光纏え、閃光の騎士 (犬吉)
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Prologue 異世界からの来訪者


ギャグの練習がてら、投稿。
原作が超ハイテンションなので、それを活かしながら何処までオリジナリティを出せるか。

書いてて思いますが、原作すげぇヤバイですねww


 ボンヤリとした視界。目の前には顔のよく見えない誰か。

「……なさい。……に、………託すこ……」

 何か言っている。だが、聞こえない。男なのか女なのか、それさえも分からない。

 ただ、”その人”がとても優しくて、愛おしい人だと”知っていた”。

 どうしてそう思うのか。何故知っているのか。まったく分からない。なのに疑いようもなく思った。

「……なた………きっと……でき………まもって……」

 その人の手が触れる。そっと、頬を撫でる。顔に、暖かな雫が落ちる。

「……でも、……るなら……いわ………いに」

 その人が、抱き上げる。そして聞こえる。ハッキリと。

 

「――これを、手放さないで」

 

 その人が、しっかりと小さな手に握らせてたのは――眼鏡だった。

 

 

 

 

「――というような夢をよく見るんだが、どう思う?」

「知らねぇよ!」

「ていうか、何で眼鏡なのよ!?」

 高校初日の通学路。御雅神鏡也はこの春からよく見る夢について、幼馴染二人に語ってみせた。その反応がこれである。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「はぁ……生徒会長のツインテール、すごかったなぁ」

「総二。お前の〈それ〉は何時になったら治るんだ?」

「治るものならとっくに治ってるわよ……はぁ」

 御雅神鏡也(みかがみきょうや)とその幼馴染、観束総二と津辺愛香が通う陽月学園は小中高大一貫の私立である。外から入ってくる者もいるため入学式が行われるが、その殆どが見知った顔である。

 とは言え高校にもなれば、受験に拠る入学生が格段に増え、生徒数も倍増する。そのため高等部の体育館は今までとは格段に広く、また部活数も多かった。

 入学式後に行われた各部活動のパフォーマンスの方が、式典より長いぐらいだった。

 そんな中でも、総二の印象は二年の生徒会長であり、一見すると幼女にも見える愛らしさから学園のマスコット的存在でもある、神堂慧理那のツインテールのみであった。

 観束総二は純粋生粋本醸造のツインテール馬鹿であった。その熟成具合は15年の年代物だ。そんな総二に想いを寄せる津辺愛香は――その見事なツインテールを指で払いながら、深い溜息を吐いた。

「ところで鏡也は、部活どうする……って、聞くまでもないか」

 教室に入って、担任である樽井ことり先生より設けられた自己紹介タイムの後に配られた部活動希望アンケートの用紙を見て、愛香が鏡也に尋ねた。

 聞くまでもない。愛香がそう言った理由は実に明確だった。

 鏡也は初、中等部フェンシング部のエースで、1月に行われた国際大会にも優勝している。その無類の強さから将来のメダル候補との呼び声が高く、その甘いマスクから、学園内外にファンも多い。

 そんな鏡也が希望する部など一つしか無かった。だが、そんな愛香の予想とは裏腹に、鏡也のペンは遅々として進まない。

「どうするかな……実は少し悩んでるんだ」

「何でよ? 国内外の大会を無傷で制覇した〈フェンシングの貴公子〉がフェンシング部に入らないの?」

 愛香の問いかけに、鏡也はメタルフレームの眼鏡を外し、付いた埃を清めながら答えた。

「なんていうか……強くなりたいから武道を選んで、たまたま自分の中のイメージと重なったからフェンシングをやってるだけだからな」

「それってもしかして、雑誌のインタビュー受けた時に言ってた『大切なモノを守れる様な強い人間になりたい』ってのと関係あるの?」

「まぁ、な。でもまぁ、他に思いつかないし……それで良いか」

 眼鏡をかけ直し、鏡也は希望欄にフェンシング部と記入した。

 

 その後、回収時に総二が派手にやらかし、ツインテール馬鹿を衆目に晒すのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 放課後。総二の実家である喫茶店『アドレシェンツァ』にて、三人は昼食をとっていた。

 正確に言えば、カレーは三人前あり、何故か愛香の前にはカレー皿が二枚ある。

 総二は暖かな湯気を立てるコーヒーにさえ手を付けられず、頭を抱えて唸っていた。

「うぉおおおおおおお……どうして俺は、あんな事を……!」

 アンケート回収時、ツインテールトリップから我に返った総二だったが、何も書いていない事に気が付き――というより、アンケートそのものに気付いていなかったのだが――慌ててペンを走らせた。

 そして、悲劇は起きた。

 

 これ、無記名ですね?

 ↓

 あ、それ俺です!

 ↓

 ツインテール部? 新設希望ですか?

 ↓

 ふぁ!?

 ↓

 ツインテール好きなんですか?

 ↓

 はい! 大好きです!!

 

 という、自業自得といえばそうなのだが、それにしても哀れである自爆を披露したのだった。

「せっかく高校からはクラスに知らない顔ばかりで、普通の学校生活をやり直せると思ったのに……!」

「無残だな」

「うるせぇ! 他人事だと思って!」

「実際、他人事だからなぁ。ほら、考えようによっちゃ、隠してボロを出す心配が無くなったと思えば」

「同時に色んな物も無くなったよ! あぁ、俺にアドリブ力があれば……とっさにツインテールなんて書かなかったのに」

「あたしなら、咄嗟でさえ知ってる人がどんだけ居るかも分からない髪型の名前を絶対書かないって胸張って言えるわ」

「張るものもないくせにブハァ!?」

 瞬間、総二の顔がズレた。武道を修めている愛香の拳は、それだけで凶器だ。それを容赦なく振るう、それ程の怒りに触れてしまったのだ。

「何? 何か言った?」

「……何でもないです」

 自爆で心が、愛香のスナップの利いたパンチで体が。心身ともに傷付いた総二は、カウンターに突っ伏した。

 流石にこれはどうにかせねばと、鏡也はスプーンを置いた。

「いい加減元気を出せ。ほら、愛香のツインテールを好きなだけ愛でるがいい。好きだろう、ツインテール?」

「ちょ!?」

「大好きだ!」

「ふぇ!?」

 ガバッと起き上がった総二がその手を愛香に伸ばし――。

 

「あぁ、良い。心が……やっぱ安らぐなぁ」

 

 ――指に髪を絡ませ、恍惚の表情を浮かべた。その様子に鏡也はウンウンと頷く。

「流石は初代ツインテール部部長だな」

「そこでそれをぶり返すか、お前は!?」

 

 

「あの――相席よろしいですか?」

 

 

「「「っ――!?」」」

 唐突に掛けられた声に、三人がガタンと椅子を震わせた。果たしてそこに立っていたのは――新聞紙だった。穴の空いた。

「い、いつの間に……ていうか、店、閉めてたはずじゃ……?」

 帰りの道中。店のマスターであり、総二の母である観束未春が買い物に行く所に出会っている。

 店主がいなければ営業できないので当然、店は閉店の看板を出してあった。なのに、何時からこの新聞紙はここにいたのか。

 鏡也が見ると、入口近くのテーブル――カウンター席を直角に見れる角度――に座っていた形跡が在った。

(いや待て。彼処に人なんて居たか?)

 店に入った時、確かに人はいなかったと鏡也は記憶している。見落としたとは考えにくい。

 一体何者か。三人が緊張感に包まれる中、新聞紙は新聞紙を外し、その素顔を晒した。

 

 第一印象は不思議な雰囲気を持った美人――だった。不自然なほどに煌めく銀髪は腰ほどまで長く、綺麗に手入れが行き届いている。

 これならばきっと、どんな髪型も似合うことだろう。例えば総二が好きなツインテールも。

 そう思った鏡也がそれとなく視線を動かすと、総二の目はやはりその謎の女性の髪の毛に向いていた。きっと脳内フォトソフトでツインテールでも作っているのだろう。

 大きな瞳は宝石のように美しく、服装はその大きな胸を強調するようなものだが、よく似合っている。だが、その上には何故か白衣を着ていた。

(何だ、この女は?)

 気が付けば、愛香が凄まじい形相で「その胸にストロー突っ込むわよ!?」などと口走っていた。その辺はいつものことなのでスルーした。

「えっと、俺達に何か……?」

「えぇ、貴方に大切な用がありまして」

「………?」

 謎の美女は真っ直ぐ、総二を見つめて言った。

「私はトゥアール。貴方に是非、受け取って頂きたい物があるのです!」

 鏡也でもなく、愛香でもなく、総二にだけ、その名を名乗る謎の美女――トゥアール。

「ちょっと、何なのよアンタは!?」

 無視される形となった愛香が苛立ちながら詰めよるが、それを無視してトゥアールが怪しい微笑みを浮かべる。その口元が悪魔的に笑んでいるのが見えた。

「ツインテール、お好きですよね?」

「はい! 大好きです!!」

「お前はちったぁ懲りろ! ツインテール馬鹿!!」

「おごっ!?」

 余りにも懲りない総二に、鏡也は反射的にスプーンを投げつけていた。

「隙あり!」

 トゥアールは白衣のポケットから何かを取り出し、総二の腕に嵌めた。

「あぁ!!」

「な、何だこれ!?」

 総二の手首には紅いリングが嵌められていた。それはピッタリとくっついており、総二が何度も引っ張るがビクともしない。

「クソ! 何で取れないんだ、これ!?」

「そーじ貸して! あたしがやる!」

「ちょ、待て! ――イデデデデデデデデデ!?」

 総二の腕を掴むや、愛香は強引に引っ張る。引っ張るだけでは足りないと、ひねり上げる。勿論、総二の腕ごとだ。

「やめ、止めろ!! 腕がもげる!!」

「我慢しなさい! すぐに外してクーリングオフよ! これきっと新手の詐欺よ! きっと後でものすごいお金を世紀末モヒカンな連中に請求されるに決まってるわ!」

「ちょっと、人聞きの悪い事を言わないでください! 胸のない人は人を信用する心も貧相なんですか!?」

 瞬間、愛香の足が振り抜かれ、顎を抜かれたトゥアールが宙を舞った。そのまま頭から床に真っ逆さまに落ちる。

 まるで守護星座を宿した少年たちのバトル漫画のような見事な落ちっぷりだった。

「って、愛香! さすがに人殺しはマズイぞ!?」

「え? 人の気にしている事を言う奴は殺しても無罪だって、おじいちゃんが言ってたよね?」

「言ってねぇよな!? お前の爺さんそんな物騒なこと言わねぇだろ!?」

「ククク……無理ですよ。それはそう簡単には外せません! というか、出会ってすぐの相手の急所を迷いなく寸分違わぬ精度で打ち抜くとか、あなたには常識と良識と良心はないんですか!?」

「喧しいわよ! そーじに付けたこれ、とっとと外しなさいよ! さもないとアンタの色々をあたしが外すわよ!!」

「ヒィイイイ!? 血に飢えた野獣のような眼光ですぅ!」

 殺意のなんたらみたいなオーラを発露させる愛香に、トゥアールが悲鳴を上げた。

 アドレシェンツァ内は混沌の坩堝と化し、総二は事態がどうにか収拾できないかと、最後の希望に視線を送った。

 鏡也(最後の希望)はジョグから二杯目のコーヒーを注いでいた。

「――て、お前は何を冷静にコーヒー入れてんだよ!?」

「え? 話に入って良いの?」

「いいよ! むしろ入ってくれ! 俺一人じゃこの二人止められないっぽいから!」

「分かった。これ飲み終わったらな」

「今すぐに入れよ!!」

 もう軽く涙目な総二を流石に憐れみ、またこうなった原因が自分にある気もするので、愛香をなだめるために声を掛けた。

「落ち着け、愛香。このままじゃ話が進まん。まずはこのティ◯ァールさんから話を聞こう」

「トゥアールです。私、調理家電じゃありません」

「鏡也! でも、コイツどう見ても怪しいわよ! 格好とか言ってる事とか胸とか胸とか胸とか!」

「分かった分かった。それも全部ひっくるめて、だ。それにほら、証拠を残さないためにも時間は必要だろう? 焦ってやってもミスが出るからな」

「……それもそうね」

「話を纏めたふりして、何でさり気なく完全犯罪を目論んでるんですか!? この眼鏡の人、一見まともそうなクセに、さらっと恐ろしいこと言ってるんですけど!?」

「――という事だ。説明してくれるな、トー◯ンさん?」

「トゥアールです! 私、書籍の流通担当してませんから! ……くっ、この私がツッコミに回されるだなんて……ゴホン。まず先に行っておきますが、その腕輪でお金を取ろうとか、そういう詐欺まがいな事は一切致しません!」

 ズビシッ! と、愛香達に指を突きつけるトゥアール。

「……それを信じるとして、じゃあ何なんですか、この腕輪は?」

 総二が尋ねると、トゥアールは一転して神妙な面持ちになった。

「それを説明するには些か難しいです。近い内に分かるとだけ」

「鏡也。ハンマー持ってきて。壊すわ」

「愛香、ノミと金槌で良いか?」

「いいわ、それで」

「――だから何で、そう力技に持ち込もうとするんですか!? 良いじゃないですか、後で分かることなんですから!」

「ていうか、腕輪が壊れる前に俺の腕が壊れるから! これ、ピッタリくっついてるんだぞ!?」

 本当にノミと金槌を出した――どこから出したかは不明である――鏡也に総二とトゥアールは顔を青くした。

「じゃあ、さっさと言いなさい。さもないと、腕輪の前に別のものが壊れるわよ?」

「ああもう! もったいぶらせてくださいよ! ……この世界の〈ツインテール〉を守るためです」

「っ――!!」

 この世界のツインテールを守るため。その言葉を聞いた総二は思わずトゥアールに詰め寄っていた。

「それはどういう事だ!? この世界のツインテールを守る……ツインテールが誰かに狙われてるっていうのか!? 答えてくれ、トゥアールさん!!」

「あっ……ダメです。もっと優しく……でも激しく……! トゥアールと熱く呼び捨ててください!」

「トゥアール!!」

「はぁ……っ! 背筋に走るゾクゾク美……! いい、もっと……お願いします!」

「………」

 瞳を潤ませ恍惚に息を荒げるトゥアールに、さっきまでの勢いも消沈して総二は戸惑っていた。

「とう」

「イッタァ!? アナタ、いきなりなんて物を人のお尻に刺すんですか!?」

「話が進まないと容赦なく刺す。新しい穴を作られたくなければ、本題を進めろ」

 と言って、鏡也は練習用のエペ(フェンシング用の剣)の切っ先をペーパーナプキンで拭いた。

「くぅ~、危うく無機物にヴァージンを奪われるところでした……。実は――っ!?」

 突然、けたたましい電子音が鳴った。トゥアールは何故か胸の谷間からペンの様な機械を取り出す。

「あぁ、もう! 余計な事をしていたせいで時間が無くなってしまいました!」

「何の時間か知らないが、原因の半分はお前にあると思うぞ?」

「こうなれば、直接見ていただく方が早いですね」

 鏡也のツッコミをスルーして、トゥアールは何かを動かした。

 

 その瞬間、アドレシェンツァ内を眩い光が包み込んだ。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 光が収まり、眩む視界が回復する。焦げ臭い香りを含んだ風が頬を撫で、さっきとは違う太陽の光が視界を照らす。

「ここは……外? さっきまでアドレシェンツァにいた筈なのに……?」

「」

「見覚えがある。ここは……マクシーム宙果か? 何故こんな場所に? 何が起こった!?」

 唐突につきつけられた様々な刺激に戸惑う三人に、トゥアールは今までにない神妙な声を発する。

「迎え撃つつもりでしたが、完全に後手に回ってしまいましたね。あれを見てください」

「……? なんだ、あれ?」

 鏡也達の住む街にある大型コンベディションセンター〈マクシーム宙果〉。その屋外駐車場には本来、ある筈がない光景が広がっていた。

 現在進行形で宙を飛び、落ちていく車。ひっくり返り黒煙を上げているものもある。

 一瞬、何かの撮影現場かと思うが、あちらこちらから聞こえる悲鳴が、否応なく現実という刃を突きつけてくる。

「ちょっと、何なのよこれは!? あたし達に何をしたの!?」

「本来なら、総二様以外を連れて来るつもりはなかったのですが、お二人が有効範囲から動かれなかったので仕方なく……それよりも、私から余り離れないで下さい。認識撹乱の効果範囲はそれ程広くありませんから」

「認識……撹乱? もしかして、店でいきなりでてきたのって、それで!?」

「えぇ、そうです。まずはあの怪物を見てください」

 トゥアールが指差す方――駐車場の中心辺りに、鏡也達は視線を向けた。そして、総二が素っ頓狂な声を上げた。

「な……なぁあああ―――っ!?」

「何あれ……着ぐるみ!?」

 そこにいたのは、黒い集団を従えた鎧姿の、幾つもの角が生えたトカゲの化け物だった。一見すると特撮用のスーツにも見えるが、2メートルを超えるであろう体躯と、ギョロリと動く凶悪な瞳。時折覗く獰猛な牙。一步進む度にアスファルトを伝う衝撃。

 こんなものが存在するのか? 存在していい筈がない。そんな気持ちとは裏腹に、総二は絞りだすように、その言葉を口にした。

「ば、化け物だ……本物の化け物だ!」

 非日常な光景をバックに立つ化け物は、まるで一枚の絵のようなマッチングを見せていた。だが、それが与えるのは絶望だった。

「者ども、集まれぃ!」

 まるで歴戦の勇士を思わせるような、迫力ある響き。怪物が言葉を発したのだ。

 その怪物が人間の言葉を、日本語を発したことに驚きを覚えつつ、総二達はゴクリと固唾を呑んだ。

 怪物はその口を歪め、そして発した。これより始まる蹂躙劇の引き金を。

 

 

「フハハハハ! この世界の生きとし生ける全てのツインテールを我等の手にするのだ!!」

 

 

 その瞬間、全てが吹っ飛んだ。総二は派手に噴き出し、愛香は別の意味で絶望したような顔をし、鏡也に至っては握りしめていた剣を地面に落としていた。

 余りにも良い声で叫ばれた変態宣言に、愛香はポン。と総二の肩を叩いた。

「……そーじ。あれ、アンタのツインソウルってやつじゃないの?」

「ふざけんな! 何であんな変態と一緒の魂を持たにゃならないんだ!?」

「総二の価値観は化け物と同じか。良かったな、総二。仲間が増えたぞ?」

「嬉しくねぇよ!!」

 などとやっている内に、黒ずくめの――恐らくは戦闘員的なものだろう――が、一斉に動き出した。

 それらが次々に少女、女性を連れてくる。

「あれは……全員、ツインテールか?」

「あいつら、何をする気なの?」

 戦闘員達が次々にツインテールの女の子を連れてくる中、怪物は天を仰いだ。

「なんとツインテールの少ない世界だ。これだけ文明が発展していながら、文化はまるで石器時代ではないか。まぁ、それならば純度の高いツインテールもすぐに見つけられよう」

「アイツは何を言ってるんだ?」

 嘆かわしいなどと言いながら、どう聞いても世迷い事を吐いた化け物は、更に檄を飛ばす。

「良いか! 隊長はこの近辺に極上のツインテールがあると申された! 何としても探しだせぃ! うさちゃんを抱いて泣きじゃくる幼女はあくまでもついでだ!」

「モケモケ……モケ?」

「言われるまでもない! これでも武人の端くれ。役目を疎かにするなど在り得ぬ。だが、我もまた武人である前に一人の男……ぬいぐるみを持った幼女を見たいのだ」

「だから、何を言ってるんだアイツは!?」

 もう限界だと、総二が叫んだ。なんか他にゴチャゴチャ言っているが、これ以上聞いていると頭がおかしくなりそうだと、頭を振った。

 幼女とぬいぐるみの黄金比がどうのなどと言っているが、見るのも苦痛だった。

「そーじ! あれって生徒会長じゃない!?」

「っ……何だって!?」

 ハッとして顔を上げれば、そこには総二を初日から苦悩の天獄に叩き落とした魔性のツインテール――新堂慧理那の姿があった。

 慧理那は透明なバルーンのような物に入れられ、宙に浮いている。それがゆっくりと降りてきて、はじけた。

「ほう。なかなかの幼子……しかもお嬢様だな! なるほど。もしや貴様が究極のツインテールか!」

「究極の……? 何を言っているかは分かりませんが、言葉が分かるのならば、今すぐに捕まえた人たちを解放しなさい!」

 その小さな体躯で毅然と立ち向かう慧理那。だが、怪物はフン。と、笑い飛ばす。

「言葉は分かる。理解も出来る。それ故に答えよう。解放はできぬ」

「あなた達の目的は何なのですか!?」

「すぐに分かる。それまで、そこのソファーに座り、ぬいぐるみを抱いておれぃ!」

「キャア!」

 慧理那は戦闘員に腕を捕まれ、いつの間にやらセッティングされたソファーに座らされた。更にはその腕に猫のぬいぐるみをしっかりと抱かされてしまう。

「――フッ。やはり勝ち気な幼女には猫のぬいぐるみがよく似合う。者どもよく見ておけ! これぞ俺が長年の研鑽の末に編み出した黄金比! ぬいぐるみ×ソファー×幼女! その破壊力は核にさえ勝る!!」

「「「モケモケー!」」」

 化け物はアインシュタインに喧嘩を売るような発言とともに高笑いした。

「よぉし! ツインテールを収集するぞ!」

 怪物が大きく指示を飛ばす。駐車場の中心には巨大な機械のリングが備えられており、その中心はまるでシャボン玉の表面のように揺らめいていた。

「何をする気だ?」

 リングの前には捕らえられたツインテールの少女達が並ばされている。

「見ていて下さい……目を逸らさずに」

 トゥアールの言葉に、三人はゴクリと息を呑んだ。

 一人の少女が、そのリングの中へと吸い込まれていく。そして、極彩色の膜に触れた瞬間――ツインテールが消えた。

「な――ツインテールが!!」

「いや。髪が解けただけでしょ」

 総二が悲鳴の如き声を上げ、愛香が冷静にツッコむ。その言葉を聞いた総二はガッと愛香の肩を掴んでいた。

「何言ってんだ! ツインテールが奪われたんだぞ!? お前にとってツインテールは取られたら取られたで良いなんて、そんな軽いものだったのか!?」

「ちょっと、落ち着いてよ総二!」

「奪われたのは髪型ではありません」

「え……?」

 トゥアールの言葉に総二が振り返る。ツインテールが奪われたこと=髪型が奪われたということではないのか。

 そんな疑問に彼女は答える。

「奪われたのはツインテールの〈属性力(エレメーラ)〉。簡単にいえば、〈ツインテールを愛する心〉そのものを奪われたんです。属性力を奪われれば、その人の中から全てが消える。記憶も、記録も、想いも、何もかも……!」

「そ、そんな……!」

 総二は愕然とした。あの怪物がどれだけ馬鹿らしいことを言っていても、やっていることはとんでも無い事だった。

 ツインテールの滅亡。それは総二にとって、自分のすべてが死に絶えることと同義だった。

「――総二。愛香を頼む」

「鏡也……?」

 ここで、今まで鏡也が一言も言葉を発していなかった事に気が付いた。

「新堂会長は俺が助ける。お前は愛香を連れてここから離れろ」

 鏡也は剣をしっかりと握りしめ、眼鏡の奥の鋭い眼光で敵を見据えていた。

 それは何度か大会中に見た、鏡也が戦闘モードに入った時の顔だった。

「鏡也、無茶よ! あんな化け物にかないっこないわ!」

「だからって、あの人を見捨てては置けない。……それに、お前のそれ、取られる訳にはいかないだろ?」

 そう言って、鏡也は愛香のツインテールを指差した。それにハッとなって愛香が慌てて頭を押さえる。

「そうだった! あたしもツインテールだった!!」

「だろ? じゃあ……後は頼んだぞ総二! 愛香を守れよ!!」

 鏡也は一息強く吐き、一気に駆け出した。



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たいがいの二次だと、ここでオリ主も変身して女性化してツインテール戦士になりますが、鏡也にはツインテール属性がないので変身できません。



 地を蹴り、身を限りなく低くし、まるでチーターのように駆ける。標的は背を向けている戦闘員。

「ハァ――ッ!」

「モケ!?」

 発気の響きに振り返るが、既に遅い。走る勢いを踏み込みに変え、踏み込みの力を連躯から剣先へ。

 鏡也が最も得意とする、神速の踏み込み突き。その切っ先が戦闘員を捉え――吹き飛ばす。

「モケー!?」

「何事だ!?」

 悲鳴を上げて吹っ飛んだ戦闘員に化け物と他の戦闘員が一斉に振り返る。だが、鏡也の足は止まらない。

「邪魔だぁ!!」

 神速三連突。更に戦闘員を吹き飛ばす。その勢いに任せて、鏡也は一気に跳躍した。

「頭を借りるぞ!」

「モケッ!?」

 そのまま戦闘員を踏み台にして、包囲を飛び越える。そのまま慧理那の前へと躍り出た。

「ぬぅ、何者だ?」

「鏡也くん……?」 

「無事だな、神堂会長? ここから逃げるぞ」

 敵――最も警戒するべき化け物に警戒を払いつつ、慧理那をかばう。

「ですが、わたくし一人逃げるわけには……!」

 慧理那の瞳が、同じように囚われている少女達に向く。彼女の言いたいことは分かる。自分だけ助かるような事を、よしとしない性格だと理解している。

 だが、それでも今の鏡也には慧理那一人助けるのが精一杯だ。

「いいから走れ!」

「あっ――!」

 強引に腕を掴み、走る。その行く手を遮るように、戦闘員が回りこんでくる。

「どけぇ!」

 輝線が翻り、戦闘員を弾き飛ばす。包囲を突破し、全力で走る。

 このまま行けば慧理那を連れて逃げ切れる。注意がこちらに向いているなら、愛香も逃げられる筈だ。上手くいく。

 そんな何の根拠もない希望を抱いた瞬間、鏡也の視界を絶望が閉ざした。

 見えたのは影。落ちてきたのは鉄塊。轟音が容赦なく鼓膜に爪を立て、飛び散った破片はビシビシと体を叩く。

「な……っ!」

「ひっ……!」

 目の前に、ワゴン車が突き立っていた。潜り込まなければ見えないシャフト部分が丸見えだった。

「キャァ!」

「っ! しまった!」

 鏡也が一瞬の呆然から立ち直って振り返ると、そこには戦闘員に押さえられた慧理那の姿があった。

 すぐに助けようと動く鏡也の前に、壁が立ちはだかった。

「っ――!?」

「ふん。そのような玩具で、よくもアルティロイドに通じたものだ。人間。大人しく退くならば良し。退かぬなら多少痛い目に遭ってもらうぞ?」

 ギロリ。と、身の竦むような威圧を見せるトカゲの化け物。だが、鏡也は恐怖を押し込め、睨み返す。

「……ふざけるなよ、トカゲ野郎。風穴開けられたくなきゃ、お前こそとっとと巣に帰りやがれ!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「ちょっとまずいよ! 鏡也があのトカゲに殺されちゃう!」

「まて……! 俺は今、お前に殺されそうだ……!」

 愛香は総二の胸元を引っ掴んでガックンガックンと揺すりまくる。

「大丈夫です! 大丈夫ですから、総二様から手を離して下さい! ついでに、そのまま私と二人っきりにしていただけると助かります!」

「うるさい!」

「ぎゃふん!!」

 愛香の掌が真っ直ぐにトゥアールの顔面に叩きつけられた。

「げほっ……それで、トゥアール。鏡也が大丈夫だっていうのはどういう事だ?」

「イタタ………それは、奴らは属性力は奪いますが、人を直接傷つけることは禁じられているんです。だから、手違いで多少の怪我はあったとしても、鏡也さんが命を奪われることだけは絶対にありません」

「でも、だからってこのままじゃ……!」

 睨み合う、化け物と鏡也。二人の戦いの決着はすぐに訪れた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 必殺の一撃だった。競技会でも、この突きを防いだ相手はいない。化け物相手に容赦するつもりもない。だからこそ、全力。本気の刺突。だが――。

「――フン。こそばゆいわ」

「何……っ!?」

 僅かにしなった剣は、しかしその切っ先を僅かにさえ突き立てられなかった。

 驚愕する鏡也の腕を掴まれる。引き離そうとするがビクともしない。

「我らにそのような物は通じない。見るが良い」

「くっ……!」

 顎で指す方を向けば、鏡也の剣が撃ち込まれた戦闘員――アルティロイドが起き上がっていくのが見えた。

「クソッタレめ……!」

 忌々しいとばかりに吐き出す鏡也。押さえられていた腕に抗えないほどの強大な力が掛かる。

「うわぁっ!!」

 視界がブレ、体が浮遊感に襲われる。化け物と、アルティロイドが視界の端に映って、そのまま遠ざかっていく。

「ちぃ――っ!」

 腕一本で投げ飛ばされたのだと理解した瞬間、鏡也は体を捻って、着地する。が、勢いを殺しきれずに数度、地面を転がってしまう。ガシャン。と、メガネが地面に落ちた。

「くそっ――うわっ!」

 立ち上がろうとする鏡也に、アルティロイドが伸し掛かる。全身を抑えこまれ、地面に倒された。

「鏡也くん!」

「クソ、退け!」

 必死にもがくが、アルティロイドを跳ね除けることができない。そうしている間にも、慧理那の前に件のリングが運ばれていくる。

「逃げろ、慧理――!」

 だが、無慈悲にも鏡也の前で、慧理那のツインテールは――消えた。その小さな体が、グラリと揺れ、地面に倒れ伏した。

「むぅ……素晴らしい属性力だ。しかし、これが隊長殿が究極とまで喩えられたこの星最強のツインテール属性なのか?」

「っ……! お前らぁ……!」

 鏡也には、総二のようにツインテールへの思い入れなどない。だが、誰かの何かを好きという気持ちがどれ程尊く、眩しいものであるかを知っている。

 知っているからこそ、それを踏み躙り、略奪する非道を許すなと、鏡也の心に怒りの火が灯る。

「む……! これは……まさか?」

 トカゲの化け物は何かを感じたのか、鏡也の方へと歩み出す。ドシン、ドシンという振動がまるで死神の足音のように響いた。

 ドシン。ドシン。ドシベキッ。

「む、なんだ?」

 何かを踏んだと、トカゲ怪人は足元を見た。果たしてそこにあったのは――鏡也の眼鏡であった。

 この瞬間、認識撹乱によって隠れていた愛香が「あ」と呟いていた。

 

 眼鏡とは何だ? その問い掛けにどれほどの人間が答えられよう。

 

 ある者は、視力を矯正するものと答えるだろう。

 ある者は、ファッションアイテムだと答えよう。

 ある者は、眼鏡よりコンタクトだと言うだろう。

 

 それで良いのだと、鏡也は思う。だが、鏡也の答えはどれもを含みつつ、しかし違う。

 眼鏡とは――その人の人生を見るものだと、彼は答えた。

 何故なら、眼鏡は全ての物の中で唯一、それを付けた人と同じ世界を映し、見続ける存在であるからだ。

 孫を膝に乗せ、本を読んでやるために老眼鏡をかける老婆。

 人生の岐路に経ち、緊張の息荒く、レンズを曇らせてしまう若者。

 思春期を迎え、眼鏡からコンタクトに変えようと決意し、いざとなってしり込みする少女。

 

 その一場面を共に見続け、やがては役目を終える。持ち主と同じ視点で、悲喜交交を分かち合う。その瞬間に立ち会えるもの。

 それが眼鏡であると。

 

 故に、御雅神鏡也は眼鏡を愛する。眼鏡を愛する人を愛する。

 総二がツインテールに恋慕の如き情を抱くように、鏡也は眼鏡と、眼鏡と人が刻む人生の歩みを愛する。

 

 故に、眼鏡を踏みにじるものは――彼にとって、滅すべき敵に他ならない。

 

「ッ――!!」

 ゾワッとした感覚に、トカゲモンスターは反射的に一步下がっていた。

「テメェ……! よくも……よくもやりやがったなぁ………!」

「モ、モケモケ……!?」

「モケ!?」

 押さえていたアルティロイド達が徐々に浮いていく。否、何かが下から持ち上げているのだ。

「よくも眼鏡を……眼鏡を………そのうすぎたねぇ足で潰しやがったなぁ!!」

 人間の胆力を超えた何かが目覚め、鏡也に叫ぶ。怒れ。戦え。倒せと。

「クソトカゲぇ……覚悟は出来てんだろうなぁ!」

「「「モケモケー!」」」

 血涙を流し、まるで夜叉のように恐ろしい表情で、鏡也はアルティノイドを持ち上げ、纏めて放り投げた。

「これは、やはり属性力……しかも何という強大な属性力だ! ツインテールではないが、これは隊長殿に良い土産が出来るな」

 トカゲの怪物は一度舌舐めずりした。

「いいだろう。キサマを戦士と認めよう。我が名はリザドギルディ。戦士よ、その名を名乗れぃ!」

「私立陽月学園高等部一年、御雅神鏡也! それと……俺は戦士じゃない!」

「何?」

「俺は――騎士だ!」

 その身をたぎる衝動に任せて、鏡也が剣を構える。その様子にリザドギルディは歓喜に笑った。

「ならば騎士よ。かかって来るが良い!」

「おぉ――!」

 鏡也が踏み出す。リザドギルディはその凶悪な爪をトラバサミのように広げ、待ち受ける。

 間合いが詰まる。その切っ先は流星の如く加速し、リザドギルディの胸へと――。

 

 

「うわぁああああああああああああああああああああ!?」

 

 

「は――?」

「ん?」

 唐突に響いた悲鳴。思わずそっちに視線をやってしまう。そして刹那――。

 

「ゴフ――!」

 赤い弾丸が、鏡也の横っ腹にぶち当たっていた。強烈な一撃に、これでもかというくらい、鏡也の体がくの字に曲がった。

「「あぁ~~~~~~っ!!」」

 そのまま、鏡也ごと赤い弾丸はもみ合いながら派手に吹っ飛んでいった。

「な、何だ今のは……。いや、待て。今、一瞬だったが………まさかあれがそうなのか!?」

 リザドギルディは自身の感覚を確かめるべく、二人が飛んでいった方へと向かった。

 一方。謎の赤い弾丸によってふっ飛ばされた鏡也は――苦痛に悶えていた。

「わ……脇腹が……! メキッて……メキッて……!」

 リザドギルディと激突する瞬間、何かがぶつかってきた。それは何とか理解できた。そして、盛大に吹っ飛んで――ここに至る。

 自分の身に起きた事を振り返り、鏡也は何かが伸し掛かっていることに気が付いた。派手に上がった土煙のせいでよく見えないが、上半身にどっかりと乗っているようだ。

「う、う~ん……」

「――何だ、これ?」

 えらく生温かいそれをグイッと力任せに押し上げる。その時、まるでシルクのような柔らかなものの感触が頬を撫でる。そして、掌にはマシュマロのような柔らかさの何かがあった。

 やがて、土煙が消える。そして鏡也は見た。

 

 それは少女というよりも幼女。火を思わせる程に赤い髪。目はクリっとしていて、可愛らしい。

 まるでスクール水着の様なピッチリとした赤と白のボディースーツ。腰や腕には見た目の愛らしさとは真逆なゴツめのアーマーパーツ。

 そして総二(ツインテール馬鹿)が見たら、ヨダレを垂らしそうな――いや、絶対に垂らす――見事なツインテール。

 そんな美少女――美幼女というべきか――そんな少女が、鏡也の腰にまたがっていた。

「「あ………」」

 視線が交差する。そしてやっと気が付く。本当に今更気がついたのだ。

 鏡也の手が、その少女の胸にピッタリと、ピッタリと触れていることに。

 条件反射だ。魔が差したとかそういう事ではない。手をどかそうとしたのだ。ただそれだけなのだ。

 だが、少女に跨がられ、胸を触っているという異常な光景が、脳からの神経伝達を狂わせたのだ。

 

 むにゅん。

 

「ひゃん!」

「だぁっ! 違う! 今のはつい……ではなくて……とにかくすまない! 謝罪する! だから今は早くどいてくれ!」

 少女が上げた小さな悲鳴に鏡也はパニックを起こしかけた。だが、謎の幼女は退くどころか、ガシッと鏡也の体を押さえた。

「落ち着け、鏡也! 俺だ俺!」

「……対面でおれおれ詐欺とは、最近の幼女は面白い遊びをするな」

「おれおれ詐欺じゃねぇ! 俺だ、総二だ!!」

「そうじ……? いや、おれおれ詐欺するなら、せめて騙る名前と性別をしっかりとだな」

「だから、おれおれ詐欺じゃねぇって言ってるだろ! トゥアールがくれたあの腕輪で変身したら、こうなったんだ!」

 そう言って総二を名乗る幼女は右腕を見せた。そこには、確かに総二がトゥア―ルにハメられて嵌められた腕輪があった。

「いや待て。幾ら何でも荒唐無稽だ。百歩譲って変身したのは良い。あんな化け物がいるぐらいだ。変身アイテム程度は許容しよう。だが、何故幼女になる? 本当に……君は総二なのか?」

 流石にこれが見た目の年齢、性別が変わったというか、変わり果ててしまった幼馴染だと信じ切れず、鏡也も疑いの眼差しを向けてしまう。

「……総二の母親の名前は?」

「未春」

「罹っている病気は?」

「厨二病。もう末期」

「ツインテールは?」

「大好き!」

「愛香の胸を例えるなら?」

「バ◯ュラ」

 鏡也は目を見開いた。困惑と、同時に到達した事実に対する驚きが瞳の奥で揺らめく。

「……本物、なのか?」

「最後の質問答えといてなんだけど、それで確信持つのおかしくないか!?」

 ともかく、幼女=総二であると確信した鏡也は上半身を起こす。

「一体全体、どういう理屈なんだその姿は?」

「そんなの知るかよ!」

 総二はつい先程のことを思い出し、自分が聞きたいと叫び返した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「アイツら……!」

 総二は怒りに震えていた。生まれてこの方、これ程の怒りを覚えたことはない。

 幼馴染の悲痛な声。なによりツインテールを、慧理那の見事なツインテールが奪われてしまった。

 あんな見事なツインテールが、奪われるのをただ見ているしか出来なかった。ツインテールを愛している。なのに愛するものを守れなかった。

「なんか、鏡也の割合が一割切ってるっぽいんだけど?」

 だが、今の総二には愛香のツッコミなど耳には入らない。なんか、「あ」とか言ったのも聞こえない。

「トゥアール。どうすれば良い? 俺に何かが出来るから、ここに連れてきたんだろう?」

「その通りです、総二様。その腕輪――テイルブレスで変身して下さい」

「分かった! ………へ、へんしん?」

 勢いで行きそうになったが、流石に留まる。

「それは身体能力を強化する戦闘用スーツを展開するためのデバイスなんです。それを装着すれば、あの怪物たちと互角以上に渡り合える筈です!」

「本当か!?」

 まさかそんな凄い物だとは露にも思わず、総二は驚きの目で腕輪を見た。

 ドクン! と心臓が高鳴った。変身――つまりヒーローになる。ツインテール好きを公言している身ながら、やはり彼も男なのだ。

「ちょっと、本気なの!? 鏡也だって全然歯が立たないのに、危なすぎるわよ!」

「愛香。危険なのは百も承知だ。だけど、それでも鏡也は飛び出したんだ! ここで行かなかったら俺はもう、ツインテールを好きでいられなくなっちまう!」

「何でかしら。ちょっとだけ、鏡也が可哀想になったんだけど……」

「トゥアール。どうすれば良い? どうすれば変身できる? どうすればあいつらをぶっ飛ばせるんだ!?」

 総二が強い意志を込めた瞳でトゥアールを見る。その真っ直ぐな想いを受け止めて、トゥアールが強く頷いだ。

「心で強く念じて下さい。変身したいと。それだけでブレスが起動します」

「それだけで良いのか?」

「はい。総二様のツインテールを愛する心が本物であるならば、ブレスがきっと応えてくれます!」

「よし……分かった!」

 総二は右手を握りしめ、目を閉じる。

 

(力が欲しい。会長の、他の人達のツインテールを守れる力が。正義のためだとかそんな御大層なものじゃない。ただ、自分が好きなモノを身勝手に踏みにじる様な奴らを許しちゃおけないんだ!)

 それに、と続ける。

(友達がその為に戦ってるっていうのに、俺だけこのままなんて……男として、かっこ悪いじゃないか!!)

 

 その瞬間、光が溢れた。

 

「うわっ!?」

 愛香はいきなりのことに驚き、目を閉じた。そしてようやく光が治まったところで目を開けば、そこに総二の姿はなく――。

 

「な、なんじゃこりゃあ~!」

 

 と、車のウインドウに映った自分の姿に悲鳴を上げる、可愛らしい少女の姿が在った。

「な、なんで!? 変身ってこういうことなのか!? 何で子供……ていうか、女になってるんだよ!! ――あぁ、ない! ある筈のものがない!!」

 そう言って股をペシペシする少女。可愛いのに、実に残念だ。そんな少女の姿を見て、トゥアールはグッと拳を握りしめた。

「成功です、総二様!」

「どこがだよ!?」

「……て、まさか総二!?」

 愛香はようやく、現実に辿り着いた。そして、一気にテンションがマイナスに落ちた。

「………なに、これ?」

「これぞ奴らに対抗できる唯一の武装、空想装甲(テイルギア)です! ウヘヘヘ……大成功ですわ」

 

 ――ドゴスッ!!

 

 愛香の掌打がクリーンヒットした。ステップを踏むかのようによろめいて、トゥアールが崩れ落ちる。

「これが……天罰ってやつなのかな?」

 思い起こせば、物心ついた頃からツインテールツインテール言ってたなぁと。そのせいで神様がブチ切れて「そんなに好きならツインテールなっちまえよバーカ!」とか言って天罰を下したんだろうか。

 女になって、幼女になって――それでも、自分はツインテールが好きなままだ。観束総二という男の何と深き業よ。今は幼女だけど。

 総二はふとそんなことを考えた。

「あれ見て! 鏡也が!!」

「っ!?」

 愛香の声で現実に帰った総二は、今まさにリザドギルディに立ち向かわんとする鏡也の姿を捉えた。

「ヤバイ!」

 さっきも全く歯が立たなかったのだ。次は投げ飛ばされるだけじゃ済まないかもしれない。

 総二は一も二も無く、全力で踏み出していた(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 瞬間。総二の視界は一気にブレた。視野の中心に向かって集束するように、景色が流れる。

「うわぁああああああああああああああああああああ!?」

 足がもつれる。それでも鏡也のピンチに駆けつけようという意志が、足を更に動かし、それが更に速度を乗せて、ついにすっ転んだ。

「ゴフ――!」

 そして総二は――痛烈なヘッドバットを鏡也の脇腹に食らわせたのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「なるほど。それはそうと早く退け」

「お、おう。そうだな」

 鏡也の上から下りようとする総二だったが、直ぐに止めた。

「ちょっと待った。うわっ、シャツとアーマーが噛んでる!? この……取れない!」

 ウエストアーマーの隙間に、鏡也のシャツが食い込んでしまっている。取るためにモゾモゾと動く総二。それに何故か焦る鏡也。

「バッ、馬鹿さっさと降りろ! と言うか動くな!!」

「ちょっと待てって! ――バカ、シャツが切れるだろ!」

「っ……そんなのはいいから! 早く退け! 動くな!!」

 まるで切羽詰まったかのように声を荒げる。意味が分からないと、総二は眉をひそめる。

「どっちだよ!? ………っ!?」

 そして、空気が凍った。

「「………」」

 気不味い。非常に気不味い。総二はここに至って鏡也の言葉を理解し、鏡也は死刑を待つ虜囚のような顔だった。

「お、おまえ……何考えてんだよぉ!」

「うるさい! ただの生理現象だ、馬鹿野郎!!」

 顔を赤くやら青くやらして、泣きそうな声を二人揃って上げた。

「っ――!?」

 ハッとなって二人が視線を送る。いつの間にか、二人を包囲するように、アルティロイドが陣取っていた。

「ヤバイ! 囲まれた!?」

 その環の一部が切れ、リザドギルディがその凶悪な顔を覗かせる。悪魔の様な瞳が総二を捉える。

「むぅ! そ、その輝き……そうか、キサマが究極のツインテールか! 先程の娘とは比べ物にもならぬ輝き……正しく隊長殿の予見通り!! しかし、白昼堂々、外で男を押し倒すとは何というヤンチャさんだ。幼女はそんな汚らわしいものに座っちゃいけません!!」

 リザドギルディが嘆かわしいとばかりに、総二を叱った。

 二人は即座に返した。

 

「「うるさい、バカ野郎!!」」




ピチッとしたスーツの少女に跨がられる……そんなToLOVEるなご褒美、良いですよね、ギャグ的にww


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基本的にアニメ展開と原作展開をミックスしつつ、やっていきたい方針です。
主人公に真面目にボケさせるためにも、頑張ります。

総二の負担? さて、知りませんね?w


「ふん!」

 最早一刻の猶予もないと、鏡也はシャツを引き千切り、拘束を解く。総二とともに立ち上がり、周囲を取り囲むアルティロイドを一瞥した。

「クソ、アホなことやってる間に……! どうする、鏡也?」

「どうするも何も……戦う以外にないだろう?」

「だよな……よし。――おい、化け物! お前らが奪ったツインテール……今直ぐに返しやがれ!!」

 腹をくくって、総二はビシッとリザドギルディを指差し、強く睨みつけた。

「ぐ……ぐおぉおおおおおお!!」

 突然、リザドギルディが吹っ飛んだ。まるで目に見えない何かに圧倒されたかのように。

「がはぁ――!!」

 そのまま無防備に地面へ落ちた。受け身も取れていない。きっとあれは相当に痛い。

「「………」」

 あまりにも唐突な展開に、二人は目を瞬かせた。

「……おい。今、なにかやったのか?」

「いや……え? あれ……?」

 総二は自分の指を凝視し、振ったり摘んだりしている。だが、おかしいところは何もない。

 もしかしたら霊◯的な攻撃でもしたのかと思ったが、そういう類のそれではなさそうだ。

「ググ……なんという幼気だ。流石はこの星最強の、究極のツインテール……!」

 リザドギルディは四肢に力を込めユラリと立ち上がった。総二は未だに指鉄砲とか構えて色々やっている。

「行けぃ、アルティロイド! 究極のツインテールを我等の手にするのだ!!」

「「「モケー!!」」」

 リザドギルディの号令の元、一斉にアルティロイドが迫り来る。

「おい、来たぞ! ――何時までやってんだ!?」

「あでっ! ……え、何だ………うわわわ!!」

 頭を叩かれてようやく我に返った総二だったが、押し寄せる黒いモケモケの群れに目をこれでもかと見開いた。

「来るぞ、構えろ!」

「ちょ、待てよ! そんないきなり――!」

「モケ―ッ!」

「うわぁ! 来るなぁ!!」

 総二は必死になって、短くなった両腕をバタバタと振るった。その腕にアルティロイドがぶつかり――。

 

 

 バッカァ――――ン!!

 

 

「うおっ!?」

 鏡也の目の前を、アルティロイドが砲弾の如く吹っ飛んでいく。そのまま車、展示場の天蓋などに叩きつけられ、軽い爆発とともに光の粒子となって消え去った。

「お……おぉおおおおおお!?」

「なんと! アルティロイドを一撃だと……!?」

 総二はマジマジと自分の腕と消えたアルティロイドを見比べる。感覚的には軽く触れただけだったのだが、それだけでもアルティロイドが一撃で倒せたのだ。その事実は総二に一つの確信を与えた。

「こりゃあれだ……ドンと来いって感じか?」

 ニッと笑う総二に釣られて、鏡也も笑う。

「ハハ――ッ。それじゃ、行くぞ! 鬼退治ならぬ、トカゲ退治だ!」

「おっしゃあ!」

 迫るアルティロイドに向かって二人は一気に駆け出す。二人のフォーメーションは至ってシンプル。

 敵を倒せるがリーチの短い総二を、鏡也が手数とリーチでフォローするというものだ。

「ハッ!」

 鏡也の剣がアルティロイドの侵攻を、一瞬だけ留まらせる。

「おりゃあ!」

 その隙に、総二の飛び蹴りがアルティロイド数体を纏めてふっ飛ばし、更に巻き添え付きで撃破する。

 複雑な動きなどない。だが、互いの呼吸が少しでもズレれば互いの動きを阻害しかねないのシビアなタイミングで、二人はアルティロイド相手に立ちまわった。

「おい、ところで武器とかないのか?」

「武器? いや、知らない」

「何で知らないだよ!?」

「しょうがないだろ!? 知ってる人が教えられる状態じゃなくなっちゃったんだから!」

「……愛香か」

「……うん」

 せめてそういうのは、必要事項全部聞き出してからにして欲しかったなぁ。と、鏡也は思った。

『ちょっと聞こえる?』

「っ……愛香か!?」

 総二の耳に唐突に愛香の声が飛び込んできた。辺りを見回すが愛香の姿は無い。と言うかあったら、リザドギルディが即刻反応しているはずだ。

『トゥアールが通信機持ってて――ちょっと! なに――』

『総二様、頭にあるリボン型のパーツを触って下さい! そうすれば武器が出ます! あ、ちょっとやめて下さい! 私はゴリゴリの洗濯板を背中に押し付けられる趣味は――ごほぁ!?』

「………えっと、こうか?」

 最後に聞こえた悲鳴を聞かなかった事にして、総二はツインテールを押さえるリボン型のそれに触れた。

 瞬間、リボンが光ると総二の手に炎が生まれる。それは螺旋を描きながら天へと真っ直ぐに伸び、同時に総二の脳内にイメージと名前が浮かび上がった。

 黒い柄をしっかりと握りしめ、総二が高らかにその名を叫ぶ。

「ブレイザーブレイド!!」

 炎が解け、その中から真紅の刀身が姿を現す。両刃の西洋剣。刀身はブロードソード程度だが、総二の今の体格と合わさって、ずいぶんと長く映る。

「ほう。見事な剣だな」

「へへっ。ちょっとテンション上がった」

 幼女になってもやはり男。ツインテール常愛者である総二も、こういう展開は心が踊ってしまう。

「うぉりゃあ!」

 飛びかかってきたアルティロイドを一閃。更に剣を切り返し、その切っ先を円状に振りぬくと、炎が吹き出し、包囲していたアルティロイドを半数以上、一気に焼滅させた。

「熱っ! お前、もうちょっと火力を抑えろ!!」

「あ、悪ぃ」

 アルティロイドに紛れて鏡也もちょっと焼けていた。火傷はないが、シャツと共にネクタイもご臨終である。享年7時間。短い生涯であった。

 ズシン! という響き。二人が反射的に向けば、そこには最初の号令以降不気味に沈黙していたリザドギルディが数歩、歩み出ていた。

 ついに動くか。二人に緊張が走る。

「ぬぅ……っ!」

 リザドギルディはわなわなと、その体を震わせていた。量産型っぽく見えるとはいえ部下は部下。それをここまで倒した総二達に向かい、怒りの――

「余りに美しく、身動きできなかった! ただでさえ、花園で踊る女神の如き麗しさであったが、それをより際立たせているのがそこの騎士! 本来ならば邪魔であるはずが、息のあった見事な動きがコントラストを演出するとは……! なるほど、姫と騎士……まさに! 神話世界の王宮がかいま見えたぞ!!」

「「歪んだ幻想を見るな!」」

 怒りなんてなかった。むしろ感涙していた。感動が頂点を越え、涙を拭き、リザドギルディはその手をワキワキと動かしながら迫ってくる。

「つ、ツインテール……その毛先をちょっと摘んで『えいっ』と可愛らしい声と共に我が頬をペチッとやってくれぬか……!」

「ひ、ひぃ!!」

 欲望がバースト状態で目を血走らせるリザドギルディの異様に、総二はブレイザーブレイドを落としてしまう程の生理的恐怖を覚えた。

 ツインテールを求めて、ハァハァと息を荒らげ、欲望のままに突き進む姿。それが無意識にさえツインテールを求める自分の姿に重なって見えてしまった。

 何と見るに耐えない醜悪。ツインテール好きとは皆こうなのか? 他人から見れば皆、こう見えているのか? もしかしたら、自分もああいう風に見えていたのではないか?

 かつてツインテールに熱く語り、結果として不審な視線を送られた事が何度もあった。

 自分にとってはただ好きな髪型の事を喋っていただけだったのに、相手からすればこういう風に見えていたのか?

 今までのツインテールを巡る苦い思い出が、総二の中でグルグルと巡り、戦意が見る間に萎んでいく。

「ぬ……っ!」

 その時、リザドギルディから総二をかばうように鏡也が立った。

「生憎だが、おさわりは厳禁だ」

 鏡也はリザドギルディから視線を外さないように気を付けながら、後ろの総二に語りかける。

「何やってるんだ、しっかりしろ!」

「鏡也……俺……おれは……!」

 横目で見れば、総二の顔が青い。動揺が手に取るように分かる。

「おい。今更、何を怖気いてる。ツインテールを取り戻すんだろう!?」

「っ――! 鏡也……?」

「どうせお前のことだ。愛香が止めるのも聞かず飛び出したんだろう? だったらさっさと立ち直れ」

「でも、アイツが……!」

「まさか『アイツと自分が重なって見えた。もしかしたら。自分もああだったんじゃないか?』とか、バカな事考えたんじゃないだろうな?」

 そう言うと、総二は言葉をつまらせた。やはりそんな事だったかと、鏡也は呆れ気味に溜め息を吐いた。

「いいかよく聞け。お前は確かに、あの怪物にも匹敵するだろう程の変態的ツインテール馬鹿だ。本当に救いようないし、そのせいで自爆と黒歴史をどれだけ積み重ねてきたか、もう覚えておくのも面倒くさいぐらいだ」

「おい待てこら」

「――だが、それでもお前はあいつらとは違う」

「っ……!?」

 総二の瞳が大きく見開かれる。その顔が面白く、鏡也はついつい笑いを噛み殺した。

「あいつらは自分達の欲望のために、相手の想いを踏みにじる。だが、お前はどれだけツインテールが好きでも、誰かから奪うなんて絶対にしない。それが唯一、絶対の違いだ。……だろ?」

『そうよそーじ! そんなキモい奴、さっさとやっつけちゃいなさい! ここまでやって逃げ帰ったら、本当にそいつらと同じになっちゃうわよ!?』

『ぐえ……ちょっ、おっぱいはそんなに捻じれな………!』

「愛香、鏡也………そうだな」

 通信の向こうで属性力とは別の何かが失われているような声が聞こえたが、総二は聞かなかったことにした。

「それでも不安なら……お前がたとえ世界中から爪弾きにされても、俺と愛香は最後まで傍に居るって、約束してやるよ」

 鏡也が落ちたブレイザーブレイドを拾い、総二の前へと突き出す。総二は強く頷いて応え、その柄をしっかりと握りしめた。

 総二は武道家であった愛香の祖父に指導を受けていた時、「お前は雑念が多い」と、よく言われていた事を思い出した。

 確かにその通りだ。力をもらって、ツインテールを守るために戦うと覚悟を決めて、それなのにこの動揺。

 総二は自分の不甲斐なさに呆れてしまった。そして改めて決意し、全ての迷いを振り切る為に、高らかに吠え猛る。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

『おっぱいがちぎれるうううううううううううううう!』

 

 決意の咆哮が、悲痛な断末魔によって台無しになった。またちょっと心折れそうになりながら、総二は剣先をリザドギルディに突き出す。

「お望み通りペチッてやるぜ! ただし、俺のは半端じゃ無いぞ!!」

「言葉の意味はよく分からんが、とにかく凄い気合だな」

「いいだろう。その気合、正しく戦士! 我が名はリザドギルディ。アルティメギルの切り込み隊長にして、少女が人形を抱くその愛らしい姿にこそ、男子は心をときめかせるのだという信念の元に戦う、武人の端くれよ!」

「ちょっと待て。お前、何で俺の時より自己紹介が詳細なんだよ!?」

「麗しき戦士よ、その名を聞こう!!」

 鏡也が物言いをつけるが、リザドギルディの目には総二しか映っていなかった。

 リザドギルディの言葉に総二は一步前に、強く踏み出して剣を大きく振りかざした。火の粉が舞い散り、夜天の星の如く煌めく。

「よく聞きやがれ! 俺は――!」

 一拍の間を開け、総二がその名を――

「――あれ、なんだっけ?」

 

 どんがらがっしゃ―――ん!!

 

 全員、盛大にコケた。

『よし◯と新喜劇か!!』

 愛香の痛烈なツッコミが光る。鏡也が力のすっかり抜けた体を必死に起こし、ガシッと総二の両肩を掴んだ。

「お前なぁ……! ここでそれか!? ここまで盛り上げておいて、そこで落とすか!?」

「いやだって、今気づいたんだし! そんなの聞いてないから!!」

「ぐぬぬ……油断した。なんと恐るべき攻撃だ。力が抜けてしまった」

「ほら見ろ! 向こうも色々台無しじゃないか! お前この空気何とかしないと本気で怒るぞ!?」

 ガックンガックンと盛大に総二の体が揺すられる度、ツインテールもガックンガックンと揺れる。ついでにアルティロイドの首もガックンガックンと揺れた。

「じゃあ、どうすればいいんだよ!?」

「今つけろ! 今名乗れ! 何とかレッドでも、かんたらファイヤーでも、エースでもフェニックスでもヒートでも何でも良いから!!」

「――じゃあ、決めた!!」

 総二はもう一度リザドギルディに向き合い、今度こそ名乗りを上げる。

「俺の名は――〈テイルレッド〉だ!!」

「確かに聞いた! 行くぞ、テイルレッド!」

 再び切られる戦いの口火。アルティロイドが怒涛の如き勢いで突っ込んでくる。状況の先がまったく読めない以上、これ以上は時間を掛けられない。

「ああクソ! そ……テイルレッド! 俺が道を作るから、お前はリザドギルディを倒せ!!」

「分かった!」

 鏡也は言うが早いか、テイルレッドの前に飛び出し、剣を引き絞るように構えた。

「――とっておきだ。喰らいやがれ!」

「「「モケ―――!?」」」

 瞬間、光が爆ぜた。アルティロイドが十数体纏めて吹っ飛び、そして消滅する。

 実際に剣が光ったのではない。そう見えてしまう程、剣が速かったのだ。

 中身の入ったスチール缶を、一切ブレさせないで貫通させる速度の神業。電極さえ壊し、切っ先が相手を貫くため、危険過ぎて競技会では使えない鏡也の禁じ手――その名は『閃光(フラッシュ)』。

『い、今のは……属性力!? まさか、生身で属性力を使った……!?』

 トゥアールが通信越しに信じられないとばかりに、声を絞り出した。だが、そんな事を気にかけている余裕は二人にはなかった。

「今だ! 行け、テイルレッド!」

「おぉ!」

 鏡也と入れ変わるようにテイルレッドが駆け出す。そのまま全力で踏切り(・ ・ ・ ・ ・ ・)ジャンプする。

「おぉ……っ!」

 ツインテールを靡かせ颯爽と宙を舞うテイルレッド。そのまま一気にアルティロイドを越え、リザドギルディに向かって――

「おぉ……!?」

 ――そのまま飛び越えた。

「おわぁあああああああ!?」

 テイルレッドは手足を必死にバタつかせるも、そんなもので勢いが落ちるわけもない。目の前にはマクシーム宙果のガラス天井。

「うわぁああああああ―――ヘブ!!」

 テイルレッドが潰れたカエルみたいな悲鳴を上げて、潰れたカエルみたいな姿で、潰れたカエルのように天井にぶつかった。

「うわぁ……あれはひどい」

 その姿に鏡也も思わず吐き出す。それ程に無残だった。

「うぅ……さっきまではちゃんと動けてたのに、何でだ?」

 ベリッと顔を天井から剥がし、テイルレッドは頭を振った。痛みは全くないが、何とも心が痛い。

 脳内に〈フォトンアブソーバー〉という文字が浮かぶ。

 外部からの物理的干渉に対して分子レベルで介入し、ダメージを極限まで相殺する、防御フィールド。テイルレッドに変身した時から全身がこれに守られているのだ。

「うわー、すごーい」

 という説明を、この間抜けな状況で知ってしまったという事実に心が耐えられなかった。

『総二様。そのテイルギアは総二様の意志で生み出されたものです。ですから強い意志を以ってすれば、御せない道理はありません!』

「強い意志……そうか、なるほど」

 死線を強い意志で無事に乗り越えたらしいトゥアールの声に、テイルレッドはようやく合点がいった。

 最初と今、どっちも制御など考えもしないで全力で踏み切っていた。だからこんな事になったのだ。

 そうと分かれば話は簡単だ。制御に気を付けて、リザドギルディに向かえばいい。

「よし――行く」

「はぁはぁ、ツインテール……!」

「ギャアアアアアアア! キモい! そして近い!!」

 振り返った瞬間、そこに鼻息荒いリザドギルディの顔。ホラー映画よろしく、テイルレッドは悲鳴を上げて飛び上がった。天井を駆け上がり、必死に距離を取る。

 すぐさまリザドギルディもその後を追いかける。決着の舞台は整った。

「そっちは頼むぜ、テイルレッド」

 敵の目的は属性力。奪われた少女達がこれ以上狙われることはない。

 自分に出来る事はこれ以上、ツインテールを奪われることを防ぐ事だと、鏡也はアルティロイドを突破し、囚われている少女達の元へと走った。

「そら、お前らの相手はこっちだ!」

「モケ!?」

 誰もがリザドギルディとテイルレッドに意識を向けたその隙を突いて、鏡也の剣がアルティロイドを一蹴する。

 少女達を押さえていたアルティロイドを纏めてふっ飛ばして、鏡也は大きく叫んだ。

「今だ、全員走れ! 逃げるんだ!」

 二度、三度と叫ぶと、少女達は慌てて走り出した。意識に体がついて行かず、足をもつれさせながら、必死に逃げる。

「むぅ!? 者ども、ツインテールを逃すな!!」

 異変に気づいたリザドギルディが命令を飛ばす。すぐにアルティロイドは逃げたツインテールの少女たちを追いかけるが、その鼻先を銀閃が掠めた。

「モケッ!?」

「おっと、此処から先は通行止めだ。素直に来た道を戻れば良し。そうでないなら、俺の剣から痛烈なキスを受けることになるぞ?」

 ヒュン! と剣先を翻し、騎士は少女達の盾となる。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「ぐぬぬ……っ! おのれ、騎士め……!」

 リザドギルディはギリリと歯軋りした。捕らえたツインテールが逃げ出し、追いかけさせたアルティロイドは鏡也によって阻まれている。

 だが、究極のツインテールを手に入れられれば目的は達せられると、テイルレッドへと向き直った。

「行くぞ! 顔とツインテールは可能な限り傷つけぬよう努力するが……多少の怪我は覚悟せい!」

「いらない心配だ! お前はここで、俺が倒すんだからな!!」

「ぬぅん!!」

 リザドギルディがその掌から光線を放つ。だが、それは防御姿勢を取ったテイルレッドに触れた瞬間、粒子となって掻き消えた。

「そんなもん、効かないぜ!」

「おのれ! ならば、これはどうだ!!」

 そう言って、リザドギルディはその背に生えた杭にも似た背びれを切り放つ。微細な電気によってリザドギルディ本人と繋がったそれを、高速で射出する。

「はぁっ!」

 テイルレッドはブレイザーブレイドで背びれを切り払う。真っ二つにされた背びれが炎に包まれ、爆散する。

「まだまだぁ!」

 リザドギルディは両手を掲げる。背びれがテイルレッドを中心に渦を巻き、全方位から飛び掛かる。

「ク――ッ! いちいち数が多い!」

 テイルレッドは大振りの剣だけではなく、四肢に炎を纏わせて次々に叩き落としていく。だが、それでも手数の差からか、テイルレッドの表情に焦りが見えた。

 テイルレッドは剣で背びれを一気に振り払うと、大きくジャンプ。リザドギルディとの間合いを離す。

「ならば、これでどうだ!」

 リザドギルディの周りに幾つものぬいぐるみが現れる。その一つ一つがバチバチとスパークし、それがリザドギルディの両手に一つのエネルギーとして収束していく。

「我が秘技――〈人形(ドール)に抱かれて眠りし少女がお花畑で遊ぶ夢の中、ふとした時に溢れる微笑みの如きスパークボール!!〉」

「長い上にキモいわ! ――オーラピラー!!」

 胸のコアが光り輝き、ブレイザーブレイドが紅蓮の炎を灯す。それが切っ先で火球となり、高速で撃ち放たれる。

「っ――! ウォオオオオ!!」

 スパークボールを放つ直前、火球が弾けて紅蓮の帯となってザドギルディを包み込む。炎はそのまま紅き御柱となり、リザドギルディの身体を拘束した。

「ググ――う……動けぬ! 拘束(バインド)か!?」

完全開放(ブレイクレリース)!」

 ブレイザーブレイドの刀身が中心から割れ、業火が包み込んで倍の伸長に変化させる。テイルレッドのウエストアーマーが火を噴き、その身を重力の楔から解き放つ。

「ウォオオオオオオオ!」

 裂帛の咆哮とともに、テイルレッドが天高く舞い上がる。豪炎の刃を振り上げ、その瞳は真っ直ぐにリザドギルディを捉えた。

「グランドブレイザ―――ッ!!」

「グォオオアアア―――ッ!!」

 滑空からの一閃。炎刃が結界をすり抜けて、リザドギルディを袈裟懸けに切り裂き、豪炎が結界内を奔る。

 必殺の刃を受けたリザドギルディの体に、バチバチという放電が奔る。最早、決着は付いた。

 究極のツインテール。それを持つ強者。炎を纏って戦う戦姫。滅する運命がもう避けられぬリザドギルディの心に、新たな火が灯る。

「ぐぉぉ……! 見事だ……テイルレッド。俺はやっと……ツインテールの強さと美しさを知ることが出来た……!」

「………」

「ふははは……! 麗しきツインテールに頬を撫でられ、そして果てる! 我が生涯に一片の悔いなし!!」

「おい、こら! ちょっと待て!!」

 リザドギルディは笑った。心の底より。いち武人として、漢として、胸を張って散れるのだ。笑わずにいられようか。

「さらばだ、麗しきツインテ――――――――――――ル!!」

「最後の瞬間まで、変態発言してんじゃねぇええええええええええ!!」

 テイルレッドの最後の美声を手向けと受け取って、リザドギルディは爆炎の中に消え去った。

 噴き上がった爆炎は結界の中で膨れ上がり、天空へと放出された。

「………なんだか、疲れる相手だったな」

 ブレイザーブレイドを元に戻しながら、テイルレッドはリザドギルディのいた場所を見た。その場所は爆発の威力に比べ、少しばかり焦げ跡が付いているだけだった。これもまた、オーラピラーの効果なんだろうとテイルレッドは思った。

 と、そこに浮かぶ何かに気付いた。菱型の、煌めく石のような物。

『総二様。それを回収して下さい』

「回収……あっ」

 左手を伸ばしそれを取ると、脳内に〈人形(ドール)〉と見えた。其れはそのまま、左腕部のアーマー内に吸い込まれた。

 下を見るとアルティロイドがバラバラと逃げ出していくのが見えた。

『総二様。あのリングを破壊して下さい。それで奪われた属性力は開放されて元の持ち主に帰ります』

「――分かった!」

 テイルレッドは一足に跳躍し、憎きリング目掛けてブレイザーブレイドを振り下ろした。

 金属特有の甲高い音を立てて、リングが真っ二つになる。そのまま跡形もなく消滅すると、光が雨のように降り注ぎ、解かれたツインテールが再びその美しい姿を取り戻していった。

 その光景にテイルレッドは深く息を吐き、そして微笑んだ。

 

「これで、一件落着――だな」

 

 己が役目は終えたと、テイルレッドの手から紅き聖剣が粒子となって消えていった。




戦闘描写は書き慣れているので良いのですが、展開中にボケを挟むのが本当に難しいです。
気を付けるべきは、「登場人物はどこまでも真面目」。この一点ですが、そこがまた……。


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ほとんど説明回。台詞が原作のまんまにならないよう、自己解釈しながら文章を変えるのはとても大変です。
台詞も言葉選びが巧みな原作の良さを活かせるよう気をつけたいですね。


 ツインテールの少女達を追わんとするアルティロイドを、鏡也は迎え打つ。

 倒す必要はない。彼女達が逃げる時間とテイルレッドがリザドギルディを倒すまでの時間さえ稼げればいいのだ。鏡也は剣を翻して、突っ込んできたアルティロイドの足を払う。それ躓いて数体が転んだ。

 鏡也は飛びつこうとしたアルティロイドを躱し、逆に蹴り飛ばす。

「はぁ、はぁ……。出来るだけ早く頼むぞ、テイルレッド」

 上では激しい戦闘音が響き続けている。鏡也は上がり始めた息を抑え込みながら、徐々に後退を始める。

 先程放った『閃光』にはもう一つの弱点があった。それは一度使うだけで、体力がごっそりと削られてしまう点だ。

 もう、閃光は使えない。だが、一度見せたことでアルティロイド相手には牽制の効果が十分にあった。

 そうしている内に、上で轟音が響いた。ハッとなって見上げると、巨大な火柱が天に向かって激しく伸びていた。

「勝ったか……」

 テイルレッドの勝利を確信し、鏡也はフッと笑った。アルティロイド達もバタバタと撤退していく。

 やれやれと思い、いつものように手を鼻先にまで持ち上げ――鏡也はその手を止めた。そして、足早に”その場所”へと急いだ。

 果たしてそこに、それはあった。

 無造作に踏みつけられ、グニャグニャとなったメタルフレーム。プラスチックレンズも細かくひび割れ、ボロボロだ。

 もう、再生することは出来ない。この眼鏡は――死んでしまった。その事実に、どうしようもない程、胸が締め付けられる。

 鏡也はハンカチを取り出し、砕け死んだ眼鏡をそっとその上に置いた。そして丁寧に包み込み、ギュッと抱きしめる。

「ごめん。俺がもっと強かったら、君をこんな無残な目に遭わせたりしなかったものを……! どうか、安らかに眠ってくれ」

 もう、この眼鏡は自分の人生を映すことはない。いつか役目を終えるその時を迎えることが出来ないまま、死んでしまったのだ。

 心の中で黙祷する。そして唯一の死者をそっとポケットに収めた。

 数秒の後、立ち上がって振り返ると、テイルレッドがツインテールを奪ったリングを斬り捨て、そして奪われた属性力が元の持ち主に帰っていく光景が見えた。

「これで、やっと終わりか……良かった」

「鏡也――!」

 戦いの終結に安堵の溜息を吐いた鏡也の事を、大きく呼ぶ声がした。ガチャガチャとスク水鎧とツインテールを揺らして走ってくるテイルレッドだ。テイルレッドは鏡也を見るや嬉しそうに手を振った。

 その見かけのせいで、どうにも微笑ましい光景にみえてしまうが――あれは男だ。

「――お疲れ」

「おう!」

 鏡也が軽く手を上げると、テイルレッドがピョンと跳んで、パチン! と合わせた。

「任せといて何だが、よくあの化け物を倒せたな」

「まぁ、あれぐらいは一捻りってヤツだぜ」

 得意気にニカッと笑う姿は、得意満面の子供そのものだ。だが、男だ。後5年で成人を迎える男なのだ。

「鏡也くん――!」

「っ……! 神堂会長、目を覚ましてたのか?」

 振り返ればいつ意識を取り戻したのか、慧理那が立っていた。

「えぇ、途中から。それより! 幾ら私を助けるためでも、あんな怪物と戦うなんて……どうしてあんな危ない真似をしたんですか!」

「いや、だけどそうしないと……」

「鏡也くん!」

 むぅ。と膨れて眉をひそめて『私、怒ってます』アピールをする慧理那に、鏡也はこれ以上の面倒事はゴメンだと、頭を振った。

「あー、ゴメンナサイ。もうしません」

 諦め気味にそう言うと、慧理那は満足したのかふくれっ面を解いた。そして、今度はテイルレッドに向き直り、深々と頭を下げた。

「助けて頂いて、本当にありがとうございました」

「え、いや……そんな。俺――私は当然のことをしただけですから」

「とても素敵な戦いぶりでしたわ。まだ小さいのに……本当に強くて、勇敢で……私、感動いたしました!」

 キラキラとした瞳でテイルレッドを見る慧理那。隣の鏡也はジト目で慧理那を見ている。若干、不貞腐れているようにも見えた。

「なんだか、俺の時と全然態度違うんですけど?」

「鏡也くんのは、ただ危なっかしいだけでしたから」

「……そうですか」

 納得は行かないが、理解は出来る。実際、テイルレッドが駆け付けなかったら危なかったのだから。尤も、そのテイルレッドに危ない目に遭わされもしたのであるが。

「お嬢様―――!」

 唐突に響いた声に三人が振り向くと、タイヤから煙を上げているリムジンから降り立ったメイド姿の集団が、こちらに向かって走ってくるのが見えた。

(神堂家のメイドさん達か。面倒だな)

 鏡也はテイルレッドの肩を叩くとチョイチョイと指を動かす。テイルレッドはその意味を理解し、一步後ろに下がった。そして踵を返して走りだす。

「あ、待って下さい! あなたのお名前は!? また、お逢いできますか!?」

 足音に気付いた慧理那が叫ぶ。その声に足を止めて、テイルレッドは振り返る。

「テイルレッドです! あなたがツインテールを愛する限り……きっとまた! それじゃ――!」

 今度こそ、テイルレッドは止まらないで走り去った。

「……それじゃ、俺も帰る。友達を待たせているから」

「待って、鏡也くん! あなたはどうしてテイルレッドさんと……?」

「じゃ、そういうことで!!」

 呼び止める声を無視して、鏡也は駆け出した。通り過ぎて行く人たち。恐怖から解放されて、その喜びを噛み締めている。

 属性力を奪われて意識を失くした人達も目を覚まし始め、家族か友人か、親しい人達と抱き合っていた。

 それを尻目に、鏡也は柄をギュッと握りしめた。

 騎士の剣。それは守るためのものだ。だが、自分に何が出来た? テイルレッド――総二が来なければ、全てを奪われてしまっていた。

 足りない。圧倒的に力が。しかし、これ以上どうすれば良いのか、まったく分からない。

 だが、同時に心の中で何かが強く言うのだ。

 

 ―― 覚醒めなさい ―― と。

 

 

「………どういう状況だ、これは?」

 テイルレッドの消えた方に来てみれば、元に戻ったが意識を失くした総二を愛香が抱きかかえていた。これはいい。

 問題は何故、銀髪白衣の撲殺死体があるのかということだ。

「ふぉおおお……! ファーストキスが、アスファルトとハードにだなんて……!!」

「しぶといな、この人」

 もしかしたら、生命力はあのリザドギルディ以上なのではないだろうか。だとしたら、それをここまで追い込める幼馴染はあれ以上なのだろうか。鏡也はそんな事を考えてしまった。

「取り敢えず、総二は俺が運ぼう。早めにここを離れるべきだ」

「そうね。色々と話を聞かなきゃだし」

 鏡也は愛香から総二を預かり、背中に背負って立ち上がった。遠くからサイレンの音が響いているのが届く。警察や救急、消防が現着するまで時間はそうなかった。

「それじゃ、移動しましょう。私から離れないでくださいね」

「ここに来たみたいには出来ないのか?」

「空間転移の座標は、言わばトンネルの出口と入口。ここから転移すると、店内に飛び込んじゃいますが?」

「……ダメだな。客がいたら言い訳できん。仕方ない。適当なところでタクシーを拾おう」

 こうして鏡也達はマクシーム宙果を後にした。そしてこの日の混乱は、夜遅くまで続くことになるのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 日も傾き始めた頃。鏡也達は総二の部屋にいた。タクシーを拾おうとしたがなかなか捕まらなかったり、道路が混雑していたりで時間がかかってしまったのだ。

 その途中で総二が目を覚ましたり、アドレシェンツァ前に到着したは良いが、トゥアールのことをどう説明したらいいか分からず、秘密にする為に家の裏口から入ることにしたり、その際にトゥアールが元気よく挨拶して、直後に愛香の手刀によって元気良く鳩尾をえぐられたり。

 ともかく色々あって、今こうして四人は向き合っている。今日起こった全てを知るであろう人物から話を聞くために。

「そわそわ。そわそわ」

 何か呟きながら、そわそわして辺りを見回すトゥアール。

「結構強くぶち込んだのに元気ね、アンタ」

「フッ。あの程度何だというのです。私はこれから、総二様にもっと熱くて凄いモノをぶち込んd――」

 ジャキ! とでも音がしそうな手刀が光った。同時にトゥアールの軽口も閉じた。やはり結構痛かったらしい。

「――それで、このブレスは何なんだ? あの変態達は一体何者なんだ?」

 話を進めようと、総二が口を開く。その真剣な表情に、トゥアールは申し訳ないと照れ笑う。

「すみません。……あの、私、男の人の部屋に入ったの初めてなんです……キャッ」

 口元を小さな握り拳で隠してブリッ子するトゥアール。

「そもそも、何で俺が女になっちまうのか。ちゃんと説明してもらうぞ!」

「やだ、胸のドキドキが聞こえちゃう……どうしよう、恥ずかしい……イヤン」

「話が噛み合ってないわよ?」

 鏡也と愛香の顔に四つ角が立った。本気でイラッとしている。総二は惨劇の気配を覚え、慌てて叫んだ。

「と、トゥアール! さっさと説明してくれ!」

 そうしないと、説明できない体にされてしまうから。だが、トゥアールは二人を見て小さく唸った。

「……お二人はお疲れでしょうし、説明は後日、書面でということで」

「その前に遺書を書くことを勧めるが?」

 剣を抜いて薄ら寒く微笑む鏡也。流石にアルティロイドを倒す一撃には死の気配を覚えたらしく、出口を指した手がそっと膝の上に戻された。コホンと咳払いして、トゥアールは話し始めた。

「失礼しました。些かテンションが可笑しくなっていたようです」

「どう見ても平常運転だった気がするんだけど?」

「一口に説明するのは難しいので、まずはテイルギアから行きましょう」

 トゥアールが小さく折りたたまれた紙片を取り出すと、それが広がり折り目も消え、A2程度の大きさになった。

 そこに、テイルレッドの全身図と、各種の説明が映しだされた。これは簡易型のモニター装置らしい。

 テイルギアから始まり、フォトンサークル、フォースリヴォン、フォトンヴェイル、スピリティカフィンガー、スピリティカレッグ、テイルブレス、属性玉変換機構(エレメリーション)、エクセリオンブースト、フォトンアブソーバー。

 厨ニ臭さ満載な細かな説明の中には、リザドギルディとの戦いで総二が知ったものもあった。

 向こうで「長いわぁ!」とか「リヴォンってなんなのよ! イラッとするわぁ!!」などと愛香の激しいツッコミで吹っ飛ぶトゥアールが見えたが、それより気になる項目があった。

「なんだ、あの『エクセリオンショウツ』って? 何であそこだけ空欄なんだ?」

 項目が示しているところは丁度、テイルレッドの股間部分だ。流石に言い辛いのか、トゥアールもボソボソと呟くように答える。

「そ、それは……その、厨ニ臭さが無くなってしまうので控えていたのですが……えっと、戦闘が長引いてトイレに行きたくなった時、その……横モレなく素早く吸収、分子レベルで分解、拡散させる機能なんです。平たく言うとオム――」

「もういい! それ以上言わないで!!」

 何故、聞いてしまったのだろう。輝きの名を関するこれの事を。

 総二はちょっと後悔した。そして鏡也は「ふむ」と、鼻を鳴らした。

「なんだ、オムツか」

「せっかくボカしたのにどうして言うんだよぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「いいじゃないか。ほら、テイルギアって宇宙でも活動できるんだろう? だったら大事だぞ、オムツ? 宇宙飛行士だってオムツ着けてるんだし、いいじゃないか、オムツの一つや二つ。ちょっとオムツ丸出しなだけだろう?」

「だからそれを連呼するなぁ! あと、丸出しって言うなぁあああああああああ!!」

 これ以上この話題を進める訳にはいかない。総二はトゥアールに核心の話を振った。

「テイルギアの説明はわかったけど、肝心の話がまだだ。どうして俺は女になるんだ!? それを教えてくれ!」

「確かに。これを見る限りでは、総二がオムツ幼女になる理由が載っていないな」

「よりにもよってその二つを組み合わせるんじゃねぇええええええ!!」

「え? 女の体を教えてほしい? 分かりました。私だってこうしてノコノコ男子の部屋に来たんですからその覚悟はできています。さぁ、ベッドに行きましょう!」

「その前に彼岸の彼方にいけぇええええええ!」

「あぁあああああ! ノコノコついて来たらノコノコにされたぁあああああああああ!!」

 無限1UPするヒゲおやじの如き勢いで、愛香の高速ストンピングがトゥアールを襲った。猛烈な勢いでシェイクされるせいで、彼女の顔がトーテムポールのように見えた。

 あっちもこっちも混沌の様子になってきたその時、トゥアールが叫んだ。

「テイルギアを纏うと幼女になるのは私の趣味ですよ! 悪いですか!!」

「悪いに決まっとるわぁあああああ!!」

 開き直って押し切ろうとしたトゥアールだったが、愛香がそれを見逃す筈もなく。

 腕を両足で挟み込んでドラゴンスクリューの要領で盛大にぶん投げた。

 既にトゥアールのことを隠すとか、誰の頭の中に残っていなかった。

「いいじゃないですか! 大いなる力を得るには大いなる責任と犠牲が伴うんですよ! それに幼女なら相手の油断も誘えますし、ツインテールはあいつらの注意をひく役目もあるんですよ!」

「言うならそれだけを言えばよかったのに……」

 真実が必ずしも素晴らしいものではない。そのいい例であった。

「まぁ、言うことに一理ないわけじゃないし。その話はいいや」

「そうですよね! 幼女可愛いですよね! 可愛いよ幼女ハァハァ……!」

「………。で、あの怪物のこと……いや、その前にトゥアールのことを教えてくれないか?」

「待ってましたぁ! さぁどうぞ、隅から隅までご覧くださバタァ!!」

 嬉々としてパーッと白衣を脱ごうとした痴女の顔面を、愛香のアッパーカットがふっ飛ばしていた。

「……そろそろ、手加減できなくなりそうだから気をつけなさいよ」

「それで手加減って……」

 ベッドに倒れて悶え苦しむトゥアールの姿に、戦慄を覚える二人であった。

「私はこの世界の人間ではありません。異世界からやって来ました」

 復活したトゥアールが今までにないほど真剣な眼差しで話し始める。

 異世界人。文化も文明も違う未知の領域。なるほど、これ程までにこちらの常識や良識が通じないのはそのせいだったかと、誰もが納得し――

「あ、誤解なさらないで欲しいのは異世界と言っても正確には平行世界。こちらと名称以外はさほど変わりません。私だって、向こう的には日本人ですから」

「何を以ってさほど変わらないのか、俺には理解できないんだが?」

 皆の気持ちを鏡也が代弁すると、総二と愛香がウンウンと頷いた。

「それではまず、あの怪物が求めるもの……属性力について、説明します」

 トゥアールが語った内容は途方も無い規模であった。

 世界とは並行し、無数に存在する。それらは数多のマス目のように、壁一枚を隔てた程度であり、しかしそれは果てしなく遠い。殆どの世界はそれらの存在を知らず、また行き来することは不可能。

 だが、無数の可能性の中には稀に、果てしない進歩を遂げた世界が生まれることがある。トゥアールの世界も、その一つらしい。

 そして、文字通り別次元の科学力を持った世界で生まれた心の力。それは発達した科学文明を支えるだけのエネルギーを宿しており、心という不確かなものを固定化し、安定させることで無限の可能性を秘めた。

 人の思考、思想、趣味。知的生命体が宿す、心の豊穣。強い想い。あらゆるものからなる。

 それこそが属性力。怪物たち――属性力の負の産物とされる精神生命体〈エレメリアン〉が狙うもの。奪われれば精神の喪失に肉体が縛られ、二度と嗜好を持たなくなる。戦いの場でトゥアールが言った「全てが消える」という言葉の意味に改めて、恐怖を抱いた。

 テイルギアにもこの属性力――その中でも最強の力を持つと言われる〈ツインテール属性〉が使われており、通常兵器の効かないエレメリアンに対する、唯一のカウンターになるのだと。

「属性力は莫大なエネルギーを秘めています。好きなものなどに集中して挑むと効率が上がったりするのは、精神力をある種の推進力にしているからです。ですが、それはあくまでもそこまで。内での燃焼から、変換効率を高め、物質化が可能になった時、それは初めてあらゆる燃焼機関を超える。これこそ、テイルギアが最強たる所以なのです。ですが――」

 そこまでを語り、トゥアールはその視線を鏡也に向けた。余りにもまっすぐに見られたせいで、無意識に体が強張った。

「鏡也さん。あなたがアルティロイドを倒した時、あの瞬間……あなたは属性力を”発揮”していました。変換効率の上昇と発露。僅かとはいえ、物質化前の発現状態にまで至っていました。いったい、どうやったのですか? その剣に何か秘密が? それともなにか変換デバイスを持っているんですか? ハッ! まさか、眼鏡が壊れたことで、リミッターが解除されたとか!?」

「そんな訳あるか。これはただの剣で、あれはただの速突きだ」

 属性力の発露などと言われても、今初めてその存在を知らされた力の事など鏡也には分かろうはずもない。

「あの技は中等部に上がった頃か、自主練中に偶発的に出来たものだ。試合の切り札になるかと思って練習して、できるようになったは良いが……威力がありすぎるのと、体力の消耗が酷くて使い物にならなかったんだ」

「そうですか。でも、属性力の発露を生身でだなんて……消耗だけで済むのが奇跡です。下手をすれば、反動で体がバラバラになってもおかしくないんです。もう、あれは使わないでくださいね?」

「そ、そんなに危ない技だったのか、あれ」

 真摯な態度で戒めようとするトゥアールに、鏡也は思わず息を呑んだ。本人的にはかくし芸程度の気持ちだったので、実は超危険、しかも相手じゃなくて自分がと言われれば、今までの迂闊さをちょっと怖くなった。

「話を戻しましょう。彼らエレメリアンは精神生命体。属性力を糧として狙い、数多の世界を滅ぼしてました。彼らの組織の名は――アルティメギル」

「アルティメギル……?」

 鏡也はその言葉をうわ言のように反芻した。それを”何処か”で聞いたことがあるかのように。

「総二様。回収した石を出して頂けますか?」

「石……っと。これか?」

 総二が右手を上げると、テイルブレスからリザドギルディの消えた場所で回収された石が出現した。

「これは属性玉(エレメーラオーブ)。属性力が結晶化したもので、エレメリアンの核となるものです」

「これが……。触った時、〈人形〉って見えたんだけど?」

「それは、リザドギルディが人形属性のエレメリアンであった。ということですね」

「つまり、あいつは人形好きってこと?」

「正確に言えば〈人形を持った幼女好き〉、ですね。先程も言いましたが属性力は嗜好など強い想いに左右されますので」

 トゥアールが愛香の問にそう答えると、鏡也は何となく嫌そうな顔をした。あんなバケモノがそんな変態嗜好であったことはまだしも、今後はそういう類のばかり出てくるのかと想像してしまったのだ。

「何でそうも変化球な……まともな嗜好はないのか? 家族愛とか友情とか……もっとまともなのがあるだろうに」

 鏡也が呆れ気味に言うと、トゥアールはチッチッと指を振った。

「そういうのはある程度の知的生命なら誰もが有するものです。属性力はそこから逸脱したもの――自分自身が望み、伸ばし、得たものなんです」

 勿論、家族愛などの属性力が無いわけではない。と付け足し、更に続けた。

「属性力の中でも最大級の力を持つとされているツインテール属性。敵はこれを狙い、そしてこちらが彼らに対抗できる希望。ですが、テイルギアに用いられた属性力を発揮し、ギアの性能を引き出すには、相応のツインテール属性がなければいけません。それこそ、この世界で最高クラスの、です」

「それが……俺、なのか?」

「そうです。男性でありながら、総二様のツインテール属性は正しく世界最強! 総二様は選ばれし者なのです!!」

「俺が選ばれし者……!? そうか、俺は……俺の想いは間違ってなかったんだ!!」

 世界最強のツインテール属性。言い換えればそれは、世界最強のツインテール馬鹿だという事だ。だが、そんな言葉にさえ感涙する総二に、愛香は深々と溜め息を吐いた。

「ツインテールに人生掛けてるって……それと、何さり気なく手を出しんてんのよっ!」

「ドゴス!?」

 さり気なく総二の太腿に指を這わせようとしたトゥアールの顔面に、月刊少年誌がぶつけられた。もちろん背表紙だ。

「だが、トゥアールは何故そこまで奴らのことを知っている? この世界に危機を知らせに来た事といい、奴らとの因縁が浅くないようだが……?」

 ぶつけられて悶えているトゥアールに、鏡也は気になった事もぶつけてみた。

 おいそれと聞いて良い事ではない気はしたが、そこはきっと核心に関わることで、聞かなければならない事だと思った。

「……そうですね。因縁はあります。……私の世界は、奴らに滅ぼされたんですから」

 トゥアールの言葉をどこかで予想していた。異世界からの侵略者。それに対向する技術をもたらした者。

 何故、彼女は自分の世界ではなく、この世界に来たのか。

 奴らを追ってというなら、その理由は何か。突き詰めていけば、結論は見えてくる。

「私の世界の属性力はアルティメギルによって全て、奪われてしまいました。俯瞰してみれば今までと変わらない世界。でも、誰もが無機質で覇気の無い……まるで色が喪われてしまったような、そんな世界に成り果ててしまったのです。破壊も殺戮もない、ただ、心を奪い尽くす……これほどに静かで、残酷な侵略はありません」

 そう語る彼女の瞳は悲しみとともに寂しさを孕んでいた。

「エレメリアンに対抗するには属性力が必要です。ですが、属性力の技術が確立していない世界にとって、奴らは正しく、人智を超えた悪魔そのもの。目に見える被害が理解し難いせいで、誰もが対処に遅れてしまう。そして気が付いた時にはもう……」

 心という、目に見えない領域への侵攻。だが、心の豊かさを失った世界はきっと、何も生まれない世界になるのだろう。遠からず、緩やかな死を迎えるだろう。

「私は技術者で、早くに奴らの被害に遭ったせいでアルティメギルが侵攻に本腰を入れる前に、それに対抗する技術を確立できました。その御蔭で私の属性力は奪われませんでしたが……それが精一杯でした」

「………」

 目の前で全てが灰色となっていく光景。それはどれほどの絶望だっただろうか。目の前でツインテールを奪われただけで怒りに燃えた総二。慧理那がそれを奪われた時、無力感とともに怒りに震えた鏡也。

 個人でさえそれ程に感じたのだ。自分の生きてきた世界全てとなった時、心がどうして耐えられようか。

「奪われた属性力は24時間を超えるともう元には戻りません。ですから、生産性の無い復讐ですが……それでも、この力で奴らを止めたいんです」

「トゥアール……わかったよ」

 自分の世界を守れなかった彼女が、それでも諦めずに戦う道を選ぶ。その言葉には怒りはあれど、憎しみを感じない。そんな彼女の心を受け止めるかのように、総二が頷いた。

「利害の一致って言うにはこっちの方が恩恵が大きいけど、でも使わせてもらうよ、この力を。あいつらを倒してこの世界を守って、トゥアールの世界の敵を討つために」

「はい! どうぞ、存分に使って下さい、この身体を!!」

「お望み通り使ってやるわよ!!」

「ハラショー!?」

 ドヤ顔で白衣を脱いだトゥアールを、美しいブリッジでバックドロップを叩き込んで沈めた愛香。今の良い話も木っ端微塵だ。

「ほう、二人とも白か」

「なんて色気のないパンチラなんだ……」

 丸見えになってしまった下着に、欲情のよの字さえ感じない事があろうとは、総二は初めて知ってしまったのだった。




シリアス「おれ、頑張ったよね……?」


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???「シリアス? あぁ、いいヤツだったよ。真面目で……だから、早死しちまったんだ」


 敵の正体、トゥアールの過去から色気ゼロのパンチラへと至った話は今後の方針へと繋がる。

「ところで、テイルブレスは総二が付けているものだけなのか?」

「いいえ。あと一つだけあります」

 そう言って見せたのは、テイルブレス。総二の付けているものとデザインは同じだが、色が違う。総二のは赤だがこれは青だ。

「ふむ。これを付ければあいつらと戦えるのか?」

 ひょいと手を伸ばし、青いブレスをトゥアールから取った鏡也はマジマジとそれを見やる。実際にブレスの効果を目の当たりにしていても、どうにも信じられない。

「――ま、付けてみれば分かるか」

 と言って、スポッとブレスを嵌めてしまう。

「ちょっと鏡也、何やってるのよ!?」

「いや、何となく」

 愛香がすごい勢いで詰め寄ってくる。もしもの事態を想像してか、顔色が悪い。

「何となくで付けないでよ! 総二だけでもアレなのに、鏡也まで幼女化とかされたら誰がツッコミ入れればいいのよ!?」

「俺はツッコミ要員か。だが、あいつらと戦えるなら、子供化も女化も覚悟の上だ。幸い、先達がいるからな」

「鏡也……!」

 幼馴染の温かい言葉に総二は涙を禁じ得なかった。戦う決意をしたとはいえ、幼女化にはやはり抵抗がある。

 自分一人ではキツイかもしれないが、その苦しみを分かち合える誰かがいるなら、それはきっと――

「あ。鏡也さんには使えませんよ、それ」

「うん、知ってた」

「お前俺の涙を返せよぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 あっさりブレスを外してトゥアールに返す幼馴染に、総二はあらん限りの声で叫んでいた。

「いや。これが総二のと同じなら、ツインテール属性がないと使えないんだろ? もし俺に使えるなら、最初の時点で俺にも渡している筈だからな。まぁ、それでも万が一にとは思ったんだが、こうもあっさり取れるとな……いや、実に残念だ」

 両手を上げて大仰に頭を振る鏡也。もしも憎しみで人を殺せるなら、きっと鏡也はその犠牲になっただろう。それ程までに『上げて落とす』を現した展開であった。

「総二様。実は既に適格者は判明しているんです」

「そうなのか?」

「ええ。ですが、その人物は実に暴力的で粗雑で乱暴で、人を人とも思わない、悪魔将軍も裸足で逃げ出す悪の権化。そんな存在にブレスを渡したら、よしんば使えてたとしても、アルティメギル以上の脅威が生まれるだけです」

「テイルギアを使えるほどのツインテール愛があるのに、悪党だなんて……寂しいな」

 トゥアールの言葉に、総二は哀しみに瞳を揺らした。ツインテールに人生を掛ける程の総二だからこそ、その心の痛みは深いのだろう。

「………」

 鏡也は何故か、トゥアールのいう人物が凄く、とてもまるで今まさにこの部屋にいるかのような気がした。

 総二並にツインテールヘの強い想いを抱いているなど、そうはいないだろう。だからこそ分かった。彼女以外に該当者はいないと。

(今までで随分と物理的ダメージ喰らってるものなぁ、彼女)

 言わぬが花。藪を突かねば蛇も出ないと、鏡也は心の奥底にそれを潜めることにした。

「ところで、トゥアールはこれからどうするんだ?」

 もう一人の適格者はひとまず置いておくとして、総二はトゥアールに尋ねた。

 異世界から一人でやって来た彼女には当然、この世界で身を寄せられる場所はない。何処かに拠点を設けているならまだしも、こうして総二の家に来ている時点で、そういった場所の確保は成されていないだろうと想像がついた。

「その件なのですが……総二様。宜しければこの家の地下に基地を作らせて頂けませんか? 敵は巨大な組織です。サポート面をしっかりと充実させるためにも是非!」

 異世界の自称日本人は、いきなりすごい爆弾をぶん投げてきた。

「えぇ!? それは……どうなんだ?」

 総二はどう答えたらいいのかと、助けを求める様に鏡也を見た。だが、下手な答えを言える筈もない。

「まずは未春おばさんに聞くしか無いんじゃないか? 家主の許可無く出来んだろう、そういうのは?」

「そもそも、違法建築じゃないのよ」

「大丈夫です。私の科学力なら一晩あれば作れちゃいますから。それに耐久性、耐震性、対暴力性もバッチリ備えた、バリバリピカピカな秘密基地を拵えますからご安心を!!」

「何で対暴力性が必要なのよ?」

「え、言わないと分からないんですか愛香さん?」

「言わなくて良いわ。体に直接聞くから」

 ゴキゴキと指を鳴らして殺る気を見せる愛香に、トゥアールはここは負けじと胸を張る。

「愛香さん。先程から言いたい放題やりたい放題好き放題やってくれちゃってますが、これ以上邪魔をするなら私だって容赦しませんよ!」

「へぇ。で、どうするの?」

「火力こそパワー。ハンドメイドの銃火器の用意ぐらい容易なんですからね!」

「いいよ。その方が気兼ねなくヤレるから」

「………」

 トゥアールが初めて、その表情を凍りつかせた。まさか世の中に銃火器を持つという相手に本気で戦えるからウェルカムなどと言う奴がいるなど、思いもしなかったのだろう。

「もしかして……あれですか? あなたもどこか別の世界から来た、戦闘民族の血筋とかですか?」

「純粋生粋の日本人よ!」

「落ち着け愛香。愛香が日本人かサイ◯人かは別として、母さんにどう説明したらいいか……」

 総二は何か良い言い訳はないかと頭を捻った。愛香が「あたしは日本人だ! 悟◯でもベ◯ータでもないわぁ!!」とか叫んでいるが、それより今はトゥアールの事だ。

 総二の母、未春は末期の中二病だ。こんなことを知られたらきっとノリノリで悪ノリするに決まっている。

「なぁ、トゥアールはなにか良いアイデア無いか? できればテイルギアとかアルティメギルとか無しで」

「お任せ下さい! 虚無の思考時間(シークタイム・ゼロ)のトゥアールとは私のことです! そういうウソは大得意です!」

「威張って言うことか分からないけど、頼もしいな」

「いいのか? 絶対に後悔するぞ?」

 鏡也がまるで予言のように言葉を残し、立ち上がる。それにちょっと気を取られるが、すぐにトゥアールに視線を戻した。

「そうですねぇ。私は外国からやって来た、総二様の同級生で――」

「そうか。留学生ならホームステイで――」

「見知らぬ土地で不安な私を総二様が騙して攫って監禁したって設定にしましょう。これなら地下に穴を掘っても辻褄が合いますよ!」

「一緒に俺の墓穴を掘ってることに気付いてくれよぉおおおおおお!!」

 もうダメだ。総二が膝から崩れ落ちた。横から見るとorzだ。

「おぉ。本当に見えるんだな。凄いな、アスキーアートというやつは」

「お前も何確認してるんだよ!? 鏡也も何とか考えてくれよ!!」

「いや。考えるだけ無駄だから」

「え……?」

 つい。と、鏡也はドアノブに手を伸ばす。そして一気にドアを開け放つと、そこには今まさにドアに手を伸ばしていた未春の姿があった。

「か、母さん!? 一体何時から!?」

「気配がしたのはトゥアールが『そわそわ。』言ってた時からだな」

「最初からじゃないか!!」

 つまり、全部あれやこれや丸々聞かれていたということだ。説明の手間は省けるが、同時に最悪の事態に転がってゴールまでしてしまったのだ。

 未春は意味ありげに微笑むと、そっとドアを閉じた。

 

「――話は聞かせてもらったわ!!」

 

「「何事もなかったかのようにやり通すつもり――っ!?」」

 ババーン! と、ドアを開け放ちドヤ顔の未春が入ってきた。総二と愛香のツッコミも見事に受け流し、息子の部屋に足を踏み入れる。流石に現役中二病は伊達ではない。

「まさかニュースで流れてたマクシーム宙果の事件を解決したのが、変身した総ちゃんだったなんてねぇ。――とうとう、この日が来てしまったのね」

 そう言って、まるで遠くを見るかのような目でポツリと零す。

「母さん……もしかして、俺がテイルギアに選ばれて戦う日が来るって、分かってたのか!?」

 そんなバカなと思いながらも、総二は聞かずにはいられなかった。鏡也と愛香も驚いた表情を見せている。

 もしかしたら、未春もまたトゥアールと同じように――

「ううん。そんな訳ないじゃない」

「じゃあ思わせぶりなこと言うなよ! びっくりしたじゃないか!! ていうか、実は何も分かってないよね!?」

 なんてことはなく、ただの中二台詞を言いたいだけだったようだ。

「え? 属性力っていう人の思考から生まれる精神エネルギーを狙って精神生命体エレメリアンの組織アルティメギルが異世界からやって来てトゥアールちゃんはそれを止めるためにツインテール属性を使った武装テイルギアを総ちゃんに渡してそれを使って総ちゃんはオムツ幼女ヒロインテイルレッドに変身してリザドギルディっていう怪物をやっつけたんでしょ?」

「全部聞いてちゃんと理解してるよこの人!! それとお願いだからオムツ幼女だけはマジで止めてくれ!!」

 中二病の恐ろしさを心の底から理解して、総二は悟った。もう、色々終わったと。

「夢、だったのよ」

 唐突に語り始める未春。嫌な予感がビンビンする。既にSAN値が尽きかけている総二は神に願った。これ以上、心の平穏を壊さないでと。

「お母さん、中二病をこじらせて大人になっちゃってたでしょ? 世界を守る変身ヒロインとかに憧れてて、異世界からの落し物を探しに来たフェレットとか本気で探しているのよ、今も」

「止めろよ! それで時々町中うろついてたのか!?」

「でも、其の想いの殆どはへその緒を通して総ちゃんに託したの。受け継いでくれてて嬉しいわ」

「生まれる前の息子に何してんだよ!?」

 神は言った。『ごめん。その願いは叶えられないや』と。

「そして亡くなったあの人も――末期の中二病だったわ」

「止めて! これ以上聞いたら絶対に俺は後悔するから!!」

 だが、そんな叫びは届くはずもなく。

「私達は運命の導きで出会い、そして思うさま中二心をぶつけ合った! それがいつしか恋心に変わり――結ばれたの。でも、私は『敵対組織の少年と惹かれ合い、恋に落ちる』シチュエーションが理想で、あの人はヒーローに憧れ、自分がヒーローになった時の設定や、パワーアップのスタイルまで考えるような人だったから、何度も反発しあって、何度も別れそうになったの」

「何なのその理不尽な別離の危機は!? まだ、いきなり相席して幼女に変身する腕輪を無理やり付けてくる異世界人の方が常識的なんだけど!?」

「総二様。流石にそれはヒドイです」

「いよいよ、私達の関係もこれまで……その時だったわ。私のお腹に総ちゃんが宿っているって分かったのは」

「妄想ぶつけ合って、喧嘩別れしかけて、挙句にデキ婚って何!? 思春期の息子にトラウマを植え付けたいのか!?」

 これには愛香と鏡也もドン引きである。というか、他所様のお家事情を赤裸々に語られても困る。

「子は鎹とはよく言ったもの。それからは夫婦仲睦まじく、すごく幸せだったわ」

 ウフフと微笑む未春に、総二は引きつった笑いしか返せなかった。今、頭に鎹を撃ち込まれたような痛みが走っていた。

「総ちゃん。どうして長男なのに総”二”と付けられたか分かる?」

「それは……まさか、俺には生まれてくる筈だった兄や姉が……!?」

「ううん。中二の頃が楽しかったっていう、夫婦の思い出からよ。本当は『命天王(メテオ)』とか『有帝滅人(アルティメット)』とかにしたかったんだけど、二人の共通の思いの”ニ”を入れることにしたのよ」

「……本当に、何でそれを墓場まで持ってってくれなかったんだよ。今すぐ仏間に走って仏壇返しぶちかましたい気分になっちゃったじゃないか……!」

 総二はもう、立ち直れない程に打ちのめされてしまった。それこそ、本題はまだだということさえ、忘れてしまうほどに。

「あの、すみません」

 その声に我に返った総二が顔を上げた。悶死しそうな恥ずかしい過去を記憶の底にぶん投げて、本題を言わねばならないと気付いた。

 ちなみに、愛香と鏡也は本棚から単行本を取って読んでいた。

「トゥアールちゃん、よね。話は聞かせてもらったわ。この家の地下に秘密基地を作りたい……大いに結構よ! どんどんやっちゃって!!」

「ありがとうございます、お母様! ついでに私もここに住まわせて欲しいのですが? あと、今から『困ったわね。予備の布団がないのよ。そうだ、総二のベッドで一緒に寝てくれる?』と言って下さい」

「トゥアールちゃん……! 気に入ったわ! 総二の部屋を含めて、ここを自分の家と思って頂戴! でも困ったわね。予備の布団がないのよ。そうだ、総二のベッドで一緒に寝てくれる?」

「はい! 主に総二様の部屋を中心にそうさせていただきます、お母様!!」

「その代わり、いつか総ちゃんを男にしてあげてね?」

「そんなお義母様! いつかなどと言わず今夜……いいえ、今からだって!」

「――ちょっと待ったぁ!」

 ここまで漫画を読みふけっていた――もとい、沈黙を守っていた愛香が単行本を床に叩きつけて熱り立った。

「未春おばさん、ちょっとこっちに! あと、さり気なく”義”を付けるな!!」

「何故分かったんですか!?」

 まさかの指摘を喰らい、トゥアールは目を見開いた。そして愛香は未春の腕を掴んで廊下へと出て行った。

「……さて、俺はそろそろ帰るか」

 もう日が沈みきり、真っ暗だ。鏡也は時間も遅いし、今日はもう帰ろうかと立ち上がろうとする。が、その手をガッシリと押さえるものがあった。

「……なんだ、総二?」

「お願いだ、帰らないでくれ! 俺を一人にしないでくれ!!」

「いや待て、その発言はおかしい! 色々要らん誤解を招くからな!?」

 涙目ですがってくる総二を振り払えず、結局また腰を下ろす鏡也だった。

 その時、廊下の声が聞こえてきた。

「あんな女を同居させたら、総二の貞操がピンチですよ!?」

「願ったり叶ったりよ。一人息子が立派になる……それも異世界から来た美少女が筆下ろしだなんて、夢みたいじゃない。それに、押し倒されても私は痛くも痒くもないし」

「それでも親ですか!?」

 

「おい、お前の童貞がストップ安だぞ?」

「俺は何も聞いてない俺は何も見ていない……」

 目を閉じ耳を塞いで、総二は心の平穏を保とうとしていた。

 

「親よ? 親が息子に彼女が出来て欲しいって思うのは普通でしょ?」

「スタートが既にゴール抜いてるのが問題だと言ってるんです!!」

「私だってもうちょっと『幼馴染の付かず離れずな三角関係』を見ていたかったけど」

「……三角関係?」

 本気で意味が分からないと、首を傾げる愛香。未春ははぁ。と溜息を吐いた。

「まぁ、いいわ。とにかく私はね……トゥアールちゃんのあの目が気に入ったの」

「目、ですか?」

「えぇ。童貞喰いたくてムラムラしている節操無しな女の目よ!」

「もうちょっとオブラートに包んだ言葉にする気はないんですか!? 仮にも来客ですよ!?」

「違うわ。トゥアールちゃんはもう、うちの家族なのよ!」

「お義母様!」

 バーン! と、トゥアールが廊下に飛び出してくる。その瞳は涙に揺れ、未春をまっすぐに映している。

「トゥアールちゃん……!」

「お義母様……!」

 ヒシ。と抱き合う二人。前後左右の台詞がなければ感動的なワンシーンだ。

「嬉しいですそこまで言ってただけるなんて……! ですが、一つだけ訂正させて下さい」

「何かしら?」

「私は節操無しではありません。総二様の童貞喰いたくてムラムラしている只の処女(おとめ)ですから!」

「8割以上肯定してるじゃないの!? むしろそこを否定しなさいよ!!」

「なるほど。それはごめんなさいね?」

 本当に、台詞さえなければ感動的な(以下略)。

 だが、ここに待ったをかける者が現れた。ドアをバシーンと開き、仁王立ちするその影は何者か。

「その話、異議あり!」

「あら、鏡也君。どうしたの? もしかして、あなたも総ちゃんの童貞を――」

「そら恐ろしいことを言わないで下さい。俺が言いたいのは愛香のことです」

「鏡也……!」

 頼もしい援軍の登場に、愛香の瞳が感動に揺れる。この異常極まりない現状をきっと打破してくれる。そんな期待の眼差しに、鏡也は「任せておけ」とばかりに頷いた。

「未春おばさん。あなたは愛香の事を分かっちゃいない」

「あら、そうなの?」

「愛香は一見すると『お隣さんで付かず離れずな距離感で甘酸っぱい幼馴染』に見えます。ですが――!」

 ガシッと愛香の肩を押さえ、そして前に。

「コイツは毎夜毎晩、ありとあらゆるシチュエーションで総二と一緒に童貞&処女喪失する妄想をして抱き枕相手に自己鍛錬を欠かさない程のムッツリスケベなんです! 異世界から来たぽっと出の痴女など比べ物になりません!!」

「お前は何を言っとるんじゃぁああああああああああああああああああ!!」

逆十字(ハングドクロス)!?」

 耳まで真っ赤になった愛香の蹴り足が、竜巻とともに鏡也を吹き飛ばした。その余波で総二の部屋が豪いことになった。当然、総二もそれに巻き込まれて目を回したのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 リビングに置かれた大型テレビには、マクシーム宙果の事件の報道が映しだされていた。

 それを見る女性は、赤いフレームの眼鏡を外し、不安を閉じ込めるかのように両手で口元を覆い隠す。

 テレビでは助けられた少女のインタビューが流れていた。その少女が言う剣を持った男子高校生がどうしても、我が子にしか思えなかったのだ。

「鏡也……無事よね?」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「あー。ひどい目に遭った」

 明らかに自業自得であるが、鏡也は色んな意味で痛む身体を抑えながら、家路を急いでいた。

 結局、総二の家の地下に早速基地を作ると、トゥアールは未春と共に行ってしまい、愛香もまた隣にある自分の家に帰った。時間も遅いので自然解散といった感じで、今日という日は締めくくられた。

 総二の家から鏡也の家まで、歩いて約20分程の距離がある。鏡也は途中の自販機で買った炭酸を飲みながら、テクテクと歩く。

「異世界からの侵略者……か。これからどうなるのやら」

 また今日のように、ツインテールを狙って怪物が現れるのだろうか? そしてまた、総二は変身して戦うのだろうか? その時、自分はどうするのか?

 浮かんでは消える答えの出ない問題に、鏡也は深く溜め息を吐いた。

「問題といえば……さて、これをどうするか」

 鏡也は自分の姿を改めて見た。ネクタイ、シャツ、制服に至るまでボロボロだ。とてもではないが、明日には着ていけない。

 これなら、慧理那に制服の手配だけでも頼んでおけばよかったと、今更ながらに後悔した。

 やがて、道の向こうに見えてくる大きな家。閑静な住宅地に建つ、豪邸とは言えないが、間違いなく富裕層が住むような作りの立派な一軒家。

 表札には『MIKAGAMI』と書かれてある。

「さて、覚悟を決めて……行くか」

 外門をくぐり、玄関前へ。これから来るであろう事態にしっかりと気を持つよう心掛け――いざ、ドアを開けた。

「――ただいま」

 彼方から、ドドド……。という地響きが聞こえる。やはり来たかと、鏡也はしっかりと足に力を入れた。

 

「お帰りなさい! 鏡也ぁあああああああああああああああああああああ!!」

 

 廊下を突っ走ってくる一人の女性。軽いウェーブの掛かった長い髪を揺らしながら、走る勢いそのままに、鏡也に向かってダイブを敢行してくる。

「おぐ――!?」

 どすぅ! という鈍い衝撃が、鳩尾に走った。

「おかえりなさい鏡也! 大丈夫!? 怪我はない!? あぁ!制服がボロボロ! 眼鏡もしてないじゃない!! 壊れちゃったの!?」

「ちょ、落ち着いて……母さん!」

 鏡也は涙目で見上げてくる母――御雅神天音(みかがみあまね)の肩を抑えて離す。

 まるでちょろちょろとまとわり付いてくる小型犬のような母に、やはりこうなったかと、鏡也は苦笑するしかなかった。

「怪我はないよ。でも、制服が……それに眼鏡も」

「それなら大丈夫!!」

 と言って、天音はドタタタタ……と走り去り、そしてすぐに戻ってきた。

 その後ろにはキャスター付きのハンガーラック。その手にはキャリーケースが握らている。

「制服の替えなら20着あるし、ネクタイもシャツも靴もパンツも、いつ何があってもいいように、ダースで揃えてあるわ。眼鏡だってほら! うちの新作から好きなの選んで!!」

「い、いつの間に……というか、いつ何があると仮定したら、こんなに制服を用意するのさ!?」

「でも、実際にあったでしょう?」

「いや、それはまぁ……」

 事実として制服の予備はありがたいが、だからといって、息子がそういう事態に巻き込まれる前提の用意というのは想定するものなのだろうか。

「さぁ、取り敢えずはお風呂に入っちゃいなさい。ご飯もその間に用意するから」

「……はい」

 疑問は尽きないが、今は捨て置くことにする。考えるにしても、今日は疲れ過ぎていた。

 風呂にゆっくりと浸かり、身体を休めたいという欲求が身体の中で大きくなっていく。

「総二の奴……大丈夫かなぁ」

 帰り際まで引き留めようとした幼馴染の姿に色々と心配を抱くが、すぐにそれを止めた。

 どうせトゥアールが何かすれば、愛香がラグタイム無しで自動召喚されて迎撃されるのが目に見えているからだ。

 今は目の前のことだ。

「そうだ鏡也。今日はお母さんと一緒に寝ましょう? お父さん、仕事で今夜は帰って来れないって言ってたし、お母さん一人寝は寂しいのよ~」

「耐えて一人で寝なさい! 何時になったら子離れするの!?」

「あーん! 鏡也が冷たいー! 香住ちゃーん、聞いてー! 鏡也が~!!」

「有藤さんの仕事を邪魔しないであげて下さい! ――まったくもう」

 バタバタとお手伝いさんの所に走って行く母の背に、鏡也は深いため息を吐くしか出来なかった。

 

 

 結局、ゴネる母に押し切られ、母子で寝ることになったのは余談である。

 

 




鏡也はマザコンじゃないです。天音が甘々なだけです。


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アルティメギル、宣戦布告!


今回、やっとアルティメギルの面々が登場します。
この人ら、どうしてこうも個性が強いんでしょうね?w


 そこは異様なる空間であった。大地はなく、空はなく、海はなく。ただ、空間という言葉でしか言い表せられない、世の理から外れた領域にそれは在った。

 アルティメギル秘密基地。異世界航行をも可能とする時空戦艦の機能も有する、地球侵攻の前線基地である。

「リザドギルディがやられただと!?」

「まさか、ヤツほどの武人が……油断などという言葉では済まんぞ!」

 鈍色の大ホールに揃いし異形共はアルティメギルに属する戦士たち。彼らは動揺していた。

 地球侵攻の栄えある第一陣を務めたリザドギルディが、現地の人間に敗北を喫したというのだ。

 この地は理想的な条件だった。文明レベルの低さに比べ、高レベルの属性力反応。狩場として最適という結論に達したからこその侵攻であった。

 だが、蓋を開けてみればリザドギルディは敗れ、アルティロイドも殆ど倒されてしまった。

 ザワザワ! と、さざ波のような動揺が大波に変わって、ホール全体を揺さぶり始めた。

「――静まれい!」

 覇気に満ちた一喝が、全ての波を凪へと変じさせた。

「ど、ドラグギルディ隊長……」

 ホールの中心――円卓に座する者。ただそこに在るというだけで、身の震えが止まらない程の闘気を纏う、ドラグギルディと呼ばれた戦士。

 明らかに他とは次元の違うその存在が、優に百は越えようかというエレメリアン全員を呑んでいた。

「リザドギルディの強さは師である我がよく知っている。油断で遅れを取るなど在り得ぬ事。ならば、あやつを倒せる程の戦士が、密かに存在していたということだ。これを見よ」

 ドラグギルディが手を持ち上げると、ホールの照明が落ちた。同時に天井よりモニターが降りてくる。

「これはアルティロイドが記録した映像だ」

 そうして再生されるのは、テイルレッド――総二の姿だった。

 赤いツインテールを翻し、炎の剣を振るう少女の姿に、感嘆の吐息と共にエレメリアン達の目が釘付けとなる。

「これは……なんという麗しさ。リザドギルディを倒したのも頷ける」

「これがあの世界の守護者……!」

「名はテイルレッド。これは、神の生み出した偶然とでも言うしかあるまい。事前の調査などたかが知れている。以前も、文明レベルを超えた超越者との戦いは在ったであろう」

「ですが今までは我等の手で――おぉおおおおお!?」

 ガタガタとそこら中で席を立つ音が聞こえた。モニターには様々な角度アングルから映しだされたテイルレッドが映っていた。

 もう、リザドギルディの事とか、殆ど残っていない状況だった。

「この幼子、未知の凄みと共に宿命めいた因縁が同居しておる。ただ美しい、ただツインテールという訳ではない……実に面白い」

 ドラグギルディがその名の如き、竜の鋭さを持った瞳を細める。獲物を求める本能と、強者を求める本能が相乗し、口元が歓喜に歪む。

「諸君。どうする? このまま尻尾を巻いて他の世界に行くか? 我はそれでも構わぬが……どうだ?」

 ドラグギルディがゆっくりとホールを見回す。だが、その表情は皆一様に戦士のそれへとなっていた。

「何を仰るか。あれ程のツインテールを前にして、他の世界に行くなど……戦士の恥!」

「どうやら、我が生命を捨てるべき場所が見つかったようです。次の出撃は是非、このタトルギルディに!」

「いいや。ここはこのスワンギルディが!」

 一人が名乗れば三人が。誰もが次こそは我が。我こそがテイルレッドをと声が上がる。その強き闘志にドラグギルディは高らかに叫んだ。

「ならば、次に出撃するものをうぬらで決めよ!」

 嬉しい誤算だと、ドラグギルディは内心で笑った。予期せぬ強者の出現は彼らの魂に火をつけたのだ。これでこそ、武人揃いの我が部隊だと。

 ドラグギルディは喧々囂々と鳴り響くホールを後にした。

「それにしても……」

 ドラグギルディの手には小型の端末。それを操作し映像を出した。それは見易いようにと編集された先の映像とは違う、オリジナルだ。

 そこにはテイルレッドの前――リザドギルディに戦いを挑んだ騎士の姿が映っていた。

 無謀とも言える戦い、だが、その剣閃はドラグギルディの目を持ってしても、見事の一言であった。

「人の身であれ程の属性力を発揮し、アルティロイドを一撃で倒せるとはな。しかしこの人間、あの御方に似ている……か?」

 ドラグギルディの脳裏に浮かぶのは、黒き衣に身を包んだ『アルティメギルの死神』、『闇の処刑人』と呼ばれる者の姿。その力はかの異名に相応しく、もしも戦ったとすれば、アルティメギルにその人ありと謳われる武人、ドラグギルディであろうとも結果がどうなるか見えない。

「……いや、同じ属性力(エレメーラ)であるが故か」

 ドラグギルディは頭を振った。アルティロイドを倒した力は認めるが、かの死神とは天地の隔たりがある。

 だが、それがずっとそのままであるとは思えない。いずれ、自分達の前に立ちはだかる新たな守護者となるやも知れない。

「フフフ……実に面白い! 面白い世界よ!」

 未知なる強者の気配に、ドラグギルディは内なる高揚を抑えられなかった。

 

 

 ――と、これがおよそ三時間前である。

 

 隊長ともなれば雑務も多い。高笑い片手に片付けて、そろそろ結論も出ていようとホールに戻ってきたドラグギルディは「ぬぅ……」と唸った。

 ある部下はテイルレッドのスクリーンショットにリボンの加工を施し、これこそが至上と叫ぶ。ある者は、いいや、ナース服を着せるべきだと、僅かな時間で作ったテイルレッドの試作フィギュアを見せた。

 そうすると、メイド服だ、濡れTだ、縛りだ、ランドセルだ、靴下だブルマだスパッツだホットパンツだドレスだハイレグだ……次々と己の属性に付随する欲望を空高く叫ぶ。

 

「静まれい――ッ!!」

 

 心なしか、数時間前より怒りの度合いが増している一喝が再び、ホールの大波を凪へと変えた。

「それらの主張はテイルレッドに直接伝えよ。……我は、次に出撃するものを決めるようにと言っておいた筈だが……結論は出たのか?」

 そう静かに問うと、誰もが視線を外した。まるで、すっかり忘れていたかのように。

 己の愛するものに対する想いの強さ。それはエレメリアンである以上仕方ないことであり、自身の部下として誇らしいと思う。だが、本筋を外れてしまっては意味が無いのだ。

「――して、どのような理由で会議の道が逸れたのか……スワンギルディ」

「はっ! 隊長が座を離れられた後、リザドギルディの二の鉄を踏まぬために敵を知るべしと、テイルレッドを研究する事になリまして、映像を見始めたのですが……」

「結果、皆一様にこのツインテールに魅せられた、か。気持ちは理解できる。お前たちの想い、いずれも甲乙付け難い。ならば仕方ない……次に出撃するものは戦いで決めよ!」

 戦い。その言葉に戦士達の目の色が変わる。エレメリアンにとって戦いとは神聖なものだ。故に手心なく、慈悲もなく、されど誠意と敬意を払いて挑むものだ。

「……あぁ、そうでした。一つだけ、会議で結論が出ていました」

 と、一人のエレメリアンが思い出したようにモニターを操作した。映るのは一人の男。テイルレッドをパンで取ったタイミングに被っている。

「――この人間。凄く邪魔です」

「それに、テイルレッドと随分と親しくしていて、何とも忌々しい……!」

「全くだ。それにテイルレッドに押し倒されるなど……ド許せぬ!」

「あの様子では、きっと日常的に親しい間柄。まさか、一緒にお風呂など入っているのではあるまいな!?」

「何だと!? 一緒にお風呂だと!? ぬぬぅ……戦場に姿を見せたならば、真っ先にその属性力を根こそぎ刈り取ってくれる……!!」

「手ぬるい! そのような楽な終わりなどさせてなるものか! パソコンの前に縛り付けて、心の折れるエロゲー地獄巡りに叩き落としてくれるわ!!」

 怒気が、殺気が、オーラのように立ち昇る。エレメリアン達の心が一つになる。

 御雅神鏡也――人間一人が、屈強な戦士達全ての標的として、彼の与り知らぬ所で認知された瞬間であった。

 それが例え全くの濡れ衣であり、誤解であり、本人にとって何処までも不本意であったとしても、その誤解を解く者もいないし、きっとこれからも解けることはないだろう。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「っ……!?」

 早朝。朝の日もまだ昇りきらぬ時間。鏡也は言い知れぬ悪寒と共に目を覚ました。暖かなベッドの中にいた筈なのに、寒気が収まらない。

 熱はないので風邪を引いた訳ではない。いつも早朝のランニングに行く為に起きる時間より早いが、とは言え二度寝するには足りない。

「――起きるか」

 昨日の事で体は疲れているのだが、目がすっかり冴えてしまった。隣を見れば、天音がムニャムニャと眠りを貪っていた。その指はしっかりと鏡也のパジャマの裾を掴んでいる。

 これが恋人同士であるならば、何とも甘い事であるが、残念ながら母親なのだ。

「やれやれ」

 そっと指を外すと、わずかに天音の顔が歪んだ。その寝顔に心苦しさを覚えながら、母を起こさないようにそっとベッドを降り、部屋を出た。

 顔を洗って身支度を軽く整え、鏡也はランニングウェアに着替えた。

 外に出ると、まだ寒気を残す体をほぐす。朝の凛とした空気を胸いっぱいに吸い込んで、鏡也はフェンシングを始めた頃からの日課である、ランニングに出た。

 いつもなら一時間ほど時間を掛けて走るのだが、昨日の事を鑑みて短めにすることにした。

 軽いリズムから走りだすと、まだ寒さを残している風が頬を流れ、肺にも飛び込んでくる。

 鏡也はこの、町が動き出そうとする時間がとても好きだ。世界よりも早く、自分が動き出している感覚。昼にも夜にも、勿論朝にも見ることの出来ない不思議な光景。レンズを通して見やる世界は、とても美しかった。

 ふと、鏡也は件の秘密基地はどうなったのかと思い、走るルートを変更した。

 しばらく走っていると、アドレシェンツァが見えてきた。流石にこの時間から昨日のような馬鹿騒ぎはしていな――

 

「アンタは朝っぱらから何しとんじゃぁああああああああ!!」

 

 ドズン! バタン! ズドン! と、朝の静けさをも打ち抜く衝撃音が総二の部屋から聞こえた。

「………朝っぱらからテンション高いなぁ、愛香のやつ」

 これは覗きに行かねばと、鏡也はひょいと雨樋に手をかける。そのままパイプを伝わり、するすると屋根の上へ。

 その間にも「人並みだとう!? 人並みもないムネ!!」などという、シチュエーションも想像できない謎の言語が飛び出していた。

 開けっ放しの窓から室内を覗いてみると丁度、パジャマ姿の愛香がトゥアールを簀巻きにしているところだった。

「だから言ったでしょ! ドアは溶接しときなさいって!」

「だから木製のドアをどうやって溶接すんだって! よしんば出来たとしても、俺が入れないじゃないか!!」

「そんなの気合でなんとかなるわよ」

「ならねぇよ! なんだよその気合万能説は!?」

「おい。そこの早朝夫婦漫才幼馴染共。ご近所迷惑だからもう一寸、声のボリュームを絞れ」

 予想通りな二人に鏡也が声を掛けると、驚いたようにこちらを振り向いた。その様子が少し面白くて、笑いを零しながら手を振った。

「きょ、鏡也……!? どうしたの、こんな朝早くに!?」

「いや、基地を一晩でこさえるとか言ってたから。どんなものかと顔出してみたんだが……この様子では、聞くことはできんな」

 そう言って愛香に足蹴にされている芋虫を指差す。芋虫はくかー。と寝息を立てて爆睡している。言った言葉が本当なら、一夜を明かしての作業を行ったのだから、無理もない。

「ともかく、話は放課後だな。愛香も夜這いならぬ朝這いはいいが、遅刻だけはするなよ?」

「夜這……っ! ち、違うわよ! これはトゥアールが! って、待ちなさいよ、鏡也!!」

 愛香の呼び止める声も聞かず、鏡也はひょいひょいと屋根から降りていく。愛香が窓から外を見た時には既に走り去った後だった。

「うぐぐ……あーもう!!」

 やり場のないモヤモヤを、天高く吠える愛香であった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 陽月学園への通学路。国道の交わる交差点前で、鏡也は途中のコンビニで買った新聞を袋から取り出して広げた。昨日の事件は新聞の一面を飾ることはなく、三面の大記事に一枚の写真とともに掲載される程度であった。

「ま、こんなもんだろうな」

 物理的被害はともかく、異世界からツインテールを奪うために現れた怪物など、まともな精神の記者なら書く筈もない。記事に纏めるならこのぐらいが落とし所ということだ。

「あ、やっぱりいた」

「おはよう鏡也。何だ、お前も新聞か?」

「おう。来たか、二人とも。……どうした総二? えらく眠そうだな?」

 やって来た総二と愛香に挨拶するも、総二の顔には眠気が張り付いていた。

「いや、昨日一晩トゥアールが基地作ってただろ? その音がさぁ……ふぁ」

「何だ、それでか。俺はてっきり『今朝はお楽しみでしたね?』などと言わなければならないかと思ったぞ?」

「なっ……! ななな何言ってんのよ、こら!」

「おっと、危ない。冗談だ冗談」

 顔を真赤にした愛香がブンブンとカバンを振り回してくる。正直、カバンの風圧で新聞が切れるのはやり過ぎ感が否めないが、これがデフォルトな愛香を止められよう筈もない。

「取り敢えず、これでも飲んでおけ」

 鏡也は袋から栄養ドリンクを取り出し、放り投げた。

「おっと、悪いな。………なぁ、これ『赤まむし』って書いてあるんだけど?

「鏡也ぁああああああああ!」

 叫ぶ愛香。だが既に横断歩道の向こうへと鏡也は走っていた。

 ちなみに赤まむしをしっかり飲んだ総二は、道中何故か愛香のツインテールを弄り続けたという。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 教室に入った三人は、その異様は空気に困惑した。具体的には男子のどいつもこいつもが、だらしない顔をしているのだ。

「……何だ、これは?」

 鏡也がボソリと呟くと、男子どもの視線が一斉に鏡也に突き刺さった。その瞳は明らかに好意的なものではない。だが、同時に迷いの色が見えていた。

 昨日の今日でこうなるような事をした覚えのない鏡也は、首を傾げる。

 その原因は何なのか。心当たる処はないかと総二に訪ねようとした時、二人が教室正面の黒板を注視しているのに気付いた。

「おぉ、さすが漫研! そっくりだ!」

「いいよなぁ、テイルレッドたん!」

「あぁ。いいよな! 可愛いよな! テイルレッドたん!!」

 カツカツとチョークを走らせる男子の周りに軽い人だかり。彼が描いていたのは――テイルレッドだった。

「……お、おい。お前ら……何でテイルレッドを知ってるんだ!?」

 総二がまるで悪夢を見ているかのように尋ねた。実際、本人にしてみれば悪夢そのものなのだが。

「あぁ、これだよこれ。今日の朝、アップされててさ……可愛いよなぁ……テイルレッドたん」

 そう言いながら見せたタブレットには、テイルレッドの姿。静止画だけではなく、動画も上がっているようだ。

「昨日のアレを撮られていたのか……どれ」

 鏡也も早速、サイトを調べてみた。検索をかけるや、まさかの20万ヒットだ。取り敢えずトップのものを見てみることにした。

「どれどれ……?」

 愛香も首を伸ばしてきたので、一緒に見る。そこには確かに、昨日のマクシーム宙果が映っていた。

「あ、これ鏡也じゃない?」

 向こうではテイルレッドの兄にになるとか、巨乳派だったが目覚めたとか、唇がたまらないとか、そんな小さな子に恥ずかしくないのか。等といった声が聞こえるが、それどころではない。

 クラスメイトの視線の理由がここでハッキリ見えた。ようは彼らのお気に入りのテイルレッドと一緒にいた自分が、色んな意味で気になったのだ。

 恐らくテイルレッドの印象が強くて、鏡也が果たして映像の男子と同じか、分かりかねているのだ。

 分かりかねているのなら、それでいい。面倒事は良くも悪くも目立つアイドルに任せてしまえば良いのだから。

 

『お知らせします。これより臨時の全校集会を行います。生徒は直ちに体育館に集合して下さい』

 

 もうすぐホームルームだという時に校内放送が流れ、席に戻ろうとした生徒たちは皆、体育館へと移動し始めた。

 総二はわずかの間にすっかり疲れ果てており、せっかくの赤まむしもこれ以上頑張れないようだった。

 鏡也はそんな総二の肩を優しく叩いた。

「元気出せ。人気はないより、あった方が良い。よかったじゃないか、兄にが出来て。なぁ、テイルレッドたん?」

「お前、マジで殴るぞ?」

 慰めの言葉も、今の総二には届かなかったようだ。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 生徒たちの集合した体育館は、緊張感をはらんだ静寂が支配していた。その空気に生徒たちも一様に表情を強張らせている。

 これから行われるのは、昨日の事件についてだ。何を発し、何を伝えるのか。当事者である鏡也達にとっては尚更、緊張感を抱かざるをえない。

 厳粛な空気を割くように、生徒会長神堂慧理那が登場する。壇の前に立つと一度、全体を静かに見回した。昨日の事態を受けての事であろう、慧理那の後ろにはSPでもある神堂家のメイドたちも控えている。

「皆さん。もうご存じの方もいらっしゃるでしょうが、昨日この街は未曾有の危機に直面しました。未知の怪物たちが暴れまわったのです」

 真摯な瞳でそう語りだす慧理那。昨日の事を少しでも知る者は息を呑んだ。

「意思を持ってツインテールを狙う怪物なんて、確かに未曾有の危機だよなぁ。変態だったし」

「しっ」

 ついついボヤいてしまう総二に愛香が静かにするよう指を立てた。

「実はわたくしも現場に居合わせ、狙われた一人です」

 その告白に、静まっていた体育館が一気にざわめき出した。

 慧理那はその見た目もあって、一種のアイドル的存在だ。それが狙われたとなれば、生徒達の怒りに火がつくのは明白だった。

「会長を狙うなんて……許せねぇ!」

「上等だバカ野郎! こうなりゃ戦争だ! 誰かタマ持ってこいやぁ!!」

 色々と物騒な台詞が飛び交う。ついでに慧理那の語りにツインテールが揺れるせいで、総二のテンションも上がりだしている。

「皆さんの正しい怒り、嬉しく思います。それもわたくしの様な未熟な先導者のために。しかし、狙われたのはわたくしだけではありません。この中にも同じ目に遭った方がいらっしゃるでしょう。学外に目を向ければ、更に多くの何の罪もない女性たちが、その毒牙に晒されるところでした」

 更にざわめきが大きくなるが、それを「しかし」とたしなめ、慧理那は言葉を続けた。

「わたくしは無事、ここにいます。他の人達もです。テレビなどでは情報が少ないですが、ネットなどで知った人もきっといるでしょう。あの場に颯爽と駆け付け、怪物を倒した……正義のヒーローを!」

「「「っ……!?」」」

 ヒーロー。その言葉に総二らがビクッと肩を震わせた。まさか、総二の正体に気付いたか……と、鏡也が総二を見れば顔がこれでもかと強張っていた。

「――と、失礼。ヒロイン、でした」

 照れ笑いとともに訂正する慧理那に、今度は安堵の吐息が零れた。

 テイルレッドにも認識阻害の装備がされており、テイルレッド=総二と分からない筈なのだ。

 だが、慧理那の背後でスルスルと降りてきたスクリーンに、また嫌な予感がする。

「わたくしは、あの少女――テイルレッドさんに心奪われました!!」

 その言葉とともに写ったのは――やはりテイルレッド。その瞬間、総二が噴き出した。

「うぉおおおおおおお! これが、これがこの世の正義だというのかのぁあああああ!」

「あぁ……時代は今、オレに追いついたんだ。ちっちゃい子にハァハァするオレは……ただ、時代の先駆者というだけだったんだ」

「ちっちゃい会長が、ちっちゃなヒロインに憧れる。そうか、これが真理だったんだ!!」

「まさに、我が世の春が来たぁああああああああああああああああ!」

 興奮、狂喜、あらゆるパッションが坩堝となって体育館を埋め尽くした。

「神堂家はこの方を全力で支援すると決めました。皆さん、新時代の救世主を応援しましょう!!」

 慧理那が宣言するや、興奮はピークを迎えた。総二は映像のツインテール――つまりは自分に、そして見られているという事実に一瞬、危ない方への扉を開けかけ、愛香によって引き戻されていた。

 盛大なツインテールコール。まるで旧時代の議会か、はたまたアイドルコンサートの会場か。狂乱の熱気はいつ冷めるとも知れず、響き続けた。

「――さて、今回はもうひとつ。この事件に関して大事な事をお伝えしなければなりません」

 興奮が少し治まったタイミングを見計らい、慧理那が言を発する。するとざわめきを残しながらも、皆が慧理那の言葉に耳を傾けた。

 そして一瞬。慧理那の視線が一年の列――鏡也のいる方へと向き、視線がわずかに重なった。すぐに鏡也は身を屈め、そこから逃げようとする。

「愛香、わるい。俺は早退する。後はよろしく頼んだ」

「ちょっと! 待ちなさいって!」

 こそこそと抜けだそうとする鏡也の制服を、愛香が掴む。その細腕に合わない腕力はどれだけ引いてもビクともしない。

「行かせてくれ。今逃げないと絶対に厄介事になる……!」

「意味がわからないわよ!」

 そうこうしている内に、慧理那が決定的な言葉を発してしまう。

「怪物たちに襲撃された現場で、我が校の生徒が一人、女性たちを守るためにテイルレッドさんと共に戦ったのです!」

「っ――!」

 嫌な予感は現実となって、真後ろに立っていた。

 

「一年――御雅神鏡也さん。どうぞ壇上へ!!」

 

 視線が、テイルレッドに向けられていたのと同じ数の視線が、鏡也一人に突き刺さる。最早、逃げ場はなかった。

 愛香は気まずそうに手を離した。だが、もう遅い。覚悟か諦めか、鏡也は壇上を向いた。慧理那はニコリと微笑んでいる。

 壇上へと向かう短い道中、刺さる視線の数々。さっきまでの狂乱の熱がまだ残っている。階段を上がり、慧理那と向き合うと、鏡也は小さく舌打ちする。

「やってくれたな、神堂会長」

「さぁ、何のことですか?」

 小首を傾げてとぼける慧理那。

「あなたの勇気ある行動は陽月学園の誇りです。被害に合われた女性たちに代わって、お礼申し上げます。皆さん、彼に盛大な拍手を!」

 津波のような拍手が一斉に響く。これで御雅神鏡也の名前と顔は全生徒に知れ渡った。つまりは彼の動向を掴むのが容易になったということだ。

 そんな事をする目的は一つしか無い。

「今日の放課後、生徒会室に来て下さい。お話がありますから」

 やはりこうなるかと、鏡也は頭が痛くなった。

 




慧理那さんは腹黒じゃないですよ? ただ、ちょっとテイルレッドが好きなだけなんです。
腹が黒いのは、むしろ鏡也のほう……w


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生徒会長は純粋な女の子。
そして主人公は、意地が悪い。


 放課後。混沌とした一日がようやく終りを迎える。総二も鏡也も互いに疲れ果てた顔をしていた。

 総二は事あるごとにテイルレッドを危険(レッド)レベルで愛でる野郎どもに戦慄し、鏡也はその危険な連中に休み時間の度に付きまとわれたのだ。

 特に鏡也はテイルレッドと実際に会話し、親しげな雰囲気を見せていたこともあって、テイルレッドの話を知りがる者どもに、同時に嫉妬の炎をぶつけられ続けたのだ。

 思わず「テイルレッドたんを賭けて、オレと勝負だ!」などとのたまった先輩に対して鳩尾一撃で沈めてしまったのも、仕方の無い事だ。

「二人は今日、掃除当番か」

「ああ。鏡也はどうする? 先に帰ってるか?」

「いいや。神堂会長に呼ばれてる。……正直、無視して帰りたんだがなぁ。ムリだろうなぁ」

 生徒会長直々の呼び出しを無視する訳にも行かない。仮に無視しても、次は家に押しかけてくる可能性がある。

 用件は分かっているのだ。ならば、さっさと終わらせてしまうに限る。

「失礼する。御雅神鏡也はいるか?」

 ドアが開いて、メイド服にツインテールという出で立ちの女性が入ってきた。慧理那付メイド兼護衛役の桜川尊だ。

「ここにいますよ、桜川さん」

「おお、いたか。迎えに来たぞ」

「わざわざご苦労さまです。……じゃ、行ってくる」

 これも予想済みだったのだろう、鏡也はカバンを持って席を立った。足取りが些か重いのは気のせいではないだろう。

「あ、そうだ。一つ聞きたいんだけど?」

「なんだ?」

 愛香はずっと聞こうとしてて忘れていたことを思い出し、鏡也に尋ねた。

「鏡也って、生徒会長と知り合いなの?」

「……親戚だよ。待ってなくていいから、先に帰っててくれ」

 プラプラと手を振って、鏡也は尊と共に教室を後にした。

 そして残された総二と愛香は顔を見合わせ、呟いた。

「「マジで……?」」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 尊に案内されて廊下を歩いていると、通り過ぎた生徒たちの視線が痛いほどに突き刺さる。

「お嬢様のせいで、申し訳ない」

「会長より、俺の方がまたテイルレッドに会うかもしれない。だから俺の顔を学校中に覚えさせたんでしょう? 顔が知れれば、動向を掴みやすくなるから」

 現状、テイルレッドに一番近い一般人は鏡也だ。実際には愛香もいるが、世間的にすれば彼だけなのだ。だからもし、鏡也とテイルレッドが接触するとした時、その動きを調べるのが簡単になる。少なくとも学内では手に取るように出来るだろう。

 品行方正を地で行く彼女らしからぬ行動だが、それだけ思いが強いといえた。

「……本当に申し訳ない。せめてもの詫びに……これを受け取って欲しい」

 尊は心底すまなそうに謝った。そしてそっと、一枚の紙を差し出してきた。

「……お気持ちだけで」

 そっと押し返す。

「遠慮はしないで欲しい。私の気持ちを汲んでくれ」

「だからといって、婚姻届を受け取れるわけがないでしょう。良いから、そういうのは大事にして下さい」

「……大事にし過ぎて、こうなのだがなぁ」

 尊は渋々、婚姻届をしまった。そんなやりとりをしている間に生徒会室前に到着する。尊がドアをノックすると中から「どうぞ!」と、妙に張り切った声が返ってきた。

「失礼します。お嬢様、鏡也さんをお連れしました」

「ありがとう。さ、鏡也くん。どうぞ掛けてください」

 尊が声を掛けると、生徒会の仕事をしていただろう慧理那が顔を上げてパッと立ち上がった。生徒会室には慧理那以外の役員はいない。どうやら今日は会議などはないらしい。

「仕事中なら遠慮しますが?」

 出来れば、このままずっと遠慮したい。そんな想いを篭めて言ったのだが、慧理那は大きく首を振った。

「いいえ、ぜんぜん大丈夫です。急ぎの仕事ではありませんから。さ、そこに座って下さい。今、お茶を入れますね」

 いうや、パタパタと動き出す慧理那。尊が自分が淹れるからと言うも、頑として聞かず、鼻歌交じりでちょこまかと動く。その都度、見事なロイヤルツインテール(命名:観束総二)が揺れる。稀代のツインテールマニアが見たならきっと、跪いて涙を流しただろうが、生憎と鏡也はツインテールにそこ迄の思い入れはない。

 せいぜい、転んだりなんかしないように見守ってやるぐらいな気持ちしか無い。

 目の前に湯気を立てるカップが置かれ、事務テーブルの真中にはお茶請けまで用意された。昼休みの内にでも買っておいたのだろう。

 そうして準備を終えると、慧理那は鏡也の真向かいに座った。

「――さ、鏡也くん。話して下さい!」

 慧理那の息は若干荒く、目をキラキラとさせて、頬も興奮に紅潮している。まるで遊具を自ら持ってきて「さぁ存分に遊べ」と言わんばかりに尻尾をブンブンと振るワンコのようだ。よく見れば尻尾が見えるような気がしなくもない。

「……神堂会長、何の事だか私には分かりかねますが?」

 そうとぼけてみせると、慧理那の表情があからさまに変わった。眉をひそめて、不機嫌そうになる。

「もう。どうしてそんな他人行儀なんですか? 昔は慧理那お姉ちゃん、慧理那お姉ちゃんって、いつも後ろを追いかけてくれてたのに」

 小さかった頃。一人っ子の慧理那にとって近くに住む親戚、自分より年下の鏡也は弟のような存在だった。実際、鏡也にはお姉ちゃんと呼ばせていたし、彼女も弟の様に思っていた。あの頃を思い出し、慧理那は寂しげに言った。

「それでもってあっという間に追い抜かれて、『待ってー! 待ってよー!』って、涙目になって追いかけてきましたねぇ」

 その頃を思い出し、しみじみと返す鏡也。何故か慧理那は言葉をつまらせた。

「そ、そういえばあの頃はよく遊んであげましたよね! ヒーローごっことかいっぱい!」

「自分がヒーローばっかりやって、たまには自分がやりたいって言うと、涙目で『慧理那がヒーローなの!』って言って、頑として譲らなかったですよねぇ。だから一度もヒーローやったことがなかったですね」

「え、映画のビデオも一緒に見たりしましたよね!」

「特撮物ばかりで、朝から夕方まで日がとっぷり沈むまででしたね。途中で飽きて眠ろうものなら、容赦なくクッションで叩かれて……いや、懐かしい」

「………」

「………」

 何故だろうか。昔を懐かしんでいたら、慧理那は軽く涙目になっていた。これ以上はマジ泣きしそうなので、苛めるのはここまでにしようと、鏡也は一口、お茶を飲んだ。

「――俺の話を聞きたいんでしょう? いいですよ」

 途端、慧理那の顔がぱぁ! と明るくなった。曇天はあっという間に快晴だ。

 期待に目をキラキラさせる慧理那に、鏡也は静かに話し始めた。

「昔々、ある所におじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは山へ芝刈りに。おばあさんは川へ洗濯に行きました」

「ちょっと待ってください!? それ、桃太郎ですよね!? わたくしが聞きたいのは――っ?」

 慧理那の言葉を鏡也は手を一つ挙げて遮った。

「まぁ、落ち着いて。最後まで聞いて下さい」

「わ、わかりましたわ」

 そう言われてはと、慧理那は体を正した。

 

 ――そして10分後。

 

「――こうして桃太郎は鬼ヶ島から金銀財宝を持ち帰り、おじいさん、おばあさんと一緒に幸せに暮らしましたとさ。おしまい」

「わぁ…! 鏡也くんはお話が上手ですねぇ」

 話し終えた鏡也に、パチパチと拍手する慧理那。そして、叫んだ。

 

「――て、本当にただの桃太郎でしたわ!!」

 

「俺が知ってる話なんて、桃太郎か金太郎かクラゲの骨なしぐらいしか」

「メジャーな中に微妙にマイナータイトルが入ってますわ!? 何でそこに浦島太郎ではないんですの!?」

 いや、つっこむところは其処ではないと、慧理那はブンブンと首を振った。

「わたくしが聞きたいのはそういう話ではなく! 昨日、テイルレッドさんと、どんな経緯で一緒にいたのか。どこで知り合いになったのかを聞きたいんです!!」

「あぁ、その事を聞きたかったんですか」

「……分かってて言ってますわよね?」

「さて、何のことやら。まぁ、別に話すのは良いですけど……そんなに大した話じゃないですよ?」

「それでも構いませんわ。是非、教えてください!」

 今度こそはと、慧理那はグイグイと食いついてくる。それを手で制し、鏡也は視線を一寸だけドアの方へと向けた。

「っ……」

 察した尊はドアを開け、廊下を確認する。だが、廊下に人影はなく、しっかりとそれを確認した尊はドアを閉め、しっかりと鍵を閉めた。

「外には誰も居ない。大丈夫だ」

「……分かりました。それじゃ、話しましょう」

 鏡也は昨日の出来事を振り返るように、遠くを見つめた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 同刻――生徒会室前廊下。

 

「「「「「――ふぅ。危なかった」」」」」

 

 天井から、窓の外から、掃除用具入れから、果ては置かれてあったお茶の缶の中から、ぞろぞろと生徒達が出てくる。

「お前、こんな狭いもんにどうやって入ったんだ?」

 お茶の缶は本当に何の変哲もないお茶の缶だ。

「こんな事もあろうかと特訓していたんだ。修行の成果さ」

「そ、そうか……」

 よくよく考えれば、窓の外も相当なものだ。指を引っ掛ける場所さえ無いのに、どうやって隠れたのか。

「修行の成果だ。そんなことより、ここからが本番だ。皆、気を抜くな!」

「おう!!」

 小声で気合を入れ直し、全員がドアに張り付き聞き耳を立て、集音マイクをセッティングした。マイクチェックもバッチリだ。

 そうして彼らが準備を数秒で完了し終えると同時に、鏡也の話が始まった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ――あれは、昨日の事だった。放課後、友人の実家の喫茶店で昼食を取って、その後ものんびりと過ごす予定だった。だけど、俺はフェンシングの消耗品を切らしていたことを思い出し、友人と別れて一人、マクシーム宙果ヘ向かった。

 

 

「確か、あそこのショッピングモールにスポーツショップがありましたわね?」

「あそこでしか買えない物だったし、すぐ要る物だったから」

 

 

 なんとか物を手に入れて、たまたま通りかかったパン屋で昼食にとパンとお茶を買って、さて帰ろうかと外へ出た。だが、焼きたてのパンの魔力は空腹の俺には耐えられる筈もない。

 ベンチに腰掛けて袋を開けると、何とも言えない香りが漂ってきた。さて、どれから食べようかと袋をあさっていると、ベンチの後ろ――生け垣の方から「くぅ」という音が聞こえた。

 いったい何だと振り返るが、そこには何もない。聞き間違いかと思って、パンを取り出すとまた「くぅ」と音がした。今度は聞き間違いではないと、俺は生け垣の奥を覗きこんだ。

 何かいる。もっとよく見ようと更に奥へと踏み込むと、そこには年端もいかない少女が倒れていた。

 

 

「まぁ! それがもしや……?」

「流石に見なかったことも出来ないから、まずは意識があるかと声を掛けてみたんだ」

 

 

 大丈夫か。しっかりしろ。そう声をかけると、少女は小さく唸った。意識自体はあるようだったが、どうにも顔色が悪い。まさか何かの病気かと、救急車を予防と携帯を取り出した時、またあの音が聞こえた。

 「くぅうううううう………」と、今までで一番大きな音が、その少女の腹から聞こえてきた。

 まさか……。そう思いつつも俺はメロンパンをその顔に近付けてみた。

 少女の鼻がピクピクと動いた。次の瞬間――バクッ! と、でかい口を開けて少女は俺のメロンパンを一口で半分食らいきていた。

 

 

「まさか、今どき行き倒れがいるとは思いもしなかった」

「そんなにお腹が空いていたんですねぇ」

 

 

 俺のやったメロンパンをもしゃもしゃと咀嚼し、意識がはっきりしたのか、そいつは俺の顔をじっと見てこう言った。

「誰? 変質者?」

「人のパンを齧っといてその言い草は何だ」

「別に俺がくれって言ったわけじゃないし。そっちが勝手に人の顔に向けてきただけなんだからな!」

「……ほぉう。それじゃ、もうこれは要らないな」

 俺はメロンパンを持ったまま、立ち去ろうとした。するとガクンと腕が強く引っ張られた。少女が俺の腕を掴んでいた。

「人の食べ掛け持って何処に行く気? 見知らぬ所でそれを食べる気なんでしょ! この変態!」

「安心しろ。雀の餌にでもしてやる。じゃあな」

 今度こそと行こうとするが、そいつの俺の腕を更に強い力で引っ張ってきた。そして同時にまた、腹の虫が鳴る。少女は顔を真赤にして眉をひそめる。俺は勝ち誇った笑みを浮かべて、一言。

「……食べるか?」

「…………食べる」

 勝敗の決まった瞬間だった。

 

 

「鏡也くん。女の子に意地悪はいけません!」

「いや。いきなり人を変態呼ばわりする奴に、情けはいらないだろう? それでもパンをやったんだから、俺は十分に優しい」

 

 

 ベンチに腰掛け、少女はパクパクとメロンパンを齧っていた。俺はその様子を見ながら、一緒に差し出してやったお茶を飲む彼女の姿を改めて見た。

 最初、ポンチョコートでも着ているのかと思ったが、よく見るとそれは少しぼろくなったマントのようだった。まるでずっと何処かを彷徨ってきたみたいに薄汚れていた。

 覗く手足もおかしかった。手も足も見慣れない金属――まるで鎧のような物を付けていたからだ。

 赤い髪をツインテールにまとめて、顔の感じから歳は10歳か、それ以下か。

 何故、こんな奇妙な格好をした少女が、あんな所で行き倒れていたのか……俺は難事件に挑む名探偵のように推理を働かせた。

 他に手がかりはないかと周囲を見回すと、俺の目に『ヒーローショー』の文字が見えた。なるほど、この子はあれの出演者か何かか。そう考えるとこのSFチックな格好にも説明がつく。

 

 

「ついでに、どっかの生徒会長が整理券片手に見に来てそうな気もしたが」

「うぅ……いいじゃないですか。好きなんですから!」

 

 

 メロンパンをしっかりと食い尽くした少女は、ジッと俺の持つ袋を見つめていた。

「食うか?」

「食べる!」

 言うが早いか、俺の手から袋ごとパンを奪い取ると早速、コロッケサンドを取り出し、躊躇なくパクリといった。モシャモシャと食べる姿はまるでリスのようで、なんとも愛玩動物な印象だった。

 メロンパンにコロッケサンド、カツサンド、チョコレートワッフルと、俺が買ったパンを全部食べつくし、お茶まで全部飲み切ってようやく落ち着いたのか、少女は深い溜息を吐いた。

「はぁ。美味しかったぁ……お腹いっぱい!」

 幸せそうにお腹を擦る少女。俺は空腹の上にとても不運だった。とはいえ、役者というのは食えないと聞くし、子役というのもなかなか大変なもののようだ。俺の飯は途中で買えばいい。

「満足そうで何よりだ。じゃあ、俺は行くからな」

「あ、待って!」

 帰ろうとする俺を、少女が呼び止めた。

「もう、パンもお茶もないぞ? それに時間はいいのか?」

「時間はある。パンもお茶ももう要らない。それより聞きたいことがあるんだ」

 少女はさっきまでとは違う、真剣な眼差しで俺を見ていた。立ちかけた俺はもう一度、ベンチに腰掛けた。

「お兄さん。名前は?」

「人に尋ねるときはまず自分から……いや、いい。御雅神鏡也だ」

「みかがみきょうや……うん、それじゃ鏡也。聞きたいんだけど」

「歳上を呼び捨てにするな」

「もう、細かいなぁ。そんなんじゃモテないぞ、鏡也?」

「大きなお世話だ。それで何を聞きたいんだ?」

「……うん。鏡也の知り合いにさ、ツインテールがすっごく似合ってる人とか、いる?」

 いきなり何を聞いてくるんだと思った。馬鹿らしい。そう言って一蹴しようとしたが、少女の目がどこまでも真剣で、真っ直ぐで、俺はその言葉を出すことが出来なかった。

「……二人、いる」

「その人達って、何処にいるの?」

「そんなことを聞いてどうする……?」

「その人達……狙われるから」

 唐突に言われた言葉の意味を理解し切れず、俺は聞き返していた。

「狙われる? 一体誰が、何のために? 何で、ツインテールが?」

 一人は狙われる理由がある。名家のお嬢様だからだ。悪心持つ者が狙うには十分だ。だが、もう一人は普通の女の子だ。二人の共通点――ツインテール馬鹿が垂涎する程に見事なツインテールが狙われる理由? 意味が分からない。

「それは――っ!?」

 少女が理由を語ろうとするより早く、轟音と喧騒が俺たちの耳に聞こえた。そして遠くに、狙われると言われた一人――神堂会長の姿があった。

「あれは……! ついにこの世界に!」

 少女は怒り共に立ち上がった。だがそれよりも早く、俺は走っていた。

 その後は、アルティロイドをふっ飛ばし、神堂会長を逃がそうとして失敗。と、会長も知っている話につながる。

 

 

「……つまり、私が怪物に捕まった時、鏡也くんはテイルレッドさんと一緒だったんですね?」

「正直、ふわふわ浮いて連れて行かれた会長の姿を見た時は、ついにショーを見るためにそんな技を身につけたかと思ったが」

「どういう意味ですか!?」

 

 

 謎の少女――テイルレッドがリザドギルディを倒した後、俺はテイルレッドを探した。流石にもういないかと思って諦めかけた時、声がかけられた。

「鏡也!」

「っ――!? テイルレッド……良かった、まだいたか」

「一体どうしたの?」

「礼を言ってなかったからな。ありがとう、助かった」

「先に助けられたのはこっちだし。いいよ、気にしないで」

「……それで、あいつらは何者なんだ? 君は知っているんだろう?」

「知ってる。俺はあいつらを追って、この世界に来たんだ」

 テイルレッドが語った事実は衝撃的だった。

 人の心――嗜好から生み出される心の輝きを奪う侵略者。それと戦い、この世界を守るためにやって来たのが彼女――テイルレッド。

 たった一人で、数多の世界を滅ぼしてきた怪物共と戦う。と、迷い無く言った彼女に、俺は尋ねた。

「どこか行く宛はあるのか?」

「大丈夫。心配しないで。それより、鏡也こそ、今日みたいな無茶はしないでよ?」

 そう言い残し、彼女は風のようにその場を走り去った。

 そして、それ以来……彼女には逢っていない。

 

 

 

 鏡也がひと通り話し終えると、慧理那はバン! とテーブルを叩いた。

「鏡也くん!」

「な、何……?」

「どうして一人で行かせてしまったんですか!? テイルレッドさんはお腹をすかせて倒れてしまってたんですよ? それはつまり、こちらでは頼れる人も、拠点も何もない状態ということではないですか!」

「まぁ、そうかな?」

「でしたら! そんな少女を一人で行かせるなんて言語道断! 騎士として失格ですわ!!」

「………」

 そう熱り立たれても、鏡也も困る。何故なら今のは全部、作り話なのだから。

 そのテイルレッドは昨日も今日も、ちゃんとご飯を食っているだろうし、実家もちゃんとあるのだから心配する要素は無いのだ。

 本当に異世界からやって来た痴女は、今も元気に総二の部屋で簀巻きになっているだろう。

 本当のことを言うことが出来ない以上、それっぽい話で納得してもらうのが一番手っ取り早い。

「こうなれば早速、神堂家の力を使う時ですわ! テイルレッドさんを探して、我が家にご招待しなければ! うちでしたら、土地もありますし、拠点としても十分に使えますわ!!」

 これは絶対に面倒くさい事になる。そう確信した鏡也は今、正に思い出したという風に手を叩いた。

「あぁ、そういえばもうすぐ仲間も来るから大丈夫とか言ってたか。さすがに拠点も無く、こっちに居るわけ無いって」

「そ、そうですか? それなら良いのですけど……」

 どこか残念そうに慧理那は溜息を吐いた。ヒーロー好きの彼女のことだ。きっと自分の家がヒーローの秘密基地になるかも知れないという事に期待を抱いていたのだろう。

 ここまで行くと、総二のツインテール好きとタメを張れそうだなぁ。などと思いながら、鏡也はお茶を飲み干した。

「……俺が知ってる話はこれで全部。友達と約束あるから、もう帰るけど……もういい?」

「え、えぇ。わざわざありがとう。とても参考になりましたわ」

 一体、今の出鱈目話の何をどう参考に出来たのだろうか。鏡也には怖くて聞けなかった。

 尊がドアを開けてくれた。鏡也は一礼して生徒会室を出ようと足を向けた。

 

 

『この世界に住まう全ての人類に告ぐ! 我らは異世界より参った、選ばれし神の使徒〈アルティメギル〉!!』

 

 唐突に響いた声。反射的に窓を開け、空を見上げた。

 果たしてそこには、竜のような外殻をした異形が、玉座に座して居る映像が浮かんでいた。

『我らは諸君らに危害を加えるつもりはない。ただ、各々の持つ心の輝きを欲しているだけである! 一切の抵抗は無駄である! 抵抗しなければ命は保証しよう!』

 天より見降ろすその姿は、傲慢そのもの。そして同時に、それをするだけの力を持っているのだと、知らしめている。

「アルティメギル……!」

 鏡也の胸を何かが渦巻く。気が付けばギリ、と歯ぎしりしていた。

『だが、どうやら我らに弓引く者達がいるようだ。もう一度言う、抵抗は無駄である! それでもなお抗うというのならば受けて立とう! 存分に相手をしてくれる!!』

「ふざけた事を……!」

「鏡也くん……?」

 ただならない様子に、同じように空を見ていた慧理那が戸惑う。今まで一度も、これほどに敵意に満ちた瞳を見た事はなかった。

 天空だけではない。ありとあらゆるネットワークが掌握され、今の映像が流されていた。学園中から戸惑いのざわめきが聞こえていた。

「くそっ!」

 鏡也は走った。慧理那が呼び止めるも、カバンをひったくって、廊下に飛び出す。階段を一足で飛び降り、駆け抜ける。

 足を止める生徒達を縫うように躱しながら、鏡也は携帯を取り出した。

 空が見えない以上、まだ続いているであろう敵の演説を聞くにはこれしか無かった。映ったのはさっきの竜モドキとは違う、亀のようなエレメリアンだった。

『我が名はタトルギルディ! ドラグギルディ様の仰るとおりである! 一切の抵抗は無駄である!』

 鏡也は苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。既に次の敵が現れたのだ。また、昨日のようなことが何処かで起こるのか。そう思うと、気持ちが先走りそうになる。

 

『今より、綺羅星の如く輝く――体操服(ブルマ)の属性力をいただく!!』

 

 そして、鏡也は盛大にすっ転んだ。




主人公は嘘つきではありません。
ただ、本当のことを一切言ってないだけです。
(それを嘘吐きというのだ)


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今回は秘密基地のお話と、鏡也の秘密の話です。
……しかし、主人公が活躍しない作品だなぁww


「――愛香!」

 アドレシェンツァ前で、自分を呼ぶ声に愛香は振り返った。息を切らせて駆けきたのは鏡也だった。

「総二は……!?」

「エレメリアンを倒しに行ったわ。隣町の高校に出たって……変身して」

「そうか……被害がなければ良いが」

 隣町に未だにブルマを推奨している学校がある事を思い出し、鏡也はそこが無事であることを祈った。

 どんな嗜好であれ、その人にとって大事な輝きであるならば、それを奪う権利など何処の誰にもありはしないのだから。

「そうね。……ところでさ?」

「何だ?」

「どうしたの、そのコブ?」

「気にするな」

 まるで全力で走っていた所で足を滑らせて盛大にすっ転んでしまったかのように、額にこさえた見事なタンコブを隠しつつ、そう答えた。

 総二が帰ってきたのはそれから暫くしてからだった。隣町との往復はテイルギアの力で楽勝だっただろうに、今の総二はすっかり疲れ果てていた。

 亀のエレメリアン――タトルギルディはすぐにやっつけられたが、その後が大変だった。

 なにせ、相手が狙ったのは体操服――ブルマだ。つまり襲われたのは皆女生徒。怪物に襲われ、それを颯爽と救ったのはネットで話題の愛らしい少女。動画の中のヒロインが目の前に現れれば、構いたくなるのがミーハー心。

 あっという間に囲まれてしまい、逃げようにも逃げられない。かと言ってテイルギアのパワーでは一般人に怪我をさせてしまう。

 結局、隙ができるまでされたい放題、撮られ放題されてしまったと、総二は鏡也にだけ打ち明けた。

 何故、愛香にもではなく鏡也だけなのか。その理由はたった一つ。津辺愛香という少女の、胸部装甲の薄弱性にある。

「まさか男の身で、ネット流出を恐れる日が来るなんて……最悪だ」

「その分、良い思いもしただろう? 身長差を考えれば女子高生の胸に顔をうずめたり、抱きついたり揉んだり触ったり。同性の上に子供ならしたい放題だ」

「俺を痴漢か変質者みたいに言うな! 全然、良い思いなんてなかった! ツインテールの子もいなかったし!」

「……結局、そこに落ち着くんだな」

 気の置けない男子同士の会話である。正に思春期の男子の会話だ。これが放課後の教室か、はたまたどこかのファーストフード店ならば絵面も良かろう。

 だが、ここは総二の部屋で、目の前では天蓋付きベッドに改造された総二のベッドの支柱を愛香によって一瞬で叩き折られ、落ちてきた天蓋の下敷きになったトゥアールがズルズルと這い出てくるという、ある種ホラーな絵面であった。

「なぁ、トゥアール。あの宣戦布告映像って日本中に流れたんだよな?」

「ほぼ全世界中同時配信されていたようです。今頃はどの国も小騒ぎしていることでしょうね」

 すっかりボロボロに成ったネグリジェを着替えながら、トゥアールは部屋のテレビを付けた。

 どうでも良い話だが、男二人の前で服を脱いでいるのに、二人とも色気のいの字さえ感じないというのは如何なものであろうか。

「確かに”大”騒ぎにはならないだろうけど……」

「でも、あれって日本語だったよね? 他の国で分かるの?」

「彼らの言葉は鼓膜振動としてではなく、相手の脳に直接響かせる……一種の思念波です。私達には日本語として聞こえましたが、他の国ではそれぞれの言語として聞こえていた筈です」

「通訳要らずか、便利なものだ。……ほう、NASAが出張ってきているな。奴らを宇宙人とでも思ったか?」

 テレビではどのチャンネルでもアルティメギルの事で一杯だった。各国が先日の日本での事件を受けて、対策を講じようとしているらしい。

「あぁ、どんどん大事になっていく……」

 本人の切なる願いに反して、規模がドンドンと大きくなっていく。総二は軽いめまいに襲われていた。

「大丈夫です。昨日は準備が間に合わなかったせいで遅れを取りましたが、これからは直ぐに察知することが出来ます。基本は速攻サーチアンドデストロイで。このスタンスを徹底すれば、やがて関心は薄れて大きな騒ぎもなくなるでしょう」

「言いたいことは分かるが物騒だな」

「けど、これだけ大騒ぎになったら、警察とか軍隊が動くんじゃないか?」

「……いや、無駄だろう」

 総二の疑問に、鏡也はそう返した。

「昨日の説明でもあったが、奴らには物理的攻撃は通じない。同じ精神エネルギー……属性力の力でしか、倒せないんだからな」

「その通りです。テイルギアだけが、エレメリアンに対抗できる唯一の力。総二様だけが、それを成せるのです」

「けど、俺一人で何処までやれるんだ……?」

 ポツリと、総二が零す。

 敵は全世界に向けて宣戦布告した。それが出来るだけの規模があるのだ。そんな奴らを相手にし、戦えるのは自分一人。もし仮に複数の場所を襲われたら、それだけでもアウトになりかねない。

 それだけではない。仮に海外に敵が現れたらそこに行くまでで時間切れになるだろう。

 心の輝きを喪った、無味乾燥の世界。馬鹿らしい侵略を阻めなかったその果てに待つ地獄。全てをその双肩に背負っているという事実。

 そんな不安が、総二の心を沈めていく。

「そのための秘密基地です。既に空間転移装置は稼働できる状態ですから、ここから地球の裏側にだって一秒で行けます!」

「ほう。そんなオーバーテクノロジーが。異世界の科学力は伊達じゃないな」

 本来なら、一緒になって興奮するところだが、今の総二にそんな余裕が無い。不安だけがひたすらに大きくなっている。

「――こら」

「あで」

 ベチン。と、総二の額が叩かれた。顔を上げれば鏡也が目の前にいた。

「不安は分かるが、今更芋を引くな。この世界を守って、トゥアールの世界の仇を討つんだろう?」

「鏡也……」

「戦いに赴く時、絶対にしちゃいけないことがある。分かるか?」

 問いかけに、総二は首を振る。

「自分を疑うことだ。今までの自分を信じられない奴は、試合で絶対に勝てない。信じるべきものを信じろ。色々と考えるのは、その時になってからで良いんだから」

 鏡也はそう言って笑う。その笑顔に、総二は思い出す。鏡也は戦う力がなくても立ち向かったのだ。きっと、次に同じことがあっても、鏡也はそうするだろう。

 なのに、戦える力がある自分が昨日の今日で怖気づくなんて。

「そうですよ。総二様、元気をだして下さい……色々と」

 するりと背後から伸びてくる細い手が、総二の首に絡みついた。そして後頭部にすごく柔らかな感触が伝わった。

「テメーは何をしとんじゃあ!!」

「ぶるファは!?」

 総二の横顔を愛香の鉄拳が突き抜け、背後のトゥアールが珍妙な悲鳴とともに吹っ飛んでいく。そしてそのまま盛大に壁に突き刺さった。

「おいおい。世界の危機以前に総二の部屋が大ピンチじゃないか」

「あ……あはは……はははは!」

 総二は笑った。自分の不安なんて馬鹿らしくなる程、いつも通りな光景に。

(今は、考える時じゃない。進む時だ。トゥアールと、愛香と、鏡也と……自分の属性力を信じて)

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

「冷蔵庫の前に来て、何するんだ、トゥアール?」 

 トゥアールに連れられてやって来たのは喫茶店の一番奥。業務用冷蔵庫の前だ。

「地下基地ですから当然、入り口がないと行けません。店内は出入りが容易ですし、ここなら外からは絶対に見えませんから」

 トゥアールが冷蔵庫のドアに付いている赤いスイッチのような物の横に、ペタリと貼り付ける。

 

『秘密基地 入り口→』

 

「……いや、もっと隠せよ」

「普通に人は入らなんですから、隠す意味が無いですよ。それに、こんなボタン、普通の人は押しませんし」

 鏡也のツッコミを軽くスルーして、トゥアールがポチッとそのボタンを押す。

「「――うぉおおおおお!!」」

 総二と未春が揃って声を上げた。冷蔵庫が下に格納され、その奥にツインテール属性のマークが描かれた扉が現れたのだ。

「これが基地直通のエレベーターです。さ、乗って下さい」

 言われるままに全員が乗り込む。6人が乗っても余裕のある大きさの箱は、ドアが閉じるとそのまますごい速度で地下へと降りていく。

「うわぁ! はえぇええええ!」

「総二落ち着け。だが、確かに速いな」

 冷静を装っているが、鏡也の声も幾分か弾んでいる。一分と経たずに停止したエレベーターがドアを再び開くと、そこには正に秘密基地が広がっていた。

 幾つものモニターや機器。壁には幾つもドアがあり、そこからまた別の場所へと繋がっているようだ。入り口の左側には小型のエレベーターのような物がある。

 見たこともないような、しかし何処かで見たことがあるような、そんな不思議な空間だった。

「きゃああ! なんて素敵なの!!」

 未春は目を輝かせて、あちこち見たり触ったりし出す。鏡也達はただ、その光景に唖然とした。

「凄い……。こんなのよく一晩で……」

 総二もここまでのものとは思わず、ただただ感嘆した。トゥアールは左の小型のエレベータ―のような物を指差した。

「エレメリアンが出現したら、此方の空間跳躍カタパルトで、即座に出撃できます。ブラジルから青森まで、あっという間ですよ」

「へぇ、凄いなぁ!」

「……なぜ、ブラジルと青森をチョイスしたのよ?」

「戦闘の様子は随時、衛星から此方のマルチモニターに送られてきますから、常時追跡できます。戦力強化や整備の必要があれば、あちらのメンテナンスルームで即座に対応します」

「頼もしい限りだな。……しかし、シートの色が赤、青、黄、緑、茶と……全部色違いとは芸が細かいな」

「実用性だけでは面白くありませんからね。もう少し時間があれば、色々してみたかったんですが……今は機能優先で仕上げました」

 トゥアールはその立派な胸を張ってみせた。その瞬間、愛香の瞳がカミソリのように鋭くなったのを鏡也は見逃さなかった。

「と、ところで……アルティメギルという組織はどれぐらいの規模なんだ? 大まかにでも、敵の数は分からないのか?」

 愛香の怒りが発せられる前にと、鏡也はトゥアールに尋ねた。

「10万か100万か……総数は不明です」

「はぁ!? そんな数をそーじ一人で相手するの!?」

 愛香がさっきの怒りのままに、トゥアールに迫る。もう無意識にまで刷り込まれたのだろう、即座に距離を取るトゥアール。

「で、ですが敵はそれこそ無数の異世界に侵攻していますから……その全てを相手する訳ではありませんから!」

「ちょっと待ってくれ。あいつらは他の世界にも同時侵攻を仕掛けてるのか?」

 トゥアールの言葉に、総二は思わず聞き返していた。

「えぇ。今この世界にいるのはあの、演説をしたエレメリアンが率いている部隊でしょう」

「他の世界も、俺達の世界みたいに……ツインテールを狙われているのか……!」

 総二は拳を強く握りしめる。

「落ち着け。今の俺達にはどうする事も出来ない。まずは今来てる奴らを何とかすることだけを考えよう」

「……そうだな。まずは、俺達の世界を守らなきゃな」

 ふう。と息を吐いて、総二は冷静になる。と、鏡也は一つ、トゥアールに聞きたいと思っていたことがあったのを思い出した。

「そういえば、俺にも属性力があるんだったな。それが何なのか、分かるか?」

「鏡也さんの属性力ですか? ちょっと待ってください」

 トゥアールがコンソールをポチポチと操作すると、天井から鏡也に向かって光が落ちてきた。

「………出ました。でも……え?」

 正面モニターに、結果が表示される。それを見て、トゥアールは言葉を詰まらせた。

「どうした?」

「えっと……鏡也さんの属性は〈眼鏡(グラス)〉ですね。それも総二様のツインテール属性に匹敵するぐらいに強力な。恐らく、この世界で最強の眼鏡属性だと言って間違いないかと」

「「あぁ、やっぱり」」

「ふむ。俺の眼鏡に対する想いは、既に結実していたか」

 トゥアールの回答に総二と愛香はやっぱりなと思い、鏡也は誇らしげに腕を組んだ。

 だが、そこで終わりではなかった。

「あと、加虐性(サディスティック)旗起(フラグメント)ですね」

「「「……は?」」」

 更に追加で二つ。属性力が表示される。

「……いやいや。何だこれは? 属性力は嗜好から生まれるものなんだろう? 眼鏡は分かるが、残り二つは何だ? そもそも、属性力というのは複数持ちえるものなのか?」

 鏡也は、若干の早口でトゥアールに聞いた。眼鏡はともかく、残り二つには全く心当りがないのだ。

「在り得ない訳ではありません。ですがその場合、属性力がここまで育つことはない筈なんです。でも、鏡也さんの場合はどれもが高水準……それこそ、どの属性力でギアを作っても十分に使えるほどの。……正直、私の知る限りではこんな前例はありませんね」

「俺には加虐性など無いぞ?」

「加虐性と書くと語弊があるかもしれないですが、言うなれば『相手を困らせたりするのが好きな、いじめっこの気質』だと思っていただければ」

「………いや、心当りがないな」

「「昨日の今日で、完全になかった事にしてる!?」」

 昨日、上げて落とされた被害者二名が揃って声を上げた。

「それじゃ、この旗起と言うのは?」

「『フラグメント』。これは正直な処、口で説明するよりもこれを見てもらった方が分かりやすいですね」

 そう言ってトゥアールはコンソールを操作した。モニターに映しだされたものを見て、鏡也は眉をひそめた。

「何だ、これは?」

 そこに出てきたのはどれもこれも漫画の一場面だ。共通点としては男子が女子の胸を揉んだり、押し倒したり、何をどうやったらこうなるのか理解できない絡み合い方などをしている。

「旗起の特性はこういうことです」

「いや、意味不明だろ?」

「なるほど。そういう事だったのね」

 と、今まで何処にいたのか。いきなり未春が割り込んできた。この意味不明な状況を即座に理解できたらしく、ドヤ顔で説明しだした。

「旗起……つまり、女の子とラッキースケベを起こせる属性力ということね!」

「いや、それはおかしいです、おばさん」

 それはもう嗜好云々のレベルではない。軽い因果率操作だ。

「正確に言えば、『ラッキースケベなシチュエーションを好む嗜好』ということですね。そして、そういう事態を自然と引き寄せる特性があります」

「いやいや! 俺にはそういう好みはない! ……おい、何でちょっと下がってるんだ愛香!?」

「いや、自分の身は自分で守らないと」

「アハハハハ! 愛香さんには守るようなもの何処にもないじゃないですか! 主に胸のあたりに!」

「攻撃こそ最大の防御!!」

「ボラァ!?」

 愛香の掌底がトゥアールを盛大にふっ飛ばした。出来たての基地は早速、修理の必要に駆られてしまった。

「……と、とにかく。鏡也さんには三つの属性力があります。仮称として『三連属性(トリニティ)』と呼ぶことにしましょう」

「仮に眼鏡属性のテイルギアを作れたとすれば、俺も変身できるようになるってことか?」

「そうなりますね。眼鏡属性はツインテール程ではありませんが、とても強力な属性力です。ですが、鏡也さんが使える程のギアを作るとなれば、相応の属性力がなければなりません」

「俺の属性力を使うことは?」

「そうしたら、ギアが出来ても鏡也さんがそれを使えなくなります。高純度の眼鏡属性の属性力を何処かで手に入れないことには……」

「そうか。……残念だ」

 鏡也は心からそう思った。仮にそんな属性力を持つ誰かが居たとして、自分かその人物か、何方かが眼鏡への想いを犠牲にしなければならない。

 守るために犠牲を強いる。それでは本末転倒だ。

 この話はここまでとし、基地を見て回る続きをする事になった。

 その間中、やはり愛香は鏡也からそそくさと距離を取っていたのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 とある高層ビル。そこは全国に眼鏡を中心とした事業を展開する大企業『MIKAGAMI』の本社ビルである。

 その最上階にある社長室のドアがノックされ、そして開けられた。

「社長。奥様からお電話が入っております」

 秘書がその部屋の主――御雅神末次(みかがみすえつぐ)に用件を伝えた。

「分かった。つなげてくれ」

「かしこまりました」

 そう言って一礼し、秘書が下がる。デスクの上の電話を取ると、直ぐに受話器を耳に付けず、離したままにする。

 

『すえつぐさぁあああああああああああん!!』

 

 10センチ以上離しているのに、鼓膜を容赦なく叩く声。

「どうしたんだい、天音? 会社に電話するなんて」

『末次さん、さっきの見た!?』

「さっきのと言うと……あのアルティメギルとかいう連中の?」

『そうそれ! どうしよう……! 鏡也がもしかしたら……!』

「落ち着いて。鏡也に関係があるだなんてわからないじゃないか。 でも、あの日のことはやはり夢じゃなかったんだ」

 末次は椅子を回し、後ろに広がるパノラマを見やった。先刻まで、あそこではエレメリアンのボスが大々的に演説をしていた。その非現実的な光景に末次はしかし、現実というものを嫌というほど思い知らされた。

