ルピナスの花 (良樹ススム)
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プロローグ 
第一話 星の様に輝く


 

 初めて瞳に映した世界は、呑み込まれそうなほどの深い黒を焼く焔色(ほむらいろ)の輝きだった。

 

 揺らめく炎の球体は、目覚めたばかりのこの身体を照らしている。意識が冴え渡る感覚が広がる。しかし記憶の混濁があることに違和感を覚えながらぎこちない自らの肉の器を視界に収めた。

 未完成だとはっきりとわかる自らの身体。そこに多くの白い物体(ほしくず)が身体を崩しながら集合し、作りかけだった肉体を生み出していく。

 自らから視線を外し周りを見回してみると、自らと同じように身体を形成されていく個体があった。その個体の身体は自らと比べることも(はばか)られるほどに巨大だった。

 

 ふと目を移すと、そこには周りと明らかに違う空間が存在していることが分かった。興味を惹かれ、未完成の肉体のままで飛び出す。足りない肉は、何故か補うことができると知っていた。

 未知の空間に近づくにつれ、その空間に入る事を拒絶するかのように自らを阻む強い力を感じた。鬱陶しいが、何の問題もなかった。力づくでその空間に飛び込むと、ナニカに受け入れられる感覚を同時に覚える。それに不快感を得ながら目を開くと、そこには外とはまるで違うナニカが広がっていた。

 

 アレらはなんなのだろうか。自らが生まれ落ちた闇の中とはまた違う黒の世界に、それを柔らかく照らす空に浮かぶ輝き達。不意に自らの感に触れた、最も強い力を感じるモノの元へいくことに決めた。向かう最中、身体に妙な圧がかかる。先程の拒絶に比べれば特に体の動きを阻害するものではないが、邪魔くさいものだ。

 しばらく飛ぶうちに、強い力の元へとたどり着く。近くで見ると、想定以上の威圧感に圧倒された。そこまで巨大なわけではない、しかしその認識を覆すほどに見たこともない光に包まれているような感覚に陥った。

 しかし、それのもつ雰囲気は何処かで感じたことがある気がする。身に覚えなどなく、いったい何処でそれを感じたのか、その一切を思い出せなかった。

 懐かしさすら覚えるモノを前に、警戒するという考えすら浮かばず手を触れた瞬間、自らの体を内側から壊されていく感覚が広がっていった。

 

 なんだこれは。

 

 自らの内に在る曖昧なナニカがそれに反応し、暴れ出す。ナニカはこの身体を壊す害悪を取り込み、力を増していく。身体のバランスを無理矢理書き換えられるように、少しずつ本質が侵食されていく。このままでは消滅してしまうだろうと、他人事のように感じられた。しかし突如浮かんだ、終わりたくない、まだ終わってはいけないという響きは、頭の中をかき混ぜるように鳴り続けた。何故かはわからない、しかし自らの内に在る異物(ナニカ)本質(チカラ)を意識して、それらに堕ちてしまう事を自らは拒んだ気がした。指向性のある本質(それ)は上位の存在による命令が記されている。その命令の元、今更ながら自らの本能は、主なる意思に訴えかけた。

 

 これは敵だ、と。

 

 先程までの懐かしさを消し飛ばすほどの衝撃に、目の前にあるモノを敵対存在と認識する。それが本当に正しい答えなのかも分からないまま、敵対存在に対し抵抗、又は破壊を試みる。しかし、このままでは力がまるで足りない。未完成の肉体で飛び出したが故に、十分な力を発揮できていないのだ。

 肉体を形作るエネルギーもここまで来ることはできないだろう。どこかに大きなエネルギーでもあれば、力尽くで吸収することも不可能ではないが…………あった。あるじゃないか、目の前に。

 ほとんど崩壊している身体で、目の前のモノ――――樹木の表面を掴む。今ある力を集中させ、亀裂を生み出す。その亀裂を割り、無理矢理作った隙間からエネルギーを吸いだしていく。

 

 ――身体が活性化されていくのがわかる。破壊された箇所が再生していき、樹木(やつ)から奪った力が身体を満たしていく。しかし、自らの意思に反して、身体は倒れ伏した。……身体が、熱い。

 目の前の樹木は、何故かなにもしてこない。異物も息を潜めている。それにも関わらず、身体は熱を増していき、再び崩壊しようとしている。熱さでおかしくなりそうだった。敵である樹木から力を奪ったせいか、それとも元々あった自らの肉体が異なる力に反発しているのか、はたまた未完成で飛び出した影響が今更襲いかかってきたか。何にせよ、この状態を早く脱しなければならないことは確かだ。

 

 ……だが、もう……もたない……意識が保たれているうちに、戻らなければ……。

 

 そう考え、すぐにこの場を離れ、自らが生まれた闇の中へと帰還しようと考えるが、実行は不可能であると伏せる自らの身体が言っていた。その間も身体の崩壊は進んでおり、熱は増していく。このペースでいけば、帰還しきる前に消滅するだろう。一か八かに賭けるしかないのだ、と確信する他なかった。……他の選択肢など、無い。

 

 下手にこの器を動かすとその際に扱う力によって器への負担が大きくなり、崩壊を早める可能性があるため、伏せる身体を維持して、そのまま反発する樹木の力を少しずつ分解させる。そして分解した力を自らの本質(チカラ)に少しずつ取り込み、チカラを増幅させていく。元々あったものに別の強いなにかが干渉してきているから、身体が崩壊するのだ。それなら、元々あるこの身体をより強くし、取り込めばいい。

 刹那、これまでの熱とは比べ物にならないほどの明確な痛みが身体を走った。自分達の身体は本来痛みを殆ど感じないはずだ、なのになぜ?

 しかし、すぐに答えは出た。自らの特異性によるものだったのだ。十二体しか存在しないはずの自分達。しかし、自らを含めてあの場には何体いたか、今更考えるまでもない。十三体だ。レオ、アリエス、タウラス、ヴァルゴ、アクエリアス、サジタリウス、スコーピオン、キャンサー、カプリコーン、ジェミニ、リブラ。これらは全て既存の存在だ。では、自分はなにか。おぼろげな記憶が示す我が名を辿り、反芻(はんすう)し口に出す――――

 

『――オフィウクス』

 

 十三番目の黄道の星、蛇使い座のオフィウクス。その力の真髄は再生。致死性の綻びすらも再生させる超回復。そして、もうひとつ。

 薬とは時に毒となり、毒も時には薬となる。

 他者に最も効果的な毒を産み出し、それを他者へと送り込み、蝕み、支配する。それこそが自分の力なのだ。

 自らを理解したのだ。もう、入り込んだものなど敵ではなかった。さっきまでのことが嘘のように、一瞬にして入り込んだ異なる力を屈服させていた。

 全身を走っていた痛みは引き、自らの身を焼き焦がすような熱ももとに戻っている。完全に落ち着いたようだ。

 

 落ち着きを取り戻したところで、自らの存在に疑問が生まれた。他の個体と違い、自分は新品同然だ。無限に存在する星屑達にそれをもとに何度でも再構成される彼らがいる。何故、自らは産み出されたのか? 創造主、それに出会うことは至難の技だ。今どこにいるのかもわからない上、自らよりも上の存在を認識しきれるとは思えなかった。僕は、私は……? 自らは『オフィウクス』確かにそう定められたはずだ。誰に……? 違う、僕には名前があったはずだ。私にも名前はあるはずなんだ!! 僕は、『■■■』で、私は『■■■■』……! そうだ、忘れられない、忘れてはいけない!! 僕は『上■■』だ。そうじゃなければ、彼女は、僕は、俺はなんのために……!!■!■■■■■■■…………。

 

 

 

 

 

 

 

 今、何か……何か違和感を覚えた。どこかで、重大な見落としをしているような気が……。

 

 そういえば、あの樹木はなんだったのだろうか。考える余裕が先程まではなかったが、冷静に考えるとおかしい。自分達のような上位の存在すら脅かす力をもった存在……。

 まずは情報だ。知識というものがなければ、他の個体と違い壊す事以外に使うことができるせっかくの知性も役にはたたない。さて、探しに行こうか。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 コンピューターというものを蝕み支配して、得ることができた情報はなかなかに使える。初めの方に感じた妙な圧は、空気抵抗と呼ばれるものらしい。そして、あの樹木は【神樹】と呼ばれるこの外から隔離された世界を維持し、恵みを与える守り神で、それを滅ぼそうと襲いかかってくるのが、自分たちのような存在、【バーテックス】と呼ばれる化け物らしい。しかし、やはりといったところか、自分は既存の【バーテックス】とは根本から違うと自らの行動から考えられた。

 

 自分の身体が、【バーテックス】よりも【人間】に近いことにはもう気がついている。

 【人間】、それはこの隔離された世界に住まう存在。一人一人がちっぽけで弱々しいのが特徴でたくさんいることだけが取り柄の生物。何故こんなものを【神樹】が守っているのか。そして、何故自分はこんな存在に酷似しているのか。

 

 ……分からない。

 

 【勇者システム】といわれる【バーテックス】を撃退する事を目的とした【人間】専用の装備が作られている。だが、今のままのプログラムでは、自分はおろかレオやヴァルゴ達のような【バーテックス】を狩ることは不可能に近いだろう。【勇者】とは名ばかりになることはほぼ確定だ。

 しかし、それを踏まえても【神樹】が持つ力は凄まじいものだ。【バーテックス】に及ばないまでも、弱い【人間】が戦うことくらいはできるようになる【勇者システム】に力を与えながらも、この恵まれた大地を維持しているのだから。

 

「あ、あ~あ~う~」

 

 まるで話は変わるが、明確な言葉を口にすることがこんなにも難しいとは思わなかった。喉というものの辺りにある声帯を利用することは分かっているのだが、なかなか思ったような声が出ない。まだまともに出せる声は母音といわれる、あ、い、う、え、お位しかまともに出せない。声を出す練習をしている理由は、自分がこの町に滞在するからだ。

 本来【バーテックス】である自分は、【神樹】の力により特殊な空間にしか出現することはできない。しかし、理由は定かではないが、自分はこの町に出現することができている。外に戻ったところであるものは、無限の星屑と同類だけだ。それならば、ここで色々と知識を溜め込んだ方がよっぽど有意義である。自らの内の異物を含めた謎はまだ残っているのだから。

 

 まずは小学校とやらに通ってみるとしようか。そのためには自分に名前をつけなければならないが。名前……名前か……。さすがに馬鹿正直に、オフィウクス・バーテックスなどと名乗るわけにはいかないだろう。この町にいそうな名前か。神話から少しもってきて“草薙(くさなぎ)”というのはどうだろう。これを名字にするとして……名を“真生(まお)”としようか。(まこと)に生きる、自らの生きる意味を探す自分にはお似合いな名前だろう。

 “草薙真生”、今からこれが自分の名だ。

 声を出せるようになり次第、小学校に入学しよう。【人間】も観察しておくべきだろうしな。

 後の事を考えながら、意識が薄れていく。同時に自らが自由にできる独立した力が異物と本質を一部取り込み構築されていく。自分を好きにできるのは自分だけでいい。上位の命令すら無視できる力を構築しながら、意識のみを休眠させる。やる事はいくらでもあるのだ。異物にも本質にも邪魔はさせない。

 

 

 

 

 ――――しかし、疑問に思うことがある。なぜ自分は人の言葉を生まれた瞬間から知っていたのだろうか……。その疑問は、意識が落ちる瞬間まで尽きることはなかった。




 初めまして、良樹ススムです。

 今回はじめて小説を書かせていただきました。

 作者はゆゆゆをアニメしか見ていない上に正確に覚えていない場所があるかもしれません。なので、気になった点、誤字、原作との明らかな相違点等があれば、指摘していただけると嬉しいです。

 では、これからよろしくお願いします
 最後に


 星の様に輝く:アリウムシュベルティーの花言葉


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第一章 ヨモギ 
第二話 変化


 主人公の容姿。
 髪色:青みがかった黒。
 瞳の色:オレンジ。
 身長:165センチ。
 瞳の形:つり目ぎみ

【挿絵表示】

 イメージの参考程度にお使いください。


 

 ――――微睡みの中、意識が浮上していく感覚が広がる。

 懐かしい夢を見た。生まれたばかりで純粋であった頃の自分そのものだった。あの頃は、本当になにも考えてなかった。もう戻れない、自分は知ってしまったのだ。

 勇者の全てを――――。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 草薙真生、現在讃州中学校に通っている一年生。個人的には、周りからの信頼もそこそこにあると自負している。

 

「おはよー! 今日もいい朝だね、真生くん!」

 

「おはよう。今日も朝から元気だな、友奈」

 

 今、元気な挨拶をして来た彼女の名前は、結城友奈。

 小学六年生の終わりごろに知り合い、今もよい付き合いをさせてもらっている。もちろん同級生。

 父親からは武術、母親からは押し花を教えられている。とても正義感が強く、困った人を放ってはおけない困った性格。ここまで天真爛漫という言葉が似合う子はなかなか居ないだろう。

 

「おはよう、真生くん。今日もわざわざ迎えに来てくれてありがとう」

 

「俺が好きでやってるんだ。お礼を言われることじゃないよ。むしろ最近は迷惑なんじゃないかと心配なくらいだ」

 

 彼女は東郷美森。見た目は清楚可憐。性格は、たまにおかしくなるが基本的にはいい子だ 。同じく同級生。

 彼女を友奈のように言葉で表現するのなら、大和撫子が妥当な言葉だろう。器量も良く、料理もできて頭もいい。しかし、少し性格的に重いところもあるので、浮気などは絶対に許さないだろう。受け売りではあるが、彼女の旦那になる人は果報者だが色々と大変そうである。

 彼女は、友奈のお隣さんで春に引っ越してきたが、友奈の生来の性格のおかげか既にかなり仲は良さそうだ。少し不安なところもあったがこれなら安心だろう。

 

「それじゃあ、そろそろ学校にいこうか。……ところで、本当に俺が車イスを引かなくてもいいのか?」

 

「うん! だってここは私の特等席だもん。真生くんにだって譲らないよ!」

 

「友奈ちゃん……」

 

 ……仲が良すぎるのも少し問題かもしれないな。

 

 

 

 

 何はともあれ、学校へと到着した。俺と彼女達は残念ながらクラスは違うが、放課後にはどうせ部活動で会うことになるのだから関係ないだろう。俺達は勇者部という不思議な部活に入っている。その部長と俺は色々あって知り合いなんだが、まあそれはまた今度でいいだろう。

 俺の学校での過ごし方は大抵決まっている。基本的には本を読むか、会話するかの二択である。たまに友奈辺りがこっちのクラスまで現れて、友達の相談などに同行する羽目になることもあるが、滅多なことでは来ないので、今日も静かなものだ。

 

「真生く~ん! ちょっといい?」

 

 ……前言撤回しなければならないようだ。

 

「で、今回はなんだ?」

 

「えっとね、この人、沢口さんっていうんだけどね、好きな人の好きな人が知りたいんだって。それで真生くんにちょっと手伝ってもらおうかなって」

 

 恋愛相談か。沢口は物静かで恥ずかしがりやな美少女である。彼女に好意を寄せられる男、か。知り合いにいるかね?

 

「なるほど。まあ、自分が恋愛対象になっているかどうかは気になるもんか。今更だけど、そこの沢口さんは俺が協力することに納得してるのか?」

 

「うん。それは大丈夫! 前にその事聞かないで相談したら、解決できたとはいえすっごく怒られたもん」

 

「二度の失敗は犯さないか。まあ、それならいいや。それじゃあ後でそれとなく聞いとく。他に要望は?」

 

「特にないって。それじゃ、よろしくね!」

 

 この手の恋愛相談もたまには来る。まあ、俺たちは揃いも揃って恋愛経験は少ないからあまり力になれないことも多いんだが。

 告白されたことは、あるにはある。しかし、全て断っているから結局恋愛経験はないのだ。相談を受けたからには完遂しようと思うが、この手の話であまり期待されるとこちらが困るのだ。恋愛というものは結局相手の気持ち次第なのだから。

 

 

「えっと、あの、ありがとうございました!」

 

 結果から言えば、大成功である。彼女に好意を寄せられていたのは、友達の山野だった。

 好きになった理由は、入学式の日の通学中に足をくじいて遅刻しそうなところを、彼が通り掛かり助けてもらったこと、らしい。ひとつ言わせてもらうのならば、

 

 ラブコメか。

 

 この一言に尽きる。彼自身も彼女に好意を抱いていたらしく、くっつくのは時間の問題だったらしいが、今回の件で速攻でくっついたらしい。山野自身も悪いやつではないし、祝福するべきなんだろうが何となく解せぬ。

 

「いやあ~良かったね~。二人の喜んだ顔見たら、こっちもなんだか嬉しくなっちゃった!」

 

 隣の友奈は相変わらずの純粋さを発揮していて、なんだかなんとも言えなくなってくる。

 

「私も、苦労した甲斐あってよかったわ。彼女、元が良かったからなかなかやりがいもあったし」

 

 東郷は、俺が山野に聞いている間に沢口を説得し、告白の準備をさせたらしい。俺に山野を足止めするようにいって、わざわざ一旦沢口を家に帰らせ、服を選び、軽く化粧までさせて山野に告白させたのだ。この執念は一体どこから来たのか。いささか疑問である。

 

「ところで、勇者部の方に顔出さなくていいのか? かなり遅くなったけど」

 

「「あ」」

 

 忘れてたんかい。

 

 

 

 

「あんた達……。たった一人で部室で待ち続けたアタシの気持ちわかる? アタシ一応先輩よ? 先輩泣かせていいの? 泣いちゃうよ? いや、むしろ泣くわ、うわあああああぁぁん!!」

 

 このうそ泣きしてる先輩は、犬吠埼風。勇者部の部長であり、俺たちのひとつ上の先輩。年下の妹がおり、たまに自慢したりするような見事なシスコンっぷりを見せつけている。自分の事を女子力が高いとよくいうが本当に女子力がそこそこ高いので困る。しかし、その大雑把な性格で台無しにしている。

 おろおろしている友奈と困ったような顔をしている東郷、これを見るに東郷はうそ泣きに気づいているのだろう。しかし、仮にも年上が恥ずかしげもなく堂々とうそ泣きをしているので、反応に困っているのだろう。気持ちは分かる、友奈も気がつく様子はないし、そろそろ助け船を出そうか。

 

「犬吠埼先輩、そんな堂々とうそ泣きしないでください。まじで泣かせたくなるじゃないですか」

 

「なにそれ怖い。……え? まじなの? 真生ってドSなの?」

 

「犬吠埼先輩がもとに戻ったところで、ちょっと遅れたけど、活動始めようか。東郷、なんか依頼ある?」

 

「ちょっと待ってて。すぐに見てしまうから」

 

「え、無視なの? さんざん待たせといて無視しちゃうの?」

 

 犬吠埼先輩が少しうるさいが、おおむねいつも通りの勇者部である。少し経つと、東郷が少し残念そうにしながら、こちらを見て口を開いた。

 

「残念だけど、今回はなかったわ。やっぱり、まだ実績が少ないから頼りにしてもらえないのね」

 

「そうか。犬吠埼先輩、それじゃあ今日はどうします?」

 

「よくぞ聞いてくれた! あ、そんなドン引きしたような態度やめて。傷つくから。……コホン。今回はまあいつも通り、ボランティアでゴミ拾いね。千里の道も一歩から! 何事も小さいことからコツコツやることが大切なのよ、それじゃ、皆の衆。いくぞ~!」

 

「「「おお~」」」

 

 犬吠埼先輩の掛け声に友奈は元気良く、東郷は静かに、俺は若干やる気なさげに、三者三様の反応を見せた勇者部の活動が始まるのである。

 

 

「やっぱり、ゴミ拾いをした後はすっきりするよね! やりきったって感じが特に!」

 

「そうよね~。やっぱり、友奈は良くわかってるわ~。それに比べて、真生! 何であんた、道行く人々と会話してんのよ! ゴミ拾いしなさいよ、ゴミ拾い!」

 

「してるでしょうに。後、会話云々は主に勇者部の広報活動ですから。あんまり依頼ないとモチベも上がりませんし、こういうことはコツコツやんないと」

 

「あ、はい」

 

 突然お怒りになられた犬吠埼先輩を速攻で沈めながら、ゴミ拾いを済ませるとこっちに人影が近づいてくる。

 

「……お姉ちゃん? 何でこんなところで変な格好してるの?」

 

「!? い、樹!? 何でここに!?」

 

「何でもなにもないよ。だってここ通学路だよ?」

 

「そうだった! そっか、じゃあ今帰りなんだ。お帰り樹~」

 

「あ、うん。ただいま。えっと、お姉ちゃん、そこの人たちは誰……なの?」

 

 樹、と犬吠埼先輩に呼ばれた少女が少し怯えるように俺たちの事を犬吠埼先輩に聞く。察するに怯えている原因は主に俺だろう。今もチラチラと見てきているし、あまり異性に耐性無さそうだし。

 

「ああ、この子達はね、アタシの部活の部員なのよ。あっちの元気良さそうな子が友奈で、あっちの胸の大きい子が東郷で、あっちの意地悪そうな顔してるのが真生」

 

「初めまして! 結城友奈って言います。よろしくね、樹ちゃん!」

 

「初めまして、私は東郷美森。不本意な紹介のされ方だったけれど、これからもよろしくお願いするわ。樹ちゃん」

 

「初めまして、俺は草薙真生。まあ、意地悪そうってのは否定しないが、あんまり怯えられると俺も困るからな。少しづつでいいから慣れていってくれ」

 

 俺たちのそれぞれの自己紹介を聞いて、犬吠埼妹は警戒を緩めてくれたようだ。俺はまあいいが、二人にまで怯えられたらどうしようかと思ったが杞憂だったようだ。

 

「ん~。そろそろキリも良くなってきたし、今日はこれで終わろうか! 各自ゴミは分別して捨てるように! 解散!」

 

 犬吠埼先輩が部活動の終わりを告げたことで、それぞれ解散ムードになる。友奈達もそれぞれ体を伸ばしたりしているようだ。友奈達の分のゴミもさっさと持っていき、分別して捨てる。もとの場所に戻ると、友奈達が手を降っている。

 

「ありがと、真生くんっ! 帰ろ~!」

 

 大きな声で呼んでくる友奈に手を振り返しながら、駆け足で彼女達のもとへ向かう。

 犬吠埼姉妹が揃って帰っていく。俺たちも談笑しながら、家へと向かう。途中で友奈達と別れ、マンションへ帰宅する。

 

 これが俺達、勇者部の日常である。




 どうも、良樹ススムです。鷲尾須美は勇者である(小説版)を買いました。これで多少は設定を理解できるはず! ……できるといいなあ。

 気になった点、誤字等があったらお伝えください。もちろん、普通の感想でも歓迎します。
 では、最後に


 変化:エゾギクの花言葉


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第三話 晴れやかな魅力

 

 地道な広報活動の甲斐あってか、とうとう勇者部にも依頼が届いた。しかも、同時に二つもである。それぞれ、運動系の依頼と機械系の依頼である。この二つの依頼の適任者とは誰か。もはや言わずとも分かるだろう。すなわち、結城友奈と東郷美森である。

 ……というわけで絶賛暇をもて余しているのは、該当する依頼のない草薙真生と犬吠埼風である。この二つの依頼は特に人数も要らない依頼だったため、俺も犬吠埼先輩もそれっぽい依頼もなくグータラしているのだ。

 

「……ねえ、真生~。アタシ達ってどんな依頼があってると思う?」

 

「何ですか、いきなり」

 

「いやあ、だってさ~。今回の依頼のお陰でわかったのよ。依頼のジャンルによって送る人を決めればいいって」

 

「確かに……俺も同意します。実際に、今回の依頼もそういった形で送ったわけですし」

 

 実際その通りだろう。今回の依頼のように少ない人数で済ませられる依頼なら、いく人間を絞った方が効率もいい。

 

「でしょ? で、友奈と東郷は、運動と機械で決定したから、私たちはどうしようかって事」

 

「俺達にあった依頼、ですか。そういわれると迷いますね。そもそも犬吠埼先輩の特技って何ですか。そういう何かしらの得意なことがあれば、特定は楽ですよね?」

 

「あ~、それもそうね~。特技か。……あ、料理とか?」

 

 そういえばそうだった。この人、犬吠埼妹と二人暮らしで家事のほとんどを担当してるんだった。まだ食べたことはないが、いま自分で特技の範疇に入れたのだから、美味しいのだろう。

 

「料理……ですか。また家庭的な特技ですね。まあ、それなら小さい子とかの料理教室みたいな依頼があれば、先輩がいいのかもしれませんね。あ、でも東郷も料理できたか」

 

「むむむ、まさか特技が被るとは……。おのれ、東郷やりおるな……」

 

「何馬鹿なこと言ってんですか。特技くらい被るでしょう、それに犬吠埼先輩も人並みくらいには運動できるんでしょう? 友奈と東郷を足して二で割った感じですよね、犬吠埼先輩は」

 

「今のはちょっとグサッと来たよ、真生。つまりアタシは器用貧乏と言いたいのか貴様は~!」

 

 それはちょっと違う。

 

「器用貧乏って言うなら、俺ですよ。料理も運動も機械も一通りそこそこできますし。まあ、みんな友奈には一歩及ばず、東郷にも一歩及ばず、多分犬吠埼先輩にも一歩及ばずってところでしょうけど」

 

「器用貧乏枠まで奪われた!? アタシは何をアイデンティティーに生きればいいのよ~」

 

 そんなこと言われても、こればっかりはどうしようもない。人に紛れて生きるようになって、いろんな事に中途半端に挑戦した結果がこれなのだから。犬吠埼先輩のアイデンティティーね……それならあれかな。

 

「犬吠埼先輩の魅力っていったら、やっぱりその大雑把で恥ずかしげもない性格じゃないですかね?」

 

「それ褒めてるの!?」

 

 一応褒めてる。

 この人は自分の事を恥ずかしげもなく、ガンガン周りに見せつけていく。知り合いから見たら少し恥ずかしくなるような事もたまにする。しかし、その開けっ広げな性格に引かれる人もいるし、彼女自身の人徳か人も良く集まるのだ。

 

「犬吠埼先輩は本当に素直ですよね。友奈と同じくらい」

 

「……そう? 結構隠してることもあると思うんだけど……」

 

「ほら、そういうところですよ。一度心を開いた相手には大胆にぶつかったり、隠しているって言うことを堂々と言ってしまったり、ね」

 

 犬吠埼先輩はまるで、しまった! とでもいう様な顔をしている。その様子がなんだかおかしくてついつい笑ってしまう。

 

「む、何でそんなに笑ってるのさ」

 

「いや、俺達の場合は隠すようなことでもないでしょう? 昔から顔を会わせてることですし、今更隠し事するような仲じゃありませんよね?」

 

「……あんたも大概素直な方じゃんか。そういうこと、面と向かって言われると、女の子はときめいちゃったりするもんよ?」

 

 また面白いことを言うものだ。ときめくときめかないというような関係でもないだろう。最早、杯を交わした兄弟のような雰囲気を俺は感じているのだから。でもまあ、楽しそうだし少しからかってみようか。

 

「それなら、犬吠埼先輩もときめいちゃったりしてるんですか? 今ならもう少し恥ずかしいことも言えちゃいそうですが、どうします?」

 

「……前世は実は詐欺師でした~、とか言わないでしょうね。さっきの以上に恥ずかしいのってどんなのよ……いいわよ! のってやろうじゃない! さあ、ドンとこい! 何でも受け止めてやろうじゃないの!」

 

「じゃあいきますよ。

 

 俺は……結構あんたの事を気に入っているんだよ、風。あんたが周りに自分の事を隠している罪悪感で心が痛んでいたら、俺が和らげてやりたいとおもうよ。俺はお前の安らぎになってやりたいんだ。何故なら、お前が大切だか「ストップ!! ストーーップ!!」……意外と耐えましたね。予想よりもストップが掛かるのが遅かったです」

 

「……あんた、何でそんなに恥ずかしいこと言えるのよ。本心じゃないってわかっててもドキドキするわ」

 

 それを狙っていたのだから、当然と言えば当然だろう。犬吠埼先輩の反応はやはり面白い。人によってこういうことを言うと反応が違うだろうが、こんなに乙女な反応をする人も意外と少ないと個人的には思う。まあ……。

 

「全部が全部嘘って訳じゃないですけどね」

 

「ん? ごめん、なにか言った? ちょっとボーッとしてて……」

 

「何でもありませんよ。それよりもなんかしないと、あの二人にだけ働かせるとかブラックな匂いしかしませんし」

 

「それもそうね、じゃあ、いつも通りゴミ拾いでもしましょうか。 今日はアタシ達しかいないから、範囲が広くなるわよ」

 

 友奈と東郷の範囲も自分達でカバーする。まあ、留守番としては当然だろう。あの二人はあの二人で今頃頑張っているだろうから。昨日の今日だからそんなに量はないだろう。この世界は神樹への信仰が高いので、ポイ捨てなどのマナーの悪い行為をする人は少ないのだから。……まあ、一人もいないとは言い切れないのが悲しいところだが。

 

「じゃあ、今日もまた終わることなきゴミ拾い(アンリミテッド・ダストハント)にでも行きましょうか」

 

「あ、なんかその言い方かっこいいわね。採用! ……じゃなくて、いい加減ふざけてないで行くわよ。ただでさえ範囲が広くなる分、時間も必要になるんだから!」

 

「は~い」

 

 この人はリーダーに向いている。意外とからかい甲斐があったり、たまに方向性を見失ってよくわからないキャラに変貌をしたりもするが、いざというときには誰よりもしっかりするし、自ら行動を起こしたりもするのだから。責任を一人で抱え込むこともあるが、その辺りは仲間が支えればいいのだ。

 それに、部下の心もわからない上司には、大成できそうな器でないことも多い。 彼女はその辺りのフォローがうまい。……中学二年生とは思えないくらいに。

 

「な~に考え事してんのよ! 早く行きましょ!」

 

「……はいはい」

 

 彼女の性根は年相応の幼さだ。彼女が周りの重圧に押し潰されないように、そして誰かのために自らを犠牲にしないように、みんなでサポートしなければ……。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ゴミ拾いを始めて数時間。空は日が沈みかけており、とても美しいオレンジ色をしている。

 

「いやあ~、やっと終わった~。友奈達もそろそろ帰ってくる頃合いかしらね」

 

「どうでしょう。案外長引いたりしてるかも」

 

「ほんっと、あんたはああ言えばこう言うわね~」

 

 犬吠埼先輩は汗こそかいていないが、やはり疲れたような顔をしている。流石に俺も同じような顔をしているだろう。腰に変な感覚がする。数時間も似たような格好でゴミを拾い続けていたら、こうもなる。

 

「そろそろ、部室に戻りましょうか。そのうちあの子達も戻ってくるでしょうし」

 

「そうですね。これからも定期的に依頼が来るといいんですが……」

 

「来るわよ、きっと」

 

「? 何でそう思うんです?」

 

 そう聞くと、犬吠埼先輩は次の言葉を言うのにためにためて、こう言った。

 

「それはね………………、乙女の勘よ!」

 

「……まあ、そんな気はしてましたけど」

 

「その薄い反応は酷い!」

 

 また、犬吠埼先輩がまた馬鹿なことを言い出した。いつものことなので、軽く流しておこうかと思ったら、思ってもみなかったことを言い始めた。

 

「あ、そうだ。昼の話の続きだけどさ」

 

「昼の?」

 

「そう。確かあんたアタシの長所をアタシの性格っていったわよね?」

 

「ああ、そんなことも言いましたね」

 

「あれって結局どういう意味なの?」

 

 ……この先輩はこうやって鈍いところもある。ある意味これも魅力と言えるだろうが、欠点でもあるんだろう。彼女の質問に答えるのならこう言うべきだ。

 

「先輩のその明るい性格に救われた人もいるんだからもっと自分も大事にしろってことですよ」

 

 そんな俺の言葉を聞いた犬吠埼先輩は少し考え込んで、顔をあげて、口を開いた。

 

「だったら、あんたももっと周りに頼りなさいよ! アタシだってこれでもあんたの親友なんだから」

 

 開いた口が塞がらなかった。まさか、彼女にそんなことを言われる日が来るとは……。こんなことを言われたら、犬吠埼先輩などと他人行儀にするのも失礼だろう。

 

「ま、ちょっとは頼りにしてますよ。“風”先輩。あと、まあ……これからもよろしく“親友”」

 

 俺の言葉に彼女は、ニヤッと笑って、その拳を突きだしてこう言った。

 

「任せなさい! “親友”!」

 

 その言葉とともに二人で軽く拳をあわせる。やっぱり彼女の魅力は、彼女自身の持つ、晴れやかな雰囲気なんだと、少なくとも俺はそう思った。

 

 だけど、俺はやっぱり駄目なんだ

 

 誰かを安らぎとすることも、誰かに安らぎを求めることも、もう俺には許されない。あの日、あの時、俺はなにもしなかった。

 

 それが……今の、この日々に繋がってしまうのだから。

 




 日常編を書くのは結構楽しいですね。

 気になった点、誤字等があったらお伝えください。もちろん、普通の感想でも大歓迎です。
 では最後に、


 晴れやかな魅力:ラナンキュラスの花言葉


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第四話 純真

 

「「……あ」」

 

 ある日の休日、俺は犬吠埼家の次女、犬吠埼樹と遭遇した。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 すべての原因は、うちの冷蔵庫にあった。

 今日の勇者部は特に依頼もなく、せっかくの休みなのでそれぞれ自由に休みを満喫しよう、ということになった。

 そういうことで、俺は今日は家でダラダラしながら、本を読もうと思い、小腹を満たそうと冷蔵庫を開けたら、

 

 無かった。何にも存在しなかった。

 

 うちは基本的にあるものを簡単に調理して過ごしているので、あまり在庫については詳しくなかったのだ。それが災いし、休日にも関わらず、買い物に行く羽目になってしまった。

 仕方ないので、友奈と東郷のところにでもいって、御馳走してもらうことも考えた。しかし、気づいてしまった。これはもしかしなくてもかなり恥ずかしいことなのでは、と。

 まあ、正直食事を必ずとる必要性があるわけではないが、やはり長年の習慣か、食事をとらないと気がすまない、といった理由で買い物に出掛けたわけで、まさか……。

 

「「……あ」」

 

 こんな風に犬吠埼妹と会うことになるとは思わなかったのだ。……そんなこんなで、冒頭に繋がるのである。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「「…………」」

 

 正直な話、かなり気まずい。犬吠埼妹と出会ったのはつい先日、勇者部の活動でゴミを拾っていたときである。

 あの時は、まだ風や友奈達がいたから良かった。しかし、今回は友奈達はいない。都合良く出会う可能性も低いだろう。

 犬吠埼妹は、先程からずっと黙っている。チラチラと見てくるからには気になってはいるんだろう。だが、話し掛けてこないのはどういうわけなのか。

 そんなに俺は恐ろしい顔をしているのだろうか、ちょっとほぐしてみようか。そう考え、自分の顔をフニフニと弄っていると、犬吠埼妹がこちらをジーっと見つめてくる。そして、口を開いたかと思うとビックリするようなことをいってきた。

 

「あ、あの……えっと、く、草薙さん! 私にもちょっと触らせて貰えませんか!?」

 

「……はい!?」

 

 俺が大声を出したことによりまた怯えさせてしまったようで、犬吠埼妹は先程の勢いを無くして、またショボンとしていく。

 

「あっ……ごめんなさい。嫌ですよね……他人に顔触られるのなんて……私なに言ってるんだろ……」

 

「……」

 

 犬吠埼妹の先程の言葉は、少しテンパって勢いで言ってしまったのだろう。だが、触ってみたかったのは本心のようで落ち込んでしまったようだ。この小動物のような少女を落ち込ませると、ものすごい罪悪感が生まれてくる。この光景を風が見たらどう思うだろうか。

 案外、『なにイチャイチャしてんのよ、あんた達は! アタシも混ぜろー!』、とか言って割り込んでくる気がする。……どうでもいいことを考えたことで、少しは落ち着けたようだ。

 まあ……これぐらいならいいか。

 

「別に減るものでもないし、顔ぐらいなら触ってもいいぞ? まあ、俺の肌なんかよりも君の方がよっぽど柔らかそうで触り心地も良さそうだけど……」

 

 俺の場合、結局のところバーテックスであることには変わりないのだから。しかし、犬吠埼妹は迷っている素振りを見せながらも、興味は捨てきれないようでこちらをチラチラと見てくる。チラチラと見るのが癖なのだろうか。

 

「じゃ、じゃあ……失礼します」

 

「お、おう……」

 

 何故だろう。なんかすごく緊張する。彼女の手が段々と俺の顔に近づいてくる。犬吠埼妹も緊張しているようで少し手が震えているように見えた。俺は覚悟を決め、目を瞑った。

 

「「……」」

 

 とうとう手が触れた。彼女の手は確かに触れていて、恐る恐るといった様子で動いている。なんだか、くすぐったくなってくるが、我慢をしなければ……。ここが、あまり人がいない場所で助かった。こんなところを知り合いや他人に見られたら恥ずかしさで死んでしまうだろう。

 不意に、犬吠埼妹は手の動きを止めた。何だろうか、瞑っていた目をうっすらと開くと、犬吠埼妹が神妙な顔をしていることが分かった。

 そんなに、俺の肌は触り心地が悪かったのだろうか。そう思っていると、彼女は熱に浮かされたような顔を見せながら、俺の顔から手を離した。もう終わるのだろうか。

 しかし、彼女は予想外の行動へと移った。

 突然、俺の頬を掴み、引っ張ったのだ。フミョーンと伸びる俺の頬。あまりにも突然だったため、閉じていた目を開いて彼女を止めた。

 

ひょ、ひょっとふほっふ(ちょ、ちょっとストップ)!」

 

「あっ、ご、ごめんなさい!」

 

 犬吠埼妹は我に帰ったのか、すぐに俺の頬から手を離した。彼女の手が離れたせいか、柔らかい風が俺の頬をそっと撫でる。頰も元の形状へと戻った。

 犬吠埼妹の方を見てみると、申し訳なさそうな顔をしながら下を向いている。自分でもやってしまった、という自覚があるのだろう。

 あまり責任を感じられて、今以上に距離を感じられても困る。こちらは気にしていないという意思を伝えてあげなければ。

 

「えっと、犬吠埼。何の思惑があって俺の頬を伸ばしたかわからないが、あんまり気にしなくてもいいぞ? そのくらいの事で怒るほど沸点は低くないからさ」

 

「……で、でも、私草薙さんに失礼なことを……」

 

「だから、気にするなよ。っていうのは君の性格的に無理そうな気がするな……。そうだ、ならこうしよう。お詫びにうどん奢ってくれよ。そうすれば許すからさ」

 

「……うどん、ですか?」

 

「そう、うどん。見た感じ君も今から買い物に行くんだろう? きっと風先輩のお使いか何かだろうけど。今から一緒に買い物にいって帰りにうどんを食べて帰る、それならいいだろう? 後その呼び方、名前でいいよ。前言ったと思うけど、俺のことは少しずつでもいいから慣れていってほしいから。例え今日がダメでも、また今度会ったときに笑顔で挨拶ができるくらいには、な。……まあ、簡単に言えば、一緒に買い物にでもいって親睦を深めようって話だよ」

 

 それを黙って聞いていた犬吠埼妹は、意外そうな顔で俺を見つめていた。……俺はなにか変なことでも言ってしまっただろうか? 反応のない犬吠埼妹に若干おろおろし始めた頃に、彼女は女の子らしく、クスッと笑ってその口を開いた。

 

「……優しいんですね、真生さん。私、あなたに失礼なことばっかりしてるのに、それを笑って許してくれたり、そんな私にたいして親睦を深めようって言ってくれたり」

 

「まあ、当然だろう。これから大切な後輩になるんだから。風先輩が讃州中学に入学してるんだから、君も讃州中学に入るんだろ? それなのに、今のうちに仲がギスギスしてしまうのは勿体ないじゃないか」

 

 何てことはない、と言わんばかりの俺の態度に、彼女は警戒心を無くしたようだ。全く、大好きな姉の近くに得たいの知れない異性がいるからといっても、無意識ながらに警戒するとはやはりこの子も風の妹なんだな。姉妹揃って過保護にも程がある。

 

「ここで時間を潰してても仕方がないし、そろそろ買い物にいこうか。君は何を買うのか決まってるのか?」

 

「はい。お姉ちゃんに買うもののリストを書いたメモを貰ってますから」

 

「そうか。じゃあ、俺は君について行くよ。なに、俺の場合はただ食材が不足しているだけだからな。君についていって、そこでついでに買ってしまえばいいだけなんだよ」

 

「そうだったんですか。分かりました! 案内は任せてください!」

 

「おう、頼りにしてるよ」

 

 そして、俺達は人の集まる商店街へと歩を進めたのであった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「全く、集団の中だと迷子になりそうで怖いな君は」

 

「はぅぅ~。ご、ごめんなさい~」

 

 人の集団の波に飲み込まれかけている犬吠埼妹を救出し、ちょっとした愚痴を言う。彼女は先程、人の波に飲み込まれて疲れているというのに律儀に返事を返してくる。

 そんな彼女を見ていると、ちょっとした既視感を感じないでもない。彼女はあの少女によく似ている。小動物的な雰囲気というか、何というか……妹みたいな感じに思える。

 

「ほれ、さっさといくぞ」

 

「あ、あの何で手を繋いで……?」

 

「はぐれたりすることがないようにするために決まってるだろう? 後、こっちの方が君の反応が面白そうだったから」

 

「絶対後者が本音ですよぅ」

 

 時折、犬吠埼妹に道を指示してもらいながら人混みの中をすいすいと進んでいく。途中で犬吠埼妹の心が折れそうになったりしたが、何度か励ますうちに目的の店へとたどり着けたようだ。

 

「やっと着いたな。しかし、今日はやけに人が多かったな。何かあったのか?」

 

「大人気のうどん屋さんの二号店が今日、向こうでオープンしたらしいです。友達も行くって言ってました」

 

 なるほど。うどんなら仕方ない。

 店に入り、中で必要なものをひょいひょい買い物かごに突っ込みつつ、犬吠埼妹と雑談を交わしていく。それほど時間も経たずに必要な食材を買い込んだ俺は店の入り口で待っている。犬吠埼妹ももうそろそろ買い終わる頃だろう。そうしたら、うどんを奢ってもらいに行くわけだが……。

 ついでに友奈達も呼んでおこうか。ちょうどいいし、オープンしたばかりという二号店で待ち合わせをしておけばいいか。友奈達に連絡をし終わった頃に、犬吠埼妹が店から出てきた。

 

「すいません。待たせてしまって……」

 

「いいのいいの。俺が早くに買いすぎただけだから。風先輩達も呼んでおいたから、今日オープンのうどん屋にいこうぜ」

 

「でも、待ち時間があると思いますけど……」

 

「君と喋ってればそれぐらいすぐに終わるさ。あ、荷物もつよ。重いだろ?」

 

「い、いえ! これくらいなら大丈夫です!」

 

「そうか? ま、とりあえず行くか」

 

 他愛のない会話をしながら、うどん屋に行くと予想通り行列ができていた。最後尾にならんで少し経つと彼女が独り言を呟いた。

 

「真生さんって何だかお姉ちゃんみたいです」

 

「……そうか? 割と相違点は多いと思うんだが……」

 

「そういうところも似てますよ。お姉ちゃんも真生さんも、臆病な私を外に引っ張り出してくれるんです。それで、ありのままの私を受け入れてくれて、一緒に笑ってくれる。それだけでも、私結構幸せなんです」

 

「そういうものか?」

 

「そういうものです!」

 

 彼女はとても嬉しそうに笑ってそう言った。汚れのない純粋な笑顔。本当にあのマイペースな少女に似ている。

 

「あ! お~い! 真生くん、樹ちゃ~ん!」

 

 こちらに向かって走ってくる人影が二つに、その内のひとつと重なっている影がもうひとつ。この元気のあり余ったような声は友奈のものだろう。うどんのこととなると、本当に行動が早いな。あいつらは。

 友奈、東郷、風の三人と合流し、残りの待ち時間は退屈などほとんどせずにあっという間に過ぎていった。

 みんなのうどんを食べているときの幸せそうな表情は、そう簡単には忘れられないだろう。




 遅くなって申し訳ない。

 今のところは毎日更新もどきが出来ていますが、いつタグにある通りの不定期更新になるか分かりませんので、更新速度にあまり期待しないでください。

 というか、もうすぐテスト習慣なので近々もっと遅くなるかも(ボソッ

 そういえば、ゆゆゆの世界だと修学旅行ってどうなっているんでしょうね。鷲尾須美の話だと遠足くらいしかありませんでしたが。

 気になった点、誤字等があったらお伝えください。もちろん、普通の感想でも大歓迎です。
 
 次回は日常シーン東郷編です。
 では最後に、


 純真:テッポウユリの花言葉


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第五話 包容力

 

 今日は、引き受けた依頼を達成しにやってきた。ジャンルは機械。今回は依頼人の方から一人では心配だからと言われ、俺が東郷の付き添いできたのである。

 ……しかし、まあ、本当にやることがない。今も目の前で東郷が凄いスピードでキーボードを叩いている。

 俺は機械に詳しくない、というわけではないが、東郷ほどの知識はないのでこうして見ることしかできないのだ。さすがになにもしないのもあれなので、何となくで東郷が疲れてきた気がしたら、飲み物を渡したりしている。

 現在は、一休み中である。

 

「とりあえず一段落ついたみたいだけど、どうだった? 終わる目処はついたか?」

 

「ええ。もう少しで終われそうよ。でも、さすがに一人でサーバーの復旧作業や、データの復元等を行うのは大変だったわ。要所要所で真生くんがサポートしてくれたおかげで、楽をすることができたのよ。ありがとう」

 

「中学生の部活のはずなのに何でそんな依頼が来るんだよ……。ていうか、俺は何にもしてないぞ?」

 

「フフフ。私が勝手に感謝しているだけだから、あまり気にしなくてもいいわ。なにも言わないで、気持ちくらいは受け取ってもらえないかしら?」

 

 何故か彼女にだけは、昔から手玉にとられているような気がしてならない。だが、今も上品そうに笑っている彼女を見ると、毒気を抜かれてしまい、なかなか強くも言えないのだ。

 東郷はこれでなかなかに茶目っ気がある。昔は頭の固い子だったが、少し頭が柔らかくなるだけでこんな風になるとは……。

 

「そういえば東郷。何で今日の付き添いに俺を選んだんだ? 今日は友奈も依頼はなかったし、友奈を連れてこればよかったんじゃないか?」

 

「あら、真生くんは私に選ばれるのはご不満?」

 

「滅相もない。ただ少し疑問に思った、それだけだよ」

 

 東郷は風のようにからかえないので、少し苦手だ。まあ、あまり周りにこういうタイプの子はいないので、新鮮だったりすることもあるわけだが。

 東郷は、ん~と言いながら考え込んでいる。彼女は理屈的なところがあるので、何となくというような理由ではないだろう。

 

「何となく……かしら?」

 

 まさかの理由だった。

 

「そうか。何となくか……」

 

 苦笑いをしている俺に東郷は少し慌てた様子で補足を加えてくる。

 

「あ、でも誰でも良かったというわけではないのよ? 真生くんなら大丈夫って思ってたから、真生くんを選んだの」

 

「ああ、お世辞でも嬉しいよ。……そろそろ、続きするか? 何か手伝えることがあればするけど」

 

「もう大事なところは大体終わらせたから、大丈夫。もうすぐに終わるから、少し待っててもらえる?」

 

「了解した」

 

 こんなやり取りをして、俺達は休憩を済ませた。東郷は、相変わらずスピード感あふれるタイピング技術を披露している。

 東郷の持つ機械に関する知識や技術は、勇者部の中では頭ひとつ抜け出ている。最近では、設立すると同時に作った勇者部のホームページに読みやすいような改良を加えたりしている。ここまで機械に詳しい女子中学生はほとんどいないのではないだろうか。

 

 それに加え、彼女は料理までできるのだ。よくお菓子を作ってきては、勇者部に持ってきたり、犬吠埼妹を加えた五人で食べたりしている。これがまた、とても美味しいのだ。惜しむらくは本人の好みの問題で、洋菓子があまり作られないことだろうか。東郷ほどの腕があるのならば、洋菓子でも美味しく作れるだろうに。

 そんな考えは表に出さず、物思いに耽っている風を装っていると、東郷は手を止めて体を伸ばしている。その間に、すかさず飲み物をいれに行き、東郷へと手渡す。東郷は一言、ありがとうと言うと、俺のいれた冷たい麦茶を身体中に染み渡らせるように、ゆっくりと飲み干した。

 

「ふう。依頼を終わらせた後だと、普通の麦茶でも一層味わい深く感じるわ」

 

 一息つきながらそう言う東郷に、結局ほとんど何もできなかった俺は苦笑するしかなかった。そんな俺の様子に気がついたのか、東郷はにっこりと笑って俺へと話し掛けてきた。

 

「ねえ、真生くん。今日ってこの後暇よね?」

 

「ん、ああ。特に用事もないけど……」

 

「それなら、この後ちょっと一緒にフラフラしてみない? 私達いつも友奈ちゃんと三人で集まってたと思うから、たまには二人きりで話すのもいいと思うの」

 

 東郷の提案は、俺から見れば意外な提案だった。彼女は基本的にいつも友奈のそばにいた。色々と不安が一杯だったときに、友奈のあの暖かい優しさに触れて、多少なりとも依存しているのだと思っていたが、そうでもないのだろうか。

 

「……駄目かしら?」

 

 俺がいつまでたっても上の空で、返事をしないので、不安になったのか東郷が問い掛けてくる。しまった、おかしなことを考えていたせいで、無駄に東郷を不安にさせてしまった。

 

「いや、大丈夫だよ。それならとりあえず勇者部の方に連絡しておこうか」

 

 できる限り彼女を安心させるように、笑顔をつくって返事をする。思惑通り、ほっとしたような表情になって俺も安心する。

 

「それじゃあ私は先に外で待ってるわ。なるべく早めに来てね」

 

「ああ、わかった。すぐに終わらせて行くよ」

 

 東郷を見送り、すぐに勇者部に入ったときにもらったアプリを起動させ、今日は東郷と二人で先に解散する旨を報告する。割とすぐに返事は帰ってきて、はーいというまともな返事の友奈。しかし、風に限っては何故か、むにゃむにゃもう食べられない、と言った寝てるのか起きてるのかわからない返事が送られてくる。この返事には思わず苦笑してしまう。そして依頼人のいる部屋へと向かい、依頼が終わったことを伝える。

 依頼人の中年は是非ともお礼をしたいと言っていたが、丁重に断りをいれ、お大事にという俺の言葉を最後に扉を閉めた。少し時間が食われたが、報告は終わったので、少し急ぎ足で外へと向かう。

 外はまだ明るいがもう少しで夕方にはなりそうだ。玄関を過ぎると東郷が空を見上げながら待っていた。

 

「報告は済んだぞ……。何を見ていたんだ?」

 

「雲を見ていたの。雲と一言でいっても色々な形があって、見てるだけだったけど意外と楽しかったわ」

 

「雲、か。確かにな」

 

 俺も空を見た。今も雲は空に浮かんでいる、雲は本当に色々な形がある。妙に丸かったり、何かに似ていたりと同じ形のものなんて一つもない。……人も雲のようなものなのだろうか。数年間見ていても分からない。しかし、時に恐ろしいほどの力を発揮するものもいる、俺はそんな人間を知っている。今でも思い出すだけで身体が震えてくる気がする。彼女は……

 

「……真生くん?」

 

 東郷の心配そうな声を聞いて、俺ははっとした。また、東郷のいる前で考え事をしてしまったようだ。東郷は不思議そうな顔をしている。当然だろう、他愛ない会話のはずが、相手が突然考え事を始めてしまっていたのだから。

 

「……大丈夫?」

 

「何が?」

 

「……さっき、真生くん。ひどい顔していたから」

 

 東郷は何を言っているんだろうか。ひどい顔だった? 俺が? そんなはずがない。大丈夫、俺は、いつも通りだ。

 

「……大丈夫だよ、そんな事よりも、そろそろ行こうか。日が暮れそうだ」

 

「……そうね」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 初めはやはり少し気まずかったが、そんな空気も時間が経つと共に晴れていった。

 そして、空もオレンジ色に染まりきった頃、俺と東郷は瀬戸大橋の近くに来ていた。しかし、瀬戸大橋自体は既に壊れており、ある災害によってこうなったと言われている。

 

「結構遠いところまで来ちゃったな」

 

「そうね。でも、こんなに近くで瀬戸大橋を見ることなんて、なかなかない事だから新鮮でいいわ」

 

「それなら良かった。……しかし、俺が車イスを押してもよかったのか? たしか前に友奈が自分の特等席だとか言ってなかったっけ?」

 

 これを友奈に見られたら、なんと言われるだろうか。東郷はキョトンとした顔でこちらを見ていた。そして、ちょっと悪ぶった顔をした。

 

「それなら、この事は二人だけの秘密ね。誰にも言っちゃ駄目よ?」

 

 茶目っ気たっぷりにそう言う彼女は、いつもの大人びた姿からとても想像がつかないほど楽しそうで、まるで()()()()()()()ようだった。

 ……俺は何を考えているのだろう。もうあの頃に戻ることはできないのに。戻せなくしたのは――――俺だというのに。

 

「――真生くん」

 

 彼女はそう呟いたかと思うと、車イスを俺の方へ向け、俺の体を強く抱き締めた。女性特有のか細く脆そうな腕。しかし、今の俺には、全てを包み込んでくれるようなその暖かさが、とても心強く思えた。

 

「……今は、なにも聞かないわ」

 

「……」

 

「でも、いつかは教えてね。分かち合うことはできなくても、支えるくらいなら出来るから、ね」

 

「……分かった」

 

 俺には、彼女が、東郷が何を思ってそう言ったかは分からない。だけど、そう言った彼女の横顔は沈む太陽に照らされながら、涙を流しているように見えた。

 

 ああ、本当に俺は卑怯だ。果たせないであろう約束を他でもない俺がしてしまうのだから……。




 おかしい、ここまで東郷さんのヒロイン力をあげる気はなかったのに……。日常編の筈なのにシリアスが強くなってしまいました。ごめんなさい。

 次の日常編は友奈ちゃんです。

 気になった点、誤字等があったらご指摘ください。勿論普通の感想でも大歓迎です。
 では最後に


 包容力:ベニバナの花言葉


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第六話 あなたを離さない

 

 東郷に恥ずかしいところを見せてから、早くも一ヶ月が経っていた。

 さすがに一ヶ月もあれば、羞恥心も薄くなってくるものである。一週間位経った時は、顔を合わせても毎回俺から顔をそらしていた。それも今では、面と向かって話せる程度のことはできるようになった。

 東郷も、あの日のことは話題に出さないように注意しているように見えたので、俺も一旦忘れることにしたのだ。

 

 さて、今やもう六月。梅雨の時期も近くなる季節と季節の節目だ。……そんななか勇者部の部員で一人休んでいる人間がいた。

 その名も結城友奈。体調管理に失敗し、風邪を引いて寝込んでしまった元気っ子である。現在の彼女は布団にくるまっており、いつもの元気のよさも鳴りを潜めていた。しかも、ちょうどこんな日に限って、友奈の両親は出掛けていたのだ。つまり現在、風邪を引いていてまともに動けないにも関わらず、一人きりで留守番をしているのである。

 

「……友奈も風邪引くんだな」

 

「えへへ。ちょっとやらかしちゃって」

 

 特にやることもなかった俺は、今日は勇者部を休み、友奈の看病をしていた。今の言葉は皮肉のつもりでいったんだが、ただ気がついていないだけか、もしくは意識が多少朦朧としているのか。なんにせよ、彼女の体調はそこまでよくないことがわかるだろう。

 

「どうして両親を引き留めなかったんだ?」

 

「……だって、今日は大事な用があるって、前から聞かされてたから、私が邪魔しちゃいけないかなって、思ったから」

 

 鼻が詰まっているのか、少し聞き取り辛かったが、彼女は自分の事よりも両親の事情を優先させたらしい。友奈が、自分よりも他人を優先させることは多々ある。しかし、まさか両親の前ではやせ我慢して軽症に見せかけて、自分の前から両親がいなくなると同時に倒れるとは……。

 

「だからといって、玄関で倒れてるのはいただけないな。話を聞く限り、俺が来るまでずっと玄関で寝てたんだろう? ただでさえ体調が悪いのが悪化したらどうする」

 

「……ごめんね。迷惑かけちゃって」

 

「気にするなよ。とりあえず東郷達が来るまではずっと看病してやるから」

 

 他の勇者部の部員、主に東郷は、とても友奈のお見舞いに来たがっていた。しかし、空気を読めない依頼のおかげで、来るのが遅れてしまっているのである。普段から元気一杯で明るい友奈が風邪を引いたのだ。心配にもなるだろう。依頼が増えるのは大いに結構だが、こんなときくらいは自重してほしいくらいである。俺の話を聞いた友奈も心配している東郷を幻視したのか、嬉しそうにしていた。

 

「東郷さんや風先輩も来てくれるんだ。楽しみだな~」

 

「楽しみにするのはもう少し体調を良くしてからにしろよ。東郷達にうつしたくないだろう?」

 

 それを聞いて、ブンブンと首を縦に振る友奈。やはり、彼女は自分から人にうつすのは嫌らしい。友奈らしいと言えば友奈らしいが、この性格も少しはなんとかならないものか。損をするタイプの性格の友奈に不安を感じながらも、友奈のおでこに置いてある湿ったタオルを取り替える。

 冷た~い、と言いながらじゃれてくる友奈を片手で押さえながら、使ったタオルを水へ突っ込む。俺が来るまで、玄関でダウンしてたやつがなぜこんなに元気なのやら、と感じながら友奈の部屋から出ていく俺。背中に寂しそうな視線を感じながら去るのは、なんだか気分はよくなかった。

 

 友奈のためにお粥を作っていると、何故だか後ろに気配を感じる。あいつしかいないな、と思いながら後ろを振り替えると、予想通り友奈がいた。友奈の顔は火照っており、いくらか汗もかいていた。

 何故抜け出したのかとか、何でここまで来たのかとか、言いたいことはたくさんあったが、とりあえずはなにも言わずに溜め息をついた。

 彼女はこちらを申し訳なさそうに見つめている。猫背ぎみになっているせいか、上目遣いになっていた。

 場違いにも可愛いとか思ってしまったが、心を鬼にして友奈を叱りつける。

 

「何でじっとできないんだ、友奈。もうすぐに部屋にいくから戻ってもいいぞ?」

 

 訂正、全く強く叱れなかった。

 

「……うん。分かった」

 

 そう答える友奈だが、動く気配がない。それに呆れつつ、お粥を作る手を止め、友奈に近付いていく。友奈は無言で近付いてくる俺が怖いのか、ゴクッと息をのんだ。俺は友奈の目の前までたどり着くと、友奈にデコピンをした。うえぇっ、とおよそ年頃の女性の出さないような声を出した友奈をさっと抱き抱える。友奈はデコの痛みも忘れて、慌て出した。

 

「ま、真生くん!? 大丈夫だよ!? 一人で歩けるから!」

 

「そんなことは知らん。心配かけた罰だ。甘んじて受けとけ」

 

 横暴だよぉと、しぼんでいく友奈の声を聞きながら、友奈の部屋へと向かう。友奈が異様に恥ずかしがっているのは、お姫様だっこだからだろうか。する分には気にしないが、されるのは恥ずかしいというタイプだろうか。そう思うと友奈もなかなか可愛いところもあるじゃないかと感心する。

 ……何で俺は親目線なんだろうか。熱のせいか、それとも恥ずかしさのせいか顔を真っ赤にさせている友奈を弄っていると、友奈の部屋に着いた。友奈を寝かせ直して、お粥を作りに戻る。今度こそお粥を完成させると、急ぎ足でなおかつお粥をこぼさないように慎重に、友奈の部屋へと向かう。

 今度はちゃんと寝ていたようだ。友奈は俺に気づくと、途端に顔を綻ばせた。とりあえずお粥を食べさせる前に体温を測らせてみる。熱自体はもう下がっているようだ。

 

「友奈、一人で食べられるか?」

 

「……だ、大丈夫……です」

 

「……やっぱり俺が食べさせるよ。ほれ、口開けろ。あーんだ、あーん」

 

「あ、あーん……」

 

 れんげの上にのったお粥をフーフーと冷まして、友奈の口へ運ぶ。少し戸惑いながら口を開いた友奈は、もぐもぐとお粥を頬張っている。それを微笑ましく見守りながら、何度か友奈にお粥を与えた。お粥が終わると次は薬だ。

 お粥を片付けると、水を入れたコップと友奈用の風邪薬を持って、もう一度部屋に行く。それにしても、東郷達があーんをした場合はきっと躊躇いなく食べるだろうに、何故俺の時だけあそこまで恥ずかしがるのか。性別の壁とは難儀なものだ。

 

「友奈、まだ寝てないよな? 薬持ってきたぞ」

 

「ん~、分かった~」

 

 間延びした返事を返す友奈は、もうかなり眠気に襲われているようだ。さっさと飲ませて眠らせるか。さすがに風邪薬は俺が飲ませるわけにもいかないので、こればかりは友奈自身に飲んでもらった。友奈が薬を飲んでいる間に、タオルに水を染み込ませ、絞っておいたので、すぐに取り替える。

 

「さてと、そろそろ寝ておけよ。東郷達と顔合わせたいのはわかるが、今の友奈は病人なんだ。あんまり無茶をすると、俺もみんなも心配するからさ」

 

「……うん。ありがと、真生くん。おやすみ」

 

「ああ、おやすみ」

 

 スウスウと規則正しい呼吸が聞こえてくる。もう眠ってしまったようだ。こんなにも早く眠りにつくのは疲れていた証拠だ。やはり少し無茶をしていたようである。俺は静かに友奈の頭を撫でる。一度、看病をしたことがあるがこれをすると()()はとても安心したような顔をしたものだ。今、同じことを友奈にも試してみたが、友奈にも効果があるようで安心した。

 

 彼女が他人をよく優先する性格ということは知っていた。だが、いまだにその原動力が分からない。彼女が他人を優先したところで、その他人が自分に手を差し伸べてくれるかどうかは分からない。だというのに、彼女は人助けを嬉々として行う。俺や東郷から見ればそれは直してほしいものだ。だが同時に、それがなければ彼女、友奈ではないという気持ちも存在する。美点であり、欠点である。それが友奈の優しさだ。

 友奈の手を握ってみる。その手は小さく、とてもではないが不特定多数を助け、守ろうとする手だとは思えない。この小さく柔らかい手に、彼女は何を背負っているのだろうか。

 その時、友奈の手がそっと俺の手を握ってきた。その手に込められた力は、強い……とはお世辞にも言えない。だけれど、底知れないなにか、そう、まるで彼女のような……。いや、彼女よりも遥かに……。

 

 そこまで考えたとき、ピンポーンと気の抜ける音が響いた。時間を見てみると、もう七時過ぎだ。気づかぬ間にとても時間が経っていたらしい。玄関に向かおうとすると、友奈の手がそれを止めた。行ってほしくないというように、強く握ってくる。……しかし、所詮は病人の力だ。振り払うことは容易いだろう。

 ……早く行かねばならないということはわかっている。しかし、この手を振り払っていいものかと考えてしまうのだ。だけど……

 

 俺は、そっとその手を外した

 

 友奈の手は行き場所を失ってしまったかのようにぶら下がっている。その手を布団にしまってやり、俺は玄関へと向かった。

 

「やっぱり東郷達だったか」

 

 玄関を開けた先に立っていたのは、東郷と風、そして犬吠埼妹だった。それぞれ果物を抱えている。

 

「こんばんは、真生くん。……友奈ちゃんは?」

 

「今は寝てる、熱はもう下がっていたし、たぶん明日までは眠ったままだろう」

 

「そっか、良かった」

 

 東郷は心底安心したような顔をしている。少しオーバーリアクションな気がしないでもないが、あまり気にしても仕方がないだろう。風と犬吠埼妹は、俺の報告を聞いて笑みを浮かべている。

 

「それじゃあ、俺はもう帰るよ。あんまり長居してもやることないしな」

 

「分かったわ。あとは任せて」

 

 東郷は自信満々な表情をすると、俺に一言、また明日ねと言って、友奈のもとへと行った。風達もお見舞いに来ただけであり、元気そうであればそれでいいそうだ。

 

「それじゃあ、また明日」

 

 俺はそれだけ言うと、友奈の家に背を向け、自らの家へと歩を進めていった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌日、友奈と東郷のもとへと行くと、そこには元気一杯な友奈とそれを微笑ましく見守る東郷がいた。

 

「あ! 真生くん、おはよー! 友奈はもう大丈夫です!」

 

「もう、友奈ちゃんったら」

 

 相変わらずの仲の良さを見せつける二人。それを困ったようにみる俺。もうすっかりいつも通りだ。しかし、何故か突然友奈がこちらへと近づいてきて、ぎゅっと俺の手を握る。

 

 まるでなにかを確かめるかのように、しっかりと握ってくる。

 

「……友奈?」

 

「うん、大丈夫! 真生くんは私達といつでも一緒だよ!」

 

「お前まだ熱が残っているんじゃないのか?」

 

 友奈は、もうすっかり治ったよ~といって俺の手を引く。東郷は俺と友奈をとても嬉しそうに見守っており、友奈を止める気はないようだ。

 

「よーし! 今日も元気に行こー!」

 

 その言葉と共に、友奈は俺の手を握りながらも東郷の車イスを押していく。

 いつも通りの少し変わった日々が、また今日も始まる。

 




 立ったフラグが速攻で友奈ちゃんに叩きおられた件。

 それはともかく、とりあえず個別の日常編は終了のつもりです。
 思い浮かべば、夏凜バージョンも書こうと思います。あとは、お祭りやクリスマスなどのイベントをこなしてから、本編に行くつもりです。あくまでも予定ですが。

 次回もよろしくお願いします。

 気になった点、誤字脱字等があったらご指摘ください。勿論普通の感想でも大歓迎です。
 では最後に、


 あなたを離さない:イカリソウの花言葉


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第七話 気高い人

これより前の話の風の一人称を『私』から『アタシ』に修正しました。
タグに“鷲尾須美は勇者である”を追加しました。


 

 今日も今日とて、勇者部は平和である。風、友奈、東郷の三人はこの場にはいない。三人ともが依頼に行っているからである。

 では、何故俺は依頼に行かなかったか? 今日は勇者部を元々休む予定だった。それだけである。

 では、何故休んだか? ある人と出会う予定があるからである。

 何故部活を休んでまでその人に会いに行くのか? 今日はその人物の誕生日だからである。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「はっ! はっ! はああああ!!」

 

 ある場所で、一人の少女が二振りの木刀を振っている。型のある見事な剣舞だ。彼女の名前は三好夏凜。バーテックスが再び襲来したときに備え、大赦が鍛えている五人目の勇者だ。剣舞を終え、彼女は汗を布で拭いている。

 

「相変わらず見事な剣舞だな。三好」

 

 突然、発せられた言葉だからか、彼女は木刀を構える。が、すぐに声をかけたのが誰か気づき木刀を下ろす。

 

「なんだ、あんたか。今日は何の用よ、真生」

 

 そう、俺こと草薙真生である。前々から三好夏凜とは何度か顔を会わせてきたので、そこそこ仲が良いと言えるだろう。

 

「……人の気配が突然現れると、すぐ武器を構える。そんな癖も変わってないな」

 

「なっ、そ、それはしょうがないじゃない! ビックリするような現れかたをするあんたがいけないのよ!」

 

 それもそうだな、と返しながら俺も持参してきた木剣を握る。三好は頭に疑問符を浮かべるが、俺はそのまま木剣を何度か振る。とうとう耐えきれなくなったか、三好は俺から真意を聞き出そうとし始めた。

 

「……あんたなんで木剣なんか持ってきたの? あんたは勇者になれないんだし、武器を扱う練習をする必要はないわよね?」

 

「ん、俺は結構前だが剣の練習をしたことがあってな。少し位なら指南できるかと思って」

 

 三好は指南、と聞いて目の色を変えた。それは、ただ少しだけ剣をかじった位で指南なんて、とでも思っているのだろう。

 

「言っておくが、今なら俺の剣技の方がお前の剣技より強いぞ? 二年間も振っていたんだ。今でも体が覚えてる」

 

「へえ、言ってくれるじゃない。それなら御指南願おうかしら? ……後悔しても知らないわよ?」

 

「元々そのつもりできたんだ。臨むところさ。そっちこそ、泣くんじゃないぞ?」

 

「上等!」

 

 三好は二振りの木刀を構え、俺は一振りの木剣を構える。二人の間に、沈黙が訪れた。

 初めに動くのは、どちらか。瞬間、俺は腰を低くして飛び出した。三好は俺を見つめたまま、木刀を強く握る。木剣を横一直線に振るう。

 三好は、それをジャンプをして避ける。すかさず追撃、木剣による突きを行う。それを一振りの木刀で受け流し、もう一振りの木刀で三好はカウンターを加えようとする。

 甘い。木刀による一閃を身体を捻ってかわす。三好は地面に最小限の力で着地し、バランスを崩した俺に再度刀を振るう。俺は剣を地面に突き立てて、後方へ移動する。地面は固く、貫くことはできなかったがそれでも十分。俺は一回転し、後方へと着地をした。

 三好は俺の懐へ飛び込もうとするが、木剣を振るいそれを防ぐ。木刀ごと払われた三好は、当然のようにバランスを崩す。そこで三好の足を払い、完全に体制を崩させた。倒れた三好の首もとに木剣を添える。

 

「俺の勝ちだな」

 

「~~~!! もう一回よ! 勝てるまでやってやるんだから!」

 

「それじゃあ、今日中には終われないな」

 

 ニヤリと笑いながらそう言ってやると、三好は思惑通り顔を赤くして飛びかかってきた。刀と剣を振るいあい、一進一退の攻防を繰り返す。俺たちはそれを、夕方近くまで続けていた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「……あ、あんた……どんだけ体力あんのよ……」

 

 三好は、大の字になって地面に転がっていた。その体には汗があふれでており、今も息を切らしている。

 

「男の子だからな。体力は馬鹿みたいにあるんだよ。ほら、タオルで体拭いとけ」

 

 タオルを三好へと投げつけ、後ろを向く。

 結果から言ってしまえば、彼女が俺に黒星をつけることはなかった。三好も懸命に刀を振るい、俺に指摘されるごとにその部分を洗練させていったが、それでもまだ俺には届かなかった。しかし、本音を言えば彼女は才能がある方だろう。まだ追い付かせる気はないが、もう少し時間があれば負ける可能性が高くなってくる。

 そんな本音を全く明かさず、彼女に向かってまだ弱いな、と告げてみる。彼女は悔しそうな顔をしているだろうか。三好はそれを否定することはなく、無言で身体を拭いていた。

 

「三好。これからもたまには来るから、もっと精進しろよ」

 

「……分かってるわよ。後、その三好って呼び方止めて。兄貴と被るでしょ、……夏凜でいいわよ」

 

「おう、よろしく夏凜」

 

 実際は夏凜の兄のことは名前で呼んでいるから被ることはないのだが、言わぬが花だろう。

 

「これからも指南に来てくれるのよね?」

 

「ああ、そう言っただろう?」

 

 夏凜は、次こそ勝ってやるんだから、と言いながら荷物をまとめる。……彼女は1つ勘違いしているようだ 。

 

「俺はまだ帰らないぞ? お前にもついてきてもらいたいところがあるしな」

 

「……へ?」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 そしてまたまた場面がかわり、現在いる場所はイネスという名のショッピングモールである。

 

「……で、なんでわざわざ電車で一時間くらい揺らされてイネスに来させられたわけ?」

 

「イネスにはな……、何でもあるんだ。その素晴らしさといったら最早神樹と比べても全く遜色ないほどだ……!」

 

 俺がそう強く語ると、夏凜はかなりドン引きながら引きつった表情でこちらに言葉を返す。

 

「何熱弁してんのよ……、しかもすごい罰当たりよそれ。ていうか私がついてくる必要あったの?」

 

「ああ、それはもちろん。ここには夏凜の誕生日プレゼントを買いに来たんだからな」

 

「……は!? あ、あんた私の誕生日なんていったいどこで……。ていうかそれを本人の目の前で言う!?」

 

「俺にはまだおまえの詳しい好みとかは分からないからな。自分で作るというのも悪くないとは思ったが、やはり本人に選ばせた方が確実だろう? そしてだからこそのイネスだ。後、誕生日の出所については秘密な」

 

 夏凜はそれを聞いて呆れていたが、溜め息をついてまるで、仕方ないなあ、とでも言うように俺を見てきた。何故だ。

 

「私の好みね……そう改めて考えてみると、あんまりないわね」

 

「個人的にはアクセサリー等がいいと思うんだがどうだ?」

 

「……あんた、初めからそのつもりだったんじゃないの?」

 

 俺を疑うように半目で見てくる夏凜に、俺はとても良い笑顔を見せてやった。途端に嫌な顔をする夏凜を尻目にイネスへと入っていく。待ちなさいよ、と言いながら、夏凜も俺のあとを追ってイネスへと入ってきた。

 

 さて、まずはどこへ向かおうか。いきなりアクセサリーを買いにいくのもありだろうが、まずは彼女になにかをご馳走してやろう。頑張ったご褒美だ。

 迷いなく歩いていく俺のあとを追いかける夏凜は、キョロキョロと周りを見回している。勇者に選ばれてからは鍛練を積むばかりであったため、こういう人がたくさん集まる場に来ることがなかったのだろう。

 

「夏凜、こんなところでおろおろしてるんじゃ立派な勇者にはなれないぞ? もっと堂々としろよ、お前は人並み以上に努力してるんだから」

 

「……そうね。あんたに言われてやるのはなんか癪だけど、堂々としてやるわよ」

 

 夏凜は不器用だ。手先の問題ではない。人付き合いに関して、彼女はなかなか素直になれない難儀な性格をしている。根は良い子なので天の邪鬼にもなりきれないという可愛いところもあるのだが。

 今でこそ俺とこんな気軽な会話をできているが、出会った頃は酷かった。兄にコンプレックスを抱き、今のツンツンした態度をより鋭くしたような感じだった。まあ異性に対して警戒心を多少抱いていただけで、その後はどんどん丸くなっていったが。

 初めて出会ったときは、もうすでに同い年の少年が来ると聞かされていたにも関わらず、第一声がこれだ。

 

『……誰よあんた。どうでもいいけど、あんまり近づかないで』

 

 どう聞いても友好的に感じることはできないだろう。そんなこんなで何度かあってるうちにそこそこ友好的に接してくる様になった、というわけだ。

 

「ねえ、私達今どこに向かってるの?」

 

「アイス食べに行こうとしてる」

 

「私の誕生日プレゼントはどうなったのよ……」

 

「後でいくさ。まずはお前へのご褒美に好きなアイスクリームをご馳走するだけだよ」

 

 夏凜はご褒美を受けることに心当たりがないようで、首をかしげている。大赦に言われたこととはいえ、元々一般人だった少女があそこまで真剣に訓練を行う事が、どれだけ凄いことか気づいていないらしい。

 それも彼女らしいと言えるだろう。

 

「ここだよ。さあ、どれでもいいぞ? 好きなのを選んでくれ」

 

「……じゃあ、この抹茶味で」

 

 俺も同じように抹茶味を頼み、店員が奥の方でアイスクリームを作り出す。

 しばらくして、アイスクリームがやってくる。夏凜はアイスクリームを一口食べると、運動後だからか小腹が空いていたようでパクパクと食べていく。

 アイスクリームを食べ終わり、満足げな夏凜を引き連れてアクセサリーの売っている店へと移動する。

 

「なんか場違いな感じが凄いんだけど……」

 

「気にしたら負けだ」

 

 店はとてもきれいで、周りを見ても大人の女性ばかりがいる。夏凜は恥ずかしそうに縮こまっている。俺は周りを見渡し目当てのものを見つける。

 

「これだよ、どうだ? 一応これが大本命なんだが」

 

 そこにあったのは、首飾りだった。全体的な色彩は銀色で、先に小振りなルビーが付いている。夏凜の様子を伺うと、目を輝かせている。どうやら気に入ってくれたようだ。

 

「綺麗……でもいいの? これ結構高いし、私には似合わないかも……」

 

「その辺りは大丈夫だろ。金ならバイトでかなり稼いでいるし、夏凜は可愛いから絶対に似合う」

 

「……あんた。それ本気でいってんの?」

 

 顔を赤くしながら、俺を信じられないとでもいうような瞳でにらんでくる夏凜。普通に美少女と言える容姿をしているのに何を言ってるのか。

 

「本気だよ。ここで嘘をつく必要性を俺は感じない」

 

 俺はささっと件のアクセサリーを買うと、おしゃれな袋に包んでもらい、夏凜に押し付けた。買う際に、彼女さんへのプレゼントですか? と聞かれたので、似たようなもんですと答えておいた。硬直していた夏凜は押し付けられたアクセサリーをぎゅっと胸に抱いた。

 

「よし、帰ろうか」

 

「……うん」

 

 帰り道の途中で、ずっと黙ったままであった夏凜は口を開いた。

 

「今日は……ありがとう。嬉しかった」

 

 ぶっきらぼうながらも、彼女なりに必死に考えた結果なのだろう。それならば、こちらも真摯に向き合うのが筋というものだ。

 

「どういたしまして。俺も喜んでもらえてよかった。来年はもっと大変だと思うけど、まあ頑張れよ」

 

「どういう意味?」

 

「いずれわかるさ。それじゃあまたな」

 

 夏凜はまだこの町に引っ越してきたわけではない。つまり、まだ一緒に帰れるわけではないのだ。夏凜に別れを告げると、彼女の方も薄く微笑んで手を振ってきてくれる。彼女は明日も刀を振るうのだろう。ならば、俺は微力ながらも力を貸そう。

 

 大切な思い出を、少しでも多く増やせるように。




 六月が夏凜の誕生日ということを思い出せたので書きました。夏凜の魅力が少しでも引き出せていれば嬉しいです。

 簡易的な戦闘描写を書いてみましたが、なかなか迫力のあるような文が書けませんね。本編では、よりかっこいい戦闘描写を書けるようにしたいと思います。

 気になった点、誤字脱字等があったらご指摘ください。勿論、普通の感想でも大歓迎です。
 では最後に、


 気高い人:キンモクセイの花言葉


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第八話 常に前進

※キャラ崩壊してるかもしれません


 

「今日は勇者部としてのボランティア活動は、一切行いません!」

 

 風のこの一言は俺達、勇者部部員を同時に唖然とさせた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 事のはじまりは、前日にまでさかのぼる。

 俺達勇者部は毎度お馴染みのゴミ拾いを行っていた。依頼のない日はいつも行っていたため、この町はゴミの少ない良い町だと地元民にはよく言われていた。

 しかし、ある日東郷がふと疑問に思ってしまったのか、こんなことを言い放ってしまったのだ。

 

「勇者部っていう名前格好いいけれど、名前の割には勇者らしいものが何もないような気が……」

 

 残酷な一言だった。この後東郷も自分の失言に気づきフォローをしたりもしたが、風には反応がなかった。一応、後々の事を踏まえた名前としてこの名前はついた。しかし、風は設立する際こうも言っていた。

 

「普通にボランティア部にするよりも、勇者部の方が格好いいし、おしゃれで良いわよね!」

 

 つまりだ。この勇者部という名前は風のセンスにすべてを任せ、それによってつけられた名前だった。当然、東郷の発言にこのネーミングの発案者である風は悩んだ。自分達はこのままで良いのか、と。

 その瞬間、風の脳裏に神が舞い降りた。

 

 だったら、自信をもって勇者っぽいと思えるものを皆で考えちゃえば良いじゃない。

 

 風はその神の発言に感銘を覚えた。それを後から聞いた俺は、完全にその神が風で遊んでいるようにしか思えなかったが、それでも風から見れば救いの手をさしのべる神にしか見えなかったそうな。

 そして、翌日。現在の状況である。

 

「今日は勇者部としてのボランティア活動は、一切行いません!」

 

 とうとう風が暴走したのである。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「…………で、ボランティア活動はしないってことはわかりましたが、今日は何をするんですか。風先輩のことだから、代案くらいはあるんですよね?」

 

「よくぞ聞いてくれた! さすがアタシの親友ね!」

 

「早速親友やめたくなってきたんですが」

 

 そんな俺の心からの悲痛な呟きは無視され、風はどんどん話を進めていく。何故か、頭に幾つもの疑問符を浮かべた犬吠埼妹が部室にいたりするが、そんなことは関係ないらしい。犬吠埼妹が俺に若干涙目で何事か、と言っているように見える。そんなことは俺が知りたかった。

 

「――というわけで、今日はこの勇者部が勇者部であるために! そのアイデンティティーと呼べるものを皆で考えて作ろうと思います!」

 

 友奈以外の全員は、風に何いってんだこいつ、というような視線を送っている。風はテンションが上がりすぎてて、もう使い物にならなそうな気がした。きっと正気を取り戻したら、黒歴史になるか、布団の中で悶え続けるだろう。

 

「それじゃあまずは友奈! なんか良いもんない?」

 

「わ、私ですか? え~と、う~~ん。あ、そうだ! 勇者の決まりとか作ったらどうでしょうか!」

 

「なるほど、一理あるわね。ナイスアイディアよ! 友奈!」

 

 友奈は自分のアイディアが採用されたことにほっとしているようだ。そして、そのままの勢いで風の矛先は東郷へと向いた。

 

「じゃあ次は東郷! なんか良さそうな決まりない?」

 

 少し考え込む東郷。風と友奈はわくわくが押さえきれないようで東郷を期待の眼差しで見つめている。犬吠埼妹はもう諦めたようで静かに勇者部の面々を見守っている。東郷はゆっくりと顔を上げていく。口を、開く。

 

「――なるべく諦めない、っていうのはどう?」

 

「……なるべく、諦めない……おお。さすが東郷、一発目から決めにくるとは……」

 

 風は、東郷の案に驚きと興奮が隠せないようだ。東郷の案、“なるべく諦めない”はとりあえず保留としてホワイトボードに書き加えられた。この流れでいくとまさか次って……。

 

「それじゃあ次は真生ね。さあさあ早く言ってごらんなさ~い」

 

 やはり俺だった。笑いながら俺を指差してくる風。こいつ、後で覚えてろよ……! しかし、友奈も東郷も俺の方を見つめている。いつの間にか犬吠埼妹も復活して、こちらを見ている。八方塞がりとはこういうことをいうのか。こんなところで知りたくなかった。なんにせよ考えなければならない。そうしなければ、この状況を脱することは不可能だ。考えろ、閃け、勇者にふさわしい決まり事を……!!

