リリカルなのは~赤鬼転生記~ (コントラス)
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過去から未来へ~世界の狭間~
プロローグ~赤鬼散る~


 果てしなく広がる荒野に、激しく金属と金属のぶつかり合う音が辺りに鳴り響く。それと同時に刃物で肉を切り裂くような、貫くような音が聞こえる。

 地面には赤い血の海が広がり元の色は判らない。その上多くの元はヒトであったモノであろうものが転がっている。上半身の繋がっていない下半身、本体と切り離された首、根本から切り離された腕、或は足。そのどれもがスッパリと綺麗な切断面をしていて血の海を作り出す、それはまさに地獄のような光景だった。

 

 

「死ねぇぇェェッ!!!」

 

 

 一人の鎧兜を身に纏った筋骨隆々の大男が目の前の白髪の老人に斬りかかる。

 老人はそれを体を半身にすることで躱し――ザンッ!――振り抜かれた大男の剣を持つ腕を斬り飛ばした。

 

 

「ギアアァァァァ!!!!??――ドシュッ!!――ガァッ!!」

 

 

 腕を斬られ叫ぶ大男の喉に老人が右手に持つ漆黒の刀を突き刺す。――ドシャ!!――老人が刀を引き抜くと事切れた大男が地に倒れる。そして、老人が周りを見渡すと周囲にいる地に倒れている大男、そのほかのヒトであった物と同じ鎧兜を身に付け、剣や槍・盾或は弓などを手に持つ者達に緊張がはしる。

 

 

「次に、死にたい奴は誰だ。誰でもいい、掛かってこい! 殺してやるぞ!」

 

 

 その言葉を合図に周囲に居た男たちが恐怖に駆られた表情で一斉に老人に斬り掛かる。

 

 

「死ねぇぇぇぇ!!」

 

「くたばれぇぇぇぇ!!」

 

 

 一斉に斬り掛かってくる男達を静かに見据える老人に焦りの色は見えず、淡々と躱し、防ぎ、反らし、両手に持つ刀で突き、凪ぎ、袈裟懸けに、ときには蹴りを交えて男達を確実に殺していく。

 

 

「ば、化け物めっ!」

 

「つ、強すぎるあれほど居た仲間たちが」

 

「十万っ!? 十万だぞっ!? それをたった一人で!! たった一刻半(約3時間)で!! もうこっちには百人もいねぇぞ!!?」

 

 

 男たちをは口々にそう叫ぶ。だが老人の方もすでに余裕はなかった。

 

 

(歳には勝てねぇな。俺も立ってるのがやっとか…今まで受けた傷が疼きやがる。麻酔が切れたか)

 

 

 当然ながら十万もの訓練された兵士達を相手にして無傷で居られるわけもない。老人の身体には幾つもの切り傷や打撲痕、さらには背中には数十本もの矢が刺さっていた。それを老人は痛覚を一時的に自ら麻痺させることによって耐え続けていたが、それも限界のようだ。

 

 

(早く決めにゃならんな、これは)

 

 

 老人が足を踏み締めると、男達の緊張感が高まり、老人の一挙一動を見逃すまいと集中力を高めていく。男たちの間にある緊張感が最高潮まで高まった瞬間。

 

 

「剃ッ!!」

 

 

 風を切る音と共に老人の姿が男達の目の前から消えた。

 

 

「なにっ!? 消えた!?」

 

「ど、どこにっ――『インパクト!!』――ガハァッ!!」

 

「なんだと!?」

 

「い、いつのまに!?」

 

 

 男達が声のした方向に顔を向けると、比較的後方に居た男の一人が、血を目から鼻から口から爪の間からと、吹き出しながら倒れている姿と、右足を前に出し左足を後ろにやり手を開き右腕を前に押し出している老人の姿があった。

 

 

「一瞬だ」

 

 

 その言葉と共に再び老人の姿が消える。

 

 

「ギアッ!?」

 

「ヒギェッ!?」

 

「グアァッ!?」

 

 

 男達の悲鳴と、肉を切り裂く音だけが荒野に響き渡る。

 

 

「はぁはぁはぁっ……うぐ……すぅぅ…はぁぁ」

 

 

 それが鳴り止んだ頃、その場に立っていたのは血を体の至るところから流している老人だけだった。

 老人の前方から土煙が上がり黒い影が接近しているのが見えた。その影はどんどん大きくなり数も増えていく。だが老人に焦りの色は見えない、寧ろ先程まで見せていた気迫は見えず微笑みさえ浮かべている。

 

 

「やっと……来たか、遅いぞ……ガキども、はぁ、はぁ……ダメ……だなこりゃ、後のことは……若いもんに任せるかね」

 

 

 そう言いながら老人は後ろに倒れた。倒れる瞬間複数の人影が息を切らせながら走りよってくるのが見えた。

 

 

「大爺様!? 何をしている!! 早く五斗米道を扱える者に大爺様の治療にあたらせろっ!!」

 

「は、はい!!」

 

 

 そんな声を聞きながら老人の意識はどんどん薄れていく。

 

 

(二度目の人生だったが……かなり楽しめたな)

 

 

 意識外の声を聞きながらそんなことを思う老人。

 

 

(桃香……愛紗……みんな、今…そっちに……)

 

「おおじい――!!――じ―さま!!」

 

 

 その後、まもなく老人は息を引きとった。これが《赤鬼》山口(さんこう)として恐れられた、姓は山、名は口、字は宏善(こうぜん)、真名は宏壱またの名を山口宏壱の最期である。



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第ー鬼~赤鬼、再開~

 side宏壱

 

 いつもの慣れ親しんだ意識が覚醒する感覚。

 

 

「ん……ここは?」

 

 

 覚醒と同時に辺りを見回す。俺は今どこか地下に有るような、都会の裏通りを歩けば見付けられるよなBARの扉の前に立っていた。

 

 

(ここか……懐かしいな。前にここに来たのは80年ほど前か)

 

 

 BARの扉を開けると、カランカランとドアベルが鳴り来客を知らせる。店の中に入るとオレンジの蛍光灯が店内を照らし、落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 幾つかの丸テーブルありその奥にカウンターがある。カウンター内にタキシードを来た50代ほどの初老の男がグラスを磨いている。初老の男(以前来た際にこの店のマスターだと紹介された)が一度グラスを置いて軽い会釈をしてきた。

 

 

「おう」

 

 

 とだけ返して軽く右手肩辺りまで挙げるに止めておく。以前来たときにその程度の感覚でいいのだとか、何でも客に硬くなられるのが苦手らしい。

 

 

「貂蝉久しぶりだな」

 

「そうねん、もう80年だもの」

 

 

 カウンター席の一つ(と言っても三人分ほど占領しているが)に座るスーツを着た服の上からでも判るほどの筋骨隆々の大男に、声を掛けながら近づいて横の空いている席に座る。

 

 

「長かったよ本当に」

 

「そうねぇ、け・れ・ど、長いようで一瞬だわぁん」

 

「ああ、それはそうかもな。必死で駆け抜けてきたからな」

 

 

 ホントに濃厚な人生だった。始まりはこの自称漢女(おとめ)とはこの場で出会った「その話はまたいつかにしましょうよん」………科を作るなキモい。

 

 

「と、わりぃトイレだ」

 

 

 少しの間貂蝉と世間話をしていると、急に尿意がこみ上げてきた。

 

 

「そう、まだ時間もあるしゆっくりねん♡」

 

ヂュゥゥッパッ!

 

 「ヒィッ!? 投げキスとかやめろっ!! 穢れるわボケェェッ!!」

 

 

その言葉を貂蝉に投げつけ、逃げるようにトイレに続く扉を開け中に入り乱暴に閉める。

 

 

「はぁ、あれがなきゃ良い奴なんだけどなホント」

 

 

 そうボヤきながらベルトを外しファスナーをあけ

 ――――――しばらくお待ちください――――――

 

 「ふぅ、スッキリだぜ♪ 似合わねぇな。自分で鳥肌立ったわ、今」

 

 用を足した後、手を洗い蛇口をしめる。ふと顔を正面に向けると、洗面台いっぱいの三面並びの鏡があった。そこには当然ながら自分の姿が映っているわけなんだが。

 

 

(若いな、25、6歳ってとこか?)

 

 

 前のときもそうだったが、この世界に来ると20代そこそこの年齢になるらしい。

 

 

「このスーツもなかなかだな。これを選んだ奴はセンスがいい」

 

 

 俺が今身に纏っているのは黒地に薄いグレーのストライプが入ったスーツだ。おそらく貂蝉が「そう言っていただけると我らも選んだ甲斐がありますな」っ!?

俺の真後ろにあるトイレの出入り口から聞こえた声、それに反応して体ごとそちらに向けるとそこには。

 

 

「……せ、い?」

 

「おや、いかがなされた?そんなに驚いた顔をして」

 

 

 ニヤリと口の形を不適な笑みに変えて壁に背をあずけて腕を胸の下で組んだ白を基調とした着物を着た青い髪の女がいた。

 姓は趙、名は雲、字は子龍、真名は星。真名とは彼女達の住まう地域独特の風習で、真なる名と書いて真名(まな)と呼ぶ。これは彼女達そのものを表すと言ってもいいもので、許可なく呼んだものは首を刎ねられても文句は言えないという初見殺しの恐ろしい風習だ。

 彼女、星を最後に見たのは、もう10年も前だった。顔に弛みや皺は其れほど無かったが、痩せ細り乳もたれ――ギロリ――………痩せ細りベッドに寝たきりで逝くときに俺を残して逝くのが悔しいと涙を流す姿だった。(べ、別に寒気がしたとか、マジで怖かったとかじゃないからな!! ホントだぞ!!ホントだよ?)

 

 

「クスクス、どうなされた? 少し顔が青いようですが?」

 

「い、いや、何でもない!! 何でも!」

 

「そうですか?」

 

 

 そう言って星は口元に手をやりクスクスと楽しそうに笑う。その仕草で冗談だとわかる。

 

 

「はぁ、勘弁してくれ」

 

「そうですな。これ以上して兄者に嫌われたくはありませんからな」

 

 

 ったく、ホント人をからかうのが好きなのは変わらねぇな。って。

 

 

「あり得ねぇな」

 

「ん? 何がですかな?」

 

「俺がこんなことでお前を嫌うかよって言ってんだよ」

 

「っ!?な、何を――ガリッ!?――ひゅうに!!?」

 

 

 顔を赤くした星が焦って舌を噛んだようだ。

 

 

「だ、大丈夫か?」

 

「ら、らいひょふでふ! は、はきにいひまふひょ!!」

 

 

 そう言って慌てて、出て行こうと俺に背を向け駆け足で。

 

 

「星!? ちょっとま――ガツン!!――て、て遅かったか」

 

「~~っ!? ひ、ひつれいひまふ!」

 

 

 そう言って額を押さえながら、目尻に涙を浮かべて出ていった。

 

 

「大丈夫か? ホントに」

 

 

 まぁともあれ、うん、ちょっと慌てる姿にキュンときたのはここだけの秘密だ。

 

 

「せ、星? どうしたのだ? すごい音が聞こえたが」

 

「なんれもなひ……んっんんっ……何でもないぞ?」

 

「でも星ちゃんオデコ赤いよ?」

 

「そんなことはありません!」

 

「にゃはは、ちょっと涙目になってるのだ」

 

「涙目になどなっていない!」

 

「どうせ兄貴からかって仕返しされたんだろ」

 

「あはは、お兄様ならありえそうだね」

 

「なっ!? 星ズルいぞ! お前だけ! お仕置きされたなんて、ならワタシもお師匠様に――ゴツッ!!――~~っ!? 何をするんですか桔梗さまぁ~」

 

「再会のときくらい落ち着かんか!! このバカ弟子が!!」

 

 

 俺が扉をあけて外に出ると。

 

 

「あらあら、こんなときだからこそ焔耶ちゃんもはしゃいでるのよ。それは桔梗も同じでしょ?」

 

「はぁ、ワシとこやつのを一緒にしてくれるな紫苑」

 

「それはヒドイですよぉ桔梗さまぁ」

 

「焔耶お姉ちゃんいたいのいたいの飛んでけぇ!」

 

「ううぅ、璃々ありがとう」

 

 

 ガヤガヤ、ガヤガヤと騒ぐ者。

 

 

「「「「~~~♪~~~」」」」

 

「流石ですね。四人とも完璧な音調です」

 

「だな。これなら向こうでも通じそうだ」

 

「そうですねぇ、お嬢様もリラックスしてますし」

 

 ~~♪~~♪~~

 

 静に歌を聞く者。

 

 

「雛里ちゃんやっぱり時空管理局っていうところが重要だと思うよ」

 

「うん、そうだね朱里ちゃん。この組織に入ればかなり動きやすくなるよ」

 

「そうね、向こうの世界に行ったら宏壱さんに相談してみましょう」

 

「「うん」」

 

 

 そう言って今後のことを相談する者。

 

 

「あー、盛り上がってるところ悪いが、かまわねぇか?」

 

『っ!?』

 

 

 俺がそう声を掛けると皆がこちらに顔をむける。

 

 

「あらぁん山ちゃん、遅かったのねぇん」

 

「まぁ、皆が落ち着くのを待っていたんだが」

 

 

 そう貂蝉の問に答えていると、床を揺らすほどの勢いでこちらに駆けてくるみんな……と言うか跳んだな。

 

 

「って、どわぁっ!!」

 

 

 みんながのし掛かってきて。さすがにこの人数は重い…重いがとりあえず。

 

 

「みんな久しぶり」

 

 

 と声をかけた。

 

 再会してまた俺と共に歩んでくれる愛する女達に。

 



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第二鬼~赤鬼、新たな世界へ~

side宏壱

 

「で、落ち着いたか?」

 

「あうぅぅ、ごめんなさい」

 

「も、申し訳ありません」

 

 

 みんなが飛び付いてきてようやく落ち着いた頃、自分たちのやった行動が少しばかり危険性のあるものだったと、落ち込んでいるわけだが。他のみんなはすぐに立ち直ったのだが、桃色の髪をしたおっとりとした感じの女と綺麗な黒髪をサイドポニーにしたキリッとした顔立ちの女。この二人の落ち込みようが長い。だからこうして二人の間の席に座って慰めてるんだけどな。

 

 

「まぁ、特に怪我らしい怪我もしてねぇからさ。そう落ち込むなって、な?」

 

 

 そう言って肩を落とす桃香と愛紗に笑ってみせる。

 

 

「そうですぞ。桃香様、死に別れた男とまたこうして逢えたのです。暗い雰囲気では祝酒も不味くなるというもの、笑みを見せてあげなされ。そのほうが宏壱殿も喜ばれよう。のう紫苑?」

 

「そうですわ。桃香様、愛紗ちゃんまた出会えたこのときを笑顔で過ごさねば損です。ね、宏壱さん」

 

 

 近くのテーブルで酒を飲んでいる少しウェーブの掛かった銀色の髪に簪を刺して頭の後ろで纏めた妙齢の女と紫色の髪を長く伸ばしたこれまた妙齢の女が話しかけてくる。

 

 

「ああ、桔梗と紫苑の言う通りだ。桃香の暗い顔よりも笑ってる顔のほうが好きだ。もちろん愛紗も、な?」

 

 

 銀色の髪の女と紫色の髪の女、桔梗と紫苑の言葉に同意して二人の頭に手を伸ばし、手触りのいい髪をゆっくり撫でる。

 

 

「あ、うん!」

 

「は、はい」

 

 

 俺が二人の頭をなでながらそう言ってやると、桃香は笑顔でうなずいて俺の左腕を抱きしめ(桃香自身が持つ巨乳(核兵器)で挟み込んできた)、愛紗は俯いて控えめに服の端を人差し指、中指、親指でつかんできた。その瞬間かつて貧乳党に所属していた何人かが鋭い殺気を放った気がしたが気のせいだろう。

 それよりも俺にはやることがある。

 

 

「わわっお、お兄ちゃん?」

 

「あ、兄上?」

 

 

 桃香を左腕にくっつけ、愛紗の左手首をつかみ立ち上がる。俺の行動に二人が驚くが、そんなんき気にしてられへん!

 

 

「マスター! 汚してもええ部屋あるか!!」

 

「ええ、そこにある扉をくぐり右手側にある二つの扉その内の奥の部屋に仮眠用のベッドがあります。後で掃除していただけるならばお使いください」

 

「おしっ! 使わせてもらうわ!」

 

 

 マスターに二人とチョメチョメできる場所を聞き出しそちらへむk「ちょっ、ちょっと待て!?」おうとしたとこで声がかかる。声のした方に顔を向けると、茶色の髪を高い位置でポニーテールにした女が少し太めの眉を吊り上げ俺を睨んどった。

 

 

「どないしたん? 翠」

 

「どうした? じゃねぇよ!!? 何でそんなことになってんだよ!!」

 

「男として、こんな二人見せられたら黙ってられへんやろ!」

 

「なんとか押さえろよ!? 兄貴の精神力ならできんだろ!」

 

「無理や、俺には勝てへん」

 

「真顔で言うな! このエロエロ大魔人!?」

 

 そう言って翠は、拳を振り上げ渾身の右ストレートを放ってきよった。

 愛紗の手首を握っていた手を離し、腰を少し落として(この時俺が何をするのか分かったようで桃香は既に傍から2mほど離れた位置にいた)体を斜め左に前進ちょうど翠の腰より少し上に右肩が来るようにもっていき「わぁっ!?」流れるように肩に担ぐ!

 

 

「お、下ろせよ!」

 

「断る!」

 

 

 翠が俺の肩の上で下ろせと暴れるが、がっちりと固定しているため外せるわけもなく。そのまま仮眠室へとむか「山ちゃん」おうとしたところで貂蝉に呼び止められる。

 

 

「なんや貂蝉?」

 

「もうそれほど時間がないわよぉん」

 

「はぁ?」

 

「だ・か・ら・時間がないのよぉん」

 

「さっき、まだ余裕ある言うっとったやんけ」

 

「あれからそれなりに時間がたってるわぁん」

 

「そりゃ残念」

 

 

 貂蝉のその言葉に少し名残惜しく思いながら翠を下ろす。翠がなにか騒いでいるが無視する。

 

 

「無視すんな!」

 

「まぁまぁ、落ち着けって」

 

「ちょっ!? (かなめ)離せ! 一発ぶん殴ってやる!!」

 

「はいはい、宏壱さんは大事な話があるから向こうで遊びましょうねー」

 

「子供扱いすんなー!!」

 

 

 そんな叫びを残して、緑色の髪をした女、要と黒髪をツインテールにした女、に片方ずつ腕を抱えられズルズルと引きずられていく翠。……少しからかいすぎたか? ちょい反省。

 

 

「それじゃこれが蜀伝の書よぉん。山ちゃんは劉備ちゃんたちの名前をよんでねぇん。劉備ちゃんたちは名前を呼ばれたら返事をする。そうすれば蜀伝の書が劉備ちゃんたちを取り込み内部でデータ化するわぁん。一週間から二週間ほどかかるからその間は蜀伝の書から外に出られないから気を付けてねぇん?」

 

「ああ、分かった」

 

 

 貂蝉の説明に頷きながら言葉を返し、蜀伝の書を受けとる。ここでふと湧いた疑問と先ほどの雑談の中で聞いたものを再度確認する。

 

 

「名を呼ぶのは、真名だけで良いのか? それと本当にこれしか方法がないのか? ほかにみんなを連れていく方法が――「ないわよぉん。別の世界の魂が他の世界に行くには魂そのものを作り替える必要があるの。ほかの転生者たちは管理者(こちら側)で魂が世界を渡る時に発生する圧力に耐えられるように調整するのだけれど。あ、前にも言ったけれど、山ちゃんは別ねぇん、山ちゃんの魂はその圧力に耐え得るものが既に出来ているもの。 話を戻すわねぇん。それで、これほどの人数、しかもかなり強固な魂を無理にいじれば魂そのものが消滅しかねないわよぉん」――そう、か……みんなはそれでいいのか?」

 

 

 俺の質問に桃香達は迷いなく笑顔で答えてくれる。

 

 

「ありがとう、これからもよろしく頼む」

 

 

 そう言って俺はみんなに深く頭を下げる。まぁ、みんなは苦笑いだったけどな。ホントありがたい話だよ。

 

 

「そ・れ・で」

 

 

 貂蝉の声に下げていた頭を上げ、声のした方に顔を向ける。

 

 

「さっきの質問だけど。真名だけで呼ぶよりも姓、名、字で呼んであげたほうが確実よぉん。ないとは思うけれど可能性はゼロじゃないのよぉん。なにかしら不具合が起きる可能性は否めないはねぇん」

 

「分かった」

 

 

 貂蝉に一言言葉を返して桃香達の方に体を向ける。桃香達は既に横に整列していて名を呼ばれるのを待っていた。

 

 

「じゃあ、これから桃香から順に名前を呼ぶぞ。準備はいいな?」

 

 

 俺が蜀伝の書を右手に持ちページを開いた状態で胸の前で構えて桃香たちに聞くと、みんなが頷いてくれる。

 

 

「よし……姓は劉、名は備、字は玄徳、真名は桃香」

 

 

 俺の言葉と同時に蜀伝の書が光だし空白だったページに桃香の姓、名、字、真名が浮かび書き込まれていく。

 

 

「はい!」

 

 

 桃香が返事をすると共に桃香の足下に正三角形の深紅の魔法陣のようなものが浮かび上がり輝きだす。

 そして、直ぐに桃香が足から順に光の粒子となって消えていく……あらかじめ貂蝉から話は聞いていたが、流石にちょっとビビるな。

 桃香が完全に粒子になると、その粒子が蜀伝の書に吸い込まれていく。完全に粒子が吸い込まれて光が止む。

 愛紗たちは皆一様に目を見開いて驚いた顔をしていた。

 

 

(まぁ、気持ちは分かるけどな)

 

 

 そう思いながら手に持つ蜀伝の書に視線を移す。そこには桃香の立ち姿と名前、趣味、嗜好、好きなもの嫌いなもの、性格など書いてあり俺の知るものも多くあった。

 

 

「よし、成功だな。んじゃ続けるぞ」

 

 

 俺の言葉に未だに驚いた顔をしていた愛紗たちは真剣な顔になる。

 

 

「姓は関、名は羽、字は雲長、真名は愛紗」

 

「はっ」

 

 

 そんな凛々しい愛紗の返事と共に愛紗の足下に桃香の時と同じ魔法陣のようなものが浮かび上がり、愛紗を粒子へと変え、粒子は俺の持つ蜀伝の書へと吸い込まれていく。二度目となると驚きも少ないようで、みんなはさほど驚いた雰囲気もなく自分が呼ばれる瞬間を待つ。

 そこからは、鈴々、星、翠と順調にいき。最後に優雪(ゆうしぇ)の番となる。

 

 

「姓は姜、名は維、字は伯約、真名は優雪」

 

「は、はい!」

 

 

 優雪の返事とともに正三角形の魔法陣(多分そうだと思う)が輝き、優雪を光の粒子へと変え蜀伝の書がそれを吸い込む。そして優雪の情報が書のページに書き込まれ、しばらく店内が静寂に包まれる。

 

 

「ふぅ、これで終わりか」

 

「そうねぇん。お疲れ様、山ちゃん」

 

 

 一息吐く俺に労いの言葉を掛けてくれる貂蝉。

 

 

「それじゃ、なにか聞きたいこととかあるかしらぁん?」

 

「あーそうだな。………桃香たちが粒子に変わるときにでていた魔法陣?みたいなのはなんだ?」

 

「みたいな、じゃなくて魔法陣よぉん」

 

「魔法陣? ならありゃ魔法か?」

 

「違うわよぉん。人をデータ化する魔法なんて恐いでしょ?」

 

「まぁ、そりゃそうだな。じゃあ、ありゃなんだ?」

 

「あれは、蜀伝の書の機能よぉん」

 

「蜀伝の書?」

 

「そうよぉん。この世界にいる住民はみんなむき出しの魂のままここにいるわ。それは私も、山ちゃんも同じ」

 

「ああ、それ前に言ってたな」

 

「ええ、肉体が無いからこそできることよぉん。それ以上のことは私には分からないわぁん。魂の質を上げて他の世界へ転生させる、まさに神の御業よぉん。魂のデータ化もそのうちの一つねぇん。ただの管理者にすぎない私には分からないし知ってはいけないことなのよぉん」

 

 

 そう言って貂蝉は「私は下っ端にすぎないもの」と付けたしマスターがそっと出してくれた水を飲みほす。

 

 

「お前にも色々あんだな」

 

「まぁねぇん。それじゃ、話を戻しましょ。山ちゃんの魔法についてだったわねぇん?」

 

「ああ、あの魔法に系統みたいなものはあんのか?」

 

「そうねぇん。山ちゃんが使う魔法は管理世界と呼ばれる世界のものなの」

 

「管理世界?」

 

「そう、時空管理局という組織が名付けたのよぉん。管理局が治安管理や環境保全をする世界を管理世界、逆に管理していない世界を管理外世界と呼ぶわぁん。因みに、地球は管理外世界ねぇん」

 

「その基準はなんだ?」

 

「魔法が一般的か、そうじゃないかねぇん」

 

 

 一般的ねぇ……ん?

 

 

「なら、その管理外世界にも魔法がある可能性ってあったりすんのか?」

 

 

 貂蝉の言葉の言い回しに違和感を覚え聞いてみる。

 

 

「そうねぇ、可能性はゼロじゃないわねぇん。表の世界で平凡に暮らしていれば、まず関わることはないわぁん。裏の世界なら話はちがってくるけどねぇん」

 

「……へぇ(裏の世界、ね………それに、首突っ込むのも面白そうだなぁ)」

 

「フフッ」

 

「ん?なんだよ?」

 

 

 まだ見ぬ未知の世界に内心わくわくしていると、貂蝉の方から忍び笑いが聞こえてくる。

 

 

「いえ、山ちゃん凄く楽しそうな、新しいオモチャを見つけた子供のような顔をしてるわよぉん?」

 

「うるせぇな。こっち見て笑うなキモい」

 

「フフッ」

 

 

 貂蝉に笑われ少し恥ずかしくなり、ついそんなことを言ってしまう。貂蝉はそんな俺を見てまた忍び笑いをする。

 

 

「はぁ、んなこたぁどうでもいいから早く俺に魔法のことを教えてくれ」

 

「そうねぇん。もう時間がそれほどあるわけでもないし、簡単に言うとその時空管理局が管理する世界の大昔に使われていたものなのよぉん。ただ汎用性(はんようせい)が低く多く広がらなくて、当時でも使い手の減少傾向にあったみたいだけれど。今ではレアスキル扱いよん」

 

「レアスキル、ねぇ」

 

「ええ、そしてベルカ式よりも遥かに汎用性の高いミッドチルダ式、通称ミッド式これがとって変わって広まったというわけ」

 

「そのベルカ式とミッド式の違いってぇのはなんだ?」

 

「ベルカ式は、近接特化型で尚且つ個人戦闘用のものが多いわねぇん。群じゃなくて個人としての強さを誇るわ。ミッド式は遠、中、近これら全てに対応できる魔法が多いの。だからこそ使い勝手がいいのよぉん。個人の適性は当然あるのだけど、扱う範囲が広いからこそ多くの適性者を見つけることが出来たのよぉん」

 

「なるほど……だからといってベルカ式がミッド式に劣ると言う訳じゃないんだろ?」

 

「流石山ちゃんねぇん、その通りよぉん。当然ベルカ式を使う魔導師、あ、魔導師っていうのはミッド式、ベルカ式これらを使う魔法使いのことをそう呼ぶのよぉん。それに魔導師はリンカーコアと呼ばれる特別な器官をもっているわ。このリンカーコアの有無で魔導師になれるかどうかが決まるの。山ちゃんの場合はワタシの方で移植させてもらったわぁん」

 

「そりゃありがてぇな」

 

「お安いご用よぉん。あ、でも魔力を放出したり空中にある魔力素を吸収して蓄積させる為のものだから、あまり無茶なことをして傷つけちゃダメよぉん」

 

「ああ、わかった。気をつけるよ」

 

「それじゃ、話を戻すわよぉん。当然ベルカ式の魔導師がそんな弱点を残すはずがないわぁん。多く広まっていないからこそ、独自性の高いものが出てくるの」

 

「まぁ、そうだろうな。資料はあってもそれを教えてくれる先生がいないんじゃな」

 

「そういうこと。強くなりたい人ならあらゆるところからヒントを取ってきて独自の発展のしかたをするわ。それが距離を一瞬で潰すものなのか、自ら開発した遠距離魔法なのか、それともそれらとは全く違う別のなにかなのかは分からないけどねぇん」

 

「なるほどなぁ、使うのが楽しみになってきたな」

 

 

 そう言いながら席を立つ。

 

 

「あらぁん、もう行くのぉん?」

 

「ああ、今回も色々と世話になった。またいつか会ったときに飲もうぜ」

 

「あ、ちょっとだけ待っててねぇん」

 

 

 そう言って貂蝉は、カウンター脇にある部屋へ入っていく。しばらく待っていると、直ぐに部屋から出てきた。

 

 

「はい、これ」

 

 

 そう言って貂蝉が俺に二つの銀色の十字架のネックレスを手渡す。それぞれ白色と黒色の宝石が嵌められている。なんとなく点滅しているように見えるのは気のせいだろうか。

 

 

「気のせいじゃないわよぉん」

 

「人の心を読むなよ!?」

 

「顔に書いてあるわよぉん」

 

「そんなに分かりやすいか? まぁいいや、んで、これなんだよ?」

 

「これはデバイスよぉん」

 

「デバイス? なんだそりゃ」

 

 

 聞き覚えのない言葉に俺の頭の上でクエスチョンマークが乱舞している。どうやら今日一日でいろんなものを詰め込みすぎたようだ。既にメモリのげん(向こう行ったらまずラーメン食おうかな)かいのようだ。…………ん? なんだ、今の?

 

 

「山ちゃん、どうかしたのかしらぁん?」

 

「いや、なんか今変な感覚が」

 

「どういったものか説明できるかしらぁん」

 

「あ? 説明? 説明ね~、ん~とだな。どういったら良いんだ? あ~これか、伝わるかどうか分かんねぇけど、右を見ながら左を見るみたいな感じか? 他に例えれそうなのは、兵士達の調練メニューを考えながら城下町の警備の草案を考えるって感じだ」

 

「それは、マルチタスクねぇん。分割並列思考とも呼ばれているわぁん」

 

「分割並列思考……ね、なるほど。ようは、思考を分割、別のことを考えながら、また他に別のことを考える。これも魔法、か?」

 

「ええ、そうねぇん。魔導師にとって必須技能の一つよぉん。これができないと魔導師としての伸び代は見込めないわねぇん。で・も、魔法のことを導入部分だけ知って今できるというのは、もともと資質が有ったということでしょぉ」

 

「そうか。まぁ、イメトレもしやすそうだし、覚えてて損はねぇだろ」

 

「ええ、そうねぇん。それじゃあ、その子達のことを教えるわねぇん」

 

「おう、頼む」

 

 

 そう言って貂蝉が説明したこと俺なりにまとめると、魔法使いで言うところの魔法の杖のようなものだな。それよりも遥かに高性能だが、行き過ぎた科学は魔法だ。なんて昔に聞いたことがあるが、まさにそれを地でいってやがる。技術力が半端じゃねぇな。

 

 

「そうそう、さっき点滅していたその宝石、その宝石は謂わばデバイスのコア、心臓のようなものが内蔵されているの。少々の傷であれば自己修復機能があるから直るのだけど、真っ二つになったり、砕けたりすれば修復できない可能性があるわぁ。だ・か・ら、気をつけてねぇん」

 

「了解」

 

「それで、今ここで登録認証する?」

 

 

 貂蝉の問いに、俺は首を横に振って答える。

 

 

「いや、やめとく。もっと知識を得て鍛練してからだ。でないと与えられた物の上に胡座をかきそうだ」

 

「そんなことはないと思うけど。まぁ、山ちゃんが自分が良いと思うことをしなさいな」

 

「?なんだそれ……ま、いいや。んじゃ最後に重要なことだ」

 

 

 俺は真剣な顔をして貂蝉に問いかける。

 

 

「向こうで俺は何をすれば良い?」

 

「生きるのよぉん。自分の思うがままにやりたいことをしていけばそれが周りにとっての最善になるわぁん」

 

 

 貂蝉が真剣な目で俺の目を見る。それに顔を逸らすようなことはしない。

 

 

「分かった」

 

 

 そう言って頷いて踵を返す。今度こそBARの出入口のドアノブに手をかけて首だけを貂蝉とマスターに向け、一言「またな」と声をかけてノブを捻り扉を開け一歩踏み出す。

 すると視界が白に覆われて意識が遠退いていく。そんな中で貂蝉の「またねぇん」と言う言葉とマスターの「またのお越しをお待ちしております」と言う言葉が聞こえた。そして、俺の意識は白から闇へ落ちた。




はじめましてコントラスです!

今回が初の後書きになりますね。この作品は私の処女作になるわけですが、それなりに苦戦しながら書かせていただいてます。

今回の第二鬼~新たな世界へ~と最初のプロローグ~赤鬼散るでは、かなり書き方などが違ってきているのがお分かりいただけると思うのですがどうでしょう。

近いうちにプロローグ~赤鬼散る~も読みやすいように編集し直そうかなと思っているのですが。まぁ、それも予定は未定と言う感じですね。

リリカルと恋姫のクロスということになっていますが、メインは完璧にリリカルが主軸になります。そこにちょいちょい、他作品が混じると言う形になるかと思います。

今回は主人公にたいしての説明会でした。彼を無知のまま行かせるわけには、いきませんし何より恋姫組を連れていかせたかったので。
まぁ、それほど多く出番があるわけでもないんですけどね。

けれど彼女達にも必ず活躍していただく機会が訪れます。必ず

前置きはここまでにして、えー今回作中に汎用性と言う言葉が出てきました。ルビを見てあれ?これぼんようせいじゃね?と思った方多分少なからずいらっしゃると思います。私もそう思っていました。正しくは、はんようせいと読むみたいです。

実はもう一つありまして、途中主人公が関西弁になるところ有ったと思うのですが、別に私がとチクるったわけではありません。そこら辺ひっくるめて次回の登場人物紹介のときにご説明させていただきます。

では次回赤鬼と愉快な仲間達(仮)にてお会いしましょう。


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山口宏壱プロフィールと過去をさらっと

コントラスです


前回の後書きで『次回は恋姫の紹介』と…………無理でした。

宏壱の過去をさらっと流しでやるつもりが筆が乗るというか、指が乗るというか………ぶっちゃけ最初の方だけでいいかもって感じです。

少し興味があるよって方は、まぁ、流し読みぐらいの感覚で良いと思います。

少し長くなりましたが………… 山口宏壱プロフィールと過去をさらっと

はじまります。


 主人公

 

 

 名前:山口 宏壱

 

 

(最初の世界での)生年月日:1993年7月7日

 

 

 年齢:前々世・65歳(死去)→前世(恋姫)・80歳(死去)→今世(リリカル)・6歳

 

 

 容姿:黒髪の短髪、少し赤色が混ざった黒目(間近でよく見れば分かる)、結構なツリ目、目を合わせるとよくそらされる(子供に泣かれたことがあるらしい)。

 

 着痩せするタイプで、脱ぐと無駄の無い引き締まった体をしている。細く見えるけどさわると意外とって感じ。

 

 

 

 趣味:歌を歌うこと、鍛練、読書

 

 

 好きなもの・こと:女性、唐揚げ、ラーメン、戦闘(殺し合いではなくあくまでも実戦形式の模擬戦)、身内

 

 嫌いなもの・こと:身内を傷つけるやつ、女性の涙

 

 

 性格:かなり強気で好戦的。女性の好意には気づいているが、気づいていないふりをするだけで鈍感ではない。惚れた女性には弱い(鍛練だと手加減はしない)。

 興奮すると関西弁が出る(奈良出身)キレるとかなり荒っぽい言葉を使うが、沸点が高くそうそうキレるようなことはない。(相手を威圧するためにわざと使うことはある)

 生きることに貪欲だが己に恥じない生を、と常に思っている。

 

 

 備考:奈良県出身で父と母、2歳年下の妹の4人暮らしだった。実は父親が転生者で、転生特典としてワンピースの六式と覇気(覇王色、武装色、見聞色)を貰っている。ただ転生先は一般的な家庭で鍛練は続けたが使うことはなかった。ただその世界は、やけに戦争の多い世界だった。

 

 主人公には覇王色、見聞色の才能がそこそこ有ったが武装色、六式に関しては才能無しと判断され、自分でもそう思っている。妹の麻衣には才能があり、宏壱は1年で抜かれそれからは何度やっても勝てなかった。(二人とも5歳から始めている)

 

 宏壱の誕生日の日の数日前に海外旅行のチケットが商店街の福引きで当たり、誕生日の日にいこうと決まった。誕生日当日(宏壱9歳、麻衣7歳)旅客船に乗っているときに事件が起きる。

 

 某米国の重要人物が同じ船に乗っていた。護衛目的だったが、情報が漏れて敵対組織に見つかってしまう。組織の組員は、見敵必殺を義務付けられていたようで、船内で銃声が鳴り響く。

 

 運が悪いことに、『快適な旅を』と完璧な防音設計されて造られた船だった為、部屋中に居た宏壱達は気づけなかった。鍛練だけを続け実戦経験の無い彼らが常時警戒しているわけもなく、扉が開くとともにテロリストが乱入、扉正面に居た父親が撃たれ、それに悲鳴をあげた母親も射殺、唯一反応できた麻衣は窓の近くに居た兄、宏壱の襟首を掴み窓に向かって放り投げることに成功する。そのとき、麻衣が放った一言「生きて」これが今でも宏壱の胸の中にある。

 

 その後、宏壱はとある小さな地図にも載らない島(人口一人のほぼ無人島)の浜辺に打ち上げられているのを、発見され一命を取り止める。

 

 名前はジン、「傭兵だ」と言った男に師事を仰ぐ。それから3年後、12歳のときに初めて人を殺す。その時の光景、匂い、感触、気持ちを覚えている。夢に見ることさえあるようだ。

 

 それからさらに3年後、傭兵仲間の裏切りにあいジンが死亡。このとき覇王色の覇気が完全に覚醒する。そしてそれから4年後テロリスト組織を壊滅させるに至り、家族の仇をとることに成功する。

 

 あとは依頼を受け護衛、戦争への参加、災害での救出作業等々をこなし生活する。その際に出逢った女性アマンダ・リコールと恋仲になり結婚する。

 

 アマンダも傭兵をやっていたが 、宏壱50歳、アマンダ37歳のときに身ごもり引退。二人で自然溢れる田舎に移り住む。ただ鍛練は続けていたし、たまに来る依頼もこなしていたので、完全な引退とは言い切れなかったが。

 

  2058年、宏壱に恨みを持つ者に罠に嵌められる。とある要人の救出の依頼だった。予定よりも早い段階で依頼を成功させたが、これは罠だと教えられる。宏壱を妻と娘から離し、その間に襲うという計画だった。

 

 それを聞いた宏壱は全速力で自宅に帰還、だが家の扉は破壊され、家の中はもぬけの殻だった。絶望しかけた宏壱だったが、手がかりを見つけ救出へ。妻と娘の救出には成功したが、最後に猛毒を塗ったナイフで切られる。毒で死ぬような無様は晒したくないと、銃を自分の頭に突き付け自害。

 

 後でそれを知った娘、リサは医学の道を進むようになる。後にノーベル生理学・医学賞を受賞、世界有数の医者になる。

 

 自害した宏壱は、『世界と世界の狭間』に迷い込む。そこは現世で死んだ者が必ず通る通り道のようなもので、罪人はここで働いて生前の罪を洗い流す。これを拒否した者は、強制的に記憶を持ったまま転生させられる。その転生先は蚊又は、ゴキブリ等疎まれて尚且つ殺され易いものになる。

 

 宏壱は暫く彷徨っていたところを、貂蝉に拾われた。貂蝉の話によるとここから様々な世界へ飛び立ち、死ねばまたここに戻るという繰り返しで死ぬ時期、寿命のようなものだが。そういったものは個人で大体決まっているそうだ。

 

 だが、ここ数十年とある世界で狂いが生まれ始めた。死ぬはずの者が死なず、死なないはずの者が死ぬ。その相違点に宏壱が居たという。これを出来るのは死神やそういったものに携わる部署にいる者達だと、たまにミスを犯して、まだ死なない人物を殺してしまうらしいのだが。(そういったときは記憶を持ったまま特典を持たせて、好きな世界へ飛ばせとマニュアルに有るらしい。宏壱の父親もこれにあたる)

 

 宏壱が殺した、捕まえた人物達はほとんどが危険な思想の持ち主で、世界の滅亡を望むもの、戦争こそが人類の発展に繋がると信じて疑わないもの、ただの快楽殺人鬼と生きていれば必ず大きな事件を起こしていたであろう者達だった。

 

 逆に、護衛し守り抜いたもの、救出し危機から助けられた者たちは、後に内紛を終わらせたり、医学において凄まじい成果を残し医療に役立てたり、宇宙開発に貢献したりと様々な分野において人類の発展に繋がっていった。

 

 そもそも、宏壱自身が9歳の誕生日で死ぬはずだった。たとえ死ぬはずだった人間が65歳まで生きようともさほど影響はない、だが宏壱は世界の運命そのものを変えたと言っても過言では無いほどの功績を残した。

 

 それにより、宏壱の魂が変質し輪廻の輪に入ることが出来なくなってしまった。そしてこの世界にも留まることはできないし、してはならない。宏壱の理念は生きることにある。だから決めたのだ。あらゆる世界を回る、と。

 

 そして、彼は恋姫へ次は次元で繋がり合う世界へ向かうことになる。

 



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蜀伝の書~プロフィール~

 恋姫原作組

 

 

 

 

 姓:劉 名:備 字:玄徳

 

 真名: 桃香

 

 年齢:19

 

 容姿:原作と同じ

 

 一人称:私、関羽・張飛にのみお姉ちゃん

 

 魔力光:桃色

 

 デバイス:アームドデバイス『清王伝家』

 

 

 備考

 

 原作と違い強い、実力で言えば愛紗と闘えば5回のうち3回は勝てる。

 

 心優しい女の子で、誰かが傷つくことを嫌う。特に仲間が傷つくことを嫌い、剣を手に取り自ら前に出ることもあり、たびたび宏壱達を困らせた。

 

 幼い頃に賊に襲われているところを、大陸見聞の旅をしていた宏壱に助けられ、宏壱のもとで3年間武を学び、宏壱の伝で盧植子幹に預けられる。

 

 その頃は、宏壱を兄と慕っており『お兄ちゃん』と呼んで後ろをついてまわっていたが、盧植に預けられる際に離れたくないという思いが強くなり一人の男性として意識するようになる。

 

 立派に成長すればまた会いに来ると、約束をして去っていく宏壱の後ろ姿を見つめながら、自分をもっと磨こうと決意した。

 

 たまにミスをするが何事にも一生懸命な女の子である。

 

 宏壱を『お兄ちゃん』と呼び慕っている。

 

 

 

 

 姓:関 名:羽 字:雲長

 

 真名:愛紗

 

 年齢:18

 

 容姿:原作と同じ

 

 一人称:私

 

 魔力光:少し水色が入った緑色

 

 デバイス:アームドデバイス『青龍偃月刀』

 

 

 備考

 

 劉備を少しライバル視している。女としても武人としても一生懸命で、何が宏壱のためになるかを常に考えている。

 

 幼い頃に村が賊に襲われ兄を目の前で失い、愛紗自身も賊の凶刃に殺されそうになる。そのとき偶然村の近くを通りかかった宏壱に助けられる。

 

 宏壱に助けられた後、自分を鍛えてほしいと頼み込み宏壱はそれを承諾。その後は2年間鍛練に励み己が武を鍛え自身を高めていく。

 

 兄を失った寂しさから宏壱を『兄上』と慕うようになり、それが恋心に変わるのは遅くなかった。

 

 宏壱が居なくても頑張れると見せるために再会を約束して一人旅に出る。そのときにもしも会うことがあれば劉備玄徳という少女の力になっってほしいと言われてこれを承諾。

 

 張飛と出会いその後に劉備と出会う。その人柄、武に惚れ込み行動を共にし、張飛を含めて3人で義姉妹の契り俗に言う『桃園の誓い』を結ぶ。因みに劉備と関羽のなかでは宏壱も勝手に加えられている。

 

 原作と違い女を磨くために料理を頑張って磨いた。そのかいあって料理の腕はかなりのものになっている。

 ヤキモチもあまりせず、二人っきりのときに盛大に甘えるようにしている。

 

 宏壱を『兄上』と呼び慕っている。

 

 

 

 

 

 姓:張 名:飛 字:翼徳

 

 真名:鈴々

 

 年齢:13

 

 容姿:原作と同じ

 

 魔力光:赤色

 

 一人称:鈴々

 

 デバイス:アームドデバイス『丈八蛇矛』

 

 

 備考

 

 身寄りもなく、頼れるものもいなくて、ただその武を退屈しのぎに使い暴れて村の人たちを、困らせていたときに関羽に倒されたのが張飛翼徳の始まりと言える。

 

 それまでは、自分の武こそが大陸一だと思っていたが、関羽に負けたことで、上には上がいると思い知り、そういった強者達と会いたい、闘いたいと思い

 関羽に付いていくことを決意する。

 

 その後は関羽と共に武を鍛え、賊を倒していく。その道中で関羽から宏壱の話を聞き強い憧れを抱くようになる。

 

 強い正義感を持っており、曲がったことが許せない。ただ、まだまだ子供の部分が有り遊び盛りで、よく仕事をサボって関羽に怒られている。

 因みに嘘が吐けず顔にすぐ出る。

 

 宏壱を『お兄ちゃん』と呼び慕っている。

 

 

 

 

 

 姓:趙 名:雲 字:子龍

 

 真名:星

 

 年齢:18

 

 容姿:原作と同じ

 

 一人称:私

 

 魔力光:水色

 

 デバイス:アームドデバイス『龍牙』

 

 

 備考

 

 自分なりの価値観と正義感を持つ女の子。人の意見に左右されることがない、かと言って自分が絶対に正しいと思っているわけでもない。かなり思考に柔軟性を持っている。

 

 メンマと酒、人をからかうことがだいすきでよく関羽や馬超をからかって遊んでいる。たまに宏壱をからかいに行くが返り討ちにされ、赤面して呆けている姿が見られる。

 

 自分なりの正義を持つ宏壱に惹かれており、よく月見酒を共にしようと部屋まで押し掛け、深夜遅くまで語り合うことがある。

 

 宏壱を『兄者』と呼び慕っている。

 

 

 

 

 

 姓:馬 名:超 字:孟起

 

 真名:翠

 

 年齢:18

 

 容姿:原作と同じ

 

 一人称:あたし

 

 魔力光:緑色

 

 デバイス:アームドデバイス『銀閃』

 

 

 備考

 

 西涼の姫『錦馬超』として将来西涼連合を背負って立つ者として期待されていたが、曹魏が攻めてきたことにより、その圧倒的な武力差に押し負けて、馬一族の者達を連れて逃げるのがやっとだった。

 そこで、評判の良い劉備を頼り身を寄せることになる。

 

 出会いは遅かったが、宏壱のことをそれなりに早くから意識するようになる。

 

 馬が大好きで自分が西涼の民であることに誇りを持っている。

 

 宏壱を『兄貴』と呼び慕っている。

 

 

 

 

 

 姓:馬 名:岱 字:伯瞻

 

 真名:蒲公英

 

 年齢:14

 

 容姿:原作と同じ

 

 一人称:たんぽぽ

 

 魔力光:オレンジ

 

 デバイス:アームドデバイス『影閃』

 

 

 備考

 

 馬超の従姉妹でイタズラ大好きな女の子。

 

 それなりに腕は立つが真っ向勝負はそれほど得意ではなく、相手をおちょくりペースを乱し罠にはめることで、危なげなく捕らえる。

 

 おしゃれも好きで張三姉妹と袁術の舞台衣装を手掛けている。

 

 宏壱を『お兄様』と呼び慕っている。

 

 

 

 

 

 姓:諸葛 名:亮 字:孔明

 

 真名:朱里

 

 年齢:16

 

 容姿:原作と同じ

 

 一人称:私

 

 魔力光:黄色

 

 

 デバイス:アームドデバイス『竜驤虎視(りゅうじょうこし)

 

 

 備考

 

『伏竜』と呼ばれている天才軍師だが、『はわわ軍師』としての名前の方が有名である。

 

『はわわ』が口癖で、テンパると出てきてよくかむ。それで周りが和むこともあり、宏壱はそんな諸葛亮を見てよく頭を撫でている。

 

 恥ずかしがりやだが決めるときは決める頼りになる軍師様………だが、一度気が緩むとどんどん崩れていきカミカミになる。

 

 鳳統、徐庶と同じ水鏡塾という所で学問に励んでいたが、自分の知識を世のために使いたいと、鳳統と共に水鏡『司馬徽徳操』に頼み込み早めに卒業試験を受け合格、鳳統と共に塾を出て徐庶から聞いたことのある劉備の人柄を見て主にふさわしいと判断、仕えるようになる。

 

 宏壱を『お兄様』と呼んで慕っている。

 

 

 

 

 

 姓:鳳 名:統 字:士元

 

 真名:雛里

 

 年齢:16

 

 容姿:原作と同じ

 

 一人称:私

 

 魔力光:薄紫

 

 デバイス:アームドデバイス『鳳凰杖』

 

 

 備考

 

『鳳雛』と呼ばれている天才軍師だが、『あわわ軍師』としての名前の方が有名である。

 

『あわわ』が口癖で、テンパると出てきてよくかむ。それで周りが和むこともあり、宏壱はそんな鳳統の頭を撫でている。

 

 すごく恥ずかしがりやで人見知り、引っ込み思案でかなり内向的である。自分の意見を強く主張するのが苦手で宏壱や諸葛亮、徐庶の後に隠れていることが多い。仲間内ではなくなったが、初対面だと未だ慣れない。

 

 諸葛亮、徐庶と同じ水鏡塾という所で学問に励んでいたが、自分の知識を世のために使いたいと、諸葛亮と共に水鏡『司馬徽徳操』に頼み込み早めに卒業試験を受け合格、諸葛亮と共に塾を出て徐庶から聞いたことのある劉備の人柄を見て主にふさわしいと判断、仕えるようになる。

 

 宏壱を『お兄様』と呼び慕っている。

 

 

 

 

 

 姓:黄 名:忠 字:漢升

 

 真名:紫苑

 

 年齢:不詳

 

 容姿:原作と同じ

 

 一人称:私

 

 魔力光:紫

 

 デバイス:アームドデバイス『颶鵬(ぐほう)

 

 

 

 

 

 備考

 

 一児の母で未亡人。大人の包容力があり蜀のお母さんのような存在で、みんなの相談役のような役割になっている。宏壱も黄忠には頭が上がらない。

 

 宏壱を弟のような、息子のような、それでいて一人の男性として見ている。

 

 弓の名手で、まさに百発百中を実際に体現して見せることができる。因みに年齢の話はタブーである。射ぬかれるよ?

 

 宏壱を『宏壱さん』と呼び慕っている。

 

 

 

 

 

 名:璃々

 

 年齢:7

 

 容姿:原作と同じ

 

 魔力光:紫

 

 一人称:りり

 

 デバイス:なし

 

 

 

 

 

 備考

 

 黄忠の一人娘。死んだときは53歳だったが、なぜか幼児退行してしまった幼女。最初は劉備達と同年代が良いと嘆いたが、素直に宏壱に甘えられると母に諭され納得、今では全く気にしていないエターナルロリータ。

 

 戦闘能力はそれなり、知能もそれなり、そして癒し力マックスのスーパー幼女。

 

 宏壱を『お兄ちゃん』と呼び慕っている。

 

 

 

 

 

 姓:厳 名:顔

 

 真名:桔梗

 

 年齢:不詳

 

 容姿:原作と同じ

 

 一人称:儂

 

 魔力光:藍色

 

 デバイス:アームドデバイス『豪天砲』

 

 備考

 

 酒大好き、喧嘩大好きの豪快なお姉様。かなりサバサバした性格で細かいことは気にしない。馬岱や魏延が騒ぎ出すと普段は笑いながら見ているが、度が過ぎると拳骨を落とす蜀のお父さん。

 

 魏延の師匠で過酷な鍛練を行っている。序でに馬岱の面倒も見ている。

 

 妖艶な雰囲気を放ち宏壱に迫るが、よく返り討ちにあっている。意外なことに少し乙女っぽい。黄忠と同じく年齢の話はタブーである。

 

 宏壱を『宏壱殿』と呼び慕っている。

 

 

 

 

 

 姓:魏 名:延 字:文長

 

 真名:焔耶

 

 年齢:17

 

 容姿:原作と同じ

 

 一人称:ワタシ

 

 魔力光:灰色

 

 デバイス:アームドデバイス『鈍砕骨』

 

 

 備考

 

 一途で純情で敏感な女の子。

 

 家族を殺され純潔を散らされそうになったときに宏壱に助けられた。

 

 他に身寄りもないので、宏壱が自分の旅に連れていくことにする。

 

 当時は、男性恐怖症で宏壱が近付くだけでも錯乱し手当たり次第に物を投げつけて宏壱を近付けまいとしていたが献身的に接する宏壱に徐々に心を開いてゆく。

 

 宏壱に数ヶ月程だが武を学び師匠と仰ぐが、とある事件で厳顔に見初められ師事を仰ぐことになる。

 

 劉備陣営に加わる際に、劉備の可憐さに一目惚れしたが、宏壱が居ると知って二人同列一位と決めた。ある意味で猪突猛進で一途な女の子。

 

 馬岱のからかいにや罠によく嵌まりいつか仕返しを、と誓っている。

 

 宏壱を『お師匠』と呼び慕っている。

 

 

 

 

 

 姓:張 名:角

 

 真名:天和

 

 年齢:20

 

 容姿:原作と同じ

 

 一人称:私、たまにお姉ちゃん

 

 魔力光:薄い桃色

 

 デバイス:なし

 

 

 

 

 

 備考

 

 張三姉妹の長女。天然でぽややんとした女の子。

 

 三姉妹で歌芸人『数え役満☆シスターズ』として大陸各地を渡り歩いていた。まとめ役をしていて張宝、張梁も全幅の信頼をおいている。

 

 とある村で、宏壱が食い逃げを退治しているのを見たのがきっかけで、張角が宏壱を護衛として雇う。

 

 宏壱が義勇軍『赤鬼衆(せききしゅう)』を結成した後も同行する。

 

 自分達の歌で、人を笑顔にすることができるんだと宏壱に教えられ、三姉妹でみんなの笑顔のために歌を歌う。

 

 原作と違い黄巾党の主導者ではなく、姉妹そろって希望の歌姫として活躍する。

 

 宏壱を『宏壱』と呼び慕っている。

 

 

 

 

 

 姓:張 名:宝

 

 真名:地和

 

 年齢:16

 

 

 容姿:原作と同じ

 

 一人称:ちぃ

 

 魔力光:水色

 

 デバイス:なし

 

 

 備考

 

 張三姉妹の次女。強気でツンデレな女の子。

 

『数え役満☆シスターズ』の衣装及び振り付け担当。

 

 張角が連れてきた宏壱に一目惚れしたが、素直になれず罵倒ばかりしている。なにかと理由を付けては買い物の荷物持ちに付き合わせようとする。

 

 張角と同じく、歌姫として活躍する。

 

 おっぱいがちっぱいのが悩み。

 

 宏壱を『宏壱』と呼び慕っている。

 

 

 

 

 

 姓:張 名:梁

 

 真名:人和

 

 年齢:15

 

 容姿:原作と同じ

 

 一人称:私

 

 魔力光:薄紫

 

 デバイス:なし

 

 

 備考

 

 張三姉妹の三女。とってもクールで冷静、頭もそこそこ良い。

 

『数え役満☆シスターズ』の経理を担当していて姉妹の財布を握っている。

 

 宏壱にワガママばかり言う姉達のことを申し訳なく思いつつ、少し羨ましいと思っている。

 

 宏壱を『宏壱さん』と呼び慕っている。

 

 

 

 

 

 姓:袁 名:術 字:公路

 

 真名:美羽

 

 年齢:17

 

 容姿:原作通り

 

 一人称:妾

 

 魔力光:黄金色

 

 デバイス:なし

 

 

 備考

 

 かつては我が儘し放題の暴虐な君主だったが、宏壱に叱られて心優しく人のことを気にかけられる少女になった。

 

 路銀が尽きて稼ぐために客将へと仕官しに来たのが宏壱だった。我が儘で民のことを考えず、しろうともしなかった袁術に激怒した宏壱が、お尻ペンペンを実行、心を改め勉学に励むようになる。

 

 半年で路銀が溜まり、宏壱が旅に出た後も勉学に勤しみ、鍛練に励んだ。

 

 客将としていた孫策が反旗を翻すことを事前に知っていた袁術は張勲と共に逃亡、益州へと向かう劉備軍に合流そのまま同行する。

 

 益州では張三姉妹とは別で、歌を歌い民達を和ませていた。

 

 宏壱を『兄様』と呼び慕っている。

 

 

 

 

 

 姓:張 名:勲 字:少軒

 

 真名:七乃

 

 年齢:19

 

 容姿:原作と同じ

 

 一人称:私

 

 魔力光:紺色

 

 デバイス:なし

 

 

 備考

 

 袁術の従者でオチャメな女性。

 

 袁術のお守りをしながら袁家の老人達に目をひからせていたが、宏壱が客将として仕官してきたことである程度の自由が利くようになり隠居へと追い込むことに成功する。

 

 孫策らを出し抜くなど、本気を出せば周瑜や諸葛亮さえも出し抜くことができると言われている。

 

 劉備陣営と合流してからは軍部、内政等には手を出さず袁術のマネージャーのような役割を担っていた。

 

 宏壱を『宏壱さん』と呼び慕っている………かもしれない。

 

 

 

 

 

 恋姫オリキャラ組

 

 

 

 

 

 姓:司馬 名:懿 字:仲達

 

 真名:菫

 

 年齢:22

 

 

 容姿

 

 身長:176cm

 

 体重:49kg

 

 B:94 W:55 H:88

 

 髪:白髪で日の光を反射するほどの髪を背中までストレートに伸ばしている。

 

 目の色:スカイブルー

 

 一人称:私

 

 魔力光:白

 

 デバイス:アームドデバイス『春椿』

 

 

 備考

 

 クールで穏やかな女性。感情を表に出すのが得意ではない。表情も分かりづらくて他人からは誤解されやすいが、付き合いの長い者たちには分かるらしい。

 

 太史慈とは幼なじみで、幼少の頃からの付き合いである。

 

 司馬懿と太史慈の二人が、宏壱が恋姫の世界に来て初めて出会った少女達である。司馬懿と太史慈、それと二人の両親、後は数名の護衛で落陽にいった帰り休憩に立ち寄った川の畔で倒れているのを見つけ保護した。

 

 それから2年間司馬家で勉学に励み世界の文字、常識(真名等々)を学ぶ。その後に見聞を広めるために旅に出る宏壱を見送る。(この時宏壱7歳、司馬懿、太史慈共に10歳)

 

 すでに宏壱を主と定めていて数多くの諸侯から仕官の話があったが、それら全てに断りの返事をしていた。

 

 宏壱が義勇軍『赤鬼衆』を立ち上げたことを知り、太史慈と共に自ら馳せ参じる。

 

 その後は商人に上手く取り次いで支援金を出させたり、義勇兵達の武具を格安で買い取ったり、して貢献した。

 

 幼少の頃の憧れが強いが其処には確かに宏壱に対しての恋愛感情があり、宏壱至上主義とも言えるほどのものがある。

 

 宏壱を『宏壱様』と呼び慕っている。

 

 

 

 

 

 姓:太史 名:慈 字:子義

 

 真名:要

 

 年齢:22

 

 

 容姿

 

 身長:167cm

 

 体重:47kg

 

 B:83 W:53 H:78

 

 髪:襟首辺りで切り揃えていて揉み上げを鎖骨まで伸ばして、左側の髪だけ青いリボンでペケ印が二つ重なるように結んでいる。髪の色はグリーン

 

 目の色:ゴールド

 

 一人称:あたし

 

 魔力光:黄色

 

 デバイス:アームドデバイス『紅夜叉』

 

 

 備考

 

 大雑把で細かいことは気にしない女の子。

 

 司馬懿の幼なじみで、宏壱が川の畔で倒れているのを最初に発見した。

 

 宏壱の体から滲み出る強者のにおいを嗅ぎ付け、剣を最初に師事した、宏壱にとっての初めての弟子でもある。

 

 宏壱が義勇軍『赤鬼衆』を立ち上げたことを知り、司馬懿と共に馳せ参じた。

 

 実は、剣よりも弓の方が才能があり得意、だから義勇軍内では、遠くから矢を射って後方に居る敵将を撃ち取るようなこともしていた。

 

 宏壱を『宏壱様』と呼び慕っている。

 

 

 

 

 

 姓:徐 名:庶 字:元直

 

 真名:碧里

 

 年齢:18

 

 

 容姿

 

 身長:156cm

 

 体重:38

 

 B:87 W:51 H:80

 

 髪:肩甲骨まで伸ばした黒髪を、赤色の鈴のついた髪紐でツインテールにしている。

 

 目の色:藍色

 

 一人称:私

 

 魔力光:青色

 

 デバイス:アームドデバイス『猛秀隻』

 

 

 備考

 

 素直で優しく、惚れた相手にはとことん弱くなってしまう女の子。

 

 諸葛亮や鳳統よりも早くに水鏡塾を出ており、一人旅を続けていた。とある村で宏壱とすれ違った時に、思わず声をかけてしまう。本人曰く一目惚れしたようで旅の同行を願い出た。特に断る理由もなく、宏壱はこれを了承。二人旅を始める。

 

 劉備や関羽よりも出会うのは遅かったが、最も付き合いが長く、まさに阿吽の呼吸で物事を進められる。

 

『赤鬼衆』の立ち上げを提案したのも徐庶である。司馬懿と並んで『赤鬼』の『二頭麒麟』と呼ばれている。

 

 宏壱を『宏壱さん』と呼び慕っている。

 

 

 

 

 

 姓:徐 名:晃 字:公明

 

 真名:呉刃(くれは)

 

 年齢:17

 

 

 容姿

 

 身長:153cm

 

 体重:32kg

 

 B:77 W:50 H:63

 

 髪:紺色で前髪は目が隠れるほど長く、膝裏まで届くほど伸ばしている。

 

 目の色:白色

 

 魔力光:黒

 

 一人称:私

 

 デバイス:アームドデバイス『朽果(くちはて)

 

 

 備考

 

 少々内向的で、少し影の薄い女の子。

 

 宏壱が徐庶と出会う前に、出会った少女で、その瞳の色の所為で、村の住民から迫害されてきた。だから目が相手に見えないように前髪で隠している。

 

 金に困った村人の手により豪族に売られるも気味悪がられ、犯すだけ犯されて捨てられてしまう。疲労困憊で、食糧も生きる気力もない後は死に行くだけ、そんな状態で宏壱と出会ってしまう。

 

 ただ、男という理由で獣のように宏壱に襲いかかるも返り討ちにされる。その後、ご飯を与えられ、着る服も買ってもらい涙ながらに自分の生い立ちを語る。

 

 武術をした事がないと言う徐晃に、教えることになる。気配が薄く、並みの武人では気づけない程の隠密スキルを持っていた。その上、特異体質らしく光のない真っ暗闇でもはっきりとものが見えている。かといって、光が眩しすぎて日の下を歩けない、なんてことはない。

 

 宏壱に付き従う影となり、隠密部隊の隊長をしている。

 

 宏壱を『宏壱様』と呼び慕っている。

 

 

 

 

 

 姓:姜 名:維 字:伯約

 

 真名:優雪

 

 年齢:14

 

 

 容姿

 

 身長:150cm

 

 体重:39kg

 

 B:88 W:53 H:73

 

 髪:緩やかなウェーブの掛かったブロンド。鎖骨辺りまでストレートに伸ばしている。

 

 目の色:スカイブルー

 

 魔力光:金色

 

 一人称:私

 

 アームドデバイス:『月光幻影』

 

 

 備考

 

 恥ずかしがりやで初な女の子。(諸葛亮、鳳統程ではない)

 

『赤鬼衆』の立ち上げ時に志願した少女で、両親を黄巾党に殺されている。また、父親は文官、母親は武官として宮仕えしていたらしく、武、知共に平均的に高いレベルで教育されていた。

 

 宏壱の目に止まり宏壱の副官として抜粋される。劉備軍では、経験は浅いが良い将になると期待され宏壱を始めとした武官らに鍛えられ、諸葛亮や鳳統、司馬懿、徐庶といった軍師達から知略を学び、闘える軍師として英才教育を受ける。

 

 いつも優しく接してくれる宏壱を好いている。

 

 宏壱を『宏壱さん』と呼び慕っている。



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リリカル原作前~世界を知ろう~
第三鬼~赤鬼と始まり~


 side~宏壱~

 

 

「ん……ここは?」

 

 

 意識の覚醒と同時に、周囲の確認を行う。どこかの部屋のベッドで寝ていたらしい。左手側に扉が見える、右手側は窓だな。

 窓から外を見てみると、少し離れた所、目測で40m程の距離に民家が見える。眼下には広めの庭があり松の木や柿、梅の木なんかが植えられているのが見えるし、石造りの灯籠なんかもあるな。まさに懐かしき日本庭園だな。

 

 

「結構広い家だな。外に出てみるか」

 

 

 そう呟いてベッドから足を下ろし立ち上がろうとして……。

 

 

「っ~~いってぇ、なんだぁ?」

 

 

 下ろしたときに、床に足がつかずそのまま落ちてしまう。

 

 

「……おいおいマジかよ!」

 

 

 自分の体、正確には視点の低さに違和感を覚え立ち上がって体を見下ろす。

 

 

「は?」

 

 

 あまりにもな光景に間抜けな声が漏れる。

 

 

「いやいや、確かに年齢は下がるみたいなこと言ってたが……これは」

 

 

 そこにある手や足は少年と言うよりも、幼児のそれ。床があまりにも近すぎるし、なにより正面にあるドアノブに手が届くかどうか微妙なんだが。

 

 

「まぁ、考えててもしゃあねぇか」

 

 

 取り敢えずこの部屋から出てみることにして、扉に近付く。

 

 

「んくぅ~っあと、ちょっと」

 

 

 ググ~っと背伸びをする。

 

 

「よし!」

 

 

 なんとか手が届きノブを回して扉を開ける。

 部屋を出ると正面に扉があり左右には廊下が広がっていて、右を見ると、同じように向かい合わせになるように扉があり、突き当たりに一枚扉が見えた。左にも扉が向かい合わせになるようあり、その先に下へ降りるための階段が見えた。

 

 

「他の部屋は無理だな。手が届かねぇ、何てことはないが疲れる。下に降りてみるか」

 

 

 そう呟いて階段へと足を向けて歩き出す。キィ、キィと木の板を嵌め込まれた床を踏み鳴らしながら進み階段を降りていく。階段を降りた先には引き戸のガラス戸が見えた。恐らく玄関だろう。靴箱とか見えるし。

 

 

「上はどっちかって言うと洋風だったけど、下は和風って感じだな」

 

 

 そのまま降りて、玄関に置いてある靴を履いて外に出る。5m先ぐらいに門が見える。門まで続く石畳を歩く、3m程の幅でそこから先は、雑草の生えていない綺麗な土が見えていた。

 

 

「へぇ、なかなか良い外観だな」

 

 

 石畳の中頃で、一度振り返り出てきた家を見る。屋内は一階は和風、二階は洋風って感じだったけど外から見れば、二階建てのちょっとした屋敷みたいだな。

 そんなことを考えながら、止めていた足を門に向かって進める。門は開けられていて、そこから顔を出し左右を確認する。正面には普通の民家、左はずっと塀が続いていて、30m程で左に折れている。右側も同じで民家と隣接はしてないようだ。門から体を出し門を見上げる。向かって右側に表札があり達筆な文字で『山口』と書かれていた。

 

 

「ここが俺の家になるみたいだな。少し回ってみるか?」

 

 

 そう自分に問い、周囲を塀づたいに左側から回って見ることにする。

 

 

「ガキの体ってのは不便だな。歩幅が小さすぎて時間が掛かるぞ」

 

 

 そんなことを呟きながら道を左に曲がっていく。

 

 

「なげぇなおい」

 

 

 正面に広がる道をみて、少し辟易する。100mほど続く塀を見れば誰だってそう思うだろう。ましてや今の俺の歩幅は2、30cm程度しかないのだから当然と言える。

 

 

「はぁ、言っててもしゃあねぇか」

 

 

 その言葉とともに再び足を進める。おそらく平日の昼頃なんだろう、人影がないし、なにより飯の良い匂いが俺の嗅覚を刺激してくる。

 

 

「はぁ、ふぅ」

 

 

 塀を一周したがどうやら隣接している民家はないようだ。

 

 

「しっかし、かなり体力落ちてんな。この程度で息が上がるとか……はぁ、鍛え直しだなこりゃ」

 

 

 そう呟きながら門を潜り、石畳を歩いて家の中に入る。靴を脱いで、上がって向かって左側には手前に二つの襖と奥に一つの扉があり、右側には手前に一つの扉、続いて二つの襖があり奥に一つの扉がある。

 まずは、左側手前にある襖から開けてみる。スゥっと静かな音をたてて開けられた襖の先には、15畳ほどの居間があり、真ん中を隔てるように20人ほどが座れるようなテーブルがある。

 左の方には液晶テレビがあり正面にガラス障子、縁側、庭が広がりその庭の向こう塀のそばに小屋が見える。右の方を見ると、そっちにもガラス障子がある。その障子を開けてみると、キッチンがあった。左手側に換気扇がついている。どうやら電気コンロのようだ。右側に襖があり、そこを開けると廊下に出た。

 

 

「あ~、なるほど居間とキッチンは繋がってるわけだ」

 

 

 納得がいったところで一番奥の扉を開ける。そこにはなにもなく6畳ほどの空間があるだけだった。

 

 

「ああ、物置か」

 

 

 そう結論付け、向かいにある扉を開ける。そこには下に行く階段があるだけだった。

 

 

「地下があんのか………後回しだな」

 

 

 階段のあった部屋を後にし、他の部屋を見て回る。

 奥から順に客間二部屋と洗面所、その奥にトイレだった。風呂場が見あたらないが、多分外にあった小屋じゃねぇかな、とあたりをつけている。

 ちなみに、洗面台にあった鏡を覗くと、そこには3歳ぐらいの俺がいた。(台を使わないと、洗面台に届かないことに、涙がホロリときたのは、ここだけの秘密だ)

 

 

「取り敢えず、外も調べたし、後は地下だけなんだけどなぁ」

 

 

 庭の方も調べ終わって、今は居間にいる。案の定居間から見える小屋は、脱衣場兼風呂場だった。風呂事態もそれなりに広く、20人ほどなら余裕で入れそうだった。この家を貂蝉が用意したと言うのならグッジョブと言わざるを得ない。

 

 

〈何を一人で頷いているのです? 主〉

 

「いやな、これで桃香達と風呂に入れると思うとな……ん?」

 

 

 薔薇色の未来に想いを馳せていると声をかけられる。その声は女のようなんだがどこか機械音声のようなものだった。

 

 

(っつーか今この場には俺しかいないんだけど)

 

 

 そう思いながらも辺りを見回すが誰もいない。

 

 

〈こちらです主〉

 

「お前、か?」

 

 

 いつの間にあったのか、俺が気づかなかっただけなのか、テーブルの上に嵌め込まれた白色の宝石をピコピコと点滅させながら語りかけてくる十字架のネックレスがあった。



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第四鬼~赤鬼と刃、無限~

side~宏壱~

 

「お前は、確か貂蝉が俺に渡したデバイスってやつか?」

 

 

 俺に語りかけてきたネックレスにそう問いかける。

 

 

〈はい、主〉

 

 

 俺の問に、そう簡潔に返すその声にどこか柔らかいものが含まれていた。

 

 

「(ん? でも確か二つあったような)……なあ、確か二つ受け取ったと思うんだが。あーこの場合二機か?」

 

 

 疑問に思った事を問う。親父の教えは『聞く恥よりも知らぬ恥』だった。無知ほど罪なことはない。前世でも、前々世でもそれが身に染みて分かった、学んだことだ。

 

 

〈どちらでも構わないかと。彼女は裏の道場に居ます〉

 

「さっき、見たときは何もなかったけどなぁ」

 

 

 道場というのは、この家の裏にある幅約10m、長さ約20mほどのもので、二人で鍛練するならちょうど良い広さのものだった。

 因みに、廊下の奥に引き戸が付いていて、そこから道場のある裏庭に出られるようになっている。

 

 

「つーか、まだ起動とかしてないんだけど俺。どうなってんだ? それに主って登録もしてないんだけど」

 

〈その話は、彼女と合流してからにしましょう〉

 

「まぁ、説明してくれんなら、別にもんくはないけどな」

 

 

 そう言って立ち上がり、テーブルの上にあるデバイスを取り、玄関から靴を持って裏口に向かい、そこから道場に向かう。

 滑るように道場の木でできた戸が開く。靴を脱ぎ道場に入ると、ギッギッと木の床板が鳴る。周りを見渡せばすぐにそれは見つかった。

 

 

〈御主君、こちらです〉

 

 

 そいつは嵌め込まれた黒色の宝石を点滅させながら俺を呼ぶ。(この場には俺しかいないし、多分俺のことだと思う)

 

 

(まぁ、ボケッと突っ立てるわけにもいかねぇしな)

 

 

 そんなことを思いながらそのネックレスの下へ向かい、床に正座して黒色の宝石を嵌め込まれたネックレスの横に、白色の宝石を嵌め込まれたネックレスを置く。

 

 

「そんで、何でお前ら起動してんの?」

 

〈〈それは、一時的な起動許可を貂蝉/貂蝉殿から頂いたからですよ〉〉

 

 

 二機がそう声を揃えて言う。

 

 

「アイツそんなもんも持ってんのか」

 

〈ええ、一応我らの製作者ですし〉

 

〈厳密には違いますが〉

 

 

 白色の宝石がそう言い、続くように黒色の宝石が補足する。

 

 

「厳密には違うってのはなんだ?」

 

〈主、あなたですよ〉

 

「は?」

 

 

 思いもよらぬその言葉に、間抜けな声が漏れる。

 

 

〈ですから。御主君、あなたが我らの産みの親なのです〉

 

「……いやいやいや、なに言ってんだ? 俺が作ったことがあるのは〈刀であってネックレス、ましてや我らのようなものではない、と?〉………何で知ってんのか知らねぇけど、そういうことだよ」

 

 

 俺がデバイス達の言葉を否定するために、少し大きな声を出すと落ち着けるように、白色の宝石が優しく声を被せてくる。白色の宝石が言ったように、鍛冶師から指導を受けながら刀を打ったことはあるが、ネックレスなんざ作ったことねぇし、当然デバイスなんてあるわけがねぇ………いや、待てよまさかなぁ。

 

 

「なぁ、お前らの名前って」

 

〈今の我らに名はありません〉

 

〈強いて名乗るとすれば〉

 

 

 そう言って二機は少し間を空け、俺の予想通りの名を名乗る。

 

 

〈我は『骨龍刀・刃』〉

 

〈我は『黒龍刀・無限』〉

 

〈〈我ら『赤鬼・山口(さんこう)』最強の矛なり〉〉

 

「やっぱりかぁ……」

 

 

『骨龍刀・刃』、『黒龍刀・無限』。この二本の刀は俺が前世から愛用してきた刀で、明命(周泰)が愛用していた『魂切』を作った人物でもある。ちょっとした縁があり、『刃』、『無限』を作るときに師事した人だ。ホント苦労した。「最強の武器にしてやる! 龍を狩ってこい!!」何て言い出すもんなぁ。お陰で……まぁ、今はいいや。話を戻そうか。

 

 

「で、お前らが刃と無限だってことくらいは何となく分かった。なんでまた、わざわざ起動許可までもらって話し掛けたんだ?」

 

〈主と会話をしてみたかったというのもありますし〉

 

〈貂蝉からの言伝もあるのですよ〉

 

「貂蝉から?」

 

 

 貂蝉からの伝言? 何か他に言うことでもあるのか?

 

 

〈はい、『蜀伝の書』を起動する際に注意してほしい事があるとか〉

 

〈貂蝉から音声データを預かっています。刃、再生してくれ〉

 

〈ええ、分かっています。では、再生始めます〉

 

[山ちゃん聞こえるかしらん?]

 

 

 そう刃が言うと、暫くして貂蝉の声が道場内に響き始めた。どうでもいいがネックレスから、野太いオカマの声が聞こえるってすんごいシュールだな。

 

 

[これを聞いてるということは、無事そっちに着いたみたいねぇん。少し伝え忘れたことがあるのよぉん。山ちゃんが目を覚まして二週間後、『蜀伝の書』の調整が完了するって話だったけど、いきなり劉備ちゃん達皆を召喚することはできないわぁん。]

 

「はぁ? 何で?」

 

 

 貂蝉に声が届くはずもないのに、思わずそんな声を上げてしまう。

 

 

[って言うのも山ちゃんの身体に、リンカーコアが馴染みきってないのよん。『蜀伝の書』から劉備ちゃん達を召喚するには、それなりの魔力が必要なのよん。幼いうちからある程度リンカーコアに負荷をかけて魔力量の絶対値、魔力放出量を鍛えるのは可能よん。だからこそ、そこまで幼くしたの。劉備ちゃん達一人ひとりが、召喚する度に凄まじい魔力量を持っていくわ。召喚した後なら召喚時に持っていった魔力と、空気中にある魔力素で外に出ていられるのだけれど、魔力が切れれば『蜀伝の書』に戻るから安心してねぇん。]

 

「あ~、まぁ言いたいことは分かった」

 

 

 ま、取り敢えず鍛えろってことだろ。なら何も変わらねぇな。

 

 

〈今簡潔に、まとめましたね〉

 

〈それが、御主君の良いところだろ? まだまだだなお前は〉

 

 

 フッなんて鼻で笑いながら(鼻ないけど)見下しように刃にそういう無限。

 

 

〈むっ、私とあなたの誕生日はそれほど変わらないでしょう!〉

 

 

 無限に声を荒げてそう言う刃。

 

 

〈だいたい、あなたは昔からそうなんです! 何かにつけて姉面をしようとして! 身長や乳房なら私があなたより高いし大きいです!〉

 

〈なっ!? それは関係ないだろう! そもそも身長はともかく胸は小さくないぞ! 馬超並みはある! 充分巨乳の部類だ! そもそも――〉

 

 

 形勢逆転だなぁ、なんて現実逃避をしていたが、そろそろ我慢できなくなってきた。

 

 

〈だいたい、あなたはがさつすぎるんです! 女だと言うのなら身嗜みに、もっと気を付けなさい!〉

 

〈なら言わせてもらうが、お前のあの下着はなんだ! 透け透けじゃないか! それで何を隠すつもりだ!〉

 

〈ひ、人のタンスを勝手に開けたのですか!? この下着漁り! 変態!〉

 

〈誰が変態だ! 誰が!〉

 

〈あなたしかいないでしょう!〉

 

〈そんなことを言えば御主君は――ガシッ――っ!? ご、御主君?〉

 

「お前は何を言おうとしたん? ん? 怒らへんから言うてみぃ?」

 

〈ひいぃ!〉

 

 

 おもろい話が聞けそうやったから、無限を優しく(・・・)左手に持って笑いかけたら悲鳴あげよった。失礼な奴やで、ホンマ。

 

 

〈あ、あの主何も無限は悪気があって言ったわけじゃなくて、その〉

 

「あ~ん? 何が言いたいんや? はっきり言うてみぃ、ん?」

 

 

 刃が声かけて来よったから、刃の方に顔を向けて優しく(・・・)聞いたる。何か震えとる気がするけど……気のせいやろ。

 

 

〈えっと、だから〉

 

「あ、そういやお前も何か言おうとしとったなぁ」

 

 

 特になんも言うてへんだけど、何となく右手が手持ちぶさたになり、刃を掴む。

 

 

〈え? あ、主?〉

 

 

刃が戸惑ったような声を上げる。

 

 

〈な、何で私まで!? 無限、あなたが主を怒らせたのです! なんとかなさい!〉

 

〈なっ!? わ、私か!?〉

 

〈あなたの所為でしょう!〉

 

〈うぐっ! ………よ、よし〉

 

 

 二機がなんか怒鳴りあっとんのを、暫く聞いとったらなんか無限が決意固めよった。まぁ聞きたいこともあるし、させへんけど。

 

 

〈あ、あの御主君――ビキッ――え?〉

 

〈あ――ギリッギリギリ――るじ〉

 

 

 無限のネックレスにちょっと罅いっこったけど気にせえへんよ? 俺強いもん。

 

 

「さて、んだらいろいろ聞こか? 洗いざらいはいてもらうでぇ?」

 

 

 そう言いながら握る力を強め………優しくソフトに持ったる。

 

 

〈あ、主待ってください!〉

 

〈い、今ご説明しますから!〉

 

「おう、聞いたるからキリキリ吐けや」

 

〈で、ですからこの手を離してください!〉

 

〈このままでは喋れません!〉

 

「ははは、まぁ頑張れや」

 

 ギリギリギリ、ミシミシミシ

 

〈〈イィヤアァァァァ〉〉

 

 

 道場の外まで二機の悲鳴は響いた。

 

 

 

 

 

 所変わって此処は客室、押し入れにあった寝具を引っ張り出して枕元に置いた刃、無限と会話している。

 

 あれからあったことを簡単に説明しよう。

 何でも魏を頂点とした、蜀、呉、魏の三國での和平を結んだ辺りから付喪神としての意識があったそうだ。意識自体は、俺が作ったときから有ったらしい。俺と共に戦場を駆けるなかで、命を奪うこと以外にも役に立ちたかったらしい。

 そう思うなかで、平和が訪れたら自分達は、用済みで捨てられるんじゃないかと不安に思っていた矢先、人間の姿になれた、でも今度は人数が増えて俺が大変なんじゃ、なんて思いもあり陰で見守ることに徹することで意見が一致、でも想いは抑えきれない。そんなときに貂蝉から今回の話を持ち込んできた。

 何でも、俺の魔力量が一定値を超えればその魔力を利用して、前世のように人の形をとれる、武器が喋ってもおかしくない世界だからこそだな。

 ま、そんな話をした後、腹が減ったんで飯食って風呂入って、俺が目を覚ました部屋はドアを開けるのが疲れるから、客間で寝ることにして今に至るわけだ。

 

 

〈主、ありがとうございます〉

 

「ん? 急にどうした?」

 

 

 ちょっとした回想に耽っていると、優しく静かに刃が話しかけてくる。

 

 

〈いえ、言ってみただけです〉

 

「なんだそりゃ………まぁ、でも、どういたしましてって返しとくよ」

 

〈はい〉

 

 

 刃と静かに会話していると、嫉妬心でも起こしたのか、少し焦った風に無限も話しかけてくる。

 

 

〈御主君!〉

 

「うおっ! びびったぁ。近くにいんだからそんなでかい声出さなくても聞こえるって」

 

〈まったくです。そそっかしい〉

 

〈うっ。と、兎に角聞いてください〉

 

 

 俺と刃に嗜められたのが効いたのか、少し声量を落とす無限。

 

 

「はは、で? なんだ?」

 

 

 そんな無限に少し笑みが零れた。

 

 

〈これからもよろしくお願いします〉

 

「おう」

 

 

 無限の言葉に短くそう答える。

二人(・・)の言葉の意味を考える。相棒として共に戦場を駆けた二人。おそらく桃香達よりも長い時を一緒にいただろう。そんな俺に自分達は物の怪のような存在だった、それを受け入れてもらえたからこその『ありがとう』だったんだろう。

 そして、これからも俺の矛として奪うんじゃなく、守るために戦う、心身共に支えるという意味での『これからもよろしく』だったんだと思う。

 真意は別にあんのかもしれない、でもこれもあながち間違ってねぇんじゃねぇかなと思う。

 ま、明日から忙しくなるんだ。早く二人を人形にできるようにしねぇとな。桃香達のこともあるし、な。

 

 

「二人共、おやすみ」

 

〈〈御休みなさいませ主/御休みなさいませ御主君〉〉

 

 

 二人の声を聞いて眠りにつく。

 

 

 

 

 

side~刃~

 

 主が眠りにつかれました。

 

 

《それにしても。聞いたか? 刃》

 

 

 主の眠りを妨げぬようにとの配慮でしょう、無限が

 思念通話で私に問います。

 

 

《ええ、二人(・・)ですか》

 

 

 無限に倣い私も思念通話で返答します。

 

 

《うむ、最初は二機だったのに我らが共に戦場を駆けた『骨龍刀・刃』、『黒龍刀・無限』だと知ったとたんにだ。ほとんど疑いもしなかった》

 

《確かに》

 

 

 そう同意しながらも、当然だと私の心が言います。ええ、当然なんです。この程度のことで揺らぐほど、私と無限、そして主の絆は脆くはないし、不安定でもありませんだからこそ〈当然なんです〉

 

 

〈ん?〉

 

〈当然なんですよ。無限〉

 

 

 思わず声に出た言葉に反応する無限。だからこそもう一度同じ言葉を繰り返します。繋いだ絆が確かなものであると再確認しながら。

 

 

〈当然、当然か。そうだな。ああ、当然だ〉

 

〈ええ〉

 

「ん……んん………すぅー……すぅー」

 

 

 主が少し顔を顰めて寝返りをうち、また静かに寝息が聞こえてきました。

 

 

《我らも休もう。それほど長い時間動けるわけではない》

 

《そうですね。今は主も眠っていますが、もともと気配に敏感な方です。あまり騒がしくしては眠りを妨げることにもなりかねません》

 

 

 それでなくても、今の私達では後もって三日もすれば、主からの再起動を受けなければならなくなります。それも先の話になるでしょう。お側にいられる時間を自ら減らすこともない、もう休みましょう。

 

 

〈御休みなさいませ、主。無限、お休みなさい〉

 

〈御主君、お休みなさい。刃、お休み〉

 

 

 その言葉を最後に私と無限はスリープモードへ移行し意識を闇にとかしていきます。最愛の主の温もりと、友の存在を側に感じながら。

 

side out



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第五鬼~赤鬼と二年間~

side~宏壱~

 

「はっ……はっ……はっ……はっ」

 

 

 今は朝の7時頃、俺はランニングをしている。いつも6時頃に家を出て、30分走れるところまで走って折り返して、また30分かけて家に帰る。これを続けて、二年ぐらい経つ。

 家に着くまでにまだ20分ぐらいあるな。その間この二年間であったことを話そうか。

 

 

 

 

 

 この世界に来て二週間後に紫苑を呼び出したが、それだけで魔力をごっそり持っていかれた。まぁ、加減が分からなかったってのもあるんだろうけど。で、紫苑が機転を利かせて魔力を返還してくれたから気を失わずにすんだんだけどな。

何で紫苑かって言うと保護者的な意味合いが強いな。戸籍の確認もしたかったし、ご近所さんの顔見せみたいなのもな。それらを考えたら紫苑が適任だった。

 それからまだ見てない棚とかの確認をしていると通帳を見つけた。通帳の中には、高級車5台ぐらい買えるほどの金額が入ってた。それが5通もありゃ驚きだよな。側に置いてあった手紙を読めば前の世界での俺の財産の半分を日本円に直したものらしい。元々国のためにって残してたもんなんだけどなー。

 

 あ、そうそう、地下も確認したんだった。車を止めるガレージがないから何処かに駐車場でも借りんのかな、なんて思ってたんだけどそれが地下にあったんだ。庭が左右に開くようになってて、塀も左右にスライドするんだ。んで、そっから出入りすると、いやぁ、ロマンだね、気分はどっかの0で0で7なスパイだよ。

 ま、家のことはそんなもんかね。それからは、暫く図書館に通ってこの世界の知識を得ることと自己鍛練に勤しんでたな。

 それで解かったこと、この世界については当然ながら地球だな。俺の住んでるとこは、日本の海鳴市、自然豊かな街で観光地としてもそれなりに有名らしい。特に最近できた翠屋、海鳴商店街にあるんだけど結構な客入りなんだとか。紫苑が買ってきてくれたやつだけど、かなり美味かった。なんでもパティシエの人がフランス、イタリアで修業を積んだって話だ。

 それに『この世界』、『前の世界』とかって言い回しは多分正しくない。

 正確に言うなら『未来』だな。劉備や曹操、孫策なんかも女だし、『天の御遣い』や『赤鬼衆』が歴史の文献の中にあった。『赤鬼衆伝』とか『天の御遣い伝』とか見たときは驚いた。だからこそ『別の世界』って括りじゃなく『未来』だと判断したわけだ。

 

 鍛錬の方もなかなか順調だな。刃と無限が起動している内に魔力負荷の掛け方、放出と圧縮、身体強化等々、基礎は学んだし、そのお陰か魔力量も2,5倍ほどに増えた。今は二人同時に呼び出しても、それほど倦怠感もないしな。疲れることは疲れるけど慣れたし、二月(ふたつき)ほど前に刃を起動している。それなりに使いこなせるようにはなった。

 筋力もそれなりだ、元々前世のスペックの10分の1はあったんだ。後数年すりゃあ追い付く。

 後は重力を操れるぐらいか、俺の身体に接触してるもんの重力を操る能力、レアスキルって言うらしい、今も俺の周りだけ3倍のGがかかってる。因みに身長等に影響はない、原理は知らん。この能力を知って1年半常に負荷をかけてきたが身長は順調に伸びてる。

 

 後は、1年前に京都に行ってきた。向こうには陰陽師が居るって話だし裏の世界に関われるかなと思って。そしたら案の定だった。

 同い年の近衛このか、桜咲刹那とちょっとした事件に巻き込まれた。このかは関西呪術協会トップの娘らしく、近衛詠春って名前なんだが、トップが詠春さんの代に変わって京妖怪達と協調し合うってスタンスになったらしい。京妖怪側のトップもそれに賛同、それまでいがみ合ってたらしいからしこりがないと言えば嘘になるんだろうが、それでも解り合う努力はしているらしい。

 ただ、そんな中でも気に食わねぇって連中は居るもんで、呪術協会側と京妖怪側の過激派が結託、詠春さんの娘、このかと京妖怪をたばねている九尾の八坂の娘、九重を拉致。互いにこのかを拉致したのは妖怪で、九重を拉致したのが人間と情報を流すことで協定の破棄を目論んだ。

 このかと共にいた刹那が傷だらけで倒れているところを、京都に来ていた俺と桔梗で発見。刹那から過激派の目論みを聞いた俺達は、このかと九重の救出に乗り出す。桔梗には詠春さんと八坂に真実を伝えさせ、その間に俺が場所を突き止め念話で桔梗に連絡、時間稼ぎのために連中の前に出て油断させ援軍が来たときに一気に叩き込む、まぁ、お陰で腹に重度の火傷を負ったが無問題ってな。女を守った男の傷は勲章だぜ?

 桔梗には盛大に泣かれたしこのか、刹那に九重にも泣かれた。特に刹那は自分が巻き込んだって聞かねぇもんよ、宥めんのに苦労したよほんと。

 

 それから、剣術らしい剣術ってのは俺にはできねぇけど、得物は刀だし模擬戦なりなんなりできる。傭兵時代に護衛の任務だってあったから、そこからのアドバイスだって出来るしな。ただ、刹那がこのかに対して負い目を感じてそうだったから、側を離れんなよ?って釘を刺しておいた。

 驚きなのは、このかが裏の世界を知らなかったって事だな。もう俺と桔梗で詠春さん説教しまくったぜ? 「あんたの娘である以上、このか自身が狙われんのは当然だ! そんなときの為に、知識を与え、力を付けさせんのは親としての義務だ!!」ってな。

 そうでなくてもこのかの保持魔力は軽く俺を上回る、と言ってもこのかにリンカーコアがある訳じゃねぇみたいだけどな。

 まぁ、それも追々と言うことで、何が言いたいかと言うとだ、案外あっさり裏に関われましたよって話だ。詠春さんや八坂とのパイプも出来たし恩も売れた、このかに刹那、九重とは文通してるし電話でも話してる。

 

 このかと刹那は小学校に進学と同時に、埼玉にある麻帆良って所に引っ越ししたらしいからな、此処からなら電車で二時間ありゃ着く所だ。神楽坂明日菜ってダチもできたらしい。今度の夏休みに遊びに行く予定をしている。そんときに紹介してくれるんだとさ。

 

 後は、犬を拾ったぐらいか? ま、もう居ないけど、怪我して倒れてるところを拾ったんだよ。真っ白な犬で魔力を持ってたんだけどなぁ、今の俺よりもちょっと多かったな。犬って言うよりも狼っぽかったんだけど、最近は狼犬ってのが流行ってるらしいし、新しいのが産まれて手に負えなくなったから捨てた………なんて事もあんのかもな。

 でもさ怪我が治ったらはいさようならって冷たくね? まぁ、良いけどあわよくば使い魔に、何て考えたけど、魔力が持たねぇしな。

 

 これが今まであった事だな、大したことなんて起きてねぇだろ?

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ、宏壱様」

 

「はぁ……ふぅ……ああ、ただいま。菫」

 

 

 ランニングから帰ってきたところを門の側で、タオルと小学校の制服を持った菫が出迎えてくれた。

 

 

「シャワーを浴びてきてください。その間に朝食の用意を済ませておきます」

 

「ああ、ありがとう」

 

 

 そう言いながら菫が持っていたタオルと制服を礼を言って受けとる。

 

 

 

 

 

「ふぅ、スッキリした」

 

 

 シャワーで汗を流して制服に着替える。

 白を基調としたもので、なかなか清潔感がある。

 

 

「お、いい匂いだな。味噌汁か?」

 

「は、はい。アサリのお味噌汁と目玉焼きです」

 

 

 俺の言葉に答えたのは優雪だった。

 

 

「優雪も手伝ったのか?」

 

「いえ、今日は優雪が担当しました」

 

 

 菫がそう答えながら、味噌汁と目玉焼きが乗った盆を持って台所から現れる。

 

 

「優雪が? へぇ、そりゃ楽しみだ」

 

 

 座る席に順番はない、思い思いの場所に座るだけだ。順番決めるほど人が居るわけでもないしな。

 

 

「それじゃ」

 

 

 俺は両手を合わせる。俺に続き菫と優雪も合わせる。

 

 

「いただきます」

 

「「いただきます」」

 

 

 俺の合唱に続けて二人も合唱する。二人は箸を持ってはいるが、料理に手をつけず俺の手元を注視している。

 

 

「(はぁ、まぁ期待に応えますかね)………ずずずずっ………っはぁ」

 

 

 二人、と言うか優雪の期待に応えて味噌汁に口をつける。

 

 

「ど、どうですか?」

 

「うん、旨いぞ。優雪」

 

 

 そう言いながら、向かいの席に座る優雪のもとまで行き、優しく笑い掛けながら頭を撫でてやる。

 

 

「ふぇ、ふぇぇぇぇ」

 

 

 すると、どんどん優雪の顔が赤くなっていく。おー、おー、可愛いねぇ。

 

 

「顔がにやけていますよ、宏壱様。それと、早く食べないと冷めてしまいます」

 

「おう、そうだな」

 

 

 菫に言われて席に戻る。暫く無言の時間が過ぎた。

 

 

「あ、あの今日のお昼…ですよね?」

 

 

 唐突に優雪がそう聞いてくる。

 

 

「ああ、午前中に学校に行って昼には帰る」

 

「そうですか」

 

「どうした? 突然」

 

 

 優雪の質問にそう答えると、少し沈んだ声が返ってくる。

 

 

「危ないこと、するんですよね?」

 

「優雪、それは皆で話し合った筈です。管理局に入局できれば今後動きやすくなりますし、様々な情報も入手できると」

 

 

 そう、今日の午後からは、時空管理局の入局試験がある。今日やるのは実技で、筆記試験はすでに終わっている。今回ある試験は、管理局最難関と呼ばれるもので、合格者は100人中5人いればいい方らしい。0人なんて事も珍しくないそうだ。(呉羽調べ)

 と言うのも、今回ある試験は一種のエリート枠、階級が一気に三尉からとなる権限は変わらないが、給料が普通に上がってきた同階級の者より高くなるらしい、まぁ、その代わりと言うか、当然と言うか、危険な任務ばかり回ってくるらしいけどな。

 試験は2年に一度、海と陸合同で行われる。今回の実技試験官は『ゼスト・グランカイツ』歴代の試験官のなかで、最も合格率の低いとされている人物だ。楽しみだなぁ、おい。

 

 

「宏壱様、笑みが悪どいです」

 

「………(コクコクコクコク)」

 

「あん?」

 

 

 試験の事を考えていると、菫にそう言われる。優雪は少し青ざめた顔色で何度も首を縦に振っている。口許に手をやると、口角が上がっていた。

 

 

「っと、時間時間」

 

 

 それを誤魔化すように、飯を流し込み席を立ち歯を磨きに洗面所に向かう。

 

 

 

「行ってきまーす!」

 

 

 言葉と同時に走り出す。遠くから菫と優雪の「行ってらっしゃい」の言葉が聞こえた。

 

 

 

 

 

side~優雪~

 

「心配、ですか?」

 

 

宏壱様を見送った後、今は菫さんとお茶をしていると菫さんがそう訪ねてきた。

 

 

「はい、宏壱様は見ていないところで怪我をしますから」

 

「そうですね。1年前の京都でもそうでした」

 

 

私がそう答えると、菫さんも少し困ったような顔つきで顎に手をやり、思い出すように言った。

 

 

「ですが、我々には従うしかありませんよ」

 

「そう、でしょうか」

 

「はい、心配なら傷つかないようにお守りすればいいのです。他でもない我々の手で」

 

 

菫さんが真っ直ぐ私の目を見てそう言う。

 

 

「そうですね、私たちの手でお守りしましょう!」

 

「ええ、その為にも常に我ら全員が顕現できるように模索しましょう」

 

「はい!」

 

 

菫さんの言葉に私は決意を新たにした。

 

side out

 

 

 

 

 

side~宏壱~

 

 軽快に足を動かしながら走る。俺の通う小学校は私立聖祥大附属小学校。因みにクラスは1ー2で、友人は少しだな。

 

 

「はよーっす」

 

「あ、山口くん、おはよー」

 

「宏壱、おはよう」

 

 

 挨拶をしながら教室に入ると、クラスメイトが挨拶を返してくれる。カバンを教室の後ろにあるロッカーに入れて席に着く。

 

 さて、半日でも真面目にやりますかね。



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第六鬼~赤鬼と試験前・チームメンバー~

  side~宏壱~

 

「受験者の受付はこちらになります。時間も余りありませんので、まだ済ませていない方は、お早めにお願いします」

 

 

 今、俺は第一管理世界ミッドチルダの首都・クラナガンと呼ばれている場所にいる。午前中の授業を終え早退、家に帰り優雪に家の留守を任せ、付き添いの菫とここに来た。ここは、さっきも言ったように第一管理世界ミッドチルダの首都・クラナガン。そして時空管理局地上本部の演習場前隊舎の中にある受付の前だ。

 

 

「宏壱様」

 

「おう」

 

 

 菫の呼び掛けに答え、受付へ向かう。

 

 

「えっと、君が受けるのかな?」

 

「ん? ああ、そうだけど、おかしいか?」

 

「え? いや、そうじゃないんだけど………本当に君が? そこの人じゃなくて?」

 

 

 受付の女が、あまりにもしつこくて眉間に皺が寄る。

 

 

「そこの名簿を確認すりゃあいいだろ? 山口宏壱、ちゃんと書いてるはずだ。それに、筆記試験の受付の時に証明写真を渡したはずだ。それを確認すれば分かんだろ」

 

 

 少し乱暴な物言いになったが、まぁ、気にしてなさそうだし、構わねぇだろ

 

 

「あ、う、うん。えっと……こういちくん……こういちくん……あ! あった! 受験番号7番山口宏壱くん、顔写真とも一致!」

 

 

 そんな受付嬢のテンションに「はぁ」と溜め息が漏れる。

 

 

「あ、あはは、ごめんなさい」

 

 

 乾いた笑いの後に頭を下げて謝罪する彼女に驚く。

 

 

「こんなガキに素直に頭を下げるとか、あんたおかしくないか? どっか頭のネジ飛んでんじゃね?」

 

「ひどっ!? それは酷くないかな!」

 

「そんな事より早く案内してくんね?」

 

「そんなこと!? どんどん私の扱いが酷くなっていくよ! 訴えてやる!」

 

 

 横に置いて話を進めようとすると受付嬢が騒ぎ出す。「めんどくせぇ女だな」

 

 

「声に出てるから! 思いっきりめんどくさいって、声に出てるから! 思うだけにしてよ!」

 

「菫」

 

「御意」

 

 

 受付嬢を無視して菫に声をかける。何処からともなく菫が取り出した台の上に乗り、受付嬢の頭に手を伸ばす。ちょっと涙目の受付嬢がかわいいと思ったのは内緒な。

 

 

「ほ~ら、よしよし、もう苛めないからな~」

 

 

 そう言って受付嬢の緑色のちょっと癖っ毛のある髪を撫でる。

 

 

「ううっ、こんな子供に子供扱いされるなんてぇ」

 

「はははは」

 

 

 一通り受付嬢で遊んだ後、案内をしてもらう。

 

 

「ううう、じゅ、受験者の方はこれを持ってあちらにある扉を潜り、係の者にお渡しください。付き添いの方は、あちらに控え室がありますので、そちらでお待ちください」

 

 

 受付嬢が少し目の端に浮かんだ涙をぬぐい、気を取り直し俺に受験番号と氏名の書かれた手のひらサイズのカードを渡し、俺と菫にそれぞれ向かうべき場所を手で指し示す。

 

 

「了解っと、じゃあな菫。行ってくる」

 

「御武運を」

 

「おう」

 

 

 菫と別れ、受付嬢の示した方へと歩く。

 扉を潜った先には、500m四方を建物に囲まれた場所があり、等間隔で建物に沿うように木が植えられている。上から見ればカタカナのロ、若しくは漢字の口のような形になっているんだろう。

 

 

(係員はっと)

 

 

 辺りを見渡すと、猫耳としっぽを生やした女がいた。多分あれが係の人なんだろうけど………人? かあれ。

 

 

「あー、これを渡せって言われたんだけど」

 

「んにゃ? あー、はいはいっと」

 

 

 近づいて女に声を掛けるが、何が気になるのか10mほど先にある木から視線を外さずに、俺の差し出すカードを取る。何かいんのか? 鳥とか。

 そんな女を頭の先から爪先まで、眺める。髪が短く黒を基調とした服を着た女だ。スタイルなかなかだし、足が長い、かなりの美脚だな。と言うか露出し過ぎだろ! ワンピース?の丈がさ、太股見えてんだよ! チラリとかじゃねぇよ! 見えてんの! んで柔らかそうだな!おい! 胸も星並みにあるし!何より………強そうだなぁ、ええ?

 

 

「っ!?」

 

 

 女が弾かれるように、俺に顔を向ける。目は大きく見開かれていた。

 

 

「今のは……あんたが?(この子、なに? 尋常じゃない魔力を感じる。しかも、あたしに向ける視線、目が語ってる闘いたいって)」

 

 

 へぇ、気づけるんだな。ちょっと闘気を漏らしただけなんだけどなぁ。

 

 

「そんなことより、何処に行けばいいんだ?」

 

 

 闘気を納め女の言葉を無視して尋ねる。暫く俺を睨んでいたが、反応しないと分かると浅く溜め息をついて表情を緩める。

 

 

「付いてきて(考えるのは後でもできる。なら、この試験中に見極めればいいんだ)」

 

 

 女が前を歩き、その後ろを俺が追う。

 

 

「他の受験者は良いのか? 後から来る奴とか」

 

「ああ、あんたで最後だから、もうあそこにいても意味はないんだよ」

 

「ちょっと遅れたか? 受付じゃあそんなこと言ってなかったけどなぁ」

 

 

 頭を掻きながらそう言う。

 

 

「まだ予定の時間にもなってないよ」

 

「そうか。なら良かった」

 

 

 他の連中が早かっただけみてたいだな。

 

 

「あんたの名前聞いても良いか?」

 

「あたし? あたしはロッテ、リーゼ・ロッテ。双子の姉がいるからロッテって呼んで」

 

「知ってると思うが、山口宏壱だ。じゃあ俺も宏壱で」

 

 

 幾つか言葉を交わす。中々に気さくで話しやすい、馬が合うってやつだな。

 ロッテに聞いたんだが、どうもロッテと姉のアリアは使い魔ってやつらしい、ギル・グレアムっておっさんが主らしく父様って慕ってんだと。ファザコンだってのはすぐ分かったけどな。

 向かいの建物に入りブリーフィングルームと書かれた部屋の前に来る。

 

 

「しつれーしまーす。最後の一人連れてきたよ」

 

 

 ドアをノックしそう言いながら部屋に入るロッテ。

 

 

「受験番号7番、山口宏壱今着きました」

 

 

 慣れない敬語? を使い部屋の中に入る。

 入り口側にホワイトボードがあり、それに向かって椅子が並べられている。凡そ二十五名の人が座り、その前に一人の男とロッテを含めた四人の女が並んでいる。ここに来るまでにロッテが教えてくれた席に座る。

 

 

「これで全員だな」

 

 

 真ん中に立つ男が確認するように言う。黒髪の長身の男、その実力から裏付けされた確かな自信を感じる。目を見れば分かる。強いな、他のやつらもロッテを含めかなりの実力者だ。

 

 

「では、我々の自己紹介から始めよう。………俺はゼスト・グランガイツ、今回の実技試験官の責任者だ」

 

 

 黒髪の男、ゼスト・グランガイツが名乗ると右横にいた、青色の長い髪をポニーテールにした女が一歩前に出る。

 

 

「クイント・ナカジマです。ゼスト隊長の補佐をさせていただきます」

 

 

 クイント・ナカジマ、か。ファミリーネームが日本人みたいだな。クイント・ナカジマが下がり、今度は反対側に立っている、紫色の長い髪をストレートに下ろしている女が前に出る。

 

 

「メガーヌ・アルピーノです。クイント・ナカジマと同じくゼスト隊長の補佐をさせていただきます」

 

 

 メガーヌ・アルピーノが下がり、その横に控えていたロッテと多分ロッテが言ってた双子の姉アリアだろう(髪の長さ以外はほとんど見分けがつかないけど)が前に出る。

 

 

「わたしは、リーゼ・アリア」

 

「あたしが、リーゼ・ロッテ」

 

「わたしとロッテは双子なの」

 

「あたし達もゼストの補佐をするから」

 

 

 この場にいる男は俺も含めて十八人、そのうち子供が四人、俺以外の三人は十~十五歳ってところだ。(俺が最年少みたいだな)そいつら含めて男共の雰囲気が色めき立つ。残り八人の女達の目が冷たくなる。

 まぁ、男共の気持ちも分からんでもない、ロッテを始め他の三人も美人でスタイルも良い、男を興奮させるには充分だろうからな。

 

 

「こほんっ、では今から実技試験の説明をする。聞いているとは思うが、筆記と実技共に合格点を取らねば、今回の試験に合格することはできん。筆記は一定以上の点数を取れば合格できるが、実技は我々五人全員を満足させねばならん。忘れるな」

 

 

 色めき立つ男共の雰囲気を咳払いで払拭し、合格基準を改めて説明するゼストさん。そこから実技試験の説明を始めていく。

 

 

「今回の実技試験は君たちで五人一組のチームを4つ、六人一組のチームを1つ組んでもらう。我々五人のうち一人と模擬戦を行い試験官から合格をもらうことが今回の試験だ。尚、一度模擬戦を行った試験官を選ぶことはできない」

 

 

 またも室内が騒がしくなる。今回は驚きと困惑、そして憤り、か? 何人かが拳を握りしめているのが見えた。まぁ、ここに来てるんだ、それなりに腕に覚えはあるだろうし、プライドだってあるはずだ。それを、複数で掛かってきても負けねぇ! なんて態度をとられたら当たり前だろうな。

 この場にいる連中が目の前の五人に勝てるとも思えねぇけどな。

 

 

「今から30分の時間を与える。その時間内に決めてくれ」

 

 

 ゼストさんがそう言った瞬間に動き出す受験者達。

 

 

(当然だろうな。魔力量の多いやつを自チームに引き込みたいよなぁ、普通)

 

「君、ちょっといいかな?」

 

「ん?」

 

 

 人数の少ないとこにはいりゃいいかなぁ、なんて考えてボーッとしていると声をかけられた。声の方に顔を向けると四人の女と一人の女顔の少年がいた。所謂男の娘ってやつか?

 

 

「何だ?」

 

 

 聞くと、一人の十二歳くらいの背が低く小柄でライトグリーンの髪を短めに切り、青い花の髪飾りを右側頭部に刺した少女が体をビクつかせる。

 

 

「あ、えっと、良かったらでいいんだけど、私たちのチームに入ってくれないかぁ、なんて」

 

 

 吃りながら喋る、長い赤毛首元で二つに結って背中に流している活発そうな女。

 

 

「ああ、いいよ。一人足りないとこに入ろうと思ってたから」

 

「そ、そうなんだ」

 

 

 五人が微妙な顔をする。ちょっと言い方が傲慢すぎたか?

 

 

「んっ! んんっ!」

 

 

 咳払いして声の調子を整える。そんな俺に首をかしげる五人。

 

 

「誘ってくれてありがとう。助かる」

 

 

 少し頭を下げて礼を言った。

 

 

「あ、う、うん! みんなもこの子でいいよね?」

 

「は、はい! 大丈夫です!」

 

「まぁ、人数合わせみたいなもんだし、良いんじゃない?」

 

「はい、僕も大丈夫です」

 

「……」

 

 

 それぞれの返事を返す。一人ウトウトしてるけど。

 

 

「じゃあ、自己紹介しよっか。取り合えず出身世界と名前、得意な魔法でいいかな?」

 

 

 赤毛の女の言葉に、頷く俺たち。まだ時間もあるし、そんくらいなら出来んだろ。

 

 

「じゃあ、私から。出身世界は第10管理世界コトブス。緑の多い世界で、いろんな鳥がいるよ5cmくらいのやつから10mぐらいのやつまで。名前はルイーヤ・バルセット、みんなはルーヤって呼ぶ、そう呼んでくれると嬉しいかな。得意魔法は捕獲系だよ」

 

 

 赤毛の女、ルーヤを皮切りに自己紹介する。

 

 

「えっと、うんっと」

 

「落ち着いて深呼吸して。大丈夫、君ならできるよ!」

 

 

 ルーヤがさっき俺の言葉で体をビクつかせていた少女を落ち着かせる。周りを気遣える娘なんだろう。

 

 

「は、はい。すぅー……はぁー……すぅー……はぁー……」

 

 

 目を閉じて二回、三回と深呼吸して目を開ける。芯の強い目をしている。切り替えがうまいな。

 

 

「わたしは、レイ・アセル・モーズです。レイって呼んでください。出身世界はミッドチルダ西部エルセアです。幻術魔法が得意です」

 

「あたしは、アル・フェルト、アルでもフェルトでもどっちでも良いわ。出身世界は、第52管理世界ギュストロー、変換資質『炎熱』を持ってる。射撃魔法が得意よ」

 

 

 おそらくこの中では最年長、歳は二十前後、蒼色の髪を肩口で切り揃えた気の強そうな女がめんどくさそうに言う。

 

 

「僕は、ニッツ・マーケン、ニッツって呼んでください! 第三十七管理世界パイネ出身です! 星の九割が海に覆われていて僕たちは浮遊島で暮らしてます! 魚が美味しいです! 今度来てください! 僕もアルさんと同じく射撃魔法が得意です!」

 

 

 男の娘、そんな表現がしっくり来るほどの女顔。アッシュブロンドの髪をボブカットにしたニッツが言う。て言うか元気良いなコイツ。

 視線は眠そうな少女に移る。

 

 

「ふわぁ~~あふぅ、むに? あ、わたしのばんでふかぁ~?」

 

「う、うん。そうだよ、えっと、大丈夫?」

 

 

 眠そうな少女にの質問に律儀に答えるルーヤ。

 

 

「はひ、わらひはぁ~、あーあー、んっんんっ! わたしはデリッツシュ・マッサロですぅ~。リッシュって呼んでくださいぃ~。出身世界は第22管理世界リーザトールですぅ~。陽気な気候で眠たくなるんですぅ~。のんびりするには良いところですぅ~。得意な魔法はシールド系ですぅ~」

 

 

 肩甲骨まで届く淡い桃色の髪を緩くカールさせている眠たそうな女、リッシュの自己紹介も終わり俺の番になる。

 

 

「山口宏壱だ。山口でも宏壱でも好きなように呼んでくれ。第97管理外世界地球の生まれだ。魔法は発展してない、お伽噺だと思われてる。得意な魔法は特にないが、強いて言えば強化魔法だな。あと氷結変換資質を持ってる。得意な距離はクロスレンジ」

 

「へぇ~、珍しいね」

 

「そうなのか?」

 

「はい! 電気や炎熱なら僕の周りにも何人かいますけど氷結はいません!」

 

「あんたそんなことも知らないの? これだからお子ちゃまは」

 

「……関係ないと思いますけど」

 

「はぁ、んなこといいから、誰にするんだ?」

 

 

 少し脱線し始めたから、誰に挑むかを話し合うように持っていく。時間も少ないしなぁ、後で時間とるんだろうけど、10~20分程度じゃ無駄だろうしな。

 

 

「じゃあ、誰がいいかな?」

 

「誰でも良いでしょ。この人数よ? 一人に負けるはずないわ」

 

「はい! 僕もそう思います! 僕たちは一人多い分有利です!」

 

「で、でも用心はした方がいいんじゃ」

 

「そうですねぇ~、試験官を務めるくらいですしぃ~、実力はかなりのものだと思いますよぉ~」

 

「うん、宏壱君はどう思うかな」

 

 

 黙って話を聞いている俺に、ルーヤが問いかけてくる。

 

 

「こんなガキンチョに聞いても意味ないでしょ」

 

「で、でもみんなで話し合わないと」

 

 

 アルが無駄だと言い、ルーヤがみんなの意見を聞かないと、と主張する正反対だな。まぁ、聞かれたら答えないわけにもいかんでしょ。

 

 

「一緒だよ」

 

「「「「「え?」」」」」

 

 

 メンバー全員がキョトンとする。

 

 

「いや、ゼストさんと闘いてぇ、って言ったんだ」

 

「いや絶対違うでしょ。もっと短かったわよ」

 

「じゃあ、僕そう伝えてきますね!」

 

「えっ!? ちょ、ちょっと!ニッツ君!」

 

 

 俺の言葉を疑うアルに、俺の言葉を聞いて立ち上がり伝えにいくニッツ、ポカーンとしているレイに、手を伸ばしニッツを止め切れなかったルーヤ。カオスだな。因みに俺はニヤニヤ、リッシュはニコニコと種類の違う笑みを浮かべていた。

 



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第七鬼~赤鬼と試験前・チンピーラ~

side~ロッテ~

 

「あの!すみません!」

 

 

 急に大きな声で話しかけられる。

 

 

「う~、耳がキィンってするう~」

 

 

 受験者達の声を聞くために、マルチタスクを全開にしていたアリアが耳を押さえている。

 

 

「ア、アリア大丈夫?」

 

「う、うん、なんとか」

 

「?」

 

 

 首をかしげる男の娘(誤字にあらず)。まぁ、分かんないよね、そんなに大きい声って訳じゃなかったし。あたしらは猫を素体とした使い魔だ、人間の何倍もの聴力がある。

 

 

「えっと、それで君、どうしたのかな?」

 

「あ、はい! チームメンバーと挑む試験官を決めました!」

 

「えっ! もう!?」

 

「はい!」

 

 

 メガーヌが問いかけると、男の娘は答える。あたしらはその言葉に集中する。思ったよりも早い、メンバーは兎も角、試験官をもう決めた? あたしらも負けるつもりはないし、易々と試験を突破させるつもりもない。

 作戦会議の時間は後で20分あげるつもりだった。でも即興のチームで足りる時間じゃない。だからこそチームメンバーと試験官を決める時間もその作戦会議に当てるつもりだ。何より受験者達の動きが止まってる、周りへの牽制にもなる。

 

 

「そう、それじゃ貴方のチームメンバーと挑む試験官を言ってくれる?」

 

「はい! ニッツ・マーケン、ルイーヤ・バルセットさん、レイ・アセル・モーズさん、アル・フェルトさん、デリッツシュ・マッサロさん、山口宏壱くんの六人です!」

 

「山口宏壱くんっと。試験官は?」

 

 

 メガーヌが名簿にチェックを入れていく。彼、宏壱の名前が出て反射的に宏壱の方に顔を向ける。宏壱は椅子の背凭れに背を預け、腕を組んで目を閉じている。(子供がやってるのに様になってるってのが不思議だけど)

 多分あいつがこの子を誘導したんだ。さっき見せた闘いへの意欲、戦闘狂若しくはそれに準ずるものを持ってる。無闇矢鱈に誰かに戦闘をふっかけるような奴じゃないのは分かる。ちょっと話しただけでもその温厚さが見えた。でも、そうだとしてもあいつの中には……だとすれば狙いは確実に。

 

 

「ゼスト・グランガイツ試験官です!」

 

「「「っ!?」」」

 

「ほう」

 

「やっぱり」

 

 

 だと思ったよ! この中で一番の実力者は間違いなくゼストだ! 昔はあたしとアリアの方が強かった。でも、今じゃ二人がかりで互角だ。クイントとメガーヌにしても楽勝とは言えなくなった。

  受験者達の中で、宏壱だけが突出し過ぎてる。強者をかぎ分けるには、才能だけじゃ無理だ。アイツはそれだけの経験を積んでる。その経験で、あたしらの中でゼストが一番強いと判断した。……確認してみる、か。

 

 

「ロッテ、やっぱりって?」

 

 

 アリアが聞いてくるけどそれは無視して、ニッツ・マーケンに誰がゼストを指名したのか聞いてみる。

 

 

「えっと、ニッツだっけ?」

 

「はい! 受験番号13番ニッツ・マーケンです!」

 

「うん。ニッツ、誰がゼストを指名したんだ? みんなで相談したの? それとも、誰かが」

 

「宏壱くんです!」

 

 

 ニッツに目を合わせて問えば、元気な声で宏壱だと返答してくれる。アリアもゼスト達も気付いた。彼だけが異質だと、あたしらの視線が宏壱に向く。それに気が付いたのか、あたしらの視線と宏壱の視線が重なる。

 

 

「それじゃ、僕戻りますね?」

 

「っ! あ、うん、ありがとう」

 

「失礼します!」

 

 

 ペコリと頭を下げて戻っていくニッツを見送る。視線を戻すと宏壱はもうこっちを見ていなかった。

 

 

「あの子、ロッテが最後に連れてきた子よね?」

 

「うん、アイツあたしのことを観察してた」

 

「観察、か。あれは戦闘狂の類いか?」

 

 

 そう聞くゼストに首を横に振って答える。

 

 

「違う。誰彼構わずってタイプじゃない。強い者を求める戦士、そんな感じだと思う」

 

 

 そう、戦士、戦士なんだ。アイツは父様も持ってない風格を持ってる。闘ってみたい、鍛えてみたい。そんな恋にも似た感情が浮かび上がってくる。横を見ると、アリアの頬が朱に染まってるし、クイントも目を輝かせてる。クイント程じゃないけどメガーヌも同様だ。

 ゼストは拳を強く握りしめ、肩を震わせている。自分の騎士としての感情を抑え込んでいるのが分かる。そうして、あたし達が自分の興奮を抑え込んでいると汚い声が聞こえてきた。

 

side out

 

 

 

 

 

side~宏壱~

 

《ニッツが戻ってくる前に言っておくことがある》

 

「「「「っ!?」」」」

 

 

 残った四人が俺の思念通話に驚きこっちを見る。

 

 

《普通にしてろ。周りに感付かれるな》

 

 

 全員が頷くのを確認して、目を閉じて腕を組む。

 

 

《さっき言った言葉、あれは、一緒だって言ったんだ》

 

《一緒ですかぁ~?》

 

《ああ。この受験会場にいる者、等しく試験官達に勝つことはできない》

 

《それは、あたしらが弱いって言いたいの?》

 

 

 俺の言葉に表情を険しくするアル。アルだけじゃないな。表情には出さないが、雰囲気を剣呑にするルーヤ、オロオロするも思うところがあるのか俺を見ているレイ、口は笑っているが薄目を開けてこっちを見るリッシュ。ぶっちゃリッシュが一番怖い。あとレイがかわいい。

 

 

《まぁ、聞けって。いいか? 彼らは管理局員だ。しかも隊長クラスのが一人いるんだよ》

 

《ゼスト・グランガイツさんですか?》

 

《レイ、正解だ。クイントさんとメガーヌさん、この人らが隊長だと呼んでいた。なら上司と部下の関係であるのは間違いない》

 

《でもそれだけで》

 

《魔力量で判断するな。自分達で感知できるものが全てだと思うなよ。おそらくリミッターを付けているはずだ》

 

《じゃあ、どうするの?》

 

(ん?)

 

 

 視線を感じ目を開けてその方向を見る。ゼストさん達と視線が重なる。試験官五人から闘気が溢れ出る。そういった気などの概念は殆んどないと聞いた。有っても騎士と呼ばれる者達だろうとは呉羽の調べだ。

 

 

《それでぇ~、どうするんですかぁ~?》

 

《試験官に見惚れてんじゃないわよ! マセガキ!》

 

《ど、どうかしたんですか?》

 

《どうしたの?》

 

 

 ゼストさん達に視線を向け、その闘気を受け止めていると、一気に思念通話で話しかけてくる。

 

 

《一気に喋んな! 頭いてぇ》

 

《あ、ご、ごめん》

 

《ふん》

 

《す、すみません》

 

《申し訳ぇ~………すぴぃ~…zzz》

 

《!!()()()()()()()》》》

 

 

 ここに来て初めてのシンクロだった。模擬戦で感じたかったぞ。と言うかレイでも怒鳴るんだな。

 

 

《すみません~。余りにも良い陽気でしたからぁ~》

 

 

陽気も何も、ここ室内だぞ。

 

 

《はぁ~、まぁいい。作戦は一応考えてある。即興だし、なんと言っても俺たちは初対面だ。互いのことを把握してないし、知る時間もない》

 

《じゃ、じゃあどうするんですか?》

 

《試験の意味、分かるか?》

 

「伝えてきました!」

 

 

 途中でニッツが戻ってきて、試験官を伝えてきたと言う。

 

 

「おう、あんがとさん」

 

 

 礼を言い、ニッツが伝えに行った後で話していたことを伝える。

 

 

「何で僕には伝えてくれなかったんですか?」

 

 

 頬を膨らませ拗ねるニッツ。男にトキメいたのは一生の不覚だ。

 

 

「ど、どうしたの?目頭押さえて」

 

「いや、何でもない。自分の性に絶望しただけだ」

 

「と言うかさぁ、何であんたが仕切ってんの?」

 

 

 今まで話した感じで、俺をガキだと見下している雰囲気があったから何時我慢の限界が来るかな、何て思っていたが……今きたか。まぁ、ちょうどいいや。ヒヨッコ共に上には上がいるってことを教えてやりますか。

 

 

 

 

 

side~ゼスト~

 

「おう、ねぇちゃん。そんなガキの相手してねぇで俺たちの相手してくれや」

 

 

 ロッテが言っていた少年、山口宏壱を見ていると室内に大きく声が響いた。ニッツ・マーケンが言ったチームメンバーを五人の二十代半ばほどの男達が取り囲んでいる。

 

 

「はぁ」

 

 

 溜め息が聞こえ横を見ると、額を押さえうんざりしたような顔をしたクイントがいた。溜め息こそ漏らしていないが、メガーヌ、アリアも同様だ 。

 

 

「どうした?」

 

「あれ、今回の要注意人物ですよ隊長。資料見てないんですか?」

 

「いや、そんなものは見ていないが」

 

「あれ? ロッテに渡してって言ってあったんだけど」

 

「いや、俺の手元にはないな」

 

 

 アリアの問いに否定の言葉を返す。知っていればある程度の注意は払っている。

 

 

「ということは………ロッテ?」

 

「あははは、ごめんなさい忘れてました」

 

「今日のさんまは抜きね」

 

「そんなっ!? 横暴だ! ちゃんと謝ったのに!」

 

「ごめんなさい、で済んだら管理局は要らないのよ」

 

「ううぅぅ~」

 

「その話は後だ。それで、アイツらはなんだ?」

 

 

 問答を続けるアリアとロッテを仲裁?し話を促す。

 

 

「第87管理世界カラチ・カラカスの出身ですね。五人兄弟で同じ部族の出のようです。部族の伝統で名前の前と後にチンとピーラを付けるみたいですです」

 

「カラチ・カラカス、確か治安の悪い世界だったか?」

 

「はい、政府からして横領は当たり前、会議中にキレて暴行を働く、出向いた局員に唾をはく等々、上層部では管理世界からの除名を、との声も上がっています」

 

「お父様の話だと、アルカンシェルでこの世から消し去れって、過激なこと言う人もいるらしいしね」

 

 

 メガーヌの説明にそう付け足すアリア。その間もカラカスの者達は彼女達に声を掛け続けているが、冷たくあしらわれている。奴等は照れていると勘違いしているようだな。容姿は全員がポンパドールで中肉中背、魔力量はAA程だが何か突飛なものがあるわけでもなさそうだ。

 

 

「なぜそんな連中が此処にいるんだ」

 

 

 右手で頭を押さえながら呟く。

 

 

「確かカルチ・カラカス政府が管理局との関係の改善にって橋渡しとして、カラカスでもそれなりの実力者を入局させたいって話らしいけど、あんな頭の悪そうな奴等が、筆記試験をクリア出来るとは思えないんだけどね~」

 

「はぁ、そうだな」

 

 

 ため息をつきながらロッテの言葉に同意する。

 

 

「たとえ出来ていたとしても、あれではやっていけん。組織内の不協和音に繋がる」

 

「そうですね「俺らが誘ってんだ!! んなつんけんすんなよ!!」……限界です ! 隊長、私が摘まみ出してきます!」

 

「待て、クイント!」

 

「隊長! あれでは試験どころではありません!」

 

「あれを見ろ」

 

「え?」

 

 

 飛び出そうとするクイントを制止し、彼らのいる場所を見るように言う。

 

 

「何だこれ動けねぇ!?」

 

「足が凍りついてやがる!?」

 

「女の扱い方も知らねぇカス共が、俺が教育してやる」

 

 

 そこには、足を地面に氷で縫い付けられた五人組と、それを行ったであろう少年、山口宏壱が立っていた。



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第八鬼~赤鬼と試験開始~

side~宏壱~

 

 カス共がアルに絡んでから一時間がたった。フリーズ キャノン(氷結で魔力変換した魔力弾(強)、着弾した部分を凍りつかせる事が出来る)をカス共の足に撃ち地面に固定、そこでカス共の男のシンボルをブレイク キャノン(バリアブレイクの効果がある魔力弾(強)魔力変換しない場合はこれを使う事が多い)で撃ち抜いた。

 受験者の男性陣と試験官のゼストさんは内股になって顔を青ざめさせてたけど、他の試験官、クイントさんとメガーヌさんがカス共をつまみ出した。

 その後、カス共の受験資格剥奪、強制送還及び管理局上層部への報告と、少しごたついて試験が再開されたのが20分前で、今俺たちの目の前には試験官のゼスト・グランガイツが立っている。

 

 場所はブリーフィングルームに行くまでに通った中庭のようなところ、どうやらここが演習場らしい。

 因みに

 前衛:俺

 中衛:アル、ニッツ

 後衛:ルーヤ、レイ、リッシュだ。

 

 

「それでは、今から受験番号1番レイ・アセル・モーズ、同じく7番山口宏壱、13番ニッツ・マーケン、15番アル・フェルト、17番デリッツシュ・マッサロ、22番ルイーヤ・バルセットの実技試験を始めたいと思います。双方準備はよろしいですか? ………では、始め!」

 

 

 試験開始の合図が出される。

 

 

「速攻! ファーストムーブ!」

 

〈Fast Move〉

 

 

 俺が持つ高速移動魔法、ファーストムーブでゼストさんに接近する。

 右手に持つ刃を振り上げ勢いのまま振り下ろす!

 

 

「ぬう!」

 

 

 ゼストさんは手に持つ槍型のデバイスの柄で難なく止める。

 

 

「ちぃっ! そんなに甘くはねぇか!!」

 

「ふん! 」

 

 

 ――ゴォウッ!!――と凄まじい音をたて、槍を横凪ぎに振るうゼストさん。俺はそれをしゃがむことで回避し、滑るように後ろに下がる。

 

 

「フレイムランサー、ファイヤ!」

 

〈Frame Lancer〉

 

 

 アルの声が聞こえると同時に姿勢をさらに低くする。俺の頭上を炎の槍が飛びゼストさんへ向かう。

 

 

「氷神槍!」

 

 

 左手を横に突きだし魔力を集めるイメージは槍、氷の槍だ。アルの放ったフレイムランサーよりも3倍ほどの大きさの氷の槍が出来上がる。

 

 

「はっ!」

 

 

 氷神槍をフレイムランサーを二歩右に移動することで躱したゼストさんに、左腕を振るうことで放つと同時に前へ飛び出す!

 

 

〈Panzerschild〉

 

 

 回避不可能と判断したゼストさんのデバイスがシールドを展開する、が。――パキパキパキッ――着弾した直後シールドは凍てついていく。

 

 

〈Needle〉

 

「シュート!」

 

 

 凍りついたシールドを足場にしてゼストさんの背後に着地、振り向き様に刃を振るうと同時にニッツの声が聞こえ、凍りついたシールドを破壊して針のように細長い魔力弾が、俺に反応してこっちを向いたゼストさんの背後を襲う。俺とニッツの挟撃を飛行魔法で上空に逃げることで躱すゼストさん、ニッツの魔法が俺の頬を掠めて後方に着弾する。

 

 

「甘い!! カマイタチッ!」

 

 

 振り切った刃の刀身に魔力を集めて、上空にいるゼストさんに向けて振るい魔力刃を飛ばす。

 

 

「っ!?」

 

 

 三日月に弧を描く魔力刃がゼストさんに飛来し――ドォォンッ!!――直撃して、爆発する。

 

 

「やった!」

 

「すごい!」

 

 

 中衛の二人が嬉色い声を上げる。何があっても気を緩めるなと言い含んだ後衛は警戒を怠らない。

 

 

「リッシュ! 二人を守れっ!!」

 

「サークルバリアァ!!」

 

 

 リッシュの叫びと共に半球状の防壁が展開され、後衛三人を包む。――ガキィィンッ!――間一髪でゼストさんの斬撃を防いだ。が、――ビキィッ!――直ぐにバリアにヒビが入る。中衛の二人は呆けているし、リッシュも保たないし、他の二人は動けない。なまじ動けたとしても対処は難しいだろう。距離は凡30m、『剃』は間に合わない。なら……。

 

 

「刃、ギアチェンジだ!」

 

〈ですが主!〉

 

「いいからやるぞ!」

 

〈ああもう! 後でどうなっても知りませんよ!〉

 

「分かってる! いくぞ!」

 

「〈セカンド ムーブ!!〉」

 

 

 セカンド ムーブ、ファーストムーブの上位互換で速度だけでなく、身体能力そのものにブーストをかける魔法、その効果はファーストムーブの二倍にもなる。その分後の反動も大きいが、効果は絶大だし、体が出来てくれば反動も小さくなり、最終的にはリスクなしで使うことができると予想している。ま、今の俺じゃあセカンドまでが限界だけどな。奥の手を使えばサードまで行けるけど。

 

 ――閑話休題――

 

 加速した世界の中でゼストさんと目が合う。

 

 

(反応できなくても目で追えるのか!?)

 

 

 ゼストさんへの認識を上方修正する。俺が思った以上の実力があるみてぇだな。

 

 

「(だが、今回はおせぇ!)紅蓮流星脚!!」

 

 

 三歩で半分の距離を詰め、左足で飛び上がる。勢いに乗ったまま体を捻り右足に魔力を集中させると、刃に組み込まれている炎熱変換機能が作動し足に集めた魔力が炎となり右足を包む! このままの勢いでぇ!

 

 ゴウゥゥゥッ!!

 

 紅蓮流星脚はゼストさんの顔面を捉え直撃、そのまま5m程吹き飛ばすもののゼストさんはすぐさま体勢を立て直し、前衛姿勢をとりこちらに突っ込もうと足を前に踏み出す、が。直ぐに一歩後に下がった。

 

 

「はずしたっ!?」

 

「速いな」

 

 

 突っ込むよりも速く動き、既に目の前にいた俺の切り上げを躱す。俺は躱されたのを見て追撃を警戒し、後ろに大きく跳び距離をとる。

 

 

「見えてなかったはずなんだけどな」

 

「ああ、だが一瞬の初動が見えた」

 

 

 その言葉に驚愕し目を見開く。

 

 

「成る程成る程。どうやら今の俺じゃあ、あんたに敵いそうもねぇや」

 

「諦めるか?」

 

 

 俺の言葉にそう返すゼストさん。後ろの連中も息を飲んで吃驚してんのが分かる。

 

 

「それこそまさか、だろ。少しお披露目だ《ルーヤ、レイまだか?》」

 

 

 ゼストさんに言葉を返しながら、ルーヤとレイに思念通話を送る。

 

 

《もう少しだよ》

 

《保ちますか?》

 

《やるしかねぇえだろ。リッシュ、二人を守れ。アル、ニッツ援護頼む。魔力の許す限り撃ちまくれ!》

 

《!!()()()()()()》》》

 

 

 俺の指示に全員が答えてくれる。ガキだと見下していたアルさえも信頼してくれる。

 

 

「(なら期待に応えん訳にもいかんでしょ)保つのは3分だ! いくぞ!」

 

 

 俺の切り札のひとつを切る。足下に三角形の深紅の魔法陣が展開され光が俺を包む。直ぐに光は深紅の炎へと姿を変え、足下からパキパキッと音を立て氷へと変化する。

 炎の中から見えたゼストさんの目は驚愕に見開かれていた。背後でも息を飲む音が聞こえるも直ぐに氷が顔を覆い外の情報を遮断する。次に起こることは把握している、一瞬意識が飛び次に目が覚めたときは………そこまで考えて自ら意識を手放す。




少し短いですが、切らせていただきます。

あまりにも長くなったんで、入局試験編は次で終わらせたいと思います。

まさかこんなに長くなるとは思いませんでした。

ビックリです。


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第九鬼~アルの心境~

次で終わらせたいと思います(キリッ

恥ずかしい!!

全然終わらなかった!

次回は多分終わると思います。
少し試験編が長いと思いますが試験やりました。管理局員をやっている。で済ませたくなかったので、どうかお付き合いください。


side~アル~

 

 あたしは、アル・フェルト。第52管理世界ギュストローで生まれた。家はそれなりに裕福だと思う。別に多く稼ぎたいからとか、誰かの為に力を使いたいとか、そんな明確な目的がある訳じゃない。何となく、ただ何となく管理局に入ってみようと思っただけ。そう思ったときに今回の試験の応募を見た。それだけだった。来てみれば殆どが10代ぐらいの奴ばっかりで女は少ないし、男共はガキ臭いし、ほんと来なきゃよかった。

 何より、最後に来たガキが気にくわない、どう見ても10代には見えない、6、7歳くらいだと思う。あんなのが入局できるんなら、人手不足になったりしないわよ。って思ってたんだけど、このガキンチョがまた曲者だった。あたしが五人組のチンピラに絡まれたとき、あたしを助けたのはこいつだった。

氷結変換資質を持ってる。その言葉通り氷結で魔力変換した魔力弾で、奴等の足を凍りつかせて動きを止めて、普通の魔力弾で男の急所を撃った。容赦がないのはこのときに分かった。ただ注目すべきなのはその容赦のなさじゃなくて魔力弾の構成の速さと制御の正確性、周りには何人もの魔導師がいた。なのに誰も気がつかなかった、試験官でさえも気づくのに数秒掛かったみたいだった。ブリーフィングルームには長机が数脚、生徒の分だけ椅子があったし、当然あたしらとアイツらの間にもそういった障害物に成りうるものはあった。それらに一発も当てることなく、全部目標にほぼ同時に当てた。

 二回目の魔力弾も同様だった。あたしは誘導弾は得意じゃない、変換資質の弊害だっていうのは聞いたことがある。だからコントロールを捨てて、速度と威力に力を注いだ。でも、こいつは変換資質と併用して制御を完璧にこなしてみせた。ガキだからって意味もなく見下してた。でも違った。こいつはあたしより魔力制御が上手い。技術面に於いては認めざるを得ない。他はどうか分からないけど、それだけ見ても突出してるのが分かる。逆らうのは得策じゃないわね。

 試験官達がチンピラを摘まみ出した後、今は残った四チームで作戦会議をしている。と言っても決めることはもう話し合ったから特に話すことなんてもう無いんだけど。

 

 

「そういえば、宏壱君がさっき言ってたこの試験の意味って?」

 

 

 作戦会議も終わり、各々リラックスしようとした中ルーヤがガキンチョ、宏壱に聞く。

 

 

「はい! 僕も気になります!」

 

「わ、私も」

 

「聞いてあげなくもないわよ」

 

 

 ガキンチョ2号、ニッツが元気良く手を挙げ、レイは控え目に肩の少し上くらいまで挙げる。あたしは認めたといっても、さっきまでの態度を急に変えるのが恥ずかしくて憎まれ口を叩く。

宏壱は何かを考えるように、顎に手をやり少し俯いて黙っている。

 

 

「あ? ああ、あれか。気になんのか?」

 

「うん、私、頭が良い方じゃないから考えても分かんなくて、分からないなら宏壱君に聞いた方が早いかなー、なんて」

 

 

 コクコク、とニッツとレイがルーヤの言葉に同意する様に首を縦に振る。あたしも興味はあったけど、それを態度に出すのは何か負ける気がして、興味ないと顔を背ける。横目でチラッと見ると、苦笑いしてあたしを見ている宏壱と目が合い、恥ずかしくなった。頬が熱くなっているのが分かる。多分真っ赤になってると思う。頬の赤さを見られないように宏壱達に背を向ける。

 

 

「あのぉ~、いいですかぁ~」

 

 

 そんな中、リッシュが声を上げる。

 

 

「えっと、リッシュちゃんどうしたの?」

 

「何か分かったんじゃねぇの?」

 

 

 ルーヤがリッシュに聞くもリッシュが返事をする前に、宏壱がそう言う。

 

 

「頭良いんだね!」

 

「本当ですか!?」

 

「す、凄いです、リッシュさん!」

 

「いえぇ~、外れているかもしれませんしぃ~」

 

 

 宏壱の言葉が当たっていたらしく、皆に言われたことに照れ笑いを浮かべるリッシュ。皆の驚きも分かる、トロそうだもんね、この子。

 

 

「でわぁ~、こほん。連携を見る為じゃないかと思うんですぅ~」

 

「連携?」

 

 

 リッシュが一度咳払いをして放った言葉にあたしらの頭に?が飛ぶ。

 

 

「はいぃ~、即席のチームで、どれだけの連携が取れるかを見る為じゃないでしょうかぁ~」

 

「え、っと?」

 

「?」

 

「なるほど。そういうことですか」

 

「へぇ~、まぁ、でも考えてみれば簡単なことよね」

 

 

 リッシュの言葉にあたしとレイが納得し、ルーヤとニッツはまだ?を頭に浮かべている。宏壱は口を挟まずリッシュの話を聞いている。

 

 

「わたしが思い付くのはこれくらいですぅ~」

 

「ニッツ君分かった?」

 

「い、いえ。僕もいまいちピンと来ません」

 

 

 そうリッシュが話を締め括ると、ルーヤとニッツが顔を付き合わせてヒソヒソとお互いの理解度を確認し合う。どうもこの二人は頭が良くないみたいね。

 

 

「もっと詳しく言うんなら、即席チームでどれだけの作戦を立てられるか、自分の立ち位置を理解できているか、仲間のフォローは? 自分本位の戦い方をするのか? ってとこだろ。勝ち負けは関係ないんだろ。周りが見えてるのか、いねぇのか。部隊で動いていた場合、一人が先走れば隊列が乱れ隙が生まれる、部隊全滅………なんてこともあり得るからな。個人の技量はもちろんだろうが、それ以上に味方との連携を重要視できる奴が欲しいんだろ」

 

「なるほどぉ~、そこまで考えていませんでしたぁ~。つまり初対面の方とをどれほど信頼できるのか、という話ですねぇ~?」

 

「だろうな。別部隊との合同任務だってあるんだろうし、足並みが揃えられる奴、自分のやるべきことを把握してる奴、部隊運用には欠かせないもんだぜ? そういう連中は」

 

 

 このガキンチョは本当に何なのかって思うわ。頭の回転が早すぎるでしょ! ここまで考え付くなんて、個人の技量はさっき見た。でも、頭もこれだけ良いなんて、反則よ。

 

 

「まぁ、俺が試験官な訳じゃねぇし? あくまでも予想にすぎねぇんだけどな」

 

「外れてても幾つか追加要素があるだけだと思いますよぉ~」

 

「は、はい、私もそう思います」

 

「ぼ、僕も!」

 

「うん! よく分かんなかったけど、私も!」

 

「今ので分からないってどれだけよ、まぁ、要は周りのフォローを確りしろ、ってことでしょ」

 

「まっ、簡潔に言えばな」

 

 

 話に付いてこられていなかったニッツとルーヤに簡単にそう言ってあげる。宏壱があたしの言葉に同意し得心したのか、コクコクと納得の表情で首を縦に振る。

 

 

「まぁ、さっき決めたことをベースに各自、臨機応変に対応していきましょうってことでいいか?」

 

「うん!」

 

「は、はい!」

 

「はい!」

 

「任されたことくらい確りやるわよ」

 

「はいぃ~、ルーヤさんとレイさんはわたしが守りますぅ~」

 

「応! 俺もなるべく後ろに通さねぇようにすっから」

 

 

 宏壱の言葉にそれぞれの返事すると、ニカッと笑みを見せるとそう答えた。これなら来た甲斐があったかも、なんて頭の片隅で考えていると。

 

 

「時間だ。それではこれより管理局飛び級入局試験・実技を行う。先ずは俺と試合うチーム、模擬戦場に出ろ」

 

 

 

 

 

 模擬戦場、ブリーフィングルームに行くまでに通った中庭で始まった試験は、最初っから全開だった。

 

 

 ―――出し惜しみは無しだ。初っぱなから全開で行く。そうでもしねぇとすぐに潰されんぞ。

 

 

 試験前に宏壱が言った事は間違いじゃなかった。最初の宏壱の魔法、あたしじゃあ反応できずに沈められて終わってたわね。あたしの魔法も回避され、ニッツの貫通性の高い魔力弾も効かず、宏壱の魔力刃も効果は見られなかった。

 ましてやルーヤ達のところまで行かせてしまい反応できなかった。それは、宏壱が何とかしてくれたけど、何をどうしたのかは全然見えなかったし、炎熱変換資質も持ってるなんて聞いてないし、あたしらに指示出すだけ出して何か氷漬けになるし、意味わかんないわよ! ただ、アイツの魔力でできているからか、氷は赤い色をしていてまさに結晶のようで綺麗ではあったけど。

 

 

「何をするのかは知らんが、止めた方が良さそうだ」

 

 

 氷が宏壱を完全に包み、止まることなく成長を続けているところを呆然と見ていたあたしの耳にそんな声が届く。声のしたところ 、氷の向こう側を見ると試験官が構え宏壱に向かう瞬間だった。

 

 

 ―――援護は任せた。

 

(っ!?)

 

 

 宏壱の言葉を思い出す。何をするのかは知らないけど、援護を任されたんだからやってやるわよっ!

 

 

「リッシュっ! ぼさっとしないで! 宏壱に近付けさせないでっ!!」

 

「っ!? は、はい! ファスト キャノン!!」

 

 

 ニッツの前に5つの薄緑の魔力弾が生み出され、右手に持つ杖形のデバイスを振るう動作と共に放たれる。その速度はさっきの魔力弾と比べ物にならないほど速い。でも、確りコントロール出来ないのか、真っ直ぐにしか飛ばずあっさり躱される。それを視界の端に入れながら側面に回り込み、両手を前につき出し掌を前方に向ける。

 

 

「スパーク!」

 

 

 あたしの前に赤色の丸い魔法陣が現れ、――バチイィィ!!――っと火花が走る。その火花は宏壱と試験官の間を遮るように走った。一瞬動きを止める試験官、その隙をつく!!

 

 

「イグナイテッドッ!!」

 

 

 ――バチイッ!――と一瞬手元で火花が散り、――ヂュドドドドォォォォォンッッッ!!!――さっき走っていった火花を追うように連鎖的に爆発していき、試験官を巻き込んだ。

 

 

「ぼ、僕だって!」

 

 

 あたしの魔法を見て少し唖然としていたニッツが、足下に魔法陣を展開する。

 

 

「レール キャノン!」

 

 

 杖形のデバイスが形を変えていく。柄が伸びて先端が尖り、二又になった。その、又になっている部分に魔力が集束していき、拳ほどの大きさになったところでニッツが叫ぶ。

 

 

「ファイヤッ!!」

 

 

 爆風で、まだ煙の晴れていない所に魔力弾が放たれ――ドオォォンッ!!――爆発する。

 

 

「っ!?すごい威力!」

 

「僕の取って置きです!」

 

 

 でもこんなので終わるわけない!

 

 

「追い討ちかけるわよ!」

 

「はい!」

 

 

 ニッツの声が大きく響く。かなり力が入ってるわね。でも、今はその方がいい。この勢いのまま!

 

 

「フレイム ランサー!」

 

「ファスト キャノン!」

 

「「ファイヤーーッ!!」

 

 

 あたしの周囲にある6つのスフィアから四発ずつ、ニッツはコントロールを捨て数を取ったのか17発の魔力弾が放たれ、試験官がいるであろう煙のなかに吸い込まれていき轟音を発しながら爆風を巻き起こす。

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、やっ、やった?」

 

「ふぅっ、ふぅっ、ふぅっ、わ、分かりません」

 

 

 魔力の許す限り撃ち続けたあたしとニッツの息は荒くなっていた。チラッと宏壱を確認してみる。氷の成長は既に止まっている。

 

 

「ぐぁっ!?」

 

「えっ?」

 

 

 ニッツの悲鳴が聞こえ、そちらに首を向けると、視界が暗くなる。

 

 

〈protection〉

 

 

 赤色の魔法陣があたしの目の前で展開され 、いつの間にか降り下ろされていた試験官の槍を防いだ。

 

 

「っ!?」

 

 

 プロテクションに皹が入り、とっさに後ろに跳ぶ。それと同時にプロテクションが割れてゴオォゥッ!!と風を切り地面に激突、――ドゴォォンッ!!――クレーターが出来上がる。ツゥーっと汗が頬を伝って顎先から落ちる。

 

 

「目が良いな」

 

 

 目の前にいるのはゼスト・グランガイツ、あたしらの試験官、その奥にニッツが倒れている。意識はあるみたいだけど、動けないみたいね。本格的に不味いわね。

 

 

「一人リタイアだ」

 

 

 いつの間にか目の前にいた試験官が、そう呟きながら槍を振りかぶる。

 

 

(プロテクションじゃ破られる! この距離じゃ避けられない! ヤられる!!)

 

 

 死なないって分かってても痛みはあるし、怖いものは怖い、人の本能で目をぎゅっと閉じる。

 …………………あれ? 衝撃が来ない? と言うか、何か誰かに抱っこされてるみたいに温かい。落ち着く感じ。薄目を開けて周りを確認する。一面青が広がっている。

 

 

(なぁ~んだ。そりゃ当然よね。だって空に居るんだもん)

 

 

 下を確認すると、薄い氷?みたいなのがあって、その向こう側に防壁を張ったままのリッシュ達、離れた位置にニッツ、試験官が見える。槍を降り下ろした後なのか、足下にクレーターが出来ている。

 

 

「で、そろそろこっち向いてくれねぇかな?」

 

 

 この声、ガキンチョにしては少し低めでもう声変わりでもしてるのかなって感じだったけど、今の姿だとしっくり来る感じ? あ、でも、もう少し低い方がいいかも。

 

 

「現実逃避は終わったか?」

 

 

 無駄なことをつらつら考えていると、またもや声をかけられる。分かってる、分かってるわよ!

 

 

「あ、あんた宏壱でしょ!? なんで背が伸びてっ! って言うか、どう見ても20代じゃん! 何! 何したのよ!? って言うか、下ろしてよ! 恥ずかしいんだけど!」

 

 

 今のあたしの状態は、膝裏に手を入れられて肩を抱かれている。所謂お姫様抱っこという奴よ。女の子なら誰もが夢見るもの、嬉しくないと言えば嘘になる。ましてや、相手はワイルド系イケメン、爽やかさやクールさは殆どない、一度惚れればメチャクチャにされそうな野性味溢れた感じで、でも、確かにある知性、これが本当に宏壱ならそういった観察眼、考察力は人並み以上にある。今まで何人かの男と付き合ってきたし、男友達も勿論いる。でも、あたしの周りにはいないタイプの男よ。

 

 

「下りるんじゃなかったのか? このままだと闘いづれぇんだけど」

 

「お、下りるわよ!」

 

 

 そう言って、空中に薄く張られた氷の上に下りる。足場を確かめるように、コツンコツンと爪先で突いてみる。

 

 

(案外確りしてるのね)

 

「さて、ニッツとアルが頑張ってくれたんだ。俺も良いとこ見せねぇとな」

 

 

 もう十分だと思うけど。

 

 

「で?アルは一人で降りれんのか?」

 

「別に飛行魔法ができない訳じゃないわ。苦手なのよ、ゆっくり降りれば問題ないわ」

 

「了解」

 

 

 そう言葉を交わして、タンっと軽やかに飛び降りる。

 

 

(怖くないのかしら、10mはあるけど)

 

 

 そんなことを考えながら、ゆっくりと降りていく。

 

 あたしが地上についた頃には、試験官がチェーン バインドで縛られ、宏壱のデバイスを首元に突きつけられているところだった。

 

side out



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第十鬼~赤鬼と試験終了~

side~宏壱~

 

 自身を覆っていた氷の膜を破る。まず視界に入ったのは、高い視線。子供の体とは明らかに違う、自分の体を見下ろせば地面が遠く、手に持っていたはずの刃は、鞘に納まりズボンのベルトの左腰に刺さっている。

 周囲の確認をすると、未だにリッシュの展開した防壁の中にいるリッシュ、ルーヤ、レイの三人。この三人には事前に危うくなったら俺が切り札を切るから動じないでくれと伝えてある。それでもちょっと驚いてるっぽい。

 少し離れたところで地面に俯せに倒れているニッツ、意識はあるが体が動かないようだ。そして、その視線の先には、デバイスを振りかぶるゼストさんと来るであろう衝撃に、身を強張らせているアルの姿だった。

 

 

(先ずはアルの救出からだな)

 

 

 やることを決め動く為に刃へと思念通話を送る。

 

 

《刃、サード ムーブだ》

 

《主!? セカンドのままでも!》

 

《術式は出来てる。でも、一度も試したことがねぇってのは問題じゃねぇか?》

 

《………》

 

 

 そう言うと少し黙る刃。 やがて言葉を紡ぐ。

 

 

《そう、ですね。データは欲しいですし、でも、やるなら速攻で決めてください。幾らグロウを使っていると言っても限界はあります。それに、リスクが無いわけでもありませんから》

 

《おう》

 

 

 今の遣り取りを一瞬で終わらせ、セカンドをサードに移行する。そして、視界がブレる。

 次の瞬間には、アルを腕に抱き空中で『薄氷』(空中に薄い氷の膜を張り足場を作り出す魔法)を張ってその上に立っていた。

 

 

《どうですか?》

 

 

 刃の声が聞こえるが、はっきり言ってそれどころじゃない。視界が揺れて気持ち悪いし、体の節々が痛い。その上血の流れが異常なほどに速い。心臓がバクバクいって煩い。周りの音が遠く感じる。

 これは多分グロウ(刃に保存されている前世での宏壱のデータを元にして、宏壱自身を前世の最盛期{20~30歳の間}まで今の肉体を成長させる魔法。この際に肉体の安定を図るため魔力でコーティングする必要があるが、魔力変換で炎に包まれたりとか、氷漬けになる必要はなく、ただの演出である)とサード ムーブ (ファースト、セカンドのさらに上位の魔法。元々構想はされていたし、術式も完成していたがセカンドと違い、サード以降はどうシミュレーションしても子供の体では耐えきれず壊れてしまうので、試験することができなかった)の併用が原因だろうな。

 急激な肉体の成長に合わせ飛躍的な身体能力の向上。ファーストから段階を踏めば良かったんだろうが、そんな暇はねぇし、状況が許してくれるとも限らねぇ、体を鍛えるしかねぇ、か? ま、この問題は後だな。今はこの試験を乗り切る!

 

 

「すぅ………はぁ~、すぅ………はぁ~。よし」

 

 

 目を閉じ深呼吸を数度繰り返し、速くなっていた動悸を整え、新鮮な空気を肺に入れ嘔吐感を抑えて思考もクリアにする。

 

 

《主?》

 

《あ、ああ、ある程度の問題点は把握した。少し難ありだけどな》

 

 

 目を開けたところで刃から声がかかる。

 

 

《そうですか。では、今後はそれらを注視しながらの鍛練、ということですか?》

 

《ああ、そうなる》

 

《では、早く終わらせましょう》

 

「《ああ。その前に》で、そろそろこっち向いてくれねぇかな?」

 

 

 刃との思念通話を終わらせ、キョロキョロと視線をさ迷わせるアルに声をかける。

 

 やっと俺の方に顔を向けたアル。何か、どんどん顔が紅くなってきたんだけど。目もグルグルとナルトみたいだな。

 

 

「(見てて楽しいことは楽しいんだけど、終わらねぇからなぁ)現実逃避は終わったか?」

 

「あ、あんた宏壱でしょ!? なんで背が伸びてッ!って言うか、どう見ても20代じゃん! 何! 何したのよ!?って言うか、下ろしてよ! 恥ずかしいんだけど!」

 

 

 めちゃくちゃテンパってんな、おい。アルにもこんな可愛いとこがあるんだな。わたわたと自分の顔の前で両手を振りまくるアルを見てそんな風に思う。

 

 

「下りるんじゃなかったのか?」

 

「下りるわよ!」

 

 

 俺の腕から下りたアルは足場を確かめるように爪先で『薄氷』を何度か叩いている。ほんと元気だな。魔力も殆ど残ってねぇみたいだけど。

 

 

「さて、ニッツとアルが頑張ってくれたんだ。俺も良いとこ見せねぇとな。で? アルは一人で降りれんのか?」

 

「別に飛行魔法ができない訳じゃないわ。苦手なのよ、ゆっくり降りれば問題ないわ」

 

「了解」

 

 

 アルの言葉に短くそう返し、軽く『薄氷』を蹴り飛び降りる。

 

 

《ルーヤ、レイ準備はどうだ?》

 

《バッチリだよ!》

 

《い、いつでも行けます!》

 

《よし! なら俺とゼストさんが鍔競り合いになった瞬間を狙ってくれ! ギリギリで躱す!》

 

《《了解だよ!!/りょ、了解です!!》》

 

 

 二人との思念通話を終わらせ降下中に刃を鞘から抜刀、飛行魔法を発動し、成長した俺の姿に驚いているゼストさんめがけ突っ込む!距離は凡そ15m。

 

 

「何をした? いや、今はそんなことよりも」

 

 

 高速で近づく俺に対しゼストさんは右足を前に出し、左足を後ろに下げ半身の状態になり、腰を落として胸の前で槍を構えその切っ先を俺に向ける。

 

 

(なんだ。魔力が槍頭に集まっていく?)

 

「シュトース ヴェーエン!」

 

 

 ゼストさんはその場で俺に向けて突きを放つ。

 

 

「この距離で!?」

 

 

 彼我との距離は10mはある。それを補うように飛ばされた魔力の突きだ。

 

 

「避けれまい!」

 

「ちぃッ!月歩!」

 

 

 迫り来る魔力の突きを、空中を力強く踏み抜くことで空中歩行を可能にした体技『月歩』で空を蹴りギリギリのところで回避する。

 

 

「なにッ!?」

 

「ファースト ムーブ!」

 

〈First Move〉

 

 

 驚きを表すゼストさんの隙を逃さずファースト ムーブを発動する。次の瞬間にはゼストさんの右側デバイスを構えている方向とは逆側に移動していた。

 

 

「ッ!?」

 

 

 目を見開くゼストさんと視線が重なる。刃を両手で持ち腰を落とし左腰に構え振り上げる!

 

 

「なん、だと!?」

 

 

 振り上げた刃は後ろに回された槍の柄で防がれた。

 

 

「なんて反射速度してやがんだ!」

 

「ぬうぅぅッ! 見掛けだけではないのか!? 力も大人の男と変わらん、それどころか並みの男よりも強い!」

 

 

 ギチギチと互いのデバイスを擦り合わせ力が拮抗し、打つ手がなくなる。

 

 

「何でそんな体勢でこんだけの力が出せんだよ!」

 

「意地だ!」

 

 

 体勢で言えば明らかに俺の方が有利だろ! それを意地だけで! だが、この拮抗も長くは続かなかった。

 

 

「「合成魔法! トランスペアレント チェーン!」」

 

 

 ルーヤとレイの声が辺りに響くと同時に、ジャラジャラと鎖の輪っか同士を擦り合わせたような音があちこちから聞こえだし、やがて音はジャラララララ! っと鎖を引っ張るときのような音に変わる。その音は俺の背後からも聞こえていた。

 

 

「なんだ!?」

 

 

 驚くゼストさんを放って置き、大きく後ろに後方宙返りの要領で跳ぶ。数秒前まで俺が居た場所をジャラララっと鎖が通過した。

 

 

「こ、これは! チェーン バインド!?」

 

 

 俺が着地するとゼストさんは緑色の魔力で出来たチェーンにより、両腕を腰と一緒に縛り上げられていた。

 

 

「この程度のものぉ!!」

 

 

 ゼストさんは身体能力を魔力で強化しチェーン バインドを引き千切ろうとする。が。

 

 

「させるか!」

 

 

 上体を低くして走りながら右手に持った刃を手の中で回転させて逆手に持つ。チェーン バインドを引き千切られる前に!

 

 

「チェックメイト、だ」

 

 

 チャキっと音を鳴らせ刃をゼストさんの首筋に突きつける。

 

 

[ゼスト・グランカイツVS受験生六人による実技試験を終了します。尚、実技試験勝者は受験生組とさせていただきます]

 

 

 試験終了を知らせるアナウンスが流れる。

 

 

「ふぅ」

 

 

 一息つき刃を下ろす。

 

 

「刃、モード リリース」

 

〈御意〉

 

 

 俺の全身が光に包まれる。光が収まった頃には視点が低くなり、ここ数年で見慣れた高さになった。(背が伸びてないって意味じゃねぇぞ?)それと同時に刃も待機形態の十字架のネックレスになる。

 今回チームを組んだメンバーを見やれば、ルーヤやレイ、リッシュは喜び3人で手を合わせてその場でピョンピョンと跳びはねている。アルはニッツの手を掴み起こしている。今まで仏頂面だったアルも笑顔だ。

 近くで何かが砕ける音がした。と言ってもゼストさんを拘束していたチェーン バインドが解けただけだけどな。

 

 

「まさか、負けるとはな」

 

「勝ちは勝ちだけどさ、あんたもリミッターみたいなの着けてるだろ?」

 

 

 ゼストさんの呟くような言葉に、こっちに向かって走るルーヤ達を見ながら答える。

 

 

「これでも首都防衛隊の隊長をしている。たとえリミッターが有ったとしても負けるつもりはなかった」

 

「だろうな。あんたからは並々ならぬ闘気を感じた。あれで加減した、手心を加えた。何て言われても信じねぇよ」

 

「そうか(闘気? 聞いたことがないな。この後なら時間もある、聞く機会もあるだろう)」

 

「ああ」

 

 

 それだけ言葉を交わし沈黙する。見ため通りかなり無口と言うか寡黙って感じの男だな。

 

 

「宏壱君! やったね!」

 

「ぼ、僕も頑張りました!」

 

「私の幻術とルーヤさんの捕縛魔法の混合凄いです!」

 

「ま、まぁ、上出来なんじゃない?」

 

「はうぅぅ~~、疲れましたぁ~。早く帰って寝たいですぅ~」

 

 

 皆嬉しそうな顔をしている。そう思う俺も表情が緩んでいるのが分かる。

 

 

「次の試験の邪魔になる。話すのはブリーフィングルームに戻ってからでいいだろう」

 

 

 そう呟きゼストさんは隊舎へと向かう。それを追うように俺たちも隊舎へと歩みを進める。

 

 

「あ! そうだ! 宏壱君、ブリーフィングルームに着いたらさっきの魔法のこと教えてよ!」

 

 

 ルーヤの言葉に他の四人も気になるようで首を縦に振っていたり、興味の無いフリをしてチラチラとこっちを見たり、眠気が吹き飛んだのかキラキラと目を輝かせたりと、様々な反応だが全員興味が有るみたいだな。前を歩くゼストさんも意識をこっちに向けてるみてぇだし。

 

 

「あー、まぁ、時間もあるんだろ? ゼストさん」

 

「ああ、後三組の受験者の実技試験を行い、それが終われば合格通知の届け先の登録、解散という流れになる」

 

「その間って絶対にブリーフィングルームにいねぇとダメか?」

 

「? いや、時間までに戻ればこの隊舎内の見学くらいなら出来るが。何か見たいものでもあるのか?」

 

「いんや、ちょっち腹へったなぁ、って思ってさ。食堂ととかあるんだろ?」

 

「ああ、今の時間帯なら利用している局員も少ないだろう」

 

 

 そう言ったゼストさんの案内で俺たちは食堂へと向かった。




終わらない、だと!

一応試験は終わりましたね、試験は。

次はさらっと行けるかなぁ~、何て心配しています。

どうも文章がくどいかもしれません、誤字脱字ちょっと多いかもしれませんがお付き合いのほどを。

ではこれにて。


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第十一鬼~赤鬼と大食い、説明会~

side~宏壱~

 

 食堂に着き菫が日本円からミッド通貨へと両替した金で食券を買う。

 

 

「………あんた、そんなに食べれんの?」

 

「ん?」

 

 

 券売機のタッチパネルのボタンに写っているカツ丼ぽいやつを押していると、後ろからそんな声がかかる。

 

 

「腹減ってるからな」

 

「いや、それにしても買いすぎでしょ!――ピッ――って話してるときぐらいこっち向きなさいよ!」

 

「「「あ、あははは」」」

 

「宏壱くんはぁ~、よく食べるんですねぇ~」

 

 

 アルと会話しながら食券を買っていると怒られた。解せん。

 

 食券を厨房から顔を出しているおばちゃんに渡し食堂内を見渡す。すると数人の人だかりが見える。ちらっと見えたその中心、白髪ロングの美人さん、菫が数人の局員に囲まれていた。どれも男の局員で聞こえてくる会話によると、これから外で茶でもどうか、と誘っているらしい。まぁ、所謂ナンパってやつだな。相手が菫だからなぁ、気持ちは分からなくもねぇが、勤務中に外部の人間それも一般人を誘うってのはどうなんだ? しかも堂々とサボりを公言してやがる。

 

 

「あ、あの~グランガイツ試験官、あの人は?」

 

 

 俺の視線の先を追ったレイがゼストさんに尋ねる。

 

 

「ふむ、おそらく今回の試験の受験者の付き添いだろう。この食堂は待合室としても使われているからな」

 

「へぇ、そういえば何人か管理局の制服を着ていない人もいるわね」

 

 

 アルの言葉に周囲を見れば、確かに何人か魔力を持たない、或いは体を鍛えていないであろう人物がちらほらと見える。 まぁそれに関しては非魔導師だって可能性もあるけど、まさか制服を着てないってことはないだろ。

 

 

「はいよ」

 

「ああ、ありがとう」

 

 

 菫がナンパを無視しているのを眺めていると俺の分の料理が出来上がる。

 

 

「凄い量ですね」

 

「本当に食べれるの?」

 

 

 台に置かれたトレイは五つ、それぞれトレイの上には六品の料理、その何れもが器から溢れんばかりの大盛りときたら俺でも驚く。この体やけにカロリーを消費しやがる。魔法を使った後は特にな。と言っても食わないと動けなくなるなんてことはねぇけどな。

 

 

「運ぶの手伝いましょうか?」

 

「いや、大丈夫だ」

 

 

 レイが手伝いを申し出てくれたが運べないこともないので断る。

 頭に一つ、両肩に一つずつ、最後に両手に一つずつ持って人だかりの方へ歩いていく。

 

 

「器用ですねぇ~」

 

「本当に凄いです!」

 

 

 落とさないように歩いていると、追い付いたリッシュとニッツが声をかけてきた。周りからも視線を感じる。女性局員はなんか心配そうにはらはらと見ているが。

 

 

「それで、どこに座るの?」

 

「あそこだ」

 

 

 ルーヤにどこに座るのか?と聞かれたから素直に視線で目的の場所を示す。

 

 

「あの人のところ、ですか?」

 

「ああ、俺の家族だ」

 

「頭と肩と手に料理の乗ったトレイ乗せてそんなキリッとした顔で言われても、可笑しいだけよ」

 

「うるせぇ」

 

 

 他愛も無い会話をしながら菫のいる所まで歩いていくと、菫もこっちに気づいたようで目が合うと座っていた椅子から立ち上がる。

 

 

「お、やっと行く気になってくれたの? いや~粘ってみるもんだね」

 

「ホントホント、こんな美人さんが一人でいるなんて勿体ないよな」

 

 

 等々聞くに堪えない勘違いを起こしているバカ共を無視して、菫は真っ直ぐこっちに向かってくる。まぁ、後ろにそのバカ共を引き連れてるんだけどな。

 

 

「本当に綺麗な人ですねぇ~」

 

「あれがあんたの家族? 全然似てないわね」

 

「う~ん、私もそう思うよ。あ、ごめんね」

 

「み、皆さん失礼ですよぉ」

 

「でも似てないのは本当ですよね!」

 

「なかなか言うね、お前も」

 

「強いな」

 

 

 菫を見たルーヤ達の様々な反応に苦笑しか出ないが、ニッツの言葉が一番傷ついた。いや、血は繋がってねぇし、性格も殆ど違うから似てなくて当然なんだけど、断言されるとこう、意味もなく傷つくと言うか、そんな感じだ。あと一人、全く違う視点から見ているのが一人居るがこれは無視だな。

 

 

「宏壱様、一つお持ちします」

 

 

 俺の前で止まった菫を怪訝に思ったバカ共が驚愕の表情になる。こんな美人が俺みてぇなガキを様付けだもんな。後ろでも息を飲んだ音が聞こえるしな。

 

 

「ああ、助かる。頭に乗ってるやつ持ってくれ」

 

「御意、です」

 

 

  礼を言いながら頼むと、さっきまで殆ど動かなかった表情が笑顔に変わる。と言っても周囲には微笑み程度にしか見えてねぇんだろうが、俺からすりゃあこれは菫が魅せてくれる最大限の満面の笑みだ。

 

 

「へぇ~このお坊っちゃまがさっき君が言ってた――「では行きましょう、宏壱様」――ってちょっと無視はひどいんじゃない?」

 

 

 バカが何やら菫に話し掛けるも、それを無視して菫はさっきまで自分が座っていたテーブルへ歩き出す。

 

 

「ちょ、待てって言ってんでしょ」

 

 

 流石にしつこく感じた俺は魔力弾を撃ち込んで黙らそうとブレイク シューター(魔力変換無しの魔力弾(弱))をいつでも放てるように準備する。ちらっと見えたルーヤ達五人の口元が引きつっているように見えたが、気のせいだろう。

 

 

「待つのはお前らだ」

 

「あ゛あ゛!? 誰だよ! 俺たちはあのび…じ…んと」

 

 

 ブレイク シューターを撃つ前にゼストさんが声を掛ける。それが癇に障ったのか菫に声を掛けていたうちの一人が、誠意一杯の凄味を利かせて振り向くが、声を掛けたのがゼストさんだと知り固まる。

 

 

「あ、早く食わねぇと料理が冷めちまう」

 

 

 この場はゼストさんに任せることにして、準備したブレイク シューターを消し菫の後を追う。

 

 

「い、いいんですか?」

 

「ま、いいんじゃない? 試験官に任せた方が後腐れ無いでしょ」

 

「腹へったしなぁ~」

 

「はふぅ~、なんだかわたしもお腹空いてきましたぁ~」

 

「「あ、あはは」」

 

 

 そんな他愛も無い話をしていると、菫の待つテーブルに着きトレイをテーブルに置き椅子に座る。四人座れるテーブルを二つ繋げて八人座れるようにしてある。因みに席順は右から菫、俺、ニッツ、アル、向かいの席に菫の前が空いて、ルーヤ、レイ、リッシュだ。

 

 

「んじゃ、いただきまーす」

 

 

 手を合わせた後、料理を口に運ぶ。

 

 

「お~、うめぇ!」

 

 

 ポテトサラダは絶品だな。他にも旨そうなもんがいっぱいだ。

 

 

「管理局は料理にも気を使っているからな」

 

 

 そう声を掛けてきたのは、ナンパ野郎共の相手をしていたゼストさんだった。空いている席、菫の向い側の席に座る。

 

 

「料理にですか?」

 

 

 聞いたのはルーヤだが、レイ達も頭に?が飛んでいるのが幻視できる。

 

 

「確かに栄養補給は大事ですが、口にするものが不味ければ今後の士気、モチベーションに関わってきますからね」

 

「ほう、貴女は何者だ? 立ち居振舞いが並の者とは違うようだが」

 

「申し遅れました。私、宏壱様の従者筆頭兼今回の付き添い役の任を与っております、菫と申します」

 

 

 菫が椅子を引いて立ち上がり、真名を名乗り深々とお辞儀をする。その姿勢は様になっていて違和感も嫌味ったらしさもなく、相手を敬っていると思わせるものだった。まぁ、実際に敬ってるんじゃなくて、敵をむやみに作らない処世術みたいなもんだけどな。

 

 菫達には真名を名のってもらっている。地球で『我は、関雲長也!』何て言われても、周りには頭がおかしい人認定されて終わりだからな。確かに魏の絡繰り師『李典』が天の御遣い『北郷一刀』の持つ未来、現代(現代と言っても一刀の居た世界、天の国なんて呼ばれてたが、その天の国じゃあ曹操や劉備、孫権といった名立たる王、武将、軍師の殆どが男らしいから、あいつの言葉を借りればパラレルワールド、平行世界なんだろうって話だけどな)の知識をもとにカメラが開発され、開発した魏は勿論、俺たち蜀、蓮華(孫権)が治めていた呉にも出回っていた。まぁ、そんな2000年前の写真なんざ残ってねぇらしいが、その写真を基に人物画は描かれている。そうは言っても歴史上の人物、偉人に似ている奴なんて幾らでもいる。 人物画である以上絵の描き手によって捉え方が違うからな、見た目の印象、持っているイメージ、それらが違うだけで目付きや鼻立ち他にも違ってくる所はあるだろう。何が言いたいかって言うと、2000年前の英雄、英傑達の名を使うには色々と問題があるから真名を名乗ってるって話だ。

 

 閑話休題

 

 

「ほへぇ~、宏壱くんって地元ではお金持ちさんなんですか?」

 

 

 菫が椅子に座り直すと、俺の横に座っているニッツが聞いてくる。

 

 

「あー、んーっと、菫これ言ってもいいのか?」

 

「いずれ知られることになりますし、構わないかと」

 

 

 どう説明しようか、言ってもいいものだろうかと悩むが答えが出ず、菫に聞く。

 

 

「あー、そうだな。どうせ申請とかしなきゃならんだろうし、早めに誰かに知っておいてもらう必要があるか」

 

「はい」

 

 

 俺と菫の会話の意味が分からず首を傾げているルーヤ達に説明しようと、手に持っていた茶碗を置いて手を合わせる。

 

 

「ごちそうさまでした」

 

「「「「早っ!!?」」」」

 

 

 ルーヤ、レイ、ニッツ、アルの四人が声を上げる。リッシュとゼストさんも目を見開いている。菫は手早く食器とトレイを重ね厨房の方へ返しに行ってくれた。

 

 

「さて、じゃあ説明しようか。まずは菫の事からだな」

 

「いやいやいや、それより気になることができたんだけど!!」

 

「そうよ! なんであの量をこんな短時間で食べれたのよ! まだ五分も経ってないんだけど!!」

 

「菫はな俺の持つレアスキルの一部みたいなもんなんだ」

 

「「無視っ!?」」

 

「レアスキルですかぁ~?」

 

「お、お二人ともマイペースすぎます」

 

「そのレアスキルとはなんだ?」

 

「試験官まで……はぁ~、気にするのやめよ。疲れたわ」

 

「「「あ、あはは、はぁ~」」」

 

 

 なんか騒がしかったのが静かになったな。そんなことを考えながらテーブルの上に乗せた掌を上に向けて開き、魔力を集める。

 

 深紅の魔力が集まり始め形をなしていく、魔力光が収まると、六法全書並の大きさと分厚さの深緑色の本が出来上がっていた。表紙には金刺繍で大きく円が書かれ、その円の中には劉の文字が描かれていて、裏表紙にもデカデカと同じ金刺繍で蜀の文字が描かれている。

 

 

「ああ、これだよ」

 

「本、ですかぁ~?」

 

「この本『蜀伝の書』には様々な人物のプロフィールが載っている。菫もここに載ってるんだよ」

 

「見せてもらっても良いか?」

 

「ああ、構わねぇよ」

 

 

 ゼストさんの要求に応えテーブル越しに『蜀伝の書』を手渡す。ゼストさんはペラペラとページを捲っていて、その後ろにはルーヤ達が覗き見ている。

 

 

「女の人ばっかり」

 

「はい、皆さん綺麗な人ばっかりです」

 

「何これ、何て読むの?」

 

「あ! 菫さんです!」

 

「本当ですねぇ~」

 

「ふむ、ここで終わりか」

 

 

 最後のページまでいったようだ。最後と言っても実は『蜀伝の書』は完成していない。王の桃香を始め蜀の武将、軍師の死ぬまでの人生録が簡潔にまとめられ記録されているが、一人10ページ程度しかない。全員で合わせても10×22の220、何千ページとある『蜀伝の書』を満たすには足りない。その先は白紙で何も書かれていない状態だ。ただ貂蝉の話だと『蜀伝の書』には蒐集能力があるらしい。この能力は死んだ者の魂を吸収しデータ化するというもので、生前時『蜀伝の書』に血判を押すことで血の契約を結び、死亡後『蜀伝の書』に蒐集される、というものらしい。もしページが足りなくなった場合、勝手に増えるんだそうだ。相手が人外で悪魔や天使、妖怪とかの場合も同様って話だ。ページ数は蒐集した魂が生前どれだけの密度の人生を送ったかで決まるらしい。契約した奴が20で死んだとしても5ページを超えることもあれば、70で死んだ奴が3ページにも満たない可能性だってある。まぁ、俺と契約を結ぶような奴が3ページにも満たない、何て事はあり得ないらしいが。(貂蝉談)

 

 閑話休題

 

「要は、その本に載ってる奴等を呼び出せるんだよ」

 

「それって凄いんですか?」

 

「彼女、菫といったか。彼女でどれ程の実力だ?」

 

「え?」

 

「どういう事ですか?」

 

 

『蜀伝の書』をこちらに差し出しながら、ニッツの疑問に被せぎみに問うゼストさん。リッシュ以外は頭に?を浮かべている。

 

 

「何でそんなことを聞くんだ?」

 

 

『蜀伝の書』を受け取りながら素っ惚けて質問の意味を問う。

 

 

「立ち居振舞い、一瞬だけこちらに向けた観察するような視線、複数の男に囲まれても動じない胆力に対処できるという自信が見えた。それなりに場数を踏んでいるのは分かる」

 

「「ほへぇ~」」

 

「す、凄いです。そんなところを見てたんですね」

 

「これが地上本部のエース。こんな食堂でまで気を張ってるのね」

 

「……」

 

 

 ルーヤとニッツはぽけーっとしてるな、レイは驚き、アルは感心、リッシュは……大体分かってるみてぇだ。戦闘面はともかく観察力、頭の回転の早さは五人のなかじゃ一番だろうな。

 

 

「そこのデリッツシュ・マッサロは分かっていたようだが?」

 

「え? 本当? リッシュちゃん」

 

「はいぃ~、宏壱さんの護衛のようにも見えましたからぁ~」

 

「へぇ~、そうなんだ」

 

 

 このまま放置すればどんどん関係ない方向に行きそうだ。ここいらで話を戻させよう。

 

 

「ちょっと話が逸れてきてんぞ」

 

「ああ、そうだったな。それで彼女はその書の中で言えばどれ程の実力になる?」

 

「そうだなぁ」

 

 

 思案しながら『蜀伝の書』を開きパラパラとなんとなしに見ている。特にこの行動に意味はない。

 

 

「この中で言えば中の上、その時のコンディションが良ければ上の下辺りは確実だろうな。まぁ、菫自身は戦闘面よりも謀略に長けてるからな、相性にもよるさ」

 

「謀略ですか?」

 

「あー、別に説明してもいいけど時間なくなるぞ? さっきの実技試験のときに使った魔法の説明とかいいのか?って言うかお前ら早く食わねぇと冷めんぞ」

 

 

 俺のその言葉に慌てて食事を再開するルーヤ達、ゼストさんは話してる間も手は動いていたからもう料理も殆ど残っていない。

 

 左手の親指と中指を合わせ弾く、パチンと小気味良い音が鳴る。すると開いてテーブルの上に置いていた『蜀伝の書』が赤い光の粒子となり霧散していく。それを確認し、食事中のルーヤ達を見て。

 

 

「食いながら聞いてくれ。俺が何をしたのか」

 

 

 それから説明を始め、暫くしてから菫が戻ってきて、菫を交え説明する。

 

 俺の相棒の一人、刃には炎熱変換機能が付けられていること、グロウとギア ムーブ(ファースト、セカンド、サード、さらに上の二段階フォース、ファイナルと続くこれらの身体能力向上魔法を総称してギア ムーブと名付けた)のこと、ルーヤとレイの合成魔法・トランスペアレント チェーン(ルーヤのチェーン バインドとレイの幻術魔法・トランスペアレントを合わせた魔法。チェーン バインドは発動するとき、発動箇所に魔法陣が発生する。それではゼスト・グランガイツ相手に有効打には成り得ない。そこで宏壱が考えたのが、レイの幻術でどうにかしてチェーン バインドの発動を隠せないか?というものだった。{この時には既にゼストに打ち勝つことは不可能だと考えていた}座標の確定、動くものに対しての幻術魔法の行使、極めつけは複数、とレイの負担が並大抵のものではなく発動に時間が掛かるため時間稼ぎが必要だった)のこと、それらの説明を終えたときに丁度ゼストさんにメガーヌさんから念話で最後の受験者の試験終了の連絡が来た。

 

 メガーヌさんから連絡が来た後ブリーフィングルームに戻り今後の話を聞く。連絡先、住所の登録を行い解散となった。隊舎前で待たせていた菫と合流し、そこでルーヤ達と別れる。次に会うときは合格者説明会で、と言葉を交わし其々の世界へ帰るために歩き出す。

 

 

「合格しているといいですね」

 

 

 地球に帰ってきて家路を歩く最中、菫が聞いてきた。

 

 

「お前は俺が落ちると思ってんのか?」

 

「いえ、微塵も疑っておりません」

 

 

 菫の言葉にそう返すと特に慌てた様子もなく言い切る。

 

 

「じゃあ、なんでそんなこと聞くんだよ?」

 

「お約束かな、と思いまして」

 

「ドラマの見すぎだ」

 

「くすくす、そうですね。でも、面白いですよ?」

 

「そうかい」

 

 

 他愛もない会話を楽しみながら帰る家路は、ひどく平和を感じさせる。この平和を壊してまで進むべき道があるのか、悩むところではある。あるが、刺激のない道はひどく退屈なものだ。どうせなら凸凹(でこぼこ)で、細くて、坂があって、石ころが転がっている。そんな道をコイツらと手を引いて、時には引かれて、支え合っていけたら、なんて思う。

 

 

「宏壱様」

 

「ん? どうした?」

 

 

 少し感傷に浸っていると菫が声をかけてくる。

 

 

「今日は宏壱様の好きな唐揚げにしますね」

 

「おお! ホントか!?」

 

「はい。先ほど優雪さんに念話で下拵えを頼んでおきましたから」

 

 

 取り合えず今考えることは晩飯をたらふく食うことだな。




試験編終了!

はい、やっと終わりましたね。まぁ、まだまだ原作は始まりませんが。もう少しやりたいことがありますから、お付き合い下さい。

さて、今回はちょっとした説明会ですが解りましたでしょうか?解りづらいでしょうか?何かしら疑問があればご質問下さい。

次回少し時間が進みます。そこでとある少女に出逢う事になります。その少女を元気付けるお話。

では、次回にて会いましょう!


