元の世界に戻る為に (瑠奈地 里多)
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第一章 影糸
prologue


「いけ、希望皇ホープ! リバイス・ドラゴンに攻撃! ホープ剣スラッシュ!」

 

 希望の剣が蒼き竜を一刀の元に両断し、生じた衝撃が竜の主のライフを消し飛ばす。

 遊戯王ゼアル第二話。アストラルが遊馬の元に現れ、ナンバーズを手にした神代凌牙を下した試合。

 二人の長きに渡る因縁の始まりにして、友情が芽生えるきっかけとなった闘い。

 

 ――当事者達も、その観客も知らない。この決闘を覗き見している者がいることなど。

 

「原作の始まり、か」

「……ここまで、本当に長かったね」

 

 男女の二人組。髪の色は少年は黒、少女は蒼。典型的な日本人風の顔立ち。少女の方は眼鏡をかけている。

 年齢は恐らく十代前半、しかし纏っている雰囲気は十代後半の物。見た目と不釣り合いなその雰囲気は、奇しくも二人には似合っていると言えた。

 

「……希望皇、か」

「どうかした?」

「ううん、何でもない。ただ……」

「ただ?」

「……ただ、あの希望が、私達にとっての絶望にならなきゃいいなって。そう思っただけ」

 

 ハートランド学園の制服に身を包んだ二人は、真剣な面持ちで同時に息を吐く。

 

「……私は、やっぱり彼が怖い。幾ら万全を期して準備をしてきたと言っても、九十九遊馬には通じない、そんな気がしてならない」

「大丈夫さ。いかに遊馬といえど、敵にならなきゃ被害はない。そもそも、その為の準備だって色々してきたはずだろ?」

「……だけど。万が一、彼が敵に回ったら――――」

「その時は、僕が彼を倒すさ」

 

 腰のデッキケースに手を当て、少年は呼吸を整える。

 

「僕と君が交わした約束を忘れたわけじゃないだろう?」

「……分かってる。ただ、怖いだけ」

「なら、こうすれば少しは安心するかな?」

 

 首を傾げた少女を抱き寄せ、顔を真っ赤にした少女の耳に少年の言葉が優しく響く。

 

「君の前に立ちふさがる者は全て僕が叩き潰す。だから君が心配する必要は、どこにもないんだ」

「こんな所で……恥ずかしい」

「ぼ、僕だって恥ずかしいよ!」

 

 顔を真っ赤にした少年が少女の背に回していた手を離し、同じく頬を朱に染めた少女がくすりと笑みを零す。ばつが悪そうな顔をして腰に回していた手を離した少年であったが、少女が右手を絡めたのを感じ取ってから赤かった頬をさらに朱に染めた。

 

「絶対に元の世界に戻ろう、輪廻」

「……ええ、昇」

 

相剋昇と六道輪廻は転生者だ。しかし彼らの目的は他の者とは一線を画している。

 

 ――元の世界へと帰還する。

 その目的の為に、二人はこの世界で動いてきたし、これからも生きていく。

 



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第一話

 相克昇の朝は早い。

 午前五時半には目を覚まし、身支度を済ませて外に出る。毎日の日課のランニング。十五分程度の走りは身体の眠気を振り払い、かつ体も鍛えられる。心地よい疲労感と共に自宅に戻った昇はシャワーで汗を流してから朝食の準備に取り掛かる。

 一方、六道輪廻の朝は遅い。

 放っておけば一日中眠っており、下手に起こせば文句を言って不貞寝する。致命的とも言えるほどの寝起きの悪さもそれを助長しており、一人では到底真っ当な中学生生活を送ることなど不可能だ。

 故に、彼女が学校に出る為には彼女を起こす誰かが必要となる。

 

「輪廻、朝だよ。ほら、起きて」

「……後、五分」

 

 布団を深々と被ったまま拒否の構えを取る少女を前に、少年は小さく息を吐く。

 

「別にいいけど、輪廻は一人じゃ起きられないでしょ?」

「……大丈夫、だから」

「折角輪廻の為に珈琲淹れたんだけどなー」

 

 ぴくり、と丸まった布団が動く。

 

「冷めると不味くなるし、輪廻が飲まないんなら僕が」

「……さ、早く朝ご飯食べよ」

 

 布団を蹴り飛ばして起き上がった少女に苦笑を堪えつつ、昇はキッチンへと足を向ける。輪廻は身支度に結構な時間をかける。ハートランド学園の制服を着て食卓に着くまでには短くない時間がかかるだろう。

 

 その間に、珈琲の一杯くらい淹れる時間は十分にあるはずだ。

 

 

 

 

 

「やあ、凌牙。今日も不機嫌そうで何よりだ」

「……お前か。昇、輪廻」

 

 頬杖をつきつつ自らの席で空を眺めていた神代凌牙は、声の主に目を向けると小さく息を吐いた。

 

「お前も笑いにきたのかよ。いいぜ、好きなだけ俺のことを笑えばいい。あんな初心者に負けるようじゃ、俺も終わりだな」

 

 自嘲気味に嗤うその姿からは、未だに昨日の敗戦を引きずっているのが昇の目からも見て取れた。

 九十九遊馬のデッキはエクシーズモンスターの召喚に特化している。そんな彼がエクシーズモンスターを持っていないことは、ジャンクドッペルのエクストラデッキにシンクロがないのと同義だ。

 攻撃力もそれほど高くもなく、かといって直接アドバンテージを取る能力の少ないカード達。幾ら彼がまだ成長していないとはいえ、そんなデッキで勝てる程甘くはないことは彼の友人武田鉄男との五十連敗なる対戦成績からも察せられる。

そんな弱者として名が知られている遊馬に敗北した凌牙はまさしく、失意の淵に立たされていると言っても過言ではない。

「なら凌牙、試してみるかい?」

 

 そんな彼を、昇は容易く挑発する。

 

「……なんだと?」

「放課後、駅前広場まで来なよ。僕が証明してみせよう。ーー君の牙は、未だ輝きを失っていないことを」

「ほう、お前が相手してくれるのか」

「流石に今の君は見てられないからね」

 

 微かに瞳の輝きが戻ったのを認め、昇と輪廻は凌牙の机から静かに立ち去る。安い挑発だが、こうしておけば必ず来るだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「「決闘!」」

 

 そして、二人の予想通り凌牙は姿を現した。

 

「先攻は譲ろう。君のターンだ」

「その舐めた行動……煮え滾ってきたぜ! 俺のターン、ドロー! 俺はビッグ・ジョーズを召喚!」

 

フィールドに現れたのは巨大な鮫。ビッグ・ジョーズ、魔法を使ったターン手札から特殊召喚出来る、彼の優秀な先鋒だ。

 

「さらに俺は、シャーク・サッカーを特殊召喚! このモンスターは、水属性モンスターが召喚、特殊召喚に成功した時手札から特殊召喚出来る!」

 

 これで凌牙の場にはレベル3のモンスターが二体揃った。同レベルのモンスターが二体。一瞬の内に現れたモンスター二体を前に、昇は微かに身を震わせる。

 

「エクシーズ召喚……来るか!」

「俺は、レベル3のビッグ・ジョーズとシャーク・サッカーでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 赤き渦に二体のモンスターが吸い込まれ、爆発と共に新たなモンスターが姿を現わす。

 巨大にして凶悪。二体の鮫が合体したような、文字通りのフォルムを持つモンスター。

 

「暗き水底より浮上せよ、潜行母艦エアロ・シャーク!」

 

 攻撃表示でフィールドに現れたのは、昇の予想通りのモンスターだった。

 潜行母艦エアロ・シャーク。1800の攻撃力を持ち、除外されているカード一枚につき相手プレイヤーに100ポイントのダメージを与えるモンスター。そのあまりの汎用性のなさっぷりに、元の世界では産廃の名で親しまれていたカードである。

 しかし、この世界でのエアロ・シャークは訳が違う。

 

「エアロ・シャークの効果発動! 一ターンに一度、オーバーレイ・ユニットを一つ取り除くことで自分の手札一枚につき相手に400ポイントのダメージを与える! 俺の手札は四枚、合計1600のダメージだ! 喰らえ、エアー・トルピード!」

 

 エアロ・シャークから発射された四本の魚雷が途中で四本ずつ分裂し、昇を襲う。

 手札一枚につき400、それがこの世界でのエアロ・シャークの効果だ。広すぎる汎用性と使いやすい効果は、元の世界の物とは比べ物にならず、他のランク三モンスターと比べてなお優秀すぎると言える。コンマイの調整には謎の多い物があるが、まさにこれはその煽りを受けた一枚だということは疑いようもない。

 そして今の昇の手札にそれを防ぐカードは、残念ながら存在しない。

 

「ぐ……っ」

 

LP4000→2400

 

「俺はカードを二枚伏せて、ターンエンドだ」

「僕のターン、ドロー」

 

 引いたカードを確認し、小さく息を吐く。エフェクト・ヴェーラー。相手ターンのメインフェイズに手札から墓地に送ることで、場のモンスターの効果を無効にするカード。

 一手遅いと内心愚痴るが、まあ良くあることだ。どうせ既に、ある程度のパーツは揃っている。

 

「僕は魔法カード、影依融合(シャドール・フュージョン)を発動」

 

 手札の魔法カードを見せ、昇は発動を宣言した。

 

「このカードは、相手フィールド上にエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターが存在する場合、デッキのモンスターを融合召喚の素材に出来る。僕が素材にするのは、シャドール・ファルコンとシャドール・ドラゴン」

 

 糸にて何者かに操られた獣と竜が融合され、新たな人形がフィールドに姿を現わす。

 竜の上に立つ緑の髪を持つ少女。杖で竜を従えているように一見見えるが、よくよく見れば竜と少女から出ている糸に気づく。何のことはない、これは二つで一つの人形だ。

 

「現れろ、エルシャドール・ミドラージュ」

 

 神の写し身が一体、捜し求める者の名を持つ人形は、自らの存在を誇示するが如く丁寧にお辞儀する。その姿は、どこか哀れを誘う物であり、同時に酷く滑稽でもある。

 

「更に墓地に送られたシャドール・ファルコンとシャドール・ドラゴンの効果を発動。まずドラゴンの効果、フィールド上の魔法、罠カード一枚を破壊する」

 

 墓地から顔だけ出した竜の人形が炎を吐き、凌牙の場の伏せカード一枚を破壊する。割られたのはゼウス・ブレス。凌牙の憎々しげな表情に笑顔で返しつつ、昇は効果の処理を続けていく。

 

「シャドール・ファルコンの効果、このカードが効果で墓地に送られた時、フィールド上にセットする。さらに僕はクリバンデットを召喚。バトル、エルシャドール・ミドラージュでエアロ・シャークに攻撃」

 

 主の命を受けた人型が嬉しそうに杖を振り、竜が己が力を見せ付けるが如く息吹を吐く。2200は何らかの妨害を行わない限り1800で受け切れる数値ではなく、その事実を示すようにエアロ・シャークは破壊された。

 そして超過ダメージが、容赦なく凌牙を襲う。

 

「く、ぐおおおっ!」

 

凌牙

LP4000→3600

 

「更にクリバンデットでダイレクトアタック」

 

 追撃とばかりにクリバンデットが助走をつけ、飛び上がりざまの体当たりで凌牙のライフが根こそぎ削られる。その一部始終見ていた昇と輪廻は同じ感想を抱いていた。

 

 これ、どうみても青リログランドヴァイパーだ。

 

凌牙

LP3600→2600

 

「ぼ、僕はカードを二枚伏せてターンエンド。そしてクリバンテッドの効果、エンドフェイズにこのカードをリリースし、デッキトップからカードを五枚捲る」

「おい、なんだその笑いは」

「な、なんでもないさ。クリバンテッドの効果はまだ続く、この時捲ったカードの中から魔法、罠カード一枚を手札に加えることが出来、その後捲った他のカード全てを墓地に送る」

 

 まさか元の世界の格ゲーのキャラの技とそっくりで噴き出したんですなどと言えるはずもなく、昇は誤魔化すようにデッキのカードを捲る。カード五枚の内訳は、ブレイクスルー・スキル、影衣の原核(シャドー・ルーツ)神の写し身との接触(エルシャドール・フュージョン)、シャドール・ビースト、シャドール・リザード。

 

「僕は神の写し身との接触を選択し、手札に加える。そして、残りのカードを墓地に送ろう」

「それで終わりか? なら」

「まさか。墓地に送られたカード達の効果を発動させて貰うよ。まずシャドール・リザードの効果、デッキからシャドールと名の付いたカード一枚を墓地に送る。僕はシャドール・ヘッジホッグを墓地に落とそう。続いて影衣の原核の効果、このカードが墓地に送られた場合、墓地のシャドール魔法、罠を手札に加える。僕が手札に戻すのは影衣融合だ」

 

 ターン終了を宣言しておきながら効果処理を続ける相手に眉を吊り上げる凌牙と対照的に眉一つ動かさない昇の姿は対照的だ。それもそのはず、この世界と昇の元の世界では環境その物が違う。

環境が変わればそこで生きる人間が変わるのと同様、環境が異なれば同じカードゲームでも全く違うゲームになる。反応が違うのもある意味当然。大袈裟かもしれないが彼らは文字通り生きてきた世界が違うのだから。

 

「さらにシャドール・ビーストの効果、このカードが効果で墓地に送られた時、デッキからカードを一枚ドローする」

「やっと終わったか。なら」

「誰がターンを譲ると言った? リザードの効果で墓地に送られたシャドール・ヘッジホッグの効果、このカードが効果で墓地に送られた場合、デッキからシャドールの名を持つモンスター一枚を手札に加えることが出来る。僕が手札に加えるのはシャドール・ビースト。これで本当のターンエンドだ」

 

 カードを公開し、昇はいけしゃあしゃあと二度目のターンエンド宣言を行う。それを聞いた凌牙は派手に笑い声をあげ、獰猛に笑った。

 

「こんなにイラッときたのは昨日以来だ……いくぜ、俺のターン、ドロー! 俺は魔法カード浮上を発動! 墓地のビッグジョーズを特殊召喚する! 甦れ、ビッグ・ジョーズ!」

「だけど僕の場のエルシャドール・ミドラージュの効果で君の特殊召喚は一ターンに一度となっている。これでもう君はこのターン特殊召喚は出来ない」

「ハッ! そいつを倒してしまえば済む話だろ? 俺はさらにを召喚! さらに魔法カードアクア・ジェットを発動! 場のビッグ・ジョーズの攻撃力を1000ポイントアップする!」

「……出た、シャークさんの」

「これ以上言ったら怒るぞ?」

「そうだよ輪廻、これはコンボと言うよりタクティク」

「バトルだ! 行け、ビッグ・ジョーズ! ミドラージュを噛み砕けッ! ビッグマウス!」

 

 今更恥ずかしくなったのか吠えた凌牙の命に従うが如く鮫が己の牙を振るう。攻撃力2800にまで強化されたその力は、とてもではないがミドラージュが耐えられる物ではない。

 だからと言って、ここで大人しく破壊を許せば敗北が見えてくるのも事実だ。

 

「リバースカードオープン、神の写し身との接触(エルシャドール・フュージョン)

 

 先のターンに伏せた速攻魔法を使い、昇は反撃の一手を打つ。

 

「このカードは「シャドール」専用の融合だ。手札またはフィールド上からシャドール融合モンスターに指定された素材を墓地に送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。僕は手札のマスマティシャンとエルシャドール・ミドラージュを墓地に送り、融合召喚する」

 

 現れるのは地のエルシャドール。その姿を見た者はまず不気味という感想を抱くだろう。

 機殻に囚われた人形と見るか、はたまた人形が機殻を乗っ取っていると見るか。どちらにしようともこれを見た者はまず馬鹿げた大きさにただただ圧倒されるに違いない。

 

「現れろ、エルシャドール・シェキナーガ」

 

 荘厳にして醜悪、機殻にして人形。神の写し身、栄光の弓。山を越える大きさを誇るエルシャドールが、主の命に従いフィールド上に現出した。

 

「まさかバトルフェイズに融合とはな」

「まあね。さて、どうする凌牙?」

 

 守備表示で召喚されたシェキナーガの守備力は3000。一瞬前まで牙を輝かせていたビッグジョーズもその巨大さに怯えたのか萎縮した様子を見せる。

 いかにアクア・ジェットの効果を受けているとは言えビッグ・ジョーズの攻撃力は2800。シェキナーガを噛み砕くには少しばかり数値が足りず、攻撃を諦めた凌牙の顔が憎々しげに歪む。

 

「さらに墓地に送られたミドラージュの効果、墓地のシャドール魔法、罠一枚を手札に加える。僕が手札に加えるのは影依融合だ」

「チッ……ならば俺はカードを二枚伏せてターンエンドだ!」

「なら僕のターン、ドロー」

 

 デッキトップのカードを確認し、昇は一つ頷く。カードは全て揃った。後はあの伏せカードがフリーチェーンの罠でないことを祈るだけだ。

 

「魔法カード大嵐を発動。場の魔法、罠カード全てを破壊する」

「何!?」

 

 驚愕と同時に嵐が場を巻き上げ、場に存在する魔法と罠全てを墓地へと送る。凌牙が何も発動しなかったことから、あれは攻撃反応型か召喚反応型なのだと考えた昇であったが、どうでもいいかと思い直す。これでこの決闘は、もう詰めに入ったようなものだ。

 

「破壊された影依の原核(シャドー・ルーツ)の効果、墓地に存在するシャドール魔法、罠を手札に加える。僕が手札に加えるのは神の写し身との接触(エルシャドール・フュージョン)。さらに影依融合(シャドール・フュージョン)を発動。手札のシャドール・ビーストとエフェクト・ヴェーラーを融合。現れろ、エルシャドール・ネフィリム」

 

 栄光の弓に並び立つは、落ちてきた巨人。

 ネフィリム。旧約聖書に描かれた、神と人間の間に生まれた巨人。その名を冠する人形は、下界を見下ろす神の如くフィールド上で佇む。

能面と呼ぶに相応しい表情からは、感情と呼べる物はとても感じられそうにない。その様は、奇しくも似た効果を持つ機械と同じ物だと感じた。

 

「エルシャドール・ネフィリムの効果、このカードが特殊召喚に成功した時、デッキからシャドールカードを一枚墓地に送る。僕が墓地に送るのはシャドール・ヘッジホッグ。さらにシャドール・ビーストの効果、デッキからカードを一枚ドロー。ネフィリムの効果で墓地に送られたヘッジホッグの効果も発動。デッキからシャドール・ファルコンを手札に加える」

「融合してるのに手札が減りやがらねえ……とんだデッキがあったもんだな」

「それを言うならエクシーズもよっぽどだと思うけどね。融合や儀式のように魔法を必要とすることなく、指定されたレベルのモンスター数体をフィールドに並べるだけで召喚条件が整う。とてもじゃないけど真っ当な融合じゃ勝てるわけがない」

「それは、そのデッキが真っ当な融合デッキではないと認めたようなもんだぞ」

「まあ、ね。魔法カード闇の誘惑を発動。カードを二枚ドローし、手札の闇属性モンスター一枚を除外する。僕が除外するのはシャドール・ファルコン。さらに墓地のクリバンデットとエフェクト・ヴェーラーを除外し、カオスソルジャーー開闢の使者ーを特殊召喚」

 

 これで、詰み。

 

「バトル、エルシャドール・ネフィリムでビッグ・ジョーズに攻撃」

「攻撃力が同じネフィリムでビッグ・ジョーズに攻撃だと⁉︎」

 

 凌牙の驚きを意に解する事なく神の子の名を持つ巨人は鮫へと狙いを定め、己が拳を振り下ろす。圧倒的と言える質量の暴力はビッグ・ジョーズを一方的に破壊しーーネフィリムは何事も無かったかのように昇の場に戻る。

 

「……テメエ、何をした」

「エルシャドール・ネフィリムの効果、このカードが特殊召喚されたモンスターと戦闘を行う場合、ダメージ計算を行うことなく破壊する。神の子の前では特殊召喚など許されないというわけだよ。さらに、開闢でスカル・クラーケンに攻撃」

 

 攻撃力僅か600のスカル・クラーケンに攻撃力3000を誇る騎士の剣は止められる物ではなく、その事実を証明すろように蛸は一刀の元に両断される。

 それは凌牙もまた、同じ。

 

「馬鹿、な……そのモンスターの攻撃は、既に終わっているはず」

「開闢の効果、このモンスターが戦闘を行ったバトルフェイズにもう一度だけ続けて攻撃が出来る。次元を越えた二の太刀の味はどうだい?」

「最悪だ、ぜ」

 

凌牙

LP2600→100→-2900

 

「僕の勝ちだね、凌牙」

 

 差し伸べられた手を振り払った凌牙を見て、満足そうに昇は頷く。怪訝な顔を見せた彼であったが、昇の言葉を聞いた瞬間悔しそうに眦を落とした。

 

「僕が見た限り君の牙は錆びてない。あの全国大会の決勝で僕と戦った時と同じ、力強く鋭いままだ」

「だが俺は、あの初心者に負けた」

「そうだね。凌牙は全力を出した、でも九十九遊馬に負けた。でもその結果は果たして、君が弱くなったことだけを証明する物かどうか、もう一度考えてみてくれ」

「……ケッ!」

 

 背を向ける凌牙に苦笑し、近寄ってきた輪廻と共に息を吐く。後ろで溜息を吐かれていることを察した少年は、顔を向けることなく言葉を返した。

 

「分かってるよ、昇の言い分も。だけどまだ俺はあいつに負けた事実が受け入れられてねえ。だから」

「時間は幾らでもあるんだ。ゆっくり時間をかけて、その上で彼を認めてあげてくれ。九十九遊馬は今、自分自身の殻を破ろうとしているんだ」

 

 言うだけ言ってから不満そうな表情を浮かべた輪廻の頭を撫で、肩を抱き寄せ帰路につく昇。その姿を無言で見送った後、凌牙は思わず苦笑交じりに息を吐いた。

 

「全く、お節介にもほどがあるぜ。プロデュエリストのくせによ」

 



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第二話

「おーい、昇ー! 輪廻ー!」

 

 放課後。自宅に帰り二人でゲームでもして遊ぼうかと考えていた昇と輪廻の耳に、聞き慣れた声が飛び込んできた。

 

「……どうする?」

「流石に無視は出来ないからね。少し時間を割くけどいいかな?」

「……まあ、仕方ないかな」

 

 立ち止まって小声で頷き合った二人の前に、一人の少年が姿を現わす。九十九遊馬。皇の鍵と不屈の精神を持ちナンバーズを集める使命を持った少年。

 遊戯王ゼアルという物語の、主人公だ。

 

「ちょっと遊馬!」

「おう小鳥、どうした……って痛えな、何すんだよ!」

「いきなり声をかけたら驚くでしょう⁉︎ 本当に遊馬はバカなんだから!」

「バ、バカってなんだよ! 俺はただ、昇か輪廻に決闘して貰おうと」

「なんかそっちも忙しいだろうし、先に答えを返しておくよ。遊馬、悪いが僕の答えはノーだ」

 

 苦笑しながらの返答に不満げな顔を向ける遊馬であったが、少年の答えは変わらない。

 

「凌牙を倒したって話は聞いてるよ。そこまでの成長、僕は本当に嬉しく思う」

「なら!」

「けどまだだ。まだ僕が相手をするには君の実力は足りていない。今はもっともっと強敵と戦い、研鑽し、実力を磨くんだ」

「けど……」

「大丈夫。僕との戦いの時は、自然と訪れるさ。まあ、それとは別に一つ今日は一つ、面倒な用事を抱えていてね」

「昇が面倒っていう用って、一体何なんだ?」

「簡単だよ。僕達が生きて行く為の、単なるバイトさ」

 

 

 

 遊戯王の世界には、多種多様なデッキが存在する。

 装備したモンスターを墓地に送る事で効果を発揮するカードや、リリースされた場合に効果を発動するカード。異常と言っても過言ではない程のカードプールからは文字通り十人十色と言えるデッキが出来上がり、デッキ作りもまたこのカードゲームの一つと言っても過言ではない。

 そして、ギャラリーが最も沸く瞬間と言えば。

 

「僕のターン、ドロー」

 

LP3400

手札0

伏せカード一枚

 

 圧倒的不利な状況下からの逆転、これにつきる。

 

「手札がゼロでこのカードをドローした時、このモンスターは特殊召喚出来る。現れろ、インフェルニティ・デーモン!」

 

 太陽が沈み、月が天頂に位置する時間帯。とある豪華客船の中に存在する決闘場で、昇はプロデュエリストと相見えていた。

 夕食を自宅で取った後クライアントが遣ったヘリコプターに乗り輪廻と共に乗り、金持ち相手の見世物として戦っている所。面倒臭いのは事実だが、金払いが非常に良い相手ということもあり仕方なく今ここに立っている。

 さて、現場自分の手札はゼロ、伏せカードは一枚。相手の場にはモンスター・エクシーズであるキングレムリン。攻撃力2400を持ち爬虫類族をサーチできる優秀な先鋒だ。伏せカードは二枚、手札は三枚。これが通るかどうかが勝負の決め手といっても過言ではない。

 

「インフェルニティ・デーモンの効果、このカードが手札ゼロで特殊召喚に成功した時、デッキからインフェルニティと名のついたカード一枚を手札に加える。僕はインフェルニティガンを手札に。さらに手札に加えたガンを発動し、効果発動。手札ゼロでこのカードを墓地に送ることで、墓地より二体のインフェルニティ・ネクロマンサーを一体は守備表示、一体は攻撃表示で復活させる。さらにネクロマンサーの効果発動、墓地よりインフェルニティ・デーモンを蘇生」

 

 

 前のターンインフェルニティ・インフェルノの効果で墓地に送っていたネクロマンサー二体を蘇生し、同様に前のターンダーク・グレファーの効果で墓地に落としておいたデーモンを蘇生させる。

 このターンデーモンを引いたのは偶然でも何でもない。単に前のターンチェインの効果でデッキトップに置いていただけのこと。自らのドローに全てを託せるほど、昇は自らの運を信用してはいない。

 

「インフェルニティ・デーモンの効果でインフェルニティ・ブレイクを手札に。カードを一枚伏せ、さらに二体のインフェルニティ・デーモンでオーバーレイ・ネットワークを構築。エクシーズ召喚、現れろラヴァルバル・チェイン」

 

 胸には特徴的な紋章、体は焔の竜。再び場に姿を現した海竜は、己が存在を誇示するが如く咆哮する。

 

「チェインの効果、オーバーレイ・ユニットを一つ墓地に送ることでデッキからモンスター一体を墓地に送る。僕が送るのはトリック・デーモン。さらにトリック・デーモンの効果、このカードが効果で墓地に送られた時、デッキからデーモンと名の付いたモンスター一枚を手札に加える。僕が手札に加えるのはインフェルニティ・デーモン」

「きた……きた……」

「ハンドレスコンボだ……」

 

 プロの場ではこのデッキを多用しているからか、気づき出した観客が騒ぎ出す。相手も苦虫を噛み潰したような顔をするが既に手遅れ。妨害札を握ってない以上、手札ゼロとなったインフェルニティは主の命が尽きぬ限り止まることはない。

 

「墓地のヘルウェイ・パトロールの効果、このモンスターを除外することでインフェルニティ・デーモンを特殊召喚。デーモンの効果、デッキからインフェルニティバリアを手札に加える。カードを一枚伏せ、ネクロマンサーの効果発動。墓地よりインフェルニティ・デーモンを蘇生。デーモンの効果、デッキよりインフェルニティ・ミラージュを手札に。二体のデーモンでオーバーレイ・ネットワークを構築。鳥銃士カステルをエクシーズ召喚」

 

 帽子を被り、猟師のように銃を携えた鳥人間。二つの凶悪極まりない効果を持つ銃士は狙いを定めるが如く妖精の王に愛銃を向ける。

 

「カステルの効果、オーバーレイ・ユニットを二つ取り除きこのカード以外のフィールド上に存在する表側表示のカード一枚をデッキに戻す。僕はキングレムリンを選択しよう」

「させるかよ!罠カード、毒蛇の供物!俺のフィールドの爬虫類族モンスター一体とお前のフィールド上のカード二枚を破壊する!俺はキングレムリンとお前の場のカステル、チェインを破壊!」

 

 妨害札を使ったタイミングに眉を潜めるが、昇は何も言わずに効果を通す。サクリファイス・エスケープによりカステルの効果は不発に終わり、フィールドには悪魔の蘇生師だけが残った。

 

「……ただではやらせてくれない、か」

「当然だろうが! これでお前のフィールドには攻撃力がゼロの雑魚が二体。俺のライフは削れまい。さあ、早く俺にターンをーー」

「忘れたかい? 僕はまだ、通常召喚を行っていない」

 

 相手と観客の息を呑む音が、確かに昇の耳に届いた。

 

「僕はレベル3のネクロマンサー二体でオーバーレイ。エクシーズ召喚、現れろ虚空海竜リヴァイエール。リヴァイエールの効果、オーバーレイ・ユニットを一つ使い、除外されているレベル4以下のモンスターを一体特殊召喚する。戻れ、ヘルフェイ・パトロール。さらに僕は、インフェルニティ・ミラージュを召喚」

 

 攻撃力ゼロ、守備力ゼロ。レベルはたったの1。ステータスという面において、このモンスターは考えられる全てのモンスターの中でも最底辺に位置するといっても過言ではない。

 しかし、ステータスの貧弱さを嘲るような効果こそ、このモンスターの真骨頂。

 

「インフェルニティ・ミラージュの効果、このモンスターをリリースし、墓地よりインフェルニティ・デーモンとインフェルニティ・ネクロマンサーを攻撃表示で蘇生する」

 

 名前の如く消えたミラージュの変わりに、二体のインフェルニティがフィールド上に現出する。

 蜃気楼とは、光の屈折により起こる幻影を元にして作られた言葉だ。一体の悪魔が二体の悪魔に変わる様を見せつけられた相手は、今まさに蜃気楼を目の当たりにした気分を味わっているに違いない。

 

「インフェルニティ・デーモンの効果、デッキからインフェルニティと名のついたカード一枚を手札に加える。僕が加えるのはインフェルニティ・ブレイク。カードをセットし、墓地のネクロマンサーの効果発動、インフェルニティ・デーモンを特殊召喚。この効果で特殊召喚されたデーモンの効果は発動しない。僕はフィールドのヘルウェイ・パトロール、デーモン二体でオーバーレイ! エクシーズ召喚!」

 

 そしてこれが、この世界行った動きの一つ。

 

「現れろNo.16、色の支配者ショック・ルーラー」

 

 ナンバーズ・カード。世界に一枚ずつしか存在しないカードであり、アストラルの記憶の断片。その一枚であるショック・ルーラーを見た者は、まず言葉を失うだろう。

 種族こそ天使族であるが姿形は異形そのもの。機械の如き身体に仮面のような顔。紫に染まる全身は不気味さを助長しており、観客全員の言葉が失われる。

 

「ショックルーラーの効果、オーバーレイ・ユニットを一つ取り除き、魔法、罠、モンスター効果のうち一つを宣言する。そして宣言された相手のカードの効果は二度目の相手ターン終了時まで無効となる! 僕が宣言するのはモンスター効果。そしてバトルフェイズ、ショック・ルーラーでダイレクトアタック」

「甘え! リバースカードオープン、聖なるバリアー―ミラーフォース―! お前のモンスターはこれで全滅だ! 爪を誤ったな、罠カードを宣言しておけば勝ってたってのによ」

 

 にんまりと口元を歪め、勝ち誇ったように叫ぶ相手。虹色に輝く障壁を目の前にして、昇もまた微かに目を細めた。

 

「それはどうかな?」

「……何?」

「リバースカードオープン、インフェルニティ・バリア。効果モンスターの効果、魔法、罠の発動を無効にして破壊する。壊れろ、ミラーフォース」

 

 ネクロマンサーから放たれた透明な障壁が虹色に輝く障壁と相殺する。これでもうルーラーの攻撃を阻むことは、もう昇の相手には出来ない。

 

「いけ、リヴァイエール。彼にダイレクトアタック」

 

プロ

LP4000→1700→-100

 

 

「……なあ、一つ聞いていいか」

「話せることなら、何でも」

 

 決闘の後。今日の相手に話がしたいと言われた昇は、指定された豪華客船の甲板で手摺に腕を絡めてそう応えた。

 

「何故、俺の毒蛇の供物にインフェルニティ・バリアを打たなかった」

「ああ、そのことか」

 

 インフェルニティ・バリアは万能カウンター罠だが、発動条件が一つある。それは、インフェルニティと名のついたモンスターが攻撃表示で立っていること。

 ガンの効果で出したネクロマンサーの一体が攻撃表示であったのも、最後に立てたネクロマンサーが攻撃表示であったのもその為だ。万全を期し、そしてその通りに勝利した昇であったが、バリアの発動タイミングに違和感を感じたのだろう。

 

「あの時ネクロマンサー二体を狙われていれば、僕は確かにバリアを使っただろう。でもその場合、僕は攻撃しなかっただろうね」

「誤魔化すな。俺が聞いているのはどうしてモンスター・エクシーズの破壊を向こうにしなかったのかってことだ」

「なら、こう言うしかないね。別に破壊された所で、幾らでもリカバリーが効いたからだ」

 

 決闘を頭の中で思い返したのか、相手は自嘲気味に苦笑する。

 

「……なるほど、確かにそうだ」

「そういうことなんだよ。じゃあ、今日は僕はこの辺でお暇させて貰うよ。また戦う時がきたら、その時はよろしく頼む」

「それは俺の台詞じゃねえかなぁ……まあいいや。此方こそよろしく頼むぜ、相剋のぼーー」

 

 周りの時間が、文字通り止まる。

 

「貴様、ナンバーズを持っているな」

 

 空から甲板に降り立ったのは、鋭い眼光を向ける少年。

 

「ああ、持っているよ。ナンバーズ・ハンター」

「ほう、俺の事を知っているとはな」

「小耳に挟んだ程度だよ、天城カイト。さて、一介のデュエリストである僕に何の用かな?」

「知れたこと。貴様を倒し、ナンバーズを奪いにきた」

 

 獰猛な笑みを浮かべながら話す天城カイトと視線を合わせた昇は、内心でにんまりとほくそ笑む。計画通り。このタイミングでナンバーズを使えば、十中八九カイトが釣れるのは分かっていた。

 さて、後はどうやって上手く事を運ぶかだが――。

 

「……その決闘、待った」

 

 静寂を打ち払ったのは、小さいながらも響いた少女の声。

 

「貴様……この空間で動けるということは、貴様もナンバーズを持っているな」

「……その通り。そして、昇の前に貴方と戦うのは私」

「ほう。マネージャー如きが俺と戦おうというのか」

「……如きかどうか戦ってみれば分かる。最も、その時には貴方は地に伏しているのだけれど」

 

 声の主である六道輪廻はにこやかな笑顔を向けて挑発する。怪訝そうな顔をしていたカイトであったが、輪廻が放った再度の挑発を受けるやいなや楽しそうに笑みを零す。

 