「もしかしたら、あの子に本当の事を伝えた方が良いのかもしれない」

『でも、もしそれで……あの子が私達の前からいなくなったりしたら……!』

 電話口の向こうから、すすり泣く声が聞こえる。天音にとって、”また”息子をなくす事など耐えられないのだ。そしてそれは末次にとっても同じだった。

「……分かってる。もしもの話さ。無関係っていう方がありえるんだから。でも、”あれ”だけは渡さなければいけない……そんな気がする。それだけは分かってくれるかい?」

『えぇ、分かったわ。でも、お願い。あの事だけは……!』

「大丈夫。大丈夫だから。詳しい話は今夜、帰ってからしよう……うん、それじゃ」

 悲痛な声に心配が募るが、末次は社長という立場上、直ぐに動けない。秘書にまずはこの後の予定のキャンセルをするよう伝え、それから、家に持ち帰れる仕事を後に回す事にする。

「……アルティメギル。異世界からの侵略者。ついにこの時が来た、とでも言うべきなのかもしれないな」

 末次は鍵のついた引き出しを開け、そこに修められていた飾り箱を取り出した。

 その箱を、まるで壊れ物を扱うようにそっと、静かに開ける。その中にはハーフリムの眼鏡が収められていた。

 だがそれは、ただの眼鏡ではない。見る者の心を照らす、星の一欠片とも呼ぶべき光を宿していた。

 全ての始まり。天の星の一つが大地に落ちたあの日を思い出し、末次はその体を背もたれに預けた。

 




明るく愉快な人にも、暗い過去がありそうな予感。
主人公サイドもいよいよ、動き出します。


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いよいよ、第二の戦士が登場です。


 満開の星空。少し肌寒い風が頬を撫でる。

「綺麗だね。さすがは北海道。都心じゃ、こうは行かないな」

「………」

 車を降り、星の天蓋を見上げる男女。だが、女性の瞳には何も映っていない。まるで魂が抜け落ちてしまったかのように、ただそこに在るだけであった。

「……天音」

 彼は妻である彼女の名を呼ぶ。天真爛漫で、太陽のような笑顔を振りまいていた彼女は、もう帰って来ないのかもしれない。

 幸せの絶頂からの転落。失ったものは大きく、二度と取り戻せない。無力感に歯ぎしりし、空を再び見上げる。

「……あ、流れ星だ。何か願い事をしてみよう」

 出来る限り明るく努めて、彼は言う。天音はただ星を見上げながら、やがてポツリと零す。

 

「あの子を……私の坊やを……返して」

 

 それは決して叶わない願いだ。喪われたものは帰って来ないのだから。

 空に再び、流星が走る。だが、それはいつまでたっても消えなかった。それどころか、その輝きを増しているようにさえ見える。

「なんだ、星じゃ……ない?」

 瞬きはどんどんと強くなり、ついには二人の真上を切り裂くようにして飛んだ。そして、地平線の彼方に地響きを起こした。気が付けば、その場所に向かって車を走らせていた。

 もうもうと上がる土煙。大地を抉って生まれたクレーター。周囲は汗ばむ 程の熱気を帯び、隕石落下の威力を物語る。

 ドクドクと、心臓が早鐘のように鳴る。突発的に起こったこの事態に、言い知れない興奮を抱いていた。

「っ……!?」

 突然、天音が走り出した。そのままクレーターを滑り降り、土煙の向こうへと消える。

「天音!」

 すぐさま後を追いかける。夜風のせいで熱は徐々に薄まってきているものの、そこはまるでサウナだ。

「天音……! 何処だい!」

 目を凝らし、妻を探す。そうしてやっと、人影らしきものを見つけることが出来た。

 風が、煙を晴らしていく。妻は服が汚れるも構わずと座り込んでいた。いきなり走りだした時はどうしたのかと思い、男は安堵の溜息を吐いた。

 

 ――おぎゃあ。おぎゃあ。

 

「えっ……!?」

 唐突に聞こえたそれは泣き声だった。それは正面――妻の腕の中から聞こえるような気がした。

「すえつぐさん……! すえつぐさん……!!」

 顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、自分の名を何度も呼ぶ妻。その腕の中には生まれて間もないだろう、赤ん坊が抱かれていた。

「かえってきた……! 帰ってきた……!! あの子が……私達のもとに!!」

 それは奇跡なのか。はたまた星の見せた幻だったのか。ただ、事実が一つだけあった。

 

 その日。流星と共に一人の赤ん坊が、御雅神夫妻のもとに現れたということだ。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 アルティメギル再襲撃の翌朝。空は雲一つない快晴であった。御雅神家のダイニングテーブルには朝食が並べられていた。

 白いご飯にお味噌汁。ぬか漬けにされた胡瓜と株。納豆。焼鮭。炒めたウインナー。そしてシラスのかかった大根おろし。

「納豆、なっとう、NATO~♪」

 一体どういう歌なのか、天音はグルグルと納豆をかき混ぜている。

「奥様。どうぞ」

 お手伝いの有藤香住(ありとうかすみ)が、天音のかき混ぜるのを終えるタイミングで砂糖壺を差し出す。

「ありがとう香住ちゃん」

 それを受け取り、さらさらと納豆に掛ける。そしてもう一練り。天音いわく、砂糖の粒の感触が残っている方が美味しいらしい。

「鏡也。大根おろしをくれるかい」

「――はい」

「ありがとう」

 末次は大根おろしを受け取るとスプーンで数杯取り、それとウインナーを合わせて食べる。末次曰く、こうして食べると脂がサッパリとなって美味しいらしい。

 鏡也自身、このシラス掛けおろしは好物である。特にピリッと来る辛いものが好ましい。逆に甘いのは苦手だ。

 テレビでは、昨日のテイルレッドの映像がニュースで流れている。しかも堂々のトップだ。特集だ。一昨日のとは比較にならない鮮明な画像。恐らくは件の生徒たちに撮られたものを提供されたのだろう。

「あら、この子。鏡也のこと、助けてくれた子よね? すごいわね~。あんなに小さいのに、あんな怖そうなのやっつけちゃうんだもの」

「……そうですね」

 その子は、あなたもよく知る観束さん家の総二くんですよ。と、教えてあげたい衝動を味噌汁で奥に封じ込める。

 テレビでは凛々しかった幼女が女子高生に囲まれて、アワアワしながら揉みくちゃにされている映像が流れていた。姉だの妹だのお着替えだの、狂気の沙汰としか思えない光景である。

 しっかりとテロップに【謎のヒロイン! その名はテイルレッド!!】と書かれてる。情報管理はしっかりしたいものだ。

 今頃、総二の家ではどんな事が起こっているのだろうか。きっと愛香が総二に詰め寄っていることだろう。なにせ、テイルレッドは女子高生のおっぱいに顔をうずめているのだから。

 さっさと食べ終えようと、一気にかっ込む。行儀は良くないが、天音はむしろそういう粗野な所に男の子らしさを覚えるのか、ニコニコと笑っている。

「……さて、もう少し時間があるけど」

 どうしようかと悩んでいると、テレビから不吉な言葉が聞こえた。

 

『警視庁では今後もこの少女の情報を求めていくと共に、動画サイトに上がっている別の動画に映っていた男子学生が何らかの関わりがあるものと見て、事情を聞く方針です』

 

「………」

 ピンポーン。と、チャイムが鳴る。同時に携帯が音を鳴らす。送信者は総二だ。

「……もしもし?」

 応対には香住が出ているので、鏡也は電話に出た。

『鏡也! ニュース見たか!?』

「あぁ、見たよ。………で、悪いけど俺は今日、学校に行けないっぽいから」

『……え?』

 鏡也はリビングのガラスドアから見える、覆面パトカーを見ながら言った。

「総二……俺に前科がついたら、全部お前のせいだからな?」

『え? ちょ、鏡y』

 ブツリ。と、電話を切る。リビング入口には、中年の男性と若い男性。どちらも普通よりも剣呑な空気を身にまとっている。

「御雅神鏡也君だね? 自分はこういう者なんだが……ちょっと、話を聞かせてもらえるかな?」

 そう言って出されたのは――警察手帳だった。誰だ。日本の警察は仕事が鈍いと言ったのは。

 心の中で毒づきつつ、鏡也はこの後が無事に終わることだけを願った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「あー。疲れた。腹も減った。この辺はビルばかりで店なんてなさそうだしなぁ」

 昼も大きく過ぎもうすぐ夕方という頃、鏡也はやっと自由の身となった。そもそも、任意の事情聴取であり、断ることも出来たのだが、それはそれで後から面倒が増える気がしたので従ったのだが、その結果がこれである。

 家には既に連絡を入れてある。天音が凄い勢いで捲し立てたというべきか、はたまた嘆き叫んでいたというか。とにかくテンションがおかしい方向に振り切れてしまっていたので、きっとこの後恐るべき甘やかしモードが入るだろう。

「はぁ、気が重い」

 ともかく今は飯を食おうと、鏡也は歩き出す。空腹を少し満たせば、気持ちも軽くなるだろう。そう考えれば足取りも軽くなる。

 

「フハハハ! 俺の名はバットギルディ! お前たちのストッキングを尽く! 尽く!! 尽く堪能させてもらおう!!」

 

 そしてあっという間に重くなった。鉄球付きの足かせでも嵌められた気分だ。

 曲がり角を曲がった途端、何故にアルティメギルの襲撃現場に居合わせなければならないのか。ついでに言えば何故、尽くを三度繰り返したのか。鏡也は考えることさえ億劫になった。

 今度の変態(エレメリアン)はストッキング属性の持ち主のようで、積極的にOLさん達をモケモケ共に追い掛け回させている。

 すぐにテイルレッドが駆けつけるだろうが、自分はどうするか。戦うにしてもアルティロイドを倒せる禁じ手は自分の身が危険。その上、丸腰だ。

 鏡也は数瞬考え、とにかく時間を少しでも稼ぐことに決めた。武器になるものはと探り、誰かが落としたであろうボールペンを見つける。

 それをすくい取るように拾い上げ、鏡也は一番近くのアルティロイド目掛けて、真っ直ぐに突き出した。

「モケー!?」

 横っ面を激しく打たれ、アルティロイドが悲鳴を上げて倒れる。その声に他のアルティロイド達も一斉に鏡也の方へと振り返った。

「ペンは剣よりも強し……とは行かないか」

 一撃で砕けてしまったペンを捨て、鏡也は拳を握る。剣がればある程度の対処が出来るのだが、この状況はやはり不利だ。

「む、キサマは……!」

 OLのストッキングを堪能していたエレメリアン――バットギルディがその名通りのコウモリに似た体を揺らしてやって来るや、鏡也の顔を見て、その赤い瞳を見開いた。

「くっくっく。まさかこんな所で会えようとはなぁ……他の連中には悪いが……キサマの属性力、根こそぎ狩り尽くさせてもらうぞ!!」

 隠す気もない敵意が、鏡也に向けられる。それはまるで、不倶戴天の敵にでも出会ったかのようだ。

 鏡也は戸惑った。その言葉は聞き様によれば、『敵は自分を狙っている』とも取れるからだ。何故、狙われるのか。その心当たりが無い鏡也には推測するしか出来ない。

 リザドギルディの仇か。だが、それならテイルレッドの方が相応しい。

 ならば、ツインテールの少女達を逃したからか。それも、結局はテイルレッドがリングを破壊して奪った属性力を解放したのだから、自分に怨恨を向けられる理由としては薄い。

 だが、一つだけハッキリしている点がある。バットギルディの狙いは、OLのストッキングから自分にシフトしているという事だ。

 鏡也は敵の一挙一動を見逃さないように注視する。敵の強さは身にしみている。わずかの隙が命取りだ。

 

「――待ちやがれ!!」

 

 その時、天より響く声。それは紅き正義の体現者。世界最強のツインテール馬鹿。

「テイルレッド! ……やっと来たか」

「――て、鏡也!? 何でこんなところに?」

 テイルレッドはビルの屋上から華麗にジャンプし、鏡也の前に降り立った。

「それをお前が聞くか? そんな事より、後は頼んだ!」

「おう、任せろ!」

 テイルレッドにその場を任せ、鏡也はその場を離脱する。

「おのれ! こうなればテイルレッドを先に倒してから!!」

 背後から聞こえる声に、鏡也は振り返りそうになる。だが今、足を止めることはテイルレッドの不利になりかねない。背に届く戦いの音に押されるように、鏡也は走り続けた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 まさかの遭遇以来、鏡也が三度アルティメギルの襲撃に出くわすことはなかった。というのも、アルティメギルの出現が日本だけに留まらなかったのだ。

 

「総二様、エレメリアン反応です! 場所はアメリカ!」

「くそ! 今日こそは来ないと思ってたのに!!」

「急いで総二!!」

「そして何で普通に家にいるんだよ愛香!?」

 

「総二様、エレメリアン反応です! 場所はフランスの凱旋門広場!」

「こんな夜中に!? 冗談だろ!?」

「時差の関係上、向こうは夕方ぐらいですから。とにかく出撃を!」

「それはともかく、なんでベッドの下から出てくるんだよ!?」

「己は何しとんじゃ――――っ!」

 

 そんな日々が続いた結果。

「………疲れた」

 朝の教室。一人の男子高校生が燃え尽きていた。今や世界的規模で有名人となったテイルレッドこと観束総二である。

 海外にも出現したエレメリアンを追い、昼に夜にと世界中を飛び回れば、時差を気にしなくて良いといっても、体には堪える。

 ただでさえ総数不明の相手と戦い続けなければならないのだ。これ以上の心労は勘弁して欲しかった。

「しかし、随分と充実してきたな。二日目にはできてた数件のファンサイトが今やその百倍以上。イラストサイトには続々とイラストが投稿。3Dモデルを使ったダンス動画まであるぞ」

「考察ページにBBSのまとめページ。そーじ、あんた……」

「言わないでくれ。皆が女装した俺を持ち上げていくんだ。俺はそっとしておいて欲しいのに……!」

 二人は机に突っ伏した総二に苦笑いする。テイルレッド=観束総二の頭痛の種が絶えることはない。

 そしてもう一つ。

(あれ以来、アルティメギルに出くわしてないが……本当に、俺が狙われたのか? あのバットギルディの言葉がどうにも気にかかる。あれが、ヤツ一人のことであったり、ただの考えすぎであるなら良いのだが)

 考えるにしても材料が無さすぎる。だからといって、また遭遇するなど御免被りたいものだが。

 ともあれ、実害がこれ以上ないなら考えるだけ無駄というもの。鏡也はそう割り切ることにした。

 

 その日の放課後。またしてもアルティメギル出現の報が入る。総二はすぐに出撃。そこは人気の少ない郊外の花畑だった。

「何でお前らは毎日毎日、律儀に一体ずつ出てくんだよ―――!!」

 到着早々、テイルレッドは叫んだ。目の前には狐を連想させるシャープな出で立ちのエレメリアン。

「あぁ、テイルレッド。やっとお逢い出来ましたね。私はフォクスギルディ。リボンに魅せられし者。どうぞお見知りおきを、麗しき女神よ」

「誰が見知りおくかよ! ブレイザーブレイド!!」

 姿に似合わぬ美声の自己紹介に、テイルレッドはフォースリヴォンを叩いて返す。

 紅蓮の剣を抜いたテイルレッドに、しかしフォクスギルディはまるで恐れを抱かない。

「なんと美しく力強いリボンだ。よもや多くの同胞を倒した剣が、そのリボンより生まれしものだったとは……運命を感じずにはおれませんねぇ」

 フォクスギルディはその手にリボンを取り出すとクルクルと手の中で回し、テイルレッドに向かて放り投げた。一瞬、警戒するテイルレッドだったが、リボンはそのまま周囲を回って再びフォクスギルディの手の中へと戻った。

「な、なんだ?」

「――ゴファ!!」

「本当に何なんだよ!?」

 いきなり大ダメージを食らったフォクスギルディ。戸惑うテイルレッドを余所に、ガクリと膝をついたまま、口元の血を拭うフォクスギルディ。

「ま、まさかこれほどのものとは……流石です。なればこそ――結晶せよ、我が愛!!」

 リボンがクルクルと周り、二つに分かれる。それがテイルレッドのフォースリヴォンと同じ姿をとった。

「お?」

「さぁ、ここからですよ」

 テイルレッドは己の不覚を悟る。幾度も繰り返されてきた戦いに悪い意味で慣れを抱いてしまっていた自分に。

 この時こそ、フォクスギルディを倒す唯一の好機であったのだと。

 

 ◇ ◇ ◇

 

『うぐぁああああああああ!!』

 モニターに映る、苦悶するテイルレッド。フォクスギルディの恐ろしい攻撃が、精神を蝕む。

『ふふふ。せっかくお風呂に入ったというのに、しょうがない子ですねぇ』

『あぁああああああ! 想像で何してんだテメェは―――!』

 それは恐怖からの絶叫だった。敵は恐るべき攻撃をテイルレッドに仕掛けてきたのだ。

 フォクスギルディはリボンと人形の二つの属性力を持つエレメリアンであった。

 最初に仕掛けたリボンでテイルレッドの属性力を結び、人形の力でそれを具現化させた。生み出されたのは等身大のテイルレッド人形。フォクスギルディはそれを使って、妄想劇を繰り広げだしたのだ。

 人形遊び。一言でいえばそれだけだ。だが、ただそれだけが今、まさにテイルレッドを地獄の淵へと誘っているのだ。

「うわぁ、キモい……」

 基地でそれを見ている愛香も、生理的嫌悪に顔をしかめた。

「総二様! 属性玉変換機構(エレメリーション)を使ってください! 属性玉変換機構は今まで手に入れた属性玉を自分の力として使用できる機能です。リザドギルディの人形属性を使えば、あの人形を無力化できます」

『属性玉変換機構……! ――ダメだ! 俺にはできない!!』

「「えぇ――!?」」

 ガクリと膝をつくテイルレッド。

『俺には……俺にはできない! 人形でも、悪意に満ちていても、それでもツインテールに罪はねぇんだ!! それを壊すなんて俺にはできない!!』

『ふふふ。やはりあなたは本物だ。これはただの人形。ですが、最強のツインテール属性……この世界で最もツインテールを愛するあなたにはツインテールを滅することはできない!!』

『ぐっ……!』

 ツインテールを愛するがゆえに、テイルレッドは天から延びた蜘蛛の糸をつかめない。

 ツインテールを愛するがゆえに、テイルレッドは更なる地獄へと堕ちていく。

 戦意を失いし者に訪れる末路。それは蹂躙という名の生き地獄。

「そーじ!」

『うわぁああああ! 服を脱がすな!! 裸はやめろぉおおおおお!』

「総二様……!」

 スピーカーからテイルレッドの絶叫が響く。

「トゥアール! 何とか出来ないの? こっから撃てるミサイルとか!」

「そんなのはありませんよ。ですが……背に腹は代えられません」

 トゥアールは強く結んだ唇から血を滴らせる。苦渋の決断を迫られている。愛香にも感じ取れた。

 そうまでして、躊躇することは何なのか。愛香は無意識に唾を呑んでいた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 マウンテンバイクが街を疾走する。

「ハァ、ハァ……! これはどうにかしてもらった方がいいな……!」

 アルティメギルが出る度、いちいちこうして急がなければならないのは手間だ。トゥアールになにか良いアイデアがないか聞いておこうと、鏡也はペダルを漕ぎながら考えた。

 戦うことの出来ない鏡也には基地に行く意味は無い。だが、総二が戦っているのを放置して、自分だけ安穏としている事もできない。

 何か出来ることがあるかもしれない。そう思えば、足は自然と基地へと向いた。

 アドレシェンツァに到着すると、店のドアを勢い良く開け放つ。

「あら、鏡也君」

「こんにちわ! 奥に入ります!!」

 一礼し、カウンター脇からキッチンへと入る。冷蔵庫のスイッチを叩き、エレベーターへ乗り込んだ。

 高速で基地へと降りていく中、鏡也は息を出来る限り整えた。やがてドアが開き、基地内へと足を踏み入れるや、再び駆け出す。

「トゥアール、状況――っ!?」

 飛び込むようにオペレータールームへと入った鏡也は、その光景に息を止めた。

 

「うわぁあああああああああああ!」

 

 バラバラだった。割れた窓ガラスからバタバタと風が吹き入り、部屋中に血が飛び散り、手が、足が、首が、まるで人形を分解したかのように、全てがバラバラだった。

「あ……あの。さすがに……それは死にます」

 間違えた。それは先日やったサスペンスゲームのワンシーンであったと、鏡也は改めてその惨状を見やった。

 特殊素材で出来た床が砕け、トゥアールはその床に顔をめり込ませていた。

 なんとも凄惨で酷たらしい光景だった。

「まだ、温かい……。一体、誰がこんな酷い事を」

 遺体はまだ温かい。つまりトゥアールが襲われたのはつい、今しがたということだ。

 この基地の存在を知るものはごく限られた者たちだけだ。つまり犯人は――

 

 A この中にいる

→B まだ、現時点では断定できない

 

「くそっ。情報が少なすぎる……!」

「……いや、それは……おかしい」

 脳内で雪山に閉ざされたペンションでバラバラ遺体を見つけてしまった大学生のような曲が流れる。

 

『そこまでよ、変態!』

『何者です!』

『あたしはテイルブルーよ!』

 

 死体は背後から強烈な力で叩きつけられている。だが打撃痕がないことから、殴りつけたのではない。

 つまり、トゥアールは投げ落とされた可能性が高い。

 そういえば、愛香の家の流派である水影流柔術の技の中に、受け身を取らせず、相手を地面に叩きつける技があるというのを鏡也は思い出した。

 

『あぁ、あなた何ということを!? 何の躊躇いもなく人形を破壊するとは! あなたの仲間を模したものなのですよ!?』

『仲間? 仲間ならここにいるじゃない?』

 

 この状況。そういえば愛香はどこに行ったのだろうか。愛香がここに来ていない筈がない。

 鏡也の脳裏に最悪が幻視する。

「まさか、愛香の身にも何かが……!?」

「あ……の……ちょっと……?」

 

『オーラピラー! エグゼキュートウェイーブ!!』

『ぐぁあああああ!!』

 

 鏡也は必死に考えた。

「犯人は……犯人は……!」

 

 A 僕だ

→B 真理だ

 C 当然、僕でもなければ真理でもなく……

 

「真理って誰ですか!? ていうかさっきから態とやってますよね!? ――がはっ!?」

「トゥアール!? 大丈夫か、トゥアール!! トゥア―――――ル!!」

 さいごのちからを使ってしまったトゥアールが、今度こそ力尽きた。

 

 

 

『あたし、やったよトゥアール……!』

 

 モニターでは青い髪の戦士が、握り拳を固めて勝利を亡き人に捧げていた。




ブルーの活躍はみんな知ってるからカットしてもも問題ないよねっ

青「エグゼキュートウェイブーーー!」


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オリジナルエレメリアンってすごく作るのに苦労します。原作でも個性的というか個性だらけの濃い連中ばかりですし、名前も気をつけないと語呂が悪いですし。

今回出てくる方は、アリゲギルディさんとちょっと似た姿のエレメリアンです。


 テイルブルーとなってフォクスギルディを倒した愛香は意気揚々と帰ってきた。その腕には青いテイルブレスがキラリと光っている。その後ろに、まるで重力に従って落下した後のようにボロボロとなった総二が続く。

「お、帰ってきたか」

「鏡也、来てたのか。トゥアールは?」

 総二が尋ねると、鏡也はクイッと顎で指す。

「向こうの部屋だ。とてもじゃないが……ひどい状態だった」

「……どういう意味だ?」

 再度問いかける総二に、鏡也はただ首を振った。

「分からない。ただ、何者かの襲撃を受けたらしい……」

「襲撃って……」

 総二は無意識に、一人の少女に視線を向けていた。その少女と目が合うや、彼女は照れくさく笑いながら、右腕のブレスを見せる。それはまるで、揃いのエンゲージリングを見せる新妻のような素振りである。

「そ……そうじさま……気をつけてください」

「トゥ、トゥアール!?」

 ヨロヨロとドアの向こうから顔を覗かせるトゥアールに、総二はびっくりする。その様子はまるでフル改造+気力150+魂+必中の最強攻撃にてかげんを加えて叩きこまれた敵のような瀕死ぶりだった。

「世の中には幼馴染を名乗りながら、有無を言わせず暴力に訴えて強奪を行う山賊……いえ、蛮族がいます。そして……全てを見て見ぬふり全てをなかったコトにしようとする外道も……ハッ!」

「大丈夫トゥアール? さ、奥で休みましょう。大丈夫。あたしが送るから」

「ちょ、総二様……たすけ――」

 無常にも閉じられたドア。その奥から『ゴッ!!』という鈍い音が響いた。

 再びドアが開き、愛香が戻ってくる。

「眠ったわ」

「そうか」

 いや、強制的に眠らされたんだろう。などとは総二には言えなかった。

 だって、死にたくないし。

 

 アドレシェンツァ前。愛香を送る――と言っても総二の家の隣なのだが――その途中、鏡也は愛香に尋ねた。

「本当に良かったのか? これでもう、後には引けなくなったぞ?」

「いいわよ。覚悟の上で、ブレスをするって決めたんだもの。総二ひとりに戦わせられないでしょ? それに、トゥアールってちょっと怪しいし」

「テイルブレスの属性力……それをどこで手に入れたか、だろ?」

「やっぱ気付いてたんだ。そうよ。だから一人にさせとけないの。そーじ、本当にお人好しだから危なっかしくて」

「……愛香も相当お人好しだぞ?」

「何? なにか言った?」

「いいや、何も。それじゃ、明日が休みでも、早く休めよ」

「うん。それじゃお休み、鏡也」

 愛香は自分の家へと入っていく。その姿が消えるまで見送って、鏡也は深く息を吐いた。

「属性力……か。何とかしなければいけないな」

 マウンテンバイクにまたがり、鏡也は夜空を仰いだ。地の明るさに星はその輝きを見せなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 翌日。朝食を終えた鏡也はニュースを見ていた。その話題はテイルレッドともう一人、テイルブルーと名乗る新戦士にも当たる――と思われたのだが。

 

『なるほど。では現時点でこの青の少女をテイルレッドの味方だと判断するのは危険だと?』

『そうですね。笑顔を見せてマスコミにアピールしていますが、その奥に隠し切れない暴力性を覗かせています』

『今後、テイルレッドに危険が及ばないか懸念されますねぇ』

 

「………」

 テイルレッドは相変わらず、どころか各国首脳までもが支援を惜しまないとか、フォクスギルディにやられて崩れ落ちる幼女に萌えるとか、そういういつも通りな話だった。

 だが、テイルブルーは初登場でテイルレッドの人形を情け無用ファイヤーしたものだから、黒騎士もびっくりだ。

 そのせいで、テイルブルーの話題性は腫れ物に触るようにスルー。試しにとネットを見てみれば、出るわ出るわの酷評の嵐。

 せっかく二人で『ツインテイルズ』というチーム名を名乗ったのに、テレビでは自称評論家の悪評。

 さすがに酷いかと思ったが、思い返してみると、仲間の人形を躊躇なく破壊する必要はなかったような気がしなくもない。

 属性玉変換機構を使って、ブルーはフォクスギルディの人形属性を無力化させた。その時点で勝負はついていたのだ。

「とはいえ、後の祭りだな」

 そう呟きながら食後の珈琲を飲んでいると、着信があった。愛香からである。

 これは長くなりそうだと覚悟を決めて、鏡也はその電話にでるのだった。

 

『鏡也。今日、会社の方に顔を出してくれるか? 渡したいものがあるんだ。仕事があるから、戻ってくる予定の夕方四時ぐらいに来てくれ』

 そういうメールをもらったのは、「巨乳用のギアだからお気の毒と言われた」とか「トゥアールがネットで有る事無い事書き込んだ」など、述べ二時間程掛かった愛香の電話が終わった直後だった。

 今日は基地には行けないと総二に連絡を入れ、約束の時間に鏡也はMIKAGAMIの本社ビルの前にやってきた。

 ビルの出入口はせわしなく人が流れている。さすがに大きい会社だなと、鏡也は改めてこの規模の事業を指揮する父を尊敬した。

「さて、渡したいものってなんだ?」

 鏡也は肩に担いだ剣のキャリーバックを直した。先日の不覚以来、出来る限り持ち歩くようにしているのだ。

 中に入れば玄関ロビー。上はどこまでも続く吹き抜けになっている。正面には受付嬢のいるカウンターだ。

 まずは父に連絡をしてもらおうと、鏡也はそこに向かった。

「あの、すみません。御雅神末次は今、こちらに戻ってますか?」

「申し訳ありません。社長はまだお戻りではありません。アポイントはお持ちですか?」

「ええ。四時頃に会う約束を」

「お名前を宜しいでしょうか?」

「御雅神鏡也です」

 名前を言うと、受付嬢が驚きに目を見開く。

「もしかして、社長のご子息ですか?」

「ええ。そうですが」

「でしたら伝言を預かっております。『社長室で待っていて欲しい』とのことです」

「分かりました」

 礼を言い、鏡也は社長室に向かうことにする。社長室は最上階にあり、行くならばエレベーターだ。向かって右側にエレベーターホールがあり、そちらへと足を向けた。

「あの、すみませんが」

 その背後で別の誰かが受付嬢に声をかけていた。こういうのは忙しいものなんだなと思いながら、鏡也は足を進めた。

「はい。どのような――ヒッ!?」

 聞こえたのは短い悲鳴。次いで響いたのは悪魔の宣告。

 

「私の名はガビアルギルディ。申し訳ないがその制服をくまなく堪能させていただきたい」

「「「モケ―――!!」」」

 

 反射的に振り返れば、受付前にワニに似たエレメリアンが立っていた。どういう嗜好か、ネクタイにシルクハットにステッキまで持っている。

「む? むむっ? そこにいるのはもしや……!?」

 鏡也を見るや、ゴソゴソと何かを取り出すガビアルギルディ。そしてその獰猛な牙をむき出しにした。

「フハハハハ! なんという幸運か! ツインテイルズの前に、極上の獲物がいようとは! 御雅神鏡也、あなたを捕らえれば他の者達もさぞ喜ぶでしょう!」

「なっ……!?」

 ゾクリとした。ガビアルギルディの言葉はかつてのバットギルディの言葉の答えを占めていたからだ。

 アルティメギルは明らかに自分を狙っている。この世界の属性力とは別でだ。

 だがどうしてだ。何故、ツインテールでもない自分が狙われなければならない。

 もしかしたら、自分の属性力に何か理由があるのか。

 めぐる疑問は尽きないが、とにかく今するべきことは一つ。

「くそったれがぁあああああ!」

 襲い来るアルティメギルの刺客から、全力で逃げることだ。

 

 

 同時刻。

「総二様、エレメリアン反応です!」

「場所は?」

「日本――MIKAGAMI本社ビル!!」

「なんだって!?」

 総二は告げられた場所に、驚きの声を上げた。

「そこって、鏡也のお父さんの会社じゃない?」

「あぁ、間違いない。急ごう!」

 愛香と総二は頷き合うと、同時にブレスを構えた。

 

「「テイルオン――!」」

 

 赤と青の光が二人を包む。そしてツインテールの戦士へと変身を完了した二人は空間跳躍カタパルトへと飛び込んだ。

 

 

「早く逃げて! 急いで!!」

 悲鳴を上げてパニックになる人を逃がすように叫びながら、鏡也は外へと飛び出した。

 ここならばと、鏡也は剣を抜くためにバックを下ろし――。

「うわあああああ! どいてどいて――!!」

「なんだとぉおおおおおおお!?」

 真上から降ってきた赤い影に、鏡也は思わず叫んでいた。

「おのれ、逃しはしませんよ! ……うぬ?」

 追いかけて出てきたガビアルギルディが、思わず首を傾げた。

 ビルから逃げた鏡也を追いかけて出てきてみれば、テイルレッドがいた。そこはいい。

 だが、何故か最重要ターゲット(私事)である鏡也にお姫様抱っこをされているのかと、ガビアルギルディは首を傾げた。

「あなた達は何をしているんですか?」

「「何もしてない!!」」

 弁明か言い訳か、鏡也とテイルレッドが同時に叫んだ。だが、テイルレッドの腕はしっかりと鏡也の首に回されており、誰がどう見ても、親密な間柄だった。

 何故こんなことになったのか。そのプロセスを解説しよう。

 

 転送によって空から落ちてきたテイルレッドは鏡也とぶつかった。その衝撃に倒れそうになる鏡也だったが、持ち前の身体能力を活かし、左足を引いて体勢を保つ。同時にテイルレッドの腕が首に絡みつく。

 勢いはなお止まらず。鏡也の首を軸にして、テイルレッドの小さな体がぐるりと廻る。

 それを止めようとするテイルレッドだったが下半身は振られたまま。それが鏡也の上半身にぶつかり、また倒れそうになる。

 更に鏡也は耐えた。伸ばした両手がテイルレッドの体をがっしりと押さえた。

 それらがわずか1,23秒で行われた結果――見事にお姫様抱っこが成立したのだった。

「ぬぬ……やはり、あなた方は親密な間柄なのですね」

「え……?」

「誤解を招くような言い方をするな! 鏡也と俺はそんな妙な関係じゃねぇ!!」

「では、お聞きしましょう。二人の関係はなんなのですか!?」

ズビシ! と、ステッキを突きつけられ、二人は思わず顔を見合わせる。辺りを囲むギャラリーも、しんと静まり返った。

「………」

「………」

 しばし見つめ合う二人。そして同時に口を開いた

「「赤の他人だ」」

 

「「「そんな訳あるか―――っ!!」」」

 

 衆人環視から野次にも近いツッコミが響いた。

「何やってんのよ」

「ごふっ!?」

 ドスッ! と言う鈍い音と共に、鏡也の脇腹にブルーの蹴りが突き刺さった。たまらず崩れ落ちる鏡也。

「ちょ、ブルー!? その状態で蹴っちゃダメだって!?」

「大丈夫よ。手加減したし」

 そういう問題ではない。一般人を蹴るなど、また酷評が広がってしまう。そして何故、ブルーが不機嫌ぽいのか、レッドは理解できなかった。

「おま……あ、ブルー……俺が何をした!?」

 ビクビクと震えながら立ち上がった鏡也はブルーに文句を言う。存外、頑丈である。

「何をしたどころじゃないでしょ!? 今まさにしてるじゃない! さっさとレッドを下ろしなさいよ!」

「……解せん」

 渋々、テイルレッドを下ろす。

「ど、どんまい鏡也」

 慰めにポンと鏡也の肩を叩くレッド。

「やっぱり解せん……何故、俺がこんな目に遭わなければならない」

 鏡也は剣をバックから抜き放ち、その不平不満をガビアルギルディに叩きつける。

「そもそも、何でお前らアルティメギルは俺を狙うんだ!? 狙うならこっちじゃないのか!?」

 そう言ってレッドを指差す。

「勿論。テイルレッドのツインテールこそ我らが狙いです。ですがそれはそれ。これはこれ。テイルレッドと親しげにするあなたは非常に目障りなので、見かけたら優先的に排除しようと全会一致で決まっているのです」

「お前らはアイドル親衛隊か何かか!?」

 余りにもくだらない理由に、思わず声を荒らげてしまう。テイルレッドと親しげだから排除対象にされて狙われるなど、冗談でも笑えない。

「おい、テイルレッド。どうしてくれる。責任をとれ」

「俺、悪くねぇよな!? 責任なんて取れないぞ!?」

「ぬぬっ! 幼女に責任を取らせようなどとは……何と卑猥な!!」

「黙れワニ! 卑猥なのはお前の脳みそだ! 責任にどんな意味を汲みとった!?」

「いい加減にしなさい」

 ブルーのチョップが鏡也の脳天に炸裂した。頭蓋を貫くその衝撃は鏡也の足を崩れ落とすには十分過ぎた。

「いつまでも遊んでんじゃないわよ。さっさと終わらせるわよ!」

「そ……それを言うために、何故俺の頭を叩いた?」

 クラクラする頭を振りながら、立ち上がる鏡也。言いたいことはあるが、今はアルティメギルの排除が優先だと、気合を入れる。

「鏡也は下がってて。危ないから」

「馬鹿にするな。アルティロイド程度なら、やりようはある。それに、父さんの会社で好き勝手しようとしたんだ。息子の俺が逃げるわけには行かない!」

「………はぁ。レッド、鏡也の方をお願い。エレメリアンはあたしがやるわ!」

 ブルーはリボンを叩き、その光をその手に宿す。それは水の滴りとなって弾けた。生み出されたのは長柄の刃。海皇の力の化身――三叉の槍。

「ウェイブランス――!」

「来なさい! フォクスギルディを倒したその力、見せてもらいましょう!」

 ガビアルギルディの杖と、ブルーの槍が激突する。

「こっちも行くぞ、テイルレッド!」

「よぉし! こい、ブレイザーブレイド!」

 紅蓮の刃と鋼の剣がアルティロイド目掛けて踊る。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「――これは、何が起こってるんだ?」

 MIKAGAMIビルへと続く道路に一台のハイヤーが停まる。だが、道は不自然な渋滞が起こっており、先へは進めない。

「社長、これを!」

「何だ? ……こ、これは!?」

 社長――御雅神末次は目を見開いた。運転手が点けた車載テレビに映ったのは、自社ビル前の映像だった。どうやらヘリからの中継らしく、空から俯瞰で映されている。

 その中で、青と赤に混じって走る人影。

「鏡也……!? 何故だ。何故、あの子がまた戦っている!?」

 末次は信じられないものを見たと狼狽した。

 前の時は偶然だと思った。だが、再び鏡也がエレメリアンとの戦いに身を投じている事実は、末次にとって悪夢でしかなかった。

 偶然などではない。

 エレメリアン――アルティメギルと鏡也の間には、想像だに出来ない因縁があるのだと。

 そしてその因縁ある限り、鏡也の身に危険は迫り続けるのだと。

 末次は車を降り、走りだした。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「ちっ。なかなかやるじゃない」

 幾度目かもわからない、槍撃をいなされたテイルブルーは距離をとった。けして強くはないが、守りがとにかく上手い。こういう手合は、我武者羅に攻めても術中に落ちるだけだと、ブルーは仕切り直す。

「フッフッフ。ステッキ術は紳士の嗜みなのですよ、マドモアゼル? ですが、そろそろ……」

 不敵に笑うガビアルギルディ。何か仕掛けてくるかと、ブルーは身構えた。

「我が属性力の煌き、その身で味わいなさい!!」

 ごう! と、灰色の風が吹く。ブルーはとっさにフォトンアブソーバーで防御する。が、ダメージが一切ない。無効化されたという訳でもない。

 一体どういうことかと、ブルーが構えを解いたその時、我が身の異変に気が付いた。

「な、何なのよこれ――――っ!?」

 テイルブルーの装いが、露出過多のスーツから、どこぞのOLのようなものに変わっていた。

 いつも着ている制服よりも重く、動きづらい。足もピチっとしたタイトスカートになっており、両足の自由が利かなくなっていた。

「私の属性力は〈事務制服(オフィサーユニフォーム)〉。どうですかな、特製スーツの着心地は? 新人OLのようでなかなか良くお似合いですよ?」

「この間のバットギルディといい、どこまでOL好きなのよ!?」

「彼はストッキング属性。私とは違います。ですが彼とはよく、スーツとストッキング、その黄金比について語り合ったものです」

「あぁ、なんか俺も総二とあったな。眼鏡とツインテールの関連について語ったことが」

 鏡也が唐突に思い出し、そしてウンウンと頷くレッド。

「ですが最後には、意見が合わず、取っ組み合いになってしまったものです」

「あぁ、俺達もそうだったなぁ。メガネが先か、ツインテールが先か。結局、夜通し掛けても答えは出なかったんだ……」

 しみじみと思い返す鏡也。レッドも一緒になって思い出にひたる。この二人、絶賛戦闘中である。

「どいつもこいつもふざけんじゃないわよ! こんなもの引きちぎって――あれ? ぐぬぬ……! うがぁあああああああ!!」

 ブルーは力いっぱい制服を引っ張るがビクともしない。脱ごうとしてもボタンが外れない。スカートも脱げない。

「無駄ですよ。それは私の属性力の塊。そもそも、スーツとは頑丈でなければいけません。フォクスギルディのリボンの様には行きませんよ?」

 チッチッチッ。と、短く太めの指を振ってみせるガビアルギルディ。イラッとしたブルーが、このままでも構うものかと走りだし――派手にこけた。受け身を取るまもなく顔面からいった。勢いが良かったせいで、地面に亀裂まで走った。

「くっ……! なんて動きにくいのよ!?」

「その動きづらさを乗り越えてこそ、真のOL足りうるのです。さぁ、この試練を乗り越えて見事、OLの星となりなさい!」

「んなもん、なってたまるか―――っ!!」

 ガバッと起き上がり、再びスーツを引剥がそうとするブルーがもがきだした時、通信が届いた。

『総二様、愛香さん! そのスーツの弱点が分かりました!』

「なんだって!?」

「どこ? どこを殺ればいいの!?」

 ブルーはギラリとランスを光らせる。フラストレーションはマックス寸前だ。

『スーツの唯一の縫い目……背中です!』

「よし分かった……って、どうやって壊せばいいのよ!?」

「まかせろ! 俺がやる!!」

 テイルレッドがブレイザーブレイドを構え、ブルーの方へと向かおうとする。

『ダメです。ブレイザーブレイドでは威力がありすぎます。スーツを斬ると同時に、愛香さんを傷つけてしまう可能性が……』

「じゃあ、どうすりゃいいんだよ?」

「おい、どうしたんだ?」

 唯一、通信の聞こえない鏡也には状況がわからない。だが、テイルレッドが何かを躊躇したのには気付いた。

 おそらくブルーを助けようとして、問題が起こったのだろう。と、いきなり携帯が鳴った。

 こんな時に誰だと出てみると、どこで調べたのか、それはトゥアールからだった。

『鏡也さん。鏡也さんの剣なら、あのスーツの背中の縫い目だけを切り払える筈です!』

「つまり、俺に奥の手を出せってことだな?」

『危険なのは重々承知しています。ですが、お願いできますか?』

「みなまで言うな。テイルレッド、後を任せる!」

 鏡也は携帯をしまうと走りだした。

「ブルー! 背中を向けろ!」

「鏡也!? ――分かった!」

 テイルブルーは背を向け、その瞬間を待つ。そして鏡也は自身の属性力を高め、剣先へと乗せた。

「はぁ――っ!!」

 ヒュン! と閃光が走る。同時に灰色の風がブルーの背中から噴き上がって夕焼けの空に溶けていく。

「ば、馬鹿な!? 私のスーツを一撃で切り裂いたですと!?」

「うるぁあああああ!」

 ブルーはこの瞬間を待っていたとばかりに、スーツを今度こそ引きちぎった。そして動揺するガビアルギルディに向かって激流を放った。

「オーラピラー!」

 噴き上がる水流が蒼き柱となってガビアルギルディを縛り付ける。そして間髪入れず三叉の槍を翻し、全力で投げ放った。

「エグゼキュートウェイブ――ッ!」

 怒れる槍刃は一切の慈悲もなく、ガビアルギルディを貫いた。バチバチとガビアルギルディの体にスパークが起こる。

「よ、よもやこれほどとは……! 見事です……御雅神鏡也!」

「あたしに言うことはないのか――っ!!」

 ブルーの叫びをBGMに、ガビアルギルディが爆発した。

 アルティロイド達は例の如く、モケモケと撤退し、無事、戦いに勝利したツインテイルズはブルーの、リボンの属性力で生み出された翼を使って飛び去っていった。

 残された鏡也もその混乱に乗じて、ビルの中へと逃げ込んだのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 どうにかMIKAGAMI本社ビル前から人がいなくなり、混乱の熱も覚めた頃。鏡也と末次は社長室にいた。

 沈黙が室内を支配する。鏡也はソファーに、末次はデスク備え付けの椅子にそれぞれ座ったまま、かれこれ一時間は経過しようとしていた。

「……えっと、父さん? 渡したい物って……何?」

 色々と遭ったせいで末次も大変なのはわかるが、このままでいる訳にも行かないと、しびれを切らした鏡也が尋ねる。

「……あぁ、そうだったな。これを渡そうと思っていたんだ」

 末次は引き出しから小箱を取り出した。鍵を開け、中から取り出した物をデスクの上に置いた。

 ソファーから立ち上がり、鏡也はデスクの前まで行った。何故だろうか。その一歩一歩が果てしなく遠く感じられる。

 まるで、彼方に消えてしまった何かが目の前に現れたかのような、そんな予感が溢れだす。

 其処にあったのは一つの眼鏡だった。ハーフリムで、不思議なことに糸はない。

 普通のハーフリムは、レンズを下から支えるための絹糸が張られているのだが、これにはそれがないのだ。

 それに通常のハーフリムよりもフレーム全体が太めになっている。何よりおかしいのは、光を透過しながら、レンズがそれを一切歪めていない。

 つまり、これは伊達眼鏡ということだ。

「これはね……いつか鏡也に渡そうと思っていたものなんだ。出来るなら、こんな日は来なければ良いと、ずっと思っていた。だけど、運命は私達を見逃してはくれなかったようだ」

 とても悔しそうに、末次は言葉を吐き出す。その端々に無念さがありありと見える。

 何が末次を其処まで思いつめさせたのか、鏡也には分からなかった。

「――鏡也。私は鏡也に話さなければならないことがある。とても……そう、大事な話なんだ」

 末次はしばしの間、顔を伏せて、そして口を開いた。その言葉はとても神妙で、思わず鏡也は息を呑んだ。

 

 

「鏡也。お前は……私達の本当の子供ではないのだ」




やっとこさここまで来ました。
皆さん、シリアスな主人公をどうか覚えていてあげてくださいww


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閃光の騎士、降臨!


シリアス「俺達のシリアスは……死なない!!」


 明かりのない室内を夜の優しい光だけが満たす。その部屋の主である鏡也はベッドの縁に背を任せ、その手の中の眼鏡をただじっと見つめていた。

 父の――ずっと父と思っていた人からの突然の告白は、あまりにも衝撃的だった。

 流星となって空から落ちてきた赤子。それを拾い育ててきたなど、余りにも荒唐無稽な話だ。

 だが、それはつまり自分もまた異世界から来たということだ。この世界の人間ではなかったのだ。

 今までずっと、何の疑いもなく信じていたものが崩れ去った。まるで足元に無間の闇が広がってるかのようだ。

「っ……」

 何をどう受け止めればいいのか。ただひたすらに、苦しい。

 手の中の眼鏡が不思議な光を宿している。それは真実を受け止めよと、鏡也に強く訴えている。

 末次の話では、この眼鏡は鏡也が拾われた時に持っていたという。

 

『これを手放さないで』

 

 夢のフレーズが幾度もリフレインする。あの夢の女性の正体も、今なら分かる。

「………」

 今更、何を臆することがあるか。鏡也は眼鏡を外し、そして――。

「………くそっ」

 その手を落とした。カシャンとフレームが鳴った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「末次さん! どうして……どうして話してしまったの!?」

 末次は天音に激しく詰め寄られていた。秘密にすると約束していた鏡也の出自を明かしたことを今、伝えられたのだ。

「落ち着いて。……確かに約束を破ったことは謝るよ。でも、きっとこうするべきだったんだ」

「そんなの……あの子が傷つく必要なんてないじゃない! ずっと黙っていれば、知られることなんて……!」

 泣き叫ぶように末次を責める。

「アルティメギルが……あの子を狙っているんだ」

「……え?」

「何故、あの子を狙ったのかは分からない。だけど、鏡也が狙われ続ける以上、いつか事実を知ってしまう。その時、あの子はきっと今以上に傷ついてしまう」

「………でも、でも!」

「大丈夫だよ。確かに血の繋がりはない。それでも、ずっと一緒に過ごしてきた時間に一つだって嘘はない。あの子は僕達の子供だ。誰が何と言おうと、それを譲るつもりはない」

 末次自身、アルティメギルの事がなければ一生言うつもりなど無かった。だが、これが鏡也の宿命というならば、逃げることなど出来ないのだ。

「だから信じよう。鏡也は……きっと、受け止めてくれる」

「……えぇ」

 だから親として、最後の最後まで鏡也の礎であろう。二人は強く抱きしめ合った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 翌朝。朝食を終えた観束家のリビングにはすっかりお馴染みとなった光景が繰り広げられていた。

 昨日のテイルレッドの活躍とテイルブルーの暴虐ぶりが朝のワイドショーの一番で報じられている。

 当然、ブルーが鏡也にかましたキックやチョップも全国に報道されている。

 

『――テイルブルー。ついに一般市民に犠牲者を出してしまいましたが……どうですか、大貫さん?』

 

 あぁ、ついにブルーの悪評が回復不能のレベルになってしまう。総二は気の毒そうに、そしてトゥアールは嬉しそうに、当の愛香は感情のない塗り壁のような顔だ。

 

『いや、これはあれですよ。ちょっとしたツッコミですよ』

『え? ですが、容赦なく蹴ってますが……?』

『いやいや。あれぐらい大阪じゃノーカンですから。それにあの後、すぐに立ってるじゃないですか。怪人をぶっ飛ばすような凶暴なテイルブルーの攻撃を食らって、無事でいられるわけないんですから』

『あー、なるほど』

『まぁ、あれですよ。私的には良いツッコミだったと言いたいですね!』

 

「………………あれ? 何だか微妙に好感度上がってません?」

「………あっれぇ~?」

 トゥアールと総二は揃って首を傾げた。愛香も目をパチパチとさせている。

 ネットの掲示板ではどうかと、トゥアールは先の書き込みがバレた件で愛香に破砕され、復活させたPCを開く。

 繋げたのはテイルレッド改め、ツインテイルズ掲示板。レッド登場時、一番早く掲示板を立ち上げた大手サイトのものだ。 

「こ、ここならきっと愛香さんの暴虐非道に対して、それはもう歯に衣着せぬ発言の嵐が……!」

 カチカチとコンソールを動かし、ページを開く。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

19 :名無しのツインテール

 

ブルー、ついに一般人を攻撃。

怪人ぶっとばせるパワーで蹴るとか、我々の業界でも拷問ですわ。ただしテイルレッドを除く。

 

 

21 :名無しのツインテール

 

>19

テイルレッドにだったら俺はおにんにんを蹴られても杭はないぜ?

 

22 :名無しのツインテール

 

>21

出てもいない杭を打たれるとは・・・通報しておこう。

 

23 :名無しのツインテール

 

>19

いや、あれはブルーのファインプレーだろ?だってテイルレッドたんをお姫様抱っことか、アルティメギルよりも優先して排除しないと!!

 

24 :名無しのツインテール

 

>23

禿同。下手したらあのまま連れ去られていたかもしれんのだ。ブルーのディフェンス力は見た目と違って素晴らしいな。

俺はブルーはデキる子だって信じてたぜ?

 

25 :名無しのツインテール

 

正しく絶壁の守り。 

 

26 :名無しのツインテール

 

つまりプロテクトウォールか。

 

27 :名無しのツインテール

 

>26

プロテクトウォールw

 

28 :名無しのツインテール

 

>26

まさかの勇者王ww

 

29 :名無しのツインテール

 

>26

プロテクトウォールフイタwwww

 

30 :名無しのツインテール

 

プロテクトウォールに草不可避ww

 

31 :名無しのツインテール

 

青「プロテクトウォオオオオオオオル!!」

 

32 :名無しのツインテール

 

>31

 よし。ちょっと金色に光るハンマー渡してくる。

33 :名無しのツインテール

 

>32

 やめろ!試し打ちとばかりに光にされるぞ!!

 

34 :名無しのツインテール 

 

青「32よ! 光になぁれぇええええええええええええ!!」

 

35 :名無しのツインテール

 

お前らのせいで……新たな犠牲者が。

コーヒーまみれの俺のノートをどうしてくれるww

 

36:名無しのツインテール

 

犠牲者お前かよww

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……………あっれぇ~~~~~~ッ!?」

 トゥアールはことさら不思議そうに首を傾げた。天才の頭脳を持ってしても、解けない謎に直面してしまったようだ。

 言葉は色々酷いが、書かれている文面そのものは若干、好意的だった。これには総二も頭の上にハテナを飛ばしまくりである。

「何で、どれもこれもブルーに好意的なんだ?」

「……おそらく、テイルレッドと鏡也さんが親しげにしているところに、痛烈な一撃を見舞ったことで、レッドのファンの人達が心の中でガッツポーツでもしたんではないでしょうか?」

「いやいや! ヒーローが一般人に攻撃したら、ヒーロー失格だろ!?」

「……つまり、エレメリアンが出るたびに鏡也も連れてって、そこで蹴り飛ばせばあたしの好感度上がりまくり?」

「やめてあげて!? ていうか人の話を聞け!! 好感度のために幼馴染を生贄に捧げようとするな!!」

 愛香がボソリと呟いた恐ろしいアイデアを、総二はそれはもう必死に止めた。

「冗談よ、冗談! そんなことする訳ないでしょ!? もう、マジにならないでよ、そーじ」

「そ……そうだよな。悪ぃ」

 それはそうだ。いくらなんでも、それはない。と、総二も胸を撫で下ろした。

「……時々、ぐらいなら良いわよね?」

「おい、待て愛香。今なにを呟いた!?」

「ウウン。ナニモツブヤイテナイワヨ?」

 片言であった。顔もどっかのお菓子屋のマスコット人形みたいにペロって舌を出している。

 今、愛香は禁断の扉を開こうとしている。それだけは何が何でも阻止しなければと、心に誓う総二であった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 朝。通学路を行く鏡也の足取りは重い。いつも欠かさないランニングも、家族一緒で取る朝食も、一切を抜いたのだ。

 ずっと当たり前だった事を、当たり前に行えない。空気がとても重かった。その原因が自分で、そのせいでみんなに心配をかけていることも分かっている。

 それでも、気が付くと顔は俯いていた。

「おはよう鏡也。昨日は大丈夫だったか?」

「おはよう。……鏡也?」

「………ん? あぁ、おはよう。総二、愛香」

 いつの間にか、鏡也の隣に総二と愛香が来ていた。反応のない鏡也の顔をしげしげと覗きこんでいる。

「どうした? 顔色悪いぞ?」

「ちょっとな……あまり寝てないんだ」

「もしかして、ブルーに蹴られた後遺症が!?」

「んなわけ無いでしょ! ………ないよね?」

「大丈夫。そういうんじゃない。ちょっとゴタゴタしてて……そのせいだ」

 心配をかけさせまいと、笑顔を作る。だが、思った以上に堪えているようで、顔が引きつってるのが自分でも分かった。

「……それにしても、増えているな」

 ごまかすように、鏡也は足を止めた。何のことかと、二人も視線を送る。

「本当だ。ツインテールが……増えてる!?」

「え、なんで?」

 女子生徒の多くがツインテールになっている。今までもいなかった訳ではない。だが、目を瞑って石を投げても当てられそうな程、ツインテールの女生徒はいなかった。

 これらはテイルレッド登場以降、色んな所で見受けられていた事だったが、ここ最近は更に増えている。

「………」

 嬉しい。嬉しいはずだ。だが、何か胸騒ぎを総二は覚えた。この心躍るはずの光景に、言い知れない不安を感じるのだ。

「ちょっと、そーじ……」

「……あ、悪い」

 気が付けば総二は愛香のツインテールを摘んでいた。

「そのクセも変わらないな、総二。ツインテールにセラピー効果でもあるのか?」

 試しにと鏡也も摘んでみた。

「むう……」

 思わず唸ってしまった。しなやかで艶があり、コシがある。何より指通りがなんとも滑らかだ。

 ツインテール属性でなくとも、これはつい弄っていたくなる逸品だ。

「あんたらいい加減にしなさいよ!!」

 通学路のど真ん中で、男子生徒二人にツインテールをいじられる図はなかなかにシュールであった。

「そういえば神堂会長も、最近ツインテールにしたのかな? 俺、全然知らなかったんだけど……?」

 ふと、総二は疑問を口にした。総二の高校生活初日を叩き潰した魔性のツインテールの持ち主こと神堂慧理那。彼女のことを高等部まで知らなかったことを思い出したのだ。

「あの人は昔からツインテールだぞ? ツインテール歴なら、愛香より長い筈だ」

「え、そうなのか?」

「以前は名門のお嬢様学校に通っていたんだが、高校になってからウチに編入してきてきたんだ。あの人が高等部の制服着て挨拶に来た時は本当にビックリしたな……最後の記憶と大差なくて」

 何が? と、問わなかったのはきっと二人の良心からだろう。

「だが、あの人当たりの良さと容姿も相まって、半年足らずで学園の顔だ。実際、大した人だと思うな」

「へ~。すごいなぁ」

「ですが、そういう人に限って腹黒いんですよ、きっと。何というかあざといというか、狙ってるっぽいですし。まぁ、あの容姿は私好みなんですけどね」

「いやいや。あざといってなんだよトゥアール? 好かれるためにツインテールにするなんて……そんな人がいるのか?」

「そそそそそそそうよ! そんな人いるわけないじゃない!! ねぇ、鏡也!?」

「ノーコメントで」

「ウププ~。顔だけテイルレッドですよ、愛香さ~ん」

 と、ここで三人の空気が凍りついた。なぜ、ここに居るべきではない人間がここに居るのか。具体的には何故、陽月学園の制服を着ているのか。

 そして何故、当たり前のように学校に来ようとしているのか。

「トゥアール、何でここに!? ていうか、その格好は!?」

「今日から私もこの学校に通うことしました!」

「いや、あんたどう見ても高卒して――」

「でもって総二様のクラスに転入しますので、愛香さんは驚いた風に私を指さして『あー! あんたは!!』と、噛ませっぽくお願いします。私はそれを無視して総二様の隣に座ります」

「いや、総二の隣は俺なんだが?」

「そして私はこう言います。『総二様、これからはずっと一緒ですね』と。するとクラス中から『おい観束! その美人転校生とどういう関係なんだ!?』と言われるでしょうから、そこで――」

 

「「とっととアナグラに帰れ――――――っ!!」」

 

「あいるびーばぁああああああああああっく!! ばぁあああっく――ばぁっく……っく……」

 愛香と鏡也のツインシュートが炸裂。激しくブレつつ、尚且つドップラー効果を残すという離れ業を行いながら、トゥアールは空の彼方へと消えた。

「まさか、伝説の大技をこの目にする日が来るとは……」

 事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。総二は現実の不可思議さに改めて感じ入った。

「……鏡也、少し元気になった?」

 愛香がふと、鏡也の顔を覗きこんできた。

「……そうだな。少し気が楽になったかもな」

 そう言って、鏡也は少しだけ笑った。顔も、今度は引きつらなかった。

 

「おはようございます。良い朝ですわね」

 噂をすれば。上品ながら元気の良い挨拶をしてきたのは神堂慧理那であった。そのすぐ後ろには護衛役も兼ねている桜川尊がいた。

 見知らぬ生徒一人ひとりにも挨拶する慧理那に好感を抱きながらも、総二はさっきの蛮行を見られていないか心配した。

「おはようございます、生徒会長」

「おはようございます」

「おはよう鏡也くん。そちらのお二人は……1年A組の観束総二君と、津辺愛香さんですわね。おはようございます」

「……生徒会長、何だか機嫌が良いですね?」

 まさか自分たちの名前を知ってるとは思わず、総二と愛香は驚きつつ、尋ねた。

「えぇ。だって、鏡也くんの言った通り……テイルレッドの仲間がやって来てくれたんですもの」

「鏡也の言った通り……?」」

 二人の顔が鏡也に向く。つい、と視線を逸らしてスルーする鏡也。

「――本当に良かったですわ。だって、これでもうテイルレッドは、ひとりきりで戦い続けなくて済むんですもの」

「え……?」

 思わぬ言葉に、愛香は驚いていた。総二もそうだ。慧理那の言葉はテイルレッドが好きというだけの思いだけではなかった。

「どんなに強くても、一人きりで戦い続けるのはきっと、とても辛いものです。私達がどれだけ応援しても、それは直接の支えにはなれません。ですが、仲間がいればお互いに支えあって、どんな苦しいことにも立ち向かって行ける。だから、テイルレッドの仲間が来てくれたことが、本当に嬉しいんですの」

 心からテイルレッドを応援し、また同じだけその身を案じる慧理那の姿は、ツインテイルズである二人にはとても眩しく、とても暖かく見えた。

 特に自身の人気の無さに生贄を捧げようとさえした青い方は、己の心の醜さに涙さえ浮かべていた。

「会長は、本当にツインテイルズが好きなんですね」

「えぇ。恥ずかしいことですが私、ヒーロー物が大好きなんです。今でも朝にやっている特撮物を見たり、子供向けの玩具を集めたりしていて」

「アルティメギルに襲われた日も、あそこでやってたヒーローショーを見に行ってたんですしね?」

「も、もう! 鏡也くん!! ……こほん。とにかく、そういう事で……テイルレッドに出逢って、そして助けられたことに運命みたいなものを感じてしまっているんです」

 恥ずかしげにツインテールを弄りながら、慧理那は言った。

「運命……」

 確かに、ある意味では運命だったのかも知れない。あの日、慧理那が襲われたことで鏡也は、そのツインテールが奪われたことで総二が、それぞれアルティメギルに戦いを挑んだ。結果、総二はテイルレッドとして、鏡也はそのテイルレッドと親しいということから狙われることになったのだから。

「ふふ、おかしいですね。どうしてこんな話をしたのでしょうね………あら?」

 と、慧理那が視線を一度落とし、そして顔を上げた。まじまじと総二の顔を見る。

「え? な、何ですか?」

「……いえ、気のせいですわね。ごめんなさい。それより、鏡也くん。ちゃんと朝ごはんは食べてきましたか? 顔色が優れませんわよ?」

「いや、今日は……」

「やっぱり。尊、あれを」

「はい、お嬢様」

 言われるや、尊はどこからか紙袋を取り出した。それを鏡也の前に持ってくると、中から甘い香りがするのに気付いた。

「これは……メロンパン?」

「はい。テイルレッドにいつかお礼代わりにお渡せればと思って……。彼女も食べた、マクシーム宙果のムギハラベーカリーの限定品ですわ。それじゃ、しっかりと食べて元気をだしてくださいね、鏡也くん?」

 慧理那はお日様のような笑顔を残して行ってしまった。

 取り敢えず、せっかく貰ったので袋を開けて一つ取り出す。ムギハラベーカリーのメロンパンは慧理那の言った通りの限定品で、放課後ではなかなか手に入らないのだ。

「……なぁ、鏡也? ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」

「なんだ? ……うん、さすがはムギハラのメロンパン。クッキー生地が何とサクサクなことか」

「昨日のニュースでひとつ、気になったのがあってさ。……何故か全国的にメロンパンが人気だって言うんだ」

「ほう?」

「その理由がさ……テイルレッドの好きな食べ物だって言うのがネットで広まったからだっていうんだけど……なにか知ってるか?」

「……いいや、知らないな。誰かが火のないところに煙を立てたんじゃないか?」

 もぐもぐもぐと、メロンパンを咀嚼しながら首を振る鏡也。総二は尚も続けた。

「Wikiにもさ……いつの間にか加わってるんだよ。『好きな物:メロンパン』ってさ」

「ほうほう?」

「で、出処を探ったけど詳しい事は分からなかったんだ」

「ふむふむ?」

「……でも、妙な話があったんだ。Wikiとかに書き込まれる前に、陽月学園(うち)の生徒がメロンパン片手にマクシーム宙果の辺りを彷徨(うろつ)いてたっていうんだけど……本当に、何も知らないか?」

「………心当たり無いな」

「お前、会長に何を言った!? 仲間の件といい、メロンパンの件といい、明らかに出処が同じだろう!?」

 しれっと返した鏡也に総二は突っ込んだ。なにせ、出処の怪しい話を慧理那まで知っていたのだから、鏡也が無関係とは思えない。

「まぁ、落ち着け」

「むぐっ!?」

 総二の口にメロンパンが突っ込まれる。クッキー生地特有の甘い香りが口いっぱいに広がる。

「神堂会長からのせっかくのご好意だ。ちゃんと受け取っとけ」

「ムグムグ……」

「美味いか?」

「……まぁ、美味いけど」

「じゃあ、いいじゃないか。ネットのそれも、これで嘘じゃないって分かったことだし、一件落着。めでたしめでたし」

「めでたくねぇよ!? ていうか、やっぱりお前が原因かよ!?」

「おっと、遅刻してしまう。先に行くぞ、総二」

「こら待て、鏡也!!」

 元凶に詰め寄ろうとする総二だったが、鏡也はさっさと行ってしまった。それを慌てて追いかける総二。

「……なにやってんだか」

 そんな二人の、”いつも通り”なやりとりに呆れつつ、愛香も追いかけるのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 昼休みになって、鏡也は中庭にいた。木の影のベンチに転がってぼんやりとしている。

「………」

 午前中を過ごした中、鏡也はずっと感じていた。今まで当たり前に信じていたものが壊れてしまっても、それでも日常は流れていく。

 テイルレッドに萌えるクラスメイトはそのままだし、幼馴染たちもいつも通りだ。

 まるで、変わったのは自分一人だけのように。

「鏡也くん、そんなところで何をしているですか?」

「……神堂会長? 会長こそどうしてここに?」

 体を起こし振り返る。少し端に寄ると慧理那もベンチに腰掛けた。

「渡り廊下を歩いていたら、鏡也くんを見かけたので。珍しいですね、お昼寝なんて」

「別に寝てたわけじゃないけど………何?」

 気が付けば、慧理那は鏡也の顔を覗きこむように見ていた。クリッとした瞳に映る自分の顔から逃げるように、体を逸らしていた。

「鏡也くん、何か悩み事ですか? もしそうなら相談に乗りますわよ?」

「………いや」

「言い難い事なのですか? でしたら無理には聞きません。ですけど、一人で抱え込んでいると、何も見えなくなってしまいますわよ」

 慧理那は心から心配そうに、鏡也に言う。姉弟のように過ごしてきたからこそ、案じているのだ。

「………もし、自分がずっと信じてたものが、全部ウソだったとしたら……どうする?」

 だから、自然と口にしていた。誰かに、聞いて欲しかったのかもしれない。慧理那にだからこそ、言えたのかもしれない。

「難しい質問ですわね……」

 慧理那はしばし考える。瞳を閉じ、真剣に。

「良くは分かりませんが、鏡也くんはそれが分かって、そこからどうしたいのですか?」

「俺は……出来るなら、今まで通りでいたい。……と、思う」

「では、どうしたらそうなれるか。其処から考えてみてはどうですか? 軽々しく言えることではないでしょうけど……きっと、大丈夫ですわ」

「――何で?」

 慧理那は立ち上がると、クルッと踵を返した。

「だって、鏡也くんはあの日からずっと変わっていませんもの。大好きな人を守りたい、騎士になりたいと言ったあの日から……何もかも」

「っ……!?」

「だから、きっと大丈夫。それでももし……その時は、また話をしてください。いつだって、お姉ちゃんは弟の味方ですから!」

 笑顔一つを残し、去っていく慧理那。小さなその背中は、あの日と変わらない。

 強くなりたい。守れる人になりたい。そんな想いに一つの答えをくれた、幼い日のまま。

 

『じゃあ、鏡也くんは〈騎士〉になりたいですのね?』

 

 騎士。その言葉をくれた、あの日と同じ。

「ありがとう……慧理那お姉ちゃん」

「っ……!? 今、なんて言いました!? もう一度、もう一度言ってください!!」

「ダメ。今のは一回きりのお返しだから」

「そんな! もう一度だけでいいですから!! あー! 逃げないでください!!」

 どうすればいいか。

 まずは知ることだ。眼鏡の秘密。自分の秘密。そして今までと、これからを考えていく。

 あとは、進むための勇気だけ。

 

 

 ――その日の午後。鏡也は学校を早退した。

 

 




鏡也の作り話、ついに公式化w

会長のお姉ちゃんぶりがしっかり描けているか心配です。


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シリアスはがんばった方だと思います。


 名目上は体調不良からの早退として、昼休みが終わる前には鏡也は学校を出ていた。

 やって来たのは町外れにある神社。木々のざわめき以外に音の無いこの場所は、鏡也にとって思い出の場所であった。

 本当に幼い頃。鏡也がここで一人で遊んでいた時、唐突に飛んできたボールが顔を直撃した。その時、掛けていた眼鏡が見事に壊れてしまった。

 バラバラに成ったレンズ。グシャリと歪んでしまったフレーム。顔の痛みよりもメガネが壊れてしまった事がすごく悲しくて辛くて、鏡也はワンワンと泣いた。

 

『――ねぇ。なんでないてるの?』

 

 泣いている鏡也に声をかけてきたのは、同い年ぐらいの女の子だった。その子にメガネが壊れてしまって悲しいと言うと、その子は何故か怪訝そうな顔をした。

 その女の子――津辺愛香に連れられて、鏡也はアドレシェンツァへ行き、そこで総二と出会うことになる。

 全てはこの神社から始まったのだ。なら、事実を知る事を始めるのにここ以上相応しい場所はない。

 ちなみに、眼鏡を壊したボールは愛香が格闘術の練習に使っていた物がキックによってすっ飛んできたものであったと知ったのは、小等部に上がった頃だった。

「………」

 鏡也はカバンから眼鏡を取り出す。星の光を宿したレンズと銀色のフレーム――〈星の眼鏡(スターグラス)〉。自身の属性力故か、この眼鏡を掛けることで、全てがハッキリすると理解できた。

「すう……はぁ……」

 深く深呼吸し、鏡也は眼鏡を――掛けた。

 

 

 

 

 世界が風景を失い、純白に染まる。

 しばしそのままでいると、やがてぼんやりと何かが浮かんできた。それは何度も夢で見た女性だった。

 白衣に身を包み、長い黒髪を一つに束ね、右肩から前へと垂らしている。瞳は優しさに満ちていて――とても綺麗な人だ。

 次いで見えてくるのは生きる屍となった人々の群れ。その間を縫って、数人の人が走る。

 彼らは巨大な装置の前に辿り着くとすぐに準備を始めた。

「ごめんなさい。あなた達に全てを託すことになってしまって。でも、あなた達ならきっとできる。守って。アルティメギルから……心の輝きを」

 アルティメギル。その脅威はこの世界にも及んでいる。正確には”いた”なのだろう。

「……でも、出来るならば、どうか平和に過ごして欲しい。争いなどない場所で、平和に……穏やかに」

 託す願いと、思い遣る心。相反する二つを託し、その人は彼の手を握る。

「――これを、手放さないで」

 その人が、しっかりと握らせたのは――この眼鏡だった。

 

 やがて世界は遠くなり、気が付けば、轟音轟く中にいた。

 心を満たすのは不安。それを示す手段はただ泣く事。小さな手を精一杯にのばして、ただひたすらに。

 怖くて。不安で。悲しくて。だが、そんな慟哭を轟音と土煙は容赦なく呑み込んでいく。

 

「……いた!」

 

 不意に、小さな体が持ち上げられる。強く、温かなぬくもりが、冷えた心を満たしていく。

 熱い雨が、顔に降り続く。伸ばした手を、もっと大きな手が包み込む。引き離されたものと何も変わらない――母のぬくもりだ。

 

(……あぁ、なんだ。そういうことか)

 

 なんて今更な話だ。今まで、ずっと家族として過ごしてきた時間は何も変わりはしない。

 初めて歩いた日。天音は声を枯らすほどに咽び泣いた。初めて出たフェンシングの大会で、優勝を逃した時は自分よりも悔しがっていた。

 遠足の時など、こっそりついて行こうとして止められ、それでも諦めきれず先回りをかました。さすがにやり過ぎと、末次と鏡也に怒られ、本気のふて寝をかましたり。

 

(………いや、今更ながら親バカってレベルか、これ?)

 

 ともかく、鏡也の過ごした時間は何一つウソのないものだ。疑うことなど、何もない。

 血の繋がりがなくても――御雅神鏡也は、御雅神末次と御雅神天音の子なのだ。

 

 

『全ての光を遍く束ね、総ての輝きを紡ぎ導く。それが―――』

 

 

 聞いたことのない、優しい声が響く。まるですべてを包み込む聖母の様な響き。その声が最後まで聞こえることはなかった。

「っ………」

 世界は再び、元の風景に還る。鏡也は星の眼鏡を外し、元の眼鏡を掛け直す。そして大きく息を吐いて、眼尻の雫を拭った。

 アルティメギルという言葉をどこで聞いたのか。それはずっと、夢の中の人が告げていた言葉だった。

 この眼鏡も、アルティメギルに対抗するために作られ、託されたもの。ならば、これにはあるのかも知れない。

 鏡也のために遺された、遺産ともいうべきものが。

「……あの~。すいません~」

 唐突に声が聞こえた。鏡也は辺りを見回すが、人影は何処にもない。

「何だ気のせいか」

「いや、こっちです。こっち」

「………なんだ、木の精か」

 上を向くと、神木の真ん中辺りで逆さになっている木の精がいた。精という割には俗っぽい格好だ。陽月学園の制服によく似た格好で。パンツを丸出しにしながら手招きしている。

「何やってるんだ、トゥアール? 新しいプレイか何かか?」

「それでしたら総二様の居ない所でやっても意味ありませんから! というか、あなたと愛香さんがここまで人を蹴り飛ばしたんでしょう!?」

「………いや、記憶に無いな」

「前々から思ってましたけど、そう言えば何でも通るとか思ってませんか!? 思ってますよね!?」

「いいや。そんな事はないぞ? それよりさっさと降りたらどうだ? それとも、やはりそういうプレイなのか?」

「降りたくても降りれないんですよ! 服が引っかかって、それに下手に動こうとすると枝が折れそうなんです!」

「例の転送ペンを使えば良いだろう?」

「下、見てください」

 視線を落とすと、神木の根元に何かが落ちている。近づいて拾い上げてみると、それはいつもトゥアールが胸の間に挟んでいる転送ペンだった。どうやら、木に引っかかった時に落ちてしまったようだ。

 鏡也はそれをひょいと放り投げてやる。トゥアールはそれを受け取り、手慣れた操作で、あっという間に木の上から鏡也の後ろへと転移した。

「はぁ~。頭に血が上ってエライ事になるところでしたよ……」

「助けてやったんだから、心から感謝して竜宮城にでも連れて行くように」

「亀をいじめた村人的ポジションなのに、図々しいてすね!?」

 厚かましさ全開の鏡也に、さしものトゥアールもツッコミに全フリせざるを得ない。

「ま、竜宮城は無理でも、基地には連れてってくれると有難いんだが?」

「別にいいですけど……なんですか?」

「ちょっと、調べて欲しい物があってな。詳しい話は移動してからする」

「分かりました。では、転送しますね」

 転送ペンを操作し、座標を地下基地へと切り替え、二人は光に包まれて神社から消えた。

 

 地下基地に移動した二人。トゥアールはどこから出したのか、いつもの白衣を羽織った。

「それで、調べて欲しい物というのは何ですか?」

「あぁ。これなんだが……」

 鏡也はトゥアールに星の眼鏡を見せる。

「これは……眼鏡、ですよね?」

「ただの眼鏡じゃない。恐らくだが……エレメリアンに対抗できる何かがある筈だ」

「どういう意味ですか?」

 怪訝そうに鏡也を見るトゥアール。だが、その答えを知りたいのは鏡也自身だ。

「ともかく頼む」

「……分かりました」

 渋々、トゥアールは星の眼鏡を受け取り、自身の研究室へと入っていった。

 さて、結果が出るまでどうしていようかと、鏡也はポケットから携帯を取り出した。

 気付かなかったが、メールの着信がある。愛香に総二、慧理那からも着ている。

 そのどれもが早退した鏡也を心配もので、それを見て少しばかり顔が緩む。ただ、何故かメアドを知らない筈の尊からも送られてきていて、添付ファイルにはどういう訳か婚姻届が写っていた。

 神堂家の掟と三十歳というカウントダウン。其処にある彼女の、義妹である慧理那への想いを知ってはいるが、ここ最近はどうにも暴走が酷くなりつつあるような気がする。

「解析終わりました!」

「はやっ!?」

 まだ数分程度しか経っていないのに、トゥアールが帰ってきた。その手には何やらパイプに似た形状の、上半分が透明なケースに入れられた星の眼鏡がある。

 それを置くと、コンソールを操作し、モニターを出した。

「まず、結果から言いましょう。この眼鏡には極めて高純度の属性力が篭められていることが分かりました。属性力は〈眼鏡属性(グラス)〉」

 モニターに、星の眼鏡と解析データ。そして∞を直線で描いたような、眼鏡属性の属性紋章(エレメーラ・シンボル)

 やっぱりか。鏡也は自身の予感が正しかったことをようやく理解できた。

「それと……むしろ、こちらの方が話の本命なのですが……」

 更にコンソールを操作するトゥアール。更に幾つかのデータが出るが、鏡也にはさっぱり分からない。

「鏡也さん。この眼鏡を一体何処で、どういった経緯で入手されたのか、教えていただけますか?」

「どういう事だ?」

「この眼鏡、一見すると普通の眼鏡に見えます。ですが、これは………テイルブレスと同じものです」

「何だって?」

「正確に言えば、属性力の共鳴による発動。及びその増幅。テイルギアの動力システムと同じものが組み込まれています。それと幾つかのブラックボックスも」

「じゃあ、これはトゥアールの世界で作られたものなのか?」

「いいえ。それは違います」

 問いにトゥアールは首を振った。

「私がテイルギアに使っている技術と、この眼鏡に使われている技術は全くの別物。これは私以外の誰かが、独自に創り上げた物です。鏡也さん、もう一度聞きます。この眼鏡を一体どうされたのですか?」

 トゥアールは改めて、鏡也に問いかける。その表情は今までにない程、困惑の色を見せていた。

 鏡也はしばし逡巡したが、心の中でしっかりと決意を固めて発した。

「………これは、俺がこの世界に来た時から持ってたものだ。いつか現れるだろうアルティメギルに対抗するため、用意されたものらしい」

「ちょっと待ってください!? 鏡也さんはこの世界の人でしょう!? だって、総二様と愛香さんと幼馴染で……子供の頃からずっと一緒だって……!」

「あぁ、それも本当だ。俺がこの世界に来たのは、ざっと十五年前位だからな。元の世界の事は知らないが……多分、アルティメギルに滅ぼされたんだろうな。トゥアールの世界と同じように」

 そう口にして、鏡也は心の中でザラつく感情があるのに気付く。それを吐き出すように、深く息を吐いた。

「あぁ、そうだ。この事は総二達には言うな。俺が異世界人って事は元より、養子だって事さえ知らないだから。あいつら無駄にお人好しだからな、要らん心配や気遣いをさせたくない。この話はあんたの胸にだけ留めておいてくれ」

「分かりました。この事は、誰にも言いません。……………ハッ!?」

 神妙に頷いたトゥアールだったが、突然に目を見開いた。まるで恐るべき事実に気が付いたかのように。

「ま、まさかこれを期に私へのフラグを立てようとか考えてますね!? 二人だけの秘密! 同じ異世界人!! そういった共通点を秘密というエッセンスを加えて共有することで、私の好感度をあげようという魂胆ですね!?」

「戯言は寝て言え」

 一瞬で靴を脱ぎ、トゥアールを組み伏せ、椅子に座って顔を踏みつけながら、鏡也は短く言い放った。

「ちょ!? 一瞬で乙女の顔を足蹴にとか……っ!? な、なんですかこの感触は……!?」

「どうした、顔が赤らんでいるぞ? 顔を踏まれるのがそんなに嬉しいのか?」

「踏まれて屈辱の筈なのに、絶妙な力加減で……ツボを刺激する……! あぁ……!」

「随分と良い声を出すじゃないか。総二じゃないくても良いのか? こいつはとんだ乙女だな?」

「総二様じゃないのに……! 総二様じゃないのに……!! だ、ダメぇええええええええええ!!」

「――とまぁ、冗談はここまでにするとして」

「――えぇええええええ!?」

 ヒョイと顔から足をどかし、鏡也は脱いだ靴を履く。突然止められた行為に、トゥアールが無意識に声を上げていた。

 ハッとした時には遅かった。鏡也は薄ら笑いを浮かべてトゥアールを見ていた。

「何だ。もっと踏んで欲しかったのか? それは悪いことをしたな」

「ち、ちちちち違います!! 今のは何でもありません!! ……うぅ、これが加虐性(サディスティック)の属性力ですか。相手を強制的にMにさせるなんて……何と恐ろしい!!」

 本気で恐怖したのか、自身を抱きしめるようにトゥアールは身を竦めた。

「話を戻すが、これを使ってテイルギアは作れるか?」

 思わぬ所で第二の属性力を発揮した鏡也だったが、本題はまだ終わってない。

「そうですね。メインの動力はシステムとして出来上がっていますから良いとして、問題は技術体系の相違ですね。上手く組み合わせられるか分かりませんが……やってみます」

「頼む」

 星の眼鏡をトゥアールに預け、鏡也は基地出口へと向かう。

「あ、最後にもう一つだけ聞いても良いですか?」

「なんだ?」

「これを作った人……分かりますか?」

 トゥアールの言葉に、鏡也は一度小さく息を呑んだ。

「俺の本当の親だ………多分」

 そう言い残して、鏡也は基地を後にした。

 

 夕方まで街をブラブラし、ちょどいい頃合いになると鏡也は帰宅した。玄関前には天音が立っている。その顔は不安に彩られており、今にも壊れてしまいそうだった。

「………おかえりなさい、鏡也」

 恐々と、天音が出迎える。その顔に胸が締め付けられ、そしてそんな親不孝に今更ながら後悔する。

「――ただいま………”母さん”」

 だから、精一杯の思いを込めて。その言葉を紡ぐ。変わってしまった世界と、それでも変わらない真実の天秤に、自分の心を乗せて。

 

 その日。天音の甘やかし親バカモードがリミットブレイクしたのは言うまでもない。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 アルティメギルの侵攻は連日続いた。だが、その度にツインテイルズが出動。一時的に奪われた属性力も奪取し返し、エレメリアンも次々と撃破していった。

 その中で、テイルレッドの人気も更に上昇。テイルブルーも、先の鏡也の一件で一時的に盛り返すも、やはり低迷したままだった。

 そんなある日の登校風景。通学路を行く愛香はどこか不貞腐れていた。

「なぁ、愛香。そんなに人気なんて気にするなよ」

「あんたは人気あるから余裕なのよ。せっかく頑張ってるのにハブられ気味なのって……こう、モヤモヤするのよ!」

「だが、だからといってあれが良いと言われても微妙だぞ、愛香?」

 鏡也が指し示すのは、校門前で繰り広げられる、混沌という言葉の意味をそのまま体現したかのような光景だった。

 

「あ、今テイルレッドたんが俺に微笑んでくれた!」

「フッ……何を次元の低いことを言ってやがる。俺なんてパンツにテイルレッドを転写したぜ! いつも一緒じゃないと学業もままならないぜ!」

「甘い甘い! お前ら、これを見ろ!」

「白の全身タイツにテイルレッドの後ろ姿だと……? どういうことだ!?」

「テイルレッドたんの愛らしい顔を映さないなんて何を考え……っ!? ま、まさかそれは!」

「そう! その通り!! これはテイルレッドにいつでもギュッとしてもらっているんだ!!」

「「な、なんだって―――!!」」

「顔が見えない? 当たり前だ! テイルレッドのキュート顔は俺の胸に(うず)まっているんだからな!!」

「こいつ……天才か!?」

「あえて顔を犠牲にして……なんて奴だ!」

 

「おい! テイルレッドのbot作っただろ!? 俺が先に作ったんだぞ!?」

「俺の方がフォロー数多いんだよ! 大体、botならもう300以上あるだろうが! 今更何言ってるんだよ!?」

「だったらテイルレッドの口調ぐらいちゃんとしろよ! テイルレッドは男の子口調だぞ!?」

 

「うん、分かった。放課後一緒に映画見に行こうね、テイルレッドたん」(繋がっていない電話でお話中)

「えぇ、それじゃ放課後。ケーキバイキング、楽しみねテイルレッド」(繋がっていない電話でお話中)

「オッケー。じゃあ駅前で。お買い物しようねテイルレッドちゃん」(繋がっていない電話でお話中)

 

 

 余りにも余りにもな光景に、愛香はただ呆然としていた。

「愛香。真面目に言うわ。本気で代わってくれるなら代わってくれ。誹謗中傷喜んで受け入れるからさ。なぁ、本気で頼むよ」

「……ごめん。本気で頭冷やすわ」

「――さ、精神衛生のためにも、さっさと行くぞ」

 がっくりと頭を垂れる二人の背中を押して、鏡也は校門をくぐる。その時、混沌の使徒たちが鏡也に視線を送る。

 

 

「「「「「「「「チッ――!!」」」」」」」」

 

 

 一斉に舌打ちされた。なにせ、幾度も生テイルレッドと接触している唯一の人間なのだ。

 変身前なら概ね、多くの人間が接触しているのだが。

「……割りと本気で、何とかしないといけないな。――はぁ」

 三者三様の理由で、今日も足取りは非常に重かった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 放課後。エレメリアン出現の報を受けたツインテイルズはすぐに出動した。空間跳躍カタパルトによって射出された場所は――幕張の海岸。

「エレメリアンはどこだ……?」

「いたわ、あそこ!!」

 ブルーの指差す所――海岸の中程に、エレメリアンが二体いた。どちらも犬に似た姿だ。

「「待っていたぞ、ツインテイルズ!」」

「俺達が来たからには、これ以上やらせないぞ!」

 二体のエレメリアンはニヤリと口元を歪め、笑った。

「ククク……素晴らしい。どちらも良いデザインだ」

「だが、テイルブルーは文句なしだが……やはりレッドの方は角度が甘いな」

「仕方あるまい。あの年頃で鋭い角度など、下品だ」

「そうだな。これから徐々に上げていけば良い」

 

「お前ら何を言ってやがんだぁああああああああ!!」

 

 いきなり意味不明発言連発するエレメリアン達にレッドがツッコんだ。二体のエレメリアンは改めて、ツインテイルズと向き合う。

「我が名はリカオンギルディ」

「我が名はジャッカルギルディ」

「「我ら、ツインテールとハイレグの探求を志すもの也―――!!」」

「さっきから角度だとか言ってたのはそれかぁああああああ!!」

「こいつら、揃ってハイレグ属性なのね。レッド、さっさと片付けるわよ!」

「わかってる。時間をかけると人が集まってきちまう」

 二人は武器を展開し、短期決戦とばかりに仕掛けた。

「リカオンギルディ、レッドは任せるぞ!」

「承知した! はぁああああああああ!」

「っ――! ぐわぁ――!?」

 リカオンギルディが腕を振るうと、間合いに入っていないにも関わらずテイルレッドが大きく弾き飛ばされた。

「レッド!!」

「向こうの心配をしている暇はないぞ、テイルブルー!!」

「何を――っ!?」

 ウェイブランスを振りかざし、攻撃を仕掛けようとした時、ブルーは槍を手放した。そして同時に自身の股に手をやった。まるで何かを必死に押さえるかのように。

「あ、あ、あんた! 何やったのよ!?」

「ククク。我が属性はハイレグ。ハイレグに食い込みは付き物だろう?」

 テイルブルーのスーツが激しい食い込みを起こしていた。手で隠しているが、おしりは完全丸出し。前も色々と危険領域に突入していた。

 立っていられないと、砂浜にへたり込むブルー。

「っ……さ、最低な能力だわ!! 今すぐぶっ飛ばして……!!」

「お~っと、動いていいのか!? 見ろ、マスコミがもう来ているぞ!!」

「ッ……!?」

 後ろを見やると、其処には地元テレビ局の中継車があった。すぐ近くのスタジアムで野球の試合が行われている関係で、こっちに来たのだろう。

「動くなよ、テイルブルー。今動けば、貴様は今夜のニュースで下半身にモザイクを掛けられることになるぞ?」

「な、なんですってぇ……!!」

「ニュースなら一時的で済むだろうが、だがネットではどうだろうなぁ? 一度流れてしまえば……拡散、増殖……もう止められない。貴様は一生、下半身モザイクブルーとして、世間に認知されるのだ! フハハハ! 怖かろう!!」

「う、うぅ……!」

 テイルブルーの戦闘力が幾ら恐ろしくても、四肢を封じられてしまえばどうということはない。

「テイルブルー。貴様のツインテール……貰い受ける!!」

 機械のリングが砂底から現れる。その姿にレッドが焦りの声を上げた。

「逃げろ、ブルー! 早く逃げるんだ!!」

 すぐに助けに行こうとするが、その前にリカオンギルディが立ちはだかる。

「そこを退きやがれ!!」

 レッドは強引に突破を図る。だが、またしても不可視の何かがレッドの攻撃を弾き飛ばす。

「クソ! 何なんだ、さっきから!?」

「我がハイレグの属性力の前には、間合いなど無意味! そこで大人しく、ブルーの最後を見届けるが良い!」

「ふざけんなぁああああああ!!」 

 レッドが怒りとともに攻撃を仕掛ける。だが、不可視の攻撃はレッドの足を容易く止めてしまう。

 そうしている間にも、ブルーに悪魔のリングが迫った。恥を晒せば、脱出は容易だ。だが、その結果は一生消えない羞恥。一人の少女として、それに耐えられるのか。

 ブルーは、己に問いかけた。

 恥か。ツインテールか。正体がバレなくても、それを耐えられるのか。 

「くっ……! このツインテールは……絶対に渡さない!!」

 眼前にリングが迫り――少女は決断した。意を決して、立ち上がろうとしたその時だった。

 

「ぐほぁ――!?」

 それは突然だった。ジャッカルギルディの頭が痛烈なスタンピングによって砂浜に埋め込まれる。唐突な乱入は、全ての者の動きを止めた。

 舞い上がる砂。その奥から現れたのは―― 一人の男性。

 背丈は180近くあり、それをぴったりとした白のスーツで包んでいる。身にまとう銀色の鎧はテイルレッドと似たデザインだが、装甲部分が多いのと、付けてる人間の体格故か、シャープな印象を与える。

 首元には認識撹乱装置。腰にはエクセリオンブースト。手足にはスピリティカレッグ/フィンガー。

 左上半身を包むようなマントと、ショルダーアーマー。

 唯一にして一番の違いは、ツインテールではないこと。その代わりに、星を散りばめたように光をたたえる眼鏡が印象的だった。

 その人物はアッシュシルバーの髪を振り乱しながら、リングを海に向かって蹴り飛ばした。彼方に飛んでいったリングは、そのまま水飛沫を上げて海に沈んでいった。

「大丈夫か?」

 謎の人物はジャッカルギルディの頭から降りて、ブルーの前に跪いた。その際、一瞬視線を胸部に向けたがすぐに逸らした。

 そのリアクションに、恥も恩も忘れたブルーの心に怒りが灯る。

「取り敢えず、これで隠しておけ。」

 右手に持っていた物をブルーの体に掛ける。最初、それはコートかと思ったが違った。

「これ……白衣? しかも、なんか見覚えが……て、これ、トゥアールの?」

 何故、謎の男性がトゥアールの白衣を持っているのか。謎が謎を呼ぶ中、砂が爆ぜた。

「おのれぇ! 不意打ちとは姑息な!!」

 怒りとともに復活したジャッカルギルディ。その目は血走り、先程よりも気配が強くなっている。

「この………っ!?」

 立ち上がろうとするブルーを、男が制した。その顔先に指一つ立て、優しく微笑む。

「可愛らしいお嬢さん(レディ)。ここは私に任せて、今日のところは大人しく守られてくれないか?」

「か、かわいらしいって……え、え!?」

 思わぬ言葉に動揺するブルー。そして男は立ち上がり、ジャッカルギルディと対峙する。

「貴様は何者だ! ツインテイルズの仲間か!?」

 謎だらけの男の正体。その一端が解かれるかも知れないと、ジャッカルギルディの怒声に全員が注視する。

「お前達に語るも勿体ないが……この世界の初陣だ。あえて名乗らせてもらおう」

 バサァ! と、マントを翻し、男は高らかに名乗る。

 

「私の名は〈ナイトグラスター〉。貴様らアルティメギルに仇なすため、この地に舞い降りた――眼鏡の騎士(グラス・ナイト)だ!!」

 

 ギラリと、星の眼鏡が強く輝いた。

 




テイルブルーの危機に現れた、眼鏡の騎士を名乗る謎の男。
トゥアールとの関係は? その正体は?

全ては次回以降、明らかになる!


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前話を投稿したら、お気に入りが倍近く増えましたw


主人公が変身したからなのか。

トゥアールが顔を踏まれたからなのか。

ブルーが食い込んだからなのか。


………私には判断がつきませんww


 鏡也が基地に駆け込んできたのは、二人が出撃した直後だった。

「状況は?」

「今、二人が出撃したところです。場所は幕張の海岸。近隣にはスタジアムがありますね」

「海水浴にはまだ早いだろうに、何でそんな所に?」

 敵の意図は何なのか。人が多い場所を狙うなら、海岸よりもスタジアムに乗り込めばいい筈だ。

 エレメリアンは二体。実質一対一の構図になりそうだった。

「あ、そうだ。鏡也さん。例のもの、出来上がってますよ」

「! もう出来たのか? あれからまだ数日しか経ってないだろうに」

「元々、動力関係は出来上がってましたからね。そこに後付で各種装備を加えて調整しただけですから」

 トゥアールは厚めの文庫本のような大きさのケースを取り出すと、その縁のスイッチを押した。

「どうぞ。その名もテイルギアTYPE-G〈テイルグラス〉です」

 開放された箱の中には、一見すれば今までと同じ、星の眼鏡があった。だが、本能的にそれが違うと理解する。

 眼鏡を外し、星の眼鏡改めテイルグラスを装着する。一瞬、フレームに光が走り、眼鏡そのものが顔に吸着したかのようにフィットする。だが、一切の違和感を覚えない。

「おぉ……なんという一体感だ」

「そのギアなんですが、実は出力系に不安定さがありまして……テイルギアと同様の通常出力を行うと、どうしても属性力の制御が出来なくなってしまい、暴走を起こしてしまうんです。なので現在は7割程度でリミッターを掛けてあります」

「7割……戦闘そのものは問題ないのか?」

「ええ。それを補う装備も追加してあります。出力バランスは鏡也さんのスタイルに合わせて、攻撃・防御よりも速度に特化させた仕様になっています。暴走に関しては、今は実働データ不足で。解決できない問題では無いですけど……」

「すり合わせが難しいのか?」

 鏡也が聞くと、トゥアールは頷いて返した。やはり天才の頭脳といえど、同レベルの異なる世界の技術同士を合わせるのは厳しいらしい。

 それは今後の課題として、今はエレメリアンだ。総二と愛香ならば問題無いだろうが、やはり敵の出現場所が鏡也には気にかかる。

 そして、それが直ぐに杞憂ではないとわかる事態が起こった。モニター越しに映る、武器を手放して砂浜に座り込んだテイルブルー。

 テイルレッドは敵の攻撃に引き離され、フォローが出来ない。更にはスタジアムの方から中継車がやってくる。マスコミの動きが何時もより早い。

 更には砂の中から属性力を奪うリングが出現し、ブルーに迫ろうとしている。

「これが狙いか!」

「最初から、テイルブルーの属性力を狙うために罠を仕掛けていたんですね!」

 今までなんだかんだと言いながら、真正面から挑んできたエレメリアンが、ここに至って搦め手を使ってきた。ブルーは身動きが取れず、レッドは別のエレメリアンに阻まれたままだ。

 決断はすぐだった。

「鏡也さん、ぶっつけ本番ですが……!」

「わかってる!」

 鏡也はテイルグラスに意識を集中させる。テイルギアを発動させるのは強い意志の力。

「そのギアのスタートアップワードは――」

 トゥアールの言葉と、鏡也の言葉がシンクロする。

 

「「グラスオン――!」」

 

 瞬間、フレームが展開し、レンズに眼鏡属性の属性紋章が映し出される。そして変身用のフォトンコクーンが発動し、その中で鏡也の体を強化スーツ〈テイルギア〉が包み込んでいく。

 コクーンが弾け、生まれ変わった鏡也が緩やかにその瞳を開いた。感覚を慣らすようにゆっくりと手足を動かす。

「――これが変身か。……ん? 視線が高い? それに声も少し低い……?」

 コンコンとベスト状のチェストアーマーを叩きながら鏡也は異変に気づいた。

 鏡也の身長は167センチある。なので若干見下ろし気味だった視点が、今は完全に見下ろす形になっている。そして声も、今までより低く響いていた。

「……成功ですね。ですが、これはまた予想外というか何というか……」

「これはお前の仕込みか?」

「いいえ。多分ですが元にした眼鏡にそういった仕込みがされていたんでしょうね」

 今の鏡也の姿はトゥアールの理想の真逆だ。わざわざこんな仕込みなどする必要も、意味も、熱意もないと、首を振った。

「ともかく、今は愛香だ。よし、トゥアール!」

「分かってます転送位置を――」

「服を脱げ」

「エレメリアンの真上ぇええええええええ!?」

 トゥアールが素っ頓狂な声を上げた。

「何を驚いている。さっさと脱げ」

「駄目です来ないでください変身した途端私をその力で無理やり調教しようと言うんですね薄くて熱い本みたいに薄くて熱い本みたいに!!」

「黙れ」

「あぁれぇえええええええ! 総二さまぁあああああ!!」

 

「――じゃあ、転送を頼む」

「白衣なら白衣と言ってください! 無駄に色々身構えちゃったじゃないですか! ――転送しますよ!!」

 若干キレ気味に、トゥアールはカタパルトを起動させた。

 

 一瞬で現場に到着した鏡也だったが、何故か悟ったように穏やかな顔をしていた。

「あいつめ……真上と言っても」

 横を見れば、試合中のスタジアムが丸見えである。

「真上すぎるだろうがぁあああああ!!」

 テイルギアには素での飛行能力はない。待っているのは自由落下。

 こうなればこのまま、エレメリアンの頭を踏み砕いてくれようと、鏡也は狙いを定めた。

 

 果たして見事にジャッカルギルディの頭を踏み抜いて醜いオブジェへと変え、リングを海の藻屑に変えた鏡也は、ブルーの前に跪いた。

「っ……!?」

 無意識に無防備な胸を見てしまった。以前も直接見たことがあったが、その時は蹴られたり叩かれたりしていから冷静に見ていなかったし、それ以外はモニターやテレビ越しだ。

(これは……見せ過ぎだろう!)

 へたり込んだまま、見上げる瞳。無防備にさらされる白い肌と、少しばかりとはいえ覗く膨らみ。一瞬とはいえ、マジマジと見てしまったことに気が付き、すぐに視線を外した。

 見られていたことに気付いたのだろう、眼前から凄い怒気を感じる。どう言い訳するかと考えた時、背後でジャッカルギルディが復活した。

 立ち上がろうとするブルーを、歯の浮くような台詞で制し、鏡也はジャッカルギルディと対峙した。

「貴様は何者だ! ツインテイルズの仲間か!?」

 ジャッカルギルディの言葉に、鏡也は一瞬だけ考える。だが、すぐに答えは出た。

 ツインテイルズがツインテールの戦士なら、自分は眼鏡の騎士だ。そして星の光を宿した眼鏡(グラス)で変身する。ならば名乗るに相応しい名は一つしか無い。

「お前達に語るも勿体ないが……この世界の初陣だ。あえて名乗らせてもらおう」

 バサァ! と、これみよがしにマントを翻して、鏡也はその名を宣言する。

「私の名は〈ナイトグラスター〉。貴様らアルティメギルに仇なすため、この地に舞い降りた――眼鏡の騎士(グラス・ナイト)だ!!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「ナイト……グラスター? 味方なのか?」

 テイルレッドはどう判断すれば良いのか分からず困惑した。ブルーを助けてくれたことからも、敵ではないようだ。だが、ツインテールでない者を信用して良いものか。

「テイルレッド。こちらは任せてもらおう。君はそっちのエレメリアンだけに集中するといい」

「っ……!?」

 そんな迷いを感じ取ったかのように、振り返りもせずに謎の騎士、ナイトグラスターは言う。

『レッド。彼は敵ではありません。頼もしい援軍です! ブルーのことは一切合切気にせず記憶の奥底にでもやってしまって、目の前の相手にだけ集中してください!』

「トゥアール……!? ……わかった」

 通信越しにトゥアールの太鼓判を受けて、テイルレッドはリカオンギルディとの戦いに集中することにした。

「ヌヌ……! よもやあんな邪魔が入ろうとは! 斯くなる上はテイルレッド、貴様のツインテールをいただく!」

「やれるもんならやってみろ!」

「喰らえ! 我が属性力の輝きを!!」

「甘いぜ!」

 リカオンギルディの繰り出した不可視の一撃。しかしそれをテイルレッドはブレイザーブレイドで完璧に受け止めた。

「何だと!?」

「お前の攻撃は確かに見えねぇ。でも、その攻撃が手足の動きの延長線上でしかないって分かれば、防ぐのも躱すのも簡単だぜ!!」

 ニヤッと笑ってドヤ顔をするテイルレッド。いつのまにやら来ていたギャラリーが一斉にフラッシュを焚いていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「ナイトグラスター……我らアルティメギルに仇なすだと? 笑わせてくれる! その属性力を狩り尽くし、吐いた戯言を後悔させてくれる!」

「残念だが、貴様には無理だ」

 鏡也――ナイトグラスターは眼鏡に、軽く持ち上げるよう右手で触れると、その手に眩い光が宿った。

「抜剣、〈フォトンフルーレ〉!」

 光が細身の剣へと変化し、その手に出現する。光輝の剣フォトンフルーレ。その刃を翻し、ナイトグラスターが宣告する。

「さぁ、行くぞ!」

 ナイトグラスターは駆け出す。砂浜など物ともしない加速力で、一瞬でジャッカルギルディの懐に飛び込み、鋭い膝蹴りを叩き込む。

「グウッ!?」

「速い!?」

 ブルーを持ってしても見抜けない速さで攻撃を繰り出し、更に怯んだジャッカルギルディの足を払い、その勢いのまま、回し蹴りで大きく吹っ飛ばした。

 すぐさま砂塵を巻き起こし、ナイトグラスターはジャッカルギルディの真横へと飛び込んだ。

「――おっと、逃がさないぞ」

「がっ! うが! がはぁあああ!!」

 蹴り蹴り蹴り。さながら旋風の如き回し蹴りの連続に、ジャッカルギルディはマリオネットのように宙で踊り回される。

 その電光石火の攻めに、思わずブルーは叫んでいた。

「剣、全然使ってない――っ!」

「フッ。剣を抜いたからといって、それで攻撃するとは言っていない。まだまだ青いな――テイルブルー」

「さり気なくダジャレ入れてんじゃないわよ!」

「やれやれ。ユーモアが分からないとは……仕方ない。リクエストに応じて使おうじゃないか」

 砂浜にベシャリと落ちたジャッカルギルディに向かって、ナイトグラスターはフォトンフルーレの切っ先を突きつける。

「ぐ、ぐぐ……! この程度で……やられるものか!!」

 砂浜を派手に蹴り、ジャッカルギルディが襲い来る。だが、ナイトグラスターは一切慌てる様子なく、その剣を緩やかに動かした。

「え……?」

 ブルーの目に、まるでジャッカルギルディが自ら、その刃の上を滑っているように見えた。

 やったことは簡単だ。突進してきたジャッカルギルディをその勢いのまま、剣の腹に乗せ、いなしたのだ。

 だが、そんな見切りを誰が行えようか。

 

 鏡也はフェンシングの達人である。

 フェンシングとは基本、前後にしか動けず、間合いと速度が重視される競技だと思われている。

 だが、鏡也はそれ以上に見切りこそ、フェンシングの真髄であると思っている。

 間合いも速度も、このタイミング、この踏み込みでいけばという判断の結果だ。

 だが筋肉の動き、体重移動、足運び、視線移動、腕の流れ……それら総てを一切間違いなく読み切れれば、結果など自分の理想以外にはありえない。

 先の先を取ること。それが鏡也にとってのフェンシングという競技だ。

 

 そんな鏡也が、相手の真っ直ぐな突進一つ、どうして見抜けないだろうか。

「な――っ!?」

 グルンと回るジャッカルギルディの視界。そしてそこに見えた光。

「フラッシュ・ストライク!!」

「ぐはぁ!!」

 光をまとった手刀が、ジャッカルギルディに突き刺さる。カウンターで決まった一撃に、また大きく吹っ飛んだ。

「説明しよう。フラッシュ・ストライクとは光をまとわせたパンチなどを叩きこむ技だ」

「つまり、必殺技ってこと?」

「いいや、ただカッコイイだけだ」

「真面目にやりなさいよね!?」

「痛っ」

 キリッとした顔で言い放つ眼鏡騎士に、テイルブルーが足元のランスを投げつけ、見事に頭に命中させた。

 フォトンアブソーバーのお陰で痛みはないが、つい当たったところを撫でててしまう。

「危ないことをする。一般人にこういう事をしてはダメだぞ?」

「しないわよ!!」

 ウソである。既に鏡也はやられている。ブルー的には一般人ではないのだろうが、変身していない人間は基本、一般人だ。愛香のように逸般人なわけでもないのだから、自重してほしいものだ。

「うぐぐ……! 調子に乗るな!」

 フラッシュストライクを喰らった場所をバチバチと光らせながら、ジャッカルギルディが再び立ち上がった。

「しぶといわね、アイツ」

「………」

 ナイトグラスターとしては本気で倒すつもりで蹴りを打ったのだが、やはりパワーが弱いらしい。ダメージはあっても決定打に欠けるようだ。

「なら、一気に決めるまでだ」

 ナイトグラスターは剣を一度振るい、構える。今度こそ、とどめを刺すと、砂を強く蹴った。

 再び神速をもって駆けるナイトグラスターに、ジャッカルギルディが仕掛ける。

「食い込めぃ!」

「っ――!?」

 砂が突然流動し、ナイトグラスターが左足を取られる。あっという間に膝まで砂に埋まってしまった。

「あぁ、この馬鹿! 何やってるのよ!?」

「馬鹿め! 俺を甘く見るからだ!」

 前後から同時に叱責を食らうナイトグラスター。ジャッカルギルディは一気に跳躍し、その爪を喰らわさんと襲いかかる。

 ブルーも、白衣を纏ったまま立ち上がると、ランスを拾って走りだす。

 

 ――そのどちらもが、彼の口元の歪みに気付かない。

 

「オーラピラー」

 パチン。とナイトグラスターが左指を弾いた。瞬間、ジャッカルギルディの体を光が包み込み、空中に拘束した。

「ぐわぁあああああ! こ、これはオーラピラー!? 何故だ、何故オーラピラーがぁああああ!」

「何故も何も、さっき打ち込んだだろう? それを発動させただけだ」

 足を引っこ抜き、ナイトグラスターは空中に縫い付けられたジャッカルギルディを見上げる。

 

『説明しよう。フラッシュ・ストライクとは光をまとわせたパンチなどを叩きこむ技だ』

『つまり、必殺技ってこと?』

『いいや、ただカッコイイだけだ』

『真面目にやりなさいよね!?』

 

「まさか、あの時に……!?」

 ブルーはナイトグラスターが既にあの時、この図式を描いていたのだと理解した。

「貴様の食い込み能力の正体が物質への干渉なのは分かっていたからな。それが最大の効力を発揮する方法を考えれば、砂を使うのは明白だ。粒子の粒である砂浜にちょっと力を使えば、流砂でも落とし穴でも作り放題だからな。場を実に上手く使ったと褒めてやろう」

 リングを砂に隠したのも出したのも、能力に拠るところだ。砂の動きをコントロールすればそれぐらいは容易い。

 パチパチと拍手するナイトグラスターを、ジャッカルギルディは憎々しげに見返す。

「なら、貴様はあえて此方の手に掛かったというのか? 一体、何故……?」

 ジャッカルギルディの絞りだすような言葉に、ナイトグラスターはしれっと返した。

「決まっているさ。その罠にかけた筈の相手にやり込められる……その悔し顔が見たかっただけだ」

「このサディストがぁあああああああああああああ!!」

 ジャッカルギルディが怒り任せにもがくが、拘束は外れない。ナイトグラスターは式典などのように剣を掲げた。

完全開放(ブレイクレリーズ)!」

 剣の鍔が開き、刃が光り輝く。そして全身の装甲が展開し、内部機構〈フォトンアクセラレータ〉がフル稼働し、光の粒子が放出される。

 全身に光を纏ったナイトグラスターが、空中のジャッカルギルディの前へと一瞬で移動する。

「ブリリアントフラッシュ!!」

 流星を思わせる鋭い突きが、ジャッカルギルディを貫く。流星は砂浜を抉るように降り立つと、一度、その剣を払った。

「こんな……こんな奴にやられるなどぉおおおおおおおおおお!」

 断末魔の悲鳴を上げるジャッカルギルディの体に無数の輝線が走る。目にも映らぬ連続斬突撃〈ブリリアントフラッシュ〉を喰らったジャッカルギルディが爆散した。

「彼女に卑劣なことをした貴様の末路には、相応しかろう?」

 落ちてきた属性玉をキャッチし、ナイトグラスターは剣呑な瞳を覗かせた。

 

「バカな……ジャカルギルディが!」

「余所見してる場合じゃねぇぞ! オーラピラー!!」

「っ!? しまった!!」

 ジャッカルギルディを倒された動揺から隙を見せたリカオンギルディを、テイルレッドのオーラピラーが襲う。

 紅蓮の炎は渦巻いて赤き御柱となり、その動きを封じ込めた。

「うぐぐ……! 動けん……っ!!」 

「行くぜ、完全開放(ブレイクレリーズ)!!」

 ブレイザーブレイドが業火に包まれ、エクセリオンブーストがスラスターとなって火を噴く。

 高き飛翔から繰り出される必殺の一撃。

「グランドブレイザ―――ッ!!」

「ぐぁああああああああ!! まだ、まだハイレグをぉおおおおお!!」

 テイルレッドの斬撃を喰らったリカオンギルディが、断末魔と共に爆散した。

 

「向こうも決着がついたか。では、先に失礼させてもらう」

「ちょっと待ってよ! あんた、一体何者なの? 何でトゥアールの白衣を持って……ちょっと待ちなさいよ!」

 ブルーが止めるも聞かず、ナイトグラスターは踵を返して去ろうとする。

「君達も早く引き上げた方がいい。では、また後で――」

 そう言い残し、ナイトグラスターはスタジアムの方へと走り、そのままその速さに任せて姿を消した。

「ブルー!」

 それを見送ったブルーの背中にレッドの声が届く。ブルーが振り返ると、途端に安堵したのか、表情を崩した。

「はぁ、無事で良かった。さっきの人は?」

「……行っちゃった。それより、あたし達も行きましょう。マスコミとか野次馬が来てる」

 ブルーはリボンの属性玉を使用し、レッドを抱えて空に飛び上がった。グングンと遠ざかる景色を見下ろしながら、考えるのは今日の戦いのこと。

「今日は本当に危なかったな」

「油断があった……かも。もっと気を引きしめないとね」

 連戦連勝が心に隙を生み出す。勝って兜の緒を締めよとはよく言ったものだと、レッドは改めて、心のツインテールを締め直す。

 自分たちの戦いは、絶対に負けられないものなのだから。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 基地へと帰ってきた二人は、変身を解いた。

「お二人とも、おかえりなさい。無事で何よりです」

 トゥアールの出迎えを受けて、愛香はふと自分が着ている物のことを思いだした。

「トゥアール。この白衣、あんたのよね?」

 愛香の予想通り、トゥアールはやはり白衣を着ていなかった。つまり、あの人物はここから現場に来たということだ。

「えぇ、そうですよ。それより、もう必要ないでしょうから返してください。貧乳が移ってしまったら大変ですから」

「ごめん、破れちゃった」

「あぁあああ!? なんてことを!!」

 目の前でビリッと逝かせて、しれっと言い放つ愛香。素手で服を破くとは、何処のプロレスラーであろうか。

「なぁ。トゥアールはあのナイトグラスターって人のこと、知ってるのか?」

 破れた白衣を渋々捨てて、新しい白衣を着るトゥアールに、総二は尋ねた。

「知ってるも何も………そこに居ますよ?」

 

「「…………え?」」

 

 転送装置から見て、左奥の椅子に人影がある。椅子がくるりと返されると、そこには件の眼鏡の騎士が座っていた。

「やぁ、先程ぶりだね。ツインテイルズのお二方」

 まるでイタズラが成功した子供のように、愉快そうに笑う騎士に、二人はただただ呆然とした。

「しかし、驚いた。まさか究極のツインテールを持つとされる者が……男だったとはね」

「ッ……!?」

 そこで総二は気付く。自分は今、この場所で変身を解いた。つまりは全てを知られてしまったということに。

「あ、いや……今のはその……」

 しどろもどろになりながら、総二は何とか言い訳しようとする。だが、頭が真っ白になって、言葉が出てこない。

「安心していい。誰にも言うつもりはないし……何より、トゥアールからある程度の話は聞いているからね」

 そんな総二を安心させようとするかのように、騎士は語る。

「……やっぱりトゥアールの知り合いだったんだ」

「いや、まぁ……知り合いといえば知り合いですよ。えぇ、そりゃもう」

 トゥアールは地味に投げやりっぽく答える。

「彼女はこのギアを作ってくれたんだ。同じ異世界人の(よし)みでね」

「異世界人? ナイトグラスターさんもここじゃない世界から来たんですか?」

 総二の問いに騎士はやおら立ち上がると、静かに語り始めた。

「私の世界も属性力の実用化がされていた世界でね……だが、ずっと昔にアルティメギルによって滅ぼされてしまった。その頃の私はまだ幼く、ただ逃げることしか出来なかった」

「アルティメギルに……」

 総二が沈痛な面持ちになる。トゥアールの世界の話を思い出したのだろう。

「あれからずっと、私はいつかアルティメギルと戦う日のために自分を鍛えてきた。今度こそ、大事なものを守れるようにと。彼女と出会い、こうしてテイルギアを作ってもらい……私もやっと、奴らと戦える様になった……という訳だ」

 騎士は総二の前まで歩み、その手を差し出す。

「テイルレッド。この世界の守護者である君に、どうかお願いしたい。君達と刃を共にして戦うことを許してもらえないだろうか?」

「そんな……! 俺だって、今日は愛香……ブルーが危ないところを助けてもらったし……! それに、大切なものを守りたいって気持ち、すごく良く分かります。だから、こちらこそよろしくお願いします」

 総二はその手を握り返し、そして愛香の方に振り返った。

「な、愛香もいいよな?」

「……まぁ、助けてもらったし。いいわよ、あたしは。もし変なコト考えたりしたら、即刻ぶっ飛ばせばいいんだから」

「お前、どうしてそう物騒な思考にいくんだよ」

「ははは。どうかよろしく頼むよ――観束総二君、津辺愛香君?」

「………え?」

「ちょっと、何で名前……!?」

 二人が名を呼ばれ、驚きと困惑の表情を浮かべた。なぜなら今までの流れから、二人の名前をトゥアールから聞いているとは思えない。

 ならどうして、自分たちの名前を知っているのか。狼狽する二人を前に、騎士はその変身を解いた。

 

「――観束総二君。津辺愛香くん。これからよろしく頼む」

 

 キリッとした表情で改めて言い直す幼馴染。二人の返答は早かった。

 

 

「「お前かぁあああああああああああ!!」」

 

 

 見事なダブルパンチが鏡也をぶっ飛ばした。

 

 




やっと、主人公の活躍できる条件がクリアされた……!

ちなみに必殺技に使われているブリリアントは「光り輝く」という意味とダイアモンドのカッティングであるブリリアントカットの二つを合わせた意味です。


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皆様のご愛好のお陰で、お気に入り250件を突破いたしました。
今後も「楽しい」「面白かった」と言っていだだけるように、頑張りたいと思います。


「いやぁ、すまない。二人が余りにも気付かないものだからつい……」

「つい、で済ませないでよ! ご丁寧にあんな作り話までして!!」

「いや……反省しているので、そろそろ下ろしてくれると助かるのだが?」

 おふざけの代償として、ダブルパンチから簀巻き吊るしという、90年台の漫画のような状態にされてブラブラと揺れる鏡也は、百トンハンマーは持っていないが、それに匹敵する程のパワーを持つ幼馴染に許しを請うた。

「ダメよ。もうちょっとそうしていなさい!」

 取り付く島もないとはこの事か。鏡也はもう暫くはこのままだなと諦めた。

「それにしても、認識阻害装置というのは凄いな。二人揃って気が付かないのだから」

「気付かれないための装置ですからね。でも、鏡也さんの場合は総二様とは違う意味で変化が大きいと思いますけど」

 トゥアールはそう言いながら、チラリと総二を見た。彼は今、先刻の映像を観直しているところだ。

「……何でだ? 何で……?」

 総二がギュッと拳を握る。そして鏡也を睨むように見上げた。

「何でお前は、お前だけ正統派な変身してんだよ!? 男なら一緒に幼女になれよ!! そのテイルギアだって、トゥアールが作ったんだろう!?」

「知らん。そういうのはトゥアールに聞いてくれ」

「何故なんだトゥアール!?」

 若干涙目になって、総二がトゥアールに詰め寄る。

「いえ、眼鏡属性は別に幼女にする必要ありませんし。そもそも、幼女は一人でいい! テイルレッドは一人で十分なんです!!」

「レッドが二人も三人もいたら困るわ――っ!!」

「ビッグボース!!」

 愛香がC○C的に腕を捻り上げながらトゥアールをぶん投げた。

「そう言えば、鏡也のギアって、眼鏡属性なんでしょ? 一体何処でそんなの手に入れたの?」

「あぁ、ウチのアンティーク眼鏡コレクションの中に一つ、妙な気配を持つ眼鏡があってな。それを調べてもらったら、ギアに使えるだけ属性力があると分かったんだ。で、それを使って作ったのがこの、テイルギアTYPE-Gだ」

 器用に眼鏡をキラリと光らせ、鏡也は得意気に言う。簀巻きのままのくせに、尊大な態度である。

「そんな都合よく? ていうか、属性力って、物にも宿るものなの?」

「そんな事は知らん。だが、実際にこうしてギアができているし……古来より『旧き物には魂が宿る』ともいうし、そういう事もあるんじゃないか?」

「……う~ん」

 愛香は釈然としないと唸った。実際、彼女の勘は正しい。鏡也の言葉は、嘘だらけなのだ。

 だが、トゥアールはあえて何も言わずにいる。鏡也との約束もあるし、何より既に”本当のこと”は告げられているのだから。

 

「それにしても……何で、〈ナイトグラスター〉って名乗ったんだ? 普通にテイルシルバーとかでも良かったんじゃ?」

「いいえ、総ちゃん。それは違うわ!」

「うわぁ!? いきなり出てくるなよ!?」

 総二がふと思ったことを口にした瞬間、何処からともなく中二病の化身が現れた。

「テレビで緊急中継が流れてね……全部見ていたわ。鏡也君、あなた……分かってるわね!!」

 未春はドヤ顔で鏡也を指差し、賞賛した。

「少女二人に男一人。二人はツインテールの美少女戦士。それを助けるポジション的存在は、彼女達と同じ様な名前を名乗ってはいけないのよ!!」

「ちょっと何を言ってるのかわからないんだけど!?」

 総二の困惑など何処吹く風か。エンジンの掛かってしまった未春は止まらない。

「古来、セーラー服的美少女戦士を助けるのは、タキシードなマスクだったり、シャドームーンのナイトだったり! つまりはそういうお約束なのよ! 亡くなったあの人が生きていたら、きっと今日という日を記念日にしたでしょうね」

「いや、そういうあれは困るんですけど」

 戸惑う鏡也をさておいて、未春特急は加速を止めない。

「鏡也君は今度から、まずは登場前にバラを投げるところから入りましょう! そして総ちゃん達はナイトグラスターをちゃんと『ナイトグラスター様』と呼ぶように! これで完璧だわ」

 

「「「お願いだから、止まって―――!」」」

 

 結局、全てを暴走した未春に破壊されて、その日は終わってしまったのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 翌日。幕張で起こった戦いは朝のワイドショーのトップを飾った。もちろん、テイルレッドがメインだ。

 そして最後のほうでちょろっとだけ、新戦士ナイトグラスターの事も触れられたのだが。

 

『橘さん。このナイトグラスターを名乗る男性は一体何者なんでしょうか?』

『そうですね。テイルブルーを名乗る輩を助けたところから見ても、テイルレッドに危険を及ぼす可能性は高いでしょう』

『剣崎さんはどう思われますか?』

『ケイサツハドウシテサッサトタイホシナインデイスカ!!』

『……はい。ありがとうございます。テイルレッドの可愛らしい笑顔が、危険人物によって曇らないことを祈るばかりです』

 

「………」

 良い印象はないだろうなと覚悟はしていたが、まさかブルーを助けたら一緒に危険人物扱いとは予想外であった。

 尤も、危険の意味合いは違うようであるが。

 そんな事を思っていると、鏡也の携帯が鳴った。誰かと思えばやはり愛香である。

 ここ最近、ブルーの悪評報道が流れる度にテレビとトゥアールに対する愚痴を聞かされるのだが、さて今日はどんな内容であるか。

 無視もできないので、電話にでる。

「もしも――」

『鏡也! 今日のニュース見た!? なんであたしと鏡也が揃って悪者みたいに言われてるのよ!?』

「……その割には、声が弾んでないか?」

『ウウン。ソンナコトナイワヨ?』

「片言じゃないか!?」

『ま、詳しい話は学校でしましょ? それじゃね』

 一方的に切られてしまい、鏡也は微妙な表情でそれを見ていた。

「……愛香。もしかして仲間が出来て嬉しいのか?」

 それはネガティブ過ぎるだろうと、心の中で呟いて、鏡也は登校の準備をするのだった。

 

 通学路の途中でいつもの様に二人と合流した鏡也は、これまたいつものように変態と化した学園の生徒達に舌打ちされさながら校門を潜る。

「お早うございます。今日は少し肌寒いですわね」

「「お早うございます、会長」」

 校門を入ってすぐの所で、三人は慧理那に声を掛けられた。いつもの様に、その後ろには尊が控えている。

「お早う、神堂会長。尊さんもお早うございます」

「お早うございます、鏡也さん」

 尊も会釈を返す。その立ち振る舞いは流石、神堂家のメイド長だと感心するほどだ。

「はぁ……いつ見ても凄いツインテールだなぁ」

 総二は慧理那のツインテールに見惚れ、囁くように言葉を吐き出していた。

「総二、ヨダレを拭け。というか、お前はリビドーのベクトルを少しは直せ」

 ツインテールに性欲の9割9分を持って行かれていそうな幼馴染の将来を本気で心配しながら、鏡也はハンカチを差し出す。

「あぁ、ありがとう」

「あっ……」

 口元を拭く総二。それに対して何か言いたげな愛香だったが、結局は出しかけた手を引っ込めた。

「ところで鏡也くん。またお話を聞かせて欲しいのですけれど……良いでしょうか?」

「話? またテイルレッドの話でも聞きたいの?」

 そう鏡也が聞くと、周囲から足音が一斉に消えた。

「いえ。今度はテイルブルーの事を聞かせて欲しいのです!」

 そう慧理那が答えると、すぐに足音は帰ってきた。

「………何、今の反応は?」

 周りを通る生徒達に、愛香は反射的に猛禽の視線を向ける。

「ブルーの話? でも、俺はブルーとは……」

「御雅神のおじさまの会社前で、とても親しそうにしていたではないですか」

「……いや、普通にどつかれてたんだけど?」

「そういったところが、親しい証拠ですわ。早速、今日の放課後………は、会議がありましたわね。明日は各部活の陳情を纏めなければいけませんし……」

 ブツブツと予定を確認する慧理那。しばらくして『ぽん』と、手を打った。

「では、今週の日曜日。うちにいらして下さい」

 

 ――ざわっ!!

 

 周囲が、まるで信じられないものを見るかのように視線を送る。

 陽月学園のマスコットにして、人気者である神堂慧理那からの直々のお誘いであるだけでも羨ましいのに、家にだと?

 テイルレッドに加えて、会長にも手を出すというつもりか、あのロリコンクソペド野郎は。

 総二らを除く生徒達全員の、そんな嫉妬に満ちた視線が、一人に突き刺さる。

「あー、いや。昔行ったきりだし……」

「そうですね。よく、一緒のベッドでお昼寝もしましたわね」

 

 ――一緒のベッドで?

 ――お昼寝? あのお人形みたいな会長と?

 ――なにそれ。マジ許せねぇ。

 

 ザワザワと、周囲が賑やかしくなる。

「えぇ、そうですね。”昔は”ですね。”昔は”、”小さい頃は”ですね!」

 昔と小さい頃をことさら強調し、鏡也はこれ以上無駄に敵意を増やさせまいとする。

「じゃあ、今週の日曜日に屋敷の方に行きますから! それじゃ、俺は先に失礼します!」

 一礼し、鏡也は一も二も無く走りだす。それをキョトンとして慧理那は見送った。

「……どうしたんでしょうか? もしかして、急いでいたのですか?」

「いやぁ……そうじゃないんですけどね」

 愛香はなんとも言えない笑みを浮かべて、そう答えるのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 週末。約束の日はあっという間にやって来た。

 マウンテンバイクのペダルを踏みながら、鏡也は今日話す内容について考えていた。

 前回のレッドの話の時は、まだ色々と誤魔化し様があった。偶然の出会いから、偶然の遭遇戦。その後も、トゥアールの話を置き換えただけだ。

 だが、ブルーの話はほぼ100%が捏造になるだろう。だからこそ、愛香と総二と、ついでにトゥアールを交えてお話を作ってきたのだ。

 大方纏まったのはいいが、それを話すには内容をきっちり覚えなければならず、それが出来たのがつい昨夜の事だ。

「はぁ……気が滅入る。とはいえ、無下にも出来ないしなぁ」

 元より、慧理那とは幼少の頃よりの付き合いだ。学校の違いで疎遠だったとはいえ、姉のように思う相手の願いを聞かない訳にも行かない。

 キコキコとペダルを漕ぐ。名家である神堂家の屋敷まで、あと少しだ。

『鏡也さん! 聞こえますか!?』

「うわっ!?」

 その時、唐突にトゥアールの通信が耳をつんざいた。テイルグラスには、骨伝導式通信機能が付いていて、それを使っての声だった。

 驚きの余り、電柱にぶつかりそうになった鏡也は、バクバクとなる胸を押さえながら返す。

「トゥアール……お前、俺を殺す気か!?」

『そんなことを言っている場合ではありません! エレメリアン反応です!』

「総二達は?」

『実は今日は皆で駅前に買い物に来ていまして……今、一緒に基地まで移動中です。さすがに週末で人が多く、転送ペンを使いたくてもなかなか……』

「わかった。俺が先行して向かう。場所は何処だ?」

『それが反応があったのが……鏡也さんのすぐ近くなんです。神堂家敷地内と出ています』

「なんだと!?」

 トゥアールの言葉で、鏡也の脳裏に浮かんだのは慧理那の事だった。まさか、また彼女のツインテールが狙われたのか。

 マクシーム宙果での出来事が頭を過る。あの時、鏡也は何も守れなかった。守ろうとする意志だけで、何一つその手で救えなかった。

「トゥアール。これは俺一人でやる」

『え? ですけど、総二様たちと一緒の方が――』

「頼む」

 だが、今はあの時とは違う。思いと力。その二つが揃った今だからこそ。

「俺が――今度こそ、あの人を守る!」

 テイルグラスに一際強い輝きが満ちる。それは決意と覚悟の光だ。

 

「グラス――オン!」

 

 力と意志と、決意と覚悟が一つの形となって、鏡也を包んだ。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 神堂家の広大な庭に、神堂家メイド隊と対峙する、招かれざる客の姿がある。異世界よりの侵略者アルティメギル。その刺客たるエレメリアンとその部下アルティロイドだ。

「エレメリアン……よもや、不敵にも神堂家に踏み入るとは!」

 神堂慧理那の護衛にしてメイド長を務める桜川尊は、世を騒がせる者達を強く睨む。

「お前達はお嬢様を守れ! 屋敷内に一歩たりとも入れさせるな!!」

「はい――!」

 他のメイドに指示を飛ばし、自分は目の前の敵と戦うべく構える。

「……素晴らしい。そのメイド服は戦うための装束ということか。なるほど。それ故に麗しささえ漂う」

「……何?」

 蛇に似たエレメリアンの発した突然の言葉に、尊は怪訝そうに伺う。主に害する者であることは間違いないが、その真意も気にかかる。

「アルティロイドよ。そのメイドを捕らえるのだ! かかれ!!」

「モケー!!」

「っ! ハァ――ッ!!」

 エレメリアンの命令に飛びかかってきたアルティロイドに鋭い正拳を突き刺す。人体でいうところの鳩尾――水月打ちだ。

 手応えあった。アルティロイドが吹っ飛ぶ。

 それを皮切りに、次々とアルティロイドが尊に飛びかかるも、拳打、蹴撃、投法をもって片っ端から払い除ける。

 だが、アルティロイドはなるで何事もなかったようにすぐに立ち上がる。

「くっ、まるでゾンビだな……!」

 絶えることなく襲いかかるアルティロイド。尊は幾度もそれを退けるが、ついにはその四肢に敵が絡みついた。その細い体躯からは想像も出来ない圧力が、尊の体を雁字搦めにする。

「くそ! 離れろ!!」

「凛々しきその姿も良い。だが、メイド服といえばフルフリル! さぁ、このエプロンドレスタイプのメイド服に着替えさせてやろう」

 そう言って、蛇エレメリアンが出したのは――フリフリの可愛らしいメイド服だった。きっと、テイルレッドのような愛らしい少女が着ればさぞ似合うだろう。

「や、やめろ! そんな可愛らしい物を私に着せるな!!」

 齢にして28。可愛いよりもカッコ良いなタイプである尊がこんな物を身に付けた日には、余りの痛々しさに婚期のカウントダウンが強制的に前倒しにされてしまう。

「フッフッフ。安心するがいい。メイド服はどんな年増にでも寛容だ」

「誰が年増だ! 貴様、その皮を剥いでバッグにするぞ!!」

外面如菩薩内心如夜叉どころか、全てが阿修羅となった尊の怒号が響く。しかし、エレメリアンは屁とも思わず、じわじわと迫ってくる。

 せめて時間が稼げれば、主である慧理那を逃がす事ができる。その為ならば――この身(婚期)がどうなろうと。

 

 ――キィン!

 

「ぬぅ!?」

 尊が悲壮な覚悟を固めたその時、閃光が走った。それはエレメリアンのメイド服を両断する。

 そして、尊の周囲を幾つもの光が走る。

「「「モケ―――ッ!?」」」

 閃光は尊を押さえていたアルティロイドを一瞬で斬り捨てる。光の残滓が虚空へ解けて消えた。

「あ――」

 拘束を解かれた尊がバランスを崩す。後ろに倒れそうになり、反射的に受け身を取ろうと体を捻った。

 そんな尊の体が何かにぶつかった。そして同時に強い力で肩と背中が押さえられた。

 一体何がと思った尊は顔を上げた。

「怪我はありませんか?」

「っ……!?」

 すぐ目と鼻の先に、男性の顔があった。レンズ越しに覗く瞳は切れ長で、まつ毛も長い。その顔が尊の顔を見たのは一瞬で、すぐにエレメリアンの方へと向いた。

 そうして、やっと尊はその男性に抱き締められてるのだと気付いた。無意識に、顔が熱を帯びる。

「貴様はナイトグラスター! 何故テイルレッドではなく貴様がここに来る!?」

「生憎だが、テイルレッドなら今日は休みだ。ここには来ない」

「何だと!? ……かくなる上は、この屋敷から感じるツインテールとメイド服を奪ってくれよう!」

「そんなこと、させる――!?」

 聞き捨てならないと、尊はエレメリアンに向かおうとするが、その体がぐいっと引き止められる。

「ここは私に任せて下さい」

「だが、奴はお嬢様を!」

「わかっています」

 腕を離し、ナイトグラスターは尊の肩に優しく触れる。

「大丈夫。あなたも、あなたの守りたい人も……私が全て、守ってみせる。さ、あなたも早く下がって」

 右手に下げた剣を一振るいし、ナイトグラスターが尊から離れる。

「………」

 垣間見えた強い眼差しに、尊は自然と下がっていた。そしてナイトグラスターは尊と、その後ろの神堂家の屋敷を守るように、その両手を広げた。

「アルティロイド、ヤツを倒せ!」

「「モケー!!」」

 エレメリアンの命令で、アルティロイドが一斉にナイトグラスターへと襲いかかった。それは尊から見ても、一人でどうにか出来る数ではない。

「危な――!」

 ――い。と、言葉を紡ぎ切ることは出来なかった。何故なら。

 

「「「モ、モケ―――!!」」」

 

 瞬きの間もなく、全てのアルティロイドが粉砕されたからだ。

「ば、バカな!? あの数を一瞬でだと……!?」

「我が剣は閃光。雑魚がどれだけ来ようとも、止められる道理などあるものか。さぁ、次は貴様だ」

「ぬぅ……。流石はあのジャッカルギルディを倒しただけのことはあるな。我が敵に不足なし! 私はスネークギルディ。メイド服の揺れるリボンにロマンを求める求道者よ!」

「……また、随分とマニアックなポイントだな」

 エレメリアン――スネークギルディとナイトグラスターの戦いが始まる。だがそれは戦いなどと言えるものではなかった。

 ナイトグラスターの速度は、スネークギルディの反応できる範囲を遥かに逸脱していた。遠目に見る尊でさえ、影一つ追うだけで精一杯だった。

 閃光が走る度、スネークギルディが吹き飛ぶ。陽光を受けた刃が煌めく。

「おのれ! なんというスピードだ!!」

「この程度で驚かれては困るな」

 更にナイトグラスターは加速する。ついにはスネークギルディの体が地面に落ちることさえなくなった。

「随分とタフだが――これで終わりだ!」

 ナイトグラスターのキックが、スネークギルディを高く打ち上げる。そしてすぐさま、二本の指を立てた左手を向けた。その手に光が集まっていく。

「フラッシュ・ショット!!」

 銃身に見立てられた指から光弾が発射される。それはスネークギルディを撃ち抜き、その体にバチバチとスパークを起こさせた。

「オーラピラー!」

 ナイトグラスターが左指を弾くと、スネークギルディの体から光が噴き上がって、空中に縫い付ける。ナイトグラスターがその剣を掲げ、叫ぶ。

完全開放(ブレイクレリーズ)!」

 その言葉と共にナイトグラスターの体を光が包み、天へと昇る流星へとなる。

「ブリリアント――フラッシュ!」

 閃光の一撃はスネークギルディを容易く貫いた。

「ぐぐ……! メイド服……テイルレッドの揺れるリボンを……見たかった」

「そんなに冥土(メイド)が好きなら地獄にでも落ちるが良い。尤も、落ちられる地獄があるのならば……な」

 スネークギルディは光の中に爆散した。そこから落ちてきた何かをキャッチすると、ナイトグラスターは剣を一振りする。剣は切っ先から光となって消えていった。

 ナイトグラスターはマントを翻し、尊の方へと歩いてくる。光を受けて輝く銀の鎧を纏った姿はその名の如く、物語から抜け出てきた騎士(ナイト)のようだった。

「大丈夫でしたか?」

「え、えぇ。あなたのお陰で……」

「それは良かった」

 不思議だった。目の前にいるのは今まで見た男性の中でもとびっきりだ。だというのに、尊の頭の中には今までのような行動を取ろうとする思考は欠片もなかった。

 それどころか、目の前の人と言葉を交わす以上の事が何も出来なかった。

「――尊!」

「っ!? ――お嬢様!?」

 背後のドアが開き、尊へと駆け寄ってくる慧理那と、メイド達。尊がそちらに振り返った時、僅かな足音が響いた。

「あ――!」

 向き直るが、そこには最早、誰の姿も無かった。ただ、一陣の風だけを残して、騎士は去っていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 持ち前のスピードでスネークギルディを瞬殺し、鏡也はマウンテンバイクを置いた場所まで戻ってきた。

 途端、通信が届いた。出てみれば今世紀最強のツインテールバカが、ツインテールのために心を砕いた通信だった。

『鏡也! 生徒会長のツインテールは無事なのか!? 守れたんだよな!?』

「あぁ、安心しろ。……今度は、守れたとも」

『そうか。良かった……! ぐすっ』

『いやいや! 泣かないでよそーじ!?』

『総二様! 泣くのでしたら私の胸の谷間にずいっと顔をうずめて泣いて下さい!』

『よし、思いっきりうずめてやるわ』

『ちょ!? おっぱいが潰れ――みぎゃああああああああああああああ!』

「………じゃ、切るぞ?」

 どこまでもいつも通りな仲間をさて置き、鏡也は通信を切った。

 あの時、守れなかったものを今度こそ守れた。鏡也は深く溜め息を吐いた。

「さて、行くとしますか」

 マウンテンバイクのペダルは心なしか軽く感じられた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 アルティメギルによる神堂家襲撃の夜。桜川尊の姿は浴場にあった。

 湯船に体を沈め、ゆったりと体を温めながら、今日という日を振り返った。

「………」

 両親を亡くした彼女が神堂家に養女として引き取られてから、それなりの月日が流れた。

 大恩ある神堂の姓を名乗らずにあえて桜川として仕え、義姉にして義妹でもある慧理那の護衛兼専属メイドとなったのは彼女が17歳の頃。先代メイド長が結婚により引退し、その人より護衛役を引き継いだのだ。

 尊はその青春の全てを、神堂家と慧理那のために費やしてきた。その事には後悔の一欠片さえ無い。

 だが、それは同時に彼女と異性との接点を尽く廃する結果となってしまった。

 桜川尊。御歳28歳。男性との交際経験無し。職場は女性ばかり。恋愛どころか、出会いそのものが無い。見合い、婚活、武士の白装束宜しく、常に婚姻届を持ち歩くほどの覚悟で挑む。しかし、結果は芳しくない。

 そんな彼女は当然、異性と触れ合ったこともない。例えば今日のように。

「………はぁ」

 男性の胸とはあんなにも硬いとは知らなかった。(チェストアーマーのせいです)

 男性の腕とはあんなにも力強く抱きしめるものだとは。(スピリティカフィンガーのせいです)

 男性の体臭。体温があんなにも心を揺さぶるものだとは。(効果には個人差があります)

 

 

『お怪我はありませんか? 美しいお嬢さん?』

 

『大丈夫。あなたの事は私が命を懸けて守ります』

 

『あなたの美しさに傷一つなくて良かった』

 

 

「っ……はぁ……!」

 優しいバリトンボイスが紡ぐその声が尊の脳内で再生される度、脊髄を甘い刺激が走る。

 湿り気を帯びた、熱い吐息が溢れて湯気の中へと溶ける。

 内容はいささか違うような気もしたが、人間の記憶など曖昧なものだし、大差もないだろうから気にもならない。

 彼の名は、何と言っただろうか。

「……ナイト、グラスター………様」

 その囁きは、誰の耳にも聞こえないまま、水面へと消えた。




ナイトグラスター、受難の始まり。


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第一巻の話もいよいよ終盤。
今回もまた、オリジナルエレメリアンが登場です。


 アメリカ――ハリウッド。映画の都として知られ、多くの映画、ドラマがここで制作されている。

 太陽が中天に昇ろうという頃。そんな場所に不釣合いの、まるで特撮映画の出演者のような連中が現れた。

「ワハハハ! 女優は何処じゃ!? モデルは何処に!? このトードギルディの目に適う美脚の持ち主は何処じゃ!? アルティロイド、ゆけい!!」

「「「モケー!!」」」

 号令一つ。黒い集団が動く。彼らによって次々、美脚の女性たちが集められていく。

「モ、モケ?」

「何? ツインテールはいいのかだと? ふん。放っておけば極上のツインテールがやってくるだろう。ツインテールの蒐集はその後で良い。……む、むむむ!」

 トードギルディがそのギョロッとした目を見開く。連れて来られた中の一人の足が映った。

 ハーフパンツ姿の16歳ぐらいの少女。ツインテールにまとめたボリューム感のあるハニーブロンドが眩しい。

「フ、フフフフフフ……! 肌のハリといいツヤといい太ももふくらはぎのバランスといい……正しく極上の美脚! そしてそのツインテールも、なかなか……これはなんという掘り出し物……!!」

『い、いや……! 来ないで!』(英語です)

 ジュルリと舌なめずりして迫るトードギルディ。その不気味な姿に少女はたまらず、短い悲鳴を上げた。

 怪物たちの蹂躙。少女の悲鳴。それを救う者は何処に?

 

「「モケ――!?」」

 

 祈り捧げる神さえ救わぬ子羊を、然し救う者は在る。救い主は閃光と共に。

『あっ……!?』(英語です)

 少女の前に、舞い降りる影は一つ。光とともに降り立ったそれは、アルティロイドを蹴散らし、その残滓を振り払うかのようにマントを翻した。

「貴様は……ナイトグラスターか! ならばテイルレッドもどこかに……!?」

 トードギルディがキョロキョロと辺りを見回す。だが、何処にもその姿はない。

「居ない……だと? やい、貴様! テイルレッドは何処じゃ!?」

「うるさい黙れ。危険なビジュアルをしおってからに」

 ナイトグラスターはトードギルディの言葉を両断する。それ程にやばい見てくれであった。

 具体的には、超高性能全領域戦闘機を駆る傭兵部隊に所属していそうなビジュアルであり、仮に挿絵などが出た日には髭のおじさんがにこやかに「法廷でお会いしましょう」と告げてくるレベルだ。

 可及的速やかに排除しなければ、この作品自体も危うい。

『お嬢さん、ちょっと失礼!』(英語です)

『キャッ!?』(英語です)

 ナイトグラスターは数歩下がると、少女をヒョイと抱き上げた。

「ぬ? 貴様、私の美脚に何をする!!」

「いや、そろそろ避難しようと思ってな。そこ、立っていると危ないぞ?」

「なんだと……?」

 

「オーラピラ―――ッ!」

 

 叫びが聞こえた瞬間、ナイトグラスターは飛び退く。同時に火炎球が着弾し、トードギルディを拘束した。

「うがぁああああ!? し、しまったぁあああああああ!!」

「グランド――ブレイザァアアア!!」

 炎獄の一撃がフロッグギルディを背後から斬り捨てる。トードギルディが焼きガエルになる間もなく、爆発した。

「おっと。〈フォトンシールド〉展開」

 噴きつける爆風から少女を守るため、ナイトグラスターがマントを広げる。すると光の膜が生まれ、風と煙がその曲面を滑り流れていく。

 フォトンシールド。

 ナイトグラスターの左肩に装備されたマントは、変身時に形成されたフォトンコクーンが多層式になって再展開されたものであり、任意に防御フィールドを発生させることが出来るのだ。

 残るアルティロイドも、ブルーが獅子奮迅の大暴れで蹴散らし、決着は付いた。

「よ~し、終わった! 早く帰ろうぜ!」

「せっかくの海外だし、こんなんじゃなけりゃ観光でもしていきたいんだけどね~」

『でしたらお一人で残られては如何ですか? 属性玉変換機構でリボンを使えば、恐らくは不眠不休で一週間程で帰ってこられますよ?』

「よし、それじゃ一週間分、不眠不休であんたを殴ることにするわ」

『理不尽な暴力が私を襲う!?』

 いつも通りな流れの中、ナイトグラスターは腕の中の少女に微笑む。

『お嬢さん、大丈夫でしたか?』(英語です)

『は、はい。大丈夫です。ありがとうございました』(英語なんです)

『それは良かった』(英語ですよ)

 ナイトグラスターは少女を優しく下ろし、その髪をすっと撫でた。

『それでは、お気をつけて』(英語ですから)

 ツインテイルズ、ナイトグラスターは周囲のギャラリーに軽く手を振りつつ、大空へと飛び上がった。

 

「はぁ~、疲れたぁ」

 基地へと帰ってきた面々は変身を解いた。

「そういえば、ずっと気になってたんだけど……何で、ナイトグラスターに変身すると、あんな芝居ががったしゃべり方になるんだ?」

 総二はふと、気になっていたことを鏡也に尋ねた。

「あ、それあたしも気になってた。何でなの?」

「ん? あぁ、それはな……」

 鏡也は言葉を選ぶようにしながら、ゆっくりと語りだした。

「眼鏡というのは、ある意味日常の仮面だ。だからだろうか、顔を隠すわけではないが、自然と違う自分が浮かび上がってくるような……そう、まるで空から透明な仮面が降りてくるような……さながら、グラスの仮め」

「よし分かったもう止めろ」

 彼らは紅い天女を目指す舞台女優ではないので、総二はデンジャーな臭いのする話をバッサリと打ち切った。

「変身といえば鏡也さん。テイルグラスをいいですか?」

 そう言いながらトゥアールが手を出してきた。

「あぁ、調整か」

「はい。データも集まってきたので、アップデートをしようかと」

「アップデート?」

「お二人には話してませんでしたが、TYPE-Gはまだ不完全なんです。なにせ突貫で仕上げたもので……出力一つとっても、テイルギアより低いんです。何よりコアとなる属性力も異なりますから」

 鏡也からテイルグラスを受け取りながら、トゥアールは説明する。

「それってつまり未完成ってこと? それであの強さってどういう事よ?」

 愛香が怪訝そうに尋ねる。ナイトグラスターの戦闘力はテイルギアにも負けていないように彼女には見えていた。

「それは相手がまだ弱いのと、鏡也さん自身のスタイルがナイトグラスターの能力と合致しているからですね。今後のことを考えると、完璧に仕上げなければいけませんので」

 トゥアールは早速、テイルグラスの調整に入るためにメンテナンスルームへと足を向けた。

「あ、鏡也さんも来てください。ちょっとお話がありますので」

「……? 分かった」

 二人がメンテナンスルームへと入っていくのを見届けながら、愛香はふと思う。

「なんだかあの二人……ちょっと親しげ?」

「そうか? 俺には愛香の方が仲良さそうに見えるけど?」

「どこ見たらそうなるのよ!? ……このままそーじから鏡也に移ってくれたら、あたしも苦労しなくて済むんだけど」

「ん? なにか言ったか?」

「何でもない! さ、行きましょ」

 ついつい零してしまった言葉を足音で踏み消して、愛香は総二の腕を引っ張っていった。

 

「鏡也さん。実はお願いがあります」

 メンテナンスルームに入ったトゥアールは、テイルグラスをデスクに置くや、開口一番そう言った。

 トゥアールのお願い。今までを鑑みるとこちらの常識を逸脱するものが殆どであると鏡也は記憶している。

 変身して戦って欲しい。地下に基地を作らせて欲しい……などだ。

「一体、何だ?」

 だが、その全てに意味があるとも知っているので、まずは聞いてからだと鏡也は続きを促した。

「実は今後、出撃を控えて欲しいんです」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 アルティメギル基地。超常の空間に浮かぶ其処でも、小さな変化があった。

「それにしてもテイルレッドだけでも可愛い……もとい厄介だというのに、タイルブルーにナイトグラスターなどという邪魔も……もとい厄介な相手が加わるとはな」

「あぁ、今後はどうタイラブルーやナイトグラスターを排して、テイルレッドを愛で……もとい相手取るかを考えなければな」

 下層区画を見回りながら、エレメリアン二体は今後、如何にして戦うのかを話し合っていた。

 若干、内容がおかしい気もしなくもないが、アルティメギルにとっての通常運転なので誰も気にしない。

 後、絶対にテイルブルーに聞かれてはならない内容なのも、通常運転だ。

「次は誰が出るのだろうな。次こそは俺に出撃命令がくるものだと思うのだが……テイルレッドにVフロントを着せてやろうものを」

「何を言う。今度はこの俺が、テイルレッドを荒縄で縛り上げてくれよう!」

 常識を持つ者がいれば確実にお巡りさんこちらですと通報間違いなしな会話をしているその背後に、動く影があった。

「――そこの者。尋ねたいことがある」

「「っ――!?」」

 後ろから掛けられた声に、二体がビクッと肩を震わせた。振り返ると其処には見慣れない者が立っていた。

 和装に似た左前掛けの異装。全身は艶の一つさえ無い闇の黒。4つの尾羽根が揺らめいている――鳥型のエレメリアン。

「な、なんだ貴様……見ない顔だな? 別部隊の者か? それとも新入りか?」

「ドラグギルディは何処にいる? 案内せよ」

 不遜、慇懃無礼。そんな言葉が似合う振る舞いに、エレメリアン達の怒りに火がつく。

「キサマ、ドラグギルディ隊長を呼び捨てるとは……!」

「どこの者かは知らんが、礼儀を知らんようだな!」

 彼等ドラグギルディ隊にとって、隊長であるドラグギルディは絶対存在。それに対する無礼を見逃せる筈もない。

 だが、黒いエレメリアンはそれを一笑に付す。

「フン。ドラグギルディは部下の躾もろくに出来ぬか。それとも、貴様らの出来が悪いだけか?」

「ッ!! おのれぇええええええ!!」

 敬愛する隊長への侮辱に怒髪天を衝くとばかりに、二体は黒いエレメリアンに襲いかかった。

 

「こ、これは……!」

 部隊参謀を務めるスパロウギルディが別の見回り組と共にドックへとやって来たのは、彼らがある物を発見し、報告を行ったからだ。

 果たしてそこにあったのは一席の小型航行船であった。

 普通、エレメリアンは部隊で行動するため、基地の機能も兼任する大型船を運用している。

 逆に言えば、アルティメギルで小型船を使う者は限られているということだ。

 部隊に所属しない者か、現役を退いた者。後者であるならば、問題はない。簡単な補給や整備のために立ち寄ることは珍しくないからだ。

 だが、もしも前者であるならば――。

「あ………あぁ……っ!!」

 船の側面に刻まれた――黒い鳥のエンブレム。それはこの船の所有者を顕していた。

「まさか、あのお方が……な、何故!?」

「スパロウギルディ様? 一体どうされたのですか?」

 狼狽するスパロウギルディに、狼狽える見回りのエレメリアン。スパロウギルディはその声に我に返るや、すぐに叫んだ。

「すぐにドラグギルディ様に報告せよ! それとお前は全部隊員に伝令! 黒いエレメリアンを見かけても――」

 

 ……ゴォオオォオオオオオオン!!

 

 突如、基地を振動が襲った。大地の無いこの空間で地震など起こりはしない。外からの衝撃ならば警報が鳴る筈だ。

 つまりは何かが、基地を内部から揺さぶったということだ。それも全体に伝わる程の衝撃で。

「まさか……間に合わなんだか!?」

「スパロウギルディ様!?」

 部下の声も聞こえずと、スパロウギルディは走った。

(今のがもしそうならば、恐らくは!)

 普段ならば何処にいるかも分からない相手であるが、今ならばすぐに分かる。

 緊急警報(エマージェンシーコール)の鳴り響くその中心。他の部隊員が駆けつけていくその場所にいる。

 スパロウギルディが通路をひた走っていると、各ブロックへとつながるフロアに部隊員が集合しているのが見えた。

「待て、お前達!」

「スパロウギルディ殿!?」

 殺気立つ部隊員の間に割って入るスパロウギルディ。果たしてその中心に居たのは、やはり危惧した相手であった。

「ほう、誰かと思えば。久しぶりだなスパロウギルディよ」

「フ、フマギルディ……殿!」

 ブスブスと焼け焦げた床に倒れ伏す同胞たち。フマギルディと呼ばれた黒のエレメリアンはその手に下げていたエレメリアンを落とした。

「それにしても、随分と腑抜けが多いようだな? ドラグギルディの部隊と期待していたのだが……拍子抜けもいいところだ」

 倒れ伏しているエレメリアンは全部で13体。全身が焦げているが、命に別状はなさそうだ。

 警報から数分程度。その時間でこれだけの数を叩き伏せたフマギルディに、戦慄を覚える。

「いったいどのような用件で……こちらに参られたのですか?」

 手で他の隊員を制しながら、スパロウギルディがゴクリと固唾を呑みながら問う。

「皆、其処を退けい!!」

 響く怒声。振り向いたエレメリアン達の頭上を一足に飛び超えて、黒い影が舞う。

「ドラグギルディ隊長!?」

「ぬぅぉおおおおおお!!」

 ドラグギルディは手にした乱れ刃の大剣を、フマギルディ目掛けて振り下ろす。フマギルディの左腕が動く。

 刹那、甲高い轟音が響いた。

 フマギルディはドラグギルディの豪剣を、左手で抜いた片刃の剣で受け止めていた。削り合う二つの刃が火花を散らす。

 数秒か、それとも十数秒か。競り合いを続ける二体はやがて弾かれるようにその刃を離した。

「流石はドラグギルディ。相も変わらず、見事な一撃だ」

「……一体、どのような用件でコチラに参られたかは存じませぬが、これ以上の狼藉は見過ごせませんな」

「元より、そのつもりはない」

 フマギルディはその腰に刃を収め、ドラグギルディは大剣を逆手に持ち替えた。

「お前達はその者共を運べ。スパロウギルディ、後の事は頼む」

「は、はい」

 ドラグギルディが一歩踏み出すや人垣が割れる。

 発揮される鬼気が、誰ともなく言葉を奪う。

 武人、ドラグギルディの一撃をゆらぎもせずに受け止めたフマギルディなる者。部隊員の誰もが、去りゆく二人の背中に視線を送った。

「……スパロウギルディ殿。奴は何者なのですか?」

「……あのお方は、フマギルディ殿。首領様直属の部隊監査官を務められいてるお方だ」

「首領様直属……!?」

「部隊監査官……!?」

 ざわ。と波が起こった。

 アルティメギル全エレメリアンの頂点に君臨する、極限られた者にしか謁見を許されない神の如き存在。それが首領である。

 その直属ということは、アルティメギルの中でもトップエリートという事であり、部隊監査官という立場は四頂軍を含めた全アルティメギル部隊に対して影響力を持つ。つまり、それ程の権力を与えられる程の実力と首領からの信頼が厚い存在だという事だ。

 何故、そのような人物がこの基地にやって来たのか。先程までとは違う意味で、部隊員の誰もが戦慄した。

 

 ドラグギルディの執務室。備えられた執務用の椅子に腰掛け、ドラグギルディは口を開く。

「して、監査官殿が来られたということは……我が部隊に何か問題があると?」

「まさか。その武勇語り知らぬ者は無しと謳われる豪傑ドラグギルディが率いる部隊。何の疑うことが在ろうものか」

 そう言って肩をあからさまに竦めてみせるフマギルディ。何処か芝居がかった物言いに、ドラグギルディは不快さを覗かせる。

「では、何故に?」

「――あぁ。一応、今は休暇中なのでな。敬語は無用に願う」

「………。ならば……一体何用だ? 下らぬ気紛れで部隊に損害を出しに来たのかキサマは?」

 ドラグギルディがギロリと睨む。並の者ならば腰を抜かしてしまう程の凄みを受けて尚、フマギルディはクツクツと笑う。

「むしろ、あの程度でどうにかなるならば、ツインテイルズなる者共には敵うまいよ」

「っ……! キサマ、”何時から”いた?」

「さて……何時からだろうな? それにしても、あの世界の萌芽がいささか遅れ気味のようだが?」

「――誤差の範囲内だ」

「ツインテイルズ……”正真正銘”のイレギュラーのようだが?」

「――結果が同じならば、問題はない。……キサマは休暇中ではないのか?」

「勿論そうだとも。ここで見聞きしたことは全て、報告されない。報告することは”予定通り”に作戦が終了した。それだけだ」

 そうだろう? と、フマギルディが言う。ドラグギルディは一息、深く吐く。

「無論。作戦はもうすぐ最終段階に入る。キサマはどうする?」

「では、折角の機会だ。吉報をこの目で見届けさせてもらおうか。期待、出来るのだろう?」

 フマギルディは踵を返す。その足元から黒い炎が噴き上がり、その身を一瞬包み込んだ。そしてそれが解けると、其処には何者の姿も無かった。

 ワナワナと震えるドラグギルディの拳が、デスクを激しく叩いた。

「室内で火を使うな。貴重品が焼けたらどうする……!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 朝。変態の襲撃も夜が明ければ平和なものだ。そんな哲学的な事を考えながら、総二は幼馴染と共に学校への道を歩く。

「それにしても、鏡也がしばらく出撃出来ないなんてねぇ」

 愛香は昨日の夜伝えられた話を思い出し、口にしていた。

「まぁ、今はアルティメギルの侵略も大したことはないからな。実際、搦め手打たれなきゃ、二人でも対応できるレベルだ。今の内に戦力を整えておきたいのはある意味、妥当な判断だ」

 鏡也はテイルグラスではない普通の眼鏡を指で持ち上げ、そう答えた。

 テイルグラスのアップデートは、ギアの性能を完全発揮するためには必須である。

 今が大丈夫だからといって、今後大丈夫である保証はない。戦局は長引けば長引くほど不確定要素を孕んでいくのだ。

「とはいえ基地にはいるし、危なくなればすぐに助力に向かう。今までのように率先して出ることがないというだけだ」

「でも、普段はテイルギアが使えないんだろ? エレメリアンに襲われたら一溜まりもないんじゃないか?」

 総二は総二で別の懸念を抱いていた。テイルギアがあるからこそ、身を守る事ができる。だがそれが無いということは、危険な気がしたのだ。

「それは要らん心配だ、総二。いくらなんでも、三度も遭遇する方がおかしいだろう、確率的にもな」

 そう言って、総二の心配を鏡也は一笑に付した。

 

 その日の放課後――。

「待て、御雅神鏡也! 大人しく捕まりヤンデレゲー地獄へと堕ちるのだ!!」

「誰が堕ちるか、そんな物騒な場所に!!」

 黒いモケモケ軍団ことアルティロイドに追い掛け回されながら、鏡也は叫ぶ。

 舌の根も乾かぬ内とはこういうことか。

 また町中を歩いているだけで、エレメリアンに遭遇するなど誰も想像さえしなかった。

 その上、相も変わらずテイルレッドのせいで追い掛け回される始末。冗談ではないと、鏡也はツインテイルズ到着まで逃げ切ろうと、鏡也は必死に走った。

「これは何とかしないと、こっちが持たん……! トゥアールのやつ、面倒を掛けてくれる……!」

 階段を一弾飛ばしで駆け下りる。

「鏡也!」

 テイルレッドの声が響いた。階段の下から走ってきたのが見える。一瞬の視線の交差。鏡也は足を止め、同時に両手を逆手で組む。

「おりゃあああ!!」

 テイルレッドがその上に飛び乗る。そして鏡也の腕の反動を利用して一気に階段を飛び上がった。

「テイルレッド!?」

「毎回毎回……いい加減にしやがれ!!」

「ぐぁああああ!!」

 滞空状態からのオーラピラー。そして落下からのグランドブレイザーで、テイルレッドはエレメリアンを瞬殺した。

 全てが終わって、属性玉を回収しながら、テイルレッドは鏡也に言う。

「なぁ」

「何だ?」

「真面目に対策、考えたほうが良くないか?」

「……そうだな」

 最早、遭遇率が呪いレベルに達しつつある現在を認識し、鏡也は改めて考えるのだった。

 

 どうしてこうなった、と。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 世界中に向けたアルティメギルの宣戦布告からすでに二十日が過ぎた。

 次々と襲い来るエレメリアンを退けるツインテイルズ。その様子はネットを中心にして、更なる話題をさらっていった。

 注目は避けられないと、ならばせめてヒーローらしく振る舞おうとする総二の努力もあり、少しづつだが世間の認識は変わりだした。

 テイルレッドが愛でられている事には変わりないのだが。

 そんなある日の街。総二達は久しぶりの出撃のない日を堪能していた。

「そう言えば、ここ最近ツインテールの子が増えてきたと思ったけど、メガネかけてる人も地味に増えてない?」

 愛香はソフトクリームを食べながら、街行く人達を眺めていた。

「うちの会社の売上も少し上がってきていると、父さんが言ってたな。主に男性用が伸びているらしい」

「メガネ男子……確かにちょっと目に入るな。これって、ツインテイルズと同じで、ナイトグラスターの影響か?」

「……かもな」

「ビジュアルのせいか、ナイトグラスターって女子に人気あるものね~。この間だって、アイドルだかがテレビでナイトグラスターが好きとた言ってたし。嬉しい?」

 愛香が皮肉めいた口調で言うと、鏡也は呆れ気味に嘆息した。

「何処の誰とも知らない相手に好きと言われてもな……。男としては、一人だけを想うだけで精一杯だろう。なぁ、総二?」

「俺はツインテールを愛するだけで精一杯だな」

「聞いた相手が悪かったな」

 通常運転のツインテール覇王をさておき、鏡也は空を見上げる。

 雲一つない快晴。だが、それが何処か遠くに消えてしまいそうな気配がした。

 アルティメギルの侵攻からもうすぐ一ヶ月が経とうとしている。

 事態は緩やかに、しかし確実に最大の嵐に向かって動き出していた。




フマギルディはウザい系。
でも強い。


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決戦、深緑の戦場!!


いよいよ終盤です。
原作の見せ場は余りいじれる要素が少なくて、どうにも難しいですね。


 アルティメギル侵攻開始より、25日。前線基地では会議が開かれていた。

「この一月足らずで隊員10名。アルティロイドは88名。これ程の数の同胞が倒されるとは……!」

「こちらが手に入れられた属性力は皆無。一時的に奪うことに成功しても、ツインテイルズ、ナイトグラスターによって奪還されてしまっております」

「それに加えて、御雅神鏡也の確保にも相次ぐ失敗……くそっ!」

「恐るべきはツインテイルズ……!」

 戦いにも慣れた総二と愛香、鏡也の勢いは止められない程になっていた。過去、これほどの苦戦を強いられたことは数度としてないドラグギルディ隊に、焦りの色が見える。

「ならば、属性力保有者を確保して一時撤退しては……?」

「それではツインテイルズを恐れているようではないか! そもそも、そうしようとした御雅神鏡也には幾度と無く逃げられてるのだぞ!?」

 会議は紛糾する。究極のツインテールと目される赤き炎の守護者テイルレッド。それに劣るものの強大なツインテール属性と、野獣の如き獰猛さを宿すテイルブルー。そして、並の者には姿さえ捉えられない速度と洗練された剣術を操るナイトグラスター。

 如何にすればそれを打倒できるか。その難局を前にして、会議場は静まり返る。

 ギリ。と、小さな音が大きく響き渡る。ドラグギルディの歯が噛み締められた音だ。

 小さき音とともに全員の喉元に突きつけられた刃の如き鬼気。それは不甲斐なき彼等を戒めるかのようであった。

「――ツインテイルズ、そしてナイトグラスター。その実力はまごうなき本物。このまま続けてもいたずらに戦力を削る消耗戦となろう。これより先は選ばれし勇者のみに許された聖戦と心せよ。我こそはと志願する者はあるか」

「はっ。それならば私が!」

 強く、実直なる声が返る。立ち上がったのは若いエレメリアンだった。

「おぉ、スワンギルディ……!」

看護服属性(ナース)の申し子と言われた神童……お主ならば皆、文句はないだろう」

 冷や汗混じりの者、息をするのも苦しんだ者、一様に安堵の吐息を漏らす。

「フッフッフ。だが、貴様ほどの男がわざわざ出て行くこともあるまい」

「いや、だから隊長が生半可な奴じゃダメだって言ったばかりだろ?」

 緊張が解け、空気が和らいでいく。ドラグギルディもまた、スワンギルディの申し出に頷いた。

「スワンギルディよ、前へ」

「はっ!」

「スワンギルディよ、その意気やよし。だが、その前にテストを行う。お前が聖戦に挑むだけの器があるか否か―――っ!」

 刹那、一陣の風が吹いた。ドラグギルディの手に握られた刃が真向から振り下ろされたのだ。その切っ先はスワンギルディの鼻先にて停められていた。

 ドラグギルディの豪剣を眼前に突きつけられ、それでも尚、スワンギルディは身じろぎ一つしなかった。

「ふっ……肝は座っているな。だが、それだけでは足りぬ。真の戦士は炎の如き闘志と氷の如き冷静さを持たねばならぬ。アルティロイドよ、あれを持て!」

 ドラグギルディの命令に、アルティロイドが動く。数分して運び込まれたのは――一台のノートパソコンだ。しかも、痛PCだ。

 スワンギルディが目に見えて動揺する。

「それは私のパソコン。一体何を……!?」

 豪剣ですら怯まぬその心にさざ波が立つ。不安が足元から這い上がってくるようだ。

「静まれ! これもテストである」

「ま、まさかあの……”エロゲミラ・レイター”を……!?」

 パソコン。テスト。この二つを繋ぐ――その言葉に気づいたスワンギルディは戦慄した。ガチガチとなる歯が止まらない。震えが収まらない。足元が今にも崩れ、奈落の底へと誘われてしまいそうだ。

 ドラグギルディの手がマウスを動かす。美少女のデスクトップアイコンの上でカーソルが止まり、カチカチと音が鳴った。更にスワンギルディの動揺が強くなる。

 数秒して、ウインドウが開く。メーカーロゴが映り、ゲームロゴとスタート画面に切り替わった。

 エロゲーだった。20代後半設定から、明らかに就労に従事するには早過ぎるだろう、それでも18歳以上であると豪語するビジュアルキャラがピンク色のナース服を着ている。

 迷いなくロードを選択。モニターの映像は会議場の大型モニターにも転送される。戦慄の宴はまだ始まったばかりだ。

「『イケないッ!! ナースエンジェル』……数日前にこの世界で発売されたものだな。ほほう、既にコンプリート特典のハーレムルートまで解放されているとはなぁ。卑しい奴め」

 映し出されたロード画面は肌色ばかり。ナースエンジェルと銘打っているのに、どれもこれもナース服を着てなかったり、着崩していたりしている。

「あー。回想シーンあるのに、ああやって自分的コレクションみたいに集めるよなぁ」

「ページごとにキャラ分けとか、お気に入りだけ1ページ目に集めたりなぁ」

「昔はセーブ箇所は10か20しかなくて、今は200とかだもんなぁ。やるよな~」

「がはあっ……!」

 追い打ちが入り、スワンギルディが吐血した。しかし、まだだ。悪夢の試練エロゲミラ・レイターはまだ本気を出していない。

「お、お許しを……! どうかお許しを……!!」

 半死半生となりながらスワンギルディが慈悲を乞う。だが、ドラグギルディは冷徹にもそれを見出してしまう。

「肌色満開の中に頬を染めた少女のサムネイル……怪しい。このセーブデータ、実に怪しい!」

「っ……!!」

 ロードされたデータはどうやら主人公の部屋に、ヒロインがやって来たところのようだ。着ている服が学生服なのは何故だろうか。18歳以上の筈なのに。

「幼馴染が部屋に遊びに来て、空気が変わったとすかさずセーブしたのだろうな。しかし、何事も無く翌日になり――落胆!!」

「あるある」

「あるある」

「なまじセーブ数あるから、なんとなく消せないんだよなぁ」

「あるある」

「よくある」

 

「ガハァアアアアアアアアアア――ッ!」

 

 周囲の共感が、若き白鳥に止めを刺した。スワンギルディはついに気を失って倒れた。

 それをもって、エロゲミラ・レイターが終わりを迎える。しっかりとシャットダウンをクリックしてから、ノートパソコンが閉じられた。

「フッ。この程度でツインテイルズと戦おうなどとは―――笑止!! 連れて行け!」

 悪夢の試練を乗り越えられなかったスワンギルディが、アルティロイドによって運ばれていく。

 会議場が音を失う。若き雄、スワンギルディでさえダメとなれば一体誰が、”聖戦”と称された戦いに挑むというのか。

「我が行く」

 ドラグギルディの宣言。それは静まり返った会場をざわめかせた。

「隊長自らが!?」

「そんな! 偉大なる首領様より実権を預かる我らが統率者、ドラグギルディ様が自らお出になられるなど!!」

「くどい!!」

 一喝。その轟きは稲妻よりも激しく、者共の魂を叩いた。マントを翻し、ホールを後にするドラグギルディ。その足跡から炎が燃えたかのような幻影が見えた。

 それ程の迫力。生半可な意志や力では決して届かぬ高み。それは神魔の領域に立つ者の豪気である。

「流石はドラグギルディ隊長。……凄まじい」

「当然だ。隊長はアルティメギル五大究極試練の一つ、『スケテイル・アマ・ゾーン』を乗り越えられた唯一のお方なのだからな」

「まさか、あの……通販で買った物がスケスケの箱で届けられるという苦行を一年続けなければならないという……!? 何という……まさに生きた伝説!」

 自分ならば初日で卒倒してしまうと、その恐怖にブルッと体を震わせる。

「あの方ならばきっと……ツインテイルズ、ナイトグラスターを!」

「そして憎き御雅神鏡也に引導を……!」

 モニターが切り替わり、映ったツインテイルズ、ナイトグラスター。そして鏡也の姿に、全てのエレメリアンが望みを託した。

 その中、一体のエレメリアンが密かに立つ。その表情は何か強い決意をしたようで、その足で会議場を後にした。

 こうして、波乱の会議が終わる。そして最後まで、表向き一般人である鏡也が同列に数えられていることをツッコむ者はいなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 人気のない通路に、ドラグギルディの足音だけが響く。と、それが唐突に止んだ。

「――其処に居るのだろう? 出てこい、フマギルディ」

 ドラグギルディは背後にある柱に向かって言う。すると、その陰から黒い姿がヌルリと現れた。

「ついに動くか、ドラグギルディよ。しかし何故、あの若いのを庇ったのだ?」

「作戦は最終段階に入る。故にこれ以上、無意味な犠牲は出す必要はない。それに、スワンギルディ……あやつは今は一端の戦士であるが、いずれはアルティメギルを支える将ともなれよう器よ。この戦いで失う訳には行かぬ」

「ククク……それであの猿芝居か。お優しいことだな、隊長殿」

 フマギルディは柱に寄りかかりながら、ドラグギルディの真意を笑った。

「相も変わらず口が回るな。そんな安い挑発に乗ると思っているのか?」

 振り返ることもせず、ドラグギルディはフマギルディの言葉をバッサリと断つ。しかし、フマギルディは頭を振った。

「いいや。ただ、一つ聞きたいことがある」

「何だ?」

「あのエロゲー。発売日などはまだしも……何故、コンプリート特典がハーレムルート解放だと知っていたのだ?」

 そう。そういった特典は情報が寸前まで隠されているのが普通だ。月末近くともなれば、エロゲーだけでも20~30のタイトルが同日に発売される。その全ての情報を得るとなれば尚の事だ。

 ドラグギルディの属性力がスワンギルディと同じであったならば、分かることだが――ドラグギルディの属性力は看護服属性ではない。

「―――フッ」

 沈黙の後、ドラグギルディは笑った。

「フフフッ………ハーッハッハッハ!!」

 そのまま、高笑いしながら再び歩き出す。姿が闇に消え、それでも尚笑い声が響き続ける。

 その声もやがて聞こえなくなる。

「ククク……やはり恐ろしい漢よ、ドラグギルディ」

 黒炎に巻かれて、フマギルディの姿も闇の奥へと消えた。『イケないッ!! ナースエンジェル』の秘密と共に。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 日本の首都である東京にも奥多摩などという、地図だけではわからない場所がある。例えばこんな、岩肌と多くの木々が茂る――森の中などだ。

 日曜の昼下がり。テイルレッドはそんな場所に出撃していた。今日は愛香が道場での訓練のせいで出撃が遅れ、久しぶりの単独出撃だった。

 

「何故だ、何故わからない! ウサギは寂しいと死んでしまうという、天使のような儚さを――」

「グランドブレイザ―――!!」

 ウサギ型のエレメリアン――ラビットギルディに容赦なく、必殺技を見舞うテイルレッド。

 ちなみに、ウサギは寂しくても死なないし、結構凶暴である。

 最後の言葉にも耳を貸さないハードボイルドな設定を自分で作って、ヒーローっぽい振る舞いを心掛けていた。

 そうしないと、ポキッと心が折れちゃいそうだからだ。

 果たしてラビットギルディを撃破したテイルレッドは、深々と溜め息を吐いた。

「はぁ。しっかしこいつら代わり映えしないなぁ」

 まるでRPGのレベルアップ作業のようだなと思ってしまう。それ程に、敵が弱かった。

 苦戦したのは、搦め手や精神攻撃をするタイプにだけで、それ以外は殆ど余裕だった。

 属性力も奪われたとしてもすぐに取り戻せていた。世界中に出現するエレメリアンだが、トゥアールが作った空間跳躍カタパルトや、総二や愛香に支給された携帯式転送ペンの存在が大きい。

 何故か鏡也には転送ペンは渡されていない。トゥアール曰く「同じ物を意味もなく作るのは科学者としての沽券に関わる」とのことだ。

 意味なら十分にあるだろうが、そこはトゥアールのプライドの問題らしい。

「それにしても、なんだってこんな人気のない場所に? まさか兎耳属性(ラビット)だからって、野生の兎まで守備範囲だったのか……?」

 属性玉を回収しながらテイルレッドが思わず、「もしも野生のツインテールがいたら、どうしたらいいんだろう?」などと考えてしまっていると、愛香からの通信が入った。

『そーじ、大丈夫? もう終わった?』

「あぁ、終わった。すぐに戻るから」

 テイルレッドは大きく伸びをして、青い香りに満ちた空気を胸一杯に吸い込む。空気が美味しいという言葉の意味を実感しつつ、転送ポイントまで移動しようとした時、そのツインテールを怖気が襲った。

「っ――!?」

 反射的に空を見上げる。太陽と重なるように、何かがギラリと獰猛な輝きを放った。

「ブレイザーブレイド!」

「ぬぉおおおおおおおおおおお!!」

 テイルレッドは武装を展開すると同時に、空に向かって刃を構えた。直後、衝撃が走る。

「ぐ……ぐぐっ!」

「ぬぅうう……!」

 トゥアールのマニュアル曰く、100トンのパワーを生み出すスピリティカフィンガーが、押し込まれさえしないが押し返せない。その圧力に、刃がギシギシと悲鳴を上げる。

 テイルレッドはブレイドを傾け、敵の刃を逸らすと同時に飛び退いた。間合いを取り、仕切り直しとばかりにその手の刃を構え合う。

「すまぬな。不意打ちになってしまった。お主ほどの者ならば今の一撃、容易く捌くと思ったのだがな」

「どっちみち、不意打ちに変わりはねーじゃねーか」

 決して大きくない声。だが其処に篭められたものは、テイルレッドを強く揺さぶった。

 敵は今までにない巨大な体躯。今までにないパワー。そして、今までにない威圧感。今までのエレメリアンなど比較するのも馬鹿らしい程――圧倒的だった。

 違う。強さが。格が。何もかもが。

 そして同時に、その姿を何処かで見たことがあると、テイルレッドは思った。

「我が名はドラグギルディ! 全宇宙全世界を並べて尚、ツインテールを愛するにかけて我の右に出る者はないと自負している!!」

「くそっ……マジっぽい展開なのに、ノリはいつも通りかよ……!」

 竜を思わせるその姿。その迫力に息を呑む。ようやく思い至った。このエレメリアンこそ、世界中に宣戦布告した、アルティメギルの部隊を率いている存在だということに。

 ドラグギルディ。その登場一つで今まで積み重ねた全ての勝利が、一瞬で無に帰したように感じてしまう。

「ラビットギルディ……馬鹿者め。我が行くと言ったであろう」

 ドラグギルディはその消滅を悼むように、ラビットギルディのいた空間に視線を送った。そして、改めてテイルレッドの方を向く。

「不甲斐ない部下達が退屈をさせた。だが、それでも大事な同胞に変わりない。仇は取らせてもらう。その属性力を奪うことでな!!」

「勝手に攻めて来といて何を言ってやがる!」

 勝手な言い分にテイルレッドの怒りが刃に炎を灯す。あらぶる紅蓮を前にして、ドラグギルディもその大剣を構える。

「――参る!」

「っ――!?」

 3メートル近い巨体が、一歩の踏み込みから一瞬でテイルレッドの前に現れる。その大きさから想像さえ出来ない速度の踏み込みに、テイルレッドは咄嗟に防御する。

 まるで大型トラックにでもぶつかったかのような衝撃。フォトンアブソーバーの防御域を超えて、体に痛みが走り、テイルレッドが苦悶の表情を浮かべる。

「うっ……ぐぅ……!」

「そんな力任せの受けで壊れぬとは頑丈だな。人が作ったとは思えぬほどに! かつて一人だけ認めた好敵手を思い出させる!!」

「この……ヤロォ!!」

 体勢を直しながら薙ぐように剣を振るう。その刃がドラグギルディの無防備な横っ腹にぶち当たる――が。

「こそばゆいな。じゃれついているのか、幼子よ?」

 腕だけの振りであったが、それでも今までのエレメリアンならば十分なダメージを与えられていた。だが、ドラグギルディに一切のダメージはない。

 ドラグギルディは全てにおいて桁違いだった。

「そおら! もっと速く行くぞ!!」

「うわあ!!」

 一本がまるで十数本の刃に増えたかのような高速の連撃が、テイルレッドに襲いかかる。一呼吸さえ惜しいと必死にそれを捌く。飛び散る火花。ジリジリと追い詰められていく焦燥感。

 ドラグギルディの軌跡をなぞる内、テイルレッドは気が付いた。

(これは……この太刀筋は!!)

「ほう、気付いたか……!」

 ドラグギルディが後ろに大きく跳躍し、間合いを取る。

「よもや今の打ち合いで見切るとは……流石よ、テイルレッド」

「ドラグギルディ、お前の剣はまさか……!」

「そうだ。我が振るう剣は――」

「レッド、大丈夫!?」

 空から転送されてきたテイルブルーが駆けつける。

「「――ツインテールの剣技(けん)!!」」

 

 ドヴォオオオオオオオオオオオン!!

