、俺達には、自我がある。

 

 ならば、最後まで、足掻くしかねぇだろ。

 

「これで、少しは信じたか」

 

 俺の言葉に、再び視線が集中する。

 

「葉山の言う通り、今から俺らは、その田中星人とやらと戦う――戦わされる為に、どっかに送られる。そして――」

 

 黒い球体を背負いながら、俺は新人達に言った。

 

「――負ければ、死ぬ」

 

 死ぬ――今度こそ、死ぬ。

 

 既に死人の俺達が、偽物の生を謳歌出来るか、それとも相応しい地獄に今度こそ送られるか。

 

 それを決める戦場に――俺達は送られる。

 

「俺は死にたくない。だから、それなりの準備をする。死にたい奴は好きにしろ」

「準備って……何?」

 

 折本が俺を睨みつけるようにして問い詰める。

 

 俺は、部屋の外に向かって歩きながら、ガンツスーツを見せびらかすように肩にかけて、言う。

 

「葉山に聞け」

 

 俺は葉山に目線を向ける。葉山は呆気に取られていたが、俺の意図が伝わったのか。

 

「……生き残る為には、あのスーツを着ることが重要なんだ。それで生死が決まると言っていい」

 

 葉山が全員の視線を、注目を集める。

 

 これでいい。集団を纏めるには、全員のヘイト値を集める役と、纏め上げる役が必要だ。

 事情を知ってる四人の中で役を振り分けるなら、自然とこうなる。

 

 俺はスーツに着替えるべく廊下に出るが、その際に中坊と目が合う。

 

 コイツは前回事情を知らない人間を囮として使っていたから、今回、葉山が全員に状況を説明するとき何らかのアクションを起こすものだと思っていたが、何もしなかった。

 ただ楽しそうに嗤っているだけだ。

 

「名演技だったね♪」

 

 すれ違いざまにこんなことを呟かれた。

 

 ホント、食えない奴だ。

 

 ……ってかコイツ毎回既にスーツ着てるけど、日常的に普段着にしてるのかな?

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 俺が廊下で着替えていると、葉山とあのイケメンがやってきた。

 

「……あのヤンキー達は?」

「…………………」

 

 葉山が悔しそうに唇を噛み締める。

 ……馬鹿だな、アイツら。まぁ、無理もないか。俺らみたいなガキの言うことを死んでも聞きたくないって人種だろうし。それが文字通り死に繋がるって理解してるのかいないのか……いないんだろうなぁ。

 

「気にするな。俺らがメインで戦えばいい」

「っ! …………」

 

 葉山の顔が青くなる。

 ……しまった。葉山は前回殺されかけてるんだったな。

 

「あぁ、まあ無理に戦わなくてもいい。葉山はスーツ着てない奴を守ることに――「なぁ」

 

 俺が葉山と話していると、イケメンが俺に話しかけてきた。

 

「えぇと……」

「…………比企谷だ。比企谷八幡」

「そうか。俺は達海龍也だ」

「……達海。で、何だ?」

 

 何だよ。なんでコイツ名前までイケメンなんだよ。葉山の周りはそんなんばっかか。

 

「……お前らは、こんなの何回やってんだ?」

「……二回目だ」

「二回目!?」

 

 達海が驚く。

 

「何だ? だから、俺らが分かるのは本当に表面的なことだけだ。あんまり俺らに依存すんなよ」

「い、いや。…………ああ。分かった」

 

 ん? 何だ?

 ……まぁ、いいか。話が無いなら、俺は部屋に戻って武器を仕入れることにしよう。

 できれば、Yガンが欲しい。……まだXガンは、星人とはいえ生物に向けるのは抵抗があるしな。

 

「そうだ、比企谷。コレ、どうやって着るんだ?」

 

 達海が問い掛ける。葉山も良く分からないようだ。

 俺は意地が悪い、きっと気持ち悪く歪んでいるであろう表情で言う。

 

「全裸だ。全裸にならないと着れない」

 

 二人のイケメンは固まった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 このガンツルームは2LDK。部屋はあのガンツがあるデカい部屋の他にも二つある。

 俺ら男子が玄関からの廊下部分で着替えたので、相模達はまた別室で着替えているんだろう。……相模が折本を上手く説得できればいいんだが。

 

 ……もしかしたら、あのヤンキーどもが覗こうとするかもな。無人島とかの極限状態ではモラルが著しく低下すると聞いたことがある。今はそれと同等以上の状況だしな。

 

 早く戻ろうと、部屋の扉を開けた途端。

 

 

 

 そこは、血の海だった。

 

 

 

 前回のミッションの時、ねぎ星人が住宅地に作り出した惨状。

 

 それに酷似した真っ赤な地獄が、ルームマンションの一室に再現されていた。

 

 

 元はヤンキーらであっただろう――ほんの数分前まで活動していたであろう肉の塊が四つ、無造作に転がっている。

 

 その部屋の中央で。

 

 白いパーカーを鮮血で染めた中坊が。

 

 Xガンを片手に、あの見る人を不快にさせる笑顔で佇み、言う。

 

 

「おっと、誤解しないでくれよ」

 

 

 天使のような、悪魔な笑顔で、言う。

 

 

 

「僕は、悪くない」

 




またしても、比企谷八幡は黒い球体に誘われる。


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……君さぁ。ちょっと調子に乗り過ぎだよ。

 

 殺人鬼。

 

 この言葉で、なぜ、鬼という言葉が使われるのか?

 

 詳しい由緒、正しい起源なんて、国語学年三位の俺も知らない。

 

 ただ、俺の主観、個人的見解を言わせてもらうなら、それはきっと――

 

 

 人、ではないからだと思う。

 

 人、と呼ぶには、あまりにも壊れている。

 

 大量の人間を殺すことで、人としての、大事なものが、欠落している。失くしてしまっている。

 

 彼らは――奴らは。

 

 失くしてしまい、壊れてしまい、外れてしまったのだろう。

 

 人――では、人――から、なくなってしまったのだろう。

 

 

 だから、人は――()()を、鬼と呼ぶのだ。

 

 

 お前は、俺達とは違うと。あれは、それは、人ではない、別の何かなのだと。

 

 線引きをし、己が近くから排除して、迫害する。当然の防衛として。

 

 嫌悪と、そして圧倒的な畏怖を込めて。

 

 

 それが殺人鬼。人の身から外れ、“鬼”へと堕ちた異形たち。

 

 

 俺の目の前で佇むコイツも。

 

 血だまりの中で微笑むコイツも。

 

 恐らくはそんな“鬼”たちと同様に、人としての大事なものを失っている。

 

 人ではない、なにかなんだろう。なにかに、なってしまったのだろう。

 

 そんな彼に、そんな鬼に、そんな人ではないなにかに。

 

 恐怖よりも、嫌悪よりも。

 

 同情を、感じてしまった俺も。

 

 

 人ならざるものへと、着実に近づいているのかもしれない。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「キャァァァァアアアアアアアア!!!!!」

「!」

 

 俺は、相模のその悲鳴で現実へと意識を取り戻した。

 

 どうやら俺は、この悍ましい惨状を前にして、悲鳴も上げず、かといって中坊への糾弾も怠って、ただただ思考に耽っていたらしい。

 

 相模の悲鳴を皮切りに、その後ろから折本、そして俺の後ろから葉山と達海が続けて顔を出した。

 

「ッ!!」

「はぁ!? なんなんだよ、コレ!!」

「えっ、何!? イヤァァァァアアアアアア!! 何!? なんなの、コレ!?」

 

 ……まずいな。

 折本も、達海も、現時点では只の一般人でしかない。

 相模も前回は遠目でしか惨劇を見ていないし……それに、葉山は――。

 

「ッッッ!!!」

 

 顔面蒼白で体をぶるぶると尋常ではない程に震わせていた。……完全に、前回の体験がトラウマになってるな。

 ……これじゃあ、今回まともに戦えるかどうかすら怪しい。

 

 なら――やるしかないか。

 

「落ち着け!!」

 

 俺の精一杯の叫びで、何とか悲鳴だけは止まった。

 普段大声なんて出さないから喉潰れるかと思った。噛まなかっただけましか。

 

 ちっ。それもこれも……。

 

「な、何? こんな状況で落ち着けるわけないじゃん!?」

 

 折本が絶叫する。

 分かってる。そんなことは百も承知だ。

 

「だから、今から事情聴取するんだろうが」

「事情聴取って――」

「おい」

 

 悪いが、折本に構っている時間はない。

 もう、いつ転送されてもおかしくないんだ。

 

「なんで殺した?」

 

 俺は、さっきからこっちを――っていうか俺をニヤニヤしながら見ている中坊を睨みつけながら、今更ながらに糾弾する。

 

「おいおい、事情聴取とか言うなよ、物騒だな。まるで僕が殺人犯みたいじゃないか」

「どこからどう見ても上から下まで殺人犯じゃねぇか」

 

 最有力容疑者の少年は、頭のてっぺんから爪先まで返り血を浴びている男は、そこで更に一層笑みを深め、ドヤ顔で言う。

 

「いやいや、さっきも言っただろう――――僕は、悪くない」

 

 中坊は、再び先程のセリフを繰り返した。

 

 これだけ状況証拠が――いや、そんなものはどうでもいい。

 そんなものなくても断言できる。

 

 犯人はコイツだ。間違いなくコイツだ。

 

 コイツは間違いなく、四人の人間を虐殺してる。

 

 その直後に、コイツは真顔で――いや、笑っているが――堂々と言い張れる。

 

 自分は、悪くないと。

 

 気持ち悪い。

 

「お前の善悪なんてどうでもいい。お前がコイツらを殺すに至った経緯を簡潔に述べろ」

 

 だが、今はそれより事件の解明だ。

 コイツが気持ち悪いことなんて初対面の時から変わらない。

 

 事件の解明なんて大仰なことを言ったが、俺のすることはなんてことはない。

 

 中坊と会話をすること。ただそれだけの簡単なお仕事だ。

 

 正確には、このまま転送までの時間を潰すこと。

 俺がコイツから何か聞き出せるとは思ってないし、それに聞き出すほどの真実なんてない。

 

 中坊が、四人の人間を殺した。ただそれだけのこと。

 

 俺は中坊はイカれた奴だと思っているし――まぁ、何の理由もなく人を殺すような奴だとは思っていないが、逆に言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だとは思っている。

 その理由のハードルが恐ろしく低く、尋常じゃなく気まぐれだろうとも。常人じゃ考えるだけでも発狂しそうな被害妄想だろうとも。

 

 阿呆か。そんな奴相手に話を聞き出そうなんて無駄だ。万一聞き出せたとしても、俺なんかに理解出来るとは到底思えない。

 だからこそ、今すべきことは、推理物のドラマのような事件の悲しい背景の追及とかお涙頂戴な動機の聞き出しとか――じゃあ、ない。

 

 他のメンバーに――今、非常に不安定な精神状態の()()()()()()のメンバーの意識を、俺達の会話に向け、何も考えないようにすること。

 この悍ましい現場に対する考察を深めずに、深入りせずに――転送までの時間を潰すことだ。

 

 ただでさえ訳の分からない状況で、突如発生した殺人事件。

 パニック状態になって、収拾がつかなくなる奴が出てきてもおかしくない。っていうか確実に出てくる。

 

 そして一人パニックになると、連鎖的に全員がパニックになる。

 下手をしたら、更に死人が増えるかもしれない。

 

 故に、意識を他に向けさせる。そうすることで、時間を稼ぐ。俺に出来る小細工としてはこんなものが精々だ。

 

 今の所、それは成功しているようだ。皆、俺達の会話に耳を傾けることで、少なくとも思考が出来るくらい落ちつい――――?

 

「…………?」

 

 なんか、周りの奴等の俺に対する視線もきつくなったな。よくあることだから気付くのが遅れたが………ああ、そうか。

 

 コイツ等からしたらコイツと会話している――会話出来ている時点で、俺も相当気持ち悪いんだろうな。

 

 それぐらい、コイツは――中坊は異常だ。

 そして、その異常と一見対等に接している、ように見える、俺という奴も異常だと感じている。

 

 まあ、気持ちは分かるし、別に今更何とも思わない。

 俺が誰かに嫌われるのも今に始まったことじゃないし。

 

 中坊は、そんな俺に対する笑みを深めながら、へらへらと「昨日嫌なことがあったんだよぉ~」的な愚痴を言うかのテンションで回答する。

 

「いやね、聞いてよぼっち(笑)さん。酷いんだよ~あいつらってばさぁ~。ぼっちさん(笑)やイケメンズやそこのお姉さんたちやそこのおばーちゃんとお孫さんがスーツに着替えに行った後、そこのヤンキー達が武器を漁り始めてさぁ――――なんと、僕目掛けてXガンを撃ったんだよぉ。非道いよね」

「ッ!!」

 

 中坊のあざというるんだ上目遣いの言葉に、Xガンの威力を知る俺と葉山が絶句する。

 他のメンバーは訳が分からずポカンとしている――訳の分からない状況が続きすぎて処理が追いつかないのかもしれない。

 

 だが、中坊の言うことが本当なら、確かにこれは悪ふざけで済ませていい問題じゃない。

 下手をすれば、この血だまりを他ならぬ中坊自身の血液で作り出していたのかもしれないのだから。

 ……いや、というより――。

 

「ね。ね。分かってくれた? つまりは、僕は被害者だ。正当防衛。なんて甘美な響きだろう。つ・ま・り、僕は悪く――」

「……なんで、お前は生きてるんだ?」

「もう! 最後まで言わせてよ! これ決めコマに使うんだからぁ!」

「質問に答えろ。お前は何で、X()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 すると、中坊はそれまでの能面のように変わらなかった不快な笑顔を止めて。

 

 ミステリアスに、不敵に笑う。

 

「…………さぁ? 何でだと思う?」

 

 ひっ! と小さく悲鳴。相模か、折本か、悲鳴の主は分からないが、恐怖したのは彼女だけじゃない。他のメンバーも、全員漏れなく恐怖した。

 いや、先程からずっと中坊を恐れているのだから、恐怖の大きさが増したというべきか。

 

 増したというより、濃くなった、という感じか。

 

 アイツの纏う空気が、放つオーラが。

 

 より濃く、黒く、冷たくなった。

 

――だが、いまはそれよりも確かめるべきことがある。

 

「……スーツ、か?」

 

 俺の答えに、中坊は、口角を吊り上げて。

 

「答えは、webで♪」

 

 そう言い残し――転送されていった。

 

「――っ! おい、中坊!!」

 

 声を張り上げても、既に中坊は胸の辺りまで転送されている。

 

 質問の答えは、返ってこない。

 

「くそっ!」

 

 俺は、中坊の()()の横を――つまりは、ヤンキー達の死体の血の海の中――を通過し、XガンとYガンを手に持つ。

 

「葉山! マップの使い方は教えたから分かるな!?」

「……え? あ、ああ」

「転送されたら、とりあえず全員を一か所に集めろ! そして、()()()()()! いいな!」

「お、お前はどうするんだ、比企谷?」

 

 俺は自身が転送され始めているのを感じながら――何気に転送されるのが一番最後じゃないのはこれが初めてだった――葉山に言う。

 

「中坊を追う! アイツに聞かなきゃならないことがある!」

 

 俺のこの考えが――嫌な予感が、もし正しければ――大変なことになる。

 

 

 こうして、俺の二回目のガンツミッションは幕を開けた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

【いってくだちい】

 

 

【1:00:00】ピッ

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「………はは。いきなりかよ」

 

 転送されたのは、またしても見知らぬ住宅街。前回とは違う場所のようだが。

 

 

 そして、俺の目の前に、ガンツに表示されていた今回のミッションのターゲット――田中星人がいる。

 

 

 前回のねぎ星人よりは人間に近いフォルムをしている。だが、人間()()()という点に置いては、奴よりも遥かに劣っていた。

 光沢が強く、硬質な印象を覚える表面。何かの金属だろうか――少なくとも鉄とかステンレスじゃないようだが。

 そして何よりも異様なのは――笑顔からピクリとも動かない、その張り付けられたような表情。

 

 ロボット――という表現が、一番しっくりくる。

 一歩一歩、こちらに向かってくるごとにウィィン、ウィィンという音が響くのも、ロボットっぽさに拍車をかける。

 

 ……っていうか、ロボットなんじゃねぇの?

 確かにレベルは物凄く高いが、こちとら散々トンデモテクノロジーを目の当たりにしてきたんだ。いまさらこんなレベルのロボットがあっても驚かない。なんなら初めてペッ〇ーくんを知った時の方が衝撃を受けたくらいだ。

 

 ……よし。

 一歩間違えればとんでもないリスクだが、幸いまだ距離がある。

 

 俺は、近づいてくる田中星人に向かって――Xガンを向けた。

 

 こんなのは俺のエゴに過ぎないが、初めてXガンを撃つなら、できるだけ()()()()()()()のがいい。

 Yガンだけでは、Xガンなしでは、どうしても直に限界がくるのは明白だ。

 

 この先、この戦争を生き抜くためには、Xガンの射撃経験は必須だ――――どれだけ言い訳を重ねようが、命を奪うことには変わりない。

 

 そのことを――Xガンに表示される田中星人のレントゲン画像が、ありありと示している。

 映るのは、田中星人の全身骨格。紛れもなく、()()()()()()()()

 ロボットのように見えても、機械のように駆動しても、文句無しに生きている。

 

 そして、俺は、今から。

 

 コイツをころ――っ!

 

「なッ!?」

 

 田中星人が突然口を開けた。そして、何かを発射しようとしている!?

 

 口の中で青白い光が発光し始め、危機感を煽るチャージ音(?)がどんどん大きくなる。

 

「ッ!」

 

 俺は気が付いたら、トリガーを二つ同時に引いていた。

 

 それに呼応するように、田中星人が青いビーム弾のようなものを発射する。

 おいおい、そんなのアリなのか!?

 

 だが、そのビーム弾は俺の手前数メートルで弾け飛んだ。

 

「……っ!」

 

 どうやら、俺のXガンの射撃で相殺したらしい。

 だが、衝撃は殺しきれず、俺は風圧で吹き飛ばされてしまう。

 

 田中星人は、そのロボットのような歩みを止めない。

 

 土煙が広がる住宅街の中の路上を、無機質に、無感情に、淡々と近づいてくる。

 怖いよ。ターミネーターかよ。見たことないけど。

 

 にしても、まさかの飛び道具とは。

 星人のことを、殴る蹴る噛みつく引っ掻くくらいしか出来ない怪物だとでも思い込んでいたのか?

 

 こちらが銃という飛び道具を持っている以上、敵もそういう()()()()()()()()()()()ぐらい、考慮しておくべきだった。迂闊だ。

 

「っ! くそッ!」

 

 不味い。再び、あのチャージが始まった。

 どうする? またXガンで相殺を狙うか? だが、あんなこと毎回上手くいくのか? しかし、あんな攻撃をどうやって確実に避ける?

 

 ヤバい、迷うのが一番ダメだ。

 動け、逃げろ、このままじゃ――。

 

「!!」

 

 田中星人が――顔の向きを直前で変えた!?

 

 なぜだ、そこには何も――。

 

「ぐぁあああ!!」

「!? 中坊!?」

 

 ステルスで隠れてたのか?

 

 いや、それよりも――田中星人は()()()()()()()()()のか!?

 

「ッ!! ……おいおい、嘘だろ」

 

 さっきから!マークが止まらねぇだろうが。

 

 ……飛んでいやがるよ、田中星人(アイツ)

 足から炎を噴射して、ロケットのように。

 

 ……確かに、ねぎ星人は相当()()()()()みたいだな。

 

 空を飛んで、ビームを放つ、ロボットのような星人――それが、田中星人か。

 

 真夜中の住宅街の空に浮かんだ田中星人は、中坊が吹き飛んだガレージの中にミサイルのごとく突っ込んでいく。

 

「ぐ……ああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 中坊の悲鳴。そして、青白い光が何度か瞬く。

 Xガンの発射光にも似ているが、その前に響くチャージ音から恐らくは田中星人のビーム弾の方の残光なんだろう。

 

 あのガレージの中の戦いは、田中星人の方が優勢なのだろうか。

 

「…………」

 

 ……本来なら、俺がアイツの味方をする必要なんてない。

 あの中学生は散々俺達を囮として使ってきた。そして、さっきも奴は四人の人間を殺した。恐らくは俺達があの部屋に来るまでも、同じことを繰り返してきたんだろう。

 

 なら、俺がここで中坊を見殺し――いや、あえて中坊と田中星人を戦わせて、弱った田中星人に俺が止めを差す。

 つまり、俺があの中学生を()()使()()――そうしても、俺は責められる(いわ)れはないし、この『ゲーム』においては、それが最善の策だろう。

 

 ……いや、本当にそうか?

 ここで中坊を失う。それが、果たして()()か?

 

 アイツは、ここで失っていい奴なのか?

 確かに中坊は紛れもなく危険人物だ。一緒にいるだけで常に死のリスクと共にあるような、そんな不発弾のような、いや地雷原のような危険物だ。

 

 だが、あの中学生は間違いなく、現時点で俺達の中で一番強い。それだけでも確かな、代えられない価値だ。

 

 そして何より――情報。

 今、俺達が置かれてるこの不可解な状況で一番大事なのは、必須なのは、間違いなく一つでも多くの情報。

 

 まだ俺達が知らなくて、あの中学生が、中坊だけが知っている情報が、間違いなくまだまだある筈だ。

 

 なら、ここでするべきことは、見殺しではなく、囮ではなく――助けること。

 中坊は、まだ使い道がある。ここで死んでいい奴じゃない。

 

「――ッ!」

 

 俺が脳内で面倒くさい葛藤を終え、行動の指針を決めた時。

 

 なぜか俺の足は、既に走り始めていた。

 

 

 そして、ガレージに辿りついた時。

 

 

 田中星人が中から吹き飛んできた。

 

 

 それが何かは、はじめは速すぎてよく分からなかった。

 勢いよく向かいの壁に叩きつけられ、砂塵が落ち着いて、ようやくそれが――田中星人なのだと判別できた。

 

「……君さぁ。ちょっと調子に乗り過ぎだよ」

 

 中坊自身も、ゆっくりと同じガレージから出てくる。

 

 その顔は――やはり、笑っていた。

 

 だが、その笑顔は見る者を不快にするあの笑みではなく。

 

 見る者を残らず恐怖させる、凄惨な笑みだった。

 

 中坊は、壁に寄りかかり、ぐったりとして動かない田中星人を。

 

 容赦なく――踏みつける。

 

「ガアアアアアアアア」

 

 田中星人の――悲鳴?

 

 あれだけ無機質だった田中星人が初めて発した――感情のようなもの。

 

 その声を聞き、中坊の凄惨な笑みが、より強く、より濃くなっていく。

 

「散々人をタコ殴りにしといて、ビームを何発も浴びせて、ただで済むなんて、思ってないよねぇ」

 

 鳴り響く、スーツの駆動音。

 どんどん踏みつけられる力が増しているのだろう。田中星人の悲鳴も、それに合わせるように強くなっていく。

 

「ガァ……アアアアアアアアア!!!」

「っ!」 

 

 田中星人がチャージを開始した!? まずい、あの距離じゃ――

 

「甘いよ」

 

 中坊は田中星人の顎を蹴り上げ、発射直前の顔を強引に上方に向けさせた。

 田中星人の決死な思いで放ったであろう最後の悪足掻きは、暗闇を照らす花火のように夜空に儚く散った。

 

「そんな予備動作が長くてタイミングも取り易い攻撃が、何度も通用するわけないだろう。ステルスを破ったのは驚きだし、確かに当たれば痛いけれど、所詮そこまでだ」

 

 これが、この過酷な戦場を何度も生き抜いてきた、歴戦の戦士なのか。

 逆に言えば、このレベルにならなければ、この先は生き残れないのか……。

 

「アアアアアアアア!!!」

 

 田中星人の断末魔の叫び。

 終わったか……、と思ったその時。

 

 

 田中星人の頭頂部が割れた。

 

 そして、そこから()()()()()()()()が飛び出してきた。

 

 

「!!」

 

 俺は、反射的にYガンを発射する。

 

 Yガンによる捕獲網が、その鳥のような化物を捕えて固定した。

 

 

「何だ……コレ?」

「うわっ、気持ち悪っ、生臭い!」

 

 ……キャラ、戻ってるな。

 

「コイツが中身、ていうか本体で、このロボットみたいのは外装? それとも俺らが着てるみたいなスーツなのか?」

「どうでもいいよ。さっさと殺しなよ」

「いや、コイツ倒したのはお前だろう。俺が殺したら俺の点数だぞ」

「別にいいよ。やられた分はやり返したし、それに前回アンタの手柄を横取りしちゃったしね。これでチャラってことで」

 

 明らかにねぎ星人とコイツとじゃコイツの方が点数高いんじゃねぇかと思ったが、中坊の興味は田中星人からは既に完全に失せているようだった。

 

「…………」

 

 中坊は、既にガンツの世界に心を奪われている。

 俺らのように、この『ゲーム』から解放されようなんてモチベーションは、もう残っていないのだろう――初めから無かったのかもしれないが。

 

 ゲームを楽しんで、バトルを楽しんで、その結果として100点が溜まったらその時は、すぐさま新しい武器(②番)を選ぶに違いない。

 もしかしたら、コイツはもう何周かしてるのかもな。

 

 俺は、田中星人の正体である鳥男にYガンを向ける。

 ガンツはまた肝心な情報をくれなかった。

 もしかしたら、この間のねぎ星人みたいに、もう一匹――それも数段強いのがいるのかもしれない。

 

「にしても、コイツの姿面白いよね。これが鳥人(とりじん)なのかな?」

「お前、笑い飯知ってんのかよ……」

 

 まさか彼らも自分達がネタにした面白生物が実在して、今まさにどこか分からない場所へ送られるとは夢にも思うまい。

 

 さっさと気を取り直して、さっさと済まそう。

 恐らく、これで終わりではないだろうから――。

 

「――ん?」

 

 鳥人(←思わず使ってしまった)の様子がおかしい。

 

 なんというか、息苦しそうだ。

 確かに全身グルグル巻きのこの状態は快適ではないだろうが、前回のねぎ星人の時は窒息するほどの強さで縛ってはいなかった。精々身動きが取れないくらいだった筈。

 

 しかし、鳥人は海で溺れるように悶えて、息絶えて――死んだ。

 

 ()()()()

 

「死んだみたいだね? なんか窒息したように見えたけど」

「…………ああ」

 

 俺は、Yガンのトリガーを引く。

 死んだ後で転送して点数がもらえるかは知らないけれど、あんまり放置して気持ちのいいものじゃなかった。

 ヤンキー達の死体を放置して、中坊と話込んでいた俺が言っても説得力がないだろうけれど。

 

「……もしかしたら、このロボットは外装とかスーツとか以前に、鳥人達にとっては宇宙服的な意味合いが強かったのかもな」

 

 だから、息が出来ずに、死んだ。

 鳥人達にとっては、ここは異星で、宇宙だから。

 

 ……本当に、アイツらが、宇宙人だったとしたら、という前提だけれど。

 

「かもね」

 

 中坊はクスリと笑う。

 

「さて、()()、行こうか。僕達の戦いはこれからだ!」

 

 中坊が打ち切りフラグな言葉と共に、言う。

 ……やっぱり、終わりじゃないんだな。

 

「はぁ……後、何体だ。………………おいおい、ウソだろ」

 

 俺は、自身の血の気が失せるのを感じる。

 そのマップに示された、絶望的な現実に。

 

「確かに、これは大変だね♪」

 

 中坊が言う。ちょっと楽しそうに。

 コイツのメンタルはどうなってんだ。

 

「お前、前回制限時間は一時間って言ったよな。今回はどうなんだ? また一時間か?」

「そうだけど……コントローラーの画面変えれば、普通に残り時間出るよ」

 

 中坊が何言ってんの? みたいな感じできょとんと首を傾げながら言う。

 ……出た。嘘っ、恥ずかしっ。何で気づかなかったんだろう。

 

「……残り50分。いけると思うか?」

「どうだろうね。手練れが何人もいるなら十分いけると思うけど、あのメンバーじゃね? 少なくともアイツらが何体か倒してくれないと。……それでも、僕達のどっちかじゃないとボスは倒せないだろうね」

「ボス?」

 

 中坊はけろりといった様子で言う。

 衝撃的な事を、事もなくあっさりと。

 

「毎回、一匹はいるんだよ。他の奴とはレベルが違うボスキャラが」

「………………はぁ」

 

 思わず溜め息が出た。甘く考えていたわけじゃない。

 だが、俺が考えていた以上に、100点を獲るまで生き残り続けるっていうのは、かなりの無理ゲーだ。

 

 こうなると、中坊が生きていてくれたのがせめてもの――。

 

「それに、僕のスーツも限界だしね。ちょっと攻撃喰らい過ぎた」

「……………なんだって?」

 

 俺は中坊の顔を凝視する。コイツ、今何て言った?

 中坊はまるで、他人事のように言い放つ。

 

「あと一撃でも喰らったら、たぶん僕のスーツは壊れる。只の黒い服になる」

 

 このスーツはね、無敵ってわけじゃないんだよ。

 

 中坊のセリフは、この絶望の状況を更に悪化させた――目の前が真っ暗になりそうだった。

 




その者達は血まみれの惨状から血塗られた戦場に送られる。


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こんなとこで、つまんなく死ぬな。

「おい! みんな集まってくれ!」

 

 葉山は呼び掛ける。

 しかし、葉山の元へ集まったのは相模だけだった。

 

 少し先にいる達海と折本は集まろうとせず、子供と祖母はそもそも見える範囲にいなかった。

 

「…………くそっ」

 

 葉山は自ら達海と折本の元へ移動する。

 

「おい、待てよ!」

「――はぁ。なぁ、葉山。何が何だか分かんねぇが、俺はこんなんに付き合うつもりはねぇぞ」

「……そうだよ。あんな趣味の悪いドッキリし掛けるなんてどうかしてるって。マジでウケない」

 

 どうやらこの二人は先程の一連をテレビか何かの企画だと思ったらしい。

 精神衛生上一番優しい受け入れ方だが、葉山はそうして死んだ人間を少なくとも四人知っている。

 

「テレビじゃない! 帰ったら死ぬんだ! そもそも、そんなことをする理由もないだろう!」

「……じゃあ、これは何なんだ? この状況を、分かるように説明してくれ」

 

 達海は立ち止まったが、厳しい目つきで葉山を睨み付けたまま問い質す。

 だが、葉山は口を噤んだまま、二の句を継ぐことが出来なかった。

 

「…………」

「……何も言えないんだ。それで信じろって無理じゃない?」

「葉山くん……」

 

 葉山は俯き、内心で吐き捨てる。

 

 この状況を説明しろ? ――こっちの台詞だった。そんなこと、誰よりも自分が聞きたかった。

 

 何百回と心の中で叫んだことだ。

 これは何だ? 何でこんなことに? 何で俺が?

 

 だが、答えなど出ない。誰も答えてくれない。

 

 葉山が知っているのは、先程彼らにも説明した、荒唐無稽な事実だけなのだ。

 説明しろと、そんなことを言われても、出来ることは既にしている。

 信じられないのも分かるが、信じられないようなことに巻き込まれているのだ。

 

 達海は、そんな葉山の苦悶の表情を見て違和感を覚えた。

 彼が知っている葉山は誰よりもスマートな男だった。

 少なくとも、こんな弱い表情をする男ではなかった筈だ。

 

(……そういえば、こないだの練習試合のときも……)

 

 達海が思考に入ろうとするのを、くいっと引っ張られる袖口の違和感が止める。

 

「達海くん。もうこんな人達放っておいて帰ろう?」

 

 袖口を引っ張っていたのは、隣に立つ折本だった。

 折本の瞳には、確かにこの奇妙な状況に対する違和感や疑念は有るようだったが、それよりも早くこの状況から、そして目の前の葉山隼人から離れたいという意思があった。

 

 それでも、達海を誘うのは、漠然とした恐怖と不安故なのか、それとも――。

 

 達海はとりあえず思考を止めて、折本の手を振り払った。

 

「……やめろ。袖口伸びんだろうが」

 

 そして、そのまま帰宅と決め込み、歩き出す。その背中に折本が続くと、葉山が焦ったように声を上げた。

 

「おい、帰るなって!」

 

 しかし、二人は葉山の言葉を無視し、帰ろうとする。

 そんな彼らの背中に、葉山は思わず吐き捨てた。

 

「くそっ!」

「葉山くん、どうする? このままじゃ……」

 

 相模の顔が青くなる。

 エリア外に出ると頭が吹っ飛ぶという現象は、葉山隼人は目撃していない。

 

 目撃したのは、ここにいる相模と、そして比企谷八幡だけだ。

 今、相模はその時のことを思い出しているのかもしれない。

 

「……あのおばあさんと子供は? 今どこに?」

「え、えっと――」

 

 相模はマップを取り出す。

 

「ええと、赤い点がうち達だから……二人組が四つ。位置的に、これがうち達で、これがあの二人だよね。」

「ああ」

 

 比企谷八幡はあの中学生と一緒に行動しているのかと、そう理解した次の瞬間――葉山はその事実に気付き、声を張り上げた。

 

「――――!! この二人、()()()()()()()()()()()()()! 恐らくはあのおばあさん達だ!」

「ッ! 急いで止めないと!!」

 

 葉山達はすぐさま行動を開始し、急いでその二つの赤点のポイントへと向かう。

 途中、進行方向前方を歩いていた達海と折本をあっさりと抜き去って――。

 

「ッ!」

「えっ! ……な、何なの? あたし達には帰るなって言っておいて、自分達は――」

「いや、そんなことより」

「……ん? どうかしたの」

「……何だ? あの()()()()

 

 達海は絶句していた。

 いくら葉山が自分と同様に運動神経抜群だと言っても、あのスピードは常軌を逸している。それに、相模も同様のスピードを出せていたことにも説明がつかない。

 

「……このスーツか? ……もしかして俺も?」

 

 達海も折本もスーツを着ている。

 達海は葉山達の行動の意図を確かめるというより、スーツの力を試すべく。

 

「よし、行くぜ!」

「あ、ちょっと待って!」

 

 葉山達の後を追いかけ始めた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「おうち帰りた~い!!」

「あぁ、分かったわ、りょうちゃん。今、タクシー捕まえてくるからもう少し我慢してね」

 

 泣きじゃくる子供をお婆さんが宥めながら、二人は住宅街を出るべく道路に向かって歩いていた。

 

「それにしても……何かしら、この音? 耳鳴りかしら? 嫌だわぁ。もう歳ねぇ」

 

 おばあちゃんは子供の手を離し、耳に当てていた手を上げながら、タクシーを止めようと道路に向かって身を乗り出す。

 

 

「………あ……さん! …………めだ!!」

 

 

 住宅街の外へ――エリア外へと。

 

 

「え?」

 

 

 身を乗り出して、一歩。

 

 

「ダメだ!! 戻って!!」

 

 

 足を――踏み出した。

 

 

 

 バンッ!!! ――と、風船が割れるような音と共に、頭部が破裂した。

 

 

「…………え」

 

 少年の小さな呟きが漏れる。

 

 目の前で、祖母の頭が吹き飛び、鮮血の噴水が勢いよく噴き出した光景に、脳内を占めるのは圧倒的な疑問の嵐だった。。

 

 頭部を失った祖母の体は、重力にゆっくりと負け、何の抵抗もなく地面に崩れ落ちる。

 祖母が止めようとしたタクシーの運転手は欠伸混じりのまま眠い目を擦って―――死体の横を何事もなく車を走らせ、ブレーキを踏むことなく通り過ぎる。

 

 子供は――ピタリと泣くのを止めていた。

 

「あ……あ……」

 

 葉山隼人は、その光景を前に、ゆっくりと膝から崩れ落ちる。

 相模南は口元に手を当て、何も発しない。

 

 その二人の更に後方で、達海達也と折本かおりも絶句していた。

 

 達海は、スーツによる身体強化の興奮から一瞬で醒めていた。

 頭に流れる不可解な音楽に、ここに来てようやく気づいた。

 

 折本も、ここに来てようやく現実と向き合った。

 何か大変な事態に巻き込まれていることを自覚した。

 その途端、猛烈な不安と恐怖が襲い――吐き出すように、絶叫した。

 

 

「何が――どうなってんの!!」

 

 

 折本の叫びに、少年がふと現実へと引き戻される。

 

 目の前に広がる血溜まり。目の前に死に骸。

 

 少年は、涙をぶわっと溢れさせ――改めて、泣いた。

 

「あああああああ~~~~~~!!! おばあちゃ~~~ん!!!!」

 

 その言葉とは裏腹に、少年は祖母から背を向けた――あるいは、祖母の死から、逃げ出した。

 まるでここではない何処かに居る祖母を探しに行くが如く、目の前に転がる死体から遠ざかるように、少年は来た方向と同じ道、すなわち葉山や相模のいる方向へ走ってくる。

 

 だが、葉山も相模も目に入っていないかのように、そのまま二人の隣を通り過ぎ、後方にいる達海や折本の横も通り過ぎた。

 

「あ、ダメ!」

 

 相模が、今更ながら呼びかける――が、もう手遅れだった。

 

 あの子供もスーツを着ている、というより相模が着るように促したのだ。着方を教えたのも相模。その甲斐あってか正しく効果を発揮して、尋常ではないスピードであっという間に、エリア内(住宅街)へと姿を消した。

 

「大変!? また一人になっちゃったよ、あの子! どうする、葉山くん!?」

「………………」

「葉山くん!!」

「ッ!! ……ああ」

 

 葉山は、しっかりしろと自分に喝を入れ直した。

 

 八幡が葉山に託した使命は、戦闘に参加しない者達を守ること。

 あの男は、葉山が戦闘に参加することを怖がっていると見抜いていた。

 それを理解した上で、葉山にバックアップ――即ち、()()()()()()()()()()()()()()()を、葉山隼人に与えたのだ。

 

 こうして葉山は、体よく八幡に戦闘という、()()()()()()()()()()()()()

 

 だが、葉山はその与えられた大義名分すら、満足にこなすことが出来なかった。

 しかも、星人に殺されるのではなく、エリア外に出してしまうという、最悪な凡ミスを犯して。

 

(…………それでも、だからといってここで項垂れていても、何も解決しない)

 

 これ以上、誰も死なせない。一人でも多く、あの部屋へと還す。

 

 八幡も、中坊も、ここにはいない。

 

 それが出来るのは――自分だけ。

 

 葉山隼人、ただ一人だ。

 

「ねぇ! お願い、説明して! ……何がどうなってるの? これは何なの? ここは何処なの? あたしたちは、どうなっちゃったの!?」

 

 折本が一歩一歩と葉山に近づきながら問い詰める。

 葉山は、苛立つように髪を掻き毟りながら、折本の方を見ずに吐き捨てた。

 

「……最初から言ってるだろう。これはあの黒い球体――ガンツのゲームで、俺達は星人を倒すまであの部屋に還れない。勝手に帰ろうとして、エリア外に出ると…………あのおばあさんのように、頭が吹き飛んで死ぬんだ」

「……そんなの、信じられるわけないでしょ! 言ってんじゃん! 分かるように説明して――あたしたちを、納得させてよ!」

 

 折本が葉山に懇願するように詰め寄ると――葉山が折本の方を向き、振り払うようにして、声を荒げた。

 

「信じられようと、信じられまいと――それが現実なんだよ!!!」

 

 葉山の叫びが、真っ暗な住宅街に響き渡る。

 

「っ!?」

 

 折本は、葉山の剣幕に閉口する。

 少し離れた場所にいた達海も瞠目し――相模は。

 

「葉山くん……?」

 

 心配そうに呟き、目を細めるが、頭に血が昇っている葉山には届かない。

 

 折本へ――もしくは自分へ――あるいは誰かへ、絶叫を続ける。

 

「そんな意味が分からない、荒唐無稽な御伽話のようなふざけた世界に、俺達は巻き込まれてるんだよ!! それも絵本みたいな夢いっぱいな幸せな物語じゃない!!! もっと理不尽で!! もっと危険な、地獄絵図だ!! 気を抜けば死ぬ!! 間違えれば殺される!! そんな状況に! こんな事態に! 俺達は強制的に放り込まれてるんだ!!」

 

 葉山はそこで、一度、少し先の血溜まりへと目を向ける。

 真っ赤な池の中に沈む、人間だった肉塊。

 

 歯を食い縛り「……これで、分かっただろ……ッ」と低く唸るように言うと、再び折本へと、達海へと目を向けて。

 

「……やるしかないんだよ。納得出来なくても、理解出来なくても、意味が分からなくても。やらなきゃ死ぬんだ! 戦わなきゃ殺されるんだ!! 元の平和な当たり前の日常に戻りたければ、ここに適応するしかないんだよ!! “アイツ”のように!!」

 

 アイツ――その代名詞に、折本の頭に思い浮かんだのは。

 あの死体に埋め尽くされた『部屋』に君臨する中学生――では、なく。

 

「…………」

 

 折本が目を伏せる。

 葉山は「はぁ……はぁ……」と息を切らながら、再びくっと唇を噛み締めた。

 

 相模は、そんな葉山を両手を握り締めながら痛ましげに見詰めていると、そんな相模に向かって、葉山は顔を見ずに小さな声で問い掛ける。

 

「…………相模さん。あの子は何処に行ったか分かる?」

「……あ、うん。……ええと、だいぶ住宅地の奥地に行ったみたい。敵は近くにいないみたいだけど――あっ!」

 

 何処かへと走り去っていった少年の行方をモニタで確認した相模は、そこに映っていた情報に思わず声を上げる。

 

「どうしたの、相模さん?」

「葉山くん、見てこれ!」

「っ!? ――これは!?」

 

 葉山が相模の持つマップに顔を覗き込ませる――すると、そこに映っていたのは。

 

 四つの青い点――そして、それに囲まれている、二つの赤い点。

 

 これが意味することは――つまり。

 

「これ、中学生とヒキタニじゃ!?」

「ああ……ッ」

 

 葉山は再び唇を噛む。

 奇しくも、葉山は先程の八幡のように二択を迫られることとなった。

 

 八幡は見捨てるか? 助けるか? の二択だったが、葉山は加勢に行くか? それとも子供の救出を優先するか? という二択だ。

 

 葉山はまだ今回の敵――田中星人がどれほど強いのかを知らない。

 普通に考えて、ここは子供を助けに行くことが優先されるだろう。そもそも、それが八幡が葉山に託したことなのだから。

 

 だが、ここで葉山はやはり先程の八幡と同じことを考えた。

 

 もしここで、あの二人を失ったら、と。

 

 そうすれば、残る戦力は実質ここにいる四人。全員、ほぼ戦闘経験は皆無といっていい。

 田中星人がどれほど強いにしろ、あるいは弱いにしろ、素人戦士の四人が生き残る可能性は、限りなく0に近いだろう。葉山は、悔しくもその現実を素直に受け止めた。

 

 そして、あの少年の近くに、現在は敵がいないという事実も、葉山の背中を押した。

 

 葉山にとって、星人のイメージは前回のミッションにおいて自分以外の四人の大人を瞬時に虐殺したねぎ星人で固まっている。

 故に、葉山は――あの二人が殺されてしまうという予感を、あるいは恐怖を、拭いきれなかった。

 

「助けに行こう」

 

 葉山は、少しの黙考の後――二人の救出に向かうことを決定した。

 

「ぁ…………分かった」

 

 相模は何か口を開きかけたが、結局、胸に浮かんだ言葉は呑み込み、葉山の決定に従った。

 

 そして、葉山は達海と折本に向かい合う。

 

「俺は今から、仲間を助けに行く。付いて来たければ付いて来い。別に来なくても構わないが、エリア外には出ないでくれ。この腕のコレで、エリアは確認できる」

 

 葉山はそう言って、二人の横を通り過ぎる。相模もそれに続く。

 

「……………」

 

 達海と折本はしばし固まっていたが、やがて葉山達を追うようにその場を後にした。

 

 

 

 ちなみに、相模も、葉山も気付いていなかった。

 いや、ひょっとしたら都合が悪すぎる情報だった為、脳が受け付けるのを拒否したのかもしれない。

 

 八幡と中坊を囲む四つの青点――そこから離れた場所には、更に“巨大な”青い点が存在した。

 あまりにも多くの青点が一か所に固まっているが故に、一つの大きな青点に見える程の敵の数――星人の残数。

 

 絶望は、止まらない。敵は、ウジャウジャと、この一キロ四方のエリア内に隠れ潜んでいる。

 

 

 残り時間は、あと45分。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「そうか…………やっぱり、な」

 

 ガンツスーツには、限界がある。

 

 それは、あの部屋で中坊がヤンキー四人を惨殺した経緯を聞いた時に、もしかしたらと思ったことだ。

 

 だが、これはかなり不安な事実だ。

 このスーパースーツがあるからこそ、俺達は星人とかいう危険生物に立ち向かうことが可能になる。

 

 何よりもこのスーツを着ることこそが、ガンツのミッションに参加する上での絶対条件にして前提条件。

 

 それが、もし戦闘中に壊れたら?

