転生生活で大事なこと…なんだそれは? (綺羅 夢居)
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プロローグ

プロローグ

 

 

 目が覚めたら、身体が縮んでいた。

 

 などとどこかで聞いたことのあるような台詞はおいておくとして、俺が朝起きると目に映ったのは知らない天井だった。

 

 ……これもネタじゃねえか

 

 というわけで目が覚めると知らない部屋のベッドで寝かされており、その上、自分の身体が縮んでしまってたのだ。

 

 とりあえず身体を起こしてみると体中に痛みが走る。怪我とかではなく、筋肉痛のような痛みだ。

 

「つうか、マジでどうなってんだよ?」

 

 色々とこれまでのことを思い返してみるが、特に何かあった記憶がない。しいて言えば、昨日、友人たちと飲みすぎた程度だろうか?

 

 確か全員企業から内定貰ったからって、むちゃくちゃ酒を飲んだんだっけ。その後、自分の借りてるマンションまで歩いて帰って、そっから記憶がねえわ……

 

 夢かと思ったが、身体の痛みからすると現実だし、夢のようなあいまいな思考ではなく、意識もはっきりしていた。

 

「幼児化って、何かのネタかよ」

 

 自分の手を握ったり開いたりしてみる。大人のような筋肉質な腕とは違い、ぷにぷにで柔らかく、手のひらも明らかに幼い。

 

「ちょっと待てよ」

 

 俺は急いで自分の股間に手をやる。そこにはちゃんと男の象徴たるものが存在した。

 

「よかった〜、これで女になりましたとかだったら発狂するわ」

 

 自分にかけられていたシーツを剥がし、姿を確認する。着せられていた服は入院患者が着ているような患者服と呼ばれるものに似ていた。

 

「状況がわからん」

 

 そう思い立った俺は、ベッドの周りを確認してナースコール的なものがないかを探してみる。しかし、何も見当たらない。

 

 見つからないものは仕方ないと思い、部屋の周りを見渡してみるが、自分のいたベッド以外何もなく、そのベッドもよく見れば機械的なものであった。

 

「なんか斬新なベッドだな」

 

 筋肉痛っぽい痛みをこらえてベッドから降りると、そのベッドを確認してみる。なんというか機械的な台にしか見えなかった。

 

 裸足のためか地面も冷たい。その足でベッドを軽く蹴ってみるが、感触は本当に金属の板を蹴っているような感じだ。

 

「窓すらないとか検査室? それとも隔離されちゃってんの?」

 

 答える人が誰もいないとわかっているが、声を出さないと恐怖に押しつぶされそうだ。

 これは別に不思議なことではないだろう。いきなり、どっかの部屋に寝かされていて、身体が縮んでいて、そして誰もいない。これで平常心を保てるなら、ソイツは明らかに異常者だ。

 

「人を見つけないとどうにもなんないな」

 

 人を探すために部屋に一つだけある扉に近づいてみる。しかし、何の反応もない。

 

 とりあえず、扉をたたいてみるがそれでも反応がない。継ぎ目に指を引っ掛けてみるが開かない。

 

 閉じ込められてる? などと思ったが、よくよく見てみると、扉の横に何かしらの機械があるのが見える。

 

「インターホン的なものか、扉のロックか」

 

 まあ人と会えるならどちらでもいいけど、なんて考えつつその機械に近づく。

 よくわからないがパネルに触れてみると、いくつもの選択肢らしきものが出た。

 

「何語だよコレ?」

 

 字が全く読めないので、とりあえずその中の一つにタッチしてみる。……まさか、トラップとかないよね?

 

 そんな心配は杞憂だったようで、扉はすんなりと開いてくれた。すげーな、セキュリティーとかどうなってんだよ。

 

 とりあえず、扉が開いたので部屋を出てみる。廊下があるだけで人の気配がしなかった。

 

 コレは本格的にやばいか?

 

 人の気配がしないことに焦りを覚える。話し声でも聞こえれば少しは安心できただろうが、それすらないので不安と焦り、恐怖を感じ、少しずつ精神的に追い込まれていく。

 

 痛みを無視して、他の部屋に入ろうとするが、他の部屋はロックがかかっているのか、機械を操作しても動く気配がない。

 

 廊下を進んでいくうちに、自分が奥へと進んでいるように感じてくる。引き返そうかと思ったが、もと来た道を戻るほどの余裕もないので、そのまま奥へと進んだ。

 

 奥へと進むと扉が見える。今までの部屋の扉とは違い、なんというか物々しい扉だ。

 

 扉に近づくと、扉は音を立てて開く。まるで自分が来るのを待っていたかのように。

 

 部屋の中に入ると明かりが灯り、近くにあったモニターが起動する。そこには数字のようなものとデータをインストールするときのメーターのようなものが見える。

 

 メーターはモニターが起動してから着実に進んでいる。

 

 メーターの意味がわからないので部屋の中を探してみると、トランクケースのようなものがあった。ケースはいくつかあり、とりあえず、その内一つに触ってみる。

 

「かなり重いな」

 

 ケースは子供が運ぶにはかなりの重量があった。ケースを少し広いところに移動させ、色々と触ってみる。するとうまい具合に手が触れたのかケースが開いた。そこにはノートパソコンらしきものと銃らしきものがある。

 

 ノートパソコンは自分が知っているものとほぼ同形状でモニターとキーボードが存在した。キーボードは日本製なのかひらがなや半角/全角の文字が見える。

 

 銃はというと、近代的な銃ではなく、機械的、未来的なデザインで一見すればおもちゃのようにも見える。

 手に持ってみると、ズシリという重さを感じ、子供の腕力では持ち運ぶのに苦労しそうだった。

 

 トランクケースの中を見てみると数字が書かれている。

 

 №099

 

 今までの部屋の字は読めなかったのにこのトランクの字が自分が読める字であることを疑問に思いながらも、この数字の意味を考える。

 といっても文字通りの意味しかないだろうけど。

 

「99番目のケースってことか」

 

 ということはコレの前に98個のケースがあったはずだ。

 近くにあったもう一つのケースを開けようとするが開かない。それは他にもあったケースも同様だった。

 

 仕方ないので他のケースを開けるのを諦めて、自分の開けたケースを閉じる。そしてケースを運ぼうとするとあることに気がついた。

 

 自分の持っているケースが軽いのだ。先ほど入っていた銃やノートパソコンの重量を考えても明らかに軽い。

 

「どうしてだ? さっきまでは確かに重かったはずなのに」

 

 他のケースを確かめてみるが、最初、ケースを開けたときと同じように重かった。もう一度ケースを開き、中にあったノートパソコンや銃に触れてみる。すると、ノートパソコンはともかく、銃のほうは先ほど持ったときと比べてもかなり軽かった。

 

「あれか持ち主を選びますってか」

 

 ファンタジーなこの状況に軽口をたたくが、この状況に内心ビビッていた。

 

 モニターの前に移動すると、インストール的なものが終わっていたようで、画面に次へボタンが表示される。

 

「オイッ」

 

 今まで読める字ではなかったのが、いきなり読める字に変わっていることに思わず突っ込むが当然ながら誰の反応もない。

 

 次へボタンを押すと、画面に文字が表示される。そこにはこう書かれていた。

 

 転送先リリカルなのは 場所海鳴市 転送まで残り5秒

 

「は?」

 

 画面の文字が瞬時に理解できず、思わず、間抜けな声をあげてしまう。しかし、刻一刻とカウントは進み、俺の身体に光がまとわりつく。

 

 そして、俺はケースを抱えると光に包まれた。

 

 

 

 

「えっ?」

 

 少女の目の前に謎の光が現れる。光が止むとそこには一人の少年が倒れていた。

 

「男、の子、だよね……」

 

 少女は恐る恐る少年に近づく。少年の近くにはトランクケースも落ちていたが、少女はそちらを気にすることはない。

 少女は少年の近くで地面に膝をつけるが、少年は全く起きる気配がなかった。

 

「誰か、呼んでこないと」

 

 少女は人を呼ぶために携帯を取り出すと連絡を取る。

 

 こうして少年と少女は出会うこととなった。



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1話目 いかにしてそこで暮らすようになったか

1話目 いかにしてそこで暮らすようになったか

 

 

「知らない天井だ」

 

 目が覚めたら、またもや知らない部屋に寝かされていた。

 また同じネタに走るのかよと言われるかも知れないが事実なのだから仕方がない。

 

 先ほどまでのことも夢だったのかと思ったが、ベッドから出した手が今まで起こったことを事実だと告げてくる。

 

「イミフ」

 

 現実に起こったことの理解できなさに思わず、言葉が漏れてしまう。

 

「今度の部屋はまともだな…ちょっと広すぎるけど」

 

 部屋を見渡してみると、先ほどまでいた部屋とは違い、ちゃんとしたベッドで部屋に窓があり外が見える。部屋に差し込む光からすると、とりあえず夜ではないことがわかった。

 

「あら、起きたんだ?」

 

 部屋の扉が開き、そこから女性が入ってくる。長い紫色の紙のきれいな女性だ。といっても大学4年生だった俺からすれば、年下か同い年ぐらいにしか見えないけど…

 

「えっと、助けてくれてありがとうございます?」

 

「何で疑問系なのかわからないけど、お礼なら妹に言って上げて」

 

 あなた見つけたのあの娘だしねーと女性は軽く笑いながら、こっちを見てくる。

 

「それで君が何者なのかお姉さんに教えてほしいな〜、ついでにコレのことも」

 

 女性は有無を言わさない口調でこちらに問いかけてくる。笑顔なのに威圧感が半端ない。

 

「え、あの、何のことですか?」

 

 とりあえずこの状況を打破するためにとぼけてみることにした。

 

「あなたがいきなり現れたこととか? このケースの中身とか? 後はさっきの今度の部屋はまともだとか色々聞かせてくれないかな?」

 

 女性の顔が触れるほど近くに来る。ここに来る前ではありえない髪の色だが、女性自身が美しいためむしろ照れる。

 

 思わず目を背けてしまうが、女性はそれがご不満のようで俺の頬を両手で押さえると自分のほうへ強引に向かせた。

 

「ぐすんっ、お姉さん怖い」

 

 意地でもごまかすために表情を取り繕って、泣きまねをして何とかごまかそうとしてみる。

 

「目に涙がたまってないわよ〜」

 

「あはは〜」

 

 ジト目で呆れた表情で言う女性にこちらも笑って済まそうとするが、雰囲気から察するにどうやらこのあたりが限界らしい。

 

「えっと、烏丸拓斗といいます。よろしくお願いします」

 

「拓斗君ね。私は月村忍よ、気軽におねーさんでいいわ」

 

 とりあえず女性に名乗ってみると女性も名前を教えてくれる。いや、ちょっと待て、

 

「月村忍さん?」

 

「そうよ」

 

 目の前の女性の名前を確認してみる。どうやら彼女は月村忍と言うらしい。すると、ドアが開き、メイドさんが部屋の中に入ってくる。

 

「失礼します。お嬢様、飲み物をお持ちしました」

 

「ありがとうノエル。そこのテーブルに置いてちょうだい」

 

「かしこまりました」

 

 部屋に入ってきたメイドさんはノエルと言うらしい。二人の聞き覚えのある名前に少し前のことを思い出す。

 

「すいません」

 

「なに?」

 

「ここがどこなのか教えてくれませんか?」

 

 過去の記憶を思い出しつつ、確認のために月村忍に質問してみる。すると彼女は簡単に教えてくれた。

 

「海鳴市よ」

 

 転送先リリカルなのは 場所海鳴市

 

 頭の中であのモニターに映し出されたことを思い出す。そして、目の前にいる二人を見た。

 

(いや、マジですか)

 

 どうやら自分はアニメの世界に来てしまったらしい。

 頭を抱えて否定したくなるが、目の前の現実がそれを拒否してしまう。

 

「とりあえず、わかっている限りを説明させてください」

 

 頭が混乱しそうになるので、この荒唐無稽な話を二人に聞いてもらうことにした。

 

 

 

 

「え〜と、それじゃあ貴方は別世界の人間で、しかも大学生で、身体が若返って、別世界に渡ってきて、しかもこの世界がアニメの世界だというの?」

 

「いや、アニメだけじゃなくゲームとか諸々」

 

 俺の説明に月村忍は頭を抱えている。そりゃそうだろ目の前にいる子供が実は大学生で別世界からやってきて、自分のいる世界がアニメで放送されてますよなんて言われれば、まず、混乱して、次に俺の頭を疑うだろう。

 

「恋人が高町恭也、妹が月村すずか、もう一人のメイドの名前がファリン。ここまでで訂正は?」

 

「ないわ。はぁ、君が私たちを狙う敵だったら話は早かったんだけどな〜」

 

「ああ、夜の一族の?」

 

「それも…って当然か〜」

 

 月村忍は疲れたように椅子の背もたれに身体を預ける。正直、こっちだって精神的に参っている。

 

「それでそのアニメはどんな物語なの?」

 

 月村忍はアニメの内容とやらが気になったようで、聞いてくる。隠しておく必要も感じないので正直に始まる時期や大体の内容、彼女たちの物語のかかわりなどを話した。

 ……といっても第一期のみだが。

 

 A'sやSTSも話しても良かったが、長くなりそうだし、あまり彼女たちに関わることではないので省いた。まあ、必要になれば話していくつもりだ。

 

「主人公がなのはちゃんね〜」

 

 月村忍は感慨深い表情を浮かべながら、遠い目をしている。

 

「とりあえず、今は時期的には何時になんの?」

 

 もう完全にタメ口であるが、原作開始前であるなら確実に年下であるので、いくら自分が幼児化しているとはいえ、気にしないことにした。

 

「すずかが今小学校二年生だから、あと一年くらい?」

 

 どうやら原作開始まで意外と時間はあるらしい。

 

「それでどうするの? 戸籍となければ、行く当てもないんでしょ」

 

「うん、切実に困ってる」

 

 コレはしょうがない。子供の身体なので、働くこともできなければ、住む当てもない。むしろ、ここに跳ばしたやつ生活の当てとか用意しとけよと本気で思う。

 

「う〜ん、じゃあ、うちで暮らすといいわ。た・だ・し、変なことはしないようにね」

 

「自分の年齢はわきまえてるよ、つうか子供の身体でどうしろと?」

 

「それもそうね」

 

 お互いに軽口をたたきながら、笑いあう。いや、冗談で言っているのはわかっているんだが、色々洒落にならないのでやめてほしい。

 

「とりあえずケース開けてみたいんだけどいい?」

 

 ベッドから降りてケースに近づく、そしてケースを持ち上げると忍とノエルが驚いた表情でこちらを見た。

 

「そのケース物凄く重かったのに…」

 

 どうやら彼女たちにはこのケースが重く感じたらしい。俺が他のケースを持ったときと同じだろう。

 

 ケースを開けて、ノートパソコンと銃を取り出す。中には他にもケーブルとiPhoneのような携帯端末が合った。

 

 とりあえず、ノートパソコンを起動してみる。すると登録画面が表示されたのでキーボードにタッチして登録を進める。といっても起動した時点で自動で登録されたのだが…。

 

 デスクトップ画面が表示され、いくつかのアイコンが並ぶ。その中の一つ、デバイスの項目をクリックすると、デバイスをつないでくださいと画面に表示される。

 

 おそらく銃がデバイスなので、ケーブルを使ってノートパソコンに接続するとデバイスのスペックが表示される。

 

 出力、レスポンス、耐久値、残り容量など様々な数字が並んでいた。その中に魔法の項目があったのでそこをクリックすると、デバイスに登録されている魔法が表示される。

 登録されている魔法は攻撃、防御、回復、補助の四項目に分かれており、攻撃、防御、回復に一つずつ、補助には飛行、強化、転移、念話、封印などが登録されていた。

 

「へえ〜、面白そうね」

 

 ノートパソコンを操作していると忍が背中から覗き込んでくる。

 

「全部把握したわけじゃないからな。色々わかってくれば、手伝ってもらうよ」

 

 忍の相手をしながらも画面に集中していると項目の中に待機形態というのがあった。それをクリックすると、ネックレス型、指輪型などの項目とデザインが映し出される。

 

 この手の小物選びはセンスが試される。何しろ日常的に身に着けるものなのだ。あまり、奇抜なものを選びたくはない。つうか、う〇こ形状やち〇ぽなど誰が選ぶんだよ!!

 

 俺が選んだのはシンプルな指輪型のものだ。ごつめのリングにはきれいな蒼色の宝石が埋め込まれている。

 

 待機形態の登録が完了するとケーブルにつないであったデバイスが登録した指輪の形状へと変化する。

 

 俺がそれを拾い上げると周りを魔法陣が取り囲む。そして、眼前にモニターが表示された。

 

 バリアジャケットのイメージをした後、デバイスをセットアップしてください。

 

「セットアップ、クロックシューター」

 

 俺の言葉とともにバリアジャケットが展開され、今まで来ていた患者服が変化する。指輪はそのまま先ほどの銃の形状に変化した。

 

 バリアジャケットは白のYシャツに黒のジャケット、下も黒色の長ズボンだ。

 

「ふ〜ん、かっこいいわね」

 

 忍が褒めてくるが、あまり嬉しくない。この年齢で変身とか正直、勘弁してほしかった。

 

「ノエル撮った?」

 

「はい、ばっちりと」

 

「って、今の撮影してたんですか? お二人さん?」

 

 二人の言葉に思わず、突っ込んでしまう。まあ、この部屋にも監視カメラが仕掛けられているだろうから、抵抗しても意味ないのはわかってるんだけどね。

 

「これが魔法ね〜」

 

「変身だけとはいえ、実際使ってみるとちょっとな」

 

 なんというか嬉しいやら楽しいやら痛々しく感じる。

 

「まあ、後でじっくり研究させてもらうわ」

 

「なら、これからよろしくお願いします」

 

 これからお世話になる二人に頭を下げる。こうして俺の月村家での生活は始まった。

 

 

 

 

 

「でなんて呼べばいいんだ?」

 

 俺は二人の呼び方を確認してみる。流石に子供の身なりで年上にタメ口というのも問題がある気がした。

 

「私のことはノエルとお呼びください」

 

「私のことは忍おねーちゃんでいいわよ」

 

「わかった、忍おねーちゃん」

 

 忍がからかってきたので躊躇いなくおねーちゃんと呼んでみる。

 

「……ゴメン、やっぱおねーちゃんはやめて」

 

「わかった、とりあえず人前では忍さんで、他に人がいないときは忍って呼ぶことにするわ」

 

 流石の忍も何の躊躇もなくおねーちゃん呼ばわりには違和感を覚えたのか訂正を求めてきた。

 

「じゃあ、私も拓斗って呼ぶわ。それと君がもともと大学生だってことは誰にも話さないようにね」

 

「そっちも信じるんだ?」

 

「流石にあんなもの見せられるとね〜」

 

 否定のしようがないでしょと忍は苦笑いを浮かべる。

 

「後ですずかとファリンに紹介するから」

 

 そういって忍が部屋から出た。ノエルは着替えを用意して、ベッドの上に置くと部屋から退出する。

 

「ホント、よくわからないよな〜」

 

 俺は指にはめられた自分のデバイスであるクロックシューターに触れると少し疲れたのでもう一度横になった。

 

 

 

 

 

 

「よろしかったのですかお嬢様」

 

 部屋から出たノエルが私に疑問ぶつけてくる。

 

「ええ、少なくとも悪意は感じなかったし、それに手元に置いてあったほうが監視も容易でしょう」

 

 そう、私は拓斗のことをまだすべて信用したわけではない。ただ、様々な判断の上で手元においてあったほうが良いと考えただけだ。

 

「それに楽しいでしょう」

 

「楽しい……ですか?」

 

「ええ魔法と呼ばれる未知の技術、彼の持つ知識、それと」

 

 私は今後のことを考える。

 

「これからの生活も」

 

 彼がこの家で生活することでどんなものをもたらすか、それが良いことか悪いことかはまだ判断がつかない。ただ、今までの生活から少し変化することは確実であった。

 



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2話目 転生生活でまず思うこと

更新が遅れて申し訳ありません。ブログのほうには最新話まで上がっているので気になる方はそちらへどうぞ。


2話目 転生生活でまず思うこと

 

「今日からここで暮らすことになった烏丸拓斗です。よろしくお願いします」

 

 夕食時、俺は始めて顔を合わせる二人に挨拶をする。一人はメイド服を着た少女。そしてもう一人は

 

「あ、あの、月村すずかです。よろしくお願いします」

 

 月村忍の妹、月村すずかだ。

 

「すずか〜、男の子が相手で緊張した〜?」

 

 すずかの目に見えてわかる態度に忍はくすくすと笑っている。

 しかし、すずかの態度はおかしいものではないだろう。初対面の異性がこれから一緒に暮らすということになれば、戸惑うのは無理ないし、初対面ということで緊張してもおかしくない。

 

「君が助けてくれたんだよね?」

 

「う、うん」

 

 俺の質問に彼女はおずおずと答えてくれる。もちろん、すずかが俺を助けてくれたことは忍から聞いて知っているが、この場合、話しかけるきっかけになればいい。

 

「助けてくれてありがとう」

 

 すずかにお礼を言う。これは本心からのものだ。彼女が助けてくれなければどうなっていたのか予想もできない。少なくとも、まともな生活にはありつけなかっただろう。

 するとすずかは慌てて

 

「い、いいよ。お礼なんて」

 

「それでも、助けてくれたことには変わりないから」

 

 そういってもう一度彼女に頭を下げる。すると忍が間に入ってきた。

 

「すずか、感謝は受け取っておきなさい。それにこれから一緒に暮らすんだから、あんまり固くならないようにね」

 

「うん、じゃあ、どういたしまして。それと私は月村すずかです。これからよろしくね拓斗君」

 

「よろしく、すずか」

 

「あの〜」

 

 すずかと親睦を深めていると横からメイド服を着た少女が話しかけてくる。

 

「私のこと、忘れてませんか〜?」

 

 仲間はずれにされていると感じたのか、少し涙声で彼女は話しかけてくる。なんというかむちゃくちゃカワイイ。

 

「ごめんなさいっファリン」

 

「いいんですよ〜。私はすずかちゃんのメイドのファリン・K・エーアリヒカイトです。よろしくお願いします、拓斗君」

 

 ファリンは俺に自己紹介をしてくる。君づけで呼ばれることがここ数年なかったので少しむずかゆく感じてしまう。

 

「はい、よろしくお願いしますねファリンさん」

 

「私のことはファリンでいいですよ〜」

 

「じゃあ、ファリン、よろしく」

 

 ファリンを呼び捨てにできるのは少々嬉しい。流石に自分より年下の女の子に敬称をつけたり、敬語を使ったりするのはめんどくさかった。

 

 その後、みんなで夕食をとると、すずかやファリンに俺のことを説明する。当然だが、内容は少しぼかしてある。流石にそのまま説明するのは無理があった。

 

「じゃあ、拓斗君は魔法使いなんだ?」

 

「うん、といってもまだ大した事ないんだけどね」

 

 二人に話した内容は、俺が異世界から来た魔法使いだということだ。とりあえず、見習いの魔法使いということにしてある。忍もそれとなく口裏を合わせてくれるお陰か彼女たちはそれを信じてくれた。

 ここに転送されたのを直に見たすずかもあの不思議な現象が魔法ということで納得してくれたようだ。

 

「あの、私も魔法が使えるのかな?」

 

 すずかは俺に聞いてくる。魔法使いというファンタジーな存在が実在する以上、自分も遣ってみたいと思ったのだろう。

 

「魔法使いはね、体内にリンカーコアって言う特殊な器官があるんだ。すずかにそれがあれば使えると思うよ」

 

 俺は答えをはぐらかす。魔力の有無がわかるわけではないし、もしかしたら彼女も魔法がつかえる可能性があるかもしれないからだ。

 

「私が魔法を使えるかはわからないんだ……」

 

 すずかは少し落ち込んだ表情を見せる。それだけ魔法が使いたかったのだろう。

 

「じゃあ、魔法を見せてほしいな」

 

 すずかは俺に魔法を見せるようにお願いする。これに俺は少し焦った。

 

 ここに来たばかりでまだ魔法を使えるわけじゃない。正直言うとできるのはバリアジャケットの展開ぐらいだ。

 

「はいはい、すずか。もう夜だし、そこまでにしておきなさい。拓斗が困ってるわよ」

 

 忍は俺のことを知っているのでフォローに入ってくれる。俺は目で忍に感謝をすると忍は笑顔で返してくれた。

 

「なら明日っ、明日見せてっ」

 

 すずかは必死に俺にお願いしてくる。流石にコレは断ることができないので、いいよと返答した。すると、すずかは嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「じゃあ明日、私が学校終わってから見せてね。約束だよ」

 

 すずかはそういって自室へと戻っていった。

 

「すずかったらホント魔法が楽しみみたいね」

 

 忍はすずかの部屋を出て行くときの表情に笑みをこぼす。

 

「まぁ、受け入れてもらえたようでなにより…かな」

 

 すずかに受け入れてもらえて本当に良かった。もし受け入れてもらえなければ、ここに居づらくなる。

 

「それで明日までに何とかできそう?」

 

「まぁ、今日中にアレの内容を理解することができればたぶん大丈夫かな?」

 

 すずかに魔法を見せるためにどうすればいいかを考える。どうやら、魔法はノートパソコンを使ってデバイスにインストールすれば使えるようになる見たいなので魔法を使うことは問題ないと思う。

 

 問題があるとすれば、俺の資質の方だろう。俺の持っている魔力がどの程度なのかがわからなければ、魔法を使うのに困ってくる。

 

「そういえばすずかが言ってたけど、私たちも魔法が使えるのかしら?」

 

「原作では使えなかったみたいだけどね。まあ、調べる方法がわかったら調べてみるよ」

 

 自分のすることが増えてくるが、ここの主導権を握っているのは忍のほうだ。抵抗しても特に意味はないのでおとなしく従う。

 

「それでうちの妹はどうだった? 私の妹だからかわいいと思うんだけど?」

 

 忍はそういって、すずかの印象を聞いてきた。

 

 俺にかわいいと言わせたいのか? 流石にロリコン扱いは勘弁してほしいぞ。

 

「確かにかわいいな。あと五年位したら、口説いてたかもね」

 

「アンタ大学生だったんでしょ。五年経ってもあの娘、十三なんだけど」

 

 忍がジト目でこちらを見てくる。流石に二十歳を超えている人間がかなり年下の女の子に興味を持っているのに、問題を感じているらしい。

 

「中学生以上ならわりと女の子として見れるからね。流石にいろいろ問題は感じるけどね」

 

「その割には私に興味ないようだけど?」

 

 忍は表情を変えずに疑問をぶつけてくる。やっべ、流石に言葉を間違えたか?

 

「まあ今はほら子供だし、流石に恋人持ちわね。でも、元の身体だったら間違いなく興味は持ってただろうね」

 

「クスッ、子供の格好で言われてもね〜」

 

 忍の表情が和らぐ。どうやら毒気を抜かれたようだ。

 

「それに世話になっている人間に手を出したりは流石に無理だわ」

 

「意外と律儀なのね」

 

 忍は笑う。

 

「まあ、そのあたりは大人になるか、元の身体に戻るかしてから考えるわ」

 

 そうなってくると元の世界に帰るっていう選択肢も出て来るんだろうけどな。

 

「元の世界に帰りたいとは思わないの?」

 

「今は帰りたいと思ってるよ」

 

 忍の質問に即座に返す。

 

 家族に会いたい、友人に会いたい、元の世界で生活したい、就職も決まってる。

 

 向こうでの生活に今すぐ戻れるなら戻りたい。家族は大切だし、友人と一緒に居るのは楽しい。でも、ここでは彼女たちが居るとはいえ、一人になってしまったのだ。

 

 このまま、こちらで過ごしていくうちに未練が残ってしまえば、帰ることもままならなくなる。

 

 かといって未練を作らないように人間関係を構築していくわけにも行かない。親しい友人を作らず、理解してくれる人を作らず、すごしていくのは寂しく、もし、このまま帰ることができないまま一生涯を終えるのは酷く辛いことだ。

 

「……そう」

 

 忍がそれだけ言って黙り込む。俺たちの居る場は静まり返った。

 

 忍がどれだけを理解しているのかはわからない。ただ、忍の表情が少しだけ暗くなる。

 

「帰るアテがあるわけじゃないし、元の身体に戻れるわけでもない。まだしばらくはお世話になるつもりだからよろしく頼むよ」

 

「ええ、でも貴方がここに居る間は私たちのことを家族と思ってくれてもいいからね」

 

 俺たちはお互いに言葉を交わすと俺は与えられた部屋へと戻る。

 

 部屋に戻るとすぐにノートパソコンを起動して、デバイスの魔法を確認したり、ノートパソコンでできることを確認する。

 

 落ち込んでいる暇などない。できることをやっていかなければならない。そうすれば、少しは今の寂しさも忘れることができるから……

 

 俺は作業に打ち込む。少しでも寂しさを紛らわせるため、少しでも悲しみを軽くするため……

 

 

 

 

 

「そうよね。寂しくないわけないわよね」

 

 拓斗が出て行った後、私は椅子の背もたれに身体を預け、手の甲で額を押さえる。

 

 いきなり一人になって、家族と友人とも会えなくなって、生活が一変してしまう。

 

 それは実際に自分の身に起こらなければわからないだろう。もし、私がもう家族や友人、そして恋人と会えなくなったら……

 

 そう考えると、少し、いやかなり怖い。間違いなく自分は耐えられなくなると思う。

 

 でも拓斗は悲しんだ表情は見せていなかった。帰りたいといったときに少しだけ、寂しい顔を見せたぐらいだ。

 

 もしかしたら、今泣いているのかしらね。

 

 新たに増えた同居人のことを考える。彼のことを全部知ったわけではないが、少なくとも敵意も泣ければ悪意も感じない。まあ、少し性癖が気になるところだけど…

 

 今、月村の情報網を使って、彼のことを調べている。時間は必要だが、もし彼がうそを吐いていたりするなら、情報網に引っかかるはずだ。

 

「ホント、嫌よね。人を疑っていかなければならないって」

 

 月村の当主としてもしものときのために備えなければならない。それは人間関係が一番疑わなければならないことだ。たとえ、友人であっても、恋人であっても関わる人間を調べる必要がある。

 

 打算とか関係なく人間関係を構築したいのに人を疑わなければならない。

 

「ジレンマ……よね」

 

 少しだけ、こんな自分が辛くなった。



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3話目 魔法のお披露目

3話目 魔法のお披露目

 

「どうしたのよすずか、機嫌が良いじゃない」

 

 午前の授業を終えて、友人二人と一緒にお弁当を食べていると、アリサちゃんが話しかけてくる。

 

 アリサ・バニングスちゃん。金髪の良く似合う活発な女の子。両親は実業家のお嬢様で学校のテストではいつでも百点を取っている。

 

「そうだね。なんか今日は授業中もずっとニコニコしてたの」

 

 そう話しかけてくるのは高町なのはちゃん。栗色の紙を二つに結んでいる女の子だ。なのはちゃんのお兄ちゃん、恭也さんはお姉ちゃんの恋人でよくお姉ちゃんからのろけ話を聞かされる。

 

「そ、そうかな?」

 

 二人の言葉に頬に手を当てる。昨日、拓斗君に会って魔法があるって聞いたときから、ずっと楽しみでそれが表情に出てたみたい。

 

 昨日も明日魔法が見れるんだって思って、あんまり良く眠れなかった。

 

「そうよ。いつもまじめに授業を受けてるのになんか上の空だったわよ」

 

 アリサちゃんの言葉に今日の授業のことを思い出してみる。……授業の内容をほとんど覚えてなかった。

 

「すずかちゃん、なんかあったの?」

 

「うん、ちょっとね」

 

 なのはちゃんの言葉に返すと、私は昨日から一緒に暮らすことになった男の子のことを思い返す。

 

 烏丸拓斗君。昨日から私の家で一緒に暮らすことになった男の子。庭に居たら急に目の前が光って、そこから現れたのが彼だ。あの後、魔法使いってことを知ってびっくりしたけど。

 

「なに? なにがあったのよ?」

 

 アリサちゃんは気になるようで聞いてくる。なのはちゃんも気になっているのか、聞きたそうにうずうずしていた。

 

「昨日からね、新しい家族が増えたんだ」

 

「また猫を拾ったの?」

 

 なのはちゃんがそう聞いてくる。確かに私の家には猫がたくさんいる。その内、何匹かは捨てられた猫だったりする。でも、拾ったって言う意味じゃ間違いじゃないかも。

 

 拓斗君が猫耳としっぽをつけて鳴いている姿を想像する。……意外と似合ってるかも

 

「なに笑ってんのよ?」

 