 

「あらあら? 言えないのかな~真生くん?」

 

 わざわざ君づけで呼んで、馬鹿にしたような態度をとってくる風。日頃の仕返しのつもりか、こいつ。だが問題はない、もう閃いた。この決まりで勇者部を納得させてやる!

 

「……大抵の事は何とかする……とか?」

 

「「「…………」」」

 

 辛い、この空気。

 

「……ちょっと手を加えて、なせば大抵なんとかなるっていうのはどうかしら?」

 

 東郷はそういうと俺の方を見てウィンクをしてくる。 救いの女神はここにいたのか。もう、本当にありがとう、東郷。この恩は忘れない。

 

「うん、それならいいわね~。それじゃ、次は樹。何かある?」

 

「え、えっと……よく寝て、よく食べるとか……どう、かな?」

 

 “よく寝て、よく食べる”か。勇者というかなんというか……まあ、教訓として考えれば良いかもしれない。犬吠埼妹は不安そうに上目遣いで風を見つめている。こんな攻撃、よっぽどの人でなしでもない限り、回避も耐えることも不可能だろう。まさに今、風が撃沈している。シスコンの為、威力は二倍ほどだろうか。

 

「……うう。樹、いつの間にかこんなに成長して……。お姉ちゃん嬉しいよ……」

 

「……? えっと、審議のほどは?」

 

「もっちろん採用よ! いや~どっかの黒一点さんと違って樹は良いこというわ~」

 

 ……とても怒ってやりたいが、俺自身もあれは失敗だったと思っているため、なかなか強く言うことのできないこのジレンマ。何で俺はあんなこと言ってしまったんだろうか。東郷がアレンジして上手いことフォローしてくれたため助かったが、あのままだったら俺の精神的ダメージがやばかった。風はまた次に回そうとしている。このままいけば次は風自身なんだがそれに気づいているのだろうか?

 

「じゃあ次は……アタシか。……ふっふっふ。とうとう、アタシの切り札を出すときが来たようね」

 

 無駄に大層な言い回しをしているが、ただアイディアを言うだけなのにそこまでもったいぶる必要があるのだろうか? 俺の心中を知るよしもない風は、未だにもったいぶりながら発言をする。

 

「悩んだら相談! どうよ、これならバッチリじゃない?」

 

 予想以上にまともな意見が出てきた。普段が普段なため、こういう真面目なところがなかなか目立たない。ましてや、今回の件は色々と暴走しているのでこんなまともな意見が出るとは誰も想像していなかっただろう。

 

「……あれ? なにこの空気、アタシ何か変なこと言った?」

 

「……風先輩からそんなまともな意見が出たことにみんなビックリしてるだけですよ」

 

「なにそれ!? アタシそんな普段おかしい!?」

 

 全員黙る。風は自らの認識に打ちひしがれてしまった。こうなっては復活には多少の時間がいるだろう。

 

「……復活する前に俺達で決めてしまおうか」

 

 友奈達は苦笑いをしながら頷いた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「で、アタシが悲しんでる間にすべてが終わってしまったと」

 

「そうですね。というかむしろ途中で復活しなかったことに驚きなんですが。一応聞きますが、俺達の会話聞こえてました?」

 

「ぜんぜん。周りの声も聞こえないくらい悲しんでやったわ」

 

「それ自慢することでもないでしょ」

 

 それもそうね~、と気楽な感じで答える風。もう完全に復活したようだ。ただひとつ言っておくことがある。

 

「風先輩」

 

「ん? 何よ」

 

「家に帰ったら今日のことをしっかりじっくりと思い出してくださいね。自分の発言を特にピックアップして」

 

「わ、分かったわよ」

 

 俺の様子にただ事ではないと思ったのか、彼女は頷く。これでいい。後は犬吠埼妹にでも今日帰った後の様子を聞き出せば、俺の復讐は終わりだ。さてと、それじゃあそろそろ何がどう決まったのか説明しようか。

 

「とりあえず、決まったので今から全員、俺、友奈、東郷、樹、また全員の順番で言いますね」

 

「OK。どんなもんか見せてもらうわよ」

 

「それじゃあ行きますね、せーの」

 

「「「「勇者部五箇条!」」」」

 

「一つ、挨拶はきちんと」

 

「一つ、なるべく諦めない!!」

 

「一つ、よく寝て、よく食べる」

 

「ひ、一つ、悩んだら相談!」

 

「「「「一つ、なせば大抵なんとかなる!」」」」

 

「……とまあこんな感じです」

 

 さすがの風も呆然としている。なかなかに様になっているからだろう。当然だ、なんといっても風が打ちひしがれている間に幾つものアイディアと意見が飛び交っていたのだ。

 そしてその中から使えそうなもの、これならいい! と思えたものを抽出し、その中からまた選別するというめんどくさいことまでやったのだから。しかし、その間風が全く復活しなかったので、声を掛けようかと思ったレベルで心配もしていた。こうして甦ったので問題はなかったが、少し不安になるレベルだった。

 俺達が風を見ていると、彼女は体をフルフルと震わせている。そして、顔をあげると同時に俺達に抱きついてきた。……抱きついてきた!?

 

「ちょ、何してるんだよ! 風!」

 

 思わず敬語すら使わない、素が出てきてしまう。それも気にしないで、風は俺たちを強く抱き締めている。

 

「あんたたち……。ほんっとサイコーよ!! 部長、嬉しい!」

 

「ふ、風先輩……」

 

「お姉ちゃん……」

 

 涙を流しかねないほどに喜んでいる風に、友奈と樹は誇らしげだ。東郷は相変わらず母親のような目で、彼女らを見つめている。ここまで喜んでもらえると、俺も嬉しくなってくる。

 

 こうして、俺達勇者部の新しい掟、勇者部五箇条が完成した。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ちなみに後に犬吠埼妹に聞いた話によると、風は自分の布団の中で悶え苦しんでいたらしい。調子にのって後のことを考えず、恥ずかしい言動ばっかりするからだ。風にとっては色々と思い出深い日になっただろう。




 勇者部五箇条に関して、オリジナル設定で話を書いてみました。実際どう言った形で作られたものかは分かりませんが、友奈達にとってはとても大切なものだと個人的には思ってます。

 気になった点、誤字脱字等があったらご指摘ください。普通の感想も大歓迎です。
 では最後に


 常に前進:ガーベラの花言葉


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第九話 楽しむ心

今回はいつもより少し長いです。


 

 お祭り。それは学生にとって、おこづかいをもらえる日であり、大切な人と楽しい時間を過ごす日であり、寂しい人が花火に黄昏る日である。

 なぜ突然こんなことを言い出したか、それはもちろん……。

 

「ねえねえ、真生くん! 東郷さん! 今日は楽しみだね、お祭り!」

 

 友奈が言っているように、今日が夏祭りの日だからだ。

 現在は、俺と東郷、そして友奈の三人で行動していた。勇者部としての活動も今日は休止している。風いわく

 

「せっかくのお祭りなんだし楽しまなきゃ損でしょ!」

 

 とのこと。

 そういうわけで俺達は、神社へと向かっていた。勇者部のメンバーで神社の前で集合することが決まっているのだ。犬吠埼妹も友達と来るらしい。その辺で鉢合わせるかもしれないな。もうすでに学校は終わり、周りも暗くなってきていた。日はまだ沈んではいないが、時間の問題だろう。

 

 さて、俺達はそれぞれ家に帰った後、また友奈の家の前で集まった訳だが、友奈と東郷はまたなかなか気合の入った格好をしていた。夏祭りと聞いた勘のいいものならもうわかるだろう。すなわち浴衣である。友奈達は元々普通の動きやすい格好で来るつもりだったらしいが、親に言われ着せられたらしい。親いわく、

 

「男の子と一緒に夏祭りに出掛けるのに、浴衣の一つも着ないとは何事か」

 

 らしい。友奈の親はこのようなときに備え、先に浴衣を買っておいたみたいだ。用意周到なことで。東郷の場合も同様である。

 間単にではあるが、解説をしておこう。

 

 友奈は、桜色に近い白色をした浴衣で、体の各部に桜の花が描かれている。普段は元気っ子なイメージの友奈だが、薄く化粧もさせられたようで、おとなしくしていれば薄幸の美少女に見えないこともないだろう。

 

 次に東郷だが、彼女らしく水色に近い白色に染まった浴衣だ。友奈と同様に体の各部にアサガオが描かれている。そしてでかい、何とは言わないがでかい。

 

 それはともかく、そんな彼女達も世でいう美少女である。そんな二人と行動を共にしているとわかることがある。とても視線が突き刺さってくる。主に独り身とおぼしき男から。端から見れば、両手に花というやつだろうか。東郷も友奈も右隣りだが。

 そんな二人に比べ、俺はかなり普通の格好である。フードのついた半袖の服に、紺のジーパンである。

 そんなことはどうでもいいだろう。神社まではまだ少し距離がある。会話でもしながら気を紛らわせるとしよう。

 

「今日は風先輩と合流してから屋台を回るんだから、いまテンションをあげてもしょうがないぞ、友奈」

 

「今のうちにテンションをあげておいたら、もっとお祭りを楽しめそうな気がするもん」

 

 着飾った状態での彼女の笑顔は、普段と変わらない可憐さながらも、魅力に溢れていた。思わず見惚れそうになるが、気合いで押さえる。いつも見ている笑顔だ。騙されてはいけない。

 友奈は少し不思議そうにこちらを見ていたが、今は祭りの方が優先なのか気にしないことにしたようだ。しかし、友奈は騙せていてももう片方を騙せているわけが無かった。もう片方こと、東郷は友奈の手を離れ俺へと近づくと、俺の耳へと顔を近づかせド直球に聞いてきた。

 

「友奈ちゃんに見惚れそうだったでしょう? 結構バレバレよ?」

 

 それはお前だけだと言い返してやりたいが、きっと俺たちに視線を向けていた男たちも東郷と同じ意見を述べるだろう。奴らもまた、友奈に見惚れていただろうからだ。東郷相手だとやはりどこかやり辛い。祭りとか言うとあの日も同時に思い出すからだ。

 そんなことを思ってる間に友奈は東郷と俺が近くに居る事によってハブられたと感じたのか、俺たちのほうへ近づいてきてまた東郷の車イスを支える。変な空気になりかけていたのでこの友奈の行動は助かった。こうしてまた普通の他愛の無い会話が始まる。

 

 屋台に行ったら何を食べるかだの、何を遊ぶかだの、正直殆ど俺たちは聞き役に徹していたといってもいい。友奈はそれほどまでにこの祭りが楽しみだったと知った俺と東郷は、当然の如くこの子にとっての最高の思い出にしてやろうと協力をする事を即座に決定した。

 友奈は何かと俺たちに気を使ってくることがある。風邪を引いたときや今のように、全身で喜びを表現しながら全力で甘えてくる方が珍しいのだ。彼女は案外気配りが上手なのである。だからこそ、こんなときにはこちらも全力で甘えてくる友奈を全力で甘やかすと決めているのだ。よっぽど夏祭りが待ちきれないのだろう。もう少しで集合場所に着く今の状態でも、未だに話し続けているほどにだ。風と合流する事ができたら、皆で友奈を甘やかしながらこちらもとことん一年に一度しかない夏祭りを楽しむとしよう。

 

 そうこうしている内に神社の前に到着したようだ。風の姿はまだ無い、約束した時間まではもう少しあるが何に手間取っているのだろうか。しかし、やはり周りは文字通りお祭り騒ぎだ。人がたくさん居てはぐれたりしたらもう二度と帰ってこれないような気がしてくる。また風が来るまで暇なので、しばし談笑でもしようかと思っていると、近くから声をかけられた。

 

「よう、草薙じゃないか。あの一件以来だな」

 

 声をかけてきた人物は山野だった。あの一件とは今彼と手をつないでいる沢口との一件だろう。もうすっかりラブラブのようだ。人の愛情なんてものは得たいが知れないので少し苦手だ。友情などはまだ分かる。しかし恋愛感情とは何なのか。……ラブコメに生きているような山野の前で思うような事ではなかったな。

 

「久しぶり、山野。学校でもあまり見かけなかったが、いつも彼女の教室まで通っていたのか?」

 

「ああ。せっかくお前たちのお陰で両思いってことが分かって付き合うことが出来たんだ。もう遠慮する理由もないし、彼女のところへは毎日通っているよ。もう彼女の家の人とも知り合いになってな。家族ぐるみの付き合いになるかもしれないんだが、それがまた嬉しいんだ。なんか親公認みたいでいいじゃん?」

 

 本当にとんとん拍子でこいつらは話が進むな。付き合って数ヶ月で親公認って何だよ、はええよ。ラブコメって言うかもうこいつらが結ばれるのは運命として定められているんじゃないか? ……さすがにそれは言い過ぎか。それはともかく。

 

「ところで何か用か? 俺たちは一応人を待っているんだが……」

 

「たまたまとはいえ見かけたからついな。ていうかお前男一人か? ハーレムか何かでも……いややっぱりなんでもない」

 

 こいつ絶対ハーレムか何かでも作る気なのかと問おうとしたな。さすがに恩人にそれは失礼かと感じて、ごまかすのは構わないがもうほとんどいっている状態で止めたら遅すぎるだろうに。全く……。

 とそのとき、後ろから凄い勢いで何かがぶつかってくる。今も背中に乗られているが、こいつはもうあの人で間違いないだろう。

 

「俺以外が相手ならもう少し慎みを持つでしょうに。遠慮……いや親しき仲にも礼儀ありという言葉を知らないんですか、風先輩」

 

「アンタ相手なら遠慮も礼儀も要らないってわかってるからね~、アタシは。ところでどう? 一応浴衣着てきたんだけど」

 

「見えねえよ」

 

 後ろからぶつかってきたのはやはり風だった。わざわざ神社を後ろから回りこんで、なおかつ誰にもばれないように俺への突撃を実行するとは……。というか背中にずっと乗っかられているとさすがにきつい。人並みの体重はある以上、どれだけ痩せていても重さはあるわけで。

 

「重いからどいてくださいよ。早くしないと仕返しが段々グレートアップしていきますよ?」

 

「重いと言うな! ていうか仕返しはする気満々なの!? 酷くない!?」

 

「酷くはありませんよ。むしろ優しい方です。というか優しい仕返しであるうちにどいた方が身のためですけど?」

 

「了解しました~」

 

 さすがに俺の仕返しは怖かったのか両手を上げて舌を出しながらどいてくれた風先輩の姿を改めてみてみる。

 彼女自身が言っていた通り、浴衣を着ているようだ。友奈たちと違い紫色の浴衣だ。体の各部には友奈たちと同じようにオキザリスの花が描かれている。しかし、突撃する際邪魔だったのか、腕のあたりをまくっていた。俺がじーっと見ているとさすがにこっ恥ずかしくなったのか。少し頬を赤らめて、腕の辺りも元に戻していた。視線を山野に移してみると、彼は驚愕した顔でこちらを見ていた。

 

「一人増えた……だと……!?」

 

 声に出てる、声に出てる。またハーレムだの何だのの妄想をしているようだ。そんな事実は存在しないというのに。それとそろそろ沢口の様子が変わってきたぞ。早く気付いてやれ。そんな山野はほうっておき、ようやっと勇者部がそろったようだ。これでやっと屋台を回ることができる。そう思っていると風が話しかけてくる。

 

「そうそう、後で樹も合流するらしいからそのつもりでいてね~」

 

 犬吠埼妹も途中で友達と別れ、俺たちと合流するらしい。それを了承し、ウズウズしている友奈のためにもそろそろ出発しようと思う。

 

「それじゃ早くいきましょう、風先輩!」

 

「そうね、よっしゃそれじゃいっちょ出発しようか!」

 

 みんなでおおー! と言いながら俺達は人と屋台の集まる通りへと歩いていった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 さて、屋台だらけの通りに来たわけだが、どれから行こうか。まずは軽く腹でも満たした方がいいかな。

 

「まずはなにか食べませんか? 遊戯系の屋台はその後でゆっくりとってことで」

 

「そうね~。それはいいんだけどこれだけあると迷うわね~。どこのを食べようかしら?」

 

 風は真剣な表情で屋台を吟味している。やはり大食いなだけあって風は食に対して、何かしらのこだわりがあるのだろうか。風はどこの店に入るか決めたようで、とうとう前を向いた。そして、向きを定めると一直線に歩き始める。あわてて後を追う俺たち。

 風はまずは、焼きそばから食べるようだ。俺はさっさと風の前に行き、5人分の焼きそばを注文し、金を店主に渡す。店主はぶっきらぼうだがなかなかに焼きそばはおいしそうだ。目を丸くしている風と目を輝かせている友奈といつもどおりの東郷に焼きそばを渡す。そのとき風が俺に問いかけてきた。

 

「……真生、あんたこれから行く店全部の分の金払うつもりなの?」

 

「いや、食べ物に関してだけですよ。必要とあらばやぶさかではないですけど、とりあえずは食べ物系の屋台の金だけは全部払うつもりです」

 

 何故だか驚きながらも感心する風。男が女の分の金を払うのは当然の義務だと聞いたんだが、何か間違っていたんだろうか。もう既に焼きそばを食べ始めている友奈と東郷に続いて俺と風も食べ始める。もちろん、いただきますの言葉と食材への感謝は忘れずに。俺は比較的に食べ終わるのは早い方で勇者部メンバーの中では一番早いと自負している。今回も一番早くに食べ終わり残りのメンバーの食べてる姿を見守ろうと思う。たまに友奈の口元に食べかすが付く事もあるが、その辺りは東郷が上手い具合にサポートしていた。風は俺が買った二人分の焼きそばを一人でがつがつと食べている。まだ屋台はあるのに焼きそばだけでも既に二人分食べているのだから、きっと夏祭りが終わる頃には満腹になっていることだろう。

 

 友奈達も焼きそばを食べ終わり、次の屋台へと移動する。次はたこ焼きを食べるようだ。同じように金を払いたこ焼きをもらう。熱々のようできっと食べたら地獄のような熱さが口の中を支配するだろう。友奈は初めから冷ましてから食べていたが、風はそのまま口のなかに突っ込んで痛い目を見たらしい。これがネタのつもりなのか、本気でやったのか分かりにくすぎるのでツッコミはしない方向でいく。

 その他にもいくつかの屋台を回っていると、珍しい人に出会った。

 

「おや? 草薙君ですか。こんなところで出会うとは思いませんでしたね」

 

 彼は加藤さん。讃州中学の用務員でたまに朝に会って挨拶をする程度の仲だ。もうかなりの年齢で、そろそろ六十になるとか。

 

「加藤さんは、今日は一人なんですか?」

 

「いえ、孫と来ていますよ。今はお友だちと一緒に遊んでいますがね」

 

 孫、加藤さんの年齢だといてもおかしくはないだろう。いくつだろうと考えてみるが、特に気にすることでもないことに気づき、思考を放棄した。と、そこで今更ながら気づいた。友奈達がいない。俺は迷子になったようだ。

 

「……どうやら君を除いた勇者部の面々は人の波にのまれてしまったようだね」

 

 無言で頷く。彼はそのまま言葉を繋げる。

 

「このままここにいれば場合によっては戻ってくる可能性がありますが、どうします?」

 

「まあ、念のためケータイを持ってるので、いざとなったら連絡できますけど。一応移動しますよ。あっちには東郷がいるから人の波を移動するのには適していませんし」

 

 俺がそういうと、加藤さんは考えるようなしぐさをした。そして、俺に視線を合わせると、こういった。

 

「犬吠埼樹さんは知っていますよね? 確か犬吠埼風さんの妹だと伺っています。後で勇者部の面々と合流するつもりと聞いているので、先に彼女と合流したらどうでしょう?」

 

「彼女の事を知っているんですか?」

 

「ええ、孫のお友だちですから。よく話していますよ。樹さんのお姉さんの友達はとってもいい人だと聞いたから会ってみたい、とせがまれました」

 

 とても嬉しそうに笑う加藤さんに俺は驚いた。犬吠埼妹は俺たちのことを友達に話していたのか。しかもとても好意的に。仲良くなれていることが実感できて嬉しくなっていると、加藤さんはケータイを取り出して、少し通話をしてまた切った。短い間に孫とやらと連絡しあったようだ。もう少しで来るらしい。とりあえず勇者部の方に心配はいらないという旨の連絡をしていると、聞き覚えのない声が俺、いや加藤さんに掛けられた。

 

「おじーちゃんみっけ! ほら樹ちゃん早く早く~」

 

「待ってよ、(あきら)ちゃん。早いよ~」

 

 明と呼ばれた少女がこちらに駆けてくる。続いてもう一人の少女、犬吠埼樹も遅れながらもこちらに向かってくる。明は加藤さんのことをおじーちゃんと呼んでいた。犬吠埼妹も連れているし、彼女が加藤さんの孫なのだろう。彼女は加藤さんの方を見てから、隣に居た俺の方にも目を向けた。すると、その大きな目をより大きく開けて呟いた。

 

「……かっこいい」

 

「明ちゃん? ええ!? なんで真生さんがここに!?」

 

 明の反応にも困ったが、樹の反応にも俺は困るしかなかった。ジト目を加藤さんに向けると、笑いながらネタ晴らしをしてくる。

 

「いやあ、孫に君のことを伝えずに呼んだらどんな反応をするのか気になってね」

 

「そのせいで犬吠埼にも伝わってないじゃないですか」

 

「ははは、ごめんね。悪気は無かったんだ。許してくれ」

 

 俺はこのご老体の悪戯にため息をつくほか無かった。明は俺たちの会話を聞いて俺を加藤さんの知り合いだと確信したのか自己紹介をしてきた。

 

「初めまして! 加藤明です! 趣味は編み物、彼氏募集中です!」

 

「な、なに言ってるの!? 明ちゃん!?」

 

 苦笑をしながら彼女の自己紹介を聞き終えると、とりあえずこちらも自己紹介をする事にした。犬吠埼妹にしたような自己紹介を終えると、犬吠埼妹の方に向き直る。

 

「犬吠埼、君の方の用事はもういいのか? 加藤さんに一応呼んでもらったけど、まだ遊びたければ遊んでいてもいいけど……」

 

「大丈夫です。びっくりしましたけど、ちょうど明ちゃんもおじいさんに呼ばれたからそろそろ帰るって言ってましたから」

 

「草薙さんが居るなら前言撤回したい気分だけど、そっちもなにか用があるみたいだし。いい女な私は空気を呼んで帰ります! はい、行くよおじーちゃん!」

 

「はいはい、それじゃあまた会おう草薙君」

 

「はい、また学校で」

 

 ぐいぐいと加藤さんの手を引っ張っていく明にどこか風に似たものを感じながら、犬吠埼妹の方へ向き直る。犬吠崎妹はもう準備が出来ているようだ。さっきはあまり見ていなかったが彼女もまた浴衣である。黄緑色へと近づけてある白色の浴衣に、体の各部に友奈たちと同じように花が描かれている。あれは……鳴子百合だろうか。この浴衣をよく見つけたな、鳴子百合はあまりこういうものには使われないと思っていたんだが……。とりあえず言う事としては。

 

「浴衣、よく似合ってるな」

 

「え……。あ、ありがとうございます……」

 

 気恥ずかしいのか、顔を赤くしてお礼を言ってくる犬吠埼妹。そういう反応されると俺の方まで恥ずかしくなってくるが、そこは気合で抑える。

 

「とりあえず回ろうか、犬吠崎」

 

「はい。……あの、真生さん。名前で呼んでください。私も真生さんに名前で呼んで欲しいんです!」

 

 犬吠崎妹……いや、樹か。彼女が完全に慣れるにはもう少し時間が居ると思っていたが、これははいい誤算だ。彼女の方からこんなにも真剣に名前で呼んで欲しいといってもらえるとは思っても見なかった。嬉しいものだな、あちらのほうからも仲良くして欲しいという意思が感じられるのは。

 

「ああ、じゃあ次からは名前で呼ばせてもらうよ。改めてよろしく、樹」

 

「はい!」

 

 さて、樹と更に仲を深めたところで夏祭りへ戻ろうか。樹の手をとり、人ごみの中を進んでいく。そういえばどこに行きたいのか聞いていなかった。

 

「樹、どこに行きたい?」

 

「……それじゃあ、水風船が欲しいです!」

 

「了解した。あっちの方であってるな?」

 

「あってます!」

 

 樹の希望を聞いて、寄り道など一切考えずに水風船の屋台へと向かう。しかし、樹の履物がサンダルであった事を思い出し、スピードを緩める。無事に水風船を買い、その辺をフラフラしていると、金魚の姿が見えた。

 

「金魚……か」

 

「真生さん、金魚が欲しいんですか?」

 

「ああ、ちょっと友人へのプレゼントにな」

 

「プレゼントに金魚……?」

 

 樹に不思議そうな顔をされてしまったが金魚を捕獲しに向かおうと思う。しかし、すぐにポイが破れてしまい、金魚を捕まえる事ができない。樹が俺のその醜態を意外そうに見ていた。いっそ殺して欲しい。

 ついさっき手に入れた水風船をぽんぽんしていた樹が手を止めて俺の隣へと移動してくる。

 

「おじさん、一回お願いします」

 

「あいよ」

 

 なんと金魚すくいに挑戦するようだ。俺は見事に惨敗したが彼女はどうなるのだろうか。俺の心配をよそに簡単に一匹、もう一匹とすくっていく樹。そのときの俺はとてもこっけいな顔をしていた気がする。樹は金魚すくいを終えて、俺のほうへと捕まえた金魚を渡してくる。

 

「いつものお礼です」

 

 そういって笑う彼女は少し恥ずかしそうにしていた。なんというか……とても感激してしまい、声も出なかった。

 そんな時、聞き覚えのある元気な声が耳に響いた。

 

「――真生くん! やっと見つけたよ~」

 

「あら、樹も居るじゃない。あんたたち一体いつ合流したのよ」

 

 友奈たち、勇者部メンバーが勢ぞろいしていた。俺を探していたようで、少し申し訳ない気分になる。彼女たちに詳しいことを伝えずに居た事を謝り、お小言を頂く程度で許してもらう。これから、五人で何をしようかと話し合おうとしたら、大きな音が響いてきた。空を見ると、大きな満開の花が咲いていた。花火だ。

 もうそんなに時間がたっていたのかと驚く。予想以上に楽しんでいたようだ。

 

「みんな、場所は……」

 

「真生くん、みんなはもうあれに夢中みたいよ?」

 

「……みたいだな、まあここでいいか」

 

 彼女たちはもう花火に見とれていた。俺も東郷も、それぞれの顔を見合わせ、笑う。そして、俺達も空を見上げた。

 

 ――空には雲ひとつなく、大きな音に、幾つもの色鮮やかな花々だけが暗い空を彩っていた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夏祭りの余韻が残る翌日。

 俺は勇者部を休み、今も鍛錬しているであろう少女の下へと向かっていた。しばらくすると、彼女の姿が見えてくる。二振りの木刀を振るっている。それは先日よりもはるかに洗練されていて、彼女の日々の鍛錬への真剣さが窺える。その姿に呆れと感心を同時に感じる。もっと日々を楽しめばいいものを。そんな彼女へと水の入ったボトルを投げつける。彼女はそれに見事に反応してキャッチして見せた。ボトルの飛んできた方向へ顔を向ける夏凜。もちろんそこには俺が立っていた。

 

「あんた、突然何すんのよ!」

 

「お前ならキャッチできると踏んで投げたんだ。信頼の証だよ」

 

「……そ、そう」

 

 彼女は自身の持つ個性のひとつのツインテールをいじりながら顔を背ける。相変わらずちょろいものだ。今日は指南に来たわけではないので、渡すものだけ渡すつもりだ。

 

「お前昨日夏祭り来なかっただろう? 勇者に選ばれて、バーテックス襲来に向けて鍛錬をするのはいいが、もう少し息抜きも大切にしろよ」

 

「息抜きなんてしてる暇ないでしょ。私達、勇者だけが神樹様を守る事ができるのよ。鍛錬しなきゃバーテックスにも勝てないわ!」

 

 彼女の話は筋が通っているが、そこまで根を詰めてもしょうがないだろうと思う。……これをプレゼントする事でいいほうへ繋がればいいんだが。

 

「まあ、しつこくいっても仕方ないからこれ以上は言わないけどな。それはともかく、ほら、プレゼント。これで少しでも夏祭りの気分を味わいなよ」

 

 そういって俺が渡したのは金魚だ。そう、あの時樹に手伝ってもらって手に入れた金魚だ。夏凜は俺の持ってきた金魚に目をパチクリさせている。

 

「これ、金魚よね? なんで?」

 

「……まあ、こいつを育てることで、こいつがお前の安らぎになればいいな~という気持ちで持ってきた」

 

 夏凜は、俺が心配していることが分かっているのか複雑そうな顔をする。彼女は溜息をつくと、俺の手から金魚の入った袋をひったくった。これも彼女の思いやりの形のひとつである事を知っている俺は、笑みを夏凜へと向けた。ふん、といった彼女は、金魚の入った袋を大事そうに抱えていた。

 これさえ見れればもう十分だ。俺は彼女へまた来る事を約束する。それが彼女の救いになると信じて。

 

「“またな”、夏凜」

 

「……“またね”、真生」

 

 祭りが終わり、夏も終わりへと近づいてくる。しかし、彼女との関係は変わらない。夏が終わろうと、彼女との関係が終わるわけではないのだから。




 更新が遅れてしまい申し訳ありません。
 これからも毎日更新は当分は無理だと思われますが、執筆は続けますのでよろしくお願いします。

 後半少し急ぎすぎて話が急かもしれません。

 感想が来ると励みになります。気になった点、誤字脱字などがあったらお伝え下さい。もちろん、普通の感想でも大歓迎です。
 では最後に、


 楽しむ心:マトリカリアの花言葉



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第十話 飾らない心

タグに“オリジナルキャラクター”を加えました。
あらすじの“精霊”の部分を“神樹”に変更しました。



 

「全員同時に依頼が来た?」

 

「そう。具体的には全員に同じ依頼が来た、だけどね」

 

 勇者部として活動して、はや数ヵ月。とうとう個別依頼ではなく、全員に依頼が来た。普通なら個別依頼より先にそういう依頼が来そうなものだが、たまにはそういうこともあるだろう。

 今回の依頼は保育園から来ている。子供と遊ぶことが主な依頼内容であって、一見すると簡単な依頼に見えるだろう。しかし、あまり外で遊ぶことが得意でなかったり、人と関わることを嫌う子供のケアなども依頼内容にはいっているということを予想するとなかなかに大変そうな依頼だと言える。まあ、邪推しすぎだと言われればそこまでなのだが。

 

 ――――というわけで

 

「ねえねえ遊んで~」

 

「一緒にこれやってよ~」

 

「ええ~、それよりも中で遊ぼうよ~」

 

 元気のいい子供たちのいる保育園にやって来た。特に人気なのが友奈だ。きっと同類だと思われているんだろう。風はそのリーダーシップを駆使して、園児を率いている。東郷は、中で遊ぶ派のこどもたちのお世話をしていた。

 さて、そこで俺なのだが、女の子と男の子が半々くらいの割合で集まっている。男の子達は友奈のところに俺をつれていこうと、女の子達は東郷のところにと、それぞれ俺を取り合っている。俺はどちらにいけばよいのだろうか。なにげに友奈も東郷もこちらをチラチラ見てくるのは何でだ。より一層迷うだろうが。

 ……散々迷ったあげく、友奈の方にいくことにした。女の子たちも結局こちらについてくるようだ。だったら初めからどちらにいくか統一しておいてほしいものだ。嬉しそうな友奈に、メンバーが増えることが嬉しそうな園児達。何故かハイタッチしたりしてるが、こいつら仲良くなるの早いな。さすがの一言だ。

 

「で、友奈。俺がこっち来たからメンバー増えたけど何するんだ?」

 

「う~ん、何しよっか。ケイドロとかどうかな?」

 

「それでいいか? 子供たちよ」

 

 うん! やら、いいよ~等の全く揃っていないが、意味は同じな返事を返してくる園児達。今からケイドロを始めるらしい。やるからには園児達の捕獲に全力を、本気を出すとしよう。ククク、園児達の驚く顔が目に浮かぶわ。

 その時の俺の顔は恐らく、とても邪悪な顔だったのだろう。だって、現在進行形で俺の様子に気づいた一部の園児が怯えているもの。……俺そんな酷いことする気はないんだがなあ。

 

「警察は私と真生くんでいいよね。泥棒はキミ達で決定! それじゃあ始めよう!」

 

「数十人相手にたった二人とか泣ける。ま、ハンデとしてはそれくらいでいいがね」

 

 俺の余裕な態度に男の子達は反応する。やっぱり男ならそうでなくちゃな。――手加減する気は毛頭ないけども。

 

「今から三十秒数えるね! その間に隠れるもよし、私達相手に走り回って逃げるもよしだよ! それじゃあ……はじめ!」

 

 俺と友奈は目を瞑って、声を揃えていーちと数字を数えはじめる。近くでわーわーキャーキャー聞こえるのでまだ遠くへは行ってないだろう。その余裕を三十秒数え次第、消し去ってくれるわ。

 

「「はーち、きゅーう」」

 

 ……思ったよりも三十秒が長い。しかし、友奈は何故たった二人で警察をやろうとしたのだろうか。確か調べたときに、警察は捕まえる係りと捕獲した泥棒を監視する係りがあったはずだが、二人ともが捕獲をしに向かうのか? 今聞くと数が分からなくなるので聞けないが、後でそれとなく聞いておこう。ちょっと気になるし。

 

「「にじゅういち、にじゅうに」」

 

 とうとう二十台である。もう間もなく始まるだろう。始まってすぐに聞くか、それとも後で聞くか。どちらにしようか。……後でいいか。いつでも聞けるし。

 

「「にじゅうきゅう、さんじゅう!」」

 

 ダッと同時に駆け出す俺と友奈。園児たちは嬉しそうに逃げ出した。しかし、本気を出す俺と友奈にはかなわずすぐに何人かを捕まえる。捕まえた子達を友奈に預け、他の子の捕獲に向かう。隠れた子は後回しで走っている連中を優先的に捕まえる。捕まえた子達に友奈の所に向かうよう伝えると、素直に友奈の所に走っていってくれた。子供は素直でいいな。

 意外と早くに走っている子達はいなくなった。走っていては俺にかなわないと思い、方向性を隠れる方に変えたようだ。甘いな、俺相手に隠れ切れると思ったか。違和感のある場所や隠れやすい場所を徹底的に洗い出していく。見つかったことに驚く園児を軽くタッチすると男なら悔しそうに、女の子ならば捕まっちゃった☆、とでも言うような反応を返してくれる。あっという間に、園児達の半数を捕まえた。残りの園児達は俺の様子を見て、念入りに隠れてしまったようだ。こうなると俺も一人で全員を見つけるには骨が折れる。

 しかし、念入りに隠れるということはそのぶんその場所を離れづらくなり、捕まった園児達を助けることは困難になる。つまり――――友奈が自由になるということだ。

 

「あ、み~つけた。はい、みんなのところに移動してね~」

 

 さっそく一人捕まえる友奈。勘のいい彼女なら俺よりも早くに捕まえてしまうだろう。彼女にわからないなら、そこは俺がカバーすればいい。どんどん見つけていく友奈に、ケイドロが終わるのはもう少しだろうなと感じた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ケイドロも終わり、一度俺は友奈達のグループを抜けた。一部の園児は不満そうだったが、友奈ならうまくカバーしてくれるだろう。俺がグループを抜けたのには理由がある。それは、一人の園児のことだ。名前は、確か池尾勇太……だったかな。彼は独りぼっちというわけではなさそうだし、いじめられているというわけでもなさそうだった。だが、なぜか少しつまらなそうにしているように見えた。あんな年齢でそんなことを考えているのは少し気に入らない。楽しい、ということを教えてやろうと思う。今のうちじゃなきゃ出来ないこと、感じれないことがあるんだ。後悔なんてさせたくない。

 

「なあ、ちょっといいか? 勇太くんっていったよな?」

 

「……? 何か?」

 

 彼はキョトンとした顔をしている。いや、あれは()()()()()な。この年齢で何でそんなことできるのやら。

 

「何でそんなにつまらなそうにしてるんだ? もっと真剣にやってみたらいいのに」

 

「なにそれ? あんたがなに言ってんのかわかんないよ。俺は十分楽しんでるよ」

 

「残念ながら見れば分かるんだよ。お前そんな冷めた目で周りを見てるくせに、何が楽しいんだよ。今のお前は周りに合わせて楽しむフリをしてるだけだよ」

 

「……何であんなことして面白がってんのか理解できないだけだよ。周りに合わせて何が悪いんだ? 本気でやっても疲れるだけだし、誰も俺には勝てないんだ。やる意味なんてないよ」

 

 さすがにまだ年齢が低いから本音をさらけ出すのが早いな。周りに合わせて何が悪い、か。確かに何も悪くないだろう。だが、そんな事をしていてもそのうち限界が来る。それに、見た感じこいつは何かを本気でやった事がないんだろう。だから楽しめない。だから分からない。

 

「……じゃんけん、ほい」

 

「え? あ、ほい。あ、負けた……」

 

 不意打ちでじゃんけんを仕掛けるとあっさりと負ける勇太。呆然としている顔が面白い。ニヤッと笑って、俺は伝える。今までの経験を基に、自分の言葉で。

 

「お前は深く考えすぎだ。それは将来大きな武器になるだろうが、今は持っていても仕方ないんだよ。今の感性で、今の自分で、精一杯楽しめよ。お前が本気を出したところで俺にはかなわないぞ? どれだけでもかかって来い。どれだけでも受けて立ってやる。……いつまでもこのまま居られる保証なんてないんだからな」

 

 最後は小声で、ぼそっと呟いた。きっと勇太には聞こえていないだろう。この言葉は別に伝える必要はないだろう。言いたい事はもう言ったのだから。

 勇太は、むすっとした顔で俺に不満をぶつけてくる。

 

「今のじゃんけんなんて無効だ。あんな不意打ち認めない」

 

「じゃあ、もう一回やるか? そっちから言えよ。ほら」

 

「いいぜ。次は勝ってやる。じゃんけん、ほい! ほい! ほい! ……ほい!」

 

 連続でじゃんけんを仕掛けてくる勇太。しかし、俺は全て見切って勝利の手を出す。大人気ないとか知らん。やりたい事やってるだけだし。自分のペースでやったにもかかわらず全てに負けた勇太は信じられないとでも言いたいような顔をしている。すぐにムキになった勇太に内心、計画通り! と思う。

 

「~~!! 他の勝負だ! それなら勝てる!」

 

「じゃあ友奈達のところに行こうか。どんな勝負でも負けないさ。諦めずに何度でもかかって来い! んじゃ行くぞ!」

 

「ちょ、待て、うわぁ!」

 

 俺に手を引っ張られて転びそうになる勇太。彼なら心配ないだろうと思い、手をとったまま走り出す。勇太は体勢を立て直しながら、俺に負けじと前に出てくる。もうかなり本気に近づいているだろう。後は仕上げに全員で遊ぶ。そして、楽しむ!

 

「友奈! こいつも入れていいよな?」

 

「もちろん! 一緒に遊ぼう!」

 

 友奈の笑顔に頬染めやがってこのマセガキ。俺は勇太の頭をわしゃわしゃする。もちろん勇太は暴れるが、そんな事は無視してわしゃわしゃを中断し、友奈のほうに押してやる。必然的に飛び込んでくる形になる勇太を友奈はぎゅ~っと抱きしめる。顔を真っ赤に染める勇太を園児達と一緒に笑う。顔を真っ赤に染めた勇太は俺に向かって飛び掛ってくる。それを軽く抑えながら友奈と何をするか話し合う。そこに風も加わり、東郷も加わってくる。もちろん、風と東郷のところに居た園児たちもこちらに来る事になる……さすがに人数が多いな。

 

「なになに? なんか面白い事やってんじゃない」

 

「友奈ちゃん、真生くんもあんまりいじめちゃダメよ。みんな集まったんだし、全員で何かやろうと思うのだけど、どうかしら?」

 

「それもいいけど何するんだ? これだけの人数だとやれる事も限られてくると思うんだが……」

 

「おい! 俺との勝負はどうするんだよ!」

 

 全員集まるとかなりにぎやかになるな。勇太も我慢がきかなそうな奴だし、そろそろ何かやらないとな。

 

「みんなで鬼ごっこをやりましょう。時間制限は30分! 複数人の鬼を用意してやればこのルールでも大丈夫でしょう?」

 

「そうだなそれで行こう。初めの鬼は俺たち勇者部と数人の園児でやろう。やりたい子は居るかな?」

 

 もう結構な時間遊んでいるというのに、まだまだ元気な様子で返事を返す園児達。その中から数人を選び、幼稚園の先生を呼び、時間を計ってもらう。

 

「よーし! それじゃあいくぞ~! 十秒数えるから皆逃げろ~! い~ち!」

 

 まずは風が数字を数え始める。園児たちは逃げ出した。

 

「に~い!」

 

 東郷が声を出す。園児達は男も女も関係なくとても楽しそうにしている。

 

「さ~ん!」

 

 友奈も大きな声で叫ぶ。一部の園児が鬼ごっこだというのに隠れ始める。

 

「よ~ん!」

 

 俺も続いて笑顔で口を開く。勇太が俺が初めに見ていた姿など微塵も感じさせぬような瞳でこちらを見ている。

 

「「ご~う!」」

 

 鬼側の園児も俺たちと同じように叫んでくれる。逃げる側の園児達も息を吸いだす。

 

「「ろ~く!」」

 

 逃げる側の園児達も一緒になって声を出してくれる。俺たちは嬉しくなり、つい顔を見合わせる。

 

「「な~な!」」

 

 時間を計ってくれる先生と勇太も大きな声で数えてくれる。こんな風に遊ぶのはいつ以来だろう。

 

「「「は~ち!」」」

 

 園児たちが全員そろって口を開く。ああ、本当に楽しみだ。

 

「「「きゅ~う!」」」

 

 勇者部全員で大きな声を出す。もう、始まりはすぐそこだ。

 

「「「「じゅう!」」」」

 

 最後にその場にいる全員で叫び、鬼ごっこが始まる。園児も勇者部もみんなで走り回る。笑顔を絶やさず、時に悔しそうに鬼となり、時に嬉しそうに鬼の座をタッチした相手に譲り渡す。タッチして、タッチされて、喜んで、楽しんで、頭を空っぽにして全身全霊で楽しむ。東郷は見ているだけだが、子供のような純粋な瞳で、俺たちの行う鬼ごっこを夢中になって見つめている。みんなで心をさらけ出して、全員がそろって園児たちと同じように楽しむ。

 

 これはそんな日常のひとつ。保育園での大切な一コマである。




 まるで最終回後の後日談のようだ(汗)

 作者は一話の終わりは毎回意味深な終わり方か最終回のような流れに持っていく癖があるようです。直せる気はしませんが、大目に見てくださいorz

 初めての幼稚園からの依頼。相変わらずのオリジナル展開だらけでしたが、いかがだったでしょうか。楽しんでいただけたら嬉しいです。
 
 気になった点、誤字脱字があったら感想欄にてお伝え下さい。もちろんのこと普通の感想もお待ちしています。
 では最後に、


 飾らない心:シンビジウムの花言葉


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第十一話 幸運を祈る

皆さんのお陰でランキング41位になりました。ありがとうございます。これからもルピナスの花をよろしくお願いします。



 

 クリスマス。神樹を信仰してるのに、そんな違う宗教の行事やってもいいの? と思ってもおかしくないだろう。ぶっちゃけ、俺もおかしいと思う。

 大赦曰く――

 

「旧世紀の行事は旧世紀を生きた人々の思いが詰まっている。それを蔑ろにしては先祖の怨みを無駄に受けることになる。神樹様は懐の深いお方だ。違う宗教といえど信仰さえ深いままなら気になさることもないだろう」

 

 ということらしい。何はともあれ、今は12月。それも今日はクリスマスイブである。もう、周りはクリスマス一色である。これも神樹の恵みなのか、雪も降り積もっている。これならほぼ確実に、いわゆるホワイトクリスマスというものが実現するだろう。楽しみではあるが、雪が積もることによって交通手段が減る可能性もあるので、些か不安である。主に東郷が。

 

 しかし、こんな雪が降り積もる日でも元気のいい子はいるものだ。性別は女の子。趣味は押し花。……ここまで言えばもうお分かりだろう。むしろ言わなくてもわかったかもしれない。その少女、――結城友奈は元気である。

 

「やっほーう! 真生くんもおいでよ、雪すごい積もってるよ!」

 

「そうだな、すごい積もってるな。こんなに足を奪われそうなのにそこまで元気一杯なお前を心から尊敬するわ」

 

「……私はそれよりも真生くんのその格好にビックリするんだけど。寒くはないの?」

 

 もちろんこの場にいるのは俺と友奈だけではない。東郷もいるのだ。つまりはいつもの三人組である。

 先程東郷に心配そうに質問された俺の格好を教えておこう。冬仕様の制服にパーカーを羽織っただけだ。……心配されるほど寒くはないんだが、普通の人にとってはそんなに寒いものなのだろうか。後でもう少し厚着に替えておこう。あまり注目されるのは好まないしな。

 

「ところで東郷。車椅子は大丈夫か? 滑ったりとかは……」

 

「大丈夫よ。ちゃんと道路は除雪されているし、車椅子も滑り止めのあるものに変えてあるから」

 

「確かそういうのって高いんじゃ……いや、まあそれなら大丈夫か」

 

 東郷は笑っている。雪が降り積もっているので少し不安だったが、杞憂だったようだ。そうなると心配なのは友奈だ。足を滑らせたりしないだろうか……。

 

「うひゃあ!」

 

「友奈ちゃん!?」

 

 俺がそんなことを考えたのがいけなかったのだろうか。盛大に足を滑らせた友奈は雪のなかに突っ込んでいった。いくら防寒具を着込んでいるといっても、雪のなかに突っ込んだら意味がなくなるだろう。何故か雪に上半身を突っ込んだまま動かない友奈に不安を感じ、すぐに助けにいこうとする。しかし、その瞬間友奈はぷはあっ、と言いながら雪のなかから現れた。

 

「えへへ。ごめんね、心配させちゃって。ちょっと興奮しすぎちゃった。雪のお陰で頭冷えたよ」

 

「そんなことを言ってないで、さっさとこれで体拭け! また風邪を引かれても困るから。後、お前は元気一杯な位がちょうどいいんだから、あんまりしょげるなよ」

 

 友奈はキョトンとしながら、されるがままに俺の持っていたタオルで頭を拭かれている。あ、結局俺が体拭いてるな。自分でも少し強引すぎたか、と感じながらも友奈の体を拭き終えた。まだ湿ってはいるが、そこは一回家に帰れば大丈夫だろう。

 

「あ、ありがとう、真生くん。一回家に帰って着替えてくるね」

 

「おう。また部長が部室で一人で泣き始めるから、早めにな」

 

 言うのが遅れたが、今は勇者部の活動の準備をするために学校へ向かっていた。クリスマスイブではあるが、幸いというか何というか、恋人やそれに関係するような人が一人もいない上に、浮いた話の一つもない勇者部は、クリスマスに幼稚園からの依頼が入っていた。クリスマスパーティーの誘いともいうだろう。

 せっかくのクリスマスパーティーなので、俺達勇者部は盛り上げるために準備をしようとしていたのだ。ご覧の通り友奈がはしゃぎすぎたので少し遅れそうだが。今頃、風も学校についた頃だろう。悪いとは思うが、友奈のためにも待ってもらうほかない。アプリを使って、許せ、と一言だけ打つと、すぐに風から、何があったの!? と返信が来た。無視するのもなんなので、一応の事情を先に伝えると、わかった。それじゃあ先にやってるわね~、との返信が返ってきた。いい先輩してるな、風。

 

「さてと、ちょっと俺も着替えに家に帰るよ。全力でいくから友奈より早く着くと思うけど、もしも遅れたら先にいってて」

 

「やっぱり寒かったのね。体温調節は大事よ。こんな日は暖かいに越したことはないわ。いってらっしゃい」

 

 東郷の見送りを受けながら、東郷の姿が見えなくなるまでそこそこのスピードで走り、見えなくなると猛スピードで走り出した。原付くらいの速度は出ているだろうか。あまり人に見られないルートを選び、マンションへ戻る。コートを上に着て、カイロをポケットに突っ込み、手袋を手につける。

 これだけ厚着すれば変には思われないだろう。多少動きづらくはなるが、誤差の範囲内ではあるしきっと間に合うだろう。

 再びスピードを上げ、東郷たちの元へと駆ける。途中でひやひやする場面もあったが何とかなったので語ることでもないだろう。東郷の姿が見えてくると、もうひとつの影も見えてくる。

 

「……先に行けって言ったのに」

 

「真生くんだけ置いてくなんてやだよ。行くなら皆でだよ! ね、東郷さん」

 

「ええ。もちろんよ友奈ちゃん。いってらっしゃいとは言ったけど、了解したとは言ってないからね♪」

 

 全く、こういうとこばっかり頑固な奴らなんだから。顔を見合わせて、してやったりとでもいう風に笑いあう彼女たちを見ると、仕方ないと思えるのが不思議でしょうがない。待っていてもらったのは事実なので、しぶしぶお礼を言うと、嬉しそうに頷き返してくる。ああ、もう。

 

「全員集まったんだからさっさと行くぞ。きっと風先輩も待ちくたびれてる」

 

「は! そうだった。早く行かなきゃ!」

 

 三人でそろって道路を駆けるのは、意外と心地よかった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「やっと来たわね。いいかげん一人でやるのは疲れたわよ……」

 

 いかにも疲れきった様子の風に思わず苦笑い。あの後、友奈の人助けが幾度か行く道をさえぎり、当初の予定より時間が大幅に遅れたのだ。風の愚痴にも返す言葉のない俺たちは頭を下げるほかなかった。俺たちのいない間にも作業はかなり進んでいたようで、クリスマスパーティー用の衣装も半分ほどが出来上がっていた。流石は家事スキルマックスなだけあるな、風は。

 ……心の中とはいえ、遅れてきた癖して上から目線なのもどうなのだろうか。少し考えておこう。

 

「ところで俺たちは何すればいいんだ? 衣装の製作を手伝うとかか?」

 

「そんなことあんたたちには期待してないわよ。あんたたち……主に東郷の仕事だけど、ケーキを作ってもらうわ」

 

「「「ケーキ?」」」

 

「そう、ケーキ。でもただのケーキじゃないわよ? 幼稚園の子供たちが皆食べられるようにたくさん作るの。でっかいケーキでもいいとは思うけど、当日にそんなもの運ぶ暇なんてないでしょ? だから、初めから小さいケーキをたくさん作っておくのよ。一応クリスマスパーティーなんだからきっと向こうでもケーキでるでしょ? 小さいのなら食べるのも楽でしょうし、今回の件にはぴったりだと思ったのよ」

 

 自信満々にそういう風に、俺たちは思わず、おおーと声が出てくる。かなり理にかなった考えである。たくさん作るのは手間はかかるだろうが、子供たちに喜んでもらえるのならそれ位苦でもないだろう。

 東郷の仕事であるケーキ作りは以前の彼女ならかなりの難色を示しただろうが、今の彼女なら全く問題は無い。何を隠そう俺が遠いイネスまで行ってジェラートをみんなに買ってきて、食べさせたからだ。少しの不安もあったが、東郷は和菓子派であり、洋菓子を敬遠していたが、ジェラートのあまりの美味しさに簡単に陥落した。洋菓子を作らせるというのも多少の苦戦はしたが、意外とどうにかなった。友奈と俺なら基本的に何とかなるね。

 

「……ん? その材料代は誰が出すんだ?」

 

 突然ビクッと震える風。まさかそのあたりのことを考えてなかった、もしくは誰かに押し付けようとしていたんじゃないだろうな。家の事情的に気持ちは分かるが黙っていていいことでもないだろうに。……仕方がないか。

 

「あんまり個人的な金たくさん持ってる奴もこの中にはいないだろうし。俺が出しとくよ。特に使う予定もなかったし丁度いいだろ」

 

「う……ごめんね真生。金銭的な負担なんかかけちゃって」

 

「気にするな。またどっかで何かしらの形で返して貰うから心配するなよ。いつでもいいから覚えとけ」

 

 はーい、と苦笑いしながら返す風。あまり風に構っていると話がそれていくので、特に気にせずに東郷へと問いかける。

 

「東郷。一体何を作る? やっぱりカップケーキか?」

 

「そうね。たくさん作るとなると時間もかかるし、カップケーキが丁度いいかもしれないわね」

 

「よしきた。今から買ってくるから材料リストをアプリで送ってくれ」

 

 東郷はアプリを起動し、カップケーキの材料を載せてくれる。

 俺は、部室を出て、外へと向かった。外はまだ雪が降っており、走りにくそうだ。あ、そういえばカップケーキの材料なんてどこで買うのだろうか。今更部室に戻って聞くのもなんだし、アプリで……いや、なんか恥ずかしいな。イネスに行くにも流石に遠いし、どうしようか。

 

「おや? 草薙君、困った顔をしてどうなさいましたか?」

 

 突然かかってきた声に驚いたが、その正体は加藤さんだった。相変わらず、人を驚かせるのが好きな人だ。というかこの人どこから現れたんだ。神出鬼没にも程があるぞ、この人。

 

「何か聞きたい事でもあればどうぞ?」

 

 そうだ。この人なら材料がどこで売ってるか位知っているだろう。この街で長く生きているのだから、当然だ。先読みされたのは地味に怖いが、迷っている時間がもったいない。

 

「カップケーキの材料を買いに行きたいのですが、どこで売ってるかご存知ですか?」

 

「ああ、そういうものならあの通りの向こう側にある店がとても便利ですよ。大抵の食品なら何でも扱っていますから。それにそこまで高くないのも魅力です。赤字ギリギリを狙って売っているらしいですからね」

 

「よく続いてますね、そんな店……。ありがとうございました。さっそくその店に行ってみようと思います」

 

 俺はそういうと加藤さんに背を向け走り出した。――――彼が後ろで何を思っているのかも知らずに。

 

「――――彼もこうしてみるとどこか抜けた普通の少年にしか見えませんね。あのお方は何を思って彼の監視ではなく、見守る事を願ったのか……」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 無事に材料を買い終えた俺は、部室へと戻ってきていた。三人ともがそろって、無言で布をちくちくしているのはある意味シュールだ。時たま東郷が友奈に教えたりもしていたが。

 俺が帰ってきたことに気が付いた友奈たちは、温かく俺を出迎えてくれた。

 

「おかえり~。やっとケーキ作りを衣装作りと並行して行えるわ。もうそろそろ十四時も回るし急ぐわよ~」

 

 俺たちはとうとうケーキ作りを始める事にした。もう少しで衣装作りも終わるとのことで友奈と俺は衣装作りのほうへ回る事になる。東郷一人に任せるのは心苦しいが終わり次第全員で手伝いに入るので問題はないだろう。

 先ほどまでの東郷の役目を俺が引継ぎ、友奈にたまにアドバイスしながら衣装を作り上げる。俺と風がトナカイコスチュームで東郷と友奈がサンタコスチュームらしい。手作りながらもなかなかの出来のコスチュームに感心しながら作業を進める。残りのコスチュームは俺と友奈の分でラストだ。風は友奈の手伝いをしている。後で店に仕上げを頼むらしい。あまり遅くなるとその辺りも明日中に仕上がるか分からなくなるので今日中に仕上げたいらしい。そうこうしている間に俺のほうは完成し、残りは友奈のところだけだ。程なくして友奈のほうも完成し、風は一旦この場を抜ける。俺と友奈は引き続き、東郷の作業に参加し手伝う事になる。

 忙しさに友奈とともに目を回しながらも東郷の手伝いに向かう。

 

 ――――クリスマスパーティーは間近に迫っていた。




 正直突然で驚きました。本当に嬉しいです。

 ランキングに載ったことでよりやる気が出てきました。更新はテスト期間に入るので遅くなりますがテスト期間が終わり次第、更新を早めにするようにするので応援お願いします。

 そろそろ原作にも突入する気ではありますが、原作はいくらか改変を加えさせてもらいます。一度思い出すためにもアニメを見返そうと思いますので、その影響で更新が遅れたらごめんなさい。

 今回の話は、ラストから分かるとおり、クリスマスイブとクリスマスの前編後編でやらせてもらいます。お楽しみいただけたら幸いです。

 気になった点、誤字脱字などがあったら感想欄にてお伝え下さい。もちろん普通の感想、批評もお待ちしています。 
 では最後に、


 幸運を祈る:ポインセチアの花言葉


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第十二話 幸福を告げる

日刊ランキング12位になりました。ありがとうございます。皆様に楽しんでいただけるように、より精進したいと思います。


 

 ――――クリスマス当日。

 何とか衣装も間に合い、カップケーキも完成していた。現在は、ケーキを抱えて幼稚園へと向かっている最中である。

 

「もう少し楽かと思ったけど、意外とハードだったな」

 

「そうね、まさか電子レンジが壊れるなんて予想外だったわ。直せたからよかったけど」

 

「あのときはもうだめかと思ったよ~」

 

 話の流れからわかる通り、カップケーキ作りはトラブルが何度か発生した。その度に四人で何とかしていたのだが、なかなかに肝が冷えた。電子レンジがあのタイミングで壊れるなんて誰が予想できただろうか。機械に強い東郷がいなければもう少し時間がかかっていただろう。

 

 何はともあれ、無事にカップケーキも完成し、こうして幼稚園へと向かうことができているのだ。あまり気にしていても仕方ないだろう。カップケーキのトッピングをつけたのは友奈であるが、そこそこ綺麗に出来ていたので崩れない限り大丈夫だろう。

 さて、この場にいない風に関してだが、彼女は衣装を受け取りにいっている。何故か、自信満々に、

 

「楽しみに待ってなさいよ……フフフフ」

 

 と言っていた。一緒に作ったのだから当然分かっている事なのに、何故こんな事を言ったのか分からない。というか何であんなに怪しく笑っていたんだ? 全く、何を企んでいるのやら。

 

「あ、真生くん。何かおかしな顔してる。風先輩がそんなに心配なの?」

 

「友奈……心配というより不安なんだよ。しっかりしてるときもあるけどあの人めちゃくちゃやるときもあるから……」

 

 友奈は首をかしげる。思い当たる節がないようだ。確かに友奈の前でそんな風になったことはまだほとんどないかもしれない。友奈が巻き込む側だからだろうか。今回は園児達も楽しみにしているクリスマスパーティーなので、そこまで酷いことはできないはずだと予想し、考えることをやめる。自分の中の風の人物像がよくわかった瞬間だった。

 

「そういや、今更ではあるけど東郷と友奈はああいう服着るのに抵抗ないのか?」

 

「そうね、冬にあんな服を着るのは少し肌寒そう」

 

「そういう意味じゃないんだが」

 

 ずれた返答を返す東郷にツッコミをいれつつ、お前は? と言うように友奈の方を向く。友奈は返答に困ったような反応をする。

 

「……? 意外だな。友奈なら、恥ずかしくないよ! とか言ってくると思ったんだが」

 

「抵抗はそんなにないんだけど、真生くんの前で着るのはちょっと恥ずかしいかなぁ、なんて」

 

 なるほど。友奈もこの年になれば羞恥心を覚えるのか。何故俺の前に限定したのかはわからないが、つまりは同年代の男の前だと多少なりとも恥ずかしくは思うという解釈でいいだろう。年頃の女の子ならばそれくらいは当然だろう。むしろ、今までほとんどなかったことがおかしかったのだ。友奈の成長(?)に謎の安心感を得ていると、幼稚園にたどり着いた。まだ時間は早いので、友奈たちと相談して、その辺をふらふらしようという結論に落ち着いた。

 

 昨日の予測通り今日も雪は降り積もり、一面の雪景色が広がっていた。幼稚園の中限定とはいえ、この中で友奈たちはあの肌寒そうなサンタコスチュームを着ることになる。俺にできることは、幼稚園の中に暖房が効いていることを祈るしかない。友奈に付き合い、一緒に雪だるまを作っていると、とうとう風が現れた。

 

「お待たせ~。いやぁ、今日も寒いわね~」

 

「お姉ちゃん。それ家にいたときから言ってるよ」

 

 風の後ろから現れた樹がツッコミを入れる。見たところ、今日は樹も参加するらしい。勇者部の部員ではないといえ、次期勇者部員のようなものだし、特に問題はないだろう。作りかけの雪だるまを放棄して風の元に向かう友奈を横目で見ながら、雪だるまのつづきを作っていく。程なくして完成した雪だるまは、不気味な見た目になっていた。認めたくはないが、やはり俺には芸術的センスがないらしい。普段からおとなしく、人の悪口のひとつも言わない樹すらも、この雪だるまのことをこう言っている。

 

「……呪いの雪だるま?」

 

 何故か目がキラキラしていたことが気になるが追求したら、面倒くさいことになりそうなので放置を決め込む。樹命名の呪いの雪だるまをつつく友奈を、やめなさいと押さえる風。面倒見のよさならかなりいいだろう。見ていたら本当に呪われそうな雪だるまを蹴りで破壊すると、樹の方から少し残念そうな声が聞こえる。……樹、君はそんな趣味があったのか。樹の予想外の反応に戦慄せざるを得なかった。

 

「そういえば、風先輩が楽しみにって言っていたのは樹のことなんですか?」

 

「そうよ。なのにあんたたち全然驚かないし、ちょっとアタシショックを受けたわよ」

 

「それだけ樹が勇者部に受け入れられてるってことですよ。どうですか? 姉としては」

 

「嬉しいに決まってるわよ。まあちょっとは寂しい気もするけどね」

 

 この人は早とちりが多いな、本当に。

 

「まだ樹には風先輩が必要ですよ。唯一の家族なんですから、大事にしないとダメですよ?」

 

「言われなくても」

 

 ……唯一の家族、か。家族なんてものを知らない俺には難しい話だ。……いや、家族のような人とともに過ごした事はあるか。楽しかった。大好きだった。所詮は他人であった俺たちのつながりはすぐに絶えてしまったけれど。だけど、本当の家族なら、風と樹なら、きっと大丈夫だ。

 俺と風の間にしばしの沈黙が流れる。友奈たちは楽しそうに遊んでいるが、そろそろ時間だ。

 

「勇者部+α集合! 時間的にパーティーが始まるからそろそろ行くわよ」

 

「「「はーい」」」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 幼稚園に来て、園児たちのいる教室に行く前に、着替えをする。俺と風はトナカイに、友奈と東郷、そして樹はサンタに。あらかじめ用意しておいた袋にケーキをつめ、三人のサンタに持たせる。俺たちトナカイ組は特に持つようなものはないが、全身きぐるみのようなものなので少し動きづらい。友奈は意外と楽しそうで、羞恥心はどこに行ったのかと思わざるを得ない。……まあ友奈だからな。何もおかしくなかった。

 園児たちのいる教室へと向かう。初めに入るのはやはりトナカイ組だ。そしてついに、――――扉を開けた。

 

「あ! トナカイだー」

 

「風ちゃんだー!」

 

「真生ー! あ、後ろにサンタもいる!」

 

「わぁー、友奈ちゃんたち可愛い!」

 

「あのお姉ちゃんは?」

 

「初めての人だー!」

 

 園児たちは言葉こそ違えど、全員それぞれの歓迎の言葉を俺たちにかけてくれた。教室も折り紙などを用いた道具で飾り付けられており、その拙さから園児たちがやってくれた事がわかる。しかし、拙くとも皆で真剣に飾り付けてくれた事が分かるほどにたくさんの飾りがあった。それに加えて、これもきっと園児が書いたのだろう。

 『ゆうしゃぶだいかんげい!!』と大きな紙に書いてあり、その横には俺たち勇者部の面々と思われる顔が描かれていた。率直に言おう。凄い嬉しい。だからこそ、俺たちもこの子達にとって今日はいつも以上に幸せだと、楽しいと思って貰えるように頑張らないとな。

 

「友奈サンタだよ~。友奈サンタからみんなにプレゼントをお届け~♪」

 

「東郷サンタもいますよ~。それに今日は樹サンタさんも来てくれました~」

 

「い、樹サンタです! みんなよろしくね~」

 

 新しいサンタさんも園児たちには快く受け入れられたようだ。サンタさんたちは園児に囲まれてもみくちゃにされている。カップケーキも喜んでもらえているようでとても嬉しい。

 さて、俺たちトナカイ組の方だが……。

 

「ちょ、重い重い! いい加減にしなさいよあんたたちー!」

 

 園児たちのおもちゃにされていた。まぁ、トナカイなんてそんなもんだろう。園児たちに顔だったり、きぐるみの耳だったりを引っ張られながらも、俺はこんな事を考えていた。ていうかトナカイは何か持つものはなかったのか。サンタに荷物持たせて何も持たないトナカイとか何の価値が有るのか。鼻か、真っ赤な鼻が必要なのか。……つけてないな。あれ、元々無かったか?