 変身ヒーローものだと、そこで仲間が助けに来たりするものだが、そんな都合のいい展開が俺の人生において起こる筈がない。

 

 只の打ち切り最終回――惨めな末路、ジ・エンドだ。

 

 そして、今まさに隣を歩く中学生がその状況に瀕しているわけだが、中坊のピンチは他人事じゃない。

 

 敵は、まさに未知数。少なくとも後十体以上はいる。それを俺一人で殲滅するのは不可能だ。

 さっきの田中星人だって、決して弱くなかった。ねぎ星人よりは、明らかに強かった。

 

 そして、戦いにおいて、数が多いというのはそれだけで強さだ。

 アイツらに仲間意識や意思疎通の精神があるのかはしらんが、抜群の連携の集団攻撃なんて仕掛けられたら、それだけで勝てる気がしない。

 

 ……あぁ、マイナス要素が多すぎる。もう、帰りたい。プリキュア見て寝たい。働きたくない。

 だけれど、クリアしないと帰ってベッドにダイブすることも出来ない。

 

 それに制限時間なんてものもある。あれだけの数を一時間で倒せとかなんて無理ゲーだ。

 もし、タイムアップでゲームオーバーになったら……どんなペナルティがあるのか。

 

 中坊に聞いても「なったことないから分かんない♪」だからな。だからテヘペロやめろ。殺意しか湧かないから。

 

 はぁ……でもまぁ、愚痴ってる暇はない。正確には愚痴っている時間すらも勿体無い。

 今回のメンバーでまともな戦闘経験があるのは俺と中坊だけだ。

 

 一刻も早く、一体でも多く倒さないと。

 

「はぁ~。行くか」

「お、ぼっち(笑)さん、エンジンかかってきた?」

「働きたくないが仕方ない。やらなくてもいいことは極力やらないが、やらなくてはならないことは手短に、だ」

 

 早く新刊出ないかなぁ、あのシリーズ。そして原作が溜まったら、是非ともまたアニメに……何年後だろう。

 

「そうだね。どうする? いきなりココに突っ込む?」

 

 中坊はマップの――青点が集合しすぎて、一個の巨大な点になっている所を指さした。

 

 確かに、ここは一番の難所だ。逆に言えば、中坊のスーツがかろうじてでも生きている内に片付けるのも、手ではある――だが。

 

「…………いや、やめておこう」

「ふーん、理由は?」

「見ろ」

 

 俺と中坊がマップを覗き込む中――たった今、巨大な青点から小さな青点が一つ、別の場所に移動し始めた。

 

「さっきから不定期にだが、青点が分かれ始めてる。もしかしたら、既に俺達に気付いて見回りを出しているのかもしれない。数が減る算段があるなら、相手にするならなるべく少人数がいい。ここは、なるべく数の少ない固まりから潰して行こう」

 

 俺の考えに、中坊はクスクス笑う。

 

「……ん? どうした? 何か間違ってたか?」

「ううん、正しい。正しすぎて、気持ち悪い。やっぱアンタ僕に似てるよ。どっかずれてる」

「…………じゃあ、これで行くぞ。まずはここからだ」

「りょ~かい♪」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「――って! 結局四体相手にすることになってんじゃねぇか!」

「ははは。まさか二体追加で飛んでくるとは思わなかったねぇ!」

 

 住宅街の中心を流れる用水路の中。決して水深は深くはない。膝まで浸かる程度だ。

 そこで俺達は、田中星人四体に囲まれている。俺と中坊は背中合わせでそれぞれ二体ずつと向き合っている。分かりやすくピンチなんだよなぁ。

 

 始めはマップに二体がココにいると示されていたので、一人一体ならなんとかなるかと、ノコノコやって来たわけなのだが――戦っている内に新たに二体増えた。

 

 4対2。

 ここでもし有能な指揮官が居たら、一旦下がって態勢を立て直すという決断を下すんだろう。

 最高の軍師は、最高の臆病者というのを聞いたことがある。それも一理ある。

 

 だが、この状況では逃げることすら難しい。何より――時間も有限だ。

 

「ちっ」

 

 俺は舌打ちをかましながら、覚悟を決める。

 

「やるしかねぇか」

「だね♪」

 

 俺は右手にXガン。左手にYガンを構える。

 中坊も右手にXガンを構え、臨戦体勢だ。

 

「中坊。間違ってもスーツ壊すなよ。まだボス戦控えてるんだからな」

「了解了解。アンタこそ、こんなザコ戦で死んだら笑い話にもならないよ」

「おい、やめろ。割とありえる話なんだから、それ」

 

 軽口を叩き合いながら――俺達は一斉にビームをチャージし始めた田中星人軍団に向かって突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 葉山達が現場に到着した時、そこで行われていたのは、まるでSF映画のような戦闘だった。

 

 既に、田中星人は二体にまで減っている。

 

 田中星人は足の裏からロケットのように炎を噴射して、都市部の用水路特有の左右をコンクリート壁で囲まれた限られたエリア内を縦横無尽に飛び回っていた。

 そして時折、口腔内から青白い光を発光させ、ビーム弾のようなものを八幡と中坊に向かって発射する。

 

 しかし、この二人には当たらない。

 中坊は後方へ、八幡は前方へ飛んで、それを躱す。

 ビーム弾を放った個体の真下を八幡は潜り抜け、そのまま背後に回り込んだ。

 

 八幡は、YガンとXガンを“同時に”発射する。

 

 田中星人はYガンの捕獲網を、飛行高度を下げることによって躱す――が、()()()()()()()()()()にXガンの時間差の衝撃波が直撃した。

 

 ドガンッと田中星人が吹き飛ぶ。

 八幡はすかさず田中星人が墜落した位置に駆け込み、背後から抱き締めるようにして締め上げた。

 

「ガァァァァアアアアアア!!!!!」

 

 田中星人は苦悶の咆哮を上げる。

 しかし、八幡は締め上げる強さを一切弱めず、むしろどんどん強めていっているのはスーツの膨れ上がる筋肉が物語っていた。

 

 ロボットのような田中星人の頭頂部が開き、その本体が飛び出してくる。

 

「中坊!」

 

 他の一体を引きつけていた中坊が、八幡の合図を受けるやいなや、一瞬視線をそちらに寄越し、Xガンを片手間に発射する。

 それを確認した八幡は、すぐさまその田中星人を放り投げ、中坊の加勢に向かった。

 

 八幡の興味の対象から外れた、外装から本体が体半分飛び出した鳥人は、苦しそうにもがきながら――数秒後に木端微塵に破裂した。

 

 続いて八幡が、中坊と戦う田中星人にYガンを発射する。

 その田中星人は後方に飛ぶことで難なく回避したが、これは元々中坊との距離を空ける為の威嚇射撃なので目的は果たしている。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 八幡は中坊の前に立つ。

 

「……はは。いや、ダメみたい」

「何言って――っ!?」

 

 八幡が後ろの中坊を振り返って見ると――中坊のスーツの機械部分からドロドロとした液体が流れ出ていた。

 

「お前……それって……」

「そんな重い攻撃喰らってないんだけど……やっぱ、あの部屋で受けたXガンが痛かったかな」

 

 中坊は、たははと力なく笑う。

 いつも不敵な中坊の、初めて見せる年相応の表情だった。

 

 ただの、子供だった。

 

「…………おい、下がってろ。アイツは俺がやる」

「…………え?」

「何度も言わせんなよ。お前には、まだ死んでもらったら困るんだ」

 

 比企谷八幡は座り込む中学生の前に立ち、不気味に宙を飛ぶロボットのような化物と相対しながら――子供に向かって言う。

 

「こんなとこで、つまんなく死ぬな。笑い話にもならない」

 

 中坊が呆気に取られている。

 呆然としている。何を言っているのか分からないという顔だ。

 

 八幡は、そんな中坊の首根っこを持ち上げ、そのまま河川敷――といってもコンクリートだが――に無理矢理引っ張り、ポイと放る。

 

「イタッ」

 

 もうスーツは只の服でしかない。コンクリートに乱雑に落とされるだけで痛むくらいだ。何の役にも立たない。

 

 それは、この命懸けの戦争において、明確にゲームオーバーを意味する。

 

 事実、中坊は、このスーツが壊れた時点で自身の命を当たり前のように諦めていた。

 

 この目が腐った男も、スーツが壊れた自分――只の足手まといの自分は、すぐさま切り捨てるだろう。

 自分ならばそうする。当たり前にそうする。

 この男は、自分と似ている。勝つ為なら、生き残る為なら、どれだけ非情で無慈悲でも、正しい選択を出来る人間だ。

 

 “人”として、間違っていようとも。

 “鬼”になることを、厭わずに、受け入れることの出来る人間だ。

 

 だから、この男との共闘も、ここまで――と。

 

(まぁ、それなりに楽しかった。最後にこんな男に会えただけで、十分かな)

 

 そんな風に、自分の十五年の人生にそれっぽい区切りをつけた――筈だった。

 

 しかし、この男は自分を助けた。もう自分には、何の価値もない筈なのに。切り捨てるべき対象の筈なのに。

 

「そこで見てろ」

 

 八幡は、振り返らずに戦場に向かう。

 

 中坊は、真っ白になった頭で、その後ろ姿を眺めていた。

 




葉山隼人は奔走し、比企谷八幡は奮闘する。


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僕の命は、僕のものだ。

 

 比企谷八幡は、残り一体の田中星人の前に立つ。

 

 田中星人はヘリコプターのホバリングのように、一定の高度――水面から2m程の高さ――をキープして飛翔している。

 そして、その能面のような笑顔の顔を一回転――360度回転させた。人体には不可能な動き。なまじ人体を模しているが故に、一瞬生理的嫌悪感が走る。

 

 顔が再び元の位置に戻った時――その表情は、怒りの面に変わっていた。

 

「カァ!!」

 

 口腔内に青白い光がチャージされる。既に何度も見た光景。しかし、その充填速度が先程よりも段違いに早い。

 

「っ!」

 

 八幡はとっさに右前方に転がるようにして回避する。チャージに伴う甲高い音も変化していた為に気付けたが、明らかに性能(パワー)が変わっていた。

 

 バッシャーン! と水飛沫(しぶき)が辺り一面に吹き荒れる。外れたビーム弾が水面を襲った際の副産物。

 

 八幡はそれをカーテンに距離を取る。

 すると、そのカーテンを田中星人が弾丸のようなスピードで突き破ってきた。

 

 飛行速度も先程までのそれとは段違いに速い。

 

 八幡はXガンを発射する。

 

「ガァ!!」

 

 しかし、田中星人は最小限の回避でスピードを落とさず突っ込んでくる。

 

「ッ! ちぃ!!」

 

 ギョーン

 ギョーン

 ギョーン

 ギョーン

 

 次は、当てることではなく、相手の回避の仕方を念頭に置き、距離を詰めさせない形で連射する。

 それでも、これは只の現状維持。時間稼ぎに過ぎない。それは八幡も分かっていた。

 

 しかし、突破口がない。

 敵が追い詰められると突然パワーアップする。

 ゲームではお決まりの展開だが、実際目の当たりすると、予想以上にテンパっている自分に気づいた。

 

「はぁ~~ふぅ~~」

 

 敵から目線を外さず、銃を撃つ手も休めず、八幡は深呼吸をする。

 呼吸はベストなパフォーマンスを発揮する為に非常に重要だとかなんとか、そんなことを漫画か何かで八幡は知っていた。

 だが、そんな理論的な裏付けとは別に、大きく深呼吸をするだけで大分落ち着きを取り戻した。

 

 敵は確かに強くなった。が、別に変身したってわけじゃない。動きが速くなっただけ。

 攻撃手段もビーム弾と肉弾戦のみ。

 こちらの対処も変わらない。肉弾戦にならない距離を取りつつ、ビーム弾の予備動作が始まったら当たらない位置に潜り込んで、銃を当てる。

 

 八幡がそう頭の中で結論付けた――その時、田中星人が川の中に潜り込んだ。

 

「なに!?」

 

 水の中から鈍く響くチャージ音。

 川はそこまで深くない。体も全て隠れきっていない。だが、突然の奇行に落ち着き始めたメンタルが乱れ、軽くパニックになってしまった。

 

 発射されるビーム弾。水中から発した分、水飛沫が大量に巻き上げられ、本命のビーム弾の正しい位置が把握できない。

 そこまで考えて、八幡はようやく体を回避運動の為に動かし始めた。

 正しい位置の把握など必要ない。とにかくこの水柱から逃れることが重要だ。

 

 だが、その行動は少し遅かった。ビーム弾の直撃こそ避けられたものの、巻き上がる水流に体をとられ、一瞬目の前が何も見えなくなる。

 

 体を起こした時、田中星人の顔が肉迫していた。

 

 スピードアップしたチャージは既に終了間近。

 ビーム弾が発射されるその瞬間――

 

 

――八幡の右拳が田中星人の頭部左側面にヒットした。

 

 

 スーツの力がふんだんに込められたその一撃により、田中星人は大きく吹き飛ぶ。

 

 その際、見当違いの方向に飛んだビーム弾は、この川を見下ろせる形で架けられた橋の手すり部分を吹き飛ばし、何人かの悲鳴――怪我人はなし――が上がったのだが、八幡にはそんなものは耳に入らなかった。

 

 八幡にとっては、今は逃すことの出来ない好機。

 

 河川敷に吹き飛んだ田中星人が行動を再開する前に、田中星人の体に馬乗りになり、左手で田中星人の顔をコンクリートの地面に押し付け固定。

 そして、ビーム弾を撃つべくチャージを開始したその口腔内にXガンを突っ込み。

 

 発射した。

 

「……悪いな。俺の勝ちだ」

 

 八幡は、その腐った目で冷やかに見つめながら冷酷に告げる。

 

 ビーム弾のチャージはそのまま進行中。だが、八幡の今のメンタルは一切動揺していない。

 

 田中星人の決死の一撃が放たれた――が、八幡はそれをあっさりと背筋を伸ばすように回避した。

 

 その一秒後――田中星人の頭部が吹き飛ぶ。その中身ごと。

 

 こうして、比企谷八幡と田中星人の対決は、誰が見ても明らかな形で勝敗が決した。

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 葉山達は、全員残らず絶句していた。

 

 星人との戦い。

 言葉の意味すら分からなかった達海と折本は勿論のこと、言葉では知っていたが、それを体感としては知らなかった相模も同様。

 

 そして、星人というものの恐ろしさを体感し、その強大さをここにいる誰よりも知っていた葉山すらも、いや葉山だからこそ、さっきまで行われていた戦闘が理解できなかった。

 

 戦いの渦中にいた、バトルを行っていたのが八幡だということも、葉山の混乱に一役買っていた。

 

 八幡は自分と同じで、前回からの参加者。つまりスタート地点は一緒だった筈だ。

 

 いつのまに、ここまでの差が出来た?

 

 自分は未だに、星人を前にすると恐怖で動けなくなる。

 今だって、この距離で見るだけでも怖かったし、指先が震える程に恐ろしかった。

 

 だが、八幡は自分が見ている間だけで二体の星人の撃退に成功していた。

 それも、一体は完全に独力で。

 

 マップで見た時には四体いたから、残る二体もあの二人が倒したのだろう。

 

 葉山は八幡との間に再び距離が開いたことを感じた。

 

 そして、その八幡の強さに嫉妬した。

 

 

 

 相模は、葉山とは別の意味で八幡との距離を感じた。

 

 前回のミッション時、相模の命を救ったのは八幡だ。それは相模も自覚していた。

 

 あの文化祭の時、相模は八幡を憎んだ。そして、その後の体育祭。

 二つの行事を終えて、相模は八幡をどうでもいい奴というポジションに落ち着かせることに成功した。

 

 いけ好かない奴。嫌な奴。どうでもいい奴。

 決してプラスではない。若干のマイナス感情を抱く程度。相模にとって八幡はそんな奴だった。

 

 それが、あのねぎ星人のミッションを経て、少し変わった。

 若干のマイナスが、若干のプラスに変わる程度には。

 

 決して好きではないけれど、この命懸けの状況を共に乗り越えるのに協力し合うくらいには、信用してもいいかな。信頼、してもいいかもしれない。

 そんなことを思うくらいには、八幡のことを、見直し始めていた。

 

 だが、さっきの戦闘を見て、思ってしまった。

 何故か、先程の、あの部屋での虐殺を演じた中坊を思い出した。

 

 怖い。

 

 八幡は、明らかに自分とは違うと思ってしまった。

 

 コイツは、本当に自分の同級生なのだろうか。

 つい先日まで、自分と同じ只の高校生だったのだろうか。

 

 相模には、信じられなかった。

 

 

 

 折本も同様のことを感じていた。

 

 初めて見る、星人との戦闘。

 こんなことを、自分もやらなくてはいけないのか。

 

 そのことにも恐怖を覚えるが、信じられないが、それ以上に信じられないのは、八幡だった。

 

 これが、あの比企谷八幡か?

 あの自分の記憶の片隅にかろうじてぶら下がっていた、あのどもりながら自分に告白してきた少年なのか?

 

 信じられない。信じたくない。

 

――比企谷は君たちが思っている程度の奴じゃない

 

 葉山の言葉が脳裏を過ぎる。

 

 ちらっと横目で葉山を見るが――その葉山は、唇を噛み締めながら、何かを噛み締めているようだった。

 

 それはきっと、今、自分の口の中に広がっているのと同じ――苦い、味で。

 

 折本は、目を伏せながら、ギュッと橋の欄干を握り締めた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「ほら。もう立てんだろ」

「あ、うん」

 

 戦闘終了後。

 未だに座り込んでいた中坊に手を差し出して、引き上げる。

 

 ……さて。ここからどうするか。

 

 さっきはあんなことを言っちまったが、スーツが壊れた中坊をこれ以上戦場に連れて行くわけにもいかない。

 

 つまり、残りは全部俺がやらないといけない。

 

 

 残り時間は、あと32分。およそ半分。

 ここまで倒したのは、最初のを合わせて5体。それも中坊と2人で。

 

 マップを開く。あの巨大な青点は健在だ。ここには少なくとも5体以上は固まっているだろうな。

 他にも3体がエリア内にバラバラの位置にいる。各個撃破するにも相当な時間が掛かる。

 

 ……絶体絶命、だな。

 

 だけど、だからといって、このままタイムアップを座して待つって選択肢はない。

 

 雪ノ下に見限られたままで、由比ヶ浜を泣かせたままで。

 

 これ以上――死んでたまるか。

 

「中坊。お前はそこでおとなしくしてろ」

「え? あ、ちょ――」

 

 中坊が何か言ってるが、取り合ってる時間はない。

 

 俺は、階段を上り、橋の上へと移動する。

 すると。

 

 そこには、葉山達がいた。相模や折本、達海もいる。

 

 全員、あの部屋で中坊に向けたような視線を、俺に向けていた。

 

 ……ちょうどいいか。

 

「葉山。コイツらのことは頼む」

「何処に行くんだ」

 

 通り過ぎようとする俺の行く手を葉山が遮る。

 ……邪魔だ。今はお前の()()に付き合ってる時間はない。

 

「お前には関係ない」

「関係ないわけあるか! 今のこの状況で!!」

「今のこの状況だから言ってるんだ」

 

 思わず苛立ちが混じる俺の声に、女子二人が悲鳴を上げる。

 だが、葉山は動じない。

 それが何故か更に癇に障り、俺も言葉を連ねてしまう。時間がないのに。

 

「残り時間は半分。だが、敵は腐るほどいる。ボスも残ってる。中坊のスーツも壊れた。なら――俺がやるしかねぇだろ」

 

 こんなことを言っても葉山には半分も理解できないだろう。

 残りタイムを見る方法は俺もさっき気づいた技術だから教えてないし、スーツが壊れることも、ボスの存在も知らない筈だ。

 

 だが、俺の様子で切羽詰まっていることくらいは伝わるだろう。

 葉山は由比ヶ浜並みに、空気を読むことには長けている。

 

 頼むから、今も空気を読んでくれ。

 

「……お前は、そのボスとやらを倒しにいくのか」

「ああ」

「……一人で?」

「……ああ」

 

 ……やめろ。それ以上、言うな。

 

「俺も行く」

 

 俺は、頭が沸騰したのかと思うくらい、腹が立った。

 コイツは、何にも分かっていないッ……。

 

 さっきの戦いを見てなかったのか? どうしてそういう考えになる?

 

 俺が思わずがなり散らそうとした、その時。

 

 

「出来んの? アンタに?」

 

 

 ちょうど階段を上ってきた中坊が、今まで聞いたことのないような、冷やかな声でいった。

 思わず振り返ると、表情も氷のように冷たい。

 

「……な」

「前回あれだけビビッておいて、ボスとまともに戦えるのかって聞いてるんだ」

 

 中坊はその極寒の表情と氷の言葉の刃を向けながら、葉山に向かって一直線に早歩きで突き進んでくる。

 葉山は、さっきまでの威勢はどこへやら、顔には出してないが、態度には少なからずの怯えがあった。

 

「アンタ達、少なくともぼっちさんが星人とタイマンになった時にはもういたよね。そして、それをバカみたいな表情でただ見てたアンタ達が、ボスに立ち向かえる? 足手纏いにならないって言える?」

「…………」

「中坊、もういい」

「だがッ!」

 

 中坊に完全にねじ伏せられたと思った葉山だが、まだ何か言うらしい。

 こいつ……。

 

「彼一人に、任せるわけには!」

「だから、アンタが行っても足手まといだって言ってんだ、ビビりイケメン」

「ッッ!!」

 

 葉山が表情を苦渋に歪ませる。

 

 引き下がるか、と思った次の瞬間――中坊が言った。

 

「それに、誰も一人で行かせるなんて言ってない」

 

 ……ん?

 

「アンタ達より、僕の方が100倍役に立つ」

 

 ちょちょちょちょ。

 

「待て待て待て! お前スーツおしゃかになってんだろ! 連れて行けるわけねぇだろうか!?」

「おいおい、何言ってんの? アンタの為に命を懸けるとでも? どんだけ自分のことを特別な人間だと思ってるんだよ、恥ずかしい~」

「……はぁ!? だって、おま――」

 

 お茶らけたような振る舞いをする中坊は、そこで表情を突如として引き締めて、仰け反りながら俺の方を見下ろすように言った。

 

「星人を全員倒さないと僕たち“全員”がゲームオーバーなんだよ。まだミッション二回目の“新人”に――自分の命運を黙って託せるとでも」

「っ!」

 

 瞠目する俺に、中坊は向き直り、一言一言を突き刺すように、捻じ込むように言う。

 

 

「誰かに責任放り投げて、あとは高みの見物なんて冗談じゃない。僕の命は、僕のものだ。誰にも責任を押し付けるつもりは、ない」

 

 その言葉に、俺も、葉山も、何も言えなかった。

 

 中坊は、ここにいる誰よりも年下だが、ここにいる誰よりも、この場にいるべき覚悟を持っていた。

 

「……好きにしろ」

「当たり前だよ♪」

 

 俺は中坊と共に歩き出す。

 

 葉山は手を伸ばし、何か言いかけたが、そのまま腕を下し、顔を俯かせた。

 

「……葉山」

 

 俺は葉山に声を掛ける。

 葉山は顔を上げ、俺を力の無い目で見る。

 

「俺らがボスを倒す。お前はお前の出来ることをしろ」

 

 それだけ言って、俺は歩みを再開する。

 

 ああ言えば、葉山はどう動くか、俺にはなんとなく分かっていた。

 そうするように誘導した。

 

 俺は、今回葉山に戦闘を強要するつもりはなかった。

 明らかに怖がっているアイツを無理矢理戦わせても勝ち目はないと思ったし、アイツには戦う気の無い奴らを守る役割を担ってもらおうと思っていた。

 

 それが適材適所だと。

 

 だが、中坊の言葉で気付いた。

 

 俺は何様だったんだ? 俺は全員の命運を背負える程の器か?

 

 答えは否だ。前も言ったが、俺はヒーローじゃない。ヒーローなんかにはなれない。

 自分の身を守るのに、精一杯の男だ。

 

 それに、奉仕部でこの半年間散々やってきたじゃねぇか。

 飢えた人に魚を与えるのではなく、魚の取り方を教える。

 

 何もさせずに、俺が全ての星人を殺す。

 そんなこと出来るわけがない。仮に、そんなことを続けて――

 

――俺が死んだ後、アイツらはどうなる?

 

 戦闘経験0のままじゃ、そのまま雑魚星人にあっさり殺されて、あっという間にゲームオーバーだ。

 そもそもこのゲームが、敵を倒さない限り抜け出せない仕組みだ。生き残るだけではずっと点数は貯まらない。ずっと解放されない。そういうシステムになってるんだ。

 

 いつかは、やらなくてはいけない。

 

 恐怖に勝たなくてはいけない。

 トラウマを乗り越えなきゃいけない。

 

 もちろん、死ぬリスク、殺されるリスクは、当然ある。

 

 その時は背負おう。その重荷を。けしかけた責任を。

 

 誰しもが、中坊のように自身の命の責任を背負える奴ばかりじゃない。

 いや、もしかしたら背負っているのかもしれない。

 だがそれでも、俺がまるっきり無責任かといえば、そうではない。

 

 葉山が死んだら、相模が、折本が、達海が死んだら。

 

 その原因の一端は、俺にある。

 だから、俺はその罪を背負うべきだ。一生。

 

 ……この考え方は、自意識過剰で傲慢なのかもしれないけれど。

 

 そもそもこんな考えは、このままじゃクリアできそうにないから、葉山達を使()()ことへの、只の自己擁護なのかもな。

 

「何、難しい顔してんの?」

 

 中坊が首を傾げてこちらを下から覗きこむ。

 

「別に……」

 

 だが、これも全部俺の憶測だ。

 

 俺の言葉で葉山がどう動くか?

 それは葉山が決めることだ。

 

 俺の誘導通り星人と戦うのか? それとも――

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「星人と戦おうと思う」

 

 葉山隼人はそう宣言した。

 

「え!? 何言ってるの、葉山くん!?」

「……正気か、葉山?」

「……………」

 

 対して、残る三人の反応は芳しくない。

 それも当然だ。ついさっき、異次元としか思えないレベルの死闘を目撃したばかりなのだ。怖気づくなという方が無理な話だろう。

 

「それって、比企谷たちの後を追うってこと?」

「いや、違う。悔しいが、今の俺達じゃあ彼の言う通りボスを前にしても震え上がって足手纏いになるだけだ。……だが、このマップを見る限り、何体も固まっている巨大な青点の他にも、バラバラで行動している奴らが、三体いる。比企谷は時間がないとしきりに言っていた。いくら彼らでも、ボスを相手にした後でエリア内にバラバラに散らばる個体を撃破していく時間なんてない筈だ。……だから、せめてこっちは俺達が処理しよう」

 

 葉山が滔々と話す中、折本が一歩前に出て、葉山に言う。

 

「……ふざけないで。そんなの無理に決まってんじゃん。まったくウケないよ」

 

 達海の、相模の目が折本に集まる。

 葉山もまっすぐに見据える中、折本は俯くように、地面に向かって吐き捨てるように言った。

 

「……いきなりこんなわけわかんないことに巻き込まれて……なにが何だか分かんないのに……その上、あんなビーム出したり空飛んだりするやつらと戦う? 倒す? どうやって!? そんなのできるわけないじゃん!!」

 

 そう叫ぶ折本の目には、いつの間にか涙が溢れていた。

 

「……折本」

「……折本さん」

 

 達海が、相模が、そんな折本を痛ましげに見詰める中――葉山は。

 

「……分かってる。嫌がる人を無理矢理に連れていく気はないよ」

 

 それでも、葉山は――やめるつもりはなかった。

 彼女は知らない。ガンツがどれだけ理不尽か。このままミッションをクリアできずにタイムアップなんてなったら、どんなペナルティがあるか分からない。その危険性は葉山も十分察していた。

 

「……折本さんは安全な所に隠れてて。……達海、折本さんと一緒に居てやってくれないか?」

 

 達海は、目を瞑り黙考する。そして、目を開き、葉山に言う。

 

「いや、葉山。俺はお前についていく」

「……達海くん」

 

 折本が目を見開き、達海の名前を呟きながら見上げるが、そのまま沈み込むように俯いていく。

 葉山も、達海に苦言を呈した。

 

「何言ってるんだ、達海!? お前は折本さんと安全な所に――」

「安全な所って何処だ? アイツらは飛べる。それに数もたくさんいるんだろ。この制限されたエリアじゃあ、何処にいたってアイツらと遭遇するリスクがある。その時に、俺とコイツだけじゃあ黙って殺されるだけだ。それなら、お前と一緒に迎え討つ。そっちの方がまだ生き残る可能性は高い。逃げるより、攻める方が性に合ってるしな」

 

 達海の言うことは、間違っていない。それなりに筋は通っている。

 だが、葉山は達海の表情を見て、幾ばくかの不安を覚えた。

 

 達海の表情は、まるでここ大一番の試合に挑む時のように輝いている。有体に言って、わくわくしていた。

 

 あれだけの死闘を目の当たりにして、恐怖ではなく、興奮を覚える。

 それは良い言い方をすれば大物、器が大きいと評されなくもないが、悪い言い方をすれば、現状を正しく見えていない、愚か者といった表現もできるだろう。

 

 その両者の差は、紙一重。

 

 果たして、達海はどっちか。

 

「……分かった。だが、いざというときは」

「分かってる。女子供を見捨てるほど、腐ってねぇさ」

 

 葉山は、分かっているのか分かっていないのか微妙な――葉山は、自分が死にそうになった時もちゃんと逃げろという意味も込めていたが、そっちは伝わったかは微妙だった――達海の返答に、いまいちすっきりしなかったが、それとは別の意味で達海の言葉に引っかかった。

 

 女子供――子供。

 

 すると、相模が真面目な顔で葉山の服――スーツの上に着ている総武高制服の上着――を引っ張り、振り向かせる。

 

「なら、早く行こう。あの子の近くに、一体、近づいてる」

 




そして、比企谷八幡は田中星人と対決する。


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裕三君?

 

「なぁ」

「何?」

 

 それは、目的地に行く道すがら、なんとなく発した言葉だった。

 

「お前さ、死ぬの怖くないの?」

 

 俺達は今、散々時間がないとか喚いておきながら、のんびりと夜中の住宅地を散歩していた。

 中坊のスーツが壊れていてダッシュ出来ないというのもあったが。

 

 一番はやっぱり怖いのだ。死ぬのが。

 

 葉山にはあんな大見得を切ったが、正直勝つ自信なんて殆どない。

 

 今までの人生も負け続けてきた。負けることでは俺が最強なんてぬかしたこともあるくらいだ。

 自分が勝つビジョンなど、皆目見当もつかなかった。

 

 だから、非合理的だと知りつつも、こんな呑気なウォーキングで向かっている。

 

 敵が移動してしまう可能性を考えると、中坊を抱えて――もしくは置き去りにして――スーツの力を発揮してダッシュするのが一番のはず、取るべき行動のはずだ。

 

 だが、中坊は何も言わない。コイツの性格なら、とっくに皮肉の一つでも言ってきてもおかしくない筈なのに。

 

 そんな後ろめたさもあってか、重苦しい沈黙を和らげようと俺らしくもない気遣いの結果、振った話題がそれだった。

 いくら頭の中を占めていた事柄とはいえ、世間話には重すぎるテーマだ。俺の会話スキルがヤバすぎる。

 

 中坊は、何も言わない。

 かといって、不快な笑みで馬鹿にする、というわけでもない。

 ただただ無表情だ。

 冷たい感じではなく、ぼおとした感じの。考え事をしているような感じの。さっきからこんな感じなのだ。

 シリアスさがない。かといってコメディさも皆無だ。

 だからこそ、何を考えているのか分からなくて、こんな質問が口を飛び出してしまったのかもしれないが。

 

「死にたくないよ」

 

 中坊はさらっと言った。今日の天気を答えたかのように、あっさりと。

 

 だが、それは言葉の調子ほど軽い言葉ではなかった。

 

「僕は確かに刹那的な生き方をしていると自分でも思うけれど、それでも死にたがりの自殺志願者というわけじゃない」

 

 死ぬのは嫌だ。

 

 死ぬのだけは本当に嫌だ。

 

 僕は死んでも、死にたくない。

 

 中坊は、そう虚空を眺めながら呟いた。

 

「――こんな僕でも、希望が見えたんだ。持つことができたんだ。一生叶わないと思ってた、僕なんかには(えん)(ゆかり)もないと思っていた、というより実在してるかどうかも怪しんでいた眉唾物に、ようやく出会えることができたんだ」

 

 だから 死にたくない――と。

 

 生きたい――と。

 

 そうはっきりと、重くもなければ軽くもない言葉で、はっきりと口にした。

 

 言葉の内容と込められた温度がちぐはぐだったけれど、虚空を見たまま淡々と語っていたけれど。

 

 それでも、それは――中坊の本心のような気がした。

 

 中坊の、死にたくないという気持ちが、はっきりと伝わった。

 

「…………」

 

 そんな奴を、これ以上ないくらい危険な所に放りこむのは抵抗をめちゃくちゃ覚えたけれど、俺にはコイツを説得する言葉など、持ち合わせていない。

 こんなカッコいい奴に、何も言う資格なんかない。

 

 いざという時は、俺が盾にでもなんでもなろう。

 コイツの死にたくないという気持ちが伝わったときに、不覚にも、俺の中にもコイツを死なせたくないって気持ちも芽生えちまった。

 

「そっか。じゃあ、精々生きなきゃな」

「当然だよ。僕はアンタより先には死なないよ」

「なんだそれ? じゃあ俺が死んだら死ぬのかよ?」

 

 中坊は俺の一歩前に躍り出し、振り向きながら言った。

 

「アンタは死なないさ。僕が守るもの」

 

 その某有名アニメのセリフは、パクったのか? それとも確信犯か?

 もしオマージュなのだとしたら、その表情は本家とは似ても似つかない。

 

 不敵な笑みだった。このときばかりは、コイツの笑顔を見ても不快な気持ちにはならなかった。

 

 むしろ、その笑顔で覚悟が決まった。

 これ以上ない生還フラグだ。あのシンジくんと綾波もあのチート使徒に勝ったんだ。それに比べれば鳥人など恐るるに足らない。

 

「そっか。じゃあさっさと勝って、あのシーンを再現しながらエヴァごっこでもやるか」

「いや、いいよ。いい年して恥ずかしいし。そういうのは友達とやりなよ」

「おいおい、急に突き放すなよ。それに俺にそんな友達はいねぇよ。……言わせんなよ、そんなこと」

 

 せっかく覚悟を決めたのに、さっそく死にたくなったじゃねぇか。

 え? 材木座なら喜んでやるだろうって? 誰それ? どこの剣豪将軍?

 

 俺は目から涙が零れないように、上を向いて歩く。

 そんなふざけたやり取りをしている間に、目的地に到着していた。

 

 目の前には、木造二階建ての、はっきり言ってしまえばオンボロのアパート。

 雨漏りとか100%してそうな、超家賃低そうな物件に、今回のボスキャラは隠れ潜んでいる。

 

 それは、あくまで確率論でしかない。このマップではボスとその他のモブキャラの区別はつかない。同じ大きさの青い点だ。

 だから複数体が固まっているこの場所が明らかに怪しいというだけで、もしかしたら葉山達が向かっている三点の中のどれかがボスの可能性も、もちろんある。

 

 もしそうだとしたら、俺達は道化もいいとこだが、その時はその時だ。

 ここの群体を即座に屠り、残りの方に向かう。

 

 その為に、いつまでもここで建物を眺めていても仕方がない。

 俺はマップを仕舞い、右手にXガン、左手にYガンを構える。

 

 中坊も漆黒の剣を肩にかけ、戦闘準備完了といった感じだ。

 

「よし、行くぞ」

「了解」

 

 俺達は、ボス部屋としては余りに不似合な生活感溢れるアパートの中に踏み込んだ。

 

 

 

 

 

「……ねぇ。ところでそれ何?」

「え? ガンツソードだけど?」

「いや、初耳なんだけど? え? 何、刀とかあったの?」

「え、あるよ。むしろ、ベテランはこっちを使うよ? 銃と違ってタイムラグないし、攻撃力は抜群だし、伸びるし。まぁ、僕はステルスで背後から銃撃派だったからあんま使わなかったけど」

「何それ聞いてない。おい、そういうの早く言えよ。めちゃカッコいいじゃん」

「扱いは難しいから初心者にはおすすめしないけどね。……ってか重い。生身じゃ無理だ。銃にしよう」

「なら何で出したんだよ……ってかそこから出し入れしてんの!? このスーツにまだそんな驚きの機能が!? え、手品!?」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 そんな緊張感の無いやり取りをしながら足を踏み入れたその場所は、特に何の変哲もないアパートだった。

 

 電気は点いている。だが、人の気配を感じない。

 俺達は刑事ドラマのワンシーンのように扉の両側にそれぞれ寄りかかり、ハンドサインで合図を出してゆっくりと扉を開け、中を覗きこむ。

 

 何もない。誰もいない。

 

 それを、一階の全ての部屋で繰り返す。

 

 このアパートの間取りと、マップの点の配置は一致していた。

 

 つまり、一つの部屋に一体ずついると、この間取りを見た時そう思ったが、全ての部屋がもぬけの殻だった。

 だが、俺らはマップの誤表示を疑うよりも、より現実味のある推論に気いていた。

 

 ニ階だ。

 

 どっかの感性豊かなデザイナー作の物件でもない限り、こんな築年数が古そうなアパートだとほぼ確実に上階も同じ間取りだろう。

 

 この上に、星人はいる。

 

 俺は中坊にハンドサインで――言うほど本格的なものではない。ただ、声を出さずに身振り手振りで意思を伝えているだけだ――上に行くと伝える。中坊も頷く。

 流石にこの期に及んでふざけたりはしない。

 

 紛れもなく、正念場だ。

 

 

 階段を昇りきり、二階に上がる。

 

 予想通り、二階も同じ間取りだった。

 廊下の右側に三部屋、左側に三部屋。そして、真正面の奥に一部屋。計七部屋。

 

 それぞれ一体ずつ田中星人が潜んでいる。その中にボスが一体紛れ込んでいるってわけか。はは、笑えないロシアンルーレットだ。

 

 廊下には一体も出てきていない。これはチャンスだ。七体を一斉に相手にするより、一体一体潰していく方が遥かに勝率は高いだろう。

 まぁ、あのガンツ部屋みたいに完全防音というわけではないだろうから、全員を各個撃破は無理だろうが、先んじて一体でも数は減らしておくべきだ。

 

 そう考えて、一番近いドアに向かって先程と同じように刑事風アタックを仕掛けようと中坊に合図を出そうとすると、後ろにいた筈の中坊が顔を強張らせて後ずさる――つまり、どんどん奥に来ている。

 

「おい。どうした?」

 

 俺が声を潜めて話しかけると、中坊は目線を変えずに指だけで問題の方向を示した。

 

「――――っ!!!」

 

 俺は危うく漏れそうになった悲鳴を必死で押し殺す。

 

 そこにいたのは、手の平サイズの不気味な鳥だった。

 体の半分を占める頭部と、その頭部の大半を占める大きさの気味の悪いギョロ目。

 そして、そのミニチュアサイズの体には不釣り合いなほど巨大な嘴。

 違和感しか湧かない二足歩行。

 

 はっきり言って、気持ち悪い。

 

 そして、それらが床を真っ黒に染めるほどの大群で――俺達の退路を塞いでいた。

 

 カァー カァー カァー

 まるで下手糞なカラスの物真似のような鳴き声で、恐怖の合唱を披露する。

 

「…………っ!」

 

 何だ? どうすれば正解だ?

 こんなのは全く予想していなかった。

 

 何をすることも出来ず、何も行動に移せず、ただパニックで急激に上がった心拍数を落ち着かせることに専念する――それが悪手だということは、重々承知だが。

 そして、それは事態を更に悪化させる結果を生む。

 

 背後から、ドアが開く音が、聞こえた。

 

「裕三君?」

 

 それは初めて聞く言葉だったが、声で分かった。

 

 田中星人だ。

 

「裕三君」「裕三君」「裕三君」「裕三君」「裕三君」

 

 次々と、続々と、前から後ろから田中星人が姿を現す。

 

 その数六体。完全に囲まれた。

 

 ……最悪だ。

 この不気味カラスは、こいつらの防犯装置(セキュリティー)のようなものだったのか? だとしたら大成功だな。コイツらにとっては。

 

 俺はゆっくりと前を向く。中坊も続く。

 

 まだ、一部屋開いていない。

 正面奥の部屋。

 

 今の所、6体全てが田中星人――これまでと同じ、不気味な外装を纏ったスタイルの通常体で、大きさも変わらない。

 人は見かけによらないが、それは星人にも当てはまるのか?

 

 田中星人には、どうなんだ? こいつらは、他の田中星人と違うのか?

 

 俺達を囲む田中星人達は、まだ裕三君(誰だよ……)コールを続けていて攻撃してくる様子はない。顔も笑顔モードのままだ。

 

 どうする? やるか?

 残る一体がボスだろうと通常種だろうと、七体より六体の方がマシな筈だ。今の内に仕掛けるか?

 

 いや、囲まれているこの状況ならどっちにしろ勝ち目はない。

 

 なら、一か八か中坊を抱えて脱出を試み――

 

 

 キィ――と。

 

 正面奥の扉が、開いた。

 

 

 そこから、部屋の主の姿が確認できる。

 

 巨体な、鳥人だった。

 外装は身に付けていない。

 ただ、後姿からも十分に分かる筋肉量。大きな翼。

 

 ……間違いない。

 

 アイツが、ボスだ。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「この近くみたい!」

「手分けして探そう!」

 

 葉山達はマップの赤い点の反応を頼りに住宅地の奥に来ていた。

 

 だが、変わらず青い点も、三体、近くにある。

 

 にも関わらず、葉山が出した指示は()()()()()()()だった。

 それは、敵と遭遇した場合、一対一で戦わなければならないことを意味する。

 

 あの葉山がそこに気づかない筈がないのだが、それに気づかないほど今の葉山は危うかった。

 

 葉山には、人を惹きつける才能はある。

 だが、人の上に立つ、人を引っ張る才能があるかと言われれば、そこには疑問符を付けざるを得ない。

 

 それでも八幡が葉山を、はっきり言えば疎ましく思っていても一目置いているのは、資質はあるからだ。

 葉山の掲げる理想論。それは机上の空論だが、それを貫く覚悟と、リスクを抱える決断をする勇気を持てれば、それは最高のリーダーともなりうる。

 

 誰もが着いていきたくなる、理想のリーダー。

 葉山はそれになりうる資質がある。

 

 あとは、葉山の方にそれに応える覚悟、()()()()()()()()覚悟があれば、葉山は正義のヒーローになれる。

 八幡はそう考えた。

 

 それは、一種の憧れであり、嫉妬。

 自分とは真逆の立ち位置ゆえに感じる劣等感。それが多分に含まれている。

 

 葉山が同様の嫉妬を感じているように。

 隣の芝生は青く見えるのだ。

 

 だが、それは真実を見誤っていることと同義。

 八幡らしくない、幻想の押し付け。

 

 確かに、葉山は人を惹きつけるスターだ。

 八幡の言う通り、理想のリーダーになる器を持っているのだろう。

 

 だが、それを使いこなせるかどうかは、また別の話だ。

 才能を持て余す。そんなことは世の中には溢れている。

 

 葉山はまだ、正義のヒーローの才能を持て余していた。

 

 葉山の出した指示で、それぞれ手分けして子供を探そうとする葉山達。

 その作戦は悪手だったが――落ち着いてマップを操作すれば、拡大して子供の所在の詳しい場所も分かる。手分けをするメリットはないのだ――幸運にも、その作戦は実行されなかった。

 

 いや、決して幸運ではなかった、のかもしれない。

 

 何故なら、動き出そうとしたその瞬間。

 

 空から、田中星人が現れたのだから。

 

 三体、同時に。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 ここは、住宅街の道路。

 細長く東西に延びた道は、四方の内、南北は塀でふさがれている。

 

 残る二方向を塞ぐように、田中星人が着地する。

 この時点で大ピンチだ。少なくとも全員の頭は真っ白になっている。

 

 そんなパニック状態の四人の集団のど真ん中に。

 

 残る一体の田中星人が着地した。

 

「……え?」

「うそっ!」

「何!?」

 

 彼等が困惑してるのもまるっきり無視して、田中星人は至近距離でチャージを始める。

 

 先程、橋の上でまるで映画のように他人事として眺めていた殺人ビーム弾の発射への準備が着々と進行する。

 チャージ音はどんどん甲高くなり、口腔の青白い発光は勢いを増す。

 

 その田中星人を、達海は腰からタックルの要領で押し倒す。

 

 決死の行為の甲斐あって、放たれたビーム弾は向かいの民家の屋根を掠め取る程度の被害で済んだ。

 とりあえず、メンバーには怪我はない。

 

 だが、まだ田中星人を倒したわけではない。

 達海の腕の中で田中星人は激しく抵抗する。達海は必死で食らいついて離れない。

 

 そこに、左右に陣取っていた田中星人二体が加勢に来た。

 

「ッ!」

 

 達海は腕の中の田中星人を締め付ける力を強める。

 

「ガァアアアア!!」

 

 だが、まだ死なない。

 他の二体の田中星人は、達海を囲むように着地し、達海をタコ殴りにする。そして、同時にチャージを開始した。

 

「あぁ! あぁぁぁぁ! 達海くん! 達海くん!!」

 

 折本が絶叫する。

 

「お願い! 達海くんを! 達海くんを助けて!!」

 

 折本が涙ながらに葉山に懇願する。

 

 

 だが、動けない。

 

 

 葉山は動けなかった。膝が震え、歯をかき鳴らし、顔を青褪める。

 

 目の前にいる星人が怖かった。

 今まさに命が奪われようとしているこの光景が恐ろしかった。

 

 頭の中に“ねぎ星人”のあの咆哮が響く。

 葉山は、あの時のトラウマを克服していなかった。

 

 相模も同様。初めて間近で見る殺し合いに、足が竦む。

 だが、葉山程の大きなトラウマを抱えているわけではない。

 

 相模は震える手で、Xガンを達海を囲む田中星人に向かって構えた。

 

 自分なりにだが、覚悟はしていた。いつか、このような場面に直面することになるのだと。

 100点を取らなければ、解放されない。

 その高すぎる壁に、目の前が真っ暗になった。絶対に無理だと思った。

 

 だが、八幡は言った。もし相模が死んだら、自分か葉山が生き返らせてくれると。

 あの言葉は励ましで言ってくれているのだと、相模にも分かっていたけれど、その言葉の意味すら分からないほど、相模は馬鹿じゃない。

 

 それはつまり、自分が解放されない限り、二人も解放されないということだ。

 

 なら、自分は100点を取らなきゃいけない。あの二人の足手纏いになるのだけは嫌だった。

 

 相模は震える指を、必死に動かし、引き金を引――

 

――だが、遅かった。

 

 相模のXガンが発射される前に、左右の田中星人のビーム弾が発射される。

 

 至近距離で直撃を受けた達海。

 両サイドから衝撃を食らった達海は、真っ直ぐ目の前の塀に直撃する。

 

「がぁぁぁあああ!!!!」

 

――だが、それでも腕の中の田中星人は離さなかった。

 

 背中から塀にぶつかりそれはクッションにもならなかったが、むしろソイツの分の体重の衝撃も余分に喰らうことになったが、それでも離さなかった。

 そして、攻撃を喰らっているその間も、抱き締める力は緩めなかった。

 

 遂に、腕の中の田中星人の頭部が割れ、中身が飛び出す。

 

「ガァ……グァ……」

 

 中身の鳥人は、苦しそうな息遣いで逃走を開始する。

 このままでも鳥人は窒息死するのだが、そんなことを知らない達海は執念で追跡する――いや、もしかすると知っていたとしても、この時の達海は忘れていたのかもしれない。それぐらい、今の達海は目の前の敵を倒すことで頭がいっぱいだった。

 

「待てごらぁぁぁああ!!!」

 

 スーツの力でたっぷりの威力が乗った拳が鳥人の右頬に直撃する。

 鳥人は十メートル程も吹き飛び――動かなくなった。

 

「……はっ。見たか」

 

 達海はそれを確認した後、急激に体から力が抜けるのを感じた。

 それは、一仕事終えてほっとしたから――だけではなかった。

 

 スーツの機械部分からボコッと液体が漏れた。キュイィィィーンという音と共に、先程から膨れ上がっていた筋肉が萎み、機械部分の青い発光もなくなる。

 

 それを見て、葉山が我を取り戻す。

 

「逃げろ! そのスーツは壊れたんだ!! 直撃を喰らったら死ぬぞ!!」

 

 その言葉に、達海と折本の顔が強張る。

 

 間髪入れずに、残る田中星人二体のビームのチャージが始まった。

 

「うっ……」

「達海くん!?」

 

 達海は逃げようとしたが、体に力が入らず、地面に倒れこむ。

 ダメージは思ったより深刻だった。

 

 このままでは、達海は死ぬ。生身と変わらない今の状態でビーム弾を喰らえば、確実に死ぬ。

 

 助けなければ。

 

 葉山は動かない足に必死で命令を送る。

 

(動け動け動け動け動け動け!!)

 

 だが、動かない。動けない。

 

 チャージ音がどんどん甲高くなる。

 

 

 その時、折本が達海を庇うように立ち塞がった。

 

 

「ッ! バカっ……逃げろ、折本!」

「嫌!」

 

 強気な物言いとは裏腹に、明らかに折本は怯えていた。

 

 震えていた。泣いていた。

 

 それでも、彼女は逃げない。

 

「何してんだよ……死ぬぞ!!」

「うるさい!」

 

 折本は震える声を、精一杯に張り上げて叫んだ。

 

「私だって……負けたままじゃ嫌なの! ……これ以上、みじめになりたくない!!」

 

 それは、誰に向けての対抗心だったのか。

 

 あの時比べられた雪ノ下や由比ヶ浜か、それとも――

 

 どちらにしろ、葉山があの時見下した少女は、もういない。

 

 恐怖と必死に戦い、仲間を守ろうとする彼女は。

 

 

 とても、魅力的な少女だった。

 

 

 だが、無情にも田中星人のチャージは止まらない。

 

 折本が目を瞑る。

 

 

 吹き飛んだのは、田中星人だった。

 

 

 いや、正確には田中星人がいた場所周辺の塀だった。

 先程間一髪で間に合わなかった相模のXガン。今回は発射前に間に合い、攻撃を止めることができた。避けられてしまったが。

 

 二体の田中星人はしばし空中から4人を見ていたが、やがて方向を転換し、何処かへ飛び去っていった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 葉山はそれを呆然と見送り、マップを取り出す。

 

 マップを見ていると、ツカツカと誰かが近づき。

 

 バチンッ! とビンタされた。

 

 葉山がゆっくりと目を向けると、そこには涙で目を充血させた折本。

 

「はぁ……はぁ……何してんの?」

 

 葉山は何も言わず、ただ黙って折本の鋭い眼光を受け止めた。

 

 達海も、相模も、黙って状況を静観する。

 

「……さっきさぁ、葉山くん言っていたよね? 比企谷と中学生に、散々カッコいいこと言ってたよね? その結果があれ?」

 

 折本は涙を流しながら、充血した瞳で葉山を睨み据える。

 

「ガタガタ震えて! 達海くんが死にそうなのに何もしないで! ふざけないでよ! 星人を倒すって言ってたの葉山くんじゃん!」

 

 折本の叫びを、葉山は無表情で受け止める。

 

 その態度が気に食わなかったのか、折本は吐き捨てるように絶叫した。

 

「ふざけないでよ!! 結局、口だけじゃない!! これなら比企谷の方がずっとカッコいいよ!!」

 

 それまで無表情だった葉山の顔が、はっきりと苦渋に染まった。

 

 唇を噛み締め、俯きながら、先程とは別の感情で震える。

 

「…………すまないっ」

 

 葉山は、そのまま走り出した。

 

 

 

 

 

+++

 

「……何、それ。……ダサっ」

 

 折本は駆けだして行った葉山の方を見ながら、軽蔑するように悪態を吐いた。

 

「……いや、違う」

 

 だが、その言葉に達海が反論する。

 

「あの方角はあの二体が飛んで行った方角だ。……倒しに向かったんだろうさ」

「……ハッ。何それ、ウケる。どうせビビッて終わりじゃない?」

 

 折本の中で、葉山の評価はドン底に落ちたようだ。

 達海はそんな折本から相模へ目線を移す。

 

「なぁ、お前。葉山に惚れてんだろう」

「へ?」

 

 当然のキラーパスに、相模は頬を染め、呆けた反応をする。

 

「え? ……正気? 面食いって言っても限度があると思うけど」

 

 先日までの自分を見事に棚に上げた発言の折本だったが、相模は何も言わずに目線を逸らす。

 

 達海は、そんな相模を見て。

 

「心配なら、行ってやれ」

「え?」

「俺はスーツが壊れてるから追いつけないし、折本はどうせ行かないだろう」

「当たり前。なんであんな奴の為に命懸けなきゃなんないの?」

「……今のアイツじゃ危険だ。なんていうか、危うい」

「危うい……」

「止めるか、加勢するかはアンタの自由だ。だが、このまま一人にしたら――」

 

 達海は表情を引き締めて、重く鋭い口調で言った。

 

「――ほぼ間違いなく、葉山は死ぬぞ」

 

 相模は、その言葉にぐっと閉口して。

 

「…………」

 

 しばらく黙考し、やがて顔を上げて、駆けだして行った葉山の後を追った。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 マップを見て、葉山が気付いたこと。

 

 それは、あの二体は、決して逃げたわけではないということ。

 アイツらは、ただ標的を変えただけ。

 

 葉山らから――――あの子供へと。

 

 葉山は走る。

 あの子の祖母は助けられなかった。そして、今の今まであの子を助けることを後回しにした。

 

 何もかもさっぱり分からない場所にいきなり連れてこられて。

 信頼できる唯一の人が目の前でこれ以上ないくらい残酷に死んで。

 

 たった六歳の子供は、一体どれだけ怖かったことだろう。

 

 男の子の反応があったのは、一軒家のガレージだった。

 恐らく、ずっとここで小さく震えていたのだ。

 

 この夜が、夢であることを祈って。

 目が覚めたら、おばあちゃんが運転する車の助手席に乗っていて、窓の外を見たらお母さんが待つ我が家に着いている。そんな光景が広がっていると信じて。

 

 葉山がそのガレージを目にした時。

 

 

 青白い発光と、トラックが突っ込んだが如き破壊音。

 

 そして、男の子の悲鳴が轟いた。

 

 

「…………ぁぁぁぁぁぁ」

 

 葉山がガレージを覗き込む。

 

 

 そこにいたのは、返り血を大量に浴び、不気味さを増した二体の田中星人。ボロボロの軽自動車。

 

 あちらこちらに肉片が飛び散り、男の子は原型すら留めていなかった。

 

 

 プチン――と。

 

 

 その時、葉山の何かが切れた。

 

 

 

「……お前らぁぁぁぁぁあああああああああああアアアアアアアアア!!!!!」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 相模が合流した時、そこはまさに惨事だった。

 

 葉山は田中星人と臆せずに戦っていた。

 いや、それは戦っているといえるのか。

 

 葉山隼人は、暴れていた。

 

 涙を垂れ流し、雄叫びをあげながら、がむしゃらに田中星人に突っ込んでいた。

 

 回避など頭にない。

 相手が殴ってこようと、後ろからもう一体がビームをチャージし始めようと、お構いなしに目の前の一体を殴り続けた。

 

 泣きながら。喚きながら。

 ただただ、殴った。殴り続けた。激情の赴くままに。

 

 葉山の左拳が、マウントポジションを取った田中星人の喉元に突き刺さる。

 カウンター気味に、田中星人が殴る。葉山は動じない。

 

 田中星人の中身が飛び出す。

 その鳥人の頭部に、葉山の右拳が突き刺さるのと、葉山のスーツが壊れるのはほぼ同時だった。

 

 鳥人は頭部の残骸のみが外装から飛び出した形で絶命する。

 

 もう一体の田中星人は、隙だらけの葉山に襲いかかろうとしたとき、既に相模のXガンの攻撃を受けていた。

 

 葉山は、そちらには目も向けなかった。

 最後の田中星人も、中身ごと破裂する。肉片と体液をスプリンクラーのように撒き散らす。

 

 むせ返るような悪臭を放つそれらを、至近距離にいた葉山も相模も全身に浴びるが、二人ともまったく反応を見せない。

 

 葉山は田中星人の死体に馬乗りになりながら、田中星人の血液の雨が降る天を仰ぐ。

 

 相模は、それを黙って見つめる。

 

「う……っ……うぅっ……ぁぁ……ぁ……」

 

 やがて、葉山は再び泣く。

 

 俯き、声を押し殺し、嗚咽を漏らす。

 

 相模は、そんな葉山にゆっくりと近付き。

 

 背中から、優しく抱き締めた。

 

 

 その一分後、葉山隼人と相模南は、あの部屋に転送された。

 




苦悩の中、葉山隼人は絶叫する。


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バイバイ。ヒーロー

 

 ボスが――立ち上がる。

 振り向き、扉の高さより遥かに大きなその巨体を、まるで暖簾を(くぐ)るかのような動きで屈めながら、廊下に姿を現した。

 

 圧巻、だった。

 

 その迫力、殺気、そしてこうして目の前に対峙した時の恐怖感。

 

 全てが、他の田中星人とは一線を画していた。

 別格だった。

 

 …………怖い。

 

 ボスは、他の田中星人とは違い、外装を纏っていない。

 始めっから鳥人モードだった。

 

 だが、他の鳥人とは違い、明らかに猛獣だった。

 鷹のような鋭い目。常時にらみつける状態だ。どんどん防御力が削られている気がするぜ。

 

 そして、その明らかに猛者なことが伝わる筋骨隆々の体躯。

 鳥というのは翼で空を飛ぶために鳩胸といわれるような物凄い胸筋をしていると聞いたことがあるが、コイツは全身が凄い。足も丸太のように太いし、その両腕も羽があるから翼なんだろうが――そういえば、今までの通常体は鳥人の癖に羽がなかったな――本当に飛べるんじゃねぇかって思えるほど逞しい。

 

 そんな見るからにボスな個体が、ゆっくりと、こっちに近づいてくる。

 

 周りを囲む田中星人たちも裕三くんコールを止め、この状況を静観しているかのように黙っている。

 

「――――っ!!!」

 

 ボスが、俺の目の前に顔を近づけてきた。あとほんの少しで、その嘴とキスしちまうくらいの距離に。

 相手が美少女だったら顔を真っ赤にさせて童貞丸出しなリアクションで失笑の一つでも掻っ攫うところだが、コイツ相手だと恐怖しか湧かない。

 

「グルルルル……」

 

 まるでライオンか虎のように、喉を鳴らすボス。

 

 その態度で、悠然と語っているようだった。

 

 俺は、狩る側だと。散々好き勝手に同胞を殺しまっくった俺達に。思い知らせるように。

 

 勘違いするな。思い上がるな。

 お前達は、狩られる側の、弱者だ――と。

 

 有無を言わさず、その威圧感だけで。

 

 これが、ボスか。

 

 ……くそっ。ダメだ。限界だ。

 膝が、全身が、ガタガタと無様に震え出す。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息が荒れる。冷や汗が止まらない。

 今まで必死に抑えていたが、もうダメだ。

 明確に頭を過ぎってしまった。さっきから何度も脳裏に現れるその言葉を認識してしまった。

 

(死ぬ……殺される……っ!!)