 思わずクスクスと笑ってしまった私をアリサちゃんが変な目で見てくる。

 

「ゴメン、少し面白くなって」

 

「ハァ〜、珍しいわね。こんなすずかは」

 

 私を見てアリサちゃんが驚いた表情をしている。でも、自分でもそう思う。こんなに放課後が待ち遠しかったことなんて今までなかったから。

 

「ほら、早くご飯食べちゃおう。早くしないとチャイム鳴っちゃうよ」

 

 二人をごまかすために、ちょっとだけ急かしてみる。お姉ちゃんから魔法のことは言っちゃダメって言われてるから二人には内緒にしないと。

 

 そして私は早く放課後にならないかな〜と思いながら、午後の授業を受けた。

 

 

 

 

 俺は忍に頼んで庭を貸してもらい、魔法の練習を行っている。

 

「アクセルシューター、シュート」

 

 クロックシューターを構えて、トリガーを引く。すると、俺の周りに魔力弾が3発浮かぶ。

 

 クロックシューターは俺とリンクしているため、待機モードでない今であれば、インストールされている魔法を自由に使用することが出来る。とはいっても、使いこなせるわけではないが。

 

 もう一度トリガーを引くと、魔力弾が自分の思ったとおりに動く。マルチタスクが使えるわけではないので、一発一発を高速で誘導しているためか、動きは滑らかというより、カクカクしている。

 

 最終的に魔力弾を的の代わりにして、クロックシューターを構えて狙いを定め撃ち抜く。ガンシューティングゲームをしているみたいで楽しかった。

 

 昨日インストールした魔法を一つ一つ試していく。飛行、高速移動、防御、結界など試してみるが、全部上手く使えることが逆に気持ち悪い。使うのに困れば、努力したり頑張ったりしようと思うのだが、こう上手く使えるとやる気に欠ける。いや、楽しいのは楽しいんだけどね。

 

 魔法を確認すると隣においてあるノートパソコンを見る。昨日、色々操作してわかったことだが、このノートパソコンはかなり万能なようだ。

 自分の状態がわかったり、必要な知識があれば、検索して閲覧することが出来る。といってもこの世界に関わことだけだ。時空管理局の内部データやCIAなどの記録が閲覧できたときは何の冗談だと思った。ちなみに俺の魔力量は原作のなのはと同じAAAランクらしい。

 コレが喜ばしいことなのかはわからないが、あるというのであれば有効的に使っていくこととしよう。

 

「拓斗様、飲み物をお持ちしました」

 

 ノエルが飲み物を持ってきてくれる。今、この家に居るのはノエルとファリンの二人だけだ。忍とすずかは学校である。二人は魔法が見れないことを悔しがりながら、朝出て行ったことを思い出す。

 

「ありがとう、それと様付けなんてしなくて良いよ。俺はもう客人ってわけじゃないんだし」

 

「なら拓斗さんと」

 

「それで、魔法を見た感想は? まあ、昨日も見てるって言えば見てるんだろうけど」

 

 ノエルに魔法を見た感想を聞いてみる。先ほどの練習のときにサーチャーを使ったため、ノエルが俺が休憩に入るまで待っていたことを知っている。

 

「そうですね、思ったより派手ではないんですね」

 

「そうだね。火を出したり、氷付けにしたりしているわけじゃないからね。出来ないこともないみたいだけど」

 

 ノートパソコンに魔法のリストを表示する。Iphoneのようなあれは基本的にIphoneと同じ機能であった。違うのはこのノートパソコンの機能を一部使うことが出来ることだ。

 

「お姉さま〜、拓斗君〜」

 

 ノエルと話しているとファリンが駆け足で近づいてくる。

 

「あっ」

 

「オイッ!!」

 

 流石ドジッ娘メイドというべきか、躓いてこけそうになるファリンをソニックムーブを使って近づいて受け止める。

 

「大丈夫か?」

 

「ありがとうございます〜」

 

 強化魔法を使っているためか子供の力でも何とか支えられる。しかし、助けるために密着しているためかファリンの身体の感触が肌から伝わってくる。

 確か彼女たちはメイドロボだったよな。その割には肌に伝わる柔らかさも表情もまるで人間にしか思えない。

 

 体勢を立て直したファリンから離れる。なんか少しもったいない気がしたが、やっぱりこういうのはちゃんとしなければならないだろう。

 

「ファリンどうかしたの?」

 

「えへへ、ちょっと魔法が気になっちゃいまして」

 

 ファリンが照れたように言ってくる。やはり、すずかと同じように魔法のことが気になっているようだ。

 

「すずかや忍さんよりも先に見てもいいの?」

 

「ふぇ、あっ、そうですよね。流石にお嬢様たちより早く見るのは使用人としてダメですよね」

 

 俺の言葉にファリンはショボーンと落ち込んでしまう。その姿が物凄くかわいらしい。

 

「冗談だよ、二人も早く見たいって言うかもしれないけど、練習しているのは知ってるだろうし」

 

 俺はそう言って、インストールされてある魔法を使う。幻覚魔法だ。あたり一面が色とりどりの花に包まれる。

 

「凄い」

 

「綺麗です」

 

 ノエルとファリンの口から言葉が漏れる。

 

「喜んでもらえて何より」

 

 それだけ言って魔法を解く。あまり長時間展開できるほどの魔力は残っていない。

 

「それじゃあ、忍さんやすずかが帰ってくるまで休憩することにするよ」

 

 ノエルの用意してくれた紅茶を飲む。流石お金持ち、そこらへんで売っているティーバックの紅茶などとは風味が違う。

 

 俺は家主の二人が帰ってくるまで、のんびりとお茶を楽しむのであった。

 

 

 

 

 

「じゃあ、はじめるよ」

 

「うん」

 

「ええ」

 

 二人が帰ってきたので魔法の披露をする。まずはバリアジャケットの展開からだ。

 

「凄い凄い、カッコいい!!」

 

 すずかが興奮したように近づいてくる。こういった変身でも喜んでくれるのは嬉しい。まあ、少し恥ずかしいけど。

 

 そして結界を張ってと。

 

「あれっ?」

 

「ああ、結界を張った。魔法を見られるのはちょっとね」

 

 忍が違和感を感じたのか声をあげたので説明する。その後はアクセルシューターだったり、飛行魔法だったり、ソニックムーブなどで高速移動したり、ノエルたちに見せたように幻覚魔法を使ったりした。

 

 魔法が使われるたびにすずかは喜び、ファリンも楽しそうに見ている。忍は興味深そうに観察し、ノエルも同じように魔法を見ていた。

 

「ふう、コレでおしまい」

 

 俺は魔力弾を花火のように破裂させる。すると俺たちに魔力の光が降り注いだ。特に意味がある魔法ではないが、こうやって見せる分には面白い魔法だろう。

 

「凄かったよ拓斗君!!」

 

「ええ、あんなことまで出来るなんてね」

 

 すずかと忍が結界を解き、バリアジャケットを解除した俺に興奮冷めやらぬ顔で話しかけてくる。

 

「楽しんでいただけましたか?」

 

 ちょっと演技じみた感じで二人に聞いてみる。

 

「うんっ」

 

「ええ、とっても」

 

 そういった二人は笑顔であった。



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4話目 実際言うほど勉強していない

4話目 実際言うほど勉強していない

 

「拓斗、貴方学校通いなさい」

 

 魔法のお披露目が終わった後、夕食時に忍はそんなことを言ってきた。

 

「やっぱり?」

 

 正直、予想はしていた。ヒモのように何もせず、一日中過ごすわけにもいかない。しかし、家事を手伝おうと思ってもすぐに出来るものではない。

 

「ええ、普通なら学校に通う年齢でしょ」

 

 忍は当然でしょといった顔で言ってくる。まぁ、わかっていたのだが……。

 

「まぁそうなんだけど」

 

「すずかと同じ聖祥大附属小学校に入ってもらうつもりなんだけど、試験があるからそれの結果次第ね」

 

 忍がにやけながら言う。大学生だったんなら余裕でしょ、落ちたら恥ずかしいわね〜と言いたげだ。すずかがいなければ間違いなく言っていただろう。

 

「拓斗君、聖祥に入るんだ」

 

「いや、試験通ればだけどね」

 

 すずかが嬉しそうな表情でこっちを見る。俺も突っ込むのだが落ちるなんて思っていない。だって、この世界とはなんの関係もなかったフェイトが編入試験に合格したのだ、なら自分も大丈夫だろう。

 

「なら、入れるように一緒に勉強しよ」

 

「うん、ありがとう」

 

 正直、前の世界とこの世界の差異があったとしたら少しまずい。流石に、国語や算数などは大丈夫だろうが、歴史なんかはやばそうだ。……やべっ少し不安になってきた、真面目に勉強させてもらおう。

 

 

 

 

 

 夕食が終わった後、すずかの部屋に案内され、一緒に勉強を始める。教科書を見てみるが、算数、国語、に関してはほとんど問題がない。社会も少し歴史に違いがあったが、覚えなおせば問題はなかった。

 

「拓斗君、勉強できるんだね」

 

「まあ、少しだけだよ」

 

 だって大学生だもん。などとは言えない。いや、だってちょっと間違えたし。

 大学では一般教養科目をとっていなかったためか、結構忘れていることもあった。ちょっと恥ずかしいが、編入試験を通るだけなら大丈夫だろう。

 よく二次創作でテストで百点を取っている転生者を見るが、実際こんなもんだよと内心毒づいてみる。別に悔しいわけじゃない……あれもフィクションだしね。

 

 すずかの教科書やノートを見て、授業でやっている内容を確認してみる。自分の小学生のときを思い出して、少し懐かしくなる。

 というか流石私立、自分が通っていた公立とは違い結構難しいことをやっている。

 

 

 

 

「ねえ拓斗君ここはどうなるの?」

 

「ああ、そこは単位を直すんだよ」

 

 しばらく勉強しているといつのまにかすずかに勉強を教えていた。

 

「あっ、ゴメンね、勉強しないといけないのに、私ばっかり聞いて」

 

「いいよ、こうやって教えるのだって自分の勉強になるしね」

 

 すずかの申し訳なさそうな表情に返す。人にモノを教えるには自分が正しく理解していないといけないので、こうやってすずかに教えつつ、内容を頭に叩き込む。

 

「ふう、とりあえず今日はここまでかな?」

 

 時計を見ると結構時間が経っていた。今までこんなに授業以外で勉強したのは、夏休みの宿題を片付けるのに時間をかけたときぐらいだろう。そもそも大学も推薦を貰ったので受験勉強すらしていない。

 

「そうだ、拓斗君。今度の日曜日に友達に紹介してもいいかな?」

 

 すずかが聞いてくる。アリサとなのはのことだろう。そういえば、俺の他にも転生者っているのかな? もしいるんだったら既に彼女たちにも接触している可能性もある。

 

「いいよ、それでその友達ってどんな子なの?」

 

 アリサとなのはのことは知っているが、他の転生者の存在や自分の知らない友人がいるかもしれないので聞いてみる。

 

「アリサちゃんとなのはちゃんっていってね……」

 

 どうやら俺の知らない友人などはいないようだ。まあ、友人でないだけでクラスに紛れ込んでいるかも知れないが……ダメだ、どうも疑い深くなる。自分の知らないことがおきてしまいそうで怖い。なまじ原作知識など知っているせいで、色々考えてしまう。

 

 すずかはそんな俺の内心など知らず、楽しそうに二人のことを話す。友達の良いところを言っているあたり、本当にすずかはいい子だね。コレが大人になってくると友人の紹介がネタのような感じになってくるし、基本的に少し馬鹿にしたような説明になるのは、俺だけであろうか?

 

「すずか、でも魔法のことは内緒だからね」

 

「うん、わかってるよ」

 

「それじゃあ、おやすみ」

 

「おやすみ、拓斗君」

 

 すずかに魔法の秘匿を念押しして、俺は自分の部屋に帰る。すると、俺の部屋には忍がいた。

 

「あ、やっと帰ってきた」

 

「ずっと待ってたのかよ」

 

 忍は俺の部屋においてある椅子に腰掛け雑誌を読んでゆったりとくつろいでいる。

 

「それで勉強は大丈夫そう?」

 

「ああ問題ない。まぁ、歴史なんかはいくつか違うところがあったりしたよ」

 

 一応、異世界から来たということもあって心配してくれたのだろう。俺は忍に包み隠さず話した。

 

「へぇ〜、例えばどんなところ?」

 

「総理大臣とかだね。まあ、全部確認したわけじゃないけど、他も結構違ってそうだ」

 

 特に技術とか、それとこの世界の漫画やゲームなんかも気になるところだ。音楽もフィアッセ・クリステラや椎名ゆうひなどの歌も気になるところだし、正直、この世界に興味は尽きない。

 

「歴史だったら図書館もあるし、行ってみたら?」

 

「そうだな、編入試験までは暇になるだろうし、それに色々街とか確認したいしな」

 

「平日だったら、ノエルかファリンを連れていきなさいよ。流石に補導されたら面倒でしょ」

 

 忍が俺に言ってくる。正直、ありがたいのだが……

 

「でもいいのか? 二人とも仕事があるだろうし、俺が休日に行けばいいだけの話だろ」

 

「いいわよ、流石に何日もってわけには行かないけど、一日ぐらいなら多少仕事が滞っても問題ないわ」

 

「ありがとう」

 

「二人にも言っておくから、一緒に行きたい方に声を掛けるといいわ」

 

 忍の顔が少しにやける。大方、二人のうちどっちが好みとでも言いたいのだろう。

 

「それじゃあ、ファリンで」

 

「ファリンの方が好み?」

 

「いや純粋にノエルを連れて行ったら、なんかちょっと不安になるから」

 

 正直、俺のことを知っている分、ノエルを連れて行くべきかと思ったが、そうなるとファリンがこの屋敷に残ることになるので、昼のこけたところを思い出すとちょっと心配になった。

 

「つまんないわね〜」

 

「でもファリンが好みっていえば好みだね。かわいいし、ノエルもきれいだし、ホントにここ、いい女の子そろいすぎじゃない?」

 

「アハハッ、ホント、ストレートに言うわね」

 

 忍は笑顔になる。こういう本音の暴露って嫌な気になる女って意外と多いと思ったんだが、そうでもないらしい。いや、合コンのときみたいにシャレのような感じで聞けば、大丈夫なんだろうが……。

 

「そういえば、コレ、大体の使用方法とかは何とかわかったけどどうする?」

 

 そういって指で指したのはノートパソコンだ。昨日からずっと作業を行っていたため、大体の操作方法などは理解できた。

 

「それで、どういったものなのそれ?」

 

「大体は普通のノートパソコンと同じだね。それ以外にもコレに魔法をインストールしたり、コレの改造も出来るみたい」

 

 クロックシューターを起動させて銃の形態に変える。

 

「他にもコレの設計図とか情報なんかも手に入るみたいだね。技術関係も見れるみたいだし」

 

「へぇ〜、面白そうね」

 

「ただ、俺以外には動かせないみたいだな。ノエルやファリンに頼んで試してみたけど、キーボードに触っても何の反応もなかった」

 

 昼に試したことからわかったことを説明する。このノーパソは本当に俺専用のようだ。

 

「でも、画面は私たちでも見れるのよね」

 

 ノーパソの画面を見ながら忍がつぶやく。昨日からわかっていたことではあるが、コレは他人が操作することこそ出来ないが画面に出てくる情報は見ることが出来るのだ。

 

「セキュリティの意味ではあんまり意味がないんだよな〜コレ」

 

「ええ、脅して操作させることもできるし、内容をごまかすことができるわけじゃないし」

 

 セキュリティの設定画面は存在する。他人がケースをこじ開けようとしたときにブザーがなったり、そのことをデバイスに知らせたり、触った人間にダメージを与えたりするものだ。

 

「まあ、細かい設定もできるみたいだけどね」

 

 セキュリティの設定画面を開いて忍に見せる。そこには忍の言った、使用者以外への表示内容の秘匿など多数の項目が存在した。

 この画面を忍に見せるのは、彼女への信頼を見せるためだ。ごまかすこともできるけどしない。コレをはっきりさせておくことで、彼女との関係を強化するつもりだ。

 

 下の方まで画面をスクロールさせていくと使用者権限の欄がある。そこをクリックし、新たな項目を開いた。

 

「コレって?」

 

「さっきも言ったけど、コレは本来俺以外の人間は使えない。ただ、ここにある使用登録者に登録すれば、いくつかはロックされるけど、その登録者は使うことができる」

 

 俺が開いたのはユーザーの登録画面だ。俺以外の人間がこのノーパソを操作するための唯一の方法がコレであった。コレに登録することでいくつかの機能は使えないが、忍もこのノーパソを使用することができる。

 コレも既にノエルたちで試した。ロックされる機能はデバイスの設定であったり、持ち主である俺が作ったファイルの操作など基本的に俺に直接影響するものだ。データの閲覧や検索だけであるならノエルたちにも使えた。

 

「それでわざわざ教えてくれる理由は?」

 

 忍は俺の意図がわからないといった表情で質問してくる。当然だろう、俺のやっていることは自分のメリットをわざわざどぶに捨てるような行為だ。

 

「誠意だよ。純粋に、まあ、奪われても大丈夫なようにはしてあるけどね」

 

 何も隠さずありのままを話す。

 

「俺はね忍。あんまり腹芸とか得意じゃないんだ。君たちが俺のことをまだまだ信用しかねていることは知ってるし、わかってるよ」

 

「ッ!?」

 

 忍の身体が少し震える。表情に変わりはないが、少しは動揺しているみたいだ。

 

「それは別にいいんだよ。だって、当然のことだからね。だから、コレなの」

 

 俺はノーパソを忍のほうへと向ける。

 

「言わないでおくメリットを捨ててでも、仲良くしておきたいんだよ。ただ、それだけ」

 

「ふふっ、なんか特別なことがあるかもと思えば案外単純な理由なのね」

 

「仕方ないだろう。何も考えずにただ楽しんで生きれるほど、神経図太くないんだよ」

 

「むしろこっちの方がすごいと思うけど」

 

 クスクスと二人で笑いあう。

 

「とりあえずそれは今日持っていってもいいよ。その代わり、壊さないようにね」

 

 俺が操作して忍のユーザ登録を行う。そして、忍が操作できるのを確認すると俺はそう言った。

 

「ええ、色々調べさせてもらうわ。それじゃあ、おやすみなさい」

 

「おやすみ、操作しすぎて徹夜なんかしないようにね。肌に悪いらしいから」

 

「それは約束できないわね」

 

 忍が部屋から出て行く。彼女のノーパソを見る目は本当にいいものを見つけたという目であった。間違いなく、朝まで操作し続けることだろう。

 

「よっと」

 

 俺はベッドに横になると指輪状態のデバイスを見る。

 

「まだ二日目だけど、ホントこれからどうなるんだろうね」

 

 先のことを考えて少し憂鬱になる。今度の休日にアリサとなのはと会うことになった。それ自体は悪いことではないし、彼女たちに会うことは純粋に楽しみだ。ただ、これから起こることなどを考えるとあまり嬉しがったもいられない。

 

「ホント、どうなるのかな」

 



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5話目 少しずつ変化していくもの

「ここが図書館ですよ〜」

 

「ありがとうファリン」

 

 翌日、俺はファリンと一緒に図書館へとやってきていた。この世界の歴史などを把握するためだ。

 受付で知りたい分野の本棚の位置を教えてもらい、その場所へと移動する。

 

「日本史、世界史、後は地理、公民関係かな?」

 

 本棚にある本から自分の知りたいことが載っていそうな本を選び、適当に手にとってテーブルへと移動した。

 

「拓斗君って、歴史とかに興味あるんですね〜」

 

「うん、まあね。こういうことは知っていた方が結構便利だから」

 

 ファリンは俺が異世界人であるということを彼女は知っている。まぁ、元が大学生だとか細かいところは知らないわけだが、異世界人であるということでこういった知識を得ようとすることには疑問を抱かなかったようだ。

 

 適当に本を読んで、自分の知識との差異を調べる。総理大臣関係はもともとよく知らないが、記憶とは違う名前があった。編入試験に関係なさそうなので最近の総理大臣の名前と行った政策などだけ頭に入れる。

 

 ——なんていうかテロとか少し多くないか?

 

 近年の事件を見て思う。俺の覚えているテロなんて2000年以降一つぐらいしか心当たりがないが、こちらではかなり有名なテロが何度か起こっているようだ。

 

 ——巻き込まれそうだよな〜、だって月村だし、夜の一族だもん。

 

 忍やすずかたちについてのことを思い出し、少し、考える。

 

 夜の一族。

 

 リリカルなのはの元となったゲーム、とらいあんぐるハートに出てくる一族の名前で吸血鬼であるらしい。なお、原作では20歳から老化が遅くなるという、なんとも素敵な体質らしい。

 

 ——てか、原作って言う意味なら月村の家って、海鳴市じゃないんだよな〜。

 

 微妙なとらハでの公式設定を思い出す。しかし、ここでは忍が自分の家の場所を海鳴市と言っていた。既に俺の知っている知識とは微妙な違いが出てきているようだ。

 とらハにおいて月村邸は高町家とは四十キロぐらい離れていたはずだ。まあ、リリカルにおいて、なのはとすずかが一緒のバスで学校に通っているシーンがあるのでそんなに離れているということはないようだ。

 

 ——でも夜の一族はいるし、彼女たちはメイドロボなんだよな〜。

 

 目の前にいるファリンの顔を見る。確かにいくつか違う部分もあるようだが、大筋では違っていない。

 

「どうかしたんですか?」

 

「ううん、なんでもないよ」

 

 本を読まずに自分の顔を見ていたのが気になったのか、ファリンが聞いてくる。俺はそれを誤魔化して本に目を移すが、一度別のことを考え出すと内容が頭に入ってこない。

 

 ——ノーパソの情報から時空管理局が存在していることもわかっている。だとすれば、リリカルなのはに関わる事件は起こる可能性が高い。それに彼女たちのことを考えるなら、戦闘能力はあったほうがいい。

 

 悪い方へと思考が進む。テロ、事件などを考えると何もできないで終わるのは嫌だ。そのためには自分の能力があったほうがいい。幸いにもそのための手段は存在する。

 

「ふう、こんなもんかな?」

 

「お疲れ様です。これからどうしましょうか?」

 

 時計を見るとここに来てから三時間程度が経過していた。随分と集中していたようだ。途中からは娯楽関連の本を読んだりしていたが、意外と楽しかった。

 

「とりあえず食事かな〜、少しお腹すいたし」

 

「でしたら街の方ですね。お嬢様からお金も預かっていますし、服とかも買い揃えましょうよ」

 

 本当に忍には頭が下がる。月村邸には基本的に女性だけなので、男物の服、それも子供服なんてない。今、俺が着ている服も忍のお古を借りたものだ。……流石にすずかの服を借りることはない。いや、流石に彼女も自分と同年代の男に服を貸すのは嫌だろう。

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ〜」

 

 店をめぐり、何着か服を買ったあと、ファリンお勧めの店に入る。

 

「あれ? ファリンちゃん、珍しいわね」

 

 店に入ると茶色のロングヘアーが良く似合う女性がファリンに話しかける。

 

「はい、今日は拓斗君の付き添いで」

 

「拓斗君?」

 

「あっ、この子です」

 

 そう言ってファリンは横にいた俺を示す。

 

「はじめまして、烏丸拓斗です。月村家とは親戚です」

 

「そうなんだ、私は高町桃子。この翠屋のパティシエよ。よろしくね、拓斗君」

 

 女性が名乗ってくる。どうやらここはあの翠屋のようだ。

 桃子さんの姿を見る。いやはや、三十台とは思えないほど若々しい。知らなければ大学生といわれても納得してしまう。

 

「拓斗君はどこの学校なの?」

 

「いや、まだ通ってないです。編入試験を通れば、聖祥に通うことになる予定です」

 

 なんというか学校通ってないですと言うのは少し恥ずかしい。すると桃子さんは楽しそうな表情を浮かべる。

 

「そうなんだ、うちの娘も聖祥なの」

 

「なのはちゃんでしたよね。すずかから聞いてます、かわいくてまっすぐな女の子だって」

 

 昨日、すずかから聞いたことをそのまま言う。桃子さんも娘の友人からの評価に嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「今度の日曜日にすずかが紹介してくれるらしいんで、楽しみです」

 

「そうなの、それなら今日はサービスしちゃうわ」

 

 座席に案内されると桃子さんは機嫌よく厨房へと戻っていった。

 

「あれで子供いるとは思えないな〜」

 

「そうですね、とってもきれいですもんね」

 

 俺の言葉にファリンが返す。

 

 店内を見渡してみると、お昼のためか平日とはいえ結構混雑している。流石は翠屋、原作知識に違わず、人気店舗のようだ。

 

「お待たせいたしました」

 

 翠屋のウェイトレスがパスタを運んできてくれる。そのパスタを一口食べるがコレがまたおいしい。ノエルの用意してくれた食事もおいしかったが、こういう店で出されるものはまた別のおいしさがある。

 

 ——翠屋っていえば、お菓子のイメージなんだけど。

 

 こうやって出される食事もこれほどおいしいなら、評判になるお菓子はどれほどおいしいんだろうとパスタを食べながら、楽しみにする。

 

 

 

 

 

「ご馳走様でした」

 

「どうだったうちの料理は?」

 

「凄くおいしかったです。特に最後に出てきたケーキ、あれ毎日食べてもいいぐらいでした」

 

 食事を終えてファリンに会計をしてもらおうとするが、桃子さんは今日はサービスだからいいわよとやんわりと代金を受け取るのを拒否する。……今回はそれに甘えておこう。

 パスタを食べた後出てきたケーキは絶品であった。出てきたのはチョコレートケーキだったのだが、しつこくない甘みと口当たりの良いスポンジが俺を夢中にさせた。コレだけでも人気になるのが理解できる。

 元の世界で元カノに人気のスイーツ店に連れて行かされたことがあったが、それと比べてもこちらの方がおいしいといえるほどだ。

 

「うふふっ、ありがとう。また来てね」

 

 桃子さんに見送られ、翠屋を後にする。

 

「今日はありがとうねファリン」

 

「いえいえ、これも拓斗君のためですから〜」

 

 ファリンにお礼を言うと笑顔で返してくれる。いくら忍に命じられていることがわかっていても思わず、どきっとしてしまう。

 

 しかし、今日街を歩いてみてわかったことであるがやはり色々な面で自分のいた世界とは違っている。特にその違いが顕著なのは人であろう。向こうではありえないような髪の色がところどころに見られた。しかもそれが違和感がない程度に似合っている。

 

 ——ホント、不思議だよな。

 

 コスプレのように見れるそれに違和感が全くない。本当にそれがその人似合っているだ。それとも自分がそれを受け入れるようになっているだけなのか。

 一つ言えることはこの世界のことを自分が徐々に受け入れていることだった。

 

 

 

 

 

「まさかこんな技術があるなんてね」

 

 私は拓斗から借りたノートパソコンで色々なデータを見て思わず声に出してしまう。それほどまでにこれからわかることは異常であった。

 拓斗が使っているデバイスと呼ばれるもののデータ。それに搭載されているAIなどは今の地球の技術では再現できるものではない。ノエルたちも存在するのだが、彼女たちは既になくなった技術によって作られたものだ。一から作り上げることはできない。

 

「これらの技術を使えば、地球はもっと発展できる」

 

 目の前にある技術データを見てそんな気持ちに駆られる。

 

「でも、そんなわけにはいかないわよね〜」

 

 過度な技術の発展は社会に混乱をもたらす。それに月村の力が急速に大きくなれば、他の企業たちから目をつけられ、敵を増やすことにもつながってくる。これは本当に難しい問題だ。しかし、こういった技術は少しずつ広めていけばいい、必要な技術の判断もどれだけの技術を利用するかを判断することも不可能ではない。

 

 それにメリットもある。企業や国家などの情報を得られることだ。これを使って家のセキュリティをハッキングしてみたがログも残らない。これは非常に役立つものだ。他にも次元世界、時空管理局と呼ばれる組織の情報も手に入る。

 

「ホント、厄介なのか良くわからないわよね〜」

 

 拓斗の身元などは確認できなかった。少なくとも月村の力を使って調べた限りでは……。

 でもこうして自分のアドバンテージを捨ててこちらにメリットを与えてくれたことで一つ理解したことがある。

 

 ——彼は馬鹿だ。

 

 もし私がコレを悪用したらどうするつもりなのだろう。もしかしたら疑うことすらしてないのかもしれない。

 

「でも、まあいっか」

 

 あんまり悩むのも馬鹿らしい。もう彼の言っていることを疑う必要もない。たとえ異世界人でも大学生でも関係ないじゃないか。烏丸拓斗という一個人と付き合っていけばいいだけだ。

 

「さてと、じゃあもうひと頑張りしますか」

 

 身体を伸ばして固まった筋肉をほぐすともう一度ノートパソコンと向き直った。

 

 ——さくらに紹介しとくのもわるくないかもね。

 

 頭の中ではこれから先のことを考えながら……

 

 

 

 

 

「すずかちゃん、昨日はどうだったの?」

 

「えっ?」

 

「ほら、昨日楽しそうにしてたじゃない?」

 

 なのはちゃんが聞いてきた質問に思わず何のことだろうと思って返すと、アリサちゃんがそれに補足した。

 

「あっ、うん。楽しかったよ」

 

 昨日の拓斗君の魔法を思い出す。空を飛んだり、魔力の球を操ったり、昨日は本当に楽しかった。

 

「それで何があったのよ?」

 

「それなんだけどね」

 

 アリサちゃんたちに拓斗君のことを説明する。当然、魔法のことは秘密なのでそれは隠してだけど……

 

「じゃあ、今度の日曜日にその子と会えるんだ」

 

 なのはちゃんは嬉しそうな表情をする。やっぱり友達が増えるのは嬉しいのだ。

 

「聖祥に入るんだったら、勉強も見てあげないとね」

 

 アリサちゃんが編入試験を受ける拓斗君のことを気にしているのかそんなことを言う。

 

 ——拓斗君も頭が良いから、アリサちゃんと気が合うかも

 

 日曜日が少し楽しみになる一方で胸が少しもやもやした感じになる。

 

 ——何だろうこの気持ち……

 

 紹介するのが楽しみなのに少しだけ拓斗君を自分だけのモノにしたい気に駆られる。

 

 そういえば、と私は一つのことを思い出す。

 

 ——拓斗君は自分の秘密を教えてくれたのに、私は自分の秘密を拓斗君に教えてない。

 

 自分の体質のこと、一族のこと、これを知ったら拓斗君はどう思うだろう?

 

 ——やっぱり怖いって拒絶されるかな?

 

 そう考えると一気に怖くなる。やだ、拒絶されたくない。受け入れてほしい。

 

「——ずか。すずかっ!!」

 

「なにっ!?」

 

「こっちのセリフよ。急にボーっとしだして」

 

 どうやらアリサちゃんの声も聞こえないほど考え込んでいたようだ。

 

「すずかちゃん、顔色悪いよ?」

 

「あっ、だ、大丈夫だよっ」

 

「ホント? 体調悪いんなら保健室に行った方がいいわよ」

 

 なのはちゃんもアリサちゃんも心配そうな表情で見てくる。

 

「大丈夫、ちょっと寝不足なだけだから」

 

 私は二人に嘘を吐く。本当の理由なんて言えない。

 

 ——お姉ちゃんに相談してみよう

 

 お姉ちゃんなら恭也さんっていう恋人もいるし、同じことで悩んだはずだ。

 

 そんなことを考えながら授業を受ける。昨日とは違い、授業に集中した。

 

 この不安を少しでも忘れるために……

 

 



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6話目 カレの立場

 俺の目の前には金色の髪の活発そうな少女と茶色の髪をツインテールにまとめた少女がいた。

 

 今日は日曜日、すずかがアリサとなのはを紹介してくれる日であった。特に原作キャラの二人に会いたいという気持ちにはならなかったが、こうして目の前にいると感慨深いものがある。

 

「アリサ・バニングスよ」

 

「高町なのはです、よろしくね烏丸君」

 

「烏丸拓斗だ、二人ともよろしく」

 

 二人と自己紹介を交わす。二人を見比べてみるが、アリサは元気そうな、なのはは明るい印象を受ける。

 

「俺のことは拓斗でいいよ」

 

「そうなら拓斗って呼ぶことにするわ。私のこともアリサでいいわよ」

 

「私もなのはでいいよ」

 

 二人に気軽に話しかけてもらえるようにするため、名前で呼んでもらうようにする。そして、すずかを交えて四人でファリンの持ってきてくれた紅茶やお菓子に手をつけながら、会話を楽しむ。

 

「じゃあ、すずかちゃんと拓斗君は親戚なんだ?」

 

「うん、ちょっと遠縁になるんだけどね」

 

 あらかじめ忍たちと話して作っていた嘘を二人に話す。俺と月村家の関係は遠い親戚ということにしていた。

 

「親が海外に転勤になったんだけど、俺は日本に残りたかったからね。そうしたら、忍さんがうちに来るといいって誘ってくれたんだ」

 

 当然のことではあるが、この世界に俺の両親はいない。自分の口から出る嘘に少しばかり嫌気がさすがこればかりは仕方がない。だって本当のことを話すわけにはいかないのだから……

 

「へぇ〜、そうなんだ」

 

「でも、寂しくない?」

 

 なのはが聞いてくる。

 

「やっぱり寂しいかな」

 

 これは素直な気持ちだった。この世界に来て、まだ元の世界に帰る方法がわかったわけではない。それはすなわち、自分の両親にも友人にも会えないことを意味する。

 

「拓斗君……」

 

 すずかが俺の表情を見て、少し暗い表情を浮かべる。俺が異世界から来たということを知っているすずかはどんな気持ちでいるのだろうか?

