間違ってる青春ラブコメは鋼鉄の浮遊城で (デルタプラス)
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プロローグ

はじめまして、デルタプラスです。

長らく読み専だったのですが、思い切って書いてみました。

話を考えるのって大変ですねw何本も連載書いてる人はホントにすごいです!

初投稿なので、暖かく見守ってくれると幸いです。


 

現在時刻は、2022年11月6日 12時34分。

 

俺、比企谷八幡は久しぶりにドキドキワクワクしている。

 

理由は、俺のベッドの上にある無骨なヘッドギアである。このヘッドギアはナーヴギアと呼ばれ、高密度の信号素子によって脳の感覚野に直接刺激を送り、仮想的に様々な感覚を受容できる装置である。

要するに、仮想世界に行ける訳である。

 

ナーヴギアはそんなとんでもマシーンであるのだが、実は家庭用ゲームハードなのだ。つまり、人類はゲームの世界に入れるようになったのである。これでギャルゲーの世界に行ってウハウハできる!とか思ったのは俺だけじゃないはず。俺だけじゃないよね?

 

ちなみに今セットされているゲームは、『ソードアート・オンライン』という世界初のVRMMORPGで、ナーヴギアの機能を最大限に発揮できるゲームシステムになっている。

 

そんな夢のマシーンのナーヴギアだが、問題点が一つある。高い。とにかく値段が高い。おかげで信念曲げてしっかりバイトしっちゃったし。普段の2倍は働いた。そのせいか、トラウマが増えてしまった。やっぱり働くとロクなことがないな。

 

しかし、これを作った茅場という人は途轍もない天才だと思う。そして、きっと孤高の人だったろう。と言うことはだ。これはもう逆説的に考えて、大学でも孤高のぼっちである俺は天才だということになる。いや、ならないな。

 

そんなくだらない考えにふけっていると、スマホが鳴った。

 

一瞬スパムメールかと思ったが、どうやら違うようだ。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

FROM:☆★ゆい★☆

TITLE:13日のこと!

やっはろー!

13日の奉仕部会は

11時に千葉駅前に集合ね(`・ω・´)!

ちゃんと来てよ(。´・ω・)?

それじゃあまたねヾ(@⌒ー⌒@)ノ

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

相変わらず頭の悪そうなメールだなと思いながら、ちゃんと行くという旨の返信をする。行かないと後が怖いし。何よりこういう時は抵抗しても無駄だ。なぜなら、妹の小町を通された瞬間に俺の拒否権は消滅するからである。妹への純粋な愛情を利用するとか全く卑怯な奴だ。

 

SAOの正式サービス開始まではまだ時間がある。どうせだからβテスト時の情報でも再確認しておくとしよう。正式サービスにあたって様々な仕様の変更はあるだろうが、現在発表されている正式サービスの仕様を見る限り、大きな変更はないように思う。

 

そう考え、βテスト時のマップやスキル、クエストなどの情報を自分なりにまとめたファイルを開いた。

 

半分ほど確認し終えた時、またスマホが鳴った。

 

また由比ヶ浜からか?と思って差出人を確認すると、そこには「雪ノ下雪乃」とあった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

FROM:雪ノ下雪乃

TITLE:

こんにちは、比企谷くん。

相変わらず目の腐ったあなたと会うと思うと

少しゾッとするけれど、少しは改善されてい

ることを期待しているわ。

由比ヶ浜さんから聞いていると思うけれど、

集合は13日の11時に千葉駅前よ。

必ず来なさい。絶対よ。

楽しみにしているわ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

………なにこのメール。無題なのは気にしないし、最初が挨拶なのもいい。そのあといきなり罵倒ってどういうことなの。そして超上からだし。これ少しでも遅れていったら殺されるんじゃないの俺。怖い。本当に怖い。

 

ていうか、何を楽しみにしてるんですか?俺を罵倒すること?公衆の面前でトラウマ抉られるの?雪ノ下は俺を公開処刑する気なのかもしれない。

 

こうなっては行くという選択肢以外存在しない。ああ、当日だけインフルにでもかからないかな。

 

まあ、小町を通されたら終わりだから行くんですけどね。少しの現実逃避から帰還した俺は、こちらにも由比ヶ浜に送ったように、ちゃんと行くという旨の返信をする。

 

チラッと時間を確認すると、12時54分になっていた。そろそろ準備するか。

 

エアコンの作動が正常なことを確認し、ナーヴギアを被ってベットに寝転ぶ。

 

ベットで仰向けになりながら時間が来るのを待つ。時刻は12時58分。

 

「いよいよか」

 

思わず呟いた。その時、またスマホが鳴った。それも2回。

 

疑問に思ってスマホを手に取る。

 

差出人は雪ノ下と由比ヶ浜だった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

FROM:雪ノ下雪乃

TITLE:Re:Re:

絶対よ。約束しなさい。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

FROM:☆★ゆい★☆

TITLE:Re:Re:13日のこと!

絶対だからね!約束だよ?

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

思わず小さな笑みがこぼれた。

 

全く、あいつらはどれだけ俺を信用していないのだろうか。

 

両方に、「約束する」と返信した。

 

時間を見ると、ちょうど13時になるところだった。

 

慌ててスマホを置き、興奮を抑えた声で言った。

 

 

「リンクスタート!」

 

 

俺の意識は急速に現実の肉体を離れ、鋼鉄の浮遊城の中へと吸い込まれていった。

 

 

プロローグ 終




ちょっと幸せな感じの八幡を書きたかったのですが、伝わりましたか?


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第1話 茅場晶彦は宣言する。

1話分の文字数ってどのくらいがいいんでしょうか?


 

「これは、ゲームあっても遊びではない」

 

『ソードアート・オンライン』ゲームプログラマー・茅場晶彦は何かの雑誌のインタビューでそう語っていた。

 

 

今、俺はその言葉を本当の意味で理解しかけているのかもしれない。

 

 

鋼鉄の浮遊城《アインクラッド》第1層、黒鉄宮の大広場。

 

現在この場所に、おそらくSAOにログインしているすべてのプレイヤーが集まっている。その頭上には巨大なアバターが浮遊している。

 

俺はフィールドに出て狩りをしていた際に青白い光の包まれたと思ったら、この場所に強制テレポートさせられていた。

 

そして、俺を含むプレイヤーの頭上に趣味の悪い不気味なエフェクトと共に赤いローブ姿の巨大アバターが現れた。

 

こんなことができるということは間違いなく運営の人間だ。だが、何かのイベントというには違和感がある。直感が「危険だ。回避しろ」と警鐘を鳴らす。どうすべきか思案し始めたとき、巨大アバターが両手を広げて話し始めた。

 

 

「プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ」

 

私の世界?どういう意味だ?

 

「私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ」

 

その言葉に愕然とする。茅場晶彦。それじゃあこいつは…。

 

「プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う」

 

気付いてはいた。正式サービス初日だから何か不具合が起きているのだろうと思っていたが、その理由を説明してくれるらしい。しかしなんだ、この違和感は?

 

「しかし、これはゲームの不具合ではない。繰り返す。不具合ではなく、これは『ソードアート・オンライン』本来の仕様である」

 

不具合ではない。本来の仕様。ハハ、何言ってやがる。

 

「諸君は自発的にログアウトすることはできない。また、外部の人間の手によるナーヴギアの停止、あるいは解除もあり得ない」

 

「もしそれが試みられた場合、ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが諸君らの脳を破壊し、生命活動を停止させる」

 

「残念ながら、現時点でプレイヤーの家族、友人などが警告を無視し、ナーヴギアを強制的に解除しようと試みた例が少なからずあり、その結果、213名のプレイヤーがこのアインクラッドおよび現実世界からも永久退場している」

 

そう言って、茅場晶彦はいくつかのウィンド開いて見せる。俺はそれを見て一つの事実を認めざるを得なかった。213名の人間が死んだという事実を。

 

「御覧の通り、多数の死者が出たことを含め、あらゆるメディアがこの状況を繰り返し報道している。よって、すでにナーヴギアが強制的に解除される危険は低くなったと言ってよかろう。諸君らは安心してゲーム攻略に励んでほしい」

 

「しかし、十分に留意してもらいたい。今後ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。HP(ヒットポイント)0(ゼロ)になった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し、同時に、諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される」

 

抑揚の薄い声。感情を感じさせないその声が、紛れもない事実を告げているということを如実に表していた。

 

「諸君らが解放される条件はただ一つ。このゲームをクリアすれば良い」

 

「現在君たちがいるのはアインクラッドの最下層、第1層である。各フロアの迷宮区を攻略し、フロアボスを倒せば上の階に進める。第100層にいる最終ボスを倒せばクリアだ。」

 

βテストでは2か月で第9層までが限界だった。全100層を攻略するとなれば、単純計算で1年10ヶ月。しかし、HPが0になれば死ぬというシステムが枷になって攻略が遅れることは避けられない。

 

「それでは最後に、諸君らのアイテムストレージに私からのプレゼントを用意してある。確認してくれたまえ」

 

その言葉を聞き終わる前に、メニューウィンドを出してアイテムストレージを確認する。そこに表示されたのは、

 

「手鏡?」

 

とりあえずオブジェクト化してみる。鏡に映るのは知性的かつ西洋的な顔立ちの俺のアバター。アバターを作成する時、ライトセイバーを操る騎士のマスター・ケノービをモデルにしていたからだ。目も腐っていないし、いかにもできる大人という感じで、まさに俺にぴったりだ。などと場違いな自賛をしていると、

 

「っ!?」

 

突如、青白い光に包まれる。

 

まさかまたテレポートか、と身構えたがそうではないらしい。光が収まりあたりを見回してみてもここが黒鉄宮の大広場であるのは確かだ。だが、あちこちで同じような光がプレイヤーを包んでいる。プレイヤーの間に動揺が走っているのがわかる。

 

「うわぁ!?」

 

ふと、俺の右前方にいた爽やか系のイケメンが光に包まれる。やがて光が収まる。しかし、そこにいたのは小太りのいかにも地味な少年だった。なんというか、いじめられっ子の典型みたいなやつ。

 

「…まさか、な」

 

ある可能性に思い至り、自分の手鏡を覗き込む。

 

「フッ」

 

思わず卑屈な笑みが漏れた。手鏡に映っていたのは、死んだ魚のようだとか腐っているとか評される目。卑屈な笑みを作って歪んだ口元。特に整えているわけではない髪。紛れもなく、現実世界の俺の顔だ。体の方にも目を向けると、先ほどまでのがっしりとした感じではなく、どちらかと言えば細身の現実世界の俺のものだ。ナーヴギアは顔をすっかり覆う構造をしているから顔の形はスキャンできるのだろう。だが体形や身長はどうやって…。

 

「…ら、キャリブレーション?とかで、初めてナーブギアを着けた時に……」

 

ふと、そんな声が聞こえて納得する。初めてナーヴギアを被った時には「なぜこんな作業が必要なのか」と思ったが、なるほどこのためだったのか。ということは、この状況は奴にとっては決定された未来だったということか。そう認識すると背筋が凍った。恐ろしい。

 

しかし、なぜ…。いや、考えなくてもすぐに答えてくれる存在がこの場にはいる。

 

「諸君は、なぜ、と思っているだろう。なぜ、『ソードアート・オンライン』およびナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんなことをするのか、と。私の目的はすでに達せられている。この世界を創り出し、観賞するためにのみ、私は『ソードアート・オンライン』を作ったのだ。」

 

「なん、だと…」

 

思わず呻いた。

 

「以上で、『ソードアート・オンライン』正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の健闘を祈る」

 

そう最後に結び、茅場のアバターは消えた。

 

 

「これは、ゲームであっても遊びではない、か」

 

 

第1話 茅場晶彦は宣言する。 終




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第2話 比企谷八幡は苦悩する。

第2話です。

よろしくお願いします!


「これは、ゲームであっても遊びではない。か」

 

 

茅場晶彦が去った後の大広場は静まり返っていた。無理もない。彼の宣言した内容は1万人のプレイヤーに言葉を失わせるのに十分過ぎる力を持っていたのだから。

 

「イヤァァァー!!」

 

誰かが発した甲高い悲鳴が、静寂を破り、プレイヤー全体に大きな混乱を与えた。恐怖。不安。絶望。そういった感情がプレイヤーを支配するのに時間はかからなかった。

 

俺も混乱してはいたが、周囲の明らかな狼狽ぶりを目の当たりにして少しの冷静さを取り戻した。

 

今必要なのは、圧倒的に情報だ。それは間違いない。しかし、茅場の言い方を考えれば、外部との連絡は絶望的だろう。MMORPGではプレイヤー間での情報のやり取りは有効な手段だが、この状況においてはそれも無理だ。なにより、現時点ではどのプレイヤーも持っている情報は同じようなものだろう。むしろ、βテストの経験がある俺の方が多くの情報を持っているまである。

 

「お、おい!これはどういうことなんだよ!?」

 

「ひっ。し、知らないよ。僕が聞きたいよ」

 

見れば先ほどの小太りの少年にヒョロい男が胸倉を掴んで詰め寄っていた。ヒョロい男は恐怖で引きつりながらヒステリックに叫び、小太りの少年は今にも泣きそうになっていた。

 

いくら俺が影が薄いとはいえ、この場にとどまって思案するのは得策でなないな。どこか人のいない、静かな場所に行こう。そう考えて、足早に大広場を後にした。

 

 

 

街を歩きながら考える。一人になれる場所といえば、やはり自宅や自室だろう。このSAOにおいてそういった空間と言えば、プレイヤーホームか宿屋だ。前者はそれなりに上の層にまで上らないと手に入らないし、例え売り出されていても現在の所持金では到底買うことはできない。そうなると必然的に後者になるわけだが、

 

「あった。場所はβテストと変わってないみたいだな」

 

βテストの時の記憶をたよりに来てみたが、『INN』の看板を見つけてそっと安堵する。記憶の中ではここが大広場から最も近い宿屋だった。とにかく中に入ろうとドアノブの手を掛けた瞬間、強烈な違和感に襲われた。

 

「なんだ?」

 

思わず声に出してしまうほどの違和感。なんだこれ。そもそも、俺はなぜここに来た?そうだ、一人で冷静に現状を分析するためだ。では、ここを選んだ理由は?それは、近かったからだ。

 

「そうか」

 

ここは大広場から近い。ということは、遠からず他のプレイヤー達もこの場所に来るだろう。俺と同じことを考えるプレイヤーもいれば、単にショックから一人になりたいと思うプレイヤーもいるかもしれない。最悪の場合、この宿屋のキャパに対して過剰なプレイヤーが集まることも考えられる。そうなれば先ほど見たように、恐慌状態になったプレイヤー暴れたり、部屋を巡って争いが起きる可能性も否定できない。今は俺一人なので、そういった争いに巻き込まれる心配はない。それに、一旦部屋を取ってしまえば、システム的にほぼ完全な排他空間にすることもできる。

 

SAOの宿屋の部屋は基本的に、本人あるいはパーティーメンバー、ギルドメンバー以外は扉の開閉ができない。扉の設定を変えれば、本人以外は扉の開閉ができなくなる。さらに、部屋の中と外では完全に音が遮断されている。だが、ノックをすればお互いに音が聞こえるようになってしまう。いくら部屋の中にいても、何度もノックされれば落ち着いていることなどできない。

 

「となると他の場所を」

 

しかし、プレイヤーは1万人もいるのだ。この《はじまりの街》の宿屋の合計キャパシティがどの程度なのかはわからないが、近くなくても大きな通りに面している宿屋にはプレイヤーが殺到する。いっそのこと、次の村へ行って宿をとった方がいいかも知れない。

 

とにかく、これ以上この場所で考えていてもどうしようもない。一刻も早く行動を起こすべきだ。何より、今の俺は怪しい以外の何ものでもない。なにせ、

 

「宿屋のドアに手を掛けた状態でブツブツ言ってるんだもんな。しかも、今の俺は目が腐ってるし」

 

これがマスター・ケノービ風のアバターだったらむしろ様になっていたはずだ。いや、それでも怪しいか。思わず自嘲してしまう。やだもっと怪しくなっちゃった。

 

「ハァ」

 

ため息をつきながらドアから手を離し、街を出るべく門へと向かう。幸いにして、正式サービス開始とほぼ同時にフィールドへ出て片っ端からmobを狩りまくっていたおかげで、次の街へ行くだけなら問題ないレベルには達している。それに、フィールドへ出ているプレイヤーもまだいないはずなので、mobもそんなに湧いていないだろ。行くなら今が一番いい。

 

 

 

さっきの俺の様子をあいつらが見たらどう反応するだろう。やることも決まり、少しだけ余裕が生まれたせいだろうか。ふとこんなことを考えてしまった。

 

雪ノ下は絶対零度の視線を俺に向けながらこう言うだろう。

 

「今のあなた、本当に気持ち悪いわ。」

 

由比ヶ浜は露骨に引きながらこう言うかもしれない。

 

「ヒッキー、マジキモイ!えーっと、キモイ!」

 

 

なんだよ。そんなに罵倒しなくてもいいだろ。俺泣いちゃうよ?