「面白い!デュエルモード、フォトン・チェンジ!」

「……昇、いいでしょ?」

「……どうせ、僕が駄目って言ってもやるんだろう?」

「……うん。まあ、そうだけど」

 

 恥ずかしそうに苦笑する輪廻に、昇もまた精一杯の笑顔で応じる。

 

「僕からは何もないよ。輪廻がやりたいと言うなら好きにやるといい。ただし、一つだけ約束だ」

「……負けるな、でしよ?」

「その通り。それだけ分かっていれば大丈夫だね」

 

 ここで負ければ全ての計画が水泡に帰す。それを忘れていないのなら、もう大丈夫だ。

 幸いここで輪廻が勝てば上手く計画を進められる。なら後は、彼女を信じるしかない。

 

「「決闘!」」

 

 時の止まった空間で、誰にも知られることなく。二人の決闘者は己が剣を引いた。



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第三話

「私のターン、ドロー。私は魔法カード増援を発動。デッキからゴブリンドバーグを手札に加える。さらに魔法カードE-エマージェンシーコールを発動。デッキからE・HEROシャドーミストを手札に加える。ゴブリンドバーグを召喚、効果でこのモンスターを守備表示にすることで、手札のシャドーミストを特殊召喚」

 

 空飛ぶゴブリンが落とした貨物から現れたのは、影を纏う闇の英雄。

 E-HEROシャドーミスト。攻撃力は僅か1000、守備力は1500。レベル4モンスターのアタッカーラインと呼ばれる1900には遠く及ばないステータスしか持たないが、これを見たカイトの表情が警戒を露わにする。

 今の輪廻の場にはレベル4のモンスターが二体。エクシーズ召喚を基本とするこの世界において警戒するのは当たり前のことだ。特にランク4はあらゆる戦術を可能に出来る程の極めて高い汎用性を持つ。いくらカイトのエースがエクシーズ絶対滅ぼすマンの銀河眼と言えども多少なりとも恐れは抱いていることが表情から見て取れる。

 しかし生きた世界が違うのならば、「常識」が違うのもまた道理。

 

「シャドーミストの効果、このモンスターが特殊召喚に成功したので、デッキからマスク・チェンジを手札に加える。カードを四枚伏せて、ターンエンド」

「何……ッ⁉︎」

 

 輪廻がエクシーズ召喚をしなかったのが余程予想外だったのか、眼を見張ったカイトの声が昇の耳にも届く。満足そうに眼を細めた輪廻は、ただただ催促するように手を伸ばしてその声に応じた。

 

「……貴様、俺を舐めているのか?」

「舐めているかどうかはすぐにわかる。……ほら、貴方のターン。それとも臆したの?難ならサレンダーしても私は一向に構わないのだけど」

 

 にこやかに、それでいて棘のある挑発が、カイトの怒りに油を注ぐ。

 

「……面白い。俺のターン、ドロー! 俺は魔法カードフォトン・ベールを発動!」

「……速攻魔法、マスク・チェンジを発動。場のシャドーミストを墓地に送り、闇属性のM・HERO一体をエクストラデッキから変身召喚する」

「変身、召喚……だと……?」

 

 初めて聞いたであろう召喚方法に戸惑いつつある対戦相手を無視し、少女は召喚口上を紡いだ。

 

「……現れなさい、英雄の世界の影、闇の法典。己が正義をここに示せ、M・HEROダークロウ」

 

 黒き極光が晴れた後元々いたはずの影の英雄は姿を消し、代わりにそこにいたのは異形の存在だった。

 英雄の名を冠しながら被った仮面は怪物のよう。闇の力を纏うその姿は到底正義の存在とは思えない。それもそうか、と昇は思う。アレは英雄を縛る法典、つまりは英雄に仇なす英雄だ。故にあの仮面が怪物のソレに見えようと、決して間違いではない。

 

「……前のターン、貴様がエクシーズ召喚をしなかったのは、それが狙いだったのか」

「その通り。そんなことより早くフォトン・ベールの効果を処理しなさい。説明は不要。手札の光属性モンスターを三枚までデッキに戻し、その数までデッキのレベル4以下の同名光属性モンスターを手札に加えなさい」

「……どうやらそのようだな。俺は手札のフォトン・クラッシャー、ライト・サーペントをデッキに戻し、デッキのディブレイカー二枚を手札に加える!」

「……ダークロウの効果。一ターンに一度、相手が通常ドロー以外でデッキからカードを手札に加えた時、相手の手札をランダムで一枚除外する。やりなさい、インヴァイトヘル」

 

 突如としてカイトの決闘盤に現れた黒いドリルがカイトの手札一枚を貫き、異次元へと吸い込んだ。手札一枚を奪われたことで怒りを露わにしたカイトは対戦相手を睨むが、当の本人はあっけらかんと効果の説明を続けた。

 

「……ダークロウのもう一つの効果、ブレイク・ザ・ロウ。このモンスターが場に存在する限り、相手の墓地に行くカードは全てゲームから除外される。ディブレイカーを回収したということは、貴方の手札にあったのは恐らくフォトン・リード。単純に計算しても五分の四で貴方の戦略は瓦解した。最も、その顔を見ればどういう結果だったかは容易に想像できるけどね」

 

 呆然としたカイトの顔は、何を奪われたのかを雄弁に示していた。

 サーチ潰しと相手のみの全除外。これこそが英雄でありながら英雄殺したる所以だ。前者は増援、エマージェンシーコール、エアーマンなど多種多様なサーチカード全てに対応し、後者はミラクル・フュージョンだけでなくネオスビートの肝である蘇生カードを封殺する。そのくせこのモンスター自体はシャドーミスト経由で簡単にエクストラデッキから召喚可能。二人の元の世界で影霊衣やシャドール、クリフォートに混じってHEROが存在していた原因そのものがこいつであり、同時に多くの決闘者からヘイトを集めていたカードでもある。

 それにしてもこの決闘盤、ノリノリである。

 

「そしてシャドー・ミストの効果。デッキからE・HEROエアーマンを手札に加える。さあ、どうする?」

 

 余裕げな笑みを隠すことなく挑発する輪廻であったが、眼の前で冷静になったカイトの姿を見て笑みを消した。間違いなく地雷を踏んだことを悟ったが既に手遅れ。昇が溜息を零す中、カイトは一枚の魔法カードを使う。

 

「魔法カードフォトン・リードを発動。手札のディブレイカーを特殊召喚。さらにディブレイカーの効果でこのモンスターを特殊召喚する!」

「レベル4のモンスターが二体……来る?」

「さらに魔法カードフォトン・ブースターを発動! 俺の場のディブレイカー全ての攻撃力を2000にする! 俺は攻撃力2000となったディブレイカーをリリース! 闇に輝く銀河よ! 希望の光となりて我が僕に宿れ! 光の化身、ここに降臨! 現れろ、銀河眼の光子竜!」

 

 カイトの全ての手札と引き換えにフィールドに現出したのは、彼の象徴と呼べるモンスターであり、ナンバーズ・ハンターと自称すしている理由そのものであると同時に、彼が最も信頼しているモンスター。

 攻撃力3000、守備力2500。かの青眼の白龍と全く同じという極めて高いステータスを誇る光の竜は、己が存在を知らしめんとするかの如く咆哮する。

 

「……これは、流石に予想してなかったかな」

「バトルだ! 俺は銀河眼の光子竜でダークロウに攻撃! 破滅のフォトン・ストリーム!」

「……ぐっ」

 

輪廻

LP4000→3400

 

「俺はこれでターンエンド。俺の銀河眼の力、味わったか」

 

 精悍な顔をしたカイトとは対照的に輪廻の顔は微かに歪んでいた。恐らく彼女の伏せカードは禁じられた聖槍か聖杯、攻撃反応系の罠、それかブラフか。エクシーズ召喚自体は読んでいたのかもしれないがギャラクシオンなら止められると踏んで一枚は聖杯、そして他三枚だろう。

 銀河眼の光子竜は場か墓地にさえいれば非常に厄介なモンスターだ。事実上の戦闘破壊耐性に加え他のカードとは一線を画するほどのサポートカードの多さ。そして3000の攻撃力。レベル8であることから神竜騎士フェルグラントを始めとする優秀なランク8エクシーズモンスターにも繋げられる。そして彼女の組んだHEROに一度出た銀河眼を真っ当に処理できるカードはほぼないと言っていい以上、輪廻は苦難に立たされていると言える。

 最もそれは、カイトも全く同じ。

 伏せカードはゼロ、手札もゼロ。場には銀河眼のみ。いくら優秀なモンスターといえども破壊耐性を持っていないこのカード一枚では非常に心もとない状況である。次のターン銀河眼を上手く処理されたならば。彼を待ち受けているのは敗北をもって他にない。

 故に、ここが勝負の分水嶺。

 

「……私のターン、ドロー」

 

 デッキトップのカードを捲り、輪廻はごくりと唾を飲む。一瞬の静寂、その後に彼女が見せたのは、これ以上ないほどの安堵の笑顔だった。

 

「伏せてあった魔法カード、禁じられた聖杯を発動。銀河眼の攻撃力を400ポイントアップさせ、効果を無効に。E・HEROエアーマンを召喚。エアーマンの効果、このモンスターが召喚に成功した時、デッキからHEROカード一枚を手札に加える。私はバブルマンをサーチ。場のゴブリンドバーグとエアーマンでオーバーレイ・ネットワークを構築。エクシーズ召喚、鳥銃士カステル。効果発動、オーバーレイ・ユニット二つを使うことで相手フィールドのモンスター一体をデッキに戻す。主の元に帰りなさい、銀河の瞳を持つ竜」

 

 オーバーレイ・ユニット二つを愛銃へと装填したカステルは銀河眼へと狙いを定め、引き金を引く。放たれた弾丸はカイトの場の銀河眼に直撃し、主人のデッキへと封じ込めた。

 

「カードを一枚伏せ、手札のE・HEROバブルマンを特殊召喚。手札ゼロの時このモンスターは特殊召喚出来る。さらに伏せカードのE-エマージェンシーコールを発動。デッキからバブルマンを手札に。バブルマンを特殊召喚。二体のバブルマンでオーバーレイ・ネットワークを構築。H-Cエクスカリバーをエクシーズ召喚」

 

 ゲームセット。昇が一つ頷くと同時に、輪廻は僕に命を下した。

 

「……バトル。エクスカリバーとカステルでダイレクトアタック」

「ぐ……ああああああっ!」

 

カイト

LP4000→0

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これで僕達には君のナンバーズを奪う権利が出来たわけだけど」

 

 にこやかに笑みを浮かべ、昇はカイトに語り掛ける。

 

「僕達と取引をしないかい、天城カイト」

「……どういうつもりだ」

「何、簡単だよ。僕達はナンバーズに興味なんかない。だけども君にとっては大切な代物のはずだ。お互いに得を取り合う、僕としてはそうしたいだけだよ」

「どうだかな。で、取引とはなんだ」

「さっきも言った通り、僕は君からナンバーズを奪う権利を放棄しよう。その代わり――」

 

 隣で取引を持ち掛ける昇を見る際に輪廻は、いつも決まって同じ感想を抱く。

 

「――君の父、Dr.フェイカーの元に連れて行ってくれるかな?」

 

 今の昇は、悪魔のようにしか見えないと。

 

 



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第四話

基本的に後書きは活動報告の方でやっているのでそちらも目を通して頂ければ幸いです。
また、基本的に感想、活動報告へのコメント、誤字、プレミなどは大歓迎ですのでぜひともよろしくお願いします。


『この道灌一人、時の流れに抗い続けよう……!』

 

 ゲームセンターに置かれた筐体の一つでそんな声がした直後、画面に映された騎馬一体の武力が上がる。

 

「……しまっ」

「もう遅いよ」

 

 降伏勧告をしつつ容赦なく突撃で敵部隊を蹂躙していく騎馬を前に、輪廻は思わず歯噛みする。他の部隊は既に全て撤退し、残ったのは既に大戦火発動済みの今川氏親のみ。

 そしてこうなった以上、逆転するのは非常に困難だ。

 

「……負けた」

「膨れないでよ、クレープ奢るから」

 

 ゲームセンター内で頬を膨らませた輪廻に苦笑しつつ、昇はそう提案する。

 

「……いいの?」

「勿論。どうせお金は余ってるし」

「……やった」

 

 先程のふくれっ面はどこえやらクレープにぱくつき満面の笑みを見せる少女を前に、昇もまた幸せそうに笑う。

 

「……昇、あーん」

「流石に、それは恥ずかしいよ」

「私も恥ずかしいけど、昇は買ってなかったし。ほら、あーん」

 

 にこやかに齧った後があるクレープを差し出す少女を前に、昇は一種の覚悟を決める。

 

「……じゃあ、遠慮なく」

「……よろしい」

 

 周囲の視線から全力で目を逸らし、輪廻が差し出したクレープに口をつける昇。味があるのかないのか分からない状態であったが、にこやかに微笑む輪廻は非常に可愛いと内心で一人頷き、

 

 周囲の時間が、停止する感覚。

 

「……そういえば今日は、あの日だった」

「そうだね」

 

 豪雨とも呼べるほどの雨が降り注ぎ、それでいて雨粒一つ一つが停止しているという奇妙な光景。これはゼアル序盤、九十九遊馬と天城カイトが初めて戦った時と全く同じ物だ。

 

 

「さて、見に行こうか」

「……うん」

 

物陰に隠れ、遊馬とカイトが決闘盤を構えた所まで五分。二人が彼らの姿を決闘を見る為に物陰に隠れたのを待っていたかのように決闘が始まった。

 

『いくぞ遊馬!』

「おう! 俺の先攻、ドロー! 俺は魔法カードオノマト連携(ペア)を発動! 手札を一枚墓地に送り、デッキからガガガ、ゴゴゴ、ドドド、ズババのモンスターを二枚まで一枚ずつ手札に加える! 俺は手札のゴゴゴゴーレムを墓地に送り、デッキからゴゴゴジャイアントとガガガマジシャンを手札に加える!」

 

 オノマト連携。遊馬のテーマデッキ専用サポートカードの一枚であり、非常に有用なサーチカード。手札を墓地に送るというコストも遊馬が使ったように布石にすることも出来る。痒い所に手こそ届かないものの、優秀なカードだと言えるだろう。

 しかし、それを見た二人の顔は微かに曇っていた。

 

「輪廻、あれは君の仕業かい?」

「……まさか。私達は彼らのデッキに干渉はしてない。それは昇が一番分かっているはず」

「だよね、となると――」

 

 あれは、原作で彼が使ったカードではない。

 

「さらに俺は、ゴゴゴジャイアントを召喚! 効果発動! このカードが召喚に成功した時、墓地からゴゴゴと名のついたモンスター一体を表側守備表示で特殊召喚出来る! 甦れ、ゴゴゴゴーレム! 俺は、レベル4のゴゴゴゴーレムとゴゴゴジャイアントでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚! 現れろ、No.39、希望皇ホープ!」

 

 逆向きになった塔が変形し、純白の翼を持つ黄金の剣士に変形する。希望皇ホープ。九十九遊馬の相棒にして、何度も何度も蘇生され酷使された過労死同盟の一員。

 塔はタロットで絶望を意味する。それが逆向きにすることで希望をイメージ出来るようになっているのだろう。最も本家の塔は正位置だろうが逆位置だろうが碌なことが書かれていないのだが。

 

「現れたか、ナンバーズ!」

「俺はカードを二枚伏せてターンエンド! さあ、次はお前のターンだぜ」

『遊馬、油断するべきではない。彼は強敵だ』

 

 アストラルが遊馬を咎めるのに内心で同意しつつ、二人は小声で言葉を交わす。

 

「……やっぱり、いるのね」

「ああ、間違いない」

 

 二人の表情が渋面に変わるのを知ることなく、カイトは己がターンを始めた。

 

「狩らせてもらうぞ、貴様のナンバーズを! 俺のターン、ドロー! 俺はフォトン・スラッシャーを特殊召喚! このモンスターは自分フィールドにモンスターが存在しない時、手札から特殊召喚出来る! さらに俺はフォトン・クラッシャーを召喚!」

『レベル4のモンスターが二体……来るぞ遊馬!」

「俺はフォトン・スラッシャーとフォトン・クラッシャーでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 現れるのは白き剣帝。ギャラクシーデッキの先鋒にして、竜の傍らに携わる騎士。

 

「現れろ、輝光帝ギャラクシオン!」

 

 攻撃力は2000、ランク4エクシーズモンスターの中では非常に謙虚な数値だ。

 

「大層な召喚しといて攻撃力2000かよ。そんなんじゃ俺のホープは倒せないぜ!」

 

 単純に数値だけを見れば、それは初心者でも分かる事実だ。未だ初心者の域を超えない遊馬ですらそれを分かっていることが発言からも察せられる。

 しかし逆を見ればそれは、そのことしか見えていないことの証拠でもある。

 

『気をつけろ遊馬。あのモンスター、何かがあるはずだ』

 

 アストラルの発言は遊馬への忠告と同時に自分への戒めでもある。彼は分かっているのだ。

 

「……エクシーズモンスターの本領は、その魂たるオーバーレイ・ユニットを使用した効果にこそある」

「ユートの真似かい?」

「……似てた?」

「輪廻がユートの真似しても可愛いだけだよ」

 

 カイトは遊馬の言動を鼻で笑ってから効果の発動を宣言した。

 

「輝光帝ギャラクシオンの効果発動! オーバーレイ・ユニットを二つ使い、デッキから銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)一体を特殊召喚する! 闇に輝く銀河よ、希望の光となりて我が僕に宿れ! 光の化身、ここに降臨!」

 

 遊馬の「希望」と相対するのは、カイトの「希望」。

 

「現れろ、銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)!」

 

 銀河の眼を持つ竜は、場へと出た瞬間己が存在を誇示せんが如く咆哮する。

 それを目の当りにしたアストラルの表情が、一瞬だけ驚愕に染まった。

 

『なんだ、あのモンスターは……』

「攻撃力3000!? でもそれだけならホープの効果で」

『気をつけろ遊馬! あのモンスター、何かあるぞ』

 

 決闘の天才。そう呼ばれる彼は直観でそのモンスターの強さを理解したのだろう。アストラルの忠告を聞いて気を引き締めた遊馬に視線を向け、カイトは己が相棒に命を下した。

 

「いけ銀河眼(ギャラクシーアイズ)! 希望皇ホープに攻撃! 破滅のフォトン・ストリーム!」

「ホープの効果発動! オーバーレイ・ユニットを一つ使い、攻撃を無効にする! ムーンバリア!」

銀河眼(ギャラクシーアイズ)の効果発動! このモンスターがバトルするとき、このモンスターと相手モンスターをゲームから除外する!」

「何だって!?」

 

 銀河眼とホープは共に除外され、場に残ったのはギャラクシオン一体のみ。

 当然ここで追撃を止めるほど、カイトは敵に甘くはない。

 

「いけ、ギャラクシオン! 奴にダイレクトアタック! フォトン・カット!」

『遊馬! トラップだ!』

「おう! 俺はトラップカード、攻撃の無敵化を発動! このターン、俺が受ける戦闘ダメージはゼロになる!」

 

 ギャラクシオンの攻撃を耐え、安堵の息を吐く遊馬。攻撃を止められたことでカイトの顔が微かに曇るが、それ以上何もすることなくバトルフェイズを終える。

 

「バトルフェイズ終了時、銀河眼の効果(ギャラクシーアイズ)の効果で除外されたお互いのモンスターは、互いの場へと特殊召喚される」

 

 この時お互いの場に現れた変化は二つ。

 まず一つ。一度除外されたことによりホープのオーバーレイ・ユニットが墓地へと送られていること。

 そして、もう一つは。

 

銀河眼(ギャラクシーアイズ)の効果、このモンスターが相手のモンスター・エクシーズと共に除外された場合、そのオーバーレイ・ユニットを吸収する!」

『オーバーレイ・ユニットを吸収だと!?』

 

 墓地に送られたオーバーレイ・ユニットを吸収したことで、銀河眼はさらなる光を得る。

 それは名の如く光子(フォトン)のよう。思わず目を奪われる煌めきに圧倒される遊馬には目もくれず、カイトは自らのターンを進めた。

 

「さらに銀河眼はこの効果で吸収したオーバーレイ・ユニット一つにつき500ポイント攻撃力をアップする。カードを三枚伏せてターンエンドだ」

 

 たかがカード一枚、たかだか一体のモンスター。それが僅か一ターンでフィールドを支配するのはこのゲームでは大して珍しいことではない。しかしそれはあくまで元の世界の話。この世界ではそんなことは滅多に怒らないのは、この世界の決闘のレベルを見ればよく分かる。

 

「さあ、お前のターンだ。それともどうした、サレンダーでもするつもりか?」

 

 この言葉は恐らくカイトなりの優しさだ。無理だと分かりきっているのに足掻くくらいなら、最初から諦めてしまえばいい。特に今のカイトのデッキは銀河眼を使い回す事に特化している。この世界の決闘者では対処するのが半ば絶望的と呼べるほどにだ。

 

「サレンダー?冗談じゃねえ、そんなに簡単に諦めてたまっかよ!いくぜ、俺のターン、ドロー!」

 

 それでも九十九遊馬は諦めない。例え半ば敗北が決まっていようと、最後の最後まで諦めず戦い抜く、その超人めいた精神力こそが彼の最大の武器だ。

 

『遊馬!』

「おう! 俺は魔法カードエクシーズ・トレジャーを発動! このカードは場のモンスター・エクシーズ一体につきデッキから一枚カードをドローする! 場には二体、よってデッキからカードを二枚ドロー!」

 

 恐らく今しがた引き当てたであろうカードを使い、遊馬は手札を補充する。

 

「……さて。今の遊馬の力、見せて貰おうか」

 

 自分の決闘が覗かれているなど露知らず、遊馬は引いたカードに視線を移す。

 

『……これで、勝利の方程式は整った!』

 

 そして発せられたのは、アストラルによる勝利宣言だった。

 

『いくぞ遊馬!』

「おう! 俺は魔法カードおろかな埋葬を発動! デッキからガガガガールを墓地に送る! さらに魔法カード死者蘇生を発動し、墓地に眠るガガガガールを蘇生する! 甦れ、ガガガガール!」

 

 遊馬が勝利への一手としたのは、ガガガの中でも一際目を引く外見と効果を備えた少女。

 ガガガガール。攻撃力は僅か1000、守備力に至っては僅か800しかないレベル3のモンスター。ステータスが貧弱な理由は極めて簡単、このモンスターは単体で戦闘することを目的としてデザインされていない。

 

「さらに永続魔法カードガガガミラーを発動! このカードは選択したガガガモンスターと同じレベルのエクシーズ素材に出来る! 俺はガガガガールを選択する!」

 

 鏡にガガガガールの姿が映し出され、同じレベルのモンスターとなってガールの横に並び立つ。これでレベル3のモンスターが二体。

 

「俺はガガガガールとガガガミラーでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚! 現れろ、No.17リバイス・ドラゴン!」

 

 フィールドに蒼き竜が召喚され、それと同時にカイトの目が獰猛な輝きを帯びる。二体目のナンバーズを呼び出した。その事実はNo.を集めるカイトにとっては朗報でこそあれ悲報ではないからだ。

 

「なるほど、貴様もナンバーズを狩ったことがあるのか! だがそんな苦し紛れで出したモンスター一体でどうするつもりだ⁉︎」

「俺の狙いはそこじゃねえ! ガガガガールの効果発動! 相手モンスター・エクシーズ一体の攻撃力をゼロにする! ゼロゼロコール!」

 

 そしてこれが、ガガガガールの真骨頂。

 原作ではエクシーズモンスターの、現実では特殊召喚されたモンスターの攻撃力をゼロにする。単純に相手モンスターのステータスに作用するその効果が弱いはずがなく、これを利用したワンキルまであるほどだ。

 

「だがギャラクシオンの攻撃力をゼロにした程度では、俺を倒すことなど出来ん」

「まだだ! さらに俺はガガガマジシャンを召喚!魔法カード破天荒な風を発動! ガガガマジシャンの攻撃力を1000ポイントアップする! そしてリバイス・ドラゴンの効果発動! オーバーレイ・ユニットを一つ使い、攻撃力を500ポイントアップする!」

 

 遊馬の場に並んだのは攻撃力2500のモンスターが一体、そして攻撃力2000のモンスターが一体。それに対してカイトの場には攻撃力3500の銀河眼と攻撃力を0にされたギャラクシオン。

 

「……あ」

「輪廻も気づいたみたいだね」

「……うん。もし遊馬の手札にあのカードがあれば……」

「確かに、このターンで決着がつく」

 

 あるカードを同時に思い浮かべた二人は、遊馬の一挙手一投足に目を払う。

 そして遊馬が使ったカードは、確かに二人の思い描いたカードだった。

 

「魔法カードクロス・アタックを発動!このカードは攻撃力が同じモンスター二体を選択し、このターン片方の攻撃を放棄する代わりに片方は相手プレイヤーにダイレクトアタック出来る! 俺は、ガガガマジシャンの攻撃を放棄し、ホープにダイレクトアタックの権利を与える!」

 

 攻撃力2000のリバイス・ドラゴンでギャラクシオンを攻撃し、ホープでダイレクトアタックすればダメージは合計4500。

 ライフポイント4000のこの世界では、十二分に勝敗が決まる。

 

「……ほう」

「バトルだ! 行け、リバイス・ドラゴン!ギャラクシオンに攻撃だ! バイス・ストリーム!」

「ぐ……ギャラクシオン!」

 

カイト

LP4000→2000

 

『遊馬!』

「おう! 俺は希望皇ホープでダイレクトアタック! ホープ剣スラッシュ!」

 

 この攻撃が通れば遊馬の勝ち、という所まで追い詰められたカイト。

 しかし遊馬が攻撃を宣言した瞬間のカイトの表情は、明らかに悲観した物とは異なっていた。

 それはまるで。自らの勝利を確信したかのようなーー。

 

「リバースカードオープン! 反射光子流(フォトン・ライジング・ストリーム)!」

 

 勝利を確信した表情のまま、カイトは伏せたカードを使う。

 

「このカードは相手光属性モンスターが攻撃を宣言した時発動出来るカードだ。その効果は、相手モンスターの攻撃対象を自分フィールドの光属性・ドラゴン族モンスター一体に移し替え、さらにそのモンスターの攻撃力分攻撃対象となったモンスターの攻撃力を上げる! 奴のモンスターを仕留めろ銀河眼(ギャラクシーアイズ)、破滅のフォトン・ストリーム!」

「だがホープはナンバーズ、戦闘では破壊されない!」

「ああ、分かっている。そしてそれこそが、お前たちの敗因だ」

「何……!?」

 

 希望の剣士が光子の粒子に飲み込まれ、超過ダメージが容赦なく遊馬を襲う。

 

「これで終わりだ! 速攻魔法光子風(フォトン・ウインド)! このカードは相手モンスターを戦闘で破壊できなかった時発動出来る! 相手プレイヤーに1000ポイントのダメージを与え――」」

『カイト様!』

 

 唐突に空間に写し出されたのは、苦しむハルトの姿。

 

『ハルト様ノオ体ガ急に……!』

「くっ、この決闘は預ける! オービタル!」

「カ、カシコマリ!」

 

 カイトがオービタルと共に空から去ると同時に止まっていた時間が動き出し、小鳥が遊馬の元に駆け寄る。

 

「遊馬! ねえ、どうしたの……?」

「今の決闘、もしあいつが引かなければ、俺はやられていた……」

『……ああ。間違いない。我々は幸運に助けられた。もし彼が去らなければ、あの速攻魔法で我々はやられていた』

 

 冷静に勝負を分析するアストラルの声は小鳥には届かない。

 しかしそれは、実質的な敗者である遊馬の耳にはしっかり届いていた。

 

「……帰ろうか」

「……うん」

 

 遊馬の慟哭を聞き流し、昇と輪廻は一緒の傘に入って帰路につく。

 これからの予定の変更について、二人で語り合いながら。

 



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第五話

 九十九遊馬と天城カイトの邂逅から一日。

 

「……見るからに酷いね」

「……これは」

 

 遊馬の様子は、明らかに普段とは異なっていた。

 一応普段と同じように態度を取り繕っているつもりだろうが、見る者が見れば明らかに異なっていることが分かる。事実、武田鉄男や観月小鳥といった彼と親しい者たちは時折顔を見合わせ心配そうにしていたのがその証拠だ。

 

「……どうするの?」

「どうするって?」

「……このままにしておくの? それとも、何かするつもり?」

 

 顔を覗き込む輪廻の頭を撫で、昇は言葉を返す。

 

「……実は、少し悩んでるんだ」

 

 自分達が何もしなくとも遊馬は勝手に元気を取り戻す。世界が原作の通りに進む以上、それは火を見るよりも明らかだ。

 しかし、ここで一つの不安が鎌首をもたげてくる。

 

「……遊馬がオノマト連携を使ったことと関係してる?」

「正解。やっぱり輪廻には適わないよ」

 

 彼は原作で彼自身が使ったことのないカードを使用していた。それが彼が自力で手に入れた物であればいい。問題は、そうでないのが明白であることだ。

 世界が原作の通りに進む以上、遊馬のデッキもまた原作の通りに進む。そしてそうである以上、例え一枚でも彼が原作で所持していないカードを使うなどということがあり得ない。

 最もそれは、ただ一つの例外を除いてだが。

 

「仕方ない。少し動くとしよう」

「……ふふ」

「どうかしたの?」

「今の昇、何か悪いこと考えてそうだなって」

 

 口元を隠して笑う輪廻にそりゃないよと言いながらも、昇の口元は弧を描いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……俺をこんな所に呼び出して、何か用かよ?」

 

 放課後。ハートランド学園の一角の外れに遊馬を呼び出した張本人は、彼の問いに笑みを湛えたまま答えた。

 

「かねてから君に言われていたことに、応じてあげようと思ってね」

「昇、それってどういうことだよ!」

「簡単だよ。君は僕と会うたびに言っていただろう? 俺と決闘しようって。今日はそれに応じてあげようと思っただけさ」

 

 昇の言葉を聞いた瞬間、遊馬の顔色が変化する。

 

「……悪い。今日は、ちょっと……」

「――――選べ。道を譲るかくたばるか」

 

 視線を落とした少年に、少女の言葉が突き刺さる。

 

「輪廻……?」

「……貴方の夢の前に立ち塞がっている障害はこんな物じゃない。たかだか一度負けたくらいで諦めるようなら、その夢は所詮その程度だったってこと、違う?」

「そうじゃねえ! けど、俺は……」

「……だったら証明してみせて。貴方の全力をもって、昇と戦うことで」

 

 全部言葉取られちゃったな、と呟く昇の前で、何かしらの覚悟を決めた遊馬が一つ頷く。

 

「ああ、分かった。証明してやるよ、俺のデュエルチャンピオンへの思いがこんなもんじゃねえってことを」

「その言葉、嘘じゃないと信じるよ」

 

 輪廻が小鳥の横に辿り着いたのを合図として、二人の決闘者は己が決闘盤を構えた。

 

「「決闘!」」

 

「先攻は譲ろう。君のターンだ」

「いくぜ、俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードを確認し、何やら考え込む遊馬。数秒の思考の末、彼はカードを裏側のまま決闘盤にセットした。

 

「俺は、モンスターをセット。カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 普段の遊馬らしくない、弱気な態度。完全に守りに入っているのがその証拠だ。

 そして勿論、昇は手を抜く気は全くない。

 

「僕のターン、ドロー」

 

 引いたカードを確認し、一つ頷く。さて、これを見てどういう反応を示すか。

 

「僕は魔法カードオノマト連携を発動。手札のガガガマジシャンを墓地に送り、デッキからガガガシスター、そしてゴゴゴジャイアントを手札に加える」

 

 昇の一手は、彼の予想以上の効果を示した。

 

「あれって、遊馬と同じ!?」

「インフェルニティじゃねえのか……!?」

 

 突然の事態に目を丸くする遊馬を無視し、昇は次の一手を打つ。

 

「僕はガガガシスターを召喚。効果発動、デッキからガガガと名の付く魔法、罠カード一枚を手札に加える。ガガガリベンジを手札に加え、そのまま発動。墓地のガガガマジシャンを特殊召喚。ガガガマジシャンの効果、このモンスターのレベルを6に変更。さらにガガガシスターの効果、このモンスターのレベルを場のガガガと名の付いたモンスターとのレベルの合計に合わせる。これでガガガマジシャンとガガガシスターのレベルは共に8だ」

 

 レベル8、と聞いただけで怯えた表情をする遊馬。余程あの一戦がトラウマになっているのだろうが、生憎昇に手を抜く気は皆無だ。

 

「僕はガガガマジシャンとガガガシスターでオーバーレイ。二体のモンスターでオーバーレイ・ユニットを構築。エクシーズ召喚」

 

 現れるのは竜を象った鎧を着こんだ騎士。あらゆる効果から身を守る、ランク8エクシーズの代表格。

 

「現れろ、神竜騎士フェルグラント」

 

 最初に目を引くのは白銀の鎧、次に目を奪われるのは精悍な表情か。剣を構えた騎士は、切先を己が主の敵へと向ける。

 

「バトル、フェルグラントで伏せモンスターに攻撃」

 

 一挙動のまま飛びかかったフェルグラントは、空中で敵目がけて剣を振り下ろす。

 

「……カイのJHS……」

「……六道さん?」

「……何でもない」

 

 伏せモンスターが表側表示になり、その正体が明かされる。

 

「ゴゴゴゴーレムの効果、このモンスターは一度のバトルでは破壊されない!」

 

 剣を全身で受け止め、青色の身体をひび割れさせながらもゴーレムは攻撃を耐える。その展開に一つ頷いてから昇は己がターンを終わらせにかかった。

 

「僕はカードを二枚伏せてターンエンド。さあ、君のターンだ」

 

 ゴゴゴゴーレムを破壊出来なかったわけではない。ここで破壊しておくことが良いのも承知している。しかし昇はあえて遊馬の僕を場に残した。

 

「俺のターン、ドロー!」 

 

 少年の思惑を知ることなく、遊馬は己がターンを始める。

 

「俺はモンスターをセット! これでターンエンドだ」

「……それが、君の全力かい?」

 

 徹底的に防戦の構えを見せる遊馬に、昇の言葉がかけられた。

 

「あ、当たり前だろ! 昇は強い、だからこうして次のことを考えるのが俺なりのデュエルスフィンクスってやつだ」

「何故僕が君の場にゴゴゴゴーレムを残したのか分かるかい?」

「な、なんでって……単に破壊出来なかったんじゃ」

「フェルグラントの効果はオーバーレイ・ユニットを一つ使い、場のモンスターの効果を無効にした上でそのターン全ての効果を受けなくする。こうすればゴゴゴゴーレムは戦闘破壊出来た。でも僕があえてそれをやらなかった理由、それを聞いているんだよ」

「そ、それは……オーバーレイ・ユニットを温存したんじゃなかったのか?」

「違うね。その答えをこう返そう――何故、エクシーズ召喚しない?」

 