 

「でも、すずかがいるし、忍さんやファリン、ノエルもいるから大丈夫だよ」

 

 少し暗くなった場の雰囲気を変えるように自分の言葉に付け加えてみる。すると、場の空気も少し明るくなった。すずかの表情も少し嬉しそうに感じる。

 

「それより聖祥に入るんでしょ? 勉強とか大丈夫なの?」

 

「う〜ん、まぁ大丈夫だと思うよ」

 

 アリサの言葉に俺は少しぼかして返す。元大学生の自分としてはいくら世界が違って、歴史などに少し変化があろうと小学生の試験程度で落ちるわけにはいかない。でも、それを自信たっぷりに言うとあまり印象が良くないのであえてこういう言い方にしたのだ。

 

「なんか不安な言い方ね〜」

 

「なら、みんなで拓斗君の勉強を見てあげようよ」

 

 なのはがそんなことを言い出す。

 

「いいよ。みんな休みの日まで勉強したくないでしょ?」

 

「いいわよ、これもアンタのためなんだから、この私に任せない」

 

 俺は遠まわしに拒否するのだが、アリサやなのはに押し切られ、すずかの部屋で勉強することになった。ちなみにすずかは俺の頭脳を知っているためか、二人の行動に苦笑いを浮かべつつも止めたりはしなかった。

 

 

 

 

 

「なによ、アンタ勉強できるじゃない」

 

「うぅ〜、私よりも頭がいいの」

 

 数十分後、アリサはつまらなそうな、なのはは少し落ち込んだ表情を浮かべていた。すずかの部屋に来て、アリサやすずか、なのはの出す問題に次々と回答していくといつの間にかこうなっていた。

 

 アリサは自分が考えいていたよりも遥かに俺の頭が良かったことにつまらなそうだ。きっと教えるつもりだったのに、その必要がないことに肩透かしを食らったのだろう。

 

 なのははなのはで、自分の苦手な教科である国語などをすらすらと解いている俺の姿を見て落ち込んでいた。

 

「でもみんなのおかげでいい勉強になったよ」

 

 俺は素直に感想を言う。三人でやったことで自分の知識との差異などを確認しなおすことができたのは大きな収穫であった。といっても1〜2問程度だけど……。

 

 結局、勉強はやめて、みんなでゲームをして交流を図った。ちなみにこちらのゲームは元の世界と同じものもあれば、少し違うものも存在した。

 

 名作はそのままにちょっとダメなゲームはいくらか良作へと変わっているようだ。

 

 結論、四人でやるス〇ブラはやっぱり面白かった。

 

 

 

 

 

 アリサちゃんやなのはちゃんが帰った後、私と拓斗君の二人きりになる。拓斗君は私の教科書やノートを使って勉強していた。

 その姿を横目で見ながら、私は今日拓斗君が言ったことを思い出す。

 

『やっぱり寂しいかな』

 

 拓斗君は異世界からきた魔法使いだ。当然、拓斗君にも家族はいただろうし、仲の良い友達もいたと思う。その人たちと会う事ができなくなれば、寂しいに決まってる。

 

 ——拓斗君はやっぱり帰りたいって思ってるのかな?

 

 拓斗君の本心を考えると胸が痛む。私だったら、こんな風に過ごせるのかな?

 

 ……無理だ。多分、寂しくて泣いてしまう。

 

 でも拓斗君は泣いたりせずに頑張っている。

 

 その姿を見て、なんとかしてあげたいと思うと同時にでもいなくなってほしくはないと思ってしまう。

 

 結局、お姉ちゃんに相談に行ってはいない。アドバイスを貰おうかと思ったが、最近、忙しそうで邪魔をするのもどうかと思ったからだ。

 

「ねえ、拓斗君」

 

「ん? どうしかした?」

 

「編入試験頑張ってね」

 

 今は応援することしかできない自分が悔しい。いつか、彼の力になりたい。そう強く思った。

 

 

 

 

 

 夕食が終わり、俺は忍と二人きりで話をしていた。

 

「どうかしたの?」

 

「頼みがあるんだけど、できれば戦闘訓練がしたいんだ」

 

「戦闘訓練?」

 

 俺の頼みに忍は聞き返してくる。

 

「ああ、一年後にはここにジュエルシードが落ちてくるし、そうなってくるとやっぱり戦闘訓練をしておきたいなって」

 

「ジュエルシード……確か、なのはちゃんが魔法に関わるきっかけとなったものよね?」

 

 俺の言葉に忍は前に説明したことを思い出し、聞き返してくる。

 

「そうだ、実際、どれだけの被害が出るかわからないし、できれば被害が出ないようにしたい」

 

 アニメの中のシーンを思い出す。槙原動物病院は塀が壊されたし、サッカー少年の樹のときも街には被害が出たはずだ。

 

「なのはちゃんに魔法を教えたりすることはできないの?」

 

「残念なことに教えるだけの知識もない」

 

 俺は溜息を吐く。実際、俺が魔法を使えるのはデバイスにインストールしているからに他ならない。ノーパソから教本などのデータを見て練習するという手もあるが、そんな付け焼刃で人を指導するなど危ないだろう。そんなことは自分だけがやればいい。

 

「心当たりがないこともないけどね〜」

 

 忍は悩んだような表情を浮かべる。おそらく、彼女の恋人である高町恭也のことだろう。

 

「この際、多少魔法のことがばれるのは仕方ない」

 

「そう? でも安心して、いい相手がいるから」

 

「え?」

 

 忍の言葉に俺は思わず間抜けな声をあげてしまう。いい相手? いったい誰のことだろう?

 

「ノエルよ、まあファリンでもいいけど」

 

「あっ」

 

 忍の言葉に俺は彼女たちのことを思い出す。ファリンはどうかは知らないが、ノエルはそういえばとらハシリーズでもかなりの戦闘能力を持ってるんだった。……あまりにメイドさん過ぎて普通に忘れてたわ。

 

 なんというか戦闘といえば高町家の面々だったり、神咲などが思い当たってしまうので、その思考にはいたらなかった。

 

「いいのか?」

 

「貰ったデータから新装備でも作ろうと思ってたし、ちょうどいいわ、二人に相手してもらいなさい」

 

 忍は楽しそうに笑う。そういえばコイツって機械いじりとか好きなんだっけ……

 

 彼女の趣味を思い出し、これからノエルとファリンに起こるであろう事を想像してみる。色々と改造されるであろう彼女たちには同情してしまった。

 

「それでね、あなたから貰ったデータなんだけど……」

 

「あまりに高度すぎる、もしくは危険すぎるってとこかな」

 

 ノーパソから得られるデータのことを思い出して、忍の言いたいことに見当をつける。技術データ、情報などあれから得られるものはあまりにも膨大で危険なものだ。

 

「ええ、正直あまりの内容に驚いたわよ。もし、私が悪人だったらどうしたわけ?」

 

「一応マスター権限を使って止めることはできるんだよ。まあ、あまり心配はしてなかったけどね」

 

 もしものときのための手段は用意してある。もし、彼女がデータを悪用しようとした場合、強制的にシャットダウンするか、彼女の記憶を消すようになっていた。

 

「ねえ、あなたは私たちのことを、夜の一族のことを知ってるのよね?」

 

 忍がこれまでとは話題を変えて、問いかけてくる。

 

「知識としてはね」

 

「怖くないの?」

 

 忍は俺に聞いてくる。自分たちが夜の一族という吸血鬼であること俺が怖がらないのが不思議なのだろう。

 

「まあ、ホラ、見た目が普通ならいいんじゃね。性格も悪くないし、こうして助かってるんだし」

 

 俺は自分の本音を暴露する。正直、見た目があまりに化け物なら恐れるだろうが、目の前にいるのは普通に美人な年下の女だ。何も怖がる必要がない。

 

「でも普通の人とは力も違うし、寿命だって違う、それに異能だってある」

 

「精神操作とか、再生能力だっけ?」

 

 俺の言葉に忍はこくんと頷く。ゲーム上で彼女たちが行っていたことを思い出す。テキスト上ではあるが、確かに人間離れはしていただろう。

 

「再生能力は便利だなとしか思えないけど、精神操作はされると嫌だね。力に関しては暴力じゃなければどうでもいいかな。寿命とかは、若いままでいられるんだから、うらやましいし、恋人とかラッキーじゃないか?」

 

 いつまでも若い姿のままの恋人を想像してみる。でもまあ、自分だけ老いるのは嫌かもしれないな。

 

「まあ、総じて襲ってこられたりしない限りは特になんとも思わないね」

 

「そっか」

 

 忍は何かが吹っ切れたように笑う。その姿は見惚れるほどにきれいであった。

 

「私たちのことを知ってるんなら、契約のことも知ってるわよね?」

 

「まあ、多少はだけど」

 

 盟友になるだっけ? 要するに夜の一族の敵にならないことを誓うものだったと記憶している。

 

「私たちとそれを結んでくれますか?」

 

 忍の言葉に俺は……

 

「いいよ」

 

 と返す。

 

 これは最初から決めていたことだ。

 夜の一族はともかくとして、世話になっている彼女たちの敵にはならない、なりたくない。それゆえの契約である。

 

「それですずかにも言っていいんだよね?」

 

「それは少しだけ待ってくれないかしら」

 

 契約した以上、すずかにも俺が夜の一族のことを知っていることを話そうと思ったが、忍がそれを止める。

 

「あの子にはまだ秘密にしておいてほしいの」

 

「どうしてだ。少なくとも俺が知っているというだけでも精神的にはだいぶ違うぞ」

 

「それでもよ。あなたがもし元の世界に帰れることがわかったらどうするつもり、自分のことを理解してくれる人間がいきなり消えてしまったら、あの子の受ける物凄いショックを受けることになるわ」

 

 忍の言い分はわかる。ただ、輸血パックなどを飲むとき、すずかは俺の存在に気を遣わなければならない。

 そうでなくても、やさしいあの子のことだ。自分が夜の一族であることを秘密にしているのは気にしているだろう。

 

「ええ、だから、後一年だけ待って、それかあの子が自分で言うまでは」

 

「それで知ってましたっていうのもショック受けるだろうが」

 

「上手く誤魔化しなさい」

 

 無茶を言う。そんな簡単にできるものではない。

 

「まあ、とりあえずは理解した。でも、あまりに酷くなるなら、こっちから話すぞ」

 

「それは……任せるわ」

 

 忍の言葉を聞くと、自分の部屋へと戻る。

 

「これも、俺のせいなんだろうけど」

 

 もし、これですずかが精神的に追い込まれることになれば俺の責任だ。俺がいたから彼女が追い込まれることになる。

 

 ——願わくば、できるだけ早くすずかが自分から言い出してくることを

 

 すずかのことを思い、俺は眠りについた。



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7話目 生きていくうえで必要なもの・・・一つ目

7話目 生きていくうえで必要なもの・・・一つ目

 

 編入試験を軽く突破した俺は今日から聖祥に通うことになった。今は聖祥の制服を身にまとい、今日から一緒に勉強することになるクラスメートを教壇から見渡している。

 すると、クラスメートの何人かがこちらに軽く手を振ったり、嬉しそうな表情を向けている。……すずか達だ。

 

「今日からみんなと一緒にお勉強することになった、烏丸拓斗君です。じゃあ烏丸君、自己紹介をお願い」

 

「烏丸拓斗です、よろしくお願いします」

 

 先生に促され、クラスメートたちに自己紹介する。その後も好きなことや前住んでいたところなどを適当に話して、彼らに嘘の情報を流した。

 

「じゃあ烏丸君は後ろの空いている席に座ってください。みんな質問したいと思うけど、休み時間まで我慢してね〜」

 

 後ろの空いている席に歩いていく途中、なのはとすずかにすれ違う。彼女達は一緒のクラスになれたことが嬉しいようで笑顔を向けてきたので笑顔で返しておいた。

 

 席に座ると周りの子達が話しかけてくる。彼らと軽く話しをしていると、チャイムが鳴り授業が始まった。

 

 朝、貰った教科書に目を通しながら授業を聞き流す。教科書の内容を流し読みするが、やはり一度習っているもののため、簡単に理解できる。

 

 ——あの名探偵もこんな気分なのかね〜

 

 眼鏡をかけた少年探偵を思い出しながら、授業を聞く。まさか二次元の存在と同じ気分を味わうことになるとは……

 

 ただ授業を聞くのは苦痛なので、先日から練習しているマルチタスクを使って授業を受けながら、魔法の練習を行っていた。

 

 今、行っている魔法は簡単なステルスの魔法だ。

 

 魔力で作ったサーチャーにステルスをかけて、決して誰にも見つからないように海鳴市を観察する。……これが意外と楽しい。

 

 街にある店を見るのはもちろんだが、映画などを見たり、他人が読んでいる雑誌を覗くのはかなり暇つぶしになる。

 

 ……ここで勘違いしないで貰いたいが、決してスカートの中や更衣室などを覗いたりはしていない。流石に小学校で授業を受けながらやることではないからだ。

 

 授業が終わり、休み時間に入るとクラスメート達が押し寄せてくる。やはり、この手の行動はお約束のようだ。

 

「前の学校はどんなだった?」

 

「どうして転校してきたの?」

 

「運動とか得意?」

 

 などなど、彼らは口々に俺に質問をぶつけてくる。その質問に一つ一つ答えるが彼らの質問は収まる気配が見えない。

 

 結局、午前の休み時間は全て彼らとの交流で時間を使うことになった。

 

 

 

 

 昼休みに入ると、一緒に昼食をとろうと誘ってくるクラスメート達を遮って、すずか達が昼食に誘ってくる。俺は彼女達の誘いに乗って、彼女達と屋上で食事をすることにした。

 

「アハハ、みんなすごかったね〜」

 

「転校生だし、仕方ないわよ」

 

 屋上に着くとなのはとアリサが先ほどの光景を思い出して、言葉を漏らす。確かにクラスメート達の行動力は凄かった。

 

 これも子供であるがゆえだろう。大人になれば、あんな風に無邪気に話しかけたり、質問をしたりすることができないようになったりする。自分の意見を言えなかったり、自分から行動することができなかったり、そういう子供ながらの行動が少しうらやましい。

 

「拓斗君、大丈夫?」

 

「大丈夫。流石に驚いたけど、結構楽しかったから」

 

 すずかの心配に笑顔を向けながら返す。ああやって子供と話すのは童心に返ったようで楽しい。

 

「でも同じクラスになれてよかったね〜」

 

「そうだね、みんなと同じクラスになれて嬉しいよ」

 

 なのはの言葉に肯定するが、彼女達と同じクラスになることは確定していた。というのも学校に出した住所はすずかと同じものであり、さらにこの聖祥は私立ということもあってお金があれば少しくらいの融通が利く。

 

 俺は一応、すずかの護衛という立場もあったりするので、その辺はお願いして融通を利かしてもらった。まぁ、同居人であるすずかと同じクラスであれば、少しは安心するだろうという学校の配慮もあって、同じクラスになったんだけど。

 

 ……お金とか使って一緒のクラスというのはちょっと後ろめたい気もしたので、学校側の配慮に感謝しよう。

 

「拓斗、聖祥はどう?」

 

「楽しいところ…だね。まだ一日目だからわからないけど、楽しめそうな学校だよ」

 

 アリサの質問に答える。聖祥は少なくとも今日来てみた限りでは悪いところではなさそうだ。まぁクラスメートが分け隔てなく俺のところに質問に来ていたところを見ると、仲が悪いということはないだろう。

 

 ——これも年取ると変わってくるんだろうな〜

 

 半端に年を重ねているせいか、彼らの将来に関して悪い方にばかり考えてしまう。小学校高学年になれば、異性を意識し始めたりする頃だ。他にもイジメであったりが起こりそうなので、少し微妙な気分になる。

 

 小学生に混ざってると自分の心の汚さを感じてしまうので、なんともむなしくなってきた。

 

 昼食を終えて、教室に帰るとクラスメート達がすずか達との関係を聞いてくる。どうやら屋上で食べている子達も何人かいたようで俺達が楽しそうにしているのを見ていて気になったようだ。

 

「すずかは親戚なんだ。それでここに入る前に二人を紹介してもらったんだよ」

 

 特に隠すことでもないのでクラスメート達に教える。まぁこの情報は嘘なんだけどね。

 

 俺の説明にみんなは納得したみたいで、前の休み時間同様、みんなは俺に質問したり、会話したりして交流を図った。

 

 

 

 

 

 授業が終わり、すずかとともに帰る。とはいってもすずかはバイオリンの稽古があるため、彼女をそこまで送り届けると俺は一人で帰った。

 

 月村邸に到着しノエルとファリンの出迎えに少し気分を良くしながら自室へと戻る。そして、制服から着替えると、ノートパソコンを開いた。

 

 これから行うのはデバイスの改良だ。このノーパソの機能の一つとして、デバイスの改造を行うことができる。それはもちろん、性能の向上であったり、システムの追加、もしくはデバイスの形状自体を変更することもできる。

 

 ——ならはじめから銃型でなくてもいいのに

 

 と思ったものの、初期にインストールされてある魔法やすぐに戦闘があったりする可能性を考えると銃型のほうが便利なのかもしれない。

 

 銃であれば引き金を引くだけで攻撃することができるし、敵に近づく必要がない。まぁ製作者の目的がわからない以上、あくまで推論だけど。

 

「こっちだとパワーが上がるのか、でも容量をアップして多彩な魔法を使えた方が良いのかな?」

 

 一つ一つ確かめながら、デバイスに改造を施していく。純粋なスペックアップもできないことはないが、自分の魔力量であったり技量を考えて改良しないとデバイスが扱いきれなくなる。

 

「とりあえず使えそうな魔法を片っ端から入れていくべきか? そもそもベースを銃型から杖、もしくは武器にしたら……」

 

 色々組み込んでみたり、弄ったりしては画面で性能を確かめて、それを保存する。後でノエル達と戦闘訓練をするときに色々試してみるつもりだ。

 

「デバイス自体にもスペックの限界が存在するのか。組み込みすぎると無駄になるだけだな」

 

 新たにわかったことをノートにメモする。これはこちらに来てから書き始めたことで、このノーパソでできることなどをメインにしてメモとして残している。ノートは既に半分近くが文字で埋まっており、これからもまだまだ埋まっていくであろうことが想像できた。

 

 他にもこっちに来てからの日記や街で見たことや気づいたことなどを書いたものもある。

 

「拓斗〜入るわよ〜」

 

 ノーパソでデバイスの改造に励んでいると忍がノックもせずに入ってくる。

 

「せめてノックぐらいしろよ」

 

「な〜に? 見られて困るものでもあるの?」

 

「いや、普通にマナーとしてだよ。……その内、否定できなくなるかもだけど」

 

 忍に苦言を漏らすが彼女はどこ吹く風のように聞き流す。最後の言葉は思わず小声に出してしまったが、聞かれてないようで何よりだ。

 

「で小学校はどうだった?」

 

 やはり忍も小学校からやり直すことになった俺が気になっているようだ。

 

「一度習った授業をもう一度受けるのは少し苦痛かな〜、まぁ大学に比べたら授業の時間は短いし、楽といえば楽なんだけど……」

 

「小学生に混ざるっていうのは?」

 

「精神的にきついな。こう子供の純真なところを見ると自分が嫌な大人になった気分になる」

 

「クスクス、そう」

 

 俺の言葉に忍は楽しそうに笑う。俺の境遇を楽しんでいるようで少し文句を言いたくなるが、精神的に疲れそうなのでやめることにした。

 

「それで、なんか用事でもあったのか?」

 

「あっ、そうそう。はい、コレ」

 

 忍がそう言って手渡してきたのは通帳とカードであった。ご丁寧にも俺の名義だ。

 

「これは?」

 

「見ての通り、あなたの通帳とカードよ。見せてもらった技術がかなりの利益になることがわかったから、コレはその報酬よ」

 

 通帳を開いて残高を確認する。そこには元の世界では縁がなさそうな桁の数字が記載されていた。

 

「コレは少し多すぎないか?」

 

 あまりの桁の多さに思わず忍に聞き返してしまう。

 

「正当な報酬よ。すぐに流用できそうな技術で上げられた利益でも相当なものだし、あと少しすればこっちでもできそうなものもかなりの利益を見込めるわ。それだってまだまだほんの一部よ」

 

「いやでも、俺が開発した技術ってわけじゃないし」

 

 そう、忍に見せた技術は俺が開発したものではない。それでこうやって報酬を貰えることはなんか悪い気がした。

 

「でも、あなたによってもたらされたことには変わりないでしょ。いいから受け取っておきなさい、あまり考えすぎると損よ」

 

「じゃあ、まあ、ありがたく受け取らせてもらいます」

 

 通帳とカードをノーパソの隣において忍に頭を下げる。技術を開発した人たちへの罪悪感も残っているが、このお金は私利私欲に使わせてもらうことにしよう。

 

 ——楽して稼ぐことに越したことはないんだけど、まぁ、このノーパソを使って新技術の開発とかで頑張ってみようか。

 

 ノーパソでできることを考えながら、貰った通帳の残高をもう一度確認する。

 お金という存在はかなりありがたいものだ。もし生活に困窮していたのであれば、間違いなく喜んだに違いない。しかし、余裕のある生活を送っている今では少し考えてしまう。

 

 ——ありがたく使わせてもらうんだけどね。

 

 罪悪感は感じるが、せっかく手に入れたお金だ。大事に使わせてもらうことにしよう。

 

 結局、生きていくうえでお金は必要になってくるのだ。こうして得られたことに文句を言うのはやめることにした。……人はコレを開き直りというだろう。

 

 こうして俺は生きていくうえで必要なもの……お金を手に入れた。



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8話目 上には上がいる、さらにトラブル発生

8話目 上には上がいる、さらにトラブル発生

 

 聖祥に入学して数週間が経ち、前世の知識というすばらしく有利な面を持つ俺は授業を適当に聞き流しながら、魔法の練習に励んでいた。

 

「——つまり、ここの計算はこんな風になります」

 

 先生が黒板に書いたものをノートに移しながら、その横で新しい魔法の組み立てを行う。

 

 忍に頼んでノエルやファリンを相手に実戦形式で何度も戦っているのだが、実はこれまで勝てたことが一度もなかったりする。

 

 俺のノーパソから引き出されたデータをもとに忍の手によって魔改造された彼女たちのスペックはこの世界で間違いなく最強といえるほどのものであろう。

 

 問題であった彼女たちの稼働時間も六時間充電の二十時間稼動から、さらに伸びて最大百時間の連続稼動が可能になった。

 これは忍がカートリッジシステムの応用で作ったバッテリー機関によるものだ。彼女たちにそれを組み込むことにより、まるで電池を変えるようにしてエネルギーを補給する。

 

 彼女たちのテストと俺の戦闘経験のために何度か手合わせをしているが、彼女たちはさらに魔法を使えるというチート具合だった。

 フラッシュムーブによる超高速移動や新カートリッジバッテリーのロードによって、高出力の魔法砲撃を撃つことも可能だ。

 

 その上、もともとのスペックの高さや各種センサーの向上などにより、こちらの攻撃は簡単に探知され、逃げることすら間々ならなかった。

 

 ——俺もチートかなと思ったんだけどな〜

 

 指輪の状態であるデバイスに目を落とす。

 ノートパソコンによる様々なデータや知識の取得、ここに来るに当たって得ることになった魔力、そして自由に改造できるデバイス、これだけあってもノエルとファリンの二人に勝つことができない。

 

「——くと君、拓斗君ッ」

 

「っ!! どうかした?」

 

「どうかした?じゃないわよ。授業終わってるのになにボーっとしてるのよ」

 

 どうやら授業は既に終わっているようだった。俺は慌ててノートを閉じて机の中に入れる。アリサやなのは達にノートに書かれている魔法のことなどを見られるわけにはいかないからだ。

 

 まぁ見られても俺が魔法使いだとはわかるはずはないのだが、この手のノートを見られるのはやはり恥ずかしい。

 

 こんな感じで俺は小学生ライフを満喫とはいえないが、過ごしている。

 

 

 

 

 

 放課後になり、すずかやアリサはバイオリン教室ということで彼女達を送り、月村邸へと戻る。すると庭の方から音が聞こえてきた。

 

 荷物を置かずに音がするほうへと足を伸ばす。そこにはノエルと忍、そしてもう一人両手に刀を持った男性が一人いた。

 

「どう恭也、バージョンアップしたノエルの実力は?」

 

「くっ、こちらの反応が追いつかないほど速いっ。それに攻撃手段も今までとは段違いに増えている」

 

 ——あれが高町恭也

 

 忍の言葉にノエルと相対している男性を思わず注目してしまう。ここにいる時点で予測はしていたことであるが、彼はとらハ3の主人公兼、なのはの兄の恭也のようだ。

 

「申し訳ございません。高町様」

 

「ぐわっ」

 

 ノエルがフラッシュムーブを使い恭也に接近すると、その勢いを使って一撃を加える。恭也は反応できずにその一撃を貰った。

 

「お疲れ様ノエル。これで対人戦闘のデータも充実するわ」

 

「はい、お嬢様。それと拓斗さんがそちらに隠れていらっしゃるのですが……」

 

 どうやらノエルのセンサーからは逃げられないようだ。

 

「アハハ、やっぱり気づかれてた?」

 

「はい、今から四十秒前からこちらを覗いていたことは、それとお帰りなさいませ」

 

 流石はノエル、恭也との試合最中であるにもかかわらず、周囲を警戒することすら簡単にできるようだ。

 

「あら、お帰りなさい」

 

「ただいま忍さん。それでこちらの方は?」

 

 一応、人前ということで口調を変え、恭也さんの紹介を求める。

 

「ああ、この人は高町恭也。なのはちゃんのお兄さんで、私の恋人よ」

 

「高町恭也だ。よろしく頼む」

 

「烏丸拓斗です。家の都合でこの家にお世話になっています。あとなのはさんとは同じクラスで友達です」

 

 忍の堂々とした恋人紹介に思わず嫉妬心が湧いてしまうが、それを隠して丁寧に挨拶をする。

 

「ああ君が拓斗君か。なのはから聞いてるよ、仲の良い友達ができたって」

 

「はい、彼女は大切な友達です」

 

 恭也の言葉に俺も返しておく。友人関係に年齢は関係ないのだが、もとの年齢が二十歳を超えていることを考えると小学生と友達というのはなんとなく犯罪臭が漂う。

 

「そうだ、せっかくだし拓斗も恭也と戦ってみたら?」

 

 俺が恭也と話していると横から忍がそんなことをいってくる。その手元には俺のノーパソがあり、先ほどの戦闘データをまとめているようだった。

 

「いや、しかし彼は小学生だぞ」

 

「拓斗の実力は私が保証してあげるわよ。それに拓斗もいつもノエル達が相手じゃ詰まんないでしょ」

 

 ——いや、まあ確かにその通りではあるんだけど

 

「そうですね。恭也さん、俺の方からもお願いします」

 

 忍のいきなりの提案にどうするべきか判断に迷うが、恭也の実力も気になることからお願いしてみる。その時、忍が嬉しそうにしていたのを見逃さない。

 

 忍の目的はわかりやすい。俺と恭也を戦わせることで俺の実力を正確に測るつもりだろう。……純粋に面白そうだからというのもありそうだが。

 

「そうか、そう言うなら俺も相手をしよう」

 

「なら、すぐに準備をしてくるので待ってください」

 

 恭也にそう言うと荷物を置きに自室へと戻る。荷物などその辺に置けばいいだけなのだが、デバイスのセットアップはそういうわけにもいかない。

 

「クロックシューター、セットアップ」

 

 クロックシューターをセットアップして握り締める。結局、デバイスは銃型のままだ。初期の状態からデザインなどは結構変わっているが、形状は変えることはしなかった。

 

 剣型や杖型というのも悪くないのだが、接近戦は正直あまり好みではないし、杖というのも魔法使いらしすぎてなんか違う気がした。

 

 デバイスを持って庭へと出る。そこには恭也が待ち構えていた。

 

「それが君の武器か?」

 

「ええ、ですが実弾ではないので安心してください」

 

「実弾じゃない? ああ、忍が作ったものか……」

 

 恭也は俺のデバイスの形状や言葉に疑問を持ったようだが、忍の技術力を知っているためか勘違いしてくれたようだ。

 

「じゃあ、始めっ!!」

 

 忍の合図とともに恭也にクロックシューターを向けて引き金を引く。その動作に一秒もかからない。

 これにはかなり訓練した。瞬時に狙いをつけて外さないために腕をおろした状態から構えて的に狙いを定めて引き金を引く訓練を何度も繰り返した。いわゆるクイックドロウと呼ばれる技術だ。

 

 デバイスから魔力弾が恭也に向けて数発飛んでいく。そのスピードはもちろん実弾には劣るがなかなかの速度を誇っている。

 

「なっ!?」

 

 開始と同時に撃たれたことに驚いたのか、もしくは俺の技術に驚いたのかはわからないが恭也は驚いた。しかし、流石というべきか身についた技術によって無意識のうちに反応したのか横に跳んで魔力弾を回避する。

 

 俺も恭也に狙いをつけて何度も引き金を引き、魔力弾を放つ。誘導弾や砲撃、バインドなどは使わない。純粋な銃技のみで戦いを挑む。

 

 しかし、恭也も俺の技量に最初は驚いたようだが、すぐに冷静になり、魔力弾を回避しながら近づいてくる。途中、飛針を投げて魔力弾を打ち落とし、鋼糸が繰り出される。

 

「ソニックムーブッ」

 

 恭也から距離をとるためにソニックムーブを使い離れるが、やはり同じように距離を詰められる。

 何度も繰り返しているうちに今度は引き金を引くタイミングさえ読まれ始めた。飛針を使って打ち落とされていたものが、最小限の動作によって回避され、今度は攻撃パターンに飛針まで増えてくる。

 

 ここに来て俺は完全に追い込まれた。既に始まったから二十分近くが経過し、体力、集中力は限界へと差し掛かっている。攻撃も読まれ始め、一方的に攻撃されていた。

 

 しかも恭也はまだ神速を使っていない。こちらの高速移動に対抗するために使ってくるかと思ったが、使わなくても大丈夫だと判断されたのか、今に至るまで全く使われなかった。

 

 こちらもソニックムーブと魔力弾程度しか使ってないとはいえ、これはかなりきつい。かといってバインドなど他の魔法も使うつもりはあまりなかった。

 

「仕掛けてこないのか? なら、こちらから行くぞっ!」

 

 恭也が踏み込んでくる。持っている小太刀で攻撃してくるのは目に見えて明らかだ。飛針では俺を傷つけるだろうし、安心して峰打ちできる小太刀での攻撃を選んだのだろう。

 

「貰ったっ」

 

 恭也が切りかかろうとする直前に引き金を引く。すると銃口から強い光が発生した。目くらましの閃光弾である。

 

「何だとっ!?」

 

 恭也がひるんだ隙にソニックムーブで回りこみ、銃口を恭也に向けて引き金を引く。

 

 ——獲った

 

 魔力弾は一直線に恭也に向かい飛んでいき、俺は勝利を確信するが、その瞬間恭也の姿が消えた。

 

「まだまだ甘いな」

 

 後頭部に衝撃を感じると俺は意識を失った。

 

 

 

 

「う、ん」

 

「大丈夫か?」

 

 目が覚めるとそこには恭也の顔とノエルの上半身が見える。その先には茜色の空が広がっていた。

 

「大丈夫です。ノエルもありがとう」

 

「いえ、構いません」

 

 横になったまま恭也さんに返す。後頭部の感触やノエルの上半身が見えることから、どうやらノエルが膝枕をしてくれていたようだ。

 

 ——メイドさんの膝枕

 