 

 バランスを崩したテイルブルーが、地面に直滑降で落ちた。爆発のような土煙が派手に上がる。

「つつ……そうか、今日はそーじ系なんだ。ヤバそうだわ、色んな意味で」

「あぁ、ヤバい相手だ。気をつけろ、ブルー!」

 地面からはい出てくるブルーにレッドは注意を促す。ブルーはドラグギルディを見ながら、クラっとよろめいた。

「……ところで、”そーじ系”ってなんだ?」

「気にしないで」

 レッドの言葉をブルーはバッサリと切った。

「テイルレッド。恐るべき幼女よ。我が神速の斬撃をこうも早く見破ったのは貴様が初めてぞ!」

「見くびるなよ。心の形をなぞらえたなら、それが光の速さだって俺には見切れる! 俺は何時でも心にツインテールを想像(うつ)して生きているんだからな!!」

「その気概、敵ながら見事! ならば冴えに冴し我が剣撃、とくと味わうがいい!!」

「いくぜぇえええええ!!」

 大地を砕く程の踏み込みから、ドラグギルディが動く。レッドも地面をえぐる程の踏み込みで、真正面から迎え撃つ。

 ぶつかり合う力。ぶつかり合う心。そしてぶつかり合うツインテールの剣。

 嵐の如く無数の合を重ね、二人は同時に間合いを離す。高まり合う力は――互角。

「ウワ――ハッハッハ!! 見事だ! 実に見事なツインテールだ! 敵として出逢ったのが口惜しい程だぞ、テイルレッド!!」

 剣を肩に担ぎ、ドラグギルディは歓喜に高笑いする。その響きは竜の咆哮の如く、地さえ揺らすかと思わせた。

「俺だってそうさ。お前みたいに笑ってツインテールを語れる友達がいたなら……!」

「レッド……」

 神の悪戯は、ツインテールの愛を語る者を決して混じり合わぬ敵として配置した。そんな皮肉めいた運命に顔を歪めるレッドを見て、ブルーは強く思う。

 あれレベルが二人とか、本気で勘弁して欲しい、と。

「その小さき体で我が剣を全て受けきった技量。舞うように放たれる剣撃。そして何より舞い踊るツインテール! 一挙一動に連なり流れるは清流のごとし! その麗しさ、我が心を捕らえて離さぬ……美に心奪われるなど、久方ぶりの事よ!!」

「結局はツインテールかい!!」

 自分と互角であったことよりもツインテールの方が気になっている歴戦の雄に、ブルーのツッコミが光る。

「見れば見るほど奥深い。基本を忠実に守りながらも、グラデーションのように一分一秒とて同じ表情を見せぬ。超一流のツインテールとはかくも美しく、奥深いものなのか……!」

「その審査基準はなんなんだよ!?」

 重厚な鎧の如き体躯に刻まれた幾つもの傷。それはドラグギルディという戦士が歩んできた戦いの道行の歴史を語っていた。そんな彼の審美眼は、テイルレッドのツインテールを褒め称える。

「……フッ。この傷が気になるか?」

「な、ならねぇよ」

「粗野な言葉遣いも大人への背伸び……可愛いものよ。だが見よ、このドラグギルディ、背に一切の傷はない!!」

 マントを翻し、ドラグギルディは輝かしきを語るように背を見せつける。確かに、背に一つとして傷はなかった。

「……敵に背を向けたことがない、ってやつか? よくある話だな」

「確かにそれもある。だが、これはいつか出会う至高の幼女に背を流してもらうため、守り通してきたものだ!」

「お前の今までの戦いは何だったんだよ!?」

「無論、生涯を添い遂げる至高の幼女と出逢い、その属性力を手にするためにだ!!」

「ぶ、ブレない……! なんて奴だ……!」

「強さも半端じゃない分、変態度も半端じゃ無いわね……流石はボスキャラ」

 済んだ瞳で己の真芯をしっかりと通す、まるで巨木のような信念に、ツインテイルズは色んな意味で圧倒された。

 そして同時に、エレメリアンという存在が、どこまでも人類と交わらない存在であるとも確信した。

 言葉を交わそうとも、意思を示そうとも、属性力を奪うという結論に繋がる彼等は、人類の敵なのだ。

 生涯を添い遂げるという――唯一人の為に自分の人生を捧げる言葉でさえ、一方的な搾取に帰結するのだから。

「ブルー。分かったぞ、コイツの強さの秘密が」

 レッドはドラグギルディの強さ――その根源にある物の正体に気がついた。

 今まで現れたエレメリアンは、ツインテールを求めながらその実、別の属性を求めてもいた。

 ブルマ然り、ハイレグ然り、スーツ然り、ストッキング然り。だが、ドラグギルディは違う。

「ドラグギルディ、お前は――正真正銘、ツインテール属性のエレメリアンなんだな!!」

 最強の属性力を持つエレメリアン。ならば、その強さにも納得がいく。

「うん。あたしも最初から何となく分かってたわ、それ」

 そしてブルーも、世界最強とまで言われたツインテールバカに比肩するドラグギルディの属性力なんて、これ以外にないと長年の経験から感じ取っていた。

「然り。ツインテール属性は共鳴し合うようだな」

「共鳴……!? 俺とお前のツインテールが……!?」

「それってただの類友じゃないのよ! しっかりしなさい、レッド!」

 戦慄するレッドにブルーがツッコむ。色々と不安要素が積み重なり続ける戦場に、ブルーがついに叫んだ。

 

「ナイトグラスター、早く来てー!! あたし一人じゃ、もう限界だからー!!」

 

 テイルブルー、津辺愛香。ツインテール馬鹿✕2の衝撃に耐え切れず、心から援軍を求めた。

 




ブルー。ツッコミレベル限界値突破。


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ほぼ台詞だらけの説明回。
原作でも重要な処ですが……肉を増やしにくい。


 敵の首魁、ドラグギルディ。その圧倒的な強さはツインテイルズと同じ、ツインテール属性を持つエレメリアンであるからだった。

 ツインテールとツインテール。守護者と略奪者。まるで鏡写しのような、似て非なる者同士の邂逅は刃と共に行われた。

「ふぅむ。その姿、初めて見た時から何かが引っ掛かっていたが……なるほど、そういう事だったか。あの者が、お前達の裏にいたとはな」

 ドラグギルディが、先程からツッコミに全ての力を注いでいるテイルブルーを見やり、何かを納得するように頷いた。

「何? 何の事よ?」

「どうやら何も知らぬと見える。ならば教えてやろう。その姿、かつて我が認めた唯一人の好敵手と同じものだ。たった一人で我らと戦い、追い詰めた……圧倒的な力を持った青き戦士がいた。尤も、その者はツインテールにそぐわぬ下品な巨乳であったが故、今の今まで気が付かなんだ」

 思いもしない言葉を聞き、レッドとブルーが驚愕に色を浮かべる。

 ドラグギルディの言う人物に当たるのは一人しかいない。トゥアールだ。

 トゥアールはアルティメギルに滅ぼされた故郷の世界の敵を討つため、テイルギアを作ったと説明した。

 だが、ドラグギルディの言葉を信じるなら、トゥアールはかつてブルーと同じように変身して戦っていたということだ。

 何故、その事実を隠していたのか。その答えが出る前に、ドラグギルディの衝撃が続く。

「しかし皮肉よな。同じ衣を纏う戦士を擁するが故に、この世界もまた同じ末路を辿るのだ」

「何だと……!?」

「かつて青の戦士……テイルブルーと呼ぼうか。彼女はその世界の守護者として、我らの侵攻の前に立ちはだかった。戦場に舞い踊る美姫。その姿は瞬く間に広がり、彼女は希望の象徴となった。世界中にツインテール属性を広げるほどにな!」

「なっ……!」

「世界に讃えられた女神は、奇しくも我らの望むツインテールを世に広める役割を担ったのだ。世界中に溢れるツインテール属性……これほど理想的な狩場が他に在ろうか!? いや、あるものか!!」

「くっ……!」

 レッドは今まで何度となく感じてきた何かが、どういう意味を持っていたのかに気付いた。

 ツインテイルズが活躍する度に世界中で大きく報道され、自分達に憧れてツインテールの子が増えていく。

 まるでカリスマモデルやアイドルに憧れて、その姿を真似するように。世界には今、ツインテールが溢れているのだ。

 ツインテールがマイノリティを脱しただけではない。それによって、敵の望む世界が生まれてしまったのだ。

「どうやら心当たるようだな、テイルレッド。そうだ、お前もまた、彼女と同じように世界を救う救世主となり……そして、破壊の女神となる!!」

 ドン! と、大剣がツインテイルズの信じてきたもの――その足場を打ち砕くかのように、大地に突き立てられた。

「じゃあ、今まで敵が弱かったのは……!?」

「徒に同士の命を失うことなど、良しとはせぬ。だが、将として組織に仕える以上、効率の良い策があるならばそれを使わざるを得ない。それでも、ツインテイルズを倒してくれるならば、それに越したことはなかったがな。結果として我が仲間、同士、弟子達の命は”無敵の守護者”の偶像を仕立てる礎となった。彼等の命もまた無駄ではなかった訳だ」

 ドラグギルディは無き者に想いを馳せるかのように空を見上げた。

 

「……やっぱり。あたし達、トゥアールに担がれてたのよ。テイルギアがあってもアルティメギルから世界を救えなかった。先の見えた戦いだって知ってたら律儀に戦ったと思う? ……だから、黙ってたのよ」

「ブルー?」

 軽い溜め息を吐いて、ブルーは首を振った。その表情は動揺よりも達観。まるでこの事態をどこかで予想していたかのようだ。

「あたしも鏡也も、トゥアールの事は怪しいって、何か裏があるんじゃないかって思ってたのよ。だから、ブルーになったのよ。そーじ一人じゃ、絶対に騙されるから」

「………」

 思わぬ言葉に、レッドは驚く。何だかんだと言いながら何時もじゃれあっている二人。その陰で、ブルーが――愛香がそんな事を思っていたとは露ほどに気が付かなかった。

「トゥアールは彼奴等とグルじゃないにしても……大方、自分の世界と同じような目に遭わせたかったのよ。何の対策もなしで同じように戦えば、同じ結末になるって分かってたんだから……」

 愛香の言葉は失意の色に満ちていた。口では疑っていたと言いながら、きっと心の何処かではトゥアールの事を信じていたのだろう。だが、ドラグギルディの言葉でそれが壊れてしまった。

「何で……全部、あたし達に教えたのよ?」

 愛香の力ない問いに、ドラグギルディは答える。

「テイルレッドのツインテールが本物であったからだ。剣を交えて分かった。彼女は心より、ツインテールを愛しているとな」

 ドラグギルディが突き立った剣をゆるりと引き抜く。

「出来るならば、小細工などなく真正面から戦いたかった。これはせめてもの手向けぞ。世界が滅んだ後に事実を知って……絶望に暮れぬように」

 乱れ刃が陽光を照り返し、ギラリと光る。最早、戦う意志など誰の胸にも――。

 

「――ははっ。なんだ、そうだったのか」

 

 テイルレッドは笑った。清々しい笑顔で。その瞳には爛々と闘志が煌めき、四肢にはツインテールが漲っている。

「ありがとよ、ドラグギルディ。全部教えてくれて。これで……何の憂いもなく戦えるってもんだぜ!!」

「むっ!? これは……テイルレッドのツインテール属性が強まっている……!?」

 その姿に、さっきまでとは逆にドラグギルディが動揺する。そして愛香もまた、動揺していた。

「何でよ? もう戦っても無駄なのよ? なのにどうして!?」

「無駄じゃない! 無駄じゃないんだ、ブルー! 奴らが刈り取ろうとしているってことは、世界中に広がったツインテールは本物だってことだ。見せかけなんかじゃない。一過性のブームなんかじゃない。本物なんだ、本物の、ツインテールなんだよ!!」

「……は?」

 唐突に言い出したそれを理解できず、愛香は唖然とする。

「確かにこいつらの思う通り、世界中にツインテールが広まった。だけど、ここでコイツを倒しちまえば、世界中にツインテールが浸透して、それだけだ。万々歳じゃねーか!!」

「あっ……」

 アルティメギルの望む理想の狩場。それは同時に観束総二にとって、理想そのものだ。理想郷、天上の楽園、この世の極楽と言える世界でもある。

 今、そんな世界になっているとなれば、世界最強とまで言われたツインテール馬鹿である総二が、どうしてそれを諦められるだろうか。

「な、なんと……!」

 事実を知り、それも尚――否、何の憂いもなく戦えると言い切るその姿に、ドラグギルディは後退った。

「く……くくっ……あははははっ! あー、もう! 本当にどうしようもないツインテール馬鹿ね、アンタは! ていうか、もうただの馬鹿じゃない!」

 愛香が大声で笑い出した。思い出した。自分の幼馴染はそういう奴だったと。ツインテールを守るためなら、世界の危機なんてどうだっていい。何処までも、どれ程までも、ツインテールのために戦う。それが観束総二――テイルレッドなのだと。

 テイルギアは強い思いによって強くなる。馬鹿で、思い込みの際限がなく、だからこそテイルギアは更に力を増していく。

 全身にみなぎる力を感じながら、レッドは誇らしげに笑った。

「しょうがないわね。そんじゃ、とっとと倒しちゃいましょ。いい加減、ツインテール変人大会にも疲れてきたから」

 そう言って、愛香――テイルブルーはウェイブランスを展開する。その瞳にはさっき迄の諦めは無くなっていた。

「テイルレッド……究極のツインテールを持つ幼女よ。世の終末を前にして尚、揺るがぬ不動の意志。我は心底、感心したぞ! 真に美しきとは、目を背けなければならぬ程に輝かしきものだったのだな!」

「世界の終末とかそんなスケールのでかい話はもうたくさんだ! 俺は俺の大事なものを守るために戦う! それだけだ!」

「あくまでも己が信念を貫くか……!」

 テイルレッドはブレイザーブレイドを振り上げ、その切っ先をドラグギルディに向ける。

「俺はツインテールの戦士だ! ドラグギルディ、今こそお前を――」

 

「はーっはっはっは!! そこまでです、ドラグギルディ!!」

 

「だれだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 盛り上がりに盛り上がり、今まさに最終決戦に挑もうというこの流れを無常にもぶった切った謎の声に、テイルレッドのやり場のない怒りが響く。

 声の主は果たして何処に。恐らくという方を向くと、切り立った崖の上に人影が在った。

「何者だ! 名を名乗れぃ!!」

 ドラグギルディが、謎の乱入者に声を荒げた。

 

「私は世界を渡る復讐者! その名も仮面ツインテ―――ル!!」

 

 どかぁあああああああああんっ!!

 

「「ぶふ――――――――――!!」」

 背後に爆発エフェクトまでつけて盛大に名乗った仮面ツインテールに、ツインテイルズが噴き出した。

 顔は両サイドにウイングの付いたフルフェイスの仮面に隠れている。

 風にたなびく見慣れた白衣。愛香の怒りを煽る、その豊満な胸部を強調するデザインのツーピースと、ロングブーツ。

 ぶっちゃけ、トゥアールである。

 仮面ツインテール――トゥアールは顔が見えないがドヤ顔でもしているのであろう。深々と頷いた。

「フッ。これ以上ないってぐらいのタイミングでしたね」

「あぁ。これ以上ないというぐらい、最悪のタイミングだったな」

 トゥアールの後ろから、銀の陰が現れる。その手には演出に使ったのだろう筒状のものがぶら下がっていた。

「ナイトグラスター! ……なんで、そんなとこ居るのよ?」

「まぁ、気にするな。すぐに分かる」

 手の物を置いて、ナイトグラスターは肩を竦めてみせる。

「ようやく姿を現しましたね、ドラグギルディ。この時を待っていました」

「ぬぅ。仮面ツインテール、そしてナイトグラスター。ナイトグラスターはまだしも、貴様からは際立った力を感じぬ。まさか、貴様も援軍か?」

「援軍? 貴方を倒すのにこれ以上の戦力は必要ないでしょう? 私達は貴方の下らない奸計を打ち破るために来たのです。……ですが、心配無用だったようですね」

「だから言っただろう。テイルレッドにそんな姑息な手は通じないと」

「ちょっと、どういうこと!? もしかして、アンタ全部知ってたの!?」

 ブルーはナイトグラスターの言葉に驚いて聞き返した。

「あぁ、ついこの間――私が戦場に赴かなくなったあの時にな。全部、教えてもらったよ」

 ナイトグラスターは、トゥアールから事実を聞いたその時を振り返った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「出撃を控えろ? どういう意味だ?」

 メンテナンスルームで、トゥアールに言われた一言。俺は意味が分からず、聞き返していた。

「テイルグラスを本格的にアップデートするのに、時間が必要だからです。すみません、本当に」

「――で、それが建前で、本当は何だ? 二人きりになったのは、それを教えてくれるからだろう?」

「………」

 俺がそう言うとトゥアールは、困ったような強張った笑みを浮かべた。言うつもりはあるようだが、踏ん切りが付かないらしい。仕方ない。俺は少しばかり言いやすい状況を作ってやることにした。

「その話はもしかして……お前がかつて、テイルブルーとして戦っていたことに関係するのか?」

「っ……!?」

 俺の言葉に、トゥアールは思いっきり目を見開いて驚いた。

「な、なんで……ですか?」

「前に愛香から『トゥアールに巨乳用のギアだからお気の毒と笑われた』とグチられたことがあってな。その時、思ったんだ。何でトゥアールは青いテイルギアを巨乳用と言ったのか、とな」

 総二がテイルギアをつけた時、トゥアールはそれは総二の意志で生み出された物だと言っていたらしい。なら、愛香の使った青のテイルギアもそうなる筈だ。だが、そうはならなかった。つまり、あのギアを前に使っていた人物がいたということだ。

 赤と青。恐らくは青のデータを元にして赤い方が作られたのだ。性能の高い方を、世界最強のツインテール属性の持ち主に渡すのは当然の考えだからだ。必然的に青の方が先にあったことになる。

 そのギアは実際に戦闘で使われていた筈だ。でなければ巨乳用などと言う訳もない。では何時使われていたか。それはトゥアールの元の世界でだろう。

 その人物に関して一度足りとも、トゥアールの口から語られた事はない。勿論、話したくないという可能性もあるが、もっとシンプルな可能性がある。

 つまり、製作者=装着者ということだ。その可能性を示唆する事を彼女は言っていた。

 

『私は技術者で、早くに奴らの被害に遭ったせいでアルティメギルが侵攻に本腰を入れる前に、それに対抗する技術を確立できました。その御蔭で私の属性力は奪われませんでしたが――』

 

 被害に遭った。つまり、狙われたのだ。彼女の――ツインテール属性が。慧理那姉さんのように。

 それだけの属性力を、彼女は持っていた。なら、テイルギアを使えた筈だ。

 証拠も何もない推論だが、俺の言葉を聞いてトゥアールは呆れ気味に嘆息した。

「――驚きました。そこまでよく考えつきましたね」

「それで……どうなんだ?」

 彼女の反応だけで十分だが、それでもその口から聞きたかった。

「合っています。私は確かに……テイルギアを使って、アルティメギルと戦っていました。そして……敗れたんです」

 トゥアールは俺に、事実を語り始めた。

「今、この世界の侵略を行っている部隊を率いているエレメリアン――ドラグギルディに」

「何……!?」

「敵の狙いは、この世界にツインテール属性を意図的に広め、それを一気に刈り取る事。効率的にツインテール属性を奪うために、奴らは総二様――テイルレッドの人気が出るように、態と弱いエレメリアンを送り込んでいるのです。かつてと同じように」

「世界にツインテール属性を広める……? つまり、今までの戦いは奴らの台本通りということか? なら、このまま行けばこの世界はトゥアールの世界の二の舞いに……!?」

「いいえ、そうはさせません。敵のやり口を知っているからこそ……打倒できる可能性があるんです」

 トゥアールは今まで見せたことがない、真摯な瞳を俺に向けてきた。

「だから、鏡也さんに協力をして欲しいんです。そのために、お教えします。敵の本当の作戦を」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「敵の侵略の最中……私は既にテイルギアを開発して、アルティメギルと戦っていました。何故なら、テイルギアの原型となる属性力変換技術は、アルティメギルが意図的に流出させたものだからです」

 トゥアールの言葉にレッドとブルーが目を見開いた。まさか自分達の装備が敵の技術であったなどとは、想像もしていなかったのだ。

「この世界で最初に侵攻が行われた時、リザドギルディが究極のツインテールを探していただろう? あれは意図的に属性技術を伝え、自分達の敵として仕立て上げる為だったのだ。かつてのトゥ……仮面ツインテールの世界と同じようにな。この事は、アルティメギルの中でも知る者は少ないようだがな」

「……私はまんまと敵に利用され、そして世界を滅ぼされたんです」

 トゥアールは仮面の奥で一筋、涙を流した。

「レッド。貴方は私と出逢わなくても……いずれはアルティメギルによって、テイルレッドに代わるツインテールの戦士として、戦うことになっていた筈です」

「そうだったのか。最強のツインテール属性は種だ。世界中にツインテールを広めるための……!」

 その意図に気付けば、ドラグギルディの先の言葉も別の顔を見せる。まるでそうなったのが偶然かのように言っていたが、そうではない。

 あの言葉もまた、敵の策略の一部だったのだ。戦う意志――それを挫くための。

「――待て! まさか貴様、我らと死闘を繰り広げたあの戦士か!? バカな、あの弾けんばかりに輝いていた無敵のツインテール属性はどうしたのだ!? 我らは終ぞ、それを奪えなんだ筈だ!!」

 トゥアールの正体がかつて戦った敵だと気付いたドラグギルディが、信じられないとばかりに声を上げた。

 その問いに、トゥアールはテイルレッドを見る。仮面越しに視線が交差する。

「それは――託したからです」

「何だと!?」

「ドラグギルディ。私はあの戦いの最中で気付いていたんです。何故、敵が弱いのか。エレメリアンにとって死活問題である属性力の蒐集にどうして積極的ではないのか……レッドのように、ツインテールに染まっていく世界に疑問を抱いていたんです」

 そう言いながら、聡明なトゥアールならばきっと確信していたとレッドは思った。それならば、対処する術も考えついていたのではないかとも。

 そんな思いを感じ取ってか、トゥアールの言葉は自然とレッドへと向けられていた。

「きっと何とか出来る事は出来た筈なんです。どんな方法でも、世界の人達がツインテールに興味を失うような振る舞いをすれば……! でも、私には出来なかった。世界中に芽生えたツインテールを、私に憧れて素敵な笑顔を向けて慕ってくれるくれる幼女達が、元の髪型に戻っていくのが忍びなかった!!」

 トゥアールの慟哭が響く、聞き捨てならない言葉もあったような気もするが、そこはスルーする。精神衛生上の理由からである。

「迷いを抱いた私はその隙を突かれ……ドラグギルディに敗北しました。そして基地で策を練っている間に、私の世界は侵略されてしまったのです。世界はツインテールを……いいえ、あらゆるものを愛せない、灰色の世界と化してしまった」

 滅んだ故郷を思い、トゥアールは遠い目をした。

「全ての覇気を失った世界で、私だけがツインテール属性と幼女属性を残していました。そこは、道行く幼女のスカートを捲ってもろくに注意もされない……そんな冷たい世界でした」

「誰もツインテールにできない世界……なんて地獄だ!!」

「「いや、ツッコむ処はそこじゃない」」

 嘆くトゥアール。憤るレッド。ブルーとナイトは揃ってツッコミを入れた。

「私は復讐と、自身の愚かさのケジメとして、新たなテイルギアの開発を行いました。今までのデータと与えられた技術情報を精査し、解析し、持ちうる全てを以って、最強と成り得るテイルギアを。幾度も心を折られそうになりながら、その度に幼女のおっぱいを揉んでもリアクションされない寂しさを糧に認識阻害機能を開発し、誰も笑顔で抱きついてくれない悲しさを糧に、元気な幼女を求められる異世界高航行技術をも解析したのです!」

「酷い、酷すぎる!」

「――訂正する。私は何も知らなかった」

 その独白にブルーが勢い良く天を仰いだ。そしてナイトもまた、顔を伏せた。もう大惨事である。

「そして、私は自身の属性力をテイルギアの核として使い、そ――レッド、貴方に託したのです。そして自分では使えなくなったテイルギアをブルーに。これが全てです」

「そんな……! 自分からツインテールを手放したのか!?」

「あー。だから巨乳用のギア………はー、そういうことかぁ……」

「……コホン。話を戻そうか。先刻ブルーが言っていたように、何の対策もなしで事が進めば、この世界は彼女の世界の二の舞いとなる。だが、敵の策を知り、対策を講じていたならば……話は変わってくるだろう?」

 ナイトグラスターはドラグギルディに向かって指を三本、立てた。

「ドラグギルディ。貴様の失策は三つ。一つは守護者を自らの手で用意できなかったこと。これにより自分達のコントロールを外れたイレギュラーを生み出してしまった。二つ目は、自分達の筋書きを知る者の存在を今の瞬間まで気づかけなかったことだ。私が途中から戦場に出なくなったこと、おかしいとは思わなかったか? あれはお前達の筋書きを変えさせないために、敢えて出なくなったのだ。お望み通り、ツインテール属性が世界に広がるようにな」

 ナイトグラスター登場から、世界には眼鏡属性が広がりを見せ始めた。僅かではあったが、とても強い反応であり、それが敵の侵攻に対してどんな影響を与えるか未知数であった。

 故に、トゥアールはナイトグラスターに出撃を控えてもらっていたのだ。

「最後の三つ目。お前達は人という存在を見誤った。人は時として、想像もできない事をやってのける。こんな賢しい真似をするから、足元を救われたのさ」

「……言い返す言葉もない。確かに、此度は我らがしてやられた。先代テイルブルー、そのツインテールへの深き愛を侮っていた!」

 心より生まれた存在、エレメリアン。だが、彼等は心という不完全で不安定で、そしてとてつもなく強い存在の本質を見失っていた。

 人の心――それを侮っていた。

「さて、ここからは台本なしの即興劇だ。アドリブを利かせられなければ……勝てないぞ?」

「無論。打ちのめされても衰えぬツインテイルズのこの輝き……下らぬ御託でどうにかなるものではないと理解している。だが、いかなる輝きとて覆せぬ闇が――」

 

「クハハハハ! 無様だなぁ、ドラグギルディよ!」

 

「天丼かぁああああああああああああああああああああああ!!」

 まるでさっきの焼きまわしのように、ドラグギルディの怒号が響いた。

 大樹の陰より、ヌルリと姿を現した――黒いエレメリアン。その登場にレッドたちが一様に驚く。

「ちょっと!? あいつ今、どっから出てきたの!? ていうか、敵の援軍!?」

「そんな! エレメリアン反応は全くなかった筈です! 現に今だって……え、どうして!? どうして”今も”反応がない!?」

 戸惑う者達を余所に、ドラグギルディは忌々しげに吐き出す。

「フマギルディ。貴様、何をしに来た?」

「何をしに来たとは心外だな。ここからは即興劇なのだろう? ならば、乱入ぐらい大目に見てもらいたいものだ」

 

 謎のエレメリアン――フマギルディ。その登場は戦局を大きく揺るがす。

 

 




天丼はお笑いの基本。


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久しくお待たせしました。
生活環境の変化のせいで、執筆時間を纏められませんでした。
お待ちくださっている皆様には、本当に申し訳ないと思っております。


 アルティメギルの奸計。それをも上回るテイルレッドのツインテール愛。混迷の戦局に降り立ったトゥアールとナイトグラスター。

 かつての戦いの真実と、託された想い。因縁の戦いに終局が訪れようとした時、黒き影が戦場に姿を現した。

 アルティメギル首領直属、部隊監査官フマギルディ。その存在は戦場にいかなる影響を与えるのか。

 

「しかし、ドラグギルディよ。随分と情けないことだな。敵の戦意を挫くどころか、煽る始末。その上、先の世界の残党に付け入られるとは。この不始末、流石の俺も黙認は出来ぬぞ?」

「……報告ならば好きにするが良い。だが、我の戦いを邪魔することだけは許さぬ!」

 ビリビリと、全身の皮膚を痛いほどに叩くドラグギルディの怒気。それを涼しげに受け流し、フマギルディはクツクツと笑う。

「邪魔はせんよ。元々、テイルレッドの相手は貴様の仕事。俺は俺で、やりたい相手がいるのでな」

 そう言って、フマギルディの視線がレッドから外れ、ブルーへと向いた。

「あんた、こっちに勘付かれないで、どうやってこの場所に来たの?」

 ブルーは自分に向けられた視線を真正面から受け止め、問い質す。この世界にはトゥアールの超技術によって、アルティメギル感知センサーが敷かれており、その優秀さは彼女もよく知るところだ。それを掻い潜るなど、とんでもない離れ業だ。

「別段、可笑しくはない。お前達はこの世界にセンサーの網を張り巡らせているだろう? 恐らくは我らの属性力を即座に感知するような」

「っ……!?」

「ならば話は簡単だ。属性力を極限まで抑え込めばいい。今、俺がそうしているようにな」

 言うや、フマギルディの体から黒い霧が噴き上がった。同時にトゥアールの持つエレメリアンセンサーがけたたましい音を鳴らした。

「なっ……!? 自分の属性力を封じていた? エレメリアンは属性力の塊……そんなこと出来る訳が」

「俺には出来るのだよ、仮面ツインテールとやら。いちいちセンサー如きに捉えられていては、仕事にならぬのでな」

 驚くトゥアールに、フマギルディは愉快そうに笑った。

「このエレメリアン反応の強大さ……ドラグギルディ並!?」

「……奴も幹部級エレメリアンか」

 状況は3対2。しかし敵はテイルレッドと互角に渡り合うドラグギルディ。そして謎多きフマギルディ。

 数の上では優るとはいえ、状況はどう転んでも可笑しくはなかった。

 音さえ消える緊張の中、フマギルディが動く。

「っ――!?」

「消えた!?」

 気が付けば、立っていた場所に黒い残滓だけが残されていた。その動きはツインテイルズの目にも止まらなかった。

「――やはりな」

「っ……!!」

 ブルーの真後ろから背筋を凍らせるような声が響いた。ユルリと黒い腕伸びて、ブルーのツインテールを持ち上げた。ブルーに怖気が走る。

「美しい。今まで見てきた中でも極上の逸品だ。黒真珠を思わせる艷やかさ。髪の一本一本にまで、丁寧に丹念に手入れが行き届いている。これは一朝一夕で至るものではない」

 フマギルディの指が、つつ……と、ブルーの髪を撫でる。

「なるほど、思慕の情か。想いが募り、この”黒髪”を美しく色づかせているのか」

「――だりゃぁ!」

 振り返りざま、ブルーの鉄拳が唸りを上げて、フマギルディに放たれた。だが、その一撃はあっさりと躱され、逆に腕を取られる。

「こんのぉ!」

 ブルーの足がムチのようにしなって、フマギルディの側頭部を打ち抜いた――と思われた。

「おっと」

「なっ!?」

 その蹴り足が狙いを大きく外して空を切る。取られた腕が捻り上げられ、合気道のように投げられたのだ。

 反転する景色の中、ブルーは無重力に浮いた自分の体を強引に回し、投げに勢いを加速させて着地する。そして、取られた腕を強引に引き、それを利用して踏み込みからの肘打ちへと繋げた。

「ククッ」

 フマギルディはそれをするりと躱し、一瞬でブルーの足を払う。バランスを失ったブルーの背後に回りこむと、その体を地面へと押し倒した。同時に腕をホールドし完全に押さえ込んだ。

「ぐぅ……!」

「クハハ。なかなかやるな、テイルブルー。だが、無手の技は俺も得意なのだよ」

「ブルー!!」

 レッドが叫ぶ。時間にすれば数秒程度の攻防。だが、その数秒で見せたフマギルディの力は凄まじかった。

「そんな! あの戦いとなれば血が騒ぎ、目に映る全てを抹殺しない限り止まらない暴走蛮族と言っても過言ではないあのテイルブルーが、殴り合い蹴り合い潰し合いで負けるだなんて……!」

 トゥアールは仮面の奥で顔面蒼白であった。それぐらい、信じられない光景だったのだ。

「あ……あいつ、後でける、なぐーるしてやる」

 ギリギリと腕を極められながら、ブルーがギリギリとトゥアール滅殺の決意を決める。

「しかし惜しいな。この衣装を纏った影響か、せっかくの黒髪が台無しだ」

「っ……コイツ、やっぱり!」

 ブルーは先の言葉が聞き間違いではないと分かった。フマギルディには変身による認識阻害を超えて、〈自分の本当の髪が見えている〉のだと。

 黒髪、という認識が髪だけなのか。それとも正体を見抜いているのか。どちらにせよ、ここで倒さなければ厄介なことになるのは確実だった。

「っ――!」

 突如、ブルーの拘束が解ける。同時にすぐ脇でガチャリという具足の音が響いた。顔を上げれば、フォトンフルーレを抜いたナイトグラスターが立っていた。

「ごめん、助かったわ」

「気にするな。それにしても、格闘でブルーを上回るとは……それに完全に不意を突いたと思ったのに、余裕で躱された」

「流石は幹部級。一筋縄では行かないってわけね」

 ナイトグラスターに引き起こされ、ブルーは改めてフマギルディに視線を向けた。

 フマギルディはナイトグラスターの奇襲を悠々と躱し、少し離れた所にある岩の上に腰掛けていた。

「ククク。いや、驚いた。何と容赦無い攻撃だ。危うく、首と胴がお別れするところだったぞ」

 自分の首をトントンと叩きながら愉快そうに笑うフマギルディ。

「ドラグギルディよ。貴様の兵隊を借りるぞ?」

「む――?」

 パチン! と、フマギルディが指を鳴らすと、一斉に黒い兵団が姿を現した。それは周囲をあっという間に囲み、埋め尽くす。

「な、なんて数よ!」

「どうやら、これがアルティメギルの本気ということらしいな」

「ドラグギルディの用意したアルティロイド987体。まずはこれの相手をしてもらおうか。これを退けられたなら……相手をしてやろう」

 そう言って、フマギルディは岩の上で横になった。

「余裕だな」

「舐めてるのよ」

 二人は囲むアルティロイドの群れを一瞥した。一体一体は大したことはないが、この数となれば消耗は避けられない。

「二人共、大丈夫か!?」

「大丈夫よ! こっちは任せて! アンタはドラグギルディをお願い!」

 心配そうなレッドの声にブルーが答える。そして横目でナイトグラスターを見やる。彼は小さく頷いて返した。

「2対987。一人頭493と余り1か」

「それじゃ、競争しましょうか? 負けた方が勝った方にアドレシェンツァのカレー奢るの。勿論大盛り。4人前ね」

「それで、おばさんがこう言うんだろ? 『うちの大盛りは本気だよ。2人前にしときな』ってな」

「あはは。似てる似てる。――それじゃ、無双ゴッコといきますか!」

「あぁ。主菜が待ってるんだ。無作法な前菜盛り合わせはさっさと片付けるぞ」

 テイルブルーとナイトグラスター。光と水のダブルが、闇の脅威に挑む。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「二人共、大丈夫か!?」

「大丈夫よ! こっちは任せて! アンタはドラグギルディをお願い!」

 アルティロイドの向こうから届いた返事に、テイルレッドはドラグギルディに剣を向けることで応えた。

「あの数のアルティロイド。それにフマギルディ。いかに二人とはいえ、勝ち目はないぞ?」

「あの二人に心配は要らないさ。俺はお前を倒す、それだけだ!」

 高まる力。心の奥底から湧き上がる魂の具現。それらがツインテールへと集束していく。

「劣勢に回って尚も揺るがぬその力、愛……最早、言葉など不要か! だが、どれ程の輝きであろうとも、それさえ呑み込む闇があることを知るが良い!!」

 ドラグギルディも、テイルレッドのツインテールに対して今まで以上に気を巡らせる。属性力を感じられない人の目にあっても、それはハッキリと映った。

「最後に一つだけ聞くぞ。お前等が属性力を取り込まなきゃ生きていけない存在だっていうのは知ってる。だけど、強引に奪う以外に道はなかったのか? 交渉や代替手段を用意するとか……何もなかったのか?」

「どちらが上とは言わぬ。だが、食い食われる連鎖の中でそんな事は不可能なのだ。我らは――貴様らとは違う生命体なのだからな」

「それでも……そこまでツインテールを愛しているなら、奪われる悲しみだって分かるはずだろう!」

「恨み事など聞き慣れたわ。心を喰らい、生きる者として生まれた以上、当然の運命よ!」

 奪い、生きるエレメリアン。その生き方に恥じること無しとドラグギルディは言い切り、そしてまた、遠慮も手心も無用。同情など以ての外と、レッドを戒めた。

 「……そうかよ」

 テイルレッドは柄を握る手に力を込めた。それはまるで、命という存在の重さを握り締めるようであった。

 自分の大事なものを守るためでも、敵が悪で変態な精神生命体であっても――奪うことに変わりないのだ。

「おぉおおおおおお!」

「ぬぉおおおおおお!!」

 地を刳り蹴って、互いの全力がぶつかり合う。牙の如き乱れ刃が踊り、テイルレッドに襲いかかった。だが、その全てをブレイザーブレイドで真っ向から受け止め、弾き返す。

「ぬぅ……!」

「おりゃぁああああ!」

 テイルレッドはドラグギルディの剣を弾き上げると同時に切っ先を返し、その巨躯に刃を叩きつけた。

「ぐぅうう……っ!」

 その衝撃に踵で地面を削りながら後退するドラグギルディ。その胸には浅からぬ傷が刻まれていた。

「先程よりも遥かに強さと美しさを増したか。その強さ、一体何処から出てくる!?」

「ある人が言ってたぜ。ヒーローは一人で戦っていても、いつか限界が来る。だけど、仲間がいれば支え合えるってな」

「何を……?」

「ツインテールは左右の髪と、それを支える頭があるからツインテールになるんだ。そして、俺達は全員でツインテイルズなんだ。俺の強さは俺一人のものじゃないんだよ!」

 テイルレッドが一気に間合いを詰め、さっきのお返しとばかりに一気に攻め立てる。

「うぉおおおおおおお!」

「ぬっ……ぐぅうう!」

 火花が幾度も散り、その度にドラグギルディの巨体が揺さぶられる。テイルレッドはブレードを大きく振りかぶって強烈な一撃を見舞った。ドラグギルディの刃を両腕と共に弾き上げた。

「ぬぉお……っ!」

 攻撃の反動で身を翻し、ドラグギルディの背後にレッドは回り込んだ。振り向く勢いに乗せて、切っ先を走らせる。

「ぐぉおおお! わ、我が背に傷を……!」

 背中に走った痛みと衝撃に、ドラグギルディが呻く。

「どうだ。お望み通りゴシゴシしてやったぜ?」

「ぬ……なるほど。一本取られたか」

 誇りを傷つけられて尚、ドラグギルディは怯まない。その身から立ち昇る属性力は更に凶悪さを増していく。

「これほどの力……いや、真価か。ならば我も、命を懸けなければならぬな!」

 剣を地に突き立てて、その両手を強く握り固める。深い呼吸音が地鳴りの如く響き始めた。

「まさか、フォクスギルディみたいに妄想をする気か……?」

「フォクスギルディ……あ奴の妄想には一目置いていたが、人形に頼るなど、惰弱!」

「っ……!?」

 大気が震えた。ドラグギルディから今までとは比較にならない、強大な力が放たれている。

「己が愛はこの身一つにて体現する。これぞ戦士の華よ! ぬぅおおおおおおお―――!」

 ごう。と、吹き荒れる闘気の嵐。闘気はドラグギルディの側頭部に形を持って現れた。

 それは――まさしく、愛の権限。

「まさか……ツインテールだと!?」

「これぞ我が最終闘態、〈ツインテールの竜翼陣(はばたき)〉。ツインテール属性を究極まで解放した、見敵必殺の姿よ!!」

「すげぇ……なんてプレッシャーだ! 立っているだけで押し潰されちまいそうだ……!」

 ビリビリと全身に走る圧力に、テイルレッドは知らず半歩下がっていた。気圧されたからではない。そうして踏ん張らなければ、本当に引き飛ばされそうだったからだ。

「男に許されるのはツインテールを愛でる事だけではない。自らがツインテールになることこそ、ツインテール属性を持つものの本分よ!!」

 漢がツインテールになる。そこに一切の羞恥、躊躇いを持たないその姿こそ、テイルレッドを圧倒する力の正体だ。

 テイルレッド――観束総二は思う。果たして自分はそうであったかと。最強のツインテール属性を持つと言われながら、それを誇っていたか。自分自身がツインテールになるなど、考えることも恥ずかしいと思っていなかったかと。

 同じ属性力を持ちながらこうも違う覚悟。テイルレッドはドラグギルディに一礼さえ辞さない思いだった。

「敵に感銘を受けるとはな。もう一度、礼を言わなきゃならんかもな!」

「真意は知らぬが、礼はこちらこそ言うところだ。テイルレッドよ、お前と戦えたことで我は嘗ての我を取り戻した。ただ我武者羅に、ツインテールを愛し、求めた、嘗ての自分にな!」

 最終闘態に至り、ドラグギルディは更に強大となる。だが、それを押し返すように、テイルレッドの力も増大していく。

「行くぜ、ドラグギルディ!」

「行くぞ、テイルレッド!」

 ツインテールとツインテール。最強と究極。光と影。激突する両雄の力が、紅蓮の渦となって周囲を吹き飛ばした。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「おぉおおおお!」

 銀の閃光が地を駆ける。その軌跡が黒塗りの群れを吹き飛ばしていく。

「どりゃあああ!」

 青い波涛が大気を穿つ。その衝撃は黒塗りの群れを薙ぎ払っていく。

 テイルブルーとナイトグラスターによる、アルティロイド掃討が開始された。

「残り、899!」

 トゥアールのカウントが聞こえる。だが、それに答える暇など無い。

 ナイトグラスターはフォトンフルーレを駆けると同時に突き出し、まとめて吹っ飛ばす。剣を引くと同時に左足を軸にして、右足を振り回す。更に数体を倒した。

 テイルブルーは大きく円を描くように走りながら、ウェイブランスを振るってアルティロイドを倒していく。まるで紙くずのようにポイポイと飛んでいく様は、暴走戦車による破壊活動だ。

「残り812!」

 だが、その猛攻も数の暴威には焼け石に水。

「だったら――!」

 ブルーはその手に属性玉を握り締めた。そしてウェイブランスを思いっ切り地面に叩きつける。その反動を利用して一気に跳び上がった。

属性玉変換機構(エレメリーション)――体操服(ブルマ)!」

 手首のマウントがスライドし、顕になった窪みに属性玉が吸い込まれる。そしてウェイブランスの柄頭を掴み、発動させる。

 体操服属性――タトルギルディの属性力――が生み出すのは、重力コントロール。対象の重さを自在に変異させられるのだ。

「どりゃああああああああ!」

 ウェイブランスを投げると同時に、重力球を槍に投げる。超重量となったそれは真っ直ぐ、地面へと突き立って、衝撃波が周囲のアルティロイドを吹っ飛ばした。そのまま重量変化を解除して次の属性玉をセットする。

「属性力変換機構――ハイレグα!」

 セットされるのはリカオンギルディの属性玉。その能力を発動させる。着地と同時にウェイブランスを引き抜くと、大きく振り回した。

「「モケ――――!!」」

 不可視の槍撃がアルティロイドを薙ぎ払った。倍の間合いとなったウェイブランスを担ぎ上げ、テイルブルーは再び走る。

 

「属性玉変換機構――事務制服(オフィサーユニフォーム)!」

 ナイトグラスターはガビアルギルディの属性玉を発動させる。灰色の風が吹いて、アルティロイドを次々に呑み込んでいく。呑み込まれたアルティロイドは尽く、その動きを鈍らせた。

「次はこれだ。属性玉変換機構――兎耳(ラビット)!」

 矢継ぎ早に属性玉をセットする。レッドがラビットギルディを倒して手に入れたばかりの物だ。しかし、その能力は既に理解している。

 脚部に宿る力――それこそが兎耳属性の特性だ。動きを鈍らせたアルティロイドに対して、脚力を強化させたナイトグラスターの行動は至極シンプルだった。

「ハァ――――ッ!!」

 ただ、ひたすらに蹴り抜くのみ。一体を蹴ると同時に次の一体に跳び、蹴り足を落とす。その繰り返し。だが元々、その速さが桁違いのナイトグラスターだ。彼の繰り出す連続キックの速度たるや、蹴り音が重複して響き、「ドゥエドゥエドゥエ!」と幻聴する程だ。

「な、何というドゥエリスト……! 残り774!!」

 しかし、それでも敵の数は圧倒的。今は勢いがあっても体力は無限ではない。いずれは押し込まれてしまうだろう。それにまだ、本命は残っているのだ。一体一体を相手にし続ける余裕は無いのだ。

 ナイトグラスターとテイルブルーの視線が交差する。そして互いに頷き合う。

 ――仕込みは、上々。後は結果を御覧じろと。

 二人はアルティロイドを挟みこむように立つ。そして同時に叫んだ。

「「オーラピラー!」」

 同時に引かれたトリガーが、大地に光を走らせる。渦を巻く様に青い光が。その上を切り裂くように白い光が、同時に放たれた。

 噴き上がる水竜巻。天に昇る光の御柱。逆巻く二つの激流はアルティロイドを一度に呑み込んで見せた。

「「完全開放(ブレイクレリース)――!」」

 

「エグゼキュートウェイブ――!」 

「ブリリアントフラッシュ――!」

 

 テイルブルーとナイトグラスターの必殺技が、同時に放たれる。渦巻く水流と共に光の矢が激流の中へと飛ぶこむ。同時に内側から膨大な属性力が溢れだし爆発する。

「677……551……419……237……195……!」

 凄まじい勢いでアルティロイドの数が消えていく。カウントするトゥアールの声も、興奮の色を隠せない。

「「いっけぇええええええ!」」

 怒号の如き雄叫びが戦場を揺るがす。天空に二色の流星が昇り――消えた。

 地に、音もなくナイトグラスターが降り立つ。緩やかに立ち上がると、そのままテイルブルーの隣にまで進み出る。

 

「モ、モケェ……」

 

 空からアルティロイドが、一体だけ落ちていくる。二人はゆっくりとその体を回した。

 

「「ハァ――ッ!」」

 

 目の前に落ちてきたそれに向かって、二人の同時回し蹴りが突き刺さって、まるで弾丸のごとくふっ飛ばした。猛スピードで飛んで行くアルティロイドは――しかし、黒い炎に一瞬で呑み込まれた。

「アルティロイド……全部、撃破です。でも……」

 戸惑いの視線の先に、炭と化して崩れ落ちるアルティロイド。その向こう側には、寝転んだまま右手だけを持ち上げたフマギルディ。

 先制代わりにと最後の一体をけしかけたが、まさか一瞬で消し炭にされるとは予想だにしなかった。

「――ふぅ。あの数を倒したか。……しかし、予想外だったな」

 ひょいと体を起こしたフマギルディが岩の上から降りる。

「「っ……!」」

 立ち上がった。それだけで、まるで猛獣に睨まれたかのようなプレッシャーが全身に突き刺さる。

「予想では……もう少し早く終わると思っていたのだが。どうやら買いかぶっていたか?」

 ニヤリと笑うフマギルディ。その姿はまるで空の狩人――猛禽だ。

「そうか? 準備運動は時間を掛けないと、思わぬ怪我をするからな」

 ナイトグラスターはマントを払い、光輝の剣を構える。

「それじゃ、今度は期待に答えてあげるわよ。アンタをぶっ飛ばしてね!」

 空から降臨したウェイブランスを片手で掴み、大きく振り払う。その切っ先をフマギルディに定め、テイルブルーが、地を蹴った。その後にナイトグラスターが続く。

「ククク。それは楽しみだなぁ。あぁ、実に楽しみだ!!」

 フマギルディはその両手を広げ、ゆっくりとその足を踏み出した。




原作だと987対1の戦いでも勝つんですよね。
テイルブルー、マジバーサーカー。

次回も、バトル満開で時折思い出したように笑いが入ったり入らなかったり。


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すっかり遅くなってしまいましたが、いよいよ佳境の第4話です。


「どりゃあああ!」

 地を蹴って舞い上がるテイルブルー。手にしたウェイブランスを、真っ直ぐに振り下ろす。

 だが、その一撃は地面を打つだけだった。眼前にいた筈のフマギルディは一瞬で掻き消えていた。ブルーは咄嗟に槍を背後に向かって振るった。

 その柄が何かに当たる。が、そこからビクともしない。一瞬で背後に回ったフマギルディの右手が、ウェイブランスを掴んでいた。

「コイツ!」

 振り返りざまに足を振り上げ――られない。その上からフマギルディの足に踏みつけられてたからだ。

 まるで先の先さえ見据えられているかのような、不愉快さ。一対一ならばまず一切の勝ち目がないと、嫌でも思い知らされる。だが――。

「よそ見は感心しないな」

 その背後。鋭い剣閃が煌めく。フマギルディは左手で腰の物を抜き放つと、ナイトグラスターの剣を弾いた。その隙を突いて、テイルブルーの腕がフマギルディを捕らえる。

「ぬ?」

「捕まえたぁ!」

 腕を握り潰す勢いで、スピリティカフィンガーがパワーを上げる。ギリギリと腕を締めあげられながら、然しフマギルディの表情から不敵な笑みは消えない。

「うりゃ――!」

「はぁ――!」

 左右からの同時攻撃。ブルーの拳とナイトグラスターの剣がフマギルディを襲う。

 フマギルディはしかし、それを悠然と躱す。ブルーの攻撃を身を反らして躱し、ナイトグラスターの剣を全て捌く。

 だがそれも想定済みと、構わず攻め立てる二人。ブルーが腕を押さえている以上、いずれは手詰まりになる。一撃を見舞い、そこから一気に攻め切るつもりだ。

「ぬっ……くっ!」

 ついにブルーの蹴りがフマギルディを捉えた。動きが鈍った一瞬を突いて、ナイトグラスターの剣がフマギルディを斬る。

 ここだ。二人がアイコンタクトもなしに動く。挟み込むように二人のキックが突き刺さる。更にブルーがそのハンマーよりも強力な一撃をその顔面に叩き込んだ。更に更にと、嵐の如く激しい攻撃をフマギルディに浴びせかける。

「「ッ……!」」

 ダメージは入っている。しかし、攻撃が当たる度、二人の表情に焦りが見えだす。まるで、その手足が触れる度に得体の知れない何かが流れ込んでいるかのようだ。

「どりゃああ!」

「はぁああ!」

 その不安が、攻撃を大ぶりにさせる。刹那、フマギルディが動いた。腕を翻し、ブルーのロックを弾く。同時に旋風のように振るわれた手足が、ブルーとナイトの武器を弾いた。

「「っらぁ―――!!」」

 しかし、二人はそれでも攻撃を叩き込んだ。同時に繰り出されたパンチがフマギルディを大きくふっ飛ばした。そのまま派手に大岩に激突した。

「………どうかしら?」

「手応はあった。だが……」

 ガラガラと崩れた岩の下敷きになったフマギルディ。しかし、二人の表情は冴えない。

 アルティロイドをフマギルディ目掛けてふっ飛ばした時、アルティロイドは黒い炎によって一瞬で焼き尽くされた。その炎をまだ、一度として使っていない。正確に言えば、それ以前に攻撃さえしていない。

「――クク。なかなか良い攻撃だ。今までのエレメリアンが手も足も出なかったのも頷ける」

 岩が弾け飛ぶ。その下からフマギルディが余裕綽々といった風に出てきた。

「では、そろそろ始めようか」

フマギルディが右手をゆっくりと持ち上げる。そこに生まれるのは炎。禍々しいまでに黒い、暗黒の炎だ。

「さながら黒焔(ダークアンドダーク)とでも言ったところだな」

「何よ、その中二病臭い名前は」

「いや。あれを見てたら、何となく……忘れてくれ」

 ブルーの冷ややかな視線に頭を振って、ナイトグラスターは気を引き締め直す。

「改めて名乗ろう。我が名はフマギルディ。偉大なるアルティメギル首領様にお仕えし、名誉ある部隊監査官の任を賜りし、黒髪の使徒!」

「やっぱり、黒髪属性のエレメリアン……てか、いちいち名乗らないといけない決まりでもあんの、あんたら?」

「その通りだ。多少の前後はあれ、戦士として名乗りを行わぬことなど無い」

「逆に、名乗る前は戦いですら無いとも言えるわけか。本番はここからだな」

 圧力が増す。二人は自然と表情を強張らせた。

「黒髪属性を極めし我が流派〈訃黒流忍法(フマりゅうにんぽう)〉。その目に焼き付けるがいい!」

「「っ……!?」」

 二人は驚きの余り目を見開いた。

「ふ……風魔流忍法!?」

「なんて事だ……! そんな有名所を、まさかこんなタイミングで目にすることになろうとは……!」

「ちっがぁあああああああああう! 風魔流ではない! 訃黒流だ! 俺が生み出したオリジナル! オンリーワンだ! 貴様ら、どういう耳をしている!」

「「こういう耳?」」

「ええい! お約束のリアクションをしおって!」

 せっかく耳を見せたのに、なぜか途端に余裕をなくして、フマギルディは地団駄を踏み始めた。

「どいつもこいつも! 風魔流風魔流と……ええい、忌々しいぞ風魔め! この時代にあれば尽く灰燼に帰してやろうものをぉおおおお!!」

 憤りのままに炎を天に放つフマギルディの姿は、まるで駄々をこねる子供のようだ。風魔流が相当のトラウマらしい。

「さっきまでの得体の知れなさが木っ端微塵だぞ?」

「なんか、勝てそうな気がしてきたわ」

 少し、心に余裕が生まれた。二人は得物を構え、すぐに反応して動けるように軽くスタンスを広げる。

「行くぞ、テイルブルーとそのオマケ! 我が流派を虚仮にしたことを後悔するがいい!」

 フマギルディが地を蹴る。同時にその足裏からバーニアの様に火が噴いて、爆炎と共にその体を加速させた。炎はすぐに黒い霧に変じて消える。

「くっ!」

 咄嗟の反応で飛び退く。二人のいた場所にえぐるような痕が刻まれ、そこから炎が噴き上がった。フマギルディの攻撃の余波だ。だが、既にフマギルディは動いていた。

「はっ!?」

 フマギルディがナイトグラスター目掛けて、その手を大きく引いた。

「訃黒流忍法〈黒天雷火(ダークボルト)〉」

 ごう。と炎を纏った鋭い矢が撃ち放たれる。それは雷の如き速さで飛んできた。ナイトグラスターは咄嗟にフォトンシールドを展開した。直後、シールドを激しい衝撃が叩いた。

「ぐうっ」

 大きく弾き飛ばされ、思わず苦悶の声が零れる。フマギルディは切り返し、テイルブルーへと向かう。ブルーもすぐに迎撃しようとするが、それよりも一歩早く、フマギルディの刃が振り抜かれていた。

「ッ……!」

 袈裟懸けに走る鋭痛。フォトンアブソーバーの防御フィールドが斬られることを防いだが、ダメージはやすやすとそれを突破している。

「クカカカ! どうしたどうした!」

「くっ!?」

 ブルーは反射的に槍を盾にする。その上から数度、激しい衝撃が走った。その勢いに負け、後方へと弾き飛ばされる。遠ざかるフマギルディ。その手には黒炎が生まれていた。先のように炎を飛ばすのかと、ブルーは素早く属性玉を取り出す。

「属性玉変換機構――〈メイド服〉!」

 ブルーの体を淡い光が包む。それはメイド服属性の防御強化状態だ。これならば生半可な攻撃を受けてもダメージは薄い筈だ。

 フマギルディは構わず、その炎を放つ。先程とは違い、それは槍の如く、真っ直ぐに突き進んでくる。

「このっ!」

 ブルーはそれをウェイブランスで打ち払う。が、炎はそのままウェイブランスに蛇の様に絡みついた。

「何!?」

 炎は槍を伝い、ブルーの上半身にグルグルと巻きついた。

「訃黒流忍法〈邪炎縛鎖(ネビュラフレイム)〉。絡み取れ!」

「きゃあっ!」

 炎の荒縄が引かれ、同時にフマギルディも飛ぶ。一気に狭まる間合い。ブルーは唯一自由なその足を強引に振るった。

「うりゃああ!」

「カカカ!」

 だが、フマギルディの蹴りがそれを真っ向から叩き伏せる。更に振り上げた逆足がブルーを激しく穿った。

「ぐうっ……!」

「フハハハハハ!」

 そのまま炎を引かれ、幾度も振り回される。その度に木が砕け折れていく。グルグルと回り続ける視界の中、ブルーは反撃のタイミングを待つ。

「ブルーッ!」

 ナイトグラスターは着地と同時に駆け出す。ブルーに意識を取られているフマギルディ目掛けてフォトンフルーレを振るった。

「甘い」

「チッ!」

 だが、フマギルディはそれを難なく躱すと、逆に炎を纏わせた刃で反撃する。炎刃がナイトグラスターを逆袈裟に切り裂いた――と思われた。

「ぬ――?」

 だがその姿は霞の如く掻き消える。同時にブルーを縛り付けていた炎の縄が切り捨てられた。

「残像か。小癪な」

 振り返るフマギルディの先には、ブルーを抱えて着地したナイトグラスターがいた。

「大丈夫か、ブルー?」

「な、なんとか……。でも、厄介な相手ね」

 炎の拘束具は既に引き千切られて無い。自由になった身体をさすりながら、忌々しげに言う。

「スピードはブルーよりも速いな」

「パワーはナイトよりずっと上ね」

 二人は視線を一瞬だけ合わせ、向き直る。

「じゃ、そういう事で」

「了解だ」

 何が、などと確認はしない。その必要もない。その程度、視線を一度交差させるだけで事足りる程度には分かり合っている。

 二人は同時に動く。先行するのはナイトグラスター。不敵に笑うフマギルディに向かって真っ直ぐに走る。

「正面からとは、芸が乏しいな」

 フマギルディが炎を花びらのように撒き散らす。それが空中を満たすように広がると、一斉に爆発した。連鎖する炎の乱れ花。それを貫いて、白銀の風が踊り出る。

「ハァ!」

 閃光が闇を切り裂かんばかりに輝く。が、闇は踊り、それをひらりと躱す。ナイトグラスターは構わず、更に苛烈に攻撃を仕掛ける。風は嵐となって黒鳥を襲った。その速度は更に上がり、ついにフマギルディは回避から受け太刀に回る。

「クハッ! この速度、あの”死神”にも劣らぬな! 同じ属性故か?」

「誰のことか知らないが、”騎士”と”死神”では大違いだろうに!」

「違いない」

 閃光と炎刃がぶつかり、火花が散る。だが、パワーの差は歴然。騎士の剣は幾度も弾かれる。

「チッ!」

 ナイトグラスターの体が素早く回転する。腕の振りだけでは足りないと、回転の加速を付けての刺突だ。

「っ……!」

 痛烈な一撃を浴びて、フマギルディが揺らぐ。ナイトグラスターの体が更にもう一度、回転する。

「奇策が二度も通じると――っ!」

 翻るマント。その後に来る一撃を打ち払わんと、闇色の炎が猛る。だが、閃光は現れない。代わりに現出するは、海神の霊槍。

「うぉりゃああああああ!」

「ぐぅ! ――がっ!?」

 強烈な一撃がフマギルディを打ち据える。そこに目掛けて、ナイトグラスターの一撃が追い打つ。フマギルディがたたらを踏んだ。更にブルーの強烈なキックがフマギルディを吹っ飛ばす。

「ぐっ……。一度目と同じと見せかけて、マントの影から本命の一撃か。なかなか知恵を回すな」

「それぐらい回さないと、どうにもならない相手だからな!」

 ナイトグラスターは再び嵐のような怒涛の攻撃を仕掛ける。その攻めの合間を縫うように、ブルーがナイトの肩を飛び越えて、キックを繰り出す。それは防がれるも、今度はブルーが果敢に攻め立てる。

「せい、せい、せい!」

「ぬっ! くっ! この程度……!」

 ブルーの攻撃によるダメージで動きの若干鈍ったフマギルディだったが、それでもブルーの動きよりも速く、二度ばかり攻撃を捌けば、あとは容易く躱してみせる。逆にブルーに反撃し、怯ませ返した。

 しかし、突如としてフマギルディの足が地面に食い込んだ。それはナイトグラスターがブルーの影で発動させた、ジャッカルギルディの属性玉の効果だった。

 地面に足を取られて無防備を晒したフマギルディに、大きく飛び退いたブルーが必殺を狙った。

「完全開放――エグゼキュートウェイブ――――!!」

 螺旋を描いて水烈の一撃が飛ぶ。回避を封じられ、まともに受けるしか無いその切っ先はフマギルディを捉え、そのまま穿く――筈だった。

「ぬ……ぐぅ……!」

「まさか……受け止めてる!?」

 激流を黒い豪炎が阻んでいる。炎は見る間に大きさを増し、その熱が周囲の草木を燃やす。

 拮抗する力。それはついに決壊し、爆発した。水蒸気の霧が世界をあっという間に埋め尽くした。

「っ……! どうなった!?」

「やった……?」

「それを言うな。ダメなフラグだ」

 真っ白いカーテンが晴れていく。その向こうに、相反する影が浮かぶ。

「ほら見ろ。ブルーが余計なフラグを踏むからだ」

「ちょっと! あたしのせいにしないでよ!?」

 ブルーは地面に落ちたランスを拾う。たとえ防がれてもダメージはあった筈。となれば状況に多少の好転があると思えた。

「……やれやれ。不意を突かれたとはいえ、こうもやられるとは。これも実戦を離れていたツケか?」

 緩やかに解ける蒸気の向こうから、自虐的なフマギルディの声がした。二人は構える。

「だが、これ以上の無様を晒すことは首領様の名を貶める事に他ならん」

 途端、黒い炎がフマギルディを包み込んだ。そしてその後ろに、黒い翼が生み出された。同時に激しいプレッシャーが二人を襲った。

「な……何あれ?」

「翼……いや、黒い髪か?」

 翼と思われたそれは、フマギルディの後頭部から延びた長い黒髪だった。それが広がって翼のように見えていたのだ。

「最終闘態〈黒神迦楼羅(ブラックカルラ)〉。さぁ、決着と行こうじゃないか」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 テイルレッドとドラグギルディ。ツインテール同士の戦いは更に苛烈さを増していく。

 ドラグギルディの大剣が、その重量と大きさからは想像できない程の速度で振り回される。その剣圧に地面がえぐれ、その剣閃は実体を伴うかのようだ。

「ぐっ! ――ぉおおおおおおお!」

「ぬぁあああああああ!」

 テイルレッドはそれを真っ向から受ける。一合一合、ぶつかり合う度にその衝撃が周囲の物を破砕する。

 だが、その拮抗もすぐに崩れる。

 唐竹に振り下ろされた一撃を振り上げたブレイザーブレイドで弾き返し、そのままの勢いから回転。横薙ぎの一撃を見舞う。直撃を受けたドラグギルディは受け身も取れずに、後方の大木をなぎ倒した。

「何と……! 我が最終闘態を前にして尚、その強さを増すか! 貴様のツインテールは正しく底なしというのか!?」

 心とは際限なき宇宙のごとく、その果てなど無い。そして宇宙は今も尚、広がり続けている。

 属性力は心から生れ出づるもの。ならば、底など在る筈がない。

「そうさ。俺のツインテールは……無限だ!」

「ならば、その無限さえも我がツインテールが屠ろうぞ!」

 ドラグギルディが吼える。それはその名の如く竜の雄叫びだ。咆哮とともに飛び出したドラグギルディの剛撃が、回避の間も許さず、テイルレッドを捉えた。

「っ!!」

 耐える間もなく、テイルレッドの小柄な体躯が空へと打ち上げられる。それを追い、ドラグギルディも宙に踊った。

「どりゃああああ!」

「ぬぅぉおおおおお!!!」

 炎をまとった二本の剣が大空で激突する。弾かれた炎は周囲に飛び火し、大地を煉獄へと変えた。

 翻り、ぶつかり合う刃。再び拮抗するかと思われた激突はまたしても早々の決着を見る。

「っ!? がはっ――!」

 振り下ろしたブレイザーブレイドが、ドラグギルディの大剣によって、その手より弾かれた。無防備になったテイルレッドを容赦なく、ドラグギルディの豪腕が叩き落とした。

「ぐっ……ぅう!」

「よくぞここまで戦った。かつてのテイルブルーよりも遥かに強かった。だが、その強さ故に実戦経験が足り得なかったのだろう。戦いの年季が明暗を分けたのだ」

「ま、まだだ……!」

 よろめきながら体を起こすテイルレッド。だが、その体力は限界に近づいていた。まともに立てないのか、膝を付いたままだ。

「素晴らしい戦いだった。過去、現在、そして未来に於いてもこれ程の高ぶりは無いと言い切れる。だが、それもこれで終わりだ」

 ドラグギルディがゆっくりと、テイルレッドに迫りながら乱れ刃を大きく持ち上げた。

「さらばだ、我が最高の宿敵。そして最高の想い人よ。この一刀に我が全てを篭め、手向けとせん!!」

 その刃は必殺。触れる全てを破砕する意志が切っ先にまで宿っていた。食らうのは勿論、受け太刀さえ許さないだろう。

 

 ――だからこそ、それをテイルレッドは待っていた。

 

「待ってたぜ、この瞬間を」

 クワッと強い意志を宿した瞳が見開かれる。拳を握り締め、地面を殴りつける。

「オーラピラ―――ッ!」

 噴き上がった炎がテイルレッドを包み隠す。拘束用のオーラピラーには防御力はない。大事なのは、ドラグギルディの意識から完全に自分が消える瞬間だった。

「小癪な――!」

 構わず、ドラグギルディは大剣を振り下ろす。オーラピラーもろともテイルレッドを叩き斬るために。

「っ……! グッ……おぉお!」

 だが、ドラグギルディの剣がオーラピラーを斬ると同時に、炎を貫いて、真紅の刃がドラグギルディを貫いていた。

「がはっ……! まさか、二刀だと……!?」

「伊達にツインテールじゃねぇってな! 完全開放(ブレイクレリーズ!)――!」

 引き抜いたブレイザーブレイドが炎を上げる。よろめきながらドラグギルディの繰り出した一撃を、地を蹴って躱す。

「テイルレッドォオオオオオ!」

「グランド―――ブレイザァアアアアアアアアアア!!」

 天空に舞い踊ったテイルレッドが総てを込めて、必殺の一撃を放った。それはドラグギルディを刃諸共に両断した。

 炎が、まるで炎龍の降臨の如く大地を焼いた。その中で真紅のツインテールが揺れる。

「美しい……まさに神の髪……”神型”よ……」

 万感の想いを込めた呟きは、数多の世界を滅ぼしてきた戦士が、それ故に見た幻影か。それとも、現世の奇跡か。

「う……くっ。まさか、二刀目があるとは……。最初からこれを狙っていたのか?」

「咄嗟の思いつきだ。小柄な俺が膝を付いたら、お前の攻撃は上から振り下ろすしかないって、そいつに賭けた。それに――」

 テイルレッドは流れるツインテールをその手で払う。緋色の輝きが空に舞い散る。

「ツインテールを守るなら、剣だって二本必要だろ?」

「くくっ……ハハハハ!! 見事だ、テイルレッド! 麗しき幼女に倒される。これ即ち、生涯を添い遂げたに等しい!!」

「ポジティブなやつだな、ほんと」

 ツインテールを愛し、求め、極めた漢。その最後に無粋な真実を語ることなく、テイルレッドは肩をすくめた。

 道を間違えたのか。生まれるを間違えたのか。だが、純粋にツインテールを愛した漢に対する、手向けだと思った。

来世(いつ)か……また、逢おうぞ」

「お前がツインテールを愛する限り、そんな事もあるかもな」

 その言葉が届いたか。背を向けるに合わせるかのように、ドラグギルディが大爆発し、散った。

 

「………はぁ」

 敵部隊長を倒し、深く息を吐く。全身の疲労はピークに達し、今にも倒れてしまいそうだ。

 だが、まだそうは出来ない。テイルレッドは彼方を見やった。戦いの流れの中で戦場は大きく離れてしまっていた。

 まだ二人は戦っているだろうか。下手に通信を入れて集中を見出させる訳にも行かない。テイルレッドは走りながらトゥアールに連絡を入れる。

「トゥアール、状況はどうなってる?」

『……あ、テイルレッド?』

「こっちは何とかドラグギルディを倒した! そっちはどうなってる?」

『っ……』

「……どうした? 何はあったのか、トゥアール!?」

 明らかに様子のおかしいトゥアールに、嫌な予感を感じた。自然と足が速まる。

 戦いの余波だろうか、やがて不自然に広がった場所に出た。そこには果たしてトゥアール以外の全員の姿があった。

「なっ……なんだ、これは」

 テイルレッドの視界に飛び込んできた光景は、信じられないものであった。

 樹の枝にかろうじて引っかかり、ダラリと両手を下げたまま身動きしないナイトグラスター。

 その首を捕まれ、力なく四肢を下げたままのテイルブルー。

「……ほう。貴様がここに来たということはドラグギルディは敗れたか」

 ブルーを押さえていた手を離し、黒い影はゆるりと振り返る。ブルーの体が重力に引かれ、地面へと落ちた。

「しかし、ドラグギルディも期待外れよ。至高なるツインテール属性を持ちながら、太極へと至れぬばかりか返り討ちとはな。所詮、奴もその程度だったか」

「お前……何してんだよ」

「尻拭いなどするつもりもなかったが……まぁ、仕方あるまい。貴様達の属性力を手土産代わりに狩らせてもらおう」

「何してんだって聞いてんだよ、テメェ―――!」

 怒りのまま、テイルレッドは突進していた。その手の刃を、あらん限りの力を振り絞ってフマギルディに叩き込んだ。

「容易いぞ、テイルレッド」

「ぐあ――!!」

 だが、逆にたった腕の一振りでふっ飛ばされてしまった。

「さぁ、究極のツインテールよ。その輝き、偉大なる首領様に捧げよ!」

「ぐっ……! 誰が……やるかよぉおおお!」




長々と続いた1巻も次回で決着予定です。
倒されたナイトグラスターとテイルブルー。満身創痍で挑むテイルレッド。
果たして戦いの行方は?





こうして盛り上げて、自分の首を絞めるスタンスw


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長らくおまたせしてしまいました。
今回で、戦闘は決着となります。


 死闘の末、ドラグギルディを倒したテイルレッド。戦いの傷痕深いままの彼女……いや、彼……彼女? が見たものは、フマギルディによって倒された仲間の姿だった。

 怒りのままに振るった刃は容易く弾かれてしまった。それでもキッと睨むレッドに、フマギルディは鼻を鳴らした。

「うぅっ……れ、レッド……」

「ブルー! 大丈夫か!?」 

 地面に落ちたブルーが小さくうめき声を上げた。意識はかろうじてあるようだ。

 すぐに助けに行きたかったが、しかしフマギルディから意識を外すことも出来ない。二人の強さを知っているからこそ、それを返り討ちにした相手に迂闊な動きは取れない。

「さて、抵抗は出来る限り控えてもらえると助かる。無駄な時間は過ごしたくないのでな」

 フマギルディが両手を広げ、黒き炎を燃やす。

「ふざけるなよ! お前達の好きにはさせねぇ!」

 テイルレッドはブレイザーブレイドを掲げ、フマギルディに飛びかかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「う……ぐ……っ」

 朦朧とする意識の中、鏡也は目を開いた。逆しまの世界に映るのは黒い波と、それに翻弄される赤い影。

「くそ……だ!?」

 ベキベキッと枝が折れ地面に落ちる。気だるさが鎖のように全身に絡みついた体を必死に起こす。

「総二……! まずい。このままじゃ……」

 全滅だ。と、最後まで言葉を紡げなかった。一度でも出してしまえば、それが現実になってしまうような気がした。

 だが、現状は最悪のままだ。テイルレッドがここに居るということはドラグギルディを倒したということだろう。だが、その消耗は火を見るよりも明らかだ。動きは鈍く、キレもない。

 ちらりとブルーを見る。地面に倒れたまま、顔だけを上げている状態だ。援護には回れないだろう。

 鏡也は一度、深く溜め息を吐いた。たった一つだけ、残された手段を選ばざるをえない。その決意と覚悟のために。

「トゥアール、聞こえるか? 状況は分かってるな?」

『……はい。今、策を考えてるところです』

「考える、か。虚無の思考時間(シークタイム=ゼロ)なんて名乗ってる割に珍しいこともあるもんだ」

『え、いや……それは』

「ギアのリミッターを外すぞ、トゥアール」

『そ、それは……! ダメです、それだけは絶対に!』

「てことは、考えてはいたわけだな」

『うっ』

 言葉を詰まらせるトゥアール。鏡也はよろめきながら立ち上がった。

「レッドもブルーも、もう限界だ。この中でまだ”余力”があるのは俺だけだ。となれば俺がやるしか無いだろう?」

『でも、それは……!』

「この世界を、俺やトゥアールの世界みたいにはさせられない。やるしかないんだ」

『……ですが』

 トゥアールの言おうとすることはすぐに分かった。テイルギアに掛けられたリミッターを外すということは、属性力が制御を外れて暴走するということだ。そしてその結果がどうなるのかも、他ならぬ彼女自身から説明を受けて知っていた。

 それでも――だからこそ、やらなければならない。

「総二達がいればこの先も戦える。だが、この場をどうにか出来るのは俺だけだ。だったら、やるしかない」

『鏡也さん!』

「それに総二がサシでドラグギルディを倒したんだから、俺もあいつぐらい倒さないと格好がつかないからな。意地ぐらい、通させてくれ」

 しばしの沈黙の後、小さく溜息が聞こえた。

『………。分かりました。ですが、一つ約束して下さい。絶対、無事に帰ってくると』

「分かった。……しかし、勿体ないな」

 思わず頭を振った。通信越しに、トゥアールが怪訝そうに訪ねてくる。

『何がですか?』

「いい女なのに幼女趣味の変態だからな。実に勿体ない」

『でしたらお勧めの物件がありますよ? 津辺愛香さんっていう蛮族の方なんです。胸もないし優しさもないですけど、むっつりエロいので是非どうぞ』

「ほう。後で愛香に伝えておこう」

『ちょ!? やめて下さい死んでしまいます!!』

「おしゃべりはここまでだ、急げ!」

 そうこうしている間にも、テイルレッドがフマギルディの攻撃に吹き飛ばされていた。時間はもう残されていない。

『第一セーフティ解除……第二セーフティ解除。最終セーフティの解除コードは覚えてますね?』

「あぁ。それじゃ、後は頼んだぞ?」

 足元に転がっていた石を拾い上げ、鏡也は深く息を吐いた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「クカカ! どうしたどうした? 究極のツインテールの力はその程度なのか?」

「くぅ、力が入らない……!」

 テイルレッドは苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。フマギルディの力はレッドの想像を大きく超えていた。もしもドラグギルディとの戦いがなかったとしても、ドラグギルディ以上の苦戦の強いられていただろう。

「そおら。黒焼烈波(フレイムウェイブ)!」

「うわあああ!」

 フマギルディの振るった腕が炎の津波となって襲い来る。テイルレッドはギリギリで躱すも、その余波に転がされる。

 すぐに立ち上がるが、その眼前にフマギルディが刃を振り上げていた。

「まずっ!」

「終わりだ。テイルレッド」

 咄嗟に防御しようとするテイルレッド。だが、それが何の意味もないと本能的に理解していた。

 容赦なく振り下ろされる止めの一撃――が、その刃に石が激突した。

「ぬ?」

 フマギルディは訝しげに石の飛んできた方を見た。そこには、よろめきながら強い意志を宿した瞳を向けるナイトグラスターがいた。

「騎士を飛ばして王を取ろうってのは、いささか慌て過ぎだろう? ……いや、この場合は女王か?」

「既に落としたと思っていたが、存外しぶといではないか」

「お前ぐらい倒しておかないと、騎士の名折れだからな」

 そう言って胸を張るナイトグラスターだったが、テイルレッドにもそれが虚勢であると見えた。息は上がっており、顔色も悪い。体力、気力共に限界が近いと分かった。

「ナイトグラスター……!」

「テイルレッド、後は任せろ。――とっておきを見せてやる」

 一歩、強く踏み出される足。合わせるように、肩幅ほどに開かれるスタンス。両の腕を交差させて――叫んだ。

 

「ラストセーフティ解除。コード、〈ブレイクフレーム〉!!」

 

 その瞬間、ナイトグラスターの装甲が剥がれ落ち、そこから三色の炎が噴き上がって、あっという間に全身を包み込む。

 その途方も無いエネルギーは、エレメリアンではないテイルレッドにも感じ取れた。

 あの炎は、鏡也の属性力の具現化したものだと。

「っ……!」

 ジャリ。と、足音が鳴った瞬間、ナイトグラスターの足元が弾け、同時にフマギルディがナイトグラスターに向かって黒炎を放った。

 まるで火炎放射器のような一撃。だが、その炎の中から突き出るものがあった。

 白色の炎に包まれた銀色の左腕は黒い災火を貫いて、その根源を力任せに押さえ込んだ。

「ぬう――!」

「うわっ!?」

 行き場を失った炎が両者の指の隙間から溢れ、際限なく暴れまわる。テイルレッドは転がるようにしてそれから逃れる。ナイトグラスターはそれを正面から受けながら、緋色の炎に包まれた右手を強く握りしめた。

「あぁあああああああああ!」

「ぐあ……っ!」

 咆哮と共に、フマギルディのボディへと強烈な一撃が突き刺さる。初めて、フマギルディの表情が崩れた。

 更に、ナイトグラスターは引き抜いた拳を力任せに顔面に叩き込む。その衝撃に黒い影が消え、無数の木がなぎ倒される音が響いた。その後を追い、ナイトグラスターが地を爆ぜさせて走った。

 その場からあっという間に二人が消えた後には、遠くで響く音だけが戦いの激しさを伝えた。

「総二様!」

 声に振り返ると、こちらに向かって走ってくるトゥアールが見えた。

「トゥアール? あれは一体……!」

「説明は後で。それよりも急いでこの場から離脱します! 総二様は愛香さんをお願いします!」

 言うやトゥアールは転送ペンによる離脱準備に入った。

「ちょっと待て! 離脱ってなんだよ? 鏡也はどうするんだ!?」

「………。鏡也さんは、置いていきます」

「な、何言ってんのよアンタ!」

 信じられないとブルーが食って掛かる。が、ダメージも限界のせいか、襟を掴む力も弱い。

「今、こちらにフマギルディと戦える力は残っていません。ここで撤退しなければ確実に全滅です」

「だからってそんなこと出来るわけ無いでしょ!? 大体、鏡也だって――」

「鏡也さんは、元よりそのつもりです」

「なっ――!」

属性力暴走(エレメーラバースト)。いいえ、この場合は三連属性暴走《トリニティバースト》と呼ぶべきでしょうか。テイルギアのリミッターを外した今、鏡也さんの属性力は限界を超越した暴走状態にあります。その出力は恐らくフマギルディをも上回るでしょう。ですが、そんな状態は長くは持ちません。だからこそ、今の内に撤退するのです」

「鏡也一人に任せるなんて冗談じゃないわ。それに、このままやられっぱなしで引き下がれるわけ無いでしょ?」

「愛香さん。野獣同然の貴方が手負いとなって殺気立つのは分かりますが、ここは堪えて下さい!」

「――レッドはどう? このままやられっぱなしで納得できる?」

 野獣の如き剛力でトゥアールの顔面を仮面ごと軋ませながら、ブルーが尋ねるとレッドはギュッと拳を握り締めた。

「いいや。このまま逃げるなんて絶対にできねぇ。俺達は全員揃ってツインテイルズなんだからな」

「ま、鏡也はツインテールじゃないけどね。そういう訳だからトゥアール、撤退はナシよ。ここできっちり決着を着けるから」

「愛香さんだけじゃなくて総二様まで……。分かりました。でも、真っ向からは無理です。一撃。完全開放を一回だけなら、撃たさせてあげます。それと成否如何に拘らず、攻撃後は即時ここを離脱します。いいですね?」

「わかった。それでいいわ」

「サンキュー、トゥアール」

「礼には及びません。後で総二様のベッドの上でいっぱいお返しを頂きますから」

「その前に、あたしからのお返しをいっぱい受け取って頂戴」

「いやああああああ! 野獣死すべしですぅううううう!」

 トゥアールの上からブルーがお返しをするのを尻目に、レッドは一際大きく爆発する戦場を見やった。

「いいですか。二人の残りのパワーを全て、ウェイブランスに集めます。出力を確保する為、不要なシステムは全部カットします。これでようやく一発、文字通りのワンチャンスだけです」

 二人はそれぞれ、ウェイブランスの柄と柄頭をしっかりと握って頷く。後はタイミングを待つばかりだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 森を揺さぶる爆風を貫いて、黒い影が大地を転がる。フマギルディはその両足を地に突き立て、砂塵を巻き上げながらその体勢を持ち直す。

「急激に上がったパワー、まるで我らの究極闘態のような……いや、ヤツの体から昇る炎は可視化した属性力そのものか。奴め、自身の属性力を意図的に暴走させているのか!?」

 フマギルディは、自身が飛ばされてきた方角目掛けて炎を数発放つ。が、それを弾き飛ばして、銀影が舞う。

 属性力同士の激突は、言うなれば単純な力比べだ。生み出される効果の相性はあれど強い方が勝ち、バリアやシールドがなくとも無力化できる。

 最強の属性力と呼ばれるツインテール属性でさえも、そういった意味合いで有利に傾きやすい属性であるというだけで、それ以外の属性力が絶対に敵わないという事ではない。

 だが、フマギルディの属性力”黒髪”はナイトグラスターの”眼鏡”よりも強大だ。それが暴走したとはいえ、ここまで押し込まれた事にフマギルディは疑問を抱いた。

「これはもしや……複数の属性力を持っているのか?」

 落下速度を加味した蹴りを躱し、フマギルディは舌打つ。炎は三色――三つの属性力があると見えた。

「やはり、属性力そのものでは分が悪いか……ならば、力でねじ伏せるのみ!」

 腰の刃を引き抜いて、一気に振るう。ナイトグラスターの剣とぶつかり合って、激しい火花が散る。

「オォオオオオオオオオオ!」

「うぬぅうううううううう!」

 数度の激突。ナイトグラスターが消える。フマギルディは振り返りざまに一閃。然しそれが斬ったのは残像だった。

「っ――!」

 ざん。と、背後で踏みしめられた音がした。振り返ろうとする瞬間、視界が一気に跳ね上がった。

「ウォオオオオオオオオ!」

 直後、ボディをえぐる一撃。更に強烈なキックがフマギルディを天高くふっ飛ばした。

 そしてそれを追い抜いて、白銀の流星が空に舞い上がった。そして天空に座する太陽の中で炎が煌めいた。

「完全開放――!」

 陽光を背にして尚、その輝きは増す。まっすぐに、フマギルディ目掛けて、彗星は落ちる。

「――バカめ! 決着を急いだか!」

 フマギルディが嘲笑う。その両手を掲げ、今までにない巨大な炎が生み出される。それは徐々に形を変え、やがて巨大な闇の剣槍へと変じた。

「訃黒流忍法奥義〈黒闇天誅葬(カラミティ・ジャッジ・エンド)〉!!」

 その禍々しきをナイトグラスターも捉えていた。だが、それでも真っ直ぐに向かってくる。

 そして、フマギルディが黒闇天誅葬を撃ち放った。凶気の刃は高速で、真っ直ぐに、銀影の騎士を貫かんとする。

 

 其処に飛び込んだのは、二色の螺旋光であった。

 

 

「――来た! 来ましたよ!」

「分かってるわよ! それより、ちゃんと支えといてよ?」

「本当でしたら総二様をガッシリシッカリハグして、髪の毛の一本一本まで丹念にクラッチしたいところですが仕方ありません。ちゃんと押さえてますから、外さないでくださいよ、愛香さん!」

 トゥアールにしっかりと腰を支えられ、ブルーはウェイブランスを引き絞る。

「行くわよ、レッド!」

「狙いは頼んだぜ、ブルー!」

「任せて。あたしは絶対に目標を外さない! 完全開放(ブレイクレリーズ)―――!」

 レッドとブルー。二人の残りのエネルギー総てを込めた一撃。

「「エグゼキュートウェイブ―――ッ!」」

 放たれるのは二色の螺旋を描く、反攻の一矢。飛翔し突き立つは凶気の刃。だが、一瞬の拮抗を残してそれは弾き飛ばされてしまった。

「そんな――!」

 

 

 視界は最早、まともに世界を映さない。体のありとあらゆる所が軋み、悲鳴を上げている。

 咽喉をせり上がる苦悶の叫びを闘志の咆哮に変え、ナイトグラスターは刃を振るう。

 かろうじて聞こえたトゥアールから届いた通信に応えるように、力を振り絞ってフマギルディを天高く蹴り上げた。

 それを追って空に躍り出て、残る総てを一撃に注いこんで、叫んだ。

「完全開放―――!」

 それを狙って、フマギルディの必殺の一撃が放たれる。だが、止まる余裕など無い。ただ、信じて突撃するのみ。

 視界を過る光。それはフマギルディの攻撃にぶつかり弾き飛ばされてしまった。だが、それだけで十分だった。

「うぉおおおおおおおお!」

「なんだと――!?」

 ナイトグラスターはその身を弾丸のごとく回転させ、ツインテイルズの最後の一撃でわずかに軌道の逸れた黒闇天誅葬の切っ先をスレスレで躱した。

 フマギルディは慌てて、腰の刃を抜く。

「ブリリアント―――スラァアアアアアアアアアアアアッシュ!!」

 銀光の煌めきが、ついに黒衣の魔鳥を両断した。

 

「が……は………!」

 流星は地に落ち、勢い良く上がった粉塵は地表を覆い隠す。全てが逆しまとなった光景を見やりながら、フマギルディはニタリと笑った。

「――いいだろう。今日のところは貴様らの勝ちだ。せいぜい、その力を磨き続けるが良い。我らが偉大なる御方のためにな……!」

 誰にも聞こえぬ呟きを残し、二つの火華が空に咲いた。

 

 

「鏡也――!」

 よろめきながら、総二は走った。実際、走っているなどと言える速度ではない。せいぜい、早歩き程度だ。テイルギアのエネルギー切れで変身が解け、体力も使い果たした体ではそれが頑張っての限界だった。

「鏡也、生きてるわよね!? 生きてたら返事しなさい!」

 愛香もトゥアールの肩を借りながら、もうもうと上がる土煙の中を進む。そうして暫く進むと、しゃがみこんだ人影が見えた。鏡也だった。変身が解け、まるで魂が抜けてしまったかのように項垂れていた。

「鏡也!」

 三人が駆け寄ると、鏡也はわずかに首を動かし―――そのまま倒れた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 アドレシェンツァ地下にある、ツインテイルズ秘密基地。最終決戦の後、撤収してきた。

 現在の時刻は夕方だ。司令室に繋がるドアの一つが開き、総二と愛香が姿を見せた。

「総二様、愛香さん。体の調子はどうですか?」

「大分、楽になったよ」

「バットギルディの属性玉の効果が、体力の回復だったのは助かったわね」

 二人が出てきた部屋には、以前に入手したバットギルディのストッキング属性の属性玉を使用した装置があった。

 バットギルディの属性は使用者の代謝を上昇させて回復力を早めるという、珍しいもので、テイルギアでの運用ではなく専用装置による使用する事にしていた。

「……それで、鏡也は?」

「体の方はもう大丈夫です。ですが、属性力がほぼ喪失してしまっています。もう、テイルギアを使うことは……」

「そんな……!」

 映し出されたのは鏡也の属性力のバイタル。前には総二にも比肩した属性力が、今は見る影もない。

「制御を離れた属性力は無制限に放出され、やがて喪失します。これを属性力喪失(エメレーラ・ロスト)と言い、属性力の研究中にはよく起きる現象でした。

ですが、ここまで……普通ならここまで落ち込む筈はないんですが」

 そう言うトゥアールは、眉をひそめた。テイルギア調整中に何度か暴走は起こっていたが、自然回復する程度だったのだ。

 それだけ、フマギルディとの戦いが苛烈であったと言えた。そして彼等は仲間を一人失ってしまったのだ。

「………。ねぇ、愛香ちゃん。ちょっと来てくれるかしら?」

「何ですか、未春おばさん?」

 いつの間にか後ろにいた未春に呼ばれて、愛香はそっちに向かった。

 

 

 ベッドの上で、鏡也はただ静かに体を横たえていた。

(………)

 薄ぼんやりと開かれた視界には遠い天井が映る。体には気だるさが残るものの

、痛みはない。あれだけの戦いをしておいてこの程度なのは幸いだった。

 だが、心の中にあった熱を孕んだ何かがポッカリと抜け落ちてしまったかのように、内側が空虚だった。

 体を起こすと、枕元の眼鏡――テイルギアを掛ける。だが、前のような一体感を感じない。

「………はぁ」

 バタリと体を倒す。今、何時頃だろうか。あまり遅いとまた要らない心配をかけてしまうな。

 そんな他愛無いことを考えてしまう。

 

(あの、おばさん? 何でこんなこと……!?)

(いいからいいから。さ、入って入って)

 

「なんだ?」

 ドアの向こうから声がした。そっちに顔だけを向けて見ると、騒がしい声とともにドアが開いた。

「あ、目が覚めたんだ。体、大丈夫?」

 そこには果たして、愛香がいた。ローズピンクのプラスチックフレームの眼鏡を掛けて。

 

 

「きゃあああああああああああああああ!」

 

 

「な、なんですか!? 今の猛獣に襲われた美女のような悲鳴は!?」

「今の声……愛香か!?」

「そんな! 愛香さんだったら光線喰らって爆発する怪獣みたいな声でしょう!」

「お前の中で愛香はどんなポジションなんだよ? それより行こう!」

 二人は急いで悲鳴のした方へと急いだ。ドアを開けて中に入る。そこに飛び込んできた光景は、想像を絶していた。

 

「はぁ……はぁ……! 眼鏡……メガネ……めぇがぁああああねぇえええええええええええええええええええええ!!」

「いやあああああ! ヨダレを垂らすな! 伸し掛かるな! 離しなさいよ! 正気に戻りなさいよバカァアアア!!」

 

 ベッドに押し倒された愛香。その上に伸し掛かった鏡也。愛香は何故か眼鏡を掛けていて、鏡也は「メガネメガネ」と言いながら正気を失った瞳で愛香を見下ろしていた。

「あ、総ちゃん」

「母さん……何した?」

 一見して全ての元凶であろう人物に総二は尋ねた。

「属性力って嗜好が生み出すものでしょ? だったら愛香ちゃんが眼鏡かけた姿見せれば反応するかもって。でも、予想以上の反応でお母さん、びっくりしちゃったわ」

 そう言いながら、凄く楽しそうなのはどうしてだろうか。

「ちょっと総二! ボケっとしてないで助けてよ!!」

「ダメですよ総二様。愛香さんはこのまま『昨夜はお楽しみでしたね』になるんですから。さ、邪魔をしてはいけないのであちらへ行きましょう?」

 愛香は助けを求め、トゥアールは総二の肩を押して部屋を出ようとする。総二はどうしたらいいかも分からず、狼狽えるばかり。

「めがねぇええええええええ!」

 鏡也がガパッと口を開いた。同時に、愛香から「ブチッ」という音が聞こえた気がした。

「いい加減に―――!」

 膝を腹の間に差し込む。両腕で頭を抱き込み、思いっきり引きつける。瞬間、「ドスン!」という衝撃が走り、鏡也の体が跳ね上がった。

「目を覚ませ―――――っ!!」

「ぶふぁ――――!?」

 そのまま愛香の両足が鏡也の体を挟み込んで両腕をホールドし、脳天から床に叩きつけた。まるでゴルゴダの丘に突き立てられた十字架のようだ。

「……あ、鏡也さんの属性力が回復してますね」

「ウソ!?」

「でも代わりに、鏡也さんのバイタルは危険域ですが。あーあ、愛香さん。とうとう……」

「え? ちょっと!? 鏡也しっかりして! 息をしてーっ!!」

 ぐったりとなった鏡也を必死に揺さぶる愛香。危機が去った直後、更なる危機に襲われたツインテイルズであった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 深夜。トゥアールは一人、戦場となった森にいた。

「やはり。黒髪の属性玉が何処にもない。誰かが拾っていった? それとも……?」

 ドラグギルディのツインテールの属性玉は回収した。然し何度探しても、フマギルディの黒髪の属性玉は見当たらなかった。センサーも感知しない。

 一体、何が起こったのか。

「ともかく今は戻りましょう。やらなければならないこともありますし」

 答えの見えない、胸中に生まれた不安を押し殺して、トゥアールは其処を後にした。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 異空間に浮かぶアルティメギル基地。スパロウギルディは苦悶の表情を浮かべ通路を進んでいた。

「なんということだ。ドラグギルディ隊長に加えて、フマギルディ殿までやられてしまうとは……!」

 幹部級エレメリアンがこうもやられるなど、異常事態だ。

「近隣の部隊に援護要請は出したが……あぁ、どうすればいいのだ!?」

 

 

「――どうした? 随分と慌てているな」

 

 

「っ……!?」

 唐突に背後から掛けられた声に驚き、スパロウギルディが振り返る。果たしてそこには、黒衣のエレメリアンの姿があった。

「ふ……フマギルディ……殿? そんな、貴方は確かにツインテイルズに……!」

「あぁ、そうだな。その通りだ。全く、休暇中の良い暇つぶしになった」

 フマギルディは愉快そうに笑った。

「それはどういう意味ですか?」

「俺は休暇でこっちに来ているんだぞ? 何故、本気で戦わねばならん?」

「なっ……!」

「近隣部隊への援軍要請は出してあるのか?」

「は、はい。現在、タイガギルディ隊がこちらに向かっていると……」

「タイガギルディか。ドラグギルディの敵わぬ相手に、ヤツでは荷が重かろうが……まぁ、いい。では、今日で休暇も終わりだ。失礼させてもらおうか」

 困惑するスパロウギルディを置いて、フマギルディはその横を抜けていく。

「ツインテイルズ。ナイトグラスター。次にまみえる時は、俺の全てを持って相手をしよう。その時まで、頑張って生き残れよ?」

 闇の中に融けていくフマギルディ。そのレフトサイドに黒い片翼の幻影が揺らいだ。

 




これにて残すはエピローグのみです。
今回は意外と難産でした。また軽い悪ノリな話を描きたいものです。


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エピローグ

 翌日。鏡也は何時もより遅く起きた。体力はバットギルディの属性玉で回復した筈なのだが、何故か頭と首と背中と腹にダメージが残っているのだ。

 更にいつの間にか属性力が戻っていて、またテイルギアを使えるレベルになっていたとトゥアールから教えられた。

 どうして属性力が回復したのか。何かきっかけがあったような気がしたが、どうにも思い出せなかった。

 鏡也はコキコキと首を鳴らして、調子を確かめつつ、ケースから眼鏡を取り出す。テイルギアは再調整のためにトゥアールが預かっているので、これは普通の眼鏡だ。

 朝食を終えると支度を整え、学校へと向かう。道すがら通り過ぎる人達は、昨日の戦いのことなど知らず、平和な日常を過ごしている。

 誰知らずとも、それでいい。誰もが変わらない時間を過ごしていけるなら、戦う意味は十分にあるのだから。

 学校そばの信号で総二たちと合流する。

「おう、鏡也」

「お早う総二。……愛香、何で総二の後ろに隠れる?」

「気にしないで」

 更に総二の影に隠れる愛香。まるで見知らぬ人を警戒する子犬のようだ。

「いや、凄く気になるんだが……」

「鏡也さん。実は昨日、鏡也さんが愛香さんを押しt」

「推して参る!!」

「へぶはぁ!?」

 殺し屋(ヒットマン)のような冷酷さのヒットマンスタイルから繰り出される愛香のフリッカーが、何かを言おうとしたトゥアールの顎を狙い撃った。

「で、何でトゥアールがうちの制服を着てここに居るんだ?」

「今度こそ、うちに転入するんだって」

「………大丈夫なのか?」

 愛香とトゥアール。塩素と酸を混ぜるぐらいのデンジャラスさがあるが、果たして学校は大丈夫だろうか。具体的には壁とか床とか。

「ええい! いい加減、いつまでもやられてばかりではないんですよ! 見なさい、愛香さん迎撃用特殊兵器アンチアイカ第一号! ファイヤー!」

 トゥアールが胸のホルスターから、これでもかという程に光線銃なデザインのものを抜いて、愛香目掛けてトリガーを引いた。

「なにこれ? 全然弱いじゃない」

「腕組みついでで全部片手でブロック!? 何処のバスターマシンですか、あなた!?」

「そのままバスターアームロック」

「そんな技はなぎゃぁあああああああああああああああ!」

 本当に。本当にこれが校内で繰り広げられるようになって、大丈夫なのだろうか。具体的には校舎とか、校庭とか。

 そんなそこはかとなくない不安に駆られ、それをごまかすように、二人は空を見上げた。

 

 

『うわ―――ははは! ツインテイルズ、そしてこの世界の者共よ! 我が名はタイガギルディ。この世界の属性力――母なる水にその身を委ねる衣……すなわちスク水こそ、星の意思を継ぐ属性力! ドラグギルディの盟友たる俺が、それを全ていただく!!』

 

 

「「「………」」」

 昨日の今日でこれである。まるで雨後の筍だ。

「総二様。エレメリアン反応です。場所は近隣の小学校です」

「予鈴まで後、20分。諸々を考慮して……10分か」

 総二は時間を確認し、一息。そしておもむろに振り返った。

「なぁ。皆、部活は決めたか?」

「まだ決めてないわよ。ずっとゴタついてたし」

「俺も希望を出しただけで入部はしていないな」

「トゥアールは? 希望する部活とかあるか?」

「私は総二様と一緒がいいです。個室、二人きり、放課後……ウヘヘ」

 愛香によってトゥアールは強制的に黙らされる。

「……じゃあ、本気で作ってみないか? ツインテール部を」

 総二は腕のブレスを空に向ける。それは新たな敵に向かっての宣戦布告か。

「――で、活動内容は?」

 愛香がやれやれといった風に尋ねると、総二は待ってましたとばかりに笑った。

「勿論、世界中のツインテールを守ることさ!」

「やっぱりね。それじゃ、ちゃっちゃと片付けるわよ」

 総二と愛香がテイルブレスを起動させ、ツインテイルズへと変身する。

「では私も、変身――!」

 トゥアールも、仮面ツインテールへと変身する。

「おい。仮面つけただけで変身なのか?」

「何言ってるんですか、鏡也さん。宇宙探偵とか破壊魔とかディスってるんですか?」

「誰だそれは? ともかく、気をつけてな」

 そう言って見送ろうとする鏡也を、何故か三人は首を傾げた。鏡也も首を傾げる。

「いや、一緒に行こうぜ?」

「アホか。俺は今、丸腰だぞ? テイルギアだってまだ調整中だし。なのにどうしてわざわざ、虎口に飛び込まにゃならないんだ!?」

「大丈夫です。こんな事もあろうかと、これをご用意しました!」

 トゥアールが白衣のポケットから、ズルリと60センチ程の何かを取り出した。何処にそんなの入ってたとか野暮なツッコミはもう誰もしない。そもそも、仮面だってどっから出したのか分からないのだ。

「何だ、これは? ……剣?」

「属性力を使用した特殊装備。名づけて『サディステイックサーベル』です。鏡也さんのサディステイック属性をそのまま攻撃力に出来ます。エレメリアン相手は難しいですが、アルティロイド程度なら余裕ですよ余裕!」

「これなら自分の身は守れるな。良かったな鏡也!」

「あぁ、そうだな。だから俺の腕を今すぐに離せ」

 気付けばレッドの小さな手が、しっかりと鏡也の腕を掴んでいる。

「レッド。急がないと時間ないわよ」

「よし。それじゃ、ツインテイルズ出動だ!!」

 ブルーがリボンの属性玉を使い、レッドとトゥアールの腕を掴んで、一気に空高く舞い上がった。

「だから俺を連れて行くなぁああああああああああ!!」

 

 青空に、一人の青年の魂の叫びが虚しく吸い込まれていった。




これにて第一巻は終了となります。
ほぼ思いつきで始めたせいで、色々と手間取った部分も多かったです。

次回はいよいよ、第三のツインテール戦士。そして、あの黒い子も顔見せする2巻の話です。


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迫る脅威、新たなる襲撃者達!


最近暑いですね。この暑さと昼夜逆転生活ですっかりへばっておりますw


「こうして改めて見ると、色々と思うものがあるな……良い意味でも悪い意味でも」

 4月もいよいよ終わりが見える29日の放課後。鏡也は空き教室の前にいた。目の前では、総二が昼休みを利用していそいそと作ったある物を、教室入り口に付けていた。

 

 ツインテール部。

 

 思い立ったが何とやら。総二はすぐに部活創設申請を出した。部員は総二、愛香、鏡也だ。一応は文化系なので運動系のような人数規制はなく、申請は滞り無く進められた。後は書類が正式に受理されるだけである。

「今度から、ここが校内での拠点になるんだな」

 プレートを付け終わった総二が、感慨深げに頷いた。

「ツインテール……本当に不思議な言葉だよな。ふとした時、気が付いたら呟いちまってる。この文字一つ取っても、まるで宇宙を哲学するみたいな途方も無い物を感じるよな」

「すまん。俺には原子一個分すら理解できない。それより、愛香達は中なんだろ? いつまでも突っ立ってないで、入るぞ。今日中に掃除をしておかないと」

 ツインテールに思いを馳せる総二を尻目に、鏡也はドアをガラリと開ける。

「いい加減にして下さい! まかりなりにも人間の姿形しているんだから、ホモ・サピエンスらしい言動をしてくださいよ!」

「そういうのは自分の今の姿を見て言いなさいよ! 胸はだけてんじゃないわよ!」

「総二様が入っていた瞬間を見計らって『きゃ、総二様のエッチ!』ってやろうとしたのを邪魔するからじゃないですか!」

「するに決まっとるわぁああああああああ!!」

 ドアを開けた向こうには、キャットファイトを繰り広げる雌が二頭。一頭は肉食獣。もう一頭も別の意味で肉食獣だ。ただ、キャットファイトと言っても一方が一方を蹂躙する展開で、試合としては確実に成立しないだろう。

「あーあ。せっかく後ちょっとだったのに」

「総二。いよいよこういうのに慣れてきたな」

 休み時間の度にちょこちょこと掃除をしてきて、後は床と窓だけだったのだが、室内は見るも無残な状況になっていた。

「大体、何でまだ校内にいるのよ!? 手続きとか終わったんなら帰りなさいよね!?」

「良いじゃないですか! これから総二様と毎日愛を通わせる場所なんですから、じっくりと調べないと行けないに決まってるじゃないですか! 主に人目につかない場所に関して!」

「何をする気なのよ、そこで!」

「え? 愛香さんわかってるでしょ? どうせ愛香さんだって同じことしているんだから! ていうか何時まで乗ってるんですか! さっさと降りてくださいよ!! 何が悲しくて愛香さんに騎乗位されなきゃならないんですか!?」

「き、騎乗位じゃないわよ! マウントよマウント!」

「あー、赤くなってますね! 頭の隅から隅までピンク一色な愛香さんが今何を想像したのか当ててあげましょうか!?」

「当てんでいい――――!」

 愛香がツインテールを揺らしながら、トゥアールの頭を激しく揺さぶっている。その様子――愛香のツインテールに心揺さぶられている総二を余所に、鏡也は今朝の出来事を思い返しつつ、端に置かれているバケツを手に取った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 登校する児童がチラホラと見える小学校のプール前。毎度おなじみとなったアルティロイドを引き連れて、虎の姿をしたエレメリアン――タイガギルディが天に向かって高らかに咆哮した。

「ぬぉおおおおおお! スク水がおらん! 何故だぁあああああ!!」

「モケモケ、モケ!」

「何? 時期的にまだプール開きしていないから仕方ない? バカモノ! そんなのは分かっておるわ! それでも、こう……あるだろう!?」

「も、モケ~……」

「分かっておる! このような藻だらけのプールで戯れる訳がないと……だが、それでも、こうあるだろう!?」

 

「「「そんなんあるかぁあああああああ!」」」

 

 戯言を吐き続けるタイガギルディの顔面に、三本の足が突き刺さった。

「ぐはぁああああああぁぁぁ……っ!」

 ザッパーン。と派手に水飛沫を上げて、タイガギルディがプールに落ちた。

「思わず蹴り飛ばしてしまったけど……とりあえず、これ以上の悪ふざけは許さないわよ!」

 スタッと降り立ったテイルブルーが、深緑の底に沈んだタイガギルディ目掛けて指差した。だが、聞こえていないであろう。

「よし。アルティロイドを蹴散らすぞ。行くぜ、鏡也!」

「まったく……何でこうなった。だが、来てしまった以上は手抜きはしない!」

 テイルレッドがブレイザーブレイドを抜き、先陣を切る。鏡也はゆっくりと歩きながら、手にした剣――サディステイックサーベルを鞘から抜き放った。

 緩やかな反りの入った黒鉄の軸に銀色の刃が備えられたその剣は、護拳という半円状の鍔を持つ。一振りして具合を確かめ、鏡也はその足を徐々に速めた。

 鏡也に向かって、数体のアルティロイドが飛びかかった。

「ふっ」

 横薙ぎの一閃。ただの一振りでアルティロイドが消滅する。その切れ味、フォトンフルーレにも劣らないと感じ、思わず吐息が漏れた。

「さすがだな。――これは、いい剣だ」

 鏡也の口元が歪む。まるで剣に魅入られたかのように瞳に、心に、加虐の火が灯る。同時に鎬の部分に、加虐の属性力を示す紋章が現れた。

 それによって更に切れ味と速度を増した剣撃が、アルティロイドを更に葬る。タイガギルディがプールの底の藻を引き切って浮上してくる時には、殆どのアルティロイドは倒していた。

「お、おのれ! かくなる上は!!」

 タイガギルディはその身から猛獣の如き属性力をみなぎらせ、テイルレッドに迫る。来るか、とテイルレッドが剣を握る手に力を込めた。

 その力はドラグギルディやフマギルディと比較すれば弱い。だが、それ以外とは比べるまでもない程に強い。そして何より、属性力の生み出す特殊能力次第では苦戦するかも知れない。

 時間もない以上、速攻でケリを付けなければならなかった。

 タイガギルディはゴロンとその筋骨隆々な体を転がし、無防備にも腹を晒した。何かの攻撃を仕掛ける予備動作か。

 

「後生だ! スク水の如き衣を纏うテイルレッドよ、我が腹を海と見立ててどうか元気いっぱい泳いでくれい!」

「ぎゃああああああああああああああ! コイツ気持ち悪いぃいいいいいいいいいいいいい!」

 

 背筋をマッハで駆け上がる怖気に身を震わせ、無意識に手近にあったものの影に隠れた。

「た、確かにこれはクるものがあるな……」

 自分の影に隠れたテイルレッドを庇うようにしながら、気持ち悪さに顔を歪める鏡也。その横をクルクルと槍を回しながら、テイルブルーが過ぎる。

「そんなのいつものことでしょ。さっさとケリをつけるわよ」

 動揺の一切ないブルーを見るや、タイガギルディがその瞳をクワッと身開いた。仰向けのままで。

「失せろ、汚らわしい! そのような布面積の少ないものなどスク水に比べれば尻紙も同然!! それを理解したなら今すぐ土下座してテイルレッドに謝罪せよ!」

 その迫力。まさに猛獣。しかし、タイガギルディの覇気はしかし、怪獣の殺気よって粉砕されてしまった。

「じゃかましいわぁああああああ!」

「うぼはぁあああああああああああ!?」

 全力でその腹にウェイブランスを叩きつけられ、タイガギルディが悲鳴を上げた。ついでに下のコンクリートも砕けた。更にブルーはタイガギルディを蹴り飛ばし、槍を翻した。

「エグゼキュートウェイブ―――ッ!!」

「ぬがぁあああああああああああ! す、スク水ぅううううううう!!」

 ウェイブランスに貫かれ、タイガギルディがプールに再び落ちた。そしてその変態ぶりだけを晒して、爆発した。

「………無惨だ」

 その最期に、鏡也はポツリと呟いた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「どうした鏡也?」

 我に返ると総二が首を傾げていた。その後ろでは愛香がトゥアールの首をあらぬ方へと傾けさせている。

「……いや、この前の小学校の出来事を思い出してな」

「それって、あのタイガギルディってやつの事か?」

「あいつはドラグギルディよりも大したことのない奴だったが、しかしそこいらのエレメリアンとは比較にならない力を持っていた。間違いなく幹部級だ」

「そうなのか? でも、早過ぎる気もするぜ?」

「元々、近い所にいたのかは知らんが……途方も無い早さだ」

「――これから厳しくなるな」

 後ろで更に厳しくなるトゥアールを余所に、総二は呟く。

「だが、同時にチャンスでもある」

 最早チャンスすら無いトゥアールを一瞥もせず、鏡也は総二に向く。

「数が無数にいる以上、全てを倒すことは難しい。だが、それぞれの部隊を率いる部隊長……幹部級エレメリアンだけに狙いを絞れば、こちらにも勝ちの目が見える」

「そ、そうか……そうだな!」

 敵がどれだけ居るかは不明でも、それらを率いる存在となれば数はそれ程でもないだろう。そしてそれらを倒していけば、後は組織が勝手に瓦解するだろう。

 それに先んじてトゥアールが瓦解しそうだが、それらをスッパリ見ないふりをして、総二はギュッと拳を握った。その後ろで愛香がトゥアールの顔をギュッと握っていた。

「さて、少しばかり先の展望が見えた処で……掃除をしよう。このままじゃ日が暮れる」

「……だな。よし、やるか!」

 総二も立て掛けてあったモップを手にした。

 

「そ……そうじさま……そろそろ………こちらもきにかけて………」

 

 先の展望も見えぬまま、本気で愛香によって瓦解しそうなトゥアールであった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「っ……ぬぅ」

 異空間に浮かぶアルティメギル秘密基地。その基地にて一人頭を悩ませているのはスパロウギルディである。彼の視線の先にあるのは、アルティロイドが記録したタイガギルディの最期である。

「………なんということだ」

 何とも言えない顔で頭を抱えこみ、再び唸る。この際、あの余りにも余りにもな最期には目をつぶるとして、それを差し置いても唯一つ。

「強すぎる……ツインテイルズは、強すぎる!」

 ドラグギルディ隊の参謀を務めるスパロウギルディは勿論、属性力の拡大、拡散からの刈り取りという、組織の作戦を知っている身である。だが、その最終過程でドラグギルディが倒され、そして今またタイガギルディまでも。

「それだけではない。奴らはあのフマギルディ殿さえ退けているのだ……このままでは」

 ここに来て、部隊を構成する者達の脆弱さを浮き彫りにしてしまった。殆どの部隊の力関係は部隊長を頂点とした完全なピラミッドだ。絶対強者の部隊長と、属性力流布のための部隊員。

 隊長が倒されれば、属性力を狩れない。こんな馬鹿な状況を打破する術もないのだった。

 何も知らない者達は弔い合戦だと息巻いているが、このままでは尽く犬死にだ。それはスパロウギルディの望むところではない。

 二部隊を抱え込んで、如何にすべきか。思案するスパロウギルディの元に、一つの連絡が飛び込んできた。通信画面が開かれる。

『スパロウギルディ殿! 新たな部隊がこちらに!』

「……何処の部隊だ?」

『リヴァイアギルディ隊です!』

「何だと――っ!?」

 スパロウギルディは驚きの余り、声を裏返した。

 リヴァイアギルディ。ドラグギルディとは同期で、その実力は彼に比肩するとさえ言われている猛者だ。

 分厚い暗雲から光明が差し込んだと、スパロウギルディが色めき立っても仕方ない。だが、報告はそれだけではなかった。

「それと、クラーケギルディ隊もこちらに!」

「何だと――っ!?」

 スパロウギルディが再び声を上げた。だが、先程とは別の意味でだ。

 クラーケギルディ。常に自らが前線に立つ超実戦主義者であり、その実力はリヴァイアギルディにも並ぶ程。だが、この両名――いや、両部隊は決定的に相性が悪い。それは互いに掲げる属性力故に。

 決定的に相反し、絶対的に相容れることのない――それは宿業だ。

 どちらかだけならば頼もしい事この上ない。だが、その両部隊が同時にこの場に向かってきているという。そこにあるのは新たなトラブルの火種であることは、想像に容易い。

 にも拘らず、二部隊を統合するという事実がどうしても理解できない。

「せめて、何事も起こらないで欲しい……」

 決して叶うことのない願いを、それでもスパロウギルディは願わずにいられなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 喫茶アドレシェンツァ地下にある、ツインテイルズ秘密基地〈アイノス〉。トゥアールによって鏡也の前に差し出されたのは眼鏡であった。

「先のデータを含めて、バージョンアップしました。ギアの出力も一割ほど上昇しています」

「それは助かる。さすがにフマギルディ並の奴がゴロゴロ出てくるとは思えないが、それでもパワーアップはありがたい」

 早速、鏡也は眼鏡を掛け変えた。鏡也の属性力との相性か、その収まりは素晴らしいと感嘆の吐息が零れる。

「それで、新しい機能が追加してあります」

「新しい機能? ……これか?」

 鏡也は視界に映し出されたものを注視した。それは周辺の地図と三次元座標のようだ。他にも細かい情報が表示されているが、意味するところはわからない。

「これは網膜転写型転送システム、名付けて〈転送レンズ〉です!」

「まんまだな。……で、どう使うんだ?」

「眼球の動きや電気信号の流れ……ぶっちゃけ、こうしたいああしたいと考えたり見たりすれば、動きますから」

「ほほう。では早速………よし、転送!」

 一瞬にして鏡也の姿が消える。そして――。

「ぐえっ!?」

 一人の痴女が、踏まれた。

「おぉ、成功だ」

「何で人の上に座標セットしているですか!? 思わず潰れたカエルみたいな声出しちゃったじゃないですか!!」

「……少しぐらい潰れたほうが、愛香に握り潰されなくて済むぞ?」

「嫌ですよどっちも! ていうか早く退いて下さい!」

 今後の被害を減らせる良いアイデアだと思ったのに。と、呟きながら鏡也はトゥアールから降りた。手を貸して立たせると、トゥアールは服をパタパタと叩いた。その度に胸部が揺れるのだが、生憎とそれに殺意を覚える人物は基地にはいない。

『――ねぇ。今さ、すっごい不愉快なことがあった気がするんだけど?』

 その筈なのに、何故か愛香からの通信が飛び込んできた。

「気のせいだ」

 鏡也はバッサリと切った。基地内で殺人事件を起こさせる訳にはいかないのだ。

「ともあれ、転送システムは有難いな。いちいち自転車を飛ばさなくて済むし、何より転送ペンと違って、目立たないのがいい」

 転送ペンの場合、転送位置の指定にコンソールを使用する。だがこれは人の目があるところでは使用できない。目立ち過ぎるからだ。

 だが、鏡也の転送レンズは手で覆うなどすれば人前でも使用できる。座標を予め決めておいて、人気のない場所で使用すれば、時間の短縮になる。

「……で、あいつは何で頭を抱えてるんだ?」

 チラリと見れば、総二が頭を抱えて唸っている。ブツブツと何か言っているようだが、二人の位置ではよく聞こえない。

「えーと……鏡也さんはお店の方は見られましたか?」

「いいや。裏から入ってそのまま来た。………店に何かあったのか?」

「何かあったどころじゃねーよ!」

 バシン! と、机を叩いて総二は立ち上がった。その表情は色々と追い詰められている様に見えた。

 ここまで動揺するところは鏡也も知らない。

「――で、何があったんだ?」

「……今日、店が繁盛していたんだ」

「ほう。珍しいが良い事じゃないか」

「客の全部が中二病でなかったらな」

「………は?」

 総二が言うには、店の客が尽く、尽く中二病だったという。自称タイムトラベラーだったり、自称吸血鬼だったり、自称凄腕ハッカーだったり。勿論、そんなわけもない。そういう設定を楽しんでいるのだ。

「お義母様の中二病属性が高まったせいで、そういう属性をもった人が集まってきているんですよ。同じ属性同士は呼び合うものですし」

「類友というのだ、それは」

「愛香なんて余りのショックで石化しちまって……あいつにはツインテール喫茶を薦めてやるべきだったかな」

「積極的に止めを刺しに行くな。……ま、いずれは慣れるだろうし、我慢するんだな」

「なんか名言ぽいこと言われて、『死にそうなほどの大ピンチになったら思い出して』とか言われたんだけど?」

「思い出してやれば良いだろ?」

「だから死にかけって言ってんだろ!? 何でそんな状況に積極的にならないといけないんだよ!?」

「それが親心というものじゃないのか?」

「そんな親心はいらん!!」

 総二はガックリと肩を落とし、椅子に力尽きるように座り込んだ。身内の黒歴史(本人はそう思っていない)が現在進行形ではダメージもでかかろうと、鏡也はそっとしておくことにした。

「それじゃ、今日は引き上げる。何かあれば連絡をくれ」

 トゥアールにそう告げて、鏡也は基地を後にした。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 いつもの様に自転車を漕ぎ家路につく。今日はアルティメギルの襲撃もなさそうだし、何よりテイルギアが帰ってきたので心に余裕があった。

「Sサーベルがあるが……エレメリアン相手には不足だしな」

 鏡也は携帯を取り出し、そこのストラップとしてぶら下がっている物を見やった。剣をモチーフにした飾りがついている。それこそ、Sサーベルの待機状態だ。

 

 ――prrrr。

 

「ん? 姉さんから?」

 携帯を仕舞おうとした処で着信があり、足を止める。

「はい、もしもし?」

『――あ、鏡也くん? 慧理那です』

 電話の向こうから聞こえてきたのはやはり慧理那の声だった。

『急で申し訳ないのですが、今度の土曜日……予定はありますか?』

「いや、何もないけど……どうして?」

『実はその日、買い物に行くのですが……付き合ってもらえないかと思いまして』

「買い物? 別に良いけど……何を買うつもり?」

『え、えっと……それは………』

 慧理那は言葉を濁らせた。それだけで何を買うつもりなのかを鏡也は察した。

「今度は何の玩具を買うつもり?」

『………とある特撮の超合金ロボットを少々』

「………姉さん」

 やっぱり。と、鏡也は溜め息を吐いた。変わっていない。昔から本当に変わっていない。

 両親に連れられて初めて出会った時、特撮ヒーローの変身ベルトを付けて「目覚めて、私の魂!!」と叫んでいたのは今でも誂いのネタのぶっち切りトップだ。

「でも、買い物なんて大丈夫なの? 姉さん、今まで何度も襲われてるじゃない?」

『えぇ。尊にも控えるように言われているのですが……やはり、こういったものは自分の足で出向いて買わないと!』

「そういうものなのか?」

『そういうものなのです!』

 電話の向こうで、きっとドヤ顔しているだろう慧理那に苦笑する。

『それで、どうしてもというなら護衛を付けて……あと何故か、鏡也くんも一緒に来てもらうようにと』

 

(囮にする気だ――――!!)

 

 あまりにもド直球な狙いに鏡也は内心で叫んでいた。だが考えてみれば、自分の身を守る術を持っている上、何故かエレメリアンに優先的に狙われる鏡也は、慧理那を守るための囮としてこれ程に相応しい人選もない。

 尊の最優先は慧理那の身の安全だ。この判断は間違っていない。実際に、あの後も慧理那は何度かエレメリアンに襲われ、その度にツインテイルズが助けている。

 二度目以降はまだしも、最初の襲撃の時は相当に怖い目に遭った。それなのに慧理那は積極的に外に出ている。普通ならもっと警戒するだろうに。

 

 ――尤も、神堂家の屋敷も襲撃されているので何とも言えないが。

 

「買い物の件は了解。で、時間は?」

『朝の7時。ショッピングモール前で待ち合わせで』

「早いな!? ……わかった」

 多分、整理券待ちだなと思いながら、鏡也は頷いた。

 

 家に入るとリビングに天音がテーブルに幾つもの紙を広げていた。

「ただいま。……何してるの?」

「あら、おかえりなさい。ふふ、ちょっとねー」

 天音はえらくご機嫌な様子でハサミを動かしている。どうやらスクラップを作っているようだ。

 何をそんなにと覗いてみる。

 

『敵か味方か!? ナイトグラスターに迫る!!』

『テイルレッドに迫る影。ナイトグラスターとは何者か? 専門家が検証』

 

「………………………は?」

 何故? どうして? 何でナイトグラスターの記事をスクラップを作っているのか。

 嫌な予感をそこはかとなく感じながら、鏡也は天音に尋ねた。

「母さん。何でそんなものを………?」

 ナイトグラスターのファンだとか、そういう答えを希望して。

「あら。せっかくの息子の晴れ姿なのだから、記録を残すのは当然じゃない」

 そして、希望は裏切られた。何を馬鹿なことを言っているのとばかりに小首を傾げる天音は歳不相応に可愛らしい。

「な、何のことかなぁ……?」

「この子ったらとぼけちゃって。息子を見分けられない母親なんていないわよ……あ、そうだ。聞きたかったんだけど、ツインテイルズって、もしかして私の知ってる子? だったら愛香あたりちゃんが怪しいんだけど……レッドは誰かしら? でも変身しているんだから、見た目に騙されちゃダメよね? ………総二くんとか?」

「やめて! それ以上、詮索しないであげて!!」

 認識阻害さえ超える母の眼力に恐怖して、思わず声を上げてしまう鏡也であった。

 




いよいよ問題のある人達がアップをはじめる頃ですw


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少し暑さも和らいで過ごしやすくなっていますが、まだ昼間は暑いですね。


 土曜日の朝も早くから、大手ショッピングモール三階にある玩具店前には人が集まっている。その中には鏡也らの姿もあった。

「ふわっ……。よくこんな朝早くから集まるものだなぁ」

「ごめんなさい、鏡也くん。わざわざ付き合ってもらって」

 あくびを噛み殺す鏡也に、慧理那は苦笑いを零す。その脇で尊が小さく溜め息を吐く。

「買い物でしたら私達に任せていただければ宜しいのに……」

「そうはまいりません。こういう物は自分で買うからこそ、愛着が湧くのです。今はネットの普及で安易にネット通販が出来ますが、かつてはファ◯コンソフト一本に大行列をなしても尚、求めたといいます。本当に欲するものは自分が苦労してこそ、価値が有るのです」

「まぁ、ドラ◯エⅢ問題は新聞にも載る程でしたが……」

 実年齢に疑問を抱かせるような発言があったような気もするが、実年齢に疑問を抱かれない二人はスルーする。

 とはいえ、慧理那の心中は察するに余りある。普段は生徒会長として、神堂家跡取りとして、その小さな両肩に背負い込む重荷がどれ程か。そんな彼女がこうして歳相応の表情を見せる姿を見ると、尊はつい強く言い切れないのだった。

「鏡也さん。今日はご足労願って申し訳ありませんでした」

「いいえ、別に大したことじゃ。何事もないなら、それでいい訳ですし」

 そう言って笑う鏡也に、尊はまた申し訳ないと謝る。鏡也は自分がどうして呼ばれたか、理解していた。そのことを謝れば『俺は自分の身を守れるし、大丈夫』と返した。

 尊の一番の目的は慧理那の護衛だ。同じように狙われ、その上で自分を守れる鏡也を囮とする。慧理那を守る為に、これは最善の選択だと思っている。

 それを承知して尚、来てくれた鏡也に対して尊が出来る唯一の事だった。

「……そういえば、先日の小学校の時、何やら持っていましたが……あれは?」

「あ、その事を聞きたかったんです!」

 尊が尋ねると、慧理那は大きな瞳をキラキラとさせてきた。その真っ直ぐな眼差しに若干引き気味になりながら、鏡也は答える。

「あれは……あの時、仮面に白衣って言うあからさまに怪しい格好の人がいたの知ってます?」

「――あぁ、そういえば。余りにもあからさまだったから新手の変質者かと思いましたが」

「まぁ、事実変質者ではありますが……そこは実害はまだ出ていないので。あの変質者はただの変質者ではないんです。ああ見えて、ツインテイルズをサポートする天才科学者なんです」

「ほう」

「天才科学者ですか!? テイルブルーに続いて重要なポジションが登場したんですね!」

 慧理那の鼻息が荒くなる。特撮マニアな慧理那にとって、ヒーローをバックアップする科学者とは垂涎のポジションなのだろう。

「その人がテイルレッドに頼まれて作ってくれたのが、あのサーベル。アルティロイドぐらいなら倒せる機能があるらしいです」

「……それは、私にも使えるものですか? 頼んで作ってもらえる物ですか?」

 尊は少し考え、神妙そうに尋ねる。

「多分、難しいですね。作ること自体は大丈夫でも、それを使えるとなると……。あのサーベルやツインテイルズの装備は使える素養……みたいなのがあって、俺もギリギリで使えるぐらいですから」

「そうですか……」

 尊は残念そうに呟いた。

「まだ時間かかりそうですね。ちょっとトイレに行ってきます。すぐ戻りますんで」

「分かりました」

 鏡也が列から離れていく。その背中を見送りながら、尊は心中で溜息を吐いていた。

 尊が慧理那を強く止められない理由は、もう一つあった。エメレリアンの襲撃がもしかしたら、”彼”との再会があるかもしれないと期待があったからだ。

 

 ナイトグラスター。神堂家をエレメリアンが襲った時、尊達を救い守った白銀の騎士。尊の出会ってきた男性の、誰とも違うミステリアスな存在。

 

 然し、尊の期待とは裏腹に彼は現れなかった。それどころか現場に現れることさえ稀になっていった。

 そこにどのような事情があるのか、尊には分からない。だが、彼女の中で縁がやはり無かったのだろうという思いが、確実に大きくなっていくのは分かった。

 今までどれだけの男性と縁を持とうもするも、失敗し続けてきた――そんな今までと同じに。

 慧理那の周囲に注意を払いつつ、視線を動かす。チャラそうな格好の大学生らしき集団。スーツ姿の根暗そうな社会人。玩具をせがむ子供まで。異性という点で男性はあふれている。

 尊にとって、結婚とは戦争だ。それも世界大戦級の。かかっているのは自分の人生だけではないのだ。

 そんな人生のハルマゲドンを進む尊ではあったが、それは飽くまでも自身の職務の次だ。

 

『メイド長! お嬢様をすぐに安全な所へ!』

 

 耳に付けたトランシーバーに飛び込むノイズ。周囲を警戒している護衛メイドのものだ。一瞬で身辺警護のプロフェッショナルの顔になった尊が慧理那の腕を掴んだ。

「お嬢様!」

「尊!?」

 すぐさまこの場を離れようと駆け出す。慧理那もその意味を理解し足を動かした。後頭部に深い深い未練を残しながら。

 エスカレーターホールに差し掛かる。尊の視線が鋭く飛ぶ。階段か、エスカレーターか。どちらを使うかの迷いはない。

「お嬢様、失礼します! 舌を噛まないように!!」

 言うが早いか、尊は慧理那を抱き上げ、階段に走った。小柄とはいえ人一人を抱えて跳躍する。階段をすっ飛ばし、踊り場を切り返す。都合四度、繰り返して一階へと辿り着く。

 そのまま出口に向かってその健脚をフルに発揮させる。外に出て、急ぎ車のある場所へ行こうとする――が。

 

「「モケモケー!!」」

 

 そのいく手を遮る黒い群れ。そしてその中心を割って現れるカニ怪人。

「エメレリアン……くそ、間に合わなかったか!」

「ほう。その幼女、素晴らしい属性力を持っているな。これはさぞ、アレのポテンシャルも素晴らしいだろうなぁ!」

「あれだと……?」

 やはり慧理那が狙いかと、尊が歯ぎしりする。だが、その危険に対する最も有効な手段――ツインテールを辞める事はどうしても使えない。

「我が名はクラブギルディ。ツインテールと共にある麗しき属性、項後(ネープ)属性を探求する者よ!」

「ネープ……うなじ?」

「どうしてこう……貴様らは俗な事ばかり口にするのだ!!」

「ふん――アルティロイド! その幼女を捕らえよ!!」

「お嬢様、お下がりを! はぁああっ!」

 慧理那を庇うように下ろし、尊は迫り来るアルティロイドにその磨き上げられた技を振るう。 

「ほう。なかなかやるな。それに妙齢ながらツインテールを嗜むか」

「誰が妙齢だ! それに、この髪型を貴様らのような化け物に品定めされてたまるか!」

 並み居るアルティロイドをなぎ倒し、尊が吼える。

「メイド長!」

「お嬢様をこの場から逃がせ! ここは私が引き受ける!」

 ツインテールを揺らしながら駆けつけた他のメイドに慧理那を預け、尊が走る。

「お嬢様を狙う不埒者共! ツインテイルズを待つまでもない。この手で葬ってくれる!!」

「クックックッ、面白い」

 尊が繰り出す鋭い蹴り。常人ならば悶絶必死な見事な一撃だ。更にしなやかな足が翻って蹴り足が舞う。だが、しかし、クラブギルディは微動だにしない。

「くっ……! 何だこの硬さは……!?」

 甲殻類の見た目ならばと、柔らかいであろう部位を狙うも、金属のような硬さに、逆に足を痛めてしまう。

「きゃー!」

「お嬢様、お逃げ下さい!」

「おのれ! ……お嬢様!」

 慧理那がアルティロイドによって捕らえられる。そして、いつの間にかその後ろにクラブギルディが立っていた。

「な、何を見ているんですの!」

「ふむ! 素晴らしい! 素晴らしいツインテールには素晴らしいうなじ! ツインテールとうなじ。相乗される美がWin-Winの関係を生み出す! この感動を世の全てに伝えたいのだ!」

「貴方に教わることなんてありませんわ!」

 凛とした態度で言い返す慧理那。だが、クラブギルディはそれを一蹴する。

「たわけが! 男は背中で語り、女はうなじで語る! 世の理を知らぬとは見た目だけでなく知性も幼いか!!」

「なっ……わ、わたくしは……っ!」

 幼い容姿は彼女にとって、トラウマに近い。そこを責められた慧理那の目にハッキリと動揺が見えた。

「貴様! お嬢様を侮辱するか!」

 主に対する暴言に尊が激高し、飛びかからんとする。だが、その体をアルティロイドが押さえ込んだ。

「黙れ、年増に用などないわ! さっさと帰ってカラスの足跡とほうれい線対策に精でも出しておれ!」

「誰が年増だ、甲殻類がぁ! 私はまだ28だ! 寸胴に詰め込んで茹で上げるぞコラァ!!」

 数秒前の怒りさえ生温い、狂気じみた怒号が響いた。押さえ込んでいるアルティロイドをズルズルと引き摺る様は魔獣のようだ。

「さて、そのツインテール……いただくぞ!」

「っ……!」

 クラブギルディが属性力を奪うリングを出現させる。その異様に、嘗ての記憶が蘇った慧理那が小さく肩を震わせた。

「お嬢様―――!」

 尊の叫びが木霊し、魔のリングは慧理那のツインテールを奪い――。

 

 

「――悪いが、それは遠慮願おうか」

 

 

 銀光一閃。リングは切り裂かれ、同時にアルティロイドが吹っ飛ぶ。

「なんだと!?」

 驚きの声を上げるクラブギルディ。その脇を風が駆け抜け、慧理那の姿が消える。そして次には尊の前に人影が現れていた。

 見上げる尊。レンズの奥の瞳は鋭さと優しさを湛え、その腕には彼女の主を抱えていた。

「ナイトグラスター……様」

 慧理那を優しく下ろす騎士に、尊はその名を呟いた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 用を足してトイレを出た鏡也が見たのは、慧理那の手を引いて走る尊の姿だった。すぐに何事があったかを悟って後を追いかけた。

「――って、速い!?」

 スカートが翻るのも気にせず、階段を一足で飛んで行く様はまるで軽業師だ。あっという間に姿が見えなくなる。

 鏡也は追うことを諦め、テイルギアの転送機能を起動させた。同時にトゥアールからの通信が入る。

『鏡也さん! 鏡也さんの近くにエレメリアン反応です!』

「分かってる。総二達は?」

『出動まで、もう少しかかります』

「分かった。それまでは何とかする」

 転移座標を駐車場の端――最も遠い場所の上空に決め、転移。目もくらむような光と共に転移すると、続けて変身する。

「グラスオン――!」

 着地と同時に閃光の騎士〈ナイトグラスター〉へと変わり、一気に走る。レンズにはエメレリアンの位置が表示されていた。

 そして、慧理那の属性力を奪おうとするエレメリアンの背後を抜ける寸前、抜剣。

「――悪いが、それは遠慮願おうか」

 アルティロイドを蹴散らし、慧理那を抱えて尊の前まで離脱する。何とか間に合ったと、慧理那を下ろしながら内心で安堵する。

「おのれ! 貴様は何者だ!?」

「私を知らぬとは……己が暗愚を晒すか、エレメリアン。我が名はナイトグラスター。貴様らアルティメギルに仇なす者だ」

 そう名乗れば、クラブギルディがその瞳を大きく開き、シャキーン! とそのハサミを構えた。

「貴様がナイトグラスターか! たった一人で我らに挑もうなどとは笑止!」

「さて、それはどうかな?」

「何? ――!?」

 直後、残っていたアルティロイド達が一気に薙ぎ払われる。踊り舞う様に煌めくのは、赤い剣と青い槍。

「ツインテイルズ、参上よ!」

「これ以上、お前らの好きにはさせないぜ!」

 クラブギルディに切っ先を向けてテイルレッドが啖呵を切る。ヒーローっぽくする作戦は尚も継続中だ。

「ぬう……テイルレッドか! なるほど、聞きしに勝る素晴らしいツインテール! その眉目秀麗ぶりは世界を超えて響き渡っておるぞ!!」

「そりゃどうも。だったらこの世界の侵略は諦めろよ! 俺達がいる限り無駄なんだからな! それと眉目秀麗は主に男に使う言葉だ。……まぁ、間違ってないのか?」

 ちょっと複雑そうにテイルレッドはポツリと零した。

「あぁ、テイルレッド。やっぱり来てくれましたのね……!」

 慧理那は慧理那で、テイルレッドの登場に恍惚とした表情をしている。そんな主に尊は―――ナイトグラスターに釘付けだった。

「揃いも揃ってあたしを無視するな――っ!」

 登場以降全く相手にされていなかったブルーが、猛然と襲い掛かる。エレメリアンにである。

 振り上げた拳を流星のように叩きつける――が。

「ウソ! 躱された!?」

 ブルーの拳はしかし、空を切って地を砕くに留まった。

「忘れてなどいない! レッドには及ばずも素晴らしいうなじだ、テイルブルー!」

「っ!?」

 驚きに振り返るブルー。そこには不遜に腕を組み佇むクラブギルディの姿。

「あいつ、なんてスピードだ。離れて見てたのに全然分からなかった」

「どうやら、スピードが自慢のエレメリアンのようだな」

「気をつけて下さい! そのエレメリアン――クラブギルディはうなじを狙ってきますわ!」

 慧理那の声にレッドとナイトが一度視線を合わせる。

「またマニアックなやつだな」

「そうか? 意外とメジャーじゃないか? 和装関係だと特に」

「そんなのどうでもいいから、手伝いなさいよあんたらぁあああ!!」

 ブルーが怒鳴り散らしながら拳を振るう。だが、その尽くを躱して、クラブギルディはブルーの背後を取り続ける。

「はぁ、はぁ。何て速さなのよ。全然、追いつけない……!」

「当然だ! 相手の背後を取るスピードにかけては、クラーケギルディ隊一……否、隊長達にも引けを取らぬ!」

「……? クラーケギルディ? てことは、もう次の部隊が来たっての?」

「その通りだ。我らが部隊長は、貧乳こそを正義とする騎士、クラーケギルディ様! アルティメギル全体はツインテールを! 我らクラーケギルディ隊は貧乳こそ正義として、その看板を掲げている!」

『良かったですね、テイルブルー。あなたの王族に拾われた元野良猫が古巣を思い出すような固い胸も、需要があるんですって。ぶふー!』

「うるせぇえええええ! 貧乳貧乳やかましいわぁあああああああ!!」

 クラブギルディに続いて通信越しのトゥアールというコンボに、ブルーの怒りゲージがコンマ一秒でマックスを超える。

 暴れ狂うブルー。だが、冷静さを欠き、突撃する猛牛(貧乳)と化したテイルブルーでは、クラブギルディの術中に更にハマるだけであった。

「ハァ……はぁ……! ちょこまかと動くんじゃないわよ、殴れないじゃない!!」

「笑止! 俺がうなじを見るためだけに、どれだけの研鑽を積んできたと思っている!! 全てはうなじのために! その為ならば、俺はどこまでも進化してみせよう!!」

「くっ……! 超高速の変態のくせに、なんてプレッシャー……!」

 その清々しいまでの変態ぶりにブルーは気圧される。だが、それでも攻める。ウェイブランスを薙ぐように振るう。が、それも躱されてしまう。

「それは残像だ」

「うりゃあ!」

「残像だ」

「どりゃあ!」

「残像d」

「せりゃあああ!」

「残z」

「むきゃああああああ!」

「z」

 ブルーはドップリと泥沼に嵌っていた。

 その光景を見ながら、ナイトはふと思いついた。

「ふむ。レッド、耳を貸せ」

「すぐ返せよ?」

 ナイトはレッドの耳に口を寄せ、数事を伝える。レッドは眉をひそめながらも頷いた。

「――さて、カニ退治と行こうか」

 ナイトグラスターはここからの展開を読み、口元を楽しそうに歪めた。

 

 

「だぁあああああ! 動くな息をするな大人しくボコボコにされろ!! そしてうなじを見るなぁああ!」

「断る! そしてうなじを見る!! ――ぬう!?」

 更にうなじを見ようと回り込んだクラブギルディ。だが、その前に立ちはだかる者があった。

 マントを、まるで乙女の秘密を守るヴェールのように広げてテイルブルーのうなじを隠すのは、彼の隊長と同じく騎士を称する者。

「貴様、ナイトグラスター! 俺とうなじの間に割って入るとは無粋な奴!!」

「ふっ。これは面白いことを言う。割って入られたのはお前が遅かったからだろう? 部隊随一のスピードを謳ってその程度とは……笑わせてくれる」

「何だと……!?」

「文句があるなら、その自慢の速度で私を出し抜いてみせるが良い。だが、容易く行くと思うな?」

「ククク。面白い――!」

 ギュン! と、ナイトグラスターの前からクラブギルディが消える。そしてメイドの一人の後ろへと回り込んだ。

「っ――!?」

「どうした? えらくゆっくりじゃないか? 遠慮などせず、本気を出してくれて構わないんだぞ?」

「ぐっ……!」

 鼻を鳴らして肩をすくめるナイトグラスターにクラブギルディはギリリ、と怒りを噛み締めた。動いた瞬間、確かにナイトグラスターはテイルブルーの前にいた。だが今、自分よりも先にこうして立っている。

 つまり、自分の動きを後追いした上で先んじたのだ。長年積み重ねた研鑽の果てを、まるで苦もなく。

「いいだろう。これから先、一度たりとも追いつけぬと知れ!」

 全身から属性力を噴き上がらせて、突風と共にクラブギルディが消える。同時にナイトグラスターの姿も音も残さずに消えた。

「消えた!?」

「皆、危険だからそこから動くな!」

 レッドが叫ぶ。そこかしこから聞こえる足音はそれこそ駐車場狭しと響き渡っている。それは常人は元より、ツインテイルズにさえ認識できない領域だ。音さえ追いつかぬその世界で、クラブギルディとナイトグラスターは対峙していた。

「ぬぉ!」

 クラブギルディが別のうなじの所に現れるが、其処には余裕で髪をかきあげるナイトグラスターが先回っていた。

「研鑽がどうのと言っていたが、大したものじゃなかったようだな?」

「ぬぅううううううう! 舐めるなぁあああああああああああ!!」

 クラブギルディは更に、フェイントまでも交えて幾度も幾度もうなじを狙う。だが、その尽くをナイトグラスターは上回った。

「な、何故だ! 何故、俺が速度で遅れを取るのだ!?」

 超高速の中、クラブギルディは悲痛な叫びを上げる。その声を聞くのは唯一人。ナイトグラスターは小さく返した。

「なんだ。そんな事も分からないのか?」

「何だと――!?」

 狼狽するクラブギルディを正面に見やり、銀の騎士は今迄にない程愉快そうに笑みを浮かべた。自分に挑んだ愚者を地獄の底へと叩き落とす愉悦に酔って。

 

 

「それは――お前がノロマだからさ」

 

 

「うがぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 吼える。吠える。魂がひび割れ、慟哭が響き渡る。己の全てを否定され、血の涙が流れる。

 

「ッ―――!!」

 

 自身のアイデンティティの崩壊。その生き地獄の中で、クラブギルディは見た。天より垂れる赤い蜘蛛の糸を。

 テイルレッドがツインテールを両腕で掻き上げたのだ。そのシルエットはうなじというファクターを輝かせる至高の姿。

「ウナジィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」

「っ……!!」

 ナイトグラスターよりも速く、クラブギルディの体が流れていく。

 うなじ属性のエレメリアンがそれに惹かれるのは必然だ。だからこそ――。

「オーラピラー!」

「ぐぁああああああああああああああああ!?」

 テイルレッドの背後に回ったその瞬間、白銀の光がクラブギルディを拘束した。

「な、何故だ……何故、テイルレッドの後ろに……!?」

「エレメリアンは自身の属性力にこだわるからな。少し煽ってやれば罠にかかる」

「何だと……? まさか――!?」

 クラブギルディがこれでもかと目を見開く。その表情に、これでもかと満面の笑みで答えるナイトグラスター。

「全て、お前をハメる為の壮大な前振りだ」

「だが、だったらどうしてここまで……? もっと早くにも出来た筈だ」

「それは――お前のそのリアクションが見たかったからだ」

「このサディストがぁああああああああああああああああああ!」

「お褒めに預かり、光栄だ。――完全開放(ブレイクレリーズ)、ブリリアントフラッシュ!」

 情けも慈悲もない必殺技でクラブギルディが斬り捨てられる。

「うなじ……うなじをもっと……もっとぉおおおおおおおおおおおおおお!」

 断末魔を残し、クラブギルディが爆散した。

 

 うなじの属性玉を回収してナイトグラスターはふぅ。と、一息ついた。

「やったわね。でも、あそこまでしなくても……」

 後ろに来たブルーが弾む息を整えながら、ナイトグラスターに尋ねた。

「まぁ、あそこまでする必要もなかったんだが……あの声を聞いているとつい、な」

「声? そういえばどっかで聞いたことがあったような……?」

「ほら」

 ナイトグラスターが指差す先ではテイルレッドと慧理那が何やら話している。それを見て、ブルーは「あぁ、だからか」と納得した。

「――あの」

 声を掛けられ、振り向くと尊が立っていた。

「……あぁ、メイドさん。怪我はありませんでしたか?」

「はい。ナイトグラスター様のお陰です」

「ナイトグラスター……様?」

 ブルーが訝しげに言う。

「それは良かった。……あの、どうしてそんなに近くに?」

 尊がすぐ傍まで近づいてきたので、思わず半歩下がってしまう。何故か、尊の瞳は潤み、頬も心なしか紅潮している。

「以前もお嬢様を助けて頂いて……本当に感謝のしようもありません」

 熱っぽい吐息を吐き出し、尊の手がナイトグラスターのそれを包み込んだ。

「あ、あの……メイドさん?」

「尊です。桜川尊。どうぞ、尊とお呼びください」

 更ににじり寄る尊。その瞳に映るナイトの顔は戸惑いと若干の恐怖に染まっていた。

「あ、あの……尊さん?」

「尊、と。呼び捨てて下さって結構です。ナイトグラスター様」

「っ……!!」

 思わず、ブルッと体が震えた。まるで飢えた肉食獣の前に生肉ぶら下げて立っている草食動物のような、根源的恐怖だ。

「で、では私はこれで。ではブルー。後ほど!」

 尊の手を解いて、ナイトグラスターは一気に跳躍。適当な座標にセットして、空間転移して消えた。

「ちょっと!? ……ヒッ!?」

 ブルーがビクッと肩を震わせた。尊の、研ぎ澄まされた刃物のような冷たい視線が突き刺さる。

 殺される。テイルギアの性能があるからそんな事は絶対にない。だが、そんな理屈を全て覆す絶対的な確信が、ブルーを動かした。

「あ……ははは。レッド、さっさと行くわよ!」

「うえ!? ちょっと待て、うわあああああああ!」

 ドタタタ! と走って、レッドを抱えるや一気に飛び上がった。

「おい! 何なんだよ!?」

「うっさい! この場にいたら危険が危ないのよ!!」

「何だそりゃ!?」

 ギャーギャーと言い合いながら、ツインテイルズもまた、その場を後にするのだった。

 

 そして残された慧理那は驚いた顔をしたまま――ポツリと。

 

「どうして今………私を”会長”と?」

 

 別れ際、テイルレッドの残した言葉に、慧理那の心はさざなみを打っていた。

 




原作より尊さんの危険度が上昇しているのは皆、夏のせいにしてしまおう。


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ようやっと書き上がった第3話。
原作のお話がメインで、オリジナルが少ないのがなんとも。


「また、助けていただきましたわね」

「助けたっていうか……今回はほぼ、何もしてないですけどね」

 私がお礼を言うと、照れくさそうにテイルレッドは笑った。確かに、アルティメギルの怪人をやっつけたのはナイトグラスターでした。だけど、テイルレッドが駆けつけてくれた時、心の底からの安堵と熱い物を感じました。

 ……もちろん、ナイトグラスターに助けて頂いた事にも感謝しています。忘れてなどおりませんわ。

「……テイルレッド?」

 ふと、テイルレッドの表情が曇っているように見えました。まるで何かに耐えているようで……。

「あ、あの……何度もこんな目に遭って怖いとは思いますけど……でも、絶望だけはしないで下さい。俺……私が絶対に、守りますから」

 あぁ、私が何度も襲われて……だから、責任を感じているんですね。

「大丈夫。怖くなんてありませんわ。だって、信じていますもの」

 そう。あの時――マクシーム宙果の事件で助けてもらった時から、ずっと。そんな私の心が通じたのか、テイルレッドはやっと笑ってくれました。

「あなたがツインテールを愛する限り、私はいつだって助けに行きます」

「っ……ツインテールへの……愛……」

 胸が、締め付けられた。

 神堂家の掟。自分の容姿に対するコンプレックス。私の本当の心。欺瞞に満ちた自分自身に、テイルレッドの言葉が突き刺さった。

「あっ……」

 気が付くと、テイルレッドの指は私のツインテールを摘んでいました。まるで絹布を撫でるように。

 その優しい指使いに、私は思わず身を竦めてしまいました。

「あの……あの!」

「え……あぁ!?」

 まるで気が付いてなかったかのように、慌ててツインテールから手を話すテイルレッド。無意識にツインテールに触ってしまうぐらい、彼女はツインテールを愛しているのでしょう。だって、彼女自身のツインテールも素晴らしい輝きがあるのですから。

「ご、ごめん”会長”! 勝手に触っちゃって!」

「え……? 今、なんて……?」

「レッド、さっさと行くわよ!」

「うえ!? ちょっと待て、うわあああああああ!」

 私が言うのと同じに、テイルブルーがテイルレッドを抱えて一気に飛んでいってしまいました。

 あっという間に小さくなるその背中を見送りながら、私はさっきのことを呟いていました。

 聞き間違い? いいえ、確かに――。

 

「どうして今……私を”会長”と?」

 

 そう呼ぶのは陽月学園の生徒だけ。その筈………です。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 時は連休前に遡る。異空間に浮かぶアルティメギル前線基地。そのドッグに二隻の移動艦が停泊している。それぞれの船の外装には、部隊章が描かれている。

 応援として駆けつけた、リヴァイアギルディ隊とクラーケギルディ隊の船である。

 そして今、二つの部隊は搬入口にて対峙していた。慌てて駆けつけたスパロウギルディの目前で、濃密な殺気を醸し出しながら。

「あ、あぁ……」

 最悪の事態が、最悪の状況で、今正に発生してしまったと、スパロウギルディと、共を務めたスワンギルディは身を震わせた。

 アルティメギルが多くの分隊を抱え、多方面に同時侵攻を行っているのは効率を重視しているからだけではない。

 エメレリアンの自身の属性力に対する強い拘り。それは摩擦を生み、身内同士の争いを誘発する原因となるからだ。特に、反する属性力であるならば尚更である。

 そして、リヴァイアギルディとクラーケギルディは、その相反する属性力のエレメリアンであった。

 片や、細身ながら、引き締められた戦士の体躯。肩の辺りから幾つもの触手を垂らし、腰に一本の剣を携える――貧乳属性の雄、クラーケギルディ。

 片や、竜の如き精強な体躯を股間より生える一本の触手にて巻き、頑強なる鎧とする――巨乳属性の雄、リヴァイアギルディ。

 貧乳と巨乳。同じ部位でありながら、相容れる事無き属性力。その両者が向かい合い、火花を散らしていた。

 

 

「貧ッッッッ!!」

「巨ォォォォ!!」

 

 

 烈帛の咆哮。それはまるで質量を得たかのように、空間全てを激しく叩いた。同時に内壁が軋む音が響く。其処には何かがぶつかった様な跡が刻まれている。

 互いの触手が解かれている。それが目に見えぬ速度でぶつかり合ったのだろう。

「首領様のご指示で来てみれば……何故、時代錯誤の騎士かぶれがここに居る?」

「ふん。侵攻する世界で幾度も情けをかけ、属性力の完全奪取を行わなかった半端者が」

「黙れ。部隊が揃いも揃って同じマントを付けているとは。その嗜好、理解し難いな」

「フン。我が部下たちが要らぬ影響を受けぬよう、口を慎んでもらおうか。巨乳などという、おぞましい属性を吹聴する貴様にはな」

「黙れ。ツインテールには貧乳が似合いなどという、骨董品のような……いや、原始時代の如き旧き考えに縛られる貴様こそ滑稽よな」

 一触即発。先の攻防が児戯であったかのように、二体のエメレリアンが発する属性力は恐ろしいものだった。

「お、お二人共! そこまで! そこまでです!」

 これ以上はまずいと、スパロウギルディが割って入る。それに気付いた二体はその覇気を解いた。

「おお。久しぶりだなスパロウギルディ。息災で何よりだ」

 片手を上げて軽い言葉を飛ばすも、リヴァイアギルディの不機嫌さは火を見るより明らかだ。

「リヴァイアギルディ様。クラーケギルディ様。お二方のご着任、心より歓迎申し上げます」

 深々と頭を垂れるスパロウギルディ。それに倣って、スワンギルディも頭を下げる。

「首領様の命令だからだ。だが、強敵打倒にかこつけて、無能どもの面倒まで押し付けられたようだがな。ま、任務はやり遂げてみせるさ」

「無能? それは自分のことでも言っているのか?」

「………」

「………」

「と、とにかく! 長旅でお疲れでしょう! 今は休息を――」

「無用だ。それよりも二部隊が加われば手狭にもなろう。母艦の連結作業を行うよう。それが済み次第、ツインテイルズの情報を見させてもらおう」

「悠長なことを。我らは既に刺客を送り込んだぞ?」

「抜け駆けか……だが、そんな事でどうにか出来る程度なら、問題もなかろうがな。せいぜい、要らぬ恥を晒さぬようにな」

 リヴァイアギルディは踵を返す。そしてクラーケギルディも基地との連結を行う指示をだすために、自身の船へと向かった。

「そうだ。ドラグギルディの部屋は何処だ?」

「ど、ドラグギルディ隊長のお部屋ですか? 一体、何の御用が?」

 尋ねられたスワンギルディが恐る恐る返す。

「はははは! なあに、戦の前に負け犬の面影でも眺めて大笑いしておこうと思っただけよ!」

「なっ……。その言葉、どうかお取り消し下さい!」

「やめよ、スワンギルディ!」

 諌めるスパロウギルディを、しかし振り切ってスワンギルディは憤怒を漲らせて詰め寄る。

「ドラグギルディ隊長は立派に戦われ、昇天されました。敗れたとはいえ、それは立派に――」

「黙れ、若造!」

 瞬間、スワンギルディが壁に叩きつけられた。

「がは―――!」

「貴様も戦士の端くれなら、敗将の事に何時までも拘らず、剣の一つでも振ってみせろ! 負け犬の跡を継いで同じ負け犬になりたいなら、話は別だがな」

「くっ……!」

 触手をグルリと巻きつけ、ドスドスと足音を立てて行ってしまう。それを苦痛と憤りの視線で見やるスワンギルディに、スパロウギルディが歩み寄る。

「私が弱いばかりに……亡き隊長にあのような辱めを……!」

「そうではない、スワンギルディ。よく見よ、あの後ろ姿を」

「……?」

 言われて、スワンギルディはリヴァイアギルディを改めて見る。そして、ハッとした。

「あれは……!」

「そうだ。口ではどのように言っていても、旧知の友。その死を誰よりも悼んでいるのだ。ただ、それを口にすることもしないだけでな」

 リヴァイアギルディの触手はまるで彼自身を傷めるように、ギリギリとその体を締めあげていた。そうしなければ抑えられない何かを抑えこんでいるようだった。

 それは何処までも厳しく不器用な武人の背中であり、亡き御仁の姿の影でもあった。

 ゆっくりと立ち上がったスワンギルディはスパロウギルディに向き合った。

「……スパロウギルディ殿。あなたなら存じておられましょう。ドラグギルディ隊長の成し遂げた試練……その挑み方を、どうかご教授いただきたい」

「なっ……! 本気なのか?」

「一年続けねば修了となりませんが、それでも出来る限り、続けたいと思います」

「スケテイル・アマ・ゾーン。死ぬかも知れぬぞ?」

「死にません。隊長の意志は……私が継いでみせます!」

 剣を一昼夜振ろうと、先達の歩みに追い付くことなど出来ない。ならば、更なる艱難辛苦を歩み行く以外にない。

 未だかつて、一人しか超えたことのないアルティメギル五大究極試練の一つ。それを成し遂げることで、白鳥は竜の背を追おうと、決意を固める。

 その行末は如何になるか――まだ、誰にも分からない。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 主を喪い、ただ静けさだけが横たわるドラグギルディの部屋。リヴァイアギルディはその中を一瞥した。

 幼女にその背を洗ってもらうことが夢だと常々語っていた友の部屋は、その夢通りに幼女のフィギュアで飾り付けられていた。恐らくは彼の部下が手向けたものだろう。そして埃の一つさえない部屋の中は、今も掃除の手が行き届いていると一見して分かった。

 死して尚、ここまで慕われている旧き友に少しだけ笑みを浮かべ、リヴァイアギルディは机の前に立った。

『どうした、リヴァイアギルディ? 随分と嬉しそうな顔ではないか?』

「………ふん。馬鹿な事を」

 一瞬だけ聞こえた声を一笑に付した。

 エメレリアンに墓標を建てる習慣はない。死とはただ世界に還るだけだ。精神生命体である彼等に、輪廻転生など支えにもならない。

「受け取れ、ドラグギルディ。せめてもの(はなむけ)だ」

 リヴァイアギルディはその机におっぱいマウスパッドを置いた。

 死した者は世界に還り、ただ仲間を見守るだけ。ならば生きている者が贈れる物がおっぱいマウスパッド以外にあろう筈もない。

「お前はツインテールを追い求めた。だが、もう良いのだ。もう休め。そして、巨乳にも目を向けるといい……」

 机に背を向け、一歩。過去を振り返る事なく、進む意思を込めて。

「お前を破った最強のツインテール。それを奪うことで鎮魂としよう」

 部屋を後にしたリヴァイアギルディは、入口前に待機していた部下に指示をする。

「情報を確認次第、出撃だ。準備をしておけ、バッファローギルディ」

「はっ。しかし、急がなくても宜しいのですか? 既にクラーケギルディ隊は」

「問題ない。誰を送ったか知らぬが、相手はドラグギルディを倒し、かのフマギルディ殿さえ退けた者達だ。急ごうと急がなかろうと同じことだ。巨乳属性の力、今こそ示してみせよ!」

「はっ!!」

 バッファローギルディはその身に寄せられた期待に武者震いし、充実した気を発する。その闘気、まさに巨乳()の如し。と、見た者があったならば、感じただろう。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 連休明け。不思議と静かな時間を過ごしたツインテイルズ&鏡也であったが、それは波乱がエナジーチャージしているに過ぎなかったようだ。

 朝。いつもの様にやって来た鏡也が勝手知ったるとばかりに観束家に足を踏み入れれば、何故か対峙するテイルレッドとテイルブルー。

「やめろ、愛香! ツインテールに暴力は振るうな!」

 ついに刃傷沙汰か! と思ったが違ったようだ。

「顔は胴体はいい。だけどツインテールにだけは止めてくれ! ツインテールに攻撃がくれば、躱すぞ!」

「普通は逆でしょ!?」

 状況が全く見えない中、二人は変身を解いた。

「……何やってるんだ、お前ら?」

「ちょっと鏡也、聞いてよ! 総二ったら女装してツインテール見てニヤニヤしていたのよ!? 信じられない!」

「女装じゃないだろ!? それにニヤニヤしているんじゃなくて、ツインテールを見て英気を養ってたんだ! こう、朝早く起きたらツインテールを眺めたいじゃないか! ツインテールは俺達の戦う力の源なんだぞ!?」

「何故だろうな。言ってることは正しいのに、この永遠に交わることのない気配は」

 総二はツインテールそのものに対する想いそのものであり、愛香は総二に対する想いの象徴がツインテールなのだ。似て非なるものだ。

 喩えるならば、横並びで走る蟹のようだ。決して交わることのない未来しかない。

「どーだか。変身したままテイルギア脱いでお風呂に入ろうとしてたんでしょ!」

「いや、風呂に入るなら男に戻るだろ? ていうか、そもそも朝風呂の習慣はないし」

「うっ……!」

 正し過ぎる反論に愛香が言葉を詰まらせる。

「ツインテール談義はともかく、さっさと準備しろ」

「お、そんな時間か? 分かった、準備する」

 総二は洗面所を出て自室に向かう。入れ替わりに入ってきたトゥアールが余計な事を言って愛香のモーニングナックルで死のウェイクアップを強いられていたが、それよりも気になることがあった。。

「そういえば今日から、ウチに入るんだったな。……なぁ、本当に入るのか?」

「え? むしろ入れるより入れられたい側の女子ですが?」

「文字にしないと分からないボケは要らない。だって、ほら……年齢的にあれだろう?」

 今日からついにトゥアールが陽月学園の一員となるのだ。

「何言ってるんですか? 私は総二様と同い年ですよ?」

 その衝撃に愛香と鏡也の思考が停止したのは言うまでもない。意外とか、そういう意味ではない。いけしゃあしゃあと言い切る、その神経にだ。

 

 

「今日から、このクラスに入ることになりました。観束トゥアールです!」

 そして、朝のHRではそれを超える衝撃が待っていた。寄りにもよって、総二たちのクラスに転入してきたのだ。

 事前に――正確には登校の途中だが――聞いてはいたが、その衝撃はやはりデカイ。しかも、堂々と”観束”とまで名乗っているのだ。

 総二が愛香を抑えているが、この不発弾が何時爆発するか。鏡也は気が気ではない。

 事情を知らないクラスメートが盛り上がり、トゥアールが予想通りの反応に愉悦を抱く中、担任の間延びした声が響いた。

「え~。トゥアールさんは~、海外に住んでいた観束くんの親戚の方で~、この度、日本に引っ越されて~、今は観束くんの家に一緒に住んでいるんですよ~」

「ちょっと!? これから思わせぶりに色々と誤解を振りまいた挙句に、細々と誤解を解いていきつつ、結局は解き切れない的な展開を狙っていたのに台無しじゃないですか!」

「お前が色々と台無し過ぎるわぁあああああ!!」

「きゃぁあああああ! 一緒に私の命も台無しぃいいいい!」

 ついに抑えを振り切った獣が、トゥアールの喉元を締め上げた。

「え~と、もう一方紹介するので時間がないんです~。さ、入って下さい~」

「え!? この惨状をスルーですか!? 学級崩壊待ったなしの状況ですよ、これ!?」

 学級の前に自身が崩壊しそうなトゥアールをスルーして、担任がドアの向こうに声を掛けた。ガラリとドアが開き、入ってきたのは――メイドだった。

「本日から陽月学園の体育教師として赴任された、桜川尊先生です~。このクラスの副担任も兼ねてます~」

「うむ、よろしく頼む」

 

「…………」

 

 沈黙が、教室内を支配した。この誰も何も言うことのできない空気の中、一人の女生徒が勇気を振り絞った。

「あの、先生……?」

「何も聞こえませ~ん。何も知りませ~ん」

 容赦なくぶった切られた。その反則を誤魔化すヒールレスラーのような小賢しい顔を見せる担任は、中々に曲者のようだ。

「ねぇ。教師になるのって教員免許居るんじゃなかったっけ?」

「あの人、教員免許持ってるからな。だが、まさか赴任してくるとはなぁ……やっぱり護衛関係か? でも、それならうちの副担任になる理由にはならないな……」

 いつの間にか戻ってきた愛香の問いに答えながら、鏡也は事の経緯を推測する。総二は尊のツインテールに心を濯われてるかのような純粋な瞳をしていた。

「そ、そんな……! 何なんですかこの空気は!? 何でこんな事になって……計算と違う……!」

「今日からの新人同士、宜しく頼む」

 狼狽するトゥアールの手を半ば強引に握る尊。大人の余裕さえ見える。

「皆も知っているだろうが、私は神堂慧理那お嬢様に仕える護衛メイドだ。だが、じっと立っているのをお嬢様が気にされてな。なので学園長と理事長に願い出て、非常勤の教師になったのだ」

「そんなんでいいのか、陽月学園の雇用制度……」

 誰もが釈然としない中、尊は構うことなく突き進む。

「しかし君達は大人しいな。普通なら美人の教師が赴任したらスリーサイズだの彼氏の有無だの聞きたいこと霊峰富士の如くあろうに。生徒会長のメイドだからとて、遠慮はいらんぞ?」

 そうじゃねぇよ。と、誰もが心の中でツッコんだ。声に出していたら、パーフェクトハーモニーを奏でていただろう。

「何を勝手に仕切ってるですか!? ここは私のターンですよ!?」

「そう言うな。君まだこれから質問されるチャンスが幾らでもあるだろう」

「ありませんょ! 今日が唯一無二なんですから!!」

「ほう! その意気や良し! ならば二人同時に質問を受け付けようじゃないか! さぁ、誰かいないか!?」

 全てを受け止めるとばかりに、両手を広げる尊。だが、突けば蛇が出ると分かって藪を突ける者など居ない。尊は教室内を一瞥した。

「む? 熱い視線を感じるな……おぉ、確か君は観束君だったか」

 その視線が総二を捉えた。その瞬間、クラスの空気は一つとなった。

「先生! 観束はツインテールが好きなんですよ!」

「ちょっ!? 誰だ今言った奴は!?」

 速攻で売り払われ、総二が狼狽する。そんな総二の前に、一つの封筒が差し出される。

「そうか。ツインテールがそんなに好きならば……これを受け取ると良い」

「な、なんですかこれ……?」

 怪訝そうに総二が中身を取り出す。そこには婚姻届が入っていた。新婦の欄には当然の如く桜川尊とある。想像できるだろうか。齢15の少年の前に唐突に突き出される婚姻届。それは墓場が足を生やして全速力で突っ込んでくるぐらいの恐怖だ。

 何故、婚姻届なのか。全にして一なる疑問が渦巻く中、トゥアールが叫ぶ。

「何なんですか、いきなり総二様に求婚して!? 私こそ、総二様の婚約者なんですよ!」

 そう言い切ってドヤ顔して見回すトゥアールだが、クラスの沈黙は微動だにしない。

「な、なんですかこの空気は!? こんなの私が夢見てた学園ラブコメとは違う……」

 理想を打ち砕く現実の切なさに崩れ落ちるトゥアール。更に追い打つように尊が婚期を逃した女の理論武装を展開し、クラス中の女子を戦慄させ、また甘い理想を粉々にしていく。更には激昂した愛香が突撃するが、その拳を真正面から受け止め、戦慄させる。

 そんな地獄絵図の中、鏡也は顔を伏せて沈黙していた。眼鏡(本体)も外す辺り、本気で気配を殺しにかかっていた。

「さ、婚姻届は行き渡っただろうか? 自分でもいいし、独身の父兄の方に渡すのも良し。足りなければ幾らでもあるから、遠慮なく申し出て欲しい」

 何故、彼はそんな事をしたのか。それは偏に、いま教壇で熱弁を振るっている尊のせいだ。

「――あぁ、それと大事な事が一つ。とても大事なことがあった」

 わざわざ二度、大事と言い放つ。鏡也の肩がビクリと震えた。

「もし、ナイトグラスター様に出逢ったならば、即座にそれを渡して欲しい。それ以外にも目撃情報、写真、動画……あの方に関する事であるならば24時間受け付けている」

「……理由を聞いても良いですか?」

 一人の生徒が問う。

「そんな事……愛しい方の事は、知りたいものだろう?」

 そう言って頬を染めてはにかむ尊。

「何なんですか、そのメスの顔は!? そんな相手がいるのに総二様に求婚したんですかアナタは!?」

「何を言う! 結婚のために如何なる努力を怠らない。それこそ婚活というものだ!!」

「婚活の幅が広すぎるんですよ!?」

 またしてもトゥアール都の舌戦が始まる。そんな中、総二が鏡也にこっそりと尋ねる。

「お前、あの人に何したんだよ?」

「何したのかなんて……俺の方が聞きたいぐらいだ」

 そう答えた鏡也は、ガックリと肩を落とし、こう零した。

 

「――何故、こうなった」

 




飢婚者に触れるとヤケドどころでは済まない。
いずれは燃え尽きた男みたいになるんで、お気をつけ下さいw


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今回、いよいよ酷いことになります。原作とはまた違ったテイストを模索しつつ……ブルーが酷い。


 凄惨を極めたHRは、尊の「では、これから他のクラスにも出向かねばならないので、失礼する」という言葉で終焉を迎えた。

 ダメージは半端ではないが、立ち直れない程ではない。生徒達は自身の精神の回復に務めた。

「あの人、ああやって他のクラスにも婚姻届配っていくのかな……?」

 総二が何気なく言った一言が、クラスをまたお通夜にしてしまったりしたが、今は放課後である。

 朝の出来事は犬にでも噛まれたと忘れ、総二たちは部室に集まっていた。

「さて、今日からツインテール部も正式に活動開始だな」

「改めて思うが、部活名が活動内容を全く推測させないというのも凄いな」

 鏡也がそう言うと、心外だとばかりに総二が鼻息荒く主張した。

「何でだよ。分かるだろ? ツインテールを守り、世界を守る。こんなに分かりやすい内容、他にはないぞ?」

「分かった分かった。愛香も、それで問題はないんだな?」

「あいつら引っ切り無しに来るしね。()るなら徹底的にやってやるわ」

「なんですかね……今、「やる」が物騒な漢字に変換されたような気がしたんですが」

 愛香のやる気に、何故かブルッと肩を震わせるトゥアールは白衣のポケットからヌルリと、宅配ピザの箱程のケースを出した。最早、ツッコむ意義さえない。

「それで、その箱は何だ?」

「よくぞ聞いてくれました。ツインテール部開始記念にと作ったんです」

 トゥアールが箱を開けると、そこにはスマートフォンに似た物が4つ入っていた。トゥアールはそれを総二達に配った。

「これはトゥアルフォン。ツインテイルズ用通信端末です。建物内から地下、秘境、深海、火山、氷河、宇宙に至るまで。どこでも通信可能な優れ物です。更には変声機能、成分鑑識機能などなど、便利ツールを標準搭載。アップデートなどで追加もできます」

「何で宇宙で使うことまで想定に入ってるんだ? ギアもそうだけど、宇宙に行く予定でもあるのか?」

「ありませんよ。ですが総二様。科学者たるもの、自分の発明品は宇宙で使うことを前提にするべきなのです」

「そ、そうなのか?」

「そうですよ。OPで宇宙に行ってたけど、原作ですら地上シーンしかない、某女性にしか使えない強化スーツだって、宇宙での使用が前提なんですから」

「おいバカやめろ」

 それ以上はいけない。総二は本気で止めた。

「今までの通信では、鏡也さんのテイルギアTYPE-Gでも通信には問題がありました。人混みなど第三者がいる時には怪しまれるから使えない、という点です」

「たしかに。俺のも聞くだけはまだしも話すのは無理だな」

「そこでこのトゥアルフォンには、リアルタイムでの暗号化機能が備わっています。例えば『街にエレメリアンが現れた!?』という言葉を、総二様が発します。するとトゥアルフォンは、それを全く違う『今夜のおかずはトゥアールだって!?』に変えて周囲に届けるんです。勿論、通信先には本当の内容が聞こえます」

「ほう。それは凄いな」

「確かにすごい技術だな。ただ、本当にその変わり方をした場合、別の意味で俺は怪しまれるというか、社会的に終わりそうだけどな」

 物は試しと総二は既に登録されているトゥアールの番号にかける。

 

「もしもし、トゥアール。聞こえるか?」『ツインテールツインテールツツツツインテールツインテール!?』

「はい、聞こえますよ」『ハァハァ。私、今あなたの後でスケスケランジェリーで胸を揉みしだいているのぉ』

 

 確かに、内容が暗号化されていた。だが、その内容に愛香と鏡也は何とも言えない顔をした。

「なんだろうな……怪しまれないための暗号化の結果、より怪しまれる結果になりそうなのだが」

「トゥアールはいつも通りとして……ちょっと総二! それじゃまるで古代ツインテール語じゃないのよ!?」

「なんだって!? 古代ツインテール語!?」『ツインテール!?ツツツインテールツインテール!?』

「総二。まずはそれを外せ」

 鏡也が総二の手からトゥアルフォンを取り上げる。やっと日本語を取り戻した総二はしきりに古代ツインテール語について、愛香に迫っていた。

「何で総二はツインテールなんだ?」

「総二様のツインテールは最早学内の常識になりつつありますし、この方が自然かなと」

 鏡也の問いにトゥアールは曇りのない笑顔で返した。本気でそう思っているようだ。

「そのままご町内全てに広げそうな勢いだがな。さて、俺と愛香はどうなって……おい」

「なんですか?」

「いや……うん。何でもない」

 総二、鏡也、トゥアールとあって、愛香の名前がない。代わりにあったのは『ビッチ』。トゥアールの笑顔に百万が一の間違いではないのだなと確信しつつ、これだけではないだろう愛香のトゥアルフォンに掛けてみた。と、同時に愛香と鏡也は互いのトゥアルフォンを投げ渡しあった。その瞬間、「あ」とトゥアールが零した。

 

「どうだ、ちゃんと聞こえるか?」『ゲハハハハ! 肉だ! 生肉が食いてえんだよぉおおおおお!』

「大丈夫。ちゃんと聞こえるわよ」『きーちくきーちく。きちくめがーね♪』

 

「――さて、何か言い残すことはある?」 

「慈悲は……慈悲はないんですか……!?」

「慈悲ならあるわよ。介錯してあげるから、ハイクを詠みなさい」

「アイェエエエエエエエエ!?」

 ギリギリと愛香に顔面を締めあげられ、ギリギリなラインで喘ぐトゥアールを余所に、鏡也はお茶でも淹れようかと、急須にお茶っ葉を入れた。

「待て、皆。……ツインテールの気配だ」

 総二が唐突に気が触れたようなことを言い出した。鏡也は湯呑みに茶を注ぎながら、生温かい視線を送った。

「総二。何をいきなり、あのトカゲエレメリアンみたいなこと言い出してるのよ」

「お前が言うなよ! 日常的に気配を巡らせて危機を察知できるなんて、人間業じゃないだろ!? ……とにかく、誰かがこっちに来てる」

 直後、コンコンとドアがノックされた。

「もしもし。生徒会長の神堂慧理那です。入っても宜しいですか?」

「生徒会長!? は、はい! ちょっと待って下さい! ――何か見られてヤバイものはあるか!?」

「いや」

「こ、ここに永劫隠蔽されるべきものが……」

 総二は慌てて三人に聞いた。鏡也は首を振り、トゥアールは愛香を指した。そして愛香はトゥアールをたたんだ。

「さて、もう良いわよ」

「お、おう……」

 真顔で返された総二はドア向こうの慧理那に声を掛けた。ドアが開き、慧理那が姿を現すと、総二は否が応でも興奮してしまう――その、見事なツインテールに。

「お邪魔いたします」

 一歩、足を室内に踏み入れると空気が一変した。しゃなりしゃなりと進むその姿は、後ろに控えている尊も相まって、一国の王女のようだ。

「正気に帰れ」

「あてっ」

 心がツインテールに飛びつつあった総二の頭を叩いて、現実に帰ってこさせると、鏡也は慧理那に口を付けていないお茶を差し出した。

「どうぞ。そこに座って下さい」

「それで、今日はどうしてここに?」

 鏡也は慧理那に座ることを薦め、総二は襟を正して用向きを尋ねる。

「新設の部活動……『ツインテール部』の活動に関して、幾つか確認をしたいと思いまして」

 慧理那も背を正し、真っ直ぐに総二を捉えた。

「活動内容には『ツインテールを研究し、見守ること』と、ありますが?」

「間違いないです」

「観束君は……ツインテールが好きなんですか?」

「大好きです」

「タイムラグ無しで答えるな。それとツインテールを見て話すな」

 鏡也も今更過ぎるなと思いながらも突っ込まずにはいられなかった。

 慧理那は少し悩むような素振りを見せる。その様子が鏡也には引っかかった。

「どうして、ツインテールが好きなんですか? それも、部活動にするほど」

「逆に聞きます。ツインテールを好きになるのに、理由が要りますか?」

「総二。お前は何を言ってるんだ?」

 ツインテールに対する総二の異常な熱意は、テイルレッドになるようになってから加速度的に上昇していた。純真なまでにキラキラとした瞳の奥にツインテールが見える程だ。

 そんな熱意に戸惑いを感じているのか。鏡也には、慧理那は言葉を詰まらせているように見えた。

「そうですか………えぇ、わかりました」

「……?」

 絵理奈が深く頷き、そう答えたが、その言葉には何か含みのような物を感じた。

「何か、活動内容に問題が?」

「いいえ。問題はありませんわ。ツインテールを愛する部活なら、ツインテイルズの応援にも繋がりますし」

 愛香の問いに慧理那は首を振った。

「それよりも、鏡也君がツインテール部に入っていたことの方が驚きですわ。てっきりフェンシング部に入るものだとばかり思っていましたもの」

「色々と思うところがあって。別に特待でもないから、問題はない筈だけど?」

「そうですけど……真里亞さんと大吾君が怒ってましたよ?」

「あー。そうですかぁ」

 慧理那の言葉を聞いて鏡也は思わず天を仰いだ。

「誰?」

「フェンシング部の部長と副部長。うちは男女合同でやってるから」

 総二に疑問に答えながら、近いうちに起こるであろう面倒事に、鏡也は頭を押さえるのだった。

「では、そろそろお暇しますね。――あ、そうですわ」

 席を立った慧理那は総二の右腕に視線を落とした。

「いくら部活中でも、派手なアクセサリーは禁止ですわよ」

 

『ッ――!!』

 

 唐突に落とされた爆弾に、総二は右腕を庇うように胸に抱いた。愛香も体で隠すように腕を回した。

「テイルレッドのデザインですわね。最近、発売されたものですか?」

「え、えっと……」

「お嬢様。そろそろ時間です」

 尊が小さく告げると、慧理那はコクリと頷いて返した。まだ予定があるようだ。

「それでは。ツインテール部のこれからの活躍と躍進を祈っておりますわ」

 ニコリと陽だまりのような笑みを残して、慧理那は部室を去った。そして、誰ともなく、深い溜め息を吐いた。

「どういうことだ、トゥアール!? 認識撹乱が効いているんじゃないのか?」

「そ、その筈ですよ? 現に今も機能していますし……でも、だったらどうして?」

 さしものトゥアールもこの状況にはすぐに対応できず、戸惑っている。何か問題があったのか、一時的な機能不全か、そんな推測ばかりが並べられていく。

「とにかく、一度メンテナンスしてみます。特にブルーのブレスは念入りにしましょう」

「何でよ?」

「人気がないのを気にしているんでしょう? 防御力を落として、ちょっとした攻撃一つで服が破けるようにすれば! あ、せっかくだから脱衣機能とか付けます? でも、あの格好から脱いだって誰得って感じですかね! アハハハ!」

「必殺ガチ殴り!!」

「サイタマッ!?」

 愛香のワンパンチで血の海に沈んだトゥアールは見ないことにして、鏡也はふと、慧理那の戸惑いに違和感を感じていた。

(姉さんはもしかしたら、何かを無意識にでも感じていたのかもしれないな)

 とはいえ、こちらからアプローチを掛ける訳にも行かないので、リアクション待ちにしかならないと、何度目か分からない溜め息を吐くのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その日、エレメリアンが出現した。現場となったのは大手デパート前に設けられたアイドルオーディションの会場。

 現着したツインテイルズとナイトグラスターが見たのは、屋外に設けられたオープンステージから、悲鳴とともに見目麗しい少女たちが逃げてくる光景だった。

「……あ~、何かしら。この、魂の奥底からふつふつと上がってくる冷たいマグマみたいなものは」

「ブルー。それ、絶対に外にだすなよ? 出したらもう、その時点で終わりだからな?」

 よりにもよって、オーディションは水着審査中であった。胸弾む未来を求める少女達の弾む胸があちらこちらに。

「胸糞悪い。ここって空気悪いんじゃない……? さっさと終わらせましょ」

「いや、さっさと終わらせるのには賛成だけど……」

 不穏な気配を発するブルーに一抹の不安を感じながら、レッドは敵を見やった。

 筋骨隆々といった大きな体躯に、頭部にはL字のような太い角。野牛――バッファローを思わせる風体だ。

「ふん。どいつもこいつも見掛け倒し。真の巨乳は此処にもおらぬか」

 失望したとばかりに頭を振るエレメリアンはツインテールを確保するように、と指示すると、アルティロイドがツインテールの少女達を囲んだ。

 そんな絶体絶命の状況なのに、それでもカメラを意識している様にレッドには見えた。これぐらいの気概がなければ、芸能界は渡っていけないのかも知れない。

 そんな伏魔殿の闇を覗きつつ、囚われのツインテールを救出するべく動く二人。その前にエレメリアンが立ちはだかる。

「邪魔はさせぬ! 我が名はバッファローギルディ。世に巨乳の平穏のあらんことを願うリヴァイアギルディ様に仕える者だ! 巨乳属性を広めんが為、我が命を掛けてお前達を倒そうぞ!」

「リヴァイアギルディだと? まさか、クラーケギルディっての以外にも、来ているのか?」

 まさかの二部隊の同時侵攻にレッドは驚き、そしてブルーの頭部に四つ角が浮かんだのを本能的に感じ取る。

 こいつは、ブルーとは相性最悪の属性だと。

「レッド、ブルー。少女達は私に任せろ。お前達は存分にやるがいい」

「おい、ちょっと待て! 察して逃げようとするなよ!?」

 同じく不穏を察したナイトグラスターはアイドル候補の少女をあっという間に助けだすと、それを庇うようにしながら、そそくさとブルーから離れようとする。

「巨乳属性……つまり、アンタを倒せば、巨乳属性の、属性玉が、手に入るのね」

「お、おいブルー……?」

 レッドは思わず後退った。ブルーから闇色のオーラ――殺意ならぬ殺乳の波動が立ち昇る。

「お前の属性玉をよこせぇええええええ!」

「ぬぅ――!?」

 

 

「お嬢様、お早く!」

「待ってください、尊! テイルレッドのフィギュアが!」

 デパート内で避難しようとするメイドと少女。もう少しで出口というその時――。

 

 ドガシャァアアアアアアアアアアン――――!!