 

「なぁ、風。クリスマスのトナカイって赤い鼻つけてなかったか?」

 

「あ……。忘れてたー!」

 

 風も忘れていたらしい。じゃあ、今の俺たちってサンタのトナカイじゃなくて、その辺にいる普通のトナカイじゃないか。何かとても損をした気分だ。結局のところ無いものはないのでこのままでいるしかないのだが。

 

「なにしてんのさ、真生」

 

「お、勇太じゃないか。皆と仲良くしてるか?」

 

 俺に話しかけてきたのは勇太だった。彼は謎のカリスマを持っており、いつの間にやら幼稚園のボスのようになっていた。今では彼の言う事を聞かない園児はいるとかいないとか。個人的には、ただの子供なんだが、という気持ちが強い。まぁ、彼が納得しているのならそれでいいだろう。それもまたひとつの生き方だ。しかし、ボスというものはどうしても配下との距離が出来やすい。だから、皆と仲良くしているのか、という質問をしたのだが。

 

「大丈夫だよ。……真生のお陰でな。ほら、これやる」

 

 そういって俺に何かを投げ飛ばしてきた。勇太はそのあとはそっぽを向いて、こちらを見ようとしなかった。自分の手元にある先ほど投げられたものは小さな箱だ。開けてみるとそこには、勇太が作ったのであろう鶴があった。

 

「……これってもしかして」

 

「…………この前先生に教えてもらった時に作った。俺別に必要ないからやる」

 

 ……素直じゃないな、こいつは。見ればわかるほどにこの鶴は丁寧に作ってあった。何度も違う紙で試して、練習でもしたのだろう、折り目もしっかりしていてやり直した後はひとつもない。幼稚園児だというのに、よく頑張ったものだ。周りを見てみると、勇者部の面々も俺と同じ小さな箱をもらっていた。樹の分はなかったようだが、代わりだといわんばかりに教室にあったお菓子を大量にもらっていた。

 

「――ありがとう。まさかそっちからクリスマスプレゼントをもらえるとは思わなかった。嬉しいよ」

 

 勇太からは返答こそなかったが、そっぽを向いた横顔が赤く染まっていたことに俺は気づいていた。俺は笑いながら、近くにいた園児と勇太を抱き寄せた。園児たちははしゃいでいる。勇太は恥ずかしさからか何とか抜け出そうともがいている。そう簡単には逃がさんぞ。

 そうやって遊んでいると、先生たちもこちらにやってくる。

 

「ごめんなさいね。こんなに騒がしくて。うちの園児たち、みんなあなたたちのことが大好きだから」

 

「……はい、大丈夫ですよ。俺たちも好きでやってるんですから」

 

 俺も、勇者部の皆も、義務感でここに来ているわけではない。園児たちのことが少なからず好きだから、嬉しいからここに来ている。今だってそうだ。俺は勇太を含めた園児たちと遊んでいるし、向こうにいる友奈や風たちだって、それぞれが真摯に園児たちに向き合ったからこそのあの距離感なんだ。……不純な動機を持っているものなんて一人もいない。俺だって、今を大切にしたいから、もうすぐ壊れてしまうから、彼らとできる限りを持って向き合っている。

 俺にとって園児たちは、楽しませてあげる子達だと考えていた。でも違った。このクリスマスパーティーは俺たちだけが張り切っていたわけじゃない。園児たちだって俺たちのことを考えてくれていた。だからこそ、今こんなにも全員がそろって楽しめているんだ。

 

「真生くん、ちょっとこっちに来てよ! みんなで一緒にこれやろうよ!」

 

 友奈はトランプを持っている。しかも5セットも。俺たちもこれに加わり、皆でトランプを行ったり、折り紙を折ったり、このクリスマスパーティーを楽しんだ。

 

 こうして俺たちのクリスマスパーティーは、笑顔が絶えることは無く、大成功に終わったのだった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「……まだある。だけど、少しずつでも近づいているんだよな。早いもんだ、時間っていうのは」

 

 喜びも悲しみも、そんなものは関係なく時は進む。安心できる時間は減っていく。

 -―――脅威は、まだ終わったわけではないのだから。




 遅くなって申し訳ありません。

 とうとうテスト期間に入ったので一週間ほど更新は出来ません。ご了承下さい。
 展開としては、もう2、3話ほど日常回を入れてから、原作に入ろうと思います。

 今回の話は前回の続きでしたがどうでしたでしょうか。この後編も楽しんでいただけたのなら、嬉しいです。

 初めて電撃ジーズマガジンも買いました! ゆゆゆ情報が多くて、個人的にはとても嬉しい巻でよかったです。みんなのくじもやりたかったのですが近くにみんくじをやっている店が無く、11日に姉に頼んだという遅すぎる反応です。牛鬼欲しい……。

 気になった点、誤字脱字などがあったら感想欄にてお伝え下さい。普通の感想、批評もお待ちしています。
 では最後に。


 幸福を告げる:カランコエの花言葉


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第十三話 感謝

 バレンタインデーということで急遽書き上げました。土曜丸々使いましたが後悔はしていません(泣)
 主人公の容姿に関して、挿し絵を描いたので、第二話の変化に記載しました。


 

 今日は、周りの人がとても浮き足立っている。男は普段より優しくなっていたり、女はやけにもじもじしていたり。原因はアレか。バレンタインというものが、そんなに楽しみなものなのだろうか。俺がおかしいのかもしれないが。

 寝ぼけ気味な朝ということもあって、少し変な事を考えてしまっているようだ。友奈たちのところへ向かう道の途中、ひとつの人影を見つける。

 

「ん? あれは……明か?」

 

 その人影の正体は、加藤さんの孫娘の加藤明だ。彼女の特徴はなんといってもポニーテイルだろう。髪の色は黒、瞳の色は茶色である。

 しかし、彼女は何故こんなところにいるのだろうか……。近くに家でもあるのだろうか。知らない仲でもないので聞いてみるのもいいのかもしれない。

 

「おはよう、明。久しぶりだな、何でこんなところにいるんだ?」

 

「あ! 真生さんおはようございます! あの突然ですけどこれ受け取ってもらえますか?」

 

 そういって手渡されたのは可愛らしくラッピングされた箱だ。本当に突然だったが、特に断る理由も無いので受け取り、持っているバッグに入れる。それを喜んでくれる明に微笑みかけ、もう一度質問してみる。

 

「ありがとう。それで何でここに?」

 

「あ、真生さんはいつもここを通るからっておじいちゃんが言っていたので。今日はバレンタインですし、真生さんに一番にチョコレートを渡したかったんです」

 

 そう言って笑う彼女に邪気などかけらも感じなかった。彼女にここまで好かれるとは当初は予想もしていなかった。夏祭りで知り合って、その後も何度か会う機会もあった。夏祭りで樹を引っ張っている姿から、少しお転婆な子なのかと思っていたが、意外と礼儀も正しく、樹と同じく良い子であることが分かった。さっきのように話を聞かないという欠点もあるが。

 しかし、彼女は俺をここで待っていたということが分かったのはいいんだが、加藤さんは何で俺のいつも通る場所とか知ってるんだ。ストーカーなのかと不気味に思えるレベルである。

 明は俺にチョコを渡したことで満足したらしく、自分の行く先へと走っていった。

 

「それじゃあ、また今度会いましょう! 今度あったときはチョコレートの味の感想も教えてくださいね! それでは、いってきまーす」

 

「おう、いってらっしゃい」

 

 まるで嵐のようだったが、俺はあの子のことを娘のように感じていた。何か自然といってきますといってらっしゃいをしてしまったなぁ、と少し変な気分になってしまう。

 そして、俺は再び歩き出すことにした。少しすっきりした頭で、友奈たちの下へと。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「……それでもうチョコレートもらったの? モテモテだねぇ、真生くん」

 

 友奈たちのところに着いて、さっきのことを話題に出した反応がこれである。友奈は何故か尊敬の目でこちらを見ており、東郷は何を考えてるか分からない。ただただニコニコするだけである。そこが逆に怖い。

 着いた直後はきゃっきゃ、きゃっきゃと騒ぎあっていた友奈と東郷だが、俺が合流するとそのときの様子をかけらも見せずに、俺を含めた三人で会話をしていた。少し疎外感を感じないでもないが、女の子同士で無ければ話し合えないこともあるんだろう、と自分を納得させていた。

 友奈たちと歩いている間も、いちゃいちゃしていたり、初心(うぶ)な雰囲気をかもし出していたり、どんよりとした空気を体から発している男などとすれ違った。バレンタインの日は良くも悪くも、人を変えるらしい。朝も早いのにお盛んな事で。

 

「真生くんは格好いいから仕方ないわよ。朝からこの調子なら帰る頃にはバッグ一杯かもね」

 

 東郷は恐ろしい事を言ってくる。バッグ一杯のチョコレートは流石に遠慮したい。そこまであると処理が大変だしな。それに俺はそこまでモテているわけではないのだ。言うならば、友達としてはいいけど恋人としてはちょっと……みたいなタイプだと自分では思っている。それにバレンタインは親しい人にチョコを渡す日だ。それはお世話になった人、という意味でも通じる。

 

「それを言うなら、お前たちもそこそこ貰うだろう? 普段から積極的に人助けをしている友奈なんか特に。最近では男から渡すこともあるらしいからな。友奈もたくさんの男たちから貰う事があるかもしれないぞ?」

 

 そういうと、友奈は困った顔になる。自分がそんなにチョコを貰う未来が想像できないのだろう。俺も冗談で言ったつもりだが。しかし、東郷はそうでもなかったらしい。

 

「確かに……!! 友奈ちゃんの可愛さなら男たちなんて皆メロメロだし、女の子でもその魅力に魅了されてしまう事があるかもしれない……。いえ、それならば私が友奈ちゃんを守る刃になれば……。大丈夫よ、友奈ちゃん! 友奈ちゃんは私が守るからね!」

 

 少し、いや完全に過剰反応をしてしまう東郷に俺も友奈も苦笑い。しかし、友奈は東郷にそこまで想われていることに嬉しさも感じているらしく、苦笑いもすぐ崩れて普通の笑顔になる。

 その後も東郷がやけに張り切っていたり、風にはいくつのチョコレートが行くかなどの会話を通学中にずっとしていたが、まさかこのときの話が現実になってくるとは思わなかったのだ。

 

 

 

 

「はい、これ。義理だけどいつものお礼。お返しは別にいいからね」

 

「……あ、ああ。ありがとう」

 

 このときまでにもらった義理チョコは10個である。これを入れれば11個だ。そして、義理なのか本命なのか分からないチョコは3個だ。我ながら半端無いと思う。まさか、本当にこんなにもたくさんのチョコレートを貰う事になるとは思わなかった。東郷のあの発言は予言だったのか。

 そんな俺に近づいてきた山野は、俺に対して、彼女がどうの本命がどうのとかうるさかったので、黙らせておいた。いちいち俺に自慢してくるんじゃない。

 放課後になり、勇者部の部室に行くと、既に全員そろっていたようで、俺を笑顔で迎えてくれた。

 

「お疲れ様、真生。あんたはいくつ貰ったのよ?」

 

「…………14個だ。そっちは?」

 

「アタシが7個で、友奈が6個、東郷が3個よ。アタシのは男からのも含まれてるけどね」

 

 意外と皆貰っていたみたいだ。というか風の数が何気に多い。男の立つ瀬が無いじゃないか。2倍の俺が言う事じゃないかもしれないけれど。

 

「友奈ちゃんに近づく男はみんな私がガードしました」

 

「東郷さん凄いんだよ~。こう、シュバッと私の前に来るの」

 

「本当にやったのか……。少し男が哀れだな」

 

 男たちは皆そろって東郷にガードされたらしい。チョコとか関係なく話しかけた男は無事だといいんだがな。東郷の数が少ないのはそれが原因なのかね。いや、元々そういうイベントじゃないやコレ。

 一部の子はホワイトデーのお返しはいいといっていたが、それを差し引いてもお返しは大変だろう。何がいいだろうか。

 じきに迫ってくるホワイトデーのことを考えていると、風は少し遠慮するようにして話しかけてきた。

 

「……ねえ真生。一応チョコは作ってきたんだけどいる? 流石にそんなにたくさん持ってるんなら、無理してもらわなくてもいいけど……」

 

「ん、別に無理しているわけじゃないし、遠慮する必要ありませんよ。ありがたくもらいます」

 

 不安そうに聞いてくる風からも貰い、チョコの所持数が15個となる。風もそんなに不安そうにする必要はないのに。多少無理してでも、大事な人からのチョコレートぐらい受け取るものだ。そういえば明の分を含めれば16個か。流石にこれ以上は増えな……。

 

「あ、樹からも貰ってるわよ。はい」

 

 ……まだ増えるようだ。最早諦めるレベルだが、決して嬉しくないわけではないので、ありがたく受け取る。バレンタインでここまでたくさん貰ったのは初めてかもしれない。小学生の頃はそこまで貰った事はなかった。いつも彼女たちと一緒にいたから渡す隙がなかったのかもしれない。それとも、中学生にもなれば、少しは色気づくものなのか。

 

「今日は色々と疲れたし、活動は止めましょうか。都合のいいことに依頼もないし」

 

 風のその判断は正直に言えば助かる。何というかこういうことで気を張るのはなかなか疲れるのだ。この辺りはやはり慣れなのだろうか。こういうことに慣れている奴が羨ましいものだ。……いや、よく考えたらその分この気分を何度も味合わなければならないのか。なら全く羨ましくないな。

 

「それじゃ失礼します! 風先輩も気をつけて帰ってくださいね」

 

「はいはい。それじゃあね、友奈、東郷、真生」

 

 俺たちは風に別れを告げて、帰路に着く。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 まだ二月なので多少は冷えるようで、帰路の途中で東郷がくしゃみをする。

 

「大丈夫? 東郷さん、風邪?」

 

「いえ、風邪じゃないから心配要らないわ友奈ちゃん」

 

 不安そうに東郷を見る友奈に、東郷は少し慌てた様にして友奈の不安を取り払う。友奈に関しては本当に過敏に反応するな。とりあえず、東郷が冷えないように自分の上着を東郷にかける。くさくはないはずだから大丈夫だろう。東郷は瞬きをして、こちらを見つめてくる。

 

「あ、ありがとう、真生くん」

 

「どういたしまして」

 

 寒さなんてものを感じる体ではない為、俺は上着を着る必要もないのだ。陽が落ちるのも意外と早いもので、まだ6時だというのに周りはすっかり暗くなっていた。星が綺麗に見えるものの、肌寒さは嫌でも感じるものなのだろう。東郷が寒がるのも無理はない。

 俺と東郷の様子を見ていた友奈は少し考えるような仕草をして、東郷に何かを提案する。

 

「ねぇ、東郷さん。そろそろアレ渡そうよ。いいタイミングだと思うよ?」

 

「友奈ちゃん……。そうね、尻込みしてても仕方ないものね」

 

 東郷は意を決したようにバッグの中に手を突っ込む。そして、中から何かを取り出す。……あれ、なんか既視感を感じる。友奈も同じようにバッグから何かを取り出す。もうコレはアレで確定な気がする。というか、もうアレ以外ありえないだろう。

 

「「ハッピーバレンタイン!」」

 

 二人は声をそろえて、今日この日の名前を言う。

 

 バレンタイン、それは恋人から恋人へ、友達から友達へ、片思いの人へ、お世話になった人へ、チョコレートを、感謝の気持ちを渡す日。

 

 友奈と東郷。俺がもっとも親しい二人。彼女たちから貰ったチョコレートは、普段の俺への、草薙真生への感謝の気持ち。二人は俺の様子を窺っている。俺の反応が気になるのだろう。それもある意味当然だ。俺はそんな彼女たちに、ありきたりな反応しか返すことは出来ない。しかし、そのありきたりな反応にありったけの思いをのせよう。届くかどうかは分からないけれど、自分の返せる立った一言のこの言葉を。

 

「――――ありがとう」

 

 俺の反応に友奈と東郷は安心したようで、二人そろって胸に手を当てていた。こんなところでも仲の良い二人だ。少し気恥ずかしくなったので、貰ったチョコレートへと目を移す。

 勇者部からのチョコレートはみんな手作りのようで、手間をかけさせた罪悪感と手間をかけてくれることへの嬉しさが混ざり合う。東郷からのチョコレートだけチョコレートではなく、ぼた餅の気配がぷんぷんしてくるがそんな事は、全く気にならなかった。

 俺たちはその後も楽しく談笑をしながら、帰り道を歩いていった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 余談ではあるが、ホワイトデーのお返しに10倍返しを現実に行って、女子側をびびらせた事をここに記載しておく。本当に何がいけなかったんだ。ただチョコレートの倍の量のクッキーを渡しただけなのに。

 あ、勇者部のみんなにはキャンディーをあげました。




 一週間ほど更新はしないと言ったな。――あれは嘘だ。

 はい。ということで更新をしてしまいました。勉強しなきゃと思いながらも、明日があるさと甘えてしまう自分が恨めしい。

 バレンタインデーの解釈については、自分の勝手な解釈ですので、これは違うという方にとっては違うものだと思ってください。

 今度こそ勉強するぞ、と思いながらこのあとがきを書いているので、本当に頑張ります。勇者部の五ヶ条を守ればいけるはず。なるべく諦めません。ちなみに作者は家族や親戚からしかチョコを貰った事はありません。今年は部活のマネージャーさんが部のみんなに配ってましたが。

 気になった点や誤字脱字があれば感想欄かメッセージにてお伝えください。普通の感想や批評、応援なども待ち焦がれていますのでよろしくお願いします。……ちょっと直球すぎますかね?
 では最後に、


 感謝:カンパニュアの花言葉


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第十四話 無駄

※展開が急すぎると感じるかもしれません。


 

「もう春休みだね~」

 

 終業式を終え、勇者部の部室に向かう途中に友奈は感慨深そうにそう言った。友奈の言った通り、もう春休みである。あっという間に過ぎていった日々に、時の流れの無情さを感じる。そして、東郷は友奈の言葉に、ひとつの情報を付け足した。

 

「確かにもう春休みね。でもこの休みが終わったらもう友奈ちゃんも二年生よ?」

 

「う~ん。実感湧かないね~。真生くんはどう?」

 

 若干眉を寄せて、難しい顔をする友奈は、俺にそう質問してきた。突然の質問に俺は迷う。実感が湧かない、といえば嘘になる。しかし動揺がないといえば、それこそ嘘だ。多少の動揺も感じるし、自分が先輩になっていいものかと感じることも多々ある。友奈の質問に、迷った末に俺はこう答えた。

 

「まぁ、なるようにしかならないんじゃないか? 今更迷ったところで仕方がないし、そんなところを後輩に見せるわけには行かないしな」

 

「そうね。あんまり深く考えても、パンクしちゃうわ。友奈ちゃんは普段通りで何の問題もないからね♪」

 

 あれ、それって友奈のことをかなり馬鹿としてみてるんじゃ……。うん、考えなかったことにしよう。友奈は東郷の言葉を聞いて安心したようにいつもどおりの表情になっていた。

 友奈の東郷への影響力も凄いが、逆もなかなかに影響力があるようだ。東郷が友奈に信頼を向けているように、友奈も東郷に絶対の信頼を寄せている。この信頼関係ももう見慣れたものではあるが、時に羨ましく思うこともある。山野はただの友達だし、加藤さんとはそんな関係を築こうとも思えない。だって高齢者だし。怪しいし。

 一応、俺にとっても風は親友だが、男の友達にもそういう無二の親友というものが欲しいものだ。……今更もっても仕方のない事な気もするがな。

 

「そういえば風先輩もこれで三年生になるんだよね? 大変そうだな~」

 

「別に風先輩なら大丈夫だろ。あれでもそこそこ頭いいし、人望あるし」

 

 なのに彼氏は作らない模様。あの先輩が気に入る男ってどんなものなのか。女の男の好みなんて俺にはさっぱりだ。まぁ、風が彼氏を作らないのはアレも理由のひとつなんだろうが。というか恋人作らないのはみんな同じか。

 友奈も東郷も見た目は立派な美少女だ。なのに浮いた話のひとつもありゃしない。それどころか勇者部に所属している部員の男女比率が3:1なのが理由なのか、俺が全員を手篭めにしているという根も葉もない噂まである。誰だ、こんな噂流したの。

 

 くだらない話をしている内に、勇者部の部室にたどり着く。いつもどおり先に部室にいる風に挨拶をして、勇者部のホームページを東郷と一緒に覗きに行く。今回は依頼が無いようで、拍子抜けだ。あまりたくさん依頼が来ても困るから、助かるといえば助かるのだが。

 

「風先輩、今日は依頼は来ていませんでした」

 

「報告ご苦労、東郷。それじゃあ、今日はまだ達成していない依頼をやりますか」

 

「赤ん坊をあやすのを手伝って欲しい……でしたっけ?」

 

「そうよ、今日が指定された日だからね。気合入れていくわよ~!」

 

 というわけで、今回の依頼内容は以下のとおりである。

 

『家に赤ん坊が一人いるんですが、ちょうどこの日は私も夫も忙しくて、赤ん坊の面倒を見てあげる暇が無いんです。心苦しいですが、この日だけでいいので赤ん坊の面倒を見ていただけませんでしょうか。』

 

 自分の両親にでも頼むか、ベビーシッターでも雇えばいいのではと思うが、大方困っているときに俺たち勇者部の噂を聞いてこれだ! とでも思ったのだろう。ベビーシッターという発想が無かったのかもしれない。何はともあれ、俺たちは依頼人の家へと行くことになった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「本当にごめんなさい。こんなことをあなたたちに頼むのもどうかと思うけれど、この子のことよろしくお願いします。この子の好きなものや泣いた時の事は、そこにある紙に書いておいたから、何かあったら見てちょうだい。それじゃあ、改めてよろしくお願いします」

 

「いえいえ、お任せ下さい! 私たちのことは心配なさらず、そちらもお仕事頑張ってください」

 

 風が年長者らしい対応を依頼人である赤ん坊の母親に行い、依頼が始まった。相当意気込んで依頼を始めたのはいいものの、開始数分で赤ん坊が泣き出して大騒ぎになる。

 

「あわわわ、えっとこういうときは、紙を見ればいいんだよね! えっと、泣いた場合はご飯が欲しいか、トイレがしたいときです。なので、赤ん坊をまずは抱いてみてください、だって!」

 

「おぉ~よちよち。良い子だね~。すぐ泣き止んでね~って悪化した!? どういうことなの!?」

 

「友奈ちゃん、追記があるわよ。読みますね、何の理由もなしに泣くこともあるので、そのときはおもちゃ類をうまく使ってどうにかしてください、だそうです」

 

「追記!? ってああ、大声出したからかもっと酷くなった! ていうかおもちゃってどこよ、最後なんか投げやりじゃない!?」

 

「……はぁ」

 

 パニックに陥っている勇者部メンバーを見てため息をつく。お任せ下さい! とは何だったのか。仕方が無いので、おもちゃがありそうな場所を探り、さっさと見つけ出して風から赤ん坊を奪う。そして、昔彼女がしていたように、膝の上に乗せ、ガラガラとなるおもちゃを握らせ、鼻歌を口ずさむ。

 一応、他の方法も考えておいたのだが、これが赤ん坊に合っていたのか、すぐに泣き止ませることに成功する。ほっと一息ついていると、風が感心したように話しかけてきた。

 

「……何か手馴れてるわね~。どこかで赤ん坊世話する機会でもあったの?」

 

「……まぁ、昔にちょっと」

 

「そっか。……でも、任せっきりっていうのもなんかなぁ」

 

「私たちは他のことをしませんか? 真生くんは赤ん坊の世話をして、その間に私たちは赤ん坊の世話に必要なものを家の中から探すとか」

 

「あぁ、そうしてもらえると助かる。おむつはもうあるし、すぐにミルクをあげられるようにやかん用意しておいてくれ。友奈と風は俺と一緒に赤ん坊の世話。俺は適当にあやしておくから、そっちも上手い具合に赤ん坊とコミュニケーションをとってくれ。赤ん坊はそれだけでもそこそこ喜ぶから」

 

「「了解です!」」

 

「東郷はたまに俺と替わって、赤ん坊を抱いてやってくれ。あ、念のため制服は替えておけよ、汚れるといけないから」

 

「わかったわ」

 

 それぞれに指示を出したものの俺自身も少し世話したことがあるくらいでそこまで経験があるわけではない。早く時間が来るのを待つばかりである。

 その後、また赤ん坊がぐずりだしたり、風がおもちゃを踏んで痛い目にあったり、友奈が赤ん坊に懐かれたりと色々とあった。

 

 

 

 

 ――――そして、割と早くに終わりの時間が来た。

 

「ありがとうね。うちの子のお世話をしてくれて」

 

「とっても可愛くて、楽しかったです! また機会があったら頼んでください!」

 

「ふふふ、そうね。またいつか頼もうかしら。ね、あなた」

 

「あぁ、この子達なら信頼できそうだ。また何かあったら頼むよ」

 

 友奈の楽しそうな様子に、赤ん坊の母親も、父親もとても嬉しそうに笑っている。きっと風も東郷も、友奈と同じ気持ちなのだろう。二人ともいい笑顔だ。俺にとってもなかなかいい経験だった。活かす機会はそうそう無いだろうが。

 その後も少しの間、夫妻とともに会話をしていたが、外はもう暗くなっている。あまり長い間ここに居座っていては迷惑になるだろう。会話にキリがついたところで、俺は別れを切り出した。

 

「今日はとてもいい経験になりました。そろそろ時間も遅いので、迷惑にならないように帰らせていただきます。友奈たちもとても楽しめたようですし、力になれてとても良かったと思います。また何かあれば勇者部にお願いしますね」

 

「ん、あぁ。こちらこそ今日は本当にありがとう。中学生と聞いて少し不安にも思ったが、なかなかいい子達じゃないか。あまり引き止めても悪いし、今日はもう帰って疲れを取りなさい。親御さんたちも心配しているだろうしな」

 

「……お気遣いありがとうございます。それでは、お元気で」

 

 風のその言葉をきっかけに俺たちは家から出て行く。依頼人の夫妻は、俺たちとともに家を出てきて、俺たちの姿が見えなくなるまで手を振ってくれた。いい人たちだ。彼らのような人から生まれて、彼らに育てられるあの赤ん坊はきっといい子に育つだろう。あんなに立派な……親がいるのだから。

 

「親……か」

 

 俺のその言葉に反応したのは風だった。

 

「やっぱり、親って凄いわよね。子供の為にあそこまで必死になれて、仕事で疲れててもちゃんと世話して」

 

「そうですね。私も家に帰ったら両親にお礼を言おうかな……」

 

 割と本気でそう考えている様子の友奈に、俺たちは微笑ましいものを見るような目で彼女を見つめる。友奈の親もあの夫妻に負けない位にとてもいい人たちだ。愛娘とはいえそういう家系でもないのに武術を教えるのは少しどうかと思うこともあるが、友奈自身も楽しみながらやっているようだし、今となっては最早彼女の特技である。

 東郷の両親も悪い人ではない筈だが、あまり会う機会がなかったので俺はよく知らない。……あの家にいた頃ならよく知っているんだがな。

 風の家のご両親は、ある事故でその命を散らせている。この事は他人事のように語ることは許されない。出来ることなら思い出したくもない忌々しい罪の記憶なのだから……。

 俺には当然そんな存在は無い。あえて言うなら天の神……だろうか。殆ど見たことも無い存在を親と言ってもいいものかとは思うが。まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。

 彼女たちは楽しそうに会話している。話題は両親のことから、また来年のことに切り替わったようだ。

 

「もう、樹も中学生になるんだねぇ」

 

「そうですね~。樹ちゃん制服似合いそうですよね~」

 

「当たり前よ。アタシの妹なんだから」

 

「その理屈はよくわかりませんけど……」

 

 学年が上がった際に入学してくる樹について話しているらしい。きっと彼女は良いツッコミ役になってくれるだろう。俺の仕事が減るのは助かる。というか勇者部にはボケ役が多すぎるんだ。東郷もツッコミ役に見えることがあってもすぐにボケに回るし。

 

「真生はどうよ。なんか言いたいことはある?」

 

「どんな無茶振りだよ。樹が入学してくるのは普通に嬉しいよ。あ、明も入学してくることになるのか」

 

「ん? 明って誰よ」

 

「樹の友達だよ。悪いやつじゃないから、変な心配はする必要は無いぞ?」

 

「ま~た女の子引っ掛けてきたのね、アンタ」

 

 人聞きの悪い事を言ってくる風に俺は非難の目を向ける。そんな俺に苦笑いを向ける友奈と東郷に、俺は絶望する。え? 俺ってそういう目で見られてたの?

 

「だってアンタいつも女の子と一緒にいるし……」

 

「たまたまお前に見られているときにそんな感じになってるだけだよ……。ていうかそれ殆ど友奈と東郷じゃないか!」

 

「あ、ばれた?」

 

 こいつ……! よくもからかいおったな。またそのうち、風を弄繰り回すことが俺の中で決定した。そんなどうしようもないことを考えていると、そろそろ風と分かれる道に差し掛かってくる。

 

「あ~案外早かったわね」

 

「風先輩お疲れ様でした~」

 

「また明日部室で会いましょう」

 

 それぞれが風に別れを告げる中、俺は空気を読めていないことを理解しつつ、友奈たちに告げた。

 

「悪い、俺今日は風先輩と帰るよ。ちょっと用があるからさ」

 

「え? ……うん、わかった。また明日ね!」

 

 友奈はすぐに反応を返してくれたが、東郷は少し怪訝な顔をしたままであった。しかし、俺の決めたことに反対をする気は無かったのだろう。すぐに了承して友奈とともに去っていった。

 問題は風である。俺がいつもどおり友奈たちとともに帰ると思っていたのだろう。目をぱちくりさせている。俺も元々はそのつもりだった。しかし、彼女には聞かねばならないことがあった。正直いつでも良かったのだがいい機会だったので今聞く事にした。

 

「真生? 何か用なの?」

 

「ああ、ひとつ聞くことがあるんだ。お前は…………いつまであの事を黙っているつもりなんだ?」

 

「……唐突過ぎない?」

 

「それに関しては自覚してるさ。ただ、ちょっと気になってな」

 

 俺の質問に彼女は、黙ったままだ。考えを纏めているのだろう。彼女たちは神樹によって選ばれた【勇者】だ。しかし、風はそのことを勇者部の部員には黙っている。俺は少し特殊なケースだが、俺も風も大赦によって派遣された。風は勇者のリーダーとして、俺はサポートとして。

 彼女はそのことを友奈たちに黙ったままだ。そのお陰で友奈たちも平和を受け入れて、過ごすことができている。しかし、黙っていてもいずれ敵は現れる。つまりは、早いか遅いかなのだ。

 風は考えを纏められたのか、俺のほうを向き質問に答えた。

 

「……黙っていた方がいいのよ。別に確実にアタシたちが選ばれるって訳じゃないんだから。先に伝えて、勇者になれませんでした、じゃ辛いでしょ?」

 

「それはある種の逃げだ。……彼女たちに覚悟を決めさせる気は無いのか?」

 

「さっきも言った通り、アタシたちが勇者になるなんて言い切れないのよ。他のグループの子が勇者になる可能性だってある。覚悟を決める必要も無いかもしれないんだから」

 

 ……他のグループの子、か。風は知らない。自分たちの班が最も選ばれる可能性が高いということを。そのことを素直に伝えることの出来ない自分が恨めしい。俺がそのことを知ったのだってある種の裏技だ。本来ならそのことを知ることも出来ないだろう。だから、風のいっていることも一理はあるのだ。彼女の決意も固そうだし、これ以上は何を聞いても仕方ないだろう。

 

「話はこれでおしまい。今日はもう帰りましょ?」

 

「あぁ、そうだな。突然変なこと聞いて悪かった」

 

「気にしてないわよ」

 

 風は片手をフラフラとさせながら俺の前を歩いている。俺は彼女の隣に行き、彼女の家まで送る。さっきまでの微妙な雰囲気は既になく、俺たちは談笑をしながら帰った

 

 ……しかし、俺には確信があった。きっと、【勇者】に選ばれるのは彼女たちだと。彼女たちの行く末を思いながら、空を見上げる。そこには多くの星が(きらめ)いている。

 あぁ、できるのなら彼女たちが勇者にならなければいいのに。結局のところ、この世界の先にあるものは、――――死だけなのだから。




 もう開き直りました。成せば大抵なんとかなる、と。

 期末テストを明後日に控えたよしじょーです。自分の意思がぶれっぶれで泣きそうになります。

 やっと原作には入れます。アニメの見直しが終わっていませんが。これで第一章を終わりにしようと思います。思ったよりもたくさん使いました。

 第二章からは、一部を除いて三人称でいきたいと思います。そこそこ改変を加えるつもりなので、原作との相違点を楽しんでもらえると嬉しいです。

 気になった点や誤字脱字があれば感想欄かメッセージにてお伝えください。普通の感想や批評もお待ちしています。
 では最後に、


 無駄:シモツケの花言葉
-追記-
 申し訳ありません。章タイトルの花言葉を伝え忘れておりました。

 
 ヨモギの花言葉:平和、平穏


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第二章 ノギク 
第十五話 偽り


第二章突入です。ここからは前述べたとおり、一部を除いて三人称です。


 

 彼は思う。もう暮れてしまった陽を眺めながら、必ず訪れる日を遠ざけるように。

 

「――――ああ、こんな平和な日々が、いつまでも続けばよいのに――」

 

 そんな当たり前の様な彼の願いは、そう長い時を待たずして――――簡単に砕け散ってしまうのだ。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 

 

 

 

 

 

 ――――昔々、あるところに勇者がいました。勇者は人々に嫌がらせを続ける魔王を説得するために旅を続けています。勇者は旅の途中で、ある少年と出会いました。彼は、知ってて当然と言えるもののほとんどを知りませんでした。

 勇者は彼を育てることを決意しました。勇者は子を育てることの大変さを知ります。それでもなお、勇者は彼をとても愛しました。しかしあるとき、彼はこう言います。自分は魔王の子だと、自分には何も救えなかったんだと。勇者は、そんなことは関係ないと言いました。しかし、彼は勇者の元を去りました。勇者が魔王を救ってくれると信じて。

 

 そしてついに、勇者は魔王の城にたどり着いたのです。

 

「やっとここまでたどり着いたぞ、魔王! もう悪いことはやめるんだ!」

 

「私を怖がって悪者扱いを始めたのは、村人たちの方ではないか! その所為で私の息子も何処かに行ってしまった!」

 

「だからって嫌がらせはよくない。話し合えばわかるよ! 彼だって、きっとどこかでそれを望んでる!」

 

「でも、話し合えば、また悪者にされる!」

 

「君を悪者になんて、しない! あ、あわわわわ~!?」

 

 そこまで言ったところで、友奈たちを隠す張りぼては倒れてしまう。劇に熱が入りすぎた友奈の手によって、思いきりよく倒されたのだ。

 そう、これは人形劇だ。彼女たちの人形劇を見ていた園児たちは、張りぼてが倒されたことによって現れた友奈たちの姿に、驚きを隠せないようだ。

 

「あぁ、やっちゃった……」

 

「あ、当たんなくてよかった~。……でも、どうしよ」

 

 友奈は自らの失敗に混乱し、風は張りぼてによって、園児たちが怪我をしなかったことに安堵する。しかし、まだ人形劇は続いている。

 風が何をしようか考えていると、友奈が突然ううぅ~~と声をあげる。そしてそのまま彼女は手を突きだし、風の手にある魔王を殴った。

 

「勇者キーック!」

 

「ええぇ~~~!?」

 

 友奈のアドリブの勇者キックが見事に決まった。しかし、風は当然、友奈の突然の暴挙にツッコミを入れる。

 

「おま、それキックじゃないし! ていうか、話し合おうっていってたところじゃないの~!」

 

「だってぇ……」

 

「こうなったら食らえ~! 魔王ダブルヘッドバッド!」

 

 風のツッコミに返す言葉もない友奈は、魔王の反撃にうろたえるばかり。別席にて、おろおろとしている樹に風からの声がかかる。

 

「樹! ミュージック!」

 

「えぇ!? じゃあ……これで!」

 

 樹は風からの指示にどの曲を流そうか迷う。樹は曲を決める。それと同時に流れ始めたのは――魔王のテーマである。何故かどや顔を決める樹に、友奈はさらに驚き、美森は苦笑する。

 

「ええ!? ここで魔王テーマ!?」

 

「わっはっはっはっは~! ここが貴様の墓場だ~!」

 

「魔王がノリノリに~~。おのれ~!」

 

 ノリノリになってしまった魔王を操る風に、勇者である友奈は勇敢に立ち向かう。美森はそれを見て、友奈のためにと思考を開始する。

 

(いけない……! 勇者のために、ここは私が園児たちを扇動するしか!)

 

「みんな! 勇者を応援して! 一緒にグーで勇者にパワーを送ろう!」

 

 頑張れ、頑張れという美森に触発され、園児たちも勇者を応援し始める。

 

「ぬ、うおぉぉぉ~。みんなの声援が私を弱らせる~~」

 

「お姉ちゃん! いいアドリブ!」

 

 今度は風によるアドリブで、劇の雰囲気が戻ってくる。樹も思わず声に出して風をほめる。友奈はこれ幸いと雰囲気に乗り、魔王に止めの一撃をさす。

 

「今だ! 勇者パ~~ンチ!」

 

「いってぇぇ~~~!?」

 

 素なのかそうでないのか分からないほど、風は痛がる。友奈は魔王を支えて、台詞を言う。

 

「これで魔王も分かってくれたよね! もう友達だよ!」

 

「シメて、シメて……!」

 

 友奈の台詞の後に、小声で樹たちの方へ指示を出す風。美森は命令にしたがって、劇の終わりを促す言葉を告げる。

 

「……というわけで、みんなの力で魔王は改心し、祖国は守られました」

 

「みんなのお陰だよ! やったやった~~!」

 

 最後に友奈がブイっと言うと、園児たちも揃ってブイっと返してくれた。こんな感じで校外活動に青春を燃やしている彼女たち。

 

 讃州(さんしゅう)中学校の三年生で彼女たちの所属する部活の部長の犬吠崎風(いぬぼうざきふう)。黄色の長い髪を二つに纏めているのが特徴だ。この舞台の話を考えた一人であり、責任感もあるしっかりものである。

 

 同じく讃州中学校に通う中学生で、一年生の犬吠崎樹(いぬぼうざきいつき)。彼女は風の妹でもあり、姉の事を心から慕っている。彼女も黄色の髪をしているが、姉と違ってショートヘアに近い形状である。

 

 讃州中学勇者部に所属する二年生の東郷美森(とうごうみもり)。黒い髪をした少女だ。彼女は去年この街に引っ越してきて、この勇者部で活動している。勇者部のメンバーには、苗字で呼ばれているが、それは本人の希望であり、決してイジメなどではない。たまに頭のねじが外れる事もある。

 

 東郷美森と同学年でセミショートの赤い髪を後ろで一つに纏めている少女。彼女は結城友奈(ゆうきゆうな)。トラブルを発生させる事も多いが、それ以上に部活に貢献している。いつも元気がよく、精神年齢が多少幼く見える事もある。東郷美森とはお隣さんであり、大親友である。

 

 そして、もう一人。この場にいない最後の勇者部メンバー、草薙真生(くさなぎまお)。彼こそが風とともに話を考えたもう一人であり、勇者部唯一の男メンバーだ。青みがかった髪に多少の癖がついている少年で、友奈と東郷とも同学年だ。

 

 以上、五名が讃州中学勇者部のメンバーだ。讃州中学勇者部とは、みんなのためになる事を勇んで実施するクラブである。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 澄み渡るような青い空に、濁り一つ無い白い雲。多くの青々しく美しい自然に囲まれて、電線には鳥が並んでいる。忙しなく車が走る中、少ない人影が歩道を歩いていた。

 こんなにも平穏な日を、彼女たちは過ごしている。

 

 ――キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン――

 

「起立、礼」

 

 学校にて日々の半分ほどの時間を過ごしていた生徒たちは号令に従い、立ち上がり、頭を下げる。鳴り響くチャイムの音に、歓喜を隠し切れずに笑顔になるものもいた。

 

「神樹様に、拝」

 

 彼女たちは、日頃の恵みをくださる神樹様に、感謝と信仰を込めて礼をする。担任の教師による挨拶が終わり、学校はこの挨拶をもって終わりを告げる。これからは放課後であり、部活のあるものにとっては青春をささげる時間となるだろう。

 

「友奈~」

 

「うん?」

 

 荷物を纏めていた友奈に眼鏡をかけた少女から声がかかる。友奈は荷物を纏めながら、疑問符を浮かべて、返事をする。

 

「今度の校外試合、助っ人お願いしたいんだけど……」

 

「おっけー。いくよ~」

 

 快い返事をしながら、斜め後ろの美森の席へと近づく友奈。眼鏡の少女は、友奈へと質問を投げかけた。

 

「今日も忙しいの? 部活?」

 

 その言葉に友奈と美森は顔を見合わせて笑みを浮かべた。眼鏡の少女の質問に、彼女たちは嬉しそうに返答をする。

 

「勇者部だよ~」

 

「そう、勇者部」

 

 彼女たちの返答を聞いた少女は、彼女たちの仲のよさ、そして息の合いように苦笑を浮かべながら言葉を返す。

 

「何か何度聞いても変な名前だね~」

 

「そ~お? かっこいいじゃ~ん。じゃね~」

 

 別れの言葉を告げながら手を振ってくる友奈に、眼鏡の少女は手を振り返した。友奈たちが去っていった後、少女は腰に手を当てながら一つの考えを思い浮かべ、独り言を呟く。

 

「よくあんなに楽しそうに毎日部室に向かえるな~。何か楽しみな事でもあったりするのかね?」

 

 

 

 

 ――教室を出て美森の車椅子を引きながら歩く友奈。学校の外――運動場ではやる気のある学生たちが、早いうちに準備を済ませ、部活を始めようとしていた。それを横目で眺めながら、部室へ向かう彼女たちにひとつの人影が近づいてくる。

 

「あ、真生くん。おつかれ~」

 

「おう、お疲れ。……それで劇はどうだったんだ?」

 

 人影の正体である草薙真生は、友奈の労いの言葉に答える。そして、彼は自らの参加できなかった人形劇の件について聞きたかったようだ。

 

「大成功だったよ~。話も良かったし、劇も何とかなったし!」

 

「うん。とっても良かったわ」

 

「ありがとう。何か劇も何とかなったって部分にそこはかとなく不安を感じるけど、まぁ一応は成功したんだな。良かった」

 

 胸を撫で下ろす真生に、彼女たちは笑みを浮かべたままである。そのまま、歩き続けて部室の前までたどり着いた真生たちは、部室の扉を開けて挨拶をする。

 

「こんにちは~。友奈、東郷、真生、入りま~す」

 

「「こんにちは~」」

 

 扉を開けたのは真生であったが、友奈に先に挨拶をされた。真生は特に気にする様子もなく、美森と声を揃えて挨拶をした。その言葉に反応したのは、既に部室の中にいた、犬吠崎樹と犬吠崎風であった。

 

「お疲れ様です~」

 

「お、来たわね~」

 

 友奈は、さっき真生と話したことで先日の事を思い出したのか、部室に入るなり保育園での人形劇について話し始める。

 

「昨日の人形劇、大成功でしたね~」

 

「え~? ていうか何もかもギリギリだったわよ」

 

「結果オーライで~」

 

「みんな喜んでましたね~」

 

「友奈ちゃんのアドリブ良かった~」

 

「……受ける私は、激ハラドキドキ丸よ」

 

「勇者はクヨクヨしてても仕方が無い!」

 

「いつもポジティブですね~」

 

 友奈はいつもどおりのテンションで、風は少し疲れたような反応を返す。結果的には成功したのだが、何故か友奈だけを褒める美森に、微笑みながらみんなとの会話を楽しむ樹。女三人寄れば姦しいというが、まさにその通りである。

 

「はいはい。じゃあ今日のミーティング、始めるわよ~」

 

「「「は~い」」」

 

 部長として指示を出す風に返事を返す三人。今日も勇者部はいつもどおりだった。

 

「……どうしろと」

 

 一人、話についていけず仲間はずれになる者もいたが。

 

 

 

 

「うへぇ~~、かっわいい~~♪」

 

 今、勇者部の黒板に張られている写真は、猫の写真である。とても可愛らしい様子で、友奈もメロメロのようだ。風はそんな友奈を含めた四人を見つつ、今回の話の本題へと移る。

 

「こんなにも未解決の依頼が残っているのよ~」

 

「た、たくさん来たね」

 

 勇者部の活動は主にボランティア活動である。このように迷い猫探しや、その逆の里親探しを行うこともある。

 

「なので、今日からは強化月間! 学校巻き込んだキャンペーンにして、この子達の飼い主を探すわ」

 

「おぉ~」

 

「学校を巻き込む政治的発想は、流石一年先輩です!」

 

 感嘆の声を上げる友奈に、少し違う見方で褒めてくる美森に、風は思わず苦笑いをしながらお礼を言う。風はすぐに変な方向へいきそうな雰囲気を切り替えて、先ほどの話の続きに入る。

 

「学校への対応はアタシがやるとして、まずはホームページの強化準備ね。――東郷任せた!」

 

「はい! 携帯からもアクセスできるように、モバイル版も作ります」

 

「さすが~、詳しいね~」

 

 またもや感嘆の声を上げる友奈。彼女は褒める事が得意なようだ。

 

「私たちは?」

 

「えっとぉ、まずは今まで通りだけど……今まで以上に頑張る!」

 

「アバウトだよ、お姉ちゃん……」

 

 樹の問いに、彼女の言った通りアバウトな返答をする風。そんな風を真生はいじけつつも、ジトーっと見つめる。風は、真生のその視線につい目を逸らす。その間に友奈がある提案をする。

 

「それだったら、海岸の掃除行くでしょ?」

 

「はい」

 

「そこでも、人に当たってみようよ!」

 

「ああ! それいいです!」

 

 樹と友奈がそんな会話をしていると、美森がキーボードを打つ手をとめた。そして、美森は一息つくと真生たちの方を振り返り、驚愕の一言を述べた。

 

「ホームページ強化任務、完了です」

 

「「「え、はやっ!!」」」

 

 美森の技術を直接見たことのある真生の反応は薄いが、その他の三人の反応はとても大きかった。

 

「しかもよくできてるぅ」

 

「……すごぉ」

 

 美森は敬礼をしつつ、彼女たちの反応を楽しんでいた。真生はそんな四人を眺めつつ、溜息をついた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「はい、お待ち」

 

「は~い」

 

「三杯目……」

 

 勇者部のメンバーは、よく来ているうどん屋である、かめやに来ていた。彼女たちはうら若き乙女ではあるが、それ以前に成長期の女の子である。それにしても一名ほどは食べすぎではあるが。

 そんなわけで、好物のうどんを食べながら、勇者部メンバーは会話をしていた。

 

「うどんは女子力を上げるのよ~」

 

「その理論でいくと俺の女子力も右肩上がりなんだが。……まぁそれはいいとして、やっぱり東郷は流石だな。機械の技術なら適う者はいないんじゃないか?」

 

「ほんと、あの短時間で仕上げるなんて」

 

「プロだぁ~」

 

「びっくりです……」

 

 それぞれが美森を褒め称える。美森は少し照れつつも真生たちにお礼を告げる。それから、彼女は自分のうどんの皿を風の方に差し出す。

 

「先輩、天ぷらどうぞ」

 

「おぉ~気が利くね~。君、次期部長は遠くないよ~」

 

「いえ、先輩見てるだけでおなか一杯に……」

 

 美森が見てるだけでも、お腹が膨れてしまうほど、風の食べっぷりは凄い。真生は頭の中で、次期部長の座=天ぷらで繋げそうになり、慌てて頭からこの考えをかき消していた。

 その時、友奈が思い出したように風に問いかけた。

 

「あ、そういえば先輩。話って?」

 

「あぁ、そうだ。文化祭の出し物の相談」

 

「え、まだ四月なのに?」

 

 風は、文化祭の相談のためにこのかめやに来たようだ。その間に風はうどんを完食して、友奈を驚かせていた。そのことを気にも留めずに風は喋り始める。

 

「夏休みに入っちゃう前にさ、色々決めておきたいんだよね~」

 

「確かに。常に先手で有事に備えることは大切ですね」

 

「今年こそ、ですね~」

 

「去年は準備が間に合わなくて、何も出来なかったんですよね~」

 

「……申し訳ない」

 

「真生が謝る必要は無いわよ~。それに今年は猫の手も入ったしね~♪」

 

 そう言って、樹の頭をなでる風。樹はその言葉通りの猫のような扱いに驚き、つい声に出してしまっていた。

 友奈は、いいものが考え付かないようで頭をうならせながら、話し始める。

 

「う~ん、せっかくだから一生の思い出になる事がいいよね~」

 

「尚且つ、娯楽性があって、大衆が靡くものでないと」

 

「えぇ~、でも何したら……」

 

「それをみんなで考えるのよ~。はい、これ宿題。それぞれ考えておく事~」

 

「「「「は~い」」」」

 

「うん、いい返事! すみませ~ん、おかわり~」

 

「「えぇっ!?」」

 

「四杯目!?」

 

「もう俺より食べてるんだが……」

 

 風はかなりの大食漢だった様だ。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 その後、友奈と美森と真生は先に車で帰り、犬吠崎姉妹は徒歩で帰っていた。

 陽がまだ残っている帰り道の途中、風は今日の夕飯について悩む。彼女はまだ食べるようだ。案の定樹にもツッコまれていたが。

 

「樹は小食ねぇ~」

 

「もう、お姉ちゃんが食べすぎなの~」

 

 その時、樹の声とかぶるように、風の携帯の着信音がなる。風は自らのバッグの中から、携帯を取り出す。メールの差出人は――――大赦。彼女の顔が一瞬険しくなる。その一瞬を妹は見逃さなかった。

 

「……お姉ちゃん、どうしたの?」

 

「ん~ん。何でもない」

 

 彼女たちの間をしばしの沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは、風だった。

 

「……ねぇ、樹」

 

「何?」

 

「お姉ちゃんに、隠し事があったらどうする?」

 

 その時風の脳裏を横切ったのは、勇者部の黒一点の言葉だった。

 

『お前は…………いつまで黙っているつもりなんだ?』

 

 その質問に風はこう答えた。黙っていた方がいいんだと、知らない方がいいんだと。しかし、彼は風の本心を知ってか知らずか、その言葉を否定した。

 

『それはある種の逃げだ。……彼女たちに覚悟を決めさせる気は無いのか?』

 

 言われなくても分かっていた。しかし、彼女の、風の意志は固かった。たとえ、自分が間違っていたとしても、これが自分にとっての最良の選択なんだと信じていた。樹はどう思うだろうか。軽蔑か、それとも悲しむか。

 そして、樹は答えに迷いながらも、風へと言葉を返し始める。

 

「えっとよく分からないけど……」

 

「……例えばね、甲州勝沼で援軍が来ないのに戦えーって言わなきゃいけなかったとして」

 

「え~っと……?」

 

「ふふっ。近藤勇」

 

「いきなりどうしたの?」

 

「あははは。何でもない」

 

 当然だろう。突然こんな質問をして、まともな返事が返ってくると思うほうがおかしいのだ。風はごまかす。自分の本心も、本当の隠し事も。

 しかし、樹は違った。彼女は、大好きな姉の泣き言のようなものをあまり聞いたことがない。だからこそ、彼女はそれに答えようとする。大好きな姉のために。

 

「ん~。

 

 

――――ついていくよ、何があっても」

 

「……え?」

 

「お姉ちゃんは、唯一の家族だもん」

 

 風は樹の答えに喜び、そして悲しんだ。隠し事は存在する。自分はこんなにも彼女たちを騙しているのに、こんな純粋な気持ちを受け取ってもよいのかと、どうしても感じてしまうのだ。

 風はそんな負の気持ちを隠し、自分の正の気持ちを樹へと伝える。

 

「……ありがと」

 

 風のやりきれない気持ちとは裏腹に、陽は真っ直ぐに輝いている。暖かな陽の光は、彼女たちを、この世界を覆っている。しかしこの陽の光も、いつかは闇に飲まれるのだろう。そしてまた、昇ってくる。同じものの循環に見えてもその実、時は進んでいる。始まりは、だんだんと近づいてくるのだ。

 

 ――――脅威とは前触れもなく、突然やってくるものなのだから。




 テストも執筆も頑張ります(白目)

 とりあえずは、原作と大幅な違いはなしですかね。真生が主人公の割りに空気ですが、あまり気にしないで下さい。バーテックス襲来、つまりは次くらいから大幅な改変が入ってきます。この位ならネタバレじゃないと思いたい。ネタバレだと思う方は感想欄にお願いします。以後気をつけるので。

 これからもオリジナルキャラ、もしくは原作に名前のみ出ているキャラの登場もあるかもしれません。

 気になった点、誤字脱字などがあったら感想欄かメッセージにてお伝え下さい。普通の感想や批評もお待ちしています。
 では最後に、


 偽り:ホオズキの花言葉


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第十六話 変身

勇者部“五ケ条”を“五箇条”に修正しました。


 

 ――――草薙真生の朝は早い。

 

 寝起きは悪くはなく、一度の目覚ましの音で彼は目を覚ます。そして、すぐに顔を洗い、着替え始める。寝巻きからジャージに着替えた彼は、玄関においてあったある物とタオルを持って、自らの住むマンションから外へと出る。彼の日課であるジョギングをするようだ。彼の目覚ましは5時30分にセットしてあるので、かなりの時間的余裕がある。そのまま、彼は走り出す。片手にある物を持ったまま。

 

 彼は浜辺に来たようだ。そこである物――木剣を取り出す。それを両手で構え、振り下ろす。ただそれだけの行為を、彼は何度も繰り返した。回数が200を越えた頃、彼は剣を振るうのをやめ、構えを解いた。そして、もう一度構え直すとなにもない空間に向かって、剣戟を振るう。彼にしか見えない敵と戦うように。虚空を相手に剣を振るうその姿は、まるで剣舞のようだった。

 

 戻ってきた彼は食事を作る。今日の朝の献立は、薩摩芋とゆで卵を使ったサラダとトーストだ。こちらにもゆで卵が乗っている。今の時間は6時30分。ちょうどいい時間だろう。彼は食事を済ませ、身支度を済ませる。そして、友奈と東郷のいる場所まで、彼はゆっくりと歩いていった。

 

「……ちょっと早く来すぎたな」

 

 家の前には誰もいない。まだ準備がすんでいないのだろうと思った真生は、家の中にお邪魔するか、外で待っているか迷った。お邪魔したところで文句などは言われないだろうが、仮にも女性である友奈たちの準備のすんでいない姿をみるのは心苦しいようだ。迷った末に、外で待っていることにした彼は、携帯を覗く。アプリで暇潰しをするようだ。

 彼が行うゲームは、よくあるオンラインゲームのようだ。しかし、ボスキャラにたどり着く前にやられる辺り、そこまで強くはないらしい。

 

「いってきまーす。……あれ、真生くんいたの? うちに来ればよかったのに……」

 

 真生がゲームをやっている間に準備がすんだようで、友奈と美森が家から出てくる。友奈の家なのに当たり前のように出てくる美森は流石としか言えないだろう。

 友奈は、真生が選ばなかった方の選択を勧めてくる。しかし彼は少し渋い顔をして、それに返答した。

 

「遠慮しとく。いったらいったで、おじさんとおばさんが過剰に歓迎してくるし」

 

「懸命な判断ね。それに友奈ちゃん、真生くん相手でもあんまりそんなに軽い感じで家に誘うのはダメよ。朝なんだしあられもない姿をみられたらどうするの」

 

「ん~、正直今更な感じもするんだけどな~、だって東郷さんが……もがもが」

 

「余計なこというなよ、東郷が嫉妬するだろ」

 

 真生はすぐさま友奈の口を自分の手でふさいだ。彼自身言われたくないことがあるらしい。美森はその様子を不審におもったが、見逃すことにした。何せ彼女自身も彼に恩があり、少なからず好意も抱いているのだ。積極的に疑うような真似はしたくないと彼女は思っていた。

 

 小声で注意して真生が手から友奈を解放すると、友奈はある提案を口にした。

 

「いつもよりも早いけど、もう行く?」

 

 いつもならば彼女たちはまだ真生を待っている時間帯だ。しかし、この日の場合はもうすでに全員揃っている。友奈の提案を悪くはないとでも言う風に、真生は肯定の意を示した。美森も友奈の言うことに逆らうつもりはないようで、友奈に向かって頷いていた。

 友奈は自分の提案がすんなりと通ったことで、いつもよりも少し軽快なステップで美森の車椅子へと近付いた。 そして、いつも通りに車椅子を引いて学校のある方向へと歩いていく。

 真生は彼女たちの一歩後ろに下がり、ともに歩き出す。この微妙な距離感こそ彼の定位置であり、彼自身変える気のない落ち着く場所だった。

 

「あ、また真生くん一歩後ろに下がってる。もうそろそろ隣歩いてくれてもいいのに」

 

「ここが落ち着くんだよ。隣はなんか嫌だ」

 

「……真生くんのけちんぼ」

 

「真生くんには優しさが無いの! 友奈ちゃんを泣かせるなんて!」

 

「君は過剰反応にも程があるだろ……、しかも泣いてないし。ていうかそれ本気で言ってるわけじゃないよな? そうなんだよな?」

 

「大丈夫よ、五割位は嘘だから」

 

「残りの五割は!?」

 

 どこに大丈夫といえる要素があるんだ……とぼやきながら、真生は頭を掻いた。美森は心底面白そうにクスクスと笑っている。友奈もとてもいい笑顔だ。いじられるよりいじる派な真生にはこの環境は少し辛いようだ。とは言っても、学校まではまだまだ距離はあるので、その分いじられることもあるのだが。

 

「そういえば、真生くん今日凄い早かったよね、どうして?」

 

「特に理由は無いけど……。しいて言うならそういう気分だったってだけだよ。起きる時間もいつも通りだったし」

 

「真生くんはその辺りしっかりしているわよね。自分ひとりで起きられるし、ね♪」

 

 美森はそういうと、友奈の方を向いてウィンクをする。そんな美森に申し訳なさそうに友奈は謝る。

 

「いつもゴメンね、東郷さん」

 

「いいのよ。私も好きでやってるんだから」

 

 ボソッと友奈ちゃんの寝顔も見られるしね、と呟く美森。車椅子を引いている友奈には聞こえなかったが、並外れた聴力を持つ真生には聞こえていたようで、苦笑いをせざるを得ないようだ。

 

 そんなこんなで、真生たちは通常運転で、学校まで歩いていったのだった。

 

 

 

 友奈たちと別れた真生は、自分のクラスの教室へと入る。教室の中に入った瞬間、教室にいる数人の人間の視線が突き刺さるが、すぐにその視線も外れていった。

 真生の席は、窓側の席だ。自分の席の近くの窓を開けた彼に、小さな風が通り過ぎていく。それを心地良さそうに受けた真生は、自分の席に座り、本を読み始める。周りの人は、それぞれのグループで固まり、会話を続けている。無言で静かに本を読み進める彼に話しかける者はおらず、彼もそれを気にしてはいない。

 

 授業が始まるまでの間、彼らはとても暇だ。予習をやっているものなど殆どおらず、時にはうるさいほどの声量で会話をするグループもある。その騒音をものともせずに、本を読む真生の集中力はとても高い。それこそ彼の近くにいって衝撃でも与えない限り、彼はそのものの存在に気付く事も無いだろう。

 彼の友達もそれを理解しているのか、挨拶こそすれど返ってくることは期待していないようだ。しかし、空気を読まない者はクラスに一人はいるものだ。

 

「ッハヨー、草薙! 何の本読んでんだよ~」

 

 彼の近くによってそこそこの音量で挨拶をするこの男の名は山野。名前ではなく苗字なのは仕様である。彼の肩を叩き、自分の存在に気付かせる彼はクラスの人間にあ~あ、とでもいう風な視線を向けられていた。真生は本にしおりを挟み、本を閉じると山野に対応し始めた。

 

「おはよう、何か用か?」

 

「用が無くちゃ喋りかけちゃダメなのか?」

 

 本気で首をかしげる山野に、真生は溜息をついて、そんな事は無いけどなと続ける。

 

「じゃあ世間話でもするか?」

 

「おう! あ、知ってるか? 俺の彼女本当に可愛くてさ~。もう本当に俺にはもったいない位出来た子でさ~」

 

「知ってるよ。ていうかお前らが付き合い始めたのは、俺や友奈たちも関係してるんだから知らないわけ無いだろ。何回目だその話」

 

 山野と付き合っている少女は沢口という名前だ。彼女の恋愛相談に付き合った結果、東郷の影響もあったが、彼らは無事に付き合い始めた。それ以来彼はこうしてよく真生に絡んでくるようになったのだ。真生の方は少し面倒くさそうだが。

 山野が続きを話し始めようとした時、鐘が鳴り始めた。

 

「あ、もう時間か。じゃあ、また後でな!」

 

「はいはい、できれば彼女の話以外で頼むよ」

 

 真生はそういうと、本をもう一度取り出し今度は先程のような集中力は発揮せず、パラパラとめくるような読み方をしていた。そして、先生が現れ、授業が始まる鐘が鳴るのだった。

 

 授業の途中、真生は考え事をしていた。先生の言う事など頭に入ってこないようだ。

 

(文化祭の出し物……か。無難に演劇かね?)

 

 そんな事を考えていた真生に、先生はとうとう気付いたようで、彼に声をかける。

 

「草薙君、もう少しまじめに授業を聞きなさい」

 

「……あ、すいません」

 

 彼は少しの間反応を返さなかったが、先生の存在に気付き、頭を下げる。その先生はそれで満足したように授業に戻る。真生は、授業の方に意識を戻そうと思った。

 その瞬間、

 

 

 ――――時は止まった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 その頃、結城友奈は困惑していた。授業中に携帯から鳴り響いたアラーム。突然止まった時間。動けるものは自分と美森のみ。この状況でどう冷静になれというのだろうか。

 

「これ……どうしたの……?」

 

 困惑しつつも、動かない限りはどうにもならない事が分かっているのか、教室から出ようとした時に、()()は起こった。

 

「何……!?」

 

「地震!?」

 

 大地が揺れ動き、風が騒ぎ出す。窓の外からも光があふれ出てきている。彼女たちの困惑は、混乱へと姿を変え、彼女たちを飲み込んでいく。迫ってくる光にとっさに身を挺して美森をかばう友奈。

 光が収まっていく。彼女たちが目を開けた先に待っていたのは、

 

 ――――幻想的なまでの非日常だった。

 

 街は原型をほぼ留めず、その全てを色とりどりの樹木に飲み込まれていた。地に張られた根はありえないほどに太く大きく、幾つものつるが空を浮かんでいる。彼女たちはその幻想的な光景に目を奪われていた。風にさらわれて舞う葉も、季節違いの色に姿を変えている。

 

「何が……起きたの……? 教室にいたのに……」

 

「なにこれ……?」

 

 正気を取り戻し、周りを注意深く見渡す友奈と美森。自分たちのいる場所まで変わっていることに、驚愕を隠せないようだ。

 

「ここは……」

 

「……私、また居眠りしてる? ……夢じゃないみたい」

 

 そういって、自らの頬を思いっきりつねる友奈。しかし、周りの光景は変わらず、樹海のままであった。美森はこの非常事態に自らの足を見つめる。自らの存在が、友奈の足を引っ張る可能性がある。そのことを彼女は恐れていた。友奈は美森の不安をかき消すように、彼女を呼んだ。

 

「東郷さん! ……大丈夫だよ、私がついてる」

 

「……うん」

 

 そう言う彼女の手は震えていた。何が起きてるか分からない以上、大丈夫なんて保証はない。そのことがよく分かっている証拠だ。それでも尚、彼女は美森を元気付けるために勇気を出した。それを理解した美森は静かに返答し、友奈のその心遣いに感謝をしながら自らの不安を押し黙らせた。

 

「あ、携帯!」

 

「画面が……変わってるね」

 

 携帯の画面は、本来のものと変わっている。友奈と美森はそれを疑問に思いつつ、再び周りを警戒する。その時、後ろの方から物音が聞こえてきた。はっと声を出して二人がより警戒を深める中、物音は近づいてくる。そこから現れたのは、勇者部の部長である犬吠崎風と、その妹である犬吠崎樹であった。

 

「……ぁあ! 友奈、東郷!」

 

「風先輩……、樹ちゃん……」

 

 友奈と美森は見知った中である二人と出会えたことで、警戒を緩めた。友奈はもう泣きそうになっている。

 

「よかったです」

 

「はぁ~、何とか会え……」

 

「わぁ~~! 風先輩! 樹ちゃぁ~ん! 何で、何で二人ともここに!?」

 

 感動のあまり風に抱きつく友奈に対して、美森は複雑な気持ちになりながらも、友奈が不安から多少は解放されたことに安心する。風はそんな彼女たちに対して、表面だけ取り繕った冷静さを表に見せて、安心する。

 

「不幸中の幸いかな。二人とも、スマホを手放していたら見つけられなかった」

 

「「えぇっ!」」

 

 風は彼女たちの反応を横目に、携帯を操作する。そして、携帯に表示されたのは自分たちの現在位置だった。

 

「……これ……」

 

「このアプリに、こんな機能があったんですね……」

 

「隠し機能……?」

 

「その隠し機能は、この事態に陥ったときに自動的に機能するようになっているの」

 

「えぇっ、便利……」

 

 携帯に表示されたものに驚く友奈と美森。風は心なしか少し暗い表情で、アプリの隠し機能について説明をしていた。美森は、アプリの機能について驚きながらも、このアプリの入手経路を思い出していた。

 

「このアプリ、部に入った時に風先輩にダウンロードしろって言われたものですよね?」

 

「……えぇ」

 

「……風先輩、何か知っているんですか?」

 

「東郷……」

 

「……ここ、どこなんですか」

 

 答えづらそうな風に、美森は真っ直ぐな視線をぶつける。友奈も樹も、ここがどこであるかどうかは知りたい様で、不安そうに風を見つめていた。風は覚悟を決めたようにして、彼女たちに向かって言葉を紡ぎ始めた。

 

「みんな、落ち着いて聞いて。……アタシは、大赦から派遣された人間なの。この場にはいないけど、真生もそう」

 

「「っえ……」」

 

「大赦って神樹様を奉っているところですよね……」

 

「……何か、特別なお役目なんですか」

 

 美森の言葉に風は頷いた。

 

「……ずっと一緒だったのに、そんなの初めて聞いたよ」

 

「……当たらなければ、ずっと黙っているつもりだったからね」

 

「風先輩……」

 

「アタシの班が――讃州中学勇者部が、当たりだった」

 

「……当たり」

 

 そう告げる彼女の顔は決して明るいものではなかった。こんなにも大事な事をずっと隠していた罪の意識がそうさせるのだ。そんな彼女に友奈の焦りに満ちた声が響く。

 

「あ、あの、それじゃあ真生くんは……、真生くんはどこにいるんですか!? いるなら早く合流しないと……」

 

「……大丈夫よ、友奈。今見えてるこの世界は、神樹様が作った結界なの。この結界にはアタシたち四人しかいないわ。真生は勇者部だけど、あいつのアプリだけはアタシたちのとは作りが違うのよ」

 

「神樹様の……」

 

「よかった……。でも、真生くんは今どうなっているんでしょうか」

 

「……おそらくだけど、真生もきっと他の人と同じように時が止まっているわ。あいつはあくまでサポートだから。……でも、神樹様に選ばれたアタシたちは、この中で敵と戦わなければならない」

 

「えっ、敵……」

 

「戦うって……」

 

「あの、そういえば……この点って何です?」

 

 友奈の画面に表示されていた点。そこには、乙女型と書かれていた。風はそれを見ると、立ち上がり険しい顔へと変えた。

 

「来たわね……」

 

 風の向いた方向、今ここに全員がそちらを向く。そこにいたのは、

 

 ――――奇妙な形をした謎の物体だった。

 

「えっ、えっ!?」

 

「あれね。遅い奴で助かった」

 

「浮いてる……」

 

「アレはバーテックス。世界を殺す為に攻めてくる、人類の敵」

 

「世界を殺すって……」

 

 風の言葉に少しの違和感を感じる友奈。まるで世界そのものが命を持っているような、そんな言い方を風はしていた。風は説明を続ける。

 

「バーテックスの目的は、この世界の恵みである神樹様にたどり着く事。……そうなった時、世界は死ぬ」

 

 その言葉に、友奈たちは吐息を吐く。世界が死ぬ、それはつまり、神樹が死ぬという事。その現実を見なくてはならない辛さに、彼女たちは神樹の方を見返すことしか出来なかった。

 

「この世界に、私たちしかいない……」

 

「……どうして、私たちが……」

 

「大赦の調査で、もっとも適正があると判断されたの」

 

「そんな! あんなのと戦える訳無い……」

 

 弱気な美森の言葉に、風は一筋の希望の言葉ととてつもなく重い責任を口にする。

 

「方法はあるわ。戦う意思を示せば、このアプリの機能がアンロックされて、神樹様の――勇者となるの。アタシたちがやらなきゃ、真生も、他のみんなも危険な目にあっちゃう。だから……目を背けちゃダメなのよ」

 

「……勇者」

 

 友奈と樹、美森の三人も携帯を操作する。そこに表示されたのは、芽の生えた種だった。

 

「……みんな、あれ!」

 

「……!! 危ない!!」

 

 一瞬、バーテックスのほうから光がきらめいた。その瞬間、爆風が吹き荒れる。その爆風に恐れを感じ悲鳴を上げる彼女たち。近くにあった根の壁のお陰か爆風しか来なかったが、本来ならばより強力な爆発が彼女たちを襲っていたことだろう。

 

「けほっけほっ。何!?」

 

「私たちの事狙ってる……!?」

 

「……こっちに気がついてる!」

 

「そんな、……! 東郷さん!?」

 

 風たちがバーテックスを警戒している中、美森の様子がおかしい事に気がついた友奈は美森に急いで声をかける。

 

「ダメ……こんな……戦うなんて……出来る訳無い……」

 

「東郷さん……」

 

 その様子を見た風はあることを決意する。

 

「友奈、東郷を連れて逃げて」

 

「で、でも先輩……」

 

「早く!」

 

「は、はい!」

 

「お姉ちゃん!」

 

「樹も一緒にいって」

 

 風は一人で戦うつもりだ。バーテックスの力が未知数である今、彼女の優しさは危うさへと変わってしまっていた。しかし、樹は風に反対をした。

 

「ダメだよ! お姉ちゃんを残していけないよ!」

 

「……樹」

 

「ついていくよ、何があっても……!」

 

 夕暮れの中、樹が風に対して言った言葉が、今再び風に告げられる。樹には何を言っても絶対についてきてしまうことを確信した風は、樹を心配しながらも樹を頼る事を決める。

 

「よし! 樹、続いて!」

 

「……うん!」

 

 風と樹はアプリに、神樹に戦う意思を突きつける。その意思は神樹へと届き、樹と風はその姿を変えていく。

 風の髪は金に染まり、黄色を基調に、白い衣に身を包まれていた。

 樹の服も形を変えて、黄緑を基調として白を混ぜたドレスを纏う。

 勇者へと姿を変えることが成功した瞬間、バーテックスからの攻撃が襲い掛かってきた。しかし、その攻撃を二人はかわす。バーテックスからの攻撃をかわした二人の勇者は宙を舞っていた。

 

「うわああああぁぁぁぁ。これがぁ!?」

 

「そうよ! 樹、着地!」

 

 風にそういわれた樹だが、急に言われてできるはずもなく着地に失敗する。しかし、樹は衝撃に頭をフラフラさせているものの怪我一つ存在しなかった。そんな樹の目の前に一つのもふもふとした黄緑色の毛玉が現れた。

 

「これが、神樹様に選ばれた勇者の力よ」

 

「っ何。可愛い……」

 

「この世界を守ってきた精霊よ。神樹様の導きで、アタシたちに力を貸してくれる。……樹、よけて!」

 

 風の元には青い色をした犬のようなものがいた。少し場違いな反応をする樹であったが、風の言葉にすぐに気を取り直すと言うとおりに爆撃をよける。しかし、急激に上がった能力にコントロールがまだ上手くできないようで、また、勢いに驚いてしまう。樹は思う、まるでジェットコースターのようだと。心の中だけではなく、悲鳴とともにそう口に出してしまう樹に、風は勇者としての力の使い方を教え始める。

 

「手をかざして、戦う意思を示して!」

 

 そういった風の手元に大剣が出現する。その剣を思い切りよく振るい、飛んできた爆撃を切り落とす。その姿に樹は驚き、言われるがままにやってみる。

 

「えぇっ、こう? きゃああぁぁ! こうぉぉ?」

 

 樹の手元には糸が出現し、爆撃を一瞬にして切り刻んだ。見た目によらずとてもエグイ攻撃だ。樹はまたもや頭をフラフラさせつつ、自分の手元に出現した糸に驚いていた。

 風はその間に、友奈に電話をかけた。無事につながり、少しの安堵とともに、気を引き締め直す。

 

「風先輩! 大丈夫ですか!? ……今戦ってるんですか!?」

 

「こっちの心配より、そっちこそ大丈夫?」

 

「はい!」

 

「……友奈、東郷。黙ってて、ゴメンね」

 

「……風先輩は、みんなのためを思って黙ってたんですよね。ずっと一人で打ち明ける事もできずに」

 

「……ううん、それは違う。真生だって知ってたんだ。真生は、みんなに教えておいたほうがいいって何度も言ってくれた、それなのに……」

 

「それでも! たった二人で、私たちのことを思って、たくさんのことを考えてくれてたんですよね。それって、勇者部の活動目的通りじゃないですか」

 

 その言葉を聞いて、風は動揺する。自分の弱さを、そんな風に見られるとは思わなかったのだ。彼女たちの為であったのは否定しない。しかし、それだけではないのだ。それでも友奈は自分を肯定してくれるのだ。それこそが、彼女なのだから。

 

「風先輩たちは、悪くない!」

 

 ふと笑みが浮かんでしまった風に爆撃が飛んでくる。樹からの注意も空しく、風に爆撃が当たってしまう。間一髪、大剣でガードを果たすがその威力の高さに精霊が現れ、風を守る。

 その後、すぐに樹の元にも爆撃が飛んできて、樹も精霊に守られてしまう。

 

「先輩! 樹ちゃあん!」

 

 友奈たちの方向へ、バーテックスは向きを変えていた。友奈たちはその事に気付き、風たちがやられてしまったのかと思ってしまう。

 現れたバーテックスは、ゆっくりと友奈たちのほうへと近づき、エネルギーを貯め始めた。が、突然その動きを止め、バーテックスは震え始めた。その様子に疑問を感じる友奈であったが、美森が焦って友奈に話しかける。

 

「友奈ちゃん! 私を置いて今すぐ逃げて!」

 

「なに言ってるの! 友達を……」

 

 その瞬間、バーテックスは輝き始めた。友奈も美森も、風も樹も、その様子を思わずじっと見つめてしまう。バーテックスの輝きが収まった後には、先程までと少し形を変えたバーテックスが存在していた。

 体の一部にひびが入り、そこから炎を放っている。爆撃の発射口も心なしか大きくなっており、桃色の部分が濃くなって、白い部分が黒く染まっていた。

 

 突然の変異に驚愕する四人。バーテックスの体はその瞬間も、体からあふれる炎に身を焦がしていた。




 思ったよりも展開が進まず、次回からが本番、といった感じになりました。

 最後を除いて殆ど原作どおりになってしまってごめんなさい。前回のあとがきに次回から大幅な改変はいるよ! といったのにも関わらず、改変といえる改変がラストだけという始末。本当に申し訳ございません。

 次回からはどうあがいても改変を入れることが出来ます。相変わらずの微妙な間隔での更新ですが、次回もお楽しみに。

 気になった点、誤字脱字などがあったら感想欄でお願いします。普通の感想や批評もお待ちしています。
 では最後に、


 変身:オウレンの花言葉


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第十七話 燃える心

※今日はこの前にも一つ投稿しています。お気をつけ下さい。


 

 突如姿を変えたバーテックスに驚きを隠せない友奈たち。しかしバーテックスは、待ってなどくれなかった。大きくなった発射口から同時に幾つもの爆弾を生み出す。生み出された爆弾も炎を纏っている。

 風は焦りながらも、友奈たちへと注意を促した。

 

「友奈! 東郷! 逃げてええ!!!!」

 

 友奈と美森は風のその言葉に反応するも、動く事はなかった。恐怖心が体を支配する。死ぬかもしれないという恐怖が、友奈を美森を飲み込もうと迫ってくる。

 そして、ついにバーテックスから爆撃が開始された。その矛先は、友奈と美森の方向だ。風は焦りを隠す事ができなくなっていた。

 

(アタシのせいで、友奈と東郷が……!! 助けなきゃ、助けなきゃ!)

 

 風の思いとは裏腹に、体は動く事を拒否している。彼女もまた恐怖に支配されようとしていた。そんな姉を見て、樹の瞳に覚悟が灯る。

 スローモーションのように友奈と美森の元に迫る爆撃。樹はその全てを二人の下へと届く前に切り刻んだ。しかし、爆風の勢いも先程とは比べ物にならないほど強くなっていた。爆風により吹き飛ばされる友奈と美森。美森を抱きしめる友奈の瞳にもまた、一つの覚悟が灯っていた。

 追撃を開始するバーテックス。樹は友奈たちに近いものから順番に切り刻んでいく。しかし、バーテックスの爆撃は一切衰える事はなく、いつ終わるのかも分からない連続攻撃に樹の精神が削られていく。

 必死に戦う妹の姿。美森を守りながらもバーテックスから目を離さずに、攻撃の全てを観察する友奈。その姿に風の心は燃え盛る。

 

「……アタシの可愛い後輩たちに、何してくれてんのよおおぉぉ!!!!」

 

 彼女は立ち上がる。その手に大剣を携えて。

 雄たけびを上げながら、彼女はバーテックスへと突っ込んでいく。バーテックスは羽虫を払うかのように、布のような物体を横凪に振るう。風はその一撃を大剣でガードをする。ガードしきれずに吹き飛ばされる風であったが、彼女は根に着地し、諦めずにもう一度立ち向かう。

 今度は布と同時にその身に纏う炎までもを武器とし、風へとぶつけようとする。風に届く一瞬前に、布のような物体を切り刻む樹。いつの間にか、友奈たちへの爆撃は止まっていた。

 しかし、布を切り刻もうと襲い来る炎の一撃は避けられるものではなかった。風を飲み込む炎に樹は思わず声を上げてしまう。

 

「お姉ちゃん!」

 

 風はその体ごと回転し、大剣を大振りに振るい炎を打ち消した。そのままの勢いでバーテックスへと一撃を食らわせる。バーテックスの体は脆く、風の一撃によって簡単にその一部を消し飛ばした。

 

 しかし、風に油断などはなかった。バーテックスの再生力は凄まじいと知っていたからだ。風の予想通りに再生を開始するバーテックス。しかし、その再生力は風の予想していたものよりも遥かに遅かった。心なしかバーテックスの動きも鈍くなっている気がしている。風はその様子に少しの疑問を感じるが、チャンスを無駄にするわけにはいかないと感じ、バーテックスへと追撃をする。

 

 バーテックスは、炎を広げ風を遠ざけようとする。バーテックスの目論見どおりか、風は離れるしかなかった。しかし、勇者は風一人だけではない。炎の隙間をかいくぐり、樹の糸がバーテックスの体を貫く。そのまま樹はバーテックスの動きを抑える為に、糸で体を拘束しようとした。しかし、糸はすぐに集中された炎によって燃やされ、拘束する前にバーテックスを取り逃がしてしまう。

 

 バーテックスは炎の勢いを上げ、周囲のもの全てを焼き払おうとする。それに風が反応する。樹海を傷つけられると、現実の世界で影響が出てしまうのだ。風はそのことを樹に伝え、自分自身もバーテックスの攻撃を止めようと近づく。バーテックスは近づいてくる風に何を思ったのか、爆弾を無数に生み出し全方位へと攻撃を開始した。焦る風に、幾つもの爆撃が襲い掛かってくる。風は自分の射程範囲の爆撃を全て切り落とし、友奈たちの方向へと向かおうとする。それをさえぎるようにバーテックスは他よりも密度の高い炎を風へと向けた。風の目の前に精霊が出現し、風を荒れ狂う炎の波から守る。

 

 その間に樹は多くの爆撃を切り刻んでいたが、流石に数が多すぎるようで、知らず知らずのうちに彼女の疲労も溜まる一方だった。膨大な並列思考に疲れ果て、樹の緊張の糸がほつれかけたその瞬間――

 

 

 

 ――――一輪の花が、空を駆けた。

 桜色の輝きを纏ったそれは幾多もの爆撃を打ち砕き、そのままの勢いでバーテックスへと近づいていく。近くにある爆撃は次から次へとその輝きに叩き落されていく。

 桜色の輝きの正体、それは――――

 

「勇者、パアアァァンチ!!」

 

「友奈……!」

 

「友奈さん!」

 

 ――――讃州中学勇者部二年、結城友奈だった。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 時を少し遡る。

 爆撃によって吹き飛ばされた友奈たちは、精霊による守護のお陰でほぼ無傷で地面へと落ちた。美森の車椅子も奇跡的に無事だ。友奈はすぐに立ち上がり、風たちの戦っている姿を見つめる。彼女たちはまさに死力を尽くして戦っていた。それも友奈たちを守りながらだ。

 友奈は先程の自分の言葉を思い出す。

 

『なに言ってるの! 友達を……』

 

 友奈は、友達を……の後になんと言おうとしていたのだろうか。友奈にとってあれは、美森の言葉を否定するために、とっさに出た言葉だった。友奈は自分が何をしていたかに気づく。風に逃げろと言われ、言われるがままに逃げた結果がこれだ。友奈は何を続きに言おうとしていたのかを心に浮かべた。それは友奈の信念と言えるようなものだった。

 

(ここで友達を置いてきぼりにするなんて……。友達を見捨てるような奴は……!)

 

「……勇者じゃない!」

 

「友奈ちゃん!?」

 

 美森は叫びだした友奈に驚きを隠せない。さっきまでは自分と同じように恐怖に怯えていたのに、戦うなんて考えられなかったはずなのに。そんな考えが美森の頭の中を駆け巡る。美森の戦いへの恐怖。それは理屈ではなく、本能によるものだった。

 美森と向き合い、自分の決意を表そうとする友奈は美森へと謝罪をする。

 

「ごめんね、東郷さん。私やっぱり戦うよ」

 

「やめてよ……、友奈ちゃん。死ぬかもしれないんだよ?」

 

「それでも私は、友達を見捨てたくないんだ。そんなことをしたら、私は絶対後悔する。それに風先輩も言ってたよね? 私たちしかやれる人はいないんだ。ここで逃げても、バーテックスは障害のひとつもなく神樹様にたどり着くだけだよ。そうなったら、全部終わっちゃう。大好きな日常も、大好きな人もみんな死んじゃうんだ。だから、行くよ。東郷さんのために、真生くんのために、風先輩、樹ちゃん。……みんなのために!」

 

 そして、友奈は走り出す。バーテックスの元に向かって。その時、バーテックスは全方位へ爆撃を開始した。当然その爆撃は友奈の元へも向かっている。もう少しで友奈に当たってしまう。そんな状況の中、美森は友奈へと叫ぶ。

 

「友奈ちゃん!」

 

 友奈に爆撃が直撃する。美森は爆風に耐えながらも友奈の名を叫ぶ。大事な親友の無事を祈って。爆発の煙が晴れていく。そこにいたのは、爆撃が直撃したはずの友奈だった。左手を前に突きだし、その両手には桜色のガントレットが付いている。そう、彼女は自分に迫ってきた爆弾を、自らの拳で破壊したのだ。

 友奈の傍らに精霊が顕現する。白い牛のような精霊だ。友奈は語る。自らの意思を。

 

「嫌なんだ。誰かが傷つくこと、辛い思いをすること……!」

 

 次いで襲いかかってくる爆弾に上段蹴りを叩き込む友奈。爆撃を蹴り壊す瞬間に彼女の足にも桜色のブーツが生み出される。

 

「みんながそんな思いをするくらいなら!」

 

 彼女は自分の元に来る全ての爆撃を一蹴する。そのままの勢いで彼女はバーテックスへと突撃する。途中で風が足止めを食らっている姿が見える。樹が戦っている姿が見える。友奈は自らの意思を、思いをバーテックスへとぶつけるため、途中で襲い来る爆撃を叩き落としていく。

 

「私が、頑張る!!」

 

 彼女はバーテックスへの障害となる最後の爆撃を破壊する。

 宙を舞う彼女の髪は桜色に染まり、ポニーテールへと形を変えている。その姿も、白を基調としたデザインへと変わっていた。

 勇者としての最初の一撃。彼女にとっての始まりの拳。負けぬ思いを心に秘めて、彼女は放つ。渾身の一撃を。

 

「勇者、パアアァァンチ!!」

 

「友奈……!」

 

「友奈さん!」

 

 彼女の一撃が、バーテックスの体を大きく抉った。

 しかし、次の瞬間にバーテックスは体の再生を開始する。先程までの遅々とした再生とは比べ物にならない再生速度で。

 友奈はバーテックスを踏み台に、風たちの元へと跳ぶ。合流をしていた風と樹に友奈は謝罪をした。

 

「ごめんなさい! 遅くなりました!」

 

「謝らなくていいわよ。それよりもあいつをさっさと倒すわよ! このままじゃあ樹海がもっと酷いことになっちゃう」

 

「でも、どうやって? 今もどんどん直っていってるよ、あのバーテックス……」

 

「バーテックスはダメージを与えても回復するの。封印の儀式っていう特別な手順を踏まないと、絶対倒せない!」

 

「て、手順って何、お姉ちゃん」

 

「あいつの攻撃を避けながら説明するから、避けながら聞いてね。来るわよ!」

 

「またそれ~!? ハードだよぉ~!」

 

 そう言って散開する三人。それぞれ避けきれない攻撃は、迎撃することでどうにかなっていた。

 

 その頃美森は自らの内にある恐怖心と戦っていた。

 

(私は何のためにここにいるの? 皆も友奈ちゃんも必死に戦っているのに……! 何で私だけこんなにも怖がっているの!?)