 言葉に形を変えた刃が、遊馬の心臓に突き刺さる。

 

「な、なんでって……」

「希望皇ホープ、ランク4のモンスター・エクシーズ」

 

 今度こそ、その場にいた昇と輪廻以外の全員の顔色が変わった。

 

「な、なんでホープのことを……」

「それを君に教える義務はないよ。僕のターン、ドロー」

 

 未だ動揺が抜けきらない遊馬を置いてきぼりにした上で、昇は己がターンを始めた。

 

「魔法カードおろかな埋葬。デッキからゴゴゴゴーレムを墓地に送る。ゴゴゴジャイアントを召喚、効果でゴゴゴゴーレムを墓地より特殊召喚。ゴゴゴゴーレムとゴゴゴジャイアントでオーバーレイ。二体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築。鳥銃士カステルをエクシーズ召喚。効果発動、オーバーレイ・ユニットを二つ使い、場の表側表示のカード一枚をデッキに戻す。僕はゴゴゴゴーレムをデッキに戻す」

 

 オーバーレイ・ユニットを二つ装填した猟銃の撃鉄が落ち、放たれた弾丸が遊馬のモンスターをデッキに封じ込める。

 

「バトル、カステルで伏せモンスターに攻撃」

 

 伏せモンスターはゴゴゴゴースト。守備力0でしかないこのモンスターでは当然カステルの攻撃に耐えきることなど出来ず、焦りからか遊馬は伏せカードを使う。

 

「くっ……罠発動、ハーフ・アンブレイク! このターンゴゴゴゴーストは戦闘では破壊されず、ゴゴゴゴーストとの戦闘で発生するダメージは半分になる!」

「フェルグラントの効果、オーバーレイ・ユニットを一つ使い、ゴゴゴゴーレムの効果を無効にし、このターン他の効果を受けなくする。勿論、君の発動したハーフ・アンブレイクもね」

「しまっ……」

 

 効果を失ったゴゴゴゴーストではカステルの攻撃に耐えられるはずもなく、弾丸に撃ち抜かれた泥人形は元の姿である鎧へとその姿を変える。

 そしてもう、遊馬を守るカードは場には存在しない。

 

「いけ、フェルグラント。遊馬にダイレクトアタック」

「う……うわあああああ!」

 

遊馬

LP4000→1200

 

「僕はこれでターンエンド」

 

 この決闘は未だナンバーズの出ていない通常の物だ。そしていくら精巧な物とはいえARビジョンである以上実際のダメージは発生しない。

 しかし、遊馬はターンを譲られてなお立ち上がれずにいた。

 

「どうした? 君のかっとビングはそんな物だったのか?」

「……う」

「選べ、道を譲るかくたばるか。二番煎じになるけど僕も同じ問いかけをしよう。ここで僕相手に全力を出せないのであれば――――君は、夢を捨てた方がいい」

「ちょっと! 貴方に遊馬の何が分かるってのよ!」

「そうだ! いくら昇さんでも言っていいことと悪いことがあるんじゃないですか!?」

「……黙って」

「り、輪廻さん?」

 

 普段殆ど喋らない輪廻が声を出したことに驚いたのか、昇以外のその場の全員が輪廻を見る。

 

「……これは昇なりの優しさ。叶わない夢を見るくらいなら、さっさと諦めてしまった方が楽。違う?」

「でも、俺は!」

「だから私は貴方に全力を出せと言った。その覚悟を私達に見せて、証明して見せろと。もしそんな簡単なことも出来ないのであれば、貴方の大切な物を、その未練もろとも私が『狩る』」

 

 輪廻が本気だというのは、彼女の雰囲気が豹変したことが何よりの証明だ。

 

「か、狩るって……」

「遊馬からの話で聞いた、ナンバーズ・ハンターと同じ台詞じゃないか……」

「輪廻がそれをやる必要はないよ。遊馬が本気を出せないのであれば、この場で僕がその希望を摘み取る。さあ遊馬、選べ。このままターンを続けるか、それともサレンダーするか。夢を追い続けるのか、それとも諦めるのか」

「……俺は」

「十秒待とう。その間に君が、君自身の意思で決めるんだ」

 

 与えられた時間は無いに等しい物であり、一見無茶振りとしか思えない物だ。

 

「そんなの無茶だろ」

「酷すぎるわ……」

「……黙って見てて」

 

 ギャラリーの反応など意に介すことなく、昇は対戦相手にのみ意識を向ける。

 与えられた時間に見合わない極限の選択。それを目の前にまで迫られて。

 

「俺は絶対に諦めねえ。デュエルチャンピオンになるって夢も、ナンバーズを揃えるって目標もだ」

 

 それでもなお遊馬は立ち上がり、決闘盤を構えた。

 そしてそれを合図としたかのように、水色の精霊が姿を現した。

 

『その言葉、待っていたぞ』

「ア、アストラル!? お前どこ言ってたんだよ!」

『君がいつまでも腑抜けているから、立ち直るまで大人しくさせておこうと思ったのだ。最も、こんな形で立ち直るのは私にとっても些か予想外だった』

 

 アストラルは訝しげな眼を向け、昇に対して詰問する。

 

『……君は、何者だ?』

「相剋昇、ただの民間人だよ。そんなことより早くドローしてくれないかな? ターン終了の宣言はしたはずなんだけど」

「おおっと、忘れてたぜ! さあ、行くぜアストラル!」

『……まあいい。この勝負、勝つぞ遊馬!』

「おう! かっとビングだ、俺! 俺のターン、ドロー!」

 

 デッキからカードをドローし、頷き合う少年と精霊。ギャラリーがかたずを飲んで見守る中、彼は手札の魔法カードを発動した。

 

「俺は魔法カードガガガ学園の緊急連絡網を発動! このカードは俺の場にモンスターが存在しない場合のみ発動出来るカードだ! そしてその効果でデッキからガガガと名のついたモンスター一体を特殊召喚する! 俺が呼び出すのは――来い、ガガガガール! さらに俺はガガガマジシャンを召喚! ガガガガールの効果発動! このモンスターのレベルを4にする!」

 

 デッキから呼び出された少女と手札より現れた青年。二人のレベルは4、この状況で遊馬が呼び出すモンスターは、一体をおいて他にない。

 

「俺はレベル4のガガガマジシャンとガガガガールでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築!エクシーズ召喚! 現れろ、No.39! 希望皇ホープ!」

 

 遊馬の希望にしてアストラルの希望。二人の最も信頼するモンスターであり、今この場においては、彼の覚悟の証明でもあるモンスター。

 

「どうやら、覚悟を決めたみたいだね」

「……これで、一安心」 

 

 二人は少し安心したように表情を和らげるが、あまりに微かな変化だったためか遊馬が気づいたそぶりはない。

 最も間近で見ていた小鳥は、輪廻の表情の変化に気づいていたが。

 

「ガガガガールの効果発動! このモンスターを素材としてエクシーズ召喚に成功した時、相手モンスター一体の攻撃力を0にする! ゼロゼロコール!」

「フェルグラントの効果、オーバーレイ・ユニットを一つ取り除き、このターンホープの効果を無効にする。ガガガガールの効果はあくまでも特殊召喚されたモンスターに付与される効果だ。これで僕のモンスターの攻撃力はゼロにはならない」

『だがこれでフェルグラントを守る物はなくなった――遊馬!』

「おう! 俺はホープでカステルに攻撃! ホープ剣スラッシュ!」

 

LP4000→3500

 

 

「……ねえ、六道さん」

「……何?」

「……もしかして、最初から遊馬を立ち直らせるのが目的だったの?」

 

 二人の決闘から目を離すことなく、小鳥は輪廻に問い掛ける。

 

「……貴女は、どう思う?」

「え、わ、私!? 私はそうだったらいいなーなんて思うけど……でも、多分違う気がする」

「……ふふ」

 

 小鳥の答えに輪廻は苦笑するのに気づくことなく、遊馬はさらなる追撃の手を打った。

 

「魔法カードホープ・バスターを発動! 相手フィールドの一番攻撃力の低いモンスター一体を破壊し、その攻撃力分のダメージを与える! いけ、ホープ!」

 

LP3500→800

 

「……半分正解で、半分外れ」

「……え?」

「……貴女の答え。的は外れてないけど、少し違うっていった所かな」

 

 自然な笑顔を浮かべて輪廻は小鳥の答えをそう評する中、遊馬とアストラルは互いに視線を合わせる。

 

「俺はこれでターンエンド! どうだ昇、俺の覚悟は!」

「いい覚悟だ。これなら君はもう大丈夫だろう。なら次は、僕の覚悟を見せる番だね。僕のターン、ドロー」

 

 昇がカードをドローする中、輪廻は小鳥に言葉を返す。

 

「私達としては彼が立ち直ろうが立ち直れまいがどっちでもよかった。ただ、不確定要素だけは排除しておきたかったっていうのが本当の理由」

「……それってつまり、遊馬のことはどうでもよかったってこと!?」

「……そうは言ってない。ただ」

「ただ、何よ?」

 

 小鳥の詰問に慎重に言葉を選ぶ中、昇はこの決闘を終わらせるべく動き出す。

 

「罠カード、リビングデッドの呼び声を発動。墓地のガガガマジシャンを特殊召喚。さらに僕はゴゴゴゴーレムを召喚。僕はレベル4のガガガマジシャンとゴゴゴゴーレムでオーバーレイ。二体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築。エクシーズ召喚」

 

 漆黒の闇が姿を変え、一体の竜の姿を形作る。

 顎から伸びた一本の刃はあたかも巨大な牙のよう。ある意味奇妙な言い回しだが決して誤りではない。何故ならそれは、主が愚鈍なる力に抗う為に使う、いわば反逆の牙なのだから。

 

「現れろ、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン」

 

 攻撃力2500、守備力2000。所謂主人公属性と言われるモンスター。ホープと全く同じステータスのモンスターが現れたことに遊馬が驚く中、外野では輪廻が小鳥に何やら囁いていた。

 

「ダーク・リベリオンのモンスター効果。オーバーレイ・ユニットを二つ使い、相手モンスターの攻撃力を半分にした上でその攻撃力を加える。バトル、ダーク・リベリオンで希望皇ホープに攻撃」

「ホープの効果発動! オーバーレイ・ユニットを一つ取り除き、相手の攻撃を無効にする! ムーン・バリア!」

「手札から速攻魔法禁じられた聖杯を発動。ホープの攻撃力を400ポイント上げる代わりに効果を無効にする。攻撃は続行される」

「しま……」

 

 雷を纏った咢がホープを貫く。ナンバーズはナンバーズでしか破壊出来ないという事実がある以上、本来であればこの戦闘でホープを破壊することは出来ない。

 しかしムーンバリアを無効にされた時点でナンバーズの耐性もまた無効になっている。断末魔の叫びと共にホープは破壊され――この戦闘で発生したダメージは、遊馬の残ったライフを奪い尽くすには十分すぎる物だった。

 

「う、うわああああああ!」

 

遊馬

LP1200→-900

 

「……それ以上のことは私からは話せない。どうしてもと言うのなら、力尽くで黙らせる」

「……分かったわ」

 

 会話を終わらせ自らの元に向かった輪廻の頭を軽く撫で、昇は近寄ってきた遊馬と向き合う。

 

「元気になったみたいだね」

「ああ。俺の為にわざわざありがとな!」

 

 先程までのしおらしさはどこえやら元気いっぱいに頷く遊馬に、昇もまた笑顔で言葉を返した。

 

「なあに、構わないよ。寧ろ、こちらからお礼を言いたいくらいだ」

 

 

 

 

 

 

「おい。そこの二人、止まれ」

 

 遊馬達と別れて五分後。自宅へと向かっていた二人に、そんな言葉がかけられる。

 昇と輪廻は計画通りとばかりに頷き合い、声の主の方へと振り向いた。

 

「どうやら、上手く釣れたみたいだ」

「……そうみたい」

「釣れた? どういう意味だ!」

 

 二人の会話に引っかかる所があったのか声を荒げる少年とは対照的に、一切表情を崩すことなく昇は答えを返す。

 

「あの一戦は、君をおびき寄せるためのエサさ」

「……何だと?」

「君だろう? 遊馬にオノマト連携を渡したのは。困るんだよ、僕達のあずかり知らぬ所でうろちょろ動かれるとね」

「……原作のことを知ってやがる。ってことはお前ら」

「悪いけど、それ以上について話す気はないよ」

 

 昇から放たれた極めて濃い殺意を感じ取り、少年の足が一歩後ずさる。

 

「悪いけど、君を逃がすつもりはない。さあ、構えるんだ」

「くっ……逃がすつもりはねえってことかよ!」

「……そういうこと。安心して、私は手出ししない。やるのは昇と貴方の二人だけ」

 

 少年にかけられたのは優しげな、しかし冷徹な宣告。逃げられないと悟った少年はデッキを決闘盤にセットし、Dゲイザーを装着する。

 それを見た昇もまた全く同じ行動を取り、敵である少年を見据えた。

 

『ARビジョン、リンク完了』

 

 感情のない機械音声。

 合図となるそれが鳴り響いた瞬間、二人の転生者は己が剣を引いた。

 

 



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第六話

「先攻は譲るよ。君のターンだ」

「何だと……まあいい。俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引いた少年は獰猛に笑う。恐らく、余程手札が良いのだろう。

 

「俺は魔法カード光の援軍を発動! デッキトップからカードを三枚墓地に送り、デッキからレベル4以下のライトロードと名の付いたモンスター一枚を手札に加える! 俺はデッキからスポーア、レベル・スティーラー、ローンファイア・ブロッサムの三枚を墓地に送り、デッキからライトロード・ハンター・ライコウを手札に加える!」

 

 墓地へと落ちたカードを見た昇は一人息を吐く。

 スポーアはレベル4のモンスターであると同時に決闘中一度だけ墓地の植物族モンスターを除外しそのレベルを上乗せして墓地から自己再生できるモンスター。これだけなら何もおかしくはないが、このモンスターには一つ特筆すべき点がある。

 

「チューナー……シンクロ召喚、か」

 

 このモンスターは、自己再生可能なチューナーであるということ。

 そして相手の墓地に落ちたカードは、最高とさえ呼べる部類の物だ。

 

「俺はジャンク・シンクロンを召喚! その効果で墓地のスポーアを特殊召喚! さらに手札のドッペル・ウォリアーの効果発動! このモンスターはモンスターが墓地から特殊召喚された時、手札から特殊召喚出来る! 俺は、レベル2のドッペル・ウォリアーにレベル3のジャンク・シンクロンをチューニング! リミッター解放、レベル5!レギュレーターオープン! スラスターウォームアップ、OK! アップリンク、オールクリアー! GO、シンクロ召喚! カモン、TG(テックジーナス) ハイパー・ライブラリアン!」

 

 光の中より現れたのは、白き服装に身を包んだ一体の司書。

 TG ハイパー・ライブラリアン。カタストルなどのレベル5のシンクロモンスターの中でも一際目を引くモンスター。攻撃力も2400とそれなりではあるが、やはり目を引くのはその効果だろう。

 シンクロ召喚に成功した時、デッキからカードを一枚ドローする、それがライブラリアンの効果。手札一枚が非常に重要視されるこのゲームにおいてこの効果は殆ど許され得ない代物だ。そしてシンクロ召喚に特化したデッキであればあるほど、このモンスターは真価を発揮する。

 

「ドッペル・ウォリアーの効果、このモンスターがシンクロ素材となった時、ドッペル・トークン二体を特殊召喚する! さらに俺はレベル1のドッペル・トークンにレベル1のスポーアをチューニング! 集いし願いが新たな速度の地平へ誘なう! 光さす道となれ! シンクロ召喚! 希望の力、シンクロチューナーフォーミュラ・シンクロン!」

 

 場に現れたのは、F1マシーンのような姿をしたモンスター。

 シンクロモンスターでありながらチューナーでもあるという奇妙なモンスターの一体。彼の効果はシンクロ召喚に成功した時デッキからカードを一枚ドローするという、ただそれだけの物。しかしシンクロ召喚に成功したことで、ライブラリアンの効果もまた発動する。

 

「フォーミュラ・シンクロンとライブラリアンの効果により、デッキからカードを二枚ドローする! さらに墓地のスポーアの効果、墓地に存在するローンファイア・ブロッサムを除外し、このモンスターを特殊召喚! この効果で特殊召喚されたスポーアの効果は4となる! 俺は場のレベル1のドッペル・トークンにレベル4のスポーアをチューニング! 闇より生まれし機械よ、魔鎌を振るう時、今ここに来たれり! シンクロ召喚、全てを刈り取れ、A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス)カタストル!」

 

 これで彼の場にはレベル5のシンクロモンスターが二体、レベル一のシンクロチューナーが一体。

 

「来るか」

「シンクロ召喚に成功したのでカードを一枚ドロー! 俺は手札のボルト・ヘッジホッグを墓地に送り、クイック・シンクロンを特殊召喚! さらに墓地のレベル・スティーラーの効果、クイック・シンクロンのレベルを1下げてこのモンスターを特殊召喚! 俺はレベル1のレベル・スティーラーにレベル4となったクイック・シンクロンをチューニング! 集いし思いが、新たな星を産み落とす! 光指す道となれ! シンクロ召喚、新たな力、ジェット・ウォリアー!」

 

 光の中より現れたのは、黒き身体を持つ新たなるシンクロの可能性。

 ジェット・ウォリアー。攻撃力は2100と抑え目だが、二つの有能な効果を持つシンクロモンスター。まず一つの効果が、シンクロ召喚に成功した時発動出来る対象を取る相手の場のカード一枚のバウンス。

 そしてもう一つの効果を知っている以上、昇の表情は曇っていた。

 

「……これは、まさか」

 

 ジェット・ウォリアーの第二の効果は、場のレベル2以下のモンスターをリリースすることで、墓地から特殊召喚出来る効果だ。この効果で場から離れた時に除外こそされるが、レベル5のシンクロモンスターが自己再生するというのは決闘者にとっては寒気を覚える類の物である。

 この状況で、もし相手の手札にあのカードがあるならば。表情をなんとか崩さないように注意を払う昇を知ってか知らずか、少年は獰猛に笑って見せる。

 

「シンクロ召喚に成功したのでカードを一枚ドロー! さあ行くぜ! 俺はレベル5のA・O・Jカタストル、さらにレベル5のジェット・ウォリアーに、レベル2のフォーミュラ・シンクロンをチューニング! 集いし星が1つになるとき、新たな絆が未来を照らす! 光さす道となれ! リミットオーバー・アクセルシンクロ! 進化の光、シューティング・クェーサー・ドラゴン!」

 

 少年の身体こそ黄金に光輝きはしなかったが、場に現れたのは純白の輝きを持つ、最強のシンクロモンスター。

 シューティング・クエーサー・ドラゴン。攻撃力、守備力共に4000、シンクロ召喚に使用したチューナー以外のモンスターの素材の分だけ攻撃出来る効果、一ターンに一度魔法、罠、モンスター効果を無効に出来る効果を持ち、場から離れた時にはシューティング・スター・ドラゴンをエクストラデッキより呼び出す効果を持つ。登場から幾年を経てなお多くの決闘者に敬意を持たれ続けるカードの一枚であることは疑いようがなく、それほどまでにこのモンスターは愛されている。

 

「シンクロ召喚に成功したのでカードを一枚ドロー! さらに魔法カード死者蘇生を発動!」

 

 そして、一時期は出たらゲームエンドとまで呼ばれたモンスターが二体も並んだらどうなるか。

 

「墓地のフォーミュラ・シンクロンを特殊召喚! 墓地のボルト・ヘッジホッグの効果、チューナーが場に存在する時、このモンスターを墓地から特殊召喚出来る! 甦れ、ボルト・ヘッジホッグ! 墓地のジェット・ウォリアーの効果、場のボルト・ヘッジホッグをリリースすることで、このモンスターを特殊召喚! 自己再生したボルト・ヘッジホッグは場から離れた時ゲームから除外される。俺はレベル5のジェット・ウォリアー、レベル5のTG ハイパー・ライブラリアンに、レベル2のフォーミュラ・シンクロンをチューニング! リミットオーバー・アクセルシンクロ! 我が場に並び立て、シューティング・クエーサー・ドラゴン! 俺はこれでターンエンドだ」

 

 場に並んだ二体のクエーサー。普通のデッキならばこれで殆ど詰みのようなものだ。

 一体でも対処に困るクエーサーが二体。あらゆる魔法、罠、モンスター効果が二回まで無効にされる。コンボデッキであれば始動を、キーカードが決まっているデッキであればそのキーカードを無効にされる。最悪とさえ称しても一切問題ない状況だ。

 最も今回昇が選んだデッキは、その最悪さえ対処し得るものであったが。

 

「僕のターン、ドロー。僕はカードガンナーを召喚。カードガンナーの効果、デッキトップからカードを三枚墓地に送り、攻撃力を1500ポイントアップする」

「クエーサーの効果。無効にして破壊だ」

「墓地に送る効果はコスト、よってカードを三枚墓地に送る」

 

 墓地に送られたカードは三枚。それを確認してから昇はこの状況を打破すべく動き出す。

 

「カードガンナーの効果、破壊されたのでデッキからカードを一枚ドロー。魔法カード手札抹殺を発動。互いに手札を全て捨て、その枚数分カードをドローする」

「クエーサーの効果、それも無効だ」

「構わないよ。これでクエーサーの効果は使い終わった、これからが本番だ」

 

 普段と全く変わらない、笑みを浮かべ、昇は手札の魔法を使う。

 その様は輪廻の目には、哀れな子羊を前にした悪魔のようにしか見えなかった。

 

「魔法カード名推理を発動。相手プレイヤーはレベルを宣言し、通常召喚可能なモンスターが出るまでデッキを捲り、レベルが合っていれば墓地に、異なっていれば特殊召喚できる。さあ、レベルを宣言するんだ」

「レベル……8だ」

 

 昇の手によりカードが捲られていく。インフェルノイド・ベルゼブル、インフェルノイド・アシュメダイ、インフェルノイド・アドレメレク、奇跡の発掘、インフェルノイド・ネヘモス、インフェルノイド・ルキフグス、インフェルノイド・アドラメレク、煉獄の死徒、モンスターゲート、インフェルノイド・ヴァエル、インフェルノイド・シャイターン、インフェルノイド・アスタロス、カードガンナー。

 僅か一枚の魔法カードで合計11枚のカードが墓地に送られたことに驚愕する少年であったが、まだ終わらない。

 

「カードガンナーの効果、デッキトップからカードを三枚墓地に送り、攻撃力を1500ポイントアップ。手札の焔征竜―ブラスターの効果、このカードと手札のインフェルノイド・ネヘモスを墓地に送り、シューティング・クエーサー・ドラゴンを破壊する」

「シューティング・クエーサー・ドラゴンの効果、このモンスターが場から離れた時、エクストラデッキからシューティング・スター・ドラゴンを特殊召喚する!」

 

 少年の場に現れる、星々の輝きを纏う竜。

 しかしここまでくれば、最早無意味な抵抗にすぎない。

 

「墓地のインフェルノイド・ネヘモスの効果。墓地のインフェルノイド・ベルゼブル、アスタロス、シャイターンを除外し、墓地より特殊召喚。ネヘモスの効果、このモンスターが特殊召喚に成功した時、このモンスター以外の場のモンスター全てを破壊する」

「シューティング・スター・ドラゴンの効果、破壊効果を無効にして、そのモンスターを破壊する!」

「無駄だよ、手札から速攻魔法煉獄の死徒発動。このターン、僕の場のインフェルノイドはカード効果を受けない」

「何だと!?」

 

 墓地より現れた悪魔が力を解放した瞬間、場の全てのモンスターが消し飛ぶ。カードガンナーはおろか、シューティング・スター・ドラゴンも、シューティング・クエーサー・ドラゴンも消え、残ったのは主の敵を嘲笑する一体の悪魔のみ。

 

「ぐっ……」

「カードガンナーの効果、カードを一枚ドロー。どうやら君のデッキにはシューティング・スター・ドラゴンは一枚しか入っていないようだね。手札から死者蘇生を発動、君の墓地のライブラリアンを蘇生。バトル、ライブラリアンとネヘモスでダイレクトアタック」

 

 伏せカードはなく、苦労して出したモンスターも消えた少年の場。

 手札誘発もなかった彼に、二体のモンスターの攻撃を受けきれる道理などあるはずもなく。

 

「ぐ……ぐわあああああ!」

 

少年

LP4000→-1400

 

 ここに、二人の転生者の戦いは終わりを告げた。

 

「ぐ……」

「大丈夫かい?」

「……変な奴だな、お前」

 

 差し出された昇の手を受け取り立ち上がった少年。彼の言葉に苦笑しながらも昇は言葉を返す。

 

「僕達としては君自身に対して悪い感情を抱いているわけではないからね。人として当然のことを行ったまでだよ」

「そして良い感情も抱いてないってか。全く、下手に憎まれてるよりたちが悪い」

 

 皮肉を言う少年に傍によってきた輪廻が睨むが、彼女を征して昇は告げる。

 

「僕達の理は覚えているよね?」

「ああ、分かってる。で、俺はどうすりゃいい?」

「まず一つ、君が原作に行った介入行動についての説明。次にこれ以上の原作に対する介入の禁止。それだけかな」

「……読めねえな。俺にはお前達が何を考えているのかさっぱりだ」

 

 昇を睨みつけ、少年は言葉を続ける。

 

「わざわざ俺と半ば強制的に決闘させておいて要求は原作に関連することのみ。そこまでして原作の流れを守りたい理由でもあるのか?」

「一番の問題は僕達の予定が狂うことでね。彼らには僕の敷いたレールの上で走って貰わないと困る」

「……目的は何だ」

「……元の世界に帰ること」

 

 輪廻が自分達の最終目的を言った瞬間、少年は堪え切れないとばかりに笑った。

 

「お前ら、本気でそんなこと言ってんのかよ? そうだとしたらお前ら、頭が沸いてるか気が狂ってるかのどっちかだぞ!?」

「生憎正気さ」

「ハハハハハハ……っと、久々にいいジョークを聞けたぜ」

「……ジョークなんかじゃない。私達は本気」

 

 少女の怒気を感じながらなお、少年は言う。

 

「お前らもこの世界に来たってことは、元の世界で碌な生き方をしてなかったんだろ?」

 

 少年から発せられた言葉が引金となり、そこまで平静を保ち続けていた二人の表情が明らかに崩れる。

 

「わざわざあんな世界に戻るより、この世界で楽しんだ方がいいじゃないか。生きる糧は簡単に手に入る、望めば富や名声でさえもな。ここが天国じゃなくて何が天国って言うんだ」

「……黙れ」

「あんな所に戻るのなんて俺はごめんだと思うけどな。お前らだって実は内心、同じことを――」

「黙れ!」

 

 基本的に感情を表に出さない輪廻が、感情を露わにして吠える。

 

「……私達は本気。今すぐその口を閉じろ。別に私達は貴方の命なんてどうとも思ってない。今すぐ死ねって命じたって私達は何一つ困らないのだけど?」

「はいはい、敗者に口なし、大人しく黙りますよ。しかしようやく、俺はお前達が見えたような気がするぜ」

 

 殺気を迷うことなく叩きつける少女に苦笑を漏らしつつ、少年は昇に一枚の名刺を差し出した。

 

「これが俺への連絡先だ、何か用があるなら呼んでくれ。一応便利屋稼業をやってるから、お前たちの期待にそう活躍は出来るはずだぜ」

「……要らない。私には貴方は不要」

「おうおう、連れないねえ。それじゃあ俺はこれで。縁があるのなら、また会おう」 

 

 挨拶のつもりなのか軽く手を掲げた瞬間、少年の姿は消えていた。

 残されたのは昇に渡された一枚の名刺。そこには連絡先と共に、彼の名前が書かれていた。

 

「渡、幸也か」

「……厄介な奴。全く持って気に食わない」

「確かにね。でもまあ、使えそうな人材だとは思うよ」

「……どうだか。私はとてもそうには見えないけれど」

 

 今後の予定について語りながら、二人は自宅へと歩き出す。

 今日一日で怒った変化の多さに、時たま溜息をこぼしながら。

 



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第七話

今回は決闘描写が一切ありません。
決闘だけが読みたい方は飛ばすことをお勧めします。


「っと、ここか」

 

 翌日の朝。ちょうど学校が休みでるということも手伝って、昇はハートランドシティの中心付近へと赴いていた。

 

「しかし全く、輪廻には困ったな」

 

 前日の決闘での要求の件を電話した際、話したいこともあるからウチまで来いと言われここに至る。輪廻はあんな奴と会いたくないと言って外出してしまい、今ここにいるのは昇一人。

 元々一人で会う予定だった故、問題は何もないのだが。

 

「さて、とりあえずインターフォンを……あれ、開いてる?」

 

 門に鍵がかかってないことを確認した昇は、一応インターフォンを押して何も反応が返ってこないことを確認してから中へと入る。家の方にも鍵はなし。不用心なのか剛毅なのか分かったものじゃないが、少なくとも歓迎されてないという最悪の状況だけは避けているのだろう。

 最も、この家全てが自分を始末する為に用意した罠である可能性も否定しきれないが。

 

「……さて、鬼が出るか蛇が出るか」

 

 明かりがついている方へと進み、数十秒かけて人の気配のある扉の前へと辿り着く。

 気合一発。一つ気持ちを落ち着けるべく息を吐いた昇は一息で扉を開け、

 

「開幕のダムドファング渡がずうずうしいー!」

「ドラゴンインストール!? 何やってんだこいつー!」

 

 コントローラーを手に、ディスプレイの前でソファーに座りゲームに興じている少年少女が一組。

 

「……おや、来たようだね。わざわざここまで来てくれたんだ、一緒にギルティでもどうだい、相剋昇君?」

 

 コントローラーを差し出しながら、少女は笑う。

 予想だにしない歓迎を受けた昇は一瞬あっけに取られてから、手厚い歓迎だと独りごちた。

 

 

 

 

 

 

「……しかし、暇」

 

 最寄りのゲームセンターで適当に時間を潰しつつ、輪廻はそう呟いた。

 

「……こんなことなら、昇についてけば良かったかな」

 

 ゲームセンターから出た輪廻は、買っておいたアイスを舐めながら町並みを歩く。

 掃除用ロボットが清潔な環境を保ち、空中に浮いた自動車やバイクが当然のように走り回る世界。昔は一目見るだけで頭痛がしたものだが、そう考えてみると慣れた物だと思う。

 それでもこの嫌悪感だけは、ここにいる限り取れることはないのだろうが。

 

「……もう一度、ゲーセンに戻ろうかな……」

 

 どうせ昇が帰ってくるのは夕方近くだ、潰さなければならない時間はまだまだある。家に帰る、という選択肢もないわけではないが、折角の休みに家で引きこもっているというのはあまり面白いものではない。

 

「……さて。悲運天賦はもう使ったし。片翼七本槍でも使うかな? 真田は使っててあまり面白くないから没、でも華芯入り羅漢というのもなかなか」

「あ、六道さん」

「……矢雨は論外、あんなの別ゲー。大津の包囲戦もなかなか……え?」

 

 動き続けていた少女の足が止まる。

 知らないわけではない、むしろ聞き覚えがある声だ。それどころか昨日聞いたばかりの声だ。

 問題は、聞いた場所であるという点であるが。

 

「……な、なんで」

「もしかして一人? 昇さんは?」

 

 私服姿の小鳥とキャッシーを前に、輪廻は面倒なことになりそうだと一つ息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

「いやー、強いね! まさかあそこまで儀式を完璧に決めるとは驚いたよ! ああそうだ、自己紹介がまだだったね。私は暁月夜(あかつきつきよ)、渡総合事務所の副所長をやってる。(あたし)のことは好きに呼んでくれ」

「じゃあ、月夜と。僕は」

「大丈夫大丈夫、分かってるよ。私らがウチに呼ぶ人間の情報を調査していないはずがないだろう?」

 

 不敵に笑い、一呼吸の後月夜は再び口を開く。

 

「相剋昇。年は十四歳、最もこれは此方の世界の年齢だからどこまで信じられるかは分からんがね。五年前から突如プロリーグに登場し、ありとあらゆる大会でインフェルニティを使って勝ち続け、タイトルの山を築き上げる。が、二年前に突然謎の引退。今現在は世界中の富豪が集う会員制クラブに呼ばれた時だけ、豪華客船などで決闘を見せている。プレイスタイルとして常に先攻を相手に譲るという特徴がある、ここまでが表の情報だ」

「……裏の情報は?」

「これ以上はたとえあんたと言えどもタダでは教えらんないね。金を払うか、もしくは決闘盤を用いての決闘で私に勝つかしないと。私も幸也も命は惜しい。口が軽い奴から死ぬってのは、どこの世界でも一緒さ」

 

 にこやかに、しかし強い意志をもって、月夜は昇の言外の要求を拒絶する。

 先程まで温暖な空気が広がっていた場所が今は地獄だ。昇からは殺気が放たれ、幸也は立ち位置を変えて月夜をいつでも庇える姿勢をとっている。一触即発。何か一つ不用意な言葉が発せられた瞬間、不発弾がその本来の仕事をすることになるだろう。

 それを、どちらかが望んでいればの話だが。

 

「分かった、これ以上は聞かないよ」

「おや、やけにあっさり引いてくれたね」

「前にも言ったけど僕は君たちに敵意を抱いてない。脅しにも屈服しないことが分かったし、今僕からは何も手出しをすることはないよ」

「……ま、その方が有難い。俺達はあくまで話をするためにお前を呼んだんだ。そういやお前、いつも一緒にいるお嬢ちゃんはどうしたんだ?」

「君に会いたくないってさ」

「マジか、そりゃあ嫌われたもんだ」

 

 諦めたように幸也は息を零し、月夜は堪え切れないとばかりに笑みを漏らす。周囲に暖かい空気が戻った頃合いを見てから、昇は新たに話を切り出した。

 

「さて、本題に入ろう。君達はどこまで原作に介入したんだい?」

「以前、遊馬がどこからか俺の噂を聞きつけてきてな。全然勝てないから俺を強くしてくれなんて言い出したから、適当にデッキを弄ってやったんだよ。俺がやったのはそれだけだ、エクシーズモンスターも渡してなければナンバーズについても教えていない」

「それをやったのはいつ頃かな?」

「二か月ほど前だな、少なくともアストラルが遊馬に憑く前のことだ。ある意味で異世界人である俺らはアストラルの姿を視認できるから、それについては信用してくれていい」

 

 幸也が差し出したコントローラーを受け取り、ディスプレイの方へと身構える。昇のキャラはポチョムキン、対して相手は月夜が操作するカイ。投げキャラ対スタンダードキャラの戦いだ。

 

「……なるほどね」

「俺からの話は以上だ。何か質問はあるか?」

「いや、ないよ。これだけあれば十二分だ」

 

 戦況は極めて一方的だ。ハンマフォールブレーキ、通称ハンブレを中心としつつ様々な技を駆使し何とか近寄ろうとする昇に対し、月夜はスタンエッジとチャージスタンの二種類の飛び道具を効果的に使いつつ間合いを自分が有利になるよう操作していく。決して逃げてるだけではなく一度触れば徹底的にガードを強要させ中下段の二択を迫ってくるというのが辛く、なかなかポチョムキンの代名詞であるポチョムキンバスターを決めることが出来ない。

 

「さて、幸也の話も終わったことだしここからは私達渡総合事務所として話をさせてもらうよ」

「何だい、藪から棒に」

 

 画面から目を離さずに反応を返した昇に、月夜はまるで世間話をするかのような軽さで言った。

 

「昇君、私達の力を借りる気はないかい?」

 

 

 

 

 

 

 

「……なんで、こんなことに」

「輪廻さん、こっちの服も着てみて! きっと似合うから!」

「キャット! 小鳥、次はこっちの服を着てもらう約束よ!」

 

 そんな約束した覚えは一度もない、などと心の中で愚痴りながら、輪廻はどうしてこうなったのかを思い返す。確か彼女達二人とばったり出くわしたのが二時間程前で、そこから予定を聞かれてゲーセンで時間を潰すと答えたらあれよあれよという間に着せ替え人形になっていた。何か素材はいいんだからなどと言われた気がするが、こうなればただのおもちゃにされている感が否めない。

 

「でも輪廻さん凄い、どんな服着ても似合う……」

「キャット! 羨ましいわ!」

「……もう、勘弁して」

 

 とりあえず一度昼食にしよう、ということで着せ替え地獄から解放された輪廻は、昼食を取るためと連れられたカフェの一席でぐったりと腰を下ろす。正直な所これなら昇と一緒にあいつの家に行っていたいた方がまだ数倍マシだったかもしれない。少なくともこうなることが事前に分かっていれば間違いなく付いていっただろう。

 

(……善意、であるのは分かっているのだけれど)

 

 それがタチの悪い部分であるのも事実だ。善意の押し付けは時として悪意を上回る厄介さを示す。何故ならそこには純粋な親切心しかない。それを勝手に裏切られただの何だのと勝手に考え勝手に逆恨みされたら目も当てられない。

 善意というのはあくまでも主観的なモノであって、それがどう受け取られるかは受け取った者にしか分からない。どんなに善行をしたつもりでも、受け取った者によっては面倒事にしか感じないことも多々ある。今回がそのいい例だ。

 

「――ねさん、輪廻さん!