 

 

「………」

 

 

「ちくしょう。なんで涙が出るんだよ」

 

 

俺の両目から一筋ずつの涙が流れていた。それは顎のあたりで一つになり、地面に落ちては微かな光を放って消えていく。滴が落ちた場所には、涙のあとは残らない。何も残らない。

 

どれくらいそうして涙を流して歩いていただろうか。気付けば街の外れまで来ていた。やっと止まった涙を、今更のように拭う。あと5メートルも進めばフィールドに出れる。フィールドに出ればシステム的な保護はすべて消え去り、己の体とこの世界の象徴とも言うべきソードスキルを駆使して戦い、そして生き残らなくてはいけない。

 

「さっき決意したはずなのに」

 

この場所から動けない。進むと決めたはずだった。なのに、なのに俺は。

 

あいつらの顔がちらつく。軽蔑した顔。怒った顔。照れた顔。心配そうな顔。笑った顔。いろんな顔が浮かんでは消えていく。

 

いや、あいつらだけじゃない。小町や戸塚。平塚先生。両親。材木座。一色。葉山。陽乃さん。

 

「ハハハ、お前はいらねぇよ。材木座」

 

力ない声が自分の口から洩れる。

 

「葉山。お前もだ」

 

やはり力のない声だ。

 

「いや、なんであなたも出てくるんですか。雪ノ下さん」

 

無駄だとわかっているのに声に出してしまう。ただ一つの事実を認めないように。

 

 

第2話 そして、彼は苦悩する。 終

 




八幡って動かしにくいw

こいつほど王道バトル系の主人公に向かない主人公はいないんじゃないかと思うw


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第3話 そして、彼は認識する。

第3話になります。

いつになったら戦闘してくれるんでしょうか?w


一体どれくらいの間そうしていただろう。

 

 

門の近くの建物の壁に寄りかかって座り、しばらく俯いていたしていた。何かを考えていたわけではない。本当に何もしていなかった。何度かプレイヤーがこの門から外に出ていく気配があったが、一度も顔を上げなかったからどれくらいのプレイヤーがフィールドに出て行ったのかわからない。中には俺に声をかけてきたやつもいたような気がするが、はっきりとは覚えていない。

 

ようやく顔を上げると、周囲には誰もいなかった。辺りはすっかり暗くなり、街中に流れるBGMも昼間のものから夜のものへと変わっていた。なんだか寂しい曲だな。

 

ふと、プレイヤーの喧噪が聞こえた気がしてそちらを向いた。だが、視界に入るのは仄かな明かりを放つ街灯と何かの店の窓から漏れる光だけだった。

 

「ハハ、俺は今誰かを求めてるのか。」

 

笑える。プロのぼっちたる俺が一人でいたくないと思ってるってことかよ。

 

「そんなの俺じゃない。」

 

今あるべき俺の姿じゃない。俺はぼっちの中のぼっちだ。"みんな"の外にいるのはもちろん、その他の中でさえ一人になれる孤高のぼっちだ。俺はぼっちであることに絶対の自信がある。

 

「よいしょ、と」

 

いつもの調子が戻ってきた気がして、重くなった体を持ち上げる。立ち上がってから今一度周囲を見渡す。やはり誰もいないようだ。

 

「しかし寒いな」

 

夜になったからか、周りに誰もいないからか。あるいは両方か。

 

なんでもいいからどこかで温まりたい。それが正直な気持ちだった。

 

「23時12分」

 

メニューを開き時刻を確認する。この時間だと、もうほとんどの宿屋は埋まっているだろう。SAOには、NPCハウスの一部を宿屋のように利用できる場所もあるが、それを探していられるほどの元気はない。次の街に行くという手もないではないが、夜は視界が悪く、夜だけ出現するmobもいるなど危険性が高い。なにより、その元気がない。

 

「仕方ない。どこか空き家を探して、そこで休むとするか」

 

最悪、NPCハウスの隅っことかでうずくまろうと思いながら門に背を向ける。少し進んだところで、一本の細い路地の奥に窓から漏れる光が見えた。あんなところに商店はなかったはずだ。少なくともβテストの時は。そうなると、あの光はNPCハウスの可能性が高い。俺は誘われるようにその路地に入っていった。

 

 

 

「えっ」

 

その光をこぼす建物の前まで来た時、思わず声を出してしまった。

 

『INN』

 

木製の少し古ぼけた印象のあるドアの上には、確かにそう書かれていたのだ。βテスト時にはなかったはずだから、正式サービスからできたのだろう。ともかく、ここまで来たら入ってみるしかない。すでに部屋が埋まっている可能性もあるが、場所が場所だ。ひと部屋なら残っているかもしれない。

 

ギーっという音と共にドアを開けると正面におばあさんのNPCがいるカウンター。左に2回へと続く階段。右には大きめの木製円形テーブルとそこに座るおじいさんのNPC。おそらく、カウンターにいるおばあさんに話しかければ宿泊の手続きができるはずだ。

 

「あの、すいません」

 

返事がかえって来なかったらどうしようと、内心ビクつきながら話しかける。

 

「ここは宿屋です。泊まっていきますか?」

 

おばあさんは穏やかな笑顔でそう返してくれた。どうやら、まだ空きがあるようだ。同時に、泊まるか否かを選択するメニューウィンドが出現する。

 

「はい」

 

メニューウインドは操作せずに口頭で答える。

 

「わかりました。では、何泊されますか?」

 

SAOではNPCのAIが理解できる範囲であればメニューウィンドを使わずとも商品の売り買いや宿屋の契約が可能なのだ。現在、さきほどのウィンドは消えて何泊するかを選ぶウィンドが表示されている。途中で契約を切ることも可能だが、まだ明確な予定がないのでなるべく長く契約しておいた方がいいだろう。最大10泊まであるが、現在の所持金を考えると多少の余裕をもつためにも6泊くらいが妥当だ。そう考えて、6泊を選択する。今度はメニューウィンドを使ってだ。

 

「お部屋はどうされますか?」

 

今度は部屋を選ぶようだ。またメニューウィンドが出現する。それを見て少し驚いた。この宿屋は一人部屋が2階と3階に二つずつあるのだが、埋まっているのは2階の一部屋だけなのだ。この場所はかなり見つけにくいらしい。なんとなく3階の部屋を選ぶ。

 

シャラーンという鈴の音のような音が鳴り、契約完了を知らせるウィンドが表示されて、消えた。

 

 

 

「フー」

 

重い息と共にベッドに倒れこむ。疲れた。体力的にではなく精神的に。いや、SAOにいる限り現実の体を動かすことはないのだから精神的に疲れる以外に疲れるってことはないのか。このまま寝てしまいたいが、その前に最低限やっておかなくてはいけないことがある。

 

「さてと」

 

まずはメニューウィンドを呼び出し、必要ない装備類を外す。次に、所持品や所持金を確認する。現在の俺の装備は当然ながら初期装備だ。武器は片手直剣。片手剣装備の場合、盾を持てることが最大の利点と言えるが、基本的に俺は盾を装備しない。βテストの時に様々な武器を試したが、一番しっくりきたのが盾なし片手剣だったのだ。現在の主な所持品は、サービス開始からチュートリアルまでの間に狩りまくったmobからドロップしたアイテムだ。今のところ有用なアイテムはないな。だが、まだ売ったりするのは早いだろう。

 

「にしても、天才の考えることはわからないって本当だな」

 

茅場晶彦は、若いながらも、科学者・ゲームプログラマーとして莫大な富と名声を手に入れていた。普通ならばそれを自ら放棄するなど考えられない。しかも、このSAOの一件で茅場晶彦は世紀の大犯罪者になったのだ。彼はすでに213名の人間を死に至らしめたのだから。だが彼は言った。これが望みだったと。この世界こそが望みだったと。

 

「その望みのために1万人もの人間を巻き込んで、大犯罪者になってまで。…とんでもない奴だ」

 

その意志の高さは称賛にすら値する。だがそうなると、茅場晶彦にとってはこの世界こそが渇望した現実だということにはならないだろうか。なにより、この世界には、現実世界のそれよりも、より明確な"死"が存在するのだ。

 

なら。なら、この世界は、

 

 

「紛れもない現実だ」

 

 

第3話 そして、彼は認識する。 終

 




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第4話 やがて、彼は決断する。

第4話です。
戦闘描写はもう少し先になります(汗


 

なら。なら、この世界は、

 

 

「紛れもない現実だ」

 

 

そのことを認識した瞬間、この仮想の体の奥で脈打つ鼓動が強く感じられた。まるで仮想の体に血が通うように錯覚した。

 

 

この世界で死ねば、現実世界での俺も死ぬ。だから死ねない。まだやり残したことは多くあるし、まだ童貞だし。なにより、小町や戸塚が心配しているだろう。それに雪ノ下や由比ヶ浜も心配してくれているかもそれない。あいつらのつらそうな顔は見たくない。

 

「約束、したしな」

 

そうだ。約束したのだ。必ず行くと。約束の時間に間に合わないのは確定的であるが、せめて埋め合わせはしないと、あの2人は納得すまい。だから、俺はあの世界に戻らなければならない。そのためにはこの世界を生き抜く。それしか道はない。

 

「強くなる」

 

それ以外にないだろう。街の中にいればHPは減らない。今の段階では。後々、街の中にいてもHPが減るような状況になることも考えられる。だからこそ自分を強化する。さっきみたいに弱っていてはダメだ。ひたすら自分を強化し、最強を目指すくらいでないと。いや、ステータス的な強さだけではない。精神的な強さも必要だろう。幸か不幸か、傷つくことには慣れている。今も、案外と冷静なのはそのせいだろう。だが、傷つくことに慣れているだけでは足りない。

 

 

自分以外の誰かが傷つくことを、死ぬことを、受け入れて乗り越えられるのか。

 

 

この世界がMMORPGの世界である限り、人との交流は避けられない。そうなれば、不可抗力的に親しくなる人がでてくるかもしれない。いや、必ずそうなってしまう。これは確信が持てる。なぜなら、このゲームをクリアするには絶対に1年では足りないからだ。βテストでは2カ月で第9層までしかいけなかったのだ。しかも、βテストではHPが0になっても死ななかった。

 

「3年あっても厳しいかもしれない」

 

攻略の途中で大きなアクシデントでもあれば、そもそも積極的に攻略に参加するプレイヤーが少なかったら、5年かかっても不思議ではない。この辺は運だな。

 

 

そう言えば、今日街から出て行ったプレイヤー達がいたな。

 

「彼らはどうなったのか」

 

正確な人数は全くわからないが、曖昧な記憶をたどってみると、数十人はいたかもしれない。おそらく、彼らはβテスターだった連中だろう。この状況下で真っ先に行動できるとしたらSAOの知識と経験を持つ彼らしかいない。しかも、腕に自信があるプレイヤーだ。

 

だが、その全員が次の村に辿り着けたかどうかは、正直わからない。

 

まず、βテストとは細部に仕様の変更があると考えられるからだ。mobの攻撃パターンの変化、出現率の変化、新種もいるかもしれない。

 

次に、視界の悪さだ。チュートリアルが終わってすぐに出発できたプレイヤーならば、なんとか明るいうち次の街に辿り着けただろう。しかし、暗くなってから出発したプレイヤーは、視界が悪くなり、mobからの奇襲を受けやすくなってしまう。本来なら、その辺りも含めて楽しめる要素ではあるが、この状況では死のリスクを高める要素にしかならない。

 

「勇気は、時に無謀になる」

 

ならば、明るい時間帯に次の街を目指すのが上策だ。だが、プレイヤーが多い時間帯は避けるべきだ。プレイヤーが多いと、他のプレイヤーが引っかけたmobを押し付けられたりするからだ。βテスト時には一種の悪戯として流行したが、偶発的に起こることもある。特に自分が戦闘中だと、かなりの確率でHPが0になっていた。だから、少しでもリスクは減らしたい。

 

「早朝だな」

 

その時間帯が一番いいだろう。ただ、一つだけ問題がある。

 

「アインクラッドの日の出って何時なんだ?」

 

時間については現実と同期している。また、四季についても再現されるという噂がある。となれば、日の出日の入も現実と同期している可能性は高い。それに、

 

「茅場晶彦の目指したものが、仮想空間における究極の現実とでも言うべきものなら」

 

現実世界と同じになっているはずだ。そうだと信じたい。

 

今は11月だから、日の出の時間が5時前ということはないだろう。おそらく6時くらいだ。

 

「明日は5時起きだな」

 

普段の俺からするとまだ寝ている時間だ。苦笑しながらメニューを開き、朝5時に起床アラームをセットする。そこでふと、時計に目をやる。

 

「げっ、日付またいでるじゃん」

 

現在時刻は0時22分。これだと寝れて4時間半というところか。いつも7時間以上睡眠を取っている俺としては短い。だが、疲れてはいても寝れるかどうかはわからない。なにせこんな状況だ。いくらこの場所が安全だと言っても、すべての不安を拭い去ることはできない。

 

「それでも、強くならなきゃな」

 

普段の俺を知る奴が聞いたら、きっと槍の雨が降るだとか天変地異の前触れだとか言いそう。特に雪ノ下。あいつは本当に俺を罵倒するのが好きだからな。いや、由比ヶ浜もきっと同じようなことを言う。出会った頃は、貧相なボキャブラリだったが、徐々に罵倒の仕方が雪ノ下に似て来てる気がする。全く、なんでそんなところで似てきちゃうんだよ。おかげで俺のライフの減りが速くなったじゃないか。

 

 

「………」

 

 

今度は泣かなかった。少しは強くなれたということだろうか。

 

 

「絶対に生き残って、あの世界に帰ってやる」

 

 

 

第4話 やがて、彼は決断する。 終

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

FROM:比企谷八幡

TITLE:Re:

ハァ、ちゃんと行きますよ

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

FROM:比企谷八幡

TITLE:Re:Re:Re:

約束する

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

彼が送ってきたメール。顔文字も、絵文字も、句点さえないメール。

 

それでも嬉しかった。

 

返事が来たこと。ちゃんと行くと言ってくれたこと。

 

約束。

 

胸の奥が温かくなるのを感じた。

 

思わず頬が緩んだ。

 

「ふふっ」

 

彼が今の私を見たら、

 

「一人でスマホ見てニヤけるとか、お前も俺のこと言えねぇな」

 

こんな感じのことを言うかもしれないと思ったら、そんなことを考えた自分が可笑しくて、余計に笑ってしまった。

 

いや、彼はこんなことは言わない。だって彼は、いつも私の想像の斜め下をいくのだから。

 

 

 

でも。

 

 

「今のあなたは斜め下どころではないわ。比企谷くん」

 

 

昼間、彼から届いたメールを見ながら呟く。

 

雪ノ下雪乃の目元は赤く腫れ、泣いた後であることがわかる。今の呟きも、普段の彼女からすれば痛々しいほどに弱い声だった。

 

彼女はスマホから目を逸らし、傍らのベッドに目を向ける。

 

 

 

「あなたもよ。姉さん」

 

 

 

そこには、ナーヴギアを被って横たわる雪ノ下陽乃の姿があった。

 




思ってた以上に読んでくれる人がいて、嬉しい限りです。

今回で、陽乃さんがSAO世界に登場することが確定しました。
陽乃さんは一体どんな活躍を見せてくれるのでしょうか?

感想お待ちしてます。


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第5話 彼は一歩を踏み出す。

第5話になります。
初の戦闘描写もありますが、出来はあまり期待しないでw


耳元でアラーム音が鳴り響く。

 

あまりの音量に飛び起きた。しかし、起きてみるとアラームの音量は少し小さくなったような気がする。たぶん気のせいだが。

 

「…うるせぇ」

 

半覚醒くらいの頭で、これからすべきことを再確認しながらアラームを解除する。今が朝の5時。部屋に唯一の窓から外を見ると、まだ外は暗い。どうやら、昨夜の予想は間違っていなかったのだろう。少しホッとする。

 

グュ~

 

なんとも間抜けな音が聞こえた。

 

「…腹減ったな」

 

考えて見れば、SAOにダイブしてからは何も口にしていない。最後にとった食事は現実世界での昨日の昼食だ。腹が減ってしまうのも道理である。外の様子をもう一度確認するが、この様子なら、あと1時間は明るくならないはずだ。

 

「パンくらいは腹に入れていこう」

 

腹が減っては戦は出来ぬという言葉もある。何より、フィールドの真ん中で空腹で倒れたりしたら洒落にならない。本物の死の危険がある以上、余計なリスクは背負うべきではない。

 

俺はメニューから寝る前に外した装備を選択し、再び装着する。次の村に行く以上、この宿は契約を解除した方がいいだろう。すでに6泊分の代金を支払っているが、解除すれば5泊分の代金は戻ってくる。別にケチってるわけではない。こういった類の出費は抑えて装備に費やしたいし。なんか損した気分になるし。

 

もう一度装備を確認したのち、1階のカウンターで契約を解除する。5泊分の代金が戻ってきたことを確認して出口に向かう。おじいさんのNPCは昨晩と同じ場所に座っていた。この老人のNPCはずっとここに座っているのだろうか。

 

ドアを開けるとひんやりとした空気が肌を撫でる。

 

1泊だけとはいえお世話になったのだ。おそらくこの位置からでは反応はないだろうが、例くらい言っても罰は当たるまい。それに、お礼というものは、される側ではなくする側の気持ちなのだ。そう考えて、中の方に向き直る。おばあさんは穏やかな顔をしている。おじいさんは目を瞑っており表情は読めない。

 

「ありがとうございました」

 

軽く頭を下げながらお礼の言葉を口にする。…やはり反応はないか。予想はしていたが、少しだけ残念に思ってしまった。仕方なく出ていこうとすると、

 

「礼などいい。また来なさい」

 

ぶっきらぼうな、でもどこか優しさを含んだ声が聞こえた。男性のものだった。驚いて振り返る。しかし、おばあさんもおじいさんもお礼を言う前と何も変わった様子はなかった。

 

 

 

あれから3時間近くたった。

 

俺は今あるクエストを受けて森の中にいる。クエスト名《森の秘薬》。クエスト内容は、ある特定のmobからドロップするアイテムを入手し、それをクエストを依頼してきたNPCに渡すことである。

 

NPC雑貨屋で買った無駄に硬いパンと井戸で汲んだ水で空腹をごまかすと、まだ明るくならないうちに出発した。

 

もてる敏捷性AGI(アジリティー)のすべてを使ってひたすら駆けたおかげで、1時間ほどで目的地《ホルンカの村》に到着した。

 

道中、何度かmobに遭遇したがいずれも単体で、ソードスキル一発でだいたい倒すことができた。途中から明るくなったことも良かったかもしれない。

 

そして俺は、とくに休息を取ることなくクエストを受けるためにある家へと向かった。その家は、この辺りでは一般的な民家であり、中には母親と思しき女性のNPCと病気に苦しむ子供のNPCがいた。βテスト時と特に変わった点がないことに安堵しながら、俺はクエスト依頼を受けた。

 

 

そして現在に至るわけである。

 

「しっかし出ねぇな」

 

思わず愚痴がこぼれる。かれこれ1時間以上はこの森を探し歩いている。目的のmobは出現率が低い。しかし、まだこの辺りのプレイヤーの数は少ないはずだ。となれば、狩られすぎて出現しないということではないはずだ。

 

「単に俺に運がないだけか」

 