 

 ガラスを突き破って飛び込んできたのは、野牛の如きバッファローギルディ。そして、野獣の如きテイルブルーだ。

「うがぁあああああああああ!」

「おのれ! 乳の余裕が無いと、心さえ荒むか!」

「じゃかましいわぁああああああ! ――げっ!?」

 視界の端に映った人影が、巨乳に狂ったブルーを正気に返す。その一瞬をついて、バッファローギルディがブルーを掴んだ。

「飛べい! 我が属性力で!」

 そのまま、吹き抜けに向かってブルーをぶん投げる。

「きゃ――――っ!」

 一瞬で最上階まで飛ばされて消えたブルー。バッファローギルディはそのまま体勢を変えて着地した――二人の前に。

「お嬢様、お下がりを!」

 少女を庇うメイド。その姿を見とめ、バッファローギルディが鼻を鳴らした。

「むぅ……素晴らしい巨乳。後の少女も見事なツインテールだ。よもや、このような偶然が在ろうとは。鴨が葱を背負って来るとはいうが、これは正に”巨乳がツインテールを運んでくる”ということだな。やはり、巨乳こそツインテールと並び合う存在なのだと、強く確信した!」

「意味分からん事のたまってんじゃねぇえええええ!」

「うごはぁ!?」

 炎をまとった鋭いキックがバッファローギルディを盛大にふっ飛ばした。

「大丈夫ですか、すぐに――っ!?」

 レッドは二人に声を掛け、そしてまさかの見知った顔に驚いた。神堂慧理那と桜川尊だったからだ。

「ど、どうしてこんな所に……?」

「えっと、このデパートでこれを販売するというので……」

 そう言いながら見せたのはハイグレード仕様テイルレッドfi◯maだった。顔や手、剣などの付属パーツは勿論、エフェクトパーツも充実。自由にポーズを決められ、必殺のグランドブレイザーも完全再現出来る。

「えぇ……。肖像権とかどうなってんの……?」

この国の法律とか、そろそろヤバイ気がしてきたレッドの前に、復活したバッファローギルディが戻ってきた。

「ぬぅ……苛烈なる蹴りよ。流石は究極のツインテール。だが、そう慌てるな、テイルレッドよ。お前とていずれは立派になろう。私には分かる。いずれブルーなどとは天地の隔たりが在ろうほどに、育つと!」

「お前らどうしてそうブレないんだよ!?」

「お嬢さまのツインテールに手を出せはせん。そしてこの胸はナイトグラスター様のものだ! 失せろ、怪人め!!」

「こっちもこっちで何を言い出している!?」

属性玉(エレメーラオーブ)――体操服(ブルマ)!!」

「うぐぁ!? な、なんだ、体が……持ち上がっていくだとぉおおおおお!?」

「――あ」

 バッファローギルディの巨体が吹き抜けを真っ直ぐに上がっていく。レッドが見上げたその先には――鬼がいた。

 鬼はバッファローギルディがガラス天井を突き破ったのを見計らって、仕掛けた。

「オーラピラー! でもって、エグゼキュートウェーブ!」

「えげつねえ!!」

 情け無用とばかりにぶち込まれた必殺の一撃に、バッファローギルディが爆散。ブルーはそそくさと、落ちてきた属性玉をキャッチした。

「巨乳属性の属性玉……ふふ……フフフ……!」

 その喜びを抑えられないのか、ブルーの口元が緩んでいく。そして感極まったブルーが青空を仰いだ。

「ア―――⌒( ゚∀゚)⌒ハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \!」

 顔文字さえ見えそうな笑い声が、さわやかな空に響き渡った。その光景が、オーディションの取材カメラによって撮影されているとも知らずに。

 

「ブルー、また好感度下がるぞ?」

 すでに手遅れな心配をするナイトグラスターは、尊に見つかる前に基地へと帰るのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「巨乳属性を使ったテイルギア?」 

『そう! 前にドラグギルディを倒して手に入れたツインテール属性と組み合わせて、巨乳になれるテイルギアを作ってもらえることになったの!』

「そ、そうか。良かったな……愛香」

 その日の夜。風呂を出た鏡也が自室に戻るとトゥアルフォンがけたたましく鳴った。

〈メガネコソガセイギ! メガネコソガセイギ!〉

 取り敢えずこの着信音は変えることをしっかりと誓って、鏡也は愛香からの電話に出た。

 そして伝えられたのが新しいテイルギアの事だ。今日入手したバッファローギルディの属性玉と合わせたハイブリッド仕様のギアで、そろそろ戦力アップをと考えていた未春(何故か)からゴーサインが出たらしい。

 だがしかし、あのトゥアールが。愛香を弄るためならば自身の命さえ厭わない、芸人根性レベル99なトゥアールが、そんな素直に、愛香が喜びそうなものを作るだろうか。

 先日も、部室でアンチアイカシステム2号〈アイカトラエール〉を起動させ、愛香を封じ込めたと高笑い、その後にはあっさりと高々と打ち上げられたあのトゥアールが。

 絶対に、何か裏がある。総二の貞操を賭けても良い。それぐらいの自信が鏡也にはあった。

 だからといって、賭けたら賭けたで、本気で使えそうなのを作りそうだが。

「ともかくあれだ。その………頑張れ?」

『ありがとう! あたし、頑張るから!!』

 凄い張り切って、愛香は電話を切った。鏡也はその手で総二に連絡した。

 数コールの後、総二が出た。

「総二。愛香の事なんだが……」

『あぁ、聞いたのか。実はさ――』

 総二から語られるのは、基地で起こった壮絶な一幕だった。

 巨乳になりたいばかりにトゥアールに、血涙まで流しながら土下座し、それに絆されてトゥアールがギアを作ることになったと。

 だが、総二は見てしまった。トゥアールが邪悪な笑みを浮かべていたのを。

『……なぁ、今からでもトゥアール止めた方が良いかな?』

「………。やめとけ。藪をつついても得はないぞ?」

『…………そうだな』

 こうして男二人は、全てに封をする事に決めた。その先にあるのが凄惨を極めた悪夢であろうことは想像できるのに。

 

 

 

 誰だって、巻き込まれるのは嫌なのだ。

 




トゥアール――地雷原でタップダンス。


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色々オリジナルなお話。
そろそろ二巻のお話も折り返しですかね。


 断罪の日と呼ばれる日があった。人類の実に8割という巨乳を滅ぼした、惨劇。全ては人工知能〈パイオツネット〉による反乱によるものだった。

 全ての巨乳を滅ぼすべく、自動殺乳兵器を投入する〈パイオツネット〉。人類は僅かな巨乳を守りながら、反抗を続けた。

 最早、巨乳の滅びは風前の灯か。だが、そこに一人の救世主が現れた。彼は人類軍を組織し、機械達の反乱に追い詰められた人類の希望になった。

 奪還されていく巨乳。排除されていく機械達。長い戦いの末に〈パイオツネット〉は追い詰められた。メインサーバー〈トゥルーフラット〉を囲む人類軍。しかし、〈パイオツネット〉は最後の切り札を用意していた。

 時空跳躍。過去の改変。自身の最悪の敵を、歴史そのものから排除しようとする途方も無い計画。その計画を察知した人類軍は、一人の美貌の戦士を過去へと送り込む。

 彼女の名はトゥ・アール。目的は一人の少年。後の救世主に連なる血を守るために。

 少年の名はソージ。トゥ・アールと出会い、互いに心惹かれていく。だが、運命は冷酷にその時を告げる。

 

 慈悲無き機械達が送り込んだのは、最悪の存在。人の似姿を持ちながら、その力は恐るべき。

 機械の体には、魂に変わり、巨乳を抹殺する使命のみが宿る。

 

 揺れる青いツインテールは死神の鎌か。凹凸無き体は全てを寄せ付けない壁のごとく。

 人型巨乳抹殺兵器――『PTK―72』。

 

 

 

 またの名を――――〈Mernaitor〉。

 

 

 (デデンデンデデン。デデンデンデデン。)

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「どうですか、これ! ちょっと思いついてフルCGで作ってみたんですよ! 本物っぽくないですか? ねー、愛香さん?」

「そうねー。まるで実写だわー」

 ツインテイルズ地下基地。常に快適に保たれているはずの基地内は、キチガイじみた寒さだったと、観束総二は後に語ったという。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そんなこんながありながら、いよいよ完成の目処が見えた新型テイルギア。

「いや、あれをそんなこんなで済ませるなよ。お前は家違うから良いけど、俺は自宅の地下なんだぞ?」

「いやまぁ、俺には被害ないし。それより、愛香の精神は大丈夫なのか?」

 男二人。学食にて向かい合い、カレー南蛮をつつき合う。そのつまみの内容がまた殺伐としている辺り、いよいよ毒されている感が否めない。

 だが、総二の話が続くとその殺伐さすら温かいという恐ろしさ。

 愛香にわざわざお茶を入れさせ、それを笑顔で「何が入ってるか分かりませんから、飲んで下さい」と言い放ち飲ませる。

 ツインテイルズの食玩(当然無許可)をわざわざコンプリートして並べて「シークレット入れて全7種。テイルレッドが6種、レアがテイルブルー。でもブルーがレアじゃ、嬉しくないですよね~」などと、愛香の前で言ってみたり。

「俺さ、トゥアールが実は余命一ヶ月とかじゃないかって思うんだ。だってそうじゃなきゃ、あんな崖っぷちで自分の命をリフティングするみたいなこと、出来るわけ無いって」

「分かった分かった。肉を一つやるから元気を出せ」

「安いな俺の元気」

 とはいえ、貰えるものはありがたくと、総二が肉一つとついでにネギを取った時、凛とした声が食堂に声が響いた。

「御雅神! 何処に居る!?」

「何だ? 呼ばれてるぞ、鏡也?」

「ん?」

 顔を上げて入り口を見やれば、ブロンドをポニーテールにした女生徒の姿。後ろには大柄な体躯の男子生徒も見える。

 向こうも鏡也に気付き、ツカツカと向かってくる。その迫力に生徒達は自ずと道を開け、さながらモーゼの十戒のようになっていた。

 そうして鏡也のところまでやって来た二人。女生徒はツリ目気味の青い瞳に。自信があふれる輝きを宿している。後の男子生徒も、自負の念に溢れたいかつい顔付きだ。

「どうも、姫騎士先輩。それとオーク先輩」

「誰が姫騎士だ! 私は姫岸だ!」

「大久だ。お前といい、他の奴といい……どうして俺達をそう呼ぶんだ?」

「知ってますよ。 姫岸真里亞(ひめぎしまりあ)先輩。大久大吾(おおひさだいご)先輩。〈陽月学園の「くっ、殺!」コンビ〉といえば知らない奴はいないでしょう?」

「あ、俺もそれ聞いたことがある」

「「それが一番意味不明だ!!」」

 二人の声が重なった。自分すら知っている有名人が、まさかこんな愉快そうな人達とはと、総二もびっくりしていた。

「……ごほん。とにかく、高等部に上がってフェンシング部に来ると思っていたのに何だ。何故、ツインテール部などという意味の分からん新設の部に入っている!? 慧理那から聞いた時には耳を疑ったぞ?」

 バン! とテーブルを叩き、怒りを露わにする真里亞。カレー南蛮が零れないように反射的に器を持ち上げたまま、鏡也は鼻先まで寄せられた真里亞の顔を真っ直ぐに見る。元々、感情の激しい人柄だが、ここまで人前で声を荒げるのも珍しい。それだけ、鏡也の選択に憤っているのだろう。

「ちょっと待ってください。ツインテール部は正式に認められた部活動です。それを意味が分からないってどういう事ですか?」

 ツインテールの事となれば黙っていられないと、総二が立ち上がった。

「君は?」

「ツインテール部部長の観束総二です」

「そうか、君が。それで、御雅神――彼がどういう生徒なのか、知っているのか?」

「知ってますよ。クラスメートですし、何より幼馴染ですから」

 総二がハッキリと言うと、真里亞は「なるほど」と、頷いた。そして鏡也の前に一枚の紙を置いた。

「……入部届?」

「文化系なら、運動系との掛け持ちが出来る。どうせ、部活申請に名前を貸しているだけなのだろう? ならば、話は簡単だ」

 つまり、ツインテール部に席を置いたままでいい。フェンシング部の入部届を書けということのようだ。鏡也はどうすれば穏便に済ませられるかと頭を回す。が、答えが出るより早く、またしても総二が動いた。

「名前だけじゃありません! 鏡也は立派なツインテール部の部員です!」

「……そうなのか?」

 真里亞が鏡也を訝しげに見やる。

「いやまぁ、そうですかね?」

 いささか誤解もありそうな気もするが、そう答えた。すると真里亞はキリリと整えられた眉を釣り上げた。

「腑抜けたか、御雅神! 今日の放課後、顔を出せ! 文句は言わせないぞ!」

「――了解しました」

 気の強さも意地の強さも”姫騎士”と呼ばれる所以である。こうなった真里亞は言葉ではどうにも出来ない。現に、後ろに立つ大吾も首を振っている。

 真里亞は来た時と同じようにツカツカと去っていった。その後を大吾も続く。嵐の過ぎ去った食堂はゆっくりと喧騒を取り戻していった。

「……はぁ、面倒なことになったな」

「これって、もしかしてあれか? ツインテールを賭けた決闘か?」

「ぜんぜん違う」

 ツインテールが絡むと途端に思考がおかしくなる幼馴染に頭を抱えつつ、鏡也はカレー南蛮に箸を戻すのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 アルティメギル基地。相も変わらずクラーケギルディ隊とリヴァイアギルディ隊の中の悪さに辟易するスパロウギルディの執務室に一人のエレメリアンが現れた。

「スパロウギルディ隊長代理。出撃許可を頂きたい」

「どうした、ホークギルディ? 随分といきり立っているな?」

「なるのも当然です。クラーケギルディ隊とリヴァイアギルディ隊のせいで、我がタイガギルディ隊も要らぬ被害を受けているのです。毎日毎夜、やれ巨乳の素晴らしさ、やれ貧乳の尊さと……頭が痛くなります」

 基本、アルティメギルのエレメリアンは他者の属性力には寛容だ。だが、部隊という背景がついた時、それは時に横暴となる。

 貧乳と巨乳。相反する御旗を掲げる者同士、他勢力を取り込もうとしているのだ。これもまた、頭の痛い話である。

「こうなれば我々の手でツインテイルズを倒す以外に、道はありますまい! というか、巨乳でも貧乳でも……乳は乳でしょう!?」

 ガン! と、テーブルを叩くホークギルディ。冷静沈着が信条のホークギルディの有様を見て、これではいけないと改めて思う。スパロウギルディは少しの後、口を開いた。

「分かった。出撃を許可する」

「ありがとうございます、スパロウギルディ隊長代理! では、早速!」

 深々と一礼し、ホークギルディは執務室から出て行く。その背を見送りながら、スパロウギルディはさて、問題の隊長たちにどう説明しようかと頭をまた悩ませた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 放課後。陽月学園第2体育館。ザワザワとする館内の中心に二人はいた。総二らと違い、テイルギアを隠していないので、外して総二に預ける。

「こうしてみると、フェンシングのユニフォームも久しぶりだな」

 グローブの感触を確かめる鏡也に、真里亞は厳しい言葉を飛ばす。

「その様子ではろくに練習もしていなかったのだろう。いくら才能が在ろうと、努力なき者が勝てる程、フェンシングは甘くないぞ?」

「……それで、種目は?」

「エペだ。ルールは三本先取。私が勝ったらツインテール部などというふざけた部活を辞め、フェンシング部には入れ。良いな」

「わかりました」

 剣を取り、構え合う。その瞳が鋭さを増す。

 

「あの、エペってどういうルールなんですか?」

 部員の問題故、総二を含めたツインテール部全員が揃い、端に並んでいた。総二は自分の横に立つオーク――もとい、大久大吾に尋ねた。

「エペとはフェンシングの種目の一種だ。フェンシングは種目によってルールが色々違うのだが、エペは最も攻撃的な競技だ。攻撃は突きのみ。攻撃有効は全身。攻撃権はなし」

「攻撃権?」

「攻撃権のない選手の攻撃は無効だ。フルーレとサーブルは、攻撃を捌くか間合いから逃げられると攻撃権が移動する。野球の様なルールだと思え。エペはそれがない、サッカーのようなものだ。だから、攻防が一瞬で逆転する」

「なるほど。野球とサッカーですか」

 分かりやすい説明に大体のルールを把握し、改めて二人を見やる。

 攻撃的、という説明の割には二人に目立った動きはない。前後に動きながら、手にした剣を動かしている。素人目にはわからない攻防、駆け引きがされている。

「シッ!」

 真里亞が動いた。地を這うほど低さから、跳ね上がる切っ先。それを鏡也は半歩下がりながら、刀身で受け流す。そのまま手首を返して、鋭い突きを繰り出した。だが、その切っ先が触れるよりも早く、真里亞は間合いを離していた。

 仕切り直し。そう誰もが思う。真里亞さえもだ。

「っ――!?」

 ずん。と真里亞の体に突き刺さる感触。左肩だ。何がと思う刹那、影が動いた。鏡也が一歩、間合いを離したのだ。

「……今、いつ踏み込んだんだ?」

「気付いたら、もう間合いに入ってたような……」

 ギャラリーがざわめく。遠巻きにしている者にも、その動きは見えなかった。

「まずは一本。次、良いですか?」

「くっ、御雅神……!」

 真里亞が歯噛みながら、吐き出す。記憶の中の鏡也の動きとはまるきり違う。速度も、鋭さも、桁が違う。とても、練習から離れていた者の動きではない。

 自分の見込みの甘さを痛感し、真里亞は剣を構え直した。

 

(さて、ここからだな)

 鏡也は真里亞の気配が一変したのを感じ取った。”姫騎士”とは、ただのアダ名ではない。スイッチの入った彼女の剣は、正に”騎士の剣”なのだ。

 此処から先、さっきのような不意打ちは通じない。一瞬の油断さえ許されない。本当の勝負はここからだ。

 

 prrrrr――!

 

「何だ?」

 総二のトゥアルフォンが音を響かせた。同時に、体育館のガラスが砕けた。

トゥアールが総二に耳打ちする。

「総二様! ここにエレメリアン反応です! センサーから警報が届いたんです!」

「なんだって? まさか――!」

 体育館に飛び込んできた何か。それはゆっくりと立ち上がった。バサッと巨大な翼を広げ、高らかに叫んだ。

「感じる。感じるぞ。気高き我が属性の波動を!」

「え、エレメリアンだ!」

 混乱する館内を、我が物顔で進むエレメリアン。その行先には――姫岸真里亞。

「な、何……?」

「ぬん!」

 エレメリアンの腕が振り抜かれる。マスクが切り裂かれて床に落ちた。

「やはり……我が本能が正しかった! 素晴らしい……正に”姫騎士”だ!!」

 館内を、沈黙が支配した。

「だ、誰が姫騎士だ! お前達のような変態にまでそんな呼ばれ方をする謂れはないぞ!」

「ふははは! だが、感じるのだ! 私はホークギルディ。気高さと気品を兼ね備えた”姫騎士”属性のエレメリアンだからな!」

「ニッチにも程がある!?」

 総二は思わず叫んでいた。そして鏡也のトゥアルフォンを掴み思いっきり投げた。

「鏡也、受け取れ!」

「すまん! ――抜剣、Sサーベル!」

 テイルギアとトゥアルフォンを受け取るとマスクを外し、ストラップとして付けていたSサーベルを起動。手に握られた刃を、ホークギルディに向ける。

「そこまでだ、エレメリアン。皆、早く避難を! 姫岸先輩も早く!」

 鏡也の声にホークギルディが振り返る。そして、猛禽の瞳が僅かに揺らめいた。

「貴様、もしや御雅神鏡也か!」

「あぁ。お前達が血眼になって探している、御雅神鏡也は俺だ! さぁ、ついて来い!」

「こんな所で出会おうとはな……逃がすか!」

 駆け出す鏡也を追い、ホークギルディが大きく羽ばたいた。飛びかかる鋭い爪を躱して、鏡也は外へと転がるように飛び出す。

 校庭に出れば、そこにはすっかり増えたツインテールを追いかけ回すアルティロイド達。近くにいるアルティロイドを一蹴し、更に走る。恐らくはすぐにツインテイルズが駆けつけるだろうが、それまでは自分に引きつけないとならない。

「アルティロイド! 御雅神鏡也を捕らえよ!」

 果たして目的通り、アルティロイドが一斉に鏡也目掛けて襲いかかる。足を止めれば瞬く間に囲まれると、鏡也は正面に飛び込む。

 

「属性玉――〈ハイレグ〉!」

 

「どわ――!」

 いきなり目の前のアルティロイドがいきなり地面ごと薙ぎ払われた。巻き込まれた鏡也はゴロゴロと校庭を転がらされた。

 そしてその原因が空から真っ直ぐに降りてきた。

「ツインテイルズ参上よ!」

「ちょ、大丈夫か鏡也?」

「………これが大丈夫に見えるか?」

 地面を転がされ、土まみれのホコリまみれ。挙句に目も回っている。散々たる状況に苦笑しつつ、テイルレッドが手を差し出した。

「……命に別状って意味では」

「そこまで行ってたら訴えてるぞ?」

 それを掴んで立ち上がろうとすると、ぐらりと視界が揺れた。

「うわっ!」

 膝から崩れ落ちた鏡也の体がレッドに覆いかぶさってくる。それを支えようとレッドは両手を伸ばす。すると自然に抱き合う形になった。

「す、すまない。頭がクラクラするせいか、上手く立てない」

「あー、無理すんな。そのままちょっと休んで――!?」

 ろ。と言おうとしたレッドだったが、その相手がまた地面を転がっていったので言いそびれてしまった。

「きょ、鏡也大丈夫か――っ!? 何やってるんだよ、ブルー!?」

「あ、ごめん。属性力変換機構が残ったままだったわ」

「あ、頭がクラクラする……二重の意味で」

 こめかみを押さえながら痛みに悶える鏡也。もしかしたら命の別状も危ういかもしれない。

「それより、さっさとやっつけるわよレッド!」

「この惨状を”それより”の一言で片付けるなよ!?」

 レッドのツッコミを、しかしブルーは右から左に聞き流す。もしかしたら、好感度云々をまだ気にしているのかも知れない。

 そんないつものコントを繰り広げている間に、ホークギルディが二人の前に立ちはだかった。

「テイルレッド……なるほど、凄まじいツインテールよ! 立ち昇る気概、誇り高き気品……正しくお前もまた”姫騎士”に相応しい!」

「お前何言ってんだよ!?」

「ちょっと! レッドを勝手に豚の餌みたいに言うんじゃないわよ!」

「お前も何言ってんのか全然わかんないんだけど!?」

「だまれ、狂戦士(バーサーカー)。人間の品格を身に付けてから言葉を吐け」

「誰がバーサーカーじゃ、こらぁああ!!」

 ブルーは怒り心頭と、ホークギルディに向かっていった。これ以上は止めても無駄だなとレッドも諦め、アルティロイドを蹴散らし始めた。

「うりゃあああ!」

「ふんっ!」

 振り抜かれたウェイブランスを羽撃き一つで空に舞い上がって躱すホークギルディ。

「属性力変換機構――〈髪紐〉!」

 リボンの属性玉を使い、それをすぐに追いかけるブルー。学園上空での戦いが始まった。

「テイルブルー! タイガギルディ隊長の仇、討たせてもらう!」

「…………え?」

「…………え?」

「…………レッド。タイガギルディって……誰だっけ?」

 

「お前は自分が倒した相手の名前も覚えてないのかよ!? つい最近だぞ!?」

 

 レッドの本気の声が響いた。そしてブルーは本気で首を傾げていた。

「ブルー。小学校のプールで倒した奴がいただろう? スク水属性の。あれの事だ」

「あぁ、スク水属性の奴ね。思い出したわ」

 鏡也に説明をされ、ブルーはやっと思い出したと頷いた。

「そんなもいたっけ。まぁ、覚えてない時点で大した相手じゃなかったってことね」

『もしかして、今までのエレメリアンも、属性玉で覚えてるんじゃないでしょうね……?』

 トゥアールがそら恐ろしいモノを見るかのように呟いた。まさかそんなと言い切れない辺り、テイルブルーの恐ろしさだ。

「空中で私に勝てると思うな!」

 ホークギルディが羽撃いて加速する。それを追って飛ぶブルー。翻ってぶつかり合う両者。だが、徐々にブルーがホークギルディを追いきれなくなってくる。

「こいつ……なんて速いの!?」

「フォクスギルディの属性力で空をとべるようだが、その程度の速度では話にもならん!」

 更に加速するホークギルディは、完全にブルーの飛行速度を上回っていた。

「フハハハハ! 空は良い! 実にイイぞぉ!! やはり戦うならば空の上だぁ!!」

「きゃあああ!」

 ついに決定的な一撃を見舞われ、ブルーが地面に落とされた。ダメージ自体は大したことがないものの、ブルーの動揺は大きい。

「我が属性力は気高さと気品とを併せ持つ、天よりも見下ろす者の属性! 故に空に限れば、私は隊長以上の力を発揮できるのだ! 下品なる狂戦士は無様に這いつくばっているが良い!」

「だったら地に落としてやるわよ! 属性力変換機構〈体操服〉!」

 重力球を飛ばすブルー。だが、それらもあっさりと躱し、ホークギルディはブルー目掛けて真っ直ぐに突っ込んできた。

「終わりだ、テイルブルー!」

 繰り出される鋭い蹴り。それをブロックするブルーの体が地面に沈み込んだ。

「これは――!?」

「言ったでしょ、地に落とすって!」

 ブルーはホークギルディを捕まえ、地面の中に沈んだ。重力球を投げるのに紛れて、属性力変換機構〈スク水〉を発動させていたのだ。その特性は〈地面などに水のように潜れる事〉。いかに速く飛ぼうとも、地面にめり込ませてしまえば詰みだ。

「し、しまっ――」

「くらえ、エグゼキュートウェーブ!」

 ゼロ距離から必殺技を叩きこまれ、ホークギルディが爆発。その余波は校庭を破壊するに十分だった。

 果たして見事に壊れた校庭から飛び出したブルーがドヤ顔で胸を張った。

「どうよ、この頭脳プレーは!」

「頭脳プレーを名乗るなら、被害を考えてやれよ!? 校庭がぐしゃぐしゃじゃないか!」

「アハハハ、ごめん。さ、さっさと引き上げるわよ!」

 周囲の被害を笑ってごまかし、ブルーはレッドを捕まえて空に舞い上がった。一人残された鏡也は「やれやれ」と、溜め息を吐いた。そこに真里亞と大吾が走ってきた。

「御雅神、大丈夫か?」

「えぇ、なんとか。それで、勝負のことですけど……」

「いや、それはもう良い。どうして部に入らなかったのか……何となく納得したからな」

「……すいません」

 エメレリアンの標的にどうしてか自分がなっている以上、事情を知り、アルティメギルと戦うツインテール部意外の部活動には、どうしても入れない。

 要らぬ戦いに巻き込んだり、今日のように不意の遭遇などで変身できないまま戦う事態に陥ることもあるからだ。

 後者は知らない事情だが、前者を察した真里亞は鏡也の肩をポンと叩いた。

「だが、もしも事情が変わったなら……何時でも戻ってこい」

「……ありがとうございます」

 温かな申し出に、鏡也はただ小さくそう返した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 日も沈んだ頃。地下基地に集まった面々。

「今回は正にタイミングの悪い襲撃でしたね。空を得意とするエレメリアンに、接近戦しか出来ない我々。相性の面では最悪だったと言えるでしょう」

 トゥアールの言葉に、総二達が頷く。ツインテイルズの弱点として、後方からの支援や、遠距離を戦える存在がいないという部分がある。今後の戦いを考えるに、この点はクリアするべき問題だ。

「なので、新型のテイルギアは射撃、砲撃戦をメインとした装備にしてあります」

 その言葉に愛香が色めき立った。

「それってつまり、新型が出来たってこと!?」

「後は最後の調整をするだけですから、明日には」

「そう、そうなんだ………ウヘヘヘ」

 不気味に笑う愛香。その愛香から見えないように不気味に笑うトゥアール。

 

 新型テイルギア。黄色いリングはまだ、開発室の中で静かな眠りについていた。

 




姫騎士属性とは一体…ウゴゴゴ。


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雷光! その名はテイルイエロー


いよいよ二巻も後半戦です。


「ええい! いつまで不毛な争いを続けていれば気が済むのだ!」

 アルティメギル基地内に、リヴァイアギルディの怒号が響く。

「埒が明かぬ。一体何日、こうして無駄に話し合いを続けねばならない。まして昨日などはゲームのキャラまで出して、しかもそれが男の娘。巨乳貧乳以前の問題ではないか!」

 基地では、対ツインテイルズの為に部隊統一を図る会議が連日、行われていた。

 クラーケギルディ隊のクラブギルディ。リヴァイアギルディ隊のバッファローギルディ。両部隊の実力者が容易く撃破されたことで、危機感を強めた彼等が結束のために部隊統一に向かうのは自然な流れであった。

「昨日も、タイガギルディ隊所属の者が出撃し、返り討ちにあったそうだな。どうなのだ、スパロウギルディ?」

「それは私が許可を出したものです。タイガギルディ隊長の仇をこの手で。と、直訴してきたのです」

「結果が結果では目も当てられん」

 クラーケギルディは首を振った。

「これ以上続けても良い結論はでんだろう。一度、部隊統一の話は白紙に戻し、個々での制圧を行うしかあるまい」

「それしかあるまい」

 リヴァイアギルディはそう結論づけた。それは将としての苦渋の決断であった。その結論をクラーケギルディも認めた。

「お待ち下さい! ツインテイルズ、そしてナイトグラスターは脅威! 故に力を結集せねば! 時間が掛かろうとも話し合いを」

「そうして続けても何も変わらぬ」

 クラーケギルディが部下の言葉を遮った。

「俺の腹心たるバッファローギルディが容易く倒されたことで、ツインテイルズがどれ程か承知している。もっとも、バッファローギルディが腑抜けてあったことにも失望しているがな!」

 死者を厳しく断じ、リヴァイアギルディが席を立つ。足音も荒く、会議室を後にしようとするその背に、然し誰も憤りを覚えない。

 自身を強く縛り付ける触手が、彼の本音を雄弁に語っていたからだ。

 

「た、大変です!」

 

 その時、一人のエレメリアンが会議室に飛び込んできた。そのただならない様子に、会議室が騒然となる。

「静まれ! 一体何事だ!」

 クラーケギルディの一括が、場を静まらせる。その威圧に飛び込んできたエレメリアンも、息を呑んだ。だが、それでも緊急の報告をしなければと、何とか言葉を吐き出す。

「た、ただいま……こ、こちらにダークグラスパー様が視察に来るとの連絡が!」

「何だと!?」

 それに真っ先に反応したのはリヴァイアギルディだった。ザワザワと、会議場が動揺に染まっていく。

「それで、何時頃のご到着なのだ?」

「それはまだ……明日かもしれませんし、遙か先の話かも。何分、飛び込みの情報なもので」

「そうか。ご苦労。下がって良い」

「はっ。失礼します」

 一礼し下がるエレメリアン。会議室は未だ動揺の中であった。

「やはり見咎められたか……? 噂には聞いたことのある、闇の処刑人。部隊を持たず、単身世界を渡る戦士。その使命は反逆者の処罰と聞く」

「かつてフマギルディ殿が務めていた任務を、何時からか引き継いだ猛者。その漆黒の姿からいつしか、〈闇の処刑人 ダークグラスパー〉と呼ばれ、恐れられるようになったと」

 リヴァイアギルディ、クラーケギルディはその存在を語った。だがクラーケギルディはその存在を信じているわけではない。そういった存在を示唆することで部隊の引き締めを行っている。噂は尾ひれの付いたものだと思っていた。

 フマギルディのその強さを知るがゆえに。あれを超える者が早々在る筈がない。

 どちらにせよ、噂であるに越したことはない。しかし、この状況が首領によく思われてないという事実でもある。猶予は余り残されていない。

「どうするリヴァイアギルディ? こうなれば我らが出て、直接手の内を見るというのは?」

「小手調べか、面白い。良いだろう」

 遺恨はあれど、これ以上の醜態を晒すわけにも行かず。まして、部下たちの手前、ダークグラスパー降臨の前にいがみ合うわけにも行かず。

 両隊長は自ら出撃する選択を選ぶ。

 

 クラーケギルディは会議室を後にし、廊下を歩いていた。会議はまとまらず、挙句がダークグラスパー降臨だ。心労もたたり、騎士然とした風貌の奥には中間管理職特有の気疲れが見える。

「気苦労が絶えませぬな」

「……貴様か、フェンリルギルディ」

 柱の陰から出てきのは狼のような容姿をしたエレメリアンであった。その鋭い瞳は隠し切れない野心に爛々としている。

 クラーケギルディはこのフェンリルギルディを警戒していた。会議に参加せず自由奔放に振る舞うその姿。そもそも、ここに居ることも自分の部隊から外れての事だ。処罰を受けていないのも、部隊統合のゴタゴタ故だ。

「勇猛と名高きドラグギルディ様を倒し、魔神とさえ称されたフマギルディ様を退け、そして今またリヴァイアギルディ様、クラーケギルディ様という実力者を呼ぶ程の事態。それ程の強者であるツインテイルズ、そしてナイトグラスターに私も興味が湧くのです」

「控えろ。幹部を狙っているのは理解できるが、功を焦れば碌な結果にならぬ」

「誰にも理解出来ぬ属性力ゆえ、邁進する姿が焦りにも見えましょう」

「何……?」

 そう言って取り出したのは――下着だった。

「我が属性力〈下着〉は端から爪弾きなのです。体操服や学生水着は正で、下着は否と、話し合いの土俵にさえ上がれない。巨乳も貧乳も、下着に包まれるものであるというのに……何と古い。私はアルティメギルに新しい風を吹き込みたいのです。私という、次世代のエレメリアンによって」

「確かに若いな。好きにすればいい――我らの邪魔をせぬ限りはな」

 若さゆえに突き進もうとする血気に逸り、孤独故に焦るを認められぬほどクラーケギルディは狭量ではない。

 

「――私はツインテール属性もそろそろ不要と思っております」

 

「貴様――!」

 だが、そんな言葉まで見過ごせるはずもない。

 ツインテール属性。それはアルティメギルの根幹だ。反射的に腰の剣に手が伸びていた。

「お聞きを。今のアルティメギルはまずツインテールがあり、その上で個々の属性力。。いかにツインテールが最強でも、これでは効率が悪い。ならばもっと個々の求めるものを優先し、のびのびと戦えるほうが効率も上がるというもの」

 確かに、それならば部隊の士気も上がるだろう。だが、アルティメギルのエレメリアンはツインテールもまた愛しているのだ。そんな思いさえ、野心が塗り潰してしまったのかと、クラーケギルディの胸中を言い知れない虚しさが過る。

「それが”新しい風”とやらか。存外、小さい野心であったな。……忠告する。ツインテール属性を軽んじることだけは慎め」

「忠告痛み入ります。あなたの邪魔は致しません」

 フェンリルギルディは深々と一礼した。クラーケギルディの忠告をどう受け取ったのか、フェンリルギルディは背を向けて去っていく。

「む?」

 気付けば自分の手に何かが握らされていた。小さめの布のようだ。

「これは……ブラジャー? しかもAカップの物だと」

 クラーケギルディは指先に感じるシルクの感触とともに、フェンリルギルディの背を見やった。

「切磋琢磨する相手すらおらず……か」

 断裂した部隊の中、野心に燃えて踏み出されるその足は、然し何者よりも孤独の音を響かせていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 属性力変換機構。エレメリアンから入手した属性玉を使い、様々な能力を発動させるシステム。テイルギアの特性の一つで、対アルティメギルの切り札の一つだ。

 敵を倒した分、戦力を増すことが出来るこのシステムは頭数で劣る総二達には必須のシステムであるが、欠点もあった。

「属性力変換機構――! 〈巨乳〉!! エレメリーショォオオオン! キョニュゥウウウウウウ!」

 バッファローギルディを倒して、基地に戻ったツインテイルズ。変身を説いた二人を尻目に、テイルブルーのままの愛香はその手にした属性玉を高々と掲げた。

 属性玉〈巨乳〉。それを使って巨乳になろうという目論見だった。だが、どれだけ使おうとしてもうんともすんともない。愛香の慟哭だけが基地に響き続ける。

 トゥアール曰く、属性力には純度があり、元々備わっていた物に後から別の属性が加わると、元の属性の純度を弱めてしまうらしい。その結果、属性力を発動出来ないらしい。

 また、使用者との相性にもよって使えないものもある。レッドはそもそも使用していないので不明だが、ブルーは事務制服、ハイレグβが使用できない。

 さめざめと泣く愛香に、総二が声を掛けた。

「愛香。いい加減に諦めろよ。大体、属性力変換機構使って、兎耳属性で兎耳生えたか? 名前通りの効果なんて出ないって」

「それでも! それでも……諦められないのよぉ!!」

「哀れすぎる」

 ガックリと崩れ落ち、慟哭する愛香。巨乳という名の幻想に取り憑かれ惑わされた哀れな姿を、鏡也はもう見ていられないと自宅に帰るのだった。

 そんな愛香がトゥアールの新型ギアの話に飛びついたのも仕方ない話である。

 

 そして、時は今に戻ってツインテイルズ地下秘密基地。

「これが……新型テイルギア!」

「はい。ドラグギルディから入手したツインテール属性と、バッファローギルディの巨乳属性を掛け合わせたハイブリッドギアです。理論上、これならば純度が低くても、身体的変化ぐらいなら十分に可能な筈です」

 そう言ってトゥアールが差し出したボックスを開ける愛香。そこには真新しい黄色のリングが収められていた。

 首を伸ばして鏡也が覗き込む。デザインは総二達の物と同じ。色以外に相違は見受けられない。

「これが新型なのか? 見た感じ、総二達のと違わなそうだが?」

「待機状態には違いはありませんよ。そもそも、認識阻害をかけるのにデザインを変える必要もないですから」

「それもそうだな」

「それじゃ、早速……」

 愛香はブルーのリングを外し、黄色のリングを装着した。ドキドキとする胸を押さえ、大きく深呼吸。

「愛香さん、押さえる程胸ないんですからさっさとして下さい」

「そうね。そうするわ」

 さっさとトゥアールの胸を力尽くで押さえ付け、愛香はテイルギアをかざして力いっぱい叫んだ。

 

「――テイルオン!!」

 

 オン……オン………オン……………。

 愛香の叫びは虚しく辺りに響き渡った。何度も、何度もテイルオンと叫ぶ愛香。だが、新型ギアは沈黙し続けた。

「なんで……どうして……!?」

 ガックリと崩れ落ちる愛香。その光景は正に悲惨そのものだった。

「ちょっと、どういうことよトゥアール!? 全然動かないじゃない!」

「そんな筈ありません! 変身だけは、絶対に出来る筈です!! ……あ」

「変身”だけは”……? それ、どういう意味かしらトゥアール? 詳しいところ、聞かせてくれるかしら?」

「ひゃああああああああ!?」

 脇固めからチョークスリーパー、フェイスロック、アキレス腱固め、バックブリーカー、腕ひしぎ逆十字、止めにスピニング・トーホールド。

 王者の技のメドレーリレーという肉体言語による話し合いは一方通行で終わった。

「もしかして、最初に使ったギアじゃないと変身できない、何てことはないのか?」

 総二が思いついたことを尋ねた。だが、それを鏡也が否定した。

「それはないだろう。仮にギア側にそういうのがあるとして、ならトゥアール以外に青のギアは使えないだろう? 大体、装着者が負傷jなどでギアを使えない状態になったらどうするんだ? 一々、最初から作り直すなんて馬鹿らしいだろう?」

「まぁ、そうだけど……」

「……た、確かにテイルギアにはセキュリティを掛けてありますが、そもそも、テイルギア自体が最高の属性力がなければ使えないんです。なのでそういった類のシステムは搭載されていません」

 流石に復活まで時間がかかったトゥアールが説明を入れる。だが、床を這いずってる辺り、ダメージの根は深い。流石はサブミッション(王者の技)である。

「なんでしたら、総二様が使ってみますか? もしかしたら幼女にならないかもしれませんよ?」

「俺が……?」

 総二は言われ、無意識に自分の手首を見た。そして、少しだけ頷いて顔を上げる。

「俺は良い。俺は、これが良いんだ。トゥアールの属性力(想い)が篭った、このテイルギアが」

「総二様……」

「きっと、愛香が変身できなかったのもそういう事じゃないかな? 愛香自身、無意識にトゥアールのギアじゃないとダメだって思ってるんだよ。だから変身できないんだ。試さなくても、俺にもそのギアは使えないよ」

 総二の瞳には口先のごまかしの色など無かった。心からそう思っている。

 属性力の根幹は心。それ故に、今のギアに心――思い入れがあるから、安易にギアの使い回しが出来ない。

 トゥアールが自分の想いを糧にしたテイルギアと、孤独に戦い続けた記憶のテイルギア。自分自身がかけた絶対のセキュリティのようなものだ。

「……そうね。気軽に着替えられるようなものじゃないのよね。これを着ける時の覚悟も、そんな軽いものじゃないんだから」

 愛香は青のギアをその手にして、深く息を吐いた。その顔は憑き物が落ちたように爽やかだった。

「確かに幼女にならないってのは魅力的とは思うけど、それじゃやっぱり見合わないよ。新しいギアは、何かの時のためにとっておいてくれ」

「わかりました。では、このギアは仕舞っておくことにしましょう」

 愛香の手からギアを受け取り、総二はトゥアールに返した。それをボックスに戻したトゥアールは静かに語った。

「正直に言います。本当は身体変化なんて机上の空論だったんです。ただ、日頃の仕返しに変身しても貧乳のままの愛香さんを「異世界の超科学を持ってしても愛香さんの貧乳は治らなんですよゲハハハ」とか笑ってやろうと思っていただけなんです」

「それならあたしだって。目的のものを貰ったら速攻でボッコボコにして、今までこき使われてバカにされてきた分、心臓が鼓動しているかどうかの瀬戸際を反復横跳びさせてやるつもりだったし、お互い様よ」

「愛香さん……」

「トゥアール……」

 互いに見つめ合い、その心の奥底を暴露する二人。何やらいい感じに纏まったようだ。

「なぁ、鏡也?」

「何だ?」

「人生、何があるか分からんもんだな」

「そうだな。一歩間違えばこの基地は、暗黒のトーテムポールも真っ青な惨劇の舞台と化していた訳だ」

「バタフライ・エフェクトの更新が入ったかもな」

 惨劇は回避されたが、お互いの今度の付き合い方に決定的な溝ができた瞬間であった事は見ないことにする二人であった。

 

 その時、エレメリアンセンサーがけたたましく反応した。

「これは……ドラグギルディ級の反応が二つ!? どうやら敵方の部隊長が現れたようです!」

 ドラグギルディ級。総二の脳裏に嘗ての死闘が蘇る。それは絶望的な状況だった。

「場所は……都市部。ここには確か、大型のプラザホールがあったな」

「そんな処に……急ごう、皆!」

「よぉし いまなたどんな奴にも勝てる気がするわ!」

 だが、そんな状況にも悲壮感はない。受け継いだ想い。その重さを改めて知った今ならば。

 期待の新型ギアは役立たずに終わってしまったが、それでも問題など無かった。

「「テイルオン――!」」

「グラスオン――!」

 変身を遂げ、強敵の待ち受ける地へ。

「皆さんどうか気を付けて」

「行ってらっしゃい、総二~愛香ちゃん~鏡也くん~」

 転送装置に乗り込む三人。戦場に向かう直前、鏡也はずっと思っていたことを口にした。

「なぁ、今更だが……”あれ”は何だ?」

「言うな!」

 視線の先には、何故か悪の女幹部のコスプレをした未春の姿があった。製作期間一ヶ月の力作らしい。

 息子の前でコスプレする母親という心をへし折りそうな光景に総二は耐えながら、光の奔流に呑み込まれるのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 光が弾け、風景が還る。

「この摩天楼を闊歩する巨乳のツインテールはおらぬか!」

「違う! 正しき貧乳ツインテールを求めるのだ!!」

 

 ズザ―――――ッ!!

 

 現着と同時に、ブルーが赤い梯子車ロボットのように着地を失敗して盛大に滑っていった。

「おい、大丈夫かブルー!?」

『うわぁ、引っかかるものがないと良く滑りますねぇ』

「……何なのよ! なんで今回の奴らはどいつもこいつも乳乳乳なのよ!」

「いや、昨日の奴は違っただろう? 姫騎士とかだったじゃないか」

「それでもよ! もう……嫌だぁ……」

 さっきまでの決意が挫けそうになりながら、ブルーが起き上がった。

「落ち着け。今までだって変態ばかりだっただろう? スク水とか、ブルマとか」

「あたしは乳を力に変える全てが許せないのよぉおおおおおお!!」

 ナイトグラスターの慰めも、今のブルーを救いはしない。むしろ傷口に粗塩だ。

「現れたな、ツインテイルズ! そしてナイトグラスター!」

 二体のエレメリアンはレッド達に気付き、その獰猛な爪を向けんとする。

「おお! 生テイルレッドたん! がんばれー!」

「きゃー! ナイトグラスター様ー!」

「……まずいぞテイルレッド。催し物のせいで人が多い。ここで幹部級と戦うのは被害が大きくなり過ぎる」

「くそっ。エレメリアンは人に危害を加えないなんて妙な安全神話のせいかよ」

 元々、エレメリアンの目的は属性力。それを奪うために人を怪我させたりしないようにするのは組織としての掟らしい。そのせいで避難どころか、そのまま見物しようとする野次馬が集まってくる始末だ。

 普通のエレメリアンならまだしも、幹部級との戦いとなれば戦禍の拡がりは抑えられないだろう。

「我が名はリヴァイアギルディ。……ぬう! テイルレッド。そのツインテールの何という美しさよ! 巨乳に魂を捧げた我が心さえ、激しく揺さぶるか! 正に三千世界に轟く美貌! 惜しい……成長した姿であれば、天の川を飾る煌星の如き巨乳が彩っていたであろうに!」

「妄言を! 彼女の美しさは既に完成しているではないか! 巨乳などという無駄なもの……神の造形を汚す愚行と知れ! それにもう一人のツインテイルズは……」

「あーはいはい。テイルレッドテイルレッド。もう良いわよ……どいつもこいつも」

 すっかり不貞腐れながら、ブルーはのそっと立ち上がる。相手にされないのもいつもの事だ。ならさっさと片方を――と、その時、顔に影が差した。

「ブルー!」

「え……?」

 顔を上げれば、エレメリアンの一体がブルーの眼前に立っていた。完全に油断していたブルーは隙を晒していた。

「まずい! 今行く――」

「――美しい」

 

「「「―――は?」」」

 

 余りにもいきなりな発言に、駆け出そうとしたナイトグラスターの足も止まる。

 だが、一番驚いているのはテイルブルーだ。見間違い聞き間違い勘違いでないならば、その言葉は自分に言われているからだ。

『え、何ですかこの事態は? アルティメギルではどっきりカメラでも流行ってるんですか??』

 通信越しのトゥアールの声も、動揺に震えている。それ程の恐るべき事態だった。

 だが、そんなのはまだ序の口だった。何を思ったか、エレメリアンは膝をつき、ブルーの手を取った。

「美しい。テイルレッドが神の造形ならば、貴女はさながら美の女神そのもの。夢にまで恋い焦がれた人がよもや敵だったとは……なんという神の悪戯か」

「え、え、えぇ……!?」

「我が名はクラーケギルディ。我が剣を貴女に捧げたい。我が心のプリンセスよ!」

「アンタ、気は確かなの!?」

 今までにない展開にブルーの思考は停止寸前だった。ちなみにトゥアールの思考は既に停止している。

「幾多の世界を巡り、然しこのような気持ちになったのは初めて! どうか、我が愛を受け取って頂きたい!」

「え、えぇえええ……」

「クラーケギルディめ。また悪癖を晒しおって。騎士道を慮るが故に、ああなったら止まらんぞ」

 リヴァイアギルディは苦虫を噛み潰したように顔をしかめ。首を振った。

「――それ以上は、遠慮願おうかエレメリアン」

「きゃっ」

 ブルーの肩に手が置かれ、強引に引っ張られる。そしてそのままグルリと体を回された。

「貴様! 私とプリンセスの間に割って入るとは何という無礼者よ!」

「黙れ。騎士ならば首領にでも捧げていれば良かろう。それとも騎士の剣はそれ程に尻軽か?」

「ふざけるな! 忠誠を誓う場において、首領様は聖衣(ヴェール)越しにこう仰られた。私に『お前の剣に相応しき主を見つけよ。我はお前の魂をもらっている。ならば、誇りはその者に捧げるが良い』とな! そして今、地に巡り合ったのだ! それを脇から邪魔するとは……容赦は出来ぬぞ? 決闘だ、ナイトグラスター!!」

「面白い。私も騎士を名乗る者。その挑戦、受けて立とう!」

 クラーケギルディが腰に下げた剣の柄を握る。ナイトグラスターも、フォトンフルーレを抜き放つ。ビリビリとした気配がぶつかり合う。

「え、ちょっと……あたしを巡って争わないでって!」

「ブルー。微妙に嬉しそうだな」

『総二様。あれが女の顔というものです。口では何とでも言えますが、ちょっといい顔されるとすぐに図に乗るんですよ。ああいうのを本物のビッチというんです。さ、一緒に幻滅しましょう』

「いや、幻滅も何も……なぁ」

 いつもの二人を見ているから、女性に対しての幻滅なんてレッドには今更な話だった。

 そうこうしてる間にも、ブルーを巡る(?)騎士の対立はクライマックスだ。

「クラーケギルディ。我が騎士の剣にかけて、お前を斬り捨てる! ブルーは下がってるんだ」

「ナイトグラスター。我が騎士の剣に懸けて、貴様を排除する! しばしお待ち下さい――」

「いや、だから――」

 

「最高の貧乳を持つ、我がプリンセスよ!!」

 

「…………は?」

 ブルーがまるでモダンアートみたいな顔になった。ナイトグラスターは手で顔を覆い、浅い溜め息を吐いていた。どうやら、こうなるであろう事を予想していたようだ。

「貴女と出会い、私は確信した。最高のツインテールを持つ貴女が、天上の星の如き輝きを放つ至高の貧乳を宿している……この奇跡、正に貧乳こそ、ツインテールに相応しいのだと!」

 クラーケギルディは尚も愛を叫ぶ。憎しみで人は殺せないが、愛は人を殺せるのかもしれない。ギャラリーの、ブルーを憐れむような瞳は正に凶器だ。

『もしかしたらさっき変身できなかったのは、巨乳属性のせいだったのかもしれませんね。エレメリアンにあそこまで賞賛されるほどですから、きっと愛香さんには貧乳属性が生まれつつあるんです、きっと――ブフ! ブククク………!』

 通信越しに、トゥアールの噴き出す声が聞こえる。数分前の結束は何だったのかと問いかければ、きっと幻だったのだと言われそうだ。

「ウソよ。あたしは巨乳になるのを否定なんて……」

『いやいや、無意識のうちにはって事ですよ。やっぱり科学がどれだけ優れても、人の心は分かりませんねぇ。でも良かったじゃないですか。初ファンですよ。しかも猛烈なラブコール付きで。貧乳を受け入れてくれる相手が、愛香さんにはお似合いだと思うんですよ!』

 ゲラゲラと笑うトゥアールに、然し愛香は逆に冷静になっているように見えた。レッドはきっとこれがトゥアールの狙いなのだと思った。思いたかった。

「トゥアール。今の内にシャワー浴びておきなさい。――せめて、綺麗な体で逝きたいでしょう?」

『ちょ、総二様それは敵です! アルティメギル以上の脅威です! 総二様、早くぅうううう!』

「すまん。今は目の前のやつだけで手一杯だ」

『なら鏡也さん! 鏡也さん!!』

「お使いの通信は電波の届かないところにあるので、お繋ぎできません」

『ノォオオオオオオ!』

 一人の痴女の最後が確定した所で、ブルーが空を仰いだ。

「あーあ。エレメリアンなんてこんなものよね。ねぇ、この辺り更地にしちゃても……保険とかで何とか成るわよね」

「国を破綻させたいなら良いんじゃないか?」

「良くねぇよ! それじゃ本末転倒だ!」

 傾国の美女と言うのは聞くが、人類史上物理的に傾国させた人間はいない。もしかしたら地球史に悪名が残るかも知れない事態を、レッドは必死に止めた。

 

「テイルレッド、がんばってくださいまし――!」

 

 幼い少女の応援の声が届いた。この殺伐とした戦場――主に味方によるものだが――で、それはとても救いだった。レッドがその声の方を向くと――。

 

「また会長が居るんですけど――!?」

 

 ちびっ子に混じって、何の違和感もなく神堂慧理那が手を振っていた。勿論ん桜川尊もセットだ。

「まずいな。あっちに気付かれると色々と厄介だ。どうする?」

「どうするも何も、守るだけだ!」

 色々、に随分と多分な意図が含まれていそうな感じだったが、レッドは聞き流す。

「む、あちらにもなかなかのツインテール。だが巨乳ではないか。ままならぬものよ」

 クラーケギルディが慧理那に気づく。しまった、と思うもすぐに興味なしと視線を外した。

「どういう事だ? お前は貧乳属性なんだろう?」

「幼子が貧乳なのは道理であろう。それはつまり貧乳ではない! 貧乳属性を芽吹かせる可能性など、万に一つもない!」

「………………あぁ、そういうことか」

 ナイトグラスターは何とも言えない顔をした。よくよく考えれば、慧理那のビジュアルは天然で小学生扱いされるものだった。貧乳属性=幼女属性ではないのだ。その辺り、相当のこだわりがあるらしい。

 背後からビリビリと突き刺さるブルーの鬼気に、命の危機を感じつつもナイトグラスターはクラーケギルディに向き直った。

「さぁ、姫よ。我が本気を御覧ください!」

 クラーケギルディの体から無数の触手がうねり出た。その姿は海魔クラーケンのようだった。

「これは……ヤバイ!」

 その異様に、ナイトグラスターの表情に焦りが生まれた。

「ヒッ――ヒィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!?」

 そしてブルーが今までにない、引きつけのような悲鳴を上げた。

「どうしたんだ、ブルー!? ブル――――!?」

「いやぁああああああ! ヌルヌルが! ウネウネで! 触手ううううううう!?」

 顔面蒼白。全身にサブイボを走らせ、悲鳴を更に上げるブルー。

「落ち着くんだ、ブルー!」

「いやああああ! いやぁああああああ!」

「何を怯えられるのか、姫! これは我が求愛の儀! 偽らざる愛の証明なのです!」

「ウソよぉおおおお! 触手にプロポーズされたぁああああ!」

「落ち着け! ぐえ……! やめろ……! 力を……抜け!! 折れる……色々と折れる!!」

 気付けばブルーの腕がナイトグラスターの体に回されていた。ちょうど、背後から抱きしめるような形だ。テイルギアのフルパワーで、締め上げるそのダメージは筆舌にし難い。

 泣きじゃくり抱き締めるブルー。それに悶絶するナイトグラスター。そして更に触手をウネウネさせるクラーケギルディ。

 何だ、このカオスな光景は。

 

 今まで空気のようだったリヴァイアギルディが忌々しく舌打ちした。

「興が殺がれたわ。小手調べに来たというのに、それさえ叶わぬとはな」

「いや、興ならだいぶ前から息してなかったと思うぞ?」

 レッドは極自然にそう突っ込んでいた。次に息をしなくなりそうなのは、ナイトグラスターっぽかった。




ブルーのベアハッグでナイトグラスター骨格がヤバイ。


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そう言えば昨日はツインテールの日でしたね。


 触手のうねるクラーケギルディ。泣きじゃくるテイルブルー。悲鳴さえ上げられないナイトグラスター。

 今まで散々、混沌とした戦場を経験してきたテイルレッドでさえ、ここまでひどい状況を見たことがなかった。

「いいかげんにしろクラーケギルディ! さっさと引き上げるぞ!」

「ぐぬぬぅうううう! 姫、ひめぇえええええ!」

 リヴァイアギルディに引き摺られ、然し頑なに抵抗するクラーケギルディ。

「なんか、苦労しているな?」

「……分かるか?」

「……あぁ」

 思わず同情してしまうレッド。

「今日のところは退こう。だが、次に(まみ)える時はこうは行かぬぞ? ……ええい、いつまで恥を晒すつもりだクラーケギルディ!?」

「ぐぬぅううう! ようやく我が理想と出逢えたのだ! それをみすみす……!」

 尚も抵抗するクラーケギルディ。レッドもいい加減に止めなければと、ブルーの腕を掴んだ。

「ブルーも、そろそろ離してやれ! ナイトグラスターの顔色が土気色に変わってるから!」

「うえぇえええん! アンタのせいよ! アンタが何もしないから―――!」

 ブルーが更に泣き叫び、更に腕に力が篭もる。そして更にナイトグラスターのダメージが増大する悪循環。

「ぐぉあああ……! ヤメろレッド……逆効果だ……!」

「姫、姫ぇええええ! ぬぅうううう! 届け、届くのだ我が愛ぃいいいいいい!」

 クラーケギルディが最後の足掻きと、触手の一本を目一杯伸ばした。そして――。

 

 ぴと。

 

「ヒッ」

 その先端が、ブルーの手に触れた。ヌルっともヌメッとも言える感触がブルーの全身を虫のように這いずりまわる。

 ブルーの体がビクッと震えた瞬間、彼女は崩れ落ちるように倒れた。その時、ブルーの体を光が包んだ。それは変身解除の時のものだ。

「っ――まずい! オーラピラー!」

 即座に気付いたレッドが、自分達を包み込むようにオーラピラーを展開した。

「レッド、これを!」

 ナイトグラスターはマントを外してそれをレッドに渡した。自在に大きさを変えられるそれを広げ、ブルーの体を包み込んだ。そして一気に跳躍しギャラリーを飛び越え、ビルの間へと飛び込んでいった。その一瞬の早業にギャラリーはすっかりテイルレッドを見失っていた。

「奴らは――いない、か。私も退くとしよう」

 エレメリアンも今のゴタゴタの間に撤退したようだった。ナイトグラスターはそれを確認し、一足に跳躍してその場を離れた。

「二人の現在地は……あそこか」

 摩天楼を見下ろす高さから場所を確認すると、そこに向かって降りる。やはりブルーの変身は解除されており、レッドの機転がなければその正体を晒していたところだった。

「愛香は大丈夫なのか?」

「気絶しているだけだ。それより、そっちはどうなんだ?」

 レッドが愛香の体を支えながらナイトグラスターの心配をする。

「多分、骨はいっていないと思うが……地味に痛いな」

「ご愁傷様」

 そう言って苦笑すると、レッドもつられて笑う。

『前にもありましたが、力を使い果たしたりした時の強制解除……危険ですね。今度のメンテナンスの時に対策を講じてみます』

 トゥアールが神妙な声で言う。

 ドラグギルディ、フマギルディとの戦いの直後。レッド、ブルー、共に強制的に変身が解除されてしまった事態があった。その時は人気のない場所であったから良かったが、今後こういうことがあると思うと、対策は必至だった。

「頼むよトゥアール。今日は流石に肝が冷えた」

 深い息を吐きながら、レッドが変身を解こうとした。

「――! 待て、テイルレッド!」

「え――っ」

 光に包まれてテイルレッドから観束総二へと戻るその中で、総二の眉間に電流が走る。それは幾度も覚えた感覚。

 強烈なツインテールの気配。無意識にその方へと視線が流れる。

 

「生徒会長―――?」

「観束……君?」

 

 互いの視線が交差し、ほぼ同時に呟いていた。何か言わなければとする総二だったが、思考が完全に止まってしまっていた。

「そんな………観束君が、テイルレッド……」

 ぐらり。慧理那の体が倒れかかる。

「くっ!」

 弾かれるように駆け出したナイトグラスターが、その体を抱きとめる。

『総二様! 今の内に彼女を裸にひん剥いて写真を! 変身を見られたのと裸を撮られたので五分五分です!』

「全然、五分じゃねぇええええええ!?」

 我を忘れたかのように稀代の外道発言をかますトゥアールに、総二のツッコミが走った。

「――トゥアール。今の内に身を清めておけ。………消えないほど、穢れることになるだろうからな」

『何をする気ですか!? 本気っぽいんですけど!?』

 ナイトグラスターの氷のような声に、トゥアールに戦慄が走った。

「とにかく、俺は愛香を運ぶから、会長は」

「お嬢さまは、私が運ぼう」

「さ、桜川先生……!」

 姿を現した尊に総二が驚く。だが、慧理那がいるのだ。当然、彼女のお付である尊も居る。考えれば当然のことだった。

「ナイトグラスター様、お嬢様をこちらへ」

「……えぇ、分かりました」

 横抱きに慧理那の体を持ち上げ、尊の伸ばした腕にそっと渡す。その時、少しばかり尊の顔が緩みを見せた。

「……?」

 訝しんだナイトグラスターの視線に気付き、尊は誤魔化すように笑う。

「あぁ……いえ。このやり取りがまるで夫婦のようだなと。おかしいですね、私達はまだ結婚もしていないというのに」

「「………」」

『何ですか、この色々とこじらせた感は……』

 結婚どころか付き合ってさえいないだろうに。などと突っ込みたかったが、それ以上の戦慄が男性陣を襲い、言葉を吐けなかった。

「ですが、いずれはそう………おや?」

 パッと顔を上げた尊の前に、ナイトグラスターの姿はなかった。

「観束君、ナイトグラスター様はどちらに?」

「あー。まだエレメアンがいるかもって、跳んできました」

 そう言って上を見上げる。音もなく逃げ出したナイトグラスター。騎士からニンジャに名前を変えても似合うかもしれないな等と、総二は思った。

「そうか。流石はナイトグラスター様だ。では、観束君。色々と聞かせてもらえるか? 君達の……今までの事を。世間の騒ぎを鑑みれば隠しておきたい気持ちは分かる。だが、お嬢さまは何度も狙われている。これ以上、傍観者のままではいられないのだ」

 尊はまるで懇願するかのように訴えた。その響きには、何処までも慧理那への慈しみに満ちていた。メイドと主――それだけではない何か強い絆を、総二はツインテールから感じた。

「……わかりました。でも、秘密にするって約束をして下さい」

「約束しよう。この、私の名を記した婚姻届に懸けて」

「あ、それは良いですから」

 丁重にお断りを入れ、総二はトゥアールの判断をあおった。そして総二達はアドレシェンツァ――ツインテイルズ地下基地〈アイノス〉へと向かうのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「おのれテイルブルー! ナイトグラスター様にあのような……!」

 ギリギリという尊の歯ぎしりが聞こえます。このままではあの場に飛び込みそうなので、私は諌めようとします。

「きゃ――っ」

 でも、その前に炎のような壁が現れ、私は驚きと共にそれを見上げていました。

 それに気付いたのは本当に偶然で。壁の上から凄い速度で飛び出した赤い人影――テイルレッド。彼女はあっという間に跳んでいってしまいました。

「っ――!」

 その方向に向かって、私の足は動いていました。何かがあったのだ。そう思うと、自分に何が出来るかということよりも先に駆け出していたのです。

 大体、この辺だろうかとビルの間――路地裏を進んでいると、人の声が聞こえました。

「テイルレッド……?」

 私は声の方に進みました。そして―――それを見てしまった。

 

 光に包まれるテイルレッド。慌てた声を上げるナイトグラスター。それにテイルレッドが顔を向けて………。

 

「生徒会長―――?」

 

 あの時と同じように、私を”生徒会長”と呼んだ。でも、あの時と違うのは――そこにいたのはテイルレッドではなくて、観束君だったこと。

 

 観束君が、テイルレッド……?

 

 その事実に行き着いた時、私の足元が崩れたように感じました。霞む視界。自由を失くし、力を失った体が重力に引かれて落ちて行く。

 そんな私を、強い腕が抱きとめて………私は、意識を手放したのです。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……ここは?」

 慧理那が目を覚ますとそこは見知らぬ空間だった。だが、どこか既視感もある。なんだろうかと少しぼんやりする頭で思考すると、そこがまるで特撮物の秘密基地のようだと気付いた。

「ここは……?」

「あ、気が付きましたか?」

 声の方に視線を向ければ、この異様な空間に総二、愛香、トゥアール、尊という見慣れた顔が並んでいた。一人だけ、何故か悪の女幹部みたいな人がいたが、知らない顔なのでスルーした。

 それらを見て、慧理那は気を失う前の出来事を思い出した。

「あれは、やはり夢ではなかったんですのね」

「……えっと、こうなった以上はちゃんと説明します。色々と思うところはあると思うんですけど、取り敢えずは聞いて下さい」

 総二がまっすぐに慧理那を見つめる。その真摯な態度に、慧理那も襟を正した。

 そうして彼の口から語られる事実は、少なからず慧理那を驚かせるものだった。

 異世界からの侵略者エレメリアン。彼等の組織アルティメギルを追って現れた、異世界の科学者。彼女がもたらした、唯一の希望テイルギア。その装着者として選ばれた総二と愛香。マクシーム宙果以来、ずっと戦い続けてきたことを。

 出来るだけ簡潔に。言葉を選びながら総二が説明するのを、慧理那は静かに聞いた。

「……しかし、学園きっての問題女子二人が、揃ってツインテイルズの関係者だったとはな。しかもトゥアール君は異世界から来たなどと……何も知らずに聞いていたら信じられない話だな」

 尊は軽い溜め息を吐きながら、そう呟いた。慧理那は総二と愛香を見やって、静かに口を開いた。

「実は……前々から、あなた方がツインテイルズと関係があるのではと思い行ったのです」

「なんだって!?」

 総二が思わず声を上げた。

「今まで何度か助けてもらって、その度に何か……違和感のようなものを感じていたんです。まるで見知った誰かのような感覚が。でも、そんな筈ないのにと何度も思い直して」

 天井を仰いで、慧理那は続ける。

「鏡也君の話もありました。でも、そんな疑問が更に強くなったのは、あのカニのようなエレメリアン――クラブギルディの時です」

「え……?」

「あの時、テイルレッドが私を”会長”と呼んだのです。私をそう呼ぶのは学園の生徒だけですから。それと部室で見た……今も着けているそのブレスレット」

 慧理那は総二の右腕を指差す。

「やっぱり、見えているんですね。認識撹乱が通じなかったのは、会長が正体に気付きかけてたからだったんだな」

 総二は色々と得心が行ったと、笑った。そして改めて慧理那を真っ直ぐに見た。

「それで、改めてお願いします。どうか、俺達の事を秘密にして欲しいんです。正体がバレたらたたかえなくなってしまうから」

「勿論です。ヒーローなんですから、正体を秘密にするのは当然です。これ以上、迷惑をかけられませんもの」

 慧理那は首を振った。恩を仇で返す――テイルレッドの正体を口にするなどと、考えることも出来ない。

「ありがとう、生徒会長。流石にあんな姿になるなんて世間に知られたら、生きていけないから」

「まぁ、そんな」

 何やら良い雰囲気を醸し出す二人。残されたものはといえば――。

「何ですかあれ。ああいう甘酸っぱい雰囲気を醸し出す奴は信用ならないですが」

「そうね、色情狂のほうがマシだわ。眼の奥が痒くて……殴れないし掻けないじゃない」

「何でそこで殴ることが同列なんですか!?」

 二人は何やら揉めているようだが、何に揉めてるのか慧理那には分からなかった。

 と、通路の向こうのドアが開いた。

「――総二!」

「鏡也、やっと来たか」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 適当に時間を潰しながら、鏡也はテイルギアから聞こえる通信に耳を傾けていた。場所はアドレシェンツァ。つまり基地の真上だ。総二に頼んでテイルギアの通信をオンにしてもらっていたのだ。

 エレベーターで基地に向かい、到着すれば全員の視線が突き刺さる。

「待たせた。で、何処まで話したんだ?」

 鏡也は総二に尋ねた。勿論把握しているから、これはポーズだ。総二から話した内容を確認し、鏡也は慧理那に向き直った。

「姉さん、大丈夫か?」

「えぇ、大丈夫です。さっきまでは色々と混乱していましたが、もう平気ですわ」

「そうか。……ごめん、色々と」

「鏡也君はやはり、最初から全部知っていたんですのね? でなければ、こうしてここには来ないですものね」

「まぁ、そうだね。………もしかして、怒ってる?」

 鏡也は何処か拗ねたような物言いをする慧理那に、恐る恐る尋ねた。

「そうですね。怒っていますよ。弟のように思っていた鏡也君が、お姉ちゃんに嘘を吐いたんですから」

 プイ。と、顔を背ける慧理那。言わないが、ふてくされた子供のようだ。鏡也はもう一度、頭を下げた。

「ごめん。本当の事を言えば巻き込んでしまうと思ったんだ。だけど、あの後……こんなに巻き込まれるとは思いもしなかったし」

「……ふふ。嘘です。怒ってませんわ」

 慧理那はクスクスと笑った。こちらもまた、ポーズだったようだ。

「――なぁ、一つ提案があるんだが?」

 総二は鏡也に、そしてトゥアールに視線を送った。それを察し、鏡也は壁際にある格納棚に向かった。

 そこには一つのボックスがあった。それを手に取り、総二に見せる。

「これだろ?」

 総二が頷いて返す。

「トゥアール。このテイルブレスを会長に託して良いか?」

「総二様、それは詰まるところ、慧理那さんを新しいメンバーにするという事ですか?」

 意思を確認するトゥアールに、総二が強く頷く。

「会長は奴らに狙われるぐらいのツインテールだ。なら、きっとテイルギアを使える筈だ。だからって積極的に参加して欲しいわけじゃない。これからも奴らに狙われるなら、自衛手段ぐらい無いと不味いだろ?」

「待ってそーじ。だからって一般人にテイルギアを渡すのは危険なんじゃない?」

「会長なら、悪用なんてしないさ。ツインテールを見ればわかる」

「そもそも、愛香さん以上に持ってて危険な人はいないでしょう?」

 吐かれた言葉の通り、命の危険に晒されたトゥアールを尻目に、鏡也はボックスを開けた。

「これが……テイルギア」

 黄色い、真新しいブレスに慧理那が目を輝かせる。

「鏡也君、私に嵌めて下さいますか?」

 

「うはーーーーー! 何ですかっ! そのギャップ発言!? 一ヶ月前の私もそれを言えば良かったぁああああ!」

 

 トゥアールが何故か、意味不明な雄叫びとともにブレイクダンスしていた。

「ごめん、ちょっと待ってて」

 鏡也はトゥアールのダンスをブレイクしてから、改めてテイルブレスを慧理那の手首に嵌めた。自身の腕に収められたそれを愛おしそうに撫でる。

「これで私も変身できるんですのね?」

 鏡也は念の為、このテイルギアはまだちゃんと動くか分からない。愛香が試した時は全く反応しなかった事も、包み隠さず伝えた。

 それでも慧理那的には問題ないらしく、笑顔だった。

「では早速……ところで、変身の掛け声などはどうなっていますの?」

 試そうとする慧理那が、ふと手を止めて総二に尋ねた。

「俺達はテイルオン、で変身してるけど……なくても大丈夫らしいけど、あった方がやりやすいし」

「それは絶対必須ですわ! では、ポーズなどはどうしてますの? 観束君と津辺さんで、共通? それとも別々? それとも基本ポーズをアレンジしている感じですの?」

「いや、そういうのはないけど。そもそも、秘密にしなきゃいけないから変身してから出動だし」

「ですが、そういうのは気合の入り方が違うと思いますし、あった方が良いのではないでしょうか!?」

「そ、そうかな……そうなのかな?」

 グイグイとくる慧理那に、総二は押されっぱなしだった。その様子に鏡也は諦めに似た顔をした。目をキラキラとさせたハイテンション状態。特撮モノを見た後それについて熱く語り尽くす時の目だ。

「姉さん、それより変身しないの?」

「え? えぇ、そうでしたわ。では―――テイル、オン!」

 慧理那は数度の深呼吸の後、胸の前にリングを持ってきて、凛々しく叫ぶ。だが、何時もならばすぐに起動する筈のテイルギアが、動かない。

「あ、あれ? 動かない?」

「やっぱり失敗作? やっぱりあたしのせいじゃ」

 などと無意識に呟いたその時、ブレスから光が迸った。それはあっという間に光の繭〈フォトンコクーン〉を構成。その向こうから姿を変えた慧理那が現れる。

 

「これは……」

「まぁ……!」

「あ……あぁ!?」

「なんだか、母親似って感じが強まったな」

「これが……私?」

 慧理那はすっかり見違えた自分の体を確認する。小学生にも間違えられていた身長はすっと伸び、愛香よりも頭一つぐらい大きい。声も若干の落ち着きを響かせる。

 何より、そのスタイルだ。黄と白の重装甲に包まれたその体は、出るところはしっかりと出ていて、引っ込むべきところは引っ込んでいる、女性らしい体幹に変わっていた。

「お、大きくなってる……きょにゅうになってる……あたしよりちいさかったのに……」

 その姿を見て、愛香は愕然としていた。まるで夢遊病者のように慧理那の胸に手が伸びる。

「ほ、ほんとうにおおきい……まぼろしじゃない……幻じゃない!!」

 ガバッ! と、愛香が土下座した。そして在らん限りの力で叫んだ。

「お願いです会長! あたしのギアと交換して下さい!!」

 

「黄色の鎧――テイルギア、でしたわね。私はさしずめ、テイルイエローでしょうか?」

「武器は銃火器ばかり。まさに全身武器庫(ヘビーアームズ)だな」

「残念ながらナイフは無いけどな」

 慧理那改めテイルイエローの武装を色々調べる総二と鏡也。

 愛香は慧理那にブレスの交換を見事に断られ、トゥアールと「あんた! 机上の空論だって言ってたじゃない! どうなってんのよ!?」「知りませんよ! こっちだってビックリしているぐらいなんですから!」「うるさい! だったら今すぐアンタのその無駄なものを寄越しなさいよ!」「無駄と思うなら潔く諦めたら良いじゃないですか!」「諦められるかぁあああ!」「ぎゃあああ! ちぎれるぅううう!」などと仲良くじゃれ合ってる。

「さて、そろそろ変身を解こう。もう結構遅い時間だし。門限もあるでしょう?」

「そうですね……えっと、どうすれば?」

「変身と逆のイメージかな? 元の格好に戻る、みたいな」

「こうですか……んっ」

 慧理那の体が再び光に包まれ、元の姿に戻った。そうして自分の体を確かめるように動かしてみている。

「不思議ですわね。本当に元通りになるなんて」

「ならないと、総二は一生、幼女のままだけどね」

「おいバカ。縁起でもないこと言うなよ」

 

 

「――さて、お嬢様への話も終わったところで、本題に入ろうではないか」

「は?」

 尊が突然、そんなことを言い出した。すでに話は終わっているので、その意味が理解できず、誰ともなくそんな反応だった。

「何をとぼけている? 当然、ナイトグラスター様の事に決まっているではないか」

 凄い爆弾が落とされた。

「君達ツインテイルズと共に戦うナイトグラスター様の事を、まさか何も知らない筈がないだろう?」

「え、えっと……」

 総二は言葉を詰まらせた。これは予想外の展開だ。このまま慧理那の事だけで終わると思っていただけに不意打ちに近く、頭がうまく回せない。

「あー、ナイトグラスターの事ですかぁ? 知ってますよ色々とぉ」

「本当か、トゥアール君!?」

 トゥアールがいきなりそんなことを言い出し、尊が食いつく。トゥアールの口元がいやらしい笑みに歪んでいるのを鏡也は見逃さなかった。

「ごめん、尊さん。トゥアール、ちょっと来い」

 鏡也は尊を制して、トゥアールの襟首を掴んで隅っこまで引きずっていく。

 

「で、何ですか?」

 全てを分かっていながら、ニヤニヤしながら訊いて来るトゥアール。鏡也はただ一言告げる。

「余計なことを言うな」

「余計なこと? ……あぁ、ナイトグラスターの正体とか正体とか正体の事ですか? でも、人の恋路を邪魔するような悪趣味はありませんし、ああいった一途な想いは好感が持てますよね~。決して『このままくっつけられれば、総二様を狙う邪魔者を排除できる』などとは思っていませんよ?」

 真摯な瞳で本音をダダ漏れさせるトゥアール。彼女の排水処理関係は欠陥構造らしい。

「もう一度言う。余計なことを教えるな」

「おやおや、そんな態度を取ってよろしいんですか? あなたの運命は、正に私の舌先三寸なんですよ。愛香さん程ではないとはいえ、鏡也さんにも散々やられてきましたからねぇ」

 圧倒的優位を語るトゥアール。愛香ならばここで暴力の一つや二つや三つや四つでも振るって黙らせたであろうが。鏡也はそんな事はしなかった。

「トゥアール。もしも彼女に正体を知られたら、その時は――」

「何ですか? どんな理不尽にも私は確固たる態度で――」

 

 

 

「お前を一生、愛香なしでは生きられない体にしてやる」

 

 

 

「…………………ふっ。なんですか、それは。もしかして、それで脅しているつもりですか?」

 トゥアールがゆっくりと動く。

「私が、そんな脅しに屈するなどと……本気でお思いですか? 舐められたものですね」

 鏡也の顔を見ながら、左膝をつく。次いで右膝。背を正して正座の姿勢になる。

 

「調子に乗ってマジサーセンしたぁああああああああああああああああああああ!!」

 

 盛大に土下座した。軟素材の床に額をゴリゴリと擦り付け、そのまま思考を停止して床と一体化しそうな勢いだ。

「一体どうしたんだ、トゥアール君? ナイトグラスター様のことを早く教えてくれ!」

 いきなりの土下座に驚きながら駆け寄った尊は、それはそれとしてナイトグラスターの事を改めて尋ねる。

 こうなって困るのはトゥアールだ。後から鏡也の素敵な視線を突き刺さり、冷や汗が止まらない。

 だが今更、尊を止めることも出来ない。なので、トゥアールは苦肉の策を取った。

 

 

「…………と、いうわけで私達と一緒に戦ってくれているんです」

 トゥアールは以前、鏡也がした説明をアレンジして伝えることにした。

 ナイトグラスターは自分と同じように異世界からやって来た。故郷の世界をアルティメギルに滅ぼされ、それ以来たった一人で戦ってきた。

 ある偶然から、彼にテイルギアを作った。そしてこの世界で偶然出会い、アルティメギルの侵略に、共に立ち向かうことになった。

 この世界の何処に居るのかは、自分も把握していない。ボロが出ないように簡潔にそう伝えた。

「…………」

 話し終えると、尊は俯いたままだった。ただひたすら沈黙していた。怪訝そうに見やる全員の視線を受けてか、尊が肩を震わせた。

「っ……! 何ということだ。あの方に……そんな悲しい過去があっただなんて。そう言えばあの優しい眼差しの奥に、隠し切れない悲しみの色が見えたような……還るべき故郷も、家族も喪い、それでも戦い続ける……あぁ、今すぐにあの方の悲しみを癒やしてさし上げたい!!」

 むせび泣き、己をギュッと抱きしめる尊。ここは既に彼女の一人舞台だ。その際、尊の胸がグニュッと歪んだのを、愛香がチベットスナギツネのような瞳で見ているのが印象深い。

「ふぁ……」

 と、慧理那が大きなあくびをした。我に返った尊が時間を確認する。

「む、もう八時か。お嬢様は九時には眠たくなられるのだ。そろそろお暇しましょう、お嬢様」

「えぇ……そうですわね………」

 慧理那は口では何とかしっかりしようとしているが、既にうつらうつらと船を漕ぎ始めている。このままパタッと行く前に、尊が慧理那を抱き上げた。

「今日は色々とすまなかった。後日、改めて……そうだな、部室ではどうだろうか?」

「わかりました」

 これ以上、まだ何かあるのかという恐怖があったが、この場をさっさと済ませたいので誰もツッコまない。

「皆さん、ごめんなさ…い………くぅ」

 慧理那の頭がとうとう、カクンと落ちた。

 

 尊は慧理那を連れて帰ったので、今日はこれで解散となった。

 ただ、鏡也は一言。しっかりと残すのを忘れなかった。

「俺がナイトグラスターと言うのは、トップシークレットだからな。ばらした場合、お前達の大切にしている”アレ”をバラすからな」

「何だよそれ」

「あたしにはバラされて困るものなんて」

「ほう? ならば……」

 鏡也は二人に耳打つ。二人の顔が見る間に青ざめた。

「「何でそれを知ってる――――!?」」

「さぁ、何でかな?」

 不敵に眼鏡を光らせる鏡也に、戦慄を禁じ得ない二人であった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 基地に帰還したリヴァイアギルディとクラーケギルディ。両者は早速、睨み合いを繰り広げていた。

「貴様というやつは……何だあのザマは! 誇りあるアルティメギルの恥を晒しおって! 貧乳は思考まで薄っぺらいのか!」

「何だと!? 巨乳のような軟派な者には我が騎士道が理解できるものか!」

 ビリビリとぶつかり合う覇気が、周囲の壁を激しく叩く。その中に割って入る様に、エレメリアンが駆け込んできた。

「クラーケギルディ隊長殿! リヴァイアギルディ隊長殿!」

「何だ、今大事な話を――」

「たった今、ダークグラスパー様が、ご到着なされました!」

「何だと――!?」

 昨日の今日での到着。リヴァイアギルディ達は急いでデッキに向かった。既に船は到着しており、基地との連結を終了していた。

 カツン。と、床を打つ足音。集まっていたエレメリアンたちの視線が集中する。巨大な圧を掛けられたかのような強烈な属性力。

「あ、あれが……ダークグラスパー様?」

「馬鹿な……あれは」

 フード付きのマントで小柄な体躯を覆い隠しているが、それでも隠せない。

「人間、だと……!?」

 僅かに覗く黒い鎧。それを纏う者――ダークグラスパー。それは間違いなく、人間の少女であった。

 

 

 

 

 

 

 

「っ……!? なんだ、今の感覚は……?」

 夜空を見上げながら帰路についていた鏡也に、不意に奔った感覚。それはまるで目も眩むような闇に襲われた様だった。




最近、尊さんを書いていると楽しくなってきた感。


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いよいよテイルイエローの出番ですね。

どうでもいいことですが、三巻の円盤ケースが壊れましたw もしかしたらブルーの呪いかもしれません。


 慧理那にツインテイルズの正体を知られ、そして彼女が新たなメンバー〈テイルイエロー〉となったその翌日。

「………」

 いつもの通学路。いつもの登校風景――その筈であったが、一部の空気が非常に重かった。

 その空気の発生源である津辺愛香の後では、男二人が揃って肩を寄せあっていた。

「おい総二。どうしてあんなに機嫌悪いんだ、愛香は?」

「知らないよ。昨日、会長達が帰った後からあんななんだ。……鏡也、愛香が触手苦手だって知ってたか?」

「ああ。触手というか、ヌルヌルとしたものが苦手なんだ。ミミズなんかもダメだな。昔、小学校の生物の授業でじゃがいもの栽培なんてやってただろ?」

「そんなのもやってたな」

「作業中、畑の土を掘り返してた愛香の手にな……ミミズが乗ってったんだ。その瞬間、声を上げられないまま、気絶してた。それぐらい苦手なんだよ」

「ミミズで気絶って……そこまでかよ」

「うるさいわよ、そこ!」

 男子二人の話に愛香が割り込む。自分の恥ずかしい話をされて、たまらなくなったようだ。

「鏡也も、一々要らないこと喋らないでよ!?」

 眉間にしわを寄せて、愛香は口をとがらせる。

「それはすまんな。で、こんな事を怒っているわけじゃないんだろう?」

「………別に。ただ、寝不足なだけよ。あの触手が夢にまで出て……あぁ、むかつく」

 ぷい。と、顔を背けていってしまう愛香。その背中を見やりながら、鏡也は総二に尋ねた。

「夢ねぇ。……総二。昨日、愛香に何か言わなかったか?」

「そんな事言われても……会長が仲間になってくれて嬉しいとか、そんな感じの事しか言ってないぞ?」

「お前というやつは」

 真面目な顔でそう答える総二に、鏡也は肩を落とした。そして前をずんずんと行く愛香の背中に声をかける。

「愛香~。どんまい~」

「うっさい!」

 振り返りもせずそう吐き捨てて、愛香は行ってしまった。

 

 なお、この場にいないトゥアールは愛香を弄った結果、軽く彼岸まで逝ってしまっていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 昼休み。鏡也は売店で購入したサンドイッチと共に中庭にいた。値段、ボリュームから一番人気のコロッケサンドを購入できたのは、幸運であった。

「おお、御雅神。ここで昼食か? 今日は天気が良いから外での食事は当然の選択か?」

「こんにちは、オーク先輩。先輩も外で昼飯ですか?」

「大久だ。いや、これから生徒会の方に顔を出さないといけなくてな。それで、お前に聞きたいことがあったのだが……神堂は何かあったのか?」

「……何かとは?」

「うむ。真面目なアイツが今日の授業中、居眠りをな。本来なら起こさなければならないのだが、何分あれの寝顔に教師も随分とほっこりとしていて……こう、全員で見ているだけで授業が潰れてしまって……いや、それはどうでもいいな」

 何やら不穏な言葉が聞こえた気がしたが、そこは重要ではないらしいし、深く掘り下げたくもないのでスルーする。

「姉さんが居眠り、ですか?」

「何か心当たることはないか? 親類なんだろう?」

 慧理那がそんな事をするだなどと、にわかには信じられない。だが、もしもその可能性があるのなら間違いなく、昨日の出来事だろう。

「……さあ。でも、姉さんにも色々とあるんじゃないですかね?」

 だが、そんな事を言う訳にも行かず、誤魔化すしか無い鏡也だった。

 

 昼食を終えた鏡也が教室に戻ろうとすると、メールが届いた。

『鏡也へ。帰りに注文していた本を書店まで取りに行ってくれる? 本当はお母さんが行きたかったんだけど、急な用事で行けなくなってしまったの。お願いできるかしら?』

 母である天音からのメールだ。件の書店はおそらく、天音行きつけの所だろう。自宅からは近いが、学園からは少し遠い。部活動(という名のツインテイルズの活動)の後ではいささか遅くなってしまう。少し悩んだ末、教室に戻った鏡也は総二に告げた。

「総二。すまないが、今日は部室には行けない。野暮用が出来た」

「そうか? 俺達も出撃がなければ、会長と昨日の続きの話するぐらいだし。別にいいぞ」

「何かあったら連絡をくれ。ま、昨日の今日で早々、問題は怒らないだろうがな」

「………。なんだろうな、凄い嫌な予感しかしないんだけど」

「言うな。いい加減、分かってきているんだから」

 男二人。顔を見合わせ、ガックリと肩を落とした。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 足元を照らす照明だけの薄暗い通路を、二つの影が進んでいる。ドラグギルディ隊、現隊長代行のスパロウギルディと、フェンリルギルディだ。

「――ここより先はお前一人だ。ダークグラスパー様に無礼の無いよう、心せよ」

「はい」

 フェンリルギルディがダークグラスパーの元を訪れたのは、先方からの呼び出しがあったからだ。

 それを自分への期待と思ったフェンリルギルディは意気揚々とダークグラスパーの部屋の前へと進んでいく。そんな心中を察するスパロウギルディは、哀れみの瞳でそれを見送る。

「過ぎたる野心は身を滅ぼす……哀れなことだ」

 若きゆえに身の程を知らず。それ故に身の丈を超える野心がその身を焼き尽くすのだと、スパロウギルディは静かにその場を去るのだった。

 

 ドアをくぐれば、そこは更に薄暗い部屋だった。一瞬感じた違和感に、フェンリルギルディは今のが空間転送の一種であると感じ取った。

 室内をよく見れば向こうにぼんやりと明かりが見える。あれが噂のダークグラスパーかと、フェンリルギルディが背を正した。

「ダークグラスパー様。フェンリルギルディ、お呼びにより参上致しました」

「来たか」

 ダークグラスパーが言うや、照明が点く。僅かにくらみ顔をしかめるも、フェンリギルディはすぐに直った。そして驚きに目を見開いた。

(人間だと……!?)

 人間の心――属性力を狩る立場にありながら、人間に擦り寄られるとは。これはいよいよ、今までの方針が誤りであったと確信する。フェンリルギルディは表に出さず、内の火を強くする。

「しばし待て」

「はっ」

 人間とはいえ、首領直属。今の自分の上位に立つ相手だ。ここは従うしかないと、フェンリルギルディは直立したまま待つ。

「うっ……」

 チラリと横を見た瞬間、ゾワッと身の毛がよだった。妙に色彩豊かな壁かと思うも、それが思い違いであるとすぐに気付いた。

 エロゲーだ。エロゲーが天井近くまで積み上げられ、それが四方を壁のように囲んでいるのだ。

 更に、上蓋がモザイクアートとしてツインテールを描いている。その異様、まるでツインテールに見下されているかのような圧迫感だ。自然、固唾を呑んでいた。

 

『ひゃうぅううん! ダメだよ、そんなところ……きたないよぅ』

 

「ぐっ……!?」

 まさか、そんなバカな。信じられないと思いたかった。だが、尚も続くボイス、SEがそれを否定させない。

 エロゲーだ。エロゲーをしている。人前で。堂々と。イヤホンなどせず。どれ程の豪胆さがあれば、このような事が可能だというのか。しかも、人を呼びつけておいて「しばし待て」と言い放ち、エロゲーをしている。緩みに緩みきった顔を隠しもせずに、だ。

 これ程の事をやれる者が、果たしてアルティメギルにどれだけ在ろうか。

『これからも、ずっと一緒……だよ?』

 どれだけ待っただろう。まさか、スタッフロール完走。エンディング後のエピローグまでやり切るとは。

 しかも、テキストも飛ばさず全てに目を通している。幸いというか、最後の方だったおかげでイベントは一つだったが、これがもしももっと早くであったならば。

 そう思った瞬間、ブルッと震えが来た。

「――さて、待たせたの」

「っ……」

 エロゲーを落とし、椅子を立つダークグラスパー。その瞳がフェンリルギルディを捉える。楕円形のアンダーリムの眼鏡に映る自分の顔を見て、改めて気を引き締める。

 ダークグラスパーは、フェンリルギルディの心中など意にも介さないとばかりに、ディスクドライブからゲームディスクを取り出した。

「昨今、ディスクレスやダウンロードなど、円盤を必要としない物も多い。だが、こうしてディスクを入れ、ゲームを起動させる。わらわはそこに風情を覚える。まるで戦場に赴く為に、兜の緒を締める……そんなノスタルジーをな」

「は、はっ……」

 ディスクをケースに入れ、箱に戻す。一瞬でよく分からなかったが、開封特有の歪みなどが見えなかった。まるで見えぬ力に保護されているかのようだ。

 ダークグラスパーがしっかりと箱を戻すと、それは自動的に、まるであるべき所に戻るかのように、左側奥の一角にするりと収まった。

「だが、頭の数が増えれば、緒の緩む者も現れる。……そうは思わぬか?」

 一瞬、細められた鋭い瞳。眼鏡のレンズがカミソリのように冷酷な光を放った。

 その威圧感に、フェンリルギルディは息を呑んだ。

「ふっ。テキスト設定を最速にして、更には未読スキップ可にするようなヒヨッコが、幹部などとはおこがましいのう」

「な、何を……?」

 唐突に口にされた言葉に、狼狽えるフェンリルギルディ。何故、それを知っているのか。動揺するフェンリルギルディに更なる冷笑を向けるダークグラスパー。

「わからぬか? 小僧は小僧らしく、大人しゅうしておれ。そう言ったのじゃ」

「っ! い、言わせておけば……その立場も、何もかもアルティメギルあればこその分際で!」

 年端もいかぬ人間の小娘に小僧、ヒヨッコ呼ばわりされたフェンリルギルディは己を抑えきれずにしっぽに隠された長刀を抜き放った。

「乱心か……構わぬぞ? その醜態、この場を切り抜けたならば見逃してやろう。……いや、どうせならばわらわから幹部に推薦してやっても良いぞ?」

「その言葉、偽りではないだろうな……!」

 最早、言葉にさえ気を向けられない程、フェンリルギルディの意識は敵意に支配されていた。

 相手が首領直属となれるだけの力を有している可能性など、欠片も考慮せずに。

「ヌゥおおおおおお!」

 咆哮。横一閃に振り抜かれる刃。室内で刃の機動が躱す空間すら埋め尽くす。――が、そこには既にダークグラスパーの姿はなかった。

「消えた? 一体何処に―――っ!?」

 首に、冷たい感触。まるで薄っぺらい首輪でも掛けられたかのようだった。

「わらわの眼鏡は全てを見通す。貴様の謀反など、部屋に足を踏み入れた時から分かっておったわ」

「ぐ……っ」

 つい、と首から感触が消える。フェンリルギルディは弾かれたように飛び退いた。そして、見た。

 身の丈を超える死神の鎌(デスサイズ)。柄を肩に掛け、氷よりも冷たい光を放つ眼鏡を指先で持ち上げる――闇の処刑人の姿を。

「あ……あぁ……!」

「貴様は許されぬ事をした。何の事か、言わずとも分かろう?」

 ダークグラスパーの宣告に、クラーケギルディの言葉がリフレインする。

 

『忠告する。ツインテール属性を軽んじることだけは慎め』

 

「貴様。ツインテールは無用と申したな?」

「ああ………ぁあああああああああ!」

 最早、正気など無かった。全力で、全てを尽くして、目の前の死神を屠る。それ以外に道はない。生き延びるために、自分の未来の為に。

 

 ――キン。 

 

 済んだ音が響いた。それは連続していく。何の音だとフェンリルギルディが思う間もなく、手にした刃が切っ先から粉々にされていく。

 斬られたのだ。今の瞬きの間に。

「野心も許そう。道化も認めよう。傾くも自由じゃ。だが、ツインテールを軽んじることだけは許されぬ」

 キラキラと飛び散る刃だったもの。それは同時にフェンリルギルディの野心もまた、粉々に砕いていた。

「貴様が処刑されるのは、首領様への反逆故じゃ。神に唾棄したその罪……永遠の闇の中で懺悔し、後悔し続けるが良い」

 ダークグラスパーの眼鏡が激しく光る。そしてそれは室内を埋め尽くした。

「我が眼鏡属性の真髄……属性力の深淵に沈め。眼鏡よりの無限混沌(カオシック・インフィニット)!」

「う、うぁああああああ―――!?」

 呑み込まれる。世界が、自分の体を深い深い闇の底へと引きずり込んでいく。

 気が付けば、そこは地獄だった。ビキニ一丁、褌一丁の、身長190センチ、茶髪、筋骨モリモリマッチョメンの変態が地平線の彼方まで埋め尽くし、汗が天に昇って雲となり雨となる。そして虹が生まれ、マッチョが踊る。

 下着属性のフェンリルギルディが最も恐れるもの――男性下着の大津波だ。

「ひぃいやああああああああ! お許しを! ダークグラスパーさま、おゆるしをぉおおおおおおおおおお!」

 狼のような体毛がマッチョメンの汗に濡れる。救いを求めて伸ばす手が、大胸筋の壁に埋もれていく。それは正に地獄の謝肉祭(マッスルカーニバル)であった。

 

「ふん、つまらん」

 ダークグラスパーは鎌を仕舞い、心の底からの溜め息を吐いた。

「なんや、もう終わったんか?」

 いつの間にか、入り口に大きな影が立っていた。ダークグラスパーの倍近く在ろうかその体躯を揺らし、ダークグラスパーの隣に立つ。

「しかし珍しいなぁ。あんな煽るようなこと言うなんて……らしくないんちゃう?」

「……どうにも、分からぬ。こちらに来てからずっと、我が眼鏡が疼いておる。不愉快な程にな」

「え、ついに厨二病発症した?」

「違うわ! もういい、さっさと部屋にもどれ! そのデカイ図体でエロゲーを傷つけられたら堪らぬからな!」

「なんやねん、もう……」

 ブツブツと言いながら、影は入り口を抜けて姿を消した。そしてダークグラスパーはPCの前に戻った。

「理由ならば分かっておる。じゃが………なんなのだ、この言葉に出来ぬ感覚は」

 モニターには侵略対象世界の資料。その写真が映し出されていた。テイルレッド、テイルブルー。そして一番大きなものが――。

 

「――ナイトグラスター。わらわと同じ眼鏡属性の者、か」

 

 予感がした。この者と自分は出遭うべくして出遭い、そして戦う運命にあるのだと。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 予感がした。これと出遭うべくして出逢い、そして戦う運命にあるのだと。

「我が名はブルギルディ。貧乳こそが正義と知るクラーケギルディ様に仕える者だ。御雅神鏡也、ここで出会うもやはり運命であるな!」

「分かってた。分かってたんだよ、くそったれめ……!」

 放課後。学園を出たその足で書店に向かった鏡也は、たまたま来ていたバスに乗って、時間短縮を図った。そして書店近くのバス停――中学校前で降りた途端、これである。

 今回のエレメリアンは、以前にブルーが倒したバッファローギルディに似た容姿をしている牛型のエレメリアンだ。角はなく、代わりに首にカウベルが付いている。身に付けているマントから、所属部隊はクラーケギルディ隊だと分かる。

 まだ校内には生徒が多数おり、また部活動中のところも多く、外にも生徒の姿が多く見受けられた。アルティロイドがカサカサと動きまわり、まだ未発達な少女達を追い掛け回している。

「で、何なんだ。出会う運命だのというのは……?」

「走って揺れる乳などという醜いものに存在価値など無い。貧乳こそ正義なのだ。お前もそうなのだろう? さぁ、心の中を吐露せよ!」

「吐露も赤身もない! 何が言いたんだ貴様は!?」

 全く意味を理解できない鏡也に、ブルギルディは呆れ気味に頭を振った。

「この期に及んでまだそのような事を……ならば我から叫ぼうではないか。中学生こそ至高であると! ――さぁ!!」

「さぁ! じゃないわよ!」

「ぐほぁ!?」

 上空から叩きこまれたキックがブルギルディを盛大に引っ飛ばした。スタッと着地したテイルブルーに対して悲鳴が響いた。

「きゃー! テイルブルーよ!」

「逃げろ! 殴られるぞ!」

「校舎に入れ! 急げ!!」

 アルティメギルに対してもここまでしなかったというのに、ブルー到着の瞬間、蜘蛛の子が散る様に一斉に逃走する生徒達。

「……ねぇ。校舎に槍飛んでいっても事故で済むわよね?」

「済まねぇよ!? 絶対にやるなよ!?」

 少し遅れてやってきたテイルレッドが即効で制止する。本気で言ってはいないだろうが、止めないと本当にやりそうな気配である。

「来たか、ツインテイルズ」

「……やっぱりこうなったな、鏡也」

「言うな」

 黄金の爪も付けていないのにこのエンカウント率。そろそろお祓いでもするべきかもしれないと、鏡也は本気で思った。

「むぅ。現れたなツインテイルズ。我が名はブルギルディ。首領様、そしてクラーケギルディ隊長の名誉のため、この身の全てを懸けて戦おう!」

「そのクラーケギルディが子供の乳はダメだって言ってたぞ? 何で中学校を狙った!?」

「それは勿論、私がこの年代の少女が好きだからだ!」

「統率ぐらいちゃんと取っとけよ!」

 上司も上司で大概だったが、部下も輪をかけて駄目だと、レッドは頭を抱えた。

「まだ未発達の体。熟す前の青い果実の芳香……そのロマン、貴様ならば分かるであろう、御雅神鏡也!!」

「こっちに話を振るな。貴様と同類にするな。理解できる言語で喋れ」

 心底イヤそうにする鏡也に、それでもブルギルディは続ける。

「今までの貴様の言動、全てを見た。そして確信した。お前もまた、青い果実を愛でる者であると!」

 ブルギルディがずい、と数枚の写真を取り出した。それには鏡也とテイルレッドが写っていた。よく見ればリザドギルディの時からのものだ。押し倒されているものだったり、お姫様抱っこのものだったりだ。

「もう、いい加減にしてくれ………頭痛が痛い」

 アルティメギルの鏡也に対する評価がいよいよ、言語中枢にまで悪影響を与え始めた。

 

「そこまでですわ! 個人の名誉を貶め、未成熟な女生徒を追いかけ回す所業、見過ごす訳には行きませんわ!!」

 

「何!? 何処に居る!?」

 突如として響いた声に、ブルギルディがその主を探す。校庭を見回し、それをついに見つけた。

 校庭の隅――用具倉庫の屋根の上に、すっくと立つ人影。

「貴様、一体何者だ!」

 ブルギルディがまるで悪役怪人のようにその名を問う。するとその人影はこれでもかと胸を張って、声高らかに叫んだ。

「私の名はテイルイエロー! ツインテイルズ、第三の戦士ですわ!」

『違います! 三番目は仮面ツインテールですから! 慧理那さんは第四の戦士ですから!』

 トゥアールのツッコミも、今の慧理那――テイルイエローには届かない。今のシチュエーションは正しく、慧理那の憧れるヒーローそのものだった。

 もしかして、わざわざあそこに登ったのか。そんな疑問もさておいて、テイルイエローが盛大にジャンプ。クルリと華麗な回転を決めて、着地した。

「行きますわよ! 武装展開、ヴォルティックブラスター!」

 彼女のは丁度、うなじの辺りから分けるように結ばれたツインテールであり、フォースリヴォンに触れる様はその髪を掻き上げるようだ。陽光に煌めく金色の髪にテイルレッドが思わず見惚れ、ブルーの八つ当たりが鏡也を襲う。理不尽だ。

 イエローの手に雷が走り、山吹色の自動拳銃(オートマチック)が生み出される。その銃口が真っ直ぐ、アルティロイドに向けられた。

「さぁ、今までの罪を償っていただきますわ!」

 個人的に恨み辛みもあるだろう、その言葉には妙に生々しさがある。鋭い瞳と共にトリガーが引かれる。

「モ、モケ?」

 雷光の如き弾丸が発射される――かと思いきや、縁日の射的みたいな音を出して、ゆるい弾が飛んで行く。それがポコンと当たって、消えた。

 しん。と場が静まる。ペチペチと、撃たれたアルティロイドが自分の体を叩いているが、やはり異常はない。

「い、一撃で倒れないとはやりますわね。ならば、これで!」

 イエローが左腕を突き出す。アーマーが展開し、砲身が突き出される。

「私のアーマーには様々な武装が格納されていますのよ! レーザー発射!」

 気合と共に銃口から光が走る。

 

 ピチュン。

 

 まるでドット時代のSTGのような音を立てて、水鉄砲のようなレーザーが飛んだ。光の筈なのに、どういう原理なのか。

「………な、なら! これなら、これならどうです!!」

 イエローが両肩からバルカン、腰のアーマーから三門ミサイル、両足から五連徹甲弾をまとめて発射する。しかし、バルカンは豆鉄砲。ミサイルは命中前に落ち、徹甲弾に至っては飛びもせずに地面を転がった。

「~~~~! ~~~!」

 声にならない声を上げて、イエローが最後の大技を繰り出す。胸部装甲にしまわれた、ホーミングミサイルだ。

 だが、ジェット風船のほうが遥かに強力そうい見えるそれは、ヒョロヒョロと飛び、コツンとアルティロイドにぶつかった。当たったアルティロイドがちょっと頭を押さえていたので、唯一のダメージだ。

「胸……胸からヒョロヒョロ~って……! 偽乳! 偽乳……! フヘヘヘヘヘヘ!」

 敵も味方もギャラリーも、どうしたら良いのか分からない空気。だが、そんな空気を気にもせず一人、爆笑しながら地面を転がるテイルブルー。

『ちょ、ダメですよ……プクク……笑っちゃ……クク……』

「だって、だって………ダメだ、腹筋が死ぬ……!」

 ビクンッビクンッと震えるブルー。この戦場において一番ダメージを喰らっているのは彼女かもしれない。流石のレッドもこれにはドン引きだ。

「そんな……どうして……?」

 ガックリと膝から崩れ落ち、地に手を付くイエロー。その痛々しい姿にレッドも戸惑いを隠せない。

「イエロー。一体どうしたってんだ?」

「まさか……分からないのか、レッド?」

「どういう事だ、鏡也?」

 レッドは鏡也の言葉に、もう一度イエローを見た。だが、彼女のツインテールに異変はない。そうとしか見えない。

「武装が全部空っ穴だ。あれじゃ、戦えるわけがない」

 鏡也の眼鏡属性のスキルが、その異変をしっかりと捉えていた。先日は武装を使わなかったので気付かなかったが、エネルギーが全く足りていない。つまり、テイルギアが正しく機能してないという事だ。

 変身出来る=正常であった今までのせいで、異変に気付けなかったのだ。だが、原因の考察は後回しだ。

「レッド、イエローは俺に任せてくれ」

 鏡也は敵をレッドに任せ、イエローの下に走った。

 

 ヒーローに憧れていた。やっと、その夢が叶った。その筈だった。なのに、現実は何処までも非情だった。

 せっかく変身しても、結局は自分は無力でしか無い。自分が情けなくて、とても悔しくて。

「どうして……どうして……」

 答えの出ない問いかけだけが、心の奥から溢れていくる。

「――いいかげんにしろ!!」

 

 バチィイイイイイン!

 

「きゃうんっ!?」

 いきなりお尻に走った衝撃に、イエローは素っ頓狂な悲鳴を上げてしまった。驚きと恥ずかしさとともに振り返れば、そこにいたのは見知った男子だった。

「きょ、鏡也君……?」

 いつもどこか格好つけていて、感情を強く出さない彼が、激しい感情を宿した瞳で自分を見下ろしていた。その迫力に、ビクリと体が震えた。

「いつまでそんな情けない姿を晒しているつもりだ!」

「きゃいん!?」

 大きく振り上げられた手が鞭のようにしなって、イエローの臀部目掛けてもう一度振り下ろされた。フォトンアブソーバーで守られている筈のイエローの体に、しかしハッキリとした痛みが襲った。

『ちょ、素手で防御抜くとかどういう理屈ですか!?』

 通信越しにトゥアールが驚きの声を上げている。

「ヒーローになりたいと、そう言ってたくせに、この程度の事で諦めるのか!? お前はヒーローの何を見てきた!? 上っ面のカッコ良さだけか!?」

「きゃうん!? ひぃん!?」

 三度、四度と叩き込まれる平手打ち。それは尻よりも、イエローの奥底にあった何かを強く揺さぶった。

 鏡也はイエローの体を強引に起こすと、その両肩を強く握った。

「武器が使えないなら、その拳を使え! 拳がダメなら、その体全部でぶち当たれよ! ヒーローが戦うってのはそういう事だろう!?」

 鏡也の激しい叱咤がビリビリと響く。まるで体の奥底に火が灯されたかのように、それは徐々に激しく、熱くなっていく。

 

「――御雅神鏡也。まさかそのおぞましい乳に、思うものがあるとでも言うのか?」

 影が差した。鏡也の背後にブルギルディが立っていた。その瞳は、巨乳に対する嫌悪に満ちている。

「うるさい黙れ。お前の相手をしている暇はないんだ」

「ならば、そのおぞましき巨乳のツインテールから奪おう!」

 振り返ることもなく言い放つ鏡也に、ブルギルディの魔手が迫る。

 

 ――あつい。

 

「え?」

「ぬ?」

 ガキン。と、背後に背負われていたユニットが前方に向けられる。それは大型の砲身であった。それが鏡也の顔の真横からブルギルディのど真ん前に突き出されていた。

 

 

 ―――ズドンッ!!

 

「ひゃっ!?」

「ぎゃあ!?」

 稲妻の如く轟く豪音を耳元で、無防備に弾丸をそれぞれ喰らった鏡也とブルギルディが同時に悲鳴を上げる。その威力は、今までとは桁違いで、ブルギルディの巨体を軽々ふっ飛ばしていた。

「っ……ハァ……!」

 イエローの唇から、湿っぽい吐息が零れる。ジワリと汗が表面に上がっていく。僅かに覗く瞳は潤み、熱に浮かされているかのようだ。

「い、イエロー?」

「あつい……熱い………!」

 顔を伏せたまま、ゆらりと立ち上がるテイルイエロー。バチバチと装甲にスパークが奔る。嫌な予感がビシビシと伝わり、鏡也は叫んだ。

「避けろレッドぉおおおおおお!」

 叫ぶや、鏡也は地面にダイブした。耳を塞ぎ可能なかぎり身を低くして。

「体が……燃えるように……! 熱いですわぁああああああ!!」

「うわぁああああ!?」

 レッドもすぐに身を伏せたのと、イエローが武装を再展開したのはほぼ同時だった。さっきまで豆鉄砲同然だった射撃が、まるで雷撃の如く、アルティロイドを襲う。完全に油断していたアルティロイドと、ついでに笑い転げていたテイルブルーを十把一絡げにふっ飛ばした。

「はぁ……はぁ………」

 ガックリと膝をつくテイルイエロー。今の攻撃で力を使い果たしてしまったようだ。

 鏡也はえぐれ、焼け、散々な有様の校庭を見て、顔を青ざめさせた。重装甲改め、重武装型の恐ろしさを再認識する。

「くぅ……バカな! 巨乳にここまでの力が在ろうとは!」

 大砲にふっ飛ばされて巻き添えにならなかったブルギルディがのそりと立ち上がる。だが、すぐに赤い炎がブルギルディを襲った。

「オーラピラー!」

「ぐぉおおおおお!?」

 土煙の向こう、エクセリオンブーストから噴き上がるバーニア。天に舞い上がるテイルレッド。繰り出されるのは必殺の一撃。

「グランドブレイザ―――!」

 降下と同時に振り下ろされる一撃が、袈裟懸けにブルギルディを斬り捨てる。

 断末魔の代わりに、ブルギルディが鏡也にその指を伸ばす。

「ぐがが……! み、御雅神鏡也……! 最後に、貴様の本心を……! 小学生は最高だぜ、と……」

「死ね、ロリペド野郎」

 

 ドコォオオオオン!

 

 それをバッサリと斬り捨てられ、ブルギルディが爆発四散した。

 

「………」

「……イエロー」

 色々と犠牲と被害を出してしまったが、取り返しがつかないわけではない。それでもイエローの初陣は苦いものになってしまった。

 肩を落とし、息を乱れさせる少女に掛ける言葉を、二人は持っていなかった。

 

「ちょっと………あたしは無視か……?」 

 

 すっかり土まみれになったブルーが、クレーターの中から這い出てくるのに、誰も気付けなかった。




スパンキングマスター鏡也、爆誕。


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初期に設定を組んだ時、これは大惨事になるという予感がしていました。


 犠牲を出しながらもブルギルディを倒したツインテイルズと鏡也。流石に本どころではないので、総二達と共に部室に帰還する。

 初陣をどうにか飾った慧理那であったが、その顔が優れない。部室でも慧理那の表情は暗く、すぐに帰ってしまった。

 色々と後味の悪い中、何となくその日は解散となった。

 

 三人と別れた鏡也は、改めて頼まれていた本を取りに行った。だが、その道中で考えていたのは慧理那の事だった。今日の出来事が、彼女の心にどう残ったか。そればかりが気にかかる。

 鏡也は自分の手をじっと見た。あの時、慧理那を叱咤するためについ打ってしまった。あの時はああする以外に方法は無いという確信があった。理屈ではなく、鏡也の属性力がそれを訴えていたのだ。

 だが、それと関係なく慧理那に要らぬ恥を晒させたのではという不安が残る。

 

『――本日、某中学校にアルティメギルが現れました。が、駆けつけたテイルレッドによって撃退されました』

 自宅に帰れば、リビングのテレビで天音がテレビのニュース番組を見ていた。早速、今日の出来事が報道されているらしい。報道クルーは間に合っていないから、映像は生徒提供のもののようだ。

「お帰りなさい鏡也。ちょっと、こっちに来なさい」

 天音の、いつもより少しだけ低い声。嫌な予感を覚える。

「……で、何?」

「まずはこれを見なさい」

 天音がリモコンの再生ボタンを押した。テレビに内蔵されたHDDから、録画されたものがい再生される。流れてきたのは、別局のニュースだった。

『――中学校を襲った怪人を撃破したツインテイルズ。なお、新メンバーが加わった模様です。しかし、装備の不調か。中々思うようには行かなかったようですね』

『そこはまぁ、新しいメンバーということは新しい装備ということでしょうし、予期せぬエラーもありますからね。問題はこちらの方ですね』

 画面が切り替わり、イエローの尻を叩く鏡也の映像になった。どこから撮ったのか、中々にエグい角度だ。

『叩いているのは……時折、ツインテイルズと一緒にいる少年……ですね?』

『公衆の面前で、うら若き女性の臀部をあのような……常識を疑いますね』

 

「………」

 テレビを消し、天音は鏡也に向き直る。いつもの甘々な天音ではない。一人の息子を持つ母親の顔だ。

「さて、鏡也。お母さんは貴方をとても大事に育ててきました。でも、年頃の女の子のお尻を、公衆の面前で叩くような子には育てた覚えはありません」

「………はい、その通りです」

「いいかしら。嫁入り前の女性にとって、こういう羞恥はマイナスにしかならないの。貴方は、慧理那ちゃんにちゃんと責任を取れるの?」

 淡々と天音のお説教が続く。が、そこで聞き捨てならない部分に気付いた。

「ちょっと待って。何であれが慧理那姉さんだって分かるの!?」

「何でって……慧夢さんに、あんなそっくりなんだもの。気付くでしょう、普通?」

 天音は小首を傾げながら、そう言った。

 確かに、テイルイエローとなった慧理那は母親である神堂慧夢によく似ていた。だが、普通ならばそれを認識できる筈がないのだ。

「………いや、気付いちゃダメなんだけど」

 天音は完全に、認識撹乱装置(イマジンチャフ)を無効化している。認識阻害は相手の無意識に働きかけ、顔などを全く違うもののように思わせる機能だ。正体をしる者には効果が無いというのは、他人に変装する様を目撃したというのに煮ているかもしれない。

 だが、天音がイエローを見たのはこれが初だ。つまり、認識阻害そのもの天音にが完全に効かなくなっている。

 これは危険な状況だった。もし、どこかでポロッと口に出されたら………。

「母さん。慧理那姉さんのことも含めて、絶対に口外しないで欲しいんだ。特に俺の……ナイトグラスターの事は」

「あら、どうして?」

「―――俺がナイトグラスターだっていうのは姉さんは勿論、総二達にも秘密にしているから」

「そうなの?」

 真意を確かめるかのように、天音はじっと鏡也の瞳を見る。鏡也は内心の動揺を必死に隠し、その瞳を見つめ返す。

 数秒ほどして、天音が不意に視線を外した。

「分かったわ。それより、慧理那ちゃんの事をどうするか。ちゃんと考えておきなさいね?」

「分かってるよ」

 これ以上薮を突かぬように、鏡也はさっさと自室に避難するのだった。

 

「……まったくもう。嘘を吐くのが下手なんだから」

 リビングで一人、天音はクスリと笑った。何かを隠そうとする時、鏡也は無意識に眉間に皺が寄るのだ。その癖が出る時は何が何でも隠したいことがある時だと、天音は知っていた。

「それにしても……何で総二君達にまで隠しているなんて、嘘を吐いたのかしら? 恥ずかしがり屋さんなのかしら?」

 だが、嘘の原因が飢婚者に狙われているからだとは、さしもの天音の目を持ってしても見抜けなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 翌日。部室にやって来た慧理那が神妙な面持ちで腕のテイルブレスを外し、机の上に置いた。

「このブレス、お返しします」

「ちょっと待って! それって、ツインテイルズを辞めるってことか!?」

 慧理那がそう言うと、総二が慌てて声を上げた。ただならぬ様子から何かあるとは思っていたが、開口一番でこうするとは思わなかったようだ。

「痛感したんです。私には、皆さんと一緒に戦う資格がありません……」

「それは……」

 理由を聞こうとして、総二は止めた。

 昨日の戦い。新たなメンバーの華々しいデビューとなる筈だったが、蓋を開けてみれば、醜態を晒したの一言。

 攻撃はどれも不発。更には力を暴走させて大暴れ。校庭は無残な状態になってしまった。

 ニュースでもその辺り、色々と言われてる。その酷評を慧理那が目にしていない訳がない。

「……あぁ、そうでしたわね。これは、津辺さんにお譲りするという話でしたわね」

「え? いやいや! この流れでそれはちょっと受け取れないんですけど!?」

 流石の愛香も今の意気消沈している慧理那からブレスを受け取る様な真似はできず、慌てて首を振った。

「愛香は昔からずっと。俺だって小さい頃、同じ道場で武術をやってたんだ。鏡也もフェンシングの達人だし……会長はまだ緊張とかで、力をうまく使えないだけだって」

「総二。これはそういうレベルの話じゃない。……そうだろう、姉さん?」

「……鏡也君には、やっぱり隠せませんわね」

 慧理那は少し困ったように微笑むと、静かに語りだした。

「テイルギアは、ツインテール属性というツインテールを愛する思いで発動する。そうでしたわね」

「テイルギアにはツインテール属性がコアとして入れられているから、ツインテールを愛する気持ちがない限り、動かない」

「……最初の変身の時、私は失敗すると思っていました」

「そんな……どうして?」

 想像さえしなかった言葉に総二は動揺を隠せなかった。慧理那は少しだけ唇を噛んで、その思いを語りだした。

「私……本当はツインテールが嫌いなのです」

「――なんだって!?」

「総二、落ち着け」

 予想を更に超えた一言に、総二は目を白黒させた。鏡也に腕を引かれ、自分が立ち上がっていたことに気が付き、座り直す。

「会長。気を遣ってくれなくて良い。その嘘は……俺を一番傷つける嘘だ」

「観束君は、本当にツインテールを愛しているですのね。ですが、私はこの髪型を好きでしているのではないのです」

 慧理那はその瞳にうっすらと涙を浮かべて、言葉を続けた。

「神堂家の家訓……だから、そうしなければならない。そう、お母様に言われていただけなのです」

「そんな、大袈裟な……」

 神堂家が名家であることは誰もが知っている。一般市民には分からないようなしきたりもあるだろう。だが、そんなバカなと、総二は自然と鏡也に向いていた。

 唯一、慧理那と交流の深い幼馴染にその真偽を求めて。

「神堂家の女は、ツインテールでなければならない。代々、そう定められている。実際、慧夢おばさん……姉さんのお母さんも、今なおツインテールだからな」

「ともかく、私は子供の頃からずっとこの髪型でした。子供っぽいと言われても止められず……いつしかツインテールを嫌い、憎みさえしました。……子供だと言われても仕方ありませんね。自分の不満を、何の罪もないツインテールに背負わせて、自分は逃げていたのですから」

 とても辛そうに吐露する慧理那の姿は、あまりにも痛々しかった。お付でもある尊も、お労しやと瞳を閉じていた。

 そして総二もまた、慧理那の告白に強いショックを受けていた。ギュッと拳を握り固め、自責の念にかられているようだった。

「”ツインテールを愛する限り”」

「っ……!」

「テイルレッドにそう言われる度、私はとても不安でした。自分を偽り、その後姿を追いかけ続けて……いつか、自分の嘘が暴かれてしまう。言葉ばかりの偽りを見抜かれてしまうと」

 しんと静まる部室内。空気同然な愛香もトゥアールも、文句を言えない。言える訳がない。

「………」

 鏡也は慧理那の言葉を、反芻していた。

 慧理那がツインテールに抱いている思いは理解できる。だが、テイルギアを使えた事実もある。その矛盾に総二が気付いていないとも思えない。

「会長。俺は会長がツインテールを嫌いだというなら、それでも良いんだ。本当はツインテールを好きな筈だ。何て事を言うつもりもない。だけど、会長はテイルギアを使えた‥…ツインテイルズになる資格があったんだ。それはもしかして……『嫌いと思っている事が、嘘』なんじゃないかな?」

「嘘なんかじゃありませんわ!」

「そんな事ないさ。会長のツインテールを見れば分かる」

 総二は迷いなく言い切った。その瞳にさっきまでの動揺はない。

「どうして……。観束君はどうしてそこまでツインテールを好きなんですの?」

「逆に聞くよ。会長はどうして、ヒーローが好きなんだ? 鏡也にも聞いたけど、子供の頃からずっと憧れてて、今も大好きで、俺達にもそ言うのを見たんだろう?」

「それは……ヒーローは人々のために戦い、平和を愛し、どんな背景が在ろうとも、最後まで諦めずに信念を貫き通す。そんな尊い志を私は愛しているのです! 観束君もそうなのでしょう?」

「俺にはそんな志なんて無いよ」

 慧理那の言葉をやんわりと、しかしハッキリと総二は否定した。

「知らない人が聞けば、信じられないと思うよ。ツインテールを守るために、その為だけに戦うなんて……常識疑っちゃうよ」

「そ、それは建前なのでしょう? 本当は世界のために……ツインテールはそのついでで!」

「いいや。俺にとっては世界のほうがついでだ。むしろツインテールを守る結果として付いてくる、オマケみたいなものだ!」

 強く言い放つ総二の迫力に、慧理那が気圧される。それ程に、総二のツインテールに対する想いは熱い。

 慧理那は戸惑いながら愛香やトゥアールを見る。二人はただ苦笑するのみだ。鏡也の方にも向く。鏡也はただ静かに首を振った。

「俺はツインテールが好きで、会長はヒーローが好きで……でも、それを誰にも理解して貰えないかもしれない。他人から見れば取るに足らない気持ちなのかもしれない。でも、だからこそ俺達は戦うんだ。ツインテールを、何かを好きだっていう気持ちを守るために。それが、ツインテイルズなんだ」

「っ――!」

 総二の隠す事のない真っ直ぐな言葉は、慧理那を激しく揺さぶった。

「――むしろ、そーじからツインテールを取ったら何が残るのか分からないわよね?」

「世界からツインテールが無くなったら、真っ先に滅びそうだよな、お前?」

「おい、俺が良い事言ったのが台無しじゃないか!?」

 ヒソヒソと言う幼馴染に、総二も言い返す。だが、否定出来ないのも事実だった。

「……観束君は、やっぱりヒーローですわ。でも、だからこそ余計に一緒には戦えない! 衆人環視の中、あんなみっともない姿を晒しておいて……観束君達まで後ろ指を指されてしまいます!」

「何だよそれ!? 恥ってなんだ!? 俺だって幼女になるし、愛香だって蛮族とか青い悪魔とか散々な言われようだし、鏡也だってロリコンの変質者扱いだし、昨日の一件でまた変質者扱いだ! それでも一緒に戦ってくれているんだぞ!?」

 慧理那の言葉に怒った総二の頭が左右からサンドイッチにされる。久しぶりの一撃は総二をダウンさせるには十分な威力だった。

 机に突っ伏してしまった部長に代わり、鏡也が言葉を続ける。

「俺は姉さんがツインテールをどう思っているか、本当のところは分からない。だけど、きっと……姉さんが言ったことは正しいけど、間違ってもいると思う」

「それはどういう……?」

 正しいとは間違ってない事ではないのか。言葉の意味が分からず、慧理那は聞き返した。

「属性力っていうのは一見シンプルに見えるけど、そうじゃない。ツインテール属性だって『純粋にツインテールを愛している』から生まれたものもあれば、『恋愛感情を象徴するのものがツインテール』だったから生まれたものだってある」

 どちらにしても、属性力はポジティブな感情の派生から生み出されるもの。そう示した上で、鏡也は続けた。

「テイルギアを使えるということは、それだけ強い属性力がある。だけど武装を使えなかった。でも俺が……姉さんの尻を叩いた時、それが解消されたよね? つまり、姉さんの中に『テイルギアを正しく動かせない』原因があるんじゃないかと思う。そしてそれはきっと、総二の言っていた『ツインテールが嫌いというのが嘘』に繋がるんじゃないかって気がするんだ」

「分かりませんわ。そんな事……分かるわけないじゃありませんの!?」

「逃げるな、神堂慧理那!」

「っ――!?」

 復活した総二が叫んだ。

「どんなに逃げたって、自分からは逃げられないんだ! 好きだって気持ちに蓋をしたって、消えたりしない! 分からないなら、とことんぶつかるしかないだろ!? ぶつかって、ぶつかって……その先に本当に自分が見えてくるんじゃないのか!?」

 声は更に荒ぶり、感情も高ぶっていく。総二はいつの間にか慧理那の肩を掴んでいた。

「仲間がいれば、どんなに苦しくても辛くない。俺達は慧理那の言葉に救われたんだ! だったら今度は俺達が、慧理那を支える! だから逃げるな!」

「み……つか……くん」

「あ……ごめん。呼び捨てにした」

「いや、謝るのはそこじゃないでしょ」

 思いの丈を吐き出せば冷静にもなる。だが、どうにもピントのずれた総二の謝罪に愛香のツッコミが入った。

 しかし、冷静になった総二と異なり、慧理那はその顔を紅潮させていく。

「ハァ……はぁ……」

「会長、どうし……あ」

 見れば、総二の手は慧理那のツインテールを握っていた。その手触りを堪能するかのように、親指が髪の上を滑る。その時、異変に気付いた。

「今、会長のツインテールが光った……?」

 

「お前、何言ってるんだ? いよいよツインテール病も末期か?」

「やめてよ。そこまで行くと力尽くで止めるしかないじゃない」

 

「お前ら揃って人をおかしい扱いするな!? それと愛香、力尽くでやられたら俺の命が先に止まるからな!? トゥアールと違って復活できないんだぞ俺は!?」

「総二様。私も不死身の生命体という訳ではありませんよ?」

「あーもう! とにかく会長! 俺を、テイルレッドをまだ格好良いと思ってくれているなら付き合ってくれ!」

「突き合う!? でしたらまずは私から!!」

 シュバッと手を上げたトゥアールが早速、愛香の一方的な突き合いに晒された。正中線五段突きが見事に叩きこまれている。

「総二。やはりやるんだな?」

「ああ」

 戸惑う慧理那に総二は力強く宣言する。

 

「――特訓だ!!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ヒーローといえば特訓。特訓といえば――。

「あるもんだな……採石場」

 だだっ広い砂利の大地。パノラマ状に切り立ったがけが囲むその中心は直径数キロはあろうか。

「ああ……ここで、ハイパー戦隊シリーズや仮装ライダーシリーズが撮影されていたんですのね」

 爆薬上等なその場所は筋金入の特撮マニアの慧理那にとって、何よりもときめく世界だった。

 特撮といえば爆発。今ではCGがメインだが、昔の特撮ではリアルに火薬で撮影がされていた。撮影可能場所が限定されてしまう。なので周囲に建物がなく有事にも被害が及ばない採石場が使われていた。生の爆発は現代のCG技術でさえ未だに追いつけない迫力がある。だが、今ではコストや安全の関係上、余程のことがない限りは使われることのない場所だ。

 そんな古き特撮のメッカに今、新たなヒーローが降り立った。今をときめくツインテイルズだ。

「しかし、よくこんな場所を知ってたな」

「前に母さんから聞いたんだ。それっぽいシチェーションで特訓するのにうってつけだって」

「時々思うが、あの人未来予知とか出来るんじゃないか?」

 ともあれ今は慧理那のことだ。既に変身している総二――テイルレッドがブレイザーブレイドを抜き放つ。

「さあ、変身だテイルイエロー! 今は生徒会長でも、名家のお嬢様でもない。素の自分を曝け出すんだ!」

「っ……! 分かりましたわ―――テイルオン!」

 やけくそ気味に叫んで変身する慧理那。だが、その変身速度は以前よりも僅かながら早くなっていた

「おお、早速効果が出たのか!? よーし、行くぞイエロー!」

「は、はい!」

 少し及び腰になりながら、ヴォルティックブラスターを構えるイエローに向かって、レッドが剣を地面に叩きつける。その衝撃で地面がえぐれ、大波のように岩石が飛んで行く。

「きゃあああああ!?」

 驚きの余り素っ頓狂な声を上げて逃げるイエロー。レッドは容赦なく、その背に向かって沈む太陽――ではなく、岩を投げる。

「これぐらいで叫ぶな! 敵はもっと精神的にエグい攻撃ばっかりするんだぞ! 自分のツインテールを信じろ!」

「そんな事をいきなり言われても!」

「考えるんじゃない、感じるんだ! 俺はツインテールのために……鬼になる!」

 ビュンビュンと岩を投げるレッド。イエローも必死にブラスターのトリガーを引くが、やはり上手く行かない。

 

「どうにも良くないな。これで本当に行けるのか?」

 鏡也は必死に逃げるイエローと、それに向かって攻撃を続けるレッドを見やりながら呟いた。

 総二いわく「あの時、極限まで追い込まれたからツインテールを発揮できたんだ。その時の感覚をしっかりと覚えさせれば!」との事だが、どうも結果芳しくない。

「そうですね。システムは動いているんですが、やはりエネルギーが全く足りていません。あれでは戦えないですよ」

「――甘いのよ、レッドは。追い込むって言うならこんぐらいしなくちゃ」

 ポチポチとデータを確認する仮面ツインテール――トゥアールの横で今まで静観していたブルーが動いた。

「お、行くのか愛――かさん?」

 鏡也は思わず”さん”付けしてしまった。なにせブルーが持っていたのは、今までレッドが投げていたものが小石に見えるぐらいのとんでもない大きさの岩だったからだ。そんなのを右手一本で持ち上げているのだから、恐ろしいなんてものではない。

「お前……どっから持ってきた?」

「あそこ」

 指差す方を見て、鏡也は唖然とした。崖の一角が綺麗に切り取られていたからだ。

「ハイレグで切り取って、ブルマで持ち上げてるのよ。流石に素でこんなの持てないし」

「……愛香さんならやりかねないですよ。なんか、ガッツマンぽいですし」

「落とされたいの、トゥアール?」

「やめて下さい死んでしまいます!!」

 慌てて逃げようとするトゥアール。流石にそれはやらないだろうと鏡也は思ったが、もしかしたらやるかもなぁという気持ちを払拭できなかった。

「と、とにかくいきなりそれは大惨事だ。もうちょっと待て」

 そのやり取りにレッドとイエローも気付き、顔を青くする。

「おま……ブルー!? 何やってんだよ!? 流石にそれはヤバイだろ!?」

「大丈夫だって。ツインテールを使えれば楽勝だから」

「その前に私が死んでしまいますわ!」

「何言ってんの! 敵はもっとエグい攻撃してくるのよ!?」

「そこまでのクラスは今までいなかっただろう!? お前の中の基準はどうなってんだよ!?」

 今にも投げようとするブルーと、必死にそれを止めるレッドとイエロー。それを尻目に、鏡也はどうすれば力を引き出せるかを考えた。あの時、思わず尻を叩いてしまった。

 総二はあれを追い込んだ一種の要因と捉えていたが、もしかしたら違う可能性があるのかも知れない。

「鏡也さん、一つお願いが。ぜひ、言ってもらいたい台詞があるんです」

「”待たせたな”?」

「それは別の方に言って下さい。……………と」

 耳元に口を寄せてとある言葉を伝えるトゥアール。変態痴女とは思えない、甘い香りが鏡也の鼻腔をくすぐる。

「……それを言うのか? 俺が?」

「恐らく、鏡也さんが言うのが一番効果が高いと」

「わかった。やってみよう。――テイルイエロー!!」

「っ!? は、はい……何ですか?」

 鏡也は半信半疑で言われた通りの言葉を叫ぶ。

 

「逃げまわるな! 豚みたいに、またケツを叩かれたいか――――っ!?」

 

「っ………!?」

 採石場に、響き渡ったその声が、カラスの鳴き声に混じって消えていく。

「………………お前、何言ってんの?」

「俺だって知らん。文句はトゥアールに言え!」

「大丈夫です! さあ、レッド! 特訓を続けて下さい!!」

 グッと自信満々に拳を握るトゥアール。訝しみながらもレッドは剣を構え直し――。

 

「そおい!」

「お前は何投げてんだよぉおおおおおおお!?」

 ブルーが移山召喚されたかのような大岩をぶん投げた。大きく山なりで飛んだそれは、迷いなくイエローとレッドの上に落ちてくる。

「あんなの落ちてきたら大怪我だ。完全解放(ブレイクレリーズ)――!」

 迫る脅威を破壊するべく、レッドが必殺技を構える。同時に鏡也の罵声が更に響いた。

「イエロー! こののろまが! お前の全部をさらけ出せ! 踏まれたいのか!!」

「っ―――ぁあああああああ!」

 イエローのアーマーに雷光が奔った。背中にマウントされた大砲から、連続して砲撃が放たれる。轟音を響かせ、大岩の表面に爆発が起きる。

「すげえ……! そうだイエロー、もっとだ! もっと自分を解き放つんだ! 本当の自分を見せるんだ!!」

 レッドが在らん限りの声で叫んだ。爆発音にも負けない程、ビリビリと響くそれがイエローの体を震わせる。

「っ――! はい、分かりましたわ――」

 イエローに奔る電光が更に強まった。全身の火器を展開し、今なお襲い来る大岩に向かってその照準を合わせる。

 

「ご主人様ぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 スコールのように放たれる全弾発射。それは大岩を端から削リ落とすように砕いていく。半分以上を破壊し、それでも未だに残る質量を、ミサイルの嵐が破壊する。

 その粉塵を穿ち、車ほどの大きさの岩がイエローの眼前に迫る。

「はぁあああああああああああああ!!」

 射撃が間に合わないと即断したイエローが力一杯握り締めた拳を、迷いなく岩に叩き込んだ。一瞬、世界が停止したかのような静寂。そして――。

 

 バカァアアアアアン―――!

 

 岩は粉々に砕け散った。バラバラと降り注ぐ残骸の中、イエローが紅潮する顔をレッドに向けた。

「わたくし………やっと、わかりましたわ………ずっと、こうなりたかったんですわ……」

「そうか。ツインテールを……自分を解き放てたんだな。……なんか、よく分からない叫びが聞こえた気がしたけど」

「もっと……もっと見て下さいまし。私を……もっと!」

「ああ、見てやるさ。だから遠慮なく来い!」

「はい! もっと見て下さい! 慧理那の全部を!!」

 熱血の入ったレッドの声に、イエローが歓喜する。レッドに向かって胸部のミサイルをぶっ放し、その装甲をパージする。奥に隠された豊かなものがブルンと震え、ブルーの肩がブルンと震えた。何故かトゥアールの体が横に飛んだ。

「まだまだ! そんなものじゃないだろ!?」

 ミサイルを切り払い、レッドが走る。それを追うようにイエローの肩部バルカンが火を噴く。

「もっと、もっと………! 邪魔ですわ、鎧が邪魔ですわ!!」

 役目は終わったと、肩部アーマーを切り離すイエロー。今度は両腕部のバルカンとビーム砲、両脚部の徹甲弾が連続して火を噴いた。

 

「……やっぱり。どうやら私はイエローの中の獣……パンドラの箱を開けてしまったようですね」

「中身分かってて、人に開けさせるな」

 鏡也は容赦なく、ドヤ顔のトゥアールの頭を鷲掴みにした。

「で、でもそうしないと慧理那さんはずっとテイルギアを使えないままだったんですよ……!」

 ギリギリと頭蓋骨を締め上げられながら、トゥアールは必死に説明する。

「どういう意味だ?」

「慧理那さんがテイルギアを使えなかったのは、偏に本能を理性が雁字搦めにしていたからです。属性力はどちらかと言えば本能の欲求ですから。だからこそ、獣を解き放たなければならなかったんです。彼女の本性――被虐性(マゾヒスティック)を!!」

「引き出した結果、今まさにこっちにミサイルが来ているんだが!?」

 

 チュドォオオオオオオオオオオン!!

 

「鏡也ぁあああああああああああ!」

 流れ弾であった。走っていたレッドと、イエローの腰部の小型ミサイルの軌道がたまたま二人の方に合わさったが故に起こった悲劇であった。

「げほ……大丈夫だ。なんとかな」

 もうもうと上がる煙の向こうから影が見えた。無事であったと安堵するレッド。

「傍に盾があってよかった」

「がは……っ」

「トゥアアアアアアアアアアアアアアアアアル!?」

 無事ではなかったトゥアールの姿に、レッドの悲鳴が木霊した。

「ちょっと……何で人を迷うことなく………盾にしてるんですか?」

「そうだな。一言で言うなら……近くにいたお前が悪い」

「おう……じゃ」

 ガクリと崩れ落ちたトゥアール。復活には時間がかかりそうだ。ボトリとトゥアールを下ろし、鏡也はイエローに向かって、それは良い笑顔を向けた。いわゆる、オリジナルスマイルというやつだ。

「イエロー………こい」

「は…………はい」

 指先一本で、来るように促す鏡也。イエローはさっきまでの興奮が嘘のように小さくなっていた。ちなみに、既にアーマーというアーマーが切り離されており、裸同然の姿である。

 おずおずと目の前にやって来たイエローに、鏡也は静かに言った。

「お前は何をはしゃいでいるんだ? ん? 誰に許可をもらって、あんな大暴れをしたんだ? 言ってみろ」

「い、いえ……誰にも許可されておりません」

 ビクビクとするイエロー。それは悪さを怒られる小学生のようだ。

「ほお。なのに大暴れした挙句、こっちにミサイル飛ばしたわけか。随分と楽しそうだなぁ?」

「い、いえ……そのようなことは」

「誰が口答えしていいと言った?」

 伏せた顔を、顎を掴んで強引に上げさせ、鏡也は鼻先まで顔を近づける。互いの吐息さえ届く距離で、静かに宣告する。

「言われてもないことを勝手にするような意識の低い、躾のなってない犬には……お仕置きが必要だな?」

「っ……! お、おしおき………?」

 イエローの体がブルリと震えた。その瞳が途端に潤む。

「お、おい鏡也。それ以上は」

「駄目です、総二様。止めてはいけません!」

 止めようとしたレッドをトゥアールが止めた。復活は存外早かった。

「あれはいわゆる姉弟のコミュニケーションです。止めてはいけません」

「あれ絶対に違うだろ!? お仕置きとか言ってるぞ!?」

「総二様!」

 尚も止めようとするレッドに、トゥアールの声も強くなった。

「な、何だよ……?」

「ドSとドMが交差する時、物語は始まるんですよ?」

「意味わかんねぇよ!?」

 凄くいい声で言われても、説得はされない。される訳にはいかない。

「ねぇ。あれって……テレビじゃない?」

「は?」

 ブルーに言われて採石場の入り口を見れば、取材クルーの一団が来ていた。あれだけ大暴れすれば、気付かれもするだろう。

「まずい。慧理……イエロー! さっさと引き上げるぞ!」

 

「きゃうん! ひぃいん!」

「何だ、尻を叩かれて喜んでいるのか? 反省させるためにしているのに、自分を顧みないのか? 卑しいなぁ」

「ああ、ごめんなさい! お許し下さい! はぁああん!」

 

「何やってんだよぉおおおおおおおおお!?」

 レッドは慟哭とともに二人を掴んでその場から転移した。ブルーとトゥアールも退避したが、残念ながらイエローの痴態はしっかりカメラに収められていたのだった。

 

 その日の夜。ニュースでネットで散々な事になったのは言うまでもない。




だから大惨事になるって言ったじゃないですかやだー(棒)


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今回で2巻のメインは終わりですね


 世界中を繋ぐネットワークは、今や情報をリアルタイムで共有させ、地球という場所を小さくした。

 解放された情報の濁流を止める術などもはやなく、世界中が知るところとなった。そして、その当事者達は――。

 

「…………」

「あんな……私はやっとヒーローになれると思ったのに……あんな、あんな痴態を世界中に………」

 

 放課後の部室。慧理那と鏡也はお互いに隣り合って顔を伏せていた。尊は職員会議で不在だ。

「しかし、凄い反響だわ……悪い意味で」

 ニュースの国会中継映像では総理がさんざん責められている様子が映されていた。テイルブルーに続きテイルイエローが現れたせいで、テイルレッドが危険だとか、そもそも何故ツインテイルズなのかとか……愛香が、国会に襲撃しそうな程に殺気を漲らせたとか、それはもう大変な事態だ。

「これなんて物凄いですよ、ほら」

 

『ひぃいいん! きゃいいいいん!』

 

「きゃああああ!」

 空間モニターいっぱいに恍惚の顔をしたイエローが映し出され、慧理那が慌てて隠そうとした。

「うぅ……穴があったら入りたいです」

「慧理那さん。穴は入る場所ではなく入れてもらう場所ですよ?」

 トゥアールが手近な穴――ゴミ箱に顔面を突っ込まされた。

「大丈夫よ、会長! 一緒にダークヒーローとして頑張りましょう!」

「何で慧理那さんには優しい言葉を掛けるんですか!? あと愛香さんはダークヒーローというよりも邪悪そのものじゃないですか!」

 ゴミ箱から復活したトゥアールが、再びゴミとして処分された。

「はぁ……何でこんな事に」

 今朝から鏡也の周囲はそれはもう大変だった。家では天音に「責任をもってとはいったが、こういう意味じゃない」とそれはもう怒られた。末次も自分の教育が間違っていたかと悩みもした。

 そして学校に来れば来ればで、視線の刺さること刺さること。針の筵という言葉はこういう時に使うものだと、嫌というほど思い知らされた。

「ネットでも凄いですからねぇ……ほら」

 トゥアールがノートPCを開いてあるページを見せた。よくあるネット掲示板の纏めスレッドだ。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

No,223:名無しのツインテール

 

新戦士テイルイエロー登場。しかしまさかのドMww

 

 

No,224:名無しのツインテール

 

最初はかっこよく登場したのに、見事にヘッポコだったな。だがその後のスパンキングで覚醒するとは・・・素晴らしいMっぷりだ。

 

No,225:名無しのツインテール

 

せっかくブルーと違ってまともなのだと思ったのに、がっかりだよ。公衆の面前でアヘ顔晒すとかありえんわ。

 

 

No,226:名無しのツインテール

 

いや、だが考えようによってはブルーと違って見るところがあるだけでも。

 

 

No,227:名無しのツインテール

 

>226

確かに眼福ではあったな。

 

 

No,228:名無しのツインテール

 

取り敢えず拝んでおこう(-人-)

 

 

No,229:名無しのツインテール

 

ナムナム。

 

 

No,230:名無しのツインテール

 

ナムル

 

 

No,231:名無しのツインテール

 

ナムル美味しいよね。個人的にはユッケと一緒に食べるのが好きだ

 

 

No,232:名無しのツインテール

 

ここは焼き肉スレじゃないぞww

 

 

No,233:名無しのツインテール

 

美味しそうな肉はあったがな(キリッ

 

 

No,:234名無しのツインテール

 

ああ、美味しそうだったな。良い胸肉だった。A5相当だな

 

 

No,235:名無しのツインテール

 

胸など尻の代わり・・・だ。

 

 

No,236:名無しのツインテール

 

校長帰れよww

 

 

No,236:名無しのツインテール

 

校長はさておき、ブルーといいイエローといい、どうしてまともなのが少ないんだ?

 

 

No,237:名無しのツインテール

 

レッドたん以外にいたか、まともなの?

 

 

No,238:名無しのツインテール

 

ナイトグラスターとか

 

 

No,239:名無しのツインテール

 

あぁ・・・まとも、というか微妙に影が薄い?

 

 

No,240:名無しのツインテール

 

眼鏡だから透けているんだろ?

 

 

No,241:名無しのツインテール

 

実際まともそうだけど影薄いよな。あんま出てこないし

 

 

No,242:名無しのツインテール

 

イケメンわ氏ぬべきだと思う

 

 

No,243:名無しのツインテール

 

嫉妬乙

 

 

No,244:名無しのツインテール

 

流れぶっただけど、例の男子についての話聞きたい奴居る?推測かなり入るけど

 

 

No,245:名無しのツインテール

 

ほう。気功ではないか

 

 

No,246:名無しのツインテール

 

オーラパワーは引っ込めておけ。存分にどぞ。つ④

 

 

No,247:名無しのツインテール

 

支援ありがとう。前のスレでテイルレッドが来た時の話があったろ?

 

 

No,248:名無しのツインテール

 

というとこれか? つ『テイルレッドを語るスレ14~20』

 

 

No,249:名無しのツインテール

 

一日でスレが7つも一気に埋まった伝説のあれかw つまりそれの続きということか・・・wktk

 

 

No,250:名無しのツインテール

 

支援サンクス。テイルレッドが例の男子・・・仮にK としよう。Kとの話の中で仲間はすぐに来るってしていた。それで来たのがブルーとイエロー。

 

 

No,251:名無しのツインテール

 

ブルーは比較的早かったが、イエローはもっと遅方だろう?

 

 

No,252:名無しのツインテール

 

まあまあ焦るな。ここは初めてかボーイ?

 

 

No,253:名無しのツインテール

 

実はブルーとKは接触していたらしい

 

 

No,254:名無しのツインテール

 

mjk!? ここに来てとんでもない情報だな

 

 

No,255:名無しのツインテール

 

これ祭りの可能性があるな。総員、まな板を用意せよ。

 

 

No,256:名無しのツインテール

 

※このスレはテイルブルーに監視されている可能性があります。書き込みには十分注意して下さい

 

 

No,257:名無しのツインテール

 

>256

なにそれこわい

 

 

No,258:名無しのツインテール

 

>255

生き急ぎやがって・・・。

 

 

No,259:名無しのツインテール

 

続き。

どうやらブルーとの接触は上手く行かなかったらしい。となれば次は身長にならざるをえない。

所で話が変わるが、Kの家は相当のお金持ちらしい。一等地にデカイ一軒家があり、学校も小中高大一貫。

 

 

No,260:名無しのツインテール

 

お、何やらきな臭さが漂ってきたぞ。

 

 

No,261:名無しのツインテール

 

金持ちってことは、色々用意も出来るわけ。例えば誰も来ないような郊外のごログハウスとか、誰にも声が聞こえない地下室とか

 

 

No,262:名無しのツインテール

 

おいおい。シークバーがMAX目前じゃないかww

 

 

No,263:名無しのツインテール

 

SEEKと飼育を掛けるなww・・・・それで?

 

 

No,264:名無しのツインテール

 

テイルイエローはあの見た目ですし、性格も生真面目っぽかったでしょう?Kにとっては騙くらかしやすい、丁度良いい相手だったでしょうね

 

 

No,265:名無しのツインテール

 

おい、ちょっと待てキ◯ヤシ。まさかお前が言いたいことって・・・

 

 

No,266:名無しのツインテール

 

そう! つまりテイルイエローはずっとKによってドMにTKされていたんですよ!

 

 

No,267:名無しのツインテール

 

ΩΩΩΩω<ナ、ナンダッテーーーーーー!?

 

 

No,268:名無しのツインテール

 

キタ---------!

それなら確かに、イエローが遅かった理由もあのリアクションも説明がつくな

 

 

No,269:名無しのツインテール

 

まじかよK、絶対にに許せねぇ!!

 

 

No,270:名無しのツインテール

 

>267

変なの混じらせるなww

しかし、とんだ名探偵がいたものだ。一部の隙も見当たらねぇ。

 

 

No,268:名無しのツインテール

 

(*´ω`*)<これは祭りだな

 

 

No,269:名無しのツインテール

 

>268

たとえ祭りでもその顔文字は流行らないし流行らせない

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

「………これはひどい」

 書き込みを見た総二は思わず呟いた。そして鏡也はキーボードをおもむろに押した

 

『つ』

『つまりテイルイエローは』

 

「お前の自演じゃないか」

「あぁあああああああああああああ! どうして速攻でバレるんですかぁあああああああああああああ!?」

 パイプ椅子に貼り付けにされ、逆さで壁に立てかけられるトゥアール。だがそんな事をしても無意味だ。

「あんまり気にするなよ鏡也?」

「そう思うなら、お前も自分の顔晒してみろ。ただでさえ色々言われてるのに、女の尻を叩くのが趣味な変態扱いだぞ?」

「だったらしなけりゃ良かっただろう?」

「そんな事言われても……あの時は、自然とそうしていたというか」

「総二様、それは無理というものです」

 総二のもっともな意見を、帰ってきたトゥアールが否定した。一体どういうことかと問う総二に、得意げに説明を始めた。

「総二様。総二様は目の前にツインテールが落ちていたなら、それを無視できますか」

「出来るわけないだろ!」

「そう。出来ないのです。総二様がツインテールを無視できないように、鏡也さんがドMの慧理那さんを無視することなど出来る訳がないのです! 磁石のSとM……ではなく、SとNが強く引き合うように!」

「言おうとしている事は分かるけど、その喩えがおかしいと思わないの、そーじ!?」

 ツインテールに喩えれば、全てを理解してしまう総二を、愛香が必死に止める。こういう時に率先してツッコミを入れる鏡也は、絶賛役立たずだ。

「これは推測ですが、鏡也さんと慧理那さんの属性力は元々、共依存の関係にあったのではないでしょうか? 子供の頃から一緒であったようですし、お互いの素養が属性力となったか……それとも、片方の属性力がもう片方の属性力を生むに至ったのか」

 考えるだけなら幾らでも出来るが、あまり意味のないことだ。大事なことは、二人の属性力が相互関係にあるという一点だ。

「今後のことはさておいて」

「さておいていい話じゃないでしょ!? むしろそこ大事だから!」

「今の一番はこの世界に侵攻しているアルティメギルの部隊ですね。戦力が整った今なら、どうにか出来るでしょう。次こそ、決戦です!」

 一人が役立たずなせいでツッコミの負担が愛香一人に伸し掛かる。だが、今の愛香など恐れるに足らずと、トゥアールが華麗にスルーする。

 

「……あの。一つ聞いてもよろしいですか? 鏡也君にもあるのですか……属性力?」

 

「「「「…………」」」」

 思わず言葉が止まった。すっかり忘れていたが、慧理那はナイトグラスターどころか、鏡也の属性力についても説明していないのだ。

 鏡也は慎重に言葉を選びながら、説明した。

「あ……えっと、俺が使ってる剣は知ってるよね?」

「はい。テイルレッドをサポートしている……トゥアールさんに作ってもらったものですわよね?」

「そう。あれも属性力の武器なんだ。変身はできない、残念ながら変身はできないけど、あれを使える程度には属性力があるんだ」

「そうだったのですか。私はてっきり、もしかして鏡也君がナイトグラスターなのかと思ってしまいましたわ」

「いや、そんな訳無いでしょう? だって、鏡也にはそんな属性力ないし……ねぇ?」

「そうだぜ、会長。ナイトグラスターはトゥアールと同じように別の世界から来たんだ。鏡也な訳ないじゃないか」

「それもそうですわね。ごめんなさい」

 どうにか慧理那も納得したようで、皆揃って安堵の溜息を吐く。特にトゥアールは正体バレ=即アポンなので気が気ではない。

「総二。俺は暫く、部から離れる」

 鏡也がやおら立ち上がり、そう宣言した。唐突過ぎる話に、全員の視線が鏡也に集まる。

「ど、どうしたんだいきなり?」

「自分をコントロール出来ない状態では、何があるか分からないからな」

 床に置いてあったカバンを引っ掴んで、出口に向かう。

「それにこれ以上、自分の名誉を貶す訳にはいかない」

 それは余りにも切ない一言だった。誰も何も言えない。ネットで悪評渦巻く渦中にある以上、さっさと75日が過ぎて欲しいと願わずにはいられない。特にブルーと違って生身なので。

 ――その時、けたたましい警報が鳴り響いた。

「これは……エレメリアン反応です! 以前に現れたリヴァイアギルディとクラーケギルディのようです。場所は……町外れの工場跡ですね」

「何だってそんなところに?」

「恐らくは相手もここで決着を着けるつもりなのでしょう。皆さん、出撃を!」

「良し、ツインテイルズ出動だ!」

 総二の号令の元、ツインテイルズが変身する。転送用カタパルトの偽装であるロッカーが開き、そこに光が満ちる。

「鏡也君はここに居てくださいね。今回は危険ですから」

「分かってるよ」

 テイルイエローは鏡也にしっかりと言い聞かせ、光の中に飛び込む。

「取り敢えず、向こうで合流しよう。じゃあな」

「分かった」

 慧理那がいなくなったので、改めて合流の確認をしてからテイルレッド、テイルブルーが転送カタパルトに飛び込んだ。

「よし、転送位置を変えてくれ。俺も出る」

「わかりました。座標を少し変更して……と」

 トゥアールが座標を三人から若干離れた場所に定め、鏡也も変身を――。

 

「すまない、遅くなった」

 

「「っ―――!!」

 驚きの余り、トゥアールはロッカーを閉めて鏡也も眼鏡を外した。間一髪。本の数秒の違いがあれば、ここは修羅場と化していただろう。

「どうしたのだ、二人共? お嬢様は?」

 乱入者――桜川尊は首を傾げた。

「ね、ねえさんたちは……アルティメギルが出現したんで出撃しましたよ」

 人生最大の動悸と動揺を抑えつつ、鏡也はそう答えた。尊は厳しい顔をする。

「大丈夫なのか? 前の事といい……お嬢様は戦えるのか?」

「それは問題ないと思います。私達も基地に移動しましょう」

 額の脂汗を拭いつつ、三人は転送カタパルトで基地へと移動するのだった。

 

『……ということで、俺達は基地からそっちをモニターする。油断するなよ?』

「分かった。3対2だし、なんとかなるさ」

 尊のせいで鏡也が出撃できないことを暗に伝え聞くと、レッドはそう答えた。そして、目の前に立つ強大なオーラを漲らせる二体のエレメリアンに向いた。

「いつぞやの決着……今日こそ付けようぞツインテイルズ!」

「姫よ! 今日こそは我が愛を!」

 リヴァイアギルディが手にした鉄塊を振るい、クラーケギルディは全身からまたもや触手をウネウネと出した。その瞬間、ブルーが短い悲鳴を上げた。

「くそっ!」

 レッドはブルーを庇うように前に出る。だが、その瞬間クラーケギルディが動いた。

「幼子よ、今は引っ込んでいよ!」

「なっ――うわぁ!?」

 鞭のようにしなって切り離された触手が、まるで自我を持っているかのように飛翔する。不意を突かれたレッドはそれを回避できず、全身を絡めとられてしまう。

「うぐ……! 何だよこれ! ヌルヌルで、固くて、なのに微妙に弾力があって……千切れない!?」

『むはー! いいですよその表情! 触手に絡め取られて悶える幼女! これはもう4K画質で即保存ですよ!』

 通信越しの酷い声に、酷い音が重なった。硬いもので頭を殴られたような音と、その衝撃で固いところにぶつかった様な音だ

「レッド、大丈夫ですか!?」

「よそ見をしておる場合か!」

「っ――!?」

 イエローの真上から、巨大な影が迫った。反射的に飛び退いたその場所を、リヴァイアギルディの鉄塊が粉砕した。

「そんな重そうな武器を持って、なんてジャンプ力ですの」

「ふん。新たなる戦士よ。貴様に、その見事なる巨乳に相応しいだけの力があるか?」

 鉄塊を突きつけ、リヴァイアギルディがギラリとその牙を光らせる。

「いいですわ。それを今から証明して差し上げますわ! ヴォルティック・ブラスター!」

 イエローがフォースリヴォンを叩き、雷光の銃を抜き放つ。銃身にはツインテールの力が満ちており、以前とは輝きが違った。

「行くぞ、テイルイエロー!」

「勝負ですわ、リヴァイアギルディ!」

 

「ごめんイエロー! 相手変わって――――!!」

「どうして逃げられるのですか、姫――――!!」

 

「え? え?? ちょっと、ブルー!?」

「クラーケギルディ! 真面目にやらんかあああああ!!」

 いざというその時、ブルーがその背に抱きつくように隠れた。更にそれを追いかけてクラーケギルディまで向かってくる。

 イエローは虚を突かれて戸惑い、リヴァイアギルディはまたもや暴走したクラーケギルディを蹴り飛ばしていた。

「貴様、またしても姫との邪魔を!」

「少しは冷静になれ! 我らの立場を忘れたか!?」

「っ……! そうだった。今の我らはもう引く道なきと定めて、この戦場に赴いたのだったな」

「不退転。それが今の我々だ。いつまでもまな板のような貧乳にうつつを抜かしているな」

「まな板だと? リヴァイアギルディ、貴様にはあれがそう見えるというのか!? あの、エメラルドのようにつややかな平坦を!?」

「エメラルドでもタイルでもどちらでも構わん。平らであることに違いはあるまい」

「大違いだ! 貧乳とは自然力学にも通じる、自然の造形美だ! 空気抵抗を考えれば、なだらかさを追求していくことになる! つまり、貧乳こそが自然の摂理なのだ!」

「いい加減にしろ! 古来より山々を神として敬うように、巨乳こそ神が生み出し給うた芸術だ! ………いや、今はそんな話をしている時ではない。話の続きは、この戦いの後だ。よいな、クラーケギルディ?」

「むう……承知した」

 エキサイトした二体の論戦は一時休戦となった。改めて、二体はブルーとイエローに向かった。

「仕切り直しだツインテイルズ。巨乳とツインテールの為、お前達に勝つ!!」

「姫! たとえどれだけこの思いを否定されようとも、あなたへの愛を貫き通しましょう。我が触手と、世界一の美しさを持つ――その貧乳にかけて!!」

 

「………っさい」

 

「え?」

「む?」

「ぬ?」

「……ブルー?」

 ゆらりと、ブルーが前に出た。だが、その姿は正気とは思えない。ウェイブランスも抜かず、ダラリと両手とツインテールを下げたままだ。

 小さく呟かれた言葉を聞き取れず、その場の全員が揃って首を傾げた。そして――悲劇が起きた。

 

「貧乳貧乳うるせぇんじゃボケがぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 全身からツインテールのオーラを噴き上がらせ、ブルーがクラーケギルディに跳びかかった。

「姫! お止めくだださい! 姫!?」

「退けい、クラーケギルディ!」

 反応の遅れたクラーケギルディを突き飛ばし、リヴァイアギルディが割って入る。

「ぬう!」

 ブルーの貫手を喰らったリヴァイアギルディの手から鉄塊が零れ、その巨体が地面をこするように滑っていく。

「うがぁあああああああああああああああああああああああ!」

 間髪入れず、ブルーがリヴァイアギルディに襲いかかった。その姿、正に猛獣。

「凄まじい力……ならば、我が槍を受けてみろ!」

 リヴァイアギルディはその体に巻きつけていた触手を解放した。

「それ、もうちょっと後ろに付けられなかったのかよ!?」

 レッドは思わず叫んでいた。何故ならリヴァイアギルディの触手は股間から生え、そそり立っていたからだ。

「我が槍の冴え、刮目せよ!」

 リヴァイアギルディの槍が凄まじい速度でブルー目掛けて繰り出される。触手を苦手としているブルーがこれを躱すことは――。

「何――っ!?」

 紙一重でブルーはそれを躱した。怒りが恐怖を完全に駆逐し、触手を物ともしない羅刹へを進化させていたのだ。

 リヴァイアギルディは槍を一瞬で引き戻し、その凶悪な攻撃を連発する。突き出し、引き戻しをそれぞれの勢いさえ利用して繰り出される連撃は、さながら連射される大砲だ。だが、その尽くをブルーは躱していく。

「ぬうん!」

 渾身の力を込めた一撃。ブルーはそれを躱しや、躊躇なくそれを掴んだ。そして雷を握り潰すかのように握撃。そのまま一気に引っ張る。

「ぐおおお!?」

 リヴァイアギルディの体が宙に浮く。其処に繰り出されるブルーの鉄拳。

「貧乳で悪いか貧乳がなんだ誰が貧乳の星のプリンセスだぁああああああああああああああああ!!」

「落ち着けブルー! そっちは貧乳貧乳言ってない方だぞ!?」

 レッドの制止もしかしブルーには届かず。ブルーの無惨無慈悲無情のラッシュが叩きこまれていく。

「ダラララララララララララララララララララララララァアアアアアアアアアア!」

「ぐほばぁああああああああああああああああああ!?」

 渾身の神の手の一撃(ゴッドハンドスマッシュ)を喰らったリヴァイアギルディが吹っ飛び、工場の壁に盛大にめり込んだ。

「リヴァイアギルディ――!」

「がふっ……小が大を兼ねられぬように……貧は巨を兼ねられぬのだ……だから……ひげ……きが」

 ガクリと、リヴァイアギルディの頭が落ちた。そしてブルーもまたその力を使い果たし、その場で倒れてしまった。

「リヴァイアギルディ――! ……くっ、私はなんと愚かなのだ! 敵を姫と讃え、本質を見失い、戦友を失った……この身の何と愚かなことだ!!」

 慟哭とともにクラーケギルディが腰の剣を抜く。

「リヴァイアギルディよ。我が貧乳の剣にかけて誓おう。奴らのツインテールを必ずや手中に収めると!」

 全身からオーラを漲らせ、空気さえひりつくような殺気とともに、クラーケギルディの触手がうねりを上げる。

「行くぞ、ツインテイルズ! 今の私は悪魔よりも恐ろしいと知れ!」

「ならばこちらも、正義の力を思い知らせて差し上げますわ!」

 その前に立ち塞がったテイルイエローが、背後のレッドに向かい、言う。

「レッド。ここは私に任せて下さい。ブルーの、異形に身を貶して尚、正義を貫こうとする心、感銘を受けました! ならば、私も負けてはいられません」

「いや、出来るならこの触手を取ってから――」

「行きますわよ、クラーケギルディ!」

 号砲一発。戦闘が始まる。イエローが一気に駆け出す。

「何で距離を――はっ!?」

 射撃型だから、遠距離でと思わせての不意打ち。クラーケギルディもその動きを読み切れず、接近を許してしまう。結果、触手を自在に振るえず、その剣で対応せざるを得ない。

 リヴァイアギルディと同じように触手を武器にするクラーケギルディはこれだけで戦闘力を大きく殺された。

「ぬう!」

「はぁああああ!」

 直線攻撃のイエローには自爆など注意の必要もない。トリガーを引けばどの距離でも威力は同じだ。至近距離の攻防は、クラーケギルディが触手を使って大きく後退することで終わる。

「やるな。だが、我が触手の真なる力を思い知れい!」

 全身全ての触手を広げ、それらが一斉にイエロー目掛けて襲いかかる。躱すにも防ぐにも、その数は多く、鋭い。

「ならば道は一つ!」

 イエローが両足のスタンスを広げた。そしてツインテールが地面に伸びて突き刺さる。

「ツインテールがアンカーになった!?」

「見せますわ、全力全開の――私の全てを!!」

 全身の火器を展開し、一斉砲撃を放つテイルイエロー。触手のそれを遥かに上回る大火力が、爆炎を巻き起こす。

「バカな! 我が触手が……!?」

「今だイエロー! お前の全部を叩き込んでやれ―――!!」

「承知しましたわ、レッド!」

 そう叫んだイエローが、全身のアーマーをパージした。そしておもむろに、ヴォルティック・ブラスターを宙に向かって放り投げた。その銃身に収まるかのように、全てのアーマーが合体した。

「オーラピラー!」

 主砲以外の全砲門から一斉にビームが発射された。それは螺旋を描いてクラーケギルディを襲い、爆発とともに光の結界に閉じ込める

「う、動けん……! これがオーラピラーか……!!」

 もがくクラーケギルディ。イエローがツインテールを利用して跳躍する。

 その背中に向かって、主砲から強大なエネルギーが放たれた。

 

「ヴォルティック・ジャッジメント―――――!」

 

 金色の雷光に包まれたイエローの姿は、まるで雷神であった。放たれた豪雷はイエローのキックと共にクラーケギルディを粉砕した。

 最後の最後――ラストブレッドはイエロー自身だったのだ。

「がは……! 巨乳なぞに……我が剣が……ぁああああああああああああああああああああああ!」

 爆発の中に散る、貧乳の騎士。残されたのはその結晶たる属性玉だけだった。

「はぁ……はぁ。やりましたわ、レッド……っ」

 ガクリと膝をつき、その場に倒れてしまうイエロー。あれだけ苛烈な攻撃を連発したのだ、ブルーと同じく力を使い果たしてしまったのだろう。

「……しかし、俺って今回、何にもしてないな」

『いいんじゃないか、たまには』

 通信越しに聞こえる鏡也の言葉に、レッドは思わず――。

「何――!?」

 突如として、体に巻き付いていた触手が飛んだ。それはリヴァイアギルディの元に飛び、その頭部に融合した。

「あいつ、まだ生きてたのか!」

『総二様、敵から今まで以上の属性力を感知しました! 気を付けて下さい!』

 言われるまでもなく、レッドがその肌で感じ取っていた。

「まさか、触手でツインテールになるとはな」

「「流石はドラグギルディ、そしてフマギルディを退けた戦士……我が最後の命の輝きをもって、相手をしよう!」」

 リヴァイアギルディとクラーケギルディ。二つの声が交じり合って響く。

「っ――!」

 襲いかかる触手ツインテール。ブレイザーブレイドで一瞬受け止めようとしたレッドだったが、触手とはいえツインテールを傷つけることを躊躇し、その一撃を喰らってしまう。

「ぐあぁあああ!」

『総二、しっかりしろ! あれはツインテールじゃない!』

「あ……あれはツインテールじゃない……?」

『そうだ。ツインテールとはなんだ? 髪型だ! アレは髪じゃない!!』

「……そうだった。ツインテールは……髪型だ。あいつのアレは髪じゃない!」

 尚もくるツインテール触手を切り払うレッド。だが、その強度も上げた触手は、剣撃さえ物ともしない。

「これだけの力……最初から力を合わせてりゃ、やばかっただろうにな」

「「巨乳と貧乳……相容れぬ。それは別の存在なのだから!」」

「同じ胸だろうが! 俺はどんなツインテールだって愛する! 個人個人の違いがあっていい。それさえ、ツインテールなんだから!」

「「それだけの高みに誰もが居るわけではない!」」

「人間を舐めるんじゃねぇ!!」

 襲い来る触手を躱し、弾き、防ぎ、カウンターを叩き込む。その鋭い一撃がリヴァイアギルディをふっ飛ばした。

「「貴様は知った筈だ。世界の真実を! 容易くゆらぎ、踊らされて生み出される属性力を! その儚さを! なのにどうして戦える!?」」

「分からないのか?」

 レッドはブレイザーブレイドを正眼に構える。

「――だから、戦うんだ!」

「「理解できぬ! 我らと違い、属性力を失っても生きていける人間が、その生命を秤にかけてでも戦う理由とは何だ!?」」

 三本の触手を全力を込めて飛ばすリヴァイアギルディ。それらを躱し、エクセリオンブーストから炎を噴出させ、レッドが空に舞い上がる。

「そんなの――秤にかけようがないんだよ! オーラピラー!!」

「うがぁあああああああああああああああああああああああ!!」

 炎の螺旋が海魔を封じ込める。そしてブレイザーブレイドがその力を解放する。

「グランド――ブレイザァアアアアアアアア!」

 必殺のグランドブレイザーが、触手ごとリヴァイアギルディを両断した。

「生きるってのは、ただ命があれば良いって訳じゃない。そんなのは生きながら死んでるのと同じだ」

 ヒュン。と、剣を振るい、テイルレッドはリヴァイアギルディにその答えを示す。

 

「俺のツインテールは―――生命だ!」

 

 豪炎の中に崩れ落ちていくリヴァイアギルディ。最後の声が響く。

「「ならば……その命の輝きが何処までのものか……この星とともに見続けよう。何処まで、その邁進が続くか……!」」

「お前達がツインテールを愛する限り、ずっと見られるだろうさ」

 そして、爆発が全てを吹き飛ばした。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 全てが終わり、レッドは深く息を吐いた。

「どうだ、トゥアール? 二人の様子は?」

「どちらも力を使い果たしただけです。このまま基地に運びましょう」

 空が夕焼けに染まる。まるで焼けるているようだ。郊外とはいえこれだけの騒ぎ、いつマスコミが来るかもしれない。レッドがブルーを抱えようとした。

 

『見事じゃ。更にツインテールの輝きを増しておるのぉ』

 

「っ――!?」

 思わず振り返っていた。徐々に闇が染まりつつある世界に、蜃気楼が生まれる。そしてその向こうから、黒い――闇が現れた。

 全身をすっぽりと包むフード付きのマント。チラチラと覗く黒い鎧を纏った少女――だろうか。

 今までに見たことがないほど、恐ろしい属性力をみなぎらせながら、少女はその顔をレッドに向けた。

「君は……誰だ?」

「そうか、分からぬか。いや、仕方あるまい。あの時とは姿も大分違っておるしな」

 そう言って、少女はその瞳を覆う眼鏡を光らせた。

 

 

「我が名はダークグラスパー。貴女を迎えに来たのじゃ、トゥアールよ」

 




いよいよ現れた暗黒眼鏡。残すはエピローグだけです。


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エピローグ

いよいよ、原作主人公の胃がやばくなっていきます(Lv1)


 太陽が沈み、闇に染まる――夕闇の刻。まるで闇を体現したかのような少女が発した言葉は、テイルレッドを困惑させた。

 少女はレッドを真っ直ぐに見つめ、トゥアールと言った。何故、トゥアールを知っているのか。何故、自分をトゥアールと呼んだのか。そもそも、彼女は何者なのか。

 黒縁のアンダーリムと両肩を通して前に垂らされるツインテール。そのプレッシャーを発するは、只者ではない。

 背後にいるトゥアールに気配を向けるが、どうにもこっちも戸惑ってるようだ。

「君は……誰だ?」

 もう一度、問いかけた。するとダークグラスパーと名乗った少女は、少しだけ寂しげに瞳を伏せる。

「そうか、わからぬか……。だが、仕方あるまい。あの頃のわらわは手足も伸びておらぬ幼女であったからな。面影が見えぬも仕方ないこと」

 幼女。その言葉が出た瞬間、レッドの中に嫌なものが生まれた。一瞬だが、何かが見えたような気がしたのだ。具体的に犯罪の香りが。

「しかし、こうしてようやく貴女の愛を受け止められるようになったというのに、今度は貴女が幼女になってしまうとは……カムフラージュか、それとも世界移動の弊害か……どちらにせよ、皮肉という他あるまい」

 言うや、ダークグラスパーはそのマントを脱ぎ捨てた。そのしたに見えていた鎧が、白日の下に晒される。

「そ、それは……!?」

 光を帯びる筈がないのに輝いている純黒の鎧。畏怖さえ超えて尊大ささえ感じさせる力の結晶。それは紛うことなき――。

「テイル……ギア?」

「いいや。これは〈眼鏡装甲グラスギア〉。眼鏡を愛する力――眼鏡属性を宿した、最強の鎧。貴女のテイルギアをコピーして作ったのじゃ。ツインテール属性を使わなかったのは、偏に貴女への敬意ゆえ」

 グラスギア。ツインテール属性を使わない――同じ技術を持って作られた鎧。

「そして、今のわらわはアルティメギル首領直属の戦士――ダークグラスパーじゃ」

「っ……!?」

「もう一度言おう。わらわと共に来て欲しい。共に戦って欲しいのじゃ、トゥアール」

 魂さえ吸い込みそうなそのレンズには、テイルレッド――トゥアールだけが映っていた。

(――総二様。そのまま後ろに手を)

「………」

 囁くようなトゥアールの声。レッドは戸惑うふりをしながら左手を後ろに回す。そこに何かが置かれた。

(トゥアルフォンのボイスチェンジ機能を使います。総二様はこちらに合わせて一芝居打って下さい)

 分かった。と、小さく頷く。困惑の表情を浮かべながら口元に手をやり、唇を隠す。

「……どうして、あなたがこの世界に居るのですか……イースナ?」

 イースナ。レッドの声を借りたトゥアールがダークグラスパーをそう呼んだ。

「おお! やはり思い出してくれたか! そうじゃ、貴女の一番の信奉者であったイースナじゃ!」

「見かけだけでなく、性格も随分と変わりましたね。それもその、グラスギアとやらの影響ですか?」

「その通りじゃ。グラスギアを纏ったわらわは、貴女の隣に立って恥じることなき一流の戦士。本当のわらわ、デビューじゃ!」

 一昔前のコンタクトレンズな台詞を吐いて、ダークグラスパーは目をキラキラとさせ――いや、ギラギラかも知れない。

「属性力が喪失せずに健在だという事は、私達の世界が侵略される前にアルティメギルについたんですね?」

「………」

 ダークグラスパーが一転して表情を曇らせ、小さく頷いた。

「でも、どうやってテイルギアをコピーしたのです? この技術は私のオリジナル。アルティメギルが有している筈がないのに」

「それは我が愛じゃろう。ずっと……ずっとずっとずっとずっとずっと、トゥアールを見ておったからのう。見続けている内、眼鏡に不思議な力が宿っておった。そしてその眼鏡を変身ツールに改良した。つまり、この神眼鏡(ゴッドメガネ)を!」

「………」

 神眼鏡。絶妙に微妙なネーミングセンスだと総二は思った。もしかしたら、異世界では標準のセンスなのだろうか。

「わらわにも教えてくれ。どうして貴女は幼女になってしまったのじゃ? あれから一体、何があったというのじゃ!? 確かに、貴女が幼子を愛する戦士であったことは世界中が知っておった。じゃが、だからといってどうして……?」

「……あの日。世界が侵略され尽くした後のことです」

 トゥアールが神妙な声で語り始めた。レッドも合わせて辛そうな表情を作る。いや、ある意味では本気かも知れない。トゥアールの想像を超えた幼女マニアぶりにドン引き、という点では。

「自分の世界を守れなかった私は、贖罪の意味も込めて、自分の愛した幼女の姿になることを選びました。そうして他の世界を守ることで、罪滅ぼしをしたかった。でも、小さな体に変わっても、私はそれを受け入れてしまっていた……むしろ、悦んでさえいた!」

 トゥアールの法螺話にレッドはちょっとだけ共感してしまった。ちょっとだけ、ちょっとだけだ。本当に先っちょだけだ。

「でも、そうして幼女の体を受け入れてしまった時、私は元の姿に戻れなくなってしまったのです。もう、あなたの知るトゥアールは死んだ……死んでしまったのです!」

 レッドは反省した。ずっとはダメだ。やはり人間、メリハリが大事だ。

「何じゃと……!? では、おっぱいは? あのそそり立つような二つの美山は何処に行ってしまったのじゃ!?」

「逆ですイースナ。体がオッパイを拒絶したのです。オッパイは……時空の彼方に消え去りました」

「何じゃとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 凄いトンデモ話だ。だが、ダークグラスパーはそれを信じて絶叫している。

「そういう訳ですので、私のことはもう忘れて新しい恋でも見つけて下さい」

「な、なんの! ならばわらわがおっぱいを取り戻す! なんならわらわのおっぱいをやる!」

「私が膨らんでないのが好きだって知ってるでしょう?」

「ぐぬぬ……!」

 なんだこれ。最初の緊張も何処へやら。レッドはチラリと後ろを見てしまった。視線の先――ブルーの方へ。何故、そっちだったのか、それはきっと神の悪戯だ。

「……時に、トゥアールよ。そこに倒れている女は何故、貴女の前のギアを着けてるのじゃ? 一瞬、青いアイロン台にテイルギアが着せてあるのかと思ったぞ?」

「ああ。その辺の貧乳にテイルギアをくれてやる事で、嘗ての未練を断ち切ったのです。太陽と豆電球みたいな差を見れば、センチな気持ちなどなくなりますからね」

「むむ……なんという潔さじゃ」

(一瞬、すごい殺気を感じたんだが……)

 意識を失っている筈だよなと、もう一度ブルーを確認するレッド。パッと見、変化は――コンクリートが、指でえぐれていた。

「………」

 見なかった事にした。

「とにかく、もう私のことは忘れて下さい。今のあなたなら引く手数多ですよ」

「いいや!」

 ダークグラスパーがスマートフォンを取り出す。劣化の度合いからして相当に使い込んだもののようだ。

「これに登録された、たった一つのアドレス……貴女は世界を離れた時に捨ててしまったようじゃが、わらわのものは前のままじゃ。どうか、今のアドレスを教えてくれぬか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――沈黙。まるで世界が音を拒絶したかのようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワタシイマ、ケイタイ、モテナイデス」

 ここに至って、凄い陳腐な大嘘であった。レッドの手にある物が凄い重い。

「バカな!? トゥアールが携帯を持っておらぬじゃと!? 幼子にアドレスを配り周り、写メを送って欲しいと懇願していた貴女が!? 皆、貴女に気に入られようと必死になり、挙句に過激な自d」

「うぼっふぉんえぇええええええっふあぁああああ!!」

 デロデロの痰でも絡んだサラリーマンですらしないような咳払いが、ダークグラスパーの言葉を上書きした。

「違います何言ってるですかあれはあれですよそう一種のケアですよケアお姉ちゃんはいつでもあなた達のそばにいるよってそういうアレですから決してやましい理由があるわけじゃないんですからね勘違いしないで下さい!!」

 必死に言い訳するトゥアール。だが、その相手はどうにも違うように聞こえたなら、きっとそれは正しい。

「とにかく! 今の私はただ戦うだけ……心のケアなど、おこがましいにも程があるのです!」

「それでもわらわは! 遠慮などしないで欲しいのじゃ。貴女のためならば24時間365日何時如何なる時でも三分以内に返信すると誓う! 今度はわらわに貴女のケアをさせて欲しいのじゃ!」

「それ以上言っても無駄です。今のあなたにアルティメギルを今すぐ止めて欲しい。そう説得するのと同じように」

「うぐ……! そこまでの決意……ならば今日はここまでにしよう。――もう一つ、済ませねばならぬ用があるのじゃ」

「もう一つの……用?」

 

「――眼鏡!」

 

 突如、ダークグラスパーの眼鏡が光った。同時に工場のドーム状の天井が爆発を起こした。

「なっ……!?」

 何が起こったのか。レッドも、その後のトゥアールも、爆発の方へと視線を送った。

「いつまでコソコソと隠れているつもりじゃ。我が神眼鏡が気付かぬと思うてか?」

 ダークグラスパーの瞳が敵意に細められる。同時に立ち昇る鬼気。今まで見せてさえいない、敵意を剥き出しにする。

 

 

「――ほう、気が付いていたのか。その眼鏡、伊達ではないという事か」

 

 

 爆煙の向こうから、揺らぐ影が現れる。闇の対極――光を纏った騎士だ。それを見据えたダークグラスパーの口元が半月状に歪む。

「この感覚……ようやく逢えたのお……ナイトグラスター」

「この眼鏡の疼き……やはり貴様か、ダークグラスパー」

 

 光と闇。相反する眼鏡の輝きを持つ者同士の邂逅は、黄昏の中から始まった。

 




光と闇が合わさって最強に見える。


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暗躍、ダークグラスパー


今回から3巻の話になります。
ダークグラスパーいよいよ登場。そしてあの人気キャラも本格登場です。


 見上げる者と見下ろす者。だが、その立ち位置が立場に置き換わる訳ではない。

 レンズを介して交わされる視線。そこには一切の友好の色は見えない。アルティメギルとツインテイルズ。敵対する側にいる、というだけでは説明できない程――まるで不倶戴天の敵と見定めているかのようだ。

(ど、どういうことだよ……あの二人、まさか知り合いなのか?)