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第十二鬼~赤鬼と独りの少女~

side~宏壱~

 

「ニンジン……ジャガイモ、あ、お肉も買わなくっちゃ」

 

「鶏肉、持ってきまし、た」

 

 

 季節は冬、カイロが手放せなくなった今日この頃。入局試験から凡一年、無事試験を突破し管理局員になり、既に小学校二年生に進級し、後数週間で一年も終わるという時期。

 

 試験から三日後に合格通知が届き、その二日後に説明会が行われた。ゼストさんがレジアス・ゲイツっていうおっさんに俺のことを話したらしく会いに来た。おっさんの話は地上本部に来ないかっていう勧誘だった。

 何でも本局の方にばかり優秀な魔道士が取られ人手が足りないらしい。特に空戦魔導士が少なくて空戦適性のある違反魔導士を、あと一歩というところで逃がしてしまうこともあるんだそうだ。

 そんな事があり、俺は山口宏壱三等陸尉として首都防衛隊に配属された。

 実際治安はそれほどよくはない。俺が配属されて一週間で銀行強盗三件、暴行事件四件、質量兵器の密売二件、魔導士同士の抗争七件、陸と海の局員は一部が結構仲が悪いらしくそういった諍いがあるんだと。そう、この七件の内三件が管理局の魔導士、陸と海の局員同士の喧嘩だ。遣り甲斐はあるが、身内の仲裁ほど無意味で無益なことはない。俺が派遣されて対処に当たったんだが、「ガキがしゃしゃり出てくるんじゃねぇ!」とか「家に帰ってママのおっぱいでも吸ってやがれ!」とか、俺に対しての罵詈雑言が飛んできた。それを見ていた女性の局員らから、氷土のような視線を送られ大人しくなったんだが、互いに不完全燃焼でまだまだ喧嘩腰、そこで俺の中で何かが切れる音がした。その音は周りにも聞こえていたらしく、その場にいた結界魔導士全員で結界を張りだした。後で聞くと本能が囁いたらしい「これはヤバイ」と。彼らの判断で結界を張ってなかったら都市一つ滅んでたな。

 それから問題を起こした局員は妙に仲良くなったらしい。そういったこともあって局員同士の諍いには俺が出向くことになった。管理局に人手が足りない所為で、そこそこ使える人間が駆り出される。俺みたいなガキにも例外はない。まぁ、それでもクイントさんやメガーヌさん、レジアスのおっさんの娘、オーリス二等陸尉たちが気にかけてくれる。学業優先ってことで、平日は本当に切羽詰まった時くらいしか呼び出されない。その分休日は確りやってるつもりだ。

 それに桃香や愛紗達にも協力してもらっている。お陰でこの一年でかなりの数の犯罪者を検挙して治安も大分よくなった。階級も二等陸尉に昇格したしな。

 

 それと、リーゼ姉妹に弟子入りした。あの二人にはかなりの戦闘経験がある。魔法を用いての戦闘でリーゼ(アリア、ロッテをまとめて呼ぶときはリーゼと呼ぶ)には敵わない。一人ならどうとでもできる。ロッテなら力で押しきる、アリアは距離を取らせなければいい、だがこれが二人になると厄介だ。双子って時点で意志疎通は楽だろう。ただ、長い年月を掛けて共に背中を預けてきたのなら、一人で勝てない相手でも二人でなら勝てる。二対一なら、何て単純な話じゃない。互いにアイコンタクトを交わさず、念話を使わず、タイムラグ無しで動ける、リーゼは完璧な思考共有を行っている。相手の考えていることが手に取るように分かる。二人は共に戦場に立ってこそ力を発揮する。一人ずつなら半減どころか四割にも満たないだろう。だからこそ二人の時間が空いているときに相手をしてもらっている。魔法に関することも二人から学ぶ、この先どんな実力者に出会うか分からないんだ。鍛えて損はないからな。

 

 閑話休題

 

 今俺達は、 海鳴市にある大型ショッピングモールへと来ていた。 大体の物はこのショッピングモールで買い揃えることができ、特に家族連れやカップルなんかに好まれる。

 

 俺の前を野菜を物色しながら歩くのは桃色の髪を腰まで伸ばした女、劉備玄徳こと桃香、今鶏肉を持ってきた紺色の髪をしていて、長い前髪で顔を隠し、後ろの髪は膝まで伸ばした女は徐晃公明こと呉刃だ。二人の容姿はかなりのもの(と言っても呉刃は前髪で顔を隠してるから分からねぇけど)、贔屓目無しで美少女と言えるだろう。特にすれ違う男は、服の上からでも分かる桃香の胸にある二つの丘に視線が釘付けだ。

 

 

「チキン、うん、たまには良いかも。ありがとう呉刃ちゃん」

 

「いえ、私が食べたかっただけ、ですから」

 

 

 素っ気なく呟いてそっぽを向く呉刃。ただ、長い前髪の隙間から見える頬が仄かに赤くなっていることから、照れ隠しだと分かる。

 

 

「うん、そうだね」

 

 

 桃香も慣れたもので、特に不快に思った様子もなく笑みを浮かべながら言う。その対応が余計に呉刃を照れさせるんだけどな。

 

 

「えっと、もうない……かな?」

 

「ああ、十分じゃないか?」

 

「もう少し彩りが欲しい、です」

 

 

 俺と桃香はこれで良いと思ったが呉刃は不満があるらしい。

 

 

「彩り、か~。んーっと、あ、ブロッコリーなんてどうかな?」

 

「俺は何でも」

 

「ブロッコリー……はい、美味しそう、です」

 

「それじゃあ決まりだね!」

 

 

 買うものも決まり意気揚々と歩く桃香、その後ろを買い物かごの乗ったカートを俺が押して、そのすぐ後ろに呉刃が、という縦に並んだ形で店内を進む。

 

 

「ありがとうございましたー」

 

 

 会計を終え店を出る。

 

 まだ16時半頃だというのに、外は薄暗く既に街灯が点いていた。空気は冷たく鼻水も凍っちまいそうな寒さだ。

 

 

「寒っ!」

 

「ホントだねぇ」

 

「あ、雪、です」

 

 

 呉刃の言葉に空を見上げる俺と桃香。

 

 

「早く帰ろう。寒すぎる」

 

「あはは、そうだね♪」

 

 

 何が楽しいのか声を弾ませる桃香は、俺と呉刃の間に入り右手で俺の左手を、左手で呉刃の右手を握り歩き出す。因みに今晩の食材達は、俺の右手にあるエコバッグに納められている。

 

 三人で談笑しながら家路を歩いていく。道行く人は皆、寒さの為か足早だ。

 

 人気がなくなった。この先には臨海公園があり、春になると桜が、秋になると紅葉が、とカップルのデートスポットにもなっているし、休日に家族連れでピクニックをしているのも見たことがある。平日の夕方、休日なんかは子供の声が響いている。

 

 

「今日は静かだね~」

 

「寒い、ですから」

 

「今日は一段とな」

 

「いつもは賑わってるのにね」

 

「そう、ですね」

 

 

 二人が言うように閑散としいつも響く子供の声は聞こえない。なんとなく公園の入り口から中を覗く。

 

 

「ん?」

 

 

 進めていた足が止まる。入り口から少し奥にあるベンチに影が見えた。人、なんだろう。園内の街灯の灯りが辛うじて届く場所、そこに顔を俯ける小さな人影が見えた。表情は分からないが、雰囲気が暗い。絶望感なんて大それたもんじゃねぇけど、孤独感のような物悲しさを感じる。

 

 

「お兄ちゃん?」

 

「桃香様、あれ、です」

 

「あれ?」

 

 

 俺が立ち止まったことを疑問に思った桃香が俺を呼ぶが、俺が桃香に反応する前に呉刃が俺の視線を追い、その視線の先を指で差し桃香に示す。

 

 

「子供?」

 

「はい、女の子みたい、です」

 

 

 呉刃は夜目が利く。瞳の色は白く、その影響か光を通さない真っ暗闇でもハッキリと物が見えているらしい。昔はそれで色々あったが今では全く気にしてなさそうだ。

 

 

「はぁー、桃香、呉刃、お前らは先に帰っててくれ」

 

「あ、うん! 早く帰ってきてね?」

 

「宏壱様、私は」

 

「呉刃は桃香を手伝ってやってくれ、な?」

 

 

 渋る呉刃に言い聞かせるように優しく言う。呉刃は目をつむり黙考する。考えがまとまったのか目を開き、膝を曲げ視線を合わせる。

 

 

「わかり、ました。頑張って、下さい」

 

 

 呉刃はそう言って俺の頭を撫でる。少し恥ずかしいが心配をかけるんだ、これぐらいの羞恥は甘んじて受ける。

 

 

「あー!呉刃ちゃんズルいっ!私も!」

 

 

 それを見た桃香がズルいと騒ぐ。が、これ以上の辱しめを受ける気はない。

 

 

「んじゃ、頼んだぞー」

 

 

 俺を撫で付けようとした桃香の手に食材の入ったエコバッグを握らせ逃走する。

 

 

「あー! 逃げたー!」

 

 

 桃香の嘆きの声を聞きながら園内にある自動販売機へ向かう。

 

 ズボンのポケットから出した財布から数枚の硬貨を取りだし自動販売機へと投入する。ランプの点灯を確認し焦げ茶色の缶の下のボタンを押す。ピッと音が鳴りガラガラ、ゴトンッと自販機から音がした。それをもう一度繰り返す。当然ホットだ。

 

 ココアと銘打たれた缶を取りだし少女のもとへ歩みを進める。その途中で公園の入り口へ視線を向けるが、そこには既に桃香と呉刃の姿はない。呉刃に気配の消し方を教えたのは俺だが、ぶっちゃけ集中しないと分からない。本気を出されると「何となく居るかな?」程度でしかないからな。こっそり付いてこられると判断しづれぇが……ま、大丈夫だろ。アイツらとの付き合いも長い、引き際は心得てる。何より多くを伝えなくても確り理解してくれてんのが嬉しい。………たまに一方通行のときがあるけどな

 

 つらつらと考えているうちに、ベンチに座る少女の前に着いていた。

 

 

「っ!?」

 

 

 影か気配か、どれかは分からねぇが俺が前に立ったことで体をビクつかせ俯けていた顔を上げる。

 

 ここで少女の容姿が分かる。栗色の髪を白いリボンでツインテールにしている。元々大きいであろう目を更に大きくし清んだ瞳がよく見える。だがその清んだ瞳が若干だが孤独に揺れているように見える。

 

 

「これ押したら二本出てきたから」

 

 

 簡潔にそれだけ言い右手に持つ缶を差し出す。

 

 

「え? あ、えっと」

 

 

 意味が分からないといった風だな。俺も急にこんなこと言われたら戸惑う。

 

 

「ほら」

 

「ひゃっ!」

 

 

 膝の上に乗せていた右手を取り缶を握らせる。

 

 

「も、貰えないよ!」

 

「二本出てきて困ってんだって。俺を助けると思ってさ、な?」

 

「で、でもお母さんが知らない人から物を貰っちゃダメって」

 

 

 教育行き届きすぎだろ。何だこの良い子は。普段ならいいんだろうけどな、はっきり言って今は邪魔だな。どうすっかなぁ、あー………知らない人から、か。強引にいけば行ける、か? 少女の横に拳ふたつ分空けて座る。

 

 

「宏壱」

 

「え?」

 

「山口宏壱だ」

 

「えっと?」

 

「名前だよ名前」

 

「あ、うん?」

 

 

 無理、か? い、いや行ける! そこで諦めんな! 押し切れば勝つるぅぅっっ!!←自棄になってテンションが振りきれた。

 

 落ち着け、一瞬元熱血テニスプレイヤーが憑依した。冷静になれ、俺のキャラじゃない。よし、落ち着いた。ただ、押し切ればなんとかなるはずだ。桃香と呉刃に約束したしな。

 

 

「俺の名前は山口宏壱だ。で、君は?」

 

「え、あ、な、なのはは高町なのはです」

 

「よし、じゃあなのはって呼ぶよ」

 

「う、うん」

 

「俺のことは山口か宏壱、どっちでも好きなように呼んでくれ」

 

「え? えっと」

 

 

 強引に話を進め名前を聞き出す。そしてナチュラル(?)に名前で呼ぶと告げ、自分のも強要する。端から見ればただのナンパ野郎だが、今は誰もいないから気にしない。

 

 

「じゃ、じゃあ宏壱、くん?」

 

「おう!」

 

 

 ニカッと歯を見せて笑う。快活に暗い雰囲気を吹き飛ばすように。

 

 

「あ、えへへ」

 

 

 さっきまでは戸惑いの色が強かった少女、なのはの表情も明るくなる。若干影が差している気がしないでもないが、急には無理だろう。

 

 

「ほら、冷めるぞ」

 

「あ」

 

 

 なのはの右手に持つ(持たせた)缶を指で差しながら言う。

 

 

「なのは」

 

「な、なに? こ、宏壱くん」

 

「なのは」

 

「えっと、こ、宏壱くん」

 

「なのは」

 

「宏壱くん」

 

「なのは」

 

「宏壱くん」

 

「なのh《何時までやってるんですか!? 本当に冷めますよ!》」

 

 

 なのはと互いに呼び合うこと数回、痺れを切らした刃が念話を使い怒鳴る。

 

 

《次でやめようと思ってたんだよ》

 

《なら早く話を進めてください!》

 

「《は~い》なのは、俺とお前はこうして名前で呼び合ってる」

 

「う、うん(あ、あれ? 強引に呼ばされたような)」

 

「細かいことは気にすんな。切っ掛けが大事なんだよ」

 

「う、うん」

 

 

 戸惑うなのはを諭すように言う。ちょっと強引だったか、でもこれで第一段階はオッケーだな。

 

 

「で、話を戻すけど。俺となのはは名前で呼び合ってる。もう知らない仲じゃない、むしろ友達だな」

 

 

 腕を組んでうんうんと首を縦に振る。

 

 

「友だち?」

 

「ああ」

 

「なのはと友達になってくれるの?」

 

「何言ってんだ。こうして名前で呼び合ってんだ。なるならないじゃないんだよ。もうなってんだ」

 

「名前を呼んだから?」

 

「そうだって、何度も聞くなよ。それより飲もうぜ? ちょっと温くなってんぞ」

 

「うん!」

 

 

 嬉しそうにしているなのはを横目に缶のぶるタブを起こす。カシュッと音を立てて缶を開ける俺となのは。ゴクッゴクッと喉を鳴らし一気にココアを体の中へ流し込んでいく。それをポケーッと見ていたなのはが、俺の真似をしようとしたのか、ぶるタブを起こし缶を口許に持っていき一気に傾ける。

 

 

「ケホッ! ケホッ!」

 

「だ、大丈夫か?」

 

 

 気管にでも入ったんだろう。咽せ返るなのはの背中をさすってやる。

 

 

「にゃははは、失敗しちゃった」

 

 

 涙目でにゃはははと笑うなのはに俺も苦笑が漏れる。

 

 

「気をつけろよ?」

 

「うん」

 

 

 落ち着いたなのはが今度はゆっくりと缶を傾ける。

 

 

「……ふぅ、あたたかい」

 

「ん? いや、もう温くなってんだろ」

 

「違うよ、そうじゃなくて」

 

 

 なのはの言いたいことがいまいち分からない。何が違うんだ? 俺が首を傾げていると少し間を空けなのはが言う。

 

 

「心がね、あたたかいの。宏壱くんの優しさがすごくあたたかいの」

 

 

 なのはの言葉に目を見開く。おそらく歳は1、2歳ほど下だと思う。それが、そんな子がこんなことを言うか? 普通。成熟しすぎている。これだと周りの子供は付いていけないだろう。歳不相応に聡明だ。こういう子はどこかで無理をする、誰かが見ててやらないとな。でもこんな子に育ったんなら、人の優しさを曲解せずにダイレクトに受け止められる子なら家族も優しいんだろう、ちゃんと見ているんだろう。

 

 

「宏壱くん? どうしたの? 顔、赤いよ?」

 

「い、いや! 何でもない」

 

 

 つらつらと考えたが現実逃避だ。恥ずかしいだろ! 心が優しさであたたかい? 本人に言うなよ! 恥ず過ぎて悶え死にするわ!!

 

 

「な、なんか話さねぇか?」

 

 

 話題を変えて逃げることにした。

 

 

「お話し? うん、いいよ」

 

 

 それから俺となのはは30分程お互いのことを話した。

 

 家族のこと、学校のこと、家でのこと。俺に両親はいないってところで泣きそうになったり、うちに道場があるって言うと驚いて自分の家にもあるとはしゃいだり、学校のことで笑ったり、表情をコロコロ変えるなのはに俺も楽しくなって話し続ける。ただ、気づいた。家族の話のところでなのはの瞳が一瞬孤独に揺れたのが。

 

 PiPiPiPiPiPi

 

「あ、もう帰らなきゃ」

 

 

 暫く話しているとなのはの腕から無機質な電子音が公園に響く。

 

 

「帰るのか?」

 

「うん。この時計がなったら帰ってきなさいってお母さんが言ってたの」

 

「そうか。じゃあ俺も帰るかな」

 

 

 そう言いベンチから立ち上がる。

 

 

「出口まで一緒に行こ?」

 

「おう」

 

 

 なのはが手を差し出す。その手を握り公園の出口まで並んで歩いていく。途中自販機の横にあるゴミ箱へ、空き缶を捨てることも忘れない。

 

 

「明日も会える、かな?」

 

 

 不安そうな目で俺を見るなのは。心做し手を握る力が強くなった。

 

 

「………ああ、明日同じ時間帯にここに来る」

 

 

 なのははほっ、と安堵の息を吐いて胸を撫で下ろす。

 

 

「そっか、じゃあまた明日ね!宏壱くん!」

 

「おう」

 

 

 なのはは手を離し俺とは逆方向に駆け出す。それに俺は右手を上げて応える。

 

 

〈元気な方ですね〉

 

「ああ、ただ本当の笑顔は見れなかったな」

 

〈本当の?〉

 

「ま、とっと帰って飯食おうぜ」

 

〈主、どういうことですか? 説明してください!〉

 

 

 刃の声に答えず、晩飯に思いを馳せる。今日はシチューだ、たらふく食うぞ!




今回はここまで!

説明が長い!もっと纏めたいんですけど自分にはこれが限界です。

さて前回、後書きで言ったように少女を元気付ける回でした。と言ってもまだ続きます。あれで元気付けたとは言えんでしょ。

少女とは当然なのはのことですね。ネギま!ハイスクールD×Dもクロスしていますが、メインはリリカルなのはです。焦点が当たるのもこちらのキャラが大体だと思います。どうなるか分かりませんが(;´д`)

勝手にキャラが動くんです。気づけば自分の想定していたものとは違う感じになっていたり、それにモノローグを合わせるのに苦労したり、こんな口調じゃなかったと修正したりと、滅茶苦茶………ではありませんが、自重してくれみんな。って感じです。視点として書いてるキャラだけなんですよ、完璧に想定内に動いてくれる子。まぁ、それが楽しいわけですが。少し長くなりましたがこの辺で。

では次回をお楽しみに!


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原作前~エルピオン大量虐殺事件~
第十三鬼~なのはの心情・宏壱の出向~


side~なのは~

 

 一週間前に不思議な男の子に出会った。山口宏壱くん、無理矢理なのはに名前を呼ばせた男の子。最初はちょっと苦手かなって思った。でも、すごく優しい男の子だった。

 

 一人でいたなのはを心配してくれたんだと思う。顔にたまに出るもん、気遣うような感じが。だけどなにも聞かないの。毎日夕方に臨海公園で会ってお話をしたり、一緒に写真を撮ったり、もっと仲良くなりたくてあだ名を考えてみたり、考えたあだ名で『コウくん』って呼ぶと最初は驚いていたけどすぐ嬉しそうに「おう」って言ってくれた。すごく楽しい。

 だから、お家に帰るとすごく寂しくなる。お母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも忙しいから、お父さんが目を覚ますのを『良い子』にして待っていないといけないから………。

 

 

「グスッ……グスッ」

 

 

 涙が拭っても拭っても溢れてくる。もうすぐコウくんが来るのに、止めなきゃいけないのに止まらない。

 

 

「なのは?」

 

「あ……コウくん」

 

 

 コウくんが来ちゃった。何時もなら早く来てほしいって思うのに、今日はもう少し遅く来てほしかった。

 

 

「泣いて、るのか?」

 

 

 コウくんの言葉に急いで涙を拭う。

 

 

「グシュッ………な、泣いてないよ! ちょ、ちょっとホコリが目に入っただけだから!」

 

 

 慌ててそう言う。こんなことでコウくんを誤魔化すことが出来ないのは分かってる。でも、コウくんは優しいから何も聞かないでくれる。ズルい、よね。

 

 

「はぁー」

 

 

 コウくんが息を吐く。吐き出された息は白くなり空へと消えていく。

 

 ギシッと音を立ててコウくんがなのはの座るベンチのすぐ横に座る。肩と肩がふれあう距離、この一週間ですごく仲良くなれたんだと思う。

 

 

「で、何で泣いてたんだ?」

 

「え?」

 

 

 コウくんの言葉に驚く。踏み込んでこないと思ってたから。

 

 

「なのはのお家はね、喫茶店をしているの」

 

 

 気づけば話し始めていた。

 

 

「ああ、前に聞いたな」

 

「うん。お母さんがパティシエをしてるの」

 

 

 ぽつぽつ、とゆっくり、しっかりとコウくんに届くように話す。

 

 

「お父さんとお母さんが始めたお店。あ母さんの夢だったんだって、お店を持ってお父さんと一緒にやっていくのが」

 

 

 コウくんはなにも言わない。ただ、なのはのことを見ていてくれるだけ。

 

 

「でも、お父さんは別のお仕事もやっていたの。内容は知らないけど、そのお仕事が最後だったって、それが終わったらお母さんと一緒にお店で働くんだよって、なのはともっと遊んでくれるって言ってたの」

 

 

 また、涙が溢れてくる。膝の上に雫がどんどん落ちてスカートを濡らす。

 

 

「ヒック……でも、ヒック……でも、仕事で、ヒック……お父さんが、事故に遭っちゃって、ヒック……全然目が、ヒック……覚めなくて」

 

 

 迷惑がかかるって分かってるのに、コウくんを困らせちゃダメって分かってるのに、止まらない、止められない。

 

 

「ヒック……お母さんが、ヒック……なのはが、ヒック……良い子にしていたら、ヒック……お父さんが、ヒック……早く目覚を覚ますって、ヒック……だから、ヒック……迷惑の、ヒック……かからないように、ヒック……」

 

 

 もうなにも言えなくて、言葉もでなくなった。そんなとき、頭があたたかくなった。

 

 

「え?」

 

 

 いつの間にかなのはの前に立っていた、コウくんがなのはの頭を撫でていた。ゆっくりと、そっと優しく、丁寧に、優しい目で、なにも言わず、それが嬉しくて、あたたかくて、だからもっと甘えたくて、コウくんの胸でまた泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

「その、ごめんね?」

 

 

 暫く泣いた後、また二人でベンチに座り直しお話をする。コウくんの服を、涙で濡らしちゃったことを謝る。

 

 

「別に気にしてねぇよ。それより、なのは」

 

「なに?」

 

「お前が自分のことを話してくれたんなら、俺も話さないとな」

 

「コウくんのこと?」

 

 

 何だろう。家族のことは聞いたし、学校のことも聞いた。分からないや。

 

 

「俺はな、魔法使いなんだ」

 

「え?」

 

「正確には魔導士なんだけどな」

 

 

 え?まほうつかい?えっと、魔法使い、かな?え?え?ええぇぇっ!?

 

 

「ふえぇぇぇ!??」

 

「うおっ!?」

 

 

 コウくんの言葉の意味が分かり驚く。なのはの驚いた声にコウくんも驚く。あ、ベンチから落ちた。

 

 

「だだ、大丈夫?」

 

「……ああ、大丈夫だ。問題ない」

 

 

 落ちたことが恥ずかしいのか、コウくんは顔を赤らめてベンチに座り直す。

 

 

「まぁ、論より証拠、だな」

 

 

 そう言ってコウくんは右手の人差し指を立てる。

 

 

「ふっ」

 

 

 コウくんが人差し指にふっと息を吹き掛けると、ポッと指先に火が灯る。

 

 

「ふわあぁぁ、す、凄い! 凄い!」

 

「こんなこともできんぞ」

 

 

 コウくんが灯った火に左手をかざすと、パキパキッと音を立てて凍っていく。

 

 

「ま、俺にはこんな力がある」

 

 

 そう言いながら凍った火をなのはの手の上に置く。

 

 

「冷たい」

 

「なのは」

 

「コウくん?」

 

 

 凍った火をマジマジと見ていると、コウくんが真剣な顔で話しかけてきた。

 

 

「明日から俺は海鳴(ここ)を離れることになる」

 

「え!? 離れるって、どこかにお引っ越ししちゃうの!?」

 

 

 さっきコウくんが見せてくれたことよりも驚く。

 

 

「いや、引っ越すとかじゃなくてな。家の用事で、一月ほど出掛けなくちゃならなくなった」

 

「あ、そうなんだ」

 

 

 コウくんが居なくなるんじゃないとわかってホッと胸を撫で下ろす。

 

 

「ほえ?」

 

 

 急にコウくんがなのはの両サイドに結んでいる髪の毛を握る。

 

 

「……あ、いや、悪い。なのはの感情の浮き沈みでピコピコ動くから、どうなってんのかなと思って」

 

「え?そうなの?」

 

「………自覚がないのか?」

 

「う、うん」

 

 

 そう言ってる間もコウくんは、なのはの髪の毛を握ったり離したりを繰り返す。

 

 

「………まぁ、いいや」

 

 

 小さく呟いてコウくんは手を離す。痛くは無かったけどちょっと違和感が残る。

 

 PiPiPiPiPiPi

 

 タイミングを見計らったように、なのはの腕から無機質な電子音が鳴る。

 

 

「あ」

 

「もうそんな時間か」

 

 

 お別れの時間、何時もなら「またね」って手を振って笑顔で別れられる。でもそれは次があるから。だけど今日は違う。今度会えるのは1ヶ月先、それまでなのははまた一人になる。お母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんもいる。でも、なのはと一緒にいてくれない。

 

 

「ふぅ~、なのは今日は家まで送る」

 

「え?」

 

 

 なのはが顔を俯けるとコウくんがそんなことを言う。

 

 

「で、でもコウくんの家と逆方向だよ?」

 

「ああ、知ってる」

 

「迷惑になっちゃうよ?」

 

「それは俺が決める。なのはが決めつけることじゃない」

 

「でも」

 

「遠慮すんなよ。俺たちは友達だろ?」

 

「そうだけど、でも」

 

「デモもカカシもねぇよ!」

 

 

 そう言ってコウくんは、なのはの膝裏に左手、肩に右手を回し抱き上げる。所謂お姫様だっこと言うやつだ。

 

 

「ふえぇぇぇっ!!? コ、コココ!」

 

「鶏の真似か?」

 

「違うよ! そうじゃなくて! こ、これ!」

 

 

 コウくんの言葉を否定し、今の状況を問う。でもコウくんは冷静で、なんだか手慣れている感じがする。

 

 

「とりあえず道案内よろしく」

 

 

 そう言って浮かび上がる。

 

 って、えええええええぇぇぇぇぇっ!!!??

 

 

「コ、ココ、コウ、コウくん! う、浮いて! これ! 浮いてるよ!」

 

「慌てるな。これも魔法だ」

 

「ま、魔法?」

 

 

 下をそっと覗く。コウくんの足は既に地面を離れ、遠くに見える自動販売機の頭すらも見える高さまで来ていた。

 

 

「うわあぁぁ」

 

「どうだ?」

 

「……凄い、凄いよ!」

 

 

 恐怖心はもう無かった。有るのは興奮と感動だけ。

 

 公園の全体が見え、街の明かりも分かる。遠くの方では、海鳴駅から出てきた電車の明かりも見えた。

 

 

「で、なのはの家はどっちだ?」

 

 

 キョロキョロと空から見る海鳴の街並みを見渡していると、コウくんから声がかかる。

 

 

「えっと」

 

 

 なのははなにか目印がないかと探す。だって空から海鳴を見たのはじめてなんだもん。

 

 

「あ! 彼処の看板の方だよ!」

 

「了解」

 

 

 そう言ってコウくんはなのはが指の指した方向に飛ぶ。

 

 

「凄いね、魔法って」

 

「……そうだな」

 

「なのはにも使えないかな?」

 

「さて、どうだろうな。そこら辺は俺には分からねぇや」

 

「そっか」

 

「ああ」

 

 

 それっきり会話がなくなってしまった。無言で遠くまでよく見渡せる空を飛ぶ。

 

 

「……楽しいか?」

 

「うん。いいね、こういうのって。空には壁なんてなくて、どこまでも行けそうで」

 

 

 海鳴に、空の先にと向けていた視線をコウくんへ向ける。コウくんは柔らかい笑みを浮かべてなのはを見ていた。

 

 

「ああ、何の隔たりもない、自由だ」

 

 

 

 

 

 そして、楽しい時間はすぐに終わる。気が付けばなのはのお家の上で、コウくんが止まっていた。

 

 

「道場………ここ、か? なのはの家は」

 

「………うん」

 

 

 ゆっくりと地面に降りる。

 

 

「ほら」

 

「……うん、ありがとう」

 

 

 下ろしてくれたコウくんにお礼を言う。

 

 

「なのは」

 

「………なに?」

 

 

 言葉を少し遅れて言う。無駄だって分かってるけど、それでも少しでも長く一緒にいたくて抵抗する。

 

 

「お前にひとつ良い魔法を教える」

 

「……え、魔法?」

 

「ああ、お前のお父さんが早く目覚めますように、ってな」

 

 

 現金だと思うけどコウくんの言葉を聞いて嬉しくなる。お父さんが目を覚ますようになる魔法があるなら知りたい。

 

 

「こう手を握って念じるんだ。目を覚まして、ってな」

 

 

 コウくんはなのはの手を握り、目を瞑る。するとなのはとコウくんの手が紅色に光、コウくんが手を離すと、光はなのはの手に吸い込まれるように消えた。

 

 

「え、今のは?」

 

「なのはに魔法を託した。名前をつけるなら『願いの魔法』だな」

 

「『願いの魔法』」

 

「ああ、なのはのお父さんの手を握って念じるんだ。それだけで良い」

 

 

 光の消えた手を見る。なんとなくあたたかい感じがする。

 

 

「じゃあな、なのは。遅くなるから俺はもう帰るよ」

 

「あ、コウくん! また、会えるかな?」

 

 

 なのはの言葉にコウくんは帰路へと向けた足を止め、言う。

 

 

「ああ、俺となのはには縁がある。一月後必ず帰ってくる。その時に会おう」

 

「うん!」

 

 

 そう言葉を交わして、今度こそ帰っていくコウくんを見送る。

 

 

「なのは、どうしたの? 風邪引くよ。家に入ろ」

 

 

 コウくんの背中が闇に溶け見えなくなった頃、玄関の扉を開けてお姉ちゃんが顔を出す。

 

 

「はーい」

 

 

 お姉ちゃんの言葉に従い、お家の中に入る。

 

 明日はお母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、なのはの4人でお父さんのお見舞い、早速コウくんから託された『願いの魔法』を使うの。早く明日にならないかな。

 

 side out

 

 

 

 

 

 side~宏壱~

 

〈よろしかったのですか?〉

 

 

 なのはを家まで送り帰る途中、刃が声をかけてくる。

 

 

「あん? 何がだよ」

 

〈魔法のことです。管理外世界の、しかも魔法を知らぬ者に魔法を教えることは、重罪だったはずですが〉

 

 

 管理局では、管理外世界の魔法を知らない現地住民に魔法を故意に教えることは、それなりに重い罪とされている。魔法の無い世界に、魔法を持ち込めば混乱は必須だからな。だが。

 

 

「それは魔法の無い世界に、だろ?」

 

〈確かにそうではありますが〉

 

「それより早く帰って、飯食って風呂入って寝んぞ。明日は早く向こうに行かなきゃなんねぇからな」

 

〈海への出向命令ですか?〉

 

「ああ、何でもリーゼが推薦したらしいな。確か………アースラ、だっけか?」

 

 

 ゲイツのおっさんが苦虫を噛み潰したような顔で言っていたのを思い出す。

 

 

〈はい、巡航L級8番艦アースラ、リンディ・ハラオウン准将が艦長を務める艦ですね〉

 

「ちょっとばかし、でかい事件を追ってるって話だよな」

 

〈はい。幾つものが割り当てられている事件です。詳細は搭乗した際に、とのことですが。よろしかったのですか?〉

 

 

 特に命令の内容を、詳しく聞いていなかったことを言ってるんだろうな。

 

 

「ああ、構わねぇよ。経験を積めるチャンスだろ?………それにオーリスが俺に橋渡しになって欲しいってんだ、美人の頼みは断れんだろ」

 

〈陸と海を繋ぐ橋渡し、ですか〉

 

「そういうこった」

 

 

 〈はぁ~、仕方ありませんね〉なんてため息と独り言を呟きながらも、刃のその声音は優しいものを含んでいた。

 

 

 翌日

 

 

「地上本部首都防衛隊所属・山口宏壱二等陸尉であります!」

 

 

 ここは巡航L級8番艦アースラ。今現在、俺を含めた複数の出向要請された魔導士が、アースラの元々のメンバーの前で挨拶をしているところだ。

 

 

「あんな小さい子が」

 

「俺の息子と変わらない年だぞ」

 

「首都防衛隊って言えば陸のエリート部隊よね」

 

「しかも二等陸尉だってよ」

 

「そういえば去年の飛び級試験の合格者に、6歳ぐらいの男の子がいたって聞いたことがある」

 

「天才ってやつか」

 

「羨ましいねぇ」

 

 

 かなり場がざわついていて、視線がほぼ俺に集中している。まぁ、就職年齢の低いミッドでも10歳未満はかなり少ないらしいからな。しかも地上のエリート部隊からの出向だ、と聞かされれば驚くのも無理はない。

 

 

「はい、山口二等陸尉ありがとうございました」

 

 

 翠色の髪をポニーテールにした若い女が、柏手をひとつ打つことで自分に注意を引き場を鎮める。彼女はリンディ・ハラオウンこの艦の艦長を務めている。魔導士としても優秀らしい。

 

 

「今回皆さんが我が艦、巡航L級8番艦アースラへの出向命令が下ったのは、他でもない第27管理世界・エルピオンにある管理局に友好的で非常に優秀な局員を輩出してくれているとある部族の大量虐殺があったからです。敵対勢力は反魔法を掲げており、質量兵器の使用が確認されています。また、彼等も次元航行艦を所有しているとの情報もあります」

 

 

 そこでハラオウン艦長は言葉を切り俺の方を見る。戸惑い、か? いや………どちらかと言えば、言うべきかどうか迷ってるってとこか。

 

 

「君、ここからは大人の話だ。少し席を外してくれないかい?」

 

 

 見た感じでは、ハラオウン艦長よりも年を食った男が話しかけてくる。

 

 

「君、聞いているのかね」

 

〈やめなさい〉

 

 

 聞こえてないふりをする(無視をするとも言う)ともう一度男が話しかけてくる、がそれを俺の首にかけられた十字架のネックレス、刃が遮る。

 

 

「なんだね、君は」

 

〈私は我が主の矛にして楯、刃と申します〉

 

  「その刃君がなにようだね? 私は今君の主とやらと話しているんだがね」

 

 〈我が主はあなたに話すことなどありませんよ〉

 

「それは君の意見だろう。君の主、山口二等陸尉からはなにも聞いていないが?」

 

〈………申し訳ありません、主。出過ぎた真似をしました〉

 

 

 刃と男の問答を口を挟まず聞いていると、刃も少し出しゃばり過ぎたと思ったのか、俺に向けて謝ってくる。

 

 

「気にすんな刃。ハラオウン艦長も話を続けてくれて構わないっすよ」

 

「え? だけど」

 

「私は出ていけ、と言ったんだがね。子供の遊びではないのだよ」

 

 

 ハラオウン艦長に続けてくれと言うが、尚も戸惑ったようにモゴモゴとするだけだ。優しいんだろうな。侮るとかじゃなくて俺を心配してるって感じだな。男の方には侮ってる、どこか俺をバカにしているような雰囲気がある。

 

 

「黙ってろや三下」

 

 

 意図的に口調を関西弁に変える。ハラオウン艦長も男も、この場にいる者全てが唖然としている。

 

 

「ワレの話なんざ聞いとらんねん! どんだけ偉いんか知らんけどな、艦長の言葉をワレが取るなや!」

 

「き、君はいったい何を」

 

「黙れ()うとるんじゃ!!」

 

 

 少し声に覇気を乗せて怒鳴ると、ピリピリと空気が震え振動する。男は顔面蒼白だ。周りの局員も足が震え、ハラオウン艦長も少し顔が青い。

 

 

「ハラオウン艦長」

 

「は、はい!」

 

 

 艦長に声を掛けると背筋を伸ばす。何でだ?

 

 

「あんま俺を舐めんとってほしいです」

 

「え?」

 

「艦長の優しさも分かります。せやけど、俺も局員なんですわ。管理局自体に忠誠があるか?言われたらそんなもんありゃしません」

 

 

 その言葉に局員たちの顔が驚愕に染まる。

 

 

「せやけどな、俺を推薦してくれたリーゼらに申し訳が立たんのですよ、このままやと。艦長の優しさも分かりますけどね、俺も管理局員の端くれ、命令が下れば命を奪う覚悟くらい持ってます」

 

「っ!? あ、貴方どうして?」

 

 

 命を奪うってところで驚いたんだろう。艦長の顔が更なる驚愕に包まれる。

 

 

「ふ、ふん! 君のような子供の覚悟などたかが知れている」

 

 

 鼻で笑う男を見ることもしない。艦長の目から視線をそらさない。

 

 

「艦長。俺みたいなガキの覚悟でもここに立っとるんです。あんたの優しさで俺の誇りをバカにせんといてください。特別扱いなんか要りません」

 

 

 

 

 

 side~リンディ~

 

[特別扱いなんか要りません]

 

 

 艦長室で先ほど行った出向組との顔合わせ及び任務内容の説明の場が記録された映像を見返す。これで既に五度目になる。公私混同したつもりはない。どの艦の艦長でもあれぐらいの年頃の子が自分の部隊にいれば、同じことをしたはず。だけど彼はこう言った『自分を特別扱いするな』と。私には一人息子がいる。夫は7年前の事件で既に他界している。残った息子は夫の後を追うように管理局員になると言い出し、今は士官学校へ通っている。来年には卒業その後にアースラに招くつもりだ。

 息子の年齢は10歳、彼、山口二等陸尉は7歳、3歳も差がある。それで無意識のうちに彼を心配してしまったんだろう。

 

 PiPiPiPiPiPi

 

 無機質な電子音が部屋に鳴り響く。

 

 

「何かしら? ロッテ」

 

 

 音源、通信機を繋げると私の目の前に空中モニターが展開され、ロッテに顔が写し出される。

 

 

[いや~、ほら、あたしらが推薦したわけだしさ、一応様子を見ておこうって思ったんだけど……宏壱と連絡つかなくてさ、デバイスの刃も反応してくれないし、どうなってるのかなぁ、なんて]

 

 

 そう言ってロッテは照れ笑いを浮かべる。

 

 

「彼なら今、魔法の適性検査を受けているわよ。デバイスの方もメンテナンスの真っ最中じゃないかしら」

 

[そっか、残念]

 

 

 本当に残念そうね、耳が垂れてるわよ。

 

 

「貴女たちがそこまで入れ込む理由が分かったわ」

 

[あー、アイツなにかやらかした?]

 

「見てみる?」

 

[映像残ってるの?]

 

「ええ」

 

[じゃあ見る]

 

 

 それから私たちは無言で観賞した。

 

 

[アイツらしいね]

 

 

 最後まで見終わった後、ロッテがそう呟く。

 

 

「いつもこんな感じなの?」

 

[大体ね]

 

「そう」

 

 

 彼はたった7年という短い月日で、どれ程の人生を歩んできたのだろうか、彼の覚悟は本物だった。目を見ればそれが分かる。

 

 PiPiPiPiPi

 

 通信機がまた鳴る。

 

 

「ロッテ、ごめんなさい。出ても良いかしら?」

 

[うん]

 

 

 ロッテに一言謝り、通信機に出る。

 

 

[艦長。山口二等陸尉の適性検査が終了しました]

 

「分かったわ。直ぐそっちに行くわね」

 

 

 通信を切りロッテに向き合う。

 

 

「そういうことだから」

 

[もう少ししたら宏壱の方に連絡とるよ]

 

「ええ、それじゃあ、また今度どこかに飲みに行きましょ」

 

[お、いいね。楽しみにしてるよ]

 

 

 その言葉を聞き終え通信を切る。

 

 

「さて行きましょうか」

 

 

 そう独り言ちて私は艦長室を出てメディカルルームへ足を向けるのだった。

 

side out




裏設定として、宏壱の名前はなのはがあだ名を付けやすくってコンセプトから来てます。

コウくん………良いですよね。自分の名前も短く呼べるので親近感がわきます。

あと、どうでもいいことをひとつ………あたたかいって漢字で温かいってするよりも、平仮名であたたかいってした方がなんとなく可愛くないですか?…………どうでもいいですね。

次回は少し短くなるかもです。ではでは


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第十四鬼~赤鬼と魔法適性~

side~リンディ~

 

氏名:山口宏壱

 

階級:二等陸尉

 

出身世界:第97管理外世界『地球』

 

年齢:7歳

 

性別:男

 

身長:127cm

 

体重:29kg

 

所持デバイス:インテリジェンスデバイス『刃』

『無限』(機能停止中)

 

術式:古代ベルカ式

 

変換資質:氷結

 

レアスキル:『蜀伝の書』、重力操作

 

所属:時空管理局地上本部首都防衛隊一番隊所属

 

 

 彼、山口二尉に関する資料を読みながらメディカルルームへ向かう。

 

 去年の飛び級試験の合格者の一人、彼を含めた6人が合格していて、彼以外は皆本局への配属を希望、空戦適性は低いものの訓練次第では見込みありとされそれぞれ希望に沿った部署への配属となった。

 山口二尉にも話自体はあったそうだけど、彼はそれを拒否し、局内で最も過酷とされる首都防衛隊への配属を希望した。

 首都防衛隊は要請があれば本局への出向に応じなければならず、首都・クラナガンだけでなく各地への応援にも向かわなければならない。人災、自然災害、それら全ての対応を求められる。

 自ら望んでそんな激戦区へ挑む彼は何を見ているのだろうか。

 

 考え事をしているうちに目的地に着いていた。展開していた空中モニターを消してメディカルルームに入る。

 

 

「あら、ごめんなさい。着替えの途中だったの」

 

「別に構わねぇっすよ。下は着替えましたし」

 

「そう? 貴方がそう言うのなら気にしないわ」

 

 

 部屋に入ると山口二尉が、病院服から制服に着替えている最中だった。その傍に白衣の青年が立っている。おそらく彼が山口二尉を検査したのでしょうね。

 

 

「それで彼の検査結果は?」

 

 

 青年、ホーズマン・コルシオ空曹長(彼も出向組で本局からの派遣だ)に聞くと、手に持っていたディスプレイを私に差し出す。

 

 

「これです。防御魔法、攻撃魔法は軒並み平均値を大きく上回ります。ですが、補助系統特に回復魔法、結界魔法の適性が低いですね」

 

 

 コルシオ曹長の声を聞きながら記録されたものを見ていく。

 

 

山口宏壱魔法適性(デバイス無使用時)

 

射撃魔法:A

 

近接魔法:S

 

強化魔法:S

 

防御魔法:S

 

捕獲魔法:B

 

結界魔法:C

 

回復魔法:C

 

転移魔法:D

 

魔力量:S+

 

総合魔導師ランク:S

 

 

 え?………なんなのこれは? デバイスなしでこれほどの能力を持っているというの?と言うか偏りすぎじゃないかしら? 明らかに戦闘方面に偏ってるわよね、これ。それに魔力量も並みの魔道士を大きく突き放してる。彼の今の年齢でこれなら、まだ伸びる余地は十分にあるわね。

 

 そんなことを考えながらディスプレイに人差し指を付けスライドさせ、映像を切り替える。

 

 

山口宏壱魔法適性(デバイス使用時)

 

射撃魔法:S

 

近接魔法:S

 

強化魔法:S

 

防御魔法:S

 

捕獲魔法:S

 

結界魔法:A

 

回復魔法:B

 

転移魔法:A

 

魔力量:S+

 

追加変換資質:炎熱

 

総合魔導師ランク:SS-

 

 

 ………頭が痛くなってきたわね。彼も彼なら、デバイスもデバイスと言うことかしら。デバイスを所持するだけでこれほど変わるものなの?

 

 

「演算能力、思考領域が従来のデバイスを大きく上回ります。さらに言えば魔力変換機能です。今の我々の技術で術式そのものに組み込み魔力変換させることができても、常時発動型を作り出すことはできません。山口二等陸尉に聞いても、「自分の古い友人に譲り受けただけだ」としか答えてくれないんです」

 

 

 一度ため息をつき、着替え終わり椅子に座って腕を組み目を閉じている彼、山口二尉を一瞥、そして悔しそうに言葉を続ける。

 

 

「解析しようにも強固なプロテクトに守られていて出来ませんし、穴を見つけたと思ったらウイルス流し込まれますし、女性局員がいる前でどこからか引っ張ってきたアダルトサイトにリンクさせられるんですよ! 弁明するのに時間がかかりましたよ!?」

 

 

 私に言われても、なんと言えばいいのか困ってしまうわ。

 

 

「そういえば、山口二等陸尉」

 

「はい? なんすか?」

 

「貴方のデバイスを調べたいのだけど」

 

 

 別にコルシオ曹長が可哀想に思ったわけではないけれど、山口二尉に聞いてみる。

 

 

「あー、いえ、どうなんすかねぇ。自分には説得できないっす」

 

 

 渋い顔をして彼は言葉を続ける。

 

 

「さっきホーズマンにも頼まれて言ってみたんですけど、軽いメンテナンスは許しても解析、分解は許してくれないんですよね」

 

「そう」

 

「俺自身アイツに拗ねられると面倒いんで、あんま刺激しないでくれません?」

 

「ええ、此方としても貴方のような戦力を失いたくないもの」

 

 

 こんな子供を戦場に出さないといけないのは心苦しいけれど、これ以上彼らを野放しにできないのも事実。人手はいくらあっても足りない………歯痒いわね。

 

 

「それが優しすぎるって言ってんすよ」

 

「え?」

 

「少なくとも顔に出すべきじゃないっすね」

 

「えっと、何が?」

 

「山口二等陸尉、僕にも分かるように説明してください」

 

 

 私とコルシオ曹長は山口二尉の言っている意味が分からず戸惑う。

 

 

「顔に出てますよ。悔しい、歯痒い、自分が変われたら、ってね」

 

「そう、ですか? 僕には分かりませんが」

 

「経験が足りんよ、ホーズマン君」

 

「山口二等陸尉の方が僕より十歳若いんですけど……」

 

「細かい事は気にすんなって、禿げんぞ?」

 

「嫌なこと言わないでくださいよ」

 

 

 山口二尉の言葉に肩を落とすコルシオ曹長。7歳の山口二尉がどこか大人びて見え、18歳のコルシオ曹長が子供じみて見えるわね。

 

 

「山口二尉、貴方に聞きたいことがあるのだけれど良いかしら?」

 

「なんすか?」

 

「どうして貴方は適性試験を受けていなかったの?」

 

 

 他の出向組の魔導士の資料には魔法適性に関することもあったのに、彼の資料にはそれが無かったのだ。だから今検査受けてもらったのだけど。

 

 

「あー、時間が無かったんすよ。目に見えるところは兎も角、見えないところでの犯罪があれでしたから……………前世でもそうだったしな」

 

 

 そう言った後、山口二尉は私とコルシオ曹長に聞こえない声量で何かをポソリと呟く。

 

 

「山口二等陸尉デバイスのメンテナンス終わりました」

 

「おー、サンキュー」

 

 

 何を言ったのか聞こうとしたとき、女性局員が白色の宝石の入った銀色のネックレスを持って部屋に入ってきた。あれが山口二尉のデバイスなんでしょうね。

 

 

「刃、調子はどうだ?」

 

〈良好です。主も早くデバイスマイスターの資格を取ってください〉

 

「ああ、分かってるって。んじゃ艦長、俺部屋に戻りますんで。ホーズマンもまたな」

 

 

 デバイスを受け取った彼はそう言って女性局員が入ってきたドアに向かう。

 

 

「ああ、そうそう、艦長」

 

 

 ドアの前で立ち止まった山口二尉は振り返り私に声をかける。

 

 

「何かしら?」

 

「俺のことは宏壱で良いっすよ」

 

「そう? じゃあ私もリンディで構わないわよ? それと敬語も公私の区別さえつけるのなら必要ないわ。疲れるでしょ?」

 

「そうかい、じゃあそうさせてもらうよ」

 

 

 最後にそう言って山口二尉、宏壱君はメディカルルームを後にする。

 

 

「山口二等陸尉、僕はダメなんですか?」

 

 

 背中に哀愁を背負ったコルシオ曹長が印象的だった。

 

 side out




ルーヤ達がどうなったのか説明していなかったのでここでリンディさんに説明してもらいました。
ちょっと無理矢理でしたかね?

ではではまた次回で。


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第十五鬼~赤鬼と蠢く闇~

side~宏壱~

 

「そうか、目を覚ましたのか」

 

[はい。今では家族仲良く喫茶店をしているようです]

 

「そりゃなにより、だな」

 

[そちらは?]

 

「ああ、こっちは進展なしだ。情報通りに現地に行ってももぬけの殻だよ」

 

 

 アースラに来て一週間ほど経つが、尻尾を掴むことも出来ていない。

 

 

「そろそろハラオウン艦長に働き掛けてみますかね」

 

[では私は、地上本部の方を手伝いに行きますね]

 

「ああ、そうしてやってくれ。大分良くなったと言ってもまだまだ忙しいしやることも一杯あるんだ」

 

[はい、ではこれで]

 

「おう」

 

 

 その言葉を最後に通信を切る。通信相手は紫苑だ。『蜀伝の書』の彼女らにはなのはの父親の容態の確認をしてもらっていた。

 余談だが『蜀伝の書』も力が強くなり、俺が召喚せずとも桃香たちの意思で印をしたところなら顕現できるようになった。魔力は持っていかれるけど、『蜀伝の書』内部から刃にメールが届くことが分かり、事前連絡が来てそこで刃が返信し、俺の魔力を使って顕現するってことになってる。

 

 

「はぁ~、艦長のところに行くかね」

 

 

 そう呟き俺は自分に宛がわれた部屋を出て艦長室へと向かう。

 

 

「リンディさんいるか?」

 

 

 艦長室のドアの前で声をかける。

 

 

「宏壱君? ええ、いるわよ」

 

 

 リンディさんが居ることを確認して艦長室へ入る。

 

 

「それで何か用かしら?」

 

 

 リンディさんは空中モニターを見ながら聞いてくる。

 

 

「次の方針は決まってるのか?」

 

「そう、ね。………情報待ち、という事になるわね」

 

「つまり、何も決まってないってことでいいのか?」

 

「相変わらずはっきりいうのね」

 

 

 俺が簡単にそう言うと苦笑して、空中モニターに向けていた視線を俺に向ける。

 

 

「歯に衣を着せても意味ねぇだろ」

 

「歯に、なに?」

 

 

 言葉の意味が分からなかったんだろう、首を傾げるリンディさん。本当に子持ちかよ? やけに可愛いな、おい。

 

 

「物事を包み隠さずストレートに言うって意味だ。俺の故郷、日本の諺だ」

 

「へぇ~、そうなのね」

 

「っと、別に諺談義しに来た訳じゃねぇんだ」

 

 

 俺は逸れ始めた会話の軌道を修正する。

 

 

「ええ、そうだったわね。それで、用事って?」

 

「ちょっと提案があるんだけどな」

 

「提案?」

 

「ああ、第27管理世界・エルピオンに向かってくれないか?」

 

 

 俺の提案を聞いて目を見開くリンディさん。

 

 

「どうして?」

 

「現地調査」

 

「それは既に行われたわ」

 

「それってあれだろ? ボルク一等空佐の部隊……だろ?」

 

 

 ボルク一等空佐、ウェイン・ボルク一等空佐。初日で俺に絡んできた男だ。非常にプライドが高く頭がキレる。何処で情報を得てきたのかは分からないが、これ迄の調査で敵地を調べ上げたのはボルクだった。

 

 

「ええ、ウェイン一佐が調査を行ったのよ? 漏れがあるとは考えられないわ」

 

 

 リンディさんはボルクにどことなく男を見ている気がする。言動、視線、どれも他の局員に向けるものとはどこか違うものを感じる。が、はたして目の前にいるのはそんな女だろうか? 一週間、出会って一週間。これは俺がなのはと出会って同じ期間だ。なのはの明るいところ、独りで何でも抱え込むところ、優しいところ、ちょっとばかし頑固なところ、一週間あれば結構その人物の人となりが見えてくる。全部分かる…とは言えないが、これでも100年以上人生を歩んできた。それなりに人との交流もあった。見る目はあるつもりだ。

 

 

「宏壱君?」

 

 

 少し考えに耽っていると疑問に思ったのか、リンディさんが声をかけてくる。

 

 

「あー、いや、ボルク一等空佐はどんな人物なんだろうと思ってな。ほら俺は初日に会って以来顔を会わせてないからさ」

 

「そう?優秀な魔導士よ。宏壱君ほど戦闘に特化しているわけではないけれど。幻術なら管理局でも屈指の実力者ね」

 

「ふぅ~ん」

 

「それに、ああ見えて優しいところもあるのよ? 部隊での人望も厚いし、面倒見もいいの。私には一人息子がいるのだけど、父親のいないあの子をよく見ていてくれるの」

 

「息子がいんのか?」

 

「ええ、宏壱君より3つ上だけど」

 

「へぇ~」

 

 

 やはりどこか違和感が残る。一週間前はこんなんじゃなかった。検査の時は普通だったと思う。だが三日目に入って急にボルクの話をしだした。誰も疑問に思っていない、気味が悪いな。

 

 

「まぁ、検討しといてくれ」

 

「ええ、そうね。彼に相談してから決めるわ」

 

 

 その言葉を聞いて艦長室を後にする。

 

 

「おや? 君は………山口二等陸尉だったかな」

 

「………ボルク一等空佐」

 

「リンディ君に何か用だったのかね?」

 

 

 艦長室から出てすぐの曲がり角でボルクと鉢合わせする。

 

 

「ええ、ちょっとした相談がありまして」

 

「あまり彼女に負担を掛けないでくれたまえ。ましてや陸から来た君のような子供がうろちょろしているだけで迷惑なのだ」

 

 

 イラついたが抑える。初日のような問題を起こせばレジアスのおっさんにもゼストさんにもリンディさんにも迷惑になる。もっと言えば俺を推薦してくれたリーゼの顔に泥を塗ることにもなる。

 

 

「ふふふ、では、私はこれで失礼させてもらうよ。リンディ君と食事の約束があるのだ」

 

 

 そう言って去っていくボルク。前はあんな自信家だったか?

 

 

「気にしても仕方ない、か」

 

 

 あのリンディさんが私情を挟んで、なんて事はないと思うが……もう一計手を打つか。

 

 

「刃、アースラ経由で本局のデータバンクに侵入ボルクの調査資料の改竄を頼む」

 

〈はっ! それでなんと?〉

 

「不審な点があるが現在の人員では調査しきれず再調査の必要あり、だ。後を残すなよ」

 

〈御意〉

 

 

 バレたら不味いよな~、これ。今までそれなりに真面目にやって来たんだけどな。しゃあない、か。事が終わったらレジアスのおっさんに話して、その後に本局にも話さないとな。軍法会議にかけられるだろうが……已む無し、だな。それにしても、リンディさんの急な態度の変化、何を隠している? ウェイン・ボルク。

 

 それから一時間後、第27管理世界・エルピオンへの再調査の任を本局から受けたと、リンディさんが皆の前で説明した。その時のボルクの表情は悔しさと不服、疑念で一杯だった。

 

 

 

 

 

 side~???~

 

[と言うことです]

 

「再調査だぁ? テメェ嘗めてんのかぁ、あ゛あ゛?」

 

[ひいぃっ!!]

 

 

 そこは暗く光を通すことのない空間だった。その空間には浮かび上がる空中モニター。映るのはグレーの背景でno dataの文字、どうやら音声だけが繋がれているようだ。それに向かい合うのは全身を黒いローブで覆った男だった。

 

 

「くそボケが。まぁいいリンディの方はどうだぁ?」

 

[は、はい。刷り込みは完了しました]

 

「エイミィは?」

 

[その………エ、エイミィという局員は存在しません]

 

「はぁ? んな訳ねぇだろぉが!! もっとよく調べたのか! テメェ!!」

 

[ひいぃぃ!! も、申し訳ありません!]

 

 

 怒鳴り散らす男に通信相手で空中モニターの向こう側にいる者はひどく怯えているようだ。これだけで両者の関係が分かるだろう。

 

 

「んとに役に立たねぇなテメェは!」

 

[も、申し訳ありません! で、ですが士官学校にエ、エイミィ・リミエッタという訓練生がいるようです]

 

「あ? 士官学校?」

 

[は、はい]

 

「あー(原作で何時アースラメンバーになったとか言ってなかったな。この時期はまだ訓練生だったのか)」

 

[あ、あの?]

 

 

 男の声が聞こえなくなったことを疑問に思ったのか、モニターの先にいる者が弱々しく声を出す。

 

 

「あ? いや、何でもねぇ気にすんな」

 

[はぁ]

 

「んなことより、テメェは言われた通りにすりゃあいいんだよ」

 

[は、はい。そ、それで約束の方は……]

 

「あ゛?ああ、俺がたっぷり味わったら後はテメェにやるよ」

 

 [あ、ありがとうございます!]

 

(くっくっくっ、だぁれがテメェなんかにやるかよ。リンディも俺様のもんだぜ)

 

[あ、あの]

 

「あ?何だ。まだなんかあんのかぁ?」

 

[は、はい。消してほしい子供がいまして]

 

「ガキだぁ? んなもんテメェでやれよ! 何で俺がんなこと!」

 

[リンディ君と仲が良いみたいです]

 

「あ゛あ゛?」

 

[それに地上本部のクイント・ナカジマ、メガーヌ・アルピーノとも良好みたいです]

 

 

 先程までオドオドしていたモニターの向こうの者の口調は非常に滑らかになっていた。

 

 

「俺様のリンディたちに手を出すガキがいるだとぉ? ザケやがってぇぇっ! ぶっ殺してやらぁぁあ!!!」

 

[その子供さえいなくなれば]

 

「なのはたちはリンディたちは俺のもんって訳だ。くっくっくっ、いいだろう。そっちに一人派遣してやる。かなり精神がいかれたやつだからな。酷ったらしく殺してくれるだろうぜ」

 

 

 男はローブで見えない顔を醜く歪め忍び笑いを漏らす。それから二、三言葉を交わしモニターの先にいる者と男は通信を切る。

 

 

「くっくっくっく、管理局を潰しリンディ、レティ、エイミィ、クイント、メガーヌ、リーゼ姉妹、それにティアナにキャロ、ギンガ、スバル、ナンバーズ、地球にはなのはたちだっている! ヒッヒッヒッひゃははははは! 全員! この世界の女どもは全員俺様のもんだぁぁぁあああ!!! クククククケケケケケケケヒャハハハハハハハハ!!!」

 

 

 男は狂ったように笑い続け、その声はどこが果てかも分からない暗闇に響き、光も届かぬ闇で狂気が蠢く。

 

side out




ローブの男、いったい何者なんだ!?←素っ惚け

はい、すみません。テンプレですね。おそらく皆さんのお察しの通りだと思います。

敵の指導者的な人物をどうしようか?と悩みましてこうなりました。

ぶっちゃけ、このエルピオン大量虐殺から始まった事件、当初全く考えていませんでした。取り合えずなのはと距離を置く理由付けがほしかったんです。そうしたらこんなことに…… 。

プロット殆ど立ててないんで、どんな決着の付け方をするのか自分でもわかりません。もういっそのこと話に身を任せようと思っています。こんな作品ですがどうか飽きずに読んでやってください。

ではではまた次回で。


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第十六鬼~赤鬼と猛獣、違和感~

 side~宏壱~

 

 リンディさんが本局からの指令を受けて三日。アースラの姿は第27管理世界・エルピオン軌道上にあった。

 

 

「さて、皆さん今からエルピオンへの調査を開始したいと思います。準備はいいですね?」

 

 

 リンディさんが既にバリアジャケットを着用した(デバイスは行動の妨げになる可能性があるから展開していない)、俺を含めた調査班10人を見る。この人数になったのはボルクがリンディさんに戦力温存だのと進言したからだ。リンディさんは渋りながらも了承し少数になった。おかしい、あの男はいったい何をした?

 

 

「それじゃあ、皆気を付けてね?」

 

「「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」」

 

 

 俺たちの足下が光を放ち転移ゲートが開く。一瞬視界が光に包まれ、収まると眼前には生い茂る木々が広がっていた。

 

 

 [山口二等陸尉聞こえますか?]

 

「ああ、感度良好、問題ない」

 

 

 俺たち調査班には通信機が配給されている。その通信機から透き通るような耳に心地い女の声が聞こえる。

 

 

[こちらオペレーターのライラ・テミリアル伍長です。サポートはこちらで行います。よらしくお願いします]

 

「ああ、テミリアル伍長よろしく頼む」

 

 

 この調査班の班長は俺が務めることになっている。俺がこの中で一番階級が上だからだそうだ。ま、あくまで形だけだ。いざという時のための物、それまでは基本臨機応変に各自対応ってことになってる。

 

 

[此方で映像を見ることができません。ですのでレーダーで調査班の位置、周囲の状況を把握していきます]

 

「了解」

 

 

 アースラに何かしらの不具合が生じているらしく、此方の状況を映像として映し出せないらしい。今復旧作業中が行われている最中だ。

 

 

[では、そこから1km北へ進んでください。その森を抜けた先に件の現場があります]

 

「了解」

 

 

 行き先を聞き調査班、他九人を伴い生い茂る藪をかき分けながら進む。

 

 

「止まれ」

 

「山口二等陸尉?」

 

「どうかしましたか?」

 

 

 500mほど進み進行方向に気配を感じ立ち止まる。右手を挙げて後ろに付いてきていた九人も止める。

 

 

[調査班、気を付けてください。前方に生命反応有り、警戒してください]

 

 

 オペレーター、テミリアル伍長の言葉で状況を把握したんだろう。後ろで息を飲む音が聞こえる。

 

 人……じゃないな。もっと大きい何か………猛獣、か? 第27管理世界・エルピオンは文化レベルAで、都心はミッドのそれに近い模様を呈している。だが、都心より離れた地域には自然が多く残されており、猛獣の類いも数多く確認されているそうだ。

 

 

[生命反応………これは、Aランク危険種!? ビズルモーガです! 距離30m!25m! 凄い速さで近づいています!調査班対処してください!!]

 

 

 テミリアル伍長の悲鳴のような叫びが耳に響く。前方からガサガサと草を掻き分ける音が聞こえ、その音はどんどんこっちに近づいているようだ。

 

 ゴクッっと後ろから唾を飲み込む音が聞こえた。緊張が高まっている。

 

 俺は肩幅まで足を開いて腰を落とし左手を胸の前へ右手は腰に持っていく。

 

 ガサガサガサガサッ!

 

 ひときわ大きく草を掻き分ける音が聞こえ、次の瞬間には大きな影が草陰から飛び出す!

 

 

「ぜぇぁあっ!」

 

 

 丁度俺の正面から飛び出してきた影を捉え

 眼前に迫った影を右足を引き半身になることで躱し、腰に据えていた右手を振り上げ掌底を放つ!

 

 ゴキュッ!っと音を響かせ巨体は宙に浮き上がる。

 

 

「はっ!」

 

 

 確かな手応えを感じながらもそこで手を休めることはせずに、短く息を吐き左足を軸に体を回し右回し蹴りを叩き込む! 踵がめり込み巨体をぶっ飛ばす!!

 

 ドゴッ!ドゴッ!

 

 吹き飛んだ先にある木々を一本、二本、三本と圧し折り、やがて勢いは殺され四本目で止まる。

 

 木が倒れた影響で辺りに土煙が舞う。一分弱程で土煙は晴れ少し風景の変わった森が見えてきた。

 

 

「テミリアル伍長、どうなった?」

 

 

 弱く成りはしたものの、完全に気配が消えた訳ではないことから生きていることは分かっているが、余りボルクに手の内を見せたくはない、そう考えながらテミリアル伍長に状況を聞く。

 

 

[………あっ、は、はい! えっと………せ、生命反応確認! 生存確認しました。ですが……瀕死の重傷、もう動けないでしょう]

 

「了解。一応確認に向かう」

 

[は、はい。気を付けてください]

 

 

 呆けていた九人の意識を起こし、影の吹き飛んだ先に向かう。

 

 そこには、木を背凭れにし此方を鋭い眼光で睨む白い体毛に覆われたゴリラがいた。腕は左右に二本ずつあり丸太のように太い、胸から腹にかけて毛はなく硬質な筋肉がむき出しになっている。立ち上がれば3mにはなるだろう巨体を支える足は、意外にも細く腕が丸太なら足は枝という(ただガリガリという意味ではなく無駄な肉を極限まで落としたマラソンランナーという感じだが)表現がぴったりだ。

 

 どうやら怪我をしているようで腹から止めどなく血が流れている。

 

 

「………これは」

 

「怪我、ですか?」

 

「腹部に穴が開いてますね」

 

 

 調査班が言ったように腹に複数の小さな穴、もっと言えば弾痕のようなものが複数存在した。

 

 

「ビンゴっす、リンディ艦長。これは質量兵器によるものだ。まだ傷も新しい。こいつの来た方向を考えると……」

 

[先にいるということね?]

 

「そういうことになるっすね」

 

 

 一応任務中ということで敬語(?)で話す。

 

 

[気を付けてね?]

 

「うっす」

 

 

 そこで会話を切り調査班を見渡す。

 

 

「この中で回復魔法が得意なのは誰だ?」

 

 

 俺の質問に首を傾げつつも三人が手を挙げる。

 

 

「よし、じゃあ、その三人とお前とお前はここに残れ」

 

「「「「「え?」」」」」

 

 

 俺の言葉に指名された五人は一瞬呆けた顔をする。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

「そ、それってどいう?」

 

 

 声を上げたのは二人、ただ、後の三人も不満そうだ。

 

 

「回復魔法を使える君らはこいつの回復を、あとの二人は何かあった時のための護衛を頼む」

 

 

 全員に目を合わせて言う。身長差のせいで首が少し痛いけど。

 

 

「はぁ~、分かりました」

 

 

 一人がそう言うと他の四人も了承の意を伝えてくれる。それに「ありがとう」とだけ返す。その場は五人に任せ残りの四人を引き連れて目的地へと再び歩みを進める。

 

 暫く藪を掻き分けながら歩くと森が終わり眼前には倒壊し瓦礫とかした建築物であったであろうものが見えた。

 

 

「これは、ひどい」

 

「殆どが焼け焦げてますね」

 

「撤去とかしないんでしょうか?」

 

「道なんてあってないようなものですね」

 

「思うところはあるだろうが、任務が先だ。普通なら散開して調べるんだけどな、敵がいる可能性が高くなった。固まって動くぞ」

 

「「「「はっ!」」」」

 

 

 形だけの班長のはずが、いつの間にからしくなってやがんな。ガキの俺に対する反発もないし、そこは管理局の実力主義みたいなところに救われたな。さっきの確か……ビズルモーガ、だっけか? 手負いとはいえあれを伸したのも効いたんだろうな。

 

 

「特に変わったようなことはありませんね」

 

「………ああ(何か違和感が、何だ?)」

 

「しかし、酷い血の痕だ」

 

「ええ、まだ血の咽せ返るような臭いがするわ」

 

「山口二等陸尉!」

 

 

 少し先行していた男の魔導士が俺を呼ぶ。

 

 

「どうした?」

 

「これを」

 

 

 男が差し出したのはA4サイズの一枚の紙。所々焼けていて雨にも曝されぐちゃぐちゃになっていて読むことはできないが、奇跡的に一部分だけ瓦礫が火除けになり、雨よけになった部分がある。その部分数行だけが辛うじて読みことができた。

 

 

「……これは!?」

 

「事実、でしょうか?」

 

「刃」

 

〈………記録しました〉

 

 

 男の問いに答えず刃の撮影機能で記録保存する。

 

 

「……事実かどうかは兎も角、ここら一帯に同じようなものがないか探すんだ。見つけ次第俺のところに持ってきてくれ、自分達のデバイスに記録するな。身を危険にさらすことになる」

 

[調査班何か発見しましたか?]

 

 

 他の四人に指示を出し、俺も作業へ取りかかろうとしたところでテミリアル伍長から通信回線が開かれる。

 

 

「いや、状況が把握しきれていない。帰還後に報告する」

 

[了解しました]

 

 

 最低限のことだけを告げ通信回線を閉じ、俺も周辺調査に加わった。

 

 それから一時間の調査の甲斐虚しく何も見つけることはできなかった。

 

 

「………何もない、か」

 

「山口二等陸尉これ以上はもう」

 

「ああ、無駄だろうな」

 

 

 調査班の一人の言葉に頷く。

 

 

「よし、全員森の中にいるやつらと合流、そして帰還するぞ!」

 

「「「「はっ!」」」」

 

 

 しかし、何もなかったな。組織の連中がいると思ったんだが………此方にいない? っ!? まさか!?

 

 パァン!

 

 その時、遠くから破裂音のようなものが聞こえてくる。

 

 

「山口二等陸尉!? どうしたんですか!?」

 

 

 他の四人を置き去りにして、外れていてほしいと願いながら走り出す!

 

 

「刃!」

 

〈御意!〉

 

 

 即座に刃を展開右手に持ち森に差し掛かったところで跳び上がる。トンっと体重をかけすぎず木の枝に乗り前方の枝に跳ぶ。

 

 

[山口二等陸尉!]

 

「テミリアル伍長! 置いてきたやつらの状況は!?」

 

[敵勢力と交戦中! 敵は一人です!]

 

「了解! 俺が行くまで保たせろ!」

 

[は 、はい!]

 

 

 枝から枝へと、それを繰り返し一分にも満たない時間で目的地が見えてくる。

 

 

〈二名負傷、三名交戦中です〉

 

 

 刃の報告を聞きながら銃を持つ男の背後に着地する。

 

 

「一時的にとはいえそいつらは俺の部下になったんだ。手を出すなら俺が相手になるぞ」

 

「「「山口二等陸尉!」」」

 

「っ!?」

 

 

 驚愕の声が三つ、息を飲む音がひとつ、どれが誰のものかは見なくても分かる。

 

 

()っ!」

 

 

 男が振り向くよりも早く、男の横っ腹を手加減して殴り、吹き飛ばす。男は木に激しくぶつかり動かなくなった。気絶したんだろう。

 

 

「お前ら、大丈夫か?」

 

「は、はい」

 

「僕らは怪我はないですけど……」

 

「二人、負傷しました。命に別状ありませんが、戦闘への参加は不可能です」

 

「分かった」

 

 

 三人の報告に頷き返す。三人が言うように怪我らし怪我もなさそうだ。

 

 

「それで負傷者は?」

 

「こちらです」

 

 

 二人を気絶した男の見張りとして残し、一人に案内してもらう。付いていくと、治療をするとき暴れられて困ったんだろう、バインドで縛られたビズルモーガの近くに応急処置を受けた二人がいて、右肩と左足に包帯を巻いた男と右脇腹に布を当てて露出した木の根にもたれ掛かった女。確かに敵勢力がまだ残っていた場合、戦うことはできないだろう。

 

 

〔ヴヴヴヴ、ガァァァァァ!!〕

 

 

 二人の状態を確認しているとビズルモーガが突如吠え出す。

 

 

「山口二等陸尉! 危ない!!」

 

「黙ってろ」

 

 

 声に覇気を乗せ殺気をちょろっと込めて睨み付ける。

 

 

〔グウウウゥゥゥ〕

 

 

 すると怯えた表情になり低く唸るだけになった。

 

 

「そいつの治療は?」

 

「我々の魔法では完治とまではいきませんが、走る程度なら」

 

「なら離してやれ。ここにいられても邪魔なだけだ」

 

「………分かりました」

 

 

 少し考えバインドを外す。ビズルモーガは俺たちを、俺を警戒しながらゆっくりと後ろ向きに下がり、ある程度距離が空いたところで体の向きを変え猛然と走りだし、木々の間へと姿を消していった。暫く気配を追うが止まることなくむしろ速度を上げて離れていく。もう大丈夫だと判断し俺は通信機の回線を開きテミリアル伍長へと繋ぐ。

 

 

「テミリアル伍長聞こえるか?」

 

[はい、聞こえています]

 

「負傷者二名の強制送還はできるか?」

 

 

 テミリアル伍長にそう聞くと、通信機の向こう側でリンディさんと会話しているのが聞こえてくる。

 

 

[はい、医務室の準備もできているそうです]

 

「じゃあ頼めるか?」

 

[はい、……送還開始]

 

 

 二人の下に光が現れて包んでいく。やがて光は収まり二人はアースラへ帰還した。

 

 

「さて俺たちも――ドオォォン!!!――っ!?何だ!?」

 

「襲撃者を置いてきたところです!!」

 

 

 俺たちもあの男を連れて帰還しよう、そう言おうとしたところで近くで爆発が起きる。一瞬狼狽えたが、残してきた二人の魔力の高まりを感知した。何らかの魔法を放ったんだろう。だが、何かあったのか? 思いつくのは銃を持ったあの男か。此処で考えていても埒があかないな。

 

 

「行くぞ。魔法を使う何かがあったんだ」

 

「はい!」

 

 

 爆音のしたところに辿り着くと、デバイスを構えた六人の魔導士、その眼前には土煙が広がっていた。俺が向こうにいっている間に合流したんだろう。

 

 

「何があった?」

 

 

 近寄りながら俺がそう聞くと、

 

 

「山口二等陸尉! 実は質量兵器を所持した男が目を覚ましまして」

 

 

 代表して一人がそう返す。

 

 

「それで攻撃したのか?」

 

「いえ、武器を構えたので武器を下ろし投降するよう呼び掛けたのですが」

 

「無視したのか」

 

「はい」

 

 

 なるほど、勧告を無視したわけだ。なら同情の余地は――ゾワッ!――っ殺気!?

 

 バンッバンッバンッ!

 

 殺気を感じたと供に三回の銃声。考えるよりも早く、手に持つ刃を振るっていた。横凪ぎ、切り上げ、切り下ろし。確かな手応えを感じた。

 

 

「なっ!?」

 

「ウソ、だろ」

 

 

 調査班の面々は驚愕の声を上げる。土煙が晴れたそこにはハンドガンを構えた男が不気味な笑みを浮かべて立っていたいた。

 

 

「………魔法が効いてない?」

 

 

 AMF(Anti Magilink Field、最近巷で出回っているそれなりに金を積めば買える、対魔導士用兵器巷で出回っているものはB~Aランクまでの魔法の魔力結合を崩すというもの。俺はまだ見たことはないが一部の犯罪組織はそれよりさらに高性能なものを持っているらしい)、か?………にしては妙だな。魔力結合を崩されたのなら魔法自体が発動せず消されるはずだ。……試すか。

 

 

「イヒヒヒヒヒヒヒャハハハハハハ」

 

「キモい笑いかただな、おい。……そのクセェ口を閉じやがれ!! 炎神槍!」

 

 

 左手を横に伸ばし掌に魔力を集め、炎の槍を形作り腕を振るうことで放つ!

 

 炎の槍は真っ直ぐに男に向かい直撃――ドゴオォォォン――爆発を起こす。

 

 

「うわっ!?」

 

「ちょっ!? 山口二等陸尉! 手加減ぐらいしてくださいよ!!」

 

「加減はした」

 

「あれで!?」

 

「……どんだけ規格外なんだよこの人」

 

 

 爆風に煽られた調査班の面々から口々に文句を言われるが知らん。加減はした、それは事実だ。ただ、あの男と目が合った瞬間、背筋に悪寒が走って力が入りすぎた。………まるで絶望の果てに壊れたような、そんな目だった。

 

 

「ヒッヒッヒッヒッヒャハァァア」

 

「な、何で、まだ立って……」

 

「な、何なんだよ」

 

「あり、得ない」

 

 

 男はハンドガンを構え狂ったように笑いながらトリガーを引き続ける。カチッカチッっと撃鉄が何度もぶつかる音がするが、銃弾が撃ち出されることはない。

 

 

「弾切れなのが分かってねぇのか?」

 

 

 まさに狂人だな、完全に狂ってやがる。

 

 

「もういい、テメェは寝てろ。剃!」

 

 

 剃で一気に男の懐に飛び込み刃を横薙ぎに振るい、横っ腹にぶち当て吹き飛ば――ガシ――そうとしたところで腕を掴まれた。

 

 

「なっ!?」

 

「ニヒヒヒヒヒギャハハハハ」

 

 《主!?》

 

「山口二等陸尉!?」

 

 

 クソッタレが!!

 

 

「ヒャハハハハハハ」

 

 

 男は笑いながらとある球状のものに付いているピンを抜き足元に落とす。俺が初めて生を受けた世界で何度も見てきたもの、手榴弾!

 

 

「自爆する気か!? こんなところでテメェなんかと心中はごめんだ!! ブレイク ショット!」

 

 

 ブレイク ショットを放つも効果がない! クソが! ヤブレカブレになり足を振り上げ俺を掴んでいる男の腕に降り下ろす! ゴキャッっと音がなり男の腕が折れ、手が離れる。

 

 

「ギヒィ!」

 

 

 叫ぶ男を無視して後ろに跳ぶ、と同時に地面が弾けた。男は木っ端微塵に吹き飛び、後ろに跳んだ俺も衝撃に煽られ吹き飛ばされる。

 

 ゴッ

 

「ガッ、あ」

 

 

 体勢を立て直すことがかなわず木に背中を打ち付けられ、その反動で跳ね上がった頭、後頭部を打ち目の奥に火花が散る。

 

 ま、ずい、意識、が……もうろ………うと………。

 

 

 

 

 

 side~リンディ~

 

「軽い脳震盪ですね」

 

「………そう」

 

 

 今私は医務室にいる。ベッドの上には宏壱君が寝かされていて、その頭には包帯が巻かれていた。

 

 

「そのうち目を覚ますと思います。私はまだやることがあるのでこれで」

 

「ええ、私が見ているわ」

 

「くすくす、お願いします」

 

 

 そう言って女医は医務室を後にする。

 

 

「私がもっと人員を割いていれば、こんなことには」

 

 

 宏壱君からの進言はあった。もっと人が欲しいと、十人では対処できるのもできなくなる、と。それなのに私は……。

 

 

「くぅっ、ごめん、なさい」

 

 

 誰も見ていないそんな状況が私を弱くさせる。

 

 

「なめ、るな……そう言った筈、なんだけどな」

 

「っ!?」

 

 

 唇を噛み溢れる涙を止めることもできずに俯いていた私に声が掛けられる。

 

 

「……宏壱、君?」

 

 

 顔を上げると、そこには体を起こし右手で頭を押さえている宏壱君がいた。

 

side out

 



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第十七鬼~赤鬼と謝罪、報告~

side~宏壱~

 

 頭が痛い、背中がすごく痛い。最初に感じたのは痛み、次に女の声が聞こえた。傍でふたつの声だ。ひとつの声が離れていく。残った声、この二週間で慣れ親しんだ声。遥か昔に感じたことのある母を思わせる、そんな声だった。

 

 

「わたし…………いれば…………には」

 

 

 断片的に途切れて声が聞こえる。後悔するようなそんな声が、この人が悲しむ声を聞きたくない、そう思った。

 

 

「ごめん、なさい」

 

 

 その言葉が妙に響いてカッと頭が熱くなった。

 

 

「なめ、るな……そう言った筈、なんだけどな」

 

 

 体を起こし痛む頭を右手で押さえながらそう言う。

 

 

「……宏壱、君?」

 

「リンディさん。舐めるなってそう言ったでしょ」

 

「え?」

 

「だ~か~ら~、その謝罪も俺を、俺たちを舐めてかかってるって言ってんだよ」

 

 

 リンディさんは俺の言葉に困惑しているが構わず続ける。

 

 

「いいか? 確かに人数を削ったのはそっちだ、けど最終的にそれを了承したのは俺で調査班のメンバーなんだよ。少ないの分かってて現場に向かったんだ。なら落ち度は油断した俺らにある、あんたが悔やむのはお門違いだ」

 

「でも」

 

「でももだけどももしもも要らねぇよ! 今、こうして俺は生きてる! なら、するべきことは現地であったことの報告と、これから先を考えること、この二つだ。いいな?」

 

「……」

 

 

 そう言ってやるとリンディさんは黙り込み目を瞑る。数秒間そうしていただろうか、次に目を開いたときのリンディさんは強く迷いのない目をしていた。

 

 

「ありがとう。宏壱君、私は貴方を信じます」

 

「……おう」

 

 

 なんか、少し照れんぞ今の。顔が熱い。

 

 

「でも、本当に大丈夫なのかしら?」

 

「頭打って、背中ぶつけただけだろ? 問題ないって」

 

「いえ、そうじゃなくて」

 

 

 リンディさんの言っている意味がいまいち理解できない。何が言いたいんだ?

 

 

「聞いたわ、目の前で人が」

 

「あ、ああ、そういうことか。何だそんなことか」

 

 

 合点がいった。つまり、目の前で人が木っ端微塵になる瞬間を見た俺の心理状況が心配だったわけだ、リンディさんは。さっきの「ごめんなさい」にはその意味もあったのか。納得いった。

 

 

「そんなことって……目の前であんなことがあったのに!」

 

 

 少しスッキリした俺とは裏腹にリンディさんは憤りのようなものを感じているらしい。

 

 

「目の前で人が死ぬのは初めてじゃないからな」

 

「え、それってどういう?」

 

「俺の家族は、俺の目の前でテロリストに殺された」

 

「っ!?」

 

 

 リンディさんの表情は憤りから驚愕に変わり悲観に変わる。

 

 

「な~んであんたがそんな顔するかな。もう終わった話だって」

 

「……終わった?」

 

「そ、終わった。テロリストどもはもうこの世にいない」

 

「え?」

 

「……俺が殺したからな」

 

「っ!?」

 

 

 リンディさんの表情がさっき以上の驚愕に染まる。

 

 

「復讐ってのは虚しいもんでさ、後にはなんも残らねぇってよく聞くけど、実際そうなんだよな」

 

「じゃあ、貴方にはなにも?」

 

「いんや、知ってんだろ? 俺のレアスキル」

 

「……『蜀伝の書』?」

 

 

 俺の問いに少し考えてからそう答えるリンディさん。

 

 

「そ、今はアイツらが俺の家族。俺を愛してくれる。普段は照れ臭くて言えねぇけど俺もアイツらを愛してる」

 

 

 少し顔が熱くなってるのが分かる。ちょっと赤くなってんだろうな。

 

 

〈主! 私も貴方を愛しています!〉

 

 

 枕元からそんな声が聞こえた。

 

 

「刃」

 

〈主〉

 

「私お邪魔かしら」

 

 

 刃を見つめ、一言思ったことを言う。

 

 

「……居たのか」

 

〈ひ、酷いです! 主を心配してずっとここに居たのに……〉

 

「あらあら」

 

 

 俺と刃のやり取りを見てリンディさんは苦笑を浮かべる。苦笑でも笑ってくれたならよかった。まぁ、多分に照れ隠しが含まれていることは否定できないけどな。刃もそれが分かっているのか、それ以上文句を言わない。

 

 

「ま、今はそんな感じだからさ、気にしなくてもいいって」

 

「そう」

 

 

 一瞬沈黙が室内を支配する。するとリンディさんが思い出したように管理局の制服のポケットを探り、紙片の山を取り出す。

 

 

「宏壱君、これなんだけど」

 

「ん? 何だこれ?」

 

 

 所々に文字が書いてあるように見えるが細切れで読み取れない。

 

 

「貴方の服のポケットに入っていたの。ただ何かの衝撃で細切れになっていて、復元もできないのよ」

 

「あー、あれか。その事について、他の調査班から何か聞いたりは」

 

「いえ、宏壱君に聞いてほしい、としか」

 

「ん、了解。今から話すことは他言無用で頼む」

 

「?……ええ、分かったわ。誰にも話さないと約束しましょう」

 

 

 俺の言葉に考えるようなしぐさをして了承してくれる。

 

 

「――――――」

 

「っ!?」

 

 

 俺の放った言葉に驚愕の表情を浮かべ、次に刃が撮影、録画した紙片の原形の読み取れる部分、廃墟と化した一族の村の状況を交え説明する。リンディさんは顔色を青くしつつも俺の話を最後まで聞いてくれた。

 

 

「……そんなことが」

 

「気を付けろ、リンディさん。彼奴はアンタらに何かしている。その何かまでは分からない。でも用心しろ、あの男は信用ならない、信頼してはいけない。絶対に」

 

「……ええ、そう、ね」

 

 

 そうリンディさんが返事をすると医務室のドアがノックされる。

 

 

「リンディ艦長いらっしゃいますか?」

 

 

 ドアの向こうからウェイン・ボルクの声が聞こえた。

 

 

「よっと」

 

「宏壱君?」

 

 

 刃を掴みベッドから下りた俺を不思議に思ったのか、リンディさんが声をかけてくる。

 

 

「俺はもう行くよ。アイツらも心配してるだろうしさ」

 

「そう? でも無茶はダメよ? 頭を打ってるんだから何かあったら言ってね? それと彼らなら食堂にいると思うわ」

 

「了解、リンディさんも気を付けろよ」

 

「ええ」

 

 

 そうリンディさんと言葉を交わし俺は医務室の出入り口へと向かう。

 

 

「入りますよ」

 

 

 ドアが開きボルクが姿を見せる。

 

 

「おや? ……目覚めていたのかね? 山口二等陸尉」

 

「ええ、残念ながら」

 

 

 声をかけてきたボルクに嫌みで返す。

 

 

「なんのことだね。私は嬉しく思っているよ」

 

「そうですか。それはこーえーです」

 

 

 そう返すとボルクは引きつった笑みを見せる。

 

 

「では艦長、これで失礼します」

 

「ええ、お大事にね」

 

 

 一度リンディさんに振り返り頭を下げ、再びドアに向かい歩みを進める。ボルクの横を通りすぎる瞬間「――――」と少し覇気と殺気を乗せた言葉をかけ部屋を出る。

 

 部屋から出た瞬間後ろで何かが倒れる音とリンディさんの驚く声が聞こえたが、俺は無視して調査班がいるであろう食堂に足を向け歩き出した。

 

 俺はただ「調子ぶっこいてっと殺すぞ」って言っただけなんだけどな。まったく情けない。

 

 

〈(我が主ながらに恐ろしい)〉

 

「何か言ったか?刃」

 

〈いえ、なにも〉

 

「そうか? 俺の気のせいか」

 

〈はい(す、鋭い。迂闊なことは考えられませんね)〉

 

 

 何を考えてるか何となく分かるけど、特に指摘する必要もねぇよな。

 

 そのあと食堂に着き問題ないことを報告……しようとしたら、調査班で行動を共にしたやつらと偶然食堂にいたテミリアル伍長、ライラ(名前で呼んでほしいと言われた)とホーズマンに囲まれた。かなり心配をかけたらしい。本来、あの程度で気絶するはずはないんだが、打ち所が悪かったらしい。だから、もうあんなヘマはしない。そう伝えたが聞いてもらえず、今日はもう休めと言われ、食堂から追い出された。

 

 食堂から追い出されたあと、自分の部屋に直で戻るんじゃなくて、負傷した二人のところに向かった。包帯を巻かれベッドに寝かされていたが元気そうだったな。ただ、全治二週間の怪我で当分訓練もできないらしい。しかし、あの怪我が全治二週間か、やっぱり地球よりも遥かに進んだ医療技術だよな。そんなことは置いといて、取り合えず大人しくしといてくれ、そう伝え医務室を後に自室へ戻った。

 

 

 

 

 

 side~???~

 

 アースラ艦内とある一室、完璧な防音を施された部屋、そこに一人の男がいた。

 

 

「何故だ!何故だナゼダナゼダナゼダナゼダナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼェェェェ!!!」

 

 

 男は頭を掻き毟り、喚き散らす。

 

 

「どうして催眠が効かないぃぃぃ!! この一週間は上手くいっていたはずだ! なのにぃ! あの陸から来たガキがぁぁぁぁ!! アイツの所為で全て計画が水の泡だ!!」

 

 

 既に目は血走り、喉はしゃがれていてダミ声で男の怒りの凄まじさが伝わってくる。

 

 

「何をした! 何を何を何を何を何を何をしたぁぁぁ!! このアースラのクルーも全て私の術中に嵌まっているたはずだ! あのガキが! 何故だ! ナゼ死んでいない! あの男! しくじりおって!! あのガキが死んでいればこんなことには!! リンディの前であんな醜態を晒すこともなかった!! このままでは終わらさん!! 殺してやる! 必ず! 必ず私の手で殺してやる!!」

 

 

 部屋の中に男の呪詛が響き渡る。しかし、男は気づかない。自分の行動がとある少年を介して己が手に入れようとした女性に筒抜けであることを。

 

side out

 




短いですが切りがよかったのでここまで、ということで。

では次回お会いしましょう!ではでは。


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第十八鬼~赤鬼と応援要請~

side~宏壱~

 

 エルピオン現地調査から三日後今俺が何をしているかというと……。

 

 

「ほらほら! もっと早く動かないと当たっちゃうよ!」

 

「おわっ!? あぶっ! ちょっ! まっ!」

 

「は~い、捕獲ぅ~」

 

「いいっ!? バインド!? いつの間に!?」

 

「集中砲火だー!!」

 

「のわー!!」

 

ドォォーーン!

 

 50からなる魔力弾の集中砲火に晒されていた。

 

 

 

 

 時は数時間前に遡る。

 

 

「私はギル・グレアムそしてこっちの二人が」

 

「お父様の使い魔リーゼ・アリア、よろしくね」

 

「リーゼ・ロッテ、あたしもお父様の使い魔だから、よろしく」

 

 

 目の前の白髪の男とリーゼ姉妹が自己紹介する。ギル・グレアム提督、リーゼの主で管理局屈指の実力者。佇まいから歴戦の魔導士の風格、威厳を漂わせている。ここのクルー、特に武装隊の連中は気圧されてるみたいだ。

 

 

「ではリンディ提督、二人をよろしく頼むよ」

 

 

 グレアム提督がそう締め括る。

 

 

 

 

 補給物資受け渡しのための輸送艦が本局から来た。そこに乗っていたのはなんとギル・グレアム提督とその使い魔リーゼである。どうやらリンディさんがリーゼに応援を頼んだらしく、二人とも快く引き受けたんだそうだ。

 

 

「私は他の艦にも物資を持っていかなければならないからね。二人とも、リンディ君の言うことをよく聞くんだよ」

 

「もう、お父様。私もロッテも子供じゃないんだから」

 

「ははは、そうだったな」

 

 

 そう言って笑い合うグレアム一行。それを横目に俺を含めた数人の男性局員で物資をアースラ艦内へ運び込む。

 

 

「アリア、彼が君たちの言っていた少年か?」

 

「はい、お父様。宏壱、ちょっと」

 

 

 俺が30kg程の米袋を肩に担いでいるとアリアに呼び止められ、手招きされる。

 

 

「どうした? 今忙しいんだけど」

 

「ごめんね、一応お父様を紹介しようと思って」

 

「宏壱、それ一度下ろしたら?」

 

「わかったよ、ロッテ。紹介といってもさっきのリーゼの紹介の時に一緒に聞いたけど?」

 

「そうだけど、もっとっちゃんと紹介しておきたいってことだよ。つべこべ言わず言うことを聞け!」

 

「横暴か!」

 

「はぁー、ロッテやめなさい。宏壱も」

 

 

 俺とロッテの間にアリアが入り仲裁?する。

 

 

「まぁ、いいや」

 

 

 今まで担いでいた米袋を下ろしグレアム提督に向かい敬礼。

 

 

「地上本部首都防衛隊一番隊所属・山口宏壱二等陸尉であります!」

 

「うむ、さっきも言ったがギル・グレアムだ。それと敬語は必要ない」

 

「いえ! そんなわけには」

 

「君はあまりそう言うことが得意じゃないと聞いている。楽にしてくれて構わないよ」

 

 

 ひどく紳士的な男だな。リーゼの話によれば俺と同じ地球の出身でイギリスが故郷だそうだ。所謂、英国紳士ってやつか?

 

 

「了解、ギルさん」

 

「ギ、ギルさん?」

 

 

 俺が相好を崩しそう呼ぶとグレアム提督、ギルさんは目を点にする。

 

 

「ちょっ、宏壱! 幾らなんでもそれは」

 

「そ、そうよ! いきなりそんな呼び方」

 

「いや、構わない。山口二等陸尉、いや私も宏壱君と呼ばせてもらおう」

 

 

 そう言ってギルさんはフランクに笑いかけてくる。が、直ぐに真剣な表情を作り言葉を続ける。

 

 

「それと君の今後の活躍に期待している。ウェイン・ボルク元提督の管理局転覆計画を防いでくれて感謝する。僭越ながら私が管理局代表としてこうして礼を言わせてもらうことになった。ありがとう」

 

「いや、こんなガキの言う言葉を信じてくれたリンディさんにこそ感謝するべきだ」

 

 

 三日前、部屋に戻り休んでいた俺の部屋に突然ウェイン・ボルクが強襲をかけ襲い掛ってきた。当然ウェイン・ボルクが接近するのを気配で気付き、直ぐに対応できるように構えていた俺が後れを取るはずもなく、即鎮圧。

 その物音を聞いた通りかかった局員が駆け付け、顔面をボコボコに張らしてバインドで縛られたウェイン・ボルクとその胸ぐらを掴み拳を振り上げる俺を見て状況判断に困りリンディさんに応援を要請、リンディさんが数人の武装隊を引き連れ登場し喚きたてるウェイン・ボルクを無視して俺に状況説明を求めた。

 俺やリンディさんが連れてきた武装隊の面々もそれなりに驚いたが、最も驚いたのはウェイン・ボルクだろう。これまではある程度の言葉は聞き入れられていたんだ。調査班を編成するときも、聞き入れられ、人数を少なくされた。が、今回はウェイン・ボルクの言葉は無視され、殺人未遂で独房へ連行されていった。その際に「誤解だ。嵌められたんだ」と喚き散らすも完全に無視された。

 

 リンディさん自身が俺から話を聞いた後、思い返すと不審な点がいくつもあったらしい。それで本局に問い合わせた結果、急遽ウェイン・ボルクの自宅に家宅捜査が実行された。

 すると出るわ出るわ。横領の書類、女性局員への脅迫行為、ロストロギアの横流し、質量兵器の密売、複数の犯罪組織との関与、非人道的な違法研究への援助、数え上げれば切りがない。それに関わったであろう複数の佐官、将官の名簿も発見された。それら全ての人物が本局の人間だった。というか、そんな重要なもんを文字に起こして保存しとくって間抜けすぎんだろ。保存しとくにしても自宅じゃなくてどっかの貸しロッカーの中とか考えられなかったのかよ。

 ま、それはいいとして。揉み消されそうになったらしいけど、俺が関わっていることで情報はレジアスのおっさんにも行き、首都防衛隊が動き高飛びされる前に捕縛に成功、御用となったらしい。幸い世間に知られることなく、裁判すらもないまま無人世界にある拘置所に移送された。それら全てがこの三日間で起きた出来事だ。行動が早すぎるよな、多分このシナリオは最初っから描かれていたものなんだろう。気に食わねぇ、犠牲も已む無し……ってか?それとも……。

 

 

「どうかしたのかね?」

 

 

 今日までの三日間を振り返っているとギルさんから声がかかり、意識を今へと戻される。

 

 

「あ……いや、何でもない、ちょっと考え事を。っと、もう物資搬入に戻るよ」

 

「もう少し話をしていってもいいんじゃない?」

 

「ロッテ、宏壱も忙しいんだから」

 

「ロッテは随分と宏壱君に懐いているようだな」

 

「なぁあっ!? と、ととと父様! 何を言って!?」

 

 

 急激に顔を赤くさせるロッテを、ニヤニヤしながら見るギルさんとアリア。仲良いな、この主従。

 

 

「俺は行くぞ~」

 

 

 米袋を再び担ぎ歩き出す。後ろから「この状況を何とかしてから行けー!」なんて聞こえたが無視だ無視。………まさか、これから数時間後にあんなこと(魔力弾の集中砲火)になるとは思いもよらない俺であった。

 

 

 

 

 

side~ギル~

 

 コツコツ靴を鳴らし、アースラ艦内でも一際人気が少なく空気の思い場所、独房に数人の武装隊員を連れて歩く。

 

 

「ここがウェイン・ボルクの収容されている部屋です」

 

 

 前を歩いていた案内役の青年が立ち止まり、私たちに向けそう告げる。

 

 

「ありがとう」

 

 

 青年にそう言い独房へと体を向ける。犯罪者にも当然階級は存在するもので、罪が重くなればこちらの対応もそれに応じて変わる。殺人とは最も重い罪として扱われる。それがたとえ未遂であろうとも変わらない。ウェイン・ボルク提督……今は元提督だったな。彼はその重い罪を犯そうとした。同情の余地はないが………「憐れだな」思わず声が出る。

 

 

「ギ、ギル・グレアム提督! なんとか言ってください! こ、ここの者たちが! 私を嵌めようと!」

 

 

 この男とは幾度か顔を会わせたことがあるが、今の男とは似ても似つかない。ストレスからか髪は抜け落ちて目の下には隈ができ、頬は痩せこけている。この三日でかなりの心労が溜まったらしい。

 喚めきたてる男を無視して懐から小型端末を取り出しモニターを開く。

 

 

「ウェイン・ボルク元提督、君には反管理局関与の容疑が掛けられている」

 

「………は?」

 

「君が報告したエルピオンの調査資料を見せてもらった。山口二等陸尉が調査したものとは違う結果だったようだな」

 

「な、なにを言ってるんです? そんなはずは」

 

「ふむ……では、照らし合わせてみよう」

 

 

 そう言って私はウェイン・ボルク元提督にも開いていたモニターとは別のモニターを彼の前に展開する。

 

 

「そこに君の報告書と山口二等陸尉が調査後、この三日の間で書き上げた報告書がある。違いを読み上げていこうか」

 

 

 モニターを見た男の表情が青ざめていくが気にせず続ける。

 

 

「山口二等陸尉の調査によれば現地での被害状況に違和感を覚えたそうだ。その違和感の正体は、魔法の有無だよ」

 

 

 一旦言葉を切り、男に向けていた視線をモニターに移し浅く深呼吸し言葉を続ける。

 

 

「銃痕はあり魔法の使用跡もあった。君の報告道理だ」

 

「な、なら! 合っているではありませんか!」

 

「だが、山口二等陸尉が覚えた違和感は辺りに漂う残留魔力だ」

 

「っ!? ざ、残留魔力? ば、バカな! 事件が発覚したのは一月前のはず! 残っているわけがない!」

 

 

 残留魔力とは魔導士が魔法を行使した際に残る魔力カス、謂わば我々生物が酸素を吸い吐き出される二酸化炭素のようなもの。二酸化炭素は調べたところで誰が吐いたものかなど分かりはしないが、残留魔力は違う。魔力にはそれぞれ波長があり魔導士一人ひとり違うものを持っている。リンディ君、宏壱君、アリア、ロッテ、クロノ、私、アースラに搭乗している武装隊の面々、そして目の前の男。全員が全員違う波長を持ち照合したとしても一致することはない。それは双子であるアリアとロッテもそうで彼女達の主である私とも似た部分はあれど完全に一致することはない。もっと言えば残留魔力が一月その場に残り続けるということはない。たとえあったとしても微々たるもので、人が感知することはほぼ不可能と言っていい。が、彼はそれを感じとり自らのデバイスに照合させた。これだけでもあり得ない話だが。

 

 

「彼のデバイスは優秀だ。通常、魔力照合を行うにはそれなりの設備が必要で、その時その場で照合出来はしないし時間もかかる。しかし、彼のデバイスそれをやってみせた。凄まじい演算能力に処理能力、思考領域と言える」

 

 

 アリア、ロッテ、リンディ君、彼女らは口を揃えてこう言う『主が主ならデバイスもデバイスだ』と。アリア曰く魔力の循環効率が異常、ロッテ曰く身体能力があり得ない、リンディ君曰く頭の回転の早さがバグ、三人が口を揃えて言うのは達観しすぎ。ロッテはハッキリものを言う性格だ、聞いたことがあるらしい「なぜ其処までの力を手に入れたのか?」と、「色々あったんだ」宏壱君の解答はこんなもので詳しい説明もなかったそうだが、「戦場を駆け抜けた老人のようだった」とはそれを聞いたアリアの談だ。君はたった七年で何を経験してきたんだ……。

 

 

「そ、それが何だと言うんですか? たとえそれが」

 

 

 意識を遠いどこかへ飛ばしていると、目の前の男から声がかかる。その声は若干震えていた。もう私が何を言いたいのか見当が付いているんだろう。

 

 

「よく資料を見たまえ、その残留魔力は全て同じ波長を示している。しかも驚くことに管理局に同一の波長を持った魔導士が存在したんだ」

 

 

 端から見ても分かるほどに、青かった顔色が白と言っても過言ではないほどに血の気が引いていく。

 

 

「そう、君だよ。ウェイン・ボルク元提督」

 

「わ、私が管理局を裏切るわけがないでしょう! 調べていただければ分かります! 私がどれだけ、どれだけ管理局に尽くしてきたか!」

 

「ああ、調べたとも」

 

「な、なら!」

 

「犯罪者をでっち上げ無実の罪で捕らえられた者たちがいる」

 

 

 この男は自らが上に昇るために無実の者を、限り無く黒に近いものよく調べれば白に変わるような者たちを捕らえてきた。犯人が見つからず事件が難航したとき、無関係な人間をつれてきてあたかも犯人であるかのように書類をでっち上げ、拒否しようとすれば家族を引き合いにだし黙らせ認めさせる。今まで発覚しなかったのはこの男を庇護していた数人の将官たちによる働きだ。賄賂をこの男から送られ、引き受けた。それをデータ、紙にすることで証拠を残し脅して二度三度と繰り返させる。一度受けてしまえばやめることはできない。面倒なことは上に任せ自分は犯人をでっち上げる………卑劣な手段をとる男だ。今回はそれが仇になったわけだが。

 

 

「そ、そうだ! あのガキが、あのガキが私を嵌めたんだ!」

 

「それは、山口二等陸尉のことを言っているのかね?」

 

 

 山口宏壱二等陸尉一年前に行われた飛び級試験の合格者、リーゼの弟子でもある。リーゼから話は聞いていた。特にロッテが彼に懐いているようで、よく話を聞かされる。少し話しただけだが彼には妙なカリスマがある。人を引き付ける力、上に立つ者の絶対的な力を。そんな彼がこんな小物を蹴落とすために態々時間を割くか? 否だ。あり得ない、歯牙にかけてすらいない。

 

 

「もう御託はいい。ウェイン・ボルクを連行する。連れてきてくれ」

 

「「「「はっ!」」」」

 

 

 バインドをかけられ独房から出されたウェイン・ボルクは喚き無駄な抵抗をするが関係ないとばかりに引きずられていく。その後を追いながら彼の持っていたデータを開く。これは現地で発見された紙を彼がデバイスに記録したものだ。

 

 

「日時、時間、事件発覚の二日前、読み取れたのは差出人と最初の数行だけ……か」

 

 

 その紙に書かれた名前はウェイン・ボルク。数時間後に到着する者達を匿ってやってほしいとの旨が書かれている。そして事件は起こった。ならば誰が彼らを殺したのか? 何故ウェイン・ボルクは魔法を行使しあたかも激戦が行われたかのように偽装したのか? そうする必要があったからだ。彼らは殆ど抵抗できずに殺された。どれだけの規模を抱え込んだのかは分からないが、十人は下らないはずだ。それにエルピオン、特に彼らの一族は非常に管理局に友好的で『管理局』と相手が名乗り尚且つそれを証明できてしまったのなら、彼らは快く受け入れるだろう。強力な魔導士を輩出する彼らは、五十人弱の一族で形成されていた。入り込んだ二十人ほどの者たちが、寝静まった隙を狙えば油断し、信用しきった彼らを殺すことは容易いだろう。これら全ては宏壱君がリンディ君に語った推理だ。あくまで憶測だと彼は言ったらしいがあながち外れでもないと私もリンディ君もそう思っている。

 

 リンディ君に再度リーゼ達、二人をよろしく言った後私は輸送艦へ戻り次物資搬入地点に向かうため、アースラを離れていくのだった。

 

side out




ウェイン・ボルク退場のお知らせ……。

彼はなかなかにゲスだったようですね。彼の使った催眠が何故こんなに簡単に解けたのかは次回説明することになると思います。

このエルピオン大量虐殺編も大詰めかな?そんなに長くやってもって感じですよね。知ってました?まだ原作のげの字も始まってないんですぜ?まだやりたいことも幾つかあるし、原作開始はもう少し………結構………かなり先になると思います。気ままに読んでいただければ幸いです。

ではでは、また次回にて。


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第十九鬼~赤鬼と催眠術~

前回前書きに書こうと思って忘れていたものを今回書いておきます。

修正点というか変更点ですね。

賊百万を相手にした→賊五万を相手にした
自分で読み返して多くね?って思ったんで変更しました。

所属ゼスト・グランガイツ直属部隊→所属一番隊
ゼスト・グランガイツ直属部隊?どこやねんって話ですよね。ゼスト隊って通称だと思うんですよ。そう思うと違和感が自分の中で生まれまして、それで、なんの捻りもないですけど、一番隊とさせていただきました。

長くなりましたけど、本編どうぞ。



side~宏壱~

 

「はぁ、また負けた」

 

「いやいや、こっちも危なかったって」

 

「ロッテの言う通りよ。この一年でほんとに強くなったよ、宏壱は」

 

 

 物資の搬入が終わりギルさんは次のポイントへ行った。が、この物資輸送を隠れ蓑にしてウェイン・ボルクの護送が本当の目的だ。リーゼは俺を鍛え直すってことで付いてきたらしい、名目上はリンディさんの応援要請だけどな。

 

 で、今は扱かれた後で休憩所の椅子に座ってクールダウンしてる最中って訳だ。

 

 

「これは負ける日も近いかなー」

 

「ホントだよねー、魔法なしじゃ二人がかりでも勝てないし」

 

 

 アリアの呟きにロッテも追従するようにそう言う。

 

 

「おいおい、まだ負ける気はない、とかそんな気概はないのかよ」

 

 

 俺が呆れて二人にそう言うと、二人は顔を見合わせて俺に向き直り一言。

 

 

「「ない」」

 

 

 ……一瞬体の力が全部抜けた。

 

 

「何でだよ」

 

 

 倒れそうになった体を既のところで支えてそう返す。

 

 

「そう言われてもねぇ」

 

「アンタの成長速度が異常なんだって」

 

「何が異常なのかしら?」

 

「「うにゃあ!?」」

 

 

 俺たちに忍び寄っていたリンディさんが声をかけてきた。その声に驚いてリーゼが飛び上がる。耳と尻尾がピンって逆立っためちゃくちゃかわいい反応だな。

 

 

「リ、リンディ驚かさないでよ」

 

「ビックリした~」

 

「ふふ、ごめんなさい♪」

 

 

 声が弾んでるな、リンディさん。

 

 

「それで、三人は何の話をしていたのかしら?」

 

 

 休憩所にある自販機でリンディ茶とかいう怪しげな飲み物を購入、ラベルには「激甘!」と書かれていた。

 

 

「う、美味いのか?」

 

「あら、美味しいわよ。飲んでみる?」

 

 

 ちょっとした興味本位だったんだけど……なんか、リンディさんの目がキラキラしてんだけど。リーゼは首を横に振りまくってる、止めとけってことか?

 

 

「じゃあ、ちょっとだけ」

 

「どうぞ」

 

 

 好奇心には勝てませんでした。グビッと飲んでみる………………………はっ。

 

 

「どうかしら?」

 

「………死んだお袋と親父が見えた」

 

「「え゛?」」

 

「そ、そう」

 

 

 うん、妹に蹴り返されたけどな。

 

 

「そ、それで三人は何の話をしていたの?」

 

(逃げた)

 

(逃げたね)

 

(無かったことにするつもりか)

 

 

 そう思っても掘り返すようなことはしない。また逝っちゃいそうだ。

 

 

「宏壱の成長速度が異常だって話」

 

「異常?」

 

「色々あるんだけど、一番は魔力量かな。一年前はAAAランクだったんだけど……」

 

「今じゃSランクだもんね」

 

「い、一年で?」

 

「そうなんだよねー」

 

「そんなことより、リンディさん何かあったのか?」

 

 

 何となく居心地が悪くなってきたから話題をそらす。

 

 

「どうして?」

 

「いや、雰囲気がな。進展でもあったか?」

 

「アリア、分かる?」

 

「……全然」

 

 

 リーゼがヒソヒソと話している。丸聞こえだけどな。

 

 

「ええ、後で皆を集めて言うけど、敵勢力の組織名の発覚と先遣隊がアジトを発見したのよ。進路はもうそっちに向いているわ。二日程かかる距離ね」

 

「やっと、か。やっぱりアイツがこっちの情報をリークしてたってことか?」

 

「それはお父様が聞き出してくれるわ」

 

「リンディたちもなんか怪しいことされたんだっけ?」

 

 

 あの程度の男なら簡単に口を割りそうだな。アリアの言葉にそんなことを考えていると、ロッテがリンディさんに聞く。

 

 

「ええ、催眠術の一種らしいわ」

 

「らしい?」

 

「宏壱君に言わせるとそうなるらしいわ」

 

「宏壱?」

 

 

 三人の視線が俺に集まる。

 

 

「ああ、昔似たようなことをしている奴がいたんだよ」

 

「昔って」

 

「まだ七歳でしょ。あんた」

 

「チャチャ入れんな」

 

「「痛っ!?」」

 

 

 指で空気を弾いてリーゼの額に当てる。俺が親父から引き継いだ体技『六式』のひとつ指銃の応用技、を使った。俺の持つ技の中でも威力が低く射程も短いせいで実戦には向かないけどな。

 

 

「……また妙な技を」

 

「うにゃー、赤くなってるよ」

 

「ホント、女の子にこんなことするなんて」

 

「六式、だっけ?」

 

 

 リーゼが涙目で額を押さえながらブーたれる。

 

 

「ろくしき?」

 

「ほら話それてんぞ。催眠術の話だろ」

 

 

 催眠術から六式に話がシフトし始め、それを修正するために柏手を二度打つ。後リンディさん、あんた本当に子持ちか? 首を傾げたのが妙にかわいいんだけど。しかも六式って意味が解んないから、文字に起こしたら絶対ひらがな表記だよな。

 

 

「そうね。そのろくしきは後で聞くとして、今は催眠術の話ね」

 

「ちょっと長くなるぞ?」

 

 

 そう言いながら自販機で無料の水を買い、またもとの位置へ戻る。

 

 

「ええ、お願い」

 

 

 確認の意味を込めてそう言うと、リンディさんは構わないと頷き、リーゼも同様に聞く態勢に入っていた。

 

 

「この話は昔の話だ。今から約二千年前の話」

 

「え?」

 

「に、二千年前?」

 

「それってどういう?」

 

「だから黙って聞けって、聞きたいことがあるんなら後で聞け」

 

 

 リーゼ、リンディさんは困惑顔だが、今は黙らせる。

 

 

「続けんぞ。………二千年前の話だ。俺の出身世界、第97管理外世界地球にある中華人民共和国という国、嘗ては漢と呼ばれた国だ。その国に黄巾党と呼ばれた勢力があった。漢の政治は腐っていて、貴族、豪族、官僚の連中は民を蔑ろにし横暴が続いた。無茶な高税の設定、人身売買に手を出す、族の放置、むしろ民を守る立場の人間が族の真似事をし民を苦しめる。これ等が積み重なりとある乱が引き起こされた。後に黄巾の乱と呼ばれる大事件だ」

 

 

 そこで言葉を切り、目の前にある水を飲み渇いた喉に潤いをあたえ言葉を続ける。

 

 

「黄巾党は黄色い布を体の一部に身に付けていることから付いた名だ。その黄巾党自体も元は唯の民が中心になってたんだけどな。そんで、彼らが掲げたのは民の平穏、普通に寝て、起きて、働いて、食事を取り、また眠る。そんな普通のことを彼らは望んだ。最初は百人程度の人数、それが何時しか千人、二千人と増えていった。増えるなかで彼らができることも増えた。最初の頃は村から村への移動の護衛、これを無償で民に行った。当然護衛するのは腕に覚えのある者、それなりに訓練を受けた者だった。賊が蔓延る世界だ、村や街から離れるのは危険を伴った。女は犯し殺す若しくは人買いに売る、男は身ぐるみ剥がされ殺される、子供なら労働力として売り飛ばされ奴隷となる。そんなことが罷り通る時代だった。でも、それは民だけだったんだよ。貴族、豪族、官僚、そして皇帝。国の上のやつらは豪遊三昧だった。民は逆らうこともできない、逆らえば自分達が生活できなくなる。そんな鬱憤が溜まり、爆発したのが黄巾党だ」

 

「その話と催眠術の話、どう繋がるのかしら?」

 

「これから繋がっていくんだよ。ええっとどこまで話したっけ………ああ、そうそう。爆発したってとこだな。さっきも言った通り黄巾党が当初行ったのは、民が村から村へ行き来しやすいように護衛することだった。でも、人数が増え出来ることも増えた。そうなると人は気が大きくなる。『赤信号、皆で渡れば怖くない理論』だな。それで黄巾党は賊から民を守るだけでなく民を苦しめる一端となっている貴族、豪族を襲い始めた。彼らの住む家を襲い、護衛を引き連れ街道を行く者を襲う。そして金品を奪い民に分け与える義賊になった。が、一人の男が参入してから黄巾党は黄巾賊へ成り下がった」

 

「黄巾賊?」

 

「そ、黄巾党と名乗っていた勢力は、その刃を無差別に彼方此方へ向けだした。標的は無辜の民、貴族、豪族、商人なんでもござれだ。そして賊が賊を呼び最大で二十万人、それだけの大きな規模に上り詰めた。当時は黄巾党と言えば民を守る義賊、それがいつの間にか民を恐怖に陥れる賊に成り下がった。何故か? さっきも言ったが一人の男が参入してからだ、そうなったのは」

 

「ひょっとして」

 

「アリアはもう解ったか?」

 

「なるほど、そいうことね」

 

「え? 何? どういうこと?」

 

「解ってないのはロッテだけみたいだな」

 

 

 アリア、リンディさんが理解したのを見てロッテは困惑顔だ。ここまでなんの話をしていたのか考えれば解るだろうに。アリアもリンディさんも呆れて溜め息吐いてるし。

 

 

「催眠術、なんでしょ?」

 

「え? あ、そっか!」

 

 

 リンディさんの言葉でやっと理解を示すロッテ。頭が悪い訳じゃなくて鈍いんだよな、こういうことに。一を聞いて十を知るってのは朱里とか菫、そういった天才ぐらいだろうけど、それでもここまで話して察せないってのはちょっと鈍すぎる気もするけどな。

 

 

「そういうことだ。その男の名は」

 

「ぎ、ぎるがめっしゅ?」

 

「……なんだか変わった名前ね」

 

「あたし、そんな名前つけられたら泣いちゃうよ」

 

 

 アリア、リンディさん、ロッテが順に感想を述べる。俺も同感だ。あの時代でそんな珍しい名前確実に迫害の的にされる。………そういえばアイツ一度だけ話をしたことがあるが英語使ってたよな。スムーズとかビジュアルとかルックスとかスピードとか、……異国の人間だったのかもな。

 

 

「思うことはあるだろうが、話進めんぞ」

 

「え、ええ」

 

「ご、ごめん。あんまり衝撃的な名前だったから」

 

「確かに、あんまり無いよね」

 

 

 次元世界においても珍しい名前なのか? メガーヌさんとかも大概だと思うけどな。

 

 

「今考えてること、口にしちゃダメよ?」

 

「は?」

 

「誰のことかは分からないけどダメよ?」

 

「お、おう」

 

 

 な、なんかアリアから妙な威圧感が………はっ!?これが覇王色の覇気!?

 

 

「どうしたの? 宏壱、顔すごく青いよ?」

 

「いや、何でもない、何でも。………それより話を戻そう」

 

 

 ロッテが声をかけてくれるが何でもないと伝え話を戻す。首を傾げるロッテを気にせず口を開く。

 

 

「んで、その義留我・滅執が使った催眠術に今回リンディさん達が甘掛かりとも言える状態が、その黄巾党達とのものに酷似してるんだよ」

 

「どういうこと?」

 

「文献に書いてあった話なんだけどな」

 

 

 そう前置きする。実際は俺自身が元黄巾党のやつに聞いた話だけどな。

 

 

「自分に疑いの感情を持たない人間を信用させる、感情を誘導するんだ。自分は信頼できる人間だ、信じるに足り得る存在だ、お前たちにとっては自分こそが正義だ、とな。方法は分からない。なにか特殊なことをしたのか。それともただ会話を重ね、向かい合っただけなのか。リンディさんは何かされたような感覚とかあったのか?」

 

「私は特に………そういえば」

 

「何かあるのか?」

 

 

 言葉を切って間を少し開けて、何かを思い出したように言うリンディさんに身を乗り出して聞く。

 

 

「何か甘い香りがしたのよ」

 

「香り? 香水とか?」

 

「お菓子じゃない? ケーキとかさ」

 

 

 アリアが香水だとあたりをつける。ロッテ? 頭の足りてない子は無視です。

 

 

「………なんか今、悪口言われた気が」

 

「(動物的勘か?)気のせいだ。その甘い香りってのはどういう状況でだ? アイツの部屋でか?」

 

「どうして私が彼の部屋に行くのよ。艦長室で話をしたりするときです」

 

 

 呆れたように言われてしまった。それなりに仲良く見えたんだけどな、どうやら見当違いだったらしい。

 

 

「じゃ、香水、か?………その香りを嗅いだときの気分は?」

 

「気分?………そうね、少しふわふわした感じかしら。何というか、頭がポーっとしてくるような心地いい感じね。彼の言葉が、すうーっと心に染みていくのよ。でも宏壱君の話を聞いたあと、甘さが抜けていく感じがしたわね」

 

「決まり、だな。たぶんそこで甘く掛かっていた催眠術が解けたんじゃないか? 黄巾党も義留我・滅執参入後、直ぐに賊に成り下がったわけでもないらしいからな。完璧に催眠術で洗脳するのに時間が掛かるんじゃないか?」

 

「洗脳って」

 

 

 俺の洗脳って言葉を聞いた三人が引きつった顔をする。一緒だろ? 所謂マインドコントロールってやつだ。

 

 

「実際のところかなり厄介なものだ。自分に疑いを持たない者には効果覿面だからな」

 

「そうね。宏壱君がいなかったら、私たちも内通者として操られていたのかもしれないわ」

 

「リンディが内通者?………うわぁ、最悪だよそれ」

 

「確かに、人望もあるし上役にも顔が利く………その香水使って催眠術かけられたら管理局終わっちゃうんじゃない?」

 

「ギルさんにリーゼ、確か三大提督にもパイプ持ってるんだっけ?」

 

「どうして貴方がそれを知っているのかしら?」

 

「俺にも独自の情報網があるもんで」

 

 

 当然呉刃の働きだけどな。情報は時に武器になる。情報を制するものは世界を制する、戦争も政治も覇権争いも、相手の弱味を握り弱点をつけば有利に進められる。まぁ、やり過ぎると手痛いしっぺ返しを食らうのも世の常だけどな。

 

 

「気にするだけ無駄よ、リンディ。宏壱には優秀な私兵がいるから、たぶん此処に来る前に軽く調べさせたのよ」

 

「私兵?……確か、レアスキルの欄に『蜀伝の書』でそれらしいものがあったわね」

 

「そうなんだよね~、しかも一人ひとりが何かしらに大きな才能があって、それだけで軍隊って感じなんだよ。絶対宏壱だけは敵に回したくない」

 

「同感ね」

 

 

 失礼な奴らだな、ホント。リンディさんが話についていけてないぞ。

 

 

「でもこう考えると結構ギリギリだったのね」

 

「あー、確かにヤバかったかもな」

 

「あたしらのお陰だね」

 

「ま、そうなるな。俺を此処に連れてきてくれてありがとう」

 

「え?あ、うん」

 

 

 感謝の意味を込めてロッテの頭を撫でる。椅子の上で膝立ちだけどな。

 

 

「うにゃ~」

 

「む~」

 

「あらあら」

 

 

  ロッテは目を細め、アリアはどこか不服そうで、リンディさんはあらあらと言いながらにこにこしている。

 

 

「アリア、おいで」

 

「……あ」

 

 

 ロッテの頭から手を離して椅子に座り直す。傍で名残惜しそうな声が聞こえたが気にせず、アリアに声をかけ手招きして自分の膝をポンポンと叩く。

 

 

〔にゃん♪〕

 

 

 猫モードになったアリアが嬉しそうに鳴き、俺の膝の上に乗って丸くなる。丸くなったアリアの背中をゆっくりと撫でる。次第にゴロゴロと喉をならしだすアリア。結構落ち着くらしい。

 

 

「ん? ロッテ?」

 

 

 アリアを撫でている手と反対の手に、猫モードになったロッテが猫パンチを繰り出していた。爪立ててないし、肉球がぷにぷにして気持ち良いだけだけどな。

 

 

「ほらアリア、ちょっと詰めてくれ」

 

〔仕方ないわね〕

 

 

 大きく俺の膝の上を占領していたアリアに移動してスペースをつくってもらう。猫が人語を喋るのってどうなってんだろうな? 声帯的に発音できないらしいけど……魔法の神秘か。

 

 

「宏壱君は人気者ね」

 

「まぁ、俺自身動物は好きだからな。たまにリーゼに猫になってもらって撫でさせてもらってるんだ」

 

「そう」

 

 

 俺の膝の上で気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らす二人に、ホッコリしながらリンディさんにそう言う。

 

 

「そういえば、連中の組織名ってなんだ?」

 

 

 催眠術の話をする前にそんなことを言っていたのを思い出しリンディさんに聞く。

 

 

「そういえば言ってなかったわね。彼らは『黄金の騎士団』と名乗っているわ」

 

「『黄金の騎士団』? おいおい、アイツらあれで騎士気取りかよ」

 

「言いたいことは分かるけど、そういう名前なんですもの」

 

 

 そう言って苦笑するリンディさん。俺はリーゼを撫でる手を休めず心の中で胸くそ悪さが広がるのを感じていた。

 

 

「どう考えても騎士なんて崇高な目的があるようには思えねぇな」

 

「同感ね」

 

 

 リンディさんは一言そう言って椅子から立ち上がる。

 

 

「十分後にブリッジに来てね。そこで今回の作戦の説明を行うわ」

 

「了解」

 

 

 立ち去るリンディさんの背中を見送り、リーゼを膝から下ろす。

 

 

「さて、もう終いだ」

 

〔え~〕

 

〔もうちょっと時間あるし良いでしょ?〕

 

「これ以上続けると寝るだろ、お前ら」

 

 

 ブーたれるリーゼに取り合わず椅子から腰を上げて休憩室を出てブリッジへと足を向ける。

 

 

「ケチ」

 

「変態」

 

「鬼」

 

「悪魔」

 

「鬼畜」

 

「ロリコン」

 

「マザコン」

 

「だーっ! うるせぇ! 何なんだお前ら! さっきから、人を鬼だの悪魔だの! 今回の任務が終わったらたっぷり撫でてやっから大人しくしてろ!」

 

 

 休憩室を出て追いかけてきて横に並んだアリア、ロッテが交互に口に出す悪口に我慢できずそう怒鳴る。

 

 

「「~~♪」」

 

「ったく」

 

 

 その後、リンディさんが言った通りブリッジに武装隊の招集がかかり、任務内容が伝えられた。敵組織への武装解除及び降状勧告、敵対の意思を相手が示す、或はそういった行動を見せた場合現場の判断で実力行使で捕縛、質量兵器の押収を行うことが伝えられ突入部隊長はアリアに決まった。

 

 

 

 

 二日後……。

 

 今俺の前にはアリアが立っていて横にロッテが並び、俺たちの後ろに十人の武装隊が列を作って並んでいた。

 

「よし、じゃあ皆気を引き締めていくわよ。相手には魔法が効きづらいことが分かっているわ。何かしらの方法で魔法のダメージが軽減され効果が薄くなることが分かっているの。油断せず、注意していきましょう」

 

「おう」

 

「うん」

 

 

 アリアの言葉に返事をしたのは俺とロッテだけだった。魔法が効かない、その言葉に緊張しているのが分かる。自分達の攻撃が通用しないかもしれない。そんな考えが浮かんでいるんだろう。

 

 殺すわけにはいかない、私たちは殺し屋じゃないんだ、あくまで逮捕する。アリアが言葉をそう続け踵を返し俺達に背を向け声を張り上げ、目の前の三階建ての屋敷に降状を呼び掛ける。

 

 

「テロ組織『黄金の騎士団』に告げる! 今すぐ武装解除し投降しなさい! 武装解除しない場合抵抗の意思ありと見なし武力行使します! 痛い目をm――パァン!――っ!?」

 

 

 屋敷のひとつの窓が開きアリアに向けて一発の銃弾が放たれた。

 

 

「剃! 部分鉄塊・腕!」

 

 

 剃でアリアの前に飛び出し、腕だけに鉄塊を発動して銃弾を受け止める。

 

 

「刃」

 

〈御意〉

 

 

 刃を展開し戦闘態勢に入る。

 

 

「……ありがとう、宏壱」

 

 

 アリアは一度俺の頭を撫で再度声を張り上げる。

 

 

「戦闘態勢に移行! 残らず捕縛しなさい!」

 

「おう!」

 

「うん!」

 

「「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」」

 

 

 俺は先陣として駆け出し――ドガアァァン!!――屋敷の壁を突き破って内部へ侵入した。

 

 エルピオンから始まる事件は今終局を迎えていた。いや、俺たちが終わらせる。糞の足しにもならねぇカス共を捕まえてなぁ!!

 

 




何時ものことを考えれば少し遅くなりました。

自分の中でその週の内に一話投稿っていうのを決めていまして、早めに書き上げて次の週のを書き出す。って感じなんですけど……今週はなかなか時間が取れないですねぇ。毎年GWが近づくと忙しくなるんで仕方ないですけどね。

自分の事情はどうでもいいとして……もう二、三回くらい『黄金の騎士団』との戦闘をやりたかったんですけど、そうなると長くなりすぎる気がしたんで今回を最初で最後の戦闘とさせていただきます。

さて『黄金の騎士団』については名前の由来とかなんもないです。敵のトップがアレなんで中二病的な名前で考えてたんですけど、これが案外思い浮かばなくてこんな安易な名前になってしまいました。

では、長話もこの辺で……また次回お会いしましょう。ではでは。


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第二十鬼~赤鬼と突入と怪物~

side~宏壱~

 

 壁を突き破り屋内へ侵入した俺の視界は立ち込める土煙に塞がれている。が、気配を読むことは可能で、この舞う土煙りの中に四人の敵意を持つ人間の気配があるのが分かる。そこまで感知して上体を少し後ろに反らす――バンバンバン――三度光が瞬き銃声が響く。一瞬前まで俺の頭があったところを三発の銃弾が通っていく。それを見送ることなく銃声のした方へ足を踏み出し一足で距離を詰め、銃を構えていた男の腹に左拳を深くめり込ませる。

 

 

「ぐげっ!?」

 

 

 蛙の潰れたような声をあげ吹き飛んでいく男の姿を視界の端に捉えつつ、その横にいた別の男が反応するよりも早く左足で跳び体を捻り右足を延髄に叩き込み沈め、魔力弾を左手の人差し指と中指に形成して銃を構え撃とうとしていた二人の男に向けて……。

 

 

「ブレイク ショット」

 

 

 放つ。放たれた魔力弾はそれぞれの肩を直撃するも効き目は薄くダメージは無いだろう。が、それでも衝撃はそれなりにあるようで強制的に上体を後ろに反らさせられる。

 

ゴッ!!

 

 上体を戻そうとした一人の男の顔面に跳び膝蹴りをかまし、倒れ行く男を踏み台にして跳び空中で前宙して、反応できなかった最後の一人に踵落としを極める。土煙りが晴れ、俺が突っ込んで出来た穴とコンクリート片、気絶し倒れている四人の男の姿がはっきりと見えた。

 

 

「グラヴィティ バインド」

 

 

 気絶している四人の男にグラヴィティバインド(宏壱の持つレアスキル『重力操作』をリングバインドの術式に編み込んだバインドで、リングバインドそのものを物理的に重くする能力が付与されている{当然空中に固定せず自由落下するように設定されている}。因みに通常は100kg程度だが最小10kg~最大1000kg迄の操作が可能である)を掛けソイツらをそのまま放置しコンクリートで出来た通路を歩く。

 

 

「外からは木造に見えてたんだけどな」

 

〈幻術、でしょうか?〉

 

「そんなもんだろ」

 

 

 屋敷の中は四方をコンクリートで固められ、幅は大の男が五、六人横に並んで歩いても余裕があり、天井は3mはあるだろう。明かに外観と内部の構造が一致しない。実際はビルのような建物じゃないかと思う。

 

 

「外は固めたか?」

 

〈そのようです〉

 

 

 突入するのは俺、アリア、ロッテ、他十人の武装隊の面々だ。アリア、ロッテにそれぞれ五人ずつ付き、俺が一人で行動することが簡単なミーティングで決められていた。そして、外詰めとしてもう十人の武装隊が当たることになっている。猫の子一匹逃さないようにな。

 

 

〈前方30m先の曲がり角から複数の生命反応の接近を確認しました。……数は七つどれも殺意を持ってますね〉

 

 

 暫く何事もなく歩いているとネックレスの状態で俺の首にぶら下がっている刃からそんな報告が来る。特に慌てたようすもなく、ただの確認、本当にそれだけの意味で言ったんだろう。因みにバリアジャケット呑み展開し刃は展開していない、

 

 

「はぁ、面倒くせぇな」

 

 

 そう呟き俺はその場に立ち止まり、右腕を前に付きだし親指を捲き込むように握り拳を作り人差し指で親指を押さえる。親指の上に魔力を集中させ圧縮し氷結変換する。周囲の温度がどんどん下がっていきコンクリートの通路に霜が下りていく。

 

 

〈主?彼等に魔法は〉

 

「効かないってんだろ?」

 

〈……はい〉

 

「ダメージは無いだろうな……でも」

 

 

 喋っている間に曲がり角から七人の男が姿を見せた。

 

 

「氷神槍・七指弾(しちしだん)!」

 

 

 押さえていた親指を七回弾き、圧縮されていた魔力の塊が撃ち出されボールペンほどの大きさの氷の槍へと形を変えていく。『氷神槍・指弾』、氷神槍をボールペンほどのサイズにした魔力弾で、指で弾くことで発射する連射性の高い魔力弾だ。ただ、射程に難があり遠ければ遠いほど威力は落ち、下手をするとターゲットに届くまでに消滅してしまう。が、逆に近ければ近いほど威力は跳ね上がる。それは標準の氷神槍(第八鬼~試験開始~、参照)にも引けをとらない。

 

 小さな七つの深紅の氷の槍は通路を突き進み七人の男に直撃する。普通ならなんの効果もなく奴等は銃を乱射できるんだろうが、生憎ソイツには物体を凍結させる能力がある。魔力ダメージが通らないのなら……。

 

 

〈凍結させればいい……ということですか〉

 

「ま、そういうことだな。AMFの類いじゃないのならこういう付属効果は十分通る筈だ、ってな」

 

 

 俺の前方には七つの深紅の氷のオブジェがあり、その氷の中に銃を構えたまま閉じ込められた男達がいた。別に死んだわけじゃない、所謂仮死状態にしただけ、急激な温度の低下による強制的に睡眠を促しただけだ。これが魔導師ならバリアジャケットで防護され完璧な仮死状態に至らすことも出来ず内側から破られるのが落ちだ。が、今回は魔導師でもない生身の人間に使ったんだ、抵抗する術はない……はずなんだけどなぁ。

 

 

〈………ヒビが入りましたね〉

 

「………入ったなぁ」

 

 

 目の前にある一つの氷のオブジェにヒビが入り始めた。

 

 

〔グガアァァァ!!!〕

 

 

 封印とも言える氷を破り出てきたのは人……ではなく体長2mほどの怪物だった。筋肉が異常発達し大きく盛り上がり血管が浮き出ている。顔は腫れ上がり歪な形をしていて目は白眼になり口をだらしなく開け涎と舌を垂らしている。明かに正気じゃない、理性がなく人語も喋れずただの獣に堕ちた何かだった。

 

 

〈……これは、いったい?〉

 

「分からねぇな。何かの薬か、実験でもされたのか……」

 

 

 考えてても仕方ない、か。こっちに向かってくるなら対処する。場合によっては……殺すことも視野に入れねぇとな。

 

 

〔グギアァァァ!!〕

 

 

 コンクリートの床を踏み砕きながら突進してくる。

 

 

「おっと」

 

 

 それをサイドステップで躱し、通り過ぎる瞬間に足を引っ掻ける。勢いがあったためか二転三転と転がっていく。怪物はすぐさま起き上がり再び突進してくる。

 

 

「バカの一つ覚えみたいに」

 

 

 知性の欠片もない力任せの突進に辟易しそう呟き腰を落とし構える。

 

 

「せあっ!」

 

 

 目の前まで来た怪物の腹に右正拳突きを放つ!

 硬い筋肉を砕く勢いで打った拳は腹部に深くめり込む――ゴッ!――

 

 

「があっ!!」

 

〈主!?〉

 

 

 突然の横から衝撃を受け俺の体は壁を突き破りその先にあったタンスにぶち当たる。

 

 

「ぐっ、なん、だ?」

 

 

 破片を押し退け体を起こす。

 

 

〔グウゥゥ、ガアッ!!〕

 

 

 怪物は俺が通った穴を抜け突っ込んでくる。

 

 

「クソがっ!!」

 

 

 横に転がって躱し起き上がり様に走る。怪物は俺の後を追いかけてくる。

 

 

「うらぁっ!!」

 

 

 駆けていた足を曲げブレーキを掛け、バネのように返ってきた反動に乗り跳ぶ、突っ込んでくる怪物の首筋を全力で蹴り飛ばす!

 ゴギッと明かに骨の折れた音と足に伝わる感触で仕留めた!と確信する、が。

 

 

〔ギヒヒヒ〕

 

「な、に?」

 

 

 怪人の強靭な筋肉が、折れた骨を支えているのか!?

 

 

〔ギハァ!!〕

 

「ぐっ、がはぁ!!」

 

 

 怪人の首筋にぶつけた足を掴まれ天井に叩きつけられそのまま天井を突き破り、上の階へと放り出される。

 

 

「……糞ったれが!」

 

〈主!?御無事ですか!〉

 

「何とかな」

 

 

 刃が心配して声を掛けてくるが、問題ないと返す。実際強がりとかそういうものではなく本当に大したことはない。バリアジャケットの恩恵と言えるのか、衝撃で肺の中の空気が出て咽せはしたもののダメージは皆無と言っていい。

 

 

「取り合えずここから離れるぞ」

 

〈御意〉

 

 

 息を調え体を起こしそう言う。一度態勢を立て直す必要がある。流れは向こうにあるし、こっちの戦闘音を聞きつけ、アリアかロッテどちらかが駆けつける可能性がある。二人ならともかく他の武装隊の連中じゃどうしようもないだろうしな。

 その場を離れ息を殺して物陰に身を隠し見聞色の覇気を全開にする。と、建物の全容が見えてくる。凡そ七階建てのビルで今俺がいるのは五階らしい、アリアは……三階で交戦中、動きの悪いのが二人、負傷したか?

 ロッテは……これは地中? 地下があるのか? 取り合えずロッテに連絡を取るか。

 

 

「ロッテ、聞こえるか?」

 

[宏壱?……どうしたの?]

 

「ちょっと伝えたいことがあってな、今大丈夫そうか?」

 

[え? うん、大丈夫だけど]

 

 

 怪物の位置を気にしながら小型通信端末でロッテに通信を繋げる。刃にも当然通信機能はあるが、相手に繋がるのに少しタイムラグがある。その点こいつはタイムラグが存在せず直ぐに相手に繋がる。通信距離も短いし、相手側が同じ端末を持ってないと意味無いけどな。

 

 

「ちょっと問題が起きた」

 

[問題?]

 

「ああ、実は――」

 

 

 そう切り出し事の経緯を簡単に伝える。

 

 

[怪物、か。それって宏壱が勝てないほどなの?]

 

「いや、グロウを使えばどうとでもできるし、今の状態でも手段さえ選ばなければなんとでもなる」

 

[それって、まさか]

 

 

 俺の言わんとすることが分かったんだろう。ロッテの表情が戸惑いと困惑に染まる。

 

 

「アレを放置はできんだろ?」

 

[宏壱が言うほどなら、そうかもだけど]

 

 

 ま、心配してくれるのは嬉しいけどな。俺が自分の家族の仇を殺したってのは、アリアにもロッテにも言ってるしな。

 

 

「来たな。切るぞ、アリアへの連絡は頼んだ」

 

[………うん、気を付けてね]

 

 

「おう」とだけ返し通信を切る。

 

 

 

 

 

 side~ロッテ~

 

 宏壱との通信が切れる。

 

 

「大丈夫、だよね?」

 

「心配、ですか?」

 

 

 後ろを付いてきていた子がそう声をかけてくる。あたし達は今散策中に見つけた地下への階段を下りて、その先にあった通路を進んでいる。四方はセメントで固められ、地上の建物の通路より細く二人並んで歩くのがやっとってところ。今のところ一本道で、特に迷うようなこともなく進んでいるけれど、ここは敵地、油断はできない。

 

 

「騎士を名乗るクセに人体実験をしているのか!!」

 

 

 憤り、その感情がぴったり来る声が後ろから聞こえた。声に出さないだけであたしも同じ気持ちだ。

 

 

「気にしてても仕方ないし、あたし達はやることをやるだけだ」

 

「「「「「はっ!」」」」」

 

 

 アリアに宏壱の話を伝えて通路を進む。一本道の通路、地上よりも広く天井も高い。その通路を進んで行くと、前方に大きなドアが見えた。

 

 

「この先に何があるのか分からないけど、油断だけはしないで」

 

 

 あたしの言葉に五人が無言で頷く。

 

 

「行こう」

 

 

 ドアの前に立つと、自動で両側に開いていき暗い部屋の中に明かりが点る。照らし出された部屋の中は白いタイルで覆われた広大な真っ白な空間、その空間を埋めるほどの無数の生体ポット、規則的に等間隔に列べられ中には緑色の液体と……人?

 右腕だけが大きく他は平均的な大人の男、上半身は人で下半身はトカゲの女、額に三つの目がある子供、腕がカマキリのカマのようになっている男、形は様々だけど……。

 

 

「ロッテさん、これ!」

 

 

 側にあった端末をいじり情報を見ていた武装隊の一人があたしを呼ぶ。

 

 

「何か見つかった?」

 

「これです」

 

 

 彼が見せてくれたものはこの生体ポットに入れられた人達の情報、だと思う。出身世界、名前、年齢、血液型、リンカーコアの有無、何時攫ってきたか、etcetc...。

 

 

「腐ってる!」

 

 

 ――ガン!――と端末に拳を振り下ろす。

 これが、こんなことがコイツらの! 管理局の転覆も! 魔法を使えない人のための世界も! 全部、全部でたらめだった! こいつらに騎士道なんてない!

 

 

「ようこそ管理局の犬諸君、我が城へ」

 

「っ!?」

 

 

 この広大な空間にあたしたち以外の声が響く。あたしは突然の声に驚き、顔をそちらへ向ける。そこにいたのは四十歳ほどの白衣を着た男。男の目にはこちらを見下すような色が見えた。

 

 

「あんた何者?」

 

 

 あたしは目の前の男を警戒しながら聞く。大したものはないと思うけど少しでも情報が欲しい。

 

 

「管理局の犬に答える義理などない、が……今日は気分が良い、特別に答えてやろう」

 

 

 いちいち癇に障る仕草をしながら男は言う。

 

 

「私の名はポーク・サーロンだ。主に生物学を専攻している」

 

「見れば分かる。随分と趣味が悪いんじゃない?」

 

「これは失敬。それほど知能が高いようには見えなかったのでな」

 

「ふん」

 

 

 バカにされているのは分かる。でも名前は聞き出せた、順調……とは言えないかな。嫌な予感がする。宏壱はあたしたちの気配を読んで背後からの攻撃も躱す。そしてあたしとアリアはそんな宏壱に感化されて、第六感とも言えるものを会得した。この力を身に付けて命を救われた場面は幾つもある。危機察知能力、宏壱はそう呼んだ。その危機察知能力が逃げろって騒いでる。

 

――ニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロ!!! コノシタニハ、キョウフガイル!!!! カナワナイ、カナワナイ、カナワナイ、シヌ、シヌ、シヌ、シヌ――

 

 この部屋に入ってからずっと頭の中で騒ぎ続けている。あたしの本能が逃げろと、ここにいては死んでしまうと。それが強さを増していく。

 

 

「こんなことして、お前は、お前達は何がしたいんだ!」

 

 

 怒声を発することで虚勢を張り、萎縮しないように体の震えを押さえる。

 

 

「私とあの男を一緒にしないでもらいたい」

 

「(あの男……この組織のリーダーのことか?)じゃあお前の目的はなんだ!」

 

「ふむ、これから死に行く諸君には関係のないことだが……話しても構わんか」

 

 

 少し考える仕草をして結論が出たのか男は語りだす。

 

 

「私の目標は究極生命体を作ることだ」

 

「究極生命体?」

 

「そう! 究極生命体だ! 強靭な肉体! 明晰な頭脳! 不屈の精神! 存在するだけで世界に恐怖を与える存在感! それらすべてを兼ね備えた生物を作る。それが私の使命だ!」

 

 

 そう言って男、ポーク・サーロンは指をパチンと鳴らす。するとこの空間にあるにある全ての生体ポットが地面へと沈んでいき、ポーク・サーロンの後ろから沈んでいく生体ポットの一回り大きい生体ポットが迫り上がってくる。その中にいたのは……。

 

 

「……ドラ、ゴン……?」

 

 

 誰が呟いたのか、大きくもないその言葉がこの広い空間に妙に響いた。




ちょっと中途半端かな?とも思いますがここで切らせていただきます。

では、また次回会いましょう。


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第二十一鬼~猫娘とリザードマン~

side~ロッテ~

 

 トカゲのような顔、筋肉で盛り上がった肩と腕、それを覆う硬質そうな鱗、三本の指に長く伸びた爪は鋭い。身長は2m程でお尻からは尻尾が見えている。その上半身を支える足は丸太のように太い、なんて言葉がしっくり来るほどのもの。そんな生き物が生体ポットの中に入れられていた。

 

 

「素晴らしいだろう? とある世界では、ドラゴンが力と恐怖の象徴であるとされている世界があるらしい」

 

 

 ドラゴンを人型にしたような生物、確か『リザードマン』……そんな名前だったはず。父様や宏壱の出身世界、地球の空想上の生物で物語によく登場する魔物。ポーク・サーロンは嬉しそうに、我が子を自慢するようにそう語る。

 

 

「ドラゴンのような力、ドラゴンのような生命力、ドラゴンのような鋼の剣を跳ね返すほどの固い鱗、そして肉眼では捉えきれないほどの速度を出す足。何れをとっても諸君では敵うまい!」

 

 

 ポーク・サーロンは大きく腕を開き叫ぶ。それに反応したのか、リザードマンは閉じていた瞼を開けポーク・サーロンを見る。

 

 

「……さて、諸君には彼の相手をしてもらおうか。まだ、試作段階だが、諸君を相手にすることなど造作もないだろう」

 

 

 そうポーク・サーロンが言うと、リザードマンが内側から生体ポットのガラス面に手を触れて押す――カシャァァァン!!――ガラス片が飛び散りポットの中に入っていた緑色の液体が辺りを濡らす。

 

 

「っ!? この!」

 

 

 我に返り魔力弾を放つ!

 

 真っ直ぐ飛んでいく魔力弾は狙い違わずリザードマンの顔面へ吸い込まれ……。

 

 

〔グラアアアアア!!〕

 

 

 リザードマンの咆哮で逸れて後ろの地面に着弾した。

 

 

「っ!? 逸れた!? 何で!?」

 

「くっくっくっく、無駄だ。知っているだろう? 我々の駒に魔法ダメージが通らないということを。試作とはいえ、私の持てる技術の随意を注ぎ込んだのだ。魔法を逸らすことなど容易い」

 

 

 ポーク・サーロンが言ったようにここに来るまでにあたしたちも幾度か戦闘をしたけど、幸いあたしはクロスレンジを得意にしているし、他の武装隊の面々のサポートもあってなんとか負傷者を出さずにここまで来れた。

 

 

「さてお喋りはもういいだろう?……L-001管理局の犬共を殺せっ!」

 

 

 L-001……おそらくあのリザードマンの識別ナンバーだろう。リザードマンはポーク・サーロンの命令を聞かずその場を動く気配がない。

 

 

「……何故動かん。私の声が聞こえていないのか?……L-001もう一度言う、管理局の犬共を殺せ」

 

 

 ポーク・サーロンの再度の命令にもリザードマンは反応を見せることはない。

 

 

「何故だ!? 何故私の命令を聞かん!? L-001!今すぐに管理局の犬共を――ガブシュッ!!――ひぎぃぃぃっ!? 腕!? わ、私の腕があああああ!!!?」

 

「なっ!?」

 

〔――ムシャムシャ、バリバリ――〕

 

 

 あたし達は言葉を失った。……リザードマンがポーク・サーロンの二の腕に噛みつき、そのまま噛みちぎり食べ始めたのだ。

 

 

「ひぎぃぃぃっ!!? ひぃぃっ!! い、いだいぃぃ!!」

 

 

 ポーク・サーロンは失った腕を抱え込みその場で踞る。あたし達は突然の出来事で動けずにいた。

 

 

[――プツッ――あー、あー、テス、テス、マイクテストー]

 

 

 この空間内にマイクのスイッチが入ったような音が響き、何処からか聞き覚えのない男の声が聞こえ出す。

 

 

「っ!? 何処から聞こえてるの……?」

 

「わ、分かりません!」

 

「ご、ごの゛ごえ゛ば」

 

 

 響く声にポーク・サーロンが反応を見せた。

 

 

[ぎはははは! 何て様だよポーク!]

 

「び、緋川(びがば)(ひかわ)、じょ、(じょう゛)(しょう)!! ご、ごれ゛ばどう゛い゛う゛ごどだ」

 

 

 びがば?この声の主かな?なんとなく名前の響きが宏壱と似てるから地球の日本出身だと思うけど……。

 

 

[どんな気分だよ? テメェで作った駒に腕喰い千切られるってのはよぉ、ええ?]

 

「な゛に゛ぼ、な゛に゛ぼじだぁ゛ぁ゛!!」

 

 

 何処からともなく聞こえる声の主がポーク・サーロンを嘲笑いながら聞けば、ポーク・サーロンは目を血走らせながら激昂したように声を発する。

 

 

[ちょっとばかし、ソイツに細工させてもらったのさ。俺の命令だけを聞くようにってな! ひゃはははは!!]

 

「ぞん゛な゛ごどがっ!!?」

 

[テメェには色々世話んなったぜ? モブ共を改造して魔力ダメージ通り難くしたり、痛覚遮断したりよぉ。そこには感謝してんだよ、いやマジで。でもよ、ソイツら使って俺様を殺そうとしたよなぁ? 甘ぇぜ、俺様が見破れないとでも思ったのかよ、間抜けぇっ! つーわけで、テメェは死んどきな!L-001、その雑種を殺せっ!!]

 

「よぜっ! L-001! ばだじのめいれいがっ!!」

 

〔グルルルルル――ガブシュッ!!ゴリュゴリュ!メキメキ!――〕

 

 

 ……リザードマンはポーク・サーロンの頭に噛り付きそのまま噛み砕き……咀嚼した。

 

 

「おえっ! おええぇぇぇ!!」

 

「む、酷いっ!」

 

「ひぃっ!」

 

 

 その光景を見たあたし達は吐く者、余りにもな事に目を背ける者、その二つの反応に分かれた。

 

 

[L-001、新しい命令だ! 男は殺せ!! 女は……俺様の性欲処理係だっ!! ひゃははははははは!!!!――プツッ――]

 

 

 通信の切れる音がした後、男の声は聞こえなくなった。

 

 

〔グルルルルル〕

 

「ロ、ロッテさん。ど、どうするんですか?」

 

「皆っ! 全速力で逃げて!! ここはあたしが時間を稼ぐからっ!!」

 

「でもっ!」

 

「いいからっ! ここにいられる方が邪魔!!」

 

「~~~っ! 必ず応援を呼んできます! それまで持ち堪えてください!!」

 

 

 あたしの怒声を聞いて納得がいかないようだったけど、一人が一言残して走り出すと、後に続くように他の武装隊の面々もこの空間から出ようと駆け出す。

 

 

〔グルアッ!〕

 

「やっ!」

 

 

 最後尾を走っていた青年に飛び掛かるリザードマンを飛び蹴りで蹴飛ばし距離を空けさせ、即座にリング バインドで拘束し、更にその上からチェーン バインドで簀巻きにする。……でも、それはものの一秒で破壊される。

 

 

〔グルルルルル〕

 

「これは……死んだ、かな?」

 

 

 冷や汗が頬を伝い、背筋が寒くなり、体中の体温が失われていく感覚。ここ最近では感じなかったもの。その名前は『恐怖』。お父様とアリア、三人で乗り越えてきたものが今顔を見せている。もちろん自分の命を諦めるつもりは毛頭ない、足掻いて足掻いてアリアと宏壱が来るまで持ち堪える。

 

 

〔グウァァアアア!!〕

 

 

 高速で接近するリザードマンに向けて魔力弾を五発放つ。が、全て逸れていく。

 

 

「……やっぱりダメ、か。ぐうっ!?」

 

 

 懐まで接近を許してしまい殴り飛ばされる。腕をクロスにしてガードしたけど……凄く痺れる。

 

 

「わっと!」

 

 

 空中で体を捻るとさっきまであたしの体のあったところをリザードマンの尻尾が貫くのが見えた。

 

 

「伸びた!?」

 

 

 リザードマンの位置はあたしを殴り飛ばした場所から動かず、尻尾が伸びていた。……っ!?

 

 

「か、はっ!!」

 

 

 リザードマンは伸ばした尻尾を縮めることなく横凪ぎに振るった。あたしは防ぐこともできず横っ腹に打ちつけられ吹き飛び、真っ白なタイルを破壊して二転三転と転がる。クルクルと回る視界の中で、リザードマンがこの空間の入り口に向かって駆け出すのが見えた。

 

 

「……行かせ、ないっ!」

 

 

 あたしの左掌にミッド式の魔法陣が浮かびチェーンが飛び出す。タイミングを計りリザードマンの足に絡めて引く、一瞬体が浮き上がる。即座に体勢を立て直そうと浮き上がった足をタイルにつけ――る前に右手でチェーンを掴む。

 

 

「だらぁぁああ!!」

 

 

 あたしの回転はまだ止まってない。その回転にヤツを巻き、込む!!

 

 

〔グルアッ!〕

 

 

 チェーンの長さにより生まれた遠心力でリザードマンの体は簡単に浮き上がる。タイミングを計りチェーンを消すと、リザードマンは天井に叩きつけられた。

 

 

「……っと」

 

 

 体勢を立て直し着地する。

 

 

「……っつぅ~!」

 

 

 尻尾で打たれた部分を押さえる。骨は……折れてない。大丈夫まだ戦える。天井を見上げ、四つん這いになり天井に張り付きあたしを睨むリザードマンを見ながら、全身に魔力を浸透させていく。

 

 

「力も、速さも、タフさも向こうが上。だけどアイツはあたしを殺せない」

 

 

 さっき響いた声、その男の命令でヤツはあたしを殺すことを禁じられてる。虫酸が走るけどそこには感謝しないとね。ぐっ、と両拳を握り締め、張り付いていた天井から下りたリザードマンに向けて駆け出す。

 

 

〔グルアアアァァァ!!〕

 

「はぁあっ!!」

 

 

 再び伸ばされた尻尾を跳んで躱し、そのまま飛行魔法で加速をつけ、リザードマンの首に蹴りを叩き込む!

 

 

〔グルルルルルッ〕

 

「ぐ、あっ!」

 

 

 硬い!予想以上にリザードマンの鱗が硬い!足が痺れて……っ!?

 

 

〔ギシャァアア!〕

 

「ごふっ!!」

 

 

 あたしのお腹にリザードマンの拳がめり込む。咄嗟に張った障壁も易々と破られ吹き飛ばされた。

 

 

「がっ!」

 

 

 視界が霞む。かなりの距離を飛ばされたみたいで壁に叩きつけられた。

 

 

「づ、あっ、く」

 

 

 声がでない。良いところに入ったみたい。……体中が痺れてる。

 

 

〔グルルルルル〕

 

 

 唸り声が近付いてくる。あたしの意識を刈りに来たのか、それとも……。

 

 

〔ギヒィ〕

 

 

 壁にへたり込み立ち上がることもできないあたしの前で止まる。

 

 

「ぐっ、く、そ」

 

 

 漸くハッキリと見えてきた視界に映ったのは、腕を高く振り上げその鋭い爪で、あたしを切り裂こうとするリザードマンだった。

 

 

(……命令、どこにいったんだよ。………試作品って言ってたっけ、まだ記憶能力が無かったりするのかも)

 

 

 振り上げられた腕をぼーっと見ながらそんなことを考えていた。

 

 

「「「「「チェーン バインド!!!」」」」」

 

〔グルゥッ!?〕

 

「「ブレイズ キャノン!!」」

 

〔グブアッ!!〕

 

 

 リザードマンは降り下ろそうとした腕を絡め取られ、足を固定され、首と胴をぐるぐる巻きにされ、魔力弾を諸に受けた。

 

 

「ロッテ!」

 

「……アリ、ア?」

 

「ロッテ、……大丈夫?」

 

「はは、うん、なんとか、ね」

 

 

 リザードマンを迂回して駆け付け、後ろに武装隊の青年を引き連れて現れたアリアがあたしに呼び掛ける。それに苦笑で返すと、呆れたような目で見られた。

 

 

「まったく、無茶ばっかりして、宏壱に似てきたんじゃない?」

 

「……それって、誉め言葉?」

 

「そんなわけないでしょ。はぁ、直ぐにここを離れるわよ。手伝って!」

 

「はっ!」

 

 

 軽口を言い合って緊張が解けたように息を吐き、連れてきた青年に声をかけてあたしの両脇を二人で支え、飛行魔法で素早くその場を離れ、チェーン バインドを行使している武装隊の面々の近くへ下りる。

 

 

〔グルアアアアッ!!〕

 

 ギチギチギチ カシャアァァァァン!!!

 

 リザードマンがチェーン バインドを引き千切る。

 

 

「マズイよ、アリア。アレは本当にヤバイ」

 

「……うん、分かってる。姿を見ただけで体の震えが止まらない」

 

 

 そう言ったアリアの手は確かに震えていた。当然だと思う。アイツから感じる威圧感はドラゴンそのものだから。

 

 

「……どう、する?」

 

 

 痛みを堪え、支えてくれていたアリアから離れリザードマンを見据えてアリアに聞く。

 

 

「わたし達じゃ勝てない」

 

「……アリア?」

 

 

 リザードマンが一歩踏み出す。それに会わせてアリアも前に出る。

 

 

「わたしとロッテが連携を組めばなんとかなる。そこに武装隊のサポートがあれば、ね」

 

 

 更に一歩踏み出す。

 

 

「だけど、今のわたし達は腰が引け足が竦んでる」

 

 

 もう一歩近付く。

 

 

「でも」

 

 

 リザードマンの足を動かす間隔が早くなっていく。その時にはアリアは一番リザードマンに近い位置に立っていた。

 

 

「アリア! そこに居たら危ない!」

 

「あの子はそうじゃない」

 

 

 リザードマンが腕を伸ばせば届く距離までアリアに近づいた。目で捉えられても体が動かない。この地下で――ヒュッ――と風があたしの横を通りすぎた。

 

 

「……え?」

 

 ドゴオ!!

 

「わたし達が戦えなくても、宏壱がいるから」

 

 

 アリアの前にいたリザードマンはトラックに撥ねられたように吹き飛んでいく。代わりにそこに立っていたのは、右拳を振り抜いた状態の背の高い男。180cm程の身長に広い肩幅と大きい背中、短く切られた黒髪に服の上からでも分かるほどに引き締まった腕と足。その体を包むのは黒地に所々深紅のラインが引かれたジャケット、同じく黒地にサイドに二本の深紅のラインが入ったスラックスの見慣れたバリアジャケット。そしてその拳を包む深紅のラインが引かれた白と黒の見慣れないグローブ。白は炎を纏い黒は雷を纏い男は周囲に冷気を振り撒く。要所要所であたしの知らないものがあるけど間違いなく変身魔法『グロウ』を使い大人の姿になった宏壱だった。

 

side out




……遅くなってしまいました。色々言葉の言い回しを考えたり、ちょっとリアルの方で時間が取れなかったりと……自分の都合ではありますが。今後の更新ですが、かなり不定期になると思います。一月空く、なんてことは無いと思いますけど……。

さて、そんなことは置いておいてポーク(豚)・サーロン(サーロイン)――ジュルリ――おっとヨダレが。
はい、ちょっとした名前の由来ですね。由来……と言うか、彼の名前を考えてるときに、何故か思い浮かんだんですけどね。それで書いてるうちにパクリと逝かれまして、まぁ、元々そういう目に遭う予定ではありましたけどね……退場が早すぎましたね。

それと、何気に宏壱くんのバリアジャケットが初公開です。自分はファッションセンス無い、と言うよりあまり服とかに興味がないだけなんですけど……普段は作業着で部屋着はジャージの自分には服の描写とか厳しいです。

と、裏事情(服の描写がほとんどない理由)を漏らしつつ、次回お会いましょう。ではでは。



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第二十二鬼~猫娘の信頼~

side~アリア~

 

 ロッテから通信が来た。宏壱が接触した敵が変異したらしい。何かの実験か、そういうレアスキル……は無いにしても能力を持っているのか。ただ、並の武装隊じゃ相手をすることはできない。宏壱がそう判断した。もし交戦中の敵に変異反応が見えたら無理に戦わず撤退するように、って忠告されたんだけど……。

 

 メキメキメキッ!

 

 ロッテから通信が来る前に交戦し、二人の負傷者を出しながらもリング バインドで拘束した敵に異変が起き始めた。

 

 

「皆、後退する準備をはじめて」

 

「はいっ!」

 

「ライラ、負傷者の強制送還はできる?」

 

[はい、可能です]

 

「ん、お願いしていい?」

 

[了解しました]

 

 

 負傷した二人が光に包まれ、アースラヘと強制転移された。光に包まれる直前の二人の顔はひどく悔しそうだった。

 

 

「退避して一度態勢を立て直す……時間もないわね」

 

「……そう、みたいですね」

 

「……こんなことを同じ人間にするなんて」

 

「……気味が悪いです」

 

 

 それぞれ思い思いのことを言いながら構える。わたしは左足を引き腰を落とし何があっても対処できるように備える。

 

 

〔ギ、ギギ、ガガ、グゲエエエェェェ!!〕

 

〔ウ、ウウオオォォォォ!!〕

 

 

 拘束していた男は十三人、その内二人が変異した(宏壱はその変異したヤツを怪物って表現してたらしい)。一人は皮膚が裂けていき筋肉が丸見えの状態で上半身が異常発達した。腕が丸太のようになり、首筋もわたしの腰よりも太くなってる。でも身長が変わらず足もそのままで非常にアンバランスだ。もう一体は皮膚の色が灰色になり血管が浮き上がっただけ、それでもその異様さが分かる。そしてそのに二体は変身する際に周りを巻き込み、そばに転がっていた仲間を踏み潰した。

 

 

「失敗したわね。こっちに避難させればよかった」

 

「……よく平静でいられますね」

 

「慣れよ。あまり良いことじゃないけどね」

 

 

 少し顔色を悪くしている武装隊の三人に苦笑を浮かべてそう言う。

 

 

「来るわよ。皆、気を引き締めて――ズンッ!!ミシッ!!――……え?」

 

 

 少しの震動と何かに皹が入るような音が響いた。

 

 

「な、何?」

 

「上です!」

 

 

 状況を把握しようと周囲を見渡すわたしに、上を見ていた一人の武装隊員が声をかける。その言葉に従い上を見ると天井に円形に皹が入り、わたし達の頭上にまで広がっていた。皹の中心は大きく盛り上がっていて今にも崩れ落ちてきそうで、その盛り上がった部分の真下には変異した怪物がいた。

 

 

「っ!?崩れてくる!?全員、障壁を展開して!」

 

 

 わたしの言葉に障壁を展開する三人。わたしも障壁を展開する。それとほぼ同時に天井が崩れ落ちてきて、わたし達に瓦礫が降り注ぐ。瓦礫が降り注ぐ中で変異した怪物の方向、天井が盛り上がっていた部分を見ると、何かが落ちてきて変異した怪物と拘束した男達を巻き込み更に下の階へと続く穴を開けて落ちていく。崩れ落ちた場所から亀裂が広がり崩れていく。その亀裂はわたしの足元まで既にきていて……。

 

 

「っ!?ここも崩れるわ!備えてっ!!」

 

 

 わたしの言葉と同時に床が崩落する。わたし達は飛行魔法を行使しながら障壁を頭上で展開、瓦礫を防ぎながらゆっくりと下りていく。

 

 

「……何が起きたんですか?」

 

「分からないけど……何かが上の階から落ちてきたのが見えたわ」

 

「何か、ですか?」

 

「ええ、分からないけどね」

 

 

 そんな会話を交わしながら下の階へ下りる。瓦礫は既に降り止んでいてあたりには誇りが舞1m先も見えない。

 

 

「……どこまで落ちたんでしょうか?」

 

「この分だと二階も崩れてそうね」

 

 

 ゆっくり下りているとはいえ足が地に着くまで時間が掛かりすぎている。わたし達が居たのは三階、なら必然的に下の階は二階ということになる。それが崩れて一階まで抜けた可能性はある。

 

 

「っと……ふう」

 

 

 漸く足に硬い感触が返ってきた。どうやら一階まで下りてきたみたいね。少しごつごつしていて不安定な足場だけど、これは上の階から降ってきた瓦礫が原因ね。

 

 

〔グギアアァァッ!!〕

 

「「「「っ!?」」」」

 

 

 突然響いた咆哮、いや、これは……悲鳴?

 

 

「せやっ!」

 

 

 今度聞こえたのは聞き慣れた気迫を込められた声。普段よりも低く重い声。

 

 ゴウッ!!

 

 衝撃波で立ち込める煙が吹き飛び視界が開ける。わたし達の目に映ったものは、背の高い筋肉質な男が、怪物の腹部に深々と拳をめり込ませ吹き飛ばしているところだった。

 

 

「……だ、誰?」

 

「あんな人、武装隊にいましたか?」

 

「保持魔力も相当なものですよ。感じられるだけでAAは確実にあります」

 

「そっか、皆知らないんだ。あれは――〔グアアァァッ!!〕――っ!?宏壱、後ろっ!!」

 

 

 多分さっき悲鳴を上げた怪物だと思うけど、ソイツが背の高い男、宏壱の背後から襲いかかる。

 

 

「らぁっ!!」

 

 

 宏壱の足が一瞬消え、その時には悲鳴を上げることもなく襲いかかった怪物は、吹き飛び壁を突き破って姿を消した。バチッと放電する宏壱の右足。アレで蹴り飛ばし、た? 全然見えなかった。それにあの放電……まさか、電気資質? そんな話聞いたことないんだけど………後で『お話』の時間を設ける必要があるわね。

 

 

「アリア! ロッテの方に大きな気配が出てきた!」

 

 

 宏壱がわたしの方を見ずに言う。

 

 

「お前らの後ろの通路から、こっちに向かってくる魔力反応がある。ロッテと一緒にいたヤツらだ。ソイツらと合流してロッテの方に行ってやってくれ」

 

「え、でも、宏壱は」

 

「直ぐに行く。急がないとロッテがヤバイぞ」

 

 

 その宏壱の声は冗談の余地もなく、こちらに有無を言わせぬ真剣さがあった。

 

 

「……わかった。こうと決めたらテコでも動かないもんね、宏壱は」

 

「はは、理解があって助かるよ」

 

「宏壱に言うことじゃないけど……気を付けてね」

 

「おう」

 

 

 わたし達に背を向け手をヒラヒラと振る宏壱を一瞥して、三人を連れて走り出す。

 

 

「アリアさん、さっきの人は?」

 

 

 瓦礫が散乱し不安定で既に道とも呼べない場所を走っていると、後ろについて来ていた三人の内の一人が聞いてくる。まぁ、疑問に思うのも当然だけど。

 

 

「あれは宏壱よ」

 

「……え?」

 

「宏壱って……山口二等陸尉、ですか?」

 

「そんな、さっきの人はどう見積もっても二十代前半、十代にも見えませんでしたよ」

 

「あれは宏壱の魔法『グロウ』の効果よ。『グロウ』は術者の肉体を飛躍的に成長させる効果があるの。メリットは…身体能力をこのまま成長すると、得られるであろうものにまで増幅することとリーチが伸びること。デメリットは…無理な成長を促すため解除後に体中に激痛が走って二、三日筋肉痛で動けないことね。今は改良を重ねて痛みもそれほど無いみたいだし、筋肉痛も一日で済むみたいだけど」

 

「幻術魔法、とはまた違うんですか?」

 

「大きな括りで言えば一緒ね。魔力が切れれば解除されるし、子供が見る幻想とも言えるものだし」

 

「本人は全然子供らしくありませんけどね」

 

「くすくす、そうね」

 

 

 そんな軽口で気分を落ち着かせ焦燥感を払拭する。焦っても良い方向には転ばないって見に染みて知っているから。

 

 暫く走っていると曲がり角が見えて、そこからは瓦礫がなく天井が崩れていない場所だった。

 

 

「アリアさん!」

 

 

 前方から声が聞こえ、そっちを見ると、ロッテと行動を共にしていた武装隊の面々が息を切らせて走っていた。

 

 

「はぁ、はぁ、ロ、ロッテ、さんが、はぁ、はぁ」

 

「落ち着いて、状況は大体分かってるわ」

 

「はぁ、はぁ、え? 分かってる、って?」

 

 

 わたし達の前まで駆けてきた五人は、膝に手をつき息を整える間もなく説明を始めようとするその内の一人に、簡単に事のあらましを説明する。

 

 

「山口二等陸尉は、そんなことも出来るんですね」

 

 

 特に驚いた風もなく、わたしから話を聞いた彼は合点がいったと何度も頷く。他の四人も同様だ。

 

 

「そんなことより、その地下の座標は分かる?」

 

「座標ですか? デバイスに記録されてますけど……早くロッテさんを助けに行かないと」

 

 

 焦る彼らに、わたしは安心させるように軽く微笑んで。

 

 

「転移でそこに飛ぶから」

 

 

 そう言うと「あっ」と口を開けて、失念していたことを誤魔化すように慌てて座標を空中モニターで掲示した。

 

 

「貴方達は残って、わたし達が四人で行くから」

 

 

 座標を覚えそこに合わせてわたし達の足下に転移魔法陣を展開し、駆けてきた五人にそう言うと。

 

 

「いえ、もう大丈夫です! 自分達も行かせてくださいっ!!」

 

 

 五人のその目は真剣で断ることをわたしに許さなかった。

 

 

「分かった。でも、無理はしないこと、いい?」

 

「「「「「はいっ!」」」」」

 

 

 魔法陣を広げ五人も中に入れて転移する。

 

 

 転移して先に見えたのは広大な空間。床、壁、天井に至るまで白で埋め尽くされた空間だった。次に目に入ったのは二足歩行するなにか(・・・)、さっき変異した彼らとは全くの別物だと言うことが分かる。その『なにか』を視界に捉えた瞬間、体が動かなくなった。足が竦み、手が震え、腰が抜けそうになる。そして沸き上がる恐怖。久しく感じていなかった感情。それが後になってわたしを襲ってきた。

 

 

「ア……さん! アリ……ん! アリアさんっ!!」

 

「っ!?……え?……あ」

 

 

 わたしを呼ぶ声に、恐怖に支配されそうだった思考を無理矢理戻される。

 

 

「大丈夫ですか? 顔色が悪いですけど」

 

「ええ、大丈夫よ。大丈夫」

 

 

 心配そうな彼らにそう言う。自分に言い聞かせるようにもう一度大丈夫と呟いて、先程の『なにか』の先に影が見えたのを思い出す。

 

 

「ロッテ!?」

 

 

 そこに居たのは、壁に背を預け座り込むわたしの双子の妹、ロッテだった。ロッテの前に立つ『なにか』は腕を振り上げ、

 

 

「「「「「チェーン バインド!!!」」」」」

 

〔グルゥッ!?〕

 

「「ブレイズ キャノン!!」」

 

〔グブアッ!!〕

 

 

 何時示し合わせたのか、放たれた五つのチェーン バインドが『なにか』の腕を絡めとり、首と胴に巻き付き、足を床に縫い付ける。そして間髪を容れず放たれた魔力弾は、そのなにかに直撃し爆発を巻き起こす。

 

 

「アリアさん! 今のうちにロッテさんを!」

 

「え、ええ!」

 

 

 連携に参加していなかった青年がわたしにそう言う。それに答え、声を掛けてくれた青年と一緒に、魔力弾が着弾し爆煙の晴れない『なにか』を迂回してロッテの下まで走る。

 

 

「ロッテ!」

 

「……アリ、ア?」

 

 

 ロッテの名前を呼びながら駆け寄ると、それに反応したのか少し焦点の合わない目を向けてきた。

 

 

「ロッテ、……大丈夫?」

 

「はは、うん、なんとか、ね」

 

 

 良かった、なんとか無事みたいね。

 

 

「ロッテ、……大丈夫?」

 

「はは、うん、なんとか、ね」

 

 

 そう言って笑うロッテの笑みは、苦いものが混じっていた。

 

 

「まったく、無茶ばっかりして、宏壱に似てきたんじゃない?」

 

「……それって、誉め言葉?」

 

「そんなわけないでしょ。はぁ、直ぐにここを離れるわよ。手伝って!」

 

「はっ!」

 

 

 軽口を言い合ってロッテの無事に安堵する。一歩でも遅かったらと思うとゾッとしないわね。

 

 

〔グルアアアアッ!!〕

 

 ギチギチギチカシャアァァァァン!!!

 

 わたし達が飛行魔法でロッテを支えて飛び、チェーン バインドで『なにか』をで拘束している武装隊の側に下りると同時にその『なにか』はチェーン バインドを引き千切る。

 

 

「マズイよ、アリア。アレは本当にヤバイ」

 

「……うん、分かってる。姿を見ただけで体の震えが止まらない」

 

 

 ロッテの声は震えていて、その意味が痛いほどに分かる。敵わない、頭じゃなくて本能が、心が敗けを認めてる。あーあ、これだったら気配の読み方なんて教わらない方が良かったわね。

 

 

「……どう、する?」

 

 

 後ろからの攻撃も難なく躱して見せる宏壱が羨ましくて、気配の読み方を学んだ過去の自分に、ホンの少し後悔しているとロッテが声を掛けてきた。……どうする、か。

 

 

「わたし達じゃ勝てない」

 

「……アリア?」

 

 

 それは確かで、確実なもの。

 

 

「わたしとロッテが連携を組めばなんとかなる。そこに武装隊のサポートがあれば、ね」

 

 

 それも本当で虚勢を張っている訳でも、強がりを言っているつもりもない。

 

 

「だけど、今のわたし達は腰が引け足が竦んでる」

 

 

 心が、本能が敗北している。誰かが言ったように『諦めたらそこで試合は終了』まさにそんな感じね。今のわたし達は。

 

 

「でも」

 

 

 でも、まだ負けていない。魔法戦はまだ勝ち目があるけど、純粋な近接戦闘でゼストとタメを張れる彼には、魔法無しの戦いでの勝機はもう無い。

 

 

「アリア!そこに居たら危ない!」

 

「あの子はそうじゃない」

 

 

 ロッテの言葉を無視して、近付いてくる大きな魔力に集中する。

 

 

「……え?」

 

 ドゴオ!!

 

「わたし達が戦えなくても、宏壱がいるから」

 

 

 気付けばわたしの前まで来ていた『なにか』は遠くに吹き飛び、代わりに広い背中があった。

 

side out




……長いなぁ。いや、ホント長いですね、エルピオン大虐殺編。後一、二話 で終わるかな?明言はできませんが。

それは置いといて、今更なんですけど……読みにくかったりしないでしょうか?と言うのも先日、今話を書いている最中に少し前話を見ながらしていたのですが、ちょっと地の文と会話文で間隔を空けすぎかな?何て思いまして……書いているときは気にならなかったんですけどねぇ。
自分は文字が混んでいると目が疲れてくるので、あまり混みすぎないようにと意識したんですけど、どうでしょう?何か御意見が有れば参考にさせていただきたいと思います。

さて、次回は宏壱くんの戦闘シーンですね。成るべく皆様に伝わるように書きます。ではまた次回。


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第二十三鬼~赤鬼と決着、呆気ない終わり~

前話から随分長く間が空いてしまいました。その分話が長くなっているので楽しんでいただければな、と思ったり思わなかったりラジバンダリ。……古いですね。で、では本編どうぞ!


side~宏壱~

 

 体勢を低くして物影を移動しながら『見聞色の覇気』で建物全体の気配を感知する。すると、この建物の下、おそらく地下10m程の距離。そこにロッテと、彼女と行動を共にしている五人の武装隊員の気配がある。そして、そのさらに下から尋常じゃない威圧感を覚える。この程度ならロッテ一人で充分だろ。まぁ、それでも手を打つに越したことはない、か。

 アリアの位置は近いな、なら……。

 

 

「さて、そろそろ目覚めてもらおうかな。もう一人の相棒に」

 

〈……無限を起こすのですか?〉

 

 

 俺の呟きに刃が反応を示し、誰の事を言ってるのか言い当ててきた。まぁ、もう一人の相棒なんざ無限しかいないから、当てるも何もないけどな。

 

 

「ああ、デバイスにも慣れたし、魔法戦にも充分適応できた。なら、これ以上は待たせられないだろ?」

 

〈……〉

 

「不満か?」

 

〈い、いえ、そんなことはありません。ただ……〉

 

 

 何も言葉を返さない刃にそう聞くと、躊躇いがちに言葉を紡ぐ。

 

 

「ただ?」

 

〈その、えっと、ですから〉

 

「なんだよ。はっきりしねぇな」

 

 

 基本的にハキハキ喋る刃が言葉に詰まるというのは珍しい。

 

 

〈……その、主との二人の時間が減るなーって〉

 

「……は?」

 

 

 予想外の言葉に思わず動きが止まる。

 

 

〈うぅっ、は、恥ずかしいです〉

 

「………」

 

 

 言葉がでない。こういう場合は何て返せばいいんだ? 「二人の時間を作る」とでも返せばいいのか? いや、桃香や愛紗に言われたときはそう返したんだけどな。

 でも、デバイスだぞ? メンテナンス時以外に手もとから離れたところに置いておくのは得策じゃないだろ。……さて、どうしたもんか。

 

 

〔グオオォォォ〕

 

「っと、今はそんな話してる場合じゃないな」

 

 

 刃の言葉にどう返そうか悩んでいると、怪物の呻き声が聞こえた。言葉を発することもできない、完全に獣だな。

 

 

「とりあえず起こすぞ。良いな?」

 

〈申し訳ありません。我が儘を言いました〉

 

「気にすんな」

 

 

 謝る刃に一言そう返した後、刃を待機形態にしてバリアジャケットも解除する。そして刃を左手に握りしめ、首に掛けているもう一人の相棒を右手で握りしめる。

 

 

「『手にするは無限、振るうは刃、猛る炎に轟く纏う我が身は氷雪を振り撒く冷徹なる鬼』」

 

 

 握りしめる両手の中から深紅の光が漏れ時折、火の粉や、火花が散り、俺の足下に霜が降り周囲の温度が幾分か下がる。

 

 

〔グガアアアァァァッ!!〕

 

 

 後ろから雄叫びが聞こえた。見つかったか。だが、もう止まらんぞ、既に起動キーを紡いでいる。

 

 

「『大いなる意思のもとに我が敵を屠らん。目覚めろ“無限の力”!全てを“絶つ刃”!この“赤鬼”の名のもとに!!』」

 

〔グギアアアァァァッ!?!?〕

 

 

 周囲が深紅の光に包まれる。怪物の悲鳴が聞こえたが、光で目でもやられたか?

 

 

〈……お久しぶりです。御主君〉

 

「ああ、ざっと3年ぶりだな」

 

〈3年……もうそんなに経つんですね〉

 

〈……姉に挨拶はなしですか。無限?〉

 

〈誰が誰の姉だ。刃、私が眠っている間、本当に御主君を支えられていたんだろうな?〉

 

「止めろ、バカタレども」

 

 

 目覚めて早々喧嘩腰になるとか……刃の姉発言が相当気にくわなかったんだな。

 

 

「刃、無限とデータを共有して現状を教えてやれ」

 

〈……御意〉

 

 

 なんか渋々って感じだな。

 

 

〈…………なるほど、相当腐った組織のようですね。騎士などと名乗ってはいますが取って付けたようなもの、中身などないのでしょう〉

 

「そりゃあ、なっ!」

 

〔グガッ!?〕

 

 

 後ろから忍び寄っていた怪物を、振り返らずに右腕を思い切り後ろに振るって殴り飛ばす。ちょっとした知能は残っていたらしいな、この怪物は。

 

 

〈お見事です〉

 

〈衰えていませんね〉

 

「当たり前だ。まだ7歳だぞ、これからもっと強くなるんだよ」

 

 

 衰えるって年でもねぇよ。そう無限に言い『グロウ』を発動する。刃に内蔵されている炎熱変換機能、無限に内蔵されている電気変換機能、そして俺自らが持つ氷結変換。

 それらすべてが作動し俺を包んでいく。炎が足下から吹き上がり、その周囲を雷が走っていく。完全に俺を包み込むと、今度は足下から炎と雷を巻き込み凍っていく。端から見れば不思議な光景だろうな。そこで視界は暗転、意識が……遠退い、て………。

 

 

 

 

 

〔グギャアアアァァ!!〕

 

 

 それも一瞬のことだ。深紅の氷の中で背後から響く轟音の発生源に向けて、魔力弾を放つ。

 

 

「ブレイク キャノン」

 

 

 魔力弾は氷を砕きカーブを描きながら怪物の後頭部に当り――ボンッ!!――と炸裂させる。

 

 

「ファースト ムーブ!」

 

〈Fast Move〉

 

 

 それと同時にファースト ムーブを発動し、近くにあった机を踏み台にして跳び、右足に魔力を集め炎熱変換する。

 

 

「紅蓮流星脚!!」

 

 

 燃え盛る深紅の炎を足に纏わせ右足を顔面めがけて振るう。ブレイク キャノンでバランスを崩していた怪物は反応できず、諸に喰らい蹌踉めいた。

 その隙を見逃さず着地と同時に踏み込み腹部に左掌底、直ぐに腕を引きさらに深く踏み込んで同じ箇所に肘をいれる。

 怪物の体はくの字に曲がり吹き飛ぶ――前に右足を掴み力任せに床に叩きつける。床にヒビが入るが気にせず跳躍、うつ伏せに倒れた怪人の背中に、重力操作で自分の体重を加算凡そ500kg程のGを掛けて下りる。

 

 

「おらぁっ!」

 

〔グゲアァァ!!〕

 

 

 ――ズン――っと建物全体が揺れ、床一面に皹が入り俺を中心に床が崩れ下の階に落ちていく。

 瓦礫と怪物と一緒に崩れ落ちる中、瓦礫と瓦礫の間から障壁を頭上に展開して、瓦礫を防いでいるアリア達が見えた。それも一瞬、

 すぐに衝撃が来て更に下に落ちる。

 

 

「結局、一階まで落ちたな」

 

〈そのようです〉

 

〈何も見えませんね〉

 

 

 辺りは立ち上がった埃で何も見えず、未だに降り注ぐ瓦礫で迂闊に動けない。

 

 

〈誰がやったんですか〉

 

「心を読むな、無限」

 

〈主、後ろから来ます〉

 

「分かってる」

 

 

 ナチュラルに人の思考を読む無限にツッコミを入れていると、刃が警告してくる。当然それは危機迫ったものではなく、ただ俺と無限のやり取りを、中断させるためのものでしかないんだろうが。

 

 

「雷神・鉄!!」

 

 

 ――バチィッ!――っと左腕に雷が走る。肘を突き出し、勢いよく突っ込んできた怪物の腹部に突き刺す。

 

 

〔グギアアァァッ!!〕

 

 

 接触と同時に肘から怪物へと雷撃を通すと悲鳴を上げて吹き飛ぶ。

 俺の意識がそっちに向くのを見計らっていたのか、正面から煙を掻き分け怪物が右腕を振り上げ襲いかかってくる。

 

 

「せやっ!」

 

 ゴウッ!!

 

 魔力を込め武装色で強化された鉄拳、それは怪物を殴り飛ばすと衝撃波を生み、辺りに立ち込めていた煙が吹き飛ぶ。

 

 

「アリア達、下りてきたんだな」

 

〈みたいですね〉

 

〈……あの女がリーゼ・アリアですか?〉

 

「ああ、俺の魔法戦の師匠みたいなもんだ」

 

〈なるほど〉

 

 

 そう話していると、後ろで怪物が起き上がる気配がした。

 

 

「〔グアアァァッ!!〕――宏壱、後ろっ!?」

 

 

 アリアの叫びと、怪物が突っ込んでくるのはほぼ同時で、……それに気づいている俺が対処できないはずもない。

 

 

「雷神・脚。らぁっ!!」

 

 

 雷を纏い放たれた右足は、アリア達には消えて見えただろう。雷神は変換資質、電気でこの身に雷を纏う初歩的な強化魔法だ。当然炎熱は勿論、氷結でもできる。

 ただ、他と違うことが一つだけある。それは俺自身を変換すること。炎熱なら炎に、氷結なら氷に、電気なら雷に、と細胞の至るところまで変換することができる。まぁ、今は体の一部分だけで精一杯だし、魔力自体はそんなに喰わないけど、精神力を持っていかれる。雷神で100m動けばその100倍の運動をした時とほぼ同じ疲労感が襲ってくることが分かっている。ただ、これも3年前のデータだからな……新しいデータ、今の俺の記録を得るための実験台にコイツらを使わせてもらったって訳だ。

 それに攻撃を喰らわない訳じゃない。魔力のこもった攻撃は普通に通るし、強力なもの、例えば岩を穿つような威力のあるものでもダメージを喰らったりするんだ。そこら辺は3年前に検証済みだ。

 そんなことを考えていると下から巨大な気配が迫り上がってきた。前世で感じたことのあるものに非常に酷似したソレは、死を本能的に感じさせるもの。龍だ。

 

 

「アリア! ロッテの方に大きな気配が出てきた! お前らの後ろの通路から、こっちに向かってくる魔力反応がある。ロッテと一緒にいたヤツらだ。ソイツらと合流してロッテの方に行ってやってくれ」

 

 

 アリアを見ずに言う。

 

 

「え、でも、宏壱は」

 

「直ぐに行く。急がないとロッテがヤバイぞ」

 

 

 戸惑うアリアに心配ないと言外に伝え、俺よりもロッテの方こそ手助けが必要だと言う。

 

 

「……わかった。こうと決めたらテコでも動かないもんね、宏壱は」

 

「はは、理解があって助かるよ」

 

「宏壱に言うことじゃないけど……気を付けてね」

 

「おう」

 

 

 手をヒラヒラと振ってとっとと行けと伝えると、後ろから駆ける音が聞こえてきて静かになる。

 

 

「行ったな」

 

〈はい〉

 

〈こちらも早く終わらせて向かいましょう〉

 

「ああ、こっからは遠慮なくやろう。非殺傷設定解除だ」

 

〈〈御意〉〉

 

 二人の声が淀みなく重なる。ここからは情け容赦なしだ。本気で殺しに行く。

 

 

[待ってください! 山口二等陸尉! それは!]