ため息をつく。実際、全くmobに出会わないかと聞かれればそうではない。この森に入ってから10体は狩っている。今も左前方8メートルくらいの位置の1体ポップしかけている。この距離だと、ソードスキルの有効距離まで近づいて攻撃すれば、間違いなくポップした直後を狙える。完全な奇襲になるわけだ。プレイヤーを未発見の状態でソードスキルを受けたmobは100%の確率でノックバックを起こし硬直する。そこまでを瞬間的に思考した俺は、ポップ直前のポリゴン塊まで3~4メートルのところまで接近する。

 

俺は左腰に装備した獲物を抜き放ち、片手剣スードスキルの基本技の一つ《レイジスパイク》の予備動作に入る。右手に握った片手剣の刀身が鮮やかなライトエフェクトに包まれるのと、この森に出現する植物型mob《リトルネペント》が出現するのは同時だった。

 

「ッ!!」

 

俺は無音の気合と共にソードスキルを発動した。《レイジスパイク》は突進技である。威力こそ低いものの、多少の距離は気にしなくていい。3~4メートルあった差は一瞬で消え、剣の切っ先が《リトルネペント》の胴体に突き刺さった。

 

「ジャァァーー!!」

 

奇妙な悲鳴と共に《ネペント》が1メートルほど後退し、その状態で硬直した。目論見通りだ。これで《ネペント》はあと数秒は動けない。

 

しかし、動けないのは俺も同じだ。ソードスキルは攻撃力や射程に優れる分、技を放った後に硬直を強いられる。

 

技の硬直が解けるまでのわずかな時間に、この《ネペント》をよく観察する。外見は1メートル半くらいのウツボカズラのようなmobで、その上部には葉っぱが付いている。HPゲージは3割ほど減少している。

 

「だいたい予想通りだな」

 

そう呟く間に硬直が解ける。《ネペント》の硬直はまだ解けていない。《レイジスパイク》は威力が低い分、硬直時間が短いのだ。

 

硬直している《ネペント》に向かって踏み込み、袈裟懸けに斬り付ける。

 

バシュッ

 

という音と一緒に確かな手応えが伝わってくる。休む間もなく剣を返し、斬り上げる。その後も連続して斬撃を加える。3撃加えたところで《ネペント》の硬直が解けた。とっさにその場から飛びのく。

 

「シャァァァ!!」

 

《ネペント》は怒ったように鳴くと、捕食器にあたる部分から腐食性の液体を飛ばしてきた。それを右にスッテプして回避する。あの腐食性の液体に触ると装備の耐久力が大幅に落ちてしまうため、絶対に食らうわけにはいかない。HPはすでに4割を切っている。これなら、

 

「ソードスキル一本で」

 

いける。そう確信した時、こちらを向いた《ネペント》が再び腐食液を飛ばそうとしていた。

 

俺は腰を落として身構える。そして、

 

「シャァァァ!!」

 

《ネペント》が腐食液を放つタイミングで強く地を蹴る。急激な加速感覚が体を支配する。俺はそのまま、低空を滑空する如く、走る。腐食液が頭上30センチもないところを通過するが気にせずに突っ走る。《ネペント》のすぐ脇を通り、真後ろに回り込む。AGI(アジ)に高めにステータス配分しており、《ネペント》腐食液の軌道を熟知している俺だからできる芸当である。良い子はマネしないように。

 

攻撃を外したことを悟った《ネペント》がこちらを振り向く。だがもう遅い。

 

俺はすでにソードスキルの発動を完了しているのだから。

 

「オオッ!」

 

短い気合と共に青いライトエフェクトに包まれた剣を振り下ろす。片手剣ソードスキル・垂直斬り《バーチカル》。

 

《バーチカル》を食らい真っ二つになった《ネペント》は不自然な姿勢で硬直した後、無数のポリゴン片となって消えた。

 

 

第5話 彼は一歩を踏み出す。 終




八幡の戦闘スタイルは今後変わっていくと思います。
感想よろしくお願いします。


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第6話 まだ、彼は気付いていない。

第6話です。
あまりいいタイトルが思いつかなかった…。


「ふぅ」

 

真っ二つにして倒した《ネペント》のドロップ品を確認し、周囲に新たなポップがないことを確かめてから緊張を解く。

 

今回のクエストのターゲットは、《リトルネペント》の中でも上部に付いている"葉っぱ"の部分が"花"の個体だ。だが、これまで出会った個体はすべて"葉っぱ"だった。この2種の他に"実"が付いているやつもいるが、この個体には出会う必要がない。この個体の"実"を破壊してしまうと、周囲にいる《ネペント》達を大量に呼び寄せてしまうからだ。もしそうなってしまったら、脱出するのは容易ではない。

 

「しようがない。一旦戻って出直すか」

 

ゲームにおいて中々目当てのものに巡り合えない時は、意地を張って探し続けるよりも、出直した方がいいということが往々にしてあるのだ。もちろん、ゲームなのだからシステムが確率論的に出現率を定めているわけで、数撃ちゃ当たる可能性は高くなる。だが、現実世界でもそうだが、運とかツキとかいうものは確かにあるように思えるのだ。正直、時間的ロスは痛いが、無理をしてリスクを高めることだけは避けたい。このSAOはもう普通のゲームではないのだ。紛れもないデスゲーム。

 

「死ねない、もんな」

 

 

 

《ネペント》を引っかけないように注意しながら歩くこと20分。そろそろ森の出口も近くなるというところで、俺は足を止めていた。俺は今、少し太めの木の幹の影に隠れている。その視界には、敵mobを示す3つの赤いカーソルが表示されていた。ここから約15メートルほどのところに1体。さらにそこから7メートルほど離れたところに1体ずつ。ほぼ正三角形を描くようにして《ぺネント》達がいる。そして、

 

「花付き。こんなところにいたのか」

 

花付き。このクエストで俺が探し求めていた《リトルぺネント》だ。まさかこんなに出口に近いところに出るとは思わなかったが、これは間違いなく好機だ。一旦は諦めて戻ろうと思った矢先なのだから。

 

「しかし、どうするよ。これ」

 

3体いる《ネペント》の距離が近すぎる。仮に花付きだけを狙っても、おそらく倒し終える前に他の2体も俺の存在に気付き、攻撃を仕掛けてくるだろう。そうなれば、俺は一気に窮地に立たされかねない。余計なリスクは負わない。勇気と無謀は違う。そうだろ?

 

だが、だからと言ってこのチャンスを逃すのは勿体ない。どうする?考えろ。よく状況を観察しろ。

 

「………」

 

よし、作戦は決まった。

 

「スゥー、ハァー」

 

ひとつ大きく深呼吸する。一番近くにいる葉っぱの《ネペント》が向こう側を向いた瞬間、剣を抜いて一気に躍り出た。AGIを全開にして駆ける。目標との距離、10メートル、5メートル。あちらも俺を認識したのだろ。蔓の鞭を振り上げて攻撃態勢に入る。だが、

 

「遅いっ!」

 

刀身が鮮やかなライトエフェクトに包まれる。《レイジスパイク》。今にも攻撃しようとしていた《ネペント》は攻撃を中断されてノックバックを起こす。だが、今回は硬直は起こらない。《ネペント》がノックバックから回復するのと、俺が技後硬直から脱するのはほぼ同時だった。すぐに3度のバックステップで大きく距離を取る。素早く左右に視線を走らせるが、残りの2体が俺に気付いた様子はない。

 

「これなら!」

 

正面の《ネペント》がいかにも怒った様子で距離を詰めてくる。それを見てさらに後退する。残りの2体の有効索敵圏から十分脱したと思うまで同様のことを繰り返して後退する。これで完全な一対一。思わず口元が緩む。油断は禁物だが、これで勝てる。相手の攻撃タイミングに合わせて、攻撃を避けながら、AGIを全開にして肉薄する。

 

「オオッ!」

 

全力のソードスキルを叩き込む。《ネペント》がポリゴン片になったのを確認すると、すぐにもう1体の葉っぱ《ネペント》のところに向かう。

 

 

 

3分後、2体目の《ネペント》が消滅した。

 

 

 

「ハァッ!」

 

最後に残った"花付き"に全体重を乗せた袈裟懸け斬りをお見舞いすると、ポリゴン片となって消滅した。戦闘を開始してから10分ほど。かなり上手く狩れたと言っていい。

 

ウィンドから、今回の目的のドロップアイテムが確かにあることを確認してやっと安堵する。

 

これで《ホルンカ》に戻って依頼主のNPCのところに行ってアイテムを渡せば、長い朝は終了である。

 

十数度の戦闘で多少の疲れはあったが、むしろ来る時よりも軽やかな足取りで森の出口、そして、《ホルンカの村》へと戻っていった。

 

 

 

クエスト依頼主の女性NPCに目的のアイテムを渡して、クエスト完了のウィンドと効果音と共に《アニールブレイド》を受け取る。これで完了だと思って伸びをしていると、女性は俺が渡したアイテムから作ったらしい薬を持って隣の部屋に入っていった。俺はなんとなくそのあとを追った。

 

その部屋は、特徴的な装飾もなく、簡素なベッドとその枕もとで明かりを放つ照明器具があるだけだった。ベッドには10歳くらいの少女が寝ていた。少女は苦しそうな顔をしていた。母親が側まで行くと、起き上がって薬を飲んだ。

 

「これで治る?」

 

少女は不安げな顔で母親に尋ねる。

 

「ええ、良くなるわ。きっとね」

 

母親が微笑みながら答える。それを聞いた少女は安心したように笑顔でうなずいた。

 

さて、俺はどっか行くか。ここにいてもお邪魔だろ。そう考えて、足をドアの方に向けた。

 

「剣士さん、ありがとう」

 

振り向いた。少女が真っすぐな笑顔を向けていた。思わず目を逸らしてしまう。やめろ。そんなんじゃない。別に君を助けようとしてクエストを受けたんじゃない。ただ俺が強くなるために受けたんだ。そう、ひどく独善的な理由で。だから感謝されることなんて何もしてない。

 

逃げ出そうかとも思った。だが、少女の姿に幼い頃の小町が重なって、出来なかった。

 

「そうか。まあ、良かったな」

 

なんとかそれだけ絞り出すように言うと、その家を後にした。

 

 

 

「お兄ちゃん、ありがとう」

 

いつだったか、まだ小さかった小町がひどい風邪を引いたことがあって、両親は仕事でいなかったから俺が看病したのだ。その時、小町にそう言われた。それに俺はなんと答えたっけ。

 

 

「ああそうだ。『兄妹なんだから当たり前だ』だ」

 

もう外はすっかり明るくなってのに、まだ肌寒かった。

 

 

第6話 まだ、彼は気付いていない。

 




第5話とのセットで1話分って感じの内容ですかねw
感想くれると嬉しいです!


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第7話 11月13日。

第7話になります。
よろしくお願いします。


アラームが鳴る。

 

時間だ。

 

2022年11月13日午前11時。

 

あの日から1週間がたった。

 

「やっぱ無理だったか」

 

あの2人との約束の時間が今過ぎた。

 

「雪ノ下。由比ヶ浜。ごめんな。約束破っちまった」

 

「必ず埋め合わせはする。だから勘弁してほしい」

 

「けどな、どんなに急いでも2年以上はお前らに会えそうにない」

 

「だから、その間にどんなもので埋め合わせしてほしいか考えといてくれ。ああ、あんまり高いのとかは無理だぞ。わかってると思うけど」

 

「………」

 

「絶対に帰るから、待っててほしい」

 

風が頬を撫でる。

 

「小町。お兄ちゃんはお前のことが心配だよ」

 

「一人で寂しくないか?お兄ちゃんは小町がいないせいで毎日寂しいよ」

 

「でも心配するな。お兄ちゃんは大丈夫だから」

 

「ああ、そうだ」

 

「そっちに帰ったら、真っ先にお前の笑顔が見たいな」

 

「お前のアホそうな笑顔みると安心するんだよ」

 

また、風が頬を撫でる。

 

「………」

 

比企谷八幡は、《アインクラッド》第1層の最外周部に立っている。目の前には広大な空が広がっている。僅か数メートル先には、大地はない。

 

 

先ほどとは違う風が吹いた。そんな気がした。

 

 

ガルルルルッ

 

 

唸り声が聞こえる。振り返る。オオカミ型のmobがこちらを睨んでいた。

 

「人が珍しく感傷に浸ってたのに、邪魔しやがって」

 

そう吐き捨てながら、剣を抜く。刃が鋭く光を反射している。

 

視界が歪む。

 

行き場のない正体不明の怒りが全身を満たしていく。

 

「ウオオオオォォォォ!!」

 

慟哭する。全力で駆け、斬りつける。相手の攻撃など気にせずに、ひたすら斬り刻む。

 

惨殺。

 

気付いたら敵はポリゴン片になって四散していた。だが周囲には、同種のmobが10匹近く集まってきていた。弱い奴ほどよく群れる。

 

いいだろう。やってやる。

 

 

「皆殺しだ」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「今回の"SAO事件"ですが、政府としてはどのように対処していくつもりなんでしょうか。お聞かせ願えますか?」

 

「政府としましては、容疑者である茅場晶彦氏の身柄の確保。及び、SAOに囚われた約1万人のプレイヤーを開放する方法の発見。これに全力で取り組んでいます。前者に関しては、全国の警察が範囲を拡大して捜索を行っています。また、一般からの目撃情報も広く募集しています。まだ有力な情報は出て来ていませんが、国民の皆さんからの情報が事件解決の糸口になるかもしれません。また後者の関しては、専門家を中心とした特別対策チームを内閣府に設置して対策を検討しています」

 

「今回の首謀者である茅場晶彦氏なんですが、全く消息が掴めていないと伺っています。何か宛はあるんでしょうか?」

 

「正直なところ、捜索は難航しています。何しろ足取りを追えるような証拠が全くといっていいほどないのです。現在、捜査員の増員も検討しています」

 

「現在の捜査範囲は国内だけですが、海外逃亡ということはありませんか?」

 

「わかりません。先ほども言った通り、証拠となるものがないのです。捜査が進展しないことには、なんとも言えません」

 

「そうですか。わかりました。ありがとうございます」

 

 

 

夕方のニュース番組で、政府担当者とキャスターがそんなやり取りをしている。

 

ここ数日、こんな番組ばかり放送されている。

 

「なんか、イヤになるね」

 

「そうね。同感だわ」

 

テレビを消す。

 

ここは千葉県内にあるとある病院。SAOに囚われた彼が収容されている病院である。

 

彼、比企谷君がSAOに囚われたのは1週間前のことで、私がそれを知ったのはその日の日付が変わる頃だった。小町さんから電話をもらった時は、冗談かと思ってしまった。

 

…いいえ。冗談だと思いたかっただけ。現実を認めるのが怖かった。

 

「ヒッキー、戻ってくるよね?」

 

「当り前じゃない。この男は私と由比ヶ浜さんとの約束を破ったのよ。もしも帰ってこないようなら、承知しないわ」

 

心配そうに尋ねてくる由比ヶ浜さんに、そう返す。強がっている。自分でそうとわかる。きっと由比ヶ浜さんも気付いている。それでも、そうでもしないと、今にも弱い自分が溢れ出て来てしまいそうだから。

 

今一番つらいのは彼だ。だから、私が弱さを見せてはいけない。少なくとも彼の前では。

 

空気が重くなりかけていた時、ガラッと病室のドアが開いた。

 

「あ、雪乃さん、結衣さん。来てたんですか」

 

笑顔だが、いつものような明るく元気な笑顔ではない。力のない笑顔だ。

 

「ええ、小町さん。こんにちは」

 

「小町ちゃん、やっはろー」

 

「やっはろー、です」

 

お互いに挨拶を交わす。

 

「…お兄ちゃん」

 

小町さんは彼の枕元まで行くと、彼の顔を見て呟く。

 

「全くお兄ちゃんは、こんな美少女2人も心配させて。罪な男だね。ごみいちゃんのくせにさ」

 

そう言って彼の頬をつつく。まるで、彼が反応するのを期待するかのように。

 

「………」

 

痛々しかった。ここまで憔悴している彼女など想像も出来なかった。

 

「小町ちゃん。ちゃんと寝てる?だいぶ疲れてるみたいだけど」

 

「はは、あんまり寝れてないです。でも、平気です」

 

とても平気そうには見えない。

 

「小町さん。あまり無理はしない方がいいわ。推薦で大学が決まってるとはいえ、体を壊しては…」

 

「それを言うなら、雪乃さんと結衣さんもですよ。ヒドい顔してます」

 

返す言葉がない。

 

「それに、一番大変な思いをしてるのはお兄ちゃんですし。小町的には…お兄ちゃんの方が心配です」

 

小町さん。あなた、強いのね。そして、その強さは強がりではないのだと思う。

 

「そうね。その通りだわ」

 

私たちがここでこうしていても出来ることなど何もない。なら、少しは休んだ方がいいのだろう。それに、私たちがこうしていることを、彼は望むまい。

 

「由比ヶ浜さん、私たちはそろそろ帰りましょう」

 

「うん。そうだね」

 

なにより、これ以上小町さんを見ていることがつらかった。それは由比ヶ浜さんもわかってくれたようだ。

 

「またね、小町ちゃん。ヒッキーも」

 

「さようなら。小町さん。比企谷君」

 

挨拶をしてから病室を出る。

 

 

 

「由比ヶ浜さん、私は少し姉さんの病室に寄っていくけれど、あなたも来る?」

 

彼女は首を横に振る。

 

「今日は、帰るね。バイバイ、ゆきのん」

 

「そう。わかったわ。気を付けてね」

 

彼女を見送った後、同じ病院内にある姉さんの病室に向かった。

 

 

 

『雪ノ下陽乃』と書かれた病室の中は、しんと静まりかえっていた。見舞客が来ないわけではない。むしろ、多く来過ぎるために制限しているのだ。実は、雪乃がそうしてほしいと頼んだのだ。

 

姉の見舞いに来た人は数多くいた。だが、そのすべてが姉を心配して来たわけではなかった。SAOに囚われた雪ノ下陽乃を、あるいは病院のベッドに横たわる雪ノ下陽乃を、好奇心や興味から見にきた人。姉が全く動けないのをいいことに、無遠慮に顔や身体を眺め回す人。いやらしい手つきで肌に触れる人。果ては、姉の様子を見て、薄い笑みさえ浮かべる人。

 

私にはそれが許せなかった。姉と比べればずっと下にいる存在が姉を蔑み、貶める。私と比べてさえ下の存在が。怒りで肩が震えた。私はその顔を見られるのが嫌で、姉のベッドに顔を押し付けた。悔しさで涙まで出てきた。気付いたときには、姉と私だけになっていた。涙は悲しみの涙に変わっていた。

 

「姉さん」

 

姉とは色々あったが、肉親であり、最も大切な人の1人であることは間違いなかった。

 

「そっちの世界には比企谷君がいるわ。彼はきっと姉さんを助けてくれる。だから、姉さんも彼を助けてほしいの。私は、彼も姉さんも失いたくないの」

 

自分勝手な願いであることは重々承知しているが、それでも、それが雪ノ下雪乃の偽らざる本心でもあった。

 

「…生きて」

 

 

 

11月13日 終

 




この話は、結構作者の想像というか妄想が入っておりますw
よかったら感想ください。


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第8話 ようやく、攻略会議は開かれる。

第8話です。
鼠が登場します。


デスゲームと化したSAOが開始されてから、1ヶ月がたった。

 

ゲーム攻略は遅々として進まず、未だに第1層のフロアボスの部屋にすら辿り着けていない。

 

そして、この1ヶ月間で2000人ものプレイヤーが死んだ。

 

 

正直なところ、ここまで攻略が進まないとは思っていなかった。βテストに比べて攻略速度が落ちることは、俺でなくても予想できたプレイヤーは多いだろう。HPが0になると死ぬという現実が足枷となるのだから。しかし、今頃には第3層にたどり着けていると思っていた。

 

「まさかここまで遅くなるとはな。思った以上に攻略に参加している人数が少ない」

 

「仕方ないサ。HPが0になればホントに死ぬんだからナ」

 

「そうだな。無理強いは出来ないし」

 

別に一人二役やって会話してますよアピールをしてるわけではない。ホントだよ?