(そんな筈ないですよ……その筈です。ですが、どこかで遭遇していた? でも、それなら黙っている必要が……)

 予想を大きく超える事態にテイルレッドとトゥアールが困惑を隠せないでいると、ナイトグラスターが軽い跳躍とともに二人の前に降り立った。

 その背中が、まるでダークグラスパーと対するのは自分であると主張するかのように見えた。

 ザン。と、ナイトグラスターがその一歩を踏み締める。それに呼応するようにダークグラスパーの足も踏み出される。

 光と闇の体現。その言葉がしっくり来る程、二人は対極にあった。眼鏡属性という同じ力から生み出された筈の鎧もまた然り。

 気が付けば、二人は互いに手の届くところまで来ていた。

 距離が変わって、二人の身長差は更にハッキリとした。大人と子供。言葉のままだ。しかし、互いから発せられる気配はそんな言葉遊びなど軽く吹き飛ばしてしまう程に苛烈だった。

「「…………」」

 レッド達はただ、固唾を呑んでそれを見守る。息をすることも、瞬きさえも忘れて。何かが起きる。その予感だけがヒシヒシと伝わった。

 最初以降、一切の言葉を発しなかった両者が、同時に口を開いた。

 

「――出来損ないめ」

「――二流品が」

「ハーフリムが似合っておらんわ」

「アンダーリムに土下座しろ」

「パッドの角度がズレておるわ。情けない奴よ」

「テンプルも合わせられないのか、愚か者め」

「フンッ」

「ハッ」

 

 ――ガン!!

 

「「その眼鏡を味噌汁で洗ってから出直して来い―――!!」」

 

 

「えええええええええええええ!?」「何ですかそれぇええええええええ!?」

 

 いきなり罵倒し合ったかと思えば、額をぶつけ合ってのこの展開。レッドもトゥアールも揃ってツッコミの声を上げてしまった。

「む? 今、トゥアールの声が二つ聞こえたような?」

「い、いいえ! そんな訳無いでしょう!? そ……それよりも、あなたとナイトグラスターはどういう関係なんですか!?」

 トゥアールが慌てて誤魔化すように疑問を投げかける。二人は揃って向き直り、言った。

 

「「関係も何も、今初めて会ったばかりだが?」――じゃが?」

 

「じゃあ、さっきまでのやり取りは何だったんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 レッドがそれはもう、在らん限りの声を上げた。今までの空気とか全部返せと言わんばかりだ。

「む? 随分と言葉使いが変わったような?」

「そんな訳無いでしょう!? ……もう、疲れましたよ、本当に」

 ぐったりとするレッド。後のトゥアールも同じように項垂れている。どっちも演技ではないっぽい。

「それはいかん。わらわの胸で良ければ存分に癒やされてくれて良いぞ?」

「だから膨らんでるのは嫌いだって言ったでしょう!? もういいから、用が済んだのなら帰ってくださいよ!?」

 自棄っぱちとばかりに叫ぶトゥアールに、ダークグラスパーはまたもや「ぐぬぬ……」と唸り、そしてナイトグラスターを指差し叫んだ。

「おい、出来損ない眼鏡め! 今日のところはここまでにしてやるのじゃ! 次に会う時にはその眼鏡、タダで済むと思わぬことじゃ!!」

 そしてテイルレッドに向かって続けた。

「トゥアール。これだけは言っておく。わらわは人間に仇なすためにアルティメギルの軍門に降ったのではない。わらわもまた、わらわの守るべきもののために戦うと決めたのじゃ!」

 これ以上の言葉は今はないと、ダークグラスパーが踵を返す。そして蜃気楼――恐らくは転移ゲートであろう――の中に消え……ずに足を止めた。

「わらわのアドレスは、あれから一度も変えておらぬからな!!」

 最後の最後で余りにも悲しい言葉を響かせて、ダークグラスパーはその姿を陽炎のように消した。

「………ダークグラスパー。恐ろしい敵だったな」

 ダークグラスパーの去った空間を見やったまま、ナイトグラスターは小さく零した。

「色んな意味で恐ろしかったよ……本当にな」

 色んなという部分に色んな思いが込められているような気もしたが、ナイトグラスターはただ、その額の汗を拭う。

「ああ、恐ろしい眼鏡力(メガネーラ)だった。」

「ちょっと待て。何だよメガネーラって? そんなの初めて聞いたぞ? 眼鏡の属性力のことじゃないのか?」

「それは眼鏡(グラス)属性力(エレメーラ)だろう? 眼鏡力とは違う」

 半ば呆れ気味――実際に呆れているのだろう――ナイトグラスターは肩をすくめた。

「じゃあ何なんだよ、眼鏡力って?」

「眼鏡力とは、眼鏡を掛ける者に宿る眼鏡の力のことだ」

「まんま属性力じゃねーか!?」

「全然違う。眼鏡を愛するならば属性力は生まれよう。だが、眼鏡力は眼鏡を掛けることでしか生まれないのだ」

「お前、思いつきでデタラメ言ってるんじゃないだろうな!?」

 ドヤ顔で言い放つナイトグラスターに、レッドがツインテールを振り乱してツッコむ。

「――見てみろ」

 ナイトグラスターがコン。と地面をつま先で叩く。

 

 ビシ――――ッ!!

 

 唐突に、数メートルに渡って横一文字に亀裂が奔った。丁度、ダークグラスパーと相対した場所だ。

「奴の眼鏡力………私をもってしても計り知れん。流石は首領直属といったところだな」

「眼鏡力……こええ」

 もしかしたら、眼鏡は相当に物騒な属性なのかもしれないと、レッドは背中が寒くなった。

「総二様。とりあえず、基地に引き上げましょう。話はそれから」

「――そうね。色々と話さなきゃいけない事もあるしね?」

 撤退の準備に入ったトゥアールの後ろに、夜叉が立っていた。怒りのオーラにツインテールがバタバタと揺れている。

「特にアイロン台がどうとか、その辺の貧乳とか……その辺りを詳しくねぇ?」

「あ、ああああああああああ愛香さぁああああああああああああああああああああ―――っ!?」

 振り返る間もなく、ブルーの手がトゥアールの頭を鷲掴みにしていた。ベキベキと、仮面がひび割れていく。

 

「お嬢様――――!!」

 

 いきなりフェンスをぶち破って、一台の車が飛び込んできた。その運転席には――勿論、尊だ。その瞳にナイトグラスターが映った瞬間、彼はクルッと背を向けた。

「では、私は先に帰らさせてもらう」

 けたたましいブレーキ音に気付かないふりをしながら、ナイトグラスターはテイルグラスの転移機能でその場から去った。

「待って下さい、ナイトグラスター様―――!」

 尊の悲痛な声も、一切聞かなかったことにして。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 薄暗い室内に光が差す。ドアが開いて、その部屋の主が足を踏み入れたのだ。

「おー。お帰りイースナちゃん。どやった? 目当ての人には会えたんか?」

 まるでアイドル女性声優のような声。ガチャンと無機質に床を鳴らして現れたのは、巨大な影。小柄なダークグラスパーであることを除いても、巨大だった。

 人を模した鋭角なフォルム。伸びる豪腕。頭部にはツインテールを思わせるウイング。

 銀鋼の体を持つ――人の似姿。それはロボットだった。ロボットが、オカン口調の大阪弁を喋っているのだ。

「メガ・ネか。……逢えたぞ。しっかりとな」

「その割には不機嫌やな? 何かあったん?」

「ナイトグラスター。あ奴にも会った。ふん、何がナイトグラスターじゃ。わらわの名前のほぼパクリではないか」

「いや、そこまで似とるか?」

「わらわのダーク(闇)に対してナイト(夜)。グラスパー(眼鏡の支配者)に対してグラスター(眼鏡の一等星)。ふん! パクリの上にセンスの欠片もないとはの!」

 そう言って、ダークグラスパーは指先で眼鏡を軽く持ちあげた。すると、その体を包んでいたグラスギアが解除され、野暮ったいジャージ姿の、一見して根暗な少女が現れた。

「ナイトグラスターかぁ。イースナちゃんと同じ眼鏡属性の、テイルギアを使っとるんやったっけ?」

「そう………わ、私が自分で頑張ってグラスギアを作ったっていうのに……あいつ、トゥアールさんにテイルギア作ってもらってた……!」

 ギリ、と爪を噛むダークグラスパー……イースナ。その暗い瞳は嫉妬の色を湛えていた。

「許せない……羨ましい……トゥ、トゥアールさんが……なんで男のために……? 私には作ってくれなかったのに……!」

「いや。その頃にはイースナちゃん、アルティメギルに付いとったやん? トゥアールさんもおらへんようになってたし」

「…………」

 正論を言われ、ぐうの音も出ないイースナ。その体をどっかりとソファーに預け、クッションを抱え込む。

「あの眼鏡。私の神眼鏡にも負けないぐらいの力があった。あんなの、何処で手に入れたの……? キラキラしてて……すごいイラッとした」

「ほう。それは凄いなぁ。そら、相当な属性力やな」

「それだけじゃない。私に及ばないけど、とても強力な眼鏡力だった」

「ごめんイースナちゃん。全然意味が分からんわ」

 メガ・ネと呼ばれたロボットは即行でツッコんだ。その切れ味は即戦力クラスだ。

「何なん、眼鏡力って? そんなん初めて聞いたで?」

「眼鏡力を知らないの? 眼鏡を掛ける者なら誰でも持つ力なのに?」

「え? それは眼鏡の属性力ちゃうの?」

「全然違う。それは眼鏡を愛するから生まれる。でも、眼鏡力は眼鏡を掛けないと生まれない」

「それは常識なん? イースナちゃんの妄想とかとちゃうくて? え、うちがおかしいとちゃうよね?」

「違う。一般人はせいぜい1~3眼鏡力だけど、私の眼鏡力は53万は固い」

「フリー◯か!?」

 またもやバシッとツッコミを入れるメガ・ネ。このロボット、やり手である。

「……それで、あと一人はどうやったん? そっちには会えんかったん?」

「会えなかった。でも仕方ない。作戦を進めていけば、いずれは会うと思うし」

 イースナがひょいと指を動かすと、空間モニターが開いた。

「トゥアールさんとイチャイチャする………なんて忌々しい!」

 モニターには、テイルレッドと抱き合ったりしている一人の高校生の姿が映っていた。

「御雅神鏡也………絶対に許さない」

(あー。どうか出遭わんで欲しいわ―)

 クスクスと笑うイースナに、メガ・ネはそう祈らずにはいられなかった。多分、無理だろうなぁと感じながらも。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 基地に戻った面々は早速、謎の戦士ダークグラスパーについてトゥアールからの説明を聞くことにした。

「さて、何処から話したら良いか……そうですね、彼女ーーイースナは私と同じ世界出身の人間です」

「その割には随分と距離感があるというか、話しているだけでも壁というか……距離感が微妙だった気がしたんだが何でだ?」

 トゥアールの言葉に総二は感じたままの事を尋ねた。

「……総二様になら分かる筈です。大勢のファンを持つということのリスクを。ちょっとお行儀の悪いファン程度ならともかく、彼女は別格でした。凶悪なストーカーだったのです」

「それにしたって、リスク管理ぐらい出来るだろう? ていうか、ファンにアドレスとか教えてたのかよ?」

 総二もファンにメアドとかのメモを渡されたりするが、だからってこっちから連絡はしないし、教えるなんて尚更だ。

「あの頃のイースナは小さくて可愛くて、つい贔屓を……あ、でも、今は全然ストライクゾーン外れてますから。本当、あの年頃の少女って、なんであんなに成長早いんですかねぇ」

「改めて聞くけど、お前は何歳だ?」

 遠い目をするトゥアールを、まるで遠い世界に居るかのように見ながら鏡也がツッコミを入れる。

「イースナは酷い時には一時間に60通もの、スクロールに一分かかる長文メール……しかも、全部違う内容のを送ってくる、人間メールサーバーと化しました。えぇ、自動送信システムが生っちょろい程に」

「エレメリアンより怖いんだけど」

 一分に一通。送信のラグタイムを考えても、せいぜい40秒だろうか。どんだけの速度だ。

「受信拒否にするのも角が立つと思い、メール振り分けで通販サイトのDMと同じフォルダに放り込んでいたんです」

「自業自得とは言え、同情の余地がないことも………いや、ないか」

「人としての善意が欠片程度でも残っていたのが、むしろ驚きだけどね」

「そこのダ眼鏡と貧乳は黙ってて下さい」

 眼鏡と貧乳のツープラトンで強制的に黙らされたトゥアールが復活するまで、しばしの休憩であった。

「と……とにかく今日の様子では暫くは来ないでしょう。その間に対策を練りましょう。今夜総二様の部屋で二人きりで。ええ、鍵もしっかりと掛けておきますよ。秘密保持は大事ですからね」

「秘密保持のために、あんたを〆た方が早そうだけどね」

「口封じいやぁああああああああああ!」

 愛香によって二度と情報漏洩されないようにされるトゥアールの悲鳴が、基地内に木霊した。

「あら、帰ってきたのね。おかえりなさい、皆」

「ぶは――――っ!?」

 直通エレベーターの扉が開き、未春が現れた。勿論、悪の女幹部コスプレだ。

「はじめましてかしら、新しいメンバーの子ね。私が総二の母の観束未春よ」

「まあ、これはご丁寧に。陽月学園で生徒会長を務めております、神堂慧理那と申します。それにしても素敵なお召し物ですわね!」

「でしょー。これ、手作りなのよー」

 自慢気に未春がマントを広げる。特撮マニアな慧理那には相当にヒットしているようだ。

「――それで、ついに敵の女幹部が現れたようね。総ちゃん?」

「だから何で分かるんだよ!? そして何で嬉しそうなんだよ!?」

 何故かご機嫌な未春。その理由が総二には分からず。しかし鏡也には分かった。

「総二。未春おばさんの理想……憶えてるか?」

「夢……?」

「……”悪の女幹部と正義の味方”のシチュエーション」

「ブホッ!?」

 豪速球のビーンボールに総二が噴いた。あの戯言が、まさかここで生きてくるなど、誰に想像出来ただろうか。

「敵を知り己を知れば百戦危うからず。それでトゥアールちゃん、続きを話してくれるかしら?」

「何故でしょう、未春将軍のお言葉なのに色々と不安要素が……」

「……新戦力が続々と登場している以上、失敗続きの幹部に居場所なんて無いのよ」

「未春将軍!? お待ち下さい、まだ私はやれます!!」

 トゥアールがこれまで無いほどに動揺し、未春にすがりつく。その光景はまるで悪の組織そのものだ。

 一応、ここは正義の側の筈なのだが。

 一通りのコントが終了した所で、トゥアールが話を再開した。

「話す前に言っておきますが、私は清い身です。あの子とはなーんにもありません!」

「その前提は、当時幼女だったヤツのことを話す為に必要なのか?」

 お茶の用意をしていた尊がやって来て、眉をひそめる。その前提をしないといけない性癖持ちなので、誰も何も言えない。

「イースナはエメレリアンに襲われていたところを助けたのが縁で知り合ったんです。それから何度も私の戦ってる場に現れて……そうですね、ちょっと前までの慧理那さんみたいな感じでしたね」

 その頃を思い出しているのか、また遠い目をするトゥアール。イースナを語るということは、それは自分の過去――罪を語るに等しい。時折、ブルッと肩を震わせるのは向き合う痛み故か。

「とにかく、性格や性格や性格に致命的な問題があるにしても、嘘は言わない子でした。ですから『守るべきもののためにアルティメギルについた』という言葉は本当の事でしょう」

「守るべきもののために、か。彼女がトゥアールを慕ってる以上、敵に付くなんて相当の理由なんだろうな」

 うーんと誰もが唸る。今までは一見して怪人な変態ばかりだったから躊躇もなかったが、今回は人間だ。どうしても色々と考えてしまう。

「あの、一つ聞いてもよろしいですか? 今の話だと、まるでトゥアールさんも戦っていらしたんですか?」

「ああ、言ってませんでしたね。私は言うなれば、先代のテイルブルー。元の世界では愛香さんのテイルギアを使って戦っていたんです」

「では、どうして引退を?」

「それは……」

 無邪気というべきか、下手な隠し事をすると要らないところまで聞いてしまいそうな気配を察し、総二はトゥアールに告げた。

「丁度いい機会だし、会長にも話しておいたらどうかな? 勿論、言いたくないところは言わなくてもいいからさ」

「……そうですね。ですが、話し終わるまでどうか握っていて下さい」

 トゥアールは神妙な面持ちで胸を突き出した。

「分かったわ。全力で握ってあげる」

「いぎゃあああああああああ! 潰れるうううううううううう!」

「やめろよ愛香! それ以上やったらトゥアールのおっぱいがマジで千切れるから!」

「落ち着け愛香。後で〆るのを手伝うから」

「……分かったわよ」

「そ、そこは分かって欲しくないんですけど……」

 ビクンビクンと震えるトゥアール。まるで漫画のような歪み方をした胸をさすりながら、涙目になっていた。

 そうして鼻をすすりながら語られる嘗ての故郷の顛末は、前に聞いた時よりも深い悲しさが演出されていた。

 全部を聞き終えた慧理那は強く頷いた。

「なるほど。トゥアールさんは意志と力を次代に託した先代のヒーローだったんですね。引き継ぎイベント、しかと承りましたわ!」

「イベントって。まあ、総二達が受け継いだのは確かだし、姉さんが内容さえ理解しているなら良いか……良いのか?」

「良いんじゃないか?」

 話は戻る。

「総二様のテイルギアには私のツインテール属性が使用されています。イースナがこの世界に来たのも、その反応を頼りにしてのことでしょう。だから、レッドを私と勘違いしたのだと思います。恐らくは眼鏡属性の能力の一つでしょう。鏡也さんがイエローのギアの不調を見抜いたように」

「グラスギアだっけ? テイルギアってそんな簡単にコピーで居るの?」

「いいえ。絶対に無理です……普通ならば」

 愛香の疑問にトゥアールは答える。

「ですが、あの眼鏡がそれを可能とした。とは言え、完璧とは行かなかったはずです。足りない部分はアルティメギルの技術で補ったんでしょうね。属性力に関するところは元々、アルティメギルのものですから。でも一番の問題は――」

「人間が、仲間としていけ入れられている……だな?」

「あの様子じゃ、洗脳とかされている訳じゃないみたいだし、でもそんなのを仲間として側に置いとけるの?」

 愛香はどうにも腑に落ちないと首を傾げる。エレメリアンと人間は何処まで行っても平行線だ。それはドラグギルディと戦った経験から、嫌というほど理解している。

「だけど、あの状況でもダークグラスパーは愛香達のツインテールを奪おうとしなかった。まあ、ナイトグラスターが来てたからって考えもできるけど、それを差し引いても、アルティメギルの利になるように積極的に動いている風には見えなかったな」

「首領直属という立場にあって、そういう行動を許される……いや、立場故か? 以前のフマギルディとは随分と違うな?」

「ああ、あいつも首領直属だったっけ? そういえば、アイツの属性玉ってやっぱり見つからなかったのか?」

「ええ。恐らくはまだ生きているかと」

「厄介だな。ブルーとナイトグラスター二人がかりでも倒せなかった相手が健在かもしれないなんて」

 人間相手というだけでも厄介なのに、更に厄介な敵が健在かも知れないという可能性。先行きの不安さに――。

 

「……燃えますわ!」

 

 いきなり、慧理那が立ち上がった。何故か凄いやる気に溢れている。

「現れた敵の新幹部! しかもそれは嘗てトゥアールさんを慕っていた少女! その上、倒したはずの強敵はまだ健在!! このシチュエーション、今燃えずに何時燃えるというのですか!!」

「いやいや! ちょっと待って会長! そんな気楽な話じゃないんだよ? 人間と戦うんだよ?」

「はい。ですが、どんなヒーローだって、序盤最後から中盤辺りで人間同士で戦うのは避けられない展開ですわ」

 総二の言葉も、慧理那の耳には届かない。助けを求めて愛香を見ればいつもどおりの顔があった。

「エレメリアンと違って爆発させられないけど、別に大丈夫でしょ? トゥアールをぶん殴るより、ちょっと強く殴ればいいだけだし」

「うわー頼もしーなー」

 そしていつも通りな発言。身内にはわりかし寛容――寛容であるが、しかし敵には一切の容赦しない。津辺愛香、まさに野生動物のそれである。

総二は最後の願いを託して鏡也を見た。

「ん? 死ななければ良いだけだろ?」

「やいや。お前は良いのかよ? アイツの眼鏡が壊されるかも知れないんだぞ?」

「………ああ、だがそれで壊されるなら、その程度だったということだ」

「鏡也……?」

「ん……いや、なんでもない。気にするな」

 軽く手を振る鏡也。ダークグラスパーとの遭遇以降、どうも様子がおかしい。眼鏡が壊されるかもしれないというのに、それを容認してるかのような口ぶり。

 もしかしたら何があっても壊れない。そんな自信があるのかも知れない。

 鏡也の内心は、レンズの向う側にあるかのようにピントズレしてしまって、総二には見えなくなってしまった。

「ありがとうございます。きっとイースナも倒されることを望んでいる筈です。手加減などせず、余計なことを口走る前に足腰立たなくなるまでヤッてしまって下さい。そうそう、愛香さん。戦利品代わりにイースナのおっぱいもらったらどうですか?」

「なんで敵から施し受けなきゃならないのよ」

「じゃあ、私のおっぱいは良いんですか!?」

「勿論。それに取るなら大きい方がお得でしょ?」

「スーパーの特売品みたいに言わないで下さい!」

 

 そして、こっちはこっちで色んな物が見えない状態になっていた。

 

 

「――それで、あの場に出てきたのはどういう事だ?」

 慧理那達が帰った後、総二は鏡也が何故、あの場に姿を現れたのかを尋ねた。

「リヴァイアギルディが倒された後、トゥアールが二人の回収に出たんだ。で、すぐに尊さんも後を追おうとしたんだが、俺には機械が使えないから車を出して迎えに行ったんだ」

 その辺りは総二も知っている。トゥアールが来て、尊がやって来た。正直、どれだけの速度で来ればあの短い時間で来れるのか気になるところだが、今はそれは横に置く。

「丁度、尊さんがエレベーターで基地から出た直後だったな。……実はここ最近、何度か妙な眼鏡の疼きを感じていたんだ」

「妙な疼き?」

「何で眼鏡が疼くのよ? 総二がツインテールの気配とか言い出したのと同じ?」

「知らん。だが、それ以外に言いようがない。だが、あの時はそれが桁違いだった。まるで電流が走ったかと思った」

 その時を振り返る鏡也。気が付けば変身して、工場跡にいた。その後は屋根の上で状況を見守っていたが、ダークグラスパーに気づかれ、ああなった。

 そこまで説明して、鏡也は瞳を伏せる。

(今思えば……ダークグラスパー、奴の属性力に引っ張られたようにも見えるな)

 それは言い換えれば、属性力の差とも言える。支配者を名乗る少女と、騎士を名乗る自分との。

「眼鏡属性は属性力の中でも稀有なものです。正直、私も鏡也さんに会うまで見た事がありませんでしたから。それが二つ……どんな影響を出すか想像もできませんね」

 鏡也はトゥアールの言葉を聞き、そして予感した。

 

 ナイトグラスターとダークグラスパー。ツインテールよりも稀有な力を宿す者同士。

 その出会いが確実に、何かをもたらそうとしている事を。

 




思わせぶりなこと言ってますが、様は類友の親戚な感じ。


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あけましておめでとうございます。
みなさまは新年、どのように過ごされましたでしょうか?

私はちょっと、戦車道を嗜んできましたw

今年度も、拙作をどうぞよろしくお願いします。 


 ダークグラスパー来訪から二日ほど経ったある日。

 いつもの様に鏡也は学校前のランニングで、すっかりコースに入った観束家前を通りかかっていた。

 大体、観束家の毎朝は必ず大騒ぎを起こしている。時刻は5時を少し回ったところだ。早く起き過ぎてしまったとはいえ、流石にこの時間は――

 

「ずおりゃ―――――!」

 

「……元気だな」

 朝の喧騒を粉々に粉砕する、観束家二階から響く愛香の声と破壊音。恒例行事化したご近所迷惑は何故、毎度毎度隣の実家からではなく、総二の部屋からするのか。

 

「離して下さい愛香さん! 総二様の部屋から他の女の匂いがするんです! こんなことをしている場合じゃありません!」

「他の女なら目の前でプンプンさせとるのがいるわ! 何なのよその格好は!? 紐ばっかで所々透けてる悪趣味で下品な下着は!」

「殿方の部屋にだってドレスコードがあるんです! 就寝中の殿方のベッドというパーティ会場に向かうには脱がしやすいアダルティなランジェリーというのが全世界共通の相場なんですよ! そんなの付ける機会もない愛香さんには分からないことでしょうけど!」

「そんな異次元コードを、そーじにまで使おうとするんじゃないわよ!!」

 

「相変わらず、賑やかだな」

 壁を登って屋根に上がるのも手慣れたもので、ガラス窓の向こうでは室内をゴロゴロと転がる愛香とトゥアールの姿があった。その光景に、何でも吸い込むピンク色の悪魔がボールになって転がるゲームを思い出す。

「ククク。良いんですか、このまま暴れ続ければ下着が外れてポロリしてしまいますよ? それこそ、こちらの思う壺!」

「そっちこそ、何であんたを沈めるのに一撃以上必要だと思うの?」

 愛香はトゥアールから離れ、構えを取った。体を落とし、拳を腰に添えるように。一撃必殺の拳を繰り出すつもりだ。

「やはり離れましたね! これでも喰らいなさい!!」

 トゥアールが胸の谷間から小さなスプレー缶を取り出す。それを間髪入れずに噴出させた。

「催涙スプレー? 甘いわよ!」

 顔に飛んできたそれを、両腕を交差させてブロックする愛香。が、それは催涙スプレーではなかった腕に触れたそれは粘性で、空気に触れた途端、その体積を噴霧式の断熱材のように膨らませた。

「な、何よこれ?」

 両拳をまるで猫型ロボットの手のようにされ、愛香が驚きの声を上げる。その隙にトゥアールが両足にもそれを噴霧させた。

「これがアンチアイカシステム3号、アイカカタメールです! これでもうパンチもキックも使えない。愛香さんに勝ち目はありません!」

 ドヤ顔で勝利宣言するトゥアール。確かに普通ならそうなのだろう。だが、トゥアールは未だに津辺愛香という野生動物の生態を理解していなかった。

「だったらこうよ!」

 両足を器用に使って跳躍すると、そのまま正面からトゥアールに抱きついた。両手足を背中に回し―――。

「ホネ―――――ッ!?」

 サバ折りの要領で一気に締め上げた。朝の爽やかな空気に似つかわしくない、骨と悲鳴の二重奏が響き渡る。

「なんという屈辱! 愛香さんに抱き締められる苦痛と肉体の苦痛のコンボとは!!」

「抱きし……!?」

 スルッと、愛香の手足が緩んだ。そのままそっと離れる。

「……めてなんてないわよ」

「何で顔赤らめてるんですか!? 止めて下さいよ こっちまで照れるじゃないですか!!」

 互いに顔を赤らめ合う二人。もう、続きをする状況ではなかった。

 

「妙なテンションで暴れてて、ふと素に戻ると、恥ずかしくなるよな、やっぱり」

「は――っ! あれ、鏡也?」

「ん。おはよう総二。……なんでトゥアルフォン持ってるんだ?」

「あ、しまった! ごめん”慧理那”、騒がしくて!」

「……慧理那?」

 トゥアルフォンの向こうに総二が投げかけたのは、意外な名前だった。

「姉さんからか?」

「ああ、相談があるって――え、ちょっと待って。え、え? いるけど………切れた」

 トゥアルフォンをまじまじと見やりながら、総二はしきりに首を傾げる。

「鏡也。慧理那からの相談って……何か心当たりあるか?」

「……いや、特に何も聞いてない。それよりも総二。お前、何時から姉さんを名前で呼ぶようになった?」

「ん? ああ、いま電話している時に、自分だけ”会長”って呼ばれているのが疎外感があるというか……そんなだから、名前で呼んで欲しい、自分もそうするからって」

「ほう」

 若干、鏡也の声が低く聞こえた。

「ただ、鏡也がいるのかって言われた途端、観束君に戻ったけど」

「何だそれは?」

「知らないよ。鏡也に心当たりがないなら、俺には尚更分からないし」

 こんな朝早くにわざわざ電話する程の相談事。余程急な話なのだろうと想像に難くない。考えてみても、鏡也にもやはり心当たるところはない。

「今日、休み時間にでも聞いてみよう」

「頼むよ――さて。そろそろ、あっちもどうにかしないと」

 総二は深い溜め息とともに、背中を向け合ってモジモジし合う愛香とトゥアールを元に戻すべく、ベッドから降りるのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 一度自宅に戻り、転送レンズで再び観束家にやってきた鏡也。勝手知ったると中に上がれば丁度、リビングに総二が降りてくるところだった。

「おお、丁度いいタイミングだったか」

 共だってリビングに入ると、愛香とトゥアールが揃ってソファーに座っていた。

「あら、総ちゃん。鏡也くんも。これ、ニュース見てみて! うわぁ、凄いことになっちゃってるわよ」

 まるで一人飯を堪能する個人営業マンのようなことを言いながら、未春はテレビを差した。見てみれば朝のワイドショーのトップニュースのようだ。

 

 『ツインテイルズをハリウッドが映画化』

 

 思わず二度見してしまった。だが、テロップの内容が変わるわけでも現実が変わるわけでもない。そこにはやはり、同じ文字(現実)が存在していた。

 未発はついにスクリーンデビューする我が子にはしゃいでいる。実際にデビューする訳ではないのだが。

「ど、どうなってんだよ? キャストとかもう決まってるのか!?」

「真っ先に気にするのがそこか?」

「だって気になるだろ? テイルレッドは見た目小学生だぞ? アクションが出来る小学生なんているのかよ?」

「CGかもしれないぞ?」

「フルCGでもなきゃ、役者だろう?」

「昔、実際の俳優とアニメキャラを絡ませる映画があってだな」

 段々と方向性がずれていく二人を修正するかのように、記者会見の中継に画面が切り替わった。

 激しいフラッシュが焚かれる。壇上に姿を表したのは何度もアカデミー賞作品に主演しているオスカー女優だ。

 一体何故、そんな有名所がという疑問はすぐに解消された。

 テロップに『テイルレッド役』と書かれている。

「往年の名女優がツインテールにしてる……」

 愛香が何とも言えない表情で、ポツリと愛香が零した。誰も言わないけど、皆気持ちは同じだった。

 何故、どうして、このキャスティングをしたのか。そこにどういう意図があるのか。全く制作側の狙いが見えない。

 

『確かに私はテイルレッドよりも背も高いし年上よ。それを気にする人が多いだろうけど、それをカバーするのが私の仕事よ。カメラを向けられた瞬間から、私はテイルレッドになるのよ』

 

 と、英語の会見を吹き替えされる。だが、何故か件の女優の顔はそんなポジティブな発言をしているとは思えない。

「なんだか苦虫を噛み潰したような表情なんだけど……」

 英語の分からない総二がトゥアールに視線を向ける。トゥアールは目も口も横線で引いたみたいになっている。

「なあ、鏡也。これ本当に」

「聞くな。知らない方がいい」

「あ、そうか」

 全てを察した総二はそれ以上は聞かなかった。

「そーじ。アンタ、ツインテールを区別しないんじゃなかったの?」

「だって嫌々しているだろ? そんなの見たって、微妙な気持ちにしかならないだろ」

 総二は当然とばかりにそう言った。ツインテールマニアにはマニアなりの譲れないラインがあるらしい。

「しかし、殆ど隠し撮りな筈なのに、映画なんて作れるのかな?」

「そうね。でも、発表だけで世界中に発信されるんだもの。それだけ期待が大きいんじゃないかしら?」

「それもそうですが、発表したもの勝ちっていうのもあるんじゃないですか? 注目が高いってことはそれだけ、被る可能性もあるわけだし」

 トゥアールの言葉に説得力があった。旬なネタというのは早い者勝ちだ。

「だが、”ツインテイルズ”というからにはもう一人いるんじゃないか?」

 その言葉に、まさかの熟女テイルレッドの衝撃から皆の意識が帰ってきた。そう、ツインテイルズは二人いる。――現在は三人だが。

「やっぱり、こっちもキャリア女優さんがやるのかな?」

 会見は進み、今度は女優の隣に立つ男性俳優にカメラが向いた。その顔はツインテールマニアの総二ですらよく知る有名ベテランアクション俳優だ。

 一体何故、そんな有名所がという疑問はすぐに解消された。

 テロップには『テイルブルー役』と、残酷な現実を知らしめた。一瞬テロップのミスを考えたが、やはり現実は変わらない。

「……テイル………ブルーやく…………? え? ………何?」

 愛香は余りの現実に呆然としている。そんな愛香を追い打つように、インタビューが流れた。

 

『監督からのラブコールを受けたけど、僕自身ぜひともやりたいと思っていたんだ。テイルブルーに比べたら筋肉とかモリモリだけど、それ以外は大差ないって思ってるよ』

 

 そう言ってニカッと笑いながら自慢の力こぶを見せる。こちらは翻訳に偽りなく、本当にそう言っていると鏡也も分かった。

 それ以外どころか、それ以内を探すほうが困難である。しかも、カツラではなく実際に髪を伸ばしてツインテールにするとコメントしている。短髪角刈りから本気で伸ばすつもりなのだろうか。

 プロ根性の本気に敬意と畏怖を覚えていると、衣替えも近い時期にはありえない寒気が総二らを襲った。

「……あの映画、遠くない内にお蔵入りになったって報道されるかも知れないけど、良いわよね?」

 雪女も裸足で逃げ出す冷たさを発しながら、愛香が薄ら笑いを浮かべていた。

 その先に「世界一有名な山の上のサインが消し飛ばされる未来」を幻視した総二は、その世界線が来ないことを切に祈る。

「良いじゃないですか! スクリーンで暴れるブルーの姿を見て腹が捩れるぐらい笑いましょうよ!」

「公開を待つまでもないわ。今すぐ後悔させてあげるから」

「いぎゃあああああああああ! 人力で腹がよじられるぅううううう!?」

 腹を捻り曲げられたトゥアールが、後悔の悲鳴を上げた。

「そう言うな愛香。この俳優さん、本気でテイルブルーのファンだぞ?」

「………そうなの?」

 鏡也の言葉に、少しだけ正気に返る愛香。絶望の未来はちょっとだけ遠のいた。

「ああ。FN(フェイスノート)でも、何度かコメントしているしな」

 FNとは実名登録型のコミュニティサイトだ。そこで何度もブルーを賞賛するコメントを、件の俳優はしていた。

「う……無碍に出来ない」

 トゥアールを無碍に扱った挙句にこの言い草である。もっとも、トゥアールの自業自得である面が果てしないが、

「む――」

 唐突に鏡也が眼鏡を光らせた。カバンを取るとそそくさと出ていこうとする。

「どうしたんだよ鏡也?」

「すまないが、嫌な予感がするので俺は先に行く」

 そう言って、止める総二を尻目にリビングから出ていこうとする。が、その足が止まった。

「ウフフフフ………何処に行こうというのですか?」

「くっ……死に損ないが!」

 下を見れば、トゥアールが押さえるように両腕を足に絡みつかせていた。その顔は嬉々としている。本能的に何かを感じ取ったのだ。

「離せ、ヘタレビッチが! さっさと離れろ!」

「誰がヘタレビッチですか! 私は総二様の童貞を食いたい系痴女です! それと、このまま捕まえておけば面白いことになるって、私のゴーストが囁くんです!」

自分一人(スタンドアローン)でやってろ! くそ、急がないと……!」

 

『ええ。私はカエル怪人に襲われた時、ナイトグラスター本人に助けられたの。そんな私が彼の役をやるなんて、きっと運命だったのね。彼のスタイリッシュさをどこまで表現できるか分からないけど、それでも彼を間近で見た経験を活かして、頑張るつもりよ』

 

 テレビではまだ会見が続いていた。そこに映っていたのはブロンドの少女だった。スクリーンで今まで見たことがないので、新人女優なのだろう。問題は彼女の下のテロップだ。

『ナイトグラスター役』。

 その瞬間、鏡也の視界が真っ暗になり、トゥアールが潰れたカエルになった。

「何であたしが筋肉モリモリのマッチョ俳優で、あんたが新人女優なのよおおおおおおおおおお!」 

「痛てててて! そんなのはハリウッドに聞けぇえええええええ!」

「ちょっと私関係ないじゃないですか! 何で踏みつけられなきゃいけないんですかぁああああああああ!?」

「もののついでよ」

「ついでで踏まないで下さい!?」

「ぐああああああああ! 頭蓋が! 頭蓋がメキメキと立ててはならない音をたててる! 俺のせいじゃないんだから納得しろよぉおおおおおおお!」

「納得出来ないわよぉおおおおおおおおお!!」

 女幼馴染が男幼馴染の顔面をアイアンクローで締め上げながら腕一本で体を宙吊りにしつつ、異世界人をゲシゲシと足蹴にする。

「………なんだこれ?」

 その光景に総二は一言、そう呟いた。

 

 二つの死体をリビングに残したまま、ワイドショーは次の話題に移る。ちなみにツインテイルズをサポートする科学者役は老年の名俳優で、トゥアールが「何で私がお爺さんなんですか! うら若き乙女がやらずにどうして!?」などと嘆いていたが、頭を踏み抜かれて今はまた死体だ。

『続いては今日のピックアップ。今日はデビュー間もないながらも今年ブレイクの予感! 話題の新人アイドルの登場です!』

 次のコーナーは話題の新人を紹介するコーナー。司会の女性アナウンサーに呼ばれ、フレームインしてきたその姿を見て、総二は「おお!」 と、思わず声を上げた。

 付けるものが違えば野暮ったいだけの黒縁のアンダールムとフレーム。それを見事に着けこなす、総二の目さえ奪うほどのツインテールは肩を通して胸元に流れてる。

 下品にならない程度の露出にフリルを組み合わせた衣装は、正にアイドルそのもの。

『今日のゲストは善沙闇子さんです。お早うございます』

『はい! お早うございます!』

 新人らしい元気の良い挨拶を返す、アイドルの少女。総二はウンウンと頷く。

「よく磨きこまれた良いツインテールだ。この子は絶対にブレイクするぞ」

「また、何を訳の分からないことを……」

 先程、上っ面だけのツインテールを見ただけに、このツインテールは殊更、総二には染み入るようだ。

『黒いフレームのメガネがチャーミングですね。でも、コンタクトにしたらもっと可愛いんじゃないですか? 私も、コンタクトなんですよ?』

『え、そうなんですか? 死ねばいいのに♪』

 女子アナの振りに対して的確なタイミングでの毒舌。その切れ味鋭いやり取りに会場がドッと湧く。

『――それでは歌っていただきましょう。デビュー曲〈眼鏡プラネット〉です!』

 

 軽快なメロディと共に華麗なステップを踏む善沙闇子。キラリと眼鏡を光らせて歌う彼女の姿は、とても新人レベルではない。なびくツインテールは総二すら目を話せない。

 その姿をもう一人、食い入るように見ている者がいた。

「―――」

 鏡也は善沙闇子の姿に、一度だけ大きく目を見開き、そして鋭く細めた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 昼休み。鏡也は中庭で一人パンを齧りながら、トゥアルフォンを操作していた。

「……善沙闇子。デビューわずか数週間で人気急上昇中の新人アイドル。メガネとツインテールを組み合わせた全く新しいアイドルとして、注目を集めている……か」

 画面には似たり寄ったりな情報が並ぶ。鏡也は画面を消して嘆息した。

 善沙闇子。その姿を見た瞬間、強い違和感が鏡也を襲った。その意味を探る為ぬ善沙闇子の経歴を調べてみたが、やはりどう見てもただの新人アイドルだ。

 だが、あれ程の眼鏡を持つ者が早々居るわけもない。

 

 ダークグラスパー。

 

 スポットを浴びる少女の影に、かの姿が見え隠れする。

 本当ならば総二達にも話しておきたいところだが、下手に伝えるのも不味い。自分の直感が誤りであった場合、アルティメギルの動きに対して大きく後手に回るからだ。

「危険だが、直接確認するしかないか」

 問題はその方法であるが、相手は芸能人。さてどうしたものかと鏡也はパンを口に押し込んだ。

「――何が”しかない”なんですの?」

「うぐっ」

 ぬっと顔が鏡也の顔先に突き出され、驚きの余りパンを塊のまま飲み込んでしまう。当然、喉に詰まった。

「ん! んん!? ………っ!!」

「きゃああ! 大丈夫ですか鏡也君!」

 見る間に顔が真っ青になっていく鏡也の背中が、ポカポカと叩かれる。救いを求めて伸ばす手に、お茶が渡された。

「んぐ……んぐ………っ――はぁ! ……ゲホッ」

 解放された気道から空気が流れ込んでいく。咳き込みながら顔を上げれば、慧理那が申し訳無さそうな表情で立っていた。

「ごめんなさい。そんなに驚くだなんて思わなかったんです」

「いや、大丈夫……それより、どうしたの?」

 息を整えながら慧理那に尋ねる。

「いいえ。何やら真剣な面持ちだったので、気になって。何を見ていたんですの?」

「ああ、ちょっとね。……なんだかツインテイルズが映画になるって話を聞いたから」

「それでしたら、今朝のニュースで見ましたわ。本当に凄いですわね」

 

『何だあの女は! 私のナイトグラスター様が何故こんな小娘なんだ! しかも何だこのメスの顔は!! 抗議だ! 断固認めないぞ私は―――っ!』

『やめて下さいメイド長! テレビが壊れますから―――!』

『メイド長ご乱心! ご乱心―――!!』

 

「……ただ尊が、ナイトグラスターのキャスティングに随分と憤っておりましたが」

「……そっか」

 どんな修羅場だったか、想像に難くないのが恐ろしい。きっと、暴れる怪獣とそれを止めようとする特殊部隊な感じだろう。

「そういえば今朝、総二に電話してたみたいだけど……相談って何?」

 これ以上は婚活怪獣の話に触れないよう、早朝の話を尋ねる。途端、慧理那の表情が曇った。

「別に……大した事ではないです」

「なら、あんな早くに電話する必要もないだろう?」

「良いんです。鏡也君には関係ありませんから」

 ぷい。と顔を背ける慧理那。こうなると梃子でも動かない。具体的にはおもちゃコーナーに陣取って不動明王と化す幼児の如き堅牢さだ。

 これ以上は詮索は無駄だと、鏡也は話題を返る。

「電話といえば今朝、総二に『名前で呼んで欲しい。自分も御束君じゃなくて総二君って呼びたい』とか言ったそうだけど?」

「ふぇ!? な、何でそれを知ってるんですの!?」

「いや、普通に総二から聞いたんだけど………もしかして、気にしてたの?」

「え、いえ……そんな事は」

 ない。と言い切れない慧理那は静かに目を逸らした。若干、顔が赤らんでいる。その表情に鏡也はしみじみと呟いた。

「姉さんも色を知る年頃になったか……」

「い、色ってなんですか! 子供扱いしないで下さい!」

「してないって。でも、こうして弟離れしていくんだなと思うと感慨深く思うよ」

「だからどうしてそう、子供扱いなんですか!? 私はお姉ちゃんなんですよ!」

 むう、とこれでもかと頬をふくらませる慧理那。身長差もあり、どう見ても年下である。だが、鏡也はそんな慧理那にクスリと笑った。

「よく知ってるよ」

「っ……!? も、もう! 鏡也君!!」

 からかわれたと思ったのか、慧理那がポカポカと叩いてくる。両手でそれを受けながら、鏡也はひょいひょいと逃げまわる。それを軽く涙目になりながら追いかける慧理那。その光景は仲睦まじい兄妹のようだった。誤字ではない。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 三階の渡り廊下を歩く女性。高級そうな着物を着こなし、凛とした雰囲気をまとっている。その後ろには数人のメイドが続いている。

「まったく。どうしてこう碌な相手がいないのかしら?」

 女性は沈痛な面持ちで、頭を振った。家庭の事情に頭を悩ませているのだ。

「あら……あれは?」

 廊下の窓から中庭が見えた。そこには学園の制服を着た男女が戯れていた。その内の一人が自分の娘であることに気付き、女性は後のメイドに尋ねた。

「あの男子生徒は……誰かしら?」

「あれは……あ、御雅神家のご子息の鏡也さんです。先日もお屋敷に遊びに来られていました」

「まあ。随分と大きくなったので、分からなかったわ。昔は何度も屋敷にしていたというのに……私も、歳を取る筈ですね」

「理事長。そろそろ――」

「ええ。行きましょう」

 そう言って、窓から視線を外し――チラリともう一度二人を見やり、陽月学園理事長神堂慧夢は、廊下の向こうへと消えていった。

 




理事長の口調が凄く難しい。コレジャナイ感にあふれている・・・。


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原作キャラの、原作にない絡みを考えるのは楽しいですね。
こういうのが二次創作の醍醐味だと思っています。


 日曜。自室のベッドに転がって、鏡也は今日も善沙闇子の事を調べていた。だが、内容はさして変わらず。せいぜい、記事のページが増えたぐらいで大した収穫はなかった。

「やはり、スケジュールを押さえるのは難しいか」

 新人とはいえ相手は芸能人。コンサートなどはまだしも、テレビ局やラジオ局の出入りなど容易に調べられる筈もない。

 調べられそうなのが一人いるが、不確定な状況で借りは作りたくない。

「ふう……アルティメギルも出ないし、平和なものだが……逆に不気味だな」

 トゥアルフォンをベッドに投げ、鏡也は体を起こした。あれだけざわめいていた眼鏡も、今は静かなものだ。その静けさが余計に不安を煽る。

「こういう時は気分を変えるべきだな」

 鏡也は立ち上がると、ショーケースの引き出しを開けた。そこには幾つもの眼鏡が並ぶ。

 だが、それらは全て新品ではない。レンズやフレームに摩耗や傷が見える。種類も遠視用、近視用、両用、果てには老眼鏡まであった。

 そこにあるのは全て、様々な事情から役目を終えたものだった。

 鏡也はその一つ一つを手に取り、クロスで磨き出す。指先に伝わる冷たさが、その眼鏡に刻まれた人生を感じさせる。

 そうして一つ一つを丁寧に手入れし、再び仕舞う。そして今度は机の引き出しから、古い眼鏡ケースを取り出した。

「あれからもう、大分経つんだな……」

 ケースを開ければ、そこには子供用の眼鏡が収められていた。レンズは割れ、フレームは歪み、本来の機能はどうしても果たせない状態だった。

 それを見つめる鏡也の瞳は、望郷の念にも似ていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 新緑の色に包まれる神社。ただぼんやりと佇む一人の子供。親の姿は見えない。ちょっと目を離した隙に、一人で彼が家から出て行ってしまったのだ。

「………まよった」

 この町に、彼は引っ越してきたばかりだった。当然、土地勘などない。だけど、ふらりとどこかに行ってみたくなった。結果、迷子だ。

 だが、彼は泣くでもなくただぼんやりとしている。眼鏡越しの瞳はどこか、世界を達観しているようにも見えた。

 

 ヒュ―――ベシッ!!

 

「ぶ―――っ!?」

 唐突に、彼が吹っ飛んだ。受け身も取れずに砂利に倒れると、その脇にゴムボールが転々と跳ねていく。どうやら、飛んできたこれが顔面に命中したようだ。

「あー、ごめ~ん。だいじょーぶ?」

 ボールを飛ばしてきたであろう女の子が、髪を揺らしてやってきた。

「だ……だいじょぶじゃない……!」

 顔を打ってヒリヒリするやら。ジャリのせいで痛いやら。体を起こし、顔い手をやると、彼の表情がハッとなった。

「あ……ああ…………!」

 眼鏡が、ひしゃげていた。子供用のために強化プラスチックレンズを使用していたのに、見事に割れていた。

「う……ぐす………ふぇええええええええん!」

 彼は迷子の時も痛い時も泣かなかったが、眼鏡が壊れたと知った途端、わんわんと泣き出した。

「えー? たかが眼鏡壊れたい程度で泣かないでよー!」

「だって……だって……えぇええええええええええええん!」

「あーもう! ほら、立ちなさいよ!」

 女の子は彼の手を掴むと強引に立ち上がらせる。そしてボールを片手で掴んで、腕を引いたまま神社の階段の方へと向かう。

「な、なに? 何で引っ張るのさ?」

「いいから! あーあ、お父さん、お母さん怒られるかなー? ……そうだ!」

 グイグイと逆らえない力で引っ張られ、彼は女の子と共に階段を降りていく。果たして何処まで行くのだろうか、住宅街を通り、やがて見えてきたのは喫茶店。店名はアドレシェンツァとある。

「あれ、愛香? また男子泣かしたのか?」

「またって何よ、またって! たまたま神社で遊んでたら、たまたま蹴ったボールが、たまたまこの子の顔に当たっちゃって、たまたま眼鏡を壊しちゃっただけよ!」

「たまたまが多過ぎる!?」

 店の入口から出てきた同い年頃の男の子が、女の子の言い分にツッコミを入れる。この若さでこの切れ味、未来への素養を感じさせる。

「……で、どうするの?」

「とりあえず、おばさんに言って怪我診てもらう。でもって、この子の家に………て、そういえば、名前なんだっけ?」

「俺、観束総二!」

「あたしは津辺愛香」

「……御雅神鏡也」

「さ、中で手当しよ」

「愛香はまず謝ろうよ」

 女の子に連れられて、彼はお店の中へと入っていった。

 

 これが御雅神鏡也が観束総二、津辺愛香の二人と初めて出会った日の出来事であった。

 

◇ ◇ ◇

 

「――本当、あの時は酷い目にあったな」

 強化プラスチックレンズをぶち割る威力のボールやら、それ喰らわせておいて結局最後まで謝らなかった愛香に、それに終始ツッコむ総二。

 余り変わってない気が、しなくもない。

 鏡也は眼鏡をそっとケースに戻し、ほかの眼鏡もしっかりと仕舞う。ゆっくりと眼鏡に触れたことで、今後の行動に関して少し冷静になれた。

 善沙闇子がダークグラスパーであるならば、その目的は属性力に他ならない。アイドル活動を通して何をしようとしているのか。

 アルティメギルならばツインテールだろうか。だが、ツインテール属性は刈り取られるまでに拡がっている。となれば、やはり――。

「眼鏡、か」

 あれほどの眼鏡力を持つのだ。眼鏡が関わっていない訳がない。となれば、相手の目的は眼鏡を拡めること……?

「善沙闇子の活動を知れないなら、アルティメギル側の動きから探るしかないか」

 今後は更に敵の動きに注意を払うことを意識し、鏡也は明日の準備をしようと――。

 

 メーガネメガネ。きちーくめがーね。俺の下であがけと言っているー。

 

「………総二か、どうした?」

 設定した覚えのない聞き覚えのある着信音に、後でとある科学者を文字通り締め上げる事を己が魂に誓約し、鏡也は電話に出た。

『アルティメギルが出た! 場所は――ハワイだ』

 

 ◇ ◇ ◇

 

 サンサンと照る太陽。美しい砂浜と白波寄せる海。常夏の島にふさわしい水着の男女が、常夏の島に相応しくない黒い者どもに追い掛け回されていた。

 だがその悲鳴はどちらかと言うと絶叫マシンのような感じだ。アトラクション感覚なのだろう。

「こんな事でなければ、南国情緒も堪能したいところなのだがな」

「お、来たか」

 先に来ていたツインテイルズと合流し、ナイトグラスターは辺りを見回す。だが、肝心のエレメリアンの姿が見えない。

 一体何処かと更に探っていると、唐突に上から声がかかった。

「あー、あなた方がツインテイルズと、ナイトグラスターさんですかぁ」

 ハッとして見上げると、そこには蝶の姿をしたエレメリアンが、その口調通りな緩やかに羽ばたきながら浮いていた。それはゆっくりと砂浜まで降りてくると、地に足が付く手前でピタリと動きを止めた。

「昆虫型……今までにいなかったタイプだな」

 今までと一線を画する相手に、レッドは自然と警戒レベルを上げた。その中、蝶形エレメリアンは恭しく頭を垂れた。

「どーも、はじめまして。私はパピヨンギルディ。ダークグラスパー様直轄部隊にしてアルティメギル四頂軍が一角、美の四心(ビー・テイフル・ハート)の先鋒としてまいりました。どうぞ、お見知り置きください」

 バカ丁寧な物言いながら、聞き捨てならない情報が幾つも含まれていた。

「アルティメギル四頂軍、パピヨンギルディ――。いよいよ、敵も侵略に本腰を入れてきたということですわね!」

 何故かイエローが活き活きとしだした。情報量過多に頭を悩ませたレッドも、彼女の理解力の高さに舌を巻いた。

 そしてもう一人、別の意味で意気の上がる者がいた。

「パピヨンギルディ。貴様がダークグラスパーの部下ならば、その目的も知っていよう。洗い浚い話してもらうぞ?」

「おお、これは怖い。ですが、聞かれて答えるほど、私もお人好しではありませんので……申し訳ありませんねぇ」

「そうだろうな。ならば、力尽くで行くだけだ」

 フォトンフルーレを抜き放ち、その切っ先を向ける。

「あーっと。その前に宜しいですか………テイルレッドさん」

「……なんだよ?」

 いきなり話を振られたレッドが戸惑いながら答える。

 

「私、あなたのですね~、唇が欲しいのですが~」

 

 瞬間、砂地が爆ぜた。ブルーが一瞬で踏み込んでパピヨンギルディの顔面に鉄拳を叩き込んだのだ。握力×速度×腕力の見事な融合によって生み出された破壊力に、ブロディアもびっくりだ。

「ははは。いやぁ~、これは手厳しい」

 派手に吹っ飛んだパピヨンギルディだったがしかし、何事もないかのように佇んでいた。

「ブルーの殺人パンチが効いていない……!?」

「流石は四頂軍。部隊員一人取っても並ではないか」

「誰がアンタなんかにあげるってのよ、ふざけんじゃないわよ! どーりで外国なわけね。海外じゃ、そういうの挨拶代わりだものね!」

「いや、海外でも唇は挨拶じゃないぞ?」

 荒ぶるブルーにナイトがツッコむ。

『まるで自分の物のように言ってるのが気になりますが、それはそれとして……レッドの唇を奪おうだなんて絶対に許せません! 私だってまだだっていうのに!!』

「女性の唇を何だと思っていますの!?」

 トゥアールにイエローも荒ぶっている。だが、それを受けてもパピヨンギルディは飄々として、動揺の一切もない。その翼を大きく羽ばたかせて、銅色の鱗粉を撒き散らし始める。それが上空に上がっていき、凝結していく。

「な、何だ?」

 それらはノートサイズの銅板となった。パピヨンギルディはひょいと指を動かす。

「さ~。行ってください~」

「危ないですわ!」

 レッドに向かって突然飛んできた銅板。イエローがレッドの前に飛び出し、胸部ミサイルを発射して迎撃する。

 ミサイルが銅板を粉砕し、その役目を終えた胸部装甲がパージされる。

「はいアウト―――!」

 解放された巨乳が揺れた瞬間、ブルーが全く揺れない駄目出しを入れた。

「え? え??」

「何で真っ先にそこなのよ!? そこは最後の最後、どうしようもない時にだけ、断腸の思いで飛ばすところでしょ!?」

「で、ですが防御はフォトンアブソーバーがありますから、装甲がなくても問題はないと……」

 オロオロしながら反論するイエローに、ブルーはなおも駄目出しする。

「大問題だから言ってるのよ! ヒーローになりたいんだったら、無闇矢鱈と露出しちゃダメ! 特にその布切れみたいなのは! また後でど凹みするわよ!?」

「わ、分かりましたわ……」

「いや、でも良いツインテールだったぜ、イエロー!」

「あ、ありがとございますレッド……はぁああ……!」

 意気消沈というか、軽く凹んだイエローに レッドがフォローを入れる。が、途端イエローが甘い吐息を零し、顔を紅潮させる。

「しまった……なにかミスった気がする」

「気のせいではなく、確実にやらかしたな」

 要らん事をしたとレッドは軽く後悔し、ナイトは容赦なくツッコむ。

「いや~、凄い破壊力ですね~。なかなかやりますね~。脱ぐツインテイルズさん」

「イエローを飲むヨーグルトみたいな呼び方するな!」

「あの銅板は迎撃しなくても大丈夫ですよ~。近くに寄ればスキャニングして、こんな風に写しますから~」

「うげ……」

 空中に浮かぶ無数の銅板には幾つもの唇の跡があった。その光景にレッドならずともドン引きである。

「生態的に体に触れてきたりはしないだろうとは思っていたが、変態に天井が存在しないとは……」

「上位部隊になると、変態度も上位になるのか……難儀な組織だな」

 唇が空を占めるある種のホラーな光景に、パピヨンギルディは満足そうに指を這わせた。

「やっぱり少女の唇は良いと思うのです。小さくて、実に可憐です」

「よし、殺そう」

 完殺者(ジェノサイダー)となったブルーがウェイブランスを展開する。パピヨンギルディの周りに、殺気まで砂浜を元気に走っていたアルティロイドが集まり、ブルーを迎え打たんと構えた。雉も鳴かずば撃たれまいに。

「――ごめんなさい。先に謝ります」

「い、イエロー?」

 何故かイエローが息を荒げだした。顔の紅潮は更に大きくなり、瞳が潤んでいる。

「もう……さっきレッドに褒めてもらってから………我慢の限界ですわぁあああああ!」

「ちょ待て――うわぁあああああああ!?」

 イエローが雄叫びを上げて全砲門を展開した。砂地故にアンカーロックできない状況でそんな事をすれば――」。

「ちょっと! そこら中にばらまいて――――!」

「もうダメですわ! 脱ぎたい衝動が魂を震わせてしまって、止められないですわ―――!」

 射撃の反動でそこら中をねずみ花火のように転げ回りながら、イエローが恍惚に高笑いしながら、脱いでいく。口元からよだれを垂らしながら、脱いでいく。唇に負けない程の恐怖だ。

「ブルー! 何かイエローを止める様なアドバイスを――」

「属性玉〈学校水着〉!」

 ブルーは速攻、砂の中に潜った。一度あれにふっ飛ばされているからか、判断に迷いがない。

「逃げるなぁあああああ! くそ、ナイトグラスター! お前だけが頼りだ!」

「ん? 満足するまで撃たせれば良いだろう? どうせ、もうすぐ全部終わるし」

「涼しい顔で全部躱せるからって好きなこと言うな! うわわわわ!!」

 飛び交う弾丸を苦もなく躱し続けるナイトグラスターに、飛び交う弾丸を必死になって躱しながらレッドがツッコミを入れ、弾幕に巻き込まれたアルティロイドが次々に消し飛ばされる。

「いい感じですわ! いい感じですわ!! いい感じですわぁああああああああああああ!! オーラピラァアアアアアアアア!」

「あー、涎の垂れた唇もいいですね~。ですが痛いですね~」

 ついに全部脱衣したイエローが、ユナイトウエポンを展開する。そののんびりとした性格のせいか、この無差別砲撃を躱すことなく浴び続けるパピヨンギルディをオーラピラーであっさりと拘束した。

完全解放(ブレイクレリーズ)、ヴォルティックジャッジメント―――!」

「あ、そういえば戦力調査するように言われてたんでした~。はっはっは、怒られちゃいますね~」

 イエローの必殺技がパピヨンギルディを容赦なく撃ち抜いた。

「しかし、キスじゃなくてキックとは~。参りましたね~」

 呑気な遺言を残し、パピヨンギルディは爆発した。肩書の割にあっさりとついた決着にレッドは激戦の後のような深い溜息をついた。

「なんだか異様に疲れたぜ。結局、何しに来たんだ、あいつ?」

「威力偵察、というやつだろうな。戦力調査のために来たと言ってたようだしな」

「よく聞き取れたな」

 感心するレッドを尻目に、ナイトグラスターはイエローの元に向かった。ハイテンションでエネルギー、体力を使いきったイエローが砂浜に倒れていた。

「今日は……ヒーロー出来ましたわ……これで、テイルイエローのマイナスイメージも……払拭できましたわ………」

 今回の戦いで汚名返上できたと、イエローは満足そうに瞼を閉じた。その体をナイトグラスターは抱き上げた。

「あんな大暴れしたら、汚名返上もないでしょうに」

 ブルーが何事もなかったかのように砂浜から戻ってくる。視線を送れば、せっかくのサンセットビーチが跡形も無い。

「しかし、イエローの脱ぐ癖は何とかならないのか? このままじゃ、理想のヒーローなんてなれないぞ?」

「だが、考えようによってはこの場所に一番相応しい格好をしているのはイエローと言えなくもないがな」

「限定的にも程が有るけどな。にしても……幸せそうに寝てるな」

 レッドがイエローの顔を覗きこめば、それはもう満ち足りた寝顔であった。

「今はそっとしておこう。………どうせ、すぐに辛い現実を知るのだからな」

「うふふ………やりましたわ………これで、ひーろー……」

 明日のニュースに、イエローが心を折られないかを心配しながら、一同は基地へと帰還するのだった。

 

 

 ちなみに、不用意に基地に帰還したせいで尊と遭遇してしまったナイトグラスターがまず、辛い現実を知ることになってしまったのは余談である。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

「パピヨンギルディがやられたようじゃな」

「え? 蝶の人やられたん?」

「だが、あやつは四天王の中でも最弱……」

「え? 〈美の四心〉に四天王なんておった?」

「ええい! いちいち茶々を入れるな! 関西弁のくせにまともなツッコミもできんのか!?」

 ダークグラスパーがバシバシと、手にしていた書類を机に叩きつける。そんなことを言われても、メガ・ネはロボットであり、関西人ではないのだから、西側必須スキルを期待されても困るというものだ。

「こういうのは様式美だ。黙って聞いておいてやるのが正しい対処法よ」

 ダークグラスパーの執務室に3メートル近い体躯の影が現れた。獰猛な猟犬を思わせる面は三つ首。編み込まれた縄のような蛇がその首に巻き付いている。

 その鋭い視線を受けて――メガ・ネは軽く手を上げた。

「おお! お久しぶりやなケルベロスギルディはん。ごめんなー。うちのイースナちゃんがわがまま言うて~」

「黙れ! オカンかキサマは!」

「相変わらずのようだな、メガ・メプチューン=Mk.Ⅱよ。息災で何よりだ」

 ケルベロスギルディと呼ばれたエレメリアンは慣れたものと、ソファに腰を下ろした。目の前のテーブルに、メガ・ネがさっとお茶を出す。当然、お茶うけも忘れない。行き届いた心遣いだ。

「そんでここに来たっちゅーことは、またプロデュースやってくれるん?」

「うむ。もう最後と決めていたのだが……インスピレーションが来てな。今度こそ、今回が最後だ」

「………それ、もう七回目やろ? いっそ、現役復帰したら良えやない?」

「現役復帰してもどうにもならない。だから、引退したのだ」

「でも、こうしてまたイースナちゃんに呼ばれて来とる訳やし」

「これが最後だ。今度こそ、本当にな」

「あ。せやせや。前に教えてもらったセーターの編み方やねんけどな。ちょい分からんところが……」

「む。それはここをこうして……こうだな」

 

「ええい! こっちを無視して和やかに話を進めるでないわ!!」

 

 バシバシと机を叩き、必死にアピールするダークグラスパー。危うくFOしそうになった危うさに冷や汗が垂れている。

「今はセーターなどどうでも良いわ! それよりもわらわのプロデュースの話だ!」

 ダークグラスパーは手にしていた紙の束をケルベロスギルディに投げた。それを受け取ると内容に目を通した。

「これは……スポンサー契約の書類か」

「スポンサーが付けば、活動の幅も大きくなろう。だが制約も増える分、自由が効き辛くもなる」

「個人的には様子見をするべきだな。活動の自由さが阻害されるのは痛い」

「うむ。しかし、個人的には接触を嘗みたいところではあるがな」

「……? どういう意味か?」

「ん~? ――あ、イースナちゃん。これって」

 メガ・ネがひょいと書類を覗き込む。そこに幾つもの契約事項と、最後に企業名が書かれてあった。

 

「株式会社MIKAGAMI……あの、御雅神鏡也の実家じゃ」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 どうにかこうにか婚活戦士ゼクシイ尊の襲撃を逃れた鏡也は、自宅にて魂が抜かれたようにベッドに伏していた。

 そこに聞こえてきたのは父である末次が帰ってきた音であった。母である天音が出迎えたのだ。

 文字にするのも憚られるぐらい、新婚ムードの抜けない夫婦の会話に鏡也は軽い頭痛を覚え、キッチンに水を飲みに向かった。

 

「スポンサー契約? 善沙闇子と?」

 

 そこで、聞き流せない話を耳にした。

「ああ。最近、人気も上がっている注目アイドルだし、それに感じるんだが……あの子の眼鏡に対する愛情というか、執着というか……こだわりが、アイドルのキャラ付けのようなものではないと感じたんだよ。ちょっと前にも眼鏡を売りにしているタレントがいたけど、ああいう偽物ではない、本物の気配というやつがね」

「………」

 本物の気配。確かにそうだろう。確証こそないが、善沙闇子はダークグラスパーだ。時を重ねるごとに確信を強めていた鏡也にとって、末次の言葉は納得出来るものだった。

 そして同時に、これほど好都合な状況はない、と。

「……父さん。俺も実物の善沙闇子に会ってみたいんだけど?」

「なんだ? もしかしてアイドルに興味が出たのか?」

「……まあ、少しは。ダメかな?」

 できるだけ平静を装いながら、鏡也は末次に懇願した。

「ううむ。……仕事の邪魔をしないなら、話を通しておこう」

「っ……ありがとう、父さん!」

 鏡也はグッと拳を握り締め、末次に感謝した。

 

 

「末次さん。どうしてあんな約束をしたんです?」

 鏡也のいなくなったリビングで、末次のグラスにビールを注ぎながら、天音が尋ねた。

「いや……公私混同というのは分かっているんだけどね。でも、あの子がわがままを言うっていうのが……嬉しくてね」

「最後に言ったのは……フェンシングを習いたいって言った時だったかしら?」

 ずっと昔のことを思い出し、天音は懐かしい気持ちに駆られた。

「しかし、芸能人に興味があるとは……」

 末次は末次で、息子の意外な一面につい、笑いが溢れてしまった。

 

 

 

 こうして、鏡也は善沙闇子と接触するチャンスを得たのであった。




さり気なく、酷い目に遭っている主人公ぇ……。


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3巻の話はほぼ、慧理那とダークグラスパーの話なので、主人公が動かしやすいかと思いきや、時系列の整理が難しかったという罠。


 ある日の放課後。陽月学園高等部の廊下に怒声が響いていた。

「いい加減に校内で暴力行為はやめて下さい! 私がめり込んで壁が壊れたらDIY研究会がさっとやって来て直しちゃうぐらいに、皆慣れちゃったじゃないですか!」

「あたしだって好きでやってんじゃないわよ! あんたが要らんことするからでしょーが!」

 部室に向かうその途中。進んできた道に残る爪痕をDIY研究会が手際よく修繕していくのを背景に、二人のいつも通りのやり取りをBGMにして、総二達は部室に向かっていた。途中、また壁に被害が出たりしたが、概ね平和である。

 

 ハワイでのパピヨンギルディ以降、エレメリアンは出ていない。懸念通り、ニュースやネットで大叩きを喰らったテイルイエローこと、神堂慧理那がまた凹んでいるぐらいなものだ。

 そんな慧理那は今日は生徒会の為、部室には来れない。だが、生徒会長の立場を考えればしかたのない事だ。

 部室に入ってお茶など淹れつつ待っていると、ドアが開いた。

「おお、揃っているな」

 いつの間にかツインテール部の顧問に納まった桜川尊である。体育教師の肩書であるにもかかわらず、常時メイド服だ。護衛任務で来ている筈なのに護衛対象から離れてて良いのかという気もするが、その辺りにも一悶着あって、慧理那がテイルイエローになって以降、自分の存在意義についてかなり悩んでいたらしい。

 どれだけ強くなろうと、慧理那を護るのは別段エレメリアンに限られた話ではない。不意な事故、事件、良からぬことを企む相手もいよう。そういうのからも護る必要性を必死に説いて、どうにか立ち直った経緯があった。

 学園内は比較的安全であるし、総二達も何かあれば駆け付けられるので、学園ではこうして、教師としても活動がメインになっていた。

「さて、早速活動報告と行きたいのだが……お嬢さまの()()は、どうにかならないのか?」

()()、ですか……現状、無理でしょうね」

「そうか……大分、落ち込んでいらっしゃるからな」

 総二の答えに尊は軽く肩を落とした。

 悪評が大きいとはいえ、基本的に公衆の面前で脱ぐのと物理的な被害ぐらいしかない。人が聞けばそれで十分だろうと言いそうだが、ブルーのそれはイエローのそれを尽く上回る。ハワイでの一件も、何だかんだでイエローよりもブルーの悪鬼も裸足で逃げ出す形相ばかりが放送されていた。

 そのツインテールは悪魔の証明――デビルツインテールだの、ツインテールのシルエット入りライトを夜空にかざせばやってくるだの、黄金のコウモリが現れると、高笑いとともに登場するだの、どこからともなく現れて超時空シンデレラをスレイヤーするだのと都市伝説が実しやかに囁かれている。

「あの……一応言っておきますが、あれはテイルギアに強制されてのものではありません。本人の無意識下にある願望――其処に起因しているんです」

「……立場ゆえの反動か。のびのびとされているのは喜ばしいのだが、このままではなぁ」

 備え付けのテレビを点ければ、件のニュースである。テイルレッドが地元金髪美女にもみくちゃにされ、ツインテールを触ったり触られたりしている。そのせいで愛香がまた不機嫌になり、詐欺だとか訴訟だとか、四月当初に聞いたことのあるような言葉が愛香から飛び出しているが、鏡也は我関せずとお茶をすする。

 その脇を、何故か顔を真っ赤にした愛香が通り過ぎていく。何があったのか、湯呑みを傾けたまま、視線を送る。どうやらテレビを消すつもりのようだ。だがそれなら、リモコンで充分――。

 

 ドスン―――!!

 

「「ぶっ――!」」

 テレビの液晶に愛香の手刀が突き刺さった。

「お前、何やってんだよ愛香!」

「え……うわぁ、何で!?」

「まさか物理的に消しにかかるとは予想外だった」

 見事にぶち抜かれたテレビは完全にご臨終だった。このまま四九日を待たずに輪廻転生(リサイクル)されることであろう。

「まあ、ファンは大事ですよ。私だって現役時代、引っ張りだこでしたし。アンチばっかりの愛香さんには理解できないでしょうけどね~ウププ~」

「………そういえば、あのイースナってのもあんたのファンだったのよね。そんなに印象に残るやつだったの?」

 テレビのフレームをアルミ缶のように軽く握りつぶしながら、愛香が話を振ると、ブルッと体を震わせながら、トゥアールは答えた。

「印象に残る残らないにかかわらず、幼女のファンは皆覚えていますよ。ただ、イースナが色んな意味で困った部類であったというだけで」

「覚えているのは幼女ばかりか。お嬢さまに手を出すなよ?」

 ジト目で忠告する尊に、トゥアールは静かに笑顔を返すだけだった。そんな様子に尊は軽い溜め息を吐いた。

「そのお嬢さまのことで、いささか問題が起きている」

「問題?」

 尊はその問題について語りだした。

 テイルイエローとしての活動を始めてから、慧理那の生活リズムも崩れ、何よりツインテイルズの活動を公にできないせいで、出動=無断外出とされているようだ。

「そういえば大久先輩も、姉さんが授業中に居眠りしてたとか言っていたな」

「生徒会の方も身が入らなくてな。もちろん、頑張ってはいるのだが……そういう事で、奥様がたいそうお怒りでな」

 生活態度の悪化を、母親が怒るというのは、保護者として当然の話だ。だが、そこに色々と複雑な内情が絡んでくる。

「たしか会長のお母さんって……うちの理事長でしたよね?」

「うむ。元々、別の学校に通っていたのを陽月学園に入学するようにしたのも奥様なのだ。その辺りに神堂家の事情が絡んでくるのだが……済まないが、他言無用に願いたい」

「もちろんです。誰にも言いません」

「口約束では心許ない。これにサインを貰えるか?」

「そこは俺への信頼を担保でお願いします」

 差し出された婚姻届を、右から左に流す総二。この対応力がなければ、テイルレッドなどやれないのだろう。

「おばさんが怒ってるって……もしかして、相当やばい状況ですか?」

 少し考えながら、鏡也は尊に尋ねた。

「鏡也さんは知っていると思いますが……神堂家には掟がある。神堂家の女性は皆、十六になると同時に伴侶を探し、十七までに見つけて結婚まで過ごす、というしきたりがあるのだ」

「何よそれ! 今時そんなのあるんですか!? 21世紀にもなって!?」

「落ち着け愛香。古い家にはそういうのがつきものだ。実際、おばさんも結婚したのは十八になったと同時の筈だ。でも、確か姉さんは……?」

 興奮する愛香をたしなめながら、鏡也はそのしきたりに関わるある事を思い出した。そして、眉を潜めた。

「お嬢さまは生徒会長としての活動を頑張ることを条件に、その婿探しを引き伸ばしにして貰っているのだ。奥様も、自分の経緯もあるから、無理にしきたりを守らせるつもりはなく、その関係でこの陽月学園に転入させたのだ。だが――」

 そこまで言えば、話は見えてきた。生徒会長としての活動に加え、ツインテイルズの活動が上乗せされたせいで、その条件が崩れてしまったのだ。

「ここ最近、見合いの話が頻繁に来ている。正直、その一つでもこちらに回してくれればと思うのだが……相手も良い所の家柄だからな。一介のメイドには無理な話か」

 世知辛いのもだと、尊は首を振った。総二達は、庶民感覚から逸脱した話に半ば呆然としていた。

「一介のメイドって……尊さん、神堂家の養女じゃないですか」

「いやまあ、そうなのだが」

 

「「―――はあ!?」」

 

 鏡也がぶん投げた爆弾が爆発した。

「桜川先生が養女……だって苗字違う!」

「普通に別姓名乗ってるだけだぞ? 戸籍上は姉さんの姉になる」

「マジかよ……知らなかった」

 これまた唖然とした総二達にコホン。と咳払い一つして尊は話を続けた

「メイド一同は基本中立であるが、お嬢さまが悲しむ顔は見たくない。見合いに関しても裏で動いているが……何かあった時は協力を仰ぐかもしれない」

「もちろんです。俺達にも責任がありますし……なにより、慧理那は大事な仲間ですから」

 総二は力強く答えた。愛香もトゥアールも空気を読んでか、頷いて返した。

(あの慧夢おばさんがそこまでするなんて。厄介なことにならないと良いが……)

 鏡也は慧夢のことを思いだしながら、今後の不安を心の中に留めた。

 

 ――自分の属性力の一つが『旗起(フラグメント)』であることをすっかり忘れて。

 

 

 結局、今日もアルティメギルの出現はなく、帰宅することになった。鏡也達は下校準備をしていた。

「あ、しまった。忘れ物をした。すまないが先に帰ってくれ」

「何を忘れたの?」

「弁当箱だ。鞄を整理した時に出したままにしていたみたいだ」

「別に待ってるぞ?」

「いや、すぐに追いつく。いざとなれば転送で飛べばいいからな」

 総二たちに別れを告げ、鏡也は教室に戻った。すでに校内に人影は殆ど無く、運動部も段々と数を減らしている。

 室内に入るとやはり弁当箱は机の上に置かれたままだった。それを鞄に詰め、総二たちの後を追いかける。

「もし、鏡也さん?」

 階段を降りようとしたところで声を掛けられた。凛とした、力強さを感じさせる響きに鏡也は自然、振り返っていた。

 居たのは和風をピシっと着こなした、慧理那と同じツインテールの理知的な女性。

「……神堂理事長」

「久しぶりですね。一度遠目に見かけた事はありましたが、こうして改めて見ると、随分と男らしくなりましたね」

「いや、そんなことは……」

 陽月学園理事長――神堂慧夢の登場に戸惑い、鏡也は苦笑いしか返せなかった。なにせ、先程まで神堂家のお家騒動を聞いていたのだ。その当事者の予期せぬ登場となれば仕方ないことだ。

 そんな内心の動揺を気付かないのか、それとも意図的に見ないのか。慧夢は話を続けた。

「最後に会ったのは何時だったかしら。慧理那が陽月学園に転入する時だったかしら? 男子三日会わざれば刮目して見よ、とはよく言ったもの。顔つきも一段と男らしくなりましたね」

「あ、ありがとうございます。それで、理事長はどうしてこちらに? 何か用でしょうか?」

「いえ、用と言うほどでは……。すこし、鏡也さんに尋ねたいと思いまして」

「俺――自分に、ですか?」

 なんだろうか。鏡也は僅かに身構えた。

「最近、慧理那と仲が良いようですね。このところの慧理那に、何か変わったことはありませんか?」

「変わったところ、ですか?」

 何かどころか、思いっ切り変わってしまっているのだが。変身的な意味で。だが、そんなことは口が裂けても言えないので何とか誤魔化そうと試みる。

 が、それよりも早く慧夢が続けた。

「このところ、無断で出歩き、門限を過ぎることも事も多いのです。尊に聞いても逸らかすばかり。昔はあんな子ではなかったというのに」

「あ、えっと……姉さんも色々とあるんじゃないですか?」

「つまり、心当たるものはあるのですね?」

「………」

 慧夢の視線は鋭かった。その場しのぎの嘘やごまかしなど容易く看破するだろう。鏡也は一度、小さく息を吐いた。

「――慧夢おばさん。姉さんは今、新しいことをしています。今はまだ、不慣れな部分も多くて乱れている所が多いと思います。でも、どうかこのまま姉さんを信じて見守ってくれませんか?」

「――何をしているかは知りませんが、そのことが原因で生活が乱れているというなら、そういう訳には行きません」

「神堂家の掟は知っています。生徒会長の仕事をしっかりと行うことで、それを引き伸ばしにしていることも。だから、見合いの話を進めているということも」

「……尊から聞いたのですね。元々の約束を破ったのです。当然のことでしょう?」

 慧夢の言葉は一見すれば尤もだ。だが、視点を変えれば見えるものは変わる。

「でも、そこにどれだけ姉さんの意思があります? 姉さんは今、自分の意思でやろうとしている最中です。それは蔑ろにされても仕方ないと言うんですか? 生徒会長の話だって、見方を変えれば言われたから努めているだけだと思えませんか?」

「それはあの子が、ツインテールと同じで未熟だからです。それに、当初の約束を守れない時点で、そもそも話にならないのです」

 慧夢の瞳が細まる。神堂を統べる者としての、頂から見下ろす瞳だ。彼女は決して慧理那を愛していない訳ではない。むしろ深く愛している。鏡也の母――天音にも負けない親バカだ。それを知ってるからこそ、言わなければいけない。

「……未熟であることの、何が悪いんですか?」

「なんですって?」

「誰もが最初から完成しているわけではありません。慧夢おばさんだって、そうだった筈です。未熟と揶揄した姉さんのツインテールと同じように」

 誰もが最初はそうだ。始まりから、道を極める者など居ない。千里どころか終わりさえ見えない。求道とは何かと問わず、そういうものだ。

 だからこそ、それを知るからこそ、どうしても言いたい。

 

「未熟であることは、罪じゃない――!」

 

 気付けば、声を荒げていた。慧夢を、キッ! と見据え、ぶつけていた。不意であった驚きか、慧夢は僅かに身動ぎ、顔に紅が差していた。

「俺に、ツインテールの機微は分かりません。それでも、姉さんがやろうとしていることは、きっと正しいと信じています」

 鏡也は礼を失したことを詫び、踵を返す。階段を降りていくその背中に、慧夢の声が静かに届く。

「それでも……木を見て森を見ぬ者はいても、森を見て木を見ぬ者はいないのです」

「なら、俺は森の中であえて木を見ましょう。誰もが森を見なきゃいけないなんて、決められてませんから」

 鏡也は振り返らずにそう答え、階段を降りていった。

「貴方は………慧理那の事をそこまで」

「……え?」

 そこに僅かに聞こえた言葉。思わず足を止め振り返るが、慧夢の背が消えるのが見えただけだった。

「……?」

 何を言ったかよく聞こえなかったが、取りあえずは納得してくれたのだと判断し、鏡也は総二らの後を追いかけるのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 土曜日。半日の授業を終えた鏡也はとあるスタジオにいた。

「いい? 絶対に仕事の邪魔をしないこと。あくまでも見学だからね?」

「はい。大丈夫です」

 このスタジオでは、善沙闇子の発売するCDジャケットの撮影が行われていた。MIKAGAMIの営業担当者に注意を受けながら、共に中へと入る。

「ここが写真撮影のスタジオ……結構、広いんですね」

 初めて見るスタジオは、予想よりも閑散としていた。実際に使われているのはほんの一画で、照明が煌々と照らされるそこのせいか、スタジオ全体は暗い。それ以外は機材の置き場や簡易な仕切りが設けられている。

 そして今、正にカメラのフラッシュを焚かれている少女――善沙闇子がいた。

「………」

 遠目に見る彼女の姿は、アイドルとして確かに輝いていた。その眼鏡は見るものを魅了する、魔性の輝きだ。

 やがて写真撮影が終わる。

 いよいよだ。鏡也はここに来る前に、テイルグラスを外して普通の眼鏡に変えている。こちらの正体を露見させないためだ。

 緊張を抑えながら、担当者の後に続く。

「はじめまして。MIKAGAMIの佐伯と申します。先日の件につきまして――」

 早速、スポンサー契約に関する話をするのを、鏡也は少し離れたところから見ていた。しばらくして話が終わったのか、佐伯が席を立った。

「――ところで、そちらの人は?」

「え? ああ、彼は社長のご子息で、闇子さんのファンだというので」

「それは光栄です」

 善沙闇子は鏡也に視線を向け、微笑む。アイドル特有の営業スマイルだ。鏡也も軽く会釈する。善沙闇子は鏡也の前まで来ると、手を差し出してきた。

「はじめまして、善沙闇子です。ところで眼鏡、お好きですか?」

「その問は、まさしく愚問。という他ないと思います」

 差し出された手を握り返し、鏡也は答えた。

 

 善沙闇子と眼鏡について存分に語り合い、鏡也は長居するわけにも行かないとスタジオを後にした。人並みを過ぎる中、一度だけスタジオを振り返る。

「やはり、善沙闇子はダークグラスパー本人だったな」

 目前に見据えた彼女の圧倒的なプレッシャーは、余人であるならば立っていることさえ出来ないであろう。それ程の力を持つ眼鏡を、果たして見たことがなかった。たった一度以外は。

「こちらの正体は知られていない。次はもう少し踏み込んでみるか」

 正体がわかった以上、次は彼女の目的だ。アルティメギルの幹部がアイドル活動しているという異様。そこに在るであろう策謀を看破するために、必要なのは情報だ。

「……さて、総二達には説明するべきか」

 だが、眼鏡属性を持ち、あれだけ眼鏡力をぶつけ合った自分でさえ、こうして会うまで正体を看破できなかった事実。答えは見えていた

 認識阻害装置(イマジンチャフ)。それもかなり強力な。果たして言葉だけで説明して何処まで届くか。

「下手に教えると、トゥアールあたりがどう動くか分からんな。最悪、こっちの正体を掴まれるかも知れん」

 なにせ相手はトゥアールの同郷にして、その活躍を間近で見てきた相手だ。警戒するに越したことはない。

「それに……奴も俺の正体には気付けなかったようだしな。現状維持がベターか」

 このまま、様子を見ることに方針を決め、鏡也は足を再び家路へと向けたのだった。

 

 

 アルティメギル基地内。ダークグラスパー私室。そのドアが開く。

「おお、お帰りイースナちゃん。……何や、随分とご機嫌やな?」

「当然じゃ。なにせ………くくくっ」

「うわぁ~、何やその笑い方。気持ち悪いんやけど」

「うるさいわ!」

 ダークグラスパーことイースナはバッグを投げ捨て、ソファーに身を投げだした。

「ナイトグラスター。あやつの正体がわかったわ」

「え? ホンマに?」

「――御雅神鏡也。あやつがナイトグラスター本人じゃ。トゥアールの作ったテイルギアは持っておらなんだが、間違いない。あれだけ眼鏡力を持つ者が他にいる筈がないからのぉ」

 イースナはにやりと笑う。レンズの向こうに見える瞳は邪悪な光を湛えている。

「せやけど、それやったらイースナちゃんの方も危ないんやないの? 眼鏡力なんたらかんたら言うたら、向こうかて分かるんやない?」

「はっ。あやつの眼鏡程度に看破されるようなわらわではないわ。むしろわらわの魅力でメロメロじゃ!」

「………」

 いや、それはないやろ。とは、メガ・ネは言えなかった。

「それでどうするん? このまま攻撃しかけるん?」

「いいや。このまま素知らぬ顔で接触を続ける。あやつの後ろにはトゥアールがおる。そこに辿り着くには、今はあやつしか手掛かりがないからの」

 イースナは神眼鏡に触れる。そしてそのまま、ソファーに転がったまま服を脱ぎだした。

「……取り敢えず、シャワー浴びる」

「だから、いつもいつも服を脱ぎ散らかしたらあかんて言うとるやろ!!」

 ぽいぽい。と服を投げ捨て、シャワールームに入っていくイースナに、メガ・ネがおかんのように怒った。

「シャワー出たら、もう休むから」

「はぁ……まったくもう。ちゃんと髪、乾かすんやで? もう、いつもいつも乾かさんまま寝ようとするんやから」

 ブツブツと言いながらイースナの服を拾い上げ、ついでにバッグの中のタオルやら何やらも一緒に取り出して、洗濯機に放り込んだ。

 

 メガ・ネがシャワールームで寝込んでいるイースナを見つけるのは、これから15分後のことである。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 アルティメギルの動きはダークグラスパーを中心に動いている。その作戦の最終目標が見えない中、表向きの平和が続く。

 

「わたくし、”えろほん”なる物を買いに行きますわ――!!」

 

 そんな表向きの平和すら、粉々に砕け散ったのは週明けすぐのことであった。

 




眼鏡共は、互いに正体がバレてないと思い込んでいます。
それ、なんていうコントですか?w

次回は陽月学園に戦慄が走る、大問題のイベントですね。


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すっかり遅くなってしまい、申し訳ありません。


 それは言うなれば、運命の出逢いであったのだろう。

 意気消沈した一体のエレメリアンが通路を歩いていた。自身の属性力は非常にマイナーであり、それ故に属性力を広めようと努力するが、なんの成果も上げられないまま、今日に至った。

 梟に似たその顔はうっすらと皺を刻んていた。重ねた歲月故ではない、生きるということに対する諦めからだ。

 戦いを放棄し、前線を退いた。それでもまた戻ってきた。強引な招集によるものだ。

 しかし、やはり来るべきではなかったのだ。滅び行く属性……それはもう、避けられない未来なのだ。

 そう――全てを諦めていた。

 

 基地の廊下に、半ば無造作に置かれていたノートの束。それより立ち昇る凄まじい輝き。文学属性のエレメリアンであり、聡明な女性を愛するオウルギルディはその一冊を手に取って、開いた。

 

「お……おおおおおおおお!」

 

 立ち昇る文字の羅列。その一文字一文字が血になる、肉になる。命になる。

 目の前の楽園が広がる。

 色とりどりの鼻の咲き誇る庭園に、柔らかな陽光が差す。その向こうに建つ、温かみのある小さな家。そのテラスにて、静かにペンを滑らせる少女。

 小鳥のさえずりに優しく微笑み、頬を撫でる風に瞳を細めて。彼女はその想いを綴る。

 それは福音だった。消え行く者に向けられた、優しい救済であった。

「身体中に力が漲る……! これこそ、この詩こそが文学だ! これ程の詩を生み出す世界なれば、文学属性もきっと大いに育っているに違いない!」

 オウルギルディはノートを抱きしめ、立ち上がった。

 

 

 

「ぬわぁあああああああああ!? ない! ノートがないぃいいいい!?」

「なんやねん。大きな声出して」

「メガ・ネ! ノートはどうした!? ここにあった筈じゃ!」

 大慌てで尋ねるダークグラスパーに、メガ・ネはうーん、と首を傾げた。

「こないだ掃除した時、色々投げたからそこん紛れ取ったかも知れんなぁ。整理整頓しないイースナちゃんが悪いんやで?」

「オカンかあああああああああああぁ!」

「あーもう。すーぐそうやって乱暴な口きくー。変身しとるとホンマに悪い子やなー」

 甲高い声の割に老成した喋りのメガ・ネはいつもの事とダークグラスパーの朝食を用意し始めた。

 ちなみのこの時点で、ブランチにすら遅い時間である。

「まずい。まずいぞ……完全に棄てられているならば良い。じゃが、万が一にでもあれが誰かの手に渡ってしまったら……」

 完全にカリスマブレイクしたダークグラスパーは頭を抱えた。

「しまったら?」

「あれは、わらわの純情が転じた淫心をすべからく綴ったものじゃ。ここの者など、見た瞬間に果ててしまうぞ!」

「いや、それはないわ。絶対、ない」

 

 

 オウルギルディは終ぞ知らない。

 彼を奮い立たせたそれが、聡明と真逆の、身の毛もよだつ情念の結晶であり、理知どころか理恥な存在に依って生み出されたものであることを。

 そしてそんな物に、文学を感じてしまったという救い難い事実を。

 

 もし知っていたら―――その場で腹でも切っていたかもしれない。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 アルティメギルの出ない日々。今日も今日とて部室ではまったりとした空気が流れていた。

 トゥアールはずっとパソコンで何か作業をしている。慧理那は今日、生徒会の仕事もないので部室にやって来ている。逆に尊は職員会議で欠席だ。

「アルティメギル、出ませんわね」

「いいことじゃない」

「それはそうなのですが……」

 慧理那は窓際でぼんやりとつぶやくと、愛香がそう返した。アルティメギルが出なければ、ツインテイルズの活躍はない。つまりテイルイエローの汚名返上もないのだ。せっかくヒーローを目指しているのに、これではどうにもならない。

 だが、平和を守るために乱れろ平和。という訳にも行かない以上、慧理那に出来ることはない。

「あ、またこの子。最近良く出てるわね」

 生まれ変わったテレビに映るのは善沙闇子。ここ最近、歌番組にバラエティーにとテレビに出ない日がない程の人気ぶりだ。

「この子、ツインテールから三つ編みに変えたんだな。ツインテールもすごかったけど、この三つ編みも、相当だぞ? 均等に、かつ全く乱れがない。一朝一夕で結んだようなものじゃない」

「何よ、そーじ。ツインテールじゃないのに分かるの?」

「逆だよ。すごいツインテールだったからこそ、あの三つ編みの凄さが分かるんだ」

「……そうよね。あんたがツインテール以外に興味抱く訳ないもんね」

 愛香は深い溜め息を吐いた。もうある種、悟りの領域に入っていそうだ。

「鏡也はどうなんだ? 彼女は眼鏡かけてるし、気になるんじゃないのか?」

「――ん? ああ、そうだな……」

 声を掛けられ、鏡也は我に返った。その目はテレビの向こう――善沙闇子に釘付けだった。その様子に総二は少しばかりにやけている。

「こうして見る分には、中々だと思っていたが……実際に会うとなるほど、芸能人独特の気配というか、そういうのはあったな」

 そこに感じたものが果たして、本物であったかどうか。という点はあえて黙る。

 なにせ、あれだけ愛でに愛でていたトゥアールでさえ、善沙闇子とイースナを繋げられないのだ。認識阻害だけではない、別の何かがそこに加味されていると考えられる。その正体も朧気ながら、鏡也には見えていた。

 眼鏡属性独自の、性格改変である。鏡也がナイトグラスターになる時、自然と口調や身振り手振りが芝居がかる。そうするのが自然であり、鏡也自身もそこに違和感を覚えない。

 それをイースナは意識的に行っているのであろう。すなわち、イースナから善沙闇子=ダークグラスパーにである。

 イースナ=善沙闇子にならないのは、トゥアールの語る彼女の性格から容易に推測できる。

 つまり、あそこで出会ったのはイースナというよりも彼女が変身したダークグラスパーであるということだ。

 変身後、それを手すがらに外せるのは以前、総二がやったことがある。その際、旗起(フラグメント)が余計な仕事をしたせいで、鏡也は愛香の黄金の右を喰らう羽目になったのは記憶に新しい。

「……ん? ちょっと待って。その言い方だとまるで善沙闇子本人と会ったみたいじゃない?」

「つい先日な。善沙闇子をうちの商品のイメージキャラクターにするって話だったから、無理を承知で頼んでみた」

「うわあ、知ってたらサインとか頼んだのに~」

「なんですか愛香さん。気持ち悪いミーハーぶりなんて発揮しちゃって。そんなことしたって人気回復なんてしないですからね」

「鏡也。もし次に会えそうな時はダメ元でいいからサイン頼んでくれない?」

 ゼーハーと息も絶え絶えになったまま回復できないトゥアールを踏みつけながら、愛香はにこやかにサインをねだった。

「まあ、頼めるようだったらな」

「それにしてもこの子、どうして三つ編みにしたんだろうな? やっぱりプロデューサーとかの意向なのかな?」

 総二は善沙闇子の路線変更に首を傾げた。

 実際、ツインテールから三つ編みに変わってから人気がうなぎ登りだ。新人アイドルとしては異例の大ブレイクである。

 歌の振付も三つ編みの動きをイメージしたものに仕上がっている。そこに辣腕を振るうプロデューサーの影が見えた。

「そーじはさ、今までツインテールだったのが止めちゃったら……やっぱり、嫌?」

 愛香が恐る恐る尋ねると、総二は少し考えて答えた。

「格好つけずに言えば、似合う子にはツインテールでいて欲しいけどさ。でも、嫌々するんじゃ違うだろ?」

「あ、あたしは嫌じゃないからね!」

「え……ああ、うん」

 二人の間に、微妙な空気が流れる。それを察した鏡也はわざわざ身を乗り出した。

「良かったな総二。愛香は一生、お前のためにツインテールでいてくれるとさ」

「ちょ!? 一生なんて言ってないでしょ!? それにそーじのためって何よ!?」

「じゃあ、いつまで続けるんだ? 愛香さん的にはぁ?」

「そ、それは………分かんないわよ!」

 羞恥で真っ赤になって叫ぶ愛香を見て鏡也はつい、ニヤニヤとしてしまう。

 

「どらっしゃあああああああああああああ!!」

 

 突如として割り込んできたトゥアールが、まるで水揚げされたマグロのように長テーブルの上を滑っていった。

「何なのよアンタは――――――!」

「そっちこそ何なんですか! 頬染めて乙女台詞吐くなんてゴジラが花で恋占いするぐらいの奇行ですよ! 自覚して下さい!!」

「だったらアンタを今からムートーにしてやるわよ!!」

「ハリウッドオオオオオオオオ!?」

 部室を怪獣決戦のジオラマにして、怒号と悲鳴が木霊する。そんな中、慧理那は不意に立ち上がった。その行動に、思わず皆が注目する。トゥアールは絞められたままだが。

 

「津辺さんって胸が小さいですね――――!」

 

 ねー。ねー。ねー。木霊する慧理那の声。総二は呆気にとられ、トゥアールはトラウマからガタガタと震え出し、鏡也は顔を青ざめさせている。

 そして愛香は………ただただ、慧理那を見ていた。

「えっと…………え?」

「で、ですから津辺さんって胸が小さいですね!!」

「………え……何?」

 更に繰り返す暴言。その意味が分からないが、これ以上は危険だと総二と鏡也が止めにかかる。

「やめろ愛香! それだけはしちゃダメだ!」 

「それ以上動くな! これは犯罪だぞ!!」

「アンタ達、あたしをなんだと思ってるのよ!? 大体……ねえ」

 チラリと視線を慧理那の胸に落とし、愛香は少しだけ笑った。

「なんて浅ましい自尊心……!」

「それで……どうして。いきなりそんな事を言い出したの?」

 水揚げしたマグロ(トゥアール)を床に滑らせ、愛香は慧理那に尋ねた。

「……怒らないんですの?」

「いや、怒らないわよ?」

「私、津辺さんに叩いて欲しいんです!」

「え……!? だって会長殴ったりしたら、下手したら首から上が危機一髪よ!?」

「お前、どんだけのパワーで殴ってんだよ!?」

「私、どれだけのパワーで殴られてるんですか!?」

 思わぬ事実に非難の声が上がる。慧理那は頑として聞かない。

「大丈夫です! ヒーローは変身前でも怪人の攻撃を喰らっても、耐えられます! でしたら、私だって耐えられるはずですわ! さあ!」

 ずい、と顔を出して迫る慧理那。手の速さと鋭さに定評のある愛香も、これには手を出せない。

「いや、ごめん。これはちょっと……。トゥアールなら躊躇なく行けるんだけど」

「いや、行かないで下さいよ!?」

「それより、姉さん。何だっていきなりそんなこと言い出したんだ?」

 鏡也は慧理那に尋ねる。いきなり過ぎる流れで、誰もそこまで気付けなかったが、流石にこの慧理那の様子はおかしかった。

「だって、観束君と津辺さんは幼馴染で、鏡也君もそうじゃないですか。トゥアールさんともあんな気安いやり取りをして……私ももっと、仲良くなりたいんです!」

「気安くないですから! むしろ気よりも命の方が安くなってるぐらいですから!」

「だからって 愛香に叩かれても仲良くはならないと思うけど」

「それに、幼馴染っていうなら鏡也がいるじゃないですか」

「おい待て、総二」

「……わかりました。では、鏡也君に叩いてもらいます!」

「こっちも待て。叩けるわけ無いだろう!?」

「今まで何度も叩いているじゃないですか! しかもお尻を! でしたら、顔の一つや二つ構わないではないですか!」

「それもそうか」

 

 パシーン。

 

「お前何やってんだよぉおおおおおおおおおおおお!?」

「落ち着け総二。俺がただ、姉さんを叩いたと思うか? ちゃんと考えている。見損なうな」

 躊躇なく叩いた鏡也に詰め寄る総二を諌める。

「腕の振りと手首のスナップを最大限に活かし、かつインパクトがしっかりと伝わるように中指と薬指をぶつけた。我ながら完璧な一発だ」

「そこじゃねぇよ考えるのは!! 会長、大丈夫か!?」

 総二は慧理那に駆け寄った。慧理那は鏡也に頬を打たれ、そのショックからか床にへたり込んでいる。

「私……鏡也君に……弟のように思ってる子に叩かれ……」

「会長……」

「叩かれ……叩かれて…………うへ」

「か、会長………?」

 某嵐を呼ぶ幼稚園児のように笑った慧理那に、総二は軽くひいてしまった。

「お嬢さまぁあああああああああ!」

 突如としてドアが開き、尊が飛び込んできた。その表情は怒りに満ちている。

「いくら鏡也さんでも、お嬢さまにこのような……婚姻届にサインして貰わねばなりませんよ!!」

「ほら総二。してやれ」

「こっちに回すな!」

 突き出された尊の署名入り婚姻届を(鏡也)から(総二)にパスする。

「姉さん。姉さんは俺とじゃなくて、ツインテイルズとして総二達ともっと交友を深めたいんじゃないのか?」

「ハッ! そ、そうでしたわ!」

 目的と手段を見失っていたと気付き、慧理那は立ち上がった。若干、足が生まれたての子鹿のように震えているのは何故であろうか。

 総二はこのままでは元の木阿弥だと、視線を回す。すると、いつの間にか復活したトゥアールがパソコンをいじっていた。破壊される度にバージョンをひきあげた、今や像が踏んでも弾き返す強度になったノートだ。引き上げの方向が明らかにおかしい気もするが、気にしてはいけない。 

「ほら、トゥアールがなにか設計しているぞ! きっとツインテイルズの新装備だぞ!」

「え、本当ですか!?」

 コロッと唆された慧理那がトゥアールに寄る。

「トゥアールさん、何を設計されていますの?」

「エロゲーですよ?」

「何で部室でエロゲー作ってんのよ!? バカじゃないの!?」

 唆した先がまさかの泥船であったことに総二は軽い後悔を抱き、愛香はその内容を確認に奔る。

「えろげ……えろ食? そのような食べ物があるのですか?」

 慧理那は意味が分からずきょとんとしている。そしてモニターを覗き込み―――赤面した。

「こ、これ……はだ……裸……」

「あんた何作ってんのよマジで! これ、あんたじゃないのよ!」

「そうですが何か? おや愛香さん、どうしてそんなに顔を真赤にしてらっしゃるのですか? これはただのゲームですよ?」

「何処にただの要素があるんじゃああああああ!」

 愛香のただでは済まない一撃が、トゥアールを吹っ飛ばす。

「ほう。なかなか上手いじゃないか。しかし、配色がいささか少ないようだが?」

「あー、それはわざとですね。細やかな配色も良いんですが、エロさを追求するなら、多少のレトロさも想像を掻き立てるエッセンスになりますから」

「なるほど」

「いや、なるほどじゃないでしょう。て言うか、無駄に上手いのが腹立つ」

「シナリオ、絵コンテ、原画、グラフィック、彩色、その他諸々全部私ですから! まあ、私くらいの女子力がれば造作も無いことですけど」

「そんな女子力いらんわー!」

 愛香がいちいちつっこむ中、鏡也はふと気になったことを尋ねた。

「エロゲーというと、あれか? 一周目ヒロインが二周目のヒロインと主人公を撲殺して、セーブデータとか勝手に改変するやつか?」

「そんなトラウマ必至なゲームじゃないですよ!? これは総二様のためのゲームなんですから!」

「…………え? 俺のためのゲーム?」

 聞き捨てならない言葉に、総二は眉をひそめた。

「いいですか、総二様は変身の度に女性になるのです。それはとても精神的負担をかけること。ですから、エロゲーなのです! 女性の体に慣れることでそれを軽減する! 戦っても女体。帰っても女体なのです!」

「そ、それでもこのような……神聖な学び舎で、女性の裸など……!」

「それが行けないのです! 異性に興味を持つなど、極普通のこと。それをまるで悪しきであるかのように語ること、それ自体が罪であると何故分からないのですか! だいたい、イエローだってすぐ脱ぐじゃないですか! 裸を見るのが罪なら、裸になるのはどれだけの罪だというのですか!」

「わ、私は裸ではありませんわ! 服は着ています!」

 虚無の思考時間(シークタイム・ゼロ)によって、着地地点が確実におかしい方向へと流れていく。

「総二。ほら見ろ。中々にエグいぞ」

「こっちに向けるな! て言うか、普通に何で見てるんだよ!?」

 鏡也がいそいそとPCを総二の前に持ってくると、総二はクルリと背を向ける。

「なんだ、最初の頃はトゥアールの巨乳に目を奪われてたこともあったが、ここ最近はアピールに飽きたせいで、すっかり枯れ果てたと思っていたのに」

「枯れ果てたとか言うな。見慣れたに関しては………ノーコメントで」

「だがな総二。正直なところ、男としてどうかと思うぞ? 性欲の対象までツインテールというのは」

「だからどうしてストレートなんだよ!? それと、ツインテールをそんなふうに言うな!」

「そうは言うが、風呂場で変身して自分のツインテールイジってにやけてたら言い訳できんぞ?」

「っ……うるさいな」

「このまま行ったら、女になったまま戻れなくなったりしてな?」

「やめろよ。冗談でも嫌だぞ、それ」

 などと男子二人がバカ話をしている間に、事態は予想の真下に直撃していた。

 

「わたくし、”えろほん”なる物を買いに行きますわ――!!」

 

「「一体何があった――――!?」」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 あの慧理那のエロ本宣言から、数日。陽月学園は混乱の渦に叩き落とされた。主に男子生徒が。

 遠因というべきか、原因というべきか――騒動の中心たる観束総二と、最初の犠牲者である御雅神鏡也はコソコソとその身を電柱と工事看板の影に隠していた。

「しかし、こういう時こそ護衛メイドの出番だろうに何で総二に護衛を頼んだんだ、尊さんは?」

「さ、さあな。それより、慧理那が向こうに行ったぞ。追いかけよう」

 本来ならば尊の仕事である護衛を、何故か総二がしていた。その理由を総二は当然知っているが、鏡也には知らせていない。だが、何かあった時には変身すれば良いわけで、転送ペンなどもあるし、問題はそこまでない。と、鏡也は総二に付き合うことにした――のだが。

「何で愛香まで、尊さんに連れてかれたんだ?」

「さ………さあ? おっと、目的の書店かな」

 曲がった先に、個人経営の書店がある。慧理那が自らリサーチを掛けた結果(全校男子生徒の尊い犠牲の下)、判明した『陽月学園男子が推薦する、最もエロ本の充実している書店』である。

 慧理那は少しだけ入り口から中を覗き込み、ゆっくりと中へと入っていった。

「……おい、総二。あれを見ろ」

「……何だ、あれ?」

 書店の少し先、道を挟んだ反対側でゆるキャラのようなフクロウの着ぐるみが、手持ち籠に入った何かを配っている。

 

「詩集だよ~。とっても素敵な詩集だよ~。現代人の聖典だよ~」

 

「……あれ、エレメリアンだぞ」

「なっ……マジか?」

 様子を見ていると、人通りが切れたところで着ぐるみがその頭を外した。その下からフクロウの顔が出てきた。

「マトリョーシカかよ」

 フクロウ頭のエレメリアンはフラフラと、書店の前に進んでいく。そしてガラスに張り付くようにして、中を覗き込んでいた。

「おお、なんという……! 見るからに才女なツインテール少女が書店で本を探している!」

「テイルブレスの効果で狙われなくはなっただろうに、こうして遭遇してしまうなんて……」

「俺に言わせればエンカウント率は低いほうだと思うぞ?」

「お前と比べるなよ。行くぞ。おりゃあ!」

「ぐはぁ!?」

 物陰で変身するや、総二――テイルレッドが容赦なく飛び蹴りをかました。籠から小冊子が飛び散る。

 外の異変に慧理那が振り返るも、それより早く、テイルレッドがエレメリアンを路地裏に引き摺り込んだ。

「貴様は……テイルレッド!? 何故ここに!? 私は極限まで気配を殺し、秘密裏に行動していたというのに!」

 路地裏の空き地に放り投げられたエレメリアンが、よろよろと立ち上がる。

「お前に、慧理那のエロ本を買うのを邪魔させない!!」

 聞く者がいればツッコミどころしかない決め台詞だったが、幸か不幸かエレメリアンはフラフラで聞いていなかったようだ。

「我が名はオウルギルディ。滅び行く属性力――文学属性のため、我が命尽きるまで戦うと決めた老兵よ!」

「滅び行く……だけど、俺だって守るものはある! 非日常に巻き込まれたことにも気付かず、平和な日々を過ごして欲しい。そんな皆の心を守りたいんだ!」

「ならば思いの強さが勝敗を分とう! 喰らえ!」

 ブレイザーブレイドを抜いたテイルレッドに向かって、着ぐるみを脱いだオウルギルディが肩の大砲を発射した。とっさに弾丸を切り払うも、その中身が飛び出して、テイルレッドの右手を壁に縫い付けた。

「くそ、トリモチかよ! おりゃあ!」

 テイルレッドは縫い付けられた右手をブロック塀ごと引き剥がす。

「いつにも増して強引だな、テイルレッドよ」

「ナイトグラスター!? ……慧理那の護衛はどうしたんだよ?」

「問題ない。しっかりと監視を置いてきた」

「監視……?」

 

 

「ママー。郵便ポストの上にメガネが置いてあるよー?」

「あら本当。誰かの忘れ物かしら?」

 

 

「むう……ナイトグラスターか。貴様ならば分かるだろう? 本来、文学とは文字の羅列が生み出す世界に思いを馳せ、無限の宇宙を養う母であった筈だ! だが、今や並ぶのは肌色の絵がついた物ばかり! こんな物が文学と言えるのか? いいや、言えるわけがない! 文学の生み出す世界と一つとなり、想像の翼と共に世界を渡る……それこそが文学! それを愛する者こそが美しいのだ! その美しさに寄り添う……眼鏡の属性を持つ貴様にならば分かる筈だ! 文学とは……その美しさとは、先ほどの少女のような存在なのだということが!」

 声高らかに熱弁を振るうオウルギルディ。その表情からは、消え行く火を繋げようとする必死さが見えた。

「何が本当の文学だ! それを決めるのはお前じゃない! 勝手なイメージを押し付けるな! それに、慧理那が買おうとしてたのはエロ本だ!」

「なっ………なんだと? え、エロ本……? あんな、可憐な少女が………下劣なエロ本を……………………そ、そんな……バカなぁあああああああ!?」

 テイルレッドの残酷な一撃に、オウルギルディの慟哭が木霊した。膝から崩れ落ちた。その憐憫の情さえ湧く姿に、流石にテイルレッドも罪悪感を覚えた。

「まあ、ショックを受けるのは理解できる。……押し付けとか、そういうの無しにしてな」

 フォトンフルーレを振るって、レッドの手に残ったトリモチを斬り散らす。

「お前、エレメリアンに味方するのか?」

「いや、普通に考えて未成年の女子がエロ本を買うという状況がおかしいだろう。押し付け以前の問題だ」

 ちなみに、諸悪の根源(トゥアール)はきっちり吊り上げた。

「それに、相手を否定するならば奴の主張する”文学”とやらを見てからでも遅くはなかろう」

 そう言って、ナイトグラスターはレッドの前に何かを差し出した。

「これって、さっき配ってたやつか?」

「奴の言う文学……どれほどのものか。読んでみろ」

 促され、レッドは小冊子を開く。

 

 

 

 ふわふわ さらさら ぱつんぱつん。

 

 ツインテールってふしぎ。

 

 こちょこちょして、くすぐったい。

 

 へんなきもちになってきちゃう。

 

 おっぱいがふたつあることと、かんけいがあるのかな?

 

 めがねのレンズも、たまにおっぱいにみえちゃう。

 

 

 

「――――ごふっ」

 レッドが血反吐を吐いた。精神に深いダメージを負ってしまい、これ以上は読めなかった。もしかしたら、ドラグギルディ以来の大ダメージかもしれない。

「な、何だよこの、歩いたらダメージ受ける床の上でブレイクダンスするみたいな勢いで、人の精神をゴリゴリと削り取っていく呪いの言葉は……!」 

 ペラっとめくった一ページで、レッドには限界だった。

「……なるほどな。魂のままに躍動する文字。一文一文から凄まじい力を感じる」

 全部を読み終えたナイトグラスターが冊子を閉じた。

「おま、それ全部読んだのかよ!?」

「そう! それこそが文学なのだ! これこそが美しき乙女の福音なのだ!」

 立ち上がり、高らかに叫ぶオウルギルディ。慧理那のエロ本の件からは立ち直れたようだ。

「だが、これが美しき乙女の福音とは……笑わせてくれる」

「なんだと? これは木漏れ日の中、心美しき乙女の著した麗しき詩だ! それ以外に何がある!」

「真逆だ。これはもっとおぞましい、浅ましい欲望を書き綴ったものだ。そんな事も見抜けないとは……文学属性、どうやら大したものではないようだな?」

 ナイトグラスターはフォトンフルーレを構える。レンズの向こうの瞳が鋭く細まった。

「だが、こんな物を広めさせる訳にはいかない。覚悟してもらう!」

「猪口才な! 返り討ちにしてくれる!」

 オウルギルディが肩の砲を放つ。それを紙一重で躱したナイトグラスターは反撃を見舞う。

「フラッシュ・ストライク! オーラピラー!」

「うぐぁああああああああ!?」

「完全解放、ブリリアント・フラッシュ!」

 目にも留まらぬ光速連撃がオウルギルディを切り裂いた。

「うぐぐ……私が死ぬのではない! 今、文学が死んだのだ―――!」

「消えるのは文学じゃない。お前だけだ」

 爆散するオウルギルディ。その断末魔轟く中、ナイトグラスターは静かにそう言った。

「しかし、敵も手を変え品を変え、よくやるものだ。偶然阻止できたから良かったものの、これがもし広められていたらどうなっていたか」

 小冊子(呪いの書)を改めて見て、ナイトグラスターは深い溜め息を吐いた。

「そうだな。最悪、再起不能者も出たんじゃないか?」

 レッドは未だにふらつく足に何とか活を入れて立ち上がる。そして小冊子を見て、ブルッと身を震わせた。

「ああ。ダークグラスパーの巡らせる策謀、恐ろしいな」

「……これ、ダークグラスパーの策謀なのか?」

「間違いない。これを書いたのがダークグラスパー本人である以上、疑いようがない」

 ナイトグラスターはキッパリと言い切った。

「ダークグラスパー。奴の狙いは何だ?」

 アイドル活動が眼鏡属性普及のためであるのは分かっている。だが、この欲望まみれの詩集を配らせた意図は何か。そこが見えない。

 思考に埋没しそうになったナイトグラスターを、レッドの声が引き上げる。

「まあ、その辺は後で考えよう。それよりも慧理那の方に戻らないと」

「……そうだな」

 二人は変身を解き、慧理那のところへと戻るのだった。

 

 

 

「……えろ本、買えませんでしたわ。一八歳以上でなければ買えないと……知りませんでしたわ」

「まあ、そうだろうね」

 偶然を装って慧理那と合流すれば、そんな当たり前なオチが付いたのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 十数畳という畳の敷き詰められた和室。上品な座卓の前に座し、慧理那の母、神堂慧夢は静かに嘆息した。

 卓の上には幾つもの見合い写真。そして相手の経歴の書類。個々最近進めている慧理那の見合い話は尽く上手く行かない。

 

 神堂家の女子たる者、ツインテールを愛するものと結ばれるべし。

 

 代々受け継がれてきた家訓を疎かにすることは出来ない。だが、娘の将来を慮る事も、疎かに出来ない。

 どの相手も家訓という点では問題ない。だが、それ以外に問題がありすぎる。特に幼女に性的嗜好を抱くような輩は問題外だ。

 

 

『俺に、ツインテールの機微は分かりません。それでも、姉さんがやろうとしていることは、きっと正しいと信じています』

 

『なら、俺は森の中であえて木を見ましょう。誰もが森を見なきゃいけないなんて、決められてませんから』

 

 

「………」

 ふと、言葉が蘇った。そしてしばらく考えた恵夢は、やおら立ち上がった。

「誰か」

「はい、奥様」

 外に控えていたメイドが返事を返す。

「出ます。車の用意を」

 




次回、観束総二の慟哭が響き渡るあの話です。
果たしてどんなオチがつくのか。楽しみですね(考えるのはお前だ)


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三つ編み絡めな乙女心


覚えておる方はお久しぶりです。
待っていてくださった方は、申し訳ありませんでした。

四月中はなかなか大変で、執筆も滞りがちでした。
ゆっくりのんびり、やっていきたいと思います。


 時は止まらず移ろい続けるもの。陽月学園もまた、衣替えの週に入る。上着を着るには微妙に暑く、かと言って半袖にはまだ肌寒い。そんな微妙な時期にあって、その日はハッキリとした暖かさ――初夏の陽気を孕んでいた。

「鏡也。今日は早く帰ってくる?」

「何事もなければ」

 半袖に着替えた鏡也が登校すべく、玄関で靴を履いていた時だ。唐突に天音が言ってきた。何故、そんな事を聞いてくるのかいまいち理解できず眉をひそめた。どうにも妙な感じがした。

「あのさ、何でそんな事を?」

「ううん。鏡也が帰ってきたらちょっと出かけるから、寄り道せず帰ってきてね」

「………? 分かった」

 何やら含んだ物言いに不安を覚えるも、聞いたところで言わないであろう事は、15年来の親子付き合いともなれば分かり切っていた。

 また碌でもない事でも企画しているのだろうと、鏡也はとっとと諦めて学校へ向かうことにした。

「それにしても、今日はいい天気だな」

 通学の道程、鏡也は太陽を見上げた。顔に差さる陽光は温かい。この平和な時間が続けばどれだけ良いか。

 顔を下ろせば、犬を散歩させるお年寄りがいる。急ぎ足で会社に向かうサラリーマンがいる。ランドセルを揺らして走る小学生の集団が向こうにある。そしてエレメリアンが運転する幼稚園バスが通り過ぎる。

「………ん?」

 思わず振り返った。我が目を疑ったが、確かにバスの運転席に白黒のエレメリアンが確かにいた。バスは何事もないかのように曲がり角を曲がっていった。

 一体、何がどうなっているのか分からなかったが、やる事だけは明白だった。

 

 

「はーい。つきましたよー。気を付けて降りてくださいねー」

 幼稚園バスのドアが開き、幼稚園児達が元気よく降りていく。最初は怯えていた子供たちだったが、あっさりと順応しこの状態である。ただ、父兄や先生はそんなこともなく、ただただ困惑と怯えをいだいていたが。

 そんな光景に目を細めながら、エレメリアンはふと呟く。

「やはり、いいものだ。幼稚園児の元気な声こそ、この世で最高の福音よな」

「世迷い言を呟くな」

「ぐほあ!?」

 突如としてエレメリアンを蹴り飛ばす者があった。真横から、ヒールで頬骨のあたりをえぐるように、かつ真にダメージが通るように打たれた一撃は、エレメリアンを幼稚園の門に容赦なく叩きつけた。

「な、何者だ!?」

 いきり立つエレメリアン。だが、その表情が見る間に強張った。

「き、キサマはナイトグラスターか!?」

 正義の眼鏡を煌めかせ、白銀の騎士がマントを翻す。

「こんな朝早くからこそこそと。先日のオウルギルディといい、ダークグラスパーは姑息な手段が好みのようだな?」

「何を! 不意打ちで蹴り飛ばしておいて、何という言い草だ! このパンダギルディが、ダークグラスパー様に代わってその眼鏡を砕いてくれる!」

 エレメリアン――パンダギルディがその巨体を大きくのけぞらせ、威嚇する。

「眼鏡を砕くだと? この眼鏡、たとえダイアモンドでも砕けないと知るが良い!」

 ナイトグラスターも、フォトンフルーレを抜き放ち、その切っ先をパンダギルディへと向けた。

「行くぞ――!」

 

 prrrrr――。

 

「む、待て。電話だ」

 今、正に戦いが始まろうとしたところに水入り。制されたパンダギルディは踏み切りかけた足を止め、ヨロヨロとよろめく。

 

 

 

「総二様。エレメリアン反応です!」

 学校へ向かう途中、トゥアルフォンがけたたましく音を鳴らした。

「そーじ。鏡也がエレメリアンを見つけたって!」

 鏡也が送ったメッセージを受け取った愛香が、総二に言う。

 

「………………」

 

「そ、総二様?」

「そ、そーじ?」

 だが、究極のツインテールにして地球を守る要であり、ツインテイルズのリーダーである観束総二は、心ここにあらずであった。

 いや、魂が抜け落ちたという方が正確かもしれない。

 一体、どうしたのかと視線の先を追いかける。

「あ、神堂会長………ん?」

 違和感があった。何か明確に違っているのだ。具体的には後ろ姿だけなのだが、若干大人っぽい感じだ。

 

「会長が………慧理那が…………ツインテールじゃなくなってる―――!!」

 

 総二の慟哭。それは血を吐く様であり、声を絞り出すようであった。膝から崩れ落ち、総二はただ地を叩く。

「俺は……おれは………!」

 どうしてツインテールを止めてしまったのか。簡単に想像できた。普段から狙われているのだから解いていれば、安全だろう。ましてや一度はツインテールを奪われてもいる。そう考えても不思議ではない。

 だがそれでも、そんな脅しのような状況に屈さないと――そう信じていたのだ。

 

「おれは……大切な髪型()を………マモレナカッタ」

 

「そーじ落ち着いて。ほら、立ちなさいって!」

 愛香が何とか立たせようとするが、総二はぐったりとしたまま動かない。

「ダメですね。慧理那さんのツインテールが解かれてたのが相当ショックだったようですね。言うなれば……”ツインテールクライシス”!」

「名称なんてどうでも良いわよ! そーじはこのままに出来ないし、でもエレメリアンも出てるし……」

 

 

 

『なんかそーじが『俺はもうダメだ』とか言い出してさ、すぐにそっちに行けないんだけど大丈夫?』 

「それは大丈夫だが……何があった?」

『なんかねー。生徒会長がツインテール解いたのよ。そーじったらそれでショック喰らっちゃったみたいで』

「……なんだと?」

 愛香の言葉にナイトグラスターは耳を疑った。ツインテールを家訓とする神堂家において、それがどれだけの意味を持つのか。

「詳しい話は後で聞こう。とにかく、叩いてでも気を入れ直しておいてくれ。すぐに揉め事が起きる筈だからな」

『え……? わ、わかったわ』

「頼んだ」

 電話を切り、仕舞う。そして一度、深い溜め息を吐いた。

「やれやれ。私のいない間に何があったというのだ? これは急いだ方が良いかもしれないな」

「――話は終わったか?」

 そう言うや、ナイトグラスターの眼前をパンダギルディの爪がかすめた。

「ああ、待たせてしまったな。では、始めようか」

 仕切り直しと、パンダギルディがゆるゆるとその両腕を泳がせる。さならが風に揺れる柳だ。乱れぬ軸。隙のない構え。相当の功夫を積んでいると見えた。

「我が名はパンダギルディ。純粋無垢なる天使の心を愛する〈幼稚園児属性(キンダカートナー)〉の戦士!」

「幼稚園児属性………すでにギリギリだな。色々と」

「我がパンダ真拳の冴えは、伝説の惑星パンダラの戦士にも劣らぬ! さあ、かかってこい!」

「それは良いが………乗られてるぞ?」

 大きく啖呵を切るも、パンダギルディの頭やら背中やらに幼稚園児がワシワシとよじ登っていく。

「ぬう! 我が容姿故に致し方なし!! アルティロイドよ来い!」

 パンダギルディの号令に、黒いモケモケことアルティロイドがずざっと現れた。

「子供たちを丁重に扱え。怪我などさせるなよ!」

「モケー!」

「「キャーキャー!」」

 ペリペリと剥がされていく子供たち。そして丁寧に降ろされていく。時折、やんちゃな子がアルティロイドを蹴ったりもしている。ともあれ、今度こそ始められそうだった。

「行くぞ……ほわたぁ!」

「むっ」

 太い腕が鋭く突き出される。それを紙一重で躱し、ナイトグラスターは刃を繰り出す。

「ひゅう!」

 その切っ先を捌いて、パンダギルディが華麗に跳躍する。回転の勢いから繰り出される浴びせ蹴りが鋭く園庭を打った。大きく飛び退き、ナイトグラスターは距離をとった。

「むう。なかなかやるな」

「無垢なる天使達の声がある限り、この身に敗北はない! さあ、我が奥義を受けろ!」

 パンダギルディが半身を引き、腰を落とす。全身の毛が逆立ち、凄まじい力が集まっていく。ナイトグラスターも、繰り出されるであろう攻撃に対して、フォトンフルーレを正眼に構えた。

「高まれ我が幼気! くらえ、パンダ剛衝波!!」

 突き出された拳とともにゴウ! と、烈風が噴く。パンダの顔をした何かが、大砲の如き速度でナイトグラスターに飛翔する。

「せいやぁ!」

 だが、ナイトグラスターはフォトンフルーレを大きく振り抜き、必殺のパンダ剛衝波を逆に弾き返した。

「な、何だ――ぐわあああああ!?」

 自分の技を自分で食らったパンダギルディが盛大に吹っ飛んだ。

「中々の技だ。だが、私を相手取るには速さが足りないな」

「ぐぬぬ……! ならば、我が最速の奥義をくらえい!」

 立ち上がったパンダギルディが、猛然と飛びかかる。再び漲らせた力から、繰り出される無數の拳。

「奥義、パンダ百烈拳!! アータタタタタタタタタタタタタタタタタタ!」

 目にも留まらぬ超高速連撃。その全てを繰り出し、息を乱すパンダギルディだったが、自分の腕を見て表情を強張らせた。

 

 ――もうすこしがんばりましょう。

 

「ば、バカな……我が奥義を見切ったとでも言うのか!?」

 ナイトグラスターは口に咥えたサインペンのキャップを、余裕ありげに閉めた。

「言っただろう? 私を相手取るには速さが足りないとな。ついでに言えば、我が眼鏡は全てを見切る。残念だったな」

「その力……その速さ……あの方と同じ、”眼鏡属性”の力……! よもやこれ程までとは!」

 うろたえるパンダギルディに、ナイトグラスターは目を鋭く細めた。あの方――ダークグラスパーの事だとすぐに推測がついた。どうやら、同じ属性故に似た力を持っているらしい。

(ダークグラスパー。その力の一端を知ることが出来ただけ、収穫か)

「悪いがこれ以上、時間は掛けられない。一気に決めさせてもらう!」

 ナイトグラスターはその左手に光を迸らせる。そして一気に突き出す。

「眼鏡剛衝波!!」

「ぐああああああ!?」

 眼鏡を模った何かが大砲の如く飛翔し、パンダギルディを派手にふっ飛ばした。

「バカな! 俺のパンダ剛衝波だと!?」

「驚いている暇はないぞ。オーラピラー!」

「ぬおぉおおおおお!?」

 オーラピラーの拘束の光がパンダギルディを縛る。ナイトグラスターは間髪入れず、必殺のブリリアントフラッシュを叩き込んだ。

「よ、幼稚園で散るならば………我が本懐よ!」

 世迷い言を叫んでパンダギルディは爆発した。アルティロイドもいつの間にか撤退し、幼稚園児は遊び相手を失くして、こちらに興味津々といった瞳を向けている。さっさと逃げるに限ると属性玉を回収し、ナイトグラスターは一足飛びに跳躍した。

 唯でさえこれから面倒事が起きるというのに、体力無限のリトルモンスターの相手は御免被りたいものだ。

 丁度、騒ぎを聞きつけたマスコミもやって来ていた。カメラが向けられるよりも早く、ナイトグラスターはその場を後にした。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その頃、陽月学園でも鏡也の予想通り、大問題が発生していた。その日の一時限目は全校集会だったのだが、その場でも慧理那はツインテールを解いたまま壇上に姿を表した。また総二がダメージを受けたのだが、それはさておく。

 続けて壇上に姿を見せたのは、慧理那の母であり陽月学園理事長、神堂慧夢であった。その圧倒的ツインテールにショックさえも忘れて魂を奪われる総二。

 慧夢はツインテールを解いた慧理那に怒りを露わにし、壇上から引きずり下ろした。そしてそのまま体育館を後にした。残された生徒たちはざわつき、教師たちはそれを注意しながら全校集会は続けられた。

 集会後、総二らはすぐに尊に呼び出された。総二達も状況を知るために尊を探そうとしているところであった。

「一体、どうなってるんですか? どうして慧理那はツインテールを解いたんですか?」

「始まりは先日のエロ本の件だ。お嬢さまが色々とリサーチを掛けた履歴がパソコンに残っていたのを、話を聞きつけた奥様に見つけられてな」

「うわあ……それはキツイ」

 検索履歴など、脳内を見られているにも等しい。ましてやえろ本リサーチなど、下手をすれば家族会議ものだ。

「いや、その事自体は問題にはなっていないのだ。むしろ今まで特撮にばかり興味を示されてたお嬢さまが性に興味を抱いたと、喜ばれたぐらいだ」

「……うわあ、キツイ」

 それはそれで壮絶である。部屋を整理されて、机の上にエロ本を整理整頓されて置かれてあったぐらいキツイ。そんな事をやられた日には、一般男子高校生ならば引きこもりになること受け合いである。

「それで、性に興味を抱いたのならば、婚約の話を進めると言い出されてな」

「なっ……婚約? 見合いじゃなくてですか?」

「相手は誰なんですか?」

 総二らの問いに尊は首を振った。

「残念だが分からないのだ。奥様が突然決められてな。見合いばかり警戒していて、ここまで急な動きをされるとは予想していなかった」

「それに反発して、会長はツインテールを解いた…………って、そこでツインテールを解くことに繋がる意味が分からないけど。やっぱり家訓だからかしら?」

 愛香が眉を潜める。だが、総二は神妙な面持ちになる。

「慧理那がツインテールを解くなんて、相当だ。慧理那と理事長は今何処に?」

「二人は理事長室だろう」

「今すぐ行きましょう!」

 総二は言うや、理事長室に向かって走りだした。

 

 授業の時間である今、廊下に人の気配はない。その先には一見して豪華な扉がある。そこが理事長室だ。今まで縁のない場所であったため近寄ることもなかった場所だ。四人は中を伺うべく、扉に耳をつけた。

 中からは、慧理那と慧夢の激しい言い合いが聞こえる。やはり相当もめているようだ。

「―――っ! 皆、ここで待っていてくれ」

「ちょっと、そーじ?」

 そしてその中で、ある言葉を聞いた総二が憤りと強い決意を込めた瞳で理事長室の扉を睨んだ。

 

 ――未熟なツインテール――

 

「歯向かうのは、俺一人でいい!」

 そう言うと、扉を勢い良く開いた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……人気はないな」

 パンダギルディを倒した鏡也は学校の裏手に転移した。そういえば「ひとけ」と「にんき」は同じ漢字で、ルビを振らないと人によっては凄い痛々しいなぁ。などと思いながら校舎に入る。

 時間も時間であり廊下に人の気配はない。鏡也は教室に向かわず、理事長室へと足を向けた。今日の一限目は全校集会だ。当然、理事長も顔を出すし、生徒会長である慧理那も壇上に上がる。その時、慧理那はツインテールを結んでいるだろうか? 答えは否だ。そんなごまかしをするなら最初から解いたりしない筈だ。何故ならそれは恐らく、慧夢に対する当て付けだからだ。

 その結果、どうなるか。火を見るより明らかだった。

「あれは……愛香とトゥアール、尊さん?」

「鏡也!」

 理事長室の前には愛香達がいた。鏡也は一人いないことにすぐに気付いた。

「総二は?」

「それが今、理事長室に入っていったの。会長が婚約させられて、それでその抗議にに来たんだけど……いきなり」

「アイツの事だ。どうせツインテール云々だろう? この場に眼鏡があれば詳細を知れたんだが……」

「ごめん。あたしにも理解できるように言ってくれないかな?」

「しかし、姉さんが婚約? 何でそんな事に? ――仕方ない。お前達はここで待っていてくれ」

「ちょっと、鏡也!?」

 愛香が止める間もなく、鏡也は理事長室のドアを開けた。

 

「理事長、あなたは慧理那のツインテールのことを何一つ理解しちゃいない!」

 

 そして、軽く閉じた。開けた瞬間、世界最強のツインテールバカの雄叫びを聞いた日には、致し方ない事だ。

「悪い。軽く挫けた」

「いいのよ。あたしだって時々、挫けそうになるもの。頑張って」

「――よし、行くぞ」

 暖かな応援を受けてのリテイクである。

 

「失礼します」

 開かれた先には三つの人影がある。総二と慧理那、慧夢だ。鏡也は軽く一礼し、高級感あふれる室内へと足を踏み入れた。

「鏡也くん……!」

「理事長。姉さんの婚約についてお話があります」

 不安気だった慧理那の表情がほころぶのを尻目に、鏡也は総二の横に並ぶ。

「無茶するな、総二」

「無茶じゃないさ。慧理那の……仲間とツインテールの為だったらな」

 ちらりと視線を交わし合う二人。すぐに慧夢へと意識を戻す。この局面、切り抜けられなければ、慧理那は最悪、ツインテイルズから外れることになるだろう。そんなことは絶対にさせる訳には行かない。

「丁度良かった。鏡也さん、貴方を呼ぼうと思っていたところです」

「え?」

 慧夢の言葉は意外だった。この状況に何故、自分を呼ぼうとしていたのか。その意図が見えなかった。

「慧理那。貴方が憤るのも尤もです。廃れて久しい、そう思っていた大和男子がこんな近くにいようとは……彼は、男性として最も大切なもの――ツインテールを愛する心を持っているのですね」

 恵夢は今までとは打って変わり、優しい瞳を慧理那に向けた。そして総二にも。

「良かった……分かってもらえたんだ」

 安堵する総二だったが、その隣の鏡也は全く逆の面持ちだった。喩えるなら、『刻一刻と時を刻み続ける、解体不能の時限爆弾を目の当たりにしている』様な不安感だ。

「これ程のツインテール愛。歴代の神堂家の婿にも一人とていなかったでしょう。これを知らず、雑多な見合いを仕掛けた上、婚約など……母は愚かでした」

 頭を振る慧夢。それはまるで爆弾がラスト10秒のカウントダウンをしているようだった。

 そして――カウントがゼロになった。

 

「鏡也さん。貴方と慧理那の婚約の件、無かった事にして下さい」

 

「「――え?」」

 

「それと慧理那。必ずや、彼と添い遂げなさい。いいですね?」

 

「「え? え……?」」

 

 

「「「えぇええええええええええええええええええええ!?」」」

 爆弾はそれは大層に爆発した。

「ど、どどどどういう事ですか、お母様!? 私と鏡也君が……婚約!?」

「待って下さい! 何でそんな事になってるんですか!?」

 慧理那と鏡也は揃って声を上げた。

「あら? 言ってませんでしたか?」

「「初耳です!!」」

 二人のツッコミに、慧夢は背を向けて、そして語りだした。まるで言うのを忘れていたのを誤魔化すためではない。

「私とて人の親。娘の幸せを願うのは当たり前です。ですが、見合いの相手は難あり。メイド達は見合いを潰す。さて、どうしたものかと考えていた時、貴方と慧理那の姿を見かけました。昔から姉弟のように仲の良かった貴方達ですから、問題はない。ですが家訓はどうするか……その悩みも、先日の鏡也さんの言葉で解けました」

「え……俺の言葉、ですか?」

 最近で慧夢と言葉を交わしたのは、あの放課後の一度だけだ。そこで言った言葉の何処に、このややこしい事態を招く引き金があったのか。

「森の中で、あえて木を見る。貴方はそう言いましたね」

「え……はい」

「ツインテールを愛する者こそ、神堂家の婿に求められるもの。ならば、貴方が慧理那を想う故に、ツインテールをもまた愛する事ができる。そう考えたのです」

 爆弾がまた爆発した。慧理那が驚きに目を見開いた。そして鏡也も、別の意味で驚き、目を見開いていた。

「…………え? あの、ちょっと待って」

「彼にも資質があると思えました。ですが、これ程のツインテール愛を前にしては、それもまた色褪せてしまう。彼以外には認めません」

「そんな……性急過ぎですわ! 第一、こちらから申し込んでおいて勝手に反故にするなど」

 

 

「ちょっと待ったぁあああああああああああああ!」

 

 

 雄叫びと共に、ドアが弾け飛ぶように開かれた。制服を着た異世界の痴女が理事長室にズカズカと踏み込んでくる。

「な、何で来るんだよ! ここはこらえろ!」

「お言葉ですが総二様。ここでこらえたら強制的に慧理那さんエンドで制服腹ボテCGの一枚絵確定ですよ!」

「意味が分からない!」

「誰ですか? うちの生徒のようですが……?」

「私は観束トゥアール。総二様の婚約者にして、すでに同棲していて、大切な物も捧げていて、そして身体に細いロープが絡みついてぇえええええええええええええ―――へぶっ!?」

 ズカズカと踏み込んできたトゥアールが、盛大にすっ転んだ。ただ転んだだけではない。身体にはロープが絡みつき、倒れたトゥアールは何故か、両手を合わせて座禅を組んだような姿だった。受け身も取れず顔から落ち、必死にもがいている。

「ちょ……何ですかこれ!? か、体を動かそうとすると、それだけで他がギリギリと締め付けられる……!?」

 ――ガスッ!

「ひう!?」

 情けなく持ち上げられた格好となったトゥアールの尻を、容赦なく踏みつける足があった。言うまでもない。ドS眼鏡男子だ。

「唯でさえややこしい事態を、更にややこしくする真似をするな」

「やめて下さい! 引っ張られる度に私のデリケートゾーンが容赦なく擦り上げられるぅうううううう!?」

「黙れ。嬉しそうな悲鳴を上げるな。恥ずかしい奴め」

 何処までも蔑んだ瞳を向けてグリグリと尻を嬲りながら、何とか逃げようとするトゥアールを押さえつける。

 突如、何の脈絡もなく始まったSMショーもどきに、誰もが言葉を失い呆然とした。

 

 ――ガターン!

 

 いきなり派手な音を立てて、慧夢が転んだ。一堂がビックリして我に返ると、慧夢は恥ずかしさからか顔を赤らめていた。若干、汗ばんでいるようにも見えた。

「お、奥様。大丈夫ですか?」

「え、ええ。ごめんなさい。……少し、驚いてしまっただけです」

 尊の手を取って立ち上がった慧夢は襟を正し、深く息を吐いた。

「才能のある子だとは思っていましたが、まさかこれ程までとは」

「は……?」

 何かを呟いた慧夢だったが、尊の怪訝そうな声に、何でもないと首を振った。

「……慧理那。確かに貴女の言うとおりですね。思いもよらぬ出逢いに冷静さを欠いていました。こちらから申し入れておきながら、身勝手極まりないことでした」

 そう言って、慧夢は慧理那にこう言った。

 

「彼ら二人、どちらを選ぶかは貴女に任せます。それまでは婚約の話も留め置きましょう」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 まだ、授業中の時間でもあるにもかかわらず、総二達は部室にてサボっていた。正確には授業に出る気力がなかったのだ。

「……疲れた」

「何だってこう面倒事ばかり……姉さん、どうして黙っていた?」

「ごめんなさい。でも、家のことに巻き込む訳には行きませんでしたの」

 慧理那はシュンと肩を落としていた。

「まあいいさ。これでお家騒動も一段落だろう。それより、慧夢おばさんの言葉が気になったな」

 鏡也は総二を見やりながら、その言葉を思い出した。

 

 

『あなた……観束総二というのですか? 観束……いえ、まさかそんな事。あの人なら命天夫や有帝滅人といった厳かな名を付けると常々、口にしていたのですから。あなたは優しい名前ですものね』

 

 

「……なにか、嫌な因縁が繋がりそうだったな?」

「母さんには絶対に会わせられないな」

 総二は深い溜め息を吐いた。

 

 

 

 

「――奥様。どうして鏡也さんとの婚約も留め置かれたのですか?」

 神堂家の家訓ならば、総二という逸材がいる以上、婚約を残す必要はない。一方的かつ身勝手とはいえ、御雅神家も神堂家も、一人しか子がいない。跡取りというところに関してならば、落とし所も多い筈だ。

 彼女の疑問に、慧夢はそっと口を開いた。

「――菩薩掌曼珠沙華縛(ぼさつしょうまんじゅしゃげしばり)

「………は?」

「伝説の縄打師〈江洲能川永武右衛門(えすのがわえむえもん)〉が考案した、伝説の縛りです。その姿は合掌する菩薩の姿を模し、かの石田三成や近藤勇を縛するときにも用いられたとか。今では僅かな文献にのみ存在が残されているだけ……その筈でした。まさか、生きて目にする日が来ようとは……!」

 慧夢はブルッと身体を震わせた。なにか、非情にやましい雰囲気を醸し出しているような気もするが、尊は気のせいだと思うことにした。

「それにあの、虫けらのように相手を見下す冷徹な目。一切の躊躇いもなく、相手を足蹴にする大胆さ。見る者にさえ虐するオーラ。あれ程に才気溢れるとは想像さえしていませんでした」

 慧夢は何故か、自分の体を強く抱いた。何か、自分の欲望が駄々漏れになっているような気もしたが、尊は気のせいだと思った。

「ともかく、尊。慧理那のことは頼みましたよ」

「はい。畏まりました、奥様」

 

 事態は一見、解決したかのように見えたがその実、別の問題が起きかけていただけだっりした。




今回の話は落としどころは決まっていたのですが、そこへの道筋がなかなか難しかったです。
原作まんまなんて書けませんしねぇ。


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………執筆速度が上がりません。若干煮詰まり気味かも。
それはそれとして、6月末から大変です。

逆転裁判……スパロボ……討鬼伝……P5……いや、忙しいww




………はい、執筆します。


 神堂家のお家騒動も一段落――取り敢えずはそうしておきたい――したその翌日。朝の爽やかな空気の中、いつもの面子はいつもの様に登校していた。

「……ツインテールは言わずもがなだが、眼鏡も増えてきたな」

 このところ、眼鏡をかけている女性が増えている。以前は男性が増えていたのだが、それを遥かに超える勢いで女性の眼鏡使い達が増えていた。

 それと同調にするかのように、善沙闇子のメディア露出は多くなっている。この二つの相互関係は言うまでもない。ダークグラスパーの活動は確実にその成果を上げていた。

(エレメリアンは自分の属性力を本能として求める。だから、エレメリアンの行動としてなら、理解できる。だが、ダークグラスパーは人間。テイルレッドをアイドルとしてツインテールを拡めたドラグギルディのような事を何故、行う必要がある?)

 善沙闇子――ダークグラスパーの行動は、四月におけるテイルレッドの焼き直しに他ならない。対象がツインテールか眼鏡かという違いだけだ。

 だが、トゥアールの世界は全ての属性力が奪いつくされたという。つまり、この世界に眼鏡を拡める意味が無いのだ。

 もちろん、アルティメギルに属する者としての行動としてはおかしくはない。だが、最初の遭遇の時、彼女はこう言ったのだ。

 

 人間に仇なすために、アルティメギルの軍門に下ったわけではない、と。

 

「――おっと。危ないぞ総二?」

「うわ」

 考え事をしながら歩いていた鏡也が足を止め、総二を引き止めた。すると目の前の十字路を、自転車が通り過ぎた。もしも、そのまま歩いていたらぶつかっていたかも知れない。

「鏡也さん、よく気付きましたね。愛香さんだったら気付かずに行って反射的に、自転車ごと相手を粉砕するか、気付いたまま行って相手を自転車ごと粉砕するかでしたよ?」

「気付いてたわよ。でもって、あたしは何でもかんでも暴力振るったりしないわよ」

「その発言。今までの自分の蛮行を鑑みてから、もう一度言ってみてください」

「そうね。実践しながら振り返るとするわ」

 愛香に顎を蹴り抜かれたトゥアールが宙を舞った。

「――で、何で気付いたんだ?」

「別に特別な事じゃないさ。周囲の眼鏡の気配を察知して、レンズの光景を盗み見たんだ。名付けるならば〈レンズジャック〉といったところか。前に姉さんが総二のエロ本を買いに行った時も、この能力を使ってたんだ」

「お前……赤い海とかに関わってないだろうな?」

「鏡也さん。さてはそれで女子更衣室とか覗きまくってますね!!」

「ガチで総二を覗いている貴様と一緒にするな」

 戯言を吐かすトゥアールをしっかりと踏みながら、きっちりと疑惑を否定する。生憎と覗き見(ピーピング)属性は持っていないのだ。

「お早うございます」

 途中、送迎の車から降りた慧理那が合流した。昨日までと打って変わって表情は明るい。

「昨日は本当にごめんなさい。あれから、お母様も今後のツインテイルズの活動に関して、認めてくださいましたわ。あ、勿論内容そのものに関しては秘密にしてますわ」

 慧理那はふと、愛香の方を見た。愛香は文字通り、踏んだり蹴ったりな状態のトゥアールにアームロックを決めてる最中だった。それ以上はいけないと止めながら、慧理那はじっと愛香のツインテールを見つめる。

「え……何?」

「いいえ。お母様が”愛香さんには気を付けろ”と言っていたので。なんでも『あのツインテールは、神堂家の者とて婚姻を経て漸く至る領域に辿り着いている』とか」

「あ……えっと……?」

 愛香は言葉が出ない。ツインテールを家訓とする家の、それを統べる長が、愛香のツインテールを褒めそやしたのだ。そして、神堂家にとって最も危険な敵だと認めたのだ。言葉など出るわけがない。

「凄い……! 愛香のツインテールはあの理事長が認めるまでになっていたんだな……!」

 だが、その理由は総二の興奮するようなものでは決して無い。無いったら無い。

「ううん、よく分かりませんわね」

 だが、慧理那も首を傾げる。普通はこういう反応なのだ。むしろ総二と慧夢がおかしいのだ。

「――ところで姉さん。その手の紙袋は何だ?」

「え? ああ、これですか?」

 そう。慧理那はカバンの他に紙袋を下げていた。中身をガサガサとあさり、取り出したのは―――リードと首輪だった。

 ペットでも飼うのだろうかと思う一堂を尻目に、慧理那は頬を赤らめた。

「これを、私に使って欲しいので――」

「鏡也、パス!」

「なんと」

 流れるような動きでパスされたそれを、反射的に受け取ってしまう鏡也。厚めの革で作られた首輪は手触り良く、丈夫そうであった。リードも流石、安物ではない。

「姉さんはこれを使えと言うのか? こうやって、首輪を力尽くで嵌められて、

そしてリードを強引に引かれて、犬のように四つん這いにされながら、蔑まれるのが、姉さんの希望なのか?」

 鮮やかな手つきで首輪を嵌め、リードを強く引く。勢いに負けて倒れたところを、鏡也はその尻を容赦なく踏みつけた。

「そ、そうです……はぁ……はぁ……!」

 鏡也がぐい、とリードを引くと、慧理那は息を荒げながら恍惚に染まった。加虐属性の面目躍如であろう。

「……それで、どうして私ではなくてトゥアールさんに?」

 そして慧理那は首を傾げた。

「そうですよ! やって欲しいのは慧理那さんなんですから。慧理那さんにするべきでしょう!?」

 鏡也の足元でトゥアールが文句を言った。鮮やか過ぎる手並みゆえ、言うタイミングを完全に逸していたのだ。

「踏んで最初から喜ぶ相手を踏んで何が楽しいんだ? 相手が抵抗するからこそ、踏み甲斐がある。しつけは聞き分けのない奴が自分の言う事を聞くようになる過程にこそ、喜びがあるのだ」

「この、鬼畜眼鏡!!」

「存分に、俺の下で足掻け」

 BL臭のする台詞を吐き合う二人に、慧理那はおずおずと尋ねた。

「あ、あの……私には?」

「やだなあ。姉さんにこんなひどい事、出来るわけ無いだろう? さ、遅刻しないように急ごう?」

「え……あの………え?」

「ほら、行くぞ厘珍々」

「ちょ、本気で犬扱いですか!?」

「うるさいぞ、ヘムヘム」

「原作版からアニメ版へまさかのシフト!?」

 鏡也は文句を言うトゥアールに構わずリードを引っ張っていく。繋がれたトゥアールが「ちょっと引っ張らないで下さい!? 総二様ならまだしもなんで鏡也さんに!? ていうか、本気で犬扱いで立たせない気ですよね!?」と文句を言っているが、完全スルーされていた。

「あ、待って鏡也君!」

 賢明なる諸兄には言うまでもないが、これら一連が慧理那に対するプレイである。

 そして残された者達は――。

「………行くか」

「そうね」

 干渉をしないと心に決めた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 人が踏み入ることを許さない異空間に浮かぶアルティメギル基地。その一室にて、ダークグラスパーはほくそ笑む。

「いよいよ、善沙闇子の知名度も充分なまでに上がってきた。計画を発動させる時じゃ。よいな、ケルベロスギルディ?」

「計画……ねぇ。上手く行くのかしら?」

「行くとも。そうでなくてはならぬ」

 ダークグラスパーは鼻息荒く、眼鏡を光らせる。その眼光は、”計画”とやらの成功を確信しているようであった。

「ま、いいわ。それじゃ、当日にね」

 ケルベロスギルディは手にしていた一枚の紙を、テーブルの上に置いた。

 

 G・I・F――ガールズアイドルフェスティバル。そう書かれていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 数日後。他県にあるイベントホールにエレメリアン反応をトゥアールがキャッチした。生徒会の都合ですぐ来れない慧理那を除いて、三人はすぐに出撃した。

「ここか?」

『レーダーではそこに間違いないです』

 少し離れた場所から現場を見る。やはり場所が場所だけに人が多いようだ。こういった場所は写真などを撮られやすいので、さっさと終わらせて撤退する以外にない。速攻で勝負を決めると心に決め、レッドが飛ぶ。それに続いてブルーも宙に躍り出た。

 

「CD初回特典の三つ編み券よ~! 皆もれなく、三つ編みにしてあげるわー!」

 

 そして決意の失墜とともに、二人が頭から落ちた。その姿、まさに無惨。

「何と!? この世界はツインテールが空から降ってくるぐらいにまで、ツインテールが飽和しておるのか!?」

 猛犬の如き頭部を3つ備えた――地獄の番犬のようだ。ナイフの如き鋭い牙が覗いている。なのに言うことは戯言という。

「そんな訳あるか」

 嫌な予感を覚えたナイトグラスターは一足遅れで見事に着地した。勿論、このツッコミどころ満載な発言にも一発入れるのを忘れない。

「だらっしゃー!」

 バコッという音を立てて頭を引っこ抜いたブルーが、エレメリアンを思いっきり蹴った。

「ぬぐ!? その上、蹴ってくるとは! なんとバラエティ豊かなツインテールだ!」

 不意打ちに近い一撃だったが、エレメリアンはきっちりと両腕でガードしていた。その一つを取ってみても敵の強さが計り知れる。今のブルーの蹴りは並のエレメリアン程度では一撃で「サヨナラ!」してしまうからだ。

「あんたら……本っ当に悩みなさそうよね」

「……そうとも限らぬぞ」

「私的にはさっきのオカマ臭い口調が何なのか気になるところだがな」

「あ、そう言えばそうだな。何だったんだ、あれ?」

 いつの間にか復活したレッドが、ツインテールを払いながら、エレメリアンを見た。

「気のせいだ」

「いや、でも……」

「気のせいだ!」

「あ、はい……」

 何やら、色々とあるらしい。今は触れないでおこうと決め、話を続ける。

「我が名はケルベロスギルディ。テイルブルー、あのリヴァイアギルディを撲殺したというその獰猛さ。噂通りだな。胸の薄さは情の薄さということか」

「んだとコラァ!? っぞオラァ!」

「落ち着けブルー。さっき落ちたせいでツインテールも乱れてるぞ?」

 レッドが駆け寄り、ブルーのツインテールを手櫛で梳く。すると地獄の猟犬(ガルム)の如くあったブルーの顔が見る間に弛緩していく。

『ちょっと! 何、雌の顔してるんですか!!』

「レッド、手櫛は髪を痛める。コームを使うと良い」

「お、ありがと。……何で持ってんだ?」

「身嗜みは基本だ。身嗜みの乱れは眼鏡の乱れに繋がるからな」

「何だそりゃ」

「取り敢えずこっちは任せろ。……余り、事態は芳しくないからな」

 言って、周囲を見やる。イベントホール入り口から駐車場まで、その惨状は続いている。

「こ、これは何だ? 皆、三つ編みにされてるのか……? くっ、ツインテールまで!?」

 髪の長さにかかわらず、尽く三つ編みにされていた。被害にあった女性の中には、ツインテールごと三つ編みにされている少女もいた。2次元ですらふた昔レベルの髪型だ。

「うう……無理やり三つ編みにされて………。全然、解けないんです……!」

「何故泣くのだ? 我が絶技にて宝玉の如き輝きを得たというのに……?」

「どうせなんか変な機械でも使ったんでしょ」

「何を言うかっ!」

 ブルーがぼそっと呟くや、ケルベロスギルディが一括する。その一吼えだけで、周囲から短い悲鳴が上がった。

「無粋な機械に頼るなど邪道! 二流の仕事 !この二つの腕にて至高の輝きを生み出す、それこそ我が三つ編み属性(トライブライド)の誇りよ!!」

「御託を並べるな。行くぞ!」

 ナイトグラスターはフォトンフルーレを抜き放つ。その切っ先を迷いなく、ケルベロスギルディに突き出す。返して二連撃。防御の隙さえ与えない連撃を叩き込む。

「ぬう……噂に違わぬ速度か! だが、軽い!」

「チッ、頑丈だな」

 一度間合いを離すナイトグラスター。その直後、怒涛の一撃がケルベロスギルディを爆発させた。

「ざまあみなさい!」

「ブルー……軽くかすったぞ?」

「まあまあ。直撃させたんだからいいでしょ?」

 不意打ち上等のテイルブルーの完全解放に文句を言いつつ、ナイトグラスターは肩を竦める。やがて爆煙が晴れ、そこには――。

「ふん。人質をとっているも同然であるにも拘らず、容赦無い攻撃を仕掛けるとは。何と冷徹で、冷酷で、非情な戦士なのだ」

 煙が晴れると、そこには無傷のケルベロスギルディが立っていた。だが、何かがおかしい。

「――頭がおかしい。いや、減っているのか?」

「……その言い直しに強い悪意を感じたぞ? だが、流石は眼鏡属性。着眼点が鋭いな」

 三つあったケルベロスギルディの頭部が今は一つしか無い。そしてその後、ダメージを受けて倒れている、ケルベロスギルディ。更に立っている者の後からもう一体が姿を現した。

「分裂……したのか?」

「その通りだテイルレッド。我は三つ編みへの愛から生まれたもの。故に我が身には三つの魂を持つ。故に我は無敵なのだ」

 倒れていた三体目も起き上がり、三体のケルベロスギルディが融け合うようにして一つの個体へと戻った。そこにブルーの攻撃のダメージは見受けられない。

「ダメージを与えても分離で回避の上、元に戻ればダメージも消える、と。厄介だな」

 対策としては分離状態に持ち込み、合体される前に各個撃破という辺りが有効だろう。だが、頭数はともかく、火力という点でナイトグラスターは不安が残る。二体倒してしまえば問題ないかもしれないが、それでも、何かしらで復活されるかも知れない。

「三体に分離できるのが自慢のようですが、私達ツインテイルズは三人いることをお忘れではありませんか!」

 建物の影から、ヴォルティックシューターを構えたテイルイエローが現れた。格好の登場シーンにドヤ顔である。

「む! 強い三つ編みの気配!」

「くっ! 待て!」

「ナイトグラスター!? ブルー、俺達も追うぞ!」

「ええ!」

 が、それを見ている者は誰もいなかった。ヒュルリーラ、と季節外れの冷たい風が吹いた。周囲の視線も、痛々しいものを見るようだ。

 その心を抉るような寒々しい光景に、イエローの身体がふるふると震えた。

「あ……ああ……。まるでなかったかのように無視されて……一様に冷たい目を送られて……! こ、この空気……この視線……。たまりませんわ……!」

 ドMに取ってはご褒美であったようだ。テイルイエローこと神堂慧理那。中々に業が深くなってきたようである。

 

人波を縫って、ケルベロスギルディがまるで何もないかのように走る。速さに自信のあるナイトグラスターであったが、流石に人が多すぎるせいで、ケルベロスギルディに追いつけないでいた。

 テイルレッド達は尚更だ。特にレッドはもみくちゃにされ、それを引き剥がそうとするブルーという構図が完成してしまっている。

「ひっ!」

 ケルベロスギルディが視線の先に一人の少女を捉えた。パーカーのフードを被った少女は迫り来るケルベロスギルディに気付き、その身をすくませた。

 不味い。そう思ったナイトグラスターはその眼鏡属性の力を解き放つ。周囲の状況。少女との距離。そこから導き出される最速のルート。

「ここだ!」

 ナイトグラスターが、左に曲がる。そしてそこから、少女までの直線を一気に駆け抜けた。

「きゃっ」

 間一髪。ケルベロスギルディよりも一瞬早く少女の前に飛び出すと、一撃を見舞い、少女を抱えて大きく跳ぶ。

「ツインテイルズ、後を任せる!」

「おお!」

 後をツインテイルズに任せ、数度の跳躍で丁度いい物陰へと降り立つ。少女を下ろして無事を確認しようとした時、ナイトグラスターの眼鏡にビリッと電気に似た衝撃が走った。

(こ、これは……この感覚は!) 

 フードの下から少女の顔が覗く。まるで芸術のような三つ編みと、そして夜の闇を固めたかのような黒縁の眼鏡――見間違えるはずもない。

 

 善沙闇子。

 

 何故、善沙闇子がここにいる? 何故、ケルベロスギルディが仲間である善沙闇子を襲う? 気が付いていない? ならば、この状況は偶然?

「あ、あの……」

「っ……!? あ、いや……怪我は?」

 動揺のあまりに素を晒してしまうナイトグラスター。何とか立て直そうと、彼女をゆっくりと立たせる。

「はい、大丈夫です。………あの」

 善沙闇子が何かを言おうと顔を上げる。

「きゃあああああぁぁぁ………!」

 だが、それよりも先に珍妙な悲鳴が響いた。空を見上げれば、何故かブルーが上空を飛んでいっていた。そのまま止める暇もなく、小さな点となり、そしてやがて明けの空に昇る一筋の星となった。そのままM78星雲に帰りそうな勢いだ。

「………。何やってるんだ、あいつらは」

 誰の手にも届かない所へと逝ってしまったブルーはさておいて、この状況だ。下手に善沙闇子を追及はできないし、ケルベロスギルディも吐かないだろう。となればここを離れるのが最良か。

「今はここに。騒ぎが収まるまで身を隠しておいた方が良い。では」

「あ、待って!」

 呼び止める声が聞こえるが、ナイトグラスターはそれを無視してこの場を離れた。

 レッドらの元に帰ると、既にケルベロスギルディの姿はなかった。

「奴はどうした? 倒したのか?」

「いいや、”次の準備がある”とか言って逃げちまった。そっちは?」

「……問題、ない」

「………?」

 歯切れの悪いナイトグラスターの言葉に、テイルレッドが首を傾げる。

「それより、この後始末だ。三つ編みから属性力を感じる。恐らく、普通には解けないだろう」

「そうなのか? じゃあ、どうする?」

「――斬る」

「……は?」

 言うや、ナイトグラスターはスタスタと歩き、三つ編みにされた被害者に向かってフォトンフルーレを一閃した。

 

 ――はらり。と、三つ編みが解けた。

「以前、ガビアルギルディの事務制服を斬った事があっただろう? それと同じだ。すぐに終わらせるから、撤退の準備とブルーの回収を頼んでおいてくれ」

「分かった。………おい」

「何だ?」

 テキパキと処理していくナイトグラスターに、何故かテイルレッドは訝しんだ視線を向けている。

「何だって……どうして三つ編み切ってるのが眼鏡かけてる子ばっかなんだよ?」

 そう。ナイトグラスターが三つ編から解放させているのは眼鏡っ子ばかりであった。だが、ナイトグラスターにはそんなつもりなど無い。

「他の被害者は普通に三つ編みにされているだけだ。だが、眼鏡を掛けている女性は何故か、属性力で縛られているようだ」

 そこに見える意図を何となく感じながら、ナイトグラスターは剣を収めた。ふと、足元に落ちているチラシを拾い上げる。

「………なるほど。偶然という訳ではないかという事か」

 それはここで行われるイベントのチラシで、出演者一覧が書かれていた。そこには善沙闇子の名前も記されていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 アルティメギル基地内、ダークグラスパー執務室。その扉が開くと部屋の主であるダークグラスパーが私服姿で入ってきた。

「おー、おかえりイースナちゃん。首尾はどうやった?」

「ふふん。上々だ。これで後は最後の詰めを残すのみよ」

 自信満々とメガ・ネにそう返すと、ダークグラスパーはソファーに腰掛けた。

「御雅神鏡也め。我が魅力にメロメロであったわ。ククク、愉快愉快!」

「あー、ほんまかなぁ。イースナちゃん、変なところで思い込みやすいしなぁ」

 メガ・ネはテキパキとお茶の用意をする。その手際、まさにオカン級である。

「――それで、あんなので良かったのか?」

 いつの間にかケルベロスギルディがそこに立っていた。

「うむ。これでいよいよ…………ぬふふふふ」

 ダークグラスパーはこれでもかと口元を緩めている。女性として――いや、人間として非常によろしくない顔だ。もしも愛香がこの顔を見ていたなら、「トゥアールとイースナ、どっちがオリジナルなのかしら?」と1時間は悩んだことだろう。

 そんな顔にも慣れてしまっている、ある意味悟りの境地にあるメガ・ネとケルベロスギルディは気にすることもない。

 

「いよいよじゃ。いよいよ………待っておれ、トゥアール! ハハハハハハハ!」

 

 そして人の目など気にすることなく、ダークグラスパーは高らかに笑い上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ひぃ!?」

「どうした、トゥアール?」

「今なにか、形容しがたいおぞましい何かを感じました! 総二様、お願いですから今日から一緒のベッドで寝て下さい! 勿論、服は脱ぎますから!」

「勿論の使い方を正しく使いなさいよ――――!」

「ぎゃあああああ! こっちにもおぞましい人がいましたぁあああああ!」

 




そろそろ3巻も終盤。あの大事件(ヒロイン的に)ももうすぐです。
当然、原作のままなんてことはありません。更に大問題(ヒロイン的に)が怒ります(誤字にあらず)

ネタ練っておいてあれですが、自分の精神が大丈夫かしら?w


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気が付けば長い間がww

これはもう、構成のために怪盗になるしかありませんね。
ちょっと、悪人の心に潜入してきます!







……え、お前が潜入される側だ、ですと? そんなバカな。
(足元に予告状が届く)


 ケルベロスギルディが撤退したため、鏡也達はアドレシェンツァまで戻ってきた。無事に戻ってきた愛香に慧理那が責められ、慧理那はひたすらに肩を落としていた。どうやら、愛香がM78星雲に帰りかけたのは慧理那が巨乳の属性玉を発動させ、愛香がそこに割り込んだせいだったようだ。

 途中で尊と合流し、店の前ではトゥアールが「wktk」というネットスラングそのものの顔をしている。ニヤニヤと絡んでくるトゥアールが愛香によって「bkbk」にされたのは言うまでもない。

 店に入ると、中は中々盛況だった。だが、総二が足を踏み入れるや途端に立ち上がった。

「すまん! おれと友だちになってくれ!」

「いや、俺と!」

「ばかもの! ワシとじゃぁあ!」

「何なんだよこれ!」

 総二に向かっていきなり迫る客達。そして視線がグルッと鏡也に向いた。

「「「そのポジションをよこせ!!」」」

「揃いも揃って……血迷ってるのか?」

 迫る客の群れを十把一絡げに亀甲羅状に縛り上げ、鏡也は首を傾げた。総二は事のあらましを知っているであろう自分の母であり、この店の店長である観束未春に尋ねた。

「一体どうなってるんだ?」

「みんな『モテモテの主人公を羨む親友ポジション』と『変身ヒロインと事あるごとに遭遇する一般人のポジション』になろうっていう願望よ。先達の願い、叶えてあげて?」

「お断りです」

「ていうか、何だよそれ。モテモテの主人公って……」

 母の世迷い言に辟易しつつ、総二は店の奥へと入る。その後ろに愛香らが続き、そして未春が――。

「店を見てろ経営者―――――!!」

 あまりにも自然に、当然のごとく付いてこようとする未春に総二のツッコミが入った。だが、その程度で怯むようなら苦労はしない。引き下がるようならば、世間で噂の変身ヒロイン(男)の母親などやっていられないのだ。

「ああ、大丈夫。最近じゃ、みんな勝手に淹れて飲んでるから。それにほら、今はみんな縛られているし」

「解いてやれよ!?」

 アドレシェンツァのセキュリティはどうなってるのか。そんな些細な事など気にも留めない。そうでなければ、地下に秘密基地をこさえた喫茶店など経営できないのだ。

 もう、止める事はできないんだと、そんな人が母親なのだとうなだれる総二の肩を、鏡也はぽん。と叩いた。

 ちなみに慧理那は日常的な場所(カムフラージュ)から非日常的な場所(秘密基地)へ行くという、ヒーロー物のお約束展開に終始興奮していた。

 

 基地内では早速、ケルベロスギルディに対する会議が行われた。モニターには先程の戦闘の様子が映しだされている。

 ブルーの卑怯極まりない蛮族度満点の奇襲攻撃だったが、当たる直前に二体に分裂、一体が喰らって残り二体は躱していた。

 そしてその後、三体は一つになり、一体が受けたダメージは完全に回復しているように見えた。

「やはり、予想通りか。これはやはり三体が分離している間に倒すしか無いか」

「ダメージを与えても、一体でも無事なら回復されるからな。これは偶然……じゃないよな?」

 ダークグラスパーの登場と合わせるかのように現れたケルベロスギルディ。これが偶然である筈がない。

「俺達、ツインテイルズに対抗するために選ばれた……って考えた方が自然だよな」

「流石観束君。素晴らしい着眼点ですわ」

 慧理那に褒めそやされ、総二は照れくさそうに頭を掻いた。それを尻目に、鏡也は考えていた。

 

(善沙闇子が一躍有名になったのは、髪型を変えてからだ。ツインテールから、三つ編みに。そして、ケルベロスギルディは三つ編み属性。思い返しても見事な三つ編みだった……それこそ、”善沙闇子の三つ編みと同じぐらいに”)

 

 この予想を立てられたのも、総二と違い〈善沙闇子がダークグラスパーである事〉を知っているからだ。

 だとすれば、ケルベロスギルディはツインテイルズに対する為というよりも、ダークグラスパーの作戦――つまり、眼鏡属性を拡めるために招集されたと考えるべきだ。

 しかし、そう考えると一つ、得心が行かない点が出てくる。

 

(何故、ケルベロスギルディは善沙闇子を襲おうとした? ダークグラスパーの作戦に関わっているなら、その正体も知っているはずだ。だとしたら……一体?)

 

 そこにある筈の意図を読み切れない。鏡也は思考を中断し、顔を上げた。

 

「ほらほら! 総二様がもみくちゃにされてますよ! あの女生徒、制服の中に手を突っ込ませてすぐに離脱してますよ! 中々にやりますね!」

「うっさいわね。現場にいたんだから知ってるわよ!」

「あれ~? もしかして嫉妬してます? 心配しなくても愛香さんがいたって、誰も触らせようとしないどころか、油汚れをJ◯Yしたみたいになるのがオチじゃないですかね~!」

たみたいなるのがオチじゃないですかね~!」

「あらいやだ。こんなところに頑固な汚れがあるじゃない」

「ちょ、人の顔に何で手のひらをぉおおおおおおおおおおおお!?」

 グワシグワシと力を込めて愛香がトゥアールの顔を拭いている。力を入れ過ぎて白煙が上がっているが、大したことではないだろう。

 その隣では凄い速度で婚姻届を書き上げている尊がいた。手書きなのに、輪転機よりも速いかもしれない。

 そして総二はといえば、未春と何やら盛り上がっていた。昔、ケルベロスyという犬という名の下僕を飼っていたとか、その頃は真なる闇の女王(オプスキュリィ=レイヌ)と名乗って神魔超越神(父)と戦っていたとか。正直、どれもこれも小指の先ほども関わり合いになりたくない状態である。

 必然的に関わらざるをえない総二は、ツッコミと絶叫のハーフアンドハーフでこれでもかと悶えている。

「これはもう、お開きだな」

「そうですわね。次こそ、ケルベロスギルディを倒してヒーローとして認められてみせますわ」

 慧理那がグッと決意とともに拳を固める。熱いハートを持っているのに、見た目のせいでつい、温かい目で見守りたくなってしまう。

 総二はどうしてか、鏡也の方を捨てられた仔犬が救いを求める目で見ている。首輪とかドMとか色々と心当たる言葉が聞こえたが、全く分からない。

「――ん? そういえば今日は何かあるんじゃなかった?」

「え? ああ、そうでしたわ! 今日はTOKYO XNテレビで〈爆走戦隊バギーレンジャー〉の再放送があるんでしたわ!」

 爆走戦隊バギーレンジャーとは、10年ほど前に放送されていた特撮戦隊物である。前作の超自然戦隊サイコレンジャーがシリアス路線であったのに対し、こちらはコメディ色が強い異色作となっている。

「今日は敵幹部がヒーローの弱点を探ろうと、悪巧みをするんです。部下の怪人に自分を襲わせて、わざと助けられて親しくなるんですが……そこからまさかの、禁断の恋愛に発展してしまうんですよ」

「秘密を探る……? もしかしたら」

「うん? どうかしましたか?」

「いや、何でもないよ。俺は先に帰るから。――総二、愛香。また明日な」

「え? ああ、うん。じゃあね」

 愛香は返事を返すが、総二は頭を抱えたままだった。尤も愛香の手にも、抱えられたままのトゥアールがいるのだが。

 

 ともあれ、鏡也は基地を後にした。翌日にもう一度、あの会場に行くことになると考えながら、その帰路を行くのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 翌日。鏡也の姿はイベントスペース前にいた。先日も遅れながらイベントは開催されたようだ。そして今は夜に行われるイベント本番前の最終リハ中だ。

 昨夜、父に頼んで関係者パスを用意してもらい、それを使って会場内へ。

 イベントの行われる会場に、観客以外で入るという行為に若干の緊張をしつつ、目的の部屋へとやって来た。

「………」

 手の中の花束と、ドアの脇の名札をチラリと横目で確認する。間違いはない。

 これから先は伏魔殿だ。下手をすれば、ここで全てが終わってしまうかも知れない。だが、行くしかない。

 鏡也はドアをノックした。少しの間が空いて、中から声が聞こえた。

 

「はーい?」

 

 その返事を待って、鏡也はドアノブに手を掛けた。

「こんにちは。今、大丈夫ですか?」

「御雅神さん! 来てくれたんですね!」

 顔を覗かせた鏡也を見て、楽屋の主――善沙闇子は朗らかな声を上げた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

『だから……ナスは嫌゛い゛な゛の゛て゛す!』

『ッ……! まずいわ、また電がプラズマ化してるわ!』

『ハラショー。すごく嫌な予感しかしない』

『誰か暴徒鎮圧用兵装(比叡先輩の料理)を! 急がないと扶桑先生に次ぐ被害者(大破)が!』

 

 

「ぐへへへへ………。いいやぁああああぁあぁあぁああああ………幼女って、本当にいいものですね」

「何をピーピングしてんのよ、このガチ不審者」

「うぶはぁあああ!?」

 地下基地でモニターを眺めながら、某映画解説者のようなことをのたまったトゥアールが車輪のように転がっていく。

 愛香がそれはもう酷いものを見るような目でコンソールを操作する。次々に映る、小学生低学年らしき少女達の姿。

「………あんたさぁ、そろそろ自首しなさい? 異世界の超科学を使っての盗撮なんて、シャーロック・ホームズもびっくりだから」

「むしろ、愛香さんの口から世紀の名探偵の名前が出たことにびっくりですよ」

「そう言えばシャーロック・ホームズって格闘技も出来るのよね」

「バリツッ!!」

 ライヘンバッハの滝の戦いのごとく、二人が戦う。ただし名推理など何処にもない一方的な展開だが。

「愛香、あんまりやり過ぎるなよー」

 と、置いてけぼりにされたワトソンのような総二が声をかけるが、果たして聞こえているだろうか。呆れ気味に嘆息し、後ろにいる二人に声を掛けた。

「えっと、騒がしくてごめん」

「何を今更。いつもの事だろう。それでもそう思うなら、この婚姻届にサインを――」

「そうですね、いつも通りですね。あ、慧理那はなにか飲むか?」

 婚姻届を音もなく出した尊を強制シャットダウンして、慧理那に話を振る。尊の追求を躱すにはこれが一番早いと総二も学習していた。

「いいえお構い無く。客人ではないのですから。それにしてもお二人は本当に仲良しですね」

 慧理那は微笑ましい物を見るように、戯れ合う愛香とトゥアールを見ている。戯れ合いというのは正しい見解だ。ただ、その力関係がベンガルトラと三毛猫程に差があるというだけだ。

「……おや、これは横須賀にある全寮制学校のものではないか?」

 尊がモニターに映る少女達を見てポツリと零した。映像の中では銀髪少女が筆舌にし難い、何か魔紫色のものを暴走する少女の口に投擲していた。その一撃で暴走少女は大破確定なのは一見して分かった。入渠完了まで4時間は固そうだ。

「知ってるんですか?」

「うむ。私がよく行くお見合いパーティーに、いつも現れる……いわゆる宿敵(とも)とも言える奴がいるのだが、そいつがここで教師をしていた筈だ」

「は、はぁ……宿敵、ですか」

 尊の宿敵。そう聞いただけで件に人物も婚活魔人なんだろうなと容易に想像できた。

「奴はなかなかすごいぞ。なにせ家事も料理の腕も私に比肩する程だ。女子力という点ではそこらの小娘なぞ足元にも及ばない」

「……なのに、結婚できないんですね」

「ううむ……果たして何が問題なのか。きっと運か環境のせいだろう、先日も『何でビッグ7のくせに辛いカレーがダメなのよー!! いい大人がお子様口か―!!』と叫んでいたしな」

「…………えっと、その件はさておいて。ケルベロスギルディ対策の話をしましょう!」

 これ以上、この話を続けるのは危険だと感じて、本題に入る。総二はバサッとチラシの束をテーブルの上に並べた。

「ケルベロスギルディは以前、大きなイベントが行われる施設に現れた。目的は女性を三つ編みにすること。という事は同じように、次もイベント会場を襲う可能性が高い。で、近く行われる、女性が多く来そうなイベントを調べてみたんだけど……」

「多いですわね。近郊だけでも20はくだらないですわ。これでは何処を襲うか予想できませんわ」

「そもそも、イベントを襲うとは限らない。女子の多いところなら、女子校や女子大でも良いのだからな」

「なにか決定的なものがないとダメか」

「こういう時、鏡也がいれば何か思い付いたりしてくれるんだけどねぇ」

 激しい戦いから帰ってきた愛香が、チラシを手に取って呟く。その手に生々しい跡が付いていることには触れてはいけない。

「そういえば鏡也くんは来ていないんですの?」

「ああ。昨日、ケルベロスギルディが善沙闇子を襲ったらしくて、大事な会社の広告塔だから、様子を見に行くって」

「そうですか。そういえば最近、善沙闇子さん……でしたか。よくテレビに出ていますわね。確か今日も、新曲の宣伝で出ていたかと」

 慧理那は先日基地に来た時に覚えた操作で、テレビを映した。本人はイベント会場入りしている筈なので、その番組は録画だ。

「最近、よく出てますよねぇ。そのせいか、眼鏡をかけてる人も増えてきてますよ」

「ナイトグラスターの時よりも確実に増えてますよ。まあ、露出の差というのは大きいですけど。あ、折角ですから愛香さん掛けてみたらどうですか? きっと鏡也さん喜びますよ」

「嫌。絶対嫌。死んでも嫌。世界が滅んでも嫌。むしろあんたが掛けなさいよ」

 7割程度の復活を果たしたトゥアールが赤いフレームの眼鏡を差し出す。が、愛香は速攻拒否。逆にそれを手にしてトゥアールに掛けさせようとする。

 二人の第二戦が始まるのを尻目に、総二はふと思い立つと、トゥアルフォンで”善沙闇子”と検索をかけた。

「………うわ、22万件もヒットした。デビューしてまだ間もないのに」

 そのすさまじい反応に、総二は何故か、薄ら寒いものを覚えた。これではまるで―――。

「――テイル、レッド………っ!?」

 総二は目を見開き、トゥアールに叫んだ。

「トゥアール! この映像、町中とか映せるか?」

「え? ええ、出来ますよ。ちょっと待って下さい。……で、何処の小学校を映せば良いんですか?」

「いや、そうじゃなくて……駅前辺りを頼む」

 頭をギリギリと締め上げられながら、トゥアールがコンソールを操作する。映し出されるリアルタイムの映像。時間も時間であり、人通りはとても多い。それを食い入る様に総二は見つめた。

「総二、一体どうしたの?」

 愛香がトゥアールを締め上げながら首を傾げる。

「――何時からだ?」

「え?」

「何時から、こんなに眼鏡をかけてる人が増えた? 街行く人の殆どが、眼鏡を掛けている」

「そういえば……多い多いとは思ってましたが、改めて見ると……少々おかしいですわね」

 映像の中で、眼鏡をしていない割合は1割程度だ。これは明らかに異常だ。何か、異常事態が静かに起きている証だ。

「こんなに眼鏡が増えたのは……善沙闇子が出てきてからだ。今にして思えば、彼女は自分よりも眼鏡をアピールしていたような気がする」

 総二の中で、些細な違和感から生じた疑問はどんどんと膨らんでいく。何故そんな事をするのか。それではまるで彼女の活動は眼鏡を世に拡める為にしているようではないか。

 

 ――眼鏡属性を、拡めるために。テイルレッドがツインテール属性を拡めたように。

 

「善沙闇子………ヤツは、ダークグラスパーだ」

「えっ……?」

「なんで今まで気付かたかったんだ? 善沙闇子のやってる事はテイルレッドがツインテールを拡めたのと同じだ。それに、今なら分かる。こいつの顔は、あの時会った顔だ!」

 総二が断言すると、愛香たちはまじまじと画面を見る。そして――。

「あ……ああ……ぁああああああああああああああああああああああああ!?」

 トゥアールがこれでもかと目を見開いて、絶叫した。

「何なんですか、何なんですかこれは!? 何でこんなアイドルスマイル全開で歌って踊ってるんですか!? あの子、こんな顔なんてしませんよ!? もっと淀んだメスの顔するんですよ!? 何ですかこの悪夢のような光景はぁああああああああああ!? 何で今まで気付かなかったんですよ私ぃいいいい!!」

 頭を抱え、ブレイクダンスしながら悶えるトゥアール。

「もしかして認識阻害、でしょうか?」

「間違いない。トゥアールでさえ気付けなかったんだ。相当に強力な認識撹乱装置(イマジンチャフ)を仕掛けてるんだろう」

 慧理那の言葉に総二は頷く。イースナをよく知るトゥアールでさえ誤魔化された程だ。今、ふとした疑問を抱かなければその正体を看破し得なかっただろう。

「……ねえ、これってヤバイんじゃない?」

「ああ。すでにアルティメギルの侵攻が行われてるってことだからな」

「いや。それもそうなんだけど……」

 愛香が口ごもる。

「何だよ?」

「だって……会いに行ってるんでしょ? ……鏡也が」

 愛香の言葉に、基地内が沈黙した。そして――。

 

「いやぁあああああああああ! すぐそこに! すぐそこにイースナの魔手が! 総二様、今すぐに何とかしましょう! 具体的には総二様の全てで私を慰めて下さい、ベッドの中で!!」

「総二、今すぐ鏡也に電話しましょう。すぐに教えてあげなきゃ」

「そ、そうだな。よし」

 トゥアールがベッドの中で安静しなければならないような状態にされていくのを尻目に、総二はトゥアルフォンを手に取った。

 間に合ってくれ。心から願って。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「それにしても元気そうで何よりだ。怪物に襲われたと聞いた時は、びっくりしたよ」

「ありがとうございます。でも、わざわざ来てくれるなんて思いませんでしたよ」

「そりゃ、うちの会社の大事な看板娘ですからね」

「それだけですか~? もっとこう『君の眼鏡が心配で心配で堪らなかった』とか」

「自分のことを、よくそこまで言えるな。尊敬するよ」

「言えますよ! だって、あたしの眼鏡は世界一ですから!」

 そう言って「キラッ!」と眼鏡を光らせた。その威容に鏡也の心が激しく揺さぶられる。その正体を知っても尚、抗いがたい魅力があった。蠱惑、という名の輝きだ。

 なるほど。知らぬ者がこれを見れば心を染められてしまうな。と、逆に納得さえ出来た。

「………」

「……何?」

 はたと返った鏡也は、善沙闇子が顔を覗き込んでいるのに気付いた。レンズ越しの黒い瞳に、自分の困惑気味の顔が映っている。

 そのままじっと見ていた善沙闇子は、姿勢を直して神妙な面持ちで口を開いた。

 

「――もしかして、ナイトグラスターですか?」

 

 突然の切り込みに、鏡也は動揺して目を見開いた。




ついに明らかとなった善沙闇子の正体。
鏡也に迫る危機。総二達は間に合うのか。

そして、トゥアールの貞操はイースナに捧げられてしまうのか。
はたまた鬼畜眼鏡が踏みまくりにしてしまうのか。

そんな中現れる影。運命が交錯し、悲劇が訪れる!!