 

 まずい。まずい。まずい。

 呑み込まれるな。恐怖に持っていかれるな!

 

 この状況で動けなくなったら、それこそ終わりだ!

 まだだっ……。

 まだだ! まだだ! まだだ!!

 

 膝よ、動け!

 腕よ、銃を構えろ!

 

 戦え! 比企谷八幡!!

 

「――――ッ!」

 

 俺は、ボスを睨み返す。目つきの悪さには定評がある俺だ。にらみつけるならこっちだって得意技だ。

 

 ボスにも、俺の敵意は伝わったのか。大きく口を開け、威嚇してきた。

 

「アアアアアァァァぁぁぁ!!!」

 

 ……呑まれるなっ!!!

 俺は必死で恐怖心を抑え込み、闘争心を保つ。

 

 ……だが、それ止まり。

 脳の機能の全てが、そのメンタル整理作業で手一杯で、作戦を練ることまで手が回らない。頭が回らない。

 

 コイツ相手に無策で突っ込んでも勝ち目はない。

 ましてや、残る三方全てを田中星人六体に囲まれているのだ。

 

 ……くそっ。何かないのか!

 

 閃けよ! 起死回生の一手!!

 いつも最低な解決(かいしょう)方法をすぐさま思いつく癖に! こんな時は何も出てこない……っ。

 

 つくづく主人公(ヒーロー)の素質ねぇのな……俺。

 こんな所で……死ぬわけにはいかねぇのに……。

 

 

「………………それしかない、か」

 

 

 ……ん? 今、中坊が何か言ったのか?

 

 ぼそっと聞こえたそれを問い返そうと中坊の方を向こうとする前に、中坊が小声で話しかけてきた。

 

「とりあえず、そこの部屋に逃げ込もう。そうすれば出入口は一つだ。全部は無理でも、一、二体なら倒せるかも。……その後は、とりあえず窓から脱出しよう。今はそれしかない」

 

 ……確かに。そうすれば瞬間的にだが、一対一の状況を作れる。

 すぐに雪崩れ込んでくるだろうが、そしたら窓から飛び降りて逃げればいい。

 俺のスーツはまだ健在だ。二階から飛び降りるなんて中坊を抱えても楽勝だろう。

 

 問題の解決にはならないが、先延しにはなる。

 ゲームオーバーになるよりは遥かにマシな良案だ。

 

 この状況でパニックにならず、ここまで思考できる中坊に感心する。

 やはり越えてきた修羅場の差か。頼りになる。

 

「それで行こう」

 

 俺は中坊の方を見ずに、ハンドサインで右側の部屋に突っ込むこととカウントダウンを告げた。

 

――3。

 

 っ! 

 ボスが、俺に噛みつこうとしてきた。

 俺は反射的に――ハンドサインを出す為に左手に持ち換えていた――Xガンでブロックする。

 

「2!!」

 

 もうハンドサインなんて言ってる場合じゃない。

 周りの田中星人も親玉に手を出されたことで次々に怒りモードに変身している。何体かはビーム弾のチャージも始めている。

 

「1!!!」

 

 俺は中坊の手を取り、向かって右の部屋に飛び込んだ。

 その刹那、ビーム弾による爆発の衝撃波が追い風となり、強烈な勢いで空き部屋に突っ込む。その際に中坊の手を離してしまったが、手応え的にこの部屋の中にはなんとか入れたようだ。

 

 だが、あれくらいではアイツらの一体たりとも死んでないだろう。

 同士討ちを狙えるほど、奴らの外装の防御力は低くない。少なくないダメージはあると思うが。

 

 タイマンのチャンスは一瞬。奴らがこの部屋を覗き込んだとき、射撃する。

 逃すわけにはいかない。

 

 俺は扉が吹き飛んで剥き出しになっている、この部屋唯一の出入り口にXガンを向ける。

 

 

 中坊が、俺に向かって銃を向けていた。

 

 

「……な――」

「ゴメンね」

 

 中坊は笑っていた。

 

 泣きそうな顔で。

 

 

「アンタなら辿り着けるよ。カタストロフィまで」

 

 

 バシュッ! ――という射撃音。

 

 硬直した俺の体は、中坊が発射したY()()()()()()()で吹き飛ばされた。

 

 パリィン! と、そのまま窓を突き破る。

 

 俺は、空中でグルグル巻きにされながら――あのアパートから()()()()()した。

 

「―――――っ!!!」

 

 俺は、そこまで思考して気付いた。

 

 中坊の真意に。

 

 アイツ、まさか――

 

 

「中ぅぅぅぅ坊ぉぉぉ!!!!」

 

 

 俺は、ただがむしゃらに吠えながら、受け身も取らずに、落下した。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

『中ぅぅぅぅ坊ぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』

 

 その少年は、一人ぼっちになった空き部屋で、背後から聞こえてくるその叫び声に苦笑した。

 

 最期の最後まで中坊とは。

 ……いや、待て。そういえば、彼に自分の名前を教えたか?

 

 ……教えてなかった気がする。よく考えれば自分も彼の名前を一度も呼んだことがない。名前も周りが呼んでいる「比企谷」という苗字しか知らない。(それにしても、呼ぶ人によって「ひきがや」だったり「ひきたに」だったりするから正しくは知らない)

 

「……ぷ。はっはっはっは。はははははははははは」

 

 少年はお腹を抱えて笑う。

 人生で一番シンパシーを感じ、強い“なにか”を結べたと感じた人物の正しい名前も知らないとは、つくづく“らしい”。

 

 少年は、自分の人生の特異さに、笑いが止まらない。

 

 

 

 少年は――異質だった。

 

 性格も、能力も、考え方も、在り方も。

 

 異質だった。

 

 だが、それも始めは“個性”の範疇だった。

 

 あの子変わってるわねぇ~で、済まされていた。

 

 誰しも、始めはそうだ。

 だがその内、幼稚園や保育園、小学校などのコミュニティに無理矢理に放り込まれて。

 自分を殺し、個性を潰して、周りと合わせる術を身に付けることを強要される。

 

 目立てば排除されるからだ。

 出る杭は打たれる。そういう風に、コミュニティというものは出来ている。

 

 少年も例外ではなかった。

 

 だが、少年はそこでも異質だった。

 

 少年は、沈まなかった。

 何度打たれても、幾度となく弾かれても、変わらず異質であり続けた。

 

 あの、見る者を不快にする笑みを、周囲に向け続けた。

 

 それは別に、少年が意地になっていたとか、自身の正義を貫いたとか、そんないい話ではない。

 

 ただ、少年が異質だった。それだけの話。

 

 現にこの少年には、周りから晒される敵意も、浴びせられる暴言も、受け続けた暴力も。

 何一つ、心に響いていなかったのだから。

 

 全て、“そういうもの”だと、受け流していた。

 

 別に恨みに思うことも、理不尽だと感じることも、トラウマとして抱え込むこともなく。

 受け入れ、受け流した。単なる日常の1ページとして。

 

 そんなある日、少年は気まぐれに反撃した。

 別にキレたわけじゃない。溜りに溜まった鬱憤をぶつけたとか、そんな平和な話じゃない。

 変わらない日常に飽きを覚え、試しに反撃したらどうなるか、思いつくままに試しただけだ。

 

 漫画で、攻撃力が高いと知ったので、折角なのでバットを使ってみた。

 

 

 少年への攻撃が、ピタリと止んだ。

 

 彼をいじめていた(と、本人達は思っていた)グループは、全員別の学校に転校した。

 

 残されたクラスメイトで、少年と関わろうとするものはいなかった。

 

 

 

 

 

 それから、少年も、学校に行かなくなった。

 

 これもまた、別に仲間外れが辛かったとか、居心地が悪い空間から逃げ出したかったからというわけじゃ、残念ながらない。

 

 何の刺激もなかったので、飽きた。それだけの話だ。

 

 

 その頃から、だろうか。

 

 少年が、とにかく刺激を求めるようになったのは。

 

 

 日がな一日中、色んな所に出歩いた。

 面白いものを求めて。退屈を忘れさせてくれる刺激を欲して。

 

 だが、大抵のものは、少年の人並外れた才覚で極めてしまう。

 そして大抵の人は、少年のスペックの高さに惹かれて一度は集まってくるが、直ぐに少年の異質な人間性に恐れを為して逃げ出してしまう。

 

 少年は、人にも、ものにも、弾かれた。恐れられ、嫌われた。

 

 常に、ひとりぼっち。

 

 

 異質な少年は、そんな環境にも、何も感じない。

 

 

 

 筈――だった。

 

 

 

 死んだ理由は覚えていない。

 

 気が付けば、あの部屋にいた。あの黒い球体の部屋に。

 

 訳も分からず、ただ状況に流された。

 だが、すぐに“それ”を受け入れた。そういうのは得意だった。

 

 そして、みるみる内にその部屋に適応し、極めた。一回目の100点を取ったのは、確か五度目のミッションだったか。

 その時には、既に少年は一人だった。五回のミッションの間に皆、死ぬか、解放された。

 

 あれだけこの部屋の魔力に囚われた戦士達も、最後は逃げるように現実世界への帰還を選んだ。

 星人ではなく、少年に恐れを抱いて。

 

 少年は、迷わず二番を選び続けた。

 

 それでも、退屈な“あっち”より、“こっち”の方が少しは面白かったから。

 

 

 

 ある日、知る。

 

 カタストロフィ。

 

 詳細は不明だが、この言葉に対する見解は一致している。

 

 

 その日、人類は滅亡する。

 

 

 だが、中坊は受け流した。

 

 その情報を、只の情報として処理して、受け入れて、受け流した。

 

 

 だから、どうした?

 

 

 きっと自分は、その日が来ても、そんな終焉が来ようとも何も変わらない。

 

 受け入れて、受け止めて、受け流す。

 生きれたら生き残るし、死ぬときは死ぬんだろう。

 

 自分の感情は、“楽”しかない。

 喜も怒も哀も存在しない。

 

 楽しいか、つまらないかの二択だ。

 

 今は、このガンツゲームがそれなりに楽しいから、とりあえずやってる。

 飽きたら解放を選んで、また新しいゲームを探す。

 

 ただ、その、繰り返し。

 

 

 それが、僕、―――――の人生だ。

 

 ……あれ? 僕の名前、何だっけ?

 

 最後に名前呼ばれたの、いつだっけ?

 

 

 僕って。

 

 

 いつから――独りなんだっけ?

 

 

 

 

 

 そいつは、名もなき少年の人生において、異質だった。

 

 誰よりも異質な少年が、初めて感じたシンパシー。

 

 コイツは――同種かもしれない。

 

 初対面で、そう感じた。

 

 

 

 結果的に言えば、彼は少年と同種ではなかった。

 

 仲間を助けて、命を奪うことに躊躇するくらいには、少年とは違い普通だった。

 

 だが、同類と言っていいほどには、少年に近い人間性を持っていた。

 

 

 彼は、少年が知る限り誰よりもスマートに1stミッションを生き残る。

 

 それよりも、何よりも驚きだったのは。

 

 

 彼は、少年を弾かなかった。

 

 

 人一倍に少年の異質さを見抜き、それに恐怖しながらも、彼はそれを受け入れていた。

 

 少年と会話し、少年に食って掛かり、少年から目を逸らさなかった。

 

 

 名も無き少年は――歓喜した。

 

 

 

―――――――――面白い!!!

 

 

 

 少年は、記憶にある限り生まれて初めて心を震わせた。

 

 今までに会った覚えのない人種だった。

 あんなに一人と会話をしたのも、きっと生まれて初めてだった。

 

 腐ったあの目。あの目は孤独を知っている目だ。そして、それを受け入れている目。

 弾かれた経緯は違うだろうし、その乗り越え方も、得た教訓も、最終的に出した結論も、やはり違うのだろう。

 

 決して、同種ではない。

 だが、紛れもない同類だ。

 

 彼は、今まで出会った人とは、違うのかもしれない。

 

 少年は、久方ぶりに、次のミッションを心待ちにした。

 

 

 

 結果的に、少年はそのミッションで、ガンツゲームで初めて死に掛ける。

 

 確かに田中星人はそれなりに強いが、今までにもっと強い敵と何度も戦ってきた。それと比べれば雑魚といって差し支えない程度の強敵だ。

 

 ミッション前に受けたXガンの攻撃。

 相手がステルス看破能力を持っていたこと。

 

 ツイてない。

 だが、それも少年らしかった。別に未曾有のピンチでもなんでもないところで躓く所などが特に。

 

 死にたいという願望はなかった。

 だが、生きたいと思えるほど、“希望”もなかった。

 

 だから、少年は死を受け入れてた。

 

 

 

『こんなとこで、つまんなく死ぬな』

 

 今まで、散々弾かれた。逃げ出された。切り離された。迫害された。線引きをされた。

 

 

 きっと――初めてだった。

 

 死ぬな、と言われたのは。

 

 存在を受け入れられたのは。

 

 

 彼は、少年を守るべく、たった一人で星人に立ち向かい、勝利した。

 

 そして、座り込んだ少年に手を差し伸ばす。

 

 少年にとって、記憶にある限り、初めて感じた人の温かみ。

 

 他者との繋がりを、恐らく初めて感じた瞬間だった。

 

 

 生きたい。

 

 

 そう、思った。

 

 ないと思っていた。少なくとも、自分には一生(えん)(ゆかり)もないものだとばかり思っていた。

 

 自分の前に現れるものではないと、諦めていた。

 

 

 希望は、あった。遂に見つけたんだ。

 

 生まれてから十五年間で、きっと初めて感じる感情。

 

 同時に、ずっと、気づかないふりをしていたものが溢れ出してくる。

 

 

 ああ、そっか、僕は、ずっと――

 

 

(寂しかったんだ……)

 

 

 独りぼっちが、すっと――

 

 

(嫌だったんだ……)

 

 

 ずっと――ずっと――

 

 

 

(友達が……欲しかったんだ……)

 

 

 

 彼なら、もしかしたら、僕の友達になってくれるかもしれない。

 

 こんな僕を。異質で、鬼な、人でなしのこの僕を。

 

 そう考えたら、生きたくなった。

 

 希望が溢れてきた。

 

 アイツとなら、カタストロフィを乗り越えられるかも。

 

 ああ。

 

「死にたくないなぁ……」

 

 中坊は、笑う。

 

 力の無い、苦笑を浮かべる。

 

 

 彼は、田中星人の集団に生身で単身突っ込みながら、自身の人生を振り返って、思った。

 

 

 人生、何があるか分からない。

 

 まさか、この僕が、誰かを守って死ぬなんて。

 

 自分が一番信じられない。

 

 

 荒れ狂う田中星人。

 飛び交うビーム弾。

 轟くボスの咆哮。

 

 それらを、中坊は積み重ねた経験と生まれ持った異質な才能(センス)で掻い潜っていく。

 

 Xガンを連射する。

 計算し、想定した現象を引き起こすポイントに、確実にヒットさせていく。

 

 効果が出るまで――およそ一秒。

 

 中坊は、力無く、苦笑する。

 

 生きる希望が芽生えて、一時間も経たない内に死ぬなんて、あまりにも“らしい”。

 

 誰かを守って死ぬなんて、とんでもなく“らしくない”。

 

 だけど、中坊の顔は、どことなく晴れやかだった。

 

 

「バイバイ。ヒーロー」

 

 

 中坊は、呟くように自分の唯一の“友達(ヒーロー)”に別れを告げる。

 

 別れの言葉を託したい人に、死ぬ前に巡り合えたことに、らしくもなく――感謝しながら。

 

(ありがとう……ガンツ。そして、さようなら……僕のともだ――

 

 

 

 

 

 アパートが崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「くそっ! ……クソッ、ちくしょう!!」

 

 俺は巻きついた捕獲網を引きちぎろうと、スーツの力を最大限に引き出して力を込める。

 流石に星人用。並大抵の固さじゃない。スーツの力をマックスにしても、少しずつしかダメージを与えられない。

 

 だが、そんなペースじゃダメだ。

 こうしている今も、中坊は一人でアイツらと戦っている。

 

 スーツも無しで、一人で、全部を背負って。

 

「ふざけるな……ふざけんなよっ!」

 

 アイツは強い。

 だがあの数を相手に、しかもボスまでいるんだ。

 

 それに、俺を外に出したってことは、俺が居たら止められると思ったからだ。

 つまりは、それだけ危険な策だということ。

 

 もしくは俺を巻き込まない為に……? いや、アイツに限って……だが……。

 

 くそっ! 今はそれより、この拘束だ!

 さっきから、ヤバい戦闘の音が響いてる、このままじゃ――

 

 

 俺が拘束を引き千切った――その時。

 

 何か、聞こえた気がした。

 

 

「―――――中坊?」

 

 

 次の瞬間、アパートが一気に崩れ落ちた。

 

 ぺしゃんこになった。二階建ての木造アパートが、ただの木材の集落になった。

 

 

 いくら戦闘が激しくても、建物がボロくても、こんな一気には崩れない。

 

 だと、したら―――。

 

 

 

「中坊ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!」

 

 

 

 何も、聞こえない。何の、応答もない。

 

 何も、誰も――

 

「!!」

 

 空高く、一匹の巨鳥が飛び出してきた。

 

 ボスだ。

 

 ……中坊が、あれだけやったのに、まだ死ななかったのか――

 

「化物がっ…………!」

 

 俺は空高く飛ぶボスを睨むが、そんなもの何のダメージにもならない。

 

 コントローラーに表示される時間を見る。

 

 ……残り二分を切っている。

 

 中坊を救出して、ボスを倒す――不可能だ。

 

「……………くそっ!」

 

 ……いや、待てよ。中坊はこう言っていた。

 

 ミッション中、どんな大怪我をしても、()()()()()()()()、無傷で部屋に帰ることが出来る。

 

 そうだ! まだ、中坊を助けられる可能性は残っているッ!

 

 ボスは良く見れば、決して猛スピードで飛翔しているわけじゃない。

 なにやら息苦しそうに、フラフラと旋回している。

 

 田中星人の通常個体は、あのロボットのような外装の外に出ると、まるで窒息したかのように息絶えていた。

 ……もしかしたら、ボスが咥えていたあのチューブ――あれは俺達でいう所の酸素ボンベのようなもので、それが壊れて呼吸出来ないのか?

 

 目立った外傷はないが、中坊の捨身の攻撃は、ボスをも瀕死に追いやったんだ。

 

 ……あれなら、放っておいても直ぐに死ぬのかもしれない。

 だが、時間はもう一分ちょっとしかない。

 

 今すぐ――息の根を止める。

 そして、あの状態のボスなら、俺でも十分殺せる!

 

 俺は、ガンツソードを取り出す。

 

 そして、それを槍投げの要領で、空中のボスに向かって――

 

「いけぇ!!」

 

――投擲した。

 

 その投剣は、一直線にボスに向かって飛翔し――

 

「ギェェェェエエエエエエエエ!!!!!!!」

 

――胴体を、深々と貫いた。

 

 ボスは落下する。

 その巨体故の重力加速度をふんだんに乗せて、コンクリートの地面に激突した。

 

 俺は、ボスの死体が落ちた方向へ、呟く。

 

「……どうだ。中坊の勝ちだ」

 

 転送が始まる。

 

 俺は、瓦礫の山となった、アパートに目を向ける。

 その下にいる、今回のミッションの一番の立役者に向かって、呟く。

 

「…………帰ってこいよ。中坊っ!」

 

 こんなとこで、……カッコよく死ぬな。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 ……また、帰ってきた。帰ってこられた。この部屋に。

 

「お前……」

「比企谷!」

 

 達海と、折本。

 

「ヒキタニ……」

「…………」

 

 相模と……葉山。

 

 葉山は、両手をついて項垂れている。死んでるかのように、顔に表情がない。

 相模はそんな葉山に寄り添っている。

 

「……あの子供と、おばあさんは?」

 

 俺は、この中では一番気丈そうな達海に問いかける。

 

 しかし、俺の言葉に葉山がピクリと肩を震わし――

 

「……っ……うぅ……ぁぁ……」

 

 嗚咽を、洩らし始めた。

 

 ……それで、全て伝わった。

 

 相模が俺を、今はそっとしてあげて、と言いたげな目でこちらを見る。

 言われなくても、今の葉山を責めたてるようなことはしない。出来ない。

 

 達海も、折本も、葉山を何とも言えない表情で見ている。

 

 俺も、葉山に視線を移す。

 

 ……これが、葉山か? あの、葉山隼人なのか。

 

 ……俺は、思い違いをしていたのかもしれない。

 俺は、こんな状況だからこそ、リーダーが必要だと判断した。

 みんなが信頼し、命を預けるに値するリーダーが。

 

 そして、葉山ならそれになれると思った。

 葉山のカリスマと能力なら、可能だろうと。

 

 だが、逆だったのかもしれない。

 

 葉山のような男にとっては、この場所は地獄だ。

 

 責任感が強く、無駄に潔癖症で、優しい葉山には。

 葉山も、まだ高校生のガキなんだ。俺と同じ。

 

 ……荷が、重かったか。

 

「ねぇ。あの中学生は?」

 

 折本が俺に尋ねる。

 その言葉に、達海と相模も俺に目を向ける。

 

 俺は、その言葉には答えず、ガンツの前に――黒い球体の前に立つ。

 

 そこ表示されているのは、制限時間のカウントダウン。あと10秒。

 

 ……来い。来てくれ、頼む。

 

 生きて……生きていてくれ。

 

 

――あと、5秒。

 

 

 ……まだ俺には、俺達には、お前が必要なんだ。

 

 

――あと、3秒。

 

 

 …………お前が居なければ、これからどうすればいい?

 

 誰を……頼りにすればいい。

 

 

――あと、2秒。

 

 

 誰に……背中を預ければいいんだよ。……頼む。

 

 

 

――あと、1秒。

 

 

 

 中……坊……。

 

 

 

 

 

チーン

 

【それぢは ちいてんを はじぬる】

 

 

 

「…………」

 

 俺は、膝をつき、俯く。

 

 

 中坊は、帰って、こなかった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「採点……?」

「え、何? どういうこと?」

 

 達海と折本が困惑の声を上げる。

 

 ……まぁ、いいか。すぐに分かる。

 

 

『うちぃ~』5点

 

 Total 5点

 あと95点でおわり

 

 

「…………」

「5点?」

「あと95点で終わりって、何?」

 

 ……相模も、倒したのか。

 だが、相模の表情は晴れない。

 葉山の傍から、離れようとしない。

 

 

『びっちw』0点

 

 うるちい

 もぉ~ちょっと静かにしてもらえませんかねぇ~

 

「……え? 何これ? 私?」

「他にいねぇだろ。ピッタリじゃねぇか」

「はぁ!? だ、誰がビッチ!? 私はまだ処――って何言わせんの!!?」

「聞いてねぇし。誰も信じないから、つまんないアピールするな。すげぇあざといんだよ」

「ちょ、ちょっと待って! 私は本当に――」

 

 達海と折本が何かうるさい。

 ってか折本。そのくだり色んな人が既にやってるからな。由比ヶ浜とか相模とか。

 

 

『タッツミー』5点

 

 Total 5点

 あと95点でおわり

 

 

「……5点か」

「……え、何? もしかして、0点って私だけ?」

 

 達海は5点……。初めてのミッションで星人を倒したのか。

 

 

『イケメン☆』5点

 

 Total 5点

 あと95点でおわり

 

 

 葉山も5点。

 おそらく田中星人は1体5点なんだろう。前回のねぎ星人父が3点だったから、やはり前回は相当レベルが低かったんだな。

 

 葉山は一向に顔を上げようとしない。

 ひたすら、フローリングに両手両膝をつき、項垂れている。……一体、コイツに何があったんだ。

 

 そんな葉山を余所に、黒い球体は再び別の文字列を浮かび上がらせる。

 

 

『ぼっち(笑)』23点

 

 Total 23点

 あと77点でおわり

 

 

「23点っ……!」

「え? 何コレ……比企谷……どんだけ……」

 

 達海と、折本。相模が呆気に取られた表情で見る。

 ……別に俺が凄かったわけじゃない。この点数は、全部アイツと共同で獲得したものだ。

 

 アイツと二人で、稼いだ点数だ。

 

 ……だが、アイツは、もう。

 

 

 

 

 

「え、あ?」

 

 相模が送られる。

 これで、今日のミッションは終了か。

 

「え!? 何、どうなってんの!?」

「まだ、なんかあんのか!?」

 

 二人がパニックになっている。

 そっか。コイツらは知らないんだったな。

 

「大丈夫だ。たぶん、自宅に転送される。少なくとも前回、俺はそうだった」

「ホント!? 家に帰れるの!?」

 

 俺は、喜色を表情に滲ませた二人に対し――上げて落とすように言う。

 

「……ああ。だが、また近いうちに、ココに強制的に連れて来られる。100点を集めない限り、今日みたいなことの繰り返しだ」

 

 その言葉に、二人は露骨に表情を固まらせた。

 

「……え?」

「……近い内っていつだ?」

「分からない。俺達は前回は3日前だった。毎回ランダムらしい」

「……な、何それ!? またこんなことやらなきゃいけないの!?」

「やらなきゃいけない。ガンツからは逃げられない。何処にいようが転送されて嫌でも連れてこられる。――解放される方法は1つ。100点を取ること。それだけだ」

 

 折本は泣きそうな顔になった。

 達海は折本ほどショックを受けていない……ように見える。実際はどうかは分からないが。

 

「あと、これだけは守ってくれ。現実に帰っても、今日のことは誰にも話すな。頭が爆発するぞ」

 

 達海と折本は分かりやすく二人とも顔を青褪めさせた。

 

 その後一言も話すことなく、静かに転送されていった。

 

 

 

 そして、部屋に残ったのは、俺と葉山。

 

「葉山……」

 

 返事は、ない。

 

 一言も言葉を交わすことなく、葉山は転送された。

 

 

 

 そして、部屋にはただ一人、俺だけが残される。もはや定番だ。

 

 俺は、スーツを脱いで、制服に着替える。

 最悪着替えの途中で転送されても自室だからいいや、という感じだ。

 

 幸いスーツが着替え終わる前に転送、とはならなかった。……気を遣ってくれたのか? まさかな。

 

 俺は、ガンツの前に立つ。

 

「ガンツ。メモリーを見せてくれ」

 

 黒い球体の表面に無数の写真が表示される。

 ガンツの苛酷なミッションに勇敢に挑みつつも、命を落とした戦士達が羅列される。

 

 

 その右下に、中坊の顔写真があった。

 

 

 中坊が死んだ。

 

 俺を助ける為に。俺のせいで。

 

 ……ちくしょう。ちくしょう! ちくしょう!!

 

 俺は、また守れなかった。救えなかった。

 

 どれだけ繰り返せば気が済むんだ、俺は。

 

 

 中坊という、最強の味方を失って、俺達はこれからどうなるんだ。

 

 

 葉山も、まるで魂が抜け落ちたかのようだった。あれじゃあ、次回の戦いにまともに参加できるかも怪しい。

 

 ……こんな調子で、俺達は、次のミッションを勝ち抜けるのか?

 

 

 結果的には、今回も生き残った。

 

 だが、その代わりに、失ったものも、大きい。

 

 数々の問題を抱え、様々な傷跡を残し、俺達は、再び日常へと帰還する。

 

 

 

 

 

 その日は朝まで眠れず、そのまま不眠不休で登校する羽目になった。

 




少年は、ようやく手に入れたそれを守る為、自らの命を手放した。





次章予告



中坊という最強の戦士を失い、勝利の歓喜を感じる間もなく、不安と喪失感の中で日常へと帰還する比企谷八幡。

彼を待っていたのは――更なる、喪失。

守りたかった場所、取り戻したかったもの、今までやってきたこと――その全てを、失って。

失意の中、再び送られた『黒い球体の部屋』。

そこで比企谷八幡を待っていたのは、新たな出会い、そして最強の敵だった。



「もう、無理して来なくていいわ……」

「……俺は君が思っているほど、いい奴じゃない」

「……やめろよ。……もう……やめて、くれよぉ……」

「僕らは、少なくともあなたよりも、地獄というものを知っています」

「惑わされるな! 愚か者共がぁ!!」

「言ったでしょ。傍にいて支えるって。独りになんかしないよ」

「コイツは、俺の獲物だっ……!」

「いいよ。君がどうしようもない子って言うのは、もう分かってるからね」

「だからアンタは、今も昔も、何も救えないのよ」

「――わたしたちは、逃げちゃダメなのよ」

「……馬鹿野郎。逃げろって言っただろ」

「どいつもこいつも比企谷比企谷うっせぇんだよ!!!」

「俺は、もうダメなんだよ。自分でも分かるくらい壊れてる。――もう、取り返しがつかないくらいに」

「――好きなんだから。気づいてたでしょ?」

「……チート過ぎんだろ」

「――わたしを死なせたくないなら、ここでじっとしてて」


「アイツを倒して、全部終わらせて――――そしたら」
 
「わたしに告白して」
 

「……救えないなぁ」
 
「――例え、あなたがあなたを救わなくても、俺が勝手に救いますよ」
 

「何をしてるんだ、比企谷」
 
「君にはやるべきことがあるだろう」
 
 
「僕は人間だ。それでも殺すのかい?」
 
「やっぱり君は面白い」

「この偽善者が」

「どうでもいいやつを殺すことで大切な人を救えるなら、俺は躊躇いなく――――そいつを殺す」


「さぁ。最後の一人だ。やはり、君が残ったね」

「大丈夫だ。お前は一人じゃない」


「殺してやる!!」
 
「やってみろよ」


「分かっているんだろう。君は僕に勝てない」
 


「…………はち、まん」
 
 
 
「………………かって」
 



 俺は、もう一度――――今度こそ手に入れてみせる。
 
 ×××××と、『本物』を。




「……俺を――」
 
 
 
 
 
「一人ぼっちに、しないでくれ」

 
 
 

【比企谷八幡と黒い球体の部屋】――あばれんぼう星人・おこりんぼう星人編――


――to be continued


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あばれんぼう星人・おこりんぼう星人編 ついに、比企谷八幡は失った。

千手編スタートです。

……はやいなぁ。もうここまで来ちゃったか。

早く二部の続き書かないとなぁ……。


 

 

 

 

 

 

 

「もう、無理して来なくていいわ……」

 

 

 

 雪ノ下は酷く優しい声で、けれど酷く寂しげに言った。

 

 

 ……どうして、こうなっちまうんだ。

 

 

 雪ノ下は俺に背を向け、ローファーを鳴らしてゆっくりと遠ざかる。

 

 今、行かせてしまってはダメだ。このままで終わってしまっては絶対にダメだ。

 

 

 けれど、俺の足は縫い合わせたかのようにピクリとも動いてくれない。

 あの部室の、椅子の位置のように。

 

 雪ノ下の後姿が、クリスマス前の街の雑踏の中に消えていく。

 

 俺は口を開くが、声帯は何も発しない。

 搾り出す言葉が、何も見つからないから。

 

 

 俺は、ただ失いたくなかったんだ。

 

 

 初めて失いたくないと感じた居場所を、守りたかっただけなんだ。

 

 知っていたから。散々聞かされてきたから。

 

 

――大事な物は、替えが利かないと。

 

――かけがえのないものは、失ったら二度と手に入らないと。

 

 

 だから、信念を曲げた。

 

 嘘を吐いた。偽りに縋ってしまった。

 

 

 うわべだけのものに意味を見出さない。

 

 

 それは、彼女と共有していたであろう信念。

 

 それを曲げた。歪めて、捻じ曲げて、手放した。

 

 

 だから、雪ノ下雪乃に、見限られてしまった。

 

 

――これが、あの部屋の地獄を生き抜いてまで、やりたかったことなのか。

 

 

 俺は、一体何のために……。

 

 

 忙しなく行き交う人混みの中で、雪ノ下の最後の言葉と、去りゆくローファーの足音が、虚しく耳に残り続けていた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 中坊を失った、二回目のミッションを終えた翌日。

 不眠不休で学校に向かった俺を出迎えたのは、由比ヶ浜からの奉仕部への依頼の知らせだった。

 

 依頼主は、一色いろは。

 

 依頼内容は海浜総合との合同クリスマスボランティアのサポート。

 

 驚いたことに雪ノ下は、この依頼を受けるか否か、俺達の意見を聞くというのだ。

 今まで雪ノ下は依頼を受けることに躊躇したことはなかった。断るときも間髪入れずにその場で断っていた。

 

 問いかけてきた由比ヶ浜はやりたそうにしていたが、俺は断るように言った。

 

 生徒会長をやりたかったかもしれない雪ノ下に、その生徒会のサポートを間近でやらせるのは、どうにも酷なことに思えたのだ。

 

 俺は由比ヶ浜にそのことを雪ノ下に伝えておいてくれというと、彼女は残念そうに肩を落として去っていった。

 少し心が痛んだが、仕方ない。

 

 俺は放課後に生徒会室に向かった。

 そして一色に、奉仕部としてではなく、個人的にサポートすることを約束する。

 奉仕部としては依頼を受けづらくとも、俺には一色を生徒会長にした責任がある。出来る限りのことはしてやるべきだと思った。

 

 だが、それは思った以上に困難だった。

 

 相手側の高校が思った以上に難儀な集団だったのだ。

 

 具体性がまるでなく、その癖一見すると活発な会議。

 中身が定まらず、膨れ上がる規模。押し迫るスケジュール。

 

 こちら側の代表者である一色は一年生ということもありなかなか強く出ることが出来ない。

 

 ただ時間だけが、無為に過ぎていった。

 

 

 

 

 

 一色と入れ違いになり迎えに行こうとサッカー部を訪れた時、人が変わったかのような葉山隼人と鉢合わせた。

 

 あのミッション以来、葉山は時々表情を失くす。精神が限界にきているのかもしれない。そのせいか、葉山グループの雰囲気が最近おかしい。

 

 それは最近の相模との噂も一因かもしれない。

 今回の相模は茶化すようにではなく真面目にその噂を否定しているからそこまで大げさに広まってはいないが、三浦は相模と一緒に下校する葉山を見たと言っている。そのせいか、葉山と三浦に距離が出来てしまい、それも雰囲気の悪化につながっているのかもしれない。

 

 真実を知っている俺は、おそらく事情を――ガンツに関する悩みを共有できる相模を支えにしているのだろう、と考えている。相模も支えになりたいと思っているのかもしれない。

 

 まぁ、そういったことから真実に恋心が芽生えることもあるのかもしれないが、そこまでいくと俺の範疇じゃない。好きにすればいい。

 

 だが、葉山の様子がおかしいのは確かだ。より具体的に言うならば、人畜無害な爽やかイケメン像が時折崩れ、ぞっとするような冷たい一面が露わになる。

 

 それは葉山隼人という人間が元々持っていた一面なのだろう。

 林間学校の時も、修学旅行の時も、そしてこないだの生徒会選挙の時も、その片鱗をちらつかせていた。

 

 俺は葉山隼人という人間のことを、何も知らなかったのかもしれない。

 

「……俺は君が思っているほど、いい奴じゃない」

 

 忌々しげに呟き、俺を睨み据えて言ったその言葉に、迫力に、俺は。

 

 怖い、と。

 

 そう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 その後、俺は一人でコミュニティセンターに向かうと、途中いつものようにコンビニからお菓子の袋を抱えて出てきた一色を目撃した。

 

 なんだ入れ違いかとんだ徒労だったと思いながら近づくと、一色の顔が暗く、俯いていることに気づく。

 

 当然だ。

 一色は生徒会長になりたてで、同じ総武高の生徒会のメンバーとも打ち解けていない。

 その上更に他校の人間との関係も築かなくてはならないのだ。負担でないはずがない。

 

 

 そして、その負担を背負わせたのは、俺だ。

 

 

 俺はそのコンビニ袋を一色の代わりに持った。

 

 俺には、それくらいしか出来ない。

 

 

 

 

 

 流れで参加することになった小学生の中に、あの鶴見留美がいた。

 

 夏休みの林間学校。

 あの時に彼女を取り巻く人間関係をぶち壊し、トラウマを植え付けた少女。

 

 彼女は相変わらず一人だった。

 

 あの時のグル―プのメンバーは彼女しかいなかったから詳細は分からない。

 俺の目論見通りあのグループが解散したのかもしれないし、今でも学校ではあのグループは健在で留美を追いつめているのかもしれない。現在の彼女を取り巻く人間関係は窺うことは出来ない。

 

 

 だが、少なくとも、鶴見留美は相変わらず一人だった。

 

 

 

 

 

 今日もまるで進行がなかった。

 

 にも関わらず、有限の時間はみるみる消化されていく。

 

 玉縄と俺の相性は最悪だ。

 何を言っても暖簾に腕押し。効果がない。それにアイツの言い分も決して間違っていないから性質が悪い。

 

 何も出来ない。

 ストレスだけが溜まっていく。

 

 

 一色と留美の現状を見ると、まるで俺の今までの活動が間違っていたかのように感じる。

 

 

 いや、事実、間違っていたのだろう。

 

 俺がやってきたのは、全て問題の解消だ。解決じゃない。ただの先延ばし。

 

 

 先延ばしにした問題は、時に形を変え、時により大きな問題となって降りかかる。

 

 

 俺はそれを今、見せられている。見せつけられている。

 

 だが、それなら。

 

 

 俺は今まで、いったい何をしてきたんだのだろう。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 雪ノ下に会ったのは、そんな時だった。

 

 貴重なはずの時間を無理矢理つぶすような無為な作業を終え、コミュニティセンターの近くのケンタにパーティバレルを予約した後だった。

 

 俺が何の用もなくこんな時間にいるべきではない場所だった。

 

 当然、雪ノ下からもそこを突かれる。

 

「……こんな時間に、どうしたの?」

「……まぁ、色々な」

 

 俺は本当のことを言うわけにもいかず、ぼかした感じで言ったのだが。

 

「そう……一色さんの件、手伝っているのね」

 

 雪ノ下には、通じない。

 その声は、氷細工のように冷たかった。

 

「成り行き上……な。……悪かったな。勝手にやって」

 

 しかし、責めているような、口調ではない。

 

「あなたの個人的な行動に、私の許可は必要ないでしょう。……それに、あなたなら一人で解決できると思うわ。これまでのように」

 

 まるで、何かを。

 

「……俺は何も解決なんてしてない。一人だから一人でやっているだけだ。お前だってそうだろ」

 

 

 諦めて、しまったような。

 

 

「私は……違うわ。いつも、できてるつもりで……わかっているつもりでいただけだもの」

 

 

 その微笑は、とても美しかった。精巧な、仮面のように。

 

 俺は、そんな顔は見たくなかった。

 その仮面を外す為に、これまで戦ってきたはずなのに。

 

 雪ノ下は何か言葉を続ける。

 

 だが、よく覚えていない。

 

 なにかたどたどしく言い返した気がするが、それはただの足掻きでしかなく、そんなものが雪ノ下の仮面を被った心に届くはずもなくて。

 

 すでに決まってしまった結末(おわり)を覆すことなんて出来やしなくて。

 

 そして、突き付けられる。最後通牒。

 

 

「――けど、別に無理する必要なんてないじゃない。それで壊れてしまうなら、それまでのものでしかない……。違う?」

 

 

 その問いかけは、まったく関係ないのに、奉仕部を取り戻すために奮闘したあの戦いを、あの命懸けの戦争を、なぜかまるごと否定された気がして。

 

 何も、言えなかった。

 

 最後のチャンスを逃してしまった。

 

 彼女は悲しげに微笑み、小さく吐息を零す。

 

 雪ノ下の綺麗な唇が、これ以上ない残酷な言葉を紡ぐ。

 

 俺が、みっともなく縋っていたあの場所を、終わりにする言葉を。

 

 

「もう、無理して来なくていいわ……」

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 気が付いたら、どこかの広場のベンチに座り込んでいた。

 

 はぁ……と空中に息を吐き出す。肺の中にたまっていた嫌な空気は真っ白に染まり、すぐに消えた。

 

 だが、肺の中はすぐに気持ち悪い空気で再び満たされる。

 

 

 それとは逆に、心にはポッカリと空虚な穴が開いてしまったかのようだ。

 

 

 ……分かっていたんだ。永遠なんてないことくらい。

 

 いつか、必ず壊れてしまうなんてことくらい。

 

 修学旅行のあの一件がなくても、生徒会長選挙のあの失敗がなくても。

 

 いつか、必ず訪れていたことなんだ。

 

 にも関わらず、俺は逃げた。向き合わなかった。立ち向かわなかった。

 

 それが、これだ。この様だ。

 

 本来ならすぐにでも行動に移すべきだったんだ。取り返しがつかなくなる前に。

 

 いや、まだ取り返しがつくのかもしれない。だが、やり方が分からない。

 

 俺は仲直りの方法なんて知らない。今まで仲直りをするべき友達がいなかったから。

 

 雪ノ下には速攻で断られ、そして友達になる前に……中坊は死んだ。

 

 

 ……そうだ。ここ最近間が空いたが、ガンツの次のミッションはいつなんだろうか。

 

 俺は今まで、奉仕部の現状をなんとかしなければならない、これをモチベーションに――心の支えに戦ってきた。

 

 だが今は、その支えがポッキリと折れてしまった。

 

 まだ終わったわけじゃない。ここから直すんだ。

 雪ノ下の信頼を取り戻し、再びあの日常へ。紅茶の香り漂う、あの部室に。

 

 そう、理屈では理解しているのに。

 

 心が、追いつかない。隙間が埋まってくれない。

 はは……今の俺は絶好の駆け魂のターゲットだろうな。あれ?あれって女限定なんだっけ?

 ……ダメだ。いつもみたいにくだらない脳内遊びをしてみても、何も変わらない。

 

 

 俺は、いつからこんなに弱くなったんだ。

 

 

 こんな状態で…………俺は、生き残れるのか。

 

 

 思わず、天を仰ぐ。アニメとかなら心情を表現するために雨とか雪とか降るんだろうが、皮肉にも空は澄み切っていて、綺麗なオリオン座が見えていた。

 

 しばらく意味もなくこうしていると――

 

 

 

「…………はっ。嫌になるな。本当に」

 

 

 

 俺の人生には碌なことがない。

 思わずそんなことを吐き捨てたくなるような、まるでどこからか見ているかのような、最悪な悪意しか感じないタイミングで――

 

 

――首筋に、悪寒が走った。

 

 

 別に寒空の下で黄昏ていたから風邪を引いたってわけじゃない。

 

 

 その証拠に、俺の足は徐々に消失し――転送され始めていた。

 

 

 また、あれが始まる。あの部屋に送られる。

 

 

 

 だってのに、俺の心は、まるで奮い立たなかった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「おい……ちょっと、面貸せよ」

 

 達海が部活終わりにゲームセンターで息抜きをしていた時、その背中から数人のガラの悪い輩たちが達海に声をかけてきた。

 

「……はぁ。何のようっすか?」

 

 折本がクリスマスイベントとやらのメンバーになってから付き纏われる時間も減り(決してなくなったわけではない)、いい気分でゲームに熱中していたところを邪魔されて、達海は声に不機嫌さが出てしまったことを自覚した。

 

「……てめぇ。目上の人間に対する礼儀がなってねぇな」

 

 一体何を持ってして、自分を俺よりも目上だと判断しているのか。

 そんなことを達海は思ったが、何分すでに店内の注目を集めてしまっている。

 

 今は決して深夜というわけでもなく、ここは不良たちの溜まり場というわけでもない。

 ごく普通の駅前のゲームセンターだ。学校帰りの中学生や、なんだったら小学生も利用するような。彼らはこっちを見て明らかに怯えている。

 不良たちが自分目当てでこんなテリトリー外に足を運んだことも明白であり、達海は溜め息を吐きながら格ゲー用の座高の低い椅子から腰を上げた。

 

 

 

 歩くこと数分。達海は路地裏で不良たち三人に囲まれていた。

 

 達海はお決まりの展開に内心うんざりしながらも理由を尋ねる。

 

「で、何なんですか?」

「とぼけんな!人の女に手ぇ出しといて、ただで済むと思ってんじゃねぇよな!あぁ!?」

 

 またか。と達海は思った。

 勿論、達海に身に覚えはない。

 大方コイツの(元)彼女が達海のファンになり、別れを切り出したのだろう。その事の逆恨み。こういった因縁を吹っ掛けられるのも一度や二度ではない。

 

 大方その程度なのだ。彼女のコイツに対する想いとやらは。

 

 そして、その程度の想いしか抱かせなかったくせに、この男は彼女にではなく、自分にでもなく、達海にその原因を押し付けて憂さを晴らそうとする。

 

 それで彼女とやらが帰ってくるわけでもあるまいし。

 

 達海は大きく息を吐く。その行為に不良たちの額に青筋が浮かぶ。

 

 いつもの達海なら、ここでわざわざこんな風に相手を煽るような真似はしない。

 そもそもこんな所にむざむざと付いて来たりしない。

 その程度の敵意を嗅ぎ分ける嗅覚は、達海にはある。今回もどうせそんなことだろうと思っていた。

 

 ちなみに達海はこんな奴らにやられるほど喧嘩は弱くない。運動神経が段違いだ。

 しかしそれでも普段の達海はこんな愚行を犯さない。こんなくだらないことで万が一怪我でもしたら最悪だ。

 

「コイツ……なめやがって」

「やっちまうか……」

「イケメンがぁ……」

 

 不良たちは一斉に達海に襲いかかる。

 

 

 それなのに今回達海がこんな愚行に走ったのは――――制服の中に着こまれた、黒いスーツ故か。

 

 

 

 

 

「ねぇ!」

 

 達海が路地裏から出ると、そこには息を切らせた折本がいた。

 それを見て達海は露骨に舌打ちをし、無視して足を駅の方向に向ける。

 

「待って!」

 

 去りゆく達海の手を後ろから折本が掴む。

 

「なんだ――」

「さっき」

 

 達海は振り払おうとしたが、真剣な眼差しで自身を見据える折本の目に、動きを止めた。

 

「そこの路地裏で何してたの?」

「…………関係ないだろ」

 

 今度こそ力強く折本の腕を払い、帰宅しようとする。

 その背に向かって折本の声が響いた。

 

「今までああいう奴らは適当にあしらってきたじゃん!なんで――」

「別にいいだろ」

 

 

「絶対に怪我しないのに、何であんな奴らを気遣う必要がある」

 

 

 そういって顔だけをこちらに向けた達海は。

 

 

 口元を歪め、笑っていた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 折本はトボトボと宛もなく歩いていた。

 

 先程の、達海の笑顔。

 

 怖かった。だが、同時にとても無邪気だった。

 

 新しいおもちゃに夢中になっている子供のような。

 父親に教えてもらった知識を弟に嬉しそうに話すお兄ちゃんのような。

 

 

 達海は、どこか変わってしまった。ように、折本は感じていた。

 

 

 あの部屋から帰ってきた、その日から。

 

 

 八幡は言った。またあそこに送られると。100点をとるまで、逃れることは出来ないと。

 

 あれから数日が経った。まだ再招集はかからない。だが折本は、なぜか解放されたという気分にはなれなかった。

 

 どうしようもない不安に駆られて、学校でこっそり達海を誰もいない場所に引っ張り問いかけたことがあった。

 

 怖くないのか、と。

 

 達海はあっけらかんと答えた。

 

『100点を取ればいいんだろ。簡単だ。見てろ』

 

 その時は、なんてカッコいいんだとうっとりしたものだったが、今思えば明らかに変だ。

 

 なぜ、達海はあんなにも自信満々なのだ?

 

 この間は死にかけて、実際に死んでしまい帰って来なかった者までいるというのに。

 

 ぶるっ!と体が震えた。寒い。怖い。折本は、どうしようもなく不安になった。

 

 

 達海はまるで別人のようだ。誰か、他に頼る人は。

 

 八幡は言った。あの部屋の事を誰かに話すと頭が爆発すると。

 それは、実際に人の頭が破裂する所を目撃した折本には、嘘だと思えなかった。

 

 そして、そこで、気づいた。そうだ。八幡がいると。

 折本の中では先日のミッションを終えて、葉山の評価はどん底になったが、八幡の評価は少し上がっていた。

 自分達と違い、怯えることなく敵に猛然と立ち向かうその姿は、自身の中の八幡のイメージとは大きくかけ離れたものだった。

 

 そして、今回のクリスマスイベントの会議。

 場の空気に流されず、自身の意見を恐れずに言うその姿は、まるでこういったことに慣れているかのようだった。

 その姿は、少なくとも、カッコ悪くはなかった。

 

 頼ってみてもいいかな、と思ったその時。

 

 

「…………比企、谷?」

 

 

 ふと顔を上げると、広場のベンチに八幡がいた。

 足を伸ばし、ベンチの背もたれにもたれかかり、空中に白い息を吐き出していた。

 

(なんか……落ち込んでる?)

 

 何かあったのかと折本は訝しんだが、こうして会ったのだから声を掛けようとした。が。

 

 

 折本は、首筋に嫌な悪寒が走ったのを感じて、思わず立ち止まった。

 

 

 そして、戦慄する。

 目の前の八幡が、少しずつ消えていく。八幡はまったく動じていないが、明らかに異常な光景だった。

 

 

 思わず悲鳴を上げそうになり、口を手で覆う――――が、その手が、なくなっていた。

 

 レーザーのようなものが、徐々に手首を侵食し、肘へと迫ってくる。レーザーに侵された部分は消失していた。

 

 自分の体が。

 

 なくなっていた。

 

「……い、」

 

 今度こそ、折本は哭いた。

 

「いやぁぁぁぁぁああああああああああああアアアアアアア――――――――――」

 

 誰もいない公園の横の道を行き交う人達は、悲鳴を聞いて足を止め、公園に目を向ける。

 

 だが。

 

 

 そこには、誰もいなかった。

 




次回、あの人登場。


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そして、比企谷八幡は魔王に救われる。

魔王、降臨。


 ……なんか、すっかり慣れちまったな。この感じ。

 

 そして、この部屋。

 

 俺が転送されて来た時、知っている人間は一人もいなかった。

 

 新しい参加者が……八人。全員男だ。

 頭が爆発している(髪形の)若い男に、眼鏡に帽子のでかい男。帽子の方はなんかラップとかヒップホップとか愛してそうだな。あと、サラリーマン風のスーツの男が二人。一人は眼鏡。そして、190cmはある白人の格闘家。さらに、迷彩服の軍事オタクっぽいやつに、ゴルゴ13みたいな眼光鋭いつなぎの男。背中に立ったら撃たれそう。

 そして、一番目立つのが。

 

「……また一人、このためしの場に呼ばれたか」

 

 は? 何言ってんだ、この坊さん?