 

 彼女は自らを奮い立たせるために、自分自身を叱咤激励する。しかし、そんなものは付け焼き刃でしかなく、バーテックスの姿をみた瞬間に戦う意思は消え去ってしまう。突然時が止まり、自分達のいる場所が変わって、風に真実を伝えられた。バーテックスが襲いかかってきて、風と樹が変身を果たし、バーテックスが突然変異をした。友奈も恐怖心を克服し、戦いに臨んだというのに、自らはこの体たらく。美森は自分が嫌になってきていた。

 風に追求するだけしておいて、戦いには参加しないという自分の弱さを、彼女は認めたくはなかった。認めたらより弱くなってしまうから。

 彼女は自分の弱さから思考を切り替え、どうしてバーテックスは突然変異をしたのかを考える。戦う意思がない自分にできることは考えることだけだ。祈りなどどれだけ捧げても足りないくらいだが、それよりも優先すべきはこの事だろう。

 

(元々ああいう生態だった? いや、それだったら風先輩があんなにも驚く必要はないはず。今回の一件に関してもっとも詳しいのは彼女だもの。それならなぜか……一番考えられる可能性は、第三者によるバーテックスへの接触、及びバーテックスの強化。でも、この結界の中で動けるのは私たち勇者とバーテックスのみ。大赦が何かを隠しているのなら、それがもっとも原因に近いのだけど、その可能性はかなり低いはず。自ら滅びの道を選ぶなんて正気の沙汰じゃない。……となると考えられるのは、勇者による裏切りか、別のバーテックスの存在?)

 

 彼女は思考を巡らせる。友奈たちが戦う中、今以上の足手まといにならないように。

 

 美森がバーテックスの変貌の原因を探る中、友奈たちは苦戦を強いられていた。

 封印をする為の手順はこうだ。勇者たちで敵を囲み、魂を込めた言葉をぶつける。そして、そうすることによって現れる御霊を壊す。それこそがバーテックスを倒す唯一の方法だ。

 しかし、それを行うにはまずは敵を囲む必要があった。その時点でかなり厳しい状況に陥っていたのだ。

 

「くっ、炎が邪魔で近づけない!」

 

 そう、バーテックスの纏うこの炎が問題なのだ。これさえなければ、御霊を表に出されたバーテックスは抵抗が少なくなる。そうなると後は簡単になるのだ。

 では、この炎にどう対処するか。友奈は先程バーテックスにパンチを食らわせている。しかし、それは風の足止めに炎が使われていたからだ。全方位に広げられたら安易に近づく事ができなくなってしまう。つまり、今の状況では勇者部に打つ手はないという事。……という訳ではなかった。

 

「今です! 二人とも急いで!」

 

 犬吠崎樹の存在がこの状況を変える鍵だった。彼女の武器は糸を射出すること。後の二人と違い、遠距離戦も可能なのだ。全方位へ広げる炎は、範囲が広くなる代わりに火力を犠牲にする。つまり、十分に樹の糸も通るという事。

 樹が糸を使い、バーテックスを拘束した瞬間、友奈と風は行動を開始する。樹はバーテックスを拘束するので精一杯で、封印の儀に参加する事ができなかった。

 たった二人での封印の儀。彼女たちは不安もあったが、自らの味方であるそれぞれを信じあい、バーテックスへと立ち向かった。バーテックスは糸を燃やそうと炎を集中させる。その周りの炎が弱まる瞬間を狙い、友奈と風は封印を開始した。

 

「っでた! アレが御霊よ! アレはいわばバーテックスの心臓、破壊すればこっちの勝ちよ!」

 

「分かりました! それなら私が行きます!」

 

 バーテックスの体から現れたのは大きな四角錐の物体だった。それに向かって突撃する友奈。彼女は御霊へと強い一撃を食らわせた。……しかし、

 

「かたぁぁい!! これ硬すぎるよぉ~!」

 

 むしろ殴った側である友奈のほうが痛がるレベルだった。バーテックスを拘束する必要のなくなった樹は、封印の儀に参加し直した。そのときに彼女が気付いたのが、段々と減っている浮かんでいる数字である。樹はそれを疑問に思い、風へと質問をした。その回答は、

 

「あぁ、それ私たちのパワー残量。零になるとこいつを押さえつけられなくなって、倒す事ができなくなるの!」

 

「えぇ!? ……という事は」

 

「こいつが神樹様にたどり着き、全てが終わる!」

 

 そう言うと、風は御霊の元へと跳んでいき、破壊しようと迫る。友奈は迅速にどいて、風の攻撃を見守る。しかし、風の大剣を持ってしても、御霊を破壊する事が出来ない。風はより気合を込めて、大剣の一撃を放つ。それにより、御霊にとうとう亀裂が走る。

 

「見たか! アタシの女子力!」

 

 そのことに喜ぶ友奈たちだったが、次の時にはまた驚愕に染まる。樹海が枯れていっているのだ。そのことにもっともこの状況に精通している風はまた焦りを見せ始める。

 

「しまった、急がないと! 長い時間封印していると、樹海が枯れて現実世界に悪い影響が出るの!」

 

 その言葉に友奈は、日常を思い出す。彼女は思う。これ以上壊させやしないと。友奈は再び御霊へと突撃をする。先程よりもより一層の思いを込めて。彼女は思い出す。先程の痛みを恐怖を。

 

(痛い、怖い……でも!)

 

「大丈夫!!」

 

 友奈は御霊に渾身の一撃を食らわせようとした。しかし、最後の抵抗とばかりに御霊が亀裂から炎を吹き出す。真正面からそれを受けた友奈に、風と樹は友奈の安否が気になってしょうがなかった。

 

「友奈ぁ!!」

 

「友奈さぁん!!」

 

 二人の声は樹海の中に響き通った。

 

 ――――そして、次の瞬間に拳圧で炎を吹き飛ばす友奈が現れる。

 

「うおおおおぉぉぉぉ!!!!」

 

 友奈は、御霊を拳で打ち抜く。友奈の拳によって割れた御霊はその体を分解させ、天へと散っていった。友奈は着地をすると自慢げに声を出した。

 

「どうだ!」

 

 バーテックスの体が砂となって、崩れていく。

 友奈は少し焦げた自らの格好を見て苦笑いをする。そんな友奈に風は近寄ってきて友奈の両手を握って喜びを伝えた。しかし、あまりにも硬い御霊を殴ったせいで拳を痛めている友奈にはそれは拷問に等しかった。それに気付いた風は自分のやった事がかなり酷かった事に気付きすぐに謝った。その後、樹も友奈の元へ行き姉と同じ行為を行ったのはご愛嬌だろう。

 

「勝った……。よかったぁ」

 

 美森も喜びを隠しきれずに笑顔になる。その時、樹海がまた揺れ始めた。友奈たちはまた困惑をしたが、舞い散る葉によって視界を阻害され、一時的に何も見えなくなる。

 こうして、友奈たちは初めてバーテックスを討伐したのであった。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「……強化したといっても所詮は一体か。いいさ、機会はこれから幾らでもあるのだから」

 

 ――――崩壊していく樹海に、蒼い影が笑みを浮かべていた。




 今日は調子がよかったので連続で投稿できました。結末自体は同じでしたが、ここからより原作に改変が加わっていくので、楽しみにしてください。……何度も同じこと書いている気がする。

 気になった点、誤字脱字などがあったら感想欄にてお伝え下さい。普通の感想や批評もお待ちしています。
 では最後に、


 燃える心:サボテンの花言葉


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第十八話 後悔

今話以前の三人称での東郷美森の呼称を“美森”に統一しました。


 

 友奈たちが目を開けたとき、そこには色とりどりの木々に満ちた樹海ではなく、いつも見てきた日常が存在していた。

 照りつける太陽。見慣れた風景。彼女たちは戻ってきたのだ。樹海に引き込まれる事によって遠ざかっていた元の世界に。

 三人は無事に初陣を乗り越え、後の一人は敵を前にして恐怖に怯えた。しかし、それもある意味当然の結果だ。得たいの知れないもの、過去に恐怖を刻み付けられたものは人のなかに強い恐怖を呼び覚ます。

 それを受け入れ前に進むか、それとも現実から逃げてその場でうずくまるか。これこそが今後の美森の課題。彼女の踏み出すべき一歩なのだ。

 

「……あれ、ここ学校の屋上?」

 

 友奈は、自分のいる場所が元々いた教室でないことに気づく。その疑問には風が答えた。

 

「神樹様が戻してくださったのよ」

 

 友奈は風の言葉に納得する。神樹にとってあの結界は自分の庭のようなもの。その中にいる勇者を自由に転移させる事など朝飯前なのだろう。

 友奈は少しきょろきょろと周りを見渡す。そこで彼女は目当ての人物を発見した。

 

「あぁ、東郷さ~ん。無事だった? 怪我はない?」

 

「友奈ちゃん……。友奈ちゃんこそ大丈夫? 火傷とかしてない?」

 

「うん、大丈夫! アレぐらいへっちゃらだよ。それにもう安全。……ですよね、風先輩!」

 

 美森は、友奈がバーテックスの炎の直撃を食らったことを心配していた。幸い彼女の火傷も酷いものではなさそうだ。

 友奈は、もう安全なのだから心配する必要もないという様に風に問いかけた。風もその問いかけに頷き、肯定を示す。

 

「そうね。ほら見て?」

 

 風に促され、友奈と東郷は屋上から見ることの出来る景色を見つめる。その光景はあまりにもいつもどおりで、友奈たちが戦っていた事がまるで夢のように思える程だった。しかし、あれは夢ではない。それは友奈の体をひりひりとさせる赤く染まった肩が証明していた。

 

「……みんな、今回の出来事気付いてないんだね」

 

「そう。他の人からすれば、今日は普通の木曜日。……アタシたちで守ったんだよ、みんなの日常を」

 

「よかった……」

 

「ちなみに世界の時間は止まったままだったから、今はモロ授業中だと思う」

 

「「えぇ!?」」

 

 なんでもない事のように言う風に、友奈たちは思わず振り向いた。授業中に抜け出したなんて話になればいいが、授業中に神隠しにあったなんて言われたら、彼女たちは変な目で見られてしまうことは確実だろう。

 

「ま、後で大赦からフォロー入れてもらうわ。……怪我はないわね、樹」

 

「うん、お姉ちゃんは何ともない?」

 

「平気平気~」

 

 軽い感じでそう答えた風であったが、その直後に泣きながら抱きついてきた樹に面食らってしまう。

 

「怖かったよぉ~、お姉ちゃぁん。もう訳わかんないよぉ~」

 

「……よしよし、よくやったわね。冷蔵庫のプリン、半分食べていいから」

 

「あれ元々私のだよぉ~~」

 

 片方は泣きながら、片方は慈愛の眼差しで話し合っているが、それにしても話している内容がアレである。美森はそんな二人の声も聞こえない程に自らの考え事に頭を悩ませており、友奈も美森のほうを見ながらも何も言う事は無かった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「あの子今日休みだってさ。何でも隣町であった交通事故に巻き込まれたらしいよ~」

 

「本当? よく怪我で済んだね。アレで運転手が大怪我しちゃったんでしょ? それに加えて二、三人怪我したって、物騒だよね」

 

「そうそう。あの子も運悪く近くにいたらしくてさ。まぁ。一週間も経たずに退院するって言ってたから、大丈夫でしょ」

 

「致命的に運が悪い時ってたまにあるよね。本当に怪我で済んでよかった」

 

 友奈はそんな話を教室の中で聞いていた。美森も友奈とともに部活に行くのでその話しは聞こえているのだろう。彼女は自分の席で暗い顔をしていた。友奈はそれを心配そうに見つめるも、特に何を言うでもなく日直の仕事に戻っていった。

 

 ――黒板の隅の欠席者の欄には、一人と書かれていた。

 

 

 

 

 日直の仕事を終えて、友奈たちは勇者部の部室へと足を運んでいた。友奈の頭の上には、先日現れた友奈の精霊がちょこんとくっついていた。

 

「その子懐いてるんですね~」

 

「えへへ、名前は牛鬼って言うんだよ」

 

「可愛いですね~」

 

「ビーフジャーキーが好きなんだよね」

 

「牛なのに!?」

 

 友奈と樹はほのぼのとした雰囲気で会話をしていた。樹のツッコミ能力も健在だ。

 そんな中、真生は黒板にチョークで何かを描き込んでいる。風は真生に問いかけた。

 

「描けた? 真生」

 

「ばっちり、もう始めてもいいぞ」

 

「了解。……さてと」

 

 風は二人の会話を断ち切るように、話の流れを変えた。彼女たちは風のほうを向き、風の話を真剣に聞こうとしていた。

 

「みんな元気でよかった。早速だけど、昨日の事を色々説明していくわ」

 

「よろしくお願いします」

 

 風と真生は大赦から派遣されてきたので、バーテックスや樹海関係の事はよく知らされている。風は自分の知る限りの情報を友奈たちに伝えようとしていた。

 

「戦い方はアプリに説明テキストがあるから、今は何故戦うのかって話をしていくね。こいつ、バーテックス」

 

 そういって彼女は黒板に描かれた異形の化け物を指差した。

 

「人類の敵が、あっち側から壁を越えて、十二体攻めてくる事が神樹様のお告げで分かったわけで……。まぁ、アタシも人伝にそれを聞いただけなんだけどね」

 

「真生さんって絵、上手なんですね。見たらすぐに分かりましたよ~」

 

「ありがとう、まぁあんまり描く機会もないけどね。そんな独創的なものは作れないし」

 

「それでもすごいよ~。あれ? でも真生くんってバーテックス見たことあるの?」

 

「……大赦の資料でちょっとな。細かいところは想像で補完したけど合ってた?」

 

「はい! あ、でも私たちが戦ったのはこのバーテックスだけどこのバーテックスじゃなくて……え~と?」

 

「その辺りもちゃんと説明するから話聞いてよ。脱線してるじゃないの~」

 

「「ご、ごめんなさい」」

 

 曖昧な笑みを浮かべる真生。風は声を揃えて申し訳なさそうな表情で謝る友奈と樹をまったくもう、といいながら許していた。

 

「……どこまで話したっけ? あぁ、そうだ。バーテックスの目的は神樹様の破壊。以前にも襲ってきたらしいんだけど、その時は頑張って追い返すのが精一杯だったみたい。そこで大赦が作ったのが、神樹様の力を借りて勇者と呼ばれる姿に変身するシステム。人知を超えた力に対抗するには、こちらも人知を超えた力って訳ね」

 

「あれ? 風先輩、その私たちの絵の隣にある+αって何ですか?」

 

 黒板には可愛くデフォルメされた真生を除いた勇者部一同が描かれていた。その勇者部一同の隣に友奈の言った通り+αと書かれている。風もこれには頭の上に疑問府を浮かべる。

 

「本当だ。真生、これは何よ?」

 

「勇者は今ここにいる勇者部だけじゃないって事だよ。そのうちもう一人大赦から派遣されてくるはずだから、+α」

 

「あぁ、そういうことね。……また女の子か」

 

「もうそれで弄るのは止めてくれないか!?」

 

 みっともなく言い訳を述べる真生をあしらいつつ、風は話が脱線する前に軌道を元に戻す。

 

「それで注意事項として、樹海が何かしらの形でダメージを受けると、その分日常に戻ったときに何かの災いとなって現れるといわれているわ」

 

 風の説明に友奈は、教室でクラスメートの女子生徒が話をしていた事を思い出す。彼女たちはこう言っていた。

 

『あの子今日休みだってさ。何でも隣町であった交通事故に巻き込まれたらしいよ』

 

『本当? よく怪我で済んだね。アレで運転手が大怪我しちゃったんでしょ? それに加えて二、三人怪我したって、物騒だよね』

 

 友奈は戦いの中で封印の際に樹海が枯れていく以前に、バーテックスの攻撃で樹海が燃やされていた事に気付く。アレが原因で被害が広まってしまったのだ。仕方のないこととはいえ、彼女たちの心の中には無念が残った。

 

「派手に破壊されて大惨事、なんてならないようにアタシたち勇者部が頑張らないと」

 

「……その勇者部も、先輩が意図的に集めた面子だったという訳ですよね?」

 

「…………うん、そうだよ。適正値が高い人は分かってたから」

 

「それには、俺も加担してたんだ。責任は俺にもあるよ。誘導位はするつもりだったし」

 

 実際には誘導する前に、風の誘いを友奈が一発でオーケーしてしまったのだが。風は真生の方をチラリとみて、話を再開する。

 

「アタシたちは、神樹様をお奉りしている大赦から使命を受けてるの。この地域の担当として」

 

「知らなかった……」

 

「黙っててごめんね」

 

 風は改めて今まで黙っていた事を謝罪する。謝る風のほうを見ながら、友奈は問いかける。

 

「次は敵、いつ来るんですか?」

 

「明日かもしれないし、一週間後かもしれない。そう遠くはないはずよ。……それで、肝心のアタシたちの戦ったバーテックスのことなんだけどね。残念ながらまだ何も分かってないの。大赦にも問い詰めてみたけど、過去の戦いの記録にもバーテックスがあんな変貌を遂げた例は無かったらしいし、まだまだバーテックスには分からない事が多いのよ……」

 

 勇者部の全員は一斉に押し黙った。自分たちの戦ったバーテックスは正体不明のバーテックスだったと聞いてもなかなかピンと来る事はないだろう。しかし、あのバーテックスの強さを彼女たちは身に染みて分かっていた。友奈は湿布の張られた肩に。怪我こそしなかったが、風と樹もあの熱さと衝撃を覚えている。戦いに参加する事のできなかった美森もそのことは理解していた。

 しかし、美森は苛立ちを抑え切れなかった。

 

「……なんでもっと早く、勇者部の本当の意味を教えてくれなかったんですか。友奈ちゃんも樹ちゃんも、死ぬかもしれなかったんですよ」

 

「……ごめん。でも、勇者の適正が高くても、どのチームが神樹様に選ばれるか敵が来るまで分からないんだよ。むしろ、変身しないで済む確率の方がよっぽど高くて」

 

「そっか。各地で同じような勇者候補生が……いるんですね」

 

「うん。人類存亡の一大事だからね」

 

 風は自分が勇者部のみんなに黙っていた理由を伝えた。これで納得してもらえなければ、彼女はもう何も言う事はできない。謝る事しかできないのだと、風は思っていた。

 美森は風の言葉を聞いても尚、怒りを抑えきれずにいた。

 

「……こんな大事な事、ずっと黙っていたんですか」

 

「東郷……」

 

「……あ、私行きます!」

 

 美森が部室を去っていく姿を見た風は、彼女の名前を悲しみと悔しさとともにこぼした。友奈は、美森と風を交互に見て、美森のほうへと駆けていく。

 風は意気消沈をしていた。やはり自分はいけなかったんだろうか。もっといい方法が有ったのではないだろうか、という今考えていても仕方のない思考に彼女は囚われていた。

 しかし、真生は風に厳しい言葉を投げかける。

 

「今更後悔するなよ。自分で決めた事なんだ、もっと責任を持て」

 

「真生……。でも、アタシは」

 

「でもじゃない。……お前は誰だ。犬吠崎風だろう。部長なら部長らしく胸はって待ってればいいんだよ。俺から見れば、東郷はお前のことを本当に嫌っているわけじゃない。自分が嫌で、そんなイライラを不本意ながら風にぶつけてしまった。ただそれだけの事だよ。……友奈も言っていただろう? お前は悪くないって。無責任だけど、確証なんて無いけど、自分の仲間をもっと信じろよ。リーダーだろ?」

 

 

 

 

「――ねえ、友奈ちゃんは大事な事を隠されていて、怒ってないの?」

 

 その頃、部室から離れた場所で、友奈と美森は向き合いながら話をしていた。友奈は彼女の質問に一瞬の戸惑いを感じるが、戸惑いはすぐに消え、自分の素直な気持ちを美森へと伝えた。

 

「そりゃあ、驚きはしたけど……。でも嬉しいよ。だって適正のお陰で風先輩や樹ちゃんと会えたんだから」

 

「……この適正の、お陰?」

 

「うん!」

 

 友奈の迷いの無い答えに、美森は自分を恥じた。そして、促されるようにして自分の心の中を吐露した。

 

「私は、中学に入る前に、事故で足が全く動かなくなって、記憶も少し飛んじゃって。学校生活送るのが怖かったけど、友奈ちゃんと真生くんがいたから不安が消えて、勇者部に誘われてから、学校生活がもっと楽しくなって。……そう考えると、適正に感謝だね」

 

「これからも楽しいよ。ちょっと大変なミッションが増えただけだし、どんな事かは分かんないけど、真生くんもサポートしてくれるし!」

 

「そっか……。そうだね」

 

 友奈が素直な気持ちをぶつける事によって美森の心は晴れ、彼女にほんのちょっぴりの勇気を与えた。友奈は笑顔を浮かべる。

 友奈にとって大切なのは、身近にいる大切な人たちを守る事だ。そのためならば、友奈は多少自分の身が犠牲になったところで、戦う事を止めないだろう。

 

 ――――彼女は気付かない。それこそが大切な人を泣かせ、傷つける行為だという事に。

 

 

 

 

 

「如何にして、お姉ちゃんと東郷先輩が仲直りするか」

 

「えっとぉ、説明足りなくてごめんね~」

 

「軽い、というか本当にどう謝罪するかを考えるんですか、風先輩」

 

「何よ~、真生はああ言ったけど謝るくらいはしときたいじゃない」

 

「心のままに謝ればいいだけなのに……」

 

 樹は得意なタロットカードを使った占いを、風と真生は謝罪の練習を行っていた。

 真生は、謝罪の方法を考える風に呆れを感じる。風はそんな真生の様子に不満を感じていた。真生は、突然風に少し離れる事を伝えると部室を後にした。

 風は自分勝手な真生に憤りを感じながらも、 真生を責めるのはちょっと違うかと反省する。反省しつつも、樹の下に向かい占いの結果くらい聞いても構わないだろうと思う。

 

「樹~、どうするべきか占えた?」

 

「今、結果出るよ~! えい、ほっ」

 

 いつものような元気の無い声で樹に問いかける風。いつもよりも元気のいい声を上げる樹。珍しく対照的な絵になっている姉妹であった。

 樹がカードを数枚めくる。風はそのカードの一部を見ながら思ったことを口に出してしまう。

 

「おぉ~、何だかモテそうな絵じゃない! 他のは?」

 

「えっとぉ……ん?」

 

 めくろうとしていたカードが空中で止まっている。これが示すものは一つしかない。それはつまり――

 

「樹海化!? まさか連日で……!」

 

 

 ――――再び、少女たちの戦いの火蓋が切られようとしていた。




 遅くなりましたが、お気に入り登録数が200を突破しました。呼んでくれている皆様にご感謝を。

 今回の話は東郷さんの後悔と風の後悔がメインです。真生がいることによって風の後悔が原作よりも強くなっています。真生の存在が必ずしもいい結果ばかりに繋がるわけではないのです。そして、うちの東郷さんは、少し鷲尾成分が強いかもしれません。変人度が足りないと思う方もご了承下さい。

 そして、結構な頻度で行われる修正。皆様もここはこれのほうがいいんじゃないだろうか、という点があれば、おっしゃってもらえた方が作者の文章力が上がるかもしれません。

 さらに、一章の最終話にて、章タイトルの花言葉を追記しました。暇があればご覧ください。

 気になった点や誤字脱字などがあったら、感想欄等にてお伝え下さい。普通の感想、批評もお待ちしています。
 では最後に、


 後悔:フウリンソウの花言葉


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第十九話 逆境に耐える

“幼稚園”と書いていましたが、“保育園”へと変更しました。変更し切れていない部分があると思うので、気付くことがありましたらお知らせ下さい。
タグに“結城友奈は勇者部所属”を追加しました。


 

 ――――樹海化を起こした世界で、蒼い影は新たに現れたバーテックスを睨み付ける。三体のバーテックスは、蒼い影に気づくこともなく、ゆっくりと侵攻を続けていた。

 

「……三体か。少し、実験に付き合ってもらうぞ。なに、お前たちはどうせ尽きぬ命だ。

――――今この場で今生の命を燃やし尽くせ」

 

 蒼い影はベージュ色のマントをたなびかせ、その手のひらで直接三体のバーテックスに触れた。

 バーテックスは体を震わせる。そして、その体を他の色など寄せ付けないほどの漆黒に染めて、あるはずもない叫びをあげる。

 それは歓喜か、恐怖か、それとも怒りか。バーテックスの意思の分からない我々には到底及びもつかないだろう。

 それを無感情に、無機質な瞳で見つめる影が一つ。

 

「さて、勇者は魔王の尖兵を狩ることが敵うのか。見届けさせてもらおう。

 

 

 

――――願わくば、痛みもなくここで終われ」

 

 蒼い影は、その言葉を最後に忽然と姿を消した。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 友奈がそれを見つけたのは本当に偶然だった。

 

 三体同時に迫ってきたバーテックス。それらの存在が漆黒に染まる前に、彼女は勇者に変身するために携帯を覗いていた。位置確認のために携帯で自分たちのいる場所とバーテックスのいる場所を見つめる。一瞬だけであったが、そこには新たな存在の名が記されていた。

 

UNKNOWN(アンノウン)……? あ、消えちゃった。……バグ、じゃないよね。これって一体……」

 

 友奈は携帯に表示された名に驚きを隠せない。

 UNKNOWN(アンノウン)、それはつまり正体が分からないという事。友奈たちが戦ったバーテックスは未だ一体きりだが、その一体が突如変貌し、元の姿よりも強力になった事はまだ記憶に新しい。友奈はその原因について深く考えた事はなかった。

 しかし、この正体不明の存在の名が消えた直後に、炎を放ちながら進撃を開始する漆黒のバーテックスが現れたのを見れば、どうしてもこう思うだろう。

 

 この存在が漆黒のバーテックスの鍵を握っているのでは、と。

 

 彼女はバーテックスに対抗するために勇者へと変身する。そして、美森の方を向いて口を開く。

 

「東郷さん、待っててね。倒してくる」

 

「っ! 待って、私も……」

 

 美森は言葉の途中で、前回の戦いを思い出す。迫り来る人類の敵(バーテックス)、自分の身を容易く吹き飛ばす爆撃。それは彼女の恐怖心を呼び覚ますのに十分であった。

 ヒッと声を出してしまう美森。怯える彼女の手を友奈は優しく握った。

 

「大丈夫だよ、東郷さん。……行ってくるね」

 

「友奈ちゃん……!」

 

 美森は友奈の名を呼ぶ。友奈は美森に微笑み、バーテックスの元へと跳ぶ。足に力を込め、風と樹の下へと駆けていった。

 美森はそれを悲しげに見つめながら思う。自分は何故こんなにも弱いのだろう。自分を除く勇者部メンバーはあんなにも勇気に満ち溢れ、果敢にバーテックスと戦っているのに――。

 彼女は救いを求めるように、自らのリボンに触れていた。

 

 

 

 

「……何かあいつら前よりも遥かに真っ黒になってない? 不安要素はたっぷりあるわ、バーテックス自体がたくさんいるわ、東郷と喧嘩するわでいいことないわね、今日は……。友奈、樹、とりあえず遠くの奴は放っておいて、まずはこの二匹纏めて封印の儀に行くわよ!」

 

 この指示に従おうとする二人だったが、この直後に遠くのバーテックスが行った行為によって、その動きを止められた。

 手前の二体よりも離れた位置にいるバーテックス、その名はサジタリウス・バーテックス。射手座(いてざ)の名を冠するバーテックスの能力は、その名に違わぬ圧倒的な遠距離射撃。それも強化された事により、射程距離も弾の威力もその数も倍増していた。

 その一撃が一瞬にして風の元へと飛んで行く。そのスピードは勇者の強化された視力を持ってしても捉えきれない早さだった。風は成す術も無く、射手座の攻撃によって弾き飛ばされた。その強力な一撃も精霊によってガードされたが、緩和しきれない衝撃によって風はくるくると回転しながら根にぶつかった。

 

「お姉ちゃん!!」

 

 リーダーの風がやられた事で、友奈と樹は一瞬の動揺を見せる。その隙を逃さず、間髪いれずに射手座は無数の光の矢を撃ち出した。それらを彼女たちは反応し、何とか避けきることに成功した。

 

「撃ってくる奴を何とかしないと!」

 

 友奈は射手座を打倒しようと、降ってくる矢をかわしながら射手座の元へと向かおうとした。しかし、それを放置するほどバーテックスは甘い存在ではなかった。

 蟹座(かにざ)の名を冠するキャンサー・バーテックスは、射手座の打ち出す光の矢を反射することの出来る板状の物体を出現させる。その矛先は空中にいる友奈へと向かった。

 

「まずい……!」

 

「友奈さん!! 危ない、後ろです!!」

 

 その言葉に気付き後ろを振り向く友奈、もう光の矢は目前まで迫っていた。

 

「あわわわわわわわ!!!!」

 

 しかし、それを持ち前の反射神経と硬い拳によって全て弾き返す友奈。だが、バーテックス側の攻撃はまだ終わっていなかった。蟹座が極太の怪光線を友奈に向かって発射する。友奈も超スピードで接近してくる怪光線には対応できずに直撃を食らってしまう。精霊に守られる友奈は、背後から迫ってくる蠍座(さそりざ)――――スコーピオン・バーテックスの鋭い槍のような尾による刺突に反応しきれず、とてつもない衝撃が彼女を襲った。

 

(――――!!!???)

 

 彼女はその一撃に気を失いかける。しかし、敵の続く猛攻による衝撃はさらに激しさを増し、射手座による射撃までもが友奈を襲う。三体のバーテックスの攻撃を一度に全て引き受ける友奈は失われかけた意識を更なる痛みによって持ち直す。

 風と樹は友奈を救おうとするも、バーテックスの放つ炎によりそれすら敵わない。その炎すらも前のバーテックスである乙女座(おとめざ)の名を冠するヴァルゴ・バーテックスのものよりも大きく熱い。

 風の顔に初めほどの余裕はもう無く、焦りが心の内の大半を占めていた。友奈の身を守る精霊ガードも、どこまで耐えられるか分からない。そう考える風はどうにかして友奈から三体を引き離さなければと思考する。出てきた案は種類など無く、たった一つだけ。それは、自らを囮としてバーテックスにぶつかっていく事だ。そのためには隙間の無い炎の中を潜っていく必要があった。樹の糸による攻撃も三体分の密度の高い炎によって焼き尽くされる。その間にも友奈は三体のバーテックスの攻撃を受け続けている。風にもう考える余地など無かった。

 

「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 

 全身を焼き焦がすような炎の中で精霊に守られながらも風は突き進む。その手の中にある大剣を強く握り締め、彼女は裂帛の気合とともに蠍座へと一撃をくらわせた。その一撃は蠍座の体を大きく削るが、空しくも速いスピードで再生していく。

 

「くそ!! こんなんじゃダメだ、せめてあと一人……あと一人攻撃力の高い勇者がいたら……!!!!」

 

 風の捨て身の突進により開いた小さな穴。それもすぐに炎によって埋まってしまったが、その中の光景を美森はしっかりと見ていた。今にも散ってしまいそうなほどの攻撃を受ける桜色の少女、結城友奈の姿を確認した彼女は大きな声で彼女の名を叫ぶ。悲鳴も同時に上げてしまうほどの光景に、彼女はある出来事を思い出す。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 記憶喪失と、足の不自由。

 彼女の心は、不安と哀しみで張り裂けそうだった。不意に脳天気な声と少し低めの男の声が聞こえた。

 隣の家の娘とその友達のようだった。

 

「新しいお隣さんだ!」

 

「……あぁ、初めまして……だな」

 

 人懐っこい笑顔で彼女は話しかけてきて、友達の方からは少し歯切れの悪い言葉が出てきている。美森は自分を見る彼の目に慈愛が含まれていた事に、何故か安心感を覚えた。

 

「同じ年の女の子が引っ越してくるって聞いてたから、楽しみにしてたんだ! 真生くんもなんでそんなに固い顔してるの! ほら、笑顔笑顔!」

 

 少女は、少年の頬に触れ口角を無理矢理引き上げる。彼は抵抗をするが、少女に強く出られないようで、なかなか開放をしてもらえなかった。少年の頬から手を離した少女は、美森のほうへその手を差し伸べた。

 

「年が同じなら、同じ中学になるよね。私は結城友奈、宜しくね」

 

 そういって少女は微笑む。それに続くようにして、少年の方も美森のほうへと自己紹介をした。

 

「俺は草薙真生。……友達になってもらえると、嬉しい……かな」

 

「もうちょっと素直な言い方無かったの?」

 

「これで素直じゃないと思うお前がもう分かんないよ」

 

 真生と友奈の漫才じみたやり取りに、気を取られる美森。彼女たちの仲の良さに美森は疎外感を覚える。しかし、そんな不安なんて友奈の前では一切必要ないことに気がつかされる。

 

「そうだっ。この辺よく分からないでしょ? なんだったら案内するよ! 任せて!!」

 

 友奈の笑顔は暖かくて、美森も表情が緩んでしまう。真生も同じように表情を緩めて、美森に友奈の提案を受け入れるように促す。友奈の差し出した手の言いようの無い安心感に身を任せ、美森は彼女たちに花の咲くような笑みを見せ、その手を受け入れたのだった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ――――自分を救ってくれた人が酷い目にあっている。そう考えるだけで、美森の心は強く締め付けられる。

 

「……やめろ」

 

 このままでは、友奈も、風も、樹も、真生も、誰もが酷い目にあってしまう。そんな事を許すのは、美森にとってありえないことだ。

 

「友奈ちゃんを……いじめるなああぁぁぁぁ!!」

 

 美森は叫ぶ。戦う意思を、その思いを神樹に見せつけるように。全てをかけて戦う事を誓え。

 美森の下へと蟹座の怪光線が放たれる。それを美森の精霊は受け止める。その精霊の姿はまるでヒビの入った卵のようだ。しかし、ヒビの入った卵だと侮るなかれ。この存在は卵であっても卵であらず。勇者に対する致命傷となりうるものを全てその身で受け止める。そんな無茶を実行できるのが精霊なのだ。美森は覚悟の決まった瞳で炎と、その奥に存在するバーテックスをにらみつける。

 

「私、いつも友奈ちゃんに守ってもらってた。……だから、次は私が勇者になって、大切な人たちを、友奈ちゃんを守る!!」

 

 その言葉とともに、美森は携帯をタップし、勇者へと姿を変えた。

 勇者となった美森は一種の神々しさを感じるほどに美しかった。青を基調とし、白の帯を垂らす衣装に身を包んだ美森は、二丁の銃を召喚する。

 銃を手に持った途端に、彼女の中で暴れまわっていた恐怖心が姿を消す。同時に彼女は力に満ち溢れてくるような感覚が沸いてくる。

 

「もう、友奈ちゃんには手出しさせない」

 

 美森は二丁の銃を構える。照準を合わせ、引き金を引き、リロードし、再び引き金を引く。たったそれだけ。しかし、その銃撃は炎の隙間をかいくぐり、確実にバーテックスたちへと直撃していた。バーテックスは友奈を解放し、美森のほうへと体の向きを変えた。彼らは怒っているのだろうか。

 美森はそんなバーテックスなど歯牙にもかけず、友奈のほうへと視線を向ける。バーテックスたちの猛攻に、さしもの彼女も消耗してしまったようだ。まるで死んだかのように倒れている。友奈の体に怪我がないことを確認すると、美森はバーテックスたちへと視線を向ける。

 

「……あなたたちが、やったのよね」

 

 自然と銃を持っている手の力が強まる。

 その時、樹と風が美森の下へとやってくる。風は幾分か傷ついてはいるが、殆ど怪我はないといってもいいだろう。しかし、彼女の顔色は優れない。喧嘩別れのような形で美森は部室から去っていったのだ。気まずくならないはずがない。美森は彼女たちの姿を確認すると、ふっと顔を綻ばさせる。そして、すぐに真剣な様子へと変わり、風たちに一つの提案をする。

 

「今、友奈ちゃんはとても危険な状態です。そんな彼女を放っては置けません。だから、二人には友奈ちゃんを助けに行ってほしいんです。敵は私が引き付けます」

 

「東郷……戦ってくれるのね。……一人じゃダメよ。アタシも一緒に敵を引き付ける。樹、友奈の保護を頼むわね」

 

 美森は無言で頷く。樹はその指示に不安を覚える。自分にそんな事ができるのだろうかと。しかし、そんな考えはすぐに捨て去り、樹は風の指示に従う。

 

「……うん、わかった! お二人ともお気をつけて!」

 

 そういって、樹は友奈の元へと向かう。その間にバーテックスたちも準備が整ったようだ。その漆黒の体には、変化する前の面影がうっすらとしか残っていなかった。まるで怒り狂うかのように炎を辺りに撒き散らす三体。

 風と美森は顔を見合わせ、頷きあう。そんな彼女たちには最早先程までのわだかまりは無く、湧き上がる闘志を抑えきれないようだ。

 

「よくも友奈ちゃんを……」

 

「よくもアタシの大事な後輩に、酷い事してくれたわね……」

 

「「絶対に許さないから!」」

 

 一人の少女のために、怒りを隠さぬ鬼二人。その瞳にバーテックスを写し、それぞれの得物を握る。

 

 ――――一人の勇者の参戦で戦いはまた、新たな進展を迎える。彼女たちが目指すものは勝利一つ。この戦いの先にあるものは何なのか。彼女たちにはまだ知ることは出来ない。

 

 

 

 

 きらりと、友奈の元で何かが点った音がした。 




 遅れてすみません。ここからオリジナル展開が目立ってくると思います。

 結城友奈は勇者部所属をやっと買えました。近くの本屋に何度行っても無くて、店員さんに聞いてみたところ、今は無い状態といわれ、諦めて楽天で買いました。

 それで読んでみたんですが、みんな可愛い(確信)。ちなみに読んでいた際に自分が今まで幼稚園と表示していたところが保育園である可能性が浮上しました。修正をしましたが、まだ他のところにある可能性もあるので暇があったら探してくださると嬉しいです。

 ちょっと頭を打ってしまって構想が曖昧になったので、次回の更新も少し遅れるかもしれません。早めに思い出そうと思います。

 気になった点や誤字脱字等がありましたら感想欄にてお伝え下さい。普通の感想、批評もお待ちしています。
 今回の花言葉は次回に持越しです。


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第二十話 逆境で生まれる力

 

 ――――撃つ。撃つ。撃つ。リロード。撃つ……。

 気が遠くなるような狙撃を美森は繰り返す。驚くほど正確に、敵の攻撃の隙間を狙って撃ち抜く。集中して、苦痛や焦りなどの感情を少しも見せず、凛々しい顔で敵を撃ち抜くその姿は、初めてとは思えないほどだ。まるで何度も扱い、共に幾つもの戦場を潜り抜けてきたかのような貫禄すら感じる。

 

 一方、犬吠埼風は大剣を振り回す。時に巨大化をさせ、炎を豪快に凪ぎ払うのと同時に、蟹座を胴体ごと叩き飛ばす。強化されたバーテックスは攻撃力や技の多彩さこそ変わったが、耐久力自体は多少固くなった程度のようだ。

 しかし、樹が友奈を救出に向かう機会をうかがっている今、たった二人しかいない勇者部では三体のバーテックスの足止めは難しいと思われた。

 

 そう、()()()()のだ。だが、風と美森のコンビネーションは予想を遥かに越えていた。風へと攻撃を仕掛けようとする蠍座へ牽制の狙撃。そして、風が大剣を構えて振り始めるのと同時に、風の最も力の入る部分へ球を打ち出す。それをバッティングの要領で牽制された蠍座へと打ち放つ。直撃を食らった蠍座は、食らった場所にダメージを受け、そこへ美森の連続の狙撃が襲いかかる。

 

「樹、今よ!」

 

 風の指示が終わる前に動き始めていた樹。蠍座は再生に集中しており、蟹座は吹き飛ばされた後に樹が糸で根に縫い付けたので、未だに遠くにいる。唯一遠距離攻撃をすることができる射手座が樹を射抜こうとするも、それすらも美森に邪魔される。

 無事に友奈を保護した樹はすぐにその場を離れ、友奈を比較的安全な場所へと連れて行った。

 

「よし……。これで後は友奈ちゃんが目を覚ます前に、残るバーテックスを殲滅するだけね。風先輩、樹ちゃん。まずは蠍座を集中して襲撃し、封印してしまいましょう。射手座の攻撃は脅威ではありますが、振りかかる光の矢は避けることができますよね? 避けることが至難な一本の矢は私が撃ち落とします。……任せても大丈夫ですよね?」

 

「誰に言ってると思ってんの、任せなさい! その代わりそっちはお願いね。行くわよ、樹!」

 

「うん。東郷先輩、お願いしますね!」

 

「ええ、任せて。射手座の攻撃は私が絶対に阻止するわ」

 

 風と樹は蠍座の元へと跳ぶ。美森はライフル型の銃を構え直し、射手座へと狙いを定める。射手座が矢を放とうとしているところに、弾をぶつける。射手座はまさに放つ直前に狙撃をされたことで、半分の矢の制御を失敗する。

 しかし、半分程度なら風たちでも余裕を持って回避できる。先程までの矢の大群を見ていたことによって、目が慣れたのだ。

 蠍座は近づいてくる風と樹に炎を放つ。その炎を軽々とかわした風と樹は二手に別れる。

 蠍座に近づきながら、樹は考える。糸で何をできるのかを。糸とは普段使うものならば貧弱で簡単にちぎれてしまうものだろう。いくら勇者の扱う糸とはいえ、蠍座の攻撃に真っ向からいっては耐えられない。他のバーテックスでも同様だ。ならばどうするか。樹が考え付いた答えは――

 

「お姉ちゃん、今のうちに封印しよう!」

 

「ええ、ナイスよ樹。まさかあんな捕まえ方するなんてね」

 

 ――敵を捕縛することだった。

 前回よりも扱いが上達していることで、四つの発射口から出る複数の糸を操る位ならば造作もないようだ。

 しかもその捕まえ方もなかなかにえげつない。蠍座の尾を蠍座自体に突き刺さるようにして捕まえているのだ。炎を放てばよいだけなのになぜ放たないのか。理由は簡単だ。バーテックスが炎を放つ際にどこから放っているのか。それは全身にある亀裂からだ。樹の糸によってぎちぎちに絞められた蠍座はヒビを無理矢理塞がれているのだ。隙間はあるのでそこから多少の炎は出るが、そこを避けて縛られているので問題はない。

 風と樹が蠍座の封印に向かう。しかし、そこで蟹座が怪光線を放ってくる。

 

「くっ、またこのビーム! ――ってちょっと、仲間ごと!?」

 

 そう、蟹座は蠍座が巻き込まれることもいとわずに巨大な怪光線を放ってきたのだ。怪光線によってボロボロと崩れ落ちていく蠍座。

 ――怪光線が止まったとき、そこに居たのは蠍座ではなかった。いや、この言い方では語弊があるかもしれない。蠍座だったものがそこには存在していた。

 それはまるで太陽。輝かしいほどに燃え盛るその体は球体になっていた。その球体から伸びる尾は、これが蠍座であることを示していた。

 樹は蠍座が動かないうちにもう一度捕縛してしまおうと糸を放つ。しかし、その見るからに熱そうな体でいとも簡単に焼き尽くしてしまう。

 

「……再生しないってことは、アレは殻だったって事? でも、バーテックスの弱点は御霊のはず……。あんなものがあるなんて情報には……」

 

 風は思考する。しかし、それを許す事無く、蠍座は攻撃を加えてきた。長い尾を五つに分け、鞭のように振り回す。風と樹はそれをかわそうとするも、周り一帯を自由自在に動き回る尾をかわすことは難しく、ついに当たってしまう。

 

「うぐっ……」

 

「お姉ちゃん! きゃああぁぁ!!??」

 

 二人の悲鳴に美森は動揺する。しかし今射手座から目を離すと、それこそ全滅する可能性が高まってしまう。風と樹に狙いを定めたのか、蟹座までもが彼女たちの元へと向かう。

 根を焼き払いながら彼女たちに近づいていくバーテックス。流石の美森もたった一人ではたとえ一体であっても、完全に引き止めることなどは不可能だ。

 何度も攻撃を阻害され、痺れを切らしたのか美森に光の矢を放ってくる。動揺しているところを狙われ、美森は矢を防ぎきれずに攻撃を食らってしまう。美森のいる場所も無数の矢に抉られ、原型を無くしてしまっている。

 

「ぐっ……!? どうしたらいいの……!!」

 

 長い時間狙撃を続けていた疲労が今更襲ってきたのか、憔悴している美森に再び光の矢が襲ってくる。目前まで迫ってくる無数の光の矢。近距離の攻撃手段が無いに等しい美森にはもう成す術は無かった。

 こんなものにどう勝てばいいのか。一体一体が高度な知能を持ち、強力な固有能力を保有している。しかも、それを倒す方法は御霊を破壊することだけ。その御霊すらも封印の儀で表に出さなければ破壊することは出来ない。

 

(あの硬い体を容易く破壊できるような……御霊まで一撃で攻撃を通すようなことが出来れば……)

 

 美森は諦めきれずに出来もしないことを望んでしまう。

 風と樹も蠍座と蟹座の攻撃を何度も受けてしまっている。二人ともが攻撃の合間に抵抗をしているようだが、蠍座は軽くかわし、蟹座は真正面から受け止めて、すぐに再生をしてしまう。

 もうダメかと思われたその時、

 

 

 

 

 ――――美森の目の前を桜の花びらが舞った。

 

 

 

 

「ゴメンね、東郷さん。ちょっと遅れちゃった」

 

 美森の目の前に立ちふさがり、射手座の放った光の矢をその拳で全て弾く。威力も高いその矢を真正面から拳で弾くことができるものなど、勇者の中では一人しかいなかった。

 

「友奈……ちゃん……?」

 

「うん、そうだよ。今度はさっきみたいなヘマしないから、後は任せて」

 

 結城友奈は再び立ち上がった。

 友奈に自らの攻撃を防がれた射手座は、次で仕留めるつもりなのか、既に射撃の用意を開始している。しかも先の射撃よりも数が多い。

 美森を気遣い、友奈はたった一人で戦おうとする。そんな友奈を美森は放ってはおかなかった。

 

「……!! ううん、私だってさっきみたいに友奈ちゃんに全部を任せッきりになんてしない! 精霊が守ってくれたから怪我だって無いわ。大丈夫、私が援護するから。友奈ちゃんこそ後ろは任せて?」

 

 友奈は美森に花のような笑みを向ける。美森は友奈に二丁の銃を渡すと、美森は再び射手座を撃つために銃を構える。友奈も射手座を倒すために身を翻した。

 風たちは未だに苦戦を続けている。彼女たちの援護にいくためにも、射手座をなるべく早めに討たなければならない。

 

「行くよ……東郷さん」

 

「えぇ、大丈夫。どんな動きにだって合わせてみせるわ」

 

 射手座は準備を終えたようで、友奈たちに狙いを定めようとしている。美森は規則正しい呼吸を心がけながら、リロードをする。

 そして、ついに無数の矢が放たれた。それはまるで流星。光がいくつも重なった影響で、一つの塊に見えるほどだ。しかし、どれだけ固まって見えようと、実際は個別にあるだけだ。それぐらい、友奈と美森ならば乗り越えられる。

 友奈は光の矢の上部へと跳ぶ。そして、美森から受け取った銃を構えると、自分の目の前にある矢を片っ端から撃ち抜いていく。打ち漏らしは全て美森がカバーし、友奈は最後に銃を後ろに向かって撃つ。弾がなくなった銃を投げ捨てると同時に、銃を撃った反動で前に進みながら、光の矢を破壊していく。

 

「絶対に、負けない!」

 

 友奈がそう叫んだ時、彼女の手の甲にある花の紋様が輝いた。花の紋様の光が友奈の身を包んでいく。

 突然の事態に美森は驚き、銃を撃つことも忘れて暫しの間呆けていた。

 友奈の身を包む光は輝きを増し、空に満開の花を咲き誇らせた。

 

「……これ、何?」

 

 友奈も自分に起きた現象が何なのかわからず困惑していた。光から解き放たれた彼女の格好は変わっていた。全体的な色は白色で、巫女服のような形になっており、所々に小さなアーマーも装着している。

 しかし、先程までとの最も大きな違いは彼女の背中に浮かぶ二本の豪腕だろう。薄い桜色のその巨大な拳は何が立ちはだかろうとも、破壊できそうなほどだ。

 困惑していた友奈だが、自らの身から沸き上がる力に自信を持ち始める。

 

(これなら、みんなを助けられる!)

 

 友奈は再び射手座の元へと移動を開始する。変身した影響か、浮遊しながら移動できるようだ。接近してくる友奈に射手座はあがく。

 しかし、姿を変えた彼女には射手座の攻撃は簡単に迎撃される。

 気を取り戻した美森も援護を再開し、ついに射手座の攻撃は何の意味も無くした。

 

「はああああぁぁぁぁ!!!!」

 

 友奈は雄叫びをあげながら、射手座に豪腕を振りかぶる。

 最後の抵抗とばかりに体が崩れるほどに、炎を放つ射手座。崩れた体からは、蠍座のような炎の球体が覗いている。

 それを無視して友奈は拳を振り抜く。その巨大な拳が振り抜かれたあとに残っていたのは、射手座の残骸だけだった。

 彼女の拳は射手座の体ごと御霊を破壊したのだ。

 御霊は光となって天へと昇っていき、射手座の残骸は砂のようになっていた。

 

「これで一匹!」

 

 射手座を完全に倒したことを確信した友奈は、蠍座と蟹座を相手に苦戦を強いられている風と樹を助けに向かう。

 美森はいとも簡単に射手座を倒した友奈に驚きを隠せない。

 

(あの姿になる前は普通だった。でも、あんなに簡単にバーテックスを倒せるのなら、何で今まであの姿になれなかったの? 変身した時に友奈ちゃん自身も驚いていたからアレは意図的な変身じゃない事は確かのはず。……あまり気にしていてもキリがないわね。後で風先輩に聞いてみましょう)

 

 美森は思考を終わらせ、風と樹のほうの戦場へと銃を向ける。美森が目を向けた時、友奈の動きは止まっていた。それと同様に美森も目を見開く。

 

「アレは……何?」

 

 

 

 

「風先輩、樹ちゃん! 助けに来ました!」

 

「友奈さん……!?」

 

「……本当に友奈なの? 何その姿、凄い神々しいんだけど……」

 

 風と樹は姿の変わっている友奈を見て驚いていた。友奈は風と樹がまだ無事だったことに安心する。しかし、蠍座の方へ目を向けたときにその大きな目をより大きく見開いた。炎そのものとなっている蠍座は、友奈の接近に危険を感じたのか、風と樹の方へ向けていた尾の鞭の一部を友奈の方へと向け、攻撃を仕掛ける。

 友奈は警戒を強めて、巨大な拳を振りかぶる。そして、蠍座の尾へと拳を叩きつけようとした。

 しかし、それは敵わなかった。友奈の拳は確かに当たった。だが、当たった直後に炎の尾が霧散したのだ。あまりの手ごたえの無さに友奈は驚くも、すぐに気を取り直して蠍座を倒す為にそのままの勢いでもう一度パンチを繰り出す。

 

「勇者パアアァァンチ!!」

 

 友奈のパンチによって、蠍座はその体を霧散させる。蠍座のいた場所からは御霊と思わしきものが天に昇っていた。

 あまりにもあっけない終わり方に、勇者部の面々は目を見張った。

 だが、仲間をやられた蟹座が黙っているわけが無かった。初めの時のように再び怪光線を友奈に放とうとする蟹座。しかし、それを含めたバーテックスの攻撃を受けている友奈を見たことによって覚醒を果たした一人の勇者が、それをみすみす見逃すことがあるだろうか。

 

 ――――あるはずがない。

 

 

「勇者は一人じゃないのよ。己の浅はかさと共に心に刻んでおきなさい。……あなたたちにそれがあるのかは分からないけれど」

 

 美森の狙撃が胴体に直撃し、それによって蟹座は思わず怯む。美森は見逃してはいなかった。風の攻撃によって叩き飛ばされたときに、どこに攻撃を食らって少しの間動かなかったのかを。

 美森の狙撃に感謝をしながら、友奈は蟹座へと殴打を繰り出す。一撃でその身を凹ませ、二撃目で蟹座の体を貫く。

 蟹座は射手座と同じで砂のようになりながら、御霊を天に昇らせていた。

 

「これで……終わり……」

 

 友奈はそう呟くと疲れ果てたかのように元の勇者の姿へと戻り、樹海の中へと落ちていく。それを空中でキャッチした風は友奈へと労いの言葉をかけた。

 

「よくやったね、友奈。アタシはアンタが誇らしいよ」

 

「……えへへ」

 

 照れたように笑う友奈。だが、彼女はすぐに糸が切れたようにして眠りに着いた。風は眠る友奈を起こさないように、なるべく衝撃がなくなるように着地する。そこには既に樹と美森が待っていた。

 三人で眠る友奈を見つめる。彼女は安心しきったような寝顔をしていた。

 

 こうして彼女たち勇者部は三体のバーテックス相手に無事勝利を収めた。この戦いで一人の勇者が仲間に加わり、一人の勇者が新たな力で敵を圧倒した。彼女たちは必死に戦った勇者を労うようにして、微笑みながら現実へと帰っていく。

 

 ――――残るバーテックスは八体。彼女たちの心の中には希望に満ち溢れていた。




 一週間に一回は更新するんだと、半ば使命感のようなものに駆られながら書いているよしじょーです。

 ほとんどオリジナルばかりの今回はどうだったでしょうか。面白いという感想がもらえればこれからも狂喜乱舞しながら書きます。感想をもらえなくても見てくれている人はいるので、面白いといってもらえるように頑張ります。

 次のバーテックスまで一ヵ月半のクールタイムがあるから日常が書ける……でもその分夏凜の出番ががが

 読んでくれている皆様に聞きたいことがあります。人称に関してです。一章では一人称で、二章では三人称にしましたが、読者の皆様としてはこれはどうなんでしょうか。読みにくいという方がいれば、一人称にしようと思っている三章での人称の変更は控えようと思います。メッセージか活動報告の方で答えてもらえると嬉しいです。何も言われなかった場合は、人称の変更は行われる予定です。三章が終わればまた三人称に戻るのでそれが嫌だと思う方は協力をお願いします。

 気になった点や誤字脱字などがありましたら感想欄にてお伝え下さい。普通の感想や批評でも作者は興奮しながら返信します。いや、やっぱり興奮って所は聞かなかったことにしてください。
 では最後に、


 逆境に耐える、逆境で生まれる力:カモミールの花言葉


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第二十一話 忘却

反対意見も無かったので、三章では一人称を扱うことにします。コメントしてくれた方に感謝を。


 

 一面に広がる樹海は姿を消して、彼女たちは二度目の帰還を果たした。

 そして、神樹の社があるからなのか、彼女たちは初めの時のように再び屋上に立っていた。

 

「何とか今回も帰ってこれたわね~。流石に今回はヤバイと思ったわ」

 

「縁起でもない事言わないでよ、お姉ちゃん」

 

 犬吠崎姉妹が他愛も無い掛け合いをしている中、美森は眠っている友奈のことを心配そうに見つめながら、考え事をしていた。そして、決心したように風の目をじっと見つめると、美森は風に頭を下げた。

 

「風先輩、部室では言い過ぎました。ごめんなさい」

 

「……東郷。ううん、アタシの方こそごめん」

 

 風と美森の二人の謝罪で、雰囲気が少し暗くなる。風は言葉を続ける為に口を開いた。

 

「説明を怠ったのは全部アタシの過失――」

 

「――――全部が全部お前のせいじゃないって散々言ったろ、風」

 

 しかし、そこで風の言葉を遮る声が響いた。風と美森、それに樹が声のする方を向く。屋上への入り口、そこに真生は立っていた。

 真生は風に近づいていくと、目の前まで着いたときに彼女の額にチョップを繰り出す。そこそこに力が入っていたようで、風は額の痛みにもだえる。

 痛みにもだえていても抱きかかえている友奈に配慮しているのは彼女らしいといえる。

 

「ぬおおぉぉ……」

 

「俺とお前、両方に責任はある。かっこつけて一人で背負おうとすんな、馬鹿」

 

「馬鹿とは何よ! 馬鹿って言う方が馬鹿なんだからね、バーカバーカ!」

 

「小学生か」

 

 真生と風の会話に樹は吹き出す。美森も初めはポカンとしていたが、次第に上品に笑い始める。

 不思議なことに先程までは疲れたような雰囲気であったのに、彼が来たことによって場の空気が明らかに変わった。和やかな雰囲気だ。

 未だに友奈は眠っているが、風の腕の中で彼女はよだれを垂らしていた。そのことに気付いた風はよだれを懐から取り出したハンカチで丁寧に拭く。

 だいぶ空気がほぐれてきたところで真生は話を切り出した。

 

「さて、まぁ色々言いたいこともあるけども。とりあえずこれだけは言っておこうかな」

 

 風たちは若干緊張したようで体に力がこもる。彼の言う言葉はそんな緊張をいとも容易く崩れさせた。

 

「――――おかえり。よく帰ってきたな」

 

 風たちは顔を見合わせる。風は友奈を起こしてやりたい衝動に駆られるが、今回一番頑張ったのは友奈だ。ならばもう少しだけでもゆっくりさせてやるべきだろう。そう考えて、彼女たちだけで真生に言葉を返す。

 

「「「――――ただいま!」」」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 場所は変わり、勇者部部室である。

 部室まで来たときに自発的に目覚めた友奈を含め、真生以外が椅子に座っている。ちなみに友奈が目覚めた時に目の前にいたのは真生である。その時の彼女の第一声は、

 

「……? ……真生、くん?」

 

 である。間があったことに疑問を覚えた真生だったが、目覚めた直後なら仕方ないだろうと軽く考えていた。

 真生は全員が座っていることを確認すると、友奈たちへと言葉を投げかけた。

 

「正直何から話せばいいのか分からん。みんな何か聞きたいことがあるはずだ。答えられる事なら何でも答える。とりあえず何か質問してくれ」

 

 真生の言葉に全員は考える。真っ先に手を挙げて質問をしたのは友奈だった。

 

「あ、そうだ! 真生くん、私UNKNOWNっていうのをマップの中で見つけたんだ。一瞬だけですぐに消えちゃったけど」

 

 友奈の言葉に、反応したのは風だった。

 

「友奈、それ本当!? じゃあ、もしかしてバーテックスの強化って……」

 

「……十中八九そいつがやっているだろうな。でも捕まえるのはかなり厳しいだろう。一瞬で消えたということはそのための手段があるっていう事だ。とりあえずはコイツは後回しにする必要がある。……話を聞く限りじゃ放っておくべきではないだろうけどな」

 

 真生はそう結論付ける。既に真生は風たちから今回の戦闘、そして前回の戦闘のことも聞きだしていた。その上で出した結論がこれだ。仕方のない事とはいえ、友奈たちは少し気持ちを沈ませる。

 真生は次の質問へと取り掛かる。次は樹からの質問だ。

 

「じゃあ、友奈さんが勇者になった後に更に変身していましたけど、アレは?」

 

「ソレは【満開】だ。一応勇者の切り札ってことになってる。お前たちが変身した際に体のどこかに花弁の刻印が刻まれていたはずだ。アレは“満開ゲージ”と言って、勇者としての力を振るうたびに溜まっていく。友奈の場合はバーテックスの苛烈な攻撃を何度も受けたことで溜まったんだろうな。精霊も勇者の力の一部だから」

 

 澄ました顔をしながらそう言う真生。

 友奈たちはいざという時の切り札があることを知り、これからの戦いにも希望を感じ始める。その中でただ一人、友奈だけが真生の表情の変化に気がついていた。彼は一瞬であったが、顔を歪めていたのだ。まるで苦虫を噛み潰すような顔に。しかし、すぐに表情を戻す真生に友奈は声をかけるタイミングを失ってしまった。

 

「まぁこの辺はまた後でアプリの説明でも読んでくれ。さて、それで他にはあるか?」

 

「それなら、バーテックスのあのコンビネーションの良さは何?」

 

 次なる質問者は美森だ。彼女の質問はもっともだろう。前回は一体だけであったが、三体同時に来るだけであんなにも厄介になるのだ。それに奴らのそれぞれの能力を生かしたコンビネーション。それは彼女たちにとってはとてもではないが見過ごすことの出来るものではなかった。

 

「あぁ、それか。……バーテックスはそれぞれ知能がある。勇者との戦いで学んでいくんだよ。だから時間をかけると手を付けられなくなる。そうなる前に封印して倒さなければならないんだ」

 

 真生の返答に一同は驚く。

 バーテックスに知能があるだけでも驚愕に値するのに、バーテックスは自分たちとの戦闘を経て学んでいくというのだ。驚かない方がおかしいと言えるだろう。風だけは事前に知っていたが。

 

「……じゃあ、そろそろ黒いバーテックスについて話しておこうか」

 

「――!! 何か分かったの!?」

 

 真生の言葉に反応したのはやはり風だった。大赦からは何も分かっていないと返された彼女だったが、やはり釈然としていなかったらしい。

 

「何かが分かったわけじゃない。これはただの俺の推測だ」

 

 真生はそう言った。推測、それはつまり結局のところ妄想に過ぎない。それが分かっていても友奈たちは真生に視線を向ける。推測に過ぎないと言ってもあのバーテックスについてはどうしても知りたいようだ。推測を語られる前提として、真生をそれだけ信頼しているということにもなるだろう

 彼女たちの視線を集めた真生は、一度目を瞑ってから話し始めた。

 

「黒いバーテックス。それはヒビ割れた体から炎を放っているという話だったな。バーテックスはそれぞれ黄道十二星座の名を冠している。その星たちが太陽に近づいているということだと俺は思う」

 

「太陽に……?」

 

「そうだ。まぁ結局は太陽ではないから、太陽もどきであることには変わりないけどな。きっとその炎がバーテックスのエネルギーを補っているんだろう。だから、奴らの攻撃の威力が跳ね上がった。黒い体は太陽に近づいたことによる適応の結果だろう。元の体では内側から燃え上がるその炎に耐え切れないからだ。だが、適応させても尚耐え切れない。ヒビ割れた体はそういう訳だ。ま、バーテックスは文字通りその身を燃やしながら戦っていたという事だ。これらの点から考えるに、蠍座の体が崩れ去った後に脆くなったのはそれが自分の身を守る最後の砦だったからだ。炎自体に耐久力はない。そんな状態で満開した友奈の一撃を食らったらひとたまりもないだろうな」

 

 真生の推測に一同は同意する。それらを証明する手段はないが、辻褄は合っている。

 真生は言葉を続ける。

 

「UNKNOWNが何らかの手段によって、バーテックスを強化した。だから、次からの戦闘では強化される前にバーテックスを討伐するのが最善だろうな。……そんな簡単にはいかないだろうが」

 

 真生はそれを最後に口を閉じる。話は済んだということだろう。

 真生による今回の戦闘の補足説明は終わり、友奈たちは納得した様子だ。これ以上この話をしていても仕方がないので、真生は話の転換をし始めた。

 

「そうだ、話は変わるけど結局文化祭の出し物はどうする? 俺は演劇とかがいいと思ったんだけど」

 

「ん~演劇ねぇ。確かにちょうどいいかもね、真生の演技力はすごいし」

 

 ニヤッと笑いながら真生の意図を察したようにして、便乗する風。友奈たちも話に参加して、だんだんと盛り上がり始めた。

 

「真生くんの演技は真に迫るものがあるわよね。前の保育園での人形劇のときにいなかったのが悔やまれるくらい」

 

「本当なら魔王の子供役も真生さんがやるはずだったんですよね。急遽私がやることになって焦りましたよ~」

 

 真生はそのときの樹の姿が容易に想像できた。きっと風が興奮していたことだろう。流石に申し訳なくなり、樹へと真生は頭を下げた。

 

「ごめんな、樹。あのときははずせない用事が突然入ってきたから…」

 

「い、いえ! 別に責めてる訳じゃないですから!」

 

 樹は頭を下げられたことで慌て始める。自分にはそんなつもりは微塵もなかったのに、謝られてしまっては申し訳なく思うのだろう。樹はそういう子なのだ。

 妹の慌てる姿を見て和んでいるのは彼女の姉である風だ。風は慌てふためく妹に熱いまなざしを送り続けている。それに気づいた真生が引くほどだ。

 真生はとりあえず樹を落ち着けることにした。そうすれば多少はあの視線も収まるだろうと思って。

 

「実際に君に迷惑をかけたのは確かなんだ。お詫びに何かするつもりだったんだけど、何がいい?」

 

「お詫び……ですか」

 

 迷う樹。彼女自身はそれを望んでいるわけではない。しかし、真生がこういったことで手を抜いたりしないことは、ここまでの付き合いで既に把握していた。

 樹が迷っていると、風が真生に話しかけた。

 

「真生、アタシたち全員であんたの抜けた穴をカバーしたんだから、ここにいるみんなにお詫びする必要があるとは思わない?」

 

「……もちろんだ。それじゃあどうする?」

 

「よし、今日は真生の奢りでうどん屋にいきましょ! 樹もそれでいい?」

 

 風のだした助け船に樹は乗り、今日は行きつけのうどん屋にいくことが決定した。その場にいる全員に奢ることになる真生は、財布の中身を確認してため息をついた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 行きつけのうどん屋こと、かめやにて、彼女たちは文化祭の日程を話し合いながらうどんを食べていた。風は既に三杯目に突入している。

 真生の意見を元にいくつか演劇の案を出してはいたが、全員しっくり来るものはなかなか無かったようだ。

 

「う~ん。どうする? 演劇やるにしてもどんな演目やるかによって色々と変わるけど……」

 

「悩みますねぇ~」

 

 風と友奈は演劇にかなり乗り気な様子だったが、案が出ないことでだんだんとテンションも下がっていた。

 そこに美森が困った顔をしながら無理を承知で意見を出した。

 

「いっそのことあの人形劇のストーリーを弄ってみるのはどうですか? 設定も凝ってるから、中学生向きに話を作りかえれば意外といけそうな気が……」

 

 美森の意見にその手があったかというような顔をする二人。真生は美森の意見を聞いて、対象年齢を多少引き上げてあのストーリーを作れるかどうかを考えてみる。

 真生は手持ちのメモにサラサラと文字を書いていく。

 

「……真生が作家モードに入ったわね。これは一区切り着くまで戻らないわよ」

 

「作家モード?」

 

 真生の姿を見た風がそう告げると、樹はどういうことなのか風に問う。風は三杯目のうどんを平らげると、おかわりを頼んだ後に樹の問いに答えた。

 

「作家モードっていうのはね。真生のこの状態の事をいうのよ。この状態になると言葉も聞こえないみたいでね初めて見たときはアタシもびっくりよ。何言っても無視されるんだもん」

 

 風はあっけらかんとしていうが、そのときの様子を想像すると途端に風がかわいそうに見えてくる。しかし、風の言葉を聞いて美森は疑問を覚える。

 美森は意を決して風に問いかけた。

 

「それだと真生くんしかストーリーに関与していないように聞こえるんですが、風先輩は何をしたんですか?」

 

「ん? 真生が書き終わったのを見て、客観的な目で見て批評するのがアタシの役目よ。原案自体にはアタシも色々と意見出してるからちゃんとアタシと真生の二人で作品は作ってるよ。紛らわしい言い方してごめんね」

 

 舌を出しながら謝る風。

 その間にも真生は何枚かページをめくり、つらつらと書き綴っている。友奈は真剣な顔で作業をしている真生にカッコよさでも感じたのか、おぉ~と感嘆の声を上げている。

 しばらくして、書き終わった真生はふぅ~と息を吐き出す。

 

「とりあえずこんなもんでどう?」

 

 そう言って物語が書き上げられたメモを風に渡す真生。受け取った風はメモの中身を真剣な眼差しで読み続けている。友奈たちも自分たちが演じることになる劇の内容が気になったのか、風の後ろからメモを読んでみる。読んでいる最中の友奈たちは、真剣そのものであった。誰も気付くことはなかったが、それとは対照的に真生は自分に呆れているような仕草を見せていた。

 読み終わった彼女たちに、真生は感想を求める。友奈は興奮冷め切らぬようで身振り手振りで感想を伝えてきた。

 

「なんか凄かったよ~! 読んでいるうちに引き込まれて、主人公の勇者の気持ちになれたって言うかなんていうか。本当に凄かった!」

 

「アタシも友奈と同じね。ちょっと直したくなる部分もあったけど、それはまたおいおいね」

 

「人形劇の話を読んだときから思っていたけど、真生くんってこういうの得意なのね。ちょっと意外」

 

「先代勇者が道半ばで倒れちゃうシーンも泣けます! 魔法使いさんも記憶を失っちゃって、後に残された一人が今の勇者に思いを託すっていうのも良かったです~」

 

 それぞれが真生の作った話を褒め称える。そんな反応に苦笑いを返しながら、真生はかめやにいる人から視線を受けていることに気付く。

 

「……ありがと。文化祭の劇にするにはちょっと長いからもうちょっと短縮する必要もあるし、まだまだだよ。それよりそろそろ帰ろうか。陽も沈みそうだ」

 

 そういって窓の外を指差す真生。窓の外にはまだ陽は残っているが、それも海に沈んでしまいそうだ。

 勇者部は会計を済ませ、店を出て行く。風と樹は前のように二人で帰っていき、友奈たち三人も共に帰るつもりだ。

 

「あれ、そういえば友奈ちゃん課題は?」

 

「はっ! 課題明日までだった。アプリの説明テキストばっかり読んでて……」

 

「友奈らしいな。俺も東郷も手伝わないから頑張れよ」

 

「そんなぁ~~」

 

「勇者も勉強も両立よ♪」

 

 三人で楽しそうに会話をしながら、車を待つ。間もなくして車がやってくる。その車に乗り込み、車の中でもアプリを使いながら会話を楽しむ。

 彼女たち勇者部が守った日常。それは犠牲も少なく、彼女たちも未だ五体は満足のままである。

 

 しかし、忘れること無かれ。犠牲はゼロではないのだ。彼女たちが去った店であるニュースが伝えられる。

 

「――次のニュースです。山で起こった落石事故によって二人が負傷し、一人が死亡したことが確認されました――――」

 

 

 ――――後日、友奈の携帯が一時的に大赦に回収された。その携帯が返ってきた時、そこには牛鬼のほかにもう一体精霊が増えていたのだった。




 友奈はちょっとアホっぽくしながら可愛く、東郷さんは包容力の高いお姉さんのようなキャラに、風は悪友っぽくしながら頼れる感じに、樹は小動物っぽさを出せるように。そんな感じでキャラを考えています。……今言った通りに書けている自信はありませんが。

 いずれ出てくる夏凜は格好良く書きたいですね。作者のイメージ的にも。

 気になった点、誤字脱字などがあれば感想欄にお願いします。普通の感想、批評も大歓迎なのでお待ちしています。
 では最後に、


 忘却:グラジオラスの花言葉


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第二十二話 一致

 

 翌日、真生はいつも通りに友奈たちの家の前へと来ていた。真生が来た頃には既に友奈たちも準備が完了しているようだ。

 しかし、普段とは少しだけ雰囲気が違った。その原因は――

 

「……? どうしたの、真生くん。私の顔に何かついてる?」

 

 ――東郷美森にあった。

 彼女は巧みに隠しているつもりだろうが、真生と友奈はその付き合いの長さから気がついていた。彼女はバーテックスを警戒していると。

 これはある程度周期のあったはずのバーテックスの襲撃が、例外的に二日続けて起こってしまった影響だろう。今の美森はバーテックスを過剰に警戒している。

 

「東郷さん、あんまりバーテックスを警戒しててもしょうがないよ。ほら、もっと明るくいこー!」

 

「そうだぞ東郷。バーテックスもそんなに短い間隔じゃ攻めてこないからさ。もうちょっとリラックスしてもいいぞ?」

 

「……ありがとう。でも大丈夫。そんなに気を張ってる訳じゃないから、ね?」

 

 しかし、真生と友奈はそれを知って行動に移すが、美森に届くことはなかった。これは美森の無意識的な行動でもあったからだ。例え何をいっても、心に響かせない限りは無意識に警戒をしてしまう。真生と友奈は自分達の不甲斐なさを悔やむ。

 

 ――――朝は少し暗い雰囲気から始まった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「東郷が無意識的にも意識的にもバーテックスを警戒してる、ね。何とかしたい気持ちはあるけど、たぶんアタシの言葉じゃ意味ないと思う。二人でもダメだったなら誰に当たればいいのかも分からないし」

 

 風には美森の気持ちが理解できた。彼女もまたバーテックスを他の部員以上に嫌っている一人だったからだ。そんな状態の彼女が何を言ったところで全く効果は無いだろう。

 先輩である風を頼ってみても、そもそも心から信頼されている真生と友奈の言葉でも届かなかった時点で他の選択肢が急激に(せば)まっていたのだ。

 風は肩を落とす友奈の姿を見ながら、深くため息をついた。

 

「とりあえず今日も勇者部として活動するわよ。今日の依頼は二つだからそこまで時間もかからないでしょ」

 

 風は気だるげな感じでそう言う。何だかんだで彼女も疲れているのだろう。連続であれほどまでに強いバーテックスを撃破したのだ。疲れないほうがおかしい。

 風はいかんいかんと言いながら気合を入れなおす。彼女は空元気で勇者部の面々を元気づける。友奈たちはそれぞれ返事を返しながら、部室を出て行く。真生は彼女たちの様子を見ながら、サポートとしての役目すら果たせていないことにやるせなさを感じていた。

 

 

 

 

 まず、一つ目の依頼は用務員からの依頼だ。腰痛を患ってしまったらしく、仕事が(はかど)らないので手伝ってほしいとのことだ。

 歩いていくこと数分、勇者部は中庭で依頼人である用務員の加藤さんを発見した。

 

「あ、皆さんこんにちは」

 

 お辞儀をしながら挨拶をしてきたのは、彼の孫の加藤(あきら)だ。彼女は真生に好意を持っているらしく、何度かアタックを続けている。

 勇者部の面々は彼女に悪印象は持っていない。少しわがままなところもあるが、根はいい子だからだ。真生たちが見た限り、彼女は祖父の容態を悪化させないように自主的に手伝いをしているようだ。

 

「あぁ、勇者部の皆さんですか。今日は来てくれてありがとう。早速で悪いけれど、あそこの蛍光灯を取り替えてもらえないかな。割らないように気をつけてね。その後は中庭の草むしりをしてもらえればおしまいだよ」

 

「了解しました!」

 

 加藤の頼みに風が了承の返事をする。返事をしてすぐに活動を始める友奈たち。

 真生は勇者部の中では高い身長と器用さを生かして、テキパキと仕事をこなしていく。そんな彼から蛍光灯を受け取り、代わりの蛍光灯を渡していく明のコンビネーションはなかなかに良かった。しかし、彼は自分の事よりも友奈のほうが心配であった。

 

「……明、友奈のほうに行ってやれないか? 危なっかしくて見てられないんだ」

 

 友奈を心配する真生に、明は不満を隠しながらも真生に半分ほど蛍光灯を渡し、友奈の元へと向かう。その途中で真生の方を振り向き、ニヤニヤしながら彼へと言葉を放った。

 

「危なっかしいのは同意しますけど、真生先輩も気をつけてくださいね。あんまり友奈先輩の方ばかり見てたら脚踏み外しちゃいますよ~」

 

 それだけ言って友奈のほうへと駆け出す明。真生は駆けて行く明の背中を見ながら呆然としている。我に返った彼は苦笑いを浮かべて作業に戻った。

 友奈たちもそれぞれ仕事を精一杯こなしている。

 美森は何もしていない。いや、出来ないのだ。彼女は自分の動かない両足を見て、少しだけ寂しそうな顔をする。今までも何度かあったのだろう。しかし、力になれない悲しさをついこの間思い出した彼女にとって、待つというのは苦痛に近かった。

 そんな彼女を見るものがいた。彼は出来の悪い子を見るような瞳で彼女を見ている。その視線に気がついたのか美森は振り向いて、彼へと(いぶか)しげに話しかけた。

 

「すみませんが何か用でもありますか? ……加藤さん」

 

 感情が昂ぶっているのか幾らか刺々しい雰囲気で加藤へと問う。加藤は美森に苛立つ様子も無く、ただただ微笑みながら対応する。

 

「いえいえ、あなたも苦労しているようですね」

 

「……何の話ですか」

 

「“結局自分は何も出来ていない”」

 

「――!?」

 

 加藤の言った言葉、それは自分の心の中にある感情だった。二度目のバーテックスとの戦い。彼女は自分の中にある恐怖を押しのけ、戦場に立った。しかし、出来たこととは何だったのだろう。友奈こそ助け出せたものの、その後はバーテックスの足止めのみだ。そのバーテックスすらも【満開】を行使した友奈によって討伐された。

 

“結局自分は何も出来ていない”

 

 まさにその通りだった。自分がいなくてもどうにかなったのではないか。自分は必要なかったのではないか。そんな思いばかりが彼女の胸中を支配する。

 彼女はバーテックスの消滅を願いながらもバーテックスを求めている。矛盾している。この矛盾は、色々なものが重なりあってしまった彼女でなければ持ち得ないものだ。

 一度無くしてしまったことのある美森は、無くしてしまうことを恐れている。だからこそ彼女は、無くさないようにする為ならばなんでもするのだろう。

 美森は加藤に向ける瞳を鋭くする。

 

「あなたに何が分かるんですか? ……出来ない苦しみが分かるんですか?」

 

 今も尚笑うだけの老人を強くにらみつけながら、彼女は問う。五体満足で、その年齢まで生きて、孫までいて。幸せばかりをつかんでいる人間に何が分かるのかと。

 しかし彼女の予想に反して、加藤は彼女へと同意の言葉を告げた。

 

「あぁ、分かるよ。分かってしまうんだ。失うことは……とても苦しい」

 

 懐かしむようにそう語る老人の顔は、先程までの笑顔は無く悲痛なものへと変わっていた。彼は美森の瞳を見つめる。ただそれだけの行為なのに、美森は自分の心のうちを全て暴かれているのではないかと錯覚すらしてしまう。美森を見つめながら、彼は静かに語り始める。

 

「一つ昔話をしようか。

 

 

 ――――一人の男の話だ。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 加藤浩一という男がいた。

 

 彼の子供時代は満たされているものだった。気のいい友人もいて、両親も彼が望むものを恵んでくれた。彼は常にニコニコと笑っていたよ。いつでも、とても楽しそうに過ごしていた。しかし、この時点で彼は気付いていたんだろうね。自分には、あまりにも才能(ちから)が無いということが。

 

 彼が中学校に入学して、すぐにそれは発覚した。彼は手先こそ多少器用だったが、どれだけ努力しても他の要素で友人たちに及ぶことは無かった。彼は自分自身の弱さにどれだけ絶望したんだろうか。それでも彼は笑顔を絶やさなかった。彼のそんな人柄に惹かれて集まった友人たちも彼にとても良くしてくれた。

 

 でも、彼にとってはそれも嬉しいものではなかったのだろう。夜中にこっそりと家を抜け出しては色々なことに挑戦していたらしい。自分にしか出来ないことを見つけたかったのかもしれない。

 そんな日々を送る彼はある日、とある少女と出会った。その少女は彼と比べると遥かに才能にあふれていた。天才、そう呼ばれていてもおかしくはないほどに。しかし、彼女はその才能を生かそうとはしていなかった。彼は笑みを浮かべながら、その少女に質問をした。

 

「お前はどうして、そんなにつまらなそうな顔をしているんだ?」

 

 その少女は簡潔に答えた。

 

「私は何でも出来てしまうの。だからこそ、何をしてもつまらない」

 

 彼はその少女の答えを聞いて、内心憤慨していたのだろう。彼は思わず勝負を挑んでいた。

 そして彼は完膚なきまでに負けた。唯一の才能だった手先のよさですら彼女には到底及ばなかった。彼女は彼に質問をした。

 

「……どうして貴方はそんなにも頑張るの?」

 

 元来口数の少ない彼女は、言葉足らずにそんな言葉を紡いだ。その言葉の裏にはきっと、こう付け足されていたことだろう。

 

『無意味で無価値で、時間の無駄』とね。

 

 当時、彼はその質問の意味を理解できていなかったらしい。しかし、彼はこう答えた。

 

「頑張ることに理由は要るのか? 俺は、ただやりたいからやっているだけだ。納得いってないことを納得いくまで続けるのが、何かおかしいことなのか?」

 

 彼女はその答えに絶句したらしい。普通の人ならば何かしらの理由と共に努力をするだろう。しかし、彼は(いびつ)だった。彼の両親すらもそれを見抜けてはいなかった。彼の偽りの笑顔に誰もが騙されていたからだ。彼は常に演技をしていたんだよ。自分すらも騙しながら。

 彼女はそんな彼を見抜き、憐れに思った。それと同時に愛しく思ったらしい。彼女はその歪でありながらも真っ直ぐな姿が、とても眩しく見えたらしい。

 それからというもの、彼のそばにはいつも彼女がいた。何かと彼の世話を焼き、周りの人間にはとうとう彼にも春が来たかと思っていた。当の本人は彼女の行為に困惑していたけどね。

 高校に上がった後にも何度も続いた彼女の猛烈なアタックに、彼は陥落した。彼のために高校のレベルすら彼女は落としたんだ。彼は初めこそその行為に怒ったが、やりたいからやっているだけと言われぐうの音もでなかったらしい。それから、彼は彼女の前でだけ本人すらも気がつかないままその仮面を脱ぐようになった。彼の本心は、醜いものだったかもしれない。今はもう分からないが、彼の思いを彼女は何も言わずに聞いていたらしい。

 それから時は経ち、彼らは結婚した。子宝まで授かり順風満帆な日々だと誰もが思っていた。しかし、悲劇は突然訪れた。

 彼女が、あっけなく死んでしまったんだ。病死だった。

 彼は彼女を失い、再び仮面をかぶってしまった。父親は彼女の死に涙の一滴もこぼさない彼を怒った。彼は何も言わずに父親の怒りを受けていた。

 彼は男手一つでたった一人の娘を育てていた。その娘は母親によく似ていた。しかし、その性格は彼に似てしまったんだ。彼はそのうちに娘を構わなくなった。最大限の援助金だけ渡して、両親へと娘を預けた。娘は彼と同じようによく笑顔を浮かべていたよ。

 

 そして、二度目の悲劇が訪れた。

 

 四国を大きな自然災害が襲ってきたんだ。そのときに彼は、喧嘩別れのような形になった父親をかばって死んだ。後に彼の(のこ)した書物を読んで、父親は――――。

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「――――私は酷く後悔した。何故もっと彼を見てやれなかったのだろうと。そして決めたのだ。彼の忘れ形見を、大切な娘を、責任を持って育てると。

 

 

 

 

 

 ……すまない。つまらなかっただろうね。これで話はおしまいだ」

 

「…………ごめんなさい。私、何も知らないであんなことを……」

 

 それが長い時間であったのか、一瞬だったのか美森には分からなかった。

 暫しの思考の後、美森は自分を恥じた。彼は目の前で愛していた息子を失ったのだ。その悲しみは今の美森では到底理解できるものではなかった。

 

「いや、構わないさ。君は少し結論を急ぎすぎている節がある。もう少し冷静になって周りを見てごらん。君を心配してくれる人はたくさんいるんだから」

 

「……!! はい……!」

 

 美森は加藤の言葉を心の中にしっかりと刻み込んだ。彼女の顔は先程までとは違い、すっきりとしている。加藤は美森に微笑みながら、勇者部のほうへと視線を向け直した。

 勇者部のほうも丁度仕事が終わったらしい。風が加藤に近づいてきて報告をする。

 

「加藤さん、頼まれた任務完了しました!」

 

「ご苦労様。君たち、次はどこへ行くんだい?」

 

「次の依頼は図書館からなので、みんなで歩いていくつもりですが……」

 

「それなら私が車を出そう。腰の心配なら無用だよ」

 

 加藤の提案に風は迷いながらも、言葉に甘えることにした。

 

「はい、ではよろしくお願いします」

 

 加藤は風の了承の返事に笑みを浮かべながら、自分の車へと歩いていった。友奈と真生は美森の雰囲気が元に戻っていることに気がついた。美森は二人の視線に気がつくと、いつものような暖かい笑みを浮かべた。友奈は美森が落ち着いたことに安心を覚え、嬉しそうに美森へと近づいていく。しかし、真生は曖昧な笑みを浮かべるだけで、彼女たちに積極的に近づいていくことは無かった。

 加藤の用意が整ったところで、勇者部は二つ目の依頼を達成する為に加藤の車に乗り込み、図書館へと向かった。

 車の中では、わいわいとにぎやかな会話が繰りひろげられている。楽しそうな雰囲気の中、加藤は鏡越しに真生の顔を見る。彼の顔には他のものと同じように楽しそうな笑みが貼り付けられていた。

 

 図書館に着いた勇者部は依頼人の下へと歩いていく。その後姿を、加藤は寂しそうに見つめながら呟く。

 

「……彼は、世界を怨んでいるのだろうか……。浩一と同じように、自らを犠牲にするのだろうか……」

 

 そう呟く老人の姿に、明は彼の視線の先を追う。視線の先にある好きな人の姿は、記憶にある父親と被るような気がした。




 もう一、二話挟んだら原作三話の話へ進む予定です。次は勇者部所属の話。こんな日常を私は書きたかった。

 ゆゆゆを見ているとタロットカードがほしくなります。ラブライブでもタロットカードがありましたし、どこかで買ってみようかな……。まともに使える気がしませんが(笑)

 気になった点、誤字脱字などがありましたら感想欄にてお伝え下さい。普通の感想や批評もお待ちしています。
 では最後に、


 一致:フロックスの花言葉


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第二十三話 決心

 

「ギニャ――――!」

 

「フシャ――――!」

 

 とある昼下がり、二匹の猫が争っている。二匹ともが気が立っているようで、止まる様子は無い。そんな二匹の猫たちに近づく影が一人。

 

「あ――っもう! ケンカしちゃダメだってば――――っ」

 

 その影は高い声を出して猫たちを争いに割って入る。しかし、猫たちはその声の主を無視して争いを続行している。影の正体は少女のようで、何かを思いついたように自らのバッグを開けてあるものを取り出した。

 

「お腹減ってるの? イライラするもんね腹ペコは」

 

 うん分かる分かるといいながら彼女が取り出したものは弁当だ。猫たちは思わず争いをやめ彼女の方を向く。彼女は猫たちの方を見ながら、弁当を差し出すと、

 

「よしっ私のお弁当をあげよう。これで仲直り! OK?」

 

 猫たちはすぐに弁当へと飛びつき、彼女の言葉に何度も頷く。傍から見れば奇妙な光景だろう。何故か人と猫との間で会話が成立しているのだから。

 

 彼女は、塩が控えめにしてある特製弁当を一心不乱に食べる猫たちを微笑みながら見つめている。彼女はその癒される光景を見ながら、あることを考えていた。

 

(……お昼ご飯食べ損ねたなぁ~)

 

 少し間の抜けている少女であった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 バーテックスが襲撃してきたあの日から、一週間が経った。初めの数日こそバーテックスが襲撃してこないかとピリピリとしていたが、一週間も経てばそんな緊張感も無くなった。

 加藤に諭されたこともあるだろうが、バーテックスがいつ攻めてくるか、それはその時になるまで分からないのだから、普段通りでいることが一番だということに気がついたのだろう。

 

「……東郷は休みだって聞いたけど、友奈遅いわね~」

 

 勇者部はいつも通りに部室に集まっていた。しかし、今日は美森は欠席し、友奈はなかなか現れないでいた。

 今部室にいるのは上記の二人を除いた三人だ。

 風は珍しく遅い友奈を心配している。樹も同様だ。真生だけはどうせいつもの人助けだろうと無関心を決め込んでいる。

 その時、部室の外から凄い速度で迫ってくる足音が聞こえてきた。足音は部室の前で止まり、息を切らせているようだ。そして、勇者部の部室の扉が開かれる。

 

「遅くなりました――っ。結城友奈ただ今参上!」

 

 現れたのは友奈だった。友奈の姿を確認すると、風がおっと反応する。

 

「友奈、おっそ――い!」

 

「お疲れさまです! 友奈さん」

 

 姉妹は片方は労い、片方は文句を言うという逆のことをしながら友奈を歓迎する。真生は友奈を横目で見ながら、彼女に話しかけた。

 

「お疲れ、友奈。意外と遅かったな、また人助け?」

 

「そんな感じ!」

 

 真生の疑問に友奈は笑みを浮かべながら答える。しかし、友奈の笑顔に微妙に元気が無いことに気がつく真生。疑問を覚えるが、その疑問はすぐに解消されることになる。

 

「今日はただでさえ欠員もいるってのに!」

 

「まぁまぁお姉ちゃん」

 

 風はスケジュール管理が苦手だ。いつも心のままに突っ走っている影響だろう。

 時間が無いっての、と文句を言いながら風が苦手なスケジュールを纏めていると、友奈が彼女にびしっと手を挙げて意見をする。

 

「はいっ! 犬吠埼部長殿!