「……小鳥、どうしたの?」

「輪廻さんは昇さんのこと、どう思ってるの?」

「……へ?」

 

 突然言われたことに思考が追い付かず、輪廻は目を丸くする。

 

「ねえ、どうなの!?」

「……ちょ、ちょっと、それどういう」

「キャット、決まってるでしょ! 輪廻さんが昇さんのことを好きかどうかって話よ!」

 

 今度こそ本当に、輪廻の頭が真っ白になった。

 

「「さあ、どうなの!?」」

「……ちょ、ちょっと待って。どういう流れでそういう話に」」

「「いいから早く!」」

 

 問答無用、と言わんばかりに迫る二人の圧力に、輪廻は泣きたくなる気持ちを必死で抑える。

 助けて昇、と内心助けを求めるがいつもであれば二人をとりなしてくれるであろう彼はいまこの場にいない。元々自分から別行動を提案したのであるが、今となってはあの時の自分をぶん殴ってでも一緒に行くべきだった。

 後悔先に立たず、というのは恐ろしい。ならば私が新しい未来を切り開こうとどこぞの赤い人なら言うのだろうが今の自分にそんなことが出来るとは思えない。ただ一つ言えるのはこんなもの想定の範囲外だよ。

 

「……私と昇は、ただの協力者。少なくとも貴女達が勝手に思い描いてる関係ではない」

「え? ……でもあんなに仲良いじゃない」

「私達には恋人同士にしか見えないわよ!」

「……恋人同士、ね。ふふ」

 

 二人は冗談とばかりに笑い、輪廻も口元を歪ませる。

 最もそれはいつものように呆れを含んだ物ではなく、どこか自虐的な笑みだったが。

 

「……もしそうだったら、本当に良かったのにね」

 

 特級の地雷を踏んだ、と理解した二人だが既に手遅れ。

 

「こ、この話はやめましょ!」

「こ、小鳥の言う通りね! 何か別の」

「……もしも私と昇がごく当たり前のように出会ってたら、そんな現在もあったのかもね」

 

 悲哀を漂わせ自嘲気味に輪廻は呟く。

 その姿は年齢には見合わないほどに艶っぽく、魔性とさえ呼べるまでの色香を漂わせていた。

 

「……御免なさい。この話は終わりにしていい?」

「も、勿論! いいに決まってるじゃない!」

「キャット! 次はどこに行く?」

 

 提案に賛成するが早いか全力で話の方向転換を目論む少女二人に苦笑し、輪廻は彼女らに気づかれぬよう溜息をつく。

 ifは所詮はifでしかなく、今ここで生きている以上現実を直視せねばならないのは分かっている。

 それでもなお、夢想したことがない、と言えば嘘になるが。

 

「……昇」

 

 少年の名前を呼び、今一度小さく息を吐く輪廻。

 それを見ていた二人からは、彼氏の帰りを待つようにしか写らなかった。

 

 

 

 

 

 

「……ふう。今日は疲れた」

「全くだ、まさかあそこまで厄介な奴だったとはな。化物(ケモノ)であるだろうとは予想してたが、あれはその中でも角が違う。あんな怪物が近くに住んでるとは、世界は狭いもんだ」

 

 昇が帰ったのを見送ってから本日休業の看板を門に掲げた後、事務所の中で幸也と月夜は疲れ切った表情で淹れたばかりのコーヒーを啜っていた。

 

「ともあれ、平穏無事に終わってよかった。仕事の契約も取り付けれたし、結果だけ見れば万々歳だ」

 

 万々歳、と言いながらも口にした月夜の顔は暗い。

 

「……なあ幸也、お前はあいつをどう見る?」

「それは俺にも分からん。あいつは本物の怪物だ、俺達は奴の本性の片鱗すら見せてもらうことは出来なかった。でも、一つだけ分かったことがある」

「ああ、私もその一つは分かったよ」

 

 目を見合わせ二人は笑う。同じことを考えているのが分かったし、これ以上この話を続けるのはやめよう。

 

「しかし結局、一回も勝てなかったな。もう少し立ち回りを考える必要がありそうだ」

「全くだ。あそこまでポチョを扱われるって、どれだけの修練を積んだんだよ」

「……裏を返せばそれは、ポチョで勝つためにそれだけの時間を犠牲にしたってことなんだろうね」

 

 コーヒーを飲み終わった少年もまた、重々しく頷く。

 

「さて、この話は終わり! 幸也、一緒にギルティしよう!」

「あれだけあいつに負けてまだ懲りないのか……まあいいや。俺も負けまくって苛立ってた所だ、付き合ってやるよ」

 

 空になったコーヒーをテーブルの上に置き、ソファーの上へと移動する二人。

 

「お、おい膝の上に乗るなって!」

「誰も見てないんだしいいだろ? ここが私の特等席だからいいじゃないか」

「画面が見えないんだよ! 後で幾らでも乗せてやるからどいてくれ!」

 

 ゲームに興じつつ、そんなことをしながら笑う幸也と月夜。

 二人の休日は、こうしてゆっくりと過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

「お帰り輪廻」

「……ただいま。今日はなんか疲れた」

「分かった。なら輪廻は家で休んでてくれてもいいよ」

「……? 何かあったの?」

「トロン一家からの連絡がついさっきあってね。急な話ですまないけど僕達に会えないかってことらしい」

「……分かった。私も付き合う」

「でも輪廻、さっき疲れてるって」

「……昇は、私と一緒が嫌なの?」

「そう言われたら何も言えないな……輪廻、一緒に来てくれる?」

「勿論」

 

 二人の休日は、まだ終わらない。

 



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第八話

「二人とも、こんな時間に呼び出してすまないね。出来る限りのもてなしはするから、ゆっくりしていって貰えると嬉しいよ」

 

 午後九時。遊馬とカイトが共にⅣ、Ⅲと戦った場所へと呼び出された昇と輪廻に対し、呼び出した張本人である仮面を被った少年は臆面することなくそう言った。

 

「社交辞令でもそう言う時は家中の意思を一つに纏めておくべきだと思うよ。少なくとも一人、あからさまに不機嫌そうな人がいるからね」

「……全く。乱暴な男は嫌い」

 

 敵意を隠すことなく叩きつける少年に流し目を送りつつ、昇と輪廻はあからさまに息を吐く。

 

「Ⅳ、下がっているんだ」

「悪いがきけねえよ親父。俺の中の何かが警告してるんだよ、今ここでこいつらを叩き潰しておかないとやばいってな」

「一応僕達は協力者なんだけどね……まあいいや。ここで僕が協力者としての力を示しておくのもいい。君達にとって協力者の実力を見ておくのも悪くはないだろう?」

「……どうします、父様?」

「そうだね。Ⅳ、やるのなら全力でやってくれ。くれぐれも高貴な心を忘れずにね?」

「おう、俺の全力のファンサービス、たっぷりと拝ませてやるぜ!」

 

 決闘盤を構えるⅣを無視し、ここでいいのかという意味を込めてトロンに視線を向ける。問題なし。にこやかに笑みをたたえて頷いたのを確認し、昇もまたデッキを決闘盤にセットした。

 

『ARビジョン、リンク完了』

 

 最早聞きなれたものである、感情のない機械音声。

 

「「決闘!」」

 

 ここに来てから僅か数分、殆ど何も話さずに始まった決闘。

 それに何の違和感も持てないという事実に、慣れた物だなと一人思う。

 

「先攻は譲ろう、君のターンだ」

「けっ、舐めやがって……俺のターン、ドロー! 俺はギミック・パペット―ボム・エッグを召喚!」

 

 Ⅳの場に現れたのは、橙色の卵に四肢の生えたような姿をしたモンスター。

 ギミック・パペット―ボム・エッグ。攻撃力は1600と控えめだが、ギミック・パペットモンスターを手札から捨てることで発動出来る二つの効果を持つ。

 一つは相手に800ダメージを与える効果。手札一枚を昼夜の大火事に変えるといって差し支えない。相手のライフが800以下の際に引導火力として使用できるが、それはあくまでオマケ程度の物。本命は二つ目の効果だ。

 

「ギミック・パペット―ボム・エッグの効果発動! 手札のギミック・パペットと名の付いたカードを一枚墓地に送ることで、このモンスターのレベルを8にする! 俺は手札のギミック・パペット―ネクロ・ドールを墓地に送る! さらに俺は魔法カードジャンク・パペットを発動! 俺の墓地に存在する攻撃力1000ポイント以下のギミック・パペットモンスター一体を特殊召喚する! この効果で俺は墓地のネクロ・ドールを特殊召喚する!」

 

 棺から包帯を巻いた少女の人形が現れる。ボム・エッグの手札コストはただの損失ではなく、手札で腐ったギミック・パペットを能動的に墓地に送れるというメリットにもなる。ともあれこれでレベル8のモンスターが二体。さてどちらが出てくるかと思案する昇に嗜虐的な笑みを向け、Ⅳは右手を高く天に掲げた。

 

「俺はレベル8のボム・エッグとネクロ・ドールでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイ・ユニットを構築! エクシーズ召喚! 現れろNo.15! 地獄からの使者、運命の糸を操る人形! ギミック・パペット―ジャイアントキラー!」

 

 黒い心臓が二三度脈打ち、変形して本来の姿へと変わる。

 どこからか張られた糸で吊られた人形の目に生気はなく、空中に座した格好でⅣの場へと降り立つ。頭に着けられた額当てにはは自らの番号である15の紋章が描かれているこのモンスターを見た者が抱くのは、まずその見た目の醜悪さに対する嫌悪感だろう。

 No.15、ギミック・パペット-ジャイアントキラー。

 ギミック・パペットデッキの中核を担う三体のエクシーズモンスター、その一体だ。

 

「俺はカードを一枚伏せてターンエンドだ」

「なら僕のターン、ドロー」

 

 ジャイアントキラーは守備表示。いかに守備力2500とは言え、戦闘破壊耐性しか存在しないモンスターなどでくの坊に等しい。

 となれば、あの伏せカードはジャイアントキラーを守るカードか――あるいは、次への展開補助か。

 

「僕は魔法カード影依融合(シャドール・フュージョン)を発動。このカードは相手の場にエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターが存在する場合、デッキのモンスターを使って融合召喚出来る」

「デッキのカードで融合召喚だと!?」

「……有り得ない」

「僕はデッキの超電磁タートルとシャドール・リザードで融合。現れろ、エルシャドール・ネフィリム」

 

 外野がざわめく中、落ちてきた巨人が主の敵へとその能面を向ける。

 その巨大さはジャイアントキラーすら上回り、それ自体が誇る神聖さとも相まって神の子の威厳をまざまざと見せつけていた。

 

「墓地に送られたリザード、そしてネフィリムの効果発動。まずネフィリムの効果、デッキからシャドールカード一枚を墓地に送る。僕は影依の原核(シャドー・ルーツ)を墓地に送ろう。さらにシャドール・リザードの効果、デッキからシャドール・ドラゴンを墓地に送ろう」

「なんだ、大層なご登場の割にはカードを墓地に送るだけかよ」

「そう思うのなら君の目は節穴だったってことだね。墓地に送られた影依の原核(シャドー・ルーツ)の効果とシャドール・ドラゴンの効果を発動。まず影依の原核の効果、墓地のシャドール魔法、罠一枚を手札に加える。僕が手札に加えるのは影依融合だ。さらにシャドール・ドラゴンの効果、このモンスターが効果で墓地に送られた場合、フィールドの魔法、罠一枚を選択して破壊出来る。僕は君の場の伏せカードを破壊する」

「何だと!?」

 

 墓地から首だけだした竜の人形が炎を吐き、Ⅳの場の伏せカードを破壊する。ギミック・ボックス。戦闘ダメージを無効にし、その数値を攻撃力として場に特殊召喚される罠モンスター。この効果で特殊召喚される罠モンスターのレベルは8、つまり彼の手札には次の展開用のカードが存在している。

 だが今、昇の手札に追撃の為のモンスターはない。

 

「バトル、ネフィリムでジャイアントキラーに攻撃」

「ナンバーズはナンバーズでしか倒せねえ、残念だったな」

「エルシャドール・ネフィリムの効果、このモンスターが特殊召喚されたモンスターと戦闘を行う場合、ダメージ計算を行うことなく破壊する。これは戦闘ではなく効果での破壊だ、ナンバーズだろうと効果破壊には無力だよ」

「何だと!?」

 

 焦った表情で場を見るⅣの目の前で、圧倒的質量に押しつぶされ殺戮の人形は破壊される。

 

「悔しいでしょうねえ」

「ッ、てめえ!」

「僕はカードを四枚伏せてターンエンド。さあ、次は君のターンだ」

 

 血が上りきった顔で昇を睨むⅣであったが、現在の戦況と家族達に見られているのを理解したのだろう、何とか落ち着きを取り戻す。

 

「……昇も鬼ね」

「え、何か言いましたか輪廻さん?」

「……希望を与えられ、それを奪われた時人は最も美しい顔をする」

「それは、Ⅳ兄様の!」

「……昇はそれをやるつもり。それも、これ以上ないくらい屈辱的なやり方で」

「俺のターン、ドロー!」

 

 デッキトップから鬼の形相で睨むⅣを見つめる昇の視線は穏やかだ。既に詰んでいるとさえ呼べる状況を作り上げた以上、焦る必要などどこにもない。

 後は、仕掛けた爆弾をどこで爆発させるか。

 

「俺は、ギミック・パペット―ギア・チェンジャーを召喚! さらに墓地のネクロ・ドールの効果発動! このモンスターは、墓地に存在する時墓地のギミック・パペット一体を除外することで墓地から特殊召喚出来る! 俺は墓地のボム・エッグを除外する! 甦れ、ネクロ・ドール!」

 

 タイミングはすぐに訪れた。それも、願ってもない最高の場面だ。

 

「速攻魔法、アーティファクト・ムーブメントを発動。場の魔法、罠カード一枚を破壊後、僕の場に魔法、罠ゾーンにアーティファクトモンスター一枚をセット出来る」

「だが俺の場に魔法、罠カードは――」

「何を勘違いしているんだい? 僕が破壊するのは、僕の場のカードだ」

 

 怪訝な顔をするⅣを尻目に竜巻が選択されたカード一枚を包み込み、破壊して墓地へと送る。

 破壊されたカードはアーティファクト―ベガルタ。魔法、罠ゾーンにセット出来るモンスターの一枚にして、アーティファクトの展開の要だ。

 

「アーティファクト・ムーブメントの効果で僕はアーティファクト・デスサイズをセットする。さらに破壊され墓地に送られたベガルタの効果、相手ターンに破壊され墓地に送られた時このモンスターを特殊召喚し、僕の場の魔法、罠カードを二枚まで選んで破壊する。僕はさっきセットしたアーティファクト・デスサイズともう一枚を破壊。破壊されたアーティファクト・デスサイズとアーティファクト・カドケウスの効果、この二体を墓地から特殊召喚。そしてカドケウスとデスサイズの効果発動。まずカドケウスの効果、デッキからカードを一枚ドロー。続いてデスサイズの効果、このモンスターが特殊召喚されたターン、相手プレイヤーはエクストラデッキからモンスターを特殊召喚出来ない」

「何だと!?」

「分かってるんだよ、君のやりたいことは」

 

 一切表情を変えることなく、昇は冷静に言葉を続ける。

 

「ギミック・パペット―ギア・チェンジャーの効果は場のギミック・パペットとレベルを同じにする効果だ。この効果でランク8のモンスター・エクシーズを特殊召喚するつもりなのは見えている。ほら、ギア・チェンジャーの効果を使ったらどうだい? もっとも場にレベル8のモンスターが二体並ぶだけで、エクシーズ召喚は出来ないけれどね」

「テメェ……」

「希望を与えられ、それを奪われた時、人は人生で最も美しい顔をする。それを与えてやるのが君のファンサービス、だったよね? さて、それをやり返された君は今人生で最も美しい顔をしているのかな?」

「くっ……!」

「ほら、笑いなよ。いつも君がやっているように、追い詰められた時みたいに。さあ、早く――」

「俺はカードを二枚伏せてターンエンド! ギア・チェンジャーがいるとは言え俺の場にモンスターは二体。まだライフも減ってねえ以上、次のターンで俺のライフが尽きることはねえはずだ……!」

 

 この世界のライフポイントは僅か4000。4000というのはフルバーンであれば手札が五枚あれば十二分に削りきられ、モンスターのダイレクトアタックなど受ければ簡単に消し飛ぶ程度の数値でしかない。それを頼みにするなど、漂流した海上で藁にすがるようなものだ。

 しかしそれは裏を返せばそれほどまでに追い詰められているということになる。これ以上追い詰めれば下手をすれば彼が壊れていまいかねない。輪廻ももう十分だという顔をしているし、そろそろ潮時だろう。

 

「僕のターン、ドロー。僕は場のアーティファクト・モラルタとアーティファクト・デスサイズでオーバーレイ。二体のモンスターでオーバーレイ・ユニットを構築、エクシーズ召喚。現れろ、セイクリッド・プレアデス」

 

 二体の古代遺産から現れたのは、星々の輝きを纏う眩き戦士。

 セイクリッド・プレアデス。光属性のレベル5モンスター二体を素材に指定するエクシーズモンスター。召喚条件が厳しい分、その効果はそれに見合った物だ。

 

「セイクリッド・プレアデスの効果、オーバーレイ・ユニットを一つ使い、場のカード一枚を手札に戻す。僕は君の場のネクロ・ドールを手札に戻そう」

「罠発動、エンジェル・ストリングス! 墓地のジャイアントキラーを守備表示で特殊召喚し、このカードと選択したモンスターをこの効果で特殊召喚したモンスター・エクシーズのオーバーレイ・ユニットにする! 俺は場のネクロ・ドールを選択! これでプレアデスの効果は無効だ!」

「その程度ならお好きにどうぞ。カドケウスを攻撃表示に変更してバトル、ネフィリムでジャイアントキラーに攻撃」

「リバースカードオープン、聖なるバリア―ミラーフォース―!」

「カウンター罠神の宣告。ライフを半分払い、魔法、罠カードの発動を無効にして破壊する」

 

 虹色の障壁は展開することなく消滅し、ネフィリムの攻撃は止まることなくジャイアントキラーを圧潰する。

 Ⅳの場に残ったギア・チェンジャーの攻撃力は僅か100、対してカドケウスとプレアデスの攻撃力の合計は4100。

 このターンで勝敗が決する以上、ライフ半分というコストなど何の意味もなさない。

 

「バトル、プレアデスでギア・チェンジャーに攻撃、カドケウスでダイレクトアタック」

「ぐ……ぐわああああああ!」

 

LP4000→0

 

「すまなかったね、昇」

「いや、構わないさ。それより、会談の続きといこう。明日も休みとは言え、あまり夜更かしはしたくないんだ」

「分かったよ。Ⅲ、Ⅳと一緒に下がって貰えるかな? Ⅴは僕と一緒に会談に参加して欲しい」

「了解です父様!」

「仰せのままに」

 

 吹き飛んだⅣをⅢが一緒に連れていったのを確認してから、昇はⅤに案内された席に座る。隣には輪廻、机越しにはトロンとⅤ。期せずして向かい合う格好になったわけだ。

 

「お互いに益のある会談にしよう」

「そうだね。お互いに、ね」

 

 口ではそう言いつつも、そこからは話し合いに形を変えた戦いが始まる。 

 双方とも表だって嘘こそ言わないが、含みのある発言や何重にも意味が取れる言葉など様々な策をもって互いが互いを出し抜こうとする。知で知を探り合い、ぼかし合い、騙し合う。そこにルールなどという物はなく、あるのはただ知という絶対的な力のみ。

 

 狡猾な狸と狐の化かし合いは結局、日付が変わるまで続けられた。

 




「おや、もう帰ったのかい」
「ええ、彼らを自宅に送り届けるだけですから。存外楽なものでした」

 そうか、と呟いたトロンはⅤの方を向くことなく月夜を見る。

「しかし、あんな芝居までしてわざわざ彼らの実力を測ったかいがありましたね」

 Ⅳが睨んだのも、トロンがそれを諌めたのも。この流れが全て偶然であるはずがない。
 全ては茶番。協力者である昇の力を測り、自らが定めた基準を満たしていないのであれば闇に葬る、その為のテストだ。そしてその結果昇は現極東チャンピオンであるⅣに完勝し、自分の力を示すと同時にデッキのデータまで提供してくれた。
 しかし十分な成果が手に入ったはずのトロンの顔はどこか暗い。

「多分気づいてたよ、二人ともね」
「まさか。Ⅳの態度は完璧その物でした、気づける道理など――」
「そうでなきゃわざわざ、あそこまで徹底的に叩き潰すことなどしなかったはずだよ」

 決闘の一部始終を思い返すが、Ⅴはどうしても腑に落ちない。

「しかし茶番だと気づいていたら、あそこまで本気を出す物でしょうか? むしろ実力を隠すように立ち回るのでは」
「まさかⅤ、君はあれが彼らの本気だと思っているのかい?」

 トロンの発言を聞いた瞬間、Ⅴの背中に冷たい汗が流れる。

「……まさか」
「恐らく此方の目論見は全部読まれていただろうね。現極東チャンピオンであるⅣを完膚なきまで叩き潰したことで、彼らは自分達の有用性を示した。僕達の策を利用し、協力者であることの意義をこれ以上ないくらい示したんだ」
「そしてそれによって此方も彼らに最大限配慮せざるをえなくなるようにした。私達は強力な戦力を手に入れたと同時に、裏切ることを出来なくさせられた。そう言いたいのですか、トロン」
「そういうこと。踊らせていたつもりだったけど、踊っていたのは実は僕達だったっていう話さ」

 トロンの口元には、彼自身気づかぬうちに笑みが浮かんでいた。

「僕はもう寝るよ。Ⅴもそろそろお休み」
「分かりました。ではトロン、また明日」

 自室から去っていくⅤに最後まで振り向かず、扉が閉まる音がするやいなやトロンはベッドの上へと横たわる。
 相剋昇と六道輪廻。以前会った時から二人とも化物であることには気づいていた。だが今日の会談で認識を改めざるを得ない。下手を打てば喰われているのは自分ということにすらなりかねないだろう。
 さて、自分はどこまで彼らを御しきれるか――。

「少し、楽しくなってきたね」


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第九話

「――とまあ、こんな感じかな。何か質問はあるかい、Dr.フェイカー?」

「大いにある、と言っておこうか、相剋昇よ」

 

 ハートランドシティの中心、Dr.フェイカーの居城。そこへと輪廻と共に赴いていた昇は、雇い主が怒気を抑えて吐いた言葉に思わず苦笑を浮かべた。

 

「……何がおかしい?」

「いや、貴方の発言があまりに予想通りすぎてね。一応君との契約は果たしているつもりなのだけれど」

「……それが、ナンバーズ・ハンターとして全く働いていない理由か?」

 

 百年に一人の天才、とまで言われた男が昇を睨む。町一つを支配する独裁者の眼光は伊達ではなく、並みの人間であれば蛇に睨まれた蛙の如く固まるだろう。

 それほどの眼光を受けてなお、少年はたたえた微笑みを崩さない。

 

「小僧、あまり人を舐めるなよ」

「老害、あまり人を馬鹿にするなよ」

 

 平行線。互いの立場が明確である以上、こうなるのは自明の理だ。

 Dr.フェイカーは昇にナンバーズを狩ってきて欲しい。ナンバーズが喉から手が出るほど欲しい彼にとって、他を隔絶する実力を持つ昇を遊ばせておくにはいかないのであろう。裏を返せばそれは、昇を高く評価している証明であり、彼をナンバーズ・ハンターとして雇う理由でもある。

 一方昇はあまり原作に影響を与えたくはない。ショック・ルーラーと輪廻が持つ一枚こそ手元にあるとはいえ、下手に手を出せば原作に多大な影響を及ぼしかねない。微かな変化が回りまわって多大な影響を引き起こすことになると分かっているからだ。かと言って元の世界に戻りたい二人にとってフェイカーが持つ技術はまさしく背に腹は代えられない物であり、それこそが昇と輪廻がナンバーズ・ハンターとして飼われるようになった理由だ。

 協力者、と一口に言ってもその関係はピンキリだ。昇と輪廻のように簡単には言い表せないような深い関係であるのもいれば、このように徹底的なギブアンドテイクで成り立っている関係もある。

 そしてこうなった以上、どちらかが譲歩せねば話が進まないのもまた事実。

 

「なぜ貴様達はナンバーズを狩ろうとしない? ナンバーズを狩ればお前達の目標に近づくであろう。それを知っていていながら何故目的に逆らうような行動をとるのか、私には理解不能だ」

「理解されなくていいよ、此方にも事情はあるからね。そんなことより百年に一度の天才科学者とまで謳われた貴方が何故異世界のカードであるナンバーズを求める? そんなオカルトじみた物に縋らなければならない事情でも抱えているのかい?」

 

 互いが互いの弱点を全力で殴り、相手の出方を探り合う。フェイカーにも、そして昇にもどうしても引けない部分がある。それを分かっていながら突くのは相手に譲歩を引き出させたいからだ。この場面においては、引いた方が要求を呑むことになってしまう。両者ともにそれだけは避けたいというのは一致していた。

 そこまで黙っていた輪廻は、付き合いきれないとばかりに溜息を吐く。

 

「……Dr.フェイカー。提案がある」

「ほう、言ってみろ小娘」

「……決闘で決着をつけましょう。貴方と私、勝者の意見を通す」

「……ほう。貴様が、か。確かに貴様にはカイトを自力で倒すだけの実力があるのだろう。だが私の実力はカイトなどとは比べ物にならん。貴様程度で」

「……私は、相剋昇に勝利した唯一の人間。これで十分?」

 

 少女に向けられていた視線が微かに敵意を帯びた物へと変わる。

 

「……私が勝てば貴方に私が持っているナンバーズをあげる。そして貴方の指示通り動いてあげてもいい。ただし私達が勝ったら貴方には今後一切私達への命令を禁止する。これでいい?」

「だがそれなら貴様らがナンバーズ・ハンターを止めればよいだけの話ではないか」

「……私達にも事情がある。で、これから貴方は依頼という形で私達に指示を出せばいい。で、それを受けるかどうかは私達が決める。決定権を私達に移す、と言った形になるってこと。オールオアナッシング、いい案だと思うけど?」

「ふむ……」

 

 リターンとリスクを考えるフリをしているのだろうが、頭の中では既に受けることなどお見通しだ。なにせ彼方はリターンとリスクがまるで釣り合っていない。得る物の多さに比べれば失う物など非常に微々たる物だ。

 一方それを分かっている昇は頭を抱えつつも何も言わない。申し訳ないという意思を込めて横目を向ければ、気にしなくていいよとばかりに笑みを向けてきた。あれは自分の行動に頭を痛めながらも、身勝手極まりない行動を認めてくれたということだ。

 ならば。私が行うべきはただ一つ、完膚なきまでに叩き潰すこと。

 

「……一つ、いい?」

「どうした、急に」

「……貴方は、シンクロ召喚というのをご存知?」

 

 唐突に、しかし出来得る限り自然に感じるように輪廻は話を向ける。

 

「知っておるぞ。確か、チューナーと名の付くモンスターとチューナー以外のモンスターを墓地に送ることでエクストラデッキからモンスターを特殊召喚する召喚方法だったな。昇と渡幸也の決闘を分析させて貰ったことで知ることが出来た」

「それは他の……例えば、カイトは知ってる?」

「知らん。私だけがその情報を握っている」

「……そう。なら……昇」

「どうしたの、輪廻?」

 

 輪廻は昇に近寄り、一言二言何かを言い合う。最終的に溜息を吐いて何かを渡した昇は明らかに達観した目をしており、輪廻はそれを見ないふりをしつつフェイカーに殺気を放った。

 

「……さあ、始めましょう」

「そんな顔も出来るのか……よい、気に入ったぞ小娘!」

 

 互いに決闘盤を構え、視線を重ねる。

 

「「決闘!」」

 

「……先攻は私が貰う。私のターン、ドロー。魔法カード暗黒界の取引を発動。互いにカードを一枚ドローし、その後一枚捨てる。私は手札のカーボネドンを捨てる。さらに魔法カード成金ゴブリンを発動。デッキからカードを一枚ドローする代わりに、貴方に1000ポイントライフをあげる」

「ほう、手札事故とは災難だな」

 

Dr.フェイカー

LP4000→5000

 

 フェイカーの言葉を軽く聞き流し、輪廻は己がターンを続ける。

 今はまだ準備段階。あのカードさえ来れば彼は必ず度肝をぬぐことになる。

 

「……魔法カード暗黒界の取引を発動。互いにカードを一枚ドローし、その後一枚捨てる。私は手札の妖刀竹光を捨てる。妖刀竹光の効果、このカードが墓地に送られたことで、デッキから妖刀竹光以外の竹光と名のついた魔法カード一枚を手札に加える。黄金色の竹光を手札に。墓地のカーボネドンの効果、このカードを墓地より除外して、手札またはデッキからレベル7以下のドラゴン族・通常モンスター一体を特殊召喚する。私はデッキのギャラクシー・サーペントを特殊召喚」

 

 輪廻の場に現れたのは、至って貧弱極まりないモンスター。

 ギャラクシー・サーペント。レベル2のチューナーモンスターであるが、攻撃力は僅か1000、守備力に至っては0という極めて貧相なステータスのモンスターだ。唯一の評価点はドラゴン族であるという点だが、ドラゴン族通常モンスターチューナーでもレベル1でこれより遥かに扱いやすいガード・オブ・フレムベルがいる時点で真っ当なデッキからはお呼びがかからないであろう。

 最も、真っ当なデッキであれば、の話だが。

 

「……ギャラクシー・サーペントに折れ竹光を装備。手札の黄金色の竹光を二枚発動し、デッキからカードを4枚ドロー……来た。私はシンクロ・フュージョニストを召喚。私はレベル2のシンクロ・フュージョニストにレベル2のギャラクシー・サーペントをチューニング。古き神々よ。古の封印より解き放れた証明として、己が存在たる炎を見せよ。シンクロ召喚、招来せよ、古神クトグア」

 

 少女の場に現れたのは、炎の身体を持つ極めて形容しがたき怪物。

 古神クトグア。攻撃力2200、守備力200のレベル4シンクロモンスターの一体。低レベルのシンクロモンスターというだけでも極めて珍しい存在だが、その効果は他のシンクロモンスターからすれば考えられないと言っていいほどに独自性の塊だ。

 まず一つ、シンクロ召喚の成功時にランク4エクシーズモンスターを全てエクストラデッキにモンスターを戻すことを可能にする効果。続いて第二、第三の効果は、エクシーズモンスターの素材となった際、もしくは融合素材となった際デッキからカードをドロー出来るという物。つまりこのモンスターはシンクロモンスターでありながら、効果その物は融合、エクシーズに絡んだ物しか持っていないのだ。

 そしてシンクロ素材となったシンクロ・フュージョニスト。このモンスターはシンクロ素材となった場合、デッキから融合と名の付いたカード一枚を手札に加えられる効果を持つ。輪廻のデッキには簡易融合が一枚、再融合が三枚、そして超融合が一枚。

 

「……シンクロ・フュージョニストの効果、デッキから簡易融合を手札に。簡易融合を発動、ライフを1000ポイント支払うことでデッキから旧神ノーデンを融合召喚扱いとして特殊召喚」

 

 古き神の後には旧き神。炎の怪物に並び立ったのは、貝殻を模した戦車を操る白髪白髭の老人。

 旧神ノーデン。元の世界では簡易融合を制限へと追いやった張本人と目され一時期は環境をワンキルデッキで荒らしまわり、先行発売された某国では遊戯王をカップ麺早食い大会にしてしまった張本人であるレベル4の融合モンスター。

 その効果と融合素材は、元の世界の多くの決闘者を驚愕させた。

 まずその効果は、特殊召喚に成功した時自分の墓地のレベル4以下のモンスターを効果を無効にした上で特殊召喚すると言う物。レベル4以下という指定とノーデンが場から離れた時蘇生したモンスターが除外されるという制約こそあるが実質生ける死者蘇生扱いだった。特殊召喚した時、と条件も緩く、墓地から特殊召喚された時でも当然のように効果を発動し、出た当初は簡易融合が無制限であるのも相まってあらゆる方法でひたすらモンスターを蘇生させ続けた。

 融合素材もシンクロモンスターまたはエクシーズモンスター二体と非常に緩く、相手の場に条件のモンスターが二体揃っていれば超融合一枚で簡単に除去しつつ出せた。例えクエーサー二体だろうと超融合の前には無力であり、一説では超融合制限化の張本人とも言われている。

 そしてこの二体が揃ってしまった以上、神々の宴を止める手段は存在しない。

 