 

「……ここ、どこなんすか?」

 

 ラッパー風味の男(コイツはラッパーさんでいいや。たぶんラッパーじゃないけど)が坊さんに問いかける。

 

「ここは、死者が極楽浄土に往生するか、それとも無間地獄に堕とされるか、そのふりわけがされる場所だ」

 

 ……コイツ、すげぇこと言うな。自信満々に言い切るとこが凄い。

 まぁ、今までの奴らと違い、パニックを起こさないとこは素直にすごいな。……内心はどうだか知らないが。

 

 だけどその妄言を、他の奴らも信じるかはまた別か。

 

「……ためしの場って、ここが?」

 

 髪の毛爆発男(ボンバーさんと名付けよう)が、坊さんに食って掛かる。まぁ、何の変哲もないマンションの一室ですしね。閻魔とかいないのかよ。鬼灯さんもびっくりだよ。

 

「死した記憶があるだろう。死を認めぬ者は、極楽浄土に往生できぬぞ」

「………………」

 

 確かに、そう言われると、何も知らない彼らはぐうの音も出ないだろう。

 

 だが、このおっさんはこの後どうするつもりだ?

 アンタは今までそう信じて生きてきて、こうして死んだ今もここでちゃんとすれば極楽浄土に行けると思うことで自己を保っているのかもしれないが。

 

 ここで、他の人達にも、自分の価値観を押し付けて。

 

 責任、とれんのか?

 

 

 ……まぁ、それを俺がとやかく言う資格なんてないか。

 現に今も、俺はここにいる誰よりも本当のことを知っているくせに、何もしようとしていない。

 

 俺は部屋の隅――中坊の指定席だった場所に移動し、腰を下ろす。

 

 疲れた。誰かの何かを背負うことが。本来そんなの、ぼっちの俺の与り知る所じゃない。

 

 もういい。どうでもいい。

 

 自分のことは、自分でやれ。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 また誰か転送されてくる。

 すでにこれだけいるんだ。さすがに俺の知っている誰かだろう。

 

 そして案の定、そいつは俺の知る奴だった。

 

「…………よぉ」

「比企、谷……」

 

 折本は現れるなり俺をまじまじと見つめてきた。その目にあるのは驚愕と……安堵?

 

「比企谷ぁ!」

 

 すると折本は涙を浮かべ、俺に飛びついてきた。

 

 ……え? なになにどういうこと!?

 俺の胸に顔をうずませ、涙声で折本は言う。

 

「……公園で、アンタ見かけたら、なんか、消え始めて……そしたら、私の腕もなくなって……もうわけわかんなくて!……すごく……怖かったぁ……」

 

 折本は俺の制服をぎゅうと掴む。

 ……そうか。折本はまだ2回目。そりゃ戸惑うか。……むしろ、慣れ始めてる俺が異常なんだ。

 

 

「大丈夫だ、御嬢さん。怖がることはない。ここはためしの場。私と一緒に念仏を唱えれば、極楽浄土に往土できる」

「…………比企谷。この人何言ってんの?」

 

 俺に振るな。ってか、念仏唱えれば行けちゃうのかよ。簡単だな、極楽浄土。

 っていうか近い近い。至近距離でキョトンとするな。惚れちゃうだろうが。いい匂いだなぁ。

 

 

 

 ビーという音と共に、この部屋に新たな人物が追加される。

 すると我に返ったのか、折本が自分の状況に気づき、顔を赤くして慌てて離れた。だからそういう反応やめろ。どきっとするだろうが。

 

 そいつは――――

 

「葉山……」

 

 葉山隼人だった。

 葉山はこの部屋に転送されたことを悟ると顔を歪ませたが、すぐに雪ノ下とも陽乃さんのとも違う、葉山特有の仮面をつけた。

 そして、こちらに気づく。

 

「比企谷……折本さんも」

 

 俺は軽く目線で応えたが、折本は露骨に不機嫌になり顔を背ける。

 この二人、なんかあったのか?

 

 次々と増える人たちに坊さんは困惑していたが、気を取り直して葉山に話しかけようとする。

 

 するとその時、ガチャと廊下へとつながる扉が開いた。

 綺麗な顎に細い指を添えながら「ん~」と唸っているその人物は、俺が知っている人――――だが、この場所にいることが、一番信じられない人物だった。

 

 その女性が顔を上げると、部屋の片隅にいる俺に真っ先に気づく。

 そして、すぐにあの“強化外骨格な笑顔”を、この絶望の場所に不釣り合いな精巧過ぎる笑顔を向ける。

 

 

 

「あ、比企谷君だ~。ひゃっはろ~」

 

 

 

 雪ノ下陽乃。

 

 

 俺が今、ひょっとしたら雪ノ下以上に会いたくない人物だった。

 いや俺がこの人に会いたい時なんて、出会ってから今まで一瞬たりともないんだが。

 

 けど。だけど。

 

 

 今この時だけは、本当に、会いたくなかった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「…………陽乃さん」

「ん? あれ? 隼人じゃん。隼人もこんな所に? あ、それに君は前に会ったことあるよね。 あらら、ちょっと探検してる間にずいぶん知り合いが増えてお姉さん心強いよ」

 

 表面上はいつも通りを装ってはいるが、いくら雪ノ下陽乃といえど、この状況は相当切羽詰まっているはずだ。陽乃さんのように頭のいい人間ほど、こういう理論じゃ説明出来ない状況に混乱するはず。

 まぁ、あの坊さんの言うことに一切耳を傾けず、おそらく誰も知り合いがいないであろうこの状況でパニックにならずに情報収集に動いていたのは、さすがというところか。

 

 今は俺よりも陽乃さんに近いところにいた葉山と何か話している。おそらく葉山が陽乃さんにこの状況を説明しているのだろう。

 その後は葉山のことだ。今、極楽浄土が云々と信じ込まされている他の連中にも同じように説明して、全員を救おうと動くだろうな。

 

 ……俺の認識している――認識していた――葉山隼人なら、だが。

 

 俺はその二人の様子を傍から見ていたが、そっと壁から背を離す。

 

 ……ダメだ。今、あの人とまともに言葉を交わせる気がしない。

 

 

『もう、無理して来なくていいわ……』

 

 

 ……会わせる顔が、なさすぎる。

 

 

 俺は、会話を弾ませる葉山と陽乃さん、そしてその二人を少し離れた所から少しの敵意を放ちながら眺める折本に気づかれないように、陽乃さんが出てきた扉から廊下に移動した。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 地獄のようなこの空間も、廊下の造りはごく普通のマンションと何も変わらない。

 風呂やトイレも完備しているのかいくつか扉があるが、どれも触れることは出来ない。

 

 このガンツルームで触れることはできるのは、あの球体がある一番大きな部屋から玄関へと繋がっているこの廊下へと繋がるあの扉と、球体の部屋から別の一室へと繋がる扉の2つだけ。前回女子が着替えに使った部屋だ。前に一度入ったが、何もなかった。

 

 

 

 そんなことを改めて振り返りながら、俺は廊下の奥へと進み、壁に手を突いた。

 

 …………無様、だな。

 俺は、雪ノ下どころか、その姉の陽乃さんにすら顔を合わせることが出来ない。

 

 俺が、雪ノ下の期待を裏切り、信頼――そんなものがあったのかすら、今となっては自信がないが――を失った。

 

 雪ノ下雪乃を、悲しませた。

 

 そんなことを言っても、陽乃さんは俺を責めやしないだろう。

 歪んではいるが、あの人は雪ノ下を大事に思ってはいる。シスコンを自負する俺が引くほどに。

 だが、それでもあの人は、俺を決して責めない。

 

 

 失望して、がっかりして、飽きて、見限られるだけだ。

 

 

 俺に対する興味を失うだけだ。

 

 

 ……はっ。それでいいじゃないか。俺は元々あの人が苦手なんだ。

 変な興味を持たれて、絡まれて、面倒なことにならなくなる。結構なことだ。

 

 俺はぼっちだ。俺の元から人が離れるなんて、今更だろう。恐れることはないだろう。

 慣れたもんなはずだ。

 そんなことで傷つくようなメンタルは、とっくの昔に持ち合わせてはいないはずだ。

 

 

 今まで散々、裏切られて、誤解されて、弾かれて、失望されてきたんだ。

 

 日常茶飯事だ。むしろ自分から遠ざかって嫌われるまである。

 

 

 

 

 

 …………なのに。

 

 

 

 

 ………なのに。

 

 

 

 ……なのに。

 

 

 

 …どうして、こんなに。

 

 

 

 

 

 こわいんだ。

 

 

 誰かに、失望されるのが。

 

 

 

 

 

 やめろよ。

 

 

 

 

 

 俺に、期待しないでくれ。

 

 

 

 

 

 だから、俺を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「比企谷君?」

「!?」

 

 

 その声は、陽乃さんだった。

 

 この人に向き合いたくないから、ここに逃げてきたのに。

 

 

「…………なんですか?」

 

 だが、ここまで来たら、もう逃げられない。

 

 俺は陽乃さんの方を向く。

 すると、陽乃さんは目を見開いた。

 

 どうしたんだ? 改めて俺の目の腐り具合に絶句したのか?

 

 陽乃さんは、ポツリポツリと、言葉を漏らす。

 

 

「比企谷君…………泣いて、るの?」

 

 

「はぁ?」

 

 何言ってるんだ、陽乃さんは? と思いながら、手を目元に持ってくると。

 

 確かに、俺は泣いていた。

 俺の腐った目から溢れた温い水滴が手の甲について、ポタポタとフローリングに垂れた。

 

「あ、あれ?……違うんすよ、これは……目にゴミが」

 

 なんてベタな言い訳をしてるんだと思いながら、今更ながらに自分が涙声なのに気づいた。

 

 ゴシゴシと乱暴に目をこする。だが、その手を外せない。

 陽乃さんに、こんな情けない自分を見せたくなかった。

 

 そして許せなかった。こんな風に子供みたいに泣いて、被害者ぶってる自分に。

 俺かわいそうアピールを、よりによって陽乃さんにしている自分に。

 

 

 ふざけるな。

 

 俺は誰よりも加害者だ。

 

 自分の間違った行動で、留美も一色も追い込み、由比ヶ浜を悲しませ、雪ノ下を失望させた。

 

 それが加害者でなくてなんだ。

 

 そんな奴が、被害者ぶって泣き喚いていいはずがない。

 

 

 すると、俺の体を暖かい何かが包んだ。

 

 

 俺の視界は、まだ自分の腕により塞がれて暗いままだ。

 

 だが、この暖かさの源は、分かる。

 

 

「…………やめてください」

「や~だ♪」

 

 ダメだ。こんなのは許されない。

 

 加害者の俺が、元凶の俺が、優しく慰められるなんてことは、あってはならない。

 

「………離れて、ください」

「なんで私が比企谷君なんかの言うことを聞かなきゃならないの?」

 

 その雪ノ下のような物言いが、俺の心を突き刺して、さらなる罪悪感をもたらす。

 

 けど、俺の体は、一向に陽乃さんを押し返そうと働いてくれなかった。

 

 

「……やめろよ。……もう……やめて、くれよぉ……」

 

 俺の声により一層嗚咽が混じり、情けなさを増す。

 

 もう恥も外聞も捨てて懇願する。ダメだ。これ以上は。

 

 これ以上、この暖かさに浸ってしまっては。……俺は。…………俺は。

 

 

 その時、暖かさが体から離れる。

 俺の懇願が受け入れられた結果なのに、不意に寂しさを感じてしまって、それを理性で抑え込む。

 

 だが、その暖かさは俺の視界を塞いでいる左手にだけは残って、そっと、決して強くない力で、それを剥がす。

 

 抗えない。

 

 やがて徐々に視界が景色を取り戻す。

 そこには、強化外骨格など微塵も感じられない、優しい笑顔を讃える陽乃さんの綺麗な顔が、すぐ目の前にあった。

 

 心臓が、跳ね上がる。顔の温度がみるみる上昇するのを感じる。

 

 俺は顔を背ける。その優しい眼差しが、あまりにも眩しくて。

 

 陽乃さんは、くすりと笑う。この人にかかれば、俺のこんな行動など物凄く子供っぽく映るだろう。

 

 本気で嫌なら、本気で嫌がる。陽乃さんがいかに只者でなくても、男と女だ。力づくで暴れれば、逃れることは出来るだろう。

 

 けど、俺はしない。出来ない。つまりは、そういうことだ。

 

 許されないのに。あってはならないのに。

 

 この暖かさに、優しさに。

 

 

「…………い・や・だ♡」

 

 

 抗えない。

 

 

 どうしようもなく。

 

 

 浸りたい。

 

 

 陽乃さんが、俺の頬に両手を添える。

 

 その濡れた瞳が、桜色に染まった頬が、雪のように美しい肌が、蠱惑的な紅の艶やかな唇が、ゆっくりと近付いてくる。

 

 俺は、陽乃さんの肩に手を置き、引き離そうとする。

 

 だが、その手にはまるで力が入らず、抵抗の意味を為さなかった。

 

 俺は、また、負けた。

 

 

 そして俺達は、キスをした。

 

 

 目を閉じ、再び視界を真っ暗にし、その柔らかい唇の感触を存分に感じた。

 

 視覚を封じた分嗅覚が鮮明になり、陽乃さんの甘い匂いが脳のより深くを刺激する。

 

 現実感がなくなる。

 

 まるで、天国にいるかのようだった。皮肉にも、ここが天国に一番近い場所ということも忘れて。

 

 いや、もう忘れたかった。何もかも忘れて、今はこの唇の柔らかさを楽しみたい。

 

 

 それが、許されないことだと分かっていても。

 

 

 陽乃さんが息を吸う為、唇を離す。その時の名残惜しそうな息遣いにすら、俺の心は揺さぶられる。

 

 俺は、陽乃さんの腰に手を回し、抱き寄せる。

 

 その時の陽乃さんの小さな悲鳴が、この人の意表を少しでも突けた気がして、少し嬉しかった。

 

 俺の顔を見上げた時の陽乃さんは、案の定呆気にとられていて。

 

 それが、どうしようもなく可愛くて。

 

 俺の人生のセカンドキスは、俺から奪いにいった。

 

 絶賛童貞中の俺は、ただ不格好に唇を重ねることしかできない。

 

 だが、たったそれだけの行為でも俺の中の何かが融け、少しずつ軽くなり、そしてその事にどうしようもなく罪悪感を覚える。

 

 

 けれど、今だけは、快楽に身を任せたい。

 

 

 これから先、どのような罰でも甘んじて受けるから。

 

 

 だから――――

 

 

 そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、再び息継ぎの為に顔を離すと、陶然とした表情の陽乃さんが、俺の首に手を回し、抱き着くようにして三回目のキスをした。

 

 その勢いで押され、背中が壁につく。

 陽乃さんの柔らかな二つの膨らみが、俺の体で押しつぶされ、形を変える。

 

 だが、そんなことはお構いなしに、先程の二回のキスとは違い、陽乃さんは荒々しく俺の唇に吸い付く。

 

 俺を求めてくれる。こんなにも無我夢中に。それがどうしようもなく嬉しくて。

 

 俺は、陽乃さんの腰を力強く抱き寄せ、陽乃さんの口づけを受け入れた。

 

 ……あぁ。ダメだ。俺は、この人からもう離れられない。

 

 

 

 

 

 俺は

 

 

 陽乃さんに

 

 

 溺れてしまった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 彼は、こちらに目を合わせようとせずに、廊下へと姿を消す。

 

 あんな彼を、私は始めて見た。

 

 彼は決して最強ではない。むしろ、一般的な男子高校生より、はるかに弱い。

 

 例えば、今私と会話している隼人なんかよりは、はるかに。

 

 だけど、だからこそ彼は、決して人に弱さを見せない。

 いや、見せることはあるが、見せ方が違う。

 普段の彼は、誰かに攻撃されるよりも先に自分の弱さをひけらかして、見せつけることで、弱点で武装することはある。自分にとってはこんなのはなんともないと誇示し、そうすることで身を守ることはある。

 

 だが、今の彼は、違う。

 

 前回会った時も少なからず正常運転というわけではなかったが、あれからさらに何かあったのか。

 

 いや、もし、今隼人が話してる荒唐無稽のおとぎ話が事実なら。

 

 あの比企谷くんでも、追い込まれるかもなぁ。

 

 ……ちょっと、鎌かけてみようか。

 

 せっかく目を付けていたあの子が、こんなイレギュラーで潰れちゃうのはもったいない。

 

 雪乃ちゃんを受け入れてくれそうな子が、やっと、やっと見つかったんだから。

 

 ……あの二人には、もっと、もっと……。

 

 

 

 

 

「――というわけなんだ。……信じ、られないよな」

「ううん。信じるよ」

 

 隼人が呆気にとられる。

 何?この期に及んで、常識に縋りつくとでも思ったの?この私が?

 

 そもそも、この私がこんなとこに連れてこられてた時点でもう事態は普通じゃない。

 

 これがただの誘拐ならすでに雪ノ下家が何らかの行動をとっているはずなのに、いつまで経ってもそれがない。

 

 始めはあの坊主の人が何か胡散臭いことを言ってくるから新手の新興宗教による集団的な拉致かと思ったけど、むしろそういう場合はこちらよりも同等あるいは多数の人間でそういう空気を作らなきゃ効果は薄い。見るところあのお坊さんにお仲間はいなさそうだしね。

 

 そして、さっき私は玄関に触れなかった。

 

 ここまで条件が揃えば、明らかに普通じゃない。むしろ隼人の説明で納得したくらいだ。

 

 見ると、隼人が苦笑してる。

 ようやく自分の浅さに気づいたみたいね。あなた如きが私のことを心配するなんておこがましいのよ。

 

 ……にしても、この子ずいぶん慣れてるわね。

 比企谷くんはともかく、隼人みたいなタイプはこういう状況は明らかに弱そうなのに。

 

 ……もう何回も経験してるってことか。

 隼人だけなら生き残れそうにないから、おそらく彼も同数かそれ以上の数を生き残ってきたのか。

 

 

 

 また、あの黒い球体――ガンツ だっけ?――から、人が転送されてくる。

 ……本当に現代科学を大きく凌駕してる。確かに、コイツに勝つには、一筋縄ではいかなそうだ。

 

 

 その為にも、彼だ。

 

 

 私はまだ、こんなところで終わるわけにはいかない。

 

 

 

「じゃあ、隼人。後よろしく」

 

 そういうと隼人が何か言っていたが、無視する。

 新しく来た子達も隼人の知り合いみたいだし――なんか女の子は見たことがあるような……まぁ、いっか♪――後の色々メンドクサイことは隼人に任せよう。坊主さんの相手とか。

 

 私は廊下に出た比企谷君を追うべく、扉に手をかける。

 

 

 

 ……にしても、そっか。

 

 

 

 私、やっぱり、死んだんだ。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 廊下に出ると、そこに比企谷くんは居た。

 

 

 壁に両手を拳の形で押し付けて、顔を俯かせ、肩を、拳を小刻みに震わせている。

 

 彼がここまで感情を露わにしているのを、私は始めて見た。

 

 一瞬本当に比企谷くんなのか疑ったくらい。

 

 そのせいか、自分でも知らず知らずの内に、口から言葉が零れ出てしまった。

 

 

「比企谷君?」

「!?」

 

 彼はビクリと過剰に反応し、体の震えを止め、ピタリと静止する。

 

 少しの間そうしていたが、やがて決心がついたかのように、ゆっくりとこちらに顔を向けた。

 

「…………なんですか?」

 

 その光景に、私は今度こそ絶句する。

 

 この時の私はさぞかし間抜けな顔をしていたに違いない。

 

 それぐらい、私には衝撃だったのだ。

 

 

 彼は、比企谷君は。

 

 あの、比企谷君が。

 

 泣いていた。

 

 

 目元を真っ赤にし、その生気のない双眸から透明の雫を溢れさせていた。

 

 私は、掠れた声を絞り出して、彼に言葉をかける。

 

「比企谷君……泣いて、るの?」

「はぁ?」

 

 何言ってるんだと言いたげに怪訝な表情を向けながら、彼は目元を拭う。

 

 その時初めて、自分が泣いているのだと気づいたようだ。

 

 比企谷君は分かりやすく狼狽し、必死に取り繕う。

 

「あ、あれ?……違うんすよ、これは……目にゴミが」

 

 いつもつらつらと流れるように出てくる皮肉気で自虐的な言い訳も出てこないくらい余裕がないらしい。目にゴミなんて本当に言う人初めて見た。

 

 彼は先程までとはおそらく違った理由で顔を赤くし、それを見られまいと必死に腕で顔を隠す。いつまで経っても外そうとしない。

 

 

 ……あぁ。この気持ちはなんだろう。初めて覚える感情だ。

 

 雪乃ちゃんに対する愛情とは、また別。

 

 年下の男の子に対する庇護欲?それとも泣いている子を慰めてあげたいという母性本能だろうか?

 

 ……ううん。なんとなく、違う。これはそんな不特定多数に対して抱く感情じゃない。

 

 

 これは、比企谷君だからこそ、抱く感情だ。

 

 

 これは、比企谷君に対してだけ、宿る感情だ。

 

 

 愛おしい。この、強くて、弱い少年が。

 

 

 私は、ゆっくりと、彼に歩み寄って。

 

 

 両手で包み込むように、彼を抱きしめた。

 

 

 不意に、彼の体がビクリと跳ねる。

 

 暖かさに、怯えるように。

 

「…………やめてください」

 

 案の定、彼から出たのは拒絶の言葉。

 

 弱い、弱い、強がりの言葉。

 

 だから、やめてなんかあげない。

 

「や~だ♪」

 

 彼の身長は、私よりも少し高いくらい。目線はほとんど変わらない。

 

 だから、こうして顔を俯かせる彼を抱きしめると、胸に抱く感じになる。

 

 胸の中で震える彼が、どうしようもなく愛おしい。

 

「………離れて、ください」

 

 彼は、まだ、怯えている。

 

 自分に向けられる好意に。自身を包み込む暖かさに。

 

 彼は、怯えている。

 

 その裏に、“あるかもしれない”悪意に。

 

 それとも彼にとっては、100%の善意こそが、何よりの毒なのかな?

 

「なんで私が比企谷君なんかの言うことを聞かなきゃならないの?」

 

 私は、離さない。離してなんかやらない。

 

 彼が望んでないとしても。私がそうしたいから。

 

 それに彼は、言葉では拒否するけれど、一向に振り払おうとはしない。

 

 勘違いしたく、なっちゃうじゃない。

 

「……やめろよ。……やめて、くれよぉ……」

 

 彼は震える。

 

 ……一体何が、彼を、あの強い彼をここまで追いつめたのかな?

 

 私?……い、いや、否定はできないっていうか……確かに要因の一端である可能性は高いけれど……こないだちょっと雪乃ちゃんいじめ過ぎちゃったし。その勢いで比企谷くんも怯えさせちゃったし。

 

 でも、この怯え方は、ちょっと普通じゃない。

 

 好意が信じられないっていうより、まるで。

 

 

 好意を許容してしまうことを、恐れているかのような。

 

 

 ……もしかして、自分にはその資格はない、とか、そんなことは許されない、とか考えているのかな?

 

 ……ああ、ありそう。それ。

 

 ……本当に、不器用なんだから。

 

 

 頑固で、強いけれど、その実誰よりも不器用で、純粋。

 

 そんな……私にとって、とっても眩しい、綺麗な存在。

 

 

 

 ……ほんと、嫉妬しちゃう位、そっくりでお似合い。

 

 

 

 どっちに対して……かな?分かんないや。

 

 

 私は、ゆっくりと比企谷君から離れる。

 

 だけど、別に言葉上のお願いを鵜呑みにしたわけじゃない。

 

 ……だからそんなに寂しそうにしないで。

 

 私は、彼の視界を塞いでいる左手をそっと払う。

 

 力は込めていないけれど、その腕はゆっくりと剥がれる。

 

 そこから現れたのは、いつもは彼のそれなりに整っている顔を台無しにしている瞳。

 

 けれど、今はその濁った瞳に溜まった雫が、天井の蛍光灯の光を反射してキラキラと光って見えた。

 

 

 その目が、どうしようもなく、欲している。

 

 それが、私の心に痛いほどに伝わってくる。

 

 

 彼は顔を真っ赤にし、私と目を合わせないように背ける。

 

 私はくすっと声に出さずに微笑んだ。彼のそんな抵抗が可愛くて。微笑ましくて。

 

 愛しくて。

 

 彼は、逃げない。それって、そういうことだよね?

 

 彼は、決して鈍感ではない。むしろ敏感だ。悪意にも。そして好意にも。

 

 だけど、彼は、悪意を恐れてる。だから、必死に予防線を引くのだ。あらゆる可能性を考慮に入れて。

 好意も、その裏に悪意が潜んでいる可能性を考えて、遠ざける。

 

 そんな生き方は、彼に平穏を齎しただろう。

 

 それでも、決して幸福で満たしてはいなかった。

 

 どれだけ自己肯定を重ねても、彼は心の奥底で欲していたのだろう。

 

 好意を。自分に向けられる、策謀なき好意を。見返りを求められない、無償の愛を。

 

 けれど、求めるのは怖くて。期待しても、裏切られるのが嫌で。

 

 

 ……なら、私が、捧げたい。

 

 

 私も、そんなものは知らない。

 

 彼が求めるような綺麗なものを信じられるほど、私はおそらく純粋じゃない。

 

 そんなものを信じるには、私は汚いものを見過ぎた。汚れてしまった。

 

 

 けれど、教えたい。彼に、それを教えるのが、私でありたい。

 

 

 誰にも、その役目は、渡したくない。

 

 

 

 私は、彼の両頬に優しく両手をあてがう。

 

「…………い・や・だ♡」

 

 

 彼の手が、私の両肩に置かれる。彼はおそらく、抵抗の意思表示のための行動なのだろうけれど、まったく力の入っていないそれを、私は逆に肯定と受け取った。

 

 私は、ゆっくりと彼に顔を近づける。恥ずかしながら、こういった行為の経験はいまだに一度もない。

 

 心はすっかり汚れてしまったけれど、せめて体はと必死で守り抜いてきた。

 

 今、本当にそうしてきて良かったと、心から思える。

 

 こうして、彼に初めてをあげられるから。

 

 

 ……ごめんね。雪乃ちゃん。でも、今だけは許して。

 

 

 ……愛なんて、私は知らないけれど。

 

 自分なりの、精一杯を。

 

 この胸いっぱいの“これ”が、彼に届くように。

 

 “これ”が愛だと、あなたへの想いだと信じて。

 

 私は、比企谷くんに、大事にとっておいたファーストキスを捧げた。

 

 

 

 目を閉じて、全身を駆け巡る幸福感に身を委ねる。

 

 唇と唇が接しているだけなのに、まるで彼と繋がったかのような錯覚に陥る。

 

 おそらく彼も始めてなのだろう。

 お互いどうしていいか分からずに、始めに接した状態から全然動けない。初心者丸出しのみっともない子供なキス。

 

 でも、そんなことがどうしようもなく嬉しくて。

 

 私も、彼のように綺麗になれた気がして。

 

 

 名残惜しかったけれど、息が続かなくて、やむなく唇を離す。

 

 限界ギリギリまで離れたくなくて、思わず吐息が漏れちゃった。

 

 彼の反応が気になって、彼の目を見つめようとする。

 

 ……もしかして、今の行為を後悔していないだろうか。

 

 そんな不安は、私の腰に手を回して私を抱き寄せた彼の行為で吹き飛んだ。

 

 思わず小さな悲鳴が漏れる。

 

 そして彼の腕の中にいること。彼の胸の中にいること。彼の温もりが私を包んでいることで、どうしようもなく体温が急上昇してしまう。

 

 いつも受け身な彼の、少し強引な男らしい行動に、キュンと心臓がときめいた。

 

 思わず彼の顔を見上げると、彼はこちらを愛おしそうに見つめていた。

 

 その彼の表情に、心が燃え盛った瞬間。

 

 彼が私の唇を塞いだ。人生二回目の、それも今度は彼から求めてくれたキス。

 

 今度も酷く不格好で、お互いの唇を重ねるだけのスマートとはいえないキスだったけれど。

 

 私の心は、みるみる内に満たされていく。

 

 膨れ上がる。溢れ出す。彼への想いが。彼への好意が。彼への愛が。

 

 

 再びお互いの息が限界になり、唇が離れると、今度は再び私からキスを求める。

 

 もう抑えきれなくて。彼が欲しくて、欲しくて、欲しくて。

 

 とびかかるように、襲いかかるように、彼を求めた。

 

 彼の首に手を回し、全身で彼を感じたくて彼に体を押し付ける。

 

 彼の意外に筋肉質な体が、私の熱い体を受け止めてくれた。

 

 今までのキスとは違い、荒々しく、貪るように彼の唇に吸い付く。

 

 そして、彼は、私の腰に手を回し、そんな私を受け入れてくれた。

 

 ……ああ、もうダメだ。私はもう、彼を知らなかった頃には戻れない。

 

 

 

 

 

 私は

 

 

 

 比企谷君に

 

 

 

 狂ってしまった。

 

 

 

 




少し長くなってしまいましたが、区切るとこが分からなくて。

何はともあれ、雪ノ下陽乃(魔王)加入。


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思いのほか、葉山隼人は手段を選ばない。

 葉山、覚醒…………?


 すでに、部屋にいる人数は総勢十二人の大所帯になっていた。

 

 ここにいない八幡と陽乃を合わせて、十四人。

 

 これが、おそらく今回の総メンバー。かつてない規模だ。

 

 たまたま死者が多い一日だったのか。それとも――

 

 葉山は壁に背をつけ思考に耽っていた。

 それは、これまでただ状況に戸惑い、恐怖することしか出来なかった今までの葉山では見られなかった姿。

 

 三回目ということで余裕が出来たのか。

 普通に考えればこの部屋に毒され感覚が麻痺してきたともいえるが、少なくとも事情を知るメンバーからすれば頼り甲斐が出てきたと歓迎される変化なのかもしれない。

 

 だが、そんな葉山を見つめている相模は、とても喜んでいるようには見えない、不安げな眼差しだった。

 

 

 

 折本は達海を見ていた。

 彼はすでにスーツを着込んでいた。普段着ばりに愛用しているらしい。

 その目はひたすらに、黒い球体――ガンツに注がれている。

 早くあの球が開き、武器が放出されないかと待ちわびるように。

 

 明らかに、戦いを恐れていない。むしろ待ちわびているのがヒシヒシと伝わってくる。

 これも見る人によっては頼もしさに映るだろう。

 

 しかし、そんな達海を見る折本の目も、決して望んでいるようには見えなかった。

 

 

 

 そんな彼らに、坊主が声を掛ける。

 

「君たちも、こちらに来て念仏を唱えなさい」

 

 彼らは、坊主の言葉にそれぞれ異なった反応を見せた。。

 

 折本は呆れ、相模は訝しみ、達海は鼻で笑う。

 

 そして葉山は、壁から背を離し、坊主と相対した。

 

 能面のような、無表情で。

 

「それは、なぜですか?」

 

 葉山のような端正な顔が作り出す無表情は、それだけで相手を威圧する迫力があったが、坊主は動じなかった。

 

「唱えれば、極楽浄土へと送られる。唱えなければ、永遠に無間地獄を彷徨うこととなろう」

 

 坊主は断言する。それは、この先に何が起こるかを知る彼らからしたらいっそ滑稽ですらあったが、葉山は表情筋を一切動かさず。

 

「それは違います」

 

 一刀両断する。

 

 坊主の眉が一瞬吊り上がる。葉山の声色は、後ろで念仏を唱えていた数人(決してこの部屋にいる全員が念仏を唱えているわけではない。葉山達を除いても)が念仏を止めてしまうくらいの迫力があった。

 

「これから僕たちが送られるのは、極楽浄土でも無間地獄でもない。

 地獄のような戦場だ。

 それを生き残れば、天国のような現実に還れる。

 だから俺達がすべきことは、念仏を唱えて逃げることじゃない。

 生きるための努力をして、戦うことだ」

 

 その葉山の言葉を聞き、むしろ驚いたのは相模たちの方だった。

 

 前回までの葉山は、はっきり言ってオドオドとした頼りない男だった。

 

 実際、前回も初めにここの状況を説明したのは葉山だった。

 しかし、ヤンキーたちどころか面識があった折本もそれなりの好関係を築いていた達海ですら説得させることが出来なかった。

 

 だが、今の葉山の言葉は、前回よりもはるかに説得力が篭っていた。

 

 

 ……目の前の坊主がいなければ、ひょっとしたら全員の心を動かせたのかもしれない。

 

 

「……ふっ。この状況だからな。気が狂っても仕方がない」

 

 坊主はそう言い、念仏を唱えていた集団の元に戻る。

 

「念仏を続けるぞ」

 

 坊主がそう言うと、一人、また一人と念仏を再開した。

 

 

 これは一重に葉山の言葉の力不足が要因、とは言えないだろう。

 

 葉山はただの高校生だが、相手は法衣も来ている本職の坊主だ。それだけでも受け取り手が感じる説得力が違う。

 

 それに、話の危険度――重みの問題もある。

 

 念仏を唱えれば極楽浄土に行けると謳う坊主に対して、これから命懸けの戦争が始まるという葉山。

 

 どちらも何の裏付けもない、言葉だけの情報。

 

 それなら、人は安全で楽な方を選ぶ。それはもう本能だ。

 

 

 だから、相模たちは葉山を責めなかった。

 

「……気にしないで、葉山くん」

「ああ。どうせ俺達だけでなんとかなんだろ」

 

 葉山は二人の方を一度向いた後、再び念仏を唱える集団に向かって呟いた。

 

「……いや、もう一人も死なせたくない。絶対に。……最低でも、スーツだけでも着てもらう」

 

 葉山は言う。氷のような無表情で。

 

「……葉山くん」

 

 相模には、何も出来ない。

 

 

 

 

 

 そんな葉山の思いとは裏腹に、彼らは無意味な念仏を唱え続ける。

 とはいっても、彼らの中に仏教徒は坊主しかいない。ただナムアミダブツと平坦な調子でそれっぽく呟き続けるだけ。

 そんな空っぽな信仰心を取り繕うだけで、行けるものなのだろうか。極楽浄土という場所は。

 そんな簡単に行ける場所が、そんなに素晴らしい所なのだろうか。

 

 

 だが、葉山の言葉は誰一人として届かなかった、というわけではない。

 

 葉山達四人を、眼鏡のサラリーマン風の男、ミリタリー姿のオタク、そしてつなぎを着た仕事人風の男が、興味深そうに見ていた。

 

 

 

 すると、葉山が再び動いた。

 

 念仏を唱える集団を見下ろすように立つ。

 

 そして、睨みつける坊主に、こう言い放つ。

 

「もうすぐ、その球体が歌い出す。ラジオ体操だ。

 そしたら、その球体が左右後方に開き、そこから武器が現れる。

 そして、順次エリアに飛ばされ、そこにいる敵――星人と戦い、勝てば再びここに戻ってくる。……負ければ死ぬ。今度こそ、本当に」

 

 葉山が次々と言い放つ妄言に、坊主だけでなく、先程少し葉山に心を揺さぶられた念仏派たちすら敵意の篭った目で、葉山を見る。

 

「……くだら――」

 

 

あーた~~らし~~いあーさがき~~た~~きぼーのあーさーがー

 

 

 坊主の言葉を遮るように、部屋に不気味なラジオ体操が響いた。

 

 葉山に敵意を向けていた念仏派も呆気にとられ、他のメンバーも葉山への興味を濃くする。

 

 唯一、坊主のみが葉山を睨みつけ続ける。

 

 そんな坊主を、葉山は冷たい目で見下したまま、淡々と言い放つ。

 

 

「僕らは、少なくともあなたよりも、地獄というものを知っています」

 

 

――まだ、続けますか。

 

 

 葉山の目は、言外にそう語っていた。

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

【てめえ達の命はなくなりました。】

【新しい命をどう使おうと私の勝手です。】

【という理屈なわけだす。】

 

 葉山と坊主の睨み合いの背後で、ガンツが次々と文字を浮かび上がらせる。

 

 ぞろぞろと球体の前に人が集まり、皆好き勝手の感想を言い合う。

 

 しかし、相模と折本の表情は晴れない。その文言が、文字通りの意味だと知っているから。

 

 ただ一人、達海は爛々と目を輝かせ、口元を好戦的に歪めていた。

 

 

【てめえ達はこいつをヤッつけてくだちい】

 

 

《あばれんぼう星人》

《おこりんぼう星人》

 

 

「……二種類?」

 

 相模が疑問を呈する。

 相模がこれまで参加した二つのミッションのターゲットは一種類の星人だった。二種類の星人が提示されたのは初めてだ。

 

 画像を見ると、どちらもそう変わらないように見えるが……

 

 相模がそんな疑問を持っていると、メガネのサラリーマンが葉山に近づく。

 相模はこの人を見ていて、ふと一回目に似た人がいたのを思い出す。あのテレビ番組説を誰よりも熱く唱え、最終的には相模はどう死んだかも知らない人。

 だが、この男は少なくとも彼よりは状況認識力に長けているらしい。

 

 葉山に向かって眼鏡を指で押し上げながら質問する。

 

「……これが、これから僕たちが戦わせられるという敵かい?」

「……ええ。そして――」

 

 葉山は坊主から眼鏡に目線を移し、そして再びガンツに目を向ける。

 

 ドンッ!!!と勢いよくガンツが三方向に開いた。

 

 そして、そこに現れるのはSF風の兵器の数々。

 それを見て、ミリタリーオタク風の男が腰を上げ、真っ先に飛びつく。Xショットガンを取り出し、構え、目をキラキラと輝かし、無邪気に笑う。

 

「……重い」

 

 ガシャと自身の知識から弾丸を装填する真似事をする。その銃に弾丸はないが、それの威力を知る葉山は眉を潜ませた。

 

 だが、特段注意することなく(引き金を引かなければ大丈夫だろう。と思った)、後ろの突出部分に向かう。

 眼鏡はXガンを取り出し、興味深げに眺めていた。

 

 葉山はそこに収納されている黒いスーツケースを取り出す。

 

「これです。これがこれから戦場に向かうにあたって最も重要になる。これを着ることが、最低限するべき、しなければならない準備です。全員これを着てください。アイツが着ているように」

 

 葉山が達海を指差す。

 急に矛先を向けられた達海はぎょっとしたが、葉山の鋭い目線に込められた意味をちゃんと受け取り、上に着ていた制服を上半身だけ脱ぎ、ガンツスーツを着ていることをアピールする。

 

「……コスプレ?」

 

 ボンバーさんの呟きに達海は顔を赤くしそっぽを向く。

 そんな達海を気にも留めず、葉山は全員に向けて言った。

 

「これを着ると着ないとでは生き残る可能性が劇的に変わります。生き残りたい人は着てください」

 

 そう言う葉山の前に、再び眼鏡が出て質問をする。

 先程よりも、ぐっと真に迫る質問を。

 

「君はずいぶんここに詳しいな……。何なんだ、君は?」

 

 その眼鏡の質問に、葉山は淡々と無感情で答える。

 

「俺は……いや、俺達はこの夜を何度か経験しているんです。だから、あなた達よりは少しは事情が分かる。ですから、俺達の言う通りにしてください」

 

 

 

「惑わされるな! 愚か者共がぁ!!」

 

 

 

 坊主が、これまでの葉山の説得を吹き飛ばすべく、文字通り喝を入れる。

 

 その大声により部屋中の注目を集めると、ビシッと葉山を目も見ずに指差して声量を落とさずに言い切る。

 

「奴こそが、このためしの場における煩悩の象徴だ!!奴の甘言に乗せられ、この期に及んで生にしがみつこうとする亡者を地獄に引き摺り下すのだ!!惑わさるな!!」

 

 そして坊主は両手を広げ、選挙演説を披露する政治家のごとく謳い上げる。

 

「この悪魔に騙され!その命を奪う兵器を手にしたら!救済されることなく無間地獄に落とされる!!強靭な精神でその誘惑を退け!念仏を唱え続ければ!必ずや極楽浄土への道は拓ける!!さぁ!!念仏を唱えよ!!祈りを捧げろ!!今、この瞬間!道は決まるのだ!!」

 

 それはここにいる誰よりも、自身に向かって言い聞かせているようだった。

 

 相模も折本も恐怖を感じ、自身の体を抱きしめた。

 達海も額に汗を一滴たらりと流した。

 

 そして、その鬼気迫る演説には少なくとも、彼らの迷いを棚上げにするくらいの迫力はあったらしい。

 

 先程までの念仏組は、再び腰を下しナムアミダブツを唱え始めた。

 そこに坊主も座り、数珠を手に南無阿弥陀仏を心なしか先程よりも力強く唱える。

 

 

 それを、葉山隼人は氷のような瞳で眺めていた。

 

 

 

 

 

「……相模さん。折本さん。2人は先にスーツに着替えてきてくれないか?大丈夫。他の人達は見張っているから。もう、いつ転送が始まるか分からない」

 

 すでにガンツは開き、必要なプロセスは終了している。

 後はガンツがエリアに転送するだけ。

 

 相模と折本は頷いてそそくさとスーツケースを手に取り――

 

 

――いまだに帰って来ない二人がいる廊下へと踏み込んだ。

 

 

 

 

 

「……で、どうするつもりだ?」

「ん?何がだ?」

 

 女子二人が廊下へ行った後、達海は葉山に耳打ちする。

 

「とぼけんな。何かアイツらに見られたらまずいことでもするんだろう?」

「……別に、そこまでまずいことはしないさ」

 

 

「でも、言葉で分からない奴は、ちょっと荒っぽい手段も仕方ないよな。」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 相模と折本が廊下に出ると、切れ切れの艶やかな吐息とピチャピチャという水音が奥から響いていた。

 

 相模と折本は2人で「「?」」と顔を見合わせると、ゆっくりと奥を覗き込んだ。

 

 すると――

 

 

「……ぁ……ぅん……はぁ……ん……」

「……はぁ……はぁ……っ…ん………」

 

 

 そこには、この短時間であっという間にディープなキスをマスターした陽乃と、それに不器用ながらも必死に応える八幡がいた。

 

 ぶっちゃけ濡れ場だ。

 

「…………………」

「…………………」

 

 絶句する二人。

 だが、八幡と陽乃の放つピンク色の雰囲気から、思春期真っ盛りの女子高生達は目を逸らすことは出来なかった。

 

 キスにのめり込むために閉じられた瞳は、八幡の元々整った顔立ちを映えさせた。

 そして、頬を赤く染め、桜色に上気したうなじを覗かせる陽乃は、これ以上ないくらい扇情的だった。

 

 そんな二人がお互いを求め合いながら熱中するその行為を、相模と折本は卑猥な行いではなく、むしろとても美しいものに思えて、思わず時を忘れて魅入ってしまった。

 

 だが、この廊下に視界を遮る障子などはない。

 

 相模と折本のどちらかが思わず身を乗り出し、フローリングが軋む。

 

 それに反応し、八幡が閉じていたその目を開いた。

 

「……げ」

「……あ」

「……う」

「……ん?比企谷くん?」

 

 三人の間に気まずい空気が流れる。

 陽乃は少しの間余韻に呆けていたが、直ぐに脳が運行を再開し、折本と相模の存在に気づいた。

 そして、頬をこれまで以上に急速に赤くする。その範囲は額、首筋と頭部全体に広がった。

 

 

 それを確認する前に、折本と相模はダッシュで部屋に戻った。

 

 

 バタンッ!と勢いよく扉を閉める。

 

「うぉ! びっくりしたぁ~。 え?何?お前ら着替えてないじゃん。 ……っていうか顔赤くね?どうしたんだよ」

「はぁ……はぁ……い、いや、別に何も?ね、ねぇ」

「う、うん!何も!何もなかったなんでもないよ、うん!」

「? ……そうか」

 

 明らかに様子がおかしかったが、達海は別段この二人に興味があるわけではない。

 ただタイミングが悪いと思っただけだ。せっかくの葉山の心遣いが不意になった、と。

 

「あ、あれ?葉山くんは?」

 

 相模が葉山の所在を尋ねたので、達海は顎でそちらを指し示す。

 

 すると、その別室から葉山が現れた。スーツを着た姿で。

 

 そして葉山は、相模たちが戻っていることにも気づかず、念仏を唱えている集団に向かって歩いて行く。

 

 彼らが葉山を訝しんだ様子で見上げると、そこで葉山は―――――

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 ……今日、この日。俺の人生に新たなる黒歴史が誕生した。

 

 ファーストキスを同級生に目撃されるってそれ何てイジメ?しかもその内一人は過去フラれた相手とかイタすぎる。帰って布団に包まってアァー!!ってやりたいレベル。

 

 ……まぁいい。俺はいい。黒歴史が今更一つ二つ増えた所で、大して変わらん。時折ベッドに向かって吠えて、発作的な何かに苦しむだけだ。

 

 だが、今まで黒歴史とは(えん)(ゆかり)縁もなかったであろうこの人には、相当ダメージが大きいようで。

 

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~」

「……雪ノ下さん。そろそろ立ってください。ね?」

 

 陽乃さんはorzな体勢で唸っている。顔は見えないが、こちらから見える綺麗なうなじは真っ赤に染まったままだ。

 ヤバい。超可愛い。

 

 今まで他人にこんな弱みを見せたことはなかったのだろう。陽乃さんは相当精神的にきているようだ。

 

 ……けれど、いつまでもこうしているわけにはいかない。

 

 さっき折本と相模はスーツを持っていた。おそらく着替える為に廊下に出てきたんだ。なら、もうガンツは開いてる。いつ転送されてもおかしくない。

 最低でも、陽乃さんにスーツを着てもらわないと。

 

「雪ノ下さ―― ?」

「…………」

 

 陽乃さんを動かそうと呼び掛けようとしたら、なぜか俺を見上げて頬を膨らませていた。

 ヤバいヤバい陽乃さんみたいな普段隙がない完璧超人お姉さんが見せる子供っぽい姿のギャップ破壊力で俺の理性の化け物がKO寸前DAZE☆ひゃっ―――――ハッ! 危ない危ない。危うく俺の鋼の理性が崩壊して真理に到達する所だったぜ。いや、何リック兄弟だよ。

 

 とにかく、なぜか陽乃さんの機嫌が悪い。

 膨れる陽乃さんはとんでもなく可愛いが、今は一刻を争う。急いで陽乃さんを動かさないと。

 

「あの、雪ノ下――」

「陽乃」

「……え?」

 

「だから……陽乃って呼んで。……八幡くん」

 

 がはぁ!!

 こ、これが二次元の世界なら間違いなく吐血していたぜ……。なんだ、この破壊力は……。ここが高天原(たかまがはら)か。

 上目遣い+ギャップ+年上の甘え声+濡れた目+名前呼び+照れ+染めた頬+……

 と、止まらねぇ。何連鎖だよ。ぷよぷよだったら確実にゲームオーバーだよ。というか何この人デレ過ぎでしょ。十分前とは別人じゃん。まぁ可愛いけどさ。何度でも言うけどめちゃくちゃ可愛いけどさ。

 

 拗ねる+照れるの二大萌えポイントだけでも凄まじいのに……陽乃さんレベルの絶世の美女がやると特に。

 

 ……こんな人とキスしてたんだよな。俺。

 

 ……と、とにかく今は行動だ。あんまり考えすぎると死ぬる。

 

 俺は照れ隠しの意味も兼ねて、陽乃さんの細い腕を掴んで力づくで立たせる。

 

「きゃ……もう。強引なんだから♡」

「~~~~~と、とにかく、スーツ着てください、スーツ!!」

 

 くそ!この人段々余裕取り戻してる!いつもの陽乃さんのペースだ!

 だけどさっきのキスの後だと破壊力が段違いだよ!!