 かなり幸せに気分になり、このままこうして過ごしていたいという気にもなったが、そういうわけにもいかないので名残惜しいが起き上がることにする。

 

「すまなかったな。本当は軽くダメージを与えるだけのつもりだったが、予想より君が強かったので気絶までさせてしまった」

 

「いえ、むしろそこまで力を出してくれて嬉しかったです」

 

 恭也の謝罪に俺は礼で返す。少なくとも一部の魔法だけで恭也とそれなりに戦うことができることがわかったのは収穫であった。

 

「しかし、まさか君ぐらいの年であそこまでできるなんて思っても見なかったな」

 

「アハハ、俺も割りと特殊な人間なんで結構鍛えているんですよ」

 

「そうか、できれば今度も手合わせをお願いしたいな」

 

「でしたらお願いします。俺も強くなりたいですし、恭也さんみたいな強い人と手合わせできるなら嬉しいですから」

 

 恭也と今後の鍛錬の約束をする。恭也と戦えることは戦闘経験的な意味でも人間関係的な面でもかなり良いことだ。

 

「そういえばノエル。夕食なんかは大丈夫なのか?」

 

「今日は高町様がいらっしゃるということでお嬢様が夕食を御作りになるようです」

 

 今日は忍が食事を作ってくれるようだ。とらハでは翠屋のチーフになったり、恭也に食事を作ってあげるためにかなり料理の腕が上達したという話しだから楽しみにしておこう。

 

 その時であった。ノエルが何かを感じたのか、俺達から離れ、誰かと会話している。相手の声が聞こえないことから相手はファリンだろう。内蔵されてある通信機でお互いに連絡をとっているのだ。

 

「お嬢様ッ!! すずか様がッ!!」

 

 ノエルの表情が変わり、忍がいるであろうキッチンへと慌てて走り出す。

 

「恭也さんッ!!」

 

「ああッ!!」

 

 この事態に俺達も何かあったと理解し急いでノエルと忍のところへと向かった。



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9話目 初めての実戦

9話目 初めての実戦

 

「すずかが攫われたわ」

 

 ノエルを追って忍のもとにたどり着いた俺達に彼女はそう言った。忍の表情は苦渋に満ちている。

 

「なんだとっ!?」

 

「アリサちゃんも一緒に攫われたみたい」

 

 驚く俺達に忍は状況を説明する。

 

「ファリンは? 確か迎えに行ってるはずだろ」

 

 俺はファリンのことについて質問する。彼女の戦闘能力を考えるとそうやすやすと誘拐を許すはずがない。

 

「ファリンが到着する前に攫われたようよ。犯人はそのまま車で逃走、ファリンが今追ってるわ」

 

 ——なるほど、合流する前を狙われたか……

 

 いくらファリンが強かろうといない時を狙われてしまえば、どうすることもできない。

 

「相手の数や目的は?」

 

「わからない。ただ、数は相当いると思っていいわ、ここまでやってくるんだもの、きっと相手は相当に戦力を整えているはずよ」

 

 忍は今回のこれを単なる誘拐とは思っていないらしい。確かにそうだろう。タイミングが良すぎる。二人に関する情報を知った上での行動だろう。これが単に特殊性癖な人間であれば、もっと他にも被害が出ていてもおかしくない。……二人に惚れての犯行という可能性も捨てきれないが、もし、そうであれば一緒にいた俺を嫉妬で狙うことも考えられたのでかなり低い可能性だろう。

 

 ——なら考えられるのは身代金か、それとも……

 

「それで二人にお願いがあるんだけど」

 

「わかってる。父さんや美由紀にも応援を頼む」

 

 忍のお願いというのは俺達に力を貸してほしいということだろう。そんなことは言わなくても理解できる。恭也は忍の言葉を遮って返答すると連絡を取るために俺達から少し離れた。当然ながら戦力は多ければ多いほどいい。

 

「拓斗は?」

 

「当然参加するぞ。すずかには助けられてるんだ、恩はちゃんと返させてもらうさ。それに……」

 

 俺はクロックシューターを強く握り締める。

 

「男が女の子を助けるために動かないわけがないだろ」

 

「そうね、期待してるわよ」

 

 俺の言葉に忍がクスリと笑う。言葉ではこんなかっこつけたことを言っているが内心では別のことを考えていた。

 

 ——非殺傷設定を解除して、殺してやるか

 

 表面では取り繕っているが、心の中は怒りで満ち溢れていた。それこそ犯人に対して躊躇いがなくなるぐらいに……。

 なまじ、それができるだけの力があるゆえに思考がより凶悪に、凶暴になってしまう。

 

 誘拐という行為は基本的に誰であろうと嫌悪するものだ。それが身内が被害にあえばなおさらのことである。

 

 俺はIPhoneを取り出してデバイスにインストールされてある魔法を確認する。これはノーパソの機能の一部が使えるため、出かけているときや授業中などかなり重宝していた。

 

 ——火力が足りないか? 一応アレも入れておくか。

 

 今入れてあるテスト用の魔法をアンインストールして、実戦用の魔法を再インストールする。

 

「忍、二人の場所は?」

 

「ノエル!!」

 

「確認できました。東地区の廃工場です」

 

 恭也がアリサとすずかの場所をノエルに聞くとそれを電話相手に伝える。俺の方も再インストールが終わり、準備はできていた。

 

「急ぐわよ」

 

 忍の一言で俺達は月村家の保有している車に乗り込むと、急いですずか達のいる廃工場へと向かった。

 

 

 

 

 廃工場へとたどり着くとそこには既にファリンが待機しており、すぐさま俺達と合流する。

 

「お嬢様〜」

 

「しっ、ここからは二手に分かれるわよ。恭也はノエルと動いて頂戴、私達は三人で行動するわ」

 

「父さんたちが到着するまで待たなくてもいいのか? それに……」

 

 恭也は忍に質問すると同時に俺のほうへと目を向ける。俺のような子供がこのような現場に関わるのがあまり好ましくないのだろう。

 

「俺は大丈夫ですよ。もともとこういうのは覚悟してましたから」

 

「それと士郎さん達を待っている余裕はないわ。二人ともなにをされるかわからないし、できるだけ早く救出したいの」

 

「わかった」

 

 恭也は納得の表情を見せ、小太刀を握る。俺達ももちろん装備を構えた。

 ファリンやノエルは最近忍が作った、簡易デバイスに加え、銃器をいくつか用意している。忍も銃を手に持ち、ヤル気は満々のようだった。

 

「行くわよっ」

 

 忍の合図とともに俺達は廃工場の中へと進入する。まずは俺が見張りに対して、魔力弾を放った。これは俺の攻撃が他に比べて音を出さず、敵に気づかれにくいからだ。

 

「ぐわっ」

 

「うわっ」

 

 魔力弾が見張りの二人を撃ち抜く。非殺傷設定は解除している。犯人達には悪いが、今回俺はかなり冷静さを失っていた。

 

 ——そういえばこれが初めての実戦だったな

 

 今になって実戦経験が初めてであることを思い出す。倒れた見張りを見るが自分でも驚くほどなんともない。

 

「殺したの?」

 

 忍がそんなことを聞いてくる。

 

「いや、スタンと衝撃で気絶させただけ。まぁ骨ぐらいは折れているだろうけど……」

 

「そう、よかったわ」

 

 忍はほっとした表情を見せる。俺が犯人を殺さなかったことに安心したようだ。

 

「それにしても……」

 

 忍はそう言いながら、見張りの服を漁る。そこから出てきたのは黒光りする銃であった。

 

「まさか、こんなものまで用意してるなんてね。ますます、ただの誘拐じゃなくなってきたわね」

 

「どうするんだ忍?」

 

 見張りが持っていた銃を破壊している忍に恭也が聞く。

 

「進むわ。こういうのは時間が経てば経つほど事態は悪くなるのよ」

 

「なら、俺達はこっちへ進む」

 

「気をつけてね恭也。ノエル、頼んだわよ」

 

「かしこまりましたお嬢様」

 

 恭也と忍のやり取りを横目で見ながらサーチャーで内部を探索する。どうやら結構な数がそろっているようだ。しかしながら、相手の目的が全く見えてこない。

 

「ギャーー!!」

 

「し、侵入者だっ!!」

 

 恭也達が戦闘を始めたのか、建物の中が騒がしくなる。

 

「始まったようね。私達も行くわよっ」

 

 忍の合図とともに俺達も進攻を開始した。

 

 

 

 

 

「ん、あれっ、私、どうして?」

 

 私は目が覚めると地面で寝かされていた。なぜ、自分がこうなっているのかを思い出しつつ、周囲をうかがう。

 

 ——確かバイオリン教室が終わって……ッ!!

 

 そこで一気に思い出す。自分達がいきなり何人かに囲まれて、その瞬間気を失ったことを……

 

 ——アリサちゃんは!?

 

 慌てて周囲を見てみると近くでアリサちゃんが倒れているのがわかる。

 

「アリサちゃん!!」

 

「う、ん、す、ずか?」

 

 声をかけるとアリサちゃんは反応を返してくれ起き上がる。

 

「ここは、どこなの?」

 

「わからない、でも私達、誘拐、されたみたい」

 

 いきなり誰かに連れ攫われた恐怖に声が震え、恐怖が襲い掛かる。アリサちゃんも同じなのか、身体が震えていた。

 

 ガチャ

 

「おや、起きたんだ。ちょうどよかった」

 

 いきなり扉が開き、そこから一人の男性が現れる。

 

「はじめまして、我が姪よ。僕の名前は氷村遊、君の叔父にあたる」

 

「氷村遊っ!?」

 

 その名前には聞き覚えがあった。私の両親が亡くなって以来、私達がお世話になっていた人の兄の名前だ。

 

 ……ただ、あまりいい話は聞いていない。お姉ちゃんやその人が話す限りでは良い人間ではないということがわかる。

 

「なにが目的ですか?」

 

 怯える声を隠しつつ氷村遊をにらみつける。

 

「最近、君のお姉さんとさくらがなにやら企んでいるようなのでね。ちょっと気に入らないのさ」

 

「そんな理由でアンタは私達を攫ったのっ!?」

 

 アリサちゃんが氷村遊に向かって怒鳴りつける。

 

「黙れっ劣等種が!! これは僕達一族の問題だ!!」

 

 氷村遊がアリサちゃんを蹴り飛ばした。

 

「アリサちゃん!!」

 

「ふんっ、軽く蹴った程度でコレか。やはりもろいな」

 

 アリサちゃんは蹴られた衝撃からか気を失い、地面に倒れこむ。

 

「殺しはしないさ。利用価値はあるようだからな」

 

 氷室はそう言い、こちらの方へ歩を進める。

 

「夜の一族の党首の娘がこんな劣等種と友達とはね」

 

「何が言いたいんですか?」

 

「いやいや、彼女は君が吸血鬼だということを知っているのかと思ってね。彼女と盟約は交わしたのかい?」

 

 氷村遊の言葉が私に突き刺さる。アリサちゃんとは盟約を交わしていない。いや、アリサちゃんだけじゃない。なのはちゃんも拓斗君とも盟約は交わしていない。

 

「その様子だと彼女は君が吸血鬼だとは知らないようだね。クックック、それでよく友達なんて言えたものだね」

 

 ——やめて、言わないで

 

 氷村遊の言葉が私の心を抉る。それはずっと私が気にしていたことだった。

 自分が人の血を吸う化け物であることを知られたくない。だって知られたらきっと嫌われちゃう。そうしたら、せっかくできた友達がいなくなっちゃう……そんなの嫌だ!!

 

 でも友達に隠し事をしているのは嫌だった。嫌われたくなかったけどずっと隠しているのも嫌だった。

 

「ん? 外が騒がしいな」

 

 部屋の外がにわかに騒がしくなる。何か起こっているようだ。氷室遊は外の様子が気になるのか通信機を取り出し、誰かと連絡を取っている。

 

「ハハハ、まさかこれほどまでに早いなんてね。喜べよ、君のお姉さんが助けに来てくれたようだよ」

 

「お姉ちゃんが……」

 

「でもここには武器を持った人間が五十人近くいる。それにアレもあるしね。ここまでたどり着けるかな?」

 

 氷室遊が余裕そうな表情を浮かべている。しかし、私は安心していた。いくら武器を持っていようとお姉ちゃんやファリンたちが五十人程度に負けるわけがない。

 

 ——それに拓斗君もいるもん

 

 最近現れた魔法使いである彼のことを思い浮かべる。ノエルやファリンには負けているみたいだけど、それでも彼が普通の人間に負けるなんて思わない。

 

「ハハッ、もう安心だと言いたげだね」

 

 氷室遊が何かを言っているが、私はみんなが私達を助け出してくれることを確信していた。

 

 

 

 

 

「ぐっ」

 

「くそっ」

 

 敵を倒しつつ、俺達はすずか達のいる場所を探す。

 

「しかし、思ったよりたいしたことはないな」

 

 武器を持っているにも関わらず、あっけなく倒れていく敵に少し物足りなさを感じる。当初はもっと激しい抵抗があると予想していただけにこの状況は少し意外であった。

 

「油断していると足をすくわれるわよ」

 

「悪い」

 

 忍の言葉に気を引き締めなおす。ここは戦場であり、相手は武器を持っているのだ。一瞬の油断で自分が死ぬ可能性をもう一度考え直し、警戒心を高める。

 

「ファリン、すずかのいる場所は?」

 

「ここからもう少し奥に進んで、左に曲がって突き当たりの部屋です〜」

 

 ファリンがすずかにつけられた発信機をセンサーで拾い場所を特定する。どうやらこういうときのために忍がすずかにつけていたものらしい。

 

 道中、敵を倒しながらすずか達のいる部屋へと向かっていくと、そこに一人の男が現れた。

 

「やあ、よく来たね」

 

「氷村遊っ!?」

 

 忍がその男の名前を叫ぶ。俺はその名前を思い出す。

 

 氷村遊、とらハ1に出てくるキャラで基本的にヒロインに粉を掛けてくる奴であったと記憶している。忍たちと同じ純粋な吸血鬼で彼女達の叔父にあたり、とらハ1のヒロインである綺堂さくらの兄であったはずだ。

 そして、俺がゲームをやっていて一番嫌いだったキャラでもある。

 

 さくらルートのバッドエンドでは色々あったのだ。その後のことがあったとはいえ、正直あれは胸糞悪い。

 

「すずかは無事なんでしょうね?」

 

「ああ、無事だよ。そのお友達もね」

 

「それでいったい何が目的なの? こんなことをしておいてただじゃ済まさないわよ」

 

 忍が氷村を睨む。身体中から怒気が溢れており、言葉も威圧するかのようだ。

 

「最近、君とさくらが何か企んでいるみたいだからね。ちょっと昔の意趣返しに邪魔してやろうと思っただけさ」

 

「そんなことでッ!!」

 

 ——昔の意趣返し? 女にボコボコにやられたことか?

 

 氷室のいう昔のことがゲーム本編のことなのかは気になるが、

 

 

それよりも目の前にいるコイツの存在を消したいを思う自分がいる。

 

「そこの少年は何でこんなところに来たのかな? そんなおもちゃを持って、あの子達を助けるつもりかな?」

 

 氷室は俺を見下しながらそんなことを言ってくる。ヤバイ、嫌いな奴からこんなことを言われてしまっては……

 

 ——本気で殺したくなる

 

 クロックシューターに魔力を込めはじめる。なぜ、ここまで躊躇いなく人を殺そうと思えるのか不思議であるが、そんなことは後で考えることにした。

 

「君達には痛い目にあってもらうよ」

 

 氷村がそう言うと物陰から人が何人か出てくる。そして、そいつらは俺達に向かって殴りかかってきた。

 

「よけなさいっ!!」

 

 忍の言葉に反応し、回避するとそいつらの攻撃がはずれ壁に当たる。その壁は陥没していた。

 

「自動人形…氷村遊っアンタまさか!?」

 

「イレインといったかな、あれの技術を使ってね。まあ、ただの戦闘人形だよ」

 

 氷村の言葉に目の前にいる彼らを見る。どうやらこいつらはノエルやファリンたちと同じ自動人形のようだ。イレインはとらハ3で出てきた敵キャラでノエル達自動人形の最終生産型である。

 

 俺達の目の前にはその自動人形たちが五体並んでいた。

 

 余裕かと思われていた初めての実戦はここからが本番であった。



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10話目 事件終結

10話目 事件終結

 

自動人形や氷村と対峙し、一番初めに動いたのは意外にもファリンであった。

 

「お嬢様っ、拓斗君」

 

 敵の自動人形達に対して爆発魔法を使うと一度態勢を立て直すために後退する。悔しいが相手の方が数が多いため、この場でそのまま戦うのは下策であった。

 

「くっ、逃がすな追え!!」

 

 氷村の言葉に自動人形達は俺達の後を追ってくる。それに対して牽制の魔力弾を何発か撃ち込むが少し勢いを落とすだけで決定的なダメージを与えられない。

 

「チッ、自動人形かよ」

 

「まさかアイツがアレまで用意していたなんて……」

 

 俺の言葉に忍が言葉を漏らす。正直、改造前とはいえノエルと互角に戦えるような奴らを相手にするのはかなりきつい。

 

 ——相手は自動人形五体に氷村遊、こっちは忍とファリン、そして俺か

 

 相手と自分の戦力差を考える。恭也やノエルも子の場にいるのだが、今すぐに駆けつけてくれるわけではないので除外する。

 ファリンであれば自動人形相手でも互角以上に戦えるだろうが、俺と忍は正直怪しい。忍は夜の一族とはいえ、その能力は知能の方に特化していたはずだ。それでも壁を破壊したり再生能力はあるとはいえ、攻撃能力という面では魔法を使える俺に劣るだろう。

 そういう俺も戦力という面では微妙だ。魔法によっていくらか強化されているとはいえ、もとが子供の身体である。身体能力はそれほど高くない上に体力という面でも不安が残る。その上、忍達のように身体が再生するわけでもない。

 

「拓斗、大丈夫?」

 

 忍が声を掛けてくる。現状の不利がわかっているので俺を心配しているのだろう。先ほどまでとは違い、ここからは本当に命のやり取りとなる。

 

「ヤバイ……ね」

 

「えっ?」

 

 俺の言葉に忍は呆けた声を上げる。それはそうだろう、心配したとはいえ怪我すらなく、追い込まれた様子を見せない俺がヤバイといったのだ。

 今の俺の状態は忍に言ったようにまともな状態ではなかった。

 

 それはこの殺されるかも知れない状況に恐怖を感じているということでもなく、体力や魔力に問題があるわけでもない……むしろ逆であった。

 

 身体の調子が良すぎる。殺されるかも知れないにも関わらず恐怖すら感じない。むしろ、自分の感情が高ぶりすぎて抑えられない。

 

「た、拓斗?」

 

 忍は俺の様子を見て戸惑った声を上げる。

 

「ああ、体調は問題ない。ただむちゃくちゃ高ぶってるけどね」

 

 魔力が溢れ出す。こんな状況であるにもかかわらず、負ける気など全くしない。

 

 カタッ

 

 音がしたのでサーチャーを使って様子を窺う。どうやら敵が近づいているようだ。

 

「忍、邪魔するなよ」

 

 ガチャン

 

 忍にそう言うとクロックシューターに搭載したカートリッジをロードする。コレはノエル達との訓練のときにスペックが足りないと感じたのでカートリッジシステムを搭載したのだ。

 

「クロスファイア、シュート!!」

 

 敵の前に出て、デバイスを向けると全力で魔法を放つ。

 

 ズドンッ

 

 放たれた魔力弾は自動人形を撃ちぬき、完全に破壊した。

 

「凄い……」

 

 その様子を見た忍の口から感嘆の声が漏れる。訓練のときとは違い、自動人形を一発で倒せるほどの威力が出るとは思っていなかったのだろう。

 

 俺自身、ここまでの威力が出ることに驚く。敵を一撃で倒したことにさらに感情も高ぶっていった。

 

 ——ホントにヤバイな。

 

 興奮しすぎて冷静でいられなくなる。敵に攻撃することに躊躇いを覚えなければ、殺すことにも躊躇しない。思わず、ここに来る途中に倒した敵たちに向けてデバイスを向ける。

 

「——と、拓斗っ!!」

 

「忍?」

 

「何しようとしてたの?」

 

 忍の言葉に自分が行おうとしていた行動を思い返す。

 

 ——あれ? 俺はこいつらを殺そうとしてた?

 

 自分が躊躇いなく動けない相手にトドメを刺そうとしていたことに動揺する。無意識での行動だったせいでいつもの自分とのギャップに戸惑う。

 

「危ないっ!!」

 

 ファリンが突然叫び声を上げる。その声に反応すると自動人形が二体、俺と忍へと近づいてきていた。

 

 気づいたときには既に遅かった。敵が両腕からブレードを出し、俺達に突き刺そうとしてくる。

 

 ズドンッ

 

 クイックドロウで一体を撃ちぬくがもう一体には反応が間に合わない。その時だった……

 

 銀の線が目の前を駆け抜け、自動人形の腕を切り捨てる。

 

「どうやら間に合ったみたいだな」

 

「大丈夫? 怪我はない?」

 

 小太刀を持った男性と眼鏡をかけた少女が現れる。二人は自動人形に警戒しながら、こちらに声を掛けてくれた。

 

「士郎さん!! 美由希ちゃん!!」

 

 忍が二人の名前を呼ぶ。どうやら恭也が呼んでくれた増援の二人のようだ。

 

「忍ちゃん、無事みたいだね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 高町士郎と美由希が現れたことでこちらの戦力がかなり増える。既に自動人形は一体倒しているから残り四体。そのうち一体は今、片腕を切り落とされている。

 

「父さん!! 美由希!!」

 

「恭也っ!!」

 

「お嬢様、ご無事ですか?」

 

「ええ大丈夫よ、ノエル」

 

 ここで恭也とノエルが合流してくる。どうやら、彼らのところには人形は現れず、さして苦戦もしなかったようだ。

 戦力が整ったことで忍の表情にも余裕が出てくる。コレならここは大丈夫だろう。

 

「忍」

 

「どうしたの拓斗?」

 

「悪いけど任せてもいいか?」

 

 みんなにこの場を任せて、すずかたちの所へ向かうために忍に声を掛ける。

 

「大丈夫なの?」

 

 先ほどまでの俺の様子を知っているためか、忍は俺のことを心配してきた。正直、ここできちんと自動人形を片付けてからいくべきかと迷うがなるべく早くすずかとアリサを救出しておきたかった。

 

「大丈夫だ、まぁ止められても行くんだけどな」

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

 忍の静止を聞かず、ソニックムーブ使い自動人形たちの間をすり抜け、すずか達がいるであろう部屋へと急ぐ。まだ移動していなければ先ほどの部屋にいるはずだ。

 

 

 

 

 

 私の制止を聞かず、すずか達のところへと向かった拓斗の背中を見ながら私達は自動人形と相対する。

 

「彼は大丈夫なのか?」

 

「わからない。様子もおかしかったし、だからできるだけ早く追いかけるわよ」

 

 恭也が拓斗のことを心配するが、正直目の前にいる自動人形たちを対処しないことには先に進むことができない。

 

「ノエルとファリンはまだ無事なやつを相手して、全力出してもいいから、素早く片付けなさい」

 

「かしこまりました」

 

「わかりましたお嬢様」

 

 私の言葉にノエルとファリンはすぐに反応して、少し離れたところにいるまだ損傷のない二体を片付けにいく。私達は先ほど士郎さんが腕を切り落とした一体と拓斗が吹っ飛ばしたもう一体の相手だ。拓斗が吹っ飛ばした方はたいした損傷が見られない。

 

「恭也、アレは自動人形よ。躊躇う必要なんてないわ」

 

 恭也に敵のことを説明する。前に一度、戦ったことがあるとはいえ、もう一度念を押した方がいいだろう。

 

「わかった」

 

 高町家の三人が自動人形二体を相手に構える。私は片腕がない方の相手だ。

 

 手に持った銃で自動人形へと攻撃する。しかし、私自身訓練をしてないこともあり、当たらない。

 

「忍さん、無理に攻撃しなくてもいいから、自分の身を守って」

 

 私と一緒に相手をしているのは美由希ちゃんだ。もう一体は恭也と士郎さんが相手をしている。

 

 美由希ちゃんは自動人形のブレードを回避し、時には受け止めながら近づくと自動人形に斬りつける。

 

「固いっ!?」

 

 しかし、思ったように刃が通らない。士郎さんは切り落としたから美由希ちゃんでも大丈夫かと思ったが、そう都合よくいかないようだ。

 

「でも、それならそれでっ」

 

 ——射抜

 

 美由希ちゃんが先ほど士郎さんが切り落とした腕に向かって突きを放つ。突きは正確に切り落とした腕に向かい、自動人形の内部を貫き破壊する。

 

「お父さんが片腕を落としてくれなかったら危なかったかもね」

 

 美由希ちゃんが小太刀を引き抜くと自動人形が倒れる。どうやら倒すことができたようだ。

 

 

 

 

 

「同じ自動人形とはいえ、やはりあの子とは違うのですね」

 

 私は今、敵の自動人形を相対していました。相手が自動人形ということもあり、昔、お嬢様を狙ってきたあの子のことを思い出す。あの子に比べて目の前の存在はただ戦うだけの戦闘人形だ。

 

「お嬢様から全力でよいとの言葉をいただいておりますので、全力でいかせて貰います」

 

 内蔵されたカートリッジを使い、出力を上げるとソニックムーブを使い一気に近づく。

 

「一気に貫きます」

 

 出力の上がった右腕で思いっきり殴りつける。すると収束された魔力が殴りつけた瞬間炸裂し、相手を破壊した。

 

「あの子ならこれほど簡単にはいかなかったでしょうね」

 

 破壊された自動人形を一瞥するとお嬢様達のもとへと急ぐ。まだ、戦いは終わっていない。

 

 

 

 

 

「うぅ〜不安です」

 

 お嬢様に命じられ、自動人形を一人で相手にすることになったのですが、私の心は正直不安でいっぱいでした。こんな風に戦った経験がなければ、重要な場面を負かされるのも初めてだ。

 

「きゃっ」

 

 相手がブレードで斬りつけてくる。それを何とか回避するが身に着けていたメイド服が少し斬られた。

 

 相手は連続で攻撃してくるが、その全てを回避する。お姉様や拓斗さんとの訓練ほど攻撃は苛烈ではない。

 

「カートリッジロードッ」

 

 自分に内蔵されたカートリッジをロードして相手を倒すための魔法を用意する。

 

「ディバイン、バスターッ!!」

 

 放たれた魔法は相手を直撃し、完全に破壊した。身体は吹き飛び、手足と頭部ぐらいしか残っていない。

 

「うう〜、ごめんなさい」

 

 相手の状態に罪悪感を覚えるがお嬢様を助けるためなので一応謝罪の言葉を残すとお嬢様達のところへと向かった。

 

 

 

 

 

 俺と父さんは今自動人形と対峙していた。

 

「恭也、アレもロボットなのか?」

 

「ああ、人間じゃない。だから、思いっきり攻撃できる」

 

 父さんが相手のことについて聞いてきたので説明すると俺達は相手に斬りかかった。

 

 俺は自動人形と戦ったことがある。しかし、あのときの相手ほどこの敵には脅威を感じなかった。

 

「悪いが急いでいるんだ」

 

 すずかちゃん達を助けに向かった少年のことを考える。今日初めて会ったのだが、彼の存在には驚かされてばかりだ。子供にしては冷静な物言い、子供らしからぬ態度、そして自分と渡りあえるほどの戦闘能力。

 先ほど、向かう前は少し様子がおかしかったので心配になる。

 

 ——徹

 

 徹を使い相手を攻撃する。これは衝撃を相手の裏側まで徹す攻撃だ。

 

これによって相手は体勢を崩し、さらに少し損傷を負う。

 

「父さんっ」

 

「ああっ」

 

 ——薙旋

 

 父さんが敵に対して攻撃を連続で叩き込む。相手は父さんの攻撃によって破壊されるが、俺はさらにトドメを刺すために攻撃を放った。

 

 ——射抜

 

 俺の攻撃は敵を貫き、完全に相手の動きを止める。小太刀を引き抜くと敵はそのまま倒れ付した。

 

 ——あの時はかなり苦戦したんだがな……

 

 昔戦った自動人形のことを思い出す。あの時は今ほど余裕ではなかった。

 

 ——俺も少しは成長したのか

 

 いくら相手があのときほど強くなかったとはいえ、倒せたことに自身の成長を感じる。

 

「恭也っ!!」

 

 敵を倒した俺のところへ忍が駆け寄ってくる。どうやら、他も終わったようだ。

 

「みんな、終わったようね。拓斗を追うわよっ!!」

 

 忍は周囲を確認するとすぐに烏丸君のところへと走り出した。俺達もそれに続く。

 

 ——無事でいてくれ

 

 心の中は囚われたすずかちゃんたちと一足先に向かった烏丸君の心配で一杯だった。

 

 

 

 

 

「なんだ、君が来たのかい?」

 

「拓斗君っ!!」

 

 部屋の中に入った俺に氷村が声を掛けてきて、すずかは俺の姿に声を上げる。そちらの方に目をやるとすずかはこちらを見ていて、その近くにはアリサが倒れていた。

 

「ああ、もう一人の少女なら少しうるさかったからね。ちょっと蹴ったら黙ったよ」

 

 氷村の言葉に強い怒りを覚える。子供に対して暴力を振るったこと、俺の友人に暴力を振るったこと、それは許せないことであった。

 

「ッ、てめぇ」

 

「てめぇ、とは下等種である君に言われたくないね」

 

「下等種?」

 

 そういえばコイツはこうやって人間のことを見下してやがったことを思い出す。

 

「純粋な吸血鬼である僕からすれば人間なんて寿命も短く、もろい生物だよ」

 

「吸血鬼……ね」

 

「ああっ、吸血鬼だよ。でもそれは僕だけじゃない」

 

「ッ!!」

 

 氷村の言葉にすずかが息を呑むのが聞こえる。

 

「…て」

 

「君と先ほど一緒にいた月村忍」

 

「…めて」

 

「そして、そこにいる月村すずかもね」

 

「やめてっ!!」

 

「僕と同じ吸血鬼なんだよ」

 

「あ、ああっ」

 

 氷村の言葉にすずかが絶望したような声を上げる。氷村は暴露したことに気持ち良さそうな表情を浮かべているため、俺の表情にすら気づいていない。

 

「ふ〜ん、それで?」

 

「えっ?」

 

「なに?」

 

 俺の反応が意外だったのか二人は呆気に取られた表情を見せる。

 

「正直、どうでもいい」

 

 俺はデバイスを氷村に向けると引き金を引く。呆気に取られていた氷村に魔力弾が直撃した。

 

「下等種風情が〜〜〜〜!!」

 

「うぜぇな。滅べやっ!!」

 

 俺と氷村の戦いが始まった。

 

 デバイスを氷村に向け魔法を放つ。手加減など全くなく、全力で殺すつもりだ。

 俺は既に我慢の限界だった。今回の事件に対する怒りもここに来てからの衝動も、目の前のこいつを殺したいという欲求も抑えられないほどでだった。そして、俺はその全てをここで開放する。

 

 カートリッジをロードして限界まで身体能力を高める。マルチタスクは今までにないほど冴え渡り、魔力が湧き上がる。

 

「クロスファイヤー、シュートォッ!!」

 

「ぐわっ!!」

 

 魔力弾の直撃を受けて氷村が吹き飛ぶ。

 

「すずか、アリサをつれて逃げろっ!!」

 

「えっ」

 

「いいから早くっ」

 

 俺の声を聞くとすずかはアリサを背負い、ゆっくりではあるが部屋から出て行く。

 

「下等種がぁぁぁあああ!!」

 

「それしか言えねぇのかよ、ゴミがっ!!」

 

 正面から突っ込んでくる氷村に対して魔力弾を連続で放つ。魔力弾は氷村の身体に当たるが、氷村は気にせず、そのまま突っ込んできた。

 

「ちっ!!」

 

 ソニックムーブを使い距離をとるが、氷村もすぐに追ってくる。こちらの攻撃は当たるが全て吸血鬼の再生能力で回復され、有効なダメージを与えられず、こちらは少しずつ魔力と精神力をすり減らしながら、攻撃と回避を行う。

 

 上がりきったテンションで全く疲労などは感じないが、一度それを自覚すれば一気に襲ってくるだろう。このままではジリ貧であった。

 

 根本的な身体能力が違い、スタミナも違う。いくら、魔法で補おうともその差は大きい。

 

「どうした息が上がっているぞぉ!!」

 

「クソッ!!」

 

 ここに来て、疲労で反応が遅れ始め、ついに氷村の一撃を喰らってしまう。

 

「がはっ」

 

 壁に叩きつけられ、痛みが身体を襲う。

 

「下等種が死ぬがいいっ!!」

 

 氷村が俺に向かって近づいてきた瞬間、氷村の周囲が爆発した。

 

「ざまぁ」

 

 痛みを我慢しながらそう吐き捨てる。爆発したのは俺の魔法によるものだ。ステルスマイン、いわゆる透明な空中機雷を魔法で作り、氷村と俺の間に仕掛けたのだ。

 

「くそがぁぁぁ!!」

 

 しかし、コレだけでは威力が足りなかったようだ。すぐに身体を再生させると俺に飛び掛ってくる。

 

「あぁっ!!」

 

 痛みで反応が遅れ、氷村に思い切り殴られる。

 

「すぐには殺さないぞ。僕を傷つけたことを後悔させてやる」

 

 氷室はそういって俺を何度も殴り、蹴った。バリアジャケットや魔力で強化をしているため少しは軽減されているが、全く意味と感じるほどの暴力だ。

 

「フンッ」

 

 氷村は俺を壁へと投げつけた。背中から壁に叩きつけられて、思わず呼吸が止まる。

 

「殺してやるよ」

 

 そう言って氷村はゆっくりと俺に近づいてくる。その余裕が命取りだ。

 

「ストラグル、バインドッ」

 

 いくつものリングが氷村を囲み拘束する。

 

「な、なんだコレは!?」

 

「カート、リッジ、ロード」

 

 痛みを堪えてクロックシューターを氷村に向けるとクロックシューターに残っているカートリッジを全てロードする。

 

 展開するのは突き詰めた殺傷性能ゆえに管理局では違法となった魔法。もしもの時のためにインストールしていたものだ。非殺傷という人を傷つけない魔法も存在すれば、いかに相手を殺すかに特化した魔法も存在する。

 

「滅べ、や」

 

 クロックシューターの引き金を引く。魔法は一直線に氷村へと飛んでいき……

 

 氷村の左半身を消滅させた。

 

「クソ、げん、か、い」

 

 それを見届けると俺は気を失う。もう俺は限界であった。

 

 

 

 

 

「よ、くも」

 

 氷村は拓斗の攻撃によって、消滅した左半身を再生させようとするが、なぜか上手く再生できない。

 

「血が、足りない」

 

 自らを再生させるために近くにいる血液を持った奴の下へと近づくが、左半身がないためはって進むしかない。

 

「吸い、尽くし、て、やる」

 

「悪いけどさせないわよ」

 

 拓斗の血液を吸い尽くそうとする氷村の目の前に現れたのは忍であった。

 

「無様ね、氷村遊」

 

「つきむら、し、のぶ」

 

「今回のことを許すつもりはないわ……死になさい」

 

 忍がそう言うとノエルとファリンが氷村に対して魔法を放つ。この瞬間、氷村遊という存在はこの世から消滅した。

 

「拓斗っ!!」

 

 忍は急いで倒れている拓斗に近寄る。拓斗の身体は傷だらけで、口からは血が滲んでいた。

 

「ノエル、ファリン、すぐに治療を!!」

 

 忍が二人に命じて治療を行わせる。

 

 こうしてこの事件は終結する。ただ一人、拓斗という重傷者を出して……



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11話目 事件が終わって

11話目 事件が終わって

 

「ぅ、あ」

 

「目が覚めましたか?」

 

 目が覚めると身体中が痛み、思わずうめき声を上げてしまう。そんな俺に声を掛けてくれたのは紫色の髪のメイドさん、ノエルであった。

 

「鎮痛剤です、飲めますか?」

 

 ノエルが俺に鎮痛剤を渡そうとしてくるが、俺は痛みで身体を動かすのも辛い状態だ。

 

「わかりました、失礼します」

 

 俺の様子を見てか、自力で鎮痛剤を飲むことが無理と判断したノエルは俺の口を軽く開かせ薬を入れると水差しを使って水と一緒に薬を飲ませた。

 

 飲み込む瞬間身体が痛むがそれを我慢して薬を飲み込む。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ」

 

「私はお嬢様に報告して参りますのでゆっくりとお休みください」

 

 ノエルはそう言うと部屋から出て行く。今気づいたがどうやらここで月村邸の俺の部屋のようだ。

 

 ——あれから、どうなったんだ?