「……ノーデンの効果、墓地のシンクロ・フュージョニストを蘇生。ノーデンとクトゥグアでオーバーレイ。二体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築、ダイガスタ・エメラルをエクシーズ召喚。クトグアの効果、このモンスターがエクシーズ素材または融合素材になった時、私はカードを一枚ドローする。エメラルの効果、オーバーレイ・ユニットを一つ使い、墓地の通常モンスター一体を蘇生する。ギャラクシー・サーペントを蘇生。レベル2のシンクロ・フュージョニストにレベル2のギャラクシー・サーペントをチューニング。シンクロ召喚、再び招来せよ、古神クトグア。シンクロ・フュージョニストの効果、デッキから再融合を手札に。さらにクトゥグアの効果、場のランク4エクシーズモンスターを全てデッキに戻す。私はエメラルをデッキに戻す」

「……!? まさか――」

「……再融合を発動、ライフを800支払って墓地のノーデンを蘇生。ノーデンの効果、シンクロ・フュージョニストを蘇生。ノーデンとクトゥグアでオーバーレイ。二体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築。再び現れよ、ダイガスタ・エメラル。クトグアの効果、カードを一枚ドロー。エメラルの効果、オーバーレイ・ユニットを一つ使い墓地のギャラクシー・サーペントを蘇生。レベル2のシンクロ・フュージョニストにレベル2のギャラクシー・サーペントをチューニング。三度我が場に招来せよ、古神クトグア。墓地のシンクロ・フュージョニストの効果、デッキから再融合を手札に。さらにクトグアの効果、場のランク4エクシーズモンスターを全てデッキに戻す。エメラルをエクストラデッキに」

 

輪廻

LP4000→3000→2200

 

 長い長いループが終わってみれば、輪廻の手札は9枚まで増え、場にはクトグアが一体、墓地にはクトグアが二体、ノーデンが一体。ここまで好き勝手出来れば満足してしまうのも無理はない。が、今は様々な物を賭けた決闘の最中。満足したくなる気分を抑え、輪廻は更なる一手を打つ。

 

「……魔法カード再融合発動。ライフを800支払って墓地のノーデンを蘇生。ノーデンの効果、墓地のクトグアを蘇生。速攻魔法超融合発動。私の場の二体のクトグアを素材に融合。我が場に並び立て、旧神ノーデン。ノーデンの効果、墓地のクトグアを蘇生。さらに融合素材となったクトグア二体の効果、デッキからカードを二枚ドロー。……Dr.フェイカー、待たせた代わりに見せてあげる。私はレベル4のノーデン二体とクトグアでオーバーレイ。二体のモンスターでオーバーレイ・ユニットを構築。エクシーズ召喚」

 

 見せてやる、と言った輪廻の発言に呼応するかのように、エクストラデッキから件のモンスターが現れる。

 機械のような天使族。以前昇がカイトをおびき出す為に使った、全てを封殺する法の番人。

 

「現れなさいNo.16、色の支配者ショック・ルーラー」

「……それが、貴様のナンバーズか」

「……私達の、ナンバーズ。まずエクシーズ素材となったクトグアの効果、カードを一枚ドロー。ショック・ルーラーの効果、オーバーレイ・ユニットを墓地に送りカードの種類を一つ宣言。その宣言されたカードの効果を貴方は二ターンの間使えない。私はモンスターカードを宣言」

「何だと!?」

「……カードを三枚伏せてターンエンド。エンドフェイズ、手札が六枚になるように墓地に送る」

 

輪廻

LP2200→1400

 

 手札に余程モンスターが溜まっているのか、あるいは使えるモンスターがあったのか、あるいはその両方か。真偽はDr.フェイカーにしか分からないが憎々しげに睨んでいるところを見ると、余程苦しい状況なのだろう。

 

「私のターン、ドロー……私はカードを二枚伏せてターンエンド」

「……私のターン、ドロー。ショック・ルーラーの効果、オーバーレイ・ユニットを二つ使い罠カードを宣言。これで貴方は二ターンの間、罠を封じられた」

 

 手札誘発も、起死回生の罠も。全てを封じられた老人に、最早抵抗の術はなく。

 彼が最後に許されたのはただ一つ、下る審判の時を待ち続けることだけだ。

 

「……魔法カード死者蘇生を発動、墓地のノーデンを蘇生。ノーデンの効果、墓地のクトグアを蘇生。ノーデンとクトグアでオーバーレイ。二体のモンスターでオーバーレイ・ユニットを構築、エクシーズ召喚。顕現しなさい、千の貌を持つ無貌の神。最高神の代行者たる混沌、外神ナイアルラ」

 

 現れたのは、千の無貌と呼ばれる混沌の神。

 外神ナイアルラ。攻撃力こそ0だが2600もの守備力を誇り、エクシーズ召喚時手札を好きなだけ捨ててその枚数分だけ自身のランクを上げる効果と、一ターンに一度オーバーレイ・ユニットを一つ使って墓地のモンスター一帯を自身のオーバーレイ・ユニットとする効果を持つ。自身のランクだけでなくエクシーズ素材という本来関与出来ない部分まで操作するその能力は、まさしく千の無貌と呼ぶに相応しい物だ。

 そして、このモンスターの最大の特徴は。

 

「……クトグアの効果、カードを一枚ドロー。私はナイアルラ一体でオーバーレイ・ネットワークを再構築。全宇宙の王たる盲目にして白痴の神よ。眷属たる無貌の求めに応じてその姿を見せよ。万物を生み出した最高神、外神アザトート」

 

 このモンスターを簡単に呼び出せるようになる、それがナイアルラが誇る最大のセールスポイントだ。

 外神アザトート。攻撃力は2400、守備力は0。エクシーズ素材となれない制約を持つためアザトートにアザトートを重ねてエクシーズ召喚することは出来ないが、それもその効果の為。

 

「……外神アザトートの効果はオーバーレイ・ユニットがシンクロ、融合、エクシーズの三つが揃っている時のみオーバーレイ・ユニットを一つ取り除いて発動出来る。その効果は、相手フィールドのカード全ての破壊」

「何だと!?」

 

 エクシーズ素材を消費した瞬間、まるで全ては夢であったかのようにフェイカーの場から消えていた。

 宇宙の創生はアザトートが発端であり、即ち全てはアザトートが見る夢にすぎない。アザトートの持つ効果は、その力を見事に現していると言えよう。

 

「……だが、私のライフは5000。攻撃力2300のショック・ルーラーと2400のアザトートでは私のライフは削り切れまい」

「……そんな物分かってる。魔法カード真炎の爆発。墓地に存在する守備力200の炎属性モンスターを可能な限り特殊召喚する。私は墓地に眠る三体のクトグアを蘇生」

「馬鹿な……」

 

 現実が信じられない、といった顔でフェイカーは輪廻を見る。ナンバーズと最高神、そして古神三体を従えた少女は、茫然自失とした老人を見下しながら己が僕に命を下す。

 

「バトル、ショック・ルーラー、アザトート、クトグア三体でダイレクトアタック」

「ぐ……ぐわああああああ!」

 

フェイカー

LP5000→2700→300→-1900→-4100→-6300

 

「ぐおお、お……」

「……私達の勝ち。約束は守って貰う……どうしたの昇、そんな形容し難い物を見たような表情をして」

「シンクロについて知っているかって聞いた時から嫌な予感はしてたけど……流石にそのデッキを使うとは予想外だったよ」

「……偶には私が暴れても文句はないでしょ?」

「それは勿論、文句なんてあるはずもないけどさ」

 

 満足しきった表情をする輪廻に何も言えず、昇は小さく息を吐く。近寄ってきた彼を見て恥ずかしそうにもじもじする輪廻の頭をいつものように優しく撫でると、彼女は安心しきった表情で笑顔を浮かべた。

 

「……一つ、聞きたいことがある」

「何かな、Dr?」

「貴様らはそれほどの力を持っておきながら何故ナンバーズ・ハンターとして働こうとしない? それほどの実力があればナンバーズなど思いのままに集められるはずだ。そしてそれを盾にして私と交渉することも可能だったはず」

「そうだね、貴方の言う通りだ。だけれどもこうも言ったはずだよ、僕達にも事情がある、とね」

「む、う……」

「WDC、ワールド・デュエル・カーニバルだったかな? 貴方がナンバーズを集める為に開こうとしている大会は。そこでなら僕達も貴方の期待にそう活躍をすると約束しよう。だから、それまではお目溢しを頂けないかな?」

 

 お願いという形に身を変えた、実質的な命令。

 今のフェイカーはそれは出来ないと言えるような立場ではなく、苦虫を噛み潰したような表情で頷いた。 

 

「私は敗者だからな……よかろう、WDCの開催までは好きにするがいい。ただしWDC開催後はきっちり働いて貰うぞ」

「それについては安心していいよ。じゃあ今日はこの辺で。良ければ息子達にもよろしく言っておいて欲しいな」

 

 二人が帰ったのを確認してから、フェイカーは椅子に背を預ける。

 恐らく現在自分が持つ最高の決闘者、それがあの二人だ。それが働けないというのは非常に深刻であり、カイトにさらにナンバーズ・ハンターとして働いて貰わざるを得なくなる。

 しかしここで無理に命令を聞かせた所で反逆されればこれまで行ってきた全てが水泡に帰す。彼ら二人は文字通りの切札(ジョーカー)だが、切れすぎるのも考え物だ。頼りすぎたあげく此方の寝首を掻かれたなんて自体は絶対に避けなければならない。

 せめて、もう少し使いやすければ良いのだが。

 

「――ままならんものだ」

 

 呟きを最後に、フェイカーは少し休むべく目を瞑る。

 今日起こった全てが夢であればと、叶うはずのない願望(ユメ)を抱きながら。

 

 

 



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第十話

「や、お疲れ様」

「……昇か。何をしている」

「いや、皇の鍵を調べているって噂を小耳にしたからね」

 

 第四埠頭の倉庫、天城カイトのアジト。そこに赴いた来訪者二人を見たカイトは、にこやかに笑顔を向ける彼らを見て一人眉を潜めた。

 

「さて、解析はどうなっているのかな?」

『ドウモコウモナイデアリマス! ドウヤラコノセカイノブッシツデハハンノウヲシメサナイヨウデシテ』

「なら、この世界の物ではない物を使えばいい、違うかい?」

 

 昇の言葉で気づいたのか、カイトはオービタルの動力源であるバリアライトを使うように指示を出す。文句を言いながらもそれに従った結果、見事に皇の鍵の中の世界へと繋がる扉が開いた。

 

「僕達も一緒に行っていいかな? 大丈夫、君の邪魔はしないよ」

「ヒントを貰った礼だ、好きにしろ」

 

 カイトから許可を得た昇と輪廻はこれ幸いとカイトの後に続いてワープホールを潜り抜ける。皇の鍵の中に広がる空間は無限に広がる砂漠とその中心に浮かぶ飛行船で構成されている。そこにアストラルがいると判断したカイトの後を追う二人だったが、彼らの決闘が見えるギリギリの場所にて立ち止まった。

 

「「決闘!」」

 

 ナンバーズを追う二人。目的が同じ二人が敵対している以上、決着をつけるのは闘争をもって他にない。

 

「先攻は私が貰う! 私のターン、ドロー! 私は魔法カードオノマト連携を発動! 手札のゴゴゴゴーレムを墓地に送り、デッキからガガガマジシャンとゴゴゴジャイアントを召喚! ゴゴゴジャイアントの効果発動! このモンスターが召喚に成功した時、墓地のゴゴゴと名の付くモンスター一体を特殊召喚出来る! 私は、墓地のゴゴゴゴーレムを特殊召喚する!』

 

 一瞬にしてアストラルの場に赤銅の泥人形が座して並ぶ。双方のレベルは共に4、この時点で決闘者であれば誰しも一つの可能性に行き着くであろう。

 

「来るか、ナンバーズ。貴様のエース、希望皇ホープ」

 

 エクシーズ召喚。レベルの同じモンスターが二体以上場に存在する時エクストラデッキから召喚条件が揃ったモンスター一体を呼び出す、シンクロ、ペンデュラムと並ぶ最も重要な召喚方法の一つ。特にアストラルのエースである希望皇ホープの召喚条件はレベル4のモンスター二体、カイトが警戒するのも当然と言える。

 しかしアストラルが悩んだ果てに取った行動は、カイトが予想した物とは違っていた。

 

「……私は、永続魔法ゴゴゴ護符を発動! 私の場に「ゴゴゴ」と名のついたモンスターが2体以上存在する場合、私が受ける効果ダメージは0になる。私の場にはゴゴゴゴーレムとゴゴゴジャイアントが存在している、効果ダメージは無効だ。さらに1ターンに1度、私の場のゴゴゴと名のついたモンスターは戦闘では破壊されない! 私はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 エクシーズ召喚をせず、守りを固め、防御に徹した布陣を揃えたアストラルの判断は間違いではない。ホープの効果は二回までしか使用出来ず。

 しかしその判断から、ある種の怯えが垣間見えるのもまた事実。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 そして獲物が恐怖していることを見逃すほど、百戦錬磨の狩人の目は甘くはない。

 

「俺は魔法カードフォトン・ハリケーンを発動! 自分の手札の枚数分相手の場の魔法、罠カードを手札に戻す! 俺の手札は五枚、よって全ての伏せカードを手札に戻す!」

「何だと!?」

 

 竜巻が伏せカードを巻き上げ、アストラルの手札へと戻していく。これでアストラルは守りの要を失い、残るのは二体の土塊のみ。

 弱った獲物に痛手を負わせるべく、カイトは追撃の一手を打つ。

 

「俺は手札の銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)を墓地に送り、手札の銀河戦士(ギャラクシー・ソルジャー)を特殊召喚!」

「銀河眼を自ら墓地に送るだと!?」

 

 アストラルの驚愕をよそに現れたのは、白銀の鎧に身を包んだ一体の戦士。

 銀河戦士。攻撃力2000、守備力0、レベルは5。手札の光属性モンスター一体を墓地に送り特殊召喚出来る効果を持つ。アストラルは知らないのだろうが銀河眼は墓地にいた方が色々と都合がいい。銀河眼の特殊召喚条件は攻撃力2000以上のモンスター二体のリリース、つまりそれだけを考えればボード・アドバンテージにおいて二枚損をしてしまうことになる。それよりかは遥かに墓地に置いておいて適宜蘇生カードで出していった方が効率がいいからだ。

 そして、銀河戦士のもう一つの効果は。

 

「銀河戦士の効果発動! このモンスターが特殊召喚に成功した時、デッキから銀河と名のつくモンスターを手札に加える! 俺は墓地から銀河眼の雲竜を手札に加える! さらに俺はフォトン・レオを召喚! フォトン・レオの効果発動! ハウリング・ブロー!」

 

 光子の獅子が吠えた瞬間白銀の竜巻がアストラルの手札を巻き込み、デッキへと戻していく。驚愕を露わにした相手を前に、カイトは傲慢とも取れる余裕さを見せつけていく。

 

「フォトン・レオの効果は召喚に成功した時、相手の手札を全て強制的にデッキに戻させ新たに元の手札の枚数分だけドローさせる。フッフッフ、さあ、カードをドローしろ」

「くっ……」

「これでお前の戦略は全てふりだしに戻った。しかし少々ガッカリしたよ。お前の戦術は守り一辺倒、貴様は怯えすぎている!」

 

 アストラルが目を見開いたのは自覚があったからか、はたまた無意識下でのことだったのか。真実は本人にさえ分からないが、残ったのは立てていた戦術が全て崩れ去ったという事実のみ。

 

「いけ、フォトン・レオ! ゴゴゴジャイアントを攻撃! シルバー・フォング!」

 

 フォトン・レオの一撃は守備力0のゴゴゴジャイアントに耐え切れる物ではなく、あっけなく泥人形は元の姿である土塊へと変わっていく。

 

「くっ……俺はカードを一枚伏せてターンエンド」

「私のターン、ドロー!」

 

 手札は全て引き直させられたとはいえ六枚。十分すぎる数がある以上、戦略はいくらでも立て直せる。

 問題は、カイトの場に伏せられた一枚のカード。今アストラル自身の手札に伏せカードを除去できる手がない以上、あのカードを避けては通れない。

 今彼の手札にフォトン・レオを倒せるモンスターはいない。しかし倒す手がないわけではない。手札のガガガマジシャンと場のゴゴゴゴーレムでホープをエクシーズ召喚すれば、2500の攻撃力で殴り倒せる。しかしそれを考える前にどうしてもあの伏せカードが頭をよぎってしまう。

 もしもあれが、攻撃反応や召喚反応の罠だとしたら。

 

「……私は、カードを一枚伏せ、モンスターをセット。ターンエンドだ」

 

 動けない。相手がカイトである以上、ここは安全策を打つべきだ。

 そんなアストラルの胸中を打った対応で見破ったカイトは、弱った獲物を見定めた狩人の如く獰猛に笑う。

 

「守りに徹する、か。いいだろう、だがその程度の守りでは俺を阻むことなど出来ん! 俺のターン、ドロー! 伏せてあった魔法カード、ギャラクシー・サイクロンを発動! このカードは相手の場にセットされた魔法、罠カード一枚を破壊する!」

「何だと!?」

 

 破壊されたカードはバトル・ブレイク。相手の攻撃モンスター一体を破壊し、バトルフェイズを終了させる極めて強力な伏せカードの一枚。このままで出せばミラーフォースを除く攻撃反応罠全ての上位互換となってしまう為、OCG化される際相手はモンスターカード一枚を見せることで無効に出来るというデメリットを背負ってしまった不遇のカードでもある。

 しかしアストラルの驚愕はバトル・ブレイクを破壊されたことによるものではない。彼の驚きはただ一つ、自らが警戒していた伏せカードが罠ではなく単なるブラフであったこと。

 

「貴様が罠だと思って警戒していた物はただの魔法カードだ。言ったろ、お前は怯えすぎていると。お前が伏せカードを無視して攻撃していれば、今の展開にはならなかった」

「くっ……」

「今のお前には銀河眼を拝ませる価値もない。俺はフォトン・クラッシャーを召喚! バトル! フォトン・クラッシャーとフォトン・レオでゴゴゴゴーレムに攻撃!」

 

 ゴゴゴゴーレムには守備表示の時戦闘での破壊を無効にする効果が備わっている。しかしそれは一ターンに一度、二体のモンスターの攻撃を耐えきれる物ではない。

 

「くっ……」

「フォトン・クラッシャーは戦闘終了後守備表示となる。俺はカードを一枚伏せてターンエンド。どうした、もう手詰まりではあるまいな?」

 

 まだアストラルの場にはセットされたガガガマジシャンが残っている。しかしガガガマジシャンの攻撃力は僅か1500、2000のフォトン・レオの前では手も足も出ない。

 たとえこの場でフォトン・クラッシャーを破壊した所で、返しのターンで間違いなく倒されるであろう。カイトは隙を見逃すほど甘くはない。ならば、この状況を乗り越える為にどうするか。

 答えは、既に出ていたはずだ。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 恐怖に怯えていては、先には進めない。

 

「私は魔法カード死者蘇生を発動! このカードで私は、墓地のゴゴゴゴーレムを特殊召喚する!」

「ほう、来るか」

「私はガガガマジシャンとゴゴゴゴーレムでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 白き翼に黄金の身体、腰には己が獲物である剣を携える剣士。遊馬とアストラルの希望の象徴である、攻撃を無力化する能力を秘めた眩き戦士、その名は。

 

「現れろNo.39、希望皇ホープ!」

 

 漸くの召喚に待ちくたびれたのかいつも以上に元気な姿を見せるホープを見た瞬間、カイトの目の輝きが明らかに変わった。

 

「現れたか、希望皇ホープ!」

「バトルだ! 私はホープでフォトン・レオに攻撃! ホープ剣スラッシュ!」

 

 希望の剣が光の獅子を一刀の元に両断し、発生した超過ダメージがカイトを襲う。

 

「くっ……」

 

 

カイト

LP4000→3500

 

「私はカードを二枚伏せ、ターンエンド」

「俺のターン、ドロー!」

 

 フォトン・レオは失った。しかし不利になったはずのカイトの目からはこの状況に対する恐怖は皆無と言っていいほど感じ取れない。

 怯えた獲物を一方的に狩るなど二流のやること。全力で抵抗する獲物の意思を砕く、それこそが一流の狩人たる所以だ。

 

「俺は銀河眼の雲竜(ギャラクシーアイズ・クラウド・ドラゴン)を召喚!」

 

 故に、まずはその希望から潰させて貰おう。

 

「銀河眼の雲竜の効果発動! このモンスターを墓地に送ることで、手札または墓地の銀河眼の光子竜一体を特殊召喚出来る! 闇に輝く銀河よ、希望の光となりて我が僕に宿れ! 光の化身、ここに降臨!」

 

 小さな子竜が雲となって消え、その中より巨大な竜が現れる。アストラルの前に再び立ち塞がる、カイトの希望にして魂のモンスター。攻撃力3000を誇る、対エクシーズ用の決戦兵器。

 

「現れろ、銀河眼の光子竜!」

 

 場に現れた銀河眼の光子竜は、己が存在を知らしめんが如く高らかに咆哮する。

 エクシーズ、ナンバーズを狩るモンスター。前回の対戦でその力を知っているアストラルは、いつの間にか身構えていた自分に気づく。

 

「さらに俺はフォトン・クラッシャーを攻撃表示に変更! バトル、銀河眼の光子竜で希望皇ホープに攻撃! この瞬間、銀河眼の光子竜の効果発動! 銀河眼とホープを共にゲームから除外する!」

 

 銀河眼と共にホープは消え、アストラルを守る壁はいなくなった。

 そしてカイトの場にはまだ、一体のモンスターが残っている。

 

「いけ、フォトン・クラッシャー! アストラルにダイレクトアタック!」

「くっ……ぐああああああ!」

 

 

アストラル

LP4000→2000

 

「まだだ! 速攻魔法光子風(フォトン・ウインド)を発動! このターン俺が戦闘でモンスターを破壊出来ず戦闘ダメージを与えた場合、相手に1000ポイントのダメージを与え、さらにデッキからカードを一枚ドローする!」

「くっ……」

 

アストラル

LP2000→1000

 

「バトルフェイズ終了と共に銀河眼とホープは互いの場に戻る。この時銀河眼はホープのオーバーレイ・ユニットを吸収し、吸収したオーバーレイ・ユニット一つにつき攻撃力を500ポイントアップする! 吸収したオーバーレイ・ユニットの数は二つ、よってホープの攻撃力は1000ポイントアップする! さらに俺は魔法カードギャラクシー・ストームを発動! オーバーレイ・ユニットを持たないモンスター・エクシーズ一体を破壊する! 消えろ、ホープ!」

「罠カードエクシーズ・リフレクト発動! モンスター・エクシーズが相手のモンスター効果、魔法、罠の対象となった時、その効果を無効にし、相手プレイヤーに800ポイントのダメージを与える!」

「何だと!?」

 

 竜巻が跳ね返され、800ポイントのバーンダメージとなってカイトを襲う。

 だがそのダメージは大勢を覆せるような物ではないことは、アストラルも十分承知の上だ。

 

カイト

LP4000→3200

 

「躱したか。だが……俺はこれでターンエンド」

 

 アストラルのライフは僅かに1000。しかし逆に言えば1000ポイントになったということでもある。

 これで、もしもアストラルのエクストラデッキにあのカードがあるならば。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 二人の観戦者がかたずを飲んで見守る中、アストラルは右手を上に掲げた。

 

「見せてやろう、真のホープの姿を! 私のライフが1000以下の時、希望皇ホープ一体を素材として、カオス・エクシーズ・チェンジ!」

 

 白銀と黄金の身体が混沌に染まることで、新たに漆黒と黒銀をその身に刻む。

 背には巨大な大剣、体には二本の隠し腕。元の姿とは似ても似つかない、しかしこれこそが混沌を力に変えた新たな二人の希望の形。

 

「現れろCNo.39、希望皇ホープレイ!」

 

 現れた新しい希望皇にカイトは圧倒され、二人は安堵の息を吐く。

 

「これで、一安心かな」

「……ホープレイも見れたし、後は――」

 

 カイトについてきた二人の目的は二つ。一つは、原作通りに物語が進んでいるかどうかを確認すること。

 そして、もう一つは。

 

「ホープレイの効果発動! オーバーレイ・ユニットを一つ使い、ホープレイの攻撃力を500ポイントアップし、相手モンスター一体の攻撃力を1000ポイントダウンする! 私は、銀河眼の攻撃力を1000ポイントダウンさせる!」

「だが銀河眼の攻撃力を下げた所で、また除外されるだけだ! フォトン・クラッシャーは守備表示、俺に戦闘ダメージを与えることは出来ない!」

「それはどうかな? 魔法カードH―ヒート・ハートを発動! このターン私のモンスター一体の攻撃力を500ポイントアップし、このターン、攻撃力が守備力を超えていればその数値分ダメージを与える!」

「何だと!?」

 

 これでホープレイの攻撃力は3500、それに対してフォトン・クラッシャーの守備力hは0。

 3500の貫通ダメージは、この決闘を終わらせるに余りある物だ。

 

「バトルだ! 行け、希望皇ホープレイ! フォトン・クラッシャーに攻撃! ホープ剣カオススラッシュ!」

 

 二本の剣が身体を切り裂き、一本の大剣が止めとばかりに身体を両断する。ホープレイの攻撃は妨害されることなく通った。ならばこれで、勝負は決し――

 

カイト

LP3200→1600

 

 ――てはいない。カイトのライフこそ半分になってはいるが、銀河眼は未だ場に残っている。

 

「馬鹿な……何故」

「俺は罠カードミラーシェードを発動していた。この罠はライフを半分支払うことでこのターンの戦闘ダメージを0にする。ホープレイの攻撃は、俺にダメージを与えるものではなかったということだ」

「くっ……私はこれでターンエンド」

「俺のターン、ドロー! 行け、銀河眼! ホープレイに攻撃! 破滅のフォトン・ストリーム!」

「ナンバーズはナンバーズでしか破壊出来ない。よってホープレイは破壊されない!」

「……だが、ダメージは受けて貰う」

「くっ……」

 

アストラル

LP1000→500

 

「俺はカードを一枚伏せてターンエンド」

 

 カイトの場には銀河眼と伏せカード、アストラルの場にはホープレイのみ。ここまでは原作通り。

 これでもし、原作通りにことが進むのならば。

 

「私は、私自身と遊馬でオーバーレイ!」

 

 水色の精霊は水色の弾丸へと姿を変え、赤い閃光と交わりその姿を変える。

 

「……ここまでは予想通り、と」

「……問題は、ここから」

 

 二人が小声で会話を交わす中、鎧を身に纏った新たな人物がカイトと相対する。

 

「『エクシーズ・チェンジ、ZEXAL!』」

 

 その姿は九十九遊馬と酷似していたが、何かが根本的に異なっていた。

 それも当然。それがアストラルの真の姿にして遊馬の本来の姿。遠い昔分かたれた魂が一体となった証明。

 ZEXAL。原作にて無敗を貫いた、この世界最強の決闘者だ。

 

「どういう……ことだ……」

「え、なんだこれ!? これが、俺!?」

『そして、私の力。ZEXAL!』

「その声、九十九遊馬……! 貴様たちは合体したというのか……!」

 

 常人であれば理解不能である所だがそこは流石に決闘者、超人的な理解力を使ってこの状況を説明する。

 最も、一部始終を影で見ていた昇と輪廻は腹を抱えて笑い転げていたが。

 

「駄目だ、これ、反則にもほどが……」

「……おかしくっておなか痛い……変身する遊馬も遊馬、この超展開を理解するカイトもカイト……こんなの、分かってたって笑わないわけない……」

「いくぞ遊馬!」

「おう!」

「『全ての光よ、力よ! 我が右腕に宿り、希望の道筋を照らせ! シャイニング・ドロー!』」

 

 カードが光輝き、それを引いた遊馬の右腕もまた神々しい光を帯びる。

 その光は創造の輝き。危機的状況を勝利への希望と変える、絶対的な希望の象徴。

 

「俺はZW-一角獣皇槍(ユニコーン・キング・スピア)をホープレイに装備! 一角獣皇槍はホープレイの装備カードとなり、ホープレイの攻撃力を1900ポイントアップする!」

「攻撃力4400だと……!」

『一角獣皇槍を装備したホープレイは、相手モンスターが場から離れる効果を無効にする! これで銀河眼は逃げられない!』

「だがまだホープレイの攻撃力は4400! 俺のライフを削りきるには200ポイント足らないはずだ!」

「まだだ! 手札から魔法カード破天荒な風を発動! この効果でホープレイの攻撃力を1000ポイントアップする!」

「攻撃力……5400だと!?」

 

 これで希望皇ホープレイが銀河眼を攻撃すれば発生する戦闘ダメージは2400。

 残りライフ1600しかないカイトでは、この攻撃に耐え切ることは出来ない。

 

「行け、希望皇ホープレイ! 銀河眼に攻撃だ! ホープ剣カオススラッシュ!」

 

 なんとか笑いを抑えた二人は、この一瞬を脳裏に貼り付けんとするかのように凝視する。

 二人がカイトについてきたもう一つの目的、それは、

 

「罠カードフォトン・ショックを発動!」

 

 この決闘の結末が、どのような物になるかを確認することだ。

 

「このカードの効果により、俺の場に存在するフォトンと名の付いたモンスター一体の戦闘で発生するダメージは互いのプレイヤーが受ける!」

「何!?」

 

 銀河眼の光子(・・)竜。フォトンの名を冠する竜は、主の敵を道ずれにすべく自身の破壊により発生する爆発の規模を広げる。

 発生した戦闘ダメージは2400。その数値はライフ1600であるカイトでさえ受け切れない物であるのだから、それより少ない遊馬達が受け切れる物ではない。

 

ZEXAL

LP500→-1900

 

カイト

LP1600→-800

 

 二人の決着を見届けた二人は即座に元の世界へと帰還し、小鳥らに気づかれぬよう迅速に自宅へと戻る。

 今ここにいれば後々面倒なことになる。検証することは山ほどあるが、そんなことは家に戻ってからでも出来るのだから。

 

 

 




「……結局、原作と同じ終わり方だった」
「そうだね。同じような終わり方にはなると思ってはいたけど、まさかここまでとは思わなかった」

 自宅に戻った二人はコーヒーを啜りつつ、今日起こったことについて話し合う。

「……昇、カイトのデッキには、確か」
「うん。フォトン・ショックなんてカードは入っていなかった。二日前に見せて貰ったから、今使ったデッキに入ってないとは断言出来ないけれど」

 もしも原作にて使ったカードがデッキに入っていない場合原作の流れがどうなるか、二人が確認したかったのはそれだ。そしてそれは、想定される最悪の結果として示された。

「入っていないカードが勝手に入った、それが結論かな」
「……原作の流れを無理やりにでも整える為に、ってこと」
「そうだろうね」

 歴史の修正力、という物がある。世界が異なった方向に舵を切ろうとした際、世界の側から修正をかけ元の流れに沿わせる、その原動力だ。今回はそれが、デッキの干渉という形で作用したのだろう。
 一戦目カイトが遊馬を倒す寸前でハルトが苦しみ始めたのもそう、二戦目の結末が全く同じになったのもそう。全ては遊戯王ZEXALという物語を台本通り進めるため、邪魔者に妨害させない為だ。

「……厄介ね」
「うん、輪廻の言う通りだ」

 自分達転生者はこの世界から見れば異物だ、世界の側からしてみれば除去したい存在であることは疑いようがない。
 しかしその為に原作に影響を及ぼすことを許容するかと考えると、それもまた否。
 世界からしてみれば原作を台本通りに進めることが最優先であり、それ以外のことはいわば些事にすぎない。自分達が排除されないのもその為だろう。業腹だが仕方なく存在することを許してやる、世界にとって転生者とはその程度の存在だ。

「これではっきりしたね。僕達の計画は、この世界に全力で喧嘩を売るのと等しい行為だと」
「……うん。手袋を片方だけ投げつけてるのと多分同じ」

 今はまだ原作にあまり干渉してないことを理由に見逃されているのだろう。しかし一度原作の流れに反旗を翻せば、考えられるありとあらゆる妨害を受けることになりかねない。
 だから今は表だって行動を起こさず、徹底的に準備を整える。世界の妨害が本格的な物となる前に、自分達の世界へと戻る為に。

「……焦っちゃだめ。冷静に、冷静に」
「分かってるよ、輪廻。君は何も心配しなくていい。僕が君を必ず、元の世界に戻すから」

 今はまだ雌伏の時。爪を研ぎ、準備をひたすらに進めるのみ。
 反逆の牙を向ける時は、刻一刻と近づいている。


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幕間

「……こんな時間に呼び出すなんてどういうつもりかな、Dr.フェイカー?」

 

 WDCの開催を目前に控えたある日。フェイカーに呼び出された昇は、自嘲を込めたな視線を城の主へと向けた。

 時刻はまだ午前四時、草木も眠りについて程ない時間。眠気こそその目には感じられないが、常識外の時間に呼び出された怒りは感じていることが容易に察せられた。

 

「用があったから呼んだまでよ。それよりも輪廻はどうした?」

「輪廻はまだ寝てるよ。わざわざ君の呼び出しなんかの為に起こすのも忍びなかったし――それに、僕一人でも十分な用のはずだ、違うかい?」

「そうか。お前一人だけを呼び出す為にこの時間に呼んだのだが……それが功を奏したということか」

 

 発言の意図が見えない。フェイカーの次の言葉を待つ昇を見下ろし、フェイカーは淡々と言葉を放つ。

 

「貴様に頼まれていた装置は完成したぞ」

「えらく早いね」

「自分が望む世界に行くのであれば流石に難しかったがな。元々いた世界に戻る、言わばふりだしに戻る為の装置ならば作りようはある。貴様が元いた世界はいわば貴様というピースが欠けた不安定な状態だ。故に世界の境界に貴様を放り込んでやれば、世界の方から貴様を取り込みに来るであろうよ」

 

 フェイカーが吐いた言葉に対し、昇は一人眉を潜める。

 

「……わからないね。何故世界の側から僕を取り込もうとする?」

「貴様がどう考えているかは分からないが、世界にとって貴様の存在は死活問題に等しい。他の平行世界において存在する物が存在しないため、他の全ての世界で起こっている貴様に纏わる事象全てが起こらないのだ。もしも人間一人、などと考えているのであれば今すぐ訂正しておけ。貴様一人がいなくなることで、世界中の人間全てに影響を及ぼすことさえ起こりうるのだからな」

「六次の隔たりか。なかなか面白い例えを使うね」

「世辞は不要だ。だから世界はそれを避けるべく失ったピースを求めている。そこに失ったピースが投げ込まれたら、是が非でも手に入れようとするだろう」

「他の世界が僕を取り込もうとする可能性は?」

「貴様が世界だとして、自分から安定した状態を崩そうと思うか? 同一存在が全く同じ時間にいることの問題など幾らでもあるだろうに」

「愚問だったね。忘れてくれ」

 

 ふん、と息を吐くフェイカーは、昇に何やら書かれた紙の束を投げ渡す。

 