次回、乞うご期待!

(予告内容は本編と何ら関わり合いがありません)


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もうそろそろFATEも発売ですね。


 戸惑う鏡也に、善沙闇子は察したかのように口元を緩めた。

「やっぱり。実は昨日、ナイトグラスターさんに助けてもらって。けど初対面の筈なのに、何処かで会ったことがあるような気がしたんです。でも、確信がなくて……」

 善沙闇子が話を続けているが、鏡也の耳には入っていなかった。善沙闇子が昨日の接触で気付いたとは考えにくい。となれば、この展開は善沙闇子の狙い通りということだ。

 下手なことを言わないよう、鏡也は口をつぐむ。

「でも、今日やっと分かったんです! 鏡也さんが、ナイトグラスターだったんですね!」

「いや、人違いだ。そもそも、俺自身がアルティメギルに襲われてるんだぞ? あいつらと戦えるなら、わざわざ逃げ回ったりする必要が無いだろう?」

「変身する前に襲われちゃったから、でしょう? 異様に執着してたから振り切れないし、ツインテイルズが駆けつけてくれたから、戦わなかったんじゃないですか?」

「……なるほど。理屈としては正しいな」

 そう返しながら、善沙闇子の行動を考察する。

彼女がここで何故、こんな事を言い出したのか。正体に気づいているなら、それを秘密にしておいたほうが良い。そもそも、アルティメギルにとって値千金の情報である筈だ。だが、アルティメギルにそれらしい動きはない。つまり情報は伝えられていない可能性が高い。

 とすれば、以前に彼女自身が言った「人類に仇なすために軍門に降ったわけではない」という言葉に信憑性が生まれる。ならば善沙闇子の意図は何処にあるのか。

 こんな事を言われて「はい、そうですか」と認めるわけがない。それぐらいは分かっている筈だ。ならば、ここで言うことそのものに意味があるという事だろう。

 ここで情報を晒すことで何が変わるか。今までと合わせて思考する。

(重要なのは、正体を知るのが”善沙闇子”であって”イースナ”ではないという事。そして向こうは正体を看破されていることを知らないという事だ。………そうか、そういうことか)

 これは、布石だ。大々的にトゥアールを探すための。万が一動きを知られてもイースナである事を知られないための。

 

 正体を知った善沙闇子が、それでも正体を隠す相手に興味を持ち、周囲を探る。そこで偶然か狙いか、テイルレッド=トゥアールと出遭う。

 出遭えずとも動きから秘密基地を知られる可能性がある。アルティメギル、にではない。イースナにだ。

 

 これ程、面白くない話はない。基地を襲撃されて壊滅させられる方がマシだ。

 だから、さっさとその目論見を潰しておこう。

 

「大したものだ。よくそこまで考えられたものだ。素晴らしい思考力だ」

 感慨深げに首を振る鏡也。肯定とも否定とも取れないリアクションが意外だったのか、善沙闇子が怪訝そうにする。

「しかし、一つ気になったんだが……聞いても?」

「なんですか?」

「ナイトグラスターの姿を見て、君はどうして俺だと思った?」

「……どういう意味ですか? だって、そうだと感じたから」

「俺とナイトグラスターでは大分、見た目が違うはずだが? 特に身長は比べるまでもなく大きな差があるだろう」

「それは……変身してたからでしょ?」

 善沙闇子が返す。それを聞き、鏡也は頭を振る。

「多少の変化なら、それもあるだろう。だが、頭一つ以上も変わっていて、それを”変身”の一言では済ませられない。普通なら『よく似た別人』か『親類縁者』かと考えるだろうからな」

「それは……」

 いくら変身で見た目が変わるとしても、鏡也と総二のそれは大きな変化だ。とても一見して判断は出来ない。

 言葉を濁す闇子に、鏡也は更に続ける。

「変身で見た目が大きく変わる。そういう可能性を予め知っていなければ、考えも及ばなかった筈だ。だが、君は迷うことなく、俺をナイトグラスターと言い切った。それはどうしてだ?」

「………」

 善沙闇子は黙りこくった。ギリ、と無意識に歯ぎしりする音が聞こえた。そして鏡也は決定的な一言をぶつけた。

 

 

「三文芝居はここまでだ。いい加減、正体を見せたらどうだ――ダークグラスパーよ?」

 

 

「………。くく、ククク……!」

 音一つない沈黙の中、それを破る不吉な笑い声が響いた。同時に、目の前に立つ小柄な少女の体から言い知れない気配が沸き立った。

「一体、何時から気付いておった……?」

「最初からだ。アイドルなんてバカな真似をどうしてしているのかと探ってみれば、眼鏡属性を広めるためのロビー活動とはな。そっちこそ、俺の正体に何時気付いた?」

「貴様の正体など、最初も最初……ここに来る前から気付いておったわ!」

「嘘を吐くな。この不健康劣悪眼鏡め。であるなら、最初にあれほどあっさりと引き下がるものかよ」

「ぐぬぬ……減らず口を!」

「答えてもらおうか。この世界に眼鏡属性を広める訳を。――アルティメギルと、どんな取引をした?」

「貴様に教えることなど、わらわのスリーサイズ以上にないわ!」

 善沙闇子――イースナはその手を突き出した。その中に漆黒の大鎌が出現する。

「っ――!」

 鏡也もすかさずSサーベルを展開し、構える。楽屋内は一触即発の状況へと変貌した。ほんの僅かな変化が、そのまま大爆発へと繋がるような、張り詰めた緊張感。

 

 ――piririririr!

 

 突然、甲高い電子音が響いた。鏡也の意識がほんの僅かに逸れた瞬間、イースナが動く。

 大鎌を振りかぶり、イースナが踏み込む。鏡也もサーベルをその軌道上に滑らせる。まともに受ければ刃ごと斬り捨てられる。いなして躱すしか無い。だが、それもコンマ数秒程度の余地しか無い。だが、刹那の見切りは鏡也の得意とするところだ。

 命運決するその時――。

 

「善沙闇子さーん。お願いしまーす!」

「はーい! 今行きまーす!」 

 ドアの向こうから聞こえたスタッフの声に、イースナがころっと態度を変える。その切り替えの早さに鏡也がコロッとコケたのも仕方ないことだ。

「命拾いしたのう。わらわはこれからリハーサルじゃ」

「まじめか!」

「アイドル活動を侮るでない! 派手な面の裏では、常に地道な努力の積み重ねなのじゃ!」

 大鎌を消すと、イースナは鏡也の脇を抜けてドアノブに手を掛ける。

「わらわは行く。………勝手に私物を漁るでないぞ?」

「誰が漁るか!」

「それとトゥアールの連絡先を知っておるのなら、そこの化粧台の前のメモ帳に記しておいて良いぞ?」

「とっとと行け―――!!」

 バタン。と閉じられた扉。遠ざかる足音に鏡也は深い溜め息を吐いた。気が付けば、シャツが汗にまみれていた。

(危なかった――あの一撃、間違いなく防げなかった(・・・・・・・・・・・)

 鏡也は未だに鳴り続けるトゥアルフォンをポケットから取り出した。

「……もしもし?」

『鏡也! 良かった……大丈夫だったか!』

「総二か。一体どうした?」

『どうしたじゃない! いいかよく聞け! 善沙闇子はダー『鏡也さん! 今すぐ基地に戻って下さい! 何故なんだぜとかそういう疑問は全部すっ飛ばして! 主に私の未来の為に!!』トゥアール、落ち着けって!』

 基地からの連絡に、この慌てよう。考えられるのは一つだけだ。トゥアールを押しのけた総二が改めてそれを伝えてきた。

『良いか、驚かないでくれ。善沙闇子の正体は……ダークグラスパーだ』

「ああ、知ってる」

『そう、驚くのも無理は―――――は?』

「というか、今まさに奴と一戦交えたところだ。安心しろ」

『安心できるか―――! ていうか、知ってたんならもっと早くに言えよ!』

「奴の狙いを探るためだ。その辺も含めて後で話す」

『あ、ちょっとま――』

 鏡也は早々に通話を切る。相変わらずな仲間達の声に、少しだけ平静さが戻った。

「イースナの目的はほぼ掴んだ。奴のリアクションからも間違いないだろう。となれば、ここにいる意味もないな」

 ならば帰るかと、楽屋を後にしようとところで、ドアノブがも回る音がした。もしやイースナが戻ってきたのかとドアの方を向く。が、妙だ。

 ガチャガチャと回すが、ドアが中々開かない。鏡也はその様子を訝しみながら見ていた。

 しばし音が続いて、やっとドアが開いた。そして、何かが入ってきた。が、ドアの大きさが合わず、詰まった。

「なっ……! なんだ、こいつは?」

 それは一言で言うならば、デカかった。手足は短く、一歩進むにも全身をゆらす。

 それは着ぐるみだった。以前TVで見た、流川市のご当地キャラが似た風なデザインだったから間違いない。あれと違ってヒレがある。顔も若干尖っている。

「サメ……か?」

 何故、善沙闇子の楽屋にサメの着ぐるみが入ってきたのか。その余りにも突拍子もない展開に、鏡也は只々唖然とした。

 サメの着ぐるみはついに部屋の中に入った。改めて見てもデカイ。3メートル近いだろうか。サメぐるみは大きく体を揺すった。

「はぁ~。やぁっと風船配り終わったわ~。これで善沙闇子はますます知名度アップやで」

 そう言って、関西弁で喋るサメぐるみはビシッ! とサムズアップした。そしていそいそと着ぐるみを脱ぎ出した。

「っ……!?」

 そうして出てきたのは銀色のロボットだった。ロボットが関西弁で、オカン口調で喋っているのだ。人間にしてはデカイ。もしやエレメリアンかと思っていたが、とんだSFの登場だ。

(不味い。流石にこれは予想外だ……!)

「何や、今日はえらく無口やなぁ。変身しとったらもうちょっと喋れるやろ? あ、もしかして変身解いてるんか? あかんよ、いつ人前に出るか分からんのやし…………イースナちゃん?」

 戦々恐々とする鏡也に向かってロボットは一方的に喋り、そして首を傾げながら、鏡也にその視線を向けてきた。

「………」

「………」

「………………」

「………………」

「………誰やあんた!?」

「お前こそ誰だ!?」

「てっきりイースナちゃんがおるかと思うとったら、見知らぬ人が……はっ! まさかイースナちゃんのストーカー!?」

「ストーカーはむしろ向こうだろう!? 被害者が既に出てるし!」

「あかん、ストーカーに楽屋入られるとか! イースナちゃんがショックで引きこもってまう! 取り敢えず警察に連絡を!」

「人の話を聞け―――!」

 気付けばスパーン! と、ロボットの頭を叩いていた。

「ぬぬ……なんて切れ味鋭いツッコミ。しかもこの身長差をどうやって埋めたかさっぱり分からへんかったわ。お兄さん、只者やないな? ……ん? この顔何処かで……あ」

 ロボットは、赤くなった手をひらひらと振っている鏡也の顔を改めて見ながら、ポン。と手を打った。実際にはガチャン。であるが。

「……もしかして、御雅神鏡也はんか? てことはイースナちゃんの正体、バレてもうたんやなぁ。張り切っとたんに……かわいそうやなぁ」

「そういうお前は一体、何だ? アルティメギルの秘密兵器か何かか?」

「ん? あ~、こら失礼しましたわ。うちはメガ・ネプチューン=Mk.Ⅱ。イースナちゃんの相棒です~。お兄さんのことはイースナちゃんからよう聞いてますわ。ああ、うちとしたことがお茶もお出しせんと。ささ、どうぞ座って下さい」

「あ………え?」

 何が何やらわからないまま、鏡也は座らされ、メガ・ネプチューン=Mk.Ⅱと名乗るロボットは手際良くお茶を淹れる。

「ささ、どうぞ~」

「あ、はい。どうも」

 出されたお茶をすする。湯呑みは入れる前に温められており、お茶も甘みと渋みが絶妙なバランスを取っている。茶葉を入れすぎず、適量な証拠だ。そして蒸らす手間を惜しまず、注ぐ際も雑味を含ませないよう静かに。

 この一杯、正に”茶を淹れる”という一工程を芸術にまで昇華している。

「これは……結構なお手前で」

「いえいえ」

「………」

「………」

「って、ちが―――う!!」

「なんと!? 切れ味鋭いノリツッコミやて!」

 何故か驚愕するメガ・ネプチューン=Mk.Ⅱ。関西弁であることから、もしかしたら日々のツッコミに不足しているのかもしれない。

「何で普通にお茶とか出して歓待するんだ!?」

「あ、お茶よりもコーヒーとかの方が好みやった?」

「いや、お茶のほうが好み………いやいや、そうじゃない」

 つい流されてしまいそうになる自分を制し、鏡也は改めて、このメガ・ネプチューン=Mk.Ⅱなるロボットを見る。

 このいかにも一人だけ――一体だけ世界観が違う存在は言動一つとってもこちらに多大な影響を与えてくる。が、害意を加えてくることはなさそうだ。となれば慌てず騒がず、だ。

「善沙闇子――イースナはなんでアイドルなんて……いや、理由はわかるんだが。その、結構マジメにアイドルしているようなんで、気になってな」

「お、気になる? 気になるんなら見に行ってみる? 今時分ならステージでリハーサルしとるだろうから」

 言うや、器用にも着ぐるみを着るメガ・ネプチューン=Mk.Ⅱ………名前が長い。

「……そうだな。じゃあ、案内を頼もうか、メガ・ネⅡ?」

「何で揃いも揃ってその略し方なん!? それに微妙なアレンジ加えられてるし!?」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ステージを一望できる特等席――と言うにはいささかながら視点が高い二階席。人気のないそこからロボットin着ぐるみを伴って、リハーサルの様子を見下ろす。

「しかし、トゥアールから聞いた話じゃ、アイドルするような性格じゃないそうだが……何か仕掛けてるな? 変身でイースナと善沙闇子を繋げさせないようにしているのと関係が?」

「せやな。変身で善沙闇子になりきっとるんや。ていうか、虚弱体質やから変身せんと動けんのや。はぁ~、もっと外で遊んだからええのに。部屋にこもって日がな一日エロゲー三昧。友達も全然作れんし」

「………お、おう……え、エロゲー? あれ、未成年……いや、ん?」

 何か深く立ち入ってはいけない闇を覗きかけてしまったが、それはそれとして聞き流せないところもあった。

(さっきのアレはそういうことか。変身状態なら、装備がなくても劣勢どころじゃないな)

 なにせ、虚弱体質があれだけ激しく動けるのだ。どれだけの強化がされているのか想像に難くない。

「しかし、真面目にやってるものだ」

「あれでもアイドル歴はなかなかやからな~。他の世界でも同じようにアイドルしとったし」

「ほう……。その世界も”眼鏡属性を広めた上で、アルティメギルに侵略された”のか?」

「ん? 何で分かったん?」

「何となくだ。……さて、そろそろ帰るとしよう」

「あ、ちょっと頭にゴミが」

 

 ――プチッ。

 

「いったぁ!?」

「あ。毛根ごといったわ」

「いきなり何するんだ!? というか、その手でよく出来たな!? 何? ロボット繋がりで未来から来た猫型的な感じ!?」

 頭を撫でて痛みを散らそうとしながら、鏡也がメガ・ネに迫る。

「いやいや。本当にゴミやと思ったんやて。でも見間違えたみたいや。あー、眼鏡の度が合わんかったかなぁ~」

「掛けてないだろ!? それ以前にロボットだろ!? 白々しい嘘つくな! ……くそ、髪は長い友達だけど、その友情は脆く儚いって、うちの祖父さんの遺言なんだぞ?」

「どんな遺言やねん」

「ともかく、俺は帰る。下手にストーキングしようとしても無駄だからな」

「せえへんわ。イースナちゃんじゃあるまいし」

 心外だとばかりに、メガ・ネは腰に手を当てて返した。

 

 

「ハックション!」

「ストーップ。大丈夫、闇子ちゃん?」

「はい、大丈夫です。続けて下さい。………風邪かのぉ? いや、きっとトゥアールが噂をしているのじゃな」

 

 

「ハックション!」

「ちょっと、唾飛んだじゃない!?」

「風邪ですか、トゥアールさん?」

「いや、これはそんな生易しいものじゃない気がします。もっと悍ましくて悍ましい……陰湿極まりない物の怪の気配です」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 会場を出ると、鏡也は周囲に注意を払いながら歩いていた。メガ・ネはああ言ったが、注意するに越したことはない。なにせ相手は世界線を超えても追いかけてくるストーカーキングだ。β(ベータ)Θ(シータ)どころか、Σ(シグマ)ぐらいでも足りないかもしれない。

 ドクペ好きのマッドサイエンティストも諦め必至な相手に、してしすぎるということはあるまい。

 鏡也は適当なコンビニに入ると、適当に小物を手に取る。レジで会計するとトイレを借りる。勿論、用を足すためではない。

 個室に入ると鍵を掛けず、転移機能を立ち上げる。行き先は基地――ではなく、陽月学園の屋上だ。そこから別の場所に数度ジャンプして、基地へと向かった。

 さて、基地に着くと早速、心穏やかではない異世界の痴女が迫ってきた。

「どういう事ですか? イースナが善沙闇子だと知ってて何で接触を続けたんですか? 事と次第によっては出るとこ出ますよ!?」

「――それで、どういうことなんだ?」

「ああ、今話そう」

 トゥアールを踏み敷いて、鏡也は総二らに事の次第を話し始めた。善沙闇子の目的、それによって何が起ころうとしているのか。かつて彼女が言った『人類に仇なす為にアルティメギルに与したのではない』という言葉の意味を。

「……じゃあ、ダークグラスパーの目的は、属性力を完全に奪われないようにするって事?」

 愛香の言葉に鏡也は頷く。

「恐らくな。全ての属性力が奪われれば、人は生きた屍のようになる。だが一つでも残っていれば、人は生きられる。そういうことだろう」

「そりゃ、理屈はそうだけど……でも、釈然としないな」

 総二は眉をひそめた。世界を守る。その手段としては間違ってないと思う。だが、果たしてそれで合っているのか。

「どちらにせよケルベロスギルディと、その背後にいるダークグラスパーと戦わなければならない。まずはケルベロスギルディに集中するべきだ」

 

「そんな事はどうでも良いんです! イースナに、イースナに私のことがバレているかどうか、それが大事なんです!!」

 

「安心しろ。イースナは未だにテイルレッドがトゥアールだと思っている」

 復活しようとしたトゥアールを踏み直し、鏡也はそう伝えた。

 

 この期に及んで、自分の属性力が何であるのか――忘れていたのかもしれない。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 アルティメギル基地。イースナの部屋。

「く、くやしい……。まさか、正体を見抜かれていた……なんて」

「まー、バレてもうたんはしょうがないわ。それで、これからどうするん?」

 メガ・ネはイースナに今後の指針を尋ねた。だが、イースナの顔色は良くない。

「当初の予定通り……て、言いたいけど……この世界、眼鏡属性の広まりがどうにも遅い」

「ツインテールが広まっとるからなぁ」

「それだけじゃない気がする……もっと何か、異質な何かが在るような気がする。はあ……面倒。ただでさえ御雅神鏡也の事にトゥアールさんの事もあるっていうのに」

 イースナはジャージの袖に手を引っ込めて、ブラブラとさせる。折りたたんだ膝を崩し、メガ・ネに昏い瞳を向けた。

「メガ・ネ。預けておいたあれを……出して」

「あれって……アルバムか? 夢を叶えるまで、トゥアールはんの写真を見ないようにするって言うてたやんか?」

「だ、大丈夫。トゥアールさんには会えたんだから。これはご褒美。これで明日からも……頑張れる」

「こういう願掛け、一回崩れたらお終いやと思うんやけどなぁ」

 仕方なく、メガ・ネは預かっていたアルバムを取り出した。

 そこにはイースナが盗撮――もとい、労力を割いて集めた写真だ。言葉にするのもはばかられる表情で、イースナはアルバムを開いた。

 

 そして、彼女は戦慄した。

 

 そこにはかつて、トゥアールがブルーのギアを纏って戦っていた勇姿が写っていた。美しいツインテールをなびかせて、戦場を駆ける姿は正に戦女神だった。

 

 ――その、筈だった。 

 

「ど、どうして……ツインテールじゃない……!?」

 トゥアールの写真が全て、ツインテールではなくなっているのだ。その姿は総二達にとっては見慣れたもので、イースナにとっては未知の姿。

 最上のツインテールを持つものにしか纏えないテイルギアを、ツインテールでない者が纏っている矛盾。

 その答えはすぐに出た。

「トゥアールさんは……ツインテール属性を失っている。……じゃあ、テイルレッドは……誰?」

 そう。イースナはトゥアールの属性力を追ってきたのだ。そしてテイルレッドに行き当たった。だが、そのトゥアールはツインテールを失っている。

 そうして考えれば矛盾は多い。携帯を常に持っていたトゥアールが、今は持っていないと言うし、よく考えればおっぱいが時空の彼方に消えるものだろうか。

 浮かんでは消える疑問の泡沫。そして結論は姿を表した。

 

「テイルレッド……ヤツはトゥアールさんじゃない……! そして御雅神鏡也、ヤツはそのことを知っている!」

 

 バタンと閉じたアルバムを、激情のままに叩きつけ――ようとして、そっと下ろし、代わりに拳をテーブルに叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………いったあ」

「あーあー。虚弱体質やのに無理するから~」

 イースナはメガ・ネに手際よく手当されるのだった。




次回で3巻は終わる予定ですが、果たしてうまく行くのか。


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今回はいつにも増してボケが多いような気がします。
おっかしいなぁ、シリアスにしようとした筈なのに・・・。


 会場内で唯一、光り輝く場所がある。走るレーザー光線。輝くスポットライト。それを受ける資格を持つのはただ一人。黒い装束と三つ編みを翻し、キラリと眼鏡を光らせて。

 

 アイドル善沙闇子、オンステージである。

 

 そんな様子を鏡也達は会場を見渡せる、最上階の関係者席にいた。他に人の姿はない。

「アイドルのコンサートって初めて来ましたけど、凄いのですね」

 慧理那は闇子を称えるかのように光る、津波の如きサイリウムに目を丸くしていた。

「まるで宗教ね。とんでもない熱気だわ。……それで、どうするの?」

「この状況、必ずケルベロスギルディが現れるはずだ。まずは奴を倒すことだけを考えよう」

 鏡也は愛香にそう返すと、ステージを見やった。歌い、踊る善沙闇子はまさに輝いていた。動きの一つ一つに眼鏡とツインテールを強調するアクションがあり、それはまるでサブリミナルのように、人の無意識にまで浸透しているのだろう。会場にいる客はほぼ全員が眼鏡を掛けている。ツインテールはあれだが、眼鏡は比較的入手しやすいせいか、善沙闇子ファンの必須アイテムとなっている。実際、ここ一ヶ月のMIKAGAMIの売上はかなりのものだ。MIKAGAMIの売り上げ=善沙闇子の侵略の成果と考えると複雑であるが。

 総二は時計で今の時間を確認した。開演は午後2時。休日の開催ということで学生の姿も多かった。

『あばばばば。あのイースナが……ああ、何であっちが本当の性格じゃないんですか? 世の中はあまりにも理不尽です』

 トゥアールはカメラ越しにステージを見ながら、理不尽なことをブツブツとつぶやき続けている。

「そろそろ一時間。折り返しぐらいか。……しかし」

 

『めーがねーめがねー、なにもかもめがねになれー』

 

「っ……。聞いてると洗脳されそうになる。凄い電波ソングだ。皆、大丈夫か?」

 会場を揺るがさんばかり大歓声を聞きながら、総二は愛香らに尋ねた。

「え、ああ。あたし? 耳栓してるから平気」

「私はその……よく分からなくて。特撮物の歌でしたら分かるのですが……」

「歌ってるやつは問題だが、いい歌じゃないか?」

「一人大丈夫じゃない!? 鏡也、洗脳されたか!?」

「されるか。奴の眼鏡如きにどうにかされるものか」

 心外だと、鏡也は鼻息を荒くした。ステージでは合間のトークタイムの最中だ。水を飲みながら、眼鏡について語っている。鏡也はそれを聞きながらしきりに頷いており、総二は不安を増していた。

 トークタイムも終わり、次の曲が始まろうとした時――ついに来た。

 

 曲が始まろうとした時、アリーナと外をつなげる外扉が突如、弾け飛んだ。そしてなだれ込んでくるアルティロイド。

 そして三つ首の魔獣――ケルベロスギルディ。その雄叫びが会場を揺るがすと、観客達に火がついたようなパニックが起きた。

 世間的にお気楽状態とは言え、目の前に怪物が現れれば話は別だ。我先にと逃げ出そうとする観客達。

「ダークグラスパーは!?」

「あそこ! ステージから逃げてる!」

 愛香が指差す。ステージから丁度降りて逃げ出す姿が見えた。

「行くぞ、皆――テイルオン!」

 総二達は一斉に変身した。そして転移座標をセットする。と、テイルイエローが鏡也に向かって顔を突き出した。

「鏡也君はここに隠れてて下さい。ただでさえ危ないのに、アルティメギルに狙われているんですから。良いですね?」

「え……あ、ああ。分かってるよ姉さん」

 軽く忘れかけていたが、イエローはナイトグラスターの正体を知らないのだった。そういえばそうだったと、レッドらは意識を改めた。

「よし、改めて……行くぞ! まずはアイツを会場から叩き出す!」

 ツインテイルズはアリーナ正面――ステージから突き出た場所の真上に転移した。

「よし、俺も行くぞ。グラスオン!」

 鏡也はナイトグラスターに変身すると、善沙闇子の方を見やった。ツインテイルズの登場とともにステージ袖に姿を消すのが見えた。

「トゥアール。私はイースナを追う。ケルベロスギルディの方は任せるぞ」

『一人で大丈夫ですか? 仮にもイースナ……ダークグラスパーはアルティメギルの作戦を行うほどですよ?』

「問題ない。奴がどれ程であろうと……こちらも眼鏡で劣るものではない。最強の眼鏡属性を信じろ」

『分かりました。気を付けて下さいね』

「ああ」

 通信を切ると、ナイトグラスターはすぐに善沙闇子の気配(眼鏡)を追った。気配は会場を離れつつあった。

 誘い出されているとすぐにわかった。この場にいるケルベロスギルディはツインテイルズが相手するのは最初から決まっていた。ならば、誘いに乗ることに迷いはない。

 ナイトグラスターはマントを翻し、その場から人知れず離れた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

  会場から大きく離れた林の中。黒いステージ衣装を纏った善沙闇子が立っていた。だが、そこに居たのは今までに見ていた善沙闇子とはまるで違う存在だった。

 ナイトグラスターはその背に投げかけた。

「それが、お前の本当の姿か。イースナよ」

「ええ。今は変身を解いているから……必ず、追いかけてくると思っていました」

 そう言いながら振り返るイースナ。黒く淀んだ瞳がナイトグラスターを捉えていた。

「ケルベロスギルディはツインテイルズが倒す。お前の企みもここまでだ」

「企み? ここまで? 何を言っているんです?」

「奴が居なくなれば、その三つ編みも結えまい。ツインテールが席巻するこの世界で、眼鏡属性を広めることは出来まい。後は貴様を倒すだけだ」

「……………ふふっ」

 イースナが不意に笑った。哀れみと嘲りとが混じり合った笑いだ。

「私を……倒す? そんな事が出来るなんて……本当に思ってるんですか? だとしたら、とんだ身の程知らずですね……!」

 イースナの指が、眼鏡のブリッジに触れた。

 

「グラス・オン!」

 

 変身機構起動略語(スタートアップワード)を唱えるや、全身から光が爆発する。だが、それは他の誰とも違う色だった。

 赤でも青でも黄色でない――それはナイトグラスターの”白”と真逆。”黒”い光だった。

「闇の力か。とことん真逆だな」

「不倶戴天の敵とはよう言うたものよ。わらわ達の為にあるような言葉じゃ」

 黒き眼鏡の鎧――眼鏡装甲グラスギアを纏い、闇の支配者は降臨した。ダークグラスパーは背のマントを翻し、眼鏡の奥の剣呑な瞳にナイトグラスターを映す。

「さあ、我がダークネスグレイブの錆にしてくれよう!」

「抜剣、フォトンフルーレ!」

 抜き放った光剣が死神の大鎌を受け流す。火花が散り、空気が切り裂かれた。

「ちっ!」

 更に振り上げられた大鎌にナイトグラスターは大きく飛び退く。直後、地面が大きくえぐり取られた。

 地を蹴ってナイトグラスターが間合いを詰める。長柄ならば、取り回しが不得手であるからだ。大きく飛んで、一気に迫る。ダークグラスパーはそこに沿うように鎌を走らせてきた。狙い通りと、ナイトグラスターは身をひねって躱し、背後へと回り込んだ。

「っ――!」

 だが、そこに狙いすましたようにダークグラスパーの一撃が叩き込まれる。思わず飛び退くと、更に一撃が見舞われ、その体が大きく弾き飛ばされた。四つん這いのような状態で地面を滑っていく。

「ちっ……」

 チェストアーマーにまざまざと刻まれた傷跡を、無意識に指でなぞる。ダークグラスパーがダークネスグレイブを担ぎ、その瞳を細めた。

「やはりな。今ので確信したぞ、ナイトグラスターよ」

「……何をだ?」

「貴様では、わらわには勝てぬ! 天地がひっくり返ろうとも、絶対にじゃ!」

 そう断言するダークグラスパーに、ナイトグラスターは眉をひそめる。

「どういう意味だ、まだ始まったばかりだろう?」

「我が言葉の意味、分からぬ筈もあるまい。貴様の眼鏡が曇っておらぬならばな」

「………」

 ナイトグラスターは言葉を返さず、ただ立ち上がって剣を構えた。

「敵わぬと分かって尚、立ち向かうか。いいだろう。ならば――」

 

 ドォオオオオオオオン―――。

 

 突如、彼方に昇る光の柱。赤と青と黄色の三色が、まるで三つ編みのように絡み合っていた。その豪音が二人の動きを止めた。

「あれは……オーラピラーか」

「どうやら、決着のようだな。分裂と回復は脅威の能力だが、分かっていれば対処のしようはある。さて、こちらも本番と行こうか」

「っ……!?」

 一瞬の踏み込みからの刺突。とっさに防ぐダークグラスパーだったが、その表情は乱れていた。

「どうした? 随分と驚いているな? 私の動きが読めなかったか(・・・・・・・・・・・・)?」

「貴様……! 調子に乗るでないわ!」

 翻る刃が再びの火花を散らす。だが、その力は先程のような一方的なものではなかった。ダークグラスパーが一撃を振るえば、ナイトグラスターは三撃を見舞う。威力に劣り手数に勝るナイトグラスターと、威力に勝り手数に劣るダークグラスパー。戦局はこのまま拮抗するかと思われた。

「――ヴォルティックブラスター!」

 天空から雷光が降り注ぐ。そして三つの影が降り立った。

「そこまでですわ、ダークグラスパー!」

「善沙闇子……いや、イースナ! あんたの企みもここまでよ! ケルベロスギルディは倒したんだからね!」

「来たか……テイルレッドよ」

 息巻くテイルイエローとテイルブルーに見向きもせず、ダークグラスパーはテイルレッドだけを視線に捉える。

(む……なんだ?)

 だが、その瞳に違和感があった。以前の遭遇の際に見えた昏い慕情の色はなく、逆に敵意の色が浮かんでいた。

「よくぞ来たな、テイルレッド。ケルベロスギルディは倒されたか。前線で戦わせるために引っ張り出した訳ではないというに……だが、あやつもまた戦士。この散り際も、望むべくということであろうか」

 そう言ってから、ダークグラスパーは今度こそ強い敵意をテイルレッドに向けた。その視線に、レッドが僅かに肩を震わせた。

「テイルレッド……よくもわらわを謀ってくれたな」

「何……?」

「貴様はトゥアールではない! そうであろう!?」

 ダークグラスパーは大鎌を突きつけ、そう叫んだ。

「わらわは、トゥアールの写真を持っている。彼女が元の世界で戦っていた頃のものじゃ。当然、ツインテールである……はずじゃった。じゃが、そうではなかった。あのツインテールが見る影もなくなっていた。それはつまり、トゥアールがツインテールを失ったという確かな証。つまりもう、変身は出来ぬ。じゃが、わらわはこの世界に、トゥアールの気配を辿ってやって来た。そしてあの日、貴様と出逢うた。それらが示す結論は唯一つ。テイルレッド、貴様がトゥアールのツインテールを奪ったということじゃ!」

「ち、違う!」

 ダークグラスパーの言葉に、テイルレッドは思わず叫んでいた。それはすなわち、ダークグラスパーの言葉――テイルレッドがトゥアールではないと肯定することになるが、それは今更だと、テイルレッドは一息吐いて話を続けた。

「これはトゥアールから託されたものだ。この世界のツインテールを守るために、自分の世界を守れなかった償いとして……この世界で最も強いツインテール属性を持つ俺に、テイルギアとして託してくれたものだ!」

「………あくまでも奪ったのではない。託されたものだというのじゃな?」

「ダークグラスパー。お前が眼鏡属性を守ろうとしているのは知っている。だが、どうして奴らに与するんだ!? トゥアールが戦っているのを見ていたはずだろう!?」

「見ていたからこそ、アルティメギルから眼鏡属性を守ろうというのじゃ。どれだけ奪いつくされようとも、眼鏡属性だけは侵略された世界に残されておる。わらわが守りたいのは眼鏡属性のみ。それ以外の属性力なぞ、知ったことではないわ!」

「ふざけんな! だから積極的に、トゥアールとお前の世界を滅ぼした作戦を実行したっていうのか!?」

「何を言うか、貴様とてそれを行っていたであろう?」

「そいつはドラグギルディを倒して終わった事だ!」

「終わった? 違うのう、テイルレッドよ。貴様は何も分かっておらぬ。わらわの支配が何故か思うように広まらなんだ。……何故だと思う?」

 ダークグラスパーが首を傾げて問いかける。その仕草は実にわざとらしく見えた。

「そんなの、知るわけ無いだろ」

「であろうな。そうでなければ先程のような事、口が裂けても言えぬものな」

「どういう意味だ?」

「わらわは今まで、同じ方法を取って幾多の世界を支配してきた。じゃが、この世界ではそうは行かなかった。その理由はただ一つ――すでに、別の支配がこの世界を埋め尽くしていおるからじゃ。そう、テイルレッド。貴様という支配者を受け入れているからだ!」

「な……俺が、支配者だと?」

「そうじゃ。貴様もわらわも変わらぬ。属性力を強制的に芽吹かせ、それで人の心を縛る。奪うか押し付けるか、その違いだけじゃ」

「違う! 俺はツインテールを守りたいだけだ! 奪いも押し付けもしない!」

「……ほう、揺るがぬか。神となる覚悟はあるということか」

「何でそうなるんだよ……大袈裟すぎるぞ? 俺は、ツインテールが好きなだけだ」

「……レッド。そいつのレンズは歪んでいる。それ以上、言葉を交わすのは無駄だ」

「そうよ。どうせぶっ飛ばすんだから、話は後でいいでしょ?」

「エレメリアン以外の幹部との戦い……燃えてきましたわ!」

 ナイトグラスターの言葉に続いてテイルブルー、テイルイエローが戦闘態勢を取る。4対1の状況になっても尚、ダークグラスパーが動揺の一つも見せない。

「ふむ。問答はここまでか。同感じゃな」

 そう言うや、ダークグラスパーの眼鏡が怪しい光を帯びた。ハッとしてナイトグラスターが叫ぶ。

「まずい、逃げろ!」

 

「まとめて葬ってくれよう。眼鏡よりの無限混沌(カオシック・インフィニット)――!」

 

 眼鏡より放たれた闇色の光が一瞬にしてツインテイルズを包み込む。その軌跡は∞を描く。

「な、何だこれ!?」

「体が……動かない!?」

「きゃああああ!」

「せめて幸福なる悪夢にて果てるが良い。さあ、属性力の闇の淵へと堕ちよ!」

 噴き上がる闇が、三人を呑む。そこにはたゆたう闇の玉だけが残されたていた。

「どうじゃ。これこそ、眼鏡属性を持つわらわの真の力よ」

「何という事を……眼鏡をそんな事のために……!」

 ギリ、と怒りの余り歯ぎしりするナイトグラスターの耳ににトゥアールの通信が聞こえた。

『なんですかアレは! 凄まじい属性力ですよ!』

「眼鏡属性の力で異空間を作り出したんだ。人の心を反映し、無限に終わらぬ螺旋の中へと貶す……おぞましい力だ」

「トゥアールよ、見ているのであろう? 今すぐここに現れよ。さすれば三人は解放してやる――!」

 空に向かって声を張り上げるダークグラスパー。

「さもなくば、貴様の希望は永劫果てぬ我が闇が滅ぼすであろう――!」

 その言葉に偽りなく。紛れもない真意。ここでトゥアールが来なければ本当に、そうするのだと。

 

 ――だから、彼女は現れた。

 

 その顔を仮面で隠し、知恵を象徴するかのような白衣を翻して。

「――イースナ」

「……そうか。あの時テイルレッドの後ろにおったのがそうであったか。今度こそ、じゃのう、トゥアール」

 再会を喜ぶように声を弾ませるダークグラスパーに、トゥアールの顔色は悪い。この事態を誰よりも恐れていたのはトゥアールだからだ。

「さあ、ツインテイルズを解放して下さい」

「そうは行かぬ。解放してほしくば……これを掛けよ」

 そう言ってダークグラスパーは何かを取り出した。

「それは……眼鏡?」

「ただの眼鏡ではない。掛ければ最後、二度と外すこと叶わぬようにわらわが念を込めた逸品よ。さあ、これを掛けるのじゃトゥアール!」

 ずい、と差し出されたのは赤い丸縁眼鏡だった。トゥアールがチラリとナイトグラスターの方に視線を送る。助けてください。同じ眼鏡属性なんですから、なんとかして止めて下さい。そう訴えかけていた。

「…………や、止めておけ。トゥアール」

「何でそんなに歯切れが悪いんですか!? 今ちょっと、『眼鏡、良いかもしれない』なんて思ったでしょう!?」

「な、何を馬鹿な事を! わ、私がそのような……アレなわけ、ないだろう?」

「動揺してるじゃないですか! 余りふざけてると飢婚者をけしかけますからね!」

「ないと言っているだろう!? これ以上言いがかりをつけるならば、全力で縛り踏むことも已む無しだぞ?」 

「ひ、卑怯ですよ! 人の一番嫌がるところを平然と!」

「ええい! こっちを無視して何を楽しそうにしておるか―――! あと、縛り踏むって何じゃ!? そ、そんなマニアックなプレイをしておるのか!?」

 緊張感の続かない現場である。

「とにかく、トゥアール。それを掛ける必要はない。掛けたところで、どうせそいつにはどうにも出来んからな」

「えっ?」

「ははは! 見抜いておったか。眼鏡よりの無限混沌(カオシック・インフィニット)は発動こそあれ、後はわらわにもどうにも出来ぬ」

「だ、騙そうとしたんですね……!」

「お互い様じゃ。そうであろう?」

 怒るトゥアールにダークグラスパーは肩を竦める。

「それにしても………あの中では一体何が?」

 トゥアールはチラリと暗黒球体に目をやった。ナイトグラスターは静かに首を振った。

「聞かないほうが良いぞ? ……ブルー、それはいささかマニアックだろう。イエローは………まあ、いつも通りだな。多少こじらせてるが」

「本当に一体何が起こってるんですか!? ていうか見えているんですか!?」

 顔を伏せるナイトグラスターに、トゥアールは言わずにはいられなかった。ブルーのマニアックって何? イエローがこじらせるって何処を? そしてレッドは?

「レッドは………ああ、あいつは大丈夫だ」

「え……?」

「ダークグラスパー。お前に一つ、良いことを教えてやろう」

「なんじゃと?」

「テイルレッドをあの世界に閉じ込めたのは、失策だったな」

 にやりと笑うナイトグラスターに、ダークグラスパーはハッとして振り向いた。暗黒球の奥に、チラリと炎が生まれていた。

「なんと……! あの中はいわばもう一つの世界。それを……焼き尽くそうというのか!?」

 

 ――うぉおおおおおおおおおおおおお!!

 

 雄叫びが響き、炎が暗黒を焼き尽くした。溢れ出した炎が渦を巻き、その中心に赤い戦士が立つ。それはまるで、レッドの怒りを体現したかのように燃え盛っていた。

「悪夢の中で……誰もがツインテールの世界の中で……トゥアールが泣いていた」

 静かに、レッドは言った。

「世界を守れなかった償いに、俺達の世界を守るためにツインテールを捨てたトゥアールが、ツインテールを結ぼうとしたんだ!」

 それは決して叶わぬ夢。変わらぬ過去さえ許されない、砕けた泡沫。それを目にしたレッドの怒りは想像に難くない。

「お前の闇なんて、俺が全て焼き尽くしてやる! 俺のツインテールは――光輝(ひかり)だ!」

「いや、光輝は俺の眼鏡だ」

「レッドの決め台詞に何で対抗意識燃やしてるんですか!? せっかく感動してたのに!!」

「ちょっと何!? もうちょっとだったのに――!」

「あ、あら? 夕方の商店街でのお散歩は……?」

「そして何でお二人ともツヤツヤしてるんですか――!? 本気で台無しですよ!!」

「ええい! またしてもこっちを蔑ろにするでないわ!! 戦いの最中であろうが――!」

 二度目の敵側からのツッコミに、ツインテイルズがダークグラスパーに向き直る。

「ツインテイルズ……いや、テイルレッドよ。貴様の力、些か見くびっておったわ。かくなる上は我が完全開放(ブレイクレリーズ)をもって決着としよう!」

 マントを捨て、ダークグラスパーの背中の骨のようなパーツが右側へと移る。そして鎌を持つ右腕に力が集中し、武装が変形する。柄がグリップを残して縮み、刃の部分が反対側に生み出される。そして刃の先を光線が結んだ。それは――弓だ。

 眼鏡が光り、指に宿ったそれを弦に掛ければそこに矢が生まれた。

「オーラピラーが来るぞ!」

「いや違う。それは――!」

 身構えるレッド達にナイトグラスターが叫ぶと、ダークグラスパーがにやりと笑う。

「わらわにオーラピラーなぞ必要ない。目の前全てを的にして、全てを闇に落とすのみよ!」

 闇が矢先に集中していく。その力は地面をえぐり、触れる全てを滅ぼさんほどだ。

「まずい! あれを撃たせるわけには……」

「でも、ケルベロスギルディとの戦いで力が……ヤバイかも」

「せめて三人の力を一つに出来れば………そうですわ! ケルベロスギルディの属性玉なら!」

「そうか、三つ編み属性(トライブライド)!」

 イエローとブルーが属性玉を取り出す。レッドも続いて取り出す。今までツインテールの戦士であるからにはツインテールの力だけでと拘っていたレッド。ケルベロスギルディとの戦いに何かを感じたのか、属性玉をギュッと強く握りしめた。

「行くぞ、皆!」

 

「「「属性力変換機構(エレメリーション)三つ編み属性(トライブライド)――!!」」」

 

 その瞬間、イエローの武装が解除されて合体武装へと変わった。そこまでは通常だ。だが、そこから違った。

「俺とブルーの武器が!」

「イエローのと合体した!? ………で、良いのよね、これ?」

 合体武装の上と下に強引に張り付いたようにしか見えないそれを、果たして合体と言って良いのか。

「合体ですわ! 三つの力を一つにした、名付けて〈フュージョニックバスター〉ですわ!」

「既に命名されてる!? と、とにかくやってみるぞ!」

「レッドはトリガーを。私達は左右から支えますわよ!」

「……よし、これで良いわね」

「駄目ですブルー! 合体武装を構える時は、支え手はこう! こうするんです!!」

「なんで片手なの!? でもってその外側に大きく開いた腕の意味は何!?」

「こうするのが絶対のお約束なんです! さあ!!」

「え……ええ……」

「ブルー、諦めろ」

「レッドまで……はあ、もう。これでいい?」

「駄目です! 腕が上がり過ぎです! あと、体も開き過ぎですわ! 腕は体と平行、角度が42度ですわ!」

「細っかいわねぇ!? これでいい!?」

「完璧ですわ。――さあ、これで準備完了ですわ、レッド!」

「お、おう……なんか、めちゃくちゃ待たせちまったけど……」

 

「なんじゃと!? 各々の武器が一つに!? おのれ、ケルベロスギルディの力か!」

「見た目はあれだが、すごい力だ。あれならあるいは――!」

 

「お前ら実は仲良いんじゃねーか!?」

 準備が完了するや、まるで”そして時は動き出す”とばかりにリアクションする眼鏡二人に、レッドが叫ぶのも仕方ない。

「面白い。その大砲でわらわと勝負するか! 良いじゃろう、来るが良い!!」

「レッド、『ファイヤー!』で発射ですわよ、せーのフ」

「え?」

 

 カチ――。

 

 ズキュウウウウウウウン――――!

 

「ダークネスバニッ――って貴様らここまで来たら普通は真ん中あたりで当たるように同時に放って競り合いとかするのもじゃろうがぁあああああああああああああ!?」

「フライングですわ――――!!」

 コンマ数秒で49文字を言い切り、ダークグラスパーが三色の閃光に消えた。放たれた光は津波の如く渦巻き、大気を震わせ、周囲を薙ぎ払っていく。

「くっ……やったか?」

「ああ、見事な不意撃ちだった。ブルー並の外道っぷり……流石だ、テイルレッド」

「それを流石って言うな! ちょっと間違えただけだ!」

「あんた、さり気なくあたしをディスんじゃないわよ!」

 爆煙を抜けて歩いてきたナイトグラスターはウンウンと頷く。発射の瞬間、ダークグラスパーの近くにいた筈なのに、被害らしい被害がない。

「だが、どうやらまだのようだ」

「何――?」

 ナイトグラスターの言葉にレッドらが驚く。顎で送られた先を見ると、徐々に晴れつつある煙の向こうに立つ人影があった。

「バカな……あれでもまだ倒せないのか?」

 状況はすこぶる悪かった。ケルベロスギルディとの戦いから、フュージョニックバスターと、多大なエネルギーの消耗。これ以上の戦闘は厳しい状態だった。

「ふはははは! やりおるなぁ、テイルレッド!」

 三つ編み、眼鏡。その顔が見える。ダメージは有るようだが、余裕さえ覗かせている。

「満身創痍からの一撃。早出しは目を瞑ろう。じゃが――」

 そう言いいながら胸を張るダークグラスパー。腕を盛大に振るい、煙を払う。そして――。

「わらわを裸に出来ても、眼鏡までは取れなんだな!」

 ――裸だった。

「なんで裸なんだよぉおおおおお!?」

「それは、きっとレッドの願いだからですわ」

 

「「…………レッド、まさか」」

 

「やめろよ、そんな痛々しい目でこっちを見るな!?」

「武装を解除させれば、もう戦わなくて済む。そうですわよね、レッド?」

「そのフォローもうちょっと先に言って欲しかったんだけど!?」

「いやああああああ! そんなギリギリ私のストライクゾーンから外れた貧相な体を見せるんじゃありません! 変質者! 痴女! 露出狂!!」

「でもってなんでトゥアールは自己紹介を―――いや、違うのか?」

「レッド!? 私は痴女ですがレッド限定ですよ!?」

「落ち着け! ……奴はまだ、”ダークグラスパーのまま”だ」

「えっ?」

 ナイトグラスターがレッド達を諌める。よくよく見れば、未だにダークグラスパーは自身に満ち溢れた表情をしている。ただ、装備が外されただけで変身したままなのだ。

「あの状態でも、奴はそこそこに戦える。油断するな」

 そう注意されれば従わざるを得ない。だが、それでもレッド達の優位は変わらない。強化装備のない状態では限界間近のレッド達にも勝てないだろう。

「もう、戦いは終わりだダークグラスパー」

「いいや、まだじゃ。わらわを無力化したければこの眼鏡を外すしかない。じゃが、眼鏡属性を持つ者にとって、眼鏡は心の臓、生命そのものよ。生半可な覚悟で外せると思うでないぞ!」

「眼鏡道不覚悟無。流石だな」

「ここに来てまた変なワード出てきた!?」

「そんなのどうでも良いわよ。とにかく、あんたを拘束させてもらうからね!」

 ナイトグラスターの変態発言は二の次と、ブルーが肩を回しながらダークグラスパーに近づいていく。

「拘束する? それは無理じゃな」

「何言って――え?」

 遠くから音が響いていた。それは徐々に大きくなっていく。あっという間に耳をつんざく轟音となり、上空を駆け抜けた。音源である飛行物体は陽光を浴びて銀色に光り、旋回してくる。

 戦闘機だ。ただ、あまりにも航空力学を無視したデザインであり、所々が妙に尖っている。その戦闘機は翼の先からビームを放ち、ブルーとダークグラスパーの間に弾幕を張った。

「きゃっ!?」

 怯んだその間に、戦闘機は上空をホバリングし、そのフォルムを変化させる。その流れはレッドもナイトグラスターも一度は、イエローに至っては概ね毎日、見たことがあるものであった。

 人型への変形である。

「紹介しよう。彼女こそ、わらわの唯一の相棒――メガ・ネプチューン=Mk.Ⅱじゃ」

 

 無機質な頭部に、双眸の光が灯った。

 




今回で終わりと言ったな。あれは嘘だ(エピローグ的な意味で)


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エピローグ

「彼女こそ、わらわの唯一の相棒――メガ・ネプチューン=Mk.Ⅱじゃ」

 その存在を誇らしげに語るダークグラスパーに対し、ツインテイルズはその身を強張らせた。

 ここに至って、まさかの増援。ダークグラスパーが相棒とまで言い切る存在。しかも先のを見るに相当なパワーがある。

 今の状態のツインテイルズに勝機はない。

「おお、メガ・ネプチューン=Mk.Ⅱ。お前、空も飛べたのか」

「おや? もしかして……ああ、今日はナイトグラスターなんですね~」

「先日は美味いお茶を御馳走様だった」

「いやいや、これはご丁寧に」

 

「知り合いかよ!!」

「貴様らいつの間に知り合いになっとった!!」

 

 お互いに頭を下げ合う二人に、レッドは思わず叫んだ。ダークグラスパーもだ。

「あ~、これは挨拶が遅れまして~。イースナちゃんがお世話になりました~」

 まるで保護者の――オカンのようにツインテイルズにも頭を下げる、実に礼儀正しいロボットである。

「ホンマごめんなぁ。この子、友達おらんから遊んでくれる子にはえらく粘着質でなぁ。そんなやから友達なくすっていうのに」

「やかましい! 余計なことを言うでないわ! オカンか貴様は!」

「ちょ、何やその格好は!? 年頃の娘さんがはしたない! 早う何かを着なあかんやろ!」

「バカモノ、これは名誉の負傷じゃ」

 その派手な登場とは裏腹に、今までで一番ゆるい空気になってしまった。

「しゃあない。これで隠しとき」

 メガ・ネは何かを取り出し、ペタペタとダークグラスパーに貼った。

「よし、これで完璧じゃな」

「痴女かお前は」

 主要な三箇所にQRコードシールを貼られて胸を張るダークグラスパーの頭部に、ナイトグラスターのチョップが入った。

「メガ・ネⅡよ。もう少しマシなのはなかったのか?」

「あいにく手持ちはこれしかないんですわ」

「今後は着替えを備えておくように。これは公序良俗に反しすぎて二週ぐらい回ってる」

「せやなぁ。ワンピースぐらいなら、かさばらんかなぁ?」

 などと痴女対策会議をする騎士とロボット。それを尻目にダークグラスパーはレッドの前まで歩いてきた。当然、局部を隠すなどという非眼鏡的行為はしない。

「テイルレッド。貴様を好敵手と認めよう。トゥアールの事はもう何も言わぬ。継承したその力、極限まで使いこなしてみせよ」

「言われるまでもねぇ。お前がツインテールを愛する限り、戦いは避けられないからな」

「ふっ。先も言ったはずじゃ。わらわが最も愛するは眼鏡と」

 そう言いながら、何故か舐めるような視線がレッドに向けられている。

「やばい、やばいですよ。あれはストーカーの目です!」

「では、テイルレッドよ。これをやろう」

「それを剥がすなぁああああ!」

 コード付きシールを剥がそうとするダークグラスパーを慌てて制するレッド。

「じゃが、これはわらわのメルアドゆえ」

「それは後でトゥアールに聞くから!」

「そうか。ではメールを待っておるぞ? 24時間いつでも、二分以内の返信を約束しよう」

「お、重い……重すぎる」

 具体的には尊の婚姻届並に重い。まさか、あれに匹敵するものが在ろうとは。世界は広い。

「しかしあれじゃな……幼さの中に凛々しさもあり、秘めたる男らしさというか………こう、堪らんのう。………よし、決めたぞ」

「は? 一体何――」

 レッドはそれ以上は続けられなかった。何故なら、言葉を発するべき唇を塞がれたからだ――ダークグラスパーの唇によって。

「あ……」

「あ……」

「ああ………」

 

「「「あぁあああああああああああああああああああ!?」」」

 

 悲鳴が木霊した。

「え………え?」

 された当の本人は、何があったか分からず、困惑。それを尻目にダークグラスパーは局部の、よりにもよって局部のシールを剥がしてレッドの手に収めた。

「やはり受け取っておいてくれ」

 ダークグラスパーはそのまま踵を返した。その途中、トゥアールに向けて呟くように言った。

「トゥアールよ。ふしだらな女と嘲笑ってくれ。じゃが、わらわはテイルレッドに心奪われた。わらわの事は忘れてくれ」

「ちょっと何言ってんですか!? 何でこっちが振られたみたいになってるんですか!?」

「では行くぞ、メガ・ネ! いつまでもナイトグラスターと遊んでいるな!」

「ほんなら、皆さん。お先です~」

 言うや、メガ・ネプチューン=Mk.Ⅱが今度はバイクに変形した。

「ではさらばじゃ!」

「――て、いやああああああ! 何か生々しい感触がぁああああああ!!」

「む……何やら振動が……妙な感覚に」

「あかん! 色々とあかん! 即時撤退やぁあああ!」

 エンジン音を響かせて走り出すメガ・ネプチューン=Mk.Ⅱ。そして、我を取り戻したテイルブルーが――。

「待てやコラァああああああああああああ!! 何してくれとんじゃぁあああああああああああ!!」

 ――と、およそ堅気とは思えない叫び声を上げてウェイブランスをぶん投げた。

「ぬお!? 何と凶暴なやつじゃ」

「いや、明らかにイースナちゃんのせいやろ!?」

 石だの槍だの投げまくるブルーから逃げるように、ダークグラスパーは去っていった。

 

「……おい、大丈夫か?」

「……………え? あ、ああ………うん」

 そして、当のレッドはナイトグラスターに肩を叩かれるまでずっと放心していたのだった。

 




次回、4巻の開始です。アニメだと最終エピソードですね。


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ツインテール・クライシス


今回から4巻突入。あれやこれやの問題だらけで果たして纏まるのか!?


 暗い。何処か見たことがあるような、それでいてないような。そんな不思議な場所だった。

 

 その中で独り、赤い少女は佇んでいた。

 

 少女は少年の誰よりも知る人物であり、それは同時にありえない事だった。何故なら、その少女こそ少年のもう一つの姿だったのだから。

 

 それを少し離れたところから、まるでモニター越しにでも見ているかのような、現実感のなさで少年は見ていた。

 少年は声をかけようとするが、声が出ない。そうこうしている内に、少女はその手を持ち上げ、美しいツインテールを――。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「うわぁあああああああああああ!?」

 跳ね上がるように体を起こせば、そこはいつもの自分の部屋だった。総二はバクバクとうるさい心臓を落ち着けようと、深く息を吐いた。そうして何度か繰り返すと、漸く嫌な感覚がなくなってきた。

 無意識に時間を確認すれば、まだ明け方前だった。

「大丈夫ですか、総二様?」

「ああ、大丈……」

 ”ぶ”と言いかけて、総二は気付いた。顔を上げた先に何故かトゥアールがいた。スケスケのネグリジェ姿だ。もはや形式美にも近い状況だったが、それでも聞かなければならない。

「何で俺の部屋に?」

「それはもう、総二様に夜這……ゴホン。そんな事よりも、随分とうなされていたようですが……?」

「いや………? ダメだ、思い出せない。嫌な夢だったっていうのは分かるんだけど」

「まあ、夢なんてそんなものですからね。さ、まだ早いですから眠りましょう」

 と言って、トゥアールもベッドに入ってこようとする。これまた形式美であるが、聞かねばならない。

「何で入ってくるんだ?」

「それはもう、夢見が良いようにと添い寝をですね」

 

 ――ドガッシャアアアアアアン!

 

「何が添い寝じゃコラァああああああああ!」

「ひいいい!? 愛香さんの暴力性を調べに調べて作り上げた絶対防壁〈アイカハバーム〉が粉々にぃ!?」

 ああ、珍しく居ないなと思ったら愛香はドアのところでトゥアールの発明品と戦っていたのか。

 すぐ目の前で行われる凶行を、まるでモニター越しかのような現実感のなさで見やりながら、総二はベッドに倒れ込んだ。

 あの悪夢が、ただの悪夢であって欲しい。

 内容も覚えていないのに、ただひたすらに心の底からそう思った。

 

「そんなに眠りたいなら好きなだけ眠らせてあげるわよぉおおおおおお!」

「いやああああああ! 悪夢のような現実が襲い来るぅうううううううう!?」

 ついでに、この大騒ぎもご近所迷惑なのでさっさと終わって欲しかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 もはや説明不要な変態の巣窟アルティメギル秘密基地。色んな部隊の船がくっついた結果、その姿はまぁ何とも混沌とした様相になっていた。

 とは言え、基地の機能は問題ないので、誰も何も言わない。外観なんて誰も見ないのだから。

 そんな基地の大会議場には、歴戦の変態事エレメリアン達が集っていた。中心の円卓にはダークグラスパーとスパロウギルディが座していた。

「……して、ダークグラスパー様。作戦の方なのですが……行われないのでしょうか?」

「黙れ。とうに進んでおるわ」

「なんと!? それは……恐れ入りました」

 ざわざわとする会議場。彼らが知るのはかつて引退したエレメリアンがツインテイルズと戦い、敗北したというぐらいだったからだ。

「くくく。なにせテイルレッドとキッスをしたのじゃからな!!」

 

 ――ザワッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 その時、基地が揺れた。比喩ではなく。

「なんと……!」

「それを何故、言われませなんだか!! であればこの双眸、ただひたすらにテイルレッドと触れ合った唇を見つめたものを!!」

「映像は!? 映像はないのですか!?」

「ええーい、やかましい! 映像は無い! 戦いの最中、着衣が乱れたのじゃ! 我が肢体を晒して、貴様らの目が潰れたらどうするのじゃ!?」

「つまり、それ程に見るに堪えな――」

 その時、一体のエレメリアンが見るに堪えない姿に変わり果てた。

「逆じゃ、逆。ふざけたことを言うとただでは済まんぞ?」

「お言葉ですが……これ以上、ただではすまない状況というのは……」

 スパロウギルディが恐る恐る尋ねると、ダークグラスパーは口元を歪め、こう言った。

「決まっておろう。24時間、テイルブルーの――」

 

「ご報告致します! 四頂軍”美の四心(ビー・テイフル・ハート)”本隊、ご到着です」

「ようやく来たか。会議はひとまずここまでじゃ。解散せよ」

 ダークグラスパーがマントを翻して席を立つ。残されたエレメリアン達は、重苦しい空気の中、席を立つ事もできなかった。

 

 24時間、テイルブルーの…………何を、どうされるのか。想像さえ許されない恐怖が、会議場を支配していた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 アルティメギルではそれぞれのエレメリアンに個室が与えられている。それは新たにやって来た美の四心でも同様であった。それ故に、個性の反映と言うのもが顕著である。

 そこは部屋と言うよりも道場。畳張りで、壁には掛け軸。床の間には大太刀程はあろうかという長さの刀が掛けられていた。

 しかし、其処には部屋の主の姿はない。代わりにダークグラスパーとカブトムシに似たエレメリアンがいるだけだ。

「なんじゃ、スパイダギルディは別行動中か? いつもならば門下纏めて此処におろうに」

「はっ。門下一堂にて修行行脚と。予定では、数日の内に合流する事になっております」

「わかった。――では、ビートルギルディよ」

「すでに部隊の者を向かわせました」

 言葉に先んじてまっすぐに頭を垂れるビートルギルディ。ダークグラスパーは「うむ」と満足げに頷く。

「して、誰を向かわせた?」

「フリイギルディを。あやつの属性力〈脚属性(レッグ)〉ならばきっと――」

「………」

 フリイギルディ。はて、どんな奴じゃったか。フリイじゃから……ノミ? と思考を巡らせるダークグラスパーであったが、すぐに気付いた。

「……人選、間違えておらぬか? 大惨事にしかならん気がするぞ?」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「テイルレッド! この俺、フリイギルディと一対一の勝負を所望する!」

「ダメよ。あんた達の相手は全部あたしがするから」

 白昼の陸上競技場。外側から大きく飛んで来たのが、フリイギルディであった。そこでは各校の女子陸上部が大会中であった。アルティメギル襲来にパニックが起こると思いきや、即座にツインテイルズが駆けつけ、テイルレッドに対する喝采と黄色い声援、カメラのシャッター音が雨のように降り注いだ。

 と、ここまではいつもの光景だ。怪人が襲撃しているのに逃げないという状況に慣れというのは如何なものであるかというご意見もあろう。だが今、問題にすべきは其処ではないのだ。

「ひっ! テイルブルーよ!!」

「目を合わせちゃダメ! 狙われるわよ! ゆっくり距離を取って……走って!!」

 まるでクマにでも遭遇したかのような対処法をしながら、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 このところ、テイルブルーは出撃の度、人殺しのような目をしている。その殺気たるや、アルバイトで極道をしている高校生と並んでも勝るとも劣らない圧力と迫力だ。

 立ち上がる憎悪のオーラは敵にも守るべき一般人にも恐れられる。その憎悪の原因は言わずもがな――。

「よし、テイルレッドとテイルイエローで二対一だ! なに、丁度良いハンデよ!」

「だから、あんたの相手はあたしだって言ってんでしょうが」

 ブルーがずい、と前に出ると、フリイギルディがずずい、と下がる。視線を合わせないことも忘れない。世間に広まっているテイルブルー遭遇マニュアルは、しっかりとアルティメギルにも伝わっているようだ。

「……何だ、この状況は?」

 遅れて登場したナイトグラスターは、戦場となっているであろう競技場に降り立ち、困惑した。

「どうせあんたも、レッドの脚にスリスリするつもりでしょ? 脚属性のエレメリアンだものね」

「そのような事はせぬ。ただ、世の女性の健康的な美脚を愛で、その大切さを諭し、脚属性の萌芽を導くだけだ!」

「信じられるか! 絶対信じない! あんたらの変態ぶりはもう充分知ってたけど、更に信じられない!!」

「クッ……! なんという凶悪な気配! 良いだろう、ならば!」

「うん?」

 突如、フリイギルディがナイトグラスターを指差した。

「テイルブルーの相手はナイトグラスターがする! 俺はテイルレッド! これでどうだ!?」

「どうだ、じゃねぇ」

「おごっ!?」

 思わず素を晒して、フリイギルディを蹴り飛ばすナイトグラスター。そのままテイルブルーの前まで転がっていき、ブルーが”Welcome”とばかりに足を持ち上げた。

 

 ドスンッ!

 

「ゴフッ!?」

 情け容赦なくぶち込まれた一撃が、フリイギルディをハードコートの地面にめり込ませる。

「うぅ……な、なんという事だ。テイルブルー……その凶悪さに反して何という美脚! 胸から脚まで鮮やかな一直線! その脚に誇りを持てば、脚属性が即座に目覚めたであろうに……!」

 その御足を賞賛するフリイギルディ。テイルブルーは表情を変えず、更に脚を盛り上げた。

「ほぉら、あんたの大好きな脚よ? 嬉しいでしょ? 嬉しいわよね? ほら、お礼を言いなさい?」

「ぐふうううう! あ、ありがとうございますありがとうございます! 素晴らしい足で踏んでいただき至福の極み!!」

 何度も踏みつけながら、ブルーはフリイギルディに詰問する。

「あそこでアルティロイドが撮影している映像、あの女も見るの?」

「あ、あの女……?」

「ダークグラスパーよ。見るんでしょ? あいつに泣きついて助けを請いなさい。あと、基地の場所も吐きなさい?」

「ふ、フフ……このフリイギルディを甘く見るな。脚属性を持つ俺にとって、踏まれることなど手厚い看護と同然。手を……いや、脚を誤ったな! あ、もうちょっと上を」

「どう見てもダメージ行ってるよな? 医療ミスじゃないか?」

 レッドのツッコミも虚しく、ブルーは容赦なく踏みつけ続けていく。その都度、下っ腹に重低音が響いた。

「あんたらにも痛覚があるんでしょ? このまま痛め続けて欲しいの?」

「な、仲間を裏切ることに比べれば………あああ、もっと! ねぶるようにぃ!!」

 容赦なく踏み付けるブルー。その様子は正義の味方とはかけ離れたものだ。これ以上はヒーローの沽券に関わると、レッドが止めに入る。

「おい待てよ。いくら敵でもそれ以上は――」

 

 ――ぐにっ。

 

 いけない。と言おうとして、レッドは何かを踏んだ。柔らかい。一体何だと下を見た。

 果たしてそこには、戦ってもいないのに武装を解除したイエローが仰向けに転がっていた。はぁはぁと、息が上がっている。

「………何やってるんだ、イエロー?」

「最近、ブルーばかりが戦っていますでしょう?」

「あ、ああ……」

 ダークグラスパーとの一件以降、現れるエレメリアンは尽くブルーによって大粉砕されている。レッドもイエローも出番はまったくなかった。

「だから、仕方ないのですわ……仕方ないのですわ!」

 何が仕方ないのか、クワッと目をも見開き主張するイエロー。だが、イエローの中では大した理由のようだ。レッドは脚をどかし、改めて足を踏み出し――

 

 ――むぎゅ。

 

 何故か、イエローが移動していた。その大きな胸を思いっきり踏みつけてしまっていた。足を出したところに向かってカサカサと動き、積極的に胸を踏まれに来るイエロー。その様はまさに虫である。

『なんですかそのおもしろ空間は! 総二様、後の事は愛香さんに任せてイエローを引っ張って戻って下さい! 色々と面白い遊びをしましょう!』

 などと、トゥアールも言い出す始末。とはいえ、ブルーをそのままに出来ない。

「ナイトグラスター! ブルーを止めてくれ!!」

 レッドは最後の希望に全てを託した。それを受けて、ナイトグラスターは動いた。

「ブルー。やめるんだ」

 ナイトグラスターは未だ踏み続けるブルーの肩を叩く。意図を察してくれたとレッドは胸を撫で下ろす。

「そんな踏み方ではダメだ。足の裏全体をぶつけるのではなく、指の付け根か踵を押し込むようにするのだ。ヒールで踏むのは素人向けではないから、付け根の方が良いだろう」

「なるほど。こうね」

「そういう事を言ってんじゃねぇええええええええええええええ!!」

 レッドのツッコミも虚しく、アドバイスを受けたブルーは更にフリイギルディを踏み攻める。

「お、おのれテイルイエロー……レッドのおみ足を独占するとは………ぬふぅううう! な、なんというテクニック!」

 晴天の下、踏まれて悶える痴女とノミ怪人。それを取り囲む黒尽くめの戦闘員と運動着の少女たち。シュールという言葉すら生ぬるい、混沌とした空気だ。

「どうあっても助けは呼ばないってのね。じゃあ、もう良いわ」

 言うや、ブルーは大きく跳躍する。そして左腕を掲げた。

 

 属性力変換機構――〈体操服(ブルマ)〉。

 

 重力を操るそれを、自分の脚部装甲に掛ける。

「ま、待て待て! それはまてぇええええええ!」

 自分に向かって槍のように落ちてくるブルーに、フリイギルディが逃げようとする。が、地面に埋まっていたせいで逃げ遅れる。

「だっしゃあああああああああああ!」

 フリイギルディに突き刺さるブルーの急降下キック。その威力はグラウンドを更に破壊し、フリイギルディに止めを刺した。

 爆炎が轟く中、ブルーがツインテールをなびかせながら、カメラを持ったアルティロイドに向かって歩いてくる。その姿は、オーバーブレイクした虎人型ロボットのようである。実際は虎以上に凶暴なものを秘めているのだが。

 ブルーはカメラを回しているアルティロイドの頭をグワシッ! と押さえた。

「ダークグラスパー。いつまでも雑魚なんて送ってこないで自分で来なさい? さもないと、犠牲者がどんどん増えるわよ……?」

 背後に「ドドドドドド」と効果音が聞こえそうな迫力で、カメラの向こうにいるであろう怨敵ダークグラスパーにメッセージを送るブルー。用は済んだとばかりにアルティロイドを解放し、追いやるように手をシッシッとやった。

「モ、モケ……」

 背後から攻められるかも知れないと、何度も何度も振り返りながら徐々に下がっていく。

「あー。さっさと逃げないと、本当に襲ってくるぞ?」

「モ、モケ―――!?」

 イラッとし始めているブルーを横目にナイトグラスターがそう言ってやれば、慌てて駆けていくアルティロイド達。

「ブルー。気持ちは分かるが、余り思い詰めるな。もう少し肩の力を抜いておけ。さ、引き上げよう」

 ナイトグラスターはさっさと跳んで行ってしまう。残されたレッド達も何となくモヤッとした気持ちのまま基地へと帰るのであった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ツインテイルズ秘密基地。今日も今日とて反省会だ。普段からしているわけではないが、ここ数日は必ずと行って良い程している。というか、しないと今後の活動に支障をきたすと総二は思っている。

「いい加減にしろ! いくら何でも今日のは酷すぎる! 愛香、お前だって世間にどう言われてるか知らないわけじゃないだろう?」

「あいつらは害獣と同じなのよ!? 警察官が犯罪者に凄んで、警察官が悪者になるの? ならないでしょ」

「その警察にだって凄む限度があるだろうが……。鏡也、何とか言ってくれよ」

 総二は肩を落とした。先刻の有様を見ても、止めるために力を借りたいと願った。

「そう言われてもな……」

 鏡也はポチポチとコンソールをいじる。すると、モニターに映像が映し出された。

 

『こんにちわ~。あんこちゃんだよ~』

 

 その瞬間、愛香の座る椅子の肘置きが粉々になった。

「表向き芸能人のダークグラスパーに、スタジオ襲撃を掛けないだけマシだろう?」

「………あ、はい」

 鏡也の言葉に納得したのか、総二は更に肩を落とした。今映っている映像は録画であるが、生放送中にスタジオ襲撃など掛けた日にはいよいよ以て、世間の評価が揺るぎない状態になってしまうだろう。

「いけしゃあしゃあと、芸能活動なんてして……忌々しいわね。ケルベロスギルディがいなくなって三つ編みできなくなって、ツインテールに戻ったくせに。ていうか、まだ眼鏡属性を諦めてないのね」

 まるで獰猛な獣のようにダークグラスパーこと善沙闇子を睨みつける愛香。愛香なりに線引きをしているということであろうか。

『え~。好みの男性ですか~? それは勿論、眼鏡が似合う男性ですよ~』

 という善沙闇子に、愛香はポン。と手を打った。

「いいこと思い付いた。鏡也、あいつ口説き落としなさい」

「愛香。いくらお前でも言って良い事と悪い事があるんだぞ? あいつを口説き落とす? それは総二にツインテールを切れと言うのと同じぐらいの事だぞ?」

「っ――! 愛香、それはダメだ!! ツインテールを切るだなんて俺はしないし、させないぞ!?」

「物の例えだぞ!? 落ち着け総二!?」

「あんたも落ち着きなさいって! 悪かったわよ! 謝るからちょっと離れて、近い!」

 と、きゃあきゃあやり合っているその脇で、ポツリと慧理那が零した。

「………なんだか、楽しそうですわね」

「一歩間違えると苦にしかならないバランスの上だけどね。……姉さん、元気ない?」

「そんな事はありません。ありませんけど……このところ、活躍がまったくないもので……」

「ああ……そうだね」

 世間のイエローの評価はブルーに次いでひどい。ブルーは猛獣扱いだが、イエローは単なる痴女扱いだ。先日、陽月学園附属小学校前を通った際には防犯ブザーの練習をされていて、軽く凹み気味だったのだ。

 鏡也はぽん、と慧理那の肩を叩いた。

「姉さん」

「鏡也君?」 

「色々あってストレス溜まってるんだね。我慢せず、脱いでいいんだよ?」

「別にストレス解消で脱いでるんじゃありませんわ!? あれは………言うなれば変身の副作用のようなものです!」

「うん、そうだね。姉さんが悪いんじゃない。イエローが悪いんだよね?」

「それは結局、私が悪い事になってますわよ!?」

 

 ここはツインテイルズ秘密基地。今日も今日とて通常運行である。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 アルティメギル秘密基地には、ある変化があった。先日、合流した美の四心(ビー・テイフル・ハート)本体の船に別の船が接触したのだ。

「ダークグラスパー様。ビートルギルディ隊長。不肖スパイダギルディ、門下一堂と共に帰還いたしました。本日を以て本隊と合流いたします」

 船なら降りてきたエレメリアン達を出迎えたビートルギルディとダークグラスパーに、先頭の武士のような出で立ちのエレメリアンが深々と頭を下げた。その纏う雰囲気は一言で例えるならば――武人。佇まい一つにすら、見る者に与える畏怖の感があった。

「よくぞ戻ったスパイダギルディ。修行の旅路は如何であったか?」

「はっ。未だ研鑽の至らぬ非才の身ではありますが、ダークグラスパー様のお役には立てるかと」

「よくぞ申した。であるならば早速、貴様ら一門にはツインテイルズ打倒を命ずる! 修行の成果、見せるが良い!」

 

「「「はっ――!」」」

 

 アルティメギル四頂軍美の四心(ビー・テイフル・ハート)。最強の部隊の一角が、ついにその牙を地球に向けた瞬間であった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 観束総二は夢を見ていた。

 

 視線の先にはテイルレッドがいる。その表情は背を向けているせいで伺えない。だが、そのツインテールは悲哀に満ちていた。

(ああ、悲しんでるんだ……)

 ぼんやりとした思考で、そう考える。――それは、決してありえない事だというのに。テイルレッドは自分で、自分はテイルレッドなのだ。

 なのに、自分は離れたところから、まるで他人事のようにそれを見ている。なんて夢だと、総二は思った。

 

 声をかけようとした。近づこうとした。だが、声が出ない。足が動かない。まるで観束総二という存在がその場所に縫い付けられたかのようだった。

 焦燥感が募る。このままではいけない。漠然とした不安感が、徐々に形を帯びていく。

 

(っ――!?)

 

 テイルレッドが―――フォースリヴォンに手を掛けた。

 

 だめだ。駄目だ駄目だダメだダメだ――! 必死に、声を上げようとする。だが、出ない。体も動かない。何故か、テイルレッドの姿が小さくなっていく。

 ――違う。自分が遠のいていっているのだ。

 

(止めろ……そんなことをしたら)

 

 張り裂けそうな想いで、必死になって声を絞り出そうとする総二だったが、吐息の一つさえ漏れ出ない。

 

 テイルレッドは振り返ることもなく、フォースリヴォンを外し――そして。

 

(やめろ………止めてくれ!!)

 

 遠ざかっていく。全てが、何もかもが。自分の存在そのものが。

 

 

「ツインテ―――――ル!」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

「ハッ――!!」

 まるで溺れた者のように、総二は息を吐いた。バクバクとする心臓の音が、内側から鼓膜を激しく叩いている。視界には見慣れたいつもの天井があり、そこが自分の部屋だと気が付いた。

「夢、か……」

 総二は汗ばむ体を起こした。喉がカラカラで、ツインテールが顔に張り付いてしまっている。総二はそれを指で梳いて払う。

 

 ――ガチャ。

 

「…………え?」

 今、何かがおかしかった。その違和感を知ろうと手を見やった。素手であった筈のそれにグローブが嵌められていた。それを包むような装甲。スピリティカフィンガーだ。

「あれ……? なんで……?」

 変身、していた。その事実にマジマジと自分の手を――その手の中に取ったツインテールを見つめる。

 

 どさ――。

 

 その音に総二はドアの方へと振り向いた。そこには愛香が、信じられないものを見たというような表情で立ち尽くしていた。

「そーじ、あんた……また、くだらない事考えたのね!? ツインテールのまま寝てみようとかそんなのを!」

 再起動した愛香が総二に迫る。だが、酷い誤解だと総二は即座に否定した。

「ち、違うって。寝る時は普通だったんだ。でも起きたらこうなってて……だいたい、前に変身したまま寝ようとしたけど、寝にくかったからそれ以降やったことないって」

「んなっ……」

 即座に否定した結果、大惨事になった。ヨロヨロとしながら愛香はドアまで戻り、何故かカバンを開けた。総二はシャワーを浴びて汗を流すにも、まずは元に戻らないとと、意識を集中させた。

「………っ?」

 いつもならすぐに変身が解けるのに、僅かにタイムラグがあった。テイルレッドから観束総二へと戻った自分の手をマジマジと見つめる。

 何かが、自分に起きている。そんな不安感が生まれつつあった。

 

「だから! 総二がテイルレッドになって! ――違う! そうじゃないのよ!」

 そして別の不安感に晒される者がいたりした。

 




原作だとアラクネギルディですが、アニメ版の流れが好きなのでスパイダギルディさんで登場です。
ビートルギルディも喋らせたくて喋らせましたが……口調大丈夫かな?


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あけましておめでとうございます。(遅い)



 アルティメギル基地。道場の如き私室にて、スパイダギルディはダークグラスパーから指示を受けていた。

「――では、ツインテイルズ打倒をお前達に任せる」

「任務、謹んでお受けいたします」

 座したまま、深々と頭を垂れるスパイダギルディ。その一動は一切の無駄なく、様になっていた。

「されど、我が身の都合にて遅参した穴埋めを致したく。鍛えし技、実戦にて試してようと」

 背を正し、スパイダギルディは言った。その言葉の端には武人としての矜持がにじみ出ている。

「テイルレッド相手に、か?」

「ツインテイルズを相手に、です」

「……ほう。好きにするが良い」

 その要望を、しかしダークグラスパーは面白いと笑いながら了承した。

「御意。では、早速」

 立ち上がり、刀に手をかけるスパイダギルディ。その身より立ち昇る気迫、四頂軍の一角、その副隊長を務めるに相応しき迫力であった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 陽月学園へと向かう通学路。その道中、愛香は総二をずっとジト目で見ている。

「愛香、いい加減に機嫌直せって」

「べっつにー。総二が病的なツインテールバカだってことは重々承知してますからー」

「勘弁してくれよ……」

 そんなやり取りを見ながら、鏡也はトゥアールに尋ねた。

「寝ぼけて変身……なんてありえるのか?」

「セキュリテイはしっかりしてますし、誤作動の可能性もない筈なんですが……ですが、総二様ならあるいは………と、思えてしまうのが何とも」

「ふむ。まあ、そうだな」

 そう言いつつ。鏡也はどうにも違和感を覚えていた。なにか、いつもの総二らしくない気がした。

 鏡也が違和感の正体に気付くのはまだしばらく先のことであった。

 

◇ ◇ ◇

 

 丁度、昼休みの時間。トゥアルフォンがけたたましく鳴り響いた。エレメリアンがセンサーに引っかかったのだ。

 急いで部室へと向かうと、先に来ていたトゥアールが転送準備を進めていた。

「皆さん、急いでください! 今回の出現場所は――女子校ですね」

「女子校? この時間の学校じゃあ生徒が多いな。避難もさせないと。行くぞ皆!」

 総二たちは変身し、転送ポッドから現場へと飛んだ。

「鏡也さんも早く!」

「……来ないよな?」

「ガッチリとドア閉めてありますから急いで!」

 前回のこともあるので、警戒しながら鏡也も変身して飛び込んだ。

「すまない。何故かドアが開かなくて遅れた!」

「どうして技術の差を武力で超えてくるんですかね、この世界の人達は!?」

 トゥアール謹製超精密ロックシステムも、形無しであった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 転送された先は厳かな校門の前であった。その佇まいは歴史を感じさせる。

「ここは伝統と格式の高い、名門女子校ですわ」

「名門校か……」

 イエローの言葉を聞いて、レッドは門柱に掛けられた学校名を見やった。

「えっと、せいおうじょが――」

「レッド。急ぎなさい」

「うわ、引っ張るなよ!」

「急ぎましょう。ここには多数の女生徒がおります。エレメリアンからすれば、格好の標的ですわ」

 イエローが先んじ、その後をブルーに肩を引かれながらレッドが校門をくぐる。敷地内に入り、正面の道を進んでいくと向こうから何人もの生徒たちが慌てて走ってきた。

「――あそこ! エレメリアンがいる!」

 校舎の端――壁際に二人の女生徒。その前に立つ、背中に刀のような長物を背負った異質なる巨躯。紛うことなきエレメリアンだ。

 長い黒髪の女生徒をかばうように、もう一人の生徒が立ちはだかっている。

「不味いですわ。今にも襲われそう………ですわよね?」

 息巻いたイエローであったが、どうにも様子がおかしい。エレメリアンは腕組みしたまま、微動だにしない。それどころかしきりに頷いているようだ。

「な、何なんだ……あれ?」

「あたしに聞かれても知らないわよ」

 今までとは違う静かな状態に困惑するツインテイルズ。そこにトゥアールから通信が入った。

『分かりました。あのエレメリアンは……男の娘(ガールズボーイ)属性です!』

「お、男の娘属性って……またニッチな」

「………ちょっと待って。てことは、あの二人………どっちかが男の娘って事?」

『もしくはどちらも……ですかね?』

 見た限りどちらも美少女である。だが、エレメリアンが反応している以上、間違いない。

『ただ一つだけ言えるのは……どっちにしろ、女子力は愛香さんでは逆立ちしても敵わないという事ですね』

「あんた、後であたしの女子力(破壊力)を見せつけてやるわ」

『その女子力に物騒なルビ振ってますよね!?』

「あの……レッド。男の娘属性というのはなんですの?」

「え?」

 意味が分からないと、イエローが恐る恐る尋ねる。そう聞かれて、レッドはどう説明したものかとまた、困惑した。

「えっと……男なんだけど、女の格好が似合う………みたいな?」

「つまり、女装を好む属性ということですの?」

 

「――浅はかなり、テイルイエロー」

 

「っ――!?」

「いきなり食いついてきた!?」

 低く響く声とともに、エレメリアンが振り向いた。その威容を一言で表すなら――武士だ。

「浅はかとはどういう意味ですの?」

「男の娘属性を女装などという程度の低いものと同一視するなど……浅はかと言わずに何と言おうか」

 ビリ、と突き刺さる威圧。間違いなく幹部クラスだ。

「拙者はスパイダギルディ。アルティメギル随一の剣聖と謳われし武士。我が名にかけて、先の言葉は見過ごせぬ」

「なら、一体どう違うというんですの?」

「女装はただの個人的嗜好に過ぎぬ。男の娘とはジェンダーの壁を超えた領域にすまう、選ばれし存在のことよ」

「えっと………抽象的で良く分からないのですが?」

 

「男の娘属性――性別は男性のそれであるにも関わらず、しかし本人の望む、望まぬ関係なく女性の姿。それすなわち心に手弱女を宿す者のことよ」

 

「何奴!?」

「この声は――!」

 全員が校舎の最上階――その屋根の上に視線を送ると、白銀の影が宙を舞った。そのまま音もなく着地し、振り返った。

「むっ!? ダークグラスパー様だと!?」

「ふざけるな、エレメリアン。何故、奴と見間違える?」

「違う……そうか。貴様がナイトグラスターか。しかし、男の娘のなんたるかを語れるとは……なるほど。流石だと言っておこう」

「そういう貴様は目が悪いようだな。似合いの眼鏡でも見繕ってやろうか」

「遠慮しよう。敵と馴れ合うつもりはない」

 スパイダギルディがその背の武器に手を掛け、抜き放った。武士と名乗るだけあって、その武器は刀だ。大柄な体躯に見合う程の大刀である。

「武士道とは男の娘と見つけたり。我が剣こそ、即ち男娘の印(ムラマサ)である!」

「ルビの振り方にツッコミどころしかないんだけど!? ああ、もう! これ以上、無駄口叩いてないで戦うわよ! そこの二人もさっさと逃げなさい!」

 業を煮やしたブルーが叫ぶ。その声に驚いた女学生(どちらかが男の娘)が逃げ出す。ほぼ同時に武装を展開させたブルーが、闘争本能を丸出しにして飛びかかった。

「ウェイブランス! どりゃあああ!!」

「ぬっ!」

 振り下ろされた刃を半身をひねって躱したスパイダギルディに向かって、切っ先を突き出すブルー。だが、スパイダギルディは刃の腹を叩いていなすと、逆に刃を返してくる。

「くっ!」

 それを飛び退いて躱し、ブルーは連続で突きを放った。しかし、その全てを防ぐスパイダギルディの姿は余裕さえ感じられる。

「ブルーが離れてくれないと、射線が取れませんわ」

『いっそ一纏めにふっとばして良いんじゃないですかね?』

 激しい攻防を繰り広げる二人に、イエローは攻撃ができずやきもきし、この機にブルーを亡き者にしようと画策するトゥアール。当然聞こえているブルーは後でトゥアールをふっ飛ばそうと心に決めつつ、目の前の敵に攻撃を続ける。

「イエロー。私が合図をしたら攻撃を開始しろ」

 ナイトグラスターはそう言って、ブルーの加勢に入る。

「ブルー!」

「タッチ!」

 ブルーの真上を越え、ナイトグラスターが飛び掛かる。鋭く繰り出されるフォトンフルーレが男の娘の印(ムラマサ)と激突する。

「以前には騎士同士の決着はつかなかったが、今度は武士とは――面白いものだ」

「それはクラーケギルディのことか。彼の者の騎士道、拙者も一目置いていたが……なるほど、そなたも騎士であったな」

 連続して振り抜かれるフルーレを受け流し、スパイダギルディが笑う。

「剣の冴え、見事。だが――甘い!」

「ぐっ!?」

 袈裟懸けに振るわれた一撃が、ナイトグラスターを防御ごと吹き飛ばした。

(手応えが軽い……?)

 しかし、打ち据えたその手の感触の違和感に、スパイダギルディが即座に気付いた。

「イエロー、今だ!」

「了解ですわ!」

「むッ!」

 ナイトグラスターの合図でイエローがバックユニットの砲身を構える。スパイダギルディに向かって砲口が光った。

「――ちぇい!」

 

 ズパン――ッ!

 

「え――!?」

 発気と共に振り上げた切っ先が、弾丸を真っ二つに切り裂いた。イエローは驚きながらも更にトリガーを引き、二発、三発と撃つ。しかし、それも煌めく剣閃が斬り捨てた。

「私の射撃を……斬って捨てるだなんて!?」

「確かに速い。威力もある。だが、先にも言った筈だ。拙者はアルティメギル一の剣聖と謳われし者、と。我が剣の前では直線に飛んでくる攻撃など、止まっているも同じよ」

『剣豪ともなれば、背後から来るツインテールを鍋の蓋で防いだという逸話もあるぐらいですし、あれぐらいやってのけるのでしょうね』

「あんた、剣豪の逸話を何だと思ってるわけ!?」

 トゥアールの妄言にブルーのツッコミが光る。

「でしたら、これでどうですか!?」

 一度に防げる回数は決まってる。ならばとイエローは全武装を展開した。一斉に放たれる弾雨。しかし、スパイダギルディは一切の動揺を見せない。

「ちぇい!」

 無數に翻る切っ先が弾雨を斬り捨てる。同時に強く踏み込んで間合いを詰める。

「くっ!?」

 イエローが間合いを離そうと飛び退く。しかし、それよりも早く、スパイダギルディの男の娘の印(ムラマサ)が大砲を切り裂いた。

「その程度の攻撃で拙者を止めようなどとは、片腹痛い!」

「きゃあ!」

 強烈な一撃にイエローが吹き飛ばされる。

「こんのぉ!」

 ブルーが真上から強襲する。それを後ろに飛んで躱すスパイダギルディ。ウェイブランスが地面に刺さる。

「うりゃあ!」

 ブルーはそのまま柄を掴み直し、そこから大きく足を振り抜く。鞭のようにしなったその一撃が、スパイダギルディの顔面を捉えた。

「うぐっ!?」

「レッド、今よ!」

「喰らえ、オーラピラー!」

 ブルーの一撃にバランスを崩したスパイダギルディに向かって、レッドがオーラピラーを放つ。火球が命中と同時に激しく渦を巻く。

完全開放(ブレイクレリーズ)――!」

 ブレイザーブレイドが紅蓮の炎に包まれる。繰り出されるのは一撃必殺の刃。エクセリオンブーストが力を放ち、真紅の影を空高く突き上げた。

「――ぬううん!」

 スパイダギルディが気合と共に刃を振り抜き、拘束の炎を引き裂いた。

「オーラピラーを壊した!?」

『そんなバカな!?』

「っ……!」

「グランドブレイザ――――!!」

 今まで、この一撃を防いだ者は居ない。その自信から拘束を解いたスパイダギルディに向かって、レッドは構わず刃を振り下ろす。

 

 ガキィイイイイイン―――!

 

「うぁあああああああああ!!」

 振り上げられた白刃が、一瞬の交差の後に紅の刃をレッドの体ごと弾き飛ばした。

「ふんっ!」

 スパイダギルディの左手からネット状の蜘蛛の糸が飛び出し、レッドの体に絡みつく。

「くそ、動けない……!」

 全身を絡め取られ、身動きが取れないレッド。まずい、とブルーとナイトグラスターが動こうとする。が、何故かスパイダギルディはこのチャンスにも関わらず男の娘の印(ムラマサ)を鞘に収めた。その意図が分からない面々を尻目に、スパイダギルディは踵を返してこう言った。

「今日のところはここまでだ」

「なっ、待ちやがれ!」

 ネットを引き剥がそうと暴れながらレッドが叫ぶが、スパイダギルディは振り返ることなくその場から姿を消した。

『敵エレメリアン、反応消失。撤退したようです』

「了解した。スパイダギルディ、アルティメギル随一の剣聖を名乗るだけはある。単純な技量ならばドラグギルディやクラーケギルディよりも上手だな」

 ブルーとイエローがレッドの糸を引っ張り剥がす。それを尻目に、ナイトグラスターは思考する。

(いくら強力でも、オーラピラーをあれ程容易く壊せるものか? それに……)

 チラリとレッドを見やる。

いくらキレが悪かったとは言え(・・・・・・・・・・・・・・)、グランドブレイザーが弾き返されるとはな)

「くそっ、見逃されたってか」

 漸く糸から脱出したレッドは悔しそうに言う。それを聞いて、ナイトグラスターは肩をすくめた。

「――そうでもない。少なくとも、一矢は報いた」

「え?」

「では、私は先に失礼する」

 呼び止めようとするレッドに背を向け、ナイトグラスターは一瞬でそこから姿を消した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 無事に帰還しての放課後。部室にて部活動という名の会議である。

「取り敢えずイエローのテイルギアのダメージは深刻ではありません。自己修復で一両日中には完全に回復するでしょう」

「そうですか。良かった」

「むしろ大したダメージも食らってないのに何で愛香さんのギアが毎度ボロボロなのか聞きたいぐらいですよ。どんだけ無茶苦茶な使い方しているんですか?」

 その言葉に安堵する慧理那。トゥアールはブツブツ言いながら、ブルーのギアを修復させている。

 定期的にチェックを行うとはいえ、テイルギアはだいたいメンテナンスフリーで運用できる仕様だ。にも関わらずブルーのギアだけは自己修復だけでは追いつかない程のダメージが蓄積している。正直、フリーの部分が死んでいるのではないかと思う程だ。

「……ところで質問なのだが」

 と、尊が言い出した。それだけで嫌な予感しかしない。

「……なんですか?」

「やはりその、ナイトグラスター様もメンテナンスに来られるのだろうか? いや、別に他意はない。ただ純粋に質問しているだけなのだがな」

「………えーと、まぁ。そうですねー。来るかもしれませんし、来ないかもしれませんねー」

「煮え切らんな。ハッキリ言ったらどうだ? 普段ならば要らんことまで言い切るではないか?」

「そんなことないですよー。分からないから分からないと言ってるだけですしー」

 言い切ったら面倒なんですよ! とは言えないトゥアールはただお茶を濁すしかなかった。

 鏡也と総二は茶を啜りながら、小声で話ていた。

「で、さっきのあれはどういう意味だ?」

「……ん? ああ、奴が撤退した話か。何の事はない。お前の一撃が奴を上回ったってだけだ」

「……俺、押し負けてるんだけど?」

「そう思ってるのは他も同じだ。奴と俺以外はな。それより、お前のほうが問題だ」

「え?」

何かあったか(・・・・・・)?」

「は? いや、何も……?」

 目をパチパチとさせて総二は答えた。言われた意味が分からない。そんな顔だ。鏡也もそれ以上の追求はせず、「ならいい」とだけ返した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 アルティメギル基地に帰還したスパイダギルディは、すぐさま部隊長に呼び出されることになった。

 彼の目前に立つのは四頂軍の一角、美の四心(ビー・テイフル・ハート)隊長ビートルギルディだ。その背後には補佐役のスタッグギルディの姿もある。

「スパイダギルディよ。何故、撤退した? 口煩い者の中には恐れ慄き逃げ帰ったなどという輩までいる始末だ」

「恐れ慄き……確かに。あのまま戦っていれば、どうなっていたか分かりませんでした」

「戦いは貴様の有利であったように見えるが?」

「――これを」

 スパイダギルディは背にした刀を鞘ごと外し、その刀身をゆっくりと露出させた。そこには大きく刻みこまれたヒビがあった。

「我が刃は、テイルレッドの一撃にてすでに半死半生。何処まで打ち合えたか、拙者にも読めませぬ」

「事情は理解した。だが、ダークグラスパー様に大口を叩いておいておめおめと引き返してきたこと。どう贖う?」

「無論、この手にてツインテイルズを打ち倒すことで」

「だが、今のままで勝てるのか?」

「それに関して、一つ願いがございます」

「なんだ?」

「――”泉”へ入る許可を頂きたく」

 

「「っ――!?」」

 

 泉。その言葉にビートルギルディ、スタッグギルディ両名に動揺が走った。

「ちょっと待って。スパイダギルディ、本気で言っているの?」

 慌てたようにスタッグギルディが言う。スパイダギルディは静かに、しかし力強く頷いた。

「元より、いつかは行かねばならぬと思うておりました。ならば、かの妖刀を抜くに相応しき力、今こそ得る時かと」

「”泉”に入ればどうなるか………覚悟は出来ていると?」

「既に」

「………。いいだろう、ダークグラスパー様には言っておこう」

「ありがたき幸せ。では、早速」

 深く一礼し、その場を後にするスパイダギルディ。その背には覚悟を決めた者の凄みがあった。

「ああは言ったけど……大丈夫なの? だって”泉”は」

「問題ない。ダメだったら、所詮そこまでの男だったというだけの事だ」

「………」

「心配は要らん。奴ならば必ず試練を乗り越える」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 岩壁に囲まれた空間に広がるのは青く輝く水を湛える泉であった。明かりのない空間は、しかし泉の発する光に照らし出されていた。

 スパイダギルディと共にこの場を訪れた、カタツムリのようなエレメリアン〈スネイルギルディ〉と、ミミズのようなエレメリアン〈ワームギルディ〉は感嘆の息を漏らした。

「凄い……」

「このような場所があるなんて。それにこの水……何か妙な気配が」

 おもむろに泉に手を入れようとするスネイルギルディ。その瞬間、怒声が響いた。

「それに触れるな!!」

「ひっ!?」

 驚き、身をすくめたスネイルギルディが尻餅をついた。

「声を荒げてすまぬ。しかし、その泉に半端な意思で触れれば、たちまち溶かされてしまうのだ」

「え……ええ!?」

 思わぬ事実にワームギルディが身を震わせた。

「この泉は水ではない。これは……”エレメリウム”の泉なのだ」

「え、エレメリウム……!?」

 エレメリウム。別名を空想粒子と言い、エレメリアンや属性玉(エレメーラオーブ)を構成する物質である。属性力の純度とはエレメリウムの純度であり、高純度のエレメリウムはそのままエレメリアンの強大さに繋がる。そしてエレメリウムには嗜好を記録する性質があり、それがエレメリアンを形作り、中心にて結晶化したものが属性玉となる。

 また、高純度のエレメリウムは液体のような状態になり、このような”溜まり”を形成することがある。

「この中に入れば、エレメリアンはたちまち溶かされる。しかし、それでも尚、己を失わなければ、新たなる命を得ることが出来る。故に、この泉はこう呼ばれる。――”転生の泉”と」

「転生の泉……これが、あの」

「今より拙者はこの泉に身を沈める。その間、外の事は一切我が耳に届かぬ。後のことは任せるぞ」

「おまかせ下さい。――ご武運を」

「うむ」

 スパイダギルディはゆっくりと泉に足を差し入れた。水面はまるで粘性を持っているかのようにたわみ、波紋を広げる。

 二歩、三歩と進むにつれ腰が、体が沈んでいく。やがて完全に泉の中へと消えた。

「……戻ろう、ワームギルディ。我々にはこれからツインテイルズ打倒の命が下るだろう。スパイダギルディ一門の名を汚す訳にはいかない」

「うん………頑張ろう。スパイダギルディ様だって、命懸けで頑張ってるんだもんね」

 ワームギルディとスネイルギルディは後ろ髪引かれる思いではあったが、ここでやれる事はないと、泉を後にしたのだった。

 




ビートルギルディとスタッグギルディがフライング出演中ですが、果たして口調はあっているだろうか?
原作を確認しながらやってますが、はたして大丈夫かな?

エレメリウムの設定は勿論オリジナルです。アニメのシーンにそれっぽい説明をつけようと考えました。
今後も使う予定ではあります。


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久しぶりに長い回。今回もネタが多いですがついて来れますかしら?


 鳴り響くチャイムの音に総二は目を覚ました。見回せば見慣れた教室。窓からは傾きかけた夕日が差し込み、室内を赤黒く染め上げている。

 人影はない。気配も感じない。全員下校したのだろうか。

 

 いや、そもそもどうして自分はこんなところで寝ているのか。もし居眠りをしていたとしても、愛香や鏡也、トゥアールが起こさないだろうか。

 

「ふはははは! 起きたか、テイルレッドよ!」

 

「ッ――!? だ、ダークグラスパー!?」

 突然の事に総二は椅子を蹴倒して立ち上がった。直後、ハッとした。今、自分は変身していない。なのにはっきりと言われた。”テイルレッド”と。

 正体がバレた!? 一体何故!? 動揺に体が硬直したその隙に、ダークグラスパーが動いた。

 顔が迷いなく近づく。そして――かつて感じたのと寸分違わぬ感触が、唇に起きた。

「うっ……!」

「貴様は、わらわの嫁じゃ!」

 傲慢不遜。そんな四文字がそのまま服を着たかのような発言に胸(ほのかに)を張るダークグラスパーに、総二は呆気にとられ、何も言い返せなかった。

 

 ガタン――。

 

「えっ――!?」

 突然の物音に、総二は反射的にドアの方を向いた。そこには小さな人影があった。白と赤いのボディスーツ、赤いツインテール。直接は見慣れない、しかし見慣れた姿。

テイルレッド()……?」

 そう。そこに居たのは、総二が変身した姿である筈のテイルレッドであった。テイルレッドはツインテールをたなびかせ、その場から駆け出す。

「待って! 待ってくれ!」

 気が付いた時には、総二は追いかけていた。邪魔な机を蹴飛ばすようにして、教室を飛び出す。廊下を走るテイルレッドの背中が見えた。すぐに全力で走る。だが、それほど長くないはずの廊下の向こうが果てしない。必死に走るが、テイルレッドは遠ざかっていく。まるで暗黒の彼方にテイルレッドが消えていくかのようだ。

「待ってくれ――――!」

 

 

 

「…………あのな、総二。俺も昔からお前のあれやこれやを知ってはいるが」

「…………何も言うな」

「これは……流石に問題だろう?」

「言うなよ!」

「だったらとっとと離れろ! 俺は男に抱きつかれて喜ぶ趣味はない!!」

「それ以前に何でいるんだよ!?」

「愛香がトゥアールをふん捕まえてるから、代わりに起こしに行けって言われたんだよ!」

 早朝の爽やかな空気の中、ツインテールバカが眼鏡バカの腰に目一杯抱きつき、罵声をぶつけ合うという爽やかさの欠片もない光景である。

 

「………なに、やってるの、あんたら?」

 

「「はっ!?」」

 ドアの向こうに、目のハイライトを失った愛香が立っていた。

「何やってるんですか! 総二様、抱きつくのなら私にお願いします!!」

 と、ベッドに飛び込もうとしたトゥアールが、無言の愛香によって窓の外へと飛び出されていった。

 ドガッシャーン! と、ガラス窓ごと朝の静寂も粉々にしたトゥアールの有様に身震いする二人。

「……で、何をやってるの、あんたら?」

「ち、違う愛香! これは誤解だ!」

「そ、そうだぞ! 俺達は何もやましい事はしていない!」

「お前、その言い方は止めろ!」

「何? やましいことって?」

 カクン。と首を傾げて、愛香が一歩踏み出してきた。名作サバイバルホラーのVRよりも、果てしなく恐怖を感じさせた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「おはようございます。今日もいい天気ですわね。……あの、観束君? それに鏡也君も、何故そんなに顔色が悪いんですの?」

 晴れやかな空と同じような朗らかな笑顔と共に慧理那が挨拶するが、曇天のような顔の男子二人の姿に首を傾げた。

「いや、ちょっと……」

 と言って、総二は目線をそらした。

「ちょっと、イドの怪物と遭遇してしまって……」

 と言って、鏡也は空を見上げた。

「はあ……そうですの。大変、でしたわね……?」

 と言って、慧理那はまた首を傾げた。

「誰がイドの怪物よ!」

 と言って、愛香が鏡也の足を蹴った。

「愛香さんはどっちかというと、いどまじんですよねー」

「あら、こんなところに丁度いい落とし穴が」

「ひー! 止めて下さい、常時システム・イドとか狂気の沙汰ですぅうううううう!」

 と言って、トゥアールは井戸の底ならぬ、マンホールの底へと沈められてしまった。

「そういえば姉さんは何でここに? 家はここと反対方向なのに?」

 慧理那の家――神堂家の屋敷はアドレシェンツァとは反対方向にある。だから学園近くでいつも合流していたのだ。

「え、えっと………そ、そうです! 昨日のあれで心配になりまして!」

「え? 一緒に登校したいから、わざわざこちらに回るよう言われたでは――モゴッ?」

 後ろに控えていた尊が言おうとしたところで、メイド隊がガシッとその口を塞いだ。

「メイド長、余計なこと言わないで下さい!」

「さ、お嬢様。ファイト!」

「も、モガ……? モガガッ!?」

 メイド達に押さえられ、ズルズルと引き摺られていく尊。残された慧理那は顔が赤い。

「………学校行こうか」

「――はい」

 羞恥にうつむく慧理那に、鏡也は優しく声を掛けたのだった。

 

「ちょ……置いてかないでください……」

 その後ろから、マンホールから這い出てきたベトベトンがズリズリと音を立てながら追いかけてきたのだった。

 

「それにしても、相変わらずお二人は仲がよろしいんですね」

「あれをどう見たらそうなるのか……私はいつも生命の危険と仲良し状態なんですよ?」

 ベトベトンからいつもの姿に戻ったトゥアールが切実に訴える。異世界人の生態か、はたまた異世界の超科学故か。どちらにせよ、トゥアール以外なら通報事案であっただろう。

「人影もないですし……観束君、今日こそ私を叩いてくださいね」

「そんな可愛く言われても、人のあるなしに関わらず叩いちゃダメなんだからな!?」

 ずい、と迫る慧理那に総二がツッコむ。すると慧理那は何を思ったか、トゥアールに向き直った。

「そういえばトゥアールさんにも叩いてもらってなかったですわね。トゥアールさん、私を叩いて下さい」

「…………………いいんですか?」

 トゥアールの双眸が怪しく光ったかと思いきや、その視線が慧理那の足の先からツインテールの先まで舐めるように動き、そして物理的に絡みついた。

「ドゥフフフフフフ! スベスベですねぇ」

「ちょ……あの、トゥアールさん。私は叩いてほしいんです……!」

「ええ、ええ。分かってますよぉ。ウフフヘヘヘヘヘヘ」

「ジャッジメント! デリート!」

「デカッ!?」

 蛇のように慧理那に絡みつくトゥアールに、ジャッジ愛香のジャッジが下った。

「合意なのに! 合意なのに何なんですかこの美人局は――!」

「合意じゃないだろ」

「アウチ!」

 嘆くトゥアールに容赦なく、鏡也のツッコミが喰らわされた。流れるように繰り出される平手打ちは、加虐属性の面目躍如だ。

「うう……。やっぱり鏡也君の叩き方は音だけでも……ハァ」

「ちょっと鏡也。それ以上は別のスイッチが入るからダメよ」

「ん? ああ、そうだな。遅刻したら元も子もないからな」

 流水の如くトゥアールを踏みつける鏡也に愛香が苦言を呈する。「いや、そうじゃなくて」という言葉が続いたが、果たして耳に届いたかどうか。

 

「………」

 総二は三人のやり取りを無意識にじっと見ていた。その視線の中に鏡也の姿は映らない。

「……総二?」

 そんな様子の総二に、愛香が顔を覗き込むようにする。すると、総二は目を見開いて一歩後ろに下がった。

「い、いや、何でもない! それより遅刻しちまうから急ごう!」

 総二は足早に行ってしまう。

「……? 総二?」

 その妙な態度に、愛香は首を傾げるのだった。そして鏡也は一人、痴女を踏みつけながら、首を振るのだった。

 

 

(おかしい。何で俺………”ツインテールより唇が気になったんだ”……?)

 そして総二は、自分の自分らしからぬ感覚に戸惑い、恐怖さえ覚えていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 アルティメギル秘密基地。会議場も兼ねているホールにはエレメリアン達が集まっていた。中央のテーブルを囲むのはスパイダギルディ一門。真ん中には邪神もかくやというような出来栄えのテイルブルーフィギュアが、MMD初心者のようなポーズで立っていた。

 フィギュアに対する熱意のほぼ全てがテイルレッドに注がれ、次にイエロー。最後の残り滓的な部分で作られているのだから仕方ないことだが。

 なお、割合的には8,9:1:0,1ぐらいだ。

「さて、テイルブルーの体質会議じゃが――」

「いえ、ここはやはりテイルレッド対策を!」

「そうです! テイルレッドこそが最強なのです! ブリーよりもレッド! あえて言います、時代は青より赤!!」

「実にローマ!!」

「やかましいわ貴様ら! 毎度毎度、ブルーにやられておるくせに! 先日は武器すら使われずに踏み潰されておったではないか!」

 

 ズドォオオオオオオオオオオン!!

 

 文句を言う一団を文字通り爆破し、ダークグラスパーは議長を毎度務めさせられているスパロウギルディに向いた。

「という事で、始めよ」

「は、はい。えー、では……テイルブルーのデータをまずは確認したいと思います」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

【テイルブルー】

 

 性格:凶暴

 

 スタイル:暴力

 

 速力:時速180km

 

 パンチ:9t

 

 キック:27t

 

 ジャンプ:60m

 

 備考:テイルレッドに続いて現れた戦士。エレメリアンを倒して得た力を躊躇なく振るう。非情。容赦なし。こちらの申し出など意にも介さず殺戮と破壊を撒き散らす。

 命乞いをしようものなら、嘲笑とともに蹂躙されるであろう。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「……これは人間のスペックか? 太陽の子と間違えておらぬか?」

「地球で放送されていた検証番組も参考にしておりますが……概ね、間違いないかと」

「うむ……そうか」

 まだ何か言いたげだったが、ダークグラスパーは言葉を飲み込んだ。

「だが、これでは完全無欠のようではないか。弱点はないのか?」

「御意に。しかし先の戦いを見る限り、いよいよ人類として定義してよいのか……疑問が」

「まあ、仕方ないのう」

 敵である以上、非情なのは当然。とは言え、あの暴力の嵐はダークグラスパーも若干引き気味である。かつての青いギアの使い手であるトゥアールの華麗な戦いを知るが故に、そのギャップは尚更である。

「強いて言うなら、胸の小さいことを気にしている様子。そこを突かれると烈火のごとく怒り狂い、歯止めの効かない暴走状態になります」

「事態を悪化させてどうするのじゃ!? 弱点と言うたであろうが!」

「あとは……ウネウネしたものが苦手なようです。クラーケギルディ隊長の触手に今迄にないほど取り乱し、割って入ったリヴァイアギルディ隊長を悪鬼羅刹の如く殴殺しております」

 モニターに、リヴァイアギルディをボコボコにする映像が映し出される。惨劇。正にその言葉がふさわしい。

 実際は触手でメンタルブレイクしたところに貧乳攻めを食らった結果なのだが、ここにそれを知るものは居ない。

「それは弱点なのか? だがしかし……ふむ、ウネウネしたものか。…………おい、そこの」

 ダークグラスパーはグルリと見回して、丁度いいのを見つけたとばかりに、あるエレメリアンを指名した。

「え。え……ぼぼ僕ですか!?」

「そうじゃ。そこのミミズ。お前、程よくウネウネしておるな。よし、お前が行けい」

「え………えぇえええええええええ!? そ、そんな……ムリですよぅ!」

 指名されたウネウネことワームギルディは、その見事な体をウネウネさせて大慌てだ。

「ぼ、僕には無理ですぅ! そのような大任を負う域には達しておりません!」

「たわけ! 貴様は四頂軍〈美の四心〉の一員であり、副官スパイダギルディの一門であろう。いつまでも縮こまっていては師を超えられぬぞ!?」

「うう。スパイダギルディ様を超えるだなんて……最初から無理ですよぅ!」

 アルティメギル一の剣聖。その技の冴えたるや、飛ぶツバメも斬り落とすとさえ謳われている。それを越えようなどと、世迷い言でさえ言えよう筈もない。

 ましてや、ワームギルディは一門に席を置くとは言え実戦経験のない新参。狂戦士たるテイルブルーに挑むなど、爆弾を抱えてモビルスーツから飛び降りた青い巨星の結末並みに先が見えている。

 成果の見えない特攻は忍びないと、他の者が何とかしようと進言するも、ダークグラスパーは聞く耳を持たない。

 そんな中、一人の戦士がずい、と名乗り出た。

「でしたら、自分を補佐としてお付け下さい」

 それはカタツムリに似たエレメリアン――スネイルギルディであった。

「ほう……お前も、スパイダギルディの弟子であったな。許可しよう」

「ありがとうございます」

 スネイルギルディは礼を言うと、未だに怯え震えているワームギルディに寄った。

「スネイルギルディ君、どうして……?」

「なに、さすがは首領補佐官殿。見事な慧眼と思っただけだ」

「ど、どういうこと……?」

 意味が分からず、ワームギルディはおろか、他のエレメリアンも首を傾げる。

「テイルブルー、奴は恐らく………男の娘だ!」

 

 ―――ざわ!

 

「なん……だと?」

「男の娘……テイルブルーが?」

「いや、だが……だとすればあの暴力性も合点がいく」

「男の娘……女性になりきろうとしても、男性としての暴力衝動が隠しきれなかったということか」

「なんという事だ。流石はダークグラスパー様だ」

 

 

「…………………ふっ」

 ただ、丁度ウネウネしてたのが目に入ったから指名しただけだったのだが、何故か株が上がったようなので、ダークグラスパーは取り敢えず意味ありげに笑ってみることにした。

 

 

「そ、そうか……そうだったんだ。僕、頑張れる……!」

「その意気だ。誰も敵わなかった最凶のツインテールを討ち取れれば、その武勲とともに、男の娘属性への理解もより深まるだろう。それに――」

「それに……?」

「私も微かだが……希望を持っている。テイルブルーは、私が追い求めた存在なのではないかとな」

「そっか。スネイルギルディ君の属性もなかなか理解されないものだったよね……〈性転換属性(トランスセクシャル)〉は」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 陽月学園ツインテール部部室。ここでは最近起こっている事態に対する会議が行われていた。

「――という事で、各地の女子校で出没するエレメリアンの狙いは男の娘属性のようですね」

「先日戦ったスパイダギルディと、やはり関係があるのでしょうか?」

 慧理那は同じ属性ということでその関係性を疑う。トゥアールは「間違いないでしょうね」と答えた。

「男の娘……見た目は女子でも結局は男子。何だかんだで、いつも襲われているのは女子ばかりだったが……何かあったのか?」

「あたしは、こうも男の娘が蔓延してたことに頭痛がするわ。ていうか、女装して女子高に通うとか、普通に考えて大問題じゃないの? それが何でこうも多いわけ?」

 茶を淹れながら、鏡也は今までを振り返りつつ思案する。愛香も頭を抱えて悩んでいる。

「必ずしも女性を襲うわけではないんですが……これはもしかしたら、敵の作戦が次の段階に入った、ということなのかも知れません」

 どういうことかと視線で問うと、トゥアールは説明を始めた。

「元々、ツインテールの完全拡散の後、各属性力の刈り取りを行うのが向こうの主な作戦でした。ですが、総二様達の活躍でそれが破れた今、タイムスケジュールを前倒しにしたとしてもおかしくはないと思います」

「それってつまり、ツインテールのおまけみたいなものだったのが、主目的に代わるってことか? それ、かなりヤバイんじゃ……」

「落ち着け、総二。張り巡らせたセンサーはきちんと動作するし、やることは変わらない。今まで通りだ」

 不安を覚える総二に、鏡也は湯呑みを渡す。冷房のせいか手がいつの間にか冷えていたらしく、じんわりと熱が伝わっていくようで忙しなく指が動いていた。

 その時、エレメリアン襲来を告げる警報が、トゥアルフォンから響いた。

 

 

                 おっぱいパ~イ!

 トゥアールのおっぱ~い! 

 

 

「なんでメガネかけたお笑い芸人を呼ぶみたいなイントネーションになってるんだよ!?」

 総二は笑った芸人の尻をしばくかのように、トゥアルフォンを叩いて警報を止めた。

「いや~、過去の動画を見たらなかなか面白かったもので、つい」

 元ネタを知らなければ、文字に起こす意味さえ無駄になりそうなネタを仕込んだトゥアールはさておき、出撃だ。

「場所は……え、ここは……警察署ですね」

「え、なに? 率先して自首する気になったの?」

「津辺さん。この場合は自首ではなく出頭の方が適切ですわ」

「あ、そっか。犯人はエレメリアン。はっきり分かってるものね」

「そこじゃないだろ!? なんで〈男の娘属性のエレメリアンが警察署に出没〉するんだよ!?」

「はっ!? そういえば………まさか?」

「婦警の中にいるんだろうな………男の娘が」

 部室内に、なんとも言えない空気が流れる。まだ、学校は分かる。中学では女子以上の可愛らしさが、高校では女子以上の綺麗さが、大学に至っては黒いメイド服を完璧に着こなしていた。

 だが、それらは未成年。未成年なのだ。社会人として独立し、国家公務員となって尚、エレメリアンが狙うほどの存在。

 大丈夫なのか。具体的に津辺愛香の精神が均衡を保てるのか。もし保てなければ、警察署を襲った蜘蛛怪人の惨劇のように、暴走するテイルブルー対国家権力という構図が出来てしまう。

 四〇〇年を超えて蘇った剣豪ではないのだ。そんな事態はなんとしても避けなければならない。

「まず、場所を変えさせよう。最悪、逃しても問題ないということで」

「分かりました」

「仕方ありませんわね」

「健闘を祈る」

 

「………え?」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 結果から言えば、ツインテイルズはエレメリアンとの戦場を移動させることに成功した。ブルーとイエローが現場に降り立ち、レッドとナイトグラスターの待つ運動場へと追い込んだのだった。

「来たな、エレメリアン! もう逃げられないぞ!」

「………」

「年貢の納め時だ」

「………」

「覚悟してくださいまし!」

「………」

「くっ! ワームギルディ、覚悟を決める時が来たようだ」

「………」

「わ、わかったよ。怖いけど……がんばる!」

「………」

「ミミズ型か。ブルーの弱点を突いてきたようだな……ん?」

「おーい、ブルー? 大丈夫か?」

「………」

『総二様。そっとしておきましょう。今のブルーの心は名前通りなんですから。なにせ件の男の娘が………ねえ?』

「うっさいわよ! ……何なのよあれ。反則じゃない……!」

 問題の男の娘が、途方もない美形で、予め正体を知らなければ――いや、知っていても目を、心を奪われるだろう。下手なモデルやアイドルなぞ相手にもならない。

「集中しろブルー。敵は目の前だぞ!」

 レッドの叱咤が届くと、ブルーははっとして顔を上げた。

「あれ………いつの間に? ………て、ひっ!? み、ミミズ……!?」

「アイツ、見えてなかったのかよ」

「そこまで、ショックでしたのね」

「個人的に、眼鏡の似合う婦警の方が気になったが……」

「ぶれないなぁ。本当に!?」

 最早、ツッコむことさえ面倒くさいナイトグラスターのメガネフェティシズムはさておき、レッドがブレイザーブレイドを構える。

「ツインテイルズ! 我が名はスネイルギルディ。スパイダギルディ様の弟子にして性転換属性の戦士!」

「ぼぼ僕はワームギルディ。スパイダギルディ様の弟子で……男の娘属性です。よろしくお願いします」

 いつものように名乗りを上げるエレメリアン。だが、その中に不穏な言葉が聞こえた。

「男の娘じゃなくて……性転換属性だって?」

 レッドの言葉に、スネイルギルディが大仰にそのヌメッとした手を広げた。

「その通り! しかし、一口に性転換と言っても多岐に渡る。医術によるものもあれば、精神だけのものもあろう! だが、私が求めているのは遥かに困難!」

 スネイルギルディの言葉に熱がこもる。その迫力、鬼の如し。

「私が求めるのは”望まぬ女体化に戸惑う男子”! だが、そのような奇跡がどこにある!? 呪われた泉もなければ、魔法的ぬいぐるみもいない! 宇宙人だって!!」

 その熱が、心の高ぶりが、涙となってこぼれ落ちる。童謡に有る”角出せ”のあそこ、目だったのか。などと、レッドらは思った。

「そのような奇跡……神の悪戯が何処に転がっている!? 残る滅ぶ以前に、私が望む真の性転換は余りにも不確かな存在なのだ……! だから、未来ある友に希望を託す! さあ、行くぞワームギルディ!」

「う、うん!」

 スネイルギルディの言葉に奮起したワームギルディが激しくウネウネした。ブルーの肩がびくっと震える。

『スネイルギルディが崇拝しているのは性転換の中でも〈トランスセクシャル・フィクション〉という分類ですね。超常的な何かで性転換……いわゆるXをチェンジ! 的な』

 後半部分は聞き流しながら、ナイトグラスターはレッドに小さく耳打つ。

「レッド、ヤバイんじゃないか? もし奴と戦えば」

「……だよな。俺の正体が」

「幼女装趣味のオムツ野郎だとバレてしまうな」

「お前マジでふざけんなよ!? 久しぶりに聞くけど酷さが増してるぞ!?」

 レッド、久しぶりのマジギレである。

 

 

 そして反対側に立つ二人も、事態を察していた。

「ブルー。性転換属性ということは下手をしたらレッドの正体が……」

「そうね。レッドと戦わせるのは阻止しなきゃ。イエローはワームギルディを――」

「レッドの秘密は私が守りますわ!」

「え? ちょっと待って!」

 止めるも聞かず、イエローがスネイルギルディに向かってヴォルティックブラスターを撃ちながら突撃を敢行する。となれば必然的に――。

「な、ナイトグラスターさん……?」

 ブルーが期待の目を向ける。それにを受けてナイトグラスターは頷いて返す。

「て、テイルブルーさん! あなたにお話があります!!」

「ご指名だな、頑張れ、超頑張れ」

「なんでよー!?」

 運命とはなんと残酷な。再びウネウネに対峙する事になる己が身に嘆き叫んだ。

 そんな間にも、ワームギルディがウネウネしながらブルーとの距離を詰めていく。

「ひっ。ち、近寄らないでよぉおお!」

 錯乱一歩手前の状態で、拳を振るうブルー。頭部と思わしき場所をヒットしたが、吹っ飛ばせない。バネの玩具のようにボヨンボヨンと揺れるだけだ。

「う、ぐぐ……まって、僕は敵じゃありません……!」

「ヒ……いやぁああああああ!」

「僕は……貴女を理解する……存在なんです!」

「何でなの、何でウネウネしたのばっかりに好かれるのよぉおおおおお!」

 嘆き叫びながら、ブルーはワームギルディに拳をめちゃくちゃに叩き込む。武術を修めるブルーらしくない手の振りだけのものだったが、スピリティカフィンガーの効果もあって十二分のダメージを与えていた。

「うぉおおお! ワームギルディ!」

「行かせませんわ!」

 駆けつけようとするスネイルギルディに前に、イエローが立ちはだかる。何故か武装の六割を脱いでいたが。

「来ないで! これは……僕の戦いなんだ!」

「っ……! ワームギルディ……!」

「大丈夫。彼女は戸惑ってるだけなんだ。だから……大丈夫」

 どれだけ打たれても諦めない姿は、尊くもあった。その様子に、恐慌状態のブルーも徐々に冷静さを取り戻していく。

「お、おお……! ワームギルディの想いがついに……!」

 暴威の化身、破壊の権化、残虐超人度1000万パワーと言われたブルーを抑えたワームギルディに、スネイルギルディが男泣きする。

「……わかったわよ。アンタに敵意がないってのは……認める。で、話って? あんた、男の娘属性なのに?」

「だから、テイルブルーさんは男の娘でしょう? だから」

「死ね」

 

 ドゴォッ!

 

 エグい音が響いた。極めて理に適った撲殺するための拳が、ワームギルディにぶち込まれた。その破壊力は先程までとは比べ物にならず、ワームギルディがウネウネからグラグラへとシフトする。

「あたしからも聞くわよ。何処で判断した? 何処を見て言った?」

「だって……胸がちいさばらぁああああああああああ!?」

 言い切る前に、ブルーのキックがワームギルディを強制的に黙らせた。バウンドしながら転がっていったワームギルディだったが、それでも立ち上がろうとする。それでも、説得しようとする。

「お、男の娘はかつて両の性を持っていた天使のように、人類を新しい世界へと導く革新者(イノベーター)なんだ! でも、あなたがそうなるためにはその凶暴性を切り離さないといけないんだ! そうしないと、真の男の娘にはなれないんだよ!」

「そんなのになって、たまるかぁあああああああああああああ!!」

 心の底から、全てを否定する雄叫びを上げたブルーの完全解放が、ワームギルディを撃ち抜いた。いや、撃ち抜いたのは己を否定する存在か。

「う……うう。ご、ごめんねスネイルギルディ君……」

「ワームギルディ! 謝るな、お前は……立派だった!」

 ブルーの、永劫切り離されることのない暴力性から繰り出された一撃に倒れたワームギルディに向かって、スネイルギルディが叫ぶ。ビジュアル的な部分を除けば比較的感動のシーンだ。だが、ナイトグラスター的には言っておかなければならない。

「……盛り上がっているところ申し訳ないが、そこのミミズ?」

「な、なんですか……?」

「残念だが、テイルブルーは正真正銘の女子だ。男の娘ではないぞ」

「え? そ、そんな……ウソだ!」

「ウソではない。なあ、テイルレッド?」

「あ、ああ」

 

「そんな……そんなぁああああああああああああああ!?」

「ワームギルディイイイイイイイイイイイイイイイイ!?」

 

 絶叫を上げてワームギルディが爆散した。

「憐れなことだ」

「お前、ここぞとばかりにとどめ刺しやがったな」

 男の娘属性のために散ったワームギルディに手を合わすナイトグラスター。だが、きっちり仕留めに行った辺り、加虐属性の面目躍如であろう。

「おのれ、テイルブルー。ナイトグラスター。アイツは命をかけてテイルブルーが男の娘であることを証明しようとしたというのに! それを否定し、あまつさえ姑息なウソを吐くとは!」

 わなわなと震えながら二人に向かって叫ぶスネイルギルディ。

「そんな大嘘に命かけてんじゃないわよ!」

「ブルー。私は命をかけてはいないぞ? 嘘を吐いてないのだからな」

「ぬおぉおおおおお!」

 雄叫びを上げて、真正面のテイルイエローに向かって突進してくるスネイルギルディ。すぐさまヴォルティックブラスターのトリガーを引くイエロー。だが、それを背を向けて殻で受け止め、弾き飛ばした。

「っ……! 凄い硬いですわ!」

『うはっ。また素晴らしい素材ゲットです!』

 トゥアールが通信の向こうでたわけた事をほざているが、今はイエローとスネイルギルディの戦いだ。

「完全解放――ヴォルティック・ジャッジメント!」

「なんの!」

 生半可な威力では通じないと、必殺のヴォルティックジャッジメントを放つイエロー。閃光の一撃が放たれると同時に、スネイルギルディは防御形態として殻に閉じこもった。直後、イエローの蹴りが突き立つ――が。

「くっ……届かない!?」

 吹き飛ばされたスネイルギルディだったが、しかし今までのように爆発はしない。ゴソゴソと動き、中から姿を現した。

「ククク……私の殻はアルティメギルでも1、2を争う程の硬度を誇る。お前の攻撃も防いでくれたよ」

 クラーケギルディさえ一撃で倒した攻撃を真正面から受けきったスネイルギルディが、自信満々に胸を張る。

「なんて防御力だ。俺たちも行くぞ、ナイトグラスター」

「待って下さいませ、レッド。ここは新必殺技を試す時ですわ!」

「新必殺技だって!?」

 イエローの思わぬ言葉に、レッドが驚いてナイトグラスターにどういうことかと向く。が、ナイトグラスターも首を横に振るばかりだ。

「ほう、新必殺技か。良いだろう、どのような技でも、我が殻で防いでくれる!」

「いきますわよ、オーラピラー!」

 と、防御形態になろうとしたところに、イエローのオーラピラーがスネイルギルディを拘束した。

「ちょ……防御できな………!」

「本日二度目の完全解放――! ヴォルティック・ジャッジメント――――!」

「ごはぁああああああああああああ!」

 雷光の一弾となったイエローのキックが容赦なく、スネイルギルディに突き刺さる。そしてイエローが高らかに叫ぶ。

「―――ロイヤル!」

「名前だけで全く同じじゃねーか!」

「いや、インパクトの瞬間、ぐりっとひねりこんでるな。あの辺りが”ロイヤル”なんだろう」

「むしろ名前負けしてるじゃねーか!」

 レッドのツッコミはさておき、イエローの必殺技が直撃したのは確かだ。

「どうやら、新必殺技は防げなかったようですわね」

「防げるかぁああああああああああああああああ!」

 と、盛大にツッコミを叫んで、スネイルギルディが爆散した。

「なんてむごい」

 と感想を言うレッドらの足下に、スネイルギルディの殻が飛んできた。主を失くした殻が虚しく落ちて転がってきた。そして――。

 

 ぱんっ。

 

「ぶわっ!?」

「むっ?」

 殻が軽い音を立てて弾ける。細かい粉のようになっった残骸が、二人に降り注いだ。だが、特に何も起こらない。

「ふう、新必殺技の威力……思い知りましたか!」

「いや、特に威力は変わってなかったようだが?」

「えっ!?」

 ナイトグラスターのツッコミに、イエローが驚きの声を上げた。

「では、私はこれで。何かあれば遠慮なく声を掛けてくれ」

 一足早く、ナイトグラスターがその場を去る。それを見送って、レッドは二人に向き直った。

「じゃあ、俺達も戻るか」

 かくして何度も取り逃がしたワームギルディ、スネイルギルディは倒されツインテイルズは基地へと帰還する。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「おかえりなさい、総二様」

「おお、戻ってきたか」

 基地に帰ってきたツインテイルズを尊達が出迎えた。部室に置きっぱなしだった鞄を回収して来てくれたのだ。

 なお、ナイトグラスターはいつもの通り別に帰還している。

「しかし今回はちょっとやばかったな。向こう、ブルーの苦手なタイプを送り込んできたし……あんまり挑発的なことするなよ?」

「そうね……そうするわ。でも、そーじもよ。性転換属性なんて、正体バレるかもしれないんだし」

「ああ、そうだな」

 変身を解いていく慧理那、愛香に続いてレッドも変身を解こうとする。

(あいつら、なんだかんだ言って自分の好きな属性のために戦ってるんだよな。俺ももっとツインテールの事を考えないと。ダークグラスパーのキスされた程度で揺らいでちゃダメだ)

 光りに包まれ、変身が解けていく。

 

 ――テイルレッドが、闇の向こうに消えていく。

 

 ―――悲しそうな顔をして、ツイテールを解こうとして。

 

 ――――どれだけ走っても、手を伸ばしても、声を上げても届かない。

 

「っ―――!?」

 瞬間、総二は言い知れない恐怖と虚無感を覚えた。それらが全身を走り、総二の中のツインテールをかき乱す。

(落ち着け! ツインテールを手放すな! ツインテールを…………!)

 

 

 ――――ツインテールを、解かないでくれ!!

 

 

 

 

 

「っ………はぁ~。何だったんだ今のは?」

 全身を覆っていたスーツやアーマ―の感覚が消え、総二は大きく息を吐いた。

「そ、そーじ………?」

「観束、くん……?」

「あ………え? 総二様?」

「何だと……?」

 皆が一様に驚き、声を絞り出している。視線が全て自分に向いている。その意味が分からず首を傾げると、頬に何かが当たる感触があった。

「うん?」

 何だと思い、それに触れると、それは赤い髪の毛だった。まるで、テイルレッドのような。

「な……なんだ?」

 手に取ると、それが自分から続いているとすぐに分かった。ハッとして、壁の、鏡のようになっている金属の壁に自分を映し―――総二は、口をあんぐりを開けた。

 

「な、なんだこれはぁああああああああああああああああああああ!?」

 

 そこには、テイルレッドをそのまま大きくさせたような美少女が居た。赤い、ツインテールを揺らし、柱にまじまじと顔を近づけ、それでも見間違いではない。

 

 それが観束総二本人であることは、もう誰に言われるまでもなかった。

 




なんてヒドイ回だったんだ(棒)


※感想欄で元ネタを描いてほしいとあったので後ほど追記します


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今回は書いててとても楽しかったです。


 ワームギルディ、スネイルギルディを撃破したその足で、鏡也は帰宅の途についていた。道すがら「あまり活躍していないなぁ」などと思いながら、しかし変身しなかったらしなかったで、どんな因果か素の状態の時に遭遇してきた経験がある。それは堪らないし、また無駄な追いかけっこをする気もなさらさらなかった。

「ただいまー」

「おかえりなさい、鏡也ー!」

 いつものように玄関をくぐれば、いつものように走ってくるのは母親である天音だ。年相応の落ち着きというものと無縁な天真爛漫さ――といえば聞こえは良いが、ただの親バカである。

 飛びついてこようとする天音をひょいと躱し、靴を脱ぐ。家に上がっても鏡也の後ろをついてくる母親に、鏡也は尋ねる。

「父さんは? 今日は夕方前に一度戻るって言ってなかった?」

「それがトラブルが起きちゃって、戻れなくなったって。さっき電話があったわ」

「ふぅん。久しぶりに一緒だと思ったのに……残念」

 ここ最近、父である末次は忙しくあちらこちらを飛び回っている。仕事が好調何よりと言いたいところだが、余り無理をされてもと心配してしまう。

「それでご飯はどうする? すぐに用意できるけど」

「うん。取り敢えず着替えてから――」

 

 prrrrrr――。

 

 鏡也の言葉を遮るように、トゥアルフォンが音を鳴らす。何事かと出てみれば、愛香の大きな声がスピーカーごしに鏡也の鼓膜を「そーじが! そーじが!」と、容赦なく叩く。

「っ……。どうした、愛香?」

 顔をしかめつつ、スピーカーから耳を少し離して、愛香に尋ねる。

「愛香……一体、どうしたんだ?」

『そーじが大変なのよ!』

「どう大変なんだ?」

 

『そーじが女の子になっちゃったのよ!』

 

「………は?」

 聞こえたものの意味が理解できず、たっぷり数秒を空けてから、聞き返した。

『だからそーじが女の子なっちゃったのよ! いいから、早く基地に来て!』

 そう言って、電話を切られた。鏡也は言われた言葉を反芻し―――やはり意味が分からなかった。

 分からなかった以上、基地に行くしかない。鏡也は鞄を自室に投げ込むと、脱いだ靴を履き直した。

「あら、何処か出かけるの?」

「うん……何か愛香から電話があって」

「愛香ちゃんから?」

 

「総二が女の子になったって」

「あらまぁ」

 

 ありえない話に対して、このリアクションである。世の母親とはこれほどに寛容なのであろうか。多分違うが。

「そういうわけで今から基地の方に行ってくる。問題なさそうならすぐ帰ってくるから」

 問題があるから呼び出しが掛かったいうのに、この言い草である。

「あ、ちょっと待って」

 天音はふと何かを思い付いたのか、キッチンの方へと小走りにかけていく。少しして、何かの包みを手にして戻ってきた。

「これ、お隣に貰ったのだけど、量が多いからおすそ分けに持っていって」

「いいけど……何これ?」

「これはね――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ということで、お祝いの赤飯です」

「要らない気遣いするなよ!!」

 せっかく差し出した赤飯の入ったタッパーだったが、総二にはお気に召されなかったようで、いたくご立腹だ。

「大体、なんで赤飯なんだよ! 何でお祝い事扱いなんだよ!?」

「いや、それが――」

 

 

「だって、女の子になったのならお赤飯でしょ?」

 

 

「――と、言われてはなぁ」

「ツッコミどころしかない! 間違ってない! 言葉だけなら間違ってないけど……そもそも、何で俺が女の子になったとか普通に受け入れてるんだよ!?」

「ああ、それはあれだ。うちの母さん、ツインテイルズの正体に気付いているからだろうな」

「………え? 何で?」

「認識阻害、通じなかったみたいだな」

 そう伝えると、総二は「ぬぉおおおおお! 身内以外にバレているとか心にクルぅううううううう!」と、ツインテールを振り乱した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 時間は少し遡り、鏡也が基地に駆けつけた辺り。

 果たして、呼び出された鏡也が基地で見たものは、オペレータールームの椅子に座ったまま頭を抱えている、後ろ姿がテイルレッドそっくりな少女と、何故かトゥアールを締め上げている愛香と、どうしたら良いか分からずオロオロする慧理那と、動じることなく全員分のお茶を用意している尊と、悪の女幹部のコスプレで一際豪華そうな椅子に座っている未春であった。

 一歩踏み込んだ瞬間から、意味が分からなかった。なのでとりあえず、慧理那に声をかけてみた。

「一体何がどうしたんだ? 総二に何かがあったのか?」

「あ、鏡也君。実は基地に戻ってきて、変身を解いていたんですが……その時、観束君の様子がおかしくなって、変身が解けたらあのような状態に」

 と言って、慧理那が視線を送る。その先にはやはりというか、テイルレッドに似た少女がいた。

「アンタはどうしてそう欲望にメーターが振り切れるのよ!」

「うぐぐぐぐ……だ、だれだって本能の欲求には逆らえない………というか、い、いしきがそろそろぶらっくあうと……!」

「――で、あっちは?」

「トゥアール君が観束を調べると言ってな………まあ、どう見ても口実に弄るのが目的だったとしか思えないのだが」

 慧理那に代わって答えたのは尊だった。お茶の入ったカップを配膳しながら、軽いため息を吐く。それだけ聞けば、後の事は察しがついた。煩悩を全開にしたトゥアールに、怒気を全開にした愛香が襲いかかったのだろう。

 愛香の言葉が言葉通りであると理解した鏡也は、漸く顔を上げてこちらを向いた総二の下に向かった。

「総二 大丈夫か?」

 声をかければ、十人中十人が美少女と答えるであろう、ツインテールの女の子が振り返った。大きな瞳を涙で潤ませて見上げてくる様は、年頃の男子の心を一撃で必殺する破壊力だ。

「鏡也……俺、何でこんなことに?」

「一度、変身してみたらどうだ? 何かの不具合ならやり直せば戻れるかもしれないぞ?」

「そ、そうか。何でそんなことに気付かなかったんだ!?」

 総二は飛ぶように椅子から立ち上がった。そして目一杯の気合を込めてスタートアップワードを叫んだ。

「テイルオン――!」

 ブレスが起動し、テイルレッドへの変身が一瞬で完了した。

「……うん。いつも通りだな」

 慣れた感覚ゆえ、確認するまでもないなと、レッドは頷く。そして、うまく元の姿に戻れる事を真摯に祈りながら、変身を解除した。

 あっさりと変身を解除した総二だったが――やはり、女性体のままだ。

「ダメか」

 がっくりと肩を落とす総二。心なしかツインテールも元気がないように見えた。鏡也はまじまじとその様子を見つめ、一言。

「あ、そういえば、うちの母さんからおすそ分けにって預かってきた物があったんだ」

「この状況で無関係なこと言うか!?」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そして時間は現在に戻る。

 赤飯は未春によって台所へと運ばれていった。恐らくは今晩の食卓に上ることだろう。

「それで、原因に心当たりは?」

「うーん………そうか!」

 鏡也が尋ねると、しばし考えた後に総二は声を張り上げた。

「そうか、スネイルギルディだ。アイツの殻、あの粉を被ったからだ! アイツの属性力、性転換属性(トランスセクシャル)だし……その影響を受けたんじゃないか!?」

「いや、それはありえません。あの粉にどんな効果があったか知りませんが、テイルギアには常時、フォトンアブソーバーが起動しています。これを突破して影響を与えるなんて、考えられません」

 総二の言葉をトゥアールは即座に否定した。自分の作ったものに対する絶対的自信と、過去幾つもの実証データから、スネイルギルディにはそれ程強い力はないと確信しているのだ。

「それ程までに強力な属性力……果たして幹部級でも持っているかどうか」

「だけど、それぐらいしか考え――」

 

 バシンッ!

 

「絶っっっっっっっっっっっ対に、ありません!」

「うわっ」

 今まで見たことがない程に、トゥアールが激しく否定した。目一杯の力でテーブルを叩いての、徹底的な否定だ。その瞳はまるで獰猛な肉食獣から追いかけられている最中であるかのように必死だった。

「ど、どうしたんだよ。そんなに必死になって……」

「総二」

「鏡也?」

 気付けば鏡也も背後に立っていた。その肩をバシッと叩かれる。

「それは勘違いだ。原因は他にある。良いな?」

「え? 何だよ鏡也まで……?」 

 何が何だか分からない総二は、ただ二人の迫力に戸惑うばかりだった。

 

「粉と言えば、ナイトグラスターも浴びていましたわね。もし、観束君の話が正しいとしたら、もしかして今頃ナイトグラスターも女性に……?」

 

「「っ――!!」

「え? ……あっ!」

 慧理那が思わず口した言葉に、鏡也とトゥアールが顔を引きつらせた。そして総二もまた、自分の言葉の意味するところをやっと察した。粉を浴びたのは二人だということに。

 そして自分の異常が粉のせいだと主張するならば、それは必然的にもう一人へと話が流れるということだ。

 その流れた先に存在するのは――。

 

「それは本当ですか、お嬢様?」

 

 飢婚者が、反応した。

「ええ。たしかにあの時、浴びていましたわ」

「そうですか。では、今すぐ無事かどうか確認しなければなりませんね」

 鼻息荒く、桜川尊が言う。その瞳は獰猛な肉食獣のそれだ。

「トゥアール君。緊急事態につき、今すぐに連絡を! いや、連絡先を教えてくれ。私がしよう!!」

「ちょ、ちょっと待って下さい。落ち着いて」

「これが落ち着いていられるか!」

 

 ボゴン――!! 

 

「ひいい!? この世界の技術力では生み出せない異世界技術製のテーブルに見事なクレーターが!?」

 愛香の打撃にも耐えるテーブルに、尊コメットによるクレーターが刻まれた。

「いいか。私は冗談で言ってるのではない。もしもエレメリアンの粉によって女性化してしまっていたら……!」

 ベキベキと、クレーターに亀裂が入っていく。異世界の技術も、人類史で最も古い闘法――即ち暴力の前には形無しである。

 暴力の化身はぐわっ! と目を見開き、叫んだ。

「私は誰と結婚すれば良いのだ! 女同士は嫌だぞ!?」

「この人、ナチュラルに何言っているですか!?」

「大事なことだろうが! ナイトグラスター様が女性に………いや、それはそれでと……いやしかし、やはり私は男性の腕に抱かれたいのだ!」

「本当に何言ってるんですか!? 妄想こじらせ過ぎでしょう!」

 異世界の痴女も真っ青な飢婚者の妄想劇。しかし、ツッコミでは止まらない。止められない。ガシッ! とトゥアールの両肩を掴んで顔を突きつける。

「私 は 本 気 だ」

「ある意味で本気すぎるでしょう!?」

「トゥアールさん。ナイトグラスターも、何かあったら連絡をくれるようにと言っていましたし。何事もなければそれでいいと思うんです」

「それとも何か、連絡できない理由でもあるのか?」

 事情を知らない慧理那まで加わってしまい、「これはダメだ」と、トゥアールの視線が鏡也にチラッと向けられた。

「鏡也……?」

「トイレに行ってくる。ちょっと痛い………胃が」

 総二らに見送られるようにして若干、顔色の悪い鏡也がトイレに消えた。それを見届けたトゥアールが深々と息を吐いた。

「………分かりました。連絡をしましょう」

「そうか! なら早速!」

 途端、表情をコロッと変えて、トゥアールを通信装置の前まで押して――いや、持ち上げて運んで、ドカッとシートに落とすように座らせた。

「さあ、さあ!」

「わ、分かりましたから! ……まったく」

 背後からバシバシと突き刺さる視線に耐えながら、トゥアールは通信機を起動させた。当然、通信コードを凝視しているのも分かった。

 呼び出しのコールが続き、やがて繋がった。

『こちらナイトグラスター。どうした? 何かあったか?』

「ああ! ナイトグラスター様! 私です、貴方の尊です!」

 トゥアールを押し退けて、尊がマイクに叫ぶ。猫まっしぐらもビックリな食いつきぶりである。

『あ、ああ……尊、さん。一体、何が……?』

「ああ……なんて素敵な御声なのですか」

 声からも分かる、引き気味なナイトグラスターの様子。事情を知る者は心中を察し、苦笑している。

「ちょっと、私が話しますから……どいて下さい」

 強引に尊をどかして、トゥアールが改めて事情を伝えた。

『……そうか。テイルレッド――観束総二君が、そのような状態に。だが、こちらではそのような異変はないな』

「そうですか。そうでしょうね……では」

『ああ。それと事前の通り、このコールナンバーは以降使用しない。では』

「了解で~す。それでは~」

 トゥアールがそれはにこやかに通信を切った。その背後で「チッ!」という尊の舌打ちが聞こえた。

「さて、これでスネイルギルディのせいではないと分かったわけですが……」

「結局、原因不明ってことになるのかしら」

「そうなりますわね……残念ながら」

 ひとまずの着地点を得て、愛香は眉をひそめた。慧理那も何か他にないかと考えている。

「どうだろうな。これほどの異常、原因もすぐには分からないだろう」

 トイレから鏡也が戻ってきた。どうしてか額に汗を滲ませている。疲労の色も濃い。

 この異常事態が起こってから一時間も経っていないが、まるで数日をこなしたかのような濃密さがあったのだから仕方ないがない。

「はあ……なんだってこんなことに」

 総二は深いため息とともにがっくりと肩を落とした。と、愛香がぎょっとした。

「ちょっ……そーじ、見えてる!」

「え? 何が?」

「だから、胸! 襟口から見えてるから!」

「………だから?」

「だから体起こせって言ってるのよ! それと、鏡也はあっち向きなさい!」

「痛い!?」

 愛香は総二を強引に起こし、鏡也の顔を左に60度捻じ曲げた。

 女になってしまっても、着ていた服は前のまま。一回り小さくなった体にはぶかぶかだった。今までは女性化の事ばかり気に取られていたが、この格好もなかなか危険であった。

 ついでに言えば、総二の胸はDはありそうだった。鏡也が来る前にそのあたりでも一悶着あった。そのせいで、つい力が入り過ぎてしまった為に鏡也の首が「ごきゅっ」と、いい音を鳴らしていた。

「いてて……それで、女になった以外に何か不具合はあるか?」

「いや、特に………っ!?」

 ない。と答えかけて、総二は表情を強張らせた。今そこにある危機が、ついに姿を表したのだ。

「どうした、総二?」

 異変に気付いた鏡也が声をかける。総二は顔を青くして、そっと呟いた。

 

「トイレ……行きたい」

 

「行けよ」

「仕方がわからないんだよ! 察しろよ! っ~~~~! 大きい声を出したから、腹に響く……!」

 意識してしまえば、もう忘れることも出来ない。観束ダムは満水までのカウントダウンを開始していた。

「一応確認するが……Big or Small?」

「す、すもーる……」

「ビッグなら分かったんだがな……スモールは何となくしか言えんな」

「ビッグは俺でも分かるから! 頼む。教えてくれ……!」

「え、あたし!?」

 総二にすがりつかれた愛香は狼狽した。体が女性とは言え、中身男に女性の方法を教えるなど、恥ずかしいからだ。

「きょうやぁ……」

 総二は鏡也にもすがった。この危機を乗り越えるために、今の総二からは恥も外聞もなくなっていた。

「俺もちゃんとは知らんぞ?」

「それでも良いから……頼む」

 女性ならざる身としては、おおよその事しか言えないが、こうまで頼られてはと、鏡也は自分の持てる知識を総動員した。

「いいだろう。よく聞くがいい。まずはトイレに行く」

「おう」

 

「便座を下ろす。

 ↓

 用を足す。

 ↓

 ズボンを下ろす。

 ↓

 パンツを下ろす。

 ↓

 便座に腰掛ける。

 ↓

 拭く。

 

 ――以上だ」

 

「なるほど!」

「なるほどじゃないわよ、そーじ! それじゃ思いっきり漏らしてるじゃないの! 鏡也もいい加減なこと言わないで!」

「……はっ!」

 愛香のツッコミに総二が正気に返った。

「今のに疑問を持たないとは、相当に余裕が無いな」

「無いって言ってるだろ!?」

「だが、順番はともかくやることはそんなものだろう? どうなんだ、愛香? 何処か間違っているなら指摘してくれ」

「え……いや、あってると思うけど」

 鏡也に聞かれて、言い辛そうに答える

「そうか。それじゃ、後は愛香が教えてくやってくれ」

「え? え? そこまで言ってるなら鏡也が教えればいいじゃない」

 やはり戸惑いがあるのか、愛香が尚も食い下がる。そこで鏡也は愛香に一つの現実を教えることにした。

「良いか愛香。よく考えろ。俺と総二のビジュアルで一緒にトイレへ行ってみろ。どう見える? しかもやり方を教えるとか……どうだ?」

「それは……」

 

『ほら、総二。下をおろせ』

『待ってくれ……力が入らない。頼む、下ろしてくれ』

『まったく。しょうがないな』

『ああ……恥ずかしい』

『動くなよ、動いたら……承知しないぞ』

『分かってる、だから早く……して……くれ』

 

「ゴメン。あたしが悪かったわ」

「分かってくれればそれで良い。気のせいか、俺の想像より酷かったような気がしたが」

 そのビジュアルを想像して、愛香は思い直した。確かにアレはダメだ。特殊プレイとか呼ばれても否定できない。マニアックすぎる。

 そして手をこまねいている状況は、一人の痴女を台頭させるには充分であった。

「ちょっと待って下さい。この状況、私的にグッと来ました。尿意を必死に我慢する総二様、とても宜しいです!」

「ほら。愛香がモタモタしているから要らんやる気を出し始めたぞ」

「あーっと。こんなところに特製のドリンクが! こんな事もあろうか(愛香さんに一服盛ろう)と用意していた物が役に立ちましたー!」

 とか言って、何故か胸の谷間から取り出したのは、ドラッグストアやコンビニで売られている50ml程度のドリンク瓶であった。

「トゥアール特製、超即効利尿剤です! さあ、総二様これをグイッといって、更に悶えて下さい! 大丈夫、最悪変身すれば問題ありませんから! エクセリオンショウツがついに本領を発揮する時が来ましたね、うへへへへ……」

「なんだろう。今、初めてトゥアールを殴り飛ばす愛香の気持ちが分かった気がした……」

「さあ、総二様♪」

「『さあ、総二様♪』じゃない! あんた一人で悶えてろぉおおおおおお!」

 にこやかに迫るトゥアールに、愛香のソバットが悶絶必死の鳩尾に叩き込まれた。

「………ふっ。今、何かしましたか?」

「なん……ですって?」

 しかし、トゥアールはまるでそよ風に吹かれているかのように平然としていた。

「今まさにダムが決壊しそうな状況に悶続ける総二様を前にして、このトゥアールがその程度の稚拙な打撃にやられるとでも!?」

「だったら、本気でぶっ飛ばす!!」

 愛香もムキになって、激しく暴れる。その余波は当人達以外にも影響を及ぼした。

「うぅううううう! し、しんどうがぁあ……!」

「は、はい! なんですか観束君!?」

 ここまでの展開に入り込めなかった慧理那がここぞとばかりに寄ってきた。

「ち、ちが……」

 悲しいまでの『しんどう』違いだ。だが、もう否定する事もできない。脂汗さえかいている総二の姿を見て、慧理那が意を決した。

「あっ」

 慧理那は愛香の打撃を受け続けるトゥアールの手から瓶を奪い取ると、それのキャップを勢い良く外した。

「ちょ、会長何を……!?」

「今の私に、観束君の苦しみを和らげてあげることは出来ません。ですが……分かち合うことは出来ます」

「あ」

 止める間もなく、慧理那がドリンクを呷った。即座に鏡也が手を止めさせたが、半分以上が飲まれてしまっていた。

「っ………ひっ!」

 ビクン。と慧理那が身体を震わせた。それは下腹部に走る、強い衝撃だった。

「そんな、もう……!? こんな………すごいなんて」

 身悶える慧理那。トゥアールは無意識に録画をしていた。

 絶え間なく襲い来る、津波のような欲求。その波濤に悶えながら、慧理那は恍惚の表情を浮かべる。

「ああ……でも、これで観束君と一緒に――」

 

「愛香。さっさと連れてけ」

「ほら、行くわよそーじ」

「待って……強く引っ張るな」

 

「………」

 愛香に手を引かれて、総二はトイレに消えていった。それを呆然と見送る慧理那の表情は夢から覚めて現実を突きつけられたかのように、鏡也の方へと向いた。

 

 た す け て。

 

 涙目でそう訴えてきている。流石にそれを見て、無視する訳にも行かず、鏡也は助け舟を出すことにした。

「姉さん、変身するんだ」

「へ、へんしん……?」

 息も絶え絶えに、聞き返す慧理那に鏡也は頷く。

「て、テイルオン……!」

 藁にも縋るようにテイルイエローへと変身する慧理那。その瞬間、慧理那の表情に変化が生まれた。

「あ……少し楽になりましたわ」

 女性の体は男性と違い、内蔵構造のせいで膀胱が小さいと言われている。小柄な慧理那ともなれば尚更だ。だが、変身すれば身体が大きくなる。つまり、それだけ余裕が生まれるということだ。

「ひっ。ま……また!」

 とはいえ、所詮は焼け石に水であるが。

「お嬢様! くっ、ここでは神堂家移動トイレ車両も呼べない!」

 尊が絶望する。だが、もっと絶望しているのは慧理那――テイルイエローだった。

 まさか変身状態でお漏らしなど、ヒーローに在るまじき失態。二度と立ち直れなく鳴るか、新しい扉を開けるかの二択しか無い。

「ああ、もう……ダメですわ」

「いや、大丈夫だ」

「え……? あっ」

 鏡也がやおら、イエローを横抱きにする。突然の事に決壊寸前の状況も忘れ、イエローはただ身を固くする。

「――転送!」

 光が二人を包み、基地から消える。光が収まればそこは基地上部――観束家のトイレ前だった。

 変身して出来た余裕の間に転送レンズの座標をセットしたのだ。後は一瞬で移動できるので、急場をしのぐ事ができた。

「ほら、急いで」

「え……え、あ。え、ええ……ありがとう」

 しどろもどろになりながら、慧理那がノロノロと鏡也の腕から降りてドアの向こうへと消えた。

 「――あら、鏡也君。どうしたの?」

 これで安心思ったところで、仏間のある部屋から出てきた未春と出会った。

「あ、すいません。緊急だったもので土足で。すぐに掃除しますから」

「ううん。それは良いんだけど」

「あの、一つ聞いても良いですか?」

「なんですか、そのでっかいの……パネル?」

「特注よ」

 背負うようにして持っているものを、振り向いて見せてくれた。それは総二の父親の遺影だった。見ると豪華そうな額に入れられてる。

「それ、どうするんですか?」

「飾るのよ、基地に」

「あ、そうですか……」

 また、総二が胃を痛くしそうだなぁ。などと思いながら、止める気もサラサラ無い鏡也であった。

 

 無事、ダムの放水を完了させたイエロー(なぜか変身を解かない)、未春と共に鏡也は基地へと戻ってきた。

 

「ああああ……後生ですから、足を、足を解いてください……!」

「ダメよ。くだらない物作って悪巧みしてたんだから反省しなさい!」

 

 足をふん縛られて、基地の床を這いずりながらトイレへと向かうトゥアールの近くには空になった瓶が転がっていた。

 それだけで何があったか想像できるのが、悲しいところだ。

 

「ちょっと、何だよそれ!?」

「ほらー、お父さん。総二の晴れ姿よ~!」

「止めろぉおおおおお!」

 と、観束家の方も、こちらもこちらで予想通りの反応であった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……で、明日から学校はどうするんだ? 順当なのは病欠ってことにする手だが?」

 ここまで時間を掛けて、まだ肝心な話が終わっていないという事実に気付けば、相談し合わなければならなかった。

「そうだな。この姿じゃ学校には行けないし」

「ダメですわ。それでは授業を受けられず、成績に響きます!」

 鏡也の案に総二が同意すると、慧理那が即座に異を唱えた。確かに、いつまでこのままか分からない以上、元に戻った後の影響は抑えておきたいところだ。

「じゃあ、何か良いアイデアがあるの、会長?」

「まず、観束君は病欠と言うのは良いと思います。病名は、そうですね……〈ツインテルエンザ〉という、ツインテールが大好きな人がかかる病気ということにしましょう」

「ごめん。その時点で俺の復帰後の状況がヤバイ気がするんだけど」

 下手打ったら社会復帰そのものが危うくなりそうな病名に、総二は突っ込まねばならなかった。

「で、それからどうするの?」

「それだけだと、学校に通えないと問題が解決しないな」

「あれ、問題視しているの俺だけ!?」

 幼馴染二人が華麗にスルー。思わぬ展開に驚く総二を尻目に慧理那の話は続く。

「それで、観束君は〈ソーラ・ミートゥカ〉さんという海外の姉妹校からの体験編入生として、お二人のクラスに転入出来るように手配しますわ。これで、授業の遅れはありませんわね」

「なるほど」

「制服の方もこちらで用意いたします。身長的に私の予備で充分でしょう」

「シャツと下着に関しては私の方で用意する。明日の朝一番に届けるので心配しないでくれ」

 と尊が言う。すると、トゥアールが立ち上がった。ビシっと尊に指を突きつける。

「待って下さい。下着というものは下手なものを付ければ型崩れは勿論、肩こり腰痛神経痛頭痛にめまい吐き気さえ、もよおすもの。きちんと測って、体に合わせないと行けないんですよ。もしサイズが合わなかったら――」

「問題ない。私程になれば目視でわかる」

「なんですって……!?」

「身長146。体重は目方で40キロか。上から83・54・78。バストトップが83、アンダー65だからD65のブラジャーを用意しよう。下はSを中心に何枚か揃えればいいだろう」

「くっ……まさか、触りもせずに言い当てるだなんて!」

「この程度、メイド長の必須技能だからな」

「甘く見ていました……恐るべし、メイド長!」

 ぐぬぬ。と臍を噛むトゥアールを、重ねた年月の重みが違うのだと、尊は遥か高みから見下ろす。僅かな攻防に見え隠れする、女子力の歴然たる差。だが、トゥアールは諦めない。その心に不屈の(痴女)魂がある限り。

 

「これ、何のやり取りなのよ……」

 もう指摘するのも面倒くさいと、愛香は小さく吐き捨てるのだった。

 




なんてひどい話だったんだ(棒その二)


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俺、ツイの4,5刊が発売されましたね。特典小説ネタはどうしようかと思っていたのですが、これなら安心してやれそうですね。



いや、やるかどうかはまだ分かりませんが。


 翌日。鏡也が観束家に着くと、既に愛香がいた。そして部屋着のまま、しかしツインテールはしっかりと結んでいるソーラ・ミートゥカこと観束総二の姿もあった。

「おはよう愛香、未春おばさん。総二は……ソーラちゃんのままか」

「お前、ちゃん付けはやめろよ」

「そういう事は着替えてから言え。そのくせ、しっかりとツインテールにしてからに」

「当たり前だろ。ツインテールを真っ先に結ばなくてどうするんだよ? 鏡也だって、起きたらまず眼鏡を掛けるだろ?」

「眼鏡を掛けなきゃよく見えんだろうが」

 至極真っ当なツッコミを返しつつ、鏡也はキョロキョロと見回した。室内には他にいない。

「姉さんはまだか?」

「もうすぐ来るって」

 愛香がそう答えたので「そうか」と鏡也は返す。少しすると玄関のチャイムが鳴った。まるで図ったようなかのようなタイミングだ。

「おはようございます。早速ですが、制服を持ってきましたので、確認して下さい」

 朝一番にも関わらず晴天の如き笑顔を向ける慧理那の指示で、控えていた尊がささっと一式を並べた。

「それとこれが下着だ。付け方は分かるか?」

「それは……分かりません」

「だろうな。では仕方ない、私が――」

 総二の答えを予測していたかのように、尊は下着を掴んだ。が、その上から押さえ込む手があった。

「……何のつもりだ、トゥアール君?」

「何のつもりとはこちらの台詞です。何であなたが総二様にランジェリーの付け方を教える流れになってるんですか?」

「人生でブラジャーを付けた回数はそこの未春さんを除けば誰よりも多い。つまり私が適任ということだ」

「何を言ってるんですかこの年増! こういうのはフレッシュな私が教えるのが適任なんです」

「年増がどうした! フレッシュというなら津辺の方が適任になるではないか!」

「あの人は付けても付けなくても同じなんですから論外です! ていうか、ただの大胸筋矯正サポーターですから、むしろ付ける分だけ環境に悪いので付けない方がマシなんです!! 」

「だったらあんたが土に還れぇえええええええええええ!」

「ぎゃあああああ! 土葬にされるぅううううううう!?」

 愛香に対する余計な一言のせいで、余命幾ばくもない状態にされていくトゥアール。それは即ち、桜川尊の勝利ということだ。

「――では、観束。私が教えてやろう」

 こうなっては、第三者による介入が必須と、総二は鏡也に助けを求めた。愛香では武力介入によって一方の勢力が潰されてしまうからだ。

「鏡也。何とかならないか?」

「では一人、助っ人を呼ぼう」

「うぉい、ちょっと待て!」

 これまでの流れを一切、見向きをせずにぶった切られては流石の尊もうろたえる。しかし、鏡也は転移であっという間に消えてしまった。

「いったい誰を呼ぶつもりだ? だが、誰が来たとしても――」

「――ただいま。連れてきたぞ」

 敵ではない。そう続けようとした尊の言葉は、しかし最後まで発せられることはなかった。

「お久しぶりです、観束さん」

 果たして現れたのは、左右の側頭部に大々的に主張するかのような、かつて総二に〈ドリルツインテール〉と言わしめた奇抜な髪型の女性だった。

「えっと……」

 戸惑う総二に、女性はすっと頭を下げた。

「事情は存じております。噂のテイルレッドとして戦い続けた結果、ツインテール好きを拗らせてついに女性になってしまったとか」

「全然、事情を存じていないんですけど!?」

「……誰ですか、あの人?」

「有藤香住さん。鏡也の家のお手伝いさんよ」

 愛香の言葉を聞いて、トゥアールが首を傾げる。

「鏡也さんのおうちって、確かに大きいですけど、そこまでしたっけ? いえ、この国の平均的居住空間を考えれば確かに大きい方ですけど」

「なんでそんな事知ってるのよ?」

「いえ、何か弱みでも握れないかなと………いえ、そんなことはどうでも良いんです」

「良くないわ」

 ちゃっかり聞いていた鏡也が、うっかり口を滑らせたトゥアールをまたしても土に還す。そうこうしている間に、何故か香住と尊が睨み合う形になっていた。

「まさか、こちらに居らしていたとは……存じませんでした」

「神堂家と御雅神家。親戚筋とはいえ家は別。会うこともなかなか無いですからね。最後に会ったのは確か……」

「先代メイド長の結婚式だったかと」

「そうそう。姉さんがまだ18歳の子に後を継がせると聞いた時は、とても驚いたものだわ。でも、心配は要らなかったようね」

「は……いえ。恐縮です」

 不動明王でさえ焼き尽くせない、婚活という名の欲望に身を焼き続ける尊が、香住を前にして萎縮している。

「あ、あの二人……どういう関係なんですか……?」

 バイオ分解される前に戻ってきたトゥアールが、鏡也に尋ねる。流石に二度も土に還されると復帰まで遠いようで、床を這いずっている。

「神堂家の先代メイド長の妹さんで、御雅神本家の先代メイド長。ちなみに―――既婚者」

 

「「ごはっ」」

 

 尊とトゥアールが同時にボディーブローを喰らい(残酷な現実に)悶絶する。

「ちなみに、いつ頃結婚したんでしたっけ?」

「私が齢十八の頃でございます、鏡也様」

 

「「げぶぁぼ!?」」」

 

 ボディーブロー(残酷な現実)から強烈な右ストレート(容赦ない現実)が襲いかかり、尊とトゥアールがマットに沈んだ。テンカウントの必要はない。見事なまでのノック・アウトだ。

「では観束さん。部屋に行きましょう」

「あ、はい」

 香住は総二を伴ってリビングから出ていく。完全に叩きのめされた二人の敗者と、まるっきり無関心な二人と、どうしたらいいのか分からない一人と――

「うーん。もうちょっと面白いことになるかと思ったんだけど……」

「「カメラ回してる!?」」

 期待外れだとばかりにカメラを仕舞う家主を残して。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 さて、玄関で総二の来るのを待つ面々。道路には神堂家のリムジンが止まっている。

「お待たせしました」

 香住が着替えを終えた総二を連れて出てきた。尊の見立ては見事なもので、香住の手管も相まって、観束総二改めソーラ・ミートゥカは見事に仕立て上がっていた。

「これはまた……よく似合うな、ソーラ」

「悔しいけど似合ってるわね、ソーラ」

「よくお似合いですわ、ソーラさん」

「素晴らしいです、ソーラ様!」

 

「ソーラソーラ連発するな―――!」

 

 朝から元気なソーラを先頭にリムジンへと乗り込んで、学校に向かって発車する。見送る香住に手を振り、座り直したところで慧理那が口を開いた。

「それで今日ですが、学校に着いたら観束君は私と一緒に来てください」

「え、なんで?」

「色々とやらなければなりませんから」

「あ……うん?」

 ふんす。と鼻息荒く気合を入れる慧理那に、総二はそう返すので精一杯だった。

「………なんでかしら? 嫌な予感するんだけど?」

「……昔からなんだが、ああやって張り切る時は」

「時は?」

「大体やらかす」

 経験則からそう断言する鏡也の言葉が現実となるまで一時間を切っていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 人は何故、同じ過ちを犯すのだろう。過去は果たして、現在に対する警鐘足り得るのだろうか。そんな哲学的なことを考えながら、鏡也は目の前の惨状を如何にすべきか考えた。

「わーっしょい! わーっしょい!」

 比較的広い筈の廊下を埋め尽くす人の波。その上に、まるで荒海に流される小舟のような神輿の上で揺れるツインテール。後ろ頭しか見えないが、表情はさぞ疲れ切ったものになっているだろう。人並みの向こうに居るであろう、愛香と慧理那、トゥアールには顔が見えているだろうか。

「どうですか! これが日本の伝統”MIKOSHI”です!!」

 などとHUNDOSHI集団に説明されているのが聞こえるが、MIKOSHIと神輿は何処が違うのだろう。神輿は神の乗り物だが、乗ってるのがツインテールだからMIKOSHIなのか。神と髪――さしずめ髪輿(みこし)か。

 乗せられて揺られている御神体を何とかしてやりたいが、鏡也はさてどうしたものかと目前に視線を落とした。

 

「カバディカバディカバディカバディ――!」

「セーットハッ! ハッ!!」

「ディーフェンス! ディーフェンス!!」

「どすこーい! どすこーい!!」

 

 人の壁――というには色々と言いたい異様な多国籍感である。

 カバディ部、アメフト部、バスケ部、相撲部の面々が鏡也の前に立ちはだかっていた。しかも何故かどいつもこいつもふんどし姿だ。せめて相撲部はまわしを付けろ。

「お前ら、邪魔だからさっさと退け」

「黙れ! テイルレッドたんだけでは飽き足らず、ソーラちゃんにまで手を出そうって気だな!? そうはいかんぞ!」

「そうだそうだ! この女の……いや、陽月学園の敵め!」

 

 ばきっ。

 

「殴り飛ばすぞこの野郎」

「殴ってから言うな!?」

「はあ……やれやれ」

 鏡也はこの乱痴気騒ぎが何故起きてしまったのか。その原因を振り返った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 一時限目を潰しての全校集会。一年に何度もないであろうそれが、すっかり恒例行事になりつつ在るという異常事態に目を瞑りつつ、鏡也は体育館にて整列していた。

 壇上には慧理那ともう一人、今回の主役が登っている。

「……ああ、なんだかデジャブだわ」

「だろう?」

 ポツリと零す愛香と鏡也。今年の四月に似たような流れがあったのが脳裏を過ぎる。

「――という事で、編入生のソーラ・ミートゥカさんをよろしくお願い致しますわ」

 慧理那に促され、ソーラがマイクの前に立つ。遠目に見ても緊張しているのが分かる。大勢の視線にさらされるのはテイルレッドで慣れているだろうが、しかしこれは、それとは異質なものだ。

「そ……ソーラ・ミートゥカです。よろしくお願いします」

 息を呑み、意を決して名乗るソーラ。途端、体育館は静寂に包まれた。水を打ったよう、とは正にこの事だろう。

 刺さる視線に耐えかね、壇上から逃げるように降りようとした時、それは起こった。

 

「か、可愛い!」

「彼氏いますかー!」

「髪の毛超キレー!」

「今日デートして下さいー!」

 

 一転しての、窓ガラスが割れんばかりの大歓声。降りかかったソーラに殺到する人の群れ。まるでホラー映画の生者に群がるアグレッシブなゾンビ達のようだ。

「まずい。行くぞ愛香」

「え……あ。そ、そうね」

 あまりの光景に唖然としていた愛香も、鏡也に促されて正気に返った。人をかき分け、ソーラの元へと向かう。

「何なんですかここの生徒は! 私の時は誰も質問しなかったのに―――!」

「貴様ら、あれ程言っても質問しなかったというのに! この甲斐性無し共が―――!」

 などと、若干二名程が叫んでいるが、それどころではない。発生してしまった大混乱――ツインテール・クライシスをなんとしても終息させなければならない。

「それにしても、何でこんな混乱が?」

「うちの生徒、大抵がテイルレッドのファンだからな。もしかしたら潜在的に何かを感じているのかも……」

「それ、正体バレするかもってこと?」

「どうだろうな。どっちにしろ、このままはマズイだろう」

 二人がえっちらおっちらと掻き分けながら進んでいく中、壇上ではクラス担任である樽井先生が紙を取り出してマイクに向かって言葉を発していた。

「え~と、彼女と交換で観束総二君は………ツインテルエンザの療養で海外に行くことになりました~」

 

「聞いたか、観束の奴とうとう……」

「重症だと思ってはいたが……そこまで」

「もうちょっと、優しくしてあげれば良かったかしら?」

 

 元情報に新情報が更新されて豪い話になってしまった。不服なのか、ソーラがバタバタと暴れている。その心理は計り知れない。

「鏡也、強引に行くわよ」

「仕方ないか」

 二人は意を決して、動いた。

「ちょっとごめんね!」

「肩を借りるぞ」

「「うげっ!?」」

 前の人間の方に手を掛けて上へと飛ぶ。そのまま人を踏みながら壇上まで上がった。

「ソーラ、こっちだ」

「鏡也!」

 鏡也は纏わりつかれるソーラの手を掴んで強引に引き寄せると、そのまま愛香にパスする。そして尚も興奮と混乱の坩堝である体育館に向かって大々的に叫んだ。

「お前ら、これ以上は彼女に迷惑だ! 留学早々、トラウマ植え付けて不登校にする気か!? それで良いのか!?」

 真っ当な言い分では止められないと、鏡也はソーラを盾にした。これで止まらなければ、強引に撤収するしかない。

「うっ……それは」

「確かに……良くない」

「……そうだな。せっかく留学してきたのに、それはあまりにもひどい話だ」

「分かってくれたか」

 鏡也は内心、胸を撫で下ろした。これで事態は落ち着くだろう。

「そうだ! ならば早速、日本の文化を体験してもらおうじゃないか!」

「おお、それはナイスアイデアだ!」

 訂正。よく考えればこの”よく訓練された連中”が、この程度で引く筈もない。

「日本の文化……ならば、あれを持てい!」

 誰かの掛け声がした。体育館のドアが開き、何かがやって来た。まるで事前に仕込んであったかのような流れだ。

「日本の文化といえばこれだ! ジャパニーズMIKOSHIだ!!」

「さあ、ソーラたん! この上に!」

「ソーラ祭りじゃー!」

「きゃあああああ!」

「愛香ぁああああ!?」

「よせやめろ来るなぁああああ!」

 

『イ゛ェア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!』

 

 この学園は、呪われているのかもしれない。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「さて、そろそろ何とかしないと。授業にも差し支えるしな」

 とは言え、どうすればいいかと頭を抱えそうになる。すると、何やら前方の方が騒がしい。ついでに緑色の紙が舞っている。それだけで誰が暴れているのかが丸分かりだ。

 これぞ好機と、鏡也はスルッと人垣を抜けた。

 

「ちくしょー! 何で歩いているのにものすごい速いんだよ!?」

「だが、ここで捕まる訳にはいかない! ソーラたんが俺たちの未来そのものなんだ!」

「ふはははは! 何処に行こうというのだ?」

 MIKOSHIを有するMATURI参加者達が迫りくる飢婚者(ターミネーター)から必死に逃げる。

「くそう! ソーラちゃん、我慢してく―――れ?」

 MIKOSHIの上を見やった生徒が、その目を点にした。そこには「ソーラ」という名札をぶら下げた信楽焼のタヌキが乗っていた。

 

「「何故、信楽焼のタヌキ―――!?「」」」

 

 残酷な真実に直面し、MIKOSHIは無残にも瓦解したのだった。

 

「ソーラちゃんがいないぞ!」

「何処だ!? 何処に消えた!?」

 ドタドタと走る生徒達。その脇を抜けていく鏡也達。迷うことなく自然に、廊下を進んでいく。その横をチラリと見やりながらも、生徒達は走っていく。

「……凄い。何でバレないんだ?」

「古来より、眼鏡を掛けるとうことは最上の変装というからな」

「聞いたことねえよ」

 鏡也達に囲まれながら、コソッと顔を上げたソーラが驚いたように言う。その顔には今までつけていなかった、ライトレッドのフレームの眼鏡が装着されている。

「太陽の光の中では、ライトの輝きは目立たない。それと同じように俺の眼鏡が、眼鏡を付与されたお前のツインテールを隠したんだ」

「……理論は分かるが納得ができねぇ」

 実際に何人もの生徒がソーラをスルーしている。この乱痴気騒ぎを回避できる以上、文句をつける事はできない。それでも、言いたくなるのは人情というものだ。

「でもさ、これ……あたし達も付ける必要あるの?」

 と、愛香が自分の青いフレームの眼鏡を触る。

「ですが、この混乱を避けるためですから」

 慧理那は掛け慣れていないからか、しきりに位置を気にしている。

「良いじゃないですか、お二人は普通で。私なんで古典的な瓶底眼鏡ですよ!?」

「予備がそれしかなかったんだ。許せ」

「絶対にウソですよね!?」

 トゥアールが不服とばかりに、黒ぶちメガネを外して詰め寄った。

「嘘じゃない。俺も心苦しいんだ。―――ぶっ」

 などと言いつつ、そっと眼鏡を掛ける。その瞬間、全員がフイタ。

 

 まさかの―――トゥアール鼻眼鏡である。

 

 そのインパクトは凄まじく、全員が肩を震わせている。

「何でネタまで仕込んでるんですか!? もう良いですよ黒ぶちメガネで!」

 ブツブツ言いながら、メガネを掛け直すトゥアール。そして――もう一度全員がフイタ。

 

 まさかの―――トゥアール鼻眼鏡リベンジ。

 

「何で一瞬ですり替えてるんですか!? バカなんですか!?」

 鼻眼鏡を投げ捨てて、黒ぶちメガネを掛け直すトゥアール。その表情はしてやられた感に溢れていた。

「さて、さっさと行こうか。授業が始まれば多少はマシになるだろうからな」

「……あとで覚えててくださいね。絶対に仕返しするんですから!」

「はいはい」

 ぶすっと眉を潜ませるトゥアールに肩をすくめつつ、鏡也は先んじて足を踏み出した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 さて、時間が経てば少しは落ち着くかと思いきや、そうは問屋が卸さない。

「ソーラちゃん、お昼一緒に食べよう!」

「ソーラたん、一緒にトイレ行きましょう!」

「ソーラちゃん」「ソーラちゃん」「ソーラちゃん」

 授業中はまだしも、休み時間に昼休みにと迫る迫る生徒達。どうにか今まではうやり過ごせたが、ここに至って問題が発生した。

 

「ソーラちゃん、一緒に帰りましょう!」

「ソーラちゃん、町のこと知らないだろ? 案内してあげるよ!」

 

「え……えっと」

 海外からの編入生という建前上、生まれ育った町なので十分知ってます。などとは言えず、ソーラは返答に困る。

「ちょっとちょっと。ソーラが困ってるじゃない!」

「なんだよ。津辺達ばっか、ソーラちゃんと仲良くなって!」

「そうだそうだ! 同じクラスメートとして、看過出来ないぞ!」

 すぐさま愛香がフォローに入るが、ここまでの鬱積が爆発し、不平不満の大合唱だ。

「愛香さん、いつものように暴力で黙らせないんですか?」

「いつもなんてしてないでしょ!? でも、これはどうしたらいいのよ?」

 慧理那が入れば何とかできそうだが、それまでこれを抑え続けられるか。

「愛香、ソーラ、トゥアール。ちょっと耳を貸せ?」

 ちょいちょい。と、肩を叩かれたので振り返れば、鏡也が唇を寄せる。

「……を……して。でもって………」

「なるほど」

「上手くいくんですか、それ?」

「でもやるしかないでしょ?」

「じゃ、やろう」

 一堂、頷いたところで鏡也が大きく声を上げた。

「はーい。皆、注目ー!」

 パンパン! と、手を打ちながら全員の注目を集める。そのままソーラ達を伴って、教室の橋にあるロッカーの前に移動する。

 愛香がロッカーを開け、中身を全部外へと出す。これでロッカーの中は空っぽだ。

「さ、どうぞ」

 鏡也がソーラに手を添えて中へと誘う。軽い足取りで中に入っていくソーラを全員に確認させ、そっとドアを閉じる。これでソーラは閉じ込められてしまった。

「ソーラさん、いらっしゃいますか?」

 布越しにノックすると、すぐにノックが返ってきた。当然だ。唯一の出入り口は彼らの目の前に在るのだから当然だ。其処にトゥアールがどこからか出した黒い大きな布を被せると、ロッカーが完璧に覆われてしまった。

「それではカウント……3――2――1――ゼロ!」

 鏡也が一気に布を取った。そして愛香がすぐさまロッカーを開け放つ。

「「じゃーん!」」

 

「「「おおぉおおおおおおおおおお!?」」」

 

 なんと、そこには誰もない。ものの数秒で、ソーラ・ミートゥカが姿を消してしまったではないか。何処を見てもいない。隠れるスペースも当然ない。驚くクラスメートを尻目に、鏡也達は大きく一礼し静かに舞台袖に退場していった。

 その鮮やかな手並みにオーディエンスは大喝采―――――

 

「…………あれ、ソーラちゃん消えたまんま?」

 

 ――気付いた。どんな方法かは不明だが、体よく騙されてソーラが逃されたと。

「津辺! 御雅神! トゥアールさん! ソーラちゃんは―――ってこっちもいねぇ!?」

「逃げやがったなクソッタレめ!」

 

 この日、鏡也の通り名に眼鏡のロリコン、ツインテールの敵に続く第三の名”詐欺的マジシャン”が加わることになった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 観束家に転送によって到着した鏡也たちは早速、総二の部屋に上がった。

「総二、無事についたか?」

「あ、ちょっと待っ――」

 ガチャリ。ドアノブが回ってドアが開く。

 

「「………」」

 

 よりにもよって着替え途中であった。付け慣れないブラジャーを外し、ノーブラの上にシャツを着ようとしているという、王道すぎるシチュエーションだった。

 そっとドアを閉じる鏡也の後ろには、微妙な顔をする愛香と何故か親指の爪を噛むトゥアール。しばらくして、中からドアが開いた。

「悪い、こんなに早くとは思ってなくて」

「もう良いのか?」

「ああ」

 中に入ればいつものラフな格好に着替えたソーラが、床に落ちている制服とランジェリーを拾い上げている。鏡也も足元にあったスカートを拾ってソーラに投げ渡す。

「しかし、転送ペンを使って逃げるとは考えたなぁ。上履きのまま、部屋に上がることになったけど」

「だが、同じ手は使えないぞ? 明日からはどうするか……頭の痛いところだが、幸いにして明後日は休みだ。明日さえなんとか乗り切れれば――」

 

 二人が今日の反省会と今後の対策を話し合う中、トゥアールはまだ爪を噛んでいた。

「ガジガジガジ……」

「ちょっとトゥアール。さっきからどうしたのよ?」

「いえ、ちょっと悩み事がですね……」

「へー。あんたにも、そんなのあったのね」

「私は愛香さんと違って胸があるので、悩みも在るんです」

 愛香によって速攻で悩まなくて良い状態にされそうになったトゥアール。ドアがぶっ壊れたので代わりにソーラに悩みが生まれた。

「で、何を悩んでるのよ?」

「……ちょっとこっちに来て下さい」

 トゥアールはおもむろに廊下に愛香を引っ張っていった。端っこまで来て、トゥアールはえらく深刻そうな顔をして口を開いた。

「この状況、早々に解決しないとマズイと思います」

「それはそうでしょ。いつまでも、そーじにあのままでいられたら」

「そうじゃないんです! いや、そうでもあるんですけど……違うんです!」

「じゃあ、何なのよ?」

「鏡也さんです! あの人はやっぱり危険です!」

「………寝ぼけてる?」

「愛香さんこそボケてるんですか!? 鏡也さんの属性力が何なのか忘れたんですか?」

「属性力って……”眼鏡(グラス)”、”加虐(サディスティック)”……”起旗(フラグメント)”でしょ?」

「そう、その”起旗(フラグメント)”が問題なんです!」

 トゥアールは熱弁するが、愛香にはいまいちピンとこない。なにせ起旗(フラグメント)の能力が『ラッキースケベを起こす能力』などと言われているが、それらしいことなど自分の身にもトゥアールの身にも起きていないからだ。

 最初こそ警戒したが、重い直せば属性力は最初からあるのだから、それまでにだって起きていても不思議ではないのに、自分は一切そういった事に見舞われたことはない。

 一度、押し倒されたことはあるが、あの時は属性力が亡くなりかけていた上、暴走していたからであり、偶然でそうなったわけではない。

 結論からして、”大したことはない”。愛香はそう思っていた。

「愛香さんの事ですから、今までそういったことに見舞われていないから、大したことがない。なんて馬鹿な事を思っているでしょう?」

 しかし、それはトゥアールにあっさり見抜かれていた。

「確かに私然り慧理那さん然り、愛香さん………はまあ、一応は遺伝子上の女性ということで然り」

 余計な言葉がついたので、しっかりと一撃入れられるトゥアール。話の続きもあるので、沈みはしなかったが、ちょっとダメージで体が揺れている。

「れ、例外的に一人だけ……鏡也さんとそういう事になってる人がいるんです!」

「誰よ、それ?」

 

「テイルレッド―――すなわち、総二様です!」

 

「………はあ? なんでそーじなのよ?」

 言わずもがな、観束総二はれっきとした男子だ。起旗の対象になどなるはずがない。

「本当に分からないんですか? 初めて総二さまがテイルレッドになった時……二人はどうなりましたか?」

 

 

「バッ、馬鹿さっさと降りろ! と言うか動くな!!」

「ちょっと待てって! ――バカ、シャツが切れるだろ!」

「っ……そんなのはいいから! 早く退け! 動くな!!」

 

 

「………」

 思い出した。力を制御できないテイルレッドが鏡也に突っ込んでいって、押し倒す形になっていた。

「その後、鏡也さんのところの会社で、エレメリアンに遭遇した時はどうですた?」

 

 

 

「うわあああああ! どいてどいて――!!」

「なんだとぉおおおおおおお!?」

 

「あなた達は何をしているんですか?」

「「何もしてない!!」」

 

 

 あの時は転移で空中から落ちてきたテイルレッドが、鏡也とぶつかって、どういうわけかお姫様抱っこになるという、一部始終を見ていたのに意味が分からなかったと、愛香は思い出した。

「あれ以降、ちょっとした事はありましたが……今日、確信しました。鏡也さんの起旗(フラグメント)は女性になった総二様に対してのみ発動していると!!」

「んなバカなことがあるかぁあああああああ!」

「だってさっきだってドアを開けたら着替え中ですよ!? あんなベタベタな展開、有り得ますか!? もしこのまま行って、鏡也×総二様なんて事になったら感想欄が大荒れですよ!?」

「感想欄って何!? ……ったく、バカな事言ってないでそーじが元に戻る方法、見つけなさいよね」

 愛香は呆れ気味に言うと、部屋へと戻った。

「………え?」

 機能を完全に失ったドアの向こう、その光景に愛香は凍りついた。

 

 ソーラが、鏡也によって、押し倒されていたのだ。しかも、ご丁寧にシャツを半分までまくり上げて。おかげで南半球が丸見えだ。

 

「な……な………っ!」

「ちょっと待て愛香。色々と待て。冷静に待て」

「そ、そうだぞ。取り敢えずその拳を解け、愛香!」

 わなわなと震える愛香を、ソーラと鏡也の二人が何とか落ち着かせようつするが、もう言葉は届いていなかった。

「この……ラッキースケベ男ぉおおおおおおおおおお!」

「理不尽だぁあああああああああああああ!?」

 

 ご近所に響き渡る程の派手な音を立てて、ドアに続いて窓ガラスもその機能を失うことになった。

「……どうです? 私の言ったこと、信じてもらえました?」

「――正直、信じたくなかったわ」

 ドヤ顔のトゥアールに、愛香は頭を抱えてそう答えた。

 

 

「………」

 青空を見上げながら、鏡也は何故、こうなったかを振り返った。

 愛香らが部屋を出た後、ドアの残骸を脇に片付けていた。

「あ、そうだ」

 鏡也は学校に置いたままになっていたソーラの靴を持ってきていたことを思い出し、鞄から取り出した。

「総二、お前の靴――」

 と、差し出そうとしたところで、”何故か床に落ちたままになっていたドアノブ”を踏んでしまった。

「うわっ!」

「えっ?」

 気付いた時には躱しようがなかった。どたーん。と倒れて、体を起こそうとしたところに、愛香が入ってきた。

 

「………理不尽だ」

 どう振り返ってみても、殴られた事に納得がいかない鏡也だった。




フラグメントがアップを始めたようです。


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いよいよ海のお話。バカンスで開放的になったヒロイン達と、最近影が薄い主人公を待つものとは。


「海へ行きましょう」

 トゥアールがそう提案したのは、昼休みの事であった。

 昨日のような大騒ぎにはさせまいと「MORE DEBAN」ならぬ「NO MORE MIKOSHI」を合言葉に愛香にトゥアール、尊と慧理那も加わりソーラの壁となる。

 しかし、狂化のかかった生徒達相手では、さしもの鉄壁(主成分タンパク質)をもってしても防ぐのが精一杯だ。

「ソーラ、今の内に」

「何で昨日より静かなのに、怖さは逆に増しているんだよ!?」

 パンデミックかバイオハザードを起こした施設から脱出するかのように、鏡也はソーラの手を引っ張って、教室から脱出した。

「あー! 何どさくさ紛れに手を繋いでるんですかー!?」

 などと、トゥアールが叫んできたので、「バカかお前は!」と返しながら、廊下をひた走る。

 動く死体もかくやと言わんばかりの生徒を躱し、どうにか撒くことに成功する。

「ここなら大丈夫だろう」

「はぁ……これ、あと何日続くだろ?」

「そう思うなら、さっさと元にもどれ」

「無茶言うなよ。どうしてこうなった、原因も不明なままなんだから」

 屋上のドアを閉じ、二人揃って深い深いため息を吐く。早く何とかしないと、体が持たない。自然、鉄柵に寄りかかってしまう。

「……そういえば、そのバレッタはどうしたんだ?」

 鏡也はソーラのツインテールを束ねている物のことを聞いた。見慣れない物なので今朝の時点で気付いていたが、聞きそびれていたのだった。

 菱形をした珍しいバレッタだ。ボリュームのあるツインテールに対して主張するようなデザインだが、不思議とマッチしている。だが、愛香の趣味とは違うし、未春もそういうのは持っていなさそうだ。慧理や尊も然り。ということは――。

「もしかして、トゥアールのか?」

「よく分かったな。今朝、貰ったんだ。もう自分は付けられないからって」

「そうか。なら、大事にしないとな」

「ああ」

 今はもう付けられない――それの意味するところを察し、自然と二人揃って空を見上げてしまう。雲一つない夏の青空は、かつて存在した青い戦士を彷彿とさせた。

「さて、そろそろ部室に行くか。人の気配が近づいてきているからな」

「んじゃ、転移座標を……よし、行くぞ」

 転送ペンの座標をツインテール部の部室に合わせ、二人は屋上から逃走した。

 

 部室に転移を完了すると、既に他の面子は揃っていた。

「お待たせ。流石に部室に来ると安心だな」

 ソーラは安堵の溜め息と共に椅子に腰を下ろした。肉体的&精神的な疲労につい、背もたれに寄り掛かりながら、だらりと足を投げ出してしまっている。

「だが、それもいつまでだろうな。いずれは此処のセキュリティも突破されそうな気がするぞ?」

「お言葉ですが鏡也さん。この部室は秘密基地程ではないとはいえ、この私がオーバーテクノロジーをつぎ込んで作ったアジトなんですよ? それを突破するだなんてとても……」

「そのテクノロジーを、物理で突破する奴がいるだろう、すぐ傍に」

 鏡也がチラリと視線を送ると、トゥアールも即座に理解し、天を仰いだ。

「………そういえばそうでしたね。愛香さんみたいな破壊神が他にいるなんて思いたくないですが、それでも警戒は必要ですね。セキュリティレベルを見直しましょう」

「誰が破壊神よ!」

 テクノロジーの壁を物理で超えてくる姿は破壊神と呼ぶに相応しいものだが、それが不服と愛香は声を荒げた。

「それはそれとして………姉さん?」

 チラリと

「え、なんですか?」

「さっきからモジモジとしているけど……脱がないのかい?」

「脱ぎませんわよ!?」

「慧理那さん! あなた、脱ぎたいのか!?」

「トゥアールさんの口調がおかしいですわ!?」

 乱心気味なトゥアールはさておき、慧理那はキッとソーラを睨むように見た。その強い眼差しに、ソーラは無意識に気圧された。

(なんだ? 何か強い意志をツインテールから感じる……?)