 

 氷村に全力で魔法を放った後の記憶がない。身体を半分吹っ飛ばしたところまでは覚えているのだが……

 

 ——皆は無事なのか?

 

 あの時、あの場所にいたメンバーのことを考える。ノエルは無事なのはわかった。報告に行ったということは忍も無事なのだろう。高町家の面々やすずか、アリサは大丈夫なのだろうか?

 

「起きたようね」

 

「忍……」

 

 ガチャっと部屋のドアが開き、忍が部屋の中へと入ってくる。

 

「この、馬鹿っ!!」

 

「悪い」

 

 忍の罵倒に俺は謝る事しかできない。痛みであまり話せないのもあるが、それ以上に自分の短慮な行動を理解しているからだ。

 

「勝手に先走って、氷村遊と戦って、大怪我して馬鹿じゃないのっ」

 

「ゴメン」

 

「……でも、生きてて良かった」

 

 忍はそう言って俺の近くへと座る。その瞳には潤んでいた。どうやら本当に心配を掛けたようだ。

 

「アレから、どうなったんだ?」

 

「氷村遊は恭也がトドメを刺したわ。すずかとアリサちゃんは無事よ、アリサちゃんは少し打撲の痕があるみたいだけど、それも大したものじゃないみたい」

 

「そう……よかった」

 

 すずかとアリサが無事であることを忍の口から確認し安堵する。恭也が氷村遊を殺したようだが、それについては何も思うところはない。あの状況で自分が死ななかっただけでも儲けものだ。

 

「自動人形たちは誰一人怪我すら負わずに倒したわよ。この事件で怪我をしたのはアリサちゃんと貴方だけ」

 

 忍の言葉の棘がチクチクを俺を刺して来る。

 

「肋骨二本と左腕骨折、右足には罅、無数の打撲、内臓も損傷、しばらくは寝たきりね」

 

「道理で……」

 

 そこまで重症なら身体中の痛みも理解できる。しかし、この程度で済んだのは幸運であった。氷村が俺を甚振らずに最初から殺すつもりであったなら間違いなく俺は死んでいただろう。そうでなくても身体をもがれたり、穴をあけられたりしなかっただけでもマシだと言える。

 

「それであの時のことなんだけど……」

 

「俺がおかしかったことか?」

 

 俺は事件の時のことを思い出す。思えばあの時はすずかが誘拐されたと聞いた瞬間から既におかしかった。普通であれば入れておかないであろう魔法をインストールしたり、非殺傷設定を解除したり、冷静に考えればまともな行動ではない。

 

「あの時はテンションが上がりまくってて、物凄く敵を殺したいって衝動が湧き上がったんだ」

 

 忍にあの時の精神状態のことを説明する。忍はそれを黙って聞いていた。

 

「無茶苦茶調子が良くて、魔力が溢れて、それで……止まらなくなった」

 

 あの時のことを思い出すと、身体の底から衝動が湧き上がる。しかし、身体に痛みによってそれは一瞬で治まった。

 

「だから様子がおかしかったのね」

 

 俺の言葉に忍は納得したような表情を浮かべる。

 

「でも、いくらアレが初の実戦とはいえ、おかしいんだよ」

 

 ——いや、初の実戦なのにと言うべきか……

 

「魔法が使えるとはいえ相手は武器を持っていたし、今回は死ぬかもしれない事態だ。恐怖を感じないなんてありえないんだよ」

 

「そうね。貴方は恐怖を感じたようには見えなかったわ」

 

「なんていうか俺らしくないんだよ」

 

 ——俺、割とビビリのはずなんだけどな〜

 

 自分の本来の性格とのギャップに頭の中が混乱する。

 

「ねぇ、拓斗はもともと魔法を使えなかったのよね?」

 

「ああ、ただの大学生だったな」

 

「こうは考えられないかしら」

 

 忍はあの時の俺の状態について自らの考察を述べる。

 

「普通の大学生がいきなり魔法という強大な力を手に入れた」

 

「だから力に酔ってしまった……と」

 

 考えとしてはわからないわけでもない。確かに急に魔法が使えるようになって気が大きくなってしまった面もある。ノーパソに関しても同様だ。しかし、そうだとしてもあの状態はおかしすぎた。

 人の本質など簡単に変えられるものではない。いくら力を得ようときっかけにはなりこそすれ、すぐには変わらないだろう。それこそ命が賭かったあの状況では……。

 

「それにしては……だけどね」

 

「わかってるわよ。だからコレはあくまで推論、事実がどうかなんて私にはわからないわ。もしかしたら、私達の吸血衝動やアレのようなものかもしれないし」

 

 忍もお手上げという感じで溜め息を吐く。実際、当人である俺自身わかっていないことなのだ、忍の言葉も参考程度に考えておくことにしよう。

 

「まぁ今は身体を治すことに専念しなさい」

 

「痛くて動けないんだけど」

 

「ノエルとファリンが世話をするから安心しなさい」

 

 忍はそう言うがこの年になって他人に世話をされるのは恥ずかしい。

 

 ——いや逆に考えるべきか、メイドさんがお世話してくれるのだ。ここは素直に喜ぼう。

 

 そう考えると少しの羞恥心など我慢できそうだ。

 

「それとすずかにバレたようね」

 

「ああ、氷村が言ったからな。アリサは気絶してて聞いてないと思うけど」

 

 俺が夜の一族のことについて知っていることがすずかにバレたことについて話す。……隠しておくという話しだったのに結局一年持たなかったことにお互いに溜め息が漏れる。

 

「まぁ仕方ないわ。後ですずかと話し合っておきなさい」

 

「お前にも一部、事情を説明する義務があることを忘れるなよ」

 

 黙ることになった理由である忍にも説明することを求める。

 

「もう言ったわよ。それであの子にかなり責められたんだから、貴方も覚悟しておきなさいよ」

 

 忍はげんなりした表情を見せる。すずかが忍を責めるところを想像してみるが、コイツだったら聞き流しそうなイメージがあるのでこんな表情を見せられるとどれほどのものか全然想像できない。

 

「はあ、怪我人だから加減してくれるかな?」

 

「あっ、そうそう、あれから三日経ってるから」

 

「え?」

 

 忍の言葉に慌ててIPhoneに手を伸ばすが身体が痛むため、手を伸ばすことすらままならない。

 

「なにやってるのよ、はい」

 

 忍が近くに置いてあるIPhoneと取ってくれる。俺はそれで日付を確認すると確かにあの日から三日経過していた。

 

「俺、そんなに寝てたんだ」

 

「全く起きる気配すらなかったわね。すずかもだけど、ノエル達も付きっ切りだったから、後でお礼を言っておくのね」

 

「わかってる。忍もありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 忍はそう言って部屋から出て行った。俺は目を瞑り、三日も寝ていた理由を考える。

 

 ——強引な魔力による肉体強化、魔力の使いすぎ、初めての実戦による疲労ってところか

 

 思えば恭也と試合をして連戦であったのもこれだけ寝ていた理由の一つだろう。それにここまで魔法を使ったのは初めてだった。

 

 ——早く身体を治したいな〜

 

 身体の痛みから開放されるためにも一刻も早い回復を俺は願った。

 

 

 

 

 

「拓斗君……」

 

 すずかは学校から帰ってくると俺が目を覚ましたことを聞いたのか、一直線に俺の部屋へとやってきた。

 

「すずか……」

 

「大…丈夫、なの?」

 

「怪我は酷いけど生きてるよ」

 

 すずかは俺の言葉を聞くと近くへと駆け寄ってくる。その瞳からは涙が零れ落ちていた。

 

「よかった、よかったよぅ」

 

 泣いているすずかを宥めるために右手を伸ばし髪を撫でる。

 

「あれから起きなくて、もしかしたら、一生起きないのかもって」

 

「大丈夫だよ」

 

 それからすずかが泣き止むまで俺はずっとすずかの髪を撫でていた。落ち着かせるために、安心させるために、大丈夫だと伝えるために……。

 

 しばらく撫で続けているとすずかも落ち着いたのか、泣いて真っ赤になった顔を隠すように俯いている。

 

 

「ゴメンね、泣いちゃって」

 

「こっちこそゴメン、心配かけちゃって」

 

「ホントに心配したんだよ」

 

「ゴメン」

 

 すずかに何度も謝る。自分のせいで泣かせてしまったと言うことで心の中は罪悪感でいっぱいだった。

 

「それでね、拓斗君……」

 

「夜の一族のことか?」

 

 すずかが言い辛そうにしているので、俺が話題を切り出すとすずかはコクンと頷いた。

 

「拓斗君は夜の一族のこと、知ってたんだよね?」

 

「……ああ」

 

 すずかの問いかけに肯定する。今まで黙っていたことに罪悪感を感じるので、どんなことを言われようと受け入れるつもりだ。

 

「ねぇ拓斗君、あの時、拓斗君は夜の一族のこと、どうでもいいって言ったよね?」

 

「うん」

 

「どうして? 吸血鬼……なんだよ、怖くないの?」

 

 すずかは俺の反応に怯えながら聞いてくる。

 

「どうして怖がる必要があるんだ? すずかは別に化け物ってわけじゃないだろ?」

 

「化け物だよっ!! 私達は血を吸うんだよっ、普通の人よりも遥かに力が強いんだよっ、腕がなくなっても再生するんだよっ!! ……私達は普通じゃ、ないんだよ」

 

 すずかの瞳から涙が溢れている。一体、どれほどの想いがその言葉に籠もっているのだろう。自分が普通の人とは違うということでどんなに辛い思いをしてきたのだろう。その全てがすずかの涙に籠められている気がした。

 

 ぎゅっ

 

 俺はすずかを抱きしめる。彼女の全てを受け入れるために、俺は拒絶しないと証明するために……。

 

「俺は魔法使いだよ」

 

「え?」

 

「魔法を使って火を出せるし、凍らすことができる。空も飛べるし、人よりも速く動ける。それに簡単に人を殺せる。俺だって普通の人とは違うよ」

 自分のできることをすずかに聞かせる。それは訓練のときに見せたこともある魔法とそれによって行えることだ。

 

「すずかは俺のことを化け物だって思う?」

 

「ううん」

 

「それと同じだよ。俺はすずかのことを化け物だなんて思わない。だから安心して、俺はすずかを拒絶したりしないから」

 

「うん、うん」

 

 すずかが俺の言葉を聞き、腕の中で泣く。受け入れられたことが嬉しいのだろう。その心中は俺なんかでは理解できないほどのものだ。俺の知っている中で理解できるのは姉である忍ぐらいだ。

 

「ありがとう、拓斗君」

 

「どういたしまして」

 

 すずかが俺から離れる。その表情はこれ以上ないほど幸せそうだ。

 

「でもゴメンな。夜の一族のこと、知ってたの黙ってて」

 

「いいよ、私も秘密にしてたんだから」

 

 俺の謝罪にすずかはなんでもなかったように許してくれる。忍のように責められるかと思っていたので少々拍子抜けだ。

 

「拓斗君」

 

「ん?」

 

「これからもよろしくね」

 

「ああ、よろしく、すずか」

 

 俺達はお互いに笑いあう。

 

 こうして今回の事件は終わりを告げ、俺達の関係は深まり、より親密になった。



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12話目 そんな彼女との邂逅

12話目 そんな彼女との邂逅

 

 目が覚めてから数日が経過し、俺は今も治療中であった。当然、学校に通うこともできず、ベッドの上で過ごしている。

 

「拓斗さん、お身体の具合はいかがですか?」

 

「ああ、大丈夫だよノエル」

 

 こうしてノエルやファリンが看病してくれているのだが、その看病が地味に精神を削ってくる。

 

 食事なんかはまだ大丈夫なのだが、汚れた身体を洗うために彼女達が拭いてくれたり、トイレなども彼女達が世話をしてくれるのだ。

 

 ——尿瓶とか恥ずかしすぎるだろ

 

 そういった下の世話をしているときのことを思い出し、少し憂鬱になる。これから何度彼女達に任せなければならないのだろう。

 彼女達も俺の肉体が子供であることや怪我人であるため、気にせずやってくれてはいるのだが色々と辛いものがある。

 

 身体を拭いてもらうときなど怪我を気遣ってソフトタッチで拭いてくれるため痛くはないのだが、アレが反応してしまうときがあるのだ。まぁ身体の痛みのせいですぐに萎えるのだが……

 

 ——子供の姿のままっていうのも辛いよな〜

 

 かろうじて無事であった右手の手のひらを開いては閉じる。子供の姿になったことで色々とできないことが増え、多少不満を抱いていた。学校でも友達はいるのだが、やはり小学生のため少しあわせないといけない。高いところには手が届かないし、筋力も子供の身体なのでそれほどない。

 

 そしてなにより……欲求不満が解消できないっ!!

 

 これは切実な問題であった。精神が大人であるためか、ノエルやファリン、忍という魅力的な女性陣に囲まれているため、そういった感情が溢れ出す。

 

 ——前までは抑えられてた筈なんだけどな〜

 

 あの事件以来、様々な衝動が溢れてくるようになった。特に攻撃衝動、そして性的衝動だ。性的な衝動に関しては今までは家主であることやお世話になっていることもあり、気にすることもなく、多少湧いたとしてもすぐにどうにかできていたものが、そうはいかなくなっていた。

 

 攻撃衝動もいきなり魔法をぶっ放したくなったり、サーチャーで気に入らない場面などを見かけると相手を殺したくなる。

 

 これらに関しては包み隠さず、忍に報告している。何かが起こってからでは拙いので警戒してもらいたいからだ。

 忍はこれを聞いて、戸惑っていたが俺が衝動を抑えられていることや俺が怪我人であるのを考慮してか何も対策をしていない。それどころか忍はノエルとファリンまでを使い、俺をからかってきた。

 俺の目の前でノエルやファリンのスカートの裾を上げたり、服をはだけさせて、俺の衝動を煽る。衝動は湧き上がってくるのだが痛みのため動くことができない俺の姿を見て、アイツは笑っていた。仕返しにバインドを使ってセクハラをして、ついでのその姿をデータに残してやったが……。

 

 ——でも魔法の調子はいいんだよな〜

 

 試しに近くに置いてあった財布から硬貨を取り出すと、指で弾いて宙に飛ばす。

 

「アクセルシューター」

 

 デバイスを使わず、最近覚えたばかりの誘導弾を放つとコインは弾かれさらに上に飛んだ。

 

「一回」

 

 誘導弾を操作し、コインが地面に落ちないように何度も上へと弾く。アニメでなのはが空き缶でやっていたものと同じだ。

 

「十五っと」

 

 コインが地面に落ちず十五回上空に弾かれたのを確認すると、誘導弾でコインを自分のもとへと弾く。そして、そのコインをキャッチした。

 

「調子良すぎるだろ」

 

 こんなこと今まではできなかった。一度試してみようと思ったことはあったが、空き缶を相手に五回しか続かず、無理に練習するよりも…とクイックドロウの練習の方に時間を費やしたのだ。

 

 ——それに治りも早いんだよな

 

 氷村に殴られた痕が少しずつ薄くなっているのがわかる。完治まで三ヶ月程度と言われたのだが、魔法を使って診断してみると全治一ヶ月と診断された。昔、骨折したことがあったが、ここまで治りは早くなかった。しかも、魔法など使っていないのにだ。

 

 ——回復力、魔法技術の向上、その他もろもろか、悩み事ばかり増えるな。

 

 元の自分から変化していることに頭を抱えながらノーパソを操作する。療養中はずっとこうやって過ごしていた。

 ノーパソで様々な情報を集めたり、新たな魔法や技術を開発してみたり、デバイスの性能アップに努めてみたり、おかげで暇だけはしなかった。

 

「そういえば確かあの魔法があったな」

 

 パソコンを操作して目的の魔法を検索する。……どうやらあったようだ。

 

 コンコン

 

「拓斗〜入るわよ〜」

 

 俺が魔法をデバイスにインストールしていると、ドアがノックされ、俺の返事を待たずに忍が入ってくる。まぁ文句を言うのは諦めた。どうせ見られて困るものなどない。

 

「どう調子は?」

 

「悪くはないな。それでどうしたんだ? 俺の部屋に来て」

 

「ちょっと会わせたい人がいてね」

 

 忍がドアに目をやると一人の女性が部屋の中に入ってくる。濃い桃色の髪をしたきれいな女性だ。

 

「君が、烏丸拓斗くん?」

 

「あっ、はい」

 

 女性の問いかけに思わず反応が遅れる。わざわざ忍が俺に紹介するような相手で、この容姿ってことは……

 

「私は綺堂さくら、忍の親戚よ」

 

「えっ」

 

 目の前に現れたのはとらハ1の人気投票でぶっちぎりの一位を獲得し、プレイヤーに幸福を与えてくれたヒロイン、綺堂さくらであった。

 

 忍が俺に紹介できて、わざわざ会わせにくるような相手など彼女ぐらいしか思い浮かばないわけだが、まさかこうやって出会うことになるとは思わなかった。

 

「本当はもっと早く会いに来るつもりだったんだけどね」

 

 そう言ってさくらは微笑む。その笑顔は思わず見惚れてしまいそうだが、俺の心はいきなり出会った彼女に動揺していた。

 

「綺堂さくら?」

 

「そう、だけど」

 

「あの獣人と夜の一族とのハーフで氷村遊の妹の?」

 

「忍から聞いてたけどそこまで知ってるのね」

 

「高校時代、血液を飲まずに貧血で身体も小さくて、血液を提供してもらえる人が現れてようやく身体が成長し始めたあの?」

 

「どこまで知ってるのっ!?」

 

 俺の言葉に彼女は思わず驚いた。いくらか俺の事情を知っているとはいえ、ここまで自分のことを話されたら驚かずにはいられないだろう。

 

「耳と尻尾があるとか、一目惚れで失敗したとか?」

 

「へぇ〜」

 

「うぅ〜」

 

 俺の言葉に忍は面白いことを聞いたという表情を浮かべる。さくらも先ほどまでの少し大人びた表情が崩れ、こちらを恨みがましげな目で見てくるが、むしろ見た目とのギャップで可愛く感じる。

 

「それもゲームの知識なの?」

 

「ああ、シリーズもので彼女は一作目、忍は三作目だな」

 

 ここで俺は初めて忍達にゲームの内容などについて話す。今までは彼女達のことをゲームで知ったと言うことは話していたがゲームの内容までは話していなかった。

 

「俗に言うエロゲってジャンルで、人気投票で綺堂さくらは一位だったんだよ。大人気で萌え死ぬとかって言われてたっけ」

 

「ねえねえ、私は?」

 

 忍は俺の暴露に興味深そうな表情で聞いてくる。さくらが一位と聞いて自分の順位が気になったようだ。

 

「確か六位だったかな? ノエルが八位のはず」

 

「そんなに低いのっ!?」

 

「事前投票はそんな感じだったかな」

 

 俺の言葉に忍がショックを受ける。さくらが一位なら、自分も上かもと期待していたのだろう。

 

「でもエロゲってことはそういうシーンもあるのよね?」

 

 忍はショックからすぐに立ち直り、普通であれば聞きづらいであろう事を聞いてくる。

 

「まあね、お二人にはお世話になりました」

 

 堂々と二人に言い放つ。もう話してしまっているので俺は開き直っていた。

 

「まあ、いいわ。どうせ二次元のことだし」

 

 忍はあっさりとそのことを流したが、隣にいたさくらは違っていたようだ。

 

「う、うう」

 

 顔を真っ赤にしてこちらを見てくる。やはり男からそういったことを聞くのは恥ずかしいようだ。……発情期とかあるのに。

 

「それで目的は?」

 

 俺は話題を帰るためにさくらがここに来た理由を聞く。さくらも話題が変わったことに少し落ち着いたのか、表情から羞恥の色が消えた。

 

「烏丸くんでいいかな?」

 

「名前でもかまわないですよ、綺堂さん」

 

 少し真面目になるために丁寧な口調へと変える。流石に元の世界のようにさくらなんて呼ぶわけにはいかない。

 

「拓斗くんね、私のことも名前でいいわよ。それで、私がここに来た理由なんだけどね」

 

 さくらの表情が真剣なものへと変わる。

 

「もともとはここで暮らすことになったっていう貴方を見に来たの。知っての通り、私達は普通の人間とは違う。そんなところにどこの誰かわからないような人間が現れたから、確認しに来たの」

 

「まあ当たり前だよな」

 

 さくらの言葉は予想通りではあった。忍も最初は警戒していたし、俺がどんな人間なのか彼女が見に来るのも納得できる。

 

「そして貴方の持ってきた技術や情報、あれによってかなりの利益を手に入れることができたから、そのお礼もね」

 

「あれって、俺は何もしてないんだけどな〜」

 

 忍にノーパソを渡して、後は忍が勝手にやったことだ。俺は何もしていない礼を言われるのは少し困る。それに忍からお金なども受け取っているので、これ以上は余計に心苦しい。

 

「最後に先日の事件の件ね、私の姪を助けてくれてありがとう、貴方のお陰で私の姪が傷つくこともなく、一般人も助けられたわ」

 

 さくらはそういって礼を言ってくるがこれに関しても俺はあまり役に立ってないように思う。勝手に突っ込んで怪我しただけだもんな〜。結局氷村を倒したのは恭也だし、忍の身を危険に晒した。

 

「でもいいのか? 俺達が氷村を殺したのに……」

 

 そう俺達はさくらの兄である氷村遊を殺した。

 

「いいの、遊はこれまで問題を犯しすぎた。これはその罰なのよ」

 

 さくらの表情は少し悲しげだ。あんな奴でも兄は兄、問題を犯す前に止められなかったことを悔やんでいるのかもしれない。

 

「純血種とかその辺りのことはいいのか?」

 

 少し疑問に思ったので聞いてみる。純血種というのはこういう一族にとって貴重な存在であるはずだ。氷村は忍やすずかと同じ純血種だった、あいつを殺したことで問題はないのだろうか?

 

「いくら純血種とはいえ、許されることではないでしょう?」

 

「それに氷村遊は一族の中でも異端にあったから……」

 

 俺の質問に二人が答えてくれる。その辺りのことは俺が関与できる問題ではないので二人に任せるしかない。

 

「じゃあ、失礼するわ。渡すのが遅れたけど、はい、お見舞いの品よ」

 

 さくらはそう言って袋を手渡してくれる。中に入っているのはお菓子のようだ。

 

「それじゃあ、またね拓斗くん」

 

「ああ、またなさくら」

 

 初めて彼女の名前を呼ぶ。彼女はそのことに少し驚いた表情を見せるがすぐに笑みに変えて部屋から出て行った。

 

「じゃあ、ゆっくり休んでね〜」

 

「ああ」

 

 忍も部屋から出て行く。こうして騒がしかった部屋の中に静けさが戻った。

 

 「そういえば耳と尻尾見せてもらってないな」

 

 ——できたら触ってみたかったな

 

 今日会うことでできた彼女のことを考えながら、俺はノーパソへと向き直った。

 

 

 

 

 

 

「それでどうだった、拓斗を見た感想は?」

 

 部屋から出た私に忍は問いかけてくる。

 

「なんていうか不思議だったわ」

 

 先ほどまで一緒にいた彼のことを思い出す。忍から聞いていたが元が大学生ということで、見た目が子供であるにも関わらず、相応の雰囲気を持っていなかった。あれなら、元が大学生と言われても少し納得できる。

 

「私としてはさくらのこと弱みを握れて大満足よ」

 

「私としては災難なんだけど」

 

 彼が私の昔のことを話したときは驚いた。今まで、忍にも話してない内容を聞かれ、あの時は本当に焦った。

 それに彼が私達が、そのエッチなゲームに出ていると言ったときには恥ずかしさで一杯だった。忍は気にしていないようだが、私は忍とは違って経験がないのでやはり男性にそういった風に思われているのは恥ずかしい。

 

 ——あれ? 私、姪に負けてる?

 

 恋人のいる姪と恋人ができたことがない私……間違いなく敗北していた。

 

 ——そういえば彼、もともと大学生なのよね

 

 自分と年はそう変わらないぐらいだろう。最後に自分の名前を呼び捨てにしてくれたことを思い出す。

 

 ——異性に名前で呼ばれるのって、遊以外であったかな〜?