 

 

 

 お腹が減って動けませんっ……」

 

 豪快にぐううぅぅ……と腹を鳴らす友奈。彼女は、寝坊して朝も食べてなくて……と補足説明を加える。いつも美森に起こしてもらっていた弊害がこんなところで現れたようだ。

 

(あぁ、だから朝から微妙に元気が無かったのか)

 

 真生は納得する。朝ごはんを抜くのはこの元気っ子にとってはかなりの苦痛だろう。しかし、昼ご飯があるはずだ。それにも関わらず、腹をすかせている友奈に真生はまた疑問を覚えるが、放っておくことにした。彼女が話さないのならば、自分も追及するのはよしておこうと彼は考える。

 風と樹は友奈の発言に驚いてはいたようだが、樹があることを思い出す。そして、バッグの中から袋を取り出した。友奈は取り出された袋の中に入っているものを見て目を輝かせる。

 そこに入っていたのは、クッキーだった。それもただのクッキーではない。うどんクッキーである。現在の四国ではうどんは人々の生活に無くてはならないものにまでなっていた。そんなうどんとクッキーの合わせ技。それはもう思わずよだれが出てしまうほどだ。

 もういくつかは食べてしまったのか二枚しか残っていなかったが、それでも友奈にとっては救いは救いである。

 パクパクと本当においしそうにうどんクッキーをほおばる友奈。

 

「うう……、樹ちゃんマジ天使だよぅ。ありがと――♡」

 

「いえいえ。たまたま友達にうどんクッキー貰ってて。二枚だけですけど」

 

 樹の心優しい反応に友奈は喜ぶ。食べかすを口につけたまま彼女は樹の手を握り、

 

「樹ちゃん、結婚して」

 

「ふぇっ!?」

 

 彼女らしいド直球な発言をする。その発言を受けた樹は顔を真っ赤にして、はわわわっと戸惑っている。

 

「こらこら、実の姉の前で妹に求婚すんな」

 

 風がツッコミを入れなければ、もう少し続いていただろう。真生は自分のバッグの中に何か食べ物があったかどうか探しているので、彼女たちのやり取りは聞いていなかった。

 風は真っ赤になっている樹の頭の上に顎を乗せて、友奈の発言に訂正を加える。

 

「それに友奈にはもう女房役も旦那役もいるじゃない」

 

「えへへ――」

 

 ごち――♡と言いながら存分に味わったうどんクッキーを食べ終わる。そして、友奈は風の言葉に答える。

 

「優しくされるのに弱くってー。いい人大好き♡」

 

 その言葉に風と樹は思う。

 

((ちょろいっ!))

 

 そして、真生はバッグの中からデザートとして残しておいたプリンを見つける。そのプリンを友奈のところに持っていき、手渡す。真生の方をきらきらした瞳で見る友奈。真生はその瞳に一瞬動揺するが、そっぽを向くと、さっさと食べるように促した。

 

「早く食べとけ。すぐに依頼に行くんだからさ」

 

 そっぽを向いたままそう言う真生に友奈は満面の笑みを浮かべながらプリンを食べ始める。風と樹は二人のやり取りをみながら、なんともいえない気分になる。

 

((ツンデレ……?))

 

 真生にとって不名誉な称号がついた瞬間だった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 うどんクッキーとプリンを食べたものの、そのくらいで腹が膨れる筈もなく、友奈は結局空腹のままである。

 

「今日は半ドンで依頼が多い。みんな、気合入れていくわよっ!」

 

「「お――――っ!」」

 

「……お――」

 

 友奈と樹は元気よく返事を返す。対照的に真生は微妙な返事を返す。キャラじゃないのだろう。

 

「風先輩! お腹が鳴りっぱなしであります」

 

 腹からぐ~~と音を鳴らしながらそう言う友奈。しかし、風はそれに対して無情な返事を返す。

 

「耐えろ」

 

 まずは職員室っとと言いながら、自分たちの行く場所を確認する風。樹は腹を鳴らし続ける友奈を応援しながら風についていく。真生は早速先行きが不安になるのだった。

 

 

 

 

「先生っ。依頼を受けて参上しました!」

 

「お――ご苦労さんっ」

 

 職員室へと来た風たちは依頼人の先生へと挨拶をして、依頼の話には入ろうとする。しかし、その間も空腹である事を主張し続ける友奈の腹の音に気が抜けてしまう。

 流石にイラッときたのか、風は友奈へと水を押し付けた。

 

「これでも飲んでなさいっ」

 

 友奈は押し付けられた水を受け取る他なかった。少しでも空腹感を紛らわせようと、それを一気飲みする友奈。しかし、これは当然と言えるだろうか、友奈は気管に水が入ってしまったのかむせて咳をする。

 友奈が咳をする中、真生は冷静に友奈の手の中にあるキャップのとれている水を回収し、キャップを閉める。その後、友奈の背中を優しく擦っていた。

 友奈は咳が止まると顔を少し赤くしながら、真生に謝る。

 

「真生くんゴメンね。けほっ」

 

「別にもう慣れてるから大丈夫だよ。小学生の頃も何回かやってたんだから」

 

「……あれ? そうだっけ?」

 

 あれれ~~? と言った様子の友奈。

 完全に慣れた手つきで友奈の介抱を行っていた真生に、樹は長年の付き合いの重さを知った。完全に忘れている様子の友奈には苦笑いをしていたが。

 先生との話が終わったのか、依頼に移るように風は勇者部に指示を出した。水を飲んだことで多少元気が出たのか、友奈も気合十分な様子で依頼をこなそうとしていた。

 

 

 今回の依頼は物置の屋根修理ということで、物置の前まできた。屋根修理の依頼ならば力仕事のできる真生や友奈が適任だ。真生と友奈が屋根に上り、樹は下で屋根の修理に必要なものを集める。風は進行具合によって上ったり降りたりを繰り返していた。

 

 しばらく経つと、屋根の修理も殆ど終わりに近づいてくる。最後の仕事とばかりに真生と友奈はカーンカーンと音を鳴らしながら、金槌を振り下ろす。

 

「どんな感じかな~?」

 

 そこに下から声が聞こえてくる。男性らしい低い声、つまり樹ではないということだ。言った言葉から推測するならば、自分たちが何をしているか知っている人物だろう。風はその人物の声に聞き覚えがあった。ここまで思考を張り巡らせなくとも簡単に予想のつく話だっただろう。答えは先生だった。

 

「物置の屋根修理バッチリ達成です」

 

 屋根の上から頭を出しながら先生に依頼の達成を告げる風。人の良さそうな先生はその言葉にお礼を告言う。先生だと屋根踏み抜いちゃうしな~とのんびりした様子で語る先生。なるほど、彼は少し肥満体型といえるような体つきをしている。彼の言った通り、屋根がその重みに耐え切れず壊れる可能性も決して低くはないだろう。

 

「ほら~疲れたときには甘いもんだ。まんじゅう五つだ~」

 

「ありがとうございますっ」

 

 人の良さそうな先生は見た目だけではなく、その人柄まで人が良いらしい。先生の持ってきてくれた饅頭を受け取る風。しかし、今日は美森がいないので勇者部の人数は四人しかいないのだ。なのに、饅頭の数は五つ。その理由はすぐに先生が答えてくれた。

 

「結城にゃ二つ上げてくれな~」

 

 楽しそうに笑う先生に、風は苦笑いを返しながらその気遣いに感謝する。友奈もまるで答えるかのように腹を鳴らしていた。

 

 

「次は……バドミントン部ね」

 

「お~い、こっちこっち~。もう始めてんで――」

 

 貰った饅頭を食べながら風たちが二つ目の依頼の場所へと向かっていると、声を掛けられた。

 声を掛けてきたのは依頼人であるバドミントン部の部長だった。彼女は風と同年代で仲は良好らしい。もう依頼内容である草むしりを始めてしまっているバドミントン部。自分たちのためでもあるだろうが、勇者部の負担を減らすためでもあるのだろう。

 

「ゴメンな風ちゃん。うち部員少なくて……」

 

「おっけおっけ。気にしないで」

 

 風は相変わらずの気さくさでバドミントン部の部長にそう伝える。勇者部の部員の人数もバドミントン部と似たり寄ったりな上に、同じ部長同士だから重ね合わせてみている節があるのだろう。単純に彼女たちの仲がいいのも関係しているだろうが。

 バドミントン部の部員の方も風たちによろしく頼む旨を伝えてくる。そこまで頼りにされては風も黙っていられないのだろう。やる気を出した様子で草むしりを開始しようとする。

 しかし、そこで樹が風の注意を自分のほうへと向けさせた。

 

「あの……お姉ちゃん。

 

 

 

 

 友奈さんが凄い勢いで終わらせちゃってるよ」

 

「力加減をしろバカものぉぉっ!」

 

 友奈は饅頭パゥワ――! と叫びながら、草をどんどんむしっていく。まるで友奈自身が草刈機になったかのように、友奈の通った場所には草一本も残ってはいなかった。

 友奈の謎の饅頭パワーにより、草むしりはたったの五分で終わってしまった。草も生えない荒野のような状態になっている練習場を見て、風とバドミントン部の部長は驚愕と呆れを同時に感じていた。

 草むしりを饅頭で得た力で終わらせた友奈は、当然のように空腹感に悩まされていた。

 

「ふふ……私……やったよね?」

 

「ゆっ友奈さーんっ」

 

「何小芝居やってんだ君たちは」

 

「とりあえずそこの二人は帰ってらっしゃーい」

 

 友奈はあまりの空腹感に再起不能に似たような状態になっていた。そこそこの広さのある練習場に生えている大量の草をたったの五分で全てむしったのだ。目から生気を失いかけているのも仕方ないだろう。

 そこにバドミントン部の部員が現れた。友奈の様子を見に来たようだ。

 

「あっお腹減ってるの?」

 

「はいっ。じゃあリンゴあげる」

 

「レモンのハチミツ漬けあるぜ! おやつだけど」

 

 果物ばかりでゴメンね~と言いながら、バドミントン部の部員たちは腹を空かせている様子の友奈にそれぞれが持っている食べ物を渡す。その食べ物を受け取った友奈は、途端に元気を取り戻してバドミントン部の部員たちに全身を使って感謝を伝えていた。

 バドミントン部の部長と風、そして真生はそれを温かい目で見守っていた。

 

「良い子やねえ、友奈ちゃん♡ すぐ仲良しさんや」

 

「まぁそれが取り柄だから」

 

 やれやれといった様子でそう言う風。友奈は怒られる事も多々あるが、それでも不思議と嫌われないのだ。そこが友奈の魅力だと言っても過言ではないだろう。

 微笑んでいる風に、バドミントン部の部長はからかうような表情へと変わる。真生は嫌な予感がした。

 

「そういえば草薙くんとはどこまで進んだん?」

 

「なっ!? まっ真生とはそんな関係じゃないって何回も言ってるじゃない! あんまりからかわないでよ。ねぇ真生……っていないし!?」

 

 風はあからさまに動揺する。風のこういう姿は教室などでは少ないのだろう。バドミントン部の部長はここぞとばかりに風で遊び始めた。

 間一髪で逃げ出した真生は友奈たちの方に混ざっていた。バドミントン部の部員たちに貰った食べ物をほおばっている友奈はリスのようになっていた。それをみて、また笑いが生まれる。

 からかわれていた風が、携帯を見て時間を確認する。時間を確認すると、勇者部の面々に向かって声を掛けた。

 

「勇者部集合! そろそろ最後の依頼に行くわよ~」

 

「「「は~い」」」

 

 勇者部メンバーは声を揃えて返事を返した。

 

 

 最後の依頼は保育園からである。

 

「お遊戯のお手伝いだけど、そろそろ新ネタ仕入れなきゃダメね。子供が飽きちゃう」

 

 勇者部には保育園から何度か同じ依頼が来ているため、こうやって考える事が多々ある。例に出すなら、折り紙やお絵かきを保育園の子供たちと共に行っている。人形劇もその一部だ。頭を悩ませる風に、樹がこの間の図書館での依頼の際に借りた紙芝居を取り出す。

 

「二作品ほど借りてきましたっ」

 

「樹えらいっ! なでなでしたげよう!」

 

 真生は友奈のほうを見る。それを待っていたかのように彼女もあるものを取り出した。

 

「はい! 私、新しい押し花作ってきました!」

 

「めっちゃ虫に食われてる!!」

 

「なんか怖いですっ」

 

「さすがにそれはないな」

 

 全員からの不評に眉を下げる友奈。えへへーとはにかみながら押し花をバッグにしまうと、再び考え始める。

 全員でこれからのネタを考えていると、保育園にいつの間にかたどり着いていた。

 

「お姉さんたちにご挨拶しましょうっ」

 

「こんにちは――――っ!」

 

 元気よく挨拶をしてくる園児たちに勇者部の面々もにこやかに挨拶を返す。

 樹は紙芝居を用意し、見たい園児たちを集める。風は先生と会話をしていた。

 

「いつも助かります」

 

「いえ、アタシたちも楽しみにしてますから」

 

 風たちは会話をしながら、とても賑わっている一箇所を見る。そこにはたくさんの園児たちに囲まれて腕を引っ張られている友奈と真生がいた。それぞれが違う要求をしてくる園児たちに、二人ともが困っているようだ。

 

「友奈さんと真生くんは本当に大人気ね」

 

「ほんとに……。友奈は精神年齢が近いからでしょうか。真生はよく分かりませんが」

 

 風たちの視線の先には依然として腕を引っ張られ続けている友奈と真生がいる。園児たちもヒートアップしてきたようで、ケンカをしてしまいそうなほどだ。真生と友奈がそのたびに止めてはいるのだが。

 実は風が言っていた事は、真生にも当てはまっている。彼は大人っぽい雰囲気を醸し出してはいるが、実際のところはこの勇者部の中でも最も幼いかもしれない。身体的にではなく、精神的に。

 

 結局ジャンケンにより、友奈はおままごと、真生は血気盛んな子供たちと追いかけっこという結果になった。その際に真生が転びかけた園児を助けようとしたら鬼役の園児に捕まったりと色々とあったがそちらのほうは割愛しよう。

 友奈の方は女の子の園児二人と一緒におままごとをやっている。しかし、その最中にまた友奈の腹が鳴ってしまう。

 

「ありゃ」

 

「友奈ちゃんお腹の虫がぐぅなのね~」

 

 二人にも笑われてしまい、友奈は羞恥に顔を赤く染めた。そんな友奈に二人は砂場の土で作られた団子を渡す。

 

「はいっごはんだよ♡」

 

「いつもありがとう友奈ちゃん!」

 

 二人の園児の惜しげもない感謝の気持ちに友奈の心が温かくなる。それと共に感じることもあった。それはこの笑顔を守らなくてはという気持ち。

 

「……えへへ。ありがとう」

 

 園児に対して、照れながらお礼を言いながら、友奈は心により強い決心をした。

 

 勇者部にとっても、園児にとっても楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい、依頼が終わる時が来た。

 

「それではまた何かあればいつでも呼んでくださいっ」

 

 園児たちがありがとうございました~や、じゃあね~や、またね~だったりと元気な声で勇者部に別れを告げている中、先生は申し訳なさそうな顔をしながら風の言葉に頷く。

 

「はい……。すみません頼りっぱなしで……」

 

 中学生である勇者部に頼りっぱなしと言うのも大人としてはなんともいえない申し訳なさがあるのだろう。しかし、そんな先生に対して彼、彼女たちは当然のようにこういうのだ。

 

「気にしないで下さい。それが私たち、

 

 

 

 

 

 

 勇者部ですから!」

 

 と。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 機嫌の良い風のおごりでうどんを食べに行く事が決まり、友奈たちは部室の前へと戻ってきた。そこで樹が何かを見つける。それは弁当箱とその中に添えられてある魚の骨だった。

 友奈はそれを見た瞬間あっと気がついた。それとほぼ同時に真生も納得が行った。

 

「……なるほど。腹が減るわけだ」

 

 その弁当箱は友奈のものということが判明し、風たちはまたもや驚いた。

 

 弁当箱に添えられていた魚の骨からは、二匹の猫からの感謝の気持ちがあふれている。言葉に表されるのならこういうのだろう。

 

 

 

 

 ありがとねっ♡

 

 どこかで猫が鳴く声が響いた。




 ほのぼのっていいな(ところどころに伏線張りながら)

 次回からはアニメ原作三話の内容に入る予定です。前半にはあまり関係のない(大嘘)話を入れますが、後半は原作三話の内容に入っているはず。

 これからもちょくちょく勇者部所属の話を入れていきたいと思います。樹海の記憶はvitaが無いので買っていません。入れるにしてもほんのちょこっとだけになると思います。

 気になった点、誤字脱字などがありましたら感想欄にてお伝え下さい。普通の感想や批評も大歓迎です。どしどしきていただけると作者はとても喜びます。
 では最後に、


 決心:シャガの花言葉


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第二十四話 危険

※今回は真生を除いて現在の勇者部は出てきません。


 

 ――――草薙真生は大赦の本部へと来ていた。多くの神官の物珍しそうな視線の中、堂々とある部屋を目指して歩く。たくさんの神官の姿が否が応にも目に入る。神官たちを視界の中に収めながら、真生は考える。

 

(……これだけの神官がいる中、よく俺は神樹の下まで辿り付けたな。人の気配には敏感だからか?)

 

 人間にしか見えないが、彼はバーテックスである。バーテックスは人を襲う習性がある。それにより人の気配には敏感なのだ。それはかなり遠い距離からの狙撃を可能とする射手座や、友奈たちを遠くから狙ってきた乙女座が証明している。

 真生は初めて自分がバーテックスであると自覚する事になった出来事を思い出す。神樹に自分の身を侵食され、苦しんで、初めてバーテックスとしての力を行使した。その頃にはまだ、草薙真生という名前すらなかった。あれからもう何年経ったのだろうか。十にも満たない自分の年齢に苦笑いしつつも、真生は目的の部屋へと辿りつく。ノックを行い、扉を開いた。

 

「やぁ、こんにちは。よく来たね、真生君」

 

「えぇ、お久しぶりです。

 

 

 

 

 ――――春信さん」

 

 春信と呼ばれた青年は、真生に対してニコリと微笑む。

 

 三好春信(みよしはるのぶ)。彼はその天才的な能力の高さを買われ、大赦の中でも名家には及ばないもののかなりの発言権を得ている。これは元々一般人に等しい程度の生まれだったことを考えると、驚異的である。大赦で発言権のある名家を挙げるならば乃木や上里、鷲尾、赤嶺などが挙がるだろう。しかし、個人で名家の一歩手前の発言権を得るほどの功績をたてることはなかなかできることではない。そのために彼は能力をより高みへ引き上げることを望み、努力した。

 たゆまぬ努力と恵まれた才能。それこそが彼が天才と呼ばれる由縁なのだ。

 

「なぁ真生君。そろそろ夏凛と会ってやってくれないかな? 夏凜が少し荒れててね。訓練の方も苛烈になっているみたいだし、流石に根を詰めすぎな気がするんだ。君ならそれを止められるだろう?」

 

 真生を部屋に招き入れ、椅子に座らせたかと思えば、彼は早々に自らの妹について話し始めた。殆ど会ってはいないはずなのに、なぜそこまで妹のことを熟知しているのか。彼の情報網の広さに真生はドン引きする。やろうと思えば彼もそのくらいなら可能なのだが。

 真生は春信の言葉を聞いていたが、彼の頼みに拒否を返した。

 

「すみませんが断らせていただきます。こちらの勇者たちのサポートを今は優先したいですし、それに約一ヶ月後に合流することが決定したんでしょう? それまではそちらで彼女のサポートをお願いします。御兄妹でしょう?」

 

 真生の返事を聞いた春信の顔はどこか気落ちした様子を見せるものだった。それはどこからどう見ても妹と良い関係を築けていないことの証だった。

 

「いや、耳に痛いね。……情けないことだけど、僕は夏凜に避けられてるし、きっとあまり良くは思われていない。僕は夏凜が嫌いな訳じゃないし、むしろ好きだ。けど、僕がしたことが原因で夏凜がよく僕と比較されてたことは知っているだろう? 僕には覚悟がない。夏凜からの糾弾を、両親が夏凜に刻み付けた呪いを受け止める覚悟がないんだよ」

 

「…………それは貴方の勝手な都合だ。もう夏凜だって現実を受け止めてる。貴方のことだって嫌ってはいないんだ。……むしろ夏凜のことをそこまで愛しているのに、何故受け止めないんですか。夏凜は自分という個を認められたかっただけだ。貴方が動けば動くほど、夏凜は更に比較される。もっと自由にさせてやれば良いんですよ」

 

「……自分で言うのもなんだけど、この話するの何度目だったかな? あ、それと言葉を選んで話すのはもう止めていいよ」

 

「じゃあ遠慮なく。数えてませんよそんなの。春信さんが意気地なしなのは、今に始まったことじゃないですし。開口一番で毎回夏凜について話し始めるんだから大概ですよね。ていうか確かに数ヶ月は携帯でのやり取りしかやってないけど、それぐらいで怒るほど夏凜は子供じゃないでしょ。どうせまたあの不器用な三好家の両親が夏凜の精神逆撫でするような事言ったんじゃないですか?」

 

 敬語こそ抜けてないもの先程よりもはっきりと毒舌になる真生。春信は苦笑しつつも真生の言うことの一切を否定しない。それは真生の言っている事が正しいという証明だった。

 真生はため息をつきながら、春信に対して愚痴を言う。

 

「いい加減夏凜の事に関して、俺だけに押し付けるのは止めてもらえませんか? 俺と会うたびに口から出てくる事は夏凜のことばっか。シスコンなのは構いませんが、妹に構ってもらえないとか、喧嘩こそしてないけど妹と話しづらいとか……。そんなこと聞かれても俺に答えられる訳無いでしょうが! なんで他の人の前では猫被ってんのに俺の前でだけ全く猫被らないんだ、少しぐらい被れよ! もしくはせめて俺ばっかり頼るの止めてくれ、もういくつ貸しがあるのかすら覚えてないくらいだぞ……」

 

 真生の愚痴は後半になっていくにつれ語尾が荒々しくなり、最後には逆に沈下してしまった。疲れた様子の真生に迷惑をかけている張本人である春信は悪びれた様子もなく楽しげに彼を見ていた。

 

「いやね、君が夏凜と仲良くなってるって聞いて、夏凜に悪い虫でもついたのかと思ったけど、思ったよりも良い虫だったから気に入っちゃってね。他にも理由はあるけど、君ならこういうことでも話しやすいからね。普段から品行方正であることを心がけているけど、君の前ではついつい素がでるんだよ。君との会話は良い気分転換になるしね」

 

「ただの中学生に何を求めてるんだよ、このシスコン。俺のことを何気に虫扱いするな。ていうか……」

 

 春信が言っていることはかなり自己中心的だ。真生は自分勝手な春信に腹を立てる。しかし、真生はこの位のことで腹を立てるほど気が短かっただろうか。人のことを考えずに自分のことを優先する。まるで勇者部とは正反対だ。だから、腹を立てているのかといえばそれは違う。それはきっと――

 

「……全然心なんて開いてない癖に。あんたは夏凜や両親等の事については話しても、大赦に関することは殆ど会話にすら出さない。何故そこまで俺を警戒するんだ」

 

「――だって君、まだ隠していることがあるだろう? 君は頭の回転が速い。だから誰にだって隠せていたんだろうけど……そんな簡単に僕が騙されると思わないでくれよ? 一つ忠告しておく。君に騙せるのは他人と友達までだ。君の事をよく見ている人間はいずれ気付くよ。僕と同じか、それ以上に君が自分勝手だということにね」

 

 ――――自分自身と似ているからだろうと、彼は思った。

 

「君の存在は明らかに異質だ。君の両親を見たものは誰も居ないのにも関わらず、君の家は他の名家と同じ扱いになっている。突然現れた“草薙”の家。謎に包まれているその家の存在。そんなものに身を置いている君は怪しい以外の何物でもない。だけれど、君を疑っているものは極僅かでしかない。その極僅かも年齢の低いものだけだ。年長者たちはまるで洗脳でもされたかのように全員君のことを歓迎している」

 

 どこか確信めいたものを言葉に込めながら、春信は真生について語り始める。

 草薙家は当たり前のように名家として存在している。他の名家もそれを否定したりはせず、草薙家の当主のこともよく知っている。

 しかし、その当主は一度も姿を現したことはなかった。草薙家で姿を見られたことのある人物は草薙真生の一人だけだ。

 春信の言っていた通り、草薙の家は突然現れたものだ。文献を調べたとしても、その存在は欠片も記されてはいないのだから。それならば何故、草薙の家は名家となることが出来たのか。

 真生は春信の言葉に黙ったままだ。しかし、春信は真生の瞳を見て、気圧される。真生の瞳が、いやその表情すらも無に支配されていたからだ。それはまるで人形のようだった。

 春信は瞳を閉じ、一つ息をついた。もう一度瞳を開き、先程までの圧迫するような気迫を無くし、真生に対して安心させるように告げる。

 

「……大丈夫。誰にもこれを言う気はないさ。君の事を気に入っているのは本当だからね。……さて、そろそろおふざけも止めにして、君がここに来た理由について話してもらおうか。君は、何を求めてやってきた?」

 

 春信は笑顔を止めて、真剣な表情へと変わる。それは彼のスイッチがはいった証拠だ。こうなれば彼はふざけた回答をすることはなくなる。

 真生の顔から無であった表情は薄くなり、こちらも真剣な表情へと変わる。真生は春信の瞳を見つめながら、先程までとは空気がまるで違うことをはっきりと認識した。

 ゆっくりと口を開く。真生が自ら春信の下に来た理由は、彼の見解を知る為だ。では何に関しての見解だろうか。真生は春信と同じく真剣な表情でそれを口にした。

 

「貴方の部屋に来た理由はたった一つだ。

 

 

 

 

 

 ――――友奈の満開の代償。散華について、貴方の見解を問いたい」

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 時は進み、再び樹海化は起きた。

 

 蒼い影はバーテックスの元まで駆ける。その速度は勇者として強化された友奈たちを上回るほどのスピードだ。

 

「……一体か。もう四体も試したんだ。次こそは完成させる。綻びなんてもう出す気はない」

 

 影にとってこれまで勇者部が倒してきたバーテックスたちは失敗作だった。綻びなんてものが出来ること自体、影が望んだものとは違っていたのだ。

 バーテックスの元へと辿り着く。バーテックスの体に乗り、再びバーテックスの強化を始めようとする。

 

「神樹を殺す。お前もそれを望んでいるんだろう? ならば燃えろ。太陽のように……」

 

 影は自らの能力を開放しようとする。

 

 

 その瞬間、影に向かって二本の刀が風を切り裂きながら迫ってきた。

 

 影は驚愕に目を見開く。しかし、刀の軌道を見切ると共にその刀を弾き返した。影の手には一本の剣が握られている。その剣は何の装飾もなくただ黒かった。何者も寄せ付けぬような黒に全身を染めていたのだ。

 

 影は刀が飛来してきた方向をその双眸で見つめる。何が現れるのかが分かっているかのように、静かに剣を構えていた。

 

「……いきなりとはなかなか卑怯な勇者だ。仮にも刀を握っているのだから、もう少し武士のように誇り高くあってもいいんじゃないか?」

 

「コソコソと隠れてバーテックスの強化だけして、それでいて自分だけ逃げる腰抜けにそんな事言われる筋合いは無いわよ」

 

 影の目の前で一つの人影が着地をした。

 不敵にも影に向かってそんなことを言い放つのは一人の少女だ。

 

 その少女の姿はまさに勇者。紅を基調とした姿に身を包み、左右の手には二本の刀が握られている。髪は二つに結ばれており、その瞳は紅く染まっている。

 

 彼女は名乗りを上げる。お前を討つのは私だというように。

 

「私は三好夏凜。あんたが情報にあったUNKNOWNね。なんでバーテックスを強化してるのかとか、なんで勇者以外存在することの出来ない樹海に人間のあんたがいるのかとか聞きたいことは山ほどあるわ。捕縛させてもらうわよ」

 

「……それが出来るとでも?」

 

 影は漆黒の剣を夏凜へと向ける。夏凜もそれにあわせて刀を構える。両者の間に緊迫した空気が流れる。しかし、いつまで経っても影が攻めてくる様子はなかった。それを不審に思った夏凜だったが、気がついた時にはもう遅かった。

 

「悪いな。手を使わなきゃバーテックスの強化が出来ないなんていった覚えはないよ」

 

 影の足元を中心にバーテックスが黒く染まっていく。夏凜はそれをとめようと影へと刀を振るうが、影はバーテックスから離れていく。慌てて追いかける夏凜だったが、影のスピードは夏凜を遥かに上回っており、追いつくことはなかった。

 

「ぐっ……! でも覚えたわよ、次こそは必ず捕まえるんだから!」

 

 蒼穹のように蒼い髪に、それと同様に蒼い瞳。ベージュのマントで隠されてはいたが、その体格は大学生ほどの年齢のもの。そして、骨格を見るに性別は男。それが夏凜から見た影の詳細だ。

 その姿をしっかりと記憶に焼き付けようと睨み付けてくる夏凜に、蒼い男はフッと微笑み、夏凜の視界から消え去った。

 瞬きの瞬間に消え去ったことに気がついた夏凜は、男の能力の高さに驚く。夏凜はせいぜい勇者と同等かそれ以下の能力だと思っていた。しかし、その予想は間違っていた。瞬きの間に姿を消すほどの瞬発力に死角から飛来してくる刀に即座に反応して見せた反応速度。そして、バーテックスを強化するという謎の能力。まるで底が見えない。

 しかし、夏凜はいずれ戦うことになる男に恐怖を感じるつもりはなかった。

 

 次こそは

 

 その思いを胸に秘め、漆黒に染まったバーテックスと向き合う。

 漆黒に染まったバーテックスには今までのようなヒビが存在していなかった。代わりに四本の牙のような部分に存在する四つの噴射口のようなもの。夏凜はこの噴射口の存在に嫌な予感を感じていた。

 カプリコーン・バーテックス。山羊座の名を冠するバーテックスは、四本の牙のような部分が地面に食い込む。それと同時に小刻みに震えだし、樹海に大きな地震が起こる。

 

「なっ! 樹海が……!!」

 

 山羊座の引き起こした地震により、樹海が大きく揺れた。その揺れは恐ろしく強く樹海に地割れが起こるほどだった。地割れを引き起こしても尚揺れは止まらない。そして、山羊座は更なる攻撃に打って出ようと、噴射口にエネルギーを蓄え始めた。

 山羊座を中心に、周囲の温度がじりじりと上がっていく。上がっていくの同時に噴射口からも熱い熱が発せられていた。

 

 ――――今、樹海が山羊座によって壊されようとしていた。




 春信さんの事を悪く書きたかったわけじゃないんです。書いてたらこんな感じになっちゃっただけなんです。普段の彼はもう少しイケメンなはず。

 もう少しで春休み……。部活……大量……う、頭が……。

 次回夏凜ちゃん大活躍! とかなったらいいなぁ。ていうかそろそろ花言葉がネタ切れに近くなってきた。どうしよう。

 気になった点、誤字脱字などがあったら感想欄にてお伝え下さい。普通の感想や批評も大歓迎です。
 では最後に、


 危険:ウツボカズラの花言葉


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第二十五話 悲嘆

全ての話のサブタイトルにそれぞれの話数を追加しました。


 

 少し時を遡ろう。

 

 樹海化が起こる前、勇者部は一ヶ月もの間バーテックスが来なかったことで、気を緩めていた。

 

「バーテックス来ないですね。諦めたんでしょうか?」

 

 友奈は思い出したようにそう言う。彼女は“満開”を行使して以来、真生による健康調査がよく行われていた。そのせいもあって、前よりも幾分か体を動かしやすくなった友奈は、その有り余る元気をもて余していた。勇者部の活動も、友奈の活躍により大体の依頼が終わっているので、端的にいうと暇なのだ。

 

「そうだったら嬉しいけどね~。本当だったらこのくらいの間隔で十二体倒すはずだったのよ。なのにイレギュラーに次ぐイレギュラーばっかりで……。モテる女は大変ね~」

 

「異常事態ばっかりにモテても嬉しくないよ~」

 

 風はさも自分がモテている風にいうが、樹から的確なツッコミが入る。風はそのツッコミに対して、そうよね~と返しながら机に突っ伏した。

 

 現状、バーテックスに関する事柄は元々考えられていた流れからはかけ離れている。周期に関してもそうだが、何よりも気がかりだったのはUNKNOWNの存在だった。この存在は未だ彼女たちが目にしたわけではないが、持っている能力はかなり危険なものだと考えられている。

 美森は色々な推測こそしていたが、それを他人に話したことはない。いや、話す必要がないのだ。その件に関しては真生がもう既に語っているのだから。その真生は現在は用を足しているので、部室にはいなかった。

 

 のんびりと怠惰な時間をむさぼっていた勇者部だったが、その時は無情にも訪れる。

 

「……!? これは……!」

 

 真っ先に美森が声をあげる。彼女たちを突如襲った異変、それはまさに樹海化が始まる前兆だった。

 

「時間が止まってるってことは……やっぱり……」

 

「噂をすればってやつね。全く、お呼びじゃないってのに」

 

 風と友奈もそれぞれ反応を示す。風に至っては忌々しげな顔をしているほどだ。それと同時に友奈たちの側に、精霊たちが顕現する。風と樹には一体ずつ。友奈は二体。美森には三体だ。

 風の元にいる青い犬の姿の精霊の名前は犬神(いぬがみ)。樹の傍で浮いている黄緑の色をした毛玉のような精霊は木霊(こだま)。美森の精霊はひび割れた卵型が青坊主(あおぼうず)、和装をしている狸型が刑部狸(ぎょうぶだぬき)、揺らめいている青色の火の形をした精霊は不知火(しらぬい)という。そして、友奈の所に初めからいたのは牛鬼(ぎゅうき)という名前の背中から桜の花びらのような羽を生やした白い牛だ。

 精霊たちも気合いは十分のようだ。

 

「今回もお願いね、牛鬼。白娘子(はくじょうし)もよろしく!」

 

 律儀に自らの精霊に挨拶をする友奈。

 白娘子とは新たに加わった友奈の精霊である。全体的に白く、人型の精霊だ。その体には白蛇が巻き付いており、くりっとした瞳は牛鬼と似たものを感じる。

 戦闘前だというのに緊張感のない勇者部だったが、それぞれの精霊と心を通わせるのは大切な事だ。戦闘において彼女たちの身を守るのは精霊だ。その精霊に信頼を置くのならば、彼らと共に過ごし、慣れる事が最も近い方法だろう。

 

 風景が変わっていく。彼女たちは変身をすると同時に、強い風と共に樹海に呑み込まれていった。

 

「来たわね……五体目のバーテックス。すぐにでも“満開”して倒してやりたいけど……、真生にも言われたし、まずはこのまま戦うしかないか」

 

 風は前回友奈が見せた、“満開”をしてバーテックスを見つけると同時に倒す事を提案していた。しかし、その案は真生によって却下された。樹はその際に真生が言っていた言葉を思い出し、口に出した。

 

「『“満開”はあくまで切り札だ。それ相応の事態に陥らない限りは使わない方がいい。近い内に勇者システムも強化バーテックス用にまた調整されるから、それまではいつもの勇者の力で我慢してくれ。複数来ない限りは対抗できるだろ?』……でしたっけ」

 

「繰り返し使うと強くなるとかアプリの説明には書いてあった気がするけどね……。それはともかく真生も無茶言うわよね~。あんなの一体だけでもかなり大変だってのに」

 

 不満げな顔で風は樹にそう漏らす。友奈たちもそれぞれ考えてはいるが、真生の真意を誰も理解できてはいなかった。

 そして、とうとうバーテックスが姿を現す。四本の牙のついたどこか不思議なフォルムだ。不思議なフォルムなのは全てのバーテックスに共通して言えることだろうが。

 そして、他のバーテックスと同じようにその色を黒く染めていく。風たちは油断をしていた。“満開”の力の強大さを知って、漆黒のバーテックスの力を見誤ったのだ。彼らは学習する。

 

 ――――ただの強化であったものは、進化へと姿を変える。

 

 

「……いつもと様子が違う?」

 

 友奈たちの見る黒いバーテックスは、全てその身に入ったヒビから炎を漏れ出していた。しかし、今度のバーテックスにはそれがなかった。代わりにあるものは四つの噴射口のみ。気がついたときにはもう遅かった。始まってしまう。バーテックスによる樹海の破壊が。

 山羊座のバーテックスは体を揺らす。その揺れによって起こったあまりにも大きいその地震に友奈たちは立つことすらままならなくなる。彼女たちの耳に届く鈍い音。それは自分たちの足元から聞こえていた。

 

「樹海が……壊れる!?」

 

 鈍い音は段々と大きくなっていき、やがて亀裂の入る音へと変わる。亀裂は広がっていき、神樹へとたどり着くその瞬間に何かによって動かされたかのように進行方向を変えた。友奈の隣には白娘子がいる。白娘子は手を神樹のほうへと向けて、何かを踏ん張っているようだ。

 

「もしかして……白娘子があれを?」

 

 白娘子は友奈の問いに答えるように頷く。

 

 白娘子が何をしたか、それは一言で言うなら、“幸運”を授けただけだ。彼女の能力は“力”を溜め込み授ける事。その能力は基本的には誰にでも適用することが出来る。今回の発動対象は神樹だ。自らの創造主である神樹の危機に、間一髪のタイミングで能力を行使したのだった。

 

 それを知る由もない友奈たちだが、白娘子に向ける目はあくまで優しかった。彼女たちから見れば白娘子が自分たちの理解の範囲外に及ぶような能力を使って神樹を救ったように見えただろう。しかし、それは彼女たちには関係なかった。たとえ人が恐怖するような能力を持っていたとしても、彼女たちは笑って受け入れるだろう。友奈たちはそういう人間だからだ。

 

 しかし、白娘子の力は永続的なものではないのだ。それを理解している白娘子は友奈たちへと身振り手振りで伝える。バーテックスを倒してほしい、と。

 それを理解した勇者部は山羊座へと向かい直す。山羊座のバーテックスは未だに地震を止める様子はない。それどころか、噴射口から途轍もないエネルギーが溜まっていく様子すらある。神樹を破壊するまで攻撃の手を緩める気は全く無いようだ。

 しかし、それもある出来事によって止められることとなった。山羊座の四本の牙のうち、一本の牙が折られたのだ。これによって強制的に山羊座は揺れを起こす事を諦めなければいかなくなり、同時に噴射口に溜め込まれたエネルギーも霧散することになった。

 

 それを行った張本人である夏凜は、灼熱のように紅蓮に染まる一本の刀を鞘に納め、汗を垂らしながらも一息を着いた。

 

「……ふぅ。ぶっつけ本番だったからどうなるかと思ったけど、意外と何とかなったわね。流石、強化された勇者システム……和魂(にきみたま)システムだったっけ?」

 

 和魂システムとは、強化された勇者システムの名称だ。精霊に供給される神樹のエネルギーを増大し、精霊の力を勇者の守護だけではなく攻撃にも添加させることを出来るようにするシステム。このシステムの最も特筆すべき点は精霊の武器化だろう。精霊の力の大半を一つの武器へと変えるこの力の欠点は精霊の加護が弱くなることだ。しかし、その欠点を補えるほどの攻撃力をこの力は持っていた。強化されたバーテックスの攻撃を耐えてみせた精霊の力が攻撃に使えるようになれば強化されたバーテックスの体にも通用するはずだと結論付けられ、急遽援軍として出撃する夏凜の勇者システムに追加されたが、まだ戦闘データが少ない為、試作品止まりである。

 

 夏凜の持つ紅蓮の刀は鞘に納められると同時に光り輝き、精霊の姿へと変わった。

 その精霊は、白娘子と同じく人の姿を模しており、白娘子とは正反対の黒い肌に紅い鎧を纏っている。精霊は再び体を輝かせ、夏凜の周囲に光の粒子が舞う。光の粒子は夏凜の体へ吸い込まれていき、夏凜の持つ二本の刀からほのかな光が放たれ始める。

 

「行くわよ、義輝(よしてる)。こんなところで簡単にやられるつもりなんて無いんだから、ちゃんと力を貸しなさいよね!」

 

 夏凜は封印の儀を始める。漆黒のバーテックスは抵抗を示そうとするが、あっさりと御霊を放出させられた。

 それを見ているだけだった勇者部も困惑しながらも急いで封印の儀に参加する。夏凜は彼女たちの存在に気がつくが、無視して御霊を破壊せんと刀を振る。

 

 しかし、御霊は放たれた刀の一撃を回避した。そしてそのまま夏凜へと毒の霧を放射する。予想外の反撃に目を見開く夏凜だったが、精霊の加護によって毒によるダメージが入ることはない。気を取り直し、反撃を試ようとする夏凜。しかし、御霊は今までの行動とは遥かに違う行動を示した。

 御霊はその体から炎を放出し、再び先程の四本の牙を生やしたバーテックスの姿を形作ったのだ。燃え盛る山羊座の姿に夏凜の人としての本能が近づく事を避けることを主張する。

 一歩足を後ろに下げる夏凜だったが、山羊座の後方から放たれる大きな叫び声に我に返った。

 

「はああああぁぁぁぁっ!!」

 

 桜色の光を放ちながら拳を振るう友奈は前回の戦いでは感じられなかった炎の熱気に、文字通り身を焦がされる。友奈の一撃は御霊へと届く事は無く、熱風と共に吹き飛ばされた。

 美森が遠距離から弾を放つも、炎に焼かれて御霊へと届く事はなかった。風と樹は二人の攻撃が通じないという現状に少なからず驚き、攻撃の手を止めてしまう。山羊座はその隙を逃さず、二人へと槍のように鋭い怪光線を放った。

 

 光と同じ速度で迫ってくる怪光線に、風と樹は反応しきれずに直撃を食らってしまう。たまらず友奈と同じように吹き飛ばされる二人に山羊座は追撃を仕掛けながら、回転を始めた。激しい熱風によって引き起こされる竜巻によって夏凜までもが吹き飛ばされる。封印状態が維持されていたからこそ、山羊座は移動をすることは出来ない。

 しかし、それをものともせず勇者たちを蹴散らす様はまさに圧倒的だった。

 

 

 

 

「このバーテックス、今までとは違う強化をされている……。熱の壁を突破しなければ御霊を破壊することはできないということね。友奈ちゃんたちのことも心配だけど……樹海のダメージも無視はできない。……悔しいけど私に出来ることは敵を撃つ事だけ。任せたわよ……みんな」

 

 美森はスコープから確認できる堂々とたたずむ山羊座の姿に、歯を食いしばる。今の彼女には山羊座の熱の壁を突破できるほどの決定力は無かった。“満開”できればまた違う結果になるだろうが、未だ彼女の満開ゲージは溜まりきってはいなかった。乙女座との戦いに参加できなかった弊害がここに現れたのだ。彼女は自らの無力さを再び痛感するが、それは彼女が諦める理由にはならない。友奈と風、樹に祈りをささげながら彼女はまた、照準を定めた。彼女の目に映ったのは、あまりにも少ないタイムリミット。

 

 ――――残り四十五秒。

 

 

 

 

 吹き飛ばされた後に根に叩き付けられた夏凜は、人類の敵を前に一瞬でも動きを止めた自分を責める。

 

 ――自らが選ばれたものだと。本物の勇者だと自負してきた。そのことを否定する気は今でもない。ならば自分がなすべきこととはなんだ。決まっている。バーテックスを排除することだ……!

 

 自らを鼓舞し、再び奮起した夏凜は山羊座の元へと全力を持って駆ける。勢いのまま二本の刀を投げ飛ばす夏凜。彼女の目的は御霊の破壊ではなかった。

 今の勇者たちにとって戦う上で最も邪魔なのは、遠距離から風を切って飛んでくる弾すらも打ち消す熱の壁だ。夏凜はこの壁を打ち消すことを第一に考えた。御霊を破壊するのは自分じゃなくともできる。これは真生との稽古で何度も黒星を付けられたことによりできた他者への期待だ。今までの彼女は兄への劣等感と、自分は選ばれたという他者への優越感を糧に強くなっていった。この二つの矛盾した感情は複数いる勇者との連携を組む上で邪魔になるものだっただろう。

 

 しかし、彼女は人のぬくもりを知った。人の強さを知った。図らずも、最も嫉妬し最も尊敬する兄の携わったシステム――――和魂システムを行使することになった。

 

 今の彼女は他の人の強さに期待することを知っている。それが自分がより高みに行く為に、必要なものだと知ったから。だからこそ彼女は御霊を他の勇者へと任せるのだ。

 彼女の放った刀は爆発を起こし、熱の壁の表面を抉り取る。その程度ならすぐにまた再生してしまうだろう。しかし、彼女の攻撃はまだ終わらない。

 彼女の手元に義輝と呼ばれた精霊が顕現する。義輝はその身を輝かせて一振りの刀へと変える。夏凜は紅く燃える一振りの刀を山羊座の足元で振るう。花弁と共に放たれる衝撃波によって巻き起こった竜巻で山羊座の熱の壁が取り払われる。しかし、取り払われたと思われた熱は夏凜へと襲い掛かった。即座に義輝を精霊の姿に戻し、防御に全力を注ぐ夏凜。彼女の心の中にある気持ちは唯一つ。

 

(お膳立てはしてやった。後はやってみせなさいよ、現地の勇者たち!)

 

 

 

 

 夏凜が熱の壁を取り払う直前に友奈は動き出していた。彼女の直感が叫ぶ。チャンスはここだけだと。風と樹も遅れながらも飛び出す。

 

「牛鬼、白娘子! 私を守って!」

 

 友奈は自らの大切な精霊にそう叫ぶ。それは友奈だけではなく勇者部の全員が予想していることを回避する為だ。精霊たちは彼女たちの願いを聞き届けたかのように彼女たちの傍に顕現し、共に空を飛ぶ。 

 山羊座は友奈たちの気配を感じたのか彼女たちの予想通りに炎の波を吹き荒らす。一度崩れた体を再現し直すのに手間取っているのか、山羊座も必死だ。友奈たちは炎の中をかいくぐり、御霊へとたどり着く。

 精霊が常に顕現しているということはそれだけ致死性の熱がその空間を支配しているということ。その中で彼女たちはそれぞれの武器を構える。美森の狙撃銃から放たれた弾丸を合図に攻撃を開始する。

 御霊は自らが放った霧の影響で美森の放った弾丸を受ける。ヒビの一つも入らなかったが、その衝撃のまま弾き飛ばされる御霊。御霊の行く先にあるものは鋭く細い凶悪な糸の網だ。樹の仕掛けたその網は山羊座の御霊を荒っぽく受け止めた。四角錘状の御霊は網に引っかかるもダメージは少ない。しかし、その網は御霊を受け止めたままグーンと伸び、直後に一気に縮んでいく。

 美森の時を遥かに超える勢いで飛ぶ御霊。その先に待ち受けるのは風だ。大剣の刃を御霊に向けジャストのタイミングで御霊へとたたきつける。ヒビが入る御霊。以前の御霊ならここで破壊することが可能だっただろう。強化された御霊はこれでもヒビがはいる程度で済んでいる。

 

「残念だったわね。――――最後よ、友奈!」

 

 風の言葉を皮切りに、友奈は拳を構える。その瞳に映るのは、御霊の最もダメージを受けた部分。彼女の拳は吸い込まれるようにして御霊へと迫る。

 

「――――勇者、ッパアア――ンチ!!!!」

 

 友奈の必殺の言葉と共に御霊へと直撃をする拳。友奈は思う、どこか以前とは違うと。その秘密は前回の“満開”にあった。“満開”の効力とはその場限りの圧倒的な能力上昇だけではない。勇者のレベルアップを促す、それこそが“満開”の真の効力。

 彼女の強化された拳は山羊座の御霊へと深々と突き刺さり、打ち砕いた。

 山羊座の御霊は消滅していく。それと同時に熱もまるで元々無かったかのようにして消えていった。夏凜と勇者部の面々はひとまずの安心感を得る。樹海もバーテックスがいなくなったことにより、元の世界に変わっていく。

 

 

 

 

 ――――――封印の残り時間、四秒。樹海の損傷具合による現実への影響、小規模の地震。死傷者数、24名。その中での負傷者は21名。死者数は3名。被害者の半数ほどは逃げ遅れた大赦の人間ではあるが、この結果により一般人の警戒心が増加することが予想される。これが今回の友奈たちの戦果だった。




 春休みにも関わらず、一週間に一回更新がデフォになりそうな今日この頃。久しぶりにやってみたダンボール戦機ウォーズって奴のせいなんだ……!

 ごめんなさい、自分のせいです。毎日更新が最高目標ですが、最近筆の進みが悪いので一週間に一回がデフォになる可能性が高いです。質はできればいつもと同じか、それ以上にするつもりです。不慮の事故でもない限りは完結まで続けるつもりなのでこれからもよろしくお願いします。
 そして戦闘ではちょろく見えない夏凜さんの風格。なお、日常ではちょろくなる模様。

 白娘子のイメージ絵

【挿絵表示】


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 では最後に、


 悲嘆:イトスギの花言葉


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第二十六話 触れないで

真生の住んでいる場所を“アパート”から“マンション”へ修正しました。理由は次話辺りで判明します。


 

 樹海が姿を消し、勇者部は讃州中学の屋上へと戻る。そこには三好夏凜の姿は無く、普段通りの四人しかいなかった。

 

「何だったのかしら……あのデコ広い子」

 

「注目するところそこなの、お姉ちゃん。他にも一杯あったじゃん、刀とか紅い勇者服とか」

 

「あはは……」

 

「あのデコの広い子はきっと真生くんの言っていた派遣勇者じゃないでしょうか」

 

 美森は風の疑問に答える形で自分の推測を述べる。友奈と樹もそれに同意権のようだ。風も大体は予想が付いていたのか、美森の言葉にコクリと頷く。

 風はみんなの顔を見回すと、どことなくぎこちない笑顔を浮かべながら彼女たちに告げた。

 

「戻りましょうか」

 

「「「……はい!」」」

 

 三人は風の言葉に返事を返した。

 

 美森は彼女たちの様子を見ながら、思う。

 ――もう、きっとみんなが気づいている。私たちは強力な山羊座のバーテックスに勝利した。だけど、山羊座の攻撃を殆ど防げずに樹海へのダメージをむざむざと許した。樹海へのダメージは災いとなって現実へと襲い掛かってくる。つまり、今までの戦いよりもはるかに強大な災いがきっと訪れている。

 人類の敵を倒し、国の防衛に失敗する。これは勝利とはいえない。こんなものはただの痛み分けだと美森たちは思っていた。

 

 

 厳密に言えば彼女たちが考えていることは間違いだ。それも良い意味ではなく、悪い意味である。彼女たちは知らない。バーテックスの命が尽きる事は決してないことを。何度でも蘇り、再び自分たちに牙を向いてくる事を――――。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌日、友奈と美森のクラスに転入生がやって来た。その人物とは――。

 

「――三好夏凜です。よろしくお願いします」

 

「ほおぉ~」

 

「……なるほどね」

 

 夏凜は下げていた頭を上げると、友奈と美森の方向をチラッと見る。友奈が不思議そうに夏凜を見つめていると、夏凜はばつが悪そうな顔をしながら、彼女たちの方向から目を逸らした。

 

(……なんだか同志、もとい敵が増える予感……!)

 

 美森は美森で変な方向へ想像を膨らませていた。

 

 

 

 

「――そうきたか」

 

 勇者部の部室にて、風は夏凜が転入して来た理由を悟る。そして同時に大赦が彼女をこの讃州中学まで送り込んできた事も想像が付いた。

 

「転入生のフリをするのも面倒くさかったけどね。……一つ聞くわよ。貴女たち、変な罪悪感とか覚えていないでしょうね」

 

 夏凜の発言に勇者部の面々に衝撃が走る。真生も彼女たちの様子がおかしいことに気がついていた。それに加えて彼女たちが樹海にいるときに起こった災害だ。その災害によって傷を負った人間も決して少なくは無い。それどころか死人まで出ているのだ。彼女たちが罪の意識に苛まれるのも無理は無いだろう。

 その災害の直接の原因ではないとはいえ、彼女たちが守りきれなかった事が原因なのだ。夏凜は彼女たちの反応を見て、自分の考えが正しかったことを確信する。

 

「やっぱりそうだったのね……。そんなものに意識を向けてんじゃないわよ。罪の意識なんかに苦しんでいる暇があるんなら少しでも強くなるべきよ。被害者についてはとっくに大赦が対処しているんだから、私たちが次の被害を少しでも抑えられるようにしないと」

 

 夏凜の言葉を聞いた真生は妙に実感のこもった言い方に夏凜自身も大小の差はあれど、罪悪感を覚えていることを確信する。

 罪の意識に対してそんなものと言い切った夏凜だったが、言葉の節々から感じ取れるこちら側を心配する様子によって友奈たちも彼女が優しい人物と言う事が分かったようだ。夏凜の言う事を驚くほど素直に受け取った勇者部だったが、美森が彼女へと素朴な疑問を投げかける。

 

「それは分かったけれど、何故今このタイミングで? どうして最初からきてくれなかったんですか?」

 

「……私だって最初から出撃したかったわよ。でも、貴女たちの戦闘データを元に新しいシステムを私の勇者システムに搭載したり、色んな調整を大赦に加えてもらったりと色々あったのよ。だから、その分時間もかかってこんなに遅い出撃になったわけ。そろそろ犬吠埼風のところに大赦から勇者システムのアップデート用のURLが送られてくるはずよ。それをつかえば貴女たちも私ほどじゃないけどもう少し強くなれるわ」

 

 自信満々な様子で語る夏凜だったが、そこに真生がボソッとツッコんだ。

 

「……一度も俺に勝ったこと無いくせに」

 

「なっ!? 勝つわよ、近い内に! というか最近やってないんだから分かんないわよ。次の勝負は私が勝つわ」

 

「成長しているのが自分だけだと思うなよ? 俺だって朝の鍛錬は欠かしていないんだ。次があったとしても俺の勝ちで終わるぞ?」

 

 真生と夏凜の間でバチバチと火花が散っている様子に、風たちはキョトンとする。彼女たちの仲の良さはさながら、まるでライバルのような関係に近づきがたい何かを感じたのだ。しかし、その間に土足で踏み込んでいく人間もいるものだ。

 

「二人だけの空間作らないでよ~。私だって夏凜ちゃんと仲良くなりたいもん! よろしくね、夏凜ちゃん」

 

「ふ、二人だけの空間なんて作ってないわよ―――!! しかもいきなり下の名前!?」

 

「嫌だった?」

 

 友奈の不安げな顔に夏凜は自分が幼子をいじめているような気分になったのだろうか。友奈から目を逸らしてそっけなく言葉を返した。

 

「ど、どうでもいい。名前なんて好きに呼べばいいわ」

 

「よかった~。夏凜ちゃん、ようこそ勇者部へ!」

 

「……は?」

 

 花咲くような笑顔でそういった友奈に夏凜は何がなんだか分からないかのような顔をする。

 

「……誰が?」

 

「さっきも言ったよ? 夏凜ちゃんだよ」

 

「部員になるなんて話、一言もしてないわよ!」

 

「え? 違うの?」

 

 友奈は頭の上に疑問府を浮かべて、不思議そうに夏凜を見る。夏凜はそんな友奈の様子に眉をひそめて、否定を返した。

 

「違うわ、私は貴女たちを監視するためにここにきただけよ」

 

「え、もう来ないの?」

 

「……また来るわよ。お役目だからね」

 

 仕方ないとでもいう風な顔をしている夏凜だったが、友奈のペースに巻き込まれている気がするのは気のせいではないだろう。

 友奈は自分の言うことがまさに名案なんだといわんばかりに夏凜に入部のお誘いを掛ける。

 

「じゃあ部員になっちゃった方が話が早いよね」

 

「確かに」

 

 美森までもが賛成の意を見せたことにより、夏凜は自らの逃げ場が殆ど無くなった事に気がついた。若干の汗を頭に浮かべながら、彼女は諦めた。

 

「まぁいいわ……。そのほうが貴女たちを監視しやすいでしょうしね」

 

「監視役とかいいつつもお前も俺に監視される側なんだがな」

 

「うっさい!」

 

 真生のサポート役としての一言に返せる言葉が無かったのか、ただの罵倒を真生に向ける夏凜。しかし、夏凜の監視という言葉に反応した人間がいた。犬吠埼風である。

 

「さっきから監視監視ってあんたねぇ、見張ってないとアタシたちがサボるみたいな言い方止めてくれない?」

 

「それ以外になんて言い方すればいいのよ。貴女たちどうせまともな訓練してないんでしょ? トーシロの癖して大きな顔するんじゃないわよ」

 

「むっ……」

 

 風は夏凜のあんまりな言い草に少し腹が立ったが、先程の真生との口論を踏まえて、それほど自分に自信があるのだという事に気がつく。夏凜は黙り込んだ風に勝ったとでも思ったのか、さらに言葉を重ねようとした。

 

「大赦のお役目はね? もっと真剣にやるべきものなのよ」

 

 そういって瞳を開けた夏凜の目に映ったものは、牛鬼にかぶりつかれている自身の精霊の姿だった。その凄惨な光景に思わず悲鳴を上げる夏凜。急いで義輝の元に駆けつけ、牛鬼を振りほどく。

 

「何してんのよ、この腐れ畜生――!!」

 

『ゲドウメ』

 

 助けられた義輝も牛鬼の蛮行に言葉を発した。

 しかし、友奈は義輝のその言葉を否定する。

 

「外道じゃないよ牛鬼だよ~。ちょっと食いしん坊くんなんだよね」

 

 そう言いながら、懐から出したビーフジャーキーを牛鬼に与える友奈。美味しそうに食べる牛鬼に和やかな空気が漂うが、牛鬼にとっては共食いのようなものではないのだろうか。

 夏凜は友奈と牛鬼の様子に苛立ちがピークに達したのか、彼女たちをまくし立てた。

 

「自分の精霊のしつけも出来ないなんてやっぱりトーシロね!」

 

「牛鬼にかじられてしまうから、みんな精霊を出しておけないの」

 

「何故か俺もよくかじられるな。最近の悩みは頭髪が禿げないか心配になる事だ」

 

「だったら尚更じゃない。さっさとそいつを引っ込めなさいよ!」

 

 美森と真生の感想に、夏凜はさらに腹を立てる。友奈に牛鬼を引っ込めるように告げる夏凜だったが、それに対して当の本人である友奈が困ったようにして返事をした。

 

「この子勝手に出てきちゃうんだ~」

 

「はぁ!? アンタのシステム壊れてんじゃないの!?」

 

『ゲドウメ』

 

「そういえば、この子喋れるんだね~」

 

 牛鬼のためなのかそれともただの天然なのかは分からないが、とっさの話題転換に成功し、義輝をなでている友奈。自身の精霊が褒められている事に嬉しさを感じているのか、夏凜も誇らしげにしている。

 

「えぇ、私の能力にふさわしい強力な精霊よ」

 

「あ、でも東郷さんには三匹いるよ?」

 

「友奈ちゃんも二匹いるじゃない。ちょっと待ってね、……出ました」

 

 指名された美森は携帯のアプリを弄り三匹の精霊を顕現させる。友奈も続いて白娘子を顕現させた。夏凜は複数の精霊を持っている友奈たちになんともいえない気持ちになるが、虚勢を張りながら自分に言い聞かせるようにして、義輝を自慢する。

 

「わ、私の精霊は一体で最強なのよ。言ってやんなさい」

 

『ショギョウムジョウ』

 

 夏凜の言葉に応えた義輝であったが、言った言葉は残酷であった。諸行無常とはこの世にあるものは全て、姿も本質も常に変わるものであり、一瞬といえども存在は同じものである事は不可能なことをいう。つまり、義輝は自身が最強であるとは限らないと言っているのだ。

 

「達観してますね」

 

「そ、そこがいいのよ」

 

 美森のフォローの言葉に便乗する夏凜。しかし、彼女に対して今度は樹が声を上げた。

 

「今度は何よ!」

 

「夏凜さん死神のカード……」

 

「勝手に占って不吉なレッテル貼らないでくれる!?」

 

 樹の占いの結果に夏凜は反論をするも、勇者部の全員が樹の占いを信じているようで、

 

「不吉だ」

 

「不吉ですね」

 

「不吉だな」

 

「不吉じゃない!」

 

 友奈以外の全員に不吉のレッテルを貼られた夏凜は若干涙目になりながら、不吉の称号を拒絶した。気を取り直すつもりで今後のバーテックス討伐に冠しての予定を口にする。

 

「ともかく、これからのバーテックス討伐は私の監視の元励むのよ」

 

「部長がいるのに?」

 

 そんな夏凜の気持ちなどいざ知らず、友奈の発言によって再び夏凜はペースを乱された。夏凜にとって友奈は天敵のようだ。

 

「部長よりも偉いのよ」

 

「ややこしいな……」

 

「ややこしくないわよ!」

 

 すっかり再び友奈のペースに乗せられてしまった夏凜に、風は讃州中学の上級生として発言する。

 

「事情は分かったけど、学校にいる限りは上級生の言葉を聞くものよ。事情隠すのも任務の中にあるでしょ?」

 

「ふん、まぁいいわ。残りのバーテックスを殲滅したら、お役目は終わりなんだしそれまでの我慢ね」

 

「うん、一緒に頑張ろうね」

 

 友奈の素直な言葉に夏凜は自分の心の中がかき乱されるのを感じる。彼女にとってこんな気持ちになったのは真生以来だった。彼女自身もそのことに気がつかないままそっけなく返事を告げた。

 

「うっ、頑張るのは当然! 私の足を引っ張るんじゃないわよ」

 

 夏凜と友奈の微笑ましいやり取りに勇者部のメンバーはそろって暖かい目を向ける。

 友奈は夏凜と友好を築こうと、彼女をうどん屋に誘うことを決めて、誘いを掛ける。

 

「ねぇ、一緒にうどん屋さんいかない?」

 

「……必要ない。いかないわよ」

 

 しかし、夏凜は誘いをすげなく断った。目を背けながら断る夏凜の姿に、真生は心配の目を向ける。

 友奈の横を通り過ぎていく夏凜に、友奈は口を開いた。

 

「もう帰るの?」

 

 友奈に目もくれず、無言で扉を閉めて去っていく夏凜。それぞれが複雑な目を向ける中、彼女を良く知る真生は一人ため息をついた。

 

(まだ素直になれないのか、夏凜。戦闘でならもう少し素直になるのにな)

 

 心の中での呟きに過ぎなかったが、もう少し素直になってほしいという願いは、奇しくも彼女の兄と同じものであった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 部活動が終わった後のうどん屋で彼女たちは、温かいうどんを前にしながら夏凜について語っていた。

 

「美味しいのに……」

 

「頑なな感じの人ですね」

 

 友奈はこのうどんの美味しさを共有できないことに悲しみを感じ、美森は彼女のことを客観的に見た感想を述べる。

 そして、何故か風がふっふっふとおかしな笑い方をはじめた。そのおかしな様子に樹は風へと声を掛ける。

 

「お姉ちゃんどうしたの?」

 

「ああいうお堅いタイプは張り合い甲斐があるわね」

 

「張り合うの……?」

 

 友奈はう~んと唸りながら考える。美森は唸る友奈に反応したのか、彼女へ疑問の声を上げた。

 

「どうやったら仲良くなれるのかな……?」

 

 真生は無言でうどんを食べながら、友奈が夏凜と仲良くしようとしてくれていることに嬉しさを感じていた。そして同時に、今頃の夏凜を想像しながら苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

(……くだらない)

 

 夏凜は夕焼けの中、一人で自転車に乗りながらそう考えていた。彼女にとって、学校はとても嬉しいものではなかった。

 彼女の兄の功績による過度な期待が、妹である夏凜にもあったからだ。その影響を一番受けるのが、学校の中だった。褒められるべき学校の中での成績や賞が彼女の中では地獄のようなものだった。すべてにおいて兄に劣った妹。そんなレッテルよりも彼女は自分を見てもらえないことが最も嫌だった。しかし、両親の辛辣な態度を家の中で受けていき、次第に学校でも自分の居場所が無くなっていくような感覚に襲われた彼女は、独りでいることを望むようになっていた。

 そんな苦い記憶を振り払うかのように彼女は走る。

 

 彼女にとってのいつも通りの鍛錬を始める為に、浜辺へと向かってペダルを強く踏みしめていった。




 ニコニコの活動報告で特典ゲームで春信が出るということに恐怖を抱いているよしじょーです。まじですかい……、特典ゲーム届くのとか物凄い遠いですよ……。

 今更春信の設定変更が出来るわけではないのでその辺りは殆ど諦めているわけですが、全然性格が違ったらごめんなさい。先に謝っておきます。

 友奈の誕生日に話を書きたかったのですが、ネタバレに繋がる可能性もあるので泣く泣く諦めました。本編終了後に番外編として書くことはあるかもしれません。

 気になった点や、誤字脱字などがあったら感想欄かメッセージにてお伝え下さい。もちろん普通の感想や批評もお待ちしています。
 では最後に、


 触れないで:アザミの花言葉


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第二十七話 見つめる未来

 

 二振りの木刀を自分の手足のように自在に操る夏凜。夕暮れの中で剣舞を披露する彼女の姿は絵になる。しかし、木刀を振るっている本人である夏凜の顔はどこか浮かない顔である。

 夏凜は雑念を振り払うようにして、更に木刀を振るう。しかし、段々と形が崩れ、次第に彼女は力を抜いて木刀を下ろした。

 

 彼女がこんな風になった原因は分かりきっている。勇者部だ。転入初日というストレスもあるだろうが、勇者部のアットホームな雰囲気が夏凜の心をざわつかせていた。

 彼女自身が勇者部に感じている感情は戦闘での期待だけではない。真生のように自分を受け入れてくれるのではないかという期待もあった。実際に彼女たちは夏凜のことを積極的に受け入れようとしてくれている。それに素直に慣れていないのは自分のほうだということは、夏凜にも分かっていた。

 しかし、幼少時のトラウマをそう簡単に克服できるほど夏凜は強くはなかった。もし、素直になったときに自分が受け入れられなかったら? 見捨てられてしまったら? そんなことばかりを考えてしまう。夏凜に課せられた使命はあくまでバーテックスの殲滅だ。彼女自身のトラウマの克服など全く関係はないだろう。そのことが彼女が素直になれないことに密接に関係してるのもある。

 バーテックスの討伐が終われば、彼女が讃州中学にいる理由も無くなる。つまり、勇者部との接点も無くなるのだ。どうせ無くなるのならば無い方がいい。そんな風に逃げ道を作ってしまっていた。

 彼女は自身が鍛錬に集中できていないことを理解すると諦めたようにため息をついて、木刀をケースにしまった。

 

「……帰ろ」

 

 彼女は自転車に跨り、帰路に着いた。彼女が滞在しているのはマンションだ。大赦の関係者も数人はここに住んでいる。いつも通りに自分の部屋に向かおうとした夏凜は隣に住む住人に出会った。彼は学ランを着ており、学校帰りというのがすぐに分かった。青みがかった黒髪に橙色の瞳、夏凜は現実を直視しないようにしていた。しかし、無情にも彼は夏凜へと声を掛けた。

 

「なるほど、隣の部屋に越してきたのはお前だったのか夏凜。その姿から察するに鍛錬でもしてたか。お前がいつ来るかとかそういう連絡が一つも来ないから、心配してたんだが……。転入する少し前位からはもうここに住んでいたんだろう? 今の今まで隣の部屋にいることを知っていながら、俺に会おうともしなかったんだな。お前に関する情報が全然入ってこないからおかしいとは思っていたんだ。そうかそうか、……情報を遮断していたのはお前だな?」

 

 彼――――草薙真生は、夏凜にそう告げた。真生の顔は笑ってこそいるが、それは完全に貼り付けられたもので強い威圧感を発している。今までに感じたことの無い怒りを発している真生に、夏凜は何も言えずに静かに両手を上げて降参の意を示したのであった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「それで何で俺に会いに来なかったんだ? 隣の部屋なんだから、挨拶くらいしに来るのが普通だろうが」

 