 せめてそこは瞳から感じて欲しいものだ。そんな鏡也の心が届く事はないのである。

「あの、今度海――」

「あ、総二様。今度海に行きましょう」

「いきましょぇええええええええええ!?」

 慧理那の言葉を塗りつぶすように、トゥアールの台詞が重なった。

「な、何で海に?」

「いえ、総二様の変化がどうにもストレス以外にないようなので、環境を変えるのとストレス解消に、何処か出かけてはどうかと。週末の天気は良いようですし、せっかくなら海でバカンスなどどうかと。いえ、決して総二様の水着姿を見てみたいとか、逆に私の水着姿を拝ませて情欲を誘おうとかそういう邪な考えは一切無い訳ですから愛香さんどうか私の体を卍型に固めようとしないでぇええええええええええええええええ!?」

「あ、ゴメン。邪悪な気配しかしなかったから」

「イヤァアアアアアアア! 貧乳が伝染るぅううううううう!」

「もうちょっと締めとこう」

 雉も鳴かずば撃たれまいに。余計なことを口走ったせいで更に締め上げられるトゥアールであった。

「海か。てことは水着……だよな?」

 下着は見えないからまだしも、水着。ソーラは自分の水着姿を想像し、眉をひそめた。流石に衆人監視の中、女物の水着は恥ずかしい。

「無理に泳がなくても良いんじゃないか? リラックスするのが目的なんだし」

「そっか。じゃあ、適当にシャツと短パンでいいな」 

「それでは意味がありません! 総二様が水着姿で恥ずかしがる姿とか、ご褒美に他ならないというのに!!」

「愛香、もうちょっとギュッと行っとけ」

「了解」

「あぎゃああああああああああああ!? 背骨が今、あらぬ音をぉおおおおおお!!」

 懲りるという言葉を辞書に記すことを知らないトゥアールが、更に締め上げられた。

「あ、あの……!」

 と、慧理那が勇気を奮い立たせるように声を上げた。

「ん? どうしたんだ、慧理那?」

「そ、その……水着が恥ずかしいというのであれば、神堂家所有の場所があります! 其処にしませんか!?」

「それってもしかしてプライベートビーチってヤツか!? すげえ、そんなの本当にあったんだ……」

「………プライベート”ビーチ”、ね」

「何だよ鏡也。何かあるのか?」

「いや、何でもない」

 慧理那の言葉に何故か苦笑する鏡也にソーラは眉をひそめるが、庶民にとって、ある種の憧れ的なプライベートビーチの前にあっさりと消えた。

「いいですね。プライベートビーチなら、トップレスでも怒られませんね!」

「怒られる前に私が仕留めるけどね」

 愛香の容赦ない抹殺宣言にトゥアールがガッツポーズのまま固まる中、慧理那は深く息を吐いた。

(なんとか、お母様の助言通りにプライベートビーチへお誘いできましたけれど……)

「………はあ」

 鏡也はこの小旅行が一筋縄ではいかないと、無意識に感じ取っていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「お母様のアドバイス通り、皆で海に行くことになりましたわ」

「まずは第一段階。といったところですね」

 神堂家の大広間。座して慧理那からの報告を聞いた慧夢は立ち上がった。

「バカンスという普段と違うシチュエーションはきっと、貴方達の関係性にいい影響を与えるでしょう。というか、あれからそれなりに経っているのに、未だにどちらを婿とするかを定められないとは……ここが踏ん張りどころですよ、慧理那?」

「は、はい。心得ておりますわ………何を踏ん張ればいいのか、よく意味わからないのですが」

 いまいち戸惑っている慧理那を置いてけぼりにして、慧夢は着物の袖から一本の巻物を取り出した。その雰囲気から相当に古い物のようだ。

「これよりあなたに、神堂家に伝わる秘儀を教えます」

「秘儀……ですか?」

「奥義、と言い換えてもいいでしょう。本来、そのツインテールにて魅了し、溺れさせることが良いのですが、この際こだわってられません」

 慧夢は勢い良く巻物――神堂家奥義を記した書を開いてみせた。

「これなるはツインテールを用いた舞踏。その舞は見る者の心を捉え、舞う者に魅了さしめるといいます。この舞を会得し、夏の勝者となるのです、慧理那!」

「は、はい!」

 早速、慧理那は慧夢の指導の下、舞の修得に努めた。その意図するところをイマイチ理解しないままに。

 そして慧夢も、この舞を教えるところの意味を、静かに自らへと確認した。

(この舞はツインテールを愛する者にこそ効力を発揮する。恐らくは観束総二……彼に効果がある)

 最早、変態と言って差し支えないレベルのツインテール馬鹿である総二がこの舞を見れば、婿は彼になるだろう。だが――。

(惜しい………とても惜しい。作り物ではない本物のドS。あの容赦なく相手をいたぶり、踏みつけ、締め上げる様。その手際。切れ味……惜しい!)

 思い返しただけで、背筋にゾワリとするものが上がってくる。相手の心を蹂躙する手際は、天然ものであるが故か。

 総二と鏡也。どちらを婿に迎えるか。どちらが相応しいか。しかし選ばれなかった一人もまた手放すには惜しい。

 何故、天は英傑を二人も同じ時代に降ろし給うたのか。

 そのジレンマは、どれだけ悩んでみても消えることはなかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

「というわけで、これが次のライブの衣装じゃ」

「何でスクール水着やねん!」

 アルティメギル秘密基地の通路にて、ドヤ顔のダークグラスパーにメガ・ネプチューン=MkⅡのツッコミが光る。

「何で今時スク水!? あざといにも程があるやろ!? えっちいゲームばっかりやってるからそういう発想しか出てこないんや!」

「何を言うか。アイドルがあざとさを求めて何が悪い。それを恐れて頂点になど立てぬわ!」 

「あかん。この子、あかんわ……」

 メガ・ネがロボットゆえに起こらない筈の頭痛が痛いと、頭を抱えた。

「……そんな格好するって、次のライブは海ででもするんか?」

「よう分かったのう。せっかくなので無人島で行おうと思っておる」

「せっかくって……普通にやったらええやろうに」

「さて、手頃な無人島を見繕うとしようかのう」

 いそいそ、うきうきと地図を広げるダークグラスパーに、メガ・ネの呟きは聞こえなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ざざーん。と、波の音が聞こえる。人の気配はない。背後には砂浜から続く道と繋がる立派なホテルがある。砂浜には実の家など俗な建物もない。間違いなく、プライベートビーチだ。プライベートビーチなのだが。

「鏡也……お前が何を言おうとしたのか、よくわかったよ」

「そうか」

「まさか……島まるごと保有しているとか想像できないわよ」

「そうか?」

「す、すみません。ですがプライベートビーチというのは日本では持ちにくくて……」

 日本では制限の厳しさから、本当の意味でプライベートビーチを持つことは難しい。とはいえ、島ごととは。庶民が金持ちの力を思い知らされた感がある。

「さて、まずは荷物を置いて着替えよう。………総二、愛香、行くぞ~?」

 大荷物を抱えたまま、ホテルへと向かう尊と慧理那。そして鏡也は呆然とする二人に声を掛ける。

「さあ、総二様。ここに居たら無駄に汗を掻くだけですから行きましょう」

「あ、ああ……」

 まだ心ここにあらずな総二達もホテルへと向かうのだった。

 

 ホテルの敷地内には十階建てはありそうな本棟の他、コテージが数棟程並んでいる。その中で、案内されたのは正面に海を一望できる、一番豪華なコテージだった。

 中に入ると、その内装の豪華さにまた総二達は圧倒された。

「さ、総二様。一緒に着替えましょう!」

 といって、トゥアールがそうじに迫る。が、あっさりと愛香によって阻まれた。

「荷物を置いた途端それかい!」

「いや、女物の水着くらい一人で着けられるから」

「総二。言わんとせんことは分かるがお前、男としてその台詞はどうなんだ?」

 そろそろジェンダーの壁とかヤバそうだなと思いつつ、鏡也は着替えるために自分の部屋へと向かった。

 ドア越しにまだ聞こえる喧騒を尻目に、鏡也は服の手を掛けた。窓から見える青空と裏腹に、その心中は薄曇りのような不安感があった。

 ここ最近、総二はソーラであることに慣れてきている。それに合わせてか、もう一つの異変が起こっている。総二自身も感じ取っているだろうこの問題は、早めに解決しないと取り返しがつかなくなりそうだ。

 さっさと着替え終え、上にパーカーを羽織って部屋を出る。

 

「はっはっは。警護役とはいえ海に来るのを楽しみにしていてな。メイド服の下に水着を着てきてしまったぞ」

「どんだけ浮かれてるですか! 年増がやっていいシチェーションじゃないでしょうがぁあああああ!」

 

 ぐわっと大胆にメイド服を脱いだ尊に噛み付くトゥアールという、時は正に世紀末なシーンが飛び込んできた。鏡也はやれやれと首を振るのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 何故か、ビーチに鏡也とソーラの二人は並ばされていた。その前には女性陣が並んでいる。

「鏡也、俺達は何でこんなことになってるんだ?」

「こういう時のお約束をやらせたいんだろうよ」

「何だそりゃ」

「水着の感想を言えってことだよ」

 鏡也が総説明すれば、ソーラはそういうものなのかと改めて女性陣の姿を見やった。

 愛香はストライプの水色ビキニ。下がボトムスカートになっている。その脚線美はさすがという他なく、光沢さえ放ちそうな瑞々しい肌は若さという輝きに満ちている。

「………なあ」

「ダメだ」

 それなのに、二人は言葉を詰まらせた。それはたった一つ。絶対的ムジュン。油断をすれば「異議あり!」と唱えてしまいそうになる程のムジュン。そこを突けばとんでもない展開を引き出してしまうであろう。

 具体的に言えば、胸部の違和感。不自然。異様。今はただ、時間が欲しい。

「……………愛香、よく似合うな」

「あ、ありがと……」

 はにかんだ笑顔で視線をそらす愛香。そして男子二人は別の意味で視線をそらした。自然と胸が痛んだ。

 その痛みからもそらすように、二人は慧理那に視線を向けた。慧理那の水着はセパレートされたワンピースにも似た、ベアトップだ。オレンジを基調とした水玉模様は本人の愛らしさを引き立てている。

「かわいいな」

「ああ、よく似合ってる」

「あ、ありがとうございます」

 ありきたりな感想ながら、心からそう思える。さっきの心の痛みが安らぐほどに。

 ソーラは、これがコーディネートというものかと心から感心した。ツインテールが主役でありながら脇役でもある。そのバランスを見極める事は容易ではないだろう。それを成せる慧理那に、ソーラはただただ頷くばかりであった。

 そしてその隣で、なんて事を考えているだろうなぁ。と、鏡也は呆れていた。幼馴染の以心伝心。ただし一方通行であるが。

 そしてその隣で不敵に笑う桜川尊は、メインを何処に置いているか一目瞭然であった。

「桜川先生は大人っぽいですね」

「うむ。それが強みだからな」

 十代では出せない色気。成熟した女性の魅力を引き出す、黒のワンピース。ウエストラインやバストラインに大きくカットが入れられており、ともすればVフロントにも見える。

 婚姻届をばらまく姿ばかり目につくが、実際にはそのスタイルはモデル顔負け。肌もきめ細かく、百人が振り返る美人なのだ。

 ソーラはそのツインテールのふわりとした感じが、ギャップとしてその色気を引き立てていると分析した。ツインテールの奥深さを改めて感じながら、視線はトゥアールへと移る。

 トゥアールは布面積が少なめな、黒で縁取られた白いビキニ。シンプルながら、それゆえに着こなすには相当な自信が必要だろう。

「流石に似合うな」

「何で総二様より先にあなたに褒められなきゃならないんですか」

 せっかく褒めたのにディスられた。不本意極まりないと、鏡也はついつい、トゥアールを四つん這いにさせて踏みつけてしまった。何処をどうしてとかいう細かい描写も無しにだ。

「ほら、総二も言ってやれ」

「え、この状況で? ………うん、綺麗だと思う」

「この状況で言われると色々誤解しそうな感じですが……ありがとうございます、総二様」

 これで一通り勤めを果たしたと、ソーラは安堵の息を吐いた。

「それで総二様。……そろそろ、介錯して差し上げるべきかと」

 トゥアールの視線が、背を向けている愛香に突き刺さった。

「やらなきゃダメか?」

「切腹した相手を介錯するのは優しさだぞ、総二」

「誰が切腹してるってのよ!?」

 ツインテールを振り乱し、愛香が振り返った。その時、砂浜にポトリと音を立てて何かが落ちた。

 波の音さえ静まった。

「愛香さん。天然巨乳がダイヤモンドなら、水着にパットなんて洗面台のピンクの汚れ以下の価値しかありませんよ。ある意味、貧乳の方が需要が大きいぐらいです」

「…………」

「だいたい、パッドなんて裸さらしてない人が”お、着痩せするんだな”とか思わせるためのものであって、テイルブルーになって大平原の小さな胸を晒している愛香さんには何の効果も発揮しないでしょうに」

 持つ者から、持たざる者への余りにも容赦なく、情け無用な正論であった。その凶器を受けて愛香は――。

「ちっくしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 地球の全部の海なんて干上がっちゃえばいいのよぉおおおおおおおおおおおおおお!!」

 逃げた。世界中の海に対する呪詛を吐き捨てて。その逃げ足で、爆発が起きたかのように砂浜が爆ぜまくった。

 水の戦士が水を呪うこの矛盾。もしも世界から海が消えた時は、素直に許しを請おうと。鏡也は思った。

「―――ひぎぃいいいいいいいいい!?」

 瞬間、トゥアールが消えた。正確には愛香がいつの間にか括り付けたロープに引っ張られ、砂浜をトビウオのように強制的に跳ねさせられていった。

「………トゥアール、死んだかな」

「いや、殺すなよ」

 遥か彼方に消えた愛香らを、思わず合掌で見送ってしまう二人。

「それにしても、だ」

「何だ?」

 鏡也はチラリと隣に視線を向けた。

「総二。お前がナンバーワンだ」

「何を言い出してんのお前!?」

 親指をグッと立てる鏡也に、夏の日差しのように熱いソーラのツッコミが唸る。

「いや、その意見は正しい。何故、貴様が一番可愛いのだ観束!」

「いやいや、意味わからないんですけど!?」

「お前がこの中で一番バランスが取れている! 総合力で一位だ!」

「尚更分からない!!」

「そ、そうですわね。観束君……素敵ですわ」

「良かったな、総二。ミス・プライベートビーチはお前のものだ」

 

 パチパチパチ――。

 

 満場一致の割れんばかりの拍手だ。その感動に思わずソーラも涙を――。

「流すか――――!!」

「なんだと―――!?」

「何で本気で驚かれてるの!? わかったよ――ツインテールを解くよ」

「何を分かったんだお前は!?」

 バシッとツッコむ愛香が不在というだけで、ボケとツッコミの飛車角落ち状態である。

「観束。お前位は心臓の代わりにツインテールでも入ってるのか? 何でもかんでもツインテールに結びつけるな。ツインテールだけに」

「―――上手い」

 尊の言い回しに思わずそう返したソーラは、このワードをいつか使わせてもらおうと心の奥で誓う。

「む。今、婚姻届を書きたくなったか?」

「いいえ。まったく」

 にべもなく斬り捨てる。

「全くしようのない奴だ。そら、バレッタを貸せ。結んでやる」

 すると尊はやおらソーラの背後に立つと、解けたソーラのツインテールを結び直した。その手際は今のソーラでは足下にも及ばぬほど見事なものだった。

「……あれ、なんか違う?」

「いつもより上で結んであるな」

「せっかくだからな。私と同じ、上で結んでみた。どうだ、いつもと違う髪型は?」

「なかなか新鮮ですね。そうか、こんな感じなのか」

 ソーラは頭が釣り上げられそうな感覚に目を輝かせながら、しきりにツインテールに触れた。鏡也から見ても、印象がガラッと変わる様は面白いものだった。

「でしたら私と同じようにしてもみませんか?」

「え、慧理那と同じ?」

「少し失礼しますわ」

 慧理那はひょいと背伸びして、バレッタを取る。そして慣れた手つきでソーラの髪を自分と同じように下結びにした。尊ほどではないが、手際の良さは流石だった。

「これはどうですか?」

「おお、何というかこれは逆に地に足がつくような……あれ?」

「髪が長くて下についてるな。」

「す、すみません。私たら、自分の感覚で……観束君は私よりもっと長いというのに」

 とんだ失態を演じてしまったと、慧理那はしきりに頭を下げた。その度に揺れるツインテールに、ソーラの心も揺れた。

「いや、大丈夫。でも、こういうのも考慮しないといけないんだな」

 再び元の髪型に戻ったソーラは、二人に改めて礼を言った。

「ありがとう。今はまだ普通ので精一杯だけど……上結びも下結びも、出来るようにがんばるから」

「いや、頑張って覚えるなよ。男に戻るんだから。まさかこのまま、女のままでいる気なのか?」

「そんな訳あるか」

「だろうな。でなかったら帰ってきた愛香にこっぴどく叱られるところだったぞ」

「そーじっ!」

 ズザーッ! と帰ってきた愛香がソーラに詰め寄る。鏡也は視線を下に落とした。

「おかえり」

「ぜ、全身を紅葉おろしにされるかと思いました……ぐふっ」

「安らかに眠れ」

 砂浜に倒れ伏すトゥアール。その冥福を、鏡也は祈るばかりであった。

 




次回、きっとカオス。


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海回、二話目。
みんな大好き、某人気アイドルも登場して盛り上がること間違い無し!







なんてキレイな話なら良いんですがねぇ・・・。


 神堂家所有の島はあまり人の手が入れられておらず、自然がそのまま残されている。鏡也は海の中を静かに泳いでいた。美しいブルーの空を、鳥の羽のようにたゆたう。スキューバダイビングとまでは行かないが、シュノーケルでの海中遊覧だ。

 ビーチバレーに水上バイクと、それぞれが思い思いに海を楽しんでいた。何故か尽くトゥアールが愛香の餌食になっていたが、自業自得なので仕方ない。

(綺麗な光景だ。静かで音もない。安らげるな)

 一面が青の世界。熱帯特有の鮮やかな魚群。海面から差し込む陽の光が帯となり、美しいグラデーションを描く。実に幻想的な光景だ

「――ぷはっ」

 息継ぎのために海面へと上がる。途端、騒々しい気配が帰ってくる。ボードにされたトゥアールが愛香を乗せて、見事に波に乗っていた。水の抵抗が強そうだが、素晴らしいスラロームを決めている。是非とも幻想であって欲しいと願いたくなる光景であった。

「………ん、なんだ?」

 何かが腕に絡みついていた。海藻かと思ったが、違う。もっと人為的な何かだ。手に取って持ち上げてみる。

「これ、水着か? でもこの色……まさか」

 赤みがかったオレンジ色の水着。これを付けていた人間は、一人しか居ない。

「おーい、鏡也ー。水着、返してくれー」

「やっぱりお前のか、総二」

 声に振り返れば、ソーラがこちらに向かってスイスイと泳いできた。鏡也は水着を持った右手を持ち上げ、その顔めがけて投げつけた。

「前を隠せ!」

「ぶわっ! 何するんだよ鏡也!」

「俺の台詞だ!」

「男同士なんだから気にするなよ!」

 男の時の癖で、前を隠さないままこちらに来たものだから、鏡也はもろに見てしまった。相手がソーラであるから特に思うところもないが、それとこれとは話が違う。何かしらの拍子で別の場所で同じことをやられたら冗談ではなくパニックが起きる。ビーチクライシスだ。

「なんで総二様がそのイベント発生させてるんですか! しかも、何で鏡也さんが水着ゲットしちゃうんですか! その上、総二様の有りのままを見るとかどんだけお約束を消化すれば気が済むんですかこのラッキースケベ男は!!」

「人聞きの悪い事を言うな」

 お前に物申す! と、バタフライで迫ってきたトゥアールを、そのままアイキャンフライとばかりに空へと投げ飛ばす。数秒後に「ビッターン!」と、派手な音を立てて背中から落ちたトゥアールが海中へと沈んでいった。

「とりあえずさっさと付けろ」

「あ、ちょっと待った。水中だとつけづらい……鏡也、後ろ付けてくれ」

「やれやれ。背中向けろ」

 ソーラが胸元を押さえている間に、鏡也が背中のホックを止める。

「ほら、これでいいか」

「サンキュー、助かったぜ。なんか上がないと、胸が揺れて動きづらいわ」

「そんなのは知らん」

 

 二人のやり取りを見つめる四つの目。愛香とトゥアールだ。その視線はジト目という言葉がよく似合っている。

「……どうです愛香さん? あれを傍から見てどう思われるか……分かるでしょう?」

「……いや、だって鏡也はノーマルだし。眼鏡好き以外は」

「それは総二様だって一緒でしょう? ですが、精神と肉体は相互関係にあるんです。愛香さんの蛮族ぶりが精神から生まれ肉体に侵食しているように、いつ総二様が女性的部分に目覚めてしまうか……その危険性が一番高い相手が、鏡也さんなんですよ!」

 熱弁を振るうトゥアールだったが、まず自分が真っ先に命の危険に晒されてしまった。盛大な水しぶきを上げて海面に叩きつけられていた。

「いやいや……でも………まさかそんな…………ありえないわよ」

「ちょ……! ありえない……! のは……! わたしの……! ほう……!!」

 ビターン! ビターン! と、何度となく水面を今強制的にバウンドさせられ、流石のトゥアールも、生命維持がレッドゾーンに入りつつあった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 沖から帰ってくると、何故か慧理那がしきりに体を動かしていた。泳ぎに出る前、一悶着あったせいで尊は一人、はぶられたかのように砂の城を作っている。

「姉さん、何してるんだ?」

「え、準備運動……ですわ?」

「何で疑問形?」

「ていうか、今頃するのか!?」

「今、思い出したんです! 怪我をしないために観束君も鏡也君も、よく見て参考にしてくださいまし!」

「お、おう……」

「ええ……」

 珍しくグイグイ来る慧理那に気圧される二人。慧理那は再び、準備運動を始めた。ゆらゆら。うねうね。と、慧理那の体に合わせて、彼女のツインテールが怪しく揺らめく。

(なんだ、あの動き? ツインテールが妙な気配を……っ!?)

 人の心を侵食する、その異様な気配に目眩が起きる。ツインテールから目が張り付いて離れない。

 ツインテールに興味のない鏡也ですら、これだ。ツインテールが心臓に絡みついている、異世界にもその名を轟かす某は――。

 

「ひゃあん!」

「はあ……はぁ!」

「ちょっとそーじ! 何してるのよ!」

「観束、貴様! お嬢様になんという事を!」

 

 やはり、ソーラは正気を失っていた。慧理那を押し倒し、その指で弄ぶ――慧理那のツインテールを。

「くっ……」

 まとわり付く邪悪な意思をどうにかして振り払わなければと、鏡也は意識を集中する。自身の属性力を眼鏡に集め、一気に解放することで邪気を払わんとする。

「―――ぬん!」

 くわっ! と、眼鏡を唸らせて、呪縛を解き放つ。自由を取り戻すとすぐにソーラに向かって走る。

 どうにか引き剥がそうとする愛香らを押し退け、鏡也は右手を振り上げた。

「目を――覚ませ!!」

 

 パシーン!

 

「あう――!」

 ソーラの体が空に泳ぎ、力なく砂浜に落ちる。

「目が覚めたか。総二?」

「あ……ああ。助かった」

 頭を振りながら、体を起こすソーラ。ツインテールについた砂を払いながら立ち上がろうとするが、足をもつれさせて転びそうなった。

「おっと」

「わ、悪い……まだ頭がクラっとする」

 とっさに鏡也が腕を出し、その体を支える。その腕に捕まり、漸くソーラは立ち上がれた。

「一体、何がどうなったんだ?」

「それは当人に聞こう――ねえ、姉さん?」

 チラリと視線を送れば、顔を紅潮させながらも気まずそうに首をすくめる慧理那。

「アレは準備運動じゃなくて、ツインテールを使った強力な催眠術だ。あんなのどこで………というか、一人しかいないか。慧夢おばさんだろう?」

「………はい」

 小柄な慧理那が殊更小さくなって、ポツリと呟いた。それを聞いて、鏡也はやっぱりかと溜め息を吐いた。

「あれは今後一切禁止。いいね?」

「………はい」

 塩を掛けた青菜よりもシュンとして、慧理那は頷いた。

「それはそうと……鏡也?」

「なんだ?」

「止めてもらっておいてなんだけど………何で眼鏡だ?」

 ソーラは自分に掛けられた紅色の眼鏡に触った。慣れない感覚に眉をひそめている。

「催眠術で暴走してたからな。ツインテールよりも強い、眼鏡でフィルタリングすることで暴走を解いたんだ」

「ちょっと待て。聞き捨てならねーぞ? なんで眼鏡がツインテールより強いんだよ!? ツインテールは最強の属性力だぞ!?」

「ふっ。政権交代の日も近いという事だ。よく似合うぞ、総二? やはり俺の見立ては完璧だな。その明るい髪には、ワインレッドのようなシックな色合いが似合うと踏んでいたんだ」

「ふざけんな! そんな日は絶対に来ねえよ! くそ、外れないだと!!」

「ははは! 洗脳を解くのに属性力を込め過ぎたせいかな! 安心するがいい。一時間もすれば外れる………多分」

「多分!? 多分て言ったか今!?」

 ワーワーキャーキャーと騒ぐ二人。それを冷ややかな視線が見つめていた。

「……なんですかあれは。なんで総二様が鏡也さんとイチャイチャしているんですか!? こんな事になったのも、愛香さんが私の邪魔ばっかりするからですよ!? 本当ならとっくに総二様の童貞を頂いて、正妻の座も安泰だったというのに!!」

「そんな時は絶対来ないわよ!!」

「チェンジガバメント!?」

 愛香によって、トゥアール政権の野望は物理的に海の藻屑と消えた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 慧理那の自業自得とはいえ、彼女を襲ってしまったソーラはその罰として、尊に遠泳を命じられた。本人も色々と思うところがあるのか、素直に従ってザッパザッパと泳いでいった。

 鏡也はパラソルの影に横になり、撫でる海風に身を任せていた。ダークグラスパーの一件以来、どうにも気を張っていたせいか眠気が込み上がってきた。瞳を閉じ、暗闇に包まれれば意識はすぐに落ちていった。

「ねえ、鏡也?」

「……」

「鏡也ってば」

「…………」

「鏡也!!」

「ゴフッ!?」

 いきなり気管が潰された。盛大に咳き込み、涙目で視線を上げれば愛香が覗き込んでいた。その長いツインテールが顔に掛かりそうだ。

「な゛……な゛んだよいきなり?」

「ちょっと聞きたいんだけど……良い?」

「良いも悪いも今、自分が何やったと思ってんだよ!? 俺はトゥアールと違って不死身じゃないんだぞ!?」

「私も別段、不死身じゃないんですが」

 何か言っているトゥアールをきっちり無視して、鏡也は愛香をジト目で睨んだ。

「で、わざわざ起こしたのな何なんだ?」

「……そーじの事よ」

「総二の?」

 愛香の緊張した、強張った表情に思わず背を正す。勘も鋭く、いつも一緒にいるだけあって、ソーラの身に起きた異変に感づいたのか。

「そうか……やはり気付いたか」

「やっぱり、そうなんだ」

 愛香は深く溜め息を吐いた。目を伏せ、深刻そうに呟く。

「でも、なんでそーじなの? 他にだっているじゃない」

「それを言われても……強いて言うなら、アイツだから。だろう?」

 確かに、以前は慧理那も似たような状態にあった。鏡也や愛香も陥る可能性もあった。ソーラがそうなったのはある意味必然であり、偶然でもあった。

「何よそれ……。そーじは男なのよ?」

「男だとかは関係ないだろう? ……いや、むしろ男だからか?」

 異変の始まりはダークグラスパーだ。となればやはり、同性より異性であるという点が大きな要因なのだろうか。外見が女性同士でも内面的には男性女性。総二が意識をしてしまうと言うのは間違った見方ではないだろう。ただ、今の状態――ソーラに至る経緯とどう繋がるかは不明だが。

「………やっぱり、そうなんだ。でも、どうしてなの、鏡也?」

「何が?」

「いつから……そーじの事、好きになったのよ!?」

「…………………………は? 今、なんて言った?」

 余りにも突拍子も無い発言に、思考が停止しかかった。どうにか二の句を次ぐが、まだ理解が追いつかず、目眩さえ覚える。

「だから、いつからそーじの事」

「とぅ」

「ごふっ!?」

 鏡也はつい、愛香の喉に地獄突きを決めてしまった。やるのには慣れてるがやられるのには慣れていない愛香が、ビーチを転がりながら咳き込む。

「ちょ……げほ………いきなり何するのよ!」

「あはははは! いい! 愛香さんがのたうち回って! 素晴らしい光景です! これはもう永久保存の上、今日という日を記念日にしましょう!」

 笑い転げるトゥアール。だがすぐに苦痛に転げ回る羽目になった。

「で、何でその発想に至ったのか説明してもらおうか? 事と次第によっては、いかにお前でも穏便にはすまんと心得ろ?」

「だって、トゥアールが……」

「ちょっと愛香さん! 何を言い出してるんですか!?」

「本当のことじゃない! アンタが”鏡也はラッキースケベで一番危険!”なんて言い出したから!」 

「だって本当のことじゃないですか!」

「ふたりともシャラップ」

 

 ――どどすっ。

 

「「ごふっ!?」」

 地獄突きリベンジ。またしても砂浜を転げる二人。鏡也は馬鹿な事をと首を振った。

「全く。俺も総二もまともだぞ……多分」

 自分はともかく、総二に関してはいまいち自信はない。

「でも、今の総二様は女性なわけですし。世の中にはTSというジャンルもありますしね。実際、スネイルギルディがそうでしたし。なので、お願いですから私の上から退いてください!」

 手足をホールドして作ったトゥアールチェアが文句を言う。が、鏡也にはもう少し解く気はない。

「大体、俺は――!?」

 その時、眼鏡にビリッと電気のような圧が走った。それを鏡也は知っている。闇の眼鏡――暗黒の支配者を名乗るかの存在。

「どうしたの、鏡也?」

「いる――ダークグラスパーだ」

「えっ?」

「総二に連絡をしろ。急げ、トゥアール」

「は、はい! 総二様―――え、ダークグラスパーがいた!?」

 トゥアールが驚きの声を上げた。ダークグラスパーが実際にいた事もそうだし、既に接触してしまっていることにも驚いていた。

「愛香さん、慧理那さん。出げ――」

「ダークグラスパァアアアアアアアア!!」

「――きをと言い切る前に跳んでいっているですがあの人!? しかもあの大岩どっから持ってきたんですか!?」

 あっという間に変身したテイルブルーが、大岩を抱えてリボン属性の力で飛んでいった。というか、大岩を素の力で持ち上げている辺り、蛮族化が加速しているような気がしなくもない。

「テイルオン! 鏡也君はここに居てくださいまし! ブルー、独断専行はいけませんわー!」

「気をつけてなー」

 変身したテイルイエローがすぐさま後を追って飛んでいく。それを見送ると、鏡也とトゥアールが視線を合わせた。

「………(チラリ)」

「………(チラリ)」

「………何か?」

 トゥアールと鏡也が先程まで砂の城を作っていた尊に視線を向ける。まるでシンデレラキャッスルのような、巨大建築を建てて満足気にしている尊と目が合った。

「お嬢様は行かれたのか。ならば我々も後を追おうではないか。なあ?」

「ちょっと、何で捕まえるんですか!?」

「お嬢様たちがどこに行ったか、分かるのは君だけだろう。さあ、行くぞ!」

「ひいいいい! 凄い怪力なんですけどぉおおおおお!」

 砂地も何のそのと、尊はトゥアールを引きずって走っていってしまった。一人残された鏡也は、四人とは違う方へと動いた。念の為、ひと目のない場所へと駆け込み、変身する。

「グラスオン!」

 人数的に3対1……否、メガ・ネがいれば3対2だ。だが、今のテイルレッドがどこまで戦えるか分からない以上、2対2と考えるべきだろう。それはあまりにも不利だ。ナイトグラスターは跳躍し、現場へと向かった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 叩きつけられた大岩。舞い上がる砂塵。怒りに震えるテイルブルー。不敵に笑うダークグラスパー。サメのマスコットメガネドンのきぐるみを着たメガ・ネプチューン=Mk.Ⅱ。反対側の砂浜では緊張が嫌でも高まっていた。

「なんでスク水着ているんですか! 露骨に狙いすぎでしょうがぁあああああ!」

 邂逅早々、ツッコミを唸らせるトゥアール。接敵2秒で戦場は混沌と化していた。

「しかも、何で名札剥がれてるんですか!? 下丸見えとか痴女じゃないんだから止めなさい!」

「ふふん。隠すようなものなど無いからの」

 痴女に痴女と呼ばれた暗黒眼鏡だったが、気に病むこともなく無い胸を張る。

「いや、すんませんな。ウチが名札剥がしてしもうたんですわ。ほら、イースナちゃんこれでも貼っとき」

 きぐるみのまま、ダークグラスパーの胸に器用にもペタリとシールを貼るメガ・ネ。白く四角いそれは宛名シールだった。

「何故、宛名シールを……」

「この間、イースナちゃんが通販で買い物した時に付いてきてたのを再利用したんですわ」

 テイルレッドの疑問にも健やかに答えるメガ・ネ。一番非常識な格好の存在が一番の常識人というのが皮肉に満ちている。

「あのきぐるみ……もしかして、この間のロボットが入ってるの?」

「ど、どうしてきぐるみを……? もしかして、ダークグラスパーの作戦ですの?」

「そこを気にするのか!? いや、気になるけどさ! あれはダークグラスパーというより善沙闇子の案件らしい。とにかく油断するなよ」

 と、レッドがある事に気づいた。通販ということは、アルティメギルの秘密基地の場所がわかる何かがある可能性があると。レッドは強化された視力でジッと睨むようにダークグラスパーの胸部を凝視した。

「むっ……胸に刺さるようなテイルレッドの視線。もしや……吸いたいのか?」

「何言ってんのよ。ダイ◯ンでも吸えないぐらいペッタンコのくせに」

「………」

「………」

 テイルブルーの言葉に、静寂が起きた。何か言わんとしたトゥアールですら、沈黙する羊のようであった。

「見たか、ダークグラスパー。これが真のボケというやつだ。この破壊力の前では、お前のそのツッコミどころだらけの格好も、ハリボテにすぎない」

「誰がボケてるってのよ!」

「……イースナちゃん。やっぱり安易なキャラ付けはあかんて。アイドルとしての寿命を縮めるだけやで?」 

「どうしてその結論に達したのか……じっくり話合おうじゃない、きぐるみロボット」

 ギリリ。と拳を握りしめるブルーが、ダークグラスパーに向かって指を突きつける。

「さっさとグラスギアを付けなさい。私だって丸腰相手にはちょっとぐらい躊躇うわよ。容赦はしないけど」

「それ、躊躇っておらんじゃろうが。じゃが、お前達と戦うのは部下の役目じゃからのう」

 この状況にあっても戦う気配を見せないダークグラスパー。その人を煙に撒くような態度がブルーの殺意を膨れ上がらせる。が、それに意を介さず、ダークグラスパーはレンズの奥の瞳を細ませた。

「じゃが、余計なものもやって来たようじゃな」

 

「――落ち着けテイルブルー。我を見失えば敵の術中だぞ?」

 

 その声が響くや、天空から一つの影が舞い降りた。そしてその声に即座に反応したのは、物陰に隠れていた飢婚者だった。

「その御声はナイトグラ――」

 アッシュシルバーの髪を海風になびかせ、黒縁ハーフリムの眼鏡は星の光を湛える。細身ながら鍛えられた裸身を惜しげもなく晒し、身につけるは黒のビキニパンツ。

 閃光の騎士――ナイトグラスターだ。

 

「――て、何で水着姿なのよあんたまでぇえええええええええええええ!」

 ブルーによる魂のツッコミが光った。

「何故と言われれば、TPOに合わせたらこうなるのは必然だろう?」

「環境よりも戦場のTPOに合わせなさいよね!」

「似合っていないか?」

「似合ってるわよ! 似合ってるから尚更、たちが悪いのよ!」

「大変ですブルー!」

「今度は何!?」

「尊が盛大に鼻血を噴いて倒れました!!」

「あーもう! 次から次へと!!」

 ツッコミ過多のブルーがイエローの慌てた声に振り返れば、砂浜を血の池の様に染め上げて、尊がうつ伏せに倒れていた。一見すれば惨劇の舞台だ。前面は血まみれで間違いないだろう。

「ナイトグラスター。なんじゃ、その醜い姿は? 眼鏡の気品が死んでおるわ!」

「ダークグラスパー。何だその見るに堪えん姿は? 眼鏡の魅力を殺したいのか?」

 かつての再現のように、睨み合う両者。その威圧に一切の加減はなく、一触即発の気配を漂わせる。ただし、スク水とビキニパンツのせいでシリアスも台無しだが。

「これ、どう収拾つければ良いんだよ……?」

 いよいよ着地点が見えなくなってきた状況に、レッドが思わず零す。その時、一際大きな波が砂浜に打ち付けた。

 ゴロン。と何か大きな物が転がってきた。最初は深海生物か何かかと思ったが、違うようだ。

「何だ?」

 よくよく見ると、それはエレメリアンだった。しかし動かない。もしかしたら彫像か何かかと注視していると、それはのそっと動き出した。生きているようだ。

「う……うぅ……」

 それはまるで、地の底から響く怨念めいた響きであった。お盆もまだ遠い季節に合って冥府から蘇ったか。

「腹筋の……腹筋の割れたおなごは……おりませぬか……冥土の土産に……腹筋の割れたおなごを……この爺に……どうか」

「世迷い言を言ってるな」

 ナイトグラスターが冷静にツッコむ。そしてダークグラスパーは眼鏡のブリッジを持ち上げ、言った。

「何じゃこやつは?」

「お前がそれ言っちゃダメだろぉおおおおおおおおおおお!?」

 指揮官クラスにすら分からないエレメリアンまで登場して、もう混沌が収まる気配は完全に死んでしまった。

 




混沌「我が世の夏が来たぁあああああああああ!!」


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いよいよ、4巻も終盤です。
変態ばっかりのリゾートビーチが血で染まり、筋肉に染まる。

はたして、我らが主人公に活躍はあるのか!!(割りと切実)


 混沌の坩堝と化した戦場。そこに現れたのは深海生物のようなエレメリアンであった。その正体は? その目的は? 謎が謎を呼ぶ展開に、誰もが次の一歩を待った。

「爺はシーラカンスギルディと申します。いやはや、割腹筋属性(シックスパック)は希少ゆえ、属性力が足りなくなってこのザマ……」

 謎、氷解。

「……して、何故このような場所に居る? 出撃を許可した覚えはないぞ?」

「はあ……えっと、どちら様で?」

「たわけ! 我を知らぬとは貴様、何処の部隊じゃ!? よもや単独行動ではなかろうな!」

「プッ」

「眼鏡!」

 瞬間、噴き出したナイトグラスターの居た場所が爆発した。が、既にそこに人影はなく、代わりに砂浜が音を鳴らした。

「はあ……。所属はリヴァイアギルディ隊ですが……」

「リヴァイアギルディ? 其奴はもう一月以上前に倒されておるわ! 今は増援部隊がやってきて戦闘続行中じゃ!」

「なんと……! 爺が海で流されている間に………何ということじゃ」

「ちなみに聞くが、出撃したのはいつじゃ?」

「そうですな………ブルギルディ殿が倒された辺り………でしたかな?」

「めちゃめちゃ最初じゃねーか!!」

 もう我慢ならないと、レッドはツッコんでしまった。

「あの、シックスパックと言うのは………何なのですか?」

 イエローが申し訳なさそうに、ナイトグラスターに尋ねた。

「シックスパックとは鍛えられた腹筋のことだ。腹筋がまるで六つに分かれているかのように見える事から、そう呼ばれているんだが……ふむ」

 ナイトグラスターはイエローの質問に答えつつ、レンズの奥で目を細めた。その先には宿敵の姿。

「逃げるか、ダークグラスパー?」

「たわけ。人の話を聞いておらなんだか。お前達の相手は部下が務める。わらわが出るのはその後じゃ」

 不敵に笑い、ダークグラスパーがゲートを開く。入れ替わるようにして、アルティロイドがワラワラと出現した。その数は数十は下らない。

「此度は見逃してやろう。じゃが、覚えておくが良い、ナイトグラスター。貴様の眼鏡に、死相が浮かんでおるという事をな」

 不吉な予言を言い残し、ダークグラスパーが去っていく。残されたのはアルティロイドとシーラカンスギルディだけとなった。とはいえ、エレメリアンは問題なさそうであり、となれば早急に片付けてしまおうとツインテイルズが構える。そんな中、シーラカンスギルディは何故かまじまじとブルーを見つめ「…………はぁ」と、盛大な溜め息を吐いた。

「腹筋の気配を感じたのですが……残念ですじゃ。どうして胸筋をそこまで鍛えながら、腹筋を鍛えなんだか………これでは冥土の土産にはなりませぬ」

「………あ゛?」

 地の底から(はらわた)をえぐる悪鬼のような声が響いた。そして声だけでなく物理でも行動を起こしていた。

「誰が胸筋鍛えてるってのよコラァあああああああああああああ!」

「ふぉほほ。何を照れておりますやら。どう見ても鍛えた胸筋しか――」

「だらっしゃぁあああああ!」

 痛烈なボディへのアッパーストレートでふっ飛ばしからの、落ちてくるところに走り込んでのダイビングボレー隼ブルーシュートでゴールを獰猛に狙った。だが、虚しくもコーナーポストに阻まれてしまった。ポストって何処だよというツッコミは受け付けていない。

「ぶ、ブルー。いくら敵でもご老人にそのような無体は……」

「あたしはお爺ちゃんに『老人だからと手加減するのは、武人にとって最大の侮辱』って教わったのよ」

「その後、お前がお祖父さんより強くなっちゃったせいで、色々言い訳して取り消そうとしてたじゃねーか」

 口は災いの元。その意味がとても良くわかる教訓であった。

「ぬ……ぬぅううう!」

 盛大にふっ飛ばされたシーラカンスギルディが、砂浜をえぐり飛ばすかのような勢いで走ってきた。今までの緩慢さが嘘のように活力に溢れている。

「今の動き! 全身の躍動する筋肉! 割腹筋の要素ありと見ましたぞ!」

「じょ、冗談じゃないわよ! 筋肉つかないようにって気を付けてるんだから!」

「なんと勿体無い! どれ、爺めが超振動腹筋トレーニングマシーンのように振動マッサージをば」

「止めんかぁあああ!」

 シュルリと伸びてくる両手を払い、ブルーが飛び退く。

「今の動き……あんた、今までのはフリだったのね!」

「なに……この老骨に鞭打つ時が来たと感じたのですじゃ!」

 老練の技とも言うような、ブルーの荒々しさとはまた違う鋭さを持つシーラカンスギルディの動き。さながら海中を自在に泳ぐ魚の如きその攻撃を、ブルーは流水の如く捌きながら反撃を試みる。だが、その打ち手を容易く払われた。

「こいつ……やる!」

「ぬぅうううううう! 燃えてきましたぞ! 気力じゃ! 超力じゃ! ガッツじゃ!」

 一瞬の気の緩みすら、一部の隙さえ許されない高度な戦い。その攻防は正にヒーローの戦いだ。ただし、正義と悪の攻防の中心にあるのは腹筋である一点のみ、果てしなく残念である。

「さて、こちらも真面目にやろうか」

 フォトンフルーレを展開し、戦闘態勢を整えるナイトグラスター。が、その手を止める者が在った。

「ナイトグラスター。お願いですからどうか……服を着てくださいませ! これ以上は尊が……尊が持ちません!」

 テイルイエローのすがるような訴えに振り返れば、血の池は大河となり海へと還っていっていた。そして『我が一生に一片の悔い無し』と、辞世の句まで書かれてある。そろそろ、彼岸の向こうに行く準備を整えつつあるようだ。これ以上は危険が危ないので、訴え通りに本来の姿に再変身する。

「さて、では改めて――行くぞ」

「モケ――!」

 砂浜を蹴り、閃光の剣が唸る。一瞬で十体を空へと叩き飛ばし、華麗な空中コンボでまとめて斬り伏せる。久しぶりの活躍のせいか、若干張り切っている風である。

 雑魚をスパスパ蹴散らしていると、ブルー対シーラカンスギルディの戦局は動いていた。

「ぐっ!」

 ブルーの腕を絡め取ったシーラカンスギルディが足を払い、ブルーの背を砂浜に叩きつける。そしてマウントを取るとその腹部からスタンプのようなものが飛び出し、ブルーの腹に張り付いた。

「さあ、これで腹筋を一気に鍛え上げることが出来ますじゃ。今こそ見事な割腹筋を――!」

「止めんかぁああああ!」

 ブルーがマウントを返そうとするが、もともとの体格の差に加え、マウントが完璧に決まっていて、返せない。

「くそ、止めろ!」

 レッドがシーラカンスギルディに飛びかかる。だが、ビウともしない。逆に腕の一振りで簡単に弾き飛ばされてしまった。

「な……!?」

 愕然とするレッド。それを見て、ナイトグラスターが動く。

「テイルイエロー。雑魚は任せた」

「は、はい! 尊はそこで休んでいてくださいまし」

 アルティロイドをイエローに任せると、ナイトグラスターは真っ直ぐ、シーラカンスギルディへと向かっていく。

「ぬっ!?」

「悪いが、そういうのは本人の意志が大事だ」

 まっすぐに繰り出された一撃が、シーラカンスギルディをブルーの上から吹き飛ばした。だが、砂浜を数度転がっただけで、すぐに起き上がってきた。

「なかなかの攻撃。ですが、爺を仕留めるには力不足……相手になりませんな」

「やれやれだ。年寄りの冷や水というが、お冷やと言うより熱湯だな」

 シーラカンスギルディのたぎる闘志に、ナイトグラスターは頭を振る。フォトンフルーレの切っ先を翻し、突きつけながらブルーの間に割って入る。

「悪いが結果をコミットするなら、こちらを先に相手してもらおうか」

「男の腹筋になど、興味ないんじゃワレェええええええええ!!」

 二昔前の任侠者のようなセリフを吐いて、飛び掛かるシーラカンスギルディ。それを迎え撃つナイトグラスター。凄まじいまでの連続攻撃をそれを上回る高速攻撃で打払い、カウンターを叩き込んでいく。

「ぬぅうううううう! 漸く我が魂を燃やす時が来たというのに邪魔立てを!」

「そのまま燃え尽きてしまえ」

 激しい戦いを余所に、テイルレッドはまだ立ち直れないでいた。動揺しているレッドの耳にトゥアールの声が届く。

『レッド。これ以上長引かせるとせっかくのビーチが台無しです! ここは一気にフュージョニックバスターで仕留めましょう!』

「あ……ああ。――よし! ブルー、イエロー行くぞ!」

「ええ!」

「了解しましたわ!」

 立ち上がったブルー。アルティロイドを片付けたイエローが並ぶ。そして同時に属性玉をセットした。

「属性力変換機構――〈三つ編み属性(トライブライド)〉!」

 強敵ケルベロスギルディの属性力によって、ツインテイルズ三人の武装が一つとなる。見た目は8割ビック○スとばかりの|合身巨大砲〈ユナイトウエポン〉だが、その威力は本物だ。

「行くぞ、フュージョニックバスター!」

「ターゲットロック、ですわ!」

「…………よし、ファイアー!」

 一瞬、何処で? と突っ込みかけたレッドが、トリガーを引く。が、その圧力に足が踏ん張りきれず、崩れそうになる。

「くっ……砂浜のせいでアンカーが刺さらないですわ……!」

 イエローも、砂のせいでツインテールがアンカーの役割を果たせず、両足を必死に踏ん張らせている。

「ぐぬぬ……! うがぁあああああ!」

 そしてブルーは、たった一人でその圧力を押さえつけていた。

 かくして三つの力を一つに合わせた一撃が、濁流となってシーラカンスギルディ目掛けて発射された。

「おっと!」

 ナイトグラスターがギリギリで躱す。彼以下の速度では、もう回避は間に合わない。

「おお………なんという。爺には見えますじゃ。テイルブルーの腹筋が見事に割れ、至極の輝きを放つ……その未来が!」

「その未来ごと消し飛びなさい!!」

 シーラカンスギルディを呑み込み、光の奔流が砂浜を、海を真っ二つに切り裂いていった。彼方にて、戦いの終演を告げる鐘が鳴り響いた。

「終わったな」

 こうして老兵、シーラカンスギルディは海へと再び還っていった。静寂を取り戻したビーチで、ブルーは独りごちる。

「絶対に……ぜーったいにムキムキになんてならなんだから……!」

「だが、ブルーよ。今ハリウッドで制作されている映画では――」

「言うんじゃないわよ! せっかく記憶に鍵かけて封印してたのに――!」

 雉も鳴かずば何とやら。もしかしたらわざと言ったのだろうか。ドッタンバッタンと大騒ぎを巻き起こす二人を尻目に、レッドは変身を解くのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 日も暮れ、リゾート地が夜の風に染まる。流石にあの騒ぎの後で泊まる訳にもという話にもなったが、尊のダメージが深刻であったが故、一泊することになった。

 夕食も尊が用意する予定だったのだが、いい笑顔で顔を真っ白にしている彼女に作らせるという選択肢は当然なく、慧理那が連絡してホテルのレストランでの夕食となった。

 

 そして、今は――日付も変わるその手前。

 

 ソーラは一人、砂浜を散歩していた。部屋を出る際、リビングの天井からボロボロにされて宙吊りになったままのトゥアールがいたが、そういう寝相なのだと解釈し、そっとしておく事にした。

 誰もいない夜の浜辺は穏やかな潮風と波音だけが響く。人工的な明かりがないので星空を遮るものはなく、見上げる一面全てが瞬いていた。

「はあ……凄いな。都心じゃ見れないぞ、こんなの」

 満天の星空を見上げながら、感嘆の声を上げるソーラは星々を指でなぞり、ツインテール座を生み出す。

 その出来に満足しつつ、砂浜に腰を下ろした。寄せては返す漣に、ソーラはただ耳を澄ませる。

 切なささえ感じるような静寂に思うのは、今日の戦いのことだ。

 意識していなかった訳ではない。異変は感じていた。スパイダギルディと戦ったあの時から、力が弱まりつつあったと。

 だが、今日はもう普通の人と変わらない程度しかなかった。加速度的に弱体化している。今日はまだ、三つ編み属性の力のおかげで倒せたが、今後も同じ様に出来るとは限らない。

 女性化した事と弱体化した事が無関係とは思えない。一刻も早く、元に戻らなければならない。そう思っても、手段も何も分からない。そもそも原因自体が分からないままだ。時間だけが無為に過ぎていく。

 もしも、ずっとこのままだったら……。自分はテイルレッドとしてまた元のように戦えるのか。自分がもし戦えなくなってしまったら、この世界のツインテールは。

 のしかかる不安感が、ソーラの背を丸め込ませる。

「――ひゃ!?」

 いきなり、ソーラの首筋に氷のように冷たいものが押し当てられ、素っ頓狂な悲鳴を上げる。後ろを振り返れば、そこには見慣れた顔の男子が、缶ジュースをこれ見よがしに振っていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 せっかくのリゾート地と、鏡也は夜の浜辺へと出てきた。余りこういった光景は見る機会もないので、飲み物片手に散歩でもと思ったのだ。

 サクサクと砂地を踏みしめながら進んでいく。心地よい海風をあびながら、男一人でいるのがちょっと虚しくなったりもした。そんなセンチメンタルをごまかすように、砂浜の向こうを見やれば、何やら見慣れたツインテールがあった。

 何が悲しくて、このタイミングで……。そんな理不尽極まりない憤りが、ソーラの背後にこっそり近づくという行為へと繋がった。

 ゆっくり近づき、よく冷えた缶を首筋に当ててやれば、予想通りのリアクションが発生したので、鏡也は溜飲を下げた。

「鏡也か……びっくりした」

「どうしたんだ、こんな時間に。センチメンタルな顔して海を見ているだなんて……熱でもあるのか?」

「どういう意味だよ!?」

「そのままの意味だよ」

 鏡也は缶ジュースを差し出しながら、隣に腰掛ける。受け取ったジュースがサイダーだったので、ソーラはゆっくりとプルタブを開ける。ブシュ! という音とともに泡が外へと溢れたので、すぐに口を付けてそれをすすった。

「……それで、どうしたんだ? そんな湿気た顔をして夜の散歩というわけでもあるまい?」

 鏡也も、もう一本のジュースを開ける。缶の色からオレンジジュースらしい。

 ソーラは問いには答えず、鏡也は更に問いかけず。しばらくの間、言葉をかわさないままに缶を傾けるだけの時間が過ぎていく。やがて、その沈黙をソーラが破った。

「鏡也、俺……力を無くしちまったみたいだ」

「うん、知ってる」

「軽っ! 俺の深刻さに対して軽過ぎだろ!? 何でそんなに軽いんだよ!?」

「だって知ってたし」

「んなっ」

 本気でショックだったのか、ソーラがこれでもかと目を見開いた。その顔が実に滑稽で、鏡也はつい笑いを零した。

「本気でバレてないと思ったのか? 俺の属性は眼鏡。他の者はいざ知らず、俺の眼鏡はごまかせないさ」

「そこはせめて、目にしようぜ?」

 あくまでも眼鏡押しの鏡也にソーラは呆れてしまう。かくいう彼女もツインテール押しなのでどっこいどっこいなのだが。

「――俺の異変はスパイダギルディと戦った時から、段々と大きくなってるみたいでさ……もう、変身する前と後に、ほとんど差がないっていうか」

「そうだな。精々、女子中学生と女子高校生程度の差しかないな。……女子高校生と言っても、愛香じゃないからな」

「言われるまでもないって」

 本人がいない所で言いたい放題である。

「でも、お前の異変はその前からだったろう?」

「えっ?」

「ダークグラスパーにキスされただろう。あの辺りからずっと、おかしかったぞお前。ツインテールより、唇に目が行ってたろう?」

「っ……。いや、あの時はその……ちょっと動揺してただけだ。もう、全然気にならないぞ」

「――そうか」

 頑なに否定するソーラに、それ以上の追求はすまいと鏡也は話を打ち切った。代わりに、ソーラから質問がきた。

「鏡也はさ……眼鏡を裏切ったことはあるか?」

「………すまん。もう一度言ってくれるか?」

 一瞬、自分の聞き間違いかと思ってしまったので、鏡也は聞き返した。

「だから、眼鏡を裏切ったことはあるかって」

「ねーよ。何処のパワーワードだ、それは」

「俺は真剣に聞いているんだよ!?」

「俺も真剣に頭を痛めたわ!!」

 ぐぬぬ。と睨み合い、やがて埒が明かないとソーラが話を継ぐ。

「夢でさ、テイルレッドが……ツインテールを解いたんだ。すっげえ悲しそうにさ。それだけじゃない。テイルレッドが……ツインテールが俺の前から消えようとするんだ。何度も、何度も」

「……あくまでも、夢の話だろう?」

「俺だってそう思ったさ。だけど、あんな夢を見たのも、こんな風に力が弱くなってるのも、俺がツインテールを裏切っちまったからなんじゃないかって……そう思えてならないんだ」

「なるほど。それで妙なことを聞いてきたのか」

 本人なりに深刻な悩みのようで、鏡也は茶化す訳にも行かず、真面目な表情でソーラを見やる。

 そして同時に、この”異常な状況”がどうして引き起こされたのか。その原因にも漸く心当たった。

 だが、それを解決するにあたって、”他人の言葉は意味がない”。あくまでも、自分で気づかなければならない。

 だが幼馴染に、10年来の親友に、伝えなければならない言葉がある。

「……俺に言えることはたった一つだ。観束総二という男がツインテールを裏切るなんて事は絶対にない。たとえツインテールが、お前を裏切ったとしてもな」

 せめてこれだけは、言っておかなければいけない。そうでなければ世界最強のツインテールなどとなれる筈がない。

「鏡也……」

 その言葉の意味がどれだけ伝わったのか、鏡也には分からない。だけど、ソーラは少しだけ目を瞬かせ、そして――。

「――ありがとうな」

 と言って、笑った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 音もなく、風もなく、水面はただ一切の揺れを起こさず、鑑のようにあった。そこは人の世の場所ではない。

 現世と幽世の間――転生の泉。その泉に身を沈めれば、新たなる姿と力を得られるという。

 ただし、生半可な者が泉に触れれば、忽ちの内に溶かされてしまう。また、泉に身を沈められたとしても、強き心なき者もまた、泉の一滴となる運命という。

 そんな危険な場へ、かつて一人の武士(もののふ)がその身を沈めた。

 男の娘属性の求道者。アルティメギル切手の武人。その名をスパイダギルディと言った。

 己が身の未熟を恥じ、更なる力を求めて泉に投じたのはどれほど前か。水面は静けさをたたえ、その底に斯様なる者など居ないかのようであった。

 

 ――――。

 

 僅かに、水面が波立つ。それはまるで止まっていた時間が動き出したとでもいうかのようにさざ波となり、黒き巨影を映し出した。

 ザザン。と、水柱が立ち、巨躯が這い上がる。滴る水を拭うことなく、スパイダギルディはまるで幽鬼のように揺らめきながら一歩、二歩と進めていく。

「ぬ……ぬぅ……! うぅううううおおおおおおおお!」

 咆哮が響くや、スパイダギルディの体が異変を起こす。背が破れ、まるで脱皮するかのように新たな姿が現れた。

 黒い、大きな体躯は白い細めのものとなり、全体的に小柄になった印象だ。陣羽織の代わりにもろ肌を脱いだかのような出で立ち。その威容、修羅より夜叉へと変じたかのような迫力。

「これが転生……。素晴らしい。内側から滾々と力が湧き出てくるかのようだ」

 生まれ変わったスパイダギルディは、その変容に心を踊らせた。

「――お、おお! 師範!」

「むっ。お前達、何故ここに?」

 入り口から数名のエレメリアンが駆け込んできた。それはスパイダギルディ門下の者であった。

「はっ。師範がいつお目覚めになられても良いようにと、一門入れ替わりでお待ちしておりました」

「そうか……ご苦労。それで、状況はどうなってる? 泉の中では外界のことが何一つ伝わらぬのでな」

 そう問いかけるスパイダギルディに、門下の者は表情を暗くした。その変化にスパイダギルディも直ぐに気付く。それは凶報であると。

「……どうした?」

「申し上げます。一門より、ワームギルディ、スネイルギルディの両名が……ツインテイルズと戦い、破れました!!」

「その戦いぶり、一門の名に恥じぬもの! なれど、ツインテイルズは更にその上を……!」

「―――。そう、であったか」

 愛弟子の死。それはスパイダギルディの心に小さからざる波紋を起こした。ただ一度だけ、深く息を吐き、一歩、強く地を踏みしめる。

「これより基地へと戻る。戻り次第、道場に皆をあつめよ」

「ハッ!」

「それともう一つ。これより、拙者をスパイダギルディと呼んではならぬ。拙者は、名を改める」

「………では、何と?」

「今、此の時より――我が名は、アラクネギルディである!」

 

 スパイダギルディ改めアラクネギルディ。アルティメギル最強の武人と謳われた剣豪が更なる脅威となって再び、ツインテイルズの前に立ちはだかる。

 




ついにアラクネギルディとなりました。最終決戦目前です。


いかん。門下生の変態ぶりを書いていないじゃないかww


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遅れてしまいましたが、いよいよ4巻ラストのエピソードです。

生まれ変わったスパイダギルディ改めアラクネギルディ。その脅威がツインテイルズに迫る!!
テイルレッド不調の中、この脅威にどう立ち向かうのか!?





たまには真面目に前書きも書きますよ?w


 雲一つない晴天。朝の爽やかな空気を開けた窓から取り込む部屋の中で、ソーラは鏡の前に座していた。

「――よしっ」

 机に置いた鏡を見ながら気合を入れ、手にブラシを持つ。右半分の髪を肩の前へと流し、纏めるように梳いていく。緩やかに、丁寧に。そうして髪が束ねられてきたところで、ひし形のバレッタを手にする。トゥアールから譲られたものだ。すっかり手慣れた動きで髪を留める。

 反対側も同じように束ね、ツインテールの完成だ。僅か30秒の早業である。

「ん――よし。いい感じだ」

 以前は見るも堪えない出来だったが、最近はすっかり慣れてきたもので、今日に至ってはテイルレッドのそれにも並ぶ――とは流石に言い過ぎかと、ソーラは苦笑した。

 

『観束総二という男がツインテールを裏切るなんて事は絶対にない。たとえツインテールが、お前を裏切ったとしてもな』

 

 不安に潰されそうになった心に、強く響いた鏡也の言葉。それを思い出しながら、ソーラは着替えるべく立ち上がった。

 

「そーじ、今度からエレメリアンが出ても出撃禁止だからね」

 いきなり、心を叩き潰すような発言が、愛香から飛び出してきた。

「な、何でだよ?」

「気付いてないとでも思ってるの? シーラカンスギルディって奴に、簡単にふっ飛ばされてたでしょ? 前々から何かおかしいって思ってたけど、あれではっきりしたわ。そーじ、あんた弱くなってるでしょ?」

「う……」

 ストレートに叩きつけられ、ソーラは言葉をつまらせた。思わず隣りにいる鏡也に視線を送るが、送られた主はただ首を振るのみだった。

 愛香の言い分はいちいち尤もだ。常人と変わらない状態で戦場に出ても、敵のいい的だ。最悪、ツインテール属性を奪われてしまうような事態に陥ってしまったらどうするのか。

 となれば、テイルレッド――ソーラを戦場に出さないというのは当然の選択だった。

「とにかく、元に戻るまでは戦うのは禁止。良いわね?」

「………」

 ソーラは不服そうに眉をひそめた。だが、反論も出来ない。

「大丈夫ですよ、総二様。愛香さんが地の底にまで落ちた名誉を更に積極的に貶めるようにして、エレメリアンを倒していきますから。そうして大衆に更に恐怖が染み付いたところで総二様が満を持して登場すれば、レッドの人気は更に爆上がりですから」

「じゃあ、まずはあんたが爆上がりしてなさい!」

「たーまやー!?」

 JEEEEEEEEET!! とでも擬音が付きそうな愛香のアッパーカットによって、昼の打ち上げ花火と化したトゥアールだったが、爆発しなかったので不発のようだ。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 異空間に存在するエレメリアン秘密基地。そこには無数の変態――もとい、エレメリアン達が滞在している。

 そして今、其処より出陣する武士があった。

「では、行って参る」

「皆、師範に――礼」

 転生の泉によって生まれ変わったアラクネギルディの前に、正装した門下一同が揃い踏みしていた。

「此度の戦……我が生涯において最も過酷なものになろう。だが、必ずやツインテイルズを討ち果たし、お前たちの下に戻ってこよう」

「一門、師範のお帰りをお待ちしております!」

 弟子たちに見送られ、アラクネギルディが出撃する。師と弟子。その信頼関係の確かさを感じられる光景を少し離れたところから見守るのは、ダークグラスパーとメガ・ネプチューン=Mk.Ⅱである。

 アラクネギルディがダークグラスパーに向かい、一礼する。そして決戦の舞台――地球へと転移した。

 

「――なんや。悲壮ささえ感じるなぁ」

「どこぞへ行っとる間に弟子が次々やられておったからのお。特にあの………ミミズ?」

「ワームギルディやて、イースナちゃん」

「そのワーム某がの………なにやらお気に入りだったようでの。……うん、あれは色々と危険じゃ。具体的には貴の三葉(ノー・ブル・クラブ)的に」

「え……貴の三葉って………あれやろ?」

「あれじゃ。……男の娘属性、間違ってもあやつらと遭遇させてはならんな。そして――」

 そして、ダークグラスパーは残された一門に視線をやる。

「――あの、怪物じみた顔は何じゃ。何故に化粧をしておる? あれでは化生ではないか」

 そう。アラクネギルディ一門は顔は白粉。口には秋の落ち葉よりもでかい紅をさす。それが揃い踏みしている。まともな神経の者が見れば、毎夜の悪夢に悩まされること請け合いであろう。

 なにせ、上級者と言っても過言ではないダークグラスパーですら、この光景にドン引きしているのだから。

「……男の娘属性、もうほっとこう。わらわはアイドル活動に勤しむか」

 軽いめまいに頭を抑えつつ、ダークグラスパーはその場を後にする。メガ・ネはその背をそっと支えるのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 学園の昼休み。毎度毎度のソーラ祭りにも慣れたもので、手際よく群衆を避けていく。そうして部室まで駆け込めば、そこで終了だ。そういう訳でいつものように部室に入ると、エレメリアンを完治するセンサーがけたたましく音を発した。

「なんだ!?」

「エレメリアン反応! でも、これは……今までにない強さです。間違いなく幹部級……でも、このパターンは……?」

「とにかく行こう!」

「ダメよ!」

 すっくと立つソーラだったが、その肩を愛香が押さえた。

「今朝の話を忘れたの? あんたは絶対に出撃しちゃダメ。敵が幹部級だっていうなら尚更よ」

「そうですわ。観束君の身に何かあったら大変ですわ。どうか基地で待っていてください。大丈夫。私達も強くなっておりますし、ナイトグラスターも駆けつけてくれますでしょうし、心配ありませんわ」

 遅れてやって来た慧理那も、そう言って変身した愛香ともども出撃した。それを見送ったソーラの表情は暗い。

「総二様。ココは愛香さん達に任せて、私たちは基地へ移動しましょう」

「……ああ」

「トゥアール、俺もすぐに出る。どうにも嫌な予感がするからな」

「分かりました」

 鏡也もその場で変身し、ゲートへと向かう。その際、ソーラに一言そっと呟く。

「余り考えすぎるな。大事なのは自分の心だ」

「えっ」

 ソーラが聞き返すよりも早く、ナイトグラスターはゲートの向こうへと消えたのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「何……これ?」

 転移した先で見た光景に、ブルーは声を失った。見渡す限り、町中が可愛らしいツインテールの少女だらけだった。だが、その格好がおかしい。ダボッとした男物を着ている……というより、今までそれをちゃんと着ていたかのようだ。

「な……なんだよこれ!? 何でこんな姿に!?」

「何でこんな……良かった、ちゃんとある! いや、そうじゃない!」

「うわあああ! テイルブルーだぁあああ!」

 誰もが悲鳴を上げている。一部、違う悲鳴を上げている者がいるが、ブルーは耳に入らないことにして、拳をギリギリと握り固めた。

「これは一体、何が起きたと言うんですの? 男性の姿がないようですけど……」

 見た限り、異変がない女性と異変が起きてる女性の二つがあるようだ。その差はやはり服装だ。

「それは違うな」

 真上――電柱の上から声が聞こえた。見上げる二人の視界に銀色の輝きが映った。

「どういう事よ、ナイトグラスター?」

「その一見すると男物を着ている女……それらは皆、”男”だ。女に見える男……つまり〈男の娘〉だ」

「なん……ですって?」

 ナイトグラスターの言葉に、改めてブルーは町を見回す。この途方もない数の、男物を着ている全てが――男の娘。その事実に到達した途端、この地獄絵図に目眩を起こした。言葉を失ったブルーに代わって、イエローが続ける。

「どうして、そのような事が?」

「奴の仕業だろうな。見ろ。あの建設途中のビルの上を」

 ナイトグラスターが顎で指し示す方――剥き出しの鉄骨の上に立つ、白い姿。武者を思わせる出で立ちは、かつて一度見えた者に似ていた。

「あれは……スパイダギルディ? でも、見かけがかなり違うようですわ」

「他人の空似じゃないの?」

『いいえ。モニターを見て確信しました。それはスパイダギルディで間違いありません。恐らくは”進化体”となったんでしょう』

「進化体?」

 トゥアールの通信に聞きなれない言葉があり、ブルーは聞き返す。

『エレメリアンの中には、新たな姿に生まれ変わる個体があります。それが進化体です。気を付けて下さい、進化を遂げたエレメリアンはそれまでとは別格です』

「りょーかい。どっちにしろ強い相手だし、油断無しで行くわよ」

「レッドの分まで頑張りましょう、ブルー。ナイトグラスター。町に迫る危機、そして待ち受ける強敵。燃えてきますわ!」

 ヒーロー的シチュエーションにイエローの瞳が熱を帯びる。先んじて駆け出すイエローの後を、二人もすぐに追いかけるのだった。

 

「……来たか」

 建築素材が幾つも残された建築現場。周囲を鋼版で覆われた敷地内に、人の気配はなく、代わりに強大な威圧を放つ存在だけが仮初の摩天楼の支配者であるかの如く、腕を組み、ただ立っていた。

 そこはまるでコロシアムの武闘台のように感じられた。入り口は開け放たれており、ナイトグラスター達は周囲を警戒しつつ、足を踏み入れた。

「――来たな、ツインテイルズ。テイルレッドはどうした? もしや怖気づいたか」

 三人を見据え、武者はその腕を解いた。

「あんたなんてあたしらだけで十分なのよ。進化したって聞いたけど、変なダイエットでもしたの? 前の方がゴツくて強そうだったわよ?」

「町の異変は、あなたの仕業ですわね。スパイダギルディ!」

「いかにも。新たに得た我が姿、我が能力によって男子の眠れる乙女を呼び覚まし、染め上げる――見よ、男の娘の溢れる様を。何と美しいことか」

「さえずるな。嗜好は人それぞれだが、それを他者に強制する権利は誰にもない。このような有様、見るに堪えない醜さだ。力を得て、正道さえ見失ったようだな」

「ふっ。我が属性は元より邪道とされてきた。それを拙者は正面から受け止め、跳ね除けてきた。この力はその極地よ」

 これ以上の問答は無用と、腰に差した長物が抜き放たれた。かつても見た刃であったが、その刀身からさえ妖気が溢れ出している。

「スパイダギルディ改め、アラクネギルディ。この世界を、ツインテールと男の娘で満たし、愛弟子らに――ワームギルディに捧げよう」

 

「…………は?」

 

 何故、愛弟子から区切ってワームギルディ単体の名が出てきたのか。そこに踏み入っていいのかどうか迷う一同。触れない方が精神的に健康でいられる気がするし、このまま有耶無耶のままの方が気持ち悪い気もした。

 そんな逡巡も気付かぬと、アラクネギルディの一人語りは続いた。

「あの者のひたむきさ。できの悪い弟子ほど可愛いと言うが……拙者のそれが、そのような親愛でないことは、すぐに分かった」

 おいバカ止めろ。誰も聞いてないって。そんな気持ちが、何故か言葉として出てこない。

「そう! 拙者はワームギルディを――」

「だらっしゃああああああああ!」

 

 ズガァアアアアアアアアアアン―――ッ!

 

 もはや限界突破と、ブルーがランスをぶん投げた。盛大な爆発が起きる。

「気色悪いわ! 何なのよ、ミミズとクモって!? ないわよ、ない!」

「で、ですが……そういうのは気持ちが大事ですし、頭ごなしに否定するのはどうかと……」

「じゃあ、いいの? あれとあれが、キャッキャウフフしてるシチュエーションを見て、心に怪我を負わない?」

「…………すみません。私が悪かったですわ」

 これでもかと真剣な表情のブルーに迫られたイエローがうなだれた。

「心が怪我を負う前に、心が折れたようだな。――だが、向こうは怪我もないし折れてもいないようだ」

「え?」

 ナイトグラスターの言葉に、視線を上げる二人。煙が晴れていくその向こうには変わらず、アラクネギルディが立っていた。左手には、ブルーの投擲したランスが握られている。

「ウソ……直撃した筈なのに」

「当たる一瞬、スピアの切っ先を柄頭で叩いて跳ね上げ、威力を殺したんだ。そしてそのまま柄を掴んだ。恐ろしいのはその全てを、左手だけで行ってみせた事だ。とんでもない神業だ」

「……なるほど。進化したってのは伊達じゃないってことね」

 アラクネギルディから投げ返された槍を掴み、ブルーが笑う。今、目の前にいる敵の強大さに圧倒されそうな心を鼓舞するように。

「では行くぞ、ツインテイルズ。そしてナイトグラスター。お前達を倒し、この世界を男の娘の楽園へと変えてみせよう!」

「そんな地獄絵図、許すわけ無いでしょ!」

 ブルーが地を蹴って飛び掛かる。ランスを振り上げ、真っ向から叩きつける。が、アラクネギルディは苦もなく躱し、一撃は鉄骨を歪めるに留まった。

「うりゃあああ!」

 だが、躱されるのは想定内とばかりに、ブルーはすぐに追いかけた。突き、払い、蹴りまでも織り交ぜての猛ラッシュだ。

「――ふん」

 アラクネギルディは鞘に納めたままの愛刀をクルリと回し、蹴り足を弾く。そのまま身を捻って抜刀し、刃を以てランスを弾いて見せた。

「その程度では、拙者には届かぬ」

 鞘尻を無防備になったブルーの腹に付きたてるアラクネギルディ。一体何を、と思うブルーの視界に、切っ先が鯉口に納められているのが見えた。

「奥義、男の娘の矢追孔(よろいどおし)!!」

「ガハッ――!?」

 鞘滑りを応用しての、打突。鯉口が鳴ると同時に、ブルーの体を強烈な衝撃が突き抜けた。

「ブルー! 今、助けますわ!」

「一人で突っ込むな! イエローは援護を!」

 遅れて飛び込んできたナイトグラスターとテイルイエローが、同時に仕掛ける。イエローがヴォルティックブラスターを発射し、その合間をナイトグラスターが駆け抜ける。フォトンフルーレを勢いに乗せて繰り出す。鞘に納めたままの男の娘の棒(メノムラクモ)とぶつかり、火花が散った。

「さすがの速さ。しかし、幾ら速かろうとも一撃が軽くては―――ぬぅ!?」

「軽いならば、重くなるよう束ねるだけだ」

 一撃を受けたと思ったその上から神速の連撃が集中して叩き込まれ、アラクネギルディが揺らぐ。

「そこ、もらいましたわ!」

「むうっ」

 大きく跳んだイエローが真上から一斉射する。光弾の嵐をアラクネギルディは飛び退いて躱した。

「――先の戦いより、腕を上げたは拙者だけではなかったか。であるなら、こちらも新たなる力を見せねばなるまい」

ゆらり、とアラクネギルディの像が揺れた。そして――その姿が二つに分かれた。

「分身……!?」

「では、どちらかが幻という事でしょうか?」

 

「「残念だが、どちらも拙者よ」」

 

 ステレオで、アラクネギルディの声が響く。

「男の娘とは女子(おなご)男子(おのこ)、その両方の性を有しているようなもの。であるならば、我が身を二つに分けることも道理であろう」

「いや、それはおかしいでしょう!? 性が二つだったら二人に分かれるってアリなの!?」

「男子と女子………性が二つ……どちらかが女性、ということでしょうか?」

 

 ……。

 ………。

 ……………。

 

 イエローの言葉に痛いほどの沈黙が訪れた。

「………やめてよ、気持ち悪いじゃない」

 ブルーがこれでもかと顔をしかめる。想像してしまったのだろう。それを振り払うように槍を振るった。

「片方は私が引き受けよう。ブルーとイエローは二人で当たってくれ」

「大丈夫なの?」

「倒せなくとも足を止めることは出来る。二対三の状況は避けるべきだろう。私の速度ならば問題ない」

「分かった。信じる」

 ナイトグラスターの言葉にブルーが頷いて返す。イエローに目配せし、タイミングを図る。

「――行くぞ!」

 ナイトグラスターの声に、イエローが弾幕を一気に起こす。アラクネギルディらは左右に分かれ、躱した。その瞬間、ナイトグラスターがうち一体に目掛けて飛びかかった。

「ぬう――っ」

「付き合ってもらうぞ、アラクネギルディ」

 もつれ合うようにして、鉄骨の合間を堕ちていく二つの影。それを見送る事なく、ブルーとイエローは残ったもう一体と向かい合った。

「分断か。だが、お主ら二人で拙者と渡り合えると思っているのか?」

「出来ると思ってるからやるのよ!」

 ブルーが鉄骨を蹴って、一気に飛び込む。掬い上げるようにして槍を振り抜き、更に切っ先を返して横薙ぎに振るう。が、それらを読み切ったように、アラクネギルディは造作もなく躱した。

「良かろう。ならばそれが誤りであったと知るが良い」

 アラクネギルディの背中が蠢き、六つの足が姿を現した。

「手数ならば、こちらも自信がある」

 ビル上部に爆発が起こったのはその直後であった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ビルの最下層へと真っ逆さまに落ちていくナイトグラスターとアラクネギルディ。途中、アラクネギルディに振り解かれるが、すぐさま切り返した。

 落下を続けながら、剣戟が響き続けた。地面がやがて見えてくると、途中のワイヤーを掴み、勢いを殺して着地する。アラクネギルディも、少し離れた場所に着地した。

「どういうつもりだ。お前ならばここまで来る前に留まれたのではないか?」

「せっかく、一騎打ちをしようというのだ。それを避けたとあっては武人としての名折れ。それにナイトグラスターよ、お主の剣にも興味がある」

 ゆるりと、鞘から凶悪な牙が抜き放たれる。

「あの方と同じ属性力の剣――どれ程か、味合わせてもらおう」

「……ダークグラスパーか。いちいち貴様らの口からは奴の名ばかりが聞こえてくるな。だが、流石に不愉快だ。黙ってもらおうか」

 ナイトグラスターもフォトンフルーレを構え、何時でも動けるように態勢を整える。

「ふむ。ならばこれ以上の問答は無用。後は我が剣にて語るとしよう」

 直後、土煙が巻き起こった。その中で幾重もの光が飛び散り、甲高い音が鳴り響いた。




一騎打ちは男の娘の華!!








何か間違っているような気がしなくもない。


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10

アズールレーン、面白いですね。
愛宕さんが三人も来てくれたのに、ウェールズさんは来てくれませんでした
(なんのこっちゃ)


 ナイトグラスターが速攻を仕掛ける。最大の武器である速度を活かして、嵐のような斬撃を繰り出す。アラクネギルディは柱を障害物としながら走り、その軌道を限定させながら、間合いを離そうとする。そうはさせじと、さながら跳弾の如く行く手を塞ぎ、縦横無尽に飛び回る。

「ぬぅ……。この動き、”ただ速い”だけではないな」

「ハァアアア!」

「だが、それでも拙者には及ばぬ」

 鞘から解き放たぬ長物をグルリと回し、猛追するナイトグラスターの刃を躱し、その横っ面に向かって振るった。それに反応し、ナイトグラスターもフォトンフルーレを振り抜いた。

 

 ――ギィン!

 

 一合。たったそれだけでナイトグラスターの体が飛んだ。土煙を上げて滑りながら、なんとか体勢を立て直す。

「ぐう……っ!」

「幾ら速かろうとも、このような限定的な空間では攻められる方向は限られる。それさえ分かれば後の先を取るは容易よ」

 アラクネギルディが、鞘からゆっくりと刃を抜き放つ。薄暗い空間にあってもギラリと輝くそれは、まるで夜天に煌めく凶月だ。

「分断し、数の優位を活かすために一人、拙者の相手を努めようというのだろうが……愚策よ」

「化け物じみた貴様に連携をされたら、それこそ勝ち目がない。勝ちの目は高いほうが良いだろう?」

「なるほど。愚策と称したことは訂正しよう。だが、それでも拙者を一人で止められると思うか?」

「可能か不可能かは関係ない。ここで、貴様を倒す。そう決めただけだ」

「――潔し!」

 一足で間合いを詰め、上段から唐竹に刃が走る。瞬きの間に敵を両断する神速の一撃だ。ナイトグラスターは半身を引いてそれを躱す。数本の髪の毛が宙に舞った。片足を軸に回転し、ナイトグラスターは前へと踏み込む。間合いの差がある以上、懐に飛び込まなければ活路はない。

 横に飛び込んだナイトグラスターは更に半回転する勢いで、フォトンフルーレを振り抜く。しかし、その刃が止められる。アラクネギルディの背中から太い足のような爪が現れて、フルーレを止めたのだ。

「ちっ!」

 舌打ちすると同時に、飛び退く。鋭い爪が一瞬の後、ナイトグラスターの居た場所を貫いていた。

「拙者の武器はこの刀のみに非ず。手数においてもこちらが有利よ」

「つくづく面倒な相手だな――っ!?」

とっさに伏せる。その頭上を大太刀が烈風を伴って駆けた。更に六つの爪矢継ぎ早に襲いかかる。鉄骨さえ大きく切りつける威力のそれを躱しながら反撃を試みるも、敵の攻撃の隙間を突いての反撃では、思うような効果を発揮できない。

「くそっ」

「ダークグラスパー様と同じ眼鏡属性の能力。それは光、闇の違いはあれ、”像を結ぶ”事にある。光が像を映し、影が生まれるようにな。故に、視覚を通してあらゆる情報を得、そこから〈予測〉を見る。それは予知にも近い程だ。だが――」

 アラクネギルディが刃を水平に構え、そのスタンスを大きく広げる。それは明らかな意思に満ちてている。

「如何に”見えて”いようとも、それを活かせる力なくば……無力と同じよ」

「――っ」

 それを受けて、ナイトグラスターも構える。”予測”は――最悪。回避も許されない。だが、そこまであれば覚悟も決まる。

「無駄かどうか――確かめてみると良い」

「ふっ……良かろう!」

 静寂は一瞬。互いの姿が消え、耳をつんざく金属音と共に爆発が起こった。そして――。

 

「………ぅぐ」

「見事なる一撃だった。ナイトグラスターよ」

 積まれた土嚢を派手に吹き飛ばして、光の騎士が砂泥にまみれた。そして強烈なる武士は踵を返した。

 目的はツインテール属性。未だ戦闘中の上層階に向かって、アラクネギルディは軽く跳躍しながら登っていった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 テイルブルーとテイルイエロー、アラクネギルディは戦闘を継続しながら屋上まで上がっていた。

「こいつ……速い!」

「以前に戦った時とは比べ物になりませんわ!」

 イエローが牽制を仕掛け、ブルーが一撃を繰り出す。だが、イエローの弾幕も足止めし切れず、ブルーのパワーも容易くいなされてしまう。

「その程度では、拙者を留める事などできぬぞ?」

 息荒い二人に比べて、アラクネギルディは余裕さえ浮かべている。だらりと下げた長物を肩に担ぎ、ゆっくりと歩を進める。その威圧に、二人の足が無意識に下がる。

「臆したな」

 瞬間、アラクネギルディが踏み込む。一歩でその間合いを詰め、袈裟がけに一刀を繰り出す。今までの賜物か、反射的にランスで防御するブルー。その上から、強烈な衝撃が走った。弾き飛ばされるブルー。その踏み込みから、アラクネギルディの体が回転する。その足が鞭のようにしなって、イエローに向かって振るわれる。

「きゃあ!」

「イエロー! このぉ!」

 まともに喰らって吹き飛ばされるイエロー。ブルーはすぐに駆け出し、ランスを振り上げた。

「大振りな一撃なぞ、拙者には通じぬ――っ!?」

 余裕で飛び退きながら、しかし咄嗟に刃を盾にしたその上から、衝撃が走る。槍は触れていないが、攻撃は届いた。

「こんの――!」

 ブルーは目一杯の力を込めてランス横薙ぎに振るう。大きく跳んだアラクネギルディの足元を、不可視の一撃が弾いた。更にランスを振り回すも、アラクネギルディはその軌道を全て見切って躱してみせる。

 〈ハイレグα属性〉による不可視の間合延長攻撃だったが、もう効果がないと分かるや、すぐに次の属性玉をセットする。そして思いっきり跳躍した。

「これなら――どう!」

「そのような攻撃、躱すは容易い」

 真っ直ぐに繰り出される攻撃は、しかしあっさりと躱される。だが、それはブルーも承知だ。

「喰らいなさい!」

 体勢を立て直したイエローがガトリングガンで牽制する。アラクネギルディの注意が一瞬逸れたその時、ブルーの姿が消えた。

「ぬっ!?」

「――おりゃあ!!」

 ブルーの槍が鋭く、アラクネギルディに襲いかかった。アラクネギルディの正に真下から。〈スク水属性〉による透過能力でコンクリートを抜けたのだ。

「ぐぬっ!?」

 さしものアラクネギルディも、完全な不意打ちに対応し切れず、一撃を喰らう。それをチャンスと、ブルーが一気に攻めたてる。アラクネギルディも即座に対してブルーの攻撃を捌く。だが、彼女の狙いはその次にあった。

「これなら、どうよ!」

「っ――」

 超至近距離からの、完全解放。躱すのは不可能なタイミングだ。

「エグゼキュートウェイブ――!」

「ぬぅうううう!」

 放たれる必殺の一撃に対して即座に反応したアラクネギルディが、そこに向かって背中から六つの足と太刀を合わせ、正面から受け止めた。

「ちぇぇええええええい!」

 裂帛の気合と共に、大太刀がランスを弾き飛ばす。そのまま足の先端から赤い糸を光線のように放ち、二人がそれに絡め取られる。

「しまった!」

「せぇええええええええい!」

 糸を思いっ切り引かれ、二人の体が空中に投げ出される。防御も出来ないその状態の二人に、アラクネギルディが一閃した。

 

「「きゃああああああああああ!」」

 

 盛大にふっ飛ばされ、二人は剥き出しの鉄骨に叩きつけられる。低くたわんだ音が屋上に響いた。ガラガラと崩れる建築資材が、二人の上にのしかかっていく。

「危ういところであった。以前の拙者であったならば、今の一撃が届いていたやも知れぬ」

 言葉ではそう言いながら、アラクネギルディには焦りの色など微塵もない。それ程に圧倒的な差だった。

「――聞こえているか、テイルレッドよ! 何故に姿を現さぬか知らぬが、早く現れねば被害は拡がるばかりぞ!」

 アラクネギルディが叫ぶや、町を呑み込むような巨大な竜巻が出現し、それが解けるようにして烈風に変わる。その風に煽られた人々(主に男性)の悲鳴が、町のあちらこちらからから響いた。どうやら、強制男の娘攻撃の被害が更に拡大しているようだ。このままではいずれ、日本が男の娘国家になってしまうかも知れない。それは正に地獄絵図だ。

「冗談じゃないわよ……!」

「ええ。これ以上の被害はなんとしても……!」

 上に載っていた資材をどかしながら、ブルーとイエローが立ち上がった。だが、足は覚束ない。戦えなくないが、しかしダメージは決して軽くはない。

「まだ立ち上がれるか。しかし――」

「それもここまでだ」

 背後から、アラクネギルディの声が聞こえた。正面には変わらず、アラクネギルディがいる。その異変に察するよりも早く、二人の体を赤い糸が絡め取った。

「アンタ、どうして……!?」

 背後に目をやると、そこにもアラクネギルディが立っていた。その事実に、イエローが目を見開く。

「まさか……ナイトグラスターが?」

「奴ならば、すでに倒れた。残るはお主達だけだ」

「くっ……!」

 最悪の状況にブルーが歯噛みする。ただでさえ一体相手でこのザマだ。二対二では一縷の望みさえ無い。そう思うブルーの前で、二人のアラクネギルディは再び一人へと戻る。

「数の優位を捨てた? どういうつもり……?」

「その程度の優位、意味をなさぬ。なにせ……数が増えた分、この力は損なわれる故な」

 一体へと戻ったアラクネギルディの体から、凄まじい属性力の波動が迸る。大太刀”男の娘の棒(アメノムラクモ)”を軽く触れば、その剣圧だけでコンクリート片が吹き飛んだ。

 迫りくる死神の手に、身動き出来ないブルーとイエローはどうすることも出来ない。

「では、さらばだ――」

 

「待て―――!!」

 

 突如、戦場に木霊した声。それこそは、この世界最強のツインテールを持つ守護者。そして今や、世界の全てにその存在を知られる赤い戦士。

 

「現れたか――テイルレッド」

 テイルレッド、戦場に降り立つ。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 基地のモニターでは、仲間達のピンチが映し出されていた。

「クソ――!」

 ソーラは居てもたっても居られず、転送装置に向かって駆け出した。

「待って下さい、総二様! 今、総二様が行っても無駄です!」

「っ――!」

 トゥアールの制止の声に、思わず足が止まる。たしかに、今のソーラにはまともに戦える力はない。だが、それでもソーラには赴かない理由にはならない。

 転送装置の操作はトゥアールにしか出来ない。総二は何としてもと、口を開こうとする。だが、それよりも早く別の声がソーラに掛けられた。

「行ってきなさい、総ちゃん!」

「母さん!?」

「お義母様!!」

 いつの間にやって来たか、いつものコスプレをした未春と、学園からここまで来たのだろう尊が立っていた。未春はつかつかと歩き、トゥアールの前にあるコンソールをパチパチと叩いた。と、転送装置が起動する。

「な、何で操作できるんですかお義母様!?」

「説明書を読んだのよ!」

「そんなものありませんよ!?」

「とにかく、行きなさい。――いいえ、行くべきなのよ!」

「待って下さい。総二様は今、戦える状態ではありません。出ていっても……勝ち目はありません」

「そんな事、どうということはないわ」

 未春はソーラの背を押すように、力強く言った。

「やりたい事とやるべき事が一致したなら、世界の声だって聞こえるのよ!」

「名言をパクるにしても、もうちょっとオブラートに包めよ!! でも、ありがとう。行ってくる!」

 ソーラは変身すると同時に転送装置に飛び込んだ。視界が光に染まり、空気が一変する。戻った視界に飛び込んできたのは、今まさに危機にさらされているブルーとイエローの姿だった。

 思わず、テイルレッドは叫んだ。

「待て―――!!」

 

 

 

 

 

 

 

「どうして総二様を行かせたんですか? 総二様は万全の状態ではないのに……」

「逆に聞くけれど、何時になったら総ちゃんは万全になれるの?」

「それは……分かりません。ですが、いつかは」

「それじゃダメなのよ。”何時、戦えるようになるか?”では足りないの。”何時、戦うべきか?”でないと。そうでなければ、総ちゃんは二度と立ち上がれなくなるわ」

 未春はいつになく真剣な表情でそう言った。

「それに、総ちゃん自身が問題の意味に気付けない限り、どれだけ時間を掛けても無駄なのよ。それに気付いているのは鏡也君ぐらいだけれどね」

「え? 鏡也さんは原因に気付いているんですか!?」

「あの子って結構、総ちゃんのこと見ているからねー。でも、結局は総ちゃん次第なのよ。自分の殻を壊せるかどうかは……ね」

 モニターの向こう、アラクネギルディと対峙するテイルレッドを見ながら、未春はそう呟くのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「くぅ……気を失っていたか?」

 圧迫感と共に痛む胸を押さえながら、ナイトグラスターは体を起こした。頭を振って、意識をハッキリさせれば、体中に違和感を覚える。その感覚に顔をしかめ、思わず独りごちる。

「やれやれ、これは盛大にやられたな。戦えないことはないが、果たして……」

 体を動かし、感覚を確かめ直す。どうやら動かすには支障はなさそうだ。一通り確かめると、強力な気配を発する上階を睨んだ。僅かに聞こえる音が、まだ戦闘が継続していることを教えてくれた。

 ナイトグラスターは一足飛びに、鉄骨を渡って上へと急いだ。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「何で来たのよ! 今からでも良いから帰りなさいよ! あたし達が信用できないの!?」 

「そんな事言って、ボロボロじゃねーか! とにかく俺も戦う!」

 レッドがブレイザーブレイドを構え、アラクネギルディに向かって飛び込む。上段から思いっ切り、叩きつけるように振り下ろす。が、その切っ先は床を叩くだけだった。

「……拙者を侮辱しておるのか? 何だ、その剣筋は?」

 明らかな不快さを孕んだ言葉に、レッドは更に攻撃を仕掛けた。しかし、その尽くが空を切り、剣の重さに振り回されるばかりだ。

「くそっ……! うおおおおおおお!」

 大きく跳んだレッドがその勢いを利用して、ブレイザーブレイドを振りかぶる。アラクネギルディは微動だにすることなく、スッと片手を上げた。

「なっ――」

 アラクネギルディはブレイザーブレイドの切っ先を、指で挟むように止めた。

「もう良い。お主からは何も感じぬ。これ以上、無様を晒すなテイルレッドよ!」

「っ――!」

 ブレイドを投げ捨てるように弾かれる。がら空きとなったその体に向かい、アラクネギルディの刃が振り上げられ――。

 

「完全解放――ブリリアントフラッシュ!」

 

 その瞬間。アラクネギルディとテイルレッドの間に銀の閃光が奔った。閃光はアラクネギルディを吹き飛ばし、レッドは尻餅をついた。

 見上げるテイルレッドの視界には、銀色の剣士の影があった。

「無事だったのか、ナイトグラス――」

 ター。と、レッドは言葉を続けたかったが……出来なかった。銀を全身に纏う姿はナイトグラスターのものに違いない。だが、明確に違っていた。

 銀糸の髪が背中まで伸びていて、体は一回り小さく細まっている。顔つきも男性のそれではない。全身が女性特有の丸みを帯びている。

「えっと……ナイトグラスターか?」

「ああ。言わんとせんことは分かる……間違いなく私だ」

 銀の影――ナイトグラスターは諦観したように言った。その変化に心当たるのは一つだけだ。

「もしかして、アラクネギルディの属性力で……?」

 離れたところにいるブルーとイエローも、困惑に目を見開いている。

「どうやら――うぐっ!?」 

 突然、ナイトグラスターが胸を押さえて苦しみだした。見れば、チェストアーマーに、大きな亀裂が入っている。

「くっ……何とか堪えてきたが……これ以上は、もう……!」

「おい大丈夫か! もしかして怪我を――」

 思わず駆け寄るレッドを余所に、ナイトグラスターの手が自分の肩に触れた。ガチャン。とチェストアーマーが落ちた。

 

 ――たゆん。

 

「…………………………………………は?」

 最初に聞こえたのは異様に低く、異様にドスの利いたブルーの声であった。

 元来、男の娘とは女子に異様に近い外見と内面を持つ男子の総称である。詰まるところ、どこまで行こうと性別上は男性なのだ。故に、女子に無いものはあるし、男子に無いものは無い。

 にも関わらず今、ナイトグラスターの胸には無い筈のものがあった。イエロー程ではないが、ブルーとは比較することさえ憐れになるサイズだ。

 何故、それがあるのか。レッドは知らず震える唇で尋ねた。

「お前、何で……?」

「――以前、スネイルギルディの粉を浴びたことがあっただろう?」

「あ、ああ……あったな」

 レッドに身に起きた異変が、それを起因としているのではないかとか投げたこともあったので、レッド自身よく覚えている。

「今更ながら、奴の属性力である”性転換属性”が強大化したアラクネギルディの”男の娘属性”の影響を受けてしまったようだ。ダメージを受けて防御が弱体化した事も原因であろう」

 そう自己分析するナイトグラスターは、解放された胸を数度撫で、安堵の溜め息を吐いた。

「全く……アーマーに潰されて何とも苦しかった。それにどうにも重い。感覚も色々と狂っているし、やりにくい事この上ない」

 やれやれと頭を振るナイトグラスター。レッドはどうしても、尋ねなければならなかった。

「つまり、男の娘になったんじゃなくて……完全に、女になっちまったのか?」

「そのようだ」

 

 

『「イィイイイイイイイイイイイイイイイイヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」』

 

 

 途端、現場と基地とで同時に絶叫が響き渡った。

「なんで!? 何で男の娘飛び越えて女になっちゃってるの!? しかも何よそんなの見せびらかして! あたしへのあてつけ!?」

『ブヒャヒャハハハハハハハハッハハッハアアアアア! 性転換した男にさえ負けてる! 何ですかもうDNAレベルでさえ敗北する遺伝子なんですか! いっそブルーも性転換したら良いんじゃないですか!』

「トゥアール! あとで覚えときなさいよ! 胸囲をマイナスにしてやるから!」

『物理的に不可能なのになぜかやられそうな恐怖が!』

『いやああああああ! 私は男性と結婚したいのです! ナイトグラスター様がそのままになってしまったら、同性間の結婚になってしまう!? その場合、ウエディングドレスはどっちが着ることになるのですかぁあああああああああ!?』

「尊、落ち着いて下さい! まだそうだとは決まってませんわ!?」

『そ、そうですね‥…文金高島田である可能性も』

「そうではなくて!」

 

「………なんだか、感じ慣れた空気だな」

「そうだな。さてと、流石に髪はこのままでは邪魔だな」

 そう言って、足下に落ちていた恐らくは梱包用に使われていたのだろうビニール紐を使って、手早く髪を後頭部に纏め上げた。

「ちょっと待て。そこはツインテールだろう!? なんでポニーテールなんだよ!?」

「なんでって……こっちの方が簡単だろう?」

「違う! 簡単とか難しいとかじゃない! 俺達はツインテイルズなんだぞ!? だったらツインテールじゃないのか!?」

「そもそも、私はツインテールではないだろう」

「ほら、頭寄越せ。俺が結んでやるから!」

「いや、遠慮する。というか、落ち着け」

 

「――ナイトグラスターッ!!」

 

 グダグダになりかけた空気を、アラクネギルディが一喝した。ビリビリと肌に突き刺さる圧に、全員が身構える。

「いや、あえてその名は呼ぶまい。今の姿――名付けるならば”レディ・グラスター”とでも言うべきか」

 アラクネギルディはゆっくりとした動作で刀を納め、鞘ごと床に突き立てた。そしてやおら背後に手を回しながら、その歩を進めてきた。

 何をする気かと、警戒する一同に対し、アラクネギルディはそれを取り出した。

 

「すまぬが、写真を何枚か取らせてもらえぬか?」

「お前まで何を言い出しているんだ!?」

 

 スマホを取り出してカメラレンズを向けるアラクネギルディに、レッドは条件反射でツッコむ。

「それは構わないが……男の娘ではないぞ?」

「いいのかよ!?」

 許可を出してしまったナイトグラスターにもレッドのツッコミが輝く。

「確かに……拙者の属性力とは違う。しかし、その姿は我が弟子スネイルギルディの理想を正に体現した姿。あやつの追い求めたものは、確かに在ったのだと、伝えてやりたいのだ」

「滅びてこそ叶う……全ては遠い理想郷というわけか」

 少しだけしんみりした空気が流れた。男の娘だの性転換だのという点に目を瞑れば、比較的良い話なのだが。

 

 

「では、まずは一枚。少し体をこちらに傾けてくれぬか?」

「こうか?」

「うむ。そのままこちらに上半身をひねる感じで……そうだ。そのまま」

「むう……難しいものだ」

「次は、そのポニーテールを掻き上げるように……そのまま! そのまま動かずに」

 

 

「…………何なのよ、これ?」

 思わず独りごちるテイルブルーであった。




ずっとやらかそうとしていたこのネタ!

やったね妙ちゃん。ついにナイトグラスターにヒロイン属性がついたよ!


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11

(只今、アラクネギルディが撮影中です。しばらくお待ちください)


「――さて、このぐらいで良いか」

「このぐらいで良いか。じゃないわよ! どんだけ撮れば気が済むのよ!? 十分以上やってんじゃないの!」

 溜まりに溜まったフラストレーションをぶつけるように突っ込むテイルブルー。それを意に介さず、アラクネギルディは満足気に写真の具合を確かめると、パンパンと手を叩いた。

「アルティロイド、これに」

「モケー!」

「これを持って基地に戻り、そして弟子たちに渡すのだ」

 そう言って、スマホを渡す。アルティロイドはモケッ!と敬礼して、そそくさと行ってしまった。

「ちょっと、良いのアレ? 一生の恥を残すことになるわよ?」

 と、ブルーがレディ・グラスター……もとい、ナイトグラスターの肩をつつく。

「まあ、長い人生そういうこともあろう」

「変な達観するなぁああああ! そのままだったらどうするのよ!?」

「……恐らくだが、そう大きな問題はないだろう。それよりも、だ――」

 ナイトグラスターはフルーレを構える。視線の先には再び大太刀を抜き放ったアラクネギルディ。ブルーも慌ててランスを構える。イエローとレッドも、戦闘態勢を取った。

「最早、後顧の憂いなし。後はお主らを屠り、そのツインテールを首領様に捧げるのみ」

 此処から先は、一切のお巫山戯は無しとばかりに、今までにない凄みを携えたアラクネギルディも構える。元より大きい身の丈が、更に一段と大きく見えた。

「上等じゃない。今度こそ決着をつけるわよ!」

 先陣を切ってブルーが走る。同時に両サイドにイエローとナイトグラスターが動く。レッドもブルーに続いて走った。

「包囲から仕掛けるか――ならば!」

 アラクネギルディが素早く、下段から中段へと斬り上げる。それをジャンプして躱すブルー。ランスを振り上げ、全力で振り下ろす。だが、その先端を一閃される。

「な――きゃああっ!」

 ランスごと腕を弾き上げられたブルーを、アラクネギルディの足が打ち抜いた。副飛ばされるブルー。入れ替わるように、レッドが跳んだ。

「どりゃああ!」

「ぬるい!」

 一撃はアラクネギルディにあっさりと弾かれ、逆に蹴り足を喰らってふっ飛ばされた。更に左右からナイトグラスターとテイルイエローが仕掛ける。

「ナイトグラスター、射線に入ってますわ!」

「構うな、撃て!」

「っ――!」

 一瞬の躊躇の後、イエローがトリガーを引いた。弾雨のスコールが飛んでくる中で、剣戟が鳴り響く。側面からの射撃を背の足で受けるアラクネギルディに対し、ナイトグラスターの体を幾らかの弾丸が掠める。

「被弾覚悟で仕掛けるか。愛らしい見た目と異なって豪気だな、レディ・グラスターよ」

「女は度胸という言葉もあるからな。この程度、二の足を踏むような鍛え方はしていない!」

 女性化した影響か、前よりも更に速度を増した剣閃がアラクネギルディに襲いかかる。長物を武器にするアラクネギルディは間合いの不利を悟って、一足飛びに離れようとする。

「そこですわ!」

 そのタイミングを狙い澄まして、テイルイエローの全武装が一斉に放たれた。圧倒制圧力を誇る高火力がアラクネギルディを襲った。

「ぬう……!」

「そこだ! 完全解放(ブレイクレリーズ)!」

 ナイトグラスターの姿が掻き消える。爆煙を貫き、剣撃が閃く。

「その技はすでに見切った!」

 アラクネギルディは足下に転がっていた鞘を蹴り上げて逆手に掴むと、コマのように回転しながら、その身を伏せる。同時に(こじり)を突き出した。

「がは――っ!」

「ぬうん!」

 目にも映らない速度のナイトグラスターの腹部に、メキメキとめり込む鞘。そこに向かって切っ先を突き出すアラクネギルディ。鞘の中を逆走り、鯉口が鳴ると同時に、衝撃が更にナイトグラスターを貫いた。弾き飛ばされるナイトグラスター。アラクネギルディの背後に完全脱衣状態(フルブラストモード)から合身巨大砲(ユナイトウエポン)に発射されるテイルイエローがあった。

「完全解放、ヴォルティックジャッジメント―――!!」

「ぬぅうううう!」

 アラクネギルディが背中の足を全て出し、真正面から受け止めた。だが、イエロー必殺のキックはその勢いのまま、アラクネギルディを押し続ける。ガリガリとコンクリートを削りながらアラクネギルディが押し込まれているのだが、それでも防御を突破できない。

「ぐう……ぅうっ!」

「おぉおおおおおお!」

「っ……!? きゃああああ!」

 ついに均衡が崩され、イエローが弾かれる。無防備となったイエローに向かって抜刀からの一撃が叩き込まれた。

「イエロー! くそ!」

 ブルーの側に落ちるイエロー。レッドはよろめきながら、落としたブレイザーブレイドを拾って立ち上がった。周囲を見回せば、自分を除く全員が倒れ伏している。

 今まで、窮地という状況は多々在った。だが、今回はその中で一番最悪な状況だ。

 

 ――強過ぎる。

 

 レッドの心に、絶望に似た感情が生まれる。この圧倒的脅威に対して、余りにも無力に過ぎる自分自身に。

 

 ――俺がツインテールを裏切らなければ。

 

「テイルレッド。残すはお主だけだ」

 

 ――だからツインテールは、俺を見限ったのか?

 

「うぉおおおおお!」

 

 ――俺がもっと……。

 

「何だ、その攻撃は?」

 

 ――ツインテールを……ツインテールだけを愛していれば(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 アラクネギルディの振るった一撃が、テイルレッドの装甲を掠める。それだけで、頑強であった筈のそれがまるで菓子細工のように砕け散る。

『エネルギーレベルが最低ラインまで! 行けません、今のレッドはもう、強化なしで変身しているだけの状態です!』

「どうやら、ここまでのようだな。あっけない結末であるが……致し方ない」

 アラクネギルディがゆっくりと、その刃を掲げる。かつてのドラグギルディとの戦いでも、同じものを見た。

(俺は………ここまでなのか?)

 ツインテール属性を持ち、自身もまたツインテールへと至った漢。その生き様は苛烈で、鮮烈だった。あれ程であったなら、自分もツインテールに見放されなかったのだろうか。

 そんな事を、ぼんやりと思いながら、振り下ろされる一刀を眺め――

 

「いつまで寝ぼけてるつもりだ――!!」

 

「っ――!?」

 怒号とともに視界が激しく流れ、体に強い圧力がかかった。気が付けば、アラクネギルディは遠くになっていた。驚きと共に見上げた視界には銀色の煌めきがあった。

「ナイトグラスター?」

「全く……世話の掛かる」

 抱きしめるように抱えられていた体が降ろされる。いや、そうではなかった。ナイトグラスターが膝から崩れたのだ。

「お、おい。大丈夫か?」

「少し無理をしただけだ、問題ない。私のことよりお前の方が問題だ」

「そんなの――あたっ!? 何すんだよ!?」

 いきなり、その鼻先を指で弾かれたテイルレッドが、赤くなった鼻を擦りながら文句を言えば、今度はその顔を両手で挟まれた。

「いいか。眼鏡を愛する者が皆、眼鏡を掛けているわけではない。眼鏡を掛けているものが皆、眼鏡を愛している訳ではないのだ」

「何言ってるんだよ!?」

「お前のツインテールは上っ面のものか? それとも内より来る躍動か? 愛に決まった形など無い。疑うな。疑えば、自分が人間であることすら信じられなくなるぞ」

「俺の……ツインテール………俺のツインテールは」

「向き合うべきは何だ? 真に見るべきものは何だ? お前は――何を求めている?」

「俺の、ツインテールは……!」

「何をコソコソと! 今度こそ、この一撃にて幕引きとせん!!」

 アラクネギルディが、空振って突き刺さった大太刀を抜き放って猛スピードで突進してくる。八相に構えられた刃が、風を押し切って不吉の音をを告げる。

「覚悟――!」

「俺の、ツインテールは―――!!」

 瞬きにも似た刹那。そして――。

 

 

 

 

 

 

 

「な―――んと!?」

 火花が散る。必殺と思われた一撃が、赤い剣によって受け止められていた。ギシギシと刃同士が削り合うが、どちらも一歩も引かない。

「悪ぃ。迷惑かけちまったな」

「全くだ。後は任せられるか?」

「ああ――任せろ! おりゃああああ!」

 テイルレッドがナイトグラスターと入れ替わるようにして、反撃に転じる。刃を受け流して体を回転させ、その勢いで思いっ切りブレイザーブレイドと叩きつけた。

 足で防御するも、アラクネギルディの体が大きく飛ばされる。

「ぐう……! 今の刹那に何があった……!?」

「その刹那に、無限の如き出会いがあったのさ!」

『テイルレッドのギアに流入するツインテール属性が元の数値に……いいえ、今までよりも高くなっています! 本当に何が……!?』

 アラクネギルディが、その背中からスパイダイルディ(かつての姿)を模した分身を生み出す。一斉に襲いかかる分身を、しかしテイルレッドはその全てをグランドブレイザーで一閃する。

 間髪をいれず襲いかかるアラクネギルディ。その刃を真正面から受け止め、切り返す。その攻防は激しく、嵐のように斬撃が飛び交う。今まで無双を放っていたアラクネギルディに対し、テイルレッドが拮抗する。

「どうしていきなり? ナイトグラスター、何か知ってるの?」

 両者の攻防を見やりながら、ブルーが尋ねる。それに対して、ナイトグラスターは微笑みを浮かべて答えた。

「大したことではない。奴が自分を取り戻しただけの事だ」

 テイルレッドの剣が、蜘蛛の足を受け止める。一度、後ろに飛び退いてから再び攻め返す。一進一退の攻防が続く。

「そもそもの始まりは、奴が自分のツインテールへの愛を疑ったことから始まった。原因はダークグラスパーとのキスだ。アレのせいで、奴は性というものを意識するようになってしまった」

『なんですって!? それってつまりビッグチャンスだったんじゃないですか!! どうして教えてくれなかったんですか!? あー、その時だったら総二様と念願のクロスオーバー(一部)を果たせたっていうのにぃいいい!』

「トゥアール。あとでクロスオーバー(物理)してあげるわ」

『ひぃいいいい! グロテスク表現はNGですぅううう!』

 アラクネギルディの蜘蛛足から赤い光が放たれる。それを炎で切って捨て、テイルレッドが走る。ハイレグの属性玉を使って、間合いを強化した斬撃で手数の不利を押し返す。

「そもそも、ツインテールへの愛と、人への愛は別のものだ。だが、それを混同してしまった結果、自分のツインテールへの想いを疑ってしまった。だからより強いツインテールとの絆を求めてしまった。結果、暴走したツインテール属性がテイルギアの不調を呼び、ソーラという少女をも生み出したのだ」

「属性力って、そんなことも出来るの? いや、アンタの姿見てれば、そうなのかなって思わなくもないけど」

「ギアの不調……以前の私と似て非なる状態だったのですね。あの時は鏡也君にお尻を叩かれて……ああ、そうです。公衆の面前であんな恥ずかしい目に………はあ、はぁ……!」

「ちょっと、何で思い出して興奮してるのよ!?」

「だが、今……その迷いは払われた。全ての答えは最初から自分の中にあったのだから。己を見つめ、己を省みて……己を正しく知ったのだ」

 テイルレッドがついに、アラクネギルディの攻撃を喰らってしまう。勢い良く吹き飛ばされるレッドに向かって、アラクネギルディが追撃する。だが、受け身を取ったテイルレッドが逆にカウンターを仕掛け、アラクネギルディの巨体を吹っ飛ばした。

 

「そう――自分の中のツインテールと語らうことでな!」

「ごめん、さっぱり意味が分からないんだけど!?」

 

「お前らさっきから気が散るわぁあああああああああ! 後でやれよ後で! それとブルー。意味分からないってなんだよ。ツインテールの戦士なんだから分かるだろ!?」

「分からないわよ! アンタ、自分の心に何を飼ってるのよ!? それともそこまで重症だったの!?」

 

「戦場にて、余所見をするのは止めてもらおうか!」

 

 怒れる一撃を以て、アラクネギルディがグダりそうになった流れを両断する。再び激突する両者。

「戦いは互角……ですわね」

『確かに。互いに決定打に欠ける状態ですね』

「……そうかしら? 確かにレッドは元に戻ったみたいだけど」

「だが、それでも……」

「「テイルレッドが悪い」」

 武道を嗜む二人には、その僅かな差を感じ取っていた。そして、それをレッド自身も感じ取っていた。

 かつてのドラグギルディとの戦いでは、相手がツインテール属性であったから、動きを読み互角に戦えた。だが、アラクネギルディにはそれが出来ない。

 決して埋められない差ではない。だが、それを埋める手立てがない。今のままでは、勝てない。

「テイルレッド。その力まさに究極と呼ぶに相応しい。ツインテール属性が最強であること、動かしがたい事実。だが、果たして他の属性がそれ程に劣るのか? 同じ頂に達した時、本当に敵わぬのか? 拙者はその可能性を試したいのだ!」

「俺はまだツインテールを究めちゃいない! 皆と比べて何もやってないに等しい、ようやく麓にたどり着いたばかりだ! だから……それが分かった今だからこそ、それをもっと守りたいと思うんだ!」

 真正面から刃をぶつけ合い、鍔迫り合う両者。込めるのは互いの信念だ。

「だから俺は、屈する訳にはいかないんだぁああああ!」

 心の奥底から溢れ出る、マグマのような躍動。その衝動のままにテイルレッドが全身を震わせ、アラクネギルディを押し返した。

 その時、テイルレッドの胸から何かの光が飛び出した。

「これは……見覚えのある光だ」

 レッドはその光に向かって手を伸ばした。光の中に浮かぶそれは、トゥアールからもらったバレッタだった。

 何の変哲もないバレッタの意味するところを察し、これから起こるであろう事を悟り、レッドは迷う。

「トゥアール、俺は」

『気になさらないで下さい。どうか、そのまま真っすぐに行って下さい』

「……分かった。俺と一緒に戦ってくれトゥアール!」

 その背を押され、レッドが光の中に手を差し込み、バレッタを掴んだ。

「行くぜ、俺のツインテールは―――加速する!!」

「何と――!」

 レッドの手の中で、バレッタが姿を変える。同時に強烈な属性力を放つ。新生したその名を、高らかに叫ぶ。

 

「プログレスバレッタ――ッ!!」

 

 レッドは迷うことなくバレッタを分離させ、自身のフォースリヴォンの上部に合体させる。瞬間、全身から属性力が迸り、上半身に新たなアーマーが生み出された。

「これが俺の新たな力――ライザーチェインだ!」

 上昇(ライザー)の名の通り、上結びに直されたツインテールと、全身にみなぎるパワー。波濤の如きエレメーラの奔流がレッドをさらなる次元へと押し上げる。

 紅蓮のオーラを吹き払うように両手でフォースリヴォンに触れ、二刀のブレイザーブレイドを展開する。肩のアーマーが展開してウイングのような内部機構からエネルギーが発せられ、ブレードを包み込む。

「行くぜ、アラクネギルディ!」

「二刀流……だが、二刀ともなれば動きは鈍るが必定。刃が多ければ強いなどと、幼子の浅慮よ!」

 その波動に臆することなく、アラクネギルディが襲い来る。だが、テイルレッドはそれを真っ向から受けて立った。

「初めて驕りを見せたな!!」

「ヌ―――ッ!」

 超速交差。残像すら残らない速度で互いの一撃が交差する。そして、アラクネギルディの足下が、その威力に圧壊する。

「ぬぅ………莫迦な!? 我が男の娘の棒(アメノムラクモ)が、欠けただと……!?」

「俺はツインテールの戦士だ。二刀の剣は、即ち俺のツインテール」

 テイルレッドが振り返り、二刀を振りかざす。その覇気、正に最強の戦士に相応しいものだ。

「二刀だから強いんじゃない。ツインテールだから強いんだ!」

 

『古来より、二刀流の剣士は皆ツインテールを好きであったと聞きます。過の剣豪宮本武蔵はツインテールですらあったと。ならば、レッドもそれに習うのは必然』

「あんた適当ぶっこいんてんじゃないわよ! 歴史家の人に謝りなさいよ!」

「む? 武蔵ちゃんはポニーテールではなかったか?」

「でもってアンタも何言い出してるのよ!? 武蔵ちゃんって誰!?」

「そういえば、からくりな剣豪だと佐々木小次郎がポニーテールでしたわね」

「イエローまで何言い出してるの!? レッドさっさと終わらせてよ! ツッコミが追いつかないんだから――!」

 

 数度の激突で、更に押し込まれるアラクネギルディが大きく飛び退く。そのまま視線を座り込んだままのブルーとイエローに向けた。

「こうなれば先に、あの二人のツインテールを奪取する!」

 銀色のリングを呼び出し、二人に向かって投げる。瞬く間にリングは巨大化して二人の目前に迫った。

 逃げようにも、ダメージが大きく身じろぐこともままならない。

「アイツ――!」

 ナイトグラスターもアラクネギルディの糸に気付いた瞬間に動いたが、痛みに膝が崩れ、明らかに遅れた。それでも走るナイトグラスターだったが、わずか――僅かに間に合わない。

 最早、二人のツインテールは風前の灯か。その時、赤い閃光がナイトグラスターの眼前を駆け抜け、リングを粉砕した。閃光は天へと上昇し、三人の前に降り立った。

 赤い閃光――テイルレッドはさっきまでとは違う姿をしていた。ツインテールが下結びに代わり、上半身のアーマーが消えて、今度は下半身にアーマーが出現していた。

「また、テイルレッドの姿が変わってますわ」

「これがフォーラーチェインだ」

 ツインテールが尾羽根のように風にたなびく。

「なるほど。攻撃特化のライザーと、速度特化のフォーラーか。ダメージがあってベストではなかったとはいえ、私よりも速いとはな。ダメージがあったとしても、その速さは大したものだ。ああ、ダメージがあったとは言えな!」

「変なところで敵対意識持ってんじゃないわよ! いや、スピード自慢だったから分かるけどね!?」

『解析が完了しました。ライザーチェイン、フォーラーチェイン共にエネルギーバランスが一方に集中するため、安定性に欠けるようです。なので22秒以上継続しての使用は危険です。それ以上はテイルギアがオーバーロードして爆発してしまいます。基本中結形態(ノーマルチェイン)をインターバルに挟んで、属性力を全身に流動させて下さい』

「分かった――その間でケリをつける!」

 トゥアールの分析をしっかりと頭に入れ、基本中結形態(ノーマルチィン)に移行する。そして再び、ライザーチェインを起動させる。

「行くぞ、アラクネギルディ!」

 地を蹴り、アラクネギルディに向かうテイルレッド。アラクネギルディのは夏赤い光を、一瞬で切り替えたフォーラーチェインで躱し、懐に飛び込むと同時にライザーチェインへと切り替え、攻める。その苛烈な攻撃がアラクネギルディを追い詰めていく。

「研鑽において並ぶ者無きと自負していたが、戦場で進化するお主こそ武神! だが、危うい。そのまま征けば人間の枠を超え、ツインテールそのものになってしまうぞ!」

「望むところだ――――!!」

 

「「望むなぁああああああああああああああああああああああああ!!」」

 

 売り言葉に買い言葉とはいえ、それは看過できぬと幼馴染二人が最後の力を振り絞ってツッコむ。

「いや、そこまで言うか!? 信用ないのか!?」

「ツインテールに関して言えば、信用ならないのよ!」

「ひでぇ……」

 こればかりは、普段の言動が物を言うので同情の余地もない。やりきれない思いを抱えながら、レッドはアラクネギルディと刃をぶつける。

「男の娘とは死ぬことと見つけたり――我が最終闘体をもって幕を引かせてもらう! ぬぉおおおおおお!」

 背の足が動いて、アラクネギルディの下半身が完全な蜘蛛の形に変わる。幹部クラスが持つ変身能力だ。正眼に構えられた刃が、ギラリと光った。

「この姿、愛するワームギルディに捧げるものでござる! いざ、往くぞ!」

「お前今、とんでもないこと言わなかったか!? くっ、お前にどんな思いがあったとしても、それでも俺は特別扱いなんてしない!」

 エレメリアンにも色んな者がいる。尊敬、友情、そういったものを持っていることを知っている。だからこそ、気後れすることなど無い。それはこの上ない侮辱だからだ。

「……感謝する。我が弱さ故についぞ 告白することはなかったが……それをも受け止め全力を持って戦うその心に、我が最後の剣を以て敬意を示さん!」

 八つの足から全力で踏み込む。人では決して到達できない領域から繰り出される一撃。

「ちぇえええええええええええい!!」

 全てを寸断する、必斬の一撃。目にも留まらぬそれが、ビルの一部をまるまる斬り捨てる。だが、そこにテイルレッドは居ない。

完全解放(ブレイクレリーズ)――!」

 全装甲を展開したフォーラーチェインからの、超速での突撃。テイルレッドがアラクネギルディの周囲を駆け抜け、天高く舞い上がると、その輝線が焔へと変わり、アラクネギルディをホールドする。

「ぬぉおおおおおお!?」

 上空にてライザーチェインに切り替えたテイルレッド。二本のブレイザーブレイド――ブレイザーブレイドツインにプログレスバレッタが装着し、凄まじい力を放つ。

 背中のバックパックから、ファイナルブーストを受け、新たなる必殺の刃が唸りを上げた。

 

「ライジング――ブレイザァアアアアアアアアアッ!!」

 

 十字に走る刃が、男の娘の棒ごとアラクネギルディを斬り裂いた。

「………見事。その力、さすが究極のツインテールといったところか」

「それは違うぜ。お前は言ったな、”男の娘とは死ぬことと見つけたり”って。俺は違う。俺はいつだって、未来を見ている。俺のツインテールは大勢の人たちに支えられているんだ。明日のツインテールのために今日、ツインテールを綺麗に結ぶんだ」

 ノーマルチェンに戻ったテイルレッドが、この数日を振り返る。何も知らなかった自分を知り、なお一層、ツインテールを愛した。一人では決して答えなどでなかった。隣りにいて、支えてくれた誰かが居たから、テイルレッドは復活した。

「俺のツインテールは―――絆だ」

「なるほど………絆、であったか。であれば………拙者が届かぬも道理」

 炎の中で、崩れていくアラクネギルディの体。武士道(男の娘)を究めんとした武士(もののふ)は最後の時を迎える。

「これより先、更なる強敵がお主の前に現れるだろう。だが、その歩み決して止めるな。そして必ずや辿り着け―――ツインテールの頂へ!」

 その叫びと共に、アラクネギルディが消滅する。その爆発によって生じた属性力の光が天を貫き、分厚い曇天をかき消していく。

 

 

「……終わったか。はぁ~、疲れた」

 がっくりと尻もちをついたテイルレッドは、キラキラと粒子の降り注ぐ空を見上げた。

「見て下さい。町中に溢れていた男の娘が、元に戻っていきますわ」

「字面だけ見るととんでもない言葉ね。でも良かったわ。……正直、悪夢のような光景だったし」

 イエローとブルーが街の様子に安堵している中、テイルレッドの横に気配が現れた。

「どうやら、迷いは晴れたようだな」

 聞き慣れた低めの声に顔を向ければ、やはり元の姿に戻ったナイトグラスターがあった。

「元に戻れたんだな」

「ああなったのはアラクネギルディの影響だからな。奴さえ倒せば元通りと予想はついていた」

『良かったぁああああああああああ! 良かったですナイトグラスターさまぁああああ! 尊は、尊は……危うくウエディングドレスを二着用意しなければならないところでしたぁああああ!』

「…………だってさ」

「…………戻らない方が良かったかな?」

 通信を聞かなかったことにして、ナイトグラスターは「さてと」と踵を返した。

「私は先に引き上げさせてもらおう。では、さらばだ」

「ああ」

 テイルレッドはその背を見送る。その時、風が吹いてナイトグラスターのマントがたなびいた。

「っ……」

 マントの下、背中にまざまざと刻まれた刃の痕。出血こそ無いが、スーツを切り裂いて地肌に届いている。

 その傷の意味を、レッドはすぐに悟った。

(アレはあの時……俺を庇ってついたのか?)

 自分が諦めかけた時、その身を盾にして守ってくれたのだと。それを誇示することもなく、ただ一人去ろうというその背中。

 ずっと自分の身を案じ、密かに自分の問題を解決の方へと導こうとしていた。

 

(”私”のために……)

 

「なっ……?」

 突然に走った思考と胸を僅かに締め付ける感覚に、レッドはハッとした。まるで、自分以外の何かが奥底に芽生えたかのような違和感。

「何だったんだ今の……?」

 すでに消え去ったそれに、首を傾げる。そしてそんな様子を見ていた二人が、この世のものとは思えない表情をしていた。

 

「『いいいいいぃいいいやあああああああああああああああああああああああああ!?』」

 

 死闘の最後は、悲鳴のデュエットで締められたのだった。

 




やっとタグが回収される時が来たか・・・(意味深)


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エピローグ

「おかえりなさい、総二様」

「ああ、ただ今トゥアール」

 変身を解いた時、ソーラ・ミートゥカは消え、観束総二に戻っていた。これで全ての問題は解決したと安堵する一同。

「お疲れ様。大変だったようだな」

 と、鏡也が部室備え付けの冷蔵庫からジュースの缶を取り出して渡してきた。自分も相当に消耗しているだろうに、それを噯気(おくび)にも出さずにいる鏡也。その演技力に感嘆しつつ、ジュースを受け取ろうと手を伸ばすと、何故か割り込みを掛ける愛香。

「ありがとう。はい、そーじ」

「お、おう……」

「何だよ一体? 総二が元に戻ったからって、がっつき過ぎだろう?」

「そんなんじゃないわよ。いいからほら、さっさと飲んで行くわよ。もう授業始まってる時間だし」

 そう言って、ドアを開けた瞬間、完全防音から解き放たれた雑音が部室内に流れてきた。同時に、ドアがバシン! と閉めた。

「どうした愛香?」

 尋ねる総二に、愛香はただ首を振って、ドアを開けてみろと視線を送った。首を傾げて少し開けてみる。

 

「ソォオオオオラァアアアアタアアァアアアアアアアアアアン!」

「お願いだから出てきてよぉおおおおおおおおおおおおおおお!」

「ウォンテッドソーラ――――――!!」

 

 学園を挙げてのソーラ大捜索が行われていた。いや、これは最早、極秘に来日したプリンセスが脱走して、それを山狩りのように捜索している程の規模だ。

 そっとドアを閉じ、総二はうなだれていた。

「……また、ソーラにならなきゃダメなのかな」

「冷静になれ」

 混乱する総二をどうにか思いとどまらせるために、その日は全ての時間が使われるのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「アラクネギルディが倒されたか。流石はわらわの嫁。そうでなければ拍子抜けよ」

 アルティメギル基地の自室において、報告を受けたダークグラスパーが嬉しそうに独りごちる。

「せやけど、進化したスパイダギルディはんを倒すやなんて、いや強うなっなぁ」

 テキパキとお茶の用意をしたメガ・ネプチューン=Mk.Ⅱがやってくる。

「そんで、次はどうするん? やっぱりビートルギルディはんにするん?」

「いや。その前に一つ片付けねばならんことが出来た」

 ダークグラスパーはご丁寧に封蝋された便箋を取り出し、メガ・ネに見せた。

「読んでみよ」

「えーと、なになに………ほうほう。封印されていたけど脱走した裏切り者を捕獲せえと。久しぶりに”処刑人”としての仕事かぁ。あんまイースナちゃんの教育に宜しくないんやけどなあ」

「オカンか貴様は!? とにかく最後まで読め!」

「はいはい。えーと………”なお、この指令書は全文を読むと自動的に消滅する”………は?」

 

 ボシュン!!

 

「やはり、そんな事ではないかと思っておったわ」

「ひどくない、イースナちゃん!?」

 顔が程よく煤けたメガ・ネの文句も聞く耳持たずと、ダークグラスパーはお茶を口にする。

「それで……すぐに行くん?」

「いや、貴の三葉(ノー・ブル・クラブ)の連中を捜索に当たらせておるから、報告待ちじゃ。その間にやらねばならぬ事がある」

「やらなあかん事って?」

 問いかけるメガ・ネに、ダークグラスパーのレンズの向こうの瞳が鋭く細まった。

 

「あやつとの―――ナイトグラスターとの決着をつける!」

 




これにて4巻は終了です。
次回からはオリジナル展開です。


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決戦、光と闇の眼鏡戦士!


いよいよオリジナル回。
ナイトグラスターとダークグラスパー。その戦いの行く末は如何に!?


 アラクネギルディとの戦いを終えた翌日。すでに鏡也は登校しており、有藤は買い物に出ていて家には天音一人だ。フローリングの床をマイクロファイバーモップで手際よく掃除していると、チャイムが鳴った。

「はーい。どちら様ですか?」

『すんませーん。郵便ですー』

 ドアフォンを取ると、外門に郵便配達員が来ていた。モップを壁に立てかけて天音は玄関から出ていく。

「すんません。これ、御雅神鏡也さん宛です~」

「はーい、ご苦労様です」

 4号サイズの封筒を手渡され、受取のサインをする。配達員はそのまま自転車に乗って去っていった。

 

 

「――で、これがその手紙?」

 夕方頃。帰ってきた鏡也はリビングで天音から手紙を渡された。表には自分の名前だけが書いてあり、住所も郵便番号も切手もない。裏も見るが、やはり何も書かれていない。

 明らかに怪しい。これは投函されても届かない。なのに、これはここに届いた。つまり直接届けられたということだ。一体誰が?

「母さん、これを届けた郵便配達員ってどんな感じだった?」

「どんな感じだったって……何の変哲もない普通の人だったわよ?」

 天音は指を顎に当てて思い出す素振りを見せた。歳不相応な素振りだが、不思議と可愛らしく見えるのは、年齢を感じさせない若々しさと、その雰囲気故か。

「背は2メートル以上の眼鏡を掛けたサメの着ぐるみに郵便カバンと帽子。赤い自転車に乗っていたわ」

 

 ガターン!

 

「ね、普通だったでしょ?」

 危うくワンパンKOされるところだった鏡也が、どうにかこうにか立ち上がる。

「変哲しかない! ちょっとは怪しく思って!? 普通、サメの着ぐるみ着て自転車乗って郵便物配る配達員は居ないから!」

「鏡也……人を見かけで判断してはダメよ?」

「見かけ以上に判断材料タップリだから!? あと絶対、中身は人じゃないし!」

 天然なのか、わざとなのか。これ以上追求の意味は無いと鏡也は諦め、手紙を開封した。中には数枚の便箋が三つ折りに入っていた。

「どれ……」

 おもむろに便箋を開き、中身に目を通した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鏡也。もうすぐ夕ご飯よ? いつまでも立ってないで、手を洗ってきなさい」

「………………はっ!?」

 気が付けば数時間が経っていた。手紙は全部読まれてあったが、その内容を思い出せない。正確に言えば、思い出そうとすると頭痛がするのだ。

 ただ、記憶としてあるのはそれはもう良く目が滑ったということだけだ。とりあえず、覚悟を決めずに読んで良いものではないと、手紙を封筒に戻して、夕食後に改めて見直すことにした。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 工場跡地。輝く月に照らされるその場所に、二つの影があった。闇に溶け込むような黒い鎧を身に纏ったダークグラスパーと、月光に煌めく銀色のボディーのメガ・ネプチューン=Mk.Ⅱである。

「……遅いのう。メガ・ネよ、ちゃんと渡したんであろうな?」 

「ちゃんと届けたで。本人は不在やったから家の人にやけど……ちゃんと受取のサインももろうたし」

「ええい、変なところをキチンとしおって! というか、それでは本人が読んだかどうか分からんではないか!」

「せやかて、しょうがないやん。向こうはイースナちゃんとち違うて、朝から学校行っとるんやから」

「むぅ……。まあ、読んだであろう。わらわからのメッセージであるのだからな」

「あ、その事で気になったんやけど………イースナちゃん、封筒に自分の名前書いてなかったけど大丈夫なん?」

「え?」

「………今、「え?」言うたか?」

「言っておらん。とにかく、手紙なんじゃから読むじゃろう。読んでおればここに来る。……フン、わらわを待たせて精神的優位に立とうとしておるんじゃろう。姑息なことじゃ」

「う~ん、そうなんかなぁ~?」

 メガ・ネが疑問に思いつつも、ダークグラスパーがそう言うならばそうなのだろうと、おとなしく待つことにした。

 だが、夏とはいえ夜は冷えるものだ。深夜に差し掛かり、肌寒いわ、眠いわ、トイレに行きたいわ。だが、席を外した途端来られては格好がつかないので必至に我慢していた。だがそれも、限界に達していた。

「………おのれぇ」

 涙目になるダークグラスパー。内股でプルプルと震えながら、怒りで拳をプルプルと震わせるダークグラスパー。こうなればと動こうとするも、ひょこひょこと威厳も機敏もない歩みになってしまっていた。

「イースナちゃん、せやからトイレ行っとき言うたやんか」

「うるさいわ!ぁぁぁ……」

 声を荒げるも、すぐにシオシオと萎びた青菜のようになるダークグラスパー。イースナダムは決壊寸前で、速やかな放流が求められた。その為には速やかに移動することが必須であるものの、しかし今のダークグラスパーにそれを望むべくもない。ナマケモノよりも遅い歩みで進むのが精一杯だった。

 メガ・ネは仕方ないなぁと、ダークグラスパーの小柄な体をひょいと抱き上げた。その瞬間。

「ぁ――」

 その時。エクセリオンショウツがついに、人知れずその機能を発揮したのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 夕食を取り、風呂に入り、久しぶりにゆったりとした時間を過ごした。

 何か忘れているような気もしなくもなかったが、思い出せないのだからきっと大したことではないのだろうと、鏡也はベッドに入る。総二の一件以来、バタバタとしていた時間が終わったので久しぶりの熟睡である。

 

 草木も眠る丑三つ時。町中が深い眠りの中にあったその時、月光を遮って鏡也の顔に影が差した。

「………ぅん?」

 異変に気付いて、枕元の眼鏡を取って掛ける。寝ぼけ眼の視界を数度瞬けば、はっきりと像が浮かんでくる。

「ブッ――!?」

 鏡也の部屋は二階の角にあり、天井には明り取りの窓がある。そこに恨みがましい顔でベッタリと張り付いている暗黒眼鏡女子一人。 

「みかがみきょうやぁ~~~~~~!」

「よ、妖怪暗黒ストーカー女!?」

「誰が妖怪じゃ! 貴様には言わねばならんことがある故、ここを開けい! 開けねば叩き割る!」

「いやいや短気過ぎるやろ!? ちょい落ち着いて!」

「ええい、離さんかメガ・ネ!」

 ダークネスグレイブをこれでもかと振りかぶり、今まさに振り下ろさんとするダークグラスパーを、メガ・ネが脇を抱えるようにして押さえ込んだ。ガタンガタンと屋根で騒ぐご近所迷惑コンビに、鏡也は慌てて壁に掛けられてあったラダーを立て掛け、登った。

「お前ら何時だと思ってるんだ!? アルティメギルには常識がないのは分かってるけど、それでも常識がないのか!?」

「常識がないのはどちらじゃ!? 己の眼鏡に手を当てて考えてみよ!」

「………いや、お前だろ?」

「ええい、いけしゃあしゃあと! ともかく中に入れよ!」

「ちょっと待て! 押すな、バカ………うぉおお!?」

 ガタガタと押し入ろうとするダークグラスパーを押さえようとする鏡也だったが、変身している相手に加えて、不安定な足場のせいで、ついに足を踏み外してしまった。ついでに肩を掴んでいたダークグラスパーも一緒に落ちかけた。

「危ない!」

 間一髪。メガ・ネが鏡也を掴み、鏡也はダークグラスパーとラダーを一馬力で支えた。

 どうにかこうにか危機を脱した鏡也だったが、これ以上の騒ぎは危険と、二人を中に招くしかないと覚悟する。

 

 室内に張ってきた二人は――正確に言えばダークグラスパーが、だが――勝手にクッションを床に置いて座り込んだ。

「おい、来客に茶の一つも無いのか?」

「家人の寝てる時間に押しかけてくる奴を客とは呼ばん。さっさと要件を言え」

 ベッドに腰掛け、不機嫌さを隠そうともしないで鏡也は話をするよう促した。

「ふん。礼儀も知らぬ貴様に話す言葉など無いわ。さっさと茶を出せ」

「………」

 無礼極まるダークグラスパーに、鏡也の我慢限界地を軽く超えかけた時、メガ・ネがそれを諌めた。

「こら。人様のおうちに押しかけといてその言いぐさは何や? 謝り、イースナちゃん」

「いやじゃ」

「いやじゃ、て……イースナちゃん!」

「………もういい。茶を飲んだらさっさと帰れ」

 真面目に相手をするのも面倒だと、背を向けて部屋に備え付けの冷蔵庫から茶のペットボトルを取り出す。振り返ると、何故かベッドの下にこれでもかと手を伸ばしてるダークグラスパー。ガサガサと手を忙しなく動かしている。更に頭まで突っ込んだ。

「何をしていやがる」

「むぎゃあ!?」

 割れ目を狙い、ケツを思いっ切り踏みつけてやると、珍妙な悲鳴を上げた。同時に跳ね上がった頭がガツン! とベッドの底にぶつかった。

「痛ぅうううううう……!」

 一瞬、フォトンアブソーバーはどうした? と聞きたくなったが、それよりも聞かなければならないことがあった。

「何で人のベッドの下をまさぐった?」

「ふん。エロゲーの一つもないとは何ともつまらん部屋じゃ。わらわならむしろベッドでエロゲーが出来ておるぞ」

「おい、メガ・ネプチューン。こいつの情操教育はどうなってるんだ?」

「ごめんなさいね。もう、とっくに手遅れで……」

「ああ……まぁ、そうだろうな」

 これは典型的なダメ人間だったとトゥアールの話を思い出し、鏡也は溜息を吐いた。

「ほれ、これを飲んでさっさと帰って寝ろ。精神が不健康なくせに体まで不健康になるつもりか?」

「何を言うか。この時間はむしろ、わらわにとってのゴールデンタイムよ」

「それを不健康というのだ。で、要件はなんなんだ? あるならさっさと言え」

 鏡也が促すと、ダークグラスパーは「ふん」と鼻を鳴らした。

「貴様、何故わらわからの決闘の申し込みを無視した? 怖気づいたというなら、とっととその眼鏡を手折るが良いわ!」

「決闘の申し込みだと? そんなものいつやった?」

「誤魔化すでない! 見よ、封が開いておるではないか! 知らなかったとは言わせぬぞ!」

 と言って、机に置かれたままになっていた謎の手紙を取って見せた。

「やっぱりお前か。その意味不明、悪電波にまみれた時間泥棒を書いたのは」

「何を言うか。この中身をちゃんと読んだのか貴様?」

 ドスン。と押し付けられる毒電波発生機。押し返そうとするも、流石に変身しているだけあって押し返せないものの、諦めず押し合いになる。

「見たから言ってるんだ。これのどこが決闘の申し込みだ」

「どれどれ。どんな事を書いたんや?」

 睨み合う二人の手から、メガ・ネが手紙を取った。そうして開いて中身に目を通した。

「こ、これハ………」

「どうじゃ、メガ・ネよ。わらわ渾身の果たし状の出来は。遠慮なく言うが良い……メガ・ネ?」

 無い胸をこれでもかと張って、威張るダークグラスパーであったが、メガ・ネが何故か何の反応も示さないことに気付いて、訝しげに首を傾げた。

 鏡也も顔を覗き込んで見る。と、もしかしたらという異変に気付いた。

「おい。もしかして、機能停止してないか?」

「な、なんじゃと!?」

 慌ててメガ・ネの体を揺するが、なんの反応もない。バシバシと頭を叩いてみる。だがやはり反応がない。

「アタ……ちょ、やめ……」

「メガ・ネ! しっかりせい!」

「起きろ、メガ・ネプチューン!」

「や、もう起き……」

「やはり反応がない! こうなればもっと強い衝撃を――」

 

「起きとる言うてるやろぉおおおおおおお!!」

 

「うるさぁあああああああああい! 何時だと思っているの――!!」

 

 バーン! とドアが開かれた。そこにはいつものホンワカした雰囲気とは違って、目が座り、触れることすら憚られる恐ろしさを持つ天音の姿があった。その迫力に、ダークグラスパーも目を見開いたまま固まってしまっていた。

「ご、ごめんなさい……」

「早く寝なさい。良いわね?」

「は……はい」

「………」

 バタン。と、ドアが閉まる。遠ざかる足音に、誰知らず溜息が聞こえた。

「今のはなんじゃ? 気配さえ感じなかったぞ?」

 ダークグラスパーが、胸を押さえながら顔を青ざめさせている。よほどの恐怖だったようだ。

「うちの母親だ。普段は穏やかだが、寝起きがすこぶる悪くてな……自分で起きるには問題ないが、誰かに起こされると凄まじく期限が悪くなる。言っておくが、他人にも容赦なしだからな?」

「う、うむ………気を付ける」

 僅かな間にすべてを察したか、ダークグラスパーは素直に頷いた。

「――でだ。メガ・ネプチューンは何で機能停止したんだ?」

 若干小声になりつつ、鏡也が尋ねる。メガ・ネは手紙をダークグラスパーに突き出した。

「これは何やねん。読んだ瞬間、意識が飛びそうになったわ。ていうか、飛んだわ!」

「なんじゃと!? わらわ渾身の傑作になんということを!」

「そもそも、どこにも決闘の申し込み書いとらんやないの! こんなんで来るわけな良いやんか!」

「な……そんな馬鹿な事があるか!?」

 手紙を奪い取り、ダークグラスパーが確認する。そして二枚目の真ん中あたりを指差した。

「ここに書いてあるではないか!」

 

 『滅び去りし鉄の宮を赤に染まるその前に 麗しき眼鏡と偽りのレンズに裁きが下る』

 

「「何処がだよ!」やねん!」

 

 

 

 バ――――――ン!!

 

 

 再び現れた天音が、これでもかと据わった目で部屋の中をねっとりと見回す。3メートル近いロボットフィギュアと、ベッドの両端からはみ出す両足を、暫しジッと見ていたが、やがてバタンとドアを閉じた。

 遠ざかる足音が完全に聞こえなくなるまで、室内では誰一人動かなかった。そのまましばらくジッとしてたが、二人がガバッとベッドから飛び起きた。

「お前の母親は一体何なんじゃ!? 修学旅行の見回りの先生か!?」

「お前らがでかい声を出すからだろうが!」

「イースナちゃん、落ち着き。これ以上は長居せん方がええって」

 流石に懲りたか、小声になる三名。メガ・ネの提案に、ダークグラスパーはむむ、と唸りながらも頷いた。

「確かに、これ以上は無駄じゃな。というか、また来たら怖いし」

 果たし状を仕舞い、ダークグラスパーは鏡也に向かって死神の鎌を突きつける。

「改めて、貴様に決闘を申し込む」

「俺が受けると思うのか?」

「思う。これはただの決闘ではない。眼鏡属性に相応しいのはどちらか、それを決めるための戦いよ。逃げるならば貴様の眼鏡はその程度と負けを認めたに等しいからの」

「なるほど。人を煽るのも随分と得意なようだな」

 元より、避けられぬ戦いがついに来たのだから逃げるつもりなど毛頭ない。鏡也の言葉を肯定と捉え、告げた。

「明日の夕方四時、場所は最初の工場跡。其処がわらわたちの決戦のバトルフィールドじゃ!」

「ここはいつから埼玉県になった? とにかく、明日だな」

 鏡也の返答にニヤリと微笑うダークグラスパー。部屋を後にせんと踵を返し――。

「――ちょっと待て。ドアから出る気か?」

「当然だろう」

「良いのか?」

「何がじゃ?」

「二度の寝起きのせいで、僅かな足音でも気付かれるぞ? そしてバレれば命が危険だ」

「具体的には?」

「あと一撃喰らったら死ぬ状態で、曲がり角曲がった直後、ヨグ=ソトースとぶつかるぐらい」

「それは人間に対する喩えとして的確か!? ……ともあれ、仕方あるまい」

 ぶつぶつと言いながらラダーに足をかける。屋根に上がらなくても窓から出ればと鏡也は思ったが、あえて言わなかった。

「………覗くでないぞ」

「とっとと登れ」

 頭の痛くなる事を吐きながら、ダークグラスパーが登っていった。続いてメガ・ネが登っていく。

「あの、心配は要らんと思いますけどちゃんと来てあげて下さいね。今日はずっと待ちぼうけで、トイレも行かれへんいうて……」

「メガ・ネェエエエエエエエ! 余計なことを言うでないわぁああ!」

「せやけど、また今日みたいなことになったら」

「アレはお前がトドメを刺したんではないか!!」

 ダークグラスパーが顔を赤くして怒っている。その様子に、鏡也はつい聞いてしまった。

「漏らしたのか?」

「漏らしとらんわ! ちゃんとトイレに行ったわ!」

「でも漏らしたんだろう?」

「違うというとるじゃろうが! ええい、早う上がってこいメガ・ネ!」

「ああ、待ってやイースナちゃん! ホンマお騒がせしました」

 ペコリと頭を下げて、ラダーを登っていくメガ・ネ。

 のっしのっしと歩いて行くダークグラスパーと、それを追いかけるロボットを見送って、鏡也はふと零した。

「漏らしたのか………そうか」

 ともかく、招かれざる来訪者は帰り、夜は再び安息の時へと帰ったのだった。

 

 

 

 

 深夜のハイウェイを銀色のマシンが疾走する。その乗り手は闇から取り出したような黒いマントをたなびかせ、ハンドルを切る。

「しかし、相手の家に押しかけるとか大胆やなぁ」

「ふん。メガ・ネに任せては如何様にか誤魔化されていたやも知れぬからな」

「最初からシンプルに手紙書いとけば良かっただけやないの」

「うるさいわ! とにかく今は――」

「せやな」

 

『そこのバイク停まりなさい――――!』

「停まるんじゃねえぞじゃ、メガ・ネよ!」

「下手な死亡フラグっていうか、死ぬ時の台詞っぽいんやけど!?」

 

 背後から追跡してくる赤色灯の車からの逃走中であった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 一夜明け、その時は刻一刻と迫ってきている。昼休み。鏡也は一人、中庭のベンチで寝転んでいた。今日は雲一つない快晴で、時期的には気候も穏やかだ。ここは木陰になっているので、昼寝にも最適である。

 あと数時間後には、ダークグラスパーとの決着をつけに行く事になる。いつか来る日と覚悟はしていた。だが、その当日にもこんなに穏やかでいる自分というのは想像もできなかった。

「お、ここにいたか」

「……ん。総二か」

 顔を上げると、総二がいた。手にしていた紙パックをヒョイと投げてきたので、片手を上げて受け取る。

「部室に来ないから探しにきたんだ」

「今日はそんな気分じゃない……というか、静かに過ごしたかっただけだ」

 ベンチから起きて、パックにストローを刺す。オレンジの甘酸っぱさが喉をするするすると下っていく。

「……で、愛香達は?」

「部室だよ。出てくる時にはトゥアールとじゃれ合ってたし。相変わらず仲が良いよ二人は」

「草食動物と肉食動物のじゃれ合いは、ネコとネズミ以上に命に直結しそうなものだかな」

 他愛ない会話をしている間に、昼休みの終わりを告げる予冷が鳴り響く。

「おっと、教室に戻るか」

「総二。悪いが先に行っててくれ」

「遅くなるなよ?」

 総二が先に戻るのを見送り、鏡也は思いっ切り背伸びをした。深く息を吐いて、小さく呟いた。

「じゃ、行くか」

 初夏の風を浴びながら、ゆっくりと歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 その日。鏡也が教室に戻ることはなかった。

 




エクセリオンショウツの活躍を、描きたいだけの人生だった・・・。


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本当に、本当に長らくお待たせしました!


 鏡也は学園から転送で自分の部屋へとやって来ていた。おもむろに引き出しを開け、そこにあったものを取り出した。

 それは若干小さめの眼鏡ケースであった。開けるとレンズのない、フレームのひしゃげた子供用眼鏡が入っている。それを手に取り、まじまじと見つめる。

 

 それは、全ての始まり――”御雅神鏡也”が本当に始まった瞬間の証。

 

 物心がついた時から、心に根付いてた疎外感。周囲と――この世界との間にあった、透明な見えない壁。自分という存在の希薄さと、現実感のなさ。

 父と母から愛情を感じなかった訳ではない。だが、それでも何処か……テレビの向こう側のような感覚が消えなかった。

 

 

「ごめーん!! 大丈夫!?」

 

 

 あの日。あの神社で。痛烈な痛みと共に壁が砕け散り、その向こうから差し出された手。あの手があったから、今の自分がいる。

 泣きじゃくる自分の手を引いて、悪びれもなくアドレシェンツァのドアをくぐった彼女。そこで口周りをカレーで汚しながら、呆れ気味な視線を送るあいつ。

 アイデンティティとも言うべき眼鏡が壊れたからこそ、ゼロから正しく始められた。

 

「……行くか」

 時間には早いが、少しばかり歩きたい気分がある。眼鏡ケースをポケットに仕舞い、転移座標を設定する。廃工場の入り口に続く、道の途中。そこに合わせて、鏡也は転移した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 廃棄された工場。リヴァイアギルディ、クラーケギルディとの戦いの傷跡。そしてダークグラスパーとナイトグラスターの初接触の痕跡。その前に立つ、黒衣のツインテールと鋼のツインテール。

「まだ時間前やけど……早く来過ぎやない?」

「そのような事はない。いよいよ、その時がきたのじゃからのう」

 ダークグラスパーは腕を組んだまま、目を伏せる。その想いを窺い知るは容易い。最初から、不倶戴天の敵と睨み合った二人だ。これから起こる戦いがお為ごかしになろう筈もない。その事にメガ・ネプチューン=Mk.Ⅱは嘆息し、首を振った。

 幾らなんでもこの拘りは異常だ。ある意味ではかつてのトゥアールへの、テイルレッドに対するものよりも強い。それは向こうも同じだ。其処には何かしらの因縁めいたものがあるのではないか。

 メガ・ネがそう考えた時、通信が届いた。

「ん、なんや?」

『モケモケ! モケ!』

「え、うち宛の届け物? そんなら受け取っといて………え、本人受取指定やからダメ? しゃあない、すぐ行くわ」

 通信を終えたメガ・ネがダークグラスパーに言う。

「ゴメン。ちょっと戻るわ」

「かまわん。どうせ居てもやる事はないしのう」

「……できるだけ早く、戻るわ」

 メガ・ネはそう言い残して場を離れた。そうして一人残されたダークグラスパーは、しばしそのままでいたが、やがて目を開いた。

「――時間にはまだ早いぞ?」

「忘れっぽいものでね、遅刻しないように気を使ったまでだ」

 銀色の髪を揺らしながら、ナイトグラスターが姿を現した。距離が近付いていく度に二人の間の空気が圧力を増していく。一触即発と言うに相応しい気配だ。

「お前一人か?」

「見届人など必要あるまい? 勝者が残り、敗者は朽ちるのみなのだから」

「なるほど。ならば始めようか」

 二人の手が、同時に眼鏡のフレームに掛けられる。レンズの輝きが指先へと移り、それが牙へと変生する。

「ダークネスグレイブ!」

「フォトンフルーレ!」

 現出した刃がその手に握られると同時に、両者が駆け出す。互いのレンズ越しに輝線が見える。

 

 ナイトグラスターが身をかがめ、その頭を掠めるようにダークネスグレイブが振るわれる。切り替えして跳ね上がるフォトンフルーレの切っ先が、ダークグラスパーの前髪を散らす。鎌がそのまま横回転して、ナイトグラスターの背に刃が迫る。その柄を踵で蹴り上げて逸らすと同時に、飛び退く。

 

 ザザッ! と、”互いに脇をすり抜けあって”振り返り対峙する。

「……なるほど。このように見える、か」

 ダークグラスパーは愉快な玩具を見つけたかのように、口元を歪める。

「……フン」

 一瞬の邂逅が見せたのは、果てしなく現実じみた映像(ヴィジョン)。未来さえ見通す眼鏡属性(グラス)の本領。本来ならば相手の動きを読み、機先を制する能力であったが、同じ属性による未来の読み合いは擬似的な攻防を生み出した。

 今までのような、属性力の強さだけでは決まらない。相手よりも行って先の未来を制するという、別次元の攻防が繰り広げられる。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「鏡也のやつ、早退って……昼休みにはそんな様子なかったぞ?」

 休み時間になって、総二らはその話題を口にした。授業が始まる前に告げられたのは、鏡也が家庭の事情で早退するという話だった。何も聞かされていなかった総二達は驚いたが、授業中ではどうすることも出来ず、(アルティメギル出現は別として)取り敢えず呼応して休み時間に連絡を取ろうとするのだが――。

「……ダメだ。全く出ない」

「メールもダメだわ。珍しいわね」

 愛香も、トゥアルフォンを手にしたまま首を振った。

「う~ん、ちょっと現在地を調べてみましょうか。家の事情なら、どこか移動中かもしれませんし」

 総二らは人気のない場所に移動する。トゥアールがトゥアルフォンをポチポチと操作すると、画面に地図が表示され、学園の敷地内に禍々しいアイコンが映し出された。

「何よ、この邪悪の化身みたいなのは?」

「ああ、これは愛香さんです。さて、鏡也さんのアイコンは……と」

 鏡也のアイコンの場所を調べる前に、トゥアールは全身の経絡を指刺された。ビクンビクン。と痙攣する様はまるで海岸に打ち揚げられたハリセンボンだ。

「あ、危うくアベシしてしまうところでした………あ、ありました」

 鏡也のアイコン――やはりというか、眼鏡だった――が、そこの場所にトゥアールは眉をひそめた。

「何でこんな所に?」

「何処なのよ?」

「ここ、前にリヴァイアギルディとクラーケギルディと戦った場所ですよ」

「……誰だっけ?」

「愛香……お前、やっぱり……」

「何よ?」

 愛香の発言に総二が戦慄を覚えるのは仕方ないことだった。仕方なくトゥアールが説明する。

「貧乳の愛香さんが貧乳属性のエレメリアンに貧乳を賛辞されて貧乳を暴走させた時ですよ」

「なるほど。よくわかったわ」

「ちょ、何で人の体を持ち上げて………ぁあああああああああ!?」

 トゥアールの体がヘリコプターのメインローターのようにバタタタタ! と回転しているのを尻目に、総二がトゥアルフォンを操作し、衛星からの映像を映し出そうとする。

「えっと、どうするんだっけ……こうかな?」

 試行錯誤すること数分。ついに衛星からの映像が映った。そのまま。反応のあったポイントを拡大していく。

 さすがは暇な時、幼女たちを盗撮するのに使われているオーバーテクノロジー。この事実が明らかになった時は、いつも暴力に訴える愛香を止めることさえ出来なかったものだ。いつも止めていないが。

 ともかく、映像は工場跡地を映し出す。だが、その映像に鏡也の姿はない。

「ここじゃないのか? どこだ……?」

 カメラを動かしていくと、突然画面を土煙が覆った。

「何だ、今の?」

 そこを注視していると、土煙の中から飛び出す二つの影があった。陽光にきらめく銀色の影と、陽光を呑み込む闇色の影。

「これは……戦ってるのか!? ダークグラスパーと!?」

「ウソ!? なんでそんな事になってるのよ?」 

 見間違いかと確認するが、やはり二人は戦っている。何故こうなったのかは分からないが、ともかく現場に向かわなければならない。三人は急いで部室へと向かった。

 廊下を走っていると、向こう側から慧理那が歩いてきている。総二たちのただならない様子に驚いた表情を見せた。

「観束君、どうしたんですか?」

「会長、一緒に来て下さい!」

 有無を言わせず、慧理那の手をつかむ総二。突然の事に訳も分からないまま引っ張られる慧理那。

「ど、どうしたんですか? 廊下はそんなに走っては」

「ダークグラスパーときょ――ナイトグラスターが戦ってるんです!」

「え……ええ!?」

 部室に入るや、すぐに転送装置の起動を開始する。その間に改めて慧理那に説明する。

「では、ナイトグラスターは今、一人で戦っているんですね」

「ああ。だから急いで助けに」

 

「なんて燃える展開ですの!!」

 

 慧理那が目を爛々と輝かせて叫んだ。

「敵幹部と独りで戦い、ピンチに陥る仲間! そこに駆けつける私達! 戦隊物の王道展開ですわ!!」

 この状況でもブレない慧理那。総二はいつものノリに少しだけ落ち着きを取り戻した。

「よし、出動だ! テイルオン!」

 三人は変身し、転送カタパルトへと飛び込んだ。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 アルティメギル基地に戻ってきたメガ・ネプチューン=Mk.Ⅱはアルティロイドからの連絡をもらい、基地へ届けられた物を受け取った。どうやって届いたとか、そういう諸々突っ込みたいところではあるが、生憎とそんな事を気にするような輩はこの基地にはいないのである。

「さて、やっぱりこれやったか。どれどれ……」

 封筒を開けて中身を取り出すと、それに目を通した。視線を動かしていくと、徐々に雰囲気が変わっていった。

「これは……やっぱりそうやったんか。――ハッ!?」

 メガ・ネはすぐさま封筒に中身を戻し、走り出した。

「決闘の時間はもうすぐや! あかん! あの二人は……戦ったらあかん!!」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

「ふん!」

「ぐ――っ!」

 激突する金属音。ダークネスグレイブがフォトンフルーレの刀身を激しく叩く。その衝撃を吸収するように後方へと跳ぶナイトグラスターに向かって、ダークグラスパーが追い打ちをかけてくる。

 着地と同時に身をかがめ、横薙ぎに振るわれた刃を躱したナイトグラスターは即座に反撃を試みた。しかし、その切っ先はダークグラスパーの突き出した足によって踏み潰される。

 舌打ちし、刃を引き抜くと同時に飛び退く。だが、そこを狙い澄まして繰り出されたダークネスグレイブの石突がナイトグラスターの眼鏡へと伸びる。

「ぐうっ――!」

 無理やり体をそらし、躱す。地を転がるように間合いを離したナイトグラスターは勢いのままに体を起こす。その様子を追いかけず、ダークグラスパーは鎌を返した。

「はぁ、はぁ」

「無様よな。貴様ではどうあがいてもわらわには勝てぬというのに」

「……さて、まだ分からないさ」

「ほう。それは頼もしいこと――だな!」

 余裕のあるような口ぶりではあるが、肩で息をしながらでは説得力に欠ける。ただの虚勢だと直ぐにバレた。

 ダークグラスパーが一足に間合いを詰める。ナイトグラスターも即座に動くが、その動く先を知るかのように、刃が滑ってくる。

 躱せない。直撃を覚悟したその時――。

 

 ガァン!!