 

 俺はなるべく陽乃さんを見ないようにして、廊下を進む。

 すると、陽乃さんもふざけるのを止めたのか、真面目なトーンで話してきた。

 

「スーツって、隼人が言ってたやつ?」

「葉山がどこまで説明したのか分かりませんが、とにかくスーツを着ないことには話になりません。それにたぶんもういつ転送されてもおかしくないはず――」

 

 俺は、陽乃さんに説明しながら扉を開ける。

 そこでは――

 

 

――――葉山が、大の男二人を宙吊りにしていた。

 

 

「……ちょ!アンタ!」

「やめてよ、葉山くん!!」

 

 葉山の暴挙を折本と相模が止めようとする。

 それを達海が止めた。

 

 ……なるほど。そう言うことか。にしても――

 

「――隼人、ずいぶん吹っ切れたみたいね」

 

 陽乃さんが面白そうに呟く。

 ……確かに、今までの葉山じゃ考えられない行動だ。

 

 だが、確かに合理的だ。

 

 葉山に吊るされているラッパーさんとボンバーさんは、必死にもがいて葉山を蹴り飛ばし、思いっ切り膝蹴りを食らわせたりしてるが――

 

「がぁああ!!」

「こ、コイツ……岩かよッ!」

 

――当然、効かない。

 

「……へぇ~。あれがスーツの力か」

「ええ。あれがないと、まったく戦力になりません」

 

 さすが陽乃さん。この状況で冷静に分析を欠かさない。

 

 葉山は二人を静かに下すと、冷たい目で見下して、言った。

 

「これが、スーツの力です。着てください」

 

 葉山には、決して脅しているなどというつもりはないだろう。

 だが、彼らからしたら、葉山のやり方は恐怖政治そのものだ。

 

「着てください」

「ヒぃ!」

 

 ボンバーさんが後ずさる。完全に怯えている。

 

 だが、それでいい。その方が、着ないという選択よりはるかにましだ。

 

 以前の葉山なら、こんなやり方はしなかっただろう。

 みんな仲良く。話せば分かる。輪を乱したくない。

 そんな理想論を語っていた葉山なら、こんなやり方は無意識に避けた、いや思いつきすらしなかったはずだ。

 

 考え方が変わったのか、それとも許容範囲が広がったのか。

 

 ……どっちにしろ、この環境に適応したのだろう。

 

 男たちは葉山から逃げるようにしてスーツを取りに行く。

 

 他に取りに行くのは眼鏡くらいか。つなぎとミリタリーは銃の方に興味が行ってる。もう一人のサラリーマンはブツブツと念仏を唱え続けてる。完全に逃避体勢だ。

 坊主は葉山の親の仇のように睨んでいる。

 そして、格闘家は――

 

「ほわたぁ!」

 

 ……葉山に向かって蹴りを放っている。もうやらせておこう。

 

「陽乃さん。俺達も」

「うん」

 

 とりあえずスーツを着よう。

 

 俺は白人格闘家に引いてる折本と、葉山を心配そうに見ている相模に声を掛ける。

 

「……お前ら。早く着替えた方がいいんじゃないのか?」

 

 すると、二人は我に返り。

 

「そうだった!早く着替えよ!」

「あ、ちょ――」

 

 折本は相模の腕を引っ張って、再び廊下へ。

 相模は葉山を後ろ髪が引かれるように見ていたが、やがて廊下に消えていった。

 

 そして俺達はスーツを取ると、俺は陽乃さんを廊下へ送る。

 

「それじゃ、着方は二人に教わってください」

「えぇ~。八幡は~?」

「……いや、この服全裸にならないと着れないんすよ」

「……別に、八幡くんならいいよ~。お姉さんの裸、見たい?見たい?」

 

 …………いつもの悪魔ネタもそんなに頬を染めてたら、可愛いだけですよ、陽乃さん。

 

「はいはい。ホントに時間ないんですから。早く着替えて来てください」

「……もぉ。つれないな~」

 

 そう言って、陽乃さんはようやく行ってくれた。

 

 ……さて、俺も着替えるか。

 前回は転送されて二秒で敵と遭遇したしな。あ、そう言えば今回の敵の画像見てねぇ。

 

「……リア充がっ」

 

 ボンバーさんがこちらを見て苦々しく吐き捨てた。

 ……まさか俺の人生でそんなことを言われる日が来るとはな。ホント、人生何が起こるか分かんねぇな。ここ最近は特に。

 




リア充爆発しろ。――――ボンバーさん。心の叫び



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比企谷八幡は、彼と己の在り方について自問する。

少し短めです。


「……ふふ♪」

 

 陽乃はスーツケースを抱えて廊下を奥に進む。

 八幡との何気ないやり取り一つ一つで心が躍るように弾む。

 

 死んで間もないというのに、人生で一番充実しているのかもしれない。

 

 そして玄関の方に近づくと、すでに服を脱いで下着姿の折本と相模がいた。

 

「二人とも、ひゃっはろ~!」

「……あ、ええと」

「こ、こんにちは」

 

 二人は陽乃をぎこちなく迎える。

 

 元々この二人は陽乃の(雪乃や八幡に対する)“悪ふざけ”の間接的な被害者だが、今はそれ以上に先程のキスシーンを目撃してしまったことの気恥ずかしさが大きかった。

 

 八幡とはまた別の意味で観察眼の鋭い陽乃はすぐに察知し、強化外骨格の笑顔を張りつけながら二人に向かってにこやかに近づく。

 

「ねぇねぇ、二人共経験者なんでしょう? “八幡が”このスーツの着方を二人に教えてもらえってさ。頼んでもいいかな?」

「は、はい」

 

 心なしか八幡の部分を強調して、陽乃は頼む。

 それに反応したのは相模で、スーツの仕組みを陽乃に説明する。

 

「――そっか。やっぱり裸にならないとダメなんだね」

「ええ。体にピッタリフィットしたサイズになってるので――」

「じゃあ、仕方ないね」

 

 そう言って相模の説明の途中で陽乃は着ていた服を躊躇なく脱衣し、上半身の下着姿を晒した。

 元々肩を大きく露出していた服装だったので十分な色香を漂わせていたが、黒い下着で胸を隠しているだけの半裸状態の陽乃は、同じ女性でも、いやある意味同じ女性だからこそ目を奪われてしまう、そんな妖しい魅力があった。

 その大きいけれど下品ではない形の良い胸、素晴らしく締まった腰、そして大胆に脱ぎ去った上半身とは裏腹に、ゆっくりと魅せつけるように丁寧にスキニージーンズから一脚ずつ抜いて徐々に露わになる美しい脚線美、張りのあるヒップ。

 まさしく女性が憧れ、男性が魅了される、理想の“美”がそこにあった。

 目の前に確かに存在しているのに、夢の中にいるような錯覚をしてしまう。それほどに雪ノ下陽乃は別格だった。

 

 陽乃はくすっと笑い「着替えないの?」と二人に言う。

 すると、陽乃に見惚れていて手が止まっていた二人が動き出そうとして、また止まる。

 

 陽乃の肢体を見た後だと、どうしてもこれ以上肌を晒すのを躊躇ってしまう。ここに同性しかいないと分かっていても。

 相模も折本も平均以上なスタイルをしているが、陽乃と比べたらどうしても自分の体が貧相に感じてしまう。比べる相手ではないと分かっているが。

 陽乃レベルになると嫉妬心は湧かないが、それでも劣等感はなくなるわけではないのだ。

 

 陽乃はそんな相模と折本を見て、

 

「急がないとまずいんでしょ?」

 

 といい、ブラを外そうとする。このスーツを着るには全裸にならないといけないので当然下着も外さなくてはならない。

 折本と相模は顔を赤くし背ける。いくら女同士でも、裸をまじまじと見るのは決して褒められた行いではない。

 それ以上に見てはいけないと思わせるほどのオーラが陽乃にはあった。

 

 結果として陽乃の裸を視界から外すことが出来たので二人とも着替えを続行する。

 

 しばらく着擦れの音のみが静寂に響いていたが、やがて沈黙に耐えかねたのか、折本が陽乃に問いかけた。

 

「あ、あの……いつから比企谷と付き合ってたんですか?」

 

 その問いかけに――正確には他の女から八幡の名前が出たことに――ピクリと反応し一瞬動きを止め、しかしすぐに着替えを続けながらなんでもない風に返す。

 

「ん~。どうしてぇ~?」

「い、いやぁ。この間お会いした時は、学校の先輩って話だったんで……いつの間に付き合ったのかなーって、はい……」

 

 折本は由比ヶ浜とはまた違った形でコミュ力の高い女子だが、どうにも陽乃相手だとそこまでグイグイ行けないらしい。

 いや、初対面の時は結構グイグイ行っていたのだが、その時は陽乃が八幡をからかう為に話を引き出しやすい空気を出していた。しかし今、陽乃はまた違った空気を出している。

 

 ……どこか牽制というか、格の違いを見せてやろう!といった攻撃的な空気を。

 

 言葉の物腰も、態度も柔らかい。しかし、陽乃レベルになればオーラのみで女子高生を圧倒する事など容易い。今の陽乃は百獣の王ばりの威圧感を放っていた。

 二人の段々高まりつつあった八幡への好感度を察知したのかもしれないが、正直大人げな――あ、なんでもないです。

 

「はは♪ ところで折本ちゃんこそどうなの?あの達海くんって子に随分あつ~い目線を送ってたみたいだけど。もしかして彼氏?」

「え!?いや、ちが――」

「委員長ちゃんこそ。隼人のことずっと見てたけど……やっぱり好きなの?いや~大変だね、ライバル多いよ。なんならわたしが協力してあげよっか♪」

「ええ!?わ、わたし、そんな――」

 

 

「いいねぇ、青春だね♪やっぱり女の子は恋をしないと!お姉さん応援しちゃうよ!“それぞれ”頑張ってね!お姉さんも頑張るから!――――ね」

 

 

 相模と折本は背筋に猛烈な寒気が走る。

 女子同士の会話に、明確な固有名詞など必要ない。

 

 今の言葉は牽制、有体に言ってしまえば脅し。

 

 彼はわたしのものだ。手を出したら容赦をしない。

 

 二人の女子高生は、言葉の裏に隠された冷たいメッセージをしっかりと理解した。

 

 この人は、敵に回してはいけない。

 相模と折本はこのことを、転送するまで続いた陽乃主導のガールズトークの間にたっぷりと思い知らされた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 俺は陽乃さんを送り出した後、もう一つの別室でスーツを着用した。

 

 そして部屋を出ると、一人の眼鏡が声を掛けてきた。

 

 眼鏡は眼鏡を中指で押し上げながら(ややこしっ!)俺に問いかけてきた。

 ……っていうか、眼鏡かけてる人って良くそのインテリポーズするけど、緩いならちゃんと直した方がいいよ。更に視力落ちるから。

 

「君も、彼らと同じようにここに詳しいのかい?」

 

 ……なるほど。俺の態度があまりにおとなし過ぎるから、不審に思ったのか。よく見てるな、コイツ。

 確かに、俺と達海以外の連中は銃に興味津々だったり、ビクビクと念仏を唱えたり、何かしらこの状況にリアクションを示してる。何もしていないと逆に目立つよな。

 それにこの人は俺よりも先にこの部屋に来ていたから、俺が葉山と(こういう言い方は嫌だが)気軽に話していたのも見られていただろうしな。

 

「まぁ……アイツと同じくらいには」

 

 俺は葉山を見ながら言う。

 

 ……そう。俺は葉山と同等くらいにしか知らない。

 葉山と同じ回数のミッションしかこなしていないし、情報は共有してきた。

 

 違うのは、ただ一点だけ。

 

 

『アンタなら辿り着けるよ。カタストロフィまで』

 

 

 ……あのミッションの後、俺はガンツに聞き、更にネットで調べて、一つの仮説に辿りついた。

 もしそれが当たっていれば、事はこの部屋だけに収まらない。

 スケールが大きすぎてまだ誰にも話していない。信じられる話じゃないだろうしな。

 

 …………中坊のやつ、こんな面倒くさい置き土産残しやがって。

 

 だが、それも確実性がある情報じゃない。だから、俺が葉山と同等レベルの知識がないということは真実だ。

 

 

 眼鏡は、俺の目をジーと見て、再び眼鏡を押し上げ「……ふーん」と言うと、更に質問を重ねた。

 

 ……なんだコイツ。今までにいなかったタイプだ。

 まるで似てはいないが、タイプで言えば俺や中坊に近いかもしれない。認めたくないが。

 

 

「……この会の主催者、誰?」

 

 ……コイツ。

 

「……さぁ」

「じゃあ、あの球の中の男。アレは何?」

「……知りませんよ」

 

 ああそうか。間違いない。

 

 今回の新人の中で、陽乃さんを除けば、コイツが一番の曲者だ。

 

 視点が鋭い。

 少なくとも、さっきのラッパーさんやボンバーさん、坊主やガタガタ震えながら念仏を唱えてるサラリーマン2(にしてもコイツ怯えすぎだろ。地獄行きの心当たりでもあんのか?横領とか?)なんかよりは、はるかにここに“向いてる”。

 

 ここを、このゲームを何者かの仕組んだ遊びであること。

 そして、ガンツがその最重要手がかりであることを推測したんだ。

 

 俺は、この眼鏡は一回目のミッションに居た眼鏡さんよりもはるかに要注意人物だと認定した。よってこの人のことはインテリさんと呼ぼう。心の中で。

 そのインテリさんは俺のそっけない反応の裏でも読んでいたのか、俺の顔をジーと見ていたが、やがて質問を変えた。

 

「これから、この服を着て、あの武器を持って、さっきの絵の敵と戦うんだよね」

「……ええ」

「それで、この服を着なきゃ死ぬ、と?」

「……死ぬというよりは、生き残る可能性が激減しますね。限りなく0に」

「……了解」

 

 そういうと、俺とすれ違うようにして奥の部屋に入っていった。

 

 ……あの人は、もしかしたら生き残るかもな。

 

 まぁ、葉山は全員生き残らせるつもりみたいだが。

 

 今も残るメンバーを説得している。……白人格闘家を思いっきり押さえつけながら。

 実力差を見せつけようとしたのかもしれないが、それは逆効果だ。思いっきり対抗心燃やしてんじゃねぇか。成果は芳しくないな。

 

 坊主は意地になっているし、サラリーマン2は半狂乱状態だ。

 

 ミリタリーとつなぎは武器の構造を理解するのに忙しそうだ。まぁ、この二人は戦いになったら頑張ってくれるだろう。生き残れるとは思えないが。

 

 

 

 ……そうだ。俺は葉山じゃない。俺は全員を助けるなんてそんな幻想抱かない。上条さんにゲンコロされるまでもなくぶち殺されてる。

 あんなに強かった中坊一人救えなかった。そんな俺がやる気のない新人を何人も生き残らせる。そんな真似は不可能だ。

 

 自分のことは、自分でやれ。

 

 俺は自分と、自分より大事な命を守るので精一杯だ。

 

 

 

「お」

 

 達海が転送され始めた。

 その口は、獰猛に歪んでいる。両手にはXショットガンとXガンの2丁拳銃。

 やる気満々だな。まぁ、やる気はあるのはいいことだ。

 

 その方向性が間違っていなければ、だが。

 

 ひょっとしたら、もう憑りつかれたのかもな。この部屋の魔力に。

 

 

 達海に続き、インテリさん、ラッパーさんやボンバーさんと次々と送られる。

 もしかしたら相模や折本も、もう転送されたかもな。

 

 俺はガンツに近づき、XガンとYガンを2丁ずつ持つ。

 2丁ずつなのは、あの人の分だ。

 ……あの人はちゃんとスーツを着れただろうか。

 

 

「ははは、裁きだ!見ろ!私は正しかった!愚かにも武器を取ったものは神に見限られ、地獄に落ちたのだ!」

 

 坊主が楽しそうに言う。

 ……なぜ、この状況で笑える?自分だけは大丈夫と思える根拠はなんだ?

 そもそも他人が地獄に落ちる光景に歓喜を覚える時点で地獄堕ち確定だろ。それに神って……仏教じゃねぇのかよ。念仏唱えてたじゃん。

 

 気が付けば、ミリタリーさんやつなぎさんもいない。送られたか。初めての転送で叫び声を上げなかったのは凄いな。

 今回はずいぶん強い新人が多い。

 

 

 

 が、俺は弱い。

 

 だから、やれることは限られている。

 なんでもはできない。できることだけ。

 

 誰かを救う。

 そんな高尚で殊勝な真似事ができるほど、大した人間じゃない。

 

 俺が出来るのは、自分の命を守ることと、自分より大事な人間の盾になること。

 

 それだけだ。そして、それで十分だ。

 

 

 

「た、助けてくれ!!」

 

 サラリーマン2が文字通り坊主の足に縋りつく。

 坊主は分かりやすく戸惑っている。

 

「じ、地獄とは、どういうところなんだ!教えてください!お願いします!」

「じ、地獄?」

 

 おい。知らないのかよ、坊主。

 

「自信がないんだ!お、おれはきっと地獄に落ちる!だから助けてくれ!お願いします!お願いします!!」

 

 ……お前、ほんと何したんだよ。

 

「あ……あ……」

 

 坊主は縋りつくサラリーマン2に何も出来ない。

 そして彼の転送が始まる。頭頂部から徐々に彼の体が消えていく。

 

「あ……嫌だ……やめ、たすけ、あああああぁぁぁぁぁぁ――――」

 

 消えた。消失した。

 部屋が静寂に包まれる。

 残されたのは、俺と、葉山と、坊主のみ。

 

 坊主はしばし呆然としていたが、やがて何もできなかったことをごまかすかのように、小声で念仏を唱え始めた。

 

 

 

 そんなもんだ。口では大したことを言っていても、人間にやれることは限られている。

 

 人は、神でも仏でもない。

 

 だから俺は、欲張らない。夢をみない。幻想なんて抱かない。

 

 不特定多数の人間の為に、命なんて張れない。

 

 この命は、大事な人の為に使う。

 

 

 

 陽乃さん。

 

 アナタだけは、何としても帰して見せる。元の世界に。

 

 それが俺の、戦う理由。

 

 命懸けの戦場に向かう、新たなモチベーションだ。

 

 

 

 俺の転送が始まった。

 

 ふと目を向けると、葉山の転送も始まったようだ。

 

 俺が目を向けるタイミングで、葉山もこちらに目を向けていた。

 

 

 冷たい目だった。これまでの葉山隼人の目ではない。

 目的を達するためなら、手段は選ばない。そんな覚悟の篭った目。

 

 けど、気づいているか、葉山。

 

 全員救うという目的は一緒でも、道を選ばなくなったら、それはもう別物なんだよ。

 

 形だけ同じでも、中身は空っぽだ。

 

 お前の抱いている目標は、もうハッピーエンドじゃない。

 

 今のまま突き進めば、待っているのは確実にバッドエンドだ。

 

 …………俺と同じ、な。

 

 俺と葉山は前を向く。それぞれ別の方向を向く。

 

 坊主の喚き散らす声をBGMに、俺達は戦場に向かう。

 

 変わった想い。変えた手段。変わってしまった在り方。

 

 それは妥協か。それとも正しい成長か。

 

 欺瞞か。それともついに手に入れた本物なのか。

 

 再びこの部屋に戻ってきたとき、俺は、また変わっているのだろうか。

 

 

 できれば、俺は――――

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

【いってくだちい】

 

 

【1:00:00】ピッ

 

 

 

 

 




 次回から、ついにミッションスタートです。


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三度、彼らは残酷な戦争を強いられる。

 今回も少し短めかな。
 自分で書いたものなんだけど、場面場面の文字数がバラバラで分け所が難しい。


 転送された場所は、どこかの寺院。

 

 ……住宅街でなかったのは初めてだ。

 破壊された器物は一般人にも見えるんだろ? ここまで大きな寺院が破壊されたら大騒ぎになるんじゃないのか?

 

 まぁいい。そこら辺は俺の領分じゃない。

 

 それよりも、あの人はどこに……

 

「八幡!」

 

 俺の背後から声が聞こえ振り向くと、そこには陽乃さんと――

 

「陽乃さん。…………なんかあったのか、お前ら?」

 

――やけに青い顔をした相模と折本がいた。いや、マジでどうしたんだよ。

 

「い、いやなんでも」

「だ、大丈夫大丈夫!」

 

 ……いや、ザ・空元気なんですが。

 ……まぁ、犯人は分かりましたよ。めっちゃ怯えた目で陽乃さんをチラチラ見てるもの。

 

 俺は陽乃さんに近づき、耳打ちする。

 

「……ちょっと。二人に何したんですか?」

「え~。ただの恋バナだよ☆」

 

 嘘だ!!!

 っていうか、貴重な経験者のメンタル始めっから削らないでくださいよ。……ただでさえ、この後の展開はヘビーなんですから。

 

 

 ……それにしても、なんていうか。

 あれだね。目に毒っていうか、俺の腐った目に映すには高尚過ぎるっていうか……

 

「八幡?」

 

 陽乃さんは覗き込むように俺に顔を近づける。

 ほんのり頬が朱い。くっ……気づいてて、言わせたいんだなっ。

 

「あ、あの…………陽乃さん」

「な~に?」

 

 首傾げるなよ、可愛いなちくしょう!!

 さっきからSAN値削られ過ぎだよ!童貞のメンタル舐めんなよ!

 ……けれど期待にキラキラさせる陽乃さんの目を見ると、逃げられないと悟らざるを得ない。……覚悟を決めるか。

 

「すごい……似合ってるってか、綺麗、です」

「そう?ありがと♪」

 

 っていうかエロ――おっとダメだ、これ以上はダメだ!

 

 なんていうか、陽乃さんのガンツスーツ姿はヤバい。

 ピッタリと体のラインを出すこのスーツを陽乃さんほどのナイスバディが着ると、もの凄い妖艶な雰囲気を醸し出す。

 俺みたいな制服とは違って上から着れるような服じゃなかったし、それに着る時間もなかっただろう。相模も折本もスーツだけしか身に付けていないし。当然、陽乃さんも同様で、抜群のスタイルをこれでもかっていうほど強調している。

 色が黒で光沢があってってもうあれにしか見えないよ。Sで始まってMで終わる女王様のコスチュームに。確かに似合いそうだけど。

 ついついそういういかがわしい目線で見てしまうが、それとは別に、やっぱり綺麗だ。

 この人は黒が似合う。こんなコスプレみたいな衣装でも、陽乃さんは息を呑むほど美しかった。ってか――

 

「…………誰にも見せたくねぇ」

 

 他の男が陽乃さんで欲情してるかもって思うとそれだけで胸の中から暗い感情が湧きだす。

 俺自身もそういう感情を抱いてるってのに、勝手な話だな。

 …………ってか俺、今の声に出てた?

 ヤバいすげぇ恥ずかしい独占欲剥き出しじゃねぇか聞かれてないよねお願いだからそうだと言って300円あげるから

 

「………………ふぇ?」

 

 はいばっちり聞かれてました死にてぇ~~~~!!!!!!

 うわぁぁぁぁぁぁはずかしはずかしはずかし×1000000

 陽乃さんの顔見れない俺絶対顔真っ赤だよっていうか俺何口走ってんだよ何が「誰にも見せたくねぇ(キリッ)」(脳内補正あり)だよ!究極に似合わねぇよ!何様だよ!キャラじゃねぇよ!

 あ、顔真っ赤な陽乃さんはめちゃくちゃ可愛かったです本当にありがとうございました。

 

 ……相模と折本の目線が業務用冷蔵庫並みに冷たいのはスルーの方向で。

 

 

 

「――――うあああああアアアアアアアアア!!!!!!!」

 

 すると、俺の後ろから蹲り両手で頭を抱え断末魔のような叫び声をあげながら一人の男が転送されてきた。

 

 坊主だ。

 

 坊主はガタガタと震えていたが、恐る恐る目を開けると、こちらを――というより寺院の方に目を向ける。

 

「……羅鼎院(らていいん)じゃねーか」

 

 ん?ここは羅鼎院っていうのか?

 さすが坊さん、本業だな。詳しいじゃねぇか。少し見直し――

 

「なんだよ。生きてんじゃねぇかよ、俺」

 

 …………おい、坊主。本音でてんぞ、本音。

 

 横で折本が「……うわー」って言ってる。折本引かせるとかどんだけだお前。

 相模も陽乃さんも一様に軽蔑っていうのがピッタリの表情をしている。今まで散々向けられた感情だからよく分かる。うん。

 

 周りを見ると、あの坊主に縋りついていたリーマンが携帯に「ちっ。圏外かよ、クソが」とか言ってる。……さっきの必死に念仏唱えてたお前はどこ行った。

 

 ……なんかガンツのミッションって本当に人間性が出るよな。ミッションの度に大人ってやつに絶望し、働くもんかという決心を強固になる。俺は絶対にあんな大人にはならない。専業主夫最高!

 

 っていうか、あのリーマン以外にもどんどん帰宅組が増えてる。

 このままじゃ、頭破裂するぞ。

 

 そう思っていたら、寺院の門の前にアイツが立っていて、全員に向かって大声で呼びかけた。

 

「みんな!!これから星人と戦う!!このマップに表示されているエリアから外に出るな!!文字通り頭が吹き飛ぶぞ!!!」

 

 葉山の言葉に全員の歩みが止まるが、それでも引き返すやつがいない。

 

「……は!証拠はあんのかよ、証拠は!」

 

 ……確かに、言ってることは最もだが、この状況に陥ってもまだ信じないのか?

 普通に考えて、葉山が嘘を吐くメリットがないだろう。

 

 ……こんな考えに至るところが、俺がガンツに毒されている証拠か。

 

 普通の人間は日常が壊れるのを嫌う。訳分からない状況から、一刻も早く日常に帰りたくなるもんだ。それを阻害する要素を否定したくなるもんだ。

 

 この状況に抵抗を覚えない。

 つまり、この状況が日常になってきてるってことか。

 

 末期だな。

 

 

 葉山の方を見ると、葉山はぐっと踏込み、文句を唱えたボンバーさんの元まで跳んだ。

 

 10m以上の飛距離と4、5mの高さを助走無しでジャンプし、ダンッと目の前に降り立った葉山に、ボンバーさんは見て分かるくらい狼狽える。

 

 そして葉山は、無表情でボンバーさんを片手で持ち上げた。

 

「ちょ!何すんだ、降ろせ!」

「見ろ」

 

 そう言って、葉山は何かをボンバーに見せる。

 コントローラー?――おそらくはマップ画面だな。

 

 そして葉山は、その状態でエリア“外”に向かって歩き出す。

 

「この四角内がエリアだ。この赤い点がプレイヤー――つまりこの移動している点が俺達だ」

「だから何だってんだ!!いいから降ろ――」

 

ピンポロパンポン ピンポロパンポン

 

「……ん?何だ?この音楽?」

「聞こえたか?これは警告音だ。エリア外に近づくにつれて大きくなる。――そして、エリア外に出るとそのまま頭が破裂する。俺達の頭の中には爆弾が埋め込まれているんだ」

 

 葉山はボンバーさんの目を見据えるように話しているが、ボリュームは帰宅組全員に聞こえるような音量で話している。

 

 ボンバーさんは笑い飛ばそうとするが、自分を持ち上げる葉山の表情を見て、その笑いが引きつっている。

 やがてボンバーさんの表情が恐怖に染まってきた頃、葉山はボンバーさんを降ろす。ボンバーさんは「ひぃ!」悲鳴を上げながら逃げるように葉山から遠ざかる。

 ちゃんとエリア内に。

 

 帰宅組は何も言わず、誰も動かず葉山を見ている。

 

 葉山はそんな視線に動じず、冷たく。

 

「試してみるか?」

 

 と言い放った。

 そして一人、また一人とエリア内に戻ってくる。

 

 リーマンと坊主は最後まで立ち止まっていたが、やがて葉山が彼らに向かって足を踏み出すと、リーマンは慌てて戻ってきた。

 坊主は葉山を睨みつけていたが、大きく舌打ちをし、寺院に戻ってきた。

 

 

「……葉山君、どうしちゃったんだろう?」

「なんか、前までとキャラ違くない?」

 

 相模と折本が少し怯えながら言う。

 

 キャラが違う……か。それは少し正しくない。

 

「逆だろ」

「え?」

 

 俺の言葉に、相模が驚いたような顔を向ける。

 

「別に性格が変わったわけじゃない。あれも葉山だ。……おそらく葉山は、切羽詰まっているんだ。全員を助ける、誰も死なせない。そういった目標(げんそう)に縋っているんだ。ずっと抱き続けているそれを実現させることに邁進することで、精一杯今まで通りであろうとしてるんだよ。その形を取り繕うことに、必死なんだ。……それが葉山の今の心の支えなんだろう。そうしないと、立ってられないんだよ。……きっとな」

 

 俺が今まで、奉仕部というあの場所の形を、必死で取り繕っていたように。

 

 あの場所に、あの時間に、縋っていたように。

 

「相模」

「……なに?」

「葉山の傍に、居てやれ」

 

 俺は、相模の顔を真正面から見据えて、そう言った。

 

 

 あのままじゃ、葉山は壊れる。

 

 あんなやり方だと、みんなは救えても、葉山は救えない。

 

 いずれ気づくだろう。形が似ているだけの偽物だと。望んだものとは違う空っぽだと。

 

 その時、葉山の心は確実に折れる。――その際には、折れた葉山の心を支える、支えが必要だ。

 

 それが出来るのは、三浦でも、一色でもなく、今までこのガンツミッションにおいて、ずっと葉山に寄り添ってきた――――

 

 

 相模はじっと俺の目を見ていたが、やがて、

 

「わかった」

 

 と言って頷き、葉山の方へ駆け出す。

 

 あの葉山隼人を救う。

 それはおそらく困難を極める。

 

 あいつは何かを抱えてる。それはきっと、深く、暗く、黒い何か。

 

 ……だが、俺にはそれが分からない。

 どれくらい深いのか、どれくらい暗いのか、どれくらい黒いのか。

 

 きっと、分かる日は来ないだろう。あいつが俺のことを何も分からないのと同じように。

 

 ……相模は、あいつのことを理解できるのだろうか。

 

 

 ……俺は――

 

 

 ……ん? なぜか、相模が途中でこちらに振り向いた。そして、

 

「比企谷。……ありがとね」

 

 ……そう言って、今度こそ葉山のところに向かった。

 

 相模があんな風に俺に笑いかけるとは……あいつもあんな風に笑えばトップカーストに負けないくらいモテるんだろうな。

 なんか背後の殺気が凄いけどきっと気のせいですハイ。

 

 

「相模さん、大丈夫かな」

 

 そして、そんな殺気に気づかず、折本が俺に話しかけてきた。すげぇな、お前。昔からそういうとこあるよな。

 

「……人の心配してる場合か」

「え? どういうこと?」

「達海だよ。あいつもおかしいだろ」

 

 そう言うと、折本は大きく目を見開く。

 そして、すこし顔を俯かせて、呟くように答えた。

 

「……比企谷も、やっぱりそう思う?」

 

 ってことは、やっぱ折本も気づいてたか。まぁ、同じ学校だし、こいつ達海に付き纏ってるらしいしな。

 

「……あいつも、葉山とは別の意味で暴走してるだろう。危うさでいったら同じくらいだ」

「……どうしたら、いいかな?」

 

 そう言って折本が俺を潤んだ目で見つめる。

 ……こいつ、俺のことウザがってたんじゃねぇのかよ。前のミッションの時、あんな敵意が篭った目で睨んできたくせに。

 

 ……良くも悪くも素直なんだよな、折本は。

 下に見ている奴にはそういう振る舞いをするし、上に見ている奴にはそういう振る舞いをする。

 

 唯一いいところは、その評価を固執しないってとこか。

 上に見てたやつも情けない所を見たら見下すし、その逆に下に見ていたやつでもいいところを見つけたら見直す。

 

 よく分からないが、折本の中で俺は相談するに値する相手くらいには評価が上がったらしい。

 

 だとしたら、自分のことは自分でやれ、とは言えないな。

 

 だけど、ここで折本が言って欲しい言葉を探って贈るといった女子的相談のお約束を守るほど、俺はいい人間じゃない。

 厳しいようだが、俺の中で正しいと思う答えを言わせてもらう。

 

「……おそらく達海は、このスーツによるパワーアップに酔ってる。男ってやつは、一度は超人的なパワーのヒーローに憧れるもんだ。……だから、達海は今回積極的に戦闘に参加するだろう。しかし、このスーツの力だけで生き残れるほど、ガンツのミッションは甘くない。過信はこのゲームにおいて、命取りになる。――故に、達海にも傍で暴走を止める支えが必要だ。

 ……だが、そんな達海を支えるってことは、同じように危険な戦いに巻き込まれるってことだ。――折本、お前にそんな覚悟があるか?別に無理してアイツに付きあうことはない。あいつは強いしな。案外大丈夫かもしれん。……お前の自由だ。誰も責めやしない。強制なんかしない――お前は、どうしたい?」

 

 折本は、しばらくじっと考えていたが、やがて顔を上げて。

 

「うん。やるよ」

 

 と笑顔で言った。

 

「別にどこにいたって死ぬ可能性があるのは一緒だもんね。だったら、私は好きな人の傍で戦うよ」

「そっか……」

 

 ホント、良くも悪くも心に素直な奴だ。

 

 折本も達海の方に駆け出そうとし、相模と同じように途中で振り向いた。

 

「ありがと、比企谷!比企谷っていい奴だったんだね。ウケる」

「いや、ウケねーから」

 

 そして、輝く笑顔でこう言った。

 

「比企谷と付き合うのはやっぱり無理だけど、友達としてはちょっとアリかも♪」

 

 折本は達海の元へと走っていった。

 ……なんで俺、告白してもいないのにフラれてんの?『……友達でいいかな?』って苦笑いで言われた告白数知れず。あの後友達どころか一言も喋った記憶ないなー。はは。

 

 …………さて。そろそろ背後の殺気がえらいことになってきた。

 まだ星人に出くわしてもいないのに、早くも本能のアラートが全力でエマージェンシーを知らせている。

 

 俺はゆっくりと振り返ると、ニコニコとした笑顔の陽乃さんが文字通り仁王立ちしていた。すぐ傍にある仏像よりも怖い。

 

「えっと……陽乃さん?」

「ずいぶん楽しそうだったね、八幡」

「いや、別に……」

「ついさっきキスをした女の子の前で、別の女の子の好感度上げるの、楽しい?」

「そ、そんなつもりは……」

 

 怖い。超怖い。ねぎ星人とか田中星人とか足元にも及ばないレベル。

 なんか背後のオーラが具現化しそうな勢い。幽波紋(スタンド)とか出さないよね。オラオラオラとか始めないよね。…………ちょっと似合うな、陽乃さんに。自分の手を汚さずに相手をボコボコにするとことか特に。まぁ、幽波紋(スタンド)のダメージは本人に返ってくるから、手を汚していないわけではないんだろうけど。

 

 陽乃さんはふうと息を吐くと、「まったくしょうがないなぁ」と言いながら髪を掻き上げる。一挙手一動足が絵になるなぁ、この人は。

 

「それで。どうするの?この後?」

「とりあえず、俺達も葉山に合流しましょう。俺達は今回の敵がどういう星人かも知りませんから」

「……ああ。あつ~いキスを交わしてたもんね」

「…………顔を赤くするくらいなら言わないでください」

 

 まったく、この人は……。

 俺が少し歩くスピードを早めて先導しようとすると、陽乃さんが背中から優しく抱き着いてきた。

 

 ガンツスーツは体のラインにピッタリと張り付くような素材なので、さっきの私服よりもさらにはっきりと陽乃さんのダイナマイトボディの感触が感じられて、陽乃さんの甘い匂いと共に俺の脳髄を刺激し、顔に急速に熱が集まるのを感じる。

 

「ちょ、陽乃さん!!何して――」

 

「――わたしも。八幡の支えになるよ。ずっと、傍にいるから」

 

 耳元で囁くように呟やかれた優しい言葉に、ドキドキとした性的興奮は薄れ、代わりに温かい何かが胸の中に流れ込む。

 

 俺は肩から回された陽乃さんの華奢な細腕に手を添えて、一言だけ呟いた。

 

「…………ありがとう、ございます」

 

 

 ……俺はずっと、こんな言葉をかけてもらいたかったのかもしれない。

 

 単純だけど、なんか、救われた気がした。

 




 ってかバトルまで行ってねぇじゃん……

 すいません。次回はちゃんとバトると思います。


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彼らは、巨躯なる門番に挑む。

これが、作者精一杯の星人バトルです。違和感を覚えたら申し訳ない……。


「さっき坊主さんが言ってた羅鼎院って、確か東京の寺院だよ。文京区だったかな?」

「マジですか……千葉じゃないんですね」

 

 陽乃さんは俺の隣を歩きながら思い出したように言った。

 俺の知り合い率が高いからてっきり千葉限定で行われてるのかと思ったが、意外に場所を選んでないんだな。

 言葉に方言持ちがいないから、首都圏の人間だけとかか? ヤダ、それってもう半分近く千葉民が選ばれてるってことは千葉≒首都じゃない? 違うか? 違うな。

 

 そういえば、今までのミッションの場所はどこにでもありそうな住宅街だったから気にも留めなかったが、もしかしたら中には県外もあったのかもな。考えてみればエリアに選ばれた場所なんか、ガンツに繋がる可能性のある貴重な情報だ。突き詰めれば、エリアに選ばれやすい場所――つまり、星人が生息しやすい場所の特定も出来るかもしれない。くそっ、迂闊だった。

 

 

 

 俺と陽乃さんが葉山達の所に行くと、そこには相模の他に達海と折本、そしてインテリがいた。

 

「なぁ、葉山」

「なんだ?」

 

 俺は葉山に問いかけると、葉山はこちらを向かずに、どこか一点を見上げている。

 俺はそれを訝しんだが、指摘せずに質問をぶつける。

 

「俺達は今回のターゲットの画像を見てないんだが、どんな奴なんだ?」

 

 俺がそう言うと葉山は言葉で答えず、見上げていた一点を指さした。

 

 そこにあるのは、大きな門を守るようにそびえ立つ、10m近い大きさの仁王像のような仏像。

 

 ……おい、まさか――

 

「これだ。それと右側の像の画像もあった。この二体が、今回のターゲットらしい」

 

――絶句する俺に構わず、俺の嫌な想像通りの言葉を葉山は言った。

 

 ……おいおい、マジかよ。

 もうガンツのやることに驚くことはないって思ってたが、まさか仏像がターゲットとは……。

 

 こんなデカい奴が暴れたら手がつけらんねぇぞ。いきなりボスなのか?

 

「ねぇ、これが君たちの言う星人なのかい?」

 

 インテリが俺達の問いかける。

 

「い、いやでも……今までこんなに大きい奴いなかったし……」

 

 折本がそうあってくれと言わんばかりに涙目で言う。

 

 ……でも、ガンツのミッションで俺達の希望が通った試しなんかない。

 

「いや、これで間違いない」

 

 俺の言葉に、その場にいる全員の注目が俺に集まった。

 

 みんなに見えるようにマップを見せつける。

 

 そこには、七つの赤い点のすぐそばに、二つの青い点。

 

 この馬鹿でかい仏像が、紛れもなくターゲットであることを示していた。

 

「……青い点が、ターゲットってことかい?」

「ええ。この青い点を全部倒さないといけません」

「倒せなかったら?」

「まだそんな事態に陥ったことはないから明確なことは言えませんが……分かるでしょ」

「………………」

 

 案の定、インテリさんは察しがついたようで、それ以上質問を重ねてはこなかった。

 

 そう。ただでさえこんな不親切設定ばかりのゲームなんだ。

 100円入れたらコンティニューできるようになってるなんてことはないだろう。

 

「どうする、葉山?」

 

 さっきマップを使ってたコイツは、この仏像がターゲットって確信があったはずだ。

 だからさっきの俺の質問にも、迷わずこの仏像を指さして答えたんだ。

 

 それに、俺はエリア全体を拡大したから、コイツがほんの序の口だということも知った。

 

 思わず震える。陽乃さんに不安を与えないように必死にポーカーフェイスを気取っているが、今にも泣きそうだ。

 

 

 ……なんだ。この星人の数は。

 

 

 この寺ん中は、まさしく化け物の巣窟だ。

 田中星人も多かったが、今回はそれ以上。だから、これだけの人数をガンツは集めたのか?

 

 ……だが、やるしかない。

 俺が死んでも、陽乃さんは必ず帰す。

 

 その為には、ターゲットを一掃する必要がある。

 

 この数だ。間違いなく鍵は時間だ。

 グズグズしている暇はない。

 

 葉山はしばし考えた後、俺の方を向いて、言った。

 

「俺は、とりあえずこの扉を開けるべきだと思う。コイツと戦うにしても、ココはあまりにもエリア外に近い。この巨体と戦うには、絶対に不利だ」

 

 ……俺は驚いた。葉山がここまで具体的な作戦を思いつくなんて。

 筋は通っている。いい作戦だ。

 それに敵はむしろこの中に多いんだ。なら、なんか知らんがコイツが動かない内に開けるのがいいだろう。

 

「それで行こう」

 

 俺は頷き、陽乃さんを見る。彼女も頷いてくれた。

 葉山も全員の了解を得たようで、扉に向かう。

 

 巨大な木製の扉は案の定、(かんぬき)による鍵がかけられていた。

 特別な道具で開閉しているのか、人の背では届かない位置にある。

 

 ……仕方ない。

 

「「これ(Xガン)で壊そう」」

 

 俺と達海が被った。

 達海がこっちを見て照れくさそうに笑う。やめろ。海老名シャワーが噴くだろうが。

 

 相模は大丈夫なの?って顔で見てくるが、構うことなくXガンを構える。

 

 あ、そうだ。

 

「陽乃さん。これ陽乃さんの銃です」

「あ、ホント?ありがとう♪ねぇねぇ、どうやって撃つの?」

 

 俺は陽乃さんに銃の使い方を簡単にレクチャーする。

 さすが陽乃さんというべきか、一発で覚えたようだ。

 

「じゃあ、とりあえず俺とあの扉撃ってみますか?」

「やるやる!」

 

 一緒に射撃とかハワイで親父に教わったんだとか言いたくなるな。

 っていうかあのお父さんハワイで息子に何教えてんだよ。危な過ぎでしょ。

 

 そして、俺と陽乃さん、それと達海で(←空気嫁)閂のある場所を目掛けて数発発射する。

 

 そして少しの静けさの後、扉が吹き飛んだ。

 

「! ……凄いね。でもホントにタイムラグがあるんだ」

「ええ。実際の戦闘ではこれも視野に入れないと――」

「大丈夫。間隔は把握したから」

 

 何この人ハイスペック過ぎでしょ。逆に俺が守られちゃうんじゃないの?

 

 そして扉が破壊される轟音で、帰るに帰れなくなった他の連中がわらわらと集まってきた。

 

 彼らに向かって葉山は大きな声で言い放つ。

 その姿は、まさしくリーダーだった。……目が凍ってなければ満点なんだがな。

 

「聞いてくれ!俺達は今から、戦争をしに行く!全員が生き残る為に!誰一人死なせない!スーツは俺達の体を超人にしてくれるし、この銃は2つのトリガーを引くと少しのタイムラグの後、これだけの破壊力を発揮する!」

 

 そう言って葉山は扉を後ろ手に指さす。

 ミリタリーオタクがニヤリと醜悪に笑った。うわぁ、嬉しそう。好きそうだもんな、こういうの。

 

「だが、それでも今まで何人も死んだ!もう誰も死なせたくない!制限時間は一時か『ギュイーン!!』――な!!」

 

 何!?

 

 葉山の演説中に突然銃の発射音が響いた。

 全員の目が、音の発信源に向かう。

 

「フヒ」

 

 ミリタリーオタクが左側の仏像に向かって銃を向けていた。

 

 コイツッ……!!俺達の話を盗み聞きしてやがったな!!

 

「そろそろかな。そろそろかな」

 

 ミリタリーが狂気の篭った目で仏像を見ている。

 ヤバい。このままだと――

 

「お前ら!!全員で扉を開けろ!!中に逃げろ!!」

 

 俺は一気に駆け出し、扉を押す。

 少し遅れて陽乃さん。そして、葉山、達海らスーツ組が続く。

 いそげ……いそげッ!

 

 バンッ! という音とともに仏像の左腕が消し飛び――

 

「ぬぁぁぁああああ!!!」

 

 仏像が唸りを上げて、俺達に襲い掛かってきた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「はははははは!凄い!ホントに吹き飛んだよ!本物だよコレ!」

 

 案の定、真っ先にターゲットになったはミリタリーだった。

 

 狂ったように歓喜するミリタリーを、仏像は大きく足を振り上げ踏み潰そうとする。

 

「――! クッ!」

 

 すると葉山が扉を押していた集団から抜け出し、ミリタリーに向かって駆け出す。

 

「ははh…………ぁぁ……あああああああああ!!!」

 

 すると、迫りくる恐怖によりこれがTVゲームでないことをようやく察したのか、ミリタリーは腰を抜かし涙や鼻水を流して泣き叫ぶ。

 

 ズドン!!という地響きがするほどの踏みつけ。だが、その足の下にはミリタリーはおらず、葉山が間一髪で助け出していた。

 

 扉の方はこれだけスーツ組がいながら少しずつしか開かない。クソッ!一体何キロあんだよ!!

 

 すると、恐れていた事態。

 

 もう一体の方の仏像も、己を囲っていた柵を蹴り飛ばし、ついに動き出した。

 

 今まで傍観者だった他の奴らも、慌てて扉を開ける作業に加わる。

 

「早く!早くしろよ!!!」

「なんだよアレ!!」

「も、もう少し……!」

 

 そして扉は完全に開き、雪崩れ込むように一斉に寺院に飛び込む。

 

 だが、間髪入れずに左側の仏像がこちらに狙いをつけ、襲い掛かってきた。

 

「!! みんな!!急いで走れ!追ってくるぞ!!」

 

 俺の指示に、皆少しでも遠くへと寺院の奥へと進んでいく。

 俺も続こうとしたが、俺の視界の先――仏像の後ろ――で一人の人影を見た。

 

「ひ……ひぃ……うわぁぁぁぁぁあああああ!!!!」

 

 リーマンだった。扉組に参加していなかったのか――それとも動き出した仏像を見て、足が竦んで動けなかったのか――アイツは左側にいた仏像よりもさらに外側にいた。

 

 そして、何を血迷ったのか。

 大声で叫びながらエリア“外”に向かって逃げ出した。

 

「!! 馬鹿野郎!!」

 

 俺は気がついたら仏像に向かって駆け出していた。

 

 すると仏像は俺に気づいたのか、両手で一つの拳を握り、スマブラのDKのようにそのまま力任せに振り下ろす。

 

「八幡!!」

 

 陽乃さんの悲鳴。

 だが、俺の経験値をナメないで欲しい。

 俺は攻撃の瞬間に飛び込み前転の要領で仏像の股下を潜り、そのまま寺院の外に躍り出た。

 

「俺は大丈夫です!!陽乃さんは少しでも遠くに逃げてください!!」

 

 俺は大声でそう叫ぶと、左方向に目線を走らせる。

 リーマンはもたつきながらもエリア外に向かって泣きながら逃走している。

 

 葉山の話を聞いてなかったのか!?

 それとも恐怖で頭から吹き飛んだのか!?

 

――――敵は一体じゃないんだぞ!!

 

 案の定、もう一体の仏像のターゲットはミリタリーからリーマンに移っていた。

 葉山は攻撃を避けるとそのままミリタリーを担ぎ、視界から消えていたのだ。巨体故に、自身の背後などが死角になる。今の葉山はそれくらいの判断力はある。

 

 葉山は銃を仏像に向け、タゲを再び自分に向けようとするが――

 

「――葉山!!お前は中の人達を頼む!アイツは俺がなんとかする!!」

 

 俺と葉山が抜けると、あの中にまともな戦闘経験者は達海しかいない。

 だが、今のアイツに全体を指揮するなんて不可能だ。

 

 だから、葉山には一刻も早くあっちに向かってもらわなければならない。

 

 葉山は一瞬考えたが、すぐに銃を下した。

 

「分かった。任せたぞ!」

「そっちもな!!」

 

 俺はリーマンを追う仏像の背中を追いかけた。

 

 

 

「ぁぁぁぁ。なんだよ、これ!?なんなんだよ!!変な音が鳴ってるし。仏像は追いかけてくるし。もういやだ……。訳が分からない……」

 

 全面的に同意。

 

 リーマンはぶつぶつ呟きながら、ふらふらと歩く。

 そのおかげかなんとか追いつきそうだが、俺が追いつけるってことはあの仏像も追いつけるってことだ。

 

 ……くそ。何やってんだ俺は。命懸けで守るのは、自分の命と自分よりも大事な命だけって決めたはずだろ。

 

 でも気がついたら体が動いてた。

 あの日、由比ヶ浜のサブレを助けた時と同じように。

 

 ……ここまで来たら、もう引き返す方が面倒だ。

 やることは一つだ。さっさとやって済ませよう。そして、陽乃さんの元へ。

 

 俺はリーマンをかばうようにリーマンの前に立ち、仏像との間に割り込む。そして真正面から向き合う。

 よし。何とか間に合った。

 

「へ?君――うわっ!」

 

 俺はリーマンを葉山がボンバーさんにしていたように担ぎ上げる。

 いちいち口で説得するのも面倒だ。

 それにコイツに死なれると葉山がどう暴走するか分からない。

 

 なんかごちゃごちゃ言ってるが、完全にシャットアウト。

 

 仏像の動きに全神経を集中する。

 

 アイツは距離がある程度近づくと、一歩一歩踏みしめるように歩く。

 

 アイツが一歩ずつ足を踏み出す度に地面が大きく揺れる。

 まるでゴジラだ。そうじゃなくてもウルトラマンの怪獣くらいは威圧感があるな。

 

 肩のリーマンがもはや人語を発していない。うっせぇ。くそ、ポイ捨てしてやろうかな。

 

 リーマンを左肩に背負っているので使えるのは右手――Xガンのみ。

 

 だが、動きは前回の田中星人より遅いし、的もデカい。この巨体に威圧されずに平常心を保てばいけるはずだ。

 

 俺達を踏みつぶそうと足を上げた瞬間、軸足を狙う。さっきの踏みつけの時、足を上げきった後一瞬の溜めがあった。タイムラグを考えても振り下ろす前に間に合うはず。万が一に備えて撃った瞬間に足が上がって空いたスペースを駆け抜ければいける。

 

 そうだ。出来る。俺なら、出来る。

 

 巨体が近づくにつれてどうしても本能的な恐怖が増し、心拍数も上がる。

 それを俺は過去の修羅場を乗り切ったことを根拠に己を鼓舞して必死に抑え込む。なんか肩のリーマンは息してなくて泡をぶくぶく吹いてきた気もするけど生きてさえいればまたいいことあるさ頑張れ社畜マン(棒読み)。

 

 ついに仏像は俺の目の前まで接近し、視界がほとんど仏像でいっぱいになる。

 先程から脳内に流れる着信音のようなメロディ。おそらくこれ以上下がったらいつエリア外と判定されてもおかしくない。これ以上は下がれない。

 

 前に逃げる。やってみせる。

 

 目の前の壁のような仏像の足が上がる。

 

 いm――

 

 

 俺が撃とうとした瞬間、開けた視界の一部に、漆黒のスーツの美女がこちらに銃を向けているのが見えた。

 

 

 俺はそれに目を奪われ、痛恨にもXガンを発射するのを忘れてしまう。

 

 だが、俺達に仏像の巨足が振り下ろされることはなかった。

 

 仏像の軸足が、Yガンの捕獲ネットによって文字通り足を掬われ、仏像の巨体が柔道の足技を喰らったかのように尻餅をつく体勢で転倒する。

 

 俺はそれに巻き込まれないように弧を描くような軌道で、その人の元へ向かう。

 

「陽乃さん」

「もう、お姉さんを置いていくなんて非道いじゃない」

「…………なんで?」

 

「言ったでしょ。傍にいて支えるって。独りになんかしないよ」

 

 陽乃さんはそう言ってYガンの先端を顎につけてウインクした。

 

 ……まったく、この人には敵わない。

 

 

 

「そ~れ~で~。お姉さんを置いて一人で突っ走っちゃたことに言い訳はあるかな~」

「ととととととりあえず、アイツなんとかしましょうアイツ!ほ、ほら!なんか立ち上がりましたよ!」

 

 俺は陽乃さんが再び幽波紋(スタンド)を発動する前に、全力で話題を変える。

 いや、マジで怖いんだって。雪ノ下もそうだけど、顔立ちが綺麗だからこそ笑ってない笑みが怖すぐる。怖いよ。あと怖い。

 背中で感じる殺気はすぐには消えなかったけれど、「はぁ」という溜め息の後は、キリッとした陽乃さんに戻った。なんか溜め息が深くなってる気がする。ヤバい、愛想尽かされるペースが早過ぎる。

 え?リーマン?なんか気絶してたけどさっき目が覚めてまた「ひぃぃ~~」とか言いながら走ってったよ。まぁ、エリア内はそれなりに広いし、中に向かって走ってったから途中で頭も冷めるだろう。あんな奴をずっとエスコートするほど俺も暇じゃない。

 

 っていうか、ぶっちゃっけ修羅場だ。

 今からあのデカブツと命懸けで戦うんだからな。

 

 でも、なんでだろうな。

 

「さて、やろうか八幡。一緒にアレを倒そう。二人初めての共同作業だよ♪」

「……そうですね。ちゃっちゃと終わらせましょうか」

 

 負ける気が、まるでしない。

 

 




 次回は、あの二人のイケメンタッグ。


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彼らはそれぞれの相棒と共に金剛力士像に挑む。

イケメンズの奮闘。


 

「ッ!? 馬鹿野郎!!」

 

 陽乃は、急に踵を返して仏像に向かって駆け出す八幡を見て、反射的に叫ぶ。

 仏像は両手で作った巨大な拳を、八幡に向かって叩きつけようとしていた。

 

「八幡!!」

 

 しかし、八幡は足を止めようとしない。

 

 ドカンッ!! と仏像は攻撃を振り下ろす。

 もの凄い衝撃と砂塵に思わず目を閉じてしまいそうになる。

 

 周りの人達も叫び声を上げながら吹き飛ばされる中、陽乃の脳に一瞬最悪の想像が過ぎった。

 

 陽乃はスーツの耐久性を八幡や葉山からレクチャーされた知識でしか知らない。強いて言うならあの部屋で葉山がボンバーやラッパー、白人からの攻撃にびくともしなかったくらいか。

 だが、あの攻撃がそんなものとは桁違いなのはどう見ても明らかだ。

 

 もしかして……嫌、そんなわけ……。

 

 陽乃の心にかつてない冷たさが走った。が――

 

「俺は大丈夫です! 陽乃さんは少しでも遠くに逃げてください!!」

 

 仏像の向こう側――おそらく寺院の外から彼の声が届く。

 

 それにより、無意識の内に強張っていた陽乃の体から余分な力が抜ける。

 

 そして、すぐさま思考を巡らせる。

 せっかく寺院の中に入れたのに、彼は一瞬でそれを放棄し、危険を冒してまで外に出た。

 

 彼がそんな非合理的な行動に出た理由は?

