河は溢れ海に揺蕩う (纏鬼)
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序章・河は溢れる
『……ふむ、君も駄目か』
……遠く、声が聞こえる。
『そろそろ刻限だ。君を最後の候補とし、その落選をもって、今回の予選を終了しよう』
―――さらばだ。安らかに消滅したまえ。
声はそう言い放つ。何の感慨もなく冷静に、冷徹に。
否定をする一切の余力もなく、ボウと冷たく不可思議な床を見つめる。否、それしかできない。
……このまま死んでいくのだろうか。
―――ふと、今日という日の不可思議な出来事が頭を過る。
今日は朝から常に頭痛が頭を支配し、違和感がノイズのように走っていた。
その違和感は倉庫を潜り始めてから確信へ変わる。
無機質なパーツで構成された人形を連れ、倉庫に開いた穴の先へ進んだ。その先にあったのは暗闇に浮かぶ一本道。宛ら、電子の世界といったところだろうか。
その道を進むこと暫し、道中に待ち受ける障害を人形が打ち払い、終着点へ辿り着いた。
あったのは荘厳な空間。その場所だけ世界が切り離されたような、そんな場所。何の疑問もなくここがゴールであると、そう思えた。
そこには見覚えがある男子が冷たくなって倒れていた。その傍には自分の傍らに立つ人形と寸分の狂いもない人形が崩れ落ちていた。
その人形は突如として立ち上がると、こちらへ突進し攻撃を仕掛けてきた。
こちらも人形で応戦するもこちらの人形は砕け散り、続け様に振られた
意識が元に戻る、どうやら走馬灯を見ていたらしい。
霞んだ視界に土色の影が映る。いや、おそらく視界に映っていなかっただけで、もともとそこにはあったのだろう。
それは彼と同じくここに辿り着き、そして果てた者たちだった。
……そして間もなく、自分もその仲間入りをするのだろう。
―――やれることはやった。
もう終わりにしてもいいかもしれない。
―――本当に?
諦めたくない……
そう思った。思ってしまった。ならば、あとは立ち上がるだけだ。力を込めて立ち上がろうとする。しかし体には激痛が走り、その一切の行動を拒絶する。
それならば……
いや、それでも―――
諦めるわけにはいかない。ここまま終わらせることはできない。
全身には激痛が駆け巡り、痛みの感覚はもはや知らないものへ変わりつつある。五感はもうすでに痛み以外を感じとることはできない。
恐い。
痛みが。消失が。先ほど見た死体と同じになることが。
……そして。
無意味に消えることが何よりも恐ろしい。
彼らが、あの日々が、何のために存在したのかすらわからないまま、消えるわけにはいかない。
―――
辛くても。恐くても。痛くても。
そのままで。
まだ、自分は一度として
「く、くくくくく、は、うわはははははは!」
突如として、尊大で、雄大で、朗らかな笑い声が響き渡った。
「死を前にして尚まだこれだけの言を貫かせる
その声は、慈愛に/荒々しさに満々。こちらを笑いながらも包み込むように感じさせる。
ふっ、と体が軽くなったのを感じた。
―――これなら立てるかもしれない。
「その意気は見事。人が人たり得る良い
声は次第により鮮明に、より大きくなる。
起き上がるために体に力を入れる。
「誰もが捨てるというのであれば、我が拾おう!くだらん装飾も価値も要らん!ただその魂、存分に輝かせて見せよ!」
その台詞と共に光が注ぎ、何かが割れる音がした。
体はいまだ痛みが走るが、今はそれどころではない。力を振り絞り、どうにか体を起こす。
部屋の中央には、いつの間にか、一人の男性が立っていた。
男性は静かに歩み寄ってくる。姿かたちはただの人と変わらない。
だが、明らかに違いすぎる。
ただそこにいるだけで、海か山を前にしたような、圧倒的な存在感。
大地が割れるあるいは海が渦巻くような力をその姿からは感じ取ることができる。
「では、これも様式美というやつか?問うまでもないが改めて問うておこう。汝が我が
深い青色をした和服に手足に具足、胴には申し訳程度の鎧を纏っている。髪や目の色も蒼く、顔立ちはそれなりに整っている。年齢は20代といったところだろうか?顔には悪戯好きそうな笑みが浮かび、腕を組んでこちらの返答を待っている。
コクリと頷く、気が付けば体が反応していた。
「善き哉善き哉、その強い意志を秘めた瞳は実に我の好みだ」
そう言って、ニヤリとあくどい笑みを浮かべるその姿は、完璧に悪戯小僧の顔だった。
「この儀を以て、汝を我が