 

 よくよく考えてみれば、遊以外に名前で呼ばれたこともないかもしれない。

 

 ——今度、会うときはこんな機会じゃないといいな

 

「さくら、なに笑ってるの?」

 

「ゴメン、少し楽しみになって……」

 

「楽しみ?」

 

 私の言葉に忍は不思議そうに聞き返してくる。でも、これは忍には言わない、だって……

 

 ——私が異性と話すのを楽しみにしてるなんて言ったらからかわれるもの

 

「そうね、これからのことよ」

 

 忍にはそう言って誤魔化しておいた。

 

 

 

 

 

「すずかちゃん、最近機嫌がいいね〜」

 

「うん、色々あって、今まで悩んでいたことが少し解決したの」

 

「すずか、なに悩んでたの?」

 

 いつもとは違う拓斗君がいない昼食で最近の私のことを不思議に思ったのか、なのはちゃん達が聞いてくる。

 

「それは……秘密っ」

 

 まだ、なのはちゃんやアリサちゃんに秘密を打ち明けるほどの勇気はない。でも拓斗君が受け入れてくれたことで、二人にも受け入れてもらえるかもって前向きに思うことができる。

 

「でも拓斗も災難よね〜。親に呼ばれて一度外国に行くことになるなんて」

 

 拓斗君は親に呼ばれて海外に行っているということになっていた。本当は怪我で動けないんだけど、本当のことを言うわけにはいかない。

 アリサちゃんはあの事件のときのことを覚えていなかった。だから拓斗君が怪我していることも知らない。

 

「そういえばお兄ちゃん達が拓斗君のこと聞いてきたな〜」

 

 なのはちゃんが思い出すように言ってくる。その表情は不思議そうだ。

 

「なのはのお兄さん達が?」

 

「うん、拓斗君はどんな子なんだ〜って」

 

 どうやら恭也さん達が拓斗君のことを気にしているらしい。

 

「そういえば恭也さんがうちに来たときに拓斗君と会ったからじゃないかな?」

 

 流石に本当のことはいえないのでなのはちゃん達に誤魔化すように言う。

 

「でも、お父さんやお姉ちゃんも気にしてたし……」

 

「へぇ〜、何かあったのかしら」

 

 なのはちゃんの言葉にアリサちゃんは不思議そうな声を上げる。

 

「お兄ちゃん達に聞いても答えてくれないの」

 

「まあ拓斗が帰ってきたらわかるわよ。あいつも向こうで暮らすってわけじゃないんでしょ?」

 

「うん、今回は両親に会いに行って、ついでに向こうで色々することがあるからって言ってたよ」

 

「短期留学でもないのに向こうにそんなに長くいるなんて気になるわね」

 

 アリサちゃんが疑ってくるが、それは拓斗君に全部任せよう。

 

 ——ゴメンね、拓斗君

 

 心の中で拓斗君に謝る。怪我が治ってから、間違いなくアリサちゃん達に問い詰められることだろう。

 

 ——早く拓斗君と一緒に学校に通いたいな〜

 

 私は一刻も早く拓斗君の怪我が治ることを祈りながら、お昼休みを過ごした



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13話目 彼女達の関係

 綺堂さくらと会ったあの日から数ヶ月が経った。

 

 俺の怪我は完治し、学校へ行くとクラスメイトからもみくちゃにされた。どうやら俺が一月も休んで海外へ行ったということで気になったようだ。

 

 作り話ではあるので、適当に言って誤魔化す。アリサには少々疑われたが、何とか誤魔化すことができた。

 

 怪我が治るまでの間、俺はずっとノーパソを使って情報を集めていた。クラスメイト達を騙すための情報もそうなのだが、最近調べていたのはロストロギアに関するものだ。

 

 ジュエルシード、闇の書、レリックなど原作に関わってくるものもそうだが、俺が元の世界に帰るために使えそうなものなどだ。

 俺はまだ元の世界に帰る事を諦めることはできていない。魔法、次元震、ロストロギア、アルハザード……様々な面から可能性を調べていたが、ノーパソから集められる情報には存在しなかった。ノーパソから調べられることは俺が知っている限りでは、この世界でのことだけだった。俺のいた世界に干渉する術に関した情報など存在していないのは当然なのだろう。

 

 それでも…と一縷の望みをかけて調べた。もともとあのノーパソは俺と一緒にこの世界に来たものだ。何かしらの手がかりがあるかもしれないと諦めきれなかった。

 

 ——結局、何の手がかりも見つからなかったけどな……

 

 帰る術が見つからないことに心が折れそうになる。諦めてこの世界で一生暮らしていくことも考えるようになってきた。

 

 俺は他にも自分以外の転生者についての情報も集めた。ここに来る直前のことを考えると、俺のほかにも転生者がいることが考えられたからだ。

 

 №099、そして転送先という言葉。俺のナンバーは99、つまり俺の前にはそれまでの98人が存在しているを推測できる。転送先というのも一箇所だけではないことはわかるが、全部違う場所とは考え難い。

 

 もしも俺の前にこの世界へと来ている人間がいるなら、俺はその人に会いたい。

 

 情報を共有したいし、これからどうするつもりなのかを知りたかった。俺達はもうすぐ三年生に進級する。原作が始まるのもすぐだ。

 

 しかし、自分以外の転生者がいるかどうかも最近では怪しくなってきた。その理由だが、俺に接触してこないことだ。なのはやすずか、アリサの三人と交流していれば、少なくとも近くにいれば接触ぐらいはしてくるだろうと思っていたが、そんな気配は今のところない。

 

 しかも俺の場合、ノーパソを使って、忍に情報提供を行い、地球の技術水準を上げたりもしている。テレビで報道されたぐらいのものなので、同じ転生者であれば感づくと思ったのだ。……忍に情報を渡したのは信用してもらうこととこれが理由だ。

 とはいえ、これは転生者が原作の知識を持っているという前提での話しなので、持ってない人間はスルーすることもあるだろう。

 

 

 そしてもう一つの理由が、今度は逆にノーパソを使って何かがされている様子がないということだ。俺のように技術の提供をしたり、他の行動として不正を暴いたりなど、何かしら大きな行動をとった様子がない。正確に言うと時空管理局で有名になったり、技術で新しい発見などをした人はいるのだが、それが転生者なのかということはわからなかった。

 なぜなら、そのどれもが実際努力すれば実現できそうなものであったりするので、怪しいとは思っても断言できるほどのものではなかった。

 ノーパソを利用して何かしら功績をあげたりするんじゃないかと思ったが、これも結局空振りに終わる。

 

 他に行っていたことがあるとすれば、高町家の面々との修行だろう。衝動や感情をコントロールするために高町家の面々に色々と教えてもらったり、精神統一や戦闘訓練などをしている。しかし、効果は今だ出ていない。まあ数ヶ月で精神がコントロールできるようになるわけがないんだが……。

 

 恭也、士郎さん、美由希の三人には魔法のことを話した。流石にあのときの俺の動きや、氷村の状況を見られては誤魔化せるものではなかったからだ。

 そして俺は彼らになのはが魔力を持っていることを伝えた。ジュエルシードが落ちてくれば、なのはは魔法に関わることになるだろう。というより関わらせるつもりだった。

 原作では彼女は管理局で働くことを決めている。それは色々考えた上での選択なのだから、それを邪魔する必要はないだろう。

 

 それを聞いて士郎さん達は最初は戸惑っていたが、すぐに落ち着いたものとなった。魔力があるとはいえ、何か危険があるわけではないと説明したからだ。

 少しすれば、ジュエルシードが落ちてきて巻き込まれることになるのだが、それを言うわけにはいかない。流石になぜそんなことをわかるかという説明をするのがめんどくさいからだ。

 

 それで俺は士郎さん達に頼まれ、なのはに魔法を教えることになった。彼らにとっては護身術を学ばせるような気持ちだったのだろう。一応、覚えておいて損はないものだと思ってくれたようだ。

 

 そしてこのことは桃子さんにも話され、お願いされた。肝心のなのはであるが、最初、魔法のことを聞いたとき戸惑っていた。まぁ、いきなり魔法が使えますなどと言われれば戸惑うのも無理がない。

 

 説明するために彼女に魔法を見せると、今度は興味を持ったのか次々に質問してきた。俺は魔法のことや自分のことなどを彼女に話した。それは、すずかに話したのと同じ内容だ。最後までは話していない。

 

 なのはに魔法を教えると彼女はまるでスポンジが水を吸収するかのように魔法を習得していった。デバイスがないため、高度なものは使えないが、誘導弾やシールドなどはかなり上手く扱えたりする。

 

 そんな理由もあり、なのはと二人で話したりする機会が増えた。これに戸惑ったのはアリサだ。

 

 あの事件以来、俺とすずかの関係が深まり、なのはとも魔法のことで仲良くなった。その中で彼女が一人だけ、取り残されることになったのだ。

 

 四人の関係が変わってきて、自分だけ取り残された彼女はその原因となった俺を問い詰めてきた。今まで、変わることがなかった三人の関係が俺が来たことで崩れたのだ。アリサはそれが寂しく、辛かったようだ。

 

 結局、アリサにも事情を説明することになった。これで三人全員に魔法のことがバレてしまったことになる。

 

 こういった感じでこの数ヶ月は過ぎていった。

 

 

 

 

 

「なのは、魔法を覚えてみない?」

 

「え?」

 

 私は拓斗君の言った言葉の意味を理解できずに問い返した。休みの日、お父さん達に連れられ向かった先はお友達であるすずかちゃんの家だった。

 なんでお父さんがすずかちゃんの家に連れていくのかは理解できなかったが、中に入り、広いお庭へと案内されるとそこには、拓斗君がいていきなりそんなことを言ってきたのだ。

 

「まぁ、いきなり言っても普通はわからないだろうから見せるけど、こういう力を使ってみたくないか?」

 

 拓斗君はそう言うと、空に浮かび上がった。私は目の前で起こったことに混乱する。

 

「まっ、魔法ってなに? 何で拓斗君が空飛んでるのっ?」

 

「魔法は魔法だよ。ゲームとかアニメのアレのこと」

 

 拓斗君はさらに周囲に薄い青色の球体をいくつも飛ばす。そして、それが弾けると周囲に光が雪のように降り注いだ。その不思議な光景に私は魔法という存在を認識する。ホントに魔法ってあったんだ……。

 

「俺は内緒にしてたけど、魔法使いなんだ。そして、なのはにもその才能があるから聞いてみたの」

 

「私に、魔法の才能が?」

 

「うん、それもかなり凄い魔法の才能がある」

 

 拓斗君は私に魔法の才能があると言い切ってくれる。それは嬉しいんだけど、私には少し気になったことがあった。

 

「お兄ちゃんたちは魔法は使えないの?」

 

「残念だけど使えない。恭也さん達は魔力を持ってないからね」

 

「すずかちゃんは?」

 

「すずかもだよ。俺達の中で魔力を持っているのは俺となのはだけだ」

 

 拓斗君の言葉に少し複雑な気分になる。魔法を使えるのが嬉しい反面、すずかちゃんやアリサちゃんが魔法を使えないのは残念だった。

 

「魔法が使えるとどうなるの?」

 

「まぁ、色々便利かな。何かあったとき便利だし、使えて損はないと思うよ」

 

「なら、私に魔法を教えてほしいの」

 

 私は拓斗君にお願いする。魔法を使ってみたいっていう気持ちもあるし、こんな私でも取り柄があるんだと思うと私には魔法が必要な気がした。

 

「うん、わかった」

 

 拓斗君が了承してくれ、私は拓斗君から魔法を教わることになった。

 

 これが私が魔法を覚えることになったきっかけ。

 

 魔法を教わることになった後、拓斗君から自分が地球出身じゃないって言われた時にはびっくりしたけど、魔法があるなら他の世界があっても不思議じゃないよねって納得する。

 

 それからというもの、私の生活は魔法で一杯となった。拓斗君から教わった魔法を家でも毎日練習したり、拓斗君から渡してもらった魔法の本などを一日中眺めたりしていた。

 

 拓斗君からはあまりやりすぎるなと言われたけど、私は魔法を覚えることが、使うことが楽しくて仕方なかった。……結局、家族からも止められ、魔法の練習時間は拓斗君との練習を除いて一日に一時間だけと決められてしまったのでかなり落ち込むことになってしまった。

 

 それでは満足できなかったので学校でも拓斗君に色々聞いてみたり、授業中も魔法のことばかり考える。

 

 私の生活に魔法は欠かせないものとなっていった。

 

 

 

 

 

「最近なのはやすずかとなにしてるのよ?」

 

 私は拓斗に問い詰めた。

 

「アンタが帰ってきてから、すずかとアンタの関係が変わり過ぎてるのよ。あんな表情のすずか、私も見たことないわよ」

 

 拓斗が外国から帰ってきてからというもの、すずかと拓斗の雰囲気が違っていた。すずかの表情が明るくなり、いつも拓斗と一緒にいるようになったのだ。

 すずかの様子がおかしくなったのは私達が誘拐事件に遭って数日が経過した後、拓斗が休むようになって数日が経った時からだ。

 

 あんなことがあったにもかかわらず、すずかは嬉しそうな表情を浮かべていた。……私はまだあの事件のことが忘れられず、恐怖が残っていたのにだ。

 それは拓斗が学校に来るようになってから余計に酷くなった。いつも拓斗のそばにすずかはいるようになり、離れようとしない。そして、私達が今まで見たこともないような笑顔で拓斗と話していた。

 

「なのはも、毎日アンタと楽しそうに話してるし……」

 

 そしてその数日後、今度はなのはが拓斗と良く話すようになっていた。なのはは楽しそうに拓斗と話していた。その表情は本当に楽しそうで、何かに夢中になっているような、そんな表情だ。

 話の内容を私が聞いても秘密にするし、私は仲間はずれにされた気分になる。

 

「何でそんな急に仲良くなったのよ? 二人に聞いてもはぐらかされるだけだし」

 

 すずかとなのはが拓斗と良く話すようになってから、私は一人疎外感を感じていた。すずかもなのはも拓斗とよく話すようになって、どんどん仲良くなっていっているのに私だけ一人取り残されている。

 

 それが私は嫌だった。なにより大切な友達である二人を取られた気になった。すずかとなのはは一年生の頃、まだ、不器用で人付き合いも上手くなかった私にできた大事な親友だ。

 

 拓斗が現れて、私達三人の関係が変わって本当に怖くなった。もしかしたら、二人が私から遠ざかるかもしれない、友達だって言ってもらえなくなるかも知れない。それが本当に怖かった。

 

「それは秘密なんだ」

 

 拓斗はそう言ってくる。その反応はなのはもすずかも同じだった。

 

「どうして?」

 

「事情があるんだよ」

 

「どうしても言えないことなの?」

 

「ああ」

 

 拓斗はそう言うが私も引き下がるわけにはいかない。今のままの関係は嫌なのでどうしてもその秘密が知りたかった。

 

「ゴメンなアリサ」

 

「謝るくらいなら教えなさいよっ!!」

 

 謝ってくる拓斗に今まで溜め込んでいたものが爆発し、拓斗の胸倉をつかんで思いっきり怒鳴ってしまう。

 

「どうして私には教えてくれないのっ? なんで私だけ仲間はずれなのっ? 私にも教えなさいよ……私にも、教えてよぅ」

 

 最後は彼に対する懇願だった。拓斗を問い詰めていくうちに目から涙が溢れ出す。胸倉をつかんだ手に雫が零れ落ちる。

 一人になるのは嫌だった。秘密にされるのは辛かった。二人が自分から離れていくみたいで怖かった。その感情が溢れ出す。

 

「わかった、言うよ……」

 

 私の言葉に拓斗は降参したかのように今まで秘密にしていた内容を話してくれる。

 まずはなのはのことだ。拓斗は自分が魔法使いでなのはに魔法を教えているのだと言う。その言葉に私は魔法なんてあるわけないじゃないっと怒鳴ろうとするが、彼が私と一緒に空へと飛び上がり、その機会を失ってしまう。

 下を見ると自分達が今までいた場所が見え、空を飛んでいるのが嘘ではないことがわかる。拓斗は他にも魔法を見せてくれた。火を出したり、氷を出したりとそれは間違いなく普通では起こりえない魔法といわれるものだった。

 拓斗が説明するには私達の中でなのはだけ魔法が使えることができ、なのはの家族にも頼まれて魔法を教えることになったのだと言う。

 

 そしてすずかだ。あの誘拐事件のとき、拓斗は私達を助けるためにあの場所に来ていたと説明してくれる。嘘かと思ったが、あの魔法を見てしまってはそのことを否定することができなかった。彼ならできるかもしれないと感じたからだ。

 それで私達を助ける際、犯人の一人と戦って重症を負い、それで学校を休んでいたようだ。あの不自然な休みはそれが本当の理由だと言う。これには納得することができた。あの休みのことも疑問に思っていたが、理由がわかれば、彼には感謝するしかない。自分を助けてくれたのだから……

 すずかはその時起きていたので、拓斗が助けに来てくれたのを知っていて、だから態度が変わったらしい。

 

「どうして、言ってくれなかったの?」

 

「魔法のことはあまり人に言ってはいけないことなんだ。それにあの事件のことはアリサも思い出したくないだろう」

 

 拓斗はあの事件のことを話せば、魔法のことも教えなければいけなくなるからと話すのを躊躇ったらしい、なのはやすずかも拓斗にお願いされて秘密にしていたようだ。

 

「でも言ってほしかった、教えてほしかったの。私一人だけ仲間はずれにされるのは嫌なの」

 

「ゴメン」

 

「ううん、言ってくれてありがとう」

 

 私は拓斗にお礼を言う。これで拓斗のことを知ることができた。すずかやなのはとも普通に話すことができる。元の隠し事をしない関係に戻れることが嬉しかった。

 

 

 

 

 

 私は今、なのはちゃんが拓斗君に魔法を教わっているのを見ていた。拓斗君がなのはちゃんに魔法を見せ、なのはちゃんがそれを再現する。私にはそれが羨ましかった。

 

 ——拓斗君の秘密を知ってたのは私だけだったのに

 

 私となのはちゃん、アリサちゃんの中で拓斗君が魔法使いであるということを知っていたのは私だけだった。

 

 ——お互いの秘密を知ってたのに

 

 私と拓斗君だけの秘密。それはお互いの正体に関わることだった。私は夜の一族という吸血鬼の一族で、拓斗君が魔法使いで、その秘密を共有できているのが嬉しかった。しかし、それもなのはちゃんが拓斗君に魔法を教わるようになってから崩れてしまう。

 

 なのはちゃんが拓斗君が魔法使いだってことを知って、この間はアリサちゃんが知った。今まで私だけが知ってたことが、二人にも知られてしまい、これで秘密を持つのが私一人になってしまった。

 拓斗君が来る前と同じ、私だけが秘密にしている状況。いくら拓斗君が私のことを知ってくれていても、それでも私だけ隠し事をしているのは辛い。

 

 ——どうしてなのはちゃんなのかな?

 

 なのはちゃんが魔法を使えることが羨ましい。拓斗君の隣でああやって魔法を使えることが羨ましかった。二人がまだ魔法のことを知らなかった頃、拓斗君に一番近い場所にいたのは私だ。でも今は違う。アリサちゃんもなのはちゃんも拓斗君の秘密を知ってしまった。いくら、私の秘密を拓斗君が知っていようと関係ない。だって、それは彼が私との距離を縮める理由じゃなく、私が彼との距離を縮める理由だから……

 

 私は拓斗君に依存していた。初めて自分の秘密を知った友達で、自分のことを受け入れてくれた人だからだ。彼のそばにいたい。彼がそばにいてほしい。そんな気持ちばかり強くなる。

 

 今、拓斗君に一番近いところにいるのはなのはちゃんだ。魔法が使えて、拓斗君のことが一番理解できるから……

 

 ——私にも魔法がつかえたらいいのに……

 

 魔法の練習をしている拓斗君となのはちゃんを見ながら、私はそんなことを思った。



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14話目 開幕

 深夜、俺は忍と二人で今後のことについて話し合っていた。

 

「それでジュエルシードはどうするつもりなの?」

 

「集めるよ。暴走すると危険だし被害も出るだろう。それにジュエルシード自体にも興味があるからな」

 

 俺はジュエルシードを集める意思があることを忍に伝える。暴走体による被害を防ぐことはもちろんだが、本当の理由は後者にあった。

 

 ——願いを叶えるロストロギア。可能性は低いけど、ゼロじゃない

 

 ジュエルシードには願望を実現する力がある。それは俺が元の世界へと帰還する方法の中で唯一可能性があるものであった。

 ただ、その可能性はかなり低い。まず、ジュエルシードをどれほど集める必要があるのかわからない。その上、集められたところで本当に帰還できるのかがわからないのだ。

 その他にも集める上での障害も多数存在している。フェイト・テスタロッサ、彼女は自分の母親のためにジュエルシードを集めるだろう。彼女にはアルフという使い魔もいるため、かなり厄介な存在だ。母親であるプレシア・テスタロッサも自らの願いを叶えるためにこちらに容赦などしてこないだろう。

 そして時空管理局、クロノ・ハラオウンという単体でも現段階で最強の存在がありながら、組織としての戦力も保有、さらにはリンディ・ハラオウンという奥の手まで存在していた。それに俺は管理外世界への違法渡航、現地住民への魔法の漏洩、管理世界の技術漏洩などかなりの違法を行っているのだ。この上、ジュエルシードを集めて使用すれば、その罪はもっと重くなる。

 最後にユーノ・スクライアだ。彼がなのはと接触するかどうかはわからないが、彼が俺の目的を知ったとすれば、まず間違いなく止めてくるだろう。それほどジュエルシードは危険なものなのだ。

 

「私も興味あるわ。願望を叶えるもの、それに魔力の結晶体なんでしょ。色々調べてみたいわね」

 

 忍はノーパソでジュエルシードのデータを眺める。その表情はどこか楽しげだ。

 

「まあ集めるのに苦労しそうだけどな」

 

「ノエルやファリンにも探させるし、恭也達にも助けてもらうわよ、いざとなったらこれもあるしね」

 

 忍はそう言って、長い棒状のものを持ち上げる。先には大きな飾りがついていることから、棒ではなく杖だろう。

 

「完成したんだ?」

 

「ええ、まだ試作機で出力も低いし、使用回数の制限もあるけどね」

 

 忍が持っているのは忍が俺の渡したデータをもとに一族の技術を結集して作り上げた簡易デバイスだった。カートリッジシステムで魔力を持ってきて魔法を使用することができるため、使用者に魔力の有無は関係ない。ただし、使用できる魔法が三種類しかないことやカートリッジ搭載分しか使用できないこと、連続使用が不可能なこともあり、普通の魔導師の方が遥かに強かったりする。

 

「これ造るのに相当なお金もかかってるしね。まあ、技術研究なんかの成果はあったから、無駄ではないんだけど」

 

「ちなみにそれ造るのにどれだけ金使ったんだ?」

 

 俺は興味が湧いたので聞いてみる。魔法技術もないこの世界ではデバイスを造るのに相当苦労したはずだ。研究設備だけではない、製造工程、実験など相当なお金が使われたことは簡単に予想がつく。

 

「二億円ぐらいかな。まぁ、個人的に造ったものだし、企業として開発したわけじゃないから」

 

「二億って……」

 

 予想はしていたが忍の言葉に唖然としてしまう。個人で使うようなお金じゃない。ミッドでデバイスを購入すればこの何百分の一ぐらいには抑えられるだろう。まあ、そういうわけにもいかないため仕方ないと言えば仕方ないのだが……。

 

 忍が自作したデバイスの金額に驚いていたその時であった。ノーパソから電子音が流れる。

 

「電子音? どうして?」

 

 今まで一度も起こったことがないことに驚く。こんなことは一度もなかった。

 

「忍、どいて」

 

 忍を押しのけてノーパソの画面へと目を向ける。するとそこにはこんな表示がされていた。

 

 メッセージ一件

 

 俺は恐る恐るとそのメッセージを開く。今までなかった事態に手が震えてしまう。メッセージを開くとそこには短い言葉でこう書かれていた。

 

 魔法少女リリカルなのは、スタート

 

 メッセージを見て、その意味を理解した瞬間にそれは起きた。

 

『助けて…』

 

 頭の中に念話が響く。

 

『僕の声が聞こえている人、助けてください』

 

「忍っ!!」

 

「な、なに?」

 

 俺が忍に呼びかけると彼女は戸惑ったように返す。俺は忍に先ほどのメッセージを見せて、今の状況を説明しようとすると部屋の中にノエルとファリンが入ってきた。

 

「お嬢様っ」

 

「忍お嬢様〜」

 

「ノエル? ファリンも……」

 

 どうやら先ほどの念話は二人にも聞こえていたようだ。二人が部屋に入ってきたことに忍は気を取られるが、俺にはそんな余裕がない。

 

「忍、先に説明するぞ。ジュエルシードが落ちてきた」

 

 俺は忍に簡単に説明する。

 

「わかったわ。じゃあ、ノエルとファリンは拓斗一緒にジュエルシードの探索を」

 

「この家の敷地内にジュエルシードが落ちているはずだ。まずはそれを見つけよう」

 

 俺は原作のことを思い出し、二人に月村邸の敷地を探すように指示を出す。他のジュエルシードが落ちている場所は海の奴以外ではっきりと覚えているのはここだけだ。

 

「かしこまりました」

 

「わかりました」

 

 二人はそう言ってすぐに探索するために部屋を出る。

 

「拓斗、私はどうすればいい?」

 

「ここで俺達に指示を出してくれ、俺達の報告を元にマップを作って、作業の効率化を頼む」

 

「わかったわ」

 

 忍に指示を出し、俺もすぐに外へと出た。できるだけ早く、そして多くのジュエルシードを確保したい。

 

 サーチャーを使って月村邸だけではなく海鳴市全体にジュエルシードの反応がないかを確かめる。がやはり活性化していない状態のジュエルシードを見つけるのは難しい。

 

 ——できるだけ早く、見つけないと……

 

 先ほどのメッセージのことなど気になることはたくさんあるのだが、それ以上に俺はジュエルシードの収集に焦りを感じていた。

 被害が出る出ないとかの問題ではなく、妨害が始まる前に集めたいのだ。今、一番早く行動をできているのは間違いなく俺達だ。ユーノは行動不能、フェイトや管理局の到着もまだだ。すなわち、今がもっとも多くジュエルシードを確保できるチャンスなのである。

 

『拓斗さん、ノエルです。ジュエルシードを発見しました』

 

 ノエルから念話で連絡が入る。おそらく忍にも連絡がいっていることだろう。

 

『わかった』

 

 ノエルの位置を確認し、そちらへと急ぐ。ノエルの元へとたどり着くとジュエルシードは封印処理され、ノエルの手の中にあった。

 

「ノエル、大丈夫だったか?」

 

「はい、そちらの方に落ちていましたので封印をさせていただきましたが、それ以外は何も」

 

 ノエルからジュエルシードを受け取り、それをデバイスへと格納する。これで一個目、残りはまだ二十個あり、先はまだまだ長い。サーチャーをもう一度ばら撒き、探索を続ける。今日はできる限り探索を続けるつもりだった。

 

「……見つけたっ!!」

 

 サーチャーが魔力反応を捕らえる、サーチャーから映し出された映像には動物に取り付いたのか、黒い獣となった暴走体がいた。

 

「ノエル、ジュエルシードを見つけた。忍に言っておいてくれ!!」

 

「でしたらファリンをお連れください。一人で行動するのは危険です」

 

 ノエルが俺とは別の方向に目を向けるとファリンが駆け寄ってくる。

 

「わかった。ノエルは忍の護衛をお願い、ファリンっ急ぐよ」

 

「え? え、ちょ、ちょっと拓斗君っ!?」

 

 ノエルに報告と忍の護衛を任せ、俺はファリンを抱えると空へと舞い上がり、先ほど見つけた暴走体へと急ぐ。

 

「あの〜拓斗君?」

 

「ああ、悪い。ジュエルシードを見つけたんだ、ファリンも手伝ってくれ」

 

 いきなり俺に抱えられ空を飛んでいることに戸惑っているファリンに事情を説明する。

 

「それはいいんですけど、この体勢はどうにかなりませんか? 落ちそうで怖いんですけど…」

 

 ファリンは俺に抱えられているのだが、子供の俺と彼女では体格が全く違うため、俺は彼女の背中からお腹に腕をまわして何とか抱えている状態だ。クレーンゲームのように持ち上げられている彼女にとって、今の体勢は少し辛いものがあるらしい。しかし、子供の身体ではこの体勢が一番安定しているのも事実である。

 

「うう〜、怖いです〜」

 

 地面を見ながら恐怖で震えているファリンを見て、本当に自動人形なのかと思いつつ、俺はとある魔法を使うことにした。

 

「カートリッジロード」

 

 カートリッジをロードし、インストールされてある魔法を使う。すると俺の身体が大きくなり、元の大学生だった頃の俺の姿へと戻った。そしてファリンを抱えなおし、お姫様抱っこの体勢になる。

 

「あれ? 拓斗君?」

 

「そうだよ、魔法で一時的に大人の姿になっているだけ」

 

 姿の変わった俺に戸惑った様子のファリンに説明する。この魔法は以前、さくらと会う前にインストールした魔法だ。子供の身体にちょっと不便を感じていたので、ヴィヴィオの大人モードを思い出して、インストールしてみたのだ。

 身体が成長した状態になるのだが、カートリッジを全て使っても最長で二時間ぐらいしか大人の姿を保つことはできない。ただ、それでも十分でたまにこの姿で街を出歩いたりすることもあった。

 

「ふぇ〜」

 

 俺の大人の姿にファリンは驚いてなにやら変な声を上げる。

 

「まあ、この姿を見せたのはファリンが初めてなんだけどね」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ」

 

 忍とノエルにこの姿を見せたことはない。二人は俺が大学生だと知っているため、見せようと思ってはいたのだが、なぜか機会に恵まれなかった。

 

「ファリン、そろそろ到着するよ。準備はいいか?」

 

「はっ、はい」

 

 俺の言葉でファリンは意識を切り替える。ちょうど俺達の進む先にジュエルシードの暴走体が確認できた。

 

「結界を張る。ファリンはフォローを」

 

「はい」

 

 俺の言葉にファリンは暴走体へと向き直り、警戒を強める。その間に俺は結界を張った。ちょうど開けた場所なので戦いやすい。

 暴走体は俺達の存在に気づくと、一直線に突っ込んできた。

 

「プロテクション」

 

 目の前にプロテクションを張り、暴走体の突進を止める。

 

「ファリンッ!!」

 

「わかりました、フラッシュブローッ!!」

 

 俺が暴走体を止めている隙にファリンが魔法を使って殴りつける。殴りつけられた暴走体はかなりの勢いで吹っ飛ばされると地面にバウンドした。

 

「シュート」

 

 追撃をかけるためにデバイスと暴走体へと向けトリガーを引く。すると暴走体の下に魔方陣が展開され、そこからチェーンが現れ暴走体を縛り付けた。

 

「ジュエルシード、封印」

 

 拘束した暴走体に向けてもう一度トリガーを引く。すると、暴走体からジュエルシードとおそらくは発動させたであろう黒猫が現れた。

 俺はジュエルシードをデバイスの中へと格納するとその黒猫に近づく。デバイスを使って黒猫の状態を調べると弱っているが命に別状はないようだ。

 

「フィジカルヒール」

 

 黒猫を抱きかかえて治癒魔法をかける。黒猫は俺の手の中で眠ったまま動かない。

 

「拓斗君」

 

「コイツ、連れて帰ってもいいかな?」

 

「首輪もついてないみたいですし、野良だと思いますから大丈夫ですよ。お嬢様も怒ったりはしませんよ」

 

 そう言ってファリンは子猫の頭を撫でる。

 

「戻りましょう、この子の手当てもしないといけませんし」

 

「そうだね」

 

 俺達は子猫を連れて月村邸へと戻る。帰りもファリンをお姫様抱っこして、空を飛んで帰った。大人の姿のままだったせいで帰ったときに忍やノエルに驚かれたのだが、魔法のことを説明するとすぐに納得してくれた。その時、忍が口を滑らせたのでファリンに俺がもともと大学生であることがばれてしまったのだがファリンはすんなりと受け入れてくれる。

 ちなみに連れて帰った黒猫はまんまクロと名づけられ月村邸で飼われることとなった。

 

 今のタイミングでメッセージが送られてきたことやどこからメッセージが送られてきたのか、気になることはたくさんある。

 メッセージが送られてきて、物語は始まりを告げた。俺はこれからどうなるのだろう。そんなことを考えながら、俺は明日からのジュエルシード探索に備えて眠った。



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15話目 出陣

 ユーノからの念話が届き、俺達がジュエルシードを二個確保した翌日、俺は学校を休んでジュエルシードを探したい気持ちに駆られながら、その気持ちを抑え、学校へと来ていた。

 

「しかし、拓斗が授業中熟睡するなんて珍しいわね」

 

「そういえば昨日の夜、何かあったみたいだけどどうしたの?」

 

 昼休み、アリサとすずかが俺の様子が気になったのか問いかけてくる。すずかは昨日の夜のこと、アリサは俺が授業中居眠りをしていたことだ。そして、なのははというと一人なにやら浮かない顔をしている。

 

「昨日、誰かから助けを求められてな」

 

「え?」

 

 俺の言葉になのはが反応する。深夜だったので、なのはは寝ていた筈だ。おそらくはあの念話のことを夢だと思っているだろう。

 

「それでエリアサーチの魔法を使ってみれば、変なものが落ちてきているみたいだから、昨日はその対処をしてたんだよ」

 

 授業中もずっとサーチャーを使って探していて、魔力を消耗したため、回復させるために寝ていたのが、今日珍しく俺が授業中寝ていた理由だった。

 

「それってどんなものなの?」

 

「ジュエルシードっていう菱形の形をした宝石みたいな石だよ。願望を叶える力があるって話だけど、暴走したりするからかなり危険なんだよね」

 

 アリサが興味を持ったようなので説明する。

 

「それでなんだけど、なのは、力を貸してくれないか?」

 

「わ、私?」

 

 俺の頼みになのはは戸惑った声を上げる。

 

「ジュエルシードを封印するために魔法が必要なんだ。俺やノエル達がいるとはいえ、人手は多い方がいいからね」

 

 それにノエル達も月村邸から離れさせて探索させるわけにもいかない。彼女達には月村邸と主である忍、すずかを守るという仕事があるのだ。

 

「私でも、できるかな?」

 

「なのはなら大丈夫だよ。才能もあるし、それができるだけの実力もある」

 

 不安そうななのはを励まして、背中を押してあげる。

 

「うん、私、ジュエルシードを封印するのお手伝いするっ」

 

 なのはは勢い良くジュエルシード収集への協力を了承した。正直、彼女がいるのはありがたい。純粋に探索に割ける人数が増えるし、戦力も増える。ただ、デバイスがないのが心配であるが……。

 

「それで私はどうすればいいの?」

 

「しばらくは塾とか休んでもらうことになるかな。サーチャーでジュエルシードを探して見つけたら封印しにいくって感じ」

 

「私達も手伝えることないかな?」

 

 なのはに今後の行動を説明しているとすずかが聞いてくる。自分達も協力したいと考えているのだろう。

 

「もし見つけたら、俺かなのはに連絡して場所を教えてくれ。だけど決して触らないように、触ったら暴走するかもしれないから」

 

「うん……わかった」

 

 俺の言葉にすずかは少し寂しそうな表情を浮かべる。危険なものだとわかっているのに自分が力になれないのが、悔しいのだろう。

 

「とりあえず放課後、すずかとアリサも塾まで送ってから探索するよ」

 

「私達のことはいいわよ。それよりもそのジュエルシードを探すのを頑張りなさい」

 

「むしろお前達がジュエルシードに巻き込まれたりしないように一緒に行動するんだよ」

 

 二人の誘拐事件以来、俺は彼女達に付き添って、学校から塾まで道を護衛することにしていた。彼女達が危険な目に遭わないための措置なのだが、今回はさらにジュエルシードと言う危険が増えている。そのため、一緒に行動しないという考えはなかった。

 

「なのは、気合入れすぎて、授業中にサーチャーとか使わないようにね」

 

「うっ、で、でも拓斗君は使ってるよね」

 

「俺はいいんだよ。デバイスの補助もあるし、授業聞かなくてもなんとかなるしね」

 

 サーチャーを使って、今からでもジュエルシードを探しますと気合の入っているなのはに釘を刺す。今から気合を入れて探しても持たないだろうし、なにより学生の本分は勉強だ。前世知識のため、勉強しなくてもわかる俺と今勉強する必要がある彼女とでは授業に対するの意味が全く違う。俺はあくまで復習程度でいいが、彼女達は学習なのだ、きちんと勉強して知識を得る必要がある。

 

「放課後は忙しくなるから、それまで我慢してくれ」

 

 なのはを宥めるために、頭をぽんぽんと叩き、放課後に備えてもう一度眠ることにした。授業中起きたときに、なのはが放課後になるのを今か今かと待ち望んでいるのを見て、その姿に思わず微笑んでしまった。