 

 葉山やミリタリーに加勢する為?いや、それなら扉を開けるのを他の連中に任せてすぐさま加勢するはずだ。一度中に入る必要はない。

 

 なら、これはアクシデント。不測の事態。

 

 陽乃は視線を巡らせる。やはり足りない。おそらく彼は誰かを助けに行ったんだ。

 

 その人は逃げ遅れたか?もしくはとんでもない方向に逃げてしまった?

 

 どっちにしろ、危険だ。敵は一体じゃない。おそらく彼はそれにすぐに気づいて、だからこそすぐに助けにいった。

 

 まったく、彼は変わらない。誰だって助けてしまう。

 自分が一番大事だとか悪ぶっているくせに、いざという時は我が身を省みるということを疎かにする。

 

(そんな彼を――一人にしておくわけにはいかないじゃない!)

 

 陽乃は一瞬で思考を終え、次の瞬間には駆け出していた。

 

 仏像はアクションが大きい攻撃の後で、体勢を立て直すのに手間取っていた。

 

 陽乃はそんな仏像に向かって真っすぐに駆け出す。

 

「ちょ、陽乃さん!!」

「危ないですよ!!」

 

 相模と折本が悲鳴を上げるが、陽乃は止まらない。

 一刻も早く、八幡の元へ!

 

 仏像が体勢を戻し、サッカーボールを蹴るかのように左足を大きく後ろに反らす。

 

 陽乃はそれを見てYガンを構える。

 

 そして、仏像が勢いよく足を振り抜く!

 

 陽乃はその足が通過する場所に的確にYガンを発射。捕獲ネットで簡易的なトラップを仕掛ける。

 ちょうど体重が前方に傾く箇所に的確に設置されたネットは仏像の蹴りを受け止め、バランスを崩した仏像の体が前に倒れ込んでくる。

 

 陽乃はそれを最小限の動きで躱し、ズズーンという音を背中で聞きながら、寺院の外に躍り出た。

 

 その時、門の右側から葉山が現れる。

 

「陽乃さん!」

「隼人、八幡は!?」

「あっちだ。男が仏像に狙われてて、それを助けようとしてる」

「分かった!」

 

 そして、陽乃は一目散に左に向かって走る。

 

 後ろから葉山が叫んでいるが、意に介さず進む。

 

 大事な存在を、失わないために。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 遠ざかっていく陽乃を葉山は複雑な表情で見つめたが、意識を切り換え、寺院の中へと踏み込む。

 

 陽乃の優秀さを、別格さを、葉山は雪乃と同じくらい知っている。身をもって知っている。

 常に目の前に立ちふさがる壁。どう頑張っても越えられない壁。

 それをずっと見せつけられてきたのは、決して雪乃だけではないのだ。

 葉山には、雪ノ下陽乃が敗北するなど、想像も出来ない。

 それに、あっちには自分よりも強い八幡がいる。おそらくは大丈夫だ。

 

 それよりも、中。

 八幡と陽乃というWジョーカーが抜けているこちらの方が、よほどピンチだ。数では圧倒的でも、こう言っては難だが、質が違う。

 

 葉山は寺院の中に入る。

 

 

 その瞬間、ビュオォ!!という風切音が轟いた。

 

 

 それの発信源は、葉山の前方。そこから更に前方に向かって突風が吹いている。発信源の後方にいる葉山にはその余波しかこないが、それでも目を開けていられない。

 

 

 やがて収まり、葉山が目を開けると――――そこは大惨事だった。

 

 

 葉山と八幡、陽乃とリーマン、ミリタリーを除く全メンバーが、みな蹲っている。

 

 先程の突風で石階段や石畳や砂利などに叩きつけられ、スーツ組は何とか外傷はないようだが、着ていないものは立ち上がれすらしないようだ。

 

 皆、目の前に迫る巨体の仏像の恐怖に呑まれている。

 経験者の相模や折本ですら、たった一撃で心を折られたようだった。

 

 こんな奴に、勝てるのか?

 

 そんな思いが表情から滲み出ている。

 折本と相模は何とか気丈に銃を向けているが、その手は震えていて、とてもじゃないが引き金など引けそうにない。

 

「なんだよ、これ!?誰か何とかしろよ!!」

「ふざけんな!!こんなん勝てるわけねぇだろ!!」

 

 ボンバーやラッパーが大声で喚く。それはここにいる全員の心の声を代弁したかのようだった。

 

 仏像が右拳を作り、後ろに引いて溜めを作る。

 

 それは、銃を向け続ける二人の少女に向けられた殺意だった。

 

 葉山はそれを察し、フリーズしていた体を瞬時に動かして、後ろから仏像に特攻を仕掛ける。

 葉山は不意打ちという利点がなくなるのも気づかず、己を鼓舞する為、大声で雄叫びを上げた。

 

 

「「うぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオ!!!!!」」

 

 

 轟いた雄叫びは二人分だった。

 

 相模や折本たちの後方から、助走をたっぷりとってトップスピードで石段から一人の男が飛び上がる。

 

 達海龍也。

 

 葉山隼人。

 

 二人の男が、10mの巨像に戦いを挑む。

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 ダンッと着地し、達海は目の前の敵を睨みつける。

 そして、口元を歪める。獰猛に笑う。

 ついに来た。あの日からずっと待ちわびた瞬間に、歓喜する。

 

 そして、ふと仏像の向こう側にいる葉山に気づく。

 笑みを消し、目を細めて、闘志を露わにする。

 

「コイツは、俺の獲物だっ……!」

 

 

 葉山は走りながら銃を構える。

 Xガン。葉山は今までこの銃を撃てたことがない。

 撃とうとする度に、一度目のミッションの恐怖が蘇り、体が震えてしまう。

 

 葉山はその事を分かっていた。だからこそ、できることならYガンだけで乗り越えたいと、自身を客観的に捉えながらそんなことを考えていた。

 

 だが、この巨体を見た途端、それは諦めた。これを送るには時間がかかるし、何より転送の間、Yガンのネットで捕獲し続けられるとは思わなかったからだ。

 

 しかし案の定、葉山はXガンを構えた時に顕れた震えで、自身がトラウマを完全に克服できていないことに気づく。

 

 くっと舌打ちをすると、仏像を挟んで達海と目が合う。

 達海の目は闘志に溢れていて、鋭い目でこちらを睨んでいた。

 邪魔をするな、と。

 

 それを見て、葉山はXガンを仕舞い、Yガンへと持ち替えた。

 

 

 仏像が達海に地を這うかのようなローキックを仕掛ける。それも左足で左側にいる達海を狙う為に踵を滑らせるような形で。

 達海はそれをジャンプして躱すが、仏像は左足の勢いをそのまま右足に乗せ空中で身動きのとれない達海にミドルキックを放つ。

 

 達海が目を見開く。折本が小さな悲鳴を漏らす。

 

 その時、仏像の右足が葉山の放ったYガンの捕獲ネットにより軌道を逸らされた。

 

 しかし仏像も学んだのか、そのまま逆回転するように脚を引き戻し、転倒を避ける。

 

 達海は葉山を見る。そして、葉山はアイコンタクトで応える。

 

 それだけで、二人は意思を共有した。共にハイレベルなサッカープレイヤーだからだろうか。無言の意志疎通などお手の物だった。

 

 そして、先程の一撃により、葉山が仏像のターゲットとなった。

 

 葉山は距離をとり、仏像をおびき寄せる。

 仏像は再び大きく腕を引き、葉山を殴りかかろうとする。

 

 ギュイーン

 

 背後から、達海がXショットガンによりその腕に命中させた。

 

 構わず仏像は葉山に向かって拳を放つ。

 

 しかし、葉山はすでに回避体勢に入っており。

 

 右腕は葉山に届く前に吹き飛んだ。

 

 急に腕がなくなったことでバランスを崩したのか、再び仏像が転倒する。

 

 その隙に、葉山は達海と合流していた。

 

「よぉ」

「悪い、助かった」

 

 二人とも、最低限のやり取りだけを交わすと、再び仏像に目を戻す。

 

「葉山君!」

「達海君、大丈夫!?」

 

 折本と相模が二人に近づこうとするが。

 

「来るな」

「まだ終わってないよ」

 

 達海と葉山が仏像に目を向けたままで制止させる。

 

 動きを止めた二人は恐る恐る目を向ける。

 その先には――

 

――隻腕となりながらも、ゆっくりと立ち上がる仏像がいた。

 

 葉山は表情を引き締めながらYガンを装備する。

 達海は獰猛に笑いながらXショットガンを肩に乗せた。

 

「行くぞ」

「ああ」

 

 達海が一言告げ、葉山が一言で応える。

 

 二人はすでに臨戦態勢だった。

 

 仏像に向かって駆け出す。

 

 仏像が左腕を大きく振るう。

 

 

 突風が吹き荒れた。

 

 

 葉山も、達海も、相模も折本もインテリもボンバーもラッパーも白人も。

 

 みんな立っていられず吹き飛ばされ、石段や灯篭や階段の柱や手すりに体を強くぶつける。

 

「くっ…………!」

 

 葉山はなんとか階段の一段目を掴み、吹き飛ばされないように耐える。

 

 その前方の達海は必死に踏ん張り、飛ばされまいとしていたが、やがて足が地面から離れる。

 

「!! なめんなぁぁぁぁ~~~~!!!」

 

 スーツの駆動音。

 達海が右腕を膨れ上がらせ、そのまま地面に突きたてた。

 

 その結果、体は鯉のぼりのようにはためかせていたが、腕一本でその場に根性で留まり続けた。

 

 そして、突風が止んだ瞬間、腕を引き抜き仏像に特攻を仕掛ける。

 

「おおおおおおおお!!!!!」

 

 仏像は腰に下げていた棍棒を引き抜き、左腕一本で無造作に振るう。

 

 それは明確に達海を狙っていた。だが、達海はスピードを落とさない。

 

 そして、棍棒はそのまま――――駆けつけた葉山が体全体で受け止めた。

 

「ぐぅ…………!!!!」

 

 葉山と達海は再び一瞬のアイコンタクトを交わし、達海は仏像に突撃した。

 

 ギュイーン

 ギュイーン

 ギュイーン

 

 走りながらXショットガンを連射する。

 

「うぉぉおおおおお!!!!」

 

 そのままスライディングの要領で仏像の股下を潜る。その間も体中の至る所に連射する。

 

 ギュイーン

 ギュイーン

 ギュイーン

 

 そして背後に出て、すぐさま立ち上がり、頭部に一発撃ちこんだ。

 

 ギュイーン

 

 その一発が合図となり、仏像の左腰が吹き飛ぶ。

 

 そのまま体中が一部ずつ連鎖的に吹き飛び、最後に頭部を弾けさせ、仏像は絶命した。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 仏像の灰色の体液が雨のように降り注ぐ中、達海は葉山の元に歩み寄り、達海は満面の笑顔で、葉山は複雑な苦笑で、パァンとサッカーの試合でゴールを決めた時のようにハイタッチを交わした。

 

 そして、それを見て沸き立つボンバーやラッパー達。

 

「うぉぉぉおおおおおお!!!!勝ったぁぁぁあああああ!!」

「すげぇよ、アンタら!!ヒーローだよ、ヒーロー!!」

 

 達海はその声に嬉しそうに「へへへ」と少年のように笑っている。

 葉山は複雑な表情で俯いていた。

 

 相模と折本は、そんな2人を見て八幡の言葉を思い出す。

 

 

――『葉山の傍に、居てやれ』

 

――『達海の暴走を止める支えが必要だ』

 

 

 相模と折本は歓声を浴びる葉山と達海に近づこうとする。

 

 

 その時、寺院の門が吹き飛んだ。

 

 

 ドガーーンッ!! という衝撃と共に、門の欠片が嵐のように吹き荒れる。

 

「きゃぁああああ!!!」

「なんなんだよ!!」

 

 怒号と悲鳴が錯綜する中、葉山は一つの最悪の結論にたどり着く。

 

(まさか……もう一体の仏像が乗り込んできたッ!?)

 

 今、寺院の外で戦っているはずの仏像。

 その戦いが終わり、この中に乗り込んできたのか?

 

 その可能性が一番濃厚だが、もしそうだとすると、あの二人が……。

 

 葉山はその考えに至り、恐怖する。もう誰も死なせないと決めたのに。

 葉山は自身を保っている頼りない支えが折れかけるのを感じる。もしこれが折れてしまったら、自分は――――俺は――――

 

 葉山はそれを自覚していた。だから手段を選ばなかった。

 それもこれも、もしあの二人が死んでしまったのだとしたら、全てが破綻する。

 

 それに、葉山も見た。ここに存在する夥しい数の青点(せいじん)を。

 あんな仏像は前哨戦に過ぎない。もしこんな序盤であの二人を失ったら……。

 

 葉山は祈るような思いで土煙が晴れる先を見つめる。

 門を吹き飛ばしたものの正体が明らかになる。

 

 それは、葉山が危惧した通り。

 

 

 もう一体の仏像――――――の、上半身だった。

 

 

「!?」

 

 葉山は絶句する。そこに転がっているのは、まさしく先程ミリタリーを助ける際に葉山自身にも肉迫した、10m近い体躯を誇っていたあの仏像に間違いない。

 

 だが、今は見るも無残な醜態を晒し、おそらくすでに絶命している。

 

 下半身はなくなり、胸の辺りで真っ二つにされていて、全長3mくらいの肉塊と化している。

 

 その奇妙さに、葉山だけでなく全員が気づいたようで、ざわざわとし始めた頃。

 

 

 門から――正確にはついさっきまで門だった場所から――漆黒のボディスーツを身に纏った美女が現れた。

 

 

 その女性は自分の背丈よりもはるかに長い剣を携え、颯爽と寺院の中に侵入する。

 

「いやぁ~、これ凄い威力だね。気に入ったよ。わたしこれで戦う」

 

 そういって彼女は自身の右側の、何もいない空間に向かって嬉しそうに話す。

 

 

 すると、突如その空間が歪み、バチバチバチという電子音と共に、学生服の目つきの悪い少年が現れる。

 

 

「…………いや、陽乃さんがいいならいいんですけど。よくその剣一回で使いこなしましたね。っていうか伸ばしてるし。俺もまだ伸ばしたことないのに……」

 

 陽乃は八幡の背中を叩き気にするなとニコニコしながら励ましている。

 八幡はそんな陽乃に恨みがましい目線を送りながらも陽乃の歩幅に合わせて隣を歩いている。

 

 

 転がる星人の死体に。

 

 見向きもせず。

 

 まるで、勝つことなど当然だと言わんばかりに。

 

 

 二人は一番近くに居る呆然とした葉山に声を掛ける。

 

「よお、葉山。お前たちも一体倒したみたいだな」

「…………やっぱり、あれは二人が?」

「陽乃さんが色々試したいって言って、結構時間かかっちまったけどな」

「八幡もこの後のことを考えると決して無駄じゃないからってOKしてくれたじゃない」

 

 葉山は絶句する。

 自分たちは無我夢中でこの仏像をなんとか退けたというのに、この二人は次に戦う星人との練習代わりと捉えていたのだ。

 実際に陽乃はガンツソードをものにし、八幡は透明化の有用性を確認している。

 

「あ、そうだ、陽乃さん。一応、アイツ送っといたほうがいいですよ。もしかしたら再生とかするかもですし」

「それなら八幡が送りなよ。送っても点数になるんでしょ」

「俺はもう23点持ってるんで。大丈夫っすよ」

「そう?分かった。じゃあ、遠慮なくもらうね」

 

 そう言って陽乃は流れるようにYガンを発射し、転送する。実際にとどめを刺したのも陽乃なので、点数は確実に陽乃のものだろう。

 

 

「さて。次はどうする?」

「そうですね……なんか五体が一か所に固まっていて、後はバラバラに九体。目の前のあのデカい建物にも一体いるみたいですね。……あと十五体か。どんだけいるんだよ」

「まぁ、着実に倒していこうよ。八幡はどれがボスだと思う?」

「そうですね……前回もボスは固まっている所にいました。だから個人的にはこの五体固まっている場所が怪しいですね。根拠は薄いですが」

 

 そう言って、二人だけで今後の方針を話し合っている。

 

 その様子を、他のメンバーは半分怯えるように眺めていた。

 

 達海や葉山の時とは違い、歓声は沸かない。誰も声を掛けない。

 

 

 もしかしたら、この場で誰よりも歪なのは、この二人なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 そんなメンバー達を、寺院の中にある幾つもの建物の屋根の上から、何体もの仏像が眺めていた。

 




 この戦いは、まだ始まったばかり。


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次なる絶望として、彼らの前に大仏が立ち塞がる。

 そろそろサブタイにネタ切れが……。


「はぁ……はぁ……」

 

 坊主は集団から離れて一人逃亡していた。

 

 鐘がある建造物の壁に背中を預け、ゆっくりと座り込む。

 

 巨大な仏像の突風によって吹き飛ばされ体中をしこたま強打した上、更に坊主故に裸足だった足の裏にいつの間にか深々とした裂傷を負ってしまった。

 

 それにより満足に走ることもできず、こうして身を隠すしか出来なかった。

 

「くそッ!……くそっ!」

 

 ズキズキと痛む足の痛みを堪える為に、踝を強く握る。

 医学的に根拠のない行動だが(出血を抑えるという効果があるのかもしれないが、こんなことでどうにかなるような怪我ではなかった)、本能的にやってしまう。案の定、まるで痛みは治まらなかった。

 

 なんでこんな目に。

 

 ガンツのミッションに巻き込まれた者が確実に抱くであろう理不尽に対する怒りが、坊主の胸の中に生まれる。

 

 結局、葉山の言った通りの事態に陥ってしまった。

 

 あの時、必死で否定し、耳を貸さなかったが故に、自分はこうして動けなくなってしまっている。

 

 あのスーツをアドバイス通りに着ていたら、今頃は……。

 

 そんな思いが坊主の頭を過ぎるが、それを必死で振り払う。

 それはもはや信仰心故ではなく、ただの意地であると理解しているが、それでもこの男はその事実を受け入れることが出来なかった。

 

 しかし、心はどんどん弱気になり、ついに坊主は己の人生を振り返り始めた。

 

 この職業に就いたころは、仏への信仰心で満ちていて。

 誠心誠意尽くせば、きっと何事も報われると信じていた。

 

 いつからだろうか。

 

 経を唱えるのが、ただの作業になったのは。

 

 いつからだろうか。

 

 日々の修行が、無感情にこなすルーチンワークになったのは。

 

 これは、信仰心を忘れた己への(ばち)なのか。

 

 あの部屋に転送された時、坊主の頭に過ぎったのはそれだった。

 

 必死で否定した。自分はまだ見捨てられたわけではない。

 ここで誠意を尽くせば、きっと俺は成仏できる。極楽浄土に往生することが出来る。

 

 必死で言い聞かせた。他人の声に耳を貸さず、見ず知らずの人間を巻き込んで。

 

 

『た、助けてくれ!!』

 

『じ、地獄とは、どういうところなんだ!教えてください!お願いします!』

 

『自信がないんだ!お、おれはきっと地獄に落ちる!だから、助けてくれ!お願いします!お願いします!』

 

 

 あの時のリーマンの醜態は、まるで鏡で自分を見ているかのようだった。

 

 そうだった。自信がなかった。

 

 坊主はとっくに気づいていた。だが認めるのが怖くて。

 

 

――自分が、極楽浄土に相応しい人間なんかじゃないって。

 

 

 坊主は、俯いた顔をゆっくりと上げる。

 

 

 そこには、2mほどの大きさの仏像がいた。

 

 

 坊主は感情の伴わない虚ろな目でそれを見つめる。

 さっきまでは、こんな所に仏像なんてなかった。

 職業柄、色々な仏像を見てきたが、残念ながら自力で歩く仏像には出会った経験はなかった。

 

 仏像は、ゆっくりと坊主に近づく。

 三叉鉾に似たさぞかし殺傷力のありそうな杖を持っている。

 苦渋に満ちた怒りのような表情は、そういう風に作られたのか、それともこの星人の感情を表しているのかは分からない。

 

 坊主は恐怖と痛みで震える両手を合わせ、ポツポツと紡ぎだす。

 

「南妙法蓮華経……南無阿弥陀仏……」

 

 経だった。

 坊主自身も最後の最期で自らが縋るのが経だとは思わなかったが、無心で経を唱え続けた。

 

 そこで、仏像の動きがピタリと止まる。

 

 坊主は自分のまさしく最後の悪足掻きが予想外の成果があったことに驚く。

 

(まさか……仏像だから、経に弱いのかッ!?)

 

 坊主は自分にとってあまりにも都合がいい理屈を捻り出し、希望を見出す。

 

「南妙法蓮華経……南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏!!」

 

 一瞬復活した信仰心は霧散霧消に消え失せ、再び唱えたそれはただ死にたくないという強欲に満ちた汚い経だった。

 

 最後の最期でこの男が縋ったのは、純粋な信仰心ではなく、打算と欲望だった。

 

 それを感じ取ったのか。それとも一瞬動きを止めたのはただの偶然だったのか。

 

 目を瞑り、にやにやとした口元を隠しきれないまま、生き残る策として見せかけの信仰心を取り繕う坊主に。

 

 

 憤怒の表情の仏像は、自らの手に持つ断罪の鉾で、坊主の体を顔からまっすぐに串刺しにした。

 

 

 

 

 

 こうして、今回のミッションの最初の犠牲者が生まれた。

 

 全員生きて帰る。

 

 自身の心の支えとなっている目標が早くも崩れたことを、葉山はまだ知らない。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「おい……何だあれ?」

 

 俺は陽乃さんと今後の方針を話し合い、とりあえず余力のある内にボスっぽい奴がいそうなこの五体で固まっている離れに行こうか、と結論を出しかけた。

 

 が、その時。少し離れた場所にいる(っていうか俺達は集団から孤立している。近くにいるのは葉山くらいだが、コイツもなんか引いてる。……あ、なんだ、通常運転か)ボンバーさんが戸惑った声を上げた。

 

 俺達は階段を昇り、そちらに視線を向ける。

 

 

 そこには、血まみれの2mくらいの仏像がいた。

 

 …………血まみれ?

 

 

「きゃぁああ!!」

「うわ、何だ!?」

「こいつら、何なんだよ!?」

 

 すると、まず俺達の背後にいた相模が悲鳴を上げ、次にラッパーさん、そしてインテリが続いて悲鳴を上げる。

 

 俺はそれらに目を向ける前にマップを確認する。

 

「八幡、これって――」

「ええ」

 

 陽乃さんは俺に近づき、背中合わせのような態勢になる。

 

「囲まれましたね。迂闊でした」

 

 マップには、9個の赤い点を、9個の青い点が囲むように配置されているのを示していた。

 

 くそっ。9体がバラバラに配置されているのを確認した後、5体が固まっているのを拡大表示で見ていたから、気づかなかった。

 

「比企谷、どうする?」

「は! 決まってる」

 

 葉山の俺に対する問いに、なぜか達海が答える。Xショットガンをガシャンと鳴らしながら。

 

「全部倒す!!そんだけだ!!」

 

 カッコいいな。さすがイケメン。

 

 ……まぁ、そうだな。見た所、アイツらはさっきの奴らほどデカくない。全部大きくて2mくらい。ちょっとデカい人間サイズだ。

 デカくないから弱いってわけじゃないだろうが、少なくとも倒せない相手jy――

 

 

 メキ

 

 

 ……ん? 何の音だ?

 

 

 メキメキメキ

 

 

「おい……なんか変な音しないか?」

「はぁ!? 今それどころじゃねぇだろ、空気読めよ!!」

 

 葉山の言葉に、すでに臨戦態勢に入っている達海がうっとうしげにあしらう。

 いや、でも確かに――

 

 

 メキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキ

 

 

 すでに異音は無視できないレベルで鳴り響いている。

 仏像に囲まれたことで、恐怖していた連中も、また別の恐怖を誘うこの音に焦燥感を感じていた。

 

「八幡……」

 

 背中で感じる陽乃さんの体も少し震えている。

 

 俺も嫌な予感が止まらない。

 ……そう。中坊と乗り込んだ、あのアパート。二階の廊下で田中星人に囲まれ、正面のドアが開いたあの時のような――

 

 

 ドガーンッ!!! という轟音が響いた。

 

 俺達の目の前、この寺院で一番大きな建物から飛び出すように、巨大な何かが飛び出してきた。

 

 

「大……仏……?」

 

 

 誰かがポツリと呟く。

 確かにそれは、大仏のような見た目をしていた。

 

 そして、大仏の名にふさわしい巨体だった。

 

 先程、俺達が倒した巨大な仏像よりも、更にデカい。

 おそらくは15m以上はあるだろう。

 

 これだけのスケール。そして威圧感。もしや――

 

「これが……今回のボスか……?」

 

 周りを囲む、9体の仏像。

 そして目の前の巨大な大仏。

 更に、少し遠くの離れに控える5体のまだ見ぬ星人。

 

 もはや毎度恒例だが、今回も目の前が真っ暗になるくらい絶対絶命だった。

 

「八幡……」

「大丈夫です」

「!」

 

 俺は手探りで背後にいる陽乃さんの手を握る。

 

「あなたは絶対に帰してみせます」

 

 俺はギュッと力強く陽乃さんの手を握る力を強めて、目の前にそびえ立つ大仏を睨み据える。

 

「わたしも」

 

 すると、陽乃さんも俺の手をギュッと力強く握り返してくれた。

 

「わたしも、必ず、君を守る」

 

 思わず陽乃さんの方を振り向くと、陽乃さんは優しく微笑んでくれていた。

 

 この笑顔を守る為なら、何だって出来る。

 

 そんな恋愛脳なことを思わず考えちまうくらい、その笑顔は魅力的だった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「相模さん、折本さん、陽乃さん!あと、スーツを着たアナタ!小さい仏像の方を何とか出来ないか!?倒さなくていい!出来る限り俺達から引き離してくれないか!?大仏は俺と達海と比企谷でなんとかする!!スーツを着ていない人間はとにかく逃げろ、早く!!」

 

 葉山が大声で指示を出す。っていうか俺ちゃっかり大仏討伐メンバーに勝手に入れられちゃったよ。まぁ、いいんですけどね。

 

 ……だが、他のメンバーはどうだろうか?確かに戦力分割としては理想的だ。陽乃さんがいれば相模と折本にも万が一はないだろうし、真っ先に排除すべき大仏に男三人をぶつけるのも正しい。

 

 だが、逃げるっていうのは簡単じゃない。

 

 相手は星人だ。スーツを着てなきゃ、背中を見せただけで殺されるんだぜ。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 海王神ポセイドンが所持してしそうな三又の鉾を構える血まみれの仏像。

 

 それと相対するのは、ボンバーとラッパーの二人。

 この二人は一応スーツを着ている。(葉山に半ば脅されるような形で、だが)

 

 だが、それでも恐怖は消えない。仏像はゆっくりと鉾を水平に構え、刃を二人に向ける。

 

「ひ……」

 

 ボンバーは本能的に一歩後ずさる。反対にラッパーは一歩前に躍り出た。

 

「ちょ、アンタ――」

「喧嘩もしたことねぇような青瓢箪は下がってろ。コイツは俺がやる」

 

 そう言ってラッパーは首と拳を鳴らすことで戦闘準備完了をアピールする。

 

 巨大仏像の突風攻撃により、すでに特徴的だった帽子とサングラスは吹き飛びラッパー要素は皆無だったが、その短く切り上げた金髪とピアス、そしてぎらつく眼光は、確かに喧嘩慣れしていそうな風体であった。

 

 元々彼は今回のメンバーで白人の格闘家に次いで屈強な体格をしている。

 身長も180cm以上あるだろう。

 

 そんな彼は、2mを誇る目の前の仏像に迫力では負けていなかった。

 

 睨み合う両者。

 しびれを切らしたのか、先に動いたのは鉾の仏像だった。

 

「しかるはまくれしなば!!!」

 

 独自の言語を発しながら放った必殺の突きを、ラッパーは紙一重で躱した。

 いや、躱していなかった。ビリビリに引き裂かれた服が物語るように、完全に躱しきれず、腹部を切り裂かれたはずだった。

 

 だが、痛くない。血も一滴も出ていない。

 

 この時ラッパーは初めて、服の中に着こんだ黒いスーツの意味を理解した。

 

「は……はは!すげぇ!!こりゃあ、すげぇ!!こんなもん着てたら、もう何も怖くねぇ!!」

 

 ラッパーは笑う。楽しそうに笑う。

 

 そして、再び放たれた突きを、今度は完全に避け、更に仏像が鉾を引く前にそれを脇で挟むようにして動きを封じ――

 

「おらぁ!!」

 

――仏像の顔面にヘッドバッドをお見舞いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフッ……ジーザス!!」

 

 その言葉とは裏腹に、彼の顔は歓喜で色づいていた。

 

 彼の目の前には、こちらも2mほどの獣のような頭部をした仏像。

 

 

 そいつは数百キロはあろうかという岩石のような灯篭を片手で担ぎ上げていた。

 

 

 仏像故に無表情だが、口を開いたシーサーのような相貌の目の前の敵は、まるで獲物を求めているかのようだと、白人の格闘家は思った。

 

 故に彼は、一切ひるまず、素早く距離を詰め、灯篭を持っていないがら空きの右側頭部に上段蹴りを放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そいつは高速で移動していた。

 

 9体の仏像はそれぞれ違った特性を持っている。

 

 武器を使うもの。

 怪力を発揮するもの。

 

 そして、この個体の武器は、スピードだった。

 

 そいつは乱戦と化した戦場を縦横無尽に駆け回り、自らの獲物を探していた。

 

 そして、一人の男をロックオンする。

 その男は連れの金髪の男が鉾を使う仏像と戦っているのを少し離れて見ていた。

 見ているだけだった。

 

 ターゲットは決まった。

 

 そして、その男に向かって方向転換すべく、自慢のスピードを一瞬0にする。

 

 

 そこを狙われた。

 

 

 どこか離れた場所で、青色の閃光が光る。

 

 撃たれたことに気づかないそいつは、当初の目的通り男に向かって突進する。

 

「……え? !! う、うわぁぁぁぁああああああ!!!!!」

 

 ボンバーは合掌の状態で前傾姿勢で猛スピードでこちらに急接近する仏像に気づき、恐怖で絶叫する。

 まるで弾丸のようなそれに、ボンバーは腰を抜かしてへたり込むことしか出来なかったが――

 

 

――それはボンバーに激突する手前で木端微塵の破片へと変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼は見事、復活を果たした。

 

 そのミリタリールックのコスチュームに相応しい2丁の大型銃(Xショットガン)をガシャコンッ!と同時に弾を装填するように操作し、目の前の敵を見定める。

 

 遅れてやってきたヒーローのごとく、乱戦の戦場にゆっくりと不敵な笑みを携えながら現れる。

 

 そして、そんな彼に一体の仏像が気づいた。

 

 こちらも2mほどの身長だが、大きく逆立った髪がまるでライオンのような雰囲気を演出している。

 こいつも地獄の使者のように恐ろしい形相の仏像だった。

 

 しかし、そんな迫力のある殺気をその身に受けても、ミリタリーは余裕の笑みを崩さなかった。

 

「戦争の時間だ」

 

 彼はキメ顔でそう言った。

 恐怖のリミッターが振り切れておかしくなってしまったのか、彼はまるで懲りていなかった。

 

 もう手遅れかもしれない。色々な意味で。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 ………………………………。

 

 うん。なんだかんだで平気そうだ。(一人を除いて)

 ホント、今回の奴らは曲者揃いだ。なんていうか逞しいな。

 これは葉山のファインプレイだろう。ラッパーさんにスーツを着せたのは大きい。他のメンバーは黙っていても戦うような奴らみたいだしな。

 

 にしても、あのつなぎ。

 銃の遠距離射撃を試して、スナイパーの役に徹するとは。凄い発想だ。

 だが、これはもの凄く頼りになる。後で俺も試してみよう。安全圏にいられるし、動かなくていい。何それ素敵。ぼくはしょうらいすないぱーやさんになりたいです。

 

 

 とにかく。そうなると、葉山の作戦通りに動くのがベストか。

 

 俺は葉山の方に目を向けると、アイツは頷いた。

 

 そして、俺が葉山の方に行こうとすると――

 

「俺が()る」

 

――達海の獰猛な、野心に満ちた低い声が響く。

 

「達海君、何言って――」

「アイツは、俺の獲物だ!!」

 

 折本の制止の声も振り切り、単身で大仏に向かって駆け出す。

 

 ちっ! やはりこうなったか。

 

「比企谷!」

「分かってる!」

 

 俺と葉山が達海の後を追う。

 別に達海が一人で倒してくれるならそれに越したことはないが、それが出来ないから協力プレイなんてぼっちの苦手分野な作戦に乗ったんだ。

 達海は貴重な戦力だ。こんなとこで無駄に死なせてたまるか。

 

 

「八幡!」

「葉山君!」

 

 陽乃さんと相模の声が響く。

 

 そして、達海は大仏の足元に辿りついた。

 

「――――ッ!!」

 

 達海は絶句している。

 その気持ちは分かる。俺も段々近づくにつれて実感しているところだ。

 

 遠くから見るのとはまたわけが違う。

 

 デカい。圧倒的に。

 

 デカさもそうだが、放っている威圧感がハンパじゃない。さっきの仏像とはレベルが違う。

 やはり、コイツが――

 

「クソォ!」

 

 達海が恐怖をごまかすようにガシャァン!と乱雑にXショットガンの装填を行う。

 

 そして ギュイーン!ギュイーン! と大仏の足に向かって連射した。

 

 が。

 

 バンッ バンッ と小さな花火のように、足の甲の表面が弾けただけだった。

 

「ダメだ! 火力がまるで足りない!」

 

 俺は思わず呻く。Xショットガンであれなら、Xガンじゃあ歯も立たないだろう。

 

 だが、どうする!? Xショットガンは今の俺達の最強装備だ。

 それ以上の武器なんて――

 

「!!」

 

 達海がこっちに吹き飛んでくる!

 それを俺と葉山がキャッチするも、勢いを殺せず、そのまま階段下まで吹き飛んだ。

 

「がッ!」

「ぐはぁ!」

「ぐッ」

 

 俺、達海、葉山はそのまま石の地面に叩きつけられる。

 

「八幡!」

「達海君!」

「葉山君!」

 

 三人が駆け寄ってくる。

 にしても、こういう時陽乃さんが誰よりも早く俺の名前を呼んでくれるのがちょっと嬉しかったりする俺は自分でもちょっと気持ち悪いな。自重しよう。

 

「大丈夫、八幡?」

「ええ。大丈夫です」

 

 そういって俺は膝に手を着いて起き上がる。

 実際、まだスーツが全然機能しているから体は全然痛くない。

 

 だが、痛いのは頭だ。

 どうする?あの大仏にどうやって立ち向かう?

 

 今の攻撃は全然見えなかった。おそらくただ歩く為に足を前に出しただけなんだろう。それであの威力。

 加えて厄介なのがあの防御力だ。Xショットガンであの程度となると、方法は……一つしかない。が、出来れば取りたくない。

 

 俺は陽乃さんを一瞬見て、すぐに目を逸らす。

 

 Xショットガン以上の武器。それは現時点ではガンツソードしかない。

 そして、それを使いこなせるのも、今は陽乃さんだけ。

 あれだけの巨体だ。剣を伸ばす技術は必須。

 

 だが、俺は陽乃さんをアイツに――ボスに単身で近づけたくない。矢面に立たせたくない。

 

 ……ああ、分かってる!これは俺の傲慢な我儘だ!

 

 ガンツのミッションは戦争だ!試せる手段があるなら試すべきだ!使えるものは何だって利用すべきだ!1%でも可能性が高い作戦を実行すべきだ!

 

 そんなことは分かってるッ!!

 

 ……でも。怖い。万が一にでも、億が一にでも。

 陽乃さんが危険に晒されると考えるだけで。陽乃さんを失ってしまうと考えるだけで。

 

「…………ッ!」

 

 ……くそッ! 何かないのか、別の方法は! 既存の武器だけであの怪物を打倒する方法は!?

 

 このままじゃ、陽乃さんは自力でこの結論にたどり着いて、単身で突っ込んじまう。

 

 俺を置いて。あの時の中坊のように。

 

 また俺は、守ってもらうだけなのか……?

 

 っ!ふざけんな!もう二度と繰り返してたまるか!あんな思いは二度とゴメンだ!

 

 考えろ!考えろ!考えろ!

 

 

 

「ありゃあ~。これはまた凄いなぁ。門がボロボロじゃないの」

 

 

 

 その見知らぬ声に、俺達は一斉に振り向く。

 

「…………誰だ?」

 

 そこにいたのは、あの部屋にはいなかった、よれよれのスーツ姿の中年男だった。

 




 さっさとガンツソードでぶった切ればいいじゃん。……というツッコミはなしでお願いします……。
 ……我ながら無理矢理が過ぎるとは自覚はあります。ごめんなさい。

 八幡はずっとぼっちであったが故に、一度内に入れたものは、大事なものとして認知したものには、すごく依存するタイプだと思うんですよね。

 ただでさえ中坊と奉仕部を失って、そこに現れた陽乃に依存して、どうしようもなく怯えていると考えてください。

 それで納得していただければ……いや、やっぱり無理矢理だなぁ。


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招かれざる一般人が、唐突に無関係の戦場に侵入する。

pixivでの掲載時におかしくね? と指摘された部分を、出来る限りですが直してみました。少しでもマシになっていれば幸いです。


 なんだ……? 今まではこんなことはなかった。

 あいつはどう見ても一般人だ。俺たちも、そしてあの大仏も見えていない。見えていないから、あんな風に呑気に大仏の正面で突っ立っていられる。

 

 だが、建物の破壊といった副次的効果は見える。ボロボロに破壊された寺院を不審がって――あるいは、面白がって、か?――寺の中に入ってきたのだろう。

 

 …………どうする?

 そもそも、俺たちはこのオッサンに触れることが出来るのか?姿は見えていないから、触れないなんてことも――いや。

 俺たちはこうして現実の物質に触ることが出来る。これがもしSAO見たいな仮想空間だとしたら、こうして一般人の乱入が可能なのはおかしい。

 

 ここは現実で、星人たちも存在していて、ガンツの何らかの技術で姿を隠している――と考えるのが妥当だろう。ぞっとしないけどな。

 

 だから、触ることは出来るのだろう。そして、俺たちが触ることが出来るということは――

 

 

――星人も、このオッサンに触ることが出来るということだ。

 

 

「おい、なんだあのオッサン?」

「俺達が見えてねぇのか?」

 

 ボンバーやラッパーがざわめく。

 

「何で一般人が紛れ込んでんの?」

「……ねぇ、なんかヤバくない?」

「……八幡、どうする?」

 

 折本と相模も困惑し、陽乃さんは俺に問いかける。

 

「――ハッ。関係ねぇ」

 

 しかし、俺が答える前に再び達海が吐き捨てる。……なんか、さっきから俺のセリフが達海に持ってかれるな。これが主人公補正か。確かに少年漫画の主人公みたいなオーラがあるやつだが。

 

「今やるべきことは、速やかなあの大仏の排除だろうが!!」

「あ、達海くん!!」

 

 そう言って、達海は再び大仏に真っ向から向かっていく。折本の声になど耳を貸さない。

 

 ……確かに、それも一理ある。

 あの大仏の撃破は急務だ。このまま放置しておけば、全滅もありうる。

 

 それに、あのオッサンはいうならば招かざる客だ。あいつが死のうと、俺たちには何の不利益もない。

 むしろ、余計なことをして俺たちのことがバレたら、ガンツに何をされるか分からない。下手すれば、情報漏洩を防ぐためにその場で俺達の頭が吹き飛ぶかもしれない。

 

 だが、このまま放置していれば、あのオッサンはほぼ間違いなく死ぬ。

 

 俺たちの都合に、無関係の事情に、巻き込まれて。

 

 俺はあいつを見る。

 それによって、陽乃さんも、相模の目もあいつに向く。

 

 今日の、俺たちのリーダー――葉山隼人の元へと。

 

「………………」

 

 葉山は混乱している。額には滝のような汗を流し、顔色がみるみる青くなる。

 

 迷っている。どうすればいいのか迷っている。――迷ってしまっている。

 

 そして、何かを言おうとして、しかし口を閉じ、そして改めて口を開き、ついに言葉を発した。

 

 

「…………やめて、おこう。……達海の言う通り、今はあの大仏を倒す方が先決だ」

 

 

 それを聞いた瞬間、自分の中で何かが失くなるのを感じた。

 

 自分の葉山に対する視線が、凍りつくのを感じる。

 その俺の視線を受けて、葉山は気まずそうに視線を逸らした。

 

 別に、葉山の選択が間違っているとは思わない。

 筋は通っている。正しい選択だ。間違いなく合理的だ。

 

 だが、俺は葉山なら、きっと違う答えを言うと、言ってくれると思っていたのだ。

 ……期待、していたのかもしれない。

 

 葉山は、俺とは違うと。

 

 あいつは、本当のヒーローになると。きっと、なってくれると。

 

 勝手に期待して、勝手に幻想を押し付けた。自分だって出来もしない癖に。

 

 俺は、あの時と、何も変わっていない。結局、変わっていない。

 

 だから、俺は失望したんだ。

 

 どうしようもなく愚かに、同じ事を繰り返し続ける。

 

 比企谷八幡に、俺は再び失望した。

 

 

「!! きゃぁぁぁあああ!!!」

 

 相模の悲鳴が轟く。

 

 達海の奮闘むなしく、大仏はろくにダメージを受けず、その足を進め続けた。

 

 そして今、その巨大過ぎる一歩が、ついに俺たちの頭上を越え――

 

 

――何も知らない、何も分かっていない無関係の一般人へと、容赦なく振り下ろされようとしている。

 

 

 

「比企谷ぁ!!」

 

 葉山が大声を上げる。

 

 だが、俺は止まらない。止まれない。知るか。条件反射だ。体が勝手に動くんだよ。

 

 分かってる。これは欺瞞だ。俺の大嫌いな欺瞞だ。

 こんなことをしたって、誰も得をしない。ただの独りよがりの偽善だ。

 

 今はこんなことをしたって、次もそうするとは限らない。

 案外すんなり見捨てるのかもしれない。都合が悪かったら切り捨てるかもしれない。

 

 その場限りの、気まぐれな行動。それが偽物でなくて何と言うのか。

 

 だからこれは、ただの俺の自己満足だ。

 

 

 ズシンッ!!

 

 俺の体に、今まで感じたことのない信じられない重量が圧し掛かる。

 

 

 だが、何とか支えた。キュインキュインとスーツが悲鳴を上げているが――

 

――俺の目の前にいる名前も知らない見知らぬオッサンは、のんきにタバコを咥えて火をつけながら黄昏ている。傷一つ負わず、五体満足の姿で。

 

 

「八幡!!」

「比企谷!!」

 

 陽乃さんと相模がこちらに駆け寄ろうとする。

 だが――

 

「来るなぁ!!!」

 

 俺は叫ぶように怒鳴る。

 陽乃さんと相模はビクッと震え、足を止めた。

 

「…………なんで?」

 

 ……今の声は葉山か?正直、大仏の巨重を受け止めるのにいっぱいいっぱいで余裕がない。

 

 なんで、か。はは。そうだな。俺にも訳が分からない。

 あれほど、自分に言い聞かせていたはずなのにな。

 

 

 俺に出来ることはたかが知れてる。救える命なんて、限られている。

 

 だからこそ、それを俺は有効に使う。自分と、自分よりも大切な存在に使う。

 

 

「八幡!――ッ!」

 

 陽乃さんがガンツソードに手を伸ばしかけ、その手が止まる。

 ……今、大仏は俺を踏みつぶそうと体重が前傾にかかっている。コイツを斬ったら俺やこのオッサンも巨体に潰されてしまう、か。ごめんなさい、迷惑かけて。

 

 陽乃さんは無我夢中にXガンを乱射する。それに相模、折本が続く。

 

 

 ……ああ。俺は何をやってるんだ。陽乃さんにあんな顔をさせてまで、見知らぬオッサンのために命張ってるなんて、なんて悪い冗談だ。夢なら覚めて欲しい。

 

 俺は、こんな人間じゃない。こんなご都合主義なヒーローみたいな役割なんて似合わない。

 

 こういうのは――

 

「ッ!!……ぁぁあああ!!!」

 

「八幡!!」

「比企谷!!」

 

 ……くっ。少しでも気を抜いたら、今にも押し潰されそうだ。

 

 陽乃さんたちも必死に助けようとしてくれているが、それでも一撃の効果が小さすぎる。

 

 大仏は、ビクともしない。

 

 ただ一人、棒立ちの葉山を、俺は思わず睨みつける。

 

「……っ……!」

 

 ……葉山。お前、言ってたよな。全員、生きて返すって。誰も、死なせないって。

 

 それは、どうしてだ?

 いらない苦労をしてまで。本来背負わなくていい責任を背負ってまで、そんな大言壮語をかましたのは何でだ?

 

 自分の納得できない理不尽で、命が失われるのが嫌だったからじゃないのか?

 

 そんな不合理が、どうしても、許容出来なかったからじゃないのか?

 

 それが、葉山隼人の正義に、信念に、反したからじゃねぇのかよ。

 

 

 俺の睨みに、葉山は体を震わせるが、アイツは一向に動かない。

 

 

 ……これは、100%、俺の妄想だ。

 俺の中で勝手に作り上げた葉山隼人像による勝手なシミュレーションにより勝手に叩き出した、俺の中の葉山隼人という勝手な幻想だ。

 

 だから、もしかしたらまるで的外れなのかもしれない。

 かすりもしていなくて、何言ってんだコイツって思われるのかもしれない。

 

 だから、これは俺の傲慢な怒りだ。

 

 分かっていても、俺は今の葉山が許せない。

 

 

 今、ここで、この人が死ぬのを見逃したら、許容したら、それこそ本末転倒だろうが。

 この人は、ガンツとまるで無関係の、ただの一般人(ぶがいしゃ)だろう。

 

 ここで死んでいい道理なんか、俺たち以上に全くない人だろうが。

 

 なんで勝手に助ける人間をガンツメンバーだけに区切ってやがる。

 

 なんでそこで、手頃な偽物に置き換えてんだ。

 

 

 一度吠えたなら、最後まで貫け!妥協してんじゃねぇよ!

 

 本当に成し遂げたかったことを――守りたかったものを、履き違えるな、葉山!

 

 

 ビキッ

 スーツから嫌な音がした。……そろそろ限界か。だが、もう抜け出そうにも一歩も動けない。

 

 クソッ。何でこんなことしたのかなぁ。今になってすげぇ後悔してる。一時の感情に身を任せて身を滅ぼすとか、どこのマダオだよ。呑気にリング型の煙とか吐き出してるこのオッサンにイラっとしてる。てめ、早くどっか行けよ、このマダオ(マジでダメージヘアなオッサン)が。

 

 所詮、俺の正義感なんかこんなもんだ。時間にして数十秒で心変わりするくらいブレッブレだ。日本の国政並みに統一感がない。つまりこれは日本の国民性なわけで、俺が悪いわけじゃない。政治が悪い、政治が。

 

 グググっと重みが増す。俺の食いしばった歯の間から変な声が漏れる。死因が大仏に踏まれましたとか、笑い話にもならない。どんだけ罰当たりなことをしたんだ。

 

 

 ……こんなとこで、呆気なく死ぬのか。……せっかく、俺にもやりたいこととか、守りたいものとか、出来たのにな。

 

 口だけって言うなら俺こそ口だけだ。俺は結局、あの人の為に、死ぬことすら出来なかった。

 

 

「…………ごめんなさい。陽乃さん」

 

 

 

「いいよ。君がどうしようもない子って言うのは、もう分かってるからね」

 

 

 

「…………え?」

 

 急に、圧し掛かる重さが減った。

 俺は、横を見ると――

 

「は、るのさん…………」

「本当に君は…………人一倍リスクリターンの計算が上手いくせに、いざというときは真っ先に自分っていうカードを切るんだから……悪い癖だよ……ッ!」

「陽乃さん!!」

 

 この人、Xガンじゃ間に合わないって悟って突っ込んできたのか……ッ。

 陽乃さんの顔が苦痛に歪む。いくら、二人になったとはいえ、この巨重は体に相当な負担だ。だからこそ、さっき来るなって言ったのに。

 

「なんで……来たんですか……早く、逃げて――」

「嫌」

 

 キッパリと、バッサリと切り捨てる。こういう所は、さすが雪ノ下の姉だな。

 陽乃さんは妹のように、氷の女王のように、冷たく言う。

 

「ここで八幡を置いて、それで八幡が死んだら、私は自殺するわよ。もう貴方はそれくらい、私にとって欠かせない構成要素なの。あなたが自分の命を軽々しく賭けるのは自由だけど、その時は当然、私の命も勘定に入れてね」

 

 ぞっとする。陽乃さんは説得でも、脅しでもない。

 心の底から本心で言っている。

 

 自分の命も――雪ノ下陽乃という命も、その身に背負えと、そう言っている。

 

「全く、愛されてるね、比企谷」

「陽乃さんを死なせたら、あなた色んな方面にこれまで以上に嫌われるわよ。精々生きなさい」

 

 そして、また軽くなる。

 

「折本……相模……どうして」

「知らないわよ、そんなの……っていうか重い……」

「……まぁ、たぶん、アンタいなかったら、多分どっかで死んでたし。その借りってことで……本当に重い……」

「馬鹿っ!だったら、早く出ろ!」

「無理……動けない……」

「一歩でも動いたら……多分、潰れちゃう……」

「クソッ!」

 

 なんなの?ツンデレなの?

 でも、時と場所を考えろよ!一つの萌えポイントの為に命を懸ける必要がどこにあんだ!?