 

 

 サーチャーで俺達を見ていたであろうライラが、回線を開き何かを言おうとしたが、刃が切ってしまう。

 

 

「おい、刃」

 

〈今は必要ありません〉

 

〈私も刃と同意見です。御主君、今は集中しましょう〉

 

「お前ら……はぁ、こりゃ始末書書かなきゃな」

 

〈〈頑張ってください〉〉

 

「誰の所為だよ」

 

 

 そんな軽口を言い合い気持ちを落ち着ける。人……とはもう呼べない姿に変異したが元は人だったもの、動植物、昆虫類を殺すのとは訳が違う。命はすべてが平等で尊いんだ!………なんて言う奴がいるがそんな奴でも蚊を殺し、ゴキブリを殺す。豚を食い、牛を食い、鶏を食う。魚類だって食べるし、野菜も食べるだろう。そこに感謝もなければ申し訳なさもない。家畜や魚類は勿論、昆虫だって生きてるし植物にだって命は宿っている。平等で尊いと言うならそれらに感謝し罪悪感を抱くべきだ。

『平等はこの世に存在しない』それが俺の持論だ。時間でさえ生まれ持って違うものだ。どれだけの人間が寿命まで生きられる? 医療が発達した現代でも治せない病は存在する。生後数ヵ月の赤ん坊が呆気なくその命を奪われることもあるだろう。そもそも生き物によって生きられる長さは違うし、それぞれの種でも個体差がある。人でもそうだ。当然体の強い弱いはあるし、先天的にそういった病を患うものもいる。だから『平等は存在しない』んだよ。前世で学んだことだ。………なんの話をしてんだ?

 ああ、そうだ思い出した。要は人の形をしているものを自らの手で殺めるとき、そこには同族殺しという定義がつく。正常な人間はこれを嫌悪し忌避する。なら多くの人を殺してきた俺はどうか?感覚が麻痺しているのか? NOだ。残念なことに、今でも誰かの命を奪うのは怖い。初めて人を殺してから多くの者の命を奪ってきた。それでも慣れないし、慣れたくはない。ソレに慣れてしまえば俺が死んでしまうから、俺が俺じゃなくなってしまうから、だから慣れることは許さないし許されない。妹との約束はまだ生きているからな。

 

――閑話休題――

 

 俺は殺す覚悟を決め、俺達の様子を見ていた三匹の怪物(俺とアリアが話しているうちに集まっていた)を見据え、腰を深く落とし上半身を前方に傾けていく。

 

 

「剃っ!」

 

 

 ――シュッ――っと音を置き去りにしてその場から駆ける。俺の姿を見失った怪物どもは、戸惑ったように周囲を見る。真ん中にいた灰色の怪物の懐に潜り込み、脇腹に左手を添えると、俺の掌より一回り大きい深紅の三角形の魔法陣が浮かび上がる。

 

 

「炎神・剛砕拳!!」

 

 

 右腕を振りかぶり魔方陣を殴り付けると、魔法陣が砕けて――ドゴォオン!!――と爆炎を拭き上げ爆発する。

 

 

「まずは一匹」

 

 

 手加減をしていない一発は悲鳴も上げさせず怪物を炭に変えた。

 

 

〔グ、グゴオォォッ!!〕

 

 

 一瞬反応が遅れて俺の右側にいる怪物が腕を伸ばしてくる。それを右手で掴んでその場で一周し、左側にいた怪物に投げつける。

 

 

〔グギアッ!!〕

 

〔グブッ!!〕

 

 

 激しくぶつかり合った怪物が悲鳴を上げ倒れていく。

 右手に深紅の魔力を集め、集めた魔力を槍の形にし、無限に内蔵されている電気変換機能で深紅の雷の槍に変わる。

 

 

「雷神槍!」

 

 

 重なった怪物が倒れる前に放たれた雷の槍が、光速で二匹の怪物の腹を貫いた。

 

 

「止めだ。蛍火」

 

 

 左手の人差し指と中指を立て倒れこんでいる怪物に向ける。指先に少量の魔力を集めて、炎熱変換でマッチ程度の火の粉を作り放つ。フヨフヨと火の粉が、腹に穴を開けられもがき苦しむ二匹の怪物の近くまで飛んでいく。そこまで確認した後、それに背を向けてアリア達が向かった方向に歩き出し一言。

 

 

「火柱」

 

 

 そう呟くと背後で――ゴォォオオオオォォォォッ!!!!!!!――と火柱が上がった。熱風が吹き荒れ周囲を焼き付くしていく。……これもバリアジャケットの恩恵なんだろう。熱源にそれなりに近くにいるのに熱をほとんど感じない。生身でこんな無茶はできんな。

 

 

「さて、行きますか。ファースト ムーブ」

 

〈First Move〉

 

〈Second Move〉

 

 

 ファースト ムーブを発動して駆け出すと間を空けずに、無限がセカンドにチェンジする。駆ける速度が上がり、最早走ると言うより跳んでいると言った方がしっくりくる。

 普通ならもう暫くギア チェンジには間を空ける必要がある。何故ならセカンドへの急なチェンジは体を痛める可能性があるため、ファーストに体を馴染ませる必要があるからだ。だが、今回は無限が全面的に俺に掛かる負担を緩和してくれているお陰で、スムーズに移行できた。

 

 

「サードだ」

 

〈……大丈夫ですか?〉

 

 

 刃が心配そうに声をかけてきた。

 

 

「今なら無限もいる。お前ら二人ならこの程度の処理どうってことないだろ?」

 

〈……〉

 

〈刃、我らは御主君の決定に従うだけだ。異議を唱えるな〉

 

 

 俺の言葉に黙り込んだ刃を、叱責するように無限が言葉を放つ。

 

 

〈無限、臣下とはただ主の言に頷くだけの存在であってはいけません。主の体を心配すればこそ苦言を申し上げるのです。主の意見に頷くだけの臣下では、主の成長など望めません〉

 

〈刃、お前に言われずとも、それくらい理解している。私が言いたいのは、御主君が我らを信じ力を貸せと仰られている。ならばその信に報いるのが我らの今すべきことであり、異議を唱えることではない。そう言っているのだ。当然無茶だと判断すれば従うことなどせん、ソレが必要な場面ならば話は変わってくるがな〉

 

 

 ほんと好きだな。三年前も同じように口論してたっけ。仲が悪いって訳じゃないんだけど、こう、言い合える仲?って言うのかね。戦友、ある意味では親友のような関係だな。そんな二人はよく意見が食い違い議論することは多々あったし、俺もコイツらの心情みたいなのが聞けて放置するんだが……時と場合を考えてくれ。

 

 

「どうでもええから、早よサードに移行せーや」

 

〈主が関西弁にっ!?〉

 

〈しょっ、承知いたしました!〉

 

 

 意図的に関西弁で喋り、俺が少し苛立っていることをアピールする(実際は全然怒ってないけど)。

 

 

「おっ!と」

 

 

 更に速度が上がり少しつんのめる。一年前に試験で使って以来、偶に慣れるために使用することはあっても実戦で使うのは初めてだからな、この速さは今までにないものだ。

 通路を風より速く跳ぶ。サードへのチェンジをしてそれほど間を置かずに地下へと続く階段が見えた……瞬間には既に駆け下りていて、今は一本道を進んでいる。

 

 

「問題ないだろ?」

 

〈軽く診断してみましたが、異常はないようですね〉

 

〈流石、御主君です〉

 

「いや、それ意味わかんねーよ」

 

 

 無限はことあるごとに俺をヨイショする。何か狙ってんの?って感じにな。

 

 

「見えてきたな」

 

〈どうやら皆無事のようです〉

 

〈先程のアリアという女、少し前に出すぎでは?〉

 

 

 通路の先に光が見え始めその中にリーゼと武装隊の面々、そして不確定要素のなにかの気配がする。即座にエリアサーチを行った刃、無限が状況の報告をする。確かにアリアの気配はその中の誰よりも敵、不確定要素のなにかに近く、更にソイツがアリアに近付いていってるのが分かる。

 

 

「もう少しとばすぞ!」

 

 

 足に軽く力を込めると、クンっと更に速度が上がる。通路の先、矢鱈と広大で真っ白な空間に突入、見えたロッテの横を通り過ぎ、ロッテより前にいた武装隊の面々の間を通り抜け、今まさにアリアに手を伸ばそうとしていたトカゲ顔をぶん殴り――ドゴオ!!――ぶっ飛ばしてアリアの前に立つ。

 

 

「ありがと、宏壱♪」

 

「……なんで声が弾んでるんだ。お前」

 

「信じてたからよ♪」

 

 

 アリアには、突然俺が目の前に現れたように見えた筈なんだが(現に武装隊の面々は目を丸くして驚いてるし、ロッテも多少なりとも驚きがあったみたいだ)、ソレに驚いた様子もなくやけに嬉しそうなアリアの声音……だが、よく見れば体が少し震えているのが分かった。

 

 

「はぁ、下がってろ。あとは俺がやる」

 

「うん♪」

 

 

 自分の状況を見破られていると分かっていて尚見栄を張る、か……流石の胆力だな。伊達に、歴戦の魔導士の使い魔をやってないってわけだ。

 アリアが下がるのを見届けて、トカゲ顔を見据える。トカゲ顔は四肢を床につけ唸り声を上げるだけで俺を警戒して動かない。なら……。

 

 

「こっちから行くぞ!」

 

 

 言葉と同時に一歩踏み出し前進する。その一歩で床が砕けた。

 

 

「どこを見てるっ!」

 

 

  床が砕け、その破片が落ちるよりも速くトカゲ顔の後ろに移動、右手で頭を掴み床に叩きつける。

 

 

〔ギガッ!?〕

 

「っと」

 

 

 トカゲ顔は床を砕き顔を床に埋めた状態で腕を振ってくる。それを後方に跳んで躱し、床から顔を出し、こっちに振り向いたトカゲ顔の懐に、間髪容れず飛び込む。

 

 

「っらあ!」

 

 ゴッ!

 

 腹を渾身の一発で殴ると、重い音が響きトカゲ顔が更に吹き飛んでいく。

 っく! 何だこりゃ!? まるで鉄の塊を殴ったみたいだ! さっきはこんな感触しなかったぞ!?

 

 

〔ギエエェェッ!!〕

 

 

 あまりの固さに特に痛くもないのに驚いていると、トカゲ顔が奇声を上げて飛び掛かってくる。

 

 

「っ!ふっ!」

 

 ズドン!!

 

〔ギ、ガッ!!?〕

 

 

 鋭く爪を伸ばし振るわれた右腕を屈んで躱し体の起こしざまにカウンター一発、 右拳が深く鳩尾部分にめり込む。

 吹き飛ばすようなものではなく、内部に衝撃が伝わるように打たれトカゲ顔は鳩尾を押さえ踞る――シュッ――ピッと俺の頬の皮を少し切り何かが通っていく。

 

 

「あ?」

 

 

 既のところで首を傾げて躱した俺の頬を切っていったのは尻尾だった。

 

 

〔ギヒァッ!!〕

 

「当たるかよっ! おらっ! お返しだっ!!」

 

 

 一瞬の静止を隙だと思ったのか、トカゲ顔が尻尾を素速く戻して今度は首を伸ばし噛み付いてくる。俺は空中に逃げることでそれを躱し、代わりに魔力弾を五発ぶち込む。魔力弾の爆発で煙が出来上がり、トカゲ顔の姿が見えなくなる。

 

 ガシッ!

 

「なっ!?――ズゴンッ!!――ぐっ、がっ!」

 

 

 煙の中から腕が伸びてきて左足を掴まれ背中から床に叩きつけられた。息が漏れる。

 

 

〔ギヒィッ!〕

 

 

 伸ばされた腕が戻される。当然足を掴まれたままの俺は……。

 

 

「おわっ!」

 

 

 引っ張られる。

 

 

「クソがっ!」

 

 

 引っ張られながらも魔力弾を放っていく。深紅の魔力弾は寸分違わずトカゲ顔に直撃……。

 

 

〔グルアアアアアァァァァッッ!!!〕

 

 

 することなく後方へと逸れていく。

 

 

「なにっ!?」

 

「宏壱っ!! そのリザードマンは魔法を逸らせる能力があるんだよ!!」

 

 

 魔力弾を逸らされ驚く俺にロッテの声が届く。それ、最初に言っといてくれませんかね?

 

 ゴッ!!

 

〔グルブアアァァ!!〕

 

 

 トカゲ顔、リザードマン(ロッテがそう呼んでいたから、俺もそう呼ぶことにした)が引き戻した腕にぶら下がる俺を殴ろうと空いている腕を振り上げた……ところを掴まれていない方の足で顔面を蹴り飛ばす。吹き飛ぶことも、俺を離すこともしない根性は認めるが、無謀だ。

 

 

「炎神!!」

 

 ゴオオオオオォォォオオオオ!!!!!!

 

 俺の両腕両足に炎が纏わり付く。あまりの熱量にリザードマンは手を離し飛び退く、が逃がさねぇ!!

 

 

「剛焼拳!!」

 

 ドゴオオォォッ!!

 

〔グギイイィィ!!?〕

 

 

 ただの右ストレートをリザードマンの懐に潜り込んで打つ! リザードマンは悲鳴を上げ、ジュッっと肉の焼ける音が聞こえた。

 

 

「まだまだっ!」

 

〔グギアッ!!〕

 

 

 そこからは掌底、正拳、肘打ち、手刀、前蹴り、回し蹴り、膝蹴り、頭突き、を織り混ぜ、リザードマンに反撃の余地を与えない。炎を纏った俺の攻撃の威力は普段の数倍跳ね上がる。そこに覇気を纏わせれば十倍はある、はず。

 

 

「双焼拳!!」

 

 

 俺の攻撃が100発を超えたところで、両腕を引き同時に前に突き出しリザードマンを吹き飛ばすことでフィニッシュだ。

 人であるなら肺のある位置を打たれ、吹き飛んでいくリザードマン。

 

 

「はっ、はっ、はっ、はっ」

 

〈……主〉

 

〈御主君これ以上は〉

 

「……ああ、さ、さす、がに、キッツい、な」

 

 

『グロウ』を使っての長時間(と言っても10分弱ってところだが)の戦闘は初めてだ。そもそも、『グロウ』は普段からそんなに使うものでもないしな。そこに加えて、サードと炎神を常時発動で、魔力もほとんどない。これで疲れない方がおかしいな。

 

 

〔グルウッ、ヒィッ!〕

 

 

 リザードマンが口から紫色の血を滴らせながら立ち上がる。

 

 

「……マジ、かよ」

 

〈随分とタフですね〉

 

〈あの一撃で肺が焼かれただろうに〉

 

 

 その筈だ。肺だけじゃない。あらゆる臓器を焼いた。それほどの威力はあった筈なんだ。

 

 

「……まさか」

 

〈主?〉

 

〈御主君何か分かったのですか?〉

 

 

 いや、これは俺の想像以上の魔力に対して緩和力があったってことなのか?

 

 

「刃、刀になれ」

 

〈は?〉

 

 

 唐突な俺の言葉に、刃は気の抜けた声を上げる。

 

 

「早くしろ。来るぞ!」

 

〈っ!?〉

 

 

 リザードマンが姿勢を低くして足に力を入れるのが分かった。刃もそれに気づき、グローブから白い刀身を持つ抜き身の刀に姿を変える。

 刃を左手に持ち腕を垂らす。なにも構えを見せず、ただそこに立つ。

 

 

「―い―っ!」

 

「こ――っ!」

 

 

 リーゼが何かを叫んでいるが、俺にはその声が遠くなる。目の前に迫る獲物だけに集中していく。体は今の俺よりも大きくゴツイ。牙や爪も鋭く、鉄塊も武装色でさえも意味をなさず俺の肉体を抉るだろう。それでも、俺には獲物にしか見えていない。ヤツは被捕食者で俺が捕食者。それは絶対で、覆ることのない真理だと。自分の死が見えず、嘗て何度も味わった死の感覚が今はない。アレは俺の脅威足り得ない。

 リザードマンが目の前まで駆けてきた。床を踏み抜きながら、――ドン!ドン!――と音を鳴らす。どれ程の力を込めているのか、それだけ本気と言うことを意味しているのだろうか。俺とリザードマンとの距離は5mを切った。

 

 

「たかだかトカゲ風情が、“鬼”をどうこう出来ると思うなよ?」

 

 

 リザードマンが駆けながら右腕を伸ばす。顔面に迫ったソレを……首を傾けて躱し刃を切り上げ――ザン!!――腕半ばで切る。腕が宙を舞い床に落ち、転がる。

 

 

〔グッ!ギアアアアァァァァ!!!〕

 

 

 一瞬痛みで動きを止めようとしたリザードマンが更に足に力を込めて加速して――ザン!!――首が飛んだ。

 当然俺のではなくリザードマンの首が、だ。

 ただ単純に切り上げた刃をただ切り下ろした、それだけだ。

 

 ドチャッ!

 

 飛んだ首が落ち、紫色の血が床を濡らしていく。

 

 

「「宏壱っ!?」」

 

「あ?」

 

 

 遠くなっていた感覚が戻り、リーゼの声が聞こえた。

 

 

「前っ!!」

 

 

 アリアが叫ぶそれは悲鳴と言えるもので………。

 

 

「……どんだけだよ」

 

〈〈主!?/御主君!?〉〉

 

 

 前を見れば右腕と首を失い、尚も佇み左腕を振り上げているリザードマンの姿があった。

 

 

「もう、これ一発で死んでくれ」

 

 

 降り下ろされる左腕を無視してリザードマンの、人であるなら心臓のある位置に右手を当てる。

 

 

「インパクト」

 

 ドン! ゴス!!

 

 俺のインパクトが放たれるのとリザードマンの降り下ろした左腕が俺の右肩に食い込むのはほぼ同時だった。リザードマンは失った右腕、首、残った左腕、両足、尻尾の先、あらゆる場所から血を噴き出し崩れ落ちる。

 

 

「が、くっぅう!」

 

「「宏壱っ!!」」

 

 

 打たれた右肩を左手で押さえ床に膝をつく。と、深紅の光が生まれ、俺を包んでいく。光りが収まれば『グロウ』が解けて、元のガキの姿に戻った俺がいた。

 

 

「はっ……はっ……はっ」

 

 

 魔力が切れ頭の中に靄がかかり視界が揺れる。さっきとは違う意味で、全ての音が遠くなっていく。

 

 

「―こ―っ!?」

 

「し――り――――っ!」

 

〈あ――い――っ!〉

 

〈――く――っ!〉

 

 

 声も断片的で、聞き取れず何を言っているのか分からない。

 

 

(心配してるんだろうなぁ)

 

 

 俺は靄のかかった思考でぼんやりと他人事のようにそんなことを考え、そこで意識を手放した。

 

 

 

 

 side~三者視点~

 

 宏壱がリザードマンと戦闘を開始した頃。

 

――――ミッドチルダ首都クラナガン・商業区画――――

 

 ここはミッドチルダ首都クラナガンにある商業区画。デパートやスーパーが多く建ち並び毎日人で賑わう場所で、ここに来れば家電製品や衣類、食製品、家具や娯楽類、デバイスまでも揃う場所である。

 そこを三人の美女が人目を引きながら歩いていた。

 一人は、二年前に同じ管理局員と結婚した人妻(子供ができないのが悩み)で管理局の魔導師を務めるクイント・ナカジマ。

 もう一人は、同じく管理局の魔導師で交際中の男性あり(近々籍を入れる予定)メガーヌ・アルピーノ。

 最後の一人は、管理局では嘱託魔導師扱いで二十人以上の女性と関係を持ち、一国の王を支えた男を今でも愛していると堂々と言ってのける、未亡人にして一児の母紫苑(黄忠)。

 この三人に桔梗(厳顔)を加えた四人は非常に仲が良く、紫苑か桔梗どちらかが宏壱の手伝いでミッドチルダを訪れたときは、よくクイントの家で酒を飲み、非番のときは女性らしくウィンドウショッピングをしている。

 この日も例に漏れず、宏壱の一ヶ月のアースラ出向で、その代わりとして入っていた紫苑とクイント、メガーヌの非番が重なり、こうしてブラブラと三人でウィンドウショッピングと洒落込んでいた。

 

 

「そろそろお昼ね。どこかで昼食にしましょ」

 

「そうね。何処が良いかしら? この前は有名なカフェに行ったわよね」

 

 

 クイントの提案にメガーヌが以前の非番の時を思い出すように、人差し指を顎に当てて考える。

 

 

「彼処なんてどうかしら?」

 

 

 そう言って紫苑は、進行方向の右手側にあるファミリーレストランを指差す。車道を挟んで向かい側にあるその店は家族連れが多く、親子仲良く店内に入るのが見える。

 

 

「最近できた店よね。確か第97管理外世界の地球の」

 

「ええ、美味しい料理が多いって評判の世界ね。家の旦那のご先祖様がその世界の出身なんだって」

 

「ナカジマ……漢字表記だと中島かしら?」

 

「そういえば、宏壱君の在住世界は第97管理外世界だったわね。紫苑もそこで一緒に住んでるんでしょ?」

 

「ええ、宏壱さんと桃香様達と一緒にね」

 

「楽しそうね」

 

「それじゃ、彼処でその話を聞かせてもらいましょうか」

 

 

 昼食をする店は紫苑が指差したところに決まったらしく、三人は止めていた足を再び動かす。

 車道を渡るため信号のあるところまで歩いていた三人は、表面上では他愛もない会話しながら念話で会話をする。

 

 

「何を食べようかしら《二人とも気づいてる?》」

 

「ピザの幟が見えたからそれを三人で分けない?《ええ、付けられてるわね》」

 

「クイントは足りないんじゃないかしら《誰かしら。私たちに恨みを抱く人?》」

 

 

 クイントがメガーヌと紫苑に聞くと、肯定の意が返ってきた。紫苑は並んで歩くメガーヌの顔を見るふりをしてチラリと後ろを見る。だが平日の昼時でも人通りの多いこの区画、誰が自分達の後を追ってきているのか分からない。

 

 

「私は私で別に注文するからいいわよ《職業柄恨みを買ってない……とは言わないけど、そんな感じの視線じゃないのよね。》」

 

「開店早々お店を畳ませないでよ?《そうね。どちらかと言うとネチっこいというか、厭らしい視線じゃないかしら》」

 

「クイントならやりかねないわね《こう人が多いと人物の特定までは無理ね。お店に入るまでに対処する?》」

 

「そんなことしないわよ! ちゃんと抑えて食べるし、後で食べ歩きするから!《先の路地裏に誘い込みましょう。本部に連絡を入れて、周囲で待機してもらえば不測の事態にも対応できるわ》」

 

《《了解》》

 

 

 方針を決め三人は本部に連絡を取り応援を要請したあと、路地裏へと歩みを進めた。

 

 

 

 

(ぎひひひひ、まさか下調べに来てみりゃクイントとメガーヌに出会うとはな。ツイてるぜ。それに並んで歩く女、ありゃ恋姫無双の紫苑か? 何でこの世界にいやがんだ?……そうか! 神が俺様に餞別でもくれたのか! あの女、俺様に惚れてたんだな)

 

 

 ひひひ、と忍び笑いをするこの男。名は緋川翔。所謂テンプレ転生者で神様によりこの世界に転生した男だ。この男は前世で引きこもりのニートだったが異常気象による巨大霰が、部屋の窓ガラスを割り睡眠中の緋川翔に当たり死んだ。その異常気象は下位神の書類ミスで起きたもので、その際に死んだのが緋川翔ただ一人だったという話だ。その詫びとして、複数の特典を与えこの世界へ転生させたのだ。

 

 

(さぁて、どう料理してやろうか。ぎひひひひ、可愛がってやるぜ。雌豚共)

 

 

 下卑た笑みを浮かべ、緋川翔は前を行く三人の美女を追う。

 しばらく歩いていると、三人は路地裏へと歩みを進めた。緋川翔は見失わないように歩くペースを上げた。路地裏に入ると三人はどんどん奥へと進んでいく。

 

 

(俺様に気づいた? いや、んな訳ねぇか。俺様の尾行は完璧だぜ)

 

 

 緋川翔はかなりの自信過剰な男で神の特典も鍛えていない。だから本物の英傑に会えば為す術も無くやられるのは必然だ。

 

 

「あ? 行き止まり、だと?」

 

 

 三人を追いかけ曲がった角、その先は行き止まりで三人の姿もなかった。

 

 

「私達に何か用かしら?」

 

「っ!?」

 

 

 緋川翔の背後から女性が声を掛ける。それに驚いた緋川翔は体を声のした方へ向ける。その顔には驚愕の色だけが見て取れた。

 

 

「へ、へへ、俺様の女にしてやるぜ」

 

 

 緋川翔は振り向いた先にいた三人の女性、クイント、メガーヌ、紫苑に突然そんなことを言う。

 

 

「はぁ? あなた、頭は大丈夫?」

 

「クイント、話すだけ無駄よ。間違いだった、と本部に伝えて行きましょ」

 

「ダメよ。メガーヌ」

 

 

 クイントは男をバカにしたような目で見て、メガーヌはこれ以上相手をしても時間の無駄だと踵を返しその場を去ろうとする。が、それを紫苑が止めた。

 

 

「紫苑?」

 

 

 メガーヌが紫苑の顔を見れば、真剣な表情で目の前にいる男を見ていた。クイントも疑問に思い視線を紫苑と男を交互に見る。

 

 

「はは、俺様に可愛がられる気になったか!」

 

「この男は人を何人も殺しているわ。放置するのは危険よ」

 

「「え?」」

 

 

 紫苑の突然の言葉にクイントとメガーヌは呆けた声を出す。真剣な表情を崩さずいっそう強く男を睨み付ける。そこには娘を想う母でも愛する男を想う女でもなく、嘗て神弓とさえ呼ばれた女傑、黄忠漢升がいた。

 

 

「……」

 

「取り合えずどういう目的で近づいたにせよ、拘束させていただきます」

 

「拘束って、そこまでしなくても」

 

 

 緋川翔はなにも言わずクイント達を見ている。ただその視線は胸や腰、太股をに行っていてろくなことを考えていないのは確かだ。

 

 

「そうツンケンすんなよ『紫苑』これから――」

 

「っ!?」

 

 

 緋川翔が紫苑の名を呼んだ瞬間には紫苑は自らの相棒『颶鵬』を展開、魔力でできた矢を放っていた。

 その矢は寸分違わず緋川翔の心の臓を貫いた。と言っても非殺傷設定で魔力ダメージをダイレクトに喰らい昏倒しただけだが 。

 

 

「ちょ、ちょっと紫苑!?」

 

「貴女のなまえのいみはきいたことあるけど……いきなりは。知らない人だっているんだし」

 

「寒気、と言うより悪寒がしたの。真名を呼ばれた瞬間、強烈な嫌悪感に襲われたのよ」

 

 

 そう言われては二人もなにも言い返せず黙る。

 暫くして局員が駆けつけ、取り合えず事情聴取をということで、緋川翔は地上本部へと連れていかれ、当事者としてクイント、メガーヌ、紫苑の三人も同行することになった。

 連行中に目を覚ました緋川翔は暴れだし「俺様がオリ主だ!」「世界を手に入れる!」等と喚きだし、今度はクイントに殴られ昏倒することになる。その際に、今回宏壱が出向することになった事件への関与を疑う発言があり、更なる追及が必要だと判断し事情聴取が執り行われた。

 こうして、エルピオンから始まった事件の首謀者は余りにも呆気なく捕まり事件の終結となった。

 これは紫苑の功績で、この話を聞いた管理局上層部で『蜀伝の書』にいる者達にも嘱託魔導師ではなく、正式な局員として迎えるべきだと声が上がるようになり、数日後、彼女達が局員として首都クラナガンに君臨することになるのはまた別の話。<input name="nid" value="42387" type="hidden"><input name="volume" value="26" type="hidden"><input name="mode" value="correct_end" type="hidden">




……拍子抜けでしょうか?戦闘と言ってもさほど苦戦せず終わりました。リザドーマンはそれなりのタフさを見せましたが、他は雑魚ですね。

緋川翔は紫苑の真名を呼んで怒りを買いました。この買い物は高くついたみたいですね。

人……からの下りは完璧酔ってました。楽しく飲んで帰ってさあ書こう……結果がこれだよ!まぁ、修正するのもめんど……つかれ……しんど……おとろしかったんで、そんなことを考えてるんだ程度で流してください。

次回から原作……ではなく、まだまだ原作前~が続きます。五十話過ぎても入ってないんじゃなかろうか?と不安になってます。

ではでは、また次回お会いしましょう。(おとろしいの意味は興味があれば調べてみてください。検索すれば出てきますんで)


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番外編~願いの魔法~

本編……ではなく番外編という形になります。時間軸で言えば、宏壱君がリザードマンと戦闘する前の日くらい?かなと思います。では、番外編どうぞ。


side~三者視点~

 

 時刻は朝の9時、ここは海鳴市にある大学病院。この地域では一番の規模を誇る病院だ。その病院の一室に一人の男性が寝かされている。高町士郎、宏壱が出会った少女、高町なのはの父親である。

 彼は数ヵ月前にとある仕事で大怪我を負い意識不明の重体となった。

 

 コンコン

 

 病室の戸を叩く音が響いた。が、人工呼吸器と電子音が響くだけで答える者はいない。

 

 

「士郎さん、失礼します」

 

「「お父さん、おはよう」」

 

「……」

 

 

 病室の戸が開き一人の女性と二人の少女、一人の青年が部屋に足を踏み入れる。

 女性の名は高町桃子。高町士郎の妻で二人の少女と青年の母親で喫茶・翠屋のパティシエでもある。

 一人目の少女は高町美由紀。高町家の長女でなのはの姉である。

 もう一人の少女は、宏壱が出会った高町なのは。以前宏壱が出会った時のような哀しそうな雰囲気は感じられず、その瞳からは強い意思が感じられた。

 最後の青年は高町恭也。高町家長男にして、古流剣術御神流の使い手でその腕っ節は並みの武術家では敵わない。

 

 

「なのは、ホントに大丈夫なの?」

 

「大丈夫だよ! コウくんは嘘つかないもん!」

 

「あはは、ごめんごめん。疑ってる訳じゃなくて、えっと、ほら早くしよっ」

 

 

「うぅ~~」と唸るなのはの背を押して士郎が寝ているベッドまで近づき備え付けてあった丸椅子に座らせる。

 今日はなのはが宏壱から授かった力を使って士郎を目覚めさせるためにこうして来たのだ。

 

 

「恭ちゃん、魔法って本当かな?」

 

「……分からん」

 

 

 なのはは魔法のことを家族に話している。これは宏壱が口止めをしなかったのが原因だ。と言っても、宏壱自身が忘れていた訳ではなく、家族に伝えさせた方が話もスムーズに進むのではないか?と考えたからだ。

 ただ、そういった異能の力に触れたことのない彼等に信用しろ、と言う方が無茶ではある。

 桃子は藁にもすがる思いで話を聞いていた。美由紀は信じて損がないなら疑う意味もないと、疑い9:信用1で信じてみてもいいといった態度だった。だから宏壱となのはが再会の約束をして別れた翌日に力を使う、予定だったのだがそこに待ったをかけたのが恭也だった。「信用できない」と一刀両断した。その説得に一週間もの時間を浪費したのだ。説得の結果は今この場に恭也がいることで言わずとも分かるだろう。

 

 

「えっと、確か、お父さんの手を握って、念じる」

 

 

 丸椅子に座ったなのははその小さな両手で士郎の手を握り目を閉じる。

 

 

「なのは、お母さんもいい?」

 

「どうだろ……うん、大丈夫だと思うの」

 

「ありがとう」

 

 

 桃子はなのはの横で膝立ちになり、なのはの手の上から両手で包むように優しく握る。

 

 

(お父さん、みんな待ってるの。お母さんも、お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、なのはも。だから起きて)

 

 

 思う言葉は多くはない。だからこそその想いは純粋で、汚されることのない潔白さがあった。

 

 

(士郎さん、貴方がいないとダメなの。なのは達のために笑おうとしても上手くできないんです。これじゃ母親失格ですね。だから、強い母でいたい。その為には私には貴方が必要なんです。起きてください。士郎さん)

 

 

 夫を想う妻はただ起きて欲しいと願う。子供達のために、自分のために、ただただ願う。

 

 

(起きて、起きて、起きて、起きて)

 

(なのはの手が暖かい?)

 

 

 父の目覚めを願う少女は気づかない。自分の手が熱を持ち始めていることに。それは熱くはなく、まるで日溜まりのような暖かさを持っていた。

 

 

「起きて、起きて、起きて」

 

 

 いつの間にか想いはなのはの口から自然と零れ出ていた。

 

 

「起きて! お父さん!」

 

 

 なのはの想いがいっそう強くなった。そのとき、握っていた手が深紅に輝き病室内を満した。

 

 

 

 

 

 

 

  そこは何もない真っ白な空間、そこに男性が一人佇んでいた。

 

 

「……ここ、は? 僕は、確か」

 

 

 記憶が曖昧なのかこれまでの経緯を思い出そうとする男性。

 

 

「稲沢さんの護衛で……そうだ、その帰りに襲撃を受けて」

 

 

 稲沢とは日本の外交を担う男性で、日本の首相の信頼も厚く、日本経済を支える人物の一人である。

 

 

「人にコウモリの羽のようなものが生えていて、あれはいったい……?」

 

「今、気にしても仕方ないだろう。高町士郎」

 

「っ!?」

 

 

 突然話しかけられた男性、士郎は咄嗟に腰に手を伸ばす、がそこには何もない。

 

 

「あ……」

 

「ん? どうした?」

 

「い、いや、それより君は?」

 

 

 士郎は誤魔化すように声をかけてきた主に問う。

 

 

「俺か? 俺は山口宏壱だ。山口でも宏壱でもどっちでもいいぞ」

 

「じゃあ、宏壱君と呼ばせてもらうよ。僕も士郎で構わない」

 

 

 いつの間にか目の前にいた男、宏壱と話す士郎。これも仕事柄多くの人間を見てきたからだろう。宏壱の目的がなんであれ、士郎は彼に敵意や悪意のようなものは感じなかった。

 

 

「おう、士郎さん」

 

「それで、ここはどこだい?」

 

「士郎さん、あんたの心理世界だ」

 

「僕の心理、世界?」

 

 

 聞き慣れない単語が飛び出して士郎は鸚鵡返しする。

 

 

「心の中、って解釈してくれ。それが一番しっくり来る」

 

「なるほど。それは分かったけど、何もないところだね」

 

 

 士郎は周囲を見渡しながらそう言う。

 

 

「士郎さんが昏睡状態だからな。思考のできない人間の心の中が“無”なのは当然のことだ」

 

「そういうものなのかい?」

 

「ああ。ただ善人か、悪人かの違いは出る」

 

「違い?」

 

「悪人の場合は闇だ。こんなに光に満ち溢れていない」

 

 

 そう言って笑う宏壱は非常に嬉しそうだ。

 

 

「何だかむず痒いね。……そういえば、どうして宏壱君はここへ?」

 

 

 士郎は思い出したように言う。

 

 

「ああ、言ってなかったっけ」

 

「うん、聞いてないよ」

 

「友達の笑顔が見たいから、だな」

 

「友達?」

 

「そ。高町なのは、あんたの娘だ」

 

 

 士郎は目を見開いて驚く。自分の娘、まだ10歳にもなっていない娘が20代半ばの男と友人関係など信用できるはずもない。と言うか信じたくないだろう。

 

 

「あー、いや、現実の俺は7歳のガキだ。今月で8歳になるけどな」

 

 

 何に驚いているのか察した宏壱は、慌てて訂正を入れる。

 

 

「そうか。よかった、危うく切るところだったよ」

 

「こえーな、おい」

 

 

 はは、と笑う二人。士郎も宏壱も冗談だと分かってやっている。

 

 

「さて、話を戻すぞ」

 

 

 宏壱は士郎が聞く姿勢になるのを見て話を続ける。

 

 

「泣いてたんだよ。なのはが一人でな」

 

「泣いて、いた?」

 

 

 宏壱の言葉は士郎にとって信じがたい話だった。自分の妻が、息子達がそんなことを許すだろうか? 否である。泣いている娘を、末っ娘を放っておくほど家族の絆は弱くはないし、思い遣りのない家族でもない。

 

 

「どうして、桃子達は……」

 

「翠屋が安定し始めたからだろ。今が一番重要な時期なんじゃないのか?」

 

「そうか。店、か」

 

 

「みたいだな」そう頷いて宏壱は、何処からか取り出した水の入ったコップを傾け中の水を溢す。溢れた水は飛び散ることなく薄く広がり円を作る。

 

 

「何を?」

 

 

 宏壱は士郎の問いには答えず水を溢し続ける。

 コップが空になり二人の足下に水溜まりが出来上がる。そこに宏壱は手を翳した。すると円の中心から色が広がり始める。円全体に広がったものはまるで……。

 

 

「鏡?」

 

 

 対面にあるものを映す鏡だった。そこに映るのは当然宏壱と士郎だ。

 

 

「これで何を?」

 

「ま、見てれば分かるさ」

 

 

 一言そう言って宏壱は膝を折り、鏡になった水溜まりに顔を近づけ「ふぅー」っと軽く息を吹き掛けた。

 水面が揺れていく。揺れは大きくなりゆっくりと収まっていった。

 

 

「これはっ!?」

 

「これが、今のあんたの家族の現状だ」

 

 

 士郎が驚くのも無理はない。揺れの収まった水面に映っていたのは自分の姿、ではなく病室で眠る自分に話し掛ける家族の姿だった。

 

 

「僕は、桃子達にこんな顔をさせているのか!」

 

 

 士郎は自分の家族の顔を見て憤りを感じていた。それは、他の誰でもない自分自身への怒りだった。

 

 

「だから俺が来たんだ」

 

「え?」

 

「今のあんたは精神、肉体共に弱りきってる。だから、俺があんたの弱った精神と肉体に活を入れる」

 

「活?」

 

 

「ああ」そう頷き宏壱は『氣』を高めていく。

『氣』とは宏壱が生きた前世で多くの武将が会得し使いこなした技術。嘗て大陸の覇権を賭けて戦った女性達が身に付け多くの敵を討ち取り、多くの仲間を救った力のことである。

 

 

「すぅ」

 

 

 宏壱は短く浅く息を吸う。

 

 

「ああああああーーーーーーーーっっっっっ!!!!」

 

「っ!?」

 

 

 突然の咆哮。空間が震え軋む。宏壱の周囲に陽炎のように深紅のオーラが現れる。それと同時に、鏡に映る病室が深紅に光った。

 

 

「これはっ!?」

 

 

 鏡の中から溢れだした深紅の光が帯となり士郎の体に絡んでいく。

 

 

「くっ! 引っ張られっ、うわあああぁぁっ!!」

 

 

 帯は士郎の体を鏡の中へと引き込んでいく。抵抗も虚しく、士郎の姿は光り輝く鏡の中に消えた。

 

 ピシィッ!!

 

 空間に皹が入りそこから世界が崩れていく。

 

 

「さて、後は士郎さん、あんたの頑張り次第だ」

 

 

 士郎が消え、崩れていく世界に残された宏壱はそう呟くと光の粒子へと姿を変え、世界に溶け込むように消えた。

 

 

 

 

 

 

「「お母さん!/なのは!」」

 

 

 場所は戻りここは士郎が眠る病室。恭也と美由紀の母と妹を心配する声が響く。

 

 

「大丈夫、お母さんは大丈夫よ。なのはは?」

 

「なのはも大丈夫なの」

 

「良かった」

 

「しかし、今のはいったい……」

 

 

 二人の大丈夫だと言う声にホッと胸を撫で下ろす美由紀。恭也は今の現象が何だったのか考える。

 

 

「……ん……く……」

 

「え?」

 

 

 未だに士郎の手を握るなのはの手が軽く引かれた。

 

 

「……も……も……こ……、……な……の……は……」

 

「士郎さん!」

 

「お父さん!」

 

「うそ」

 

「……」

 

 

 士郎が目を覚ました。自分の手を握るなのはの手を握り返し、涙を流す家族に微笑んだ。そして口を軽く動かし「心配かけてごめん」それだけを言いまた眠った。今度は、いつ目覚めるかも分からないようなものではなく、非常に穏やかで静かな寝息。

 

 

「美由紀、誰か呼んできてくれ」

 

「あ、うん」

 

 

 目の前で起きた事態に、驚きの表情で固まっていた美由紀にそう声を掛けた恭也の視線は、病室を出ていく美由紀にでも涙を流し士郎に縋り付く桃子、なのはにでもなく病室の窓に向けられていた。

 

 

「……」

 

 

 無言で近付き窓を開ける。恭也達のいる病室は三階、当然なにもない。見えるのは病院の敷地内に植えられ秋に葉を落とした落葉樹だけだ。

 

 

「ん?」

 

 

 一瞬その木の枝の一つに影が見えた。そこに目を向ければなにもない。

 

 

「恭ちゃん! 先生連れてきたよ!」

 

「ここは病院だ。静かにしろ」

 

「あ、ごめん」

 

(視線を感じたが、気のせい……か?)

 

 

 こうして高町士郎は家族に支えられ回復した。それは有り得ない早さで、医者も首を捻ったが理由が分からず、取り合えず考えることをやめた。その二日後に士郎は退院した。どこも異常が見当たらず、置いておく訳にもいかないと。

 

 

 

 

(いつか、この現実で君に会いたい。宏壱君、なのはの友達になってくれてありがとう。もし会えるときがあるのなら、改めてお礼を言わせてほしい)

 

「あ、あの、士郎お父さん?」

 

「いや、何でもないよ。咲、ここが今日から君の家だ」

 

 

 それは士郎が退院して二ヵ月経った三月のこと、高町家に一人存在するはずのない少女が現れた。彼女の名は咲、今この時から高町咲となる孤児の少女。原作の主人公、高町なのはの姉になり、恭也と美由紀の妹になり、士郎と桃子の娘になり、そしてこの作品の主人公、山口宏壱の親友になる少女。

 

 

(私が関わって原作がどうなるか分からないけど、助けられる人たちは助けたい)

 

 

 この少女もまた、転生者だ。

 

side out




新たなキャラクターの登場ですね。

ここでちょっとした高町咲ちゃんのプロフィール公開です。

姓:高町 名:咲

性別:女

年齢:8歳

身長:122cm 体重:22kg

容姿:背中の半ばまである長い栗色の髪の毛を三つ編みにして先をリボンで結び肩から体の前に流している。瞳は黒。線が細く華奢、でも痩せすぎという感じではない。


こんなとこですかね。原作開始前に一度簡易的な人物紹介をしようと思うので性格等に関してはそっちになると思いますが。


さて、次回からの話を少し。えー、ここからどんどんキャラクターが増えていきます。決定事項です。オリジナルもそれぞれの原作もタグに乗ってない他作品キャラも含めて増えていきます。自分でもどれだけ出るのか把握していません。←(オイ

そんな作品ですが、暇潰し程度によでいただければ幸いです。では、また次回お会いしましょう。



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原作前~色々な存在との出会い(人だとは言っていない)~
第二十四鬼~赤鬼と進級、転入生~


side~宏壱~

 

 目が覚めると事件が終わっていた。いや、何を言ってるのか分からねぇと思うが、自分でも分からねぇ。……順を追って説明しよう。

 

 目を覚ます。

 

 いつか見た天井で、医務室だと分かる。

 

 ロッテが丸椅子に座って寝てた。(多分診ててくれてたんだろう)

 

 リンディさんが部屋に来る。

 

 起きている俺を見て嬉しそうにした瞬間気まずそうな顔になる。

 

 事件が解決した。←今ここ

 

 訳わからん。何や? どう言うこっちゃ。何で俺が寝とる間に事件解決しとんねん!? 事件に関わって俺が解決したるわ!みたいに意気込んでたのに!? 知らん間に知らんとこで解決してるってなんやねーん!! なんやねーん!

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、うぐっ!~~っ!」

 

 

 あまりの急展開に思考が乱れ、頭を抱えてベッドの上をゴロゴロと転がった。まだ癒えていない右肩が痛い……。

 

 

「落ち着いたかしら?」

 

「……すんません。取り乱してしまいましたわ」

 

「宏壱、口調戻ってないよ」

 

「んんっ、これで良いか?」

 

 

 俺がテンパってる間に起きたロッテに言われて口調を戻す。口調、と言われて喉の調子を整えてしまうのはなぜなんだろうか?

 

 

「余りはしゃがないでね? 肩の傷も治ってないんだから」

 

「うっす」

 

 

 最後にやられた一撃、念のために鉄塊、武装色、魔法障壁、と三つの方法でガードしたもののそれを全部ぶち抜いて攻撃された。ただ意味がなかった訳じゃなくて、それが無かったら俺の右腕は胴体とお去らばしてたそうだ。それを聞いたときは流石に肝が冷えた。

 

 

「で、リンディさん、事件が解決したってのはどういうことだ?」

 

「ええ、実は」

 

 

 そう言って説明してくれたリンディさんの話を簡単にまとめると。ミッドチルダの下調べに行った緋川翔(今回の事件の首謀者の名前らしい)は非番でブラブラしてたクイントさん、メガーヌさん、紫苑の三人を見つけて自分のものにしようとした。緋川翔の尾行に気づいた三人は裏路地に誘い込み対処しようと考えた。それ自体には成功したが、どこで知ったのか紫苑の真名を呼んだ。で、キレた紫苑に速攻で昏倒させられ、事情を聴くために地上本部へ連行、その際に目を覚まし暴れだす。その時に今回の事件の関係者しか知り得ないことを口走り更なる追及が行われ、首謀者だと発覚、その場で逮捕となった。

 アホか。どんだけ間抜けだそいつ。

 

 

「上層部で正式に管理局に迎えたい、という話があるのだけど。どうかしら?」

 

「どう、と言われてもな。俺が決められることじゃないし、あいつ等の意思を聞かないとなんとも言えんしな」

 

〈そう仰ると思いまして、すでに連絡済みです〉

 

「流石刃だな。で、あいつ等はなんて?」

 

〈主の力になれるなら、と〉

 

「出来れば海に来てほしかったのだけど……」

 

 

 そう言って苦笑するリンディさんはどうやら知ってたみたいだな。

 

 

「それと、山口二等陸尉」

 

「ん?」

 

 

 苦笑いを止め真剣な表情を作ったリンディさんが階級込みで俺を呼ぶ。

 

 

「あなたに処分を言い渡します」

 

「ちょっ! リンディ!?」

 

 

 ロッテが驚いた声を上げるが、当然だな。ハッキングと資料の改竄の話はまだしてないが、それ抜きにしても殺傷設定での魔法行使は、その部隊の最高指揮官の許可がいる。今回の場合、俺は一時的にとは言えリンディさんの指揮下にいる。権限はリンディさんにあるんだ。勝手に解除はできない。

 ようは軍規違犯に相等するもので、退局も有り得ない話じゃない。

 

 

「半年間の謹慎処分とします」

 

「は?」

 

 

 謹慎処分?なんだ?聞き間違い、か?

 

 

「いや、軽くないかそれ。あ、そうだ。俺、ウェイン・ボルクの――「資料の改竄、でしょ?」――……何で知ってんだ……」

 

「刃さんから聞きました。それに、あなたの上司や同僚の皆さんからも言われています。休ませてやってほしい、と」

 

 

 ゼストさん達が……。確かに有休とかはとってないけど、一応学校のある平日は緊急性がない限り、出勤は4時を回ってからってことになってる。充分休暇は取れてるはず、なんだけどな。

 

 

「そ・れ・に」

 

 

 徐ろにリンディさんが俺に顔を近付け――ツンツン――ひぐうぅっ!?

 

「こ、宏壱っ!」

 

〈〈主!/御主君!〉〉

 

「くうぅ~~~~っ!!? な、なにを!?」

 

「痛いでしょ?」

 

 

 負傷していない左腕を突つかれた。その瞬間体中に激痛が走る。心配して声を上げるロッテ達に言葉を返す余裕もなく突ついたリンディさんを見やれば、少し申し訳なさそうにしていて、俺にも見えるようにモニターを展開していた。

 

 

「こ、これは?」

 

「あなたの体を診断した結果資料です」

 

「細胞の焼死? それと成長と分裂を繰り返す再生?」

 

 

 そこに書かれた文字を読む。どういうことだ? 俺の細胞が焼死していて、成長と分裂を繰り返して再生を促している?

 

 

〈主、それは殺傷設定で炎神を使った弊害です〉

 

〈我らも想定できませんでした。まさか、炎神が御主君さえも焼き殺そうとするとは〉

 

「それだけ強力な魔法、と言うことです。殺傷設定での使用自体が危険なもの。もう使わないで、ね?」

 

「あくまで殺傷設定ではって話だから、非殺傷設定なら良いんだよ。でも当分は鍛練も模擬戦も実戦もなし。今、無理に体を動かすと細胞の成長を妨げることになるから、治りも遅くなるし後遺症が残る可能性だってあるんだ」

 

 

 刃、無限、リンディさん、ロッテと順に言われて、そういえば体が妙に軋むなぁ、と他人事のように思う。ただ、これが命を奪った代償と言うにはあまりにも安すぎるな。

 

 

「分かりました。その処分、慎んで受けさせてもらいますよ」

 

 

 

 

 そう言ったのは既に三ヶ月前。今は桜も満開で見頃、春野菜も多く出回り筍が美味い季節だ。

 今日、俺の通う私立聖祥大附属小学校も入学式を終え、自分達に割り当てられたクラスに入り担任になる教師の話を聞いている。

 

 

「あ、えっと」

 

「あの子、可愛い~」

 

「彼氏いんのかな?」

 

「お前声掛けろよ!」

 

 

 現クラスメイト達がひそひそと話している。どうやらこのクラスに転入生が来たらしい。それを右から左に聞き流しながら更なる回想に耽る。

 俺は後で知った話だが、実はあの施設の地下には実験台にされた人達がいたらしい。ご丁寧に名前、年齢、住所、家族構成と彼らのプロフィールがデータとして残っていたらしい。ポーク・サーロン(事件の関係者で『黄金の騎士団』の科学者らしい)の趣味で、実験体は成功していようが失敗していようが綺麗なまま保存する。プロフィール込みで、だ。胸糞悪い話だよ。ほんと。

 

 

「た、高町咲、です。海鳴市に引っ越して来たばかりで不慣れな面もあると思いますが、よろしくお願いします」

 

 パチパチパチ

 

 特に聞いていなかったが、形だけの拍手をする。

 当然、実験台にされた人達はみんな息を引き取っていて生存者はゼロだった。被害者遺族には事情説明と少なくない慰謝料を管理局が出すことになっていて、遺体の送還も既に行ったらしい。葬儀も各々の世界で仕来たりやら伝統やらがあって管理局が全面的に執り行うことはできないが、半分の出資をするらしい。

 

 

「それじゃあ、質問とかは放課後にやってね。さて、皆初めての子もいるだろうから自己紹介しましょうか。まずは相川さんから」

 

「はい!相川です。趣味は――」

 

 

 クラスメイトの自己紹介が始まった。

 ウェイン・ボルクの件は早々に片が付いた。裁判自体が執り行われず終身刑で決まり、無人世界の何処かに流された。詳しい場所は知らない。そもそもウェイン・ボルクは殉職したことになっている。幸いヤツは天涯孤独で恋人なんかもいなかったらしいしな。

 後は、ウェイン・ボルクに協力を強制させられていた将官、佐官だな。彼らは情状酌量の余地あり、ってことで三年間の無休で良しとされた。彼らを逮捕なり何なりしてしまえば、少なくない人数が関わっていたせいで、多くの空きが出てしまう。ただでさえ人手不足の管理局だ、これ以上減らして自ら首を絞めることもない。と言うことでそういう処置がとられた訳だ。

 最後は緋川翔だ。今回の事件の首謀者緋川翔、コイツは死刑になった。もうこの世にはいない。管理局で例がない訳でもないが、極刑が下るってのは過去数回あった程度らしい。「――君」一応裁判自体は開かれたが、無意味に次元世界を混乱させた、ということが分かっただけだった。「俺様はオリ主だ」とか「必ずなにかご都合主義が起こる」、「俺様の仲間が必ず助けに来る」等々理解できない言葉を放つのみで裁判官と話が噛み合わないまま閉幕。「山―君!」んで、コントロール能力が弱いとは言っても何も知らない人間と接触すると、操られる可能性が無いこともない。そういった理由から判決が下された訳だ。

 

 

「山口宏壱君!!」

 

「ん?」

 

「ん? じゃ、ありません!! 先生何回も呼んでるんですよ!? 無視するなんてっ! もっと頼り甲斐のある子だって宮内先生から聞いてたのに」

 

 

 宮内先生は俺の二年生の時の担任だ。女の先生なんだがかなりドン臭い先生で授業で配るプリントが多い時があったんだが、持てないなら分けて運びゃいいのに、一度に全部運ぼうとして廊下にぶちまけてたのを目撃して、放っとけなくて拾うのを手伝ったのが切っ掛けだった。ちゃんと教室まで運んだぞ? そこからちょいちょい授業で使う資料を運ぶのに呼び出される。

 

 

「いや、すみません。少し考え事をしてまして」

 

「もう、今度はちゃんと聞いてね?」

 

「うっす」

 

 

 俺がそう返すと、杉原先生はうんうんと頷いて「生徒を優しく諭す私、カッコいい!」なんて小声で言ってる。涙目で生徒に懇願する先生はカッコいいとは言わない。そう思ったが口にしなかった。この杉原先生も宮内先生と同じ臭いがする。勿論、体臭という意味ではなく、雰囲気という意味で。

 

 

「山口宏壱、それなりに身体能力には自信がある」

 

 

 席を立って軽く自分のことを話し、座る。戸惑いながらも拍手をしてくれる今年度のクラスメイトは、気の良いヤツばかりなんだろう。

 

 

「ん?」

 

 

 その中で俺に妙な視線を送っている少女がいた。俺と目が合うと慌てて視線を逸らしたが、なんだ?

 

 

《主、魔力反応です》

 

《あー、アイツか?》

 

《御主君、かなりの魔力量です》

 

《AAAは下らないかと》

 

 

 刃と無限が言っているのは、俺に妙な視線を送っていた少女。確か高町咲、転入生だっけか?

 

 

《如何致しましょうか?》

 

《どうもしねぇって。ここは管理外世界、管理局の管轄じゃねぇよ。それこそ、次元震を引き起こしかねない事件とか違法魔導師が潜伏してるとかじゃなければ、な》

 

《《承知しました》》

 

 

 声を揃えて言うと二人は同時に黙る。仲良いな、ホント。

 

 

「それじゃあ、日直、はまだ決まってないから先生が言います。起立、礼、さようなら。明日も元気な顔を見せてね?」

 

 

 杉原先生の号令に合わせて行動、最後にクラス全体でさようならの合唱だ。

 

 

「公園行こーぜ」

 

「オッケー、何するー?」

 

「みきちゃん、猫触りに行ってもいい?」

 

「いいよー」

 

「あたしも行きたーい」

 

 

 クラスメイトは皆放課後に何をするのか相談しながら教室を出ていくもの、教室に残り話をしているものに分かれた。俺も特にすることないし帰るか。

 学校指定の鞄を持って教室を出る。高町の方に視線をやれば、クラスの少女達に囲まれていた。質問攻めにあっているようだ。……また目が合ったな。見ていたんだから当然なんだろうが……。

 

 

「悪意はないみたいだし別に良いけどな」

 

 

 そう呟いて誰もいない家へと帰る。桃香達は正式に局員になった。俺みたいに特別枠がある訳じゃなくて士官から、だけどな。それでも陸にとっては大きな戦力であることは間違いない。

 

 タッタッタッタッ

 

「ん?」

 

 

 下駄箱に向かっていると、俺の横を一人の少女が駆け抜けた。背は低く制服もまだ着ている、と言うより着せられていると表現した方がしっくり来る。ただ、俺が気になったのは特徴的なツインテール。見覚えのあるそれは俺が三ヶ月前に出会った少女のものと酷似したものだった。

 

 

「なのは」

 

「え?」

 

 

 それなりに距離は離れていたはずだが少女、なのはには聞こえたらしい。

 

 

《何故、隠れているんですか?》

 

 

 届くと思わなかった声が届いて、咄嗟に柱の影に隠れてしまった。

 

 

「??」

 

 

 なのはは首を傾げて、また足を進める。

 アイツに会うには後ろめたさがある。一ヶ月後に会えるとか言っておきながら、怪我の治療に専念するために家から出れず会いに行けなかった。喫茶・翠屋に行けばいいんだが……今更、と言う思いがあり行けずにいる。

 

 

「はぁ、アホくさ」

 

 

 帰ってトレーニングしないとな。傷は一ヶ月前に完治した。軽くなら体を動かす許可も得た。それからずっと基礎トレーニングを続けている。なのはのことを頭から追い出し、トレーニングメニューを考えながら靴を履き替えた。

 校門を通る際に一組の男女を見つけた。夫婦……だろうか?端々から聞こえる言葉に、なのはやさき、だいきと名前らしき言葉が聞こえた。そのうちの一人と目が合う。

 

 

「君」

 

「あん?」

 

 

 声を掛けられた。背が高く黒い髪を短く切った穏和そうな男。何かしら武術でもしているのか、纏う気が鋭敏でこちらを射抜くような目。それに僅かながらに血の臭いがする。獣臭さはなく鉄分の濃い臭いだ。目に狂気の色が無いことから快楽殺人鬼って訳でもなさそうだし。んー、仕事関係って考えんのが妥当、か?

 

 

「あー、それで、俺になにか?」

 

 

 向こうも俺を品定めでもするようにじっくり観察していたが、俺の呼び掛けに目の前の男は、はっと我に返った。

 

 

「あ、いや、すまない。知り合いに似ている気がしたんだ」

 

「知り合い?」

 

「彼は大人だったけどね。何となく君と雰囲気が似ている気がして。呼び止めてすまなかったね」

 

「いえ」

 

 

 それだけの会話を交わし、俺はその場を離れる。

 

 

「士郎さん、お知り合いですか?」

 

「いや、僕の勘違いみたいだ」

 

「おとーさーん! おかーさーん!」

 

 

 なのはの声が聞こえたが、振り返ることなく俺は家路を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

side~咲~

 

「山口宏壱、それなりに身体能力には自信がある」

 

 

 それだけ言って席に座り直す男の子を見る。山口宏壱君、彼から魔力を感じる。私をこの世界に転生させてくれた人が、もう一人別に転生者がいるって言ってたけど、彼がそうなのかな? 魔力を感じるし、なんだかすごく落ち着いた感じがするし……。

 鋭く尖った目、他の男の子より拳一つ分くらい高い背、何よりも自然体の中で垣間見える隙のない所作。只者じゃないのは明らか……だよね。

 

 

 

 私の名前は高町咲。

 

 突然だけど私は転生者。この世界に来る前は普通にOLをやっていた。ただ、出勤途中に乗っていたバスが事故に遭った。交差点で信号無視した大型トラックに横からぶつかられ、大きな衝撃を受けて、そこから私の意識は闇に落ちた。

 気付けば真っ白な空間に居て、目の前にはふよふよと浮かぶ球体。それから一瞬の発光。あまりにも眩しくて目を開けていられなかった。目を開けたとき私の目に映ったのは、真っ白な空間……じゃなくて青空が広がり風に靡く草花、そして球体の有った場所には綺麗な金髪を風に踊らせながら私に微笑みかける女の人だった。彼女は私にこう言った。

 

――転生してみませんか?――

 

 と、その声は耳を通さず直接頭の中に語りかけているみたいだった。

 意味が分からず聞いてみても要領を得ないものばかりだったけど、要約すれば私はあの場所で死ぬはずじゃなかったってことらしい。それなのにどうして死んだのか、理由はよく分からないし、話しても理解できないと言われた。

 

――転生するならどんな世界が良いですか?――

 

 って聞かれたから、好きだったアニメの「魔法少女リリカルなのはがいいです!」って答えたの。そしたら。

 

――色々な世界と混ざり合ってしまっていますが…――

 

 って困った風に言われて、それでも良いかなって思ったから「それでもいいです」って答えたの。

 

――特典が三つ選べます――

 

 そう言いながら彼女は右手の指を三本立てた。「特典?」意味が分からなくて首を傾げる私に彼女は説明してくれる。私が転生する世界には危険が付きまとう、だから生き残れる力をくれるんだって。

 そう言われても、私のアニメとか漫画の知識は乏しいものでこれと言って思い浮かばない。んーー………ナルト、かなぁ?

 

――ナルトですか?――

 

 うん、ってあれ?私声に出してました?

 

――いえ、今のあなたは剥き出しの魂ですから、思ったことは筒抜けになるんです。魂に心は宿りますから――

 

 へぇ~、なんだか恥ずかしいね。そういうの。えっと、じゃあナルトでお願いします。

 

――…………ナルト、と言っても様々な能力があるようですが……――

 

 あ、そっか。えっと、あんまり詳しくないんだよね。

 

――では、こちらで選定しておきましょうか?――

 

 あ、はい。お願いします。

 

――それでは後二つを………――

 

 そうして私は三つの特典を貰って、この世界に産まれたの。元々お母さんは私を産んで直ぐに病気で亡くなって、お父さんも二ヶ月前に仕事で死んだ。それで、その話を聞いた同僚の士郎お父さんが私を引き取りに来たの。

 お母さんの事は覚えてないし、お父さんも仕事で家にいないことが多くて、年に5回会えれば良い方だった。だからかな? お父さんが死んでもあんまり悲しくなかったのは……。

 でも、お葬式の夜はいっぱい泣いた。前世での両親を思い出して、もう会えない恋人を想って泣いた。年に数回しか顔を会わせないお父さんを想って泣いた。会えば頭を撫でてくれた大きくて温かい手、学校の勉強を見てくれたときの優しい顔、全部が好きだった。失って初めて好きだったんだって分かった。

 それから士郎お父さんが来て、私を引き取りたいって言ったの。考える時間が欲しいと彼に伝えた。それで一週間時間を貰って、決めた。彼の娘になることを、独りは寂しいから、辛いから、だから……なのはちゃんに同じ思いをして欲しくなくて、私が一緒に居てあげれればって……思ったんだけど。

 

 

「咲お姉ちゃん!」

 

「あ、なのはちゃん」

 

 

 今日出来たクラスメイトに囲まれて質問攻めされていた私に、最近出来た妹の声が聞こえた。

 

 

「高町さんの妹さん?」

 

「わぁー、可愛い」

 

「新入生?」

 

「え、あ、えっと?」

 

「うん、私の妹のなのはちゃんだよ」

 

 

 鞄を持って戸惑うなのはちゃんに近寄る。

 

 

「なのはちゃんももう終わり?」

 

「うん! だから咲お姉ちゃんを迎えに来たの! お父さんとお母さんも校門で待ってるって!」

 

「そっか。じゃあ皆、また明日ね」

 

「バイバーイ」

 

「また明日ね~」

 

 

 さっきまで話していたクラスメイトに別れを告げて、なのはちゃんと手を繋いで下駄箱まで歩いていく。

 

 

「なのはちゃんもうお友達は出来た?」

 

「え~、まだだよ。そんなにすぐ出来ないもん」

 

「それもそっか」

 

 

 と、こんな風になんだか元気だ。士郎お父さんが退院したのは三ヶ月前、元気になるにしても早いよね。

 

 

「なのは」

 

「あ、大輝君」

 

「大輝君、なのはちゃんを待ってたの?」

 

「はい、咲さん。うちの親も士郎さん達と一緒にいますから」

 

 

 下駄箱で待っていたのは大宮大輝君。この春に家の隣に引っ越してきたお隣さんで、今日なのはちゃんと一緒にこの私立聖祥大附属小学校に入学した男の子だ。

 

 

「なのはちゃんと大輝君は同じクラス?」

 

「いえ、違います。僕は1組でなのはが」

 

「3組なの!」

 

「そっか~。残念だったね」

 

 

 上履きから運動靴に履き替え、校門まで今日あったことを話ながら三人並んで歩く。真ん中になのはちゃん、右側に私、左側に大輝君という並びだね。

 

 

「あ、おとーさーん! おかーさーん!」

 

 

 なのはちゃんが士郎お父さんと桃子お母さんを見付けて駆け出す。傍には大輝君のご両親が居てこっちに向かって手を振っている。士郎お父さんと桃子お母さんもそうだけど、すごく若い。

 

 

「って、あれ?」

 

 

 士郎お父さん達のところまで行くと、今日同じクラスになった男の子の後ろ姿が見えた。

 

 

「咲、どうしたの?」

 

「あの男の子」

 

「さっきの男の子?」

 

 

 私が指した指の先を追った桃子お母さんが首を傾げる。

 

 

「さっき?」

 

「士郎さんが呼び止めていたの」

 

「何の話だい?」

 

 

 士郎お父さんの名前が出て、なのはちゃんと話していた士郎お父さんが反応して聞いてくる。

 

 

「咲が士郎さんが呼び止めた男の子を気にしているの」

 

「なんだ~? 咲ちゃんもう気になる男の子が出来たのか~?」

 

「あらあら、おませさんねー」

 

「へ? ち、違います!! そういうのじゃなくて! えと、あの! 士郎お父さん違うからね!」

 

 

 話に聞き耳を立てていたのか、グッドタイミングと言うかバッドタイミングで話に割り込んできた大宮夫妻。士郎お父さんと桃子お母さんの娘になって一ヶ月も経っていない私にも、その、えっと、あ、あああ、あ愛、を注いでくれる人達だ。それは、なのはちゃんは勿論、恭也兄さん、美由希姉さんに与えるものと何ら変わりないもの。そんな士郎お父さんがこんなことを聞いて黙っているはずが……。

 

 

「ふむ」

 

「って、あれ?」

 

「士郎さん?」

 

「お父さん、どうしたの?」

 

 

 翠屋でお手伝い中の美由希姉さんに、好意を持つ美由希姉さんの男子クラスメイトが言い寄って来たときは、スタッフルームに連れて行って『O☆HA☆NA☆SHI』してたんだけど……。家に帰ってからも「美由希にはまだ早い」って言ってたし。

 

 

「良いんじゃないかな」

 

「え?」

 

「もしも、もしも彼が僕の知る人物だとすれば、僕は咲を応援するよ」

 

「士郎お父さん………って、だからそんなんじゃないってばー!!」

 

 

 四月の青空に私の絶叫と皆の笑い声が響き渡った。

 

side out




日常を考えるのは難しいですね。なかなか思い浮かばないです。

それは置いておいて、相川歩(あゆみ)、何故彼女に名前があるのか?当然この先頻繁に登場する人物だからです。分かる人には分かるんじゃないでしょうか、勿論他の方々も出します。自分の好きな作品の一つですから。

ここで高町咲の特典が一つ明らかになった訳ですが他の二つが重要だから明記しなかった……という訳ではないんです。そこで回想から現在に引き戻さないと、長くなりすぎて戻しどころが見つからなかったんです。

と言うことで残り二つはここに記させていただきます。

一つ、なのはと同等の魔力量。

一つ、高い身体能力(鍛えれば鍛えるほど際限なく強くなる)。

この二つですね。ナルトに関してはまだ模索中です。ご容赦を。ただ瞳術は無しにしようと思います。

ここから原作開始までまだまだ掛かると思いますが長い目で見て(読んで)やってください。ではでは、また次回お会いしましょう。


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第二十五鬼~赤鬼と翠屋~

side~宏壱~

 

「兄上、デートをしましょう」

 

 

 愛紗(関羽)……横文字の発音が良くなったな。じゃなくて。

 

 

「急にどうした?」

 

「今日は学校もお休みですし、管理局へは謹慎が解けていませんから行けませんし、軽いトレーニングなら兎も角、激しくなる摸擬戦も出来ません」

 

「抑えてやれば――「抑えられないでしょう!」――何も怒んなくてもさぁ……」

 

 

 こほん、と咳払いをして愛紗はバツが悪そうに俺から視線をそらす。

 

 

「今日は私も非番ですし、その、二人でゆっくり何処かに行けたらなぁ、と思ったんです」

 

「何処か、ねぇ」

 

「はい、商店街を散策するだけでも良いんです。兄上と二人で出掛けたいのです。ダメ、でしょうか?」

 

 

 何時もはキリッとして凛とした表情が、今は何処か不安そうに揺れていた。

 

 

「ま、いいか」

 

「それではっ!」

 

「ああ、序でに夕飯の買い出しでもするか」

 

「はい!あっ、少し兄上にお頼みしたいことが――」

 

 

 

 

 そんな遣り取りをしたのが昼前。今の時刻は2時5分前、俺は大人の姿で海鳴駅前広場、そこにある時計塔の下で愛紗を待っている。

 愛紗が愛読している少女漫画のシーンをちょっと再現したいらしい。

 愛紗が言ったように今日は休日。新学期始まっての初めての休みだ。愛紗も非番で今日は二人家でのんびりする予定だった。因に今日は翠(馬超)と雛里(龐統)が管理局に出勤している。

 

 

「兄う……こ、宏壱さん。待ちました、か?」

 

「いや、今来たと、こ、ろ……」

 

 

 後ろから愛紗の声が聞こえ、俺は予め愛紗に用意されていた台詞を言う。語尾が弱くなったのは愛紗の格好の所為だ。

 膝裏まで隠れる白のワンピースに水色のリボンで襟首を結び、その上に淡いピンクの薄手のカーディガンを着ている。何よりも目を引くのがその艶やかな髪だ。いつもはサイドテールにしている長い黒髪を下ろし、背中に流している。

 水色無地のカッターシャツにジーパン、カッターシャツの下は黒無地のシャツの自分が何となく恥ずかしい。見映えがいいのは、いつも首に掛かっている二つの十字架のネックレスぐらいだ。………当然、刃と無限だけど。

 

 

「うわー、あの人キレ~」

 

「何処かのモデルかな?」

 

「お嬢様じゃねーの?」

 

「なんかナンパできない雰囲気だよな」

 

「声掛けられないって、あれは」

 

 

 男女問わず注目を浴びる。そのほとんどの視線が愛紗に向けられ、俺に気づいている奴がいるのかどうかも怪しい。

 

 

「あの、兄上? どうかしたのですか?」

 

「あ、いや、髪下ろしたんだ。……って何言ってんだ、俺は」

 

 

 愛紗の声で我に返るも、頓珍漢(とんちんかん)なことを言ってしまう。

 

 

「男連れかよ」

 

「なーんだ。でも似合わねー」

 

 

 好き勝手言いやがんな。愛紗は……周りの声聞こえてないな。と言うか、なんかもじもじしてる。

 

 

「あ、そうか」

 

「兄上?」

 

「その服、似合ってんぞ。すごく綺麗だ。愛紗の髪によく映える」

 

「~~っ!!?あ、ありがとうございます!」

 

 

 愛紗は、ぱぁっと満面の笑みを浮かべて頭を下げる。その時に香ったシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐった。

 

 

「あー、行くぞ。遅くなる」

 

「はい!」

 

 

 愛紗は歩き出す俺の横に並び、極自然に、これが当たり前だと言わんばかりに腕を絡めてくる。その豊満な胸に俺の腕が埋もれる。初めてではないが、何度されてもこの感触は心地いいものだ。柔らかで、それでいて張りがあり腕を押し返そうとする。

 

 

「くぁぁああ! アイツ羨ましい!!」

 

「ケッ、リア充爆発しろ」

 

 

 外野がうるさいな。まぁ、こんな美人に腕を組まれて、俺にだけ向けてくれる笑顔を端から見てるんだ、妬みもするだろ。そんなことより……。

 

 

「それと、名前で呼んでくれるんだろ?」

 

「あ、そうでした。あに……宏壱、さん」

 

 

 うっすらと頬を朱に染め、はにかむ愛紗の破壊力は半端じゃなかった。

 

 

 

 

 

 

「……4時か」

 

「時間が経つのは早いですね」

 

「楽しい時間ってのは特にな」

 

「……はい」

 

 

 照れて俯く愛紗。いや、ホント可愛いな。普段の凛とした印象とのギャップがすごい。

 ここまで海鳴商店街を冷やかして回った。ときには服を見たり、アクセサリーを見たり、これがいい、これは微妙、何て二人で言いながら歩くだけ。それだけで時間を忘れ人々が行き交う商店街をゆっくり歩いた。

その最中に最近こっちに引っ越してきたらしい夫婦と出会った。関西の出身らしく、独特なイントネーションで喋る二人だった。地図を見ながら町を散策していて、迷ってしまったらしいところに出会い道案内をした。その際に他愛もない雑談をして自己紹介をした。八神郁人さんと八神美果さん。物腰の柔らかい二人だったな。

 

 

「小腹が空きましたね」

 

「んー、そうだな。あそこに入るか?」

 

 

 八神夫妻と別れて再び二人で散策して暫くすると、愛紗が唐突にそんなことを切り出した。何かないかと辺りを見渡せば、一軒の喫茶店を見つけた。

 

 

「喫茶店、ですか」

 

「ああ、軽めにケーキでも食うか」

 

「はい!」

 

 

 嬉しそうだな。まぁ、家の女性陣は皆甘いもん好きだけどな。

 

 

「いらっしゃいませー! 何名様でしょうか?」

 

 

 店内に入ると元気な声が響く。中学生位だろうか、眼鏡をかけた黒髪の少女が笑顔で迎えてくれた。

 

 

「ああ」

 

「申し訳ありません。今はカウンター席しか空いてなくて」

 

「それで良い。愛紗、良いよな?」

 

「はい、宏壱さん」

 

「では、ご案内します」

 

 

 そう言って背を向け、歩き出す少女に付いていく。店内を見渡せば確かに空いている席はなさそうだ。

 それにしても、女性客が多いな。女性客達の手元にはかなりの割合でシュークリームがあった。いつも紫苑が買ってきてくれるやつと、どっちが旨いんだろうか。

 

 

「こちらがメニューになります」

 

「ありがとう」

 

「ごゆっくり~」

 

 

 俺がメニューを受け取り礼を言うと、少女は定型文を言って他の仕事に向かう。

 

 

「あれ、何かやってんな」

 

「はい。剣道……いえ、剣術、でしょうか」

 

「そこらへんだなぁ」

 

 

 足運びなんかもそうなんだが、何より軸のブレが少ないのが俺と愛紗の目に止まった。熟練したもの、という訳でもないが才能があるのは確かだな。

 

 

「お客様、ご注文は?」

 

 

 少女の動きを注意深く見ていると、向かい側から声を掛けられた。その声には怒気と若干の殺気が含まれていた。

 

 

「っと、そうだった。愛紗、どうする?」

 

 

 疑問に思いながらも少女から受け取ったメニューを、自分と愛紗の間で広げて訊く。

 

 

「そうですね……では、このチョコレートケーキとオレンジジュースを。宏壱さんは?」

 

「う~ん、シュークリームとアイスコーヒーで」

 

「かしこまりまし、た」

 

 

 なんか今変な切れ方したな。と、メニューに落としていた視線を上げ、カウンターの中にいる人物を見る。目の前には何処かで見た男が呆けたように俺の顔を見ている。

 

 

「君、は。宏壱君、かい?」

 

「あ? ああ、そうだけど。あんたと何処かで会ったことあるか?」

 

「え?……覚えていないのかい?(?でも確か宏壱君は、今は八歳だと言っていたような……これは、どういう?)」

 

 

 何処で会ったんだっけか。あー、始業式、じゃなくてあれは入学式、か? そうだ、確か校門で呼び止められたんだったな。

 

 

《その通りです》

 

《心を読むな。無限》

 

 

 ナチュラルに心を読んできた無限に、ピシャリと言い放ち念話を切る。

 そういえばなのはの声が聞こえてたな。父親、か?

 

 

「……魔法使い」

 

 

 ピクッ、と愛紗のこめかみが動いた。顔はカウンターの奥に立つ男に向けたまま横目で俺を見る。その目が「どういうことか説明しろ」と語って――《後で話があります》――……念話で言われたな。

 

 

「それを知ってるってことは、あんたやっぱり」

 

「なのはの父、高町士郎だよ」

 

「山口宏壱だ。あんたが俺を知ってる理由が分かった。あんたが出会った俺は多分、思念体だろ?」

 

「思念体?」

 

「んー、説明しても良いんだけどな……腹へった」

 

 

 その俺の言葉に一瞬キョトンとした高町士郎は、すぐに笑顔を浮かべ「それはすまなかったね」と言って厨房に顔を出し俺と愛紗の注文を告げ、先にアイスコーヒーとオレンジジュースを入れてくれる。

 

 

「説明はまた今度聞くとして、そちらは君の彼女かい?」

 

「ああ、似たようなもんだ」

 

「?表現がハッキリしないね?」

 

「あるんだよ、色々とな」

 

「関 愛紗と申します」

 

 

 そう言って愛紗は浅く頭を下げる。愛紗だけでなく桃香や鈴々、星達にも名乗るときは姓と真名を名乗ってもらっている。姓・名・字を名乗らせても相手を混乱させるだけだしな。

 高町士郎、士郎さんは頭を下げる愛紗を見ている。見惚れているって訳じゃなさそうだな……所作、動作、目のやり場、それらから愛紗の力量を測っている、のか?

 

 

「君は」

 

「はい?」

 

 

 士郎さんがポツリと漏らした言葉は愛紗の耳にギリギリ届いたようで、先を促すように愛紗は小首を傾げる。

 

 

「君は人を――「あーーーっ!!お父さんが女の人に見惚れてるーーっ!!」――え?」

 

 

 言葉を続けようとした士郎さんを遮り、さっき俺達を案内してくれた少女が叫んだ。

 

 

「親子だったんですね」

 

「みたいだな(ってことは、あの子がなのはの言ってたお姉ちゃんか)っ!?」

 

 

 そんなことを考えていると、寒気がした。隣を見れば愛紗も同じようで、身を固くして一点を見つめている。何を見ているのかとそこ、士郎さんの奥に視線をやれば……。

 

 

(……怖っ!?)

 

 

 笑顔の女性がいた。笑っているんだが、目が据わっている上に、女性の周囲が黒い靄で霞んで見える。

 

 

「も、桃子。こ、これは」

 

「士郎さん」

 

「は、はい……」

 

「少しお話があります」

 

「…………はい」

 

 

 声小っさっ!? さっき怒気と殺気を放ってた人物とは思えないぐらい悲壮感に満ちてるよっ!!

 女性は俺達に一度会釈して士郎さんに視線だけで合図?を飛ばし先を歩いていく。その後を士郎さんが肩を落として付いていった。

 

 

「……あ、まだ来てない」

 

「……って俺らが注文したもんは!?」

 

「お待たせしましたー、チョコレートケーキとシュークリームになりまーす」

 

 

 女性と士郎さんが店の奥に消えて2分弱、愛紗の呟きで我に返り、注文したものがまだ来てないことを思い出した。とほぼ同時に横合いから手が伸びてきて、俺と愛紗の前に皿を置いた。

 

 

「……店は良いのか?」

 

「あはは、お客さんも落ち着いてきましたし、今なら大丈夫ですよ」

 

 

 苦笑して言う少女の言葉通り、あれだけいた店内の客はいつの間にかまばらに残っているだけだった。

 

 

「……いつの間に」

 

「気づきませんでした」

 

「お父さんとなにか大事な話をしていたみたいですから」

 

「まぁ、そんなたいしたものでもなかったんだけどな」

 

「それよりも、早く食べてください。そのシュークリーム、うちのおすすめなんです!」

 

 

 どうぞどうぞと急かす少女にひとつ頷いて、愛紗はフォークでチョコレートケーキを切り、俺は拳大のシュークリームを手に取り口に運ぶ。

 

 

「「……美味い/……美味しい」」

 

「でしょ!お母さんの得意料理で――」

 

 

 語りだした少女とそれに困った顔で取り合えず相槌を打つ愛紗を置いておいて、今食べたシュークリームの事を考える。

 外はカリッと中はふわふわで、しっとりとして濃厚なカスタードクリームとマッチしている。そう言えば甘く感じるかもしれないが、胸焼けを起こすことなく幾らでも食べられる程度に抑えられていて、甘い物が苦手な人でも充分に満足させれるものだ。ただ、気になるのはそれじゃなくて、紫苑が買ってきてくれるやつと同じ味がするってことだ。ほのかに香る甘いハチミツの匂いが全く一緒なんだよな。……訊いてみるか。

 

 

「なぁ――「それに紫苑さんがすごく美味しいって誉めてくれたんです! あ! 紫苑さんは(うち)のお母さんみたいにすっごく優しい人で常連さんなんですよ! 料理のことでお母さんと話してたり、子育てのことでお母さんが相談してるのも見ました! 後は好きな男の人のことでのろけ合ったりとか! 他にも」――……うん、行き付けの店なんだな」

 

「そのようですね」

 

 

 聞くまでもなく客の情報を喋りまくる眼鏡少女。紫苑はかなり懐かれているらしい。

 

 

「「ただいまー!」」

 

「……美由希、何をしている」

 

 

 幼い声が二つ店内に響き、続いて低い青年の声が聞こえた。声の発信源を見やれば、一人の青年と二人の少女、幼い少年がいた。少女には見覚えがある。高町なのは、この町で出来た俺の友達、そして同じクラスの高町咲。引っ越してきたって話らしいが……何か事情でもあるんだろうな。

 

 

「あ、恭ちゃんお帰り~。どうだった?」

 

「ああ、間に合った」

 

「うん! こんなにいっぱい買えたの!」

 

 

 そう言ってなのはが両手に持つビニール袋を掲げる。うっすらと透けて見えるビニール袋の中には特売の文字と肉の色、大量に肉を買ったらしい。四人全員が両手にビニール袋を持っている。その店の肉買い占めたのか?ってくらいに。

 

 

「咲? 大輝くん?」

 

「……あ、な、何でもないよ! えっとお客さん?」

 

「うん、だってまだ閉める時間じゃないし」

 

「そっか……そうだよね。何言ってるんだろ、

 私……」

 

 

 高町と大輝と呼ばれた少年が俺と愛紗に視線を向けていた。正確には高町は俺に、大輝少年は愛紗に、だけどな。妙な視線だ。驚いてる、のか?

 

 

「大輝くん? どうしたの?」

 

「いや、何でもないよ。なのは」

 

 

 なのはの声で我に返った大輝少年は、一度愛紗に視線をやり一瞬俺を見て興味が失せたように視線を逸らす。

 

 

「……あの(わっぱ)

 

「抑えろ。ガキにマジになるなよ」

 

 

 愛紗が怒りの視線を向ける。

 大輝少年から視線が来た瞬間、俺に向けて放たれた殺気、児戯にも等しいそれを浴びたところでどうということはない。それでも気になるのはなのはと大輝少年以外の反応だ。

 眼鏡少女に恭ちゃんと呼ばれた青年は、目を細めて静かに重心を前にやり臨戦態勢。

 恭ちゃん青年に美由希と呼ばれた眼鏡少女と高町は、身を固くしていて緊張しているのが分かる。

 なのはは何がなんだか分からず視線を行ったり来たりと忙しなく動かし、元凶の大輝少年は小首を傾げている。状況が分かっていない? 鈍感なのか、本人に見合った力じゃないのか、どっちなんだろうな?

 

 

「あら? 恭也達も帰っていたの?」

 

 

 奥から士郎さんを連れていった女性、高町母が出てきて恭ちゃん青年は臨戦態勢を解く。それに合わせて愛紗も怒気を納める。

 

 

「あ! お母さん! お父さん!」

 

「っと、お帰り、なのは」

 

「ただいま!」

 

 

 高町母に続いて奥から出てきた士郎さんに、なのはが駆け寄り飛び付いた。士郎さんはそれを優しく受け止め、なのはの頭をそっと撫でる。

 

 

「ふぅ~、おかーさんありがと~」

 

 

 緊張が溶けて気が抜けたのか、眼鏡少女は近くの椅子に座り込んで机にぐでーっと体を投げ出す。高町もそこまではいかないが、息を荒くして呼吸している。

 

 

「???」

 

 

 高町母はなんの礼か分かってないな。まぁ、それも当然だろうが……にしても、だ。若すぎないか? 恭ちゃん青年はどう見ても高校生くらいだ。17、8ってとこだろう。士郎さんと高町母、外見年齢は凡そ20代前半、見る人によれば10代後半でも通るかもしれん。これで三児の母、父って誰が信じるんだよ。

 

 

「恭也、いっぱい買ったね」

 

「ああ、大輝がよく食べるからな」

 

「すいません士郎さん」

 

 

 そう言って頭を下げる大輝少年に、「構わないよ」と笑いかけた士郎さんは、体を俺達に向け「バーベキューをするんだけど、君達も一緒にどうかな?」と誘ってきた。

 

 

「あー、いや俺達は――トゥルトゥットゥットゥルットゥ~♪トゥルトゥットゥットゥルットゥ~♪トゥルトゥ~♪――っと悪い、電話だ」

 

 

 右から左へ受け流すような音楽が店内に響く。発信源は俺のジーパンの腰ポケットからだ。取り出した携帯の通話ボタンを押し出る。

 

 

「もしもし」

 

[あ、出た]

 

「いや、そりゃ出るだろ」

 

 

「なに言ってんだお前」とこれ見よがしに、通話先の相手にも聞こえるように溜め息をつく。

 

 

[仕方ないだろ! まだ慣れてないんだから!]

 

「翠、兄上の耳元でがなり立てるな」

 

 

 底冷えするような声が傍から聞こえた。さっきの大輝少年の所為で、かなり気が立っているらしい。宏壱さんから兄上に戻ってるし。

 

 

[あ、兄貴……愛紗になんかしたのか?]

 

 

 その愛紗の声は電話の相手、翠にも届いたようで若干震えた声で聞いてくる。愛紗、結構恐がられてるからな。説教長すぎて。

 

 

「いんや、俺じゃねぇよ。ただ、今は刺激すんな。ちょっとキレかけてるから」

 

[お、おう]

 

 

「別に怒ってなどはいませんが……」と拗ねる愛紗の頭を電話を持っていない方の手で優しく撫で落ち着かせ――「なぁっ!? あ、あ、あああああああに! あに!」――……逆効果だったな。この際行くとこまで行こう、と決意して慌てる愛紗の艶やかな黒髪を撫で続ける。めっちゃ顔赤いけど撫でる。払い除けられないし、逃げられないし。

 周囲の連中は、微笑ましげにこっちを見てる。妙に突っかかってくる視線がひとつあるけどな。俺を蔑んでるような、嫌悪するような目だ。気に食わない……が、ここで愛紗を撫でるのを止めればそれに気付き『青龍偃月刀』が牙を剥くんだろうな。

 

 

「んで、どうした?」

 

[あー、ちょっとこっちで立て込んでてさ]

 

「立て込んでる? 応援要請か? お前と雛里が居るのに?」

 

[いや、今日は帰れないって報告]

 

「なるほど、了解。なら晩飯はいらないんだな?」

 

[おう。え?……兄貴、雛里が代わりたいってさ]

 

 

 そう言って翠は雛里と交代する。

 

 

[か、代わりましゅた!]

 

「落ち着け、雛里。緊張しすぎだ」

 

[は、はいでしゅ! あわわ! また、噛みまひゅっ!?~~~~っ!!]

 

 

 盛大な噛み方をしたようで、耳に当てた受話口から、悶絶する声にならない声が聞こえた。

 

 

「大丈夫か?」

 

[ら、らいひょうふれふ]

 

「……無理はするなよ?」

 

[はひ]

 

 

 暫く雛里が噛んだ痛みが引くのを待つ。1分後痛みが引いたのか、雛里は今度こそ流暢に喋り出す。

 

 

[その、ちょっとした報告です]

 

「報告?」

 

[はい。今日ゼストさん達の部隊が、とある違法研究所を襲撃しました。不躾な質問ですが……お兄様は戦闘機人をご存知ですか?]

 

「いや、知らないな」

 

[戦闘機人は人体に機械を埋め込むことで、通常の人間の能力を飛躍的に上昇させた人造人間なんです。ただ、機械を埋め込むのにも適性がいるんです。その適性がないと被験体に拒絶反応が起きて、最悪死んでしまうそうです]

 

「それはまた、何で分かったんだろうな?」

 

[一定の成果が出るまでに少なくない犠牲者がいたようなんです……]

 

 

 雛里の声は沈痛で悔いのあるものだった。嫌なものを見たのかもな。

 どうしようもないと分かっていても、割り切れない思いがある。それだけ彼女が優しく、強い……その証明になる。スポーツなら敗けを引きずって良いことはない。そこは割り切って敗戦を忘れて次に打ち込むのが利口だろうが……命のやり取りをするのに、救えなかった命があるのに割り切る? それはただの忘却にすぎない。受け止め呑み込み己が糧とする。それが強さだ。彼女はその強さを持っている。何せうちの立派な軍師様の一人だからな。そんじょそこらの参謀気取りとは格が違う。

 

 

「それで? さっきの話とどう繋がるんだ?」

 

 

 違法研究所の事をぼかして訊く。士郎さん達がいるから、違法研究所がどうの、人造人間がどうのと言い広める訳にはいかないからな。まぁ、大凡の見当はつくが、一応な。無いとは思うが、ここでつまらない勘違い起こして、実は別の話でした。とか笑い話にもなんねぇし。

 

 

[はい、ゼスト隊が検挙した違法研究所が、その戦闘機人生産プラントだったんです。実は、まだまだプラントが残っていることが分かりまして、当分のゼスト隊の任務はプラントの検挙になるようです。それで私達にも応援要請が掛かってるんです]

 

「なるほど……つまり数以上に別のなにかがあるんだな?」

 

[はい]

 

「……分かった。話は明日、お前らが帰ってきてからしよう」

 

[はい、です]

 

「んじゃ、無理はすんなよ」

 

[はい!]

 

 

 Piっと通話終了のボタンを押し携帯を閉じてポケットに仕舞う。

 

 

「それで、翠は何と?」

 

「今日は帰れないんだと」

 

「そうですか……では、バーベキューにお呼ばれしては?」

 

「そうだな………」

 

 

 愛紗と相談の結果、俺達は高町家、大宮家が海鳴市郊外にある山で行うバーベキューに参加することに決めた。

 それを伝えたところ、高町夫妻と眼鏡少女、なのはは歓迎、恭ちゃん青年は訝しげ、高町は戸惑い、大輝少年は胡散臭げに、と様々な反応を見せた。

 バーベキューグッズは既に現地に持っていってるようで、運ぶ物は食材と飲料水だけらしく俺は飲料水の入ったクーラーボックスを、愛紗はリュックに詰められた野菜を運ぶことになった。

 




戦闘機人の解釈は自分としてはこんな感じなんですがどうでしょう?もう少し深く、とも思ったんですけどそこで長く尺を取っても、と言うことでそれはまたの機会にと持ち越しました。

本当は翠屋に行かす予定はなくて、もっと別の人物との回顧が有ったはずなんですけど……いつの間にかバーベキューをすることに、何でこうなったん?
ま、まぁ、ちょっと書いてて、あれ?それて来てる?ま、ええか!何て思ってたんですけどね。

まだまだ原作に突入する気配はありませんね、最近五十話?無理です。と開き直っている自分がいます。

さて、ではまた次回にてお会いしましょう!


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第二十六鬼~赤鬼とバーベキュー~

二十五話冒頭の部分を加筆しました。ちょっとこじつけと言うか、前後で若干辻褄が合わないと思いますが、これ以上いじると余計変なことになると思い、妥協しました。今話の後書きでも補足しておきます。

では、本編どうぞ!


side~咲~

 

 ジュウゥゥっとお肉の焼ける音が耳朶を震わせ食欲を増幅させる。

 

 

「……よく食べるね」

 

「兄上は大食らいですから」

 

 

 此処は海鳴市郊外にある山の中。普段は人気がなく静かな場所。そこに一戸の小屋がある。木々に囲まれ草木が生い茂っていて見通しが悪く、外からもこの小屋を見つけるのは困難だ。小屋の入口側、正面は開けていて確りと人の手入れがされているのが分かる。休日になると士郎お父さんと恭也兄さん、美由希姉さんと私で此処に来て鍛練をする。御神流は教えてもらえないけど、剣の扱い方、体の動かし方、基礎体力の付け方、色々なことを教わっている。当然、摸擬戦なんかもよくやる。

 そんな殺伐とした場所が今夜は親睦会って言ってもいいのかな?兎に角、高町家、大宮家そして一組の男女の憩いの場となっている。

 

 

「わぁ~、大輝君と同じくらい食べてるの」

 

「そうねー。やっぱり男の子だもの、これくらいは食べないと」

 

「………俺はこんなに食べない」

 

「…………」

 

 

 みんなが口々に目の前の男性のことで話している。大輝君はなんだか不機嫌で黙りだけど、そんなことも気にならないくらい私は戸惑っていた。

 

 

(山口君と魔力反応が全く一緒、だよね。)

 

 

 山口宏壱さん、今日のお客さんの一人で士郎お父さんの知り合いみたい。桃子お母さん知らない人だったから、古い友人なのかな?って思ったんだけど、知り合ったのは最近らしい。

 と言うか、完全に同姓同名なんだけど……隠す気ないよね? あ、でも私のこと覚えてないのかも。同じクラスなのに覚えられてないって、ちょっとショックかも。

 

 

「咲、箸が進んでいないようだが?」

 

「ううん、何でもないよ。ただ、すごい食べっぷりだなーって思って」

 

 

 恭也兄さんに言われてチラチラと山口さん?を見ながらお箸を伸ばし、受け皿に入れられたお肉を挟んで口に運ぶ。

 

 

「あはは、確かにそうだね。もう何人前食べたのかな?」

 

「五人前だ」

 

 

 愛紗さんが美由希姉さんの言葉に答えながら網の上にお肉を置く。お肉の焼き加減を見計らって山口さん?がひっくり返す。阿吽の呼吸、その言葉がしっくり来るほどに二人はお互いを理解してるみたい。

 

 

「………」

 

「どうしたんだ、大輝? さっきから宏壱君を睨んで」

 

「……何でもない」

 

 

 大宮のおじさんが訊いても、大輝君はそっぽを向いて素っ気なく答える。

 

 

「そんな態度をとっちゃダメよ、大ちゃん。宏ちゃんに失礼だわ」

 

「……別に、僕はいつも通りだよ」

 

「もう、この子ったら。ごめんなさい、宏ちゃん。普段はこんな子じゃないのだけど」

 

「いや、気にしてない」

 

 

 大宮のおばさんの謝罪にそう言う山口さん?だけどその表情はちょっと引きつっている。でも、多分だけどこれって、大輝君の態度よりも大宮のおばさんの呼び方なんじゃないかな。大宮のおばさんは人の名前を略して且ちゃん付けで呼ぶから……男の人には抵抗感があるんだと思う。

 

 

「そうだ、恭也」

 

「父さん、どうした?」

 

「来月の話になるんだけどね。篠ノ之道場から交流試合の申し出があったんだよ」

 

「千冬、か?」

 

「そう。あと束ちゃんと箒ちゃん、一夏君も来るそうだよ」

 

「箒ちゃんと一夏君が来るの!?」

 

 

 誰だろう? 士郎お父さん達は皆知ってそうだよね。………なんだか疎外感。

 

 

「……あ、お母さん」

 

「え? そうね。咲」

 

「なぁに? 桃子お母さん」

 

 

 ちょっと、ホンのちょっと寂しくなって、紙コップに入れられたオレンジジュースをちびちびと飲んでいると、桃子お母さんが声を掛けてきた。

 

 

「篠ノ之道場の師範さん、篠ノ之柳韻さんはね、士郎さんの高校時代からの親友なの。それで互いに剣術をやっているということで、昔から家族ぐるみの付き合いがあって、偶に互いの弟子を交流試合と称して闘わせて切磋琢磨させるの」

 

「へぇ~」

 

 

 私は感心して頷く。そうやって切磋琢磨出来るってことは、あの恭也兄さんと実力が近い人なのかもしれない。私も士郎お父さんと恭也兄さんに鍛えてもらってるけど全然勝てる気がしないもん。普通の小学生よりは強いと思うんだけどなぁ。

 あ、でも愛紗さんなら恭也兄さんに勝てるかも。実力はよく分からないけど、すっごく強いのだけは分かる。今の私じゃ到底敵わないってことくらいは、ね。それ以上に底が見えないのは山口さん?だけど。普通に見えるんだけど、普通じゃないって言うか、上手く言えないんだけど……ひとつ分かるのは愛紗さんよりも強いってこと、かな。

 

 

「…………」

 

「大輝君、どうしたの?」

 

「い、いえ! 何でもありません!…………どうなってるんだ。千冬? 束? 箒? 一夏? これじゃあまるで………この世界はいったい………?」

 

 

 驚いたように目を見開いていた大輝君に訊いてみると、誤魔化すようにお肉を頬張る。その後にまた小声で何かを言いながら考えに耽った。

 

 

「………」

 

「兄上、どうかしましたか?」

 

「いんや、どうもしねぇよ。ほら肉焼き上がってんぞー、どんどん食え~」

 

 

 そんな感じでバーベキューは続いた。

 

 

 

 

 

「もう9時だね」

 

「ええ、そろそろお開きにしましょうか」

 

 

 美由希姉さんが携帯で時刻を確認する。桃子お母さんは現在時刻を聞いて、柏手を二度打って終了を告げる。

 

 

「あれ? 士郎お父さんは? 山口さんと愛紗さんもいない」

 

「向こうの川の方に行ったよ。ちょっと大事な話があるんだって」

 

「大事な話?」

 

 

 二人は何処で知り合って、どういう関係を築いたんだろう? 今回が二度目だという二人は、どうしてあそこまで気さくに会話が出来るんだろう? なんだかすごく大事なことのようで、知らなくちゃいけない気がした。

 

 

「……咲」

 

「恭也兄さん、どうしたの?」

 

「父さん達を呼んできてくれ」

 

「私が?」

 

「ああ、なのはは……ほら」

 

 

 そう言って恭也兄さんが指差した先には、うつらうつらと折り畳みの椅子に座って船を漕ぐなのはちゃん。もう遅いもんね、それにちょっとはしゃいでたみたいだし。

 

 

「うん、分かった」

 

「気を付けてね」

 

「大丈夫だよ、桃子お母さん。それじゃ、行ってきまーす」

 

 

 見送ってくれる桃子お母さん達に手を振って、この数ヵ月で慣れた道なき道を進む。道沿いに歩くよりも、茂みの中を進んだ方が早く着くからね。

 

 

「――――」

 

 

 川に近づいてくると、川のせせらぎに紛れて男の人の声が聞こえた。声がした方向に進路を変えて足を進める。

 

 

「士郎お――「なのはに会ってやってはくれないのかい?」――……え?」

 

 

 見えた士郎お父さんの背中に声を掛けようとしたけど、士郎お父さんの言葉に遮られてタイミングを失う。気になることもあったし。

 

 

「まぁ、な」

 

「それは何故?と訊いてもいいのかな?」

 

 

 私は大事な話だと感じて気配を消そうと集中し――ようとして止めた(正確には中断させられたって言った方が正しいけど)。首筋に鋭利な刃物を突き立てられた感覚に陥ったからだ。

 

 

(後ろを取られたっ!?)

 

 

 狼狽して動けない。背中を冷や汗がつたうのが分かった。

 

 

「すまない。驚かせた」

 

「……え?」

 

 

 それは聞き覚えのある女性の声で、今日の夕方にお店で初めて聞いたものだった。

 振り返れば予想した通りの女性が、さっきまでの可憐な印象と全く違い、凛とした雰囲気を放って立っていた。

 

 

「愛紗、さん?」

 

「?そうだが?」

 

 

 不思議そうに小首を傾げられた。その目は「何を言っている?」と如実に語っていた。

 

 

「あ、いえ、そのさっきまでと雰囲気が違うなーって」

 

「む? そうか? 自分では分からないが」

 

「やっぱり山口さんの前だから、かな?」

 

 

 ぽそりと呟いた言葉が聞こえたのか、顔を赤くして明後日の方を向く。前言撤回、この人すごくかわいい人だ。

 

 

「こほん、それよりも」

 

 

 口許に手をやってワザとらしく咳払い、そしてあからさまな話題の転換。うん、すごくかわいい人だ。

 

 

「急に気配を殺せば気づかれるぞ」

 

「え?どうしてですか?」

 

「さっきまでそこにあった気配が急に消えるのだ。気づくなと言う方が無理がある」

 

「……ぁ……」

 

 

 そっか、考えてみればそうだよね。気配が消えるってことは、そこに穴が開くってこと。そんな大きな異変に山口さん?は分からないけど、士郎お父さんは絶対に気づくよね。

 

 

「取り合えず、気配は殺さずそのまま居ればいい。どうせ気づかれているからな」

 

「え……?」

 

 

 愛紗さんが視線を私の後ろに向ける。それにつられて後ろを見れば、士郎お父さんの前に立っていた山口さん?と目が合った。

 

 

「どうしてもダメかい?」

 

「そう言われても、な。合わす顔がない、と言うか」

 

「君も妙なところで弱気になるね。なのはが笑顔になったのは、君のお陰だと聞いているよ」

 

「大した事はしてないけどな」

 

「友達になってくれたじゃないか。初めての友達に」

 

「………」

 

 

 士郎お父さんの言葉で山口さん?は照れ臭そうに後ろ頭を掻いて明後日の方を見る。その仕草が何処と無く愛紗さんに似ている気がした。

 愛紗さんは山口さん?のことを兄上って古風な呼び方をするけど、容姿が全然似てない。さっき大輝君が山口さん?に聞こえないように、愛紗さんに訊いているのが聞こえたんだけど。実は本当の兄妹じゃないらしい。愛紗さんはそれだけしか答えてくれなくて、詳しいことは分からなかったけどね。

 

 

「………なのはは、なのはは寂しそうだったか?」

 

「そうだね。時折君の写真を見ているみたいだよ」

 

「………そうか」

 

「もう一度訊くよ。………なのはと会ってくれないかい?」

 

 

 士郎お父さんの言葉を受けて山口さん?は目を閉じて、一息間を空けて目を開き。

 

 

「…無理だ」

 

 

 短く、重々しくそう言った。

 

 

「……理由を訊いてもいいかな?」

 

 

 士郎お父さんは怒るでもなく静かに山口さん?に訊いた。

 

 

「前は気が付かなかったことがある」

 

「気づかなかったこと?」

 

「あの子の中には強大な力が眠っている」

 

 

 それってもしかして……。

 

 

「それは君が使っていた力かい?」

 

「いや、あれとはまた違うものだ。今俺が言ったのは――「魔法、ですか?」――………なるほど、自覚があったのか。だから、俺のことを見てたんだな? 自分のクラスメイトの山口宏壱か否か、と」

 

「あ、気づいてたんだ」

 

「あれだけ見られてたらな。気づくなって方が無理じゃないか?」

 

 

 そんなに見てたんだ、私。自分じゃ気を付けてるつもりだったんだけど。

 

 

「そういえば、宏壱君は咲と同じクラスだったね」

 

「ああ」

 

「んん、話が逸れてきています」

 

 

 私の後ろで咳払いをした愛紗さんが、逸れかけていた話を戻す。

 

 

「そうだったね。それで、魔法というのは?」

 

「魔法ってのは――」

 

 

 そこから山口さん、うんん、山口君は語った。山口君が言う魔法とは科学の延長線上であること。リンカーコアのこと。デバイスのこと。自分の今の姿が、魔法の力の恩恵であること。自分が傍にいることで、なのはちゃんの魔法の力が開花しかねないこと。淡々と10分程の時間でそれらを語った。だけど……。

 

 

「別にいいんじゃないかな?」

 

「あ? 何が?」

 

「えっと」

 

 

 うぅぅ、怖いよっ! 目つきが悪いだけっていうのは分かってるんだけど、それでも、睨まれているみたいで……。

 

 

「はぁ、まったく兄上は……そんなに睨み付けては咲が可哀想でしょう」

 

「に、睨んでねぇよっ!」

 

「僕の娘を泣かせるつもりかい?」

 

「こえーなっ!? どっから出した! その木刀っ!」

 

 

 さっきまでの雰囲気が一気に壊れた。もしかしなくても私の所為だよね?

 

 

「だーっ! で!? なん、だ!」

 

「さす、がっ! だねっ! 当たらっ! ないっ! なん、てっ!」

 

「やれやれ」

 

 

 山口君は士郎お父さんの猛攻を躱しながら私に聞いてくる。本当にどこから出したんだろう、あの木刀。………でも、凄いなぁ。士郎お父さんの攻撃を躱し続けるって。死角から、正面から、側面から、下から、上から、足下を狙って、肩を狙って、首を狙って、腕を狙って、頭を狙って、胴を狙って、と10秒間で様々な位置から角度から振るわれる斬撃(木刀で傍に有った岩が切れたんだもん。斬撃って呼ぶしかないよ)を山口君は細かなステップと上体を微かに揺らすだけで躱していく。

 

 

「と、止めなくてもいいんですか?」

 

「そのまま話せばいい。兄上なら大丈夫だ」

 

 

 そう言う愛紗さんは何の心配もしてないみたいで、真っ直ぐに視線を士郎お父さん達に向けている。見えてるのかな? 見えてるんだろうなぁ。私には士郎お父さんが腕を振るった瞬間と振り抜き終わった時、その時に若干、山口君の位置がズレているくらいしか分からない。次の瞬間にはまた木刀は振り抜かれていて、山口君はちょっと後ろに下がっていたり横にズレていたり……。凄すぎるよ。士郎お父さんも山口君も人間業じゃないよ。

 

 

「その、使えるように教えてあげればいいんじゃないかなって」

 

「それっ、は! 危険っ、過ぎ、るっ!」

 

「危険?」

 

「このっ、地球っ! 上っ、には! 魔導師っ、だけじゃないっ! もっとっ! 危険なっ、連中がいるんだ、よっ!」

 

「おっ、とっ!」

 

 

 山口君は一度大きく後ろに跳び、川の中から顔を出している岩に着地、一瞬姿が消えて次の瞬間には士郎お父さんの正面で高々と上げた右足を振り落としていた。士郎お父さんはそれを木刀で受けながら、衝撃を地面に逃がした。何でそれが分かったのかって? 士郎お父さんの立っている地面に、大きな亀裂が入ったからかな。それでも折れないあの木刀がどうなっているのか、一番気になるけど。

 

 

「危険?」

 

「はっ、はっ、ふぅぅ……どういうことだい?」

 

 

 士郎お父さんが汗をかく姿なんて初めて見た。それに比べて山口君は息を荒げることも、汗をかくこともなく静かに着地した。

 

 

「兄上、まさか……?」

 

「ああ、知って損はないだろ」

 

「ですが、戻れなくなりますよ。士郎殿は兎も角、咲は……」

 

「私、聞きます。聞かせてください!」

 

「咲もこう言っている。聞いて損がないのなら、聞かせてくれないかい?」

 

 

 士郎お父さんは私の頭に優しく手を置いて、真っ直ぐに山口君を見る。

 

 

「提案したのは俺だぞ、断るわけ無いだろ?」

 

「はは、そうだね。では早速――「そんな時間はないですよ、兄上」――……え?」

 

「ん?」

 

「咲、お主は何故ここに来たのだ?」

 

 

 士郎お父さんと山口君は不思議そうに私を見たあと、「ああ、なるほど」と何かを察したみたい。

 

 

「そういうことなら、明日家に来てくれ」

 

「え?」

 

「そうだね。時間もないようだし、咲を連れていくよ」

 

「……え?……え?」

 

「では、戻りましょう」

 

「「おう/そうだね」」

 

「えぇぇ?」

 

 

 戸惑う私を気にせず士郎お父さん達は来た道を戻っていく。

 

 

「咲ー、置いて行くよー」

 

「待ってよー!」

 

 

 取り合えず置いて行かれないように、薄情者の大人三人(一人、魔法で大人の姿になっている子供がいるけど)を追いかけることにした。

 

side out

 

 

 

 

 

―――その後の会話~宏壱・士郎~―――

 

「しかし、よくあれだけ動けたな」

 

「何がだい?」

 

「数ヵ月前まで意識不明だった人間だと思えない、と思ってな」

 

「体力はまだ戻ってないよ。でも」

 

「でも?」

 

「体が軽いんだ。怪我をする前よりも動けているよ」

 

「あ、あー、なるほど、分かった」

 

「何か心当たりでもあるのかい?」

 

「それも明日だ」

 

「勿体ぶるね」

 

「ほっとけ、性分だ」

 

 

 二人は旧知の友のように、そんな会話を別れ際まで続けた。

 




では前話の補足を………実は当初二十五話で登場する人物と言うのは八神夫妻でした。それがいつの間にか高町家、大宮家とバーベキューという流れに……後で思い返して、ちょっとねじ込めへんかなー、と考えて試してみればギリギリ入ったので、これでええか、と妥協しました。
捏造設定になりましたが、こうしないとあの子の関西弁が説明つかないんですよ。物心ついた時には海鳴に住んでて親がいない。関西弁にならないです。物心ついた時は周囲が関西弁を喋る環境下で、尚且つ親がいる。ならありえるんですけどね、生まれも育ちも、となると例え親が関西人でも関西弁になるかどうか……自分は生まれも育ちも関西ですから、絶対にとは言えませんが。

それは置いておいて、本編です。織斑姉弟、篠ノ之姉妹の登場です(名前だけ)。ISの本編はないと断言します。やってしまうと世界観が完全に死んでしまいますから。
咲や大輝と違いこの四人は最初っから出す予定でした。何処に、どんな風に絡ませようかは決めていませんでしたが大輝の能力を考える過程でネタを思い付きました。それもちょっと先になるんですけどね。

では、また次回お会いしましょう!






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第二十七鬼~赤鬼と説明会~

今回はかなり難産でした。


side~宏壱~

 

「いらっしゃいましぇっ!」

 

 

 玄関の方から雛里が盛大に噛んだ声が聞こえた。ましになったとは言え、人見知りの気が治らない雛里にはキツかったか。

 

 

「分かってたんなら行かすなよ」

 

 

 俺の左隣に座る栗色の髪を高い位置でポニーテールにした少し眉が太めの女性、翠が呆れたようにそう言ってくるが、無視して茶を啜る。

 

 

「お、お連れしましゅた」

 

「「お邪魔します/お、お邪魔します」」

 

 

 淡い紫色の髪をツインテールにした小柄な少女雛里が居間にやって来て、それに続いて二人の訪問者が姿を見せる。

 

 

「おう、座ってくれ」

 

 

 雛里が居間に連れてきた訪問者の二人、士郎さんと高町に俺の向かい側に座るように促す。そこには、既に座布団が二枚並べて置かれていた。二人が来ることは予定されていたからな。

 

 

「それじゃ遠慮なく」

 

「う、うん」

 

「雛里、茶を出してやってくれ」

 

「はいでしゅ!」

 

 

 雛里のやつ、緊張しっぱなしだな。高町もだけど。

 

 時刻は午後4時、今日は愛紗とのデートの翌日、士郎さん達との約束の日だ。昨日帰りの別れ際に、家の住所を書いた紙切れを渡しておいた。それを頼りに家に来た士郎さんと高町を、家に招き入れたって訳だ。

 因みに今日は翠と雛里が非番で、愛紗は『蜀伝の書』に戻り、星(趙雲)と要(太史慈)がミッドチルダに出勤している。

 士郎さん達が来る前に翠と雛里から、昨日、ゼスト隊が摘発したという違法研究所、戦闘機人生産プラントの詳しい話を聞いた。どうやら実験と称して攫ってきた人間に機械を埋め込んで、プログラムを打ち込み、強制的に命令に従うように設定されているようだ。その設定では、プログラムに登録されていない人間を排除する。というもので外部からの侵入者を攻撃するように設定されていたらしい。

 雛里は本部で事務作業をしていて、ゼストさんが上げた報告書でしか見ていないそうだが、翠は縦隊して実際にその戦闘機人を見て戦闘を行ったらしい。実力は……翠が物足りないと言っていたが、魔導師ランクで言えばAランク程度、監理局の平均がC~Bらしいから並みの局員じゃ厳しい。被害者は皆病院に送られた。後は向こうの仕事でこっちは関与しない。

 

 

「そ、粗茶でしゅが」

 

「ありがとう」

 

「あ、ありがとうごさいます」

 

 

 少し回想に耽っていると、お茶を入れてきた雛里が二人の前に容器を置き、ペコリとお辞儀をして持っていたお盆を胸の前で抱え、俺と士郎さん達との間にある机を避けて通り、翠とは反対の俺の右隣に座る。

 

 

「じゃ改めて、私立聖祥大附属小学校三年二組山口宏壱だ。士郎さんはこっちの姿は二度目になるか? この姿が俺の本当の姿だ」

 

「やっぱり、あの時の君がそうだったんだね」

 

 

 今の俺は子供の姿だ。先日の『グロウ』は省エネモードで戦闘向きじゃない。その分疲れたりはしないが、意味もなく使用するようなものでもない。

 

 

「翠、雛里」

 

 

 短く声をかければ二人はひとつ頷き、口を開く。

 

 

「「あたしは……/わ、私は……」」

 

「………はぁ」

 

 

 これは俺が悪いのか?二人の名前を一度に呼んだ俺が……。

 

 

「ったく。俺が紹介した方が早いな」

 

「「ご、ごめん…/あわわ! しゅみましぇん!

 」」

 

 

 溜め息をついて前を見やれば、士郎さんは苦笑していて、高町は忙しなく視線を右往左往と動かしていた。

 

 

「俺の左に座るのが馬 翠だ」

 

「馬 翠だ」

 

「……他になにかないのか、お前は」

 

 

 呆れて溜め息も出ねぇよ。

 

 

「何かって言われてもなぁ……あ、馬が好きだ。乗馬とか、手入れも好きだし。後は槍、くらいか?」

 

「槍?」

 

「ま、槍術ってやつだな」

 

 

 そう言って翠は頭の後ろで両手を組む。もう話すことはない、その意思表示だろう。

 

 

「こっちは鳳 雛里」

 

 

 雛里の肩に手を置いて勇気づけるように擦る。

 

 

「ほ、鳳 雛里でしゅ!」

 

 

 雛里は抱えていたお盆で鼻から下まで隠して自己紹介する。そんな雛里に、よく頑張ったと頭を撫でてやる。

 

 

「………」

 

 

 顔を赤くして「あわわ! あわわ!」と照れる雛里に和んでいると、左から棘のある視線を感じた。

 

 

「なんだ、羨ましいのか?」

 

「……話はいいのかよ」

 

 

 言葉にも棘がある。ホント、素直じゃないねぇ。撫でてやりたいのは山々なんだけど、身長が……なぁ? 今の俺がやったら滑稽だろ?

 

 

「じゃあ今度はそっちの番だ。俺は知ってるけど、二人は知らないからな」

 

「そうだね。僕は高町士郎。商店街にある喫茶店、喫茶・翠屋のマスターをしています」

 

「た、高町咲です! 山口君のクラスメイトをやらせてもらっています!」

 

 

 クラスメイトをやらせてもらっているってなんだよ。別に許可なんかいらんだろ。

 

 

「さて、これでお互いの名前も分かったことだし、本題に入ろう」

 

 

 俺は雰囲気を変え居住まいを正す。

 

 

「昨日俺が言った言葉を覚えてるか?」

 

「なのはに魔法を教えるのは危険、という話だね」

 

「ああ」

 

 

 ちゃんと覚えてたんだな。まぁ、自分の娘のことだ、当然か。

 

 

「俺が魔導師だって事は話したな?」

 

「聞いたよ。君たち魔導師にはリンカーコアと呼ばれる器官があって、なのはにもそれがある」

 

「んじゃ、昨日話した危険な連中ってやつを話そうか」

 

 

 軽く確認をとって、この地球に存在する人ならざる者達の話をするため茶で喉を潤す。

 

 

「気になった事があれば随時質問してくれ、確りと答えるから」

 

 

 二人が頷くのを確認して俺は口を開いた。

 

 

「この世界には人知を遥かに上回る頂上の存在がいる。彼らは神と呼ばれ、悪魔と呼ばれ、天使と呼ばれ、堕天使と呼ばれる。俺が会ったことがあるのは妖怪だけどな」

 

 

 一度茶を飲んで喉を潤し、以前八坂に聞いた話を語る。

 

 

「危険ってのは、悪魔が一番の理由だな」

 

「どうしてだい?」

 

「さっき言った妖怪の大将に聞いた話なんだけどな。悪魔には『悪魔の駒(イービルピース)』ってのがあるらしい」

 

「『いーびるぴーす』?」

 

「ああ、なんでも大昔に悪魔、天使、堕天使、その三勢力による戦争があったんだと。その戦争で悪魔、天使、堕天使に大きな被害が出た。天使は聖書の神が生み出すもの、堕天使はその天使が堕ちた存在。なら、悪魔は?」

 

「普通に男女の営みで出来るもの、かな?」

 

「し、士郎お父さんっ!?」

 

 

 臆面もなくそう言った士郎さんに、高町は頬を赤らめて抗議の声を上げる。

 

 

「そうだ。だがな、悪魔の出生率は人間のそれに比べて遥かに低い。このままでは悪魔は数を減らす一方だ。そこで産み出されたのが」

 

「『いーびるぴーす』、か」

 

「ご明答」

 

 

 これだけの情報量でよく導き出せたもんだな。思った通りのキレ者だな、士郎さんは。

 

 

「でも、そうだとして、その『いーびるぴーす』の効果は?」

 

「悪魔に転生させる」

 

「………転生?」

 

 

 なにも言わず黙っている高町の眉がピクリと動いた。転生って言葉に思うところでもあるんだろうか。

 

 

「そうだ。まぁ、眷属にするって言い方が正しいのかもな。『悪魔の駒』はチェスをモデルにしてあってな。『(キング)』、『女王(クイーン)』、『戦車(ルーク)』、『騎士(ナイト)』、『僧侶(ビショップ)』、そして『兵士(ポーン)』。『王』と『女王』が一つずつ、『戦車』『騎士』『僧侶』が二つずつ、『兵士』が八つ、計16の駒が存在する」

 

「丸っきりチェスみたいだね」

 

「だな。まぁ、それぞれの駒にある程度の効能があるらしいが、今は省略しよう」

 

 

 特に関係のない話は省く。今重要なのは何が危険かってことだからな。

 

 

「『悪魔の駒』は悪魔以外の種族を悪魔に転生させる力がある………らしい」

 

「悪魔に転生、か。つまりそれは、人じゃなくなる、ということかな?」

 

「みたいだな。『悪魔の駒』で転生した者達は転生悪魔なんて呼ばれ方もしているらしいし、純潔悪魔を重んじる風習もあるんだとさ」

 

「その言い方だとまるで……」

 

「士郎さんが考えている通りだろうさ。例外もいるらしいが、殆どの純潔悪魔は転生悪魔を軽んじる。転生悪魔だけじゃない。混血児、所謂ハーフなんかもその対象らしい」

 

「ハーフ、そんな存在もいるんだね」

 

「当然だな。敵対していようが感情がない訳じゃないんだ。堕天使と悪魔で恋に落ちることもある。悪魔や堕天使が己の私利私欲の為に、ってことも考えられるはずだ」

 

「……あ、あの、山口君」

 

 

 そこまで言って黙っていた高町が、おずおずと声を掛けてきた。

 

 

「ん?なんだ?」

 

「えっと、その、天使の人達はそういうのはないのかなー、なんて」

 

 

 高町はほんのりと頬を赤く染めて聞いてくる。初な反応だなねぇ、家の翠みたいだな。

 

 

「………なんだよ……」

 

 

 俺の考えが伝わったのか翠がジト目で俺を見る。その頬は高町と同じように赤く染まっている。翠とは反対側からすごい熱が伝わってくる。そっちをチラリと見やれば、首筋まで赤くして盆で顔を隠す雛里の姿があった。

 

 

「……初な連中ばっかだな」

 

「いいじゃないか、若くて」

 

「まるで俺は若くないって言いぐさだな」

 

「ははは、言葉のあやだよ」

 

 

 なら目を見て言えよ。翠も笑ってんじゃねぇ!

 

 

「いや、はは、それで天使はどうなんだい?」

 

「ちっ、露骨に話を逸らしやがって」

 

「………寧ろ戻してるだろ」

 

「雛里、今日は翠を置いて二人でどっか食いに行くか」

 

 

 俺がそう言えば翠は慌てて謝ってくるが、無視して話を進める。俺をからかうなんざ百年はえーよ。大人気ない?知ったことか。

 

 

「で、天使はって話だったな」

 

「……いいのかい?」

 

「蒸し返すなって。天使はさっき言ったように神が生み出す。こいつらの難儀なところがあってな、当然そういった行為で子供を作ることは出来る、が」

 

 

 一瞬間を空け緊張感を持たせ、言う。

 

 

「それをすれば彼らは堕ちる」

 

「堕天使に、かい?」

 

「ああ、天使は神以外の特定の人物に愛を注ぐことも許されない。憎しみも、怒りも、悲しみも、な」

 

「……そんな!? それじゃあまるで」

 

「機械みたい、か?」

 

「……うん」

 

 

 高町の気持ちは分からないでもない。俺も八坂から話を聞いたときは、似たような感想を抱いた。

 

 

「でもな、感情がない訳じゃないんだよ」

 

「え?」

 

「だろうね。感情がなければ堕天なんてしないだろうし」

 

 

 士郎さんの言う通りだ。感情がないのなら、愛情を抱くなんてことにはならない。

 ……そもそも、何で聖書の神は堕天なんて逃げ道を作ったんだ? そんなことをすれば天使という種族に執着しない連中は甘んじて堕ちるだろうに……。そう考えれば一番種の存続の危機にあるのは悪魔でも堕天使でもなく天使なのかもな。……いや、神が生み出せばいいからそうでもないか。

 

 

「お兄様?」

 

「うん?」

 

 

 思考の深みに入りそうになった時、それを察した隣に座る雛里から声が掛かり、いつの間にか俯けていた顔を上げる。

 

 

「なにか心配事でもあるのかい?」

 

「いや、今は関係ないな。話を戻そう」

 

 

 頭を左右に振り別方向へ行き掛けた思考を切り換える。

 

 

「で、これで天使の事は分かったか?」

 

「う、うん、ありがとう」

 

「何で悪魔が『悪魔の駒』ってのを行使するかってのも分かったな?」

 

「「ああ/うん」」

 

 

 二人が理解したのを確認して話を進める。

 

 

「最初は悪魔の未来の為に……だったんだろうな。でもなその用途が変質したんだよ」

 

「……使い道が変わったってこと?」

 

「ああ。悪魔は『悪魔の駒』を用いて眷属を集めた。最初は種族繁栄の為、だがそこに娯楽を求めた。誰が考えたのか、自分達で集めた眷属同士を闘わせ始めたんだよ。命の危険はないらしいし、自分の眷属がどれ程のものかって自慢もしたいんだろうけどな。そこまでは良いんだよ、そこまでは、な」

 

 

 二人は最後の言葉に訝しげに首を傾げる。

 

 

「………貴族悪魔の一部がコレクションを始めた」

 

「コレクション?」

 

「ああ、強く美しい者を相手の意思を無視して強引に眷属にする奴等が現れた」

 

 

 八坂に聞いた話を思い出しながら語る。八坂のところにも現れたらしいからな、京妖怪を眷属にしようとしたバカが。強引に無理矢理に殺してでも、ってな。まぁ、標的が八坂って時点でそいつの末路は、言わずとも分かるってもんだ。

 

 

「自分の欲望の捌け口にするのか、ただ鑑賞するために置くか、友とするか、それか伴侶にするのか、それは悪魔それぞれ違うらしいが。今の流行は眷属を率いて戦うゲーム、『レーティングゲーム』ってやつらしい」

 

「『レーティングゲーム』?」

 

「ああ、自身を『王』に見立てた悪魔同士がお互いの『女王』を初めとした眷属と共に暴れ回っても影響のない仮想空間に入って戦うものらしい。相手を殺してはならないってのが良心的なルールではあるが、その中で行われる悪逆非道な戦略は有効とされる………らしい」

 

「…………なるほど」

 

「士郎お父さん?」

 

 

 俺が話を区切り茶を飲むと何かを考えていた士郎さんが納得したように頷く。

 

 

「宏壱君の言いたいことが分かってきたよ」

 

「へぇ」

 

 

 まだ話してないこともあったんだけどな。現に高町は不思議そうに士郎さんを見ている。今までの言動で高町がそれなりに理解力があることは分かっているが、この程度の情報量(結構喋った気もするが)では俺の言いたいことを理解しろ、察しろってのは無理があるだろう。

 

 

「つまりなのはや咲、宏壱君の持つ魔法はこの世界のものじゃない。だからその悪魔達が物珍しさに寄ってきて、なのはを無理矢理眷属にする可能性が高い。そういうことかな?」

 

「ああ、その認識で構わない。今はまだ覚醒していないのならそっとしておくべきだ」

 

「……で、でもなにか事件に巻き込まれたら」

 

 

 高町が慌てた風にそう言う。

 

 

「いや、無いだろう。俺達と同じ力を持つ魔導師がこの世界、この町に来て事件を起こす。もしくはロストロギアが流れ着いて暴走を始めるとかあれば可能性として高くなるが、この広い次元世界でその確率はまさに天文学的数値と言っていい」

 

「で、でも! 力は力を引き寄せるって言うし! ほ、ほら! 覚えておいて損はないし! 何かあった時のためにも、自分で身を守れるようにくらいは!」

 

 

 言い募る高町に何か必死さを感じるものの理由がいまいち分からない。姉として心配しているのか、ただなのはと同じことをしたいだけなのか……分からないな。

 

 

「その眠る力を解放して厄介事に巻き込まれる可能性もある」

 

「じゃ、じゃあどうして山口君は魔力を抑えないの! それって悪魔を呼ぶだけだよね!」

 

「呼んでるからな」

 

「ええぇっ!?」

 

 

 良いところ突いたっ。と得意顔になった高町の顔がたちまち驚愕の色に染まる。

 

 

「……よ、呼んでるって、何で……」

 

「いるなら見てみたいじゃん?」

 

「そ、それだけ?」

 

「ああ」

 

「あ、悪魔だよ? 何されるか……」

 

「そんなもん人間も変わんねぇだろ。良い奴もいりゃあ悪い奴もいる。悪魔も一緒だろ………多分」

 

「最後ので一気に説得力がなくなったよ!」

 

「兎に角だ。何か事件が起こるとは考えにくいし、今無暗に力を持っても変な連中に目を付けられるだけだ。なら、知らないままの方がいい」

 

 

 そうして話を締め括り、壁にかけてある時計を見る。5時過ぎ、か。1時間も喋ってたんだな。

 

 

「もうこんな時間だ。そろそろお暇するよ」

 

 

 俺の視線を追って時計の針の位置を見た士郎さんが腰を上げる。それを見た高町も腰を上げた。

 

 

「そうか。じゃあ、外まで送ろう」

 

「そ、それじゃあ、お夕飯の支度をしますね」

 

「おう、翠、雛里を手伝ってやってくれ」

 

「分かった」

 

 

 翠が頷くのを確認して居間を出る。

 

 

「それにしても広い家だね」

 

「そうか? 少し狭いと思うが」

 

「でも、この前の愛紗さんを入れても充分お部屋が余ると思うけど……」

 

「他にも家族がいるからな」

 

「………そうなんだ」

 

 

 俺達の関係は他人から見れば非常に奇妙な光景として映っている筈だが、二人はなにも言わない。なにも言ってこないのならその厚意に甘えるべきだ。テレビとかではよく「何も聞かないのか?」何て言う奴がいるが、アレは話したがってる奴の反応だろう。誰にも話す気がないのなら口を噤め、喋るな。これが鉄則だ。相手に無駄な期待を持たせるな。

 靴を履き玄関を出て家の門の前で士郎さんが俺に向き合う。

 

 

「今日はありがとう。色々と知れて良かったよ」

 

「私も知らないことが一杯だった。無暗に外で魔法の鍛練をするのは止めるね」

 

「高町、その事なんだが」

 

「なに?」

 

「鍛練したいなら家に来い」

 

「………え?」

 

 

 俺の言葉に返ってきたのは気の抜けた声と呆けた表情。士郎さんは納得した風だけどな。

 

 

「………どういうこと?」

 

「なのはが心配ならお前が守ってやれ」

 

 

 俺の言葉が浸透し始めたのか、呆けた表情が見る見る力を取り戻していく。

 

 

「いつかその時が来るのだとしても今じゃない。それなら、今は普通の女の子として過ごさせてやってくれ」

 

「……」

 

「その為にお前が強くなって守ってやればいい。悪魔が来ても退けられるようにな」

 

「それは、山口君じゃダメなの?」

 

 

 何となく来ると思っていた返し、その答えはすでに用意してある。

 

 

「言ったろ? 俺は悪魔を呼んでるんだ。悪魔だけじゃない、天使や堕天使にも会ってみたいんだよ」

 

「どうして?」

 

 

 心底分からないという顔だな。……分かってもらっても反応に困るが。

 

 

「俺は闘うのが好きだ」

 

「……それ、だけ?」

 

「だから、これから先どんな危険な目に遭うか分からない」

 

「……どうしてそんなこと……」

 

「戦場こそが俺の生き甲斐だから」

 

「――っ!? 答えになってないよっ!」

 

 

 一瞬、高町を中心に突風が渦巻きその後に怒声。さっきから少しばかり感情を抑えて喋ってるなと思ったら、怒りを堪えていたらしい。突風は高町の感情に反応した魔力の奔流だろう。暴走と言ってもいいが、それなりの修練を積んだのかすぐに収まった。それでも怒りを抑えることは出来ないらしく……。

 

 

「危険があるって分かってて、どうしてそんなことが出来るのっ! 君にだって心配してくれる人はいるんでしょ! なのにっ!――「咲」――でも、士郎お父さんっ!」

 

 

 士郎さんが今にも俺に飛びかかりそうな高町の肩を優しく押さえ、諭すように名前を呼ぶ。高町は、それに不満げに声を荒らげる。

 

 

「宏壱君の話はまだ終わっていないよ。最後まで聞こう?」

 

「………うん、分かった」

 

 

 取り敢えずは聞く。そんな高町の不満げな表情に思わず苦笑が漏れる。たかだか2日連続で顔を合わせただけの人間に、よくもまぁここまで入れ込めるもんだな。

 

 

「………まだかな?」

 

「分かってるって」

 

 

 高町は業を煮やしたのか、据わった目で催促してくる。士郎さんも興味があるのか完全に聞く体勢だ。

 

 

「ある程度の交流があれば安全だろ?」

 

「「……は?/……え?」」

 

 

 自分達の想定したものと違った答えだったのか、士郎さんと高町は気の抜けた声を出す。

 

 

「いやだから、それなりに親しければ何かしらの危険が迫ったとき教えてくれるかもしれんし、敵対行動をとっていたとすればなのはに行く目が俺に来るって訳だ。ここで俺となのはに交流があると、逆になのはを危険にさらすことになる」

 

「君の弱味として、か」

 

「あ、ご、ごめんね? さっき怒鳴っちゃって。なのはちゃんのこと考えてしてくれてたのに。で、でも山口君も悪いよっ、あんな言い方すれば自分の命なんてどうでもいいって思うよっ!」

 

 

 しゅんとなって落ち込んだり頬を膨らませて拗ねたりと、高町は忙しいな。

 

 

「それは僕も同感だ。あんな言い方はするものじゃないよ」

 

「……6割はさっき言った通りだけどな」

 

「ん?」

 

「いや。ほら日が落ちるぞ」

 

「そうだね。帰ろうか、咲」

 

「うん」

 

 

 俺の呟きは聞こえなかったらしい。聞こえたら聞こえたで、メンドクサイから別にいいけどな。それを蒸し返されないうちに帰宅を進める。っとその前に……。

 

 

「高町、さっきの話考えといてくれよ」

 

「うん、分かったよ。バイバイ、山口君また明日」

 

「おう、気を付けて帰れよ」

 

「僕がいるから大丈夫だよ」

 

「そうだな」

 

 

「それじゃ」と手を振って帰って行く士郎さんと高町の姿が、曲がり角で見えなくなるまで見送る。

 

 

「兄貴ー、飯できたぞ~」

 

「今行く」

 

 

 玄関から呼び掛ける翠に短く返して門を閉める。ギギギッ、と軋みながらもガッチリと閉まった門に鍵を掛けて家に入る。どうやら今日は味噌汁と焼き魚みたいだな。日本の定番料理だな。

 

 

「ん? なんだ今……」

 

 

 玄関を上がったところで妙な力の動きを感じた。魔力じゃないし、氣でもない、一体なんだ? 方角は昨日行った山の近くか。あ? 消えた? 何処にも感じないな。気のせい、か?

 

 

「どうしたんだよ、兄貴。早く飯にしようぜ」

 

 

 廊下で立ち止まっていた俺に居間から顔を出した翠が聞いてくる。

 

 

「何でもない」

 

 

 それだけを返し今に入り定位置につく。雛里と翠の顔を見て……。

 

 

「いただきます」

 

「「いただきます」」

 

 

 俺に続いて手を合わせた二人と会話をしながら夕飯を食べる。この時には既に俺の頭の中からさっきの違和感は消えていた。

 

 

 

 

 

 side~大輝~

 

 ここは海鳴市郊外にある山中。昨日なのは達と行った所とはまた違う場所、良い修練場がないかと海鳴に来て土地鑑を得るための散策ついでに探して見つけた穴場。直径100m程の開けた空間で足下の雑草も殆ど伸びなくて芝生みたいな感じだ。ここで僕はいつも修練をしている。来るべき時のために……。

 

 

「995ッ、996ッ、997ッ、998ッ、999ッ……1000ッ!」

 

「お疲れ様です。マスター」

 

 

 素振りのノルマを達成して手に持った模造刀を鞘に納め、エストが持つタオルを受け取り汗を拭う。

 

 

「ふぅ~、ありがとう、エスト」

 

「いえ」

 

 

 無表情に返答する白髪の少女。彼女、テルミヌス・エストは僕のデバイスだ。従来のデバイスとは違い彼女は『スピリッツデバイス』と呼ばれ、特定の世界にしかいない存在で、彼女達『スピリッツデバイス』は人に生成されるものではなく、エストが生まれた世界にある祭壇に高濃度の魔力素が収縮することで形成され生まれる一種の魔力生命体らしい。だから所持者のいない野生の『スピリッツデバイス』がいるんだとか。野生の『スピリッツデバイス』は、普段はその世界からしか行けない『アストラル・ゼロ』と呼ばれる世界にいる。その世界は高濃度の魔力に満ちていて、『スピリッツデバイス』達が伸び伸びと生活しているらしい。

 エストがいた世界では『スピリッツデバイス』何て呼び方じゃなくて『精霊』と呼ばれていて、『スピリッツデバイス』というのは管理局がつけた名前なんだってさ。

 

 テルミヌス・エスト……精霊使いの剣舞という作品に出てきた高位の剣精霊。主人公カゼハヤ・カミトが作品の冒頭で契約した精霊。幾度となく彼を救い勝利へと導いた立役者で、彼に絶対的な信頼と揺るぎない忠誠心を見せた。

 そんな彼女が今は僕の契約精霊だ。感慨深いものがある。けれど……。

 

 

「……なにか?」

 

 

 その顔に表情はなく、彼に見せた微かな微笑みも、僕を気遣うような仕草も未だ見せてはくれず、心を開いてはくれない。契約はしたし、エストを剣にすることだって出来る。それでも、彼が使っていた聖剣のような力は貸してくれない。何より名前で読んでくれることもない。

 

 

「………」

 

 

 エストはなにも言わず離れたところにある切り株に座り空を見上げた。そんな彼女を見てふぅーっと溜め息が漏れる。

 

 僕は転生者だ。気付けば白い空間にいて、そこにいた女性にこの世界へ転生してもらった。その時に特典として力を貰ったんだ。貰った力は。

 

 サイヤ人の肉体(大猿化、尻尾なし)。

 

 BLEACHの『鬼道』。

 

 保留。

 

 サイヤ人の肉体のお陰で僕の身体能力は既に人の範疇を越えているし、『鬼道』はすごく使える。デバイスがない僕でも、補助なしで使えるのは嬉しい。リリなのの原作にあったAMF対策で、ちょっと無理を言って魔力で放つんじゃなくて霊力で放てるようにしてもらった。

 

 

「縛道の六十一・六杖光牢」

 

 

 唱えれば前方の木の幹に六本の帯状の光が突き刺さる。

 これで気を引こうとしたけど無理みたいだ。珍しいものを見れば、と思ったんだけど効果は薄い。

 エストとの出会いは此処だった。次元断層に落ちて気が付いたらここにいたらしい。精霊は常に魔力を供給してもらわないと存在を保てず、個体差はあるみたいだけど時間の問題で魔力素に戻ってしまう。だから、僕との契約でエストは今この場に存在することが出来ている。

 

 

「帰ろうか、エスト」

 

「はい」

 

 

 僕がそう声を掛けるとエストが光に包まれ、光が収まった時には切り株の上にエストはおらず、西洋剣のネックレスがあるだけだった。そのネックレスを首に掛け街まで続く獣道を歩く。

『スピリッツデバイス』は従来のデバイスとは違い待機形体ではなく一種の休眠状態になるらしい。実際、契約をしなくてもこの休眠状態になれば、魔力供給がなくても3年は体を保っていられるそうだ。

 

 

「昨日の男はやっぱり転生者だ」

 

 

 獣道を歩きながら考えるのは昨日の男の事だ。

 山口宏壱、昨日翠屋にいた男。魔力は駄々漏れ、僕の殺気にも気付かない弱い奴。ただ、傍に居た女性が気になった。あの人が言っていたもう一人の転生者は間違いなくアイツだ。おそらく特典で恋姫夢想の愛紗をモノにしたんだ。ひょっとしたら他にもいるかもしれない。何て卑劣で卑怯な奴なんだ! 特典の力を使って女性を自分のモノにしようとするなんて! きっと士郎さんと仲が良かったのも特典の力で何かをしたんだ! 翠屋に来たのだって……!

 

 

――誰か。

 

「っ!?」

 

 

 昨日の事で憤怒に染まった僕の脳に直接声が響いた。

 

 

――誰か居ないの?

 

 

 それは幼い女の子の声。今にも消えてしまいそうな声だった。

 

 

「こっち、かな?」

 

 

 声を頼りに、は無理だけど感じる気配を頼りに藪を掻き分けて進む。

 

 

――誰か。

 

「僕を呼んでいたのは君か?」

 

――おにいさん、マナが見えるの!?

 

「見えるよ。君は……幽霊、なんだね」

 

 

 藪を掻き分けて進んで出た先は車道だった。街灯の殆どないこの道は日が暮れれば10m先も見えなくなるほどに暗くなる。その車道のガードレールに幾つかの花が添えられていて、そこに体が透け地上10cm程の高さでふよふよと浮く4、5才くらいの少女がいた。特典の影響か僕には強い霊感があって、幽霊の気配を感じられるしハッキリと見ることも出来る。

 

 

「どうしたの? 何か悩みでもあるのか?」

 

――ママとパパが来てくれないの。

 

 

 この子は両親が来てくれなくて寂しいのか。

 

 

「君はどれくらい此処に居るんだ?」

 

――?……分かんないや。でも、ずっとここにいるよ。

 

「そっか」

 

 

 結構長くいるんだろうな。服装はフリルのワンピースで今時な感じがするからそれほど昔じゃないと思うけど。

 

 

「君にはちゃんとした自意識があるんだね」

 

――じいしき?

 

「分からないか、気にしなくていいよ」

 

 

 そう言って僕は女の子、マナちゃんの頭を優しく撫でる。これも特典の影響なのか、僕は幽霊に触れることが出来た。それが良いことだと思ったことはないけど、今は良かったと思える。だって……。

 

 

――ふわぁ~……おにいさん、マナを触れるんだ!

 

 

 こんなに喜んでくれているのだから。でも……「すごい! すごい!」とはしゃぐマナちゃんは年相応の子供で、それだけにこの若さで命を落としたことが悲しくなる。

 

 

――……どうしたの? おにいさん、泣いてるの? どこか痛い?

 

 

 心配そうにマナちゃんが僕の顔を覗き込む。気付けば一滴の涙が僕の頬を濡らしていた。

 

 

「………あ、れ? 何でだろ。……あはは、こんな、止まんないや」

 

――わっ、わっ、わっ、わっ、どどどうしよう! ハ、ハンカチ、って持ってないよ! そうだ!

 

「……え?」

 

 

 堰を切ったように溢れ出る涙を止めようと拭い続ける僕の頭に、小さく柔らかいものが乗せられた。

 

 

――痛いの痛いの~飛んでけ~、痛いの痛いの~飛んでけ~。どう? 痛くなくなった?

 

 

 それはマナちゃんの小さな手で、優しく僕の頭を撫でては空に向けて「飛んでけ~」と上げている。

 

 

「……はは」

 

――もう痛くなくなった?

 

 

 マナちゃんの愛らしさに思わず笑ってしまうと、マナちゃんはまだ心配そうに聞いてくる。

 

 

「うん。ありがとう、痛くなくなったよ」

 

 

 そう僕が言えばマナちゃんは――良かった~――と胸を撫で下ろし安堵の息をはく。そんな彼女は凄く可愛く見えた。

 

 

――もう暗くなってきたね。

 

「うん」

 

 

 あれから少しマナちゃんと話をした。とりとめのないもので、何処に住んでいるのか、好きな食べ物、嫌いな食べ物、今流行のアニメ、学校は楽しいか、マナちゃんが質問して僕が答える。そんなことを繰り返していると、いつの間にかさっきまで明るかった空は朱色に染まり、道も暗くなってきていた。

 

 

「それじゃあ、僕はもう帰るよ」

 

――………うん。

 

「明日、またこの時間帯に来るから」

 

――うん!

 

 

 沈んだマナちゃんの表情がパッと明るくなった。

 

 

「また明日」

 

――うん! またね!

 

 

 マナちゃんに手を振って別れる。明日は何の話をしようかと考えながら家路を急ぐ。

 

 翌日、同じ場所に行けば、アスファルトは抉れ、ガードレールは拉げ、周囲の木々はなぎ倒されていて昨日と同じ場所だとは思えないほどに変貌していた。それが一時、海鳴で大きな話題になるも直ぐに別の事件で消えていった。とある民家で夫婦の遺体が発見されたのだ。獣の爪の跡のような物が遺体に残っており熊の仕業かと騒ぎになった。

 これは海鳴で起こる大きな事件の序章にすぎなかった。

 

 side out

 

 

 



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第二十八鬼~咲の修行part1~

side~咲~

 

 顔に迫り来る拳を首を傾けて躱す。――ビュッ!――っと空を切り耳の直ぐ側を通過した拳は瞬時に引かれ、間髪容れずに頭上斜め上から爪先が迫る。

 

 

「っ!」

 

 

 それをバク転で躱し足が床につくと同時に前へと踏み出す。眼前にいる相手との距離は5mそれを一足で1m未満に潰し右腕を引く。

 

 

「はあっ!」

 

 

 鋭く息を吐いて拳を相手の心臓めがけて打つ!

 

 

「くっ!?」

 

 

 放った拳は相手の左掌で受け止められ、手首を右手で押さえられた。

 

 

「そらっ」

 

「きゃっ!」

 

 

 軽い声と共に私の体は掴まれた腕を引かれ放り投げられる。軽い声とは裏腹にその力は強く私は5m離れた壁まで飛ばされた。崩れた体勢を立て直して体を捻り壁に足を向けて壁に着地する。――タンッ――と軽快な音を鳴らした木製の壁を蹴り私と対峙する相手に向かう。

 空中で体を捻り回し蹴りを相手の顔に叩き込む。が、それは上体を後ろに逸らすことで躱された。なら、とそのまま足を高く上げ自分の体重を乗せて踵落とし。

 

 

「よっと」

 

「っ!やあっ!」

 

 

 それも半身になることで躱される。着地して屈んだ状態で床に両手をつき足を刈るようにブレイクダンスみたいに回転。

 

 

「ほっ、ほっ」

 

 

 縄跳びでも跳んでいるかのように軽快なリズムで躱された。

 

 

「っ!」

 

 

 右足だけを床につけて低い位置からの蹴り上げ。意表を突いたと思ったその攻撃も右手で止められる。

 

 

「ほれ、もういっちょ」

 

「わっ!?」

 

 

 どんな力をしているのか、今度は右手だけの力で放り投げられる。遠心力を利用してとかではなく本当に腕力だけだった。

 今度はさっきよりも壁が遠かったから壁まで届くことなく床が迫る。

 

 

「っと!」

 

 

 肩から降りて衝撃が体に伝わりすぎないように転がり、受け身をとって立ち上がる。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 

 対峙して30分。私は大きく肩で息をして汗がジャージに染み込んで絞れば桶を一杯にしそうな程なのに、相手は息ひとつ乱さず、汗をかいている様子もない。

 

 

「んじゃ、今度はこっちから攻めるぞ」

 

 

 そう言って相手はその場でトントンと跳ねる。

 

 

「………」

 

 

 私は相手の言葉に返す余裕もなく両拳を胸の前で握りしめ構える。

 トントンと跳ねていた相手の屈伸運動が深く縮み――っ!?来るっ!

 

 

(速いっ!!?)

 

 

 凄い爆発力で私に向かって飛び出す。入りの段階で一瞬姿を見失うも、辛うじてその姿を捕らえることが出来た。

 

 

「はあっ!」

 

 

 渾身の右ストレートッ!

 私の相手の接近に合わせたパンチに、相手も合わせて右ストレートを放ってくる。それが見えていれば躱せっ!?

 

 

「なっ!?」

 

 

 グッと伸びきっていた右腕が引っ張られた。そう感じた瞬間に――ズダンッ!――強かに床に背中から打ち付けられ「かふっ!」と肺から空気が強制的に吐き出された。

 

 

「けほっ、けほっ」

 

「俺の勝ちだな」

 

 

 咳き込む私の上から声が掛けられた。声のした方を見上げれば、黒髪を短く切った目付きの鋭い男の子が私に手を差し出していた。

 

 

「うぅ~……また勝てなかったよぉ……」

 

 

 そうぼやきながら男の子、宏壱君の手を掴んで立ち上がる。宏壱君の手は同年代に比べて固くゴツゴツしていた。

 

 宏壱君からお話を聞いて二週間。その次の日学校で「お願いします!」と宏壱君に頭を下げて鍛えてもらうことにした。その日から私は放課後と休日に彼の家に来て組手の相手をしてもらっている(なのはちゃんを放っておけないから平日は時間があればだし、休みの日は土曜日だけだけど)。

 宏壱君だけじゃなくて一緒にバーベキューをした愛紗さん。初めて宏壱君の家に来た時にいた翠さん。他にも星さんや要さん、鈴々ちゃん、呉刃さん、これだけの人達と闘ったけど皆凄く強かった。次元が違うなんて言うけど本当にそうだった。士郎お父さんと恭也兄さんも今の私じゃ勝てないけど、それでも近づいてるのが分かる。

 だけど、愛紗さん達には敵う気がしない。皆それぞれ自分の武器を持って戦うのが主流らしいんだけど、一度も武器を持たせたことがない。私は小刀とか槍、薙刀で挑むこともあるけど掠りもしなかった。

 大人の男の人を遥かに凌駕する力と知性で私の動きを見極める愛紗さん。

 愛紗さんと同じように凄い力で仕掛けたフェイントさえも真っ正面から捩じ伏せる翠さん。

 飄々と私をからかいながら凪のように攻撃を躱し、こっちの虚をついてくる星さん。

 全体でどっしりと構え、受け身の中で大きな一撃を放つ要さん。

 型も何もなくその時その時の状況でアクロバティックに動きながら、その小柄な体では考えられない程の力と、見た目通りの俊敏さで息もつかせてくれない鈴々ちゃん。

 気配が並みの人よりも薄く、戦いの中で目で捉えていても一瞬でも気を抜けば見失ってしまうほどだ。だからこそ一番怖い呉刃さん。宏壱君も「本気で呉刃が気配を同化したら認識することすら極めて難しくなる」ってぼやいてたし。

 まだまだ会ったことの無い人達がいるみたいだけど、今私に稽古をつけてくれるのが宏壱君を入れた7人の強者達。身のこなしは達人級、着眼点も私じゃ考え付かないようなものばかりでアドバイスも(一部の人を除いて)的確で解りやすい。正直この二週間でかなり強くなれたと思う(特典のお陰もあるけど)。少なくとも恭也兄さんに『神速』を使わせたのは私に大きな自信を与えてくれた。………そこからは防戦一方で負けたけど。

 

 

「こーいちー、咲ちゃーん、ご飯できたよー」

 

 

 宏壱君とクールダウンしていると、母家の方から私達を呼ぶ女性の声が聞こえた。道場に掛けられた時計に目をやると時刻は12時15分、お昼の時間だ。

 

 

「飯だと」

 

「うん、行こ!」

 

 

 宏壱君を急かして道場を出る。

 

 

「着替えてくるだろ?」

 

「うん、いつものとこだよね?」

 

「多分な。俺は知らん」

 

「つれないなぁ。もっと会話しようよ」

 

「いいから着替えてこい」

 

「はーい」

 

 

 母家に向かう宏壱君を見送って、離れにあるお風呂場に向かう。

 宏壱君の家はお風呂場と道場、母家で分かれていて、庭も結構広い。原作で見たすずかちゃんやアリサちゃん程じゃないけど大きな家に住んでいる。

 離れの引き戸を開けて靴を脱ぎ中に入る。入ってすぐの所は脱衣所で、そこには洗濯機や乾燥機、脱いだ後の服を入れる籠なんかがある。その籠の横にもうひとつ小さい籠があり、中には私のジャージが入っている。

 

 

「……ん」

 

 

 ジャージの下を脱いで上も脱ぐ。前を見ると鏡があって、当然下着姿の私が映っていた。

 

 

「少し大きくなったかな?」

 

 

 鏡に映る自分の胸部を見れば少しの膨らみ。同年代ではまだ皆平面でブラなんて必要ないし、前世の私も必要なかった。でもコレを見る限り、後半年もすれば必要になってくると思う。

 

 

「お母さんはどうだったんだろう」

 

 

 この世界で私を産んですぐに死んだお母さんを思い浮かべる。残っている写真に写るお母さんは、ゆったりした服を着ていて体のラインは出ていないものばかり。綺麗な人ではあったけど、体型は分からなかった。

 

 

「咲、まだか?」

 

「っ!? う、うん! すぐ行くよ!」

 

 

 外から待ちくたびれて呼びに来た(と思う)宏壱君が声を掛けてくる。私も念話は出来るけど、宏壱君はあんまり好んで使わない。

 

 

「分かった。早くしろよ」

 

「う、うん。待っててね」

 

 

 急なことでビックリした~。まだ心臓がドキドキいってるよ~。でも確認せずに入ってくる人より良いよね。女の人に囲まれて生活しているからか、宏壱君はそこのところ確りしている。

 

 

「ああ」

 

 

 まだ宏壱君に名前を呼ばれるのが慣れないなぁ。二週間一緒にいて山口君って呼ぶより宏壱君って呼んだ方がしっくり来る気がして、いつの間にか名前で呼ぶようになってた。初めて私が宏壱君って呼んだときは、唐突で宏壱君の了解を得ていなかったからちょっと驚かせちゃった。その時の宏壱君の顔は目を見開いてポカンとしてたなぁ、いつも鋭くつり上がった目なのにって笑ったよ。

 

 

「お待たせ♪」

 

 

 手早く洗濯済みのジャージに着替えて靴を履き脱衣所を出て、壁に持たれて待っていてくれた宏壱君に声を掛ける。

 

 

「……遅い、飯が冷めるぞ」

 

「ごめんね♪」

 

「やけに機嫌が良いな」

 

「そうかな~」

 

「キモい」

 

 

 それは酷くないかな? でも、あの時の宏壱君を思い出すと自然と頬が緩む。写真に撮っておけばよかった。

 

 

「ほれ何してんだ、上がれ」

 

 

 居間に続く縁側でこっちを見ている宏壱君が手招きする。

 

 

「うん!」

 

 

 靴を脱いで縁側に上がりスリッパを履く。ピンク色の花柄、私専用のスリッパだ。

 

 

「シャワー浴びたいな~」

 

「なら浴びてこいよ。飯は俺が食うから」

 

「何で!? そこは置いておくからとかじゃないの!?」

 

 

 私のポツリと漏らした呟きに、反応した宏壱君の言葉に驚きの声が出る。

 

 

「いや、腹減ってるし」

 

「またそんな意地悪言ってー」

 

 

 いつも座っている席に着いた宏壱君の頬を、料理の入ったお皿をテーブルの上に置いた桃色の髪を長く伸ばし後頭部で黄色のリボンで止めた女性、天和さんが突つく。天和さんは魔力は一応あるけど戦闘向きじゃないらしい。サポーターの面が強くて、歌と踊りに魔力を乗せて特定の人物にエンチャントをかけるんだって。実際やってもらったけどあれは凄かった。普段の3倍から5倍ぐらいまで身体能力が上がったもん。効果はまちまちで天和さんのコンディションによるみたいだけど、天和さんには妹さんが二人いるそうでその二人と合わせると効果はなんと10倍!凄いよね!天下が取れるよ!と言うか、そのエンチャントを受けた宏壱君達と戦うとか嫌すぎる!

 

 

「咲ちゃん、どうしたの? 震えてるみたいだけど、寒い?」

 

「顔を青褪めさせてないで早く座れ」

 

 

 ソースを小皿に入れつつそう言う宏壱君と、その宏壱君の隣に座って心配そうに私の顔を見る天和さん。対照的な二人だけど仲は良い。

 

 

「もう、宏壱はもっと女の子を労らないとダメだよー」

 

「はいはい、ダイジョウブデスカサキサーン」

 

「何でエセ外国人風?」

 

「ぷっ、あはは」

 

 

 思わず笑っちゃった。だって真面目な顔して言うんだもん、我慢しろって言う方が無理があるよ。

 

 

「ほれ笑えるんなら大丈夫だ。早く座れ」

 

「はーい」

 

「素直じゃないなー、宏壱は」

 

 

 宏壱君の向かい側に座って、ソースの入った小皿を宏壱君から受け取る。

 

 

[昨夜未明、海鳴市にある民家で女性の遺体が発見されました。海鳴警察署長によりますと、心臓を丸太のようなもので貫かれたような大きな穴があり――]

 

 

 宏壱君がテレビを点けるとお昼のニュースをやっていた。

 

 

「最近多いね」

 

「………ああ」

 

 

 天和さんがそう言っても宏壱君は頷くだけ。何かを考えているようで反応がワンテンポ遅れている。

 

 

「……これで7人目だね。動物……じゃなさそうだし。人が出来るもの、でもないよね」

 

「………可能性としては無い訳でもないけどな」

 

「え?」

 

 

 ポツリと宏壱君が放った言葉に驚く。でも次の言葉で納得できた。

 

 

「俺達」

 

「ぁ……」

 

 

 その言葉だけで納得できた。『俺達』って言うのは自分達がやったっていう意味じゃなくて、私達みたいな存在なら出来るってこと……。

 

 

「じゃ、じゃあこの人を殺したのは……人?」

 

「いや、その可能性は限りなくゼロに近い」

 

 

 震える声で私がそう言えば、宏壱君は首を振って否定しながらお皿に盛られた天ぷら(ちくわ)を取って、ソースをチョンチョンとつけて食べる。

 

 

「どうしてそう言えるのかな?」

 

「メリットがない。言ったろこの世界には天使や堕天使、悪魔がいる。これが人間の反抗だったとして……はむ……ムシャ、ムシャ……ゴクン、旨いな、このちくわ」

 

「宏壱ー、話の続きはー?」

 

 

 ちくわに舌鼓をうっていた宏壱君に、天和さんが話の続きを催促する。

 

 

「ん?ああ、要はリスクが高すぎるってことだ。まぁ、そいつがかなりイカれてりゃあ、話は違ってくるんだろうけどな」

 

 

 そう言いながら宏壱君はさらに天ぷらを取っていく。当然のように天ぷらは山盛りに積まれていてどれだけ食べても減る気がしない。お腹は空いてるけどこんなに私は食べられない。この山の殆んどが宏壱君のお腹の中に収納される。体の中に四次元ポケットでもあるのかな?

 

 

「ふぅん? それで、宏壱はもう見てきたの?」

 

「え? あの天和さん、見てきたって?」

 

「そこまで確信的に言うから、もう現場を見てきたのかなぁって」

 

「……そうなの?」

 

 

 天和さんの言葉に驚き、宏壱君に訊いてみれば「ああ」とだけ言って食事を続ける。

 

 

「それで、何か分かったの?」

 

「……何も分からなかった」

 

 

 そう言って俯く宏壱君。その声はいつもより小さく悔し気で何かを抑え込むようなものだった。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 私と天和さんは顔を見合わせると、天和さんが頷き意を決したように口を開く。

 

 

「こう――「ただ、分かったのは俺の知らない力があるってことだけだ」――いち……」

 

「ん? どうしたんだ、天和?」

 

「もう、宏壱なんて知らない!」

 

「???」

 

「あはは、はは」

 

 

 天和さんが話し掛ける前に顔を上げ宏壱君は、唇を尖らせて拗ねる天和さんを見て疑問顔。私は乾いた笑いしか出せなかった。

 

 

「でも、知らない力って?」

 

「何だろうな。氣でもなければ魔力でもないし、妖力とも違ったんだよなぁ」

 

 

 気を取り直して訊いてみれば、そんな言葉が返ってきた。結局何も分からないってことだよね。

 それからはニュースをBGMに無言の食事が進んだ。

 

 

「ごっそさん」

 

「ごちそうさまです」

 

「お粗末様~」

 

 

 天和さんが食器を流し台へと持っていく。天和さんの機嫌ももう直っている。最初っから気にした風でもなかったし。

 

 

「それで、お昼からはどうするの?」

 

「地下に行く」

 

「魔法戦?」

 

「ああ」

 

 

 地下は魔法を使っての模擬戦が出来るように幾重もの結界が張られていて、空間を歪めて実際のものよりも遥かに広く作られてるんだって。

 後はプロジェクターで空間に景色を投影できて、空中戦、地上戦、海中戦、市街地、森林、湿地帯、砂漠、氷山、火山、あらゆる状況下の訓練が出来る。プロジェクターに魔力登録をすれば感覚が繋がって、実際に投影されている場所にいる感じになる。市街地なら建物に触れるし、森林なら木の匂いがして空気が清んでいるように感じる。湿地帯なら湿気がすごいし、砂漠なら照りつける太陽が肌を焦がすみたいに感じる。最新の技術で誰にも言うなって言われているけどね。

 

 

「天和、下に行ってくる」

 

「はーい、二人とも怪我のないようにねー」

 

「「おう/はい」」

 

 

 宏壱君の後について居間を出て、廊下を通り地下へと続く扉を開け階段を降りていく。

 20段ほどの階段を降りきると鉄の扉がある。普通の扉ならノブがある部分に手形があって、宏壱君がその手形に自分の掌を乗せる。――カシュッ――と空気の抜けるような音がして、扉がスライドして開く。先は灯りも点いていない真っ暗な空間。宏壱君は躊躇い無くそこに足を踏み入れる。

 

 

「プロジェクター起動」

 

 

 宏壱君がそう言うと――ブウゥゥゥゥン――と電子音が響き灯りが点く。灯りが点いたその空間は全方位が1m四方のタイルに覆い尽くされ、蛍光灯とかとは違いそのタイル自体が光を放っていた。

 眩しすぎるものじゃなくて、照らすだけの光。ここに来たのは三回目だけど、まるでSF映画の中に放り込まれたかのような現実に胸の鼓動が高鳴る。

 

 

[おはよう御座います。マイスター]

 

「ああ、おはよう。ジェイ」

 

 

 突然響いた声に宏壱君は慌てること無く対応する。ジェイと呼ばれた彼はこの空間の管理プログラム。宏壱君が内容を告げるだけでそれらを実行してくれる優秀なAI。

ジェイの名前の由来は、プロジェクターのJからっていう残念と言うか可哀想な感じだけど。

 

 

[サキ、おはよう御座います]

 

「おはよう、ジェイ。今日はよろしくね」

 

[はい。ではリンクを開始します]

 

「ん……」

 

 

 リンカーコアになにかが繋がる感触。くすぐったいような、気持いいような感じ。

 

 

「んぅ……ふぅ……ぁん」

 

 

 声が漏れる。三回目だけど慣れないなぁ。

 

 

「ふぅ……ふぅ……んんっ」

 

 

 一番刺激が強いのが引き抜かれる時。毎日使えばスムーズにリンク出来るらしいけど、そういう訳にもいかない私は時間が掛かるらしい。実際、宏壱君は私が終わるのを待ってくれていた。

 

 

「ジェイ、荒野で頼む」

 

[はい。重力は……]

 

「無しだ。咲きにはまだキツイ」

 

[では、投影開始します]

 

 

 重力、というのはジェイに組み込まれた機能のひとつで、この空間内の重力操作を行える。地球の重力を基準として、最大1000倍まで上げられるんだって。

 空間が歪みポリゴンが浮かび上がって青空、雲、黄色い地面、照りつける太陽を構築していく。生暖かく湿気を含まない風が私の髪を揺らした。

 

 

「よし」

 

 

 満足したようにひとつ頷いた宏壱君は、5m離れた位置で私と向かい合う。

 

 

「咲には飛行適性があるのは前に話したな?」

 

「うん。でも、今は地力を上げることが最優先だって」

 

「ああ、今はまだ早い。だから、地上戦で経験を積ませる。リミッターを掛けるが……」

 

 

「容赦はしねぇぞ?」そう言った瞬間に宏壱君の姿は消えた。

 

 

「――っ!?」

 

 

 咄嗟に魔力感知を行い……右手で側頭部を守る。――パァン!――と音が響き手が痺れる。

 

 

「いっつ~!」

 

「ぼさっとすんなよっ!!」

 

 

 痺れた手をぶらぶらさせているとそんな怒声が響く。

 

 

「炎神槍!!」

 

「っ!?」

 

 

 宏壱君が魔法名を叫ぶのと私が後ろに跳んだのはほぼ同時、そして数瞬後、私の居た場所に紅蓮の炎の槍が突き刺さり膨張して――ゴウッ!!――と炎が弾け火の粉を散らしながら天高く舞い上がる。

 

 

「炎龍・操傀(そうく)!」

 

 

 舞い上がった炎は龍を形作る。

 

 

「喰らえっ!!」

 

 

 口を大きく開けた火炎の龍は、私に向けて炎でできた体を伸ばす!

 私は咄嗟に印を組む。あの人に貰った力。この世界で物心がついた頃から始めた練習は既に体に染み付いていて、それは手が痺れていても失敗する事なく1秒も掛からずにできた。

 

 

「水遁・水陣壁!」

 

 

 私の口のすぐ前に円形の橙色の魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣に息を吹き掛けると大量の水に変わり、迫り来る火炎の龍とぶつかる。火炎の龍は蒸気を上げ炎の勢いを弱め……消えた。水蒸気が霧のように立ち込め視界を悪くする。

 印を組むのは起動キー、術名を言うのは

 発動キー。演算や情報処理をする必要はなくて、マルチタスクも戦闘中に複数の相手の動きを感知したり、左手で国語をやりながら右手で算数をしたりする程度。だから私にデバイスはいらない。私がデバイスを使わない(そもそも持ってない)から宏壱君もデバイスを使わず相手をしてくれる。

 

 

「るあっ!!」

 

「くっ!?」

 

 

 感知をするよりも早く、宏壱君が水蒸気の中を突っ切り私に襲い掛かってくる。振り抜かれる拳を横に飛んで躱し、素早く印を組む。

 

 

「火遁・豪火球の術!!」

 

 

 さっきと同じように私の口の前に橙色の魔法陣が浮かび上がった。そこに後ろに跳びながら息を吹き掛ければ、今度は炎の球に変わり、至近距離で放たれたそれは宏壱君に当り――ゴウッ!!!――爆ぜた。

 私はその威力を利用して水蒸気の立ち込めるその場所から抜け出し、いまだに晴れないそれを油断無く見る。

 

 

「おい」

 

「っ!?」

 

「常に相手の魔力、流動的に動く力を感じとるんだよ」

 

 

 私が見ていた場所よりもさらに上から声が聞こえた。声の発生源を見れば、空中で紅色の薄い膜が張られその上に立つ宏壱君がいた。ただ一つ言いたいことがある。……そんな余裕ないよ。

 

 

「目で追えないのなら別のもので感知するしかないだろ」

 

「っ!?」

 

 

 さっきまで宏壱君がいた場所に彼はおらず、私の目の前で足を高く上げ……振り降ろすっ!

 

 

「受けんなっ!」

 

 

 そう叫んだ宏壱君の声に反応して、頭上で腕をクロスして受け止めようとした私は後ろに跳ぶ。宏壱君の言葉が正しいと分かったのは、宏壱君の足が地面に接触した瞬間、地面を大きく砕いたのを見た時だった。破片が飛び散る。あれを受け止めていたら私の腕の骨は砕けていたと思う。

 

 

「受けるんじゃない! 流せっ!」

 

「そんなこと言われてもっ!」

 

 

 瞬時に距離を詰めた宏壱君が放ったパンチを屈んで躱す。今度は屈んだ顔に膝が迫ってきた。それを横に転がって躱し、素早く印を――「そんな時間を与えると思うかっ!」――組めないっ!?

 

 

「くぅっ!?」

 

 

 私の足下で宏壱君が放った魔力弾が弾ける。飛び散る破片から両腕で顔を守る。

 

 

(たたこ)ぅてる最中に目ぇ逸らしとんちゃうぞ! ボケェっ!」

 

「ごふっ!?」

 

 

 ――ズドン!――とお腹から全身に衝撃が響いた。お腹を殴られたんだ。そう認識した時には私の体は吹き飛んでいた。

 

 

「がっ! ぐうっ!」

 

 

 1回、2回と地面をバウンドしてようやく止まる。

 

 

「ワレ、死にたいんか! あぁ!?」

 

 

 宏壱君の声が遠い。何かを言っているようだけど、今の私には聞こえなかった。

 

 

「はっ、うっくぅ!」

 

 

 お腹が痛いっ。息がまともに出来、ない。もうダメっ! 立て、ないっ!

 

 

「……ふぅ……もう止めるんか、咲?」

 

 

 その声にハッとする。それは底冷えするような声。ここで止めると言えば、止めてくれるんだ。でも、今度お願いしても多分本気で向き合ってくれなくなる。全力でぶつかってくれなくなってしまう!そんなのは嫌だっ!

 道場では転かすだけだった。それはこの二週間変わらない。攻撃もよく見れば躱せるもので、さっきみたいに受け止められないものじゃなかった。

 だけど、ここでは違う。ここにいる彼は外での優しさを捨てる。今彼が望む答えはひとつ。私が強くなること。強くなってなのはちゃんを守れるようになること。彼が転生者かどうかなんて関係ない。彼はなのはちゃんが巻き込まれるなんて知らないから違うのかもしれない。だから、この先のことは言えない。じゃあ、誰がなのはちゃんを守るの? 私だ。私はなのはちゃんのお姉ちゃんだから!

 

 

「くっ、はぁ、んっ!」

 

 

 手をついて立ち上がる。足にダメージが残っているのか、足がガクガクと震えた。それでも倒れない。

 

 

「……やれるん?」

 

 

 さっきとは違い優しい問いかけ。10分にも満たない時間で行われた今の攻防は、朝の時よりも遥かにきつかった。魔力は十分。体力は限界。まだまだ彼の背中は遠い。

 

 

「……一発が限度やな」

 

 

 その言葉だけで伝わった。「大きい技を使え」多分そういうことだと思う。

 

 

「すぅ……ふぅ……すぅ……ふぅ……よし」

 

「こいや。俺が受け止めたるわ」

 

「うん!」

 

 

 余裕が出てきて気付いた。……関西弁になってる? テレビとかでよく聞くけど……実際に聞くとちょっと怖いかも。なんて考えが浮かぶ中で右掌に魔力を集中する。色は私の魔力光と同じ橙色、形は球状、大きさは水風船くらい、その球の中で魔力が渦巻き嵐のように暴れ回っている。これは彼が得た初めての必殺技。多くの敵を倒し、多くの仲間を救い、新たな技の土台になったもので、多分彼にとっては基礎中の基礎。それを使わせてもらうよ。私がなのはちゃんを守れるって証明するために……。

 

 

「………」

 

 

 宏壱君はただそこで山のように待つ。何をしてもその場から動かないような錯覚に陥る。

 

 

「行くよ……」

 

 

 足を一歩前へ。カクっと膝が折れた。もう一本の足を前に出して体を支え、崩れ落ちる前に前へ、更に前へと足を踏み出す。勢いにさえ乗れば後は楽だった。彼との距離は10m。近づくに連れ、プレッシャーが掛かる。多分これが殺気だと思う。初めてここに来た時に宏壱君の言った言葉が脳裏に浮かぶ。

 

 

――――ここでする模擬戦は実戦を想定してやる。慣れてくれば俺達から受ける圧力も増すし、厳しいことも言うが、折れないでくれ。頼む。

 

 

 そう言って頭を下げた宏壱君はとても真剣だった。だから、期待に応えようと思ったんだよね。それなのに、お腹が痛いくらいで私は折れかけた。もっと、もっと強くならないと、私はこの先誰も守れない!

 

 

「これが今の私の本気! 螺旋丸っ!!」

 

 

 乱回転を繰り返す球体を宏壱君のお腹に当てる!

 

 

「鉄塊・豪!!」

 

 

 ――ガギギィィンッ――と人の体からは鳴ってはいけない音が聞こえた。

 

 

「ふぅぅ、なかなかの威力だ。咲」

 

「あはっ、ありがとう。でも全然効いてないね」

 

「お前よりも強いからな」

 

 

 螺旋丸は弾けて散った。宏壱君にダメージは見られず、服のお腹の部分が破けるだけに止まった。

 

 

「ぁ……」

 

 

 宏壱君からのプレッシャーも無くなり安心したら、足から力が抜けて宏壱君の方に倒れ込む。

 

 

「っと」

 

 

 宏壱君が優しく受け止めてくれた。宏壱君の腕や肩、私の頬が触れる胸は凄くゴツゴツしていて鍛え上げているのが分かる。

 

 

「ジェイ、場所を草原、一本の大木を俺達の後ろに出してくれ」

 

[了解しました]

 

 

 トクン、トクン、と一定のリズムで打たれる心音は心地好くて私に安心感を与えてくれる。

 

 

「咲……咲?」

 

「ぅん?どうしたのぉ、こーいちくーん?」

 

「お前がどうした」

 

 

 聞き返されちゃった。

 

 

「はぁ、まぁ、いいや。取り合えず座るぞ、離れてくれ」

 

 

 呆れたように溜め息をついて宏壱君はそう言う。

 

 

「うんん、ヤーダ♪」

 

「やだってお前。暑いだろ?」

 

「心地良いよぉ」

 

 

「蕩けすぎだろ」とぼやきながらも宏壱君は私をくっ付けたまま座り、プロジェクターで構成された木にもたれ掛かる。

 

 

「咲、ごめんな」

 

「どうして謝るの?」

 

 

 宏壱君の胸元から顔を上げて、真っ直ぐに彼の顔を見る。彼は私を見ていなくて、どこまでも続く草原を見ていた。

 

 

「……痛かっただろ?」

 

「うん、痛かった」

 

「そっか。ホントごめ――「でもね」――ん……?」

 

「悪かったのは私だもんね。前に言われてたことさっき思い出したよ」

 

 

 そこで宏壱君は私の顔を見下ろす。……近い。今気付いたよ。すっごく近い。というか何この状況。ど、どどうして私宏壱君にもたれ掛かってるのっ!?

 

 

「おい、咲?」

 

「うえっ!? な、なにゅ?」

 

「うえっ、てお前……華の乙女としてどうなんだそれは」

 

 

 きゅ、急に恥ずかしくなってきた! 背中に回された腕、顔からお腹にかけて当たる体。む、胸まで押し付けて私、何で!?

 

 

「ホントに大丈夫か?」

 

「だ、ダダ大丈夫だ、よ?」

 

「ならいいけどな」

 

 

 うぅ~、何で宏壱君は平気なの?鼓動の早さも変わらないし。私なんて心臓が破裂しちゃいそうなくらいドキドキしてるのに。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 は、離れた方がいいよね? で、でも急に離れるっていうのもなんだか違う気がするし……。

 

 

「えっと」

 

「んー?」

 

「さっき関西弁だったよね? どうして?」

 

「どうして、って。そりゃ関西出身だからな」

 

「そうなんだ。あれ? でも普段は」

 

「普段は標準語だ」

 

「何で?」

 

「怖いんだとさ」

 

「え?」

 

「ほら俺さ目付き悪いだろ?」

 

 

 うん、って言えないよ!その質問!

 

 

「それに合わせての関西弁はかなりキツいらしい」

 

「……そ、そうなんだ」

 

 

 話してると落ち着いてくるものなんだね。恥ずかしさもちょっと引いてきた、かな……。

 

 

「そういえば、朝のはなんだったの?」

 

「朝?」

 

「うん」

 

 

 道場での最後の攻防を思い出しながら話す。

 

 

「急に腕が引っ張られたんだけど……」

 

「ああ、あれな。あれは簡単だ。お前の伸ばした腕に」

 

 

 そう説明しながら宏壱君は、私の右腕を伸ばさせる。彼の胸に両手でもたれ掛かっていたから、左手だけになって多くの体重を掛けることで密着度が増す。

 

 

「自信のある一撃ってのは、皆腕が伸びきるんだよ。だから引くのもラッシュを掛けるときよりも遅い。で、その一瞬の遅れを利用するんだ」

 

「遅れを利用?」

 

「ああ。伸びきった腕の肘関節、こいつは内側から力を掛けられるとめっぽう弱い」

 

「えっと?」

 

 

 分かるような、分からないような……。

 

 

「あー、あれだ、足かっくん。膝かっくんとも言うな」

 

「それなら分かるよ。立ってるときに膝裏からコツンってやられると、体勢が崩れるよね」

 

「そ。要はその腕バージョンをやったんだよ」

 

 

 言いながら宏壱君は伸ばした私の腕に、自分の肘関節が私の肘関節に来るように合わせて押す。すると私の肘関節が内側に折れ体が外に引っ張られた。

 

 

「っと。まぁ、こんな風に体勢を崩して、事態を把握する前に足を引っ掻けて()かしたんだ」

 

 

 宏壱君は私の腕をまた自分の胸に置いてそう締め括った。

 あの時、宏壱君が最後に見せた攻撃は顔を狙った訳じゃなくて、体勢を崩す為のものだったんだ。

 

 

「やっぱりまだまだ敵わないなぁ」

 

「そうでもない。咲の成長は凄まじいものだ。俺はお前の歳でそんなに動けなかった」

 

「………歳、一緒だよね?」

 

 

 宏壱君の言葉の中で引っ掛かる部分があったから聞いてみた。

 

 

「……あ、UFO」

 

「どんな話の逸らし方!? この空間でUFOとかないよね!?」

 

「……あ、ツチノ――「それもないから!」――……まだ言ってないのに……」

 

「もう!分かったよ。今は訊かない」

 

 

 話したくないのに無理矢理聞き出すのって卑怯だもんね。

 

 

「俺は転生者なんだ」

 

「言うの!?」

 

 

 驚愕の事実っ!と言うわけでもないけど!何となく分かってたけど!タイミングがおかしいよっ!

 

 

「い、言いたくなかったんじゃ」

 

「いや、そんなことないけど?」

 

「えぇー」

 

 

 ぐでーっと手を伸ばして宏壱君の膝の上で延びる。

 

 

「さて、第2ラウンドといこうか」

 

「えぇっ!? ここで話を切るの!?」

 

「今日の目的は?」

 

「……特訓、です」

 

「なら休んでばかりもいられんだろ。もうある程度魔力も回復しただろ?」

 

 

 立ち上がった宏壱君は私と距離を開ける。

 

 

「うん、そうだね。もっと強くならないと!」

 

 

 そして私は宏壱君と向かい合い印を組む。

 

 

「多重影分身の術っ!」

 

 

 私の背後に15人の私が現れる。今の私じゃあこれが精一杯。でも、宏壱君と出会うまでは5人が限界だった。それが、この二週間で三倍に増えた。維持するのにそれなりに集中力がいるし、強度もそんなに強くない。だけど、分身の私が経験したことが私の糧になる。今よりも早いスピードで上に行ける。強くなれる。感謝だよ、宏壱君。君に出会えてホントによかった。今は届かないけど……。いつか君の隣に立ってみせるから。だから、今は……。

 

 

『行くよっ!』

 

「………」

 

 

 全ての私がそう叫んで一斉に宏壱君へと飛びかかった。

 

 

「………ホントに面白い能力だなぁ!!」

 

 

 呆けていた宏壱君の顔には獰猛な笑み。今日の魔法模擬戦二回目、開幕。




前回は書く時間がなくて今回に見送りました。

エルテミヌス・エスト

容姿:原作通り

備考:次元断層に飲み込まれ地球に来た。『スピリッツデバイス』(管理局命名)と呼ばれる固有種でエストのいた世界にしか存在しない(現地では精霊と呼ばれている)。デバイスで言うところの待機モードが生命体(人や猫、犬等の状態)、スリープモードが装飾品の状態、戦闘モード(セットアップ時)が剣や槍、弓の状態。

前回大輝が修行していた場所で、倒れているところを修行場を探していた大輝に発見された。魔力の弱りを感じた大輝が魔力を流し込みそれをエストが受けてしまったため契約が成立してしまった。

エストは大輝を主とは認めていない。大輝がエストと出会ったのは宏壱と邂逅する3日前、バーベキューの時には既に大輝と行動を共にしていた。その時エストは宏壱がただの人でないことを見抜いたが、大輝は最後まで宏壱を侮っていた。それが主な理由。


とこんな感じですね。これもまた好きな作品なので最初っから出す予定でした。ただ世界観を合わせるためにかなり設定を弄っています。
一応管理世界ということになりますが、かなり辺境の方ですね。取り敢えずはエストだけ登場ということで……。


今回の咲の修行はまだ続きます。書いていると凄く長くなってしまったので、二話に別けさせていただきました。

今回書いている最中にふと思ったのですが、なんか咲も主人公枠にいるような……気のせい、ですよね?いや、この子何故か書きやすいんですよね。

さて、ここからは読者の皆様にお願いがあります。今回咲が使った忍術、一応魔法の部類になります。今後彼女が管理局と接触した際に彼女の能力をレアスキルにしたいのですが、自分の語彙では能力名が浮かんでこないんです。

そこで、皆様のお力を、と思いまして。詳細は活動報告の方に載せさせていただいています。よろしければお力添えのほどを……。

と言うことで、では!また次回お会いしましょう!


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第二十九鬼~咲の修行part2~

side~咲~

 

 先頭にいた分身体が宏壱君の回し蹴りで吹き飛び、――ポン――と煙りを残して消え、その視覚情報が私に還ってくる。

 

 

「「やあっ!/たあっ!」」

 

 

 今度は二人の私が横から挟み撃ちで殴り掛かる。

 

 

「ふっ! らあっ!」

 

 

 宏壱君は左から迫る私に近付きサマーソルトを極め、遅れて来た右から迫っていた私が背後を取る形で殴り掛かるけど、サマーソルトの回転のまま躱され後頭部に膝蹴りを叩き込まれ消える。

 

 

「まだまだ行くよ!」

 

 

 本体の私は消えた分の分身体を補充する。私の魔力が尽きるか、宏壱君のスタミナが切れるか……。

 

 

「しっ! ふっ! うらあっ!」

 

 

 正面の私を蹴り飛ばし、飛び蹴りをする私の足を掴み右から迫る私にぶつけ、背後から掴み掛かる私のお腹に肘を入れ、左右同時に迫った私を、右側を先に蹴りその反動を利用して左側の私を蹴る。

 個々で挑んでも無駄なのは分かってる。15人の私が束になっても敵わないのも知ってる。でも、数は減らないよ。それに……。

 

 

 《二番、上から襲って! 五番、宏壱君の腕を掴んで!》

 

 《《分かった!》》

 

 

 私の指示通りに動く二番と五番。宏壱君は掴まれた腕を振り、頭上から迫る二番にぶつける。

 

 

 《四番、背中に隙ができた!十番は下から心中斬首の術を!》

 

 

 四番が後ろから襲い掛かり、十番が土遁で地中にもぐる。宏壱君は迫る四番を見ずに肘鉄を当て即座に跳び、右手に魔力弾を作り地面にぶつけた。

 

 

「きゃあ!?」

 

 

 地面が抉れ地中に居た十番に魔力弾が当たる。

 

 

 《っ!七番、八番、九番、宏壱君を囲んで土矛で応戦、引き付けて! 一番、二番、三番、五番は火遁! 十一番から十五番は風遁で火遁の威力を上げて!》

 

 

 三人囲まれた宏壱君は危なげ無く攻撃を躱す。小刻みなステップでその場に留まらず、目紛るしく立ち位置を変えていく。右から打ち下ろすような攻撃を半身になり躱し、蹴りを入れた。少し怯んだけど攻撃を受けた八番は吹き飛ばないし消えない。他の七番と九番も攻撃を受けても消えない。

 

 

「「「「火遁・豪炎の術!!」」」」

 

 

 一番、二番、三番、五番が印を組み口許に現れた魔法陣に息を吹けば、炎が草原を焼きながら宏壱君へと放たれ。

 

 

「「「「「風遁・大突破!!」」」」」

 

 

 更にその後ろから間髪容れずに放たれる大突破の勢いを受け、炎の威力が増し宏壱君に迫る。

 

 

「「土遁・土流壁!!」」

 

 

 また作った四番と十番の分身体が迫る炎の反対側から土の壁を作り宏壱君の逃げ場を無くす。

 

 

「ちっ」

 

 

 そこから急いで離脱しようとする宏壱君……でも。

 

 

「逃がさないよっ!」

 

 

 七番が跳び上がろうとした宏壱君に蹴りを入れる。宏壱君はそれを屈んで躱し七番の軸足を払う。

 

 

「「まだまだっ!」」

 

 

 宏壱君に息を尽かせぬまま、八番と九番が攻撃を仕掛ける。宏壱君はそれを防ぐのではなく受け流していく。

 

 

「刃と無限なしで使うのは疲れる、が。テメェの弟子に一撃くれてやるのも癪だな………ファースト ムーブ」

 

 

 迫る炎で宏壱君の姿が隠され、そのまま突き進んだ炎は土遁で作られた高い土の壁にぶつかり、行き場を失って上へと逃げる。

 

 

「……どうなった、の?」

 

 

 宏壱君の魔力を探す。炎の中には……居ない!?