「これがその資料だ。しっかりと目を通しておけ」

「ふう。全く、面倒な雇い主様だこと」

 

 資料の枚数は数ページに及ぶ物であったが、そちらの方向に疎い昇であっても分かり易いように書かれていた。

 

「装置の起動に必要な膨大なエネルギーはどこから賄うつもりだい?」

「ナンバーズが持つ強大な力を利用する。数枚でも起動は出来るが貴様らを送り出した後消滅してしまう可能性が高いのでな……五十枚。それだけあれば事足りる」

 

 膨大な数のナンバーズを要求されているにもかかわらず昇は眉一つ動かす気配はない。それも当然、既に識っていた情報を今更言われた所で驚くことなど何もない。

 計画を立てることになった二年前のある日。自分はとある転生者と決闘盤を用いた決闘に勝利し、元の世界に戻る為の計画の礎となる情報を得た。

 Dr.フェイカーが転生者を元の世界へと戻す装置を作れるようになるタイミング、それに必要なナンバーズの枚数。必要な情報全てを事前に手に入れていたからこそ、こうして綿密な計画を立てることが出来た。

 残り一ページという所まで読み終わった少年は内心で安堵の息を吐く。目新しい情報は特にない、計画の修正を見直す必要もないだろう。後は、適当に話しつつこの場を切り抜け――、

 

 

 天を衝くかのような衝撃が、少年の全身を襲った。

 

「……な、んだ、これは」

「それが事実だ。貴様が求めた物のな」

 

 息がまともに出来ない。酸素を求めた肺が呼吸数の増加を求め、全身が痙攣し始める。

 渡された資料の残り一ページ。読み終えた資料の量と比べれば極々僅かと呼べる程度の物だ。しかしそこに書かれた内容は、昇の計画全てを崩しかねない程に凶悪だった。

 

「どうやら、余程動揺しているようだな」

「どうかな? 貴方を欺くために動揺しているフリをしているだけかもしれないよ?」

 

 薄ら笑いを貼り付け、白を切ろうとするが既に手遅れ。

 こちらの心境など、あちらに取っては今や俎板の鯉に等しい。

 

「……やめても、良いのだぞ?」

 

 優しげなフェイカーの言葉が、今の昇にとっては何よりも響く。

 

「今だけは貴様の雇い主であるDr.フェイカーではなく、ただのフェイカーとして話す。貴様が元の世界に戻りたいという気持ちはよく理解出来る。が、貴様が今の世界にいてはいけないというわけではあるまい」

 

 情を感じさせる、暖かい言葉。裏を返せばそれは、それほどフェイカーが昇の事を案じている証明でもある。

 

「何故貴様が元の世界に戻りたがるかを聞きはせん。だが、元の世界に戻った所で貴様を取り巻く環境がこの世界より良い物であるとは到底思えん。勿論、貴様が戻りたいと言うのを止めなどするまい。が――無理に戻ることなどない、それだけは言わせてくれ」

 

 息子であるハルトを救う為に全てを投げ出した男の言葉は重い。原作では実の息子にさえ理解されないまま自分が敗北する寸前まで真の目的を一切明かそうとしなかった人間だ、その意思の強さなど言うまでもない。

 

「そうだね、貴方の言う通りだ。僕が元々いた世界は、決して良い場所などではなかった」

 

 フェイカーの言葉は本心から来るものだ。ならば自分も、本心をもって応じるしかない。

 そうしなければ昇自身の何かが、音を立てて崩れ落ちる気がした。

 

「元の世界での生活は酷い物だったよ。煽りや叩きがはびこり、漠然とした不安が万人を包み込んでいた。それに比べればここは夢のような世界だ。全自動化されたロボットによる環境維持、元の世界とは比べ物にならない科学力を応用した生活、安定した治安、どれをとっても文句の付け処がないくらいだよ」

「ならば――」

「でもね、夢ならば覚めるのが道理だ。違うかい?」

 

 フェイカーの疑念を込めた視線を躱すことなく、真っ向から重ねることで応じる。

 

「シミュレーテッドリアリティ、という考えを知っているかい? 現実性をシミュレーション出来るかどうかから派生した、真の現実と区別出来ないバーチャルリアリティーのことを」

「……私がそれを知らぬわけがあるまい。つまり、貴様はこう言いたいのだな? この世界は、自分にとって現実性を感じられない物(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)であると」

「その通り。この世界に来てもう数年になるけれど、僕にとってここはどこまでいっても飯屋の軒先で見る夢にすぎないのさ」

 

 数秒、静寂が周囲を支配する。

 沈黙は金、雄弁は銀という諺がある。淀みなく話す雄弁さよりも沈黙を守ることの方が大切だと述べる物だ。それを承知で昇は銀を愛用している。幾ら金と雖も能動的に使えなければ腐るだけ、ならば多少価値が劣れど一方的に仕掛けられる銀の方が使い勝手という面において遥かに勝っていたからだ。

 しかし今はその金の価値が、何よりありがたかった。

 

「昇よ。貴様、幾らかカイトに似ているな」

「僕が? 笑わせないでくれフェイカー、僕は彼とは違う。そんな世迷言を吐くようになるなんて、そろそろ死期が近づいてきたのかい?」

「ふ、そうだな。忘れてくれ。今日の要件は以上だ、WDCの件は順を追って知らせる」

「WDCの警備員なら三日目以降なら入れるよ。僕と輪廻なら最初の二日でハートピースを完成させれるし、他の飼い犬にも血気盛んな奴がいるのだろう?」

「……む、う」

「異論もないことだしそういうことで。後は僕の提案通りに大会を動かして貰えると助かる。じゃあ僕はこれで」

 

 息一つ乱すことなく、細心の注意を払いながら。昇はフェイカーの視線を背に彼の居城から悠々と引き揚げる。

 いや、悠々と引き揚げるように見せかけていたと言うべきだろう。背筋からは汗が絶え間なく流れ落ち、両足は今にも崩れ落ちそうになっているのをなんとか耐えているような状態だ。それでもこれ以上、彼に弱みを握らせるわけにはいかない。自宅まで何一つミスを犯すことなく帰れたのは、偏に強固な精神力の賜物であると言わざるを得ない。

 

「……これは、輪廻に見せるわけにはいかないな」

 

 フェイカーから貰った資料を火にくべ、そのまま一気に焼き捨てる。これでいい、これで彼女があの情報を知ることは万が一にもなくなった。

 

「輪廻、そろそろ起きなよ」

「……まだ、眠い」

「それでも、だよ。休日とはいえもう正午だ、そろそろ起きてもいいんじゃないかな?」

 

 文句を言いつつ眠気眼をこする輪廻にお目覚めの珈琲を差し出しながら、昇は一人心の中で決意する。例え何があろうと自分達の計画は完遂する。それが自分の、ひいては輪廻の願いだ。ならばそれを果たすまでは、計画通りに粛々とことを運び続けよう。

 

 

 たとえその果てに、輪廻と離れ離れになったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

「……さて。このへんでそろそろ、一度情報を整理しようか」

 

 机の上で組んだ手で口元を隠しつつ、暁月夜は笑みを浮かべた。

 

「そうだな、そろそろ一度整理しておくか。後月夜、それ止めろ」

「えーなんでー、黒幕っぽくて好きなんだけどー」

「お前がそう言うと洒落にならないんだよ! で、そう言うからには十分な情報が集まったんだよな」

 

 幸也のけちー、いけずー、などとぶつくさ言っていた月夜であったが、幸也の挑発には当然とばかりに胸を叩く。

 

「一応、ね。まずは昇から行こうか。相剋昇、五年前に突如としてプロデュエリストとして姿を現し、二年前にこれまた謎の引退。現在は時折招かれる豪華客船内の見世物として決闘を披露して生計を立てている、この世界ではそこそこ有名なことだけど、はっきり言うけどこれって異常だよね?」

「ああ、異常だ。一人の付き人も、マネージャーもいない、まだ十にもなっていないないような子供がプロになり、三年間何事もなかったかのようにプロ生活を送っていた。その間、マスコミなんかにその件を全く注目されなかった、というのが一際異常性を強めているな」

「私達には異常に感じ取れるけど、この世界の人にはどうやら異常だと思われていないみたいだね。で、次に彼の目的だけど」

「元の世界に戻る、だったな。まあこれは、プレイスタイルを見て入ればどんな奴でも分かるだろうよ。それが理解出来るかどうかはさておくとして、だな」

「どんなデッキだろうと常に先攻を譲る、全く持って馬鹿げているよね、この世界ではまだ先攻ドローは廃止されてないってのに。でも裏を返せばそれは、彼はまだこの世界の住人であることを認めていない何よりの証明なんだよ。元の世界では先攻ドローはなかった、だから元の世界通りの決闘をする為にあえて先攻を譲り続けた――たった一人の抵抗、とでも言うべきかな?」

 

 ふう仕事した、と呟いて月夜はあからさまに腕を伸ばす。次はお前から言え、と言外に告げられた幸也はいつものことかと息を吐き、昇といつも行動を共にしているもう一人の転生者について話し始めた。

 

「次はあの嬢ちゃんだな。六道輪廻、この嬢ちゃんの情報は昇以上に少ねえな。初めて表世界に姿を現したのが二年前、昇のマネージャーとして、だったか。それまで何をして生きてきたのか、はたまた丁度その時くらいにこの世界にきたのか。色々と考えさせられるな」

「そして幸也が完膚なきまでにボコボコにされた昇に唯一勝利経験のある決闘者である、と。ん? 幸也、悔しい? 悔しい? 先攻クエーサー二体並べたのに負けて悔しい?」

「鬼の首を取ったように笑うなっての。全く、こういったとこさえなけりゃ普通の可愛い女の子なんだがな……」

「私が悪かったからそう拗ねるなって。でもまあ、昇も負けっぱなしではないみたいだ。私が調べた限りでは彼らの決闘盤を用いた決闘に限定すれば戦績は一勝一敗、イーブンだね。幸也、私達の理は覚えているよね?」

「忘れるわけがないだろ、転生者が決闘盤を用いて他の転生者と決闘した場合、勝者は敗者への絶対命令権を得る。最もそれは、この世界で他の転生者と決闘して初めて分かることでもあるがな」

「全く面倒な決まりだ、これがあるおかげで迂闊に決闘盤なんて使えるもんじゃない。フリーでやる分ならテーブルを使えば幾らでも出来るけどね」

「あいつらはそれすら殆どないな。一週間張り込んでみたが、家にいる時ウィクロスやゼクス等別のカードゲームに興じたり俺らみたくギルティやポケモンをやったりはするが、遊戯王だけは絶対に手を出そうとしねえ。間違いなくプレイするのを避けてやがる」

「単に目的を遂行する為の手段として見ているのか、はたまたこの世界の一員であることを認めようとしない証明か、あるいはその両方か。そこまで徹底しているのを考慮すると、おそらく最後だろうね」

「とまあ、分かっていることはこれくらいか。肝心要の計画とやらも分からずじまいだったしな」

「それはまあしょうがないよ。私でも分からなかったんだ、幸也に分かるはずがない」

 

 明らかにけなしているようにしか聞こえない言葉を平然と吐く少女であるが少年は文句一つ言うことなくそれを認める。純粋な真実の前には文句など無意味だ。月夜は淡々と事実を述べているだけならば、幸也はそれを粛々と認めるだけだ。

 

「さて、WDCも近づいてきたことだ。参加は当然として、どう引っ掻き回されることか。俺は今から胃が痛いよ」

「嘘ばっかり。だって幸也、なんか楽しそうだよ」

「まあ、楽しみじゃないって言えば嘘になるからな」

 

 前代未聞の規模を誇る巨大な大会にして原作の一つのエピソードだ、楽しみでないわけがない。

 

「さて、私達は楽しませて貰うとしますか」

「そうだな、精々楽しませて貰うとしよう」

 

 二人はこの大会の裏で繰り広げられている陰謀や企み等には一切の興味を持っていない。自分達に火の粉が降りかかるようであれば払うが、そうでなければ好きにやってくれとさえ思うほどだ。

 わざわざ自分から舞台に立つなど真っ平御免、観客として楽しむことこそ最良。それが幸也と月夜の共通認識だ。そんな彼らが大舞台であるWDCを前に胸躍らないわけがない。二人はwDC用のデッキ構築をしながら、どうすれば一番この大会を楽しみ切れるかを模索する。

 

 

 それぞれがそれぞれの思惑を抱く中、WDCの開催は刻一刻と迫っていく。

 



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番外編
番外編 一日遅れのバレンタイン


今回は決闘なし、輪廻の一人語りとなります。
よろしければ読んであげて下さい。


「……準備、よし」

 

 二月十四日、バレンタインデー当日。渡す人数分のチョコレートを持った私は、真剣な面持ちで息を吐く。

 この日までの準備期間と定めた一週間は長いようで一瞬だった。色々考えつつ作るのは大変だけどとても楽しい。楽しすぎて時間を忘れて昇に気づかれそうになるのも多々あったけれど。

 さて、まずは誰に渡すとしようか――、

 

「ちょっと遊馬、待ちなさいよ!」

「へっへーん、先に行ってるぜ小鳥!」

 

 丁度渡そうと思っていた人物の姿が見えたので、これは好都合だと呼び止める。九十九遊馬は怪訝な顔をしながらも一度自分の前で止まり、そのすぐ後に息を切らしながら観月小鳥も私の前で足を止めた。

 

「急に呼び止めてどうしたんだ?」

「……これ。あげる。一応義理ってことで」

 

 怪訝そうに近寄ってきた少年にチョコを渡すと、嬉しそうに礼を言われる。こういう素直と言うか正直な所は彼の美徳であり好感を持てる所だ。喜んでいる彼の後ろでふくれっ面で私を睨む小鳥が少し怖いが。

 

「……はい、小鳥の分も」

「あ、あいがと。じゃあお返しにはい、ハッピーバレンタイン!」

「……ありがと。後で頂く。じゃあこれで」

 

 小鳥とチョコレートを交換し合った所で二人と別れ、次の相手の元へと向かう。今度の相手は休日に家から出るような奴じゃないが、さて、私の予想通りだと良いのだが。

 歩き始めて十五分。目的の場所まで着いた私は、逡巡することなくインターフォンを押した。

 

『開いてるよー。早く入ってきてー』

 

 拍子抜けな声色の軽さに毒気を抜かれつつも私は本日休業の看板がかけられた門を潜り扉を開ける。

 

「ハッピーバレンタイン! はい、私からのチョコだよ」

「……あ、ありがと」

「どうしたのさ、そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」

「……いや。まさかスタんばってるとは思わなかったから」

 

 扉の前で自分が来るのを待っていたらしい月夜に苦笑しつつ、それぞれチョコレートを交換する。月夜とは一度会ってからずっと仲良くして貰っている、いわば友人と言える存在だ。最も月夜が最も頼みにするであろうあの男とは一生仲良く出来る気がしないが。

 

「そういや輪廻さんや」

「……その話し方気持ち悪いからやめて。で?」

 

 入れて貰った紅茶を飲みつつゆったりと話している時、唐突に月夜が婆言葉を使い始める。

 こういう時の彼女は絶対に何か悪いことを考えている。にやにやと底意地の悪そうな笑みを浮かべているのがその証拠だ。とは言え自分も百戦錬磨、そうそう動揺することはない。寧ろ何を言ってくるのかを楽しみに

 

「恋人に渡す分のチョコは当然苦めに作ったんだろうね?」

 

 飲み込んだばかりの紅茶があやうく逆流しかけた。

 

「ケホッ、ケホ……い、いきなり何を……」

「当然甘すぎにはしてないだろう? どうせそれを渡すってだけで甘ったるくなるんだから」

「……御免、急に用事思い出した。またね月夜」

 

 挨拶もそこそこに荷物だけ持って全速力で彼女の家から出て数分、私は安堵の息を吐く。今のは冗談抜きで危なかった、あのままあそこにいれば間違いなく茶化され続けただろう。全く、月夜はいい友人なのだがああいった所が玉に傷だ。もう少し人をおちょくるのをやめてくれれば完璧なんだけれど……夢想して現実が変わるのなら、世界はもう少し優しかっただろう。

 そんなことはさておき、次は一体誰に渡そうか。

 

「よう輪廻。今日は月夜は一緒じゃないのか?」

「……あ、シスコン兄貴」

「誰がシスコンだ誰が! 全く、お前じゃなかったら掴みかかってるぞ……」

 

 バイクから降りてヘルメットをかけた凌牙にこれ幸いと二人分のチョコレートを差し出す。呆けた顔をする少年の頬をチョコレートで叩くと、憮然としながらも受け取ってくれた。

 

「……これから、妹さんの所?」

「そうだな。お見舞いのついでに花でも買っていくつもりだ。今日はバレンタインデーだからな」

「……とんだロマンチストね」

「……お前、俺のこと馬鹿にしてるだろ」

「……じゃ、私用事あるから」

「おい、せめて答えてから行け!」

 

 あえて真っ当な返答を返さず私は凌牙と別れて歩きだす。真実を言うのは時として人を傷つける。こうして濁してしまえば彼に無用な傷を負わせることもない。後ろから向けられている殺気にはあえて気づかないフリをしておこう。

 さて、次は――と。もうこんな所まで歩いてきていたのか。

 

「はい、どちら様で……あ、輪廻さん!」

「……こんにちは、Ⅲ。今他に誰かいる?」

「今父様は私用で出られていますが、兄様は全員いますよ! ただ、Ⅴ兄様は……」

「あいも変わらず部屋で引きこもっている、と」

「はい……折角来ていただいたのに申し訳ありません」

「……大丈夫。気にしてないから。それより上がってもいい?」

「はい! 輪廻さんなら大歓迎です!」

「……お世辞でもありがと。それからこれ、良ければ受けとって貰えると嬉しい」

 

 差し出したチョコを笑顔で受け取るⅢの姿に私も顔にも思わず笑みが浮かぶ。やはり一生懸命作った物をこうして喜んで貰うというのはとても嬉しい物だ。

 さて、後は。

 

「……安心して。貴方の分もあるから」

「別に僻んでなんかねえよ。そんなことよりお前どうやって入った」

「……Ⅲに開けて貰った」

「あいつか、全く仕方のねえ奴だ……ん?」

「……バレンタイン。ホワイトデーには三倍返し、期待してる」

 

 四角い箱に入れたチョコレートを渡すやいなや、Ⅳは大声をあげて笑った。

 

「俺のファンサービスを舐めているのか? 安心しろ、お前の度肝を脱ぐ物でたっぷりとサービスさせて貰うぜ」

「……そう、期待してる。出来ればⅤにも直接渡したいのだけれど……」

「兄貴はねとげとかいうのにご執心中だ。今日も一日部屋に閉じこもるつもりなんだろ」

「……そう、残念。じゃあこれⅤとトロンの分。渡せる時に渡しておいて」

「おう、分かった……って、もう行くつもりか?」

「……うん。まだ渡しに行く所あるから」

「……そうか。また来てくれ、少なくとも俺とⅢは歓迎するぜ」

 

 見送ってくれた二人に頭を下げ、私は次の目的地へと向かう。Ⅳは口は悪いが根は悪い人間ではない。言葉の端々に自分を心配するような気持ちが込められていた。Ⅲも歓迎してくれたし、次はしがらみなしで遊びに行くとしよう。

 ともあれこれで殆ど予定していた相手には渡し終わった。残るは――、

 

「……輪廻か。こんな所で何をしている?」

 

 唐突に後ろから響いたのは、聞き覚えのある特徴的な声。

 

「……貴方こそ、こんな所で何を?」

「俺はハルトへのチョコレートを狩ってきた所だ」

「……それ、字違う」

 

 カイトの言葉に笑いを堪えつつ、私は残り少なくなったチョコレートを押し付ける。数は三個、フェイカー、ハルト、そしてカイト本人の分。

 

「……何のつもりだ?」

「……義理チョコ。ホワイトデーには三倍返し、期待してるから」

「ほう、いいのか?」

「……別に要らないのなら処分は任せる。焼くなり捨てるなり好きにするといい」

「貰った物を粗末には出来ないさ。フェイカーとハルトの分も礼を言わせてくれ。ありがとう、大切に頂かせてもらう」

 

 オービタルを背中に装着し飛び去っていったカイトを見送ってから、私は深々と息を吐く。

 前座は終わった。そして、これからが本番だ。

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 二月十五日、午前二時。ベッドの上に腰を下ろした私は、一人深々と息を吐いた。

 

「……結局、渡せなかった、か」

 

 手元にはハートの形をしたチョコレートが一つ。他人に渡す為の義理チョコは幾つか作ったが、この形だけはこの他には一つも作らなかった。義理は対して緊張せず渡せたのだが、本命だとどうしてこう渡しずらくなるのだろう。

 

「……バレンタインデー、終わっちゃったな」

 

 恋する乙女、という言葉は私には似つかわしくないことは分かっている。なにせ本命の相手と同棲までしているのだ。恋愛という面においてこれ以上恵まれている状況などそれこそ空想の世界でしかお目にかかることはまず出来まい。

 ただ、それでも尻込みしてしまうのは、偏に私の弱さからか。

 

「……はぁ」

 

 ほんの一言、ほんの数秒、それだけあれば渡せたはずだ。それでも渡せないいくじなしっぷりには本当嫌気がさす。これで通算三回目。三回とも同じように渡そうとして渡せないのだから始末に負えない。

 どうせ来年も同じ失敗を繰り返すのだし、このチョコを渡す機会は未来永劫訪れまい。もう今日はこのまま不貞寝してしまおう。夢の世界に逃げてしまえば、少しは気分もマシに――。

 

「ごめん急に。なんか今日溜息ばかりついてるけどだいじょ……輪廻?」

 

 時間が数秒、止まったかのような錯覚を覚えた。

 

「の、ののののの昇、なな何で私の部屋に!?」

「いや、なんか今日の輪廻変だったからさ。無理してないか心配になって、つい」

 

 ベッドの上でテンパる私に近寄り、昇は何があったのかと頭を撫でてくる。こういった優しさは本当にずるい。普段とは違う、本当に私だけを気遣う優しさ。私が他人とは違うという、私だけを見てくれているという証明。

 ああ、卑怯だ。昇は本当に卑怯者だ。こんなに、こんなに優しく、大切にされてしまったら。

 

「……昇」

「どうしたの、輪廻?」

 

 もう、惚れてしまうしかないじゃないか。

 

「……はい、これ。バレンタインデーのチョコレート」

「え、いいの?」

「……うん。昇の為の特別製。食べてみて」

 

 包装を解き、姿を現したチョコを見てから、昇は端を軽く齧る。

 それから彼が浮かべた表情は、私の予想通りの物だった。

 

「少し、苦すぎないかな?」

「……うん。だってそのチョコ、砂糖少ししか入ってないから」

「確かに特別製なんだろうけど……次はもう少し甘いチョコが食べたいかな」

「……善処、する」

 

 彼の胸の中で抱き留められながら、私は内心でしてやったりと舌を出す。

 月夜の予想は半分合ってて半分違う。私は確かに昇に渡すチョコだけ意図的に砂糖を少なめにしたが、それは甘い空気を中和するためではない。

 

 本当に甘いチョコを渡すのは、私の思いが結ばれてから。

 それまで彼に渡すのは、ビターチョコで十分だ。

 

 

 

 

 

 



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第二章 霊衣
第十二話


「さて、行こうか」

 

 自宅に存在する近倉庫、その深奥に存在する幾つかの金庫。その中の一つからデッキを取り出した昇は、自分自身落ち着けるかのように気を吐いた。

 

「……昇、本当にそのデッキ使うの?」

「使うけど……輪廻は嫌?」

「……本当のことを言えば嫌かな……そのデッキ見てると、昔の私を思い出しちゃうから」

 

 彼女はそう言ってはいるがこのデッキが自分達の計画に必要なことを理解している。ただそれでも、輪廻自身はこのデッキに良い感情を抱いていないことは顔を見れば一目瞭然だ。

 そんな彼女の耳元に口を寄せ、昇は小さな声で囁いた。

 

「心配しないで。僕が、輪廻を必ず守るから」

「――――!」

 

 顔を真っ赤にした輪廻は周囲をきょろきょろして誰もいないかを確認し、それから照れ隠しのつもりか少年の胸元に顔を埋めた。

 

「……誰もみてないのは分かってるけど、それでも恥ずかしい」

「ぼ、僕だって恥ずかしいよ! ……けど、こうでもしないと納得してくれないと思ったんだ」

「……ばか」

 

 顔を朱に染め、昇は顔が真っ赤になった輪廻の背中に手を回す。

 

「……一緒に、帰ろ」

「うん。約束だ」

 

 抱き合ってた時間は僅か数分。しかしそれは二人にとって、悠久にも感じられる物だった。

 

「まずは勝とう。お互い、今日中にハートピースを揃えよう」

「……分かってる。昇こそ、気を抜いて負けたりしないように」

「僕は負けないよ。君がいるからね」

「……馬鹿」

 

 ここから先は別行動だ。昼夜関係なくハートピースを集め、眠る時は好きな時間に合鍵を使って家に入って寝る。余程時間が噛みあわない限り、この二日間顔を合わせることはないだろう。

 予定していた物とはいえ、少し寂しくなるのもまた事実。

 

「……気にしていても、仕方ない」

 

 頭を振る。過ぎたことを考えていても仕方ない、今は今するべきことだけを考えるべきだ。  

 時刻は正午より少し前。多少出遅れたとはいえまだ多くの決闘者が相手を求めているはずだ。さて、このデッキの試運転が出来そうな丁度いい相手はいないものか――、

 

「……お前、プロデュエリストの相剋昇だろ?」

 

 背後から、声。

 

「そうだけど、何か用かな?」

「その質問はおかしいだろ。今日はWDCの開催日だってのによ」

 

 ニヤニヤと笑いながら、男は自らのハートピースを掲げる。

 年は恐らく二十代前半、神の色は黒、瞳の色は白。乱暴な言葉遣いとは裏腹にフォーマルな服装を身に纏い、主の傍らに立つかのように一歩引いたその姿から一つの職が思い当った昇は、場にそぐわぬことを承知で尋ねる。

 

「……執事、かい?」

「おいおい、詮索はなしにしようぜ。そんなことよりお互いのハートピースを賭けて、勝負といこうじゃないか」

 

 埋められた箇所は三個。つまり彼は、既に二人の決闘者を下しているということになる。

 そのう上で自分に勝負を挑むとは、余程の自信があるのか――あるいは。

 

「自分を、試すのかい?」

「随分察しがいいな。その通り、俺はこのお前との戦いで自分を試す。もしお前に勝ったのならこの大会でも優勝が狙えるだろうし、逆に勝てないようじゃ優勝の目はねえ。この戦いで負ければ、俺は俺が持つ全てのハートピースをお前にやるよ」

「オールオアナッシング、か。随分とリスキーだね」

「ルールだからな。それに、俺にはこの生き方しかできねえ」

 

 自嘲気味に笑う男だが、その目から感じられる意志は本物だ。

 

「……いいよ、僕と決闘しよう。君の名前は?」

「名乗るほどのもんじゃないさ。この大会には多くの決闘者が参加している。いちいち名前なんて聞いてたら身がもたねえぞ」

「それでも、だよ。いつか忘れることになるとはいえ、倒した相手の名前は僕も知りたいからね」

 

 変な奴だな、と青年は笑う。しかしその笑みは、昇の目にはどこか嬉しさが込められているように感じられる物のように映った。

 

「星守天馬、だ。自己紹介はこれくらいでいいだろ、」

「そうだね。今必要なのは闘いだけ、その意見には同意するよ」

 

 決闘盤を構え、数歩離れた場所でお互いに視線を重ねる。

 これ以上の言葉は不要だと、お互い何も言わずとも分かっていた。

 

「「決闘!」」

 

「先攻は俺が貰う! 俺のターン、ドロー! 俺は魔法カードおろかな埋葬を発動! このカードはデッキからモンスター一体を墓地に送る魔法カードだ。この効果で俺は、デッキから星因子(サテラナイト)デネブを墓地に送る!」

 

 天馬の墓地へと送られたのは、星の光を纏う戦士にして夏の大三角の一角。

 星因子デネブ。厄介なモンスターが送られた物だと思いつつ昇は率直に呟いた。

 

「テラナイト、か」 

「ほう、よく分かってんじゃねえか! さらに俺は、星因子アルタイルを通常召喚! 光纏いて現れろ、星因子アルタイル!」

 

 通常召喚されたのは、デネブと共にこの世で最も有名と思われる夏の大三角を成す一角。

 星因子アルタイル。攻撃力は1700、守備力は1300。攻撃力はアタッカーラインを超えない程度の物しか備えていないが、その効果は鮮烈だ。

 

「星因子アルタイルの効果発動! このモンスターが召喚、反転召喚、特殊召喚に成功した場合、墓地のテラナイト一体を特殊召喚出来る! 来い、星因子デネブ! さらに星因子デネブの効果発動! このモンスターが召喚、反転召喚、特殊召喚に成功した場合、デッキからデネブ以外のテラナイトモンスター一体を手札に加える! 俺は、星因子アルタイルを手札に加える!」

 

 僅か一瞬で天馬の場には二体のモンスターが揃い、手札には後続が加えられた。しかしそれを今まさに目の当たりにしているはずの昇の瞳には驚愕も恐れもない。それも当然、元の世界で飽きるほど見た光景だ。久しぶりに見るとはいえ驚くことなど有り得ない。

 

「アルタイルの効果はこの効果を使ったターンテラナイト以外は攻撃出来ない、だったかな? でも先攻ではそんなデメリット、何の意味もない」

「本当に良く知ってやがんな。流石は無敗の決闘者か……だが、その無敗神話に今日こそ土をつけてやるよ! 俺はレベル4の星因子アルタイルと星因子デネブでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 現れるのは妖精の王。山札の僕を使役する効果を持つ、ランク4のエクシーズモンスター。

 

「現れろ、キングレムリン!」

 

 妖精の王は場に出た瞬間、主の敵に向かって威嚇する。

 それは自らの強さを示威する物か――あるいは、敵としている物に怯えた証か。

 

「キングレムリンの効果発動! オーバーレイユニットを一つ取り除き、デッキから爬虫類族モンスター一体を手札に加える! 俺はカゲトカゲを手札に加える! さらに俺はカードを二枚伏せて、ターンエンド」

「僕のターン、ドロー」

 

 引いたカードを見た瞬間、思わず少年の口元が微かに緩む。いい。いや、これは自分からしてみれば明らかに出来すぎた手札だ。

 カードが意思を持つ、などとは考えてはいない。肝心な時に碌なカードが引けない昇にとって、ドローとはあくまでも逆転の要素ではなく単なる手札補充の手段だ。そんな彼でも今の手札は、明らかに何かの意図を感じずにはいられない物だ。

 あたかもそれは、再び手に取った自分に感謝してくれているようで。

 

「……ハハッ」

「てめえ、何がおかしい」

「いや、馬鹿なことを考えた物だなと思っただけだよ」

 

 そんな物あるわけない。もしあるとするのならそれはただの感傷だ、今この時点で必要な物ではない。

 自分にしては馬鹿な物を考えた物だと昇は内心で苦笑する。そう、今必要なのはただ一つ、

 

「僕はマンジュ・ゴッドを召喚」

 

 眼前の敵を、徹底的に叩き潰すことだけだ。

 

「……儀式だと? インフェルニティでないのはともかく、そんな廃れたカテゴリーで何が」

「マンジュ・ゴッドの効果、このモンスターが召喚した時、デッキから儀式モンスターまたは儀式魔法一枚を手札に加える。僕が手札に加えるのはブリューナクの影霊衣(ネクロス)。さらにブリューナクの影霊衣の効果、このカードを手札から捨てて、デッキから影霊衣(ネクロス)モンスター一体を手札に加える。僕が手札に加えるのはユニコールの影霊衣(ネクロス)だ。さらにクラウソラスの影霊衣の効果、このカードを手札から捨てて、デッキから影霊衣儀式魔法一枚を手札に加える。僕は影霊衣(ネクロス)の万華鏡を手札に加える」

 

 天馬が怪訝そうに眉を潜めるのも無理はない。従来の儀式モンスターの欠陥は、手札に儀式モンスターと魔法が揃わない限り腐ってしまうこと、そして召喚する際に儀式魔法、そして生贄とするモンスターの二枚を消費してしまうこと、この二つだ。効果は確かに強力な物もあるがそれは言ってしまえば割に合わない物であり、そんなことをわざわざやるくらいならチューナー含む数体のモンスター、もしくはレベルが同じモンスターを数体並べた方が遥かに楽で強いからだ。

 そんな中、儀式を中心とするカテゴリもまた姿を現してきた。一つはリチュア。リチュアの効果モンスターで専用儀式魔法である儀水鏡と儀式モンスターを手札に揃え高速召喚を行うカテゴリだ。儀水鏡自体に墓地の儀式モンスターを手札に戻しつつデッキに戻る効果があったため儀水鏡の使い回しも可能とされた為面白がられ一時期は聖刻リチュアとして環境にも姿を現したが、手札をデッキに戻させるガストクラーケの規制と同時に環境からは姿を消した。

 リチュア自体の自力もそこまで高い物ではなかった。強いのは確かに強い。が、所詮は儀式。わざわざそんなことをしなくても他にもっと安定して強いデッキは幾らでもあり、そうであるが故にリチュアは一部の好事家に使われるに留まっていった。

 そして、リチュアの後に現れた物が。

 

「僕は影霊衣の万華鏡を発動。このカードは、手札またはエクストラデッキのカードをリリースして儀式召喚出来る」

「エクストラデッキのモンスターをリリース出来る!? そんな儀式魔法、聞いたことねえぞ!?」

「僕はエクストラデッキの虹光の宣告者(アーク・デクテアラー)をリリース。来い、ユニコールの影霊衣」

 

 影霊衣(ネクロス)。あらゆる儀式の頂点にして完成系であると同時に、あらゆる儀式を殺したカテゴリー。

 その中の一体である青年は、己が槍を主の敵へと向ける。

 

「ユニコールの影霊衣の効果、このモンスターが場に存在する限りエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターの効果は無効となる。如何なるモンスター・エクシーズだろうとエクストラデッキから出てきている以上はユニコールの前では無力だ」

 

 昇の言葉通りキングレムリンは力が抜けたかのように膝をつく。その様はあたかもスキルドレインに描かれた効果を無効にされたハ・デスのよう。

 奇しくもその効果はエクストラデッキからという条件こそつくが、スキルドレインと全く同じだ。

 

「リリースされた虹光の宣告者の効果、このカードが墓地に送られた場合デッキから儀式モンスターまたは儀式魔法一枚を手札に加える。僕はトリシューラの影霊衣を手札に加える。場のマンジュ・ゴッドとユニコールの影霊衣でオーバーレイ。エクシーズ召喚。来い、ラヴァルバル・チェイン。チェインの効果、オーバーレイ・ユニットを一つ使い、デッキからカードを一枚墓地に送る。僕が墓地に送るのは儀式魔神リリーサー」