 

 確かに、重量負担的には軽くなった。潰されるってことはないと思うが、それはあくまで、現時点の話。

 

 この大仏の気分次第で、俺たちはすぐに殺させる。なんならコイツが全体重掛けてきたら、その時点でおしまいだ。

 だが、俺たちはまったく動けない。

 

 でも、まだ、死ぬわけには、いかない。

 

 あぁ、そうだ。相模の言う通りだ。

 俺ごときの命と陽乃さんの命が等価なはずがない。この人は、俺なんかの道連れにしていい人じゃない。そんなことになったら、雪ノ下にも何を言われるか分かったもんじゃない。ハイライト消えのんになっちまう。

 

 

 絶対に、死なせない。この人だけは、死なせない。

 

 

 俺は、必死で踏ん張りつつも、普段あまり使わない声帯を酷使し、腹の底から叫んだ。

 

「達海~~~~~!!!!!」

 

 俺の叫び声は自分の思った以上に響き渡り、近くにいた陽乃さんや相模、折本はもちろん、今まで遠くから響いていた他のメンバーと星人の戦いの喧騒も一瞬止まった気配がした。ヤバい、恥ずかしい。新たな黒歴史誕生の瞬間かも。

 

 そして俺の恥ずかしい叫びは、ちゃんと俺の目的の人物へと届いたようで。

 

「――なんだ!!俺は大仏ぶっ倒すのに忙しいんだよ!!」

 

 と、明らかに苛立ったような声が返ってくる。

 だが、その声の調子と、さっきからこの大仏がピクリともしないことから、その戦果は窺える。

 この大仏は、まともに戦って渡り合える相手じゃない。

 

 そう、“まとも”には。

 コイツにとって、俺たちは居るかどうかも分からないような、そんな虫けらなんだろう。

 

――だが、虫けらには虫けらの、戦い方がある。

 

「達海!!コイツに、真正面から戦っても不合理だ!いつまでたっても有効なダメージを与えられない!!」

「だが――」

「だから!!」

 

「より、ダメージを与えられる場所を狙え!!“これ”を使え!!」

 

 俺の言葉に、陽乃さんや相模や折本は訝しげな反応を見せる。俺の言葉の意味が分からないようだ。

 

 達海にも、もしかしたら伝わっていないかもしれない。何の言葉も返ってこない。

 

 ……この俺の考えは作戦と呼べるほどのものじゃなく、ただの思いつきだ。上手くいく保証なんてないし、失敗したら下手すりゃ死ぬ。それに一から丁寧に説明している余裕もない。

 だが、俺たちの中で一番戦闘センスがあるのは――陽乃さんは別格として――達海だ。

 アイツなら、もしかしたら――

 

「……なるほどな」

 

 達海の呟きが、聞こえた気がした。

 

「よっしゃあ!俺に任せろ!!」

 

 先程とは明らかに違う、朗らかな声が響く。

 どうやら上手く伝わったらしい。後は、この考えが正しいことを祈るのみ。

 

「……っ!……ぐぅ」

 

 折本が苦しそうに呻く。

 四人で分担することで、一気に圧殺されるほどの重さではなくなったが、それでも身動きがとれないほどの負担がかかり続けているのだ。限界は近い。

 

 頼む。上手くいってくれ。

 

 

 

 

 

 達海は、一気に階段を飛び下り、そのまま門跡の近くまで走る。

 

「おい!なんだあいつ、逃げたのか!?」

 

 ボンバーさん(たぶん)の怒声が響き、折本が少し不安げな表情をする。

 

「大丈夫だ。アイツを信じろ」

 

 折本に言い聞かせる。折本は俺の目を見て頷いた。

 

 俺は横目で再び達海へと視線を戻す。

 

 アイツは十分に距離を取ったところで、陸上選手のようにクラウチングスタートの姿勢をとった。

 

「…………行くぜ」

 

 ギシッ……ギシッ……と達海の体が膨れ上がる。

 スーツによる身体能力の強化が、極限まで高まっていく。

 

「はらぁっ!!」

 

 達海が弾丸のように駆け出す。まさしくロケットスタート。

 

 一直線に大仏へと――すなわちこちらへと向かってくる。

 

「だぁっ!!」

 

 そして、その勢いのままジャンプする。

 

「うわっ!」

「なんだアイツ!!」

 

 こちらからは、もう見えない。

 アイツは、俺たちを踏んでいる為に曲がっている大仏の膝を段差替わりに使い、大仏の顔面の高さへと飛んだはず。

 

 ギュイーン ギュイーンと甲高い音が上方で響く。

 

 そして――

 

 

「あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!!!!」

 

 

 という唸り声と共に、俺たちに圧し掛かっていたプレッシャーが無くなった。

 

 そして、影はゆっくりと俺たちの頭上から無くなり、大仏は背中から倒れこむ。

 

 メキャメキャメキャ ズズーーーン!!!

 

 という轟音と共に、この寺院で一番大きな本堂――大仏が飛び出してきた建物が崩壊する。

 

 その余波は凄まじく、思わず目を瞑ってしまいそうになった。

 

 そして、その影響は俺たちだけではなく――

 

「な、なんだ!? 何がどうなってんだ!?」

 

 さっきまで呑気にタバコをふかしていたオッサンが慌てふためき、逃げるように去っていった。

 まぁ、オッサンからしたら、突然何の前触れもなくこれだけ大きな建物が崩壊したんだからな。なにそれこわい。

 

 

 …………ま。とにかくこれで何の憂いもなく戦える。

 

 

「八幡」

「陽乃さん」

「倒したと思う?」

「…………いえ、まだ何とも」

 

 俺と陽乃さんは大仏が倒れこんだ本堂を見る。

 

 そこには臨戦態勢を崩さない達海と、棒立ちのままの葉山がいた。

 

 すると、どこからか地響きが――

 

 

 ドガァァァァーーーンッ!!

 

 

 初登場の時とはまるで段違いの迫力で、大仏が立ち上がってきた。

 

 額の白毫の部分から血のような何かを垂れ流し、その表情は先程までの穏やかな仏顔ではなく、悪鬼のような憤怒を滲ませている。

 

 

 うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!!!!

 

 

 大仏が天に向かって吠える。

 

 不動のイメージが強い分、ミスマッチなギャップでより一層恐ろしさが増している。

 

 やはり、まだ終わらないか……

 




 ちなみに指摘された部分とは「なんで大仏に踏まれたままぺちゃくちゃ喋ってんの?周りの人達早く助けなよ」という部分です。なので、八幡の葉山への説教をモノローグにして、周りの人が手出しできない理由みたいのを言い訳がましく入れてみました。

 ……どうでしょうかね? 八幡はこんな上条さんみたいな説教しねぇよ。みたいなことは言われそうですが、どうしても書きたかったので……キャラ崩壊になってないといいんですが。

 どうもこの大仏戦は自分的にすごく難しかった覚えがあります。

 たぶん、次回大仏戦は決着がつくと思います。


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その男は、勝利を手に入れ、何かを失った。

 難産だった大仏戦も、ようやく終わりです。

 次回から、本当の意味でのこのミッションの本番です。


「陽乃さん! 距離を取りましょう! 折本と相模も逃げろ!!」

「そうね。これはちょっと一筋縄ではいかなそう」

「で、でも! まだ葉山君が――」

 

 俺は葉山の方を見る。

 アイツは、呆然自失で、心ここにあらずといった感じだった。

 

 くそっ。こんな時に何してる!?

 

「葉山! 何してる、離れるぞ!!」

「――あ、ああ」

 

 今回の葉山は、ずれているとはいえ、良くも悪くも迷いがなかった。

 だが、ここにきてまためんどくさい状態に戻っちまったか?この状況でそれは致命的なんだが。

 

 ……しかし、葉山に偉そうなことを言う資格なんてない。

 

 ぶれてる、ずれてるっていうなら、俺の方が遥かに救い難い。

 

 

「達海君! 早く逃げて!」

 

 折本の声が響く。

 それに引っ張られるように目を向けると、達海は激昂する大仏のお膝元で、不敵に笑っていた。

 

 当然としてそんな場所にいると真っ先に大仏のターゲットになる。

 

 だが、それでも達海は不遜な態度を崩さなかった。

 

 その姿は、まるで無邪気な子供のようで。

 

「……いいね。楽しくなってきた」

 

 本当に、楽しそうで。

 

「コイツは、俺が倒す!!」

 

 どうしようもなく、危うく見えた。

 

 けれどコイツは、俺達と違って、本当にぶれない。

 

 

 

 

 

 達海がそう吠えた後、先に動いたのは大仏だった。

 

 これまで、まるでゴジラのように一歩一歩踏みしめるように歩を進めていた大仏だったが、明らかに動きが変わった。

 

 拳を固く握りしめ、腕を大きく振りかぶり、そして鉄槌のごとくそれを振り下ろした。

 

 ドガンッ!!!

 

 今までのそれとは明らかに違う。圧倒的な威力。

 凄まじいスピードで繰り出されたそれを避けたのは、さすが達海といったところだが、それで大仏の攻撃は終わらなかった。

 

 達海が大仏を見上げた時は、すでに左腕が振り上げられていた。

 

 そして、再び凄まじいスピードで一直線に放たれる。

 何とかまた避けていたが、このままでは時間の問題だ。

 

「……ね、ねぇ!比企谷!達海くんが!達海くんが!」

 

 折本が泣きそうな顔で俺を見る。いや、瞳にはすでに涙が浮かんでいた。

 

 分かってる。だが、一体どうする?

 明らかに大仏の動きは変わっている。このまま俺が加勢して闇雲に数だけ増やしても、事態は好転しないだろう。

 

 達海が距離を取って、Xショットガンを放つ。

 だが、それは表面をわずかに弾けさせる程度で、到底ダメージには繋がらない。

 

 大仏はそこまで移動スピードはないが、あの巨体だ。このままじゃ、達海は捕まる。いや、このまま暴れまわるだけで、他のメンバーが巻き込まれて被害を被るか。

 

 …………ちくしょうッ。

 

「……陽乃さん。ガンツソードであの大仏、斬れますか?」

「……出来るとは思うけど……あれだけ激しく動き回られると、達海君を巻き込まない自信がないわ」

 

 ガンツソードは威力がありすぎる。まさしく諸刃の剣だ。

 いくら陽乃さんでも、今日初めて扱う武器にそこまで精密さを求めるのは酷過ぎる。

 

「……ね、ねぇ、葉山君。いったいどうしたら――」

 

 相模の言葉は、途中で止まってしまった。

 ふと葉山の方を見たが、葉山は呆然としたままだった。

 …………しばらく葉山は使い物になりそうにないな。

 

 俺がまた大仏に目を戻そうとすると、ツカツカと葉山に陽乃さんが近づいた。

 葉山も気づき、顔を向ける。その顔は、焦燥や困惑、苦悩で満ちていた。

 

「……は、陽乃さん。お、俺――」

 

 葉山は、まるで母親に頼る子供のように、陽乃さんを見た。

 顔はクシャクシャで、今にも泣きそうだった。

 俺は、ここまで誰かに情けない弱さを隠そうとしない葉山に驚いたが、次の瞬間、俺はさらに驚愕した。

 

 パァン!

 

 陽乃さんは、一瞬の躊躇なく、葉山に強烈なビンタをかました。

 

 俺だけでなく相模も、そして折本も呆気にとられている。

 

「は……る……のさ――」

「隼人。アンタ、いつまで甘えているつもり?」

 

 陽乃さんは雪ノ下も真っ青な絶対零度の視線で葉山を睨みつける。

 

 ……そうだったな。正直、迂闊にも忘れていた。

 陽乃さんは俺の知っている人たちの中でも、ぶっちぎりナンバーワンで怒らせてはいけない人だ。

 

 これが、雪ノ下陽乃なんだ。

 

「自分で言ったことをもう忘れたの? 一人も死なせない。全員生きて帰す。 そう言って、先頭に立ったんでしょ。その覚悟があって、全員の命を背負ったんでしょ。勝手に落ち込んで、勝手に責任放り出してんじゃないわよ。……何でもそつなくこなす癖に、自分のキャパ以上のことには途端に弱くなる。……ホント、中途半端でつまんない男」

 

「だからアンタは、今も昔も、何も救えないのよ」

 

 陽乃さんは淡々と言い募る。それに込められるは怒り、呆れ、そして蔑み。

 

 葉山は、その言葉に何も言えなくなる。

 

 ……そして、陽乃さんの言葉は、俺の心にも鈍く、そして深く突き刺さった。

 

 葉山は唇を噛みしめ、拳を震わせ、そして、ポツリと言葉を零す。

 

「…………でも、どうすればいいんだよ。……俺は、メンバーを失わないことに必死で、無関係な人を見殺しにしようとした。…………そんな俺に、何ができるっていうんだ。どんな顔して、みんなに指示なんか出せるって言うんだ……」

 

 

「それと。今、あそこで必死に戦っている達海君を黙って見ているだけなこと。何か関係あるの?」

 

 

 葉山は顔を上げる。

 陽乃さんは淡々と告げる。

 

 

「いい加減逃げるのはやめなさい。あなたが守っているのは、ただの自分の安いプライドよ。非道いことを許容することで罪悪感を感じることから逃れたいだけ。自分はいい人で、正しいことをしているって思い込みたいだけ。……だけどね、今はそんな状況じゃないの。いいえ、あなたが見ないふりをしていただけで、ずっとそんな状況じゃなかったの。そんな甘っちょろい理想論が、あなたのつまらない自己擁護が、通じる状況じゃね。……覚悟を決めなさい。妥協する覚悟を。百二十点を諦める覚悟を。誰も傷つかない世界の幻想を、捨てる覚悟を。一度間違ったからって、全部捨てて逃げるなんて、そんな真似は許さない。そんな楽な道を選ぶ資格なんて、私たちにはないのよ。……何度間違ったって、どんなに惨めで辛くて情けなくったって、どんなにかっこ悪くったって――」

 

 

「――私たちは、逃げちゃダメなのよ」

 

 

 俺は、途中から葉山を見るのをやめて、達海と大仏の戦いに集中していた。

 

 なぜだが分からないが、俺が踏み込んではいけない領分の話な気がしたのだ。

 

 今の葉山の腑抜けた態度を諌めること以上に、もっと深い、葉山隼人という人間の根幹についての話だと感じた。

 

 俺は葉山のなんでもない。口を出す権利などないだろう。

 

 だから、俺に出来ることなど、何もない。

 

 ならばせめて、達海と大仏の戦いから、何か突破口を見出すべきだ。そちらの方が、余程俺のやるべきことだ。

 

 ……葉山は今、どんな顔をしているのだろう。

 おそらく、今までの人生で、最も複雑な胸中に違いない。

 

 陽乃さんの思惑は、正直分からない。

 もしかしたら深い考えなどないのかもしれない。案外、先程の俺のように、葉山の態度に我慢できなかっただけかもしれない。

 

 だが、俺は賭けだとは思う。

 葉山隼人という人間が、潰れてしまうか、それとも一皮剥けるか。

 

 どちらにしろ、葉山にとっては、ここが大きなターニングポイントだ。

 

 ならば俺は、なおさら達海を死なせるわけにはいかない。

 ここで葉山の目の前で死者が出れば、確実に葉山は壊れる。

 

 葉山は曲りなりにもこの集団のリーダーだ。葉山の崩壊は、この集団の崩壊につながりかねない。

 

 忘れるな。これはまだ最終決戦じゃない。

 

 この大仏の他にも、まだ星人は控えているんだ。

 

 

 ……逃げちゃダメ、か。まったくその通りだな。……耳が痛い。

 

 

 

 

 

「だらぁ!!」

 

 大仏が達海を掴もうと地面スレスレに滑らせた手の平を、達海は掻い潜って闇雲に銃を連射する。

 

 しかしそれは表皮を少し吹き飛ばすばかりで、有効なダメージには――

 

 ぐぉぉ

 

 !? 今、大仏が呻いた……?

 ほんの少しだけれど、今まで気にも留めなかった達海の攻撃に、確かに苦しんだ。

 

 なんだ……。さっきの攻撃と、それまでの攻撃の何が違った?

 武器は同じXショットガン。さっきのように顔面を狙ったわけじゃない。

 

 なら……

 

「陽乃さんはここに居てください!」

「え? ちょっと、八幡!」

 

 俺は、自分の仮説を確かめるべく走る。

 

 達海が大仏の注意を引き付けているから、俺は透明化を施し、静かに、だが全速力で近づく。

 

「――ちっ!くそがぁぁぁぁあああ!!!」

 

 達海は咆哮し、それでも果敢に大仏に立ち向かう。

 ……大したもんだ。この星人相手に互角……とまでは言わないが、やられずにたった一人で持ちこたえている。

 

 俺は、そんな両者から少し離れた正面で立ち止まり、Xガンを構える。

 

 

 狙うは一点。俺の考えが正しければ……

 

 ギュイーン

 

 ……これが、大仏打倒の突破口になるはずだ。

 

 

 バンッ

 

 がぁぁぁああ

 

 俺の撃った攻撃は一発。それでも、明らかに効果アリだ。

 

「……ビンゴ」

 

 俺は、自分でも分かるくらい気持ち悪い笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「ん?なんだ……」

 

 達海が訝しんでいる。自分のではない攻撃が、大仏に効いたのが分かったんだろう。

 

 俺は後ろから達海の肩を叩く。

 

「おい」

「うわぁぁ! え?何?誰もいないよな!?」

 

 おっと。透明化してたのを忘れてた。

 

「俺だよ、俺」

「……………………」

 

 おい。

 

「あ、比企谷か」

「今、ちょっと素で忘れてたよね?」

「それより、何の用だ」

 

 コイツ、決め顔で誤魔化しやがった(イラッ)。

 ……まぁいい。今は俺の存在感より大事な伝えるべきことがある。

 

「達海。今ので確信した。コイツには弱点がある」

 

 俺は大仏を見上げながら言った。

 

「何!?なんだ、それは!?」

 

 ものすごい食いつきっぷりだった。

 ……コイツ、一つのことに夢中になると、周りのことが見えなくなるタイプか。本当に子供だな。

 

「……おそらく、あいつの防御力が高いのは“表皮”だけだ。体の中は、他の仏像達と同レベル――すなわちXガンでダメージを与えられる。だから、狙うなら傷口だ」

 

 俺は自分の考えを達海に告げた。

 さっきの達海の攻撃、そして今の俺の攻撃。

 どちらも一度攻撃が当たり、表皮が弾けていた部分に命中していた。

 

 おそらくこの仮説は正しいと思う。

 あとは傷口を何度も狙って撃っていけばその内倒せるだろう。

 問題はこの方法だとかなりの時間がかかってしまうことだが――

 

「なるほど、ね」

 

 俺はその声につられて達海の方を見ると、思わず体を硬直させてしまった。

 

 達海は、笑っていた。それは、無邪気な子供のよう、なんてかわいいものじゃない。

 

 獲物を見つけた猛獣のような、標的を前にした殺人鬼のような――

 

――――狩人の、笑み。

 

 

 ズシンッ!

 

 大仏の重く低い足音が響く。

 

 クソッ。再起動したか。

 俺はXガンを構えて、再び透明化を――

 

「比企谷。ちょっと試したいことが出来た。ちょっとの間、大仏の注意を引き付けていてくれ」

「はぁ!? ちょ、ま――」

 

 そう俺に一方的に押し切り、達海は大仏に背を向け、一気に距離を取るべく離れていった。

 

 俺は透明化を中途半端に行い、幽霊のように薄くぼやけている。これぞステルスヒッキー。俺は誰にも振り込まない。ここからはステルスヒッキーの独壇場っすよ!

 

 なんてふざけてる場合じゃない!

 この中途半端な透明化は大仏には通用しないらしく、完全に俺に狙いを定めている。

 

「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい」

 