 

 

「何処に……っ!?」

 

 

 咄嗟にその場で膝を折り屈む。一瞬前まで頭のあった場所を何かが薙いでいく。

 

 

「土遁・土中映魚の術!」

 

 

 素早く印を組んで術名を叫べば私の足下に魔法陣が浮かぶ。この術は、地中を水の中を泳ぐように進むことができる。息が出来なくなるけど、攻撃を躱すにはもってこいの術だ。

 

 

「らあっ!」

 

 

 間一髪、地中に潜ることで宏壱君の攻撃を回避した。

 

 

「うわっ、地面が陥没してる!」

 

 

 地上に出てさっきまで私が居た場所を見れば、直径5mほどのクレーターが出来ていた。そのクレーターの中心には右腕を地面に肘までめり込ませた宏壱君の姿がある。

 それをチャンスだと見て私の分身体が一斉に飛びかかる。

 

 

「ブレイク キャノンッ!!」

 

 

 宏壱君は腕を引き抜くんじゃなくて、更に力を込めて押し込んだ。次の瞬間、クレーターの罅割れた部分から深紅の閃光が溢れ――ゴパッ!!――と地面が弾けた。

 

 

『きゃあっ!』

 

 

 それに巻き込まれ分身体が次々と消えていく。……残ったのは二体。

 

 

「……どうする?」

 

「本体がまた距離を取って分身して指示を出すのは?」

 

 

 私のところまで飛ばされたのか綺麗に着地した二人は相談を始める。でも……。

 

 

「……そんな時間、無いよ」

 

 

 砂塵の中から宏壱君が飛び出した。

 

 

「なかなか考えたな、咲。多彩な能力を上手く活用している」

 

「……宏壱君にはどれも効果が薄いみたいだけど?」

 

 

 私の前に着地した宏壱君は嬉しそうに笑う。

 

 

「当たり前だ。まだまだ負けてやらねぇよ」

 

「……行くよ」

 

 

 グッと両拳に力を入れて駆け出す。分身体も私の後を追うように走り出した。

 

 

「やっ!」

 

 

 飛び蹴り、半身で躱される。

 

 

「せいっ!」

 

 

 

 後を追っていた分身体が宏壱君の顔に向けてパンチを放つも、上から叩き落とすことで防がれた。

 

 

「やあっ!」

 

 

 パンチを放った分身体の肩を掴んで体を浮かせたもう一体の分身体が回し蹴りを放つ。

 

 

「いい連携だ。だが……」

 

 

 宏壱君はそれを右手首で受け止めた。二人の分身体は、追撃を受ける前にその場から離れる。

 

 

「少し行動がワンテンポ遅れてる」

 

 

 高く上げられた宏壱君の右足、それを下ろすと――ズン――地面が揺れた。

 

 

「俺を相手にするならもっと早く意思疎通出来ないと、な!」

 

「ぐうっ!」

 

 

 一体の分身体が吹き飛び消える。さっきまで分身体が居た所には宏壱君が……。

 

 

「っ!水遁・水断波っ!!」

 

 

 残った分身体が印を組み口許に現れた魔法陣に息を吹き掛ければ、水が直線状に飛ぶ。

 

 

「ウォーターカッターかっ!?」

 

 

 驚いた声を上げた宏壱君は横に飛んで躱す。それを追いかけるように分身体が顔を宏壱君に合わせると、それに従い直線状に飛ぶ水が横凪ぎに曲がる。

 

 

「剃っ!」

 

 

 当たる!そう思った瞬間宏壱君の姿が消えた。

 

 

「……今のって」

 

「ごふっ!?」

 

「っ!?」

 

 

 水断波を放っていた分身体も消された。

 

 

「もう終わりか?」

 

「うんん、やれるよ」

 

 

 姿勢を低くして駆ける。

 

 

「しっ!」

 

 

 右手のパンチ、左手で弾かれた。ハイキック、上体を反らして躱される。そのまま回転して回し蹴り、屈むことで躱された。

 

 

「ほい」

 

「きゃっ!」

 

 

 軸足を払われ足が宙に浮き、背中から地面に落ちていく。地面に背中をぶつける前に手を付いてバク転、宏壱君と距離を……。

 

 

「っ!?」

 

 

 咄嗟に首を傾ける。見えたのは通り過ぎる拳と私を射抜く強い瞳。よく見れば黒い瞳が若干赤みがかって見える。

 伸ばされた腕は引かれることなく私の頭を掴む。そのまま前に体ごと倒され顔に宏壱君の膝が迫る。

 

 

「くっ!」

 

 

 それを両掌で受け止め、抵抗せず引かれるままに足を浮かせその勢いのまま一回転、必然的に私の踵は宏壱君の頭に落ちる。けど、それも左腕で防がれた。

 

 

「まだまだあっ!!」

 

 

 地に足をつけ腰を落として前へ踏み込み、屈んだ状態から右拳を握りしめ振り上げるが、宏壱君は数歩下がって躱す。

 

 

「いい屈伸だ」

 

「はあっ!」

 

 

 伸びきった体を捻り回し蹴りを放つも、上体を反らして躱される。

 

 

「鋭い蹴りだな。だが」

 

「がっ!?」

 

 

 お腹に衝撃、私の体は軽々と吹き飛ばされる。宏壱君の残心で蹴られたのだと分かった。

 

 

「けほっ、ふふっ」

 

 

 衝撃がくる前にお腹に力を入れてダメージを抑えられたことに少し笑いが漏れた。

 

 

「少し正直すぎるな」

 

「ふふふっ」

 

「って、聞いてるか?」

 

 

 ここで実を結ぶんだ。さっき出来なかったことが今は出来る。

 

 

「こりゃ聞いてねぇな」

 

 

 これなら、宏壱君の背中も見えて――「まぁ、そろそろ慣れてきたみたいだし、ピッチ上げていくか」――……え?

 

 

「一段階レベルアップだ」

 

 

 レベルの瞬間には宏壱君の姿は既に私の目の前にあった。

 

 お父様、お母様、如何御過ごしでしょうか。天国は良いところですか? 私は日々研鑽を重ね家族を守る力を付けています。新しい家族にも師匠にも友人にも恵まれ毎日が充実しています。ただひとつ言いたいことは、転生者だと言った彼が強すぎます。天狗になる暇もありません。

 

 もう心が折れそうだよぉ。

 

side out

 

 

 

 

 

side~宏壱~

 

「今度からは目隠しな」

 

「……え?」

 

 

 休憩を挟みつつ7回模擬戦をした後に、シャワーで汗を流し時計を見れば既に19時を過ぎ日も暮れていた。士郎さんに連絡をいれると、もう遅いから、ということで俺(大人モード)が送ることになった。そして今は咲を家まで送る道中。

 

 

「途中からましになったとはいえ、視覚情報に頼りすぎだ」

 

「うっ……」

 

 

 咲は自覚があるのか胸を押さえる。

 

 

「で、でも何も見えない状態で宏壱君や愛紗さん達となんて……」

 

「一応考えてある」

 

「考え?」

 

 

 小首を傾げて聞く咲の瞳には好奇心と一抹の不安、と言うか嫌な予感でもするのか微かに揺れる。

 

 

「それは今度のお楽しみってことで。まぁ、色々と時間が掛かるだろうし、それまでは道場で目隠しの状態で魔力弾を避ける練習な」

 

「え……それだと道場が」

 

「大丈夫だ。威力はデコピン程度のものにする」

 

 

 歩きながらする会話は今後の訓練内容。

 

 

「う~ん、自信ないなぁ」

 

「お前なら出来るさ。俺が保証する」

 

「宏壱君がそう言うなら頑張るよ」

 

 

 そう言った咲の声音は、それほど不安そうなものは混じっていない。

 

 

「あ、そうだ」

 

「ん?」

 

 

 咲が何かを思い出したように手を胸の前で合わせる。

 

 

「えっとね、今度のゴールデンウィークに温泉に行くんだけど、どうかなって」

 

「温泉……ああ、海鳴温泉か?」

 

「うん」

 

 

 海鳴温泉、確か海鳴市観光地化に向けて作られた場所で、観光客がそれなりに泊まる温泉宿、だったか?

 テレビでやっていた情報を思い出しながら、咲に返す言葉を考える。

 

 

「あー、ゴールデンウィークか」

 

「うん、士郎お父さんも一緒に行かないかって言ってたよ」

 

「いや、ちょっと用事があるんだよ。大事な、な」

 

「そっか。じゃあ仕方無いね」

 

 

 特にゴネるでもなく素直に引き下がる。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 一瞬会話が途切れる。咲はチラチラと俺を見て何かを言おうとするが躊躇うように口を噤む。まぁ、大凡の見当はつく。

 

 

「俺が転生者だって言ったことが気になるんだろ?」

 

「……うん」

 

 

 やっぱりか。特に隠す必要もないからな、聞かれたら当然答える。

 

 

「何が知りたい?」

 

「えっと、誰に転生してもらったの?」

 

 

 随分と的確と言うか的を射る質問だな。普通何から聞いて良いのか分からないもんじゃないのか?

 

 

「貂蝉って男だ」

 

「……ぇ……男の、人?」

 

 

 疑問の声を上げ咲は立ち止まる。その顔は驚きと戸惑いに染められていた。

 

 

「………どうした? おかしなことでも言ったか?」

 

「……女の人、じゃなくて?」

 

「何で疑う。俺が男だと言ったんだ、男だろ」

 

「そう、なんだけど」

 

 

 咲は何を気にしてるんだ? 女? どこから出てきたんだ。………いや、まさか、有り得なくはない、のか?

 

 

「お前はその女に転生してもらったのか?」

 

「……え?……うえぇぇえっ!?」

 

 

 一瞬の間が空いて驚きの声が住宅街に響く。

 

 

「な、何で? どうして分かったの!?」

 

「おい、もう暗いんだ。静かに驚け」

 

「……あ、ご、ごめんなさい」

 

 

 咲はしゅん、と肩を落とすも物言いたげに俺を見上げる。

 

 

「……どうして分かったの?」

 

 

 再び足を高町家に向けて進めて暫くすると、黙っていた咲がポツリとそう言った。はっきり言おう、聞き間違いかと思ったぞ。

 

 

「いや、あのな、男って言って女じゃないのか? 何て聞き返されたら、じゃあお前は女に転生してもらったのか?ってなるだろ」

 

「……あ」

 

「ホントどっか抜けてるよな、お前は」

 

「あ、あはは、じゃ、じゃあ宏壱君の特典って何かな?」

 

 

 咲は笑ってごまかして、話題を変えるように聞いてくる。

 

 

「とくてん?」

 

「さっき使ってたのって剃だよね。と言うことは『ワンピース』の六式かな? 愛紗さん達もなんだかその内に入りそうだよね。じゃあユニゾンデバイスとかかな?」

 

「咲、ちょっと待て。一体何の話をしてるんだ?」

 

 

 少し興奮気味の咲に制止の声を掛ける。

 

 

「何って特典の」

 

「そのとくてんってのはなんだ?」

 

「え?」

 

 

 咲は呆けたような声を出して訝しげな顔をする。

 

 

「いやだから、とくてんって何だ?」

 

「特典、知らないの?」

 

「ああ」

 

 

 何でそんなに驚いた顔をしているんだ? とくてん……特典、か? 意味合いで言えば特別な待遇とかそんな感じだが……。

 

 

「じゃあ、あの六式は?」

 

「何でお前が六式のこと知ってんだ?」

 

「いいから、こ・た・え・て」

 

 

 咲は『答えて』を強調してそう言う。

 

 

「お、おう」

 

 

 妙な迫力に吃ってしまった。今なら軽く一撃入れられそうだぞ。

 

 

「六式は俺の親父が使えた体技なんだよ」

 

「宏壱君のお父さん?」

 

「ああ、何でも代々山口家に伝わる古流武術だとか言ってたな」

 

「……宏壱君はワンピースって知ってる?」

 

「いや、知らないな。服か?」

 

「ワンピースを知らない? あの国民的アニメを?……時代が違うのかな?」

 

 

 俺の言葉は無視してぶつぶつと独り言を呟く咲。アニメとか見てたがそれも150年以上前の話で覚えてない。もし、六式が出てくるアニメなら自分も使うものだ、記憶に残っていてもおかしくないはずだ。

 

 

「……宏壱君の前世ってどんなところ?」

 

 

 咲は考えが纏まったのか、そう聞いてきた。

 咲が聞いているのは桃香達と出会った過去ではなく、俺が初めて生を受けた別の世界の事だろう。

 

 

「戦争の多い世界だった」

 

「戦争?」

 

「ああ、日本は平和な国だったが、周辺諸国では諍いが絶えず、日に何人もの人間が死んだ。テレビや新聞じゃ殆どその話題は出なかったけど、そこら辺のニュースはラジオで聞けた」

 

「……」

 

「世界大戦のような大規模な戦争はなくても、内紛やテロ、異民族間での争い事。挙げれば切りがない程に、な」

 

「宏壱君は、宏壱君はその世界で何を……?」

 

 

 恐る恐ると聞いてくる咲の声には、若干の震えが聞き取れた。何となくの察しは付いているんだろう。

 

 

「傭兵をしていた」

 

「――っ!?」

 

「俺の培った戦闘技術は、殆どそこで身に付けたからな」

 

 

 そう言って止まっていた足を三度動かす。

 

 

「じゃ、じゃあ宏壱君は人を……」

 

 

 慌てて追いかけてきた咲が、躊躇いながら聞いてくる。

 

 

「ああ、この手に掛けたことがある」

 

「……」

 

 

 自分の手を見れば血なんて付いていない。だが、そこに残る感触は世界を越えても消えることはない。

 

 

「……怖くなったか?」

 

「……宏壱君は好きで命を奪ってたの?」

 

 

 咲は俺の問いには答えず、無感情の声音で聞いてくる。

 

 

「ああ」

 

「即答、何だ」

 

「逡巡することはないさ。俺の決めた道だったからな」

 

「……」

 

 

 肩を竦めて言う俺を見上げる咲の目に恐怖の色はない。咲の演技力が卓越していなければ、な。

 

 

「……そっか」

 

「俺から指導を受けるの止めるか?」

 

「どうして?」

 

 

 そう聞き返す咲は、純粋に疑問を持っただけに見える。

 

 

「ほら、汚れた力だー、とか、この人殺しー、何て言わねぇのかなー、と思ってな」

 

 

 俺がそう言えば、咲はむっと怒った表情をする。

 

 

「別に言わないよ。士郎お父さんも恭也兄さんも、人の命を奪ったことがあるって言ってた。宏壱君が前世でどんなことをしていても、私は気にしないよ」

 

 

 そう言って笑った咲の顔に嘘は見られずホッと息が漏れた。知らず知らずのうちに緊張していたらしい。平気なつもりでも、親しい人間から拒絶の言葉を投げ掛けられるのは怖い。たった二週間で随分と内側に入られたもんだな。

 

 

「宏壱君? どうしたの?」

 

「いや、何でもない」

 

「そう?」

 

「ああ」

 

 

 また、無言の間が空く。

 

 

「そういえば、愛紗さん達はユニゾンデバイスなの?」

 

 

 ただ疑問に思っただけなのか、無言に耐えきれなくなったのか、咲が聞いてくる。

 ユニゾンデバイスってのは確か古代ベルカで作られた融合型デバイスで、適合者とのユニゾン率が低いと洒落にならん事故を起こすから、使い勝手が悪く次元世界でもあまり普及しなかった。そんなことを文献で読んだな。

 研究自体はまだ続けられていたりするらしいが、製造は困難を極め既存の物からの複製も不可能に近い。そもそも適合者が極めて少ないらしいからな、研究も芳しくない。廃れた技術だな。廃れているから知る人間はそう多くない。何で咲は知ってんだ?

 

 

「いや、あいつらは魔力生命体だ」

 

「あ、そっちなんだ」

 

 

 さっきから咲は何を言っている? 何の話をしているんだ?

 

 

「じゃあなにか魔導書でもあるのかな?」

 

「待て。ちょっと待ってくれ」

 

「あ、ごめんね。私ばっかり話しちゃって」

 

「それはいい。俺が言いたいのはそういうことじゃなくてだな」

 

 

 謝る咲を制して、自分の言いたいことをまとめる。

 

 

「あー、あれだ。何でユニゾンデバイスのことを知ってるんだ?」

 

「え?」

 

「いや、この基本管理局と関わりのない世界で、知る者も少ないユニゾンデバイスのことを何で知っている? 魔力生命体だって使い魔が居るからおかしくはないが、地球から出たことのないお前に知る機会があったとは思えないんだが……」

 

「それは原作で……あ、ワンピースを知らないんだよね。じゃあ、リリカルなのはも知らない? ううん、そもそも私の知ってるアニメ自体が無いのかも」

 

 

 途中でぶつぶつと考えごとを始める咲。いつの間にかまた俺達の足は止まっていた。

 

 

「おーい、咲ー。戻ってこーい」

 

「ひゃっ!わわわっ!」

 

 

 咲の頭をぐわしぐわしと乱暴に撫でる。

 

 

「あううぅ~……頭がくらくらするよぉ」

 

「はぁ、ホントに遅くなるぞ。もう20時前だ」

 

 

 溜め息をついて腕時計を咲に見せてやる。

 

 

「飯もまだだし、早くしないと冷めるぞ」

 

「のんびりし過ぎちゃったね」

 

 

 えへへと咲は笑うが、ややこしい話をしたのお前だろって言いたい。

 

 

「話があるならまた今度だ」

 

「うん!」

 

 

 俺達は今度こそ咲の家へと、止まることなく歩みを進めた。

 

 

 

 

 

「宏壱君、咲を送ってくれてありがとう」

 

「最近は物騒だからな。いくら咲が強いとはいえ、女の子一人で帰すのは気が引けるからさ」

 

 

 あれから10分ほどで咲の家、高町家に着くと、少し帰りの遅い咲を心配して士郎さんが門の前で待っていた。

 

 

「そうだ。晩御飯を一緒に食べないかい?」

 

「いや、家で天和が待ってるからな。遠慮する」

 

「そうかい?」

 

「ああ、じゃあな。咲もまた学校でな」

 

「うん、バイバイ」

 

「遠慮なくいつでも遊びに来てくれると、なのはも喜ぶよ」

 

「おう」

 

 

 門前で見送ってくれる士郎さんと咲に手を振り、高町家を後にする。

 

 

「原作……ね」

 

《つまり原点、この世界の元となった物語がある。と言うことでしょうか?》

 

「多分な」

 

 

 念話で声を掛けてきた刃に、そう返しながら夜空を見上げる。

 

 

「降りそうだな」

 

 

 夜空を照らす月は見えず、幾万もの星達の姿も見えない。海鳴市は雲に覆われていた。

 

 

《予報では、降水確率ゼロ%でしたが》

 

「まぁ、こういう時もあるさ」

 

 

 そう肩を竦めてみせ、家路を急ぐ。

 

 

「――――っ!?何だ?今、妙な力の動きが……」

 

 

 足を止めると――ポツ――滴が肩に当たる。雨だ。降りだした雨に構わず、力の出どこを探る。

 

 

(これは、事件が起きた時に必ず感じる流れだ。何処だ?何処に……)

 

〈東140m付近の生体反応が弱まっています〉

 

「っ!」

 

 

 刃の報告と同時に『グロウ』を省エネモードから戦闘モードに切り替え、雨雲広がる夜空へと飛び上がる。そこに意識を集中してみれば、確かに弱まる気配が複数。だが妙だ。気配がそれだけしかないぞ。……今考えても無駄か。

 

 

「ファースト ムーブ!!」

 

〈First Move〉

 

 

 視界がゆっくりになり体感時間が延びる。距離は遠くない。一分も掛からず着く。

 

 

「炎神!」

 

 

 俺の全身を炎が包む。雨粒が炎に当てられ蒸気となる。

 

 

〈見えました。赤色の屋根の民家です〉

 

「分かった!」

 

 

 その屋根はすぐに見えた。だが、明かりが点いておらず、二階の窓ガラスが割れている。

 

 

「弱まった気配は一階か!」

 

 

 気配を辿り庭に降りる。庭から見えたのは、おそらくリビングへと繋がるガラス戸。その奥には大きな影とその影から伸びるなにかに串刺しにされた小さな影。

 全身に纏う炎を右手に凝縮させ、1m程の槍にする。炎の槍はゴウゴウと燃え盛り、放たれる時を待つ。

 

 

「刃、生存者は」

 

〈生存者、ゼロです〉

 

 

 ギリッと奥歯が鳴る。

 

 

〈結界を張ります〉

 

 

 無限がそう言うとここ一帯、凡直径200m付近の気配が消え世界隔絶され、降りだした雨もこの世界にはない。かなり隠蔽性の高い魔法だ。デバイスを持たない咲には気づかれないはずだ。

 

 

「炎神槍っ!!」

 

 

 それを確認して、炎の槍を右手で掴み、大きく振りかぶって投げる。炎の槍は真っ直ぐにデカブツへと飛んで行く。

 

 

「剃っ!」

 

 

 炎神槍がデカブツに直撃する前に剃でデカブツに近付く。

 

 

「無限!」

 

〈御意〉

 

 

 左手に漆黒の刀が現れた。

 

 

「雷神・雷刀!」

 

 

 無限に魔力を通し変換機能で魔力を電気変換、一時的に無限は雷を纏う刀になる。

 

 

「ああっ!!」

 

 

 音が鳴ることもなく、スっと抵抗なく無限は小さい影を貫いていた腕を切る。小さい影は近くで見れば、年端もいかない少女だと分かった。

 

 

〔グオオオォォォッ!!?〕

 

 

 腕を切り離され悲鳴を上げるデカブツに構わず右腕を引く。

 

 

「炎神・剛焼拳!」

 

 

 炎を纏った拳がデカブツを捉え――ゴウッ!!――火の粉を散らしながら吹き飛ばす。吹き飛んだ先は庭、そして炎の槍だ。

 

 

「くたばれっ!」

 

 

 ――ゴウウウゥゥゥッ!!!――俺の全身を包むほどの炎を凝縮した槍だ。その威力は並の炎神槍の10倍近いものがある。

 炎は拡散せず空へと渦を巻きながら上る。

 

 

「やった、か?」

 

〈分かりません。生命反応が感知できません〉

 

〈こちらも同様です。彼奴には生命反応が見られない。これでは……〉

 

 

 無限の言葉が途中で切れる。理由はすぐに分かった。

 渦を巻く炎の中からゆっくりと影が出てくる。炎に照らされたその姿は異様と呼ぶに相応しいものだった。灰色の皮膚、2mを軽く超えるデカさ、異常に長い腕、筋肉で盛り上がった体、その体の中心、鳩尾辺りはぽっかりと穴が空いていて奥の渦巻く炎が見える。

 何よりもその面を隠す面だ。鬼と表現すればいいのか、泣いているようにも、笑っているようにも見える。

 こいつがなんなのか。何故生命反応が感知できないのか。何処から来たのか。分からないことが多いが一つだけ確かなことがある。最近の一連の事件、間違いなくこいつは関係しているってことだ。




戦闘シーンを書くのは楽しいですけどちゃんと伝わっているかどうか……不安です。

今回、不自然に話を切った部分がありました。説明するなら最後までしろ、って話ですよね。ただ、あれを長くすると今回で事件に関わる所まで行けない気がしたんです。

さて、今回はここまで。では次回お会いしましょう!


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第三十鬼~赤鬼と救いと憤怒~

side~宏壱~

 

 燃え盛る炎に覆われた庭、血溜りの出来上がったリビング、晩飯の最中だったのか料理が床に散乱し皿は割れ机や椅子はひっくり返され、強盗に入られたような家の中。

 だが、天井や壁、床は鋭い刃物で切り裂かれたような裂傷があちこちにあった。これをやったのは人でも獣でもない。この世にいてはならない存在だ。

 

 

「……」

 

 

 刃と刀(ソードモード)の無限をグローブモードにしてバリアジャケットを展開、それから傍に転がる少女の遺体を抱き上げる。胸部を貫かれ一撃で殺されたみたいだな。その顔は恐怖で引きつり、絶望の色が窺える。

 抱き上げた少女を、肩から腹部に掛けて引き裂かれ殺された母親であろう女の傍に寝かせる。女の傍には上半身のみの男の姿があった。下半身は見当たらない。

 

 

「……喰ったか? 絶望に落とし、その表情を楽しんでこの子も喰う予定だったってか?」

 

 

 湧いてくる感情を抑えデカブツを睨み付ける。何の目的で、誰の為に、こんな未来ある子供の命を奪ったのか。そんなことを考えるも答えなど出ない。出す必要もない。今俺がすべきことは……。

 

 

「お前を殺すことだ」

 

 

 佇むデカブツを見据える。高い再生能力を持っているのか、切り離した腕は再生していた。

 

 

「おおおおおぉぉぉぉっ!!」

 

〔グウウオオオォォォッ!!〕

 

 

 俺とデカブツは雄叫びを上げ同時に走り出す。一段階ギアを上げ、踏み込めば床は砕け木片が飛び散る。

 デカブツよりも速い俺の姿は既にデカブツの懐にあった。雷を纏った拳を強く握りしめ振り上げる。

 

 

「ぜりゃあああっ!!」

 

〔グブオオッ!?〕

 

 

 ――ズドン!!――腹部に深く拳がめり込み衝撃波が生まれ炎が靡く。

 

 

「ぶっ飛べぇぇっ!!」

 

 

 めり込ませた拳を振り切り、デカブツをぶっ飛ばす。

 吹き飛んだデカブツは塀を壊して道路に出る。

 

 

〔グアアアッ!!〕

 

 

 塀の向こうから三度の閃光、黒い光が瞬く。見えたのは、黒く輝く三つの光弾。

 

 

「おらあっ!」

 

 

 迫る光弾を魔力強化した拳を三度振るうことで弾く。

 

 

〔グアアッ!〕

 

 

 続けてデカブツが飛び出し、その図体とは裏腹に速い動きで迫る。

 

 

「せあっ!」

 

 

 迎え打つように回し蹴りを放つ、が。

 

 

「なにっ!?」

 

 

 俺の蹴りは当たることなく素通りした。躱された訳じゃない、文字通りすり抜けたのだ。

 

 

〔ギアアッ!〕

 

「ごふっ!」

 

 

 驚きで生まれた隙を逃すような相手ではない。顎をかち上げられ、上空へと殴り飛ばされる。

 

 

「ぐっ!……薄氷!」

 

 

 体勢を立て直し、空中に氷の足場を作り出す。

 

 

「……何が、起きた?」

 

〈攻撃がすり抜けました〉

 

彼奴(きゃつ)が何かしらの力を使ったようには見えませんでしたが……〉

 

 

 下を見下ろせば、デカブツが俺を見上げていた。余裕のつもりか、何かの行動を起こすこともなくこっちを見ている。

 

 

〈では、何故すり抜けたと言うのです? 彼奴が何かをしなければ有り得ないことでしょう〉

 

〈ならば、お前には見えたと言うのか刃! 彼奴が何か力を発揮したところが!〉

 

 

 刃と無限が互いの意見をぶつけ合う。ここで割り込んでも、思考を逸らさせるだけだ。なら俺のすべきことは、多くの情報を得ることだ。

 

 

〈それは……〉

 

〈そもそもがおかしいのだ! 何故通っていた攻撃が急に通らなくなった!〉

 

〈分かりません。ですが無限、喚いても仕方ないこも事実です。考えれば必ずタネが見つかるはずです〉

 

「……もう一度攻めるぞ」

 

〈〈主!?/御主君!?〉〉

 

 

 俺がそう言えば、二人は驚いた声を上げる。

 

 

「情報が少なすぎる。交戦すりゃ見えないものも、見えるようになるさ」

 

〈ですが!〉

 

〈危険です!〉

 

 

 抗議の声を上げる二人を無視して、薄氷の上から飛び降りる。

 

 

「動かねぇと何も始まらんだろうがっ!!」

 

 

 言いながら右足に魔力を集中し炎熱変換する。膝から下の右足を炎が覆う。

 

 

「炎神・紅蓮落脚っ!!」

 

 

 空中で体を前に倒し回転する。ちょうど踵がデカブツの頭に落ちる形だ。

 

 

〔グゴッ!〕

 

 

 炎を纏った脚は後ろに飛ぶことで躱される。地面に激突する前に魔力結合を解き、炎神を解除する。

 

 

「逃がすかっ!」

 

 

 着地と同時に、後ろに飛んで逃げたデカブツを追い駆ける。

 

 

「うおっ!」

 

 

 デカブツの胴に抱きつくように掴みかかろうとしたが、さっきと同じようにすり抜ける。

 

 

「っ!?」

 

〔グアアッ!!〕

 

 

 掴むことが出来ずすり抜け、体勢を崩した俺に背後から迫る殺気。崩れた体勢を立て直さず、前に転がることで躱す。

 

 

「くそっ!ブレイク キャノン!!」

 

 

 すかさず魔力弾を放つ。

 

 

〔グバッ!!〕

 

 

 追撃を掛けようとしたデカブツは、顔面にもろにブレイク キャノンを受ける。

 

 

「……当たった?」

 

〈これは……〉

 

〈まさか……御主君!〉

 

 

 一瞬の思考の停止、その隙を突かれた。眼前に影、デカブツが両手を組んで振り上げる。

 

 

「っ!?」

 

 

 後ろに高く跳んで避ける。――ズゴンッ!!――降り下ろされた腕は地面を穿つ。

 

 

「なるほど、魔力の有無か……」

 

〈恐らく……〉

 

〈なれば簡単なことです〉

 

 

 攻撃がすり抜けた時と通った時の違い、それは魔力の有無だ。当たった攻撃は、全て魔力を纏ったものだった。逆にすり抜けた攻撃は、魔力を纏わせていなかった。

『グロウ』は、常に魔力を細胞組織一片に余すことなく行き渡らせている。戦闘モードは魔力量を多く、省エネモードは少なくしている。それで身体能力の良し悪しが決まるんだが……。

 憶測ではあるが、身体強化のような魔力を内側に通すものではなく、外側に纏うような剥き出しのエネルギーが、あのデカブツにダメージを与えられた要因だろう。

 デカブツが何もせず、俺に攻撃を当てられる理由は分からんが……。

 

 

 

「勝機は見えた。……雷神!!」

 

 

 この身に雷を纏う。

 

 

「これより先は光の世界。お前に付いてこれるか?」

 

 

 光速でデカブツの懐に潜り込み、腹部に手を添える。その時に仮面の目の部分から見えたデカブツの目は、悲しみと絶望に満ち震えていた。

 

 

「スパーク ショット」

 

〔グボオオッ!?〕

 

 

 深紅の魔法陣が浮かび、雷がデカブツの腹を撃ち貫く。

 

 

〔ギアアア!!〕

 

 

 横凪ぎに払われた腕を屈んで躱し、今度はデカブツの太股に手を添え……。

 

 

「スパーク ショット」

 

〔ギガアアア!!〕

 

 

 悲鳴を上げ前屈みになったデカブツの肩に手を添え……。

 

 

「スパーク ショット」

 

〔グギャアアア!!〕

 

 

 それを繰り返す。腕、足、胸部、背中、首、頭と光速で時折振るわれる腕や足を躱しながら、確実にダメージを与えていく。

 

 

〔グギイイィィ……〕

 

「……ふぅ、タフだな」

 

〈同感です〉

 

〈一体何者でしょうか……?〉

 

 

 全身余すとこなく重度の火傷を負ったデカブツは倒れ伏し、俺は息を吐く。ダメージを与えても直ぐに再生する。その度にダメージを与える、再生、ダメージを与える、再生を何度も繰り返した。目紛るしく景色が移り変わり、遂にデカブツが倒れた。再生する力はもう無いのか、灰色だった皮膚は炭化し黒く染まっていた。それでも息があるこいつのタフさには感心する。

 

 

「その顔、拝ませてもらうぞ」

 

 

 抵抗する力もないデカブツの仮面に手を掛け……剥がす。

 

 

「――っ!?」

 

〈……これは〉

 

〈……どういうことだ〉

 

 

 俺達は混乱した。その仮面の下の顔は……幼い少女の顔、見たところ俺よりも年下だ。

 

 

――お…じさ…ん。だ…れ?

 

「これは……念話、か?」

 

 

 幼い少女の声が耳からではなく、頭の中に直接響いた。

 

 

――おじさん…も…マナの声…が、聞こえ…るんだ。

 

「ああ。君は何者だ?」

 

 

 静かに語り掛ければ少女、マナはその愛らしい瞳から涙を流す。

 

 

――マナ……いっぱい…人殺しちゃった。お母さんも……お父さんも……ひっく、みんな泣いて…た!……うっく……みんな怖がってたの……!

 

「……」

 

 

 何も言葉がでない。この少女を救う術は俺にはない。

 恐らく自分の意思ではなく、暴走のような形で暴れていただけなんだろう。俺にはこの子の気持ちを理解してやれない。自らの意思で誰かの命を奪うことを決めた俺と、意識がありながらも意思とは関係無く人を殺めたこの少女では、覚悟が違う。

 

 

――あたたかい…お家を見ると……体が止まらなくて……そこに居る……人達が…憎くなって……マナは…死んじゃったのに!……何であんなに…笑ってるのって……!あああぁぁぁ!

 

「抑えろ! 闇に呑まれるな! その暗闇に身を任せると、その悲しみだって消えるぞ!」

 

 

 暴れだそうとしたマナに、声を掛けながらグラビティバインドで押さえる。凄まじいパワーだ。ギチギチと悲鳴を上げるバインドの音で、発揮されている力の強さが分かる。気を抜けば破壊されかねないぞ、これは。

 

 

〔アアアアアアッ!!〕

 

「気をしっかり持て!自分を見失うな!」

 

――ころ……して……。

 

「――っ……な…に?」

 

 

 頭に響いた声に一瞬気が抜けた。その隙を突かれ、バインドを破られる。火傷を負った皮膚が、マナの叫びに呼応するように再生していく。

 

 

〔ウアァァァァッ!!〕

 

「ぐうっ!」

 

 

 バインドを破ったマナは、がむしゃらに腕を振り回した。傍にいた俺は躱すこともできずに弾き飛ばされる。

 

 

「ぐあっ!」

 

 

 近くの電柱を破壊して民家の塀を壊し、その先の民家にの壁をも壊しフローリングの床に転がる。例によってバリアジャケットの恩恵でダメージは無いが、強い衝撃が来れば息がくらい漏れる。

 

 

〈主、このままでは……〉

 

 

 刃が悲壮感に満ちた声を掛けてくる。

 

 

〈あの少女のためにも討つべきです、御主君〉

 

 

 決意を固めるようにと、無限が言葉を掛けてくる。二人は知っているのだ、俺が女子供を手に掛けたことが無いのを……。

 

 

〔グウアァァァァッ!!〕――ころ…して……。

 

「……」

 

 

 耳に届く声と頭に響く声が重なる。マナは流す涙も枯らし、声で泣き暴れ続ける。その方向性の無い暴力が俺に向かってくるのも時間の問題だろう。

 

 

「殺す……覚悟、か。救うことは……」

 

〈その術が無いことは、貴方が一番分かっているでしょう!〉

 

 

 刃の言葉になにも返せない。ああ、分かっている。そんなものは無い。分かっている。こんなことは初めてで、訳も分からない力を使う少女が、恐らく既にその命を失っていることも……。

 頭が真っ白になっていく。視野が狭まり、見えるのは苦しむ少女の顔だけ。

 

 

〈御主君、目の前の少女を泣かせたままにするおつもりですか?〉

 

「……」

 

〈彼女を救う術は……ありますよ〉

 

「は……?……お前、何を言って」

 

〈解放するのです〉

 

「……かい、ほう?」

 

〈はい。彼女を呪縛から解放するのです。貴方の力で、意思で、覚悟で、殺すのではなく救う。その力が貴方にはあるのですよ、御主君〉

 

 

 溶け込むように、無限の言葉が胸に染み込む。

 

 

〔アァァァァ!〕――おじ…さん……マナを……助けて……!

 

 

 無限の声が聞こえたわけでもないだろうが、マナが俺に救いを求める。女を泣かせたままにするのは俺のポリシーに反する。助けを求められたのなら尚更だ。

 

 

「……ああ、救おう」

 

 

 腕に力を入れて起き上がる。

 

 

「俺にはこれしかないからな」

 

 

 全身に力を入れ一歩踏み込む。

 

 

「剃っ!」

 

 

 暴れ続けるマナの腕を掻い潜り懐に飛び込む。

 右腕に魔力を集中させ、最終的には五本の指に集める。六式の一つ、『指弾』を基礎とした技。

 

 

五指弾(ごっしがん)っ!!」

 

 

 放たれた五つの指弾は、正確にマナの腹部を貫き、手首より先が背中側へと突き抜けた。

 

 

〔グアアアァァッ!!〕――おじ…さん……ダメだよ……それじゃあ……また……直ぐ元に戻っちゃう……よ。

 

「……分かっている」

 

 

 マナ自身に痛みはないのか、掠れた声で注意してくる。

 

 

「炎神!!」

 

 

 俺の全身を炎が覆う。その炎は右腕からマナへと移っていく。絶え間無く魔力を注ぎ込むことで炎を増大させ、それは軈て俺達を包み込み膨大な炎の球体となった。外から見ればもうひとつの太陽が地上に出来た感じかもな。

 周囲は深紅の炎に覆われ轟々と燃え盛る。マナを包んだ炎は、マナの首から下だけを燃やす。

 

 

――……あたたかいね。

 

「……そうか」

 

 

 そう言ったマナの表情は穏やかで、笑みさえも浮かべていた。

 

 

――ありがとう……おじさん。

 

「ああ、安らかに眠れ」

 

 

 最後に満面の笑みを俺に魅せて、マナは炎に呑まれた。

 

 

「こんな平和な時代で、こんなことが罷り通っていいのか……」

 

〈……結界を解きます〉

 

 

 無限が結界を解くと、炎に覆われた住宅街や倒れた電柱、壊れた塀も何事もなかったかのように元通りになった。

 

 

「……強くなったな」

 

 

 結界を解けば降っていた雨が当たる。結界を張る前よりも雨足は強くなっていて、少し痛い程で本格的な土砂降りの雨だ。

 

 

「……帰るか」

 

 

 雨音に混じってサイレンの音が聞こえる。近所の誰かが、あの家族の遺体を見つけて通報でもしたんだろう。

 

 

〈これで決着したと思いますか?〉

 

 

 刃が聞くのはこの事件が、マナを止めたことで終わったのか?と言うこと……それを自分でも思っていないことを問うのは、俺達の間で誤認が無いようにするためだ。それに対する俺と無限の答えは……。

 

 

「〈あり得ない/あり得ん〉」

 

 

 否定だ。確実に終わっていない、そう確信を持って言える。事件はまだ続く。恐らく今回マナには外的力が加わっている筈だ。この世を彷徨う幽霊のマナを捕まえて、何者かがあの子に無理矢理力を与えた。何者かが、な。そう、例えば……。

 

 

「絶対殺したるからな!! 覚悟せぇや、くそボケェッ!!」

 

 

 空に向けて有りったけの声量で覇気を乗せて吼える。大気が震え、道路に出来た水溜まりが雨以外で大きく波打つ。(後で天和から聞いた話だが、この時海鳴市で局地的地震が起きたらしい。震度は3少し揺れを感じる程度だが、皆が感じ取るには十分な揺れだったらしい)

 

 

「……消えたか」

 

〈申し訳ありません。探知できませんでした〉

 

「気にすんな」

 

 

 刃と無限を待機形態にしてバリアジャケットから普段着に戻る。覗いていた相手も居なくなったし、もう臨戦態勢を解いてもいいだろう。

 

 

「絶対に許さへん。死んだ子を利用して無差別に人を殺させたんや、報いは受けてもらうで……」

 

 

 意識して関西弁を使い怒りを吐き出す。口に出すだけでも随分と違うものだからな。

 

 

〈同感です。何者かは知りませんが、命の冒涜もいいところ。我らも腹に据えかねています〉

 

〈誰に喧嘩を売ったのか、思い知らせてやりましょう。マナのためにも……〉

 

 

 刃と無限もかなり頭にきてるな。俺と同様、抑えを効かせる為に喋ってるんだろう。

 

 

「ホントにな……早めに対処しねぇと犠牲者が増える一方だ」

 

〈ですが、事を急げば仕損じる可能性も高くなります〉

 

〈刃の言う通りです。御主君、ここは慎重に事を運ばねば……〉

 

 

 刃と無限の言葉に確かに、と頷く。ここで首謀者、黒幕と呼んでもいい、そいつを逃せば別の場所で同じ事件が起こるのは明白。海鳴市でないと出来ないことがあるのなら話は変わってくるし、余裕もあるだろうが。今のところ方向性が見えない。

 

 

「……分からないことが多すぎるな。情報が欲しい」

 

〈では呉刃さんを?〉

 

〈しかし、あちらも人手がいるのでしょう?〉

 

 

 そうなんだよな。今、向こうの人員を割く訳にはいかないんだ。なんでも今度、複数の違法研究所を押さえるらしく家の実力者、桃香、愛紗、要が数日前からミッドの方に行っている。ただ、こっちに俺一人置いておくのは不安らしく、天和が残った。全員を召喚できればいいんだが、そこまでの魔力は俺にはないし。

 ……いつか全員をずっと維持できるようになれば、この先、有利に戦況を進めることができる。これまでの経験が俺に告げている。今回だけじゃなく、どれ程先か分からないが必ず大きな戦いが待っている。

 それを望む俺がいるのは確かだが、それで何かを失うのは本意じゃない。力を付けるのは咲だけじゃない、俺達もだ。

 

 

「仲間は欲しいが……」

 

〈宛がない、ですか〉

 

 

 刃の言葉に頷き、土砂降りの雨の中を急ぐでもなくゆっくりと歩く。

 

 

「……ああ」

 

〈高町家は巻き込めませんからね〉

 

「当然だ。あれを相手取るのは咲にはまだ早いし、士郎さんや恭也ではダメージを与えることはできない」

 

 

 難しいな。……味方は欲しいが、今は頼れる実力者がいない。

 

 

「一人でやるしかない、か」

 

〈いえ、三人ですよ、主〉

 

〈我等を抜かないでください、御主君〉

 

 

 二人の抗議の言葉に笑みが零れる。そうだな、俺は一人じゃない。傍には心強い相棒達が居るんだ。不安に思うことはないんだよな。

 

 

「はは、悪い悪い。そう怒るなって、ちゃんと分かってるからさ」

 

 

 そう話している内に家に着いた。土砂降りの雨でゆっくり歩いたから、服が水を含みすぎて重く感じる。

 

 

「ただいまー」

 

 

 パタパタと駆け寄ってくる足音を聞きながら、頭では別の事を考える。

 

 

(何処の誰だか知らねぇが、必ず報いを受けさせてやる。俺と直接相見えたその瞬間がテメェの死だ)

 

 

 静かに、だが激しく感情を心の奥底で渦巻かせ、雨で冷えた体さえも熱を持たせた。びしょ濡れの俺を見て慌ててタオルを取りに行った天和を見送り、俺はこの想いを解放する時を待つと決めた。

 

 

 

 

 

side~???~

 

 場面は宏壱が戦闘を行った住宅街からオフィスビルが並ぶビルの屋上へと移る。

 そこには、首にロザリオを掛け祭服を身に纏った金髪の男がいた。

 男の名はマキア・セルバン。カトリック教会に心を置く若い男だ。だが、この男、マキア・セルバンは異端審問を受け既に教会から追放されている身で、所謂はぐれ神父と呼ばれる存在である。

 

 

「ふむ、妙な力を使う男ですね」

 

 

 マキア・セルバンは未だ震える肩を押さえる。先程の戦闘を遠見で窺っていた彼だが、それに気付いた宏壱の殺気の乗った覇気をまともにその身に受け、震え上がったのは記憶に新しい。

 

 

「しかし、結界のようなもので覆われ姿が見えなくなってしまったのは残念です」

 

 

 心底残念そうに男は肩を落とす。

 マキア・セルバンはあらゆる力に興味を持つことで有名だった。『神器(セイクリッド・ギア)』『魔術』『仙術』『妖術』この世界のあらゆる力を追い求めた。『神器』を持つ人間を過酷な戦場に送り込み力を見極め、『魔術』を扱う人間を拉致して、解剖しその人体の構造がどうなっているのかを調べた。

 他にも様々な人道に反する行為を人知れず行ってきた。それが、教会の上層部に暴かれた。

 

 

「ですが、私の知らない力がまだまだあるんですねぇ、この街はそういう意味では宝箱のようなものです」

 

 

 マキア・セルバンは狂喜に顔を歪め笑う。新たなおもちゃを与えられた無垢な子供のように……。

 

 

「……ですが、もっとこの力を研究しなければ……ゴーストに触れることができるなど、どんな高位の司祭でも不可能ですからねぇ」

 

 

 マキア・セルバンは後ろに振り向き、背後に佇む多種多様な背格好の存在を眺める。体が大きなモノ、小さなモノ、手足の長さ、指の数、皮膚の色、どれも人のそれとは大きくかけ離れていて一感性がない、が。どの個体も宏壱が救った少女、マナと同じような仮面を被っていて、胸の中心には穴が空いていた。

 

 

「では、皆さん。またご自由に狩りを楽しんでください。そして、その力の詳細を私にお教えくださいね」

 

 

 整った男の笑顔は数多の女性を魅了するだろう。その眼の奥に狂喜がなければ、だが。

 

side out




マキア・セルバン

元カトリック教会司祭。特に大きな功績は残していないが、その好奇心、探求心は人一倍。世界にある数多の力の研究をしているが、研究のためなら何でもやる男。
天使を殺したこともありそれが、追放の決定打になった。


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第三十一鬼~赤鬼と拾い物~

徐庶元直の真名を変更

灯里(ともり)→碧里(あおり)

最初の方で登場しただけですが、蜀伝の書~プロフィール~を読んでくださった方のために一応載せておきます。


side~宏壱~

 

 マナとの戦闘から数日、俺達の予想通り事件は終わっていなかった。あれから数度の力の流動を感じ、現場に向かい未然に被害を押さえたが、どうも思った以上の数がいるらしい。複数の力の流動を感じる事がある。それが同時に起こると対処しきれなくなって、どうしても被害者が出てしまうんだ。

 悔しいが、俺の身はひとつ、咲のように分身体でも作り出せれば話は違ってくるんだろうが……あれは恐らくレアスキルの類い、ひょっとすれば前に咲が言ってた特典とやらの可能性も高い。それを俺が扱えるとは到底思えない、口惜しいが近場から対処していくしかないんだ。

 しかし、妙な話がある。どうやら俺以外にもこの事件を解決しようと動いている奴がいるらしい。と言うのも、幾度か別の場所、俺が向かった方向とは違う所で力の流動が消失することが多々あった。誰かが対処している。そう考えが至るのは当然だろう?

 

 

「4990……4991……4992……4993……」

 

 

 世間はゴールデンウィークの中期休暇で大にぎわい……らしい。

 そんな中、俺は鍛練を続けている。朝から走り込んで腕立て、腹筋、スクワット、懸垂、素振り、シャドーボクシング、それらを道場でこなし、昼飯を食べて小休憩してから地下のプロジェクター、ジェイの所で地球の20倍の重力下で本日二度目の鍛練を行っている。因に今やっているのは、逆立ち腕立て伏せだ。

 

 

「5000……っと……ふぅ」

 

 

 足を地に付け乱れた息を押さえ、ゆっくりと呼吸する。深く吸って、浅く吐いてゆく。

 

 

「ジェイ、投影機起動だ。刃から抽出したデータを元に組み込んだデカブツを5体投影してくれ」

 

[了解しました]

 

 

 流れる汗を拭い、ジェイに声を掛けた。

 投影機は、ジェイに新しく搭載した機能で、仮想敵を生み出すことが出来る。何かしらのデータを組み込めば 、それこそ自分自身との戦闘さえも可能にしたプロジェクターだ。以前から製作に取り掛かっていたものの、俺一人ではどうも計算等が合わず行き詰まっていた。そこで心強い助っ人を四人呼び出し、完成にありつけたって訳だ。

 で、今はその調整段階。まだまだ細かな調整は必要だけどな。

 1分程の時間を掛け五つの影が眼前に現れる。

 

 

「よしっ、成功だな」

 

 

 少し時間が掛かるのは問題だが、取り合えずの成功に軽く握り拳を作ってガッツポーズを取る。

 

 

[では、交戦モードに移行します]

 

「頼む」

 

 

 仮想敵には幾つかのパターンを組み込んである。攻撃、防御、回避、逃走、停止、飛行、最後に交戦。これらを使い分けて、自分のしたい訓練に合わせて使用。そして、仮想敵のレベルを設定して登録すれば、そのレベルに見合った行動を取る。それがこの投影機の完成と言える……んだが。

 

 

「……おい、俺に背中を向けたぞ」

 

 

 仮想敵は五体とも俺に背を向けて……走り出した。

 

 

[誤作動です]

 

「はぁ、完成はまだまだだな」

 

 

 俺は消えていく仮想敵を切なく眺めて溜め息を吐き、投影機の設置されている場所へ向かった。

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー。何名様でしょうか?」

 

 

 自動ドアを潜り店内に入ると、若い男の店員が声を掛けてきた。完璧な営業スマイルだ。

 時刻は7時を過ぎ、分針は真下を向いている。あれから、無事作動して投影された仮想敵で訓練をやって、気が付けば6時を過ぎていた。

 今日は何処かで外食することになり、こうして近くにあるチェーン店へと繰り出してきたって訳だ。何時もの事ながら『グロウ』を使った大人モード(省エネ)だが。

 

 

「二人」

 

 

 人差し指と中指を立てて店員に伝える。

 

 

「かしこまりましたー!お席に御案内します!」

 

 

 ハキハキとそう告げた店員は、俺達に背を向けて通路を淀みなく進む。

 

 

「こちらです!」

 

 

 店員が手で示した席は、テーブルを挟んで二人掛けの椅子が向かい合わせに置かれたボックス席だった。

 

 

「ご注文がお決まりになりましたら、そちらにあるボタンを押してください。では、ごゆっくりー」

 

 

 そう言って店員は去っていく。それを見送って座り、テーブルの端に置かれたメニューを取って向かい側に座った、両端に鈴の付いた赤い髪紐で黒髪をツインテールに結った女性に声を掛ける。

 

 

「碧里、何にする?」

 

「宏壱さんと同じもので」

 

「了解」

 

 

 碧里は柔らかく微笑み、テーブルの上に肘を立てて乗せ、両手を組んでその上に顎を乗せて俺を眺める。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 俺がメニューのページを捲る音だけが二人の間で鳴る。当然、店内には流行りの曲が流れているが……。

 

 

「あら? 山口さん?」

 

 

 メニューを見ながら何が良いかと考え、写真を見てその料理の味を想像しながら決めていると、俺達が座っているボックス席から通路を挟んで向かい側のボックス席から声が聞こえた。

 

 

「ん?」

 

 

 そちらに顔を向ければ、栗色の長い髪をアップで止めた美人さん、愛紗とデートした日に出会った八神夫人がいた。向かい側にはあの時は見なかった八神夫人と同じ色をした髪をボブカットにした小さな少女と、その少女を膝の上に乗せた所々髪の毛が跳ねている男、八神夫人の夫・八神さん。彼も俺に気付いて笑顔で手を振る。

 

 

「ああ……これは、八神ご夫妻。奇遇だな」

 

 

 メニューを閉じて顔は八神夫妻に向けたまま、テーブル脇にあるボタンを押す。

 

 

「今日は愛紗さんと一緒やないんですか?」

 

「浮気ですか?……余り感心しませんね」

 

 

 八神夫妻は関西人らしく、ここらの人達とは言葉のイントネーションが違う。

 八神夫人の端正な眉が顰められ声にも険が乗る。美人なだけに怖いな。

 

 

()みたいなもんだよ。血は繋がってないけどな」

 

 

 妹の部分でピクリと正面に座る碧里の眉が僅かに動いた。

 

 

《すまん。後で詫びはする》

 

《……ふぅ、絶対ですよ?……今夜は寝かせませんから》

 

《お、おう》

 

 

 念話で謝ると、碧里は重々しい溜め息を吐きそう言った。余りに思いため息に、少しの罪悪感を感じ吃りながら返す。

 

 

「徐 碧里です。これ(・・)のい・も・う・と分です」

 

 

 碧里は俺をこれ呼ばわりし、『妹』を強調して一瞬俺を睨む。これは、かなり根に持ってんな……。

 

 

「八神美果です。こっちが夫と娘の」

 

「八神侑人です」

 

「八神はやて言います」

 

 

 碧里の変化に気付いていないのか、それとも、気付いていて触らぬ神に祟り無しと決め込んでいるのか分からないが、今の碧里に動じないのは凄いな。

 

 

「これはどうもご丁寧に」

 

「あの、ご注文はお決まりでしょうか?」

 

 

 碧里がそう返してお互いの自己紹介が一先ず終わったところで、様子を窺っていた店員が声を掛けてくる。

 

 

「悪い。じゃあ――」

 

 

 そう一言謝って注文をしていく。

 

 

「で、ではご注文を繰り返させていただきます。ハンバーグ定食が――」

 

 

 一瞬の戸惑いを見せ、店員は注文を繰り返す。

 

 

「「「……」」」

 

「あ、あはは」

 

 

 次々と店員の口から料理名が出てくることに八神一家は唖然、碧里は苦笑、と反応は違うがどこか呆れた雰囲気を放っている。可笑しいか? 10人前頼んだだけなんだけどな。

 

 

「――以上で宜しかったでしょうか?」

 

「ああ。……あ、料理は時間を空けて持ってきてくれるか?」

 

「かしこまりました」

 

 

 礼をして店員は去っていく。

 

 

「相変わらず食べますね」

 

「食は体の資本だぞ」

 

「にしても、食べ過ぎちゃいます?」

 

 

 八神夫妻の愛娘、はやてからツッコミが入った。

 

 

「これが、宏壱さんの普通なのよ」

 

「食費、嵩みそうやね」

 

「それなりの稼ぎはあるからな」

 

 

 実際、管理局からの給金はかなりのものだ。首都防衛隊は前線で戦う部隊、危険は付き物でいつ死んでもおかしくない。そんな俺達だから高額の給金が与えられるって訳だ。

 

 

「お兄さんのお名前なんて言うん?」

 

 

 はやてが聞いてくる。

 そういえばはやては俺のこと知らなかったな。

 

 

「山口宏壱だ。お兄さんでもお兄ちゃんでもお兄様でもクソッタレでもいいぞ」

 

「……クソッタレ」

 

「誰がクソッタレだ!!」

 

「ええて()うたやん」

 

 

 少しボケたら乗っかられた。まさか、ボケに対してボケてくるとは……。

 

 

「はやて」

 

 

 席を立ってはやての傍まで行き、目線を合わせる。

 

 

「……何?」

 

 

 俺をおちょくるようにボケたことで腹を立てたと思ったのか、その瞳に怯えの色を見せた。

 

 

「俺と友達にならないか?」

 

「……え?」

 

 

 まぁ、大人の姿で出会ってしまった以上、このままの付き合いをするしかないが……。

 

 

「ま、ゆっくり考えてくれ」

 

 

 それだけを伝えて自席に戻る。そんな俺を碧里はにこにこと眺めている。こう……暖かい目と言うか、見守るような感じで……。

 

 

「……何だよ?」

 

「ふふっ、不器用ですね」

 

「うっせ」

 

 

 ちょっと気が合うな、と思っての提案だった。騙すことに心苦しくはあるが、このまま付き合いが続くのなら必ず話すときが来るだろう。

 この娘にも、俺達と同じ力が眠っているのだから。

 

 

「また、守るものが増えましたね」

 

「なんの話だ……?」

 

 

 すっとボケてみせても、分かっているとでも言いたげに微笑む碧里。敵わねぇな……ホント。

 

 

「決まった訳でもないだろ……」

 

 

 運ばれてくる料理を見ながらぽそっと呟く。その声は碧里に届いたようで、彼女は笑みを深めた。

 

 

「こちら、ミートグラタンになります」

 

「どうも」

 

 

 グラタンを受け取り、「いただきます」と手を合わせスプーンで掬う。

 

 

「はむ……うん、旨いな」

 

 

 もう一度掬い口へと運ぶ。

 

 

「そんなに美味しいですか?」

 

 

 俺が旨そうに食べるのが興味を引いたのか、碧里がそう聞いてくる。

 

 

「ん? 食うか?」

 

「いいんですか?」

 

 

 俺が「おう」と笑うと、碧里はテーブルの端の籠に入れてあるスプーンを取ろうとする。

 

 

「ほれ」

 

「……え?」

 

 

 自分のスプーンでグラタンを掬い、碧里の口許まで持っていく。

 

 

「早くしないと溢れんぞ」

 

「あ、えっと、その……宏壱さん?」

 

 

 俺の差し出すスプーンを見て、今度は周りを見る。八神夫妻は微笑みを浮かべるだけ、はやては興味津々、周囲の客もチラチラとこっちを気にする仕草を見せる。

 さっきの遣り取りで、八神夫妻は兄妹の戯れ合い(じゃれあい)みたいに思ってるのかもしれないけどな。俺達の感覚は恋人同士のそれだ。

 もし、兄妹に見えるとしたら俺が兄貴だよな? 弟だと言われたら軽くヘコむぞ。いや、さっき妹みたいなものって言ったから気にすることもないんだろうけど。

 

 

「ほれ、あーん」

 

「うぅ……よしっ…あ、あーん」

 

 

 少しの逡巡、そして意を決したようにひとつ頷いて、頬を朱に染め小さな口を開けて頬張る。

 

 

「旨いだろ?」

 

「……はひ」

 

 

 スプーンを咥えたまま真っ赤な顔で答える碧里の口からスプーンをゆっくり抜いて、そのままグラタンを掬い自らの口へと運び食べる。うん、旨い。

 

 

「なんや、夫婦みたいやね」

 

「そうやなぁ」

 

「お母さんとお父さんにもあんな頃あったんよ?」

 

 

 微笑ましい。そんな声音だな。兄妹みたいなもんだと公言しちまったからな、下手に口を出せばボロが出る。

 ミッドはあらゆる次元世界と繋がっている特性上、申請さえすれば一夫多妻、一妻多夫もOKなんだが……日本はその倫理観から複数の女性と、或いは複数の男性との交際は忌避される。ここでそれが許されるのは物語の中だけだ。

 だからこそ、八神夫人はちょっとした嫌悪感を見せたんだしな。前世は『英雄色を好む』で複数の女性とそういう関係でも周りは納得するし、婚儀も挙げられたが、今の時代じゃダメだな。将来的には、ミッドへの移住も考えなきゃならんかもな。

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

「ごちそーさん」

 

 

 次々と運ばれてくる料理を恙無(つつがな)く消化し、食べ終わったのは碧里と同時。碧里の料理は二人前頼んだハンバーグ定食と半たまで作られるミニネギうどんだ。

 

 

「何であの量一人で食べて、僕らと食べ終わんの一緒なんですか……」

 

「特に早食いやった訳でもあらへんのにねぇ」

 

「ふわぁ、お兄さん凄いなぁ」

 

 

 またも唖然、言葉……は出てるが、八神一家は驚きを隠せないようだ。

 

 

「よし、帰るか」

 

「そうですね。見たいテレビもありますし」

 

「あー、あのドラマか」

 

 

 席を立って伝票を取り、会計へと向かいながら話す。

 

 

「僕らも帰ろか」

 

「はーい!」

 

 

 八神さんの言葉に、元気よく返すはやての声が聞こえた。

 レジの前で待機していた店員に伝票を渡した。

 

 

「お会計14,570円になります」

 

 

 慣れた手つきでレジを打つ店員がそう言う。

 

 

「カードで」

 

 

 財布からクレジットカードを取り出し店員に渡す。

 

 

「お預かりします」

 

 

 店員はカードをレジの窪みに通す。Piっと電子音が鳴り、カタカタと店員がレジを打つとレシートが出てきた。

 

 

「カードをお返しします。それと、こちらレシートと当店サービスのアメです」

 

「ありがとうございます」

 

 

 俺が受け取る前に、碧里が横から掻っ攫っていく。

 

 

「ちゃんと記帳しておきますから」

 

「いや、それくらい俺でも」

 

「捨てますよね?」

 

 

 まぁ、捨てるけど……ちゃんと書くぞ?

 

 

「では、今回の代金は?」

 

「1万4千……ちょい?」

 

「……ふぅ、帰りましょう」

 

 

 何だ今の溜め息は。

 

 

「では、ごちそうさまでした」

 

「ごちそうさん」

 

 

 店員にそう言って店を出る。こういうのは大事だ。最低限の礼儀って奴だな。

 

 

「ふあ~」

 

「大きな欠伸ですね」

 

「んー……食ったら眠くなってきた」

 

 

 腹八分目に抑えたつもりだが、満腹感が強く、眠気が襲ってきた。

 

 

「山口さん!」

 

「ん?」

 

 

 碧里と並んでゆっくり歩いていると後ろから声を掛けられる。振り返れば、八神一家が店の前から手を振りながらこっちに歩いてくるところだった。はやては八神さんに抱き抱えられている。

 

 

「このまま直帰ですか?」

 

「まぁな、ほら最近なにかと物騒だろ?」

 

「……ニュースでよーやってる事件ですか」

 

 

 合点がいったと頷く八神さん。最初の事件から合わせれば、被害者は既に20人近い。商店街の方でも結構な騒ぎで、八百屋のおっさんが襲われた。なんとか逃げ切ったらしいがな……。

 ニュースで持ちきりだったが、必死だったからどんな姿をしていたとかは覚えていないらしい。引っ掻き傷が背中に深く刻まれ、今も療養中だそうだ。

 

 

「まぁ、そういうことだ」

 

「それは、しゃあないですね。この後良かったらどっかでお話でも思たんですけど、僕らも真っ直ぐ帰りますわ」

 

「ああ、そうした方がいい。はやてもまたな」

 

「うん!」

 

 

 八神さんに抱かれているはやての頭を一撫でして背を向ける。

 

 

「帰りますか?」

 

「おう」

 

 

 八神夫人と話していた碧里が、八神夫人に別れを告げて傍に駆け寄ってくる。

 

 

「コウ兄ちゃん!」

 

 

 後ろからはやての声が聞こえた。と言うか、これは……。

 

 

「俺、か?」

 

「十中八九そうだと思いますよ」

 

 

 自分を指差しながら隣の碧里に訊けば、他に誰かいますか?と呆れた目で見られた。

 

 

「あー、どうした?」

 

 

 俺は後ろ頭を掻きながら振り返る。

 

 

「呼んでみただけやよ」

 

「何だそりゃ」

 

 

 俺はこれ見よがしに肩を竦めてみせる。本当に呆れたとかじゃなく、何となく友達同士の他愛ない遣り取りのようなものが嬉しかっただけだけどな。

 

 

「またお話ししよな~」

 

 

 頭を下げ俺達とは反対方向に歩き出した八神夫妻、その八神さんの肩越しにはやてが手を振っていた。俺達は、そんな三人の姿が見えなくなるまで見送る。

 

 

「帰るか」

 

「ですね」

 

 

 簡潔な遣り取りだったが、今はそれだけで良い気がした。

 

 

 

 

 

「……足が悪いのでしょうか?」

 

 

 暫く無言で歩いていると、唐突に碧里がそんなことを言う。

 

 

「はやて、か?」

 

「はい」

 

 

 完璧に主語が抜けた言葉だったが、どうやら間違ってはいなかったようだ。

 

 

「さぁな。専門的な知識も無しにどうこう言ってもしょーがねぇだろ」

 

「冷たくありませんか……?」

 

 

 碧里は俺の解答が不満だったのか、ジと目を俺に向ける。

 

 

「んなことないって。俺に出来るのは戦うことだけだ。誰かを癒すのは本分じゃないんだよ」

 

「……そんなことはないと思いますけど」

 

 

 御機嫌が斜めな碧里の気を逸らそうと辺りを見回す。

 見聞色の覇気を用いてまで気配を探れば……。

 

 

「……何だ?」

 

 

 動かない気配がひとつ。潜んでいるとかじゃないなこれは……。思考もなにもない、気を失っている、のか? 徐々にだが、弱まっていってる気もする。

 

 

「どうかしました?」

 

 

 碧里は立ち止まった俺に声を掛けてくる。

 

 

「いや、妙な気配が」

 

「妙、ですか?まさか……!」

 

「違うって。今日はそんな兆候ないしな」

 

 

 何となく……本当に何となくだが、事件が起きる日は感覚で分かるようになった。何時もとどう違うんだ?と聞かれても何かが違う、としか答えられないが、昼を過ぎた辺りから胸騒ぎと言うか、不快感と言うか、兎に角モヤモヤした気分になる。

 今日はそれがないから、違うと言い切ったんだが……。

 

 

「気になるな」

 

「行ってみますか?」

 

「ああ」

 

 

 気配を便りに進むと、雑居ビルの間、街灯の明かりも届かない路地。そこに、白いローブを身に纏った一人の男が壁に背を預けて眠っていた。

 男の傍には、布で包まれた長物が立て掛けられており、それからは不思議な高潔さ、気品さ、清純さを感じた。

 

 

「怪我をしていますね。致命傷のようなものはありませんが、かなり衰弱しています」

 

 

 俺が長物に気を取られている内に、碧里は男の傍に膝をつき、男を診ていた。

 

 

「あ、ああ、そうか。……よし、連れ帰ろう」

 

「……は?」

 

 

 俺の言葉が意外だったのか、碧里は呆けた声を出す。

 

 

「何故です? 救急車を呼べばそれで解決ですよ?」

 

「まぁ、そうなんだけどな。……ただの気まぐれ……じゃダメか?」

 

「貴方はお人好しではありますが、桃香様とは違い聖人君子ではありません。相手が幼い子供や女性、御高齢の方なら兎も角、成人男性を助けようなどとは思わないでしょう? それを考えれば、理由としては弱すぎます」

 

 

 そう言って碧里は「が」と続け、数秒間を空け再び口を開く。

 

 

「考えがあるのでしょう? ここに救急車を呼べない理由も」

 

 

 逸らすことも偽ることも許さないと、海よりも尚濃いその瞳で俺を真っ直ぐ見据える。

 

 

「ああ」

 

「……分かりました。そちらの長物は私が持ちます。宏壱さんは彼をお願いします」

 

「分かった」

 

 

 俺は男の腹を自分の肩に乗せて担ぐ。怪我人だが、大丈夫だろう。男相手に丁重に扱ってやる義理はない。

 

 

「むっ?」

 

「碧里、どうした?」

 

 

 壁に立て掛けられた長物を持ち上げた碧里が驚きの声を上げる。

 

 

「いえ、思ったよりも重かったもので」

 

「重い?」

 

「はい。持ってみますか?」

 

 

 碧里から手渡されたそれは、持ち歩くには少しばかり疲れる代物で、進んで持ち歩こうとは思わない。あくまで一般人なら、な。

 

 

「……この形状」

 

「恐らく西洋剣の類いかと」

 

 

 俺が今持っているのは、多分柄の部分。柄から伸びて幅が広くなっているのは刃の部分、……だと思う。

 弛んだ布で包まれていた所為で、はっきりとした輪郭の分からなかったそれは、手に持つことによって重力に従い垂れ下がり包む物の形を浮き上がらせた。

 

 

「考えるのは後だ。今は帰るぞ」

 

「はい」

 

 

 長物を碧里に渡し帰路につく。

 

 

(話はこいつが目を覚ましてからだな)

 

 

 担いだ男をなるべく揺らさないように歩く。服が血で汚れるのは気にしないことにする。

 

 

「御自分で洗濯してくださいね」

 

「……はい」

 

 

 そうは問屋が卸さないと、碧里に釘を刺された。

 




ちょっと遅くなってしまいました。言い訳はあります。聞いてくれますか?まぁ、断られても勝手に話し(書き)ますが。

自分はPCを持っていないのでスマホで投稿しているのですが、書いてる途中で保存もしていないのに再起動しました。殆ど書き上がっていたので、その脱力感と言ったらもうなかったです。ただ救いなのは途中、店を出る辺りまでは保存をしていたことですね。
以前、数度に渡り保存せずに全消しになったことがありまして、それからは稀に保存しています。それでも、かなりモチベーションは下がったんですけどね。
一度書いたなら……と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、自分は同じ話って書けないんです。赤鬼転生記を全消しして書き直せと言われたら、流れは一緒でも内容は変わりますね。確実に。


今回の話は如何でしたでしょうか?はやての両親が出てくる二次小説を読んだことがないので出してみました。
完璧に捏造ですが、此れからの話に必要になってくるんです。


では、また次回お会いしましょう。


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第三十二鬼~赤鬼と織斑姉弟と篠ノ之姉妹~

一日空けての投稿……今回はかなり筆(指)の進みが良かったです。


side~宏壱~

 

 男を連れ帰って客間に寝かせた。血に汚れてボロボロになっていた衣服も俺が着替えさせた。当然、そんな状況で碧里とイチャイチャ出来るわけもなく、二人で風呂に入ってそのまま床に就いた。

 夜が明けた今も男は目を覚ます気配がなく、規則正しい呼吸音を部屋に響かせるだけだった。

 

 

「心拍数は安定していましゅ」

 

 

 そう言ったのは、俺の横で男の脈を計っていた魔女っ子帽子をゆらゆらと揺らす雛里だ。

 

 

「そうか」

 

 

 碧里には『蜀伝の書』に戻ってもらって、医療に精通している雛里に出てきてもらっていた。

 

 

「っと時間だ。翠屋に行ってくる」

 

「は、はい、でしゅ」

 

 

 今朝、昼前に翠屋に来て欲しいと士郎さんから電話があった。

 

 

「一応、桃香が帰ってくることになってるし、刃も置いていくからな」

 

 

 それだけを告げて客間を出る。無いとは思うが、あの男が目を覚ました時に敵対行動を取らないとも限らない、だから余裕の出来た桃香を呼び戻し、保険に刃を置いていくことにした。

 

 

「グロウ」

 

 

 そう唱えれば俺の体は光に包まれる。光が晴れた時には、子供じゃなくて大人の姿の俺がいた。

 

 

〈随分慣れてきましたね〉

 

〈魔力の循環もお見事です〉

 

「これだけ頻繁に使えば慣れもするさ」

 

 

 肩を竦めて二人の賛辞を流す。最近は外に出るときはこの姿で動くことが多い。ガキのままでもそこらの犯罪者に負けるつもりはないが、手足が短いとその分動作が遅れ、救える者も救えなくなる。

 

 

「たっだいまー!」

 

 

 玄関から桃香の声が響いた。もう帰ってきたらしい。

 

 

「お帰り、桃香」

 

「お、お帰りなさいましぇっ!」

 

 

 客間を出て玄関に向かう途中の俺と、桃香の声を聞いて慌てて出てきた雛里で迎える。

 

 

「お兄ちゃん、雛里ちゃんただいま!」

 

 

 何が楽しいのか、桃香は満面の笑みを魅せる。暖かな日向のようなその笑みは万人を癒し、魅了する。得も言われぬカリスマを遺憾なく発揮した。(宏壱の身内贔屓が多分に含まれています)

 

 

「早かったな」

 

「うん、お兄ちゃんが出ていくまでに帰ってきたかったから」

 

「向こうはどうだったのでしゅか?」

 

 

 最近、雛里の噛み癖が酷い気がする。

 

 

「うん、えっとね」

 

「話は聞きたいが、もう行かないと遅れちまう」

 

「そっか……もうちょっと早く帰ってくればよかったかな」

 

 

 しょんぼり、という言葉が似合う程肩を落とす桃香に苦笑を漏らす。

 

 

「……桃香」

 

 

 桃香の真正面に立って呼び掛ける。

 

 

「何?…………んむっ!?」

 

 

 顔を上げた桃香の顎を指で上に向かせて、少し膝と腰を折りキスをする。

 

 

「ん……ちゅっ……あん」

 

「ふっん……ん」

 

「あわわわわわわわわわわ!!!??」

 

 

 軽く啄むようなキス、驚いていた桃香は俺を受け入れ、俺の背中に腕を回して抱きついてくる。豊満な膨らみが、俺の胸で潰され形をぐにぐにと変える。柔らかくも弾力があるそれを国宝にしても問題はないはずだ。(実際、過去に蜀で国宝認定をしようとして牢獄で一週間監禁された経験がある。面白がって星、要、蒲公英、桔梗が協力したが土壇場で逃走に成功。逃げ遅れた〔囮にされた〕宏壱だけが捕まり、仕置きを受けた。黒幕は七乃)

 隣でそれを見ていた雛里は、顔を真っ赤にしておろおろと慌てふためく。

 

 

「「……」」

 

 

 どちらからともなく離れた俺達は、数秒間互いを見つめ合っていた。

 

 

「もう行くわ。このままじゃ抑えが利かなくなりそうだ」

 

「……うん」

 

 

 桃香はどこかぽーっとした風に返す。

 

 

「……ん? どうした雛里?」

 

 

 服の裾をクイっと引っ張られる感覚がしてそっちを見れば、雛里が真っ赤な顔で恨めしそうに俺を見上げていた。

 

 

「あわわっ! あ、あにょっ!」

 

「……あ、くすくす」

 

 

 それに気がついた桃香は笑みを溢し、目で俺に訴えかける。

 こういうところは現代人とのズレがあるよな。嫉妬心がない訳じゃないが、緩いと言うか寛容なんだろうな。

 

 

「雛里……」

 

 

 雛里の前で膝立ちになり、雛里の頬を両手で固定する。首筋まで赤く染めた雛里の目はぐるぐると渦を巻き始めていた。

 

 

「あわわっ!……んんっ!」

 

 

 唇が重なった瞬間雛里は目を見開いた。が、直ぐに目を閉じて両腕を俺の首に回しホールドする。一般女性よりも高めの体温が、密着した部分から伝わってくる。

 

 

「ぷあっ……はぁ……はぁ……」

 

「……雛里、大丈夫か?」

 

「ら、らいじょうびゅれひゅ」

 

 

 大丈夫そうじゃないな。

 

 

「桃香、任せた」

 

「うん……気を付けてね?」

 

 

 離れ際に雛里の首に刃を掛け「ああ」とだけ返して靴を履き外へ出る。後ろを振り返れば、桃香が雛里に呼び掛けているところだった。

 

 

「行ってきます」

 

 

 口の中で呟いた言葉は、当然二人に届かず消えた。何となく言いたくなっただけで意味はない。これも感覚の所為だな。昼に近づくに連れ、妙な不快感が腹の底から湧いてくる。今日、デカブツ共が動くのは間違いない。

 

 

 

 

 

 今、俺の眼前で行われているのは、二人の男女による模擬戦。

 

 

「何や、この状況……」

 

 

 思わず出てしまう関西弁。俺は翠屋……ではなく、何故か高町家にある道場にいた。

 

 翠屋に着いた途端に四人の少年少女を紹介された。織斑千冬、その弟の一夏、篠ノ之束、その妹の箒。この前バーベキューの時に話していた四人だ。

 篠ノ之道場からの強化合宿をこのゴールデンウィーク中に行うんだとさ。と言ってもゴールデンウィークももう後半、あと二日で学校だ。彼女達が居るのは昨日、今日、明日の三日間、この三日間をなのはを除いた高町兄妹と鍛練漬けにするらしい。

 で、その一環で、咲を見ている俺が呼ばれたって訳だ。因に、眼鏡少女こと美由希は翠屋の手伝いで、合流は夕方かららしいが。

 

 

「にゃはは、お父さんはいつも唐突ですから」

 

 

 俺の隣りに座って二人の模擬戦を眺めていたなのはが苦笑を漏らし「にゃはは」と笑う。

 

 

「でもビックリしちゃったよ。宏壱君が来るなんて聞いてなかったもん」

 

 

 なのはとは反対側に座った咲が言う。

 

 

「俺も聞いてねぇよ」

 

 

 そう、何も聞かされず、取り合えず翠屋に来て欲しいとだけ伝えられたのだ。

 

 

「二人はあの戦いどっちが勝つと思う?」

 

 

 正座をして真剣に恭也と千冬の攻防を見る一夏と箒に訊く。

 

 

「千冬姉だと思います」

 

「わ、私も!」

 

 

 子供ながらに整った顔立ちで、模擬戦を見るその眼差しは鋭く、真剣みが伝わる。将来良い男になるだろうと予想できる一夏。その目は姉の勝利を信じて疑わない。

 艶やかに光を反射する黒髪を緑のリボンでポニーテールに結い、一夏と同じく真剣な眼差しで模擬戦を見る箒。こちらも良い女になることは間違いない。今は平らな胸も、姉を見れば将来有望だろう。

 

 

「君はどう思う。束」

 

「…………」

 

 

 その姉、紫色の跳ねまくった髪をストレートに伸ばし、頭にはウサギ耳のようなカチューシャ(ピコピコ動いてる上に、ウィンウィンと駆動音が時折鳴っているが)を付け、メイド服と言うか不思議の国のアリスの様な格好をした女性、篠ノ之束に話を振っても反応は返ってこない。彼女は幾ら話を振っても、俺を居ないものとして振る舞う。

 高町兄妹や織斑姉弟とは普通に話すのにな。

 

 

「あ、あの、申し訳ありません。その、姉さんは気難しい人で……」

 

「いや、分かってる」

 

 

 我関せずと自前のノートパソコンを膝に乗せ、カタカタといじり続ける彼女を見る。

 何となくだが、彼女は頭の構造が俺達とは違う気がするのだ。菫、碧里、雛里、朱里、この四人に迫る程の頭脳を兼ね備えているんだろう。

 だから、超人的な力を発揮する高町兄妹や織斑姉弟を受け入れていると見た。咲は術がなくとも強いし、超人的身体能力を発揮する恭也と千冬も同様で、またこの場には居ない士郎さんと美由希もだ。それと、高町家のヒエラルキー頂点の桃子さんもな。

 

 

「でやあああっ!!」

 

 

 勝負に出た千冬が上段から木刀を振り下ろす。こっちにまで響く風切り音は、その込められた力の強さを物語る。

 

 

「しっ!」

 

 

 それに合わせるように振り上げられた恭也の木刀も風切り音響かせ、――ガッ!!――接触、そして……。

 

 

「……私の負けだ」

 

 

 千冬が木刀を落としてそう言う。よく見れば、その手が震えているのが分かる。

 

 

「「……え?」」

 

「おー、流石きょーちゃんだねぇ」

 

 

 一夏、箒は驚きの声を上げ、束は分かっているような言葉を言う。実際、理解してるんだろうな、こいつ自身かなりの強さだ。

 少なくとも恭也、千冬レベルの実力は持っているはずだ。

 

 

「どうしたんだよ千冬姉! まだ一発もっ」

 

「止めとけ、一夏。千冬、暫く腕を休ませろ、使い物にならなくなるぞ」

 

「はい、そうします」

 

 

 千冬自身分かっているんだろう。今、無理をする必要がないことを……。

 

 

「どういうこと、ですか?」

 

「えっとね。あれは――」

 

 

 一夏と箒の疑問を咲が答えるらしい。

 

 

「あの……?」

 

 

 なのはも首を傾げて俺を見上げている。何で向こうで一緒に聞かないんだ。

 なのはは何故か俺に懐いている。バーベキュー以来よく翠屋に行くんだが、そこで俺を見つける度に寄ってきて学校なんかの話をしだす。別に嫌な訳じゃない、ただ何でこんなに懐かれたのか分からないんだ。

 

 

「あー、あれだ蓄積だな」

 

「ちくせき?」

 

「簡単に言えば、恭也との打ち合いで千冬は腕が痺れたんだよ」

 

「???」

 

 

 そう説明してもなのはは首を傾げるだけ。……分からないか。

 

 

「……そうだな」

 

 

 腕を組んで適当な例えを考える。

 

 

「これ……か? なのは」

 

「はい?」

 

「腕を出してみ」

 

「???」

 

 

 困惑しながら細い腕を出す。なのはの手首に人差し指を添えて――ペチ――打つ。所謂シッペってやつだ。

 

 

「にゃっ!?」

 

 

 急な刺激で驚いたのか、なのはは腕を引っ込める。

 

 

「痛くは無かったろ?」

 

 

 かなり加減したからな、今のじゃ豆腐だって崩せないってくらいに。

 

 

「は、はい。でも、ビックリしますよ!」

 

「だな。あとは口頭でも説明できる」

 

 

「もう」と頬を膨らませるなのはの頭を笑いながら撫でてやる。さらさらした髪は柔らかく俺の手を押し返す。次第に膨れていた頬が萎み、笑みへと変わった。

 

 

「っと説明だな」

 

 

 ちょっとした殺気が飛んできて、中断していた説明を再開する。チラリと殺気が飛んできた方を見やれば、壁に凭れていた恭也が居た。

 

 

「……ぁ」

 

 

 なのはの頭から手を離せば、名残惜しそうに声を漏らす。分からなくはない。俺も桃香達に頭を撫でられるのは結構好きだ。心地良いもんな。

 

 

「要は積み重ねれば、どんな物も大きくなる。ってことだ」

 

「積み重ね?」

 

 

 疑問符を頭に浮かべるなのはに「そ」と答えて、どっかの腹黒バスガイドのようにピンと人差し指を立てる。

 

 

「同じところを打ち続ければ、痛みは蓄積、そこで溜まるんだよ」

 

「……」

 

 

 何となく理解できたのか、コクコクと首を縦に振る。

 

 

「ぼんやりでも分かれば十分だ」

 

 

 笑いながら今度は、なのはの頭をぽむぽむと叩く。

 

 

「…………」

 

「……今の説明に不備でもあったか? 束」

 

「……別に」

 

 

 じっとこっちを見ていた束に聞けば、そっぽを向きながらそう返してくる。反応が返ってくるだけましな方だな。

 

 

「よーし、一夏、箒立て。俺が見てやる」

 

「……え?」

 

「二人で、ですか?」

 

 

 二人の疑問には答えず道場の中央へと歩く。

 

 

「いくら俺達が子供だからって舐めすぎじゃないですか?」

 

「木刀も持たないなんて」

 

 

 心外だと、舐めるなと、その眼差しが語る。が、俺も言いたい。

 

 

「ガキ共」

 

 

 状況を見守っていた恭也と千冬は目を見張り、咲は肩を竦めて「あーあ」と漏らし、束はノートパソコンに向けていた視線を俺に合わせ、なのはは一人おろおろしている。

 一夏と箒は硬直して動けないようだ。

 

 

「つべこべ言わずに掛かってこい。どれだけ修練を積もうがガキはガキだ。……粋がるなよ?」

 

「「っ!!」」

 

 

 二人の顔は赤く染まり、怒りからか肩を震わせ手をギュッと握りしめる。

 

 

「どうした、怖くて動けないのか? 偉そうなことを言っても大人は怖いか? 二人で挑んで――「お前、うるさいよ」――……っと!」

 

 

 背後から振り下ろされた木刀を見ずに右手で受け止める。

 

 

「さっきからペチャクチャと……弱いくせに生意気すぎ」

 

「おいおい、誰が弱いって? 少なくともテメェよりはよ」

 

 

 突然の束の行動に呆然となる一夏と箒。恭也と千冬は成り行きを見守ることに徹し、咲は額に手をやっている。

 

 

「やっぱり、妹と親友の弟をバカにされるのは腹が立つか?」

 

「っ!?」

 

 

 驚愕って顔だな。自分の行動を読まれていたことが信じられないらしい。あれだけ溺愛してるのを見れば、誰でも予想できるだろ。

 

 

「あれ? 何この雰囲気」

 

 

 と、そこにこの場にはいないはずの人間の声が響いた。

 

 

「あれ、美由希お姉ちゃん?」

 

 

 なのはが声を上げる。現れたのは高町家次女、高町美由希だ。

 

 

「美由希、どうした?」

 

「どうしたって、もうお昼だよ恭ちゃん」

 

「あ、ホントだ」

 

 

 美由希の言葉に、携帯で時間を確認した咲が声を上げる。

 

 

「んじゃ、飯でも食いに行きますか」

 

「「「「………は?」」」」

 

 

 織斑姉弟、篠ノ之姉妹が揃って気の抜けたような声を上げる。まぁ、束の前にいたのに、今は道場の出入り口で靴を履いてるんだから仕方ないか?

 

 

「めっしめし~♪」

 

 

 鼻唄を歌いながら道場を出る。「待ってよ~」となのはと咲の声が聞こえ、「逃げるなーっ!!」と束の憤怒の叫びが響いた。束の感情を動かした俺はすごく満足だ。<input name="nid" value="42387" type="hidden"><input name="volume" value="36" type="hidden"><input name="mode" value="correct_end" type="hidden">




ちょっと短めですが切ります。

恭也がしたのは、千冬の木刀の芯を狙って打ち続けた……と言うことですね。バットだろうがパイプだろうが芯を当てると腕に来る衝撃、響きが段違いに違います。最初は気にならなくても続ければ大きな影響を与える……そんな話でした。

最後の主人公の挑発に「子供に何言ってんだ」って思われた方、これは一夏と箒にではなく束に対しての言葉です。ご了承ください。自分に無関心な束の気を引いてみたかった……そんな感じだと解釈してください。

では、また次回お会いしましょう。


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第三十三鬼~赤鬼と誘拐事件・勃発編~

またも早く書き上がりました。何なんでしょうか?この後に凄まじいスランプでも待ってるんでしょうか?


side~宏壱~

 

 カウンター席に座った俺の前にスパゲッティが盛られた皿が出される。

 

 

「本当によく食べるね」

 

 

 士郎さんが苦笑を交えながらそう言う。

 

 

「そうか?普通だぞ」

 

 

 俺が本日五品目のスパゲッティをホークにクルクル巻き付けながら言うと、士郎さんは「営業側としては嬉しいけどね」と苦笑を深める。

 まぁ、普通は俺にとってのもので一般的じゃないのは分かっているが。

 

 

「その姿でなのはと仲良くなれたなら、本当の姿でも良いんじゃないのかい?」

 

「いや、まぁな。でもさ、こっちの俺は強く見えるだろ? 抑止力の役割なんだって」

 

 

 何度か繰り返した遣り取り。ぶっちゃけた話をすれば、意味がないのは分かっているが……。この姿と、子供の姿で交互に会うのも変だし、魔法を知りたいって言われたら断る自信がない。

 

 

「君がそれで良いなら、僕はもうなにも言わないけどね」

 

「七回目」

 

「え?」

 

「なにも言わないって言って言った回数」

 

 

 士郎さんは「あはは、そうだったかな」と後ろ頭を掻きながら厨房に引っ込む。逃げたとも言うな。

 まだいくつか料理を頼んでいるから、それを取りに行ってくれたのかもしんないけど。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 スパゲッティを食べ終えフォークを置く。手持ち無沙汰になり、離れた位置に固まって座っている咲達を見る。

 歳が近いからか自然と咲、なのは、一夏、箒のグループと恭也、千冬、束のグループに分かれて話をしている。

 咲達は、咲となのは、一夏が学校の話で盛り上がり時偶箒が加わる。余りコミュニケーションが得意じゃないんだな、箒は。

 恭也達は束だけが大いに盛り上がり他二人は生返事を返すだけ。ただ、束が箒の話を持ち出すと、競うように恭也と千冬の口も饒舌になり、妹と弟の自慢話をする。

 

 

「加わらないんですか?」

 

「俺が行っても、あの空気を壊すだけだろ」

 

 

 音もなく忍び寄り、声を掛けてきた美由希に平然と返す。

 

 

「うぅ……何で分かったんですか?」

 

「心臓の音を鳴らしすぎだ」

 

「そんなの聞こえるんですか!?」

 

「出来るようになるぞ、お前でも」

 

 

「本当ですか!」と驚く美由希に、「五年間目隠しで生活すればな」と返す。

 

 

「……やったんですか?」

 

「ああ、久しぶりに見る世界は眩しかったぞ。慣らすのに一週間掛かった」

 

「私にはできません……」

 

 

 美由希は肩を落として奥に引っ込んだ。休憩に入ったんだろうな。

 

 

「恭也っ!!」

 

 

 美由希が奥に行って直ぐに店内に慌ただしい女性の声が響いた。

 荒げた息を整えることも、流れる汗を拭うこともせずその女性は店内を見回し、とある一点で視線を止めと脇目も振らず、一直線にそこへ向かう。

 

 

「……はぁっ……はぁっ……た、助けて!」

 

「忍、何があった?」

 

 

 どうやら恭也の知り合いらしい。かなり距離が近いな、彼女か?ただ、彼女は人……か?どうも気配が違うな。

 

 

「忍お嬢様」

 

 

 店の出入口からもう一人、メイド服姿の女性が現れる。表情が乏しく無表情のように見えるが、何処と無く焦っているように見える。彼女からは人の気配を感じない。

 

 

「すずかがっ! すずかがっ!」

 

「あ、あの! すずかちゃんがどうかしたんですか!?」

 

 

 すずか……確かなのはが仲良くなった女の子だったか? つまり、彼女はそのすずかの姉ってことか。確か姓は月村だったな。ここらでは有名な資産家だったはずだ。有力者の息女だけに身代金目当てで誘拐、何てことも有り得る、か。

 黙って成り行きを見守っていると、恭也と千冬、束と咲が立ち上がり、何事かと置くから出てきた士郎さんと美由希も忍嬢とメイドさんと一緒に出ていった。出て行く際に士郎さんは傍目じゃ分からない程度に、数人の男に視線をやり最後に俺を見た。

 

 

《あの面子を相手にするなんてな、犯人には御愁傷様としか言えないな》

 

《同感です》

 

 

 念話で無限と話していると……。

 

 

「貴方は行かないんですか?」

 

 

 箒が鋭い視線を俺に向けて言ってくる。

 

 

「あの面子だぞ。俺が必要だと思うか?」

 

「心配じゃないのかよ!」

 

 

 店内に一夏の怒声が響く。俺が動かないことがそんなに不満か? 敬語が抜けるほど。

 

 

「あんただって戦う力があるんだろ! なのにっ――」

 

 

 一夏にそれ以上言わさず頭を乱暴に押さえる。

 

 

「行ってもただの戦力過多で終わるだけだ。それに、下手に全員で動けば相手を刺激しかねない。すずか嬢の命に関わるぞ」

 

「「……ぁ」」

 

「もっと頭を使え、ガキ共」

 

 

 気の抜けた声を出す一夏と箒の頭を乱雑に撫でる。

 

 

「それと……テメェ、懐に入ってるもんここで抜いてみろ。その腕、二度と使えなくしてやるからな」

 

 

 背後の席でそっと立ち上がった大柄な男にそう言い放つ。

 妙な緊迫感と微量の殺気を放ち続けていた奴で、店内に入ってきた瞬間から俺達(・・)がマークしていた男の一人(・・)だ。

 

 

「ボブっ!!」

 

 

 立った男が叫ぶと別の席に座っていた黒人の男が、横の席の女子高生の首に腕を回し銃を突きつける。

 

 

「きゃっ!?」

 

「Fr――「おせぇっ!」――eeze!!――ガッ!?」

 

 

 黒人が立ち上がった頃には、既に俺は近くの椅子を踏みつけ黒人に飛び掛かっていた。

 空中で体を捻り足を振り下ろす。寸分違わず俺の足首は黒人の首筋を打ち据える。

 

 

「グウゥッ!」

 

 

 黒人は蹌踉めきながらも倒れない。だが、首を押さえ女子高生を離した。

 

 

「せあっ!」

 

「ゴフッ!!」

 

 

 着地と同時に左足を軸にして、右足で黒人を蹴り飛ばす。

 

 

「伏せてろ」

 

「は、はい」

 

 

 顔を赤く染めて俺を見ていた女子高生に、声を掛けて床に伏せさせる。他の客にも聞こえたようで、数人の男を残して(一夏達含め)全員床に伏せた。

 

 

(四人か……人質を取るつもりだったか?それとも足止め?……それは無いか。やるならアイツ等が出ていく前に動いてるな)

 

「考え事かっ!」

 

 

 日本人の男が懐に手を突っ込み銃を取り出す。客の何人かが息を飲む音が聞こえた。

 

 

「くたばれっ!!」

 

 

 ――バンッ!バンッ!バンッ!――三度の銃声、起動は全部頭部狙い。かなりの精密射撃だな。それ故に、躱し易い。

 

 

「きゃああああぁぁぁっ!!!」

 

 

 誰かの悲鳴が響く。――パス! パス! パス!――銃弾は全て俺の後ろの壁に当たり穴を開ける。首を傾げるだけで躱す。

 

 

「なっ!?」

 

「驚いてる暇はねぇ、ぞっ!」

 

 

 瞬時に男の目の前に接近し、伸ばされた男の二の腕を両拳で挟むように打ち付ける。ゴリゴリッと音が響いた。骨が砕けたのだ。

 

 

「ぎあああああああっ!!」

 

「うるせぇ」

 

 

 踞り腕を抱えて悲鳴を上げる男の首に手刀を落とし意識を刈り取る。

 

 

「がっ!」

 

「言ったろ。その腕、使い物にならなくするって」

 

 

 気を失った男を見下ろして言う。恐らくもう治らないだろう。骨を粉々にしたからな。

 

 

「ヘイヤアアアァァァッッ!!」

 

 

 白人の大男がバッグからサブマシンガンを取り出し、俺に向けて構える。

 

 

「そこまでするかっ!」

 

 

 発砲する前に一瞬で男の前へ行き、銃身を掴んで銃口を上に向ける。二発、三発、四発、と射ち出された銃弾は蛍光灯を砕いた。

 店内に客の悲鳴と銃声が響き渡る。

 

 

「おらあっ!」

 

「グッ!!」

 

 

 膝蹴りを男の腹に打ち込んで、衝撃で倒れてきた顔にサブマシンガンをぶつける。鼻血を吹き出して倒れ行く白人に追撃を掛ける為、拳を顔面目掛けて振り下ろす。

 

 

「らあっ!!」

 

「グガッ!」

 

「残りはテメェらだ」

 

 

 白目を剥いて倒れた白人を放置して残りの外国人を見る。ナイフを抜き近接で攻めてくるらしい。果物ナイフとかカッターナイフとかではなく、刀身の幅が広く長さも20cm以上あるサバイバルナイフだ。

 それをクルクルと掌で回転させながらゆっくりと近付いてくる。丁度俺を挟んだ感じだ。

 

 

「ヤアッ!」

 

「ふっ」

 

 

 間合いに入った左側の男が横凪ぎにナイフを振るう。それを男の手首を肘で上に弾くことで防ぐ。

 

 

「ハッ!」

 

 

 それを隙だと判断した右側の男は下から上へとナイフを切り上げる。それを半身になることで躱し、左足踵に椅子を引っ掛けその場で右足を軸に回転して椅子を引っ掛けた足を上げ、弾いた腕をナイフを逆手持ちにして振り下ろそうとした男の側頭部に当てる。

 

 

「っと、らあっ!」

 

「グアッ!?」

 

 

 椅子が砕け、男は頭から血を流しながらも踏ん張って耐える。左足が床に付いた瞬間、左足をバネにして跳び右足を蹴り下ろす。

 

 

「うらあっ!!」

 

「ゴァッ!!」

 

 

 さっきと同じ位置に蹴りを喰らった男も白人同様白目を剥き、テーブルを巻き込んで倒れる。

 

 

「さて、後ひとーり」

 

「ッ!?」

 

 

 男は表情を引き攣らせナイフを自分の首に宛がい――っ!?

 

 

「させるかっ!」

 

 

 近くの机の上に乗っていたフォークを取り、投げる。矢のように飛んだフォークは、男が首を掻っ切るよりも速くナイフを持つ手に刺さる。

 

 

「グッ!? アアアアッ!!」

 

 

 男はナイフを落として悲鳴を上げて手を抱える。滴り出る血が床に赤黒い斑点を作る。

 男に近付き右足を高く上げ……。

 

 

「寝てろ」

 

 

 ……下ろす。

 

 

「ガッ!」

 

 

 脳天に強烈な踵落しを喰らった男は意識を失い倒れた。

 

 

「……ふぅ」

 

「終わった……のか?」

 

 

 ひとつ息を吐いて、転がった椅子を起こしてそこに座る。すると、客達がのそのそと起き始めた。

 

 

「ああ」

 

 

 短く答え、近くにあったテーブルのカップを取り飲む。ブラックコーヒーだった。

 

 

「すげぇ、映画みたいだった!」

 

「ホントだよな! 銃がババンってさ!」

 

「怖かったー」

 

「リカ、大丈夫?」

 

 

 口々に安堵の声と、興奮した声が店内に響く。その中で俺に近付いてくる複数の影がある。

 

 

「あ、あの! 先程はありがとうございました!!」

 

 

 黒人に一瞬人質に取られた女子高生だ。横には友達だろう女の子が一人。

 

 

「俺が対処できたからしたんだよ。礼を言われるようなものじゃない」

 

 

 誰のものか分からないコーヒーを飲みながら答える。

 

 

「えと、あの、それで」

 

「ん?」

 

「その、あうぅぅ」

 

 

 何やらモゴモゴと言う女子高生に友達が「頑張れみなみん!」とエールを送る。みなみん……この子の渾名か?まさか、本名じゃないだろう。

 そのエールに後押しされるように「よし!」と決意を秘めた目で握り拳を作る。

 

 

「お名前を聞いてもいい、ですか?」

 

 

 そんな態度とは裏腹に遠慮がちに、俺の顔色を窺うように聞いてくる。名前を聞くならまず自分が名乗れ、前世ではよく聞いた言葉だが、今の時代これをやっても相手を萎縮させるだけだ。

 

 

「山口宏壱だ」

 

「山口……宏壱、さん」

 

 

 噛み締めるように呟いた女子高生の頬は赤く染まっていた。

 端から見れば彼女が俺に惚れているように見えるだろうが、一気に非日常に放り込まれ、人質になるという恐怖心、そしてそこを救った俺……一種の吊り橋効果ってやつだな。

 

 

「ほら、みなみん! 名前、名前」

 

「あ!そっか、まだ私名乗ってない!」

 

 

 二人の遣り取りを眺めていると、ここより少し離れた位置に力の流動を感じた。

 

 

「これは……」

 

 

 今までにない大きさの力を感じる。その近くに咲の魔力反応も感知した。

 

 

「まずい……か?」

 

「あの、私の名前は……!」

 

「悪い時間がないんだ」

 

「……え?」

 

 

 首を傾げる女子高生に悪いと思いながらも、俺は桃子さんの方へと顔を向ける。

 桃子さんは店員と協力して、すずか嬢誘拐の共犯者と思われる連中を縄で締め上げていて、そこには一夏に箒、なのはの姿もあった。

 

 

「桃子さん」

 

「宏壱君、お疲れさま。怪我をした人はいないから安心して」

 

 

 近付きながら声を掛けると、桃子さんはそう労ってくれる。

 

 

「凄かったです! 動きも速くて、俺全然見えませんでした!」

 

「ああ、ありがとう。鍛えればあれくらいお前らでも出来るようになるさ」

 

「本当ですか!」

 

「生半可な鍛え方じゃ無理だけどな」

 

 

 興奮冷めやらぬ、といった風に詰め寄ってきた一夏と箒の頭を撫でる。

 

 

「精進しろ、それがいつか必ず実を結ぶ」

 

「「はい!」」

 

 

 怯えの色は見られないな。ここまで懐いてくれるのは、素直に嬉しく思える。

 

 

「あの……宏壱さんにお怪我はありませんか?」

 

「大丈夫だ。心配してくれてありがとう、なのは」

 

「……」

 

 

 なのはは、俺の周りを一周して嘘がないか確かめる。

 

 

「ホントだって」

 

 

 二周目に入ろうとしたなのはの頭を押さえる。

 

 

「にゃっ!?」

 

 

 猫のような悲鳴を上げたなのはに笑みが溢れ、そのまま頭を撫でる。

 

 

「にゃ~~」

 

 

 なのはは気持ちよさげに目を細め喉を鳴らす。

 

 

「宏壱君? 何か用があったんじゃないの?」

 

「そうだった。なのはが可愛すぎて忘れてた。俺も士郎さん達を追うことにした」

 

 

 それだけを告げて踵を返し、出入り口へと向かう。返答は聞かない、これは決定事項だからな。

 

 

「俺も行きます!」

 

「ダメだ」

 

 

 一夏の提案を考える間もなく却下する。

 

 

「でも人数は多い方が……!」

 

「はぁ……分からないか? お前が来たところで役に立たないって言ってるんだよ」

 

 

「足手まといの命を守る身にもなってみろ」それだけを告げて、俺は翠屋を出た。サイレンがこっちに近づいてくる。誰かが通報でもしたんだろう。

 

 

《無限、少し急ぐぞ》

 

《御意》

 

 

 体中に魔力を循環させ、咲の魔力反応を頼りに駆け出す。一歩目よりも二歩目を速く、二歩目よりも三歩目を速く、三歩目よりも四歩目を速く、四歩目よりも五歩目、とどんどん速度を上げていく。それが二十歩目に達する頃には時速50km差し掛かっていた。

 

 

「上から行った方が速いな」

 

〈同意です〉

 

 

 無限と意見が一致したところで電柱を駆け上る。障害物の無い上の方が速いからな。

 電柱の頂点まで来て跳び、近くのビルに着地してまた駆け出し、今度は隣のビルへと跳ぶ。

 

 

「まずいな、力の反応が咲達に近いぞ。これは接触したか?」

 

 

 感じていた力が咲の魔力反応と極めて近い位置に居るのを感じて、更に速度を上げる。

 ビルを跳び、電柱を跳び、を幾度も繰り返すと街並みは消え山道が見えてくる。

 電柱から跳んで、道路に着地そしてまた駆け出す。道沿いに……ではなく、木の枝に飛び乗り別の木の枝に跳び移る。

 

 

(ん? 妙だ。力の流動が一点に収縮している? 一体何が起きている? 何か別の存在が?……今は考えても無駄か、その場に行けば分かることだ)

 

 

 考え込みそうになるが、無理矢理思考を中断する。

 足は止められない、あれは余りにも危険すぎる。咲の力量、と言うよりも実戦への心構えだな。あいつは優しいからな、殺せはしないだろう。士郎さんや恭也、美由希、千冬は手段がないし、忍嬢は分からん。身体能力が高そうではあるが、戦闘経験は少ないだろう。胆は据わってそうだがな。あのメイドさんは恐らく移動役で中まで突入はしないと思う。

 唯一分からないのは束だ。天才ってやつは人の常識を打ち破ってくる。ただ、足止めか、変な気を引くかして真っ先に殺されそうだけどな。

 

 

〈見えました〉

 

「ああ、あの倉庫だな」

 

 

 つらつらと考えている内に、俺達の視線の先に寂れた倉庫が見えてきた。山の中腹に建てられた倉庫で、どこかの会社が物置場所に使っていたのか、鉄製のコンテナが見える。高さ2m、長さ5m結構な大きさだ。それが二段、三段と積み重なれている。

 ただ、俺達が来たのは裏側のようで、窓は見えるが出入り口のようなものは見当たらない。

 

 

「問題ないな」

 

〈はい、このまま突っ込みましょう〉

 

 

 木々を抜け、剥き出しの地面に着地、そして

 一つの窓に向けて駆け出す。

 その窓の向こう側には複数の気配と不気味な力、咲の魔力を感じる。

 山に入った段階で、何時も感じる力に異変が起きたのは気づいていた。余りにも大きすぎる力だ。咲では対処できない。

 顔を腕で守り――ガシャアアァァンッ!!――窓ガラスを割って中に突入する。

 

 

「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」

 

――グオオオォォォッ!!

 

 

 俺が中に飛び込むと、複数の息を飲む音が聞こえ、座り込んだ束の背中が見えた。そして、その束に迫る人形の怪物。

 新雪のように白い服を纏い、半分に割れた仮面を付け、胸にはデカブツ同様大きな風穴が空いていた。

 

 

「剃っ!」

 

 

 剃で束の横を通り迫る怪物に接近……。

 

 

「せあっ!」

 

 

 ……そのまま横っ腹に魔力を纏わせた蹴りを入れぶっ飛ばす。

 

 

――グゥオッ!!?

 

 

 怪物は吹き飛びその先にある棚に衝突、棚を巻き込んで埃で見えなくなる。だが、これで終わるはずはない。追撃を掛けるぞ。

 

 

「雷神槍っ!!」

 

 

 左手に雷の槍が生まれ、放つ。――バリバリバリッ!!――と稲光を瞬かせ激しくスパークする。

 

 

「無限、バトルモード。バリアジャケット展開だ」

 

〈御意〉

 

 

 魔力の供給量が増し、体が軽くなる。それと同時に体が稲妻に包まれた。

 一秒足らずで右腕を横凪ぎに振るえば、稲妻は払われバリアジャケットを装着した俺が立っている。

 状況確認のために周囲を見渡せば、機械の部品のようなものが散乱している。青みがかった長い黒髪にカチューシャを止めた泣きじゃくる女の子、その女の子の傍に咲、恭也、忍嬢が居て、女の子を支えるように周りを固めていた。恐らくあの子がすずか嬢だろう。特に衣服に乱れはなく、こうして見た感じでは怪我もなさそうだ。

 そこから少し離れて、山積みになった黒服の男達の傍に木刀を構え唖然と俺を見る千冬。

 外へと繋がる出入り口には小太刀を構えた士郎さんと美由希。美由希は何やら興奮して士郎さんに話し掛けている。士郎さんは苦笑いを漏らしているが、俺と目が合うと「ありがとう」と口を動かした。

 俺の後ろには当然座り込んだ束……だが、なんか目がキラキラしてらっしゃる!?

 さっきまであんなに無関心だったのに!? すげぇ見てんだけど! 顔赤いし! お・ま・え・も・か!

 そんな乙女じゃないと思ってたのに!

 

 

〈寧ろ、乙女だからこそあんな服を着ているのでは?〉

 

「確かに!」

 

 

 いや、落ち着け俺。キャラが崩れてるぞ。COOLになれ、COOLに。

 

 

「ふぅ……取り合えず全員話は後だ。外に出るぞ」

 

 

 息を吐き気分を落ち着かせて束を見ないように全員に告げ踵を返し外へ向かう……。

 

 

「無限」

 

〈御意〉

 

 

 左手に付けていたグローブが刀に姿を変え、それを確りと握り切り上げ、横凪ぎに振り、切り下げる。その動作で俺に飛ばされた三つの光弾を切り裂く。

 

 

――連れないじゃないですかぁ。やっと出会えたと言うのにぃ。

 

 

 頭に直接声が響く。魂の底から嫌悪感を煽る声だ。それにこの視線。肌に粘り着く様な不快感が俺の神経を逆撫でする。

 

 

「なるほど」

 

 

 体を敵に向け見据える。

 

 

「ワレか」

 

「こーくん?」

 

 

 束よ、それは俺か? 急にどうしたお前。いや今は……。

 視線を咲に向け外に行くように伝える。念話で言わなかったのは、口調が荒れるからだ。今こうして思考する間も抑えるのに必死だ。

 束を連れて咲達は、外に向かうが途中で立ち止まりこっちを向いた。

 

 

《宏壱君、束さんがここで見たいって》

 

《はぁ? アホ抜かせ! 死にたいんか!》

 

《ご、ごめんなさい ! でも、私も見たいなって》

 

「お前まで何()うとるんじゃあっ!!」

 

 

 思わず声に出た俺の怒声は、大気を揺らし倉庫の窓ガラス、蛍光灯、全てが割れる。

 咲がビクッと肩を震わせたのが見えたが、一度口に出せば止まらない。それが怒りって感情だ。

 

 

「そのすずか嬢はどないすんねん! ええ? 怖い思いして、尚もここに居させる訳にはいかんやろうが!」

 

「でも、勉強のために!」

 

 

 震える肩を必死に抑え、自分の言い分を俺に伝えようとする。

 

 

「何が勉強や!んなもん――「実戦の空気を味あわないと、いざっていう時に動けないよ!」――……」

 

 

 ここまで考えていたのかと、感心と驚きと妙な嬉しさが込み上げてくる。

 イラつく男を前にした段階で口数を減らした時の念話だった。タイミングが悪く、八つ当たりになってしまったんだな。反省だ。抑えきれないのが怒りだが、抑えなきゃいけないのもまた怒りだ。

 

 

「ふぅ……――「あ、あの!」――……ん?」

 

 

 息を吐き、気分を落ち着けていると、聞き慣れない声が耳朶に届く。

 

 

「私からもお願いします!」

 

「すずかちゃん」

 

「僕からも頼めないかな? 危険になったら離れるから」

 

「士郎お父さん」

 

「俺からも頼む。寧ろ俺も見たい、貴方がどんな戦いをしているのか」

 

「恭也兄さん」

 

「はい、はーい。束さんも束さんもこーくんの戦いを――「お前は黙っていろ」――ふぐっむぐー!」

 

 

 手を上げて騒ぎ始めた束の口を千冬が押さえて黙らせる。

 

 

「束さん、千冬さん……」

 

「私は関係無いだろう!?」

 

 

 ったく、緊張感の欠片もないな。

 

 

「……好きにしろ」

 

「宏壱さんってツンデレなんですねー」

 

「しっ、美由希ちゃんそれは男の人には言っちゃダメよ」

 

 

 もう好きにしてくれ、怒りも吹き飛んだぞ。

 

 

――茶番は終わりですかぁ?

 

「ああ、咲のお陰で頭も冷えた。宣言通り、テメェをぶち殺してやるよ」

 

 

 無限を構え魔力を循環させる。頭は冷えたが、戦闘意欲は高まっていくばかりだ。




最近思うんです。戦闘シーン多くね?って。

この作品、3分の1は戦闘シーンなんじゃないでしょうか。

まぁ、それは置いておいて、すずかちゃん誘拐事件でした。これまた定番ですね。二次創作ではよくある話です。
最初ははぐれ神父ではなく、悪魔が眷属を求めてって話でした。でも、別に悪魔側アンチをしたい訳でもないので、こういう形にしました。
この場面で束に宏壱への興味を持たせる。束を出すと決めた時から構想を練っていたので、筆(指)が進む理由はそれもあるのかもしれません。
大輝の能力は何がいいか……と考えているときに「BLEACH」が浮かんできて、この場面に使えるんじゃないか?と、これのためだけに彼に「BLEACH」の力を与えたと言っても過言ではありません。

では、次回お会いしましょう!


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第三十四鬼~赤鬼と誘拐事件・救出編~

今回は何だか微妙な仕上がりになりました。


side~三者視点~

 

 時は、宏壱が突入する前まで遡る。

 

 廃倉庫の駐車区域には三台の車が停められている。すべて重厚な装甲車で如何にもな雰囲気を放っていた。

 そこに、一台の白塗りのワゴン車が入ってくる。倉庫よりも離れた位置に止められたそのワゴン車を、倉庫の出入り口で見張りをしていた三人の男が警戒して手に持つサブマシンガンを構える。

 ガサッと男達の側面、左側30mで好き放題に生い茂る草が揺れた。男達がそれに反応するよりも速く、そこから小さな影が飛び出す。

 小さな影は五足で男達との距離を潰し、一番近くに居た男に拳を放つ。

 

 

「しっ!」

 

「ぐっ!?」

 

 

 放たれた拳は男の鳩尾に打ち据えられ、反対側の藪まで吹き飛ばした。

 

 

「「っ!?」」

 

 

 訓練された彼らの判断は速く男達はナイフを抜く。だが、敵は目の前の小さな襲撃者だけではない。

 男達の背後から音もなく現れた眼鏡の少女が、己が持つ小太刀の峰で二人の男の首を打つ。

 

 

「さすが美由希姉さん」

 

「いやいやいや、咲も相当な速さだったよ」

 

 

 小さな襲撃者こと高町咲は、自分でも察知できないほどに気配を薄くして近づいた眼鏡の少女を褒め称え、眼鏡の少女こと高町美由希は、自分よりも遥かに速く敵陣まで突っ込んだ咲を誉める。

 

 

「二人とも気を抜くなよ。ここは既に敵地だ」

 

 

 そう声を掛けたのは高町恭也。彼の腰には、二本の小太刀が鞘に納められた状態で腰紐に刺さっている。

 その恭也の後ろから高町士郎、恭也の彼女でもある月村忍、強化合宿の名目で海鳴市に来ている織斑千冬、篠ノ之束が歩いてくる。

 白塗りのワゴン車の側には、月村家メイド長・ノエル=K=エーアリヒカイト、その妹のメイド服を着た少女、ファリン=K=エーアリヒカイトがいた。姉とは違い普段は活発で天真爛漫で忍の妹、月村すずかとは友人のような間柄だ。今はそれが鳴りを潜め、沈痛な表情で肩を落としている。

 すずかが誘拐されたことの責任を感じているのだ。

 すずかは習い事の帰りに同じ習い事をしていたこの春仲良くなったアリサ・バニングスと別れた後、ファリンと一緒に帰る予定だったのだが、ファリンが着くまでに少し間ができた。その間を利用されたのだ。

 翠屋襲撃、すずかの帰宅ルート、ファリンが着くまでの間、入念な計画設定、リサーチは完璧だったと言えよう。惜しむらくは宏壱がその場に居たことであろう。当然、士郎や恭也、千冬、束、咲も男達の放つ異様な雰囲気に気づいてはいたため、宏壱が居なかったとしてもこちらに割く戦力が減るだけで、結果はそれほど変わらなかっただろうが。

 

 彼らがこうして廃倉庫に襲撃を掛けたのは、ここに月村すずかが捕らわれているからだ。

 情報源はすずかの持つ携帯電話。GPSの付けられたそれは携帯電話と連携していない独自のもので、すずかの姉である忍がいざという時のために作ったもの。たとえ携帯電話の電源を切ったとしてもそのGPSは稼働し続ける。それを追って、彼らはここまでこられたのだった。

 

 

「急ごう。すずかちゃんの身が心配だ」

 

 

 士郎の言に従い恭也達は重厚な鉄の扉へと向かう。

 

 

「士郎お父さん、私は上から行くよ」

 

「分かった。気を付けるんだよ」

 

「うん!」

 

 

 先行した咲は、駆け足のまま倉庫の壁に足をつけ、僅かな窪みに指を引っ掻けて軽々と上っていく。軈て咲は開いている窓から静かに中に入っていった。

 

 

「……咲ちゃんって凄いのね」

 

 

 それを見て驚くのは忍だ。彼女は咲がここに居ることに疑問を持っていた。鍛えてると言ってもまだ9歳だ。一般の子供よりは強い程度の認識だった。だが、その小さな体で30mもの距離を五歩で潰し、大の男を一発の拳打で反対側の藪、約50m先まで吹き飛ばしてみせた。彼女の目を以ってしても、その姿を捉えるのは難しかった。男からしてみれば、気付けば吹き飛んでいたようなものだろう。

 

 

「師匠が良いからね」

 

「士郎さんですか?」

 

 

 尤もな疑問だろう。恭也を鍛えたのは士郎だ。恭也自身の努力も然ることながら、士郎の指導者としての能力が優れていたのも、恭也がここまでの実力を得られた一因であることは間違いない。

 

 

「違うよ」

 

「じゃあ――「話している時間はないぞ」――……はーい」

 

 

 二人の話が盛り上がりそうなところで、恭也が割って入る。

 好奇心旺盛な忍はまだ聞きたそうだったが、欲望を抑え妹の救出に集中することにした。

 

 

 

 

 

 ところ変わって倉庫内。そこには30人の男達と両腕と両足をロープで縛られ口もガムテープで塞がれた少女がいた。

 

 

「しっかし、こんなガキ攫ってどうしようってんです?」

 

 

 男の内の一人が灰色の髪の大男に聞く。

 

 

「お前達は黙って言われた通りの事をすればいい」

 

 

 そう返したのは司祭服を着た男だ。マキア・セルバンとは違いその顔は厳つく、体つきも大きい。

 コンボ・シュラーゲ。それがこの男の名である。悪魔祓いと呼ばれる彼は、これまで多くの悪魔を祓ってきた。しかし、その行動はいき過ぎており、悪魔と親密な関係にある者、事情を知る者、知らぬ者問わず手に掛ける狂人であった。

 

 

「んー!」

 

 

 少女、月村すずかはポロポロと涙を流し呻き声を上げるしかない。

 

 

「化け物め。せいぜい可愛がってもらうんだな、貴様の次は貴様の姉だ。そして、貴様を友達などと巫山戯たことを言う、お友達とやらも同じ目に遭わせて殺してやる。貴様らのような化け物と交わるなど、俺はごめんだがな」

 

 

 吐き捨てるようにコンボ・シュラーゲは言うと、その場から離れた位置で、しかしそれがよく見える場所で、折り畳み式の簡易椅子を開いて座った。

 

 

「ってことだ嬢ちゃんわりぃな。なーにすぐ気持ち良くなるさ」

 

「そうだぜ。俺たちゃこう見えて何人もの女を相手にしてんだ」

 

「薬漬けだけどな!」

 

 

「ひゃははは」と男達の下品な笑い声が響く。

 

 

「んっんっん」

 

 

 すずかは這って必死に逃げる。30人の内5人の男が下卑た笑いを上げながら、ゆっくりと獲物を追う。

 そしてとうとう逃げ場がなくなった。すずかは倉庫の端まで来たのだ。それは、この倉庫の出入り口とは逆の場所。出入りするには窓を使うしかない。だが、両手足を縛られた状態ではそれも叶わなかった。

 

 

「ひひひ、逃げ場がなくなったねー」

 

「残念でしたー、くくっ」

 

「………」

 

 

 そんな嗤い声を上げる男達を、見たくないとすずかは天を仰いだ。見えるのは天井を支える鉄筋、そしてその上を速く駆ける何かだ。

 

 

「――――っ!!」

 

 

 声が聞こえた気がした。男達は距離を詰めようと近付くだけで気付かない。

 

 

「ほおら手がとどぶっ!?」

 

 

 すずかに最も近付き手を伸ばそうとした男が、突然吹き飛んだ。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 代わりにそこに居たのは、ゆっくり息を吐きながら掌底の残心を解いた咲だ。

 

 

『っ!?』

 

 

 男達の息を呑む音が響く。だが、驚いたのはすずかも同じだった。

 すずかは彼女を知っている。高町なのはの姉で学校の先輩である。なのはと友達になってからは、一緒に登校しているし、時間が合えば下校も一緒の時がある。優しくおっとりしている先輩。それがすずかの認識だった。

 だが、今目の前にいる彼女はどうだろうか? キッと男達を見据え、その背にすずかを守るように立つその姿はまるで女騎士のようだ。

 

 

「大丈夫。私達が来たから、すずかちゃんに手出しはさせないよ」

 

 

 すずかを振り返って口を止めているガムテープを剥がしながら、咲は安心させるように言った。

 

 

「咲……さん?」

 

 

 すずかの声に一度笑みを見せ、咲は再び男達に向かい合う。

 

 

「っ! 何処から現れた! このガキっ!?」

 

「そんな話はどうでもいいです」

 

 

 普段の優しげな声音から色が抜け落ちたように冷たい声だった。守られているすずかでさえ背筋に冷たい何かを感じた。それが汗だと分かったのは、咲が男の一人を殴り飛ばした時だった。

 

 

「問題は、あなた達が私の妹の友達を泣かせた。それだけ、です」

 

 

 咲はそう言い終わると男達を薙ぎ倒していく。決してすずかの傍を離れることなく、向かってくる男を確実に対処する。

 

 

「おい! 銃を使えっ!」

 

 

 6人目の男が倒れたところでコンボ・シュラーゲが声を荒らげ指示を出す。男達は、たった一人の少女に翻弄されたことによって気が動転して銃の事を失念していたらしい。

 

 

「……これは……まずい、かな」

 

 

 数十人の男達が自分とすずかに銃を向けているという状況に、咲の頬を冷や汗が伝う。

 

 

「咲さん」

 

 

 すずかは弱々しい声ではなく、はっきりとした声で咲を呼ぶ。

 

 

「逃げて、下さい」

 

 

 ピクッと咲の肩が揺れる。正面にいる男達は、顔色を青褪めさせその場に釘付けになった。

 

 

「咲さん一人なら――「すずかちゃん」――っ!?」

 

 

 静かにすずかを呼ぶ声が響く。小さな声で、人混みの喧騒の中なら簡単に掻き消されるだろう声量。だが、聞くものを震え上がらせるには十分な怒気が含まれていた。

 

 

「それ以上言ったら、私も本気で怒るよ」

 

「……は、い」

 

 

 すずかにはそう返すしかなかった。自分が巻き込んだ。なぜ誘拐されたかも分かる。だから、自分の所為で友達から大切なお姉さんを奪いたくなかった。そんな思いがあっての「一人だけでも」だったが、それを許せるほど咲は従順ではないし、聞き分けも良くはない。何より彼女は……一人ではない。

 

 

「「うちの娘に手を出さないでもらえるかな?/俺の妹に手を出すな」」

 

 

 突如男達の中心で――ゴウッ!!――と突風が吹き荒れた。その爆心地とも言える中心付近にいた男十数人が弾き飛ばされる。

 

 

「すずかっ!」

 

 

 男達を弾き飛ばした二人、士郎と恭也の間を抜けて忍がすずかに駆け寄る。

 

 

「……お姉……ちゃん」

 

「怪我はない? 何処か痛いところとか……」

 

「大丈夫だよ。咲さんが、助けてくれたから」

 

 

 すずかがそう言うも、忍は目尻に涙を浮かべてペタペタと触れて確かめる。

 

 

「よかった」

 

「心配かけて、ごめんなさい」

 

 

「いいのよ」と忍はすずかの両手足を縛るロープを懐から取り出したナイフで切る。それは、一応の護身用にとノエルに渡された物だった。

 

 

「よかったよかった」

 

 

 と頷く束を見て、千冬は溜め息をつく。長い付き合いの千冬でさえ束の考えは読めない。彼女の他人に対する態度は無関心、無干渉だ。宏壱に対するものが良い例だろう。宏壱は一夏と箒を挑発することで、束の気を引いた。それが、怒りという感情だったとしても関心を持ち干渉してまで行動を起こさせたのだ。この段階で千冬は、既に宏壱を普通ではないと認識している。

 

 

(何故だ? 何故お前は月村の妹救出に乗り出した)

 

「うーん? どうしたの、ちーちゃん?」

 

「いや、何でもない。私達も片付けるぞ」

 

 

 考えても無駄だと断じて千冬は木刀を手に駆け出す。

 

 

「はい、はーい」

 

 

 そこからは早いもので。残った20人の男達も瞬く間に伸されていき、山のように積み上げられていった。

 

 

「さて、もう貴方だけですよ」

 

 

 咲は油断せず、椅子に座って部下が倒されていくのを眺めていたコンボ・シュラーゲを見据える。

 

 

「ふむ、よくやるものだな。そんな化け物相手に」

 

「何を言って……?」

 

 

 コンボ・シュラーゲの言った意味を理解できないと、咲は首を傾げる。千冬も同様で、何かを理解したと「なるほど」と呟く士郎と「そっち側か」と呟く恭也。ニマニマと笑みを浮かべる束と顔を青褪めさせるすずか。そんなすずかを抱き寄せる忍。

 反応はそれぞれだが、この場に事を理解していない者が居ることに満足しコンボ・シュラーゲは立ち上がる。

 

 

「月村家は化け物の血筋だ。と言ったんだ」

 

「貴様は何を言っている?」

 

 

 問うのは千冬だ。眉間に皺を寄せ不快そうにコンボ・シュラーゲを見る。

 

 

「この世にはな、存在してはならない忌むべき者共が居るのだ」

 

「それとすずかちゃんがどう繋がるんですか? 出鱈目を――「まぁ、聞け小娘」――……」

 

 

 咲の言葉を遮りコンボ・シュラーゲは手を大きく広げた。

 

 

「この世には神が実在する。主は我ら人を護り導いてくださるのだ。だが、悪しき者共がそれを邪魔する! 人を惑わし、貶め、死へと誘う悪しき者共がっ! 私はこの街から、それを消してやると言っているのだよ!」

 

 

 コンボ・シュラーゲが手を翳すと掌から炎が生まれた。

 

 

「これは主から我らへ与え給うた悪魔に対抗する力『聖なる炎(セイグリット・フレイム)』。格の低い『神器』だが魔の属性を持つ者共には効果覿面だ」

 

 

 それを証明するかのように、炎の熱が伝わっただけで忍とすずかの肌は焼かれ始める。

 

 

「くうぅぅ!」

 

「あぁぁ……あつ……い!」

 

「忍!」

 

 

 恭也が間に入り炎の熱を二人に伝わらないようにするが……。

 

 

「あああぁぁぁ!」

 

「くぅぅぅ!」

 

 

 意味をなさない。悪魔に類似する者に効果があり、そうでない者にはただの炎であるのが特徴だ。

 

 

「見たか小娘。あのメス共はそういう存在なのだ。月村一族……いや、夜の一族は何百年もの昔にルーマニアの吸血鬼共の一部が人間と交わり、そうして生まれた混血共が世界に散らばったのが原点だと言われている。その特徴は今でも引き継いでいる。当然、吸血もな……」

 

 

 咲にピンポイントに語って聞かせるコンボ・シュラーゲの顔は歪な嗤いを浮かべていた。これから咲がどう反応するか楽しみなのだ。山の奥まで駆けつけていざ助けると、それは人の血を吸う化け物でした。普通の感性を持った人間ならば、出会って間もない妹の友達と言うだけの存在にそれほど大きな情はわかない。

 チラッと咲はすずかを見る。すずかは縋るように、祈るように、痛みに苦しみながらも咲を見ていた。

 

 

「私にはすずかちゃんが人を襲うような子には見えません」

 

「夜の一族は人の記憶を操作できるのだよ。誰かが居なくなっても抹消されている可能性もある」

 

「それでも、私は何も知らないあなたよりもたった数週間だけど、目を見て会話したすずかちゃんを信じます」

 

 

 咲の言葉を聞いて、嬉しさからか苦しさとは違う涙がすずかの目に溢れた。

 

 

「嘆かわしい。化け物に肩入れするなど……その若さで魔に魅せられたか」

 

 

 コンボ・シュラーゲの咲を見る目は、言葉とは裏腹に嘲りを多分に含んでいた。

 

 

「あなたはどうしてすずかちゃんを化け物なんて呼べるんですか? あなたはすずかちゃんの何を知っているんですか?」

 

「知らんな。化け物の事など知る価値もない」

 

「身辺調査までしたのにかい?」

 

 

 黙って見ていた士郎が、美由希を伴って出入り口のところまで歩きながら言う。逃げ道を塞ぐ算段だ。

 

 

「ふん、どんな人間を周囲に配置しているか分からんからな。事をスムーズに運ぶには必要なことだ。どんな手を使ってでもな」

 

 

 過ぎたる正義は悪だ。そんな言葉を耳にしたことがないだろうか? 何れ程の犠牲を払っても、正義の為なのだから仕方がない。死者は正義の礎になれたのだから喜ぶべきだ。見方を変えればこれは立派な悪だ。余りにも独善的で、他者を思いやらないもの。

 あなたのご家族は正義の為に死んだのです。……これで納得する人間は、現代日本では極めて少ないだろう。この男、コンボ・シュラーゲはそんな思考回路をしている。

 

 

「人よりも優れた身体能力、自己治癒力、催眠能力に記憶操作。あまつさえ経済力すらも持っている!危険な存在なのだよ!だから――「もういいです」――……何?」

 

「あなたの言い分は分かりました」

 

「そうか!」

 

 

 コンボ・シュラーゲは喜色の笑みを忍、すずかは顔を青褪めさせ、恭也、千冬、美由希は息を呑み、士郎と束は静観する。

 

 

「その炎……消します」

 

「……何だと?」

 

 

 一瞬その意味を理解できなかったのか、コンボ・シュラーゲは疑問符を頭に浮かばせ……嗤う。

 

 

「くはははははは、消す。消すか! これは傑作だ!」

 

 

 嗤うコンボ・シュラーゲを気にせず咲は印を組む。

 

 

「水遁・水断波!」

 

 

 咲の口許に出現した橙色の円形の魔方陣、そこに息を吹き掛ける。――シャッ!――とウォータカッターが空を走り、コンボ・シュラーゲが掲げた掌に出現させた炎を的確に撃ち抜いた。

 

 

「な……に?」

 

「すずかちゃん」

 

 

 炎が消え驚くコンボ・シュラーゲを気にすることなく、苦しみから解放されたすずかに呼び掛ける。

 

 

「……は……い?」

 

 

 すずかは息も絶え絶えに返す。

 

 

「私は君以上の力を持ってるよ」

 

「……え?」

 

「咲……?」

 

 

 その場では士郎と咲だけが平然としており恭也、美由希、忍、すずか、千冬、束でさえも驚きを隠せないでいた。

 

 

「何を……何をしたあああっ!!」

 

「あなたに答える義理はありません」

 

 

 さっきまでの余裕が嘘のようにコンボ・シュラーゲは鬼の形相で咲を睨む。

 

 

「何かの『神器』か!?」

 

「『神器』は分かりませんが、この力は家族を……大切な人達を守る為のものです」

 

 

 コンボ・シュラーゲは先程よりも強い炎を生み出す。

 

 

「全てを灰にいぃぃぃ――かっはっ!?」

 

 

 が、背後から胸部を太い腕が貫いた。

 

 

「なっ!?」

 

 

 咲は突然の出来事に驚き、印を組もうとした手が止まる。

 

 

「があっ!!」

 

「これが『神器』使いの魂というやつですか……」

 

 

 倒れたコンボ・シュラーゲの背後に立っていたのは金髪の優男、マキア・セルバンだった。だが、血に濡れたその右腕は紫色に変色し肥大化していた。

 

 

「すずかちゃん見ちゃダメっ!」

 

 

 突然の出来事にマキア・セルバン以外の者達が茫然自失となる中、咲はすずかに惨状を見せまいと自分の胸で顔を隠させる。触れる彼女の体は震えていた。

 

 

「んー、濁りきっていますねぇ。ですが、質は上々です。『神器』の影響でしょうか?」

 

 

 マキア・セルバンは手の中に収まる光る球体を掲げて眺める。

 

 

「……ぎ……ざば」

 

 

 血を流し倒れ伏すコンボ・シュラーゲが声を上げる。

 

 

「おや? まだ息があるのですか? 凄まじい生命力ですねぇ」

 

「お……での……ぢがらを……がえぜ」

 

 

 それを見下ろすマキア・セルバンの目は汚物を見るものだった。

 

 

「では、自分の力で滅びなさい」

 

 

 マキア・セルバンは光る球体をコンボ・シュラーゲに向ける。するとそこから炎が吹き出しコンボ・シュラーゲを包む。

 

 

「ぎああああぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 肌を焼き、肉を焼き、骨を焼く。長く長く悲鳴が響く。

 

 

「――――――」

 

 

 炎が消えた後、そこに残ったのは灰だけだった。

 

 

「ふむ、消し炭になりましたか。ふふっ、惨めな最期ですねぇ」

 

 

 そう言ったマキア・セルバンは(おもむろ)に光る球体、コンボ・シュラーゲの魂を口に含み……飲み込んだ。

 

 

「くぅうううあああああああっ!!!!」

 

 

 マキア・セルバンの肉体は炎に包まれる。コンボ・シュラーゲが出した炎とは違い、忍とずずかの肌を焼くほどの聖性はなく、禍々しい黒炎と化したそれはどんどん収縮していく。

 

 

「何が起こっているんだ……」

 

 

 その恭也の呟きに答えられる者はいなかった。

 

 

――アアアアアッ!

 

 

 声が止まり、黒炎が晴れる。

 そこに居たのは180cmの長身の男。顔半分を割れた仮面で隠し、裾が膝ほどまである長袖の白いコートに白いスラックス。インナーも白で統一されていて異様なのは胸部に空いた穴だ。まるで、その者の空虚感を露わにしているようだった。

 

 

――素晴らしい。なんとも高揚感が治まりませんねぇ。

 

「何だ……あれは……人、なのか?」

 

 

 茫然とした千冬の声、それは空に溶けて消えていく。

 

 

――さて、そこのお嬢さん。

 

 

 咲の肩がピクリと跳ねた。マキア・セルバンが指差したのは咲だ。すずかを抱き締める力が強くなる。

 

 

――あなたで試させていただきましょうか。この力を……。

 

 

 姿勢が低くなり飛び出そうとした瞬間……。

 

 

「エネルギーボム!」

 

 

 束が瓶を投げつけた。

 

 

――……は?

 

 

 マキア・セルバンの足下に転がったそれは弾け、魔力の奔流を生み出す。

 マキア・セルバンを中心に広がったそれは、竜巻のように空気を巻き込み渦を作る。

 束がしたのは単純なこと。特殊な吸引装置を使って吸引し、咲の魔力の残滓を転がっていた瓶に詰めて蓋をし投げた。魔力を束は咲が水断波を放つ時、エネルギーを体内から絞り出しているのが分かった。

 使った後の残りカスでも、それなりのエネルギーを内包していた。そして、試しに出来上がったのがエネルギーボムだった。

 

 

「くぅっ!」

 

 

 全員が突如発生した竜巻から顔を守る為に、腕を顔の前まで持ってくる。

 その中で咲だけは目で見ていた。マキア・セルバンが竜巻の奔流から抜け出し、束に向かうところを……。

 

 

「束さん! 逃げてぇっ!!」

 

 

 束は迫るソレに気付いたが逃げられない。自分の投げたエネルギーボムが、思った以上の威力を発揮したことに驚いて腰が抜けたのだ。

 彼我の距離は10mもない。駆けつけるには全員離れた位置に居すぎた。

 

 

「くっ」

 

「待って恭也兄さん!」

 

 

 神速を使おうとした恭也を咲が止める。ここに来て高速で迫る存在に気づいた。この一月で慣れ親しんだ魔力だ。膨大な魔力をその身に宿し、隠そうともせず流れるがままに垂れ流し、それでいて均整のとれたコントロールをする。自分の魔法の師匠が持つ魔力だった。

 

 

――グオオオォォォッ!!

 

 

 迫る脅威に束は目を閉じて痛みに備える。――ガシャアアァァンッ!!――束の後ろの窓ガラスが粉砕され影が飛び込んでくる。

 それに幾つもの息を呑む音、それでも止まらず束に迫るマキア・セルバン。それを見た影、宏壱は瞬時に判断した。アレが敵だと。

 

 

「剃っ!」

 

 

 宏壱はその場から姿を消す。

 

 

「せあっ!」

 

 

 咲達が次に宏壱を認識した時には既に束に迫るマキア・セルバンの前に居て、深紅の尾を引いて繰り出された蹴りがマキア・セルバンの横腹を捉え蹴り飛ばしていた。

 

 

――グゥオッ!?

 

 

 こうして宏壱は、今海鳴市で起きている事件の首謀者と邂逅を果たしたのだった。

 

side out




誘拐事件編は勃発編、救出編、決着編(仮)の三部構成になりました。

コンボ・シュラーゲは、特にはぐれ悪魔祓いという訳でもないですが、かなり過激な思考回路をしています。忍とずずかを惨く殺そうとするほどに。
スターウ○ーズの議長も言っていました。ダークサイドの方が視野が広く多くを学べると……。正義に執着するあまり大事なものが見えなくなる、と言うのは定番ですね。そういった面では、悪魔の方が寛容で視野は広いかもです。

正義は人それぞれで決して誰かに押し付けるものではない……と、今回のテーマはそんな感じでした。

では、また次回お会いしましょう。


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第三十五鬼~赤鬼と誘拐事件・決着編~

side~宏壱~

 

 咲達が見守る中、俺は相手を見据える。

 

 

「一つ聞かせろ」

 

――何でしょう?貴方の質問なら答えてあげますよぉ。

 

 

 まるでテレビの中の有名人に会ったような反応だな。

 何でこんなにウェルカム姿勢なんだ?

 

 

「お前の目的は何だ?」

 

――目的……?

 

 

 分からないといった風に疑問符を浮かべる。

 

 

「あるだろ。ここまで世間を騒がせておいて何もありませんじゃ、通らねぇぞ」

 

――目的……ですか? ええ、目的ならありますよ。

 

 

 碌なもんじゃなさそうだな。こいつの目は狂気に満ちている。たいした大義も、正義も、未来さえもない。あるのは貪欲な何か……お前の目には何が映っている?

 

 

――力ですよ。

 

「力?」

 

 

 どういうことだ?

 

 

――この世には多くの力が存在します。腕力、権力、財力、知力……これらが一般的なもので、一個人が保有できるものでしょう。これが集団になれば生産力や化学力等が生まれます。ですが、中には特殊な能力を持った存在もいるのですよ。そう、貴方やそこのお嬢さんのようにね。

 

 

 俺、咲と順番に指を差して言う。

 

 

「……それがどうした。御託はいい、結論を言え」

 

――そう焦らずに……もっと話をしたいものですがねぇ。

 

 

 覇気を放ち、イラついていることを伝える。

 

 

――仕方がありませんねぇ。では、お答えしましょう。

 

 

 両腕を大きく広げ……。

 

 

――実験ですよ。

 

 

 そう不気味な笑みを浮かべた。

 

 

「……何?」

 

 

 空気が張る。遠くで息を呑む音が聞こえたが、今は前方に集中する。

 

 

――実験ですよ。実験。この力をね。

 

 

 怪物が手を開くと光の球が生まれる。それは、粒子を散らしながら消えた。

 

 

――これはゴーストに触れることができましてね。会話も可能なのですよ。そして触れたゴーストから一部、胸を切り取るんです。貴方も見たでしょう? 彼らの胸に穴が開いているのを。

 

 

 確かにマナや他のデカブツ……いや、被害者と呼ぶべきか。兎に角被害者を思い出せば、確かに俺の頭が通りそうな程の穴が開いていた。

 

 

――心を抜き取ることに成功したんですよ!

 

 

 興奮して声量が上がっていく。

 

 

――しかも良心をね。家族さえも殺す残忍さ……いえ、帰巣本能とでも言うのでしょうか、胸に穴を空けられた彼らは穴を埋めるために家族の許に、恋人の許に、親しい人間の許に帰るのですよ。そして……。

 

「ゲス野郎が」

 

 

 これ以上聞いても無駄だな。意味もない話を聞くほど俺の気は長くはない。それに、すずか嬢を見やれば顔を青くさせているのが見える。この先は聞かせるべきじゃないな。

 

 

「なら、得た力とやらで防いでみせろ!!」

 

 

 無限の刀身に魔力を集める。

 

 

「鎌鼬・雷鳥!!」

 

 

 横凪ぎに無限を振るえば、深紅の魔力刃が飛ぶ。それは、電気変換で雷の鳥に姿を変えた。そのまま木箱や鉄のコンテナを切り裂きながら怪物に高速で迫る。

 

 

――そんなこともできるのですねぇ。

 

 

 慌てる風も見せず、腕を振るった。雷の鳥は真っ二つに割れ、背後の壁を裂き突き抜けていった。

 

 

「ぜりゃあっ!!」

 

 

 俺は雷の鳥の後ろを駆け飛び上がり、無限を斬り下ろす。

 

 

――速いですねぇ。

 

 

 怪物は腕に粒子を集め受け止める。

 

 

「つぇら!」

 

 

 着地と同時に体を捻り、遠心力を合わせて横凪ぎに振るう。

 

 

――ほっと。危ない危ない。

 

 

 同じように粒子を集め、腕を盾にして防いでみせた。

 

 

「がら空きだ!」

 

 

 右拳で隙だらけの腹を殴り付ける。が、いつの間にか粒子が腹の周りに集まっていた。

 

 

――くっ! ガードを抜いてくるとは……お返しです!

 

 

 一瞬表情を歪めるも吹き飛ぶことはなく、直ぐに反撃してくる。

 

 

「ごあっ!」

 

 

 腹に衝撃、続いて襲ってくるのは浮遊感。風を切り俺の体は吹き飛ばされる。蹴られたことは分かった。だが、ダメージがバリアジャケットを抜いてくるのは予想外だぞ。

 

 

〈御主君!? 余り彼奴の攻撃を受けないでください!〉

 

「その方が……いいみたい、だな」

 

 

 体勢を立て直し、右手と両足を地に付け滑りながら止まる。

 じくじくと痛む腹を押さえ立ち上がる。怪物の距離は10m程空いたか……。

 

 

《宏壱君! 大丈夫!?》

 

《問題ねぇ。黙って見てろ》

 

 

 突然の念話に素っ気なく返して咲達の居る方を見やれば、心配そうな顔で見る者、どこまでも真剣な目で見る者、どこからか取り出したカメラで撮影する者と反応は様々だが、今のところ手出しする気はないようで何よりだ。

 

 

――新たな力を試してみますか。

 

 

 そう呟きが聞こえ……俺は咄嗟に前に身を投げる。――ゴウッ!――さっきまで俺の居た場所から黒炎が舞い上がる。

 

 

――ふむ。少々狙いが甘いですか……では、こんなのはどうです?

 

 

 怪物は右手を付き出した。そこから、黒炎が渦を巻き俺に向かって一直線に飛ぶ……と言うより延びてくる。

 

 

「ファースト ムーブ!」

 

〈First Move〉

 

 

 迫る黒炎の速度が遅くなる。姿勢を低くして黒炎の下、地面との間を一気に走り抜け怪物の許まで辿り着く。

 

 

「ふっ!」

 

 

 低い姿勢からの蹴り上げで、伸ばされた腕を上に蹴る。

 

 

――っ!?

 

 

 その衝撃で俺に接近されていることに気がついたのか、怪物は目を見開く。

 

 

「雷神・雷刀」

 

 

 無限に魔力を流す。電気変換で雷を纏った無限は、なんの抵抗もなく怪物の胴を斬り裂く。上半身と下半身を分かれさせることに成功した……が。

 

 

「っ!?」

 

 

 俺はそこから飛び退く。怪物の上半身と下半身は黒炎に包まれて燃える。二つの黒炎はやがて重なり大きく広がって消えた。

 

 

――躊躇いもなく切ってくるとは……いやはや、恐ろしい方ですねぇ。

 

「ちっ……終わってくんねぇか」

 

 

 黒炎が消えた後には五体満足の怪物……めんどくせぇ。

 

 

「テメェ名は何て言う。俺は山口宏壱だ。山口って呼べ」

 

――私の名はマキア・セルバンと申します。

 

「んじゃセルバン……死んでくれや」

 

〈Second Move〉

 

 

 さらに景色が遅くなる。もう咲にも俺の姿は見えていないはずだ。

 セルバンの後ろに回り込んで、雷刀を保ったまま横凪ぎに首筋を斬りつける。そのまま振り上げ、袈裟懸けに斬り下ろす。そこから再び胴を切断する。振りきった無限を斜めに斬り下ろし、セルバンの足の付け根から両足を別つ。

 そして、世界は元の速度に戻る。

 

 

――ガアッ!!?

 

 

 バラバラに切断されたセルバンは、再度黒炎に包まれ再生する。

 

 

――はあっ……はあっ……はあっ……本当に……容赦のない方です。

 

「テメェみてぇなゲスに、かける情けも温情もありゃしねぇよ」

 

 

 再生には多分な体力を消費するのか、片膝を突き呼吸を荒げながら俺を見上げる。

 

 

――私はこれ程までに貴方に会いたかったというのに……つれない方です。

 

 

 呼吸を整え立ち上がったセルバンの言葉に俺は顔を顰める。が、直ぐに笑みに変える。笑顔はほんら(ry

 多くの作者が説明してるからいらねぇな、これ。

 

 

「男に言われても嬉しくねぇが……俺もテメェに会いたかったぜ? 殺してぇ程になあぁ!」

 

 

 何度再生しようが関係ねぇと、何度も斬りつける。心なしか、再生速度が上がっている気がする。

 いや、確実に上がっている。倒れ伏すよりも早く再生し、斬られた場所だけが黒炎に包まれくっ付いている。

 

 

――ふむ、やっと馴染んだようですねぇ。

 

 

 遂には蹌踉めくことすらなくなった。

 

 

「ちっ、時間を掛けすぎたか……」

 

 

 一度、態勢を立て直す為に後ろに跳んで距離を取る。

 さっきこっちに来る前に感じた力の収縮……多分セルバンが何かしらの力、すずか嬢を攫った首謀者かその部下か……どちらにしろ、後天的に力を取り込んだ時に発生したものだって事は分かった。

 

 

「無限」

 

〈御意〉

 

 

 俺の意図を察し、無限は刀からグローブへと姿を変える。刃が居ない今は両手とも無限の黒だ。

 

 

――それも妙な武器ですねぇ。姿を変えるとは……『神器』ですかぁ?

 

 

 セルバンの言葉には何も返さず、両拳を握りしめて構える。

 

 

「おおぉぉぉ!!」

 

 

 セルバンが反応できない速度で駆ける。距離は5m、一足で潰せる。

 一秒も掛けず、俺の姿は既にセルバンの眼前で右拳を振り上げ、セルバンの顔面目掛けて打つ。――パァンッ!!――と破裂音が響く。

 

 

――グゥッ!?

 

 

 反応できずに諸に喰らったセルバンは上体を反らす。特殊な力を得ても本人の基礎能力が上がる訳じゃない。

 

 

「まだだっ!」

 

 

 反れた頭、金髪を鷲掴みにして引き戻す。

 

 

――グッ!

 

 

 戻ってきた頭を、さらに引き倒すように引っ張る。後頭部が見えたところで首に肘を落とす。

 

 

――ガッ!……アアッ!!

 

 

 セルバンは地面に叩き付けられ、その影響で地面が凹み亀裂が入る。飛び散るコンクリート片に混じり、光の粒子が散布されたのが見えた。

 ギリギリで地面にぶつかる衝撃は防いだらしい。オート制御じゃないな……任意で発動するピンポイントバリアってとこか。

 

 

――嘗めるなぁ!!

 

 

 倒れ伏したセルバンの背中から黒炎が吹き出る。追撃を掛けようと魔力を拳に集中させていた俺は、それを中断して飛び退く。

 

 

――ふぅー、ふぅー、くっ! まさかこれ程とは思いませんでしたよぉ。

 

 

 黒炎を迸らせながら立ち上がり、恨めしそうに俺を睨む。

 

 

「お前、戦闘自体は大してしたことないだろ」

 

――……何故分かるのです?

 

 

 答えてやってもいいが、こういう事からヒントを得て強くなる奴ってのは結構いるもんで、無駄に力を付けさせる様なことをする意味もない。

 動きが素人臭い。普通の人間なら脅威足り得る脚力で蹴られたが、重みは大して無かった。軸がブレブレで威力が分散してしまい鋭さが激減、その上追撃を掛けるようなこともしなかった。俺なら蹴り飛ばした段階で、体勢を立て直す前に沈める。

 

 

「ここで死ぬお前には関係の無い話だ」

 

 

 身を屈め駆け出す。

 

 

――今度はそう簡単には行きませんよ。

 

「ほざけっ!」

 

 

 瞬間的に接近、セルバンの表情に動きはないが反応できていないのは明らかだ。やはりハッタリか。そう思いながら腕を引き……。

 

 

「はあっ!」

 

 

 土手っ腹目掛けて振り抜く。

 

 

「何っ!?」

 

 

 だが、それは黒炎に阻まれた。

 

 

「剃っ!」

 

 

 セルバンには俺が消えたように見えたはずだ。

 

 

「らあっ」

 

 

 セルバンの背後から空中で体を捻り回し蹴り、着地と同時に上段からのハイキック、肩甲骨を狙った掌底、それら全てが黒炎によって防がれる。

 セルバンが腕を払ったのが見えて咄嗟にバク転で離れる。さっきまで俺の居た場所、地面から黒炎が火柱のように燃え上がる。

 

 

「おおおっ!!」

 

 

 黒炎の火柱を突き抜け殴り掛かる。

 

 

――何度やっても同じことです。

 

「スパークショット!」

 

 

 拳が黒炎に触れた瞬間、魔法陣が展開され雷を放つ。

 

 

――グッ!……まだ手札を隠しているのですか!?

 

 

 黒炎を突き抜けた雷は、セルバンの背中に命中したらしい。数歩前に蹌踉けたセルバンは腕を大降りに振り、背後にいる俺を凪ぎ払おうとする。

 

 

「剃っ!」

 

 

 そんな見え見えの攻撃に当たってやる必要はなく……。

 

 

「氷神槍!!」

 

 

 

 剃で躱してセルバンの頭上から氷の槍を落とす。

 

 

――グアアアッ!!

 

 

 黒炎が発生するが、それを突き抜けて肩から脇腹までを深く貫いた。

 

 

「おらあっ!」

 

 

 俺はそのまま落下の勢いに任せて、膝からセルバンの後頭部に落ちてセルバンを俯せに倒す。

 

 

――アガッ!

 

 

 溶けない氷の槍は黒炎で再生しようとするのを邪魔し続ける。

 

 

「呆気なかったな。マキア・セルバン」

 

――クゥ!何……ですか、これは!? 何故溶けない!

 

「俺の濃密な魔力で氷の周囲を守っている。一度刺されば引き抜くしかないぞ」

 

 

 もう血すらも出ないのか、傷口からは黒炎が漏れるだけだ。

 

 

「雷神・雷球」

 

 

 左手の人差し指をを天に翳し魔力を集束させる。雷の塊、雷球の完成だ。

 分類としては収束魔法で、電気変換での最強の威力を誇る強力な魔法だ。データ上では一都市を消滅させる威力があるらしいが、それは最後の最後まで集束した状態、それこそ俺の魔力の3分の2を注ぎ込んだもので、これはその100分の1にも満たないものだ。

 通常なら直径5m程の球体、今は直径10cm程だ。これでも、この倉庫半分は吹き飛ぶレベルだけどな。

 

 

《そういう訳で、ここから出た方がいいぞ》

 

《分かったよ》

 

 

 咲に念話で退避するように伝える。確実にこの倉庫は崩壊するからな。

 

 

――ただでは……終わりませんよっ!!

 

 

 その時だ。俺が念話を切ると、咲がこの場から退避するように皆に伝えたのか、全員が背を向け出ていこうとする。そこを狙ってセルバンが7発の黒炎弾を放った。

 狙いは……。

 

 

「すずか嬢!!」

 

「……え?」

 

 

 振り向いたすずか嬢の目は正確に黒炎弾を捉えたんだろう。見開かれる。士郎さん達も間に合わない。気付くのがワンテンポ遅すぎた。

 ダメだ。出遅れた。そんな言葉を冷静に吐く俺と、走れ! まだ間に合う!と叫ぶ俺がいる。どちらを選ぶか…………迷う必要はないな。

 

 

「フォース ムーブ!」

 

〈なっ!?御主君、勝手に――!〉

 

 

 無限の声が途切れて世界が止まる。そう表現した方がいい。愚鈍な世界で、普通に動けるのは俺だけだ。咲も士郎さんも恭也も美由希も千冬も束も……全てが遅い。すずか嬢に迫る黒炎弾が皆より少し速い程度で、それも陸を歩く亀のようなものだ。

 そんな世界を置き去りにして俺は駆ける。ギアを飛ばしての発動……後が大変そうだな。

 

 

「解除」

 

 

 すずか嬢に迫る黒炎弾の射線上に立ちフォース ムーブを解く。

 

 

〈――そんなことをすれば!〉

 

「があああっ!!!」

 

「なっ!?」

 

「宏壱君!?」

 

 

 世界が動き出す。

 急激な反動と7発の黒炎弾を直撃、腹に3発、右太股に2発、胸に1発、左肩に1発……焼ける、焼ける、焼ける。肉を焦がす音と焼いた臭い。熱さを超え鋭い痛みに変わった。

 それと同時に全身の骨が軋み始める。通常なら刃と無限がギアムーブの演算処理を行い、俺が肉体を守るための防護魔法を使って肉体を強化して反動を緩和させる。無限に相談する間もなく使ったフォース ムーブはファースト ムーブ、セカンド ムーブ、サード ムーブを上回るパワーとスピードを俺に与えてくれる強化魔法。その代わり反動も凄まじいもので、筋肉の断裂は避けられない。

近くで咲達の心配する声、驚く声が聞こえた。

 

 

――クククッ……引かせてもらいますよ。流石に力を使いすぎましたからねぇ。……いつか貴方の力も頂きますよ。

 

「ま……てぇ……!」

 

 

 セルバンは黒炎に呑まれ……消えた。

 

 

「ぐぅっ……!」

 

〈御主君!?〉

 

 

 一歩踏み出した足が膝から折れ前に体が倒れる。

 

 

「宏壱君!」

 

 

 咲が受け止めてくれたが、意識が遠のいていく。俺の体を光が包み、『グロウ』の魔法が解けたところでプツンと意識が切れたのだった。




さて、誘拐事件はこれにてひとまずの閉幕です。色々な問題が残ったままですが。
正体はばれたし、マキア・セルバンは取り逃がしたし……問題だらけですね。
まだマキア・セルバンが起こした事件は続きます。いつ原作入んねん!って話ですね。100話までには入るかな、と思うのですが……まだやりたいことが幾つかありまして……お付き合い願えたら嬉しいです。

では、また次回お会いしましょう!


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第三十六鬼~赤鬼と悔しさ~

side~宏壱~

 

「ぐっ……あ……」

 

「……あ! 山口さん! 目が覚めましたか? 今、先生をお呼びしますね」

 

 

 誰かの声が聞こえ、直ぐに戸を開く音が聞こえた。

 

 

「ここ……は……?」

 

 

 霞む視界に映ったのは白い天井だ。痛む首を回せば清潔感が漂う真っ白な壁が見え、薬品の独特の臭いが鼻を突き、ドラマや映画でお馴染みのPi、Pi、Pi、Piと電子音が部屋に響く。

 

 

「俺……は……」

 

 

 意識はものを考えられる程度には回復した。何があったかも……覚えている。

 

 

「油断……か……」

 

 

 そうだ。最後のあれは油断だった。確実に勝てる相手に、調子に乗って攻撃する隙を与えてしまった。嘗て英雄と呼ばれた。鬼と恐れられた。それがこの(ざま)だ。未熟者……、その言葉が脳裏に浮かぶ。

 これから、被害者が増えるの確実だ。暫くは向こうも動けんだろうが、俺も当分は厳しいな。体中が軋み鈍痛がして頭も痛い。

 自分の状況を把握していると、外から複数の気配が近付いてくるのを感じた。

 ノックがしてドアが開く。入ってきたのは青髪をボブカットにした女医と一人の看護師、女医の胸元にあるネームプレートには神経内科・石田幸恵と書かれていた。……何で神経内科だよ。

 

 

「山口さん、聞こえますか?」

 

「…………あ……あ」

 

 

 俺が寝ているベッドの横まで来て話し掛けてきた女医に返す。口を動かすだけで痛いな。

 

 

「今、あなたの担当医は席を外しています。それで、私が来ました」

 

 

 俺の視線が胸元のネームプレートにいっているのを見てそう言った。

 

 

「俺……が……運び……込ま……れて……どれ――「喋らないで下さい。人工呼吸器も外れていませんから」――……」

 

 

 道理で喋り辛いと思った。しかし、この街美人多すぎないか? 目の前の女医も大概だぞ。

 

 

「あなたが運び込まれて二日経ったのよ。宏壱君」

 

 

 急にフランクになったな。だが、二日……か。一月とかなら焦ったが、その程度ならどうとでもなるな。

 ……そういや、無限は何処にいった? 真っ先に声を掛けてくると思うんだが。

 と、考えていると複数の気配がこの部屋に近付いてくるのが分かった。戦闘の直後(俺の感覚では)だからか、体はまともに動かなくとも気配に敏感になっている。

 

 

「石田先生、遅れて申し訳ない」

 

 

 ドアをノックして入ってきたのは、白衣を着た細身の男で年頃は20代ぐらいか? いや、桃子さんや士郎さんの例があるからな、それは信用できねぇな。それと士郎さん、恭也、美由希、咲、千冬、束、忍嬢とすずか嬢、メイドさん二人……凄まじい形相で俺を睨む愛紗だった。

 

 

「君たち出ていってもらえるかな? 患者と話がしたいからね」

 

「ですが、大宮先生。彼は――」

 

「分かっているよ。だから、現場に居合わせた彼の知人と彼のお姉さんを呼んだんだ。彼には、頷くか首を横に振るかで答えてもらうよ」

 

「そうですか……分かりました。じゃあ宏壱君、お大事にね」

 

 

 去り際にそう言った石田医師に頷きを返すと、満足したように笑って一緒に入ってきた看護師を連れて部屋を出る。

 

 

「では、話を――「大宮殿、少し待っていただきたい」――……余り患者に無理はさせたくないのですが、関さん」

 

「あに……こ、宏壱……殿なら大丈夫です。こう見えて頑丈ですから」

 

「それは、治療した段階で分かっています」

 

「では、問題ありませんね」

 

「………はい」

 

 

 おい、言い包められるなよ。流石に今の愛紗は俺でも怖いぞ。

 

 

「あに……こ、宏壱……殿」

 

 

 普段は兄上だもんな。意気なり名前呼びってのは恥ずかしいか。顔を赤くしてベッドの横まで来て俺を見る愛紗に、これが怒りで赤くなってるんじゃないといいな、と現実逃避しながら苦笑を返す。顔の筋肉を動かすだけで痛い。

 

 

「貴方は……」

 

 

 静かで、何かを堪える声。怒り、悲しみ、悔しさ、そんな感情が愛紗の中で渦巻いているのが分かる。

 

 

「貴方は……!」

 

 

 愛紗はガッ、と俺の胸ぐらを掴んで無理矢理起こす。繋がれていたケーブルや人工呼吸器が外れてPiーーーーっと電子音が響く。

 

 

「ちょっ、関さん!――「割り込まないでいただきたい!」――っ!?」

 

 

 騒然と慌ただしくなるも、愛紗の怒声で静かになる。愛紗の気に当てられて全員動けないようだ。

 どうでもいいが、すげぇ体痛いし、呼吸し辛いんですけど……。

 

 

「これは、我らの問題です! 部外者の口出しは無用!」

 

「……ぶ、部外者じゃありません!」

 

 

 そう返したのはすずか嬢だった。見た目気弱そうだが……相当に肝が据わっているらしい。

 

 

「すずか」

 

 

 普段は見せない姿なのか、忍嬢が驚いてすずか嬢を見ているのが愛紗の肩越しに見えた。

 

 

「山口さんは私を守って傷付いたんです。だから、私は――「それに文句があるわけではない」――……え?」

 

 

 すずか嬢の言葉を遮って、愛紗は俺の目を見続ける。

 

 

「それが問題ではない。この方が目の前で失われようとする命を黙って見ている筈がないのだ」

 

 

 愛紗の目に涙が浮かび始める。こっちの世界に初めて来たとき以来か?

 昔は、雷だとか地震だとかお化けだとかでよく泣き付かれたものだが、今じゃめっきりそんな事もなくなって、涙を見せる事はなかったが……ここで泣かせるのか俺は。

 

 

「何故です……?」

 

 

 愛紗の手に力が込もる。

 

 

「何故……相談して下さらなかったのですか……!」

 

 

 何となく見えてきた愛紗の怒り、悲しみ、悔しさ、その感情が向けられているのは俺ではなく……。

 

 

「まだ、足りませんか……?」

 

 

 愛紗の頬を伝う涙は、自分に対しての不甲斐なさの表れだ。

 

 

「まだ、我らには力が足りませんか……?」

 

 

 拭うこともせず、俺から顔を逸らすこともないし、俺にそれを許しもしない。

 

 

「我らは、貴方に守られるだけの存在ではなくなりました……! 貴方に守られるだけのヒヨッコではもうないのです……兄上! 実の兄を失い、泣いていただけの私では……!」

 

 

 止めどなく流れる涙は愛紗の心だ。

 

 

「貴方に救われた……! 貴方に守られてきた……! 貴方に生きる意味を与えてもらった……! 貴方に鍛えられ、生きる術を教わり、仲間を想いやる心を学び、貴方に正義とは何かを教わった……!」

 

 

 頼ってくれない悔しさ、それが愛紗の……いや、恐らく愛紗だけじゃない。桃香も鈴々も菫や要にも皆の心にこの想いはある筈だ。

 

 

「だから、貴方を守りたいと……せめて、背中だけでも守れるようにと力を付けたのです……!」

 

 

 そして、言わせてはならないことを俺は彼女に言わせてしまう。

 

 

「それが……無駄だったと言うのですか……?」

 

「っ!?」

 

 

 頭を鈍器で殴られたような錯覚に陥った。今までの自分を否定するような言葉……これは、言わせてはならなかった。自分の不甲斐なさに腹が立つ。テメェの愛した女が目の前で泣いているのに黙って見守り、心情を吐露させる事が今の最善だと高を括った自分に嫌気が差す。

 

 

「……ち……が……」

 

 

 言葉が出ない。痛みで筋肉が強張っている。息も苦しい……だが、そうも言っていられない。ここで男を見せねぇと大切なものを失うことになる。苦しい? 愛紗達の方が苦しかった筈だ。痛い? 愛紗達の方がもっと痛かった筈だ。

 自分達の知らないところで俺が傷つくことが、頼られないことが……!

 俺ならごめん被る。何も出来なくてもせめて知っておきたい。そんな、単純なことさえ分からないとは……これは幾らなんでも、愛紗達に甘えすぎだろう。

 

 

「私は、私達は……貴方と共に歩きたい……!」

 

 

 治癒魔法は苦手なんだけどな。一部分、顔と喉、胚周りなら何とかなるか……? 思い付いたら即行動だ。考えるだけじゃ何も始まらん。魔力を集中させる。

 

 

「……ちがう」

 

 

 何とか成功だな。まだ痛みはあるが、喋れないほどじゃない。

 

 

「そうじゃない。俺は、お前らが心配ないようにと――「心配したいのです!」――……分かってる」

 

「分かっていません! 我らは皆、貴方を愛しています! 貴方から愛されていることも……分かっています! ですが」

 

 

 痛む手を俺の胸ぐらを掴む愛紗の手を握り優しく擦る。

 

 

「分かってるよ、愛紗。俺は……バカだから、お前にここまで言われないと気づけなかった。大事な時期だから、懸念材料は少ない方がいいと思ったんだ」

 

 

 今も尚涙を流す愛紗の目を見る。鋭く研ぎ澄まされた清い目だ。芯の通った、曲げぬと誓った目……だが、今は不安で揺れている。

 

 

「それでも、話すべきだったんだよな。ごめんな……何も聞かないお前らに甘えてたんだな。俺は」

 

「あに……うえ…………兄上ぇ!」

 

「ぐえっ!」

 

 

 急に感極まったように抱き締められ、蛙の潰れたような声出る。痛い……めっちゃ痛い。でも、我慢……だよなぁ。ここまで泣かしたんだから。はぁ……桃香達もこんな感じか? これを繰り返すことになるのか、自分の蒔いた種だから仕方ないと言えば仕方ないが……。

 ……今、思い出したんだが何で愛紗が居るんだ? 向こうは大丈夫なのか?

 

 

「こほんっ! 関さん、そろそろよろしいですか?」

 

 

 黙って状況を見守っていた大宮医師……よく見れば士郎さん達と行ったバーベキューの時にいた大輝少年の父親の大宮義俊(おおみやよしとし)さんだった。

 

 

「っ……申し訳ありません、大宮殿。もう大丈夫です」

 

 

 涙を袖で拭い、愛紗は俺から離れて控えるように横に立つ。

 

 

「後は家でお願いしますよ」

 

 

「さて」と場を仕切り直すように言った後、俺の目を真っ直ぐ見て……。

 

 

「宏壱君と呼んだ方がいいかな? それとも宏壱さんと呼んだ方がいいですか?」

 

 

 そう言った。




今回は短めですが、切りがいいので切らせていただきます。

愛紗が帰ってきた理由は、語られるかどうか微妙なので補足しておきます。
家に居る男を放置する訳にはいかないので、桃香が愛紗を呼び戻したと言うだけです。当然、桃香や雛里も駆け着けたかったでしょう。ですが、雛里だけを置いて来れば男が目を覚ました時、何かしらの敵対行動をとれば対処しきれませんし、容態に変化があれば医学の知識の無い桃香ではどうもできません。

後は、宏壱に対する説教の意味も強いです。他の恋姫でもよかったのですが、何となく愛紗が適任かな、と思ったことも理由ではあるんですけどね。

では、また次回お会いしましょう。


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第三十七鬼~赤鬼、魔導師・山口宏壱~

side~宏壱~

 

「宏壱君と呼んだ方がいいかな? それとも宏壱さんと呼んだ方がいいですか?」

 

 

 まぁ、当然か。今の俺の姿は子供、本来の姿で魔法はとっくに解けてるからな。恭也も美由希、千冬、束、忍嬢とすずか嬢もその瞬間を見ている筈だ。

 士郎さんと咲に視線を向けると……首を横に振られた。説明はしてないってことか。この分だと愛紗も同様だろうな。

 

 

「どっちでも構わねぇよ。両方俺なんだからな」

 

「……そうか。では、宏壱君、単刀直入に聞かせてもらう……君は、君達は何者だ?」

 

 

 君達ってのは、俺と愛紗のことか?

 何処まで話すべきなんだろうな、これは……。愛紗は完全に俺任せで沈黙してるし、どうしたもんか。

 

 

「あー、あれだ、所謂魔法使いってやつだな」

 

「魔法使い? そんなの――「アンタらだってただの人間じゃないでしょ」――っ!?あなた、どうして……!」

 

 

 忍嬢の言葉を遮って言うと、忍嬢とすずか嬢が目を見開く。驚くことか……?

 

 

「どうしてってそりゃあ、なぁ?」

 

 

 愛紗に同意を求めれば頷きが返ってくる。

 

 

「どこが、とも言えませんが気配が違います」

 

「あと、血の臭いな」

 

「「……え?」」

 

 

 さっ、と顔が青くなる忍嬢とすずか嬢。余り触れて欲しくない部分だったか……? でもなぁ、避けるのは難しいし……気にせずいこうか。考えるのが面倒臭くなってきた。

 

 

「口周り、口臭上手く誤魔化してるみたいだけどな。俺らみたいな奴には直ぐ分かるぞ、それ」

 

「「っ!?」」

 

 

 二人揃って口を押さえる。それしちゃあ、そうですって言ってるようなもんだろ。

 

 

「っと、だいぶ回復したな」

 

 

 ベッドから下りてぐっぐっと屈伸をしたり、軽いシャドーをしたり体の具合を確かめる。暫く安静にとも思ったが、やっぱり寝てるわけにもいかねぇしな。回復魔法を掛け続けりゃ、ある程度の戦闘も出来るようになるだろう。

 

 

「よしっ!」

 

「いや、ちょっと待ってくれ」

 

 

 グッと手を握ったところで声を掛けられた。

 

 

「あん?何だよ……大宮さん」

 

「もう、回復したのか? 一ヶ月は安静にしていないと……」

 

「言ったろ。俺は魔法使いだ、傷を治療する……正確には自己回復を早めるんだけどな。まぁ、それくらい出来るってこった」

 

 

「苦手分野ですけどね」と愛紗が補足を入れる。その情報はいらんだろ。

 

 

「そんな素振りはなかったが」

 

「相手にばれないようにするのも技術の内だ」

 

 

 完治までは出来ないが、鍛練するのに支障はないレベルまでの回復は出来る。……あと二、三日は掛かりそうだけどな。

 

 

「……あなたはどうも思わないの?」

 

 

 恐る恐ると忍嬢が問い掛けてくる。顔色は良くはないが、確りと俺の目を見て受け入れる体勢だな。それはすずか嬢も一緒だ。

 

 

「怖くないかって?」

 

 

 ベッドに腰掛けながら聞き返せば、頷きだけが帰ってくる。忍嬢の脇に控える恭也の目が、虚は許さないと語っていた。

 

 

「どうも思わねぇな」

 

「どうもって」

 

 

 ここで目を逸らせば、俺の言葉は嘘になる。実際どうも思ってないし、そもそも忍嬢とすずか嬢が何者かも知らないんだけど……。

 

 

「……あ」

 

「咲?」

 

 

 何かに気づいた咲が声を漏らし、傍にいた美由希が声を掛ける。

 

 

「宏壱君」

 

「ん?」

 

 

 それを無視して、咲は俺に声を掛けてきた。

 

 

「二人は吸血鬼なんだって」

 

 

 全員が「あ」と声を漏らす。俺が知らない事が頭の中になかったらしい。まぁ、明らかに俺が知ってる前提で話が進んでるから、どこか噛み合わないと思ってたんだよな。

 

 

「吸血鬼、ねぇ……で?」

 

「「……え?」」

 

 

 呆けた声を出す忍嬢とすずか嬢。

 

 

「だから、それがどうしたって聞いてんだよ」

 

「どうって……その、怖くないの?」

 

 

 忍嬢は隣にいる恭也の手を握って躊躇いながら聞いてくる。

 

 

「私達は、バケモノ……なんですよ?」

 

 

 忍嬢に続くようにすずか嬢も問うてくる。その手は服の胸部を握っていた。

 聞くのが辛いくせに、聞きたがる奴っているよな。周りばかり気にして、歩調を会わせて、顔色ばかり伺って、それでいていつも何かに怯えている奴。

 バケモノ……何て言葉を自ら口にして、いっそ罵ってくれた方が楽だと考える。すずか嬢はそんなタイプか。泣きそうな顔をして昨日今日知り合ったどころか、(俺の感覚では)会って一時間も経ってない奴からの印象まで気にする。そんなことをしていれば、いつか潰れるぞ。

 つっても、千冬と束は向こう側にいるわけだし、恭也……は元々知ってそうだな。忍嬢から全幅の信頼を寄せられている。士郎さんも咲も美由希も受け入れたんだろう。高町家はお人好し連中だからな、桃子さんやなのはも関係ないと受け入れる可能性の方が高い。絶対を付けてもいいかもな。

 

 

「はぁ、そもそもだ」

 

 

 ベッドに下ろした腰を上げ、誰も反応できない速度ですずか嬢の前まで移動する。足がすんげぇ痛いけど、我慢だ。

 

 

「っ!?」

 

 

 目を見開くすずか嬢と息を呑む音が病室に響く。俺は、周りを気にせずに胸の前で服を握っているすずか嬢の右手を取り耳元に口を寄せる。

 

 

「お前ら以上のバケモノである俺が、脅威にもならねぇお前らを怖がる必要性がないだろ?」

 

「――っ!?」

 

 

 耳元でそう囁いて顔を離すと、首筋まで赤く染めてすずか嬢は体を震わせる。

 

 

「っ!」

 

「恭也っ!」

 

 

 忍嬢の悲鳴にも似た声が病室に響いた。恭也が殺気を放ちながら(何かあった時のために)持ってきていた木刀を俺に向けて振るった。しかも、俺が避ければすずか嬢に当たる軌道で……。

 

 

「鉄塊」

 

 

 避けることも出来るが、確実に分かってやってるよな。感情に任せて周りを見ずにがむしゃらに攻撃とかありえねぇし……。

 横凪ぎに振るわれた木刀は――バキィッ!――と俺の側頭部を打つが、半ばで折れて木片を散らす。恭也は折れた木刀を捨てて、袖の中に隠していた小木刀を出し振り上げる。

 

 

「その腕を下ろせば、貴様の首を絶つ」

 

「っ!?」

 

 

 それが振り下ろされる前に、愛紗が自身のデバイスである『青龍偃月刀』を展開して恭也の背後を取り首に添える。

 

 

「愛紗」

 

「……」

 

 

 愛紗は無言で恭也の首からそっと『青龍偃月刀』を離して待機モードに移行する。

 

 

「恭也……俺を試したのか?」

 

「……え?」

 

「……」

 

 

 慌てたのは忍嬢と、力が抜けたのか俺の胸に寄り掛かるすずか嬢だけで、他の連中は理解している風に動く素振りを見せなかった。咲は俺ならどうとでも出来ると思ったのかもしれんが……。

 

 

「すまない。すずかを置いて避ければ、俺の何を捨てでも切るつもりだった」

 

「つまり、おメガネに適ったってことでいいのか?」

 

「いや、貴方にそれほど偉そうなことを言うつもりはない」

 

 

 こいつは俺がガキだと分かっても態度を変えねぇな。それは士郎さんも同じなんだが、なんと言うかこう……むず痒いものがあるな。

 

 

「しかし、そのまま受けるとは思わなかった。何をしたんだ?」

 

「束さんも、束さんも知りたいなー。コーくん教えて?」

 

 

 恭也の言葉に便乗して、束が右手を上げて言う。

 

 

「あー、何か俺に話があるんじゃなかったっけ?」

 

「これも、君が何者か?という問いの一部になると思うが?」

 

 

 大宮さんの返しに「そうかい」とだけ返して、近くにあった丸椅子を引き寄せてすずか嬢を座らせて再びベッドに腰掛ける。正直、立っているだけで筋肉がジクジクと痛む。

 

 

「はぁ、聞きたいか? そんな話」

 

「私も興味がある」

 

「あの……私も」

 

 

 千冬と美由希が俺の言葉に答えたが、他も興味津々だな。好奇心を隠しきれてないぞ。

 なんか、今年入ってから説明ばっかしてねぇか?……別にいいんだけどさ。

 

 

「んじゃ、まず六式からだな。もう一気に全部言うから質問は受け付けないぞ」

 

 

 全員が頷くのを確認して語る。

 

 

「六式ってのは、俺が親父から教わった技術だ。親父いわく、山口家に伝わる古流武術らしい。そんな文献みたいなのも残ってなかったから実際はどうかしんねぇけどな。

 で、六式は名前の通り六つの技を基礎にしてるんだよ。

 一つ、指銃……こいつは単純だ。弾丸のような速さで指を一突きする」

 

 

 実演として病院食を乗せるトレイに放つ。すると、見事に穴が空き向こう側がよく見えるようになった。

 

 

「応用は色々と利くが、こいつ単体だと決定打に欠ける」

 

 

 取り合えずこの机はあとで弁償しよう。

 

 

「二つ、素早く蹴りを繰り出すことによって鎌鼬を発生させる嵐脚。三つ、瞬間的に地面を十数回蹴ることによって生み出した瞬発力で移動する剃。4つ、空中を力強く踏み込むことで空中歩行を可能にした月歩。五つ、宙に浮かぶ紙のように相手の攻撃を躱す紙絵。そしてさっき見せた自分の肉体を鉄のように硬化させる鉄塊。これら全てが六式の基本だ」

 

 

 ゴクリ、と誰かの喉がなった。作り話に聞こえるだろうが、実際に鉄塊と指銃は目の前でやって見せた。

 

 

「俺はこの中で剃と鉄塊を得意にしている。たった六つの技だがそこからの応用は利く上に、どれ一つとっても超人的なものだ。二つを使えるだけでも常人を遥かに超えた力を得ることは必須だな」

 

「それが君の強さの一端か……修得するのにどれほどの鍛練を積んできたんだ」

 

 

 士郎さんの言葉は正しい。当然、楽ではなかった。才能の無い俺が全部を身に付けるのは、それこそ一生を費やしても無理だったからな。

 

 

「君自身の腕っぷしが強いのは分かった。だが、魔法使いというのは……?」

 

「正確には魔導師だな」

 

「魔導師?」

 

「違い、は特に無いか。ただ、俺達が使う魔法ってのは科学の延長線上のものだ。神秘の力じゃない。演算と情報処理、物理化学とか力学的、時には生物学なんかも必要になる」

 

 

 興味深そうに話を聞くのは束と忍嬢、すずか嬢の三人で他は余り興味がなさそうだな。士郎さんと大宮さん、恭也、咲、千冬は真剣に聞いているが、美由希は頭から湯気が出ちまってる。

 生物学が必要なのか?って思う奴もいるだろう。

 違法研究でされていることは、基本が遺伝子組み換え、生物構造の変異化とか見ていて気分の良いものじゃない。脳をいじられて洗脳みたいなことされてる奴もいりゃあ、自暴自棄になって襲ってくる奴もいる。そういうのを保護したりするんだが、体を治すまでには至らず自害する奴も多い。だから、魔法でなんとかできねぇかと、うちの軍師を中心に目下勉強中って訳だ。

 

 

「あ、あの杖ってあるんですか?」

 

「すずか嬢、いい質問だ」

 

 

 気になるよな。魔法使いと言えば魔法の杖……これは恐らく世界の共通認識だろう。

 

 

「俺達にとっての杖ってのは、愛紗がさっき見せた……」

 

 

 そこで、愛紗が『青龍偃月刀』を展開してみせた。

 

 

「それとか。俺が戦闘中に使った……あー、無限どこだ?」

 

「私が預かっていました」

 

 

 愛紗が細長いケースを取り出して開くと、十中心に黒く輝く宝石が填められた字架のネックレスが納まっていた。

 

 

「無限、展開だ」

 

〈……〉

 

「無限?」

 

 

 愛紗から受け取ったケースから出して呼び掛けるも反応を返さない。

 

 

「無限さ~ん……無限ちゃ~ん……無限さま~……無限お嬢様」

 

 

 最後ので一瞬点滅を示した宝石部分だが、また直ぐに沈黙する。

 

 

「拗ねているのですよ」

 

 

 幾度か呼び掛けるが、反応を返さない無限にどうしようかと手を考えていると愛紗がそう囁いた。

 ああ、そうか。なんの相談もせずにフォースを発動したことに怒ってるのか。

 

 

「宏壱さんは誰に話し掛けているんだ?」

 

「しっ! 恭也黙ってて!」

 

「あ、ああ」

 

 

 何てやり取りが忍嬢と恭也の間で行われたが、今は無限に集中することにする。

 

 

「あー、無限、俺が悪かった。今度はちゃんと相談するようにする」

 

〈……〉

 

「絶対……とは言えないけどな。それでも、なるべく相談し合うことを心掛ける」

 

〈……断言できませんか?〉

 

 

 やっと言葉を交わしてくれた。その事にほっ、と安堵の息をつく。

 

 

「ああ、出来ない」

 

〈……〉

 

「だが――〈いえ、結構です〉――……そうか」

 

 

 ピシャリと言葉を遮られる。言葉は厳しめだが、語調も特にキツいものではなく、ただ遮ったというだけだ。

 

 

〈貴方が、そういう方だということは知っていますから〉

 

 

 無限は〈ですから〉とそこで言葉を切り……。

 

 

〈我々が、この場にはいない刃と共に貴方を支えてみせますよ。我々が〉

 

 

『我々が』を強調して続けた。

 

 

「ほう……無限、それは私への当て付けか?」

 

〈そう取るのは貴様の勝手だ。関雲長〉

 

 

 ……何で喧嘩腰だお前ら。

 

 

「此処で切り捨ててもよいのだぞ」

 

〈やってみせろ。貴様のなまくらで切れるほど、赤鬼の矛は柔ではないぞ〉

 

「以前から気にくわなかったのだ。兄上の全てを理解しているような態度が!」

 

〈貴様こそ、劉玄徳を差し置いて正妻気取りなところが気に食わん!〉

 

 

 ヒートアップする二人と目が点になるギャラリー。偉人の名を出しすぎだ。周りが置いてけぼりだぞ。

 

 

「お前ら仲良いな」

 

「〈誰が!〉」

 

 

 端から見ている分には問題ないんだけどな。ちょっと面倒事を増やしてくれたことにイラついてることを、気づいてほしいなぁなんてな。

 

 

「関雲長……だと」

 

 

 やっぱりそこだよなぁ。と、事をばらした二人を見る。……睨むとも言うな。

 

 

「これ以上はややこしくなるから、お前ら喋んな」

 

「……申し訳ありません」

 

〈……元はと言えば御主君が〉

 

「あ゛?」

 

〈いえ! 何でもありません!〉

 

 

 ことの重大性に気付いた愛紗は謝り、自分に非はなく俺が悪いと言う無限。ちょっと凄んでみせたら速攻で何でもないと否定してきた。

 

 

「ったく。……説明はしねぇぞ。話すのは俺らの過去の話じゃねぇ、何者かって事だろ」

 

「そう、だね。聞くのはまたの機会にしよう」

 

 

 結局、聞く気じゃねぇか。と思わなくもないが、今の士郎さんの言葉が釘を刺す形になったのは助かった。聞きたそうにしていた連中(すずか以外)の質問攻めに遇うところだった。

 

 

「はぁ、無限。グローブモード展開」

 

〈Globe Mode〉

 

 

 左手が深紅の光に包まれて稲光が走る。小さく放電しながら光が弾け飛ぶと、そこには手の骨に沿うようにして深紅のラインが引かれた黒いグローブ、徒手格闘用のモードの無限があった。

 

 

「おー、すごいすごい!」

 

「……目を疑う光景だな」

 

 

 声を上げたのは束と千冬だった。他は兎も角として、この二人と士郎さん、恭也は感情を隠すのがやけに上手い。千冬は顔には出ない代わりに態度に出るみたいだけどな。

 

 

「これが、俺達魔導師の使う魔法の杖、デバイスだ」

 

「デバイス……?」

 

 

 「ああ」と疑問を呈した忍嬢に頷いて説明を続ける。

 

 

「こいつが演算と情報処理を進行して魔法の術式を組み上げ、魔法の発動までの手助けをしてくれる。こいつがなくても出来なくはないが、脳への負担がその分大きくなり発動までの時間が延びる上に大規模な魔法の使用が極めて困難になる」

 

 

 一度息をついて、再度説明に戻る。

 

 

「実際のデバイスは愛紗の『青龍偃月刀』のような武器然としたものじゃなくて、もっとごつごつとした機械が付いているが、俺達が持つデバイスには一切無い。これが普通だとは思わないでくれよ?」

 

 

 言いながら左腕を上げて振り下ろすと一瞬の発光、それは数秒と掛からず収まりグローブが漆黒の刀に姿を変えていた。

 

 

「ソードモード、デバイスには幾つかのモードが備わっている場合がある。俺のデバイス、無限って言うんだが、こいつにも二つのモード、グローブモードとソードモードがある」

 

 

 全員によく見えるように無限を肩まで上げる。

 

 

「日本刀みたいだな」

 

「モデルはそうだからな」

 

「コーくんコーくん」

 

 

 俺の名前を連呼しながら近付いてきた束が、ベッドに腰掛ける俺の視線の高さに顔を合わせ目を見る。

 

 

「それ貸して?」

 

「断る」

 

「えー、ブーブー」

 

 

 無邪気な笑顔を見せて言う束に即答で返すと、頬を膨らませブーたれる。ガキか!