 真生は自分の部屋に夏凜を連れ込み、夏凜へと質問をした。夏凜は真生の部屋ということで若干もじもじしていたが、真生の言葉を受けて硬直する。

 夏凜は何も言うことができなかった。まさか、本当のことを言うわけにもいかないだろう。それは彼女のプライドが許さない。

 何ヶ月も顔を合わせていない真生に自分から会いにいくのが恥ずかしくて気まずかった。そんなことを言ってしまえば自分はどれだけ弄繰り回されるか分かったものじゃないと、彼女は本能的に感じていた。自然と表情が硬くなっていくのを夏凜は感じる。

 しかし、夏凜の表情から何かを察したのか、真生は二の句も継げぬままため息をついた。

 

「……言いたくないんだったら、それでもいい。無事に来れただけで十分だからな。そういえば君はもう晩御飯食べたか? 食べていないんだったらなんか作ろうと思うんだけど……」

 

 真生の思わぬ提案に、夏凜は驚く。しかし、彼女はカロリー計算までしっかりとして朝、昼、晩のご飯を食べている。真生の提案は彼女にとって魅力的なものではあったが、拒否するしかなかった。

 

「悪いけど鍛錬の一環として、食事をするのにも色々と考えてるのよ。予定が狂っちゃうから遠慮するわ……」

 

「君がちゃんとしたもの食べてるなら俺はそれでも構わないけど……。夏凜、君確か料理できないよな? 一人暮らし。料理ができない。この二つがそろってる人間は何を食べると思う?」

 

「……け、健康食品」

 

 夏凜の言葉を聞いた真生は再び貼り付けたような笑みを浮かべた。心なしか額に怒筋(どすじ)も刻まれている気がする。真生は段々と夏凜に身を近づけながら口を開く。

 

「年頃の女の子が健康食品やらコンビニ弁当やらばっかり食べてていいと本気で思ってるのか?」

 

「ちゃ、ちゃんとバランスはとってるわよ。それにニボシとサプリとうどんさえあれば最低限の栄養でも私は健康でいられるわ!」

 

「否定はしないんだな? コンビニ弁当のこと」

 

「……あ」

 

 夏凜は自分が痛恨のミスを犯したことを知る。真生は最早貼り付けられた笑みで取り繕うことすらせずに、眉を寄せて怒筋を浮かべていた。口はうっすらと三日月形になっており、端をヒクヒクとさせている。真生は夏凜の頭の上に手を乗せ、言葉を発した。

 

「これからお前の食生活は俺が面倒を見る。異論は無いな?」

 

「別にそんなこと……」

 

「い・ろ・ん・は・な・い・な?」

 

 真生は手の形を変え、夏凜の頭を掴む。そしてアイアンクローを夏凜に食らわせた。段々と強くなっていく握力に夏凜は焦りを隠さないまま、真生の提案を受け入れた。

 

「ないない! 異論は無いからそれ以上力入れるのはやめなさい!」

 

 真生はしぶしぶといった様子で夏凜の頭から手を離す。夏凜は話された手にほっとしながらも、これからの自分に不安を感じざるを得なかった。

 

 

 

 

 夏凜は真生と食事を済ませ、自分の部屋に戻る。最早夏凜の今日のスケジュールはめちゃくちゃであった。本来部屋に戻ったらすぐにやるはずだった金魚の餌やりを行い、それが済んだら大赦への定時報告をすみやかに行う。しかし、文字を打っている最中に勇者部の部員たちの顔が思い浮かび、彼女たちに関して文字を打ち込む指が止まった。

 夏凜はしばらく考えた後に、再び文字を打ち込み始めた。

 

 現勇者達は責任感による重圧に押しつぶされかねない。危機感があるのはいいが、この状態ではこれからが危惧される。

 

 そのような内容を書いた夏凜は、その続きに何かを書こうとしていたが、文字を打ち込むのを止めてそのまま送信した。

 彼女はそれを終えると、ランニングマシンを起動させて日課のトレーニングを始めた。走っている最中ですらも頭に浮かんでくる勇者部の姿に、夏凜は目を伏せた。

 

「馬鹿な連中……」

 

 夏凜はトレーニングを終え、寝静まるまで心が落ち着くことは無かった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「仕方ないから情報交換と共有よ」

 

 夏凜は勇者部の部室に来るなりそう言った。友奈たちの頭の上にも疑問符が浮かんでいる。夏凜はそんな彼女たちの様子をニボシを食べながら見ていた。

 夏凜はニボシを食べ終わると同時に再び喋りだした。

 

「分かってる? あんたたちがあんまりにも暢気だから今日も来てあげたのよ」

 

「ニボシ……?」

 

 風は夏凜が何故ニボシの袋を持っているのかが気になったのか、それを口に出した。

 

「何よ。ビタミン、ミネラル、カルシウム、タウリン、EPA、DHA。ニボシは完全食よ!」

 

「っ……まぁいいけど」

 

「あげないわよ」

 

「いらないわよ」

 

「そんな情報を共有してどうする」

 

 ニボシを絶賛する夏凜になんともいえない目を向ける風。真生はつい本題から外れかけている状態にいつもの癖でツッコミを入れる。

 しかし、このツッコミはある人物によりスルーされた。

 

「じゃあ私の牡丹餅と交換しましょう?」

 

 東郷美森である。まさか美森が話を積極的にずらしていくとは思っていなかったのか、真生は口を開きっぱなしであった。

 夏凜は牡丹餅を見る。白い箱に入っていることで、牡丹餅の暗い色合いが強調されており、凸凹とした形が少しグロテスクに感じる人もいるかもしれない。夏凜はそう感じるタイプだったのか、訝しげな目を美森に向けた。

 

「……何それ」

 

「さっき家庭科の授業で」

 

「東郷さんはお菓子作りの天才なんだよ~」

 

 友奈はまるで自分の事のように美森のことを自慢する。美森は夏凜に向かってもう一度牡丹餅を勧めた。夏凜は若干の躊躇いを見せながら、言葉を発する。

 

「い、いらないわよ! ……とりあえず話を戻すわよ」

 

 落ち着きを取り戻した夏凜は、話の流れを元に戻す事を始めた。そのことに反対は無いようで、勇者部のメンバーも夏凜に話の続きを促すように彼女を見た。

 夏凜は勇者部の様子を眺め、説明を始めた。

 

「いい? バーテックスの出現は周期的なものだと考えられていたけど、相当に乱れている。これは異常事態よ。帳尻を合わせるため今後は相当な混戦が予想されるわ」

 

「確かに、一ヶ月前も複数体出現したりしましたしね」

 

 美森は自分が初めて勇者となった日のことを思い浮かべながら発言した。風たちはそれぞれ美森の持ってきた牡丹餅を食べながら話を聞いている。

 勇者として自分は完成されていると自負している夏凜は、自信を持ってこう言える。

 

「私なら大抵の事態なら対処できるけど、貴女たちは気をつけなさい。命を落とすわよ」

 

 命を落とす。そう言われた彼女たちの脳裏をよぎったのは友奈がバーテックスに蹂躙されていた光景だった。あのときの友奈は精霊による加護がなければ、絶命は免れなかっただろう。あれだけの猛攻を受けても耐え切ることの出来る精霊の加護だが、いくら精霊を信頼しているといえ、いつ何時限界に達するか分からないのだ。

 全員が同時に神妙な面持ちになったことに疑問を抱いた夏凜だったが、命の重さに気付いたのだろうと結論付け、話を続ける。

 

「他に戦闘経験値を溜める事で勇者はレベルが上がり、より強くなる。それを“満開"と呼んでいるわ」

 

「“満開”に関しては前にこっちでも話したぞ。」

 

「友奈先輩が“満開”したから、その説明として話題に出てきたんでしたよね」

 

 樹が真生の発言に補足を加える。夏凜はその発言を聞いて驚愕を示した。報告にこそ書いてあったが信じられなかったのだろう。彼女がそう思った理由はちゃんと有る。

 “満開”を繰り返すことによって勇者としてのレベルが上がる。それによって飛躍的に戦闘力が上がると夏凜は思っていたのだ。だが実際は多少技の幅が広がり、威力が上がった程度。たった一度の“満開”ではそれほど戦闘力が上がらないのか、それとも個人差があるのか。

 どちらにせよ、夏凜から見た友奈は間抜けな顔をした馬鹿だ。その印象は初見の頃から変わってはおらず、むしろ強くなっている。

 

「本当に“満開”したの? あんたが私よりも勇者として先に進んでいるとか信じたくないんだけど」

 

「そんな言い方をするってことは、アンタもアタシたちと同じで“満開”したこと無いんじゃない。あれだけえらそうなこと言っておいて、アタシたちと変わりないとか……プッ」

 

 端から見ていてもイラッと来るような顔をして夏凜を挑発する風。夏凜はお世辞にも煽りに強いわけではなく、風の簡単な挑発にもすぐに乗ってきた。

 

「き、基礎戦闘力が桁違いに違うわよ! 一緒にしないでもらえる!?」

 

「まぁ、そこはアタシたちの努力次第ってことね」

 

 夏凜の精一杯の反論を風は軽く受け流した。友奈は風の言葉に何を思ったのか、ある提案を出した。

 

「じゃあじゃあ、これからは体を鍛える為に朝錬しましょうか、運動部みたいに!」

 

「あ、いいですね!」

 

「……樹? アンタは絶対朝起きられないでしょ?」

 

 えぅ、と樹は声を漏らす。樹は風の言葉に反論することはできない。なぜなら毎朝彼女を起こすのは目覚まし時計ではなく姉の風だからだ。目覚まし時計は鳴ったとしても、熟睡をしている樹にはなんら効果は無い。ただの飾りである。

 樹を笑う友奈だったが、それは自分がしっかりと起きれていればこそ笑えるのだ。

 友奈に向かって、美森と真生は残酷な一言を放つ。

 

「友奈ちゃんも起きられないでしょう?」

 

「自力で起きた事まともに無いからな」

 

 友奈も樹と同じように苦笑を浮かべる。全員でそろって笑いあって、朝錬の話は無かったことにされた。

 夏凜は一連の流れを見ていたが、彼女をもってしても先程不毛なやり取りの意味を掴めはしなかった。思わずため息をついてしまうほどに。あまりにも暢気な彼女たちの様子に夏凜はこれからが心配になる。

 

「……何でこんな連中が神樹様の勇者に……」

 

「なせば大抵なんとかなる!」

 

「……なにそれ?」

 

 夏凜は放たれた言葉に疑問を抱いて、その言葉を発した張本人である友奈のほうを向いた。友奈は自慢げな表情で部室のある一点を指差しながら言った。

 

「勇者部五箇条。大丈夫だよ、みんなで力を合わせれば大抵なんとかなるよ~!」

 

「……なるべくとか、なんとかとか。あんたたちらしい見通しの甘いふわっとしたスローガンね。諦めたら世界が終わるっていうのに……。そんな状況でこんなスローガンを自慢げに掲げるとか馬鹿じゃないの。全くもう……」

 

 夏凜は多少の苛立ちを顔に浮かべたが、その苛立ちも彼女たちの和やかな様子を見て沈静化した。代わりとばかりに呆れを含んだ顔になり、渋々といった様子で口を開いた。

 

「私の中で諦めがついたわ……」

 

「アタシらは……そう! 現場主義なのよ!」

 

「それ、今思いついたでしょ」

 

「はいはい、考えすぎると禿げる剥げる」

 

「禿げる訳無いでしょ!?」

 

 思わず夏凜は自らの頭を抑えて、風の言葉に過剰に反応する。その様子がより風を楽しませているのだが、彼女がそれに気がつくのは当分先の話になるだろう。

 風は夏凜をからかうのをやめ、話題を変えようとした。

 

「はい、じゃあここから次の議題……」

 

「ちょっと待ちなさいよ! まだ話は終わってないのよ!」

 

「まだなんかあるの?」

 

 しかし、話題を変えるのは夏凜に阻止された。言葉を遮られた風は面倒臭そうな顔をして、夏凜を見る。夏凜は黒板の方を向き、新たに何かを書き加えた。

 

「……“和魂システム”?」

 

「和魂は旧世紀における神道の概念ね。神の霊魂が持つ2つの側面のうちの一つだったはず。でも、アプリの説明にはそんなものは無かったけれど……」

 

 友奈と美森は聞きなれない言葉に困惑を隠せない。そんな彼女たちの疑問に答えたのは、真生だった。

 

「“和魂システム”っていうのは、前に夏凜が話していたアップデートされた勇者システムの新機能のことだよ。詳しい説明が要るものではないけど、夏凜が話したくてうずうずしてるから代わるな」

 

「うずうずなんてしてないわよ。……さっき真生が言った通り、“和魂システム”は勇者システムに加わった新たな機能の名称よ。従来の勇者システムだと攻撃力が足りず、強化バーテックスの装甲を破るのは難しいと判断されて作られた機能で、精霊の加護をよりパワーアップさせてバリアだけでなく攻撃にも添加されるようにしたのよ。これだけじゃなくて、精霊の加護を一時的に失う代わりに精霊を強力な武器に出来るのがこのシステムの最も大事な機能よ。でも一時的にとはいえ精霊の加護を失うわけだから、あんたたちはとどめ以外に使わない方がいいわね。……はい説明終わり。次の議題に行っていいわよ」

 

 割と駆け足で説明したのか夏凜は物足りない様子であったが、風の言葉を遮ったことを反省しているのか、彼女のために次の議題に入るように促した。

 風は夏凜の意外な態度に目を丸くしたが、それをツッコむと長くなると感じたのか、夏凜に促されたとおりに次の議題へと移った。

 

「樹、よろしく」

 

「はい」

 

 そういって樹は六枚の紙を取り出した。そこには“子ども会のお手伝いのしおり”と大きく書かれている。

 

「というわけで、今週末は子ども会のレクリエーションをお手伝いします」

 

「具体的には?」

 

「え~と、折り紙の折り方を教えてあげたり、一緒に絵を描いたりやることはたくさんあります」

 

「わぁ~楽しそう!」

 

「夏凜にはそうねぇ……。暴れたりない子のドッヂボールの的になってもらおうかしら」

 

「はぁ!?」

 

 配られた紙を手に持ちながら反応を示す友奈。風は夏凜の方を向いて彼女をからかい始める。夏凜は相変わらずいい反応を見せるが、真生はその様子を見て苦笑いをする。いつも自分がやっている事を人がやっているのを見るのは複雑な気分になるようだ。

 

「ていうかちょっと待って。私もなの!?」

 

 自分が参加させられるとは思っていなかったのか、夏凜は驚きを隠さない。そんな夏凜に風は一枚の紙を見せ付ける。そこに書いてあるのは夏凜の氏名と生年月日。

 それは夏凜の書いた入部届けだった。

 

「昨日、入部したでしょ?」

 

「け、形式上……」

 

「ここに居る以上部の方針に従ってもらいますからね~」

 

「そ、それも形式上でしょ! それに私のスケジュールを勝手に決めないで!」

 

 夏凜は風に向かってそう強く告げる。しかし、そんな彼女に友奈は近づき聞いた。

 

「夏凜ちゃん日曜日用事あるの?」

 

「……いや」

 

「じゃあ親睦会を兼ねてやったほうがいいよ! 楽しいよ~」

 

 転入してきたばかりの彼女に休日の予定などあるわけもなく、友奈の質問にも正直に答える他ない夏凜。友奈は夏凜をよっぽど歓迎したいのか新たな目的を追加して彼女を誘った。

 

「何で私が子供の相手なんかを……」

 

「嫌……?」

 

 友奈は眉を下げ泣きそうな表情になる。その悲しそうな様子に夏凜はうろたえる。夏凜でなくとも普通の人ならうろたえる。普段元気な分、その悲しそうな表情は見るものを必ず慌てさせるだろう。

 

「わ、分かったわよ、日曜日ね。……丁度その日だけ空いてるわ」

 

 少しでも抵抗したかったのか、日曜日だけ空いていると見栄を張る夏凜だったが、それを聞いた友奈は表情を明るくさせ、本心から喜んでいることが端から見ていても分かるほど喜んでいた。

 全員が揃って行ける事が決まり、風も嬉しそうにしている。

 

「……緊張感のない奴ら」

 

 そう毒づく夏凜だったが、それが照れ隠しである事は明白であった。真生は夏凜の様子を微笑ましく見守りながら、安心する。

 

(これなら問題ないな。後は……まぁ夏凜がドジしないように見てればいいか、家も隣だし)

 

 勇者部はまとまりかけている。新しい部員も入り、これからはよりまとまりを強くするだろう。

 しかし、真生は内心複雑だった。バーテックスが再び襲撃してくるのはまだまだ先ではあるだろう。だが、再び襲撃してきたとき、彼女たちは無事でいられるのだろうか。

 

 真生は窓の外を見つめる。その視線の先にあるものは――――




 更新が遅れてしまい本当に申し訳ありませんでした!

 最近の更新速度が遅い……休みも終わるので、できる限り一週間に一回のペースを保ちながら更新できるようにします。

 それと今話を書いて思いました。原作の流れ通りにすると真生の霊圧が消えるみたいです。何故だ。

 気になった点、誤字脱字等がありましたらメッセージ、もしくは感想欄にお願いします。普通の感想や批評も大歓迎です。
 では最後に、


 見つめる未来:アラセイトウの花言葉


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第二十八話 思いやり

 遅れて申し訳ありません。
犬吠埼姉妹の花を十話にて間違えていたようなので修正しました。
風 スミレ→オキザリス
樹 アマドコロ→鳴子百合


 

 翌日になり夏凜が帰った後、勇者部は部室の中で会議をしていた。議題は夏凜の誕生日である。

 

「さて、夏凜の誕生日のための準備の話だけど、真生と東郷。あんたたちの方の準備は順調?」

 

「もちろんです、部長。保育園でみんなで食べる分のケーキと、後で夏凜ちゃんのお家で食べる為のケーキ。合わせて二つのケーキを注文しておきました。前日には届きますよ」

 

「こっちも準備は完了してます。保育園の方への根回しもできてますし、園児の協力も得られそうです。飾り付けに使う道具も揃えてあります」

 

 風に準備の進行具合を聞かれた二人であったが、そこはしっかりしている二人組だ。真生と美森は既に殆どの準備を終えており、風を驚かせた。

 

「流石ね……。夏凜はきっと驚くでしょうね。依頼先で自分の誕生日パーティーが行われるなんて」

 

「友奈先輩が昨日の時点で見つけてくれていなかったら、こんなに早く準備は進みませんでしたよね」

 

「えへへ~♪」

 

 樹の言葉に友奈は後頭部を掻きながら照れているようだ。

 先程樹が言ったように、友奈は子供会のレクリエーションの話をして、夏凜が帰っていった後に夏凜の入部届けを見て誕生日を真っ先に知ったのだ。

 風はそれを知って迅速に準備を進める事を考えた。夏凜の誕生日は六月十二日。レクリエーションの日と被ってしまっている。しかし、風はそれを逆手に取り、園児たちと共に大々的に誕生日パーティーを行おうと考えたのだ。

 真生と美森の活躍により、その準備ももう終盤に差し掛かっている。後は保育園で飾りつけを行うだけのようなものだ。

 しかし、問題は夏凜である。今は行く気のようだが、どれだけこちらがしっかり準備をしたところで彼女が当日になって突然ドタキャンしてしまったら、たまったものではない。

 風がそれを真生に伝えると、真生は頼りがいのある笑みを浮かべていった。

 

「引きずってでも連れてくるよ」

 

 真生の言葉に安心した風は、週末に楽しみを抱く。それは他の者も同じようで、それぞれがそれぞれのやり方でわくわくを隠したり隠さなかったりしていた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 週末となり、夏凜は集合時間よりも遥かに早くマンションを出ようとしていた。真生と仲良く行くのが嫌だったのもあるが、本人も楽しみだったのだろう。隠し切れないそわそわした雰囲気が彼女の周りを漂っている。

 しかし、自転車に手をかけた彼女に待ったをかける人物がいた。

 

「どこに行こうとしてるんだ? 夏凜」

 

「げっ……真生」

 

 あからさまに嫌な顔をする夏凜に真生はため息をつく。元々あった彼女の生活のバランスを崩したのは確かだがそこまで怒らなくともいいのにと真生は思う。彼はここ最近は夏凜の食生活の改善と同時進行で、彼女の身の回りの世話まで行っていた。夏凜が嫌がるので流石に部屋の中にまでは入っていない。真生としてはどうせ日曜日には勇者部と共に夏凜の部屋に入ることになるので関係ないのだが。

 そんな真生の口うるさい母のような行動に夏凜は感謝こそしているが、それと同じ位に辟易していた。なので、その影響で真生への態度が多少きつくなるのも仕方ないといえなくも無いだろう。

 

 行き先を訊いてくる真生に、夏凜は自転車のタイヤの確認を行いながら答えた。

 

「学校よ。今日はレクリエーションの手伝いするんでしょ? ただ今日は早めに行く気分なだけだからね。楽しみだったとかそんなことは無いから!」

 

 真生が訊いてもいないことを勝手に話して盛大に夏凜は自爆した。真生は苦笑しながらそれを聞かなかったことにすると、夏凜にとって衝撃的な一言を放った。

 

「今日の部活動は現地集合だぞ」

 

「なんですって!?」

 

 夏凜は驚愕を示しながら、自らのバッグの中に入っていた樹が配った紙を見る。その集合場所の欄に書いてあるのは真生の言った通り、現地集合という文字が並んでいる。

 わなわなと震えている夏凜に真生は今思いついたとばかりに口を開く。

 

「ちょうどいいから俺も一緒に行くかな。君まだ児童館の詳しい位置とか知らないだろ? そこそこ早い時間なんだし行く途中で色々教えるよ。うっかりしてる夏凜を一人にするのは不安だからな」

 

 夏凜はもう何も言えなかった。いつもなら反論するものの今回ばかりは完全に夏凜のミスだ。言い逃れしようにも自分で学校に行くといったのだから何も言えるわけが無い。

 夏凜を止めたときには既に真生も準備を終えていたようで、真生も自分の自転車に手をかけている。真生はリュックサックを背負っており、その中には今回のレクリエーションで使うものも入っているだろう。

 真生は手早く携帯を取り出し操作すると、すぐに夏凜に向き直す。

 

「それじゃいこうか。児童館に一気に行くんじゃなくて、町の案内しながら行くからぎりぎりになるかもだけど、心配はしないでいいぞ。その辺に関してはもう風先輩に話は通してあるから」

 

「……分かったわよ。海までの道くらいしか知らなかったからちょうどいいわ。ただし! 案内するからには完璧にしなさいよ。手を抜いたら承知しないからね!」

 

 諦めたのか夏凜はもうやけくそな感じで真生にそういった。再会以来微妙な距離を感じていた真生にとってはその距離をもう一度埋め直すいい機会だ。ここぞとばかりに歯を見せながら笑い、頼れる一言を夏凜に言った。

 

「任せとけ」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 真生と夏凜が町を見て回っているなか、児童館にいる友奈たちは急ピッチで準備を進めていた。真生が時間を稼いでくれてはいるが、それもいつまで続くか分からない。

 園児も含めて、全員が忙しく動き回っていた。しかし、園児は風たちのように綺麗に仕事ができるわけではない。風は園児のやった部分の手直しの必要な場所を探して修正するのを繰り返していた。今の時刻は9時45分。夏凜たちは遅くとも5分前、もしくは3分前には来るだろう。

 それまでには準備を完了しなければいけない中、友奈や樹までもがミスをするので流石の風も大変そうである。

 

「もうちょっとだけ時間稼いでよ、真生……!」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

(そろそろ案内する場所も無いな。時間は……9時55分。近くに児童館もあるし、夏凜も町の散策は飽きたみたいだし行かなきゃまずいな。風のほうも準備が終わっていればいいんだが……)

 

「どうしたのよ、真生。時間もそろそろヤバいんじゃないの? 早く行くわよ」

 

「ん、ああ。行くか」

 

 真生は児童館へと方向を変えてペダルをこぐ。風たちのほうが心配ではあるが、それで遅刻してしまったら目も当てられない。このままの調子で行くと彼らは58分ほどには着くだろう。

 真生には風たちの現状は分からない。だからこそ、彼女たちを信じるしかないのだ。夏凜は真生の少し焦っている様子に不信感を抱いていたが、あえて気にしないでおいた。彼女の経験上、真生は自分の事に関しては何かとはぐらかすだけだからだ。

 

 そうこうしている間に、児童館の前へとたどり着く二人。真生も夏凜も違う理由ではあるが、緊張を隠せない面持ちで児童館へと入っていく。そんな彼らを出迎えたのは盛大なクラッカーの音だった。

 

「「「「誕生日おめでと――――!!」」」」

 

「……は? え……?」

 

 何が起きたのか分からない様子の夏凜に真生は微笑む。なんとか間に合ったようだ。

 奥から現れた友奈たちも口々に祝福の言葉を夏凜に送っている。夏凜は羞恥と照れによって顔を真っ赤に変える。

 

「誕生日おめでとう、夏凜。言ったろ? 来年はもっと大変だってな」

 

「……預言者かアンタは。というかこれどういう状況よ。私はアンタ以外に誕生日を教えた覚えは無いわよ」

 

「あ、私が夏凜ちゃんの入部届けに書いてあった誕生日を見つけたんだ~。もしも見つけてなかったらこんな誕生日会開けなかったよ~」

 

 夏凜の疑問には友奈が答えた。

 まさかそんなところから見つかるとは思っていなかったのか、夏凜は少し悔しそうにしている。

 

 あまり、入り口付近で集まっていてもしょうがないので、奥へと移動する勇者部一同と園児たち。今回のメインはあくまで部活動であるレクリエーションの手伝いである。しかし、園児たちも含めてこのお祝いムードはなかなか収まる気配を見せない。

 それを見かねた子供会の付き添いとしてきていた大人の人は、特別に誕生会を行うことにした。元々準備はしてあったので、誕生会はすぐに始まる。

 みんなでジュースを飲んだりお菓子をつまんだりしている中、夏凜は隅っこの方で一人でジュースをちびちびと飲んでいた。

 それをめざとく見つけた風と真生が夏凜の前に現れた。

 

「夏凜、アンタは今回のパーティーの主役でしょうが。そんな隅っこの方で寂しそうに見てないで、こっちにいらっしゃい!」

 

「風のいうとおり、みんなお前の誕生日を祝っているんだ。園児たちとでも遊んでこいよ」

 

 真生と風に引っ張られて、夏凜は園児たちの前に連れてこられた。園児たちは夏凜のことを詳しく知らない。精々顔と名前を知っている程度だ。それでも誕生日会の準備を手伝ってくれたのは、ひとえに勇者部の人望があってこそだった。

 園児たちから見たらあまり交友の無いお姉さん。夏凜は子供の無垢な瞳を見つめながら、慌てて言葉を探していた。

 園児たちは顔を合わせると、笑みを浮かべて夏凜に言う。

 

「「「夏凜おねーさん誕生日おめでとー! はいこれプレゼント~~!」」」

 

 一斉にそう言った園児たちに、夏凜は目を丸くしながらも彼等が手渡した何かを受け取る。

 

「えっと……ふん、仕方ないから祝われてあげるわよ!」

 

 夏凜は言葉を返したが、照れ隠しの時によくなる言い方になってしまった。もう少し年を重ねれば彼らも理解できるだろうが、未だ園児の子供たちにこの言い方の夏凜の気持ちを読み取れというのも酷だろう。

 案の定園児たちも首をかしげている。しかし、感謝しているということは伝わったのか、夏凜の名前を呼びながら彼女に飛び付き始めた。

 

「夏凜ちゃんこれからもよろしくね~」

 

「うっひゃ~」

 

「真生! 何とかしてこいつらどかしてよ!」

 

「洗礼だと思って我慢しろ。その内どいてくれるから」

 

 真生が薄情にも夏凜を見捨ててその場を離れていった後、他の勇者部部員も近づいてきた。樹と美森である。

 

「はい、夏凜ちゃんの分のケーキ。後、牡丹餅」

 

「どっちも美味しいですから是非食べてくださいっ。きっと気に入りますよ♪」

 

 美森に手渡された皿を受け取り、夏凜は近くに園児がいることで食べにくそうにしながらもケーキを口にする。

 夏凜は口にした途端に、目を見開き自らの食べたケーキを見た。

 

「……美味しい。それに甘さも控えめ?」

 

「事前に真生くんに聞いてたからお店の人にそう注文したの。私が作ってもよかったけれど、洋菓子はまだそこまで得意じゃないからね」

 

 美森の気遣いに夏凜は自分でも気がつかないうちに胸が温かくなる。美森は微笑みながら自らの自信作であり代表とも言える牡丹餅を勧める。

 夏凜は牡丹餅をゆっくりと口に運ぶ。口の中に広がる牡丹餅の甘い香りと味が夏凜の舌を楽しませる。牡丹餅の独特の触感も彼女の口内を楽しませる一因だろう。

 友奈が絶賛し、食べた者全員が口々に美味しいと言いながら手を伸ばす美森の牡丹餅は伊達ではないという事だ。しかも、この牡丹餅は夏凜の好みまで考えて作った渾身の作。思わず夏凜が牡丹餅にかぶりつくのも仕方のないことだろう。

 自らの作った菓子を美味しそうに食べてくれる姿は相手が誰でも嬉しいのか、美森は夏凜のことを母親のような慈愛の眼差しで見つめていた。樹は夏凜の美味しそうに食べる姿に自分も欲しくなったのか、よだれを垂らして夏凜を眺めている。それでもすぐに自分の状態に気付き、よだれをふき取る様は微笑ましいとしか言えないだろう。

 

「樹、もうちょっと欲望は抑えなさい。呑まれるわよ」

 

「お姉ちゃん……。むしろお姉ちゃんの方が呑まれそうなものなのに……」

 

 樹は大好きではあるが大食いである姉に辛辣な言葉を吐く。風は樹の言葉を否定せず、むしろそれを肯定するような言葉を返す。

 

「ええ、今にも呑まれそうでかなり危険な状態ね。……うっ、お腹が疼くっ!」

 

「腹減ってるだけだろ」

 

 風は自分の腹を抑え、今にも暴れだしそうな仕草を起こす。真生は見慣れている風のその行動に、お茶を口に含みながらいつも通りのツッコミを入れる。

 風は適当になっている真生のツッコミに不満を感じたのか、真生の方へ黄緑色の瞳を向け、じとーっとした目付きに変える。

 

「真生、アンタ最近アタシに冷たくない? いい加減なツッコミじゃボケは輝かないのよ!」

 

「俺は風を輝かせる為にツッコミをしているわけじゃないからな?」

 

 真生の言うとおり、これは初めから考えられている漫才ではなく、風のその場のノリで生まれるボケだ。それにツッコミをするのは決して義務ではない。

 だからといって風が納得できるはずも無く、ぶーたれ続けていた。それを真生は無視しながら、菓子を食べている。

 夏凜は二人の様子に不思議なものを感じながら、腹を膨れさせていた。その隣に、一人の園児が近づいた。この日までの間に一度だけ夏凜が参加した保育園での依頼があった。その際に彼女に真っ先に懐いた少女だ。

 夏凜は近づいてくる少女に気がつく。すると彼女が()()のぬいぐるみを持っていることに疑問を抱く。

 その答えは、当の本人である少女から与えられた。

 

「か、カリンおねえちゃん……、これあげます!」

 

「このぬいぐるみを私に……?」

 

 夏凜はぬいぐるみをもう一度しっかりと見てみた。夏凜がもらったのは黒い兎のぬいぐるみだ。少女の持っている兎のぬいぐるみの色違いである。しかし、デザインは一緒なので少女なりの親愛の証だということに夏凜は気がついた。

 ぬいぐるみを受け取ってこそくれたが、夏凜がどう思っているか気になるようでハラハラしている少女に夏凜は普段からは想像もつかないほどに優しく微笑み、少女の頭をなでてこう言った。

 

「……アリガト」

 

 その言葉を聞いた少女の顔は一点の曇りも無いほどの笑顔を見せた。

 

 

 

 

 子供会のレクリエーションの手伝い改め誕生日パーティーも終わり、夏凜はもう既に帰る気満々でいた。トレーニングをして、ここで摂った分のカロリーを消費しなくてはならないからだ。

 しかし、真生と共に自転車で帰ると、そこには勇者部が全員集合していた。

 

「……何であんたたちがいるのよ!」

 

「もちろん夏凜の部屋で二次会をするためよ!」

 

「何勝手に決めてんのよ!?」

 

 風が、いや夏凜を除いた勇者部全員で決めた結果である。風たちはぞろぞろと夏凜の部屋に無遠慮に入っていく。その時になって、夏凜はいつの間にか手に持っていた鍵を取られていることに気がつく。遅すぎた発見は風たちを止めるチャンスさえ奪っていき、夏凜は彼女たちの後を追って自らの部屋に入っていくほか無かった。

 風は夏凜の部屋に入って周りを見渡す。しかしその部屋にあるものは本当に最低限と呼べるものばかり。トレーニングマシンと金魚鉢を除けば、殺風景そのものであった。

 

「……何も無い部屋ね~」

 

「どうだっていいでしょ!」

 

「まぁいいわ。ほら座って座って~」

 

「な、なに言ってんのよ!」

 

 風の傍若無人な振る舞いに、流石の夏凜も落ち着いていられないようだ。まるで我が家のような感覚で、自らの部屋を物色されるのは、誰だって良い気持ちはしないだろう。

 

「――! この金魚は去年の夏祭りのときの……。今でも育てていてくれたのか」

 

「あ、もしかしてその子って私が捕まえた金魚ですか? わぁ~懐かしいな~♪」

 

「わぁ~。……水しかない」

 

「勝手に開けないで!」

 

 夏凜は樹の衝撃発言すら気にする暇も無く、ツッコミを入れる。いや、ツッコミというには悲痛すぎるかもしれない。

 風たちは一通り夏凜の部屋を見て落ち着いたのか、座り始めた。真生は夏凜の部屋が思っていた以上に、何も無かったので心配になる。冷蔵庫の中身が水だけというのは普通ありえないだろう。

 夏凜の部屋の机の上に先回りしていた四人の持ってきたケーキとお菓子、そしてジュースの数々が置かれた。

 

「やっぱり持ってきておいて正解だったわね。夏凜の部屋にあるものじゃパーティーどころか夕飯も食べれないわ」

 

「もうやだ……こいつら本当になんなのよ……」

 

「夏凜ちゃん、改めて言うね。ハッピーバースデー!」

 

「……何となく察しは付いてたけど、二次会ってそういうことか」

 

「あら? 嬉しくないの?」

 

 友奈はケーキの蓋を開けながら、夏凜の誕生を改めて祝う。しかし、夏凜の反応は芳しくなかった。

 風は夏凜のほうを見ながら、挑発するかのようにニヤッとしながら問う。それに対して、夏凜はそっぽを向きながら返答した。

 

「誕生日会なんてやったことないから! 何て言ったらいいのか分かんないのよ……」

 

 露になった夏凜の本心。それは勇者部全員が夏凜に対して親近感を抱くのには十分だった。

 夏凜は幼少時から誕生日をまともに祝ってもらったことなど無かったのだ。心から彼女の誕生を祝ってくれたのは、幼い頃の嫉妬の対象だった春信だけ。幼く、感情の制御などが出来なかった頃の彼女ならそれに対してどんな反応をしたのかは想像がつくだろう。

 今回のように、園児たちに純粋な祝福を与えられて、同年代の()()にサプライズで祝われて。そんな事を一度に体験したら、言葉も出なくなるのは当然だったといえるだろう。

 

 風たちは揃って顔を見合わせて微笑む。偶然か必然か、その時になってようやく友奈は気がついた。夏凜のカレンダーの今日の日付に赤い丸があることに。それを見た友奈は夏凜に向かって笑みを浮かべながら言った。

 

「お誕生日おめでとう。夏凜ちゃん」

 

「……」

 

 夏凜はその言葉を頬を赤く染めながら受け止めた。

 

 

 

 

「「「「「「かんぱーい!」」」」」」

 

 全員がコップを掲げて、二次会の始まりとなる言葉を告げる。風は児童館でのテンションが蘇ってきたのか、どこか酔っ払った親父のような雰囲気が見て取れる。

 

「あっはは~~。飲め飲め~~♪」

 

「コーラで酔っ払うんじゃないわよ」

 

「こういうのは気分よ気分っ。楽しんじゃえるのが女子力じゃない?」

 

 風のいうことはなかなか納得のできることではないが、本人が納得しているのであればそれでいいのであろう。夏凜は風の性格に慣れてきたのか、そんなことすらも諦めたように納得するようになっていた。

 夏凜が風に意識を取られていた隙を突かれ、樹が夏凜にとって見られたくないものを見つけてしまった。

 

「あっ! 折り紙~。練習してたんですか?」

 

「凄い上手」

 

「うにゃああぁあ!? み、みみ、み、見るな~~~~!!」

 

 夏凜は部屋に帰ってきたときにこういったものを隠す暇も無かったのだ。だからこそ、今のこの部屋の中は完全な夏凜のプライベートが露になっている。見つけ尽くさない限りは目を向ければ、大体どこにでも何かしらの発見が生まれるだろう。

 顔を真っ赤にして折り紙を隠す夏凜に、全員で笑う。少し前であればもう少しは険悪になったであろうが、今の夏凜はこの場にいる誰から見ても可愛いだけである。

 しかし、笑っている人物の中に足りない人間がいる。結城友奈だ。

 夏凜の耳にキュッキュッとペンで何かを書く音が響く。その音が鳴る先に夏凜が目を向けると、そこには夏凜のカレンダーに赤い丸を幾つも書いている友奈の姿があった。

 

「……と、私たちの遊びの予定っ。後は……」

 

「勝手に書き込まないで!」

 

 憤慨する夏凜だが、そんな夏凜の様子などお構いなしに友奈は夏凜に勇者部の活動について語る。

 

「勇者部は土日に色々活動があるんだよ」

 

「忙しくなるわよ~」

 

「勝手に忙しくするなぁ!」

 

「そうだよ、忙しいよ~。文化祭でやる演劇の練習とかもあるし」

 

 友奈は風に便乗して、自分の意見を口に出す。樹はその言葉を聞いて、真生の方を見る。真生は樹のその行動の意味を理解したのか申し訳なさそうな顔で謝罪を口にした。

 

「悪い。まだ台本は書きあがっていないんだ……」

 

「いえ! 別に催促したわけじゃありませんよ!?」

 

「ふふふ、樹ちゃんたら意外と意地悪なのね♪」

 

「そんな~」

 

「何で樹を虐めてるのよ……」

 

 夏凜が樹のフォローに入ると、すかさず風が夏凜を弄り始める。

 

「あらあら、夏凜が樹を助けるなんて珍しい光景が見れたわね~。もっとやれ~~!」

 

「あんた本当に酔ってんじゃないの!?」

 

 夏凜は風の上がりきったテンションについていけない夏凜だったが、ふと周りを見てみると誰もが風のテンションに着いていけていない様子だった。夏凜はこれを好機と見たか、一転して風に反撃を試みた。

 

「風、さっきからアンタ一人だけが妙にテンション高いわよ。見なさい、全員アンタについていけてないわ。部員の様子一つ見られないなんて部長失格ね!」

 

「甘いわね夏凜。カリントウにハチミツかけたくらい甘いわ。真生! 友奈! あんたたちも見せてやりなさい!」

 

「アイサー!」

 

「上手いこと言ったつもりかよ……。ほい」

 

「そ、それは……!?」

 

 夏凜はとてつもないほどの驚愕を見せた。しかし、その後夏凜が暴れ始めたので流石に騒ぎすぎるのはやめにしたらしい。何を見たのかは神樹のみぞ知る。

 

 

 

 

「じゃあアタシたち帰るわね~」

 

「帰れ帰れ――!」

 

「また来るね~」

 

 友奈たちは去っていき、先程までのような喧騒が嘘のように静かになった。真生も夏凜の様子を見て、部屋に戻ることにしたようだ。夏凜は、友奈たちが出したゴミをすぐさま袋に詰めて捨て、部屋へと戻る。

 部屋へと戻った彼女は、携帯を覗くと着信があった。犬吠埼風からだ。送られてきたメールの内容は、勇者部全員が入っているSNSアプリを夏凜にも登録してもらうとの事。

 ベッドに入り、電気も消された暗闇の中で夏凜は携帯をつけて、風たちの会話の様子を眺めていた。友奈の分からない事があったらなんでも聞いてね! というメッセージを無視するのもなんなので、夏凜は一言了解とだけ返す。しかし、そのたった一言によってSNSはとてもにぎやかになった。

 騒がしくなったSNSに、夏凜は動揺してうっさい!! と返してしまう。それは餌を与えるだけの行為だということも知らずに。

 案の定騒がしさが増したSNSを見て、夏凜は眉を下げて困り果てた。

 

「何なのよ、もう……」

 

 その時、友奈から一つのメッセージが送られてきた。

 

 ――――これから全部が楽しくなるよ!

 

 その言葉と共に写真が添付されている。それは今回の一件で撮った勇者部の集合写真。夏凜は一人だけ恥ずかしそうに眉を下げていたが、そんなことは気にならなくなるほどにその写真は暖かかった。

 それを最後に夏凜は携帯を閉じた。携帯の仄かな光も暗闇に吸い込まれるようにして消えていく。夏凜は仰向けに転がりながら、友奈のメッセージを口に出した。

 

「全部が楽しくなる、か。世界を救う勇者だって言ってんのに。……馬鹿ね」

 

 その声音には、彼女本来の優しさが込められている。寝静まる彼女の傍らには、黒いウサギのぬいくるみと園児たちからのプレゼントである絵が飾られていた。




 一週間に一回更新とはなんだったのか。気がつけば二週間も更新期間が空きました。何気に今のところ最長かもしれません。

 不定期更新とはいえ、あまり大きな間隔は空けないように気をつけます。三度目の正直に週一更新をまた頑張ってみようかな?

 拙作がランキングに一時的に返り咲けた奇跡に感謝。初めてついた10評価に密かに狂喜乱舞もしました。これからもよろしくお願いします!

 気になった点、誤字脱字などがありましたらメッセージか感想欄にてお伝え下さい。作品の感想や批評も大歓迎です。
 では最後に、


 思いやり:チューリップの花言葉


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第二十九話 切実な思い

お気に入り登録が300件を突破しました!
といってもピッタリちょうどですが。ありがとうございます!


「――次は、犬吠埼さん」

 

「は、はいっ」

 

 先生の言葉に、樹は過剰に反応する。周りの生徒たちは樹のほうを向き、歌を聴くことに備えた。それが樹にはプレッシャーとなる。

 歌の歌詞が載せられた教科書を、過度の緊張によって逆さまに構えてしまう樹。教室にいるクラスメイトは、樹のドジに笑いをこぼす。それは樹の羞恥の感情を強めると共に、緊張を高めてしまった。クラスメイトに悪気があったわけではない。しかし、彼女は自らの歌を人に聴かせることが苦手であった。その事もあり、ピアノから流れ始めた音楽に体を固くする。

 ピアノの音で奏でられる旋律に、樹は沿うようにして歌を歌い始める。

 

 しかし、同時にピアノの音にあっていないどこかずれた声が教室に響く。誰も言葉を発していないからこそ、その声は教室中に響き渡っていた。

 樹はその事を理解しながらも、上手く声を音楽に合わせることは無かった。同時に思う。

 

(私……人前で歌うのがちょっと苦手です……)

 

 歌のテストは次の授業に実施される。この歌はまだ練習にしか過ぎないというのに、樹にとって最悪なスタートになったのだった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「うぅ……。憂鬱だよ……」

 

「樹ちゃん、歌上手なのに何で人前だとあんなに音痴になっちゃうの?」

 

「恥ずかしいんだよぅ、どうしよう……?」

 

「とりあえず勇者部に行こうよ。先輩たちと一緒なら何とかなるかも」

 

 一日の授業が終わり、樹と明は仲良く会話をしていた。しかし、樹の方はそこまで乗り気ではなさそうだ。

 樹は明にこう返した。

 

「でも、勇者部だって忙しいんだから私が迷惑かけるのは……」

 

「樹ちゃん、自分の部活の五箇条忘れたの? 悩んだら相談なんでしょ! 遠慮しちゃ駄目だよ」

 

 明は全て樹のためを思っていっている。そのことがよくわかるからこそ、樹は彼女の言葉を否定することができない。樹自身も、友奈たちもきっと同じことを言うと何となくながら察しているのだ。

 明は用事があるらしく、遅れて勇者部に来ると言って樹と別れた。

 

 樹が部室に着くと、既に真生がいた。真生は樹の方向を軽く見て挨拶をしてくる。

 

「こんにちは。樹」

 

「あ、はい。こんにちはです」

 

 挨拶を終えた真生は再び方向を変える。いつも美森が使っているパソコンで何かをしているようだ。それが気になった樹は、真生のほうへと近づき、パソコンを覗き込んだ。

 真生は真剣な面持ちでディスプレイと向き合っている。近づいてきた樹も気にならないようだ。樹は覗き込んだディスプレイに映っているものを見て、驚いた。

 そこに映っていたのは、小説だった。それも見ている限りでは恋愛物の様にも思える。

 

「……真生さんもこういうもの読むんですね。……あれ? この小説、更新が止まっているみたいですけど……」

 

「……あぁ、きっと作者が書くに書けない状況にでも陥っているんだろう。仕方ないさ」

 

 真生は樹の質問に答えながら、パソコンを閉じる。樹は真生の答えに納得し、少し残念にも思う。自分が読むことの出来た範囲だけでも、よく出来ていた小説だったからだ。

 真生は樹の顔を見ながら、曖昧に笑う。

 

「なんだ、作者の心配でもしているのか?」

 

「……はい。作者さんの体も良くなったらいいなって」

 

「ハハハ、また簡単に信じるんだな。ただ作者はやる気が無くなっただけかもしれないぞ?」

 

「えぇ!? そうなんですか!?」

 

「また簡単に信じたな。全く将来が不安になるな、樹は」

 

 樹は自分が騙された事に今更ながら気がつき、真生に抗議の視線を向ける。真生はその視線をさらっと受け流し、扉の方へと視線を向ける。

 

「来たみたいだぞ」

 

「えっ……来たって」

 

「失礼しま――す! あれ、真生くんと樹ちゃんだけ? 風先輩は?」

 

「ちょっと遅れるってさ。それにしても三人で揃って部室に来るとはまた仲良くなったもんだな」

 

 真生は部室に現れた友奈と美森、そして夏凜の三人を見ながらからかう。夏凜は真生の言った仲良く、という部分にむっときたのか。反論をしてくる。

 

「クラスが同じな上に行き先まで同じだから一緒に行かざるをえないだけよ! 好き好んで一緒に来てる訳じゃないわ!」

 

「私たちは夏凜ちゃんと一緒に居たくて、一緒にいるのだけどね。夏凜ちゃんはそうでもないみたい、悲しいわね、友奈ちゃん」

 

「えぇっ、そうなの? 夏凜ちゃん……」

 

「うえぇっ!? えっと別に嫌じゃないけど……」

 

 思いもよらない美森の言葉によって、友奈は夏凜の方向を見ながら不安げに訊いてくる。夏凜はその友奈の様子にしどろもどろになりながら、先程の言葉を簡単に撤回する。

 彼女自身も勢いで言った言葉だったため、撤回するのにも特には何も感じなかったようだが、周りにいる真生たちはそれをニヤニヤしながら見ている。

 もしも風がこの場にいれば、きっと夏凜のことを弄り倒したのだろうが、あいにく彼女は遅れている。真生もそこまで弄るつもりは無いのか彼女たちの様子を笑いながら見ているだけだ。

 事の発端のその様子に、夏凜はまた怒りそうになるがぐっと抑えた。何を言っても勝てる気がしないからだ。

 

 夏凜は結局にぼしを食べる事で落ち着きを得た。

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、風が部室に到着した。

 

「遅れてごっめ~ん☆ あれ? 夏凜何食べてるの?」

 

「にぼし」

 

 風は物珍しそうに夏凜を見る。夏凜は先程までの憤りをどうにかするために、無心でポリポリとスナック感覚でにぼしを食べ進めている。にぼしを食べ進めるうちに機嫌が良くなるのが目に見えて分かる夏凜に、風と真生はあきれた様子を見せる。

 

「学校でにぼしを(むさぼ)り食う女子中学生は夏凜位ね」

 

「健康にいいのよ」

 

 夏凜が返事をすると、風は何か良いことを閃いたような反応をする。そして彼女は言った。

 

「じゃあ、これから夏凜のことにぼっしーって呼ぶ~」

 

「ゆるキャラにいそうなあだ名つけるな――!」

 

 当然夏凜はそのあだ名に抗議した。しかし、彼女の抗議はあっさりと風に笑って受け流される。

 

「そういえば、にぼっしーちゃん」

 

「待って、その名前定着させる気?」

 

「それより、飼い主探しのポスターは?」

 

 友奈は面白がってにぼっしーというあだ名を定着させようとしていた。

 そして、夏凜がにぼしを食べてリフレッシュしている間に行っていた飼い主探しのポスターについて質問をした。

 

「そんなのもう作ってあるわ」

 

 そういって夏凜は作られたポスターを取り出す。友奈はお礼をいい、美森たちと一緒にポスターを覗く。そこに存在したのは、猫……とは言い辛いナニカだった。

 

「えっと……妖怪?」

 

「猫よ!!」

 

 彼女たちが騒いでる中、一人だけ輪の中で溜め息をついている人物がいた。犬吠埼樹である。彼女に全員の視線が集まる。

 樹はそのことに気付くのが遅れた。彼女が気付いたときには全員の注意が自分に向けられている。樹はそれに困惑していた。

 

「……何?」

 

「どうしたの? 溜め息なんてついて」

 

 樹はその時ようやく自分が溜め息をついたことに気がついた。

 そして、明の言葉が樹の頭の中で再生される。

 

『樹ちゃん、自分の部活の五箇条忘れたの? 悩んだら相談なんでしょ! 遠慮しちゃ駄目だよ』

 

「……うん。あのね、もうすぐ音楽の歌のテストで上手く歌えるか占ってたんだけど……。死神の正位置。意味は“破滅”、“終局”……うぅ」

 

 語尾が段々と涙声になっていく樹に風は慰めの言葉をかけた。

 

「う~ん、当たるも八卦、当たらぬも八卦って言うし、気にすること無いでしょ」

 

「そうだよ! こういうのってもう一度占ったら全く別の結果が出るもんだよ!」

 

「…………」

 

 二人の励ましに再び占いを行う樹。

 

 一回目、死神の正位置。

 

 二回目、死神の正位置。

 

 三回目、死神の正位置。

 

 何度占っても全く同じ結果が現れる。これは彼女の占いの的中率の高さがよく分かる結果だが、死神の正位置では喜ぶことすら出来ない。

 流石に連続で全く同じ結果を出されると何も言えなくなる友奈かと思われたが、占った回数を利用して新しい励ましの言葉を彼女に送る。

 

「……だ、だいじょーぶ! フォーカードだからこれはいい役だよ!」

 

「死神のフォーカード……」

 

「あぁ、いや悪い意味じゃなくて~」

 

「まあこういう問題は気の持ちようで変わるものだと俺は思うぞ?」

 

 フォローに回る友奈と真生だったが、特に効果はなさそうだ。

 頭を抱えていた風だったが、突然上を向くと黒板に文字を書く。そこには“今日の勇者部活動 樹を歌のテストで合格させる!”と書いてあった。

 

「アタシたち勇者部は、困ってる人を助ける。もちろん、それは部員だって同じよ」

 

「歌が上手くなる方法か~」

 

 いつの間にやら、黒板の前に半円状になって集合している勇者部メンバー。中心は樹だ。友奈たちが知恵を絞って、何とかする方法を考えてる中、最も早くに美森が意見を出した。

 

「まず、歌声でα波を出せるようになれば勝ったも同然ね」

 

「α波……」

 

「いい音楽や歌というものは、大抵α波で説明がつくの」

 

「そうなんですか!?」

 

「んな訳無いでしょ!」

 

「また騙されてる……」

 

 またもや騙されかけている樹に本格的に不安になる真生。美森のいい加減な意見は当然の如く却下となった。何故か本人は自らの主張を自信満々に言っていたが。

 次に樹のことを良くわかっている風が意見を出した。

 

「樹一人で歌うと上手いんだけどね~。人前で歌うのは緊張するってだけじゃないかな?」

 

「そっか。それなら、――習うより慣れろっだね!」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 そんなこんなで遅れてきた明を入れて、計七人で勇者部メンバーはカラオケへとやって来た。

 

「~~♪ イェ――イ! 聴いてくれてアリガト――」

 

「「イェ――イ♪」」

 

 気持ち良さそうに曲を歌う風。歌い終えたときには気が昂ぶったのか、アイドルのように振舞うほどだ。比較的ノリの良いほうである明と友奈は、風の歌を聴いて大盛り上がりをしていた。

 

「お姉ちゃん上手!」

 

「えへへ~、アリガト~」

 

 手をひらひらと振りながら、樹に応える風。

 夏凜は我関せずを貫いていたが、それは友奈からの誘いによって破られることになる。

 

「ねえねえ夏凜ちゃん。この歌知ってる?」

 

「……一応知ってるけど」

 

「じゃあ一緒に歌おう!」

 

「ふぇ!? な、何で私が、馴れ合う為にここにいるわけじゃないわ!」

 

 夏凜が友奈の誘いをすげなく断ろうとしたが、突然の風の言葉によって意見を翻すことになる。

 

「そうだよね~。アタシの後じゃ、ゴ・メ・ン・ね~」

 

 風の歌の得点は92点。かなりの高得点だ。

 しかし、風に偉ぶられると逆らいたくなるのが夏凜の(さが)。友奈に背を向けたまま、夏凜は友奈にマイクを所望した。

 

「友奈、マイクをよこしなさい」

 

「え?」

 

「早く!」

 

「は、はい!」

 

 次の瞬間には、夏凜は友奈の手元にあった機械を奪い取り、曲を選択して席を立った。そして、友奈と共に流れ出した曲を歌い始めた。

 堂々と歌うさまに、まるで彼女たちの周りに光の粒子があふれているような感覚さえする。

 歌が終わる頃には、やりきったように揃って椅子に腰掛けた。

 

「夏凜ちゃん上手じゃん」

 

「ふん、これくらい当然よ!」

 

 頬を少し赤く染め、自信満々にそう告げる夏凜。

 画面に表示された得点は風と同じく92。二人で歌った結果がこれなら十分に誇れる点数だろう。友奈は得点を流し見て、樹のほうへと顔を向けた。

 

「次は樹ちゃんだね」

 

「は、はい」

 

 全員の期待の眼差しに樹の緊張が高まる。

 スピーカーから流れ出した音楽に、画面の方向へと向き直り、樹は歌い始めた。しかしその結果は芳しくなかった。音程が幾度も外れてしまったのだ。

 歌い終わったときには、再び溜め息をついてしまっていた。

 

「やっぱり固いかな」

 

「誰かに見られてると思ったらそれだけで……」

 

「重症ね」

 

「まぁ今はただのカラオケなんだし、上手かろうと下手だろうと好きな歌を好きに歌えばいいのよ」

 

「そうですよ! 樹ちゃん次は一緒に歌ってみよ? 根本的な解決にはならないかもだけど、一緒なら何とかなるよ!」

 

 明は風の言葉に便乗して、樹を歌に誘う。樹はそれを快く受け入れて、歌う曲を仲良く決め始めた。

 

「あ、私が入れた曲」

 

 次に流れ始めた曲を聴いた瞬間、夏凜と真生を除く勇者部メンバーと明は立ち上がって敬礼をする。それに困惑する夏凜と苦笑いをする真生。真生はどこからか取り出した日の丸の旗を両手に持って振っており、夏凜は全く着いていけていない様子だ。そして美森は最早慣れた様子で歌い始める。それはカラオケで歌うようなものではなかったが、美森は好んで軍歌のようなこの曲を歌うのだ。

 

 夏凜が目を点にしている間に曲も終わり、美森は息をつきながらマイクを口から離す。それと同時にビシッとしていた彼女たちも最後までしっかりとした様子で着席まで行った。立派に訓練されているようだ。

 

「さっきのって一体……」

 

「東郷さんが歌うときは私たちいつもあんな感じだよ」

 

「この旗は東郷からもらったな。友奈たちみたいに本物の軍人みたいなことはしない代わりに振ることにしてるんだ」

 

「そ、そうなの……」

 

 まだ歌っていない真生を他の全員で歌わせようとしていると、風の携帯に連絡が入る。それを見た風の雰囲気は先程までとは少し違っていた。それに気がついたのは、彼女の事情をよく知る真生と夏凜の二人だけだった。

 風が断りを入れてお手洗いに移動すると、夏凜と真生はアイコンタクトをした。夏凜は頷き、真生は歌を歌えと迫ってくる彼女たちの足止めをするように機械に曲を入れて歌い始めた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「――貴女は統率役には向いてない。私ならもっと上手くやれるわ」

 

 背を向ける風に向かって夏凜はそう告げた。

 大赦からの連絡が風に入り、そこには最悪の可能性を示唆するようなことが書いてあった。風はそのことに顔を歪め、下を向いた。夏凜はそこに風の優しさと弱さがあることを見抜き、先の一言を告げたのだ。

 しかし、風は譲らなかった。

 

「――――これはアタシの役目で、アタシの理由なのよ。……後輩は黙って先輩の背中を見てなさい」

 

 風はそれだけ伝えると、扉を開いて出て行く。一人になった夏凜は風の決意と強情さに呆れ、少しでも責任を誰かに与えることをしない彼女の自らへの厳しさに些かの寂しさを抱いた。それと同時に、彼女の在り方に酷く危うさを感じたのだった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 その帰り道、勇者部は珍しく全員揃って徒歩で帰っていた。風が険しい顔を隠しきれていないこと以外、いつも通りに仲睦まじく会話をしている。

 友奈は自分達が楽しむばかりで肝心の樹の練習にならなかったのではと思っていたが、それは当の本人である樹が否定した。実際に明や他の全員と一緒に歌ったりした結果多少の自信はついたのだ。身内である勇者部と親友の明限定かもしれないが。

 

「……お姉ちゃん?」

 

「――……へ? 何?」

 

「樹の歌の話よ……」

 

 いつの間にか全員が揃って風を見ていた。樹の声にも反応が芳しくなかった風に、友奈は心配になり声をかける。

 

「風先輩、何かあったんですか?」

 

「あ、ううん。何も……。樹はもう少し練習の対策が必要かなぁ」

 

 風が話題をそらしたことに気がついたものはいた。しかし、深く追求するものは一人もいなかった。一人は我関せずを貫き、一人は先程の会話の件で突っ込むのを諦め、一人は事態を上手く掴めないため関わるのを躊躇い、最後の一人はじっと実の姉の姿を見つめていた。

 

「α波出せるように」

 

「α波から離れなさいよ」

 

 そんな中でも美森は風の発言に便乗し、相変わらず本気なのか冗談なのか分かりづらいボケをしてくるが、夏凜が即座にツッコミを入れる。

 乾いた笑いを見せる風にどこか違和感を覚える樹。たった一人勇者部に所属しない少女は、勇者部を取り巻く謎の雰囲気に嫌な予感を感じていた。




 かなり期間が空いてしまいましたが何とか更新。原作四話のこの話は二つに分けることにしました。というか未だに四話なのか……。

 樹のこのイベントは樹の成長に関する大事なことなので、丁寧にやりたいですね。

 それはそうとそろそろゆゆゆの六巻の発売が近づいてきてますね。もう今から楽しみです。本家の春信が早く見たい。そして元気な勇者部と園子を早く見たい。

 ラジオが終わるらしいので、二期が少し不安になってきますが大丈夫かな。まだ残っている伏線を回収できればいいんですが。

 それとお気に入り件数が300件を突破したので、中途半端な時期ではありますがアンケートをしたいと思います。読みたい話やこれがいいという話があれば活動報告にて。もちろん本編をさっさと進めろノロマァ! という方のためにも本編を先に進めるという選択肢もあるのでご安心下さい。

 それでは気になった点、誤字脱字などがあったら感想欄かメッセージへお願いします。作品に関する感想や批評もお待ちしています。
 では最後に、


 切実な思い:トリトマの花言葉


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第三十話 未来への憧れ

※執筆が久しぶりだったため雑な描写が目立つかもしれません。


 

「で、夏凜は樹のためにサプリを持ってきたわけだ」

 

「えぇ、そうよ。サプリだけじゃなくて、オリーブオイルとか喉に良い物を中心に持ってきたわ」

 

 翌日、部室の机の上には夏凜の持ってきたたくさんのサプリが置かれていた。戸惑う勇者部メンバーを尻目に、夏凜は自慢げにサプリの効果について説明を始めた。

 

「マグネシウムやりんご酢は肺にいいから声が出やすくなる。ビタミンは血行を良くして喉の荒れを防ぐ。コエンザイムは喉の筋肉の活動を助け、オリーブオイルとハチミツも喉に良い」

 

「……詳しい」

 

「流石です」

 

「夏凜ちゃんは健康食品の女王だね!」

 

「よくそこまで集めるな」

 

「夏凜は健康の為なら死んでもいいって言いそうなタイプね」

 

 それぞれ、夏凜の健康食品の知識に対して驚き、風は夏凜を健康の鬼とでもいう風にからかう。当然夏凜は風のいうことを否定して、樹に自らの持ってきた数多の健康食品を勧めた。

 

「さぁ、樹。これを全種類飲んでみて。グイッと」

 

「えっ!? 全種類!?」

 

「多すぎでしょ、それは……。流石に夏凜でも無理じゃない?」

 

「あ、馬鹿風。そんなこと言うと……」

 

 樹に無茶な注文を押し付けた夏凜に風が挑戦的な態度をとると、真生は慌てて風の口を止めようとした。がしかし、真生の懸念は当たり、風の口を押さえる暇も無く、夏凜は風の挑発に乗ってしまった。

 

「なっ無理ですって? いいわよ。お手本を見せてあげるわ」

 

 

 ※以下、危険性を考慮した上でギャグとして行っています。

 

 過去の経験から無理という言葉がとことん嫌いな夏凜はその言葉を否定すべく、自らの持ち込んだ数多くの健康食品を貪り始めた。ザラザラザラと夏凜の口内にサプリの錠剤の波が流れ込む。それを口の中に収めた夏凜はオリーブオイルを飲み込み、同時に口内に溜まっていたサプリメントも全て飲み込む。その後も健康食品の数々を貪る夏凜。

 全ての食品を食べつくした夏凜は冷や汗を掻きながらも自慢げに勇者部のほうを見る。しかし、特殊な訓練を行った夏凜といえども、一度にこんな量の健康食品を食べて耐えられるものだろうか。いや、耐えられない。

 

「――――ん~~~!!!???」

 

「夏凜ちゃん!? 大丈夫!?」

 

 夏凜は顔を真っ青にして勇者部の部室から出て行き、一目散にある場所へと駆けていく。友奈は夏凜を心配するが、夏凜は友奈の声も聞こえていないのか振り向くこともしなかった。真生は夏凜の後先考えない行動に、呆れて溜め息を着いた。

 

 戻ってきた夏凜は口元を持参のハンカチで拭いながら、再びメンバーの前に立つ。

 

「樹はまだビギナーだし、サプリは一つか二つで十分よ」

 

「……はぁ」

 

 全員がビギナーとはなんなのかと思いつつも、それを口には出さずその場は治められた。

 その後樹にサプリを使ってもらったが、結局樹は歌よりも緊張の方に問題があったので、夏凜の用意した健康食品の数々はほぼ使われずに終わった。それではもったいないという事で、一部を勇者部の面々で分け合う事によって健康食品は有効的に使われたのだった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 その日の帰り道、樹は真生と二人きりで帰路についていた。風は友達に呼び出され、泣く泣く真生に任せて学校に残ったところである。

 

 樹としても、勇者部に手伝ってもらっているのにも関わらずなかなか成果が出ないので落ち着く時間が欲しいと思っていたところだった。

 隣で歩く真生は、何も言わないし、何も訊かない。人によっては薄情だとか、気も遣えない男だとか思うこともあるだろう。

 しかし、樹はそうは思わなかった。そこにあるのは家族と共にいるような安らぎだった。真生はあまり積極的に動こうとはしない。だが、学校で風が友達に呼び止められ、一人で帰ることになった樹を心配して共に帰ることを真っ先に決めてくれたのは真生だった。

 樹はそれが嬉しかった。自分は彼にとって積極的に動くだけの価値があるのだと思えたから。樹が彼に抱いている感情は決して“恋愛感情”ではない。むしろ、純粋に家族のように慕い、彼を兄のように思っていた。どこか姉と同じ空気を感じる真生と共にいることは、樹に安心感を与える。

 たとえ会話がなかったとしても、真生が樹を心配している事は一目瞭然だ。さりげなく車道側を歩いていたり、歩幅を樹に合わせていることから簡単に理解できてしまうのだから。

 

 樹は真生と歩く内にふと考えてしまう。真生自身がどう思っているのかを。普段は真生は夏凜と帰っているところに自分が邪魔したようなものなのだ。先程までは自らのことばかり考えていて気がつかなかったが、それを迷惑に思っていたら。真生が自分から志願している時点でそんな事はありえないのだが、一度考え付いた被害妄想は思うようには止まらない。

 気分の良さそうな顔から何故か突然顔色の悪くなった樹に、真生は不思議に思う。流石に心配になったのか、真生は樹に声をかけた。

 

「樹、顔色が悪くなってきているけど大丈夫か?」

 

「ひゃい! あ、あの……えっと、真生さん、私のこと迷惑に思っていたりしませんか?」

 

「……どうしてそんな考えに至ったのかは分からないけど、そんなことは無いよ。断言する」

 

 途端にふぅと息を大きく吐く樹に、真生は疑問符を浮かべるばかりだ。普段察しがいい割に鈍感なところはどこまでも鈍感な真生に、樹は笑った。樹の笑みに真生は眉をかすかにひそめたが、笑えているならいいかと判断したのか彼も薄く笑った。

 

「真生さんって鈍感だとか言われたことないですか?」

 

「いきなり失礼だな。そんなこといわれたのは今までで一度や二度位だ」

 

「言われてるんじゃないですか」

 

 言葉を詰まらせる真生。色々と言い訳を考えている様子だったが特に考え付かなかったのか話題の転換を図った真生は、樹と明の関係性について訊き始めた。

 

「そういえば樹と明はいつから仲良くなり始めたんだ? 夏祭りの頃から既にかなり仲が良かったようだけど」

 

「明ちゃん、ですか? ……明ちゃんと知り合ったのは私が三年生くらいの頃です。本格的に仲良くなったのは五年生くらいからですけどね。その頃の私は今よりももっと臆病で、はっきりとした意見がいえなかったんです。だから、いじめとまではいかなくても、どこか敬遠されていたんです――――」

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「うわ、犬吠埼だ……」

 

「あいつ、いつも声が小さくて何言ってるのかいまいち分かんないんだよな。おっかない姉もいるらしいし、ほっとこうぜ」

 

「あ、わたし犬吠埼さんのお姉さん見たことあるよ。凄いしっかりしてる人だった」

 

「そうなの? ……じゃあ全然似てないね」

 

 樹は机の上にタロットカードを並べ、集中することで周りから聞こえる声をシャットアウトしようとしていた。

 彼女にとって、姉は偉大で大切な家族だ。そんな姉が褒められるのを聞くのは悪くないが、自分が(けな)される事に姉が使われることが嫌だった。

 

 ――――お姉ちゃんはわたしなんかと比べちゃいけないくらいに凄いんだもん。いつもわたしを守ってくれるし、わたしを気遣ってくれる。……わたしもそんな風になりたいのに……。

 

 頼れる姉を誇りに思い、その姉をいつかは支えたいと考える樹。しかし、この頃の樹には勇気がなかった。姉を出汁にして自分を貶す彼らを見返そうにも、そんな力は自分には存在しないと決め付けていたのだ。

 そんな樹に声をかけてくれたのが明だった。

 

「何してるの?」

 

「……占い」

 

「そっか。じゃあ私のことも占ってみてよ! どんな結果でも文句は言わないからさ」

 

 樹は初めは困惑していた。殆ど会話もしたことの無いようなクラスの中心人物。それが樹にとっての加藤明という存在だった。

 頼まれてしまった手前、断ることも出来ずに樹は彼女を占う。占う内容は、明の少し先の未来について。

 明は樹の占いの結果が出るのを待ちながら、他のクラスメイトとも交流を深めていた。樹は自分の占いが軽んじられているようで少し嫌な気分になったが、気にせず続ける。

 結果、現れたのは死神のカード。明は苦笑しながら、

 

「あらら、もしかしなくてもこれ悪い結果だよね?」

 

「……うん。破滅とか、破局って意味があるの」

 

「あはは、最近お父さんも忙しそうだし、それに関係してるのかな」

 

「……まぁ絶対に当たるっていうわけじゃないから」

 

 樹は明の明らかに沈んでいる様子を見て、フォローをした。それは樹にとっては何気ない一言だったかもしれない。しかし、明はその一言を受け取って、嬉しそうに笑いながら、

 

「慰めてくれるの? ありがとう」

 

 樹は明の言葉が照れくさかったのか、下を向いて小さな声でそ、そんなわけじゃ、と呟いた。明は樹の呟きが聞こえていなかったのか、そのままクラスメイトに呼ばれて去っていった。

 これが明と樹のファーストコンタクト。そしてそれから二年が経ち――――――

 

 

 

 ――――大規模な自然災害が四国を襲った。その事故で死亡した人間は三名。三名の内、二人は夫婦であった。その夫婦の姓は犬吠埼。そして、最後の一人の姓は加藤であった。

 そう、樹と明は同時期に両親を失っていたのだった。

 

 両親が死に、犬吠埼家を支えるのは姉の風だけだった。樹は姉に頼ることしか出来ずに歯がゆさを抱えていた。明もそうだ。祖父に支えてもらってようやく両親の死を乗り越えたのだから。

 二人は三年生、四年生、五年生と全てクラスが同じだった。五年生になる前までは明との交流も少しはあったが、それも自然災害が起こった後に次第に減っていった。五年生になって半年を迎える頃には樹も両親が死んだ事で沈んでこそいたものの、友達もそこそこにいたし、敬遠される事も少なくなっていた。明との交友関係も五年生を境になくなってしまう。樹はそう考えていた。しかし、その予想に反して樹は偶然帰り道で明と出会った。

 

 隣だって歩くが、なかなか会話も生まれず、樹はなんともいえない感情に襲われる。それは罪悪感だったのかもしれない。あの時自分が占ってしまったから、死神のカードを引いてしまったから。だからこそ彼女はこんなにも不幸な目に遭ってしまっているのではないか。そんな事を考えている最中、明に声を掛けられて樹は硬直した。

 

「樹ちゃんって占い上手なんだね。まさかこんなに後になってから本当に当たるなんて思いもよらなかったよ~」

 

 軽々しくそれを口にする明に樹は恐怖を覚える。樹が彼女を占ったのは、三年生のときだけだ。自らの親が死んでしまったことなど思い出したくも無いだろうに、そのことを連想させるような事を簡単に口に出来る彼女は一体何を考えているのか。そのときの樹は得体の知れないものを相手にする気分だったかもしれない。

 しかし、明が次に放った言葉によってそんな気分もすぐに消え去った。

 

「……樹ちゃんはさ、運命ってどう思う?」

 

「……え?」

 

 唐突な質問に樹は明の方向を見た。明は真剣な顔をしている。樹はその表情を見て、何か別の感情が彼女の中で渦巻いていると思った。確証は無い。だがそう感じた。

 明の質問に樹は自らの考えている事を正直にそのまま答えた。

 

「……私は、運命はとっても大切なものだと思う。でも同時にそれを妄信するのはいけないことだと思うよ」

 

「どうして? 占いだって運命に導かれているようなものでしょ?」

 

「ううん。私にとって占いはあくまで道標(みちしるべ)なんだ」

 

道標(みちしるべ)?」

 

 樹は自然とそれを口に出す。占いが好きだった樹はそれに関係する事は殆ど知っている。(まじな)いや(のろ)いも占いの一種だ。だが、彼女は好んで人を視ることを目的とする占いをする。それは彼女が人を支えたいと願うからだ。(まじな)いや(のろ)いは人を支える為に使うようなものではないし、魔法のように自在に扱えるわけではない。

 人の行く先を示す事は、本来なら他人である樹がやっていいことではないのかもしれない。だが樹はそれでも占いを続けるだろう。色々な人に最善の選択をして欲しいから。幸せを得てほしいから。

 

「占いっていうのは確実なものじゃない。それに身を任せるのも抗うのもその人次第なんだよ。だから私は運命なんて言葉で全部片付けられたくない。大事な人が運命のせいで酷い目にあるなら変えたいって、変えられるって思いたいから」

 

「運命を……変える……。樹ちゃんは強いね。私はそんなことまで考えたこと無かった。でも、そうだよね。大好きな人たちが辛い目に遭うのに、運命なんて言葉で片付けられたら、嫌だよね」

 

「……うん」

 

「樹ちゃん私ね、お爺ちゃんに恩返ししたい。私をずっと守ってくれてたお爺ちゃんを今度は私が守りたい」

 

「私は、お姉ちゃんを支えたい。まだ無理かもしれないけど、絶対にいつかは支えられるようになりたい」

 

 同じ境遇の少女たちはその日、前へ進んだ。その両方が大切なものを支える事を誓って。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「っていう事があって。今思うとちょっと恥ずかしいです。まだお姉ちゃんを支えることも出来ていませんから」

 

 恥ずかしそうにする樹。真生は樹の話を聞いた直後から黙り込んでいる。表情こそ変わっていないが、樹は何かに驚いている様子のように思えた。

 

「……真生さん、どうかしましたか?」

 

「いや、なんでもない。樹は立派だな。きっと風も鼻高々だろう」

 

「私なんてまだまだですよ。明ちゃんのほうがもっとしっかりしてます!」

 

 樹と真生は楽しげに会話をしている。真生は彼女の過去の話を聞いて、納得のいった様子を見せている。その後も話題は広がり会話も弾んだが、楽しい時間も終わる時は早いもので、樹を家の前まで送った真生はそのまま去っていった。

 

 

 

 

 樹は風が帰ってくる前にシャワーを浴びていた。浴槽に浸かる彼女の周りを木霊(こだま)がくるくると飛び回っている。

 溜め息を着く樹を心配するように木霊は樹の近くに寄ってくる。樹は健気な木霊を見て癒されながら、木霊を安心させるように言葉を投げかける。

 

「大丈夫だよ、木霊」

 

 樹はそう言うと視線を木霊から手元にある写真に移した。その写真は水にぬれても大丈夫なようにポリ袋によって保護されている。その写真は先日カラオケに行った際に記念としてみんなで撮ったものだ。笑顔で映るみんなの姿は自然と樹の頬を緩ませる。

 樹は課題となっている曲を歌う。その歌声はカラオケで披露したものとは違い、聴く者を魅了するような美しくも可愛い音色となって響き渡る。木霊もその歌声に魅了されたのか、楽しそうに宙を舞っている。

 途中まで歌ったところで外気が風呂場に入り込んでいることに気がつく。樹がそちらを向くと同時に彼女の大好きな姉が樹に声をかけてきた。

 

「やっぱり樹、一人で歌うと上手いじゃん♪」

 

「お、お姉ちゃん帰ってたの!? っていうか聴いてたの!? 酷い~」

 

「全く~。樹はもっと自信持っていいのにっ。ちゃんとできる子なんだから」

 

 そういって扉を閉めて離れていく風に背を向けながら、樹は難しい顔をして迫っている歌のテストのことを考えていた。

 

(歌のテスト……合格したいな。みんなのためにも、自分のためにも)

 

 樹は決意を新たに風呂場を出る。そして、頼りになる姉にこういうのだ。

 

「いつもありがとう、お姉ちゃん!」

 

「ちょっと樹突然何~。お姉ちゃん嬉しくて張り切っちゃうぞ☆」

 

 こうして犬吠埼家の夜は、平和に過ぎていったのだった。




 お久しぶりです。最近本格的に不定期更新になってきていますが、エタる気は微塵も無いのでご安心下さい。プロット自体はもう完成しているので後は突っ走るだけです。

 そして前回は二つに分けるつもりと言いましたが、予想外に伸びました。後一話続きます。

 第六巻が届いたので早速特典ゲームをプレイしてみました。第一巻の特典ゲームは持っていないのでよくわからないのですが、神樹様の恵みが……神樹様なに考えてるんですか(歓喜)

 流石にちょっと驚きましたが楽しかったです。プレイしてみた結果早く後日談を書きたいと思ってしまう……。まだ本編半分もいってないのに……。

 ではいつもの。
 気になった点、誤字脱字などがあったら感想欄かメッセージへお願いします。作品に関する感想や批評もお待ちしています。
 最後に、


 未来への憧れ:アルストロメリアの花言葉


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第三十一話 献身

お待たせしました。冒頭では樹の一人称が入ります。
そして今回は場面転換が多いです。ご注意ください。


 

 樹は心地いいまどろみの中で、夢を見ていた。

 

 真生と懐かしい昔話をしたからだろうか、夢の内容すらも小学生の頃のものであった――――。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 小学生の頃、知らない大人たちが家にやってきたことがあった。私はお姉ちゃんの背中に隠れているだけで、後でお姉ちゃんがお父さんとお母さんが死んじゃったって……教えてくれた。

 

 あの日からずっとお姉ちゃんは私のお姉ちゃんで、お母さんでもあって。ずっとお姉ちゃんの背中があんしんできる場所で……。お姉ちゃんがいれば私、なんだって出来るよ。

 ……でも私一人じゃ、お姉ちゃんを支えきる事なんてできなくて。

 

 お姉ちゃんは勇者部のことを、真生さんと一緒にずっと隠し通して、真生さんすら頼らずに一人で抱え込もうとしてた。

 もし、もし私がお姉ちゃんの後ろに隠れてる私じゃなくて、隣を一緒に歩いていける私だったら。真生さんのようにお姉ちゃんを支えられるのかな……。

 

 

 

 

 憧れるだけの私を、変えられるのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「……い……き……」

 

 樹の耳に声が届く。

 

「…………つき……」

 

 半分ほど開いた瞳に映るのは見慣れた自分の部屋の天井。布団の温もりが樹の身体を包んでいた。

 

「樹、起きなさい」

 

「ん……んぅ……」

 

 樹は近づいてくる足音と聞きなれた声に、くぐもった声を返す。足音の主は、樹のクローゼットから制服を取り出し、丁寧に椅子にかけると再び樹に声をかけた。

 

「樹? 着替えて顔洗ってきなさいよ~」

 

 風はそう言うと、樹の部屋を出て自らの取り掛かるべき準備に戻っていった。

 風がいなくなった後、樹はうめき声を漏らして起き上がった。彼女の目は未だうとうとしており、意識は朦朧としているようだ。しかし、布団の魔力に負けじと立ち上がろうとしていることから彼女の意識が目覚める時が近い事が分かる。

 

 

 樹が睡魔と格闘している間に、風は朝御飯の用意をしていた。時折あくびが出ていることから、睡眠が少し浅いことが理解できた。そんな彼女のエプロンを引っ張る精霊の犬神。風はすぐに餌をねだっていることを理解すると、ドッグフードを取り出し犬神専用の皿にドッグフードを適量入れる。ゴリゴリとドッグフードをほおばる犬神を、慈愛に満ちた微笑をもらしながら撫でる風。

 彼女が朝御飯の仕上げを完了したところで、樹の部屋の扉が開いた。

 

「おはよ~お姉ちゃん」

 

「おはよう、もうスープも出来てるから先にトースト食べてて」

 

「……うん」

 

 眠そうに目を擦り、樹は風の言葉に同意を示した。

 席に着くとゆっくりとした動作でトーストにマーガリンを塗り、小さな口でトーストに噛み付いた。風はスープを机の上に置き、自分も朝御飯を食べようとした瞬間に気がついた。

 

「ちょっと動かないで」

 

「……?」

 

 髪を傷めないようにして、樹の髪についた寝癖を整えていく風。寝癖も直ったところで、風は満足そうに手を離した。

 

「よし、今日も可愛いぞ~」

 

 樹は風が自分の寝癖を直したことに気がつき、頬を赤らめてうつむく。風は愛らしい妹をみて嬉しそうに笑った。しかし、樹の顔に少しの不安を感じ取った風は、樹に質問する。

 

「元気ないね、どうした?」

 

「あのね……」

 

 相槌を打つ風に樹は前日も告げた感謝の言葉を言い放った。

 

「あのね、お姉ちゃん。ありがとう……」

 

 二度目になる感謝の言葉は前日ほどの勢いは無く、段々としぼんでいった。風は樹の様子を見て、笑い飛ばすようなことはせずに優しく訊いた。

 

「何、急に?」

 

「……何となく、言いたくなったの。……この家の事とか、勇者部のこととか、お姉ちゃんにばっかり大変なことさせて……。何回お礼言っても、足りないから……」

 

「そんな、アタシなりに理由があるからね」

 

「理由って……?」

 

 風は樹にそれを伝える事を躊躇う。なぜなら、風は両親について割り切っていても、その両親を失った原因については赦していないからだ。犬吠埼家の両親は、自然災害によって死んだことになっている。

 しかし、勇者となった風は知ってしまった。二年前に起こった自然災害が、バーテックスによって引き起こされたものだということを。

 

「まぁ簡単に言えば、世界の平和を守る為……かな。だって勇者だしね」

 

 故に彼女はごまかしてしまった。樹のため、勇者部のため、世界の為という大義名分の裏にバーテックスへの復讐という目的が少なからずあることを。

 樹はその答えに納得がいかず、なおも風に食い下がろうとするも、風自身の発言によってそれは止められた。

 

「でも……」

 

「なんだっていいよ! どんな理由でも、それを頑張れるならさ」

 

 風は言い聞かせるようにしてそういった。その対象は樹か、それとも自分自身か。それは風にしか分からないままだった。

 

 

 

 

 その後風によって強引に打ち切られた会話の内容を、樹は学校に着いてからも思い浮かべていた。

 

(どんな、理由でも……)

 

 樹は考える。ならば自分はどうなのだろうと。

 

(勇者になったのも部に入ったのも、お姉ちゃんの後ろについていっただけ)

 

 授業にも集中できず、樹のノートに丸を付けられていた理由の二文字。

 

(私、理由なんて何も無い)

 

「――今日はここまで」

 

「起立」

 

 樹は授業が終わることに気がつき慌てて席を立った。

 

「礼。神樹様に、拝」

 

 チャイムと共に静かだった教室も騒がしくなる。真面目な性格の樹が自分が授業をきちんと受けられていなかった事に自己嫌悪していると、携帯に反応があることに気がつく。

 風からの連絡だった。猫の里親の件について、当てが見つかったので依頼主の元に行って猫を引き取ってくる事だそうだ。班は二組に分かれる。友奈、美森、夏凜の三人班と、風、樹、真生の三人班だ。

 樹は、重い足取りで部室に向かった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 風たち三人は依頼主の住所へと順調にたどり着いた。風がインターフォンを鳴らす。

 

「すいませーん。讃州中勇者部でーす。仔猫を引き取りに来ました」

 

 そういって家の中に入ろうとすると、子供の泣き声が聞こえた。

 

「やだ、ぜったいやだ! この子をあげるなんて、わたしが飼うからぁ!!」

 

「……でもね、家では飼えないのよ」

 

 子供が親に仔猫について訴えているのがわかる。三人はそれを聞いてすぐに理解した。子供が仔猫を連れて行かれることを嫌がっていることに。

 

「どうしよう。この家の子、泣いてるみたい……」

 

「それを何とかするのが俺たちの仕事だよ。風先輩も行くんでしょう?」

 

「……! もちろん、お姉ちゃんたちが何とかするわ」

 

 真生と風は、挨拶と同時に家へと上がりこんでいく。樹はその後姿(うしろすがた)を見つめることしか出来なかった。

 

 

 

 

 陽も落ちかけている頃、三人は一緒になって部室へと戻っていた。 

 依頼主である親子は和解し、親の方も考え直す事を決めてくれた。それを自分の事のように喜ぶ樹。樹はこの事を風と真生のお陰だという事を確信していた。そこに自分が入っていないことも含めて、彼女は納得していたのだ。しかし、続く風の言葉によって樹は考え直させられることになる。

 

「ごめんね……。ごめん、樹」

 

「……何で、謝るの?」

 

「……樹を、勇者なんて大変な事に巻き込んじゃったから」

 

 樹は風の言葉に驚愕を示す。風はその様子にも構わず、自分の心の内を吐露した。

 

「さっきの家の子。お母さんに泣いて反対してたでしょ? それで思ったんだ。樹を勇者部に入れろって大赦に命令された時、アタシ……やめてっていえばよかった。さっきの子みたいに、泣いてでも」

 

 真生は風の独白を聞き、目を背けるほか無かった。現状、勇者部の五人程勇者適正の高い少女はあまりいない。樹一人に抜けられただけでも、残りの四人の負担が跳ね上がるのだ。たとえ泣いて(すが)ったところで、それを大赦が受け入れた可能性は、無いに等しい。

 

「そしたら……もしかしたら、樹は勇者にだってならずに普通に……」

 

 風だってそのことを理解している。しかし、自分のやらなかった事がある時点で彼女は後悔をせずにはいられないのだ。

 そんな風の言葉を樹は簡単にはねのけた。

 

「何言ってるのお姉ちゃん! ……お姉ちゃんは、間違ってないよ」

 

 風と向き合い、晴れやかな顔で樹は言った。

 その言葉が樹の口から発せられる間に一体幾度の葛藤があったのだろう。尚も後悔の言葉を重ねようとする姉に樹はこう言った。

 

「それに私、嬉しいんだ。守られるだけじゃなくて、お姉ちゃんとみんなと一緒に戦えることが」

 

 風は、見誤っていたのだ。樹の心の強さを。

 守られるだけだった樹は、風の力になれるような強さを望んでいた。そして、その力を手に入れた彼女は、風と、勇者部全員と肩を並べることができる。

 樹は既に持っていたのだ。力はなくとも、彼女たちと肩を並べられるだけの想いを。

 

「……ありがと」

 

「どういたしまして!」

 

 風は成長した樹をまぶしそうに見つめる。樹はとても元気よく風に言葉を返した。

 どうしようもないほどであった後悔は、その源であった樹によって否定された。どこか吹っ切れた様子の樹に風と真生は微笑みかけた。

 

「良い雰囲気のところ悪いが、樹は部室に戻ったら歌の練習だからな?」

 

「うっ。が、頑張ります!」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 そして時は経ち、歌のテストの当日となった。

 

「~♪」

 

 樹の前の番の子が歌い終わり、とうとう樹の番が来る。

 

「次は犬吠埼さん」

 

「は、はいっ」

 

 教科書を丸めたまま前に出た樹は、下を向いていた目線を上げて教室を見渡してしまった。

 そして否応にも理解してしまう視線、視線、視線。周りが良く見える位置だからこそ明確に感じる興味に、樹は気圧された。

 

(やっぱり……)

 

 無理だ――、そう思った瞬間に教科書から一つの紙が落ちた。

 

「す、すいませ……!」

 

 紙を覗いた樹は、目を見開いた。そこに書いてあったのは勇者部全員からの応援の言葉。それぞれの文字で、それぞれの形で書かれたその言葉は、樹の心に勇気を再び芽生えさせた。

 

 ――テストが終わったら打ち上げでケーキ食べに行こう、周りの人はみんなカボチャ、気合よ、周りの目なんて気にしない! お姉ちゃんは樹の歌が上手だって知ってるから、悔いは残さないように、樹ちゃんならできるよ!