 

「それはそうと、今日はどうした?今のところ新しい情報は手に入れてないぞ」

 

ここ最近、最前線で戦い続ける俺ですら目新しい情報を手にすることはほとんどない。理由は、この1ヶ月で第1層のマップのほぼ全てが探索され尽くしてしまったからだ。わかっていないのは、第1層《迷宮区》最上階にあるはずのボス部屋くらいだ。

 

「それについては期待してないヨ。《情報屋》のオイラでも新しい情報を手に入れるのに苦労してるんダ。目の腐ったハッチーなんかに期待することなんて何もないヨ」

 

そう言って、俺の会話の相手はにひひと笑う。悪かったな。目が腐ってて。

 

「じゃあ何だ。まさか俺を罵倒しに来たわけじゃないだろ、アルゴ?」

 

俺の会話の相手。それは《情報屋》アルゴ。150センチ程しかない小柄でフードを被り、頬に"鼠"のヒゲのようなペイントを施している。また、アルゴのステータスはAGI極振りで、AGI型の俺ですら置いて行かれる程のスピードで走る。そのため付いたあだ名が《鼠のアルゴ》。そんなアルゴだが、《情報屋》のとしての腕は確かだ。現に、《アルゴの攻略本》なるものまで執筆・発行している。1冊500コルとそれなりの値段はするが、これがあるのとないのとでは大きく違う。βテストの経験がある俺ですら知らない情報が載っていたりするのだ。この《攻略本》がなかったら、もっと多くの死者が出ていた可能性すらある。

 

「まあ、それもあるケド」

 

アルゴはそう前置きする。え?それもあったの?冗談かと思ってた。八幡ちょっとショックだよ。

 

「今日、《攻略会議》が開かれるそうダ。場所はこの《トールバーナ》。17時からだそうダ。詳しいことはこいつを見ナ」

 

真剣な声音になったアルゴが会議の時間や場所が載っているウィンドを見せてくる。《攻略会議》。つまり、このゲームを攻略しようという意志のあるプレイヤーで集まって、この第1層をいかにして突破するかを話し合おうというのだ。それが《迷宮区》に最も近いこの最前線の街《トールバーナ》で開かれるのだ。

 

「そうか」

 

正直、「やっとか」という感じである。だけど会議か。俺が行ってもどうせ発言することはないし、なにより面倒くさい。

 

「ハッチーはもちろん行くんだロ?」

 

アルゴは、俺が行くことが決定事項であるかのように聞いてくる。えー、やだよ面倒くさい。そんな心情が顔に出ていたのだろう。俺は黙っていたのだが、アルゴはヤレヤレという風に首を振ると、

 

「オイラがタダで情報を渡すことなんてそうないゾ。それに、"あの事"バラされたくないだロ?」

 

と言った。後半は顔を近づけて耳元で囁かれた。思わずドキッとしてしまう。アルゴはSAOでは数少ない女性プレイヤーだ。元々、女性への耐性が高くない俺が突然そんなことをされると少し緊張してしまう。だが、今回ドキッとしたのは緊張してではない。恐怖でだ。

 

"あの事"

 

それはつい1週間ほど前のことだ。俺は今でも偶発的な事故だったと信じているが、アルゴ曰く、

 

「女としての尊厳を傷つけられタ」

 

ということだ。そう、あれは森の中にある小さな泉で…。いや、やめておこう。これは思い出すべきではない。だって、さっきからジト目で睨まれてるんだもん。

 

「今思い出してなかったかナ、ハッチー」

 

「いいえ。滅相もございません」

 

即座に否定する。

 

「フーン。ならいいケド。」

 

アルゴはジト目のままだったが、やがて短く息を吐くと言った。

 

「《会議》にはちゃんと行くんだゾ。オイラも様子は見に行くからナ」

 

どうやら逃げることは出来ないらしい。

 

「ハァ」

 

思わずため息が出てしまう。そのタメ息を了承と受け取ったのか、アルゴは満足そうに頷く。まあ、参加するしないに関わらず、様子くらいは見に行くつもりだったからいいけど。

 

「じゃあナ。オイラはもう行くヨ。少し仕事があるからナ」

 

そう言うと、素早い動きで人の中に紛れ、あっという間に見えなくなってしまった。ていうか、あいつ仕事って言ったか。全くよくやる。素直に感心する。

 

現在時刻は14時06分。会議までは3時間弱ある。

 

「場所の下見して、日課の《隠蔽(ハイディング)》スキル上げでもするか」

 

《隠蔽》とは、ハイドする、隠れることで他のプレイヤーの視覚から見えなくなるスキルである。そして、地道にハイドを繰り返すことでスキル熟練度が上がっていくのだ。実に俺向きなスキルだと思う。

 

 

 

会議が行われるという古代ギリシア風の劇場跡の近くでハイドすること2時間以上。あと20分ほどで会議が始まるという頃になって、最初の会議出席者と思われるプレイヤーが現れた。彼らは青髪のイケメンを先頭にして談笑しながら劇場跡に入っていく。しかし、SAOには似合わない雰囲気をもつグループだった。いかにもリア充っぽくて。特にあの青髪のイケメン(笑)。おっと、つい本音が。

 

それからは少しずつプレイヤーが集まってきた。

 

外人っぽい人を含んだ巨漢4人組。トゲトゲ頭とその仲間たち。フード付きのケープを着たフェンサー。俺と同じ《アニールブレイド》を装備した黒髪の少年。

 

全員が俺の5メートルくらい先を歩いていったにも関わらず、誰にも気付かれなかった。現在の隠蔽率は60%程度のなので、これは俺の元来の存在感の無さが隠しパラメーター的に働いている可能性がある。なにそれ悲しい。

 

「これ以上は来そうにないな。俺も行くか」

 

アルゴの姿は見当たらないが、すでに近くには来ているはずだ。先ほど会議参加者の人数を調べたところでは、俺を入れて45名。少ないと言わざるを得ない。フロアボスの攻略は、《パーティー》を複数連結した《レイド》を組んで行われる。《パーティー》の最大人数は6人。《レイド》の最大パーティー数は8パーティー。つまり、1つの《レイド》の最大人数は48人と言うことになる。それよりも3人少ない。正直、49人いてほしかった。何でかって?そしたら俺は絶対にレイドに参加しないからだ。「気持ちだけもらっておくよ」とか言われて除外される。絶対に。

 

いくら考えても詮ないことである。むしろ、おそらくSAO始まって以来最大の死の危険がある場所に、自ら向かう意志のあるプレイヤーが45人もいたと肯定的に捉えるべきだ。

 

俺は半円を描くようにして並ぶ階段状の席の上の方に座る。俺の3メートル左前方にフードを被ったフェンサー。3メートル右前方に黒髪の少年。ここに座ったのは、全体がよく見えるからだ。決してこの2人がソロプレイヤーで、変な仲間意識が芽生えたとかそういうわけでは断じてない。そのはずだ。

 

 

 

「はーい。それじゃあそろそろ始めさせてもらいます!」

 

パン、パン、と手を叩く音と一緒に、そんな明るい声が聞こえてきた。声の主に視線を向けると、あの青髪のイケメンだった。

 

 

2022年12月2日17時に少し前。アインクラッドにおける初の攻略会議が始まった。

 

 

 

第7話 ようやく、攻略会議は開かれる。 終




あの事については時間があるときに書けたら書きますw
ほっといたら攻略会議に参加しなさそうだったのでこうなりました。
感想くれると嬉しいです。


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第9話 彼は少年と少女に出会う。

第9話です。
いつもより少し長めになってしまいました。


「俺はディアベル。気持ち的に、ナイトやってます!」

 

青髪のイケメンはディアベルという名らしい。開口一番そんなことを言って会場を笑わせていた。しかし、次に口にした言葉に場がざわついた。

 

「今日、俺たちのパーティーがあの塔の最上階でボスの部屋を発見した」

 

マジかよ。俺はまだ最上階にすら辿り着けてなかったのに。

 

「俺たちはボスを倒し、第2層に到達して、このデスゲームをいつかきっとクリアできるってことを《はじまりの街》で待ってるみんなに伝えなくちゃならない。それが今この場所にいる俺たちの義務なんだ。そうだろ、みんな?」

 

再び場がざわつく。なんか葉山みたいなやつだな。自分が演じるべき役を理解して、それを実践している。つまりは、"いい人"というやつだ。正直、俺はこの手の人種が苦手だが、今はこういう存在はありがたい。集団を率いるリーダーシップとカリスマ性。その両方を持っていると見える。イケメンって得だな。

 

そんなことを考えていると、徐々に拍手が沸き起こる。口笛を吹くやつもいる。どうやら全員が賛同らしい。てか、誰だよ口笛吹いたやつ。そう言うことするやつに限って、普段は大人しかったりするんだよ。こういう時だけ調子乗んな。

 

「じゃあ早速だけど、攻略会議を始めたいと思う。まずは6人のパーティーを組んでみてくれ」

 

は?パーティーを組めですと?そういうのって決めてくれるもんだと思ってました。

 

「マジかよ」

 

ディアベルは、単一パーティーではボスに対抗できないから、パーティーを束ねたレイドを作らないといけないとかなんとか言っているが、そんなことは知っている。問題なのはそこじゃない。ひたすらソロプレイを貫いてきた俺に、パーティーを組めるような相手は存在しないのだ。

 

どうしようか、帰ろうかと、キョロキョロしていると、黒髪の少年と目が合った。と思ったら逸らされた。え、ちょっと君。いくらなんでも酷くないですか?確かに目は腐ってるけどさ。

 

俺から目を逸らした少年は、フェンサーの側に寄っていき何やら話していた。前のほうにいる連中はすでにパーティーが組終わっているらしく、それぞれに集まって談笑まで始めていた。

 

少年とフェンサーの方に視線を戻すと、どうやらパーティーが成立したようだ。流石はプロのぼっちたる俺だ。完全に1人取り残された。これはあれだ。いらない奴認定されたということだ。つまり、俺がこの場にいる必要はないということだ。よし、さっさとお暇しよう。こうなったら俺の行動は速い。5秒後には誰にも気づかれずにこの場から消えているはずだ。

 

ドンッ

 

そう思って立ち上がったところを後ろから突き飛ばされた。えっ、ちょっと誰ですかこんな危ないことする人は。

 

「なーに逃げようとしてるのカナ、ハッチー?」

 

アルゴさんでした。わかってた。この世界でこんなことを俺にしてくるのはお前しかいないもんな。

 

「いやだって、俺がパーティー組めるやつとかいねぇし。それなら俺はいらないだろ」

 

「ハァ~、しようがないナ。オイラがなんとかしてやるヨ」

 

別になんとかしていただかなくて結構ですよ?むしろ、なんとかならないで良いまである。

 

「キー坊、あいつもパーティーに入れてやってくレ」

 

俺がそんなことを考えている間に、アルゴは少年とフェンサーのところへ行って話を始めてしまった。

 

「あいつって?」

 

なに勝手に始めてんだよ。せめて本人の意志を確認してからにしろ。あと少年、お前も話に乗るな。

 

「あそこの腐った目の男だヨ」

 

ちょっとアルゴさん、その紹介はないんじゃないの?目が腐ってるのは事実だけどさ。

 

「はぁ」

 

とはいえ、ここまで来たら逃げるわけにもいかない。逃げたらあとが怖いし。仕方がないので、 覚悟を決めて少年とフェンサーの所へ言って話しかける。

 

「なあ、俺も入れてくれるか?」

 

少しだけ声が上ずってしまった。

 

「俺はいいけど…」

 

少年がそう言いながらフェンサーの様子をうかがう。俺もつられてフェンサーに視線を流す。

 

「私も構わないわ」

 

女性の声だった。抑揚は欠いているものの、きれいな声だと思った。にしても、攻略会議に参加するプレイヤーなんて男だけだと思っていたから驚いた。そもそも、SAOは女性プレイヤーが少ない。それも最前線で戦うプレイヤーなんて極わずかだ。しかも、見たところソロプレイヤーらしい。どんな人物なのか少し興味が沸いた。別に女性だったからじゃないよ?本当に。

 

なんてことを考えていると少年の方からパーティー申請が来たので受諾する。すると、視界の端にある自分のHPゲージのすぐ下に、新たに2本のHPゲージが出現する。

 

KiritoとAsunaか。

 

「これは貸しだからナ」

 

アルゴはそう言い残すと、会議場をあとにした。いや、何が貸しだよ。別に頼んでねぇよ。

 

「みんな組み終わったかな。オッケー。じゃあ」

 

「ちょお待ってんか!」

 

ディアベルが会議を進めようとした時、前方のパーティーの一角から1人の男が飛び出してきた。男はトゲトゲした頭をしたプレイヤーだった。

 

「ワイはキバオウってもんや。ボスと戦う前に言わせてもらいたいことがある」

 

トゲトゲ頭はキバオウというらしい。ハッ、随分と大胆な名前にしたものだ。ちょっと笑ってしまった。

 

「こん中に、今まで死んでいった2000人に詫び入れなあかん奴らがおるはずや!」

 

さっきまでの笑いは消し飛んだ。こいつ…。

 

「キバオウさん。あなたの言う奴らとはつまり、元βテスターの人たち、かな?」

 

ディアベルが慎重に尋ねる。

 

「当たり前や。β上がりどもは、こんクソゲームが始まったその日に《はじまりの街》から消えよった。右も左もわからん九千何百人のビギナーを見捨ててな。奴らはウマい狩場やらボロいクエストを独り占めして、自分らだけぽんぽん強なって、その後もずーっと知らんぷりや。」

 

確かにそういうプレイヤーがいるのは否定できない。なにせ、俺もβテストの時の知識を使って今日まで生き延びてきたのだから。

 

「こん中にも何人かはおるはずやで、β上がりっちゅうことを隠して、ボス攻略の仲間に入れてもらお考えとる奴らが。そいつらに土下座さして、ため込んだ金やアイテムを吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預かれんし、預けられん!」

 

なるほど、言いたいことはわからなくもない。だが、それで問題が解決するとは思えない。見れば、黒髪の少年—おそらくKirito—が苦しい表情をしていた。なるほど、こいつは俺と同じか。そして同感だ。きっと俺も似たような表情をしていることだろう。もう1人の方に目を向ける。こちらはフードを被っているために表情は読み取れない。

 

「発言いいか」

 

沈黙が支配しかけていた所に、よく通るバリトンが響いた。

 

「俺の名前はエギルだ。キバオウさん、あんたの言いたいことはつまり、βテスターが面倒を見なかったからビギナーがたくさん死んだ。その責任をとって謝罪・賠償しろと、そういうことだな?」

 

エギルと名乗った巨漢の男は、キバオウの前に立って話し始める。にしてもデカいな。それに、濃い褐色の肌は日本人ではないのかもしれない。

 

「そ、そうや」

 

エギルの巨漢に若干怯んだようすのキバオウだったが、すぐに勢いを取り戻した。

 

「あんアホテスター連中がちゃんと金やら情報やらの面倒見とったら、死なずに済んだ2000人なんやぞ!」

 

そのアホテスターも全員が生き残っているわけではない。むしろ、βテストの経験があることで油断して死んだものもいるのだ。反論したかったが、ここで反論しても紛糾するだけで、いいことはない。そもそも証拠がない。俺は押し黙った。

 

「あんたはそう言うが、金やアイテムはともかく、情報はあったと思うぞ」

 

エギルはそう言うと、一つのアイテムを取りだした。

 

「このガイドブック、あんたも貰ったろ。町の道具屋で無料配布してるからな」

 

あれは《アルゴの攻略本》だ。…無料配布だと?あの商売の鬼が?俺は500コル払って買ったんだけど。しかも全巻。どういうことなの、アルゴさん?