 

「っ――!?」

 死神の刃を、雷光が打ち据えた。更に数発が飛んでくる。それを一足で跳んで躱すダークグラスパーの眼鏡に、黄色き射手の姿が映る。

「そこまでですわ、ダークグラスパー!」

 ヴォルティックブラスターを構えたテイルイエローが、妙にキラキラした瞳でこちらを睨んでいる。きっと今のシチュエーションがヒーロー物っぽくて興奮しているだろうなぁ。と、ナイトグラスターは思った。

「何を企んでいるかは知らないけど、好きにはさせないぜ!」

「テイルレッドとそのオマケが来たか。よもや、貴様が呼んだのではあるまいな?」

「冗談にしては面白くないな」

 冷ややかめいた視線を受けながら、ナイトグラスターが立ち上がる。

「誰がオマケよ! とにかく、ここからはあたし達が相手になるわよ!」

『そうだ津辺! ナイトグラスター様の麗しい姿をあんなにした奴を許すな! 顎だ! チンだ! 下昆(かこん)だ!!』

「全部同じ部位じゃねーか!」

 ボキボキと指を鳴らしながら迫るテイルブルーと、いつの間にか基地にまでやって来ていた尊の興奮気味の通信が聞こえる。

「っと――」

 やる気スイッチ全開になったブルーの前に、フォトンフルーレの切っ先が突きつけられる。

「これは私と奴との決闘だ。手出しは控えてもらおう」

「決闘って……マジなの?」

 困惑するブルーに構わず、乱れた髪を掻き上げるナイトグラスターの視線は、対するべき相手へと真っ直ぐに向けられていた。だが、ダークグラスパーの強さを一応は知っている

「ダメですわ、ブルー。決闘の邪魔をするなんて、ヒーロー物の禁じ手ですわ!」

『そうだぞ津辺! ナイトグラスター様の邪魔をするなんて恥ずかしいと思わないのか!?』

「その手のひら返しを恥ずかしいと思わないんですか!?」

『真っ当なツッコミなのに、言ってる本人が真っ当じゃないからなんて説得力のない……』

「あんた、後で真っ当じゃない目に遭わせるから」

『これ以上のレベルで!?』

 いつものやり取りはさて置き、ナイトグラスターとダークグラスパーは改めて対峙する。

「助っ人を頼まなくて良いのか?」

「これはお前と私の戦いだ。誰の力も借りるつもりもない。……たとえ、その結果がどうなろうともな」

 チラリと視線をレッドらに送る。一瞬眉をひそめるレッドが視界の端に映った。

「どうするの、レッド?」

「………。分かった。手は出さない」

「ええ!?」

 思いがけないレッドの言葉に、ブルーは驚いた。それを背中で聞き、ナイトグラスターは小さく呟いた。「感謝する」、と。

 光と闇の戦いを、もはや止める者はない。

「では、行くぞ」

 互いの存在を否定するだけの戦い。その行末に向けて二人が動き――。

 

 

「ちょっと待った――――!!」

 

 

「今度は誰じゃああああああああああ!!」

 

 

 怒りに任せて鎌を叩きつけるダークグラスパー。どっかで見た光景(リアクション)だなと思う一堂を尻目に、声の主が降り立った。

「もう! まだ時間なってないのに、何でもう戦ってるん!?」

 怒ってるのか、慌てているのか。メガ・ネは声を荒げながらダークグラスパーの所までやって来た。

「メガ・ネか。それ程慌ててどうしたというのだ?」

「イースナちゃん。この決闘は無しや。二人は戦ったらあかん!」

「……なんじゃと?」

 突然の言葉をダークグラスパーが訝しむ。そんな彼女に、メガ・ネは手に持っていた封筒を差し出した。

「なんじゃこれは?」

「それを読んで。そうすれば分かるから」

 ぐい。と押し付けられたそれに、仕方なしに目を通すダークグラスパーだったが、徐々に眉間のシワが濃くなっていく。

「……初めて会うた時、うちは本当に気が付かなかったんや。楽屋に居たのが、本当にイースナちゃんやと思うたんや」

 そんなメガ・ネの言葉など聞こえていないかのように、ダークグラスパーの目がせわしなく動いている。

「最初は属性力のせいやと思うた。せやけど、それだけやどうしても説明がつかんかった。アルティメギルにも同じ属性力の人はおるけど、見分けがつかんことはなかったからや。うちのセンサーが異常を起こしたという訳でもない。アルティロイドにも聞いてみたら、エレメリアンの中でも見分けがつかなかった人がおったらしいし。じゃあ、何が原因やと……調べたんや」

「――以上、甲と乙の血縁関係を認める。………なんじゃこれは? DNA検査? メガ・ネよ、誰と誰を調べたのじゃ?」

 こんなものを見せる時点で推測はたっただろうが、それでも聞かなければならないと、ダークグラスパーが詰め寄った。

 

 

「イースナちゃんと――ナイトグラスターはんや。二人は、実の兄妹なんや」

 

 

「な――」

 その言葉に誰もが驚き、言葉を失った。沈黙が支配する中、ブルーがどうにか声を絞り出した。

「いや……いやいや。ちょっと待って。ありえないから。そんなの有り得ないから」

「そうですわ。二人が実の兄妹だというのなら、どうしてナイトグラスターはトゥアールさんの事を知らなかったんですの? 二人は同じ世界の出身になるのに」

 ブルーの言葉にイエローが続く。だが、二人の言葉の意味するところは大きく異なる。イエローはナイトグラスターの正体を知らない。だから、気付けない。この事実が本当に意味する所に。

 ナイトグラスターこと御雅神鏡也と観束総二、津辺愛香は幼馴染であり、ずっと一緒に過ごしてきた。彼の両親も知っている。だが、今の話が本当ならば両親と鏡也の間に血縁はないという事実を告げられているに等しい。

「イエローの言うとおりだ。私の生まれた世界は。もうとっくの昔に滅ぼされている……筈だ。少なくとも、この世界に来るまで、トゥアールの事は知らなかったからな」

「もしかして、前に言ってたのって……」

 ナイトグラスターの言葉に、レッドとブルーは気付く。かつてナイトグラスターが初めて登場した時に、基地で言われた話。あれは嘘偽りない事実であったのかと。

 つまり、自分と両親の間に血の繋がりはない。その事を理解した上で、今ここにいるのだと。

 

「……ありえぬ。こんな事は認められぬ……!」

 グシャリとそれを握りつぶすダークグラスパー。レンズ越しの瞳には困惑以上に怒りの色がありありと浮かんでいる。

「せやけどイースナちゃん、これは間違いない結果で――」

 

「奴がわらわの弟などと認められぬ!!」

「ごめん! 何言うてるかさっぱりや!!」

 

「おかしいやろ!? どう見たってイースナちゃんの方が歳下やんか!」

「歳など些細なことじゃ! 古来よりこういうじゃろう、『姉より優れた弟などおらぬ』と! 強さも属性力もわわらの方がどう見えも上。つまりわらわが姉! Q・E・D。証明終了じゃ!」

「いやいや! 何にも証明されてないから!」

「話が長くなるのなら、こちらの用を先に終わらせたのだが!?」

 グダグダになりそうだった空気を、ナイトグラスターが叩く。

「……そうであったな。下らぬ問答などわらわには無用。ここで証を示せばそれで良いのじゃ」

 ダークグラスパーの瞳が細まり、禍々しい光を宿す。

「身内だのなんだのと、今更戦いを止める理由にはならぬ! 勝った方が正義。実にシンプルな結論よ!」

「同感だ。元よりそのつもりなのだからな」

 

 ツインテイルズにも、メガ・ネプチューン=Mk.Ⅱにも、もう今度こそ誰にも止められない。

 ナイトグラスターとダークグラスパー。数奇な運命の果てに巡り合った者同士の戦いが仕切り直される。

 




原作の最新刊の展開は、いろいろ衝撃でしたね。本当、どうなるんだろう?


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お待たせして申し訳ありません。
待っていてくださった方、お待たせしました。


 ナイトグラスターとダークグラスパー。御雅神鏡也とイースナ。

 二人の間に紡がれた縁が明らかとなった。しかし、最早それは二人が止まる理由にはならない。同じ属性でありながら、在り方も、選んだ道も相反している。その両者の間に、戦い以外の決着などない。

 仲間に見守られ、決闘の第2ラウンドが静かに鳴る。

「ふっ――!」

「ぬっ――!」

 ぶつかり合って火花を散らす刃。だが、それは拮抗することなく――ナイトグラスターが弾き飛ばされた。体勢を崩されたナイトグラスターに向かって、ダークネスグレイブが翻る。マントが切り裂かれるが、紙一重で躱せた。

 ダークグラスパーの猛攻が続く。ナイトグラスターはただひたすらに受けに徹することしか出来ない。幾度も攻撃を繰り返され、ついに直撃を喰らってしまう。

「なによ、一方的じゃない!?」

 まるでわざとやっているんじゃないかと思うほど、受けに徹するしかないナイトグラスターの様子にブルーが叫ぶと、ダークグラスパーがそれに答えるように振り向いた。

「それは当然じゃ。あやつのテイルギアとわらわのグラスギアではそもそもの性能が違う。スピードに特化させているが、基本スペックが低いのじゃからな。だが、そればかりでこうなはらぬ」

 もともと、技術的な問題によって機能を十全に使えないテイルギアtypeGであったが、鏡也自身の成長とシステムのアップデートによって強化されている。ここまで一方的にはならない。

「癪にさわるが、この戦いの中でわらわの属性力は今迄にない程、高まっておる。それ故、ギアの出力も高まっているのじゃ」

「でも、それはナイトグラスターにも言えることでは?」

「確かにのう。だが、忘れた訳ではあるまい。グラスギアは眼鏡属性のために作ったギアじゃ。だが、ナイトグラスターのテイルギアはそうではあるまい。同じ様に高まった属性力をギアが反映できぬ……既に其奴は頭打ちじゃ」

 ダークグラスパーの言葉に、誰もが息を呑む。戦いの中で彼女は更なる力を得て、ナイトグラスターはこれ以上は強くなれない、と。つまりこの戦いにナイトグラスターの勝機は0%だという事に。

「――好き勝手言ってくれるものだ。頭打ちだと? 笑わせるな。属性力に限界などない!」

「だが”見えておらぬ”じゃろう? わらわの見ているものが」

「――ちっ」

 ナイトグラスターが舌打つと、ダークグラスパーの口元が不気味に歪んだ。否発せられた言葉の意味が分からないテイルレッド達は困惑する。その様子がおかしいのか、ダークグラスパーはますます、笑みを深めた。

「わらわの見える世界はナイトグラスターの更に先。つまりどれだけ動こうともわらわの眼鏡からは逃れられぬ! 躱そうともその先を斬り捨てるのみじゃ!」

ダークグラスパーの刃が再び、騎士を襲う。その切っ先が吸い込まれるように、あるいは自らが飛び込むようにして、ナイトグラスターが捉えられる。

「ぐあ――!」

 鎧が砕け散る。その欠片の向こうで死神がほくそ笑む。最早、盤面は決した、と。

「これで、終わりじゃ!」

 闇色の輝きをまとった一撃が、銀の輝きを飲み込む。吹き飛ばされたナイトグラスターの体が、力なく地面に落ちる。

「ナイトグラスター!?」

 レッドの悲痛な叫びが響く。さしものブルーも声をなくした。イエローも顔を青ざめさせている。この場にいないトゥアールも、モニター越しにこの光景を見て呆然としているのかもしれない。

「ぐ……ぅ」

 何とか立ち上がろうとするナイトグラスターだったが、その体に力が残されていないことは誰の目にも明らかだった。

「貴様はよく戦った。わらわの属性力もこれほどまで高まるとは思いもせなんだ。じゃが……それも此処まで」

 ダークグラスパーの眼鏡に、闇が収束する。

『いけません! あれは……あの技はカオシック・インフィニットです!』

「属性力の闇へと堕ちて行くが良い。永劫、上がることの出来ぬ深淵までな! 眼鏡よりの無限混沌(カオシック・インフィニット)!!」

 ∞の軌跡を描いた闇が、一瞬でナイトグラスターを絡め取る。

「ヌゥううう……!」

「無駄じゃ。今の高まった属性力より放たれたそれは、テイルレッドに使った時よりも遥かに強力! あがく暇も与えぬわ!」

「ぐぅうう……ぁあああああああ!!」

 闇が、光を呑み込んだ。その後には墓標のように突き立った、フォトンフルーレだけが残されていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「あー。………あれ?」

 気がつけば、俺は駅前の大通りにいた。さんさんと振り付ける日差しにでも当てられたのか。意識が朦朧とする。何か、あった気がするが……。

 周辺を見回すが、特になにもない。………うん、誰も彼も平和な眼鏡だ。

 

 

 ……平和な眼鏡?

 

 

 何か、おかしなフレーズだったような……。街行く人たちは”何時も通りに眼鏡を掛けている”。そう、誰もかれもが眼鏡を掛けている。

 遥か昔から――それこそ、遺跡に刻まれている程の時代から、だ。

 宇宙から地球外知的生命体が原始人に与えたとか、竜殺しの英雄が掛けていた知性の象徴とか、様々な説がある。そして今、世界中に眼鏡が溢れている。眼鏡とはファッションの象徴であると同時に、アイデンティティの証。世界とはすなわち眼鏡なのだ。

 

 ――おまたせ。

 

 ”彼女”の声が聞こえて、俺は振り返った。”彼女”は赤いフレームの眼鏡を掛けている。俺が誕生日に贈ったもので、”彼女”も気に入ってくれている。

 

 ――どうしたの? 

 

 ボケっとしていたせいか、”彼女”が怪訝そうな顔をする。足まである長いインテールを揺らして、こちらの顔を覗き込んできた。

 いいや、なんでもない。と答える。折角のデートだっていうのに、何をやってるんだか俺は。

 

 ――ほら、行きましょ。 

 

 ”彼女”が俺の手を取って、少しだけ強く引っ張る。初めて出会った時のように。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ――あのさ、今日……家に誰もいなんだよね。

 

 初夏の陽気漂うある日。初夏の陽気よりも遥かに熱気を帯びてしまいそうな言葉が、俺の脳内を灼熱の大地よりも熱く煮えたぎらせた。

 それはどういう意味だ? いや、子供の頃からの仲だし、家には何度も行っているけど……わざわざ、それを言うってことは……?

 黙り込んだ俺を、赤ら顔で見つめる彼女。その意図を察せられないほど、鈍くはない。………うん、大丈夫だよな?

 いつもなら何やかんやと喋りながらの帰り道を、今日は沈黙して歩く。バクバクとうるさい心臓の音に耐えながら、やがて彼女の家の前に着く。着いてしまった。

 

 ――ちょっと待ってて。

 

 そう言って、彼女は先に家の中に入っていった。日差しとは違う熱気に、思わず襟を緩める。

「………ん?」

 ふと、俺は隣をみやった。彼女の家の隣には昔、喫茶店があった。夫婦でやっていたけど、旦那さんが亡くなって店を畳んでしまったのだ。今は取り壊され、空地になって―――いや、待て。何か……おかしい?

 だって、あそこには――。

 

 ――おまたせ。……どうしたの?

 

「………いや、なんでもない」

 何かが引っかかった気がしたけど、何だったんだろうか?

 

 ◇ ◇ ◇

 

 家の中に入っても、どうにも会話が続かない。いや、そりゃ弾まないわ。だって……なぁ。その、あれだ、そういうのは……経験ないわけだし。いや、誰に言ってるんだ?

 

 やがて、どちらからともなく身を寄せあった。唇が触れ合い、互いの吐息が、鼻腔をくすぐる。薄手の服はすぐに脱げて、シンプルながらフリルの付いた下着が露わになった。いや、うん。改めて見ても……ないなぁ

 

 ――今、なんか思ったでしょ? 怒らないから言って?

 

「あたただだだだだ! 頭が! こめかみが! ギシギシ悲鳴を上げてるぅううう!!」

 エスパーかこいつは! いきなり両手で頭蓋骨を潰しにくるとか!

 

 ――あ、待って。

 

 彼女は俺を制して、やおら髪に手を伸ばした。そうしてツインテールに結んでいるリボンを解き―――俺は、気がつけばその手を止めていた。

 

 ――どうしたの?

 

 駄目だ。それは駄目だ。だってそれは……そのツインテールは、愛香にとって(・・・・・・)とても大事なものじゃないか(・・・・・・・・・・・・)

 

「………ああ、そうだ。そうだった」

 俺は、ダークグラスパーと戦って、奴の術中に落ちてしまったんだ。つまりここは、俺の作り出した、夢の中。

 にしたって、よりにも寄ってこんな夢を見るとは……不覚。俺にとっちゃ、もう終わった話なのに。

 

 あの日。中学最後の大会で優勝したら愛香に告白しようと思っていた。俺がフェンシングを始めたのだって、愛香を守れるような強い自分になりたかったからだ。だけど、優勝した俺に観客席から手を振ってくれている愛香と、その隣で同じ様に手を振ってくれている総二を見て、気づいたんだ。

 俺が好きな津辺愛香という少女は、観束総二に恋をしている彼女だっていう事に。総二のために、日夜髪を結い、努力し続けられる一途な少女。そんなひたむきさに、俺は惹かれたんだ。

 だから、告白はしなかった。代わりに愛香の恋を応援しようと思った。

 それが……この体たらくとは情けない。

「愛香。そのツインテールは、とても大事なものだ」

 きっと言ったところで意味がない。だけど、伝えよう。終わらせよう。

「俺は、お前のことが好きだ。だけどそれは、”アイツ”のことが好きなお前のことを、だ。そしてそのツインテールは、お前の大事な……想いの証だ」

 だから、手放すな。誰にも渡すな。その想いは譲るな。時さえ超える、その想いを。

「ありがとう。いい夢を見た」

 気が付けば、俺は再びナイトグラスターへと変身していた。周囲もいつの間にか、俺一人だけいる真っ白い空間に変わっている。後は、ここを脱出するだけだが……。

 

 

 ―――グルルルルル。

 

 

「なんだ、今の声は?」

 どこからが響く、唸り声。さながら闇夜の奥に蠢く、血に飢えた獣のような声だった。

 

 ――グルルルルァアアアアアアアアアア!

 

 轟く咆哮。空間が砕け散り、黒い影が飛び込んでくる。それはゆるりと立ち上がり、こちらを振り返った。

「っ――!」

 瞬間、突き抜ける痛み。一瞬で間合いを詰められた! 反射的に防御した筈だが、腕の中まで強烈な衝撃が走る。更に鋭い爪が振り抜かれる。すぐに飛び退くが、ヤツはそれを追いすがるように飛び込んでくる。

 その巨大な体躯は狼。下着を連想させるような銀色のラインが黒い体毛に走っている。

 こいつはエレメリアンだ。だが、なぜエレメリアンがこの空間に?

「グルルァアアアア! ダークグラスパァアアアアアアアアア!!」

「何――!?」

 こいつ、まさか俺をダークグラスパーと見間違えているのか? そういえばメガ・ネもそんな事を言っていたな。どうやらこれは、ダークグラスパーの尻拭いらしい。くそっ、なんでこんな面倒なことに!

「フォトンフルーレ! ……出ないっ!?」

 そういえば、ここに落とされる時に外に落としたか。くそ、面倒な。

「サディスティックサーベル!」

 ストラップに偽装された、Sサーベルを起動させる。威力は心もとないが、丸腰で戦うよりは幾分もマシだ。

 向かってくる狼エレメリアンの爪を捌きながら、カウンターを叩き込む。だが、大したダメージにはならない。

「ぐっ!」

 逆に狼エレメリアンの爪は、受けた瞬間に衝撃を走らせ、こちらにダメージを蓄積させる。まずい。全部は躱しきれない!

「ガァアアアア!」

「うぐっ――」

 狼エレメリアンの蹴りがめり込む。それだけで意識が飛びそうな程の痛みが走った。どうにか体勢を整えるが、やばいな。こいつとの長期戦は出来ない。

 だが、短期決戦など火力の低い俺に出来るか? いや、狙うはカウンターからの一撃必殺ならば、あるいは。

「………よし、かかってこい!」

 俺は全神経を集中させる。真正面から突進してくる狼エレメリアン。俺は迎え撃つように駆け出す。

完全解放(ブレイクレリーズ)――!」

 全身の装甲が展開し、閃光の一矢と化した俺と狼エレメリアンが真正面からぶつかり合う。最大加速の俺と、狼エレメリアンの激突。耳をつんざく轟音。揺れる視界の端に、死の気配が踊り狂う。

「はぁ!!」

 俺はサディスティックサーベルを振り上げた。そして――投げた。

「ギャウ!」

 狼エレメリアンがそれを弾く。やはり、弾いた。

「そいつは囮だ! 喰らえ、無刀――ブリリアントフラッシュ!!」

 全出力を右腕に乗せて、最大速度で叩き込む!!

「グゥウウウウウウ!」

「うぉおおおおおお! ――ハァッ!!」

 俺の一撃が、狼エレメリアンをふっ飛ばした。砕けた右腕の装甲が、威力の程を物語っている。今の自分の最大の攻撃だ。これで駄目なら……。

 

「グルルルルル……」

 

「ああ……くそったれめ。ダークグラスパーのやつ、本当に面倒な」

 地を蹴って飛びかかる狼エレメリアン。その爪撃が、俺を完璧に捉えた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

『目を――目を覚ませ。目を覚ますのだ、御雅神鏡也よ』

(誰だ、俺を呼ぶのは?) 

『お主はまだ、ここで散ってはならぬ。その眼鏡は、未だ砕けておらず。なれば、まだ冥府に逝く時ではない』

(なんだ、誰なんだ?)

 その声は低く、老人のようにも、若くも聞こえた。ただ静かに、俺に目覚めろ、と。そう呼びかけていた。

 俺は謎の声によって目覚めた。そこは――宇宙。いや、銀河だった。そして銀河にて一際、強く輝く星があった。

『目覚めたか。眼鏡なるものよ。我は眼鏡。汝が内の眼鏡なり』

「………」

 いや、うん。総二のあれを見たから予備知識はあるけど、自分もこんな経験をするとは。

 これは間違いなく、俺の属性力だ。疑いなく受け入れられる。

『御雅神鏡也。汝に問う。――眼鏡とは何ぞ?』

「眼鏡とは――俺の力」

 

『否』

 

「ぐっ……」

 強烈な声が脳内に響く。まるで魂を揺さぶられるみたいだ。

『汝は己の眼鏡を見失っている。故に邪道の眼鏡に遅れを取った。眼鏡とは力に非ず』

「力に、非ず」

 その言葉に、俺は自然と銀河を見渡していた。………ああ、そうだ。そうだった。

 眼鏡は、人と同じ視線で人生を映す。眼鏡とは人生だ。人の生に寄り添うものだ。人の数だけ人生があり、人の数だけ眼鏡がある。その営みは永劫、失われることはない。

「そうだった。戦うために眼鏡があるんじゃない。眼鏡は、隣人を支え、育まれるもの。歩むもの。人一人のそれじゃない。人の数こそ、人生の数こそが、眼鏡なんだ」

 俺はいつの間にか忘れていたのか。総二が究極のツインテールなんて呼ばれて、ダークグラスパーなんて、俺と五角以上の強い眼鏡属性を持つ強敵も現れて。

『左様。眼鏡とは禅の域に至る道之。無数、無量、無限を受け止めるには大悟を見出さねばならぬ。』

「それは……壮大な話だな」

『人なるその身にて、その頂に行けるかどうか、我は見定めるのみ。今再び道を見出したならば、戻るが良い。今の汝はかつての汝に非ず』

 

 ◇ ◇ ◇

 

 狼エレメリアン――フェンリルギルディは理性を喪失した状態でありながら、その異変を察知した。

 本能のまま、目の前の敵を――ダークグラスパーを貫いた筈の爪にはしかし、何もない。それどころか、気配すらない。

「グルルルル……」

 耳で、鼻で、居所を探る。もはや目は見えない。おぞましきものを見るに耐えられず、自ら閉ざした。その結果、最終闘態へと至ったのは、何という皮肉か。

 

「ふむ。別段出力が上がったというわけではないが……なるほど、視界が実にクリアだ」

 

「っ――!?」

 声は、真後ろからだった。すぐさま飛び退き、間合いを取った。

「理性を失いながら、意外と冷静じゃないか?」

「グォオオオオオオ!」

 フェンリルギルディは、地を蹴った。目の前の怨敵を葬る。その意志だけが四肢を突き動かす。

「まあ、落ち着け」

 とん。と、奴の指が触れた。それだけで、今まで煮えたぎっていた負の濁流が凪いでいく。

「あ……あぁ。何だ、貴様は?」

 視界が、閉じたはずの視界が光を取り戻していく。映った顔はダークグラスパーとは似ても似つかない顔立ちだ。

「我が名はナイトグラスター。アルティメギルに仇なす者だ」

「ナイトグラスター……貴様が」

「さて、こちらは名乗ったのだ。名を聞かせてもらおうか」

「名など……知ってどうする?」

「知っておきたいのだ。これから、俺が倒す相手の名を。ついでにダークグラスパーに落とされた者同士の(よしみ)でな」

「ダークグラスパー……! そうだ、俺はあいつに……!v俺はあいつに復讐する! 邪魔するものも! 誰であろうと!!」

「残念だがそれは出来ないな。さっきも言ったが、お前はここで俺が倒す」

 まるで自然なことのように語るその口調。フェンリルギルディの心を苛立たせるには十分だった。

「やれるものならやってみるが良い! 俺の名はフェンリルギルディ! 世の全てに疎まれし、下着属性のエレメリアンだ!」

 フェンリルギルディが、轟咆を上げて突撃する。理性を取り戻しても、その動きは獰猛な野獣のそれだ。一瞬の間もなく、フェンリルギルディはナイトグラスターの間合いを詰め――。

「そうか。知れてよかった」

 一瞬で、フェンリルギルディを袈裟懸けに斬り捨てていた。

「が――っ」

「強かった。本当に強かった。アルティメギルに隊長以外でこれ程の戦士がいるとは予想していなかった」

「強かった……だと? 俺が……?」

「ああ。誰が何を言おうと、俺はお前の強さを認める。下着属性の力、恐るべしと」

「………そうか」

 不思議と心が軽い。それはどうしてか、フェンリルギルディには分からない。ただ、一つだけ。

 

 

 

 ――満足だ。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

「ナイトグラスター、目を覚ませ!」

「無駄じゃ。我が眼鏡属性の生み出した闇は、奴の眼鏡属性と絡み合い、永劫抜け出せぬ奈落へと引きずり落としてる。どのような夢を見ているかまでは知れぬが、いかなる術を持ってしても、そこから抜け出せはせぬ」

 テイルレッドの叫びを否定するように、ダークグラスパーの言葉を肯定するように、闇が閉じてフォトンフルーレ()が消えていく。

「どうやら、完全に終わったようじゃな」

「そんな……ナイトグラスターが、負けた?」

「ウソよ。そんなのウソよ!」

「――まだだ。まだ、あいつは負けてない!! そうだろ、ナイトグラスター!!」

「レッド。ですが、これではもう」

「イエロー。お前の好きなヒーローは、仲間が絶体絶命になったら、あっさり諦めるのか? なにがなんでも帰ってくるって信じるんじゃないのか?」

 レッドの怒りにも似た瞳に睨まれ、イエローがハッとする。ヒーローは最後まで諦めない。それは自分に限ったことではない。仲間を信じること。信じ抜くこと。それもヒーローの戦いだ。

「この状況でも、まだナイトグラスターを信じるというのか? なぜ、アヤツをそこまで信じる?」

 ダークグラスパーが不機嫌気味に尋ねる。その問いに、テイルレッドは何をバカな事を、と言いたげに答えた。

「俺は知ってる。こと、眼鏡にかけてあいつ以上の奴なんてこの世界にはいないってな!! 俺が究極のツインテールだっていうなら、あいつは究極の眼鏡属性だ。お前の眼鏡よりの無限混沌(カオシック・インフィニット)だって、必ず破って帰ってくる!」

 

 

 

 

 

「そんな大きな声を出さずとも、聞こえているさ。テイルレッドよ」

 

 

 

 

「なっ……何じゃ。この気配は、まさか!」

 異変はすぐに起こった。空間が真っ白い光によって割かれ、そこから滑り出るようにして人影が現れたのだ。

 所々ダメージを負って、更に装甲を失っているが、その気高い銀の魂は欠けること無く。

 その姿にダークグラスパーがギリ、と歯ぎしりする。

「まさか、わらわの眼鏡よりの無限混沌(カオシック・インフィニット)を喰らって、帰ってこれるはずがない!」

「甘いな。同じ属性力を利用すれば脱出はた易いものだ」

 

 闇の呪縛を打ち破って、閃光の騎士が帰還する。それは、光と闇の眼鏡の決着の時を意味していた。




次回、決着です。




うん。大丈夫w


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約1年ぶりの更新にかかわらず、感想をいただけるとは。
ずっと待ってたと言っていただけて、感無量です。











最新刊、出ましたね。いよいよ原作もクライマックス。
そんな中、横浜アニメイトで水沢先生のサイン本をゲットしました。


なんと、先生公認のレア物。テイルレッド仕様(赤マジックでサイン)でした!! やったぜ。


眼鏡よりの無限渾沌(カオシック・インフィニット)の闇を、どうして破った?」

「お前が私の属性力も利用して、あれを生み出したことは想像がついた。ならば同じことをすればいい。お前の属性力を利用して、もう一度、ゲートを開いたのだ。幸い、やり方は二度も見れば分かる」

 光と闇。それは決して相いれず、しかしコインのように離れることのない裏表。

 闇が光を屠るならば、闇の中で一条の光は果てしなく輝きを増す。属性力の闇が蔓延るならば、それを切り裂く光もまた、力を増す。

「戯言を……もう一度、今度こそ甦れぬよう、眼鏡事象の彼方へと送ってくれるわ!!」

 吹き上がる闇が、再びナイトグラスターに迫る。

「甘い!」

 しかし、ナイトグラスターは闇と対極の光を使って、それを相殺した。

「今のは……眼鏡よりの無限渾沌(カオシック・インフィニット)じゃと!?」

「ふむ。一度コツを掴めば簡単なものだ。名付けるならば、正道成りし眼鏡秩序(コスモス・インフィニット)か」

「ええい! 人の技を盗んでいて何が秩序じゃ! 訴えるぞ! そして勝つぞ!」

「ふん、やれるものならやってみるが良い。敗れた後に、それだけの意志が残っていれば、な」

「吐かしおるわ!!」

 フォトンフルーレを再展開すると同時に、ダークグラスパーがダークネスグレイブを振りかざして飛びかかった。触れればただでは済まない死神の刃を、ナイトグラスターは紙一重で躱す。

「ぬうううん!」

「ふっ!」

 ブオン! と唸り上げて襲い来る切っ先を、フルーレの刃が受け流す。そこから反転して、刺突を繰り出す。ダークグラスパーも、それをギリギリで躱し、すぐさま反撃に転じる。

 幾度も火花を散らし、至近距離で打ち合う二人の姿に、テイルレッドらは息を呑む。

「すごい……あの距離でどちらも完璧に見切ってる。それにダークグラスパーのツインテールも乱れてない」

「いや、ツインテールとかいいでしょ、別に。それより、ナイトグラスターの動きが、変わった?」

「私にはよく分かりませんけれど……なんというか、すごく自然体の様に見えますわ」

 先刻までとは打って変わって、ナイトグラスターはダークグラスパーに肉薄していた。幾度かの激突の後、同時に二人が飛び退いた。

「なるほど……大層なことを言うだけの事はあるようじゃの。わらわの眼鏡に敵ったか。しかし、未だギアの出力で劣る以上、結末は自明の理。ただの悪足掻に過ぎぬわ!」

「そうか。それならば、こういう手はどうだ? 属性玉変換機構(エレメリーション)!!」

 ナイトグラスターは属性玉をセットすると、フォトンフルーレに強い光が宿った。

「そのような小手先の業で!」

「さて、どうかな?」

 横薙ぎに振るわれるダークネスグレイブを躱し、翻すと同時にフォトンフルーレが一閃する。それは鎌の柄で防がれるも、ダークグラスパーの表情が途端に険しくなった。

「ぐぅ……何じゃ、これは? 触れておらぬのにダメージが……!」

「まだまだ!」

「ぬうぅ!!」

 刃と刃がぶつかり合い、互いの装甲をかすめ合う。先程と同じく互角。だが、ダークグラスパーの顔が苦痛に歪み、動きが目に見えて鈍くなっていく。

「もらった!」

「があ――っ!」

 ついに、隙を晒したダークグラスパーを、ナイトグラスターの繰り出した剣先が完璧に捉えた。

「我がグラスギアの防御を、こうもやすやすと…何じゃこの能力は!? 貴様、なんの属性玉を使った!?」

「教えてやる。私が使ったのは”下着属性”の属性玉だ。この名に覚えがあるだろう?」

「下着属性……? まさか、フェンリルギルディの!?」

 

「え……フェンリルギルディって誰? 私、また忘れてる?」

「いや、俺も知らない。ていうか、そんなエレメリアンと戦ったこと無いぞ?」

「ダークグラスパーは知ってるようですけれど……?」

 訳が分からないツインテイルズは置いてけぼりだった。

 

「バカな、あやつ始末した筈。どうして、そのようなものが?」

「奴は眼鏡よりの無限渾沌(カオシックインフィニット)の奥底で、生きていたぞ。お前への憎しみを支えに、最終闘態にまで辿り着いてな。この属性玉は、ヤツからのお前への贈り物だ」

「おのれ、おとなしく消えておれば良いものを!」

 ナイトグラスターが動く。繰り出された高速の突きがダークグラスパーのグラスギアに叩き込まれる。その装甲を打ち抜いて、衝撃がダークグラスパーを貫く。

「下着とは衣服の下に纏うもの。下着属性とはすなわち、防御という衣の下に届く能力だ!」

「ぬっ……うう! 調子に乗るでないわ!!」

 ギラッ! と、ダークグラスパーの眼鏡が光る。瞬間、大地が爆ぜた。もうもうと上がる土煙を抜いて、ダークグラスパーが飛び出してくる。

「むっ。流石に攻め切らせてはくれないか」

 ナイトグラスターも、軽く飛んで間合いを離した。

「残念じゃが、切り札も使ってしまえばただの札よ! もはや、勝機はないと知れ!」

「切り札? 何を勘違いしている? 私はまだ、切り札など使っていないぞ?」

「なんじゃと?」

「これを見るが良い、ダークグラスパー」

 ナイトグラスターは懐から何かを取り出し、それをダークグラスパーに向かって突き出した。まじまじと見やったダークグラスパーが、やがて首を傾げた。

「何じゃそれは――壊れた、子供用の眼鏡か? そんなガラクタがどうしたというのじゃ!」

 ナイトグラスターが出したのは、壊れた眼鏡だった。フレームはあちこちにひしゃげ、レンズも割れてしまって無い。

「あれ、あの眼鏡ってもしかして……?」

 ブルーは、ナイトグラスターの持つそれに、わずかに記憶が揺さぶられた。そして不意に、ナイトグラスターと視線が交差する。

(え……笑った?)

「ダークグラスパー。お前にはこれが、ただのガラクタに見えるんだな?」

「それ以外、何に見えるというのじゃ」

 その言葉を聞き、ナイトグラスターは一度だけ深く、静かに息を吐く。

「それがお前の――邪道の限界だ、ダークグラスパー。その眼鏡を凝らし、見るが良い。正道の道之を!」

 ナイトグラスターの体から、強い光が放たれる。それは、数日前に見たことのある現象あった。

 共鳴し合い、溢れる程に増大した属性力。それを使いこなせないギア。ならばどうする。どうすれば良いか。その答えは――すでに示されていた。

『これは、テイルレッドと同じ光……!? まさか!』 

 観測を続けているトゥアールが驚嘆の声を漏らす。その光はナイトグラスターの手の中の眼鏡へと集束していく。一瞬、太陽にも見紛う程に輝いたかと思うと、それは新たな姿に生まれ変わっていた。

「あれって眼鏡……のフレーム?」

「もしかして、プログレスバレッタと同じように、変化したのか!」

 

「いくぞ! セット、ハーモナイズ・フレーム!!」

 

 生まれ変わった眼鏡フレーム〈ハーモナイズ・フレーム〉をテイルグラスの上から装着する。二つのフレームは、まるで元来一つであったかのように、ピタリと合体した。

「眼鏡の上から眼鏡を掛けるとは……外道か貴様は!」

「怒る基準が意味不明なんだけど!?」

 眼鏡ならざるブルーには、ダークグラスパーの沸点はさっぱり分からなかった。

 そうしている間に、ナイトグラスターの姿が輝いて―――さして変わらなかった。せいぜい、ダメージを負っていた装甲が復元された程度だ。

「これが新たなる姿――グラッシィチェインだ」

「あれ、特に変わっていないような?」

「いや、待て。ナイトグラスターの左腕。なんか大きめのガントレットみたいなのに変わってる!」

 よく見れば今までと違い、ナイトグラスターの左腕の、属性玉変換機構を備えた部分が変化している。その表面には手の甲に向かって逆三角形を形作る三つの窪みがあり、そこにはガラス上の何かが光っている。

「あ、ホントだ。……て、アハ体験並みに分かりづらいわ!」

「テイルブルーと同じ意見というのが癪じゃが全くじゃ。どうせならテイルレッドぐらい派手に変わらぬか!」 

「ふっ。今の私を見た目と同じと思わないことだ」

 それぞれの反応を、余裕の表情で受け止めるナイトグラスター。ダークグラスパーも、ダークネスグレイブを構える。

「面白い。ならば見せてもらおうか!」

 地を蹴り、大きく跳躍するダークグラスパー。鎌を大きく振り上げ、回転させて遠心力も加えた一撃を放つ。ナイトグラスターは、それを身を半歩ひねって躱す。ダークグラスパーも、振り抜いた勢いをそのままに、連続で振り抜く。だが、その尽くをナイトグラスターは躱す。大鎌という重武器を自在に振り回し、ダークグラスパーはナイトグラスターを追い詰める。

「どうした、口だけか!」

「っ……」

 

 加速するダークネスグレイブの一撃が、ナイトグラスターの前髪を散らす。バランスを崩したそこに、容赦ない一撃。それをなんとか躱すナイトグラスター。だが、更にバランスを崩し、ついには四肢で体を支えてしまう状態だ。それを刈り取るように、ダークネスグレイブが振り抜かれ――。

 

「甘い!」

 ナイトグラスターは地を叩くようにして軽く飛び上がり、その体を錐揉み状に回転させる。ダークネスグレイブの刃の上を、まるで転がるようにして躱してみせた。

「なんじゃと――!」

「隙だらけだ」

 攻撃を躱されて無防備を晒したダークグラスパーに向かって、フォトンフルーレが一閃する。

「ぐあぁっ! バカな! 一体、どういう事じゃ……!」

 たたらを踏んだダークグラスパーが、驚きのあまり目を見開いている。

「今の未来が見えなかったか? 私には見えていたぞ」

「な……!」

 ダークグラスパーには最後の一撃を見舞って、ナイトグラスターに大ダメージを与えるビジョンが見えていた。だが、ナイトグラスターは更にその先――攻撃を躱してからのカウンターを当てるところまで見えていた。先刻までと逆に、ダークグラスパーよりも先の未来を、ナイトグラスターは捉えていた。

 それはつまり、眼鏡属性としての力がダークグラスパーを上回ったという事だ。

「巫山戯るでないわぁあああ!」

属性玉変換機構(エレメリーション)巨乳属性(ラージバスト)!」

「ぬぅ! これは、リヴァイアギルディの属性力か!」

 眼前に出現した目に見えない壁が、ダークネスグレイブを弾き返した。

『待ってください! なんで使えるんですか!? 属性玉変換機構で使える属性玉には、相性があるんですよ!? 愛香さんが百回生まれ変わったって巨乳属性が使えないように、一万回生まれ変わったって貧乳でしか無いように!』

「あんた、未来永劫ぶっ飛ばし続けるわよ!?」

『ひいい! 終わりが無いのが終わりとか、地獄じゃないですか!!』

 いつものやり取りはさておき、トゥアールの指摘は的を得ていた。ナイトグラスターに巨乳属性に対する適性はない。本来ならば、発動できない筈だ。本来ならば。

「今の私に、使えない属性力はない。これこそ、グラッシィチェインの真の力だ」

 相性による能力の選別がない。それはつまり、攻撃手段が無数に増えたことを意味していた。

「ならば――!」

 ダークグラスパーはその場から大きく飛び退き、間合いを取る。背のマントを突き破り、背中のパーツが稼働する。そしてダークネスグレイブが大きな弓へと変形した。それはダークグラスパー最大の必殺技の発射モーションだ。

「どれだけ読まれようとも、最大の火力を前にしては無意味よ。我が完全解放(ブレイクレリーズ)で、眼鏡の一片すら残さぬほどに粉砕してくれるわ!!」

 矢が番われ、鏃に力が収束する。それはかつてツインテイルズの合体武装によって粉砕されてしまった時とは比較にならない程、その出力を上げてた。

「ちょ、イースナちゃん! それはあかん!、マジであかんから!!」

「まずいぞ、ナイトグラスターにはあれに対処する手札がない!」

 いくら全ての属性玉を使えるといっても、あれだけの大出力には対抗できない。

『総二様! 三つ編み属性で相殺を! あれが放たれれば周囲への被害が大きすぎます! もう、イースナ! 属性力が暴走しかてるじゃないですか!』

 

「大丈夫だ。問題ない」

 

 周囲の焦りとは真逆に、ナイトグラスターに焦りの色はなかった。なぜなら、新たな力は(・・・・・)正しくこれから使うのだから(・・・・・・・・・・・・・)

「”上位属性玉変換機構(ハイ・エレメリーション)”、旗起(フラグメント)!!」

 いうや、左腕のガントレットの窪みから、強い光が放たれた。そして――ナイトグラスターの姿が変わった。

 四肢以外のアーマーが消え、変わって全身をコート状のスーツが包む。その手にはフォトンフルーレの代わりに、先端近くに布らしきものが巻かれた長大な槍が握られていた。

『こ、これは……! 眼鏡属性を使って、別の属性力で変身している(・・・・・・・・・・・・)!? ありえません、こんなデタラメ……!』

「これが上位属性玉変換機構――フラグメントチェインだ」

 テイルギアの変身は、使われている属性力と使用者の属性力が一致することが絶対条件だ。その絶対を飛び越えた変身は、テイルレッドとは別の意味で、トゥアールの科学力を超えていた。

「どんな姿に変わろうと同じ事よ! 消し飛ぶが良い! ダークネスバニッシャー!!」

 放たれる、闇色をした破壊の嵐。それは周囲を余波だけで吹き飛ばしながら、猛スピードで迫ってくる。躱そうとしても、防ごうとしても、最早間に合うものではない。

完全解放(ブレイクレリーズ)――!」

 槍が輝き、巻かれた物が解ける。広げられたそれは、旗起のシンボルが描かれた巨大な旗。槍の正体は槍旗(そうき)だった。

「そのようなもので――!」

 目前に迫るダークネスバニッシャーに向かって、ナイトグラスターは輝く槍旗――フラグメントスピアーを振り下ろした。

「バニッシュフラグメント――ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「な……何が起こったのじゃ!?」

 ひときわ眩しい光が起こった。そしてそれが収まった時、にわかには信じられない光景が広がっていた。

「ダークグラスパーの攻撃が、消えた?」

『いいえ、これはそんな生易しいものではありません! 攻撃そのものがなかったことにされています(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)!』

 放った強大な一撃は、しかし跡形もなく消滅していた。吹き飛ばされた周囲の物も元のまま。ダークネスグレイブは、元の大鎌に戻っており、破れたマントも直っていた。最初から何も起きなかったかのように、全てが元通りになっていた。

『因果の逆転? いいえ、これは因果の消失です! 在ったことを無かった事に書き換える、因果律のコントロールだなんて!』

「どのような力だろうと、もう一度放てば済む話よ。完全解放(ブレイクレリーズ)――? なに? どうして動かぬ?」

 再びダークネスバニッシャーを放とうとしたダークグラスパーであったが、グラスギアは全く変形しない。

「バニッシュフラグメントは、防御に特化した完全解放だ。その能力は”攻撃フラグの消滅”。お前の完全解放の攻撃フラグは44秒の間、消滅している。その間、何があろうとダークネスバニッシャーを放つことは出来ない」

「っ………」

「そして、その隙を見逃すつもりもない。これで終わりだ、ダークグラスパー!」

 ナイトグラスターの左腕のガントレット、そこの窪み全てが輝きを放つ。

上位属性玉変換機構(ハイ・エレメリーション)――!」

 輝きが形を生み出す。ショルダーガードを備えたアーマー。胸部はに眼鏡のシンボルが輝く。左腕部のマントは背後に展開され、ショルダーガードと一体になっている。

「あれは――まさか、俺のライザーチェインと同じか!?」

「そう。これこそ本当の切り札。名付けてトリニティチェインだ!」

『あれは……眼鏡属性を使って旗起、加虐属性との同時変身です! 単純な出力なら、ライザーチェインにも負けていませんが、出力強化が全身に及んでいる分、強力と言えます。でも、掛かる負荷も相当な筈です!』

 大至急分析を行うトゥアール。あふれる属性力が三色の光となってアーマーから放出される姿はかつて、フマギルディを倒すために属性力を暴走させた際の姿を思わせた。だが、その時とは違い、全身に満ちる力は、ナイトグラスターの意志に抑えられている。

『わかりました。ナイトグラスター、気をつけて下さい。その状態は約66秒しか維持できません。それを超えたらギアが暴走して崩壊する危険があります! レッドのように途中でフォームを切り替えてリセットできない分、戦闘可能時間は短いと思って下さい!』

「それだけあれば十分だ。抜剣、トリニティフルーレ!」

 トゥアールの分析を耳に、ナイトグラスターが眼鏡から新たなる刃を展開させる。

 それはフォトンフルーレよりも幅広の、三つの光に満ちる剣だった。

 ナイトグラスターが地を蹴って飛んだ。だが、その姿は一瞬で消え、ダークグラスパーの正面に現れる。

「バカな――なおも速いじゃと!?」

「遅い」

 防御の間もなく、ダークグラスパーが吹き飛ぶ。先を見ることに長けたダークグラスパーの眼鏡に映ることさえ無く、その姿は背後に移動していた。

 かろうじて防御の体勢を取るダークグラスパーに、ナイトグラスターの縦横無尽の連撃が襲いかかる。まるで空中に縫い付けられているかのように、その体は揺さぶられ続ける。ダークグラスパーは背のマントを振るい、攻撃の連鎖を断ち切ろうとする。

「ぬううう……! 調子に乗るでないわ! ――がはっ!」

 しかしナイトグラスターは苦し紛れの反撃を安々と躱し、逆にダークグラスパーを光る足で盛大に蹴り飛ばした。廃工場の壁に叩きつけられたその体が、ズルズルと落ちる。

「こんな……眼鏡でわらわが、他者に遅れを取る筈が……ない!」

「言っただろう。それが邪道の限界だと」

「知った風な事を言うでない! わらわが、眼鏡属性の為にどれほどの心血を注いできたと思うておる!」

「お前は言ったな。『眼鏡属性を救うために、アルティメギルに与してる』と。だが、それは違う。お前は眼鏡属性を救ってなどいない」

「何を言うか。わらわがおったから、多くの世界から眼鏡属性だけは失わずに済んでおるのだ!」

「違う。お前はただ世界に”眼鏡属性だけを置き去りにしてきた”だけだ。眼鏡属性は、眼鏡だけで輝くものではない。色とりどりの人の心が、想いが、眼鏡を星々のように煌めかせるのだ。心なき世界に残された眼鏡だけの輝きなど、真の眼鏡ではない!」

 眼鏡を救ってきたと論ずるダークグラスパーと、眼鏡を救ってなどいないと反するナイトグラスター。互いに信ずる道は違い、それゆえにぶつかるしか無い。

「何が心じゃ! 眼鏡の輝きに余計なものなどいらぬ! わらわのやってきた事も間違ってなどおらぬ! 何故なら、わらわこそダークグラスパー。眼鏡の支配者じゃ!! 完全解放(ブレイクレリーズ)!」

 再び使用可能となったダークネスバニッシャーが、暗黒の輝きと共に、力を解き放つ。

「まだわからないのか! 天蓋の星々を誰も支配できないように、神にさえ、眼鏡を支配する事は出来ん! 完全解放(ブレイクレリーズ)!」

 全身の装甲が展開し、三色の属性力の輝きが放たれる。それは混ざり合い、虹色のグラデーションとなってトリニティフルーレに絡みつく。ナイトグラスターは光を纏った刃で、真正面からダークネスバニッシャーを迎え撃った。

「はぁあああ―――!!」

「まさか――!」

 新たなる閃光の刃は、闇の一撃を無尽に切り裂いた。まさか、必殺技を真っ向から斬り捨てられるとは見えなかったダークグラスパーが動揺の余り、無防備な姿を晒す。そしてそれは、勝負の決まった瞬間であった。

「オーラピラー!!」

 ナイトグラスターが指を弾く。瞬間、光の柱が噴き上がって、ダークグラスパーの体を拘束した。

「ッ―――ぬぉおおあああああああああ!? オーラピラーじゃと!? バカな、一体いつ!?」

 ナイトグラスターのオーラピラーは相手や空間に設置し、任意の瞬間に発動できる。最後に見舞った蹴りで、ダークグラスパーの体にオーラピラーを設置していたのだ。

 ナイトグラスターが、完全に動けなくなったダークグラスパーに向かって、地を滑るように飛んだ。

 

「イースナちゃん!!」

「メガ・ネ!?」

 

 その間に、メガ・ネプチューン=Mk.Ⅱが割って入った。その巨体を盾にしてダークグラスパーを守ろうとしたのだ。その見た目から頑強さが分かるメガ・ネプチューン=Mk.Ⅱであったが、今のナイトグラスターの一撃を受けて無事で済む訳がない。だが、止まるにはナイトグラスターは速すぎ、距離も短い。両者の激突は避けられない―――しかし突然、ナイトグラスターの姿が消えたかと思えば、メガ・ネの背後に現れ、そのまま駆け抜けていた。正道成りし眼鏡秩序(コスモス・インフィニット)でメガ・ネを躱したのだ。

 

「トリニティフラッシュ――!」

「ぐぁあああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 メガ・ネが振り返った時にはすでに、三色の残光が爆発の中を貫いて天へと昇っていた。

「イースナちゃあああああああん!!」

 もうもうと上がる爆煙。バラバラと振ってくる砂利と、グラスギアの破片。残響が徐々に収まっていく中、二つの人影が顕になった。

 

 

 グラッシィチェインに戻ったナイトグラスターは、ダークグラスパーの眼鏡前に刃を突きつけている。

 ダークグラスパーは眼鏡以外には一糸まとわぬ姿となっていた。それはかつて、ツインテイルズの合体技〈フュージョニックバスター〉によって敗れた時と同じであった。

 しかし、あの時は武装を排除されただけでダメージはなかったが、今回は完全解放による物理的破壊。ダークグラスパーの体には不相ダメージが刻まれており、既に力はなかった。

「終わりだな、ダークグラスパー」

「っ………! まだじゃ、まだわらわの眼鏡は残っておる!」

 それでもまだ、ダークグラスパーは敗北を認めない。この戦いはどちらかの眼鏡が破壊されるまで、決着ではない。そうお互いに覚悟し、決闘の場にやってきたのだ。

「そうか。ならば――」

「っ……貴様、何を!」

 やおら、ナイトグラスターがダークグラスパーの眼鏡を外した。眼鏡属性の者にとって、それは死にも勝る恥辱であった。幸い、その姿は煙に隠されており、ナイトグラスター以外には見えていない。

「眼鏡の者が、眼鏡を汚していては格好がつくまい。そら、これで良い」

 ナイトグラスターはクリーニングクロスで、ダークグラスパーの眼鏡についた汚れを丁寧に拭き取った。武士の最後が汚れなき白装束であるように、戦いの中で泥にまみれたそれを、捨て置くことなど出来なかった。

「何故じゃ。何故、わらわの眼鏡を破壊せぬ?」

 返された眼鏡を掛け直し、ダークグラスパーは当然の疑問を投げかけた。

「言ったはずだ。眼鏡は誰にも支配できないと。ならば、どうして他者の眼鏡を壊すことができようものか」

 他者の眼鏡を破壊する。それはつまり、他者の眼鏡を支配するに等しい行為だ。そのような蛮行を今のナイトグラスターに出来る筈がなかった。

「わらわを邪道と揶揄しておいてか?」

「何事にも正道があり、王道がある。ならば邪道もまた、確かに道なのだ。ただ、その行く先に未来はない、というだけだ」

「………」

「ま、間違った道を行こうとする妹を止めるのは、兄の役目というものだろう?」

「っ!? だ、誰が兄じゃ! わらわは認めぬぞ!!」

「うん? だが、”姉より優れた弟はいない”のだろう? だったら”兄より優れた妹も存在しない”筈だ。つまり、俺が兄だ。違うとは言わせんぞ?」

「ぐっ……ぐぐ……っ!!」

 屈辱と恥辱で、イースナの顔がゆがむ。ぎりぎりと歯ぎしりして、本当に悔しそうだ。

「イースナちゃん! 生きとるか――!!」

 煙の向こうからメガ・ネの声が聞こえた。

「派手にやったから、心配をかけてしまったかな。立てるか?」

「そう見えるか? もう、エロゲーのメッセージ一つ、送ることが出来ん」

「つまり指一本動かないと? じゃあ、仕方ないな」

 仕方ない、仕方ないと言いながら、ナイトグラスターの顔が、愉しそうに歪んだ。

「まて、何をするつもりじゃ貴様。やめよ、やめぬか! ――下ろせ、こら!!」

 抵抗できないイースナを、ナイトグラスターはひょいと横抱きにして持ち上げた。華奢なイースナの体は、その腕の中にすっぽりと収まってしまった。

「なんだ、随分と軽いなお前。ちゃんと食事は摂っているのか?」

「やかましい! おかんか貴様は!?」

「いいや。お前の血を分けた実の兄だ。そら、お兄ちゃんと呼んで良いんだぞ?」

「ふざけるな! 絶対に認めぬ! 絶対に呼ばぬ! 図々しいにも程があろう!!」

 そうやって喚いている間に、すっかりと煙は晴れていた。

「イースナちゃん! 良かったぁ、無事やったかぁ」

「メガ・ネ! 貴様、この有様を見て、よくもそんなことが言えるな!」

 そう言われて、メガ・ネはまじまじと二人の様子を見る。そして結論を出した。

「………いや、仲良うなって良かったなぁ?」

「センサーが壊れとるのか!? ええい、さっさと下ろさぬか!」

「はいはい。じゃあ、メガ・ネ。イースナを頼む」

「はい、確かにお預かりします」

「わらわは小荷物か何かか!?」

 イースナをメガ・ネに託すと、ナイトグラスターは真っ直ぐ、彼女の目を見つめる。イースナもまた、真っ直ぐに見つめ返す。

「業腹じゃが、此度は負けを認めてやろう。じゃが、わらわは自分のやってきた事を間違っていたとは思わぬ」

「それを正しいというのならそれで良いさ。何度でも向かってくるが良い。いつでも受けて立とう。兄妹喧嘩も、そう悪いものじゃない」

「………」

「………」

「――いくぞ、メガ・ネ。基地に戻るぞ」

「え。もう良いの、イースナちゃん?」

 そっけなく指示を出すイースナに、メガ・ネはつい聞き返した。

「良い。もう、今日は終いじゃ」

 そう言ってイースナはぷい、と顔を逸してしまった。そしてそのままナイトグラスターに向かって、何かを投げつけた。

 それは以前に、テイルレッドも渡された事のあるメルアドのQRコードだった。

「光栄に思え。お前にもくれてやる」

「はいはい。ありがたく貰っておくよ」

 そっけない態度に苦笑しつつ、QRコードをしまう。

「それじゃあ、いろいろとご迷惑をお掛けしました」

 ペコリと頭を下げ、メガ・ネが背のジェットを噴出させる。その轟音の最中、誰にも聞こえないほど小さな声で――しかし確かに。

 

「さよなら………お兄ちゃん」

 

 と。

 

「元気でな、イースナ」

 遠ざかって行くその影に、ナイトグラスターもそっと返すのだった。




1年越しについに決着。後はエピローグを残すばかり。
この話が終わったら、また少しオリジナルなのを入れつつ・・・あの話ですよ。BとLの危険な奴等がスタンバってますw


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エピローグ

これにて4巻までのストーリーは終了です。


 その日の夜。ツインテイルズ秘密基地内ではテイルグラス及びハーモナイズフレームのチェックが行われていた。

 テイルブレスとは違い、異なる技術のハイブリッドデバイスであるテイルグラスにどのような変化が起こったのか、チェックする必要がった。

 ちなみに時刻は九時を過ぎている。神堂慧理那はお眠なので既に帰宅してる。基地にはナイトグラスターの正体を知る者しか残っていない。

「――さて、これが分析の結果です」

 モニターにはいくつもの数字とグラフが映し出されている。それがどういう意味なのか鏡也らにはさっぱり分からない。トゥアールもそれが分かっているので、早速説明に入った。

「テイルレッドのプログレスバレッタと違って、このハーモナイズフレームという強化アイテムは、その名の通り”調和”させる機能を持ったアイテムのようです」

「具体的には?」

「元々、テイルグラスの原型である”星の眼鏡”には、私の物とは異なる異世界の技術が使われていました。それがテイルギアのシステムと上手く噛み合わず、出力が十全に発揮できなかった訳です。

 ですが、このハーモナイズフレームを装着することで、星の眼鏡のシステムと、テイルギアのシステムを相互的に問題なく運用できる仕様へとする、ある種の変換アダプタのような役割を果たしている訳ですね」

 更に、とトゥアールが続ける。

「こちらがある意味本命の話なのですが……ハーモナイズフレーム装着時に使えるようになる上位属性玉変換機構(ハイ・エレメリーション)ですが、これはテイルギアの属性力変換機構と星の眼鏡のブラックボックスが結び合うことで発現した能力のようです。

 もともと星の眼鏡には、眼鏡属性をベースにして、他属性の変身……今回のケースではフラグメントチェインですね。それを最初から想定したシステムが組まれていたという事です。そしてトリニティチェインのように、複数の属性力をまとめて使用する事も。ただ、それを出力する方法がなかったところに、テイルギアのシステムが出力デバイスとして選ばれた。つまり、根本にあるのは、星の眼鏡側のシステムなんです」

 トゥアールですら、想像し得なかった異なる属性力による変身。それは鏡也の実親と、眼鏡属性そのものの謎を深めるには十分だった。

「これを創った鏡也さんの実のご両親……どちらだけかも知れませんが、とにかく、未だにブラックボックスが存在すること。何故、イースナではなく鏡也さんにこれを託したのか。どういう意図で、このようなシステムを組み込んだのか。そして、眼鏡属性とは何なのか。正直、分からないことが増えてしまって。ただ、吉報もあります」

「なんだ?」

「今回、ハーモナイズフレームを装着したことで、星の眼鏡側のブラックボックスが一部解除されました。これによってテイルギアの機能不全は完全に解消されたと言っていいでしょう」

「じゃあ、これからはもっと戦い易くなるのか?」

「ええ。とはいえ、ナイトグラスターのギアはスピード特化の仕様ですから、攻撃力も防御力も他のギアに比べて低めなのは変わりませんが」

「いや、それでも十分ありがたい。正直、今の状態では頭打ちだったからな」

 まだ向こうには最強戦力である四頂軍、その上の首領もいる。今後の戦いが厳しくなることは容易に想像出来る。その中にあって戦闘力の増強はありがたいことだ。

「………で、お前らはいつまで黙りこくってるんだ?」

 いい加減、面倒くさくなってきた鏡也は離れたところに突っ立ったままの二人に声を掛けた。

 総二と愛香の両名は顔を見合わせ、歯切れ悪そうにしてる。

「いや、だって……なあ?」

「うん。あんな話知っちゃったら……ね」

 どうやら、鏡也の出自を知って、色々と思うところがあるらしい。

「一応言っとくが、余計な気遣いは無用だからな。別に俺は気にしちゃいないし、今までやこれからが変わるわけでもないしな」

「いや、そうは言うけど……なあ、おじさんやおばさんは知ってるのか、鏡也が……その、全部知ってるってさ」

「ああ、知ってるよ。俺がナイトグラスターになる、その前にな。正直、俺にしてみればとっくに終わってる話だ。だから、お前らがそんな顔するのは逆に迷惑だ。わかったか?」

「――ああ、わかった」

 鏡也がそこまで言うと、総二も思うところがありながらも、納得したようだった。

「それにしても、生き別れた実の妹が敵幹部として現れる――なんて、特撮モノの王道を行くようなシチュエーションね」

「毎度ながら、普通にいますね未春おばさん」

 いつもの悪役幹部コスチュームに身を包み――店の片付けは良いのだろうか――未春がいつの間にやら定位置と化したシートに腰掛けていた。

「ところで、鏡也君の変身アイテムの眼鏡には最初から眼鏡属性を使って他の属性力の変身をするシステムが組み込まれていたのよね? でも、それっておかしくないかしら?」

 未春がモニターを見ながら、疑問を口にした。

「どういうことです、お義母様?」

「だって、こんなのを用意してたってことは、最初から『眼鏡属性には他の属性力を使える』って知ってなきゃおかしいでしょ? なのに、鏡也君にはそれを用意していて、イースナちゃんにはなんで用意してなかったのかしら?

 そもそもがよ、鏡也君が眼鏡属性に目覚めるかどうかなんて分からないんじゃないかしら?」

「そうですね……言われてみれば確かに。鏡也さんがこの世界に来たのは生まれて間もない頃だという話ですし、流石にその頃には属性力に目覚めているとは」

 属性力は心の力。それは日々を生きる流れの中で育まれていくものだ。生まれたばかりの赤子に、属性力は生まれない。

 もし、何かしらの未来視のような力で知ったとして、ならばツインテールと眼鏡という2つの属性力を持つイースナには何故、星の眼鏡に相当するものが用意されていないのか。時間がなかったのか、あるいは他の理由があるのか。

「眼鏡属性……ううん、鏡也君自身に何か秘密があるのかも?」

 そう言って、未春は鏡也を見やった。だが、数ヶ月前までごく普通の一般人であった鏡也に、そんな事が分かろうはずもない。

「とりあえず、今日のところはこれで解散としましょう。情報の整理もしないといけませんし、何より鏡也さんの疲労が限界でしょうから」

 トゥアールはそう言って、話し合いを終わらせた。実際、鏡也の体力は気を張っているから保っているようなもので、すでに限界だった。

 

「それじゃ、気をつけてな」

「鏡也さん、愛香さんをしっかり連れて行ってくださいね。鎖でつないで、檻に入れるのを忘れないように、しっかりとお願いしますよ? 猛獣の管理はしっかりして下さい」

 愛香の猛獣ぶりをトゥアールが全身で体感するのを知り目に、総二は鏡也に尋ねた。

「なあ、イースナの事は良かったのか? あのままアルティメギルに帰しちまって」

「かまわないさ。自分のやってきた事を正しいと信じている以上、無理に引き止めても無駄だ。それに、今生の別れでもないしな」

「そうか……うん、そうだな」

「そ……そうじさま……こちらはこんじょうのわかれがちかい……たすけて」

 猛獣の前に、人の力は余りにも非力であった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「イースナちゃん。まだ寝とるん?」

「体が痛い……割と真面目に動けない」

 ベッドの中から顔だけ出すイースナ。実際、顔色はすぐれない。ナイトグラスターの戦いで、決定的なダメージを受けた影響が出ているのだ。

「グラスギアの修理はどうなってる?」

「メインのシステムには異常無いから、数日で直るんやないかな?」

 メガ・ネは脱ぎ散らかされた服を手際よく拾い、カゴに詰めていく。

「なにか食べたいのある?」

「………果物の缶詰?」

「せやったらモモのがあったな。それにしよか?」

「うん」

 いつもよりも静かな時間。メガ・ネは大したこともない様に振る舞っているが、イースナはどうにも落ち着かないのか、もぞもぞとベッドの中で動いている。

「それにしても、仲直りできて良かったなぁ、イースナちゃん?」

「っ……! べ、別に仲直りとかしてないし。そういうんじゃないし」

「せやけど『お兄ちゃん』言うてたやん?」

「っ~~~~~!!」

「うわっ、ちょ、せっかく片付けたのに!」

 途端、イースナは顔を真赤にして、辺りにある物を手当たり次第に掴んではメガ・ネに投げつける。

 基地に戻ってきて落ち着いてみれば、余りにも迂闊だったと気が付いた。

 あの場の空気というか、おかしなテンションとか、そういうのに流されてしまったのだ。そうに決まっている。

 自分はまだ、認めてなどいない。暫定的に、そう暫定的だ。賭けに負けた結果、そうなっているだけなのだから。

 だから、認めたわけでは決して無い。その筈だ。そうでなければならない。

 誰に言い訳しているのか、ひたすら心の中で繰り返し、イースナはベッドに潜り込んでしまった。

 その様子にやれやれと思いながら、メガ・ネは部屋を片付けるのであった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 アルティメギル秘密基地の大会議場。そこには数々の部隊が合一化されたことでかなり手狭になりつつあった。なにせ、ドラグギルディ隊、タイガギルディ隊、リヴァイアギルディ隊、クラーケギルディ隊。そこに更にアルティメギル四頂軍の一角”美の四心(ビー・テイフル・ハート)”も加わって、もう何が何やら。

 各部隊、どれもツインテイルズとの――主に、テイルブルーによって――殲滅された者達がいるが、減るより増えるが上では仕方ないことだ。

 中央に組まれた円卓。そこには現在、混合部隊の代表ともいうべき者達が座していた。

 美の四心隊長、ビートルギルディ。その補佐役スタッグギルディ。ドラグギルディ隊隊長代理スパロウギルディを含めた、各隊の隊長代理達である。もっとも、地位も実力も美の四心の両名が圧倒的であり、その不興を買わぬことに苦心するばかりであった。

「スパイダギルディ……いや、アラクネギルディすら討ち取られる、か」

「進化の泉の試練を超えたエレメリアンは、とてつもない力を得る。でも、テイルレッドはそれをも上回って見せた。さすがとしか言いようがないね、兄さん」

 副隊長であったアラクネギルディを倒されたという事実は、その実力を知る者達にとって余りにも重かった。彼の教え子たちは、死の無念に拳を握りしめ、そしてその魂の安らかを願い皆、化粧を整えていた。会議場の一角が、どうにも白い。

 ビートルギルディは、アルティロイドに託したというアラクネギルディの遺品をテーブルの上に置いた。

「これを託し、あやつは逝った。今日はこれの中身を確認する。アラクネギルディが遺したもの。ツインテイルズ打倒に繋がる何かであるかも知れないからだ」

 ビートルギルディの言葉に、場内がざわめく。特にアラクネギルディの門下らの反応は顕著だった。キワモノ度が目に見えて高まっている。

 スタッグギルディが手際よく、端末をモニターへの出力装置につなげる。本来は手下の者にやらせるような事だったが、スタッグギルディは文句一つも言わずにこなした。

「兄さん、準備できたよ」

「よし。ではやってくれ」

 場内の照明が落ち、中央の大スクリーンに、アラクネギルディ最後のメッセージが映し出された。

 

「こ、これは……!!」

 

 当然、そこにはアラクネギルディが撮影したもの――つまり、ナイトグラスターの写真が写っていた。

 だが、ただのナイトグラスターではない。スネイルギルディとアラクネギルディの属性力によって、ありえない奇跡を起こし、レディグラスターとして、性転換(トランスセクシャル)を果たした姿であった。

「馬鹿な……ナイトグラスターではないのか?」

「いや、しかし……どう見ても女……まさか、男の娘か?」

「何を世迷い言を! それならばテイルブルーであろう!」

「じゃあ、あれをどう説明する!」

 

「者共静まれぃ!!」

 

 ビートルギルディの怒声が、会議場を揺らした。一転してざわめきが消え、沈黙が支配する。

「これを届けたアルティロイドによれば、これは間違いなくナイトグラスターだそうだよ。男の娘を超えて、ほんとに女性体になってしまったんだとか」

 ざわめいている間に、アルティロイドに事情を聞いたスタッグギルディが説明する。

「奴の門下に、性転換属性の者がいたな。なるほど」

「死して、初めて理想の叶えるを知る……か。因果だね。ありえないと知っていたから、男の娘属性に救いを求めたというのに」

「うむ」

 エレメリアンにとって、属性とは魂だ。魂の旅路の果て、死してようやく願い求めたものが叶うとは何という皮肉か。

「しかし……むう、ポニーテールか」

「ポニーテール、だね」

 何やらポニーテールに含むところがあるのか、歯切れの悪いビートルギルディとスタッグギルディ。他のエレメリアンの中にも微妙な顔の者がいる。

「スタッグギルディ」

 しばし考えたような素振りを見せたビートルギルディが、スタッグギルディに何かを指示しようとする。が、それよりも早く、スタッグギルディは動いていた。

「はい、兄さん」

「うむ」

 スタッグギルディが取り出したのは、液タブだった。ただの液タブではない。ビートルギルディの高度な技能を活かすために、スタッグギルディがソフトウェアからハードウェアまで全て作り上げた、至高の逸品である。液晶には既にレディグラスターの写真が一枚、読み込まれている。ビートルギルディは素早くペンを液晶の上を滑らせていく。

 その流水のような無駄のない動きは超一流のアイススケーターを

彷彿とさせる。そしてそれに完璧に対応するスタッグギルディの道具は超一流のためのアイスリンク、そしてシューズのようであった。

「――出来た」

 そうしてペンを置いたビートルギルディは、自身の仕事に満足の息を吐いた。

 大スクリーンに映ったのは、ツインテールへと仕立て直されたレディグラスターだった。

 その凛とし佇まいに、会議場中から感嘆のため息が溢れた。

「ナイトグラスター、よもやこれ程のポテンシャルを秘めていたとはな。恐るべきはテイルレッドだけではなかったか」

 

 ジェンダーという絶対的な壁を公にて超えたナイトグラスターの存在はある種、アルティメギルに衝撃を与えた。

 性別は、超えられる壁なのだ。と。

 

 

 この一件により、ナイトグラスター改めレディグラスターはテイルレッドに次ぐ人気を博してしまうことになる。

 それはつまり、アルティメギルの変態度が更に深まったという事であった。

 

 




TS属性を認められた変態・・・もとい主人公。その受難はまだまだ増えそうです。
次回はオリジナルの話をやる予定なのですが、もしかしたらやらないかも知れません(どっちやねん)


やらなかった場合、そのまま5巻・・・つまり、問題児がまた増えるわけですねw


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ツインテール・クライシス・アフター


長らくおまたせしました。(待ってる方がいらっしゃれば)
今回は前後編ぐらいの半オリジナルぐらいな話です。


 アラクネギルディの撃破。ダークグラスパーとの決闘以降、多少の小競り合いはあったものの、鏡也らはそれなりに平和な時間を過ごしていた。

 現在進行系ではなく、過去形なのには当然、意味がある。

 その日。鏡也は学校の帰りにたまたま、とあるアミューズメント施設へと立ち寄った。近くにあった店に用があって、その帰り際に立ち寄っただけだったのだ。

「油断してた……完璧に油断してた」

 エントランスの柱の後ろに隠れ、頭を抱える鏡也。チラッと影から覗くと、猫型エレメリアンが、猫耳を付けたスタッフの女性をしきりに追いかけ回してた。

 

 そこでは動物との触れ合いをコンセプトとしている施設で、アニマルセラピーよろしく、心を癒やされる場所だった。かくいう鏡也が立ち寄ったのも、ささくれてしまいそうな心を癒やすためだった。

 部室で教室で基地で、凄惨な光景を見続ければ心の一つぐらい、ささくれるものだ。暴力は心に良くない。

 鏡也はゴールデンレトリバーのような大型犬と触れ合い、その体を十分にモフり、やはりペットを飼うのも良いかも知れない。昔、一度ねだりそうになったが、果たして責任を持って飼えるだろうかと思い直したことがあった。

 しかし、やはりペットはいい。こうやって可愛がるのも、従順になるよう、しっかりと調教して、首輪もしっかりとした物を付けて――。

「………」

 一瞬、犬じゃない誰かが見えたような気がしたので、癒やしもそこそこに帰宅することにした。

 そして遭遇したのが、この状況である。癒やされた心も速攻で枯れ果てた。

「さて、いずれはレッド達が駆けつけるだろうが……見過ごすわけにも行かないな」

 見たところ、幹部級ではないエレメリアンだ。ならばナイトグラスター一人でも十分だろう。

 そうと決まれば、人気のない場所へ移動しなければ。なにせここはアミューズメント施設のエントランス。広い上に人目も多い。この場で変身はできない。トイレ辺りにでも行こうと、行動を開始した時だった。

「おい、あそこにいるのって……あいつじゃないか? ほら、いつもテイルレッドたんと一緒にいる」

「あ、本当だ。てことはテイルレッドたんが近くに!?」

 いきなり、見知らぬ誰かに指をさされた。その言葉が伝播するのに時間はかからなかった。ざわめきが広がり、周囲の視線はエレメリアンから鏡也へ、その後ろに見えるテイルレッドへと注がれた。

 そんな事になれば、エレメリアンが気付かない訳がない。

「お前は御雅神鏡也! おのれ、何故ここに!?」

「そのセリフ、そっくりそのままお前に返すわ。……で、何だ? その、見たことのある、ふざけたスタイルは?」

 エレメリアンは床に転がり、腹を出していた。でっぷりとした腹が実に踏み甲斐がありそうだ。ゴムボールのように盛大に踏みつけてやるたくなる。

「知れたことよ。この腹を、思う存分に愛でて貰うためよ!!」

「めでたいのはお前の頭の中身だ」

「ぐほぁ!?」

 気付けば、エレメリアンの腹をゴムボールのように盛大に踏みつけていた。

「そこまでですわ、エレメリアン! ツインテイルズ、参上ですわ!」

 ヒーロー然とした名乗りが、エントランスに響いた。声の方を見やれば、ツインテイルズが臨戦態勢……にはちょっと足りないぐらいの状態で、駆けつけていた。

「おお、やっと来てくれたか」

「鏡也……あんたまた、遭遇したの?」

 またしてもな状況に、ブルーは呆れ気味だ。そしてイエローは、未だ踏みつけられているエレメリアンを、若干羨ましそうに見ている。

「とにかく、ここは俺たちに任せて早く避難しろ!」

 変身した姿は一番マトモじゃないが、思考は一番マトモなレッドの言葉に、鏡也は頷いた。

「ああ、そうさせてもらう。そっちの人達も、今のうちに」

 ついでと、女性スタッフにも声を掛けるが、戸惑ってる。仕方なく、その手を引いて一緒にその場から離れる。

「……むっ

 通り過ぎざま、レッドが不愉快そうな顔を見せた――ような気がした。

「ぐぬ……テイルレッド。やはり実物を見るに、これ程に猫耳が似合う幼女がいようとは! テイルレッドよ、我が名は 猫耳属性(キャット)のキャットギルディだ!」

「その見た目で違ってたら、その方がビックリだよ」

「さ、こっちにおいで。素敵な猫耳を付けてあげようじゃないか」

 キャットギルディは猫耳を片手に、招き猫のように手を動かしている。なんてイヤな招き猫だ。

「いや、何言って」

「みたーい!」

「付けて付けて!」

「いや、避難してって」

 避難途中だった女性フタッフが鏡也の手を振り切って、レッドに迫る。困惑するレッドの目線が鏡也に届いた。

 このままでは、レッドが戦えない。戦えなくとも他二人で大丈夫な気がするが、流れ弾や流れパンチやキックが届くかも知れないので、改めて避難を――。

「……鏡也は、付けて欲しいか?」

「………」

「………」

「………」

「………おまえはなにをいってるんだ?」

 レッドが鏡也に振り返ったかと思った途端、上目遣いで途方もない爆弾を放り投げてきた。その破壊力に、施設が静まり返った。

「………え? あ、あれ? 何言ってるんだ俺!?」

 レッドも自分が意味の分らないことを口走ったと、顔を赤らめてビックリしていた。言われた方もビックリだ。

「と、とにかく今はエレメリアンを!」

 

 カツーン。

 

 響き渡った音。それはまたたく間に施設内を満たし、肌が泡雑ほどの鬼気がそれを呑み込んでいった。カラカラカラ。と、槍を床に擦らせながら、羅刹がそこに歩いていた。テイルブルーと呼ばれた羅刹は、鏡也とテイルレッドの間に槍の刃先を突き入れる。

「下がって。半径50メートル以内に入らないで」

「お、おう」

 有無を言わせぬその圧力。スタッフさんはもちろん、周りの野次馬も一斉に逃げ出した。鏡也もゆっくり、刺激をしないように下がる。猛獣と対峙したときの基本だ。

 今のブルーならば、アラクネギルディすら圧倒できるかも知れない。

「て、テイルブルー! タイガギルディ隊長の仇……! ぐう、我が本能が逃走を宣告している!」

 キャットギルディだけではなく、ケージの中の猫たちも逃亡しようとガッチャンガッチャン大暴れ中だ。中には、気を失っているのまでいる。トラウマにならないことを心から祈る。

「タイガギルディ? ああ、あのスク水のやつね」

 

「「『ブルーが相手のことを覚えてる!?』」」

 

 有り得ない事態に、戦々恐々とするレッド達。通信越しのトゥアールも戦慄している。もしかしたら、尋常ならざる様子が、普段とはありえないブルーを生み出しているのだろうか。

 アルティメギルから怪物と称されるテイルブルーであるが、今回は映画に出てくる不死身の殺人鬼と並んでも遜色ない迫力だ。

「悪いけど、こっちも色々と立て込んでるから。前座はさっさと終わらせるわよ」

「うぐぐ……この迫力、本当に人間なのか? 仕方ない、キャット空中三回転ジャンプ!!」

 キャットギルディは、猫のしなやかさを使って、ジャンプ。エントランス二階に跳び上がった。

「ここは仕切り直しだ! さらばだニャ!!」

 せめてもの猫アピールを残し、キャットギルディが逃走する。

「属性玉〈スクール水着〉!」

 しかし、スク水属性を使ったブルーが、床を突き抜けてキャットギルディの前に立ち塞がった。

「ぎにゃあああ!!」

「オーラピラー! 完全解放、エグゼイキュートウェイブ!」

 哀れ。キャットギルディは部隊長であったタイガギルディの属性によって退路を断たれ、新たなる被害者として名を刻んでしまった。

「さ、とっとと帰りましょ」

「あ、うん」

 戻ってきたブルーに、レッドは何とも言えない表情だった。大魔王からは逃げられない、みたいな状況というのはああいうのを言うんじゃないだろうかと、真剣に考えてしまったのだ。

 すっかりラスボスとしての貫禄を抱きつつあるブルーはともかく、最初の名乗り以来、すっかり影の薄いイエローはといえば。

「じ~~~~~~っ」

 何故か、ペット用品コーナーをガン見していた。正確に言えば首輪とリードだ、それを一体どうしたいのか。神堂家ではペットは飼っていないというのに。イエローの視線がどうして、チラッチラッと鏡也の方に向いたりするのか。

 諸々の問題はそのままに、鏡也も帰ろうと踵を返した。

「ちょっと待った」

「ぐえっ」

 突然、鏡也の体が浮いた。そして頸が締まった。背後でブルーが槍で鏡也の襟を釣り上げているのだ。

「あんたもこのまま来なさい」

「いや、俺自転車が」

「後から取りに戻って」

 答えなぞ求めていないとばかりに、ブルーは鏡也を吊し上げたままエントランスを出ると、髪紐属性(リボン)を発動。空へと飛び上がった。

「ごめん。二人は自力でお願い」

「待て待て待て! こっち生身! 落ちたら死ぬぅうううううう!!」

 悲鳴が風に流されて消えていく。残されたレッドとイエローはお互いに顔を見合わせた。

「では、レッド。私に掴まってくださいまし」

 イエローが髪紐属性(リボン)を発動。レッドと共に空へと上がっていった。

「それにしても、どうしてブルーはあんなに怒っていたんでしょう?」

「………さあ?」

 二人は揃って首を傾げながら、ブルーの後を追いかけるのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「さて、事態はいよいよ深刻化しています」

 基地に帰還したツインテイルズはトゥアールにブレスを預けた。定期的メンテナンスを行うためだ。それぞれのブレスが機械によって細かいパーツレベルで厳重なチェックが行われてる。

 特にブルーのギアは本人の戦い方にもよるのだろう、摩耗が著しい。ウェイブランスなど亀裂が走っていて、次に使えば粉々になってただろうほどに深刻だった。

 それよりも遥かに深刻だと言わんばかりに、トゥアールは重い口を開いた。

「鏡也さん、何か言うことはありませんか?」

「あるか、そんなもの」

「そうですか。では、こちらをご覧ください」

 トゥアールがモニターにある映像を映し出した。どこかの大食い系イベントか、一心不乱に参加者が何かを食べている。

 

 ペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロ――。

 ペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロ――。

 ペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロ――。

 ペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロ――。

 ペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロ――。

 ペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロ――。

 

「………改めて見なくてもひどい光景だな、これ」

 これは先日、教室で行われたテイルレッドペロペロキャンディ(非公認商品。税込価格396円)早ペロ競争の様子だ。

 ストロベリーとミルクをあわせてデザインされたそれは、見た目だけでなく味でもしっかりとしている。かのダークグラスパーも、部下への土産物として購入した逸品である。ただ、アルティメギル基地にてこのキャンディが悲劇を生んでしまったのだが、今回は全く関係ないので割愛する。

 それを、男子高校生が揃ってペロペロし続けてる光景は、アウトを通り越してアウトだった。

 この頭痛が痛い光景に総二ならずとも、さっさと教室を後にしたものだった。そんな物を今更見せてどうしたいのか。トゥアールの意図がわからず鏡也は首をかしげる。

「総二様。これをご覧になってどう思われますか?」

「どうって……容赦ねえなとしか」

 総二もどう答えたら良いのか分からず、困惑するばかりだ。そんな反応を分かっているとばかりに、トゥアールは続けた。

「では、総二様。テイルレッドに変身して頂けますか?」

「え、なんで?」

 戸惑う総二であったが、言われるままテイルレッドへ変身する。

「では鏡也さん。これをどうぞ」

 鏡也に差し出されたのは、テイルレッドペロペロキャンディであった。間近で見るキャンディの造形は見事であり

「……これを食えと?」

「ええ。存分に。あ、みなさんもどうぞ」

 受け取ったは良いが、周囲の視線が痛い。しかし食べなければそもそも話が終わらない気配だ。仕方ない。と覚悟を決めて、鏡也がキャンディを舐める。

「……うん、普通に美味いなこれ」

 見た目を差し引けば、キャンディとしてちゃんとしているだけに、普通に美味しく食べられる。そうして数舐めしていると、途端に腕を掴まれた。

「ん?」

「……ろ」

 腕を押さえているのは小さな手だった。ただ、スピリティカフィンガーによって強化されたそのパワーは凄まじく、腕からミシミシという嫌な音が聞こえ始める。

「それ、舐めるの止めろよぉ……! 何だか良くわからないけど、すごく嫌だ……!!」

「そ、総二? どうした落ち着け? とりあえず手を離せ、な?」

 努めて冷静に、鏡也は総二に手を離すように促した。しかし、総二は大きくツインテールを振るばかりだ。見れば顔も真っ赤になっている。

「ほら見ろ。俺以外にも食ってるやつはいるぞ? トゥアールなんて、クラスメート顔負けの舐めっぷりじゃないか!? なあ!?」

「ペロペロペロペロペロペロペロペロペロ……」

 トゥアールのプロペラのように回転する舌を指さして言うが、総二は頑として首を縦に振らない。あくまでも、鏡也にだけ拘っている。

「良いからもう、俺を舐めるなよぉおおおおお!!」

「良くねえから、さっさと手を離せぇえええええ!!」

 総二の羞恥と共に、鏡也の腕もいよいよ限界を迎えていた。

 

「……さて、これで分かって頂けたと思います」

「ああ。生身の人間にテイルギアは危険極まりないということが、な」

 ギリギリのところで粉砕骨折を回避できた鏡也が、右腕をさすりながら返す。テイルレッドから戻った総二は、自己嫌悪に突っ伏している。

「違います。そんな事は愛香さんがテイルギアを持った時点で、身に沁みて分かっている事でしょう?」

「それもそうだが」

 二人が揃ってもう一回、身に沁みさせられたところで、トゥアールは核心を語った。

「間違いありません。総二様は、鏡也さんにフラグを建てられてしまっています!」

「……フラグ、とは何なのですか?」

 意味が分からないと、慧理那が首をかしげる。揺れたツインテールに、総二の目が反応した。

「その説明はおいおいするとして……鏡也さん、総二様と何かありましたね?」

「いや、何もないぞ?」

 ずい、と迫るトゥアールの顔を押しのけながら、鏡也は答えた。実際に思い当たることはない。

「なるほど。では、もっと限定しましょう」

 さながら、犯人を追い詰める名探偵の如く、トゥアールは語り始めた。

「そもそも、フラグっぽいことが起こるのは鏡也さんとテイルレッドとの間であって、鏡也さんと総二様の間では起こりえません。これを前提条件とした場合、どう考えてもおかしいのです。何故ならテイルレッドと鏡也さんが接触した回数はそれなりでも、接触時間は少ないのですから。

 であれば、総二様にフラグを? いえ、それはありえない。ですが一つだけ……この条件を外れていた時期がありましたね。ええ、そうです」

 ビシッ! と、鏡也を指差して言った。

「そう! 総二様がソーラ・ミートゥカになっていた頃です!! あの時だけは、この条件から外れるのです! さあ、いかがですか!!」

 まるで、名探偵が犯人を追いつける推理を披露するかのようなトゥアールの物言いに、鏡也は微妙な顔をした。

 なにせ、やはり思い当たることがなく、むしろ今まで通りにしていた筈だという印象しかない。それは総二も一緒で、やはり微妙な顔をしていた。

「いつも通りだったと思うけどなぁ。せいぜい、合宿先で相談に乗ってくれたくらいかな?」

「相談?」

「何ですかそれ? 私、そんなの知りませんよ?」

 その言葉に、愛香の眉がピクリと跳ねる。トゥアールもジト目で鏡也を見る。二人の圧に気付かずか、総二は続ける。

「学校の屋上と、シーラカンスギルディと戦った日の夜に、砂浜でさ。自分の異常は何となく感じてたし、シーラカンスギルディの時は顕著だったからな。鏡也は最初から気付いてたみたいでさ……」

 総二が言うと、二人の顔がますます険しくなる。

 よく考えてみよう。当人たちはその様なつもりがなくとも、屋上で美少女と二人きり。あるいは夜の砂浜で二人きり。どう考えても青春と恋愛の定番シチュエーションだ。

「いやいや、だって男同士だぞ? ありえないだろう? 一時的に女になってたからって、そんなバカな事……だって、ツインテールじゃないんだぞ?」

「総二、最後のは否定要素なのか?」

「総二様。恋心に理屈付など無意味なことです。私だって、そりゃあもう小さくて可愛い子を愛でたい気持ちで満載ですけれど、それはそれとして総二様に対して組んず解れつベッドの中で愛でて愛でられ」

「めでたいのは頭の中だけにしろぉおおお!!」

「た~まや~!?」

 愛香のアッパーによって、めでたい打ち上げ花火となったトゥアールが天井に突き刺さった。

「とにかく! そーじは鏡也と二人きりにならないこと! 鏡也は変身したそーじには近寄らないこと! 良いわね? 今はテイルレッドにだけだから良いけど、これがそーじにまで行ったら………っ!」

「「お、おう……」」

 言いたいことは山のようにあったが、愛香の有無を言わせない迫力に、二人は頷くしかなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 結局、会議(?)は有耶無耶に終わった。トゥアールは存外深く突き刺さったのか抜けずにもがき続けてるし、慧理那は話についていけず首を傾げるばかりだし、尊は婚姻届を生産し続けてるし、愛香は不機嫌だしでグダグダだったからだ。

「あ~、くそ。なんだって言うんだよ」

 風呂から上がった総二は、むしゃくしゃした感情を持て余していた。せっかく見失いかけたツインテールを取り戻したというのに、また新たな問題が起きてしまったのだ。

 確かに、テイルレッドになった時、まるで自分以外の何かが勝手に動いているかのような感じはしている。

 しかし、それが恋愛感情だと言われても――。

「はあ、考えても仕方ないし寝よう」

 

 ――もしも、そーじにまで行ったら――

 

(いやいや、ありえないだろう……)

 

 反芻する愛香の言葉を否定しつつ、ベッドに潜り込む総二。今日は久しぶりにゆっくり寝られそうだなと感じながら、まぶたを閉じるのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 どうやら俺は街を歩いているらしい。隣には誰かがいる。声に聞き覚えがあるが、思い出せない。

 何だか違和感がある。それがなにか、理解できない。やがて風景は海浜公園らしき場所に移った。人影は自分たち以外にない。

(……!?)

 不意に、肩を抱かれた。驚いて顔を上げると――そこには見知った眼鏡を掛けた顔があった。

(きょ、鏡也……!? なんで……!?)

 意味がわからない。なんでこんな……?

 混乱する俺を余所に、鏡也の手が俺の顎に伸びる。そのまま顔が軽く上を向かされ――って待てよ、おい!!

 おかしいだろ! これは夢だ! 夢だっておかしいだろ!! 鏡也も止まれよ!!

 だけど、鏡也の顔はゆっくりと、近づいてくる。それは奇しくもダークグラスパーにされたのと同じ流れだ。

 違う。違う、違う。これは俺じゃない。だって俺は――!

(っ――!?)

 ちらりと見えた街灯に映った自分の姿。それを認識した途端、顔に触れる赤いツインテール。

(テイルレッド……いや、ソーラ・ミートゥカ?)

 ぐい、と強い力に後ろへと引っ張られる。見えていた光景がぐんぐんと遠ざかっていく。その中で、鏡也とソーラはその唇を――。

 

「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「―――ぐあっ!?」

 ドスン!! と、背中に強い衝撃が走った。ぼやけた視界には見慣れた天井がある。

「あ……悪夢だ」

 冷や汗でシャツが張り付き気持ち悪い。ノソノソと体を起こした総二は、時計を見た。いつも起きる時間より早いが、二度寝する程ではない。なにより、目が覚めてしまっている。

「……起きるか」

 ひとまず用をたそうと、部屋を出て階段を降りる。その間、今日はトゥアールも愛香も来なかったなぁ。夜討ち朝駆けは寝不足になるからやめてもらいたいなぁ。などと考えたりした。

「――おう、もう起きてたのか」

「うげっ」

 トイレから出てくると、ちょうど鏡也がやって来ていた。夢のせいでつい、後退ってしまう。

「なんだよ、その『うげっ』てのは」

「いや、何でもない。ちょっと悪夢を見てな……そんだけだ」

「……ふうん。それより、何かあったか?」

「……? いや、何もないけど?」

「そうか。なら良いんだが」

「???」

 鏡也の思わせぶりな言葉を訝しがりながら、総二は部屋に戻る。その途中、部屋の方から何やらやかましい声が聞こえてきた。

「なんだ?」

「ああ、さっき愛香が上がっていったからな。トゥアールとでも鉢合わせたか?」

 それは一大事。せっかく修理された部屋がまた壊されてはたまらないと、階段を駆け上がる。続いて鏡也も上がってきた。

「……た、なんでそんな事に……!?」

 徐々にはっきりと聞こえてくる愛香の声。かなりエキサイトいているようだ。まだ惨劇は起こっていないようだが、それもすぐのことだろう。

「おい、愛香。暴れるなら外か基地でやってくれ」

「暴れること自体は止めないのか」

「え、そーじ……!?」

 ドアを開け、無駄だ思いつつも愛香を静止する総二。だが、絵部屋の中には愛香しかおらず、その愛香も総二の声に目を見開いて驚いている。

「え、なんで……どうして、そーじが……?」

 もとよりここは総二の部屋で、総二が来ることに何もおかしい事はない。なのに、愛香はまるで”それがありえない光景”であるかのように、顔を強張らせて困惑の色を浮かべている。

一体どうしたのかと、部屋の中を見やると愛香の向こう――総二のベッドの上に動く影が見えた。何だろうかと、総二らが覗き込むと、不意に赤いツインテールが揺れた。

 

「「………は?」」

 

 そこには果たして、一糸まとわぬツインテールの美少女――つまり、ソーラの姿があった。



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俺ツイ、最終巻到達してしましましたね。

最後までギャグと熱血ヒーローを貫いた、最高の作品でした。


「おばさん、おはようございます!」

 と、かつてのような感じで愛香がアドレシェンツァの入り口を潜った。キッチンでは未春が朝の仕込みを行っているところだった。

「あら、おはよう。総二はまだ寝てるわよ」

「今朝はトゥアールが大人しかったですからねー」

「大人しくというか、昨日のままなんじゃないかしらねー?」

 昨日、見事に天井にハマったトゥアールは、未だに抜け出せていないようだ。それは朝も静かだろう。

 愛香は勝手知ったると、店を抜けて家の中へと入る。ササッと靴を脱いで階段を上がっていく。

 これだ。これこそあるべき日常の朝だ。トゥアールが……アルティメギルが現れる前まではこれが普通だったのだ。

 それが今年の春から、日も昇らぬ早朝からベランダから飛び込んだりしなければならなくなったのだ。

 すっかり懐かしくなってしまった日常を思いながら、総二の部屋のドアを開けた。

「総二、朝だ……………よ?」

 開けた先には、やはり日常が無かった。シーツから覗く赤い長髪。つい先日も同じものを見た気がした。

「そーじ……あんた、また変身したまま」

 愛香がシーツを引っ剥がす。そして固まった。

 そこにいたのは、一糸まとわぬ総二――もとい、ソーラ・ミートゥカであったからだ。

「そんな……せっかく元に戻れたっていうのにそーじ、あんた、なんでそんな事になってるのよ……!?」

 冗談じゃない。こんなにポンポンと女になられたら、自分はどうしたら良いのだ!? 今度はいつ戻れるようになるんだ!?

 混乱、動揺、困惑、焦燥。色々と入り交じる感情を思わず拳で放ちたい衝動にかられていると、後ろでドアが開いた。

 

「おい、愛香。暴れるなら外か基地でやってくれ」

「暴れること自体は止めないのか」

 

「え、そーじ……!?」

 振り返った愛香の目に飛び込んできたのは、パジャマ姿の総二の姿だった。すぐ後ろに鏡也の姿もある。

「え、なんで……どうして、そーじが……?」

 ありえない。だって、ベッドに居るのは総二だ。見間違える筈がない。でも、いま入り口に立っているのも間違いなく総二だ。

 何がどうなってるのか。さっぱり理解できない愛香。そうしている内に、ベッドの方で衣擦れの音がした。

「ん……っ」

 赤いツインテールを揺らし、長いまつ毛を湛えた目蓋がゆっくりと開いていく。

 その姿に気がついた総二と鏡也も、揃って驚きの表情を浮かべた。

 

「……?」

 

 そして、ソーラ・ミートゥカもまた、首を傾げていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……さて、どうしたものか」

 鏡也は入口近くのカウンター席に座って、深い沈黙に支配された店内を見渡した。総二と愛香は同じくカウンター席で揃って頭を抱えている。

「あの……えっと、何がどうなっているのでしょう? なぜ、観束くんがここにいるのにソーラ・ミートゥカさんがいるのでしょう?」

「俺が知りたいよ。なんだってこんな事に……!」

「それはあたしのセリフよ。なんで今度は分裂してんのよ、あんたは……!」

 緊急事態と駆けつけた慧理那も、想像以上の事態に困惑しきりだ。後ろに控えている尊も、この事態に困惑の色を隠せない。

「どうせ増えるなら、どうして男で増えない。これでは婚姻届を出せないではないか」

 訂正。全くぶれていなかった。結婚の前には人間が分裂する謎など些末な事らしい。

「はい、コーヒーどうぞ。いやー、久しぶりに入れたもので、上手く行ってなかったらごめんなさいね」

 そしてもう一人、この状況でもぶれないのが未春である。トゥアールも流石に、この事態には真面目に対応しており、調査用の機材を使って、分裂した総二――ソーラを調べている。

「なるほど……これは」

「何か分かったのか、トゥアール?」

「ええ、このソーラ・ミートゥカは………人間ではありません。肉体を構成しているのはエレメリウムという物質です」

「なんだって?」

「エレメリウムというのは、エレメリアンや属性玉を構成する物質です。つまり彼女はエレメリアンと同質……いうなれば【セミ・エレメリアン】、ソーラギルディとでも呼ぶべき存在なのです」

「………」

 余りのことに、総二らは言葉を失う。口にしたトゥアールですら、未だ半信半疑と言った感じだ。

「人型のエレメリアンって……ありえるの、そんなの?」

「私だって信じられないですよ。でも、こうして存在する以上は……」

 愛香の疑問も当然だ。今まで現れたエレメリアンは人とは一線を画する怪物だった。それが人間の、ソーラの姿をとっているなど、信じられない話だ。

「……なあ、総二。一つ良いか?」

 ここまで沈黙していた鏡也が口を開く。

「なんだ?」

「お前、ちょっとテイルレッドに変身してみろ」

「え、なんで?」

「ちょっと確かめたい事がある。ほら、はやくやれ」

「わ、分かったよ」

 いきなりの事に戸惑いつつも、総二はいつものようにテイルブレスを構えた。

 

「テイルオン!」

 

「………」

「……え?」

「やっぱり、そういう事か」

 いつもならテイルブレスが起動し、総二はテイルレッドに変身している筈だった。だが、今そこにいるのは観束総二のままだ。

「なんで……どうしてだ!? おい、鏡也! お前、何を知ってるんだ!?」

 ただでさえ、ソーラの一件で混乱している中、更に混乱を巻き起こす事態が起こり、総二の頭は限界を迎えかけていた。故に、この事態を予測していたのであろう鏡也に詰め寄るのも仕方ないことだった。

「知ってるわけじゃない。ただ、意識して”見た”だけだ」

「見たって何を?」

「彼女がどうして誕生したかはわからないが、一つだけ分かることがある。それはお前とソーラの属性力が同じツインテールだってことだ」

「いや、それは……俺、というかソーラそっくりだし、そうなんだろうとは思うけど」

 総二はチラリとトゥアールを見やる。それに小さく頷いて返すトゥアール。

「同じ属性力なのが問題なんじゃない。エレメリアンが属性力の塊のような存在だとすれば、ソーラを構成する属性力は”何処から出てきたのか”ってことが問題になるんだ」

「それって、つまり……?」

「そうだ。ソーラはお前の属性力から生まれたってことだ。そして変身できないということは、属性力を奪われた状態に近いようだ」

「そんな……俺はツインテールを……!?」

 総二が慌てて愛香のツインテールに触れる。手の中でつややかなツインテールが踊る様に、総二は恍惚の表情を浮かべる。

「ちょ、そーじ……ダメだって」

「ああ……やっぱりツインテールは最高だぁ……」

「どうやら観束くんはツインテールへの想いを失くしている訳ではないようですね。それでは……ソーラさん? は、何か言うことなどありますか?」

 慧理那がソーラへ問いかける。ここまで一言も発していないソーラに、あるいは言葉を話せないのではないかという考えも過ぎる。

「あ、喋っても良いの?」

 

「普通に話せるんかい!!」

 

「いや、黙ってた方がミステリアスで雰囲気出るし、何となく喋らないほうが良いかなって」

「いらん気の使い方するな!? で、結局のところ、あんたは自分が何者かとかわかってるの?」

 愛香が聞くと、ソーラは少しだけ考える素振りを見せる。

「そうだなぁ……何となく、自分が人間じゃないってのは分かるし……でも頭の中には昨日までの記憶もあるし……」

「なんだか口調もそーじそっくりね」

「自分の中じゃ違和感あるけど、どうにもこうじゃないと喋れなくて」

「むしろこっちはその方が違和感ないけどね」

 総二から生まれた存在だけに、その影響が大きいようだ。そんな事を考えつつ、鏡也はソーラに向き直った。

「しかし、ソーラ自身は自分がどうして生まれたのか、その理由は分からないか?」

 エレメリアンの誕生。それはある意味、とてつもない情報だ。アルティメギルの兵力は未だ未知数。それらを打倒する道筋が明らかになるやも知れないからだ。

「っ……! そ、それは……よく分からない」

 途端、ソーラが鏡也に背を向けてしまった。誤魔化すようにして出されたコーヒーを啜る姿は、普通の少女のようだ。

「それで、俺のツインテールはどうなるんだ?」

「総二様のツインテール属性は完全に無くなったわけではありませんし、どうやら少しずつですが戻ってもいるようです。今日一日あれば元に戻るのではないかと」

 検査機器をしまいながら、総二の疑問にトゥアールが答える。

「さてと。それじゃあ、ソーラちゃんは何かしてみたい事ある?」

 未春の突然の言葉に、ソーラ達は目を瞬かせる。

「え?」

「いや、母さん。何を言い出してるんだ?」

「だって、今日一日しかいられないんでしょ? 総ちゃんはどうせ今日一日は変身出来ないんだし、せっかくだし、ね」

 そう言って微笑む未春。それは何か悪戯めいた事を思いついている顔だった。

 ソーラは少し考える素振りを見せ、そして口を開いた。

 

「――じゃあ、デートとかしてみたい……かな?」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「デート、ねぇ」

 私服に着替えた総二は何とも言えない表情で唸っていた。自分のツインテールから生まれたらしいソーラが、まさかそんな事を言い出すとは。

 言うが早いか、未春は早速ソーラを連れて家の中に引っ込んでしまった。そして今、総二達は駅前にいる。

「にしても、なんだっていちいち待ち合わせなんて……」

「それはもちろん、デートだからですよ。まあ、私でしたらどこに行かずとも、総二様のお部屋のベッドの中で一日過ごすのもありですよ」

「同じベッドの中なら病院のベッドに送ってあげましょうか?」

「ひぃ! ベッドを叩きつけるバーサーカーみたいな事を言い出してるんですけど!?」

 愛香とトゥアールのいつものやり取りを尻目に、総二はソーラを待った。そうしていると、向こうからやってくるツインテールの気配。通り過ぎる人たちは、その見事なツインテールに見惚れ、振り返っているのが分かる。

少し大きめのショルダーバッグと、白とピンクのツートンカラーの∨ネックワンピースを着た、ソーラがついにやって来たのだ。

「いよいよ、か」

 複雑な面持ちで総二はソーラを見送る(・・・)。そう、デートの相手は総二ではない。

 

「お、お待たせ……で良いのかな?」

「ああ……いや、大して待ってない」

「いや、一時間ぐらい経ってるし……」

「まあ、それもそうか。えっと……じゃあ、行くか?」

 

 そう。デートの相手として指名されたのは総二ではない。鏡也であった。二人は何処と無くギクシャクしながら、連れ立って歩いていった。

「うーん、流石にぎこちないですね。総二様、総二様が私とデートする際は無理をなさらずお部屋の中でじっくりと、具体的にはベッドの中で一緒に過ごすというのもありな選択肢だと思いますよ?」

「ベッドで過ごしたけりゃ一人で過ごしなさい。具体的には病院のね」

「ああああ! 容赦ない暴力がじっくりと体を侵食していくぅうううう!!」

 ギリギリと関節がありえない悲鳴を上げていくトゥアールを余所に、総二は二人の後を追う。と、そこに声が掛けられた。

「すみません、遅くなりました」

 現れたのは慧理那と尊だった。慧理那は制服から私服に着替え、尊は当然いつものメイド服だ。

「会長……と、桜川先生。あの、今更なんですけど良いんですか、二人まで学校をサボって?」

「大丈夫。今日は病欠ということで連絡を入れておきました。ついでに皆さんの事も、尊が適当に理由づけして置きましたから、安心して下さい」

 学校をサボることを安心して良いのかどうかは疑問だが、こういう時に担任が内情を知る相手だとありがたい。

「礼は要らん。ただ、この婚姻届にサインさえしてくれればな」

「おっと、急がないと見失っちゃう。みんな、移動しよう」

 嫌な予感をツインテールから察した総二は、さっさと鏡也達を追跡した。

「おい、ちょっと待て。スルーは流石に傷つくんだぞ!?」

 

 ◇ ◇ ◇

 

(しかし、なんで俺がデートの相手に? ツインテール属性なら総二じゃないのか?)

 鏡也は今更ながら、疑問を抱いた。実際、総二もそうだと思っていたようだった。しかし、ソーラが選んだのは鏡也だった。

「それで、デートと言ってもこっちも素人でな。どうしたものか」

「え~? そこは嘘でも『今日は最高のデートを約束するぜ、ハニー』とか言うところじゃないの?」

「お前の中の俺は一体どういう立ち位置なんだよ!? そんな事言ったことないわ!」

「あはは! それじゃ、何処か遊べる場所が良いかな? いい場所ある?」

「………。はあ、それなら一つ、行ってみたかった場所があるから、そこにするか」

「良いよ。じゃ、行こう!」

 言うや、ソーラは鏡也の腕に自身の腕を絡めた。突然のことに鏡也も慌てふためく。

「ちょっと待て、腕を組む必要ないだろ!?」

「デートなんだから必要よ。ほら、早く!」

 グイグイと引っ張るソーラに気圧されて、鏡也は成されるまま引っ張られていった。

 

「そーじ、大丈夫?」

「……胸が痛い」

「総二様、それはいけません。さあ、私の胸に頭を埋めてお休み下さい!」

「そんなに埋めたいなら自分の頭でも埋めときなさい」

「ちょ、首はそんなに曲がらな……!!」

 セルフ立ちおっぱい枕という前人未到の偉業へと強制的に挑戦させられるトゥアールを余所に、総二らは鏡也達の後を追った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 湾岸部には春にオープンしたばかりの大型アミューズメント施設がある。夏休みに入れば総二達を誘って行ってみようと鏡也は思っていた場所だ。

「流石に新しいだけあって、広くて綺麗だな。それに平日のせいか、人もまばらだ」、

「うわぁ、色々あるね。さぁて何処から攻めていこうかな~?」

 案内板を見れば昨今の流行りか、ビデオゲーム的なものよりも、実際に体を動かすアスレチック的なものが多いようだ。

「じゃあ、この【突撃!コズミックウォーズ!!】ていうのやってみよう」

 案内板の一箇所を指差すソーラ。どんなものなのかと、鏡也は入り口で貰ったパンフレットを開く。

「えっと、これは戦闘機に乗って敵を倒す……シューティングゲームみたいだな」

 戦闘機型の箱物に乗り、スクリーンに映る敵を撃って倒す。というゲームのようだ。なかなか面白そうだと、早速エリアに向かうことにした。

 

 

「鏡也くん達、早速なにか遊ぶようですね」

「総二様、私達もせっかくですしなにか遊びませんか? 監視は愛香さん達に任せて、ほら、あちらに丁度良く二人きりになれる暗がりが」

「暗がりが良いなら、この場でしてあげるわよ」

 いらない事を言ったせいで、一人暗闇と言うなのフェイスクラッシャーを喰らい沈むトゥアール。

「さ、気付かれないように追いかけるわよ」

「いや、これ絶対バレてるだろ。こんな派手に音立ててんだし」

 

 

「……あいつら、あれで尾行のつもりか?」

「にぎやかだねぇ。さ、気にせず遊ぼう!」

 後ろの騒々しさを気にすることなく、ソーラは進んでいく。

(――だんだん、言葉遣いが変わってきているな。時間が経ったせいで、総二らしさが消えてきているのか?)

 鏡也はその変化がどのような意味を持つのか思案する。しかし、不明な事が多すぎる今の状況では、考える意味はないと、脳裏に浮かんだ疑問を振り払い、ソーラの後を追った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 陽月学園では変わらぬ時間が過ぎていた。夏休みを直前に控え、暑さが日々増していく中、鏡也らのクラスも黙々と授業を行っていた。

(あーあ。ソーラたんが転校してから退屈だな~)

 熱狂とも狂騒とも取れた時間を振り返りながら、その生徒は何となくスマホを手にした。

 教科書を壁にして、Titter(チッター)というSNSアプリを起動する。誰でも気軽に発信を行えるツールとして瞬く間にユーザーを増やしたそれは、退屈な時間を潰すには十分だった。

 画面をスライドさせていく。タイムラインには多くの投稿が寄せらていたが、その内の一つに彼は指を止めた。

「………は?」

 

【街ですっごいツインテール美少女発見した! モデルか? 芸能人か?】

 

 添付されているファイルを開く。果たしてそこに写っていたのは、しばらく前に学校から姿を消した陽月学園のアイドル――いや、もはや女神であった。

「な、なんじゃろおおおおおおおおおおおお!?」

 驚きと興奮の余り、若干言葉がおかしくなる。

「おい、どうしたんだよ?」

「これ見ろ! ホラ!」

「あ……あぁあああああああああああああああ!?」

「こっ……こら、お前ら! 今は授業中だ! 静かにしなさい!」

 教師が注意するも、興奮しきっている生徒には通じない。それは瞬く間に教室中に伝播していく。

「これ、ソーラちゃんか!?」

「嘘だろ!? 祖国(くに)に帰ったんじゃなかったのかよ!?」

「ちょっと待て。こっちにちらっと写ってるの……御雅神じゃねーか!?」

「はあ!? アイツなんで……まさか、ソーラたんとデートするためにサボりやがったのか!?」

「なんだって!? 御雅神マジ許せねぇ!!」

「ヤロウ、ブッコロシテヤルェ!!」

「ここ、駅前だな。よし、行くぜお前らぁ!! カーニバルだぁ!!」

 

「「「ウエーイ!!」」」

 

「ウエーイ! じゃない馬鹿者がぁあああああああ!!」

 教室から、丸めた教科書で頭を思いっきり叩いたような音が響きまくった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「ああ……夏。それはアツい心の叫び。夏。それは溢れ出るパッション」

 深緑の世界を見下ろし、潮風に揺られながら、”それ”は空を飛んでいた。

「ああ……いい。夏こそ我がゴールデンタイム!」

 ”それ”は異形の存在。人ならざる侵略者。すなわち――エレメリアン。

 

 

 テイルレッドを欠いたツインテイルズに、しかし魔の手は待ってはくれない。




次回でエピソード完結………です。
できるだけ早くあげます。


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覚えている方は、果たして残っているのでしょうか……?


「いや~、遊んだ遊んだ」

「まさか午前中だけでフロアの半分近くを踏破させられるとは思わなかった…」

 施設内のオープンスペースに設けられあフードコートの一角に、鏡也とソーラは腰を落ち着けていた。

 時間的にちょうど昼時ということもあり、人も多い。

 体力に自信のある鏡也だったが、さすがにソーラに振り回されるのは疲れるようで、少しばかり溜息がこぼれた。

「さて、時間的にも飯時だけど……何か食べるか?」

 見回せばファストフードからラーメンなど、色んなお店がある。さて、どうしようかと鏡也が思案していると、ソーラがおもむろにバッグをあさり出した。

「……? どうした?」

「えっと……ね。実は……これ」

 出したのはランチボックスだった。蓋を開ければサンドイッチが敷き詰められていた。

「これ、どうしたんだ?」

「いやぁ、母さ……じゃなくて未春さんに『デートって言うならやっぱり手作りのお弁当じゃないかしら?』って言われて。でも、時間もなかったから……せめてサンドイッチぐらいならって」

 使われている具材を見れば、たしかに喫茶店で使われているもののようだ。

「そうか。じゃあ、せっかくだし戴こうかな。飲み物を買ってこよう」

 

 

「大丈夫ですか、総二様?」

「見てただけなのに、何だか疲れたな」

 後を付いてきていた総二達も何となく疲れている。

「デートで手作りのお弁当とか、なんで無駄に女子力高いことしてるのよ、そーじ!」

「俺がやったわけじゃないだろ!?」

 愛香に思わぬ濡れ衣を着せられ、総二は抗議の声を上げる。

「ともあれ、今のところは順調そうですね。私達もお昼にしましょうか」

「そうですね。じゃあ、なにか軽く食べましょうか。みんなは何がいい?」

 慧理那の提案に愛香が賛同し、希望を聞く。

「俺はミックスサンドイッチのセットでいいや。飲み物も任せる」

「私達もそれで。飲み物は紅茶をお願いします。尊は?」

「私も同じものを。コーヒーで」

「私は総二様の童貞を」

「オッケー。じゃあ行ってくるね」

 愛香は売り場へと向かった。

 

 

 

「……トゥアール。のどが渇いたにしてもサーバーのタンクに体ごとはやり過ぎだぞ?」

 飲み物を買って戻ってきた鏡也が果たして見たのは、ウォーターサーバーのタンクに上半身を突っ込んだトゥアールの姿だった。とてもジタバタしている。

「がぼぼぼぼ! がぼっ! がーぼぼぼ!! がぼぼーぼぼーぼぼ!!」

「………ふむ。邪魔をしては悪いか」

「ぼぼぼ!?」

 まるで『まじでスルーする気ですか!?』と言わんばかりの驚きの表情を浮かべるトゥアールを尻目に、鏡也は席へと戻るのであった。

 

 

 

「あ、おかえり」

「待たせた。じゃあ、食べようか」

 ソーラにオレンジジュースを渡し、早速ランチボックスからサンドイッチを取り出す。適当に取ったそれは、レタスとチーズを挟んだものだ。

「レタスサンドか。どれどれ」

 一口かじると、レタスの程良いシャッキリ感に続いて、チーズの濃厚さが口内に広がる。パンもレタスの水分に湿気ることなく、塩加減もちょうど良い塩梅にだ。

「時間がないからお店にあったのを使わせてもらったの。できたらもっと手の混んだバケットを作れたら良かったんだけど……どうかな?」

「いや、十分行けるぞ。手を抜かず、パンの下処理もやってるだろ。レタスサンドはバターを塗れないからパンの水気をある程度飛ばしておくと良いと聞いたことがある。こっちのたまごサンドも潰しすぎずちょうど歯ごたえを感じられる大きさだし……うん、美味い」

「本当に? はぁ、良かったぁ」

 心配だったのだろう、ソーラはほっと胸を撫で下ろした。杞憂と分かりソーラも笑顔でサンドイッチをつまんだ。

 その姿は、本当に、どこにでもいる少女のそれであった。

「さて、午後からはどうするか……残る半分を制覇してみるか?」

「それも面白そうだけど……外の方を回ってみたいかな。色々あるみたいだし」

「うーん……じゃあ、散歩がてら見て回るとするか。午前はなかなかハードな強行軍だったからな」

 そうと決まれば、後はサンドイッチを平らげるのみ。動き回ったせいか、減りも早い。あっという間にボックスの中はカラになった。

「ごちそうさまでした」

「はい。お粗末さまでした。ふふっ」

 完食されたことが嬉しいのか、ソーラは笑みをこぼす。

「もう少し休んだら、行こうか」

「うん」

 ゴミを捨て、後片付けをして席に戻ってくるとなにやら賑やかな声がしてきた。大勢がやってきたようだ。フードコートは二階にあり、ちょうど入り口を見下ろせる構造になっている。

 鏡也は何気なしに下を覗き込んだ。

 

「ここか!? ソーラたんがいるのは!?」

「間違いない! 最新の目撃情報にも出てる!」

「くそぉ! 御雅神のやつめ!! 虫も殺さぬ顔で(?)抜け駆けをしやがって!!」

「絶テェに許さねえ!!」

 

「っ………何だ、あれは」

 そこにいたのは、見慣れた制服に身を包んだ、一部見慣れた顔ぶれだった。陽月学園の男子生徒達だ。見慣れた顔はクラスメート。それ以外にもソーラ神輿に参加した顔もある。

「どうかしたの?」

 ヒョイと隣からソーラも顔を覗かせた。まずい。そう思う間もなく――。

 

 

「「「ソーラたんいたぁあああああああああああああああああああ!!!」」」

 

 

「やばいな、逃げるぞ!」

「え? ええ?」

 何が何やらわからないソーラの腕を掴み、走り出した。もう片方の手で、ソーラのバッグを掴み取る。

「あ、ランチボックスが!」

「後で回収する! 今は走れ!」

 足元から「ドドドドド」という地鳴りのような音が聞こえる。この先のエスカレーターは危険と、その奥の階段へと向かう。

 踊り場に辿り着いた途端、中間踊り場の向こうから既に男子生徒が顔を覗かせていた。

「見つけたぞ!!」

「クソッ!」

 切り替えして階段を駆け上がる。

「ちょっと! なんでこんな事になってる訳!? いや、記憶にあるから分かるけど!!」

「なら走れ! 捕まったらまた神輿だぞ!!」

「それはイヤぁ!!」

 以前に学園で起こったパニックは当事者でなくてもソーラの記憶に新しい。とにかく逃げなければと、二人は必死に足を動かした。

 

 

 

「……なんだかエライことになったわね。大丈夫、そーじ?」

「頭痛が痛い」

「とにかく今は二人を追いかけませんと! 尊はソーラさんが置いていった荷物の回収をお願いします!」

「分かりました」

「がボボボボボ……」

「あんたいつまで遊んでるのよ!? ほら、行くわよ!!」

「ブハッ! 誰のせいだと思ってるんですか!? マッチポンプ過ぎですよ!?」

 引っこ抜かれたトゥアールの珍しく正統なツッコミを、愛香は見事にスルーした。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ソーラと鏡也は階段を駆け上がる。背後から、何人もの声が聞こえる。今は何とかなっているが、このままでは見つかるのは時間の問題だった。目の前のドアを開け放つ。

「ここは……屋上の駐車場か! なら、車の乗り入れるルートがあるな」

「待って! こっちに!」

 早速探そうとした鏡也の腕をソーラが引っ張リ、車の陰へと引き込む。思わず互いの体が密着してしまう。

「っ……。いきなりどうした?」

 腕の中の柔らかさをできるだけ意識しないようにしながら、ソーラに尋ねる。すると、ソーラは言葉に出さず、視線だけを向こうに送った。見れば、車道を上がってくる連中がいる。

「くっ、まずい!」

 戻ろうとするが、屋内からも生徒たちが流れ込んできたせいで、屋上で挟まれてしまう。

「見つけたぞ、御雅神!」

「もう逃げられんぞ。さあ、ソーラたんを渡せ……!」

 およそ正気を失いつつある瞳が一斉に向けられ、怖気が走る。

 ソーラもとい、究極のツインテールに魅了された者達の恐ろしさに戦慄を覚えながら、遁走する。だが、すぐに屋上の縁にまで追い詰められてしまった。

 進退窮まり、ジリジリと距離が詰められていく。如何にすべきか。鏡也は悩み――決断をする。

「ソーラ。俺を信じるか?」

 いきなりの言葉に、ソーラは少し驚いたように目を見開いた。だがすぐに微笑みを返す。

「もちろん」

「じゃあ……行くぞ!」

「きゃあ!?」

 言うが早いか、鏡也はソーラを横抱きにして、身を翻した。縁に足を掛け、そのまま勢いよく屋上から飛び降りた。直後、眩しい光が放たれた。

「なんだと!?」

「ソーラたん!?」

「縁寿!?」

 いきなりの行動に一瞬呆気にとられる一同だったが、すぐに大慌てで駆け出した。

 

「……………い、いない?」

 

 屋上から地面まで、着地できる場所はない。万が一に無事着地したとしても、身を隠せる場所もない。二人は屋上から飛び降り、そして忽然と姿を消してしまったのだった。

 

 

「一体、どうなってしまったんですか?」

 鏡也のいきなりな行動に、慧理那が驚いて軽いパニックを起こす。その横でトゥアールが、鏡也の行き先を割り出していた。

「いました。ここから一〇キロほど離れた場所――臨海公園の辺りですね。そこに転移したみたいです」

「よし。じゃあ俺たちも行こう」

「転移? どうして鏡也くんにそんなことが?」

 総二達は、慧理那の言葉にピタッと動きを止めた。そして、はたと気づく。

「ああ……そうでしたね。慧理那さん達は知らないですよね。鏡也さんの眼鏡は私が簡易転送装置を加えた改造品なんですよ」

 これと同じやつです。と、おなじみの転送ペンを見せる。

「鏡也さんって、どういう訳かよくエレメリアンに遭遇しますからねぇ。いざという時の緊急避難用に備えてあるんです」

 そう説明しながら、トゥアールは転送ペンで行き先を指定する。

「直接公園に行くのは目撃される恐れがあるので、少し離れた場所に飛びましょう」

 光に包まれ、一行は臨海公園から一キロほど離れた場所にある駐車場へと転移した。

 トゥアールの説明が、壮大なフラグ建築であったことなど、露とも知らず。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……よし、大丈夫そうだな」

 臨海公園の散歩コース脇にある森の中に転移を終えた鏡也は、しばし身を隠して様子をうかがった。転移先で目撃をされないかと警戒したが、特に異変は無いようで、ソーラを降ろして安堵の溜め息を吐いた。

「はぁ……ビックリした。いきなり飛び降りるからドキドキしたじゃない」

「いや、説明もできる時間もなかったからな」

 転移の瞬間を見られないためには、距離の保たれていたあの瞬間以外になかった。とはいえ、ソーラを抱え、座標を指定し、屋上から飛び降りると同時に転移。という流れはさすがの鏡也も精神的に堪えた。

「やれやれ、どうしてこうなるんだか」

「まあ、ここは静かみたいだし、ちょっと予定は変わっちゃったけど、ゆっくり散歩でもしましょ」

「そうだな」

 かくして公園内を散策することにした二人。園内は緑が多く、風が程よく吹いていた。木漏れ日が注ぎ、葉音がささめき、都会の喧騒を忘れさせてくれる。

 何を話すでもなく、ただ隣り合って歩く。それだけでも満たされる。そんな穏やかな時間がそこには流れていた。

「……ずっと、こんな風にいられたら良いのに」

「………」

 ポツリと零される想い。鏡也はどう答えたら良いか分からず、聞こえないふりをしてしまった。

 

「キャアアアアアアアアアアア!」

 

 その時、突然に悲鳴が響き渡った。公園の向こうから、何人もの人が逃げるように走ってくる。何が起こったのかと身構える二人の前に、お約束のようにアルティロイドが現れた。相変わらずモケモケしている。

「これは……アルティメギルの襲撃か!」

 

「くくく………かーっかっかっか!!」

 

 空から届く高笑い。見上げればそこに、つい生理的嫌悪を及ぼしてしまう姿をした細身のエレメリアンが浮かんでいた。大きさは違うが、夏によく見るアレである。

「我が名はモスキートギルディ。アルティメギル一の音楽家よ。さあ、我が身悶え属性(ライズ)が奏でる至高のメロディにて身悶えるが良い!!」

 

 キィイイイイイイイインン!!

 

「ぐううっ……! こ、これは……モスキート音……!?」

「なんか、背中がゾワゾワする……!」

 鼓膜を揺さぶる高音の波が、周囲に撒き散らされる。この状況はまずい。直ぐに変身をと、鏡也がテイルギアを纏おうとするよりも早く、モスキートギルディの視線が鏡也を捉えた。

「むむ、そこにいるのは御雅神鏡也ではないか!? かかか! このような場所で見えようとは……まさに夏の魔物の所業!!」

「意味が分からん……!」

 不快さに顔を顰めながらも、ツッコミは忘れない。そしてモスキートギルディは隣のソーラにも当然気づいた。

「ぬぬ!? そこのツインテール、なんという美しさ……本能的に吸いたくなるではないか。アルティロイド、そこなるツインテールを捕えよ!」

「「モケモケー!」」

「やらせるか。Sサーベル!」

 ソーラを守るため、鏡也はアルティロイドを切り飛ばす。

「鏡也!」

「愛香たちもこっちに向かってきている筈だ! 全力で走るぞ!」

「逃さんぞ! 追え追えい!」

 愛香たちと合流すべく、ソーラの手を掴んで走る鏡也。モスキートギルディもすぐさまそれを追いかけた。

「逃げられると思うな! 囲むのだアルティロイド!」

「「モケー!」」

 上空から指示を飛ばすモスキートギルディ。それに合わせてアルティロイドが鏡也達の行く手を塞ぐように先回り、ツインテール捕獲用の武装を一斉に構えた。

「まずい!」

 あの一斉射を喰らえば終わりだ。ソーラは総二の属性力そのもの。奪われるわけには絶対に行かない。たとえ自分が犠牲になろうとも。

「よーい、撃てい!」

 

「シュート!!」

 

 ちゅどーん。とアルティロイドがまとめて爆発する。

「な、何者だ!」

 モスキートギルディの声に応えるように、青と黄色の影が姿を現した。

「ツインテイルズ、参上ですわ!」

「まったく、懲りずによく来るわねあんたらは!」

 テイルイエロー、テイルブルーはそのまま、鏡也達を庇うように立ちはだかる。

「さあ、ここは任せて逃げてください」

「すまない、感謝する」

 二人に礼を言い、鏡也はソーラの腕を引いて再び走り出した。それを一瞥して、ブルーとイエローはモスキートギルディに向かう。

「あれって蚊、ですわよね。殺虫剤は効くのでしょうか?」

「うーん、蚊取り線香でも持ってくればよかった」

「世間話をするように殺意が高い!? なんと恐ろしい輩よ!? だが、いちいち貴様らを相手にするつもりなどないわっ! 我が力を見るが良い!!」

 いうや、モスキートギルディは両手を掲げた。すると、青空を突如として黒雲が覆い隠した。

 いや、あれは雲ではない。ならば何か?

 

 ブゥウウウウウウウウウン。

 

「ひっ!?」

「ま、まさかあれって……!?」

 それは雲ではない。文字通り、おぞましく蠢くそれは――大軍勢だ。

「「蚊ぁあああああああああああああ!?」」

「いけぇ、我が下僕ども!」

 見るも恐ろしい蚊の大津波が、二人を容赦なく呑み込んだ。

「「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」」

 逃げる鏡也たちの背中に、二人の悲鳴が届いた。

「ああ、二人が!」

「今は走るんだ! 二人の尊い犠牲を無駄にしないために……!」

「いや、勝手に犠牲にするなよ!?」

「総二!?」

 突然横から聞こえた声に足を止める。植え込みの向こうから、総二とトゥアール、尊が姿を見せた。姿を隠す装置で隠れていたようだ。

「総二。ソーラを頼む」

「鏡也は?」

「何とか変身したいが……ヤツの気配が近い。それに人がちらほら見えている。とにかく奴の注意を引く。その間に何とかブルー達が脱出してくれるのを期待するしかないな。頼んだ」

 このまま此処に留まれば、総二らも見つかってしまう。特に尊はツインテールだ。狙われる可能性はとても高い。

「じゃあ、たのんだ!」

 鏡也は一人、目立つように走り出した。それを追うようにして、モスキートギルディが飛んでいき、アルティロイドが走っていった。

「ブルー。イエロー。大丈夫ですか? テイルギアのフォトンアブオーバーなら蚊に刺されたりしませんから、何とか蚊を始末してください。聞こえてますか? 返事してください! 口開けても大丈夫ですから! 何なんですか、こんな時だけ人間ぽくしないで下さいよ!」

 どうやらブルー達の脱出にはまだ掛かりそうだ。いくら大丈夫だと言われても、全身を呑み込むほどの蚊の大軍勢の中で目口を開けるなど、生理的に難易度が高過ぎた。

「鏡也……」

「くそ。俺が変身さえできれば……!」

 総二は無力な自身に、言いようのない悔しさを覚える。そしてその姿を見たソーラはしばらく瞑目し、そして覚悟を決めたように開いた。

「総二。お願いがあるの」

「……? なんだ?」

 ソーラは総二の手を掴み、言った。

「私に、テイルブレスを貸して」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 いまだかつて、これ程に生理的嫌悪を覚えたことがあっただろうか。ブルーは自分史上トップと思っていたクラーケギルディの触手攻撃を思い出し、それすら超えるかもしれない地獄を思った。

 テイルギアの防御を、ただの蚊は貫けない。そんな事は分かっている。だが、肌に感じる感触が、耳を揺さぶる羽音が、目の前を覆い隠している光景が、最凶最悪と名高いテイルブルーを封じ込めていた。何度も手を振るうが、するりと抜けていく感覚しかない。

 どうする。このままでは戦うこともできない。苛立ちと焦燥とストレスばかりが募り、焦りに思考が鈍化する。

 それはイエローも同じだった。さすがのドMも、こればかりは許容範囲にないらしく、苦悶の表情を浮かべていた。

 何とかしないと。イエローは乱される集中の中で、必死に思い出そうとしていた。

 数多の特撮ヒーローを見てきた自分。その中にきっと、この状況を覆す一手がある筈だ、と。 

(っ……! そうですわ。あれなら!)

 思い出したのはとある特撮ヒーローの必殺技だった。巨大なエネルギーをダイナマイトのように爆発させる自爆のような技だ。

 そして、映像記録で見た、テイルレッドがドラグギルディを倒したときに使った技。

 イエローは全身の武装を切り離し、合身武装を上空に飛ばす。そして意を決して叫んだ。

「オーラピラー!! ――うぅっ!」

 合身武装から放たれた雷光が、イエローに降り注ぐと、その衝撃波で周囲の蚊が吹きとばされる。

(そうか。その手があった……!)

 ブルーもすぐにその動きに気付き、自身に向かってオーラピラーを放った。渦巻く水竜巻が周囲の蚊をまとめて呑み込んで洗い流した。

「くはぁ……! 色んな意味でヤバかった……」

「行きましょう、ブルー。早くエレメリアンを倒さないと!」

 二人は頷き合い、モスキートギルディを追った。

 臨海公園の端、海を一望にできるストリートに果たして鏡也と、モスキートギルディの姿はあった。

「……え?」

 しかしもう一人、見慣れたようで見慣れない姿があった(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 赤――というよりも朱色のアーマーを身にまとい、赤よりも紅い、炎のようなツインテールをたなびかせた、左手に見慣れないブレスを付けた謎の戦士。

「貴様は一体何者だ……!」

 モスキートギルディの問いに、紅い戦士は天に輝く太陽を指差し、叫ぶ。

 

「私は太陽のツインテールを持つ戦士! テイルソーラー!!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「待ってくれ。幾らなんでもそれは……」

 テイルブレスを貸してほしいというソーラの言葉に、総二は戸惑った。総二にとってテイルブレスは只の変身アイテムではない。そこにはトゥアールの想い(ツインテール)が籠められている。ソーラが自分の属性力とはいえ、貸与するなど考えられなかった。そんな心情を察したソーラは頭を振った。

「大丈夫。そのまま、機能だけを借りるだけよ。今の私じゃ、補助なしじゃ出来ないから」

「なんの事だ?」

「いつか……分かる時がきっと来るよ」

 そう言って、ソーラは総二の右手を握り、自身の左手を胸の辺りに持っていく。そして、意識を集中させた。

「私のツインテール……お願い」

 総二のテイルブレスが展開し、光を放つ。それはソーラを包み込み、そしてソーラの左手にまるでツインテールを思わせるような、ブレス状の物体を構成した。

 

「テイル、オン――!」

 

 謎のブレスが展開し、同時に総二のテイルブレスが輝く。フォトンコクーンが構成され、その中で新たなる戦士が誕生した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 海岸沿いのストリートにて、鏡也は包囲を受けていた。アルティロイドだけならまだしも、上空からモスキートギルディが狙いすました攻撃を仕掛けてきており、それが徐々に鏡也を追い詰めていったのだ。

「先程のツインテールを逃がすために囮となったか。あちらも惜しいが仕方あるまい。御雅神鏡也を捕らえたとあれば、隊長への面目も立とう」

「どうしてそうも人のことを……厄介な」

 変身できない状態で、エメレリアンと戦うには限界がある。何とかブルー達が来るまで持たせたいところだが、限界が近い。いよいよ覚悟を決めなければ行けないかと心に過ぎったその時、街灯の上に舞い降りる影があった。

「待ちなさい!!」

「何――?」

 思わず見上げるその先にいたのは、朱い戦士。テイルレッドをそのまま大きくしたような――というかソーラが変身した姿そのものだった。

 テイルレッドよりも全身のアーマーが多く、しかしライザーチェインよりも軽量化したような姿だ。

「貴様は一体何者だ……!」

 モスキートギルディがそう問うと、ソーラは天をちらりと見上げ、そして指差した。

「私は太陽のツインテールを持つ戦士! テイルソーラー!!」

「……まんまだな」

「はあっ!」

 ソーラ――もといテイルソーラーは跳躍すると、鏡也の前へと着地。同時に炎を撒き散らして、アルティロイドを一掃した。

「ぬう、何という眩さ。まさに太陽の輝きと呼ぶに相応しい! テイルソーラー、まさかテイルレッド以外にもこれほどのツインテールがいようとは! アルティロイドよ、全戦力をもって、これを捕縛せよ!!」

 モスキートギルディの歓喜に満ちた声に、アルティロイドがさらに増えて、テイルソーラーへと襲いかかる。

 だが、テイルソーラーは不敵に笑う。

「燃え上がれ、火輪双結髪(プロミネンステイル)!」

 ゴウ、と燃え上がったツインテール。それをクルリと回転させれば炎が渦を巻き、アルティロイドを一掃した。

「おのれ! ならば喰らえ、我が一撃! 身悶えし口唇針(ライズスティンガー)!!」

 モスキートギルディの口の針が凄まじい勢いで伸び、テイルソーラーに襲いかかる。それを寸前で躱すテイルソーラー。しかし、モスキートギルディの攻撃はまるでマシンガンのように連続して放たれた。

「ちょっと……しつこい!」

 テイルソーラーは鏡也を抱えて大きく飛び退く。そして鏡也を下ろすと、両腕で未だ燃えるツインテールを抱きしめるようにして撫で下ろした。すると、炎がツインテールから両腕へと延焼した。

火輪炎熱拳(プロミネンスナックル)!! はぁっ!」

 激しい炎をまとわせた拳を構え、モスキートギルディに突撃する。それを迎え撃つように放たれる、モスキートギルディの鋭い連続攻撃。

「はっ!」

 名うてのボクサーのように、それを拳で叩き落とすテイルソーラー。ぶつかり合い、火花が幾重にも散る。鋭く繰り出された拳が空気ごと、モスキートギルディを焼き尽くさんと波打つ。

「ぬう、熱っ!? これでは夏の虫ではないか! ――ぐはぁ!?」

 一撃の威力の差が事態を決し、燃える拳がついにモスキートギルディに叩き込まれた。と同時に爆発が起こって、細身のモスキートギルディは派手に吹っ飛んでいく。

 テイルソーラーはチャンスと、フォースリボンに触れた。

火輪豪炎剣(プロミネンスセイバー)!!」

 テイルソーラーの手の中に、炎の剣が顕現する。テイルレッドのブレイザーブレイドよりも幅広く長い両刃の大剣だ。

 それを地面に突き立て、テイルソーラーは左手のブレスを上空に向ける。

「オーラピラー!」

 放たれる閃光。それはやはり上空へと飛んでいき、消えた。

「一体、どこに向かって撃っているの――だぁあ!?」

 その直後、モスキートギルディの真上から閃光が降り注いだ。朱い光の柱がモスキートギルディを呑み込みその動きの一切を封じ込めた。

完全解放(ブレイクレリーズ)!!」

 プロミネンスセイバーを抜き放つと同時に、炎が燃え上がり、刃を白く染め上げる。

 プロミネンステイルが一気に炎を噴き上げ、炎の翼となってテイルソーラーを空高く飛翔させた。

火輪豪断(プロミネンスバスター)!!」

「ぐわぁああああああああああああ!!」

 放たれた必殺の一撃は、モスキートギルディを地面ごと両断せしめた。その衝撃に地面すら揺れる。

「おお……やはり火に入るのは……逃れられない運命……蚊」

 爆散する夏の魔性。その姿を残すのは、地面に転がった属性玉のみであった。

「ふう……なんとか間に合ったかな?」

 戦いが終わり、テイルソーラーは深く息を吐いた。

「ソーラ、お前……」

 背後から鏡也の不安げな声が届く。テイルソーラー ――ソーラは振り返り、ニコリと笑ってみせた。

「大丈夫。まだ平気だから。それより、早くここから離れよう」

 ぐるりと見回せば、野次馬が増えていた。その中にすっかり出番を失ったツインテール戦士がいたが、構っている余裕もない。なにせ時間は有限なのだから。

「それじゃ、行こう!」

「ちょっと待て!? 俺を抱えるな!?」

 ソーラはリボンの属性玉を使って大空へと飛び上がった。そして追いかけようとする野次馬を振り切って、姿を消したのだった。

 

 果たして残された野次馬達は、その唐突に現れ、そして消えた謎の戦士に対する思い思いの――あるいは身勝手な妄想を繰り広げた。

「あれってもしかして、テイルレッドのお姉さんとか!?」

「ありえる。同じ赤だし、武器だって同じだったもの」

「そういえばテイルレッドたんって、一人異世界からやってきたって話があったよな」

「じゃあ、テイルソーラーは別世界で戦っていた戦士?」

「マジかよ。じゃあ、姉妹揃い踏みってことか!?」

 興奮冷めやらぬまま、ある者達は妄想を繰り広げ、ある者達はそれぞれが撮った写真を交換しあい、ある者達は動画や写真をネットにアップロードした。

 近くにいるブルーとイエローに気付きもせずに。

 

「……………なんなのよ、あれ」

「とりあえず、引き上げましょうか」

 

 あれだけ精神的苦痛受けたというのに特段良いところもなく、二人は帰還するしかなったのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「ビックリしたな。まさか本当に変身するだなんて」

 総二は目の前で起こった出来事を振り返り、頭を振った。

「それに凄いツインテールだった。あんなに凄いツインテールが俺の属性力から生まれただなんて……ちょっと嬉しい」

 この期に及んでもブレないツインテールバカの面目躍如と言ったところだろうか。しかし、トゥアールの表情は厳しいものだった。

「………やっぱり」

「どうした、トゥアール?」

「総二様。総二様のツインテール属性がさっきよりも大きく戻ってきています」

「本当か? 良かった。無くなったままだったらどうしようかと思ったぜ」

「トゥアールくん。それはつまり……ソーラの方の属性力が大きく減少したということではないか?」

 尊が少し考える素振りを見せ、トゥアールに聞く。総二は一瞬その意味がわからず、目を瞬かせた。

「ええ。今朝には一日は掛かると思われていましたが、この分だと陽が沈む辺りには……ソーラは消えるでしょう。この急激な変化はおそらく、テイルギアをまとった……いいえ、あのテイルブレスに似た腕輪の構築をしたことが原因でしょう」

「なっ……!」

 トゥアールの分析に総二が唖然とする。あの変身がそれ程のものであったなどと、総二は気付くことが出来なかった。

「鏡也はその事に?」

「多分、気付いてるでしょうね。鏡也さんの目は色々と良く見えるようですから」

 二人の姿は臨海公園内にある、遊園施設にあった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「うわぁ、きれいな夕日」

 二人はあの後、遊園施設を回って時間を過ごした。そして最後にソーラたっての希望で観覧車に乗った。

 ゆっくりとした時間が流れる中、鏡也は口を開く。

「ソーラ。今日はどうだった? 満足できたか?」

「そうねぁ。途中で邪魔さえなければねえ。あ、でも変身して戦ったのは楽しかったわよ?」

 ソーラは戯けるように肩をすくめた。観覧車がゆっくりと頂点へと進んでいく。

 しばしの沈黙の後、ソーラはそれを破った。

「あなたにはもう見抜かれているかも知れないけれど……私は、観束総二のツインテール属性から生まれたエレメリアン……ではないんです」

「だろうな。何となくそんな気はしていた」

「でも、半分は正しいんです。この体は実際、彼のツインテール属性から生まれたのだから。本当の私は……っ」

 ソーラはしばし逡巡し、そして続けた。

 

「女神ソーラによって生み出された、究極のツインテール対するセーフティプログラムなんです」

「誰やねん!?」

 

 意を決して飛んできたのが余りにも頓痴気な存在で、鏡也は思わず関西弁でツッコんでしまった。

「そうですか? 鏡也さんはご存知の筈だと思うんですけど?」

「え……いや、そんな面白い存在……いや、ん……?」

 そうハッキリ言われると、鏡也も何となく知っているようなそうでないような。そんな気がしてきた。

「そもそも”究極のツインテール”と呼ばれるものは全ての者にツインテールを与える存在。それがどれほど危険なことか……貴方にはわかる筈です」

 確かに、この世界にの異常なツインテール愛……というか、テイルレッド信仰はおかしい。まるでパンデミックだ。

「究極のツインテールは制御を失えば、無尽蔵にツインテールを広め続けてしまう……ツインテール・クライシスとも言うべき状況を引き起こしてしまうのです。私はそうならないよう、安全装置として生み出されました。本来ならこうして体を得ることも、自我を持つことさえなかった……他ならない貴方がいなければ」

 ソーラがその手を伸ばす。夕日がその体を透過して、影をうっすらとだけ残している。もう、時間はなかった。

 その手をそっと握りしめる。触れている感触すらこの世界に残らなかった。

「ツインテール属性は彼の中に還るけど、役割から外れた私は……このまま消えてなくなってしまう。だから、最後にこの世界に……少しだけ、残したかった。自分という存在が、確かにいた事を」

 微笑みが、朱い世界に輝いて映える。その瞬間、少女は間違いなく世界で最も美しい存在だった。

「ありがとう、鏡也」

 ソーラの唇が、鏡也のそれと一瞬だけ重なった。

 

 ―私に最初で最後の恋をくれて―

 

 瞬く間もなく、身につけていたものだけが、布音を立てて落ちる。もう、そこにソーラという名の少女はいなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 日がすっかり暮れ、陽光に変わってネオンが世界を彩っている。鏡也は一人、手すりに寄り掛かるようにして佇んでいる。

 何となく、この公園から帰ることが躊躇われた。まだ、今日という非日常の中に浸っていたかったのかも知れない。

 我ながら女々しいものだと、内心で自笑しつつ、鏡也は夜の海風を浴びていた。

「――鏡也」

 そんな鏡也の隣に、総二がやって来ていた。鏡也は声を掛けられるまでまったく気付かなかったが、驚くでもなくチラリと一瞥した。

「総二か。どうだ、属性力は戻ったか?」

「ああ。元通りだって、トゥアールのお墨付きだよ」

「そうか。それは良かったな」

「ああ、良かった」

 会話は続かず、沈黙が流れる。さざ波の音だけが響き続ける。総二は何か言おうとしているが、何を言えば良いのか分からず、口を開いたり閉じたりしていた。

「……さて、そろそろ帰るか」

 そんな幼馴染の姿に、鏡也は苦笑しつつ体を起こした。

「ほら、行くぞ総二?」

「お、おお」

 歩き出した鏡也を、総二は慌てて追いかける。

「もうすぐ夏休みだな。今年は色々と面倒事が起きそうだ」

「そうだな。いつも通りって訳には行かなそうだ」

「いっそ、アルティメギルも夏休みを取ればいいんだがなぁ」

「いやいや。仮にも侵略組織だぞ? あり得ないだろう?」

「分からないぞ。アイツラ妙なところがきっちりしているからなぁ」

 少しづつ、日常の色が還る。

「あ、そういえば今日の戦闘、ネットに上がってたぞ」

「マジか。また俺が狙われる要素が増えてないだろうな」

 確かに、ソーラという少女の存在は消えた。しかし、存在した過去が消える訳ではない。その証は、重ね合った掌と、今、ポケットに入ったままの鏡也の手の中にも確かに在った。

 

 ひし形をした、蒼色のオーブ。刻まれたシンボルは――『純愛(ピュアラブ)』。

 

 奇跡のように生まれ、そして消えていった少女の残した、ひと夏の証。

 

 

 

 陽月学園は、もうすぐ夏休みを迎える。




これにてオリジナルは終了。次回からは五巻。つまりあれです。



テイルソーラー解説

▷謎のブレスと赤のテイルブレスの力によって、ソーラギルディが変身した姿。名前は手抜きではなく、炎のテイルレッドに合わせたから。あと、夏の日差しが眩しかったから。
 アーマーが比較的多いギアになっている。最大の特徴は火輪双結髪(プロミネンステイル)と呼ばれる、炎を発するツインテール。
 直接戦闘に使うほか、必殺技の際にブーストとなり、また各種武装へ炎を譲渡して戦う事ができる。
 主兵装は火輪豪炎剣(プロミネンスセイバー)。必殺技は火輪豪断(プロミネンスバスター)。

 いちいち漢字なのは、ソーラの個人的嗜好。(なお火輪とは太陽の事である)


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ストレンジャー・ツインテールガール


いよいよ5巻突入です。原作ではちょっとしか出番のないあの人が出張ったりなんだりとしております。


 陽月学園は一学期の終業式を終え、明日からいよいよ夏休みへと入る。濃厚すぎる約4ヶ月。振り返ると碌な事がなかったような気がする。特にエレメリアン関連で。

 ツインテール部も明日からの活動方針を決めた。今後のアルティメギルトの戦いを見据えての強化合宿。表向き文化系の部活だが、その実は世界を守るために戦う秘密組織なのだから、とは慧理那の言だ。

 その後、理事長である神堂慧夢が部室に来襲したり、その際に余計なことを言って女性陣を焚き付けたり。男性陣は聞き耳を立てるなとばかりに塞がれたが、正直口元の動きで丸わかりだった。

 仲の進展。あわよくば婿の選定。あからさまな挑発にしかし女性陣は大いに反応していた。知らぬは総二ばかりだ。

 かくしてツインテイルズは強化合宿を行うわけだが、まだ行き先は決まっていない。明日からはその辺りの話し合いを行う予定だ。

「それにしても暑いな……」

 青空には雲ひとつなく、太陽がこれでもかと熱を放出している。コンビニで買ったアイスクリームもまたたく間に溶けてしまいそうだ。

 鏡也は途中の公園にある木陰にあるベンチに腰を下ろした。袋から取り出したアイスは、値段も学生の財布に優しいながら食べごたえのある、ソーダ味の氷菓子だ。

 一口齧れば、またたく間に口内が南極のように冷える。ガリガリと齧るには頭痛がするが、それもまた、夏の楽しみの一つである。

「平和だ……実に平和だ」

 セミがミンミンと鳴きじゃくる公園に、自分以外の人影はない。さすがの遊び盛り世代も、この熱波の中では公園で遊ぶわけには行かないようだ。しかし、この人気のない公園も、日常的な騒々しさから比べれば、実に魅力的だ。特にバイオレンスと無縁なのが良い。

「あら、きょー君じゃない」

 鏡也がしばし平和を享受していると、不意に声が掛けられた。ふんわりとした穏やかな声。その方を向けば、白を基調としたワンピースに、フリルのついた上品な日傘。艷やかな長い髪と隠し知れないスタイルの良さ。その立ち姿一つとっても上品で、どこかの避暑地で見かけたならば、どこのご令嬢かと思ってしまう。

「げっ」

 しかし、その顔を見た鏡也の表情は途端に曇った。目が座り、眉をひそめ、心底嫌気な顔になった。

「……どうもこんにちわ。恋香さん」

「あらやだ。もうちょっと言葉と表情を近づける努力をしてくれないの?」

「これでも精一杯の努力なんですけどねぇ~」

 イヤミたっぷりに言ってみるも、相手は意にも介せず近づいてくる。

 鏡也は基本、社交的だ。どんな相手にでも基本、礼儀は守る。それにも当然例外がある。それがこの人物。

 名前を津辺恋香。陽月学園大学部に通う、愛香の実姉である。

 

 津辺恋香を表すとすれば、『明眸皓歯』、『窈窕淑女』、『雲中白鶴』。平たく言えば理知的でたおやかな美女。

 その美人ぶりは途方もなく、初等部に通っていた頃、何度となく告白を受けている姿を目撃していた。

 中等部に上がった頃からは更にその量は増え、高等部時代はバレンタインデーなどに、毎年伝説を作り出していた程だ。

 まさに完璧。まさに無欠。それがこの津辺恋香という人物である。

 

 ――もちろん、そうでないことを鏡也は知っている。完璧完全な人間などこの世に存在しない。それはこの恋香をしてもそうだった。ただ、恐ろしいまでに隠蔽しているのだ。そのダメっぷりを。

 恋香を可憐な花と喩える男は多い。しかし、その花がラフレシアのような腐臭を放っていることに気付いている男は鏡也以外にはいない。

 

 そう、彼女は――性根が腐っているのだ。ただし、妹である愛香に限定して。

 彼女は妹の愛香をとても可愛がっている。その幸せを心から願ってもいる。愛香の笑顔を見れば心から顔を綻ばせる。

 ただ、同時にそれを悲嘆の色に染め上げ、泣きじゃくり、自分にすがりつく様を思う存分愛でたいという、倒錯極まった性癖の持ち主でもあるのだ。

 その為ならば、妹の想い人を寝取るぐらい――彼女はヤる。そういう凄みを持っている。

 鏡也がそれに気付いたのは偶然だった。愛香が恋香に対してとある心情を吐露した時だった。

 恋香がどこかの男子に告白を受け、それを断ったのを愛香と目撃してしまったのだ。

 その後、愛香が恋香に「自分のせいで恋人を作らないのか?」と、泣き声混じりに尋ねた。その頃の愛香は既に小魔王姫(サタンプリンセス)として、その悪名を学区外にも知らしめていた。そんな自分が敬愛する姉の足を引っ張っているのではないかと言うのは、当時の愛香の深い悩みであった。

 そんな愛香に、恋香は優しくこう答えた。「そんな事ないわ。可愛い妹が邪魔なものですか。ただ、彼氏とかそういうのに興味がないだけよ?」と。そして優しく、愛香を抱きしめた。

 なんと心温まる姉妹愛であろうか。鏡也もそう思った。ほんの一瞬、恋香が本性を覗かせなければ。

 愛香を抱きしめた恋香の顔に、ドロドロに歪んだ喜悦の色が浮かんだのだ。それは今まで鏡也が抱いていた、聖母のような恋香像とは明らかにかけ離れたものだった。

 一目した瞬間、背筋を走る怖気。あまりにも仄暗いその笑顔に鏡也は戦慄した。これが、恋香の本性なのだと。

 それはすぐに消えたが、見間違いなどではない。恋香の三日月のように細まった瞳が、鏡也を捉えていたから。

 

 それ以来、鏡也は恋香との距離を取るようになった。もともと、愛香との接点以外で関わることもない相手だったので問題ないと思われたのだが、時折こうやって予期せぬ遭遇をしてしまうことが増えた。

 というのも、恋香が愛香との約束で総二との接点を極力減らすようにした結果だったらしい。

 それならそれで挨拶だけで通り過ぎれば良いのに、恋香は毎回、わざわざ鏡也のところまでやって来るのだ。

「それで、実のところどうなのかしら?」

「何がですか?」

「総ちゃんと愛香のことよ。どれぐらいの仲になったかなって。一緒にいるんだから、アレなところとかソレなところとか、目撃しちゃたりしてるんじゃないかな?」

 真夏の昼とは思えない程の寒気を感じさせる、恐ろしい微笑み。最早、隠す気すらないそれに、鏡也は自然と距離を離した。

「全然そういうのはないんで。じゃ、俺は帰りますんで。恋香さんもとっととどっかに行ってください。ブラジルあたりが良いんじゃないですか。日本のちょうど裏側ですからお薦めですよ」

「あら。相変わらず冗談が上手ね」

「冗談と思うんですか?」

「違うの? 違わないわよね? そうでしょう?」

 何が楽しいのか、コロコロと笑う恋香。彼女に恋し、慕う者達が見たならば、とても同一人物とは思えないだろう。むしろ宇宙人か異星人かドッペルゲンガーと入れ変わってしまったのではという方が説得力があろう。

「はいはい。そうですね。それじゃあ、俺はこれで」

「じゃあ、行きましょう」

「は?」

 気付けば、恋香の腕が鏡也のそれに絡まっていた。愛香とは新月と満月程に差がある胸が、遠慮なく押し付けられる。髪からはシャンプーの良い匂いが漂い、覗く首筋から鎖骨のライン一つとっても白磁の芸術品だ。この仕草一つだけで、男性は軒並み陥落するだろう。

「帰るんでしょう。じゃあ、暇ってことよね? ちょうど今日の夕ごはんの買い物に行くところだったからお姉さん、助かっちゃうな~」

「そうですか。じゃあ、さようなら」

「ごめんねー。荷物持ってくれるなんて優しいわねー」

「あだだだ!? どこにそんな怪力が……っ?!」

「人聞きが悪わね。ちょっとしたコツがあるだけよ」

 笑顔でギリギリと腕を捻じり上げる恋香。愛香ほどではないが、彼女もまたそれなりに鍛えているのだ。

「さあ、今日は男手があるからいっぱい買うわよー!」

「いたたた! 引っ張るなぁ!!」

 かくして、鏡也の穏やかな午後は終わりを告げるのであった。

 

「で、何を買うんですか?」 

 駅前のデパートの地下食品売り場。新鮮な生鮮品はもとより、多種多様な惣菜も並んでいる。

「そうねぇ。ここのところ暑いし、夏バテしないようにガッツリしたもののほうが良いかしら。このところ愛香も妙に忙しいみたいで寝不足っぽいし、今度部活の合宿もあるって言ってたから、いざという時にスタミナが無いと困るものね」

「はあ」

「ああ、でもスタミナをつけるなら男の子の方が良いかしら? 未春おばさんに言ってみるべきかしら……ううん、未春おばさんなら言う必要もないわね」

「はあ」

「それじゃ、何にしようかしら。夏だし、うなぎの蒲焼に山芋下ろし? それとも王道な豚の生姜焼き? あまり重すぎるのは駄目かしら? きょー君はどう思う?」

「知りませんよ。何だって良いじゃないですか」

「もう。なんでも良いとか一番困るんだけど」

「だって俺、食わないですし」

「じゃあ、今日うちで食べていく?」

「遠慮します」

「なら、愛香を食べてく?」

「馬鹿じゃないですか?」

「じゃあ……私にする?」

「帰ります」

「あ~っ、ちょっと待って! 冗談だから」

 などとやり取りをしながら、鏡也は恋香の買い物に付き合わされた。端から見れば、イチャついてるカップルにしか見えない光景であり、いささか嫉妬のこもった視線が送られていた。

 

 買い物を終えて、津辺家へと帰ってきた。荷物持ちゲットの言葉に恥じぬ大量の荷物であった。キッチンまで荷物を運び込み、大型の冷蔵庫の中に食料品を詰めていく。

「ごめんね。助かっちゃったわ」

「それじゃ、俺はこれで」

「ああ、待って。今、冷たいお茶入れるから飲んでいって」

「いや結構です」

「それじゃ、そこに座ってて」

「人の話聞いてます?」

 恋香によってソファーに半ば強引に座らされた。少しすると、アイスティーが出される。

「ごめんね。少しお話したいと思って」

「何でしょうか?」

 恋香の真面目そうな雰囲気に、アイスティーを一口して口を湿らせると鏡也は返した。

 

「きょー君。テイルレッドちゃんとお付き合いしてるの?」

「なに? 熱射病にでもなった?」

 

「私だって、冗談めかして言ってるんじゃないのよ?」

「冗談以外の何物でもないなら、その方が問題ですけどね。なんでそんな話が出てくるの?」

 本当に、冗談であって欲しい話だ。

「今迄だったらね、総くんと愛香の付かず離れずな距離感もそれなりに見守ってあげてて良かったんだけど……このところ色々あるでしょ。アルティメギルっていう異星人とか、ツインテイルズとか」

「あ……ああ、うん、そうですね」

「特にツインテイルズ。あのツインテール、私の目から見てもすごく素敵だったわ。ツインテール大好きな総くんにはたまらないんじゃないかしら。特にテイルレッドちゃん。あの子のツインテールはブルーやイエローと一線を画する凄さがあったわ。実際に逢ってるきょー君には言うまでもないと思うけど」

「……そうだね」

 元々、ツインテールに並々ならぬ思いを抱いていた総二だったが、この4ヶ月で途方も無い成長を遂げていた。たしかに、総二とテイルレッドの関係を知らない人間から見れば、総二がどれだけあのツインテールにご執心かと思うだろう。

「愛香が頑張って磨いてきたツインテールだけど、それだけじゃ危ないかも知れない。ただでさえ、最近の総くんってば、格好良くなっちゃってるもの。総くんの魅力に気付いちゃう子も出てくるんじゃないかしら?」

 どうだろうなあ。と、鏡也は考える。出てこない、とは言わないが、それはそれで相当癖が強そうな気がした。

「だからね、きょー君がテイルレッドちゃんとくっついちゃえば愛香も安泰かなって。それに今度の合宿はいい機会だと思うの。普段と違う環境になれば、奥手な愛香も、きっとヤッてくれると思うの」

「言いたいことは分かるけど、そのフィンガーサインは自重しろ!」

 指三本で示すサインに、鏡也もツッコまずにはいられなかった。

「とにかく、きょー君には期待しているからね。男らしくキメてね?」

「やっぱ、熱にやられてるんじゃないの?」

 この自重を失った大学生を、世界のためにどうにかした方が良いのではないかと本気で思う鏡也だった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 一日の終わりというのは、やはり安らぎに満ちていて欲しいと思う。寝床に入り、瞼を閉じる。充実した睡眠は一日の疲れ、特に精神的な部分を癒やしてくれるのだ。

 特に今日は環境音をそこはかとなく聞こえるように流し、アイマスクまでして、快眠を得られるように仕込みも十分だ。

 だというのに、である。

 

「やん。お兄ちゃん、ツインテールの触り方、とっても上手だね。ロロリー、どきどきしちゃうよ」

「そ、そうかな? ありがとう」

 

 何故、どうして、夢の中で幼馴染が幼い少女を胸に抱いて、ツインテールを撫でているのだろうか。

 そして、そんな様子をなんで夢に見なければならないのか。鏡也は無性に腹が立った。

 

「おらっ」

「いでっ!」

 

 だから、そのケツを蹴り上げてしまうのも仕方のない事なのだ。尾てい骨の良い辺りに当たったのか、夢だというのに総二は尻を押さえて悶え苦しんでいる。

「きょ、鏡也……!? なんで俺の夢の中に出てくるんだよ……?」

「馬鹿言うな。お前が、俺の、夢の中に出てるんだろうが」

「いや、だって……」

 夢だというのに、えらくリアルな反応をする総二。鏡也は自分の頭の中がどうなってるのか、いささか心配になってしまった。

「だいたい、人の夢に出てきてまでツインテールを愛でるな。お前がいくらツインテール好きと言っても限度があるだろう」

「何を言ってんだ! 俺のツインテール愛に限界なんてないに決まってるだろ!」

「お前のそれが不治なのはもう今更だ。自重しろという意味でだ」

「病気みたいにいうなよ……」

 総二はいささかげんなりしたように言った。夢だというのに本当にリアルだ。

「それで、これは何だ?」

 鏡也は未だ、驚きの表情のままに固まっている謎の少女を指差した。

「あ、ああ……この子はロロリー。なんでも別の世界のツインテール戦士だって」

「別の世界の? 夢にしたって、何でツインテールが……俺の夢ならそこは眼鏡だろう」

「いや、だからこれは俺の夢なんだって」

 鏡也は頭を振る。もしかしたらアルティメギルやらテイルレッド信奉者やらソーラファンの襲撃など、度重なるトラブルによるストレスが原因なのかも知れない。一度、全てを忘れて湯治にでも行こうか。そうだ、草津に行こう。

「な……な……っ」

 などと夢の中ですら現実逃避する鏡也に向かって、謎の少女ロロリーが震える指を指してくる。

「何で此処に別の人が来るの!? ここはロロリーとお兄ちゃんだけの世界の筈なのに!?」

「知らん。別の世界でもなんでも良いから、早く帰れ。眼鏡じゃないなら用はない」

 ヒラヒラと手を振って、元の世界へと帰れと促す。するとロロリーはハッとしたようにそのつぶらな目をこれでもかと見開いた。

「まさかお兄さん……」

 

「噂に聞く間男さん!?」

 

「おい総二。本当に何なんだこれは?」

「いたたた……! こめかみ……こめかみがイヤな音を立ててるぅ……!」

 あまりに惚けたことを言うもので、鏡也はついその顔面を鷲掴みにしてしまった。相当の苦痛なのか、逃れようと必死な余り、シャチホコ並みに反り返っている。

「おい、鏡也! 離してやれよ!」

「安心しろ、ツインテールには傷一つ付けん。心配するな」

「あ、なら安心かな……?」

「お、おにいちゃん……だまされ……てるよぉ……!」

 ロロリーにしっかりと制裁をくわえたところで、鏡也は改めて尋ねる。

「それで、異世界の戦士とやらが何で、俺の夢に総二と一緒に出てくるんだ?」

「はうぅ……お兄ちゃん、ロロリーの頭大丈夫? ひょうたんみたいになってない?」

「ああ、大丈夫。問題ないぞ………異世界にひょうたんってあるのか?

 人の話を聞かず、メソメソしながら――嘘泣き臭いが――ロロリーが総二に擦りつくように甘えている。ゴキッと指を盛大に鳴らしてやれば、ロロリーの肩がビクッと震えた。

「さ、さっきも言いましたけど、ここはロロリーとお兄ちゃんだけの世界なんですぅ。だから本当は”誰も来ることは出来ない筈”なんですぅ」

 へそを曲げたような口調で、口をとがらせながらロロリーは答える。

「なのに、ここに来られたってことは……お兄ちゃんとスゴく深いところで繋がってるって事になっちゃうんですぅ! つまりお兄ちゃんの間おとk」

「そこから先を僅かでも口にしたら、本気でやるぞ?」

 何をやるのか。さっきのフェイスクローより恐ろしい事か。想像もできない恐怖にロロリーは「ひっ」と短い悲鳴を上げた。

「だって、だって……ロロリーの声は世界で一番ツインテール属性が強い人にしか届ないんだもん! ツインテール属性がない鬼畜眼鏡お兄さんがここに来られる可能性は、それしかないんだもん!」

 逆ギレ気味に叫ぶロロリー。そこまで言うのなら、そういう事なのだろうかと鏡也は思った。が、それはやはり無い、と改める。その理屈なら、同じツインテール属性の愛香のほうが先に来る筈だからだ。

(凄く深いところ……か)

 脳裏に一瞬だけ過る幻を振り払うように頭を振る。ロロリーの体が淡い光りに包まれているの気付き、顔を上げた。

「とにかく、これでお兄ちゃんとロロリーは本当に繋がったから! 絶対に来てね! お城で待ってるから!」

 ロロリーの体がフワッと宙に持ち上がる。そのままゆっくりと高度を上げていく。

「あと、鬼畜眼鏡お兄さんは絶対に来ちゃダメだからね! べーっ、だ!」

 これでもかと言わんばかりのアッカンベーをして、世界が光に呑み込まれる。光はあっという間に視界を染め上げる。

 

 

 気がつけば、鏡也は目を覚ました。アイマスクを外し、枕元の眼鏡を掛けて今の時刻を確認すれば、午前6時。

「何だったんだ、あれは……?」

 つい、トゥアルフォンで『男友達 幼女 ツインテール 夢』で検索を掛けてしまう。当然、該当はなかった。

 眠気は多少あるが、二度寝する気にもならないし、今日は夏休み初日であり、ツインテール部の夏休み活動の初日でもあるのだ。

 制服に着替えた鏡也は、ふと窓の外を見やった。雲一つない快晴である。その晴天に誓った。

 

 

 あのロロリーというツインテールには、鬼畜眼鏡お兄さんという不名誉極まりない呼び名を絶対に修正させる、と。

 

 




※検索結果は本当にそうなります。


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色々オリジナルなところを加えての、まだ日常回。


「おはよう鏡也。夏休みだっていうのに早いわねぇ。もうちょっと、ゆっくりしてても良いのよ?」

 リビングに降りれば、朝食の用意をしている最中だった。天音がスクランブルエッグをテーブルに置きながら言う。

「一応、ツインテイルズの強化合宿の話し合いがあるからね。それにだらけるのはきりが無いし。父さんは?」

「5時過ぎに出ていったわ。会社に寄った後、大阪の方に急ぎで行かないといけなくなったんですって」

「ここ最近忙しそうだけど、大丈夫なの?」

「大丈夫よ。移動は新幹線だし、その間は休めるもの」

「なら、良いけどさ」

 鏡也は四つ折りにされた新聞を手に取るとソファーに座り、それを開く。一面には大きく【アルティメギル侵略一時停止宣言 目的は戦力増強か】と書かれていた。

「……何だこれ?」

 記事に拠れば、昨夜ちょうど日付が変わった頃に電波ジャックがされ、以下の内容の宣言が出されたらしい。

 

 一つ、日本時間八月八日の正午まで侵略行為の一切を行わない。

 一つ、それはアルティメギルの戦力強化のためである。

 一つ、予告した時刻以降、一切の容赦はない。

 

 一面に大々的に映っているのは、この宣言を出したカブトムシのような昆虫型エレメリアンであった。

「虫型……美の四心(ビー・テイフル・ハート)の隊長格か?」

 このような大々的宣言を一般兵は行う筈もない。そして副隊長は先日撃破した。つまりこの甲虫型エレメリアンこそが美の四心(ビー・テイフル・ハート)の隊長。察するにビートルギルディといったところであろうか。

「その記事ですか。今朝は何処もこのニュースばかりですよ。どうぞ」

「あ、ありがとう。どれどれ」

 専属ハウスキーパーである有藤香住が、コーヒーを差し出す。例を言ってそれを受け取りながら、テレビを付けてみる。

 ちょうど、ジャックされた時の様子が流れていた。内容は記事のそれと大差なく、最後に自身の誇りに賭けて。と締めていた。

 

『この宣言により”テイルレッドたんの活躍が見られない!”と、500人規模のデモが発生し、機動隊が出動する事態に――』

 

 見るものは終わったのでテレビの電源を切る。

「アルティメギルの宣言、信用できるのでしょうか?」

「どうかな。だけど、自分の誇りをかける。とまで言ってる以上、信用はできるかも」

 彼らエレメリアンにとって、誇りとはすなわち魂の有り様である。それがどれだけ変態的なものであっても、それを自ら穢し、貶めることだけはしない。それを賭けるとまで言った以上、宣言自体には問題ないだろう。

「問題は……何故こんな事をしてきたか、だな」

 その疑問の答えが出る前に、ポケットの中でトゥアルフォンがけたたましく鳴った。

「総二からか…………う~ん」

 何となく、夢のせいで出づらい。しばし鳴り続けるトゥアルフォンを見つめ、仕方なく出ることにした。

「もしもし……」

『鏡也! ニュースは見たか!?』

「ああ。アルティメギルが夏休み宣言とはな」

『鏡也はどう思った?』

「宣言そのものは問題ないと思う。だが、いちいち宣言をしてきた意味が分からん。八月八日の正午……そこに何かあるのかもな」

『とりあえず詳しい話は部室で』

「分かった……。………」

 と、何故か電話の向こうに奇妙な沈黙が流れた。

「……なんだ?」

『あのさ、本当変なこと聞いてるって思うんだけどさ』

「うん?」

『……いや、やっぱいいわ』

 そう言って、誤魔化すようにして通話が切れた。一体何を聞こうとしたのか、鏡也は首を傾げた。

「ま、後で聞けばいいか」

 そう思い直し、朝食がすっかり用意されたテーブルに着くのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 部室に集まった一同。長テーブルには尊の入れたお茶が並んで湯気を立てている。改めて、宣言の映像を確認する。

「さて、この宣言だけど……俺は信用しても良いと思うんだ。だけどその内容――アルティメギルの戦力増強が目的っていうのは本当なのかな?」

「俺も同意見だな。だが日にちの指定は気になるところだな」

 総二がまず見解を述べ、鏡也が同意する。

「八月八日というと夏の即売会じゃないですか? 印刷所の入稿の最大割増料金がそのぐらいだった筈ですよ」

 と、トゥアール。

「即売会? て、あれか。去年とかニュースでやってた同人イベントだったか。……いや、あれって申し込み期限があるんじゃなかったか?」

「鏡也さん。妙なところ詳しいですね。その辺の事情は知りませんけど意外とテイルブルーの本でも作ってるんじゃないですか?」

「はあ? あいつらがあたし(テイルブルー)なんて描くわけないじゃない」

「わかりませんよ~? トラウマ克服の特訓とか言ってやってるかも知れないじゃないですか」

「ありえないありえない、絶対にない」

「じゃあ、あのエレメリアンと戦う時があったらきいてみましょう。でもってもし描いてたら、愛香さん、罰として皆がいる部室で一日中素っ裸で過ごしてもらいますからね!」

「はいはい。いいですよー」

 愛香はヒラヒラと手を振ってあしらうように返した。その瞬間、鏡也の眼鏡が凄いフラグの成立を感じ取った。

「でも、そもそも前提が間違ってるのはない? 当の連中が卑怯なことを嫌っててもダークグラスパーが命令したらやるんじゃない? ツインテイルズを騙せとか」

「愛香さん、それこそありえませんよ。イースナにそんな度胸はないですし、そもそもそんな命令を出してみなさい。エレメリアンにテイルレッドに総スカン喰らってもっと引きこもりますよ。変身して偉ぶろうが、本性は根暗のストーカーなんですから」

 そう言って、トゥアールが笑い飛ばす。

「そうだぞ津辺。幾ら敵とはいえ、ナイトグラスター様の妹なのだ。そんな卑怯な真似はしないだろう」

「あ、はい」

 ずい、と尊が割り込みをかける。その圧に愛香もつい引いていまう。慧理那はずっと考え込んでいたようで、なにか確信めいたものを持って意見を述べた

「これはやはり、向こうなりのフェアプレー精神なのではないでしょうか。こちらも鍛えて強くなる。だからツインテイルズももっと強くなっておけ。と」

「なるほど……。確かにしっくりと来るな」

 総二の中でストンと落ちたようで、納得の表情を浮かべている。元々、良くも悪くも表裏がない連中だから、変に裏を読むこともないのだろう。

「なら、例の合宿の話も余裕が持てそうだな。いつ出動しないといけない状況じゃないのはいい事だろう。なにせ折角の夏休みだしな」

「そうだな。俺たちが夏休みを満喫できるチャンスでもあるんだよな」

「鏡也くんも、エレメリアンに襲われなさそうで良かったですわね」

「え……ああ、そうだね。忘れてた」

 慧理那の指摘に、鏡也は一瞬呆け、そしてハッとした。エレメリアンの襲撃が来ない事は表向き、自分の身の安全ということでもあったのだ。

(危ない危ない……気を付けないと正体がバレるからな)

 気を引き締め直す鏡也。ふと見ると、愛香の様子が少し違うように見えた。

「愛香。なんだか疲れていないか?」

「そういえば。大丈夫か、愛香?」

「え。……うん。ちょっと夢見が悪くてね。何だか知らないけど、ずっとむさい男の笑い声が聞こえててさ……起きたら無性にエレメリアンをブチのめしたくなったわ……」

「そんなの通常営業(いつものこと)じゃないですか」

 通常営業で余計なことを口走ったトゥアールが悪夢のような目に遭わされるのを見て、男性陣は「思ったけど言わなくてよかった」と、内心で安堵した。鏡也は悪夢を尻目に茶をすする。

「……夢? あ、そうだ。トゥアール、ちょっといいか。合宿の予定だけどさ……異世界ってどうかな?」

「異世界、ですか?」

「実は不思議な夢を見てさ。でも、只の夢じゃないみたいで、ツインテールの女の子が出てきたんだ。なんかその子と繋がったって」

「ツインテールの女の子ぉ!?」

「ブホッ」

 愛香が素っ頓狂な声を上げ、鏡也が茶でむせた。

「み、観束君!? 何でそんな夢を!?」

「健全な年頃男子ならそういう夢を見ていーんです! さあ、詳しい話を聞きましょう!!」

 今までに見たこともないぐらい気合の入った眼差しを総二に向けるトゥアール。

「その子……ロロリーっていうんだけどさ、彼女は別の世界のツインテールの戦士なんだって。ロロリーの世界もどうやら侵略を受けてたみたいなんだけど、やっと戦いが終わったそうなんだ。で、他の世界で同じような境遇の人に会ってみたいって、思念を飛ばして、俺に当たったらしい」

「なるほど。世界を超えて心を飛ばす……属性力にはまだまだ未知の要素が多いですね」

「あ、そうだ。その夢の中で鏡也にも会ったな」

 

「「――は?」」

 

 トゥアールと愛香が、揃って鏡也の方に座った目を向ける。それに気付かないふりをしながら、ずずー。と茶をすする。

「鏡也。ちょっとこっち向きなさい。怒らないから」

「鏡也さーん。聞こえてるんでしょーう。ほらー。人と話す時はちゃんと目を見てくださ―い?」

 凄い圧だ。吐息が掛かるほどまで迫られ、眼鏡も曇る。この圧はガマの油の鏡のようだ。

「………ああ。えっと、その話はアレだ。この件とは一切関係ないし」

「じ~っ」

「じ~っ」

「………ええい、鬱陶しい!」

 二人の顔を強引に押し返す。総二は何か考えてるのか、眉をひそめている。

「……あれ? もしかして、鏡也」

「総二。それ以上は言うな」

「夢の中に出てきたのって……お前?」

「だから言うなつってんだろうが!!」

 聞かれたくない言葉を言い放たれ、つい怒鳴ってしまう。それがもたらす厄介事がすぐ目前にあるのというのに、総二が要らないことを言ってしまったせいだ。

「で、どういう事なのかしら? ちゃーんと話しなさい?」

「……別に大した話じゃない。その”繋がった夢”ってのに巻き込まれただけだ」

「本当に?」

「ああ。本当だ」

「………」

「………」

「…………………」

「…………………」

「後から嘘だったら、トゥアールよりも酷い事になるからね?」

「人を殺す気か!?」

「被害基準に私を使うの止めてくれません!?」

 愛香の遠回しかつストレートな殺害予告という恐ろしい宣言に、背筋も凍る。

 ともかく、このままでは話が進まないとトゥアールが仕切り直す。

「こほん。時に総二様。そのロロリーという異世界の戦士、年齢や外見はどのような感じでしたか?」

「え? そうだな……テイルレッドより同じぐらいだったかな? なあ、鏡也?」

「確かに、そのぐらいだったかな」

 そう答えると、トゥアールの目がギラリと光った

「行きましょう。せっかくのご招待を受けたんですから絶対に行くべきです!!」

 トゥアール史上1、2を争うレベルのハイテンションであった。さすがは幼女好きである。その瞳の奥に隠しきれない情欲を溢れさせている。

 これで本人に会ったらどうなるか。想像するに恐ろしい。最悪、異世界から即時逃走ぐらいありえそうだ。

「ところで、異世界移動ってそんなに簡単に出来るものなの?」

 そもそもの疑問として、愛香が尋ねる。異世界移動。言葉にすれば容易いが、現行の科学力では移動どころか観測すら出来ない。遙か先の領域だ。

「そうですね。確かに世界難を移動するのは容易いことではありません。それはやはり世界を隔てる”壁”の存在が一番の問題ですね」

「壁?」

「ああ、壁と言っても愛香さんの胸のことではありませんよ?」

 変わってトゥアールが壁にされしまった。部室の損壊率は7割を記録している。

「異世界移動の技術とはつまり”時間的齟齬”をどれだけ無くすか。そこに限ります」

「時間的齟齬って?」

「世界の観測そのものはそれほど難しくはありません。しかし、いざ行こうとする時、二つの世界の座標を繋げることはとても時間が掛かって難しいんです。というより、出来ないことの方が多いんです。何故なら世界同士の座標を正しく観測して繋げられないと、先程も言った時間的齟齬が発生してしまうんです。世界間の壁とはつまりは時空間の壁ですから」

「もしかしてそれって、時差みたいなものか?」

「その通りです総二様。ただし、その時差は地球上のそれとは異なり数ヶ月、あるいは数十年の差異となってしまいますが」

「数十年? まるで浦島太郎じゃない」

「なので、アルティメギルや私のレベルぐらいの異世界渡航技術が無いと、まず危険が伴いますね。総二様、もしかして何かを受け取ったりしていませんか?」

「そういえばこれ、起きた時に頭の中にあったのを書き出したやつなんだけど」

 そう言って総二はポケットからノートの切れ端を取り出した。そこには複雑な数式のようなものが書かれていた。

「これは……世界座標ですね。適当で書けるものではありませんから、招待するというのは間違いないみたいですね。これなら世界移動も簡単でしょう」

 トゥアールはそれを白衣にしまう。

「じゃあ、異世界に決めて良いか? 愛香は?」

「あたしは別に。そんな夢まで見て行かなかったらそーじがモヤモヤしそうだし。珍しい虫探しに森に行くみたいで子供っぽいけど、夏休みらしいっちゃらしいし」

「私も異世界にとても興味があります。このような機会、二度と無いかも知れませんから。ここではない地球……どんな所なんでしょう」

 愛香、慧理那と賛同し、総二の目が鏡也に映る。

「鏡也はどうする? ……ほら、ロロリーに言われてたけど」

 暗に出禁宣言のことを聞かれた鏡也は、フンと鼻を鳴らした。

「もちろん行くぞ。あいつにはちゃんと訂正させないといけないからな」

「……あんまりイジメるなよ? ともかく、強化合宿ハイ世界に決定だな!」

「では基地に私が使ってた移動艇があるのでそれを引っ張り出しましょう。メンテがあるのでそうですね……3時間後に基地に集合ということで」

「え、今日行くのか?」

「いくらアルティメギルが来ないとはいえ、余裕はあった方が良いだろ。善は急げっていうしな。皆もそれでいいか?」

 総二が見回すと、全員が頷く。鏡也は天音の説得が面倒そうだなと、ちょっと憂鬱だった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「ええ!? これから合宿に行っちゃうの!?」

 早速、面倒事になった。天音は満杯のバケツをひっくり返すレベルの不満をこぼす。

「いやいや、確かにいきなりだけどさ、仕方ないんだって。異世界に行くんだし、色々早い方が面倒もないから」

「でもそれにしたって……いきなり過ぎない?」

「まあ、言わんとする事も分かるけどさ。とにかく、しばらく空けるから。父さんにはよろしく言っといて」

「ああん! 鏡也ぁ!!」

 とっとと切り上げて、鏡也は部屋に戻った。大会や遠征にも使ったドラムバックに着替えなどを詰めこむ。家を出ようとすると、じーっとリビングの入口から恨みがましい視線が突き刺さる。

「あのさぁ……母さん」

「ぷーん、だ」

「いや、ぷーんって……子供じゃないんだから」

「だって鏡也って冷たいんだもの」

「ええ……。なにそれ」

 およそ大人らしからぬ態度の天音に、鏡也も困惑しか無い。

「ああ……こうやって鏡也もこの家から遠ざかっちゃうのね……クスン」

 何でこの人はいい年して泣き真似なんてしているんだろうか。ちょっとだけ、母の有り様に疑問を持った。いや、以前なら結構な頻度で持っていたのだが。

「とにかく、もう行くよ。じゃあね」

「ああ、待って!」

 これ以上相手をしていたら遅れそうだと、鏡也はさっさか出ていく。

「車に気をつけてね! お水にも気を付けてね! あと、知らない人についてちゃダメだからね!!」

「心配要素の適年齢が低いわぁ!!」

 背中に届く母の心配の叫びに、鏡也は思わず叫び返すのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 遠ざかる鏡也の背中。それを見送る天音の心中は穏やかざるものが在った。

「鏡也……」

「大丈夫ですよ奥様。聞けば向こうの世界は平和だそうですし。何より鏡也様はナイトグラスター。そして観束様達もツインテルズとして戦ってきたのですから。何か遭ったとしても、心配無用かと」

 後ろから、天音を宥めるように香住の声がかかる。だが、天音は頭を振った。

「違うの。何ていうかね……」

 

 心の中に広がる不安。それを天音は躊躇いながら口にした。

 

 

「鏡也がね……このまま二度と帰ってこないような……そんな気がするの」




今作の世界間の壁は時空の隔たりという解釈になっています。原作にも在った世界を繋げるトンネルなど、きちんと行き来できる要素がないと、時空を超えてさまよってしまいます。
そのあたりが、実はダークグラスパー着任のズレの正体だったりします。


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