 

 

「はぁ、このくらいでいいだろ? 流石に体が重いんだ。休ませてくれ」

 

 

 無限をネックレスに戻して言う。いくら回復させていると言ってもダルいものはダルいんだ。いい加減休みたい。

 チラッと病室の壁に掛けてある時計を見れば21時を回ったところだった。

 

 

「そうだね。そろそろお暇しよう」

 

「じゃあ宏壱君、明日また来るね」

 

 

 士郎さんと咲が出て行くのを皮切りに、他の皆も一言口にして出ていく。

 

 

「あの……宏壱……さん、でいいですか?」

 

「ああ、すずか嬢。そう呼んでくれて構わない」

 

 

 部屋に残ったのは忍嬢とすずか嬢だった。愛紗は、まだ向こうでやることが残っていると、士郎さん達に続いてこの部屋を出ていった。

 

 

「私もすずかって呼んでください」

 

「分かった。すずか……これで良いか?」

 

「はい!」

 

 

 華が咲くような、とは正にこの事かと思わせる満面の笑顔だった。少し照れが入っているのか、仄かに頬を赤く染めているのもすずか嬢……すずかの可愛らしさを際立たせている。

 

 

「すずか」

 

「うん」

 

 

 忍嬢がすずかにそっと声を掛ける。すずかは俺の前まで歩いてきて……勢いよく頭を下げると――ゴチッ!――そんな音が部屋に響いた。

 

 

「あぅっ!?」

 

 

 額を押さえ踞るすずかに呆れた視線を送る忍嬢と俺。

 

 

「地味に痛いんだが……俺に頭突きをかます為に残ったのか?」

 

「い、いえ! 違いますっ! ごめんなさい!」

 

 

 涙目のすずかは顔の前で手を振り否定すると、今度は数歩下がり頭を下げる。

 

 

「ありがとうございますっ!」

 

 

 何の礼だ?とは思わない。助けたこと以外に理由はないだろうからな。

 

 

「どういたしまして。礼は受け取った。まだ夜は物騒だ。早く帰れよ」

 

「はい」

 

「お大事に」

 

 

 二人が出て行くのを見送ってベッドに横になる。

 そういえば、大宮さんが何者かって話を聞いてなかったな。何でこの場にいたのか、彼は人間か、それとも別のナニカか……。考えても分からないことは本人に聞くのが一番だな。全部明日だ。今日はもう疲れた。

 

 

「おやすみ、無限」

 

〈御主君、お休みなさいませ〉

 

 

 瞼を閉じ眠りにつく。体は本当に疲れていたようで、夢を見ることもなく熟睡できた。

 ただ、俺はこの事を一生後悔することになる。敵が他にも居ることを失念し、数日は動けないだろうと高を括ったことを……。

 

 俺の油断が、八神はやてから家族を奪う一因になったことを……。




執筆を一日開けたらネタが浮かんでこなくなりました。え?何これ?って感じです。書きたいものも忘れると言うまさかの展開に「これがスランプか!」と戦慄したんですけど、読み返せば何を書きたかったか思い出せたのでそこまでじゃなかったみたいです。良かった良かった。

語られませんでしたが、千冬と束がここにいる理由は学校が終わって直ぐに来た。それだけです。この後、彼女らは電車に乗って帰ることになります。

では、次回またお会いしましょう


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第三十八鬼~赤鬼と誓い~

side~宏壱~

 

 士郎さん達への説明をして三日、あれから毎日士郎さん、恭也、美由希咲、忍嬢、大宮先生、束が見舞に来てくれた。千冬は剣道大会が近いからとそっちを専念するそうだが、手紙を書いて束が持ってきてくれる。

 ガキの俺にも態度を変えない彼らはどれだけの度量があるのか。

 まぁ、見舞に来る度に色々説明する時間が取れたのは良かった。今この海鳴で何が起きているのか、俺が見せた魔法と咲が見せた魔法(俺が着く前に使っていたらしい)の違い、デバイスの話、一通り話せることは話した。

 それと、大宮先生の話も聞けたな。彼は月村家の主治医で良質な輸血パックを売ってるらしい。主治医、と言っても傷なんて直ぐ治るもんだから、輸血パックの横流しを条件に、海鳴大学病院に投資してもらってるとかなんとか。

 

 閑話休題

 

 あれから三日後の現在は4時をちょっと過ぎた頃。俺は自分の病室……ではなく、別の一室に来ていた。

 

 

「……はやて」

 

 

 ここは俺が運び込まれた病院、海鳴大学病院のとある一室。個室になっているその部屋の主はボブカットの愛らしい少女、八神はやてだ。

 はやては今、穏やかな寝息をしてその小さな胸を上下させている。

 彼女がここに運び込まれたのは、恭也達に魔導師だと説明した5時間後だった。

 事故……だったらしい。何処かへ旅行に行った帰りだったと、警察の人間が説明してくれた。八神夫妻は身寄りもなく、二人共頼るものがいない天涯孤独だったらしい。そこで、事態を聞いた俺が『グロウ』で大人モードになり駆けつけ知り合いだったと言うことで説明を受けた。

 対向車が八神さんの運転する車に正面からぶつかって来たらしい。相手の運転手の男と八神夫妻は即死、はやては八神夫人の腕の中で守られ奇跡的に無傷だった。ただ、強く肺が圧迫されたらしく、一種の呼吸困難に陥り意識不明の状態だ。

 

 

〈この痕跡は……〉

 

 

 無限がはやての周囲から感知できる力……いや、感知できてしまった力の流動を解析していたところだった。

 普通なら肉親でもない俺が、運び込まれて間もないはやてに会うのは不可能だが、大宮さん……大宮先生が口を利いてくれたらしい。

 彼はそれなりの発言力があるらしく、院長を頷かせてくれた。

 

 

「……終わったか?」

 

〈……はい。八神はやての周囲に漂う微量な力の残滓、その照合が終了しました〉

 

「どうだった?」

 

〈……一致しました。一連の事件のものと細部は違いますが、流れの傾向、脈動、波紋、どれも彼奴らの放つ力の流動と非常に似通っています〉

 

 

 つまり、今回の事故はデカブツが起こしたもので間違いないってことになる。相手の運転手は既に死んでいたか、八神さんが襲われたのか……どちらにしろ、はやてがこんな目に遭ったのは俺に責がある。

 昨日、警戒していれば現場に駆けつけることは可能だったかもしれない、それ以前にセルバンを殺せていれば、こんな事には成らなかったかもしれない。そして……。

 

 

――マナ……いっぱい…人殺しちゃった。お母さんも……お父さんも……ひっく、みんな泣いて…た!……うっく……みんな怖がってたの……!

 

 

 マナが言った言葉、これの意味することは自分の両親を手に掛けた。そういうことなんだろう。

 もしも、もしもあのデカブツが死者の魂を使って生み出されたモノだとして、八神夫妻が……何て事も有り得るかもしれない。そうなれば、彼らは何を狙う? 誰を狙う? 考えたくはない。考えたくはないが、可能性としては捨てきれないのも事実だ。その時は……。

 拳を強く握り締めたところでノックが聞こえた。扉の外には複数の気配。士郎さん達だ。

 

 

「失礼します」

 

 

「どうぞ」と声を掛けると昨日の愛紗と千冬、束、すずかを除いたメンツが部屋に入ってくる。

 

 

「どうしてここに?」

 

「ここに来ていると、大宮さんに案内してもらったんだよ」

 

「そうか」

 

 

 顔を見ないままに話を続ける。

 

 

「士郎さん、翠屋の方はいいのか?」

 

 

 今朝、テレビのニュースでやっていたことを思い出して聞く。

 

 

「今は何も出来ないからね」

 

「……そうか」

 

 

 結構物が壊れたし、取材なんかで五月蝿いらしいからな。

 あの事件は、当然大きなニュースになった。テレビ局や新聞記者が連日押し寄せてきて、修理工事もなかなか進まないらしい。聖祥まで押し寄せなのはとそのクラスメイトにも取材をするしまつ……。熱意は買うが少しやり過ぎな気もするな。

 

 

「……宏壱君、この娘は?」

 

 

 俺が見ているベッドの主を、俺の肩越しから覗きこんだ士郎さんが聞いてくる。

 

 

「八神はやて、俺の……友達だ」

 

「えっ!?」

 

 

 咲が驚きの声を上げた。

 

 

「咲、何だ?」

 

「ぁ……ううんっ!何でもないよっ、何でも」

 

 

 咲は誤魔化すように「あはは」と笑う。

 一体なんだ、はやてに何かあるのか? 魔力を感知したのか? だが、名前に驚いた感じだったな……。分からん。

 

 

「事故か?」

 

「ああ、警察の話では対向車が車線を越えて正面からぶつかったらしい」

 

「ご両親は?」

 

「即死……だそうだ。相手の運転手もな」

 

 

 恭也の質問に静かに答えてゆく。俺の考えが正しければ、はやては今かなり危険な状況だと言っていい。集中を切らすわけにはいかない。

 

 

「……お前らが暗くなる必要はなくないか?」

 

 

 全員が黙って部屋の照明と言うか、明るさが落ちた気がする。

 

 

「……だけど、この娘の親は」

 

「ああ、居ない。だけどな……俺が、俺達が寂しい思いはさせない」

 

 

 そこで振り返り、全員の顔を見る。

 

 

「そうか、何かあったら俺にも言ってくれ。力になるぞ」

 

「すずかと会わせてあげるのも良いかもね」

 

「もう一人娘が増えるくらいなら構わないよ」

 

「父さん……それじゃあ家の改築が必要になってくる」

 

「良いんじゃないかな? 家族が増えると楽しいよ」

 

「私も良いと思うな。一人はやっぱり寂しいし」

 

 

 上から、大宮先生、忍嬢、士郎さん、恭也、美由希、咲の順で喋る。お人好しだな、どいつもこいつも。

 

 

「盛り上がるのはいいが、全部はやてが目を覚ましてからだ」

 

 

 わいわいと盛り上がり始めた病室に再びノックの音。「失礼します」と入ってきたのは青髪をボブカットにした女医、石田幸恵先生。彼女は、はやての足を治すために尽力している人だ。

 俺がここに来た時、はやての傍にいて手を握っていた。一患者に親身になってくれるいい人だと思う。

 彼女ははやての主治医だ。患者を気にするのが仕事で、回復させることが目的。それで金を貰っている。それでも彼女からは仕事ということ以上に、はやてを気に掛ける節が見られる。

 

 

「大宮先生……これはどういうことですか?」

 

 

 部屋の人口密度に驚いていた石田先生が我に返り、にっこりと笑顔で大宮先生を見る。

 

 

「いや、石田先生、これは、だな」

 

「山口さん……だけですよね? 面会が許可されているのは」

 

 

 石田先生には俺は山口宏壱の兄の雄二だと伝えている。流石に同一名は無いだろ。

 

 

「う、む」

 

「まったく、もう」

 

 

 何も言えなくなった大宮先生にため息をついた石田先生は俺達を見渡し口を……来たっ!?

 

 

「「っ!?」」

 

 

 周囲の空気がさっきまでの和んだものと大きく変わる。気温が数度下がったのを瞬時に感じ取ったのは士郎さんと恭也、遅れて咲と美由希、俺達の様子が一変したことで異変に気付いた忍嬢と大宮先生 。状況が理解出来ていないのは石田先生だけだ。

 

 

〈御主君っ!〉

 

「無限、結界を張れ! 士郎さん達を除外するのを忘れるなよ!」

 

〈……〉

 

 

 無限に指示を出して力の流動を索敵する。返事はなかったが、結界が張られ周囲の気配が消える。

 

 

「気配が、消えた?」

 

 

 誰かが呟く。俺以外の声だ。

 

 

「……は?」

 

 

 声のした方へ視線を向けると、戸惑った表情の士郎さん達が居た。

 

 

「無限、何をしてんだ?」

 

 

 何故ここに士郎さん達が? 何て考える必要はない。誰がこの結界を張ったのか……自ずと答えは出る。

 

 

〈必要なことだと思いました。咎は受け入れます。ですが今は〉

 

 

 言い争う時間はない。これから俺が戦う相手を考えれば、無限の言いたいこともその理由も何と無く分かる。責めるのはお門違い……か。

 

 

「話は後だ。時間がない」

 

 

 そう判断して頭を切り換える。全部の説明は後だ。石田先生へのフォローは士郎さん達に任せる。

 

 

「え? え?」

 

 

 こういう事に縁がなかったんだろう。あってもどうかと思うが……。石田先生は戸惑いの色を浮かべ辺りを見渡す。

 

 

「無限、戦闘モードに切り換えてグローブだ」

 

〈御意……Battle Mode〉

 

 

 バリアジャケットを纏い感知を広げる。

 

 

「……外か……壁を……駆け上がってくる!」

 

 

 はやてが寝かされているベッドの左側には壁があり、海鳴大学病院の庭を一望できる窓がある。

 

 

「士郎さん、はやてを任せた」

 

 

 俺は返事を聞かず窓に向かって駆け出す。はやてが眠るベッドに足を乗せて跳ぶ。顔の前で腕をクロスして――ガシャアァァン!!――窓ガラスを破り屋外へと身を晒す。俺達がいた病室は三階、地上10m程の高さだ。だから、石田先生の悲鳴が聞こえたのはなんら不思議なことじゃない。

 クロスした腕の間から迫る敵を確認する。

 

 

「雷神槍!!」

 

 

 相手の位置を確認して、先手必勝と雷の槍を落とす。

 敵は壁から離れて飛び上がる。まるで空中に足場でもあるかのように、地上5m程で立ち俺を睨む。そうして俺ははっきりと奴の体躯を確認できた。

 盛り上がった筋肉はこれまでのデカブツ共と変わらず、肌は青色で胸部に向こうに突き抜ける空洞がある。だが、腕が二本ずつ左右にあり、頭も二つそれぞれ形の違う仮面を被っている。

 

 

「はやては殺らせねぇぞ」

 

 

 飛行魔法で宙に浮いたまま構える。アレが誰かはもう察しがつく。間違いなく彼らだろう。

 俺が殺したも同然だ……などと悲劇の主人公を気取るつもりはないし、その程度の罪に潰されるほど弱くもない。こんな事は過去に何度もあった。取り逃がした賊が近隣の邑を襲うなんて当たり前で、当然だったからな。

 

 

「……俺が犯した罪だ。だから、俺が眠らせてやる」

 

〔グウゥアアァァッ!!〕

 

 

 咆哮を上げながら駆け上ってくる。どんな原理かは分からねぇが、確りとした足場があるんだろう。踏み出す力が強い。

 

 

「ブレイク キャノン」

 

〈Break Canon〉

 

 

 深紅の魔力弾を20個周囲に配置する。そして、迫る彼ら目掛け……。

 

 

「シュートッ!」

 

 

 放つ。正面から、側面から、彼らを迂回して背後から、上から、下からとあらゆる角度から曲線を描きながら迫る魔力弾を意に介さず速度を緩めることなく駆け――ヂュドォォォンッ!――着弾する。

 爆風が巻き起こり、煙が舞うそこに次々と魔力弾が殺到して爆発を起こしていく。見ていて分かるのは、煙がどんどんこっちに迫っていることだ。

 

 

〔グオオオォォォ!〕

 

 

 煙を抜け、姿を現した彼らの仮面は罅割れていてその顔の鼻から上半分を見せていた。

 

 

「やっぱりか……」

 

 

 その二つの顔には見覚えがある。八神侑人さんと八神美果さんだ。余りにも予想通り過ぎて涙が出るな。

 

 

〈御主君……〉

 

「……分かってる」

 

 

 歪む視界で捉えた彼らは、俺を掴もうと腕を伸ばすところだった。

 

 

「おらあっ!」

 

 

 横に滑るように躱し、彼らが俺の前を通過する瞬間にその無防備な背中に拳を叩き込み地面に向かって落とす。

 彼らは地面にクレーターを作りながらも着地した。四本の腕と二本の足を上手くバネに使い衝撃を緩和したようだ。

 

 

「フリーズ キャノン!」

 

 

 すかさず俺は氷結変換で生成した氷の魔力弾を10個配置する。氷神槍よりも威力は劣るが操作性が高く連射も可能で使い勝手がいい。

 

 

「シュートッ!」

 

 

 フリーズ キャノンが放たれると同時に彼らは駆け出す。ジグザグに駆け上空から迫る魔力弾を躱していく。着弾したフリーズ キャノンは、地面を凍りつかせて冷気を振り撒くだけにとどまる。

彼らの向かう先は当然はやての居る病棟だ。

 

 

「ファースト ムーブ!」

 

〈First Move〉

 

 

 フリーズ キャノンを操作しながら加速して上空から彼らの前に降り立つ。

 

 

「雷神槍!」

 

 

 雷の槍を投擲するも跳んで躱され、俺を飛び越えて病棟の壁に着地してそのまま駆け上る。執拗にはやての許へ向かおうとするのは親としての想いが強いからなのか?

 

 

「行かせねぇっ!」

 

 

 彼らが二階まで差し掛かったところで、背後から背中に魔力を纏わせた飛び蹴りを叩き込み二階の病室の壁を破壊して屋内に入れる。

 

 

「おおおおおっ!」

 

 

 倒れ込んだ彼らに今が好機だと間髪容れず右手に魔力を纏わせて殴り掛かる。

 

 

〔グガァッ!〕

 

 

 彼らは即座に起き上がり俺の右拳を左掌を重ねて受け止める。

 俺は間近でその顔を見る。見て、しまった。二人の仮面は既に剥がれ落ち素顔を晒していた。その目は充血し、頬には透明な筋が出来上がっている。涙だ。彼らは化け物の仮面を被りその下で泣いていた。口から出る声は獣に成り下がった理性の欠片も無いもの……だが、そのは悲しみを湛え涙を流す人そのものだった。それを見た瞬間、心臓を鷲掴みされたように胸が苦しくなる。

 

 

〈御主君!!〉

 

 

 意図せずに力が抜けた。それを無限が叱責するも……遅い。

 

 

〔グオオッ!〕

 

「がふっ!」

 

 

 腹にズンッ!と衝撃が襲う。

 

 

「ごあっ!?」

 

 

 息が漏れ浮き上がった体に二度目の衝撃……そのまま天井にぶつかり、破壊して上の階へと身が投げ出される。

 

 

〈御主君!!〉

 

「ぐ、あっ……ごほっごほっ!」

 

 

 びちゃびちゃっと口から血が出る。内臓を傷つけたらしい。これは多分セルバンの能力、バリアジャケットを抜く効果のある攻撃だ。しかも威力が彼奴よりも強い。

 冷静に状況を判断しながら起き上がる。

 

 

「……くっそ」

 

 

 悪態を吐きながら目許を拭う。だが、視界は歪んだままで、クリアな世界を見せてはくれない。

 

 

〔ガアアァッ……〕

 

 

 下の階から跳んで上の階に着地した彼らは覚束なく立つ俺に近付き、一本の右腕を振り上げ……。

 

 

〔ガァッ!!〕

 

「くうぅっ!」

 

 

 躊躇いなく振り抜く。俺の顔面を狙ったそれは腕をクロスにして顔面を守った俺を吹き飛ばすには十分な威力が込められていて、俺の体は背後の壁を破壊して隣の病室に俯せに転がる。

 

 

「きゃあああっ!」

 

 

 女性の悲鳴が耳朶に届いた。霞む目を周囲に向ければ、はやてを抱き抱え壁から離れている士郎さん、驚く忍嬢の前に立ち小太刀を抜いて構える恭也、唖然と俺を見る咲と美由希、口許を手で押さえ目を見開く石田先生、扉の向こうに避難した大宮先生だった。どうやらはやての病室に戻ったらしい。

 

 

「こう、いち……くん?」

 

「ぐぅっ……な、に?」

 

 

 声を発したのは石田先生だった。だが、あり得ない、俺は本名を名乗っていないぞ。士郎さんが説明した? 無いな、そこまで話すとは思えない。なら……。

 

 

〔グウウゥゥッ……〕

 

「っ!?」

 

 

 はっ、と顔を上げる。壁に出来た大きな穴から彼らはその巨躯を顕にする。

 

 

「っ……八神……さん?」

 

 

 またも聞こえたのは石田先生の声だった。はやての主治医をしているのなら八神夫妻と面識があっても不自然じゃない……が、今は不味い。気を引いたぞ。

 

 

〔グウウゥゥッ……〕

 

 

 懸念通り彼らは俺に向かう足を石田先生へと進路を変える。

 

 

「ひっ」

 

 

 石田先生は引き攣った声を上げ身を強張らせる。その表情は恐怖で染まった。

 

 

「「っ!」」

 

 

 石田先生の傍に居た咲と美由希が、石田先生を守る為に彼らの進路を塞ぎ構える。咲はクナイを逆手に持ち、美由希は小太刀を正眼に構える。だが、二人の手は恐怖からか震えていた。あれじゃあ鋭さのない攻撃になる。それに、魔力を纏わない物理攻撃は意味がないぞ……!

 

 

「ぐっ……ぉぉぉおおおっ!」

 

 

 魔力を体中に行き渡らせクラウチングスタートの要領で駆け出す。

 視線がさっきよりも低い。殴り飛ばされた時に『グロウ』が解けたんだ。

 

 

「雷神・剛砕拳っ!!」

 

〔グガァッ!!〕

 

 

 咲達の前に行くまでに彼らの側面に接近して、深紅の雷を左拳に纏わせ彼らの横っ腹を殴り付けて吹き飛ばす。バキィッ、と左腕から音が響き激痛が走った。

 

 

「がっ……つぅっ! ……折れたぁ……っ!」

 

 

 皹でも入っていたのか、殴り付けた衝撃で折れたらしい。

 

 

〔ギ……ア……〕

 

 

 だが、彼らにもそれなりのダメージを与えたようで、動きがかなり鈍くなっている。

 窓際まで吹き飛んだ彼らはゆっくりと立ち上がる。

 

 

「フリーズ キャノン」

 

〔グ……ガァッ……!〕

 

 

 氷結弾で足を床に縫い止める。

 

 

「もういい……眠れ……眠って……くれ」

 

 

 俺の顎から滴が落ちるのが分かる。床を濡らすそれを拭うことなく、右腕を伸ばすと俺の足元に三角形の深紅の魔法陣が浮かぶ。

 俺を中心に広がったそれは強く輝き、雷と空気中の水分が凍てつく程の冷気を吹き出す。幸い無限が士郎さん達をシールドで覆い守ってくれている。ここは結界の中でもあるし、物を破壊しても外に影響はない。

 

 

「大丈夫だから……あんたらの仇は……俺が討つ。はやても……守るから……俺が……俺達が守るから……」

 

 

 魔力を集束していく。伸ばした手の前に光の粒が集まり始める。

 

 

「これって……砲撃魔法……?」

 

「咲……知ってるの?」

 

「うん、魔導師が使う切り札みたいなもので、撃てれば不利な戦況を一気に勝利に傾けることができる強力な魔法だよ」

 

「そんなのがあるんだ。魔導師ってすごいね」

 

「……うん」

 

 

 後ろからそんな声が聞こえる。

 

 

〔ググッ……ガアァァッ!!〕

 

 

 ダメージが回復してきたのか、彼らは大きく暴れだす。

 

 

「よせ……それは……溶けないし……砕けないぞ」

 

〔ギアァァッ!!〕

 

 

 彼らはそれでも暴れ続ける。

 集まる光の粒はやがて球体となりドッジボール程の大きさになる。それでも止まらずどんどん膨れ上がっていく。

 

 

「お休みだ……」

 

 

 球体は俺を包み込む程の大きさになる。準備は……整った。

 

 

「ブリッツ フリーレンッ!!」

 

 

 出来上がった球体を右拳を引いて思いっ切り押し出す。俺の拳に押し出されるように俺とは反対側が盛り上がり、そこから魔力の奔流が雷と氷雪を振り撒きながら撃ち出された。

 

 

〔ギアアアアアアアアッ!!〕

 

 

 悲鳴のような、断末魔の叫び声を上げて彼らは魔力の奔流に呑み込まれる。右腕は伸ばしたままで魔力を注ぎ込むものの、それを聞きたくなくて、見たくなくて目を瞑り顔を俯ける。だが、それではダメだと、心が叫ぶ。伝えることがあるはずだと言う。それに従って、想いを吐露する。

 

 

「絶対に……守るから!……赤鬼の……真名に誓って……!」

 

 

「だから!」と続けて閉じていた目を開け、確りと前を見る。

 

 

「安心して逝ってくれ……!」

 

 

 零れる涙はまだ涸れない。それでも、別れ際は笑顔が一番だとこれまでの人生で知っているから……笑う。二人が安心できるように、こいつなら娘を任せられると思ってもらえるように……笑う。

 

 

〔アァッ…アァッ…アァッ…アァッ…〕

 

 

 砲撃を放って1分程で悲鳴が遠くなり消えてゆく。そして、光の奔流の中から一瞬だけ二人の顔が見えた気がした。気のせいかもしれないけど……笑っていたように見えた。

 

 

「くっ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 

 砲撃が止まり集めた魔力も尽きた。終わった。

 

 

「む……げん、結界の……はぁっ……」

 

〈……御意〉

 

 

 息が続かず言葉が途切れるも、意図を察して無限は結界を解く。壊れた壁や罅割れた天井、床、砲撃に巻き込まれ消失したベッドも元に戻る。

 

 

「くぅっ……!」

 

 

 痛む左腕を右手で押さえ、士郎さんに抱き抱えられ穏やかな寝息をたてるはやてに覚束ない足取りで近付く。

 

 

「はや……て」

 

 

 はやての頬に右手を伸ばし、そっと撫でる。

 

 

「宏壱君……君は……大丈夫なのか?」

 

 

 心配して声を掛けてくれる士郎さんに、にっと笑ったところで俺の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

side~???~

 

 時刻は深夜、ここはオフィスビルが建ち並ぶ市街地、その路地裏では多くの血が辺り一面に付着していた。

 

 

「まだ、足りませんねぇ。やはりこの力の大元であるあの少年の魂を喰らうしかありませんかぁ……」

 

 

 光揺らめく球を口に含みながら男は言う。その球は周囲に転がる人であったものの魂だ。彼らは、深夜遊び回っている近くの高校の学生だ。その若い命は、呆気なく、運悪くここで閉ざされた。

 

 

「さぁて、彼は何処に居るのでしょうかねぇ……」

 

 

 男は不気味な笑みを溢して去る。新たな力を求めて……。

 

side out




ふぅ……何だか暗い話に……いえ、それを決めるのは読者様ですね。

と言うわけでマキア・セルバンが起こした事件はいよいよクライマックスです。何話後とは明言できませんが、終わります。ですが!原作はまだまだ先です!

愛想つかさず、最後まで読んでいただければ幸いです。

では、また次回お会いしましょう。


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第三十九鬼~美髪公の夢と赤鬼の本気~

side~愛紗~

 

 私はポツンと一人、夜の帳が下りた闇に立っている。空を見上げれば満天の星々が何処までも広がっている。私は「ああ」と思う。この夢か……と。

 夢を見ている。そう分かるのは、今私が見ているのは遠い過去の光景で、幼い頃何度も見たものだからだ。

 

 

「逃げろぉっ!」

 

「む、娘だけは! 娘だけはお助けください!」

 

 

 逃げ惑う人々、燃える家屋、飛び散る鮮血、火の光に当てられ鈍く光る血塗れの刃。

 

 

「ひゃはははっ!」

 

「男は殺せっ! 女は身ぐるみ剥いで持って帰るぞ!」

 

「お頭、この場で犯しても?」

 

「時間掛けんなよ! 官軍が来ちまうからなぁ」

 

「さっすがお頭だ!……おら! こっちに来い!」

 

「いや! いやぁぁぁっ!」

 

 

 地獄さえ生ぬるいと思わせるような光景が眼下に広がっている。

 

 

「貴様ら、もう好き勝手は許さんぞっ!」

 

 

 そこで響いたのは男性の声だ。まだ若く青年と呼ぶには少々幼い顔立ち、緑を基調とした衣服を纏い少し長めの黒髪は首の後ろで結われ一本の束になっている。

 

 

「あん?なんだテメェ」

 

「おい坊主、そりゃ俺達に言ってんのか?」

 

「がははははっ!混ざりてぇんじゃねぇのかぁ?」

 

 

 下卑た笑みを浮かべ賊共は嗤う。その間も女を犯す者、まだ火の手の上がっていない家屋に入り金品を持ち馬車に積む者、男性を気にするものは誰一人居なかった。と言うのは語弊があるな。この賊共に頭と呼ばれていた男だ。そいつだけが男を注視していた。

 

 

「殺せ」

 

「は? お頭?」

 

「あのガキを殺せ」

 

「いや、あんな奴ぐべぇっ!?」

 

 

 難色を示した薄汚い男が殴り飛ばされる。

 

 

「他に文句のある奴はいるか?」

 

「「「「「…………」」」」」

 

 

 何も言えない男共。反論すればさっきの男のように、自分も痛い目を見ると分かっているからだ。

 

 

「覚悟しろ賊共ぉ!」

 

 

 男性は雄叫びを上げ手に持つ『青龍偃月刀』を振るい迫る賊を斬り捨てていく。

 

 

「でやぁっ!」

 

「ぎあっ!」

 

 

 一人また一人と四方八方から迫る賊を確実に斬り伏せ、足場が賊の亡骸で埋まらぬように移動して戦う。

 その男性は、兄上は斬っても斬っても湧いて出てくる賊に疲労していった。この時の私は木箱の中から、それを震えて眺めているだけだった。

 

 

「ぐあっ!」

 

 

 兄上が背中を賊の斧で斬りつけられた。今ではこんなにも冷静に見ていられる自分に嫌悪感を抱くことさえ無い。

 それからは、兄上はどんどんと傷ついていって、清潔だった服は血と土で汚れ、首の後ろで束ねていた髪は解け、『青龍偃月刀』を握ることさえも出来なくなっていた。

 

 

「あっ……あっ……あっ……」

 

 

 自らの血溜まりに倒れ付した兄上は、息をしていることさえも奇跡のようなもので、何時事切れてもおかしくはなかった。

 

 

「ちっ……ほれ見ろ、放置なんざ出来ねぇじゃねぇかよ」

 

 

 賊共にお頭と呼ばれていた男がそう悪態をつく。兄上が斬り伏せた賊の数は20人にも上った。全体の賊は凡そ100人前後、そのどれもががむしゃらに剣や槍、斧を振り回すだけで武芸の欠片もない。武官であった父上から武技を学んだ兄上が後れを取るはずもなかった。だが、多勢に無勢とはまさにこの事で、然しもの兄上も背後から迫る賊に対処しきれず斬られてしまったのだ。

 

 

「この前の奴といい、このガキといい何だってんだ! 500居た俺達が、今じゃたったの80人まで減らせちまったぞ!」

 

 

 この賊集団は元々は500人も居たそれなりの規模のものだった。500人も居れば自衛団を組んでいる程度の邑であれば落とせる。少なくはないが、多くもない絶妙な数で非常に小回りの利く集団だった。それが先日、壊滅の危機に陥ったと言う。

 誰がやったか当時の私では見当もつかなかった。それに、その者が確りと賊を殲滅していればこんなことには成らなかったのだと、あの人を呪った事もある。

 

 

「そいつを殺しておけ」

 

「へいっ!」

 

 

 命令された小太りの男が斧を振り上げ……。

 

 

 

 

 

「んっ…………んんっ……夢、か」

 

 

 遠い過去の記憶。私が唯一の肉親を失った記憶。幼い頃はよく見た夢だった。兄上を、宏壱殿を恨み、寝込みを襲ったこともある。私のような拙い殺気では、宏壱殿に危機感を与えることすら出来なかったが……。

 

 

「ふぁっ……」

 

 

 掛け布団を避け体を起こし伸ばす。

 PiPiPiとベッドから下りたところで、部屋に電子音が響く。

 

 

「『青龍』繋げてくれ」

 

 

 ベッドの頭側に置かれた机の上に置いてある緑色の宝石が填められた指輪に声を掛ける。

 私の命を預ける相棒『青龍偃月刀』(愛称『青龍』)、彼(彼女?)は兄上の刃、無限のように言葉を発することはないが意志と呼べるものはあるようで、声を掛けるだけと返事は返ってこないものの確りと反応してくれる。寂しく思うこともあるが、今は取り合えずこれで満足している。

 

 

「関です」

 

[愛紗ちゃん、おはよ~]

 

「桃香様でしたか……おはようございます」

 

 

 プライベートチャンネルかビジネスかを確認していなかったから、当たり障りのない出方をしたが、どうやら送り主は桃香様だったようだ。

『青龍』が展開したモニターには桃色の寝巻きを着た桃香様が映し出されていた。

 

 

[今起きたところ?]

 

「はい、連日の任務で少し体が重いです」

 

[私達はプログラム体だから、休憩は必要無いって駆り出されるもんね]

 

 

 そうなのだ。ゼスト殿や他の隊員は特に何も言わないが、他の部隊からのやっかみが多い。我らが持つ魔力量は前世の気の量に起因する。我ら皆検査したところ、美羽や七乃、天和達張三姉妹全てにAAAという評価が下された。当時は兄上も同じだったそうだが、日々の研鑽でもう一つ上のSランクに上っている。

 そればかりではないだろうが、やっかみを受ける一因なのは間違いないだろう。出る杭は打たれる。……だが、出すぎた杭は折られる。これは確実だ。兄上も今はゼスト殿やクイント殿、メガーヌ殿に一歩届かぬがそれも今だけで、いずれ追い付き追い抜いていく。いや、もしかすると実際はもう既に……。

 

 

[愛紗ちゃん?]

 

「……はい? 何でしょう、桃香様?」

 

 

 桃香様にお声を掛けられ思考を止める。

 

 

[何度も呼び掛けたのに反応がなかったから……まだ眠い? 掛け直そうか?]

 

「いえ、眠気はありません。ただ考え事をしていました」

 

[ふ~ん、それってお兄ちゃんの事?]

 

「はい……この先、兄上は局内で疎まれるようになるだろう……と思いまして」

 

[上の人達はそう思うかもね]

 

 

 桃香様も私と同じ考えのようで胸の下で腕を組んで[うんうん]と仕切りに頷く。

 

 

「それで、ご用件は?」

 

[あ……]

 

 

 桃香様は忘れていたのか、小さく声を漏らす。と、どんどん表情が暗くなっていく。

 

 

「また兄上に何か……?」

 

[うん……]

 

 

 肩を落とした桃香様は暫く俯いていると、唐突に顔を上げ……。

 

 

[実はね――]

 

 

 事の顛末を語る。

 

 

 

 

 

「あっはははは」

 

「笑い事ではありませんっ!」

 

「でも、凄いわよねぇ。それだけ重傷でもう動けるなんて」

 

「メガーヌ殿まで……」

 

 

「ごめんなさい」と言いながらも、くすくすと笑うメガーヌ殿に私は溜め息を溢す。

 

 

「地球は確か管理外世界だったな」

 

 

 黙して話を聞いていたゼスト殿が、確認の意味を込めて聞いてくる。

 

 

「ああ、でも魔法がない訳じゃないんだぜ? 表に出てないだけで」

 

 

 そう答えたのは私の隣に座り、丼を口に掻き込んでいた要だ。

 姓は太子、名は慈、字は子義、真名は要……兄上が嘗て率いた義勇軍『赤鬼衆』の筆頭武将だった者だ。言葉遣いは男勝りだが、それは幼い頃に兄上の影響を受けての事だと以前聞いたことがある。

 

 

「案外危ない世界なのね」

 

「安全なところなんざねぇよ。目立たないだけで、どこも危険なもんだ」

 

 

 メガーヌ殿の言葉に答えながら要は二杯目の丼に手を伸ばす。

 兄上を初め、うちには大食漢が多い。この要もその一人だ。

 今は桃香様の連絡を受けた日の昼、昼食時だ。ここは地上本部の食堂、昼休みの時間が重なったゼスト殿、クイント殿、メガーヌ殿、要の四人とテーブルを囲い昼餉を共にしている。私と要が並んで座り、ゼスト殿、クイント殿、メガーヌ殿が正面に座っている。今日は出動任務はなく、事務作業を中心に勤務している。

 話のネタ……と言うよりも、如何に兄上が無茶苦茶なことをやっているのか、という愚痴を皆に説いたところ、クイント殿の大笑いが返ってきたのだった。

 

 

「でも、ホントにいいの?」

 

「大丈夫だろ。宏壱様が本気出すってんだから」

 

 

 メガーヌ殿が心配そうに聞いてくるも、要は軽く手を振り返す。

 

 

「戻れないのは口惜しいですが、今はこちらを優先するべきだと我ら一同意見が一致しております。それに、要が言ったように兄上が本腰を入れるそうなので、あちらは心配無用です」

 

 

 鮭の塩焼きを箸で切り分けながら言う。事実、心配などする必要は無いだろう。心配じゃないか?と聞かれれば心配だと答える。当たり前だ。兄上は我らの柱、愛すべき殿方、敬愛すべき兄なのだ。心配でないはずがない。しかし、それ以上に信じている。信頼している。たとえ地に倒れても必ず立ち上がると、その心は折れぬと……。

 

 

「でも、見てみたいわね。『蜀伝の書』の中に居る皆が出てくるところ」

 

「まぁ、壮観でしょうねぇ」

 

「ああ」

 

 

 本腰を入れるとはつまりそういうことだ。『蜀伝の書』に居る皆を顕現させる。多少兄上の体に負荷が掛かるが、もう何を言ったところで兄上は止まらん。今、事件の大元を叩かねば、やり場のない怒りに身が保たないと言われれば、多少の無茶は目を瞑るしかない。

 

 

「でも、重傷だったんでしょ? 大丈夫なの?」

 

「異常な早さで回復しているそうです。折れた腕も既に繋がっているようですし、今朝には目を覚まして大量に食べ物を体内に取り込んでいるようです」

 

「ええっ!?」

 

 

 メガーヌ殿の問いに答えれば驚きの声が返ってくる。私も桃香様からその話を聞いた時は驚いた。

 内臓の損傷、肋骨の骨折、左腕骨折、両足の筋断裂、魔法で治療しなければ治せるものではないし、それにしてもそれなりの設備が必要になる。

 

 

「宏壱君は治癒魔法が得意じゃなかったわよね?」

 

「仰る通りです。雛里の見解によりますと『グロウ』の副作用、副次効果と呼んでも良いかもしれませんが、その影響だろうと」

 

「『グロウ』って確か宏壱君の変身魔法だったわよね?」

 

「そうそう、あれで本気モードって感じだもんなぁ。本来の姿でもかなりの身体能力だけど、大人の姿になるとそれが数段パワーアップして力じゃ私より強くなるから」

 

「でもそれがどう関係するのかしら……?」

 

「それは『グロウ』の特性にあります」

 

「特性……?」

 

 

 私は首を傾げる三人に「はい」と頷き説明していくのだった。

 

side out

 

 

 

 

 

side~束~

 

ここはこーくんの病室で今日はこーくんから六式のレクチャーを受けた日から4日目。病室にはこーくんと私、魔女っ子帽子を被ったツインテールの女の子、ひーちゃんが居るのですっ!

 

 

「再生と成長か~。だから治りが早いんだねっ、ひーちゃんっ!」

 

「ひ、ひーちゃん?」

 

 

 ひーちゃんの説明を受けて納得っ!と両手を合わせるけど、それも一瞬で直ぐ様作業に戻る。

 

 

「『グロウ』にそんな効果があるとはなぁ」

 

 

 ベッドに座って翠屋特製シュークリーム(さっちゃんのお見舞いの品)を食べるこーくんは「そりゃ知らなんだ」と笑っている。

 

 

「はい、でしゅ」

 

 

 魔女っ子帽子の鍔を押さえて顔を隠すひーちゃんは説明を続ける。

 

 

「魔法の特性はお兄様の体を成長させることでしゅ。それは、細胞分裂と成長を魔力繭の中で一秒の間に何十、何百、何千回と繰り返し行われましゅ」

 

「それで『グロウ』なんだね」

 

「はい。……ですが」

 

「うん、それって不味いよねぇ」

 

「……」

 

 

 こーくんも何となく分かってるのかなぁ? 窓の方に視線を向けちゃったよ。

 

 

「幾ら魔法の補助があると言っても危険でしゅ!」

 

「そーだよ、こーくん。細胞には分裂できる回数が決まってるんだから、あんまり多用しない方がいいよ」

 

 

 死ぬことはないんだけど、成長が止まる可能性……と言うか、身長が伸びなくなっちゃうよ?

 

 

「今、色々考えてるとこだ。俺も身長が低いままなのはごめんだ」

 

「っと出来たよっ。ブイブイ!」

 

 

 話している間にも動かしていた手を止めて、完成したものをこーくんとひーちゃんに見せながらVサインを作る。

 

 

「これがそうか? ただの掃除機にしか見えねぇんだけど」

 

 

 私の手にあるのは、小型の掃除機『魔力吸いとるくん』。

 

 

「ふっふ~ん♪ それが違うんだなぁ」

 

 

 数秒のタメを作って説明しようと口を開く。こういう演出は結構大事だと思う。

 

 

「これはねぇ~――「んむ? イチゴベースのチョコレートだ。雛里も食べてみるか?」――……」

 

「はい、でしゅ……はむ……おいひいでしゅ」

 

「…………聞いてよぉっ!」

 

 

 なんだか凄く切ない気持ちになりました。

 

side out

 




本当は宏壱の視点まで行きたかったんですけど、切りが良いのでここで今回は終了です。

今回は特に書くこともないので、宏壱陣営の強い順を紹介しようと思います。
恋姫公式チートの恋(呂布)を基準にしました。

宏壱>>>恋=桃香>>愛紗=要=星=鈴々=翠=紫苑=桔梗>菫=呉刃=碧里>焔耶=蒲公英=璃々=優雪=美羽>>――頑張れば越えれる壁――>>七乃>>>>――諦めた方がいい壁――>>>>朱里=雛里=天和=地和=人和

>は恋一人分です。
うちの桃香は一人で恋を抑えれるぐらい強いです。あくまで同条件のもとで戦った場合のものなので、その時のコンディションで勝敗は変わってきます(――で分けた娘よりも上の娘だけ)。

では、また次回でお会いしましょう。


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第四十鬼~『蜀伝の書』~

side~宏壱~

 

 そこはまるで色の抜け落ちた世界。灯はなく、人の気配もせず、音の無い世界。そこで色を持つことが許されているのは、この世界に入ることを許されている俺達だけだ。ここは時空のズレた世界、封時結界の中だ。

 

 

「来い『蜀伝の書』」

 

 

 掲げた右手に深紅の光が集まり形を成す。光が弾けると、そこには深緑のブックカバー、表紙に円に劉、裏表紙にも円に蜀の文字が金刺繍で描かれている。

 ここは海鳴大学病院の屋上。今は0時も過ぎた時間、満天の星々が煌めく真夜中だ。自然の多い海鳴は空気が澄んでいて普段はよく星が見える。

 

 

「始めるぞ」

 

 

 周囲を見渡せば、士郎さん、恭也、美由希、咲の高町家。月村家の主治医も務める大宮先生。俺の身勝手で巻き込んでしまった石田先生。魔力不足で『蜀伝の書』の皆を呼び出せない俺の補助を買って出た束。そして、家から来てくれた桃香と雛里。俺を含めて総勢十人がここに集まっていた。

 因みに俺はガキの、本来の姿でここにいる。今からやることを考えると、無駄に魔力を消費するだけだからな。

 

 

「準備はオッケーだよっ」

 

 

 掃除機の吸気口を天に向けた束からオーケーサインが出る。

 バッテリー式の物でコンセントにプラグを刺さなくてもちゃんと稼働する優れものだ。……吸い込むのは魔力素限定だけどな。

 作戦はこうだ。『蜀伝の書』に居る皆を呼び出して、結界班と実動班にw分かれてマキア・セルバン及び化け物に変えられた霊の対処をする。

 だが、『蜀伝の書』から呼び出すには魔力が足りない。最大で四人が限度な上、俺も動けなくなる。それじゃあ意味がない。ならばどうするのか? 簡単な話だ。無いならあるところから持ってくればいい。空気中には魔力素と呼ばれる物質が多く漂っている。それは目では見えない、捉えられないが確かにそこにあるものだ。

 俺達魔導師はそれをリンカーコアに取り込んで、魔力に加工して魔法を発動する。

 個人差はあれど魔力素の吸収ってのは短時間で終わるものじゃない。当然、魔力量が大きければ大きいほどリンカーコアを満たす時間は長くなる。それは俺も例外じゃない。そういったレアスキルでもあれば別なんだろうけどな……まぁ、それは今はいいや。

 そこで、束の持っている掃除機が役に立つ。『魔力吸いとるくん』……ネーミングはどうかと思うが、こいつで魔力素を吸い取り俺に送る。そして俺は取り込んだ魔力素を魔力に加工して常時『蜀伝の書』に送り皆を出す。

 要は『魔力吸いとるくん』を魔力タンクにして全員を出す。そういうことだ。束が居たからこそ出来る荒業だな。

 この作戦は雛里と束で考えたものらしい。束は俺に興味を持ち、俺の家を士郎さんに案内してもらって訪問したそうだ(恭也と美由希、咲、大宮先生も同行したらしい)。そこで出会ったのが家の番をしていた桃香だった。士郎さんから俺の状態を聞いた桃香が怒り心頭で家から出ようとしたところを、全員で押さえ込んだとか……これを聞いた時は苦労を掛けて申し訳ない気持ちになった。

 で、桃香が落ち着いたところで束が怒濤の質問攻めを行い、買い出しに行っていた雛里が帰ってきたところでそれに巻き込まれ、洗い浚い吐いた。それこそ『蜀伝の書』の事とか、俺らの前世とか……な。そんなことがあって今の状況が出来上がったって訳だ。

 しかも、情報は大宮先生から石田先生にリークされるという事態に……もう色々疲れたよ。説明する手間が省けた、そう思わないとやってられん。

 

 

「よし」

 

 

 ひとつ頷いて昂る鼓動を抑え、士郎さん達に背を向けて海鳴大学病院の敷地、その先に見える住宅街が一望できる柵の無い屋上の縁ギリギリまで歩く。

 俺は手に持った『蜀伝の書』の表紙を開いて胸の前に持っていき手を離す。すると『蜀伝の書』は落下することなくその場で浮いた状態になった。

 

 

「『2000年の時を越え、来たれるは彼の英傑達』」

 

 

 両手を『蜀伝の書』に翳し詠唱する。間髪置かずに俺の足下に三角形の深紅の魔法陣が出現し、それと同時に胸の前で浮いていた『蜀伝の書』が深紅の光を放ち始める。

 

 

「『世の安寧を求め振るった矛は今も衰えることのない正義の力』」

 

 

 魔法陣から魔力が吹き出して渦を巻く。それは荒れ狂う暴風ではなく、理性を持った追い風となる。

 

 

「『今、現世の扉を開き知らしめるは意思の力』」

 

 

 パラ、と『蜀伝の書』のページが捲れる。すると一条の光が飛び出す。それは深い紅色ではなく鮮やかな赤色。それが飛び出した瞬間渦巻く魔力の勢いが一瞬弱くなる。魔力をかなり消費した証拠だ。しかしそれも一瞬、束が『魔力吸いとるくん』で溜めた魔力素が俺に吹き掛けられる。すると、余りの質量に普段は目に見えない魔力素が、雪のように白い胞子となり迫るのが見えた。何色にも染まっていないその白さも、俺の魔法陣の上まで来ると急激に深紅に色を変え魔力渦の一部となった。そうして魔力渦は力を取り戻し勢いをさっきよりも強くする。

 飛び出した光は放物線を描き、海鳴大学病院の建造物の前……空中に三角形の赤い魔法陣が現れその上に光の球になって止まる。間を置かず光が弾け現れたのは、片膝をつきその小柄な体躯には似合わないデカさの矛、『丈八蛇矛』を手に持った赤髪の少女、姓は張、名は飛、字は翼徳、真名を鈴々。燕人張飛と呼ばれた豪傑の一人だ。

 

 

「『その魂は眠らず、朽ちず、果てることのない永久(とわ)の灯火』」

 

 

 鈴々を皮切りにページは捲られ、一ページ毎に一条の光が飛び出していく。青、緑、黄、橙、とその色に一貫性はなく、各々の強い個性を持っている。それらは鈴々の横に並ぶと、彼女達を包む光が弾けていく。その度に魔力渦の勢いが弱くなったり強くなったりを繰り返す。

 

 

「『意思を持て、正義を持て、人を愛し憎むな。その信念に大義を掲げろ。我ら仁徳が王……』」

 

 

 最後の一条が飛び出し呉刃の横に並ぶ。何時の間にそっちに回ったのか、朱里の隣で薄紫の魔法陣を展開してその上で片膝をつく雛里の姿がある。

 

 

「『……劉備玄徳の忠実なる家臣なり』」

 

 

 最後の一句を言うと、俺の視界は深紅の光に包まれる。余りの眩しさに思わず目を閉じた。数秒して目を開ければ眼前には海鳴大学病院の病棟。俺の後ろには鈴々達、つまり俺が全員の先頭にいる形だ。その三階の窓が見える。視線を上に向ければ、桃香が屋上の縁に立ち、長い桃色の髪の穂先をゆらゆらと揺らし俺達を見ている。その目は懐かしむように細められ、口許は優しく微笑んでいた。

 その少し後ろには士郎さん達の姿も見えるが、その表情は一様に驚きに満ちている。いや、一人だけ目をキラキラさせてんな。あいつは驚きがわくわくに変わる不思議な感性をしてるな。

 

 

「みんな、顔を上げて」

 

 

 桃香の優しくも強いその言葉に俺達(俺は上げていたが)は顔を上げる。

 

 

「みんながこうして揃うのはどれくらいぶりかな? 愛紗ちゃんと要ちゃんが居ないけど、二人とも今やってることが終わったら帰れるって言ってたから直ぐに会えるよ」

 

 

 全員が桃香の声に聞き入る。

 爽やかな春の香りが漂い、ぽかぽかとして眠気を誘う暖かな風が吹く。圧倒的なカリスマ、王の風格と言っても良い。この(ひと)に仕えて良かった。そう思わせるには十分だった。

 そう思ったのは俺達だけじゃないだろう。桃香よりも数歩後ろにいる士郎さん達も屋上の床に片膝をつけ頭を垂れている。

 ただ言葉を発しただけ、それだけで彼らの本能は気づいた。目の前にいる少女は、王者だと。士郎さん達、高町家は分かる。武術を身に付ける彼らは、逆らって良い相手と悪い相手を見分ける目を持っている。大宮先生も月村家という人知を超えた存在との付き合いがある。危険な目に遭う事もあるだろう。そういう目を養っていても不思議じゃない。

 だが、石田先生と束がそういう状態なのが驚きだ。石田先生は困惑の表情を浮かべ、束は冷や汗を流している。殺気も感じられない石田先生に桃香の王気が伝わった。あの時代ならまだ分かるが、今の時代でこれは異常だ。しかも、マキア・セルバンを前にして攻撃を出来る度胸を持つ束にさえも膝をつかせた。

 俺は未だにこの(ひと)の底を測りきれていなかったらしい。

 

 

「もっとお話ししたいけど、今はそれどころじゃないもんね」

 

 

 そう締め、桃香は……我らが王は自らの家臣団に命令を下す。

 

 

「朱里ちゃん、雛里ちゃん、菫さん、碧里ちゃんは大規模な結界、この街を覆える結界を張ってね」

 

「「「「はっ!」」」」

 

「お兄ちゃんはこの事件の元凶をお願い」

 

「応っ!」

 

「鈴々ちゃん、星ちゃん、翠ちゃん、紫苑さん、桔梗さんは個別に各個撃破」

 

「「「「「応、なのだ!/応っ!/はいっ!」」」」」

 

「蒲公英ちゃんと焔耶ちゃん、呉刃ちゃんと優雪(ゆうしぇ)ちゃん、美羽ちゃんと七乃さんは二人一組で行動して各個撃破にあたって」

 

「「「「「「任せてっ!/はっ!/御意、です/は、はい!/任せるのじゃ!/お任せくださ~い」」」」」」

 

「天和ちゃん、地和ちゃん、人和ちゃんにはここで唄を歌ってほしいの」

 

「「「は~い/オッケー、任せて!/分かりました」」」

 

 

 命令を下した桃香に俺達は各々の言葉を返す。そこで、一人だけ名前を呼ばれなかった璃々が右手をまっすぐ上げ……。

 

 

「桃香お姉ちゃん、璃々は?」

 

 

 と、小首を傾げて聞く。何か出来た時代があったからこそ自分も力になりたいんだろう。

 

 

「璃々ちゃんは私とここで待機だよ」

 

 

 話している最中に桃香は左手の薬指、正確にはそこに填められたリングの宝石が桃色に発光、その姿を宝剣『清王伝家』に変えた。

 

 

「ここで結界を維持する朱里ちゃん達と唄を歌う天和ちゃん達、それと他のみんなの護衛、だよっ!」

 

 

 左手で握り締めた『清王伝家』を背後に向かって斬り上げる。桃色に光る魔力刃が飛び、結界内に入り込んで音もなく石田先生に忍び寄っていたデカブツを真っ二つに斬り裂くだけに止まらず完全に消し飛ばしてしまった。

 

 

「……え?」

 

 

 石田先生は何が起こったか分からず首を傾げるだけ。彼女が異変を感じたのは髪が靡いたからだろう。この結界内は無風だからな。

 

 

「何が……?」

 

「分からない……でも、彼女は何かをしたんだ」

 

「全然見えなかった……」

 

「やっぱり、桃香さんも愛紗さん達と同じくらい……ううん、それ以上の実力が」

 

 

 恭也、士郎さん、美由希、咲の順で驚きの声を上げる。唖然と見ていた大宮先生は言葉も出ず、束は何時の間にか、カメラを取り出して撮影を始めている。

 

 

「菫、碧里、朱里、雛里、頼む」

 

 

 俺の言葉を聞いて四人は病棟の屋上に降り立ち、四人を頂点として線で結んだ時に正四角形が出来上がる位置に陣取る。

 

 

「皆さん、息を合わせてください」

 

 

 四人はほぼ同時に息を止め、ほぼ同時に呼吸をする。幾度か呼吸を繰り返し、五度目で完璧に一致した。

 

 

「展開」

 

 

 静かな菫の呟き、それはこの空間に染み渡るように浸透する。四人の中心点に白、青、黄、薄紫、それら四色の三角形の魔法陣が重なって展開される。

 

 

「「「「封時結界」」」」

 

 

 四人の声が重なった。その直後、四角錐の結界が生まれ肥大する。それは直ぐに俺達を覆い、元から張られていた結界を塗り替え街全体を包んだ。

 

 

「それじゃあみんな、気を付けてね」

 

『応っ!』

 

 

 桃香の見送りに答え、俺達は各々の魔力光を放ち上空に飛び上がり四方八方に獲物を求めて散開した。

 

 

〈主、翼徳様が接敵しました〉

 

 

 飛び上がって直ぐに雛里から返してもらった刃が報告する。

 

 

〈御主君、同じく黄漢升も接敵しました〉

 

 

 続いて無限からの報告。結構近くに居たってことだな。

 

 

「ああ、把握した」

 

 

 見聞色の覇気を用いてマキア・セルバンの探索に集中しながら、マルチタスクの一つを割いて二人に返す。

 

 

「上手くやれているな」

 

〈そのようです〉

 

〈あの程度のモノに後れを取っては、英傑の名が泣きます〉

 

 

 無限の厳しい評価に苦笑が漏れる。こいつはどうも桃香達には強くあって欲しいと願っている節がある。

 

 

〈主、六時の方向2km先に魔力反応を感知しました。翼徳様方ではありません〉

 

 

 刃の示した方角に意識を集中する。……確かに家の誰でもないな。これは……。

 

 

「大輝少年、か?」

 

 

 何処と無く知っている気配、大輝少年だと思われるそれは、ジグザグに動き移動しているようだ。

 

 

〈そのようですね。……主、玄徳様から通信が届いています〉

 

「繋いでくれ」

 

〈御意〉

 

[お兄ちゃん]

 

 

 俺の顔の前に現れた空中モニターに、桃香の真剣な顔が映し出された。

 

 

「どうした?」

 

[男の子が襲われているの]

 

「少年の存在はこっちでも把握した。襲われているのか?」

 

[……うん]

 

 

 桃香はからデータが送られ、もう一つモニターが出現する。多分サーチャーを結界内に複数放ってデカブツの位置情報を把握して、逐一鈴々達に連絡を取り効率良く対処しているんだろう。その一つに大輝少年が映し出された……ということか。

 モニターに映る大輝少年は、右手に小型のソードを持ち、左腕からは血を流しながら走っていた。

 

 

[俺の息子なんだ! 助けてくれ!]

 

 

 桃香を押し退けて切羽詰まった表情の大宮先生の顔がドアップに映しだされた。だが、それに返す言葉を俺は口から出せなかった。

 

 

「……見つけた」

 

 

 見つけたのだ。大輝少年の後ろに奴の姿を……。

 奴は獲物を追い詰めるように、負傷して動きの鈍くなった大輝少年に黒炎弾を放ちながら、ゆっくりと距離を詰めていた。

 大輝少年はなんとか黒炎弾躱し、ソードで切り払い黒炎弾が直撃するのを防いでいる。だが、それも時間の問題だろう。大輝少年とマキア・セルバンの距離は徐々に狭まっていっている。

 

 

[頼む! 俺の、俺達の宝なんだ! だから……!]

 

「雷神槍!」

 

 

 大宮先生の言葉を最後まで聞かずに、俺はその場に止まり雷の槍を自分の手にではなく前方に配置する。足場として魔法陣を足元に展開するのも忘れない。

 彼我の距離は2km、多分雷神で急いでも大輝少年の重傷は免れない。

 倒せなくても良い。ほんの少しでも時間を稼げれば十分だ。俺が辿り着くまでの時間をな。

 俺の技に槍を前方に配置するものはない。それでも刃と無限が慌てないのは信頼から……だと思う。

 

 

「武装色・硬化」

 

 

 俺の右腕が黒く変色し光沢を放つ。鉄塊よりも尚硬い防御法、覇気の一種武装色。苦手な分野だが、魔力を纏わせるよりも硬くなり威力を増させる事が出来る。

 

 

「新技のお披露目だ。いくぞぉっ!!」

 

 

 握り拳を作って右腕を引き……。

 

 

「雷神槍・打鐘(うちがね)っ!!!」

 

 

 引いた腕を放つ――カアァァァンッ!!――雷神槍の石突に俺の右拳がぶつかった瞬間、辺りに響いたのは甲高い鐘のような音。雷神槍の石突がグニャッと形を変え凹んでいき……ゴヒュッと風を切って稲妻のように稲光を放ち2km先に5秒足らずで着弾した。

 

 

「……は?」

 

 

 右拳を突き出した状態で、間の抜けた声が自分の口から漏れた。

 

 

〈技の考察は後です! 彼奴が体勢を立て直す前に!〉

 

「お、おう!」

 

 

 刃の叱責で我に返った俺は、直ぐ様雷神槍の着弾地点へ向かうのだった。




この話もいよいよクライマックス!巻き込まれた大輝はどうなってしまうのか!?

それはまた次回で。

ではまた次回お会いしましょう。


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第四十一鬼~自惚れ少年の気づいた失敗~

side~大輝~

 

 代わり映えしない日々、朝起きて、母さんに急かされながらご飯を食べて、なのは達と学校に行って、授業を受けて、クラスメイトと何気無い会話を交わして、お昼ご飯を食べて、午後の授業を受けて、下校の時間が来て帰る。

 今日もそんな何気ない一日。原作はまだ数年先で、そこまでは代わり映えのしない日常。

 

――――そのはずだった。

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……くそっ! なんであんなのがいるんだよ!」

 

 

 僕は学校の帰りに急に襲われた。最近塾に通い始めたなのはと原作でもなのはの親友で、この世界でもそうなったアリサとすずか、彼女達もなのはと同じ塾に通っていた。だから必然的に三人は一緒に塾に行くことになった。塾のある日は僕となのは達は途中まで一緒で、そのあと別れ道で別れて僕は一人で帰ることになる。

 今日は塾の日だった。だから僕はなのは達と別れて一人で家に帰る途中だった。そこで僕の日常は、非日常へと姿を変えたんだ。

 

 

「なんで……なんでこの世界に破面(アランカル)がいるんだよ!」

 

 

 暗い路地を走りながら悪態を吐く。ブリーチという漫画に出てきた敵。僕の日常を壊した襲撃者はそれに酷似した容姿をしていた。原作にいたキャラクターじゃないでも――っ!?

 

 

「くぅっ!?」

 

 

 僕の数メートル先の地面が弾け飛んだ。けっして小さくはないその破片が僕の体を打つ。

 

 

――いけませんねぇ。無闇に逃げないでくださいよぉ。楽に死ねませんよぉ?

 

 

 薄気味悪く頭に直接響く声に嫌悪感から鳥肌が立つ。

 

 

「なんで僕を狙う! 僕がお前に何かしたのか!?」

 

 

 右手に持つショートソードに姿を変えたアルテミヌス・エストの剣先を襲撃者に向ける。

 さっきの破片が米神を掠ったのか、一筋の汗とは違う熱い液体が頬を伝うのが分かった。

 

 

 ――おやおや、怖いのですかぁ? 体が震えているようですよぉ。

 

「――っ!?」

 

 

 襲撃者の言葉に肩がはねる。武者震いだ!と強がる余裕は今の僕にはなかった。目の前の男が言うように、僕の足は震えていて剣先も定まらない。

 

 

――可哀想に……今楽にしてあげますよぉ!

 

「速い!」

 

 

 襲撃者の姿が消える。僕の目では追えない速さで移動したんだ。でも、こういう時のセオリーは……。

 

 

「うしろ!」

 

 

 背後にエストを振るえば、重たい衝撃が返ってきた。

 

 

――防がれてしまいましたか。まったく、大人しくあなたの魂を私に差し出せば苦しまずに済むというのに。理解に苦しみますねぇ。

 

 

 襲撃者の手刀とエストが鍔迫り合う。ギチギチと迫り合ったのは一瞬で、僕は後ろに大きく跳んだ。

 

 

「くっ!」

 

 

 着地と共に襲撃者に背を向けて駆け出す。さっきの鍔迫り合い、あれは続ければエストは完全に押し負け、僕の首は飛んでいた。

 勝てない。初めての実戦、初めての殺し合い、初めて殺意を向けられ、初めて本物の殺気を全身に浴びた。

 

 

(恐い、恐い、恐い、恐い!)

 

 

 恐怖だけが募る。足が重く息苦しい。たった30mの距離を走っただけで息は上がり、足が縺れる。

 

 

「っ!」

 

 

 無雑作に置かれたダンボールに足をぶつけ、盛大に転んでしまう。

 

 

「ぐっ……エスト……」

 

 

 転んだ拍子に手放してしまったエストを拾いまた駆け出そうと、顔を正面に向ける。

 

 

――また会いましたねぇ。

 

「っ!?」

 

 

 襲撃者が建物の曲がり角から姿を現した。

 

 

「くっ!」

 

 

 その姿を認めた瞬間僕は来た道を戻るために踵を返した。でも……。

 

 

「っ!?」

 

 

 振り返ったそこには二体の怪物が道を塞いでいた。肌の色は灰色で胸に穴が開いている。共通して仮面を被っていて、その体は筋肉が異常に膨れ上がっていた。

 

 

《マスター、上です》

 

 

 抑揚のないエストの言葉、その忠告に視線を上に向ければ……。

 

 

「なっ!?」

 

 

 民家の屋根に三体の虚らしき者がいた。虚とはさっき言ったブリーチという漫画に出てくる怪物で、人を襲う悪しき存在のことだ。死者の魂が……あ……れ? まさか、いや……でもそう考えるとマナは……。

 マナのいたあの場所の惨状、最近起きている変死体の事件。全部コイツらが……?

 

 

――考え事とは余裕ですねぇ。

 

「……」

 

 

 その考えが僕の中でカチリと填まった。そして、恐怖は薄れ別の感情が沸々と腹の底から湧いてくる。

 

 

「くっ、おおおぉぉぉっ!」

 

 

 自分を鼓舞するための雄叫び。それは効果があったのか、足の震えは弱くなった。

 そして僕は駆ける。恐怖から怒りへと変わった感情を、目の前の不気味に笑う襲撃者にぶつける為に。

 

 

――おや? 向かってくるのですか……愚かですねぇ。

 

 

 分かっている。僕がコイツに勝てないことは……。虚一体ずつなら倒せる自信はあるけど、五体を相手にして更にこいつまでとなると今の僕では太刀打ちできないのは明白……だけど。

 

 

「だけど! 一太刀くらい!」

 

 

 一矢報いる。逃げるのは奴に、目の前の不気味に笑う男に一太刀味わわせてからでも遅くない!

 襲撃者との距離が3mまで近付いたところで僕は跳び、エストを両手で握って振り上げ……。

 

 

「でやあぁぁ!」

 

 

 全力で魔力を注ぎ込み斬り下ろす!

 

 

――まったく、理解に苦しみますよ。敵わない相手にどうして立ち向かおうとするのか。

 

「っ!?」

 

 

 僕の魔力光である藍色の光を放ちながら斬り下ろしたエストは難なく襲撃者の右手で止められた。

 

 

「まだ終わってない!」

 

 

 右掌を襲撃者の顔に向ける。

 

 

「破道の三十三・蒼火墜!」

 

 

 蒼い炎が襲撃者の顔を包み爆炎を生んだ。その衝撃で襲撃者のエストを掴む力が緩んだ。その隙をついて僕は襲撃者の肩を蹴って後方宙返りで距離を取る。

 あれで倒せた……なんて思わない。実戦経験のない僕でも分かる。あいつは今の僕じゃどうにもできない。だから……。

 

 

――逃がすと思いますかぁ?

 

「っ!?」

 

 

 踵を返して走り出そうとしたところで、右腕を掴まれた。そして、後ろに引っ張られ浮遊感が僕を襲う。

 

 

「ぐぅっ!?」

 

 

 それも一瞬で、近くの民家の塀に左腕からぶつかる。

 

 

「くっ……ぁ……!」

 

 

 ズキズキと左肩が痛む。触ってみるとべっとりとした感触、見てみれば赤い液体が流れていた。

 

 

(逃げ、ないと……本当に殺される!)

 

 

 ここに来てさっき以上の恐怖が僕を襲う。心が震え、体が震え、視界さえ揺れている。すごく……吐きそうだ!

 

 

――あなたを狙う理由が聞きたいのでしたねぇ? いいでしょう。冥土の土産……というものです。

 

 

 地面に這いつくばる僕に襲撃者は語り出す。

 

 

――あなたのお陰で私はこれほどの素晴らしい力を手にしました。ゴーストに触れ、ゴーストと会話が出来る。会話は出来ても触れることなど上位の司祭でさえ不可能ですよ。それをあなたは難なくこなしてみせた!

 

 

 興奮と共に襲撃者の声は大きくなっていく。そんな襲撃者を見ながら僕は、修業を誰かに見られていたことに驚きを隠せなかった。

 

 

――先程のモノもそうですが、見たことのない力です。残滓を取り込んだだけでこれほどの力を得られましたかねぇ。

 

「取り、込んだ?」

 

――ええ、私も『神器』を所有していましてね。死者の魂を喰らうことが出来るのですよ。極めて希少な能力でして、資料も多くないものですから検証に随分と時間を掛けましてねぇ。

 

 

 研究者気質の人間は、自分の興味あることには饒舌になるって何かの本で読んだことがある。その為に注意が散漫になり、僕への意識が薄れる。他の虚も動く気配を見せない。

 

 

(今の内にエストを)

 

 

 今が好機だと、塀にぶつかった衝撃で離してしまったエストを右手で掴む。遠くにいかず、僕のすぐそばに転がっていたのが幸いだった。

 

 

――14年かけてようやく扱えるようになったところなのです。そんな折にあなたのトレーニング風景を見ましてねぇ。まったく見たことのない力、エネルギーでしたから興味が湧きまして……。

 

 

 襲撃者は喋り続ける。当然、僕にそんな話に付き合うつもりはない。エストを杖にして立ち上がる。

 

 

――そしてあの山道で見たのですよ。あなたが少女のゴーストに触れるところをね。

 

 

 そこで僕の動きが止まる。心当たりがあった。少女とはマナのことで間違いないはずだ。じゃあなんだ? もしかしてマナは僕の所為で虚に変えられたのか?

 

 

――あなたの力の残滓を取り込んだだけで私はゴーストに触れる事が出来るようになったのです。

 

 

 そうだ。マナに会った次の日、その場所は荒れに荒れていた。マナの姿も見当たらなかった。何かがあったんだと、そう思ったのは確かだった。でも、僕は深く考えなかった。余りにも浅慮で甘い考え。

 僕はバカだ! この世界にない力を望んだ所為で、こんな化け物を生んだ!

 

 

――ですがねぇ。邪魔をしてくる方が居ましてねぇ。お陰で多くの力を失ってしまいまして、こうして直接あなたから力を頂こうと参った次第です。

 

(これ以上こいつに力はやれない!)

 

 

 そう思った僕は、襲撃者に背中を向けて走り出していた。

 立ち向かって奴を倒す。そんな考えはなかった。まず僕じゃ勝てない、これは絶対だ。どうするのか何て分からない。あいつは気づいてないみたいだけど、今海鳴に大規模な結界を張った人がいる。その人を見つけ出せば……!

 

 

――鬼ごっこの再開ですか?ですが、もう飽きましたし、人の話を聞かない方に情けなど必要ありませんし……もう死んでくれます?

 

 

 ――ゾクッ――全身に寒気がした。僕は咄嗟に脇道に飛び込む。ついさっきまで僕のいた場所に、一体の虚がアスファルトを抉りながら通りすぎる。

 

 

「なんて突進だよ……!」

 

 

 悪態を吐きながらも振り返るのは一瞬でそのまま駆ける。

 魔力探知をして結界を展開した術者を探そうと周囲に意識を配りながら、マルチタスクの一部で魔力探知する。

 

 

「これは……っ!?」

 

 

 驚きに声が漏れた。この結界の中心部に複数の魔力、しかもどれもがAAA級……だと思う。まだ覚醒していないけど、なのはと同等、もしくはそれ以上の魔力が一箇所に七つ。そこからあちこちに二つ固まっているのと一つずつで行動しているのが幾つもある。

 その傍には霊力も感知できるものもあった。多分虚と戦っているんだ。誰かが僕の尻拭いをしてくれている。その事に申し訳なさと情けなさが募り、気分が重くなる。左肩がズキリと痛んだ。

 

 

――逃がしません、そう言った筈ですがねぇ。

 

 

 遠くない距離で襲撃者の声が聞こえる。頭の中に直接響いているはずなのに、その声に対する嫌悪感は変わらないけど、どこか距離感のある声だ。

 

 

「くっ!」

 

 

 チリッと首筋に静電気のような刺激が走る。反応に逆らわず頭を横に傾けると、さっきまで僕の頭があった場所を熱が通り過ぎていった。特典のお陰で僕の勘は鋭くなっている。所謂第六感と呼ばれるもの、自分のこと限定で危険、幸運、悪運、全てに反応する。これに従えばまず不意打ちは避けられるし、攻撃が見えなくても躱すことができる。……相手の実力が僕と致命的にかけ離れている場合は意味なんてないけど。

 

 

――躱しますか。なかなか上手くいかないものですねぇ。

 

 

 不快な声が響く。後ろから更なる熱が襲ってくる。振り返れば速度が落ちるし、なによりバランスがとれない。左肩の負傷が僕の動きを鈍らせる。

 だから、勘に従い躱す。躱しきれないものは、エストで斬り払って対処する。それを全部振り返らずにやるんだ、神経が擦り切れそうな程の集中力がいる。長くは保たない。

 

 

「くっ、遠い!」

 

 

 魔力反応のするところまで距離がありすぎる。このままだと……死ぬ。これは現実だ。アニメの世界じゃない。死ぬ時は誰だって死ぬんだ。

 その実感が今更になって僕の肩に重く伸し掛る。

 

 

「なっ!?」

 

 

 前方の民家を破壊して二体の虚が現れた。

 

 

――これであなたも逃げられませ……は?

 

 

 襲撃者の言葉が不自然に途切れた。気になった僕は、前方の虚を意識の端で捉えながら振り返る。

 胸部よりも小さい穴を腹部に空けられ呆然とした襲撃者の姿があった。

 

 

「これ、は……?」

 

 

 僕と襲撃者の間の地面には、稲光を放つ槍の形をした深紅の発光体が刺さっていた。

 

 

――この力は……!ぐぅうっ!?

 

「なんだ……っ!?」

 

 

 発光体が突然轟音を鳴らし凄まじく放電する。稲光が辺りに無差別に飛ぶ。

 

 

〔ギアアアアッ!?〕

 

 

 その一つが僕の横を通り一体の虚を直撃、一瞬で消滅させた。

 

 

「なんて威力なんだ……!」

 

――彼はどこまでも邪魔をしてくれますねっ!

 

 

 襲撃者は滑るように後ろに下がりながら、自分に迫る深紅の稲妻を黒い炎で払うことで防ぐ。

 

 

〔グアアアアッ!!〕

 

「っ!?」

 

 

 難を逃れたもう一体の虚が稲妻を躱しながら僕に迫る。僕と虚の距離は10mぐらいで、虚はその距離を瞬時に詰めてくる。

 

 

「くっ!」

 

 

 僕は迫る虚を迎え撃とうとエストを正眼に構える。だけど、ワンテンポ遅れての構えは相手に突き入る隙を与えるには十分だった。

 

 

〔グバッ!?〕

 

 

 僕の眼前に迫っていた巨躯は突然消し飛んだ。

 

 

「何、が……?」

 

「……間に合ったな」

 

「っ!?」

 

 

 突然の声。僕の背後で聞こえたその声は聞き覚えのあるもので、正直言えば嫌いな声だった。

 踏み台転生者。そんな素振りは見せないけど何かしらの力で士郎さんや桃子さん、高町家の人達を抱き込んだのは間違いない……と思う。

 踏み台転生特有のイレギュラーの男性()を排除しようとする言動がない。なのはや咲さん、美由希さん、桃子さんを俺の嫁だと叫びもしないし、過度なスキンシップもなかった。

 実力も正直分からない。この男は僕の殺気に反応しなかった。だから弱いんだと思った……でも、もしも、もしもこの男の実力が僕を遥かに上回るものだとしたら?

 そう考えると、この男は反応しなかったんじゃなくて、歯牙にもかけていなかっただけということになる。

 

 

「他に外傷はなさそうだな。大輝少年、聞きたいことはあるだろうが後にしてくれよ? 今はあれを殺らなきゃならん」

 

 

 男、山口宏壱が顎で示したのはきつく彼を睨む襲撃者だった。何かの因縁でもあるのか? いや、確かあいつは邪魔をしてくる奴がいるって言ってたっけ。じゃあ僕の失態を拭ってくれていたのは……。

 

 

「さて……マキア・セルバン」

 

 

 僕の方に顔を向けたまま襲撃者に声を掛ける。平淡で何も読み取れないそれは僕の背筋を凍りつかせる。

 

 

――はい? 何でしょうか?

 

「この前のようにはならんぞ?徹底的にブチのめして……」

 

 

 そこで彼、山口さんは言葉を切り襲撃者の方に体の向きを変えて告げる。

 

 

「この世から消してやる」

 

「――っ!?」

 

 

 ズシ……そんな音が鳴ったような錯覚を覚える。威圧感で体が重くなった。立っていられないほどに……。僕に向けられたモノじゃないのに余剰波だけでこんなにも重圧を感じさせる彼を僕は、正直化け物に見えた。目の錯覚か彼の背中から魔力光が漏れ形を形成しているように見える。それは……。

 

 

「……鬼?」

 

 

 赤い鬼、だと思う。山口さんの背後に佇むそれは、優に3mを超える体躯をしていて、服も来ていない素肌は深紅に染まりごつごつとした岩のような筋肉を見せつけ、肩甲骨まであるある薄桃色の長い髪は触らなくても針金のように硬そうに見える。

 それは襲撃者にも見えたのか、顔を引き攣らせて一歩二歩と後ずさる。

 ここまでで分かったのは、僕の所為で多くの人が命を落としたことと、バカにしていた人は化け物だったということ。

 そして何よりもはっきりしているのは、僕は命を救われた事だった。

 

side out

 




今回は何だかモチベーションが上がらず時間が掛かってしまいました。
田んぼにスマホを落としたのが要因のひとつかも……。ご安心ください、壊れていませんよ。←とにかく明○い安村風

さて、今回は大輝少年の成長の切っ掛けになる話でした。
彼も悪い子出はないのですが少し早とちりする嫌いがあるのです。今回の一件で彼は大きく成長することが出来るでしょう……か?

いえ、出来ますとも。

では、また次回お会いしましょう。


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第四十二鬼~赤鬼と決着~

side~宏壱~

 

 後方には大輝少年、前方にはマキア・セルバンと愉快な仲間達。

 大輝少年は俺を嫌っていると思ったんだが、今の彼からは畏怖の念と畏敬の籠った視線を背中に感じる。

 

 

――忌々しい方ですねぇ、貴方はっ!

 

 

 セルバンの怒りに呼応したのか、奴の後ろに控えていた三体のデカブツが駆け出す。二体が前を走り、一体がその後を追う。それは上から見れば、さながら三角形のような形に見えるだろう。

 

 

「今日は遊びは無しだ」

 

〔〔グアアアアッ!!〕〕

 

 

 前を走る二体のデカブツは二列に並んでほぼ同時に殴りかかってくる。それでもほぼ同時に、だ。

 

 

(若干左の方が遅いな)

 

 

 そう見極めた俺は、右から殴り掛かってきたデカブツの右腕を右手の甲で弾き、左から迫るデカブツの腕を左足で蹴り上げ、軸足でその場で回転。

 蹴り上げた左足を右側にいるデカブツの横っ腹にめり込ませて吹き飛ばす。当然、全ての動作に魔力を纏わせ対処しているため、俺の魔力光である深紅の残光が尾を引く。

 そこで、数歩後ろにいたデカブツが追い付いた。

 

 

「剃」

 

 

 それを認めた俺は剃でデカブツの懐に飛び込み右拳を振り抜く。

 

 

「ふんっ!」

 

 

 深紅の魔力光を血飛沫(ちしぶき)の様に散らせながらデカブツの土手っ腹を穿つ。

 ――ズドンッ!!――デカブツに接触した拳を中心に衝撃波が生まれて一瞬突風を生み出す。

 デカブツは吹き飛ぶことなくその場で光の粒子となって散った。

 

 

「一つ」

 

〔グアアアアッ!!〕

 

 

 左側……今は後ろだな。後ろにいるデカブツが咆哮しながら駆けてくるのが分かった。

 

 

「縛道の四・這縄!」

 

 

 大輝少年の声が聞こえた。後ろを見やれば、デカブツの振りかぶった腕に紐状の光が纏わり付いて動きを止めていた。

 

 

「へー、なかなかやるもんだな」

 

「今の内に!」

 

 

 俺は大輝少年の言葉に「はいよ」と答えて、デカブツの腹部を右手でトンっと軽く押さえる。この場合は押さえるってのより、軽く触れる、の方が正しいか……?

 

 

「インパクト」

 

 

 一瞬だった。悲鳴さえ上げることなくデカブツは消滅した。

 

 

「二つ」

 

〔グ、グウォォオオッ!!〕

 

 

 蹴り飛ばしたデカブツが果敢にも突進してくる。踏み込む足はアスファルトを砕いて破片を散らし、その突進力の凄まじさを物語る……が。

 

 

「躱す必要もなければ、防ぐ必要もないな」

 

 

 左足を振るう。多分大輝少年には見えなかっただろうが、確かに俺は左足を振るったんだ。これは確実で確かなこと、現に……。

 

 

〔ガッ!〕

 

「三つ」

 

 

 短い悲鳴を上げたデカブツは、上半身と下半身を泣き分かれさせているからな。そして直ぐにデカブツは光の粒子へと変わり、空気に溶けるように散った。

 嵐脚……高速で振るった足から鎌鼬を発生させて前方に飛ばし前にある物を切り裂く体技。六式の一つだ。これに微量の魔力を乗せて放ち、デカブツを切り裂いた。

 

 

「後はテメェだけだ、マキア・セルバン」

 

――くっ……本当に忌々しい。私はただ未知の力を知りたいだけだというのに……!

 

 

 人差し指を突き付けて宣言してやれば、セルバンは研究がしたいだけだと喚き散らす。

 

 

「なら他人を巻き込むなよ! やりたいなら誰もいないところでやれ!」

 

 

 そう言ったのは俺ではなく、大輝少年だった。思うことが多分にあるのか、その声には重さと悔しさ、悲痛さを綯い交ぜにした感情が聞いて取れた。

 

 

――あなたには分からないでしょう。力を持たなかった私が、どれ程周囲から疎まれていたか……! 無能と、落ちこぼれと言われ続けた私の気持ちが!

 

「分かりたくもない! お前のような奴が力を欲しがること自体が間違っているんだ!」

 

――それを決めるのは、あなたのような子供ではない! それに……あなたの方こそ何も守れないのに、力を持っていることこそが間違っているのでは?

 

 

 大輝少年はセルバンの言葉に「ぐっ……!」と呻き声を上げて黙る。それを見たセルバンは満足そうに頷いて続ける。

 

 

――そして念願叶って得た力は誰かから奪うこと。……その引き換えに元々の保持者は死んでしまいますがね!

 

 

 引き攣った笑いを浮かべ大仰に腕を広げ続ける。

 

 

――悪魔祓いに成りたかった私ですが、聖剣に適性がありませんでしたからね。泣く泣く司祭に成ったというわけです。ですが……案外悪いものではありませんでしたよ。一つ声を掛ければ、末端の『神器』使いなら集められましたかねぇ。

 

 

 ……成る程。『神器』ってのはイマイチ分からんが、力欲しさにその『神器』使いを実験したわけだ。でもなぁ……。

 

 

「御託はいい。今重要なのは……」

 

〈First Move〉

 

 

 言葉を切り、一歩踏み出す。今、この場にいる人間には知覚できない速さでセルバンの懐に入る。

 刃が魔法の補助をしてくれる。何も言わなくても俺が何をしたいのか、分かってくれるのは有り難い。

 

 

――っ!?

 

「俺が、お前を殺す。ただそれだけだ」

 

 

 息を呑み驚愕に顔を歪めるセルバンの顔面に右拳を放つ。

 ――パァンッ!――と破裂音が鳴り、セルバンの体は地面に平行して吹き飛んでいく。

 

 

「防がれたか……」

 

 

 俺の拳がセルバンの顔面に接触する寸前に、セルバンの顔の前に黒炎が現れるのが見えた。

 奴はオートガードの能力を保有している。それは以前の戦闘で分かっていたが、思った以上に精度が高いな。知覚外での接近にはあの防御も発動しないと思ったんだけどな。まぁ、それがオートガードってやつなんだろうが……。

 

 

「殺す……とは言ったものの、大輝少年にここに居られると戦い辛いな」

 

〈では、転移魔法で……使えませんでしたね〉

 

「うるせぇよ」

 

 

 俺の言葉に反応した刃が答えてくれるが、馬鹿にされた気しかしない。

 まぁ、使えないのは事実だ。戦闘訓練ばっかで、そこら辺は手付かずだったからな。

 

 

「大輝少年、君を大宮先生のところまで送ろう」

 

「へ?」

 

 

 大輝少年が気の抜けた声を上げたのを聞きながら、彼の背後に回って膝裏と背中に手を回して持ち上げる。

 

 

「なぁっ!?」

 

「一応負傷している左肩を庇うようにして持ったつもりだが、痛かったか?」

 

 

 驚く大輝少年に訊くが、口をパクパクとさせ言葉を発せれていない。

 

 

――何処へ行くつもりですかあぁっ!

 

 

 殴り飛ばしたセルバンが怒りの咆哮を上げる。

 セルバンは右手に黒炎がを作り振りかぶる。黒炎の大きさは1m程のもの。それを振りかぶった……次に来る動作は一つしかないな。

 

 

――消し飛びなさい!!

 

 

 ほら来た。そりゃあ、あのモーションなら投げるしかないだろ。

 

 

「喋るなよ、舌を噛むぞ」

 

「え?」

 

 

 大輝少年の疑問の声を無視して飛ぶ。一気に上空100m程の高さまで来た。眼下では黒炎が俺達の居たところに着弾して、爆炎を起こして周囲の民家を焼いていた。

 セルバンと目が合う。あれが目眩ましにでもなれば良かったが、そうもいかんらしい。

 

 

「まずは君の傷を治そう。放っておくのも余り良くはない」

 

「……ぇ……ぁ……ぇ?」

 

 

 大輝少年からすれば急に景色が変わった感じか?それに戸惑いを覚えるように、辺りを見回す。

 

 

「事態を把握する時間はもらえんぞ」

 

「……え?」

 

 

 大輝少年は周囲を見回していた顔を俺に向ける。

 それに対して俺は視線を眼下に向けることで答えた。

 そこには空を駆け上がってくるセルバンの姿があった。

 

 

「行くぞ」

 

――逃がしません!

 

 

 景色が流れる。感覚では新幹線に乗ってる感じか?

 追ってくるセルバンとの距離は開く一方で、奴の声ももう届かない。頭に直接話し掛けてんのに何で距離で強弱がつくんだ?

 

 そんな下らない事を考えていると、直ぐに海鳴大学病院が見えてきた。目測で1km程距離があるが、複数人の影が大学病院の屋上にあるのが確認できた。すると、人影を捉えると同時に歌声が聞こえてくる。

 

 

「これって、歌……?」

 

 

 大輝少年が戸惑ったような声を上げた。

 しっとりしたバラード系の切ないラブソングだ。それが耳朶に届くと、何処からともなく力が湧いてくる。

 その昔、数え役満☆シスターズと呼ばれた天和、地和、人和の張三姉妹が使う魔法、エンチャントソングの能力だ。範囲内の三人が味方だと認識している人間の能力を底上げする。

 でも効果は一定じゃない。彼女達のコンディションで決まるんだ。その倍率は最大で10倍。低くて5倍。これは三人が集まった状態の時で、二人なら5倍から8倍、一人なら3倍から5倍。しかも、効果範囲は半径1kmだ。

 でも正直な話、桃香や愛紗達が天和達のエンチャントソングの効果を得ると、俺と互角かもしくは俺を優に超える力を得ることができる。そこら辺を考えると、この三人は戦闘能力はないが、後方支援としては最高だろう。

 

 

「お兄ちゃん、お帰り~」

 

「こーくん、お帰り~」

 

 

 速度を落としてゆっくりと屋上に降り立つ。逸早くそれに気付いた桃香と束が笑顔で迎えてくれた。

 

 

「ああ、ちょっと余計なもん連れてきたけどな」

 

 

 視線を後ろにやって見えないほどに距離の開いたセルバンを言外に指す。ま、それよりも大輝少年だな。

 

 

「璃々、大輝少年の治療を頼む」

 

「はーい」

 

 

 どこからか持ってきたのか、丸椅子に座って天和達の歌を聞いていた璃々に近付いて大輝少年を下ろす。

 

 

「大輝!」

 

「父さん……」

 

「良かった……! 本当に良かった……!」

 

 

 大宮先生が大輝少年に駆け寄って強く抱き締める。俺に彼の顔は見えないが、その目には涙が浮かんでいるだろう。

 大輝少年はそんな父親に困惑顔で、どうすればいいのかと俺に視線で聞いてくる。……仕方ない。

 

 

「大宮先生、嬉しいのは分かるが、大輝少年は怪我をしている。治療しないと」

 

「あ、ああ、すまん」

 

 

 父親の抱擁から解放された大輝少年はほっと安堵の息を吐く。その間に璃々が大輝少年の左肩に手を翳して治癒魔法を掛け始めた。

 

 

――逃がさない……そう言ったはずですよ!

 

 

 突然脳内にセルバンの声が響く。

 空を見上げると、追い付いてきたセルバンが空を駆けて迫っていた。距離は凡そ500m、直ぐに来るな。

 

 

「誰だ……っ!?」

 

「なんだ……声が頭に……!?」

 

「これって、念話……?」

 

 

 それはこの場に居る全員に聞こえたようで、困惑の表情を浮かべて辺りを見回している。

 

 

「みんな、あれ!」

 

 

 美由希が俺の視線を追って空に向かって指を差す。

 

 

「人が空を駆けている……」

 

 

 誰かがそう呟いたが、答えてやる時間はなさそうだ。

 

 

「ブレイク キャノン」

 

 

 10個の魔力弾を生成する。天和達のブーストのお陰かいつもの一回り大きいサイズだ。

 

 

「シュート」

 

 

 10個の魔力弾が一直線にセルバンへと向かう。その結果を見届けることなく俺は次の行動を取る。

 

 

――無駄ですよぉっ!!

 

 

 セルバンは黒炎で魔力弾を凪ぎ払い、さらに俺の居る屋上に接近する、が。

 

 

――っ!? 消えた! 何処に!?

 

 

 そこに俺は居ない。その事に驚いたセルバンは動きを止めた。

 

 

「ここだっ!」

 

――ぐぅっ!?

 

 

 セルバンの左側面へと回り込んで土手っ腹に右足を叩き込んで蹴り飛ばす。

 短い悲鳴を上げたセルバンは、体が後ろに流される中で右腕を俺へと伸ばし五指を開いて、閉じる。

 

 

〈周囲の気温が上昇しています〉

 

 

 刃の報告通り、俺の体感でも急激に熱くなっていってるのが分かる。

 

 

「小癪な真似を……!」

 

 

 離れた方が無難と判断して、俺は下降してその場を離れる。一瞬後――ドオォォォン!!――俺の居た場所は黒炎が発生して連鎖的に爆発を起こす。

 

 眼下にあったオフィスビルに足をつける。すると、再び周囲の気温が熱くなっているのが分かった。

 上を見上げれば、体勢を立て直して空中で止まるセルバンの左腕が俺に向けられていて、その手は固く握り拳を作っていた。

 

 

「――っ!?」

 

 

 全力で走る。屋上の床は俺が踏み込む毎に砕けコンクリ片を跳ね上げた。

 

 

「おおおっ!!」

 

 

 隣のビルへと跳ぶ。それと同時に背後で爆発が起き、その衝撃を背中に受けて転がるように隣のビルへと着地した。

 

 

「どこ狙ってやがる、ヘタクソ!」

 

 

 俺は空を見上げて声を上げる。その罵倒に額に青筋を浮かべたセルバンは右手を天に掲げる。

 その手の先には無数の黒い何かが浮かび上がっていくのが見えた。

 

 

――死になさい!

 

 

 セルバンが掲げた右手を勢いよく振り下ろせば、天を埋め尽くす黒い何かは一斉に俺に向かって落ちて来た。

 

 

「マジかよ……!」

 

 

 刃と無限を刀にして迫り来る何かに備える。

 俺の今居る位置、ここはその何かが集中して降り注ぐ場所だ。流石に弾ききる自信はない。

 一瞬でそう思った俺はバックステップでそこから離れる。

 すると直ぐに――ドドドドドッ――と何か、針のように細くボールペン程の長さの黒炎が幾つも突き刺さっていく。

 更に降り注ぐそれを、俺はステップを踏んで躱し、刃と無限を振るい弾く。

 

 

「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 自分ですら既にどう動かしているのか分からないほどにがむしゃらに動かす。見て払うでは遅すぎる。見て躱すでも遅すぎる。感覚で動く。

 

 

――まだまだありますよ!

 

 

 黒炎が降り注ぐ中でギリギリ聞こえたセルバンの声は俺を追い詰めるものだった……なんてな。

 最初の攻撃と二撃目の間の一瞬の空白、1秒にも満たないそこが狙い目だ。

 

 

(来た! 今だ!)

 

 

 黒炎の雨が一瞬だけ止む。眼前には黒の絨毯が再び迫ってきているが、この一瞬さえあれば十分だ。

 魔力を左手に持つ刃に乗せる。その魔力は直ぐに炎熱変換で紅蓮の炎に姿を変えた。それほど余裕も無い。攻撃は速やかに、だ。

 

 

「鎌鼬・鳳凰!」

 

 

 刃を振るい、纏わせた炎を放つ。放たれた炎は火の鳥へと姿を変えて飛翔する。

 紅蓮の火の鳥が黒炎の雨を打ち消しながら一直線にセルバンへと飛ぶ。

 

 

――この程度!……なぁっ!?

 

 

 迫る火の鳥を黒炎で払ったセルバンだが、その目は驚愕に見開かれていた。

 火の鳥を払ったらそこには俺が居たんだからな。

 簡単な話だ。鳳凰を放った後、俺は直ぐに鳳凰の後を追って飛んで黒炎の雨を切り抜けた。そして今、眼前には目を見開いたセルバンが居るって訳だ。

 

 刃と無限をグローブに戻して右手の五指を曲げる。握り込むのではなく、引っ掻くような感じで爪を立てる。

 

 

「氷神・零爪(れいそう)!」

 

――くぅっ!

 

 

 俺の爪はセルバンの左腕を掠めた。黒炎が壁となって防ごうとしたが、その黒炎を切り裂き左腕まで届いたのだ。

 零爪……引っ掻いたモノを例外なく凍て付かせる。その例に漏れず、セルバンの肘から指先まで深紅の氷の結晶に成った。

 

 

――これはっ!?

 

「その腕、貰うぞ」

 

 

 セルバンの反応を超え左腕を伸ばす。

 氷の結晶と化したセルバンの左腕を掴んで強引に押すと――バキッ――肘から先が折れる。

 

 

――ひぃっ!

 

 

 実際に痛みは無いだろうが、視認してしまえば擬似的に痛みが伴う。人が怪我をしているのを見ると、自分も同じところが痛くなったりするのと同じだ。そこを認識しただけで……いや、認識したからこそ腕を失った恐怖に身が固くなっている。再生できることも忘れて、な。

 

 

「たかだか腕の一本無くなっただけで、ビビってんじゃんねぇぞ!」

 

――ごふっ!?

 

 

 セルバンの顔面に左拳をめり込ませて振り抜く。

 セルバンは縦に回転しながら吹っ飛び、背中を地面に擦るように滑って止まった。空中であんな止まり方って、どんな能力だよ?

 

 

――ひいぃぃ! 腕ぇっ!? わたっ、私の腕がぁっ!!

 

 

 セルバンは肘から先が無くなった自分の左腕を抱えてのた打ち回る。

 

 再生できないのか? 自らの意思で再生する能力なんざ使い勝手が悪い。そもそも、悪化させることは出来ても、自分の意思で治癒力を高めるなんて出来るわけもないしな。

 あれか? 凍らしたからか? 可能性としては高いな。……試してみるか。

 

 

「何時までもピーピー泣いてんじゃねぇぞ。クソが」

 

――ひぃっ!

 

 

 ゆっくり近付きながら言ってやれば、セルバンは顔を青褪めさせて尻餅をついたまま後退る。

 

 

――ば、化け物……!

 

「あ?」

 

 

 セルバンは俺の頭より少し上を指差して言う。

 俺は何かあるのかと後ろを振り向くが何もない。上を見ても何もなかった。

 

 

〈何時ものあれでは?〉

 

〈あの童の反応が変わったのも、それでかもしれませんね〉

 

「あれ……? ああ、あれか。なるほど、見えてるのか。そして大輝少年にも見えていた……と」

 

 

 刃と無限の言葉に疑問が出るが、直ぐに心当たりが思い浮かぶ。

 

『赤鬼山口(さんこう)』……その昔、俺に付いた通り名だ。多くの賊はこの名で震え上がった……らしい。実際にこの名前だけで降伏した賊も多かった。

 何故『赤鬼』なのか?これは俺自身に自覚はないが、俺に恐怖を持った者、敵対している者、この二者は俺の背後に赤い肌をした鬼を幻視するらしい。

 恐らくセルバンも例外ではなく、それを視たんだろう。

 

 

「立てよ」

 

――ひっ!

 

 

 セルバンの正面まで来て髪の毛を右手で掴んで無理矢理引っ張り上げる。

 

 

五指銃(ごしがん)!」

 

――ぐぶっ!!

 

 

 セルバンの髪の毛を掴んだまま腹に魔力と覇気を纏わせた左手をめり込ませていく。

 第一関節、第二関節とどんどんめり込み、手首までめり込ませると、指先が背中側に突き抜けた。そこで進ませていた腕を止める。

 

 

――ひぎぃぃ!……や、やめでぐれええぇぇ!!

 

 

 セルバンが汚い悲鳴を上げるが、それを無視してめり込ませた部分の状況を確認する。

 血は出ていない。代わりにと言うか、傷口を黒炎が包み込んで接触している俺の腕を焼く。流石に不味いと思った俺は、氷結変換で黒炎から腕を守る。

 

 

――ぎぃぃあああ!!だず、だずげでぇ!!!

 

 

 尚も喚き続けるセルバンに溜め息が漏れる。死を覚悟していない者ほど滑稽な殺人者は居ない。

 

 

「潔く死ね、セルバン。これ以上お前に息をされると温暖化が加速しそうだ」

 

 

 そう吐き捨てて、左腕を守る魔力範囲を広げる。氷結変換された魔力は、触れるものを凍てつかせる。

 

 

――ひぃぃぃっ!!

 

 

 腹部から腰、太股、膝、脛、爪先へと凍てつき、同時に胸、肩、二の腕、肘、前腕、手先、と凍り残すは首から上だけとなったところで進行を止める。

 

 

――だ、だずげでぐれぇ!!じにだぐないいぃぃ!!!

 

 

 何を馬鹿な事を……と、そう思う。人を殺めておいてテメェは死にたくない? そんな道理はない。命を奪うなら、それ相応の覚悟が必要だ。

 

 

「テメェはやり過ぎたんだよ。報いを受けろ、セルバン」

 

――た、たすけッ――――――――――――

 

 

 それを最後にセルバンは氷のオブジェとなった。その顔は見事に歪み、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。よっぽど怖い目に遭ったんだろーねー。

 

 

「んじゃ、仕上げますか」

 

 

 左手を引き抜いてセルバンの胸に手を当てる。その拍子にパラパラ、と氷の破片がこぼれた。

 

 

「消えろ」

 

 

 その言葉を言うと魔力の奔流を左手から放つ。魔法名もないただの魔力の暴力。それは10秒間放たれ続け、やがて収縮する。魔力の奔流が収まった後にはセルバンの姿などあるはずもなく、完全に塵となったようだ。

 

 

《全員聞こえるか?》

 

 

 セルバンを消し飛ばした余韻に浸るのも僅かな間で、直ぐに次の行動に移る為に広域思念通話を行う。

 

 

《お兄ちゃん、そっちは終わったのか~?》

 

 

 大した間もなく鈴々から返事が帰ってくる。のんびりした口調だ、向こうもあらかた終わったのか?

 

 

《ああ、片付いた。そっちの状況は?》

 

《こっちは見当たらないのだ! でもでも、鈴々8体も倒したよ?》

 

《そうか、よく頑張った。全部終わったら焼き肉でも行こう》

 

《ほんと?》

 

《ああ》

 

《じゃあ鈴々もっと倒すのだ!》

 

 

 鈴々のテンションが際限なく上がっていくのが顔を見なくても分かる。

 鈴々との念話は切れた。まだどこかに潜んでいるかもしれない獲物を探しに行ったんだろう。

 

 

《こちらも見当たりませんな》

 

 

 鈴々の満面の笑顔を思い浮かべてほっこりしていると、星から念話が届く。

 

 

《了解。星はメンマか?》

 

《出来ればそうして頂きたいですな》

 

《分かった。まぁ、念のため探索を頼む》

 

《分かりました》

 

 

 短い応答を繰り返して星も探索に出たようで、念話が切れる。

 

 

「メンマ好きは変わらんね」

 

〈それが子龍様ですよ、主〉

 

「そうだな。あれがないと、あいつらしくない」

 

 

 苦笑が出るのも仕方ない。そこからは俺も探索をしながら、飛ばした念話に返ってくる反応に応対しながら飛ぶ。

 

 

「もういないか?」

 

〈そのようですね〉

 

「これでこの事件も終わり、だな」

 

 

 復讐をしたところで何も得るものはない。言うのは簡単だが、実際に自分の家族、友人、恋人、知人、恩師、身近な人間の命が唐突に奪われたとして、それが災害や事故ではなく何者かの手によるものだとしたら?

 どれ程の人間が犯人を恨まずにいられるだろうか? そいつの死を望まずにいられるだろうか?

 行き場の無い怒りに明確な捌け口を与えられれば誰だって飛び付くし、恨みを晴らしたいと思うだろう。今回は俺にとってマキア・セルバンがそうだったように……。他の誰かにとって俺も……。

 

 

「……その対象なのかもな」

 

 

 自嘲の笑みをこぼして独り言ちる。

 

 

〈何か仰いましたか?御主君〉

 

 

 俺の独り言に反応した無限に「いや、何でもない」とだけ返して、桃香達のもとに戻るのだった。




終わった。ようやくマキア・セルバンは死にました。長かったです。これで原作に……入れません!
まだやることがあるんですよねぇ。何時になったら原作に入れるのやら。

ちょっとした『蜀伝の書』に関する補足です。
『蜀伝の書』は『夜天の書』と似た部類の魔導書です。『蜀伝の書』は人物のデータを、『夜天の書』は魔法のデータを……といった具合です。今はまだ『闇の書』ですけどね。

宏壱は『蜀伝の書』の所有者ではありますが王ではありません。王は劉備(桃香)で宏壱は『夜天の書』で言うところの管制人格の役割です。それなりの権限は与えられていますが、絶対的な権限は劉備にあります。まぁ、彼女は完全に命令権を宏壱に譲ったつもりなので、今回の事件のように求められない限りは口を出すつもりはないみたいですけどね。

では、また次回お会いしましょう。



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第四十三鬼~プロテスタントの男~

side~第三者~

 

 宏壱自宅――事件解決・同日同時刻

 

 

 ここは山口宏壱の自宅。外観は日本の古き良き家といった風情で、内観は一階は和風、二階は洋風といった少しアンバランスな構造をしている。庭園が日本式なのもそれに拍車を掛けているだろう。

 

 その家の複数ある客間の一室には、一人の男性が横になって寝かされている。

 この男性は以前宏壱が徐庶元直(碧里)と共に外食した帰りに、路地裏で倒れているところを拾ってきたのが彼がここに居る理由である。

 

 

「ぅん……ぅっ……ここ、は……?」

 

 

 男性が目を覚ます。まだ意識がはっきりしていないのか、天井をぼんやりと見つめたまま動かない。

 

 

(俺は……確か……マキア・セルバンを追って……)

 

 

 記憶を探るうちに意識が鮮明になってきた男性は、徐々に目を見開いていく。

 

 

「そうだっ……! つっ~……!」

 

 

 自分に何が起きたのか思い出した男性は、勢い良く被せられていた掛け布団を押し退けて起き上がるが、身体中に小さな痛みを感じて顔を歪める。

 

 オレンジ色の短髪にキリッとした眉、細身ながら引き締まった肉体は女性を魅了するだろう。

 そして目立つのは包帯の巻かれた腕や肩、胸、腹回り、包帯が巻かれていない箇所にも古い傷跡が目立つ。

 切傷、裂傷、火傷、打撲痕、弾痕など明らかに堅気のそれではない傷ばかりで、事故や喧嘩、災害に巻き込まれた風ではない傷跡だった。

 

 

「手当てがされている……誰かが俺を助けてくれたのか……?」

 

 

 自分の体を見下ろして、何と無く状況を把握した男性は立ち上がる。

 

 

「俺のズボンじゃないな。少し大きい」

 

 

 男性は上半身は何も来ていなかったが、下半身には宏壱が『グロウ』を使った際に着ているジーンズを穿かされていた。

 男性の身長は凡176cm程で、大人モードの時の宏壱の身長は182cm。6cmも差が出来れば服のサイズも合わなくなる。加えて体付きも宏壱の方がゴツくては尚の事である。

 

 

「そういえば俺の剣は」

 

 

 男性は室内を見渡す。

 10畳の畳が敷かれた広めの部屋には男性と同じ高さのタンスが、男性が寝ていた布団の枕元にあるだけで、他にはなにもない物悲しい部屋だ。

 そのタンスの横には、丁寧に畳まれた衣服と布に包まれた長物が置いてあった。

 

 

「これは俺が着ていた服と剣か」

 

 

 衣服は彼が身に着けていた物、長物の中身も彼自身が持ち歩いていた物だ。間違う筈もない。

 彼は日本警察に帯剣を許されている。銃刀法違反の外枠に存在するのだ。日本政府は悪魔、堕天使、天使、魔法使い、その他の種族に関しても認知している。

 悪魔や堕天使、はぐれ悪魔祓い等の超常を起こす者達には常人では対処できずなすがままになってしまい国民の安全が確保できない。故に日本上層部だけでなく、世界各国の首脳陣はそういった荒事をプロテスタント協会等の専門家のスペシャリストに任せるのだ。

 

 

「特に弄られた形跡もないし、破れた服も補修されている。本当にただ助けてくれただけなのか」

 

 

 男性は呟きながら畳まれていた衣服を広げて状態を確認する。

 白いローブは血痕も汚れもない元々の清潔な白さを取り戻していて、中に着ていた体のラインがくっきり出る黒のボディスーツも修繕されている。

 

 

「銘もないとはいえ、曲がりなりにも神の御加護を承った聖剣。並みの悪魔や悪人では触れることも敵わない筈……という事は、触れたのは善人か?」

 

 

 特殊な儀式を用いて彼の名も無き無銘剣は、魔を滅することの出来る聖剣へと成った。

 魔属性を有する者は、これに斬られれば致命傷とは言えないがそれなりの深傷を負わすことは出来るのだ。

 

 

「しかし、気配がないな。誰もいないのか?」

 

 

 屋内は静まり物音がしない。当然である。男性を診ていた雛里も、念の為にと彼女の護衛に付いていた桃香も宏壱の加勢にと海鳴大学病院へと出向いている。

 

 

「助けられた手前、黙っていなくなるのも忍びない。礼も出来ないしな」

 

 

 呟きながら男性は宏壱のズボンを脱ぎ、自分の着ていた衣服へと袖を通す。

 

 

「だが、あの怪物は一体……?」

 

 

 この男性はマキア・セルバンを追って海鳴市に来たのだが、マキア・セルバンの探索途中に大輝が虚と呼んだ怪物に襲われた。何とか撃退できはしたものの、彼自身も手傷を負い血を失い過ぎて気を失ったのだ。

 そこまで考えて男性は頭を振る。

 

 

「考えても無駄か、分からないことはどれだけ考えても分からない。何より今は命があったことを喜ぼう」

 

 

 男性はローブの裏ポケットに入れてあった写真を取り出し愛おしそうに眺める。

 桃香が洗濯をする際に何か入っていないかとローブを弄ったところ、この写真が出てきたので、取り出して脇に置いておいてローブが乾いたところで中に戻しておいたのだ。

 

 その写真に写っているのは二人の男女と一人の幼い少女だ。見ようによっては男の子にも見えるが……。

 三人は幸せそうに笑っている。豪快に歯を見せて笑顔を作っている男性は女性の肩に腕を回し、女性は優しく微笑んで少女の肩に両手を置いている。

 その二人の間に居る少女は活発な笑顔を見せていて、二人の男女の愛を一身に受けているのが写真越しでも分かった。

 

 

「本当に良かった。家族を残して死にたくはないからな」

 

 

 その写真は家族写真だ。そこに写っている男性は当然宏壱が運んできた彼で、年齢も風貌も変わったところがないことから最近撮られたものだと分かる。

 そうして男性が写真を眺めていた時だった。

 

 

「目が、覚められたようで、良かった、です」

 

「っ!?」

 

 

 男性の背後から突然声が掛けられる。声が聞こえる一瞬前までそこに気配は無かったが、声が聞こえた瞬間非常に希薄だがそこにまるで最初から居たかのように少女が現れた。

 

 

「……君、は?」

 

 

 男性はゆっくり振り返って肩膝を床につけ俯く少女に問う。

 濃紺の髪、目は髪の毛に隠れて見えず、後ろ髪は膝まで伸ばされている。女性的な丸みはあるものの、身長も低くスレンダーな体型で凹凸は少ない体付き。

 注視しなければそこに居るのかさえも分からない程に希薄な気配は、彼女が只者ではないと男性に思わせるには十分だった。

 

 

「この家の家主の、従者を、やらせて、いただいています。姓を徐、名を晃、字を公明、と申し、ます」

 

 

 小さい声量だが、何故かはっきりと耳朶に響く清んだ声だ。独特な言葉の切り方は彼女の特徴の一つである。

 

 

「徐晃……公明、だと……?」

 

「左様、です」

 

 

 本名を躊躇いもなく名乗った公明は顔を上げて頷く。これは宏壱の指示だ。イニシアチブを握るための策の一つである。宏壱は今回の騒動の関係者の可能性が高いと思い男性を家まで運んだのだ。多くの情報を得るために相手の動揺を誘う目的がそこにはあった。

 彼女らの名を聞いて驚かない者は少ないだろう。それ程までに

 

 

「子孫……か?」

 

 

 ぽそりと口の中で呟かれた言葉は元直に届いていたが反応を返すことはしない。ここからは己の主の仕事だと黙る。

 彼女の仕事は主に偵察、潜入による情報収集と夜間を狙っての奇襲、暗殺(暗殺はそれを好まない玄徳に合わせてすることはないが)が殆どで、交渉事等をするようなタイプではない。

 

 

「妙な、気は、起こさない、事を、おすすめ、します。我が主は、短気、ですから」

 

 

 これは嘘だが、妙な気を起こされて玄徳と宏壱に危害を加えられては敵わないと、独断でそう言い放った。

 宏壱はまだ退院しておらず、帰ってくるのは玄徳達だけだが。

 

 

「あ、ああ、分かった」

 

 

 そこからは沈黙の時間が玄徳達が帰宅する30分後までその空間を支配した。

 

side out




今回はかなり短いです。

諸事情によりペースは落ちますが、少しずつ書いていくつもりです。文字数も暫く少なくなるかもです。理由は活動報告の方に載せます。

それはさておき……今回登場した男性は、原作のキャラの肉親です。ヒントはタイトルと彼の髪の色と写真です(ほぼ答え)。

では、また次回お会いしましょう。


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第四十四鬼~蜀陣の事情聴取~

二週間空いての更新……今回も短いです。


side~桃香~

 

「呉刃(徐晃公明)ちゃん、大丈夫かな?」

 

「大丈夫ですよ、桃香様。あの呉刃が現代人に後れを取るなんて有り得ませんから」

 

 

 私の小さな呟きに答えたのは、隣を歩く碧里ちゃんだった。

 

 戦いが終わって30分後の現在、私達は帰途についていた。

 時間は日付が変わろうとする午前0時前。家の方で動く気配を逸早く察知した呉刃ちゃんが走り去ったのはつい先程のことだ。

 

 

「しかし、兄者も物好きだな。あのような面妖な男を拾うとは」

 

 

 後ろから星ちゃんのそんな呟きが聞こえた。

 

 

「宏壱様のなさることです、無駄なことはありません。それに、無駄なことにも意味はあるはずです。凡人の我々が理解しようなどと烏滸がましい考えなのです」

 

「などと言いながら、貴様は分かってるんだろ? お師匠の御考えが」

 

 

 焔耶ちゃん(魏延文長)の質問、と言うより断定に「愚問です」と得意気に言う菫さん(司馬懿仲達)の声に苦笑が漏れる。顔は見えなくても、何と無く背中を反らして胸を張ってるんじゃないかなって思う。

 

 

「まったく、どっちよ。宏壱さん至上主義も良いけど、人の居るところでそれやめてよ? 恥ずかしいから」

 

「何を恥ずかしがる必要が……?」

 

「はぁ、ダメね。分かってはいた事だけど、死んでも治らないみたい」

 

 

 遠慮なんてない言葉の応酬。仲間や友達、同じ人が好きとかもうそんなのは関係なくて、ただそこにみんなが居るだけで安心できる私達の“日常”なんだって思える。

 

 

「桃香お姉ちゃん、どうしたのだ? にやにやしてるのだ」

 

 

 争いから離れた“今”を噛み締めていると、漓々ちゃんと一緒に前を歩いていた鈴々ちゃんが何時の間にか、私の前まで来て顔を下から見上げていた。

 

 

「うんん、何でもないよ」

 

「でも、にやにやしてるのだ」

 

「そうかな~?」

 

 

 後ろに振り返ってみんなに聞くと、みんなが首を縦に振る。

 後ろ向きに歩きながら右手で自分の頬を触ると、少しだけ口角が上がっているのが分かった。

 

 

「くす、だってみんなとまたこうして一緒に居られるって思うと嬉しくって」

 

 

 私の言葉を受けて、顔を見合わせたみんなは一様に笑顔を見せてくれた。

 

 

「はい!私も皆さんとまたこうして一緒に過ごせるのがすごく嬉しいです!」

 

 

 感極まったように朱里(諸葛亮孔明)ちゃんが胸の前で小さな両拳を握り込んで叫ぶ。

 

 

「静かにせんか、バカモノ」

 

「はわわ!」

 

 

 大きな声を出した朱里ちゃんの頭を桔梗(厳顔)さんがグリグリと押さえ付ける。

 もう遅いからご近所さんに迷惑が掛かるもんね。

 

 

「これからみんなが出られるように考えて――「ありますよ」――……へ?」

 

 

 言いながら前を向いて歩き出そうとした私の耳に届いたのは、予想外な言葉だった。

 

 

「……あるって、えっと?」

 

 

 もう一度振り返ってみれば、首を傾げて発言者を見るみんなと、特に驚きを見せていない朱里ちゃん、雛里(龐統士元)ちゃん、碧里ちゃん、菫さんの二通りに分かれていた。

 

 

「どういうこと?」

 

 

 私が口を開くよりも早く蒲公英(馬岱伯瞻)ちゃんが発言者、菫さんに聞く。

 

 

「考えなくとも分かることです。……今話してしまっても構いませんが、着きました。話はまた後日、宏壱様を交えてということで」

 

 

 菫さんの視線の先には私達の帰るお家の門が見えている。

 

 

「うん、じゃあその話はまた今度ね。今は情報を聞き出すことに専念しよう」

 

 

 気持ちを切り替えてお家に向かう。

 

 

「情報……って?」

 

 

 後ろで翠(馬超孟起)ちゃんが疑問の声を上げたのが聞こえた。

 

 

「たんぽぽに聞かないでよ……」

 

「情報というのは……」

 

 

 分からない娘達に説明をする菫さんの声を聞きながらみんなよりも五歩前を歩く。

 

 

「ただいま」

 

「お帰り、なさい、ませ」

 

 

 門を潜って玄関まで続く石畳を進み玄関の戸を開くと、呉刃ちゃんが静かに迎えてくれた。

 

 

「居間で、御待ち、です」

 

「そっか、もう起きてるんだね?」

 

「はい」

 

 

 長い濃紺の髪の間から僅かに見える白い瞳は、微かに揺れながらも私を確りと捉えている。

 

 

「うん、分かったよ。直ぐに行くね」

 

 

 私はその目を見つめて呉刃ちゃんに返事をする。

 彼女の目は特殊で、闇の中でも光がなくてもはっきりとモノが見える。昔はその目が原因で色々あったみたいだけど……。

 考えている内に呉刃ちゃんは、私に背中を向けて居間に向かう。

 

 

「星ちゃんと菫さん、あと朱里ちゃん、私に着いてきてね。他のみんなは、お疲れ様でした。ゆっくり休んでいてください」

 

 

 玄関の前で揃う顔ぶれを見回して言う。こうして見ると、錚錚たるメンバーだと思う。武芸、軍略、政治、唄、あらゆるものに秀でた英雄。自分で言うのも何だけど、後世にまで名前が残る程に優れた人達。

 今は病院だけど、この中で最も武芸に特出しているお兄ちゃんに喧嘩を売った事件の犯人さんは運が悪かったとしか言えない。

 

 

「うにゃ~、鈴々お腹減ったのだ」

 

 

 お腹に両手を当てて鈴々ちゃんが言うと、みんなもどことなくお腹が空いてる感じかな?

 

 

「じゃあ、終わったらご飯にしよっか。それまでは、待機だよ」

 

 

 時間は遅いけど、私もお腹空いてきちゃったから。

 

 

「それじゃあ、行こっか」

 

「「「御意/は、はい!/承りました」」」

 

 

 星ちゃん、朱里ちゃん、菫さんの返事を聞いて靴を脱ぎ星ちゃん達三人を引き連れて居間へと向かう。

 

 

「劉備玄徳様です」

 

 

 居間に入ると呉刃ちゃんが、畳に敷いた座布団の上に正座で座っている男の人に、私を紹介するように言う。その言葉を受けて、男の人の目が大きく見開かれた。

 まぁ、それは良いんだけど……。

 

 

「呉刃ちゃん、どうして本名なのかな?」

 

 

 私は目を細めて、私よりも背の低い彼女を見据える。周りの空気が、左右に引っ張られた糸のように張ったのが分かる。

 呉刃ちゃんが、意味のない混乱を相手に与えるような事はしないって知ってるけど、だけどこの場で……この組織内で誰が上に居るかっていうのを確りと伝えないと、ね。

 圧力が増す中、男の人がごくりと生唾を飲み込む音が居間に響く。

 

 

「桃香様、彼、は、裏に生きる者、です。それに、今回の、事件の、関係者の、可能性が、高い、です」

 

「だから情報を得るためには、ある程度こちらも情報を開示する必要がある……と?」

 

 

 30秒程経って私の圧を受けても慌てた風もなく答えた呉刃ちゃんに言葉を返したのは、私の後から居間に入ってきた星ちゃんだった。

 

 

「桃香様、お座りくださいませ」

 

「菫さん、ありがとう」

 

 

 男の人の机を挟んで向い側の席に菫さんが座布団を置いてくれた。

 そこで私も重圧を解き、男の人の前に座る。明らさまにほっと息を吐く男の人に苦笑が溢れる。

 

 

「それじゃあ、お話を聞かせていただきます。嘘は許しません。真実だけを述べてください」

 

 

 話を進めるのは私の後ろに控えた星ちゃんでも呉刃ちゃんでもなくて、私だ。

 私の右側に座った朱里ちゃんと、左側に座った菫さんには、男の人が嘘を言っているか見抜くのに徹してもらう。

 

 

「あ、ああ」

 

 

 ――男の人が語ったのは自分の所属する組織がどこか、この街に来た目的は何か、お兄ちゃんが戦ったアレは何だったのか……。

 

 全部を聞き終えて、念話を朱里ちゃんと菫さんに飛ばす。

 

 

《私が見た限りだと嘘はないと思うんだけど……どうかな?》

 

《ありません。息遣い、視線、指先、声……緊張感はありますけど、それ以上のものは見えませんでした》

 

《こちらも同様です。特に疚しい感情は見受けられませんでした》

 

 

 朱里ちゃんと菫さんの返ってきた念話に小さく頷いて正面に座る彼を見る。

 たぶん嘘はない、と思う。もしこの状況で私達に嘘がつけるのならすごい胆力だよ。

 

 

「事情は分かりました。つまり、あなた達の不始末が私達に……私の義兄、山口宏壱に押し付けられた。そういうことですね?」

 

「……むぅ、そう言われても仕方無いとは思う」

 

 

 棘のある私の言葉に男の人は眉を顰める。

 

 

「……義兄?」

 

「今は関係ありません」

 

「あ、はい」

 

 

 余計なところに反応した男の人に「反応するところはそこじゃないんですよ~」と、ニッコリと笑い掛けると彼は背筋を伸ばす。

 

 

「じゃあ、お話はここまでにしてご飯にしよっか」

 

「……へ?」

 

 

 パチン、と柏手を胸の前で打った私の言葉に、気の抜けた声を出す彼を気にせずに言葉を続ける。

 

 

「まだだよね?」

 

「ま、まぁ」

 

「それじゃ、決まりだね」

 

 

 菫さんが静かに腰を上げて今を出ていく。何処かにいるみんなを呼びに行ったんだと思う。

 

 

「それだけ、か?」

 

「直接元凶と対峙したわけでもないし、思うところはあっても言うことは無いかな。事情を聞くのが今回の目的だしね」

 

「はぁ……そんなことで俺の寿命は縮んだのか」

 

 

 私達に見据えられていたのが効いていたみたいで、男の人は大きく息を吐き出して机に体を投げ出した。

 

 

「いや、我らの圧力にこれだけ耐えれれば十分やっていける」

 

「はい、今の、人達は、軟弱、ですから……です」

 

「……もうこんなことは嫌だ」

 

 

 星ちゃんと呉刃ちゃんの言葉に更に深い溜め息を吐く。

 この人は気づいてるのかな? 少しとはいえ、自分が星ちゃん達(英雄)に認められたってことを……。

 

side out




事件解決後の話は難しいですね。まだもう少しだけ続きます。

因みにですが、この話は章として区切りません。
宏壱が様々な存在と出会い人脈を広げるのがこの章の主幹になります。

では、また次回お会いしましょう。


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第四十五鬼~赤鬼の新たな友人~

side~宏壱~

 

「それで、あんたは俺に礼を言いに来た、と?」

 

 

 ベッドの脇に立って「うむ」と頷く男を、俺は病室のベッドに座って見る。

 今は事件解決から一夜明けて、翌日の13時を回ったところだ。

 

 あの後は大輝少年、大輝に詳しい説明をして解散となった。

 正直な話、今回の事件は周りを巻き込みすぎたと思う。

 月村姉妹、なのはを除く高町兄妹、士郎さん、大宮父子、石田先生、そして……八神一家と犠牲になった海鳴市の一般人。

 

 かなりの人を巻き込み、死者を出して終決した事件。多くの人が訳も分からず死に、家族を失い、友を失い、大切な人を亡くした。意味も理由も全てが分からないまま始まり、そして終わった事件だった。

 

 

「本当にありがとう。君の、君達のお陰でマキア・セルバンによる被害の拡大は防げた。俺は何も出来ずにいたが……」

 

「防げてなんかいねぇだろ。大勢の人が死んだ。そして、誰もが何時の日か忘れちまうんだよ」

 

「……」

 

 

 黙り込む目の前の男、紫藤正滋(しどうせいじ)を見据える。

 

 この男はマキア・セルバンを追って海鳴市(この街)に来たらしい。

 何でも、マキア・セルバンははぐれ神父とか呼ばれている異端者で半端者らしい。俺は奴の情報を殆ど持ってないからな、らしいづくめだ。

 

 

「……確かにそうだ。多くの人が悲しみ、眠れぬ夜を過ごしたんだろう。だが、それを君が背負う必要があるのか?」

 

「は……?」

 

 

 空気が冷える。室内温度が数度下がったんだろう。

 やけど、これは止まれへんな。背負う必要がない、なんざ誰が決めたんや?

 

 

「なら、誰の責任じゃ」

 

「む、う……?」

 

 

 俺の口調の変化に紫藤正滋は戸惑いを隠せへんみたいや。それでも、こればっかりは止まれへん。ちゃうな、止まらへんのや。

 

 

「俺が取り逃がしてしもたから、被害は拡大したんじゃ。ホンマやったらとうに事件は終わっとんねん」

 

「いや、すまない。君の気持ちが分からない俺が、背負うな……とは無責任すぎたな」

 

「……」

 

 

 あっさりと引いた紫藤正滋に毒気を抜かれ、張り詰めていた空気が緩んだ。

 それがその場凌ぎの謝罪じゃないことは、彼の顔を見れば一目瞭然だった。

 

 

「だがな、背負い続ければ君はその重みに――「押し潰されねぇよ」――……そう言い切れるのは何故だ?」

 

 

 口調を戻して紫藤正滋の言葉を遮る。

 

 

「俺には家族が居る」

 

「家族……?」

 

「会っただろ? 俺の家族に」

 

「彼女達か……」

 

 

 会っている筈だ。あの事件の後、桃香達は直ぐに帰ったからな。その時に目を覚ましたのなら、紫藤正滋は()の英傑達と出会っている。そもそも、あいつらから俺の居場所を聞いたんだろうしな。

 

 

「そうだ。あいつらは俺を強くしてくれる。何処までも、どんなモノも支えられるように、な」

 

「良い家族なんだな」

 

「ああ、俺の誇りだよ」

 

 

 自然と頬が緩む。他人(ひと)に大切な人達を良く思われて悪い気はしない。むしろ嬉しいくらいだ。

 

 

「……君は若いのに良い表情(かお)をするな」

 

「急になんだよ?」

 

 

 妙な温かみのある顔でそんなことを言い出す紫藤正滋に眉間に皺が寄る。男にそんな顔で言われても嬉しくないぞ。

 

 

「君ほど若くないが、俺の後輩にも10代の悪魔祓いがいる。決意を持ち、使命感のある表情をするんだが……」

 

「……だが?」

 

 

 変に間を開ける紫藤正滋に焦れた俺は、続きを急かすように語尾を言う。

 

 

「何かを守り抜くという意思は弱い。敵を倒すことばかりを考えている」

 

「それが真理じゃないのか? 敵を討てば傷付く奴はいなくなる。結果的に、守りたいものを守れるだろ」

 

 

 紫藤正滋は頷き俺の言葉を肯定する仕草を見せながらも、その口から出た言葉は否定だった。

 

 

「君は自分が生き残ることを考えて行動しているだろう?『決死の覚悟』と言っても本当に死ぬ気はない」

 

「当たり前だ。誰が好き好んで死にたがるんだよ」

 

「うちの若い衆は大体そうなんだ。主の為ならば己の命など惜しくはない……!みたいな感じだから」

 

「あんたも苦労してるんだな」

 

 

 俺は、肩を落として言う紫藤正滋に苦笑を溢す。

 若い内は「自分が何でも出来て、敵わない者はいない」、なんて有りもしない自信がどっからか湧いてくる。それで、大きなヘマをして学ぶんだよな「自分の居る世界は小さい」ってさ。

 

 

「正滋だ、そう呼んでくれ。俺も君を宏壱と呼びたい。構わないだろうか? 年齢は二回り近く離れているが、君とは友人関係を築きたいんだ」

 

「分かった。それじゃあ改めて……」

 

 

 一呼吸間を開けて、俺は口を開く。

 

 

「私立聖祥大付属小学校三年所属、山口宏壱だ。しがない魔導師をしている」

 

 

 管理局の事は話さない。士郎さんや咲でさえも知らない情報を、付き合いの浅い紫藤正滋、正滋に話すのは彼等に対しての裏切りだと思うからな。

 

 

「プロテスタント協会所属の悪魔祓い(エクソシスト)、紫藤正滋だ。劣化品の聖剣使いをやらせてもらっている」

 

 

 そう言って正滋は右手を出す。その意図を汲み取った俺は、正滋の差し出す右手をしっかりと右手で握り握手を交わす。

 

 

「今日はこれで帰らせてもらう。後日また来ても良いか? 俺の上司が宏壱に会いたいと言ってるんだ」

 

「ああ、構わない。俺達に対して敵対行動を取らなければ、な」

 

「あの方はそんな浅慮じゃないさ。矛を向ける相手は理解しているよ」

 

 

 その言葉を残して正滋は俺に背中を向けて手を振り病室を出ていく。

 

 

「で、士郎さんは何時までそうしてるんだ?」

 

 

 俺以外誰も居なくなった病室にそっと忍び込み、病室に備えられている棚の影に隠れている男に声を掛ける。

 

 

「……バレていたのか」

 

 

 隠れていた男、士郎さんが後ろ頭を掻きながら棚の影から姿を現す。

 

 

「分かっててやってたんだろ?」

 

「まぁ、君には意味がないことは分かっているさ」

 

 

 肩を竦めて戯けて見せる士郎さんに、少しばかりの苦笑を漏らす。

 

 

「それで、何か用か?」

 

「特に何かあるわけでもない。ただ、店がまだ開けられなくてね」

 

「暇潰しかよ」

 

 

 ジト目を向ける俺から士郎さんは目を逸らす。

 

 

「そ、それより、さっきの彼は呼び捨てなのに僕はさん付けかい?」

 

「(露骨な話の逸らしかただな)……特に理由はないぞ? ただ、尊敬できると思ったからってだけだしな」

 

 

 話を逸らしたことには触れないことにして、乗っかることにした。

 この話は事実だ。実際、この街には尊敬できる人間が多い。それは管理局内でも言えることだけどな。

 

 

「それに正滋は自分で良いって言ったからな。だから、そう呼ぶことにした」

 

「なら、僕のことも士郎と呼んでくれ」

 

「あんたがそう言うなら遠慮なく」

 

 

 こういうことはヘタにに遠慮すると、変な距離を作りかねないからな。

 

 

「じゃあ、俺も呼び捨てにしてくれ」

 

「そうかい? じゃあ、そうさせてもらうよ、宏壱」

 

 

 互いに敬称無しで呼び合うことになった。

 

 

「それで、入院生活はどうだい?」

 

 

 唐突な質問が士郎さん、士郎から飛んできた。

 

 

「飯の量が、な」

 

「あー、君には少ないか」

 

 

 士郎は納得した、と頷きながら苦笑を漏らす。

 病院食は栄養バランス、カロリー摂取量を考えた献立で量は平均男性……俺の場合は年齢に合わせたもので更に少ない。

 やることは散歩ぐらいで、ほとんど動くこともないから普通なら足りるんだろうが……。

 

 

「それに味気ないし、塩なんかは特に控えめだ。なにより、桃香達の料理が食いたい」

 

「僕も入院中は、桃子の手料理が恋しくなったよ」

 

 

 考えることは一緒か、と互いに笑みを見せる。

 士郎の頬はだらしなく緩んでいるのを見て、俺も似た感じで笑っているんだろうと、鏡を見なくても分かる。

 

 

「男二人がでれでれとにやけているのは気持ちが悪いな」

 

 

 そこで、病室の入り口から声が掛けられる。

 俺と士郎は特に驚くこともなくそちらに顔を向けた。

 少しはねた黒髪。濁った黒い目。シワの寄った白衣。何処と無く不潔感がある、という医者にとっては致命的な印象を、見る者に与える男がそこに居た。

 

 

「あんたも自分の嫁の話になると似たようなもんだろ」

 

 

 俺の言葉を受けて病室の入り口に立つ男、大宮先生がそっと目を逸らした。

 

 

「あー、それで大宮さん、何か宏壱に用でも?」

 

 

 士郎が助け船を出すように言う。

 まぁ、外にもう一つ近付いてくる知った気配があれば何かしらあると思うだろ。

 

 

「まったく。高町さんも山口くんも本当に化け物じみてるな」

 

 

 俺達の視線が病室の外に注がれているのを見て言ってるんだろうが、その言い様は酷くないか?

 

 

「失礼します」

 

 

 入ってきたのは白衣を纏った青髪ボブカットの美人、石田幸恵医師だ。

 彼女は昨夜の事件の見届け人の一人でもある。ちょっとした偶然から関わる事になってしまったのだ。

 

 

「昨日の今日で出勤か……石田先生、大丈夫か?」

 

 

「何が起こっているのか知りたい」……そう言った石田先生の気持ちを汲んだつもりで同行を許可した。

 本来なら力を持たない彼女をあの場所に連れていくべきではなかったが、何と無く八神一家に何が起きたのか、彼女にも知っていて欲しいと思った俺の独断で見届け人の一人になってもらったのだ。

 

 

「はい、不調で休みます。……では医者は務まりませんから」

 

 

 気丈にも微笑んで見せた。いや、魅せる。と言った方が正しいか。

 その笑みは桃香達にも引けを取らないほど美しかった。現に妻帯者である士郎と大宮先生が見惚れているしな。これが彼らのパートナーに知れたらと思うと、(笑いを堪えるのに)震えが止まらないな。

 

 

「あんたは強いな。一般人だってのが勿体無いくらいだ。普通なら塞ぎ込むか、逃避するかすると思うんだけどな。受け入れるってのは……そうそう出来るもんじゃない。誇っていいぞ、あんたはいい女だ」

 

 

 流れるように紡ぎ出された俺の言葉は、聞きようによっては口説き文句のようにも聞こえただろう。

 

 

「……君には愛紗さん達が居るんじゃないのか?」

 

 

「呆れた」と肩を竦めて言う士郎の言葉で、俺の言葉を受けて呆気に取られていた石田先生が我を取り戻し、どこか赤みのある頬のままムッと眉を寄せて俺の前まで来る。

 

 

「君にはまだそういうのは早いわよ」

 

 

 右手の人差し指と中指の二本で俺の額を軽く突く。

 確りと切り揃え手入れされた爪、そして長くスッとした綺麗な指だ。照れ隠しなのか、お姉さん風を吹かす石田先生の瞳には戸惑いの色が見える。

 

 

「男に歳は関係ないぞ。何処まで行ったって男と女なんだ。いい女が居りゃあ声を掛けるし、泣く女が居りゃあ手を差し伸べる。昔も今もそれは変わんねぇさ」

 

 

 大宮先生と石田先生は困惑を隠せず、士郎は更に呆れた視線を俺に送る。

 

 

「そんな目で見るなよ、士郎。俺は『赤鬼』だぞ。知ってんだろ?」

 

 

 士郎はそこで合点がいったと頷き、納得する。

 

 図書館にある書物で読んだが、現代に語り継がれる俺の人物像は大の女好きで酒好き、更には殺しが大好きの暴れん坊……らしい。

 これは諸説ある内の一説だが、一番信憑性のあるものとして多くの文献で語られている。

 他には、実際には優男で腕っぷしが弱くて蜀の女傑が子孫を残すために迎え入れた野心の無い絶倫男とか、そんな男は存在せず、他国や賊を抑えるために一般兵を祭り上げて作られた虚像だとか、理性を持たない殺戮兵器だとかな。ただ、その殆どに女好きだとか、殺人気みたいな言い回しが多い。

 女好きは認める。桃香達を囲っておいて「俺は一途です」などと言うつもりはない。だが、俺は殺しは好きじゃない。闘いは好きだけど、命を奪うのは出来ればしたくない……が、時には相手を殺めることで誰かを救うことができる。

 嘗ての時代はそれが当然だった。賊を10人逃せば、100人単位で罪の無い民が死ぬんだ。なら、生かすべきではない。今回の事件もマキア・セルバンを逃した所為で八神夫妻が命を落とした。

 殺すべき相手は殺す。だが、必要の無い殺生はしない。

 

 

「それで、用事ってのは?」

 

 

 これ以上話を広げると本当に進まないからな。

 

 

「あ、はい。はやてちゃんが目を覚ましました」

 

 

 真剣な表情で石田先生が紡いだ言葉は、辛い現実を直視しなければならない少女の目覚めだった。




最近、100話に入っても原作入りしていないんじゃないかと不安なコントラスです。

マキア・セルバンが起こした事件の後日談的なこのお話はもう暫く続きます。大輝くんのフォローもしないといけませんからね。

まぁ、今ははやてちゃんのメンタルケアが先決ですが。

では、また次回お会いしましょう。


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第四十六鬼~赤鬼、包み込む「大丈夫」~

side~はやて~

 

「……っ!?」

 

 

 目が覚めた時に感じたのは頭に響く鈍痛やった。

 それから暫く何もできひんとぽーっと天井を見とるだけ。

 真っ白な天井で、私の部屋の物とちゃうってことは直ぐ分かった。

 

 

「……はやてちゃん!」

 

 

 どっかで見たことある天井やな~、って考えてると部屋中に女の人の声が響く。聞き覚えのある声で、そっちに目を向けると石田先生が()った。

 

 

「あ~、石田先生や~」

 

 

 妙に間延びした声が自分から出る。声もちょっと掠れててなんか喋り(にく)い。喉が開き辛いって()うたらええんかな?

 長い間喋らへんとこんな感じになるんやと思う。

 

 

「はやてちゃん……状況、分かる?」

 

 

 私が寝かされてるベッドの傍まで来た先生は、目を潤ませて私の顔を覗き込む。

 

 

「なんで石田先生泣きそうな顔してるん? なんか悲しいことでもあったん?」

 

 

 私が聞いても先生は目尻に涙を溜めて私を見下ろすだけやった。

 

 

「先生……?」

 

 

 呼び掛けても先生は反応返してくれんと、私の背中に両腕を回して抱き締める。まるで割れ物を扱うみたいに……。

 1、2分くらい経ってから先生は目尻に浮かぶ涙を人差し指で(はろ)て私から離れる。

 

 

「……今、山口さんを呼んでくるから待っててね」

 

 

 そう言葉を残して先生は部屋を出ていった。

 そこで改めて部屋の中を見回す。清潔間のある白い壁、カーテンも白い、机も白い、ベッドも白い、白、白、白……ほぼ白で統一された色調の部屋。若干鼻に突く薬品の臭い。どない見ても病院の部屋やった。

 

 

 

「私、どないしたんやろ……?」

 

 

 なんで病院なんかに()るん……?

 

 

「……ぅっ!?」

 

 

 記憶を振り返ると、寝起きに感じた鈍痛が私の頭に響く。

 

 

「……あかん、思い出されへん。考えると頭痛なる……っぅく」

 

 

 何があったか思い出されへん。思い出されへんけど、胸が……苦しいぃっ!

 

 

「ひっく……あれ……? なんで、私泣いて……るん……?」

 

 

 よう分からへん。でも、涙が止まらんようなって……。

 

 

――あなた……! 前!

 

――なんや、あれ……。

 

「……っ!?」

 

 

 耳の奥にお母さんとお父さんの声が響いた。ここには居らへん筈やのに……。

 

 

――こっちに来よる……!

 

――はやてっ!!

 

 

 今度は声だけやなくて、その光景が見えた。

 私に覆い被さるお母さん、その肩越しには車の運転席と助手席。車を運転するお父さんの頭。

 そんで、その奥のフロントガラスにはこっちに迫ってくる強い明かり。

 

 

――避けれへん……!

 

 

 お父さんのその叫びと同時に衝撃が私らを襲う。

 目を開けてられへんでギュッと瞑っていると……。

 

 

――生きてな……はやて。

 

 

 最後にお母さんの声が聞こえた。

 

 

「――――っ!?……はっ……はっ……はっ……」

 

 

 そこで意識が現実に戻った。

 

 心臓が……バクバク……ゆうて……息が上手く出来ひん……っ!

 

 

「お父さん……! お母さん……!」

 

 

 目の前がどんどん暗くなって、何も見えへんようになった。

 

side out

 

 

 

 

 

side~宏壱~

 

 石田先生の言葉を聞いてからの俺の行動は早かった。

 即座に『グロウ』で大人の姿になり士郎達を置き去りにしてはやての居る病室へと向かう。

 

 

「はやて!」

 

 

 ものの数分で別病棟にあるはやての病室に辿り着いた俺は、閉じられていたドアを開けて中に入る。

 そこに居たはやてはベッドの上で起こした体を、寒さに震える自分を温めるように肩に手を置き抱き締めて背中を丸めて縮こまっていた。

 

 

「……はやて」

 

 

 何を言っていいのか分からないが、話をしないと何も出来ない。そう判断した俺は、静かにはやてに呼び掛けながら近付く。

 

 

「はやて」

 

 

 はやての傍まで来た俺は、そっと彼女の肩に手を置く。ビクッと体を跳ねさせたはやては驚きに目を見開いて俺を見上げる。

 目からは涙が溢れてシーツを濡らしている。呼吸も少し荒いが過呼吸って程じゃないな。

 小さな手と重なった俺の手には彼女の体温が伝わる。でも、その冷たさに驚く。まるで氷に触れた後みたいだ。初夏に入った今、ここまで冷えることはない。

 

 

「コウ兄……ちゃん……コウ兄ちゃん……!」

 

 

 俺を見上げるはやての目から流れる涙の量が増え、自分の肩に回していた手を俺の胸に置いて服を握り締める。

 

 

「はやて……」

 

 

 俺に何が出来るだろうか? 家族を失ない、独りになったこの娘に何をしてやれるだろうか?

 答えが見えないまま、俺は独りの寒さに震えて温もりを求める少女の頭を自分の胸元に置いて強く抱き締めてやる。

 

 

「うっく……ひっく……うあぁぁあああ」

 

「……」

 

 

 ただ抱き締める。慰めの言葉を持たない俺にはそれしか出来ない。

 

 はやての泣き声だけがこの部屋に響き渡る。

 どれくらい時間が経っただろうか?1分か、10分か、1時間か。長いかも短いかも分からない時が流れ、いつの間にか泣き疲れたのか、俺の腕の中ではやては静かな寝息を立てていた。

 

 

「……すぅ……すぅ……すぅ……」

 

「離してくれないな」

 

 

 俺の服を握り締めるはやての手は、解けずにずっと握り込まれたままだ。決して安眠とは言えない苦悶の表情を浮かべるはやては、見ていて痛々しい。

 俺とはやて以外この部屋には居ない。はやての寝息と身動ぎする音、それと備え付けられた壁時計の秒針が動く音だけが病室に響く。

 

 士郎達は気を利かせて病室に入ってこない。部屋の外に三つの気配があるから居るのは間違いないけどな。

 はやても寝たし呼び込んでもいいが、何と無く今はこうして二人の時間を過ごしたいと思った。

 

 

 〈〈……〉〉

 

 

 うん、別にお前らが居ること忘れてる訳じゃないから、無言のプレッシャー掛けるのやめてくれ。

 

 

「ぅう……ん……?」

 

 

 寝ていたはやての瞼が持ち上がる。その目は俺を捉えているのか、いないのか、暫くさ迷った後、俺の目を見て……。

 

 

「……コウ……兄ちゃん……何処にも……行かんといて……」

 

 

 譫言のように呟いて「独りは……嫌や……」そう続けてまた瞼が落ち始める。また寝るんだろう。瞼が落ちきる前に、伝えることを伝えないとな。

 

 

「大丈夫だ……ここに居る。お前を守ると約束したんだ。大丈夫だ……大丈夫」

 

 

 聞こえたのか、聞こえていないのか、定かではないが、再び眠りに就いたはやての表情は少し和らいでいるように見えた。 <input name="nid" value="42387" type="hidden"><input name="volume" value="50" type="hidden"><input name="mode" value="correct_end" type="hidden">




今話もかなり短めです。取り合えずはやてのお話はこれで終わりですね。次回からは宏壱も退院して学校に復帰です。

シリアスに書けたかどうか、不安なところではあります。ひょっとしたら、はやての心情を書ききれていなかもしれません。多分、思うことがもっとあるのかもしれません。
これが自分の限界と言えばそこまでですね。もっと上手く書けたら……!とも思いますが、これ以上は厳しそうです。
大事な場面ではありますが、引っ張りすぎもよくないと思いました。

では、また次回お会いしましょう。


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第四十七鬼~赤鬼、感じる視線~

side~宏壱~

 

「ふぅ」

 

 

 溜め息を吐きながら俺は窓際の最後尾にある自分の席に座る。

 

 

「お疲れ様、宏壱君」

 

 

 くすくすと笑いを溢しながら咲が俺の席までやって来る。

 

 事件解決から五日後に俺は退院して、六日目の今日、学校に登校していた。

 学校では事故に遭ったと話が広められていて、軽傷ながらも強く頭を打ったから念のための検査入院、って事になっていたらしい。

 

 

「でも仕方ないよね。みんな心配してたんだもん」

 

「いや、別に嫌な訳じゃ無いんだけどさ。ああも質問攻めにされるのは、な」

 

 

 さっきまで、教室に入って直ぐにクラスメイトに囲まれるという大きな退院祝いを味わっていた。

 

 

「心配掛けた罰だよ」

 

 

 そう言って咲はまたくすくすと笑う。

 

 

「そーなんだけどさー。……ん?」

 

 

 咲と会話していると、複数の視線を感じた。クラスの三分の一の男子が俺達をチラチラと伺っている。

 男子17人、女子28人の45人がこのクラスの総数だ。5、6人の視線が集まれば敵意がなくても……いや、俺に対する嫉妬みたいなのが混ざってるから敵意はあるのか?

 兎に角、気になる。が、無視できないものでもない。

 

 しかしその中に俺達、正確には俺を観察するようなものがあれば話は違う。敵意は無いが、興味、好奇心、疑心、みたいなのが綯い交ぜになった視線は気分のいいものじゃない。

 視線を感じる方にそれとなく目を向ける。そこには同じクラスの女子、灰色の髪を肩甲骨まで伸ばし、目は大きくくりっとした可愛らしいもの、肌は白くて頬なんかは餅肌みたいにぷにぷにしてそうだ。

 何よりその胸部は小学3年生にしてBカップ……らしい。女子が教室で大声で叫んでいたのを聞いたことがある。

 話をしたことはないが、咲が昼飯を一緒に食べているのを何度か見たことがある。

 

 

「宏壱君? どうしたの?」

 

 

 会話はしているものの、少し反応が鈍くなった俺に咲が声を掛けてくる。

 

 

「いや、視線が……な」

 

「視線……?」

 

 

 「何でもない」と手を振って机に突っ伏す。直に眠気に襲われて、俺は「みんな~席について~」と言う担任の声をBGMに、その眠気に身を任せるように意識を手放した。

 

 

 

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 昼休みを告げるチャイムが鳴る。何と無く耳に残る響きで、脳を覚醒させる不思議な音を出す。

 

 

「……昼(めし)か」

 

 

 回りを見れば、思い思いに机をくっつけ合ってグループを作って弁当の用意をする者、他のクラスに友人を呼びに行く者、外に食べに行く者と分かれて好きに過ごす。

 咲の方に視線をやれば、彼女も自分の友人と机を合わせて食べるらしい。

 俺は……。

 

 咲と一緒に食べる。

 

 教室を出て人気の無い場所で食べる。←

 

 教室を出て人気の無い場所で食べることにした俺は、弁当箱の入った包みを抱えて席を立つ。

 

 

「何だ今、電波が……」

 

 

 一瞬迷走した作風に違和感を覚えながら教室を出る。

 向かう場所は校舎裏。人気の無いあの場所は内緒話(・・・)をするにはもってこいだ。

 

 

「でね、その時お兄ちゃんが――」

 

「あはは、何よそれ。恭也さんのシスコンぶりも相当ね」

 

「それだけあの人がなのはや美由希さん、咲さんの事を気に掛けてるってことだよ」

 

「くすくす、そうだね。……あ」

 

 

 幾つかの聞き覚えのある声が前方から聞こえてくる。と言うか、勝ち気そうな少女以外の声は知っている。

 

 

「……」

 

「すずか……? どうしたのよ?」

 

 

 長く紫がかった黒髪にカチューシャをした少女、月村すずかと目が合う。

 すずかは急激に顔を赤くして立ち止まり顔を俯けた。ただ、視線は床と俺を交互に行き来している。

 それを訝しんだ勝ち気そうな金髪の少女がすずかに声を掛けるが、すずかは同じことを繰り返すだけで言葉を返さない。

 

 

「あの……! こ――」

 

 

 同行者の三人、なのは、大輝、金髪少女が何を見ているのかと、すずかの視線の先に顔を向ける――前に、すずかが意を決したように顔を上げて声を張る。

 何と無く反応で何を言おうとしているのか分かった。だから……。

 

 

「お誘いはまた今度だ。それと、俺の事はなのはには秘密だ。事情はまた今度説明するから、今は友人との時間を楽しめ」

 

「――っ!?」

 

 

 すずかの目が見開かれる。その横で驚いている大輝と、俺が来た方向の柱の影から息を呑む音が聞こえた。

 簡単なことだ。なのは達では知覚できない速度ですずかの横を通っただけだ。通り過ぎる際に先程の言葉を落としていった、ただそれだけの話だ。

 

 

「何もないじゃない……どうしたのよ? すずか」

 

「??? 今、何処かで聞いたことのあるような声が……?」

 

「な、何でもないよ! ほら、屋上に行こ?」

 

「ぼ、僕もお腹すいたな~」

 

 

 角を曲がって階段を下りる前にそんな言葉が聞こえた。

 にしても、流石士郎の娘だな。あの数瞬の音を拾えるのか……。咲以上に戦闘の才能が有るのかもな。

 少しなのはの潜在能力に薄ら寒いものと、鍛えたらどれだけの強者に成るのかというワクワク感を感じながら下駄箱に辿り着いた俺は、靴を上履きから運動靴に履き替える。

 

 

「……さて、と。飯を食う前に」

 

 

 校舎裏に来て服が汚れるのも構わず、綺麗に手入れされている芝の上に腰を下ろす。

 聖祥は人目に付かないところまで確りと人の手が加えられていて気持ちがいい。

 

 

「相川、俺に何か用か?」

 

 

 教室を出てからずっと俺をストーキングしていて、今も曲がり角からこっちを窺う相川に声を掛ける。

 

 

「……貴方は何者?」

 

 

 姿を見せた相川は口を開くとそう言う。不躾で率直な問いに苦笑いが漏れる。しかし、だからこそ分かり易くて好感が持てた。

 

 

「さぁな。素直に答えると思うか?」

 

「……」

 

 

 相川はキツく俺を睨む。安い挑発だ、それに敢えて乗ったんだろう。

 徐々に相川の体に力が入っていく。雰囲気からして戦い慣れているのが分かる。

 

 

「……70%」

 

 

 今の呟きは何だ?魔法……の類いじゃないな。魔力に近い物はあるが俺にあるようなリンカーコアじゃない。似通ったナニカだ。でも、それで強化した訳じゃないな。

 

 

「っ!」

 

(速いっ!)

 

 

 相川の中にある力の考察をしていると、相川は姿勢を低くして俺に肉薄する。

 相川との距離は8m。相川は一歩で半分の距離を潰した。

 力の正体が分からない以上受けるのは得策じゃない。

 

 

「ふっ」

 

 

 俺はニヤリと不適な笑みをわざとらしく浮かべ……………………弁当の包みを開けて蓋を取る。

 

 

「は……?――――うわぁっ!?」

 

 

 呆気に取られた相川は気の抜けた声を出し、二歩目を踏み出した足の力が抜けたのか、膝が折れてすっ転んだ。

 土煙を舞わせ、野球選手のヘッドスライディングのように俺の前を滑っていく。

 

 

「おい、埃が散るだろうが」

 

「誰の所為で……!」

 

 

 勢い良く立ち上がった相川は思いっ切り顔面を打ったのか、鼻頭と額を赤くして涙目で俺を睨む。

 

 

「もぐっ…………うん、今日も旨いな」

 

「聞きなさいよ!」

 

 

 四段重ねという少し大きめの弁当箱の中身に舌鼓を打っていると、相川がくりっとした目を釣り上げて怒った表情で近付いてくる。

 

 

「話なら後にしろ。今は飯時だ」

 

「~~~~っ!」

 

 

 顔は弁当に向けたまま視線だけで相川を見て静かに告げる。俺は逃げも隠れもしない、そう伝えるために。

 

 

「……はぁ、分かったわ。放課後、ここで話しましょ」

 

 

 それだけを告げて相川は俺に背中を向けて去っていく。弁当箱は見当たらなかったからな。教室に戻ったんだろう。

 俺はそう勝手に解釈して、食事を再開した。

 

 

 

 

 

 ――放課後・校舎裏――

 

 

「……………………来ないじゃない!!」

 

 

 灰色の髪の美少女の怒声が校舎裏で虚しく響いた。

 

 

 

 

 

 何処かで誰かが叫ぶ声が聞こえた……様な気がする。

 

 

《宜しかったのですか?》

 

 

 昼からの授業も滞りなく終えて今は放課後だ。

 そんな下校途中に、俺の首に掛かっている白の宝玉が嵌め込まれた十字架のネックレス、刃から念話で話し掛けられる。

 

 

《何がだ……?》

 

《彼女のことです》

 

 

 彼女という言葉に心当たりはある。と言うか、相川以外に有り得ないだろう。

 

 

《良いんだよ。このタイミングでの聞きたいこと、しかも力ずくでと来たもんだ。前の掃討作戦以外に考えられねぇ》

 

 

 一週間前に行ったマキア・セルバン討伐のとデカブツ共の駆逐作戦、多分それを見たんだな。

 何かの拍子に結界に取り込まれた可能性が高い。そして、俺が戦っているところを見られた。そういうことだろう。

 

 

《まぁ、説明も面倒くせぇし、危害がないなら放置しても構わんでしょ》

 

《……》

 

 

 肩を竦ませて言う俺に刃は呆れた視線、この場合は気配か? そんな念を送ってくる。

 

 

《刃、御主君にもお考えがあってのことだ。小言は必要ないだろう》

 

《……分かりました。もう何も言いません》

 

 

 本当に面倒臭いだけなんだが……まぁ、勘違いしてくれるならいいか。

 

 それからは特に会話もなく、のんびりと家路を辿るだけ……だったんだが、家の門が見えてくると二つの人影が門の前に立っていた。

 

 

「何やってんだ、お前ら」

 

 

 二つの人影に声を掛けながら近付く。

 

 

「……あ」

 

「宏壱君、お帰り」

 

 

 俺に気づいた二つの人影、咲と大輝が同時に俺を見る。

 

 

「それで、何のようだ。今日は鍛練の日だったか?」

 

「違うけど、大輝くんが話があるんだって」

 

「大輝が……?」

 

 

 咲の言葉を聞いて視線を大輝に移す。黒髪に黒目、典型的な日本人の容姿だ。どちらかと言えば、中性的な顔立ち、このまま大人になれば美男子間違いなしだろう。

 

 

「まぁ、いいや。取り合えず入れよ。茶でも出すぞ」

 

「うん」

 

 

 二人を引き連れて門を潜る。玄関まで続く石畳を踏みながら何の用があるのかと考えるが、話の詳細が聞きたいか鍛えてくれと頼み込んできたのか……そのどっちか、他に理由があるのか、まぁ、何れにしろ答えてやるしかないだろう。

 

 

「今日、桃香さん達は?」

 

「ああ、みんな用事でな。今日は俺一人だ」

 

「そうなんだ」

 

 

 靴を脱いで玄関を上がり居間に続く廊下を歩いていると、咲から質問が投げ掛けられる。

 今日は俺を除いた蜀陣営で管理局に出向いている。何でも大きな研究所を摘発するらしい。

 たしか『プロジェクトF』……だったか、その技術を利用した戦闘機人の製産プラントに向かうとかって話だ。

 かなり大掛かりな任務らしいからな、人数が多い方が良いらしい。しかも、超一流の奴等がぞろぞろと向かうんだ。そこの研究員共には同情を禁じ得ないな。

 

 

「座って待っててくれ」

 

 

 居間に二人を通して適当に座らせた俺はキッチンへ向かい、冷蔵庫に入れてあった緑茶のペットボトルから用意しておいた三つのマグカップにお茶を入れて、それをお盆に乗せて居間まで持ってきた。

 

 

「どうぞ、粗茶ですが」

 

「お構い無く」

 

「……どうも」

 

 

 二人の前にお茶の入ったマグカップを置いて向かいの席に胡座をかいて座る。

 

 

「……で、話ってのは?」

 

 

 お茶を一口すすり、視線を大輝に向ける。大輝は俺の視線を受け止めて、真剣な目で見返す。

 

 

「この子を受け取ってほしいんです」

 

 

 そう言った大輝の傍らには、いつの間に居たのか、白髪の無垢な少女がちょこんと座り、ヴァイオレットの瞳で俺を見ていた。




ヴァイオレット……エストの瞳をどう表現しようか悩んで原作を読み返した結果、原作に合わせることにしました。。

今回登場した彼女、相川歩(あいかわ あゆみ)ちゃん。~赤鬼転生記~で以前に名前だけは登場していたこの子が登場する作品を知っている方なら、直ぐに正体が分かると思います。
彼女が登場したとき「新キャラか!」と思ったのは自分だけではないはず……!

それはさておき、次に宏壱が接触する種族は彼女の家族から繋がっていきます。さてさて、どうなることやら。

では、また次回お会いしましょう。


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第四十八鬼~赤鬼が鍛える~

side~宏壱~

 

 予想外の言葉が大輝から放たれた。それは咲も同じらしく目を白黒させている。

 

 

「待て、ちょっと待て。何だ、どういうことだ?と言うか、誰だその少女は」

 

 

 突拍子が無さすぎるぞ。落ち着け、COOLになれ俺。整理しろ。今の状況を整理するんだ。

 

 学校が終わって帰ってくると、家の門の前で咲と大輝が待っていた。

 大輝が話があると言うので家に上げて市販の緑茶(ペットボトル)を出した。

 いざ話を聞くと。

 

 

「この子を受け取ってほしい」

 

 

 大輝がそう言うと、どこからか現れた白髪の少女が大輝の横に座っていた。

 

 …………分からん! 一切分からんぞ! 何だ! どういう状況だ! 俺は今人身売買の現場に居るのか!? それとも売春か!! こんな10歳いくかいかねぇかの少女を売るとはふてぇ野郎だ! 御天道様が許してもこの『赤鬼』が許さねぇ――〈あなた、人ではありませんね?〉――ぞ……は?

 

 

「ど、どういうことだ?」

 

〈御主君、この少女は人の気配をしていません。生命反応は確かに有りますが、波長が人のそれとは明らかに異なります〉

 

 

 無限の言葉で、よーく目の前の少女の気配を探る。

 確かに、人とは違うな。何が違うか?と聞かれれば穢れがない。俺はそう答えを返すだろう。

 どれ程聖人のような人間でも欲望、煩悩は存在する。それをどれだけ理性で抑えられるのか……これで決まると俺は考えている。

 だが、目の前の少女はどうだ? 見聞色の覇気を使っても思考に穢れが混じっていない。

 生物であるのなら欲望はあるんだろうが……。

 

 

「はぁ、詳しく聞かせてくれ。話を聞かないことには、どうこうなんて言えんぞ」

 

「……? 分かりました」

 

 

 混乱する俺の様子に首を傾げていた大輝は、気にするのをやめてお茶を一口飲む。

 こいつ結構他人の感情の機微に疎いんじゃないか?

 

 

「その、山口さんは分かっていると思いますが、僕は転生者です」

 

「「……は?/……え?」」

 

「……え?」

 

「……??」

 

 

 俺と咲の気の抜けた声が重なり、それを受けて大輝は疑問の声を上げる。少女も意味が分かっていないのか、可愛らしく首を傾げた。

 

 

「何の話だ……?」

 

「……あれ? 山口さんじゃ、ない?」

 

 

 大輝は何の話をしているんだ? 今の発言からして、大輝が転生者であることは疑う余地もない。

 何で俺が大輝を転生者だと理解している風な言い方だ?

 

 

「……あの~」

 

 

 思考の海に沈みかけたところで、咲がおずおずと手を上げる。

 

 

「多分なんだけど、大輝君が言ってるのって私、じゃないかな?」

 

「え……? 咲さん、が?」

 

「うん、大輝君は金髪の女の人に転生させてもらったって事でいいのかな?」

 

「はい、そうです。どうしてそれを咲さんが……?」

 

「どうしてだと思う?」

 

「……まさか!」

 

 

 大輝はまさに驚愕、といった表情で隣に座る咲に顔を向ける。

 

 

「その話は後でやってくれ。19時には家を出るんだ」

 

 

 今の時刻は17時30分。19時30分にははやての見舞いに行く事になっている。

 面会時間は夜の22時まで、2時間ほど会話して終わりだ。

 入院時は大体そんな感じで過ごしてた。はやても一週間後には退院だって話だし、なるべく一緒にいてやらないとな。後二ヶ月程で管理局にも復帰しないといけない。一緒にいてやれる時間が減るのは確実だからな。

 

 

「あ、はい」

 

「分かったよ」

 

 

 仕切り直し、そんな感じで居住まいを正し俺達は向き合う。

 

 

「……改めて、僕は転生者です。前世は大学に通っていましたが、気付けば一面真っ白な空間にいたんです。そこで、僕は女の人に出会いました。その人は僕に転生を勧めました。前世では両親もおらず、親戚もいない、恋人も、友人らしい人も居なかった僕は未練もなかったので首を縦に振ってこの世界に生を受けたんです」

 

「なるほど。経緯は分かったが、さっきのお前の発言とどう繋がるんだ?」

 

「今から話します。……転生してもらう際に僕は二つの特別な力を受け取りました」

 

「それは特典ってやつか?」

 

 

 少し前に咲が言っていたことを思い出しながら言葉を挟む。

 

 

「はい……知ってるんですか?」

 

「咲からそれらしいことは聞いたことがある」

 

「それなら話は早いです。僕はその特典に力を望みました。『BLEACH』という作品で、主に死神と呼ばれている人達が扱う鬼道。『ドラゴンボール』という作品に出てくるサイヤ人と呼ばれる種族の肉体、大猿化や彼らの弱点とも言える特徴、尻尾は無しで」

 

 

 それらのマンガ? 小説? アニメ?……どれかは分からんが、そういった作品の能力と、恐らくだが超人的な肉体を得たって事で良いんだろうか?

 今は聞ける雰囲気でもないし、後で聞いてみるか。

 

 

「僕は二つの特典を極めるために修業に励んだんです。並大抵の物じゃなかった。そう自負した内容ですけど……あの男には通用しなかった……!」

 

 

 肩、上腕筋に力が入るのが見える。俺と彼を隔てる机に隠れて見えないが、その手はキツく握り締められているだろう。

 悔しさか、情けなさか、無力感か、何れにせよ彼が今後大きく飛躍するのは間違いない。

 

 

「それだけじゃないんです! 僕の力が今回の事件の元凶だったんです……!」

 

「何……?」

 

 

 空気が冷える。こういう状況は何度目になるのか……。

 顔を強張らせる咲とピクリと反応した白髪の少女。

 

 

「僕の鬼道は魔力を使用していません。所謂、霊力と呼ばれるものを扱うんです」

 

「霊力……なるほど、読めたぞ。だから、マキア・セルバンは幽霊となった者達を化け物に変えることが出来たのか」

 

「はい……何かしらの力を使って、僕の修業跡から霊力の残滓を回収したんです……!」

 

 

 それで、自分の所為……か。

 マキア・セルバンの能力は正滋から聞いている。聖書の神が作り出したシステム、『神器(セイグリットギア)』を身に宿したはぐれ神父。

 その『神器』は相手の力をコピーする能力を持っていたらしい。しかも、応用と改竄ができる上に、ワンランク上に能力を進化させることさえできる凶悪なものだった。

 俺の力自体は魔法術式で組まれていて複雑なものになっている。基本俺達魔導士の使う魔法はマルチタスクが必須条件だ。それだけ多くの思考をしないと処理しきれないし、理解も到底できるものじゃない。デバイスに補助してもらったとしても、使用者にそれが必要なくなった訳じゃない。

 ましてや、デバイスも持たず、マルチタスクすら扱えないマキア・セルバンがどうこうできる代物じゃない。

束なら或いは、と思わなくもないけどな。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 ひとつ溜め息を吐いて纏った怒気を霧散させる。それにほっと胸を撫で下ろす咲と少女。大輝は俺の様子の変化に気づいていなかった。疎すぎるぞ。

 

 

「話は分かった。それで、その話とその少女を譲るというのがどう繋がるんだ?」

 

「この子はデバイスなんです」

 

「ええっ!?」

 

 

 大輝の言葉に驚きの声を上げようとしたが、その前に咲が驚いて間抜けにも口が半開きの状態で止まり、上げようとした声を飲み込むことになった。

 

 

「……ユニゾンデバイスってやつか?」

 

 

 人型のデバイスで思い浮かぶのはそれだ。実物を見たことはないが、その殆どが幼い少女の姿形をしていたと聞く。だからこそそう思って聞いたんだが……。

 

 

「いえ、違います」

 

 

 首を横に振って否定された。

 どうやら違うらしい。と言うか、大輝も知ってるんだな。ユニゾンデバイスの事を。

 そういえば、咲とも転生がどうのって話したことがあったな。あの時、咲は何て言った?

 

 

――それは原作で……あ、ワンピースを知らないんだよね。じゃあ、リリカルなのはも知らない?うんん、そもそも私の知ってるアニメ自体が無いのかも。

(第二十九鬼~咲の修行part2~参照)

 

 

 原作、リリカルなのは、知ってるアニメ。この世界はアニメを元にした世界、か? しかも、なのはを主人公にした? だから、転生者が集まるのか?

 そこまで考えてカチリと何かが嵌まった。今回の事件、すずか誘拐……恐らく、これらはその原作とやらにはなかった事態だ。あればどちらかが必ず動いている。

 それに、咲の強くなりたいというのは準備か。なのはが必ず巻き込まれると予想……ではなく最初から、それこそ、この世に生を受ける前から知っていたからだったのか。

 

 

「この子はデバイスはデバイスでも精霊なんです」

 

「せい、れい……?」

 

 

 咲が鸚鵡返しに大輝の言葉を復唱する。俺も聞いたことのない単語に首を捻るしかない。

 

 

「はい。とある特定の次元世界、そこから『アストラル・ゼロ』と呼ばれる異世界に行けるそうなのですが、その異世界でしか生まれない種族なんだそうです。高密度の魔力素が集合してこの世に顕現するデバイス。『スピリッツデバイス』です。生物の形をとる彼らは武器にもなります。謂わばデバイスと使い魔を足して二で割ったような感じでしょうか。そして高位の精霊は人の姿になり言語を介する程の知能を持っているんです。人工的にではなく、自然現象で彼女、彼らは生まれてくるんです」

 

「それをお前はその少女から聞いたのか?」

 

「はい。この子はテルミヌス・エスト。高位の剣精霊です。『スピリッツデバイス』は誰でも扱えるというものではないそうです。魔導士の中でも特別に資質の高い人にしか反応しないんです。僕には少しだけ適性があったみたいですけど、それじゃあエストの力は完全には引き出せなくて……多分、山口さんなら」

 

「……なるほど」

 

 

 俺は頷きながら大輝の真意を考察する。

 恐らく大輝は戦力増強のために俺に少女、テルミヌス・エストを譲る。そう考えている。原作とやらがそれほど危険な内容なのか、今回のような不確定要素を懸念しているのか……。

 

 

「僕には力がありません……! 鬼道を使えても! サイヤ人の体を持っていても! 考えが甘くて、努力が足りなくて! エストのマスターになる資格なんて僕には……!」

 

 

 懺悔のように聞こえる悲痛なその声は居間に響く。咲は痛ましそうに大輝を見つめ、エストはそんな大輝の顔を無表情で見ている。

 

 

「話は理解した。ただ、エスト、君はそれで良いのか?」

 

 

 大輝を見ていたエストの目がこっちを向く。相も変わらず無表情だが、その瞳が揺れたのを俺は見逃さなかった。

 

 

「私は剣。主に従うだけ、です」

 

 

 清んだ声だ。心が清らかでどこまでも透き通っている。

 

 

「ふぅむ……んじゃ、断るわ」

 

「……なっ!?」

 

 

 胸の前で腕を組んで10秒程思考して結論を告げる。

 大輝は予想外だったのか、驚きに目を見開いていた。

 

 

「ど、どうしてですか!?」

 

「落ち着けよ」

 

 

 立ち上がって抗議の声を上げる大輝に、両掌を向けどうどうと馬を落ち着かせるようにする。

 

 

「まず、俺にはこいつらがいる」

 

 

 大輝とエストによく見えるように、首に掛けてある二人の相棒を手に持つ。

 

 

「こいつら以外に俺の補助はいらねぇ」

 

〈恐悦至極に存じます〉

 

〈矛冥利に尽きるというものです〉

 

 

 歓喜の表れか、俺の手の上でブルブルと震える。

 

 

「でも、僕は――」

 

「俺が鍛える」

 

「……え?」

 

 

 そうだ。簡単な話だろ。その資質とやらが、鍛えてどうにかなるのかは分からねぇ。

 

 

「俺がお前を強くしてやる。どうだ?お前を一流の戦士にしてやるぞ」

 

 

 言葉を無くし唖然と俺を見る大輝。苦笑いをする咲。無表情ながらも安心したように静かに息を吐くエスト。

 俺は自分でも分かる程に獰猛な笑みを浮かべてそんな三人を見ていた。




最近、更新が早いですねぇ。その分短くなっていますが……。

さて、エストは大輝の元に止まりました。
彼がマキア・セルバンと交戦した際に、大輝をマスターとして少し認めています。
無理に立ち向かうのではなくて、逃走を選んだことが大きな理由です。
敵わない相手に戦いを挑むのは、退いてはならない時だけです。あの時、大輝は無理に立ち向かう必要はありませんでした。
色々と疎いからですが、状況把握は確り出来ていたようです。

では、また次回お会いしましょう。


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第四十九鬼~赤鬼と訪問者~

side~宏壱~

 

 大輝との話し合いから一週間、ジメッとした梅雨の季節の到来だ。

 あの後、大輝は放課後になると遅くまで家で鍛練をしていく。朝は士郎と恭也、美由希、咲と一緒に汗を流し、夕方は俺の家で汗を流す。

 サイヤ人の体とやらがそうさせているのか、この一週間でめきめきと実力は付けていた。実力、と言うには語弊があるか。タフになっている。そう言った方がしっくり来る。

 精神、肉体共に既に並みの人間じゃない。どれほど打っても立ち上がるその姿は脅威と言って良い。

 まぁ、それでも俺達がタフなだけのガキに負けるなんざ有り得ねぇ話だけどな。

 

 

「そうだろ? 大輝」

 

「……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 

 我が家の道場の壁に寄りかかり息を荒らげる大輝を見据える。

 

 

「ぐぅっ……まだ……まだぁあっ!」

 

 

 力を振り絞って立ち上がった大輝は俺に向かって肉薄する。

 体力の底を一切感じさせない走りだ。まるで肉体が衰えることを知らないかのように足を動かす。

 

 

「――ぁぁあああっ!」

 

 

 咆哮と共に振り上げられた右拳は、先程までと変わることのない強さを感じさせる。

 

 

「遅いぞ」

 

 

 通常なら脅威になり得るものだが、その速度でも俺には非常に緩やかに見えている。

 

 

「ふっ、しっ……!」

 

 

 右足で俺に迫った拳を弾き、回転して左後ろ蹴りを放つ。

 

 

「ぐううぅぅっ!!」

 

 

 もろに腹部に蹴りを受けた大輝は吹き飛び、道場の壁に強かに背中を打ち付けられる。

 

 

「ごほっ、ごほっ」

 

 

 大輝の口から吐き出された血が床を濡らす。

 やり過ぎ、そう言われればそうだろう。だが、大輝を鍛えるには一番の方法はこれなのだ。

 徹底的に痛め付けて回復。また、徹底的に痛め付けて回復。それを何度も何度も繰り返す。

 この方法を提案してきたのは大輝の方からだった。一応止めはしたが、聞いてはくれなかった。「それが今の僕が強くなる近道なんです!」って言われてな。

 

 

「はっ……あ……!」

 

 

 少し経緯を思い出していると、大輝は両手を床について肩を張っていた。

 眼光は鋭く俺を睨み付ける。ともすれば、それは殺気を孕んでいた。

 

 

「がぁあっ!」

 

 

 まさに獣。そう呼ぶに相応しい四足走行だ。上手く手を使い駆ける姿は黒い猛獣、その黒髪と合間って黒豹に見えないこともない。

 

 

「かぁっ……!」

 

 

 気合いと共に跳び上がった大輝は、超人的な跳躍力で3mの高さがある道場の天井に足をつけた。

 

 

「はぁっ!」

 

 

 天井を踏み砕く勢いで蹴り、鉤爪のように指を曲げた右手を伸ばして下に居る俺に迫る。

 

 

「狙いが甘いぞ」

 

 

 俺は数歩横にずれることで躱す。

 

 

「やあっ!」

 

 

 大輝は足を床につけずに倒立した状態で腕を捻った。それと同時に足は床と水平に伸ばされる。

 必然的に体は腕の捻りを加えられ回転、そうなると当然足も体に引っ張られて回る。

 

 

「っと」

 

 

 俺の側頭部を狙って回ってきた足を左手首で受け止めて……。

 

 

「ふんっ!」

 

 

 左足を曲げて、太股で下から掬い上げるように大輝の背中を持ち上げる。

 

 

「わっ! わわっ!」

 

 

 背中から浮き上がった大輝は、急に手が床から離れて慌てている。しかし、戦闘中に冷静さを欠くなんざ命取り以外の何物でもねぇ。ってことで。

 背中側から持ち上がったことで腰が曲がり顔は俺の方を向いている。それが重力に引かれて落ちる前に……。

 

 

「うらぁっ!!」

 

 

 打つ!

 

 

「――っ!?」

 

 

 空気を切り裂きながら迫る俺の右拳を大輝はその目で捉える事に成功した……。

 

 

「がっ!」

 

 

 ……まぁ、成功しただけだが。防御しようとした手は間に合わず、俺の拳をもろに顔面で受け止めた大輝は、鼻血を散らしながら壁際まで吹き飛んでいった。

 

 

「……うっ……あ…………」

 

 

 完全に意識が飛んだらしい、ピクリとも動かなくなった大輝。そんな彼にこの一週間で、パートナーとして板に付き始めたエストが駆け寄り介抱を始めた。エストは俺と大輝の模擬戦を壁際でちょこんと座って見ていたのだ。

 初めてエストを見たときは、少し二人の間に壁があるように見えたが、今はその壁も薄れている。なにか話し合ったのかもな。聞くのも野暮な話だ。

 

 

「エスト、大輝が目を覚ましたらシャワーを浴びてこい。そう伝えてくれ」

 

「はい」

 

 

 自分の主人をここまで伸されて特に怒りらしい感情を見せないのは、薄情なのか、ここまでやる意味が理解できているのか……。

 彼女と対面して日の浅い俺にはその無表情から読み取ることはできなかった。

 

 

 

 

 

「じゃあ気を付けて帰れよ」

 

 

 屋外はシトシトと雨が降っている。既に日は落ち切れ掛けの街灯がチカチカと頼り無く瞬いていた。

 そんな中、俺はさっき目を覚ましてシャワーを浴び終えた大輝を、傘をさして我が家の門前まで見送りに出ていた。

 

 

「ありがとうございました」

 

 

 エストと相合い傘をした大輝が一度エストに傘を預け、腰を曲げて深く頭を下げる。

 

 

「気にするな。死合たいならいつでも相手になるぞ」

 

「…………今、物騒なことを言いませんでしたか?」

 

「……? 気のせいじゃないか?」

 

 

 少し血の気の引いた顔で可笑しな事を言う大輝に首を傾げる。血を流しすぎたか?

 

 

「そ、それじゃあ。……帰ろう、エスト」

 

「はい、ダイキ」

 

 

 エストに預けた傘を受け取り、大輝は俺に背中を向けて歩き出す。エストと大輝、二人で歩幅を合わせて歩く姿は微笑ましいものだ。

 二人の姿が雨のカーテンで見えなくなった。

 

 

「こう雨が降ると、この季節でも寒くなるな」

 

 

 大輝達を見送ってここに居る意味がなくなった俺は、踵を返して玄関まで続く石畳を歩く。

 

 

「そうは思わないか? 正滋」

 

 

 玄関の前で止まり、傘を畳みながら突如背後に出現した二つの気配の内一つに声を掛ける。

 

 

「……あ、ああ、そうだな」

 

 

 振り返れば、戸惑いの表情を見せる正滋、それと驚いた表情で俺を見下ろす金髪の男が居た。

 

 

「今日来るとは聞いていなかったが?」

 

「それは、すまない。このお方は多忙で都合の合う日がなくてな。今回もスケジュールの合間を縫って来ていただいたんだ」

 

 

 金髪の男に平伏して語る正滋の声が若干震えている。それほど位の高い人間ということか。

 端整な顔立ち、輝く金髪、何より正滋が傘をさしているのに対して、金髪の男は傘をささず雨ざらしになっているにも拘わらず濡れていない(・・・・・・)

 まるで雨が男を避けているように見える。

 

 

「あんたが正滋の言ってた上司か?」

 

「はい、この度は――「まぁ、待て。長くなるんなら中に入れよ。さっきも言った通り、今日は少し冷える」――……では、お邪魔させていただきます」

 

 

 男の言葉を遮って中に促す。男に言葉を遮られた事を大して気にしたそぶりはない。

 

 

「お、おい! 宏壱! この方は……!」

 

「誰だろうが関係ねぇよ。人だろうが、そうじゃなかろうが、な」

 

「ほぅ……」

 

 

 慌てる正滋を躱し金髪の男に視線をやる。明らかに人じゃない。雨が避ける……何て不可思議なこともそうだが、気配が人を逸脱しすぎている。

 神聖さ、潔癖さ、気高さ、気品、何者にも汚されぬ者が纏う白さを感じる。話に聞く天使……そんな存在に見える。

 

 

「ほら、入れよ」

 

 

 この男がなんであれ、話してみないことには何も分からない。そう判断した俺は、取り敢えず家の中に促すことにした。

 

 

「では、お邪魔します」

 

 

 正滋と男を居間に上げた俺は、キッチンに行き人数分のコップと茶を用意して盆に乗せて居間に運ぶ。

 

 

「はいよ。……んで? 俺に何の用だ?」

 

 

 二人の前に緑茶の入ったコップを置き、向かい側に座る。

 

 

「スー……はい、まずはお礼をさせてください」

 

 

 静かに茶を口に含んで飲み下した男は、その整った顔に笑顔を張り付ける。

 

 

「はぐれ神父マキア・セルバンの処罰はこちらも手を焼いていました。我々のやり口は彼も把握していましたから、裏をかかれる形で包囲を幾度となくすり抜けられていたのです」

 

「ふーん。……で、テメェらの失態でこっちが苦労したって訳かよ?」

 

 

 男は俺の言葉を受けてもその表情を崩すことはない。正滋は口をパクパクさせて少し慌てているが……。

 

 

「そう言われても仕方のないことだと思います。我々の対処が愚鈍だった為に失われた命も多い、私が頭を下げてどうにかなる話でもありません」

 

 

 張り付けた笑顔が一瞬崩れ、苦虫を噛み潰したようなものに変わるもほんのコンマ数秒の間だけ、瞬きする間には既に笑顔に戻っていた。

 感情が欠落している……そういう訳でもなさそうだ。

 

 

「当然だ。お前の頭がどれだけ高かろうが、一般人には関係ねぇんだよ」

 

「はい、それは心得ています。ですが、諸々を説明してご理解いただく、というのもまた……」

 

 

 そうなんだよなぁ。説明して一般人を巻き込むわけにはいかないし、そもそも誰がそんな与太話を信じるかって話なんだよ。

 

 

「分かってるよ。何も知らねぇやつらは泣き寝入りする他ねぇってことはな。でもさ……」

 

 

 俺は目を細めて濃密な殺気と覇気を目の前にいる人ならざる者に叩き付ける。

 男の顔から笑顔が消えて、ゴクっと生唾を飲み込む音が聞こえ、一筋の汗が額から流れ落ちるのが見えた。

 

 

「……呪うぞ」

 

「――……っ!?」

 

 

 言葉を叩き付ける。それと同時に、殺気と覇気の密度を倍増させる。常人なら確実に死に至らしめるレベルのものだ。

 男は喉を押さえて必死に息をしようと口を開閉する。のたうち回るような無様は晒さないが、それでも息苦しさっていうのは人を超越した存在でも耐えがたいものがあるようだ。

 

 

「ミカエル様っ!?……宏壱! 何をした!」

 

「……呪いだよ」

 

 

 激昂した正滋がミカエルと呼んだ男の背を擦りながら俺を睨み付ける。

 

 

「今すぐやめろ!」

 

「……」

 

 

 頃合いでもあったし、折角出来た友人を失いたくはない。そんな思いもあって、男に叩きつけていた殺気と覇気を引っ込める。

 

 

「――ぁっ!……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 

 

 重圧から解放された男は貪るように空気を吸う。

 

 

「俺達は、ミカエル様はお前と争う為にここに来たんじゃない! 無抵抗な――「やめ……なさい……」――……ミカエル様……」

 

 

 俺に抗議の声を上げる正滋を男が止める。息はまだ整ってはいないが、それでも部下を持つ者としての気概だろう。真っ直ぐに臆することなく俺の目を見る。

 

 

「今のは呪いだ。死んだ者達の呪詛、大切な誰かを失った者達の嘆き。俺は一度奴を仕留めるチャンスを得ながら仕損じた。だからこそ背負う。お前も覚悟があるのなら背負え。受け止めて生きていけ」

 

「…………分かりました。背負いましょう。『四大熾天使(セラフ)』そして……全天使の長として、このミカエル、貴方に与えられた呪いを背負いましょう」

 

 

 その言葉を放つと、男はふらりと立ち上がり眩い黄金の光に包まれる。

 

 

「「――っ!?」」

 

 

 思わず目を瞑る。眩む目を数秒かけてゆっくりと慣らし、霞む目で男を見るも黄金に輝く発光体しか見えない。

 漸く目が見えるようになった。

 

 

「そういうことをするなら事前に言っておいてくれ。目が痛いぞ」

 

「はは、申し訳ありません。先程のお礼ということで」

 

 

 朗らかに笑う男の背中から八枚四対の黄金に輝く翼が生えていた。

 強い視線だ。天使の長とやらは伊達ではないらしい。

 

 

「そうかい。だが、肝が冷えただろう?」

 

「ええ、貴方は幼い少年の姿をしていますが、その中身は最上級悪魔にも匹敵するほどの力をお持ちのようです。その身に内包する魔力は人体で耐えうるものではないようですし……何者ですか?」

 

 

 人の体では耐えられない……か。多分それを可能にしているのがリンカーコアか。

 今の俺の魔力量はSランク、その最上級悪魔ってのは、悪魔の中でも上位に位置するんだろうな。それと同等、か。

 

 

「聖祥大付属小学校三年生、山口宏壱。しがない魔導師をやっている」

 

「天使長『四大熾天使』のミカエルです。貴方と貴方の所属する組織との友好関係を結ぶことは可能ですか?」

 

 

 おいおい、そんなもの匂わしたつもりはねぇぞ。いや、これはカマ掛けか?