 

「もろたで。それが何や」

 

どうやら本当に貰えるらしい。信じられない。俺が払った500コルはなんだったんだ。

 

「このガイドブックに載っているマップデータやモンスター情報を提供したのは、元βテスターたちだ」

 

エギルのその言葉にプレイヤーたちがざわつく。まあ、これは少し考えればわかることだ。《攻略本》はかなり詳細なデータまで載せている。それこそ、数日かけて調査してもわからないことまで。

 

「いいか、情報はあったんだ。なのに多くのプレイヤーが死んだ。じゃあ、その失敗を踏まえて俺たちはどうすべきなのか。それがこの会議で話し合われると、俺は思っているんだがな」

 

エギルの言うことは至極真っ当な論だ。攻略会議の主旨も理解しているのだろう。こういう出来る大人がいるのは頼もしい。

 

「キバオウさん、君の言うことも理解できる。でも、今はエギルさんの言う通り、前を見るべき時だろ?元βテスターだからと言って、いや、元テスターだからこそ、今回のボス攻略には必要な戦力なんだ。彼らを排除して、攻略が失敗したら、何の意味もないじゃないか」

 

エギルの言葉に反論できないでいたキバオウに対し、ディアベルが爽やかな弁舌で説得にかかる。実にナイトを自称するこの男らしい。結局、キバオウは一応は納得したのか、もといた場所に下がっていった。エギルも、これ以上言うことはなかったようで、ディアベルに話を戻した。

 

「みんな、それぞれに思うところはあるだろうけど、まずは聞いてほしい。実は先ほど、《攻略本》の最新版が配布された。それによると、ボスの名前は《イルファング・ザ・コボルド・ロード》。取り巻きに《ルイン・コボルド・センチネル》というのがいるらしい」

 

そこからが、ようやく攻略会議らしいものとなった。ボスと取り巻きの特徴。各パーティーごとの役割分担。ちなみに、あぶれ組の俺たちは取り巻きの対処だった。戦闘によって手に入る金・アイテム・経験値の配分の仕方。

 

「《攻略本》の情報はあくまでβテスト時のものだそうだ。ボスの行動等が変わっている可能性は十分にある。みんな、注意してくれ。では、明日の朝10時に出発する。今日は以上だ。解散にしてくれ」

 

ディアベルがそう言うと、Asunaはさっさとその場を後にしてしまった。なんとなくそれを見送っていた俺とKiritoだったが、少しの間顔を見合わせると、慌てて彼女の後を追った。

 

「なあ、フェンサーさん。明日のことでいくつか確認しておきたいんだけど、いいか?」

 

Kiritoが尋ねる。

 

「…ええ、いいわ」

 

Asunaの了承を得られたので、道具屋で《攻略本》の最新版を貰い、Kiritoが間借りしているというNPCハウスの2階へと向かった。

 

 

第9話 彼は少年と少女に出会う。 終

 




今回もアルゴさんに登場していただきました。
いやーアルゴさんって便利ですねw
感想くれると嬉しいです!


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第10話 少年の名はキリト。

第10話です。


「結構広いんだな」

 

どうやら、Kiritoは大きな農家の2階を丸々借りているらしい。しかも、ミルク飲み放題でお風呂まで付いているとか。これで町の宿屋と値段変わらないんだからかなりの良物件だ。俺もNPCハウスの一部を間借りしているが、広さはここの半分くらいだし、お風呂はあってもミルク飲み放題は付いていない。

 

Kiritoの借りている部屋にも驚いたが、それよりも驚いたのがAsunaの容姿だ。一言でいえば、超美少女。なんでこんな娘がSAOに?ってレベルじゃない。現実世界でも、ここまで可愛い娘は滅多にいないと思う。え?雪ノ下?確かにあいつも超がつく美少女だけど、Asunaはあんな氷の雰囲気は持ってない。ついでに言うと、由比ヶ浜のようなビッチ臭もしない。きっと、いい娘なのだろう。俺の目を罵倒してこなかったし。しかし、まだ幼さが残る顔をしているところをみると、中学生くらいだろうか。小町より年下であることは間違いない。良かった。流石に、小町より年下の女の子に告白することはありえない。仮に懐かれてしまっても、勘違いして告白して振られるというトラウマを増やさなくて済む。本当に良かった。

 

「お風呂」

 

Asunaがボソッと呟いていたが、女の子だからだろうか。いくら仮想の肉体とはいえ、やはり気になるものはあるのだろう。そして、3人が思い思いの場所に座ったのを確認して、Kiritoが口を開いた。

 

「俺たちの役割は、取り巻きの《ルイン・コボルド・センチネル》の排除だ。見たところ、このメンバーは全員がアタッカータイプだから、3人で順番にスイッチしながら戦闘していくことになると思う」

 

Kiritoが言う。ていうかKirito、同年代の超美少女を目の前にしてよく平気だな。お前あれか、ホモか?顔は女顔だし、受けとしては結構いい素材だと思う。…いつの間にか海老名さんの布教が成果を上げていたらしい。嬉しくねぇ。

 

「まあそうだな。それが妥当だろ」

 

俺が賛同する。この2人のステータスビルドの詳細はわからないが、タンクということはない。ならば、前衛と後衛を交代しながら攻撃を重ねていくのが最も無難である。そうすることで、誰か1人に負担が集中することもなく、戦闘中でも少しの休息が取れる。

 

「…スイッチ?って何?」

 

Asunaが可愛らしく小首を傾げている。

 

「「えっ」」

 

俺とKiritoの声が重なる。

 

「もしかして、パーティー組むのはじめて?」

 

Kiritoが尋ねると、Asunaは首を縦に振る。マジですか。めっちゃ初心者じゃん。それもこの手のゲーム自体初心者だろう。まあ、見た目からしてゲームとかやりそうな人種ではないし、仕方ないか。

 

「えーと、スイッチっていうのは、…」

 

そこから、俺とKiritoによる『スイッチとは何か』講座が始まった。俺とKiritoが補足し合いながら説明すると、

 

「なるほどね。だいたいわかったわ。つまり、1人が攻撃をブロックして敵の体勢を崩すから、その間にもう1人が攻撃をすればいいわけね」

 

どうやら理解力は高いらしい。あとは彼女自身の戦闘力がどのくらいなのか。

 

この話し合いで、俺とKiritoが《センチネル》の攻撃をブロックして、Asunaが攻撃するという方針が固まった。理由としては、《センチネル》の弱点箇所がのど元の1か所のみであり、Asunaのレイピアの方がその箇所を確実に攻撃できるからだ。

 

 

 

話し合いが終わって少し経った。俺は今、Kiritoと2人で建物の外にいる。話し合いが終わった後、Asunaがお風呂に入りたいと言ってきたことと、俺がKiritoに聞きたいことがあったからだ。

 

「なあ、キリト。で読み方あってるよな?」

 

「ああ、それであってる。えーっと、エイトマンでいいのか?」

 

俺のプレイヤー名は、e1gHtmanである。多少ネットゲームに心得があれば簡単に読めるが、初心者だと読めなかったりする。俺がそうだった。なんだよ"G1G4nticE"って。ギガンテス?"1"が"i"で"4"が"a"?なら後ろの"i"も"1"にしろよ。しかも語頭以外にも大文字あるし。まあ、今の俺もそうなんですけどね。てへっ。

 

「エイトでいいぞ」

 

「そうか。で、何のようだ?」

 

「…お前、元テスターだよな?」

 

しばしの沈黙。

 

「…ああ、そうだ。だとしたらどうする?やっぱりパーティーは組めないか?」

 

声に緊張と警戒の色がにじんでいる。

 

「いや、そんなことはない。俺も元テスターだしな。名前は変えてるけど」

 

「そうなのか。でも、じゃあ何で聞いてきたんだ?」

 

少し安堵したような、でも警戒した声。

 

「確認しておきたかったんだよ。そんだけだ」

 

そう、それだけだ。今日の会議でのように、ディアベルとエギルが鎮めてくれたが、キバオウのような考えを持つプレイヤーもいる。今はまだ元テスターに対してだけ嫌悪を向けているが、いつそれが元テスターと一緒にいるプレイヤーに向けられるかわからない。そうなれば、今回のパーティーは暫定だが、Asunaのようなプレイヤーが損をすることになる。それは許容できない。俺のポリシーとして。

 

「また明日な、キリト」

 

聞きたいことは聞いた。今日はもう用はない。

 

「ああ、明日な」

 

その応えを背中に聞きながら、俺はその場を去った。

 

 

第10話 少年の名はキリト。 終

 

 

どこかの町のはずれ。辺りには、夜の帳が降りていた。

 

2人のプレイヤーが、壁に寄りかかって話をしていた。

 

「ふーん、そっか。いよいよ攻略に」

 

「まあナ。今回のボス攻略が成功すれば、少しは希望が見えてくるだろうナ」

 

「そうだね。でも、上手くいくかな?人数足りてないんでしょ?」

 

真剣さと挑発的な含みを混ぜた声。

 

「オイラにはわからないヨ。上手くいけばいいと思ってるケド」

 

あくまで冷静な声音で応じる。

 

「そっか」

 

どこかつまらなそうに呟く。

 

「でもオイラは、生き延びてほしいカナ。あいつらには」

 

あいつら。その"あいつら"に彼は含まれているのだろうか。

 

「………」

 

お互いに言葉はなかった。

 

「じゃあ、今日はこれで失礼するヨ。またナ、ハルノ」

 

これ以上の会話は必要ないと判断したのだろう。そう言って、彼女は壁から背を離す。

 

「うん。またね。アルゴちゃん」

 

私は、壁に寄りかかったまま、返事をする。

 

彼女の足音が遠くなっていく。

 

完全に聞こえなくなっても、私はずっと同じ体勢だった。

 

 

「きっと君なんだよね、比企谷君。君も、この世界にいるんでしょ?」

 

 

彼がいるかもしれないとわかったのは、つい数日前だ。しかしまだ、自分の目で確かめてはいない。

 

 

「死なれたりしたら、お姉さんヤダな。だって、君ほど面白いおもちゃはいないんだもん」

 

 

蠱惑的な微笑を貼り付けた雪ノ下陽乃は、視線を遠くにそびえ立つアインクラッド第1層《迷宮区》タワーへ向けた。仮面のような表情からは、内心を窺うことは出来なかった。

 

 




感想くれると嬉しいです!


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第11話 ボス攻略は幕を開ける。

第11話です。
いつもより更新遅くなってしまいました。申し訳ありません。

いよいよボス攻略が始まります!


アインクラッド第1層《迷宮区》最上階のボス部屋前。

 

今この場所に、45人のプレイヤーが集まっている。これから、初のフロアボス攻略が行われる。

 

「俺からみんなに言うことは一つだ。死ぬなよ。ここにいる全員で第1層を突破して、第2層に到達しよう」

 

今回のボス攻略でリーダーを務めるディアベルが44人のプレイヤー全員の顔を見回す。

 

こいつは本当にすごいと思う。俺なんかが到底成し得ないことを実現してしまう。攻略会議を開くのも、そこに集まったプレイヤーをまとめるのも、こうしてボスに挑むのも。

 

最初は、爽やかなイケメンだし、ナイトを自称するし、なんか葉山みたいなやつだと思った。要するに、"いいやつ"なんだがどこか胡散臭い。好きになれないタイプだと。だが、葉山とディアベルでは決定的に違うことが一つあった。ディアベルはSAOに囚われた人々の未来を、希望を、あるいは祈りを守ろうとしている。葉山は今を、あるいは過去を守ろうとしていた。そこが決定的に違う。

 

しかし、現状を維持するよりも、現状を打ち破って先へ進むことはずっと困難である。さらに、現状を打破して先へ進もうとすれば、必ず何かを犠牲にすることになる。ディアベルは一体、何を犠牲にしたのだろうか。きっと、大事なものを犠牲にしたのだ。それが何かはわからないが、大事なものだったと思う。でなければ、ここまで強くなれないと思う。

 

本当に、あんたはすげぇよ。ディアベル。

 

心の中で、そう呟いた。

 

 

「よし、行くぞ!!」

 

ディアベルの掛け声と共に、ボス部屋の重々しい扉が押し開かれ、プレイヤーたちが鬨の声を上げて雪崩れ込んだ。

 

ここに、初のフロアボス攻略戦が開始された。

 

 

ボス部屋に入ってはじめて抱いた感想は、「こんなにデカかったか」というものだった。βテストの時に一度は足を踏み入れたことがあるが、その時よりも広く感じた。奥行き50メートル、幅30メートル、高さ10メートルはあるだろうか。その直方体の空間に、4体のモンスターがポップしていた。

 

1体は、この部屋の主であり、第1層フロアボスモンスターでもある《イルファング・ザ・コボルド・ロード》。その巨体は3メートルはあり、凶暴そうな容姿と相まって、いかにもボスという感じである。もう3体は、その取り巻きである《ルイン・コボルド・センチネル》。こちらは全身くまなく鎧で覆われており、大きさはプレイヤーと同じか少し小さいくらいだ。

 

ちなみに、コボルドというのは、MMORPGでは一般的な獣人型のモンスターで、人間と同じように武器を使って攻撃してくる。通常、コボルドは雑魚モンスターとして扱われることが多いのだが、このSAOでは事情が変わってくる。なぜなら、武器を使ってくるということは、ソードスキルを使ってくるのと同義だからである。ソードスキルは、プレイヤーの特権ではないのだ。

 

 

 

「スイッチ!」

 

キリトのその声を聞き、Asunaがすかさず突っ込む。Asunaは剣を体の正面に構えると、鮮やかなライトエフェクトに包まれた細身の刀身を捻りを加えながら突き出す。片手細剣ソードスキルの基本突き技《リニアー》。その一撃は正確無比な一撃となって、《センチネル》の弱点、のど元にあるわずかな鎧の隙間へと突き刺さった。《センチネル》が吹き飛ばされる。凄まじい一撃だ。Asunaは初心者のはずだが、その剣撃の速さと正確さは元βテスターである俺やキリトを凌ぐほどだ。

 

センチネルが起き上がって攻撃態勢に入った。

 

「スイッチだ」

 

その様子を見た俺は、すぐさまAsunaの前に出る。《センチネル》が手にしたポールアックスで斬りつけてくる。俺は剣を下から上に払いあげるようにしてそれを弾く。小気味のいい金属音と共に、お互いに少しずつ後退する。今度は、体を捻ってから水平に斬りつけてくる。それを鋭く踏み込んだ垂直斬りで相殺する。ふと、《センチネル》が後方へ飛び退く。ソードスキルがくる。技自体は単純なもので、突進の後に大上段から斬りつけてくるだけだ。直線的な攻撃なだけに、避けることも可能だ。

 

「ここは受けだな」

 

俺はあえて受けることを選択する。ソードスキルはソードスキルによって相殺できる。そして、ソードスキル同士が相殺すると、使用者は大きくノックバックしてしまう。このノックバックが狙いだ。《センチネル》がノックバックしている間に、Asunaが弱点を攻撃する。それでこの《センチネル》は倒せる。

 

「ふぅ」

 

短く息を吐き、《アニールブレイド》を構える。システムがソードスキルの予備動作を検出し、刀身が青く輝きだす。片手剣ソードスキル・単発水平斬り《ホリゾンタル》。それを《センチネル》のソードスキルとぶつける。

 

ガンッ

 

強い衝撃が手から腕全体に広がる。

 

「スイッチ!」

 

俺が叫ぶと、Asunaが流星の如く《リニアー》を叩き込む。予想通り、その一撃で《センチネル》はたくさんのポリゴン片になって四散した。

 

「Good job!」

 

キリトが声を掛けてくる。

 

「お前もな」

 

俺はそれに応じるが、Asunaは俺たちのやり取りを横目で見ただけだった。

 

 

回復ポーションを飲みながら他の戦闘の様子を見る。俺たちが戦っていたのは部屋の入り口に近い左側だが、その反対側に《センチネル》と戦っているパーティーがある。あの巨漢の外人さんエギルが率いるパーティーだ。特に苦戦している様子もないし、援護は必要ないだろう。部屋のほぼ中央でも《センチネル》と戦っているパーティーが一つある。あのトゲトゲ頭ことキバオウが率いるパーティーだ。こちらも特に苦戦している様子はない。

 

そして、部屋の奥では、ディアベル率いる本隊5パーティーが戦っている。ディアベルがよく通る声で指示を飛ばしている。ボスの三段あるHPバーの二段目が8割近く削れている。ここまでは順調といっていいだろう。

 

「ん?」

 

なんか違和感があるな。陣形か?いや、陣形は問題なさそうだ。極端にHPが減っているプレイヤーや突出してしまっているプレイヤーがるわけではない。ならばボスか?ここからだと距離があるからわかりずらいが、特に変わったことはないように見える。

 

「気のせいか…」

 

「どうしたんですか?」

 

Asunaが少し訝しむような声で尋ねてきた。どうやら独り言を聞かれてしまったらしい。変なことを言ったわけではないが、ちょっと恥ずかしい。

 

「いや、なんでもないよ」

 

ボスそばにいるディアベルたちが何かに慌てていたり、警戒している様子はないので、俺の勘違いなのだろう。

 

「そうですか。ならいいですけど…」

 

フードの下に不安げな表情をのぞかせる。全く、そんな心配しなくても、いざという時にはディアベルとかキリトとかエギルとかがいる。キバオウ?ああ、あのトゲトゲ頭ね。

 

「まあ、そんな心配すんなよ」

 

そう言って、Asunaの頭に手を置く。

 

「え?」

 

「あっ」

 

やべぇやっちまった。ナチュラルにお兄ちゃんスキル発動させちまった。急いで手をどける。

 

「わ、わりい。つい癖で」

 

「く、癖なんですか?」

 

Asunaが若干引いていた。しまった。これでは俺は年下の女の子の頭をポンポンするのが癖みないじゃないか。確かに、小町には時々やるが、それは妹だからだ。

 

「いや、俺には妹がいてな。癖っていうのは、妹にしてるみたいにって意味だ」

 

「そ、そういうことですか」

 

どうやら変な誤解を生まずに済んだようだ。この世界でリアルの話をするのは、正直いただけないが、今回ばかりは仕方がない。俺が変態認定されるのを防ぐためだったのだから。

 

「お二人さん、もう少し緊張感を持ってくれないか?」

 

先ほどの俺とAsunaのやり取りを見ていたのだろうキリトが、やや呆れた様子でこちらを見ていた。

 

「そんなの言われなくてもわかってるわ」

 

Asunaは素っ気なく返す。

 

「ああ、すまん」

 

そうだ。今はボス戦の最中なのだ。気を抜いていい場面ではない。そう思い直す。

 

「そろそろ、次が来るぜ」

 

キリトがそう言って、ボスの方を指差す。ボスの二段目のHPバーが9割以上削れていた。いよいよ、ボス攻略も終盤へ突入しようとしていた。

 

 

第11話 ボス攻略は幕を開ける。 終

 




ボス攻略はあと2話ほど続く予定です。
感想あると嬉しいです。


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第12話 ディアベルは願いを託す。

第12話です。
よろしくお願いします。


ボス攻略は、ここまでのところ順調に進んでいた。

 