 

 

 

 

 放課後になり、すずかとアリサを塾へと送るために一緒に歩く。

 

「拓斗達も急いでるんでしょ、なら近道するわよ」

 

 アリサはそう言って、いつもとは違う道へと歩き出す。

 

「ここを通ると近道なのよ。まあ、道は悪いんだけどね」

 

「そうなんだ」

 

 アリサの言葉にすずかは感心したように言う。いつも通っている道ながら、こういう風に違う道を探しているアリサの行動力に感心したようだ。

 しばらく歩いていると、突然なのはが立ち止まる。

 

「なのは?」

 

「ここ、昨日夢で見た場所…」

 

 ——そういえば、ユーノってここで倒れてたんだっけ。昨日はスルーしてたから、今もそのまま放置されてるんだろうな〜。

 

 ユーノがこの辺りに倒れていることを思い出す。昨日はジュエルシードを集めるために必死で放置していたのだが、良く考えると子供の助けを放置するって、かなり酷いことを行っていることに気がついた。

 そんなことを考えつつ、先へ進んでいると念話が聞こえてくる。

 

『助けて…』

 

「念話? 拓斗君」

 

「ああ、こっちだ」

 

 聞こえてきた念話になのはが反応する。俺もユーノの放置に気づいたことで急に罪悪感を感じ、念話の聞こえる方へと急いだ。すると、少し進んだ先にフェレットが倒れているのが見える。

 

「この子、怪我してる…」

 

「とりあえず治療するよ、フィジカルヒール」

 

 周囲に誰もいないのを確認して、魔法を使いユーノを治療する。

 

「この子がつけてるのって宝石みたいだけど……」

 

 フェレットが身に着けるには豪華な装飾にアリサが不思議そうな表情を浮かべる。

 

「それはデバイスだよ。多分、この子は魔導師だ、念話をしてきたのもこの子だろう」

 

 原作知識のお陰で知ってはいるのだが、彼女達に不信感を与えないために少しはぐらかして言う。

 

「とりあえず連れて帰ろう。すずか、アリサ、悪いけど……」

 

「わかってるわ、塾まですぐそこだから大丈夫よ」

 

「うん、拓斗君となのはちゃんも気をつけてね」

 

 フェレットを月村邸へと連れて帰るためにアリサとすずかに別れを告げる。とその時であった。近くに大きな魔力反応を感じる。

 

「二人とも動かないでっ」

 

 俺は慌ててアリサとすずかを止めて、彼女達へと近づく。

 

「クロックシューター、セットアップ」

 

 すぐにデバイスを起動させて、バリアジャケットを展開すると周囲を警戒する。

 

「拓斗君?」

 

「ジュエルシードだ。暴走してる、皆危ないから離れないで」

 

 皆をかばうように立つと目の前に昨日と同じくジュエルシードの暴走体が現れた。すぐさま結界を張るが、俺の張っている結界はあくまでこの空間を隔離するためのものだ。近くにいるアリサやすずか達を避難させることはできない。

 

「なのはは皆を守ってくれ」

 

「わかった。拓斗君は?」

 

「アレを片付ける」

 

 なのはにすずか達の護衛を任せ、俺は暴走体へと向き直る。昨日はファリンがいたが、今回は戦えないすずか達と魔法は使えるけど、デバイスもなく、戦闘に不安があるなのはだけだ。

 

 暴走体がなのは達に近づかないように牽制しながら戦う。思っていた以上に誰かをかばいながら戦うのは難しい。

 暴走体は昨日戦った奴より防御力があり、生半可な攻撃が通じない。強力な攻撃を放とうにもその隙にすずか達を襲おうとするため、強力な攻撃を放てる隙がなかった。それ以上に衝動がヤバイ。

 昨日はそうでもなかったのだが、暴走体を目の前にして、俺の衝動が湧き上がる。

 

 ——消滅させてしまえ

 

 そんな衝動が湧き上がるが、何とかそれを抑え込む。そうしないと広範囲魔法を使って、すずか達を巻き込みそうだ。

 

「バインドシューター、シュートッ!!」

 

 衝動を抑えるために叫びながら魔法を放つ。昨日、使ったものと同じものだ。着弾した相手を拘束する魔法、地面に縫い付けるタイプと体を拘束して動かないようにする二つのバリエーションがある。

 

「ふう、これで封い「拓斗君っ危ないっ!!」ッ!?」

 

 俺がジュエルシードを封印しようとするとなのはが叫び声を上げる。すると右側から何かが襲ってきて、俺に突撃した。

 

「ぐっ」

 

「「拓斗君っ!?」」「拓斗っ!?」

 

 暴走体の攻撃を受け吹っ飛んだ俺を見て、なのは達が叫ぶ。俺に突撃してきたのは先ほどバインドで拘束したのとは別の暴走体だ。

 

 ——二体目!? クソっこんなときに…

 

 暴走体の二体目の登場に俺は焦りを覚える。先ほどバインドで拘束した奴もバインドが解け、こちらへと向き直っている。その様子は先ほどまでと違い興奮しているようにも見える。

 

 ——二対一か、これはヤバイな。

 

 この状況に思わず舌打ちをしてしまう。

 

「モード2リリース、トゥーハンドガンズ」

 

 デバイスの機能を開放し、両手にクロックシューターを持つ。これがモード2、二丁拳銃だ。両手のデバイスでそれぞれの暴走体に狙いをつけ、魔力弾を放つがどうも左手の狙いが甘い。

 右利きである俺は基本的にクロックシューターを右手で持つ。そのため左手で練習することはあまりなく、左手で持ったときの命中精度はかなり低い。

 

 ——もっと練習しとけばよかったな

 

 全然当たらないことに後悔するが、いまさら言っても遅い。両手にクロックシューターを持ったことで二対の敵を牽制することはできるのだが、それ以上に敵の攻撃が苛烈になってくる。

 攻撃を捌ききれなくなり、敵の攻撃が直撃しようとしたその時、膨大な魔力が近くから溢れ、桃色の光が辺りを照らした。

 

 

 

 

 

「なのはっ、どうにかできないの?」

 

 目の前で二体の敵と戦っている拓斗君を見て、アリサちゃんは言ってくる。二体の敵を相手に拓斗君は押されていた。私も何とか援護しようとしているが、上手く狙いが定まらない。下手すると拓斗君に当たってしまう。

 

 ——なんとかしないとっ

 

 どうにかして拓斗君を助ける方法を考える。すると先ほど見つけたフェレットの首にかかってある宝石が目に映った。

 

 ——これ、確かデバイスって言ってた。フェレットさんごめんなさい、これ少し借ります。

 

 フェレットさんから宝石を外す。すると、その宝石が話しかけてきた。

 

「Who aye you?」

 

「私は高町なのは、お願い力を貸して、拓斗君を助けたいのっ」

 

 デバイスに必死にお願いする。するとデバイスが手の中で光り、頭の中にデバイスの名前と呪文が思い浮かんだ。

 

「我、使命を受けし者なり」

 

 デバイスから光りが溢れる。

 

「契約の元、その力を解き放て」

 

 頭の中で杖の姿と魔法の服、バリアジャケットの姿をイメージする。

 

「風は空に、星は天に」

 

 拓斗君を助けたい。そのことだけを強く願って呪文を叫ぶ。

 

「そして、不屈の心はこの胸に!! レイジングハート、セーーットアップッ!!」

 

「standby ready. set up.」

 

 光が私を包み、バリアジャケットを身に纏わせる。急なことだったので今自分が着ていた聖祥の制服とほとんど変わらない。そして手には先ほどイメージした杖が握られていた。

 

「なのはちゃん、それ……」

 

 すずかちゃんが驚いた表情を見せる。いきなり私が変身したことにびっくりしているのだろう。でも、今はそんな場合じゃない。

 

「レイジングハート、拓斗君を助けるよ」

 

「All right, my master!」

 

「ディバインバスターーーッ!!」

 

 拓斗君を襲おうとしている暴走体に向けて全力で砲撃魔法を放つ。放たれた魔法は暴走体を直撃し、暴走体を沈黙させた。

 

 

 

 

「なのはっ!?」

 

 いきなり放たれた砲撃に驚き、砲撃元を見てみるとなのはがレイジングハートを構えていた。どうやら、レイジングハートを起動させて、魔法を放ったらしい。

 

 しかし驚いてばかりではいられない。

 

「シュート」

 

 残っているもう一体へと魔法を放ち、ダメージを与え行動を封じる。

 

「ジュエルシード、封印」

 

 そしてソイツを封印した。もう一体の方を確認するとなのはが封印しているのが見える。俺は自分の封印した方へと近づくとジュエルシードを拾い上げ、デバイスへと格納した。

 

「拓斗君っ!!」

 

「大丈夫、拓斗君っ?」

 

「大丈夫なの拓斗?」

 

 三人が近づいてきて、俺のことを心配してくれる。今回は苦戦したため仕方のないことだがここまで心配をかけると心が痛い。

 

「ああ、大丈夫だ。なのはのお陰だよ。なのは、ありがとう、お陰で助かったよ」

 

 なのはにお礼を言う。するとなのはは嬉しそうな表情を浮かべながら、涙を零した。

 

 

 

 

 

「なのは、ありがとう、お陰で助かったよ」

 

 拓斗君からお礼を言われ、私はそのことが嬉しくて、涙が溢れ出す。

 

「な、なのは?」

 

 いきなり泣き出した私に拓斗君は珍しく戸惑った表情を浮かべた。

 

「ゴメン、私泣いちゃって」

 

 抑えきれない感情が溢れてしまう。

 

 私が小さい頃、お父さんが怪我で入院した時のことだ。まだ翠屋が開いたばかりでお母さんはお店のことが忙しくて、お兄ちゃんやお姉ちゃんも、ずっと頑張ってた剣術の練習をやめてまで店のことや家の手伝いをしていて、私は一人ぼっちでいることが多かった。

 

 そんな時間が悲しくて、一人でいるのが寂しくて、私はいらない子なんじゃないかって思うときもあった。

 

 でも違っていた。私をお母さん達は心配してくれて、私の目の前では辛そうな表情を見せなくて、寂しくないようにって、私のそばにいるときはずっと優しくしてくれた。

 

 それが嬉しくて、切なくて、そして悔しかった。

 

 心配してくれて、優しくしてくれているのに、私は何もできなくて、お母さん達だって悲しんでいるのに自分は何もできないのが悔しくて…

 

 だから、一人でいる時にたくさん泣いた。寂しさじゃなく、悔しさで、家族に迷惑をかけないように一人でいるときに思いっきり泣き叫んだ。

 

 家族のために何もできない自分の無力さをずっと感じていた。

 

 お父さんが退院した後も、それはずっと感じていた。もし、また何かが起きたとき、私は何ができるんだろうって、ずっと悩んでいた。

 

 そんなときに拓斗君に魔法のことを聞いた。私には魔法を使える力があって、しかも物凄い才能を持っているんだって……

 初めて自分で魔法を使えたときは本当に嬉しかった。私ができることがようやく見つかった気がしたから…。

 

 そして今、その魔法で拓斗君を助けることができた。拓斗君からありがとうってお礼を言われて、私は初めて、自分が誰かのために何かをすることができたんだって思うことができて、それが物凄く嬉しくて、涙が溢れ出した。

 

 自分が何かをできたってこんなに思ったことはない。こんなに嬉しかったことはない。だから、私は拓斗君にこう言うんだ。

 

「拓斗君、ありがとう」



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16話目 思惑

 いきなり涙を流しだしたなのはを宥めると俺たちは時計を見る。するともう既に塾の始まる時間は過ぎていた。

 

「今日はもう帰りましょ、塾はもう始まっちゃってるし、それに受けられるような気分でもないわよ」

 

「そうだね、そうしようか」

 

 アリサの提案を聞き、俺は賛成する。塾まで送るのもそうだが、先ほどの戦闘でかなり消耗している。ダメージも結構受けているため、今日の探索はこれ以上できそうになかった。

 

「じゃあ、私は鮫島を呼ぶから、アンタ達もそれに乗って帰るわよ」

 

「俺も忍さんに電話して、報告しておくよ。後、なのはちゃんやコイツのことも士郎さんに言わなきゃいけないし」

 

 そう言って、ユーノを拾い上げる。あんなに激しい戦闘があったにもかかわらず、起き上がる気配すら見せないコイツにイラッとするが、まあ行動不能状態なので仕方ないのだが……。

 忍が用意してくれた携帯を取り出し、忍に連絡を取る。Iphoneでもいいのだが、忍がこの世界にいるのだから、こちらの世界に合わせろとしつこく言ってきたので、基本的にIphoneはノーパソ代わりにしか使っていない。

 

「はい、もしもし」

 

 電話に出てきたのはノエルだ。俺はノエルにジュエルシードを二個見つけたこと、それが暴走体で戦闘になったこと、昨日の念話の相手を発見したこと、なのはがその相手の持つデバイスと契約したことなどを伝えた。

 

「かしこまりました、お嬢様に伝えておきます」

 

 ノエルの言葉を聞き、電話を切る。俺たちはその間にユーノをどうするか話し合う。

 

「私の家は無理よ、犬がいるし」

 

「私の家は喫茶店だから、ペットはちょっと」

 

「私の家も猫がたくさんいるから、危ないと思うよ」

 

 それぞれに理由があって、ユーノを誰が連れて帰るのか決まらない。

 

「すずか、とりあえずコイツには色々聞きたいことがあるから連れて帰ろう。まあ、猫から守ってあげればいいだけだから、何とかなるでしょ」

 

 俺はすずかを説得する。ユーノには聞きたいことがあるし、俺のことも説明しておかないといけない。それに忍が間違いなく説明などを要求するはずだ。

 

「うん、拓斗君がそう言うなら」

 

 すずかは俺の説得で納得してくれる。そうこうしている内にアリサの家の執事である鮫島さんが迎えに来てくれた。

 

「アリサお嬢様、お迎えに参りました」

 

「ありがとう鮫島、さあ皆も乗って」

 

 アリサに促され、鮫島さんが用意してくれたリムジンへと乗る。アリサの送り迎えのときに何度か乗ることはあったのだが、何度乗ってもその豪華さに慣れることがない。

 

「お嬢様、塾を休んでということは何かございましたか?」

 

「ええ、拓斗、鮫島にも説明してあげて」

 

「わかったよ」

 

 アリサが鮫島さんへの説明を俺に任せる。鮫島さんは既に魔法のことについて知っていた。アリサに俺のことをバラした後、あの誘拐事件の説明として、俺達がアリサの両親達に説明したときに知ったのだ。あの誘拐事件は当初は高町家と月村家で何とかしたということになっていたのだが、アリサの両親にはそこに俺が混ざっていたことも知られていた。そして、俺の怪我のことも……。

 最初に説明されたとき、俺のことを忍達が隠していたことから、何かあると思っていたようだが詮索しないでいたくれたらしい。その後、アリサの両親からお礼を言われたが、むしろ気を遣って聞かないでいてくれたことにこちらが感謝をした。

 

「鮫島、家の者達を使って拓斗達を手伝ってあげて」

 

「かしこまりましたアリサお嬢様。私どもでもそのジュエルシードとやらと探索しましょう。発見したら即座にそちらへ連絡します」

 

「ありがとうございます鮫島さん」

 

 アリサの言葉で鮫島さん達がジュエルシードの探索に協力してくれることになる。正直、人手が増えるのはありがたい。

 

「高町様、到着しました」

 

 ジュエルシードについて鮫島さんに伝えていると車は高町家の前へと到着する。

 

「ありがとうございました、鮫島さん」

 

「いえ、これが私どもの仕事ですから」

 

「なのは」

 

 車を降り、鮫島さんにお礼を言うなのはに声をかける。

 

「今日のことは必ず士郎さん達に伝えて」

 

「わかった、ちゃんとお父さんたちに話すよ。それじゃ、アリサちゃん、すずかちゃん、拓斗君、また明日」

 

 なのはは車が出てからも、見えなくなるまで手を振り続ける。それに俺達も返すと車は月村邸へと向かう。

 

「なのはちゃんが泣いたとこ初めて見たね」

 

「うん、あの子、自分の弱いとこ誰にも見せないから」

 

 なのはがいなくなったため、車内でなのはのことが話題になる。

 

「二人でも見たことないんだ?」

 

「うん、よっぽど嬉しかったんだろうね、なのはちゃん」

 

「なのは、ずっと悩んでたみたいだから、自分に何ができるのかって、自分は何もできないんじゃないかって」

 

 すずかとアリサの言葉に俺はなのはの過去を思い出す。士郎さんが怪我で入院して、家族が忙しくなって、一人寂しい思いをすることも多かったはずだ。

 

 ——しかし、子供の考えることじゃないだろうに

 

 士郎さんが入院した時、なのははまだ幼かったはずだ。何かをできるような年齢でもなかっただろう。何もできないのが当たり前の年齢で、何かをしたいと思ってて、それを今でも引きずっている。

 

「でも、なのはは拓斗から魔法を教わるようになって変わったわよ」

 

「うん、悩んだりしてるとこを最近は見なくなった」

 

 二人はなのはが魔法に関わるようになってから変わったと教えてくれる。それは俺も短い付き合いではあるが気づいていた。

 俺から魔法を教わるようになって、なのはは魔法にのめり込むようになった。そのときの表情はとても嬉しそうで、魔法を覚えていくたびに、新しい魔法ができていくたびに、本当に喜んでいた。その姿は俺には魔法にすがり付いているように見えた。まるで、自分にはそれしかないと、それ以外にできることはないんだと言わんばかりに……。

 

「でも今は魔法のことばかりだから、少し不安かな」

 

「そうね、良くも悪くも一つのことに囚われすぎちゃうから」

 

「その辺りは俺達がうまくフォローしてあげればいいさ」

 

 それが俺達、友人の役目だ。もし彼女が道を間違えそうになったら止めてあげればいい、悩みがあるなら聞いてあげればいい、困ったときには手を差し伸べればいい、ただそれだけのことだ。

 

「月村様、烏丸様、到着致しました」

 

「ありがとうございます鮫島さん」

 

「ありがとうございます」

 

 鮫島さんにお礼を言って、俺とすずかは車から降りる。

 

「アリサ、じゃあ、また明日」

 

「アリサちゃん、また明日」

 

「うん、じゃあね二人とも」

 

 アリサに挨拶をすると車は発進する。車が見えなくなるまで、俺達は車を見送り、そして車が見えなくなると屋敷へと戻った。

 

「お帰りなさいませ、すずかお嬢様、拓斗さん」

 

「ただいまノエル」

 

「ノエル、ただいま」

 

 屋敷へ戻るとノエルが出迎えてくれた。俺はすぐに荷物を部屋に置くと、忍のところへと急ぐ。

 

「忍入るよ」

 

 忍は自分の部屋ではなく、研究室の方にいた。自分の趣味を存分に発揮するために彼女が作った部屋だ。

 

「ん、あっ、拓斗〜」

 

 忍は俺が入ってきたことに気づき、作業を中断して、こちらへと向き直る。

 

「ノエルから聞いたわよ、ジュエルシードを二つ封印したって」

 

「ああ、これで四つ目だ」

 

 デバイスに格納した今日確保したジュエルシードを取り出し、宙に浮かばせる。なのはが封印した奴も受け取っていた。

 

「それでなのはちゃんに助けられたみたいだけど」

 

 忍はニヤニヤとこちらを見てくる。年下の女の子に助けられた気分でも聞きたいのだろう。

 

「ああ、今回はなのはがいないとやばかった」

 

 素直になのはに助けられたことを認める。アリサやすずかがいて、そちらを気にしながら戦ったとはいえ、二対一であそこまで追い込まれることになるとは思わなかった。

 

 ——もっと強くならないとな

 

 これから起こることを考え、もっと自分に力が欲しいと考える。しかし、俺は気づかなかった。もし、俺がジュエルシードで帰れることを信じているなら、先のことなんて考える必要もないことに、もう既に俺がこの世界での生活になじんでしまっていることに、俺は全く気づかない。

 

「それでその子が?」

 

 忍は俺の手の中にいたユーノを指差しながら聞いてくる。

 

「ああ、コイツは魔導師で今回の事件の主要人物だ」

 

「へぇ〜、ちょっと変わったフェレットにしか見えないけど、人間なのね〜」

 

 忍は俺の手の中にいるユーノを指でつつきながら、興味深そうにユーノを観察する。

 

「ん、うう」

 

「あっ、起きた」

 

「大丈夫か?」

 

 手の中でユーノが目を覚まし、呻き声を上げる。フェレットが人間らしい声を上げる姿になんだか不思議な気持ちになった。

 

「あ、ここ…は?」

 

「ここは私の家よ。彼があなたを助けたの」

 

 机の上にユーノを置くと、起き上がったので忍が声をかける。

 

「あなたが…ありがとうございます」

 

 ユーノは俺のほうを向いて頭を下げる。動物が芸をしているみたいで和んだ。

 

「それでどうして魔導師がこの世界に来てるんだ? まぁ予想はついてるけど……」

 

「あの、貴方がたは魔導師ですよね?」

 

「俺はそうだけど彼女は違うぞ」

 

 ユーノの質問に返答すると彼は驚いた表情を浮かべる。

 

「非魔導師の方ですか。僕はユーノ・スクライアといいます。お気づきかと思われますけど魔導師で人間です」

 

「俺は烏丸拓斗、一応魔導師だ。とはいってもなんでこの世界にいるのかわからないけどな」

 

「私は月村忍。この屋敷の主で彼の協力者よ」

 

 お互いに自己紹介を済ませる。するとユーノが疑問に思ったのか口を開いた。

 

「なら烏丸さんは次元漂流者なんですね」

 

「拓斗でいい。いつの間にかこの世界に来ていたっていうのがそうなら、そうなんだろうな」

 

 ユーノの質問に俺は答える。

 

「あの月村さんは現地の、この世界の人間ですよね」

 

「そうよ」

 

「ということは管理外世界の人間に魔法のことを話したんですか?」

 

 ユーノは俺のほうを向いて質問してくる。

 

「ああ、俺がここに来たときに彼女に助けられてな」

 

「それ違法ですよ」

 

「なら、お前も人のこと言えないだろう。この世界に来て、念話で現地住民に助けを求めたんだ。それも法に触れるんじゃないのか」

 

「うっ」

 

 俺の指摘にユーノは自分の行動が違法であることに気づいたのか、言葉に詰まる。

 

「俺にも事情があってな、彼女達に知識や魔法のことを教える代わりに衣食住の提供と協力をお願いしている」

 

「そう、ですか」

 

「それでお前の目的はこれだろう?」

 

 俺はユーノにジュエルシードを一つ見せる。

 

「それはっ!!」

 

「お前を見つけたときに襲ってきたんで封印した」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 ユーノは俺にお礼を言う。そして、ジュエルシードを受け取ろうとしてあることに気づいた。

 

「ない、デバイスがないっ!?」

 

 ユーノは自分が持っていたデバイスがないことに気づく。そのことに慌てふためいた。

 

「お前のデバイスなんだけどな、俺の連れが勝手に起動した」

 

「え?」

 

「これを封印するときにてこずってな、ちょうどもう一人魔力資質があった子がいたんだけど、その子が起動させたんだ」

 

「そうなんですか」

 

 ユーノはデバイスが手元にない理由を知り、納得したのか落ち着きを見せる。

 

「すまない。アレはインテリジェントデバイスだし、かなり高価なものだろ。契約したら、それなりの設備がないとマスター登録が解除できないし」

 

「いえ、今の僕が持っていても使うことができませんし、それにあの時助けに来てくれた人に使ってもらって、ジュエルシードの収集を手伝ってもらうつもりでしたから…」

 

「そうか」

 

 ユーノはここに来たにも関わらず、すぐに助けを求めることになったことを悔しがっている様子だ。自分ひとりで何とかしようと思っていたのだろう。

 他人を巻き込もうとしたりと色々言いたいことはあるが、今、彼に言うのは酷なことだろう。

 

「ジュエルシード探索は俺達も手伝うよ」

 

「ありがとうございますっ」

 

「これは俺が保管しておくよ。デバイスがないとそれもできないだろう」

 

「はい」

 

 俺の言葉に納得したのか、ユーノは俺にジュエルシードの保管を許してくれる。

 

「じゃあ、今日はお開きね。ユーノ君、部屋を用意してあげるから、そこでゆっくりと休んでちょうだい」

 

「何から何までありがとうございます」

 

 忍はユーノにそう言うとノエルを呼び、彼を部屋へと案内させた。そして、二人だけになると忍は話しかけてくる。

 

「うまくやったわね」

 

「なんのこと?」

 

「ジュエルシードのことよ。自分に保管させるように仕向けたんでしょ」

 

「やっぱりバレてた?」

 

 忍には何もかもお見通しのようだ。忍の言うとおり、俺は自分のもとにジュエルシードを集めるつもりだった。もちろん、当初の目的である元の世界への帰還というのが最大の理由なのだが、もう一つ理由がある。

 

「時空管理局との交渉用ってところかしら?」

 

「正解、これを集めるのに使った労力を少しは管理局に返してもらわないとね」

 

 交渉の材料としてジュエルシードを扱う。ジュエルシード自体もそうだが、集めるのに使った労力なども交渉材料となるだろう。それによって、俺の罪の軽減などに役立てるつもりだった。

 

「まぁ、私も同じことを考えてたけど」

 

 そう言って、忍は笑う。それにつられて俺も笑った。

 



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17話目 必要なこと 

 ユーノと出会った次の日のこと、月村邸には高町家の面々やアリサが集まっていた。

 

 皆、ユーノから話しを聞くために集まってきたのだ。

 

「なるほど、つまり君は事故によって落ちたこれの回収に来たのか」

 

「はい、そうなります」

 

 ユーノから話しを聞き終わると皆、複雑な表情を浮かべている。

 

「しかし、それは君でなくてはいけなかったのか? 君はまだ子供なのだし、しかも一人なんて……」

 

 士郎さんがユーノに対して思うところがあるのか質問する。これに関しては皆、同意見のようだ。

 

 ユーノの取った行動は正直、無謀な行動である。ジュエルシード程のロストロギアの回収に協力者もなく単独での行動。

 確かに危険物の回収ゆえに迅速な行動が求められるだろうが、こんな結果になっている以上、やはり無謀というほかない。

 

「その通りなんですが、ジュエルシードの発掘には僕も関わっていましたし、何よりこういったことに対応する時空管理局の行動を待っていたら、現地の被害が拡大すると思ったんです」

 

「それは確かに立派な思いだと思うが、一人で行動した挙げ句、現地住民を巻き込んだことを考えれば、もう少し考えて行動するべきだったとしか言えないな」

 

「うっ」

 

 俺の言葉にユーノは自覚があるのか落ち込む。

 

「すまない、その時空管理局というのは?」

 

 士郎さんがユーノに質問する。そういえば、管理局のことについてはまだ説明してなかった。この事件が始まって、まだ二日しか経っていないから、説明する時間がなかったと言えばその通りなんだが……。

 

「時空管理局というのはですね、次元世界の平和維持を目的とした組織で、この世界でいうところの警察と裁判所が一緒になったような組織ですね」

 

 ユーノが士郎さんに説明する。僅か一日ではあるが、ユーノはこの世界の基本的な知識を得ているらしい。

 

「それはなんというか、大丈夫なのか?」

 

 ユーノの話しを聞いて、士郎さんは管理局について不安になったようだ。日本で過ごしていれば確かに疑問の残る組織ではある。

 

「慢性的な人手不足ですから、この世界のような管理外世界に対する事件や事故の対応も遅れていますし、権力の集中という意味でも巨大な組織になりすぎていて……」

 

「拓斗君は管理局という組織については?」

 

「知識としては知ってます」

 

 ユーノだけではわからないことがあるので士郎さんは俺にも聞いてくる。

 

「大体はユーノの言った通りですね。慢性的な人手不足もあり、所属している人間の低年齢化、中学生ぐらいの年齢の子供が働いているみたいですね。

 それともう一つ、管理世界という管理局が統治する世界があるんですけど、管理世界になるにあたって管理局の地上本部の設置や質量兵器の破棄が義務付けられているようです」

 

 ちなみに質量兵器はこの世界にある武器全てと思ってくださいと補足しつつ、俺は管理世界の住民じゃないですけどね、と付け足しておく。

 

 ホント、言葉だけ並べると酷い組織にしか感じられない。

 

「そ、その組織は大丈夫なのか?」

 

 俺の説明に更に不安になったのか士郎さんはどもりながら、俺に聞いてくる。他の面々も苦々しいというか、管理局を不審に思っている様子だ。

 

「正直、組織としてはどうかとは思いますが、彼らによって次元世界の平和が守られているのは事実です。……無くなれば困る組織ではありますね」

 

 素直に事実だけを伝える。時空管理局に対して不審に思うのは仕方ない。俺だってこの話しを聞かされれば、管理局に対して良い印象は抱かないだろう。

 

 そして俺と忍はさらにノーパソを時空管理局の情報を多く握っている。その中には不正であったり、管理局の裏の部分だったりも多数ある。

 

 ——これがわかりやすいほど悪の組織であれば良かったんだけど

 

 管理局の下の人間は日々、頑張って業務をこなしているのは理解できる。

 問題なのは組織のことを決める上の人間や組織の在り方などである。

 

 もっと良い組織の運営や法の整備などできることは多そうだ。

 

 ——俺が言っても仕方ないことだけどな

 

 俺は管理局の人間というわけではない。俺がやっていることは端から見て不満を述べているだけだ。

 

 自分で何かを変えようとするわけではなければ、そのつもりもない。

 

「管理局がこの世界に来た時は俺とユーノ、そして忍さんへの連絡をお願いします」

 

 俺はこの場にいる全員にお願いする。

 

「君達はわかるが忍にもか?」

 

 恭也が忍にも報告をお願いしたことについて聞いてくる。

 

「ええ、皆さんにも連絡をさせていただきますけど、今回の収集に関しては責任者は忍さんです。管理局との対話は忍さんに任せたいと、なのはの保護者として士郎さん達にも参加をお願いすると思いますけど……」

 

 管理局と接触した時のことを考えて、この場にいる全員にどうするべきか伝えておく。

 

 交渉ごとに関しては俺も条件を述べさせてもらうが殆どは忍に丸投げになるだろう。

 

 管理局については接触してからもう一度考えるということになり、今度はなのはとレイジングハートのことへと話題が移った。

 

「あの、ユーノ君。勝手にレイジングハートを起動させちゃってごめんなさい」

 

 なのははユーノに深く頭を下げる。

 

「ううん、僕も巻き込んでしまったし、僕の方こそごめんなさい」

 

 二人はお互いに頭を下げ合う。ただ、片方がフェレットであるためか、微笑ましい気持ちにしかならない。

 

「それでレイジングハートなんだけど……」

 

「あっ、レイジングハートは君が使ってください。彼女も君をマスターと認証していますし、僕は彼女を扱えませんから」

 

「いいの?」

 

 ユーノの言葉になのはは彼に聞き返す。

 

「はい、それに巻き込んでしまったのは僕の責任ですし、助けてくれた人に使ってもらおうと思ってましたから」

 

「ありがとうユーノ君。私はなのは、高町なのは。なのはって呼んで」

 

 なのはは嬉しそうにユーノに自己紹介する。そこからはユーノとの自己紹介タイムとなった。

 アリサとすずかがなのはに続いて自己紹介を行い、その後に他の皆が続く。

 

 そして、デバイスを手に入れたなのはとの模擬戦へと移る。

 

「お姉ちゃんいくよ〜、アクセルシューター、シューーートッ」

 

「えっ、ちょ、なのはぁ」

 

 今、戦っているのはなのはと美由希だ。なのはが誘導弾を大量に展開し、それを美由希へと放つ。

 

 美由希は自分に飛んでくる誘導弾に焦りながら、それを飛針で撃ち落とし、細かく移動しながら回避する。

 

 この辺りは経験差であろう。実戦経験豊富な美由希とは違い、なのはは魔法を覚えたてのうえ、実戦もジュエルシードを一個封印しただけだ。

 

 美由希は誘導弾をすり抜けるように回避しながら、なのはに近づくとなのはを斬りつける。なのはは咄嗟にプロテクションで防御するのだが、おそらく徹だろう、衝撃をを徹されてダメージを与えられる。

 そのままなのははダウンしてしまい、試合はそこで終了する。

 

「なのは、大丈夫?」

 

「うん大丈夫だよ、お姉ちゃん」

 

 美由希に差し伸べられた手を握り、なのはは起き上がる。

 

「うぅ〜〜勝てると思ったのに」

 

「お姉ちゃんだからね、まだまだなのはには負けないよ」

 