 

 

「何の話だ……?」

 

「ふむ、読み取れませんね」

 

 

 やっぱりカマ掛けか……。ただ、俺がどこかの組織に所属している、これは目の前の男、ミカエルの中では確定事項らしい。

 

 

「……そうか、あんたの目的は俺の人となりの確認か」

 

「……」

 

 

 ミカエルの訪問の目的が今一分からなかったが、これではっきりしたな。

 

 

「それで? 俺は排除の対象なり得るのか?」

 

「……違います。できれば勧誘を……それが目的でした……が」

 

 

 黄金に輝く翼を仕舞いミカエルは座って茶を一口啜る。

 

 

「どうやら貴方は誰かに与する器ではないようです。であれば、私の取る行動は一つ」

 

 

 そこでミカエルは俺に向かって頭を下げる。それを見た正滋も慌てて頭を下げた。

 

 

「今回の私共の不手際の対処をしていただき誠にありがとうございました。天界を代表してお礼申し上げます」

 

 

 深く頭を下げるミカエルの声音は真摯そのものだ。これを受け入れず突っ撥ねれば『赤鬼』の名が廃る。

 

 

「俺が出来ることだったからやっただけだ。出来ないことならあんな無茶はしない」

 

 

 笑って言ってやる。当然、力がなければ戦うなんてことはしない。俺はそんな自殺願望は持ち合わせちゃいない。

 

 

「それよりも、頭を上げてくれ。上の人間?がそう頭を下げるもんじゃない」

 

「宏壱君……」

 

 

 頭を上げたミカエルはどこか尊敬しているような眼差しを送ってくる。

 むず痒くなった俺はそっぽを向いて手をしっしと犬を追い払うように振る。

 

 

「話が終わったんなら帰れ帰れ」

 

「ふふっ……そうですね。少し長居しました。正滋さん、帰りましょう」

 

 

 張り付けた笑顔ではなく、柔らかな微笑みを浮かべたミカエルは正滋を促して立ち上がる。

 

 

「は、はい。じゃあな宏壱」

 

「ああ」

 

 

 正滋はそれに従い立ち上がって俺に言葉を掛ける。

 手を振ってそれに答え、居間を出ていく二人を見送ることなく後ろに倒れ込んで息をつく。

 

 

「はぁ……あれが本物、か。翼を出したときの存在感はヤバかったな」

 

 

 思い出すのはミカエルが八枚四対の翼を出した瞬間だ。

 圧倒的な存在感、それこそこの世の全てを白に塗り替えるのでは?とさえ思えてしまう潔白さだった。

 

 

「くくくくっ」

 

〈無限、主から闘気が溢れ出過ぎています。結界を〉

 

〈うむ、既に敷地内は封時結界で覆ってある。物が壊れても問題はない〉

 

 

 刃と無限の声が遠い。

 戦場に出たときの極限なまでの集中力が、周りの音を置き去りにすることはよく有る事だ。それと酷似した状態なんだろう。

 

 

「強くなるぞ。もっと、もっと強く……!」

 

 

 決意を新たにして、体を起こし机に手をついて立ち上がる。

 手を付いたときに机が粉々に砕けたが、気にせず一歩踏み出すと畳が砕け藺草が飛び散った。

 向かうは地下室の訓練場。俺は更なる高みへと挑む。

 

 

 

 

 

side~ミカエル~

 

 私は今日、凄まじい少年と出会いました。

 

 はぐれ認定して協会から追放したマキア・セルバンを倒した少年です。

 彼と友人関係を結んだと言う正滋さんから話には聞いていました。年齢は9歳。非常に穏やかで冷静、口調は荒く激情に駆られやすい。相反するもののようですが、戦場においては重要な要素です。

 その口調が相手を威圧し、燃え滾る心が戦意を昂らせ、冷静な頭が状況を素早く把握し、穏やかさが他人に安らぎを与えます。

 そして内包する重圧。他を圧倒する殺意と圧迫感。あの小さな体でどれだけの戦場を駆け抜け、死を見てきたのか……誰のために泣き、誰のためにその幼い手を血で濡らしてきたのか……。計り知れません。

 

 私達とは経験が劣るでしょう。何千年と生きた私達ではそれはほんの数年、欠伸をしている内に終わってしまうような時間です。

 ですが、人にとっては濃密な時間だったと思います。

 

 

「ミカエル、居ますか?」

 

 

 そこでノックが私の自室に響きました。天界にある私の自室は白一色に染められ、ベッドと職務をするための机だけがあります。

 これは私だけではなく、私を含めた『四大熾天使』であるガブリエル、ラファエル、ウリエル。彼らを筆頭に上級天使、中級天使、下級天使、全ての天使達の部屋が(広さの違いはあれど)似たような作りになっています。

 これは私達の性質によるもので、嗜好を持ちすぎると堕天してしまう可能性があるからに他なりません。

 

 

「ミカエル?居ないのですか?」

 

「いえ、開いています。入ってください、ガブリエル」

 

 

「失礼します」そう言って入ってきたのは、天界一の美女と謳われているガブリエルでした。

 

 

「どうかしましたか?」

 

「今日、マキア・セルバンを倒した少年に会いに行ったのですよね?」

 

「ええ、それがどうかしましたか?」

 

「どういった方だったのか、と思いまして」

 

 

 唐突な質問ですね。どう答えたものでしょうか……。

 

 

「そうですね……例えるなら、台風のような少年、でしょうか」

 

「台風……?」

 

「はい、周囲には暴威を振り撒く危険な存在ですが、その中心は至って穏やかで内側に入った者を優しく包み込むような……と言えば伝わりますか?」

 

「では、我々にその暴威が振るわれることは?」

 

「今後の付き合い方次第、としか言えません」

 

「……なるほど。分かりました、ありがとうございます」

 

 

 そう告げて彼女は踵を返し、部屋を出て行きます。

 彼の情報が欲しかっただけのようです。良くも悪くも、今回の事件で我々天界側は彼に恩が出来ました。それに、人間との付き合い方を見直すことも……。

 

 

「いずれ彼が何者か知るときが来るでしょう」

 

 

 それまではゆっくりと関係を深めていきたいところです。

 

side out




最近は書き上がるのが本当に早いです。今回は以前のように6000文字を越えたのですが、案外早く書けました。

大まかなプロットはありますが、細かな部分はその一話一話で考えているので中々に時間が掛かっています。

さて、今回は彼が言ったように上司に当たる人物の登場でしたが、大物が出てきました。彼が出てきた理由は誠意を見せるため、です。
大物に気を掛けてもらえるんだ。という特別待遇を受けたことで宏壱の気を引いて勧誘に持ち込むつもりでした。
早々に断念して友好関係を気付くことに切り換えましたが。

では、また次回お会いしましょう。


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第五十鬼~赤鬼の追走劇~

side~宏壱~

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 終業のチャイムが鳴り響く。俺は机の横に掛けてあるスクールバッグに手を引っ掻けて、教室の入り口に向かって放おる。

 この時留め金をはずして鞄を開けるのも忘れない。

 今日持ってきていた教科書、ノート、筆箱を開いた鞄に向かって投擲、直ぐに鞄に追い付いて寸分の狂いもなく収まった。

 更に机の合間を縫って低い姿勢で駆ける。世界は止まり、動いているのは俺だけ……ではなく、灰色の髪をしたクラスメイト、相川歩も遅いながらも確りと行動していた。チラリと視線をやれば、筆記用具を全て鞄に入れたところだった。

 それを確認して直ぐに視線を、投げた鞄に向ける。

 

 

「よっ」

 

 

 鞄の下を通りすぎて教室を出る。そこで立ち止まり右手を上に伸ばして飛んできた鞄の持ち手に指を引っ掻けた。そして今度は下駄箱に向かって駆ける。

 実はホームルームがまだ残っているのだが、それは幻術魔法……ではなく、咲の影分身が俺に変化して受けてもらっていたりする。相川の分も……。

 

 

「――なさ――!!」

 

 

 

 角を曲がる際に教室の方を見れば、丁度教室から出てきた相川が叫んでいるのが見えた。

 

 今の状況を軽く説明しようか……。

 この追い駆けっこは、相川が俺に接触してきた二週間前から始まっている。

 あの日、俺が校舎裏に行かなかったことで相川の変なスイッチを押したらしい。その日から相川は放課後になると俺を追いかけてくるようになった。

 正直に話せばいい、とは思わなくもないが、何と無く負けた気分になるからそれは嫌だ。

 それともう一人相川の関係者で追ってくる女がいる。そいつは……。

 

 

「っと!」

 

 

 殺気を感じて足を止めると、カカッ!と前方のコンクリートに手裏剣が刺さる。

 学校から遠く離れたオフィスビルの屋上で、足を止められた。俺の家とも反対方向だ。

 手裏剣が飛んできた方向を見れば、上空から女が刀を上段に振り上げて襲い掛かってくるところだった。

 

 

「秘剣・燕返し!」

 

「うおっ!」

 

 

 落下と共に女が持つ刀は俺の頭に向かって斬り下ろされる。それを上体を後ろに逸らすことで躱して、そのまま後ろに倒れ込んで手をコンクリートについてバック転する。

 1秒遅れて逆袈裟に刀が斬り上げられた。

 

 

「危ねぇな。俺じゃなかったら真っ二つだ」

 

「この程度であなたをどこうできるとは思っていません」

 

 

 俺の言葉に答えた女は、斬り上げの姿勢で止まっていた体を自然体に戻す。

 長く艶やかな黒髪をポニーテイルに結った女。

 女にしては長身で、腕や足も細く腰も確りと括れている。それに相反するかのように服を持ち上げる胸部は、体を動かす度にプルンプルンと跳ねる。愛紗……程ではなさそうだが、翠よりはありそうだ。

 

 

「はぁっ!」

 

 

 女は突きの構えで突貫、一足で距離を詰めてくる。その速さは咲よりも速く士郎よりは遅い。

 つまり……。

 

 

「当たらんぞ」

 

 

 俺よりずっと遅いってことだ。

 屈んで躱し右足を女の足に引っ掻ける。

 

 

「――っ!?」

 

 

 女はそのまま受け身を取って立ち上がり大きく隣のビルに跳躍、俺との距離を取った。

 

 

「セラッ!」

 

「歩ですか……やっと追い付いたんですね。遅刻です」

 

「ごめん、やっぱりアイツ速くて……」

 

 

 女と相川が合流した。今度は二人で来るらしい。

 

 

「気を付けてください歩。あの男、まだまだ余裕があります」

 

「うん、分かってる」

 

 

 二人は俺を鋭く睨み付ける。世界は本当に広い、この前のミカエル然り、目の前のクラスメイトとその関係者然り、士郎もか……。

 強者が多く居るこの世界だ、全く退屈しねぇ。

 

 

「もう少し遊んでも良かったんだけどな。お生憎様、今日は用事があるんだわ。一気に決めさせてもらうぞ」

 

 

 身構えた二人を見据え腰を落とす……。

 

 

「剃っ!」

 

 

 視界はスロー再生のように緩やかに動く。いや、俺が速いだけか……。

 二人が瞬きをする間に、俺は二人の間に移動して左右それぞれの手を相川と黒髪の女に置いた。

 

 

「「――なっ!?」」

 

 

 驚きの声を上げて、瞬時に行動を起こす。二人の選択は離れる……ではなく、俺を排除するだったらしい。

 相川は拳を、黒髪の女は刀を、それぞれ俺に放ってきたが……それは悪手だ。俺はお前らにスタンガンを突き付けているんだぞ?

 

 

「スパークショット」

 

 

 掌サイズの魔方陣が手先に生まれ、深紅の火花を散らした。――ズガンッ――落雷のような音が響き二人の体を雷が駆け抜ける。

 

 

「「ぐぅっ!?」」

 

 

 それを受けた二人は感電して体を痙攣させる。その様は陸(おか)にうち上げられた活きのいい魚だ。

 

 

「ったく、懲りないな、お前らも」

 

 

 体を痺れさせコンクリートに横たわる美女と美少女を見下ろす。

 

 

「んじゃ、今日は大事な用事があるから。相川、また明日な~」

 

 

 全身が痺れて声も出せない相川と黒髪の女に手を振って九階建てのビルから飛び降りる。

 

 

「っと……」

 

 

 特に足を痺れさせることもなく、露地に着地した。表通りだと騒ぎになるからな。

 

 

「二人の回収、ご苦労さん」

 

 

 表通りから露地に入ってきた小柄な少女に手を上げて声を掛ける。

 少女は言葉を出さずに、よっ、とでも言うかのように手を上げて返礼してくれる。

 ドレスの上から籠手、胸当て、脛当て、額当てを着けた妙な格好の少女だ。ただ、その鎧は普通の物ではないらしい。

 

 

『二人は?』

 

 

 ペラリと懐から取り出したメモ帳にボールペンで文字を書き込んで俺に見せる。

 これもこの少女の特徴だ。喋ることが出来ない。無口で無感情……ではないと思う。押し殺している、そんな風に俺には見えていた。

 

 

「このビルの屋上だ。あの非常階段を使えば上まで行けるぞ」

 

『そう』

 

 

 この少女もまた相川の関係者らしい。どうも、相川を含めて全員人間じゃないように思える。気配が違う、とでも言えばいいのか……。ミカエルとも違う気配……まぁ、俺が向こうとの話し合いを拒否している以上詮索するつもりはない。

 

 

「体痺れさせてるだけだから2、30分あれば普通に動ける。そう伝えてくれ」

 

 

 コク、と頷いたのを確認して表通りに出る。多くの車が行き交い、足早に家路を急ぐ学生。俺はその人波に姿を紛れさせ海鳴大学病院へと急いだ。

 

 

 

 

 

「ただいま~」

 

「お帰り、はやて」

 

 

 今日ははやての退院日だ。だからこそ急いでいた訳なんだが……。

 ちなみにと言うか、当然と言うか、今の俺は『グロウ』で大人の姿になっている。

 

 

「家用の車椅子に換えてっと」

 

 

 はやてを抱き上げて家用……と言うより、屋内用か?

 それに座らせる。前はタイヤを拭いて家と外で同じものを使っていたらしいんだが、それだと少し面倒くさいし、はやてを待たせることになる。だから別のやつを買っておいたんだ。

 

 

「でも本当にいいのか? 部屋なら余ってるぞ?」

 

「ええんよ。コウ兄ちゃんの提案は嬉しかったけど、やっぱりお母さんとお父さんの思い出があるこの家で生活したいんや」

 

「……そうか」

 

 

 はやてを見舞いに行ったときに一度だけ、俺と一緒に暮らさないか?と提案したことがある。

 その時はやては「ありがとう、コウ兄ちゃん。でも、お母さんとお父さんの温もりはまだ家に残ってるんや。それを忘れたないんよ」そう言った。

 そう言われては俺も引き下がるしかない。

 

 

「ほな、コウ兄ちゃんは座ってて、今お茶入れてくるから」

 

 

 リビングに着いたところではやてはキッチンへと向かう。

 

 

「俺がするぞ?」

 

「場所分からへんやろ~」

 

 

 俺がする、そう言うもはやては断り、ころころと笑いながらキッチンに向かってしまった。

 仕方なく言われた通りソファーに座ってはやてが戻ってくるのを待つ。

 

 

「お待たせ~」

 

 

 はやてが器用に車椅子を操作しながらお盆を持ってリビングに戻ってきた。

 

 

「持つぞ」

 

「ありがと~」

 

 

 はやてはニコニコと笑顔を見せる。何が楽しいのやら。

 

 

「今日はピザでも頼むか?」

 

 

 はやてを膝の上に乗せて(せがまれた)茶を飲みながら暫く談笑していると、腹が減っていることに気づいてそう声を掛ける。

 

 

「ええな~。病院はそういうの出ぇへんから」

 

 

 時間は19時前だ。晩飯には丁度良いが、帰ってくるのがお遅くなってしまった所為で飯の準備はできていない。

 

 

「それじゃ何がいい?」

 

 

 机の上に郵便ポストに入っていたチラシを広げて、あれでもないこれでもない、こっちが美味しそうういやこっちの方が、と二人で楽しく決めて電話を掛けて注文した。

 そうして30分程で届いたピザを、10分足らずで平らげてしまった。

 

 

「ふぅ……食った食った」

 

 

 ソファーの背凭れにぐっと体重を掛けて腹をポンポンと叩く。

 

 

「Lサイズ10枚も食べればお腹も一杯になるわ」

 

 

 呆れ顔で言うはやてに苦笑を返す。

 

 

「そう言われてもな。普段は食べられないからさ」

 

 

 そうなのだ。桃香や星、蒲公英、要なんかは食べられるし、桔梗も酒の摘まみとかで好んで食べるが、愛紗、鈴々、翠、美羽は嫌うのだ。特に鈴々は鼻が良い分匂いが駄目らしい。

 初めて外で食べたときはどんな反応をするのかと注文してみたんだが、「腐った物を出すのか!? この店は!!」と大激怒の模様を見せた。穏やかだった店内に軍神が降臨したときは肝を冷やしたのを覚えている。

 

 

「それじゃ、風呂に入ろうか」

 

 

 ピザが来るのを待つ間に、風呂掃除と湯はりは済ませておいた。

 と言うのも、今日ははやてに頼まれて八神家で寝ることになっているからだ。まだ一人でこの家で夜を明かすのが怖いらしい。

 それを素直に伝えてくれたときは、信頼されてるんだと嬉しくなった。

 そんな訳で、はやてを海鳴大学病院まで迎えに行った後、一度俺の家に寄り着替えを持って八神家に来た。

 

 

「コウ兄ちゃんとお風呂かぁ、ええなぁ」

 

 

 何を思い浮かべているのか……頬を朱に染めてぽーっと呆けた表情をしている。

 

 

「ほれ、行くぞ」

 

 

 はやてを膝から車椅子に移し、俺が車椅子を後ろから押して脱衣所へと向かう。

 

 

「ん……と」

 

「ほへ~、コウ兄ちゃんええ体してんなぁ。鍛えてるん?」

 

 

 上半身の服を全て脱ぐと、同じように上のシャツを脱いでいたはやてが聞いてくる。

 

 

「これでも格闘技をやってるからな」

 

「そうなんや。触っても構へん?」

 

「……まず脱げ。暖かくなったと言っても、その状態だと風邪を引くぞ」

 

 

「は~い」と元気な返事をして残りの服も脱ぐ。

 生まれたままの姿になったはやてを横抱きにして風呂場に入る。

 浴槽は俺とはやてが一緒に入っても余裕がある。多分、家族で入れるようにって設計されたんじゃないか?

 

 

「先に頭を洗おうか」

 

「うん!」

 

 

 頷いたはやてを椅子に座らせて、壁に吸盤でくっ付いたフックに引っ掛けてあるシャンプーハットを取ってはやての頭に被せる。

 

 

「シャワー掛けるぞー」

 

 

 一言告げてからはやての頭から、適温のお湯が出ているシャワーを掛けてやる。

 それが終われば次はシャンプーとラベルが張られた容器の頭を、一度押さえる。シュコ、と透明の少しトロッとした液が出て俺が構えた手の上に落ちた。

 

 

「お客さん、痒いところはありませんか~?」

 

「あはは、あらへんよ~。ええ気持ちやぁ」

 

 

 はやての頭を揉むようにして洗う。自分の髪ならわしわしと乱雑に洗うんだが、はやては女の子、そんな乱暴にはできない。

 

 

「んじゃ、流すぞ~」

 

「は~い」

 

 

 洗った後はシャワーで丁寧に泡を流す。そしてリンスだ。正直な話俺は使ったことがない。家の女性陣は髪が艶やかで綺麗になると、大喜びだったが俺には違いが分からなかった。

 別に使っても使わなくても一緒という意味ではなくて……いや、そうではあるんだが、使わなくても彼女達の場合は艶々なのだ。特に愛紗。あの時代で美髪公とまで呼ばれた程なのだから、それも推して知るべし、と言うやつだ。

 

 

「リンスいきまーす」

 

 

 なんの宣言だ。いや、言ったのは俺だけどな……。

 リンスは髪の毛全体に浸透させるのが大事らしい。蒲公英とか天和とかと一緒に風呂に入った時にさせられるのだ。

 一本一本丁寧に塗り込む。……別に一本ずつやっているんじゃなくて、そういう心持ちで、という意味だ。

 

 

「んじゃ、流すぞ~」

 

「は~い」

 

 

 さっきと同じやり取りをしてリンスを流す。流すときも大事らしく、髪の毛を撫でるように優しく流すのがコツらしい。

 

 

「よ~し、今度は背中を洗うぞ~」

 

「は~い」

 

 

 そう告げて今度は背中を洗ってゆく。適度な力加減が必要だ。

 

 

 

 

 

「気持ちええなぁ」

 

「ああ、良い湯だ」

 

 

 はやての体を洗い(背中だけ)泡を流した後、俺も頭、体と洗って湯船に浸かっている。

 芯から温もりに浸かるこの感じ、一日の疲れが吹き飛ぶようだ。

 

 

「コウ兄ちゃんは優しいなぁ」

 

「……なんだ藪から棒に」

 

 

 俺の膝の上に座るはやてが、俺の胸に頭を預けながらしみじみと呟く。

 

 

「んふふ、そう思っただけやも~ん」

 

「……そうか」

 

 

 そこからは60秒数を数えて風呂を上がった。あまり長いとのぼせるからな。

 

 

「玄関よし、リビングよし、キッチンよし、トイレよし、風呂場よし」

 

「戸締まりオッケーやね」

 

 

 寝巻きに着替えた俺達は、寝る前に確りと家の鍵が閉まっているか、ガスの元栓、電気の消し忘れを確認して回った。

 その間はやてはずっと俺の腕の中だった。特に疲れるとかはないから別に良いんだが、妙にこの体勢が気に入られた。

 

 

「さて、もう寝るか?」

 

「ん」

 

 

 俺の質問にはやては小さく頷く。温もって眠気が来たらしい。

 

 

「はやての部屋はどこだ?」

 

「二階の奥や」

 

「了解」

 

 

 はやての指示通りに階段を上がり、廊下を進む。

 

 

「ここか」

 

 

 戸を開けて中に入ると、大量の本が目についた。はやては中々の読書家らしい。

 足の所為で学校に行けない分、読書で知識欲を埋めてるってことか。

 しかし、その中で異彩を放つ本が一冊。物々しい鎖で雁字搦めにされた分厚い本だ。

 

 

「ほら、着いたぞ」

 

 

 何か大事な物かもしれない。今聞く必要もないか、そう思った俺は、月明かりを頼りにベッドまで行き、はやてをそこに寝かせて離れる。しかし、はやての小さな手が俺の服を掴んで離さない。

 

 

「コウ兄ちゃんも、一緒に寝よ~」

 

「……ああ、分かった」

 

 

 本当はリビングのソファーで寝るつもりだったが、ねだられては仕方ない。断る理由もないしな。

 

 

「じゃ、お邪魔して」

 

 

 一言断りを入れてはやての横に寝転がる。

 

 

「んっふふ~」

 

「……どうした?」

 

 

 はやては俺の胸に額を当ててグリグリと擦る。

 

 

「何でもないよ~♪」

 

「そうか」

 

 

 特に痛くもないし、はやてが楽しそうならそれで良いか、と好きにさせる。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 5分ほどそうしていただろうか、はやてはいつの間にかグリグリを止めていた。

 

 

「コウ兄ちゃん?」

 

「ん?」

 

「ずっと一緒に居ってな」

 

「……ああ」

 

 

 どう答えるか悩んだが、それも大人になるまでだろう。そう思って言葉を返す。

 

 

「……」

 

「……はやて?」

 

「すぅ……すぅ……」

 

「寝たか……」

 

 

 静かな寝息を立てて眠るはやての頭に手を置いてゆっくりと撫でる。

 同じシャンプーを使ったはずなのに、はやての髪からはお日様のような温かな香りがした。

 

 

「おやすみ、はやて」

 

 

 はやての額に口付けをして瞼を閉じる。睡魔は直ぐに俺を夢の世界へと誘った。

 

 八神一家と春に満開の桜の下で、高町家、大宮家、月村家、見知らぬ金髪の少女、桃色の髪をポニーテイルにした女と、赤髪をお下げに結った少女、金髪のほんわかした雰囲気の女、青い犬、黒髪のカメラを構えた女、そのカメラの先に居る二人の金髪の少女、リンディさんと黒髪の少年、その黒髪の少年に絡む茶髪の女、金髪の少女の足元で尻尾を振るオレンジ色の毛をした子犬と茶毛の山猫、織斑姉弟と篠ノ之、姉妹そして桃香達で花見をする夢を見た。




今回は満足なできでした。

日常回は苦手なんですけどね。書いてる最中はちょっと楽しかったです。

次は管理局に復帰?それとも猫姉妹を呼ぶか……むぅ、悩みどころです。

では、また次回お会いしましょう。


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第五十一鬼~赤鬼と猫姉妹・密かに燻る火種~

side~宏壱~

 

 チュンチュン……。

 

 小鳥のさえずりで目が覚める。薄暗い部屋だ。まだ日の上る前だろうか……。

 暫く覚醒しない頭で、ぽーっとする。平和な現代だからこそできることだな。

 

 

(昨日ははやての家に泊まったんだったな)

 

 

 見知らぬ天井と腕の中の温もりで状況を把握した。

 思い返せばやってることは兄妹のそれか、下手をすれば父娘に見られる可能性も高い。

 嫌な訳でもないし別に良いんだが、少しむず痒いものがあるな。

 

 

「よく寝てる」

 

 

 ぐっすり熟睡しているはやてを起こさないように、慎重に俺の服を握る手を解く。

 

 

「飯でも作るか」

 

 

 そっとベッドから抜け出した俺は、はやての髪を一度二度と撫でる。擽ったかったのか、はやては身動ぎをした。

 しかし、起きる気配はなさそうだ。それを確認して部屋を出る。

 

 

「刃」

 

 

 階段を下りながら我が相棒に話し掛ける。

 

 

〈なんでしょうか?〉

 

「リーゼに繋いでくれ」

 

〈御意〉

 

 

 刃に次元間通信でリーゼ姉妹に連絡を取ってもらう。

 

 

[ん~、なぁに、こーいちー?]

 

 

 間延びした声が正面に浮かんだディスプレイから聞こえてきた。

 今は朝の5時、早朝と言える時間帯だ。ミッドと地球、と言うより日本だな……ミッドと日本はそれほど時差がない。つまり、向こうも大体似たような時間帯ってことだな。

 これは寝ぼけてても当然か……。

 

 

「……朝早くからすまん」

 

[ん、それはいいんだけど~。なにかよ~じ~?]

 

 

 通信相手、ロッテは目を擦りながら起き上がる。

 

 

「……ああ、でもその前に何か服を着てくれ。その……目のやり場に困る」

 

[……え?]

 

 

 俺はディスプレイに映るロッテから目をそらしながら言う。

 色素の薄い茶髪は短く、目尻はつり上がり、スリッド状の目は猫そのもの、そして髪の毛と同色の猫耳はピコピコと忙しない。

 

 

[ん~?なになに、宏壱恥ずかしがってるの~?]

 

 

 ロッテはニマニマと八重歯を見せながら、己の体をディスプレイによく見えるように映す。

 今の彼女の体を包むのは下着だけなのだ。よく見れば、ディスプレイの端々に寝間着のようなものが見える。寝ている間にでも脱ぎ散らかしたか……。

 

 

「いいから服を着ろ」

 

[んっふふ~、見たいなら見ても良いんだぞ~]

 

 

 そうか、そっちがその気なら……。

 

 

「……細くしなやかな腕周り」

 

[……へ?]

 

 

 キッチンに辿り着いた俺は、冷蔵庫を開けて中に入っていた卵を二つ、袋詰めのソーセージを取り出す。……視線はディスプレイに映るロッテに固定したままで。

 

 

「大き過ぎず小さ過ぎず、俺の手に程好く収まりそうな形のいい胸」

 

[ちょ、ちょっと?]

 

「引き締まりながらも女性的な柔らかさを持つ美脚」

 

 

 探り当てたフライパンをガスコンロに乗せて、火を付けて油を適量落とし満遍なく広げる。

 

 

「その白い肌には、濃紺色にフリルがあしらわれた上下お揃いの扇情的な下着がとても似合っている」

 

[こ、宏壱~?]

 

 

 次に卵を二つ割ってフライパンに落とす。離れさせて、くっ付かないように気を付けるのも大事だ。ジュウゥゥッ、と芳ばしい音が響いた。

 それら全てを行っている間、俺の視線はロッテの肢体へと注がれていた。

 

 

「恥じらいからか、頬を朱に染めた端整な顔は、普段の強気な表情とのギャップを――[ストップ、ストップ、ストーーップッ!!]――……どうした?これからもっと舐めるように、厭らしく見るところなんだが……」

 

[見なくていいからっ!]

 

 

 自分の体を抱いてディスプレイから遠ざかるロッテに溜め息を吐く。

 

 

「見ろと言ったり、見るなと言ったり……我が儘な」

 

 

 ディスプレイから視線を外して、無色だった白身が色づき始めた卵に塩と胡椒をまぶす。

 

 

[ロッテ、何騒いでるの?]

 

 

 ディスプレイの方から新たな声が聞こえた。視線をディスプレイに移せば、ベッドからロッテの双子の姉、アリアが起き上がるのが見えた。

 ロッテとは違い確りと寝間着を身に付けているが、ロッテよりも長い髪は寝癖でボサボサだ。

 

 

「お早う、アリア」

 

 

 眠気眼を擦るアリアに声を掛ける。どうでもいいが、緑の地に猫の顔がまばらにプリントされた寝間着が可愛いな。

 

 

[は、れ? こーいち……?]

 

「とっとと、焦げる焦げる」

 

 

 少し焦げ目がついてしまった目玉焼きを、用意しておいた二枚の皿に一枚ずつ移す。

 

 

[――――――っ!?]

 

 

 ディスプレイの向こうでは覚醒したアリアが、声になっていない悲鳴を上げて俺の認識できない速度でディスプレイから消えた。

 扉の開閉音が聞こえたから、洗面所にでも行ったんだろう。

 

 

[そ、それで? 用事は?]

 

 

 何時もの服に着替えたロッテがディスプレイに姿を現して聞いてくる。

 平静を装ってはいるが、その頬は未だに赤いままだ。

 

 

「……今日暇か?」

 

 

 目玉焼きを皿に移した後はソーセージを10本投入だ。肉の焼ける音が直ぐに耳朶を震わせて食欲をそそる。

 

 

[今日……? えっと、ちょっと待って]

 

 

 そう言ってロッテが消えたディスプレイから[アリアー、今日何かあったっけー?]と声が聞こえた。

 

 

「よし、いい焦げ目がついた」

 

 

 ソーセージの焼き色に満足して目玉焼きを移した皿に五本ずつ入れてリビングに持っていき、机の上に並べる。

 

 

「後はご飯だな」

 

 

 他にすることは……と考えて、至極真っ当な答えに行き着く。

 日本人の主食は米だ。たまにパンなんかも良いが、基本は米だ。ラーメンを食べても、焼きそばを食べても、バーベキューをしても米は必須だ。でないと力が出ない。パンだと7時に朝飯を食べても、11時には腹が減る。だから米を食べるのだ。だから米を食べるのだ。だから米を食べるのだ。米、米、米、米、米……。

 

 

[……こ……ち……宏壱!]

 

「っと、ロッテ? どうした?」

 

 

 何処かに飛んでいた思考が、いつの間にかディスプレイの前に戻っていたロッテの声で引き戻される。

 

 

[どうした? じゃないよ、何度も呼んでるのに……]

 

「……そうか。すまん、気付かなかった」

 

 

 [まったく]と溜め息を吐くロッテに、もう一度「すまん」と謝る。

 

 

〈主、もうお米を研ぐのは十分では?〉

 

「……え?」

 

 

 刃の指摘に手元を見れば、蛇口の下で炊飯器の内釜に米を入れて研いでいた。

 俺はいつ内釜を取り出し、いつ米を計って、いつ研いだ水を流したのか……。

 

 

「…………俺はいつ米研ぎを始めた?」

 

〈御主君、それはさすがに不味いのでは……?〉

 

 

 無限の言葉に何も言い返せなかった。

 

 

「……」

 

〈……〉

 

〈……〉

 

 

 嫌な沈黙が辺りを包んだ。

 

 

[えっ、えーっと、特に今日は何もないって……アリアが……]

 

 

 ディスプレイの向こう側に居るロッテが、気を使って声を掛けてくれた。

 

 

「……あ? あ、ああ、そ、そうか」

 

[それで、用事でもあるの? デートとかなら付き合うよ?]

 

 

 それもアリだな、とは思うものの今回は違う。

 

 

「残念だが、別の用件がある」

 

 

 内釜を炊飯器にセットして作動ボタンを押す。今からだから……6時30分頃には炊き上がるはずだ。

 

 

[別の?]

 

「ああ、実は――」

 

 

 用件だけを伝えた俺はロッテと、身嗜みを整えて戻ってきたアリアと二、三言葉を交わして通信を切る。

 

 

「はやて、喜んでくれるといいな」

 

〈大丈夫ですよ〉

 

〈必ず、彼女はもっと華やかな笑顔を見せれくれるでしょう〉

 

「そうだな」

 

 

 刃と無限に太鼓判を押され俺もそう思うことにした。

 

 

「よし、ランニングでもしますか!」

 

 

 取り合えず、目玉焼きとソーセージを盛り付けた皿にラップをしてからジャージに着替えて「行ってきます」と一言告げてから八神家を出る。鍵を閉めるのも忘れない。

 特に目標は設定せず、6時30分頃に帰ってくるか……程度の感覚で駆け出すのだった。

 

 

 

 

 

 時間は飛んでその日の放課後。

 

 ランニングから帰った後はシャワーで軽く汗を流して、まだ熟睡していたはやてを起こし朝食を取った。

 その後は、仕事に行くという名目で八神家を出て、一度家に帰り元の姿に戻って制服に着替えて登校という運びになった。

 そして、全ての授業を終えて昨日と同じようにビルの屋上で、クラスメイトの相川歩とセラと呼ばれる女と一戦交えて下し、帰宅した。

 今日もはやての家に行く予定があるのだが、一度家に帰る必要がある。

 何故なら……。

 

 

「……もう来てたのか」

 

 

 家の門の前に佇む小さい二つの影に、声を掛けながら近付く。

 余りにも小さいその影は小走りに俺に近づいて、跳躍……俺の肩に飛び乗った。

 

 

「っと……」

 

 

 急に双肩に掛かる微かな重みに驚く。

 その影、二匹の猫は俺の顔に体を押し付けてくる。

 

 

《もう、遅いわよ。レディを待たせるなんて男として失格ね》

 

《そうだぞー。男はもっとレディに気を使わないと》

 

 

 俺の肩に乗る二匹の猫、アリアとロッテは念話でそう言いながら両側からぐいぐいと俺の頬を前足で押す。

 顔を挟まれた形になるが、特に痛くもない。寧ろぷにぷにの肉球が心地いい。

 だが、ひとつ言いたいことがある。

 

 

「アリアは兎も角、ロッテがレディ……ふっ」

 

〔にゃっ!〕

 

「~~っ!?」

 

 

 鼻で笑うとガリッと頬を引っ掻かれた。

 

 

〔朝はあんなに熱心にアタシの体を……〕

 

 

 その続きはごにょごにょと口の中で言われ、聞こえなかった。

 

 

〔ふ~ん。ロッテが変に機嫌が良いから、宏壱が何かしたのかと思ったけど……やっぱりそうなんだ〕

 

「……」

 

 

 返す言葉はなく、我が家の門を潜る。この後は『グロウ』で大人になってはやての家に行くのだ。猫のままのリーゼを伴って……。

 

 

 

 

 

『グロウ』で姿を大人に変えて私服に着替え家を出て20分程ではやての家に着いた。両肩にはリーゼを乗せたままだったから、少し目立ったが。俺でも高身長のガタイのいい男が、肩に猫を乗せていたら二度見くらいはする。

 

 

「はやて、ただいま」

 

「コウ兄ちゃん、お帰り~」

 

 

 玄関の扉を開けて声を掛けると、直ぐにリビングからはやてが顔を出す。帰る時間帯は朝の内に伝えていたから、スタンバっていたのかもしれない。

 靴を脱いで家に上がり、はやての居るリビングまでいく。

 

 

「わ~、猫さんやぁ。コウ兄ちゃん、この子らどないしたん?」

 

 

 目の前まで来た俺の肩に乗る二匹の猫をキラキラと輝く目で見るはやて。

 

 

「ああ、知り合いから今日一日預かってくれと頼まれてな。断りきれず預かることになったんだ」

 

 

 口からの出任せだが、真実を言うわけにもいかない。

 朝、リーゼに頼んだのは、はやての相手をしてやってほしいということだった。

 こんな短時間で両親を失った寂しさ、損失感、孤独感を埋められるはずもないが、一時の間だけ紛れさせることはできる。

 それには動物と戯れることが一番有効的だ。

 

 

「そうなんや。名前はなんて言うん?」

 

「ああ、アリアとロッテだ。双子の姉妹だ」

 

 

 はやての車椅子を押して部屋の中に入る。

 

 

《宏壱……この子……》

 

 

 アリアがはやての中に眠る力に気付いて念話で声を掛けてくる。

 

 

《ああ、魔力を持ってる。バカみたいにデカイのをな》

 

《Sランク……それ以上あるかも》

 

《まさか、管理局に……》

 

《アホ、んな訳ないでしょ。この子の親とちょっとした知り合いだったんだよ》

 

 

 将来決めるのはこの子だ。ずっと隠すつもりもねぇし、話さなくちゃならない時がいつかやってくる。その時選択するのははやてであって俺じゃない。出来ればこっち側とは無縁の生活を送ってほしいが……。

 

 

「さて、夕飯でも作るか」

 

「私も手伝おか?」

 

「いや、はやてはアリアとロッテの相手をしてやってくれ」

 

 

 はやてを車椅子からソファーに移して膝の上にリーゼを乗せる。

 

 

「アリア、ロッテ、はやてを困らせるなよ」

 

 

 二人の頭に手を置いてゆっくり撫でる。確りと手入れのされた毛が柔らかて、触り心地の良い感触が伝わってくる。

 

 

〔〔にゃあぁっ♪〕〕

 

 

 嬉しそうに頭を自分から擦り付けてくる二人に笑みを溢し、三回撫でてからはやての頭にも手を置いて撫でる。

 

 

「それじゃ、直ぐ出来るから待っててくれ」

 

「うんっ」

 

 

 満面の笑みで頷くはやてをリビングに置いてキッチンに向かう。

 

 

「さて、やりますか」

 

 

 自前のエプロン(黒地にドクロのプリントがされている)を身に付けて気合いを入れて俺は料理に勤しんだ。

 

 

 

 

 

「昨日はありがとう。今度何かお礼するよ」

 

 

 リーゼが来て一夜明けた次の日。時刻は既に昼を過ぎているが、今日は土曜日で学校も休みだ。

 朝ははやてとのんびり散歩をしたり、お茶菓子を机に置いて駄弁ったりとゆっくりしたが、昼からは咲と大輝、エストを交えて鍛練に励む。のんびりばかりしては居られないのだ。

 

 

「「……」」

 

 

 我が家の門の前で美女モードのリーゼを見送っているのだが、どうも反応が覚束ない。

 昨日の夜、一昨日と同じようにはやての部屋で寝た……その時、はやての部屋に入った瞬間から考え事を始めた。

 何かを見て二人で念話で話し合っているようでもあったし、俺にも《鎖で厳重に開かないようにされている本のことを知っているか?》と聞いてきた。

 正直に知らないと答えれば、また二人だけで話を始めた。ただ、その時の声が妙に底冷えしていて、何かを堪えているようなものだった事が印象的だった。

 

 

「アリア? ロッテ?」

 

 

 再度声を掛けてみる。

 

 

「……あ、何?」

 

 

 漸く反応を返したアリアだが、意識が完全に俺に向いているとは言いがたい。それはロッテも同様だ。

 まるで隙だらけ。今、狙われれば危険とも言える状態だ。

 

 

「気を付けて帰れよ」

 

「……うん」

 

「ありがと、宏壱」

 

 

 去っていく二人の後ろ姿を見送る。その背中にはどこか決意のようなものが、覚悟をした者のように見えた。

 

 

「何かあれば言ってくれるだろう」

 

 

 心配な気持ちはあるが、俺はそう判断した。二人への信頼と二人から感じる確かな好意にそう思った。

 

 ただ、俺はこの時もっと二人に……そしてはやてに踏み込むべきだった。数年後、後悔するまで俺はこの選択が正しいと信じて疑わなかったのだ。

 

 

――宏壱……ごめん。

 

 

そんな声が、今にも泣きそうな二人の声が聞こえた気がした。




今月五話目の更新です!

インスピレーションが止まらない!!

とまぁそれは置いておいて……リーゼに『闇の書』の在りかがばれました。しかも、宏壱経由で……。
リーゼと宏壱を出会わせると決めたときから、このシーンはずっと自分の頭の中にありました。
やっと書けた、ここまで来れた……。そんな思いで今胸一杯です。
ここからA'sに繋がるんですねぇ。リーゼは既に宏壱とはやてに繋がりがあるのを知っていますから、どう彼を巻き込まないようにするか、事件の発生を知らせるのを送らせるか、ギル・グレアム提督を交えて、これから念入りに計画していくことでしょう。
更にデュランダルの設計、開発……着々と八神はやて、『闇の書』封印計画が進行するのでしょう。

では、また次回お会いしましょう。



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第五十二鬼~赤鬼、討伐戦~

side~宏壱~

 

〔グォォオオオオオッッ!!!〕

 

 

 辺り一面に砂の山が広がる砂漠地帯。燦々と太陽の熱が周囲を焦がす中、正面に居る赤い体毛のゴリラのような生物が雄叫びを上げる。

 5mを越える身長に筋肉で盛り上がった上半身。それを覆う硬質な毛は鋼のように逆立っている。

 上半身に対して下半身は異様に細い。赤い体毛の硬質さは変わらないが、極限まで引き絞られたような足だ。そして猿のような尻尾が、人間で言うところの尾骨から生えている。

 そいつの名は『レッドベルンガ』……レッドベルとも呼ばれる危険種AAに認定されている猛獣だ。

 気性が荒く、木の実から肉や魚まで食す雑食で、周囲の魔法生物もレッドベルンガを恐れて日中は派手に動き回ることはない。

 

 ここ、第78管理世界・ホールサンドは星の九割が砂漠で埋め尽くされ残りの一割がオアシスのように外部を森林が囲い、中心部に直径約5km、深さは100mを超える湖がある。海上からも100m先の底がくっきり見える程に清んでいる。

 殆どの生物が体内で水分を生成する器官を保有しており、水分を外部から摂取しなくても活動できる。これもこの世界に順応して進化したが故だろう。

 そして目の前にいるレッドベルンガは、ホールサンドに於いてはトップクラスに位置する危険種だ。

 実は他の世界でも生息を確認されている種だが、この世界の環境は生物が生きるには余りにも過酷で、レッドベルンガに対する天敵は存在しないと言っていい。

 居るとすれば別の群れのレッドベルンガだろうな。繁殖力が弱く縄張り意識の強いレッドベルンガだから、余りテリトリーを離れることはないらしいが。

 

 リーゼの来訪から二ヶ月、この二ヶ月の間に俺は管理局への復帰を果たした。謹慎を解かれて今日で半月、事務仕事ばかりだったのが、今日漸く復帰後の初任務となった。

 リハビリ(名目上そういう事になっている。マキア・セルバンとの死闘、と言うには相手が弱すぎたが……その戦いと日々の鍛錬、咲と大輝との模擬戦、これらで十分事足りていた)ということで、危険種AAランクの魔獣狩りだ。討伐数は五体。その内四体は既に沈め、残りの一体を仕留めるところだ。

 しかし、こいつがまた速いのなんのって。先に沈めた四体よりも体が一回り大きい。明らかにリーダー格、右目に三本の古い爪痕が残されているそれは歴戦の猛者の証だろう。

 

 その見た目では想像できない速さに現地の局員では対処できず、応援要請が地上のエリート部隊、首都防衛隊に回ってきた。

 現地の局員は魔導師ランクA一人を中心にBランク十一人の分隊で挑むもその速さと見た目通りの怪力、硬い毛に分隊は翻弄され自分の身を守ることが手一杯で、撤退を余儀なくされたのが事の発端だった。

 

 因みに覇王色の覇気で大人しくさせる方法は却下だ。理由は簡単……それだと楽しくないからな。

 

 

「おらおらぁっ!! 掛かってこいやぁっ!! もっと俺を楽しまろぉぉっっ!!」

 

 

 血湧き肉躍る。そんな表現がしっくり来る程の感情の昂り。

 バリアジャケットはその土地の気候を無効化する事ができる。俺の物はそれなりに厚着でこの場所には相応しいとは呼べない。それでも暑さはなく、適度な気温だと思える。魔法ってちょーべんり。

 

 

〔グウウゥゥラアアアアッッ!!〕

 

 

 挑発が効いたのか、はたまた仲間がやられた恐怖からか……俺の怒号に負けていないと訴えるように咆哮を上げる。

 細い二本の足で細かなステップを踏んで、踏ん張りの利き辛い砂地を駆けて俺に迫る。乱雑な動きは魔力弾で狙われないためだろう。最初の一体は、突っ込んできたところを炎神槍で仕留めたからな。

 硬質な毛でも、一定以上の魔力を込めてやれば効果を発揮する。

 

 

〔グゥアッッ!!〕

 

 

 俺の眼前まで接近したレッドベルンガは、その豪腕を大きく引き……振り抜く。

 

 

「遅いっ、止まって見えるぞっ」

 

 

 首を僅かに傾ける。――ゴヒュッ!――と空を切りながら俺の右頬の数mm先を赤い体毛に覆われた極太の腕が突き抜けた。触れるだけで刺さりそうな毛だ。それはさながら剣山のようなものだった。触れるのは得策じゃないな。

 

 

「ふんっ!」

 

 

 カウンター一発。がら空きになった土手っ腹に右拳を叩き付ける。胸と腹筋は毛で覆われていない。但し、硬質な皮膚で強靭な筋肉を覆い、まるでゴムのような弾力を俺の拳に伝わらせた。

 

 

〔グギィッ!!〕

 

 

 レッドベルンガは獣臭い唾液を散らし、二本の足で踏ん張りながら3m程の距離を滑っていく。

 

 

〔ガァァァアアアアッ!!〕

 

 

 レッドベルンガはギザギザに並んだ牙を震わせる程の大声で叫ぶ。それは衝撃波を生んだ。先の四体は見せなかった攻撃だ。

 

 

「プロテクション」

 

 

 前方に障壁を張って全方位に向けて拡張された衝撃波を防ぐ。砂が舞い上げられて前方が見えなくなった。

 

 

〔ガァアアアッ!!〕

 

 

 立ち込める砂埃からレッドベルンガが障壁の張られていない側面に飛び出してきた。

 

 

「知能もそれなりか……」

 

〔グウゥゥルアアアッ!!!〕

 

 

 障壁がないことを確認してレッドベルンガは駆ける。当然、目標は俺だ。

 

 

「……毛に触れるのは危険だ。でもそれは、普通なら……の話だ!」

 

 

 あれはバリアジャケットさえ貫いてくる。用意に触れるべきではない。だが、俺には……。

 

 

「武装色・硬化」

 

 

 これがある。

 武装色……イメージは鎧を纏うようなものだ。鉄塊よりも遥かに固い。まるで鋼鉄の鎧を身に付けたようなもので、しかも重さなどない。相手が同じ覇気使いでなければ、これを身に纏った者に攻撃を通すことは極めて困難だ。

 その上、攻撃力は倍増。武装色を纏うことで圧倒的な破壊力をも身に付けられる。攻撃力と防御力を兼ね備えた人体強化の力だ。

 俺は少し集中しねぇとできねぇけどな。条件反射で出来るほど素質は高くないらしい。

 

 

〔グアアアアァァァッ!!〕

 

 

 レッドベルンガが振りかぶったその拳は、俺の顔よりも二回り大きい。それが顔面に迫るのは恐怖だろう。が、俺はそいつを右拳で弾く。

 

 

〔グギィッ!!?〕

 

「驚く暇はないぞぉっ!」

 

 

 直ぐに腕を引いて左拳を放つ。指の先から肘関節まで黒くコーティングされた俺の両腕。光沢さえ放つこれが『武装色・硬化』の特徴だ。

 

 

〔グガッ!!〕

 

 

 ズムッ、と左拳がめり込んだのは赤毛に覆われた横っ腹。硬質な毛と武装色を纏った俺の腕が擦れてギャリギャリと不協和音を奏でる。

 見た目通りで情報通りの硬さだ。その上、皮膚さえも厚く硬い。

 

 

「うおらぁっ!!」

 

 

 めり込ませた腕を力任せに振り抜く。

 レッドベルンガは砂埃を立ち上げながら吹き飛んだ。こんな経験はしたことがないだろう。自分よりも遥かに小さい人間のガキに、ぶっ飛ばされるなんてな。

 5m程の距離を吹き飛んだゴリラは起き上がる気配がない。

 

 あいつは獣だ。それは根源まで突き詰めれば人間も変わらない。一皮剥けば人間も獣なんだ。俺はそれを知っている。それを理性で抑える事ができるから、人は人類としての種を確立でき、獣との差別化ができるのだ。

 しかし、獣としての本能を理性とモラルで抑え付けた結果、人は危機感を失くし、生存本能さえも失った。それは現代社会に於いて不要なものとして扱われる傾向が強いものだ。

 当然、持っていて損するものでもない……が、治安の良い日本では薄れたものであることは疑いようのない真実だ。

 そんなやつらが無人島や樹海に放り込まれれば、忽ちヒエラルキーの最下層に転落する事は明白だ。どちらが強いか、生物として生に貪欲なのはどちらか、それが自然界で生き残る強者を分ける条件だ。

 

 

「そして……俺が強くてお前が弱い。この場にある事実はそれだけだ」

 

 

 未だ起き上がってこない赤毛の獣に告げる。

 ついさっきまで、自分こそが王者だといった風で、四体の取り巻きを引き連れて砂漠を闊歩していたそいつは、今は巨体を無様に横たえている。

 

 

「もう少し楽しめると思ったんだけどな。ガッカリだよ」

 

 

 レッドベルンガはぴくっ、と反応を見せた。人語を理解しているのか、ただ俺の言葉に含まれる嘲りに反応しただけなのか……。

 震える腕で立ち上がる。

 それは戦士としての気概、王者としてのプライド、生物が持つ生存本能……それら全てがレッドベルンガを突き動かす原動力になっているんだろう。

 

 

「よし……! 掛かってこい。完膚なきまでに叩きのめしてやるよ」

 

〔グガアアァァッ!!〕

 

 

 痛みがあるだろうに……。その駆ける姿は全くそれを感じさせない勇猛さがあった。

 こいつが率いる群れなら大丈夫だろう。任務の成功を感じて握る手に力が籠る。

 

 

「これで……沈めっ!」

 

 

 彼我との距離は2m。そこで全力で右拳を正面に向けて振り抜く。

 決して生物に向けて放っていい威力じゃない。人に向けて放てば、真っ赤なバラが咲き乱れるほどの威力がある。空を殴ることによって空気を押し出す。普通なら微風だが、俺の全力は衝撃波を生む。

 

 

〔ガッ!!?〕

 

 

 発生した衝撃波は拡散することなく、真っ直ぐにレッドベルンガにぶち当たった。

 さっきよりも遠くに吹き飛んだレッドベルンガが、暫く経っても起き上がってこないことを確認して、俺は勝利を確信した。

 

 

 

 

 

「山口二等陸尉! お疲れさまです!!」

 

 

 十数人の局員が俺に向かって頭を下げる。

 彼らはホールサンドに拠点建設のためにミッドから派遣された業者の護衛部隊だ。

 何故こんな辺境に拠点を作るのか……? 最近この地区に密猟者が頻繁に現れる事が理由だ。

 魔法生物『ゴールドセバス』……見た目は亀そのもので、3mを超える平べったい巨体、頭から尻尾までの長さは20mはあるそうだ。亀、と言ったように当然甲羅を持っているが、その甲羅にはびっしりと黄金に輝く苔が付いている。

 大病さえも癒す秘薬で、魔法と合わせると癌さえも治療してしまう……らしい。らしい、と言うのは成功例が皆無だからだ。

 そもそも、ゴールドセバスは普段砂の中で生活していて、砂の中にある微量の砂金を数g摂取するだけで十年は生きられるらしい。

 目撃例も少ないが、これは無いわけでもない。

 水浴びをしに時折湖の方に現れる。映像で見たが、レッドベルンガもゴールドセバスには近付こうとしなかった。この世界の主的な存在だと見て間違いないだろう。

 ゴールドセバスは体内に純金を生成する器官を有しており、三年で100kg以上の純金を蓄えると言われている。

 管理局が捕獲禁止令を出した魔法生物だ。こいつは蓄えた純金を何処かに排出している……専門家の間ではそう見解が一致している。

 諸説あるが、どれも信憑性に欠けるものだ。俺や朱里達は、子を産むときの卵の殻にしているんじゃないかと予想を立てたが……それも今後の調査で明らかになるだろう。

 

 閑話休題

 

 そういうのもあって、数体のゴールドセバスがホールサンドから連れ出された事が確認されている。出所不明の純金がミッドに流れ込んだのが、今回の事件の発覚だからな。目的は金を売り捌くことで間違いない。

 環境調査や自然保護のため、自然保護隊が常駐してはいるが、それはオアシスだけだ。外はそれなりに危険生物がいるため、夜営は危険だとされている。特に夜は気温も下がり活発になる生物も増えるからな。

 で、まずその足掛かりとしてレッドベルンガを……というところで反撃に遭い已む無く撤退となったわけだ。

 

 

「夜間はコイツらに警備をさせれば心配ないだろ。餌は上等な肉を俺が送ってやるし」

 

 

 俺の後ろに座り込む五体の獣に指を差す。

 

 

「……本当に大丈夫なんでしょうか? その、山口二等陸尉が居なくなった途端暴れだす、何て事は……」

 

「ははっ、大丈夫だって、コイツらは強者の命令には絶対に逆らわねぇ。信頼しろよ」

 

 

 不安そうにレッドベルンガ達を見る男性局員に笑って言う。

 レッドベルンガは強者には逆らわない。これも確かな情報だ。自分より格上の存在に支えることを誇りにしている……そんな騎士道溢れた精神がコイツらの特徴でもあるし、自然保護隊から「生態系を崩さないで欲しい」とも言われている。

 レッドベルンガが居なくなることで、この地区の生態系が崩れる可能性は十分に有り得るのだ。

 

 

「そんじゃ、俺の仕事も終わりってことで」

 

『お疲れさまでしたぁっ!!!』

 

 

 頭を下げる局員達を背に小型次元艦へ向かう。次元間での交易なんかに使う小さなものだ。一般の商人なんかでも購入できるお手頃な値段で、ガキの俺でも刃を接続すれば動かせる便利なものだ。免許は要るが、それも年齢制限はない……というわけではない。局員は免除されるのだ。

 

 

「じゃあ、お前らも元気にやれよ。あの人達の言うことを聞いていれば、ご褒美に上等な肉を持ってきてやるからな」

 

〔ガウッ!〕

 

 

 嬉しそうに鳴くレッドベルンガの腹をポンポンと叩きその場を離れる。

 

 

「よっと。それじゃ……発進!……なんてな」

 

 

 ホールサンドまで乗ってきた小型次元艦に乗り込んで刃を接続、艦を出す。

 貨物室と操縦席、お手洗い場、仮眠室と最低限の設備が整った小型次元艦。後は冷蔵庫とクーラーボックスと次元通信可能なテレビをあとから持ち込んだ。

 10mの長さと5m程の幅しかない本当に小型のものだ。日本円で100万くらいだったか?

 

 今日までの経緯を簡単に説明しよう。

 リーゼがはやてと遊んでくれてから二ヶ月。動物と触れ合った事が良かったのか、あれから随分と元気になってくれた……と言っても、元々落ち込んだ風には見えなかったが。

 はやては妙に演技が上手いところがあるからな。そう見せないようにしていた可能性は十分に有り得る話だ。

 で、それからはやての誕生日があったり、相川の追撃が苛烈さを増したり、突然束が家に泊まりに来たり、高町親子(桃子さんとなのはを除く)と大輝で山籠りをして鍛えたり、学校が終業式を迎えて夏休みに入ったりとそれなりに日常を楽しんでいる。

 たまにはやてからリーゼに会わせてほしいと強請られる。余り我が儘を言わないはやてだ、俺も叶えてやりたいがリーゼの都合が合わない。最近は忙しいらしい。

 

 

「帰れば俺もゼストさんの指揮下に加わる。今の内に休んでおくか」

 

〈はい、そうしてください〉

 

〈お休みなさいませ〉

 

 

 機体に接続した刃と、刃の話し相手として置いた無限に見送られて仮眠室に入る。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 一息ついて、四畳半程度の部屋に備え付けられたベッドに仰向けに寝転ぶ。

 見上げる天井はこの機体の色、黒だ。無機質で温かみがない。木の天井とは全く異なる印象を受ける。

 復帰後すぐに買った機体で、新品だったから傷もついていない。

 

 

「寝よう」

 

 

 誰に言うでもなく独りごちる。ここからミッドまで四時間半程だ。十分寝れるし、到着すればどっちかが起こしてくれるだろう。

 さっきのよりは確実に過酷な任務になる。そう知っている俺は、英気を養うために瞼を閉じた。

 

 

 

 

 




リーゼ訪問から二ヶ月……少し時間が流れすぎですかね?
でも、このままはやての誕生日とかやってたら、本当に原作に辿り着かないしなぁ。

今回出てきた小型次元艦……あまり活躍する機会はないです。転移魔法が苦手な宏壱が、一人で動き回るためのものですから。

因みに、はやては紫苑が面倒を見てくれることになっています。料理の勉強とかしてます。多分「宏壱さんに美味しい料理をご馳走して、喜んでもらいましょう?」とか言われてます。

では、また次回お会いしましょう。


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第五十三鬼~赤鬼と戦闘機人・クローン~

side~宏壱~

 

 複数の魔力弾が俺に迫る。

 

 

「しっ!」

 

 

 中に浮かぶ俺はそれらを叩き割ることで回避してみせた。

 

 

「……」

 

 

 ふっ、と沸いたように背後で気配が生まれた。『見聞色の覇気』を用いても気配を捉えるのは容易じゃない。

 

 

「――っ!? ぜあっ!」

 

 

 が、反応できない程のものでもない。

 背後に現れたやつが、手に持つダガーを振るう前に回し蹴りを叩き込んで落とす。その隙を突いて再び魔力弾が俺に殺到する。

 

 

「ファースト ムーブ!」

 

 

 高速移動でその場から離脱、魔力弾を放った地上に居る三人の男達に肉薄する。

 三角形の陣を組んでいた男達は、手に持つ杖型のデバイスを振るった。

 円陣の魔法陣が浮かび上がり、中心に魔力が集まる。

 

 

「砲撃かっ!」

 

 

 発動された魔法が何か分かった。しかし、接近をやめる理由にはならない。

 

 

「高速移動中の俺を捉えるのは上出来だが、それが脅威に成り得るわけでもないぞ!」

 

 

 そう吐き捨て、更に速度を上げる。直後、――ゴウッ!!――放たれた三本の砲撃は俺の真横を飛び、俺が残した残像を貫いてドーム状の天井に着弾、少しの穴を開けた。

 

 

「ふんっ!」

 

 

 先頭に居る男の前に着地、反応されるよりも早く裏拳の要領で鞭のように腕をしならせて振りきる。

 

 

「……っ!?」

 

 

 男は声を発することなく吹き飛んだ。乱雑に捨てられた生体ポッドの山にぶつかり埋もれて沈黙した。

 

 

「ふっ!」

 

 

 次に、斜め右側の男の懐に飛び込んで、男の腹に肘を突き入れた。

 

 

「……っ!?」

 

 

 苦悶の表情は浮かべるものの、声を上げることはない。

 

 

(全員同じ顔、声も出さねぇ、気味の悪い連中だ)

 

 

 胸中に浮かべた思いを外には出さず、肘を瞬時に戻して蹴り飛ばす。

 

 

「……っ!?」

 

 

 その結果を確認せず、左側の男の背後に回り、跳んで首に蹴りを入れる。

 例のごとく声を出さない男に更なる気味悪さを覚えながらも、迫る複数の気配を捉える。

 正面から二人、後ろから三人。地を這うような姿勢で疾駆するそいつらの動きは、近接戦闘に秀でたものなのは疑う余地もない。

 

 

「おらっ!」

 

 

 沈めた男が持っていたデバイスとそれの持ち主を、正面から迫る二人に向けて蹴り飛ばす。

 

 

「「……っ!?」」

 

 

 二人は動きを止めて横に転がって躱す。仲間意識は少ない。ひょっとするとそんな感情すら持ち合わせていないのかもな。

 

 

「ブレイクキャノン」

 

〈Shoot〉

 

 

 そう考えながら後ろから迫る連中に背を向けたまま魔力弾を放つ。

 

 

「「「……っ!?」」」

 

 

 息を呑む音は聞こえるが、やはり声は上がらない。

 三人はそれぞれ別の方向へと飛んで躱す。上に逃げたのが一人、左右に分かれて逃げたのが二人。左右に逃げた二人を魔力弾を操作して追尾させる。

 

 

「炎神槍っ!」

 

 

 体の向きを変えて、上に逃げた男を飛んで追い掛ける。その時に正面、今は後ろか……体勢を立て直して再度駆け出す後ろの二人に炎の槍を射つ。

 

 

「「……っ!?」」

 

 

 背後で火柱が上るが、気にせず眼前に迫った男を見据える。

 

 

「……っ!」

 

 

 言葉を発さず、男は直射弾を射ち出した。正確に俺の眉間に迫るそれは……速い。だが……。

 

 

「しゃらくせぇっ!」

 

 

 叫んで右腕で弾く。弾いた直射弾は、暴発することなく追尾弾から逃げる男の眼前に着弾する。足を止めた男は背後に迫る追尾弾の餌食となった。

 

 

「……っ!」

 

 

 ダガーを構えた男は懐に入り込んだ俺の首を狙い、コンパクトに最小限の動きで刈り取ろうとする。

 

 

「っと」

 

 

 男の右手首に左腕を当てて首に迫ったダガーを止める。

 硬直、一瞬だが動きを止めた男の右腕を掴んで体を俺の下に強引に持っていき……。

 

 

「おらぁっ!」

 

 

 蹴り落とす。そして更なる追撃を掛ける。

 落ちる男に両手の指を向ける。十本の指が男を捉えた。そして指先に魔力を集める。

 

 

「雷神槍・十指弾!!」

 

 

 集まった魔力は全て射ち出され、男に迫る途中で深紅の雷の槍へと姿を変えた。

 20cm程度の長さしかないが、威力は折り紙付きだ。

 

 

「……っ!!」

 

 

 体を撃ち抜かれた男は気を失い受け身を取れずに強かに地面に叩き付けられた。

 因みに非殺傷設定だから死ぬことはない。痛烈に痛いだけだ。

 

 

「ここからは通行止めだ」

 

 

 未だ追尾弾の追跡から逃げる男の前に降りて宣言する。

 

 

「……っ!」

 

 

 速度を落とさずに、男はダガーを掌でくるくると回転させて逆手に持ち振るう。

 

 

「おっと」

 

 

 俺の側頭部を狙った横凪ぎは、頭を下げることで躱し、相手に頭部を見せたまま一歩前に踏み出す。

 

 

「……っ!?」

 

 

 と、男の腹部に俺の頭が頭突きを噛ます形になり、動きが止まる。

 

 

「プロテクション」

 

 

 俺と男を隔てるように魔法障壁を張る。三角形の魔法陣が現れて――ドオオォォンッ!!――男を追尾していた魔力弾が接触、その爆発の衝撃から俺を守った。

 

 

「……終わったか」

 

 

 煙が晴れると男は意識を失い倒れている。

 他にもこの場には多くの男達の亡骸が――〈死んでいません。気を失っているだけです〉――……気分が台無しだぜ。

 

 

「ナチュラルに心を読むな無限」

 

〈主君の気持ちを理解してこそ、真の従者と言えるのです〉

 

「そうかい」

 

 

 ったく、殺伐とした雰囲気に緩和材を投入しようとした俺の考えも――〈主、地下に入った孔明様より入電です〉――……。

 

 

「……分かった、繋いでくれ」

 

〈御意〉

 

 

 刃の言葉に答えるとすぐにディスプレイが空中に展開され、淡い金髪をショートボブにした少女が顔を見せる。

 

 

[お、おつかれしゃまでしゅ!]

 

 

 噛んだ労いの言葉を放ちながら勢いよく頭を下げた少女は、その勢いで落ちそうになったベレー帽を[はわわ!]と慌てながら押さえる。

 

 

「ははっ、ああ、おつかれ、朱里」

 

 

 こんな雰囲気の中で思わぬ癒しに笑いが溢れる。

 

 

[む~、笑わないでください!]

 

 

 いったい誰が、唇を尖らせそっぽを向いて拗ねるこの少女が希代の名軍師、諸葛亮孔明だと信じるのか? 俺ならそいつの頭を疑うな。

 

 

「いやいや、すまん。余りにも朱里が可愛くてな」

 

[か、かわっ!!?~~~っ!! も、もう、しりましぇん!!]

 

 

 顔を真っ赤にして更に顔を明後日の方に向ける朱里。昔からこの手の言葉には弱い。

 初さが一切抜けないのか……?いや、弱いと言っても顔を真っ赤にするほどでも無かった筈だ。

 30歳を越えた辺りではかなり落ち着きも……精神が身体年齢に引っ張られてる? 可能性は十分あり得るな。雛里もそんな感じだし。

 

 

「ごめんって、お詫びに一つなんでも言うことを聞いてあげよう」

 

[ほ、本当でしゅか?]

 

「お、おう」

 

 

 上目遣いで確認してくる朱里に快く頷く。まぁ、朱里ならそんな無茶は言ってこないだろう。

 それにしても、赤ら顔で上目遣い……俺じゃなかったら死んでたな。

 

 

[はいはい、ご馳走さま。まったく任務中によくやるわね]

 

 

 呆れた声が聞こえ、ディスプレイが新たに開く。

 そのディスプレイには青髪をポニーテイルにした女性局員、クイント・ナカジマが顔を映す。

 

 

「まぁ、これが俺達だからな」

 

[子供が生意気言ってぇ]

 

 

 あんたよりずっと年上だけどな。とは言わない。

 まぁ、今の俺と朱里は似たような背格好だからな、微笑ましく見えるんだろう。

 現に、朱里の後ろに見える局員達の口許が緩みまくっている。

 

 

「はぁ、朱里、何か報告があるのか?」

 

 

 溜め息を吐いて朱里に用件を聞く。ここからは頭を切り替えて動く為に気を引き締めた。

 

 

[……はい、データの抽出完了しました。これからは被験者の保護を最優先に動きます。まだ残敵が居るかもしれません、警戒を怠らないでください]

 

「了解」

 

[宏壱君、こっちからもお願い。全方位になるけどいける?]

 

「任せとけ」

 

 

 つまり任務変更なしってことだな。警戒を最大レベルに引き上げる。

 

 

「見聞色の範囲を広げる」

 

 

――慎重に運んでください。変に揺らすと被験者の方々に負担が掛かります。

 

――了解!

 

 

 これは地下に居る朱里達の声か……。

 

 

――警戒を怠らないで。まだ何か潜んでいる可能性があるから慎重に外に出ましょう。

 

――了解!

 

 

 こっちはクイントさんだな。両方とも声が近付いてきているし、任務の終わりも近い。

 

 

――ヒュンッ!

 

 

 ……何だ?何か変な音が……。

 

 

――ヒュンッ!

 

 

 まただ。空気を切るような……。

 

 

――ヒュンッ! ヒュンッ!

 

 

 増えた……?

 

 

――ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ!

 

 

 ……違う!近付いてくる!

 

 

〈御主君! 強力な魔力反応がこちらに!?〉

 

「分かってるっ!!……すぅ」

 

 

 無限の報告に怒声で返して、息を大きく吸う。肺がパンパンになるほど吸う。バリアジャケットの上からでも分かるほどに俺の胸が膨張する。そして……。

 

 

「全員っ!! 衝撃に備えろおおおぉぉぉぉッッッッ!!!!」

 

 

 吐き出す!

 ――ゴッッ!!――建物が揺れ、俺を中心に衝撃波が生まれ足元のコンクリートが割れた。その亀裂は大きく広がる。

 

 

〈来ますっ!〉

 

 

 刃の言葉と同時に何かがドーム状の天井を通り抜け、コンクリートを通過していく。

 見えない何かが、通り抜けた天井を注視していると、うっすらと、それも無数に裂けたような箇所が幾つも見えた。

 

 

「――っ!?……な、に?」

 

 

 鋭い痛みを指先に感じて手を見る。人差し指を見ると、つーっと血が一筋の線を作って流れ落ちた。それを皮切りに指、手、腕、肩、頭、顔、胴、足と痛みを感じる箇所が増えていく。じっとりと熱い液体が肌を濡らすのが分かった。そしてそれの正体も……。

 喉から熱いものが込み上げてきた。

 

 

「……がはっ!?」

 

〈〈主っ!?/御主君っ!?〉〉

 

 

 それを吐き出すと口許を押さえた手が真っ赤に染まる。……血だ。恐らく、いや、確実に、今俺の体を濡らしているのもこれと同じものだ。

 

 それを再認識すると同時に……天が崩れ、世界が崩壊した。




何の脈絡もなく始まった戦闘。世界の崩壊。宏壱や朱里、クイントの運命やいかに!?

今回の事情は次回語られる予定です。

では、また次回お会いしましょう。


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第五十四鬼~赤鬼の異常性~

side~ゼスト~

 

「何だ……この有り様は……っ!?」

 

 

 目の前に広がる瓦礫の山。ドーム状の建造物があった場所だが、今は見る影もない。

 

 

「ここに当たっていたのは、クイント、宏壱、諸葛だった筈だな……?」

 

「その筈、です……」

 

 

 隣に居るメガーヌに問えば肯定の意が返ってくる。

 

 

「朱里ちゃん……っ!」

 

 

 俺達と別の任務に付いていた淡い紫の髪を左右の側頭部で二つに結った幼い少女、鳳が瞳に涙を浮かべ瓦礫に向かって駆け出す。

 

 今回、俺達は二面作戦に打って出た。隊長に山口宏壱二等陸尉を据え、クイント、諸葛を中心とした十五人編成のチームと俺を隊長としてメガーヌ、鳳が中心とした十人編成のチームだ。

 この二チームで行われる作戦は、迅速な対応が必要だった。

 襲撃を掛けた違法研究所の殆どが、我々の侵入の把握と同時にデータの破壊と他研究所への転送を実行する。全てを完了するまで20分の時間を要するが、足止めを置いておけば事足りる。

 その足止めを一手に引き受ける最大の戦力と、遠隔からデータベースに潜り込み破壊とデータ転送を阻害する頭脳。その二つが必要だった。

 それに加えて今までにない少人数と二つの違法研究所への同時襲撃。相手の意表を突くには十分だった筈だ。

 俺達の方は成功したが……。

 

 

「お兄様ーっ!……朱里ちゃーんっ!」

 

 

 鳳が二人に呼び掛けながら瓦礫を掘り起こす。何時にない大声だ。普段の彼女からは想像できない程の……。

 

 

「メガーヌ……生命反応はあるか?」

 

「……はい、微弱ですがこの瓦礫の下に。数は多めですが、隊員全ての生命反応を感知しました」

 

「……瓦礫の撤去作業を始めろ! 下手に崩さないように気を付けろ!」

 

『はっ!』

 

 

 連れて来ていた部下に命令を下して、俺自身もその作業に加わる。

 

 

「……見つけました! 山口二等陸尉です!」

 

 

 下手な事をして崩してはならない為に遅々として作業が進まず、休みを取れぬまま二時間が経過した頃、隊員の一人が叫んだ。

 

 

「お兄様っ!」

 

 

 真っ先に駆けつけたのは鳳だ。それも当然と言えるだろう。宏壱は彼女の大事な家族だからな。

 

 

「ぁっ……ぅっ……」

 

「お兄……様……っ!」

 

 

 俺も宏壱の状態を見ようと歩み寄れば、全身を切り刻まれ、辺り一面を自らの血で染め上げた虫の息の宏壱の姿だった。

 瓦礫に押し潰されて折れたのか、両腕、両足があらぬ方向に曲がっている。それどころか、皮膚を突き破り、骨が見えている。生きていることそのものが奇跡だ。死んでいてもおかしくはない。

 十にも満たない子供のこんな姿を見ることになるとは……。

 

 

「見つかりました! ナカジマ準陸尉です!」

 

「こちらも、諸葛陸曹長を発見!」

 

 

 それからを皮切りに、次々と隊員と救助した被験者が見つかり始めた。

 

 

「気を失ってはいるようですが、みんな無事みたいですね」

 

 

 ほっ、と息を吐くメガーヌの言葉に頷く。

 奇跡的に隊員に死者は出ていなかったが、被験者の何人かの遺体が発見された。

 ……いや、奇跡的、ではないか。隊員と助かった被験者全てに、深紅の魔力の膜が張られていた。

 宏壱が把握できる人員を守った。そして、全員を守るほどの魔力が無く、自分の身を守る術もなかった。恐らくはそういうことだろう。

 

 

「応急手当を急がせろ。本局に早急に帰還するぞ!」

 

『了解!』

 

 

 鳳以外の返礼に頷き、未だ宏壱に抱きつく彼女を見やる。

 大粒の涙を流している鳳は、自分の服が宏壱の血で汚れることも構わずに抱き締め続けている。

 淡い紫の魔力光が漏れていることから、治療魔法を掛けているのは分かるが……。

 

 

「鳳、後は医療班に任せろ」

 

「……っ……いや、です……!」

 

 

 彼女には珍しい強い拒絶の言葉だ。それだけ宏壱を想っているということだが、今は医療班に任せるのが最善だ。

 

 

「隊長、ここは私に任せてください」

 

「……頼む」

 

 

 申し出たメガーヌに任せることにした。

 

 

「雛里ちゃん」

 

 

 そっと鳳の耳元で何かを囁いたメガーヌに、鳳は神妙に頷いてそっと宏壱から離れる。

 それを見た医療班は、即刻にしかし慎重に宏壱を担架に乗せて、次元空間に止まっている次元艦まで転移した。

 

 

「やることは終わった。これより帰還する」

 

 

 俺の宣言を受けて、外に出ていた隊員全てが次元艦に転移した。

 

 

 

 

 

 数時間後、次元艦ブリッジでは重々しい沈黙が空間を支配していた。

 

 

「まさか、噂に聞く若きエース、山口二等陸尉が倒されるとは……」

 

 

 口火を切ったのはこの艦、巡航L級三番艦“シヴァ”の艦長、シーザー・ゴブソル提督。52歳にして前線に立ち続ける古参の英雄だ。

 髪を全て剃り上げた頭には、若き頃に魔獣に負わされたという三本の爪痕が、頭頂部から左目を通り頬にまで刻まれていた。

 身長は2mを超え、その肉体は服の上からでも分かるほどに盛り上がっている。『肉弾戦車』と呼称されるほどの突進力と破壊力を持った体当たりがシーザーの持ち味だった。

 十数年前に、暴走列車を強化魔法を纏った身一つで止めたことは伝説になっている。

 陸と海に分かれてはいるが、幾度か任務で鉢合わせたことがあった。まだシーザーが提督になる前の話だ。

 酒飲み仲間でもある。

 

 閑話休題

 

 この近くを巡航ルートにしていた彼らに、救難信号を送ったのだ。

 

 

「だが、なんという生命力だ。あの状態で死なんとは……驚嘆に値する」

 

「……」

 

 

 確かにそうだ。全身骨折に、裂傷、多量出血、内臓も傷つき生死の境をさ迷っている。

 普通なら死んでいる状態だ。これも奇跡的……と言うよりは宏壱の体が頑丈過ぎるのか。

 

 

「お前からの救援要請は珍しいと思ったが、こんな事情がなぁ」

 

「機密事項だ。シーザー提督の部下にも箝口令を敷いてもらいたい」

 

「分かっている。これで地上本部のストライカーに貸しが出来たな」

 

 

「がっはっはっは」と豪快に笑い艦長椅子に深く腰掛けるシーザーを見やり口を開く。

 

 

「いや、これで俺に貸しを一つ返しただけだ」

 

「……むっ?」

 

「二年前、テロ事件の調査で情報を提供した」

 

「…………はっ!?」

 

 

 思い出したように目を見開くさまは、間抜けの一言に尽きた。

 

 

「序でに言えば、五年前に命を救ったこともある。考え無しのお前が、魔獣を倒すために突っ込んで火山の火口に落ち掛けたところをすんでのところで止めたのは俺だ」

 

「………………」

 

 

 シーザーの剃り上げた頭から大量の汗が流れ落ちる。目は泳ぎ定まらない。

 

 

「他にもお前が妻に――「分かった! これで借りを一つ返したっ! それでいいだろうっ!?」――……ああ」

 

 

 五月蝿く喚くシーザーに満足した俺は、ブリッジを出るために足を動かす。

 

 

「ゼスト、何処へ行く?」

 

「決まっている。部下の様子を見にいく」

 

「……そうか」

 

 

 シーザーの問いに答えてブリッジを出る。

 特に迷うこともなく医務室までの道を歩く。目の前のT字路を右折すれば、宏壱達が寝かされている医務室に辿り着く……というところで不審な人影を発見した。

 女性局員の制服を身に纏った赤毛の少女だ。首元で二つに結った二本の髪の束がゆらゆらと揺れている。

 その少女は俺に背中を向け、壁に身を隠すようにして通路の先を窺っている。

 

 

「……何をしている?」

 

 

 明らかに不審な行動を取るその局員に声を掛ける。

 

 

「ひゃいっ!?」

 

 

 奇妙な声を上げて少女が跳ねた。首元で二つに結った髪も天を突く勢いだった。

 

 

「え、とっ、あのっ、こ、これはっ!」

 

 

 振り向いて手を顔の前で振る少女には見覚えがあった。確か……。

 

 

「特別試験の時の……」

 

 

 そうだ。数年前の試験で、宏壱と同じチームを組んでいた少女の筈だ。合格したのはあの一組だけだった、覚えている。

 

 

「……え? あっ!? グ、グランガイツ試験官っ!?」

 

 

 そこで漸く俺に気付いた赤毛の少女が驚きの声を上げ、直ぐに敬礼をした。

 

 

「し、失礼しましたっ! ルイーヤ・バルセット二等空尉であります!」

 

「首都防衛隊一番隊隊長、ゼスト・グランガイツ一等陸佐だ」

 

 

 聖王教会にも所属しているため騎士として呼ばれることも多いが、管理局に居るときは大体が階級を付けるようにしている。

 

 

「は、はい! 存じ上げてます! お噂は予予……!」

 

「そういうのはいらん」

 

「はぅっ!? 申し訳ありません……」

 

 

 長くなりそうな赤毛の少女、バルセット二等空尉の言葉を遮る。

 

 

「バルセット二等空尉、何をしていた?」

 

 

 どことなく気落ちしたバルセット二等空尉に、こんなところで何をしていたのかを聞く。

 

 

「え……? あ、はい、その、ですね」

 

「……」

 

 

 歯切れの悪い言葉を紡ぐバルセット二等空尉を黙ってみる。確か、あの時、決め手となったのはバルセット二等空尉のチェーンバインドだったな。

 捕縛魔法を得意とするミッド式魔導士。あの試験は入局後、直ぐに三尉の地位を与えられる。二等空尉に昇級しているということは、それなりの功績を上げた……ということだ。

 

 

「その、こうい……じゃなくて、山口二等陸尉が怪我をして運び込まれたと聞きまして」

 

 

 立場からか、呼び方を正したバルセット二等空尉は、心配そうに宏壱が寝かされている医務室の方を見やる。

 

 

「なるほど……」

 

 

 宏壱とバルセット二等空尉は同期と言ってもいい間柄だ。陸と海に分かれた関係上交流などはないだろうが、宏壱は自分を試験合格へと導いた存在……気になるのも仕方ない、か。

 

 

「ならば、様子を見てやるといい。喜ぶだろう」

 

「えっ? でも……」

 

 

 躊躇うような仕草を見せるバルセット二等空尉に疑問が浮かぶ。

 

 

「躊躇うことはないだろう」

 

「えっと、ですね。かなりの重傷だって聞きました。まだ寝ていると思います。それに私が行かなくても、綺麗な女の人と可愛い女の子が入っていくのを見ましたし……」

 

「ふむ……」

 

 

 要領は得ないが言いたいことは理解できた。

 

 

「それで……あれ? グランガイツ一等陸佐?」

 

 

 疑問の声を上げるバルセット二等空尉を気にせず、彼女の襟首を掴む。

 

 

「へっ?……あ、あの~、一体何っ! ぐえっ!?」

 

 

 引っ張られて喉が詰まったのか、バルセット二等空尉は奇声を上げる。

 

 

「ちょっ! くるしっ! っです!」

 

「いいから来い」

 

 

 襟首を掴んだまま医務室へと歩みを進める。引きずる形になるが、それも仕方ない。

 

 

「入るぞ」

 

 

 医務室の扉の前に来た俺は軽くノックをして、返事を待つことなく部屋に入る。

 そこにはベッドが三台ずつ等間隔で左右の壁際に並べられ、右側にクイント、諸葛が、左側の一番奥に宏壱が寝かされている。

 

 

「あ……隊長」

 

「起きていたか」

 

 

 既にクイントと諸葛は目を覚ましていたようで二人とも体を起こしていた。

 

 

「はい、宏壱君に助けられたみたいです」

 

「……他の皆さんもご無事だと伺いました」

 

 

 クイントは平気そうだが、諸葛は気が滅入っている。それは鳳にも同じことが言える。

 二人ともが肩を落とし、俯き加減で声が固く小さい。心配そうに宏壱の寝るベッドを見やり目を逸らす、そんな行為を繰り返す。

 

 

「あの~、グランガイツ一佐……そろそろ放して欲しいんでけど……」

 

「む? ああ、すまん」

 

 

 未だに、俺の手はバルセット二等空尉の襟首を掴んでいたようだ。余りの室内の暗さに何を言おうか悩み忘れていた。

 

 

「あなたは……?」

 

 

 諸葛と鳳の視線が見覚えの無いバルセット二等空尉に向けられる。

 

 

「ルイーヤ・バルセット二等空尉であります!」

 

 

 制服を数度叩き埃を払ったバルセット二等空尉は敬礼する。

 

 

「あ、……っと」

 

「朱里ちゃん、まだ立つのは……っ!」

 

 

 敬礼したバルセット二等空尉に返礼するためだろう。諸葛がベッドから下りるが、足がフラつき倒れそうになったところを鳳が支える。

 

 

「あっ! 大丈夫だよ、無理しないでっ!」

 

「いえ、そういう訳にもいきませんっ!」

 

 

 止めようとするバルセット二等空尉に強い語気で返し、支える鳳から離れて今度は確りと立つ。

 

 

「……諸葛 朱里陸曹長です」

 

「ほ、鳳 雛里陸曹長でしゅっ」

 

「クイント・ナカジマ陸准尉です」

 

「メガーヌ・アルピーノ陸准尉です」

 

 

 クイントとメガーヌも二人に倣って返礼する。階級で言えばバルセット二等空尉の方が上だ、上官に先に名乗らせたことに四人はバツの悪い顔をする。

 

 

「えっと、宏壱君……山口二等陸尉はこの部屋、で良いんですよね?」

 

「はい、そうですけど……? お兄様のお知り合い、でしょうか?」

 

 

 ふむ、出会ったことがなければそれも当然の疑問か。

 事実、陸と海の仲はお世辞にも良いとは言えん。

 レジアスの娘であるオーリスが、宏壱を使って溝埋を行おうと、幾度か海への出向という形で手を貸したことはあるようだが、成果があるとは言い切れん。

 

 

「お兄様……? あれ? でもファミリーネームは……」

 

 

 確かに疑問は湧くだろう。最初は誰でも戸惑いを覚える。

 

 

「あ……えっと、昔から兄のように慕っていましたから……」

 

 

 レアスキルの話をするのは面倒だと考えたのか、諸葛は当たり障りの無い返しをする。

 

 

「あ……思い出したわ」

 

 

 声を上げたメガーヌに視線が集まる。

 

 

「メガーヌ?」

 

「クイント、覚えてない? 宏壱君の試験の時の……」

 

 

 クイントに声を掛けられ、メガーヌはゆっくりと思い出すように語る。

 

 

「え? 試験……?」

 

「最後に隊長を押さえたバインドの」

 

「あっ!? 思い出した! 確か宏壱君と同じチームを組んでた……!」

 

 

 漸く思い出したクイントが手を打つ。

 

 

「試験……?」

 

「朱里ちゃん、ひょっとして……」

 

「うん、多分そうだよ」

 

 

 諸葛と鳳は、メガーヌとクイントの会話から当たりを付けたようだ。

 

 

「ぐっ……ぅ! うるっさいぞ……っ!」

 

『……えっ?』

 

 

 五人の声が重なる。辛うじて声は出さなかったが、俺も同じ心境だ。

 声のした方を見れば、包帯男と化した宏壱が人工呼吸器を外して体を起こしていた。

 ……あれ程の重体で、もう起き上がれるものなのか? 以前から傷の治りは早く、回復魔法の効き目も人一倍良かったが……これは、異常だ。

 

 

「「お兄様っ!」」

 

「ぐぅっ!」

 

 

 考えていると、諸葛と鳳が宏壱のベッドに飛び込む。悲痛な悲鳴が聞こえたが、問題ないだろう。

 

 

「あれだけの傷を受けて血も殆ど失ったのに、数時間で目を覚ますって……」

 

 

 メガーヌが理解に苦しむ、といった風に額に手を添える。クイントは苦笑いだ。俺も心境は二人と変わらん。

 

 

「ふったり……とも、避けてくれ……」

 

 

 息絶え絶えに言葉を発する宏壱は苦しそうだ。

 

 

「お兄しゃまぁ……! ぐしゅ……っ!」

 

「うぇっ……!」

 

「……はぁっ……好きに……しろっ……」

 

 

 二人をどかそうと両腕に力を入れていた宏壱は、抵抗を諦め優しく諸葛と鳳の頭に手を置いてゆっくりと撫でる。

 そこに……。

 

 

「宏壱君、久し振り、だね」

 

 

 バルセット二等空尉が近付き声を掛ける。

 

 

「……」

 

 

 宏壱は暫くバルセット二等空尉の顔を見て、口を開く。

 

 

「誰……だ……?」

 

「「「……」」」

 

「えええぇぇぇっ!?」

 

 

 医務室にバルセット二等空尉の驚愕の声が響いた。

 

side out

 

 

 

 

 

side~シーザー~

 

 ゼストを見送って俺は深く艦長席に腰掛ける。

 

 

「むぅ……借りを返せたと思ったんだがな」

 

 

 思うのはやはり借りを返しきれなかったことだ。

 ゼストには幾度となく命を救われている。嫁とケンカをした時も、あいつが間に入って仲裁してくれた。原因は俺の浮気疑惑だったが、道端で道を聞かれて案内したのを、偶然嫁に目撃されたのが事の発端だった。

 あの時、離婚の危機を救ってくれたゼストに深く感謝したのを覚えている。

 

 

「艦長、整備班から山口二等陸尉のデバイスデータ、医療班から身体データ届きました」

 

「表示してくれ」

 

 

 オペレータに指示を出す。デバイスデータは先の戦闘データと何故あれ程の傷を負ったのか、身体データは怪我の状況だ。

 それぞれ専門のメカニックと医療班のレポート付きだ。

 

 

「……」

 

 

 ブリッジ正面ディスプレイに展開されたのは地上の若きエース、山口二等陸尉の戦闘風景だ。

 デバイスは両手に着けている白と黒の二つのグローブか。

 研究所突入後、それは直ぐ様開始された。立ちはだかる十数人の男を前に、臆さず前進する首都防衛隊の隊員達。

 誰よりも速く先頭を駆けるのは小さな坊主だ。

 掌より生み出した炎を眼前に広げて、それを目眩ましとして坊主を除く隊員達は、乱雑に散乱する生体ポッドの影に身を隠し、先に見える地下へ続く階段に向かう。

 

 

「……上手いな」

 

 

 そっからの坊主の立ち回りは見事だった。敵対する者共に気づかれぬように、見えないところで魔力弾を生成、操作して恰かも援護射撃があるかのように振る舞い、地下へ続く階段から連中の意識を逸らさせる。

 魔力光でばれるだろうが、突破さえしてしまえば関係ない。

 近接寄りのオールラウンダーなんだろう。操作する魔力弾に一切の淀みはない。

 魔力弾は牽制程度にとどめ、接近して確実に一撃で仕留めていく。隙があれば、属性変換された直射弾で相手を穿つ。強かな戦い方をする。

 全員が地下に下りると後は坊主の独擅場だ。後衛、中衛、前衛と連携を取り始めた連中のど真ん中に、高速魔法で侵入して陣形を一瞬で崩しに掛かる。

 多対戦に慣れている、そう感じさせる動きだ。

 

 

「……すげぇ」

 

 

 ブリッジに誰かの呟きが響く。俺か、オペレーターの誰かか……。分かっているのは、この場の全員がその戦いに魅せられているという事だ。

 そして直ぐに戦闘は坊主の圧倒的勝利で閉幕する。エースと呼ばれるに相応しい動きだ。

 だが……。

 

 

「何故これであれ程の傷を負うことになる……?」

 

 

 疑問はそこだ。この戦闘では、坊主にとって脅威足り得る存在はいない。ましてや、この建築物を粉々に粉砕できる奴など存在しなかった。

 戦闘終了後、地下に下りた隊員達と親しげに会話をして通信を終える。だが、坊主の雰囲気は再び戦闘へと切り替えられた。屋外からの魔力反応を感知したようだ。

 

 

[全員っ!! 衝撃に備えろおおおぉぉぉぉッッッッ!!!!]

 

 

 ブリッジに響き渡る怒声。音は空気を震わせ、コンクリートの床を砕く程の衝撃波を生んだ。

 そして直後、坊主が全身から血を吹き出し膝をつく。その直後天井が崩れて坊主の姿は瓦礫に消えた。その一瞬前、坊主の体が深紅の光を放ったのが見えた。恐らく、自らの身を守るためではなく、仲間を守るために放った防護膜だろう。

 

 

「整備班からのレポートに依りますと、観測された魔力反応は、管理局データベースに同一のものがあるとのことです」

 

「……資料はあるか?」

 

「はい、こちらです」

 

 

 坊主の戦闘データは閉じられ、代わりに一人の男の写真と情報が開かれた。白銀の髪をオールバックにした長身の若い男だ。

 

 

「名前はリカルド・シュレイン。傭兵集団『ブラッド・カルネージ』の幹部です」

 

 

 ざわっ、とブリッジ内が一瞬どよめく。無理もない、余りに凶悪で有名な組織名が出たからな。

 

 

「『ブラッド・カルネージ』……確か、金さえ積めば、大量虐殺もやって見せるイカれた連中だったか……」

 

「はい、局員殺しや無抵抗な一般人まで手に掛けているようです。既に広域指名手配されていて、この男自身にも高額の賞金が懸けられています」

 

 

 この研究をしている奴はこんな連中を雇ったってことか……ゼスト、こりゃあかなり危険な任務になるぞ。

 

 

「推定魔力量AAA、魔導士ランクSです。放つ魔力刃は、触れるもの全てを切り裂くほど鋭利だそうです」

 

「それで坊主はやられたわけか……」

 

「恐らく……」

 

「分かった。次は坊主の身体データだ」

 

「はい」

 

 

 リカルド・シュレインのデータが閉じられ、坊主の身体データが開かれる。

 

 

「……」

 

「……どうした?」

 

 

 報告をしないオペレーターに訝しむ。

 

 

「い、いえ、その~」

 

「何だ……? ハッキリしろ」

 

 

『ブラッド・カルネージ』の名前が出ても冷静さを保っていたオペレーターが、急に歯切れを悪くした。

 

 

「…………です」

 

「……何? 声が小さくて聞こえんぞ」

 

「全身骨折は既に治っていて、全身に刻まれた裂傷も小さなものは跡形もなく塞がっているそうです」

 

『は?』

 

 

 ブリッジ内の全員の声が重なった。

 

 

「俺も担ぎ込まれたときの坊主の状態を見たぞ。あれがそう簡単に治るものとは思えん。この艦にそれほど秀でた治療魔法を使える奴もいない」

 

 

 精々できて擦り傷を完治させる程度だ。後は治りを速くするだけで、骨折の完全治癒など出来るものはいない。

 それはゼスト隊にも同じことが言える。出来るなら運び込む前にしている筈だ。

 

 

「自然治癒能力が、通常の人間を遥かに上回るんだそうです」

 

「……確かにそういう奴は存在する。人体が戦闘に特化した連中だ。だがな、これ程速くはないぞ」

 

 

 骨折でも一週間で骨がくっついた奴を見たことがある。気付けば二週間で戦線に復帰してやがった。

 だが、坊主は数時間だ。有り得んだろうが……。

 

 これから数十分後、坊主が目を覚ましたと聞いて俺は考えることを放棄した。

 

side out




新しい敵勢力の存在が明らかに……!
と言っても、宏壱がリベンジを果たすのはリカルド・シュレインだけなんですけどね。それ自体もA's編終了後の空白期ですけど。

因み、にシーザーは陸だ海だと気にする性格ではありません。出世欲自体も無いので功績を陸に取られるとかの考えもありません。協力して解決するなら協力する、そんなスタンスで動いています。
こんな考え方なので上層部からは煙たがられています。
上層部から嫌われているので、違法研究所があるような辺境の管轄を任されているんです。本人に特に不満はありませんが。……強いて言うなら、ミッドに中々変えれないことでしょうか?愛妻家なんです。

では、また次回お会いしましょう。


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第五十五鬼~赤鬼の敗北、リベンジ、勝利~

side~宏壱~

 

 目の前で(むく)れる赤毛の女を見て頭を掻く。朱里と雛里の視線が痛い。クイントさんとメガーヌさんの視線が冷たい。呆れた視線を送るゼストさんのは痛くも痒くもない。

 

 

「いや、ぼーっとしてだな。その、まさかお前が居るなんて思わないし……」

 

「……つーん」

 

 

 言い訳をしても取り合ってもらえない。そっぽを向いてつーんと口にするだけだ。

 

 

「……わざわざ口に出すなよ、ガキ臭い」

 

「「「「……」」」」

 

 

 思ったことを言うと、女性陣の視線が更にキツいものになる。

 ゼストさんに視線で助けを求めても、入り口横の壁に背を預けて静観している。

 実際、頭に血が足りなくて視界も霞んでた。その上、二年ほど前に出会っただけの女だぞ? たった一日だけの関係の女だぞ(意味深)?

 同じチームだったとしてもそう簡単に思い出せないだろ、普通。

 

 

「ルーヤ、機嫌を直してくれ。今度何か旨いものでも奢ってやるから」

 

「食べ物なんかで釣られないもんっ!」

 

 

 涙目で抗議された。っていうか、もんって何だ。もう二十歳だろ。

 

 

「……お兄様、それはないです」

 

 

 冷めた目で俺を見て首を横に振る朱里。

 

 

「さ、最低でしゅっ」

 

 

 ハイライトの消えた目が少し怖い雛里。

 

 

「乙女心が分かってないわね~」

 

 

 腰に左手を当て右手は人差し指を伸ばして他の指は握り込んでメッと叱るクイントさん。

 

 

「あらあら」

 

 

 右手を頬に当てて悪戯をした子供を見るように困り顔のメガーヌさん。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 何気にゼストさんの溜め息が一番グサッと来た。

 アウェイ過ぎる。この場に俺の味方は居ないのか……!

 そこで、この部屋に近づく気配に気付いた。実力はそこそこだな。

 

 

「おう、坊主。目を覚ましたんだってな!」

 

 

 ノックもせず、扉を開けて入ってくる大柄の男。身長は2mを超えるだろう。スキンヘッドの頭から左頬にかけて三本の深い爪痕、高官局員の制服を大きく盛り上がらせる肉体。

 雰囲気で分かる。歴戦の勇士だ。敬意を払うべき人間なのは一目瞭然。普段の俺なら……敬意を払ってさん付けで呼ぶだろうが……。

 

 

「「……」」

 

 

 俺の背に隠れて体を震わせる朱里と雛里を見やる。

 突然現れた厳つい大男に怯えているのは明らかだ。

 

 

「剃っ!」

 

「……む?」

 

 

 瞬時に男の前に移動する。

 

 

「俺の妹を泣かしてんじゃねぇぞ! 若造がっ!!」

 

「うごっ!!?」

 

 

 飛び上がっておっさんの鼻っ面に膝を叩き込んだ。

 鼻血を吹き出して倒れ行くおっさんの左腕が動いた。パーにした手で張り手を噛ますつもりだ。

 

 

「ふんっ!」

 

「ぐふぅっ!」

 

 

 それが届くよりも速く、空中で体を捻り回し蹴りを放って部屋から蹴り飛ばす。

 

 

「「「「「……」」」」」

 

「か、か、か艦長おおおぉぉぉぉぉぉっ!!??」

 

 

 お偉いさんだということは制服で分かったが、俺の大事な朱里と雛里を怯えさせた罪は重い。断じて現状に混乱を(もたら)せて有耶無耶にしたかったとかではないのだ。これは大義である……っ!!

 

 

「「……お兄様」」

 

 

 二人の妹分兼恋人は呆れた視線を俺に送る。流石、臥龍鳳雛。俺の隠された真意に気付くとは……。

 

 

「イってぇ……なんて威力してやがるんだ。ホントに怪我人か……?」

 

「……頑丈だな、あんた」

 

 

 体を起こした大男は埃を払い、垂れた鼻血をポケットティッシュで拭う。

 俺の蹴り、当然加減はしたが、それを受けて平然としていられる頑強さは驚きの一言に尽きた。

 

 

「ちょっ、ちょっと、宏壱君! 艦長になんてことを……!」

 

 

 リーヤが詰め寄ってくる。当然だろう。俺の階級は二尉、艦長ってことはこのおっさんは提督……将官クラスだ。厳罰は免れない、普通なら。

 

 

「がっはっはっは、バルセット、構わんぞ!」

 

「か、艦長?」

 

「ヤンチャな坊主だ。大抵な奴は、俺の階級と風貌にビビって声が上ずる。……その若さでその胆力、エースと呼ばれるのも頷けるってものだな」

 

 

 自分を蹴り飛ばしたガキに対しての物言いじゃないな。保身に回るだけの高官とは一味も二味も違う、本物だ。本物のバカだ。

 

 

「ゼスト、お前も面白い奴を部下に持ったな。この坊主は、強いぞ。権力にも地位にも、名誉にも興味ねぇって面構えだ。戦いを楽しみ、食うことを楽しみ、笑うことを楽しむ。人間らしさを持ってやがる」

 

「ああ、それが宏壱の良いところだ」

 

 

 普段、仏頂面のゼストさんがニヒルな笑みを浮かべる。この人も戦うのが好きだからな。普段はそんな素振りは見せないが……。

 

 

「それだけ動けるなら訓練もできるだろ。……ここから本局まで四日掛かる。多重転移を使って帰るのもありだが、まぁ任務終わりの骨休めだと思ってゆっくりしてくれ」

 

 

 それを態々伝えに来たのか、おっさんは踵を返して通路の角に消える。

 俺達はおっさんの言葉に甘えることにして、思い思いの時間を過ごすことにした。

 

 朱里と雛里は二人で探検だ。あまり大型の次元艦に乗ることが少ないからな。大体が、転移魔法で次元間を行き来することが多い彼女達だ、珍しいものに触れたくてうずうずしていたのは見ればすぐに分かった。

 俺の怪我が心配だったらしいが、付いていなくても大丈夫な旨を伝えると、後ろ髪を引かれながらも手を繋いで出ていった。

 ゼストさんは隊長としてシーザー提督(シーザー提督が去った後、嗜めるようにルーヤが教えてくれた)と相談事をするために提督を追い、クイントさんとメガーヌさんは食堂だ。俺が目を覚ますと急激に腹が空いたらしい。

 そんな訳で残ったのはルーヤと、特にやることも見当たらない俺だった。

 俺達は入局してからの二年間のことを向かい合わせに座って話していた。

 

 

「ルーヤ、お前はこの(ふね)で何をしているんだ?」

 

「私は武装隊に所属していて、魔獣の捕縛要員なんだよ。鳥系、犬系、猫系、虫系、爬虫類系、魚介系、それぞれで幅広く捕獲方法が違うの。だからリングにチェーン、サークル、いろんなバインドが使える私がその中枢を担っているのです!」

 

 

 自信に満ちた顔で慎ましやかな胸を張る二十前の女。もう少し大人になれないもんかねぇ……。

 

 

「そんな優秀なルーヤが何でこんな辺鄙な場所に?」

 

「うぅっ……それは……」

 

 

 自信満々だった顔に陰りが生まれ、肩を落とすルーヤ。何か事情があるらしい。

 

 

「攻撃魔法とか防御魔法、強化魔法が得意じゃないから……」

 

「はぁ? 捕縛魔法も十分役に立つだろ……そんな理由で」

 

「前のところは本局の航空隊だったんだけど、魔力ダメージで沈めた方が早いって言われて」

 

「おいおい、違法魔導士が人質を取ったらどうするんだ? 巻き添えになんかすると風評が悪くなるぞ。管理局は民衆の支持を得ているからこそ大っぴらげに動けるんだ。民衆に悪感情を持たせるのは頭の良いやり方じゃないだろ」

 

「ありがとぉ……そう言ってくれると嬉しいよ~」

 

 

 力のない声だ。これ以上この話を広げるのはやめた方が良さそうだな。

 

 

「……なぁ、ルーヤ」

 

「……宏壱君? どうしたの?」

 

 

 俺の静かな呼び掛けに首を傾げるルーヤ。気落ちした雰囲気はそのままだが、思い出してのそれってだけで引きずってる訳でもなさそうだ。

 

 

「俺と模擬戦をしてくれ」

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 そんな訳でやって来ましたトレーニングルーム。

 そこでは、バリアジャケットを展開したルーヤと、メディカルルームで拾ってきた刃と無限を展開した俺が7m程の距離をあけて対峙していた。

 刃を刀に無限はグローブにして佇む。

 

 

「えっと、さっきも言ったけど、私宏壱君を仕留められる攻撃魔法なんてないよ? ちょっとした魔力弾が射てるだけで……」

 

「ああ」

 

「防御魔法も展開が遅いし耐久値も高くないよ? 宏壱君の渾身の一撃なんて受けたら2秒ぐらいで壊れちゃうよ?」

 

「ああ」

 

「それに宏壱君怪我してるでしょ? 別に何日も寝てたって訳じゃないから体力が衰えてるってことはないと思うけど、それでも――「問題ない」――……むぅっ、ホントに怪我しても知らないよ?」

 

「大丈夫だって」

 

 

 念押しで聞いてくるルーヤに苦笑を返して伝えると「分かったよ、もう」と頬を膨らませながらも、杖型のデバイスを構える。

 

 

「そんじゃ、始めるぞ」

 

「うん……!」

 

 

 とんとん、とその場で二度、三度片足で軽く跳ねる。四度目、床に足がついた瞬間身を低くさせ、前方に跳ぶ。

 

 

「――っ!」

 

 

 遅れて後ろに跳んだルーヤ。微かに彼女の口が動くのが見えた。

 

 

「――くっ!」

 

 

 二歩目に出した足が床につくと同時に横に跳ぶ。無理に避けたせいで未だ癒えきっていない傷がじくじくと痛むが、心配を掛けるわけにはいかない。

 リングバインドだ。展開が速い。彼女が自身で言ったように、バインド系はかなり得意らしい。

 

 

「――っ!」

 

「ちぃっ!」

 

 

 更に距離をあけたルーヤの足元から、淡く赤い色の魔法陣が浮かび上がり、そこから六本のチェーンがジャラジャラと音を立てて飛び出てくる。

 真っ直ぐに俺に迫るチェーンの先は尖っていてかえしが付いている。

 

 

「どこが攻撃魔法なんて使えない、っだ!」

 

 

 立派な攻撃手段じゃねぇかっ!と胸中で悪態を吐きながら迫るチェーンを刃で弾く。

 斬り上げ、横凪ぎ、突き、斬り下ろし、ステップを踏んで体を揺らして躱す。俺の周囲を縦横無尽に駆け巡るチェーンバインドを対処していく。

 時折、手首や足首を狙って的確な位置にリングバインドが設置される。しかもチェーンの合間を縫って直射弾が飛んでくるのだ。

 予想以上の動きに心が躍る。

 違いはあれど戦闘タイプと戦ってきた俺だが、こういった戦闘向きではないタイプと戦った経験が不足していることに思い至ったのだ。

 

 

「埒があかねぇ……!」

 

 

 顔に迫ったチェーンを首を捻ることで躱し、前に進む。

 前方、後方から挟み撃ちをするようにチェーンが迫る。上に逃げるのを防ぐためか、俺の頭上ではチェーンが我武者羅に飛び回っている。

 ここから逃げる方法は一つだけだ。

 

 

「炎神・炎刀」

 

 

 前から迫り来るチェーンに駆けながら呟くと、刃の刀身に炎が纏わり付き、それに熱せられて新雪のような刀身が紅蓮に染まる。

 逆手に刃を構えて俺の胸へと迫るチェーンに中心線を合わせる。

 

 

「はぁっ!」

 

 

 刃とチェーンが接触今度は弾くことなく、ジュッ、とチェーンが溶けた。

 熱せられた刃の刀身は3000℃を超える。当然、刃は溶けないように魔力保護がされている。

 

 

「うおりゃあっ!」

 

 

 そのまま駆けてチェーンを真ん中から二股に焼き切っていく。

 最後に刃を斬り上げて、俺を囲っていたチェーンを絶つ。

 

 

「えええっ!?」

 

 

 突破した俺に驚きの声を上げるルーヤ。そのまま彼女に向かって駆けよう……として後ろに跳躍、距離をあける。

 

 

「そんなに長く捕らわれていたつもりはないんだけどな」

 

「あれ? 分かっちゃうんだ……上手く隠せたと思ったんだけどなー」

 

 

 理由は至極簡単で、トラップがあちこちに仕掛けられているからだ。

 トラップと言っても、仕掛けられた場所を通ると発動するリングバインドだ。

 初歩的な戦術で、士官学校の教科書にも載っている基本中の基本だ。それ故に扱い易く手堅い……そして、バカにされ易い。

 子供騙しと嘲るものも多いだろう。が、嘗めてはいけない。これはそこを通らなければ良いとかそんな単純なものではないのだ。

 

 

「――っ!」

 

 

 再びルーヤの足元に魔法陣が浮かび上がり、チェーンバインドが飛び出す。数はさっきと同じ……いや、違うっ!

 

 

「くっ!」

 

 

 体を横に投げ出しその場を離れる。

 ――ジャジャジャジャラッ!!――三本のチェーンが俺のいた場所を通過していく。

 後方に目をやれば淡く赤い色の魔法陣。

 前方のものと合わせると合計九本のチェーンバインドが俺を襲う。

 迫り来るチェーンバインドを躱すために上空に跳躍――っ!?

 

 

「月歩っ!」

 

 

 足を空中で踏みつける。――ドンッ!――宙で蹴り付けた足に振動が伝わった。

 体技『六式』の二つある歩法の一つ、空中歩行を可能にした技……月歩だ。

 俺がその場を離れると、淡く赤いリングが浮かび上がり、サイズを縮め――パキン――砕けた。

 

 

「あの時に見せた技だねっ」

 

 

 試験の時の話か……。

 確かにゼストさん相手に使った記憶がある。

 まぁ、知っているからといって、どうこうできる代物じゃないけどな。

 

 

「っと……!」

 

 

 月歩を繰り返して追ってくるチェーンバインドを躱し、躱しきれないものは刃で弾く。

 飛行魔法でも十分躱せるだろうが、乱雑に、それでいて正確に俺を捉えて迫るチェーンバインドは、ステップを踏んでギリギリに躱した方が捕まり難いのだ。

 

 

「鎌鼬っ!」

 

 

 隙を見てルーヤに向けて刃を振るい魔力刃を飛ばす。

 弧を描き迫る深紅の魔力刃。それを見つめるルーヤは慌てず冷静にチェーンで弾く。

 ……防御魔法が苦手とは言っていたが、防御が出来ないなんて言ってないもんな。

 

 

「剃刀っ!」

 

 

 若干の詐欺臭さを感じながら、剃と月歩の応用……空中でも高速移動ができる歩法だ。

 移動場所はルーヤの側面、2m先。そこで腰を落とし刃の刃先をルーヤに向ける。

 

 

「ぜああっ!!」

 

「――っ!?」

 

 

 限界まで腕を伸ばして突貫。渾身の突きだ。

 

 

「くぅっ!」

 

 

 ルーヤが苦悶の声を漏らす。

 ――ギャリリリッ!!――金属を擦る音が鳴り響き火花を散らした。

 ルーヤは手繰り寄せた三本のチェーンバインドで防いでいた。が、力は圧倒的に俺の方が上だ。

 受け止めきれない体は浮き上がり、後方に流される。

 

 

「せやっ!」

 

 

 ――炎神・炎刀――心で呟く。刀身に炎が纏わり付き、その熱で刀身が赤く染まる。

 

 

「これでっ!」

 

 

 刃を受け止めていたチェーンバインドを焼き切り、最後の止めと言わんばかりに刃を振り上げる。

 

 

「終わりっ――っ!?」

 

「くすっ……掛かったね?」

 

 

 ルーヤが笑みを溢す。巣に掛かった獲物を嬲る蜘蛛のような目だ。……蜘蛛の目付きなんて知らんが。

 振り上げた刃を、斬り下ろそうとしたところで体の動きが止まる。

 見れば手首、胴にリングバインドが締まっていて体を動かせない。

 解こうにも、複雑奇っ怪な術式で演算が間に合わない。

 

 

「はぁ、降参だ」

 

 

 刃と無限の展開を戻して、両手を頭の側面で広げて降参のポーズを取る。

 

 

「あー、疲れたよ」

 

 

 デバイスを仕舞ったルーヤが大きく息を吐く。勝利した喜びは少なそうだ。

 

 

「あんまり喜ばないんだな?」

 

 

 バインドを解かれた肩を回して筋肉を解す。短時間でも上に向けられたままってのは疲れるもんだ。

 

 

「だって宏壱君本気じゃなかったでしょ……?」

 

 

 そう言いながら俺を見るルーヤの目はじとっとしている。

 

 

「まぁ、ガチでやるのは流石にしんどい……体も痛いし」

 

「怪我をしてるのは分かるけど……でも、勝つならやっぱり本調子の宏壱君と戦って勝ちたいな」

 

 

 存外に負けず嫌いな性格らしい。

 

 

「じゃあ、こうしよう。最終日には調子も戻ってるだろうから、その時にってことでどうだ?」

 

「うん、分かったよ。今度は手を抜かないでね?」

 

「おう」

 

 

 それで納得したのか、笑顔を一度見せて俺に背を向ける。

 仕事に戻るらしい。

 ルーヤの背中を見送り俺もトレーニングルームを出る。すると――ぎゅるるるるっ――腹の虫が餌を寄越せと訴えてきた。

 

 

「んじゃ、俺も飯でも食うかな」

 

 

 独り言ちて、空腹を訴える腹を擦りながら食堂に足を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 そして最終日、後二時間あれば本局に着くという頃、ルーサー提督、ゼストさん、クイントさん、メガーヌさん、朱里、雛里、他数名の“シヴァ”の乗組員と一番隊(通称ゼスト隊)が管制室で見守る中、俺とルーヤはデバイスを展開して再びトレーニングルームで対峙していた。

 今回は右手に漆黒の無限、左手に潔白の刃を二振りの刀を携えている。

 

 

[負けんなよっ、バルセットー!]

 

[ルーヤちゃーん、頑張ってー!]

 

「相手が陸のエースだろうが関係ねぇっ、お前はこの艦のエースだ!」

 

[やるからには勝て、バルセット二等空尉]

 

「はいっ!」

 

 

 ルーヤの同僚が管制室から声援を送る声がマイクを通じてトレーニングルームに響く。

 最後の声はシーザー提督だろう。その言葉に強く頷くルーヤ。

 

 

[頑張れ男の子っ]

 

「それはなんか使いどころが違うぞ、クイントさん」

 

[女の子に怪我をさせちゃダメよ?]

 

「無茶を言ってくれるな。模擬戦だぞ、メガーヌさん」

 

[勝て]

 

「それだけか、ゼストさん。まぁ、ここは静かに応……とだけ答えさせてもらう」

 

[[[[頑張ってくださいっ! 山口二等陸尉!!]]]]

 

「――キーーーーーンッ!!!――うるっさ! お前ら一気に喋んな!!」

 

[雛里ちゃん……]

 

[うん、朱里ちゃん]

 

[[……せーのっ、勝ってください! お兄しゃま!!]]

 

「――キーーン――応っ!」

 

 

 朱里と雛里の声援に戦意を(噛んだところに癒されつつ)漲らせる。

 [扱い違いすぎませんか!?][差別だっ!][このシスコン! このシスコン!]外野が煩いがスルーで。まぁ、シスコン呼ばわりした奴は後で模擬戦だ。『グロウ』で本気でやってやる。

 

 

「行くぞ、ルーヤ」

 

「うん……!」

 

「これが、俺の本気だ」

 

 

 完全回復……と言っても深く切られた箇所は傷跡が残るが、した足に力を込めて駆ける。

 

 

「速いっ!」

 

 

 前回と同じように後方に跳ぶルーヤだが、俺の速度は前回を上回っている。

 

 

「だけど……っ!」

 

 

 淡く赤い色の魔法陣がルーヤの正面、俺の後方に浮かび上がる。

 視線は前に向けたまま数瞬だけ意識を後ろに向ける。正面から五本、後ろも五本か。

 

 

「雷神・雷刀」

 

 

 無限が深紅の雷を纏う。

 バチバチと音を鳴らせる今の無限は、雷速で全てを絶ち斬る瞬速の刀。

 

 

「炎神・炎刀」

 

 

 刃が炎を纏い赤く染まる。

 轟轟と灼熱の熱風を放つ今の刃は、全てを溶かし、焼き切る紅蓮の刀。

 

 

「しっ!」

 

 

 迫り来るチェーンバインドに無限を振るう。恐らく、ルーヤ、管制室にいる皆には、俺の右腕が一瞬ブレたようにしか見えなかったはずだ。

 正面の五本のチェーンバインドは動きを止めた。それを横目にチェーンバインドの脇を駆け抜ける。

 

 

「えっ!? どうしてっ!」

 

 

 想定外の事に驚き目を見開くルーヤ。

 ――パキキキキキン――複数のガラスが砕けるような音が響いた。

 俺は一度振ったんじゃない。駆けながら合計で五十三回無限を振り抜いたんだ。

 

 

「くっ! 展開は間に合わないっ、だったら……!」

 

 

 驚きから我に返ったルーヤは、後方のチェーンバインドの速度を速めた。

 

 

「ぜああっ!!」

 

 

 背中まで追い付いたチェーンバインドを、体を空中で捻りながら今度は五本纏めて刃で焼き切る。

 抵抗感は殆んど無くて、まるで豆腐に刃物を通すようにチェーンバインドを通過した。

 

 

「なあっ!?」

 

 

 更に驚きに目を見開くルーヤとの距離を一足で詰める。

 

 

「わっ!?」

 

 

 驚きに固まるルーヤの足を素早く下段蹴りで刈る。

 体勢を崩し背中から倒れたルーヤの体に跨がり、トレーニングルームの床に刃と無限を逆手に持って突き刺す。

 

 

「ひぅっ!」

 

 

 引き攣った悲鳴がルーヤの口から漏れる。

 突き刺した場所はルーヤの首の横。そこに刃と無限を交差させて突き刺したのだ。

 さながらハサミで物を挟み込むように……な。

 

 

「俺の勝ち、だ」

 

 

 ルーヤの耳元まで顔を寄せて囁く。

 無言でこくこくと頷くルーヤを確認して刃と無限を抜く。

 

 

「今のが、本気?」

 

「ああ、今の俺が出せる全力だ」

 

 

『グロウ』を使っていないガキの俺が、身体強化……ギアムーブ(ファーストムーブやセカンドムーブなどの総称)なしの状態で、だけどな。

 

 

「そっか……あれ?」

 

 

 静かに答えて体を起こして立ち上がろうとするルーヤだが……。

 

 

「どうした……?」

 

「待って……あれ?あれ? 足に力が……」

 

 

 どうやら腰が抜けたらしい。

 

 

「ほら、掴まれ」

 

「うん、ありがとう」

 

 

 俺の差し出した手をルーヤが掴んだのを確認して引っ張り上げる。

 

 

「わわっ」

 

 

 勢い余って倒れそうになったルーヤの前に回り込んで、背中におぶる。

 

 

「ひゃうっ……こ、宏壱君?」

 

「腰が抜けて歩けないんだろ? なら、俺がこのまま医務室まで送る」

 

 

 戸惑うルーヤに答えながらトレーニングルームの出入り口へと足を向ける。

 

 

「えぇっ? だ、大丈夫だよ! 自分で――「歩けないからこうしてるんだろ」――……うぅっ……お、重くない?」

 

「軽い軽い」

 

 

 平気だと見せるように、スキップする。

 当然体が跳ねる訳で、俺は兎も角おぶられてるだけのルーヤは怖いだろう。慌てて俺の首に腕を回してきた。

 

 

「わっ、わっ、分かったよ! こ、宏壱君に任せます! だから普通に歩いて~!」

 

「最初っから素直にそうしてりゃ良いのに」

 

 

 スキップをやめて普通に歩く。「私が悪いみたいに言わないでよぉ」とぼやくルーヤを鼻で笑い。トレーニングルームを出た。

 

 

「「……」」

 

「おう、勝った、ぞ?」

 

「うわっ!?……ビックリした~」

 

 

 トレーニングルームを出て医務室まで歩みを進めていると、通路の曲がり角を通り過ぎると、その曲がり角、管制室へと続く道に朱里と雛里が立っていた。

 気配で気付いていた俺は普通に声を掛け、気付いていなかったルーヤは体を少しビクつかせていた。

 そんな二人は密着する俺とルーヤを半眼で見ていた。

 

 

「ど、どうした?」

 

「……別に、何でもありません」

 

「……お兄様には関係のないことでしゅ」

 

 

 関係なくはないだろとか、メチャクチャ不機嫌そうですねとか、この空気で言えるほど俺は勇者じゃない。

 

 

「そ、そうか……俺、ルーヤを医務室に連れていくな?」

 

「はい」

 

「どうぞお構い無く」

 

「お、おう」

 

 

 確認を取ると、是との返事がもらえたので医務室に向けて再び歩みを進める。んだが……。

 

 

「「……」」

 

「……」

 

「……」

 

 

 俺の足音に加えて、後ろから二つの軽い足音が聞こえる。

 言わなくても分かるだろう。そう、朱里と雛里だ。特に声を掛けるでもなく、ただ後ろを付いてくる。

 この異様な光景は問題だ。何故なら、無言で歩く俺達にすれ違う局員は、ギョッとして道の端に寄ってしまうのだ。

 女を背負ったガキに、その後ろを無言で付いて歩く少女二人。変な噂が立ちそうだ。

 

 

《えっと、どうするの?》

 

 

 ルーヤが念話を飛ばしてくる。主語がないが、言いたいことは分かる。後ろの二人だ。

 

 

《後で何とかする》

 

 

 ……そうルーヤに念話を返したのは一時間前。

 何とかする……ルーヤを医務室まで送った後、取り合えず自分に割り当てられた部屋で朱里と雛里の頭を、ミッドに着くまで撫でるのが俺のとった処置だった。

 

 

「「えへへ♪」」

 

 

 まぁ、二人が笑ってくれるなら良いかな。そう思う。こうも幸せそうな笑顔を見せられると、こう、二人への愛しさが……。

 

 

「「きゃっ、お兄様?」」

 

 

 衝動に負けた(抗う気がなかったとも言う)俺は両脇に座る朱里と雛里を抱き寄せると、二人は驚いた声を上げる。

 

 

「朱里、好きだ」

 

「あ……ん、ふ……うむっ……ちゅ」

 

 

 ソフトなキスを繰り返す。唇を重ねるだけの他愛もない、愛情を相手に伝える簡単なもの。

 

 

「雛里、愛してる……ん」

 

「あんぅ……ちゅっ」

 

 

 交互に二人とキスをする。それは徐々に過激になり、互いの舌と舌を絡め合わせ、唾液の交換をする。

 その後は『グロウ』で大人モードになり、二人をベッドに押し倒して……。

 

 ここから先は俺達だけの空間だ。後は想像に任せるよ。




いや~、今回は長かったです。

攻撃魔法、防御魔法が苦手なら得意な魔法で補えば良いじゃない!これが彼女の発想です。
チェーンバインドは、自由に操れれば結構なことができると思ってやってみました。
おかしかったらご免なさい。

では、また次回お会いしましょう。


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第五十六鬼~赤鬼、襲われる~

side~宏壱~

 

 季節は冬、十二月上旬だ。空から舞い降りる天使の羽根が、住宅街を白銀に染め上げる。

 

 

「うぅ~……さむっ!」

 

 

 マフラーに首を埋めて暖を取る。どれだけごついコートを着込んでも、手袋をはめても、靴下を二枚重ねても、寒いものは寒いのだ。

 

 今日は日曜日で休みな上、管理局は非番。はやては病院の検査で朝からいない、夜に迎えに行くことになっている。高町家と大宮家、月村家で昨日の朝から長野へスキー。俺も誘われたらしいが(家の固定電話に伝言が入ってた)、生憎昨日は管理局で事務仕事に当たっていた。

 

 そんなわけで俺は一人……じゃないんだ。実は……。

 

 

『冬だから』

 

 

 ペラリとメモを千切って俺に見せる銀髪を靡かせる青い瞳の少女。ドレスの上に西洋鎧を見に麿った無口無表情の少女だ。

 彼女は俺のクラスメート、相川歩の関係者らしい。

 

 相川歩というのは、妙な気配を放って放課の直後に俺を追い回す女子生徒だ。

 身体能力がずば抜けて高く、本気で駆ける俺にも追い縋ってくる。

 切っ掛けは五月の出来事。四月中旬から海鳴市で起きた複数の変死事件、その首謀者であるマキア・セルバンとの決戦がゴールデンウィークから数日後に行われ、その結果は俺達の勝利に終わった。

 どうやらその際に展開した海鳴市を覆う大規模な結界に偶然相川とその関係者、今俺の隣を歩く銀髪無口無表情の少女(会話手段はメモ帳)と黒髪ポニーテールのスタイル抜群美女だ。

 半年以上追い掛け回されて(夏休みは殆んどミッドチルダに居たから出会わすことはなかった。たまにはやての様子を見に帰ってきてはいたが)彼女達の名前を覚えた。

 黒髪ボイン美女はセラフィム。この女は相川よりも速い。普段の俺以上の動きだ。ただ、向こうは俺を殺す気はないようで、俺でも躱せる攻撃を放ってくれている。……最近は掠るけどな。

 そして隣を歩くのはユークリウッド・ヘルサイズ。戦闘は出来ない、何時も俺が気絶させた相川とセラフィムを回収しに来る不思議な娘だ。

 俺と出会うことを相川達に話している雰囲気はない。何故なら、アイツらが俺を狙う理由はどうやらこの少女にあるらしいからだ。

 俺がユークリウッド・ヘルサイズの力を狙っている存在なのか、そうじゃないのかが知りたいらしい。

 今までの言動でそんな感じであることは分かった。普通に話せば分かり合えるというのも理解している……んだが、追われたら逃げたくなるだろ?

 それに、どれだけ倒しても立ち向かってくるアイツらと戦うのは楽しい。

 

 

「焼き芋だ。食べるか?」

 

 

 こくん、と一つ頷くユークリウッドを確認して、道端に止めてある軽トラックに向かう。

 ユークリウッドとは、友好的に接することができていると思う。

 

 二月前、彼女が臨海公園で野良猫に餌をやっているところに通りかかった。傍には相川もセラフィムも見当たらず、一人だということが分かった。

 敵対心のようなものは感じなかったから、話をするいい機会だと思ったんだ。

 それで会話をしてみると意気投合、とまでは言わないが、相川達を大して警戒する必要もないと確信できたのだ。

 

 そして今日も昼飯を食べた後の腹ごなしと洒落込んで、散歩している最中に野良猫を餌付けしているユークリウッドを見付けて、一人で散歩するのも味気ない、そんな考えから彼女を誘うとOKと返事が返ってきて今に至る。

 

 

「おっちゃん、焼き芋二つくれ」

 

 

 車の荷台、さつまいもを焼いている釜で暖を取るおっちゃんに話し掛ける。

 

 

「あいよっ!」

 

 

 おっちゃんの威勢の良い声が上がる。

 おっちゃんが釜を開けると、むわっと蒸気が上り視界が一瞬白く染まる。その蒸気が風に流されると、びっしりと敷き詰められた紫色の食べ物が見えた。

 

 

「ほれ、熱いうちに食べな」

 

 

 取り出したさつまいもを一つずつ紙袋に納めて渡してくれる。

 

 

「代金は?」

 

「一つ1000円、二つだから2000円だ!」

 

「……高いな」

 

 

 値段を聞いてボヤきながら財布をポケットから取り出して、野口さん二人をおっちゃんに差し出す。

 

 

『私も払う』

 

 

 くいくい、とコートの袖が引かれ目をやれば、ユークリウッドがメモを突き出していた。

 

 

「いや、ここは男の甲斐性の見せどころだ。俺に華を持たせてくれ」

 

 

 暫く俺の目を見た後、こく、と頷いてユークリウッドはさつまいもをおっちゃんの手から受けとる。

 

 

「ははっ、男の甲斐性かっ! 坊主良いこと言うじゃねぇかっ」

 

 

 豪快に笑うおっちゃんを気にせずユークリウッドからさつまいもを受けとる。

 結構な熱さだ。よくこれを表情を変えずに持てるもんだな。感心するよ。

 

 

「じゃあ、いただきます」

 

『いただきます』

 

 

 ユークリウッドは態々メモに書いて見せてからさつまいもに齧り付いた……と思う。

 気付いた時にはさつまいもに歯形が付いていて一部分が消失していた。

 俺の目でも追えない速度で食べた……そうとしか思えない。ユークリウッドの口がモグモグと動いてるし、黄色いさつまいもの身がほっぺについてるし。

 

 

「旨いか?」

 

『美味しい』

 

 

 問うと即座に返答が返ってくる。メモに書いている姿も見えない。一体何者なんだユークリウッド……。

 

 

「あむ、……~~っ!? はふはふっ!……あっつ~っ!」

 

 

 俺もユークリウッドに倣い湯気を立てるさつまいもに齧りつくが、余りの熱さに驚いた。

 

 

「一気に頬張るからだ……!」

 

 

 そう言ってまた豪快に笑うおっちゃん。

 熱い、でも旨い、だけど熱い。寒風で冷えた体にはちょうど良いが、舌が火傷するかと思ったぞ。

 

 

「じゃあな、おっちゃん」

 

「おう、また機会があったら買ってくれ」

 

 

 焼き芋屋のおっちゃんに別れを告げて、散歩を再開する。

 特に会話をするでもなくゆったりと歩くだけだ。

 行き交う人々は寒さからか足早に道を行く。

 

 

「お前は寒くないの?」

 

 

 ふと疑問に思ったことを口に出す。沈黙を嫌った訳じゃない。ただ、鉄の鎧は冷えると凍傷になるから心配になっただけだ。

 

 

『問題ない。これは特別製』

 

「……そうか」

 

 

 意味を理解しているのか、メモを見せる彼女は鎧を指差していた。

 

 

「……なぁ、お前らは何者だ?」

 

 

 ユークリウッドの歩みが止まる。

 無表情だが、剣呑な雰囲気……いや、悲しげ、か。

 この二ヶ月間、俺は彼女らの素性に触れなかった。だが今、それに触れた。それは、俺達の関係を壊すことに他ならない……とか考えてるんだろうな。

 

 

「何で俺らを付け狙う」

 

「……ぇ?――っ!」

 

 

 思わず、といった風に声を出したユークリウッドが顔を顰める。清んでいて綺麗な声だった。

 別に喋れないって訳ではなく、理由があって喋らないんだろう。

 まぁ、今気に掛けることはそんなことではなく、周囲から人の気配が消えたことと、突然現れた複数の人ならざる者の事だ。

 一、二、三、四……合計で八つか。

 

 

「ユークリウッド・ヘルサイズ様ですね?」

 

 

 上空から俺達を見下して声を掛けてきたのは、コウモリのような羽を背中から生やした男だ。

 前方の空に扇状に広がって、俺達を半包囲している。

 

 

「……」

 

 

 ユークリウッドは答えない。

 無表情ながらも苦虫を噛み潰したように見えるのは、俺が彼女とそれなりに親しくなった証だろうか?

 

 

「こちらに来ていただきます。貴女の御力を我々に御貸しいただきたい……そう魔王・ルシファー様が仰っておいでです」

 

 

 魔王……悪魔か、コイツら。

 確かに人じゃねぇし、妖怪とか天使(俺が知っているのはミカエルだけだが)とも違う。もっと禍々しい存在だ。

 

 

「人間……そこを退け、死にたくなければな」

 

 

 さっきまでの恭しい態度は何処へ行ったのか……自棄にこちらを見下してくるな。

 

 

「……」

 

 

 心配そうに俺を見るユークリウッド。今の俺と彼女の身長は、彼女の方が少し高い。そんな彼女の頭に手を乗せる。

 大丈夫だと伝えるように……。

 

 

「断る、と言ったら?」

 

 

 渡す気なんざ更々ない。人をここまで見下す連中の言うことを聞く気になる奴がいるか? 否だ。

 俺が無条件で従うのは劉備玄徳以外に有り得ない。

 

 

「仕方あるまい。下等種の小僧は死を望んでいるらしい。……()れ」

 

 

 濃密な殺気が俺個人に叩きつけられる。が、呂布や夏候惇、孫策等に比べれば児戯にも等しい。刃と無限を展開する必要性すら感じない。

 

 

「楽しさはねぇが、命令じゃあ仕方ねぇ。その女と関わったテメェの不運を呪いな!」

 

 

 空中にいた一人……いや、コウモリだ一羽で良いか。一羽のオスが迫る。

 速いつもりだろうが、この程度の速度なら今の咲や大輝でも余裕で対処できる。

 

 

「ふっ!」

 

 

 真っ直ぐに迫る一羽のコウモリの顎をアッパーカットでかち上げる。

 

 

「がっ!?」

 

 

 もろに喰らったコウモリは上に3m程舞い上がり、背中から地面に落ちて伸びた。

 

 

「おいおい、悪魔ってのはこの程度かよ。弱っ」

 

 

 倒れて白眼を剥いたコウモリを見てせせら笑う。

 

 

「人間風情がっ!!」

 

 

 怒髪天を衝く……まさにそんな形相で迫る二羽のコウモリ。

 その爪は長く延びていて俺を串刺しにしようと突き出されている。

 馬鹿正直に二列に並んで正面から攻撃を仕掛けてくる。どれ程俺を舐めているのか……。

 

 

(おせ)ぇっ!」

 

「「がっ!/ぐっ!」」

 

 

 攻撃を躱して二羽のコウモリの間に入り、二羽の顔面をわし掴む。

 

 

「おらあっ!」

 

「「ごっ!/っ!」」

 

 

 そのまま力任せに後頭部をアスファルトに叩き付けた。

 小規模のクレーターが両手の先に出来上がる。

 やっぱり結界でも張られているのか、それなりの揺れがあり、音がした筈なのに誰も様子を見に来る気配がない。

 

 

「雑魚が、でしゃばんじゃねぇよ」

 

 

 気を失った二羽のコウモリを見下しながら、他の五羽に伝わるように声を張る。

 

 

「役立たず共め……っ!」

 

 

 群れのリーダー格だろう。最初に声を掛けてきたコウモリが何か喚いている。

 

 

「虫けらが図に乗るなあっ!」

 

 

 黒い魔力、で良いんだろうか……? 俺のとは何処か違うそれ、だが似通った物でもある。

 それを(今後魔力と呼称する)右手に集めて、四羽のコウモリ共が放ってきた。

 これまた、遅い上に密度が薄い。本当に人を殺せるのか、こんなもので……?

 

 

「俺の後ろに隠れろ」

 

「……」

 

 

 ユークリウッドに伝えると、こくっ、と頷いて俺の背中に隠れる。……彼女の方が身長が高いから顔が見えているが、まぁ問題ない。

 

 

「刃、無限、『グロウ』だ」

 

《《御意》》

 

 

 念話で返してきたのはユークリウッドに悟らせないためか。……俺、普通に声に出したんだけど。

 殺到する魔力弾は『グロウ』の発動と同時にユークリウッドの前に立つ俺に降り注ぎ、辺りに爆煙を撒き散らした。




やっとここまで来た。それが今の自分の心境です。

さて、次に宏壱が関わりを持つのは悪魔側ですね。ユークリウッド・ヘルサイズ……彼女を通じてパイプが出来上がる。そんなことを想定して、このお話を考えました。
最初はちょっと険悪ムードですが……。

では、また次回お会いしましょう。


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第五十七鬼~赤鬼、策を練る~

side~第三者~

 

 閑散とした住宅街にもくもくと煙が立ち込める。

 それを上空から見下ろすのは、二枚一対のコウモリのような羽を肩甲骨から生やした五人の男達。

 その姿は伝承にあるような悪魔そのものと言える。

 平穏に生きている人間は、普通彼らのような存在を目にすることはない。彼らは人目を忍んで生きているからだ。

 彼らにも故郷はある。冥界……そこが彼ら悪魔が産まれ出づる世界だ。

 

 

「ふんっ! 下等な人間が我らに逆らうからこうなる」

 

 

 五人の悪魔の内一人が冷淡で嘲りを含んだ声で言う。

 彼ら悪魔は人間を下等種と見下し蔑む者が多い。

 体が弱く、寿命も短く、空も飛べない人間を力を持たない虫だと、嘲笑するのだ。

 しかし、彼らは知らない。人でありながら人を逸脱した存在がこの人間界にいることを……。

 この世には決して手を出してはならないモノが存在することを……。

 

side out

 

 

 

 

 

side~宏壱~

 

 俺の体に直撃した魔力弾が弾けて爆発した。

 背中に隠れたユークリウッドに被害がいかないように、俺と彼女の間に魔法障壁を張る。

 正直、自分には必要ないと思ったのだ。

 密度も薄く、構成も弱く、魔力の質さえ低い。努力の欠片も見えない甘っちょろい魔力弾。躱す必要も、防ぐ必要も感じられない。バリアジャケットの防御力だけで十分だ。

 もしこれが悪魔の実力だと言うのなら失望だ。

 勝手に期待しただけだが、それでも言わせてほしい。ガッカリだ、と。

 

 

「ここにいろ、一瞬で終わらせる」

 

「……」

 

 

 驚きに目を見開いて俺を凝視していたユークリウッドが、俺の言葉に我に返って頷くのを確認してから、周囲に広がり視界を塞ぐ煙を右腕で凪ぎ払う。

 

 

「……な、に?」

 

 

 立ち込める煙を払うと驚きに目を見開くコウモリ共の姿があった。

 俺が生きていることに驚いているのか、それとも俺が大人になっていることに驚いているのか……。

 

 

「き、貴様っ、何者だっ!? 小僧が呼んだのかっ!」

 

 

 動揺を隠すこともせず、みっともなく喚くコウモリA。

 誰かの上に立つのならそれは隠せ。上司の動揺は部下に不安を与える。百害あって一利なしだ。懇切丁寧に教えてやるつもりはないが。

 

 

「喚くなよ雑魚が。程度が知れるぞ」

 

「なんだとっ! 貴様ぁっ、人間風情があああっ!!」

 

 

 安い挑発にも簡単に乗る。

 これじゃあ、悪魔に期待はできなさそうだ。これなら夏休み前にホールサンドで戦ったレッドベルンガの方が強いぞ。

 

 

「殺せっ! あの人間を殺せえっ!」

 

 

 怯えた目で俺を見るコウモリAは、汚い唾を撒き散らしながら命令を下す。

 しかし、誰も動かない。自分達の思い描いていた未来とは大きく違うから、その事に戸惑っているのだ。

 

 

「な、何をしている、貴様らっ!」

 

 

 動かない部下に狼狽えるコウモリA。滑稽すぎて笑えないな。

 

 

「安心しろ。そっちから来なくても、こっちから行ってやる」

 

 

 腰を軽く落とし……飛ぶ。

 コウモリAの隣にいたコウモリBに接近、腹部に拳をめり込ませて振り抜きぶっ飛ぶ前に腕を掴んで引き寄せ(ゴキッ!とコウモリBの肩辺りで音が鳴ったが気にしない)、コウモリCに向かって投げ飛ばし、ぶつかったところでブレイク キャノンを射って纏めて落とし、剃刀でコウモリDの真上に移動して、脳天に踵落しを喰らわせて道路に蹴り飛ばす。

 この間僅か1秒。悲鳴を上げさせることなく四羽のコウモリを無力化した。

 

 

「……は?……なぁっ!?」

 

 

 一瞬大口を開けてポカンと間抜け面を晒したコウモリA、5秒ほどで事態を把握、更に目を大きく見開き驚きの声を上げる。

 反応が鈍い。指揮官としての能力もないし、個人としても弱すぎる。正直な話、期待はずれも良いところだ。

 

 

「貴様っ!? まさか『神器(セイグリット・ギア)』使いかっ!?」

 

 

『神器』……正滋の話では人間が異形の存在へ対抗するために聖書の神が作り上げたシステム。人間にしか宿らない神秘の力だっけか?

 心外だな。俺の力が貰い物と思われるとは……。

 

 

「……神様の奇跡は信じない(たち)でね。これは俺自身の力、体技と魔導だ」

 

「魔導、だと……魔法使いか!?」

 

「ちょっと違うんだけど……ま、お喋りはここまでにしようや」

 

「くっ……虫けらが、嘗めるなあっ!」

 

 

 吼えながらコウモリAは魔力弾を連続で放ってくる。

 さっきの連中のものよりは強そうだ。リーダー格なだけあって、力量は他の連中よりも高いらしい。

 まぁ、どんぐりの背比べだ。俺のバリアジャケットを抜くほどの威力はない。

 

 

「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ねええええっ!!!」

 

 

 殺到する魔力弾は全て俺に直撃、爆発して爆煙を撒き散らす。

 爆煙の中、気配を頼りにコウモリAに近付く。

 爆煙を切り裂き飛び交う魔力弾は、たまに俺に当たるものもあるが、その殆どが明後日の方向に飛んでいき消滅する。気配の探り方も知らんらしい。

 完全に恐慌状態だ。

 

 

「喚くなよ、虫けらが」

 

 

 気配を頼りに腕を伸ばす。

 

 

「ぐうぇっ……!」

 

 

 丁度そこにはコウモリAの首があった。

 指先に力を込めて気道を塞ぐ。

 そうすると当然、息が出来なくなるわけで、コウモリAは必死に俺の腕を離そうと藻掻く。

 爪を立てたり、殴ったり、蹴ったり、魔力弾を射ったり、だがそのどれもが俺には通用しない。

 

 

「言え、テメェらの本拠地は何処だ?」

 

 

 ユークリウッドを狙った事もそうだが、俺を嘗めくさった奴等が許せねぇ。

 

 

「あぐっ……! しゃべっ……れなっ……!」

 

「ははっ! 意地を見せろよ、クソコウモリ。人間やれば出来るもんだ……ああ、人間じゃないから無理か」

 

「ぁっぇ……!」

 

 

 本格的に意識が遠のいてきたのか、抵抗していた腕も力なく垂れ下がる。

 このまま落として家に連れ帰り情報を……。

 

 

「――150%っ!!」

 

「ぐあっ!?」

 

 

 完全に落としきる、その間際に背中から衝撃を喰らった。

 尋常じゃない力だ。人間を張るかに上回る。

 

 

「くっ……!」

 

 

 民家にの屋根に落ちきる寸前で、前転してなんとか衝撃を殺す。

 瓦を剥がしながら、両腕、両足に力を込めて滑り落ちる体を止める。

 上を見るが上空にはいない。俺がいる民家とはまた別の民家にコウモリを抱えて降りていた。

 

 

「相……川……」

 

 

 そこにはクラスメイトの姿。肩甲骨で切られた灰色の髪、大きなくりっとした目、小学3年生にしては膨らんだ胸部。10人に聞けば10人にが美少女と答える容姿だろう。

 そのクラスメイトが、キツく俺を睨んでいた。

 

 

「どこの誰だか知らないけど、少しやりすぎじゃない?」

 

 

 大人モードの俺を見たことがない相川は、強い敵意を俺に向ける。

 

 

《客観的に見れば、先程の主は立派な悪人でしたからね》

 

《勘違いされたとしても、どうも言い訳はできませんね、御主君》

 

《うるせぇ》

 

 

 念話で茶化してくる二人の相棒に不貞腐れながら返す。

 俺はそんなに悪人に見えるか?

 

 

「俺は敵じゃ……」

 

 

 取り合えず誤解を解こう、そう思って声を上げるが……途中で止める。

 ……面白いことを思い付いた。

 

 

《ああ、これはまた良からぬことを考えていますね》

 

《うむ、さぞ楽しいことだろう。御主君にとっては、だが》

 

 

 二人の呆れた、と言わんばかりの言葉に少し苦笑が漏れる。

 実際その通りで、ユークリウッドからしてみれば傍迷惑な話だろう。しかし、後に良い方向に転がるんじゃないか?とも思う。

 さて、思い付いたら即行動だ。あの女ならこの姿の俺にも追い付けるはずだ。

 

 

《無限》

 

《御意》

 

 

念話で声を掛けると直ぐ様封時結界が展開される。俺の意図は完全に読んでくれていたようだ。

 

 

「ファースト ムーブ!」

 

 

 高速魔法を発動、世界は遅くなりその中で俺だけが速く動ける。

 向かう場所は道路からこちらを見上げていたユークリウッド。

 相川は俺が動いたことを把握できていない。

 

 

「ユークリウッド、すまん。後で必ず助けに行く」

 

 

 ユークリウッドの前まで来た俺は、小声で彼女にそっと囁く。

目を見開く彼女の肩に触れ……。

 

 

「スパークショット」

 

 

 最小限に加減した雷撃を放つ。

 ユークリウッドはビククッ、と一瞬体を痙攣させて気を失い倒れた。体を痛めないよう、相川から見えない位置に魔力で地面にクッションを作る。これで怪我はない筈だ。

 今は起きていられると無面倒だからな。まぁ、5分あれば目覚めるだろう。

 

 

「ユーっ!?」

 

 

 事態の把握が遅いぞ相川。まぁ、あの速度に追い付くなら、同じ高速魔法か音速で動けるくらいしないとな。

 このまま突っ立っていても怪しまれる。間に合えよ? セラフィム……。

 

 

「死ね、ユークリウッド・ヘルサイズ」

 

 

 辺りに響く声で言葉を発し、態とらしく掌に魔力弾を生成、気を失ったユークリウッドに向ける。

 

 

「やめてええっ!」

 

 

 相川が叫ぶが、それじゃあ間に合わねぇよ。

 

 

「秘剣・燕返し!」

 

 

 魔力弾を放つ寸前、高速で肉薄してきた黒髪美女が手に持つ太刀を上段から斬り下ろす。その軌道は魔力弾を生成した俺の腕だ。

 

 

「おっと」

 

 

 腕を引っ込めて後ろに大きく跳んで、民家の塀に着地する。

 これで俺は已む無く魔力弾を射つことを中止して下がらざるを得なくなった。誰から見てもそう映る筈だ。

 

 

「ヘルサイズ殿に手出しはさせません!」

 

 

 言い放ち、更に肉薄してくる。俺の立つ塀に飛び乗ったセラフィムは、勢いのまま太刀を横凪ぎに振るう。

 間合いの外に体を逃がして躱す。

 

 

「逃がしませんっ!」

 

 

 今度は大上段からの脳天へ向けての斬り下ろし。完全に殺す気だ。

 後ろに下がるのを止めて前に踏み出す。右手を上げてセラフィムが太刀を振り切る前に柄頭を掌で受け止める。

 

 

「なっ!?」

 

「驚いている暇はないぞっ!」

 

「ぐぅっ!!」

 

 

 驚愕に目を見開くセラフィムの腹部に左拳を打ち込み吹き飛ばす。民家の壁を破壊して姿が消えた。

 衝撃は中へ浸透させず、外に逃がした。派手に吹き飛びはしたが、ダメージは軽い筈だ。

 

 

「セラっ!?」

 

 

 ユークリウッドの傍に駆け寄っていた相川が悲鳴を上げて……。

 

 

「このおっ!」

 

 

 怒りに任せて俺に飛び掛かってくる。

 

 

「ほっ」

 

 

 相川の飛び蹴りを躱して跳躍、民家の屋根に着地する。

 そこで視界の端に飛来する影が映った。

 

 

「っと、危ねぇ」

 

 

 横から俺の首を狙って放たれた投擲物を人差し指と中指で受け止める。

 風車のような形をしたそれは、手裏剣だった。

 

 

「忍者かよっ」

 

 

 手首のスナップで手裏剣を投擲者、セラフィムに向けて投げ返し、追ってきた相川の拳を掌で叩き落とす。

 身長差のせいで、どうもやり難いな。必然的に、相川の攻撃の殆どが低い位置になる。

 

 

「はぁっ!」

 

 

 同じ屋根に上がってきたセラフィムが、俺の側頭部を狙い突きを放つ。

 軽く上体を後ろに反らして躱すと、刃が俺の方に向けられ迫ってくる。

 

 

「よっ」

 

 

 そのまま後ろに倒れて屋根に手をつきバック転、正面から攻撃を仕掛けようとしていた相川に向けて足を振り上げる。

 

 

「っ!」

 

 

 下からの奇襲を躱してみせた相川を尻目に、屋根に足をつけた俺は更に跳んで後方宙返りで大きく距離を取る。

 飛んでる最中にセラフィムが五本の苦無……の形をした葉っぱを投げてきた。時偶、金属じゃなくて葉っぱなのだ。節約ですか?

 それを空中で体を捻って躱し、相川とセラフィムがいる民家の道を挟んで向かい側の屋根に着地する。

 

 

「さて、そろそろか?」

 

 

 そう呟いて、俺は気絶させたユークリウッドの方に一瞬だけ視線をやる。

 そこには、想定通りコウモリAの姿がある。この機に乗じてユークリウッドを連れ去ろうというのだ。

 相川とセラフィムは、まだそれに気付いていない。

 

 

《刃、サーチャーを飛ばしてくれ》

 

《……御意》

 

《……なるほど、あくどいことを考えますね》

 

《言うな、自覚してる》

 

 

 俺の考えを察した刃は何も聞かず、無限は呆れた声を出す。反応は違うが、二人とも異を唱えるつもりはないらしい。

 転移魔法……だと思うが、コウモリAはユークリウッドを巻き込んでどこかに消えた……俺のサーチャーも連れて。

 

 

「はぁっ!」

 

「っと、気を取られてる場合じゃないな」

 

 

 俺の胸部に向かって放たれた蹴りを腕をクロスして受け止め、後ろからの太刀の横凪ぎを太刀の腹を蹴り上げることで弾き、執拗に拳を撃ってくる相川をいなす。

 

 

「300%!」

 

「ぐっ!?」

 

 

 相川の拳を腹部に受けて吹き飛ばされた。

 予想外の速度の上昇だ。防げていたものが、防御をするよりも速く俺の腹に拳が届いた。

 

 

「くっ!……何て威力だ。こんなに重たかったか?」

 

 

 空中で体勢を立て直して道路に着地する。

 

 

「350%!」

 

「まだ速くなるのかっ!?」

 

 

 俺を追ってきた相川は空中で前宙、踵を落としてくる。

 

 

「ちっ!」

 

 

 俺は舌打ちをして数歩下がって躱す。

 さっきよりも相川の動きが速い。強化魔法……じゃないな。何だこの力は……?

 

 

「400%!」

 

「鉄塊」

 

 

 相川の拳を腹で受け止める。――ミシッ――相川の拳が軋んだような音を立てる。鉄を打ったようなものだ。指の骨が折れても不思議はない。これで戦うことは……。

 

 

「――っ!450%!」

 

 

 眉を顰めながらも、更に拳を握り込んで振り抜く。

 

 

「なにっ!?――ぐぅっ!」

 

 

 まるで車に正面からぶつかられたような衝撃が俺を襲う。

 

 

「く、うっ……なん、だとっ?」

 

 

 後方に流される体を、地面に足をつけてアスファルトを削りながら止める。

 相川から6m程の距離で漸く止まった。

 

 

「はぁっ!」

 

 

 次に背後からセラフィムが襲ってくる。交代制で攻められるとやり辛いな。

 太刀と無手じゃリーチが違う。無手に慣れたら太刀が、太刀に慣れたら無手が、こんな感じで調子を狂わせてくる。

 しかも相川は、何らかの方法で人体の強化を行っている。

 切れ味鋭い太刀を躱しながら、ユークリウッドの居場所の特定を急ぐ。危害を加える風には見えなかったが、全面的に信用するつもりはない。相手は悪魔だ。何時任務が欲望に刷り変わる可能性だってある。……俺の偏見だが。

 

 

「この、ちょこまかとっ!」

 

「速さが足りんぞっ」

 

「では、これはどうですか?」

 

――秘剣の真髄は秘めたる剣に非ず。

 

 

 太刀を振るいながら言葉を紡ぐ。周囲の空気が……変わった。

 俺達の周りには無数の木の葉が浮き上がり、葉先をこちらに向けている。セラフィムの太刀を躱しながら、背中に冷たい汗が流れるのを感じる。

 嫌な予感しかしない。

 

 

――飛ぶ剣、即ち飛剣!

 

「『百鬼漸殺 』!!」

 

 

 セラフィムは太刀を大きく振り抜き、俺を牽制して後方に下がり効果範囲から逃げた。

 追うよりも速く、無数の木の葉群が殺到する。幾つかの葉っぱが頬を掠めていく。

 ツー、と掠めたところから冷たい液体が流れヒリヒリと痛む。今の木の葉で切れたらしい。

 

 

「刃! 無限!」

 

 

 二人を刀に変えて、振るう。葉っぱを斬っている筈だが、周囲には剣撃の音が響く。

 ――カカカカカカカカッッッ!!――四方八方から迫る木の葉を二振りの刀で撃ち落とす。

 止まっていては格好の的だ、動いて狙いをずらす。細かなステップと小刻みに上体を揺らすことで躱せるものは躱す。急所に迫るものを優先して撃ち落とす。

 流石に無傷とはいかず、腕や足、顔、背中、胸、腹、細かな切り傷が付いていく。

 

 

「おおおおおおおおおっっ!!」

 

 

 自分を鼓舞するために腹から声を出す。最初よりも速く、速く、もっと速く!

 暗示に近い行為で、イメージする。心なしか速度が上がった気がする。……気のせいだった。さっきより傷が増えてる。

 

 

「はあああっ!」

 

 

 最後に魔力の放出を行い、終わりが見えてきた木の葉群を吹き飛ばす。

 

 

「――っ!?……あれを切り抜けたというのですか……!」

 

「……うそっ」

 

「はっ……はっ……はっ……」

 

 

 流石に疲れた。心臓と肺が苦しい。

 

 

「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」

 

 

 ゆっくり息を整える。本番はこれからだ。ラスボスを相手にするには、魔力と体力の温存をしなければならない。

 

 

「…………ところで、一ついいか?」

 

「……何でしょう?」

 

 

 油断なく構えるセラフィムに声を掛ける。眼光は鋭く俺を見据え、一挙手一投足見逃さない。

 

 

「……お前らのお姫様は何処だ?」

 

 

 自分でも分かる程に不敵な笑みを浮かべて、そう言葉を投げ掛けた。<input name="nid" value="42387" type="hidden"><input name="volume" value="61" type="hidden"><input name="mode" value="correct_end" type="hidden">




後書きはお休みです!

では、次回お会いしましょう。


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第五十八鬼~相川 歩~

side~歩~

 

「……お前らのお姫様は何処だ?」

 

 

 目の前に悠然と立つ男が静かに告げる。

 訝しみながらも、ユーのいたところに視線をやれば……。

 

 

「――っ!」

 

 

 そこには誰もいない。ついでに言えば、目の前の男に苦しめられていた悪魔も、倒されていた悪魔もいない。

 

 

「歩! してやられました……!」

 

 

 男を挟んで向かい側にいるセラが、悔しげに下唇を噛む。

 心情は私も同じだ。失念していた。悪魔がユーの事を狙っていたことを……。

 

 

「グルだったのね……!」

 

「……」

 

 

 男はなにも語らない。でも、無言は肯定と同じだ……!

 

 

「500%!」

 

 

 力一杯男に殴り掛かる。向こうでセラが駆け出すのも見えた。

 さっきまでダメージを与えられていたなら、今度はもっと力を込めて……ユーが連れ去られた居場所を聞き出す!

 

 

「残念だが、もう遊びは無しだ」

 

 

 私の拳が右手に持つ漆黒の刀の腹で受け止められる。今度はびくともしない。

 

 

「――っ!?」

 

 

 左手に持つ潔白の刀を私の足の間、股に差し込む。

 

 

(斬られるっ!)

 

 

 自分が縦に斬り裂かれる瞬間を幻視した。でも、結果は……。

 

 

「受け取れっ!」

 

「えぇっ!?」

 

 

 股から持ち上げられ、男の背後から迫るセラに私を投げつける。

 

 

「歩っ!」

 

「きゃうっ!」

 

 

 セラの豊かなおっぱいがクッションになって衝撃自体は軽いものだった。

 

 

「動くな」

 

「「――っ!?」」

 

 

 体勢を立て直す前に首元に刀を突きつけられて私とセラは降伏するしかなくなった。

 

 

 

 

 

 私の名前は相川 歩(あいかわ あゆみ)

 私立小学校に通うただのゾンビで……転生者だ。

 前世はちょっとしたオタクで()だった。

 前世、というのはちょっと違うかも。所謂多重転生者……うん、こっちの方がしっくり来るわね。

 私がこの世界に来る前は『これはゾンビですか?』という世界に生まれた。二次創作であるような神様に出会った。とか、特典を貰って……。というのはなかったと思う。

 そんな存在と会ったのかも分からないし、いつ私が死んだのかも分からない。

 前々世(でいいよね?)では、ただの平凡なサラリーマンだった。趣味はライトノベルと漫画、彼女はなし、年齢は二十九歳、両親健在で兄と妹がいた。どんな人生を歩んだかも覚えてる。

 ……だけど、いつ死んだのか? どうやって死んだのか?

 その記憶が私にはなかった。寝て起きたら赤ん坊で、しかも女の子になってた。

 母親らしき人に抱えられて、父親らしき人に頭を撫でられていた。

 その時の私は混乱の極みで喋れるようになっても、歩けるようになっても塞ぎ混んだままだった。(前世の)両親にも迷惑をかけたし、私が産まれて数年後に産声を上げた弟にも寂しい思いをさせた。

 そんな私だから、学校では虐めに遭ってた。陰気で、暗くて、協調性の無いはぐれ者。子供達は自分より劣る私を見てストレスの捌け口にしたのだ。

 靴を片方隠したり、ノートに落書きされたり、トイレにいると上から水を掛けられることもあった。

 でも、抵抗しない私が面白くなかったのか、虐めをしようとしてくる子供は次第に減り、今度は無視が始まった。

 先生でさえ私と関わりを持たなくなったし、両親も腫れ物を扱うように私と接した。

 そんな私にも転機が訪れた。織戸……なんとか。名前は思い出せないけど、そのメガネ織戸が私に話し掛けてきたのだ。

 小学5年生になった頃、クラス替えでみんながわいわい騒ぐ中、自分の席で大人しく座っていた私の前髪を上げた男子がいたのだ。

 人に顔を見られたくなくて、目が隠れるまで前髪を長く伸ばしていた私の前まで来て、前髪を上げたキモメガネが、その織戸……何とかだった。

 アップに映ったソイツの顔には、キモいメガネとキモい鼻とキモい口が付いていた。

 そしてこう言ったのだ。

 

 

――チョー可愛いじゃん。

 

 

 思わず殴った。グーで思いっきり殴った。何だかこう……悪寒が凄かった。思わず拳が出るほどキモ……じゃなくて、ウザかった。

 話したこと無いけど、ウザかった。一目で分かったよ。コイツウザいって。

 でも、それからだ。みんなと少しずつ話すようになったのは……。

 前髪を切ると男の子がすごく話しかけてきたり、女の子がそれを牽制したり、そんな光景を眺めていると、前の自分とかどうでもよくなった。悩んでいた自分がバカらしくなって、声に出して笑うとみんなも笑ってくれた。織戸はキモかったけど……。

 でも感謝はしてる。お尻触ってこようとするけど……。悪友みたいな関係になって、ゲームセンターとかで遊んだり、カラオケに行ったり、織戸が職質されて連れていかれるのを見送ったり……。

 そうして高校生になって、もう一つの転機が私に訪れた。

 ユークリウッド・ヘルサイズ……。

 行き着けのコンビニから出ると、彼女が駐車場の車止めに座って猫とじゃれていた。

 驚いた私は足を滑らせ、購入したカップのジュースを上に放り投げてしまい、マンガのように頭からそれを被ったのだ。

 私は彼女を知っていた。十数年経っても好きな物の記憶は消えない。鮮明に彼女が誰か? どんな存在か? その全てを覚えていて、その時ここがどんな世界なのかを理解したんだ。どこかで見たことのあるキモメガネ、友達の妙子、かなえ、ユキ……。

 前々世で好きだったライトノベルのキャラクター達だった。そして私の容姿は完全に主人公の『相川 (あゆむ)』が女の子になった時の姿だったのだ。

 そこから色んなことに巻き込まれた。京子に殺され、ユーに生き返らせてもらって、ハルナと出会って、セラと出会って、夜の魔王を倒したり、ユキとキスしちゃったり、サラスに惚れられちゃったり(何故か同性に惚れられるのだ。元が男だっただけに、変に受け入れたのが悪かったのかな……?)、クリスと戦ったり……他にも色んなことがあった。

 言い切れないくらい色んなことが……。

 

 ……そして目が覚めると私はまた赤ん坊になっていた。目の前にはセラとハルナ、ユーの姿(みんなは姿は変わってなかったけど)。

 セラの話では大昔からこの世界にいるんだって。天使や堕天使、悪魔、神様、魔王、妖怪、ドラゴン、色んな種族がいてみんなが啀み合ってる。

 その種族同士による戦争が大昔にあって、ユーとセラ、ハルナは悪魔側に加担して戦った。何でも、この世界に来た時に色々と融通を利かせてくれたかららしい。

 戦争で利益を得られないまま終わってしまい、それでも恩義は果たしたと判断したセラが、ユーとハルナを連れて悪魔側から離れて旅をしている時に、遠い未来で私もこの世界に来るって有名な占い師に聞いて、この街の臨海公園で私を見つけてくれた。

 そして、悪魔側はユーの力が強力なのを知っている。その言霊の強制力は生物の死さえも拒絶する力があるし、彼女の血液は摂取した者に強靭的な肉体と能力を与える。

 代償としてユーは、喋ることも、感情を動かすことも許されない。喋ればその通りになる。感情を動かせば傍にいた誰かの運命が変わる。

 悪魔はそんなユーの力を求めて付け狙ってくる。それは多分目の前の男も同じ……。

 

 ユーの帰りが遅いから心配になって探していると、妙な結界の張られた地区があった。不審に思った私は、手分けして探していたセラに連絡を取ってその場に急行、空を見上げるユーを発見。

 その視線の先には悪魔の気配を持つ男と、その首を掴んで絞めている男。気配は人間と変わらないのに悪魔を圧倒していた。セラに聞いたような『神器』ってやつかな?

 多分中級悪魔。それほど実力のある悪魔でもない。だけど、並みの人間が対抗できる相手というわけでもない。

 とりあえずやり過ぎかな?

 

 

「――150%っ!」

 

 

 跳び上がって男の背中に拳を叩き込んで悪魔を助けた……んだけど。

 

 

「えっと、詰まりユーを悪魔から守ってくれてたってこと……?」

 

「ま、そうなるな」

 

「「……」」

 

 

 首元に刀を突きつけられた後、男は何を思ったのか、何処かに刀を消して(服も黒のジャケット、スラックスから茶色のコートとジーンズに変わってた)説明を始めた。

 要約すると私の勘違いだった。

 

 

「言えた義理じゃないのは分かるけど、ユーを囮にするなんて……」

 

「そうです。ヘルサイズ殿に何かあれば私はあなたを決して許しません」

 

「それでいいさ」

 

 

 飄々と言い放つ男は本当に何も心配していないのか……。

 

 

「さて、どうだ? 飛べそうか?」

 

〈……はい、座標の特定できました。主の資質でも飛べる距離です〉

 

 

 何処からともなく響く声。発信源は男の首に掛けられたアクセサリーだ。

 デバイス、なんだと思う。それに『神器』。

 デバイスで思い付くのは『魔法少女リリカルなのは』、『神器』で思い付くのは『ハイスクールD×D』……どっちも二次創作でしか知らない作品だったから、正直全然分からなかった。

 この世界で友達になった咲の妹さんがなのはって名前なのと、実家が翠屋という喫茶店をしているので思い出した。

 天使や堕天使、悪魔の名前を聞いて、どこかの作品の世界だって言うのは分かってたんだけど、まさか世界が混ざり合ってるなんて……。

 

 

「私も同行させていただきます。ヘルサイズ殿をあなたに任せるのは心配です」

 

「実力は示したと思うんだけどな」

 

「信用できません」

 

「こりゃ手厳しい」

 

 

 考えてる内にセラと男の間で話が纏まったみたい。

 

 

「じゃあ、近くに寄ってくれ。転移する」

 

「……分かりました」

 

「……首元に突きつけている得物は何っすかね?」

 

 

 男の隣りに立ったセラが、太刀を男の首元に突きつけている。

 

 

「不埒な真似をしないようにです。それくらい察してください。気持ち悪い」

 

 

 ゴミクズを見る目で言ったセラに「そうかい」と苦笑いで答えて、男は私に視線を向ける。

 

 

「……信用した訳じゃないから」

 

「ああ、肝に命じておこう」

 

 

 私にも苦笑を見せて、男は目を閉じる。資質がどうのって聞こえたから、集中しているのかもしれない。

 多分、完全に戦闘特化型の魔導師なんだと思う。だから、サポート系の魔法は苦手なんだ。

 ……だとしたら、自分の転移できないほど遠くに行かれてたらどうするつもりだったんだろう?

 

 

「転移」

 

 

 足元に深紅の三角形の魔法陣が浮かび、私達の体を包む。眩い光に思わず目を閉じた。

 一瞬の静寂の後、複数の強い気配を感じて目を開けると、ソファーに座ってお茶を飲む銀髪の少女の後ろ姿と、目を見開く赤髪ロングのイケメンと背後に控える銀髪の美人メイドさん。

 そして、腰を抜かすユーを連れ去った悪魔の姿があった。

 

side out




相川さんの正体は多重転生者でした!
続けても良かったのですが、長くなりそうなので視点変更で一度区切ります。

では、また次回お会いしましょう。


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第五十九鬼~赤鬼の一端~

side~宏壱~

 

 相川とセラフィムを伴い、サーチャーから送られてきた座標に転移した。

 転移先は広い部屋だった。上質な絨毯と向かい合わせになるように置かれた革張りの三人程が腰掛けられるソファー、その間に光沢を放つ黒テーブルがあって、天井にはシャンデリア、応接室のように見受けられるが、どうやら執務室でもあるらしい。

 窓際に執務机と書類が二山ある。壁際には分厚い本が幾つも並べられた本棚もあった。

 そんな部屋で、俺達に背を向けてソファーに座っているユークリウッドは、呑気に茶を啜っている。

 トントン、と二度のノック音。

 音源を辿れば、ユークリウッドの陶磁器のように白い指が机を叩いていた。

 

 

『待ちくたびれた』

 

 

 そう書かれたメモ書きが置いてある。誰が書いたかは明白だ。見ろと主張してきたこのマイペース屋しかいない。

 

 

「――っ!? 何者ですかっ!」

 

 

 その音で呆けていた銀髪のメイドが我に返り、強烈なプレッシャーを放つ。ユークリウッドに近寄ろうとしていた相川とセラフィムは、そのプレッシャーで動けなくなった。

 明らかに彼女らを上回る力量の銀髪メイドを警戒して動けないでいる。

 先のコウモリAの言葉が正しいなら、ここは魔王城、敵の本拠地だ。油断は禁物。相手も突然現れた俺達に対して油断はしてくれないだろう。

 

 

「待たせたな、ユークリウッド。帰ろう」

 

 

 まぁ、そんな事は俺には関係ない。苦戦は必須、勝てる見込みもないかもしれん。……だが、負けるビジョンも見えない。

 この言葉は相川が言うべきだと思うが、固まってるからな。

 

 

「……ユークリウッド・ヘルサイズ殿、ご説明願えるかな?」

 

 

 ユークリウッドの正面に座る赤髪の男が問い掛ける。中々のイケメンだ。

 ……強いな。ミカエルと同等……いや、それ以上か……。正直ここまでとは思わなかった。

 先遣隊とも言えるコウモリ共の力量が、クソッカスもいいところだったからな。俺でもなんとかなると高を括っていたが……無理だ。自分が消し飛ぶ未来しか見えんぞ。

 

 

「説明もなにも、お前らがユークリウッドを拐いに来たんだろうが」

 

 

 胸中の思いはおくびにも出さず、相川とセラフィムの前に立って銀髪メイドのプレッシャーを遮る。

 

 

「……どういうことかな? 私は『彼女に協力を要請してほしい』と言っただけで『問答無用で連れてこい』、とは言っていない筈だが……?」

 

 

 視線は俺を居抜きながらも、問い掛けはコウモリAに向けられている。

 ……こんな奴に出会うのは初めてだ。鍛練でどうこうできる相手じゃないぞ。

 

 

「じょ、上層部からの通達です。ユークリウッド・ヘルサイズ様を是が非でもこちら側に迎え入れろ、と」

 

「……それでヘルサイズ殿の反感を買えばどうなるか考えないのか」

 

 

 溜め息を吐く赤髪の男。何処と無く哀愁が漂っている。

 どうやら悪魔ってのも一枚岩じゃないらしい。

 

 

「ほれ、あんた客人に茶も出さないのかよ? メイドならそれぐらい直ぐにやってみせろよ」

 

 

 銀髪メイドに声を掛けながらユークリウッドの隣に腰掛ける。

 銀髪メイドの放つプレッシャーが俺のみに向けられ、相川とセラフィムが息を吐くのが聞こえた。

 これで二人が楽になる筈だ。

 

 

「招かねざる客のようですね。ルシファー様、直ぐにこの不遜な男を排除します」

 

 

 表情を変えず怒気の含んだ声で魔力を漏らす。さっき伸した連中とは段違いだ。格が違うなんて言葉じゃ収まりきらない、まさに次元が違うと言える。

 

 

「やってみせろ、メイド風情が。……この赤鬼を殺せるのならな」

 

「では、お望み通りに……」

 

 

 更に高まる魔力と殺気。俺が一身に浴びるこれは殺意。動く者はいない。コウモリAは勿論、相川やセラフィムさえも場の緊迫した状況に動けないでいる。

 動じないユークリウッド、赤髪の男は流石と言うべきか……。

 

 

――怒りを沈めて。

 

 

 隣から清んだ声が聞こえた。

 それが耳朶に届いた瞬間、感情が落ち着き全ての物事を許そうか……そんな気分になる。

 

 

「これが噂に聞くヘルサイズ殿の言霊か……なんという強制力だ」

 

 

 声を震わす赤髪の男。その背後の銀髪メイドも魔力を収め穏やかな表情で佇んでいる。

 なるほど、これがユークリウッドが喋らない理由か……。凄まじいな。

 

 

「まぁ、お茶は良いかな。別にそんなに飲みたいわけでもないし」

 

「仕える主の前で醜態を晒すわけにもいきません。大目に見ましょう」

 

 

 と、殺気駄々漏れで接していた銀髪メイドも、突然の襲撃(しかも雑魚に)で機嫌の悪くなっていた俺も、にこやかとはいかないが、穏やかに会話することになった。

 

 

「……それで? あんたはユークリウッドを自分達に協力させたいって話だが……」

 

 

 コウモリAが言っていたことと、さっきのコウモリAと赤髪の男のやり取りを思い出して正面に座る男に聞いてみる。

 

 

「できれば協力を請いたい。今悪魔は絶滅の危機に瀕している。先の戦争で純潔悪魔は著しく数を減らした。その上我々は繁殖能力の極めて低い種族。どれだけ悪魔夫婦が、夜の営みを行っても子を成せなければ、僕達悪魔に未来はない。そこでヘルサイズ殿には女性悪魔に必ず妊娠する、と言葉を掛けてもらいたくてね」

 

 

 なんだその理由。種の繁栄のためにユークリウッドを狙ったってことか?

 王としては当然だろうが、巻き込まれる側はたまったもんじゃないな。

 どれ程悪魔がいるか知らんが、ユークリウッドをこの世界に監禁でもするつもりかよ。

 

 

「向こうはああ云ってるけど、ユークリウッド、お前はどうするんだ?」

 

『私は歩達と静かに一緒に暮らしていたい』

 

「争いに巻き込まれたくないってことでいいのか?」

 

『そう』

 

 

 結論は出たな。今尊重されるべきなのはユークリウッドの意志だ。彼女が断るのならこの話はなかったことになる。

 

 

「ま、待ってください!」

 

 

 もう長居する必要もない、そう判断して立ち上がった俺とユークリウッドに声を掛けてきたコウモリA。

 

 

「貴女様には悪魔の未来を救っていただかなくてはなりません! それに、貴女様の血は強力な力が得られるとき来ます! 我々が貴女様の血を摂取すれば他勢力に後れを取ることなど……!」

 

 

 喚くコウモリA。必死さが伝わってくる。が、目を見れば分かる。情に訴えればどうにでもなる、そんな考えが透けて見えるぞ。

 それに本音が漏れたな。

 

 

「悪魔の未来なんざどうでもいい。滅ぶなら勝手に滅べ。他勢力と戦争がしたいなら、テメェらで勝手にやってろ。ユークリウッドを巻き込むんじゃねぇよ」

 

「上層部とやらの真の目的はそれですか……話になりませんね。ヘルサイズ殿の負担が大きすぎます」

 

「まぁ、ドーピングして楽に強くなれるのならドーピングしたいわよね。させないけど」

 

 

 コウモリAからユークリウッドを隠すように俺と相川、セラフィムが間に立ちはだかる。

 

 

「人間風情がああっ! また俺の邪魔をする気かっ!!」

 

「それだけじゃないぞ?」

 

 

 指をパチン、と鳴らす。所謂フィンガースナップ、指パッチンとも呼ばれる動作だ。

 結構響く音が鳴るし、簡単な動作で鳴らせる。人の注意を引くポピュラーな動作だろう。

 それをすると、俺の体は深紅の光に包まれる。

 

 

「ルシファー様、お下がりください!」

 

「……危険はないと思うよ」

 

 

 そんな主従のやり取りを耳にしつつ、光が晴れるのを待った。

 

 

「……あんたは……っ!」

 

「……」

 

 

 驚きの声を上げたのはクラスメイトの相川。

 その傍でセラフィムが無言で俺を睨めつけているのが分かる。

 

 

「貴様は……っ!?」

 

「おうクソコウモリ。どうした間抜けな面してよ? こんなガキにボッコボコにされて悔しいかよ?」

 

 

 低くなった視界で、誰よりも俺が大きいと言わんばかりに腕を広げて嘲り笑う。

 見せてやるよ、魔王様とやらに。赤鬼の一端ってやつをな。

 

 

「ぐぐっ……貴様は、俺の手で殺してやるううう!!」

 

 

 魔王の前でバカにされたことに恥辱を感じたのか、顔を真っ赤に染めて飛び掛かってくる。

 

 

「……」

 

 

 余りにも遅い動きだ。怒りに身を任せてもこの程度か……。手を出すまでもない。

 コウモリAのみに覇王色の覇気をぶつける。少し室内で俺を中心に突風が吹き荒れたが、直ぐに収まる。

「あー……書類が……」とか聞こえたが、気にしないでおこう。

 

 

「……ぁ、っ」

 

 

 意識を失い落下するコウモリA。白眼を剥き、口から泡を吹く姿は無様の一言に尽きる。

 

 

「なんだ、今のは?」

 

「……凄まじいプレッシャーでした」

 

「こんな力が……」

 

「今のって……」

 

 

 反応は様々だが、一様に驚きを隠せないようだ。相川だけ別の反応の仕方だが……。

 

 

「君が子供なのも驚いたが、今の力も凄いものだね。詳しく聞かせてくれないかな?」

 

 

 悪魔側にとって今の俺は不穏分子以外の何者でもない。その目で俺を見極める気か。

 

 

「テメェの事を話さねぇ奴に自分の事を喋ると思うか?」

 

「……それもそうだね。私はルシファー、サーゼクス・ルシファーだ。四魔王の一角、魔王・ルシファー」

 

 

 俺の言葉を気にする素振りも見せず、赤髪の男が名乗る。名乗られたら名乗り返すしかないじゃないか……。

 

 

「私立聖祥大付属小学校三年、山口宏壱。しがない魔導師をやっている」

 

 

 ソファーに座り直して言う。

 当然全部は言わない。管理局がどうのとか、転生がどうのなんて言える筈はないからな。

 

 

「魔法使いにしては随分と近接戦に長けているようだね。私の知る魔法使いは往々にして不得手な事が多いのだが、君はその例に当て嵌まらないようだ」

 

「当然だ。俺は格闘が主体だからな。刀なんかも使うが、型なんてあってないようなもんだ」

 

 

 流派らしいものは六式ぐらいで、後は戦場で身に付けた生きるための戦い方だ。

 

 

「さっきのあれはなんだい? 凄い威圧だったけど……?」

 

「……」

 

 

 サーゼクス・ルシファーの言葉に少し考える。

 覇気を語るのは問題ないが、こっちだけが手の内を曝すのは面白くない。そもそも交渉事は朱里とか菫、碧里が得意なんだ。一武官の俺が、仮にも王と名の付く為政者と対等にやり合うには経験も知識も足りない。

 ここはオーソドックスに一つ曝して一つ引き出す、で良いか。

 

 

「『覇王色の覇気』だ」

 

「……『覇王色の覇気』?」

 

「詳しい話は俺もよく知らん。死んだ親父の話では王の資質を持つ者に発現する力らしい。力の差が大きい者に対して強い力を発揮する。さっきのソイツみたいに、威圧だけで意識を飛ばすのならこれに勝るものはないだろうな」

 

「知らない能力だ。君以外にも使える者は……?」

 

「いないだろうな。資質がありそうなのは何人か知ってるが、教える気はない。当然、アンタらにもな」

 

 

 と言うより、鍛え方を知らない。ジン、俺を傭兵として育てた男が殺された時に発現したからな。見聞色と武装色も戦場での発現だったし、故意に引き出す方法は知らん。

 当然、それを事実として話す気はない。

 

 

「俺の事は話した、次はアンタらの事を聞きたい。俺は悪魔との交流がなくてね」

 

「悪魔との……?と言うことは――「それを今聞くのはフェアじゃねぇな」――……そうだね。少し急かしすぎたよ。長く生きているけど、グレイフィア……彼女の殺気をその身に受けて平静でいられる悪魔は少ない。それを、人の身でまともに受けて表情一つ変えない君に興味が湧いてね」

 

 

 銀髪メイドはグレイフィアという名前らしい。主従の間柄ではあるんだろうが、その域を越えた絆がこうして見て取れる。関係としては、俺と菫達に近いかもな。

 

 

「じゃあ、次は俺からだ」

 

「何でも聞いてくれ」

 

 

 促すサーゼクス・ルシファーに頷いて口を開く。

 

 

「アンタの力は何だ?」

 

「力……?」

 

 

 色々と端折り過ぎた。

 意味が分からず疑問符を浮かべるサーゼクス・ルシファーに、場違いだが少し苦笑を溢す。

 

 

「いや、悪い。力ってのはアンタの能力とでも言えばいいのか……アンタと戦闘する場面をさっき思い浮かべてみたんだよ」

 

「ほぅ……」

 

 

 後ろに控えるメイドは身構えたが、当の本人は興味深げに息を漏らすだけだった。

 

 

「消し飛んだ」

 

「消し飛んだ?」

 

「……ああ、為す術なく跡形もなく消し飛んだんだよ。消滅と言い換えても良いな。今の俺じゃあアンタと戦っても勝ち目がないことが分かった」

 

「……呆れました。敵対関係になるかもしれない相手に弱味を見せるとは……無能ですか? 死にたいのですか?」

 

 

 メイドが口を開き、何かを言おうとしたその時、後ろから強烈な口撃が来た。

 声のした方を振り返れば冷めた表情で俺を見下ろす、黒髪ポニー美人。

 

 

「いや、まぁ、そうなんだけどさ? 隠しても仕方ないじゃんか?」

 

 

後ろ頭を掻きながら言い訳じみたことをセラフィムに言い「それに」と続け……。

 

 

ただで殺されるつもりはない。俺と敵対するのなら、大きな損害を受けると思えよ?」

 

 

 見なくても獰猛な笑みを浮かべていると分かるほどに口角を上げ、殺気と覇気をサーゼクス・ルシファーにぶつける。

 

 

「……これが、『覇王色の覇気』……か。人の身で発せられるのか。こんなものを……」

 

「……っ!」

 

 

 声を震わせながらも冷静に判断するサーゼクス・ルシファー。余波を受けたメイドは目を見開いて驚きを露にしている。

 ミカエルを呼吸困難に陥らせたものと同レベルのものなんだが、幾分か余裕があるな。実力はミカエル以上、か。

 これは問いの意味をなさないな。能力が分かったところで俺に勝ち目はない。渡り合えると判断した時に挑んでみるか。

 

 

「質問を変える。今聞いたところで意味ないからな。それに、アンタに直接使わせた方が楽しそうだ」

 

 

 殺気と覇気を引っ込めて笑う。こんな陳腐な交渉で引き出すより、実戦で引き出した方が楽しいに決まってる。

 

 

「君は不思議な少年だな。私が怖くないのかい? 自分が勝てないと思った相手に戦いを挑むのは正気の沙汰とは思えないよ」

 

「くっくっく、今は、だ。いつか必ずアンタの背中に追い付き、追い抜く時が来る。人間やろうと思えば何だってやれるもんだ」

 

「君は……鬼だな。人の世に紛れて生きる鬼だよ」

 

 

 サーゼクス・ルシファーは笑みを浮かべそう言った。

 彼からすれば俺の今の印象を語っただけに過ぎない。特に意味があって言ったものではないだろう。だが……。

 

 

「そう、鬼だ」

 

「ん?」

 

 

 サーゼクス・ルシファーだけでなく、この部屋にいる者全てが、意味を理解できずに首を傾げる。

 だから言ってやるのだ。

 

 

「俺は赤鬼と呼ばれた男だ。戦場こそが生きる道。何かを守り抜く事こそが生き甲斐。力を高め、上り詰める事こそが我が王道。よく聞けよ魔王・ルシファー。俺が赤鬼だ」

 

 

 ってな。

 

 

 

 

 

side~サーゼクス~

 

「ふぅ……」

 

 

 今日のノルマを達成して一息吐く。

 いつもと同じ作業なのに、精神的な疲労が大きい。今日はとんでもない客が来たからね。

 

 

「お疲れ様です。ルシファー様」

 

 

 コト、とグレイフィアが労いの言葉と共にお茶の入ったコップを事務机に置いてくれる。

 

 

「ありがとう……ずずっ……うん、美味しいよ」

 

 

 疲れた体にお茶の渋味が染み渡る。日本茶は良いね。疲れが抜けていくよ。

 

 

「それで、グレイフィア。彼をどう思う?」

 

「彼……山口宏壱の事でしょうか?」

 

「ああ」

 

 

 先程までこの部屋にいた少年、山口宏壱君。

 二、三互いの情報を曝して、ヘルサイズ殿への不干渉の約束を取り付け、散らかった資料をてきぱきと直し、ヘルサイズ殿、セラフィム殿、もう一人の少女を連れて、見たことのない魔法陣を展開して帰っていった少年だ。

 

 

「口で言うほどの実力があるようには思えませんでした。鬼に憧れているのか、自らを鬼に例えていましたが、大言壮語と言わざるを得ません」

 

「ふむ、君はそう見るか……」

 

 

 確かに自らを鬼に例えていたのが印象に強く残った。が、実力はグレイフィアの見立てを遥かに上回る筈だ。

 僕だけに向けた殺気は本物だった。それに得体の知れないあのプレッシャー……あれが『覇王色の覇気』なのだとすれば、耐えられるのは上級悪魔以上の存在だけ……。

 それに……。

 

 

「……人間界に赤鬼と呼ばれた男がいるのは知っているかい?」

 

「……いえ、聞いたことがありません」

 

 

 僕の問いにグレイフィアは少し考える素振りをして思い当たらなかったのか、首を横に振って答える。

 

 

「今から約1800年前の話だよ。古代中国、後漢の時代にその男は現れた。気や妖術がまだ人の手に多く残っていた時代、黄金時代と僕達の間では呼んでいる」

 

「黄金時代、ですか?」

 

「そう。僕もまだ生まれていない頃の時代だ。伝承で色々残っているけど、かなり強い人間が存在したそうだよ。劉備玄徳や呂布奉先、孫策伯符、夏侯惇元譲、関羽雲長……挙げれば切りがない。彼女達は、一人一人が上級悪魔にも匹敵する力を持っていたとされている」

 

「上級悪魔にも……ですか?それほど昔ならば『神器』も無い筈、信じられません」

 

 

 疑いの眼差しを向けてくるグレイフィアに頷く。

 この事を知っていても信じない者は多い。殆どの悪魔が人間を下等だと、脆く弱い存在だと思っているから当然とも言える話だ。

 

 

「このルシファー城、アジュカがいるベルゼブブ城、セラフォルーのレヴィアタン城、ファルビウムのアスモデウス城に厳重に保管されていた古文書に記載されているんだ」

 

「何故人間の話が魔王城に……?」

 

「その事も書かれていたよ。何でも、各魔王はその昔、人間の戦争を肴にお酒を飲んでいたらしい。その古文書に古代中国の戦争も記載されていた。各魔王が興味を示したのは『天の御遣い』と呼ばれた青年と『赤鬼』と呼ばれた青年だった」

 

「『天の御遣い』は聞いたことがありますが、古代の人間が作り出した与太話では?」

 

「存在したそうだよ。事実、『天の御遣い』は日の光を反射する衣を身に纏っていた、と記載されていたしね。僕達の見解では彼は天から来たのではなく、未来から時を越えて過去に飛んだ人間。そう思っている」

 

「未来から……ですか?」

 

「真実は分からないけど、外れでもないと思うよ。結論から話せば、この二人、『天の御遣い』と『赤鬼』は当時の魔王に匹敵する力を持っていた。『天の御遣い』は黄巾の乱の時に10万の賊を斬り伏せ、『赤鬼』は邪龍を倒してその鱗や角、牙、爪、骨、血肉を干物にして粉末状にしたものを学んだ製法で、自らの刀を鍛えたと記されている。これは人間界でも有名な伝説だよ」

 

「人の身で龍を……?」

 

 

 驚愕に目を見開くグレイフィアに苦笑する。僕もその事には疑いを持っているが、当時の魔王はそれを目で見ているらしい。

『骨龍刀・刃』と『黒龍刀・無限』。一太刀で鎧ごと多くの兵士を斬り裂いた名刀。格闘戦術が主体だった『赤鬼』は、殆どの戦場でこの二振りの刀を抜くことはなかった。

 一瞬にして相手の命を刈り取る二振りを、恐れたからだと人間界には伝わっているが、ここにある古文書には、長く戦を楽しみたかったからだと記載されている。

『赤鬼』が二振りの刀を抜いて全力で戦った相手が、魏に舞い降りた『天の御遣い』北郷一刀。

 三度刃を交え、拳を交えた強者。曹操の懐刀と呼ばれ、鬼神・呂布、仁徳の王・劉備、呉の小覇王・孫策を凌ぎ、実力で『赤鬼』と並ぶ三国の英雄。

 

 

「それで、あの少年とどう繋がりが……?」

 

「……グレイフィア、君には見えなかったのかい?」

 

「見えなかった……とは、何がでしょうか?」

 

 

 僕の言葉の意味が分からず首を傾げるグレイフィア。

 

 

「鬼が見えなかったのかい?」

 

「鬼……ですか?」

 

 

 どうやら本当に見えなかったらしい。

 これは……。

 

 

「彼は『赤鬼・山口(さんこう)』の末裔か……?1800年の時を越えて現代に現れた戦の申し子……」

 

「ルシファー様……?」

 

「グレイフィア、彼には手を出さない方がいいかもしれないよ。下手に突つくと、藪から鬼や龍を呼び出すかもしれない」

 

 

 彼一人だけ……とは限らない。彼の英雄達の子孫が彼の傍にいるかもしれない。

 しかし、彼の後ろに見えた赤い鬼(・・・)、あれは『赤鬼・山口』に恐怖や畏怖の念を持った者に見えると古文書に記載されていた。

 

 

「君に興味が湧いてきたよ。山口宏壱君?」

 

 side out

 

 

 

 

 

 ~おまけ・宏壱が家に帰っての夕食前の風景~

 

「まったく、何を考えているのです! 悪魔の本拠地に、しかも魔王の居城に乗り込むなど!!」

 

「いや、そう言っても愛紗。散歩友達が――「言い訳は後で聞きます! ご自分の浅はかな行動を反省してください!」――……はい……」

 

「では地下に行きますよ」

 

「え……?」

 

「鈴々、星、翠、蒲公英、延耶、要、呉刃、優雪(ゆうしぇ)兄上を徹底的に反省させるのだ! 桃香様……いえ、姉上にもご協力願います」

 

「うん、久し振りにお兄ちゃんと全力で()るのも良いね」

 

「お腹をいっぱい空かせて晩御飯食べるために、全力でやるのだ!!」

 

「相変わらず食い気がすげぇな」

 

「仕方ありませんな、兄者。我々に一声も掛けず冥界などとおもしろ、ゲフンゲフン……危険なところに行かれたのです。容赦はしませんぞ?」

 

「いや、今面白そうって言いかけたよな? ただのやっかみだよな?」

 

「あたしはどっちでも良いけど、やるんなら全力だ!!」

 

「じゃあ辞退――「それは嫌だ」――……そっすか……」

 

「じゃあ、たんぽぽが辞退――「お前は参加な」――……なんで!? お兄様だって嫌がってたじゃん!」

 

「最近、鍛練サボりぎみらしいからな。いっそこの場で鍛え直す。異論は受け付けません」

 

「よろしくお願いします! お師匠様!!」

 

「……ああ、平常運転だな、お前は」

 

「宏壱様、諦めたんっすか?」

 

「……俺も本気を出したいんだよ。久し振りに、な」

 

「がん、ばり、ます」

 

「おう」

 

「お、お手柔らかにお願いしますっ!」

 

「いや、全力だ」

 

「ええぇっ!?」

 

「覚悟は決まりましたね? 全員で一気に叩きのめします」

 

「え゛? ぜん、いん……?」

 

「はい、一人一人では勝ち目がありませんから、全員で全力で掛からせていただきます。魔法も封印です」

 

「聞いてねぇよおおっ!!?」

 

 

 引き摺られて地下室に連れていかれる宏壱の嘆きが、夜の住宅街に響き渡った。




と言うことで第五十九鬼でした。

殴り込みに行った訳ですが、戦闘には発展しませんでした。初めて出会った悪魔が弱かったので宏壱は、それほど実力は離れていないだろうと思っていたようですが、甘いと言わざるを得ませんね~。超越者に勝つには些か実力が足りないと言えます。

さて、次回からは時間が飛んで半年後、その話が終わればいよいよ原作です。次も特に事件らしいことは起きないので4、5話くらいで終わると思います。

では、また次回お会いしましょう。


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第六十鬼~赤鬼来訪~

side~宏壱~

 

[次は~麻帆良~麻帆良~お降りの際は~足元にご注意下さい~]

 

 

 スピーカーから間延びした車掌さんの声が車内に響き渡る。

 この駅で殆どの乗客が降りるようで、降車の準備を始め出す。まぁ、俺もその内の一人なんだが。

 

 

[ご乗車~有り難う御座いました~]

 

 

 そんな車掌さんの声を背中に電車から降りる。

 三時間電車に乗りっぱなしで疲れた。

 凝った肩を手揉みで解しながら改札口へ向かう。かなりの人の数だな。今日は学園祭らしいし、当然か?