どのパーティーにもフォーメーションの乱れはないし、回復ローテーションもしっかり維持できている。プレイヤーの士気も高いので、変な欲を出さなければミスも起こらないはずだ。総指揮官であるディアベルは冷静だし、指揮能力も高い。問題はないはずだ。もちろん、ここからβテストにはなかった仕様が出てくるかもしれないので、油断は出来ない。しかし、このメンバーなら多少のイレギュラーには対処できると思う。

 

ギャンッ

 

金属同士が激しくぶつかる音がした。見れば、ボスの《イルファング・ザ・コボルド・ロード》の三段あるHPバーが最後の一本に突入したのと同時に出現した《ルイン・コボルド・センチネル》のポールアックスを、キリトが大きく跳ね上げさせたところだった。

 

「スイッチ!」

 

キリトのその言葉を合図にして、Asunaが飛び出す。彼女が繰り出す高速の突き《リニアー》が《センチネル》を捉える。その一突きが《センチネル》を吹き飛ばす。相変わらず凄い威力だ。

 

「あいつら本当に強いな」

 

Asunaも凄いのだが、キリトも強い。動作に無駄がないのだ。流石は元βテスターといったところだろうが、キリトの戦闘技術はその中でもトップクラスだと思う。おそらくかなりの廃人ゲーマーなのだろう。ナーヴギアの生みだす仮想世界での身体の動かし方をよくわかっている。俺も慣れている方だが、キリトほど最適化された動きをするにはまだ練習が必要だろう。

 

吹き飛ばされていた《センチネル》が起き上がって、攻撃態勢に入りかけていた。

 

「スイッチ!」

 

そう声掛けをして前に出る。そこから俺と《センチネル》は何度か獲物をぶつけ合う。そのたびに金属音が響き、火花が散る。

 

ガァンッ

 

一際大きな金属音が響き、俺と《センチネル》はお互いに体勢を崩した。

 

「三匹目!」

 

その隙に、Asunaが高速の突きをお見舞いする。今回はソードスキルではなく通常攻撃だったが、その一撃を受けた《センチネル》の体は空中で不自然に硬直し、やがて無数のポリゴン片となって四散した。

 

「ふぅ」

 

少し息をつく。これで、当初与えられていた仕事は完了だ。あとはほかの連中がどうなっているか。

 

「………」

 

「どうやら、残るはボスだけみたいだな」

 

エギルたちがまだ《センチネル》と戦っているが、その《センチネル》のHPは風前の灯火といったところだ。キバオウたちは俺たちとほぼ同時に倒したのだろう。もう一匹の《センチネル》の姿はなかった。

 

改めてボスを見ていると、三段あったHPバーは最後の一段が半分に少し届かない程度に残っているだけだった。最後のHPバーは通常の緑から黄色に色が変わっている。あれが赤になってからが、いよいよ大詰めだ。SAOに登場するボスモンスターは全て、最後のHPバーが赤くなると凶暴性が増すという特徴がある。

 

この状態になったボスは、動きが早くなったり、攻撃力が上がったりと厄介な性質を持つようになる。しかし、冷静さを欠いているという設定なのか、それまでには無かった大きな隙が出来たり、行動がワンパターンになったりと、動きの派手さに惑わされなければ攻略は難しくない。

 

では、今回のボス《イルファング・ザ・コボルド・ロード》はどうなのかというと、武器を持ち替える。斧とバックラーから曲刀カテゴリの《タルアール》に武器を変更するのだ。ただし、これはβテストの時の情報である。

 

「グオオオオオオォォォォォォ!!!」

 

突如、巨大な咆哮が轟いた。いよいよ、ボスのHPゲージの最後の一段が赤くなったのだ。ここからボスは一時的な無敵時間に入る。要は携帯ゲーム機とかだとムービーが流れてる状態。

 

持っていた斧とバックラーを盛大に投げ捨て、腰に装備している曲刀《タルアール》を手にする。いや、あれは《タルアール》じゃない。名前は忘れたが、βテストの時に二~三回だけ見たことがある。しかも第9層だったはずだ。そして、武器カテゴリは"カタナ"。全く、嫌なところで仕様を変更してくる。だが、それに気付けたのは大きい。あとはこの情報をディアベルに伝えれば…そう考えていた時、

 

「下がれ。俺が出る!」

 

突然、ディアベルが前へでたのだ。それも単身。

 

「なっ!?」

 

馬鹿な。それはいくら何でも無謀だ。仮にディアベルがボスの使う技を知っていたとしても、そうしたらなおのこと、単身で前に出るべきではない。それに、こういった変化のあとは確定行動で大技を放ってくるのは、ゲームの仕様としてよくあることなのだ。βテスト時にもそのようなボスはいた。なのに何故だ。ここは複数パーティーで包囲して、ボスの攻撃をしっかり防御する。その後に全員で一斉に攻撃した方がいいに決まっている。それがセオリーのはずだ。何を考えている?

 

頭の中を様々な思考が飛び交う内に、ディアベルの持っている片手剣が鮮やかなライトエフェクトに包まれる。同時にボスのギラついた双眸がディアベルを捉える。どうやらディアベルを最初のターゲットに選んだようだ。

 

「ダメだ!ディアベル下がれ!!」

 

「大きく後ろに飛べ!!」

 

無駄と知りながらも叫んだ。キリトも叫んでいた。すでにソードスキルの発動をしていまっているので、すぐに回避に移ることはできないのだ。

 

気付いたときには、駆けだしていた。ディアベル自身に回避能力がない以上、他のプレイヤーがディアベルを強制的に移動させるか、ボスの攻撃をキャンセルするしかない。

 

間にあえっ!

 

その祈りにも似た呟きは、果たして叶うことはなかった。

 

AGIを全開にして走る俺の視界の先で、ボスの放った一撃が、無慈悲にディアベルを斬り裂いたのだ。

ズバッ

 

という音と共に、ディアベルの体が宙に浮く。

 

追撃がくる。そう悟った。俺は以前、βテストの時に同じ技を受けたことがあるのだ。

 

カタナカテゴリ専用ソードスキル《浮舟》。この技にやられたら、体を宙に浮かされて、追撃のソードスキルを喰らうことが確定的になる。ゆえに、これを喰らったプレイヤーは体を丸めて防御を高めなければならない。

しかし、ディアベルは果敢にも反撃しようと剣を構えた。勇気は時に無謀になる。そんな言葉が脳裏をよぎった。

 

致死の光をまとった刃が、三度閃いた。

 

「「「ディアベル!」」」

 

吹き飛ばされたディアベルの所へ駆け寄る。ディアベルのHPは着実な勢いで減少している。俺より先にディアベルに駆け寄ったキリトが、アイテムポーチから回復ポーションを取り出して言った。

 

「なぜあんな無茶を」

 

ディアベルは差し出されたポーションを片手で制すと答えた。

 

「お前も、βテスターだったらわかるだろう」

 

この言葉でわかった。ディアベルが狙っていたのはボスのラストアタックボーナス、通称LA。ボスに最後のダメージを与えた者が獲得できるレアアイテムで、フロアボスのそれはユニークアイテムであり、強力な装備品であることが多い。手に入れられれば、他のプレイヤーから一歩先んじることが出来る。そして、LAを知っているということは…

 

「ラストアタックボーナス。お前も元βテスターだったのか」

 

キリトも同様の答えに行き着いたようだ。ディアベルはβテスターだった。そのディアベルは肯定するように頷き、続ける。まるで遺言でも残すように。いや、これは遺言、あるいは彼の願いだ。その願いは、きっと尊い本物だ。

 

「頼む。ボスを、ボスを倒してくれ」

 

ディアベルのHPゲージが0になった。まだ何か言おうとして、光となって散った。

 

 

 

ディアベルが死んだ。

 

 

第12話 ディアベルは願いを託す。 終




ディアベルさんが死にました。
さてさて八幡はこれからどう動くのでしょう?


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第13話 そして、彼らは剣を振るう。

第13話です。
今までで一番長くなってしまったw


ディアベルが死んだ。

 

 

絶望が、悲しみが、恐怖が、この場を支配していくのがわかる。

 

本来なら、撤退すべきところだ。リーダーが死に、代役を務められる者もいない。レイド全体の士気は最低だ。このままでは、更なる死者が出かねない。

 

だが、今の状態では撤退もままならないだろう。ショックのあまり座り込んでいるプレイヤーも数人いる。撤退するといっても、ただ出口を目指して走ればいいというものでもない。そんなことをすれば、ボスに対して無防備な背中を晒すことになってしまう。そんなもの、殺してくださいと言っているようなものだ。

 

ならどうするのか。ボスに対して立ち向かえるプレイヤーが殿を務める他ない。だが、この状況でボスに立ち向かえるプレイヤーがどれほどいるか。1パーティー分でもいればいい方だろう。

 

「ガアアアァァ!」

 

様々に思考している間に、ボスが行動を再開した。無造作に太刀を振るい、数人のプレイヤーを吹き飛ばす。なんとか回避したり防御するプレイヤーもいるが、明らかに逃げ腰だ。

 

「ッチ」

 

今は考えていても仕方がない。動ける者が動かなければ、このまま全滅する。

 

駆け出した。ボスに向かって真っ直ぐに。何か考えがあった訳ではない。勇気でもなければ、無謀ですらない最早自殺に等しいかもしれない。

 

「エイト!?」

 

俺の行動にいち早く気付いたキリトの声が後ろから聞こえる。ボス《イルファング・ザ・コボルド・ロード》は太刀を大上段に構え、双眸を赤々とギラつかせながら振り下ろそうとしていた。

 

「…」

 

無言のまま、大きくあいた横っ腹に《レイジスパイク》を叩き込んだ。

 

「グオッ!?」

 

《コボルド・ロード》の巨体が揺らいだ。しかし、流石はフロアボスだ。数歩後退しただけで、すぐに体勢を持ち直す。怒りを孕んだように見える目がこちらを睨めつける。俺はそれを冷静に見返す。不思議と恐怖は感じなかった。感覚が麻痺してしまったのだろうか。

 

反撃来るまでに《レイジスパイク》の硬直は解ける。体感的にそれがわかった。ボスが太刀を上段に持ち上げる。あの位置からなら、ほぼ袈裟懸けに斬りつけてくる。剣で受ければ勢いで負けて吹き飛ばされる。AGIを最大に活かして後ろに飛ぼう。

 

ボスが太刀を振り下ろした瞬間、俺とボスの間に黒い影が割って入った。

 

ガァンッ

 

剣と剣がぶつかり合う音。

 

「一人で突っ込むなよ」

 

割って入ったのはキリトだった。

 

「仮にもパーティーメンバーでしょ?」

 

いつの間にか、Asunaも側に来ていた。

 

「…すまん」

 

全く、なんで来るんだよ。お前らこそ真っ先に逃げるべきなのに。そんな歳で死に急ぐようなまねするなよ。こういうことは俺みたい奴がする事なんだよ。

 

ディアベルが最期に言いかけたのは、間違いなく

 

みんなのために

 

という言葉だ。みんなのために。誰か一人が犠牲になってみんなが助かれば、それでみんなのためになる。俺はゴキブリ並みにしぶとい自信があるし、死ぬ気もないけど。

 

いや、そうじゃないだろ。確かに、こいつらには死んでほしくないし、俺自身死ぬ気はない。だが、ディアベルの考えていた"みんな"には、俺やここにいるプレイヤーだけでなく、このSAOに囚われている全てのプレイヤーが含まれている。そして、その"みんな"のためにボスを倒してくれと言ったのだ。その言葉は、彼の真の願いだった。それは、ある意味では独善的で、とても尊いものだ。全く柄ではないが、その願いを叶えてやりたいと思ってしまった。

 

彼の意志を継ごうとは思わないが、少なくともこのボスは倒してやりたい。しかし、それこそ独り善がりな考えだ。だから、他のプレイヤーを巻き込む気はない。全く嫌になる。未だにこういう考え方が出てきて感情を押し潰してしまう。

 

本当は嬉しかった。キリトとAsunaが一緒に戦ってくれることが。

 

「サンキュな」

 

偶には感情素直になってもいいだろ?

 

その呟きが聞こえたかどうかはわからない。キリトがこちらを向いてニッと笑った。

 

「ゴアアアァァ!!」

 

先程まで立て続けに現れた乱入者を忌々しげに睨んでいた《コボルド・ロード》は、苛立ちを咆哮に変えると攻撃態勢に入った。

 

「手順は《センチネル》と同じだ!」

 

キリトのその声を合図にして、三人同時に動く。キリトは真っ直ぐにボスへ向かっていき、Asunaはすぐにスイッチできる後方の位置へ。俺はボスのほぼ真横、キリトをフォローできる位置へと動く。

 

キリトはボスと一合、二合、三合と打ち合う。両者互角といったところか。

 

SAOでは、プレイヤーやモンスターの体格が筋力パラメータに影響することはないが、よくもあれだけの巨体を相手に正面からぶつかれるものだ。心理的な圧力は相当なもののはずなのに。

 

ギャァン

 

ソードスキル同士がぶつかり、キリトとコボルドロードが両者とも大きくノックバックする。

 

「オラッ!」

 

その隙を逃さず懐に飛び込むと、全力のソードスキルをお見舞いする。ほぼ同時に、Asunaもソードスキルを叩き込んだ。流石にたまりかねたのか、コボルドロードも転がるように後退する。というか、軽く吹き飛んだ。吹き飛んだ方向を考えれば、Asunaの一撃によるものだろう。Asunaさんマジパネェっす。

 

そんなちょっと失礼な感じの尊敬を込めた視線で当人を見ていると、フードつきケープを一気に引き剥がした。あれ?それ取っちゃって良かったんですか。彼女の美しい容姿が露わになる。やはり場違い感がすごい。そして訪れる沈黙。未だに混乱の渦中にあったプレイヤーたちまでもがAsunaの姿に見惚れていた。

 

ねえねえ君たち、今がどんな状況かわかってます?というかキリト、お前まで見とれちゃいかんだろ。まあでも、これは好機だ。この一瞬の間で多少なりとも体勢を立て直すことが出来る。

 

「全員出口方面に後退して回復しろ!!」

 

「絶対にボスを囲むような動きはするな!範囲攻撃が来る!!」

 

俺の直後にキリトも叫んで指示を出す。プレイヤーたちが一斉に後退する。

 

「次、来るぞ!」

 

キリトの一声で、再び先程のようなフォーメーションになる。囲んではいけないということは、最低でもボスの背後を取らなければいいのだ。先っきはキリト一人にボスを任せてしまった。いくら彼が強いといっても、一人で攻撃を受け続けるのは限界がある。ゆえに、その限界が来る前にスイッチして役割を交代するか、限界が来る前にボスを倒すか、あるいはその限界を先延ばしにしてやるか。何れかを実行することになる。

 

一つ目は最も現実性があるように思うが、俺はまだボスと剣を打ち合わせたことがない。俺よりも高い筋力パラメータを持っているであろうキリトが、なんとか受け切れている状態である。通常攻撃はともかく、ソードスキルを受け止められる可能性は低い。

 

二つ目は不可能だ。こちらの火力が圧倒的に不足している。

 

となると三つ目なわけだが、これは運要素が大きい。限界を先延ばしにするというのは、例えば、ハンマーで十回叩かれても割れないが、それ以上叩かれると割れてしまうガラスを想像してもらえばいいだろうか。ハンマーがガラスを叩くことが避けられないとすれば、どうやってガラスの寿命を延長すれば良いだろう。答えは簡単だ。ガラスを叩く頻度を落としてやればいい。5秒に一回を10秒に一回にしてやれば、単純に考えて倍長持ちする。

 

今回はボスの体勢を崩すことによって攻撃頻度を落とす。具体的に言えば、足を引っ掛けて転ばせる。プレイヤーを含めた人型の動体オブジェクトには、《転倒》という特有のバッドステータスがある。この転倒状態というのは実に厄介で、比較的陥りやすい上に自力での解除が不可能なのだ。しかも、この状態の時は何も出来ない。ゆえに、確実に攻撃頻度は減少する。

 

足を引っ掛けて転ばせるといっても、ちょっと足を蹴飛ばした程度では絶対に転ばない。《転倒》を引き起こすには、それなりの衝撃が必要になる。現在の俺が生み出せる最大の衝撃は、間違いなくソードスキル。それも突進系のもの。

 

さて、あとはタイミングだ。ボスの注意が完全に逸れている瞬間を狙いたい。足を攻撃するという行動の特性上、ボスに近づけば近づくほどにボスの上半身の動きが見えなくなってしまう。だから、こちらへの注意が皆無の瞬間を狙うべきなのだ。

 

思考している間にも、キリトの限界は近づいてきている。迷っている暇はない。次のタイミングで仕掛けよう。

 

ギンッ

 

剣と剣が交錯し、少し火花が散る。それを合図に動く。走りながら剣を左肩に担ぐように持ち上げる。システムがソードスキルの予備動作を感知して、刀身が黄緑色のライトエフェクトを纏う。すぐさま突進系ソードスキル《ソニックリープ》を発動。システムによる急激な加速を感じながら、床すれすれを滑るように飛翔する。そして、目の前に迫ったボスの足めがけて全力の一撃を叩き込む。

 

「ッ!!」

 

直後、技後硬直に襲われる。視線だけを上に向ける。視界に映ったのは、ゆっくりとこちらに近づいてくる巨体。

 

「は?」

 

ドーン

 

わずかな間を開けて、ボスの巨体が倒れ込んだ。

 

「ふぅー、間一髪だったな」

 

端的に言えば、俺はエギルに助けられた。

 

「お、おう。ありがとな」

 

俺が礼を言うと、

 

「お安い御用さ」

 

エギルはニッと笑って答えた。

 

「あー、もう降ろしてもらっていいぞ?硬直も解けてるし」

 

俺は現在、エギルにお姫様だっこされている。ボスに潰されかけたところを助けてもらった手前強くはいえないが、早くこの状態を脱したい。

 

「そうか。なら、もう降ろすぜ」

 

そう言って降ろしてくれた。幸い、見ていた人数は少ないし状況が状況なので、これが黒歴史になることはないと信じたい。

 