「これだけやって、手札が殆ど減ってねえ……だと!?」

 

 場に出ているのはチェイン一体、対して手札は五枚。普通のデッキであれば極々当然であるが、儀式を絡めているとするならば従来の儀式しか知らない者からすれば異常とさえ言えてしまう状況だ。

 しかしそれを可能にするのが影霊衣(ネクロス)と、儀式がまだ隆盛でなかった頃に登場した儀式サポートの数々。圧倒的なカードパワーとそれまでからすれば異次元とさえ称される戦略で環境の頂点に立った異端児。

 その真価は、未だに片鱗さえ見せてはいない。

 

「僕は儀式魔法影霊衣の降魔鏡を発動。このカードはリリース素材を墓地のカードを除外することで補うことが出来る儀式魔法だ。僕は、墓地のブリューナクの影霊衣と儀式魔神リリーサーをゲームから除外」

 

 剣を携え、翼を生やした姿は、術士であった頃の面影を残し成長した物だ。

 太古に封印された三匹の龍の一角。圧倒的な力を誇り、一時期は牢獄への収監も経験したレベル9のシンクロモンスター。その力を纏った青年は、携えた剣を引き抜き天へと掲げる。

 

「現れろ、トリシューラの影霊衣」

 

 召喚と同時に頷いた青年は、切先をキングレムリン、天馬の手札、そして墓地に存在するデネブへと向け、己が剣を振り下ろす。

 音もなく切り裂かれる次元。

 場のキングレムリンと墓地のデネブ、そしてトリシューラに選ばれた手札が異次元へと吸い込まれ姿を消す。ここまでほんの数秒弱、トリシューラの効果を知らない天馬は何が起こったか分からず狼狽えていた。

 

「い、一体何が起こった!?」

「トリシューラの影霊衣の効果、このモンスターが儀式召喚に成功した時、相手の場のカード、墓地のカード、そして手札をランダムに一枚ずつ対象にとった上でそれをゲームから除外する。僕が対象に取ったのはキングレムリン、墓地の星因子デネブ、そしてそのランダムに選ばれた手札一枚。どうだい、場だけでなく手札と墓地のカードを奪われた感想は」

 

 何も言えずただ立ち尽くすその姿は、彼の心境を如実に示していた。

 本来墓地と手札というのは相手からの干渉を受けない場所だ。故にそれを利用するギミックもまた非常に多い。特に星因子の核はデネブ。あらゆる召喚条件全てに対応しデッキから後続を手札に呼び込むという効果は非常に優秀であり、アルタイルからデネブを出しアルタイルを出すことはテラナイトの単純にして最強の動きと言える。

 そしてそれを失ったことは、半ば勝ち筋を失ったに等しい。

 

「バトル、行け、チェイン、トリシューラ。天馬にダイレクトアタック」

「罠発動! 和睦の使者! このターン、俺への戦闘ダメージをゼロにする!」

 

 瞬く間に現れた虹色の障壁が、チェインの炎とトリシューラの剣を受け止める。

 和睦の使者は確かに優秀な防御罠だが、使い方によっては劣勢を凌ぐだけの物になりかねない。今回がそのいい例だ。ただ一ターンの攻撃を凌ぐ為だけに一枚のカードを使った。このゲームにとって手札一枚がどれほど重要かは周知の通り。その一枚を時間稼ぎの為だけに使ったという事実はすぐに響いてくることとなる。

 

「防がれた、か。僕はこれでターンエンド」

 

 小さく息を吐く昇だがその目に焦りの色はない。現状は圧倒的に有利、このまま優勢を保ち続け勝機を逃さなければいいのだからそれも当然のこと。今はただ機が熟するのを待つだけ。功を焦ったあげく自分から不利になるような行動をするほど昇は愚かではない。

 逆にこうなってくると焦ってくるのは天馬の方だ。奪われた手札は先程デネブの効果で手札に加えたアルタイル。さらに墓地に存在するデネブまで奪われてしまった。手札に死者蘇生もあるが、それは現状全く意味のない札であることは天馬自身重々承知している。

 儀式魔神リリーサーの効果は、このモンスターを素材として儀式召喚されたモンスターが場に存在する限り相手はモンスターを特殊召喚出来ないという極めて強力な物だ。今昇の場にはリリーサーを素材として儀式召喚されたトリシューラが存在している。つまり、攻撃力2700のトリシューラをなんとかして除去しない限り自分に勝利は訪れない。

 ……除去した所で、勝利の目は蜘蛛の糸のように細く小さいが。

 

「……何をしているのです、天馬!」

 

 横から響いたのは、天馬にとって聞き覚えのある声。

 

「な、なんで貴女が……」

「全く、急に家からいなくなったと思ったらこんな所でほっつき回って……言っておきますけど、私貴方を探すのにかなり苦労したのですよ?」

 

 格好が変わった程度で見違えるはずもない。この世で誰よりも見てきた少女の顔だ、例えプロが変装させたとしても見破れる自信がある。自分で町に抜け出してきました程度の変装など、それこそ赤子同然だ。

 問題は、何故ここにいるかという点だが。

 

「お嬢様、俺は既に辞表を出した身です。それでも俺はこの大会に出たかった。育てて貰った恩を忘れた恩知らず、という罵倒は甘んじて受けます。ですが」

「あら、何のことかしら? 私は辞表なんて受け取ってませんけど? ああ、枕の横に置いてあった封筒でしたら中身を見ずに燃やしました。何やら書かれていたようですが、そんなこと知ったこっちゃありません」

 

 呆気にとられた表情で天馬は少女を凝視する。焼いたというのは事実だろうがそれ以外は間違いなく嘘だ。彼女の頬にはまだ涙腺が残っている。恐らく起きてすぐ置いておいた辞表を読んで、それから全力で自分を探していたのだろう。

 だがそれでも彼が誰よりも愛する少女は、涙の後を隠すこともせず、獰猛に笑ってみせた。

 

「とやかく言う前にそこの優男を倒しなさい! 貴方は私の執事なのです、私の目の前で敗北など許しません!」

 

 自分勝手なお嬢様だ。思わず口から呟きが漏れるが、気にすることなくデッキトップに指を掛ける。

 親愛なるお嬢様の命令は絶対だ。それがこの状況下で自分に勝てと言っているのだ、自分がやることはただ一つ。

 

「……俺のターン、ドロー!」

 

 このドローで、勝機を手繰り寄せるまで。

 そして主の求めに、デッキは最高の形で応えた。

 

「俺は魔法カードブラック・ホールを発動! 場のモンスター全てを破壊する!」

 

 黒き真円が場の全てを吸収し、チェインとトリシューラを破壊する。これで特殊召喚出来ないという縛りはなくなった。手札のアルタイルと墓地のデネブこそ失ったが、まだ何とかなる。

 

「俺は星因子ベガを召喚! このモンスターの効果は召喚、反転召喚、特殊召喚に成功した時手札の星因子モンスター一体を召喚出来る! さらに俺はカゲトカゲを特殊召喚! このモンスターは俺がモンスターの召喚に成功した時手札から特殊召喚出来る! そしてベガの効果、俺は手札の星因子ウヌクを召喚! ウヌクの効果でデッキから二枚目のデネブを墓地に送る!」

 

 レベル4のモンスターが一ターンで場に三体揃うという普通のデッキでは困難極まりないことを平然とやってのける、それがテラナイトの本領にして真骨頂だ。

 テラナイトのエクシーズモンスターは一部の例外を除いてレベル4のモンスター三体という重い指定を受けている。効果はそれに見合った強力な物だが、テラナイトの効果は全て一ターンに一度である上肝心要のアルタイルの効果には発動ターンテラナイト以外の攻撃を封じる制約じみた効果まである。故にアルタイルだけでは素材を揃えることが出来ない、その為のベガだ。

 ベガでアルタイルを召喚し、アルタイルでデネブを墓地から呼び出し、デッキから後続を呼び込む。単純にして最強の動きだが、そうであるが故に知られていれば非常に妨害を受けやすい。天馬はその為にカゲトカゲを積むことで事故の可能性を少なくすると同時にレベル4のモンスターを揃えやすくした。

 そしてこの場に三体のモンスターが揃った今、彼が出すのはエースをもって他にない。

 

「俺は星因子ウヌク、星因子ベガ、カゲトカゲでオーバーレイ! 三体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築、エクシーズ召喚! 星々の煌めきよ、輝きよ、今ここに集え! 我らが敵に断罪を! 星輝士デルタテロス!」

 

 光輝く剣を手に天より舞い降りたのは、星々の輝きを秘めた一体のエクシーズモンスター。

 星輝士デルタテロス。デルタの名が示す通り大三角の完成系にして、テラナイトデッキのエースモンスター。

 

「バトル! いけ、デルタテロス! 昇にダイレクトアタック!」

 

 直接攻撃の命を受けた戦士は主の敵たる少年に剣先を向ける。守りのカードはない。これで昇のライフは1500、圧倒的に不利とさえ言える状況から幾分か持ち返したことになる。

 

「僕は手札のヴァルキュルスの影霊衣の効果発動」

 

 だがそれは、どこまでいっても攻撃が通ればの話。

 そして昇にわざわざ攻撃を通してあげる優しさなど、あるはずもなく。

 

「手札から儀式モンスターの効果を発動する……だと!?」

「墓地のクラウソラスの影霊衣を除外して攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる」

 

壮年の男が身に纏ったローブで攻撃を受け流し、それと同時にバトルフェイズが強制的に終了させられる。

 

「……俺はカードを一枚伏せ、ターンエンド」

 

 デルタテロスの効果はオーバーレイ・ユニット一つと引き換えに場のカード一枚を破壊する物、昇の場にカードがない以上その効果は使えない。

 が、破壊された瞬間デルタテロスの効果が発動する。その効果は、デッキからテラナイトモンスター一体を特殊召喚出来るという優れものだ。これでアルタイルを壁として出してデネブを蘇生しベガを手札に加えられれば、まだ勝機はあるはず。

 

「僕のターン、ドロー」

 

 そんな儚い願いを、昇は全力で潰しにかかる。

 

「僕は魔法カード大嵐を発動。場の魔法、罠カード全てを破壊する」

「何だと!?」

 

 巨大な竜巻が場の全ての魔法、罠カードを巻き込み、塵へと変えていく。これはたった今引いたカードではなく、元々手札にあった物。それを使ったということは、言わばこのターンで終わらせるという予告に等しい。

 

「僕は手札のクラウソラスの影霊衣を捨ててデッキから影霊衣の反魂術を手札に加える。さらに墓地の万華鏡の効果、このカードと影霊衣カード一枚をゲームから除外し、デッキから影霊衣儀式魔法一枚を手札に加える。僕が手札に加えるのは影霊衣の降魔鏡。さっき手札に加えた影霊衣の反魂術を発動。手札の影霊衣の術士シュリットをリリースし、墓地のトリシューラの影霊衣を儀式召喚」

「墓地の儀式モンスターを儀式召喚だと!?」

 

 効果を聞くたびに驚いている天馬だが、それも仕方のないことかと昇は思う。このデッキは従来の儀式とはわけが違う。なんせ儀式の話題が出る度に「あれは儀式じゃない新カテゴリ影霊衣だ」なんて冗談を半ば本気で言われていた連中だ、驚くのも無理はない。

 だがそれは、裏を返せばそれだけ儀式として新たな可能性を打ち出したこともまた事実だ。

 エクストラデッキのモンスターを生贄に使うなど、考えたことがある者がいただろうか。

 墓地に存在する蘇生制限を満たしていない儀式モンスターの蘇生など、予想した者がいただろうか。

 今まで儀式が廃れていたのは、その可能性を開花させていなかったから。

 適切な強化を与えてやれば、儀式はここまで強くなる。

 

「トリシューラの影霊衣の効果、儀式召喚に成功した時相手の場、墓地、そして手札のカードを一枚ずつ除外する。僕が選択するのはデルタテロス、ブラックホール。デルタテロスの効果は墓地に行った時に発動する効果だ、除外では発動出来ない」

「くっ……」

「さらに言うなら君の手札にオネストがあったとしても無意味だ、君の場にはモンスターがいない、従って攻撃力を上げる対象がない。墓地のシュリットの効果、このカードが影霊衣と名の付いた儀式魔法のリリース素材となった時、デッキから戦士族の影霊衣儀式モンスター一体を手札に加える。僕が手札に加えるのはブリューナクの影霊衣。さらに僕はセンジュ・ゴッドを召喚。センジュ・ゴッドの効果、デッキから儀式モンスター一体を手札に加える。僕はユニコールの影霊衣を手札に加える」

 

 壁を失い、策も破れ、前に見えるのは敗北のみ。

 敗北を認め目を閉じる少年を見据え、昇は言った。

 

「決闘が終わる前に一つ、間違いを訂正しておくよ。君は僕が無敗だと言ったね。でもそれは誤りだ、僕は一度負けている」

「お前を倒す奴がいるとは到底思えないがな。俺も相当な修羅場を潜ってきた自信はあるが、それでもお前以上の奴は知らねえ」

「この大会にも出てるから、もし会ったら戦ってみるといい。バトル、センジュ・ゴッド、トリシューラの影霊衣でダイレクトアタック」

 

 千本の腕からなる拳と鎧を纏った騎士の剣が天馬に迫る。

 

「……すみません、お嬢様」

 

 彼が勝負が決する寸前に残したのは積念の吐露ではなく、敬愛する主に対する懺悔だった。

 

天馬

LP4000→2600→-100

 

「天馬!」

 

 青年の元に駆け寄った少女が昇を睨む。嫌われた物だと思いつつ、昇はいつものように手を差し出した。

 

「大丈夫かい?」

「ああ、大丈夫だ……それより約束だ、俺のハートピース、全て持っていけ」

 

 ハートピースが差し出される。全てのハートピースを差し出すことは、この大会の出場資格を失うことと同義だ。

 そして昇は元より、彼のハートピースを全て奪う気はない。

 

「そうだね……じゃあ僕は、この欠片だけ頂いておくよ」

「おい、ルール上勝者は全てのハートピースを得なきゃならないはずだぞ?」

「そこはまあ、特別処置ということで。それに、一つしかハートピースを持ってない僕がいきなり三つも手に入れるというのも考え物だとは思わないかい?」

「……食えないヤツだな、お前は」

 

 差し出された欠片の中で自分が持っていない物を受け取って、昇は会釈してから背中を向けた。

 

「じゃあ僕はこれで。再戦を期待しているよ」

 

 背中に向けられた視線を気にすることなく、昇は次の相手を探しにかかる。

 これでハートピースは二個。残り三個集めてしまえば、とりあえずの目標は完遂される。

 

「さて、次は一体誰と戦うことになるのやら」

 

 デッキの試運転をしつつ、ハートピースを集める。いかに昔使っていたデッキとはいえこのデッキはかなり難しい。とはいえ数戦戦えばその間にカンも取り戻せるはずだ。

 そんなことを考えていた昇の口元には、いつの間にか旧友と再会したかのような笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 




 軽く手を振ってから立ち去っていく昇の姿が見えなくなってから、天馬は右腕に抱き付いていた少女に頭を下げた。

「すみませんお嬢様、度々の命令違反、返す言葉もありません」
「……そう、ね。天馬には言わなければいけないことが沢山あります。私は本来であれば叱らなければならないのでしょう」

 そうだろうな、と天馬は思う。度々の命令違反に加えて、身勝手な行動、辞表を出しているとはいえ彼女には上げる頭もないくらいだ。
 彼女の家に仕えてから早十数年、これまでの生活に不満はない。彼女の執事として世話を焼く生活は楽しい物であり、同時に掛け替えのない物だ。
 それでも自分の中に、ある夢があり続けたのもまた事実。
 それは単なる憧憬だ。今の自分には不分相応、とても抱いていい物ではない。そうだと分かっていながら、自分はその夢を捨てられなかった。
 プロデュエリストになる、という夢を。

「天馬、これを読みなさい。お父様からの手紙です」
「ご頭首からの?」

 怪訝な顔をしながら、天馬は差し出された手紙を受け取り中身に目を通す。

「……はあ?」

 書かれていた内容は、天馬の予想以上に素っ頓狂な物。
 理解がおいつかず声をあげる天馬の貌を覗き込み、少女はしてやったりとでも言いたげに笑みを浮かべた。

「分かりましたか、天馬?」
「いや、何ですかこれ」
「私をWDCの観光に連れて行け、開催期間中私に何もなければ何をしていたかは不問にする――別に、何もおかしなことは書いていませんけれど?」

 何もおかしな、どころではない。そもそも堅物で有名な頭首がそんな命令を出すこと自体おかしいし、少女の身を何よりも優先すべき執事に何をしていても良いなどという命令を出すなど考えられない行動だ。

「……お父様は、こうも言っておられましたわ」

 そんな天馬の心境を察していたのだろう、少女は言葉を続ける。

「天馬ももう二十を超える。今まで何の文句も言わず我が家に仕えてきてくれたのだ。そろそろ、独り立ちをしてもいい頃なのではないか――と」
「ご頭首……」
「WDCは大きな大会です。この大会で勝ち抜けばいいスポンサーもつくでしょうし、天馬の腕を知って貰ういい機会になります。天馬のことですし、そういったことも考えていたのでしょう?」
「……う」

 返す言葉もない。自分でいい考えだと思ったことは、既にこの少女に看破されていたというわけだ。

「さあ、行きますよ天馬! 予選の日は短いのです、次の相手を見つけましょう!」
「ちょ、待ってくださいお嬢様!」

 手を引っ張られるようにして立ち上がり、先を行く少女を追いかけるように天馬は走り出す。
 追いかけるのに必死な彼は、彼女がぼそりと呟いた言葉を聞き取ることは出来なかった。

「……私は、認めませんからね」


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第十三話

 本日五人目の決闘者を倒してハートピースを手に入れた昇は、小さく溜息を吐いた。

 

「思ったより被るな、これ」

 

 その理由は、手に入れたハートピースその物にある。

 五人倒して五つのハートピースを入手した。ここまではいい。デッキも非常に良く回ってくれるし、相手も調整に極めて良い程度の強さでしかない。ここまでは全て想定通りであり、なんら問題はないようにさえ思える。

 問題は、手に入れたハートピースが既に所持している物全てと同じ形であったこと。

 そして同じ形のハートピースを幾ら持っていたとしても、WDCの本戦には出場出来ないことだ。

 

「道理で、原作での本戦出場者数が少ないわけだよ」

 

 あの出場者数と比べれば異常とさえ言える程本戦出場者が少ない理由も理解出来る。何人倒そうと、何個集めようとハートピースを完成させていない限り意味はなく、そうであるが故に決闘の腕とは異なる物が要求されるからだ。

 

 

 運、という自分ではどうしようもない物が。

 

「さて、これからどうしようか」

 

 歩き続けながら思案する。この辺りの決闘者と戦った所でまた同じ事になる可能性が非常に高い。とは言え別の場所で戦ったとしても同じことにならないという保証はどこにもない。

 困ったことになったな、などと内心で苦笑しつつ、とりあえず一度戦ってから決めようと結論付け、

 

「標的、発見」

 

 横から、声。

 

「……君は?」

「対象、相剋昇。これより、戦闘準備に入る」

 

 声の主である少女は抑揚のない声で決闘盤を構え、挑発するかのように視線を向ける。

 年は恐らく十に満たない程度。烏の濡れ羽色の髪を肩口で切り揃え小学校の制服らしきセーラー服に身を包んだその姿は、ある種の好事家からは絶大な支持を受けるだろう。

 最も、それらは全て推測でしかない。分かっているのはただ一つ、

 

「僕と決闘したい、ってことかな?」

「肯定。理解の早い人は嫌いじゃない」

 

 どうやら、彼女は自分を逃がす気はないらしい。

 

「戦う前に一つだけいいかい?」

「了承」

「君の名前を、教えてくれないかな?」

 

 昇が天馬と戦ったときと同じように名前を聞くと、少女は可愛らしく首を捻る。

 

「疑問。貴方の質問の意味が分からない。戦うのにどうして私の名前が必要?」

「別に意味なんてないよ。ただ、知りたいなと思っただけさ」

 

 訳が分からない、とでも言いたげに少女の表情は形作られていた。意味のないことを行う、それが彼女にはどうしても理解出来なかったのだろう。

 それでも自らの名前を口にしたのは、律儀と取るべきか――あるいは。

 

海路(うみじ)海路綾(うみじあや)

「……そうか、ありがとう。じゃあ、始めようか」

 

 名前を聞いた昇は頷いて、自身の決闘盤を構える。

 

「「決闘」」

 

 抑揚のない声と、感情を抑えた声。

 二人の声を合図として、一瞬前まで変哲のない道路だった場所が戦場へと姿を変える。

 

「……先攻、どうぞ」

「いや、レディーファーストだ。君が先攻を貰ってくれ」

 

 先攻の譲り合いという元の世界では考えられないことが起こるが、この世界では稀によくある程度には起こることだ。それでも先攻の有利さは相手も分かっているのか、譲られれば大人しく受け取ることが殆どだが。

 

「なら。私の番、ドロー」

 

 綾がカードを引いた瞬間、昇は内心で安堵の息を吐いた。

 これで自分はまだ、元の世界通りの決闘が出来る。

 

「私は手札の銀河戦士の効果発動。手札のサイバー・ドラゴン・コアを捨てて銀河戦士を特殊召喚。銀河戦士の効果、私はデッキから二枚目の銀河戦士を手札に。次いでサイバー・ドラゴン・ドライを召喚」

 

 綾の場に現れたのは、銀の鎧に身を包んだ戦士と機械の竜。

 そしてそのモンスターを見てデッキが分からないほど、昇は馬鹿ではない。

 

「サイバー、か」

「肯定。サイバー・ドラゴン・ドライの効果、場のサイバー・ドラゴンのレベルを5にする。サイバー・ドラゴン・ドライは場、墓地に存在する限りサイバー・ドラゴンとして扱う。私は、レベル5となったサイバー・ドラゴン・ドライと銀河戦士でオーバーレイ。二体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築。エクシーズ召喚」

 

 黒き鎧を纏ったその姿は、機械の竜が新たに得た進化の形だ。

 新たに冠した名前は超新星。それはまさしく、可能性の塊であるという証明でもある。

 

「制限解除、ランク5。動作安定、制御良好。実戦投入、開始。サイバー・ドラゴン・ノヴァ」

 

 サイバー・ドラゴン・ノヴァ。攻撃力2100、守備力1600。ステータスは元のサイバー・ドラゴンと同じだが、使い方が異なる三つの効果を持つ。

 一ターンに一度エクシーズ素材一つを使って墓地のサイバー・ドラゴン一体を特殊召喚する効果、一ターンに一度墓地のサイバー・ドラゴン一体を除外することで、このカードの攻撃力を2100ポイント上昇させる効果。そして相手の効果によって墓地に送られた場合、機械族融合モンスター一体をエクストラデッキから特殊召喚出来る効果。どれも強力と言える物だが、このカードを出した理由はその効果目当てではない。

 

「私は、サイバー・ドラゴン・ノヴァ一体でオーバーレイ・ネットワークを再構築。制限解除、ランクインフィニティ。制御成功、駆動解放。覇動掌握、サイバー・ドラゴン・インフィニティ」

 

 下敷き、という言葉がある。

 エクシーズモンスターの中には通常のエクシーズ召喚とは別にエクシーズモンスターに重ねて召喚することが出来る物がある。その素材として重宝されるモンスターのことだ。

 例えば、クリスタル・ゼロ・ランサーを召喚する為に、ランク5の水属性エクシーズの中で唯一素材縛りがないフリーザードンが使われるように。

 例えば、エクシーズ素材をなくしたホープがホープレイやホープONEになることで自壊を回避すると同時に新たなモンスターの召喚に使われるように。

 そして、サイバー・ドラゴン・ノヴァもまた、このモンスターの下敷きとして重宝されることとなった。

 サイバー・ドラゴン・インフィニティ。

 圧倒的とさえ言える制圧力を誇る、サイバーに与えられた新たな力だ。

 

「……カードを二枚伏せて終了」

「僕のターン、ドロー」

 

 サイバー・ドラゴン・インフィニティのスペックはサイバー・ドラゴンと同じ。それだけなら突破は容易であるが、その効果がそれを許さない。

 エクシーズ素材の数だけ攻撃力が上がる効果はこのモンスターの場持ちの良さを底上げし、召喚時には実質攻撃力は2700となる。2700を攻撃力で超えるのは並みのデッキでは困難であり他の方法で除去しようとするのが常だが、残る効果がそれを許さない。

 相手の効果が発動した時、エクシーズ素材を一つ使うことでその効果を無効にして破壊する効果。そして一ターンに一度場の表側表示モンスター一体を自身のエクシーズ素材へと変える効果。この二つの効果は互いが互いを補い合っており、除去しようとする効果を無効にし、素材を相手のモンスターを吸収することで補える。

 つまり、除去しない限り毎ターンこちらの手を妨害され、除去しようとする場合必ず二枚以上の使用を強いられる。

 厄介だ、というのが昇が抱いた正直な感想だ。

 

「僕は儀式魔法影霊衣の反魂術を発動」

「サイバー・ドラゴン・ノヴァの効果、オーバーレイ・ユニットを一つ使い、反魂術を無効に」

 

 使った反魂術はエクシーズ素材を取り込んだインフィニティが放った赤銅のオーラによって無効化され、破壊される。従来の儀式であれば儀式魔法の発動さえ潰してしまえば止まる。それを見越しての判断だろう。

 しかしそれは、影霊衣にとっては無意味に等しい。

 

「僕はブリューナクの影霊衣の効果発動。このカードを手札から捨てることで、デッキから影霊衣と名の付いたモンスター一体を手札に加える。僕はユニコールの影霊衣を手札に。さらに墓地の影霊衣の反魂術の効果、このカードと影霊衣カード一枚を除外することで、デッキから影霊衣儀式魔法一枚を手札に加える。僕はブリューナクの影霊衣を除外して、デッキから影霊衣の万華鏡を手札に加える」

「……!? 対象の脅威認定を変更。墓地から回収効果を持つ儀式魔法……うそ、私が知らないなんて」

 

 驚愕に目を見開く少女とは対照的に昇は淡々と準備を進める。

 反魂術の効果によりこのターン反魂術は使えない。だがまだ、影霊衣には二種類の儀式魔法が存在する。

 

「僕は儀式魔法影霊衣の万華鏡を発動。この儀式魔法はエクストラデッキのカードを素材に儀式召喚出来る魔法カードだ。僕はエクストラデッキの虹光の宣告者をリリース。ユニコールの影霊衣を儀式召喚」

 

 白き天使を生贄に場に現れたのは、長槍を携えた精悍なる青年。

 ユニコールの影霊衣。あらゆるエクストラデッキのカードを殺す、ネクロスの儀式モンスターの一体だ。

 そして生贄となったのは虹光の宣告者。このモンスターは場に存在するこのカードをリリースすることでモンスター効果、魔法、罠の発動を無効にする効果を持つが、本命はもう一つの効果。

 

「リリースされた虹光の宣告者の効果、デッキから儀式モンスター、または儀式魔法一枚を手札に加える。僕が手札に加えるのは影霊衣の降魔鏡。さらに影霊衣の降魔鏡を発動。僕は手札のシュリットをリリースし、トリシューラの影霊衣を儀式召喚」

 

 剣と共に槍兵に並ぶのは、影霊衣儀式モンスターの中でも最強と言われるモンスター。

 トリシューラの影霊衣。古の破壊神が所持する神槍の力を纏ったその力は、場と手札、そして墓地と言う本来不干渉領域であるはずの場所すらも容易に撃ち抜く。

 

「トリシューラの影霊衣の効果、このモンスターの儀式召喚に成功した時、相手の場、墓地、そして手札のカードを一枚ずつ除外する」

「……拒否。罠カードブレイクスルー・スキル。トリシューラの影霊衣の効果を無効に」

 

 次元を超えて一時的に姿を現したエヴォルカイザー・ドルカの力により、トリシューラの力が無効になる。

 とはいえユニコールの影霊衣の効果でサイバー・ドラゴン・インフィニティの効果は無効になっている。つまりインフィニティの攻撃力は2100、対してトリシューラの影霊衣の攻撃力は2700、ユニコールの影霊衣の攻撃力は2300。

 たった900攻撃力が下がるだけで、こうも簡単に戦闘破壊が起こるようになるのだ。

 

「リリースされたシュリットの効果、デッキから戦士族影霊衣儀式モンスター一体を手札に加える。僕が手札に加えるのはクラウソラスの影霊衣。そしてクラウソラスの影霊衣の効果、デッキから影霊衣と名の付いた儀式魔法一枚を手札に加える。僕は影霊衣の降魔鏡を手札に。バトル、トリシューラの影霊衣でサイバー・ドラゴン・インフィニティに攻撃」

 

 効果を無効化されたとはいえ攻撃力に変化はない。それを示すかのように疲労の色を濃くしながらも戦士の剣が機械の竜を両断する。

 

「……想定、内」

 

LP4000→3400

 

「ユニコールの影霊衣、ダイレクトアタック」

「不通。罠発動、パワー・ウォール。効果、私のデッキのカードを墓地に送り、一枚につき100ポイントダメージを軽減する。私は23枚のカードを墓地に送り、受けるダメージを0に」

 

 23枚、つまり2300ポイント分の防御力を得た障壁がユニコールの攻撃を受け切り、破壊と同時に昇の場へと戻る。

 

「防がれたか。なら僕はこれでターンエンド」

「承知。私のターン、ドロー」

 

 デッキからカードを引いた少女の様子を注視しつつ、昇は現在の状況を整理する。

 デッキから落ちたカードは23枚、墓地に存在するのは銀河戦士、サイバー・ドラゴン・ドライ、サイバー・ドラゴン・コア、サイバー・ドラゴン・ノヴァ、サイバー・ドラゴン・インフィニティ。

 そして、ブレイクスルー・スキル。

 そして思う。この状況は、十二分にワンターンキル圏内であると。

 

「墓地のブレイクスルー・スキルの効果発動。ユニコールの影霊衣の効果を無効に」

 

 ユニコールの影霊衣の効果は無効化され、この一ターンに限りエクストラデッキの効果も無効化されなくなった。

 もしも初手であのカードが手札に呼び込まれていたら。昇の背中に一筋の汗が滴り落ちる中、綾は昇が予想した通りのカードを発動した。

 

「魔法カード、オーバーロード・フュージョン。このカードは、場、または墓地のカードを素材に融合召喚する魔法。この効果で私は、墓地のサイバー・ドラゴン二体、サイバー・ドラゴン・コア一体、サイバー・ドラゴン・ドライ三体、サイバー・エルタニン一体、サイバー・ドラゴン・ツヴァイ二体、銀河戦士一体、先史遺産ゴールデン・シャトル二体、先史遺産ネブラ・ディスク一体、サイバー・ドラゴン・ノヴァ一体、サイバー・ドラゴン・インフィニティをゲームから除外して融合。制限崩壊、レベルオーバー。暴走発生、制御不可能。殲滅開始、キメラテック・オーバー・ドラゴン」

 

 場に現れたのは、15の首を持つ機械のキメラ。ありとあらゆる技術を取り込み暴走した、技術と言う名の悪魔。

 キメラテック・オーバー・ドラゴン。サイバー流の最終兵器にして、あらゆる物を破壊する技術の塊。

 その素の攻撃力は0だが、効果により絶大な力を得る。

 

「キメラテック・オーバー・ドラゴンの効果、このモンスターが融合召喚に成功した時、このカード以外の私の場の全てのカードを墓地に送る。私の場のカードはキメラテック一枚、よって墓地に送られるカードはない。さらにキメラテックの攻撃力は融合素材にしたモンスター一体につき800ポイントアップする。私が素材にしたモンスターは十五体、よって攻撃力は12000」

 

本来であればユニコールの影霊衣の効果で無効になっているはずの効果であるが、肝心のユニコールの効果が無効になっているが故に使えてしまっている。

 そしてその攻撃力は12000。素のモンスターにおいてこのモンスターを超えられる数値を持つモンスターは無限虚構神ヌメロニアス・ヌメロニアしか存在しないが、このカードを所持しているのはドン・サウザンドのみ。

 つまり。キメラテック・オーバー・ドラゴンの攻撃が一度でも通ってしまえば、昇の敗北でこの決闘は終わる。

 

「戦闘。キメラテック・オーバー・ドラゴンでユニコールの影霊衣に攻撃。エヴォリューション・レザルト・バースト」

 

 駆動音と共に起動した機械竜が標的を見定め、十五の首が一斉に口を開く。

 轟音と共に発射される光線。

 放たれた白き極光は、ユニコールの影霊衣など吹き飛ばして余りある威力を誇る。

 

「手札のヴァルキュルスの影霊衣の効果発動」

 

 そしてそれを許すほど、昇は甘くはない。

 

「墓地のクラウソラスの影霊衣を除外し効果発動。攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる」

 

 壮年の青年が極光を受け流し、強制的にバトルフェイズを終了させる。

 

「そん、な。理解不能、あんな儀式モンスター、私知らない……!」

 

 機械のように無表情であった彼女の顔に綻びが現れる。

 それは自らが知らなかったカードに対する驚愕か、はたまた本来この世界に存在し得ないカードに対する恐怖か。

 少なくともそれを見ている昇には、彼女の真意は分からない。

 

「……私は手札のサイバー・ドラゴン・ツヴァイを墓地に送って銀河戦士を守備表示で特殊召喚。銀河戦士の効果、デッキから三枚目の銀河戦士を手札に。私はカードを一枚伏せてターンエンド」

 

 ターン終了と同時にブレイクスルー・スキルの効果が消え、それと時を同じくして復活したユニコールの効果によりキメラテック・オーバー・ドラゴンの効果が失われる。そしてキメラテック・オーバー・ドラゴン攻撃力はあくまで効果で得られた物。つまり、その効果が失われたとするならば。

 結論。キメラテック・オーバー・ドラゴンの攻撃力は、元々の数値である0に戻る。

 

「僕のターン、ドロー」

 

 まだ大丈夫、と思っているのかもしれない。あるいはあの伏せカードが聖なるバリア―ミラーフォース―、あるいは激流葬のような全体除去なのかもしれない。

 

「僕はマンジュ・ゴッドを召喚」

 

 どちらにせよこのターンで、この決闘を終わらせる。

 

「マンジュ・ゴッドの効果、デッキから儀式モンスターまたは儀式魔法一枚を手札に加える。僕が手札に加えるのはディサイシブの影霊衣。僕はユニコールの影霊衣とマンジュ・ゴッドでオーバーレイ。二体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築、エクシーズ召喚」

 

 現れるのは蒼き狼。己と引き換えに場のカードを破壊する、ランク4エクシーズの代表格。

 

「現れろ、恐牙狼ダイヤウルフ」

 

 召喚と同時に反応を確認する昇であったが、綾が罠を発動する気配はなかった。

 つまり、あの伏せカードは激流葬ではない。

 

「ダイヤウルフの効果発動。オーバーレイ・ユニットを一つ使い、僕の場の獣族・獣戦士族・鳥獣族モンスター1体とフィールド上のカード1枚を選択して破壊する。僕が破壊するのはその伏せカードとダイヤウルフだ」