 そんなことを思いながら、人の波に流されながら改札口を出る。

 

 

「さて、と。あいつらはどこかね」

 

 

 駅前広場で見知った顔を探す。

 

 

「人が多すぎてなにも見えん」

 

 

 今の俺は『グロウ』を使っていない子供の姿だ。平均身長より高い方だが、大人と比べるとまだ低い。人込みに紛れると、あっという間に姿は隠れてしまうのだ。

 

 

「まぁ、気配を探れば見付けられるか」

 

 

 近くのベンチに腰を下ろして目を閉じる。こう人が多いと、特定の人物を見付けるのは一苦労だ。

 

 

「いた。こっちに近付いてきてるな。俺の魔力を探ったのか?」

 

 

 捉えた探し人の気配が、迷い無くこっちに近づいてくる。

 気配は三つ、内二つは知り合いだ。高い魔力反応と、人に近い気配だが何かが違う反応。そして……ただの人間……? こっち側とは関係ないのか。麻帆良に来て出来た二人の友達か。

 上手くやっているようで何より。

 

 

「探し人は見付かったし、俺も近付きますかね」

 

 

 そう独り言ちて、ベンチから立ち上がる。未だに人は多く行き交い、駅前広場は大賑わいだ。

 

 

「ふっ」

 

 

 その人込みを縫いながら通る。僅かな隙間に入り目の前を通過しても、誰も俺が通ったことに気付かない。

 それほどの速さで風を切り、ステップを踏みながら気配の背後に回る。

 

 

「ん? 足を止めたな。俺が目指す場所から移動した事に気付いたか?」

 

 

 人と人の隙間から僅かに見える三人の少女。

 長い黒髪をストレートに下ろした前髪パッツン少女と、黒髪を左側頭部でポニーテイル……で、いいのか? 何か違う気がするが……ま、まぁ、そんな感じの小学四年生にしては凛々しい顔立ちの少女と、オレンジの長い髪を鈴の付いた髪飾りでツインテールにした少しつり目の気の強そうな少女だ。

 三人とも誰から見ても美少女と呼べる。それだけ顔立ちが整っている。

 しかし、今はその可愛らしい顔を困惑の色に染めていた。

 

 

「お嬢さん方探し物かな?」

 

「「「――っ!?」」」

 

 

 俺が後ろから三人に声を掛けると、ビクッと彼女達は肩を跳ねさせた。

 

 

「何よあんた、急に話し掛けてきて!」

 

 

 即座に反応したオレンジツインテールの少女が威嚇気味に吼える。

 気が強そうだとは思ったが……予想以上だな。まるで猛犬じゃねぇか。

 

 

「あー! 宏壱君やっ! うちら近付いてんの知ってて後ろに回り込んだやろ! 意地悪いなー」

 

「確かに、このちゃんの言う通り趣味が悪いです」

 

 

 俺に気が付いた前髪パッツン少女と左側頭部ポニー少女、木乃香と刹那が恨めしそうに俺を見ていた。

 

 

 

 

 

 現在は六月中旬。

 

 悪魔との邂逅から半年以上の時が流れた。あれから悪魔が海鳴市にちょっかいを掛けてくることはなく、今でもユークリウッドとは良い散歩友達だ。

 相川達には、俺の素性を説明せざるを得なくなったのは言うまでもないだろう。

 転生云々と管理局関連の事は伏せて、俺が魔導師でユークリウッドをどうこうするつもりもない事と、今後もユークリウッドを狙う存在が現れた時は、手を貸すことを約定した。

 相川は信じてくれたが、セラフィムは半信半疑だった。取り合えず相川とユークリウッドが良いなら何も言わない、だそうだ。

 

 後は、管理局の任務に勤しんだり、階級が二等陸尉から一等陸尉に昇級したり、メガーヌさんが一般男性と結婚したり、正月ははやてを家に呼んでのんびりしたり、なのはの誕生日パーティーにお呼ばれしたり(当然大人モードで)、小学四年生に進級したり(咲と相川とはまたも同じクラス)、束がちょくちょく家に泊まりに来たり、士郎さんや恭也、美由希、咲、大輝と鍛練で汗をかいたり(このメンバーと内の女性陣で何度か山籠りもした)、この前は、俺がはやてに出会って二度目の誕生日を祝った。

 そんな感じで管理局員としての日々と、小学生としての日々、魔導師・山口宏壱としての日々を謳歌しながら毎日を過ごしている。

 

 そんな日常の中で、新たな不安の種がこの半年の内に出来上がっていた。

『ブラッド・カルネージ』……広域指名手配されている傭兵集団だ。戦争に関わるとか、どっかのお偉いさんに雇われてボディーガードの真似事をするとかなら良いんだが……局員殺しとか、関係ない一般市民を殺すとか……。かなりイカれた連中で有名らしい。

 だが最近、とある辺境の無人世界で、激しい戦闘の傷跡と、惨殺された『ブラッド・カルネージ』のメンバーの死体が発見された。

 細切れにされた奴、拳の跡が無数に体に刻み込まれた奴、腹に風穴を空けられた奴、頭部だけが弾け飛んだ奴、全身を炭になるまで焼かれた奴……俺も資料を見たが、惨いの一言に尽きた。

 それなりに恨みを買っていた連中だ。復讐したいと思っている奴は幾らでもいる。だが、戦闘の傷跡はあっても実行犯の痕跡がなかったらしいから、犯人探しは難航を極めるだろう。迷宮入りする可能性は極めて高い。

 ただ、俺達を襲ったリカルド・シュレインの死体はなかったらしい。塵に変えられたのか、逃げ切ったのか、慈悲で見逃されたのか……復讐者だった場合それはないか。

 

 閑話休題。

 

 先日、木乃香と刹那から電話が掛かってきた。用件は「麻帆良祭に遊びに来ないか?」というものだった。

 麻帆良学園は、初等部、中等部、高等部、大学部や研究所などの学術機関をはじめ、学生寮や保育園、住宅街、商店街、教会、神社などの各種都市機能までをも集積した超巨大な学園都市。

 その学園都市で毎年六月半ばに、行われる大きな学園祭が麻帆良祭だ。

 この時期になると、毎年新聞やらラジオやらネットニュースやらテレビやらが騒ぎ立てる。

 一度俺も行きたいとは思っていた。特に何かしたいとかではなくて、木乃香と刹那の住む街を見たいというだけの理由なんだけどな。

 そんな経緯があって、俺はこの麻帆良の地に足を付けた。

 

 

「しっかし、すげぇ人だな。ニュースとかで見たことはあるが、毎年こんなもんなのかよ?」

 

「そうですね。去年もこんな感じでした」

 

 

 見渡す限り人、人、人、人のオンパレードだ。人が多すぎて、道路脇に並ぶ出店が見えんぞ。

 ニュースなんかでは、開催期間は三日間なんだが、この間に四十万人を超える来場者と数億の金銭が動くとか言われていた。

 実際に来たことはなかったからな、テレビで大袈裟に誇張しているもんだと思っていたが……嘘偽りなく真実かもしれん。

 

 

「でも、木乃香と刹那さんに男の幼馴染みがいたなんて聞いたことなかったわよ?」

 

「ごめんなー。話す機会あらへんだから」

 

「別に謝らなくても良いけど、背、高くない?」

 

「あはは~、うちもこんなに身長差出来てるて思わへんだわ~」

 

 

 現在の時刻、十時十五分。

 今俺達は麻帆良市内を散策している。特に何か見たいとかはないし、やりたいこともないので自由気ままに歩いているだけだ。

 四人で横に並ぶのは通行人の迷惑になるということで、俺と刹那が前を、その後から木乃香とオレンジツインテールこと神楽坂明日菜、明日菜が付いて歩く。

 まぁ、観光気分って奴だ。

 

 

「今時普通だろ? 良いもん食えてるのが、大きく影響してるらしいけどな」

 

「そんなに良い物を食べてるの?」

 

 

 明日菜は出会った時の険は完全に取れ、笑みさえ浮かべて話し掛けてくる。存外、人懐っこい性格でもあるようだ。

 

 

「料理人がそこら辺の目利きが良いからな。新鮮で旨味のある野菜とか、魚とか、肉とか、な」

 

「料理人って、あんたお金持ちのお坊っちゃまなの!?」

 

 

 食いつくところはそこか?

 いや、確かに母親とかを料理人なんて呼称はしないだろうから、発想は間違っていないのか?

 

 

「あー、でもそうかもしれへんなー。宏壱君っておっきい家に住んでるし。紫苑さんとか、家政婦さんみたいな人もおるしなー」

 

「か、家政婦?」

 

「そうですね。愛紗さんや星さんなんかの凄腕の武芸者も抱えていますし、お金は持っているのではないでしょうか」

 

「ぶ、武芸者? それってボディーガードみたいな人?」

 

「大きく外れてはいないと思います。宏壱さんに必要かどうかは分かりませんが……」

 

 

 夏休みになると、二週間だけ家で武者修業をするのが刹那の毎年の恒例だ。木乃香はその付き添いで、家に来たついでに朱里とか雛里、紫苑、等の調理担当に付いて料理の勉強をしている。

 まぁ、去年の夏休みは殆ど管理局にいたから、二人と顔を会わせたのは初日だけだったけどな。

 

 そんな関係で二人は内の面子と面識がある。刹那はかなり扱かれてるし、木乃香も護身術程度には鍛練を受けているようだ。

 

 

「それを言うなら木乃香の方が凄いけどな。山一個分お前んとこの土地だろ」

 

「ええぇぇっ!?」

 

「すげぇぞ? 何度か行ったことがあるが、メイド風の使用人がお出迎えだからな。因みに俺はメイドとか雇ってないから」

 

「そんなに凄いんだ」

 

 

 知らなかったのか、感嘆の声を上げる明日菜。

 大体は友人が金持ちだと知ると、態度が少し変わったりするんだが、そんなこともなさそうだ。

 

 

「俺の家はちょっと大きめの道場があるくらいだし、門下生は……二人ほど心当たりがあるが、別に流派を教えてるわけでもない」

 

「あんたが教えてるの?」

 

「まぁ、な。さっき刹那が名前を出した愛紗や星、他にも十数人ほど達人レベルの武芸者がいるからな。都合が合えば彼女らにも扱かれている」

 

 

「ふぅん」と相槌を打つ明日菜は、特に話を掘り下げるつもりもなかったのか、木乃香と話を再開して華を咲かせる。

 

 

「今年もお願いしても構いませんか?」

 

「ん?」

 

 

 隣を歩く刹那の言葉に疑問符が浮かぶが、話の流れ的に夏休みの事だろう。

 

 

「ああ、良いぞ。去年ほど忙しくはないだろうし、俺も相手をしてやれると思う」

 

「ありがとうございます」

 

 

 ぺこっ、と軽く頭を下げる刹那に苦笑を返して、歩みを進める。

 どうでも良い話だが、年々愛紗に似てきている気がする。武人気質と言うか、几帳面さと言うか。

 

 ふと、空を見上げる。

 麻帆良に来てずっと感じていた違和感。そろそろ……。

 

 

「鬱陶しくなってきたな」

 

「??……何がですか?」

 

 

 俺の呟きが聞こえたのか、刹那が俺の顔を見ていた。後ろを歩く二人には聞こえなかったようで、話し声は止んでいない。

 

 

「視線が、な」

 

 

 特に隠す意味もない。そんな考えから正直に話すことにした。

 複数感じる視線。空から、路地から、人込みから、建物から、位置は様々だが、監視でもするかのようなねちっこさだ。

 

 

「視線、ですか?」

 

 

 そんな俺の言葉を受けて辺りを見回す刹那だが、分からないのか首を傾げる。

 

 

「せっちゃん、どないしたん?」

 

 

 きょろきょろと、周囲を見回すという怪しい動きをする刹那に気付いた木乃香が声を掛ける。

 

 

「い、いえ、なんでもありません」

 

 

 後ろを振り返って木乃香にそう返したあと、恨めしそうに俺を見る。

 俺は悪くないと思うんだけどな。

 

 

「いい加減うざくなってきた。対処する」

 

 

 呟き、足早にその場を離れる。目指すは大きな気配がする場所、人ならざる者のところだ。

 

 

「あ! ま、待ってください!」

 

「うわっ!? どないしたん、せっちゃん?」

 

「そうよ、急に大きな声を出して、びっくりするじゃない」

 

「す、すみません。ってそうじゃなくて! 宏壱さんは!」

 

「あれ?そう言えばいないわね」

 

「はぐれてしもたんかなー?」

 

「……傍には、いない。この短時間でかなり遠くへ行ったみたいです……」

 

 

 

 

 

 建物の上を駆ける。暫く付いてきていた複数の気配は振り切った。永春さんから聞いていた魔法使いって奴だろう。俺とは根本的に違う、神秘の力を扱う者達。

 この麻帆良自体がそいつ等の……確か、関東魔法協会だったか? それの拠点になっているらしい。

 そんな訳で、麻帆良は魔法関係者が他の地域に比べて圧倒的に多い。歩くだけで一般人の中に複数の魔力反応を感知した。大した力はなさそうだったが……。

 

 

「見えてきたな」

 

 

 正面30m先の建物、その屋上に辺りを忙しなく見回す、ブロンドの長い髪を風に踊らせる小柄な少女。その少女からはミカエルやサーゼクス・ルシファーに近い力を感じる……が、こうして近付かないと分からない。まるで何かに押さえ付けられているような……。

 

 

「覗きとは、趣味が悪いね。お嬢ちゃん」

 

 

 床を蹴って大きく跳び、その少女の背後に着地して声を掛けるのだった。




もう心が折れそうです。
書いてる最中にスマホの電源が勝手に落ちました。再起動だったんですが、書き終わりそうだったのに、半分飛びましたよ。あっはっはっはっはぁ~。
それが二日前の事です。立ち直って書いたはいいものの……最初に書いたものと細部が違うんですよね。どうも同じものは書けなくて……。
最初に書いたものの方が自分的に満足いく仕上がりだったのですけど……。

では、また次回お会いしましょう。


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第六十一鬼~彼女の知る赤鬼~

side~第三者~

 

 宏壱が麻帆良に足を踏み入れた頃、とあるログハウスで『赤鬼』の来訪を感じ取った少女がいた。

 

 

「――っ!?……なん、だ?」

 

 

 戸惑いの声を上げるブロンドの髪をストレートに下ろした少女。このコテージの家主だ。

 

 

「ドウシタ、御主人?」

 

 

 その少女に声を掛ける不気味な人形。口許はニヒルに口角を上げていて、見ようによっては残虐な笑みを浮かべているように見える。

 

 

「何か、入り込んだぞ」

 

 

 男勝りな口調で話す少女の声は震えているようにも聞こえるが、それは恐怖や畏怖の類いではない。整った顔に童女のような笑みを浮かべ、歓喜に打ち震えているのだ。

 

 

「ケケケ、嬉シソウダナ」

 

 

 ケタケタケタと笑う人形は不気味さを更に際立たせる。

 

 

「退屈していたところだ。どんなバカがこの麻帆良に足を踏み入れたか見てやる」

 

 

 酷薄な笑みを浮かべ、玄関へと足を進める少女の名はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。真祖の吸血鬼、裏界隈に於いて有名すぎる賞金首である。

 十年ほど前から、ここ麻帆良に登校地獄なる呪いで縛られている、自他共に認める悪の魔法使いである。

 しかし、その力は呪いの影響で極限までに下げられているのが現状だ。

 

 

「ケケケ、御主人ニ目ヲ付ケラレルナンザ不幸ナ奴ダゼ」

 

 

 またもケタケタケタと笑う人形、名はチャチャゼロ。

 そのチャチャゼロの声を背にエヴァンジェリンは扉を潜り、屋外に足を踏み出した。

 

 

 

 

 

「ふむ……あんな小僧が、これ程までの魔力を内包しているとは」

 

 

 ストレートに下ろしたブロンドの髪と羽織ったマントを靡かせエヴァンジェリンは件の少年、山口宏壱を見下ろしていた。

 見下ろすと言っても、別に宏壱の近くにある建物の屋上からではない。

 彼女は真祖の吸血鬼、1km離れた位置からでも双眼鏡無しに、肉眼で宏壱を捉えることは可能なのだ。

 

 

「しかし、何だこの気配は……」

 

 

 宏壱は自らが持つ魔力、気迫、存在感、それらを抑えることはしていない。

 それは彼自身が世に存在する猛者、怪異に対して、興味を持ち、惹かれているからに他ならない。力は力を呼ぶ。それを理解している彼は自身の本質、『鬼』を隠すことはしない。

 だが、その『鬼』が見える存在は彼に恐れを抱くか、畏怖の念を持った者のみであり、弱者であろうと、強者であろうと、彼をただの『人』として見る者には見えない『鬼』。

 実力を見抜いても見抜いていなくても見ることはできないし、知ることもできない。彼を畏れた者だけが触れることのできる『赤鬼』の一端。

 その一端に触れた者の先に待つものは死か生か……。

 だが、エヴァンジェリンには僅ながらに見えていた。少年の背後に赤い靄のように揺らめく巨躯の存在が。

 

 

「とんでもない奴が入り込んだぞ、ジジイ」

 

 

 この場にいない、しかし、宏壱を監視する第三者に向けて放たれた言葉は風で掻き消される。

 

 エヴァンジェリンが口にしたジジイとは、近衛近右衛門……ここ、麻帆良学園学園長を務め、兼任して関東魔法協会理事も務める老人である。

 実力はかなりのもの。伊達に関東魔法協会理事を務めてはいない。それこそ『赤鬼』の来訪を感じ取るほどの実力は有しているし、彼の危険性は把握できているだろう。

 手を出さないのは、近衛木乃香、孫娘や、近衛詠春、義理の息子から話を聞いたことがあるからだろう。

 故に、監視目的で数人の魔法関係者、魔法先生を付けているだけに止めているのだ。

 

 

「……隠す気などないな、あれは。ふむ、世界には英雄の生まれ変わりがいると聞く。魂を、意志を、記憶を引き継いだ存在、か」

 

 

 エヴァンジェリンは幾度かそんな話を聞いたことがあるようで、宏壱を自分の知る英雄と整合させていく。

 六百年の時を生きる彼女は、世界を旅してきた経験がある。自らの足で歩き、見て、聞いて、触れて、匂いを嗅いでいる。賞金首である彼女は情報を軽んじることはない。

 慢心はあるだろう。油断もするだろう。だが、危機的状況に陥ってもどうにかする実力が、経験が彼女にはあった。

 

 ……しかし、それも中学校に永遠に通わなければならないという、間の抜けた呪いを掛けられていては説得力の欠片もありはしないが……。

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 だからこそ、山口宏壱という存在が異質であり、異常であると認識できた。

 

 

「赤い靄……あれは力の化身か。その身から溢れ出る闘気の塊といったところか……もしも、あの小僧が何らかの英雄の生まれ変わりだとすれば……思い当たるのは」

 

 

 多くの書物を所持し、あらゆる文献をコレクトしている彼女はこの現象に心当たりがあった。実際に見たことはないし(そもそも、彼女が生まれる前の事で、それが当然なのだが)、それを生で見たことがあるという者達は既にこの世にいない。

 よって、彼女の知識は文献頼りになってしまう上に諸説あるもので、確かな情報とは言えない。

 だがそれでも、彼女が思い至ったのは『赤鬼・山口(さんこう)』である。山口(さんこう)の代名詞である『赤鬼』とは、背後に顕現する赤い肌とくすんだ桃色の髪をした筋骨隆々の大男の事だ。

 文献では、猫のようなスリットの黒い瞳に白目は部分は黄色、口は耳近くまで大きく裂け、噛み合うように生えた牙はノコギリのようにギザギザだ、と記されていて、記載された姿絵は凶悪な鬼そのものだ。

 エヴァンジェリンにそこまではっきりと見えている訳ではないが、ぼんやりとだけでも見えているのなら、彼女は宏壱の本質()を一目で見抜いたと言って良い。

 

 

「……『赤鬼・山口(さんこう)』……化け物揃いで、黄金時代と呼ばれた漢王朝末期に頭ひとつ飛び抜けた本物の化け物。多くの伝説を残した男。そいつの末裔か、或いは……」

 

 

 ゆっくりと口の中で転がした「転生者か」と呟くエヴァンジェリンの声に迷いはなく、後者であると半ば確信していた。

 子孫であったとしても、十歳前後の年齢で『赤鬼』を顕現させられるとは思えないし、その方法が現代まで語り継がれている可能性は低い。そもそも、()の英雄以外に『赤鬼』を顕現させられる者が存在したという記述はない。

 実の子であれ弟子であれ、それに成功した者はいないのだ。

 例外として『天の御遣い』が一対の白く輝く翼を持ち白き衣を纏った美丈夫、『天使』を顕現させたことも文献に記されていたが、『天の御遣い』以外がそれを可能にした、という記述もない。

 

 

「生涯現役で享年八十歳。その最後は何処からともなく現れた十万の軍勢を、たった一人で食い止めて皆殺しにした」

 

 

 エヴァンジェリンが呟いたのは、『山口(さんこう)宏善(こうぜん)』の最期である。

 何処からともなく現れた十万の軍勢。それは妖術の類いか、別の何かか……。その軍勢は先遣隊に過ぎず、後に五十万の雑兵が加えられ三国(この時期は既に統合され一国となっていて、国号は郷とされていた)との戦争に発展した。

 戦争を知らない世代が多くなった郷軍だが、山口(さんこう)を初めとする老兵が鍛練を怠らなかったことが幸いして、辛くも国への侵入を許すことはなかった。

 しかし、敵軍がどの国の差し金か、目的は? 意図は? 全てが謎のままである。

 

 

「……本当にあの小僧がそうだとすれば――っ!?」

 

 

 思い至った事に戦慄して、頬から冷や汗が伝い顎先から一滴落ちて床を濡らした。

 その音が聞こえたかのように、空を仰いだ宏壱と視線が合ったのだ。偶々ではない。1km離れた距離で確りとエヴァンジェリンの位置を完璧に把握しているのだ。

 数秒間、視線をそらすことができない。よく見れば赤の混じった黒い瞳に射竦められ身動ぎ出来ない。

 

 

――鬱陶しくなってきたな。

 

 

 宏壱が放った言葉だ。エヴァンジェリンは読唇術を身に付けている。だからこそ、その唇の動きで宏壱が言った言葉を理解できた。

 しかし声でも掛けられたのか、直ぐに顔を空から横を歩く少女に移す。

 

 

「あれは……」

 

 

 宏壱にばかり向いていたエヴァンジェリンの意識が、傍を歩く少女達に向く。

 近衛木乃香と桜咲刹那……どちらも小学四年生で若いが、将来性のある魔法生徒だ。と言っても刹那は魔法を扱えないが……。

 だが、二人と接点があるのだとすれば、宏壱が魔法関係者、或は裏事情に精通した人物であることは疑う余地もない。

 

 

「――っ!?」

 

 

 エヴァンジェリンは驚愕して目を見開いた。

 一瞬だ。木乃香達に意識を向けたのは二、三秒ほどだけ……。その一瞬で宏壱の姿が消えたのだ。

 監視していた魔法先生もそこにはいない。宏壱を追ったのだ。その気配を辿れば……。

 その事に瞬時に思い至ったエヴァンジェリンは流石と言える。だが、その時には既に魔法先生は宏壱の姿を見失い、右往左往していた。

 

 

「ちっ……役立たず共め」

 

 

 悪態を吐くエヴァンジェリン。しかし、彼らを責めることは出来ないだろう。なにせ、宏壱は剃と月歩を駆使して彼らを突き離したのだから。

 

 

「何処に行った……まさかっ」

 

 

 何処に意識を向けても宏壱の姿が見えない。そこでエヴァンジェリンは気が付く。彼は何を見てその場を離れた?

 そこに至れば答えは簡単だった。

 

 

「覗きとは、趣味が悪いね。お嬢ちゃん」

 

「――っ!?」

 

 

 突如音もなく背後に出現した強大な気配。声を掛けられるまで接近されていたことに気付けなかった。

 エヴァンジェリンが宏壱を見失って一分も経っていないのだ。そんな短時間でこれだけの距離を潰しされた。

 

 

(これは愈々(いよいよ)以て本物か……)

 

 

 正真正銘の化け物。悪魔や天使、堕天使、妖怪、吸血鬼、獣人、神、魔王……あらゆる存在がいる中で、知る者には彼の英雄こそが真の化け物だと囁かれる存在。

 それが、振り返ったエヴァンジェリンの前に何の気負いもなく立っていた。

 悔やまれるのは好奇心でこの場に来たことだが、それは既に考えても詮なき事である。

 

 だが、宏壱は宏壱で、エヴァンジェリンの顔を見て、どこか惚けた表情をしていた事は思考を巡らす彼女には気付けないことであったが。

 

side out




宏壱の恋姫時代はこんな感じで小出ししていきます。
郷を襲った謎の軍勢もかなり後に、進行してきた理由が出てきます。今は語れませんが……。

では、また次回お会いしましょう。


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第六十二鬼~魔法使い邂逅~

side~宏壱~

 

「覗きとは、趣味が悪いね。お嬢ちゃん」

 

「――っ!?」

 

 

 俺の声に反応して勢いよく振り返った少女の瞳は水晶のように青く、病的なまでの肌の白さと整った顔立ちは西洋人形のようだ。

 

 

「……貴様、いつの間に」

 

「――っ」

 

 

 少女の発した言葉で我に返る。

 桃香や愛紗、なのは、咲達のような多くの美女、美少女、美幼女を見てきた。

 絶世、そんな言葉を頭に付けるのは身内贔屓かもしれんが、俺の目には彼女達はそう映っている。

 だが、目の前の少女は俺が知る中でもずば抜けている。

 思い返せば、俺が見てきたのは東洋系の美人、目の前にいるのは欧米系の美人だ。

 ミッド人は確かに欧米系の顔をしている人が多いが、ここまで整った美人は知らない。

 要約すると、俺は彼女に見惚れていた。

 

 

「……聞いているのか、貴様っ!」

 

「……わ、悪い。聞いてなかった」

 

「くっ! この私を虚仮にしているのか!」

 

 

 怒りからか、彼女は白磁のような肌を紅潮させ声を荒げる。

 

 

「そんなつもりはない。それで、俺に何か用か?」

 

 

 内心の動揺を表に出さず、言ってのける。これは年の功ってやつだな。長い年月を経て、それなりに腹芸はできるのだ。

 

 

「……ふぅ……貴様は何者だ」

 

 

 気を落ち着けるように軽く息を吐いてキッと俺を睨め付ける。

 

 ……綺麗だ。じゃなくて。

 

 

「何の話か分からんな」

 

「惚けるな。貴様が放つ覇気に気付かないとでも思ったか」

 

 

 声も綺麗なんだな。聞いていて心地良い……じゃねぇよ。何だ? さっきから思考が変な方向に逸れるぞ。

 

 

「……魔導師だ」

 

 

 自分の感情の変化に戸惑いながら受け答えする。

 

 

「魔導師……だと? 魔法使いの事か?」

 

「その解釈で間違いない」

 

 

 これは……魅了(チャーム)、か? いや、それはないか。堂々とした佇まいに誇り、絶対的な自信がその綺麗な瞳から窺える。

 ……さっきから綺麗、綺麗、綺麗うるせぇな。それしか言えんのか!

 ……だが、まさか、この感情は……。

 

 

「……? 何故そこで顔を赤く染める?」

 

 

 ブロンドの少女は訝しげに眉を寄せる。自分の感情に気が付いた俺の顔は、赤くなっているらしい。

 この感情は、桃香や愛紗達に向けるものと全く同じものだ。

 ……一目惚れかよ。

 

 

「チッ……何なんだ貴様は」

 

「いや、すまん。真面目にやる」

 

 

 取り合えず落ち着け。COOLになれ俺。COOLに。

 

 

「……で、そう言うお嬢ちゃんは何者だ? 人……じゃねぇよな?」

 

 

 その言葉を受けて少女の目が細められる。値踏みでもされている気分だ。……悪くない。

 ……うん、諦めたね。目の前の少女の一挙手一投足が可憐で優雅に見える。二百年近い時の中で、一目惚れなんて初めてだぞ、クソが!

 

 

「お嬢ちゃんは止めろ……。私を知らないのか……? この『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』を!!」

 

「……」

 

 

 非常になだらかな胸を張って声高に名乗る少女が微笑ましい。

 

 

「貴様っ! 何を笑っている!!」

 

 

 顔を赤くして声を荒げる少女。和んでいたのが顔に出ていたらしい。

 

 

「いや、何でもない。ただ、気に入ってるんだな。と思っただけだ。……で?その『闇の福音』さんが俺に何の用ですかね?」

 

 

 話題転換も兼ねて、そう話を振る。

 

 

「ふんっ、分かりきったことを……『赤鬼』を見に来たに決まっているだろう?」

 

「……」

 

 

 思ってもなかった答えが返ってきて驚いた。

 俺を知っている?確かに要所要所で『赤鬼』と口に出す事は間々あるが……。

 どうしたものか……。

 

 

「その赤鬼ってのは?」

 

 

 取り合えず惚けてみることにした。知られてどうこうって事はないが、情報源みたいなのがあるなら知っておきたい。

 火の粉が俺に降り掛かるだけならいいが、それがなのはやすずか、今日知り合った明日菜にまで被害が行くのなら対処しておきたい。

 世の中には、本人に敵わないから親しい人達に目を向ける奴もいるのだ。

 

 

「知れたことを……貴様の背後で揺らめく存在を見れば、大方の見当がつく」

 

 

 つまり、目の前の少女には『赤鬼』が見えている。しかもこいつに関する知識まであるってことか……。

 嘘を言っている可能性もなくはないが……どうにも疑う気になれない。

 

 

「……」

 

(だんま)りか……ならば貴様の口から肯定の意を吐かせてやろう」

 

 

 ニヤリと不敵な笑みを見せた少女の言葉と同時に、濃密な気迫が空気に伝播して届き、俺の肌を刺す。一発で人の意識を刈ることができる程の濃度だ。

 いつの間にかバトルフラグが立っていた。思慮深く見えて、案外短慮で短絡的らしい。

 いや、それだけ自分の力に自信があるってことか。

 だが……。

 

 

「……出来るのか? 縛り付けられたその身で」

 

「ふんっ……なにも魔力の総量や膂力だけが全てではない。やりようは幾らでも……チッ」

 

 

 少女はそこで言葉を切って舌打ちをする。どうやら撒いた連中に追い付かれたようだ。

 周囲を見渡せば、数十人の男女が、少し離れた建造物の屋上で各々の武器を身構えて、俺と少女を包囲している。

 少女も警戒対象になっているらしいな。

 

 

「少年、学園長がお呼びだ。ご同行願おう」

 

 

 俺の背後から、眼鏡を掛けた褐色肌の男が右手に持った拳銃を突き付けながら言ってくる。

 

 

「……人にものを頼む時は頭を下げろ若造」

 

 

 振り返って言葉を返す。俺の血管がこめかみの皮膚を持ち上げ、ドクッドクッと脈打つのが分かる。

 あんまりな態度にムカついた。ものを頼むのに武器を突き付ける奴がいるか? それは願うんじゃなくて、強制するって言うんだよ。

 

 

「……学園長がお呼びだ」

 

 

 若造の部分でこめかみを引くつかせながらも、再度の呼び掛け。

 俺が同行の意思を見せないことで、包囲している連中の気が高まった。

 こんなところでおっ始めるつもりか、こいつ等。眼下には一般人がいるんだぞ。

 

 

「それしか言えんのか《無限、連中と少女を巻き込んで結界を張れ。木乃香と刹那は外せよ》」

 

《御意》

 

 

 声に怒気を含めて放ちながら、同時に念話で無限に結界を張るように指示を出す。

 直ぐに周囲から色が抜けた。木乃香と刹那なら結界の展開を感知したかもしれんが、今のあいつらの実力で俺の結界を破るのは無理だ。

 明日菜もまだ傍にいる筈だしな。

 

 

『――っ!?』

 

 

 息を呑む音が響く。狼狽えて喚き散らさないのは、それなりに場数を踏んでいる証拠だ。周囲を見渡したり、眼下を覗いてみたり、携帯端末を開いたり、空を仰いだり、俺と少女を気にしながら状況の確認を行う。

 術者が俺であることも理解している。冷静な判断、素早い状況把握、練度はそれなりらしいな。まぁ、関係ない。

 

 

「少年、何をし――ぐあっ!?」

 

 

 言葉を言い切る前に体をくの字に折って吹っ飛ぶクロ眼鏡。そのままの勢いで、吹っ飛ぶ先の建造物の窓ガラスを割り、姿が見えなくなった。

 

 

「ガンドルフィーニ先生!!」

 

 

 誰かが叫ぶ。ただ単純にクロ眼鏡の腹を右拳で軽くぶん殴っただけなのにな。

 

 

「誰でも良い、掛かってこい」

 

 

 掌を空に向けた状態で、人差し指と中指を野太刀を持った一人の長い髪をストレートに下ろした女に向けて、挑発するようにちょいちょいと二度、三度と曲げる。

 

 

「――っ! 嘗めないでくださいっ!!」

 

 

 白を基調としたスーツを着たその女が跳び上がり、手に持つ野太刀を振り上げて斬り掛かってくる。

 

 

「刃」

 

《御意》

 

 

 軽く言葉を掛ければ、刃は念話で短く返答する。首に掛けてある二つの十字架のネックレス、その内の一つが一瞬の発光を見せ、それが収まると俺の左手には潔白の刀身を持つ刀、『骨龍刀・刃』が納まっていた。

 

 

「神鳴流・斬岩剣!!」

 

 

 力強く斬り下ろされた野太刀を刃で受け止める。

 踏ん張った足元のコンクリートが、ミシッと軋みを上げて亀裂を走らせる。

 

 

「重いな……」

 

 

 中々に重たい一撃だ。女の細腕から放たれた一撃とは思えんね。

 

 

「くっ……!(重たいっ……何て頑強さですか!? まるで山じゃないですか!!)」

 

 

 女はそのまま斬り込んでくることはせず、後ろに跳躍して距離を取る。

 

 

「魔法の射手!! 火の11矢!!」

 

 

 鋭く男の声が響く。日本語じゃないな。何かの呪文か……?

 

 

「……っと」

 

 

 咄嗟に上体を後ろに反らすと、複数の熱源が俺の頭があった位置を、空気を焦がしながら右から左へ通過する。

 

 

「火の……矢?」

 

 

 俺の目にはそう映った。

 

 

「……頭を狙うとは凶悪だな。ご同行とか言っといて、殺す気かよ」

 

 

 女の起動は腕に向けてだった。しかも浅く斬る程度。殺す気がないのは明白だ。だが、今のは確実に俺の命を取りに来ていた。

 

 

《あり得ませんね》

 

《然り。任務を履き違えているようです》

 

 

 俺の呟きに刃と無限が念話で答える。

 体の向きを野太刀を持った女から、火の矢を放った男に変える。

 平凡な顔に萎れたスーツを着た若い男だ。その右手には魔法使いが持つような杖が握られている。年季は感じない。真新しいものだろう。それと……。

 

 

「戦場に立って浅いな。もしかして……今回が初陣か?」

 

 

 さっき思ったことに当てはまらない奴もいるらしい。

 

 

「何をしてるんだっ! 学園長の下まで連れていくのが俺達の仕事だぞっ!!」

 

「仕方ないでしょっ! ガンドルフィーニ先生がやられたんです! やり返さないとっ!!」

 

 

 話を聞くに、俺を攻撃した男はどうやら若手らしい。ともすれば、裏側に首を突っ込んだのは最近か?

 管理局員の研究者も、目の前の男と似たような目をする時がある。最新のプロジェクターの試運転の時とか、最新型のデバイスのテストの時とかな。となると……得た力を試してみたかったとか……?

 

 俺を……実験台に……した?

 

 

「む……? これは離れた方が良いか? 」

 

 

 そんな少女の呟きが聞こえ、直ぐに気配が遠ざかる。彼女に戦意はない。気にする必要性はゼロだ。

 

 

「そっちが火の矢ってんなら……こっちは槍だ!!」

 

 

 刃を持っていない右手に現れたのは炎の槍。轟々と燃え揺る熱き炎槍。ちっぽけな矢とはサイズも威力も違う。

 

 

「炎神槍!!」

 

 

 投げ放たれた炎の槍は、男の知覚を超える速度で迫り、若い男に悲鳴も上げさせずに爆発、後に――ゴオオオォォォッッ!!!――火柱を上げた。

 5mほどの高さまで渦巻き状に舞い上がる炎の柱に言葉もでないほど唖然とする他の連中。当然、非殺傷設定にしてある。少し火傷はしているだろうが、命に別状はない。

 

 

「まだ終わりじゃないぞっ! 俺を嘗めくさったテメェらに目にもの見せてやる!!」

 

 

 右腕を伸ばし、親指、人差し指、中指を伸ばして薬指と小指は握りこむ。

 

 

「炎龍・操傀(そうく)!!」

 

 

 伸ばした右腕の肘を曲げ空に向けて突き上げる。すると、火柱は龍の形を持つ。ワニのように鼻が伸び、目の部分は窪み、鼻先からは左右に一本ずつひょろひょろと髭がたゆたう。

 龍らしさはそこまでで、首から下は蛇のようにうねうねと動くだけで、前足も鱗も角もない。

 

 

『――っ!?』

 

 

 だが、迫力は十分だ。勿論威力も、な!!

 

 

「喰らえっ!!」

 

『う、うわああああっ!!?』

 

 

 炎龍は鎌首を擡げ、周囲にいる奴等に襲い掛かる。

 迫る炎龍に恐怖の色を顔に張り付け逃げ惑う連中。離れれば逃げ切れると思ったか? 甘いな。

 炎龍・操傀は右手の動きだけで思い通りに操ることのできる操作性のある範囲攻撃だ。逃がすはずもない。

 

 

「術者を倒せば問題ありません!」

 

 

 炎龍を躱して、さっきの女剣士が迫る。

 確かに俺を打ち倒せば炎龍は止まるが……。

 

 

「そう簡単に近付けさせるわけないだろ」

 

 

 右手の親指を二度、三度と弾いていく。合計で三十四回弾いた。

 すると炎龍の背に当たる部分から炎弾が空に向かって吐き出せれ、俺に迫る女剣士に上空から降り注ぐ。その数、三十四個。

 その間にも逃げ惑う連中を炎龍が追い、食らう。

 

 

「……っ!!」

 

 

 小さな吐息と共に女剣士が加速する。着弾するよりも速く駆け抜ける気か。

 

 

「させるか!」

 

 

 俺のレアスキルの一つ『重力操作(グラヴィティコントロール)』で炎弾のみに負荷を掛け、落下速度を上げる。

 けっして相手には使わない。理由は簡単だ。楽しくないから。動きの遅くなった相手と戦ってもシラケるだけだ。

 

 

「――っ!?」

 

 

 ――ドドドドォォォォンンンッ!!!――着弾。三十四個もの炎弾が、周囲の建造物を粉々に粉砕して爆炎と爆塵を舞わせる。何人かも巻き込まれたな。

 

 

「――っ!!」

 

「へぇ……あれを抜けるか。他の連中とは一味違うな」

 

 

 だが、それらを女剣士は突破した。

 俺のいる建物の屋上に着地、足を止めずに肉薄する。

 

 

「神鳴流・雷鳴剣!!」

 

 

 バリィッ、と野太刀が放電する。電気を帯びているらしい。

 その帯電した野太刀を顔の位置で水平に構えて腕を引く。突きの構えだ。

 駆けながらでよくやる。重心が一切ぶれていない。かなりの熟練者だな。

 

 

「刃、炎龍の操作は任せた」

 

《御意》

 

 

 炎龍は、実は必ずしも俺自身が操る必要はなく、刃が操ることもできる。感覚で言えば、マニュアル操作からオート操作に切り替える感じだな。

 

 

「はあっ!!」

 

「ほっ」

 

 

 俺の左肩に向かって鋭く放たれた突きを、刃を下から当てて逸らす。

 

 

「せやっ!」

 

 

 俺から見て左に回転。野太刀を振り上げて袈裟斬りに右から斬り下ろす。

 俺が右腕を使えないと思っての行動だろう。確かにその判断は間違っていない。……まぁ、炎龍を俺が操っていた場合は、な。

 操作を刃に任せた今は、関係ない。

 

 

「部分鉄塊・右腕」

 

 

 女の野太刀を右手で掴んで受け止める。

 

 

「なっ!?」

 

「残念でした」

 

 

 目を見開く女の腹部に刃をぶち当てる。

 

 

「ぐぅっ!?」

 

 

 吹き飛ばす威力ではあったものの、女が野太刀を離さなかったためにその場で崩れ落ちた。

 驚きで筋肉が硬直して、手が離れなかったと見える。

 刃は付いているが、殺傷設定でもない限りは刃や無限で生物を切り刻むことは不可能だ。これが魔力刃なら話は違うんだが、刃と無限は実体がある。と言うのも変だが、確りと質量がある。だから非殺傷設定時は、刀ではなく、鈍器、棍棒のような役目になる。

 何が言いたいかと言うと……。

 

 

「青痣くらいにはなるだろうが、死にやしねぇから安心しろ」

 

 

 そういうことである。

 

 

「くっ……うぅ」

 

 

 伏した女に一言そう声を掛け、辺りを見回す。

 未だ逃げ惑う連中を炎龍が追い掛ける。俺がさっきやったように炎弾を空に打ち上げ、豪雨のように降り注がせる。枝分かれして連中を追う。結界内とはいえ、街がどんどん火の手に包まれていく光景は、世界最後の日を思わせる地獄絵図だ。

 

 

「やり過ぎたか?」

 

 

 結界内、しかも俺の背後に現れた気配に声を掛ける。飄々としているが底が全く見えない。そんな奇妙な気配だった。少なくとも、この場にいる連中よりは遥かに強い。それだけは分かる。

 

 

「……やり過ぎじゃわい」

 

 

 気配が答える。貫禄のある声だ。それなりの歳なんだろう。

 

 

「がく……えん……ちょう」

 

 

 倒れ伏す女がその人物を見て、途切れながらも声を上げる。

 

 

「学園長……だと?」

 

 

 向けていなかった顔を現れた人物に向け、その姿を視界に捉え……驚愕に目を見開く。

 

 

「なんじゃ、その目は」

 

「まさか、妖怪が人の子に勉学を教える者の頂点にいるとは……」

 

「なんの話じゃ。ワシは人間じゃぞ」

 

「……な、に? そうか! 何百年と生きて妖怪に……!」

 

「それも違うわ! ワシはれっきとした人間じゃ! 生物学上もなっ!!」

 

「!!?」

 

「その、有り得んものを見る目をやめい!」

 

 

 驚いた。こんな頭部の長い人間がいるとは……。

 

 

「世の中不思議がいっぱいだな」

 

「同感だ。だが、それは貴様にも言えることだがな」

 

 

 炎龍の被害を受けないように戻ってきた少女が、爛々と目を輝かせて言う。

 

 

「貴様じゃない、山口宏壱だ」

 

「……ふん、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ『赤鬼・山口(さんこう)』」

 

 

 ニヤリと笑って言う少女、エヴァンジェリン。どうやら俺の事を完全に見抜いたらしい。

 まぁ、不敵な笑顔が可愛いから許す。何を許すかは知らんが。

 

 

「ふむ……それらも加えて話を聞かせてくれんかの?」

 

 

 一瞬の思考を経て、じいさんはそう提案した。歳に似合わず……いや、この歳だからこそ放てる気迫を放ちながらだ。普通の奴なら抵抗する気も起きないだろう。普通の奴なら、な。

 

 

「ま、良いか《刃、炎龍を消せ》」

 

《御意》

 

 

 暴れ回り大火災を引き起こしていた炎龍は一瞬で霧散、姿を消した。

 

 

「皆の命に別状は無いようじゃの」

 

 

 ホッと息を吐くじいさんを横目に刃をネックレスに戻す。エヴァンジェリンはそんな俺の行動に更に目を輝かせていた。

 

 

「それでは、来てくれるかの? こちらで話し合いの場は設けておるのでの」

 

「了解した《無限、結界を解いてくれ》」

 

《御意》

 

 

 念話で無限に結界を解くように頼むと、直ぐに世界が色を取り戻す。

 粉々に崩壊した建造物も、世界を包んでいた炎の海も、全ての戦い(蹂躙?)の跡形が消え去った。

 眼下では学園祭を楽しむ人々に、何事もなかったように聳え立つ建造物があるだけ。変わったことなど何もなかった。

 

 

「不思議な魔法じゃのう」

 

 

 染々と呟くじいさん。分からんでもないが……。

 

 

「「じいさんが言うな/ジジイが言うな」」

 

 

 俺とエヴァンジェリンの声がハモった。

 何はともあれ、次は話し合いか……ドンパチやってる方が楽なんだけどな。




ガンドルフィーニ先生?炎弾に巻き込まれましたよ、ええ。

魔法を使ったのは名も無き新人君だけ。まともな戦闘を行ったのは、神鳴流の彼女だけ。
十歳の少年に為す術なく蹂躙される彼ら。
……多くの魔法先生にトラウマを残した気がする。


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第六十三鬼~学園長の事情~

side~宏壱~

 

「で、話ってのは?」

 

「うむ、本題に入る前に、まずは自己紹介から始めようかの」

 

 

 じいさんが居住まいをただして言う。

 その言葉を受けて、じいさんが誰かも知らないことを思い出した。知っている事と言えば、学園都市・麻帆良の統括長、謂わば最高責任者だってことくらいか。

 

 

「麻帆良学園学園長を務める近衛 近右衛門じゃ」

 

 

 向かいのソファーに座るじいさん、近衛 近右衛門が名乗りと同時に軽く頭を下げる。

 

 

「……ん? 近衛?」

 

 

 じいさんの名字に引っ掛かりを覚える。

 

 

「うむ。木乃香を知っておるじゃろ?」

 

「ああ」

 

 

 木乃香の名前で疑問が解消された。そういえば近衛が名字だっけか。

 

 

「木乃香はワシの孫娘じゃ」

 

「へぇ~……ってことは、詠春さんは」

 

「ワシの義理の息子になるのう」

 

 

 義理ってことはじいさんの娘さんが嫁いだ? あ、違うか。じいさんが近衛で詠春さんも近衛だから、詠春さんが婿養子なのか。

 

 

「ってことは、俺の事も?」

 

「うむ、聞いとるよ。木乃香と刹那くんの命を救ってくれたそうじゃな。京妖怪との協定締結にも貢献してくれたようじゃしのう」

 

「……ほう」

 

 

 近右衛門のじいさんの言葉に興味を示したのは、輝くブロンドの髪をストレートに下ろした少女、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ。

 この部屋、麻帆良学園本校女子中等部にある学園長室。そこで机を挟んで向かい合わせになった三人掛けの片方のソファーに俺とエヴァンジェリンが並んで座り、向かい側には近衛 近右衛門のじいさんが座っている。

 机の上には、小皿に盛られたお茶請けのせんべい(しょうゆ)と、冷たいお茶の入った湯飲みが俺達の前に一つずつある。

 

 

「知っているだろうが改めて……山口 宏壱だ。しがない魔導師をしている」

 

 

 俺もじいさんに倣い居住まいを正して、自分を紹介する時の決まり文句になりつつある言葉を言う。

 

 

「ほっほっほ、しがないとはよく言うのう。あれほどの力を有しておるというのに」

 

 

 愉快そうに髭を揺らして笑うじいさん。好好爺然とした朗らかな笑いだ。

 

 

「鍛練の賜物ってな。じいさんも俺が張った結界に簡単に入ってきたな。それなりに固い筈だぞ」

 

「うむ、難解な術式じゃった。使われとる言語はドイツ語に近いものじゃったが、子細が違っていてのう」

 

 

 それを自力で解いたあんたはスゲェよ。そう思わずにはいられなかった。

 

 

「確かに、妙な魔法ではあったな。貴様の使う魔法はどうも私の知るものとは異なる。そこら辺を詳しく聞かせろ」

 

 

 水晶のような瞳を輝かせて俺を見るエヴァンジェリン。

 聞かせろ、と来たか。昔から命令されるのが好きじゃなかったんだが、彼女に言われると、そんなに嫌な感じがしないのはどうしてなんだろうな?

 

 

「んー……まぁ、説明するのは別に良いんだけど。じいさんの話を聞いてからだな」

 

「……言質は取ったぞ」

 

「おう」

 

 

 そこで満足したのか、腕を組んで沈黙するエヴァンジェリン。

 守秘義務は当然ある。だから、管理局がとか次元世界とかの話はなしで、リンカーコアとデバイスの説明だけすれば良いだろう。

 そこまでならギリギリセーフじゃないかと思うんだ。

 

 

《ギリギリアウトだと思います、御主君》

 

「《ナチュラルに心を読むな、無限》んで、じいさんが俺を呼んだ理由は?」

 

 

 念話でツッコミを入れてきた無限に返しながら、改めてじいさんに話を促す。

 

 

「そうじゃの、ワシもお主の魔法が気にるが、先に用件を済ませてからでも遅くはないじゃろう」

 

 

 こほん、と咳払いをしてじいさんは机に頭がつきそうなほど深々と下げる。

 

 

「じ、じいさん? 急にどうした……?」

 

 

 そんなじいさんの行動に、頭を下げられた俺と、見ていたエヴァンジェリンは戸惑う。頭を下げられる覚えがないからだ。

 

 

「孫と孫の友達を救ってくれてありがとう」

 

 

 じいさんは頭を上げずに続ける。

 

 

「お主がおらなんだら、木乃香と刹那くんはこの世におるまい。今、あの娘達が笑っていられるのはお主のお陰じゃ。本当にありがとう」

 

「……」

 

 

 今、俺の目の前にいるのは、孫を想う一人の祖父。学園長としての肩書きなんかはなく、近衛 木乃香の祖父、近衛 近右衛門だった。

 

 

「何年も前の話だぞ。それに、居合わせたのは偶々だ」

 

「じゃが、その偶々に木乃香と刹那くんは救われたのじゃ。偶然と言えばそうじゃろう。しかしじゃ、それが起きたのじゃ。運命とも必然とも呼べる、確かな事実で真実なのじゃ。じゃから言わせてほしい、ありがとう」

 

 

 真摯な言葉だった。最初の印象は飄々としたじいさんって感じだったが、その誠実さは先の印象を俺に改めさせるには十分だった。

 

 

「はぁ……頭を上げてくれ、じいさん」

 

 

 俺が溜め息を吐きそう促すと、じいさんはゆっくりと頭を上げる。

 

 

「どういたしまして。その感謝の言葉を受け取るよ」

 

「うむ、そうしてくれるとワシも嬉しい限りじゃ。最近の若いもんは変なところで遠慮しよるからのう」

 

 

 そう言って「ほっほっほ」と笑うじいさんに、さっきの誠意さはなく飄々とした雰囲気の好好爺に戻っていた。

 切り替えが上手いな。

 

 

「まぁ、もうこの話は良いんじゃないか?」

 

「そうじゃの。長引かせても何の益にもならんしの」

 

 

 この話はもう止めだと互いに決め込んで、話題を転換しようと思い、気になっていたことを聞くことにする。

 

 

「なら――「それよりも、あいつ等は何で俺を襲ってきたんだ? ここはそういう方針か?」――…………」

 

「……ん? エヴァンジェリン、どうした?」

 

 

 何やら苦い表情で俺を恨めしそうに見るエヴァンジェリンに問う。

 

 

「ふんっ……」

 

「???」

 

 

 腕を組んで不貞腐れるエヴァンジェリンに首を傾げる。じいさんはそんな俺達を「ほっほっほ」と笑って見ていた。

 

 

「それで、どういうことだ?」

 

 

 気にしても無駄だろうと断じて、気になっていた事……と言うよりも、事と次第によってはこのじいさんとドンパチしなくちゃならなくなる。さっきの話は抜きにして、だ。それはそれ、これはこれというやつだな。

 器が小さいとか、そんなしょうも無い事で……と思われるかもしれないが、俺にも矜持ってもんがある。嘗められて黙っていられるほど人間できちゃいない。

 

 

「それはすまなんだのう。ガンドルフィーニくんは少しばかり頭が固くて、外部の人間には強く当たりすぎる嫌いがあるのじゃ。腕は良いのじゃが、その凝り固まった思考が彼の視野を狭くしておるんじゃ」

 

「あのガキ一人に限ったことじゃねぇよ。この学園にいる裏側の連中の殆どがあんな感じだろ」

 

 

 狭い視野と思考の停滞。リンカーコアの事を知らないまでも、炎と見れば水で対処するとか、風向きで勢いを削ぐとか、或は進行方向を変えるとか、氷魔法で凍結させるとか、色々できた筈だ。そういったことができるのは木乃香から聞いている。

 まぁ、水だろうが風だろうが氷だろうがその他の何かであろうが、余裕を持って当たれば対処するのは難しくない。

 

 

「否定できんのう。お主と交流のある木乃香と刹那くんは柔軟な思考を持っておるが、それ以外の者達は如何せん英雄を盲信しておる」

 

「……英雄?」

 

「そうじゃ。ワシ等の使う魔法は、ここではない別の世界、『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』が発祥での」

 

「むん……何だって?」

 

 

 よく分からない言葉が出てきて聞き取れなかった。

 

 

「『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』じゃ。直訳すれば魔法世界じゃよ」

 

「なるほど……その世界が、じいさんとかさっきの連中が使う魔法の発祥の地、って事か?」

 

「うむ、そういう事じゃの。ただ、ラテン語を主体としておるからの~。この世界の古代ローマ人、しかも魔法使いが『魔法世界』にたまたま流れ着いて広まっただけかもしれん」

 

「何だ、結局分からないってことか。……それが英雄とどう繋がるんだ?」

 

 

 興味深い話ではあるが、深く掘り下げると脱線する可能性が出てくるからな。話の軌道を修正して、じいさんに続きを促す。

 

 

「簡単な話じゃ。『魔法世界』で十五年ほど前に戦争があった。その戦争で活躍したのが『赤き翼(アラルブラ)』じゃった。『赤き翼』は戦争を終決させた立役者でもあるんじゃ」

 

「そりゃ英雄視されるわな。戦争を終わらせるなんざ簡単なことじゃないぞ。目指す場所が同じでも、過程が違えば齟齬が生まれ諍いが起きる。それが個人と個人なら喧嘩で済むだろうが……村と村、街と街、国と国なら起こるのは殺し合いだ。戦争だ。和解させるのは骨が折れる。互いに雌雄を決するために全力を出しきって相手を下すか、互いの共通の敵が出現するか、そのどちらかしかないからな」

 

「くっくっく、実感がこもっているじゃないか、『赤鬼』。体験者は語る、か?」

 

 

 喉の奥で楽しそうに笑いを溢すエヴァンジェリン。

 

 

「うーむ?」

 

「じいさん、どうかしたか?」

 

 

 妙な唸り声を上げるじいさんに声を掛ける。

 

 

「さっきからエヴァが言っとる『赤鬼』とは何の事じゃ?」

 

「あー、まぁ、別に話しても良いんだけどな。その事は後でまとめて言うとして、先にそっちの事情から聞きたいんだけど?」

 

「む?……そうじゃの、お主の魔法とまとめて聞いた方が、手間が少なくてすむか」

 

 

 一瞬の思考を経てすぐさま結論を出したじいさんが話の続きを語る。

 

 

「話を戻すが、その『赤き翼』を英雄に見立て……実際英雄なのは変わらんが、誇張して話を広め、理想の英雄像を仕立てあげたのじゃよ」

 

「ふ~ん。って事は俺を襲ってきた連中の行いが、その英雄像に感化されての事だった、って事か?」

 

「実際、彼らは無鉄砲で喧嘩っ早い。そのストッパーになっておったのが、婿殿、近衛 詠春じゃった」

 

「詠春さんが英雄ねぇ。強そうではあったけど……ありゃ鍛練してねぇぞ」

 

「今は関西呪術協会を引っ張るのに四苦八苦しておるからのう、余裕がないんじゃろ」

 

 

 まぁ、政が得意そうには見えなかったけどな、詠春さん。

 

 

「でもさ、人に武器を突き付けて「ご同行願おう」だぜ? それで英雄とか言えるのかよ?」

 

「仕方ないじゃろう。彼等は与えられた正義に固執し過ぎとるからのう。麻帆良に来た当時はそうでもなかったんじゃが、皆変わってしまうんじゃよ」

 

「英雄を夢見て、か?」

 

「そうじゃ」

 

 

 難しい問題だな。英雄の在り方ってのはその時代、個人で捉え方、価値観が大きく変わってくるものだ。

 俺が思う英雄ってのは、どれだけ人を救ったか、どれだけ敵を殺したか、この二通りだ。

 

 

「阿呆らし。それで他勢力にはツンケンか。敵を作るだけだぞ。この世界には悪魔に天使、堕天使、妖怪が存在する。他にも様々な勢力が混在するこの世界で、入ってきた者全てに武器を向ける気かよ」

 

 

 夢見るガキの集団。そう思わずにはいられない。力を持った者が侵入すると、一々監視して有無を言わさず武器を向けて「悪者を倒した、英雄に近づけた」そんなことをほざくのか……。

 

 

「そこまで露骨ではないがの。皆が少なからず意識しておるのは確かじゃよ」

 

 

 ……思っていたことが口から出ていたらしい。

 

 

「まぁ、何となく分かってきた」

 

「よし! 次は貴様だ! キリキリ話せ! ハキハキ話せ!」

 

 

 区切りがついた途端に、エヴァンジェリンがズイッと身を寄せてきて、鼻息荒く言い募る。

 そんなエヴァンジェリンに少し身を引いて距離を取ろうと試みたが、俺が座っていたのはソファーの端で後などある筈もなく、結果的にエヴァンジェリンの顔が鼻先数cmまで接近するという事態になってしまった。

 好奇心からか、文字通り目と鼻の先にある水晶のような瞳はキラッキラに輝いている。

 

 

「わ、分かった分かった! 話す! 話すから離れろ! 近いって!!」

 

「では話せ!」

 

 

 俺が慌てて言うと、満足顔で座り直すエヴァンジェリン。

 俺はバクバクと脈打つ心の臓を服の上から右手で押さえて落ち着くのを待つ。

 

 

「ふぅ……んじゃ、話しますか」

 

 

 息を一つ吐いて、頭の中で話す事とそうでない事を分けてまとめる。

 

 

「……俺の使う魔法は――」

 

 

 そうして語ったのは、魔法を発動するのにリンカーコアが必要な事、簡易の魔法ならデバイス(魔法使いの杖)を必要せずに使える事、俺達にとっての魔法使いの杖はデバイスと呼ばれる機械端末である事(これに関しては、刃と無限を実際に展開して説明した)、 じいさんが気にしていた『赤鬼』の事(この時エヴァンジェリンに聞いた話だが、英雄の生まれ変わり、ってのが存在するそうだ。それで俺の正体、と言っていいのかは知らんが、そんな事もあって俺を『赤鬼』本人だと当たりを付けたらしい)、そんな話をして二時間弱、学園長室の窓から差し込む太陽の明かりは強さを増し、壁時計の時針も12時を過ぎていた。

 

 当然、管理局や次元世界の話はしていない。じいさんのバックにキナ臭い組織がいるからな、これらの情報を得てどんな行動を起こすのか、正直分からない。無駄にちょっかいを掛けられると対処するしかない。

 戦いは歓迎するが、益もなく死人が出るのはお断りだ。

 

 

「――と、まぁこんなところか」

 

 

 そう締め括って手を伸ばし湯飲みを取り、ずずずっ、と出されたお茶で喉を潤す。話が白熱し過ぎて喉がからっからだ。

 

 話を聞けて満足したのか、エヴァンジェリンとじいさんも俺と同じようにのんびり茶を啜っている。

 その都度質問に答えたから、特に聞きたいことはないだろう。

 

 しかし……何か忘れているような……。

 

 

「宏壱くん……良いのか?」

 

「何が?」

 

 

 思い出そうと頭を捻っていると、じいさんが唐突に切り出す。

 意味の分からない俺は首を傾げて聞き返す。

 

 

「木乃香と刹那くん、明日菜くんの事じゃよ。四人で回っておったんじゃろ?」

 

「……あ」

 

 

 そうだ!なんで忘れていたんだ、俺は!!

 

 

「じいさん、すまん! お茶ありがとう! エヴァンジェリンもまた今度会おうぜ!!」

 

 

 そう言い捨てて学園長室を飛び出す。

 今の俺は風だ。近くを通った女性のスカートを捲り上げる程の疾風なのだ。

 

 

「くっ……携帯電話を家に忘れてきたことが悔やまれるな……」

 

 

 駆けながら愚痴を溢す。

 

 

《普段から持ち歩く習慣を身に付けてください。そういつも言っていたでしょう?》

 

《今回ばかりは、自業自得と言わざるを得ませんね》

 

 

 刃と無限の小言が耳に痛い。普段、不携帯と化している携帯電話を持ち歩くことを心に決めた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 直ぐに木乃香達と合流した俺だったが、当然御三方は御立腹で宥めるのに少々時間が掛かった。

 昼飯も食べずに俺が戻るのを待ってくれていた三人に、詫びの印にと昼飯代は全部俺が出し、その後の諸々の経費もすべて俺持ちという事で方がついた今回の一連の騒動(?)魔法先生がいなければこれ程時間が掛かりはしなかっただろう。魔法先生、マジ許すまじ。マジック(魔法)だけに。

 

 

「ほな、今度はあの雑貨屋見てこか~」

 

「良いですね。私も髪飾りが欲しかったのです」

 

「目を付けてたネックレス、ちょっと高かったから諦めてたのよ。……良いわよね?」

 

「……はい」

 

 

 服やら小物類やらが入った袋を両手に下げた俺は、頷くことしかできなかった。

 

 まぁ、お姫様方の財布兼荷物持ちとして今日一日過ごすことに徹する。こんな日も悪くない。そう思ってしまう俺は、とことん女に弱いんだと思わされるね。

 

 

「ほら、早く来なさいよ!」

 

「宏壱さんがいないと買えません」

 

(はよ)きぃ~」

 

「おう」

 

 

 まだまだ荷物は増える、気張って行こう。




最後はちょっと駆け足ぎみでした。負傷した魔法先生の事も深く掘り下げたかったのですが、落とし所も見つからなかったので、さっと触れる程度にしておきました。

今話が今年最後の更新!メリークリスマス!良いお年を!

では、また次回お会いしましょう!


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無印~ジュエルシード~
第六十四鬼~物語の始まり~


ハッピーニューイヤー!

明けましておめでとうございます!

今年も~赤鬼転生記~をよろしくお願いします!


side~宏壱~

 

 今、俺は夢を見ている。

 そうはっきりと分かるのは、これが特殊なものだからだろう。

 この夢の主人公は俺じゃない。絹のようなブロンドの髪を闇夜を照らす月の光に反射させた民族衣装を身に纏った少女……のような可愛らしい顔つきの少年だ。

 この世界、地球の外からやって来た少年だ。彼の纏う民族衣装は知っている。スクライア一族のものだ。幾度か彼等と仕事を共にしたことがあるのだ。

 彼等は古代遺跡の探索及び発掘のプロフェッショナルで、年端のいかない子供達でさえその道に深く精通している。知識量は並みの魔導師を遥かに凌ぐだろう。

 

 そんな彼が何故地球にいるのか?それは彼が発掘したロストロギア、『ジュエルシード』が発端だ。

『ジュエルシード』は、魔力貯蔵器とも言えるほどの魔力を有した宝石だ。使用方法及び用途は不明。変に魔力をぶつけると暴走して次元震を起こし、次元断層、虚数空間を生み出す。

 一説によれば、所持者の願望を叶えるとされているが、それは歪んだ形でだ。

 例えば「好きな人と二人っきりになりたい」こんな願いがあったとしよう。それを『ジュエルシード』に願えば叶えてくれるのだ。周囲を排除して、な。

 望む望まないに関わらず、どんな方法でも最短距離で願いが叶う方法を取るのだ。

 

 そんな危険極まりない物体、それも二十一個もの数が、ここ海鳴市に散らばったのだ。

 それを発掘した張本人、スクライア一族の少年が責任を感じて回収しに来たが……。

 

 

「はっ、はっ、はっ、くっ……!」

 

 

 少年は生い茂る藪を掻き分け、木々の合間を縫い、息を荒げながら駆けている。

 枝に引っ掻けたのか、纏う民族衣装は所々千切れていて薄っすらと血が滲んでいた。

 

 

「なんとか、しないと、いけないのに……!」

 

 

 荒げた息を整える間もなく、少年は駆ける。疲労困憊といった表情だ。

 ……と、少年の背後から飛び掛かる黒い影。

 

 

「……くっ!」

 

 

 それを察知した少年は咄嗟に前転して躱す。反射神経が良いのだろう。軽やかにとは言えないが、躱してみせた少年は立ち上がり今度は横に飛ぶ。

 さっきまで少年の体があった場所には、三本の触手が空を貫き、その先にあった木を深々と貫き、裏側にまで到達していた。

 少年が喰らえば体を貫かれる事は必至。一撃で死ぬか、そうでなくとも動くことは敵わなかっただろう。

 

 

〔ガアアアアアアッ!!〕

 

 

 黒い影は咆哮を上げて立ち上がった少年に躍り掛かる。

 

 

「プロテクション!!」

 

 

 翡翠色の円形の魔法障壁が少年の前方に展開される。少年の体を有に上回る大きさだ。影がどうこうできるはずもない……が。

 

 

「くぅぅっ!!」

 

 

 ここに来るまでに魔力を使い過ぎたのか、苦しそうに呻く少年。間を置かず障壁にヒビが入り始め――ドガァァアアアンッ!!――爆散して砕け、少年はその衝撃に巻き込まれて吹き飛んだ。

 

 

「ぐ……」

 

 

 地面に力なく横たわる少年。少年が一瞬の光に包まれ、その光が収まるとそこにいたのは少年ではなく、一匹の小動物だった。

 スクライア一族は人には通れない場所にも入り込めるように、変身魔法で小さな動物に姿を変えることができる。何の意図があるのか分からないが、それを使ったらしい。

 それが功を奏したようで、影は少年を見失い何処かへ去っていった。

 

 

《誰か……この声を……聞いていたら……助けて……ください……》

 

 

 そして飛ばされた広域念話を聞いて俺の意識は暗闇に落ちる。

 いや、浮上か。何故なら……。

 

 

 

 

 

「これが……原作の始まり、か」

 

 

 寝ぼけ眼を擦り体を起こす。さっきまで見ていた夢を思い出し、欠伸をしつつベッドから下りる。

 

 

「咲と大輝から聞いた話そのままだな」

 

 

 詳しい話を二人から聞いた訳じゃないが、物語の始まりのようなものは聞いたことがあった。

 

 

「考えるのは後だな」

 

 

 誰に言うでもなく呟き、寝癖で跳ねた髪を直しながら一階に下りて洗面所に直行だ。

 二階と一階を繋ぐ階段から下りて、洗面所に向かうには居間の前を通る必要がある。

 それから顔を洗って、髪を水でさっと濡らす。寝癖を整えるのはこれで十分だ。

 濡らした髪をタオルで拭き水気を取る。

 そのまま自室に戻らず居間へと向かう。先に起きている連中に、朝の挨拶だけでもしようと思ったのだ。

 

 

「お早うございます、宏壱」

 

「宏壱さん、お早うございます!」

 

「……お早うございます」

 

「宏壱君、お早う」

 

 

 居間の扉を開けると、中には気配通りの数の先客がいた。壁に備え付けられた時計を見ると、時針は5時を指したところだ。

 

 

「おはよう。……ところで、お前等、早くないか?」

 

 

 先客に視線を戻す。机を囲んで少女二人、少年一人、女性一人が俺を見ている。

 

 

「一緒に朝のジョギングをしようと思って」

 

 

 栗色の長い髪を三つ編みにして肩から胸の前に流している少女、高町 咲が代表して言う。

 俺のクラスメイトでもある彼女とは、それなりに仲良くしている。妙ちくりんな技を多彩に使い分け、相手を翻弄どころか圧倒してしまう超人少女なのだ。

 しかも小学五年生にしてDカップという噂が立つほどに発育が良い。今も、ゆったりとしたピンクのジャージの一部分を持ち上げるそれは年不相応だ。

 

 

「僕も付き合います」

 

 

 そう言って笑顔を見せた少年は、大宮 大輝。

 黒髪黒目で眉に掛かる程度の前髪と、襟首で切られた後ろ髪は男としては少し長めだ。

 顔立ちは整っていて、見ようによっては少女にも見える。が、れっきとした男の子だ。一緒に風呂に入ったりする事もあるから、それは判明している。

 細身ながらもしっかりと鍛え上げられ、無駄な肉を削ぎ落としたような肉体は、同年代で並ぶ者は少ないだろう。

 

 

「私は、待ってます」

 

 

 白髪の無表情の少女が言う。

 彼女はテルミヌス・エスト。小柄で華奢だが、大輝の相棒を務める剣精霊。管理局では『スピリットデバイス』と呼ばれるデバイスと使い魔の中間のような存在だ。

 

 

「では、私は朝御飯の用意をしておきます」

 

 

 そう言ったのはリニスという山猫を素体にした大輝の使い魔の女性だ。

 

 半年前、大輝が臨海公園で見付けた山猫だ。山猫、と言ってもただの山猫ではない。使い魔だ。

 なんでも、以前の主にリンクを断たれてしまい、あちらこちらをさまよい、後は魔力が尽きて消えるのをただ待つだけとなっていたらしい。

 その尽きる寸前に、大輝が彼女を保護して俺のところまで連れてきた。

 「使い魔契約をしてあげてほしい」。出会い頭にそう言った大輝の顔は、涙と鼻水ででぐちょぐちょだった。

 彼の腕に抱えられていたのは魔力を持った一匹の猫。ぐったりと力なく彼に身を任せている猫の命は、まさに風前の灯、そう言って差し支えないものだった。

 彼を居間に通して詳しく話を聞けば、臨海公園で倒れているところを見付けたんだとか。そして再度「お願いします!」と頭を下げた。だが、俺は彼の提案を拒否した。

 その言葉を受けて失望したような顔をした大輝は、何も言えず俯くだけだったが、続けて俺が放った「お前が主になれ」という言葉に驚愕に目を見開いたのは見ものだったな。

 声に出して笑ってやると、「笑わないでください!」と照れ隠しに延髄蹴りをかましてきた。

 大輝の蹴りは巨木をへし折る威力がある。これは無人世界での鍛錬中で、幹の太さが150cm程の木をへし折っているから知っていた。俺でも無防備な状態で喰らえばただじゃすまない威力だ。しかも延髄。死ぬ可能性が高い。生きていても植物状態じゃないか? 照れ隠しにしては凶悪すぎるな。衝撃波で窓ガラスが砕け、畳は全部剥がれ、机もテレビも蛍光灯も木っ端微塵。流石の俺も唖然とするしかなかった。

 

 閑話休題。

 

 まぁ、そんな経緯があって彼女は命を繋ぎ、大輝にとっての魔法の師匠になった訳だ。

 体術、身体能力向上、その他諸々は俺が。魔力運用、構築、座学はリニスが。と、こんな感じで咲と大輝を鍛え上げた。リニスの話によれば、彼女の最初の教え子を上回る力を咲達は持っている、と悔しそうに言われた時は苦笑するしかなかった。

 まぁ、その分教え甲斐があると、毎日張り切っているが。

 余談ではあるが、大輝の母親が猫アレルギーだそうで、リニスは家で暮らしている。その分、咲と大輝が俺の家に来る回数が、半年前よりも多くなったのは言うまでもない。

 

 

「んじゃ、俺も着替えてくるから」

 

「「うん/はい!」」

 

 

 咲と大輝に告げて二階に上がる。自室に戻って箪笥から取り出した黒のジャージに着替える。

 

 

〈〈お早うございます、主/お早うございます、御主君〉〉

 

 

 着替え終わるのを待っていたかのように声を掛けてきたのは、俺の相棒である二人、刃と無限だ。

 ベッド脇にある机の上に並べて置いておいた二つの十字架のネックレス。特に俺がキリスト教だとかではなく、二人を貂蝉から受け取った時には既にこの外観だった。

 貂蝉というのは俺をこの世界……と言うよりこの時代に送り込んだ褐色スキンムキムキピンクビキニオカマンである。見た目は有害以外の何者でもないが、面倒見がよく、親身になって話を聞いてくれるいい奴である。

 

 

〈御主君宛にメッセージが届いております〉

 

 

 十字架のネックレスの片方、黒い宝石を十字架の中心に嵌め込んだ無限が言う。

 

 

「開いてくれ」

 

〈御意〉

 

 

 直ぐに開かれた空中ディスプレイには、ピンクの長い髪を羽飾りでお団子に纏めた蒼い瞳の少女、劉備玄徳……真名を桃香、我らが蜀王様が映し出されていた。

 彼女を含めた俺の恋人たちは今この家にいない。実は、ミッドチルダ都市・クラナガン郊外の山を一部買い、そこの中腹部に日本屋敷のような家をどどーんと建てた。

 桃香達はミッドに行く利便性も兼ねて一足先にそこに住んでもらっている。俺も高校まで進学して、卒業後にあちらに移り住む予定だ。

 感覚で言えば別荘に近いかもな。近くには浜辺もあるし。遊ぶのも、鍛練に使うのも最適だ。

 因にだが、その家とこの家を転送ポートで繋いでいる。

 

 

[お早う、お兄ちゃん。今日のモーニングコールは私だよ~。もう起きてると思うけど、ちゃんと歯を磨いてご飯食べて忘れ物しないように学校に行ってね? それじゃ、行ってらっしゃい。追伸……あんまり張り切って咲ちゃんと大輝君をいじめないように]

 

 

 そこでディスプレイは閉じメッセージの終了を俺に知らせる。

 

 

「学校って、まだ5時過ぎただけだぞ。門も開いてねぇよ」

 

 

 仁徳の王だ、英雄だと言われても、どこか抜けている天然な想い人に癒された朝だった。

 

 

 

 

 

 それから桃香にメッセージを返して、咲と大輝との一時間のジョギング、それから軽くスパーリングを終えてサッとシャワーを浴びて汗を流したあと、リニスが作ってくれた料理の並べられた机を囲む。俺とリニスが並んで座り、その向かい側に咲、大輝、エストが座る形だ。その頃には7時を回っていた。

 因に、今日の朝食メニューは炊きたてご飯、豆腐、焼き塩鮭、納豆だ。リニスとエストは納豆苦手らしいけど。

 そして食事中の話題は、当然これからのことだ。二人には今日見た夢の事は、ジョギング中に話している。二人も同じ夢を見たらしい事も分かっている。

 

 

「それで、どうするんだ?」

 

「昨日も言いましたけど、宏壱さんには傍観していてほしいんです」

 

「宏壱君が手を出すと、すぐ終わっちゃいそうだもんね」

 

 

 二人は昨日から我が家に泊まっているわけだが、理由は至極単純で、これからの事を話し合うためだった……のだが、その前に軽く鍛練をと思い、俺とリニスVS咲と大輝&エストという構図で対戦、その結果、二人が足腰立たなくなるまで扱き上げるというものになってしまった。

 その所為で、本当に簡単な事しか話し合えなかったのだ。

 反省しているが、後悔はない!

 

 

「このオトウフ美味しい、です」

 

「……エスト、それ僕のだよ」

 

「ダイキはオトウフが嫌いですから」

 

「特別嫌いって訳じゃないんだけど……」

 

 

 見ればエストの小皿には豆腐はすでにない。自分の主の食べ物を食べるってのもどうかと思うが、これが現在の二人の在り方だ。誰がとやかく言うものでもない。

 

 

「まぁ、それがなのはの為だって言うんならな。暫く傍観しておくが……危険になったらお前らで何とかするんだろ?」

 

「はい。僕達がいることでどうなるか分かりませんけど、なのはは絶対に守り抜きます」

 

「うん、その為に宏壱君の扱きに耐えてきたんだもんね。その成果がやっと発揮されるんだよ」

 

 

 先の事をこうしてリニスやエストのいる前で喋っているのは、既に彼女達が俺達が転生者であることを知っているからだ。

 隠しておく必要性が、俺には感じられなかったのだ。自分が物語の中の住民で、咲達はそれを知っている。ショックは大きいだろう。自分の過去も未来も苦しみも悲しみも辛い事も楽しい事も傷跡も思いも、全てを見透かされている。しかも不特定多数の誰かに、だ。気分の良いものじゃないのは想像できる。

 それでもリニスは強かった。「今の私はあなた達の知っている私ですか?」そう聞き返したのだ。本来ならリニスはこの世にいないらしい。でも、彼女は生きている。大輝がここにいることで、な。

 

 

「詳しい内容はいらねぇ。不確定な未来を知れば動きが阻害されかねねぇからな。今回の事件が、なのはの為になってフェイトってガキの為になるんならそれで十分だ。お前らで対処できない事は俺がどうとでもしてやる。だから安心してなのはを守ることに集中しろ」

 

 

 不敵な笑みを浮かべて言ってやる。

 不安がないとは言えない。だが、それを表に出すのは下策もいいところだ。自惚れでなければ、こいつらにとって俺は最強の存在だろう。なら、俺がぐらついちまうと、こいつらまで不安定になる。どっしりと構えてないとな。

 

 

「お願いします、咲、大輝。フェイトを、アルフを、そしてプレシアを助けてください」

 

 

 まだまだ少年少女と呼ぶことしかできない二人に、深々と頭を下げる見た目二十歳前後の女性。普通なら変にプライドが邪魔してできないよな。誠実なリニスらしいと言えばらしい。こんなところは尊敬できるよ。

 

 プレシアというのはリニスの以前の主だ。俺は詳しい話は聞かないが、リニスは大輝から物語の結末を聞いたらしい。態度から察するに、ハッピーエンドとは呼び辛いものらしいな。

 

 

「おいおい、俺は頼りにならねぇってか?」

 

「い、いえ! そういう意味ではなくてですね! 勿論、宏壱も頼りにしていますが、一番フェイト達と関わるのは咲達の筈で!」

 

 

 リニスの揚げ足を取るようにわざと拗ねて口を尖らせ不満げに言うと、リニスは下げた頭を上げて手をわたわたと慌てさせて弁明する。

 普段は冷静で何事にも動じないお姉さんなリニスだが、こういったからかいには結構弱かったりする。と、言っても普段のリニスには通用しない。こういった不意打ちだからこそ見れるレアな姿なのだ。

 

 

「くっくっくっくっ」

 

「~~っ! か、からかいましたね!?」

 

 

 思わず笑いを溢すと、顔を真っ赤にして「もう知りません!」とそっぽを向くリニス。

 

 

「はは、ごめんごめん、機嫌を直してくれ」

 

「……はぁ、まったくあなたは」

 

 

 リニスは深く溜め息を吐いて食事を再開する。どうやら許してくれたらしい。

 

 

「不確定要素は新崎ですね」

 

「あー、そうだね。勝吾君はちょっと気を付けた方がいいかも」

 

「新崎 勝吾か」

 

 

 新崎 勝吾……この春に海鳴市(この街)に引っ越してきた少年だ。年齢はなのは達と同じ、赤髪で緋色の目をしている。

 時期的にもそれほどおかしな点は見られない。が、咲と大輝はその少年を転生者だと断じた。

 俺も翠屋に行った時に見たが、確かにリンカーコアは所持していた。押さえ込んで隠しているようだったが、俺の推測ではSSS級はあるだろう。武術も嗜んでいるらしく、動きに無駄が少なかった。足運びも綺麗で重心のブレも余りなかった。

 それだけで転生者だと判断するのはどうかと思ったのだが、新学期が始まって数日でなのは、すずか、アリサ(なのはの誕生日会とかで、高町家と交流を重ねる内に親しくなったバニングス家令嬢だ。本物のお嬢様だが、それを感じさせない勝ち気な性格と、物事を正確に捉え、核心を突く思慮深さ、それに反した感情的な性格が魅力的な少女だ)と親密になったらしい。

 アリサは何度か顔を合わせる内に俺とも仲良くなれたから(と言っても、『グロウ』で変身した大人の俺だが)それほど不思議でもないが、なのはやすずかは……アリサが仲良くしていれば自然と、と言うには早すぎるか。

 二人の考察によれば、何かしらの特典が作用した結果の可能性が高いらしい。

 当然理由はさっき言ったようなことだけじゃない。新崎 勝吾の言葉が二人にとって耳あたりの良いものに聞こえるから、これが一番の理由だそうだ。

 惚れた腫れたとかの話ではなく、自然と言葉に共感し、力を信用し、行動を信頼する。そんなカリスマとも呼べるものを感じるらしい。

 俺も何度か新崎 勝吾と言葉を交わしたことがあるが、そんなものは感じなかった。何かしらの基準があるのかは分からないが、効く人間と効かない人間がいるというのも確かだ。

 

 

「即時対応。それしかないだろうな」

 

「そうですね。その新崎 勝吾という少年の目的が分からなければ、手の打ちようがありませんから」

 

 

 俺の言葉に頷くリニス。さっきの拗ねた感じは既にない。ここらへんの切り替えは流石だ。

 

 

「仕様が無い、ですよね。僕や咲さんでも気を確り持たないと心が惹かれそうですし」

 

「多分、宏壱君の鍛練のお陰だね。痛みとか甘さみたいなのには強い耐性ができたんだよ。何者にも屈しない精神みたいなのが」

 

 

 遠い目をして語る咲の顔は憂いを帯びて綺麗に見えた。

 

 

「宏壱さんの所為ですけどね」

 

「折角良い風に言ったのに台無しにするな、大輝」

 

 

 何はともあれ、また事件の幕開けだ。気張って行こうか。……俺達が目指すエンディング目掛けて、な。




……長かった。ここまで本当に長かった。漸く原作開始です。まだ序盤も序盤ですが。

ここでまだ登場していない新キャラ、新崎 勝吾くんのプロフィールを少し載せておきます。

名前:新崎 勝吾

性別:男

年齢:八歳

容姿:赤髪の短髪。緋色の目。身長は小学三年生の平均。

特典

???

???

カリスマ?

???


こんなところです。特典に関してはこれから追々ということで。カリスマ?に関して言うとすれば洗脳に近いけど洗脳ではないってところです。
性格は登場してからですね。

では、また次回お会いしましょう。


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第六十五鬼~将来~

side~大輝~

 

「大輝くん、お昼屋上で食べるんだけど、良いかな?」

 

「うん、天気も良いしね。僕も最適だと思うよ」

 

 

 宏壱さんの家に泊まった当日、4時限目の授業が終わって、お昼ご飯を食べる前になのはがそう話し掛けてきた。

 今日は快晴だし、風通りの良い屋上で食べるとご飯も一段と美味しく食べられそうだ。良い考えだと思う。

 僕達の通う聖祥大付属小学校は一般生徒に屋上が開放されている。最近は規制が厳しくなって開放されていない学校も多くある。安全のために仕方ないことではあるけど……。

 

 

「なのはーっ、大輝ーっ、さっさと行くわよーっ」

 

 

 そう声を張り上げて急かすアリサ。その傍にはにこにこと僕となのはを見るすずかと、僕を表現し難い視線で見る新崎の姿があった。

 

 

「あ、待ってよー。ほら、大輝くんも急がないとっ」

 

「うん」

 

 

 リニスが作ってくれたお弁当の包みを持って、僕はなのはと一緒に教室を出る。宏壱さんと咲さんml同じお弁当を持っている。

 

 

「ん~っ、良い天気だね~」

 

 

 屋上の扉を開けて外に出た僕達は新鮮な空気を堪能する。別に校舎の中の空気が澱んでるとかじゃなくて、ただの気分なんだけどね。

 

 僕達はすずかが敷いてくれたレジャーシートの上に円を描くようにして腰を下ろす。

 

 包みを開いてお弁当箱を取り出し、蓋を開ける。唐揚げやウインナー、だし巻き玉子、ポテトサラダ、ブロッコリーが詰められたものが上段に、市販のワカメのふりかけがふりかけられたご飯が下段に。そんな構成でできた僕のお弁当を見たなのはがそう言葉にする。

 

 

「わー、大輝くんのお弁当美味しそう。やっぱり美沙子さんは料理上手だね」

 

「うん、いつも美味しいご飯を作ってくれるんだ。太らないか心配だよ」

 

「大丈夫じゃないかな。大輝くん、お父さん達と一緒に頑張ってるもん」

 

 

 美沙子とは僕の母さんだ。三十近い年齢だけど、それを思わせない若々しさがある綺麗な母さんなんだ。

 でも、このお弁当は母さんが作ったんじゃなくて、リニスが作ってくれたものなんだけど……。

 それを新崎の前で言うのは憚られる。彼がどう動くのかがまったく予想できない。正直僕は、僕達は彼を信用していない。

 今更になって海鳴に来たのは、原作に介入する気があるから。どんな立場で介入してくるのかが分からないけど、警戒し過ぎて損はないと思う。

 

 

「勝吾のも色合いが良いわよね」

 

「アリサのには勝てないさ」

 

「でも色味のバランスがよくて美味しそうだよ?」

 

 

 向かいに座る新崎と、その左側に座るアリサ、右側に座るすずかも弁当談義をしている。

 

 

「なのはのも美味しそうだよね。やっぱり桃子さん?」

 

「うん、美由希お姉ちゃんのは……にゃはは」

 

 

 猫のような笑いで誤魔化すなのは。だけど僕は知っている。美由希さんの物体X生産能力を……。

 あれは高町家のリーサルウェポンなのだ。しかも、宏壱さんを一撃ノックアウトするほどの威力を持っている。力業で制圧するより、胃袋を機能不全に陥らせる。……美由希さんが最強かもしれない。

 

 

「おい、大輝どうしたんだよ? 体が震えてるぞ」

 

「……え?」

 

 

 新崎の声で俯けていた顔を上げる。

 

 

「顔も青いし」

 

「具合が悪いなら言いなさいよ?」

 

「保健室行こっか?」

 

 

 気が付けば皆が僕を心配そうに見ていた。

 

 

「な、何でもない。何でもないんだ」

 

 

「何でもない」を数度繰り返して、呼吸を落ち着ける。

 

 

「本当に大丈夫?」

 

「うん、大丈夫。ただ、宏壱さんが美由希さんの料理を食べた時の事思い出しただけだから」

 

「……みんな、この事には触れないでおこ?」

 

「なのはちゃん?」

 

「どうしたのよ?」

 

 

 僕となのはは「あはは」と乾いた声で笑い、お弁当にお箸を伸ばす。

 それで触れない方が良いと思ったのか、皆もお弁当を食べ出す。

 

 

「そういえばみんなは将来の夢ってある?」

 

 

 雑談を交えながらお弁当を食べていると、なのはが唐突にそんなことを言う。

 

 

「どうしたのよ、突然」

 

「ほら、あれじゃないかな。さっき先生が授業で言ってた『いろんな職業』ってやつじゃないかな。今から考えるのも、って先生も言ってたし」

 

「うん、みんなはどうするのかな、って」

 

 

 原作でもあった話だけど、急に言われてもパッと出てこないね。

 

 

「私は機械弄りが好きだし工学系かな。出来ればそっち系の学校に進学したいって思ってる」

 

「あたしはパパの跡を継ぐ予定。その為に経済学とか帝王学、経営関係の事なんかを勉強するつもりよ」

 

「俺は警察官だな。親父みたいな警察官になって、悪い奴を取っ捕まえてやるんだ」

 

 

 すずか、アリサ、新崎が自分が見ている未来を語る。

 すずかとアリサの語る将来は明確で、そんな風になるんだろうなって思えるけど。新崎は憧れを語るようで、何も見えてこない。

 普通の小学三年生のすずか達の方が、転生者で精神年齢も高い筈の新崎より大人に見える。

 でも、なのは達はそんな新崎に憧れの視線を向けている。「勝吾くんなら似合いそう」「勝吾にピッタリね」「勝吾君なら立派な警察官になれるよ」と急に誉めそやす。

 時々あるこの光景。これが僕が彼を警戒するものだ。気を抜けば、僕も彼を褒め称えたくなる。中身のない言葉なのに、だ。

 普通の子供ならそれで良い。だけど彼は違う。確りとした精神を持っている筈なんだ。それがどうして確たる正義もなく「悪を討つ」なんて言えるのか分からない。

 

 

「大輝は何か無いのかよ?」

 

 

 なのは達に煽てられて上機嫌な新崎が僕に話を振る。

 

 

「特に無いかな。僕は新崎のように特別正義感があるわけでもないしね」

 

「おいおい、勝吾で良いっていつも言ってるだろ?」

 

 

 顔に苦笑を浮かべて言ってくる。嫌味も通用しない天然は厄介だよ。これが宏壱さんなら手痛いしっぺ返しを受けるのに……。

 

 

「……名前で呼ぶ理由がないよ」

 

「ダチなら名前で呼び合うもんだろ? なぁ?」

 

 

 そう言って新崎はなのは達の確認を取る。

 

 

「うん、友達なら名前で、だよ!」

 

「当然ね。友達なら」

 

「友達、だもんね」

 

 

 なのは、アリサ、すずかは『友達』を強調して言う。まるで新崎の言う友達が、『友達』という定義そのものであるかのように。

 その音は僕の耳朶を震わせ、脳に甘美に響く。彼の言葉が正しい。そう僕の思考が塗り替えられそうになるのを頭を振って払う。

 こんなことに惑わされたなんて宏壱さんに知られたら、今よりも猛烈な特訓メニューを追加されてしまう。

 

 

「そんなことよりなのはは何かないの?」

 

「……え、わたし?」

 

「うん、僕達は答えたんだ。なら残ったなのはも夢を言わないと不公平だよ」

 

「え~っと」

 

 

 自分に振られるとは思わなかったのか、頬に人差し指を当てて考えるなのは。

 

 

「なのはちゃんはやっぱり翠屋を継ぐの?」

 

 

 そこで助け船と言わんばかりに、すずかがなのはが辿るであろう未来の一つを聞く。

 

 

「う~ん、それも一つのビジョンではあるんだけど……他にも何かやれることがあるんじゃないかって思うんだ」

 

 

 この段階でなのはは無意識に感じているのかもしれない……自分にはまったく別の未来が待っていて、想像もつかないような困難に見舞われ、その先で出会った人たちと縁を結び、天職に就くことを……。

 

 

「にゃはは、何も取り柄なんて無いけど、いつかわたしに向いているものが見付かるんじゃないかな?」

 

「このバカちん!」

 

「ふみゃああっ!」

 

 

 誤魔化すような照れ笑いを浮かべて言うなのはに、アリサがお弁当に付いていたレモンの搾りかすを投げつけた。

 なのははそれを顔で受け止め、目を押さえて身悶えしている。レモンの汁が目に入ったんだ。

 

 

「あたしより理数系の成績良いくせになに言ってんのよ!」

 

「うにゃああ~! アリシャひゃん、ひゃめて~」

 

「この!この!」

 

「ひゃれひゃひゃしゅへへ~!(誰か助けて~!)」

 

 

 丁寧にお弁当を避けたアリサは、なのはのもちもちほっぺたをこねくり回す。

 そこで僕は気付いた。この屋上に大きな気配が一つ、それより二回り小さい気配が一つ、捉え難い気配が一つ近付いていることに。

 と言うか、宏壱さんに咲さん、(あゆみ)さんだ。今まで魔力を押さえていなかった宏壱さんは、一年ほど前からSSランクある魔力をCランクまでリンカーコアに蓋をする形で負荷を掛けて抑えている。

 僕達リンカーコアを持つ魔導師にとって、リンカーコアに蓋をすることは修行の一環にもなる。一ヶ所に変に重りを身に付けるよりも、体全体的に負荷が掛かってバランスよく鍛えられて魔力もそこそこ底上げされる。まさに一石二鳥の鍛練方法だ。当然僕と咲さんも同じようにリンカーコアに負荷を掛けている。

 僕の場合はリニスとエストがいるから、彼女等に供給できる魔力分は残している。だから宏壱さん達ほど抑え込まれていないんだけど。

 それを可能にしているのが、束さんが作ってくれた黄色の宝玉を嵌め込んだ菱形のネックレスだ。使われた素材は、宏壱さんがミッドチルダで買ってきた物だったりする。

 

 篠ノ之 束さん……跳ねっ気のある紫のロングヘアーを妙に機械味のあるウサミミカチューシャで留めた大学生の女性。

 その容姿や言動は、前世で僕が読んでいた『IS――インフィニット・ストラトス――』というライトノベルに出てきた篠ノ之束そのもの。声もなのはに酷似してるしそれは間違いない。

 だけど彼女は『IS――インフィニット・ストラトス――』に出てきた篠ノ之束ほど人嫌いじゃない。理由は多分『自分を認めてくれる人がたくさんいるから』なんだと思う。

 高町家、僕の両親、宏壱さんにすずかのお姉さんでなのはの兄である恭也さんの恋人の忍さん、そして束さんの幼馴染みでもある織斑千冬さん。

『IS――インフィニット・ストラトス――』の原作とは大きく違い、この世界の彼女の回りにはこれだけの理解者がいる。歪む要素なんてないんだ。誰が否定しても僕達が彼女を肯定する。

 

 そんな彼女がリンカーコアや宏壱さんの使う魔法を勉強して作り上げたのが、魔力抑制型の簡易デバイスだった。僕のはネックレスだけど宏壱さんのはドクロのブローチ型、咲さんのはリングの腕輪型とそれぞれ装飾は異なる物だ。

 因みにだけど、宏壱さんの家によく遊びに来る束さんは僕の使い魔のリニスとも面識があって、彼女から魔法科学とも呼べるデバイスの知識を得たんだとか。

 一目でリニスが普通の猫じゃないって気付いた束さんが、リンカーコアを持ってないってことが僕は信じられないよ。

 

 

「わっわわっ!」

 

「ひゃわわっ!」

 

 

 なのはに体重を掛けすぎたアリサ。当然小柄ななのはがアリサの体を支えきれる訳もなく、二人で後ろに倒れ込んでしまう。

 すずかと新崎は慌てているけど、僕は横でそれを見ているだけだった。何故なら既になのは達の倒れ込む方向には彼がいたから。

 

 

「っと、大丈夫か?」

 

 

 そう言ったのは、膝を床についてなのはを背中から支えている男子生徒、宏壱さんだ。なのはとアリサの額がぶつからないように、自分の手を二人の額の間に差し込んでクッションにしている。

 

 

「ふぇ?」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

 なのはは目をぱちくりとさせて状況が飲み込めていないけど、アリサは直ぐに立ち上がって宏壱さんに頭を下げる。なのはもアリサの行動で状況を把握したようで、アリサに倣うように立ち上がって頭を下げた。

 それに頷いて、宏壱さんは僕達から距離をとって屋上の一角に寝転び、寝始める。その横では歩さんが横になって寝ていた。

 

 相川 歩さん……灰色の髪をセミロングにした女性。

 宏壱さんと咲さんのクラスメイトで、一年半ほど前から三人で行動しているのをよく見かける。その前から咲さんと一緒にいるのは見たことあるし、翠屋にも一緒に来ているのを見たことがあった。そこに宏壱さんが加わったって感じだ。

 成績はそこそこ。身体能力は高く、体力は恭也さん達とも渡り合えるレベル。昔の僕じゃ分からなかったことだけど、宏壱さんの扱きを受けた今の僕なら分かる。歩さんは強い。負ける気はしないけど、勝てる気もしない。

 

 

「くすくす……なのはちゃん、はしゃぐのも良いけど怪我のないようにね?」

 

「あ……咲お姉ちゃん」

 

 

 優しい笑顔を浮かべて近付いてきた咲さんが、なのはのお姉さんらしく「めっ」と注意する。

 

 

「はいこれ、大事なものだよね? こっちまで飛んできたよ」

 

 

 そう言って咲さんがなのはに手渡したのは銅色のロケットペンダントだった。

 

 

「あ、ありがとう!」

 

「大事なものなんだから、確りと持ってないと、ね?」

 

「……うん」

 

 

 咲さんの言葉に頷いたなのはは、割れ物でも扱うようにそっと胸にロケットペンダントを抱き締める。

 咲さんはそんななのはに優しく微笑んで、宏壱さん達の下へ向かった。

 

 

「それ、いつも首から提げてるやつよね? なにか写真でも入ってるの?」

 

「うん……」

 

 

 アリサが聞くと、なのははロケットペンダントを開く。

 そこには二人の幼い子供、黒髪の男の子と栗色の髪をツインテイルにした女の子が並んで写っていた。ピースをしている女の子に対し、ズボンのポケットに手を入れて鋭い目でカメラを睨んでいる……ように見える。

 何処と無く見覚えのある二人。女の子の方はなのはで間違いないだろうけど、男の子は……。

 

 

「こっちはなのはちゃんだよね? こっちの男の子は……?」

 

 

 なのはの肩から覗き込んでいたすずかが言う。

 

 

「コウくん……わたしが付けたあだ名なんだけど、本名はもう忘れちゃった。小学校に上がる前に、一週間くらいかな? 一緒においかけっこしたり、かくれんぼしたり、キャッチボールしたり、こうして写真を撮ったり、二人で色んな事をして遊んだんだよ。だけどね、それから会えなくなっちゃって。暫く用事があるからって……理由は分からないけど」

 

 

 そう悲しそうに語るなのはに僕達はなにも言えなかった。

 でも、その男の子が今どこにいるのかは予想が付く。寝転んで寝息を立てている彼、宏壱さんがそうだろう。

 過去に本来の姿の宏壱さんとなのはが出会っていたなんて知らなかった。

 

 

「今は俺達がいるじゃないか。そんな奴を気にする必要ないって」

 

 

 そう――じゃないっ!!

 まただ。この感覚。危うく賛同するように思考が働くところだった。普通ならこの場面でこんな言葉は掛けない。

 やっぱり新崎は危険だ。その思想、言葉、全部に真実味がない。相手を思いやっているつもりで、実際は傷付ける言葉だ。正常な思考回路を持っているなら「うん、そうだね」とはならない。アリサは勿論すずかや当のなのはだって良い顔はしない筈なんだ。……だというのに。

 

 

「そうよ! あたし達がいるじゃない!」

 

「勝吾君とアリサちゃんの言う通りだよ。会えない人のことを気にしても仕方ないよ」

 

「……うん」

 

 

 新崎は満足そうに頷いている。

 これが新崎 勝吾の使う力、『言霊』とも呼べるこれは人の心に入り込み、思想を自分の意見に染める。

 並みの人間なら抵抗できない。重要な場面で、それこそアースラ来訪の時に新崎に発言を許せば、致命的な間違いを起こしかねない。

 

 

「でも……」

 

 

 一度は頷いたなのはだけど、首を横に振って言葉を続ける。

 

 

「コウくんはわたしの初めての友達だから……信じたいんだ。またいつか会えるって」

 

「「なのは/なのはちゃん」」

 

 

 ……流石未来のエースオブエース。こんな言葉じゃ彼女の心は染められない。

 

 

「だけどな――「そうだよ、なのは。きっとそのコウくんって人だってなのはと会いたいって思ってるに決まってる。今はまだ会えないだけで……いつか絶対に会える時が来るよ」――……」

 

「……大輝くん」

 

 

 新崎が言葉を挟むよりも早くなのはに告げる。

 二度目はどうなるか分からない。二重掛けなんて事ができるかどうかも分からないけど、邪魔をさせてもらうよ、新崎。

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 そこでタイミングよく予令のチャイムが鳴る。宏壱さん達は既に屋上にいない。気配を探れば、教室に戻っているところだった。

 

 

「わわっ、早くご飯食べないと!」

 

 

 まだ食べ終わっていなかった僕達は急いでお弁当の中身を掻き込み、屋上を後にした。

 

side out




新崎君の薄っぺらさが上手く表現できないです。中身のない言葉って考えようとすると出てこないものですね。

因みに大輝くんの……そう――じゃないっ!!……は、そうだね。という新崎君の言葉に対しての、肯定的な意見に思考が染められそうになったのを、――じゃないっ!!と抵抗した形になります。

では、また次回お会いしましょう。


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第六十六鬼~覚醒~

side~咲~

 

「ね、お父さん、良いでしょ?」

 

 

 今は家族団欒の夕食時。

 なのはちゃんが士郎お父さんにフェレットを飼って良いか聞いている。

 放課後、なのはちゃん達が学校から塾に行く途中に、件のフェレットが怪我をしているのを見付けて、近所の槙原動物病院へ連れていったけど、このまま野に返すのは可哀想だから飼いたい。そう思っていることを話している。

 桃子お母さんと美由希姉さんはなのはちゃん寄り。恭也兄さんは我関せず。士郎お父さんも特に反対意見はなさそうだから大丈夫だね。

 

 

「咲はどうかな? なのはが言ってること」

 

「私?」

 

 

 思わぬ飛び火だ。私も反対とかはないけど、でも大切な妹の肌を見知らぬ男の子に見せるのは……。そのフェレットの正体を知っているだけに躊躇いが生まれる。

 

 

「ダメ、かな?」

 

 

 なのはちゃんが悲しそうにこっちを見ている。

 

 

「ダメ……じゃないんだけど、なのはちゃんのお部屋で飼うのは反対かな」

 

「え、どうして?」

 

「動物ってダニとかノミを連れてる事があるからね。それがアレルギーの原因になったりするんだよ」

 

 

 こう言えばフェレット……今回の事件の当事者であるユーノ・スクライア君をなのはちゃんの部屋で飼うことはないんじゃないかな。

 

 

「うーん、でもお風呂で洗ってあげれば大丈夫じゃないかな?」

 

「……美由希姉さん」

 

「え? どうしてそんなに非難の眼差しで私を見るの?」

 

 

 はぁ……まったく、美由希姉さんは。だからいつまでたっても彼氏ができないんだよ。

 

 

「よく分からないけど、すごくバカにされた気がする」

 

 

 むー……。どうしよっか。このままだとなのはちゃんの肌が……。美由希姉さんぐらいなら別に良いんだけど、やっぱり可愛い妹のお着替えシーンとか見せたくないよね。

 確か、魔力回復のためにフェレットの姿になってるんだよね? じゃあ魔力を回復させてあげれば問題ないのかな?

 ユーノ君が人の姿でも原作には関係ない……よね?

 

 

「……咲お姉ちゃん?」

 

「え?」

 

「えっと、それでどう、かな?」

 

 

 躊躇い気味に聞いてくるなのはちゃん。その瞳は不安に揺れていた。

 

 

「うん、汚れを落とすのならいいよ。ちゃんとお世話できるよね?」

 

「うん!」

 

 

 元気良く頷くなのはちゃんに心の中で「ごめんね」と謝る。

 もしかしたらフェレットは飼えないかもしれないから。

 

 

 

 

 

 ご飯も食べ終わって今は自室で予習中。前世の記憶があっても、小学校の勉強を全部覚えている訳がないし、漢字とかも使わないと記憶に残らない。だから予習復習は大切だよ。

 特に歴史は前世と違うところも多々ある。世界が違うんだし、まったく同じ歴史を辿っているとは限らない。

 一番おかしいのは中国の三国時代だね。武将の殆んどが女性だった。それに魏国も滅んでないし、死ぬべきって言えば聞こえは悪いけど、戦死せずに生涯を生きた人も多い。……主だった武官、文官がみんな寿命でこの世を去ってる。つまり、主要人物の戦死は記録になかった。

 歴史の違いを挙げれば、黄巾の乱の首謀者は張角じゃなくて義留我・滅執(ギルガメッシュ)という銀髪オッドアイの男で、張角は二人の妹、張宝、張梁と共に劉備の下にいた。

 実は董卓は可憐な美少女で、彼女の立場を羨んだ諸侯に、悪逆三昧を落陽で働いているという噂を市場に流され反董卓連合が生まれた。

 極めつけは、『天の御遣い』を主軸にした三国同盟。天下三分の計が成立し、千八百年を経て国号が変わった今も内部争いはない。話によれば『天の御遣い』の子孫が政権を完全に握っているらしい。

 

 

「ふぅ……でも小学五年生でこんなに深く歴史を勉強するなんて」

 

 

 分厚い歴史の教科書から、重要な箇所と年号を抜粋した自分のノートを見て呟く。

 少し背凭れに背中を預けて伸びをすると、節々からコキコキっと音が鳴る。時計を見ると、勉強机に向かってから一時間ほどの時間が経過していた。

 

 

「……そろそろ、かな」

 

 

 物語の始まり。なのはちゃんとまだ見ぬフェイトちゃんの出会い。悲しいけど二人が成長する切っ掛けになったお話。そこに繋がるプロローグ。

 不安要素は幾つかあるけど、やっぱり新崎 勝吾が一番の懸念材料だった。それを今日のお昼休みに再確認した。

 発端は宏壱君が新崎 勝吾君の事を観察したいと言ったからだった。

だから私達はなのはちゃん達がいる屋上に向かった。名目はお昼寝だったけど、本当は新崎 勝吾君の人となりを見ることだった。

 彼がどんな性格なのか、実力はどれ程あるのかを宏壱君に見てもらうための行動。それを宏壱君が出した結論は危険な思想家だった。

 

 

 ――中身のない正義ほど怖いものはない。

 

 

 寝るふりをして宏壱君が放った言葉だ。

 そういう者は『正義のため』という大義を掲げているつもりになっていて、何をしても、どれ程の犠牲が出てもその一言で自分の行いを正当化する。だから目的のために手段は選ばないし、平気で他人を貶める。それこそ……自分の家族でさえもな。

 

 そう宏壱君は語っていた。

 確かに創作物とかではよく聞く話だし、そんな思いを持ってる人は実際にいると思う。

 自分の思う正義を人に押し付け、それに反すればその人は悪になる。妄信的で盲目過ぎる。視野が狭く狭量。沸点が低く短絡的な思考に呑まれやすいし、過激な手段に出ることも少なくない。

 新崎君、このままだと君はとんでもない事をしてしまうよ。取り返しのつかないことを……。

 

 

「ん……ちょっと喉が渇いちゃった」

 

 

 宿題として出された計算ドリルを書き進める手を止めて椅子から立ち上がる。

 私は予習復習を終えて今度は学校の宿題をやっている。その傍らで並列思考、マルチタスクを使ってお昼休みに交わした宏壱君との会話を思い出していた。

 こういうのにはすごく便利だよね、マルチタスクって。同時にものを考えられるのは不思議な感覚だけど、使いこなせれば左手で国語の宿題をしながら右手で数学ができる(聖祥は五年生になると算数が数学に変わる。他の教科も中学一年生レベルまで跳ね上がった)。私は両利きじゃないから出来ないけど。

 

 

「……あれ、なのはちゃん?」

 

 

 喉を潤すために自室を出るとなのはちゃんが急いだ様子で一階に下りていくのが見えた。

 それに疑問を持って首を傾げていると……。

 

 

 ――誰か……この声が聞こえたら返事をしてください。

 

 

 幼い男の子の声が聞こえた。鼓膜を震わせるんじゃなくて、頭の中に直接響く声。念話だ。なのはちゃんはこの声を聞いて飛び出したんだと思う。

 意識を集中してなのはちゃんの気配を追うと、向かう先には強烈な邪気がある。

 ……間違いない。なのはちゃんは私よりも早く念話を拾ったんだ。考え事をしていたから私が気付かなかっただけかもしれないけど。

 

 

「うん、分かった。僕は何も言わないでおく」

 

 

 喉を潤すのは止めてなのはちゃんを追おうと一階に下りると、士郎お父さんが固定電話で誰かと話をしていた。

 

 

「咲……なのはを頼むよ」

 

 

 私に気付いた士郎お父さんが私を見ずに真剣な声音でそう言う。

 

 

「……うん、任せて。なのはちゃんは、妹は絶対に守るから」

 

 

 それだけを返して、私は玄関で靴を履く。

 簡潔な会話だけど、言いたいことは分かったし、電話の相手も誰か見当がついた。……宏壱君だ。

 

 

「行ってきます」

 

 

 その一言を残して家を飛び出す。

 

 

「咲さん!」

 

「大輝君」

 

 

 暫く走っていると、後ろから大輝君が追い付いてきて私の横に並ぶ。腰には両刃の剣が差してあった。テルミヌス・エスト、剣精霊で大輝君の相棒を務めるエストちゃんだ。既に展開してるってことは、戦闘準備はバッチリってことだね。

 

 

「新崎も向かってます。それに宏壱さんとリニスも」

 

「そっか。私達も急ごう」

 

 

 大輝君の気配感知能力は私を上回る。大輝君の考えでは、サイヤ人の肉体って特典が影響してるんじゃないかって話だけど……本当のところは分からない。

 

 私達は走る速度を上げる。すると、流れる景色が速くなった。一直線になのはちゃんの気配がする方向へ走る。民家を跳び越え、電線の上を走り、曲がらずに進む。

 飛行魔法は練習中で、自在に飛べるとは言えない。ゆっくり飛ぶのなら問題ないんだけど、原作のなのはちゃんやフェイトちゃんの様に高速では飛べない。だから走った方が速い。

 大輝君はそもそも飛行適性が無かったみたい。完全な陸戦型の魔導士だね。

 

 

「見えた! 宏壱さんとリニスは既に居ます!」

 

 

 大輝君が叫ぶ。

 足を動かして数分、漸く目的の場所が見えてきた。そこは酷い惨状だった。

 電柱は倒れ、ブロック塀が崩れている動物病院。その動物病院自体にも壁に大きな穴が開いていた。おそらくそこは、なのはちゃん達がユーノ・スクライア君を連れていった槙原動物病院だと思う。

 そしてその崩れたブロック塀から飛び出してくる女の子。腕の中には一匹のフェレット……っぽい動物。なのはちゃんとユーノ・スクライア君だ。

 まだ新崎君の姿は見えない。宏壱君は……居た。200mほど離れた電柱の上で腕を組んでこっちの様子を見てる。その右肩には一匹の山猫が乗っていた。

 

 

「なのはちゃん!」

 

 

 更になのはちゃんの背後から迫る黒い影。不定形の影は、グニグニと形を変えながら弾丸のような速度でなのはちゃんへと迫る。

 未だにレイジングハートを起動していないなのはちゃんがあれの直撃を受ければ、その先に待つ未来は……死。

 

 

「させない!」

 

 

 その場に止まって素早く印を組む。何度も何度も繰り返し使ってきた印。組んだ指の残像が見える速度。発動に一秒も掛からない!

 

 口許に出現した橙色のミッド式魔法陣。

 私の特典の一つ、少年漫画『NARUTO』の血継限界、血継淘汰を除く忍術を魔法として扱えるようにすること。

 印を組むことで始動させ、技名を唱えることで発動させる。後はその技にとって適切な行動をすれば……。

 

 

「水遁・水断波!!」

 

 

 橙色の魔法陣に精一杯息を吹き掛ける。

 

 

〔グガッ!!〕

 

 

 ――バシュッ!――っと魔法陣から飛び出たウォーターカッターがなのはちゃんの真上を通りすぎて影に直撃、吹き飛ばした。

 影はそのまま動物病院の屋根に激突して、破壊しながら建物の中に姿を消した。ごめんなさい、槙原先生。

 

 

「――何っ!?」

 

「なのはちゃん、こっち!」

 

 

 驚きの声を上げるなのはちゃんに声を掛けて手招きする。

 

 

「咲お姉ちゃん!?」

 

 

 これでもか!と驚くなのはちゃんは事態を呑み込めないまま私達のもとまで駆けてくる。

 

 

「大輝くんも……どうしてここに!」

 

〔魔力を感じる……あなた達は魔導師ですか?〕

 

「話はあとだよ!」

 

 

 説明する時間はない。早くなのはちゃんにレイジングハートを起動してもらわないと……!

 

 

「咲さん……僕が押さえます。その間になのはを」

 

「うん、分かったよ。必要ないと思うけど念のために言っておくね。……大輝君、気を付けて」

 

「はい!」〔――――っ!!!〕

 

 

 大輝君の力強い返事と、建物の中から新たに壁を破壊して影が飛び出すのは同時だった。

 それを見た大輝君は数瞬遅れて駆け出す。腰に差したエストちゃんを右手で引き抜き……。

 

 

「破道の三十二・蒼火墜!!」

 

 

 影に向かって横凪ぎに振り抜いた。

 ――ドオオオォォォンッッ!!――影とエストちゃんが接触した瞬間、蒼い爆炎が影を焼く。

 

 大輝君には実は魔法適性がなかったそうで(魔力量はSSSっていう魔導士なら誰もが羨む量なんだけど)、その魔力の殆んどを身体強化に回している。

 放出量、制御、生成、構築、維持……全部がEランク。射撃なんて魔力弾を生成するとシャボン玉みたいに弾けて消えちゃうし、砲撃は魔力を集めた瞬間に暴発。バインドもできないし、幻影系も適性なし。

 だけど大輝君には他に手札があった。

 それは『鬼道』だ。

『鬼道』……『NARUTO』と同じ少年漫画雑誌内の、『BLEACH』に出てくる死神が使用する霊術。

 大輝君は特典としてその力を貰い鍛えてきた。『鬼道』には攻撃系だけじゃなくて、束縛系や防御系、回復系もある。だから魔法を使える使えないは、大輝君にとってあまり意味のあるものじゃなかった。

 しかも、宏壱君との鍛練の中で大輝君は魔力に『鬼道』を重ねることを思い付いた。

 拳に纏わせた魔力に『蒼火墜』を乗せて拳を打つと、拳から蒼い爆炎が吹き出た。

 そこから練習してエストちゃんにも魔力を纏わせると『鬼道』を付加出来るようになった。それが今黒い影に放たれた『蒼火墜』なの。

 

 閑話休題。

 

 大輝君の鍛練の成果が炸裂したところで、私はなのはちゃんの手を取って大輝君に背中を向けて走り出す。

 

 

「わっ、待って咲お姉ちゃん! 大輝くんが!」

 

「大丈夫だよ。大輝君は強いから」

 

「で、でも……!」

 

 

 なのはちゃんも大輝君が強いことは知っている。

 殆んどは宏壱君の家での鍛練が多いけど、家の道場で士郎お父さんや恭也兄さん、美由希姉さんと試合形式でやり合うことだってあるから。

 

 

「それに見たでしょ? 大輝君には普通じゃない力があるんだよ」

 

〔さっきの……魔法とは違う力、ですよね〕

 

「さっきも言ったけど細かい話はあと、だよ。今はあれをどうにかしないと」

 

 

 遠くなっていく大輝君の姿をチラっと見ながら言う。

 影が放った触手をエストちゃんで捌きながら影に肉薄して、本体に痛烈な斬撃を浴びせていた。

 

 

〔あの……彼の力があれば押しきれると思うのですが……〕

 

「相手が普通の生物なら、ね」

 

 

 ジュエルシードはロストロギアだ。封印処理を行わないと暴走の危険がある。膨大な魔力で無理矢理押さえ込んで封印、って方法もあるけど……。

 宏壱君の話では、正確なプロセスを踏んだ封印じゃないと掛かりが甘くなってちょっとしたことで外れやすくなるし、暴走の危険が高くなるから絶対にやらない方がいいらしい。

 

 

〔貴女も魔導師……ですよね? じゃあ、貴女が封印を――「それは無理、かな」――……どうしてですか?〕

 

「私、封印魔法使えないんだ」

 

 〔そう……なんですか〕

 

 

 変な沈黙が辺りを包む。響くのは私達の駆ける音と見えなくなった大輝君と影、ジュエルシードの思念体が戦う音。

 

 

「ねぇ……ユーノくん」

 

 

 そこで、今まで成り行きを見守っていたなのはちゃんが口を開く。彼の名前を呼んだってことは、自己紹介はもう済んでるってことかな。

 

 

〔なんですか?〕

 

「さっき言ってたよね? わたしには魔法使いの資質があるって」

 

〔……はい〕

 

 

 いつのまにか私達は足を止めていた。

 思念体が追ってくる様子はないから、大輝君がしっかり押さえてるんだね。

 

 

「わたしならあのお化けを倒せるんだよね?」

 

〔……はい〕

 

 

 ぽつぽつとユーノ君に質問を投げ掛ける中で、なのはちゃんの瞳に強い意志が灯っていくのを私は見た。

 

 

「わたし、やるよ。咲お姉ちゃんや大輝くんの力になりたい。それに……」

 

 

 そこで言葉を切ったなのはちゃんが小さな声で、「コウくんに会えるかもしれない」と呟いたのが聞こえた。

 詳しく聞いたことなかったけど、宏壱君はなのはちゃんに魔法を見せたことがあるのかもしれないね。

 

 

〔分かりました。この宝石を握って僕の言葉を復唱してください〕

 

「うん」

 

 

 ユーノ君は小さな前足で赤い宝石、レイジングハートをなのはちゃんに渡す。

 そしてなのはちゃんの腕の中から飛び下りて、私に少し距離を取るように告げる。私が離れたのを見届けると、なのはちゃんに向かい合って……。

 

 

〔我、使命を受けし者なり、契約のもと、その力を解き放て〕

 

「我、使命を受けし者なり。契約のもと、その力を解き放て」

 

 

 ユーノ君の言葉を復唱するなのはちゃん。周囲の空気が変わった気がした。

 

 

〔風は空に、星は天に、そして不屈の魂はこの胸に〕

 

「風は空に、星は天に、そして不屈の魂はこの胸に」

 

 

 ……感じる。なのはちゃんのリンカーコアが脈動しているのを。覚醒の時を今か今かと待ちわびているのを。

 

 

「〔この手に魔法を!レイジングハート、セット、アップ!!〕」

 

 

 そして、桃色の光の柱がなのはちゃんを包み天を貫いた。

 

side out




咲ちゃんと大輝君は魔法を殆んど使いません。デバイスありきで戦うより、そのままの方が強いからです。……大輝君は使いたくても使えないだけですが。彼にも空を飛ぶ方法ならあるんですよ?
本編でチラっと出たサイヤ人の肉体がどうのって辺りが……。

では、また次回お会いしましょう。


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第六十七鬼~傍観者に徹する鬼~

side~宏壱~

 

「そんな訳で、暫く海鳴市で騒動があるが、お前らは気にしなくていいぞ」

 

 

 学校から帰り、制服からジャージに着替えて一人での鍛練を終えてリニスが作ってくれた晩御飯を二人で晩飯を食ったあと、そのリニスが風呂に行っている間に、居間で空中ディスプレイを三つ展開して通信をしている。

 それぞれのディスプレイには、赤髪のイケメン、金髪の美青年、妖怪ぬらりひょんと個性的な面々(妖怪ぬらりひょん以外が人ではない)が映し出されていた。

 

 

[私が押さえられる分は押さえよう。こちらは一枚岩ではないし、上層部の者がどう動くかは予想できないが……]

 

 

 赤髪のイケメン、サーゼクス・ルシファーが渋面を作って言う。

 確かに、悪魔の老害共にこの件を知られると厄介だ。サーゼクスには頑張ってもらわないとな。

 

 

[分かりました。海鳴市近辺の悪魔祓い(エクソシスト)に伝えておきます]

 

 

 金髪の美青年、ミカエルが微笑を浮かべる。ミカエルほど顔が整っていると嫌味にならないな。

 まぁ、天界側は心配ないか。天使長直々のお達しだ、無下にすれば異端者として扱われるだろう。勿論、ミカエルがするんじゃなくて、周囲の信者が、だけどな。

 

 

[ほっほっほ、了解じゃ。と言っても、ワシが押さえられるのは、麻帆良に所属する魔法使いだけじゃが]

 

 

 妖怪ぬらりひょん、近衛 近右衛門が長い顎髭を撫でながら言う。

 ディスプレイに映る中で一番人外っぽいのに、近衛のじいさんだけが人だってのが驚きだ。

 

 

[……失礼なことを考えておるようじゃのう?]

 

「ああ、あんたが人間だってことに改めて驚いてる」

 

[正直に言うでないわ! 普通は誤魔化すところじゃろ!]

 

「わるい、正直者なもんでな」

 

 

 くわっ、と怒る近衛のじいさん。見開かれた目が益々人外じみて見えるな。

 

 

「さて、事情は説明した通りだが……もしも、もしもなのはに何かあれば……友人といえども容赦はしない」

 

 

 事情と言うのは、今海鳴市で起きようとしているジュエルシードの事だ。

 膨大な魔力を秘めたジュエルシードが管理局以外の勢力……ぼかさずに言えば、地球に存在する数多の勢力に渡らないようにするための根回しだ。

 ジュエルシードを得ることで発生する危険性を、十分ほど掛けて説明した。

 

 

[全力を尽くさせてもらうよ。君と戦争なんて起こしたら悪魔が滅びかねない]

 

[サーゼクスに同意です。天界が焦土と化すのは避けたいですから]

 

[同じくじゃ。曾孫の顔を見るまで死ねんわい]

 

 

 と、三者三様の返答。

 殺気を込めた視線を向けたが、笑みさえ浮かべて受け流す。まさに魑魅魍魎の集いってか?

 

 

「……しかし、今更なんだが……お前ら、こんな和気藹々と会合してても良いのか? 天使と悪魔って敵対してるんじゃなかったっけ?」

 

[まぁ、共通の友人がいますし]

 

[君が僕達を引き合わせたんだろう?]

 

 

 サーゼクス、ミカエル、近衛のじいさんとは出会ってから幾度となく交流を重ねている。

 冥界や天界に足を運んだこともあるし、彼らが我が家に来たこともある。

 近衛のじいさんは、麻帆良を気軽に離れるわけもいかないため、俺が会いに行くことが多い。

 ただ、直接会うのは結構な手間が掛かる。だからミッドで購入した異世界間でも通信可能な簡易通信機を三人に渡した。

 購入時は音声だけの物だったんだが、束が勝手に改造して映像で相手と通信できるようにしやがった。

 不備は特にないので、今はこの方法で連絡を取り合ってはいるが。

 話す内容は他愛ないものが多いが、各々の陣営で起こった事件や、はぐれになった連中の情報なんかを伝えてくる。

 一応管理局員としての仕事もあるため、こっちに掛かりきりになれる訳じゃないが、暇があれば俺が討伐に乗り出すことも間々ある。

 咲と大輝を連れていくことも多い。それは二人に経験を積ませることが主な理由だ。A級程度なら一人で余裕を持って屠れるし、AA級でも二人で掛かれば難なく倒せる。

 当然、俺は二人に殺しをさせたい訳じゃない。だから捕縛メインで戦う。大体の手配書にはDEAD OR ALIVEと記載されている。要は生死を問わない、ってことだな。これがあるから、実戦経験を積ませるにははぐれ狩りがちょうどいいとも言える。

 それに生きている方が報酬は大きい。

 二人が討伐(捕縛)したはぐれの報酬は、二分にして二人に渡している。ピンからキリまであるが、安くない金額が二人の口座に振り込まれている。そこらのリーマンよりは多い資産があるはずだ。

 

 閑話休題。

 

 で、気軽に連絡を取れるようになった所為でサーゼクスとミカエルが同時に通信してきた。

 俺は特に考えもせずに同時に通信に出た。気付いた時には既に二人は顔を会わせていた。

 彼らも、まさか俺が自分にとっての敵対勢力と連絡を取っているなど思わなかったようで、一瞬の思考停止のあと激しく詰問してきた。

 そこに近衛のじいさんが通信をしてきた。その場を誤魔化すために通信を繋いだんだが、どうやらサーゼクスとミカエルは近衛のじいさんと面識があったらしい。……敵対者として。

 近衛のじいさんと言うよりは、じいさんのバックにいるメガロメセンブリア元老院という連中が、一方的に悪魔や天使、堕天使を嫌っているらしい。理由は人外だからということらしいが……。

 一悶着どころか二悶着、三悶着あったわけだが、会談を重ねている内に当人らに争う気持ちがないことが理解できたらしく、今では直接会って同じ卓に腰を下ろし飯を食う間柄だ。

 他の連中に知られたら動乱の引き金になりかねないため、彼らが非公開の会合をするのは我が家なんだが……咲や大輝、リニスが家にいるときもアポなしで来る所為で、三人の緊張感がどえらいことになる。

 正直な話、三人が束になっても勝てないのがサーゼクス達な訳で、最初は目を合わせただけで指一本動かさない状態に陥っていた。今は慣れもあるのか、そこまでではないが、それでも鉢合わせしないように我が家に来る時は慎重になっている。

 まぁ、サーゼクス達を前にして平常運転なエストと束は流石だが。

 はやても三人と面識はあるものの、事情を知らないため、反応がどうこうとなることはない。願わくば、ずっと何も知らないままでいてほしいものだ。

 

 またも閑話休題。

 

 

「取り合えずそっちは任せた。悪魔とか天使が海鳴(ここ)に入り込めば分かるが、人間は感知し辛い。と言うか、一々人間の出入りを気にしてたら気が狂う」

 

[うむ、任された。上には上手く話しておくわい]

 

[こちらもご心配せずとも上手く押さえてみせましょう。『四大熾天使(セラフ)』の名が伊達ではないことをお見せしましょう]

 

「部下を押さえるのに意気込みすぎだろ」

 

[はは、事と次第によっては君が敵になるんだ。手を抜くことはできないさ]

 

 

 サーゼクスの言葉は事実だ。と言っても、干渉してきた程度で各々の組織を壊滅させるつもりはない。

 どこかを潰せば、拮抗している世界情勢が崩壊して混乱を招くことは必定。

 彼ら人ならざる者が人間に不幸を(もたら)していることは知っている。だが、他勢力を気にして大きく動くことがないのも事実で、それが自然な形で抑止力になっているんだ。

 ただでさえ絶滅の危機に瀕しているというのに、大きな戦争をやるのは悪魔、天使双方にもう余力がない。だからこそ俺を、俺達を敵に回したくはないんだろう。

 

 俺はサーゼクス達に「頼むぞ」とだけ告げて、通信を切る。

 これで外からの干渉は気にしなくてもいいだろう。後は士郎に連絡して……。

 

 俺は頭の中で予定を立てながらその時を待った。

 

 

 

 

 

 天に昇っていた桃色の光の柱が晴れる。

 光の中から現れたのは、白を基調とした服を見に纏った栗色の髪を側頭部でツインテールにした少女、なのはだ。

 

 覚醒したなのはが内包する魔力量は、凄まじいの一言に尽きる。推定AAAってところか。

 俺の視線の先にある光の柱になのはが包まれてから(およそ)一分。少しデバイスの展開が遅いが、これは慣れればどうとでもなる。

 

 

〔……凄い〕

 

 

 俺の右肩に乗っているリニスが呆けたようにポツリと呟く。

 

 

「だな、正直嘗めてた。まさかこれ程までとは……っと、大輝が抜かれたぞ」

 

 

 視界の端で捉えていた大輝と思念体の戦い……と言うには、大輝に軍配が上がっていたが……大輝に押さえられていた思念体が、大輝にフェイントを仕掛け、脇をすり抜けた。

 

 

「態とだな」

 

〔はい。大輝はなのはに実戦の空気を味わわせるつもりでしょう〕

 

 

 なのはを守ることだけが目的じゃない。彼女が一人でも戦えるようにするのも目的の一つだ。

 そもそも、彼女自身がそれを良しとしないだろう。人一倍優しい娘だ、それで誰かが傷つけば自分を責めるのは目に見えている。

 

 

〔……優秀なデバイスですね。早速、主の役に立っています〕

 

 

 俺達の視線の先では、なのは達に接近した思念体が飛び掛かるのを、なのはが持つ杖型のデバイスが魔法障壁で防いでいた。

 

 

「俺の相棒は自動で障壁張ってくれないぞ」

 

〈主の場合はご自身で対処してしまわれますからね〉

 

〈我らが御主君にお力添えをする時は、攻撃時だけでよいのです〉

 

 

 俺の相棒こと、刃と無限が俺の愚痴を華麗に受け流す。

 

 

「……愛されてて泣けるよ、ホント」

 

 

 本当にそう思ってるから始末に負えない。俺でも対処できない攻撃はあるぞ。リカルド・シュレインの攻撃とかな……。

 

 

〔……宏壱?〕

 

 

 映像で見た長身痩躯の男を思い浮かべていると、リニスから声が掛かる。

 

 

「ん?なんだ、リニス?」

 

〔少し身体が強張っていますよ?〕

 

 

 無意識の内に身体に力が入っていたらしい。意識して身体から力を抜く。

 

 

「そんなことないぞ」

 

〔そう、ですか?〕

 

「それより、なのは達だ」

 

 

 怪訝な眼差しで俺を見るリニスを促して思念体と戦闘を続けるなのはに目を向ける。

 飛行魔法で拙いながらも思念体の攻撃を躱していくなのは。

 危うい箇所はあるが、咲と大輝のサポートを受けながら思念体を撹乱する。

 

 

〔咲より才能がありますね〕

 

「ああ。空間認識能力がずば抜けてるんだろうな。初めてであんな軌道で飛べば、普通なら上下が一瞬分からなくなるぞ」

 

 

 俺達の視線の先で、弧を描いて宙返りしながら攻撃を躱すなのは。

 なのはの才能ともう一つ、デバイスの補助が的確なお陰でもあるか。

 

 

「いいコンビだ」

 

〔ええ、同感です。強くなりますよ、彼女達は〕

 

 

 なのはの潜在能力、その片鱗を見た俺とリニスは互いに笑みを浮かべる。

 

 そうしてなのはがジュエルシードを封印しようとデバイスを構えたその時、接近する気配に気付いた。

 今日の昼休みに感じたものと一緒だ。

 新崎 勝吾……赤髪、緋色の目をした少年……の筈だが、目の色はそのままに金色の髪をしている。イメチェン、じゃねぇよな。

 その少年がなのはと思念体の間に割り込み、手に持つ何かを横凪ぎに振り抜く仕草をした。それを受けて思念体は吹き飛ばされる。

 何か……と言ったのは、見えないものだからだ。

 

 

〔今、何をしたんですか……?〕

 

「リニスにも見えなかったのか?」

 

〔はい。何かを握りしめているように見えますが……〕

 

「ふむ……武器であることは間違いないが……。構えかたからして、剣……か?」

 

 

 そう辺りを付ける。

 青を基調とした騎士甲冑を着た少年が、なのはに親しげに声を掛けている。しかし、闖入者に戸惑うなのは。

 そこにサポートに徹していた咲と大輝が、怒気を孕んだ表情で詰め寄る。

 当然だ。新崎 勝吾はなのはの邪魔をしたのだからな。

 あと一歩で封印……そんな時に割り込まれて怒らない者は少ないだろう。恰も助けましたよ……何て顔をされれば、温厚な咲でも怒りを感じずにはいられないだろう。

 

 

「もう一度やるみたいだな」

 

〔ですが、そう上手くはいきませんよ?〕

 

「だろうな」

 

 

 思念体はむやみに突っ込まず、なのは達の様子を慎重に窺っている。

 なのはの封印を警戒されたな。咲と大輝は封印魔法は使えない、そう踏んで突っ込み続けていた思念体が及び腰になっている(不定形のあの身体のどこが腰かは知らんが)。逃げの体勢だ。

 

 

「……さて、どうするのかねぇ?」

 

〔少し困難な状況ですが、心配していないのですか?〕

 

「咲と大輝がいるしなぁ。新崎 勝吾……あのガキがネックだが、二人なら上手くなのはをサポートできるだろ」

 

 

 そう話している間に咲と大輝で思念体の退路を断ち、進行方向を誘導していく。

 多彩な能力を活かして進路を妨げる咲に、高い身体能力を活かして行動範囲を制限していく大輝。

 …………手を出せずに唖然とそれを見る新崎 勝吾。ワレは何しに来よったんじゃ、ボケぇっ!って言いたくなるな。

 

 

「終わりだな」

 

〔はい、思念体がなのはの射線に足を止められました〕

 

 

 咲が土遁で思念体の行く先を完全に封じ、大輝が空に逃げた思念体を叩き落とす。そうしてできた隙になのはの砲撃が撃ち込まれた。

 桃色の光が思念体を呑み込んだ。

 

 

「封印完了、だな」

 

〔はい。……ですがこの惨状、結界を張っていて正解でしたね〕

 

「だな。咲の能力は地形を変えることもできるような規模の大きいものも多い。人里ではそうほいほい使える代物じゃない」

 

〔……結界に気付いていたのでしょうか?〕

 

 

 実はなのはがフェレットと接触した瞬間にリニスが封時結界を2km範囲に張っていた。

 隠密性に長けたもので、それこそリーゼでないと気付くことは困難なレベルだ。

 中に捕らえられた者も、外に弾き出された者も、発動の瞬間も、発動中の今も、な。

 とは言え、咲が気付いているか、か……。

 

 

「その可能性は低いな。あいつは案外抜けてるところがある。……見ろ、切り立った岩を見て慌てているぞ」

 

 

 俺が指差した先で咲が、どうしよう!とあたふたしている。

 まぁ、それも大輝の助け船で元に戻しているが……。

 そうして離れていくなのは、咲、大輝、フェレット、それと……クソガキ。去り際に咲と大輝の視線がこっちを向く。

 

 

《臨海公園で少し話を聞くことになりました》

 

 

 大輝からの念話だ。

 

 

《そうか……もう俺は必要ないな?》

 

《はい。詳しい事情はまた明日ということで》

 

《おう》

 

 

 そこで念話が切れる。初日ということで見に来たが、この分だと今後の活動も支障はないだろう。

 俺にも管理局の仕事がある。ずっと見ていてやることはできないし、心配のし過ぎは咲達を信頼していないことの証だ。

 

 

「帰るか」

 

〔はい〕

 

 

 そうしてなのはの初陣は、クソガキの闖入というトラブルはあったものの、快勝という形で幕を閉じた。

 

 結界を解いたことでなのはがフェレットと接触した後にできた損壊は跡形もなく消えたが、なのはがフェレットと接触する前の槙原病院の損壊は消えなかった。

 それらは、原因不明のガス爆発ということで片付けられたのだった。




祝☆一周年!

この~赤鬼転生記~が………………(活動報告に続きを書いております)


新崎君のダメさが出ていれば嬉しいかな、と思いながら書きました。彼の事はいずれ書く予定ですが、もう少し先になります。
暫くは宏壱を始め、咲、大輝の視点が多くなると思います。

では、また次回お会いしましょう。


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第六十八鬼~二個目~

side~咲~

 

 臨海公園に着いた私達はとりあえず近場のベンチに腰を下ろす。

 私となのはちゃんが並んで座り、ユーノ君はなのはちゃんの膝の上、大輝君と新崎君は私達の前で立っている。

 

 

「まずは自己紹介からだね。私はなのはちゃんの姉で、高町 咲って言います」

 

 

 なのはちゃんの膝の上に座るフェレットに言う。私に倣うように大輝君と新崎君、そして改めてなのはちゃんが軽く名乗った。

 

 

〔ユーノ・スクライアです。皆さん、助けていただきありがとうございました〕

 

 

 ぺこり、とお辞儀するユーノ君。フェレットのそんな姿に、「わぁっ」と歓声を上げるなのはちゃん。

 

 

「うん、よろしくね。それじゃあ事情を……の前に元の姿に戻れる?」

 

〔え……?〕

 

「咲お姉ちゃん?」

 

 

 私が“元の姿”と言ったのが意外だったのか、首を傾げるユーノ君。なのはちゃんは意味が理解できずに私を見る。

 

 

「待ってくれ咲さん。何をするつもりだ?」

 

「咲さんにも考えがあるんだよ、新崎。僕達は黙って見ているべきだ」

 

「たとえそうだったとしても、俺は咲さんの行為を見逃すことはできない」

 

「どうしてそう言うんだ? 理由があるなら言ってくれ」

 

「理由は……言えない。でも……!」

 

「大輝くん? 勝吾くん?」

 

 

 突然口論を始めた二人にあたふたするなのはちゃん。

 新崎君が言いたいのは、「原作と違うことをするな」ということだと思う。そう思うなら、始めから原作介入なんて考えなければいいのに。

 私達がいる段階で原作なんて有って無いようなものだし、人って自分が思っている以上に接する他人(ひと)に影響を与えるんだよ?

 それが良いものであれ、悪いものであれ、大きいものであれ、小さいものであれ……不快感、或は愉快感。そんな感情を植え付ければ、その時々での行動は違ってくるんだよ。

 この世界は事件が起きたら回り出すんじゃなくて、日々の積み重ねで回ってるんだから。

 まぁ、私達をただのイレギュラーとして捉えている彼には言わないけどね。

 

 

「二人共……少し黙って。今、大事なお話をしてるの」

 

「は、はい!」

 

「そうはいかない! 咲さん、あなたが――ズムッ!!――……ごふっ!?」

 

 

 まだ何かを言おうとしていた新崎君の脇腹に大輝君の肘がめり込む。新崎君は脇腹を押さえて踞った。

 十分に手加減された一撃だけど、無防備なところに攻撃を受ければ誰だって痛い。

 

 

「君は少し空気を読むべきだ。この場で咲さんに逆らうとかバカなのか? 普段はおっとりしてるけど――「大輝君?」――……ひゃい!」

 

 

 何事かを新崎君に小声で話していた大輝君に声を掛けると上ずった声で背筋を伸ばす。

 どうしてそんなに顔を青ざめさせているのかな? 不思議だね……ふふっ。

 

 

「咲お姉ちゃんの笑いが黒いの」

 

「何か言った、なのはちゃん?」

 

 

 隣でぽそっと呟いたなのはちゃんが首を千切れんばかりに横に振る。

 本当は全部聞こえてるんだけど……なのはちゃんは兎も角、大輝君は……鍛練の時が楽しみだね。……ふふふっ。

 

 

「話を戻そっか……。ユーノ君、元の姿に戻れないかな?」

 

〔い、今は無理、です……その、魔力が……〕

 

 

 言葉を詰まらせながら答えるユーノ君。そんなに怖かったかな?

 

 

「なるほどなるほど。じゃあ無問題だね」

 

〔え?〕

 

「だって魔力があれば良いんだよね? じゃあ私がユーノ君に渡せば問題ないよね」

 

 

 返事を聞かずにユーノ君の頭に触れてに魔力を流し込む。

 すると、ユーノ君が光に包まれた。そのままだとなのはちゃんの膝の上で元に戻っちゃうから、ユーノ君を包んだ光を地面に下ろすと直ぐに変化が起きて……。

 

 

「えええっ!?」

 

 

 なのはちゃんが声を上げる。

 その理由は、さっきまでフェレットを包んでいた光が晴れたところに金髪の男の子が立っていたからだった。

 

side out

 

 

 

 

 

side~宏壱~

 

「咲さんも唐突すぎますよ。あんな急にユーノを人間に戻すなんて」

 

「そ、そうか……」

 

「しかもユーノの泊まる家は僕ん家なんですよ? 聞いてませんよ、そんなの。母さんと父さんに説明するの大変だったんですから」

 

「そ、それは大変だったな……」

 

「宏壱さんも宏壱さんです。本当に帰っちゃうんですから」

 

「お、おう、わるい……」

 

 

 なのはが覚醒した翌日。昼休みの昼飯時。屋上で今俺は大輝の愚痴を聞いている。他に人の姿はない。

 

 昼休みが始まって早々に大輝に屋上に呼び出された俺は、屋上に着いて既に来ていた大輝に二十分間延々と愚痴を聞かされていた。

 その愚痴の内容に昨日の臨海公園での事が含まれているため、聞き流すことはできなかった。

 

 まずは自己紹介から始まって、次にユーノ・スクライアの姿を小動物から元の少年に戻した事、それからなのはやユーノ・スクライアの咲達に対する疑問に答えたこと。

 確かに咲と大輝の能力は純粋な魔導師に比べれば異様で異質なものだからな、聞きたいことは山程あるだろう。

 当然「この世界に転生する時に貰った力です」等と言える訳もない。そこは打ち合わせしてレアスキルということにしてある。

 大輝の力は魔力ではなく霊力を使っているため、この世界固有の力ということで押し通す事にした。

 事実この世界には、魔法を始め多くの力が存在している。

 

 ユーノ・スクライア。咲達に先日聞いていた通り、今回の事件……にまではまだ発展していないが、それも時間の問題だ……の当事者だ。

 彼が発掘したジュエルシードの輸送中に事故が発生、その影響でジュエルシードが次元空間にばらまかれて運悪く地球に落下。

 その事に責任を感じた彼はその身一つでジュエルシードの回収に単独で乗り出すも、敢えなく返り討ちにあってしまい、已む無く現地の魔導師に協力要請の念話を発信。

 その声を聞いて駆け付けたのがなのはだった。

 ユーノ・スクライア少年自身は苦肉の策でなのはに助けを求めたらしい。巻き込んだことを深々と頭を下げて謝っていたそうだ。

 なのははそれを許すどころか、ユーノ・スクライアに協力を申し出た。渋るユーノ・スクライアにごり押しで迫り、承諾させてその流れのまま咲と大輝、クソガキも協力することになった、というのが事の顛末だ。

 

 

「んで、今はお前ん家に居る、と?」

 

「はい。咲さんがユーノに魔力を渡して元に戻らせましたからね。さすがに女性ばかりの高町家に預ける訳にもいきませんし、かといって新崎は論外です。手を出さないでほしいと言った手前、宏壱さんに頼るのもどうかと思いますし……」

 

 

 で、消去法でいくと大輝の家ってなった訳か。

 

 

「なるほどねぇ……まぁ、あのクソガキには頼りたくねぇよな。……クソガキと言えばさ、あいつなんで金髪だったんだ? 確かあいつの髪色は赤じゃなかったか?」

 

 

 昨日見たクソガキを思い出しながら大輝に聞く。

 

 

「簡単ですよ。ユニゾンデバイスです」

 

 

 ……ユニゾンデバイス、ね。見えない得物もそのユニゾンデバイスの能力ってことか。

 

 

「入手経路は新崎の母親だそうです」

 

「母親?」

 

「はい。新崎・エレスタシア……それが新崎の母親の名前だそうで、管理局の開発部に所属している技術者だそうです」

 

 

 新崎・エレスタシア……あの女か。確か、新技術部のチーフを任されている女だ。

 幾度か会話をしたことがある。俺のデバイスの解析がしたいとかって話を持ちかけられた。

 刃と無限に搭載されている常時発動型の魔力変換機能は、未だ確立されていない新技術だ。

 現段階では、変換資質を持たない者は魔法術式に魔力変換のプログラムを書き込まないと、魔力変換された魔法を発動できないからな。

 その分、情報量が多くなって発動に時間が掛かる。ほんの数秒といえども、戦場ではその数秒が命に関わる。その上制御も難しい。だから誰もやりたがらない。

 要はその改善策として、俺の相棒を解析したいと接触してきたのだ。

 拒む理由は特にないし、海に恩が売れる。ということで暫く貸し出したのだが……分かったことは、殆どロックが固く掛けられていて何も分からない、ということだけだった。

 

 

「僕と咲さんはその事も特典に加えられているんだと結論付けました」

 

「特典って……そんなこともできるのか? 自分の生まれる家庭を決められるような」

 

「僕も咲さんもしませんでしたけど、多分できますよ」

 

 

 地球人と結婚した管理局員との間に生まれる、か。

 そんなことのためになんでも願いを叶えてくれるっていう特典とやらを使うか?

 別にミッドの人間だから魔法適性が有るとは限らない。

 両親が魔導師だからその子供も魔導師になれるとは限らない。

 リンカーコアは不透明な点が多く、研究が今でも進められているが、魔法適性と遺伝の関連性は無いとされている。

 管理世界ではリンカーコアを持った赤子が生まれやすく、管理外世界では生まれにくい。なのはやはやて、ギルさんのような突然変異はあるらしいが、管理世界に比べればその数は極めて少ない。

 しかも、魔法文化がないから覚醒することなく生涯を終える者も多い。この事からも、なのはの例は極めて稀だと言える。

 

 

「カリスマ的な何かと、ユニゾンデバイス、出自……新崎の特典はこれで三つです。僕と咲さんを転生してくれた人は、僕達に三つの特典を与えてくれました。順当に考えればこれで全部……だと思うんですけど」

 

「他にも何かあるのか?」

 

「いえ、確信もないですし、根拠がある訳でもないですけど……」

 

 

 どうにも煮え切らない様子の大輝。懸念材料でもあるのだろうか?

 

 

「僕と咲さんを転生してくれた人はこう言ったんです。――転生させた者は貴方を含めて二人――だと」

 

「ああ、それで大輝と咲は、俺がもう一人だと勘違いしたんだったな」

 

「はい。だけど、違ったんです。あの人“が”転生させたのは僕と咲さんでした。それは間違いありません。でも、僕達だけだなんて一言も言ってないんです」

 

「まぁ、俺を転生したのは蝶蝉だからな」

 

「しかも特典を貰ってないんですよね?」

 

「特典って意味じゃあこいつがそれに当たるのかもな」

 

 

 言いながら右手に一冊の本を出現させる。六法全書並みの分厚さを持った緑色の本だ。

 表紙には金刺繍で描かれた円の中に『劉』の文字、裏表紙には同じく金刺繍で描かれた円のに『蜀』文字。

 俺が持つレアスキルの一つ、『蜀伝の書』だ。

 千ページくらいあるがその殆どが白紙で、埋まっているのは百ページくらいだ。

 

 

「こいつは蝶蝉が餞別にくれた物だ」

 

「桃香さん達のプロフィールが載ってるんですよね?」

 

 

 大輝に「ああ」と頷きながら表紙を捲る。最初のページは白紙、それを捲るとページの半分に一人の少女の立ち姿がある。

 桃色の長い髪、見る者全てを癒すような暖かな笑顔を浮かべている。

 劉備玄徳。真名を桃香。俺の愛する女性の一人だ。

 半分を立ち姿に、もう半分を氏名、年齢、性別、身長、体重、スリーサイズ、趣味嗜好、好きなもの、嫌いなもの、性格、と詳細に個人情報が記され、その次のページには彼女自身の濃密な人生が……それこそ生まれてから死ぬまでの歩んできた人生録が文章化され、細かなところを省きながらも、四ページにわたりびっしりと記されている。

 それが愛紗、鈴々、星、朱里、と同じ要領で続き、優雪(ゆうしぇ)の人生録が終わったページから最後まで白紙が続く。

 

 

「僕には何が書かれているのか見えませんけど」

 

 

 大輝が言うように、この『蜀伝の書』は所有者である俺にしか閲覧できない。

 他の誰かが横から覗き込んでもただの白い紙にしか見えないのだ。

 

 

「そうなると刃と無限もその内、なのかもな」

 

 

 首に掛かっている二人の相棒を服越しに右手で握る。

 無機質な金属の感触だが、どこか暖かみのあるそれは、そこにあるだけで俺を安心させてくれる。

 

 

〈我らは貴方が得た力ですよ、主〉

 

〈この姿にして御主君と共に居れるようにしたのは蝶蝉ですが、貴方自身が培った全てを特典等という奇っ怪なものと一緒にしないでください〉

 

「……ああ」

 

 

 相棒二人の想いに嬉しくなる。それと同時に、特典と一括りにしたことに少しの申し訳なさが俺の心に生まれた。

 

 

「羨ましいです」

 

 

 と、正面に座る大輝がぽつりと溢す。

 

 

「何がだ?」

 

 

 発言の意図が分からず首を傾げる。

 

 

「僕はまだエストとそこまで親密になれていません」

 

 

 寂しそうに呟く大輝。

 彼の首には俺と同じようにネックレスが掛けられている。両刃の剣のネックレスだ。

 テルミヌス・エスト、大輝の相棒である剣精霊であるエストの待機形態だ。

 彼女ら精霊にとっての待機形態は休眠状態らしく、喋ることができないらしい。所有者が魔力を流し込む事で、休眠中の精霊を覚醒させる仕組みのようだ。

 

 

「それは時間が解決してくれる。真摯にエストと向き合い、ただの武器としてではなく、戦友(とも)として接してやれば、な」

 

「戦友……」

 

 

 そう呟き考え込む大輝に、俺は「ああ」と笑い掛けながら大輝の頭を乱暴に撫でてやる。

 

 

「わわわっ、もうっ、乱暴なんですからっ」

 

 

 そう可愛らしく(男にこんな表現はどうかと思うが)むくれる大輝。それでも嫌がることなく俺の手を受け入れていた。

 

 

「兎に角、そういうことがある以上まだ特典を隠し持っている可能性を考えないといけません」

 

「なるほどねぇ」

 

 

 誤魔化すように話の軌道を戻す大輝。

 大輝の言いたいことは分かった。クソガキにはまだ隠し玉がある可能性があるから気を付けろってことか。

 それからは多少の雑談を交わして俺達は昼休みを過ごすのだった。

 

 

 

 

 

side~大輝~

 

 昼休みに宏壱さんと話をしたあと、恙無く授業を終わらせた僕となのは、新崎はお稽古があるというアリサ、すずかと別れてジュエルシードの探索に乗り出していた。

 宏壱さんと咲さんは僕達より一限多いから合流は遅くなる。勿論合流するのは咲さんだけで、宏壱さんは別行動だ。と言っても、今日は用事があるらしく僕達を見ていることはできないらしいけど。

 特に心配する様子もなく「なのはを任せた」と言われた時は、彼の厚い信頼が垣間見えた気がした。

 

 

《大輝くん、そっちはどう?》

 

 

 鼓膜ではなく、頭に響くようにしてなのはの声が聞こえた。

 僕の傍になのはの姿はない。僕達はそれぞれ別個でジュエルシードの探索を行っていた。

 そんな中での思念通話。魔法を知ってからなのはは度々飛ばしてくるようになった。

 精神が成熟しているなのはでも、こういった子供らしいところはちゃんとあるんだなってお昼に宏壱さんと笑った。

 

 

《成果はないよ。海鳴はそれなりに広いし、たった二十個の石を見つけるんだ。数日で終わるような事じゃないよ》

 

《うん、そうだね。だけど、咲お姉ちゃんも大輝くんもずるいよ。魔法の事を黙ってるなんて》

 

 

 何と無く頬を膨らませているなのはが幻視できた。

 

 

《あはは、ごめん。でも伝えられる筈ないだろ? 魔法なんて言ったって誰も信じてくれないよ》

 

《そう……だけど》

 

 

 理由は何と無く分かるのだろうけど、納得いかない、そんな声だった。

 

 そんな他愛もない会話を続けながら探索していると……。

 

 

《――っ!? 大輝くんっ!》

 

《うん、感じた! なのはの位置が近い!》

 

 

 ジュエルシードだ。それの発動を僕達は感じた。

 原作知識で発動場所は知っている。八束神社だ。だけど、そこに留まれば不審感を新崎に与えてしまう。

 だから一ヶ所に留まらずに適当に歩き回っていた。

 その所為で少し距離を開けすぎたの痛いな。さっき言ったように、距離はなのはの方が近い。

 

 

《僕が行くまで待ってて!》

 

 

 この言葉に意味はないんだろうな、と思いつつも念のために言ってみる。

 

 

《でも、このままじゃ誰かが危ない目に遭うかも……!》

 

 

 そう叫んだなのはの息遣いは少し荒い。既に走り出しているみたいだ。

 

 

《分かった。ユーノと新崎に合流して先に向かっていて! 僕も直ぐに追い付く!》

 

《うん!》

 

 

 そこで念話が途切れる。新崎は神社の近くをさ迷っていたし、ユーノは僕よりも近い位置にいる。なのはと合流するのは彼らの方が早い。

 新崎は当てにならないけど、ユーノは十二分に頼りになる。彼ならなのはを守ってくれる筈だ。

 

 足を動かす速度を早める。その時、ジュエルシードが発動した方向で結界が発動されたのを感じた。

 

 

「もう戦いは始まってる。急がないと……!」

 

 

 流れゆく景色は加速していく。流石に人目に付くから電柱の上を走ったりとかはできない。

 それでも最大限の加速で駆ける。

 

 

「見えた……!」

 

 

 駆け出して五分ほどで目的地へと続く石段が見えた。その上でなのはの魔力を感じる。ユーノと新崎もいるみたいだ。

 

 石段の一段目に足を掛けながら首に掛けている剣のネックレスを握る。

 

 

――汝、冷徹なる鋼の女王。

 

 

 一足で七段目まで跳ぶ。

 

 

――魔を滅する聖剣よ!

 

 

 二歩目は更に力を込めて跳ぶ。

 

 

――いまここに鋼の剣となりて、我が手に力を!

 

 

 更に十五段飛ばして石段に三歩目を着く。石段を砕く勢いで最上段まで跳ぶ。

 

 

――魔王殺しの聖剣(デモン・スレイヤー)!!

 

 

 最上段に着地と同時にエストを展開する。

 右手には両刃の剣。僕の身長に合わせて長さは80cm程。

 鋼の剣だけあって重さはそれなりだけど、僕のこの体は並みの人よりも遥かに力持ちだ。

 

 そして視線の先には大きな犬の化け物、それに体当たりで吹き飛ばされた新崎。その犬の次の標的は……なのはだ。

 

 

「――っ!」

 

 

 既にレイジングハートを展開しているなのはに、飛び掛かる犬の化け物に僕は姿勢を低くして肉薄する。

 

 

「せやっ!」

 

 

 なのはと犬の化け物の間に割り込み、エストを両手で握り込んで斬り上げて弾き飛ばす。

 

 

〔ガウウッ!?〕

 

「「大輝くんっ/大輝っ」」

 

 

 僕の後ろで声を上げるなのはとユーノ。ユーノはなのはを守るように前に出て障壁を展開していた。

 ユーノ……見せ場を奪ってごめん。

 

 

「なのは、封印を」

 

 

 とりあえず、気まずそうに障壁を解除するユーノを見なかったことにして、驚くなのはにそれだけを告げ、突然割り込んだ僕を警戒する犬の化け物に肉薄する。

 

 

「しっ!」

 

 

 一足で犬の化け物との距離を詰め、突きを繰り出す。後ろに飛んで避ける犬の化け物に喰らい付き、更に突く。引いて、突く、引いて、突く、引いて、突く。

 単純な工程だけど、角度を変え、タイミングをずらし、突く……と見せ掛けて突かず、避ける方向を予測して突く。

 放たれる突きは一秒に三回。この攻撃は致命傷は与えられなくても、かすり傷を作り、確実にスタミナを磨耗させている。

 幾度も繰り返される僕の攻撃を犬の化け物は嫌がり距離を取ろうとするけど、まだまだ喰らい付いていく。

 僕にはジュエルシードの封印ができない。だから時間を稼ぐだけでいい。あとは……。

 

 

「大輝くんっ、避けて!」

 

 

 三分ほどでなのはの声が僕の耳に届く。それと同時に突きを止めて横に転がって避ける。

 ――ゴウッ!――と僕のいた場所を極太の桃色光線が貫き、犬の化け物を包んだ。

 少し冷や汗が出る。一秒遅れていたら巻き込まれるところだった。

 

 

「リリカル! マジカル! ジュエルシード封印!」

 

 

 あとに残ったのは青い菱形の石と犬だった。

 

 

「ふぅ……エスト、お疲れ様」

 

「……はい、ダイキもお疲れ様です」

 

 

 いつの間にか魔王殺しの聖剣から人へと姿を変えていたエストの髪を撫でながら労う。

 起きたばかりだからか、眠そうに目を擦っている。

 

 

「えっと……大輝くん、その子は?」

 

 

 ジュエルシードを回収したなのはが声を掛けてくる。その腕の中には、ジュエルシードに取り憑かれていたであろう小型犬の姿があった。

 そういえば、『鬼道』の話はしたけど、エストの事はなにも言ってなかった。

 

 

「この子はテルミヌス・エスト。僕の相棒だよ」

 

「そっか。エストちゃん、わたし高町 なのはって言います。よろしくね」

 

 

 簡潔な説明だったけど、なのはにはそれで十分なようで、エストに笑顔を向けている。

 そんななのはにエストも無表情ながらに「よろしくお願いします」と返していた。

 

 

「……ん……んぅ」

 

 

 微かな声が聞こえた。まるで「いまから起きますよ」と合図しているような声だ。

 発信源を見ると、植え込みの木に凭れさせられた女性がいた。

 

 

「なのは、あの人は?」

 

「多分この子の飼い主さんだと思うの」

 

 

 なのはが抱える小型犬の頭を優しく撫でながら言う。小型犬は安心しきっているのか、特に嫌がる素振りは見せなかった。

 

 

「僕達が来た時にはもう倒れていて、隙を見付けて勝吾があそこに運んだんだ」

 

「ふぅん」

 

 

 結界を解除したユーノの言葉に内心驚く。新崎……役に立ったんだ。

 吹き飛ばされて気絶している新崎を何となしに見る。彼の傍で、日の光に輝く金髪の髪を後頭部で大きな団子にした女性が介抱している。

 彼女は彼のユニゾンデバイスで、剣の師匠でもあるらしい。

 

 

「あ……れ……わた……し……?」

 

「大丈夫ですか?」

 

 

 目を覚ました女性に駆け寄って声を掛ける。まだ意識がはっきりしていないのか、開いた目は焦点が合ってなくて、中空をさ迷う。

 

 

「……え?」

 

 

 僕の声に反応して徐々に焦点が合ってゆく。

 

 

「あ……っ!」

 

「落ち着いてください。貴女は倒れていたんです。貧血かもしれません」

 

 

 急に立ち上がろうとした女性を、肩を押さえて押し留める。

 さっきまで気を失っていたのに、急に立ち上がるのは良くないと思う。

 

 

「だ、だけど……!」

 

「この子がわたし達を呼びに来てくれたんです。それで来てみれば……」

 

 

 傍に来たなのはが、抱える小型犬を女性に見せる。

 

 

「そう、この子が……」

 

 

 手を伸ばす女性に、なのはが抱える小型犬を近付ける。

 女性は慈しむように、愛おしむように「ありがとう」と呟いて、そっと撫でる。どこまでも優しく、優しく。

 

 

 

 

 

 夕陽が落ちるなか、去っていく女性と小型犬を見送る。その足取りはしっかりしていて、倒れるようなことはなさそうだ。

 

 

「じゃあ、僕達も帰ろう」

 

「うん!」

 

「はい、お腹が空きました」

 

「これ以上の探索は、体に無理をさせるだけだろうしね」

 

「遅くなったからな」

 

「マイスターも心配しておられるでしょう」

 

 

 僕の言葉に五者五様の言葉が返ってくる。

 新崎に続くようにして言ったのは、彼のユニゾンデバイスである女性、セイバーさんだ。

 彼女の言うマイスターは新崎の母親で間違いないと思う。

 

 

「じゃ、俺達反対だから」

 

「それでは、また」

 

 

 手を上げて去る新崎と、軽く会釈して去る新崎を追うセイバーさん。

 僕達もそれに答えて新崎達とは反対方向に向かって足を進める。

 

 フェイトとの邂逅まであと少し。僕達は着実に運命の出会いに向かって一歩を進めている。

 だけど、この時僕は……いや、僕だけでなく、咲さんや宏壱さんでさえ予想していなかった。強敵と(まみ)えることを……。

 

side out




新崎君……台詞最後だけですね。ま、まぁ、そんなに出番が多い子ではないので、問題ないっス。
因みに新崎君のフォローをしておくとですね……女性を安全なところに運んだあと、戻ろうと振り向くと既に犬の化け物の姿が眼前に……。
といった感じなので、無闇に突っ込んでやられたわけではないです。

では、また次回お会いしましょう。


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第六十九鬼~観戦~

side~咲~

 

「それじゃ、父さんは先に行くから」

 

「はーい」

 

「行ってらっしゃい」

 

 

 家を出る士郎お父さんをリビングから見送る私となのはちゃん。

 

 

「アリサちゃん達はもうすぐ来るの?」

 

「うん、そろそろだと思う」

 

「そっか。じゃあ早く食べちゃわないと」

 

「うん!」

 

 

 頷くなのはちゃんに微笑みながら目玉焼きが乗せられたトーストを口に運ぶ。

 うん、良い焼き加減。トーストはサクサクっとして目玉焼きの黄身は半熟でとろとろだ。流石桃子お母さん。

 

 今日は日曜日。学校もお休みでゆっくりできる日。

 それはジュエルシード集めも一緒で、疲れた体を癒す事が今日のすべきことなのです。

 そんな訳で今日は河原で行われるサッカー試合を観戦することにしました。

 と言うのも、そのサッカー試合に参加するチーム『翠屋JFC』を士郎お父さんがコーチ兼オーナーを務めているからなのです。

 そういう訳で今日は午前中は桃子お母さんと恭也兄さん、美由希姉さんが朝早くからお店の開店準備のため、既に家に居ません。

 

 

「大輝君、エストちゃん、ユーノ君、おはよ!」

 

「おはようございます、咲さん」

 

〈おはよう、ございます〉

 

「おはようございます」

 

 

 家を出て外で待っていた大輝君とその首に掛かっているネックレス状態のエストちゃんそしてユーノ君に朝の挨拶をすると、三者三様の返事が返ってきた。

 

 

「咲さん、なのはは……?」

 

「なのはちゃんなら――「もう、咲お姉ちゃん待ってよ~!」――……今出てきたよ」

 

 

 大輝君の質問に答える途中で、準備を整えて出てきたなのはちゃんが頬を膨らませて私を見る。

 

 

「大丈夫だよ。先に行ったりなんてしないから」

 

 

 宥めるように言いながら、「ね?」と隣で成り行きを見守っていた大輝君に振る。

 

 

「そうだよ、なのは。アリサ達だってまだ来ていないんだ。置いていく筈がないよ」

 

「アリサちゃんとすずかちゃんが来てたら置いていくつもりだったんだ……」

 

 

 じと目で大輝君を見るなのはちゃん。アリサちゃんとすずかちゃんを引き合いに出せば、そう思われるのは当たり前だよね。

 

 

「いや、そういうことじゃなくて、ええと……」

 

 

 じと目で睨むなのはちゃんに、身振り手振りで弁明しようとする大輝君。

 チラッ、チラッ、と助けを求めるように私とユーノ君に視線を送ってくる大輝君を意識して視界から外し、知った気配が近付いてくる方向に顔を向ける。

 

 

「おはよう、アリサちゃん、すずかちゃん」

 

「「おはようございます、咲さん!」」

 

 

 私の挨拶に元気よく返してくれるアリサちゃんとすずかちゃん。うん、誰もが見惚れる美少女っぷりだね。

 

 

「あ、アリサ、すずか! おはよう!」

 

「あ! 大輝くん、まだお話は終わってないの!」

 

 

 今が好機!と言わんばかりに、アリサちゃん達の下に駆け寄る大輝君。

 

 そうして家の戸締まりをして、私、なのはちゃん、大輝君、ユーノ君、アリサちゃん、すずかちゃんの六人で河原に向かう。

 その道中で歩ちゃん、新崎君、セイバーさんと合流、九人の大所帯となって移動する。

 歩ちゃんは私が、新崎君はなのはちゃんが誘っていて一緒に観戦をすることになっていた。

 

 

「今は練習中みたいですね」

 

「うん、ウォーミングアップ中だね」

 

 

 河原に着いた私達は土手の下に設置されているベンチに並んで腰掛ける。

 全員は座れないから、大輝君とユーノ君、新崎君、セイバーさんが立って見ることにして、私、歩ちゃんで一つのベンチに。なのはちゃん、アリサちゃん、すずかちゃんで私達の座るベンチの右隣のベンチに座ることになった。

 

 そうして試合開始まで雑談を交わしているものの一向に始まる気配がない。不思議に思って首を捻っていると……。

 

 

「遅れたか……?」

 

 

 それほど大きな声量でもないのに、こんな開けた場所ではっきりと耳に届いた低めの声。

 低いと言っても暗い感じじゃなくて、お腹に響くような声だった。

 この声には聞き覚えがある。毎日顔を合わせている彼のものだ。

 声のした方に振り替えれば、堤防の階段を下りている宏壱君の姿があった。

 

 

「どうしてあんたがここにいるのよ?」

 

「あ?」

 

 

 そんな彼に逸早く声を掛けたのは私の隣に座る歩ちゃんだった。

 小学五年生にしては鋭すぎる視線が私達を射貫く。別に本人にそんなつもりがないっていうことは分かっているんだけど……やっぱり一瞬身構えちゃうよね。

 身体を強張らせ、周囲に分からない程度に半身になって構えたセイバーさんに苦笑する。

 でも、今日はちょっと機嫌が悪い?……うーん?

 

 

《表に出てないですけど、なんだか困惑してる感じですね》

 

 

 私が宏壱君の表情を分析していると大輝君から念話が届く。

 

 

《困惑?》

 

《はい。僕達を見て、次に士郎さんを見たんです。その時、ほんの一瞬ですけど……すごく目が泳いでました》

 

 

 歩ちゃんとの会話を終えて士郎お父さんに近付いて、なにかを受け取る宏壱君を見る。

 

 

《僕達がここに居ること、士郎さんがここに居ること……知らなかったんじゃないですか?》

 

《そうかな?》

 

《後で聞いてみれば分かると思いますよ》

 

《そうだね。そうするよ》

 

 

 そこで、ピーッとホイッスルが鳴る。試合が始まった。

 宏壱君のポジションは前衛だ。たしか……ほ、ほ、ほわー?

 ……サッカーの事はよく分からないんだよね。

 あ、フォワードだって。大輝君がユーノ君に説明してる。

 所謂、アタッカー。守備じゃなくて、率先して前へ出てシュートに専念するポジションらしい。

 開始早々から『翠屋JFC』の子がドリブルでボールを蹴りながら、追っ手を引き離し相手ゴールに向かって駆ける。

 けれど相手も見ているだけじゃない。『翠屋JFC』の子達をマークしてパスを通さないようにしたり、ボールを持った男の子に駆け寄ってスライディングでボールを奪取しようとしたりと果敢に攻める。

 

 

「山口さん、パスっす!」

 

 

 そんな攻めを受けた男の子はボールの所持が困難だと思ったのか、先行するフリーの宏壱君に的確にボールを蹴り上げる。

 宏壱君の2m先で落ちたボールを、宏壱君より早く取ろうと相手のディフェンダーがボールに向かって駆ける速度を上げる。

 けど、それより早く宏壱君がボールを前に蹴り、走る。ここでなのはちゃん達から声援が上がった。

 

 宏壱君の前と横に味方は居ない。皆が宏壱君の後から走っている。

 孤立無援。そんな言葉が似合うくらいに彼は敵陣深くまで食い込んでいた。

 正面から宏壱君に迫る二人のディフェンダー。それを目で確認した宏壱君は足を止めて、足の甲にボールを乗せて浮き上がらせる。

 浮かせたボールが宏壱君の頭を越えた時、宏壱君は相手ゴールに背を向けてバク宙。

 その奇怪な動きに思わず足を止める選手達。応援していたなのはちゃん達も固唾を飲んでその行為を見入る。

 落下するボールを宏壱君の天に向けられた右足が蹴った。

 相手ゴールとの距離は7m。その距離をボールはかっ飛び、ディフェンダーの間を抜け、遅れて反応したゴールキーパーを嘲笑うかのように手をすり抜けてゴールネットを揺らす。

 どれ程の力で蹴られたのか、ゴールネットに刺さって数十秒間回転を止めず進もうとするサッカーボール。

 漸く勢いを無くし、重力に従って落下、テンテン、とボールの跳ねる音が静寂が包む河原に響いた。

 

 

「ふむ、テレビで見ただけだったが……できたな」

 

 

 静寂を破ったのは立ち上がり、埃を叩く仕草をする宏壱君だった。

 その余りにも冷静な言葉が河原に浸透するように響いて数秒。わっ!と河原が沸いた。

 

 

 

 

 

「凄かったね」

 

「うん。運動神経がいい人っているんだね」

 

「あー、話聞ければよかったのになー」

 

「仕方無いよ、アリサちゃん。用事があるって言ってたもん」

 

 

 なのはちゃん、ユーノ君、アリサちゃん、すずかちゃんがケーキを食べながら話す。

 話題はさっきまで行われていたサッカー試合だ。先制点を決めた宏壱君を中心に、ファインプレーを決めてゴールを守りきったゴールキーパーや相手選手を抜かせなかったディフェンダー、的確なパスをしてみせたミッドフィルダー等の話で大盛り上がりだ。

 

 今は試合後、私達は『翠屋JFC』の勝利祝いにお邪魔させてもらっている。

 その中に宏壱君の姿はない。用事があるということで、ユニフォームは後日洗濯して届ける、とだけ士郎お父さんに告げて帰ったのだ。

 因みに、試合は3ー0で『翠屋JFC』が勝利を納めた。宏壱君の最初の先制点で勢い付いた他のチームメンバーが奮闘した結果だ。宏壱君は先制点以外はサポートに徹していて、試合開始十分後に交代、あとはベンチで応援しているだけだった。

 

 

「にしても、あの山口が今日の試合に助っ人で参加するなんて思わなかったわ」

 

「ですね。僕もあの人が出てくるなんて思いませんでした。正直、やり過ぎないかハラハラしましたよ」

 

「案外、力加減とか得意だしそこは大丈夫じゃないかな」

 

 

 なのはちゃん達が座る丸テーブルの隣の丸テーブルで話をする私、歩ちゃん、大輝君。なのはちゃん達を挟んで向こう側に新崎君とセイバーさんが座っている。

 それぞれ思い思いにケーキとドリンクを頼んで満喫しているのだ。

 

 

「咲と大宮は山口から鍛練を受けているのよね?」

 

 

 一年ほど前に歩ちゃんの家族であるユークリウッド・ヘルサイズちゃんが悪魔に襲われたらしい。

 その時助けたのが宏壱君だった。悪魔の頂点の一人であるルシファーって悪魔の魔王城に殴り込み、もう狙わないように話を付けたそうで、その日からだ、宏壱君と歩ちゃんの距離感が妙に近付いたのは。

 そんな事情で私や大輝君のことも、能力と転生者ってことを伏せて、身体を鍛えてるということだけが彼女に伝わった。と言うのも、歩ちゃん自身も時偶宏壱君の家で組み手をすることがあるからだ。

 詳しいことは聞いていないけど、歩ちゃん自身にも特殊な力があるみたい。私のことを詳しく話していないから、聞き出すつもりはないけど。

 

 

「はい。これでもかなり力を付けたんですよ? それでも宏壱さんにはまだまだ敵いませんけど」

 

「あはは、仕方無いよ。年季が違うんだもん。百年以上鍛え上げて、戦線で戦ってた人と、少し前から漸く実戦を知った私達だと、比べるのも烏滸がましいよ」

 

「あいつが強いのは知ってるわ。あたしの勘違いで戦ったけど、最初の不意打ち以外でダメージを与えられなかったもの」

 

 

 続けて「しかもセラとの二人掛かりだったのに」と肩を落として言うと、歩ちゃんは目の前にある彼女自身が注文したコーヒーを飲む。

 士郎お父さんがブレンドしたコーヒーで、営業マンに人気らしい。私はちょっと苦くて飲めないけど、ミルクと砂糖を少しいれれば歩ちゃんは飲めるらしい。

 

 

「あの人と敵対とか考えたくないですね。正直、殺されないまでも人格崩壊ぐらいはされそうです」

 

 

 大輝君のしみじみとした言葉に、示し会わせたように頷く私と歩ちゃん。

 宏壱君だけじゃなくて、桃香さんや愛紗さん、鈴々ちゃんとか星さん、他にも多くの人が宏壱君の味方につくと思う。サーゼクスさんとかミカエルさんとか近右衛門さんとかね。あの人達は底が知れない。少なくとも宏壱君より強いのは確実だ。

 打算はあると思う。宏壱君一人味方につけるだけで多くの武芸の達人や戦略、戦術、軍略、政略を修めた賢人が付いてくるからどの組織も欲しがるはずだ。

 

 

「いずれにしろ、今は味方なんだし気にしなくてもいいと思うけど」

 

 

 歩ちゃんがそう締め括った。

 

 

 

 

 

《そういえば咲さん》

 

 

 翠屋で祝勝会を終えた私は、なのはちゃん、士郎お父さん、大輝君の四人で家まで帰ってきた。

 今日はジュエルシードの探索はお休みだから、自室のベッドの上でのんびりしているところだ。なのはちゃんも私と同様に部屋で休んでると思う。

 士郎お父さんは午後から翠屋に行くため、お風呂に入って汗を流している。

 

 因みに、アリサちゃんはアリサちゃんのお父さんとお出掛けで、すずかちゃんは忍さんとショッピングらしい。

 新崎君はセイバーさんと帰って鍛練をするって言ってた。

 

 

《大輝君、どうしたの?》

 

 

 のんびり、と言ってもやることがなかった私は、一度読んだ少女漫画を暇潰しに読んでいた。

 『幽霊になっても……』というタイトルで、タイトルを見ただけで内容の三割が分かる漫画だ。

 主人公の女の子が、交通事故に遭って死んで、好きだった男の子に想いを遂げられなかった主人公がその事を未練に思って幽霊になってしまう。

 最初は友達以上恋人未満な二人の日常風景。そして二人をくっつけようと画策する主人公と男の子の友人達。

 一巻はそんな日常風景で終わりなんだけど、二巻目の冒頭で主人公が夜道で車に撥ねられて死んでしまう。悲しみに暮れる主人公の想い人と友人達。そして足がなく、身体の透けた主人公が目を覚ます……ところで二巻目終了。

 三巻目からは主人公が男の子の着替えを覗いたり、トイレを覗いたり、入浴中を覗いたり、寝顔を覗いたり、臓器を覗いたりするというまさかの展開だった。

 一巻平均して二百ページあるんだけど、三巻目から六巻目まで、主人公が男の子をいろいろ覗く話だった。

 この作品は既に完結していて、全七十三巻まである長編だ。

 最終話では、主人公が想い人の男の子を呪い殺し、男の子の魂を地獄に引きずり込んで完結するっていうホラー展開で終わる。

 

 今は『幽霊になっても……』の三十七巻目、主人公が除霊師のおばあさんを憤死させたところまで読んだ。そんな時に大輝君から念話が届いた。

 大輝君はユーノ君と一緒に魔法談義に華を咲かせるって言ってたんだけど……何の用だろう?

 

 

《その……今日、サッカー試合ありましたよね?》

 

《え? うん、そうだけど……大輝君も居たよね?》

 

 

 大輝君の言葉はよく分からない質問だった。もしさっきまで一緒に居たのが彼じゃなかったら、一体誰だったんだろう?って話になっちゃうよ。

 

 

《そうなんですけど……何か忘れているような気がするんです》

 

《忘れている?》

 

《はい……原作関連で……》

 

 

 そう呟いて、思考を垂れ流す大輝君。

 

 

《サッカー……原作……なのは……原作……宏壱さん……は関係ない。……うーん?……今の時期の原作と言えばジュエルシード関連の筈……》

 

 

 一つ一つ言葉を繋げる大輝君。私も少し考えてみる。大輝君に言われて、私にも何か引っ掛かるものがあったからだ。

 サッカー……なのはちゃん……ジュエルシード……選手……ゴール……キーパー?

 

 

()()()()()()()

 

 

 私と大輝君の思考がリンクした瞬間だった。どうやら大輝君も同じ結論に至ったらしい。と言うか、思い出したのだ。今日はジュエルシードの発動する日だと。

 

 

《咲さん!》

 

《分かってる!》

 

 

 私は『幽霊になっても……』をベッドの上に放り出して、急いで出掛ける準備を始める。

 そして準備が終わった時に……遠くでジュエルシードの発動を私達は感知して慌てて家を飛び出したのだった。

 

side out




凡一ヶ月の更新停滞……。
別にエタったわけじゃないんですよ?ただ、とある小説にドハマリして進まなかっただけなんです。これからも面白い小説(それなりに話数があるもの)を探すので、更新頻度は確実に落ちます。小説漁りが止められません。
月に一度は更新するので、ご勘弁ください。

では、また次回お会いしましょう。


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第七十鬼~後悔しながらでも前へ~

side~なのは~

 

 今年の春、わたし、高町なのはは魔法の力を得ました。温かくて、力強さがある。そんな不思議な力です。

 それは昔、小学生になる少し前に出会った男の子、コウくんが見せてくれたものと同じ力でした。

 今でも瞼の裏に焼き付いているタネも仕掛けもなく掌に突然現れて揺らめく深紅の炎、どのビルよりも高い位置から見た夜景。

 コウくんに掴まって空を飛んだ時に感じた風を、わたしは今自分の力で感じることができます。

 

 

 

 

 

 彼に近づける気がして、少し舞い上がっていたんだと思う。

 本名も、当時の面影も、声も覚えていない。コウくんと出会った証しは、わたしの胸の中にある暖かさと首に掛かっているロケットペンダント、それと部屋のクリップボードに貼られた幾つかの写真だけ。

 わたしは彼に憧れている。独りだったわたしに優しく話し掛けてくれたコウくんに。

 わたしもコウくんのように誰かの力になりたい、誰かを助けたい。そう思うようになった。

 

 魔法を使えばそれが叶うと思っていた。

 

 

「……わたしの所為だ」

 

「なのは?」

 

「ねぇ、ユーノくん。人を取り込むとより強力になるんだよね?」

 

 

 とあるオフィスビルの屋上から、眼下に広がる樹海と化した街並みを見ながらユーノくんに聞く。

 わたしの傍には、咲お姉ちゃん、大輝くん、ユーノくんが居る。勝吾くんとセイバーさんはこっちに向かっている最中だと念話で連絡があった。

 

 

「間違いないと思う。人の想いは動物の欲求よりも遥かに強いんだ。同じ想いでも、犬の強くなりたいというのと、人の強くなりたいでもかなり違ってくる筈だよ」

 

「……そっか」

 

 

 ユーノくんの解説に生返事を返す。

 わたしには心当たりがあった。今日のサッカー試合、その戦勝会でわたしは見ていた。ゴールキーパーの男の子がポケットに青い石を入れるのを……。

 その時は気のせいだと思っていた。最近何度も目にしてきた物だから、似た物を見間違えたんだと、そう思った。

 だけど……気のせいなんかじゃなかった。あの時見た物はジュエルシードで間違いなくて、それが封印処理されないままこうして暴走している。

 全部、わたしの所為だ。あの時確かめていれば、もっと気に掛けていれば……こんなことにはならなかった!

 

 

「どうしたら収まる……かな?」

 

 

 悔いるのは後でもできる。今はこの状況を何とかしないと……!

 

 

「発生源を、ジュエルシードを封印してしまえば元に戻る。それは変わらないよ」

 

「分かった」

 

 

 ユーノくんの言葉に頷いて、既に展開しているレイジングハートの柄を強く握る。

 

 

「だけど、もっと近づかないと……」

 

「ジュエルシードの位置を特定するのは難しいよ」

 

「僕が見てこようか? 成長も緩くなってるし、これぐらいなら楽に跳び回れるけど?」

 

 

 ユーノくん、咲お姉ちゃん、大輝くんが言う。

 大輝くんに任せても良いのかもしれない。だけど、ダメだよね?