そう言って彼は私の手を引き立ち上がらせる。
と、同時に引かれた手に何かが刻まれたように鈍い痛みを感じ取る。
目を向けてみると、三つの模様が組み合わさったような奇妙な印があった。
あっけにとられ、目の目の人物と模様を交互に見るも、変わらず模様はそこにあり、目の前の人物はこちらをニヤニヤ見つめるだけだった。
しかし、突然の背後の物音で我に返った。
振り向くと先ほど惨敗を喫した人形が立ち上がっていた。思わず数歩後ずさってしまう。
「おやおや、もう先の言を覆すか?後ろに下がろうと逃げ場はありはせんぞ?」
面白がるように、試すように変わらず笑みを浮かべたまま、彼は私の前に立つ。
その姿は自然体。現れた時から何一つとして変わらない。
「無論、その身一つで戦えとは言わぬさ、戦うのは我だ。汝はその後ろでただ命ずればよい。さあ、指揮を執れ!それが汝の戦場だ!」
⋯⋯そこまで言われてしまっては退くことはできない。
だが、自分に難しい指揮などできるはずもない。だからこそ、ただ単純に求めるものを口にした。
―――勝ってくれ、と
「承知した」
そう言いながら、彼は一度こちらを見やり、口の端をさらに引き上げると人形へと突っ込み、いつの間にか右手に持った刀を六度振るった。戦いは一瞬にして終わった。
「ふむ、なんともこんなものか。とはいえ、現状では我も全力を出すことはできないのも事実、なんともはや」
彼がこちらに戻りながら何やら言っているが、それを聞くだけの余裕はこちらにはない。
鈍かった左手に刻まれた模様の痛みは、時間が経つごとに痛みも増し、すでに耐え難い激痛となっていた。
『手に刻まれたそれは令呪。サーヴァントの主人となった証だ』
霞がかかり遠のく意識に、再度あのときの声が聞こえてくる。
『使い方によってはサーヴァントの力を強め、あるいは束縛する、三つの絶対命令権。まあ使い捨ての強化装置とでも思えばいい』
聞かなければならない。痛みをこらえ意識をその声へ向ける。
『ただし、それは同時に聖杯戦争本戦の参加証でもある。令呪を全て失えば、マスターは死ぬ。注意することだ』
ここに至って、まだ命がかかっていることを理解する。令呪の重要性とその意味を。
『まずはおめでとう。傷つき、迷い、辿り着いた者よ。主の名のもとに休息を与えよう。とりあえずは、ここがゴールという事になる』
意識が流され始める。必死で繋ぎ止め話を聞き続ける。
『随分と未熟な行軍だったが、だからこそ見応えあふれるものだった。私も長くこの任についているが、君ほど無防備なマスターは初めてだ。誇りたまえ。君の機転は、臆病だったが蛮勇だった』
……それは褒められているのだろうか?どことなく癪に障る、三十代半ばと思われる男の声。
それは場所のせいだろうか、重苦しい
そんなことを考えたせいだろう。一瞬、意識が遠のきかける。
『私の
その言葉には真実、自分への期待が込められていた。
『では洗礼を始めよう。君にはその資格がある。』
話を聞いていられたのはそこまでだった。
そこからは、意識は飛び飛びになり、なんとか単語を拾い理解したのは、これから始まるのが『聖杯戦争』という事と隣にいるのがサーヴァントという聖杯戦争に必要な存在であることだった。
次第に意識がホワイトアウトしていく。
その中で最後に聞こえたのは、
『―――では、これより聖杯戦争を始めよう』
『―――いかなる時代、いかなる歳月が流れようと、戦いをもって頂点を決するのは人の摂理』
『―――月に招かれた、電子の世界の
―――聖杯戦争の開戦の合図だった。
Fate/Stay night一期見終わった勢いで書き上げちゃったけど続くのかなぁ、これ。
パッと思いついた神話の敵役をオリ鯖にしてしまったので、全く自信がありません。
ストックもなにもないし、ただ書いてその場で投下⋯⋯だめですねこれ。とりあえず、しばらくストック溜かなぁ。
タグにもありますが、鈍亀更新なので更新速度は期待しないでください。
ぶっちゃけ、はくのんの不屈さの始まりである、あの決意の叫びだけはどうしてもいじりたくなかった。なので、ルビがほとんど原作のままです。
⋯⋯運営もそれくらいなら見逃してくれるよね!⋯⋯くれるよね?
ちなみにオリ鯖の『我』はオレじゃなく、普通にワレですのであしからず。
誤字脱字指摘、感想お待ちしています。
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