だが、いつまでも益体のない思考をしているわけにもいかない。視線をボスに戻すと、残りHPが数ドットになっていた。そしてすでに立ち上がろうとしていた。今の転倒状態のうちにキリトやAsunaとエギル同様に回復を終えた数名が攻撃を加えたようだが、トドメをさすには至らなかったらしい。

 

完全に立ち上がったコボルドロードは、怒り混じりの咆哮をすると、すぐにソードスキルを発動した。

 

「全員ガード!!」

 

キリトの咄嗟の一声で大事にはならなかったが、数名が吹き飛ばされ、キリトたちも後退を余儀なくされていた。そこへさらなる追撃のソードスキルが襲いかかる。その直前、エギルが割って入り、両手斧ソードスキル《ワールウィンド》でこれを相殺する。

 

コボルドロードが大きくノックバックしたところに、俺は斬り込んだ。確かな手応えと共にソードスキルは命中するが、倒すには僅かに及ばない。コボルドロードは獰猛な笑みを浮かべる。それに卑屈な笑みで返す。いつもなら俺はボッチだからお前の勝ちなんだけどね。今回はどうやら違うらしいんだ。

 

「キリト!アスナ!」

 

「ああ!行くぞアスナ!これで最後だ!」

 

「了解!」

 

頼もしい返事を聞きながら、飛び込んでいく二人を見守る。

 

最後の一撃はほぼ同時だった。二人の剣が突き刺さった場所から、ボスの体に亀裂が入っていく。やがてその亀裂は全身に広がり、《イルファング・ザ・コボルドロード》は光と共に大量のポリゴン片となって死んだ。

 

 

第13話 彼らは剣を振るう。 終




本当はこの話でボス戦関連の話を終わらせたかったんですけどね…
すみません。もう少しだけお付き合いください。
感想あると嬉しいです。


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第14話 やはり、彼は独りになりたがる。

第14話です。
リアルの都合でちょっと更新ペースが落ちます。
その代わり、1話の分量増やそうと思ってます。


ボスが倒されてしばらくは、誰も何も言わなかった。

 

まだ何が起きたのかわかっていなかったのだろう。だがその沈黙も、Congratulationsの大きなウィンド表示とファンファーレ、次々に表示されるボス撃破による金や経験値の獲得ウィンドによって破られた。

 

叫び出す者、近くにいるやつと抱き合って喜ぶ者、変な踊りを披露する者。実に様々だが、プレイヤーたちは勝利の喜びに浸っていた。一部を除いて。

 

全く、なんでこういうのを発見しちまうんだろうな。俺がボッチだから?こういうみんなが揃って何かしている時に、少しでも違うことをしているやつがサッと目に入ってくる。そして、そういうやつは往々にして面倒くさい。ソースは俺。材木座とかそうだ。え、俺?まあ、材木座ほどではないが、そうかもな。

 

で、今回の面倒くさいやつってのは、ディアベルのパーティーメンバーとキバオウたち。最初は安堵感が大きかったのだろうが、徐々に複雑な表情に変わっていった。その変化を見ているのはなんだか面白かったが、状況は全然面白くない。

 

ディアベルのパーティーメンバーにしてみれば、目標は達成できたのにリーダーが死んでしまい、どうすればいいのかわからないのだ。おそらく、彼らの内面では感情の暴風が吹き荒れていることだろう。そのまま内側で理性と対立して葛藤になれば、こちらに害はない。しかし、一度溢れ出せば、治めるのは大変だ。

 

そして、キバオウ。こいつの場合は、ディアベルのパーティーメンバーの倍くらい面倒くさいと思う。このトゲトゲ頭は元βテスターに対する嫌悪感が強い。今回のボス攻略で、キリトと俺はほぼ確実に元テスターだとバレてしまった。何せ、ボスの情報にはなかったソードスキルに対処してしまったのだから。その元テスターの俺たちには色々と言いたいこともあるだろ。それだけで済めばいいんだけどね。実際はそうもいかないんだろうな。

 

「はぁ」

 

思わずため息が漏れる。

 

「おいおい、どうしたんだ?ため息なんか吐いて」

 

俺のため息を聞いたらしいエギルが気さくに話し掛けてくる。

 

「いや、まだ先は長いなと思ってな」

 

とりあえず誤魔化しておく。エギルのような真っ当な常識人に今俺が感じている懸念を伝えれば、必ず事態の収拾に乗り出す。おそらく、攻略会議の時のような正論を以て。だが、今回は攻略会議の時とは違う。それはディアベルの死。そして、ディアベルの死の原因を俺たち元テスターに求めようとするやつも必ず出てくる。そうなれば、エギルは元テスターを庇うプレイヤーだとされてしまう。最悪、エギルも元テスターだと言われかねない。結果、何も悪くないのに悪人にされてしまう。そんなことを許容出来るはずもない。

 

「そりゃあそうだが。今は一歩進めたことを喜ぼうぜ」

 

エギルは一瞬眉をひそめたが、すぐに明るい声に戻る。

 

「そうだな」

 

第1層を突破出来たのが嬉しいことであるのは確かだ。だからといって、諸手を挙げて喜ぶことは出来ないのが現状な訳だが。

 

「どうしたんだよ、エイト?」

 

きっと苦い笑いでもしていたんだろう。キリトが訝しむように尋ねてくる。まあ、まだ気付いてなくても無理はないな。長年ボッチとして人間観察に勤しんでいた俺だからわかったようなものだし。忠告くらいはしといてやろう。そう考えてキリトに歩み寄る。

 

「まだ終わってねぇぞ。俺たちは元テスターだからな」

 

他のプレイヤーには聞こえない音量でそう言った。キリトの体が強張るのがわかった。

 

「どういう意味だ?」

 

同じく他プレイヤーには聞こえない声で聞き返してくる。

 

「すぐにわかる」

 

アスナが何か言いたげな目でこちらを見ていたが、今はそれに答えている暇はない。奴らがどうぶつかって来るかはわからないので、奴らの出方をいくつも予想しておくべきだ。

 

「何でだよ!何でディアベルさんが死ななきゃいけないんだ!」

 

どうやら考える時間はくれないらしい。その言葉の発言者はディアベルのパーティーメンバーの曲刀使いの男だった。その発言でプレイヤーの間に沈黙が降りる。ここで、ディアベルがセオリー無視のLA取りに固執したからだと答えるのは容易い。しかし、それでは混乱を生むだけで意味はない。そもそもこんな問に対する答えなど存在しない。ならば新たな発言が出るまで待つべきだ。過程がどうなろうと、必ず俺たちに矛先は向けられるのだから。

 

「あんたらだ。あんたらは何でディアベルさんを見殺しにしたんだ!」

 

曲刀使いは俺とキリトを指差してそう言った。正直頭が痛くなる。見殺しときましたか。どうやら俺が思っていた以上に冷静でないようだ。こういう相手には論理的な話をしても通じない。それに、ディアベルへの信頼はかなり厚かったようだ。ここまででわかったのはそのくらいだな。

 

「見殺し…?」

 

キリトが呻くように聞き返す。

 

「そうだろ!?あんたらはボスの使うスキルを知ってたじゃないか!それを教えてさえいればディアベルさんは死ななかった!」

 

勝手なことを言ってくれる。こっちは三人でセンチネルの相手をしていたのだ。その上ボスの様子を観察して報告までしろときたもんだ。それに、教えていれば死ななかったという保証はないのだ。だから、仮定の話に意味はない。だが、この場ではそれなりに有効に作用する。

 

実際、「確かに」「何で知ってたんだ?」「そんな保証は…」などとあちこちから囁き声が聞こえる。さて、そろそろ発言すべきだろう。アスナとエギルが動き出しそうだし。

 

「俺知ってる!こいつら元βテスターだ!だからボスのスキルのことも知ってたんだ!知ってて隠してたんだ!」

 

俺が口を開きかけた時、キバオウのすぐ側にいた細身のダガー使いがキーキーと喚きだした。知っていたのは確かだが、隠していた訳ではなく、ボスがスキルを使う直前まで武装が変わっていたことに気付けなかっただけだ。そもそも何故元テスターだと確定できるんだ?俺はこのダガー使いを知らないし、アルゴが情報を売ったとも思えない。いくらアルゴが商売の鬼でも、誰が元テスターかという情報は絶対に取引しない。アルゴ自身がそういっていたから間違いない。

 

「お前たち少し落ち着け。攻略本にはあのスキルの情報はなかった。そして攻略本には『この情報はβテスト時のものです』と注意書きがあった。もしこいつらが元テスターだとしたら、攻略本以上のことは知らないはずじゃないのか?」

 

そういってこの場を収めようとしたのは、意外にもディアベルのパーティーメンバーの一人だった。冷静な奴もいたんだな。ちょっと感心した。その言葉でプレイヤーたちも冷静になっていく。しかし、その空気をあのキーキーとした喚き声が引き裂いた。

 

「じゃあ、情報屋もグルなんだ!情報屋だってβテスターなんだ!汚い元βテスターがタダで情報を教えてくれるわけないんだよ!」

 

再びざわめきが起きる。ダガー使いの言っていることは滅茶苦茶だ。自分の推測-もはや妄想と言っていいかもしれない-をあたかも本当のことであるかのように喚き散らす。行動が幼稚過ぎる。今のこいつは、自分の思う通りにいかなくて騒いでいる子供と一緒だ。こういう奴を黙らせるのは骨が折れるが、早く黙らせないと大変なことになる。今回の件で悪役になるのは俺とキリトだけのはずなのに、このままでは元βテスター全員になってしまう。

 

「お前らな…」

 

「ちょっとあなたたち…」

 

エギルもアスナも溜まりかねたのだろう。行動を開始してしまっていた。

 

このままだと色々と良くないことになる。元βテスターと通常プレイヤーとの対立。通常プレイヤー間での対立。どちらもゲーム攻略に大きな支障きたす要因になる。もっと悪いのは、PK-プレイヤーキル-が起こってしまうこと。

 

今ある問題を解決する為には、汚い元テスターが一部の情報を秘匿して自分たちだけが美味しい蜜を吸っているという事実が存在しないと理解してもらえばいい。一から順番に説明しても埒があかないので、多少暴論になっても、ここにいる全員を黙らせられるようなインパクトがあればいい。幸か不幸か、奴らは「元βテスターは俺たちの知らない情報を隠している」と思い込んでくれている。ならば、これを利用しない手はないだろう。

 

「はぁ~あ、さっきからキーキーうるせえな。ディアベルが死んだのは自業自得だろ。元βテスターの俺から言わせれば、ああいう時は全員で囲むのがセオリーなのに、それを無視して一人で突っ込むとかあり得ないね。ディアベルは確かに卓越した指揮官だったが、最後で判断ミスをしたんだよ」

 

大仰なため息に続けて、言い放つ。全員が唖然としてこちらを見ている。この発言で、元テスターというより俺個人に対する嫌悪が生まれ、同時に、ディアベルが元テスターだったという事実は絶対に露見しなくなる。

 

「そしてこのSAOでは、一瞬の判断ミスや油断が死を招くんだよ。そんなことはここまで辿り着いたプレイヤーなら当然わかってるだろ?それなのに、情報を教えなかった俺のせいだとか喚かれても迷惑なんだよ。大体、βテストで辿り着けてない層で死者が出たときも俺のせいにするつもりなのか?俺が情報を教えなかったせいだって」

 

唖然としていた顔に怒りや侮蔑の色が混じりはじめ、だが何かを言われる前に言葉を続ける。顔を紅潮させて睨みつけてくる者、明らかに困惑している者、唖然としっぱなしの者、実に様々な表情が見て取れる。正直、ここまで多種多様な表情を一度に見れることはそうないと思う。

 

「そもそも、俺をあんな雑魚連中と一緒にするんじゃねえ」

 

さて、ここからが本番だ。

 

「ざ、雑魚連中やと?」

 

これまで意外にも発言していなかったキバオウが口を開いた。いい質問です、トゲトゲ頭くん。その実にもやっとしている頭に教えて差し上げましょう。

 

「アホな元テスター連中のことだよ。決まってんだろ」

 

そんなの当然だと言わんばかりのふてぶてしい態度で答える。

 

「なっ…」

 

キバオウは開いた口が閉まらないようだ。なかなかに間抜けな面をさらしている。まだわかんないの?しょうがねえな。詳しく教えて差し上げよう。

 

「本当にその通りだ。元βテスターだって?俺をあんな連中と一緒にしないでほしいね」

 

俺がたたみかけようとしていたら、隣から低く冷たい声が聞こえてきた。キリトだ。

 

「βテストの抽選倍率を知っているか?凄まじい倍率だったんだぜ?その抽選で選ばれた人間の中に、本物のMMOゲーマーがどのくらいいたと思う?ほとんどのテスターはレベリングのやり方も知らないニュービーだったよ。今のあんたらの方がまだましさ」

 

見る人が見ればすぐに演技だとわかるが、多くの連中はわかっていないようだ。演技だとわかっているのは、俺の他にはアスナとエギルくらいのものだ。そんな中、キリトは続ける。

 

「βテストで、俺は他の誰も到達していない場所まで進んだ。ボスのカタナスキルを知っていたのは、ずっと上の層でカタナを使うモンスターと散々戦ったからだ。他にも色々知っているぜ。情報屋なんか、問題にならないくらいな」

 

なんだか、キリトに言いたいことを取られてしまった。結果として、言いたいことは伝わったが、キリトもアホテスターに分類出来れば理想だった。まあ、仕方ない。

 

「な、なんやそれ。もうそうなんβテスターどころやない。チートや、チーターやろそんなん!」

 

キバオウのその言葉に始まり、あちこちから「チートだ」「βテスターのチーターだ」と声があがる。それらはやがて、「ビーター」という奇妙な響きを持つ言葉に収束していった。

 

「ビーター。いい響きだな。そうだ。俺はビーターだ。これからは元テスター如きと一緒にしないでもらおう」

 

キリトはそう言うと、メニューウィンドを操作して、黒のロングコートを装備した。なるほど、あれが今回のボスのLAボーナスか。隠蔽率とか上がりそうでちょっと羨ましい。周囲はどうしていいのかわからず呆然としている。

 

「ビーターね。まあいいか」

 

さて、もうこの場に留まる理由はなくなった。さっさと去るとするか。踵を返して第2層へと続く螺旋階段に足を向ける。少し遅れて、足音が一つ聞こえてくる。確認するまでもなく、キリトだ。

 

螺旋階段の扉の前まで来た時、後ろから声が聞こえた。

 

「おい、自分ら!どこ行く気や!」

 

声と口調からキバオウとわかる。俺は後ろを見ずに答える。

 

「どこって、次の層に決まってんだろ。こんなとこで時間つぶすより、攻略進めた方が有意義だからな」

 

そのまま扉に手をかけて押し開ける。目の前には薄暗い螺旋階段が上に向かって伸びていた。俺は躊躇うこともなく階段を上り始める。

 

「第2層の転移門は俺たちがアクティベートしといてやる。この上の出口から主街区まで少しフィールドを歩くから、初見のMobに殺される覚悟があれば来るといい」

 

そう言って後ろからキリトも上ってくる気配がある。

 

階段を上っている間は終始無言だった。

 

テーブルのような山と牛のようなモンスターが浮き彫りにされたレリーフが施された扉を開けると、光が差し込み、次いで第1層とは異なった風景が目に入ってきた。

 

「お前の演技わかりやす過ぎだ」

 

あんまり会話がないのも変だし、少しくらいは今後について話しておくべきだろう。そう思って話かけてみる。

 

「えっ、そうだったか?」

 

良かった。返事があった。というか、あれで上手くできたと思ってたのかよ。

 

「ああ」

 

よくあれで通ったもんだ。

 

「そういうお前は犯罪者みたいだったぞ」

 

仕返しのつもりなのだろうが、甘いな。

 

「この目のことを言っているなら残念だったな。自覚はあるし、目に対する罵倒雑言は散々言われてきたから、その程度じゃ痛くも痒くもない」

 

「そ、そうなのか」

 

引かれた。おいおい引くなよ。悲しくなっちゃうだろ。

 

「いやでも、表情というか笑いが卑屈過ぎだった。あれは演技だったんだよな?」

 

恐る恐るといった感じにキリトが尋ねてくる。そこまで真に迫っていたのか。我ながら自分の才能に嫉妬しちゃうぜ。

 

「なんか普通の時とあんまり変わってなかったから」

 

うん、知ってた。犯罪者か死んだ魚のように腐った目。そして卑屈な笑み。普段の俺の特徴そのまんま。

 

「演技だから安心しろ」

 

しばし沈黙。

 

「なあ、これからどうするつもりなんだ?」

 

キリトが口を開いた。

 

「どうするも何も、ソロで攻略を続けるさ。お前と同じだ」

 

答える。

 

「そうだな。…一応フレンド登録しとかないか?何かあった時に、すぐに連絡取れた方がいいだろ?」

 

何かあった時、か。何もない方がいいに決まっているが、おそらく無事で攻略が進むとは思えない。

 

「それもそうだな。一応しとくか」

 

フレンドにKiritoが登録された。背後から足音が聞こえた。誰かが階段を上ってきたのだ。

 

「ついて来るなって、言わなかった?」

 

キリトが言う。

 

「殺される覚悟があるなら来いって言ったのよ。覚えてないの?」

 

上ってきたのはアスナだった。

 

「…そうだっけ。ゴメン」

 

キリトが謝る。

 

「で、どうしたんだ?」

 

俺が尋ねる。

 

「キバオウとエギルさんから伝言があるわ」

 

キバオウからの伝言とか、正直いらない。

「キバオウさんからは、『今回は助けてもろたけど、自分らのことは認められん。わいはわいのやり方でゲームクリアを目指す』だそうよ」

 

アスナが真剣な顔して下手な関西弁で再現しようとするものだからちょっと可笑しい。顔には出さないけど。

 

「エギルさんからは、『第2層のボス攻略も一緒にやろう』だって」

 

そうか。エギルって物好きなのかもな。なんて考えていると、アスナがそっぽを向いて続けた。

 

「二人とも、戦闘中にわたしの名前呼んだでしょ」

 

はて?とキリトと二人で首を傾げる。そういえば呼んだかもな。

 

「ごめん呼び捨てにして。それとも、読み方違った?」

 

とキリト。

 

「ちゃん付けの方が良かった?」

 

と俺。

 