 これはわたしが招いたことだもん、自分で何とかしなきゃ。

 

 

「咲お姉ちゃん、大輝くん、ユーノくん……わたしに任せてくれないかな?」

 

「え?」

 

「なのは?」

 

「……」

 

 

 ユーノくんは目を丸くして驚いていて、大輝くんは訝しげにわたしを見る。咲お姉ちゃんは何も言わずに、わたしの目を探るように見ていた。

 

 

「やれるんだね?」

 

「できる、そんな気がする」

 

「……うん、分かった。じゃあ、お姉ちゃんは何もしない。なのはちゃんの力でやってみせて」

 

「うん!」

 

 

 今までは咲お姉ちゃんと大輝くん、それにユーノくんの力を借りてジュエルシードを封印してきた。

 その方が早くて、安全で、確実なものだったから。

 もちろん、魔法の練習は合間を見つけてやってきた。

 レイジングハートの組んでくれた練習方法、仮想空間でのシミュレートの戦闘もマルチタスクを使って数日間繰り返した。

 対戦相手はジュエルシードの暴走体だけじゃなくて、封印時に見た咲お姉ちゃんと大輝くんだったこともある。レイジングハートに記録された二人はすごく強くて、今のわたしじゃあ全力で挑んでも勝ち目がなかった。

 それでも強くなっている気はしていた。着実に力を付けている。そう実感が持てていた。だから……。

 

 

「やろう、レイジングハート」

 

〈Yes My Master〉

 

 

 わたしの意を汲んでくれるレイジングハートにありがとう、と返してレイジングハートを空に向ける。

 

 

「リリカル、マジカル……探して、災厄の根元を!」

 

〈Area Search〉

 

 

 空に向けたレイジングハートから一条の桃色の光が昇った。それは中空で弾け、四方八方に散る。

 幾筋もの光が街を飛ぶ。それは不思議な感覚だった。光の視点、と言えばいいのかな? 幾つもの映像が閉じた瞼の裏に浮かぶ。

 

 

「なのは!」

 

「新崎、今は静かにしてくれ。なのはがジュエルシードを探してるんだ」

 

「何で手伝わないんだ! 俺も――「なのはちゃんの邪魔になるから黙っててね」――……ごふぅっ!?」

 

 

 集中しきれない。今、わたしの周りで何が起きているのかすごく気になる。

 勝吾くんが来たのは分かったけど、咲お姉ちゃんは勝吾くんに何をしたのかな? 勝吾くんの声が聞こえなくなったよ。

 

 

「咲さん! あれ!」

 

「大輝君もなのはちゃんの邪魔をするの?」

 

「ち、違いますよ! あそこです! 見えませんか?」

 

「あそこ?……あれって」

 

「見えますか?」

 

「うん。でも、なんで……」

 

「分かりません。でも、あの人に任せておけば向こうは問題ないです。僕達はこっちに集中しましょう」

 

「……そう、だね」

 

 

 そこで咲お姉ちゃんと大輝くんの会話が終わる。

 あの人って誰だろう? 何かあったのかな? そう思うけど、今は集中しなくちゃいけない。別のことを気にするのは後でもできるから。

 

 

「………………見付けたっ」

 

 

 そうして十数秒、一際強く魔力を放つ場所を見付けた。

 魔力の繭で守られた男の子と女の子が抱き合うようにして巨木の窪みに居た。

 

 

「レイジングハート、ここから……封印、いける?」

 

〈Of Course Master〉

 

 

 レイジングハートから頼もしい声が返ってくる。

 出会ってまだ一週間も経っていないけど、もうずっと長く一緒にいるように思う。それだけレイジングハートと出会った日から今日までが濃厚な時間だったってこと。

 

 

〈Shooting Mode〉

 

「え?」

 

 

 レイジングハートが淡い光を放って形を変える。

 丸びを帯びた先端が槍のように伸びて二股に分かれた。

 

 

「これって……」

 

「凄い。今の状況に合わせて形態を変えたんだ。なのは、これなら離れたところからでも封印できるよ!」

 

「これで……うん!」

 

 

 ユーノくんの言葉に強く頷いて、見付けたジュエルシードの反応する方へ二股の先端を向ける。

 

 

「捕まえて! レイジングハート!」

 

 

 レイジングハートから放たれる桃色の閃光。それは真っ直ぐにジュエルシードのもとへ向かい……ジュエルシードを捉える。

 

 

「リリカル、マジカル……ジュエルシードシリアルⅩ、封印!」

 

 

 わたしが呪文の言葉を発すると共に、捕らえたジュエルシードに一際強く魔力が注ぎ込まれ……封印に成功した。

 その証拠に街を覆っていた巨木は傷跡だけを残して跡形もなく消え去った。

 

 

「……」

 

 

 ジュエルシードを引き寄せ、レイジングハートの格納領域に仕舞って傷跡を見下ろすわたしに声が掛けられる。

 

 

「おお! やったな! なのは!」

 

 

 声のした方を見ると、赤色の髪を金色に染めた勝吾くんが居た。

 

 

「……勝吾くん」

 

 

 いつもはすっと心に入ってくる勝吾くんの言葉も、今のわたしには少し軽薄に感じた。

 

 

「なのはちゃん……どうかしたの?」

 

「……咲お姉ちゃん」

 

 

 わたしの顔を覗き込んで心配そうに声を掛けるのは咲お姉ちゃん。

 栗色の髪の毛を三つ編みにして肩から胸元に流した髪が揺れる。

 血の繋がりはないけど、何時も優しくて、わたしを本当の妹のように可愛がってくれる大好きなお姉ちゃん。

 同級生の男の子が微笑みの女神なんて呼ぶくらい笑顔を絶やさない咲お姉ちゃんの今の顔は、少し憂いを帯びて見えた。

 

 

「……咲お姉ちゃん、わたしね」

 

「うん」

 

「気付いてたの」

 

 

 自然と言葉が出てきた。

 咲お姉ちゃんが悲しい顔をしているのが嫌だった。話せば余計に咲お姉ちゃんは悲しい顔をする。それは分かっているんだけど、喋らないでいる方がもっと悲しませる……そう思ったら言葉が出てきた。

 

 

「ジュエルシードをゴールキーパーの男の子が持っていることに気付いてたの」

 

「うん」

 

「でも気の所為だと思った。見間違いだって……思ったの」

 

「うん」

 

「だけど……違った。あの時、わたしが確り確認していればこんな大事にはならなかった。事前に防げた筈……なんだよ」

 

「……そっか」

 

 

 咲お姉ちゃんは相槌をうつだけ。

 ただわたしの言葉に、独白に耳を傾けて頷くだけだった。

 慰めの言葉も、叱責の言葉も言わない。でも、それがなんだかわたしは嬉しかった。少しだけ、ほんの少しだけ沈んだ心が軽くなった気がした。

 

 

「気にするなよ、なのは!」

 

「……勝吾、くん?」

 

 

 そんな中、声を大にして言ったのは勝吾くんだった。

 

 

「失敗するのは当たり前だって! 次頑張ればいいんだよ!」

 

 

 満面の笑みを浮かべて続けられる勝吾くんの言葉は、やっぱりどこか軽くて、無責任に感じた。

 

 

「……そう、だね」

 

 

 軽くなった心がまた重くなる。次頑張れば……なんて思えない。

 お店でお手伝いをしている時にお皿を落とした事があった。

 その時にお母さんとお父さんが「次、気を付ければいい」「今度は落とさないように頑張れば」そう言ってくれた時とは違う。

 ジュエルシードの暴走に次なんて無い。今日それが分かった。失敗すると冗談や嘘じゃなくて、本当に海鳴市が大きな危険に曝される。

 

 

「はぁ、新崎は黙っていてくれ。咲さんに任せて僕達は静観していればいいんだよ」

 

 

 大輝くんが深く溜め息を吐いた。

 勝吾くんの言葉を大輝くんが否定するのは何時ものことだけど、ジュエルシードに関わってからは大輝くんの言葉遣いがキツくなってる気がする。

 

 

「何だとっ! 大輝、お前それでもなのはの友達か!」

 

「そうだよ。僕は新崎よりもなのはとの付き合いが長い」

 

「付き合いの長さなんて関係ないだろ! 友達が落ち込んでたら声を掛けてやるのが普通だ!」

 

「言葉を連ねるだけが優しさじゃないよ。ただ見守るってことも大事なんだ」

 

「お前が何も言えないからってそれを人に押し付けるなよ!」

 

 

 冷静な大輝くんと熱くなっていく勝吾くん。

 正直、今はわたしの傍で喧嘩しないでほしい。

 

 

「坊主共……こんなところで何をしている?」

 

 

 大輝くんと勝吾くんが言葉の応酬を繰り返すのを黙って見ていたわたし達に、そんな言葉が投げ掛けられる。

 声のした方を見ると、下の階に続く階段の扉の前に水色の作業着を身に纏い、モップとバケツを持ったおじいさんが立っていた。

 身長はお父さんやお兄ちゃん、宏壱さんよりも高く、肩幅も広く作業着に余分な隙間はなくて、今にもはち切れちゃいそうな程にパンパンだった。

 綺麗に脱色した白髪はオールバックに整えてある。それがわたし達を見据える鋭い眼光と相俟って、ジュエルシードの思念体や暴走体以上の威圧を感じさせた。

 

 

「……ここは関係者以外立ち入り禁止だ。どうやって入ったか知らんが、早急に出て行け」

 

「「は、はい!」」

 

 

 言い合いをしていた大輝くんと勝吾くんは、声を揃えて返事をして慌てて非常階段に向かう。わたしと咲お姉ちゃん、ユーノくんも二人に続く。

 非常階段は外から入れないように柵が設置されていて、わたし達が出て行けるようにおじいさんが柵の扉を鍵で開けてくれた。大輝くんと勝吾くんはおじいさんに頭を下げて、競うように階段を駆け降りていく。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 鍵を開けて扉を開いてくれたおじいさんにお礼を言って深く腰を折る咲お姉ちゃん。

 

 

「「あ、ありがとう、ございます」」

 

 

 わたしとユーノくんはおっかなびっくりで、言葉を詰まらせながらなんとか言い切った。

 

 

「……構わん」

 

 

 すごく重たい声で答えるおじいさん。

 ……どこかで見たことがあるのかな。誰かに似ているような気がする。

 

 

「……どうした? 行かんのか?」

 

「っ!? い、いえ! 失礼します!」

 

 

 おじいさんの顔に既視感を覚えて見ていると、頭上から重たい声が拳骨のように降ってきて体を震わせる。

 少し怖いおじいさんだ。そう思って先に階段を降りている咲お姉ちゃん達を追おうとおじいさんに背中を向けて足を一歩踏み出すと……。

 

 

「……待て」

 

 

 それを制止する声が掛けられた。

 

 

「え?」

 

 

 声に振り向けば、おじいさんがわたしの目を見据えていた。

 ここにはわたしとおじいさんしか居ないわけで、誰がわたしを呼び止めたのかは確認しなくても分かる当たり前のことだった。

 

 

「答える必要はない、聞くだけでいい」

 

 

 おじいさんはわたしが何かを言うよりも早く言葉を繋げる。

 

 

「……後悔するのなら悩め。どこまで行ってもそれを解決するのは君自身だ。俺は勿論、君の姉や御両親、友人では解決できん」

 

 

 ゴク、と喉が鳴る。おじいさんの目はどこまでも真剣さの色を宿していて、わたしに何かを伝えようとしてくれているのが分かった。

 

 

「……だが、悩みすぎると却って詰まる。君は独りではないようだし、話せる友人も多そうだ。時には言葉にして吐き出すのも良いだろう」

 

「……おじいさんは後悔したことってあるんですか?」

 

 

 気付けばそんな言葉がわたしの口から付いて出ていた。

 

 

「……ある。一度や二度じゃない。何度も何度も過ちを繰り返し後悔してきた。今でも「あの時ああすれば」「こうしていれば」そんな“もしも”や“たられば”を考えなかったとは言えない」

 

 

 わたしから視線をはずして空を見上げるおじいさん。その声は少し震えていて、何かを堪えているようだった。

 

 

「だがな……過去には戻れん。過ちを犯しても、悔いがあろうとも、振り返ろうとも……進むしかない」

 

 

『進むしかない』その一言が染みるようにわたしの中に入ってきた。

 

 

「……俺達は生きている。生者に出来るのは前進か、停滞の二つだ。後退はない。停滞も良いだろうが、それでは進化がない。……それならば、前を見て進んだ方が世界が鮮やかに見えると思わないか?」

 

 

 そう言ってわたしの顔を見たおじいさんは微笑んでいた。どこまでも優しく、見守るように、包み込むように……。

 

 

「……どうしたのーっ、なのはちゃーん!」

 

 

 下から咲お姉ちゃんの呼ぶ声が聞こえた。

 

 

「さあ、行きな。下で待っている君の姉や坊主共が心配している」

 

「はい! ありがとうございました!」

 

 

 声を張っておじいさんに返したあと、頭を下げてお礼を言う。

 

 

「……なんの礼か知らんが……どういたしまして」

 

 

 そこで歯を見せて満面の笑みを作ったおじいさんは「用は済んだ」と伝えるように、わたしに背中を向けて屋上の清掃を始めるおじいさん。

 その笑顔に既視感を覚える。だけど、今気にすることはそんなことじゃない。

 振り返ろうとする体を足を進めることで阻止する。

 ステンレスでできた階段を駆け降りながら決意を固める。

 後悔しても後退はできない。停滞するか、前に進むかしか道がないなら……わたしはおじいさんが言う鮮やかな世界を見るために前に進みたい。

 後悔するなら全力を出しきりたいから……。

 

 

 

 

 

 

「いい顔つきになったね、なのはちゃん」

 

「うん。わたし、決めたの。前に進むって」

 

「そっか」

 

 

 咲お姉ちゃんが体を揺らすと、ちゃぷん……、とお湯が跳ねる。

 帰ってきて早々わたしと咲お姉ちゃんはお風呂に入っている。

 アリサちゃんやすずかちゃんのお家ほど広いお風呂じゃないけど、わたしと咲お姉ちゃんが入るくらいなら十分に余裕がある。

 当然、体はもう洗い終えていて、今は湯船に並んでつかっている。

 

 

「あのおじいさんから何か聞いたの?」

 

「え? どうして?」

 

「くすくす……分かるよ。だってなのはちゃんの雰囲気が封印時の時と違うもん」

 

 

 咲お姉ちゃんはよくわたしを見てくれている。

 頑張れば誉めてくれるし、危ないことをすれば叱ってくれる。お母さんやお父さん達よりも、誰よりも早くわたしの行動に反応を示すのは咲お姉ちゃんだ。

 でも、わたしがしたいと思うことを否定したことは一度もない。何時も「なのはちゃんのしたいようにすればいいと思うよ。私はしなくて後悔するより、やりたいことをやって後悔した方がスッキリすると思う。その方がなのはちゃんも納得するよね?」そう言って背中を押してくれる。

 今回のジュエルシードに関わる時もそうだった。

 

 

「じゃあ、明日からまた頑張ろう。やっぱり危険だよ、ジュエルシードは」

 

「うん!」

 

 

 固めた決意を更に強固なものにする。後退も、停滞もしない。全力前進……それだけを心に秘めてわたしは咲お姉ちゃんと一緒に英気を養った。

 

side out




今回は、なのはの落ち込んだ感じが難しかったです。
新崎 勝吾の軽い感じと言うか、重みの無い感じを出す方に力を入れるとどうも他に割く余力が……。まぁ、新崎 勝吾の軽い感じを出せているかも正直微妙ですけどね。

では、また次回お会いしましょう。


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第七十一~巻き込まれたお嬢様~

side~宏壱~

 

 爽やかな風が俺の髪を靡かせる。

 今日は日曜日で晴天、運動するには最高だ。特にサッカー。サッカーは良いな。仲間と団結して相手の陣を崩し、僅かな隙間を縫って相手ゴールにシュート。実に爽快だ。流れる汗も爽やかさを演出する格好のスパイスになる。

 

 

「山口さん、パスっす!」

 

 

 二歳年下の少年から声が掛けられ、蹴られたサッカーボールが少年の斜め前を駆ける俺のもとに迫る。

 

 

「ナイス!」

 

 

 難なく足で受け止めて、勢いを殺さずそのまま駆ける。

 駆けていると外野から「いっけー!」とか「そのままゴール!」や「突っ走れー!」等の声援が聞こえる。少年の甲高い声に混じって、少女の黄色い声も聞こえた。

 

 ゴールまで凡7m。正面のディフェンスは四人、後ろから三人迫ってきているのが分かる。

 何処と無く彼らの放つ気迫には嫉妬が混ざっている気がする。

 

 

「くっそー! あいつ、高町さん達から声援受けやがってぇっ!」

 

「転かして恥をかかせろ!」

 

「一瞬で抜いてやる!」

 

 

 ……気がするじゃなくて、嫉妬だったな。

 俺に声援を送るのはなのは、すずか、アリサだ。他にも、咲と相川、大輝、ユーノ少年……あとクソガキが河原に設置されたベンチから応援の声を上げている。

 俺は今日まで知らなかったが、なのは、すずか、アリサ、咲、相川は海鳴の五代天使と呼ばれているらしい。

 そんな彼女達から、一身に声援を浴びている俺が許せないんだろうが……彼女らに他意はなく、応援以外の何物でもないだろう。

 

 

「ふっ……!」

 

 

 ゴールまで5m。ドリブルで進めていたボールを踵で頭より高く浮かせる。

 それが頂点に達し、落下する寸前で相手ゴールに背を向けて地面に背中が平行になるように跳ぶ、落下してくるボールに右足を叩き込む。

 踏ん張りの利かない中空での蹴りは威力が落ちる。それを振り上げの遠心力で補い、尚且つ常人を上回る俺のキック力でボールを蹴り飛ばす。

 歪に形を変えたボールは誰にも邪魔をされることなく、5m先のゴールネットに突き刺さった。

 

 

「ふむ、テレビで見ただけだったが……できたな」

 

 

 それを地面に寝そべったまま見届けた俺は、昨日DVDで見たものを思い出しながら立ち上がる。

 河原を静寂が支配している。一秒、二秒、三秒、四秒……きっかり十秒経った時、味方の歓喜、敵の嘆き、観客の喝采が合わさり、静寂が砕け、わっ、と場が沸いた。

 

 まずは一点。これは先制点に過ぎない。ここからはチームワークが物をいうだろう。俺のマークは厳しくなり、パスが通り難くなるのは明白。

 全力を出す訳にはいかない以上、さっきより派手な行動はできない。

 だから、今出せる全力で挑む。俺達の戦いはまだ始まったばかりだ……!

 

 

 

 

 

 時は三日前に遡る。

 場所は聖祥大付属小学校5-Bの教室。現在は昼休みだ。

 なのはの覚醒から数日。順調にジュエルシードを集めているようで、咲に聞いた話では、既に幾つか回収に成功しているらしい。

 なのはの成長も著しく、封印魔法も上手く扱えるし、空間把握能力が高いお陰で空を縦横無尽に飛び回れるらしい。順調に力を付けているようでなによりだ。

 

 

「なぁ、山口ちょっといいか?」

 

 

 そんな事を考えながら自分の席で弁当を食っていたら、クラスメイト少年Aが話し掛けてきた。

 

 

「なんだ、磯辺か」

 

「いや、西沢だけど!? 一文字もあってないし!」

 

「……知ってた。知ってたゾ?」

 

「俺の目を見て言えよ!」

 

「それで?」

 

 

 クラスメイト少年A改め、西沢○○君に用件を聞く。

 

 

「言っちゃいけない名前みたいになってないか?」

 

「気にするな、西沢○○君。それと俺の心を読むな」

 

「読んでない。声に出てた」

 

「……」

 

「……」

 

「……それで、何の用だ?」

 

 

 俺の席だけ妙な沈黙が支配する。

 気不味いものを感じた俺は、本筋に話を戻すことにした。

 

 

「……今度の日曜日って何か用事があったりするか?」

 

 

 俺が誤魔化したことにツッコミを入れることなく話を進める西沢。

 

 

「日曜?」

 

「ああ」

 

 

 休日の予定を思い浮かべる。

 管理局は……非番。咲と大輝との鍛練も今回の件が収まるまでなし。束が来る予定もない(俺の都合を考えずに急に現れるから、予定なんて有って無いようなものだが)。買い出しとかもないし、何もなければはやての家に泊まるくらいか……。

 

 

「……特にないな」

 

 

はやての家に行くのは晩飯前になる。そう決まっている訳でもないが、特に何時に行くとか約束をせずに行くから時間はある。

 

 

「そうか。じゃあ、サッカーをしてみないか?」

 

 

 

 

 

 と、そう誘ってきた西沢の言葉に頷いた結果が冒頭だ。

 と言っても、俺は西沢の替わりだ。何でも、西沢は家の用事があって出られないらしい。

 一応人数的な余裕はあるそうだが、念の為に補欠で居てほしいって話だった。

 まぁ、居るだけなら良いか、とも思ったし、偶には子供らしいことをするのも悪くない、とも思った。

 そんな経緯があって了承したのだが……西沢が所属する少年サッカーのチーム名が『翠屋JFC』。

 その時は「聞き覚えがある名前だな……」と思ったんだ。思った……と言うか、思い込もうとしたんだ。

 家に帰ってから「翠屋なんてよく聞く名前さ、ハッハッハッ」と意味もなく笑ったんだが……。

 現実とは儘ならないものだ。『翠屋JFC』は、喫茶・翠屋のマスター、高町 士郎がオーナー兼コーチを務める少年サッカーチームだった。

 そして当日、つまり今日河原へ向かうと、目を見開く咲と大輝、すずか、相川。にこやかに会釈するなのはとアリサ。サッカーが珍しいのか、ゴールを見たり、立派なユニフォームを身に付けたサッカー少年達を見渡すユーノ・スクライア少年。それと……赤髪のクソガキとその傍らに立つ金髪の女(おそらく、その女が大輝の話に出てきたクソガキのユニゾンデバイスだろう)。

 そして苦笑いの士郎。話は聞いていたらしく、出会い頭に「よろしく頼むぞ」と『翠屋JFC』のユニフォームを手渡されたのだ。

 しかも、序盤から出てくれと言われた。

 断ることもできたのだが、子供らしいことをする、と決めた以上参加するのも良さそうだ。

 そんな考えから、十分だけFWと代わってもらうことにした。

 

 先制点以降はチームメイトのサポートに徹した結果、キーパーのファインプレーもあって、試合は3ー0で『翠屋JFC』の勝利で幕を閉じた。

 そして、翠屋で行われる祝勝会にも呼ばれはしたのだが、用事があるから、と言って参加は辞退させてもらったのだ。

 これ以上なのはに近付くと、気付かれる可能性があったから、仕方ないと言えば仕方ない。それに今日ははやての検査日だった。一応、海鳴大学病院まで送ってやらないといけなかった。

 

 

《もう宜しいのでは? なのは様もこちら側に片足を入れました。正体を明かしたところで、支障はないと思いますが……》

 

《そうは言ってもな。今まで黙ってた分言い辛いと言うか……》

 

《御主君は妙なところで臆病ですね》

 

 

 お小言を相棒二人から念話で受けながら、何と無しに街中を歩く。

 

 

「……はやても送った後だし……暇だ。何か面白ことが起きないもんかねぇ?――っ!?」

 

 

 この一言が切っ掛け……という事もないだろうが、魔力が弾けるような感覚が俺を襲う。

 

 

「これは……ジュエルシードかっ!」

 

《御意にございます。場所は東に500m。既に異変は起こっているようです》

 

「……みたいだな」

 

 

 無限が言ったように、東側に視線を向けると嫌に騒がしい。

 悲鳴や怒号のようなものが聞こえ、東方面に続く道から多くの気配がこちらに向かってくるのが感じられた。

 ビルの間から、街のド真ん中に聳え立つ大樹も見える。

 

 

《……主、お伝えしたいことが》

 

「なんだ?」

 

 

 少し緊張を孕んだ刃の声に答えつつ、進行方向を東に移す。

 乱雑に駆けてくる人々の隙間を縫って進む。俺が駆け出してしまえば、少しの接触も有り得るかもしれない。こんな状況でそんな事になれば、出さなくていい被害を出してしまう。怪我人が出てからでは遅いのだ。

 そんな事もあり、魔力の発信源に早歩き程度の速度で歩く。

 こちらに押し寄せる人垣の向こうには建造物に蔓が這い、アスファルトを木の根っこのようなものが押し上げているのが見えた。

 

 

《アリサ様、アリサ様の執事を務めております鮫島様の生命反応を魔力発信源100m付近にて感知いたしました》

 

「……何?」

 

《移動する様子がありません。何らかの理由で、動けないものと思われます》

 

 

 それを聞いて少し焦りが生まれる。咲と大輝から聞いていた今までの物とは規模が違いすぎる。死者が出る可能性も否めない。

 考えられるのは、人間が発動させたということ。人の願いは具体的な分動物に比べて強力だ。犬や鳥より強いものになるのは当然と言える。

 何を想ったのかは知らないが、ジュエルシードは歪曲した形で願いを叶える。

 どれだけ純粋な願いだろうと、あの石ころにとっては自分の力を発動させるための燃料にしかならない。

 

 

「人の波も途切れてきた。急ぐ――っ!」

 

 

 加速しようとしたところで、最後尾の親子と擦れ違う。その親子に背後から迫る複数の根っこ。

 根っこの先は槍のように尖っていて、人体程度なら貫くことは容易く行えるだろう。現に乗り捨てられた乗用車を下から真上に貫通し天に昇らせている根っこもある。

 

 

「させるか!」

 

 

 親子に向かう根っこを飛び蹴りで進行方向をずらし、他の根っこを手刀で切り刻む。

 親子は危機に気付かないまま走り去っていった。

 

 

「今度こそ急ぐぞ」

 

〈〈御意〉〉

 

 

 バリアジャケットを展開して駆ける。なのはやユーノ少年に気付かれる可能性はなくもない。だが、アリサと鮫島さんの命か、俺個人の気不味さか……どちらを取るのか?と聞かれれば迷わずアリサ達の命を取る。

 

 

「ファーストムーブ!」

 

〈First Move〉

 

 

 根っ子の迫る速度が目に見えて遅くなった。しかし、実際は世界が遅くなったのではなく、俺が加速したのだ。

 俺が持つ高速魔法『ギアムーブ』。ファースト、セカンド、サード、フォース、ファイナル……この五つを段階を踏んで加速して使う魔法だ。

 正直な話をすれば、フォースとファイナルは急激な加速が術者の肉体に大きな負担を掛けてしまうため頻繁に使用することができない。使った時に痛い目を見たこともあるしな。まぁ、あの時は段階を踏まずに使ったから影響がデカかったんだろうが。

 そもそも『ギアムーブ』は肉体への大きな負担を考慮した上での魔法で、ファースト、セカンド、サード、フォース、ファイナル、と段階を踏むことで、身体と思考を加速世界にある程度慣れさせ、その上でギアを上げていく。そうすれば急激な加速に身体が付いてこず、肉離れが起こるとか、関節が外れるとか他にも幾つかある問題を緩和することができるのだ。

 シミュレーションを幾つか重ねたが、リスクをゼロにすることはできなかった。

 俺の身体能力向上及び魔力量増加、魔力操作の精密化……能力が高くなれば耐えることができるが、魔力量が増す分反動が増し、肉体に掛かる負担も大きくなる。プラマイ0になるって訳だ。

 だから、反動をゼロにするのではなく、弱めることに重点を置いた。それが『ギアムーブ』なのだ。

 

 閑話休題。

 

 つらつらと意味のないことを考えながら駆けていると、眼前に木の幹が幾重にも重なっているのが見えた。

 迫る蔓や根っこを拳で弾きながら近付いていく。

 

 

〈正面、迫り上がった根っこの上に車があります。その中にアリサ様、鮫島様……お二方の生命反応を感知しました。ご無事です。が、車体が安定しておらず、何時墜落してもおかしくありません〉

 

「分かった」

 

 

 刃の言うように、周囲にある建築物よりも高く盛り上がった幹の上からアリサ達の気配が感じ取れた。

 勢いを殺さないまま、アスファルトから顔を覗かせる根っこに足を掛けて駆け昇る。

 時折迫る蔓や枝を躱しながら気配のする方へと進む。

 

 

「咲達も動いたな」

 

〈そのようですね〉

 

〈少し行動が遅いのでは?〉

 

 

 俺に言われてもな。無限の非難するような言葉に、肩を竦める。

 

 

「あれか」

 

 

 幹の上を走って数十秒、タイヤが幹の窪みに嵌り込んでなんとかバランスを保っている車が見えた。

 左側後輪が中に浮いている。救いなのは右側前輪が窪みに嵌り込んいることか。だが、少しの揺れで何時落ちてもおかしくない。

 フロントガラスから見える運転席で、鮫島さんがぐったりしているのが見えた。刃の話では生命反応がある、と言うことだから死んではいない筈だ。強く頭を打ったのかもしれないな。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

 後部座席の右側に座って身動ぎしないアリサに窓越しに声を掛ける。

 一瞬ビクッと身体を跳ねさせるアリサ。それだけで車体がグラつく。

 

 

「お……っと。動くな。下手に揺らせば落ちるぞ」

 

 

 揺れる車を左手で押さえて安定させる。平坦な場所でなく、凸凹した幹の上で危ういバランスを保っているのだ。

 少し揺らせばバランスが崩れて真っ逆さま……なんてことも有り得る。それだけは避けたい。

 

 

「……あなたは……!」

 

 

 俺の言葉で落ち着いたアリサが、若干潤んだ目で俺を視界に捉えて驚いたように目を見開く。

 涙が目尻に溜まってはいるが零れた形跡はない。意地で折れそうになる心を奮い立たせたのか……凄まじい精神力とど根性だな。勝ち気な性格が泣くことを自分に許さなかったのか。

 

 

「待ってろ、今開ける」

 

 

 そう告げて右手でドアを開けようと取っ手に手を掛けて引くが……開かない。

 

 

「……開けようとしたけど開かないんです」

 

 

 くぐもった声がガラス越しに聞こえる。アリサも何度か試したらしい。弱ったように眉尻を下げていて、その瞳は不安と諦観に揺れていた。

 当然か、意地で踏ん張っていても小学三年生の女の子だ。この状況下で冷静に自分の状況を把握できていることが異状だ。

 

 

「ふむ……何かがぶつかった痕があるな。ロックが拗れて開き辛くなったのか」

 

 

 何が原因か……と、ドアを見れば複数の窪みがあった。おそらくアスファルトの破片が強く打ち込まれたのだろう。

 軽く力を入れても開きそうにない。中から無理に押せば車体が揺れる。開くかもしれないが、落ちてしまえば意味はない。

 

 

「車壊すけど勘弁してくれよ?」

 

「え?」

 

 

 左手で車体を強く押さえ込み、右手をドアに捩じ込み指を車の中に入れる。

 

 

「きゃっ!」

 

 

 可愛らしい悲鳴が聞こえたが気にすることなく捩じ込んだ指を握り込んで腕を引く。

 バキィッ、と音が響いてドアがまるごと引き千切れた。千切ったドアを放り捨てる。

 居ないとは思うが、下に落として誰かに当たれば大惨事どころか死者が出る。ジュエルシードで死ななかったのに、救出時に死者が出たりするとか洒落にならないからな、遠くの幹に刺さるように回転を加えて投げた。

 狙い違わずしっかりと突き刺さったのを見てアリサに視線を戻す。

 

 

「え……?」

 

「早く出ろ。運転席の人も出さにゃならん」

 

「は、はい!」

 

 

 呆けていたアリサを急かす。

 アリサが慌てて下りると車体が微かに浮き上がった。押さえた手を離せば落ちるぞ、これは。

 

 

「二人でなんとかバランスを保っていたみたいだな」

 

 

 呟いてアリサの時と同様にドアを引き千切って鮫島さんを救出する。

 鮫島さんを運転席から引きずり出して幹の上に下ろし、車から手を離すと……。

 バランスが崩れ落下していく。幾度か車体を幹にぶつけながら落下していく車が、アスファルトに激突して炎上したところまで見届けて鮫島さんの許に戻る。

 

 

「鮫島! 鮫島!」

 

「頭を強く打ってる。揺らさない方が良い。それに気絶しているだけだ、心配はいらないさ」

 

 

 堪えていた涙をぽろぽろと零し、横たえた鮫島さんの肩を揺らすアリサを優しく止める。

 

 

「取り敢えず今はここを降りよう。聞きたいこともあるだろうが、話はそれからだ」

 

「は、はい」

 

 

 何かを聞きたそうにしているアリサを牽制し、鮫島さんを揺らさないように横抱きにする。

 

 

「まずこの人を下まで連れていく。そしたら次は君だ。直ぐに戻ってくる」

 

「連れていくって……どうやって」

 

 

 アリサが言葉を言い切らない内に幹から飛び降りる。

 凡10m程の高さから降りた訳だが、一直線に地上に辿り着くのは無理だった。

 うねるように彼方此方に伸びた幹や枝、根っこがアリサが居る場所から下にもあった。それらを足場にしながら降りていく。

 

 

「っと……ここでいいか」

 

 

 地上に降りた俺は、比較的損傷の少ない場所を選んで鮫島さんを寝かせる。

 

 

「んじゃ、戻りますか」

 

 

 誰に言うでもなくそう呟いて跳ぶ。

 降りてきた時と同じように、幹や枝、根っこを足場に上へ上へと登っていく。

 

 

「ほっと……待たせたか?」

 

「……」

 

 

 ものの数秒でアリサのもとに辿り着いた俺が声を掛けると、ふるふると首を横に振るだけの返答が来た。

 一人になって不安がぶり返したのか。何時もの活発さが感じられない。

 

 

「さっさと降りよ……ん?」

 

 

 俺達の居る位置から南に凡730mの地点で膨大な魔力反応を複数感知した。なのは達だ。

 俺の視力ならこの距離からでも彼女らの表情を鮮明に見ることができる。

 それは咲と大輝も同様で、俺と隣に居るアリサを見て目を見開いている。

 

 

「……(しーっ)」

 

 

 俺は咲と大輝に向けて口許に人差し指を立てて「喋るな」とジェスチャーする。

 

 

「あれって……なの、は?」

 

 

 おっと、向こうに意識を向けすぎたらしい。アリサが俺の視線を追ってビルの上に居るなのは達に気付いた。

 

 

「はぁ……降りるぞ」

 

「え……? きゃっ!」

 

 

 アリサの背中と膝裏に腕を回し抱き上げる。見た目以上に軽いな。それに甘い匂いが……。

 

 

「空の旅へとご招待……といきたいところだが、魔法を使うと気付かれるかもしれないからな。ゆっくり降りるだけにするぞ」

 

 

 幹の上からアリサを抱いたまま飛び降りる。

 

 

「ちょっ……! こわっ!」

 

「喋るなー、舌を噛むぞー」

 

 

 俺の首にしがみついてぎゅっと目を閉じるアリサ。

 枝に着地、そして更にしたの根っこに向かって飛び降りる。膝や腰をクッションにして衝撃を和らげ、アリサに響かないように注意しながら降りる。

 

 

「ほら、着いた」

 

 

 十数秒で地面に辿り着いた。

 俺は目をきつく閉じるアリサをそっと下ろしながら声を掛けた。そんなことをしていると……。

 

 

「お嬢様!」

 

 

 男性の渋い声が届く。

 そちらに視線をやると駆け寄ってくる初老の男性の姿があった。どうやら降り立った場所はさっきと少しずれたところだったらしい。

 俺がアリサを迎えに行っている間に鮫島さんは目を覚ましたんだろう。

 

 

「鮫島!」

 

「ご無事で……!」

 

 

 二人が互いの無事を確認していると、唐突に街を覆っていた草木が光の粒子となって消滅する。

 封印が成功したようだ。

 

 

「これは……一体?」

 

「どういうことよ……あなたはなにか知っているの?」

 

 

 本来の姿で会話をしたことがないからか、アリサの声掛けはどこか余所余所しい。自業自得だと理解してはいるが……。

 

 

「まぁ……それなりに、な」

 

「思うところはありますが、先ずは感謝を。アリサお嬢様を助けていただき、有り難う御座います」

 

 

 深く腰を折る鮫島さん。それに続くようにアリサも「ありがとう」と頭を下げた。

 

 

《宏壱君、今大丈夫?》

 

 

 二人のお礼に「俺が助けることができたからしただけだ」と無難に返していると、頭の中に声が響く。

 

 

《咲か? 問題ないが……どうした?》

 

《……アリサちゃん、巻き込まれたんだね》

 

 

 用件を聞くと、少し沈んだ声が返ってくる。咲にも見えていたからな。心配しているんだろう。

 

 

《ああ……そっちのビルになのはが居たのも見えてたぞ》

 

《……バレたってこと?》

 

《そうなるな。まぁ、こっちは上手いことやるさ》

 

《うん、分かった。そっちは任せるよ》

 

 

 申し訳なさそうに言う大輝。それに対して《おう》と答えた俺に咲は言葉を紡ぐ。

 

 

《お任せ序でにもう一ついいかな?》

 

《うん? なんだ?》

 

《実は――》

 

 

 咲の話を聞いた俺は、今夜、事情を説明するために必ずアリサの家を訪問することを伝え、彼女達と別れた。



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第七十二鬼~洋館までの道中~

side~宏壱~

 

 ステンレスの階段を駆け降りる小さな背中が見えなくなるまで見送って変身を解く。

 なのは達にはよぼよぼのジジイに見えていた筈だ。刃と無限に残っている記録……と言うよりも記憶の方が正しいか。その記憶から引っ張り出した、前世の俺の姿だ。歳は七十前後だと思う。

 水色の作業服はバリアジャケットでできていたから霧散して消える。清掃員ならこんな感じか?と思って設定したものだったが、咲たちの反応を見る限り違和感はなかったようだ。

 

 

〈それは有り得ません〉

 

〈寧ろ違和感しかありませんでした〉

 

 

 俺の完璧な変装にイチャモンをつけるような幻聴が聞こえたが、気の所為だろう。

 

 

「はやてを迎えに行ったあと、アリサの家、と言うか屋敷だな。そこで説明、か」

 

 

 幻聴を誤魔化すように呟いて、モップとバケツを元あった場所に戻す。

 管理局や悪魔等の事を抜きにしてもある程度の説明はする必要がある。何処まで話していいもんか、悩むな。

 ……まぁ、悩んだところで、なるようにしかならないか。

 そう結論付けて、まずははやてを迎えに行くために非常階段を使って屋上から降りる。

 鍵? 鍵穴の構造に合わせて魔力で即席の物を作っただけだが? 物質化を併用すればやれないことはない。

 

 現在時刻は17時半。今、海鳴大学病院に行けば、丁度はやての検査が終わった頃くらいに着く筈だ。

 

 

 

 

 

「はやて、20時には帰ってくるからな」

 

「うん、分かった。晩御飯の用意して待ってるわ」

 

「ああ、旨いもの食わせてくれ」

 

「いってらっしゃーい」

 

 

 手を振るはやてに俺も手を振り返し、八神家を出る。

 ここ数年で料理の腕を上げたはやての手料理を楽しみにして、気が重くなる説明会に挑もうと自分を鼓舞する。

 

 

《アイツも笑顔が増えてよかったよな》

 

《主が親身になって接したお陰でしょう》

 

《御主君が八神はやてを大切に思う気持ちが彼女にも伝わっているのでしょうね》

 

《ならもっと我が儘を言って欲しいもんだけどな》

 

 

 刃と無限と念話でやり取りしながら、俺に心配掛けまいと笑顔を絶やさない少女を思い描く。

 

 

《兄貴分としては悲しくなるよ》

 

《もう少し傍に居てあげられる時間があれば良いのですが》

 

 

 刃の言葉が耳に痛い。それは俺自身も気にしていたことだ。

 

 

《だなぁ。……学校に管理局、魔王と天使長の依頼。正直、どれか一つでも減らせれば、もっと時間取れるんだろうけどな》

 

 

 悩みどころだ。学校と管理局を削るとか意味分からんし、体を鈍らさないように定期的に戦場の空気を味わいたい。だから、サーゼクスとミカエルの依頼はこなしたい、が……。

 

 

《魔王や天使長の依頼に関しては、もう高町 咲と大宮 大輝に任せても良いのでは? 彼らは既に並の悪魔や神父では太刀打ちできないでしょう》

 

《う~ん。転移はリニスに任せてあとは二人にってか?》

 

 

 まぁ、我が儘を言っても仕方ない……か。リニスに監督させれば安全だろうし、無限が言ったように、二人の実力ならそう簡単に敗北はしない筈だしな。

 

 

《それで宜しいのでは? S級以上の依頼を御主君が熟せば先方も文句はないでしょう》

 

《仕方ないか。まぁ、今回の件が終わったら二人にそう話してみるよ》

 

 

 二人にはジュエルシードの件が片付くまではなのはの傍に居てやって欲しいからな。

 はやてにはもう暫く寂しい思いをさせることになる。本当に情けない。

 

 

《いつか、話せると良いですね》

 

《お前が兄と慕った男は、二歳年上のガキだってか?》

 

 

 刃の言葉に皮肉めいた言葉を返す。

 

 

《そうです。いずれ知れることではあります。そもそも最後まで隠す気など最初からないのでしょう?》

 

《……お見通しかよ。付き合いがこうも長いと、ある程度の考えが読まれて嫌になるね》

 

 

 そうだ。必ず話す時が来る。俺はそう確信している。

 

 なのはが魔導師になる冒頭の話は咲と大輝から聞いた。そしてとあるアニメの原作主人公らしいこともな。

 そんななのはが住んでいる街に膨大な魔力を保有するはやてが住んでいる……巻き込まれない訳がない。確実に今後の話に関わってくる。

 それでも咲達の言う原作を詳しく知りたくないのは、行動を限定される可能性があるからだ。

 この世界は多くの世界の混合体とも言える物だ。

 咲達の話では悪魔や天使は存在しないし、麻帆良なんて学園都市もない。そんな特異な存在が原作で触れられていないのは不自然だ。それが咲達の見解だった。

 まぁ、大輝の場合はエストの件があるからな。そこら辺は俺と出会う前からある程度予想していたらしい。

 

 閑話休題。

 

 

《まぁ、時が来れば嫌でも話すことになるか》

 

()()

 

 

 そう話している内に景色は一般住宅地を抜け、塀が十数mも続く高級住宅地へ移る。

 けっして少なくなかった人通りが減り、たまに見る通行人は周囲を注意深く、それでも然り気無い動作で警戒する者達が居る。

 明らかに一般人じゃない。特殊訓練を受けたSP、セキュリティポリスだろう。

 日本経済を担う要人が複数人在住する海鳴市の高級住宅地だ。不審者、変質者を出せばことだからな、警備は街中よりも遥かに厳重にしてあるんだろう。

 そんな中を歩けば俺に注意が向くのは当然のことだ。

 

 

《何人か張り付いてますね》

 

 

 周囲を観察しながら高級住宅街を奥へと進んでいると刃から念話が届く。

 

 

《仕方ないさ、日も暮れた時間帯に現れた長身の男。警戒するなって方が無理がある》

 

 

 相手に悟らせないように視線を後ろにやる。

 凡7m後方から一定の間隔を空けて付いてくる二人の男。敵意らしいものはない。放置したところで害意はないし、対処する意味もない。

 因にではあるが、俺ははやてと別れて『グロウ』を解いていない。解くタイミングがなかった。

 

 

(見えてきたな)

 

 

 高級住宅地最奥。他とは隔絶された場所。木々に囲まれた屋敷……洋館か? その洋館は存在した。

 バニングス邸。世界有数の大企業バニングスが住まう場所だ。確かすずかの家もこの高級住宅地にあった筈だ。

 当然、門はあるのだが、門から洋館まで少し距離がある。徒歩三分ってところか? 漫画のような、車で数十分ってことはないが、お金持ちは伊達ではないな。

 

 若干、敷地の広さに圧倒されながらも門に備え付けてあるインターホンを押す。

 俺に張り付いているSPらしき男達が警戒を強めた。

 気にはなるが、気にしないのが吉だ。

 

 

[……どちら様でしょうか?]

 

 

 インターホンに備え付けられたスピーカーから女性の声が聞こえてきた。

 鮫島さんじゃないな、誰だ?

 

 

「山口 宏壱が来たと鮫島さんに伝えてくれ」

 

[鮫島は今おりません。何か伝言があるようなら、お伝えいたしますが?]

 

「居ない? あとで説明しに行くと伝えた筈なんだが……」

 

 

 居ないのは予想外だ。急な用事でも入ったのか?

 さて、どうするか……。

 

 

「それじゃあ、アリサは居るか?」

 

 

少し考えをまとめて、見えない女性に問う。

 

 

[いらっしゃいますが……]

 

「じゃあアリサに宏壱が来たと伝えてくれ」

 

[……かしこまりました]

 

 

 一瞬間を置いてそう返事をする女性。

 どこの馬の骨とも知れない男を雇用主の娘に会わせるかどうか悩んだんだろうな。

 

 そうして待つこと一分弱。固く閉ざされていた門が独りでに開き始める。

 自動式か……金がある家は違うな。

 

 

[お入りください]

 

「あいよ」

 

 

 インターホンから再び聞こえた女性の声に軽く返して敷地内に足を踏み入れる。

 数歩進んで足を止めた俺は……。

 

 

「警戒ご苦労さん」

 

 

 と、SPらしき人物達に言葉を掛けて再び足を進める。

 余談だが、息を呑む彼らに大変満足した俺だった。理由はどうあれ、後を付けられるってのは気分の良いものじゃないからな。




今回は短いですが、切りが良いのでここまでです。


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第七十三鬼~盲目なメイドさん~

side~宏壱~

 

 俺はアリサと鮫島さんにさっきのことを説明をするためにバニングス邸を訪ねた。

 そうして通された場所、応接間に居るわけだが……。

 

 

「……趣味が良いな」

 

 

 天井までの高さは4m。部屋の広さは16畳。

 天井から吊り下がるシャンデリア。向かい合わせに置かれた二つの革張りのソファー。そのソファーの間には長さ2m、幅90cmの光沢を放つ木製の机。

 それらを優しく受け止める柔らかな紅色の絨毯。

 部屋には僅かな塵も見当たらない。

 それらを改めて見て感嘆の溜め息を漏らす。

 

 

「当家に来訪されたお客様には最高の接待を、と旦那様が仰いますから」

 

 

 俺の呟きに答えたのは、俺が座る革張りのソファーの後ろに控える黒髪ロングのメイドさんだ。

 前髪パッツンでまっ平らな胸、153cmほどの低めの身長。バニングス邸の玄関からこの応接間に案内してくれた彼女だが、俺の見る限り目を一度も開けていない。

 間違いなく盲目だ。生まれついてのものか、後天的なものかは判断できないが、視覚以外の感覚器官が鋭敏に発達しているのが分かる。

 時折彼女から発せられる「……っ」という小さな音。

 聞きようによっては舌打ちにも……と言うかどう聞いても舌打ちなんだが、それはイラついているとかではなく、音の反響で物との距離、大きさを測り、目ではなく音で世界を視る方法だ。

 エコーロケーションとも呼ばれている方法で、身近なところで言えば、イルカやクジラ等の視力が退化した生物が用いることが多いらしい。

 

 視覚を塞いで鍛練をするのは俺達もよくすることだから分かる。

 視覚情報はかなり重要……の割には脳が誤差を起こして修正、錯覚として処理する。なんていい加減な仕事をするんだが、それでも人間は八割近くを視覚情報を頼りに生きている。

 その八割の情報をカットすると、暫く混乱して前後左右、平衡感覚すらままならず、まともに歩くこともできなくなる。

 でも、視覚情報をカットし続けると、脳はそれ以外で情報を得ようとする。それが視覚を除いた聴覚、嗅覚、味覚、触覚、この四つの感覚器だ。

 

 その中で、周囲の状況をもっとも把握できるのは聴覚だろう。

 呼吸音や足音、果ては心音までをも聞き取れるようになるんだから凄い。

 ただ、聴覚は現在を知れるだけでしかないから万能とは言えない。

 

 そこで次に役立つのは嗅覚だ。

 残り香。犬レベルまで鍛え上げれば、さっきまで誰がそこにいたか、誰と、何人で、と多くの情報を得られるようになる。追跡任務にはもってこいだ。もっと言えば、毒物を嗅ぎ分けられれば文句なしだな。

 

 その点で言えば味覚もそうか。少しの刺激に気付ければ、毒かどうかを判断できる。サバイバルでは重要だ。

 

 最後に触覚だな。

 物を触るっていうのは結構重要だ。杖をついて歩くのは先に物がないかを確かめるためだ。

 杖先に大きな石でもぶつかれば抵抗感があり、そこに何かがあると気付ける。戦闘中だって風の揺らめきを敏感に察知して、見えない攻撃を躱すことができるようになる。

 要は、視覚以外の物を向上させれば、格上相手にも十分対応できるって話だな。視覚も大事だが、頼りすぎるなってことだ。

 

 閑話休題。

 

 俺がバニングス邸を訪ねて既に二十分程時間が経過している。

 沈黙し続けるのも空気が思いから、メイドさんに今知りたいことを聞いてみる。

 

 

「ところで、アリサは?」

 

「お嬢様は現在御入浴中でございます」

 

 

 俺を洋館内に招き入れたアリサに姿が見えないことをメイドさんに聞いてみれば、風呂に入っていると返答された。

 

 

「タイミングが悪かったか……」

 

 

 呟いてテーブルの上に置かれた皿に盛られたクッキーに手を伸ばし一枚摘まむ。

 それを口に運んで一口で食べる。チョコチップが練り込まれたクッキーだ。

 サクサクとした食感の中に程好いシットリした舌触り。

 それに生地の香りが濃厚だ。良い卵を使っているんだろうな。

 クッキーの芳ばしさをチョコの甘さが際立たせていて、かなり美味い。

 

 

「山口様は何か武道でもしていらっしゃるのですか?」

 

「ん?」

 

 

 クッキーに舌鼓をうちながらクッキーと一緒に出された紅茶を啜っていると、メイドさんから言葉を投げ掛けられる。

 

 

「何でだ?」

 

「いえ、足音がほとんど聞こえませんでしたから……。それに目が見えないと何と無くその人の雰囲気が読めるようになるんです。職業柄……というのもあるのでしょうけど」

 

「ふ~ん?」

 

 

 こんな家だ。来訪する人間は多いだろうな。それこそ腹に一物二物抱えた人間なんてざらだろうしな。

 それを護衛する人間だって多く入る筈だ。まぁ、アリサの父親が家庭にそういう奴を歓迎しているかどうかは知らんが……そういった関係で、人間の纏うオーラみたいなのが読めるようになったのか。

 バニングスの使用人は優秀だな。

 

 

「武道武術を詳しく学んだことはないが……」

 

 

 紅茶の入ったマグカップを机に置く。

 

 

「実地で培った対人戦ならできる、ぞ!」

 

 

 左側背後から首を狙って振るわれたナイフをソファーの背凭れに右腕を付いて倒立して躱す。

 

 

「ふんっ!」

 

 

 メイドさんの頭に向かって左足を蹴り落とす。

 慌ててバックステップで躱すメイドさん。

 

 

「……っ!」

 

 

 メイドさんは床に足を付けた俺に右手に持ったナイフを突き出す。

 それを左半身になって躱し、メイドさんの腕を抱え、メイドさんの体を腰に乗せて背負うようにして投げ飛ばす。

 

 空中で体勢を立て直すメイドさんは机を越えて向かい側のソファーをも越えて華麗に着地。

 

 

「……っ!」

 

 

 剃でメイドさんの正面に回る。

 まぁ、着地なんて待たずに空中で攻撃を加えることもできるんだが、本気(・・)の殺し合いでない以上そこまで徹底的に痛め付ける必要はない。

 

 微かな風の揺らめきを感じたのか、左手に素早くナイフを構えて突き出してくる。

 右手の甲でメイドさんの手首を外側に弾いて防ぐ。掌で上手くナイフを回転させ逆手に持って、弾いた軌道を沿うようにして腕が戻ってくる。

 

 上半身を後ろにスウェーさせて躱す。首から数㎜先で空を切るナイフ。

 メイドさんはエコーロケーションを駆使して、俺の位置を把握しながら右手にナイフを持ち替えて袈裟懸けに斬り下ろす。

 

 今度は弾くことはせず、左手でメイドさんの右手首を捕まえる。

 メイドさんは慌てる素振りを見せずに、手首のスナップを利かせて俺の顔めがけてナイフを投擲。

 

 

「むぐっ!?」

 

 

 首を右に傾けて躱すと俺の腹にメイドさんの右足がめり込んだ。

 痛みはないがさっき食ったクッキーが胃袋から迫り上がってきた。

 

 

「ごあっ!?」

 

 

 顎に衝撃。

 腹に蹴りを喰らい前屈みになった俺の顎をバク宙の要領でメイドさんが蹴り上げた。

 衝撃で掴んでいたメイドさんの右手首を離してしまう。

 

 

「かふっ!?」

 

 

 床に足を付けたメイドさんが、その場でくるっと一回転。左回し蹴りが俺の左横っ腹に打ち据えられる。

 綺麗に三連撃を浴びせられてしまった。

 このメイドさん、咲達より強いんじゃないか?

 

 当然メイドさんの猛攻は止まらない。

 右に体勢を崩した俺に追い打ちを掛けるように左肩に踵落とし、突っ伏さないように右手を床について開いた腋に右足で蹴りを叩き込み、僅かに浮いた身体、鳩尾に正確な前蹴り、仰向けに倒れた俺の胸に両膝を落とす止めまで極めた。

 

 肺が押されて口から空気が漏れる。

 メイドさんは小柄で軽いが、両膝の二点のみに体重を掛けて1mの高さから落下してきたのだ。流石に効く。

 

 

「はぁー……満足か?」

 

 

 乱れた呼吸を整えて呟き、ゆっくり立ち上がって埃……ピッカピカに掃除されているから付着する埃なんてなかったが、気分で服を(はた)く。

 

 

「っ!?……効いていないのですか?」

 

 

 俺から2m程の距離を取って離れていたメイドさんは、閉じていた瞼を開き光を映さない黒い瞳を丸くして驚いている。

 

 

「それなりに鍛えてるからな」

 

「ただ鍛えているだけ……とは言えないと思いますが?」

 

 

 胡乱な視線を向けてくる。

 まぁ、当然か。あれだけ蹴りを喰らって平然と立てるほど普通の人間は丈夫じゃない。

 

 

「さぁ、掛かってこいよ。まだまだ俺は余裕だぞ?」

 

「……」

 

 

 メイドさんは何も答えず開いた瞼を閉じて、腰を落とす。

 その左手にはいつ拾ったのか、さっき投擲したナイフが握られていた。

 

 

「……っ」

 

 

 エコーロケーションで俺の位置を確認して……飛び出す。

 突き出されたのはナイフではなく、メイドさんの左膝だ。

 

 左掌で下腹部に迫る膝を受け止め、右袈裟斬りにされたナイフを半歩引いて躱し、その流れに乗って打ち下ろされる踵を右手で受け止める。

 

 軸にしている右足を刈り、宙に浮いたメイドさんの腹に目掛けて右拳を落とす……のをすんでのところで引き戻す。

 白刃一閃。俺の拳があった場所をナイフが通り過ぎた。

 

 

「……ふっ!」

 

 

 素早く立ち上がったメイドさんが、俺の心臓目掛けて突きを放つ。

 半身になって躱し、メイドさんの手ではなく、ナイフの刀身を鉄塊で硬化した肘と膝で挟み込んで砕く。

 

 

「……ぁっ!?」

 

 

 音と重量の変化で何が起こったのか理解したのか、メイドさんは刀身の砕けたナイフをメイド服のポケットに仕舞い……俺に背を向けて駆け出し応接間を出ていった。

 

 

「……って、おい!? 何処行くんだよ!」

 

 

 来るかっ!と握り込んで構えた両拳を意味もなくグー、パー、と閉じたり開いたり……。

 

 数分して戻ってきたメイドさんの手には箒と塵取りがあって、さささっと砕けて飛び散ったナイフの破片を掃き取りまた出ていく。

 

 

「……宏壱さん、何をしているんですか?」

 

 

 再び一人になって呆然と立つ俺に声が掛けられる。

 

 

「……何だろうね?」

 

「あたしに聞かれても……」

 

 

 応接間の入り口で訝しげに俺を見る声を掛けてきた黄色い下地にオレンジの犬の顔があちこちにプリントされた寝間着を着た少女、アリサに苦笑いを返す。

 

 

「……クッキー、どうだ?」

 

 

 ソファーに座り直して何と無く話題を作るために勧めてみた。

 

 向かいのソファーに座ったアリサと話をする。

 ある程度予想していたが、彼女は俺が来ていることを聞かされていなかったらしい。

 夕方に出会った少年を待っていたが、中々現れないから先に夕飯を済ませ、風呂に入ってさっき上がったときに客が来ていると聞いて此処に足を運んだそうだ。

 

 つまり、俺を応接間に通したのは別の人物だ。

 そして、メイドさんを使って俺を見極めようとした。多分、俺の過去が洗い出せなかったからというのが理由のひとつだと思う。

 

 

「まぁ、理由は本人に聞けばいいか」

 

「宏壱さん?」

 

 

 ポソッと溢した声が聞こえたのか、鮫嶋さんが頭を強く打ったから精密検査をするために病院に行っている。と話していたアリサが口を止め、首を傾げて俺を見る。

 

 

「いや」

 

 

 俺が首を横に振ったのと同時に応接間の入り口の扉がノックされ、返事をするまもなく扉が開く。

 

 

「パパっ!」

 

 

 アリサと同じ色の髪を短髪にした壮年の男。テレビや新聞で何度か見たことがある顔だ。デビット・バニングス、アリサが言ったように彼女の父親だろう。

 

 そのデビット・バニングスの後ろを執事服を着た小柄な青年が追従する。見ようによっては少年と言えるかもしれないが、落ち着き払った佇まいが妙な大人の雰囲気を醸し出していた。

 

 

「お前……」

 

 

 先ほどまでこの部屋に居たメイドと同じ気配を纏う執事に鋭い視線を走らせる。

 

 

「改めまして、三浦 葵と申します。以後よろしくお願い致します」

 

 

 腰を折って深く頭を下げる三浦 葵と名乗った瞼を閉じた執事。

 俺がメイドさんだと思っていた女は、女装した執事だった。




アリサへの説明を今回で終わらせるつもりが次回に持ち越しなってしまった……。

ちょっと戦闘シーンに飢えてたんです。最近まともな肉弾戦書いてませんでしたから。
盲目メイドさん改め、盲目執事さんの三浦 葵君は再登場するか微妙です。神様転生でもなんでもなく、バニングス家お抱えの特殊訓練を受けた私兵みたいなものです。普段は鮫嶋さんの部下としてバニングス邸で使用人として働いています。

新キャラ

名前:三浦 葵

性別:男(の娘)

年齢:22歳

身長:153,2cm

体重:47kg

容姿: 黒髪を長く伸ばしている。前髪は眉毛でパッツン。長い髪は首辺りでゴムで一本に縛っている。
黒目だが天性的に光を映さない目。

備考:バニングス家お抱えの戦闘できる執事さん。女性っぽい顔立ちと細身で小柄な体がコンプレックス。おまけに声も中性的で、宏壱も気付かなかった。
髪型はバニングス家メイドさん達に強要されている。
時折メイド服を着てバニングス家令嬢、アリサ・バニングスに近寄る悪い虫を排除する仕事をデビット・バニングスから受ける。
メイド服を着るのは相手を油断させるため。排除と言っても気絶させて記憶を飛ばす程度である。宏壱との戦いは、少々熱くなりすぎて心臓を狙ってしまった。
戦闘訓練を受けていて、実力は魔法使用なしの咲と鬼道使用なしの大輝を上回る(宏壱談)。


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第七十四鬼~赤鬼と怒るお嬢様と腕に覚えのある者~

side~宏壱~

 

 俺は今、正面に座るデビット・バニングスとアリサ・バニングス。その後ろには執事服を身に纏った青年、三浦 葵。

 この三人、正確にはバニングス父娘から詰問されている。

 

 既に変身魔法『グロウ』を解除していて、小学五年生の姿、本来の自分に戻っている。

 魔法を説明するのはこれが一番手っ取り早かったのだ。

 口で魔法と言っても頭がイカれていると思われる。魔力光を手に集めて見せてもグラフィックだと思われる。

 一番……かどうかは微妙だが、信じやすい方法のひとつではあると思う。

 

 俺達魔導師が使う魔法のシステム、リンカーコアがなければ魔法が使えないこと、デバイスを補助とした魔法体系、次元世界、ジュエルシードという異世界の魔導アイテム(一応ロストロギアの説明はしたが、正直予備知識がない状態でロストロギアと言われても理解は追い付かないだろうから、簡単に膨大な魔力を秘めた魔導アイテムと認識してくれと言った)、ジュエルシードの危険性、そしてなのはと大輝、咲が巻き込まれた経緯いとユーノ少年のそれらの関係性を十五分程時間を掛けて管理局のことを省いて説明した。

 そして詰問されることになったんだが……。

 

 

「それで、あたしはなのはの力になれないんですか?」

 

 

 やはりと言うか、なんと言うか、アリサはなのはの為に何かできないか、と聞いてきた。

 

 

「私も力になりたい。士郎にはアリサも世話になっているし、なのはちゃんもアリサと仲良くしてくれている。その恩を……と言うわけではないが、力になれることがあれば何かしたいのだ」

 

 

 デビット・バニングスは以前、学校でなのはとアリサが大喧嘩した時に呼び出されて顔を会わせていたらしい。

 それから幾度か酒を飲み交わすようになって、馬が合うことも分かり親友のような間柄になったんだとか。

 

 士郎とはそれなりの付き合いだが、これは初耳だった。

 ……いや、確か以前になのはの友達の親との飲み会に誘われたことがあったな。その日は犯罪者グループのアジトを強襲する予定があったから理由を付けて断ったんだが……その時に紹介でもしてくれるつもりだったのかもしれないな。

 

 

「ない」

 

「どうしてよっ!」

 

 

 俺の言葉にアリサは食い気味に返す。デビット・バニングスも眉間に皺をよせ言葉の真意を問うように俺を睨(ね)め付け、二人の後ろに控える三浦も少々の殺気をぶつけてくる。

 完全なアウェー空間だな。

 

 

「ないものはないんだよ。発動前のジュエルシードは俺達魔導師でも見付けるのが難しい。もし見付けられたとして下手に触ってみろ。そいつの深層にある願望に反応して発動されかねない。それに人海戦術で探すとして何て説明するんだ?「石ころが地球を滅ぼす危険があるから、そうなる前に見付けたいから協力してくれ」……ってか? 誰が信じるんだよ。そもそも今回あんたらに魔法を教えたのだって特例中の特例だ。俺達は原則として、魔法文化のない世界で無闇に魔法を広めるべきではないとしている。鮫嶋さんは兎も角、これ以上魔法を知る人間を増やすようなら、俺自身重い罰則を受けかねない。それは流石に御免だ。だから、したくはないが……あんたらの記憶を消す必要が出てくる」

 

 

 言葉を挟ます余地もなく、一気に言い募る。

 まぁ、魔法を知ってるって点は高町家、大輝の両親、月村姉妹とメイドの二人、石田先生がいる。

 しかも地球には地球独自の魔法文化がある上に悪魔や天使なんて超常の存在も居る。

 こんな脅しを掛けるような言い方をする必要はないんだが、ジュエルシードを下手に刺激されるのは不味い。本当に地球が消滅しかねない。

 

 

「同様の理由でなのはへの協力申請もやめてもらいたい」

 

「どうしてよっ!? あたしはなのはの友達なの! 友達が危ない目に遭ってるのに、助けちゃいけないなんてどんな理由があるって言うのよ!」

 

 

 さっきまでの敬語は既に取り払われていて、大きく噛みついてくるアリサ。

 彼女の優しさが、友達(なのは)を想う心が彼女を熱くさせている。

 それは分かる。できることならアリサにも協力してもらいたいところだ。だが……。

 

 

「友達だからこそなのはの日常に居てほしい」

 

「……ぇ?」

 

 

 熱が抜けるような静かな吐息がアリサの口から漏れる。

 

 

「あの娘は今いっぱいいっぱいになっている。今日の事件は未然に防げたものらしいからな」

 

「それはどういうことだ?」

 

 

 呆けるアリサに替わるようにデビット・バニングスが聞いてくる。

 

 

「少年サッカーチーム『翠屋JFC』のゴールキーパーが、ジュエルシードのような物体を持っていたのをなのはは見ている」

 

「それって……」

 

「ああ、なのはが確認していたら防げたかもしれない。正直、今回のジュエルシードの暴走は死人が出てもおかしくはなかった」

 

 

 さっきまでのアウェーな空気は霧散して重たい沈黙が場を支配する。

 

 

「だったら……」

 

「うん?」

 

 

 沈黙を破ったのはアリサだった。力のある瞳で俺を射貫く。

 

 

「だったら、その辛さを……全部じゃなくても、話を聞いて、少しでも背負ってあげることが友達でしょっ!!」

 

 

 覇気のある声だ。

 今どきの子供が、ここまで芯のある気を身に纏うことができるのは素直に凄いと思える。

 嘗ての戦乱の時代であれば、何かを守るために、明日(未来)へと命を繋ぐために必死に生き、己を貫き通したものだが……。

 

 

「……友達、か?」

 

「文句あるっ!」

 

「いいや」

 

 

 噛みつくアリサに首を横に振って柔らかく笑う。

 

 

「ただ……やっぱり、認められないな」

 

「何でよっ。そもそもなのはを助けるのにあんたの許可なんていらないでしょ!」

 

 

 あ、そこに気付いたのか。気付かせないままやり込めたかったんだが……。

 

 

「確かにな。俺の許可はいらない」

 

「なら口出ししないでよ!」

 

 

 アリサの言い分はもっともだ。

 アリサがなのはの力になる云々は俺の関与することじゃない。

 しかし、だ。実は物事はそう簡単にいくものじゃない。

 

 

「分かってるんだろ?」

 

「……何がよ」

 

 

 気付いているのか、いないのか。惚けているようには見えない。

 だが、本来の彼女は思ったら即行動。有言実行を絵に描いたような性格をしている。

 なら、何故なのはに連絡を取らなかったのか?

 

 

「俺を待つことなくなのはに聞けばよかっただろ?「あれはなんだ?」ってさ」

 

「それは……」

 

「それをしなかったのは、自分が無闇に関わって良いことじゃないのが分かっていたからだ」

 

「……」

 

 

 違うか? そう聞いて言葉を止める。

 アリサは瞼を閉じて自分の中を見るように、真意を探るように沈黙していた。

 それを心配して横から見るデビット・バニングスと静かに二人の後ろで佇む三浦。

 

 壁に掛けられた金箔で彩られた豪華な時計がチッチッチッ、と時を刻む。

 その音が六十回響き、アリサは瞼を開ける。

 

 

「……なのはが自分から話してくれるのを待つわ」

 

「ふぅん?」

 

 

 アリサの意外な言葉に興味深く聞き耳を立てる。てっきり無理矢理にでも聞き出そうとするかと思ったんだけど……違ったか。

 

 

「勘違いしないで」

 

 

 そう前置きしてアリサは言葉を続ける。

 

 

「別にあんたに言われたからじゃないわ。こんな大事なこと、他人(ひと)から又聞きして問い詰めるのが癪なだけよ。だからなのはが話してくれるまであたしは待つの。何もできない自分と何も話してくれないなのはに怒りながら……」

 

 

 決意の籠った目だが……それが如何程のものか。試してみるか。

 

 

「話してくれないかもしれないぞ?」

 

「それでも待つわよ」

 

 

 即答だった。アリサはさっきまでの怒りのような激情とは違う冷静で強い視線を俺に向ける。

 

 

「そうか」

 

 

 俺はアリサの決意(意地?)に似た言葉に頷き、紅茶を飲み干して壁時計に視線をやる。現在時刻は七時五分。

 

 

「さて、そろそろ帰るわ」

 

「む? 晩御飯なら用意するぞ?」

 

 

 ソファーから立ち上がるとデビット・バニングスがそう声を掛けてくる。

 

 

「いや、晩飯を用意して待ってるやつがいるんだ。また今度誘ってくれ」

 

「ふむ……女の子か?」

 

「何で家族って発想がないんだよ。まぁ、間違ってはいないけどな」

 

「ほうほう。君もなかなか隅に置けない男のようだ」

 

 

 何故か嬉しそうに笑うデビット・バニングス。

 

 

「別に彼女って訳じゃないぞ。謂わば妹分ってやつだ」

 

「そうか……。ああ、そうだ。まだ名乗っていなかったな。私はデビット・バニングス。気軽にデビットと呼んでくれ」

 

 

 思い出したように言うデビット・バニングス……いや、デビット。

 そうだな。互いに名前を知っていたから、何と無く名乗ったつもりでいたが、まだだったな。

 デビットは名乗りながら机越しに右手を差し出してくる。

 

 

「俺は山口宏壱。魔導師をやる(かたわ)ら、聖祥大付属小学校に通っている。小学五年生だ。俺も宏壱でいいぞ」

 

「……それは逆じゃないか?」

 

 

 名乗りながら右手でデビットの手を握ると、彼は苦笑して握り返した。

 

 

「それじゃ、今度こそ帰るわ」

 

「ああ。葵、宏壱君を送ってあげてくれ」

 

「かしこまりました」

 

 

 三浦はデビットに恭しく頭を下げあと、扉を開ける。

 またな、とデビットとアリサに告げて応接間を先に俺が出る。

 扉を閉めた三浦が俺を先導するように前を歩く。

 

 

「先程は申し訳ありませんでした」

 

 

 三浦はそう言って頭を深く下げて俺に謝る。一瞬何を謝られたのか分からなかった。

 

 

「いや、気にしないでくれ。デビットの命令だったんだろ?」

 

「いえ、私の独断です」

 

 

 それは意外だ。てっきりデビットが娘に近づく害虫の排除をしようとしたのかと思ってたよ、俺は。

 

 

「まぁ、どっちでもいいさ。兎に角、俺は気にしてない。あんたの独断だろうが、デビットの命令だろうがな」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 その礼もいらないんだけどな。まぁ、此処で押し問答しても無駄に時間喰うだけだから言わないけど。

 そんな遣り取りをしつつ、三浦が前を歩き、俺が一歩後ろから付いていく。

 

 でも、妙な話だ。デビットの命令じゃなくて三浦の独断ってのは少し考えられない。

 可能性としては世間体を気にして、か?

 客人に攻撃した、なんて醜聞が流れるのを防ぐため……ってくらいしか思い浮かばないけど。

 まぁ、あのデビットがそんなことを気にしているとは思えない。さっきの独断です、って三浦の言葉こそが独断なんだろうな。と、勝手に予想する。

 

 

「御自宅までお送りしましょうか?」

 

「ん?……いや、歩いて帰るよ」

 

 

 考え事をしている間にエントランスに着いていたようだ。

 三浦が外へと繋がる両開きの扉を開け放って俺を見ていた。若干顔が上を向いているのは仕方ないことだろう。

 

 

「まぁ、それなりに楽しかったよ。お前との闘いは」

 

「山口様は戦闘狂ですか?」

 

「そんなつもりはないぞ。ただ、強い奴と戦うのは心が躍るだろう?」

 

 

 これは本心だ。無闇な殺生も、意味のない暴力も好きじゃないが、鍛えた自分が世界にどれだけ通用するのか知りたい。

 そんな闘いなら惜しむつもりはない。

 

 

「……お気持ちは分かります。僕も楽しかったですから。でも、まだまだですね。決定打が与えられませんでした」

 

「そうか? 綺麗に極められたんだけど?」

 

 

 苦笑を交えて言う三浦に、俺は首を傾げて惚けてみる。

 

 

「誤魔化さないでも良いですよ。山口様が防御に力を入れていたら、多分僕の足の骨は砕けていました。貴方が力を抜いていたから無事だったんですよね?」

 

「否定はしない」

 

「それが答えのようなものです……すみません」

 

 

 俺の返しに混じり気のない笑顔で答えた三浦は、申し訳なさそうに頭を下げる。

 

 

「うん?」

 

「最後に手会わせ、願えませんか?」

 

「はぁ? いや、何でそうなったんだよ?」

 

 

 思わぬお願いとやらに素頓狂(すっとんきょう)な声が出た。

 ただ、三浦の声音はいたって真剣で、本気で望んでいることは分かった。

 

 

「いえ、この先僕に出番があるかどうか分かりませんから(アリサお嬢様の護衛としてこのままで引き下がれません)」

 

「それ、()(カッコ)の部分と逆じゃないか?」

 

「え? 逆?」

 

「分からないならいいや」

 

 

 メタ発言はあったが、この提案は俺も望むところだ。

 正直、さっきのは不完全燃焼もいいところだったからな。ここらでいっちょ完全燃焼といこうか。

 

 

「では外で」

 

「ああ」

 

 

 俺は三浦の後を追って外に出る。

 既に夜の帳が下り、敷地に設置された灯りが明々とバニングス邸を照らしている。

 

 

「ここで良いでしょう」

 

 

 三浦が足を止める。

 正門に進む道を少し逸れた場所に開けた空間がある。

 

 

「……何で居るんだ」

 

 

 綺麗に手入れされた芝生、設置された一台のベンチ。何時移動していたのか、そのベンチにアリサとデビットの座る姿があった。

 

 

「私も君の実力とやらを見てみたくてね」

 

 

 映画でも観賞するかのように笑うデビット。その横に座るアリサは緊張からか身体が固い。

 

 

「旦那様、宜しいですね?」

 

「うむ、存分に暴れると良い」

 

 

 はぁ……了承しておいてなんだが、はやてに怒られるだろうな。確実に20時過ぎるぞ。

 

 

「では……」

 

 

 俺から4m離れた位置で構える三浦。その右手には刃渡り40cmほどのナイフが握られている。

 俺が砕いた物とは別物だ。

 

 

「本気でいきます」

 

 

 三浦が言葉を放つと同時に真っ直ぐ飛び出してくる。

 一歩、二歩……三歩目で踏み出した足に力が入るのが分かった。加速だ。

 

 

「――っ!」

 

 

 首を右に捻って突き出されたナイフを躱す。

 さっきとは違い、俺の身長は140cm強。三浦とは拳一つ分の差がある。勿論、俺の方が低い。

 だから何だってことはないが、戦いやすさで言えば今の俺の方がやり易いだろう。

 

 

「はっ!」

 

 

 顎を狙った蹴り上げを、上半身を後ろにスウェーして躱す。

 三浦は軸足をバネにして跳んで空中で体を捻り側頭部目掛けて回し蹴りを放つ。

 

 

「っと……驚異的な身体能力だ、なっ」

 

「ぐっ……!」

 

 

 それを屈んでやり過ごし、宙に居る三浦の腹に加減して右拳を当てる。

 更に続けて二発、三発、四発と拳を当てていく。

 最後に肘を打ち下ろして地面に叩きつける。

 

 

「ぐぅうっ!!」

 

 

 叩き付けられた衝撃の痛みで呻き声を上げるも、即座に転がって俺から距離を取り立ち上がる。

 

 

「何、ですか……この打撃は。……まるで、ハンマーで殴られたような……」

 

 

 俺が打ち据えた腹を左手で擦りながら確認するように呟く三浦。

 

 

「お前が今相対しているのは化け物だ。心して掛かってこいよ?」

 

 

 俺は自分の異常さを理解している。

 力は並みの人間を遥かに上回り、肉体は鋼鉄のように……とは言い過ぎだが、少なくとも車が100kmで走行してぶつかっても生還できる。

 その上、再生能力がバカみたいに高い。当然、腕が千切れて生えてくるとかはないだろうが、骨が折れた程度なら数時間で治る。

 たとえ千切れてもくっつけて固定しておけば繋がる……と思う。試したいとは思わないけどな。

 幾度か管理局でそんな場面を見られ、データを取られた俺に付いた二つ名は『管理局の不死者』。

 地球では赤鬼、管理世界では不死者……完璧に化け物だな。

 

 

「そのようですね」

 

 

 痛みが和らいだのか、三浦は再度構える。

 よく試合なんかでは相手の視線を読むってのは言われるが、三浦は読めない。何せ目を瞑ってるからな。

 

 

「今度は俺から行くぞ!」

 

 

 三浦との距離は5m。それを一足で詰めて、胸部を狙って右拳を放つ。

 

 

「くぅっ!」

 

 

 三浦は俺の拳を左肘で受け止め、バランスを崩す。

 

 

「踏ん張りが足りないぞ!」

 

「ぐふっ!?」

 

 

 バランスを崩した三浦の腹に回し蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。

 俺から離れきる前に三浦の右足首を左手で掴んで引き寄せる。

 

 

「ふんっ!」

 

「がはっ!」

 

 

 引き寄せた三浦の腹に肘を突き入れ、掴んだ足を離して今度こそ吹き飛ばす。

 

 

 

「ぐ……ぁっ!」

 

 

 3m飛んで地面を転がる三浦。

 柔らかい芝生が三浦と地面の間でクッションになって衝撃を吸収する。

 

 

「言っただろ。お前の目の前に居るのは化け物だ。只の人間相手のつもりじゃあそのナイフも、足も届かないぞ?」

 

「――っ」

 

 

 挑発が効いたのか、呻いて立ち上がれなかった三浦が跳ね起きる。

 右手に持ったナイフを逆手に構え、やや前のめりの姿勢。

 芝生が土を伴って宙に舞う。さっきよりも尚速い動きだ。歩方が違うのか?

 

 多分、アリサ達には三浦が消えて見えただろう。……が、俺には見えているぞ。

 低い姿勢で俺の懐に飛び込んできた三浦と目が合う。光を映さない瞳に朧気(おぼろげ)に俺の姿が見えた気がした。

 

 

「――っ!」

 

 

 ナイフが横凪ぎに振るわれる。俺は一歩踏み込んで三浦の二の腕を左肘で受け止めて防ぎ、回し蹴りを放つ。

 三浦は即座にバックステップで退いて、また踏み込みナイフを俺の肩目掛けて突き刺す形で振り下ろす。

 

 三浦の手首を左手の甲で受け止め、伸びきった腕を掴んで力任せに背負い投げの要領で背中に乗せて地面に頭から落とす。

 

 

「――くぅっ!」

 

 

 衝突ギリギリで左手で体を支えた三浦は俺の拘束から逃れ、片腕倒立の状態でしなやかな足を振り回す。

 

 腕をバネにして飛び上がった三浦は空中で体勢を整え、俺の顔面目掛けて更に蹴りを放ってくる。

 

 

「うおっ」

 

 

 腕をクロスして顔を守ったが、予想以上の衝撃が腕に伝わる。踏ん張った足が数㎜地面にめり込んだ。

 

 

「踏ん張りの利かない空中でこの威力とか……」

 

「伊達や酔狂でアリサお嬢様の護衛をしていませんから」

 

 

 着地した三浦は細い顎から落ちる汗を拭いながら笑う。

 かなり息が上がっている。スタミナがないな。

 

 

「かなりキツそうだが、どうする? 止めるか?」

 

「……まだです。僕も腕に覚えのある者として、貴方に一撃くらいは有効打を与えたい」

 

 

 笑顔を引っ込めて構える三浦。自分で言ったように、まだ気力は十分なようだ。

 

 

《七時三十七分です、主》

 

 

 刃から現在時刻を知らせる念話が届く。

 ふむ、まだ余裕がある。ハイスピードで闘えば何度でも打ち合えるな。

 

 

「――ふっ!」

 

 

 またも舞う土と芝生。三浦が居た場所は、踏み込みによって僅かに抉れている。

 

 正面からではなく、右側面からの脚撃。

 敢えて横っ腹で受け止め、右手で膝裏を掴む。

 このまま握り潰す……ようなことはしない。大輝や犯罪者ならそれで良いんだが、三浦にそんなことはできない。

 だから……。

 

 

「そらっ」

 

 

 投げ飛ばす。

 5mの距離を飛ぶ三浦は空中で膝を抱えて回転、着地の瞬間に足を伸ばして滑るように芝生の上に下り、即座に体を俺の方向に向け……慌てて横に跳ぶ。

 

 三浦が居た場所に直径2m、深さ40cmほどの小さなクレーターができる。

 俺が追撃して三浦の脳天目掛けて拳を打ち下ろしただけなのだが、空を切った拳から衝撃波が放たれ、地面に衝突、結果陥没させてしまったようだ。

 力が入りすぎたな。

 

 

「ちょっ、やりすぎでしょ!」

 

 

 アリサがヤジを飛ばしてくる。俺の動きは見えなかったと思うんだが、結果と今の俺の位置で何が起こったか把握したらしい。

 

 

「何ですか、今のまるで鉄球が落下したような音は……!」

 

「気にしている暇はないぞ!」

 

「――っ!!」

 

 

 避けた三浦に一歩踏み込んで左拳を放つ。直ぐに反応して見せた三浦は、外に逃げるようにステップを踏んで躱し、躱し様に右手に逆手で持ったナイフを袈裟懸けに斬り下ろしてくる。

 俺は左手で三浦の手首を掴んで軽く内側に捻る。すると力の入らなくなった指からナイフが落ちてきた。落ちてきたナイフを左足で遠くに蹴り飛ばす。

 

 

「くっ!」

 

 

ナイフを失った三浦は掴まれた手首を解放するために、俺の腕を狙って高く右足を蹴り上げた。

 三浦の手首を離して身体を開くように左半回転、左腕を伸ばして裏拳の要領で三浦の顔面目掛けて振り抜く。

 バックステップで躱す三浦に追撃を掛けるために更に踏み込んで左拳を放つ。が、三浦は一歩下がって右手を添えて受け流す。

 更に踏み込んで左拳を放ち、下がって受け流され、更に一歩踏み込んで右拳を、更に、更に、と一発、二発、三発、四発、五発、右、左、左、右、右膝蹴り、左、右、左、右、右、左、左、左、左、回し蹴り、左、右、左、ミドルキック、右、右、右……俺が一歩進めば三浦が一歩下がり、俺が拳を放てば三浦は受け流す。

 時に蹴りを混じえて熾烈な攻撃を放っていくが、三浦はその悉く(ことごとく)を受け止めずに衝撃を逃がすように逸らしていく。

 受け止めるだけで骨の芯に響くていどの威力はあるだろうからな。判断は間違っていない。

 しかし、反撃の隙を与えない攻撃に徐々に追い付かなくなってきた。

 俺が動きを速めてるんじゃない。三浦のスタミナが限界に近いのだ。

 

 

「ラストオオオォォォッ!!」

 

「ぐうぅっ!?」

 

 

 最後の一発は三浦の知覚を上回る速度で放った。

 受け流す素振りすら見せることなく、三浦は俺の右拳を無防備に胸部に受け止め、車に撥ねられたように吹き飛び、アリサ達の座るベンチの横をすり抜けて木に背中を強かに打ち付けて崩れ落ちる。

 遅れて――スパァァァンッ!!――と空気の弾ける音が夜空に響く。……我が家の道場ではできないな。御近所迷惑だ。

 

 

「「三浦っ!!/葵!!」」

 

 

 アリサとデビットの声が重なる。

 気を失ったのか、三浦は身動ぎ一つしない。それなりに加減はしたから骨が折れてるってこともないと思うが、一応確認のため三浦に近付きしゃがんで確かめてみる。

 

 

「……大丈夫だ、ちょっとした打ち身程度だな」

 

「そう」

 

 

 傍に寄ってきたアリサの返しが冷たい。本人に自覚があるかは知らないけど。

 

 

「あ……今更だけど、もう敬語とかいいわよね? それと宏壱って呼ばせてもらうから」

 

「は……?」

 

「い・い・わ・よ・ね?」

 

「お、おう」

 

 

 突然の提案(決定事項?)に頷くしか俺には選択肢がなかった。戦闘能力で劣る小娘に……!?

 などと脳内で巫山戯てみる。だが、実際稀に居るのだ。戦闘能力もないのに覇王色の覇気にも似たプレッシャーを放つ女性が。

 例を挙げれば、なのは、桃子さん、すずか、木乃香、ユークリウッドだろう。

 他にも数人……数十人か?居るが、そっちは戦闘能力でも並みを上回るからな。桃香達とか咲とかメガーヌさんやクイントさんとかリンディさんとかな。

 

 

「あとは任せていいか?」

 

「うむ、葵は私が運んでいこう」

 

「悪いな」

 

 

 頷いたデビットに一言返して立ち上がる。

 

 

「それじゃ、今度こそ本当に帰るよ」

 

「それ、三回目よ?」

 

「分かってるよ」

 

 

 苦笑を交えて指摘するアリサに俺も苦笑で答える。応接間で見せていた剣呑な雰囲気はもうない。

 切り替えの早い娘だ。

 

 

「じゃあな」

 

「また遊びに来なさいよね」

 

「私は居ないだろうが、何時でも歓迎しよう」

 

 

 そう言って笑って見送ってくれるバニングス父娘に手を振ってバニングス家の門を潜って敷地を出る。

 

 

《現在時刻、七時五十七分です》

 

 

 念話で刃の時報が届いた。

 刃が五十と言った段階で俺は既にトップスピードに入っていた。剃と月歩、刃と無限を展開せずに使えるファーストムーブまで重ねた。

 

 その結果、俺の眼前には既に八神家が見える。

 そうして着いて玄関扉を開ける。

 

 

「ただいま」

 

 

 家の中にそう声を掛けると奥から「お帰り~」と間延びしたはやての声が聞こえた。

 扉を閉めて靴を脱ぎ声のした場所、リビングへと向かう。

 その途中で炊きたての米の香りとかしわの独特の臭いが香ってくる。

 

 

「丁度ええとこに帰ってきたなぁ」

 

「タイミングバッチリか?」

 

「うん、ええタイミングやったよ」

 

 

 リビングに顔を出せば、大皿にこんもりと盛られた唐揚げを机の上に置く体勢で俺を見ているはやての姿があった。

 

 

「何か手伝うことはあるか?」

 

「ほな、お味噌汁入れて持ってきて~」

 

「了解」

 

 

 こうして俺とはやては二人で晩飯を食った。

 ジュエルシード、なのはとのこと、リニスが言うフェイトとアルフ、そしてプレシアのこと……問題は山積みで嫌になるが、それでもはやてとこうして過ごす時間は俺に癒しを与えてくれるのだった。



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第七十五鬼~赤鬼とお茶会(参加するとは言っていない)~

side~宏壱~

 

 夢を見ている。そう分かるのは幾度となく同じ、正確に言えば似たような夢を見ているからだ。

 

 空を見上げれば夜空に散りばめられた幾千、幾万の星々が見える。その下で手に持った花火を人の居ないところに向けてはしゃぐ青色の髪をショートにした少女。

 その少女の姉だろうか……少女よりも少し背が高く、少女と同色の髪を長く伸ばした落ち着いた雰囲気の少女がはしゃぐ少女を嗜める。

 

 そんな二人の少女を暖かく見守るのはクイントさん。そしてその夫であるゲンヤ・ナカジマだ。

 ゲンヤ・ナカジマとは数回顔を合わせているが、事務的な会話くらいしかしたことがない。実際、同じ地上本部に居るが、部隊が違うと会う機会もないからな。

 よく見れば、少女二人とクイントさんはかなり似ているように思う。

 二人の間に子供は居なかった筈だ。少なくとも俺は面識がないし、聞いたこともない。

 だが、「お兄ちゃん!」と笑顔で俺に声を掛けて笑うショートカットの少女に、俺は笑顔を返して「――」少女の名前を呼ぶ。その名前の部分だけが音にならない。

 

 ミンミン、と響くセミの声でこの時期が夏なんだと認識して周囲を見渡せば、メガーヌさんが赤子を胸に抱いて彼女が結婚した旦那さんと一緒にあやしている。

 確か名前はルーテシアだったか……。去年産まれたメガーヌさんと旦那さんの子供だ。

 メガーヌさんは今は産休を終えて育児休暇に入っている。

 正直、子供ができたのなら事務にでも回ってほしいんだが、復帰した時はゼスト隊に戻ってくるらしい。

 

 状況や場所は違う。だが、幾人か俺が見たことのない人物が、親しくもない人物達が混ざっているのだ。

 さっきも言ったようにゲンヤ・ナカジマとは同じ(おか)の所属というだけで部隊が違う。接点がクイントさんしかないのだ。

 それに少女二人はまったく見覚えがない。見覚えがない者は名前を呼んでも聞き取れない。切り取られたかのように空白になる。

 

 メガーヌさんの旦那さんとは、メガーヌさんの結婚式で挨拶しただけでしかない。この集まりに誘われる意味が分からない。

 

 もっと意味が分からないのは俺とゼストさんだ。

 何故俺はゼストさんと横に並んで線香花火をしているのか……?

 俺もゼストさんも優しい顔をしているとは言えない。だが、チラッとゼストさんの顔を盗み見れば優しく細められた目が、じっと線香花火を見つめている。

 なんで桃香達ではなくゼストさんなのか、疑問に思いながらも俺の意識は黒く塗り潰されていった。

 

 

 

 

 

 チュンチュン……チュンチュン……。

 小鳥の囀りで目が覚める。妙な夢を見た。八神家に泊まると必ず見るのだ。幸せの一時(ひととき)を……。

 これが意味することは分からない。俺は戦場を求めながらも、何気無く笑える日常を望んでいるのだろうか?

 いや、事実そうであることは自覚している。

 

 

「んぅ……すぅ……すぅ……」

 

 

 身動ぎして抱きついてくるはやての柔らかな髪をそっと撫でる。

 時間は五時十分前。今から米を炊いて、鍛練、それから飯を食っても十分に間に合うな。そう当たりを付けて起きる。

 抱きつくはやての腕をそっと外して布団を被せたあと、ジャージに着替えて部屋を出た。

 

 

「行ってきます」

 

 

 米を洗い、炊飯器に入れてスイッチを押したあと、はやてを起こさないように家の中にそっと声を掛けて出る。

 戸締まりをしてトントン、と爪先でアスファルトを蹴って靴の具合を確かめてから駆け出す。

 誰も居ない住宅街を一定の速度で走る。息を乱さず、歩幅を崩さず、重心のブレをなくし、常に全方位の気配を探る。

 民家に居る人の数、頭上を飛ぶ小鳥、ブロック塀の上で呑気に眠る猫。

 多くの情報が気配となって伝わってくる。

 

 走ること三十分。俺は住宅街を抜け商店街、オフィスビル群を抜けて山の麓まで来ていた。

 そろそろ引き返そう。そう思い踵を返すと、振り向いた先から知った気配が複数近付いてきた。

 

 

「あれ、宏壱君?」

 

「ああ、奇遇だな、咲。士郎達も」

 

 

 見えたのは士郎を始めとした、恭也、美由希、咲、そして大輝だった。

 

 

「おはようございます、宏壱さん」

 

「おはよう、宏壱君」

 

「おはよう、宏壱」

 

「おはよう、宏壱君」

 

 

 俺の前で立ち止まった大輝、士郎、恭也、美由希がそう挨拶してくれる。俺も「おはよう」と返して、動かそうとしていた足を肩幅ていどに開いて止まる。

 

 

「早いな、何時から走っていたんだ?」

 

「……五時くらいだな。もう帰るとこだけど」

 

 

 そう聞く士郎に起きた時間帯と、米を洗って炊飯器に入れてからの時間を大雑把に計算して言う。

 

 

「五時って……いくらなんでも早すぎない?」

 

「山籠りの時はもっと早いだろ。それと比べればどうってことない」

 

「そうだけど……毎日はキツくない?」

 

「慣れだ、慣れ」

 

 

 「そうなんだ」と苦笑する美由希に「そうなんだよ」と軽く返す。

 

 山籠りの時は寝ない日だってあるのによく言う。

 士郎は鍛練となると厳しい。極限状態を恭也に強いる。それを恭也が美由希にやらせ、咲と大輝が真似を……と言うか、俺がやらせる。

 一日飲まず食わずで瞑想して気配を自然と同調させる訓練とか、夏休みは十日ほどの期間を目隠し、或いは耳栓をして聴覚を遮って五感を鍛えたり、山籠り中に不意打ちで攻撃を仕掛けたり、半日山の中を走り続けたりで、平均睡眠時間は二時間、一週間の山籠り中の合計睡眠時間は二十時間もない。

 

 閑話休題。

 

 

「あ、そうだ」

 

 

 咲が何かを思い出したように声を上げる。突然のことで、俺達の視線は声を上げた咲に集中した。

 

 

「宏壱君、アリサちゃんのことどうなったのかな?」

 

 

 咲が昨日のことを聞いてくる。帰ったあとは連絡もなしだから気になっていたんだろう。

 

 

「「「むっ/何?/えっ!?」」」

 

 

 士郎、恭也、美由希が驚いて声を上げる。初耳らしい。

 

 

「なんだ、話してなかったのか?」

 

「うん、どうなるか分からなかったから。大輝君と相談して宏壱君が居る時に、って」

 

 

 「ね?」と大輝を見る咲。同意を求められた大輝は「はい、そうなんです」と笑った。

 

 

「要は、俺にまるなげって事だろ」

 

 

 深く溜め息を吐いて、憎たらしく笑みを浮かべる大輝の頭を小突く。

 

 

「話せることだけ話すぞ」

 

 

 そう前置きして事の顛末を語る。

 途中途中で咲と大輝の視点からの補足が入り、身内にいながら部外者という奇妙な立ち位置の三人にバニングス邸での三浦との闘いを省いて語った。

 

 

「なるほど……」

 

 

 話を聞いた士郎は神妙な顔付きで頷く。恭也と美由希も似たり寄ったりだ。

 

 

「ま、そこら辺は当人らで話し合えば良いさ。俺達はそれに関して割って入るべきじゃない」

 

「それが妥当か……歯痒くはあるけど」

 

 

 父親としてはそうだろうな。悩む娘の力になれないってことだから。まぁ、その分は咲と大輝に任せるしかない。

 

 

「二人ともそれで良いな?」

 

 

 士郎が聞くと、特に反対意見もないらしく、恭也と美由希は頷く。視線を咲と大輝に向けても同じ様に頷くだけだった。

 そうして路上でのプチ説明会は幕を閉じて、互いのランニングに戻った。

 

 六時過ぎに八神家に帰るとはやては既に起きていて、昨晩の味噌汁の残りを温めていた。

 ランニングでかいた汗をシャワーで流し、朝飯を食べながら今日の予定を聞く。

 今日は検査もないし、図書館で本を読むことにする。

 そう言ったはやてに、閉館時間に迎えに行くと約束して八神家を出た。

 時刻は六時四十分。このまま家に帰って身支度をして学校に向かえば十分間に合う時間だ。

 俺はそう計算しながらのんびりと我が家まで歩いて帰るのだった。

 

 

 

 

 

 時間は飛んで放課後。

 既に学業を終えて帰宅した俺は私服に着替え、肩にリニスを伴って月村家へ向かっている。

 

 

《何故、月村邸に?》

 

《来た方が良い……それしか咲からは聞いてない。特に説明もなく帰りやがったからな》

 

 

 念話で聞いてきたリニスに、同じく念話で返す。

 なんでも、すずかの家でなのは、アリサ、すずか、咲、大輝、相川、ユーノ少年、あとクソガキ。この七人でお茶会をするらしい。

 俺はお茶会に誘われた訳じゃない。月村家に来た方が良いと言われただけだ。理由は知らない。行くかどうかは俺の判断で良いらしい。

 ただ、忍嬢とすずかに説明した方が良いとは思っている。本当はなのはの口から言ってもらいたいんだが、アリサが意図せず知ってしまったからな。

 もしすずかが知る時が来たら疎外感を得る。それは、少し寂しいじゃないか。

 

 

《特にやることもないし、何が起こるのか興味もあるしな》

 

《不謹慎ですよ。何が起こるか分かったものじゃありません、気を引き締めてください》

 

《へいへい》

 

 

 窘めるように言うリニスに好い加減な返事をすると、前足で俺の頬をペチペチと叩く。

 特に痛くはない。寧ろ肉球がぷにぷにして気持ち良いくらいだ。

 すれ違う人の目が優しく細められる。居心地が悪くなってきた。

 俺は進める足を速めることにした。

 

 

 

 

 

side~咲~

 

〔ニャー《咲、大輝。宏壱が来ましたよ》〕

 

 

 月村家のメイドですずかちゃんの専属でもあるファリンさんが持ってきてくれた紅茶を飲んでいると、猫の鳴き声と副音声のように頭に響いた念話が同時に聞こえた。

 

 声のした方を見ると、一匹の猫が綺麗に足を揃えて座っていた。

 野良猫じゃない。艶やかな毛並みと

 

 

「あれ? こんな猫居たっけ?」

 

「うんん、知らないよ。何処からか迷い込んだのかな?」

 

「そうなんだ。わー、綺麗な毛並み。さらさらだよ」

 

 

 アリサちゃんがすずかちゃんに聞くけど、すずかちゃんは首を横に振って否定する。

 そんな二人を尻目に、なのはちゃんは鳴き声を上げた猫、リニスさんに近付いてしゃがみ頭を優しく撫でる。

 

 

「飼い猫かな? 随分人に慣れてるね《良かった。ひょっとしたら来ないかもって思っていたんです》」

 

 

 マルチタスクを使って、口から出す言葉でなのはちゃん達の会話に参加しながら、思念で放つ念話でリニスさんに返事をする。

 なのはちゃんとレイジングハート、それとユーノ君と新崎君に気付かれないのは、私とリニスさんの間だけ回線を開いているからで、漏れ出る僅かな魔力もリニスさんが上手く隠蔽してくれるからだ。

 大輝君はリニスさんとは違う猫を愛でながら、ユーノ君と新崎君が感づかないように会話をしている。

 

 

《そうですか? 宏壱なら興味を持つと思いますけど》

 

 

 そう言われて、そうかもしれないと思った。

 山口 宏壱君。私と歩ちゃんのクラスメイトで、私と大輝君の戦闘の師匠でもある男の子。

 身長は頭一つ分高くて目付きが鋭い。黒髪黒目なんだけど、よく見ると黒目に少しだけ赤が混じっている。

 性格は……どうだろ? 自信家で強気、かな。正義感はそこそこに有って人に押し付けない。

 人の話は聞くけど、譲らない時は譲らない。頑固と言えばそうだけど信念があるとも言える。あと、変なところで臆病。なのはちゃんとの件が良い例だね。

 

 そんな宏壱君は退屈が好きじゃない。

 快楽主義ってほどじゃないし、誰かに迷惑を掛けてまで娯楽を求めている訳じゃない。

 だけど、面白いことが好きなんだってことは変わらない。誰も傷つかない範囲で、かつ、自分が対処できる規模で楽しむ。それが彼の楽しみ方。

 そんな彼に理由を言わず、「来た方が良い」それだけを告げて教室を出たのは正解だったみたいだね。彼の興味を引けた。

 

 

《宏壱の使い方を心得ていますね》

 

《それなりの付き合いだからね》

 

 

 なのはちゃん達に愛でられるリニスさんと念話で会話しつつ私達を見ている視線を追う。見上げた先、私達の居る場所が見下ろせる二階の窓に彼が、宏壱君が居た。

 

 

「咲、何を見ているの?」

 

「ううん……何でもないよ」

 

 

 私の向かい側に座って紅茶を飲んでいた歩ちゃんが声を掛けてくる。

 それに対して私は首を横に振って答える。もう一度二階の窓を見るけど、宏壱君の姿はもうそこにはなかった。

 

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第七十六鬼~赤鬼、事情を語る~

side~宏壱~

 

 月村邸の門を叩いた俺が今居るのは、月村家の屋敷の二階。そこにある忍嬢の私室だ。

 私室と言っても寝室ではない。多くの分厚い書物が納められた棚が並ぶ書斎のような部屋だった。

 

 

「「……デカイな/……デカイわね」」

 

 

 そんな部屋に男女二人の気の抜けたような声が響いた。

 美男美女を体現したようなカップル、恭也と忍嬢だ。

 恭也と忍嬢は並んで椅子に座り唖然としている。二人の後ろに立つ俺も、余りの異様さに圧倒されていた。

 そんな俺達の視線の先には、空中に展開されたディスプレイ。そこに映っている巨大な猫を見ての発言だった。

 

 

「今回の暴走体は随分と可愛らしいな」

 

 

 咲達に聞いた話だと、もっとおどろおどろしいと言うか、狂暴と言うか……兎に角、こんなファンシーな感じではなかったらしい。

 

 今から五分ほど前。俺は、俺達魔導師はジュエルシードの発動を感知した。

 月村の敷地に収まった林の中、奥深くで発動したそれを……。

 だが、なのは達は容易に動くことは叶わなかった。目の前に何も知らない友人が居るから。

 

 ……と思っているのはなのはとユーノ少年、それとクソガキだけだろう。

 アリサには事情を話したし、すずかも裏の世界を垣間見た。相川だってこっち側の住人である。今、海鳴で起こっていることは把握しているかもしれない。

 だから話しても問題はないし、そもそも俺は月村姉妹になのはが抱える問題のことを話すのもここに来た理由の一つなのだ。

 

 勿論それは序でで、主目的は咲の言った「来た方が良い」という言葉に興味を持ったからだが。

 

閑話休題(それはさておき)

 

 容易に動くことはのできないなのは達。そんな彼女達を見かねて行動を起こした人物(猫物?)がいた。リニスだ。

 なのはの膝の上で愛でられていた彼女は、ジュエルシードが発動してどう誤魔化してその場を離れるかを思案するなのは達に、助け船を出すようになのはの膝から飛び降りて木々の間に姿を消した。

 その方角はジュエルシードが発動した方だった。これ幸いとリニスを追うなのは達。こうしてなのは達は、アリサ、すずか、相川を置いて茶会から抜け出し、ジュエルシード暴走体の下へと駆けつけたのだった。

 

 そして俺は今、なのは達を追って飛ばしたサーチャーから送られる映像を、空中ディスプレイに投影して恭也と忍嬢と共に見ている。

 

 

「魔法って便利ね」

 

「ああ、こんなことが可能ならば任務も捗るだろうな」

 

 

 忍嬢の呟きに同意するように頷いて、恭也は俺を見る。

 

 

「何度も言ったが、この魔法を使うにはリンカーコアが必要だ。地球に似たような魔法があるかは知らないし、興味もない。まぁ、恭也が魔法を学びたいと言うのなら……紹介しようか?」

 

「……いや、止めておこう。俺には御神流さえあれば十分だ」

 

 

 ニヤけたようなあからさまな作り笑いを浮かべて恭也を見ると、顰めっ面を返して言う。

 恭也の剣術、戦闘術は既に完成していると言って良い。そこに魔法などという余計な力は必要はないだろう。

 俺は使えるものを使ってるだけだしな。

 

 

「あれば便利じゃない?」

 

「今まで不自由しなかったんだ。急に得たところで持て余すだけだ」

 

「動きがあったぞ」

 

 

 そのまま魔法談義に入ろうとした恭也と忍嬢の注意を空中ディスプレイに向ける。

 空中ディスプレイには、巨大猫の足元に魔力弾が打ち込まれたところが映し出されていた。

 

 

「さて、ディスプレイはこのまま展開しておくぞ」

 

「何処に行くのかしら?」

 

「すずかに説明しにな」

 

 

 部屋の扉に向かうと忍嬢が声を掛けてくる。それに静かに答えて俺は部屋を出た。

 

 

 

 

 

side~アリサ~

 

「……行っちゃったね」

 

「そうね」

 

 

 すずかがなのは達の走っていった方を見ながら呆気に取られたように言う。

 気持ちは分かるけど口を閉じなさい。半開きよ?

 

 

「どうしたんだろう。ユーノ君と勝吾君もすごく慌ててたし……」

 

「さぁ?」

 

 

 すずかの言葉に気のない返事をする。

 理由は……何となく分かる。多分、昨日宏壱が言っていたジュエルシードっていうのが発動したんだ。

 地球を消滅させかねないエネルギーを秘めた石。それがジュエルシードだと聞いた。

 そんな危険な物が身近にあるなんて、すずかは想像もしていないだろう。

 

 

「アリサちゃん、なんだか落ち着いてるね」

 

「……そ、そんなことないわよ?」

 

「私の目を見て言える?」

 

 

 すずかの目に目を合わせないまま言うと、真剣な表情で言われた。

 ……嘘を吐くのは得意じゃない。黙っているのと嘘を吐くのとでは意味が違いすぎる。

 

 

「アリサちゃん、何を隠しているの?」

 

「べ、別に何も――「お前が嘘が苦手だってことはよーく分かった」――……っ!? な、何であんたがここにっ!?」

 

 

 急に現れたそいつにあたしは身体をビクッっと跳ねさせる。すずかも目を丸くして言葉を失っていた。

 そんなあたしとすずかを無視して、いつの間にかあたしとすずかの間に座っていた宏壱が音を立てて紅茶を飲む。

 

 

「……って、それあたしのっ」

 

「ん? ああ、そうか。頂いてます」

 

 

 指を差して言っても宏壱は飲み続け、最後まで飲み干した。

 コト、とテーブルに置かれたティーカップを見る。宏壱が口を付けていたのはあたしと同じ場所…………。

 

 

「どうした、アリサ。顔が赤いぞ?」

 

「~~っ!? 何でもないわよっ!!!」

 

 

 火照る顔を自覚しつつも、宏壱の言葉に語気を強めて言い返す。

 

 

「意識するには早いぞ、お嬢さん?」

 

「うっしゃい!!~~~っ!」

 

 

 ニヤニヤとからかう宏壱に抗議の声を上げると……舌を噛んだ。痛い。

 

 

「ア、アリサちゃん、大丈夫?」

 

 

 口を押さえるあたしの顔を覗き込むすずかが心配そうに見てくる。でも、口許がひくひくしていて笑いを堪えているのがまる分かりだった。

 だから無言ですずかのほっぺたを抓ってやる。

 

 

「い、いひゃいよ~っ」

 

「仲良いな、お前ら」

 

 

 そんなことを呑気に言う元凶をギロッと睨んでやっても、どこ吹く風と言わんばかりにテーブルに置いてあるビスケットを手に取って食べる宏壱。

 三浦を倒したほどだもの。あたし程度の睨みじゃ動じないのは分かるけど……悔しいじゃない。

 

 

「そろそろ離してあげたらどう?」

 

「え?……あ」

 

 

 今まで何も言わず、しゃがみ込んで猫を愛でていた相川さんが言う。

 その言葉で未だに引っ張っていたすずかのほっぺたを離す。

 

 

「うぅ~~」

 

「ご、ごめんすずか」

 

 

 目尻に涙を溜めて少し赤くなったほっぺたを擦りながら恨めしそうにあたしを見る。

 

 

「それで? 山口、話があるんでしょ?」

 

「ああ」

 

 

 相川さんが宏壱の向かいの席に座りながら言うと、宏壱は特に隠すようなこともなく頷く。

 

 

「相川、お前は今この海鳴で何が起きているか把握しているか?」

 

「うーん、正直掴めてない。何かが起きているってことは分かってるんだけど、それ以上は……もしかして山口、あんた全部知ってる?」

 

「全部……そう言えるかどうかは微妙だな。一応関係者ではある」

 

「ふ~ん? 関係者、ね。と言うか二人の前で話して良かったの?」

 

 

 相川さんが席に着いてから、宏壱と言葉を交わし始めてあたしとすずかの入る余地がなかったのに、急にこっちに話の矛先が向いた。

 

 

「すずかは俺のことを知ってるし、アリサは昨日事件に巻き込まれた」

 

「「え?」」

 

 

 あたしとすずかの声が重なる。まったく予想もしていなかった言葉が宏壱の口から出たのだから当然だ。

 すずかが知っている? 何を? 宏壱のことを? 大人バージョンじゃなくて本来の宏壱の姿を見て、それが咲さんや相川さんのクラスメイトじゃなくて、翠屋で出会う山口 宏壱として知っていた?

 疑問が脳裏に過り、意味を理解した。

 

 

「「どういうことよっ!/どういうことですか!」」

 

 

 すずかと一緒になって宏壱を左右から責めるように詰め寄る。

 

 

「落ち着け。順にだよ、順に説明する」

 

 

 威圧的に迫っても、宏壱は慌てないし狼狽えない。それは宏壱さん(・・)の時にも見せていた姿で、同一人物であると強く認識させられる。

 別に疑っていた訳じゃない。目の前で大人が子供に変わる瞬間を見せられたから信じざるを得なかったというのが大きな理由だ。

 

 

「それじゃ先にすずかとの関係からだな」

 

 

 そう言った宏壱の言葉を受けて、あたしの向かい側に座るすずかの表情が強張った。

 その理由が気になりはしたものの、変に集中を欠くと聞き逃すかもしれないから今は置いておく。

 

 宏壱の説明は簡潔だった。何年か前にすずかの誘拐事件があった。それはあたしも知ってるし、なのはと桃子さんを除く高町家武装集団と出稽古に来ていた織斑 千冬さんとその付き添いの篠ノ之 束さんが総出で救出に向かったことも聞いた。

 士郎さん達の足止めとして翠屋に送られていた誘拐犯の仲間は、偶々(たまたま)そこに居合わせた宏壱さん(・・)が仕留めたことも。

 それで翠屋が片付いたあと、魔法を駆使してすずかが拐われた場所を突き止め、高速移動魔法ってやつで移動を開始、到着すると化け物に襲われている束さんを助けて戦闘に入った。

 化け物は取り逃がしたものの、宏壱さん(・・)はその戦闘で魔法を惜しげもなく使ったそうだ。

 

 

「それですずかと士郎さん達は、数年前からあんたのこと知ってたってこと?」

 

「いや、士郎達はその前からだ」

 

「え、そうなんですか?」

 

 

 宏壱の言葉に目を丸くするすずか。

 

 

「ん? 言ってなかったか?」

 

「はい、初めて聞きました」

 

 

 まぁ、言う機会もなかったか。そう付け足して宏壱はテーブルの上に手を翳す。

 すると横長の物体が浮かび上がり、何かを映し出した。

 

 

「次はこっちの事情だな」

 

 

宏壱が言葉を放つけど、あたしとすずかの視線はテーブルの上に固定されていた。

 

 

「「なの、は?/なのは、ちゃん?」」

 

 

 あたしとすずかの茫然とした呟きが庭に響く。

 テレビの液晶ディスプレイだけを抜き出したようなそれは、翳した手を宏壱が話してもテーブルの上に落ちることもなく一定の距離を保って浮いている。

 そこに映し出されたのは、あたしとすずかの親友であるなのは。

 白を基調とした衣服を身に纏ったなのはは、黒衣の女の子と対峙していた。

 日の光を反射して輝く金髪を頭の横でツインテイルにして、ルビーのような赤い瞳を持つ女の子だ。

 

 なのはは今まで見たこともないほどに真剣な表情で女の子に語り掛ける。

 

 

[それはユーノくんの落とし物なの! だから返して!]

 

 

 少し電子音が混ざったような声だったけど、しっかりと聞き取れた。

 

 

「あれがリニスの……お手並み拝見、だな」

 

 

 ぽそっと小さく呟かれた宏壱の言葉を拾うこともできなくて、あたしとすずかは突如舞い降りた非現実的な、親友(なのは)が空に浮いているという光景に釘付けだった。

 

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第七十七鬼~霊感少年、幽霊少女を見る~

side~大輝~

 

「いよいよ彼女の登場だね」

 

 

 僕の横を走る咲さんが前を向いたまま小声で言う。

 僕は言葉を返さずに小さく頷くだけに止めて、前方を走るなのはとユーノ、新崎の三人を見失わないように足を動かす。

 既になのははレイジングハートを展開してバリアジャケットを身に纏っていて、新崎も何処からか現れたセイバーさんとユニゾン済みだ。

 

 

「新崎、リニスさんのこと気付いてませんでしたね」

 

「そうだね。知らなかった、とか?」

 

「どうでしょう。原作知識があるような言動はするんですよ。だけど、僕や咲さんのことは何も言わないし、エストを見ても反応はない。正直考えが読めないです」

 

「うん。私が忍術を使っても何も言わないもんね。知らない、ってことはないと思うけど……」

 

「あまりアニメとかの知識がないってこともあるかもしれません」

 

「宏壱君みたいに?」

 

「はい、宏壱さんの場合は生い立ちから来るものですし、世界だって僕達が住んでいた場所とは異なるらしいですから」

 

「ひょっとしたら新崎君も別の世界からの転生者とか?」

 

「そこまでは分かりませんけど……でも、それだとピンポイントになのはの物語だけ共通してあるってのも変ですね」

 

「そうだね。やっぱり同じ世界ってことかな」

 

 

 走りながら喋っても息を切らせるような柔な鍛え方はしていない僕と咲さんは、なのは達と一定の距離を保ちながら小声で会話する。

 手入れのされていない山中と、手入れの行き届いた林の中では走りやすさが違い、特に舌を噛むこともなくスムーズに口が動いた。

 

 ジュエルシードの発動を感知した僕達は、事件に関わる全員で発動場所に向かっていた。

 誰か一人でも残しておこう。そんな意見がユーノから念話で届いたけど、結局は全員で動くことになった。

 と言うのも、ユーノや新崎に残られると宏壱さんがすずかと歩さんに説明するのが難しくなるからだった。

 歩さんに説明する意味があるのか分からないけど、どうやら彼女もこっち側の人間らしい。詳しいことは聞いてない。でも、宏壱さんがそう言うのならそうなんだろう。

 

 

「抜けているだけなのか、僕達には分からないようにしているのか……意図がまったく読めません」

 

「考えても仕方ないんだけどね」

 

 

 前を見たまま苦笑する咲さんに僕は苦虫を噛み潰す。

 新崎を不気味に思うのは初めてだ。人の考えが読めないのは当然だけど、新崎を放置しておくととんでもないことになりそうな、取り返しのつかないことをしそうな気がして嫌な気分になる。

 

 

「……っと」

 

「……これは」

 

「「「……」」」

 

 

 魔力が強く反応する場所、ジュエルシードの発動地点に着いた……んだけど。

 

 

「大きいね」

 

「実物は凄いですね」

 

「「「……」」」

 

 

 咲さんの言葉に続けて見たままの感想を言う。

 なのは達は完全に目が点だ。丸くしてるとかじゃない、ゴマ粒みたいになってる。

 

 

――ニャーオ。

 

 

 重い鳴き声が降ってくる。回りの木々を超す猫だ。それはすずかがさっき紹介してくれた子猫だ。

 これは知っていても驚く。でも嬉しそうな子猫に何故か頬の筋肉が弛む。

 それは咲さんも同じようで、雰囲気がほにゃっとしている。

 

 

「何でこんなにおっきく……」

 

「多分大きくなりたいって願ったんじゃないかな?」

 

 

 なのはの呟きにユーノが答える。

 

 

「意味が違うよ……」

 

「それがジュエルシードの力だね」

 

 

 大きくなりたいってのは大人になりたいってことで、物理的にデカくなりたいって訳じゃないだろうに……。

 

 

「――っ!?」

 

 

 逸早く気付いたのは咲さんだった。でも、行動するには遅すぎた。

 

 飛来する黄金の閃光。――ズドオォォンッ!!――僕達の頭上を通過して猫の足元に魔力弾が着弾した。

 

 

――ニャーー!

 

 

 驚いた猫が足を折って倒れる。

 

 

「なにっ!?」

 

「今のは、魔法っ!」

 

「……来たか……」

 

 

 なのは、ユーノ、新崎が三様の反応を見せる。口の中で呟かれた新崎の言葉を僕の耳は確りと聞き取った。やっぱり新崎には原作知識があるのは間違いない。

 

 

「あれは……?」

 

「魔導師だ」

 

 

 呟くなのはにユーノが言葉を返す。それを聞きながら魔力弾、フォトンランサーが飛んできた方に身体を向ける。

 

 ツインテイルにした輝く金髪と羽織った黒のマントを風に棚引かせる女の子、フェイト・テスタロッサが空中で静かに佇み、ルビーのような鮮やかな赤い瞳で僕達を見下ろす。

 彼女の右手には斧型のデバイス、フェイト・テスタロッサの愛機であるバルディッシュが握られている。

 

 

「君は何者だ」

 

「……」

 

 

 無駄だと思いつつも声を掛ける。一瞬の視線の交差をして、何も語らないフェイトは興味が失せたように視線を猫に移す。

 

 

「フォトンランサー」

 

 

 静かに唱えたフェイトは左掌を猫に向けた。その掌には金色に輝く魔法陣、そこから放たれるフォトンランサー。

 

 

「だめっ!」

 

 

 咄嗟に動いたのはなのはだった。

 なのはは空中に飛び上がりフォトンランサーの射線上に身体を入れ……。

 

 

〈Protection〉

 

 

 魔法障壁で防いだ。

 

 

「っ!」

 

 

 なのはの魔法障壁によって弾けたフォトンランサー。その衝撃で一瞬なのはは目を瞑ってしまう。

 戦場ではその一瞬が命取りだと僕と咲さんは宏壱さんから教わった。それは今の戦いも例外じゃない。

 

 

「なのはっ!」

 

「っ!?」

 

 

 ユーノが気付いて声を上げる。でももう遅い。

 フェイトは既になのはの懐に飛び込み、魔力刃を形成したバルディッシュを横凪ぎに振るう構えを見せている。

 

 

「縛道の九・崩輪!」

 

 

 僕の指先から放たれた黄色の縄。それはフェイトがバルディッシュを振り抜くよりも速くなのはの左足に絡み付く。

 

 

「きゃっ」

 

 

 そのまま縄を握り込んで引っ張る。間一髪でバルディッシュの魔力刃がなのはの頭上で空を切る。

 

 

「……」

 

「なのはは僕の大切な友達だ。……やらせないよ」

 

 

 目を見開いてこっちを見るフェイトに崩輪を解きながら告げる。

 

 

「今のは……魔法じゃない。あなたは何者?」

 

「君が自分のことを話すなら僕もその質問に答えるのも吝かじゃない。でも、話す気はないんだろ?」

 

 

 一瞬の逡巡を見せるけど、フェイトは直ぐに巨大猫に向き直ってフォトンランサーを形成する。会話より任務を優先した。

 

 魔法陣の構築から魔法形成まで淀みが一切ない。今のなのはより明らかに実力は上だ。

 多分新崎も超えている。新崎の魔法は構成が甘くて、素手で叩いても掻き消すことができるほどに脆い。

 

 

「フォトンランサー」

 

 

 三度放たれた魔力弾は容易く巨大猫を貫いた。

 その光景を見て悲鳴を上げるなのは。顔が青褪めている。だが……。

 

 

「なのはちゃん、彼女が攻撃したのはジュエルシードだよ。子猫には傷一つないよ」

 

「え……?」

 

 

 咲さんが言うように巨大猫に傷はない。

 そして、感じる限りではジュエルシードの反応は途絶えている。封印できたんだ。

 その証拠に巨大猫はその大きな身体をどんどん縮めていき、やがてジュエルシードと分離して普通サイズの子猫に戻った。

 ジュエルシードはそのままフェイトの下へ飛んでいき、バルディッシュのコアに格納された。

 

 

「……」

 

 

 フェイトはこっちを一瞥して高度を上げていく。

 彼女に追従するように希薄な存在があとを追う。さっきは気付かなかった。

 フェイトと同じ輝く金髪をツインテイルにした赤い瞳を持つ小さな女の子。歳は四、五歳くらい。

 輪郭が薄く、世界との境界線が曖昧で、向こう側の風景が身体を通して透けて見える。

 

 その女の子と目が合った。

 女の子は少し目を見開く。僕が見ていることに驚いているんだろう。

 アリシア・テスタロッサ。フェイト・テスタロッサのオリジナルで今回の事件の発端となり、フェイト誕生の切っ掛けにもなった少女だ。

 

 

「待って!」

 

「……」

 

 

 なのはがフェイトを呼び止める。

 その声に反応してうごきを止めたフェイトに、なのはが目線を合わせるために慌てて飛んだ。

 

 

「それはユーノくんの落とし物なの! だから返して!」

 

 

 少し語気を強めて言うなのは。

 それに対してフェイトは何も答えない。彼女に憑いているアリシアが叫ぶのが聞こえた。

 

 

――フェイト、だめっ!

 

 

 その声は届かず、フェイトの腕を掴もうと伸ばされた手もすり抜けた。

 

 

「ごめん」

 

「え……」

 

 

 速い。

 小さな呟きを溢すと同時に、フェイトはなのはの反応速度を上回った動きで懐に飛び込んだ。

 だけど……。

 

 

「水遁・水断波!」

 

 

 今度は咲さんが動いた。

 高速で組んだ印に発動キーである技名。それらを行うのにレイコンマイチ秒。その速度は先に動いたフェイトよりも速かった。

 

 

「……っ!?」

 

「きゃっ!」

 

 

 間一髪で身体を捻って迫るウォーターカッターを躱すフェイト。なのはに攻撃することは叶わず、横を素通りするだけに止まった。

 

 

「今のは……」

 

 

 目を見開くフェイト。興味を惹かれた顔をするけど直ぐに取り繕ってバルディッシュを構える。

 僕が「知りたいなら君のことを教えろ」と言ったのが要因かな。

 

 

「なのはちゃん、下がって」

 

「咲お姉ちゃん?」

 

「今のなのはちゃんじゃ、その娘には勝てないよ」

 

 

 言って空に浮かび上がる咲さん。

 

 

「……」

 

「この子は私の大切な妹なの。君に傷付けさせる訳にはいかないよ」

 

 

 なのはを背にして正面からフェイトを見据える咲さん。

 その気迫ははぐれ悪魔やはぐれ神父を相手取る時と同様のもので、無感情を顔に貼り付けたフェイトをたじろかせるには十分だった。

 

 

「待ってくれ!」

 

 

 緊迫した空気を破ったのはやっぱりと言うか、またお前かと言いたくなるほど当然のように、新崎だった。

 なのはとユーノは咲さんの気迫に押されて何も言えないし、僕はあとが怖いから傍観しようと思っていた。

 だから、口出しするのは残った新崎しかいない。

 

 

「……何かな、新崎君? くだらない話だったら……潰すよ?」

 

「……っ。こ、この勝負はなのはに任せていいと思う!」

 

 

 鈍感な新崎も咲さんの放つ怒気には流石に後退る。

 それでも踏み止まって自分の意見を伝える新崎は無駄に凄いと思う。

 

 

「却下」

 

 

 一刀両断だった。

 

 

「……は? いやいやいや、待ってくれ俺の考えも――「風遁・真空玉!」――……があああぁっ!!?」

 

 

 今度は空に浮かび上がって咲さんを説得しようとした新崎を、咲さんが口許に浮かび上がった魔法陣に息を吹き掛けると、十個近い空気の玉が魔法陣から放たれ、新崎だけに的確に降り注ぐ。

 新崎は一発目で地に落とされ、後続の二発目、三発目と着弾していく。

 砂塵が舞い新崎の姿は見えないけど、魔力は感じるし死んでいないことは分かった。咲さんが上手く加減したのかもしれない。

 

 

「――っ!」

 

「…………さ、咲お姉ちゃん!」

 

 

 暫く静観していたフェイトが、咲さんが新崎を黙らせるのに術を使った瞬間を好機だと見て、咲さんの側面に回り込んでバルディッシュを振り上げた。

 呆気に取られていたなのはがそれに気付いて声を上げる。

 

 

「うん、速いね。だけど私の方がもっと速いよ」

 

 

 咲さんが一歩分フェイトとの距離を詰め、振り下ろされるバルディッシュの魔力刃の間合いから逃れてバルディッシュの柄を右手で掴んで止めた。

 その動きはフェイトより速く、なのはとユーノには咲さんが一瞬ぶれて見えた筈だ。

 

 

「くっ!」

 

 

 引こうにも押そうにもびくともしないバルディッシュにフェイトが呻く。

 

 

「フォトンランサー!」

 

 

 フェイトが強く叫ぶ。

 至近距離からフォトンランサーが咲さんの腹部に向けて放たれた。

 しかし咲さんは後ろに下がって距離を空け屈んで前に出る。頭上を通過するフォトンランサーに見向きもせずフェイトにタックルを喰らわせた。

 

 

「あぐぅっ!」

 

「水遁・大砲弾!」

 

 

 咲さんは吹き飛ぶフェイトに追撃を掛けるべく、高速で印を組み術を発動する。

 例のごとく、口許に浮かび上がった魔法陣に息を吹き掛けると、圧縮された水の塊が砲弾のごとき速さでフェイトに迫る。

 

 

〈Protection〉

 

「くぅっ!」

 

 

 迫る水の塊がフェイトの眼前に展開された魔法障壁で弾けた。

 なんとか咲さんの追撃を凌いだフェイトは、体勢を整え反撃に移ろうとするけど、既に咲さんはフェイトの目と鼻の先まで迫っていた。

 その咲さんの右手はチリチリと放電を繰り返して、幾千もの小鳥が囀ずっているような音を響かせている……ってぇ!?

 

 

「ちょっ、咲さん! その術は!」

 

「千鳥!」

 

 

 咲さんが振るった右手は、障壁を容易く砕き、フェイトの左胸に一直線に突き進む。

 フェイトは咲さんの顔を視認できているけど、状況を把握できていない。

 彼女の反応速度を完全に上回った咲さんの速度に対応できない。

 

 フェイトの左胸まで十数cm。その距離で咲さんは術を解きその場から飛び退いき距離を取った。

 

 

〔ガアアァァァッ!!〕

 

 

 数秒後雄叫びが響き、咲さんの居た場所をオレンジ色の魔力弾が上空から三つ降り注ぎ通過する。標的を失った魔力弾はそのまま障害物に当たることなく地面を穿ち小さなクレーター作った。

 

 

〔グルルルルッ〕

 

 

 上から降りてきたそれを放った本人(本狼?)であろうオレンジ色の狼がフェイトを守るようにして背にし、咲さんに向かって唸り声を上げる。

 

 オレンジ色の体毛に覆われた引き締まったしなやかな四肢。

 鋭く咲さんを睨み付ける青の瞳と鉄をも砕きそうな牙。

 

 

「アルフ!」

 

 

 アルフ……フェイトの使い魔で良き理解者だ。

 確りと主を窘めることのできる忠義と、主のためなら敵わない強者にも牙を剥く強さを持った女性だ。

 

 だけど、彼女の登場はもう少し先だ。確か海鳴温泉へ行った時になのは達と初の邂逅をする筈。

 フェイトが敵わないと見て、加勢に出てきたのか?

 

 

〔フェイトは下がってて。こいつはアタシが……!〕

 

「……」

 

 

 咲さんとアルフが睨み合う。

 咲さんには余裕があり、アルフには余裕がない。それは表情を見れば分かった。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 十数秒睨み合い、咲さんは浅く息を吐いて身体から力を抜く。

 

 

「もう行って良いよ」

 

「え?」

 

〔……何のつもりだい?〕

 

 

 咲さんの言葉に訝しむように眉を寄せるフェイトとアルフ。

 

 

「戦う気はないってことだよ。ジュエルシードも持っていって良いよ」

 

 

 ジュエルシードの部分でユーノが声を上げようとするけど、それは咲さんの視線に封殺された。

 

 

〔嘗めてるのかい?〕

 

「そんなつもりはないよ。ただ……」

 

 

 言葉を切って咲さんは優しく微笑んで……。

 

 

「私はデバイスを持っていないんだよ。だから非殺傷設定なんて器用なことできないよ」

 

 

 と、恐ろしいことをさらっと言った。

 

 

「え?」

 

 

 さーっ、とフェイトの顔から血の気が引くのが見て取れた。

 その気持ちは少し分かる。千鳥は殺傷能力が高い術だ。下手を踏むとフェイトの心臓は咲さんの千鳥によって潰されていただろうから。それは直に術を向けられたフェイトが一番分かっていると思う。

 

 

「はぁ~」

 

 

 盛大な溜め息が聞こえた。

 

 

「私は別に君を殺そうなんて思ってないよ。それに千鳥は魔法障壁を破るために使っただけで、君への攻撃はただ拳打を当てるだけのつもりだったし」

 

 

 咲さんは心外だと言うようにに唇を尖らせ、人殺しなんてしたくないよ、と続けた。

 

 

「警戒するのも分かるけど、私に敵うと思う?」

 

 

 話を本題に戻してにこっとアルフに笑い掛ける。

 油断や慢心じゃない。咲さんのこれは余裕の表れだった。

 

 はぐれ悪魔やはぐれ神父を相手取ってきた経験のなせるものだ。

 宏壱さんと出会い。技を磨き、肉体と心を磨いた。僕も、咲さんも宏壱さんに殺され掛けたことがある。

 肉体的にじゃない。殺気だけで死を連想させられた。立ち向かう気すら起こさせない圧倒的な実力差を感じた。

 背中を向けて逃走すれば、背中からお腹まで腕が貫通するイメージを持った。

 正面から飛び掛かれば、宏壱さんが腕を振り抜き頭を粉砕されるイメージを持った。

 背後に回り込めば回し蹴りで首が飛び、地中から攻めれば踵落しで地面ごと潰され、宏壱さんを視界に捉えたまま逃走を図れば一瞬で距離を詰められ心臓を抉られた。

 

 そんな訓練を受けた僕達は、相手の実力が上でも明確な死が連想できなくなった。宏壱さんに慣れてしまっていた。

 どんなに速い悪魔祓いも鈍足に見え、どれ程怪力な悪魔もひ弱に思えた。あの程度の連中で死ぬ未来が見えない。殺される訳がないと自分を信じられた。

 今の咲さんのそれはそういった経験の積み重ねから来るもの。本物の迫力が咲さん自身から滲み出ていた。

 

 

〔――っ!〕

 

 

 アルフの顔が強張った。

 こくっと誰かの喉が鳴る。アルフかフェイトか、将又(はたまた)なのはかユーノか。誰であれ、この場は咲さんが支配していることは皆が認識している。

 

 

「大丈夫、って言っても信用できないだろうけど、手を出す気はないし出させないから。ほらなのはちゃん」

 

「ひゃっ」

 

 

 咲さんはフェイト達に背を向けてなのはに近付き、手を握って降りてくる。

 手出しはしないと、そう言外に伝えるために。

 

 

「早く行って。私はそんなに短気なつもりはないけど、気が変わるかもしれないよ?」

 

 

 僕とユーノの傍になのはを連れて降り立った咲さんが、フェイト達を見上げて言った。

 

 

「……行こう、アルフ」

 

 

 フェイトがアルフに声を掛けて僕達に背中を向けて飛び立った。アルフもこっちを警戒しながらフェイトを追う。

 

 

「……どうして行かせたんですか?」

 

 

 フェイト達を見送ったあと、ユーノが責めるように咲さんに問い掛ける。

 

 

「歩きながら話すよ」

 

 

 ユーノの厳しい視線をさらりと流して月村邸に足を進める咲さん。だけど、二歩進んだところで足を止めて……。

 

 

「あ、新崎君はセイバーさんが連れ帰ってくれませんか?」

 

「……分かりました」

 

 

 今まで新崎のことを忘れていたような声を溢して、セイバーさんに有無を言わさぬ冷めた視線で一瞥して言う。

 

 新崎が気絶してユニゾンが解けたのか、倒れている新崎を介抱していたセイバーさんが、新崎を連れて転移魔法で帰っていった。

 

 咲さんの新崎に対する評価はマイナスまで下降し続けている。

 普段はほんわかとした笑顔で周囲を癒やす咲さんだけど、新崎を見る目は冷たい。

 当然か。新崎の行動はなのはを危険に曝すものだったし。

 

 

「すずかちゃん達も心配するし、行こ」

 

「勝吾のことは……――「用事ができて帰った、とでも言えば良いよ」――……そう、ですね」

 

「今の咲さん、機嫌悪いからあんまり刺激しない方が良いよ、ユーノ」

 

 

 僕の言葉に、こくこくと同意するように頷くなのは。

 なのはが咲さんを怒らせるようなことはしたことないけど、僕との鍛練風景は見ている訳で、機嫌が悪い時とかの熾烈な猛攻は、高町家道場の壁に穴を空ける勢いなのだ。

 当然僕に八つ当たり、ではなく、僕が変に口を滑らせた時とかに限られるんだけどね。

 

 

「ふふ、大輝くん。良い度胸だね? 寿命を縮めたいのかな?」

 

「い、いえ、結構です!」

 

 

 静かな笑み、でも目が全然笑っていない微笑みを向けられて遠慮する。

 僕の中では咲さんは宏壱さんに次ぐ強さだ。実際はまだまだ士郎さんや恭也さんの方が強いんだろうけど、こう、纏うオーラが恐いんだ。

 

 

「口は災いの元、だよ。覚えておいてね?」

 

 

 やっぱり咲さんの目が笑っていない。僕は何度同じ失言をすれば気が済むのか……。

 僕が震えているのも構わずに、咲さんは止めた足を再び動かして月村邸に向かって歩みを進めた。

 

 

「あはは、が、頑張ってね、大輝くん」

 

「……うん」

 

 

 なのはの励ましに頷いて咲さんを追う。

 

 

「えっと、それで、どうするんですか?」

 

「え?ああ、さっきの話だね」

 

 

 無言で歩くこと数分。すずか達の下に着くまで沈黙が続くのが辛い。

 そう思った僕は咲さんに話題を振ってみた。キョトンとした咲さんだけど、言葉の意味が分かったようで、明るい声で話す。

 

 

「彼女とはなのはちゃんが戦って、ジュエルシードの争奪戦をしてもらうつもりだよ」

 

 

 そう言った咲さんは自分の考えを続けて僕達に伝えたのだった。

 

side out



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第七十八鬼~赤鬼、特訓~

side~宏壱~

 

 すずか達になのはの置かれている状況の説明をしてから数日、世間はGW(ゴールデンウィーク)で浮かれ始めた今日この頃。

 初日ということもあって、テレビではどこぞの浜辺で潮干狩りがとか、有名テーマパークで家族連れの……とかで騒がしくなっている。

 

 世間がそんな休暇ムードの中、俺は我が家の地下にあるトレーニングルームに居た。

 プロジェクターでただの白い空間が、燦々と輝く太陽、青い空、悠々と泳ぐ雲、緑広がる大地に姿を変えていた。

 

 その緑広がる大地に一本だけ生えた巨木に複数の、正確に言えば三人の少年少女達が居る。

 その中の(俺を除いて)年長者である三つ編みにした栗色の髪を肩から胸の前に垂らした少女が、俺と上空20mで対峙するツインテールの少女に心配気な視線を送っている。

 

 

「ほれ、後ろだ」

 

「わわっ!?」

 

 

 俺はツインテールの少女、なのはの後ろに回り込み、押し出すようになのはの背中をかる~く蹴る。

 空中で踏ん張りの利かないなのはは、3m程の距離をふよふよと流された。

 

 

「う~っ、全然見えませんでした~」

 

「目に頼りすぎるなって言ってるだろ? 魔力を辿るんだよ、魔力を」

 

 

 振り返って言うなのはに注意するように人差し指を立てて言った。

 

 

「は、はい!」

 

「んじゃ、掛かってきな」

 

 

 手の甲をなのはに向けて、指をちょいちょいと自分の方に曲げて挑発する。

 流石に士郎の娘だ。少しムッとした感じで頬を膨らませている。負けず嫌いなんだろう。

 

 

「行きます! ディバインシュー――「それは悪手だって」――……きゃっ!?」

 

 

 3mの近距離で魔力弾を放とうとしたなのはに、接近してギリギリなのはが躱せる速度で右拳を放つ。

 目論み通りなのはは大袈裟に横に飛んで躱した。

 

 

「近接格闘型の俺にこの距離で隙を見せるなよ。魔力弾の生成なんてさせないぞ」

 

「はい!」

 

 

 返事は良いんだよな。ノリが完全に体育会系だ。

 

 

「ディバインシューターッ」

 

 

 今度の距離は10m。まぁ、詰められない距離でもないが、発射まで待つことにする。

 

 

「シュート!」

 

 

 直線的に放たれる五つの桃色の魔力弾。

 一直線に突き進むそれはなのはの真っ直ぐな性格を表しているようだ……が。

 

 

「捻りが無さすぎる」

 

 

 右拳を振り抜き一つ目を破壊。素早く引き戻して左拳、戻して右肘鉄からの右裏拳、最後に左手で受け止める。

 四つを破壊して一つを確保した。

 

 

「シューターは精密操作が強みだ。それをもっと活かすように工夫するんだ」

 

 

確保した魔力弾を握り潰しながら言う。

 

 

「はい!」

 

 

 再度放たれた魔力弾は複雑な軌道を描き前方、左右、上下、後方から一発ずつ迫ってくる。

 

 

「包囲するならもっと数を用意しないとな」

 

 

 言いながら前に進んで魔力弾をすれすれで躱し、なのはに肉薄する。

 

 

「わっ、わっ」

 

 

 接近様に右拳を振り抜く。なのはは上手くレイジングハートで受け流した。

 続けて左拳、前蹴り、右肘、左ショートアッパー、と息を吐かせぬように、離れる隙を与えず連撃を放つ。

 だが、なのはは初撃と同様にレイジングハートで受け流し続ける。

 

 なのはは流し、逸らすことに集中している。それは、受け切ったり弾くことは許可していないからだ。

 俺となのはの体格差は、圧倒的と言って良い程に俺の方が大きい。本来の姿でも頭一つは違うのに、『グロウ』使用時なら尚のことその開きが大きくなるのは当たり前で、正に大人と子供だ。

 

 

「上手いぞ、よく見えているな。だが、どうする? このままだとお前の体力が底を尽くぞ」

 

 

 そう言いながらも攻撃の手は緩めない。なのはの息は上がり、動きが散漫になってくる。

 そんな中で、時折意識が俺の後ろに向けられてるんだが……。

 俺の攻撃を捌く中での魔力弾操作だからか、潰さずに残しておいた六発の魔力弾が、酔っ払いのようにふらふらしながら背後から迫る。

 

 

「はぁ……手が見え見えだぞ」

 

「え?……うにゃあっ!?」

 

 

 溜め息を吐きつつ首を捻って後ろから後頭部に迫ってきていた魔力弾を躱すと、なのはの顔面に炸裂した。残りの魔力弾は展開した魔法障壁で防ぐ。

 

 

「考えは良かったが、まだなのはには早いな。複数ってのが問題だったんだと思うぞ。多分一発だけならもっと速く飛ばせたんじゃないか?」

 

 

 顔面を押さえてうにゃ~っと唸り声を上げるなのはから離れながら言う。聞こえてるかどうかは分からないが。

 

 

「ちょっと休憩するか。体力も限界っぽいし」

 

「は~い」

 

 

 肩で息をするなのはを見て言うと、渋々といった風に返しが来た。

 

 

「なのはちゃん、大丈夫!?」

 

 

 なのはを伴って地上に降りると、見守っていた咲が駆け寄ってくる。

 

 

「宏壱さん、お疲れ様です」

 

「この程度で疲れなんて出ないぞ」

 

 

 実際汗は掻いていないし、息切れもない。準備運動程度の感覚だな。

 

 

「うーん。動き足りないな……」

 

 

 手首を振りながらぼやく。

 準備運動なのだから、俺の身体は「さぁ、本格的に動くぞ!」と意気込み勇んでいるのだ。

 これでは不完全燃焼でストレスが溜まる。次のお相手は……。

 

 

「宏壱さん、やりすぎだよ!」

 

 

 なのはとユーノ少年が居る手前、さんで呼ぶ咲だがその表情は如何にも「私怒ってます」といった風だった。

 

 

「怪我はさせてないだろ?」

 

「むぅ、そうだけど……でももっと優しくできないのかな?」

 

「……本気で言ってるのか?」

 

 

 少し声が低くなるのを自覚しながら咲の目を見下ろす。意識的に威圧するように、目を細めるのも加えた。

 

 

「本気……じゃないけど、やっぱり怪我は――」

 

「怪我のない訓練なんてあり得ないだろ。武道でもそうだし、実戦訓練ってなるなら尚のことだ」

 

「……」

 

「お前はなのはに甘過ぎる。妹が可愛いのは分かるが、甘さと優しさを履き違えるな。なのはの魔力は膨大だ。今後それを狙って襲ってくる奴がいないとも限らない。だからそんな奴等と出会った時に対処できるように、ジュエルシードで経験を積ませるために俺は回収に参加しないし、お前らも極力なのはのサポートに回る。そう話し合っただろ」

 

「……」

 

「それに自分達だと加減し過ぎて訓練にならない。そう言って俺になのはの訓練を頼んだのはどこの誰だ? ん?」

 

 

 そう、それは月村邸での出来事から二日目。学校の行事が終わって放課後、家に帰ってきて一時間後に咲と大輝が、なのはとユーノ少年を伴って我が家を訪問した。

 訪問の理由は単純明快で、なのはを鍛えてほしいだった。「自分達がやると加減し過ぎて訓練にならない」そう言ったのは咲だった。

 それから二日程、我が家の地下にあるトレーニングルームでなのはを鍛えてるわけだ。

 

 当然俺がなのはに会う時は大人の姿だ。

 本当のことを話す良い機会……と思ったんだが、変な癖が付いていて、なのはと会うとなると反射的に『グロウ』を使ってしまう。

 脊髄反射のレベルだ。

 

 俺のことの説明は咲と大輝が道中にしていてくれたらしい。出会い頭に根掘り葉掘り聞かれたが、嘘九割五分、事実五分で答えることになった。

 昔、なのはと同じように事件に巻き込まれて云々……とな。

 

 

「……私、です」

 

 

 こうなった経緯(いきさつ)を思い出していると、ぽそっと咲が答えた。冷静さが戻ってきたらしい。シスコンも良いが、回りを見てほしいものだ。

 

 

「だろ? それに、俺だって手加減は十二分にしているつもりだ。お前らに比べると、なのはの訓練なんて撫でる程度の攻撃だろ?」

 

「うん」

 

「そうですね。僕なんて何度骨を折られたか分からないです」

 

 

 大輝は笑って言うが、お前のは咲以上に厳しいぞ。

 毎回気絶は当たり前で、酷い時は瀕死まで追い込む。

 インパクトで内臓をズタズタにする時もあれば、首の骨を蹴りで折ることもあるし、指銃で身体に穴を空けるのも珍しくない。

 全部リニスが治療してくれるのだが、その日俺は遣り過ぎということで晩飯抜きになるのだ。

 まぁ、ちょっと遣り過ぎた自覚もあるから甘んじて受けるが……。

 

 

「あれで撫でる程度。こんな魔導師が海鳴に居るなんて……咲さんや大輝、勝吾といい……この街は一体なんなんだ……?」

 

 

 ユーノ少年のそんな呟きが聞こえた。

 まぁ、変だよな。俺や咲、大輝のような魔導師(咲は兎も角、大輝は純粋な魔導師とは言えないが)が集まり過ぎているのも、高町一家に夜の一族である月村姉妹。

 相川を筆頭にセラフィム、ユークリウッド。会ったことはないが、ハルナという少女。

 俺が知らないだけでまだまだ異質な存在が居るかもしれない。

 一種の特異点になっているのかもしれないな、この街は。

 

 

「まぁ、兎に角分かってくれ。俺は今後も参加なんてできない。やることもあるからな。だから、なのはを鍛えるって方面でサポートさせてもらう」

 

「「納得できないけど、分かったよ/よろしくお願いします!」」

 

 

 前半は咲に、後半はなのはに向けて言うと声を揃えて返してきた。

 

 

「うん、まぁ、なのはは暫く休憩な。ユーノ少年、ゆっくり休めるようにしてやってくれ」

 

「はい、分かりました」

 

 

 ユーノ少年の返事に頷いて咲と大輝に顔を向ける。

 

 

「でだ」

 

「「……」」

 

 

 無言だが、ゴクッと喉がなる音が二人から聞こえた。

 

 

「お前らも鍛えようか……?」

 

 

 聞いているが、これは確認じゃない。強制だ。

 それが分かっている二人はこくっと頷く。その頬からは、つーっと汗が伝い顎から落ちていた。

 

 

「よし。ジェイ、市街地戦に切り替えだ」

 

[Yes-Meister]

 

 

 うん、久し振りに声を聞いた気がする。毎日話してるのにな。

 ま、まぁ、それは置いといて……。

 

 周囲を見渡せば、広がっていた草原は姿を消し、灰色のコンクリートと、ゴツゴツしたアスファルトが広がり、一面に青を見せていた空は狭くなり、見上げても視界には十数階建てのビルが映り込む。

 イメージとしてはオフィス街って感じか。

 その光景を目に納めながら歩き、なのは達から距離を取る。

 

 

「さて、お前ら……準備は良いな?」

 

 

 20m程離れてから振り返り、なのは達よりも前に出て構えていた咲と大輝に確認を取る。

 

 

「「うん/はい」」

 

「んじゃ、掛かってこい」

 

 

 なのはにしたように、咲達に手の甲を向けてくいくいっと指を自分の方に折って挑発する。

 

 

「「行くよっ!/行きますっ!」」

 

 

 咲と大輝が同時にアスファルトを蹴って飛び出してくる。

 大輝のパワーは凄まじい。ただ踏み締めただけでアスファルトを砕き、凹ませる。

 それに引き換え咲は音を殺している。大股で力強く掛ける大輝とは異なり、歩幅は狭く、足の動きが残像を見せるほどに速い。

 

 俺との中間地点で更に力を込めて二歩目を踏み込んだ大輝はアスファルトを砕き飛ばし……跳んだ。

 

 

「はぁああっ!!」

 

 

 俺の眼前まで一直線に跳んできた大輝は、俺の側頭部目掛けて右足を大きく横凪ぎに振るう。

 

 それを屈んで躱し頭上にいる大輝に拳を叩き込もうと握り拳を作る。

 

 

「――っ!」

 

 

 そこで遅れていた咲が俺の懐に飛び込んできた。その右手にはチリチリと放電する濃密な魔力の塊。

 

 

「千鳥っ!!」

 

 

 突き出される右手。

 この技は俺でも当たれば大きなダメージを負うことは必定。こんな序盤で喰らってしまうと、先の闘いで二人に後れを取ることにもなりかねない。

 ……まぁ、当たれば(・・・・)の話だけどな。

 

 

「――っ!?」

 

「なあっ――ぐぅっ!?」

 

 

 咲が息を呑む。

 俺は咲の攻撃を半身になることで内側に躱して、胸の前を通過する咲の右手首を左手で掴み、力任せに左回転して、俺の背後で着地して次の行動を起こそうとしていた大輝に当てて、一緒に投げ飛ばす。

 

 

「ブレイク キャノン!」

 

 

 重なって吹き飛んだ咲と大輝に向けて追撃の魔力弾を二十発放つ。

 

 

「「――っ!」」

 

 

 道幅を埋め尽くすように殺到する魔力弾が吹き飛ぶ咲達に追い付き着弾――ドドドドオオォォォォォンッッ!!!――と大きな爆発を起こし、左右に建ち並ぶビルを倒壊させた。

 

 モクモクと舞い上がる砂塵。前方の視界が悪くなり咲達の姿を見えなくする。

 普通なら向こうが動くのを待つか、砂塵を払うかするだろう。

 だが……。

 

 

「それだと面白くないよな?」

 

 

 誰に言うでもなく呟き駆ける。

 広がる砂塵に自ら突っ込み、散乱する瓦礫を乗り越えて気配のする方へ向かう。

 

 

「これは、魔力反応が複数……咲の影分身か」

 

 

 妙な異変に気づいて足を止める。

 明らかに増量している魔力反応にそう当たりをつける。

 しかし、これは……。

 

 

「っ!」

 

 

 後ろの砂塵の中から飛び出してきて、拳を振りかぶって迫る影。

 そいつに後ろ蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。

 ボフンッ、そんな音と煙を残して消えた。影分身だ。しかも、咲ではなく大輝の(・・・・・・・・)、だ。

 

 

「変化の併用か!」

 

 

 考えられるのはそれだろう。咲の変化は魔力の質さえも本人に似せることができる。それは気配も同様だ。できないのは能力を真似ることだけだ。

 

 

「はあっ!」

 

 

 右側面から飛び出してくる咲。

 繰り出された拳を右手で掴むと、シャッ、と微かな水流の音が聞こえた。

 咲の手を離して慌てて距離を取ると、咲の胸を貫いて飛び出してくる水デッポウ。だが、威力はそんな優しいものではない。

 俺がさっきまで居た場所を通過して、その先にあったビルの残骸であろう瓦礫を、バターでも切るようにスパッと裂いた。

 胸を貫かれた咲は影分身で、その姿を煙に変えた。

 

 

「……おいおい。あんなもん俺の武装色でも防げないぞ」

 

 

 鉄塊を重ねて魔法障壁を展開しても防げないだろうことは明白だ。

 

 

「っと」

 

 

 地中から気配を感じて跳ぶと、細い手がアスファルトが剥がれてむき出しになった地面と瓦礫を砕いて、俺の足を掴もうと伸ばされる。

 

 

「雷神槍!」

 

 

 その地面に向けて雷の槍を撃ち込み無力化する。

 そうして着地すると、背後から襲い掛かってくる影。

 それを回し蹴りで吹き飛ばす。それを皮切りに、怒濤のごとき進撃を繰り返す。

 

 上下、左右、前後、四方八方から迫る咲と大輝。

 背後から迫る大輝に後ろ蹴りを入れ、正面から迫る炎を魔法障壁で防ぎ、上空から遅い来る咲二人に魔力弾を放ち、魔法障壁に穴を空けて突破してきた水デッポウを上体を後ろに倒して躱し、水デッポウが飛んできた方に雷神槍を放つ。

 

 攻めることはせずに、迎え撃つことを徹底して、次々と襲い来る咲と大輝の影分身を打ちのめす。

 だが、妙だな。何故大輝は動かない?

 影分身は全て咲の術で、大輝に変幻しているのも咲だ。咲の術は使えても大輝の鬼道は使えない。

 咲の消耗が激しいのは明白だぞ。どうするつもりだ?

 

 咲と大輝の影分身を百体ほど潰したころ。異変が起きた。影分身が襲ってこなくなったのだ。

 攻めない。そう決めた以上動くつもりはないが……いまだ漂う砂塵の中の気配が二つになっている。

 

 

「……これは……」

 

 

 その内の一つ、大輝の気配がデカくなる。存在感が増したと言い換えても良いだろう。

 強者は気配で分かる。それは存在感のデカさだ。実際は自分より背が低くても、自分の何倍以上にデカく見える者がいるのだ。

 勿論、デカくなった訳じゃない。気配のデカさに、その存在感に圧倒されて自分よりもデカいと錯覚してしまう。

 

 

「これが大輝の隠し玉か……」

 

 

 大輝の放つ圧倒的な気によって砂塵が吹き飛ぶ。

 見えた大輝の姿は、ゆらゆらと揺らめく赤いオーラを全身に纏っていた。



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第七十九鬼~赤鬼、特訓・続~

side~宏壱~

 

「何だよ、それは……?」

 

 

 声が震えるのが分かる。今、目の前にいるのは自分が下し、鍛えた少年ではない。

 同じ目線に立とうとする強者だ。

 

 

「…………界・王・拳…………っ!!」

 

「何だ、何をしたんだ……?」

 

 

 声の震えが、身体の震えが止まらない。

 恐怖? 違うな。これは……高揚だ!

 

 

「良いぜ……見せてみろよ、その力を!!」

 

 

 手加減はなしだ。全力で……ぶっ潰す!!

 

 一歩踏み出すと、ミシィッ、と足元の地面が軋みを上げた。踏み込みだけで地面が罅割れていく。そして……弾けた。

 

 前方でも同じように地面が弾けるのが見えた。

 瞬きする間もなく俺達は接敵した。互いの中心点よりやや大輝よりの地点で、振り抜いた拳と拳がぶつかり衝撃波を生む。

 広がった衝撃波は放射状にアスファルトに罅を入れて小規模なクレーターを作った。

 

 

「地力が底上げされてんのか!」

 

「長くは保ちません、よっ!」

 

 

 一瞬の会話だ。多くの語り合いは必要ない。重要なのは目の前の敵を倒す、ただそれだけだ。

 互いに拳を離して一歩離れる。だが、直ぐに一歩踏み込んで拳を握りしめて振り抜いた。

 

 

「おおおぉぉぉっ!!」

 

「はああぁぁっ!!」

 

 

 繰り出される右拳を左手の甲で弾き、握りしめた拳を放つ。それは大輝の左手に阻まれた。

 

 

「せあっ!」

 

 

 俺の首を狙って放たれる豪脚。空気を巻き込み振るわれる右足を屈んで躱し、軸になっている左足を右足で刈る。

 

 

「っ!?」

 

 

 宙に浮いた大輝の足を掴んで放り投げる。

 倒壊したビルの瓦礫に突っ込み、尚も止まることなくその先へと進み、いまだ健在のビルへ突入した。

 

 

「ふぅ……っ!」

 

 

 瓦礫を飛び越えて大輝が突っ込んだビルの二階の硝子を割って入る。

 中は精巧な作りで、ステンレスのオフィス机が並び、その上には社員用のノートパソコンが置かれていた。

 流石に電気は付いていない。プロジェクターで再現された太陽光が室内を照らしているだけで、中は仄暗い。

 

 

「オフィス街……だけどさ。凝りすぎじゃね?」

 

 

 周囲を見て呟く。中までこんなに再現する必要なくないか?

 俺はこんな設定した覚えないんだけど……束か?

 

 と、思わず考え込んでいると、下から――ズンッ!――と揺さぶるような振動が伝わってきた。

 それから間を置かずに、オフィス机の一角が床のコンクリートタイル共に弾け、その中から赤い残光が見えた。

 そう残光だ。大輝自身は既にそこに居ない。

 

 

「中々速いな」

 

 

 ――ガギィン!!――俺の後頭部近くで金属音が響く。

 俺の手には漆黒の日本刀。背後に回り込んだ大輝の手には西洋剣。それが後ろに回された俺の右手と、振り下ろされた大輝の両手の中でギチギチと鍔迫り合っていた。

 

 

「くぅぅっ!」

 

「速い……が、力不足だ!」

 

「がはぁっ!」

 

 

 大輝の西洋剣、エスト(確か、大輝の話ではこの状態は魔王殺しの聖剣(デモン・スレイヤー)と呼ばれる古の精霊剣らしい)を弾き大輝の腹に後ろ蹴りを叩き込む。

 

 オフィス机を巻き込んで吹き飛ぶ大輝を追う。

 壁に激突して大きく凹ませそこに留まる。大輝は壁を背にしてエストを突きの構えで肉薄する俺に備える。

 

 

「――っ!」

 

 

 タイミングを見計らって放たれる突きに右手に握りしめた漆黒の日本刀、無限を下から合わせて逸らす。

 そのまま大輝の懐に飛び込み左拳を大輝の腹に目掛けて放つ。

 

 

「ぐうっ!」

 

 

 だがそれは大輝が左膝を立てることで防いだ。しかし、堪えきれず背後の壁を破壊して隣の部屋に進入する。

 

 隣の部屋も同じような作りで、オフィス机の配置も代わり映えしなかった。

 

 

「おおおぉぉぉっ!!」

 

 

 更に追撃をと、自らバックステップして下がる大輝に肉薄して、両手で握り締めた無限を、全力で横凪ぎに振るう。

 

 

「界王拳・二倍!」

 

 

 大輝を覆う赤いオーラの勢いが増した。気が大きくなり、存在感が更に増す。

 

 

「せあああぁぁっ!!」

 

 

 大輝はそれを受けるのではなく、エストを下から斬り上げて迎撃することで防いだ。

 互いの得物が衝突して発生したのは衝撃波、等と言う生易しいものではない。飛ぶ斬撃だった。

 円形状に広がったそれはオフィス机を吹き飛ばし、ビルの壁を、柱を斬り裂き屋外に飛び去っていった。

 ズン、と振動がしてビルが少しズレたのが分かった。

 ここも長くは保たないだろう。

 

 

「その技は限界以上の力を無理に引き出すもんだろ。どう考えても無事ですむとは思えないんだが、大丈夫かよ?」

 

「だい……丈夫……じゃ……ない……ですよ……っ!」

 

 

 首筋や額、エストを持つ手に浮き出た血管がその力の凄まじさを物語っていた。それは大輝の切れ切れの息や表情からも伝わってくる。

 身体への負担は生半可なものではないだろう。

 

 

「おおぉぉっ!」

 

 

 大輝の状態を分析しつつ無限を引いて、大上段に構え斬り下ろす。

 

 

「はぁっ!」

 

 

 大輝も鏡合わせのように大上段に構えたエストを斬り下ろした。

 再びかち合う互いの得物。それによって発生する斬撃波とも呼べる衝撃波。倒壊寸前のビルが軋みを上げ、俺達を中心に亀裂が円状に広がっていく。

 力と力がぶつかり合う。

 

 鍔迫り合うのは一瞬で、直ぐに無限を引いて横凪ぎに振るう。

 これ以上力比べをしても自分の身体が保たない。そう判断したのか、大輝は迎撃することなく二歩分下がって俺の間合いから抜け出て回避する。

 

 

「っ!」

 

 

 そして踏み込んでくる。

 横凪ぎに振るわれるエストを、引き戻した無限を立てることで防ぐが、大輝は更に踏み込み、エストを無限に合わせたまま俺の側面に回り込むように半回転して、背後に回り込みエストを背中に打ち込んできた。

 

 

「っと」

 

 

 危な気なく屈んで躱して、身体を起こし際に罅割れたコンクリートタイルを斬り裂きながら右手に持った無限を斬り上げる。

 

 

「くっ!――っ!?」

 

 

 エストを振り切った状態で硬直していた大輝は、バランスを崩しながらもバックステップで下がる。

 

 そして攻撃に転じる、そうエストを構え直そうとして、慌ててエストを胸の前で俺に剣の腹を見せるようにして盾にした。

 

 

「ぎぃっ!」

 

 

 そこに俺の右掌底が叩き込まれる。食い縛った悲鳴を漏らしながら、大輝はコンクリートタイルを両足で削りながら滑る。

 

 斬り上げて宙に置くように手放した無限が、刃先を大輝に向けたまま落ちてくる。

 丁度、顔の前まで落ちてきた無限を見て、少し思いつく。

 左腕を引き絞るように引いて魔力を纏わせる。深紅の魔力を纏った手を開いて、胸の高さまで落ちてきた無限に向かって放つ。

 

 

「うらあぁっ!!」

 

 

 掌が無限の柄頭を打ち据えた瞬間、纏わせた魔力を一気に流し込み魔力変換で電気に変える。

 バリィッ!!、という放電と共に打ち出される無限。それは深紅の尾を引き極太のレーザーのように大輝の横を光速で射抜く。

 

 

「なぁあっ!?」

 

 

 コンクリートを融解させ、微かな電気変換の名残である放電をパチリパチリと起こし、幾つもの壁を溶かしてビルの外にまで突き抜けていった無限。

 

 

「雷の刀、技名を付けるなら“雷神刀”、か?」

 

 

 見た目はどう見てもレーザーだが、一過性のものでは脅威は一瞬。それさえ凌げばどうとでもなる。

 強力だが一直線に、しかも一発限りの砲撃だ。躱されたら終わりで、しかも狙いが甘い。使い勝手が悪すぎるな。

 改良の余地あり……と言うか、このままじゃ実戦で到底使えるものじゃないな。

 

 

「何……ですか……今の……」

 

 

 呆然と呟かれた大輝の言葉に無言の苦笑を返して拳を構える。

 まだ左手に刃が残っているが、ここからは素手だ。

 

 と意気込み踏み込んだ瞬間、足場が崩落した。

 

 

「っ!? もう保たねぇか!」

 

 

 既のところで飛行魔法を使い宙に浮く。天井を見上げれば落ちてくる瓦礫群。

 さっきの雷神刀で危うかったビルのバランスが崩れ、倒壊が始まったらしい。

 

 俺の視界を瓦礫が埋め尽くす。

 降り注ぐ瓦礫を最小限の動きで避けながら大輝に視線を戻すと、俺と大輝の間に大輝の姿を隠してしまうほどの大きさの鉄筋を剥き出しにした瓦礫が落ちてくる。

 それが大輝の姿を完全に覆い隠した瞬間、瓦礫に十字に線が走り花弁が開くように向こうからゴパッ!と開き、大輝が飛び出してくる。

 

 

「いつ飛べるようになったんだよ……?」

 

 

 大輝の斬り下ろしを半歩分引いて躱しながら聞く。

 大輝は飛行魔法……と言うよりも、魔力操作が苦手だ。身体強化なら兎も角、放出系は一直線に飛ばすこともできないし、魔力弾の生成も上手くできない。身体強化以外に適性がないのだ。

 俺はそんな大輝が瓦礫を足場にするでもなく、こうして宙に浮いて攻撃してこれることに驚きを隠せないでいた。

 

 

「ずっと……練習……してたんです……よっ!」

 

 

 更に斬り上げて突きを放ち、膝を突き出し、エストを横凪ぎに振るいその勢いを殺さぬまま回し蹴り、そして突き。

 降り注ぐ瓦礫を躱しながら連撃を放ってくる大輝に、俺は下がりながら対応していく。

 

 練習と大輝は言うが、おそらく飛行魔法を使っていない。魔力反応がない。魔法じゃないとすれば一体……?

 

 

「考え……事……なんて……余裕……ですね……!」

 

 

 連撃を躱しながら大輝が飛行している方法を考察していると、そんな言葉が投げ掛けられる。

 だが、それを言った大輝の表情には怒りや屈辱などといった色はなく、困ったような色だけがあった。

 

 

「まぁな。お前相手に油断はできないが、余裕を持って相対することはできるぞ?」

 

 

 大上段の斬り下ろしを瓦礫を盾にして防ぎ、真っ二つに斬られた瓦礫の片割れを蹴りで粉砕して、その礫を大輝に飛ばしながら答える。

 大輝は礫の雨から逃れるように距離を取る。だが、少し離れすぎじゃないか?

 

 

「分かって……ます! だけど……忘れて……ませんか……!」

 

「ん?」

 

 

 10mほどの距離を取った大輝の言葉に首を傾げる。

 

 

「僕は……一人で戦っているつもりはありません!」

 

「っ!?」

 

 

 大輝は淀みなく言い切った。

 その言葉に、はっ、とした。完全に失念していた。俺は咲と大輝の二人(・・・・・・・)を相手にしていたのだ。

 

 だが、大輝よ。それは悪手だぞ。俺相手に、教授するように教えるなんぞ悪手以外の何物でもない。

 

 

「だよな、咲?」

 

 

 大輝のバカデカい存在感に隠れて俺の背後を取った咲に、向かい合うことなく問い掛ける。

 

 

「……」

 

 

 返された答えは無言の闘気と圧縮された魔力だった。

 振り向くと降ってくる2mほどの大きさの瓦礫を足場にして顔を俺に向けている咲。ほぼ逆さに立っているような感じだ。

 その手にはソフトボールのような球があり、球の内部では魔力が乱気流のように回転し渦巻くのが見えた。

 

 

「――っ!」

 

 

 咲は瓦礫に足跡が付くほどの力で蹴る。

 そうして放たれる術は、数年前、俺がはやての両親を消滅させた(殺した)年に咲の鍛練時に受けたものだ。

 

 その時よりも遥かに速い乱回転。そこに込められた魔力量の増加。なによりも、それらを平然と制御できる技術が、以前のものよりもレベルアップしていることを俺に感じさせた。

 

 突貫して周囲の瓦礫にぶつかることなく、自重と脚力による加速で一瞬で俺の懐に飛び込んできた咲は……。

 

 

「螺旋丸っ!!」

 

「鉄塊!」

 

 

 俺の土手っ腹に乱回転する魔力の塊をぶち当てた。

 それを俺は、躱すことも、去なすことも、弾くこともせずに、以前のように鉄塊で強化した腹で受け止める。

 踏ん張りの利かない空中でギュルギュルと渦巻くエネルギーの塊を受け止めると、接点を基点として俺の身が独楽のように回転を始めた。

 

 

「ぐっぉぉおおお!!?」

 

 

 ぐるんぐるんと回る視界。天と地が何度も入れ替わり、方向感覚が狂っていく。

 

 

「せっっっっっぁああ!!」

 

 

 ブオンブオンと耳に響く風切り音に紛れて、咲の雄叫びに気が張っていくのを聞いた。

 腹を穿っていた乱回転するエネルギーが弾け、俺の身体は風車のように回転しながら急速に後方に吹き飛ばされる。

 幾つもの瓦礫を追い抜き、粉砕しながら俺は、遠ざかる咲と、咲に合流した大輝を回転する視界の中で見て、強くなったと思う。

 

 そして俺の体感で二秒ほどの滑空を感じて、――ドォオオンッ!!!――背中から猛烈な衝撃を受けた。

 地面に激突してワンバウンド、そのまま隣のビルに突っ込んだ。

 

 

「ふぐっ!!」

 

 

 ビルの一室、そこの壁に背中からぶつかり肺から息が漏れる。

 ぶつかった壁から落ちて片膝を突く。

 

 

「ぐぉぉおおっ、き、効いた~」

 

 

 俺は苦悶の声を上げてエネルギーの塊、螺旋丸が直撃した腹を擦る。

 いや、ホントに効いた。バリアジャケットと鉄塊を突き抜けて俺に掠り傷を負わせるとは……。

 うん、皮が擦れてちょっと赤くなってる。あいつらもバッチリ成長してるんだな。

 

 

「ま、これで限界だろうな。大輝のバカデカかった存在感は萎むように小さくなったし、咲の魔力もさっきの螺旋丸で殆んど使ったみたいだからな」

 

 

 埃を叩いて落とし、腹部が損傷したバリアジャケットを修復して呟く。掠り傷? バリアジャケット直す時に見たけど、もう跡形もなかったぞ?

 

 束に相談した時は『グロウ』の副作用だろうって話だった。

『グロウ』は俺の肉体を二十代半ばまで“成長”させる魔法だ。

 これを頻繁に使用する俺自身に、怪我を成長によって自己再生を急激に高める能力が備わったのではないか? 束はそう結論付けた。

 ただ、再生能力が当初に比べて上がってきているのは疑問だが。

 

 閑話休題。

 

 

「ジェイ、投影場所を切り替えろ。草原を投影して俺と咲と大輝、なのはとユーノ少年を同じ場所に移せ」

 

[Yes-Meister]

 

 

 無機質な電子音声が響く。それと同時に視界にあったビルの内部が霞のように霧散して、それと替わるように辺り一面に緑の絨毯が広がった。

 

 

「ふぇ?」

 

「あれ?」

 

「終わっっった~~~」

 

「もう魔力ないよ~」

 

 

 そんな光景を見て、ファンタジーと科学のコラボだな。と感慨に耽っていると、傍でそんな間の抜けた声と気の抜けた声が聞こえた。

 

 

「咲、大輝、なのは、ユーノ少年」

 

 

 飛ばした無限が傍に刺さっているのを見て、それを引き抜いて待機形態にしながら四人に声を掛ける。

 

 

「あれ? 宏壱さん? なんで? わたし、え?」

 

「……空間をねじ曲げたんですか?」

 

 

 混乱するなのはの横で、自分の考察を述べるユーノ少年。スクライア一族は聡明で思慮深い者が多いと聞く。どうやらユーノ少年もその例に漏れないらしい。

 咲と大輝は返事をする気力がないのか、笑顔を向けるだけで座り込んでしまった。

 

 

「ちょっと違うな」

 

「違う?」

 

「ああ、空間を切って繋げた。そう表現した方が分かるかもしれないな」

 

「切って……繋げる」

 

 

 今一ピンと来ないのか、ユーノ少年は顎に指を添えて考える仕種をする。

 もう少し噛み砕いた説明をしようと、俺は口を開いた。

 

 

「そうだな……例えば四人で写真を撮ったとする」

 

「はい」

 

「自分は右端に写っていて、好きな女の子が左端にいるとしよう」

 

「はい」

 

 

 俺が言葉を切る度に相槌を打つユーノ少年に、なんだか説明するのが楽しくなってきた。

 

 

「自分は好きな子の隣に行きたいんだ。でも既に現像した写真を弄ることはできない。あ、撮り直せばいいとかはなしな? 前提が崩れるから」

 

「……はい」

 

 

 ……考えたな、これは。

 

 

「んでだ。思い至るのは間に写っている奴等を切って、端と端を繋げることって訳だ。これで写真の中では好きな子の隣に行けた。要はそれをこの空間でやっただけってことだな」

 

「そんなことができるんですか?」

 

「あくまでこの地下空間だけだけどな。大掛かりな術式を幾つも刻んであるからな」

 

 

 どこまでも続く青い空と、果ての見えない地平の先を見ながら言う。

 最大距離20km、最高度2000m。それだけの広さを作ることのできる疑似空間がここだ。

 データさえ組み込めば自分自身と戦うこともできるトレーニングルーム。俺はまだまだ強くなれると実感できる場所だ。

 

 

「さて、どうだ、お前ら。俺に勝った感想は」

 

 

 ユーノ少年との話に区切りが付いたところで、いまだにへたり込む咲と大輝に聞く。

 

 

「勝ったって言えるのかな?」

 

 

 大輝よりも早く回復した咲が首を傾げて苦笑いする。

 

 

「勝ったってことにしとけ。ダメージも通ったし、そこそこ追い込まれたんだからな」

 

「ん~、納得できないなぁ。身体強化もしてないし、六式も最後の鉄塊だけ。その上大輝君の剣、エストちゃんは片手で凌ぐ。全然本気じゃなかったよね?」

 

 

 そんな咲の問いに俺は苦笑いを返すだけに止めるのだった。



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第八十鬼~赤鬼、昼食団欒~

side~宏壱~

 

 朝から続けた鍛練を終えて今は昼飯時。

 さっとシャワーで汗を流して、我が家の居間に置かれた長机の回りに座った俺、咲、大輝、人間形態になったエスト、なのは、ユーノ少年の前に料理が置かれている。

 メニューはだし巻き玉子にししゃもの塩焼き(一人三匹)、五分割にされたとんかつとキャベツの千切り、漬け物(たくあん)、そして白米だ。

 ししゃもは冷凍物で鮮度はないに等しいが、食べたくなったのだから仕方がない。

 因みに席順は俺、大輝、エストが並んで座り、その向かい合わせに咲、なのは、ユーノ少年が座る形だ。

 

 因みに、リニスの姿はない。猫状態のリニスと面識のあるなのは達が気付くのを恐れて、二階に行ってもらっている。

 人形態であったとしても、なのはの相棒になりつつあるレイジングハートに気付かれる可能性を考慮した結果だ。

 

 

「それじゃ、いただきます」

 

「「「「「いただきます!」」」」」

 

 

 俺の音頭に続いて唱和する咲達。

 

 

「そういえば大輝、あれどうやって飛んでたんだ?」

 

 

 無言で食べるのもどうかと思って気になっていたことを大輝に聞く。

 

 

「え? ああ、舞空術ですか?」

 

「ぶくう……なんだって?」

 

「舞空術です、舞空術」

 

 

 聞きなれない言葉に首を傾げて聞き返すと、苦笑混じりの言葉が返ってきた。

 

 

「僕は魔力じゃなくて気で飛んでるんです」

 

「気で……? そんな話聞いたことないぞ」

 

 

 気の達人と言えば楽進だが、アイツが空を飛んでるところなんて見たことないぞ。

 

 

「まぁ、イメージ力があればできる、と思います。あとは気のコントロールとか……」

 

 

 歯切れが悪いな。なにか問題が……ああ、なのはか?

 視線がちらちらとなのはに向かう大輝を見てそう当たりをつける。

 

 

「???」

 

 

 当然、意味が分からないだろうなのはは、だし巻き玉子を口に運んだ箸をくわえたまま首を傾げる。

 行儀が悪いと、なのはの正面に座る咲に怒られていた。

 

 

「えっと、気と魔法の相性って実は頗る悪いんです」

 

「それとなのはとなんの関係があるんだ?」

 

「いえ、方法をここで語って真似でもされたら危ないので」

 

 

 そんなにか? どうせなら使い勝手のいい方を使えば、魔力消費も抑えられて便利だと思うんだが。

 

 

「その……筋肉繊維がズタズタになるんです」

 

「あんだって?」

 

 

 思わず変な声が出た。視線が俺に集中する。

 

 

「こほん……なんだって?」

 

 

 漂う妙な空気を払拭するように咳払いをして、言い直す。

 俺の頑張りが通じたのか、集中していた視線が大輝に戻る。

 

 

「……気、気力と言い換えますけど、気力と魔力は反発し合うんです。それこそ磁石のS極とN極みたいに」

 

「反発し合う、ね。性質が違うのか?」

 

「詳しいことは分かりません。でも、一緒に扱うのはかなり危険なことは確かなんです。僕も何度か試してみたんですけど、操作を誤ると気力と魔力が身体の中で弾けて死にそうになりました。だから、なのはには純粋に魔導だけを極めてほしい」

 

「う、うん」

 

 

 聞き捨てならない言葉を吐く大輝の物言いに、戸惑いながらも頷くなのは。

 大輝の目はまるで妹を見るような目だ。ジュエルシードの事件で一緒に居る内に、兄心みたいなのが生まれたのかね?

 

 

「俺も危ないか?」

 

「どうなんでしょう? 宏壱さんの身体なら耐えられると思いますけど……。正直、宏壱さんには覇気があるので必要ないと思うんです……」

 

「まぁ、そうなんだろうが、強くなれるならそれに越したことはないんだよ」

 

 

 手札はあればあるだけいい。戦闘に関してのそれは邪魔にはならないからな。

 

 

「私はどうかな?」

 

「咲さんは危険だと思います。僕や宏壱さんのように化け物染みてませんから」

 

「おい、どういう意味だ」

 

 

 大輝のあんまりな物言いにツッコミを入れるが、否定しきれない部分も多分に含まれているために、それも中途半端に終わる。

 ただ、「ししゃも、いい塩加減だね」と俺をスルーしてエストに話し掛ける大輝には、今度の訓練(既にただの模擬戦)でボコボコにしてやると決意だけは胸に秘めておくことにする。

 

 

「重要なのは気のコントロール、か?」

 

「そうですね。僕は体質上、気との相性が良いみたいで、気のコントロールは早い段階で習熟できたと思います。もっと鍛練すれば、砲撃魔法みたいに、気に指向性を持たせて放つ、そんなこともできるようになるかもしれません」

 

「お前、それもう魔導師じゃないよな?」

 

「あはは、否定できませんね。ただ、エストの状態維持には魔力が必要なので、そちらの修練も欠かすつもりはないです」

 

 

 乾いた笑いをする大輝に「そうか」と返して、ししゃもを頭からかじる。

 ししゃもを咀嚼して飲み込み、浮かび上がった疑問をぶつける。

 

 

「でもさ、それができたとしてだ。非殺傷設定なんてできないだろ。どうするんだ?」

 

 

 もし、指向性を持たせて放出できるのなら、どう考えても殺傷力は咲の忍術並みかそれ以上だろう。

 そう思って聞くと……。

 

 

「威力の調整をできるように練習しようかと思うんです。ただ、相手がどれ程の威力を耐えられるか僕には判断がつかないと思うので、エストに頼ろうと思うんです」

 

「えっへん」

 

 

 隣に座るエストの髪を優しく撫でながら言う大輝。エストは何が誇らしいのか、胸を張って鼻高々だ。無表情だが。

 

 

「でも、魔力と合わせるのは危ないんだよね? エストちゃんも危険なんじゃないかな?」

 

 

 黙って俺と大輝のやり取りを見ていた咲がそう問い掛ける。

 

 

「そこは上手く交わらないように別の回路を作れれば、と思うんですけど……」

 

「あー、じゃあ束にでも頼んでみればどうだ?」

 

「解剖とかされませんか?」

 

「「「……」」」

 

 

 束をよく知る俺、咲、なのはは顔を見合わせる。

 まだ出会ったことのないユーノ少年と、束の前では人の形態をとったことのないエストは首を傾げた。

 

 

「……………………ま、まぁ、大丈夫だろ」

 

「なんですか、今の間は!?」

 

「うん、大丈夫だよ。ちょっとエストちゃんが高性能になるだけじゃないかな?」

 

「高性能!?」

 

「空を飛んだり」

 

「目からビームが出たり」

 

「口から蒸気が出たり」

 

「身体がクリスタルになったり」

 

「ロケットパンチが撃てたり」

 

「マヨネーズを小指から出せるようになったり」

 

「「「色々な/色々だね」」」

 

「嫌すぎる!! しかも最後のが一番変だ!」

 

 

 と、まぁ、巫山戯ただけだが、実際にやりかねないのが束だ。と言っても、これが赤の他人なら有り得るんだが、大輝は束に気に入られているからな。心配はしていない。

 

 

「俺からも言い含めておく。気を通す回路と調整機能だな?……いや、いっそのこと束にデバイスの勉強させて気を非殺傷にできるようにするってのもありか?」

 

「できるのならその方がいいです。倒しきれないとかあってしまうと、そっちの方が問題ですから、いっそ全力で敵を潰して意識を飛ばした方が楽です」

 

 

 それはそうだな。

 気絶するかしないかをギリギリで攻めるとか、とんだサド野郎だ。俺もそんなものを喰らうのは御免被る。

 

 

「まぁ、そこら辺も事件が解決してからだろう。今日はこれから探しに行くんだろ?」

 

「うん、やっぱり放っておくのは危険だから。少しでも多く集めないと」

 

「無理はするなよ? お前らは兎も角、なのははまだ身体が出来上がっていないんだ。適度な休息を取らないと……」

 

「大丈夫ですよ。そのための、というわけでもないですけど、明日から二泊三日の温泉旅行ですから」

 

 

 それは毎年の恒例行事だ。

 翠屋も休店して高町家、大宮家、月村家、アリサ、俺、で行く海鳴温泉旅行。今年はそこにユーノ少年とクソガキ……新崎 勝吾もプラスされるらしい。

 しかし、今年は……。

 

 

「ま、そういうことなら羽を伸ばしてこい。俺は用事があるから行けないが、土産話を楽しみにしている」

 

 

 そういうことだ。

 今回は俺は不参加だ。実は管理局の方で大捕物(おおとりもの)がある。

 Fプロジェクトと呼ばれる違法研究、クローン製造と、以前から俺達ゼスト隊が追っている山、戦闘機人製造を兼ね備えた戦闘機人製造プラントの発見が事の発端だ。

 急遽、非番の隊員の出勤と他方からの人員の招集が掛けられ、聖王教会からも数十人に及ぶ騎士の派遣も決定されているほどの大きな仕事になる。

 

 だが、実は俺はそっちには参加しない。人員を大きく動かすと相手は気取り、警戒し、逃走することは明白。

 秘密裏に動いても何故か相手に感付かれ逃走されてしまうのだ。多分、こんな大掛かりな作戦じゃないとしても、相手には気付かれていた可能性が高い。

 俺達、俺、朱里、雛里、碧里、菫といった蜀陣(管理局内では一括りでこう呼ばれることが多い)の見解では、内部に内通者が居る可能性を考えている。

 製造プラントに強襲を仕掛けてももぬけの殻、何てことが最近多いのだ。

 当初は警備の数が増えるだけだったため、警戒を強くさせているだけ、そう思っていたのだが、どうも最近は強襲日時とプランが相手側に漏れているかのように、的確に、正確に、完璧な逃走経路の確保と時間稼ぎをされる。

 そんなことが十数回続けば、内通者の可能性に行き当たるのは当然の結果と言えた。

 

 そんな訳で俺一人だけ別任務、という訳ではなく、本命を叩く任務に当たるのだ。

 大部隊を囮に、別の違法研究所の強襲(しかも俺一人で)を与えられたのだ。

 と言ってもこれは俺と桃香達、ゼストさん、クイントさん、メガーヌさんしか知らない超極秘任務だ。

 今回の総指揮を任された……何とかって提督も知らないことだ。

 そいつはロストロギアの密売に一枚噛んでるって噂がある陸中将なんだが、本当ならレジアスのおっさんが取るはずだった指揮権を横合いから割り込んできたらしい。近々昇級の話があるらしいが、レジアスのおっさんはまだ少将の身で強く言えなかったらしい。

 このことから、俺達はその総指揮を執る中将が相手と繋がっている可能性を考えている。

 

 閑話休題。

 

 

「残念です。もっと話を聞きたかったんですけど……」

 

 

 そう言ってくれるのはユーノ少年だ。俺よりも彼の方が博識だと思うのだが、どうもさっきの術式が気になるらしい。

 

 

「まぁ、それは追々話そう。俺もスクライア一族の、君が見てきた古代遺跡のことを聞いてみたい」

 

「はい、何時か話し合ってみたいです」

 

「なんだか、宏壱さんもユーノくんも意気投合したみたいなの」

 

 

 斜め前に座る俺と横に座るユーノ少年を交互に見て、ポツリと言葉を落とすなのは。

 なんだか、旧知の友人と新しい友人が仲良くなって喜んでいるように見える。

 

 

「さ、たんと食ってくれ。飯のおかわりもあるからな」

 

 

 その後も雑談を交わしながら、俺達は食事を続けた。

 その雑談の中で、大輝が模擬戦中に見せた界王拳の話も聞いた。

 

 俺の予想通り、地力を底上げするのが界王拳の本質で間違いないらしい。

 漏れ出る赤いオーラは、血肉に吸収しきれなかった気力。普通ならどんどん空中に霧散して消費されるだけ……らしいのだが、それを纏うことによって気の鎧とし、さらなる肉体強化を行っているんだとか。

 数倍の身体強化をするだけあってその効果は凄まじいの一言だ。

 パワー、スピード、各感覚器。どれをとっても普段の大輝の三倍……いや、四倍にまで跳ね上がっていた。

 これならS級はぐれ悪魔も一人で対処できる。そう俺に思わせるには十分だった。しかも、界王拳・二倍なんて手まで持ってやがる。

 単純に普段の大輝の八倍の底上げだ。正直、これが三倍、四倍、五倍と跳ね上がってくると、俺のスペックを上回るだろう。

 多分、俺が余裕を持って闘えるのは四倍までだ。五倍に到達すると俺も覇気を纏い、六式をフルに使い、ギアムーブで身体強化をする必要がある。

 もっと言えば、大輝が五倍まで界王拳を引き上げることができるようになった時、あいつのスペックは今よりも遥かにパワーアップしていることは間違いない。

 

 しかし、当然ながらそれほど強大な力が何も問題なく、とはいかないようで、訓練終了後何気なく大輝の肩に手を置くと、痛みでぶっ倒れやがった。

 一種の筋肉痛だが、無理に強化された肉体が疲弊しきり、強張っていた。ユーノ少年の回復魔法で動くことはできるものの、戦闘への参加は二、三日控えた方がいい。

 ただ、大輝の中では使う機会はそれほど多くないと思っているようで、練習で身体に馴染ませるが、実戦で使うことはない。そう言っていた。

 強すぎて加減が利かないため、相手を殺してしまう。そんな懸念が大輝にはあるようだった。<input name="nid" value="42387" type="hidden"><input name="volume" value="84" type="hidden"><input name="mode" value="correct_end" type="hidden">




色々と自己解釈込みでお送りしました。
最後の界王拳の取って付けたようなお話は、まさに取って付けただけです。
会話の中で出そうと思っていたのに、気付けば出す余地なく書き上がっていて、慌てて付けました。


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