 

 友奈から、美森から、夏凜から、風から、そして真生と明から。心の中でメッセージを復唱し、もう一度前を向く。

 そこに広がっていたのは、多くの興味の視線。しかし、樹はうろたえる事無く教科書を前に掲げた。その際に明と目が合う。

 楽しそうに目を吊り上げて、樹に微笑む明。樹はそれに微笑を返して、流れてくるメロディーに耳を澄ませた

 

(興味の視線? そんなものを怖がってちゃ駄目だ。私はみんなと一緒に居るんだから。勇者としてだって、この歌だって! 見せ付けるんだ、こんなにも成長したんだって!)

 

 思いを込めて歌い始めた樹に、教室は小さくどよめいた。 

 前回とは比べ物にならないほどに上手くなっていたということもあるだろう。だがそれだけでなく樹の美しい歌声に魅了されていたのだ。

樹の歌声は教室全体に響き渡る。

 

 緊張に囚われず歌う彼女は、飛ぶことを思い出した鳥のように強く、大きく羽ばたいていたのだった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 勇者部の部室では、樹以外の全員が揃って樹が来るのを待っていた。真生と風以外は落ち着きがない様子を先程から見せ付けている。

 

「……そんなにそわそわするなよ、こっちまで不安になるだろ」

 

「だって~」

 

 真生が指摘すると、友奈たちも反論は出来ず眉を下げて静かに待とうとする姿勢を見せる。しかし友奈はそれでも待ちきれないのか、再びそわそわとし始めてしまう。

 不意に真生は読んでいた本を閉じて顔を上げると、扉のほうを見た。

 ――扉が開く。その音と同時に他の全員も扉の方へと視線を向け、入ってきた樹はすっきりした顔で部室のみんなのほうを見た。

 

「あ、樹ちゃん!」

 

「歌のテストは?」

 

 美森が代表して訊くと、樹はピースサインと共に報告をした。

 

「バッチリでした!」

 

「「「「おおぉぉ~~!!」」」」

 

 友奈たちは歓声を上げて樹のほうへと近づいていく。友奈、夏凜、美森の三人に感謝の言葉とハイタッチを終えると、期待するように風と真生の方に視線を向ける。風も真生もなんともいじらしい樹に微笑み、樹と風は揃って喜んだ。

 

「「やった――!!」」

 

 全員で喜びを分かちあいながら、その日の部活はお祝いムードのまま幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

 樹と風は二人きりで帰り、友奈は美森と、そして真生は夏凜と共に帰路についていた。

 

「樹、合格できてよかったわね」

 

「ああ、まぁ樹ならそれぐらいはできると信じてたさ」

 

 自慢げに言う真生に夏凜は口角を上げる。

 

「まるで自分の事みたいに喜んじゃって。真生も意外と子供っぽいのね」

 

「それを言うなら君もだろ? 人のこといえない癖して何をいってるんだか」

 

「何よ、ちょっとからかった位ですぐにムキになるんじゃないわよ」

 

「ブーメラン」

 

「何がよっ!」

 

 真生と夏凜はひとしきり談笑を楽しみながら歩いていた。そこで真生は珍しく自転車を引いて徒歩で帰っている夏凜に些かの興味を抱き、質問をした。

 

「夏凜、今日のトレーニングはいいのか?」

 

「いいのよ。今日の分は明日倍以上やるつもりだし、あんたに訊きたいこともあったからね」

 

「訊きたい事?」

 

「そ、アンタなら知ってるでしょ? 和魂システムのこと、アレについて訊いておきたいのよ」

 

 和魂システム、夏凜が一度使った精霊を利用した強力な追加プログラムだ。真生は今更それについて何か質問があるのかと疑問に思う。

 夏凜は真生に自らの感じた疑問を告げた。

 

「和魂システムは精霊の武器化の際にどうしても防御機能が手薄になるでしょ? 何でそんな分かりやすい欠陥残したのか気になったのよ。いくら精霊を武器にするっていっても、その分のエネルギーを神樹様から提供してもらえば良い話じゃないの?」

 

「……そんな簡単な話じゃないんだよ。いくら神様だといっても限界はある。勇者に送ることの出来るエネルギーだって無限なわけじゃないんだ。それに明確な欠点が分かっていればその弱点となる部分にもすばやく対処できるだろ?」

 

「……それもそうだけど、ちょっと納得いかないわね。兄貴がそんな手抜き作業するかしら……。まぁいいわ。じゃあ次ね。大赦から何か連絡は入っていない? 私と風のほうは最悪の事態に備えろとしか言われていないけど」

 

「こっちも同じだよ。大赦としても現状は言えることは無いに等しいんだ。バーテックスの出現周期の変化や、UNKNOWNの存在。考える事は山ほどあるが、早急には対抗策が見つからない案件ばかり。これじゃどうしようもないだろう」

 

 夏凜は真生の言葉に違和感を覚えた。普段の真生ならば、こんなにも簡単に諦めたような言葉を吐くだろうか。

 大事なことには真生はいつでも真剣に取り組む。今回の件で言えば、普段の彼ならばもう春信のところにでも行って対抗策などについて話していてもいいはずだ。

 一度芽生えた疑惑の芽は、そう簡単に散るものではない。だが、夏凜はそれを無理矢理に押し留めた。

 何もなければいいと願いながら、心の片隅に不安を押し込んでしまった。

 ――その日から、夏凜は真生の笑みを嘘で塗りかためられたものに思えてしょうがなくなった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「……ゴメンね樹ちゃん。無理言っちゃって」

 

「ううん、大丈夫。お姉ちゃんにちょっと心配されたけど、私もちょっとやりたいことがあったから。それを手伝ってもらうんだから、問題ないよ! ……ちょっと恥ずかしいけど」

 

 樹と明はカラオケに二人で来ていた。樹はパソコンまで持ちこんでいる。今日、彼女は明確な目的をもってカラオケに来ていた。

 明は樹の準備を手伝いながら、話し始めた。

 

「あのね、最近先輩の様子がおかしいと思うんだ」

 

「……真生さんが?」

 

 樹は作業の手を止めて明のほうを見る。明は静かに頷いた。

 

「うん。初めは勘違いだと思ったんだけど、やっぱりおかしいの。なんか昔みたいに余裕のある態度じゃなくて、切羽詰ってるっていうか……何か別の方向を見ている、気がする」

 

「どういうこと?」

 

「今の先輩がね、何故か昔のお父さんと重なるんだ。まるで樹ちゃんたちを通して、何かを感じてるみたいな……」

 

 明は父のありし姿を思い出す。彼は、明を通して母を感じていた。明はそれに似た何かを真生に感じているのだ。

 そして、父と真生を重ねるというのならその結末も……。

 

「……突然居なくなる。普通はあり得ないだろうけど、そんな気が起きて仕方ないの。樹ちゃんに頼むのも変かもしれないけど、真生さんの事をもっと気にかけて欲しいんだ」

 

 明の懇願に等しい頼み事を聞いた樹は、真生に危険が迫るということを初めて真剣にとらえた。今までは無意識に逃げていたのかもしれない。

 樹はそれを自覚すると共に、絶対に守りたい。そう思った。

 当然恐怖も芽生えた。しかし、彼女にとって家族に等しい真生を失うことはそれ以上に恐ろしい。

 だから彼女は、固い意思をもって明に約束をした。

 

「……うん、わかった。約束するよ、真生さんのことは任せて!」

 

 樹は真生の弱った姿や、明の言ったような感じを覚えてはいなかった。当然だ、真生が意図的に樹には隠し切っているのだから。

 しかし、樹は躊躇なく約束をする。親友である明が、真生に関しての嘘をつくはずがないと分かっているから。

 

 樹は気を取り直して、歌を録り始める。祈りの歌、そう名づけられた歌は多くの感謝を込められた歌だ。それを歌いきると、樹は息をついてパソコンを操作する。

 

(まだこれは夢なんていえない。やってみたいことが出来た、ただそれだけ。けどどんな理由でもいいんだ。頑張る理由があれば、私はお姉ちゃんの後ろじゃなくて、一緒に並んで歩いていける。真生さんだってきっと……)

 

 その時、樹の腕が当たって樹のかばんが落ちてしまった。明が拾い戻すが、一枚だけ意味深に表になっているカードを訝しげに見つめる。それも一瞬の事で、すぐにそのカードもかばんにしまわれた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 風は行きつけのうどん屋がいつもよりも早く終わってしまっていることを知っていた。これも前回の樹海化のときに抑え切れなかった被害の影響だ。風はそれに責任を感じながら、次からの戦いに関して大赦に連絡しようとしていた。自分がバーテックスとの戦いで、戦闘不明になった場合は、夏凜にリーダーを任せる。その旨を大赦、そして夏凜本人にも連絡し終えると彼女は机に突っ伏した。

 後悔するのは、えらそうに樹に告げてしまった、理由の事。

 

(私の理由は、バーテックスのせいで死んだ親の仇)

 

「……凄く個人的なことだしね」

 

 悲しそうにそう呟く風。そんな彼女をあざ笑うように、携帯がけたたましくアラームを鳴らした。

 思わず携帯を置いて、風は外へと出て行く。光の柱が立つと共に、周りの景色がめまぐるしく変わっていく。

 

「始まったの、最悪の事態……!」

 

 犬神の持ってきた携帯を掴み、風は覚悟を決めた。

 

(絶対にみんなを守る。たとえ、この身をかけてでも……!)

 

 

 少女たちはそれぞれの決意を胸に、決戦へと出向く。彼女たちの心は一つ。人類の敵(バーテックス)を打ち砕き、平和をこの世界に訪れさせる事。彼女たちの気持ちはまだ重なっている。

 

 ――――その道の先に待ち受けるものは何なのか。まだ彼女たちは知らない。




 今回で原作第四話の内容は終了しました。次は勇者部の山場であるバーテックスの大侵攻ですね。
 戦闘シーン中心になるうえ用事もあるので少し更新が遅くなるかもしれません。

 次話に関してはここまでにして、活動報告にも衝動的に書いてしまったゆゆゆ続編決定について。

 続くとわかって一安心です。きっとこの作品が終わる方が早いのでオリジナル展開が目立つとは思いますが、頑張りたいと思います。

 ところで、基本ハッピーエンドを目指してはいるのですが……バッドエンドって需要あるんですかね? 友奈たちが死んでしまう訳ではないですが、書くとすれば確実にバッドエンドという名称が正しいと思うので。

 それでは気になった点や誤字脱字がある場合はメッセージか感想欄にてお願いします。拙作を読んだ感想や批評も喜んでお受けするのでお待ちしています。
 では最後に、


 献身:アセビの花言葉



 PS.そろそろ花言葉がピンチ。


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第三十二話 固い絆

大変お待たせいたしました!
今回の話は過去最長の一万字に達したのでゆっくり読んでいただければと思います。


 

 色鮮やかに変化した世界で、敵はゆっくりと迫ってくる。自分たちが戦う存在が近づいてくるのを肌で感じ、少女たちは身体をこわばらせていた。

 迫ってくるバーテックスは七体。つまり、勇者部が遭遇した事のあるバーテックスを除いた全てのバーテックスが集結していた。

 バーテックスたちは壁を前に動きを止めている。嵐の前の静けさとはこのようなことを言うのだろう。

 

「……総攻撃。最悪の襲撃パターンね。……樹もサプリキメとく?」

 

「その表現の仕方はちょっと……」

 

 少し引いた様子で夏凜からの誘いを断る樹。まだ無駄話をしている余裕はある。

 ――いや、むしろそうでもしないと耐えられないのかもしれない。彼女たちは覚えている。今まで戦ったバーテックスたちの恐ろしさを。今回も例に違わずUNKNOWNがバーテックスたちの進化を施してくるだろう。 

 友奈たち勇者部は前回の戦いで、相当な失態を犯した。今までの強化と変わらないものだと思い込み、いざというときは“満開”を使えばいいと慢心をして、敵の樹海への大ダメージを許してしまったのだ。

 最早あんなミスは許されない。それに、強化されたのは何もバーテックスだけではない。友奈たち勇者も、大赦によって大幅なシステムのアップグレードを施されている。細かい変化は幾らでもあるが、最も大きな変化は和魂システムだ。アレを使いこなすことが出来れば相当な破壊力を期待できる。

 

「あれ、何ですぐ攻めてこないんだろう」

 

「さぁ、どのみち神樹様の加護が届かない壁の外に出てはいけないって教えがある以上、私たちからは攻め込めないけどね」

 

 夏凜が友奈の疑問に答えた直後、風が勇者に変身した姿で四人の元にやって来た。

 

「敵さん壁ギリギリの位置から攻め込んでくるみたい。決戦ね、みんなもそろそろ準備を」

 

 風が真剣な顔でそう告げ、樹がこわばった表情を浮かべた。覚悟は出来ているとはいえ、散々痛い目に合わされてきたバーテックスが今までに無い数で襲い掛かってくるのだ。少なからず緊張で身体が力みすぎてしまっても仕方のないことだろう。

 だが、それに気がついた気遣いの鬼がそれを放っておくわけがなかった。

 樹は身体にむず痒いものを感じ笑い始める。その原因に気がついた樹は原因に問いかけた。

 

「――何ですか、友奈さん!?」

 

 友奈が樹にくすぐりを仕掛け、思い切り笑わせたのだ。友奈は樹を安心させるような笑みを浮かべて、問いかけに答えた。

 

「緊張しなくても大丈夫! みんないるんだから」

 

「っ! はい!」

 

 樹の緊張が程よく解かれたことにほっとしたような表情を浮かべる風。そして彼女は、決戦に備え仲間たちに指示を出した。

 

「よし、勇者部一同変身!」

 

 その言葉と共に、全員が端末を操作して勇者の服装へと変わる。

 変身した勇者たちはとうとう壁を越えて迫ってくるバーテックスを見据える。

 

「敵ながら圧巻ですね……」

 

「逆にいうとさ、こいつら殲滅すればもう戦いは終わったようなもんでしょ?」

 

 夏凜の言葉を聞いた勇者部の面々はそれぞれ気合を引き締めなおした。すると、風がある提案をしてくる。

 

「みんなここはあれいっときましょ?」

 

「あれ? ……どれ?」

 

 一人戸惑う夏凜を尻目に、夏凜を除いた全員が輪になった。そして彼女たちは円陣を組む。しっかりと夏凜の入る隙間も用意されていた。

 

「円陣!? それ必要?」

 

「決戦には気合が必要なんでしょ?」

 

「はぁ?」

 

「夏凜ちゃん!」

 

「……ったく、しょうがないわね」

 

 友奈に名前を呼ばれると、夏凜は笑みを浮かべて仕方なさそうな素振りを見せながら近づいてきた。そして全員で円陣を組み終えると、風が代表して声を出す。

 

「あんたたち、勝ったら好きなもの奢ってあげるから絶対死ぬんじゃないわよ」

 

「よ~し、おいしいものいっぱい食べよっと。肉ぶっ掛けうどんとか!」

 

「言われなくても殲滅してやるわ!」

 

「私も……叶えたい夢があるから!」

 

「頑張ってみんなを、国を、護りましょう!」

 

 精一杯の気合とともに威勢よく啖呵を切る友奈たちに、風は後輩たちの成長を感じ、喜びを得る。そして風自身も強い笑みを浮かべて、大きく声を上げた。

 

「よーし! 勇者部ファイト――!」

 

「「「「おぉ――――!!」」」」

 

 義輝が笛を鳴らし、夏凜が我先にと飛び出した。

 

「よし、殲滅っ!」

 

「私たちも!」

 

 美森を除いた全員が飛び出し、美森も狙撃を行うために地に伏せる。そしてバーテックスたちの現在位置を確認する。そこには七体のバーテックスと共にUNKNOWNも表示されていた。

 自らの目でバーテックスを見つめなおす。彼女は七体全てのバーテックスの姿を見つけ、その中の一体の異様さに気がつく。

 

「あの巨大な奴……。別格の威圧感ね……」

 

 美森は自らの直感に従い、巨大なバーテックスへの警戒を強める。彼女は地に伏せたままもう一度端末を覗く。そこで彼女はバーテックスたちの特異な行動に気がつき、眉をひそめた。

 

「……何故、動かないの?」

 

 バーテックスたちは壁を越えても尚、ほぼ侵攻を進めていなかった。石のように一箇所に固まったまま動く様子がない。

 訝しむ美森に端末は何の反応も見せずに、ただ動かないバーテックスの情報のみを送り続けてくる。ふと端末から目を逸らして、バーテックスの方向に目を向けなおす美森。

 しかし、目をそちらに向けた途端に彼女の元に熱風が吹き荒れる。

 

 

 

 

 ――――その時端末に、一瞬のノイズが走った。

 

 

 

 

「何なの……アレは……」

 

 バーテックスに近づいていた風は思わずそう呟いた。彼女だけでなく、勇者全員がその異形を見て自らの目を疑っていた。

 遠目から見ても感じる、圧倒的な威圧感。頬を撫でる風は熱く、彼女たちの皮膚をジリジリと焦がす。

 

 

 

 

 

 彼女たちの瞳に映る、――――その異形は今までにないほどに全身に炎を滾らせていた。まるで太陽のように――。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 “共感覚(シナスタジア)”というものをご存知だろうか。共感覚とは、ある刺激に対して通常の感覚だけでなく、一般とは異なる種類の感覚を生じさせる一部の人に見られる特殊な知覚現象のことである。

 この共感覚の中に、ミラータッチ共感覚と呼ばれるものがある。このミラータッチ共感覚は、第三者が対象者に触れているのを見て自分が対象者に触れているのと同じ触覚が生じたり、第三者が対象者に触れられているのを見て自分が対象者に触れられているのと同じ触覚が生じたりする共感覚のことだ。

 

 もしも、バーテックス全てがこのミラータッチ共感覚のように触覚を共有していたなら。触覚だけでなく、意識までも共有することが可能であったならどうなるだろうか。

 バーテックスは全て知能を持っている。それは今に始まったことでなく、彼らが生まれた頃から持っているものだ。

 それが何を示すか。人類の敵であるバーテックスは幾度も人を滅ぼす為に攻撃を仕掛け、その度に撃退をされている。幾多の経験と記憶を受け継ぐ彼らは当然、今代の勇者たちとの戦いも経験している。

 それは倒された乙女座、射手座、蠍座、蟹座、山羊座の全てを含む。

 

 勇者たちはバーテックスを死力を尽くして(ほうむ)ってきた。それは満開であり、精霊であり、新たな力である和魂システムすら含む。これらの情報を得たバーテックスは彼女たちを滅ぼす為、何を行うべきか考える。

 勇者たちの手によって一度崩壊を迎えた五体のバーテックスはまだ完全に復元を出来ていない。残る七体のバーテックスはそれぞれ獅子座、牡牛座、魚座、双子座、水瓶座、牡羊座、天秤座である。

 

 バーテックスたちはそれぞれ一つの特殊な能力を持っている。乙女座なら主に爆撃、射手座なら遠距離射撃、蟹座なら反射を行うことの出来る板状の物質。その他のバーテックスも個体ごとに固有の能力を持っている。

 

 

 ここで話を戻そう。バーテックスたちは人を滅ぼすために考える知能がある。それを生かすために感覚すらも共有し、情報を取得し戦術を練る。

 満開という強大な力を認識しているバーテックスは、それを出す暇もなく葬り去ることを考えた。人を滅ぼすのなら神樹を殺すのが一番楽だ。邪魔をしてくる勇者諸共それを狙うのは当然の帰結だろう。

 勇者を守る存在である精霊が守れる範囲は顕現させている勇者のみということは既に獅子座は看破している。ならば精霊を気にする必要はなく神樹さえ破壊できればいいわけだ。そこで必要となるのは勇者でも止められない一撃を放つこと。個々の一撃の場合どれだけ渾身の力を振り絞ったところで満開によって止められてしまうだろう。しかし、個々で無かったとしたら?

 

 勇者部一の慧眼の持ち主である東郷美森にすら、別格と称されたバーテックス。その名は獅子座を冠するレオ・バーテックスだ。

 獅子座は別格とまで言われながらも、最も勇者を仕留めやすい時期である初陣に参加しなかった。

 ――その理由は不足している情報を得るためであり、獅子座のもつバーテックスの能力にあった。もともと獅子座はバーテックス最強の座を不動のものとしていたが、他の一部のバーテックスの持つような奇抜な能力を有してはいなかった。獅子座は大小様々な大きさの火球を操る能力を有している。それ単体でも他のバーテックスを軽く凌ぐ破壊力を持っている。

 しかし過去の戦いからそれだけでは足りない事を理解していた獅子座は、他のバーテックスから送られてくる情報を元に膨大な時間を消費して新たな能力を手にした。それこそが――

 

 

 

 

「バーテックスが合体した……!!」

 

 

 

 

 ――バーテックス同士の合体である。これによる利点は数の利を捨てて尚余りある。一つは全てのバーテックスの持つ能力の統合。もう一つはUNKNOWNの能力による恩恵の増加。そして最後にもう一つ。

 

「あんなの撃たれたら……樹海が……!!」

 

 暴力的なまでの攻撃の威力の強化。

 最早彼らは一個体である星座ではない。獅子座のレオ・バーテックスを中心とした星座の集団。星団と呼ばれるこの存在はレオ・スタークラスターというバーテックスの集合体へと進化したのだ。

 星団は自らの身体の中心から巨大な火の玉を生み出していた。友奈たちは息を呑む。その巨大な火の玉は今まで見た何よりも強いものだと確信したからだ。そしてそれは放たれたが最後、樹海そのものを飲み込みながら神樹を焼き尽くすことすら幻視した。だが、

 

 ――――勝手な真似をするな。

 

 突如星団は動きを止めて火の玉の規模を圧縮したことによって、全てを呑み込むかと思われたその火の玉が実際に放たれることは無くなった。それは樹海にギリギリ被害の届かない範囲に絞られており、友奈たちはそれを見た瞬間我に返り、その一撃を阻止する為に動き始める。

 放たれた火の玉は規模こそ縮小したもののバーテックスの放ってきた怪光線とは比べ物にならない程の破壊力を秘めている事は一目見て分かった。それを理解した勇者たちは、迷う事無く美しく大きな儚い花を咲かせた。

 

「「「「「――満開!!」」」」」

 

 友奈たちは満開したことによって増大した力を頼りに火の玉へと突進する。友奈が二つの豪腕を持っているように、美森は戦艦のごとき威圧感を放つ幾つもの砲台を携え、夏凜は友奈の携える豪腕より幾らかは華奢な四本の腕に刀を持っていた

 風と樹は一見衣装こそ他の勇者と同じ風貌になっているが、大きな違いは存在していなかった。しかし内包する力は凄まじく、全くもって他の勇者と遜色ないものだった。

 彼女たちが突撃したことによって火の玉の勢いは多少衰える。しかし、この火の玉は勇者たちの抵抗も考慮した上でのまさしくバーテックスの最強の一撃。それを止めきるにはまだ一手足りなかった。

 

「ぐっ……! 止まらない……!!」

 

「諦めんじゃないわよ! まだまだやりたい事があるんなら!!」

 

「でも、このままじゃ……」

 

 美森の発言に風が喝を入れる。しかし、その後の夏凜の言葉通りこのままでは自分たちもろとも神樹へぶつかってしまう。

 そんな事になってしまっては自分たちの全滅は必至。それどころか神樹が生きていられるかも分からない。

 友奈たちは自分たちに残された短い猶予を利用して必死に考える。どうすればこの火球を消すことが出来るのか。神樹を守る為には何をすればいいのか。

 そんな時、友奈はふと思いついたことを試そうと風に声をかけた。

 

「あっ、風先輩! やりたい事があるんですがいいですか!!」

 

「何!? この状況を何とか出来るなら何でもいいわ! やっちゃいなさい友奈!!」

 

 風の返答を聞き、友奈は傍らに白娘子を顕現させて二つの豪腕を振りかぶる。すると豪腕の甲と手首に何かの噴射口が現れた。そしてそのままの勢いで友奈は新たな技の名前を叫ぶ。

 

 

「超!! 勇者パアァァ――ンチ!!!!」

 

 

 その言葉と共に噴射口から桜色の輝きが勢いよく噴き出し始める。豪腕が強く唸りをあげると同時に友奈は渾身の力でそれを火球へと叩きつけた。

 二つの豪腕が叩きつけられても尚止まらぬ火球。

 

「押し、込めええぇぇェェェェェ!!!!」

 

 諦めず身体全体を前のめりにしながら友奈は叫ぶ。しかし気合とは裏腹に拳は徐々に押し返されていく。

 動かない状態から攻撃を仕掛けることのできる美森も砲撃をぶつけてはいるが大きな効果を見せることは出来ないでいた。

 それでも勇者たちは諦めない。夏凜は使命のために、樹は夢のために、風は復讐のために、美森は護るために。そして友奈は救うために。

 純粋な少女たちの思いは、人類への混じりけの無い殺意の塊であるバーテックスには届くのだろうか。

 彼女たちに言わせれば、その答えは決まっているだろう。届くかではない、届かせるのだと――――!

 

「ハアアァア!!」

 

 叫びと共に友奈の携える豪腕が火球を押し返し、打ち砕いた。火球は行き場を無くしその場で爆発し周囲に煙が舞う。押し返されかけていた友奈の豪腕が火球を打ち砕いたのは奇跡ではなく、(しっか)りとした理由があった。

 

 白娘子は現存する精霊の中でかなりの力を誇る精霊だ。幸福を授ける他に、友奈の放った超勇者パンチのように本来持つ力以上の力を引き出す能力を持っている。しかしそれすら白娘子の持つ能力の一端に過ぎない。白娘子の持つ能力は周囲からその分の力を取りだしそれを付与することだ。神樹への幸福の付与は樹海化する前から少しずつ貯めていた幸福を解放したものであり、なにもない場所から突然幸福を授けたわけではない。超勇者パンチは友奈の持つスタミナを削ぎとり、それを利用して火事場の馬鹿力と類似するものを引き出しているに過ぎない。

 しかしそれだけでは火球を打ち破るには足りなかった。では、打ち破るに至って必要なエネルギーは何処から引っ張り出してきたのか。答えは単純だ。力の源である神樹から引っ張り出してくればいい。樹海は神樹が自らの力を使って世界を覆ったものだ。樹海は神樹が本来の姿を見せることのできる唯一といっても過言ではない場所だ。ならば力を引き出すのも容易であると言えよう。

 しかし、自分の限界以上の力を出したことによって友奈はスタミナが切れ、満開も解けてしまう。

 

「東郷は友奈を守って! 樹と夏凜は警戒を続けて!」

 

 勇者たちは火球を打ち破っても尚油断しない。そして、周囲を漂う煙が晴れた瞬間に星団は攻撃を仕掛けてきた。同じ手を利用しても変わらぬと思ったのか新たな火球を召喚するのではなく、水瓶座の能力である水球を飛ばしてきた。しかし水球は美森の連続砲撃によって蒸発した。蒸発したことによって生じた気体を風が大剣によって吹き飛ばすも既に星団は姿を消していた。

 

「いったい何処に……?」

 

「……!! 下です!」

 

 端末を確認した樹によってすぐに星団の居場所は発覚した。それとほぼ同時に魚座の能力によって地面に潜伏していた星団が勇者たちの間近に現れる。燃え盛る星団が突如近くに出現したことによって勇者たちは一瞬怯んでしまう。その隙を逃さず星団は牡牛座の能力である音波攻撃を発生させた。響き渡る音波攻撃に勇者たちは思わず耳を塞いでしまう。そのまま追撃を開始しようとする星団だったが、それを阻止するための突破口を開いたのは樹だった。

 

「音は、皆を幸せにするもの……! こんな音は、こんな音はぁぁあ!!」

 

 音を侮辱(ぶじょく)するような星団の攻撃に激昂した樹によって星団の持つ牡牛座の鐘が破壊される。樹のワイヤーでは灼熱を纏う星団を破壊することは無理だったはずだ。しかし、彼女の持つワイヤーは神樹のエネルギーによって作られたため物質ではない。その性質を利用して星団と同じようにワイヤーを束ね、エネルギーの密度を増加させて灼熱に耐えられるようにしたのだ。

 樹が鐘を破壊したことによって解放された美森は、星団が追撃のために発動させた多数の小さな火球を次々と破壊していく。

 

「すぐに封印の儀をするわよ! 相手に猶予を与えないように!」

 

 風がそう命令すると全員が同時に散開し、星団を取り囲む。星団は再生させた鐘を使い勇者たちの動きを止めようとするも、それすらさせぬまま勇者たちは封印を成功させた。

 

「よし、せい……こ……う?」

 

「え、えええぇぇ――――!?」

 

 封印に成功した彼女たちが見たものは肉眼では見通せないほどの御霊。それは比べるまでもないほどに今までで最大の大きさであった。その大きさは果てしなく宇宙にまで到達している。

 

「こんなのどうすれば……」

 

 自分の常識を疑う光景を見せられ狼狽える夏凜。風と樹すらそれぞれ動揺するかのような反応を見せている。しかし友奈と美森だけが目の前の御霊を破壊するために思考を重ねていた。

 

「……東郷さん、どう?」

 

「大丈夫よ友奈ちゃん。今の私なら彼処(あそこ)まで飛んでいける。でも大丈夫? 連続での満開は体力の消耗が激しいって真生くんも……」

 

「大丈夫! こんなときのための和魂システムだよ。確か浮くための機能が備わってるって話だし、なせば大抵なんとかなるだよ!」

 

 不安そうに見つめる美森を安心させるように明るく振る舞う友奈。美森は友奈がよく無茶をすることを知っているし、いつだってそれを支えてきたのは自分であり、真生であると自負している。しかしここに真生はいない。ならばここで彼女を支えるのは自らしかいないのだ。

 

(――友奈ちゃんなら、大丈夫)

 

 根拠はない。しかし友奈はいつだって帰ってきた。ならば今回も信頼して無傷で送り出す、それが自分の役目だと美森は決断する。

 それに影響されたのか、風たちもまた不安や焦燥の表情を消し自分達にできることをやることを決意する。

 

「封印はアタシたちに任せて、二人は御霊を!」

 

「早く殲滅してきなさいよ」

 

「分かりました! 東郷さん、お願い!」

 

「えぇ、では行ってきます」

 

「はい、お願いします!」

 

 それぞれの激励を胸に、友奈たちは宇宙(そら)へ飛び立つ 。残った勇者たちも全身全霊を込めて封印に集中する。しかし、満開している三人の拘束力ですら、無情にも九十秒という短い時間しか星団を拘束出来なかった。

 

「侵食が早い……!!」

 

「拘束力が……」

 

「……無くなる前に頼むわよ、二人とも!」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 暗い宇宙の中でも、神樹の加護の為か呼吸はできる。そして周囲が真っ暗であっても分かるほどの巨大な御霊へと二人は近付く。御霊は炎の一つも纏わずに荘厳に其処(そこ)に存在している。

 御霊は近付いてくる二人へ迎撃を始める。無数の隕石を放ってくる御霊に対し、美森は身を乗り出そうとする友奈を制止する。

 

「迎撃するわ。友奈ちゃんは見てて」

 

 ――一つたりとも下に落とさせない……!

 

 御霊の破壊に友奈が全力を出せるように、この場に最も適している美森が迎撃に移る。隕石が落ちた場合樹海が受ける被害は想定できる範囲だけでも甚大であり、それによって起きる負荷はほぼ全てを下で封印をしている勇者たちが引き受けることになる。

 かなり分が悪いが、不可能ではない。自らの持つ直感と()()によって御霊に猛スピードで接近しながらも全ての隕石を撃ち砕いていく。

 

 そして遂に御霊の懐にまで接近したところで、友奈は美森に微笑みかけお礼と共に必ずやり遂げるという決意のもとに口を開いた。

 

「ありがとう東郷さん。……見ててね、やっつけてくる」

 

 美森は友奈と見つめあい、暫しの間の次に言葉と共に友奈を送り出す。

 

「――いつも見てる」

 

 友奈は美森のもとを跳び立ち、和魂システムの正式起動の言葉を紡ぐ。

 

「荒ぶる御身(おんみ)よ、鎮まりたまえ。我は御身を清める者(なり)!」

 

 短い詠唱を終えると友奈の傍らに二体の精霊が顕現する。姿かたちを変えていき、やがて牛鬼は剛腕となり、白娘子は友奈を包む桜色の光となる。

 急接近する友奈を撃ち落とそうと御霊は幾つもの隕石を友奈へと飛ばす。しかしその(ことごと)くを美森によって撃ち砕かれる。

 美森は友奈の障害となる隕石を撃ち砕くと共に御霊へとほぼ全ての力を込めた一撃を放つ。

 その一撃によってできた小さなクレーターに友奈は拳を振りかぶり、思いきりよく打ち付けた。

 

「そこだああぁぁ――――!!」

 

 クレーターの中央、友奈の拳が打ち付けられた場所に大きな亀裂が走る。御霊は亀裂を急速に再生させていくが、それを上回る速度で友奈が幾度も拳を叩きつけていく。

 

「硬い、けど!」

 

 みるみるうちに大きくなっていく亀裂。友奈の連打に耐えきれず、御霊の穴が拡がっていく。止めとばかりに友奈は叫ぶ。自らの部の最高の言葉を。

 

「勇者部五箇条、ひとーつ! なせば大抵、何とかなあぁ――――る!!!!」

 

 その言葉を最後に、御霊の亀裂が全体に拡がっていきその全身が崩壊していく。

 天に還っていくような御霊を見て友奈は安心して緊張の糸が切れたのか、体の力が抜けてゆっくりと落ちていく。

 

「……やった」

 

 美森は最後の力を振り絞り朝顔の花の形をしたバリアを作り上げる。花が開いた状態で友奈を受け止めると、美森は優しく友奈をねぎらった。

 

「友奈ちゃん、お疲れ様」

 

「えへへ、東郷さんもありがとう」

 

 友奈は儚げな笑顔で美森にお礼を言う。美森は友奈の様子に顔を伏せて、申し訳ない気持ちで一杯になりながら現状への謝罪を述べた。

 

「ごめん……最後の力でこれだけ残したけど、持つかどうか分からない……」

 

「……大丈夫、神樹様が守ってくださるよ……」

 

「……そうね」

 

 美森は友奈に微笑み、花を蕾状に変える。そして仲間の待つ場所へ帰るために落ちていく。宇宙に昇るときには感じなかった衝撃がバリアを襲う。

 

(きっと帰れる。友奈ちゃんと一緒にみんなの、真生くんの所に帰るんだから……!)

 

(神樹様、二人とも無事に帰らせてください……。お願いします……!)

 

 大気圏を越えて、二人を守るバリアは脅威の無くなった樹海へと落ちていく。二人の反応に気がついていた勇者たちは、二人を救うために行動を開始する。

 唯一樹海に大きな被害を見せる事無く彼女たちを救える可能性のある樹のワイヤーによって減速していく蕾状のバリア。

 

「絶対……助けて見せます!!」

 

 樹の思いに応えたのか、ワイヤーは無事バリアをゆっくりと地面に下ろす。集中力を使い果たしたのか、樹は夏凜の喜びに満ちた言葉にも強い反応を見せることは出来なくなっていた。

 

「行ってあげて、ください……」

 

「あぁ……!」

 

 樹の疲れ果てた様子に夏凜は樹をそっと支えて座らせる。夏凜は一刻も早く二人の無事を確認する為にバリアのあった場所まで走っていく。

 夏凜が走り去った後、樹はかすれた声で呟いた。

 

「サプリ……キメとけば、よかったかな……」

 

 そう呟いて樹はついに満開も解けて倒れてしまった。少し遅れてやってきた風は樹を優しく抱きしめて彼女を褒め称えた。

 

「……よくやったね、樹。よく頑張った」

 

 風の賛辞に樹は薄く微笑んだ。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「友奈、東郷!!」

 

 夏凜が二人の名前を大きな声で呼ぶ。バリアから開放された友奈と美森は、バリアのあった場所で二人揃って倒れていた。夏凜はピクリとも動かない二人の様子を見て、最悪の想像をしてしまう。

 

「友奈、東郷! おい、しっかりしろよぉ!!」

 

 夏凜が近くで大きな声を出しても反応しない二人に、夏凜はついに涙ぐんでしまう。

 

 その時、小さな咳が静かな樹海に響いた。

 

「え、へへ。だい、じょうぶ……」

 

 友奈が目を覚まし、夏凜に応答する。彼女たちの傍らには当然の如く精霊が顕現しており、彼らの助力があっての無傷での帰還ということは見たら分かる。それにすら気付かぬほど、夏凜は焦っていた。

 友奈に引き続き、美森も荒い息遣いをし始める。

 

「よかった、全員無事みたいね……」

 

 比較的怪我の少ない風は樹を横抱きにしながら、三人の下へと現れる。夏凜は風が現れたため涙をすぐに拭い去り、返事が遅かったことに対して文句を告げた。

 

「ま、全く。早く返事しろよ、もう!」

 

 怒りを露にする夏凜。しかしその怒りは張りぼてだということは最早バレバレだった。

 和やかな雰囲気がこのまま訪れる、しかしそんな思いは夏凜の次の一言によって破られた。

 夏凜は鋭い目付きで周りを見渡す。満開すら解かぬまま夏凜は自らのリーダーたる風へと問いかける。

 

「風、私が何言いたいか分かる?」

 

「……うん。まだ終わってない、でしょ?」

 

「正解。樹海化が解ける様子も無いし、いるわよ。アイツ」

 

 満身創痍の三人を守るように風と夏凜は武器を構える。

 

 

 

 

 ――――そして、とうとう魔王が動き出す。




 感想欄で七月の初め辺りには更新できると思いますと言ったのはなんだったのか。またもや遅くなってしまい申し訳ありませんorz

 次回は、次回こそは……!(フラグ)

 それと次で蒼い男の正体が分かるといったのは全バーテックス襲撃の話全て含めての話のつもりでしたので、今回では明らかになりませんでした。それどころか名前しか出ませんでした。期待した方には謝罪を述べさせてもらいます。申し訳ありませんでした!

 東郷さんは原作よりもメンタルのレベルが上がっております。原作なら友奈と一緒なら怖くないというようなどこか怖い台詞を言っている彼女ですが、この作品の彼女は友奈一人に依存してないのでそんな簡単に死のうとは思いません。母(仮)は強しです。

 共感覚についての記述はウィキペディア様を参考にさせていただいてます。ちょっと例にするには分かりづらかったかなと使ってから後悔。バーテックスについては考察サイトなどの情報から自分が納得したものや自分の妄想から設定を作っています。

 主人公の真生が空気? もういつもの事です。三章では出番がたくさんあるはずなので大丈夫でしょう(楽観)

 前回のあとがきの最後に書いたように花言葉がなかなか決まらない事が多くなってきたので、三章からは自分が大切に思った回やこれは絶対これだなみたいにすぐに決まったものだけ花言葉をつけることにしようと思います。

 本編同様にあとがきも長くなりましたが、こんなところでしょうか。ブックマークしてくださった方はありがとうございます。333というぞろ目を越えられたのは嬉しいです。

 それでは気になった点や誤字脱字、もしくは明らかな矛盾点がある場合は感想欄かメッセージにてお願いします。もちろん拙作を読んだ感想や批評もじゃんじゃん送ってきてください。作者は感想一つでとても喜びます。
 では最後に、


 固い絆:ヤツデの花言葉


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第三十三話 私はあなただけを見つめる

閲覧ありがとうございます。


 

「スタークラスターでさえあのザマか。……やはり俺がやるしかない、か……」

 

 星団が勇者たちによって葬られる様を見たUNKNOWNは、自らの手を使うことを躊躇(ためら)うような仕草を見せていた。

 しかし星団を倒したことに喜ぶ勇者たちの様子を見て、瞳に怒りを灯す。

 

「あれだけやって生きていられるというのも、腹が立つな。……勇者の実力を見ておくのも必要なことだし、少し遊ぼうか」

 

 その視線は友奈と美森の方向へと向いていたが、見ているものは二人ではなかった。傍らに浮く精霊を冷ややかな目で見て、彼は強く足を踏み出す。

 彼が足を踏み出した途端地面が抉り取れ、彼は姿を消した。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「っ! 来るわよ、風!!」

 

 空気が変わったことにいち早く気がついた夏凜が風に注意を促す。しかしその注意はあまりにも遅く、風の目の前に漆黒の剣が迫っていた。

 

「は、っや!? ……アンタが噂のUNKNOWNか。なかなかいかした顔してるじゃない!!」

 

 風も今までの戦いでの経験を活かし、UNKNOWNの攻撃をギリギリでガードする。風は彼を視界に納めながら力を込めて剣ごと弾き飛ばした。

 UNKNOWNは軽々と着地すると、空へと飛び上がる。夏凜もそれを追いかけるように空へと飛び上がり、UNKNOWNと対峙する。

 

「久しぶりね。今度こそ捕まえさせてもらうわよ」

 

「君には無理だ。諦めろ」

 

「そういう訳にもいかないんだよ!!」

 

 夏凜はそう叫ぶとUNKNOWNへと瞬時に迫り、四本の刀を彼に切りつける。彼は刀の軌道を見切りながら、自らの剣で受け流し続ける。

 夏凜が刀を振るう度に強い衝撃波が広がる。しかしそれをものともせずにUNKNOWNは宙を駆け回る。

 

「すばしっこいっ!」

 

「君が遅いだけだ」

 

 夏凜が物を言う度に煽るような言葉を吐いてくるUNKNOWNに夏凜は知り合いを思い出し、苛立ちを募らせる。

 それでも刀を振るう腕に迷いはなく、粗さも目立つほどのものではない。UNKNOWNは真っ直ぐな太刀筋を貫く夏凜を懐かしむような瞳で見つめ、嘲笑(あざわら)うかのように彼女の大切なものを(けな)した。

 

「なんだ、君がこの程度なら君の仲間もたかが知れてるな。こんな実力でよくスタークラスターを(くだ)せたものだ」

 

「っ友奈たちは弱くなんか無い!!」

 

 夏凜に募っていた苛立ちが爆発し、力んだ腕で刀を振るう。UNKNOWNはそれをつまらなそうな顔で見たまま、真正面から四本の刀を受け止めた。

 漆黒の剣は四本の刀を一瞬だけ受け切ったが、次の瞬間にはまるで紙のようにあっさりと斬りおとされた。当然、剣が斬りおとされた代償はUNKNOWN本人へと向かい、彼も四本の刀に剣を持つ腕ごと斬り刻まれた。

 しかしUNKNOWNは切り刻まれて尚余裕を崩すことは無く、 彼特有の再生能力で瞬時に身体を癒着させてそのまま夏凜から一定の距離をとった。

 

(満開といってもこの程度か……。今の俺では難しいが、勝てないわけじゃないな)

 

「……もう十分だ。帰らせてもらう」

 

「なっ、何を勝手な……」

 

 夏凜は前と同じ徹は踏まぬようにとUNKNOWNを追おうとするも、既に彼の姿は遠く離れており満開で強化されている能力でも追いつけぬほどの距離が築かれていた。

 夏凜はUNKNOWNの相変わらずの逃げ足の速さに悔しさがにじみ出る。仕方なく風の元に戻ると、風は夏凜の無事を喜んだ。

 

「ゴメン、風。またあいつ捕まえられなかった……」

 

「仕方ないわ、こっちでも見てたけど凄く速かったし追いつけないのもしょうがない。それよりも全員無事に十二体のバーテックスを倒せた事を喜びましょ? UNKNOWNはまた次に倒せばいいのよ。全員万全の状態でね」

 

 悔しそうにしながらも風の言葉を否定しなかった夏凜は、満開を解くと共に元の世界へと戻ろうとする樹海を眺める。十二体のバーテックスは倒した。残りのバーテックスはUNKNOWNただ一人。

 

(あいつを倒したとき、私はどうするんだろうか)

 

 それはがむしゃらに訓練し、バーテックスと戦う為の力を蓄えているときには浮かばなかった自らへの疑問。存在価値、そんな目にも見えないようなもののために戦うのはもう駄目なんじゃないだろうか。

 勇者部と関わったことによって視野が広がってしまった夏凜は、戦いのみに目を向けていたときでは見つけることすら出来なかった新たな選択を迫られようとしていた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 戻っていく樹海を前に、UNKNOWNは思考を纏めていた。夏凜との戦闘で手に入れた情報を元に、次の戦いを見据えて準備をしているのだ。

 

(満開は思った以上に万能な能力ではなさそうだ。彼女たちが散華で何を失うのかは知らないが、次の戦いの時には多少の戦力ダウンもあるだろう。……初めから俺が出張るのは控えておいた方がいいか? むしろ俺がいないと思わせたほうが楽でいい)

 

 思考を纏めている中で樹海が元の世界へと完全に戻る。その時、UNKNOWNは気がついた。

 

「此処は……瀬戸大橋の……」

 

 UNKNOWNは樹海からの帰還の際に祠の近くに召還されることはない。彼自身のもつ力によってそれを妨害しているからだ。しかし今この瞬間は違った。瀬戸大橋の近くには神樹の祠が存在する。自分が誰かに呼び出されたことを確信したUNKNOWNは歩を進める。彼が奥に進むとそこにはある少女が(たてまつ)られていた。

 

 その少女とは――。

 

 

 

 

 

 

「久しぶり~、マオりん♪」

 

 包帯がいたるところに巻かれている痛々しい姿とは裏腹に、いっそ清々しいほどに元気な声を上げる片目のみを覗かせる少女。

 彼女の名前は乃木園子。友達を守る為に満開を繰り返し、それによる代償で身体の機能の大半を奪われた先代の勇者である。

 そして彼女はUNKNOWNを相手にまるで昔からの知り合いであるかのように声をかけた。それに加えて名前、マオりんというのが愛称というのは聞けばわかる。そしてその愛称の元となった名前も分かり易すぎるほどに明確に含まれていた。

 UNKNOWNは伏せていた瞳を園子に向ける。その瞳に悪意は無く、園子と同じく旧知の友を見るかのような瞳だった。

 

「……俺はオフィウクスだ。もう君の知る真生じゃない」

 

 UNKNOWN――本来の名をオフィウクス・バーテックス。蛇使い座の名を冠するこのバーテックスは、今まで人間社会に紛れ込みながら日々を過ごしていた。

 彼は蒼い瞳を橙色に染め、瞳と同じように鮮やかな蒼の髪を黒く染める。それと同時に大学生ほどだった身体が縮んでいき、中学生ほどの身体に変わる。

 

 彼の人間としての名は、草薙真生。

 

 友奈たちと深い関わりを持つ、人になりすましたバーテックスである。

 

 

 

「私にとってはマオりんは変わらずマオりんだよ~。やっぱりって顔してるし、私が呼んだ事には薄々感づいてたのかな?」

 

「そんな事が出来る人間はそうはいない。消去法で考えればすぐに分かったよ。……それで、何故俺を此処に呼んだ?」

 

 先程までの友好的な態度を消し、無表情のまま園子を見つめる真生。園子はそれにすら一切臆する事無く真生に対して微笑みかけながら語る。

 

「もちろん、マオりんを止める為だよ。私たちは貴方にそんな事をさせるために戦ってたんじゃないんだから」

 

 園子の言葉を受け止めた真生は、表情すら変えなかった。園子は真生を痛ましげに見つめながら、自らの意思をぶつける。

 

「マオりんは贖罪をしたいんだよね。……でもミノさんを死なせたのは貴方のせいじゃないよ。アレは、ミノさん自身が決めたこと。私たちの力不足で、それを選ぶしかなかった……。だから」

 

「……何を見当違いな事を言っているんだ?」

 

「……」

 

 園子の言葉を遮り、真生はまるで他人事のようにつまらなそうに声を発した。

 

「これは俺がやるべき事だ。園子、君だって知っているだろう? 俺たちバーテックスは、人を滅ぼす為に生まれた。同類に出来ないんだったら俺がやるまでだ。そこに銀が介入する余地は無い」

 

「……ねえ、マオりんまた演技してるでしょ? 似合わないからやめたほうがいいよ~」

 

 真生が言い切った直後に、園子が再び真生に話しかけてくる。遠慮の欠片もないその言葉は、真生を反論させるには十分だった。

 

「これは俺の紛れも無い本心だ。君のほうこそそんな身体で何が出来る。君は元々誰かのためという理由で戦っている事は知っている。だがもう君の大切な友達は、須美は君の事なんて欠片も覚えちゃいない。それでも尚、誰のために戦うというんだ」

 

「う~ん、別にわっしーだけが私の戦う理由じゃないからね~。こんな風になったりもしたけど大赦の人には感謝しているつもりだし、両親だって大好きだよ? それを知っていて私の戦う理由を訊くなら、答えは一つだよ。

 

 

 ――私はマオりんのために戦う。今の貴方は自分を偽ってるから。自分の意思で戦っているわけじゃないから。無理を通してでもマオりんにこの世界を壊させはしないよ」

 

 断固とした口調で言い切る園子。強い意志を感じるその言葉は、飾っていないからこそ真生に響いた。だが真生は止まらない。最早そういった言葉だけでは止まれないから。

 自らの罪を自覚しているからこそ、彼が止まる事は無い。

 

「そもそも、マオりんならこんな回りくどい事する必要はないよね~。全てのバーテックスと一緒に此処に攻め込んじゃえばそれで終わってた。もっと早くに終わらせてしまえばこうやって私と会うこともなかったんだから。それに本当なら神樹の力は貴方にとって害悪そのものだよね? それをまだ捨てないで貴方がまだ身体に秘めているからこそ、私は貴方をここに呼び出せた。バーテックスとして弱体化してまでマオりんは守りたいものがあった。違うかな?」

 

「……もう俺に守りたいものなんて無い。終わりを待つだけの世界にそんなものがあってたまるものか。人類なんてものは儚く散るしかできないちっぽけな存在なのだから」

 

 園子は真生の返答に困ったような表情を浮かべる。これではまるで子供だ。園子を気に入らないものと認識しようとしていても尚、律儀に返答している真生の言葉の節々に感じる心は、本人が言うほどに悪に染まりきってはいない。これはむしろ――。

 

(純粋だからこそ……そんな風に言い聞かせているんだね……)

 

「君のことだ、どうせ人払いはもう済ませてあるんだろう」

 

「うん、邪魔されたくなかったからね。信頼できる人に見張りを任せてあるから基本的には誰もここには来れないよ」

 

「よくもまあそんなことができたな。確かに君のいった通り俺は弱体化している。だけど記憶を封印するくらいは容易に出来るんだ」

 

「それは勘弁かな~。昔馴染みだから一度くらい見逃してもらえると嬉しいな」

 

「ほざけ」

 

 真生はそう言うと、園子の横たわっているベッドへと近づく。園子は近づく真生を微笑みながら待つ。今から何をされるのかを分かっているというのに、それでも余裕を崩さない園子が真生は嫌いだ。まるで見透かしているかのように、知った風な口をきかれるのは腹が立つ。

 もう自分は穢れきっているというのに。敵であることには変わらないのに。

 

 

 ――――それでも草薙真生という男を信じきっている園子を、裏切ってしまっている自ら(草薙真生)が大嫌いだ。

 

「大赦に端末も取り上げられて、戦う術のない君には手を出す価値もない。……園子、俺はお前が嫌いだ。もう俺に関わるな。お前の戦いは、二年前にとっくに終わっているんだよ」

 

 最後にそう告げると、真生は背中を向けて去っていく。

 見えなくなるその背中を寂しそうに見届けた園子は、虚空を眺めて呟いた。

 

「やっぱり貴方は優しすぎるよ。確実な手段はあるのに、それが皆が傷つく結果になることがわかっているから、別の手段を模索する。それでも何も見つからなくて、自分と周囲を騙して騙して戦い続ける。こんなの誰も望んでない。私もわっしーもミノさんだって、貴方が傷つくような贖罪を求めたことは一度だって無いのに」

 

 

 ――――それでも貴方は涙を流して傷つき続ける。

 

 

 もう二度と戻れない過去を思い浮かべた園子は、今もなお彼の心に強く刻まれている彼女の存在を羨み、悲しんだ。

 

「……ミノさんはずるいよ。かっこよくて、優しくて、でも可愛いところもあって。マオりんにもあんなに愛されてたのに、一人だけいなくなっちゃった」

 

 たった一人、三体ものバーテックスの前に立ちはだかり、撃退を果たすという壮絶な最期を遂げた先代勇者の一人である三ノ輪銀。

 先代勇者の三人のなかで最も勇者足り得た彼女は、勇者に相応しい勇気と覚悟を持っていたが故に命を落とした。

 実際それ以外に方法はなかった。だからこそ残された二人の勇者、乃木園子と鷲尾須美は彼女の思いを共にして後の戦いを制したのだ。しかしそれによって彼女たちが得られたものは少なかった。

 束の間の平和の間にも、真生は活動していた。ただ、自らの罪の贖罪をしたいがために。

 赦されたいわけではない。自らを赦せなかったからこそ彼は動くのだ。

 

「私たちはずっと繋がってる……そうだよね、ミノさん、わっしー。心配しなくて大丈夫。マオりんは私が、私たちが連れ戻すから」

 

 幾度となく散った花は、再び咲くことを誓う。

 

 

 

 ひたむきに星を見つめた一人の少女が新たに戦いに身を投じる。彼女の戦いは、まだ終わってはいないのだから――――。




 UNKNOWNの正体は皆さんご存じの人型バーテックス、オフィウクスこと草薙真生でした。
 よくよく考えてみたら一話目とあらすじからバーテックスとばれているのにここまでよく引っ張ったなと自分で感じてしまう始末。

 今回の話は少し鷲尾須美は勇者であるを既読済でないと分かりづらかったかもしれません。
 これについてはまた詳しくやる機会がありますのでそれまでお待ちください。

 ゆゆゆの全ての始まりが四日後に迫ってますね。若葉さんの活躍が楽しみです。

 それでは気になった点や誤字脱字、明らかな矛盾点などの不備があったら感想欄かメッセージにてお伝えください。拙作の感想や批評もいつでもウェルカムです。
 では最後に、


 私はあなただけを見つめる:ヒマワリの花言葉


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第三十四話 真実

 

 UNKNOWNを除く全てのバーテックスが倒された翌日、UNKNOWNの正体である真生はたった一人で登校していた。

 傍には友奈も美森も居ない。彼女たちを含めた勇者は、十二体のバーテックスを打ち破った。その戦いによって彼女たちは多くの力を使った。その疲労の回復と検査のために彼女たちは大赦関連の病院へと入院している。

 

 真生は再会を果たした旧友の姿を思い出す。身体中に巻かれた包帯。動かない肉体。

 それが全身に及ぶ満開の後遺症、散華によるものだということを真生は知っていた。

 

(友奈たちの後遺症の確認も含めているんだろうな、今回の入院は。前回の友奈の満開の際もわざわざ大赦勤めの医者が家までいって確認していたようだし)

 

 大赦のアフターケアに対する姿勢は評価に値する。しかし原因である大赦がそれをやっているのだから、真生は苦笑を禁じ得なかった。最早滑稽ですらある。

 今回の満開で失うものが何であれ、蛇使い座のバーテックスである真生からすれば好都合である事には変わりない。

 

 しかしまだ最後の駒が残っている以上、表向きの顔である草薙真生は日常を過ごさざるを得ない。できる限り自ら手を出すことを控えたい真生は、勇者のサポートという名の静観を続ける。

 

 そんな彼に休み時間の度に話しかけてくる存在がいた。

 

「真生、昨日のテレビ見たか!? ……見てない? 勿体ないな、仕方ないから俺が話そうか!」

 

「な、真生。さっきの授業どうだった? 俺分かんなかったから教えてくれね?」

 

「真生~」

 

 多少親しくなり、真生を名前で呼ぶようになった山野は真生へと執拗に話しかけていた。

 真生は普段よりも幾分か鋭い瞳を山野に向けて、問いかけた。

 

「今日はやけにうるさいな。さすがにそろそろうっとうしいぞ。理由(ワケ)をいえ、理由(ワケ)を」

 

 山野は少し戸惑ったような顔をして、真生の問いかけについて考える仕草をとる。しかし、言葉を探しながらも真生の求める問いかけへの答えを返し始めた。

 

「理由? えっと、何かさ最近お前機嫌悪そうじゃん? 勇者部の皆が揃って休んだのはそりゃ心配だけどさ、俺としては友達のお前の方がよっぽど心配なわけで……。つまりあれだ。お前が普段通りになってくれればいいなってことだよ!」

 

 多少恥ずかしそうにしながらはっきりと返した山野に対して、真生は内心驚いた。

 周りの人間の反応はいつもと何ら変わりはなかった。そのなかで山野は真生の感情の機微に気がついていたのだ。いつも通りの自分を演じていたつもりだった。実際にそれに騙されていた人間も大勢いた。

 ふと真生の頭にいちいち腹のたつ彼の言葉が浮かんだ。

 

『君は僕ほどではなくても頭の回転は速い。だから誰にだって隠せていたんだろうけど……そんな簡単に僕が騙されると思わないでくれよ? 一つ忠告しておく。君に騙せるのは他人と友達までだ。君の事をよく見ている人間はいずれ気付くよ。僕と同じか、それ以上に君が自分勝手だということにね』

 

 真生はその言葉をすぐに頭の片隅に追いやり、振り払った。

 

(……馬鹿馬鹿しい。山野が俺の事をよく観察しているとでもいうのか? あいつは大赦とも何とも関連のない一般人だ。警戒する意味はない)

 

「そうか、心配はいらない。機嫌も別に悪くはないし、君の勘違いだ」

 

「……そうか? ならいいんだけどな」

 

 拍子抜けした様子でそう告げた山野は首をかしげた。

 真生は瞳を瞑り、想像する。

 

 “人”として生きる草薙真生を。“頂点(バーテックス)”ではない自らを。

 

 ――より自然に、より明確に。自らを騙れ。自らを隠せ。

 

 瞳を開いた真生は、山野に向かって砕けた口調で話しかけた。

 

「確かに皆は心配だけどさ、大体の事情は分かってるからそこまで不安って訳じゃないんだ。それにしてもよく気がついたもんだ。山野はもっと鈍感なのだとばかり思ってたのに」

 

「ひでえ、俺はそこまで鈍感じゃねえよ!」

 

「どの口がいうんだか。彼女の気持ちがわからなくてさんざん泣きついてきたのは誰だったかな」

 

 真生の言葉に山野は顔を青ざめさせる。人前で言われるわけにはいかないと思ったのか、山野はあからさまに話題を変えた。

 真生はあきれたような顔を見せ、山野の話題転換を受け入れた。楽しげに笑いあう二人は友達にしか見えなかった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 授業も終わり、真生は席を立つ。荷物を背負った彼は学校を出ようと足を踏み出そうとした。

 しかし彼は方向を変えて歩を進める。たどり着いた先にあったものは勇者部の部室。

 いつもの賑やかな様子は鳴りを潜め、空っぽの教室は寒々しく感じる。真生はしばらく部室を眺めていたが、静かに戸を閉め鍵をかけると部室をあとにして学校を出た。

 

 次に彼が向かったのは病院だ。そこには友奈をはじめとした勇者部メンバーが入院している。しかし現在の彼女たちは学友などの普通の人間は面会を許されてはいなかった。そう、普通の人間には。

 見舞いの品として買ったシュークリームの箱を片手に真生は病院へと入っていく。

 看護師は真生の姿を確認すると、あっさりと彼を通した。それは彼が勇者と大赦の両方に通じている人物だったからだ。真生と同じように面会のできる人間はそう多くはなかった。

 

 真生は目的の場所へとまっすぐに進んでいく。目的の場所にはちょうどよく全員が揃っていた。真生はその光景を目にすると、微妙な顔をして口を出した。

 

「仮にも入院中の人間がなに揃って菓子パーティーしてるんだよ……」

 

「だって病院食って味気ないじゃない? 一人で病室にいてもつまらないしみんなで揃って菓子パした方がいいでしょ」

 

「なんだその暴論」

 

 真っ先に真生の言葉に反応した風に、当然のごとくツッコミをいれる。

 真生は一つのため息をついた後、勇者部メンバー全員を見る。

 友奈と美森、そして樹は一見何もないように見える。しかし、風と夏凜は一目見ただけでわかる変化があった。

 

「あ、やっぱり気になっちゃう? この眼帯」

 

「あれが普通の反応よ。あんたみたいに変にかっこつけて設定を追加する方がおかしいの」

 

 風が左目、夏凜が右目に眼帯をつけていた。真生がその変化を見つめていると、見かねた美森が説明を加えた。

 

「勇者として戦った疲労によるものだって先生は言ってたみたい。一時的なもので直に回復するって」

 

「だから心配しなくて大丈夫。そんな痛ましげな顔はしないで、一緒に菓子パしよ!」

 

 美森の説明の後に友奈にそんな言葉をかけられて、真生はそこまであからさまに痛ましげな表情をしていた自分に驚いた。

 しかしそんな素振りは欠片も見せずに、友奈を不安にさせかけた事へ謝罪をする。

 

「そんなにあからさまだったか。変に気を使わせて悪かったな。お詫びのついでにほら、見舞いの品のシュークリーム」

 

「シュークリーム!? 真生、なかなか気が利くじゃない!」

 

「風先輩は食い意地が張りすぎです。全員分ちゃんとあるのでとりあえず座りましょうか」

 

 真生の持ってきたシュークリームに思わず立ち上がった風は恥ずかしそうにしながら席についた。

 口々にお礼を言いながらシュークリームを頬張る彼女たちだったが、真生は口パクをしているようにしか見えない樹に少しの困惑をしながら問いかけた。

 

「……夏凜たちと同じように疲労で声が出ない、ってことであってるか?」

 

 コクコクと頷く樹。真生はそっか、と呟くとシュークリームを食べるように促す。

 真生はシュークリームを食べる彼女たちをよく観察する。そして気がついた。友奈の不自然な反応に。

 にこやかに笑顔を見せてシュークリームを頬張る友奈。美味しいという感情を強く表しているように見えるが、それは少し過剰すぎた。

 真生は友奈が今回の満開によって何を失ったか悟る。

 不意に真生は視線を感じた。視線の方向へ顔を向けると、美森が真生を見つめていた。真生はほぼ同時に美森が自らと同じ思考に至ったことに気がついた。

 

(流石の観察眼ってところか。この様子じゃ真実に辿り着くのも時間の問題かな。……園子もあの様子なら味方するだろうからな)

 

 後で話をすることになると予想した真生は、美森の視線にそっと頷いた。美森も同じように頷き、皆との会話に混ざっていった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 陽が落ちきり、空はどこまでも暗い黒とまばらに輝く星々に彩られていた。

 そんな暗闇を真生は一人で歩く。

 向かう先には病院が建っている。消灯もされており、本来ならば面会など許される時間ではなかった。

 

 真生が病院前にたどり着くと、蒼い光と共にまるで当たり前であるかのように病院の扉が開く。

 看護師たちも真生の方を一度も見ることなく、すれ違っていく。

 目的の病室に辿り着くと、真生はそっと扉を開いた。

 

「こんな時間に来客だなんてね。夜這いにでも来たのかしら」

 

「……君がそれを望むなら(やぶさ)かではないけれど、時と場合と年齢を改めて考えようか。そんな色っぽい話をするためにここに来た訳でもないし」

 

「それもそうね」

 

 病室の主、東郷美森は淑やかに微笑みながらベッドの上で上体のみを上げていた。

 扉を閉めて、美森に近付く。美森はノートパソコンを起動させており、何かの音を聴いているようだった。パソコンに繋がるイヤホンは美森の左耳に装着されていた。

 

「……その様子だと自分の欠損も分かったらしいな」

 

「……ええ。私は左耳の聴覚が無いみたい。友奈ちゃんは味覚、風先輩と夏凜ちゃんは視覚、樹ちゃんは声帯。それぞれがまるで違う場所に疲労による欠損が現れていたわ」

 

 淡々と彼女はそう告げた。しかし、他の者と違い楽観的に考えていなかった美森はその事実を認識した時、恐怖を覚えた。

 自らの予測が正しければ、“彼女”は少なくとももう一つ何かを失っていることになるからだ。

 

「真生くん、教えて。私たちのこの欠損は、本当に疲労によるものなの? 嘘は必要ないわ、真実だけを教えて」

 

 真生は瞳を閉じて思考する。彼女はもう殆ど全ての可能性を考え、その中からあり得る可能性を絞りきったのだろう。

 信じたくない、そして無理をしてまで知る必要の無い優しい現実を正しく理解してなお、受け入れなくてはならない真実を彼女は求めているのだ。

 しかし、それは自らが伝えてよいものなのかと彼は考えてしまう。告げること自体は容易だ。だがそれによって、彼女は必要の無い絶望を突きつけられることになる。

 

 真生が躊躇いを覚えていることに気がついてか、美森はさらに言葉を続けた。

 

「貴方は前に満開の使用を控えるように言っていたわ。その時は切り札だからこそ使用を控えるべきという言葉になんの疑問も抱かなかった。でも、考えてみればおかしいのよ。満開は何度も使用することによって勇者の勇者としてのレベルアップに繋がるとアプリの説明には書いてあるの。それを踏まえた上で貴方の言葉を思い返すと明らかにおかしい。使えば使うほど強くなる満開の使用を禁じる必要は無い。それを私たちのサポーターである貴方が(すす)めたのは何故か」

 

 黙っている真生を見つめながら、美森は言葉を紡いでいく。

 

「真生くんが私たちに対して不誠実であったことは一度だってないわ。だからこそ言える、貴方が何の事情もなく私たちの不利になるようなことはしないって。……満開には、何かしらの“代償”が必要なんでしょう? それだったら説明がついてしまうから。私たちの今も、あのときの貴方の言葉も」

 

 ――杭が胸に突き刺さるような痛みが襲ってくる。違うんだ。俺はそんな存在じゃない。とっくに裂かれてしまったんだ。もう、人としての草薙真生()は、現在(いま)を見限ってしまっている。未来のために、己を燃やし尽くす人ならざるモノと化して。

 

 そんな内心など美森にさらけ出すことができるはずもない。そして、目を伏せる真生の沈黙そのものが、美森の予測が当たってしまっていることを雄弁に語っていた。

 美森は静かに目を伏せる。真生は痛みを無視し、懺悔するように厳かに口を開いた。

 

「そうだよ、君たちの欠損は疲労による一時的なものではない。満開のもう一つの機能、散華によるものだ」

 

「……散華……?」

 

「神樹の持っているエネルギーは日に日に減少している。人口の減少に伴う信仰心の低下が原因だ。勇者が満開を使うときには膨大なパワーを消費する。それは神樹が賄いきれるような量じゃない。そこで重要となるのが散華による人の機能の簒奪(さんだつ)だ。簒奪した機能には少女の持つ純粋な信仰が詰まっている。それを直接受けとることによってエネルギーを増幅させているんだ」

 

「……それは何時まで続くものなの?」

 

「分からない。永遠かもしれないし、数年かもしれない。ただ言えるのは、それによって機能を失った先代の勇者はまだ機能を取り戻せていないということだけだ」

 

「そんな……。ねえ、それじゃあ友奈ちゃんは、友奈ちゃんはいったい何を失ったの……?」

 

 真生は言葉に詰まった。それは告げるにはあまりにも酷な代償だったからだ。まだ予想にしか過ぎない、だがもっとも可能性の高い代償。

 

 あの時、春信と幾度も推測を重ねた上で至った結論。それが間違っていると、真生には思えなかった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「貴方の部屋に来た理由はたった一つだ。

 

 

 

 

 

 ――――友奈の満開の代償。散華について、貴方の見解を問いたい」

 

 真生がそう言葉を発すると、春信は一つ溜め息をついた。

 

「……今代の勇者である結城友奈の散華について、ねぇ。そっちでも大体の予想はついてるんじゃないのか?」

 

「俺の仮説があっているかの確認だよ。癪ではあるけど、春信さんの意見が最も答えに近いものだと思うからな」

 

「もうちょっと素直に誉めてくれればいいのに。なるほど、事情は分かった。どうせ断っても今までの僕からの貸しを盾にして聞いてくるんだろう?」

 

「必要ならな。使えるものなら何でも使うさ」

 

「はいはい、分かった。あくまで結果ではなく僕の意見――憶測で構わないんだよね?」

 

「あぁ。目に見えて分かるものじゃない限り断定できるようなものじゃないからな。貴方個人の主観で捉えた見解で構わない」

 

 真生の言葉に春信は再び息を深く吐いた。そして真生と目を合わせると、ひとつひとつ確認するように真生との対話を始めた。

 

「じゃあ、まずは結城友奈の現在の状態についてかな。彼女を実際に診察した医師から聞いた話によると、身体に異常はなく、健康そのものだそうだ。まあこのくらいは普段の様子を見て君も把握しているだろう」

 

「ああ、元気がよすぎて困るくらいに」

 

 春信の言葉に頷く。真生から見ても友奈の体に異常は感じられず、普段の勇者部での活動でも我先にとばかりに精力的に活動している。

 そして友奈の身体に異常がないというのは、一つの可能性が無くなることを示していた。

 

「彼女の身体に不調が無いのなら、散華に彼女の体の一部が持っていかれた可能性はなくなる。臓器や筋肉繊維が失われた場合は差異はあれど必ず身体に異常が現れるはずだし、細胞の一つや二つ程度じゃあ供物足り得ないからね」

 

 そこまで言って言葉を区切った春信は、次なる可能性を口にした。

 基本的に供物に選ばれるのは肉体の一部だ。しかし稀に、肉体とは別の“何か”を失うことがある。それは実際に起こってしまったこと。そして三人いたはずの先代勇者が、現在は乃木園子しかいない理由でもある。

 

「肉体を捧げていないのであれば、何を捧げたのか。分かりやすい前例としては、先代の……君の友達だった鷲尾須美だね」

 

「……そうだな。肉体でないのなら他の“何か”で補完しなくちゃいけない。須美もまた、肉体以外に大切なモノを失った」

 

「人は誰しもが肉体だけで生きている訳じゃない。そう考えると自ずと分かってくるね。

 

 ――結城友奈が失ったのは、“精神”に関わる機能で間違いないだろう」

 

 真生は自らの仮説と春信の考えが一致してしまったことにより、仮説が答えと等しいものになってしまったことを理解した。

 しかし問題がひとつあった。友奈が“何”を失ったかだ。

 

「精神の機能として大まかに分けるなら、記憶と感情の二つに分けられる。感情を失ったのなら該当する感情表現ができなくなっているはずだ。それに心当たりは?」

 

「……無い」

 

「……そうか。なら失われたのは鷲尾須美と同じ“記憶”で間違いないね。問題はその範囲か。君たちと普通に会話できているなら中学校での記憶は失われていないと見ていいだろう。そうなると小学校時代のものか、もしくは小学校時代のもの()なのか。まあここで議論しても仕方の無いことだけどね」

 

 最後にそう言って春信は話を切り上げた。実際もうこれ以上話すこともないのだろう。

 自らの仮説が春信の意見と一致した今、これ以上に有力な答えは存在しない。受け入れがたいこの事実は誰にも喋らないつもりだった。事実、真生はこの事を大赦の関係者たちにすら話すことはなかった。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 しかし今、本来ならば真っ先にその真実を伝えられなければいけない人間が目の前にいた。

 その人間、東郷美森は最早真実を半ば以上まで知ってしまっている。今ここで隠してどうなるのだろうか。彼女の行動力ならばすぐに自分で真実を突き止めてしまうだろう。ならばここで伝えないのはただの時間稼ぎにしかならないのではないだろうか。

 

(……散華について知った時点で、もう後戻りはできない。ならもう、包み隠さず伝えよう)

 

 真生は口を開く。はっきりと、間違いなく伝わるように。

 

「――――友奈は俺たちに出会うより以前の記憶を、失っている」

 

「――!!」

 

 美森はやはりといった様子で真生の言葉を受け入れた。まるで自分のことであるように悲痛な表情で嘆く美森。いや、実際他人事ではないのだ。

 どの勇者であれ、記憶を失う可能性は零ではないのだから。

 

「……考える時間は必要だろう。今日はもう帰るよ。また明日……出来るのなら、いつも通りに」

 

「……ありがとう」

 

 真生は踵を返し、病室を出る。遠ざかっていく真生の足音を聞きながら、美森はそっと涙を流した。

 静かに、しかし止めどなく溢れる涙は押さえようとする手からもこぼれ落ちていく。

 

 こぼれた雫はやがて土に吸い込まれていく水のように、布に跡を残して消えていった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 窓から身を乗り出しながら、真生は空を眺める。頭に浮かぶのは先程の美森との会話。

 

(……どうしてだろうか。何故東郷は俺に礼なんて……)

 

 美森は最後にお礼の言葉を言った。真生にはその理由が分からなかった。

 礼を言われるような事はしていない。むしろ罵倒されてもおかしくないほどの事を言った筈だ。

 

 真生は気づかない。確かに知らなかった真実を聞いた美森は苦しむのだろう。だがそれを語っていた真生が最も苦しかったことが美森には分かった。

 それを知らない真生が気づくことはない。美森のありがとうの意味に。

 

「…………」

 

 考えても仕方の無いことだと諦め、改めて空を見上げる真生。

 夜空には幾つもの星が輝いている。真生はその代わり映えの無い輝きに目を細めながら誰かに語りかけるように呟いた。

 

「何時までも悠々と眺めていられると思うなよ。必ず引きずり落としてやる」

 

 

 ――――例え、神であろうと……!