 

 ダイヤウルフ。その効果は、偏に自爆で事足りる。

 素材指定なし、レベル4のモンスター二体と条件が軽く、効果で相手のカード一枚と獣族、獣戦士族、鳥獣族一体を破壊する。とは言え普通のデッキでそうそう条件となるモンスターが並ぶはずがなく、ダイヤウルフのステータスも攻撃力2000、守備力1200と物足りない物だ。故に他のモンスターを破壊するより、ダイヤウルフ自体を破壊してしまった方が都合がいい。

 そしてその特性故、召喚反応チェッカーには極めて都合がいい。

 

「……ッ!」

「ミラーフォース、か。ならこれで終わりだよ。バトル、トリシューラ、キメラテック・オーバー・ドラゴンを切り裂け」

「無理。トリシューラの影霊衣の攻撃力は2700、いくらキメラテックの攻撃力が0とは言え――」

「それは、どうだろうね」

 

 トリシューラの影霊衣が手にした剣を力をなくした機械の竜に向ける。

 剣が機械の核を切り裂く瞬間、昇は手札のモンスター効果の発動を宣言した。

 

「手札のディサイシブの影霊衣の効果、僕の場の影霊衣モンスターの攻撃力を1000ポイントアップする。トリシューラの影霊衣の攻撃力はこれで3700、十二分に君のライフを削りきれるよ」

「そん、な――」

 

 顔を青く染めるが既に遅し。

 ディサイシブのサポートを受けたトリシューラの剣が巨大化し、振るわれた剣は大地を抉る。

 そしてその威力は一切の攻撃力を持たない機械の集合体に耐えられる物ではなく、その余波もまた、残りライフ3400の綾に耐えきれるものではなかった。

 

LP3400→―300

 

「大丈夫、立てる?」

「……肯定」

 

 昇が差し出した手を受け取り、何とかといった形で起き上がる綾。そこから一つ息を吐いて、昇に自らが持つハートピースを差し出した。

 

「私の負け。ハートピースを持って行って」

「それじゃあ、遠慮なく」

 

 彼女が持っていた二つの欠片の中から、昇はまだ持っていない物だけを貰っていく。

 

「……どういうつもり?」

「こっちの欠片は僕はもう既に持っていてね。同じ欠片を持っていても意味がないのは聡明な君なら分かるはずだろう?」

「……でも、ルールは」

「そこはまあ、可愛い女の子への特別措置ってことで」

「……食えない男」

 

 憮然としながらも頷いた少女に笑みを返してから、昇は彼女に軽く手を振って別れようとし、

 

「おい、待てよお前」

 

 今度の声は、背後でも横からでもなく正面から。

 

「綾に何かしてただろ」

「いや、僕はただ」

「問答無用! お前が綾からハートピースを奪ってたのを俺は見たんだよ! いいから構えろ、俺が綾のハートピースを取り返してやる!」

 

 決闘盤を構え、血気盛んに少年は吠える。

 年は恐らく綾と同じくらい。彼の言い方からすれば今さっき来て自分が綾からハートピースを貰っているのを奪っているのと勘違いして激昂した、とでも言った所だろうか。

 最も、昇にとっても次の獲物が自分から来てくれたという認識でしかないので、それはそれで大助かりであり、わざわざ誤解を解くようなこともしない。倒してハートピースを頂いた上で、ゆっくりと誤解を解くことにしよう。

 

「いいよ。君の挑戦、受けさせて貰うとしよう」

「いい心掛けだ……逃げなかったことだけは褒めてやるよ!」

 

 二人の少年が決闘盤を構える。

 

「「決闘!」」

 

 ここまで全てを見ていた少女は一人、呆れも露わに息を吐いた。

 



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第十四話

「先攻は貰うぜ! 俺のターン、ドロー! 俺は、海皇子ネプトアビスを召喚!」

 

 少年の場に現れたのは、三又の槍を携えた精悍なる青年。

 海皇子ネプトアビス。攻撃力は僅か800、守備力に至っては0と貧弱極まりないステータスではあるが、レベルが1であることからワン・フォー・ワンに対応し、攻撃力の低さもサルベージに対応という利点になることからその点に関してはそれほど問題視されることはない。

 寧ろ問題視されたのは、かつて環境を席巻して赤き昆虫戦士にも比肩するとまで言われる効果だ。

 

「ネプトアビスの効果発動! デッキから海皇モンスター一体を墓地に送り、デッキから海皇カード一枚を手札に加える! 俺は海皇の竜騎隊を墓地に送り、デッキから海皇の狙撃兵を手札に加える! さらに墓地に送られた海皇の竜騎隊の効果発動! このモンスターが水属性モンスターの効果を発動する為に墓地に送られた場合、デッキから海竜族モンスター一体を手札に加える。俺が手札に加えるのは水精鱗マーメイル-メガロアビスだ!」

 

 ネプトアビスの効果は二つ。どちらの効果も一ターンに一度しか使えないが、どちらの効果も強力な物であると言わざるを得ない。特に今少年が使用した効果は、あらゆる規制されたカード群にも引けを取らないだろう。

 一ターンに一度、ネプトアビス以外の海皇モンスター一体を墓地に送り、デッキからネプトアビス以外の海皇モンスター一体を手札に加える。やっているのはこれだけだが、少しでもカードゲームをやったことのある者であればいかに狂った文面であるか理解できるはずだ。特に遊戯王ではおろかな埋葬というデッキからカードを一枚墓地に送るだけの魔法が制限になっていることからも任意のカードを墓地に送ることの強さは理解できるはずだ。

 しかし、それら既存のカードと全く異なるのは、ネプトアビスの場合墓地に送ることは「コスト」であること。

 そしてそれこそが、このカードが強力たる所以だ。

 

「……海皇水精鱗。厄介なデッキだ」

「へえ、知ってんのか。じゃあここからの展開も分かるよな? 手札の海皇の竜騎隊と海皇の狙撃兵を墓地に送り、水精鱗―メガロアビスを特殊召喚! メガロアビスの効果、そして墓地に送られた竜騎隊の効果発動! まず竜騎隊の効果でデッキから二枚目の海皇子ネプトアビスを手札に加え、さらにメガロアビスの効果発動! デッキからアビスと名の付く魔法、罠一枚を手札に加える! 俺はアビスケイル―ミズチを手札に加え、装備させる! カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

「なら僕のターン、ドロー」

 

 相手の場には攻撃力3200となったメガロアビス、そして攻撃力800とは言え、生き残れば毎ターン厄介極まりない効果を連発してくるネプトアビス。装備魔法は魔法一枚を犠牲にすることで破壊こそ出来るが、逆に言えば魔法一枚を犠牲にせねばならず、おまけに正体不明の伏せカードが一枚。

 不利だ。冷静に状況を見つめた昇は、即座に判断を下した。

 

「僕は儀式魔法影霊衣の反魂術を発動」

 

 まずは、あの装備魔法から潰すとしよう。

 

「ミズチの効果、その効果を無効にした後、このカードを墓地に送る!」

 

 鎧が少女ごと鏡を封じ込め、共に墓地へと落ちる。

 ミズチの効果は強制効果。必ず最初に発動させた魔法に反応し――そうであるが故に、御しやすくもある。

 

「僕はマンジュ・ゴッドを召喚。効果発動、デッキから儀式魔法または儀式モンスター一体を手札に加える。僕はブリューナクの影霊衣を手札に。さらにブリューナクの影霊衣の効果、このカードを手札から捨てて、デッキから影霊衣儀式モンスター一体を手札に加える。僕はトリシューラの影霊衣を手札に加える。さらに墓地の影霊衣の反魂術の効果発動。このカードと影霊衣カード一枚を墓地から除外することで、デッキから影霊衣儀式魔法一枚を手札に加える。僕は影霊衣の万華鏡を手札に加えよう」

「儀式魔法が手札に……それにあの儀式魔法は確か!」

「儀式魔法影霊衣の万華鏡発動。僕はエクストラデッキの虹光の宣告者をリリースし、ユニコールの影霊衣を儀式召喚」

 

 槍もつ白髪の青年が鋭い眼光を放ち、敵である魚人に己が獲物を向ける。しかし悲しきかなユニコールの影霊衣の攻撃力はメガロアビスに僅か100及ばず、それを分かっているのか彼の者は青年の威嚇を鼻で笑い飛ばす。

 最もユニコールの役割は、メガロアビスを倒しきることなどではない。

 

「リリースされた虹光の宣告者の効果発動、デッキから影霊衣の降魔鏡を手札に加える。僕はレベル4のマンジュ・ゴッドとユニコールの影霊衣でオーバーレイ。二体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築、エクシーズ召喚。現れろ、ラヴァルバル・チェイン」

 

 最早お馴染みとでも言うべきエクシーズモンスター、ラヴァルバル・チェイン。炎と海竜が一体となったかのようなフォルムはいつ見ても印象的で、それ故にどこか禍々しさを感じさせる物だ。

 

「ラヴァルバル・チェインの効果、オーバーレイ・ユニットを一つ使い、デッキからカード一枚を墓地に送る。僕が墓地に送るのは儀式魔人リリーサー。さらに僕は儀式魔法影霊衣の降魔鏡発動。墓地のブリューナクの影霊衣、そしてさっき墓地に送ったリリーサーをゲームから除外。来い、トリシューラの影霊衣」

 

 少年は青年となり、己を依代と変え古代の伝説を纏うだけの力を得た。

 かつて誰にも使うことを許されなかった、禁断の伝説を。

 

「トリシューラの影霊衣の効果、場、墓地、そして手札をランダムに一枚ゲームから除外する。僕はメガロアビス、墓地の海皇の竜騎隊、そしてその手札を頂く。やれ、トリシューラ」

 

 トリシューラの効果は対象を取るが故に伝説の竜とは異なり場、墓地、手札の全てにカードが存在しなければ使用することは出来ない。

 しかしその脅威は、彼の竜となんら変わらない。

 

「いけ、チェイン、ネプトアビスに攻撃」

 

 ネプトアビスの攻撃力ではチェインの攻撃に耐えられるはずもなく、抵抗虚しく槍ごと炎に焼き払われる。

 そして昇には、まだトリシューラの攻撃が残っている。

 

「行け、トリシューラ。彼にダイレクトアタック」

「罠カード、アビスフィ……発動、出来ない!?」

「トリシューラのコストとされたリリーサーの効果、このカードをコストにした儀式モンスターが場に存在する限り、相手プレイヤーは特殊召喚することは出来ない。つまり、アビスフィア―によるデッキからの特殊召喚も出来ないんだ」

「な……」

 

少年

LP4000→3000→300

 

「僕はこれでターンエンド」

「チッ……俺のターン、ドロー!」

 

 やってくることは分かっている。再びネプトアビスを召喚士、その効果で今度は海皇の重装兵を落とすことでトリシューラを処理しようと考えているのだろう。トリシューラさえ処理してしまえば特殊召喚が可能になる。展開自体は海皇にとっては赤子の手を捻るより簡単なこと。数の暴力によって一気に倒してしまう、そうされたら此方に勝ち目はない。

 しかし、魂胆が分かってしまえば対策もまた容易。

 

「俺はネプトアビスを召喚! 効果発動、デッキから海皇の重装兵を墓地に送り、デッキから海皇の竜騎隊を手札に加える! 墓地に送られた重装兵の効果、場の表側表示のカード一枚を破壊する! 俺が破壊するのはトリシューラの影霊衣! これで――」

「手札のグングニールの影霊衣の効果発動。このカードを手札から捨てて、場の影霊衣モンスターをこのターン破壊から守る」

「そんな……」

「悪いけどワンサイドゲームで終わらさせて貰うよ。僕も時間が惜しいんだ。それで、まだ何かあるかな?」

「いや、ねえよ。ターンエンドだ」

「僕のターン、ドロー。トリシューラ、ネプトアビスに攻撃」

 

少年

LP300→-2100

 

「馬鹿」

「うぐっ」

 

 近寄ってきた綾に軽く頭を叩かれ恨めしそうに少年は睨むが、彼女は無表情のまま彼に迫る。

 

「大方、私が無理矢理ハートピースを奪われたと勘違いしたんだろうけど……彼は私を実力で倒してハートピースを得たの。人の話はちゃんと聞く、いつも言ってるでしょ?」

「だ、だってよ……」

「問答無用。それに、私のハートピースはまだあるから大丈夫」

 

 無表情を保ちつつ見せつけられた綾のハートピースに愕然とした後、少年は昇を不可解そうな目で見つめた。

 

「てめえ、一体何者(ナニモン)なんだ……?」

「それは、君の名前を聞いてから言おうかな」

「俺の名前なんて聞いて、何になるんだよ?」

「倒した相手の名前くらい聞いておいて損はないと思うからね。それとも君は、僕に名前を教えるのは嫌かな?」

 

 にこやかに笑う昇を前に色々考えていたような少年であったが、やがて一つ諦めたような息を吐いて彼の双眸を真っ向から見据える。あたかもその顔は、自分が考えた所で意味がないことを悟っているかのような表情だった。

 

「雄大、だ。海路雄大」

「なるほど、では僕も君の質問に答えよう。ああ、その前に君のハートピースを一つ、頂いてもいいかな?」

「あ、ああ。それは構わねえんだけどさ」

 

 差し出されたハートピースの中から一つを受け取ってから、昇は口元に人差し指を当てる。それを見た少年少女二人は、真剣な目をして頷いた。

 これから話すことは、他言無用であるという証。

 

「実は僕はね――」

「この大会の関係者だったんだよ、そこの少年、相剋昇はね」

 

 後ろから聞こえたのは、中性的な声。

 振り向いた昇の目に写ったその声の主もまた、非常に中性的な外見をしていた。

 それこそ、一度見たらそうそう忘れることが出来ない程度には特徴的な。

 

「彼は私達と同様に参加者であると同時に運営側の人間でもあったというわけだよ。だから彼の持つ権限で、君たちのハートピースを全て奪わなかった、それだけの話さ」

「な、なるほ……ど?」

「訳が分かったかい? それは何よりだよ」

 

 端正な顔をほころばせて笑う乱入者であったが、他三人の表情は笑顔とは程遠いものだった。

 綾と雄大は顔を見合わせ、突如現れた闖入者に対しての対応を話し合っている。

 そして、昇は。

 

「……御免二人、少しこの人との用事を思い出してね。悪いけど僕はここで」

 

 笑顔をなんとか貼り付けながら、そう言って彼を引きずって二人の元から離れる。

 彼を連れて昇が行き着いたのは、人がとても通るとは思えないような路地裏だった。

 

「……なんで、君がここにいる?」

 

 殺意を剥き出しにし、敵意を隠そうともせず昇は彼の者に詰問する。

 

「君なら分かっているだろう? 君がここにいると視っていたからここにきた。それだけの話さ」

「じゃあ君はわざわざ僕に会いにきたとでも言うのかい? 僕が君にどんな感情を抱いているか君が分かっていないはずがないだろう?」

「勿論。そして、君が決勝に進むにはまだ後一つハートピースが足らないのも分かっている」

 

 悠然と微笑みながら、彼の者は昇に自らのハートピースを見せる。

 そこに嵌められていたのは、奇しくも昇の所持していない欠片と全く同じ物だった。

 

「君は私を自らの計画から排除したい、そして同時に最後のハートピースを集めたい。それを両方とも簡単に叶える手段を君は知っているはずだ」

「……君と、決闘しろということか」

「その通り。さあ、どうする?」

 

 此方が拒否出来ないのを知っていながら、彼の者はただ笑うのみ。

 そしてそうなった以上、昇に残された選択肢はただ一つをもって他になかった。

 

「いいよ。僕と決闘だ、咎峰咲夜」



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第十五話

「戦う前に一ついいかい?」

「……別にいいけど、何か用かな?」

「この決闘盤、正式にはD・パッドというのだったかな。これは本当に素晴らしい技術の結晶だ。決闘盤というのは機能の一つにすぎず、通信機器を始めとした様々な機能を備えた万能携帯端末と言える」

「それが、どうかしたのかい?」

 

 溢れんばかりの殺意を叩きつける少年に苦笑し、咲夜は次の言葉を放つ。

 

「君は、何故これのことを決闘盤と言い続けている?」

「それを君に言う必要はないだろう?」

「なら、私からその答えを言ってあげよう。君はこれを決闘盤だと思っている――いや、決闘盤だと思い込もうとしている、そうだろ?」

 

 昇は言葉を返さない。しかし返答の代わりとばかりに向けられる殺意が増加したことがなによりの答えだ。

 

「図星、か。まあそうだろうな。君があの三人から全てのハートピースを奪わなかった理由も分かっているよ。君が行動を本格的に起こす前に出来うる限りこの世界への変化を多くしたくなかった。君が本格的な行動を起こせば即座にこの世界から目をつけられるだろうからね。それを防ぐためだ、そうだろう?」

「……それを仮に認めたとして、君になんの得があるというんだい?」

「さあ、ね。君の言葉を流用するのなら、『それを君に言う必要があるのかい?』とでも言うのだろうか。とは言え時間の浪費は私としても望む所ではない。さあ、始めよう。私と君、二度目の戦いを」

「君には話して貰うことが多くある。決闘中に必ず話して貰うよ」

「構わないさ――私も、君に聞きたいことがある」

 

 敵意を全力で叩きつける者と、それを真っ向から受け止める者が二人。

 共に仲良く肩を組むという選択肢は、今の二人には存在しない。

 

「「決闘」」

 

「先攻は私が貰おう。私のターン、ドロー。私はRR(レイド・ラプターズ)―バニシング・レイニアスを召喚」

 

 場に現れたのは、仲間を呼ぶ力を持つ一匹の百舌。

 バニシング・レイニアス。ステータスは平凡ながら召喚したターン一度だけレベル4以下のRRモンスターを特殊召喚出来る力を持つ。RRの先鋒と呼ぶに相応しい力を持ったモンスターだ。

 最も昇が反応を示したのは、そのモンスターその物に関してではない。

 

「……RR(レイド・ラプターズ)

「その通り。折角だから感想のほどを聞かせて貰いたいのだけれど」

「非常に最悪な気分だよ。ああ、最悪だ。よりにもよってRRなんて、君はどこまでタチが悪いんだ」

 

 RR。そのカテゴリーの主は、別の世界で融合に敵対しているエクシーズのレジスタンス。つまり融合という現体制を打倒する為に動いている反逆者に当たる。

 そしてその立場は、昇に極めて酷似する物だ。

 元の世界に戻る為にこの世界への反逆を目論む昇と、元の世界を奪い返す為に現体制への反逆を目論む隼の主。動機はどうあれ反逆という行為に関してこの二人が行おうとしていることは同じである。

 それら全てを分かっていながら、咲夜はこのデッキを使っている。

 

「ふふ、私は性格が悪いからね。バニシング・レイニアスの効果発動、このモンスターが召喚に成功したターン一度だけ、手札のRRモンスターを特殊召喚出来る。私は手札のRR-トリビュート・レイニアスを特殊召喚。トリビュート・レイニアスの効果発動。一ターンに一度、デッキからRRカード一枚を墓地に送る。私が墓地に送るのはRR-ミミクリー・レイニアス。さらにミミクリー・レイニアスの効果発動。このカードが墓地に送られたターンこのカードをゲームから除外することで、デッキからRRカード一枚を手札に加える。私が手札に加えるのはRR-ネスト。永続魔法RR-ネストを発動」

 

 青き百舌が白銀の百舌を墓地へと送り、送られた白銀の百舌が巣を作る。モンスターの種類が未だ少ないRRだが、だからと言って戦えないわけではない。少数精鋭。各々が各自の役割を担い、共同で勝利をもぎ取る為に戦う。

 構成員の数が必然的に限られるレジスタンスというのを表現するには、これ以上ないカテゴリーだ。

 

「場に二体RRモンスターが存在する時、デッキまたは墓地からRRモンスター一枚を手札に加える……だったか」

「その通り。私はデッキからRR-バニシング・レイニアスを手札に加える。そして私は場のバニシング・レイニアスとトリビュート・レイニアスの二体でオーバーレイ・ネットワークを構築。冥府の猛禽よ、闇の眼力で真実をあばき、鋭き鉤爪で栄光をもぎ取れ。エクシーズ召喚。飛来せよ、RR-フォース・ストリクス」

 

 その姿は一見機械仕掛けの梟に見えるが、種族はれっきとした鳥獣族。翼を大きく広げたその梟は、主の命を聞こうとする従者のように咲夜の元に佇む。

 RR-フォース・ストリクス。攻撃力は100、守備力は2000とステータス的には貧弱その物だが、その正体はRRにとっての核、最重要モンスターの一体だ。

 

「フォース・ストリクスの効果を発動させて貰うよ。一ターンに一度オーバーレイ・ユニットを一つ取り除くことでデッキから鳥獣族・闇属性・レベル4のモンスター一体を手札に加える。私が手札に加えるのはRR-インペイル・レイニアス。カードを二枚伏せて、これで私はターンエンドだ」

「僕のターン、ドロー」

 

 咲夜の場にはフォース・ストリクスが一体。それだけなら突破は簡単だが、問題点として伏せカードが二枚もある。

 性格の悪い咲夜のこと、あの伏せカードがブラフである可能性はおそらく皆無だ。問題はあれが何なのか。虚無空間である可能性は非常に少ないとは言え、何かしらの罠が仕掛けられていることを前提に動くべきだ。

 カードを引いてから思案する少年に対し、咲夜は臆面なく言葉を放つ。

 

「何故君はこの世界の存在であることを拒む?」

「僕がこの世界の存在ではないからさ。僕達転生者はこの世界にとって異物でしかない。それは君も分かっているはずだろう?」

「勿論、それを私が分かっていないはずがないさ。私達転生者はこの世界に温情をもって生かされているだけにすぎないこともね。でも、君のこの世界との付き合い方は異常だ。D-パッドを決闘盤としてしかみなしていないのもそう、戦った三人をわざわざ特権まで使ってまでハートピースを全て奪わなかったのもそう。何故そこまでこの世界を拒む? そこまでこの世界を拒む理由が、本当に君にあるのかい?」

「僕はマンジュ・ゴッドを召喚。効果発動、デッキから儀式モンスター一体または儀式魔法一枚を手札に加える」

 

 咲夜が放った言葉に返答を返さず、昇は己が僕を召喚する。

 万の腕持つ魔神に一瞥を返し、咲夜は内心で小さく息を吐く。仕掛けたジャブは十分に効果を発揮した。此方の言葉を強引に無視したことは、自分の仮説は概ね正しいことの裏付けになってくれた。

 さて、彼は気づいているのか、それとも気づいた上でそれを見ないフリをしているのか。あるいは――気づいた上で、先に進もうとしているのか。

 

「僕が手札に加えるのはユニコールの影霊衣。さらに儀式魔法影霊衣の万華鏡を発動。エクストラデッキの虹光の宣告者をリリース。来い、ユニコールの影霊衣。墓地に送られた虹光の宣告者の効果発動、デッキからブリューナクの影霊衣を手札に加える。僕はマンジュ・ゴッドとユニコールでオーバーレイ。エクシーズ召喚、来いラヴァルバル・チェイン」

「サーチは許すが、それ以上のことは許せないな。罠カード、奈落の落とし穴発動。ラヴァルバル・チェインを破壊しゲームから除外する」

「ブリューナクの影霊衣の効果発動、このカードを手札から捨ててデッキからトリシューラの影霊衣を手札に加える。墓地の影霊衣の万華鏡の効果発動。このカードとブリューナクの影霊衣をゲームから除外して、デッキから影霊衣の降魔鏡を手札に加える。儀式魔法影霊衣の降魔鏡発動、手札の影霊衣の術士シュリットをリリースし、トリシューラの影霊衣を儀式召喚」

 

 氷剣を携え、青年は主の敵に切先を向ける。

 それを向けられているはずの咲夜からは、何故か余裕気な雰囲気が失われてはいない。

 

「シュリット、そしてトリシューラの影霊衣の効果発動。このカードがリリース素材になった時、デッキから戦士族影霊衣儀式モンスター一体を手札に加える。僕が手札に加えるのはブリューナクの影霊衣。さらにトリシューラの影霊衣の効果発動」

「エフェクト・ヴェーラー。その効果は無効化させて貰う」

 

 効果を無効化された瞬間微かに彼の顔に陰りが走ったのを咲夜は見逃さない。やはり昇は決着を焦っている。トリシューラで一気に勝負をかけにきたのがその証拠だ。

 焦りは雑念を生み、雑念は失策を生む。そしてその失策は新たな雑念を生んでいく。負のスパイラルに一度陥ればそうそう抜け出すことは適わない。影霊衣との相性差が致命的なほど悪いRRとは言え、そうなってしまえば付け入る隙は十分にある。

 最も、自分の目的はそこにあるわけではないのだが。

 

「バトル、トリシューラの影霊衣で攻撃」

「リバースカードオープン、RR-レディネス。このターン、私のRRモンスターは戦闘では破壊されない」

 

 渓谷に守られたフォース・ストリクスにトリシューラの剣が届くことはなく、悔しそうに青年は主の元へと引き返していく。

 

「防がれた、か。僕はこれでターンエンド」

「私のターン、ドロー。フォース・ストリクスの効果発動、オーバーレイ・ユニットを一つ取り除きデッキからRR―ファジー・レイニアスを手札に加える。魔法カード闇の誘惑。カードを二枚ドローし、手札から闇属性モンスターを一枚ゲームから除外する。私は手札のファジー・レイニアスをゲームから除外する」

 

 一通り手札を整えてから、咲夜は新たな話を切り出した。

 

「君が私に聞きたいのは恐らくこうだ。『何故私が嘘の情報を言ったのか』。確かにこの世界のルールは絶対だ、私は君に敗北し、君とあの少女、六道輪廻が元に戻る為の情報を話したよ。だけどね、このルールには欠陥がある」

「欠陥? 馬鹿な、この世界のルールは絶対だ。特に僕達転生者に対しては過剰なまでの制約が――まさか」

「そう。その制約は絶対だが、抜け道がないわけではないんだ。例えば、転生者同士の決闘での強制命令執行権。あれで君は私に情報を話せと命令した。けれどあれは、真実さえ語っていれば語る部分を省略しても良いし、含みを入れてもいい。確かに私は君と彼女が元の世界に戻る為に必要なだけの情報を語ったよ。でもね、君と彼女が一緒の世界に帰る方法なんて(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)私は語った覚えはどこにもない(・・・・・・・・・・・・・・)

「……ッ」

「それを知った今、君が無理に元の世界に戻る必要なんてあるのかい?」

 

 優しい、しかしそうであるが故に不気味な声が昇の思考をかき乱す。

 目的を心の内に伏せたまま、麗人は己がターンを進めていく。

 

「私はRR-バニシング・レイニアスを召喚。場のRR-ネストの効果発動、デッキからRR-ミミクリー・レイニアスを手札に加え、バニシング・レイニアスの効果でミミクリー・レイニアスを特殊召喚。ミミクリー・レイニアスの効果、場のRRモンスター全てのレベルを一つ上げる。私はレベル5となったバニシング・レイニアスとミミクリー・レイニアスでオーバーレイ。エクシーズ召喚、現れろ、零鳥姫リオート・ハルピュイア」

 

 極氷の世界の零姫は、己に敵対する者を許さない。

 リオート・ハルピュイア。鳥獣族レベル5以上という厳しい縛りこそあるが、その効果、そしてその属性故に一度出れば極めて有用なモンスターの一体。

 その理由は、偏にある一枚のカードが存在しているということ。

 

「リオート・ハルピュイアの効果、オーバーレイ・ユニットを一つ取り除き、相手モンスター一体の攻撃力を0にする。私はトリシューラの影霊衣の攻撃力を0にする。さらに私はリオート・ハルピュイア一体でオーバーレイ・ネットワークを再構築、エクシーズ・チェンジ。現れろ、FA-クリスタル・ゼロ・ランサー」

 

 水属性ランク5エクシーズモンスター。ただそれだけで価値があるとされる理由がこのモンスターだ。

 FA-クリスタル・ゼロ・ランサー。

 素の攻撃力は220と乏しいがエクシーズ素材の数だけ攻撃力を500ポイント上昇させる効果とエクシーズ素材を一つ取り除けば破壊を免れる効果、そしてエクシーズ素材を一つ使い相手の場のモンスター効果全てを無効にする効果を持つ。一度場に出た時の制圧力たるや並みのデッキでは抵抗することさえ難しく、初動から今に至るまで同じパックに収録されている激安神とは比べ物にならないほどの高価格をつけられた代物だ。

 

「墓地のミミクリー・レイニアスの効果、このカードを除外してデッキからRRカード一枚を手札に加える。私はデッキのRR-バニシング・レイニアスを手札に加える。バトル、FA-クリスタル・ゼロ・ランサー、トリシューラの影霊衣に攻撃」

 

 槍が青年の身体を貫き、氷像となった直後中心から崩壊していく。

 

「くっ……」

 

LP4000→800

 

「私はカードを二枚伏せてターンエンドだ」

「僕のターン、ドロー」

「なあ、私には君がそこまでこの世界から出ていこうとする理由が分からないんだ。この世界は私達転生者の生存を許してくれているし、元の世界よりも生活しやすい。私なら到底、今ある全てをかなぐり捨ててまであの世界に戻ろうなんて思えないけどね」

「……君はこの世界に違和感を感じないのかい?」

「誰だって少しは感じるさ。私だって多少慣れたとは言っても、多少の違和感は拭えない。だが、逆に聞かせて貰うよ、その違和感と元の世界で受けた苦しみ、天秤にかけてどちらを選ぶか、ここにいる君ならそんな物は明白なんじゃないのかな?」

 

 ぐ、と口を噤む昇。

 苦しげに唸るその表情からは、咲夜の問いに明確な回答を持っていないことが見て取れた。

 何がなんでも元の世界に戻るという、その理由が。

 

「僕は手札のブリューナクの影霊衣の効果発動、デッキから影霊衣の術士シュリットを手札に加える。さらに墓地の影霊衣の降魔鏡の効果発動、このカードと墓地のブリューナクの影霊衣を除外し、デッキから影霊衣の反魂術を手札に加える。儀式魔法影霊衣の反魂術発動、手札の影霊衣の術士シュリットをリリース。墓地より蘇えれ、トリシューラの影霊衣。墓地のシュリット、そしてトリシューラの影霊衣の効果発動」

「罠カードブレイクスルー・スキル。トリシューラの影霊衣の効果だけは無効にさせて貰うよ」

 

 白銀の恐竜が次元の壁を突き破り、トリシューラの力を奪っていく。

 影霊衣というのは直接的なアドバンテージを奪う力が乏しいデッキだ。それを補って余りある程のリカバリー能力はあるが、それ以外の長所はエクストラメタという特徴以外存在しない。

 彼らが強かったのはあくまでも儀式が弱かった時に存在したアドバンテージの塊と、トリシューラという絶対にして唯一の槍が存在したから。

 そしてその長所の半分は今、完膚なきまでに封じられている。

 

「私が何の策もなくトリシューラを破壊しないわけがないだろう。トリシューラは効果こそ強力だが、一度場に出てしまえば完全な置物だ。それを予測していないなんて、余程焦っているようだね」

「……僕はシュリットの効果でクラウソラスの影霊衣を手札に。クラウソラスの影霊衣の効果、デッキから影霊衣の万華鏡を手札に加える。儀式魔法影霊衣の万華鏡を発動、エクストラデッキの虹光の宣告者をリリース。来い、ユニコールの影霊衣」

 

 外界からの来訪者を許さない槍使い。如何に強力な制圧力を誇るクリスタル・ゼロ・ランサーと言えど、その制圧力はあくまで効果によるもの。

 そしえその効果を無効化されてしまえば、それは物言わぬ木偶人形となんら変わりはない。

 

「墓地に送られた虹光の宣告者の効果、デッキからヴァルキュルスの影霊衣を手札に。バトル、いけ、ユニコール、トリシューラ。クリスタル・ゼロ・ランサーとフォース・ストリクスを破壊しろ」

 

 槍と剣、異なる二種の獲物が、麗人の僕を破壊する。

 

「くうう……」

 

咲夜

LP4000→3500

 

「僕はこれでターンエンド」

「なら私のターン、ドロー。私はRR-バニシング・レイニアスを召喚、効果発動。手札のRR-インペイル・レイニアスを特殊召喚。インペイル・レイニアスの効果、場のモンスター一体を表側守備表示に変更する。私はユニコールの影霊衣を守備表示に変更。バトル、いけインペイル・レイニアス。ユニコールの影霊衣を破壊しろ」

 

 ユニコールの影霊衣の攻撃力は2300。しかし守備力は僅か1000しかない。

 下級モンスターの攻撃さえ凌げないそのステータスでは、インペイル・レイニアスの攻撃を受け止めることは出来ない。

 

「ぐ……ユニコール……」

「メインフェイズ2に移行するよ。私はインペイル・レイニアスの効果発動。このモンスターが攻撃を行ったことにより、墓地のRR-トリビュート・レイニアスを特殊召喚。トリビュート・レイニアスの効果、デッキから最後のミミクリー・レイニアスを墓地に。ミミクリー・レイニアスの効果、このカードを除外しデッキからRR-ネストを手札に加える。ネスト発動、効果でデッキのトリビュート・レイニアスを回収する。さらにバニシング・レイニアスとトリビュート・レイニアスでオーバーレイ。来い、ガガガガンマン」

 

 場に現れたのは相手のライフを削り取る銃士。残りライフが僅かの時に守備表示出てきたこの戦士は、相手に絶望を与えるに相応しい効果を持つ。

 

「ガガガガンマンの効果発動、オーバーレイ・ユニットを一つ取り除き、相手プレイヤーに800ポイントのダメージを与える。さようなら、相剋昇。この戦い楽しかったよ」

 

 静寂の中響く銃声。

 残りライフが800丁度である昇の心臓へと弾丸は空気を引き裂き一直線に向かう。

 

「エフェクト・ヴェーラー。その効果は無効にさせて貰うよ」

 

 彼の心臓に届いたと思った瞬間、弾丸は姿を消していた。

 一つ息を吐く咲夜であったが、その瞳に悲観はない。ここまで来れば止められた所でどうにでもなる。昇の目からは勝利を半ば確信しているかのように写ったし、事実この状況を見れば誰でも同じ思いを抱く。

 本当は、全く違う理由から来るものであるのだが。

 

「まあいいさ、私はこれでターンエンド」

「僕の、ターン」

「さあ、私に教えてくれ。君が元の世界に帰ろうとする理由を。全てをかなぐり捨ててでも成し遂げようとする、君の願いの原動力を」

「……僕は」

「言えないというのなら私が代わりに言わせて貰おう。君が元の世界に帰ろうとする理由、それは――」

 

 一つ、小さく咲夜は息を吸う。

 次に放つ一言がどれ程の影響を及ぼすのかをを知りながら、咲夜は躊躇いなく口を開いた。

 

「ない《・・》。君には元の世界に帰りたい理由など、ありはしない」



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