 大仏が蚊を潰すように張り手を叩きつける。

 俺はみっともないことも承知で無我夢中で飛び込み、ギリギリで避ける。

 

 ~~~~~~~~っぶねぇ!!なんだよ、達海はこんなのを何回も避けてたのかよ。どんな運動神経してんだ。

 でも、俺じゃあそう何度も避けられない。達海、早くしてくれ!

 

「八幡!」

「だ、大丈夫です!陽乃さんはそこに居て!」

 

 実際は大丈夫なんかじゃないが。

 だが俺なんかの為に、陽乃さんになんかあったら、俺が耐えられない。

 

 ……こういうのが、葉山に自己犠牲っていわれたり、あいつ等との関係悪化に繋がったりしたのかもな。

 

 だが、これが俺だ。これだけは変えるつもりはない。

 

 全部、自分の為だ。

 誰かが俺のせいで傷つくのは、俺が辛いから。苦しいから。

 

 だから、全部自分で背負うんだ。その方が、傷つくのは自分だけで済むから。自分が傷つくのは慣れてるしな。

 

 自己犠牲なんかじゃない。……これが、俺にとっての最善手。葉山もびっくりの究極の自己擁護だ。

 

 歪んていると言われようが、正しくないと言われようが。

 

 そんなやり方は嫌いだと言われようが。何で気づかないんだと言われようが。

 

 変えるつもりはない。……俺は、これしか知らないから。

 

 これが、きっと俺だから。

 

 

「もう!本当にしょうがないんだから!!」

 

 ギュイーン

 

 俺に攻撃が向きそうになると、陽乃さんが自分に注意を逸らしてくれた。

 

 ギュイーン

 

 俺はすかさず自分に注意を向ける。そうして大仏を撹乱する。

 

 陽乃さんとアイコンタクトで笑い合う。

 

 この人は、俺を否定しない。こんな自分勝手で面倒くさい俺をそのまま受け入れてくれる。

 

 ……やっぱり俺には、この人が――

 

 

 

 

 

「比企谷ぁ!!大仏を怯ませてくれ!!」

 

 ……ようやく準備完了か?

 ヒーローは遅れて登場するものってか。重役出勤過ぎるだろ。時間稼ぎの脇役も楽じゃねぇんだぞ。

 

 俺は自分の口元が歪むのを感じながら、Xガンを構える。

 俺には達海のように、咄嗟に攻撃を避けながら射撃を決めるなんて大技が出来るほどの運動神経はない。

 

 だが、さっきから達海との攻防を観察して、そしてこの身で何度か体験して、ようやくパターンを見つけた。

 モンハンのように決められた動きを繰り返すわけではないが、こいつらはそこまで知能は高くない。どっちかっていうと獣に近い。自分たちを脅かす敵を、本能的に排除しているだけなんだ。

 

 だから、分かりやすい隙を作ることで、決まった攻撃を誘導することは可能なはずだ。

 

 俺は威嚇の意味で相手の右腕の二の腕辺りを狙い撃つ。ここには傷がないから、ダメージは与えられないだろうが、無意味というわけではない。

 実際、人間でも痛くはなくても虫が止まったりすれば気になるだろう。そうなると大元を排除したくなるはずだ。

 そして俺は大仏の視界の左隅に移動する。すでに、これまでの時間稼ぎで俺のヘイト値はかなりたまっているはずだ。

 だから一気に力任せに排除しようとするはず。そして、この位置関係なら――

 

――左腕による横薙ぎの張り手が来るはずだ!

 

 ブォン!! と重々しい風切音とともに、張り手が巨大な振り子ハンマーのように襲い掛かる。

 確かに恐ろしい一撃だ。だが、予測できたなら避けられる。

 

 俺は、“大仏が攻撃を放つよりも数瞬早く”動きだし、大仏の懐に潜り込む。

 

 この脛には、俺たちが初めにがむしゃらに撃ちまくったおかげで、細かい傷跡が幾つもある。

 

 俺はXガンを発射した。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 ぐぉぉぉぉおおおおおおおおおおお

 

 一際大きな呻きとともに、大仏は動きを止める。

 

 その瞬間を待ち望んでいた達海は、口元を獰猛に歪ませ、ロケットスタートを開始した。

 

 狙いは先程と同じ。助走をつけての大ジャンプ。目指すは大仏の顔面。

 

 しかし、今回は先程の大仏の膝のように分かりやすいジャンプ台はない。

 

 だからこそ、達海は八幡に時間稼ぎを頼み、ルートを検索していた。

 

 そして、見つけた。

 まず、目指すはあの灯籠。それを踏みしめ、つなぎが姿を隠す二階建ての建造物の屋根に着地する。

 つなぎは無表情ながらも目を見開いたが、それに構うことなく、達海は瓦をがしゃがしゃと踏みしめながら、再び助走する。

 

「はははははははははははははははははははははははははははははははははは」

 

 楽しそうに。本当に楽しそうに、達海は笑う。

 

 手にはXショットガンとXガン。

 

 それを携え、漆黒のスーツを大きく膨らませながら、達海は再び跳躍する。

 

 流星のように。レーザーのように、一直線に。

 

 自身が穿いた額の白毫のあった場所から、自ら弾丸となって、正確無比に撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 がぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああ

 

 大仏が呻き、というより明らかに苦痛を訴える叫び声をあげる。

 

 俺は一気に大仏から距離を取りその様子を窺うと、目や口、鼻や耳から血のような何かを垂れ流し、人間のように両手で頭を押さえながら苦しみながら、やがて膝を突き、倒れるように崩れ落ちた。

 

 俺たちは呆然と、その様子を見ることしか出来なかった。

 

「八幡!!」

 

 声の方に目を向けると、涙目の陽乃さんが駆け寄って、俺を抱き締めた。

 その際に、腰に準備していたガンツソードがあることを知る。……俺が気付くようなことに、この人が気付かないわけがない、か。……きっといざというときは割り込んででも助けてくれるつもりだったのだろう。

 それでも、俺の傲慢な我儘を、この人は尊重してくれたのだ。

 

 ギュッと、陽乃さんは俺の肩に顔を埋め、抱きしめる力を強くする。

 そこに、先程葉山を圧倒していた氷の表情はない。

 

 ……俺も陽乃さんの背中に手を回し、優しく抱きしめる。

 あれも紛れもなく陽乃さんだが、この陽乃さんも正真正銘の陽乃さんだ。

 

 俺だけに見せてくれる陽乃さんだ。それがすごく嬉しい。

 

「……陽乃さん。一体何が……達海が上手くやったんですか?」

 

 俺がそう言うと、陽乃さんは言いづらそうに表情を歪ませる。

 

「あ、あのね、はちま――」

 

 

 ギュイーン ギュイーン ギュイーン と甲高い音が連射した。

 

 

 俺は大仏の方に目を向けると、“大仏の中”から、青白い光がかすかに漏れ出していた。

 

 …………おい。まさか。

 

 そんな俺の頭の中に過ぎった考えを裏打ちするがごとく、次の瞬間――大仏の頭部が吹き飛んだ。

 

 バンッ バンッ バンバンバンッ

 

 連鎖的に、大仏の頭部の穴はどんどんと広がっていき、この世のものとは思えないよくわからない肉片を四方八方に撒き散らす。

 

 

 そして、その中から出てきたのは、人間の血よりもはるかに赤黒い液体で全身塗れた――達海龍也だった。

 

 

 その表情は、愉悦に満ちていて、本能的に恐怖を誘った。

 

 

「……くくくくく。はぁ~~っはっははははっはははっはっはははっはは!!勝ちだ!!勝った!!こんなでっけぇやつに!!俺は勝った!!俺の勝ちだ!!ははは、強ぇ!!俺は強い!!ははははっははっははっはっはっははっははっははっはははは!!ふははははははははは!!最高だ!!ここは最高だッ!!!はっはははあはははははあはは!!」

 

 

 達海は嗤う。

 

 それは、大事な何かを失って。手に入れてはいけないものを手に入れてしまった者の笑み。

 

 見てはいけないものに魅せられ、辿りついてはいけない極地に辿りついてしまった者の歪み。

 

 葉山も、相模も怯えている。恐れている。折本は今にも泣きだしそうな表情だ。

 

 陽乃さんでさえ、表情をわずかに険しくしている。

 

 

 だが、俺は、違う。もっと別の感情を感じていた。

 

 達海の狂気は、確かに狂っていて、歪んでいて、醜悪なものなのかもしれないけれど。

 

 

 それは、どこかあいつを彷彿とさせて。

 

 

 失ってしまった、俺を助け、俺が助けられなかった、あの狂人を想起させて。

 

 

 憐れみと――そしてどこか温かい、懐かしいさを、感じてしまった。

 

 そんな救えない感情を抱いてしまった俺は、相当に歪んでいるのだと再認識した。

 

 何も変われていないのだと、いまだに逃げ続けているのだと、吐き捨てるように自嘲した。

 




 次回、アイツ登場。

 あ、pixivで第二部の二話を上げました。よければぜひ。


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満を持して、その刺客は現れる。

 前回、サブタイトルを入れ忘れたので、改めて入れました(笑)。

 今回から、徐々に千手編はクライマックスに向かいます。


 達海が大仏を撃破したことにより、とりあえず一つの大きな関門は突破した。

 

 俺はマップを出して現状を把握する。

 

 とりあえず、9体居た2m程度の仏像は、5体にまで減っていた。

 

 そして、離れた場所に5体。残りは10体か……。大仏みたいのじゃなくて、雑魚ばかりならなんとかなる、か。

 

 残り時間は――あと、30分くらいか。それでもまだ半分残っているのか。

 今回は敵も強いし面倒くさいが、それでもエリアが狭いからな。移動時間が少ないし、大仏くらいにしか苦戦してないから、思ったよりも時間は残っている。

 

 ……よし、いける。いけるぞ。勝てる。帰れる。

 

 今回も、絶対に生き残る。

 

「――葉山。……あと、達海」

「え!?――あ、ああ。なんだ、比企谷」

「ん、なんだぁ?」

 

 俺の問いかけに、葉山は怯えが入った様子で、達海は血走った爛々とした目で答える。

 

 ……やっぱり、ここは――

 

「マップによると、残りの星人は10体だ。ここにいる5体と、離れた場所にいる5体。……時間は、残り30分だ。絶望的ってわけじゃないが、余裕があるわけでもない。――だから、思い切って2つのチームに分かれないか?」

 

 俺の意見に、葉山は難しい顔をする。

 

「――危険、じゃないか?」

「……確かに、リスクを考えると0とは言えないが、大仏のような別格の奴がいない限り大丈夫だと思う。……少なくともあの2m級どもは、スーツ組なら一対一で勝てる。……問題はまだ見ぬ5体の強さだが――」

「いいんじゃねぇか?」

 

 そう言って、達海はXショットガンを肩に背負って言う。

 

「リスクっていうなら、無駄に戦いを引き延ばすのも、十分にリスクだ。タイムオーバーになったらどうなるか分からねぇんだから。だったら、そこいらの雑魚を相手にしている間に、偵察の意味でも何人か送り込んだ方がいい」

 

 ……おお。達海がずいぶん、それっぽいこと言ってる!

 なんだ、単細胞のバトル馬鹿かと思ったら、ちゃんと頭使え――

 

「そして! その役目は俺が引き受けた!!」

 

――なんだ。ただ、戦いたいだけか。

 

「俺がその5体の強さを見定めてきてやる。ついでにアイツらも連れて行くさ。慣れない戦いで疲れてるだろうし、そろそろ限界っぽいぜ」

「……そうだな。あの2m級の相手は俺たちが代わる。……でも、危なくなったら、すぐに逃げろ。特攻仕掛けなきゃならない程には、まだ俺たちは追い詰められてねぇんだからな」

「ああ。分かってるって」

 

 ……危ねぇな。なんか。

 笑顔が完璧すぎて、逆に危うい。

 

 なんていうか、強い奴と戦いたくってしょうがねぇて感じだ。雑魚退治よりもそっちを選んだのはそういうことだろうな。なんなんだよ、コイツ。地球育ちのサイヤ人なの?

 

 そんなことを考えてると、達海は一段高いところに乗って、2m級と戦っている新人たちに向かって叫んだ。

 

「お前ら!!よく頑張った!!そいつらの相手は、ここにいる先輩たちが引き受ける!!お前たち新兵は、これから俺と一緒に新しい敵の偵察だ!!黙って俺についてこい!!」

 

 何、このキャプテンシー。麦わら帽子のゴム人間なの?もうコイツの主人公感が止まらない。惚れそう。

 

「うおおおお!!かっけーー!!!」

「ついていくぜ、ヒーロー!!!」

「オウ、アメージング!!」

「……ふっ。やはり、アイツは、俺と並ぶ強者……ごふっ」

 

 大人気だった。達海は、知らない間に新人たちのヒーローになっていた。

 まぁ、あれだけ分かりやすく活躍すればな。そうなるか。……にしても、ミリタリー勝ったのか。侮れないな。一人だけ別格にボロボロだが。

 

「じゃあ、行ってくるな!」

「ああ。……くれぐれも気を付け――って早っ!」

 

 もうあんなところに!なんなんだよ、アイツの溢れる少年感!どれだけジャンプ臭出せば気が済むんだよ!

 

「あ、達海くん!」

「折本」

 

 達海の後を折本が追いかけようとする。それ自体は止めはしないが、どうしても釘は刺しておきたかった。

 

 ……正直、今のアイツは死亡フラグが立ち過ぎだ。……あの時の中坊が頭を過ぎりまくる。

 

「分かってるよ」

 

 だけど、俺が何を言う前に、折本は力強く頷く。

 

「達海くんは、絶対に死なせない」

 

 そう言って、折本が達海の後を追い――その後を達海信者のルーキーズが追う。……なんか、ここだけ見ると折本のおっかけみたいだな。

 

 まあ、遊びは終わりだ。

 

 俺は、透明化を発動しXガンを構える。

 

「それじゃあ、俺たちはこの5体をさっさと倒しましょう」

「そうね。なんか、ちょこまかと動き回るから面倒くさそうだけど」

「油断せずに行こう。コイツらも星人なことには変わりないんだから」

「そうだね。……私に倒せるかな?」

 

 5体だから、屋根の上のつなぎさんも入れて、一人一体か。

 葉山の言う通り、油断しなきゃ、おそらくは大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 ……あれ?誰か、忘れているような――

 

+++

 

 

 

 

 

「おいおい、お前らおっせぇぞ。先に入っちまおうかと思ったじゃねぇか」

 

 マップが示していた場所は、敷地内の左奥にあった、本堂の4分の1程度の大きさの離れのような場所だった。

 

 その入口の前に仁王立ちする達海。彼の自由過ぎる行動についていくため全力疾走をした折本と新人4名は、膝に手を着いて息を切らしている。特にスーツを着ていない白人格闘家とミリタリーはしんどそうだ。ミリタリーに至っては人体から発せられているとは思えない奇怪な呼吸音を鳴らしている。

 

 折本は、改めて達海の様子が普段と違うと感じている。

 普段の達海は、たしかに男子達の中心で馬鹿騒ぎするような人物ではあったが、ここまで周りを振り回すような子供っぽい人物ではなかった。

 

 これが、達海の本来の姿なのだろうか。

 普段の学校生活でもキャラクターを作っているわけではないのだろうが、今の状態はいうならば欲望に素直になったというか。

 

 欲望に素直。

 その言葉が浮かんだ時、先程の狂気に憑りつかれたかのような達海の姿が頭を過ぎる。

 あれも、達海の本性の一部なのだろうか。

 

「よし、入るぞ」

 

 達海は、扉を開ける。

 折本は、強烈な不安を押し隠しながら、その背中の後に続いた。

 

 

 

 そこに、無残な死体となったリーマンがいた。

 

 

 

「――――え?」

 

 折本の掠れた声が漏れる。

 

「うわ、なんだこれ!?死んでんじゃねぇか!?」

「おいコイツ、あの部屋にいたお経唱えてたオッサンじゃね!?」

 

 ラッパーとボンバーが驚愕し、騒ぎたてる。

 白人も顔を引き攣らせ、ミリタリーは顔を真っ青にしている。

 

 無理もない。死体だ。人の死だ。

 いくら今回の新人たちが曲者揃いとはいえ、彼らが今回間近に見る死は、これが初めてだ。

 

 動揺する。混乱する。恐怖する。

 

 だが、ただ一人。

 嫌でも目を奪われざるを得ない残酷で凄惨な死体に見向きもせず、ある一点を見据えている男がいた。

 

 

 彼――達海龍也は、目の前の仏像――千手観音を、獰猛な笑みを浮かべながら凝視していた。

 

 

 その時、千手観音の目が妖しく光り――

 

 

――彼を守るように囲んでいた4体の2m級の仏像たちが始動した。

 

 

「おいおいおいおいおいおい」

「くっ、なんだよ、コイツら!」

「オーマイガッド!!」

「あばばばばばばばばば」

 

 新人たち4人は、それぞれ2m級と戦う。

 

 先程、それぞれ星人を一体ずつ撃破した彼ら(うち一人はつなぎが代わりに倒したので撃破していないが)だが、この2m級は、先程よりも明らかに強い。

 

 なぜなら彼らは、いわば千手観音の側近。特別製の個体。

 

 そして、そんな彼らを付き従える千手観音は、ゆっくりと動き出し――

 

――ふわっと、まるで浮いているかのように跳躍し――

 

――音もなく、達海の前に降り立った。

 

 殺される。

 

 達海の背に隠れるようにしていた折本は、千手観音と目が合った瞬間、そう思った。

 

 怖い、よりも。逃げたい、よりも。

 殺される、と、そう思った。真っ先にそう感じた。

 

 そして、遅れるように襲ってくる強烈な恐怖心。

 

 田中星人よりも、あの10m近くあった二体の仏像よりも、そして先程の大仏よりも。

 

 怖い。絶対に、強い。殺される。

 

 折本はそう感じ、ガタガタと恐怖し、涙がこぼれ落ちた。

 

「――折本」

 

 折本は、はっと顔を上げる。

 そうだ。ここには、達海がいる。

 

 いつだって自信満々で、不敵に笑って、ついさっきもあの大仏を打倒した。

 

(そ、そうだ。達海くんがいれば、きっとなんとか「逃げろ」――――え?)

 

 

「逃げろ、折本。……比企谷を、助けを呼んでこい。コイツはヤバい」

 

 

 そう言った達海は、相変わらずの獰猛な笑みを浮かべていたが、その額には(背後にいる折本からは見えなかったが)、一筋の冷や汗が浮かんでいた。

 

 そして達海は、それでも達海は、千手観音に戦いを挑む。

 Xショットガンをガシャンッと力強くリロードし、千手に向かって一気に駆け出した。

 

「ど、どういうい――「グァァァァァァァ!!!」――!!」

 

 折本は、悲鳴の上がった方向に目を向けると、あの白人の格闘家が蹲っていた。

 

 その腕は、本来関節のない部分で不自然に曲がっていて、明らかに骨折していることが分かる。

 

「ひ――」

 

 その生理的嫌悪感が生じるグロテスクな光景に、折本が思わず悲鳴を上げそうになった瞬間――

 

くき

 

 と、まるで枯れ木が折れるような、人一人の命が失われたとは思えないあまりにも呆気ない音とともに、白人格闘家の首の骨がへし折られ、顔面が在り得ない方向を向いた。

 

 その断末魔の表情が、ちょうど折本の方へと向き直り、そのまま垂れ下がる。ぶら下がる。

 もはや表皮のみで体と繋がっているその頭部は、明らかに白人格闘家の生命活動が停止していることを如実に顕していた。

 

 次々と起こるショッキングな映像に、折本の精神はすっかり悲鳴を上げるタイミングを失くす。

 

「うわぁぁぁあああああああ!!!」

 

 だが、再びどこからか上がる悲鳴。

 

 そして、その発生源とは見当違いの場所――折本かおりが棒立ちするすぐ近くに、ドゴッと何かが落下する。

 

 腕だった。

 Xショットガンを握りしめたまま、切断された両腕。

 

 遅まきながら悲鳴の上がった方向を見ると、苦悶の叫びを上げながらミリタリーがのたうちまわっている。彼に両腕はついてなかった。

 そんな彼を見下ろしていた星人は、無感情に、仏像らしい無表情で、人間が蟻を殺すように、彼の頭部を踏みつぶした。

 

 また、死んだ。

 

「がぁぁぁぁあああああああ!!!!!」

「うわ!!いやだ!!やめて!!死、死にたくな――」

 

 もう嫌だ。見たくない。聞きたくない。知りたくない。死にたくない。

 

 ドサッ ドサッ と重々しく響く――――数十キロの物体が、一切の抵抗なく地に倒れ伏せる音。

 

 目を向けなくても分かる。

 

 また死んだ。殺された。みんな、みんな、殺された。

 

 あっと言う間に殺された。この部屋に入って、まだ一分経つか、経たないか。

 

 そんなわずかな時間で、4人もの人間が殺された。4つもの尊い命が失われた。

 

「い、いや……た、達海――」

 

 ドサッ

 

 折本は、自分の目の前に落ちた“それ”に目を向ける。

 

 それは、達海龍也だった。

 息が荒く、スーツも音を立てて駆動中だが、明らかに“負けていた”。

 あの、達海が。

 

 前を見ると、達海と違って“無傷”の千手観音。

 

 折本は、絶望に目の前が暗くなる。

 

 ダメだ。このままじゃ。ダメ。ダメ。いや。死ぬ。いや。いや。ダメ。いや。

 

「……ろ……」

 

 かすかに聞こえる、声。

 

 折本は、恐る恐る下を向き、耳を傾ける。

 

 やはりそれは、ボロボロの達海から聞こえるものだった。

 

 

「……にげろ……折本……逃げろ……」

 

 

 体が勝手に動いた。

 達海の言葉に感化されたのか、ガンツのミッションに適応しかけていた体が危機に自動的に反応したのかは分からない。

 

 だが、危ないと思った。何か仕掛けてくると感じた。

 

 故に折本は、Xガンを前方正面の千手観音に対して発射した。

 

 そして、そのまま特攻する。達海の前に出て。彼を背中に守るように。

 

 

 だが、千手は剣を交差するようにして、Xガンの攻撃を防いだ。

 

 

 折本は目を見開く。

 今まで、Xガンの攻撃をものともしない敵は存在した。先程の大仏がそうだ。

 

 だが、銃撃そのものを防ぐ敵などいなかった。だって、これを防がれたら、私たちは、一体どうやって――

 

 そして、それだけでは終わらなかった。

 

 千手は、交差した剣を開くようにして、銃撃を――目に見えない衝撃波を、弾き返してきた。

 

「グッ!」

「折本ぉ!!」

 

 そのまま入口横の壁まで吹き飛ばされる。

 

 折本は衝撃に息が出来なくなるも、どうやらスーツは壊れてないようだと、一安心し――

 

 

――――千手観音の手元が光ったのを感じた。

 

 

 一瞬の疑問の後、腹部を強烈な痛みが貫く。

 

「……え?」

 

 痛みの箇所に顔を向ける。赤い。腹部が真っ赤に染まっている。

 じんわりと傷口が熱を持ち、反対に体が寒くなるのを感じる。

 

 よくドラマとかで見る拳銃で撃たれた被害者とかはリアルだとこんな気持ちなのかな、なんて場違いなことを考える。

 

「……はは。マジウケる」

 

 なんだか笑えてきた。あまりに現実感がないことばかりが起き過ぎて、なにがなんだかよく分からなくなる。

 

 千手がこちらに近づいてくる。

 その数えるのも馬鹿らしくなる膨大な数の腕を広げながら。まるで威嚇するように。

 

 そして、その内の二本。多種多様の武器宝具を持ったそのたくさんの腕の中で、剣を持ったその二本を構える。

 

 折本は、もはやそれに危機感すら抱けなかった。

 

(……死ぬのかな。……だよねぇ~。私、こんなトンデモない状況でずっと生き延びられるようなスペックしてないもん。そりゃ、死ぬよ。マジ、ウケる)

 

 折本は、もはや命乞いをする気力も湧かない。

 

(……こういうのに向いてるのは、達海くんとか。……あとは、まぁ、比企谷とか。……陽乃さんは、どうやっても死ななそうだなぁ~。むしろ、一回どうやって死んだんだろう?あの人が死ぬところなんて想像できないんだけど)

 

 折本は、もはや死に対する拒否感すら湧かなかった。

 

(100点とか……無理だよ。私、まだ一体も倒してないから、0点だよ。……100点って。後、何回こんな痛い思いすればいいのさ……嫌だよ。ここいらが、私の潮時だって。……ホント、ウケる)

 

 千手は、その二つの剣を折本に向かって突き出す。

 折本は、動けない。動かない。

 

(……本当、最後まで中途半端。……何も、成し遂げてない。……笑うしかないよ。……でも、せめて――)

 

 

――しっかりと、達海くんに告白したかった。

 

 

 こんな中途半端な私が、唯一胸を張って誇れる感情だから。

 

 

 グサグサッ

 

 二つの剣は、容易くスーツを貫き、人体に二つの風穴を開けた。

 

 

 

 達海は、折本に覆いかぶさるようにして、それでも笑う。

 

 

 

「……馬鹿野郎。逃げろって言っただろ」

「……ど、どうして?」

 

 千手は荒々しく剣を引き抜き、達海はごほっと血を吐き出す。

 

 そして、その血を拭いもせずに、ふっと自嘲気味に笑って。

 

「知るか」

 

 そう言って、達海は折本にキスをした。

 

 折本は、驚きで目を瞑ることすらできず、達海はすぐに口を離し、折本の目を、優しい瞳で見つめて――ボソッと、一言告げる。

 

「――あ」

 

 折本の目から再び涙が零れ、達海は「……さっさと行け」と言い捨て、膝に力を込める。

 

「……あ……わ、わたし……」

 

 伝えなければ。この気持ちを。今、ここで。

 

 折本はそう葛藤するが、口はパクパクと開閉するだけで、音をまるで発しない。

 

 達海は、Xショットガンを杖のように突き、化け物たちと相対する。

 

 4体の星人。そして、千手観音。

 

 達海は、血を吐きながら、体に風穴をあけながら。

 

 それでも、折本を背中に守り、威風堂々と対峙する。

 

 Xショットガンを、荒々しく地に叩き付けた。

 

「――ッ!!」

 

 折本は、腹の傷を押さえながら、唇を噛み締め、涙をぽろぽろと零しながら、全速力で離れを飛び出した。

 

 達海は、口元を優しく緩ませ、そして獰猛に笑う。

 

「―――お前らは、俺の獲物だッ!!」

 

 達海は、Xショットガンを放り投げ、星人達に向かって突っ込んでいった。

 




 ……あ~。もっと上手く書けるようになりたい。


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達海龍也は――。そして、折本かおりは――。

戦いは、激化する。

そして、ついに――


 達海は左斜めにいた側近の星人の一体と、相撲の立ち合いのように激突する。

 

 そして、そのまま渾身の力で――キュインキュインと激しくスーツの音が鳴り響く――近くにいたもう一体の側近に向かって投げ飛ばした。

 

 その二体は激しくぶつかり吹き飛ばされるが、達海は気づいた。

 

 スーツが限界だ。

 

 先程、千手の攻撃に貫かれたからか、これまでの戦闘のダメージが蓄積されたせいなのかは分からないが、とにかく限界だ。

 こうしている今も、どんどん効果が落ちている。

 

 達海は目をカッと見開く。

 

 そして、襲い掛かってきた星人を捕まえ、自分の方に引っ張る。

 

 ズサッ! と、千手の一閃。

 

「ぬおおおおおおおお」

 

 それを、捕まえた星人を盾にして防いだ。

 

 そして、そいつを先程2体でぶつけ合わせた星人たちに向かって蹴り込む。

 三体はもつれ合うようにして、再び転がった。

 

(あと一体!!)

 

 達海は残る一体の腕を掴む。とにかくスピード重視だ。

 

 達海は、そいつを集団の方に投げ飛ばそうと、背負い投げの要領で――

 

 ズシン

 

(――ッ!!こいつら、こんな重かったのか――!?)

 

 全身にまるで大岩を背負っているかのような重さが圧し掛かる。

 

 骨が軋む。スーツのアラートが勢いを増す。

 

 達海は歯を喰いしばり、一連の動きを、一瞬も止まることなくこなし、投げ飛ばした。

 

 ズシーンッ!!

 

 四体の側近を一か所に固めることに成功する。

 

 ここまでの工程を、流れるように行った達海。

 

 更に止まることなく腰のホルスターに仕舞っていたXガンを連射する。

 

 これがラストチャンスだ。もうスーツは限界。時間をかければ、コイツらは4体バラバラに攻撃を仕掛けてくる。そしたら、勝ち目はない。

 

(死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねッ!!!!!)

 

「――ッ!!!」

 

 達海は殺気を感じ、連射を止めて転がる。

 

 そこをレーザーが擦過する。

 それを躱した先には、千手の二刀流の剣技。

 

 達海は、なんとかXガンで防ぎ(Xガンは斬られたが、何とか軌道はずらせた)、千手と向き直る。

 

 バンッと爆発音。

 

 バンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッ。

 

 そして、曲を奏でるように連鎖する。飛び散る肉片。噴き出す血液。呻く重低音な悲鳴。

 

 キュィィィィン。

 

 それらが収まるのと同時に、達海のスーツが完全に機能を停止した。

 

 達海は、乱れる息遣いの中、ははっと笑い、挑発するような笑みで千手に言い放つ。

 

「次は、テメーだ」

 

 仲間の死を嘆くように、そして下手人に憎悪を抱くように、千手の目が再び発光した。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「比企谷、最後の一体だ!」

「さっき言ったポイントに誘導してくれ!」

 

 葉山、陽乃さん、相模、そしてつなぎさんで、相手を上手く指定の場所に誘導する。

 

 2m級は、どれもそれほど強くないが、それぞれに特技のような性能がある。

 

 怪力や超スピード、そしてこの個体は――

 

「く、来るぞ!!」

 

 葉山がそう言った瞬間、そいつは大きくジャンプする。

 跳躍力。それがこの個体の特性だった。

 

 だが、俺は“そいつの頭上から”Yガンを発射し、地面に固定する。

 

 さっき葉山に頼んだのはこういうことだ。

 俺は先回りして、つなぎさんとは別の建物の屋根の上に“透明化”して待機し、そこでピンチになったら跳躍して逃亡するコイツを捕えた。

 

 俺は大した仕事はやってないが、とりあえず、これで5体全て狩りつくした。

 

「お疲れ、比企谷。さすがだな」

「なに言ってんだ。待って、来たら、撃つ。それだけの簡単なお仕事だろうが。こんなんでポイント貰ったら罪悪感がすごい。っていうことで、陽乃さん。撃ちますか?」

「いや、いいよ。私、自力で100点稼ぐ自信あるし。ここは、委員長ちゃんでいいんじゃない?」

「う、うちぃ~?い、いいんですか?」

「そうですね。この中じゃ、一番相模がポイント稼ぐの遅いだろうし」

「相模さん、せっかくの好意だ。受け取っておきなよ」

「う、う~。なんか悪いけど、確かにうちが一番ポイント稼げないかも……じゃ、じゃあ、えい」

 

 相模がYガンを撃ち、転送されていく。

 

 これで俺たちのノルマは完了だ。

 

 葉山がつなぎさんにお礼を言いに行ってくると言い、この場を離れる。相模も俺に礼を言った後、それについて行く。

 その間、俺は陽乃さんと話をしていた。

 

「お疲れ、八幡。……思ってたより、時間がかかったね」

「ええ。5分くらいでしょうか。あいつ等が取りこぼしてただけあって、回避力の高い厄介な個体が残ってましたね」

「うん。……それと――」

「……ええ。あいつ等、遅いですね」

 

 俺は嫌な予感がしていた。

 マップを取り出し、一瞬躊躇して、起動する。

 

「!! こ、これ――」

 

 俺が、そのあまりの状況に絶句すると。

 

「お、おい折本さん!!」

「かおりちゃん!!かおりちゃん!!」

 

 葉山の驚愕の声と、相模の涙混じりの声が響いた。

 

 俺と陽乃さんは一瞬顔を見合わせて、その場に駆け寄る。

 

 折本は、思っていた以上にヤバい状況だった。

 腹部は全体的に真っ赤に染まり、どこが傷口だか一瞬分からなくなるくらいの大怪我だった。その血は、ここまでの道順を、赤い線としてこの寺の地面に描いている。

 これだけの出血量。折本の顔は、極寒の地域に裸で放り込まれたかのように真っ青だ。

 

 このままじゃ――

 

 俺は、着ていた総武高の制服の上着を脱ぎ、折本の傷口を押さえ付ける。

 傷口が腹部なだけに、縛って出血を止めることすら出来ない。だから、これくらいしか出来ない。……だが、こんなことでは――

 

「比企、谷……」

「喋るな、折本!」

「ダメ……喋らせて……じゃなきゃ、達海くんが……」

「達海?達海はまだ生きてるんだな!?」

 

 さっき見た、離れにあった1つの赤い点。

 

 そう、1つ。プレイヤーを示す赤い点は、たった1つしか残されていなかった。

 

「分かった。達海は俺が助ける。……今度こそ、絶対に見捨てない!!」

 

 俺が顔を上げると、葉山はすでに走り去った後だった。

 

「ば、馬鹿!待て!葉山!!」

 

 敵はたった5分で達海以外の4人を瞬殺するほどの奴等なんだぞっ!

 無策で挑んで、勝てるわけないだろうがっ!

 

「葉山くん!」

「相模!!」

 

 案の定、相模が葉山の後を追おうとする。

 

 俺はその時、ついさっき同じやり取りを折本と――今、まさに虫の息になってる折本としたことを思い出す。

 

 俺はその嫌な想像を無理矢理振り払い、相模に言う。

 

「――いいか。絶対に戦うな。達海と葉山を連れ戻せ。俺たちが行くまで、絶対に戦うな」

 

 俺の本気度が伝わったのか、相模は重々しく頷いて、葉山の後を追った。

 

 俺は再び折本の傷口を調べる。

 ……深い。切り傷じゃない。……刺し傷?だとしても、これはおそらく体を貫いている。塞ぐのは不可能だ。

 

――これほどの攻撃。……ボスは大仏じゃなかったのか?まだ、もっと強い奴がいたのかよっ!

 

「……ふふ。ひき、がや、そんなにじろじろみないでよ。……まじ、うける」

「ウケねぇよ!!いいから喋んな!!」

 

 落ち着け。考えろ。中坊は言っていた。どれだけ深い傷を負っていようとも、生きてさえいれば、五体満足で転送されるって。

 だったら、別に治すことが出来なくても、このミッションが終わるまで――あと最大で25分の間保たせればいい。それだけでいい。考えろ。考えろ。

 

「比企谷……私、達海くんに、キスしてもらったんだ……てっきり嫌われてるかと思ったから………ちょっと……ううん、すっごい嬉しかった……」

「惚気話は後にしろ!!いい加減にしねぇとマジで死ぬぞお前!!」

 

 分かっている。そんなことは、みんな分かっている。

 分かっているから、陽乃さんはさっきから何もしないし。

 分かっているから、折本は少しでも言葉を残そうと口を閉じないのだろう。

 

 俺だけが、足掻いている。どうにもならない状況で――本人すら、覚悟して受け入れている状況で。

 

 俺だけが、みっともなく、現実逃避をしている。俺は、また、逃げている。

 

 ……あの時のような思いを、味わいたくないという、俺自身のエゴを――こんな状態の折本に押し付けている。

 

 俺は……どこまで……ッ。

 

「……だから、私はもういいの。……もう十分、報われたから。……達海くんね、キスしたとき……私に、こう言ってくれたの」

 

 

 

『生きろよ』

 

 

 

 俺は、折本の傷口に押さえ付けた上着を握りしめる力が、無意識に強まったのを感じる。

 

 折本は、本当に嬉しそうに微笑む。

 

 それは、中学時代にも見たことがないような。

 俺が好きになり、告白した、俺の憧れの女の子だった折本かおりですら、見せたことがないような。

 

 誰かに本気で恋をして、その想いが報われた、女の子の笑み。

 

「……だから、わたしはじゅうぶん。……ひきがや……たつみくんを……たすけ」

 

 折本かおりは、優しい微笑みを携えたまま、動かなくなった。

 

 その笑みは、やっぱりすごく綺麗で、とても死んだなんて思えなくて。

 

 それでも、どうしようもなく、折本は死んだ。

 

 折本かおりは…………死んだんだ。

 

 陽乃さんがそっと俺の肩に手を置いて、俺の背中越しに折本の顔に手を伸ばして、瞼を下ろし、彼女を眠りにつかせた。

 

 そして、無様に何もしてやれなかった俺の背中を、優しく抱きしめてくれた。

 

「……本当に、命懸けの戦争なんだね」

 

 そう言った陽乃さんの声は、いつもの余裕がなかった。

 だけど、この人は俺なんかよりもずっと強い人だ。たぶん、先に弱音を吐いて、俺が弱音を吐きやすくしてくれたんだろう。

 

 自分だって、このガンツミッションで初めて人の死を――それも、それなりに会話を交わした知り合いの死を目の当たりにして、相当参っているはずなのに。それでも俺を気遣ってくれている。

 

 俺は、折本の死体を抱えて立ち上がり、屋根のある建物の境内に横たわらせる。ミッションが終わればガンツが回収するのだろうが、さすがにこれ以上、地面に直接寝かせるのは気が引けた。

 

 折本の傷口を抑えていた制服を手に取る。すでに血は止まっていたが、もう遅い。遅すぎる。

 

 俺は、それを着る。

 

 そして陽乃さんに向き直り、告げた。

 

「……葉山たちを追いましょう」

 

 本当は胸の中でぐちゃぐちゃに感情が渦巻いている。

 俺があっちの偵察に行けばよかったとか、もっと早くマップに目を配っていればとか、後悔は無限にある。

 

 だが、今はそんなことを言っている場合じゃない。

 そんな自虐を始めて、陽乃さんに慰めてもらえれば、少しは楽になるかもしれない。

 

 しかし、そんなことをしても、事態はまるで好転しない。

 

 今すべきことは、前なんか向けなくても、それでも行動することだ。

 

「……分かった。行こ――」

 

 ドン

 

 と、陽乃さんの後方――俺の目の前に、一体の銅像が出現した。

 

 2m級。だがその相貌は、鎧のようなものを被った、見たことのない種類の銅像――星人だった。

 

「……クソッ!」

 

 俺と陽乃さんが敵と対峙する。

 

 これじゃあ、葉山たちの後を追えない。

 

 ……頼む、相模。

 

 葉山を、止めてくれ。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 葉山は折本が残した血の跡を辿って走った。

 不謹慎かとも思ったが、この方がマップを見ながら走るよりも早くて確実だと判断したからだ。

 

 自分はさっき、達海が大仏と必死で戦っている時に、何もしてやれなかった。

 

 だからこそ、今度こそ救う。

 

 もう、誰も死なせない。

 

 甘っちょろい理想論かもしれない。つまらない自己擁護かもしれない。

 

 覚悟が足りないのかもしれない。夢のような幻想なのかもしれない。

 

 そんなカッコいいものですらなくて、ただの、逃げなのかもしれない。

 

 でも。それでも。それでも!!

 

(……俺は、そんなに、強くはなれない)

 

 強くなんてなれない。どうしても、楽な道を選んでしまう。

 そんな資格なんてないことは、誰に言われるまでもなく、誰よりも、自分自身が痛感しているのに。

 

 

 何度も間違たくない。

 

 惨めで辛くて情けない思いなんて耐えられない。

 

 かっこ悪くなんて死んでもなりたくない。

 

 

 無理だ。俺には無理だ。

 

 

 比企谷八幡のような覚悟なんて持てない。

 

 雪ノ下陽乃のように清濁併せ持つことなんて出来ない。

 

 達海龍也のように戦いを愉しめない。

 

 

 雪ノ下雪乃のように、孤高で、正しく、綺麗でなんてあれない。

 

 

 葉山隼人は、彼らのように強くなれない。

 

 葉山隼人は、彼女らのように美しくなれない。

 

 憧れた。妬んだ。羨んだ。

 

 そして、欲した。

 

 でも、無理だった。

 

(……分かってる。分かってるよ、陽乃さん。俺のこれじゃあ、何も出来ないって。誰も救えないって。……分かっているんだ、比企谷。……でも、もうダメなんだよ――――手遅れ、なんだ)

 

 葉山は走る。

 まだだ。

 まだ、終わってない。

 まだ、潰えていない。

 

 俺の理想は、消えていない。

 

(……俺のこれは、文字通り俺の命綱なんだ。……これがあるから、俺はまだギリギリで持ってるんだ。……これが切れたら……これが消えたら…………俺はもう――)

 

 

 葉山隼人の精神は限界だった。

 

 これで、三回目のミッション。

 

 これまで、目の前でたくさんの人が死んだ。

 

 それはすなわち、それだけ葉山は助けられなかったといえる。

 

 それでも普通の人間は、案外簡単には壊れない。

 

 壊れる前に、逃避する。

 

 助けられない――助けられなかった、“仕方のない”理由を並び立て、合理化し、割り切る。

 

 助けられない自分を正当化し、乗り切る。

 

 適応する。

 

 別に悪いことではない。多かれ少なかれ、一般人でも日常生活で行っていることだ。

 

 何か問題が発生した場合、反射的に、自分のせいではないような解釈をする。逃げられるルートを検索する。

 

 そうして人は、罪の意識から逃げる。

 

 繰り返すが、それは別に悪いことではない。

 こんな日常的に死人が出るデスゲームを生き抜くには、それは必須のスキルともいえる。

 

 だが、葉山はそれに失敗した。

 

 誰も死なない傷つかない――そんな幻想を、120点の解答を捨てることが出来なかった。

 

 その上、それらの全てを抱えて受け入れるほど、葉山は強く在れなかった。

 

 上手く適応出来ず、割り切ることも出来ず、日夜苦しみ続けた。

 

 睡眠時間も減り、魘されることも多くなった。

 相模が気を遣って愚痴を零す場を作ったりもしたが、葉山のケアは上手くいかなかった。

 

 結果的に、ついに限界が生じる。

 

 それが、今回の、氷の葉山だ。

 

 だったら、いっそ逆転の発想だ。

 

 その120点を、実現させればいい。

 

 誰も死なせなければいい。

 

 その為には――理想を叶えるためなら。

 

 俺という――葉山隼人という存在を守る為なら、“なんだってする”。

 

 そうして、葉山隼人は、歪んでしまった。

 

 

 そして、その理想は――葉山隼人の生命線は、崩れ去ろうとしている。

 

 達海龍也が、死ぬ。

 

 犠牲者が出る。

 

 誰も死なせない理想が、120点の幻想が、崩れ去る。

 

 それだけは防がねば。回避しなければ。なんとかしなければ。

 

 葉山は、ついに離れに辿り着く。

 

 

 ドガンッ!!

 

 その時、離れの天井から何かが飛び出した。

 

「――くっ」

 

 葉山は瓦礫から身を守るが、その何か――星人は、そのまま本堂に飛び移り、葉山を無視して、どこかへと駆けていった。

 

「葉山くん!!」

 

 どうやら立ち止まっているうちに相模が到着したらしい。

 

「相模さん。来たんだね」

「はぁ……はぁ……比企谷が、達海くんを、救出したら、絶対に逃げてだって。俺たちが行くまで、戦っちゃダメだって」

「分かった。行くよ」

「ちょ、ちょっと葉山くん!?」

 

 葉山は、急いで離れの扉を開ける。

 

 

 

 

 

 本当は、とっくに気づいていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 だって。今まで、奇跡的に葉山の目の前で犠牲者が出なかっただけで、本当はとっくの昔に、全員で生きて帰るなんて不可能になっていたのだから。

 

 とっくに犠牲者は出ていたのだから。

 

 そんな予感は、とっくにしていたから。

 

 だから、折本をさっさと八幡に任せてきたし。

 

 ここに来るまで、マップを確認したりしなかった。

 

 本当は、途中で全体を確認すれば、あの2体の15m級と戦い終わった時点で、すでに坊主が死んだことに気づいたはずだ。

 

 

 結局、葉山隼人は、最初から最後まで逃げ続けた。

 

 

 そして、ついに、それも限界。

 

 

 さあ。幻想から醒めて、現実と向き合う時間だ。

 

 

 

 

 

 サク

 

 とても軽い音が響いた。

 人体を貫き、人の命を奪う、あまりにも重たい音のはずなのに。

 

 葉山には、とても儚く聞こえた。

 

 部屋に入った瞬間、見えたのは達海の大きな背中と。

 

 そこから生えた銅色の無骨な剣。

 

 それは、いわゆる心臓があることで有名な左胸を貫いていた。

 

 葉山は絶句する。そして絶望する。

 

 千手は、そんな葉山に見せつけるように。

 

 葉山の都合のいい幻想を断ち切るように。

 

 もう一本の剣で。

 

 薙ぎ払うように容赦なく、達海龍也の首をぶった斬った。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 初めは、うっとうしい奴だった。

 

 俺のルックスと運動神経だけを見て、キャーキャー言っている女子共の内の一人に過ぎなかった。

 

 あんなの奴らの内の何人が、本当に俺のことを好きなのだろう。

 

 本当に人を好きになったことがあるのだろう。

 

 あんなのは、誰かのことを愛している自分に酔っているだけだ。

 

 他の人がカッコいいと言っていたから、興味本位でという奴も多数いるだろう。

 

 俺には、そんな奴らが好きですと言ってきても、本当の恋だとは信じられない。

 

 お前らが好きなのは、俺じゃなくてお前らの中の俺という偶像だろ。

 

 自分で言うのもなんだが、アイドルと同じだ。自分たちの中で、達海龍也という名の偶像を当て嵌め、そこに自分たちの理想像(アイドル)を作り出す。

 

 そりゃ、素敵だろうよ。惚れるだろうよ。カッコいいだろうよ。

 

 でも、それは俺なのか?本当の本物の達海龍也なのか?

 

 そういうのは、仕事でやってるテレビのアイドルにやってくれよ。

 

 ファンなんですってやってきて、なんか思ってたのとちが~う、って言われるこっちの身にもなってみろよ。

 

 ったく、女ってのはくだらねぇ。

 

 

 だが、折本は違った。

 

 あんな奴らの、数倍数十倍もウザかった。

 

 何度あしらっても付き纏ってきたし、素の状態の俺を見せて怒鳴り散らしても諦めなかった。

 

 その挙句にコイツのとばっちりで死んじまうしよ。冗談じゃねぇぜ。

 

 ま、それはいいんだけどな。おかげでサッカーよりも楽しいのを見つけられたし。結果オーライって奴だ。

 

 だが、予想外だったのは、アイツがそれでも付き纏うのを止めなかったことだ。

 

 本当に呆れたね。まさか、文字通り死んでも諦めないとは。

 

 正直引いたよ。怖いを通り越して、ちょっと――

 

――ちょっと、感心しちまった。まさか俺のこと本当に好きなのかって思うくらい。疑問だわ。

 

 だから、直接聞いてみた。

 

『なぁ。お前、俺のどこがそんなにいいの?』

『うぇい!?ちょ、そういうの、女子に直接聞く?ま、ま、マジ、う、ウケ――』

『ああ、そういうのいいから。ちょっと気になっただけだから、サクッと教えてサクッと』

『雑っ!?…………えっと。正直言ったら、始めは評判っていうか……達海君が人気あったからなんだけど』

『…………ふーん』

 

 やっぱりか。期待して損したぜ。

 

 

 ……は?期待ってなんだ?

 

 

『――でも、今はなんとなく違うかな?』

『――は?』

『今の私は、達海君がみんなが言うような王子様なんかじゃないのは知ってる。我儘で、子供で、すぐキレる好戦的な性格で。……でもなんでかな?』

 

 

『達海君のこと、嫌いになれないんだ♪』

 

 

――――

 

――

 

 

 

(……はは。まさか、死ぬ間際に思い出すのが、アイツのこととは。我ながら、意外だな)

 

 

 達海はすでに満身創痍だった。スーツは壊れ、Xガンは切断され、先程折本を庇って開いた風穴からは、ダラダラと血が流れ、すでに意識は朦朧としている。

 

(にしても悔しいなぁ……もっといけると思ったんだが。……あの大仏みてぇな奴倒したまではよかったんだけど……コイツ、別格。強すぎ、マジで)

 

 ヒュッと千手の剣が己を突き刺そうとしている。

 

 達海は、それを――笑顔で迎える。

 

(……アイツ。なんとか、逃げきれたかn

 

 サク

 

 

 

 

 

 こうして、達海龍也は、殺害された。

 

 奇しくも、折本かおりが息を引き取ったのと、同時刻に、彼の首は飛んだ。

 




 達海龍也。折本かおり。――――脱落。


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葉山隼人は――。それでも、相模南は――。

悲劇は――絶望は、続く。


 頭部を失った達海龍也の死体は、面白いように鮮血を振り撒いた。

 

 千手はそれをシャワーのように浴びて、仏像特有のあの無感情な目を葉山に向ける。

 

 葉山は自身の中の最後の一本のような何かが、ぷつん、と切れ、葉山隼人というものの何かが爆発するのを感じた。

 

 崩壊などという生易しいものじゃない。爆発。文字通り内側から何かが噴き出して、破裂して、ぶち撒ける。

 

 前回のミッションで。あのガレージで。小さな少年が殺されていたのを発見した時のように。

 

 目の前が真っ暗になり、頭の中が真っ白になる。

 

「うわああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 葉山は拳を握り、振りかぶって駆ける。

 

 千手に向かって。

 

 こんな残酷な現実なんか認めないと足掻くように。何も考えず、ただがむしゃらに特攻する。

 

 この期に及んで。思考を放棄し。突撃する。

 

 千手は、そんな葉山を嘲笑うかのように、いくつもの武器を備えた腕の中から、水瓶を持った腕を動かす。

 

 そして、その中身の液体を葉山に向かって溢した。

 

 葉山は、そんなものをものともせずに突っ込もうとするが――

 

「ダメぇーー!!」

 

 後ろから相模が葉山を押し倒し間一髪でそれを避ける。

 

 ジュワァ~、と千手が放った液体がかかった床が“溶け出す”。

 

 それを見て相模は背筋が凍る思いだったが、葉山はそんなこと知ったこっちゃないと言わんばかりに相模を荒々しく振り払う。

 

「どいてくれ」

「きゃ! ちょ、ちょっと葉山くん、落ち着いて! 一度、逃げて、比企谷たちに助けを――」

 

 その時、まるで、彼らの会話を聞いていたかのようなタイミングで。

 

 先程からずっと――首を刎ね飛ばしてからもずっと、千手の剣の一方が突き刺さったままだった達海の死体を。

 

 千手は、葉山に向かって見せつけるように、葉山の目の前へと無造作に放り投げた。

 

 葉山と相模の目の前に転がる、達海の死体。首のない、文字通り生前の面影を微塵も残さない、肉の塊。

 

 相模がひっ、と悲鳴を漏らす。それぐらい、惨い、惨たらしい、惨めな、惨殺死体。

 

 つい先程まで自分たちと共に戦っていた。

 

 生きていた。けれど、助けられなかった。

 

 達海龍也の、死んだ、骸。死骸。

 

 

 激情に駆られていた葉山の表情から、一切の感情が消え失せた。

 

 

「コロス」

 

 葉山は自身のトラウマの象徴であるXガンを躊躇なく引き抜く。

 それを見て、相模は葉山の肩に手を乗せる。

 

「だ、ダメだよ、葉山くん! 比企――」

 

 

「どいつもこいつも比企谷比企谷うっせぇんだよ!!!!」

 

 

 葉山隼人は荒々しく相模を振り払い、喉がはち切れそうな怒声を張り上げた。

 

「なんなんだよ!! なんでみんなみんなアイツの元に集まるんだ!! みんなみんなアイツを選ぶんだよ!! アイツの方法は毎回全部間違ってるじゃないか!! アイツが誰よりも傷ついて痛みを抱えて!! アイツの大事な人も助けた人もみんなみんな暗い顔をしてる!! そうやって得たプラスよりも明らかに失ったマイナスの方が大きい!! そんなバッドエンドばっかりじゃないか!! ああ分かってるよ!! 言われなくても分かってる!! それでも俺よりはマシだって言うんだろう!!? 言い訳ばかりで妥協ばかりで!! 何一つ切り捨てることも出来ないで!! 自分が矢面に立つこともしないで胡散臭い笑顔で輪を取り持つことしか出来なくて!! 大事な一つよりもその他大勢を選んじまう!! そんなビビり野郎でチキン野郎でゆとりの国の王子様な俺よりはマシだっていうんだろう!! そうだなそうだよな俺もそう思うよ!! だから俺は大嫌いなんだ!! そんな情けなくて中途半端で逃げてばかりで一向に変われない自分が!! 何も出来ないくせにアイツに全部押し付けてその癖幻想ばっか押し付ける自分が!! それでも……それでも俺は許せないんだよッ!!! 理不尽だって分かってる!! 何様のつもりだってのも理解してるっ!! それでも俺は許せないし大嫌いだ!! 俺が欲しくてたまらないものを持っているくせにそれを傷つけ続けるアイツが!! 自分の有能さを希少さを理解しないアイツが!! 自分がどれだけ素晴らしいものを持っているか気づかずにでもその中心にいるアイツが!! そんなあいつが羨ましいんだ妬ましいんだそうだよ嫉妬してるんだよアイツに!! どれだけたくさんの人から好かれてもそんなの誰も本当の俺を見てやしない!! そんな俺と違ってたとえ大多数から嫌われていてもそれでも本当に大事な絆を持ってる!! 俺が出来なかったことを平然とやってのける!! そんな比企谷八幡がッ!!! 俺はッ!! 葉山隼人はッ!!! 本当に心の底から魂の奥まで羨ましいッッ!!!」

 

 

 

「俺は、比企谷八幡になりたかった!!!」

 

 

 

 息を乱し、大きく肩を上下させる葉山を、相模は何も言わずに、ただ見ていることしか出来なかった。

 

 そして、葉山が絶叫している間、なぜか千手はピクリともせずに、その冷たい双眸で葉山を見つめていた。

 

 すると葉山は、今度は不気味に笑い出す。

 

「……ふふふふふふ。くくくくく。はははははははははははは!!!!だけど、もういい。ダメだ。諦めた。悟った。気づいたんだ。分かったんだ。――俺は、アイツには、比企谷八幡にはなれない。どう足掻いたって、どう転がったって、どう生まれ変わったって、あんな奴にはなれやしない。次元が違うんだよ、アイツは」

「そ、そんなことないよ!!葉山くんだって、きっと――」

「気休めはやめてくれ。君も気づいてるんだろう」

 

「俺は、もうダメなんだよ。自分でも分かるくらい壊れてる。――もう、取り返しがつかないくらいに」

 

 この言葉は、それまでの激昂が嘘のように、冷たく呟かれた。

 感情の起伏が激しすぎる。確かに、葉山隼人は壊れているのだろう。瞳には一切の感情が宿っておらず、ただ、その口角だけはまるでそんな自分を自嘲するかのように悲しく吊り上っていた。

 

 相模は、痛ましげに瞳を潤わし、葉山の背中を見つめる。

 そして、静かに涙を流す。

 

 だが、葉山は止まらない。止まれない。女の涙なんかではすでにどうにもならない。そんな深度で、葉山隼人は壊れている。壊れてしまった。

 

 相模は涙を拭く。すでに葉山隼人は、千手と戦いを繰り広げていた。

 

 涙する相模に一切取り合わずに、己の激情を発散するために千手に暴力を振りかざしていた。

 

 だが、千手はものともしない。葉山がどれだけ攻撃を食らわそうともビクともしない。

 

「ちぃ!」

 

 葉山は肉弾戦を止めて、Xガンを突きつける。

 青白い発光と甲高い発射音が響いた。

 クリーンヒット。葉山は千手の攻撃を受け流しながら、効果出るのを待ち――口元を邪悪に歪ませる。

 

 そして数秒のタイムラグの後、強烈な衝撃が千手に襲い掛かり、千手の顔面が醜悪に歪んだ――――が。

 

 千手の無数の手のある一本――その手に持っている一つの鏡が、唐突に輝きだす。

 

 それにより、千手の顔面が、みるみる内に元の相貌に、回復する。

 

 再生する。まるで映像を――時間を巻き戻したがごとく。

 

「――な」

 

 葉山は混乱し、一瞬硬直する。

 

 その瞬間、体の違和感に気付く。

 

 

――――葉山の左手が徐々に消失していた。

 

 

「――う、うわぁ!」

 

 葉山の表情に、恐怖の感情が復活する。左手はあのガンツの転送のように、徐々に体を侵食するように消失範囲が広がる。

 

 だが、その決定的な違いは、その痛み。今にも意識を失うかのような激痛により、これは“本当に”消えているのだと嫌でも理解させられ、思わず左手首を掴んでしまう。

 

 千手はその隙を逃さず、右側の手の剣を大きく振りかぶる。

 

 

 ズバッ! と、それは見事に――――相模南を、切り裂いた。

 

 

(――え?)

 

 葉山は、ゆっくりと消えゆく左手に目をとられていて、相模が近づき、千手と自分の間に割り込んだことにも気づかなかった。

 

 気づいた時には遅かった。すでに彼女は切り裂かれていた。

 

 彼女は、葉山を背にする形で、千手から彼を守った。だから、葉山には彼女の顔は見えない。だが、彼女が切り裂かれたことは、千手に降りかかる赤い液体で分かる。

 

 それでも、相模南は止まらない。

 

 千手に向かって、Xガンを構える。そして、撃つ。

 

 その機械的な発射音が、相模南が千手観音に立ち向かい続けたことを示していた。

 

 彼女は痛みに負けず、恐怖に負けず、最後まで戦った。葉山隼人を助けようとした。

 

 だがそれは、千手の交差する二刀の剣によって無慈悲に阻まれ――跳ね返される。

 

 見えない衝撃波が、二人を襲う。

 

 相模は、とっさに大きく両手を広げて、それを受け止める。

 

 葉山隼人を守る為に。

 

 だが、それは防ぎきれるものではなく、相模と葉山は離れの屋外まで吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 これで、この部屋には誰もいない。

 

 君臨するのは、今回のミッションのボスである――千手観音、ただ一体。

 

 千手観音は、自身の側近――達海の連射攻撃を唯一耐え抜いた一体の側近がここを飛び出すのに使用した、天井の壁の穴から飛び出す。

 

 殺された仲間の仇を討つ為に。残りの侵略者たちを狩る為に。

 

 今、最凶の刺客による正当な復讐劇が、幕を開ける。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 だが、彼らはまだ生きていた。

 

「なんで!?なんでだ!?どうして俺を助けた!!?」

 

 葉山は涙ながらに相模を責めたてる。

 

 彼女は、左肩から右脇腹にかけて、深い傷を負っていた。

 どくどくと血が溢れ出ている。さらにその身にXガンの反射を受け、ダメージはもはや致命傷だった。

 

 そんな相模を、葉山は責めたてる。どうして助けたんだと泣き叫ぶ。

 

 自身の消えゆく左手に構わず、みっともなく喚き散らす。

 

「……なんでって、当たり前じゃない。――」

 

 

「――好きなんだから。気づいてたでしょ?」

 

 

 そう言って相模は微笑む。だが相当にダメージが酷いのか、脂汗を額に浮かべ、自然と力無い笑みになっていた。

 

 葉山はギリッと歯を喰いしばり。

 

「なんでだ!!」

 

 と、吠える。

 

「これまでの俺の痴態を見ただろう!!さっきの醜態を見ただろう!!それでもまだ分からないのか!!?俺は……君たちが思っているような綺麗な男じゃないんだッ!!」

 

 だが、相模は困ったように笑う。

 

「それくらい分かるよぉ。……うち、そこまで盲目じゃないよ」

「なら!!」

 

「……それでも、うちは葉山くんが好きなの。……弱くて、情けなくて、カッコ悪い。――それでも、誰かに憧れて、その人に認められたくて、必死に頑張る。……そんな男の子(はやまくん)は、すごく魅力的だよ。……うちは、そんな葉山君に、恋をしたんだよ」

 

 相模は笑う。それは、すごく儚くて、消えてしまいそうで、だからこそ美しい――雪のような笑顔だった。

 

 それは、少年の心の中に常にあった、あの氷のように美しい少女が浮かべる笑みとはまるで違う。

 

 葉山隼人を肯定して、葉山隼人だけを見ている、葉山隼人だけにしか見せない笑み。

 

「……比企谷は、確かに凄いよ。……うちも、この変なのに巻き込まれて、何回助けられたかは分からない。……正直、アイツがいなかったら、とっくに死んでたと思う」

 

 葉山の顔が俯く。その頬に、相模の力無い手が、優しく添えられた。

 

「……でも、葉山君は、そんな比企谷を助けたいんでしょ?……いつだって、傷だらけのアイツを……助けられるような、そんな……強い人に、なりたいんでしょう?……葉山君なら、なれるよ。……これだけ苦しんでも、それでもずっと、戦い続ける葉山君なら……きっとなれる。……私だけは……いつまでもそれを応援するよ」

 

 葉山は、ポロポロと涙をこぼして泣き続ける。

 

 いたんだ。こんなところに。

 比企谷八幡よりも、自分を見てくれている人が。自分の苦しみを、本当の、カッコ悪い葉山隼人を、理解してくれる人が。

 弱い自分を、情けない自分を、受け入れ、そして背中を押してくれる人が。

 

 葉山は、ギュッと自分の頬に添えられた手を握り、嗚咽でなかなか出ない声を絞り出す。

 

「…………あ………ありがどう……」

 

 そんな涙声の情けないお礼にも、相模は本当に幸せそうな笑みをこぼす。

 

 そして、相模の手から力が抜ける。葉山は、相模に必死で呼びかける。

 

「さ、相模さん!相模さん!!相模さん!!」

 

 相模は、そんな葉山に苦笑し、掠れる声で言う。

 

「……キス……して……」

 

 葉山は、その最期のお願いに。

 散々自分に尽くし、最期まで自分の味方であった少女の、ささやかな願いに。

 

 それまでの情けなさを吹き飛ばして、はっきりと、答えた。

 

「分かった」

 

 そして、ゆっくりと、キスをした。

 

 相模は、本当に嬉しそうに、一筋の涙を零す。

 

 そして、相模南は、大好きな人の唇の感触を味わいながら――――息を、引き取った。

 

 葉山は、それに気づき、唇を離す。

 

「……う……っ………ぁ……ぁ……」

 

 葉山は、子供のようにぐずりながら、Xガンを手にし――――すでに二の腕辺りまで消えかかっていた、自身の左腕を射撃した。

 

 タイムラグの後、自身の肉と骨が吹き飛ぶ。

 

「~~~~ッ!!がぁぁぁぁああああああ!!!!」

 

 痛みにのたうちまわりそうなのを、必死に蹲って耐える。

 

 それでも、なんとか消失が止まったのを確認する。

 ほとんど失くなってしまった左腕を、スーツを伸ばしてなんとか止血する。

 

 そして、ゆっくりと立ち上がる。その時、左腕がないからかバランスを崩したが、なんとか立ち上がった。

 

 相模の亡骸を見下ろす。本当は、せめて境内に乗せてやりたいが、片手では引きずる形になってしまうだろう。

 

 葉山は、ポツリと呟く。

 

「……行って、くるよ」

 

 

 こうして葉山は、ようやく、だが確実に一歩ずつ、ゆっくりと歩きだした。

 




 相模南――脱落。 葉山隼人――


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比企谷八幡は、いよいよ千手観音と対峙する。

 ハッピーバレンタイン。
 そんなわけで、一つもバレンタインに相応しくないドシリアスな展開です。


 その鎧はやたらと肉弾戦が強い個体だった。

 

 いままでの2m級のように無闇やたらに暴れるのではなく、拳法というか、格闘術のようなものを駆使している。

 

 おそらく他の個体とは格が違うのだろう。

 

 

 それでも、雪ノ下陽乃の敵ではなかったが。

 

 

 スーツで強化された肉体性能に、陽乃さんが元々かなり高いレベルで身に付けていたであろう合気道。

 

 それらで完全に鎧をいなし、翻弄している。

 

 ……もういいだろう。ここまで追い込まれて目立ったアクションを起こさないということは、飛び道具はない。

 

 なら、やることは簡単だ。

 

「陽乃さん!!」

 

 俺は、陽乃さんに合図を出す。

 

 すると陽乃さんはこれまでいなす程度だったのに対し、相手の渾身の拳を躱したその勢いとスーツの筋力アップを利用して、“こちらに向かって”大きく投げ飛ばす。

 

 そして俺は、Xガンを発射する。

 

 すると、鎧は地面を強く両手でつっぱり強引にバク天のような要領で躱す。

 

 それも予想通り。

 俺は逆の手に構えていたYガンを使用し、そいつを捕える。

 

 空中に高くジャンプしすぎた鎧は呆気なく捕えられた。

 いくら身体能力と反射神経に優れていても、飛び道具もなく空も飛べないコイツに、空中でYガンの捕獲ネットを避ける手段はない。

 

 俺はXガンを連射する。

 タイムラグの後、ソイツは岩石が粉々になるように破砕した。

 俺は一安心して陽乃さんも元に向かう。よかった。Xガンが効いた。これからの敵はみんな大仏のようにXガンの効果が薄いのかと思ったぜ。杞憂だったようだ。

 

 だが、油断は出来ない。現に、大仏以上の敵――ボスが残っているのは間違いない。

 

 100点メニューの2番。強い武器。100点と交換に手に入れるほどの武器。その存在が、俺の脳裏に過ぎる。

 Xガンじゃ倒せない――少なくとも正攻法では――敵が出てきたんだ。

 そんな奴らがいるから、このゲームに魅せられ、戦いを続けることを選ぶ奴らは、2番で武器を強化するのだろう。

 

 そしておそらく、大仏以上に強いボス――そいつは、Xガンを闇雲に撃って通用する相手ではないだろう。達海がやったように、一工夫必要に違いない。

 

 それか――

 

「やったね、八幡!」

「ええ。……でも、敵も強くなってきましたね。まさか――」

「……ごめんね、八幡。私、剣術はフェンシングくらいしかやったことがなくて……」

「何言っているんですか。あの一撃は避けられましたが、その後の肉弾戦で圧倒してたじゃないですか。むしろ囮と偵察のようなことを任せてしまってすみません」

「いいよ、それぐらい。この通り怪我一つないんだから」

 

 そう。俺たちは、本来鎧を瞬殺して、すぐに葉山たちの元へ向かうつもりだった。

 

 なので、こちらの最強の攻撃手段であるガンツソードによる一閃を敢行したのだ。(陽乃さんが)

 

 ソードを伸ばしての遠距離攻撃だったとはいえ、陽乃さんの振りは見事だった。たしかに本人の言う通り、本格的に習ったものではなかったのかもしれないが、それでも素人目からすると、申し分のない速さと鋭さだったと思う。

 

 だが、鎧は避けた。無駄のない完璧なタイミングと高さの跳躍で。

 

 そこで俺たちは瞬殺を諦め、なるべく迅速に倒す為、引き付け役と本命役に分かれて倒すことにした、というわけだ。

 

「気持ちを切り替えて行きましょう。陽乃さんのガンツソードは、ボス戦で必ず必要になります」

「――うん。そうだねっ!」

 

 さすが陽乃さんだ。メンタルコントロールが上手い。表情に力が戻った。

 

 俺は再びマップを開く。頼む。まだ生きて――

 

 その時、どこからかXガンの連射音が響いた。

 

 もちろん俺たちではなく、おそらく葉山たちでもない。

 なぜなら、音は近くから――高所から聞こえたから。

 

 俺は上を見上げる。案の定、つなぎさんが戦っていた。そして、その相手は、同じように天井にいる。

 

 たしかアレは――千手観音。

 

 俺は今度こそマップを確認する。エリア全体が映るようにする。

 

 残る青い点は――1つ。つまり、コイツがボスか。

 

 ……その事と同時にマップを見たことで容赦なく襲い掛かってきた現実に、俺のメンタルは崩れそうになる。

 

 青い点は、確かに1つ。それは、ある意味朗報だ。残り時間は、約20分。それだけの時間をコイツ一体に費やすことが出来て、そしてコイツを倒せば終わり。ミッションクリアだ。

 

 だが、赤い点も大幅に減っていた。その数は、4。

 

 4。4人。それは、つまり俺と、陽乃さん。そして今戦っているつなぎさん。そして、残る1つは、あっちに行ったメンバーが、たった一人だけ。その一人を残して、みんな殺された。

 

 おそらくは、あの、千手観音に。

 

 ……………………。

 

――考えるのは、後、だ。

 

 悲しむことは、後でいくらでも出来る。

 謝ることも、後でいくらでも出来る。

 

 今は、まだ生きている、つなぎさんに加勢に行くことだ。

 

「――陽乃さん。アイツがボスです」

「うん。了解」

 

 間髪入れず陽乃さんが頷く。

 

 だが、どうする?俺たちもあそこに上るか?だが、アイツがそんな決定的な隙を逃してくれる奴とも思えない。なら、つなぎさんのように、ここから射撃で援護の方が――

 

 その時、目を焼くような強烈な閃光が走る。その光は、千手から放たれたものだった。

 つなぎさんはそれを避けたが――その光は横薙ぎに振るわれ、屋根が一部分切り落とされた。

 

「は、八幡!あれって――」

 

 レーザーかっ!

 田中星人はビーム弾を使っていたが、あれは予備動作もないし、速度も威力も段違いだっ!

 くっ!さすがにボスかっ!一筋縄ではいかないっ!

 

 俺はXガンを構える。……だが、この距離では狙いが定まらない。Xショットガンなら別かもしれないが、俺は持ってない。それに、遠距離射撃は技術が必要だし、上から下を狙うならまだしも、下から上は物理的にかなりきつい。

 

「おい!!こっちに来い!!一対一で勝てる相手じゃない!!」

 

 俺はつなぎさんにそう大声で呼びかける。

 だが、つなぎさんは一瞬こっちを見たものの、すぐに回避行動を続行する。

 

「お、おい!!なんで――」

「八幡!!あの人スーツ着てない!!」

「!!」

 

 くそっ!!そうか!!

 ここまで生き残って、ばっちり戦力になっていたから忘れてたけど、あの人はスーツを着ていないんだ。

 あの人は只者じゃなさそうだから、あの高さからも降りろと言われれば降りれるのだろうけど、あんな奴の攻撃を躱しながらだと難しいか。

 

 なら、千手の意識をこっちに。それだけなら、この距離でXガンでもいけるだろう。

 

「千手から離れろ!!」

 

 俺はそう再度叫び、つなぎさんが離れたのを確認してXガンを放つ。

 

 タイムラグの後、砕けたのは千手の近くの屋根。注意を向けるのが目的とはいえ、これでも当たれば儲けものだと思ったんだが、大きく外れた。やっぱりこの距離じゃ厳しいかっ。

 

 だが、千手の意識をこっちに逸らすのは成功した。遠目で分かりづらいが、アイツのいくつもある顔の中のメインっぽい正面の一番デカい顔(って言っても他のが小さいだけで普通の大きさの顔)がこっちを見た。

 

 ゾクリ、と寒気が走った。

 この距離で、顔だけ動かしてこっちを見られただけで。体の向きすらこっちに向き合っていないのに。

 

 恐怖が走った。田中星人のボスとはまた違う恐怖。あっちは威圧するような恐怖だったが、こっちはまるで射抜くような。

 

 その恐怖で体が一瞬硬直したが、ピカッと千手の手元が光ったことで、一気に覚醒する。

 

「陽乃さん!!」

「きゃっ!!」

 

 俺は陽乃さんを抱きかかえ、とにかく全力で回避する。

 一瞬後、俺と陽乃さんが居た場所を、レーザーが着弾する。

 

 大理石製であろう石畳を深々と抉っている。その威力にまた背筋に恐怖が走るが、俺はすぐに立ち上がり、陽乃さんの手を引いて距離をとる。

 

 陽乃さんはすぐに復帰し、手を離して俺と並んで走った。

 

 俺は再び千手に目を向ける。アイツは体ごと俺たちに向き合っている。

 

 そして、近くにつなぎさんはいない。どうやら逃げられたらしい。

 

 だが、そのおかげでアイツは俺たちに完全にターゲットを変えたようだ。

 俺は立ち止まり、陽乃さんも止まる。これ以上距離をとるよりも、まずは千手の挙動に目を光らせる。発射のタイミングと同時に飛べば、この距離ならあのレーザーは避けることが出来ることは分かった。

 

 アイツは、じりじりと屋根の端に向かって歩いている。

 

「……陽乃さん。次のレーザーが来たら、バラバラに逃げましょう」

「……分かってるわ。一か所に固まってたら、いい的だものね」

 

 俺は頷く。そして、そのタイミングを待つ。

 幸い、時間はまだある。こちらが攻撃をするチャンスも必ず来るはずだ。それまでは、アイツの性質を見定める。

 

 アイツはついに屋根の端に立つ。そして、俺たちを屈服させるかのように、高みから見下ろす。

 このまま降りて、接近戦を仕掛けてくるつもりだろうか。あのレーザーは遠距離向きだと思うが、接近戦にも何か武器が?千手の名の通りうじゃうじゃと生えている手にはそれぞれ何か武器や宝具やらを持っていて、その中には剣もある。あれを使うのか?

 

 ……飛び道具も、近接武器も所持。そして、あのフォルムで屋根に上ったってことはそれだけの運動性能もある。かつてないハイスペックな敵だ。

 

 ……くそっ、焦るな。まだ二十分近くある。とにかく攻撃を避けて、アイツを観察して、弱点を見つけるんだ。倒すタイミングは必ずく――

 

 

 その時、千手の背後に青白い光が瞬いた。

 

 

 え?

 

 バンッ!! と、千手の上半身が吹き飛ぶ。そして、そのまま下半身はバランスを崩してグシャ という情けない音と共に地面に落ちた。

 

 

 ……え?これで終わり?

 

 

「は、八幡。……ボス死んじゃったけど?」

 

 陽乃さんが呆然と可愛い声で言う。いつも不敵なのに、予想外のことが起こったらきょとんとなるはるのんマジ天使。

 

 いや、そんなこと言っている場合じゃない。え?うそ?こんなあっさり?なんか、脳内で恐怖心抑えながら必死に戦力分析とかしてた俺超恥ずかしいんだけど。

 

 先程まで千手が立っていた場所にXショットガンを掲げたつなぎさんが現れる。なるほど、俺たちに注意が向いた瞬間、逃げたのではなく、おそらく屋根の反対側とかに身を隠して、不意討ちしたのか。

 

 てか、かっけぇ!めっちゃハードボイルド!今もこっちに向けている微笑が渋い!惚れる!平塚先生紹介したい!

 

 ……にしても、本当にこれで終わりなのか?いや、これで終わりなら最高に嬉しいんだが、呆気なさすぎて――――嫌な予感が拭いきれない。

 

「……一応、確認してきます。陽乃さんはここに「は、八幡!!あれ!!」―?」

 

 俺は、陽乃さんが血相を変え指を差す方向に、目を向ける。

 

「――ッ!!」

 

 思わず息を呑んだ。

 

 千手の下半身が一人手に立ち上がり、上半身のあった場所に肉片が集まっている。

 足元の何かが光輝いていて、まるで神秘的な奇跡を目撃しているような――いや、ないな。そんないいものじゃない。よくてセルだな、連想できても。絶望感からいってもそちらの方が的を射ている。

 

 ……ホント、冗談じゃない。倒したと思ったら復活とか、そういうのは漫画だけにして欲しい。付き合ってられねぇよ。

 

 近接戦闘も、遠距離射撃も、運動性能も完璧で、その上回復能力も完備、か。

 

「……チート過ぎんだろ」

 

 そうこう言っている間に、千手は元の姿を取り戻す。…………死の淵から蘇る度にパワーアップとかないよね?そこまでされたら泣くよ。マジで。

 

「……八幡、どうする?」

 

 さすがの陽乃さんもちょっと引いてるっぽい。だよね、そりゃ。

 

「……漫画とかじゃあ、どっかにある核を壊さない限り何度でも復活、っていうのが定番ですよね」

「なるほど。なら、その核っていうのを探してみようか」

 

 陽乃さんはガンツソードを取り出す。……アイツは下に降りちまったからな。近接戦闘になるか。

 

「……ですね」

 

 俺もXガンを構える。……これがどこまで通用するか。ダメ元で、透明化を試してみる――

 

 ピカッと再び光る。

 俺はピクッと動きかけたが、レーザーはこちらに放ったものではなかった。

 

 狙いは、先程まで自分がいた――そして、千手を撃ったつなぎさんがいる建物そのもの。

 

「「――ッ!!」」

 

 俺と陽乃さんは絶句する。

 俺はすぐにつなぎさんの姿を探したが、少なくとも見える所にはいない。また反対側に逃げたのか、それとも今度こそ降りたのかは分からない。だが、出来れば後者であって欲しい。

 

 なぜなら、千手はレーザーで建物を貫いた後――それを縦横無尽に振り回し、バラバラに焼き切ったからだ。

 

 大仏が登場した時の本堂のように、ズズーンと音を立てて崩れ去る。その様子は、田中星人の時のボス戦を彷彿とさせた。

 

 だが、あの時とは違い、ボスはノーダメージで健在で、俺たちの方に向かってくる。

 

「――陽乃さん。行きましょう!」

「――ええ!」

 

 今度こそ、俺と陽乃さんのボス戦が始まった。

 

 陽乃さんが、ガンツソードを携え千手に向かっていく。

 

 俺は透明化を施し、その後ろを駆ける。

 

 ピカッ!千手の手元が発光する。

 それを陽乃さんは身を屈めて最小限の動きで回避した。もうタイミングを掴んだのか。さすがだ。

 

 レーザーは、あの手に持つ小さな灯籠から放たれている。それを両手に持つということは、二発同時発射が可能ということか。

 

 ……やはり、コイツの特殊能力は、あの無数の手に持つ宝具に依るものか。

 

 ピカッ!

 ――ッ!!ヤバい!!

 

「八幡!!」

 

 俺は間一髪避ける。そして透明化を解除する。

 

「……大丈夫です。それより前を向いて!来ます!」

 

 俺がXガンを放ちながら俺が声を上げると、陽乃さんは剣を両手で掲げるようにし、頭上から振り下ろされる剣を防ぐ。

 

 千手はもう一方の剣で、両手が塞がっている陽乃さんを襲うが、その腕は俺のXガンの効果が現れ吹き飛ぶ。

 

 陽乃さんはその間に距離をとり、俺の近くまで戻る。

 

「ゴメン、ありがと」

「いえ。……それより、どうでした?」

「……思った以上に、剣の扱いが巧み。肉弾戦は、さっきの鎧と同等以上」

「……こっちも、やはり透明化は看破されました。……鎧と同じくらいということは、肉弾戦なら勝てますか?」

「……あのレーザーがなければ」

 

 その言葉に、窮する。

 レーザーは灯籠から放たれることは分かった。だが――

 

 今も、吹き飛ばした剣を持つ腕は、“剣ごと”再生している。あの宝具も肉体の一部ってわけだ。

 

 ……やはり、あの再生能力をなんとかしないと。アイツを倒せない。

 陽乃さんの言う通り、核があると仮定しよう。なら、その核はどこだ?定番は、やはり心臓や脳。だが、そこはさっきつなぎさんが上半身全体を一気に吹っ飛ばした。だが、ダメだった。

 なら、セルのように核が恐ろしく小さい?それとも、これも定番だが、体内ではなくどこか別の場所に隠しているというパターン?ヴォルデモートみたいにいくつか分けてあるとかだったらお手上げだぞ。もしそうなっていたとしても、隈なく探している時間も余裕もない。

 

 ……くっ。唯一の幸いは、この再生が瞬時ではなく時間がかかることだが……。

 

 時間?そうだ。再生する度に、その間光っている宝具が――

 

――ッ!!千手が突然跳んだ!!

 

 俺と陽乃さんは身構えるが、千手は俺たちに向かって跳んだのではない。

 

 むしろ、何かから距離をとって回避するように。

 

 それとほぼ同時に、視界の隅で青白い発光が瞬き、甲高い発射音が響く。

 

 つなぎさんだ。やはり生きていたのか。

 

 だが、それは千手に察知された。再生中は身動きがとれないと踏んだのか。だが、それは間違いだった。

 

 手に持つ鏡のようなものの発光が止む。再生が完了し、剣を持った腕が復活した。

 

 やはり、あの鏡が再生能力の宝具か?なら――――あれが核か?

 

 っ!! 千手がつなぎさんへ突撃する!

 

 まずい!

 俺と陽乃さんも、千手の後を追いかける!

 

 つなぎさんが、迫ってくる千手に向かってXショットガンを放つ。

 

 千手は、二つの剣を交差するようにして、それを防いだ。

 

 防いだ!?避けたり、効かなかったりする敵はいたが、防ぐなんて敵は今までいなかったぞ……ッ。

 

 いや、違った。アイツは防いだんじゃない。

 

 千手は、交差した剣を開くようにして――跳ね返した。

 

 つなぎさんは銃を捨て斜め前方に跳ぶ。そこに、Xガンの衝撃波が襲った。

 

 ……なんて奴だ。いくつ能力があるんだ。

 

 千手はつなぎさんに向かって剣を振りかぶる。

 

 くそっ!間に合わない!Xガンはタイムラグがあるし、Yガンも――

 

 ビュン!という音が隣から響く。

 

 陽乃さんは、ガンツソードを槍のように投げた。

 凄い、これなら――

 

 キィン! と千手は、振りかぶっていない左側の剣でその攻撃を見向きもせずに、それを弾き飛ばした。

 

「――な」

「――え」

 

 くるくるとンツソードが俺たちの頭上を放物線を描きながら飛ばされる。

 俺達はそれを追うことが出来なかった。

 

 その瞬間に、つなぎさんが斬られたからだ。

 

「ごほぁ!!」

 

 とどめのつもりなのか。千手はさらにレーザーで胴体を焼切り、俺たちに向き直る。

 

 その時、俺の中には、本当に申し訳ないけれど、つなぎさんが殺されたことによる怒りや悲しみといった感情はなかった。

 

 あるのは、恐怖。

 

 殺される。その圧倒的な恐怖。

 

 強すぎる。

 

 

 

 チャキッ。

 その音に、俺は隣に目を向ける。

 陽乃さんだった。陽乃さんは、失ったガンツソードの代わりに、Xガンを構えていた。

 陽乃さんは、まだ闘志を失っていない。

 

 だが、いくら雪ノ下陽乃とはいえど、この状況に恐怖していないわけではない。

 現にその手はわずかながら震え、呼吸も乱れている。

 

 

 それでも、彼女は屈しない。

 

 

 なぜなら、彼女は雪ノ下陽乃だから。

 

 

 この強く、美しく、そして誰にも屈さず、誰よりも自由であろうという、この生き様に。

 

 

 俺は惹かれた。この人に、雪ノ下陽乃に魅せられたんだ。

 

 

 この人を失いたくない。この人と並び立つ――この人の隣に立つ男でありたい。

 

 

 それにふさわしい、男になりたい。

 

 

 そんな分不相応な夢を。――愚かにも、抱いてしまった。

 

 

「――陽乃さん。俺が敵を引き付けます。だから、その隙に剣を拾ってきてください。」

「――え?」

「あれは弾かれただけで、まだ折れてはいないはずです。」

 

 剣が必要ならば、俺が俺の剣を渡せばいいだけの話だ。

 そのことに、陽乃さんが気づかないはずがない。

 

 だが俺は、それに気づかないふりをして、とぼけながら言った。

 

「……それに、試したいことがあります」

「……死なないよね」

「もちろんです」

 

 俺は、陽乃さんの目を見ずに、簡潔に答えた。

 

 もちろん、死ぬつもりなんて毛頭ない。試したいことがあるというのも本当だ。

 

 

 だが、それでも一番は、陽乃さんを傷つけたくないという思いが大きかった。

 

 

 今更だと思うかもしれないが、この人への想いと――そして、千手の強さを再確認して、俺は急に怖くなった。千手と陽乃さんを戦わせることに。

 

 失くしたくない。無くしたくない。亡くしたくない。

 

 もう、あんな思いをするのは嫌だ。

 

 俺はもう一度、味わっている。

 

 そして、このガンツのミッションで何度も思い知らされている。

 

 嫌だ。もう嫌だ。

 

 

 掛け替えのないものをなくすのだけは、もう絶対に嫌だ。

 

 

 これは非合理的で、愚かで、傲慢な――ただの馬鹿な男の意地だ。

 

 

 好きな女の前で格好をつけたい。そんな痛い男の暴走だ。

 

 

 どう見たって、どうしたって相応しくなんかない高嶺の花に、無様にも恋い焦がれた男の悪足掻きだ。

 

 

 ……それでも、陽乃さんを失わず、傷つけず、この戦争に勝てるかもしれない可能性があるなら。

 

 

 そんな一縷の希望を掴むことが、俺の命だけを危険性(リスク)に掴みとれる可能性があるなら。

 

 

 挑むべきだ。挑戦すべきだ。それがどれほど愚かで、非合理で、くだらない馬鹿な男の意地だとしてもッ!

 

 

 ……突破口は見つけたんだ。なら、後は俺が――

 

 

 俺は陽乃さんの元から離れ、千手観音に向かって一目散に駆け出した。

 




 さて。寝ますか。
 寝て起きたらさっさと二月十五日になってればいいな。


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