 

 

 何処までも遠い何かを睨み付ける真生の瞳は、夜空に鈍く輝く星々のように蒼い光を宿していた。 




 やっとこさ更新。タグに恥じない不定期更新と化してきていますね。何とかしたいなぁ。

 結構難産でしたが、気づいたらすごい文字数になってました。まあそれでも一万字いかないんですけども。出来も微妙でしたし。

 まさか真生が美森に話しちゃうとは。プロットにはありませんでしたが、放置していた春信との対談を出せたので丁度よかったです。美森とあそこまで深い会話をするのは予想外でしたが(笑)

 それでは気になった点や誤字脱字、矛盾点などがありましたらメッセージか感想欄にてお願いします。拙作の感想や批評もいつでも待ってます。
 では最後に、


 真実:ノジギクの花言葉


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第三十五話 甦る思い出

大変お待たせいたしました。
久しぶりなため、簡単なあらすじをどうぞ。

謎のUNKNOWNの正体は主人公である真生だった。
真生以外のバーテックスは討伐済み。
先代勇者である乃木園子参戦(出番はまだ後の模様)
東郷美森は真生から満開の秘密を聞き出した。
友奈は味覚と記憶、風は左目、夏凜は右目、樹は声、美森は左耳の聴覚をそれぞれ散華している。友奈の記憶について、失われている範囲は不明。

今回のお話は前後編のうちの前編です。


 

 ――――私は何のために此処にいるのだろう。

 

 そんなことばかりを考えては消していく。憂いを帯びた表情をする夏凜は夕暮れ時の砂浜に腰を下ろしながら、落ちていく日を眺めている。

 

 友奈たちが退院した翌日から、依頼の有無に関わらず夏凜は部活にいかないままこの砂浜まで来るようになっていた。今の自身の精神状況から、行っても迷惑になると考えたからだ。

 戦いの後から彼女はずっと迷いを抱いていた。それは今まで彼女が考えないようにしていたこと。未来のことだ。

 

 夏凜は元々、バーテックスと戦うためだけに送り出された()()の勇者だ。今まで自分の価値を見出せなかった夏凜に出された、大切な使命。それももはや半ばまで終わり、残るバーテックスはUNKNOWN一体のみ。彼の持つ力はどこまでも未知数であり、本来ならばこんなことを考えている暇などないのかもしれない。だが、どうしても夏凜は気になってしょうがなかった。

 自分の未来だけではない。――自分の去った後の勇者部のことが、彼女にとっての一番の気がかりだった。彼女は勇者部に関わって変わることができた。真生に出会ったことをきっかけに改善されつつあった他人に対しての冷たい態度が、勇者部に入ったことによってほぼ完全に改善されたのだ。

 夏凜はそれに表だっていうことはないが感謝もしていた。情が移った、とでもいうべきなのかもしれない。元々彼女がここに滞在している理由はバーテックスを倒すためだけでしかない。しかし今、自分の意思で勇者部に残りたいと思ってしまうほどになっている。

 

「……どうすりゃ、いいのよ」

 

 夏凜は砂浜へと寝そべり、溜め息をつく。

 

 ――どうしてこんなにも、先のことを考えると不安でいっぱいになるのだろうか。

 

 浮かんだ一雫の何かを、彼女はそっと弾き飛ばした。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「結城友奈来ました~♪」

 

「草薙真生も到着しました」

 

「お~う。おつかれ~」

 

 授業も終わり、友奈と真生は一緒になって部室までやってきた。それを迎えたのは、気だるそうな声を出す勇者部の部長である風だった。

 波乱の春も過ぎ、もはや季節は夏そのものへと近づいている。夏特有の気温に苦しんでいたのか風は扇風機の前で涼んでいた様子だった。

 室内ですらこの熱気である。外に出たらどうなるかは想像するに容易いだろう。

 部室へと入った友奈は、風がいつもと変わった風貌をしていることに気づく。

 

「あれっ、風先輩眼帯が?」

 

「ふふ~ん。どうよコレ?」

 

「~~! 超かっこいいです~!!」

 

 友奈は風の新しい眼帯を見ながら興奮したようにそう答える。風の眼帯は病院にいたときの物とは変わっており、黒色の海賊のつけていそうなものへと変わっていた。俗に言う中二病というものに近づいた風と友奈のやり取りを横で見ていた真生と樹は苦笑するほかなかった。

 友奈の答えに気を良くしていた風だったが、いつも友奈と美森と一緒に来る部員の不在に気がついた。

 

「ん? ところで夏凜は?」

 

「あれ? 来てないんですか?」

 

「むむむ、サボリか……! 後で罰として腕立て伏せ千回やらせてやるわ」

 

「夏凜ちゃんなら本当にできちゃいそう~」

 

「否定できない……、サプリをキメながら『朝飯前よ!』とかいっちゃって……ん?」

 

 風は樹が何かを書いていることに気がつく。樹は書き終えると、疑問符でも浮かべていそうな顔でスケッチブックを勇者部の面々へと向けた。

 

『かりんさん何か用事でもあったんでしょうか?』

 

「そうかもね~」

 

「……そのスケッチブックは?」

 

 友奈は純粋に疑問に思ったからか、不思議そうに問いかけた。風はそれに笑いかけながら、仕方ないとでもいわんばかりにその理由を話した。

 

「声が戻るまでの応急処置。そのうち戻るから、それまで我慢ね~」

 

 友奈への説明と同時に、樹へ多少の不便を与えることへのフォローを加えた風は見るからに暑そうな外を見ながら、今回の依頼内容の説明を行った。

 

「今日の依頼内容は、近所のおばあちゃんの家の猫探しね。メンバーも四人しかいないし、外も暑いからちょっと大変かもしれないけど、終わったらおばあちゃんがお菓子くれるそうだからがんばりましょ」

 

「はいっ! 猫探しって意外と久しぶりかも」

 

「そうか? 猫探しは初めてだぞ?」

 

「えっ、あれ? 確か前にもあったよね!?」

 

「真生の変な冗談よ、真に受けちゃだめでしょ友奈」

 

『前の猫探しもけっこう骨が折れましたけどね……』

 

 迷子の猫探しの依頼が来たのはまだ真生と友奈が一年生だった頃だ。たまたま近くにいた樹も自主的に手伝ったおかげで手分けして探すことができていたが、なかなか見つからなかった。思い出すだけでも少し疲れる気がするほどの依頼だった。それを忘れることなどないといっても過言ではない。

 冗談のような言葉を混ぜながら、真生は探っていた。友奈からどれほどの記憶が失われているかを。

 そんな真生の内心など知らない風たちは、依頼に集中して四人それぞれが手分けして探すなどの段取りを決めていく。比較的早めに決まった時点で彼女たちは学校を出た。風と樹、友奈と真生がそれぞれ同じ方向に探しにいく。

 

 真生と友奈は途中で別れ、猫を見つけたら連絡をすることを約束する。真生は外の暑い気温の中でも汗ひとつかかずに猫を探す中で彼は何か嫌なものが近づいている感覚に襲われていた。

 

(何か……来てる? この気配は……!?)

 

 バーテックス同士による共鳴に似た感覚。それに加え、人間の気配に鋭いバーテックスの力によって真生はわかってしまった。何が近づいてきていたのかを。それは彼が最も嫌いなものだった。だからこそ、真生は走り出す。こんなことは記憶に刻まれていなかったから。

 

「ふざけるなよ……!? なんで此処にいるんだ!!」

 

 普段の彼ならば言わないであろう愚痴に似た言葉を零す。走る途中で彼は猫を追いかける友奈を発見する。それと同時に猫と友奈の進行方向に、自らの感じたものの気配があった。

 

「友奈、そっちは……!」

 

 真生の言葉も時遅く、友奈は猫を捕まえるために飛び込んでいた。その先にいる人影にも気がつかないまま。

 友奈は猫を捕獲するのに失敗し、猫とは別の柔らかい何かを抱きしめながら残念がる。

 

「あーん、逃げられちゃった」

 

 そのとき、友奈に抱きしめられている何かを心配している人影が友奈に話しかけた。

 

「えっと~、お姉さんは?」

 

「あっごめんね。私は結城友奈。讃州中学の二年生! 勇者部の部活動なんだー」

 

 よろしくね~、と笑顔で返す友奈に、もうひとつの人影が困ったように喋りかける。

 

「ともかく……そろそろ離してやってください。ずっと抱きっぱなんで」

 

「わっと!?」

 

「ぷはっ」

 

 抱きしめられたままだった人影は息苦しかったのか、解放された後もしばらく荒い息を吐いていた。その人影は見た目だけで見るならば、友奈たちよりも少しだけ年下に見えた。

 友奈は悪びれもせず、抱きしめていたことに対する正直な感想を告げる。

 

「抱き心地があまりにもよくてつい」

 

「そりゃあうちの大切なマシュマロぼでーですから~」

 

 笑いあう友奈と初めに友奈に声をかけた人影に、抱きしめられていた人物は釈然としない顔のままその様子に文句を言っている。抱きしめられていた人物を含めた三人は少女のようで、その中にたった一人だけ少年がいた。

 

「まぁ、怪我もなかったしよかったじゃないか」

 

 そういいながら少女をたしなめる少年。

 

 草薙真生はこの光景を見たことがある。いや、この光景を見たのではない。

 

 ()()()()()のだ。それは彼自身がその中に混ざっていたから。真生が忘れたくても忘れられない存在たち。

 

「あれ? お兄さん、()()()()にそっくり~」

 

 少女の声に反応して振り返る少年。少年は青に近いながらも黒い髪色をしており、振り返った直後の驚いたような知っていたようなという感情が入り混じった瞳は、鮮やかな橙色をしている。

 

 

 服装も違う。体格も違う。

 

 

 だがそれでも確かに、彼は紛れもない“草薙真生”だった。

 

 

 忘れもしないその顔を確認した真生の心の中は強くざわつく。驚きによるものではなく、“草薙真生”としての憤怒と憎悪、そして憧憬を宿した心がもう一人の“草薙真生”の存在を否定する。しかしそれは表に出ることはなく、彼の瞳が一瞬蒼く染まると彼の心の揺れは一時的に収まった。

 

 彼は一度冷静になった頭で、少女たちへと自己紹介をする。まるで初めて出会ったかのように、他人に対する言葉を持って。

 

「……“初めまして”。俺の名前は草薙真生。偶然だな。ここまで顔が似た子は初めて見るよ」

 

 彼の姿を確認した少年は警戒心がにじみ出ている状態ながらも、努めて冷静な顔つきで彼と友奈に対して自己紹介をした。

 

「初めまして。俺の名前も草薙真生です。本当に恐ろしいほどの偶然ですね。顔も名前も同じ人と出会うなんて夢にも思いませんでした」

 

 明らかに真生を意識しているような物言いで、友奈は草薙真生を名乗る少年を不思議そうな顔で見ていた。すると、その少年の頭を先程までたしなめられていた少女がポカッと叩く。

 

「こらっ! 初対面の人に失礼でしょう。……ごめんなさい、えっと結城さんと草薙さん」

 

「友奈でいいよ! 真生君は……わかりづらくなるかな?」

 

「好きな呼び方でかまわないよ。真生でも草薙でも呼びやすい方で呼ぶといい」

 

 少女は二人の友好的な様子に安心しながら、自らたちの自己紹介を始めた。

 

「ありがとうございます。友奈さん、真生さん。それでは改めまして、私の名前は鷲尾須美といいます」

 

「アタシは三ノ輪銀。気軽に銀って呼んでください」

 

「私は乃木園子です~」

 

 鷲尾須美と名乗った少女の容姿は、まさに端麗といえた。将来必ず美人になるだろうと容易く予測できるような陶器のような白い肌。肌に相まってよりいっそう際立つ絹のような美しい黒髪。どれをとっても非の打ち所はない。

 

 続いて三ノ輪銀を名乗る少女は、鷲尾須美とは比べるには明らかにジャンルが違うと言えた。鷲尾須美という少女が東郷美森のような大和撫子というなら、彼女は友奈と同じ天真爛漫だろう。快活そうな様子に可憐な容姿も伴って、こちらも人気がありそうな風貌だ。名前の通りの銀色に似た髪色も彼女の魅了を引き立たせているだろう。

 

 最後に乃木園子を名乗る少女。彼女は金髪によく似た黄土色の髪色をしており、どことなく放っておけば空に飛んでいってしまうような風船を連想させる。彼女もまた先の二人に負けず劣らずの美少女であり、のんびりとしている様子から攫われないかと心配になるほどだ。

 

 彼女たち三人は同じ制服を身に着けており、少年も細部は違うものの同じ学校のものと思われる制服を着ている。だが、これらの制服は友奈たちが住む辺りではなかなか見かけない制服である。それも当然だ、この制服を着ることを義務付けられている学校である神樹館は讃州中学のあるこの辺りからでは歩きでいけるような距離ではないのだから。

 

 しかし、そんなことは知らない友奈は先ほどまで追いかけていた猫の事を今になって思い出した。

 

「あ!? そいえば猫ちゃん!」

 

「一緒に走ってたあの猫ちゃんのこと~?」

 

「……あっちに走ってったけど」

 

「うひゃんっ!? ようやく見つけたのにっ~~!」

 

 友奈は捕まえる一歩手前まで行った猫を取り逃がしたことに、ショックを受ける。だが彼女は立ち直りも早い。猫をまた探すために申し訳なさそうにしながらも四人の小学生に別れを告げようとした。

 

「じゃあほんとゴメンね! あの子捕まえないとっ」

 

「……あの!」

 

 須美は友奈を引き留めると、少し躊躇った様子でありながらはっきりと言った。

 

「お困りでしたら手伝いますよっ」

 

 邪魔になることを心配してか、須美はそれ以上の言葉は言わなかったが、銀、園子、“真生”の三人は須美の言葉にうんうんと頷くと須美に対して発言した。

 

「まあ、須美のせいだしな」

 

「わっしーのせいだね~」

 

「うん、須美が悪いな」

 

「私が悪いの!?」

 

 私たちも手伝うよ~、と手伝う意思を見せるが、思わぬ裏切りにあった須美は精神的なダメージを負っていた。暗い顔でぶつぶつと私のせい、私のせい……、と呟く姿は幾らかホラーのようなものを感じさせられる。

 

「手伝ってくれるの? ありがとう、助かるよ~」

 

「……友奈、それならちょっと手分けしよう。友奈はこのまま女の子三人と行動してそのまま猫の行った方向を探しにいってくれ。俺は草薙と一緒に別方向から探しにいく」

 

 須美たち四人が手伝うことが決まり、猫を探しに行こうと意気込む彼女たちを見ながら、真生はそう言った。須美たちは真生の提案に怪訝そうにして、“真生”は真生を静かに睨み付けるように見つめている。

 友奈は彼女たちを代表して、真生に問いかけた。

 

「どうして? 人数はたくさんの方が楽しいし、目もあるから見つけやすいと思うけど」

 

「分散させた方がもしも違う方向に猫がいっていた場合発見しやすいし、俺と友奈で連絡手段もあるから発見し次第挟み撃ちを狙うこともできる。それで土地勘のある俺たち二人は必ず分散して四人をそれぞれで分ける方がいいと俺は思ったんだ。男同士だから草薙となら気兼ねなく話せるしな」

 

「……俺も賛成します。猫が危険な目に遭う可能性もあるし早くに見つけるべきだ」

 

 “真生”が賛成したのが決定打だったのか、友奈たちは折れた。

 少し歩いた先にあった分かれ道で二人は友奈たちと別行動を開始した。別れる際に少し不安げな様子の三人の少女たちに“真生”が笑いかけたのを、真生は傍目には分かりづらいが確かに冷ややかな目で見ていた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 友奈たちが見えなくなり、真生たち二人は人気が来る気配のない場所へと歩を進めていた。

 彼らは歩いている最中もずっと無言で、話す気配がない。その沈黙は決して和やかなものではなく、今にも落ちそうな雫にも似た危うさのもとに成り立っている。

 そして今、一人の少年がその沈黙を破った。

 

「……そろそろこんなところまで連れてきた理由を教えてもらおうか。お前の正体についても答えてもらう」

 

 “真生”はどこからか取り出した一本の剣を真生に突きつける。しかし真生は突きつけられた剣を力任せに拳で殴りつける。それをした直後に同じように剣を取り出し、“真生”の手を切り裂いた。

 

「なっ……!? っが……ぁ……」

 

 驚愕に声が上がりそうになる“真生”の腹を、真生は剣を持った手で殴る。そして空いた左手を用いて首を掴むと、軽々と持ち上げた。それを何も感じさせない表情で行い、“真生”から目を逸らし、彼が手放してしまった剣を見つめる。

 真生は剣を見ながら、何の抑揚もない声で思い出したように呟いた。

 

「ああ、そういえばこの頃は剣に色すらついていなかったか」

 

 地に転がっている剣は、真生が持つ剣と形自体は瓜二つだ。しかし、剣が持つ色と、雰囲気そのものが欠片も似通ってはいなかった。真生が持つ剣の色が濁りに濁った漆黒に染まっており、誰も寄せ付けぬような威圧感を感じさせる。

 それに比べ、もう一人の“真生”が持つ剣は色を持っていなかった。いや、言葉にするだけならば色があるとはいえるのだろう。しかし、透明感を感じさせる水色とも取れるその色は、ガラスのような脆さも感じさせた。まだ何も染まっていない無の色。

 

 それは()()()であるともいえた。

 

「じゃあ、ひとつずつ答えていこうか。まずは此処まで連れてきた理由だったな。簡単だ、人に見られないようにするため。二つ目は俺の正体だったかな? 気づいている癖して何とぼけた振りをしてる」

 

 彼の首を離さないまま、真生は勝手に話を進めていく。二つ目の質問にかかったところで、“真生”は少しだけ悲しそうな表情を浮かべる。

 真生はその様子にうっすらと笑みを浮かべ、自嘲気味に現実を突きつけた。

 

「俺は君だ。意味など何一つとして見つけられてやしない。怠惰に日常を貪り、無為な時間を過ごしてきただけの化け物(バーテックス)の末路さ」

 

 その言葉には思いが篭っていた。先ほどまでの無感情な様子ではないそれは、

 

 

 

 ――“真生(じぶん)”に理解させるには十分だった。

 

 

 




 



 更新間隔が広くなっていく今日この頃。お待たせしてしまった読者様たちには謝罪の言葉しかありません。更新がなかった間もお気に入り登録を外さなかった方、お気に入りしてくれた方、読んでくれていた方に感謝です。
 現在三十六話は執筆中ですが、更新がいつになるかはわかりません。下手したら来年になるかもしれません。

 今回の話は前書きでも書いたとおり、分割したため前後編となります。原作第六話と結城友奈は勇者部所属のお話が混ざった話となっていますので、遅いかもしれませんが注意しておいてくださいね。

 作中のもう一人の真生の剣の色のイメージはSAOのキリトの持っているダークリパルサー(リズベットに作ってもらったほう)です。黒い剣の方はキリトのもう片方の剣であるエリュシデータをもっと黒くしたものだと思ってもらえればわかり易いかもしれません。SAOを知らない方には不親切かもしれませんが。

 気になった点や誤字脱字、明らかな矛盾点などがあった場合は感想欄かメッセージにお願いします。感想や批評もいつでもお待ちしています。
 では最後に、


 甦る思い出;アサギリソウの花言葉


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第三十六話 メッセージ

あけましておめでとうございます(遅
そしてお久しぶりです。あとがきには言い訳や花言葉を載せますので苦手な方はご注意を。
前回までのあらすじをどうぞ。

13体目のバーテックスを残し、全てのバーテックスを倒した勇者部。散華による身体の欠損を残したままであったが、それぞれは平穏な日常を過ごしていた。
そんな中、夏凜は自分の未来について悩み、部活を休む。美森も病院で休んでおり、部活は風、樹、友奈、真生の4人で行われることになった。
依頼の最中、真生は嫌な予感とともに過去の自分と出逢う。過去の自分に自分が未来の存在であると示した真生は、過去の自分に対して何を思うのか。


 

 ――――その場を沈黙が支配する。真生も、過去の“真生”も行動を起こすことが無いままだ。

 

 未来の自分が現れるなんて荒唐無稽な話、そう簡単に受け入れられることは無いだろう。それが普通の人間だったなら。いくら信じられなかったといっても、彼らなら、化け物(バーテックス)なら分かってしまうのだ。どうしようもないほど明確に。

 

 二人とも既に理解していた。自分たちが同一の存在であることを。だがそれは同時に、二人が決定的に違うということも示していた。

 

「っ放せ!!」

 

 “真生”は自らの首を掴んでいる真生の手を乱暴に払いのける。それに対して、真生は驚きもせずに手をあっさりと放した。距離をとって再び彼らはお互いを目に収める。真生は()()を眺めるように。“真生”はどこか自分ではない何かをにらみつけるように。

 

「俺はお前と同じなんだと、つまりはそう言いたい訳だな。お前は」

 

「そう言いたい訳じゃない。実際にその通りなだけだ。俺は」

 

「だったらその取り繕った顔今すぐやめろ。自分の前でさえ自分を(さら)け出せないって言うのなら」

 

 “真生”は剣を拾い上げる。その剣は依然色を持たないままだ。しかし、その剣は“真生”の思いに呼応するようにうっすらと光り輝いていた。“真生”は剣を握り、確固たる意思を秘めた瞳で真生を穿つ。

 

「……お前は俺じゃない!」

 

「……なるほど、確かに少しは意思を持ってるみたいだな。だけど、その程度なら何も変わらない」

 

 真生は自らの漆黒の剣を手に“真生”へと駆ける。瞬間移動に等しいそれに“真生”は反応して見せた。力で受け切るのは不可能と判断した“真生”は剣と剣がぶつかると同時に自らの剣を消滅させ、ぶつかった一瞬を利用して身体を横に捻らせた。真生はそのままの勢いで剣で空を切り裂き、隙を生じさせる。

 その時“真生”は思考する。真生を()()()為にするべきこととは何か。

 

 その刹那が、彼を切り裂いた。

 

「……うっぁ……!?」

 

「詰めが甘いし、動きも鈍い……」

 

 真生は空を切った筈の剣を返し、“真生”を切り裂いた。“真生”がすぐに動き始めれば間に合わなかったであろう一撃。この一撃は“真生”の一瞬の傲慢が生み出したものだった。

 切り裂かれて倒れた、動きの鈍い“真生”に、真生は言葉を投げかける。

 

「今、俺をどう止めようか考えたんだろう? 技術も覚悟も足りない君に、そんな余裕存在しないというのに。……チャンスを与えてもこの程度か」

 

「自分が……死ぬかもしれないっていうのに、あんな隙を生んだっていうのか……!?」

 

 “真生”は驚愕を隠し切れぬまま、真生を見上げた。真生は変わらぬ蒼い瞳で、軽々しく告げる。

 

「それがどうした」

 

 自分の命すら捨ててもよいものと考えるような真生の思考に、“真生”は自分とは決定的に違うものがあると確信した。それが何なのか、まだ彼にはわからない。

 だがそれを知るためにやらねばならないと彼は感じた。出会った瞬間から抱いていた違和感の正体を知るために、自分を名乗る真生と戦わなければならないと、そう感じたのだ。

 

「お前は、どこかおかしい。俺とは根本的に何かが違う……! 生きることは諦めていいことなんかじゃない、いつだって誰だって明日を望むんだ! なんでそれが分からない!!」

 

「時間稼ぎはそれくらいで良いだろう。そろそろ傷も再生した頃合いだ」

 

「何でそんなに、命を……軽く……!!」

 

 言葉の途中で切りかかってきた真生の連撃を必死にかわしながら、“真生”は途切れ途切れに思考する。止めるなんて真似は不可能であると知った。だが、いまここで真生を殺したところでなんになるのだろうか。真生は強い。どうしようもなくそれは理解できた。今の自分では追いつけないことも、ましてや殺すなんて行為を果たすのにどれだけの代償を必要とするのか。

 血液の一滴すら垂らさぬ怪物の肉体に、幻の痛みが彼を襲い始めた。欠片の容赦もなくぶつけられる殺意、そして真生は意識もしていないであろう理不尽な怒り。認めたくなくとも、信じたくなくとも、“真生”はその怒りを欠片も残さず感じ取る。表に出る意識に差こそあれど、少なくとも肉体は目の前の存在は同一のものであると本能が告げている。

 苦痛を耐えながら剣を振るう“真生”を瞳に収めた真生は、剣を凪ぐ手を止めて感情の震えすら抑える。“真生”は膨大な感情の暴威から解放され、顔を和らげた。真生は殺意を含めた感情を抑えたものの、戦いをやめる気はないとでもいう風に変わらず剣を手に収めたまま、言葉を放った。

 

「命を軽く扱ったことなんて一度たりとも無いさ。君はこう言ったな。いつだって、誰だって、明日を望むと。確かにそれは正しい。だけどそれは君が発していい言葉じゃない。救われるべきは人であり、君じゃない。君は大切な人たちが戦っているのを知っているはずだ。君自身も戦える力を持っているはずだ。なのに何故それを明かすことなく傍観している? 怖いからだ。拒絶が、軽蔑が、嫌悪が」

 

 一歩、また一歩と真生は足を進めていく。その姿を眼に映して、“真生”は身体を硬直させた。

 

「だから君は俺なんだ。一人で勝手に考えて、戦う彼女たちのことも考えずに勝手な結論で自己完結して傍観を続けた。その結末が()だよ、“真生”。僕は、君が生み出した怪物だ」

 

 恐怖からではなかった。ただ伝わる想いがあまりにも美しく、そして悲壮に満ちたものだったから。これから自らを殺しに来る者とは思えないほどに、真生は己というものを欠落させていた。それはまるで人の振りをした機械の様で。

 

「僕は世界を滅ぼすよ。それが例え銀の生きた証を奪い取る行為だったとしても、絶対にやめられない。考えて考えて至った()の最善だ。これこそが命を弄ぶ神々の掌から抜け出し、命を尊ぶ為の唯一の手段だから。その願いを、決意を、覚悟を、叶える義務が僕にはある」

 

 そこで“真生”は自らが勘違いをしていたことに気が付いた。前提が違ったのだ。彼は()()()()では無かったのだ。

 押し黙った“真生”に、立ち止まった真生は更に言葉を重ねた。真生は凄惨な過去の結末の理由を求め、それを何度も何度も気が狂うほどに考えていた。眠らず飲まず食わず、あの日の光景を何度もループし続ける。そして幼いながらに達したシンプルで簡単な答え。

 

 

 ――――足りなかったのだ。何もかも。

 

 

「決意も覚悟も力も、ありとあらゆる全てが平等に足りなかった。……楽しかっただろうね。毎日が発見であり、観察であり、様々な色に満ちていたあの頃は。自分に課せられた使命すら無視して、人と暮らす毎日が心地よかった。……大好きだったんだよ」

 

 懐かしむように、慈しむように語られたそれは、“真生”も同様に感じていたものだった。大切な人たちと過ごす日々は、作り物(バーテックス)には眩しすぎた。その大きな輝きは、失われたその時にこそ深く心を抉るのだということを結末を得てから知った。

 “真生”はまだ躊躇いを抱いていることを真生自身が知っている。真生の知る結末は、“真生”が変わらぬ限り(くつがえ)らない。

 幾つも紡がれた真生の言葉を通して知った事実に“真生”は静かに表情を変えた。そして、思いを口に出す。絞り出すように力強く、凪のように静謐に。

 

「……ああ、俺も今の日々が大好きだ。周りのみんな全員大好きだ。だからこそ、お前の暴挙は認められない」

 

「……そうだろうな、それが君だ。救いたがりの人でなし。認められないなら何をするんだ? ……俺を、殺すとでも言えるのか?」

 

 “真生”は息を吐き出す。その目は既に殺意をも恐れぬ覚悟が秘められていた。

 同時に剣を構え、互いのみを見つめあう。再び灯る闘志と消えぬ殺意。互いが互いの意思を読み合い、“真生”は再度言葉を放った。

 

「それがお前の本当の気持ちか。浅ましいな、()()()()()()()()()。未来の俺が逃げたせいでそこにいるんだろう。それは分かった。だけどお前は未来に希望を持っていない。だから過去に希望を託そうとしたんだろう? それで俺が逃げるようなら過去の清算として処分すればいい。俺が前を向くようならそれはそれで良かったわけだ」

 

「……」

 

「どちらにせよ死ぬつもりだった。俺を殺すにせよ、殺さないにせよ、お前自身が破滅を望んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 草薙真生(おれ)の代弁者のつもりか。零れだす欠片を覗いただけの分際で」

 

 刹那、“真生”の剣は黄金をその刀身から(ほとばし)らせた。

 

「もう、俺とお前は決定的に違えた。同じ道を辿ることは未来永劫ありえない! お前を殺さず、俺も生きて帰る。敵わなくたって知ったことか。俺は此処にいる! 運命は俺たち自身が紡いで形作っていくものだ!」

 

「あくまで自らを貫く、か。その道が間違っていたとしても、後悔はしないかい?」

 

「そんなものするわけがない! 俺たちが望む未来は、間違いなんかじゃないんだから!!」

 

 守りたいものは互いに違い、互いに同じ。退くことなどありえない。これは自らの意地と覚悟を示す戦いだと共に思っていたから。ならばすることはたったひとつ――――。

 

「大切な人たちがいる。だから死なないし、生き続ける。どれだけだって足掻いて、何度だって叫んでやる! 俺は犠牲を許さない。全部守って救ってみせる!!」

 

 

 

 “真生”は金色の剣を持つ右の手を静かに左の手へと寄せた。それは居合の構え。“真生”が知るはずのないものであったが、自然と身体はそれを求めた。

 

(……分かる。理由も由来も何一つとして分からない。でもこれだけは分かる。これが俺の、俺自身の本来の形だ)

 

 負ける気がしない。“真生”の今持つ感想はそれだった。先ほどとは違い、真生から感じる圧倒的な威圧感が少しも自らを揺らさない。どんなことをしてきても、それらを受け流し刃を返す。湧き上がる全能感に溺れそうになるほどに、剣から流れ込んでくる力は強大だった。対峙する真生は“真生”の戦闘能力が先ほどまでとは比べ物にならないほど上がったことを理解していた。そしてその鍵となっているものが彼の持つ金色の剣だと早々に当りをつけていた。

 

 真生は自ら罠にかかりに行くように“真生”の剣の領域へと踏み込んだ。その瞬間、“真生”の剣はその身を薄く、されど猛々しい刀と鞘へと変えた。刀は抜刀されると同時に真生の四肢を斬り落とした。意識の外側からくるような錯覚をも引き起こす刀術だった。真生が四肢を瞬時に再生したとしても剣は斬られた手の中にある。それを手に戻すにはタイムラグが発生することは明らかで、真生の勝機など皆無のように思われた。

 

 だが、真生は四肢を再生させるとそのまま脚を地面に下ろし、右腕を引き絞った。矢のように撃ちだされた拳は“真生”の反撃を許す間もなく的確に中心を貫いた。的確に加減されたその衝撃は“真生”の核を貫通し、核からの力の供給が途切れた“真生”は意識を昏倒させた。

 

「……君の知らないものを俺は知っている。悪いな、年季が違うんだ。本来なら、こんなことに使って良い古武術じゃないが、な」

 

 ――ピリリリリ!!

 

 倒れる者と立っている者。それぞれの思いの激突の末の静寂を、鳴り響く音が搔き消した。それは間違いなくこの戦いを終わりへと導く呼び出し(コール)だった。

 

「友奈から、か。時間切れだな。……もしもし? 猫が見つかったか?」

 

『うんっ! 猫ちゃんは無事に確保完了したよ! 依頼達成したこと伝えたら風先輩が戻ってきなさいって言ってたから一緒に戻ろ?』

 

「ああ、分かった。こっちは色々あって草薙の奴が頭打って気絶しちゃってな。だから三人の女の子たちに彼を引き渡したら、すぐ行くよ」

 

『ええっ!? 小さい真生くん大丈夫なの?』

 

「問題ないよ。傷も残らない程度の軽い打撲だから」

 

『……そっか。じゃあゆっくり戻ってるから途中で合流できるかな? 話したいことあるんだ』

 

「そうか、なら少し急ぎ目に行くよ。じゃあ切るよ、また後で」

 

 通話を切った真生は転がっている“真生”を担ぐと、車よりも速い速度で一度家へと戻った。学生服を着替えなおし、再び家を出た真生は須美たちのもとへと急ぐ。到着した真生に須美たちは担がれている“真生”を見ると、不安そうな顔をして心配の言葉を掛けた。

 

「えっと真生さん、真生君は大丈夫でしょうか?」

 

「大丈夫、もうすぐに目を覚ますだろう。担架も持ってきたからこれに乗せて運ぶといい。ちょっと重いかもしれないけどね」

 

「あ、ありがとうございます、助かります! もーそれにしても何だって頭なんて打ってるのさ、真生は。珍しくドジだな」

 

「そのギャップもグッジョブだよ~♪」

 

 サムズアップを両手で連続で前に突き出す園子の言葉に、銀と須美は呆れの瞳を向けていた。それぞれ度合いは違うが、心配していたのは確かの様で真生が説明した時にはシンクロした動きでほっと胸を撫でおろしていた。

 

「良い友達を持ったな、彼も」

 

「いえ、そんなっ! 私たちだっていつも彼に助けられてばっかりなんです。むしろお礼を言いたいくらいなんですよ」

 

「でもまおりんは頑固だから~。直接お礼を言うんじゃなくて普段の態度で愛情度を示してるんですよ~」

 

「……真生はアタシたちのすっごく大事な、友達なんです。だからこうして連れてきてくれてほんとにありがとうございました!」

 

「……ああ、どういたしまして。じゃあ、俺は友奈を追いかけるからお別れだ」

 

 須美、園子、銀からの純粋な感謝を向けられた真生は笑みを浮かべて、踵を返す。遠くで須美たちの別れと感謝の言葉が聞こえ、それに手を振って返した真生は浮かべていた笑みを消すと、遠い過去を思うように遠くを見つめた。

彼は確か、自らの名を真生といった。自らの生きる意味を知るため、真に生きると決めた名前だった。

 

 ――しかし、結局のところ真生という存在は自らの意味など見つけられていないのだ。怠惰に日常を貪り、無為な時間を過ごしてきただけの存在が一体何を見つけられるというのか。

 気づくのは何もかもが手遅れになってからで、その末でやっと死の覚悟を決める臆病者だ。

 この残酷な現実で、理不尽な世界で、真に生きることのなんと難しいことか。ただ、皆と一緒にいたかっただけなのに、それすらも許されない。

 本当に大切なものがあるのなら、秘密も、責任も、不安も恐怖も全て捨てて守り抜け。例えその先で朽ち果てることになろうとも、思いのままに足掻き抜け。

 後悔をしないことこそを、(未来)“真生”(過去)に望むのだ。だってそれは――――

 

 

 

 

 ――――(真生)には出来なかったことだから……――――

 

 

 

 真生は足を踏み出し、駆け出した。同時に呟いた悲痛な声は、誰の耳にも届くことはなく、静かに響きを失っていった。










前回の更新から早一年と数ヶ月。更新するする詐欺を連続して行ってしまい申し訳ございませんでした。現実の方でも確かに多少忙しくはありますが、ツイッターを見てる方は分かる通りゲームをやる程度の余裕は全然ありました。つまり執筆もできたということです。それにも関わらず長い間サボっていたことは最早謝罪じゃ足りません。五体投地するレベルです。

今の時期からは更に忙しくなることが予想されますが、ちょくちょく更新できるように頑張ります。
お気に入りしてくださっている方と読んでくださっている方に感謝を。

気になった点や、明らかな矛盾点などがあった場合には感想欄かメッセージにお願いします。感想、批評もいつでもお待ちしています。あとがきが重い場合も一言ください(笑)

では最後に


メッセージ:アヤメの花言葉


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第三十七話 心の扉をたたく

お久しぶりです。
とりあえず前回までのあらすじをどうぞ。

13体目のバーテックスである草薙真生を残し、全てのバーテックスを倒した勇者部。散華による身体の欠損を残したままであったが、それぞれは平穏な日常を過ごしていた。
そんな中、夏凜は自分の未来について悩み、部活を休む。美森も病院で休んでおり、部活は風、樹、友奈、真生の4人で行われることになった。
依頼の最中、真生は嫌な予感と共に過去の自分と出逢うこととなり、それぞれの思いを胸に剣戟を重ねた。過去に希望を残し、真生は過去の自分との決別を果たす。
その頃友奈は須美を含めた三人と依頼を達成して、あることを決意した。


 勇者部に来ていた依頼も終わり、友奈は一人でゆっくりと学校へと戻っていた。

 彼女は依頼の途中で出会った、心優しい少女たちとの会話を思い浮かべた。話は真生たちと二手に分かれたところまで(さかのぼ)る。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「――そういえばさっきの『勇者部』って何ですか~?」

 

 園子は興味津々な様子で、友奈へと疑問を投げかけた。未だに自分のせいだといわれたことへのショックを拭えない須美を華麗にスルーしながら。

 友奈は園子の質問を聞いて、花のような笑顔を向けて嬉しそうに話し始めた。

 

「あ、えっとね。人のためになることを勇んで行う部活なんだ! 部員が六人いるんだけど、みんな優しいしすっごく頼りになるんだよ。風先輩は頼れるパワフルな先輩で、樹ちゃんは物静かだけどいろんな人に対する優しさが溢れてて、東郷さんはいつも私を助けてくれる大親友で、真生くんは東郷さんと同じで大親友だし私のことだけじゃなくて周りのことまで常に気を配ってる頑張り屋さんなんだ! それにもう一人は入ったばっかりなんだけど、夏凜ちゃんっていってね、夏凜ちゃんは――――」

 

 そこまで言って友奈は、夏凜が部活に来ていなかったことを思い出した。今日教室で見かけた夏凜は、普段と違いとても大人しく常に何かを考え込んでいる様子だった。友奈は夏凜が何を考えているかは分からなかったが、それがとても彼女にとって大切なことだということが夏凜の表情から伺えた。

 思い返せば、勇者部が夏凜について知っていることはそこまで多くはなかった。彼女自身が話そうとしないのもあるし、そういったことについて詳しい真生も黙っていたからだ。

 

(そっか……。私、夏凜ちゃんのこと全然知らないんだ。同じ部活の、同じクラスの友達なのに……)

 

「えっと、どうかしましたか? 友奈さん」

 

  急に静かになった友奈に気を遣ってか、銀は友奈へと声をかけた。そのことに気がついた友奈は、はっとした様子で焦りながらも困ったような笑顔で彼女たちへと言葉を返した。

 

「あっ、ごめんね! 急に黙っちゃって。それで続きなんだけど、夏凜ちゃんは勉強も運動もできるんだけど、初めはいつも眉をひそめてツンツンしてたんだ。でも最近はそんなこともなくて、笑顔もたくさん見せてくれるようになったんだよっ! 勇者部はみんな仲良しで、みんな違ったいいところを持っててね。困ってる人を笑顔にしたいってみんな思ってるんだ!」

 

 宝物を自慢するかのように語る友奈は、三人から見てもとても嬉しそうで誇らしげだった。そして銀は友奈の言葉にへえっと呟きながら、納得したように自分の思ったことを口に出す。

 

「ああ、それで『勇者』ってわけだ」

 

「うんっ! だから……、須美ちゃんたちも『勇者』だね!」

 

 満面の笑みでそう言う友奈に、三人の勇者たちは照れくさそうに笑った。

 

 その後、木に登って降りられなくなった猫を発見した友奈たちは、無事に猫を救出することができた。猫と再会できた依頼主であるお婆さんは、見つけてくれた友奈たちに感謝の言葉とお礼を渡し笑顔で手を振った。

 歩きつつもお婆さんの姿が見えなくなるまで手を振った友奈は、達成感に満ちた声を上げる。

 

「依頼完了ーっ! お疲れ様、須美ちゃん、園子ちゃん、銀ちゃん!」

 

「お疲れ様でした」

 

「楽しかった~」

 

「だなっ」

 

 労いの言葉をかけられた須美たちはそれぞれの感じたままを口にする。

 しかし、ご機嫌な様子を窺わせる園子と銀とは対照的に、須美は少し申し訳なさそうな顔をしながら手に持っていた袋を広げた。

 

「依頼者のお婆さんからいろいろ貰っちゃいましたね」

 

「もなかにぼた餅、かりんとー! これだけ揃って鷲尾さんちの須美さんは何が不満なんですかいのう、なあ園婆さん」

 

「そうですなあ〜、銀爺さん♪」

 

「べ、別に不満なんて思ってるわけじゃ……っ! ていうか何よ、その寸劇!」

 

 ――――ピリリリリ!!

 

 不意に、友奈の携帯の音が鳴り響いた。

 

「おっと……、ごめんっ! 部活のみんなが待ってるから行くね」

 

 申し訳なさそうにしながらも友奈は須美たちへと別れを告げる。その様子に焦った須美はアタフタとしながら、お婆さんからもらったお菓子袋を胸の前に差し出して声を上げる。

 

「あっこれ……」

 

「須美ちゃん銀ちゃん園子ちゃんで食べて! ありがとう、ちっちゃな勇者さんたちっ!」

 

 とびきりの笑顔を浮かべて、友奈はすぐに走り去る。その胸中に迷いはなく、ただ自分で決めたことを一生懸命やるという心意気がはっきりとあった。

 なお、後にはポカンとした顔の三人少女だけが残されたという……。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「……なるほどな、そういう経緯(いきさつ)か。何というか……思い立ったが吉日とはよく言ったもんだよ」

 

 若干呆れたような顔で返したのは草薙真生だ。無事合流した彼は、友奈の話を聞いて友奈のしたいことに合点がいったようだった。

 真生は軽く後頭部を掻くと、ポツリと言の葉を落とした。

 

「……浜辺だ」

 

「え?」

 

「今の時間とあの子の性格から考えて、浜辺で剣を振るっているはずだ。まあ右目の分の慣らしもあるだろうが、きっと今まで考えてこなかった事を考えなくちゃいけなくなって混乱……いや困惑してるんだろう。迎えに行ってあげてくれ、あの子は意外と寂しがりやだからな」

 

 その言葉と共に零れた笑みは、慈しみに溢れていた。友奈は与えられた情報を噛みしめるように何度か呟くと、真っ直ぐ真生を見て応えた。

 

「うん、任されましたっ!」

 

 友奈はそれを言うと同時に目的の場所へと駆けていく。その後ろ姿を視界に収め、真生は声を張り上げた。

 

「風先輩には言っておくから、こっちの心配はしないでしっかり話してこい! ちゃんと連れ戻してこいよ!」

 

「ありがとうっ! 風先輩と樹ちゃんによろしくね!」

 

 友奈が返事をする頃には彼女の姿は夕日をバックにした影になっていたが、半身振り返ってぶんぶんと擬音がなってそうなほど手を振っている、元気とやる気に満ちている背格好を瞳に映した真生は苦笑を漏らした。

 学校へ向かう足を動かそうとした彼は、目を少し細めて瞳のみを後ろへと向けた。そこには代わり映えのない街並みが広がるだけだったが、真生は硝子玉のような何一つとして感情を映さない瞳を前に戻し、再び歩き出して()()()を心中で嘲笑った。

 

(……存分に見ているがいいさ。例え何が起ころうとも、それを覚えていられる者など1人もいないのだから)

 

 真生の姿が消えた後、1人の青年が現れる。しかし、その青年は監視対象に対しての違和感や不思議さを一切覚えていなかった。ただ一つ、仄かに残る自分のものでない体温があったが、それすらも霞のように消え去り当たり障りもない報告のみが監視を命じた者に届くのだった。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「おかえり真生〜。あら? 友奈はどしたの?」

 

「友奈はどっかのサボリ魔を迎えに行ったよ。友奈のことだからきっとうまいこと言って連れてくるだろうさ」

 

「あー、納得」

 

 クスッと笑いをこぼしながら、風は柔らかく微笑む。真生は妙に優しい瞳で見られていることに違和感を覚えつつも、いつも風の隣にいる樹がいないことに気づいて疑問の声を上げる。

 

「ん、樹はどうしたんだ?」

 

「明ちゃんと一緒に用務員の仕事の手伝い。私も一緒に行こうとしたんだけど、真生と友奈が帰ってくるだろうから部室で待っててって言われてね。いやあ、うちの妹ホントかわいくてしょうがないわ」

 

 デレデレとした表情を浮かべる風に、真生は苦笑しつつも樹の自立心の高さに内心多少ながらも驚いていた。

 勇者になってからのこの短い期間で彼女は大きく成長した。彼女の気弱な性分に隠されていたが、樹は元々他人と関われば関わるほど自分の世界を広げられる強さを持っている子だった。ただそれを本人が認識しておらず、それに加え過保護な姉に守られていたがゆえに芽を出すのが遅れていただけだったのだ。

 

 勇者になったことをきっかけに姉を支える力を手に入れ、それを自信に自らを開花させていった。真生はそのことがたまらなく尊いものだと感じ、浮かべていた苦笑を優しさを覗かせる笑みへと変えた。

 

「樹も成長したな……。少し前まで俺に怯えていたのが嘘みたいだ」

 

 そう話しながら真生は部室のデスクトップの前に座り、パソコンの電源を立ち上げる。休んでいる美森に代わって、勇者部のサイトを更新するためだ。勇者部にはネットに関する知識をある程度持っているのが美森と真生しかいないため、このように真生が代わって行うこともあるのだ。しかし基本的には美森の管轄であり、真生は普段触ることのないものでもある。

 ディスプレイと向き合う真生を、風は頬杖を突きながら光を残す右の瞳で見つめていた。

 

 静寂に包まれる部室の中で二人の息遣いと真生のキーボードの音だけが響く。黙々と作業に勤しんでいた真生は、作業が終わると同時に短く息をついて窓の外に目を向けた。外は既に夕日が沈みかけている。

 そうして真生が夕日を見つめていると、不意に風が言葉をかけた。

 

「ねえ真生。あんた最近なんか隠してない?」

 

「……は?」

 

 不意の出来事であったためか、真生も目を丸くした。驚く真生をよそに、風は確信を持った口調で話を続けた。

 

「最近のあんたアタシたちに対して淡白な反応ばっかなのよ。おかげで全然張り合いないし、夏凜はあんたの顔見て変な顔してたし、東郷はあんたの話題出すと笑顔一瞬固まるし。率直に言ってめちゃくちゃ怪しい」

 

「だからって……、なんでそんなに断固とした口調なんだ」

 

「ふふん、なんたってアタシの超絶プリティーでウルトラハイパーな女子力がそう言ってるからね。それに加えてアタシの封印されし瞳が疼いている……、絶対に何かがあると!」

 

 眼帯をつけた左目に手を添えながら不可思議なポーズをとる風に、最早どこからツッコミを入れればいいのかわからなくなった真生は、頭痛が痛いとでも言いたそうな程に眉間をグリグリと押さえながら深く息を吐いた。

 

「む、冗談めかした言い方したからって溜め息つくことないじゃない」

 

「場を和ませる必要なくないか、この場面で……」

 

「そうね、だからちゃんと聞くとするわ。――――真生、あんたは何を隠してるのかはっきり言いなさい。部長命令よ」

 

 風の真っ直ぐな瞳に、真生は気圧(けお)された。一瞬だけだが答えなければならないと思わされた真生は、胸中で歯噛みした。弛緩した空気の中で少し気を抜いた瞬間に、心臓を掴まれるかのような鋭い眼差し。本人が狙ってやっていないことに、真生はやりづらさすら覚える。

 

 しかし、真生の秘密を語るわけにはいかない。それは、あらゆるものに対する裏切りだったからだ。神樹も、大赦も、……勇者部ですらも彼にとっては泡沫(うたかた)の夢。だからこそ裏切ることも許容できる。だが彼は、彼だけは真生(・・)を裏切ることは許されない。彼は真生の代弁者であり、目的の執行者であり、共犯者である。

 

 彼自身の感情は真生の力となることを決めた時に捨て去った。過去の真生との決着も、内に眠る真生の意思に沿う形になぞったものだけのこと。

 

 だからこそ彼は、彼からすれば不毛なこの問いかけに答えることは無い。

 

「俺の隠し事なんて大したことじゃないさ。それこそ東郷にでも聞けば分かることだ。風こそどうなんだ? ……不安なんだろう? 肉体的な欠損を持ったまま、最も強いであろうバーテックスと戦うことが」

 

 真生の返答は、的確に風の心に波紋を波立たせた。満開を持ってしても追いつくことができない速さ。傷をつけたとしても、いや肉体を抉ったとしても即座に回復する超速再生。バーテックスを容易に強化する程の詳細不明の超能力。どれをとっても強敵であることは間違いなく、敵が1人であることを考えても前回と同等の死闘となることは必至だった。

 

「これまでの戦闘記録での奴の行動の数々を省みるに、十三番目のバーテックス(UNKNOWN)は狡猾だ。隙を見せたら最後、 真っ先に落とされる事は間違いない。少なくとも片方の精霊……風の場合は犬神辺りを守護に回した方が良いだろう。後は……」

 

「――勇者部五箇条ひとーつ、悩んだら相談っ!」

 

 矢継ぎ早に言葉を紡ぐ真生に、風は声を張り上げた。露骨に話を逸らそうとする真生は、失敗したことを察して眉間に(しわ)を寄せた。まだ抵抗を諦めていない真生が口を開くより先に風は自らの思いを告げる。

 

「真生、話を逸らそうとしないで。……確かにアタシは次の戦いが怖いわよ。だからあんたが、アタシや勇者部のみんなを心配して対抗策まで考えてくれてることは感謝してる。でもね、それとこれとは話が別よ。最近のあんたは……雰囲気が怖い。影で怖い顔することも増えたし、妙な距離感を維持してるみたい」

 

「……っ!」

 

 ……言葉すら出なかった。見られていた、見透かされていた。風の言葉の意味を理解した時、何度もあの時の春信の言葉が頭の中で繰り返される。

 

 ――――君に騙せるのは他人と友達までだ。君の事をよく見ている人間はいずれ気付くよ。僕と同じか、それ以上に君が自分勝手だということにね。

 

 全てを理解されたわけではない。そんな事は分かっていた。しかし、彼には我慢ならなかった。自らが、真生(・・)が暴かれていくという錯覚にも似た嫌悪感が。

 

 風は続ける。自らの意思を伝えたいが為に。それが彼を遠ざけるとも知らず。

 

「アタシはね、あんたよりも一個年上なの。先輩でリーダーだから、いつまでも怖がってるわけにはいかないし、恐怖も不安も皆となら乗り越えられるって、そう思うから無限のパワーが溢れてくる。だから心の準備だっていつでも万端よ。それよりあんたよ、真生! あんたがだんまり決め込んでるのもいいけどね、あんまり長く続けてるようなら……、

 

 

 

 

 あんたの寡黙な心、アタシがこじ開けちゃうぞ☆」

 

「……」

 

 沈黙が教室の中に響く。いつまで経っても一切の反応を示さない真生に、風はほんの少しの不安を湧き上がらせた。

 

「あ、あれ? なんか外しちゃった?」

 

 先ほどまでの真剣な雰囲気は何処に行ったのか。風があたふたとしながら真生の様子を伺っていると、唐突に真生が笑みを浮かべた。俯いたままだったため、口元の笑み以外の感情は見えない。風が黙したまま見つめていると、真生は顔を上げて、疲れたように笑いながら言葉を吐き出した。

 

「……あー、もう。本当に風は馬鹿だなあ」

 

「にゃ、にゃにおうっ!?」

 

「馬鹿な割りに聡明で、状況判断もなんやかんやでしっかりこなして……本当に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――厄介でしょうがない。

 

 

 言葉に出さない思いは、誰に伝わる事なく真生の中に響くのみ。どこか渇いたような笑みを形作る弧を描く口と細められた彼の瞳は、まるで定めた獲物を笑う蛇のようだった。

 

 少しして表情を崩した真生は、少し俯きながら言の葉を零す。

 

「でも、まだ駄目だな。やっぱりまだ話せない」

 

「そっか、でも……」

 

「大丈夫、全部終わったらちゃんと話すさ。他の皆にもな」

 

 穏やかな笑みを浮かべる真生に、風は不満を残しながらも、仕方ないとでも言うように眉を八の字に曲げつつ笑った。

 

「そろそろ樹と友奈たちも戻る頃だろう。軽く部室の掃除でもしてようぜ、風」

 

「そうねー、堅苦しい話してて肩も凝ったところだし。いっちょやっちゃいましょうか!」

 

 そう言って、2人はそれぞれ活動を始めた。樹と明が戻る頃には、いつの間にか大掛かりな掃除に取り組もうとする寸前だった。

 友奈と夏凜のことを樹と明にも同じように説明したところ、二人を待とう! という話になった。夕方に近づいているにも関わらず夏の暑さに変わりはなかったが、部室に静かで和やかな空気が再び流れ始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………全てが終わった時、俺――――真生はきっと…………)

 

 されど、運命の時は近づいている。真生の願いの成就に全てを費やす彼は、最後の時に思いを馳せて、蒼を時折覗かせる橙色の瞳を閉じた。

 

 

 

 




 とりあえずいつもの謝罪祭りです。
 わすゆの映画に間に合わなくてすみません! それどころかゆゆゆいも配信されてる! 友奈ちゃんじゃなくてにぼっしーが一番初めに+5になったのはなんでだろうか……この作品でそんなに優遇してました?

 自慢混じりの謝罪してるのかしてないのか分からない祭りはともかく、ゆゆゆが盛り上がってきて嬉しい限りですねえ……。ゆゆゆ小説も増えてる……。安定(?)の不定期更新ですが、お気に入りしてくださってる方と読んでくださる方には感謝を。見切りをつけてしまわれた方々にもこれまでの応援に対しての感謝を。……拝!

 気になった点や誤字脱字、明らかな矛盾点などがあった場合には感想欄かメッセージにお願いします。感想、批評などもいつでもお待ちしています。

 では最後に、


 心の扉をたたく:クラスペディアの花言葉


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第三十八話 門出

 
前回までのあらすじ

13体目のバーテックスである草薙真生を残し、全てのバーテックスを倒した勇者部。散華による身体の欠損を残したままであったが、それぞれは平穏な日常を過ごしていた。
そんな中、夏凜は自分の未来について悩み、部活を休む。美森も病院で休んでおり、部活は風、樹、友奈、真生の4人で行われることになった。
依頼の最中、真生は嫌な予感と共に過去の自分と出逢うこととなり、それぞれの思いを胸に剣戟を重ねた。過去に希望を残し、真生は過去の自分との決別を果たす。同時期、友奈は須美たちと触れ合うことで仲間の大切さを再確認し、夏凜を部活に連れてくることを決める。


 

(私は、夏凜ちゃんのことまだ何も知らないんだ。だから、もっと知りたい。夏凜ちゃんのこと。そうじゃなきゃ胸を張って友達なんて言えないから。そのためにまずは、夏凜ちゃんを捕まえるっ!)

 

 友奈は浜辺へと一直線に走りながら、自分の頭の中をまとめていた。知らないなら知ればいい。分からないなら聞けばいい。できない者からしたら難しいそれを、友奈は息を吸うように実践する。

 そして、全力疾走の影響で流れる汗を拭う手間すら惜しんで走った先で、夏凜は一人砂浜で仰向けになり、落ちゆく夕陽を眺めていた。

 

「夏凜ちゃーーん!」

 

「――友奈……?」

 

 夏凜の姿を確認した友奈は、目的の人物を見つけた喜びを振りまきながら夏凜へと駆けていく。

 

 

 

 と、その時。先ほどまでアスファルトやコンクリートの上を走っていたからだろうか。慣れない砂浜に足をとられ、友奈は見事なまでに滑って頭から突っ込むようにしてすっ転んだ。

 

「ちょ、何やってんのよあんた!」

 

 夏凜は思わず上体をあげ、友奈の方向へと歩みを進めた。友奈は、強打した顔をさすりながら、夏凜へと不満をこぼす。

 

「いたい……。夏凜ちゃん、そこは駆けつけて受け止めてよ〜」

 

「もう、無茶言うな。……んっ」

 

 夏凜は不満をこぼす友奈に呆れながらも、当たり前のように手を差し出した。友奈は、夏凜のその当たり前の仕草に喜びながら、彼女の手を取って立ち上がる。

 友奈が立ち上がったことを確認して、夏凜は疑問を口にした。

 

「何しに来たの、友奈」

 

「部活へのお誘いっ! 最近夏凜ちゃん、部活をサボりまくってるから」

 

「っ! ……」

 

 夏凜はバツ悪そうに目を逸らす。友奈はその仕草から、夏凜が部活に行かなかったことに罪悪感を抱いているのだと思った。畳み掛けるようにして、友奈は夏凜に言葉を投げかける。

 

「このままじゃ、サボりの罰として腕立て千回とスクワット三千回と腹筋一万回させられることになるんだけど〜」

 

「桁っ! おかしくない?」

 

 夏凜は困った表情を浮かべる。友奈はそれを狙っていたかのように笑い、名案とでもいう風に提案を持ち出した。

 

「でも、今日部活に来たら全部チャラになりまーす!さあ、部活に来たくなったよね〜!」

 

「……ならない」

 

「部活、来ないの?」

 

 眉を下げ、友奈は置いて行かれる子犬のように夏凜を見つめる。夏凜は友奈から目を背けると、吐き出すようにして言った。

 

「分からなく、なったのよ」

 

「分からなくなった……?」

 

 友奈が復唱して問いかける。すると夏凜はまるで懺悔するように溢れる言葉を溢し始めた。

 

「残ってるバーテックスはたったの一体。きっと次が、最後の戦いになるわ。全部が終わったその時、私は、元々部員じゃない私は、この場にいる資格も理由も無くなる」

 

「そんなこと……」

 

「元々、私は勇者として戦うためにこの学校に来た。あの部にいたのは……、戦うために他の勇者と連携を取ったほうがいいから。ただ、それだけっ! それ以上の理由なんて……、ない……!」

 

 夏凜が自分の気持ちを語り出す。まるで自分を責め立てるように強く、友奈が言葉を発する前に、喉の奥から沸き上がる何かを形にする。

 

「大体、風も何考えてるのよ! 勇者部は、バーテックスを殲滅するために創設された部なんでしょっ! バーテックスがいなくなったら、そんな部もう意味なくなるじゃない!!」

 

 ――けれどその部は、いつしか自分の居場所になっていた。

 

「私は、ずっと、バーテックスを殲滅するためだけに修練を重ねて……! ただ我武者羅に頑張って。でも、戦いが終わったら私には理由が、価値が無くなる……。そんな私に、居場所なんて……!」

 

 ――――誰かに認めてほしかった。なんでもできる兄にできないことが、自分にできることが誇らしかった。兄だけじゃなくて、自分の事もたくさん見てほしかった。自分がその役目を存分にこなして、その役目のために全霊をかけていれば、気に入らないものはいつしか目に入らなくなると思っていた。

 

 けれど違った。夏凜が頑張れば頑張るほどに、周りを見る目は冴えていき、目に入るものは増えていった。見えてしまうが故に、自分はいらないお節介を重ねるようになった。見返りなんてなくても、相手が少し自分を見てくれるだけで自分の刀身が少しずつ研がれていくように感じた。

 

 そして彼女は、勇者に選ばれた。

 

 そして、彼女にあるものを与える存在が現れた。その少年は、意地が悪くて、お節介で、甘く、溶けてしまうような優しさ()を彼女に向けて、口を三日月状に変えて笑みを浮かべた。共に訓練を行い、技術は成長を続ける。しかし、甘さに蝕まれた彼女の高潔な心は錆びつき、輝きを失うばかりだった。

 彼は望まれる限り全てを与える。結城友奈は、東郷美森は、犬吠埼風は、犬吠埼樹は、溢れんばかりの優しさを受けることで奮起し、更に強くなる。しかし全ての人間がそうなるわけではない。三好夏凜は、その優しさで弱くなる。与えられるばかりのその優しさは、三好夏凜にとっての猛毒だった。

 

「私は、勇者部は……! 無駄そのものよっ…………!!」

 

 縋るものを探す迷子のようなその瞳で、夏凜は自分の中の否定を抑えきれずに思ってもないことすらも吐き出してしまう。その言葉に友奈は驚き、そして叫んだ。

 

「違うよっ! 無駄なんかじゃない。夏凜ちゃんも、勇者部も!!」

 

 そう強く言い切る友奈は、真っ直ぐに夏凜の目を見ていた。夏凜は、その強い瞳に映る弱さを晒す自分を見た。みっともなく喚き、心にもない暴言を吐くその惨めな姿には、幼い頃に夢見た高潔な姿など欠片も無い。

 

「バーテックスなんて、戦いなんて関係ないんだよ! 勇者部は、風先輩がいて、樹ちゃんがいて、東郷さんと真生くんがいて、夏凜ちゃんもいて、みんなで楽しみながら助け合って、人に喜んでもらえることをしていく部だよ! 誰が欠けたって駄目なんだ。夏凜ちゃんは、勇者部に必要なんだよ?」

 

 その言葉を聞いて、夏凜はようやく“友奈”を見た。夏凜を気遣いながらも、自分の言葉を直接ぶつけた友奈は、今も優しい強さを宿している。

 

 初めて見て話した時に、気に入らない、と思った。夏凜から見た友奈は、いつだってヘラヘラしていて、馬鹿正直でお節介で、そして余りにも怒らない印象だった。真生のような、一歩離れたところから見守られる安らぎに似た優しさとは違う。見ている方がしっかりしないとと思わされる、少し危ういがどこまでも真っ直ぐな優しさと春の木漏れ日のような暖かな好意の押し売り。

 彼女のその姿は、夏凜の目には見えなかった未来を見ているようで、夏凜の胸に描く強さとは別の、それでいて確かな強さを表していた。

 

「でも、私は……」

 

 どこか心細そうに、弱い言葉を繰り返そうとする夏凜に、友奈は自慢げに笑って言った。それは偶然にも、同じ時に風が真生に対して言った言葉と同じもの。

 

「勇者部五箇条、ひとーつ! 悩んだら相談っ!!」

 

「……あっ」

 

「戦いが終わっても、居場所は無くなったりしないよ? 夏凜ちゃん居ないと部室は寂しいし、私は夏凜ちゃんと居るの楽しいし!」

 

「友奈……」

 

「それに私、夏凜ちゃんのこと好きだから!」

 

「なっ!?」

 

 友奈の言葉に浸りかけていた夏凜は、唐突な好意の表しに顔を真っ赤に染める。言いたいことが固められずに口をもごもごと動かすと、ふんっとでも言うように口を噤んで顔を背けた。頰は赤いままで、小さな鼻息を漏らす彼女は恥ずかしさを紛らわすためか、それとも小さな自分の本音か。少し上ずった声で友奈に声を投げかけた。

 

「……ったく! しょうがないわね! そこまで言うんなら、行ったげるわよ……勇者部」

 

 夏凜の返答に友奈はみるみるうちに満面の笑みを浮かべて、両手を上げて喜んだ。

 

「やったー! じゃあ早速行こう! ……と、その前に」

 

「な、何……?」

 

 友奈は悪戯っぽく微笑むと、夏凜の手を引いて駆け出した。夏凜が戸惑っていると、友奈は悪巧みをする子供のように無邪気な悪い顔をしてこう言った。

 

「ちょっと買い物を、ねっ☆」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ――友奈が夏凜を見つけたのと同じ頃、樹は明と一緒になって勇者部としての活動を行なっていた。

 一年生の教室の窓拭きを任された二人は、いつもの教室で窓をピカピカに拭いている。拭いている最中、樹は何か思いついたのか雑巾を近くに置くと、筆談用のスケッチブックに文字を書き込み明の肩をちょんちょんとつつく。

 樹の方向へ振り向いた明は、スケッチブックの内容を見ると途端に顔が沸騰したように茹であがった。その内容とは……。

 

『そういえば明ちゃんって真生さんに告白したりしないの?』

 

「何言ってるの樹ちゃん!?」

 

 突然の樹の爆弾発言に顔を真っ赤に染める明は、普段の落ち着いた様子など見る影もないほどに慌てふためいている。

 対する樹は、頭の上に疑問符を浮かべて首を傾げていた。

 

『でも好きなんでしょ?』

 

「うっ、まあ確かにそうなんだけど……。でも、今の先輩にそんな余裕無さそうだし、十分な好感度の獲得もできてないし、何よりまだ心の準備がですね……」

 

『そんなこといって後回しにしてたらとられちゃうよ?』

 

「ふぐぅっ! その通りなのが胸に痛いよぅ……」

 

 心に傷を負った明は、ふらふらと近くの椅子に腰掛ける。少しの涙を浮かべて長々とため息をつく明は、気分が急激に落ち込んでいた。

 樹は心配そうに明を見つめる。樹も何も虐めたくてこんな質問をしたわけではないのだ。ただ、親友の初恋が叶ってほしい一心での一言ではある。しかし、それは明に深刻なダイレクトアタックを加えただけであった。明も真生に対してアタックしていないわけではない。だが、そのアプローチを真生がひらひらと受け流すため、自分が相手にされていないことが分かってしまうのだ。

 

「先輩やっぱり好きな人でもいるのかな……。だとしたらきっと……あの人、だよね」

 

 物憂げな表情で、明は呟く。樹は恋愛経験は皆無なため、明が誰のことを指しているのかイマイチわからないでいた。その樹の様子が分かったのだろう、明は自分の本音と予測を吐露し始めた。

 

「友奈先輩、だよ。だって明らかに特別扱いされてるもん。東郷先輩にもかなり特別扱いはしてるみたいだけど、あの人はなんか……違う気がする。友奈先輩が恋敵だったとしたら、とんでもない強敵だよ。あんな素敵な人だもん。勝ちたいけど、勝てる気がしないよ……」

 

 樹は勇者部の普段の様子を思い浮かべると同時に、友奈と真生のじゃれあいを思い出す。確かに大親友というだけあって、仲が良く、更に異性にしては距離感が近すぎるとも思う。だが、恋愛感情を両者ともに抱いているのか、と考えるとどうだろうか。樹は眉を寄せて、出ない声でむ〜っと悩む。彼女の脳内で、友奈と真生が今以上に仲良くなる様子が思い浮かばない。それは、友奈と真生の関係性の限界を示しているようだった。

 

「……そんなに悩むことかなあ。結構わかりやすいと思うんだけど……。それとも何か気になることでもあった?」

 

『友奈さんと真生さんが今以上に仲良くなるところが想像できない……(><)』

 

 可愛らしく顔文字を描いて、頭がいっぱいいっぱいだと表現する樹に、明は意外そうに驚いていた。自分以上に近くにいる樹がそんな感想を漏らすなんて、明には思ってもみなかったからだ。

 あくまで彼らは友達の延長線で、明の考えるような桃色な世界とは違うものなのかもしれない。一片の希望を見た明は気分を回復させると、腰に手を当てて先ほどよりも元気の良い顔で樹に仕事の再開を促した。明が元気を取り戻したことを喜ぶ樹も、優しく微笑んで気合を入れるように顔を引き締めて、雑巾を絞る。

 心なしか始めた時よりも、ペースも精度も高くなり、用務員が仕事の確認に来て驚く程度には教室中が綺麗になっていた。夢中で掃除をしていた明と樹も、自分たちの仕事ぶりに気分を良くして二人で顔を見合わせて笑い合う。帰り際、用務員のお爺さんのくれた飴玉を口の中でころころ転がして廊下を歩く二人。機嫌が良いためか、明は鼻唄を歌い出すと、樹はそれに合わせて手を叩く。

 

 二人だけの小さな楽団は一曲の鼻唄を終えると同時に、二人して笑い出す。明は手を伸ばしてクルクル回り、樹の隣から正面に移動すると、明は樹に笑いかけてこう言った。

 

「樹ちゃんの声が治ったらさ、またカラオケ行こうね! 樹ちゃんの歌声、私好きなんだっ!」

 

『うん!』

 

 目を細めてニコッと笑い返した樹は、スケッチブックを胸に掲げる。樹の返答に明は薄っすら頰を染めて、えへへと二人揃って笑い合った。

 

 部室に着くと、何故か風と真生が大掃除を始めようとする直前で、明と慌てて止めに入った。ばつが悪そうに笑う真生と風に、樹がジト目を向ける。可愛い妹にそんな目を向けられた風は、当然のようにウッとうめき声をあげると机に突っ伏した。

 

「樹が、樹が反抗期に――!」

 

「相変わらず樹関連にほんと弱いですね、風先輩……」

 

 苦笑いを返す真生に当然でしょー! と反論をあげる風。はいはいと冷めた返答をする真生の様子は、風から見たら気に入らないようで、妹の素晴らしさを真生に何度も語る。

 

 それで被害を被るのは真生よりも樹である。親友の隣で自分の良さを自慢げに語られるのは、思春期の少女としては羞恥心が果てしなく仕事をする。樹のそんな様子が分かっている明は、その会話内容にあまり耳を向けないようにして苦笑していた。

 

 風の妹自慢はその後も続き、しばらく経ってその場にいる風以外の全員がそろそろ終わるだろうと思った頃に新たな来訪者が現れた。

 

「結城友奈、帰還しました〜!」

 

 夏凜を伴って現れたのは、友奈だった。友奈に連れられている夏凜は少しバツの悪そうな表情をして、風たちから目を逸らしている。

 

「おかえり友奈。おっ、夏凜も来たのね〜!」

 

「ゆ、友奈がどうしてもって言うから……」

 

『よかったです』

 

「夏凜先輩、元気ないの治ったみたいで安心しました!」

 

 風と樹、そして明が友奈と夏凜を温かく迎える。最後に真生が夏凜の方に歩み寄り、意地の悪そうな顔で問いかけた。

 

「友奈の前で泣きでもしたか? 夏凜」

 

「んなっ!? そ、そんなことするわけないでしょっ!!」

 

「そうか、それならそれでいいさ。今の君は、何かが吹っ切れたような顔をしてる。安心したよ。……おかえり、夏凜」

 

「ふんっ。…………ただいま」

 

 からかわれたことによって真生に対して怒ろうとした夏凜だったが、その後の言葉によって動きを止めた。 顔を引き締めてむすっとした表情へ変化させると、両腕を組んでほんの少し目を逸らしてそう言った。彼女にとって真生の言動が嘘のように見えることは変わらない。だが、今こちらに向けてくる優しい眼差しと温かな言葉は本物なのだと、夏凜はそう信じることに決めたのだ。

 そんな光景を微笑ましそうに見ながら、友奈は手に持った箱を見せつけるように掲げた。

 

「うん、仲良しさんでなによりなにより! それと〜、これ。差し入れです!」

 

 友奈が差し入れと言って、机の上に置いた箱にはいっぱいのシュークリームが入っていた。箱を見ていた樹は、そのシュークリームがどこの店のものなのかに気がつくと期待を込めて、瞳をキラキラさせてスケッチブックを胸の前に出す。

 

『これ駅前の有名なお店のですよね!』

 

「樹ちゃんせいかーい!」

 

「……友奈、今は味がわからないんじゃないのか?」

 

「あれ? 真生くん気づいてたの?」

 

 大したことでもない、とでも言うような友奈の様子に、真生はため息をつき、風はそんな重大な隠し事をされていたことにショックを受けていた。

 

「友奈あんた、そんな大事なこと……。……ごめん、アタシが言えることじゃないわね。本当に、ごめん。友奈も樹も、私が勇者部の活動に巻き込んだせいで……」

 

 責任感が人一倍ある風は、安易に真生に頼ることを良しとしない。そのため今もこうして、たった一人で謝ってしまっていた。だが、当然ながら真生はこれを見逃しはしない。

 

「本当に謝るべきは俺だ。何もできていない分際で、俺は君たちに上から目線で大赦から届く神託やシステム面について語ることしかできない。巻き込んだのもある意味では俺だ。……すまない」

 

 顔を俯かせて、頭を下げる真生に対して友奈は肩を掴んで顔を上げさせる。そして、ふっと微笑んだ。

 

「こんなのすぐに治るよ! 風先輩も、真生くんも気にしすぎですっ」

 

『そうですよ』

 

「それに! 私は自分から望んで勇者になったんです。ってわけで、結城友奈は今後、風先輩と真生くんからのごめんやすまないは一切聞きません!」

 

『私もです!』

 

 友奈も樹も、自分の強い意志を見せつけるように胸を張る。心配かけまいとするその様子に、風は少し呆然として真生と顔を見合わせる。眉を下げて困り顔を見せる真生と同時に、風はぎこちなく微笑んだ。

 

「……ありがと」

 

「それより早くシュークリーム食べましょ〜? 風先輩が飢えて倒れちゃうと思って買ってきたんですから〜!」

 

 少ししんなりとしてしまった空気を変えるように、友奈は声掛けを行う。風もそれに便乗して、反論を展開した。

 

「ちょっと!アタシが二十四時間お腹空かせてると思ってない?」

 

『ちがうの?』

 

「げっ!妹にまで〜!?」

 

 身内からの裏切りを受けた風は、大げさにリアクションをする。夏凜はその風の様子を眺めながら、不自然に伸びる彼女の手に対して指摘した。

 

「と、言いつつ。真っ先にシュークリームに手を伸ばしてるし……」

 

「あ……これは、えっとぉ……。し、静まれっ! アタシの右手!! アタシの中の獣が、暴れ出すっ!!」

 

『獣(女子力)』

 

「そう!それっ!」

 

「それでいいの……?」

 

 残念なものを見る目で風に対して呟く夏凜。順調に場の雰囲気は和やかになっていった……。

 

 

 

 

 

ように思われた。

 

「あ、あのぅ……。さっきの話って、私が聞いてても大丈夫な話でし……た……?」

 

「「「「「……あ」」」」」

 

 ――――加藤明12歳、これが彼女の受難の始まりだった。

 

 

 

 




 
 あの……勇者の章二話……あの……え?

 冷静さを保てない程度には動揺してますが、更新しました。夏凜に対する自分なりの解釈を詰め込みましたが、受け入れてもらえると幸いです。

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 では最後に、


 門出:スイートピーの花言葉


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