「そうじゃなくて。わたし名前教えてないし、どうやって知ったのかと思って。あと、ちゃんは付けなくていいです」

 

睨まれた。冗談だってば。怖いから睨まないで。…というか、

 

「「はあ!?」」

 

俺とキリトの声が重なった。

 

「名前なんてずっと見えてるはずなんだけど…」

 

キリトが困ったように笑う。

 

「えっ、うそ!?」

 

アスナはそう言ってキョロキョロと首を動かす。おいおい、そんなんじゃ表情も一緒に動いちまうぞ。ひとしきりキョロキョロしたあと、ちょっと不機嫌そうな顔になって、

 

「どこにあるのよ」

 

と言った。まあ、その辺はキリトが説明してくれるだろう。キリトに視線でお前が説明しろと促す。

 

「…えーと、自分の視界の左上に自分のHPゲージとその下に二本HPゲージがあるだろう?その横に何か書いてないか?」

 

そう言われて、顔を左上に向けようとするアスナ。

 

「おいおい、顔ごと向けたら一緒にゲージも動いちまうぞ」

 

咄嗟に頬を押さえてしまった。柔らかいな。女性プレイヤーの肌などはじめて触ったが、こういう所まで再現しているのかと感心する。

 

「…キ…リ…ト…。………エイト…マン…?」

 

お、読めたのか。なかなかやるな。ちゃんと読めたようなので手を離す。

 

「これが二人の名前?」

 

俺もキリトも頷く。

 

「なぁんだ。こんなところにずっとあったのね」

 

アスナはクスクスと笑った。

 

「用事が終わったなら、俺はもう行くわ」

 

そう言って返事を待たずに歩き出す。

 

 

 

第14話 やはり、彼は独りになりたがる。 終




感想あったら嬉しいです。


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第15話 まさに、青天の霹靂である。

遅くなってすみません。。。

今後もこれくらいのペースかもしれません。
ただ、最後までちゃんと書きますので、お付き合いいただけると嬉しいです。


第1層攻略から二ヶ月が過ぎた。

 

その間に年も越してしまったが、昨日の夜に新年初のボス攻略が行われ、死者を出さずにこれを成功させた。そして、今日から第10層の攻略が始まる。

 

第10層。βテストで辿り着けた最上層。ほんの一部のプレイヤーだけが迷宮区に辿り着いたが、ボス部屋はおろか、ほとんど上に進むことも出来なかった。β時代、最も苦戦したフロアだと言っていい。

 

 

 

フロアとフロアの間に覗く空は、遥か遠くまで青く澄んでいた。晴れやかな空であるはずなのに、俺はなんだか虚しい気持ちを覚えた。

 

 

 

今日は朝から10層初の攻略会議が行われる。指定された場所に行くと、すでに攻略組のメンバーがだいぶ集まっていた。

 

「よう。今回はちゃんと来たんだな」

 

そう言って気さくに挨拶してくるのはエギルだ。俺は自ら攻略組の嫌われ者になったので、挨拶してくるプレイヤーなどいなくても不思議ではないのだが、エギルは特に気にした風もなく話しかけてくる。正直言ってありがたい。周囲からの刺さるような視線には慣れているが、それでも精神的にくるものはある。そんな中で、エギルのような俺を認めてくれている存在は貴重だ。

 

「おう」

 

でもねエギルさん。その挨拶はちょっとばかり失礼じゃないですか?確かに全ての会議に出席してる訳じゃないですけど。まるで俺が会議をサボる常習犯みたいに言うのはやめてくれません?八幡ちょっと傷ついちゃう。

 

「お、キリトじゃねぇか。昨日のボス戦も大活躍だったな」

 

キリトがやってきた。キリトはエギルの言葉に若干苦笑しながら答える。

 

「エギル、それを言うならエイトもそうだろ?」

 

俺の名前が出てきたということは、キリトにも認知されていたらしい。

 

「今回もLA取ってった奴に言われたくねぇよ」

 

そう。キリトは今回もLAを攫っていったのだ。

 

「今回もって、前回はお前がLAだったろ?俺が毎回取ってるような言い方はやめてくれよ」

 

そう言えばそうだった。ていうか何で知ってんだよ。俺は誰にも教えてないのに。こいつエスパーだったりするの?いえ、わかってます。装備してるからバレバレなことくらい。

 

「それでも最多はお前だろ」

 

現在のLA最多獲得はキリトで間違いない。確実に半分以上がこいつだ。なんでそんなに取れちゃうんだよ。ほんとにチーターなの?

 

「おい、二人とも。それはLA取ったことのない俺たちへの自慢か?」

 

キリトとLA談義をしていたら、エギルが割り込んできた。ついでに俺たちの会話が聞こえていたらしい他のプレイヤー数名から睨まれた。視線が痛い。まさかエギルからもこの視線を向けられる日がこようとは。

 

「あぁいや。そう言うつもりじゃないぞ?俺がLA取れてるのはおっかないフェンサーのお陰だったりするし」

 

キリトは余計な言葉を混ぜて否定する。というかキリト、本当に余計な言葉を混ぜたな。それがお前の最後の言葉にならないことを祈る。

 

「誰がおっかないフェンサーですって?」

 

その声に、キリトがビクッとなる。そして首をギギーと声の主に向けた。

 

「や、やあ。アスナさん」

 

声の主はアスナだった。顔は笑っているが目は笑っていない。怖い。顔が整っているだけ余計に。

 

「おはようございます。エギルさん、エイトさん」

 

ナチュラルにキリトがスルーされていた。

 

「おはようさん」

 

「おう」

 

エギルと俺は挨拶を返す。

 

「あ、あのー…」

 

キリトが何か言いたげにこちらを見ている。

 

「そろそろ始まりますよ。行きましょう、エギルさん、エイトさん」

 

アスナは無視した。

 

「そうだな。さっさと行こう」

 

俺は即答する。

 

「ハハ、そうだな」

 

エギルは苦笑しながらも続く。キリト置いてけぼり。

 

「ちょ、ちょっと待ってください、アスナ様」

 

「何?」

 

「い、いや、出来ればお怒りを鎮めて頂きたいのですが」

 

「…ふーん。そんなに怒ってないけど、どうしようかなー」

 

「…何がお望みでしょうか?」

 

さてさて、これでキリトは何らかの罰ゲームを受けることになるだろう。アスナがどんな罰を用意するのか楽しみだ。というかこいつら仲いいよな。よくこんなやり取りをしている。

 

「行こうぜ、エイト」

 

「ああ」

 

 

 

会議は、この第10層がβテストで到達できた最上層であり、これまでよりも事前情報が少なくなるため

、慎重に攻略を進めるべきだというアルゴからの助言から始まった。アルゴ自身が会議に出てきたのは驚いたが、ここまでの会議の流れを見ていてなるほどと思う。

 

誰かの「それじゃあ情報屋の意味がないだろ」という発言に対して、

 

「この層の半分まではこれまでと同じように情報を提供できるんだけどナ。残り半分、特に迷宮区についてはオイラもほとんど情報を持っていないんダ。もちろん変更点もあるだろうし、これから情報収集もするんだが、βテストで最も苦戦したのがこの層ダ」

 

アルゴはこう答えた。ここから、会議が少し荒れる。

 

アルゴの意見に同調し、攻略速度が多少遅れてもいいから慎重に攻略を進めるべきだというプレイヤーと、それはあくまでβテストの時の話で、当時よりレベルも高いのだから今で通りでいいと言うプレイヤーが対立した。

 

前者の言い分はこうだ。

 

「これまでも大小の仕様変更があったが、それでもβテストの時の情報は有用だった。情報は攻略の重要な基盤だ。その情報が不足している状態で攻略を進めるのには不安がある。多少攻略速度が落ちても、情報が集まった状態で、地盤がしっかりした状態で攻略を進めるべきだ」

 

これに対して後者はこう言う。

 

「今まで、情報にないイレギュラーにも対応出来ていた。これはβテストの時よりも攻略組のレベルが高く、安全マージンがしっかり取れている証拠だ。βテストで苦戦したからといって、攻略速度を落とす必要はない」

 

どちらの言うこともわかる。無理をして死者を出すようなことになっては目も当てられないし、確かにβテストの時よりレベルは高くなっている。

 

「イレギュラーに対応出来ていたというのは結果論でしかない。実際、危ない橋を渡って壊滅しかけたこともある。その危機も、事前の情報収集をしっかりしていれば防げた事態だった。慎重になっても悪いことはない」

 

誰かが発言した。まあ、そうだな。

 

「攻略組の人数も増えてきている。情報屋に頼るのではなく、情報収集にも人数を割いて攻略にあたればいい。それで攻略速度を落とすこともなく、情報も得られる」

 

すぐに反論が飛び出す。それもそうだな。

 

「情報収集は攻略組でもやっている。だが、それでは十分でなかった。だから、補いきれないところを情報屋に頼ってきたんだろう?それに、大量の情報や珍しい情報を持っているからこそ、情報屋なんだ。わざわざ切り捨てる必要はない」

 

正論だ。それに先程の発言者とは別のプレイヤーが切り返す。

 

「なら、情報収集に割く人数を多くすればいい。人数を多くすればその分情報も集まる」

 

それには半分同意で半分否定だな。確かに人海戦術は多くの場面で有効だが、重複の可能性も高い。現状で最も効率的な手段とはいえない気がする。何より、人海戦術が使える程の人数はいない。

 

「いくら攻略組の人数が増えたからといって、そんなに多くのプレイヤーを割ける余裕はないと思う。それに、情報収集をするプレイヤーはどうやって決める?多くの人数を割くならしっかりと決めておかないといけない」

 

俺の懸念を言ってくるのはありがたいが、もう少しはっきり否定しにいっても罰は当たらないと思いますよ?

 

「情報収集なんだから、少数でもソロでも出来る。そういうプレイヤーにしもらうのがいいと思う」

 

あらあら、随分と直接的になったもんだ。だけど、もっと直接的になっても別にいい構わんぞ?初めから全然隠せてないから。

 

「そうかな?もしやるなら、攻略と情報収集でローテーションにした方がいい。完全に分業してしまうと攻略組なのに攻略に参加できなくなるプレイヤーが出てくるし、レベルやアイテムやコルに差がでてしまう」

 

だからもう少しはっきり否定してもいいって。別に悪いことじゃないから。まあ、冷静でいるのはいいことだけどね。ただ、ここまでくると裏にある意図に気付けていない可能性がある。

 

「だが、攻略を効率的に進めるなら多少の差には目をつむるべきだ」

 

あなたがそれを言いますか。実に笑えます。そりゃもう最高に卑屈に笑って差し上げましょう。

 

「それは偶発的に出来てしまった差だろう?差が出来てしまうことがわかっていながら、それを実行して不満が生じない訳がない。それで目をつむれは攻略組に余計な軋轢を生むだけだ」

 

そこで会議に沈黙が訪れる。わかってたっぽいな。そうじゃなかったら、ただのクソ真面目。

 

この会議は、表面上は活発に意見が出されていて、内容も決して的外れなものはない。感情的な口論はなく、論理的なやり取りが行われている。しかしそうではない。この会議の裏にあるのは、元βテスターに対する意見の対立だ。感情的なところはどうなのか知らないが、元βテスターを必要と考えるプレイヤーと、嫌悪感などから元βテスターを、というよりもビーターを、この機に攻略組から排除しようとするプレイヤーとの。これだから集団というのは煩わしい。基本的にボッチの俺はなんとも辟易してしまう。いや、ボッチでなくてもするか。

 

一つ咳払いをして、青い髪の男が立ち上がった。名をリンドという。攻略組のリーダー格だ。元々はディアベルの仲間だった男で、ディアベルの後継者を自称してる。正直、ディアベルのようなカリスマ性はないが、堅実な男ではある。

 

「少し論点がズレてしまっているな。アルゴさん、この層の半分までは今までと同じくβテストの情報を得られると思っていいんですね?」

 

そのリンドが、会議に流れる良くない空気を感じ取ったのだろう。議論をまとめにかかる。

 

「ああ、その点は確かだヨ」

 

問われたアルゴは、冷静だが力のある声で返答する。アルゴのやつ少し怒ってんのかもな。情報収集に命懸けてるプレイヤーとしては、この会議での発言の中にはおもしろくない、というよりはプライドを傷つけられたものもあると思う。

 

「なら、この層の前半までは今まで通りに攻略を進める。その後は、攻略組全体で情報収集にあたりながら攻略を行う。少し攻略速度は落ちるかもしれないが、焦って余計なリスクを追うのは得策ではないし、これなら公平性も保たれるはずだ。ただし、前半のうちからこの層の攻略に関する重要な情報が出てくるかもしれないから、常にアンテナを張っておくこと。どうだろう、キバオウさん?」

 

リンドは、これまでの内容を統合しつつも自身の交えた統合案を示し、もう一人のリーダー格に了承を求めた。

 

「全部に納得したわけやないが、それが合理的やと思うわ。それに、攻略速度が遅くなる言うんなら、その分頑張ればいいだけの話や」

 

もう一人のリーダー格、キバオウはフンッと不機嫌そうに鼻を鳴らすと、一応了承の返事をした。キバオウは、第1層攻略後に反βテスター派をまとめ上げて、今や攻略組のツートップの一人となっていた。ちなみに、キバオウもディアベルの遺志を継ぐと言っているが、独自の考え方も強く抱いている。というか、非テスターの代表格であるために、プレイヤー間の公平性についてうるさい。対してリンドは、多くの部分でディアベルの模倣をしており、どうも自分たちこそがこのデスゲームを攻略する戦士という意識を持っている。このため、ゲームリソースの優占は必要なことだと思っている。こういった姿勢の相異なのか、二人の仲は良好とはいえない。

 

キバオウの了承が得られたところで、リンドが皆に向き直って決議内容を復唱する。これでこの議題は終了だ。

 

ん?俺が何も発言してないって?バッカお前、俺が発言する意味とかねぇだろ。場の空気悪くするだけなんだから。以前の会議でうっかり発言したら、睨まれるわ舌打ちされるわ散々だった。その後、アスナが俺と同じことを言ったら、うんうん頷いたり、感嘆の声を漏らしたり、終いには拍手するんだぜ。いくら可愛いは正義って言ってもヒドすぎるだろ。俺ってそんなに可愛くないの?ブサイクではないはずなんだが。

 

その会議の後、アスナに慰められてしまった。年下に慰められるとかちょっと情けなかった。エギルもフォローしてくれたけど、キリトはフォローもなしでトラウマ抉ってきたので、『絶対に許さないノートinSAO』に追加してやった。もちろん舌打ちしてきたりした奴らもな。

 

「さて、先程から気になっている人もいるだろうから、ここで紹介しておく。皆さん、前へ出てきてくれるかな?」

 

リンドがそういうと、五人のプレイヤーが前へ出た。今まで見たことのないプレイヤーたちがいるのには気付いていたが、毎層新たなメンバーが加わっていたので、今回もそうだろうと思っていた。実際にその通りだった。ただ、俺がいる位置からは後ろ姿しか見えなかったので、正面から彼らを見るのははじめてだ。はじめてのはずだ。

 

「この五人は、この層から攻略組に参加するメンバーだ。どこかのギルドに属している訳ではないが、五人パーティーとして徐々にレベルを上げ、ここまで追い付いてきた。その実力は、俺とキバオウさんを含めた数名で確認済みだ」

 

リンドが紹介をする。レベルや実力の話を最初に持ってきたのは、攻略組においては何よりも関心が高いからだ。パーティーは男三人、女二人だ。使用武器はわからないが、金属製の甲冑を着たタンクタイプが二人。腰に両手剣を提げたアタッカータイプが一人。女性二人はアタッカーあるいはバックアップで、一人が片手剣でもう一人が片手棍だ。どちらも盾を持っている。

 

「こん層ではボス偵察に加わってもらうことになっとる。攻略組に慣れてもらわなあかんからな。そういう訳やから、みんなよろしく頼むで」

 

キバオウがリンドに続き、リーダーらしい発言をする。その時、俺の脳の中を何かが強烈に刺激していた。原因は片手剣の女性プレイヤーだ。装備は一般的な片手剣士のもので、レザー製のブーツとパンツにチェストプレート。その上にフード付きのケープを羽織っている。フードが顔の上半分を隠すほど降ろされているために、表情は読み取れない。せいぜい口許が見える程度だ。なのに何故だ。俺はこの女性を見たことがある。いや、知っている。気がする。

 

「じゃあ、簡単に自己紹介してくれるかな?」

 

リンドが促すと、その女性プレイヤーが前に出た。それは僅かな動作だったが、それでわかってしまった。俺はこの人を知っている。しかも、話したことさえある。だが、そんな人がこの世界にいるはずがない。いや、いてほしくない。

 

だが、俺のその生々しい願望は、一縷の望みさえ残さず打ち砕かれた。

 

フードを払い去ったその顔が、続いて発せられたその声が、俺を現実へと叩き落とした。

 

「攻略組の皆さん、はじめまして。このパーティーのリーダーをしているハルノです」

 

そこから先はほとんど覚えていない。他のパーティーメンバーが順に挨拶していた気がする。会議が解散したら、逃げるようにその場を立ち去った。誰かが声をかけて来た気がしたが、振り返れなかった。

 

 

 

気付いたら昨日から寝床にしている建物に来ていた。

 

自分がわからなかった。

 

何故。何故。何故。

 

そんなことばかりが頭の中を埋め尽くしていた。

 

その思考を振り払おうとすると、彼女の声が頭の中で響いた。

 

俺は一体どうしてしまったのだろう。

 

何かが変わってしまったのだろうか。

 

いや、確かに変わったのかもしれないが、人は環境が変われば多少変わるものなのだ。そこじゃない。きっと俺は、忘れてしまったのだ。無くしてしまったのだ。

 

 

自己というものが、ひび割れ、欠けていった。いつからかなくしてしまったピースを補うことも出来ずに。

 

 

 

第15話 まさに、青天の霹靂である。 終




実は八幡が壊れていましたという話です。
いつから壊れていたのかはよくわかりません。これから明らかになるかもしれないですが、ならないかもしれません。

それと、彼女がちゃんと喋ったり、動いたりするのは次の話でお見せします。
期待していた人、申し訳ないです。

感想あると作者は頑張れます!

年内に一話分は書きたいけど…。


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