 デバイスを手に入れたなのはは自信があったようだが、美由希に負けてショックを受けている。美由希もそんななのはを見て苦笑いしながらなのはの頭を撫でる。

 

「二人ともお疲れ様」

 

「なのは大丈夫か?」

 

 俺と恭也が声をかける。俺は二人に対してなのに恭也はなのはだけに声をかけた。

 

「恭ちゃん、私の心配は?」

 

「お前は怪我してないだろう」

 

「確かにそうだけど……」

 

 扱いの違いに不満そうな顔をする美由希。まぁ、なのはは彼女の妹なので仕方ない。

 

「美由希、それでなのははどうだった?」

 

「強かったよ。長期戦になったら厳しかったかも」

 

 美由希は士郎さんと先ほどの試合のことについて話し、反省をする。俺達、魔導師組も反省会をすることにしよう。

 

「なのは、惜しかったね」

 

「ううん。お姉ちゃんは強いもん、まだまだだよ」

 

 なのはは自分と美由希の実力差を理解しているようで、俺の言葉にそう返してくる。

 

「ユーノはどうだった? さっきの試合見て」

 

「魔導師じゃなくても、あんなに強い人っているんだ」

 

 先ほどの試合を見て、ユーノは驚きを隠せないようだ。

 なのはは同じ魔導師であれば、すぐにわかるぐらいの才能を持っている。そのなのはがレイジングハートという高性能デバイスを持っていながら負けたのだ、その光景は彼らにとって目を疑いたくなるほどのものだろう。

 

「そっちの感想は置いておくとして、なのは、今回の授業ではああいう相手の対処の仕方を教えておこうか」

 

 今日はなのはがデバイスを手に入れたということで今後に備え、なのはに戦闘について教えることにする。

 

「お姉ちゃんみたいな相手?」

 

「人というよりは美由希さんみたいに高速で移動して接近してくる相手の対処法だね」

 

 なのはが小首を傾げたのでちょっと詳しく説明する。

 

「えっ、でも、もっと基本の戦い方みたいなのは?」

 

「なのはは砲戦がメインだから、戦い方はシンプルに離れて魔法を放つ。これだけだよ。動かない相手なら楽勝だろうからね」

 

 砲戦魔導師は離れて撃つシンプルな戦法である。それゆえに奥深いものであるが、そんなのどれでも同じだ。

 動かない相手なら当てるのにも苦労せず勝つのも容易いが、今回のような相手だと当てるのにも苦労し、苦戦もしくは敗北してしまうだろう。

 

「今回みたいな高速で動く敵を相手にする時は———」

 

 なのはに対処法を指導しているとなのはは真剣な表情で俺の話しを聞く。やはり負けるのは悔しいのか、次は負けないとやる気に満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

「なんか私達、蚊帳の外よね〜」

 

「……そうだね」

 

 私達は拓斗君がなのはちゃんに色々教えているのを離れたところから見ている。

 

 昨日、ジュエルシードのことを知ってから私達は疎外感を感じていた。

 魔法のことに関われないのは仕方ないことだけど、昨日ジュエルシードの暴走体に襲われたとき、私達は何もすることができなかった。

 

 拓斗君が必死で私達を守ってくれているのに見ていることしかできなくて、拓斗君がピンチになったときも助けたくても何もできなかった。

 

 唯一、なのはちゃんだけが拓斗君を助けることができて、拓斗君からお礼を言ってもらっていた。

 

 なのはちゃんは魔法を使うことができる。それはこの事件に関わることができて、拓斗君を手伝うことができるということだ。

 

 拓斗君の助けになれて、拓斗君のそばにいられるなのはちゃんが羨ましい。

 

 ——そういえば拓斗君、事件が起こってすぐ、私に教えてくれなかったな〜

 

 私がジュエルシードのことを知ったのは昨日、なのはちゃんやアリサちゃんと同時だった。本当はその前の日にはわかっていたのに、そうでなくても朝教えてくれたら良かったのに……

 

 ——私、拓斗君に特別に思われてないんだ……

 

 お姉ちゃん達は知っていたのに私だけ後になって教えられたことが苦しくて、寂しくて、辛い。

 

 そんな感情を隠しながら、私はアリサちゃんと拓斗君達を見ていた。



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18話目 みんなは待ち望んだかもしれないけど、俺は別だ

 ユーノとの出会いから数日が経過し、俺達はあれからさらに三個のジュエルシードを集めていた。

 

「ジュエルシードは順調に集まってるみたいね」

 

「ああ、人手があるとホント楽だよ」

 

 忍の言葉に俺が返す。この数日で集まった三個のうち、二個はバニングス家の使用人が見つけたものだ。片方は暴走する前に封印できたので集めるのが非常に楽であったのは間違いない。

 

「それでね拓斗。ここに呼んだ理由なんだけど……」

 

「俺達以外のジュエルシード探索者……だろ?」

 

 忍の言葉を発する前に俺は忍が言おうとしていることを言葉にする。

 

 こうなることは原作知識がある以上、簡単に予測がつく。

 

「ええ、さっきバニングス家の使用人が接触したそうよ。ジュエルシードを発見してすぐに接触、その場にあったジュエルシードを封印した後、すぐにその場を立ち去ったみたい」

 

 忍が起こったことを報告してくれる。

 

「バニングス家の使用人達に怪我はないみたいだけど、とうとうやって来たわね」

 

 忍には原作のことを大まかにではあるが説明してある。だから、今回の第三者の介入も当然であるが彼女は予測していた。

 

「その子は大体すずか達と同じくらいの年齢で金髪、レオタードにスカートという格好で手にはなのはちゃんのデバイスに似たような機械的な杖を持っていたそうよ」

 

「まぁ、予想通りではあるな」

 

 介入者の容姿に俺はその人物の姿と情報を思い出す。

 

「フェイト・テスタロッサちゃん……だっけ、その子の名前?」

 

「ああ」

 

 忍が名前をもう一度確認してくる。

 

 フェイト・テスタロッサ。アニメ本編において、なのはの敵対者として現れた少女だ。必死で母親のためにジュエルシードを集めていたが、母親から虐待を受け、そして拒絶された女の子。彼女の境遇に同情した人は多かっただろう。

 

「拓斗はどうするつもり?」

 

「彼女の境遇は可哀想だとは思うけど、ジュエルシードを優先するよ」

 

 忍の質問に俺は答える。

 

ノーパソを使えばできることはたくさんある。例えば、アルハザードのデータなんかはそうだ。

 プレシアにデータを送ることは可能だ。しかし、彼女がアリシアの蘇生まで漕ぎ着けるかといえば、首を傾げざるおえない。

 現代の技術では不可能な上、成功確率もアリシアが死んでからかなりの時間が経過しているので低い。プレシアの病のことを考えると技術開発をするより、直接アルハザードへと行くことを考えるだろう。

 

 和解をさせることも考えたが、正直、他人のために説得などやる気はない。俺は自分の目的のためにジュエルシードを集めているのだ。だからこそそんな余裕など存在しなかった。

 

「最低な奴だって思うか?」

 

 忍に聞いてみる。どうにかできるかもしれないのに何もしようとしない俺を彼女はどう思うだろう。

 

「どうなんだろ。私にはわかんないわよ」

 

 忍は困った感じで返してくれる。彼女の肯定も否定もしないその返答が寧ろ今の俺にはありがたかった。

 

「まぁ、今はジュエルシードの回収に集中しようか」

 

「ええ」

 

 俺達はそう言って、ジュエルシードの探索へと戻る。先ほどまでの思いを振り切るように、作業へと向き直った。

 

 

 

 

 

 私は今、ユーノ君と一緒にジュエルシードの魔力を感じた方向へと急いでいた。

 いつもなら家族の誰かがついて来るんだけど、今日は誰もいない。どうしてかと言うと、みんなはお仕事中だからだ。

 お父さん達からジュエルシードの探索をするときは家族の誰かを連れていくようにと言われていたけど、私はその言いつけを破っている。お仕事の邪魔はしたくないし、私一人でも大丈夫だと証明したいからだ。

 拓斗君には私は頑張りすぎだから休めるときに休めと言われたけど、ジュエルシードは暴走すると危険だし、休んでいる暇なんかない。

 

『なのは、こっちだ!』

 

 ユーノ君が示す方向へと急ぐ、ジュエルシードの魔力はどんどんと近づいていた。

 

「見つけたっ、レイジングハート」

 

「stand by ready. set up.」

 

 ジュエルシードの暴走体を見つけるとすぐにセットアップをして、バリアジャケットを身に纏い、レイジングハートを握る。ユーノ君は私がセットアップしている間に結界を張っていた。

 

「いくよレイジングハート」

 

「all right.」

 

 私は気合いを入れ、レイジングハートを暴走体へと向けて魔法を放とうとする。その瞬間、金色の魔力光が暴走体を襲った。

 

「えっ?」

 

 いきなりのことに私は戸惑う。そして、慌ててその魔法が放たれた場所を見るとそこには私と同い年くらいの女の子がいた。その子の手にはデバイスが握られていることから、彼女が先ほどの魔法を放ったみたいだ。

 

「ジュエルシード封印」

 

 彼女はそう言うとこちらを見向きもしないでジュエルシードを封印する。

 

「あの魔法、ミッド式、管理世界の魔導師?」

 

 ユーノ君が女の子を見て、何かを呟いているが、私は彼女に声をかけてみることにする。

 

「あのっ、ジュエルシードを封印してくれてありがとう。あなたのこと聞かせて?」

 

 しかし、女の子は私の声を無視してジュエルシードに近づくとジュエルシードをデバイスに格納し、そのままどこかへ飛び去ろうとする。

 

「待ってっ!! あなたはどうしてジュエルシードを集めるの?」

 

 私は飛び去ろうとする女の子を止めるように進路を妨害して、質問する。

 

「ジュエルシードは危険なものなんだ。どうして集めるのか理由を聞かせてほしい」

 

「私にはジュエルシードが必要だから……」

 

 ユーノ君が女の子に声をかけると女の子はポツリと言葉を漏らす。

 

「あなた達もジュエルシードを持ってるなら渡して」

 

 そう言って、女の子は私達にデバイスを向けた。

 

「ねぇ、どうしてジュエルシードを集めているのか教えて? 私達も協力できるかもしれないし」

 

 私は彼女に質問するが彼女の返答は魔法であった。

 私は慌ててそれを回避すると彼女にレイジングハートを向ける。

 

「いきなり攻撃なんてっ」

 

 私は声をあげるけど、彼女は止まらず、魔力刃をだしてデバイスをまるで死神の持つ大鎌のようにして斬りかかってきた。

 

「プロテクション」

 

 急いで目の前に防御壁を張って攻撃を防ぐ。

 

「話しを聞いてっ」

 

 声をかけるけど、彼女は攻撃の手を緩めてくれない。

 

 ——仕方ないの。

 

 彼女から話しを聞くために戦うことにする。

 フラッシュムーブを使って、距離をとると彼女に狙いを定めて、誘導弾を多数展開する。

 

「アクセルシューター、シューーートッ」

 

 誘導弾があの子に向かって放たれる。しかし、彼女は高速で移動すると誘導弾を全て回避してしまう。

 

 ——速いっ、全部避けられた

 

 回避しながら近づいてくる彼女に私は拓斗君から習ったことを思い出す。

 

 ——高速で移動する敵の相手をする時は、まずその機動力を奪うんだ。

 

 拓斗君の言葉が頭に響く。そして対抗策が頭の中に幾つか浮かび上がった。

 

 しかし、その時だった。

 

「フェイトーーーッ!!」

 

 私の後ろからオレンジ色の髪をしたお姉さんが叫びながら近づき、私を殴りつけてくる。

 

「Protection.」

 

「邪魔するなっ、バリアブレイクッ!!」

 

「きゃあああ!!」

 

 レイジングハートが咄嗟にプロテクションで防御してくれるが貫かれ、攻撃をもらった私はそのまま地面へと落下するが、ユーノ君が魔法を使い衝撃を和らげてくれる。

 

「フォトンランサー、……ごめんね」

 

 女の子は私に謝りながら魔法を放ってきて、それを受けきれなかった私はそのまま意識を失った。

 

 

 

 

 

 俺は今、ジュエルシードの魔力を感じ、そちらの方へと急いでいた。

 しかし、途中から違う魔力を感じるようになった。

 

 ——なのはの魔力じゃない? ということはフェイトか?

 

 ユーノの結界が張られるが、内部の魔力ぐらいは把握できる。その魔力は明らかに俺が知る人物以外のものであった。

 そしてその近くになのはの魔力も感じる。

 俺はスピードを上げるが、距離が離れているため、時間がかかりそうだ。

 

 すると二つの魔力が大きくなるのを感じる。

 

 ——戦闘? マジかよっ。

 

 大きくなった魔力は戦闘を意味するものだ。恐らく、なのはとフェイトが戦っているのだろう。

 

「なのは、勝てるかな〜」

 

 俺が到着する頃には決着がついているだろうと思い、勝敗を予想する。

 なのはには一応、フェイト対策を教えているが付け焼き刃の上、試合ではなく実戦である。実戦という場は当然練習の時とは違うし、何が起こるかわからない。

 

 ——そう簡単には負けることはないと思いたいんだけど……

 

 俺の予想では三対七でフェイトに分があるだろう。しかし、この数字はデバイスを持って僅か数日にしてはかなり高いものだ。

 

 結界へと近づくと二つの魔力が鎮まる。どうやら戦闘が終わったようだ。

 

 すぐに近くから二つの魔力が遠ざかる。覚えのない魔力であることから、フェイト達であることを予測づけた。

 

 急いでなのはの魔力のするところへと向かう。なのはは地面に倒れ、気を失っていた。近くにはユーノもいる。

 

「なのはっ、ユーノっ」

 

 俺は二人に近寄ると声をかけながらなのはの上半身を抱えあげた。

 

「ユーノ、何があった?」

 

「僕達以外にもジュエルシードを探している魔導師がいて、なのはは戦ったんだけど……」

 

 ユーノが起こったことを説明してくれる。

 

「その魔導師ってどんな奴だ?」

 

「なのはと同い年くらいの金色の髪の女の子だよ。あともう一人、オレンジ色の髪の動物の耳と尻尾を生やした女の人…」

 

 俺はユーノからなのはと戦った魔導師の情報を得る。どうやらフェイトとアルフの二人であることは間違いないようだ。

 そして、イレギュラーがないことにホッとすると同時に少し残念に思う。

 既に原作から離れているとはいえ、自分の予期しない出来事が起こるのは少し怖い。

 

 ——俺以外の転生者は未だ確認できず……か

 

 自分以外の転生者はまだ確認できない。フェイトと共にもしかしたらと思ったが、そんなことはないみたいだ。まぁ、フェイト陣営にいないと決まったわけではないがこの分だと可能性は低いだろう。

 

「ん、うっ、あれ? 私…」

 

「なのは、大丈夫?」

 

 腕の中で目を覚ましたなのはに声をかける。

 

「拓斗君? うん、大丈夫だよ」

 

 なのはは俺の腕の中から起き上がり、地面に立ち上がるとバリアジャケットを解除する。

 

「ユーノから話しは聞いたよ、魔導師と戦ったんだって?」

 

「うん、私と同い年くらいの女の子、フェイトって呼ばれてた。あの子の名前だと思う」

 

「そう」

 

「ここにあったジュエルシードもその子が封印して持って行っちゃった。どうして集めるのか聞いてみても教えてくれなくて」

 

「まぁ持っていかれたのは仕方ないよ。でも俺達が回収を続けている以上、その子とはどこかでまた逢うことになるだろうね」

 

 ジュエルシードを持っていかれたことにか、負けたことにか、それとも話し合えなかったことにかはわからないが落ち込んでいるなのはを励ましながら、もう一度、フェイトに逢える可能性があることを示唆する。

 

「そうだよね。次に逢ったときはあの子、理由を教えてくれるかな?」

 

「なのは次第じゃないか?」

 

「拓斗君は理由を知りたいって思わないの?」

 

「俺は先にジュエルシードを確保する方を選ぶから、話しを聞くのはその後かな」

 

「それもそうだね」

 

 俺の言葉になのはは納得した表情を見せる。

 

「それじゃあ、これからも頑張ろうか」

 

「うんっ」

 

 俺達は気合いを入れ、ジュエルシードを探索を再開した。

 

 

 

 

 

「これで二個目、順調だねフェイト」

 

「うん、そうだねアルフ」

 

 私はアルフに返事をするとジュエルシードを眺める。

 

「そういえばフェイトの邪魔をしたアイツ、アイツもジュエルシードを集めているみたいだね」

 

「うん」

 

 アルフの言葉に今日、ジュエルシードを集めるときに出会った白い服の魔導師を思い出す。

 

 出会ってから何度も私のことを聞こうとしたあの子、最後、少しだけ戦闘になっちゃったけど、あの誘導弾は油断できないものだった。

 

 

 

 ——でも、負けていられない。

 

 ジュエルシードを集めるのはお母さんのためだ。あの子が強くても、弱くても負けるわけにはいかない。

 

「それにこの世界の人達も探しているみたいだし」

 

 一個目のジュエルシードを見つけたときに近くにジュエルシードを探している人達がいた。もしかしたらあの白い子の仲間かもしれない。

 

「アルフ、頑張ろうね」

 

 私はアルフに声をかけると明日もジュエルシードを集めるために目を閉じて、ゆっくりと休んだ。

 

 

 

 

 

「そういえばユーノって結界張った以外に何してたんだ?」

 

「うっ、ごめん、何もできなかった」

 

 俺の言葉にユーノは落ち込んだように返す。まぁまだ回復しきっていないみたいだし、仕方ないだろう。

 

「なのはも士郎さん達は?」

 

「あっ、あのね。お仕事中だったし、ジュエルシードの魔力を感じて急がなきゃって思ったの」

 

 俺の言葉になのはは焦った表情を見せる。どうやら士郎さん達には何も言わずに出てきたようだ。

 

「ふーん、まあ、間に合わなった俺が何言っても仕方ないか」

 

「ほっ」

 

 俺の言葉になのははあからさまにホッと安心した表情を見せる。

 

「まあ、心配かけたみたいだから少し叱られるかもね」

 

 そう言って俺が視線を向けた先には恭也さんがいた。

 

「お、お兄ちゃん」

 

「なのはっ、急にいなくなって心配したんだぞ」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 なのはは恭也さんに謝る。その姿は何かに怯えるようにビクビクしていた。

 

「もし今日みたいに俺達がいない時はせめて連絡だけでもしてくれ、じゃないと心配だからな」

 

 そう言って恭也さんはなのはの頭を撫でる。その姿は本当に家族のことを心配してたんだということを感じて、少し寂しくなった。

 ああいったところを見ると家族のことが懐かしくなる。

 

 なのはは嬉しそうに頭を撫でられる。それは先ほどまでのビクビクした表情とは違っていた。

 

 ——フェイトのこともあるし、頑張りすぎないといいけどな

 

 なのはの嬉しそうな表情を見つつ、フォローはちゃんとしようと思った。



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19話目 温泉旅行と金色魔法少女との出会い

 なのはがフェイトと邂逅してから数日が経過したが、俺はまだフェイトと遭遇してはいなかった。この数日間で発見されたジュエルシードは二つ、一つは俺達が発見しすぐさま封印し、もう一つはバニングス家の使用人が発見してくれたのだが、こちらはフェイトに回収されてしまった。

 

 ——管理局が来るまでに一度くらいは見ておきたいって気はするんだけど…

 

 アニメを見ていた人間として現実でのフェイトの容姿などが気になるところではあるが、理由はそれだけではなく、彼女の持っているジュエルシードを奪っておきたいのだ。

 ジュエルシードを回収し始めてから何度も元の世界に帰るためのシミュレーションを繰り返してきたが、全くといっていいほど手がかりがつかめない。どうすれば元の世界への道が開かれるのか、どうすれば元の生活へと戻れるのか、それが全くわかっていなかった。

 

 ——本当どうするべきかな?

 

 ジュエルシードを集めてぶっつけ本番の一回勝負で賭けてみるのか、それとも今回は見送って他の手がかりを探すべきなのか俺は迷っていた。もともと成功確率の少ないプランだ。試してみて自分が死ぬような事態は避けたいのが本音だった。

 

「拓斗君?」

 

「えっ、あ、すずか?」

 

「せっかくの温泉旅行なのに拓斗君、ずっと考え事してる」

 

 すずかは少しつまらなそうな顔でそう言ってきた。

 今、俺達は休日を利用して温泉旅行へと来ていた。というのもここ最近はずっとジュエルシードの探索ばかりしていたので、少しぐらい息抜きしようという忍の提案であった。俺も、少し息抜きがしたかったのと温泉旅行先にジュエルシードがあることを知っていたので賛成し、今回の旅行へと参加している。高町家の面々ももともとこの時期に家族旅行に行くつもりだったようで賛成し、月村家、高町家そしてアリサ、ユーノ、俺がこの温泉旅行に参加していた。

 

「ゴメンね、すずか」

 

「拓斗、最近ずっと働きづめでしょ、大丈夫なの?」

 

 俺のことを心配してか、アリサが声をかけてきてくれる。今、俺は士郎さんの運転する車に乗り込んでいた。後部座席に子供四人とユーノが座っており、左から俺、すずか、なのは、アリサの並びになっている。

 

「大丈夫だよ、鮫島さん達のお陰で負担は大分少ないし、そんなに疲れてるわけじゃないから」

 

 実際、それほど疲れているわけではない。いつジュエルシードが発動するかわからないとはいえ、ずっと警戒しているわけでないし、休むときはしっかりと休んでいる。

 

「なのはちゃんもだけど、あまり無理はしないでね。もちろんユーノ君も」

 

 すずかが心配そうな顔で俺達に向かってそう言ってくれる。

 

「なのははともかく、俺は大丈夫だよ。ペース配分くらいは考えているさ」

 

「それだと私が何も考えてないみたいなの」

 

 俺の言葉になのはは少し不満げな表情を見せる。どうやら自覚がないようだ。

 

「違うところがあるのか? いつも目の前のことに全力だろ?」

 

「そうよね、なのはってば頑張りすぎなところがあるし」

 

「二人とも酷いよ、そこがなのはちゃんのいいところなんだから」

 

「すずかちゃん、結局否定はしてくれなかったの……」

 

 俺達の言葉になのはは少し落ち込んだ表情を見せる。

 

「でも拓斗君がいてくれて助かってるよ。魔法関係は僕達じゃわからないことがあるからね。なのはだけだと一人だけでずっと頑張っていそうだし」

 

 運転していた士郎さんが俺にそう言ってくれる。今までの会話を聞いていて、少し言いたくなったんだろう。

 

「お父さんまでっ!?」

 

 なのはは士郎さんにも同意されて、さらにショックを受けている。

 

「無理はさせないようにしますよ。なのはもそれだけ心配されてるってことだから気にするなよ」

 

「うん、わかったの」

 

 その後も皆で談笑しながら目的地である温泉旅館へと到着した。

 車から降りると旅館でチェックインを済ませる。その後、荷物を部屋まで運んで、自由行動になった。

 

「私達は先に温泉に入るわ」

 

 チェックインが終わると忍はそう言って美由希達をつれて温泉へと向かう。

 

「俺達は少し散歩してくることにするよ」

 

 士郎さんと桃子さんは散歩に行くようだ。

 

「俺達はどうする?」

 

「私達は先に温泉に入るわよ」

 

「じゃあ、そうしよっか」

 

 俺が三人に聞くと三人は先に温泉に入るつもりらしいので、俺も先に温泉へと入ることにした。

 着替えなどを持って温泉へと四人で向かう。そして、脱衣所の前まで来るとユーノは俺の肩へと飛び移った。

 

「あっ、ユーノ君っ」

 

「ユーノは男の子だからこっちだってさ」

 

 俺の言葉に同意したようにユーノが頷く。実際、淫獣などといわれているが温泉や銭湯など子供ならどっちでも入っていいのでそこまで気にすることはない気がする。それにユーノは今はフェレットの姿だしね。まぁ俺の場合、精神が大人なので女湯に入る気などさらさら起きないが……。子供の身体を利用して女湯に入ろうとする奴がいてもおかしくはなさそうだ。

 

「じゃあ、また後で」

 

 俺はユーノを連れて男湯へと入る。脱衣所で服を脱いで、湯へと向かうとそこには恭也さんがいて、俺が入ってきたことを見て、声をかけてきてくれた。

 

「拓斗君も先に温泉か?」

 

「はい、せっかくの温泉旅行なんで」

 

 自分の体を洗い流しお湯へとつかる。湯の温度が心地よく、疲労が少しずつ溶けていくようだ。

 

「んん〜〜、気持ちいいですね」

 

「そうだな、やはり温泉はいい」

 

 湯の中で体を伸ばしたり、ほぐしたりする。ふと恭也の方を見ると、彼の引き締まった身体が目に映る。

 

「鍛えてるんですね」

 

「ああ、ずっと剣ばかり振るってきたからな。一時期、やめていたときもあったがそれでもまた剣を振るっている」

 

 恭也の表情は少し寂しげだ。今、彼は何を考えているのだろうか。自分の知っている情報から色々頭の中で推測がされていくが、それはあくまで推測で彼自身の心中を察することはできない。

 

「でもずっと続けていて恋人のことを守れるんですから、それは良いことだと思いますよ」

 

「そうだな。剣ばかりの人生だったが、そのお陰で大事な人を守ることができる。拓斗君はそんな人はいるのかな?」

 

「皆…ですね。皆が大事で大切な存在です」

 

 恭也の言葉に俺はそう答える。しかし、頭の中では色々なことを考えていた。確かに皆、大切な存在だ。友人であり、お世話になっている人たちであり、親しい仲である。ただ特別な人というわけではない。そもそも俺はこの世界の人間ではなく、今も元の世界へと帰ろうとしている。そんな人間が大事な人を作ってしまえば、帰るのに迷いが生じてしまう。

 

「そうだな、皆大切な存在だ」

 

 恭也は少し笑みを浮かべる。それは俺の子供ながらの回答になのかはわからないが、その表情は少し楽しげだ。

 

『拓斗』

 

『どうしたんだ、ユーノ?』

 

 ユーノが念話を入れてくる。ここで話したりしないのは俺達以外の客もいるからだろう。

 

『こんなときに言うのもどうかと思うんだけど、もし向こうでジュエルシードが発動したらどうするの?』

 

『ああ、向こうで発動したら、すぐに転移魔法を使って俺が向かう予定だよ』

 

 もしもの時のことは考えてある。まぁ今回に限ってはそんなことはないと思ってはいるが、俺というイレギュラーの存在がどういう影響を与えているかはわからないので少し不安ではある。

 

 ——でもよく考えていれば、俺がいるのにこの温泉旅行とかも原作と同じように行われているんだよな〜

 

 俺の存在でかなり原作からは離れていると思ったのだが、大きなイベント関係は変わらず起こっている。まぁ一人程度ではそれほど変わるものでもないんだろう。

 

 ——まぁ、温泉来てまで考えることでもないか

 

 せっかくの温泉旅行で色々考えるのもどうかと思いながら、温泉をゆっくりと楽しむ。

 

「そろそろ、俺は出るが拓斗君はどうする?」

 

「俺もそうします」

 

 恭也と一緒に湯船から上がり、浴衣へと着替える。ユーノは温泉から出るときに犬のように身体を震わせ、水を飛ばしていた。途中、着替え終わった俺がユーノ君をタオルで拭いてあげ、ブラシで毛並みを整える。こうしていると本当にユーノがペットにしか感じられないので、彼が人間の姿に戻ったときどういう付き合い方をすればいいんだろうと思ってしまう。

 

 男湯から出ると恭也は忍さんと共にどこかへといってしまった。俺は一度部屋へ戻ろうと廊下を歩いているとすずか達の姿が見える。どうやら男の俺より彼女達の方が早く上がっていたらしい。彼女達の前にはオレンジ色の髪の浴衣姿の女性がいて、彼女はなのはに向かって何かを話している。

 

 ——あれはアルフ?

 

 この場面で思い当たるキャラのことを思い出して、彼女の正体にアタリをつける。

 

「なにしてるんだ?」

 

「あっ拓斗君、このお姉さんが」

 

 俺が声をかけるとすずかが少し困ったように返してくる。やはり、なのはがアルフに絡まれていたようだ。

 

「彼女達に何か用ですか?」

 

「ん? あっ、私の勘違いみたいだわ、ゴメンね、知ってる子によく似てたからさ」

 

「そうですか」

 

「ゴメンね〜、それにしても可愛いフェレットだね。撫で撫で」

 

 アルフはなのは達に頭を下げた後、俺の肩にいるユーノを撫でる。そして、俺達から離れていこうとしたその時だった。

 

『今のところは挨拶だけね。忠告しとくよ。子供はいい子にしてお家で遊んでな。お痛が過ぎるとガブッといくよ』

 

 念話が頭の中に響く。向こうは俺が魔道師かどうか気づいているかはわからないが、気づいているという前提で考えていったほうが良さそうだ。

 

「拓斗君……」

 

「なのは大丈夫?」

 

 なのはが不安そうな顔で俺の浴衣の袖をつかむ。

 

「なんなのよ、あの女」

 

「まぁ過ぎたことなんだから忘れて、向こうで遊ぼう」

 

 アルフに怒るアリサを宥めて、俺達は卓球場で遊ぶことにした。

 

 

 夕方になり食事が終わると、俺は忍達に魔導師にこの温泉で遭遇したことを伝える。

 

「それでどうして言わなかったの?」

 

「いや、ほら、せっかくの温泉だし、別にいいかなと思って」

 

「しかし、その魔導師は大丈夫なのか?」

 

 士郎さんが聞いてくる。まぁ同じ旅館に敵対している魔導師がいるかもしれないので心配して当然だろう。

 

「お互いにジュエルシードを集めている以上は回収時に戦闘することにはなるでしょうね。ただ、向こうも無駄な戦闘は避けたいでしょうから、回収時以外でいきなり戦闘の可能性は少ないでしょうね」

 

「そう、でもその魔導師がいるってことはこの辺りにもジュエルシードがあるのか?」

 

「可能性はかなり高いですね」

 

 とりあえずジュエルシードがあるかもしれないということだけ伝えておく。

 

「ならこれからジュエルシードを探すことにしよう」

 

「すみません、せっかくの温泉旅行なのに……」

 

「いいさ、困ったときは助けるものだろう」

 

 士郎さんはそう言って笑顔を向けてくれる。なんというかこの人はカッコよすぎる。

 

「それでその魔導師と遭遇したときはどうすればいいんだ?」

 

「話を聞きたんでできれば拘束しておきたいです、ッ!!」

 

 フェイトと遭遇したときのことは皆に伝えていると、ジュエルシードの反応を感じた。

 

「ジュエルシードッ、なのは!!」

 

「うんっ」

 

「俺達は先に向かいます」

 

「おっ、おいっ!?」

 

 ジュエルシードの反応を感じて、すぐさまバリアジャケットを展開すると士郎さん達を置いてその場所へと向かう。

 

「あそこだ」

 

 ジュエルシードの反応があった場所へと向かうと、そこには金色の髪の少女と先ほど会ったオレンジ色の髪の女性がいる。

 

 ——あれがフェイト・テスタロッサ……

 

 手元に斧のようにも見えるデバイスを持った金色の髪の少女、こうして俺は彼女と出会うことになった。



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20話目 旅行なのに疲れてる?

 今、俺達の目の前にはフェイト・テスタロッサがいる。彼女も俺達の存在に気がつくと、こちらに向き直りデバイスを構え警戒をしている。彼女の手元にはジュエルシードがあり、既に彼女がジュエルシードを封印しているのが見てわかった。

 

「あの時の、白い魔導師」

 

「また、会ったね」

 

「…うん」

 

 なのはとフェイトは俺を置いて二人だけで会話をしている。少し、複雑な気分になりながらもこの場をどうするべきか考えることにした。

 

「私はなのは、高町なのは。君の名前、教えてくれないかな?」

 

「…フェイト、フェイト・テスタロッサ」

 

 なのはとフェイトがお互いに自己紹介をしあう。そのやり取りを俺とユーノは邪魔にならないように見ていることしかできない。

 しかし、こうして見てみるとフェイトのバリアジャケットは色々際どい。レオタードにミニのスカート、下着という訳ではないのだが、なんていうか空を飛んでいるときに中がちらちらと見えてしまうと、ちょっと意識してしまいそうな気がする。ああいった、バリアジャケットは彼女の趣味なのだろうか? stsのときのバリアジャケットを思い出しても色々危険な気がするので、少し彼女の将来が心配になる。

 

「フェイトちゃん…、ねえ、どうしてフェイトちゃんはジュエルシードを集めてるの?」

 

 なのははフェイトに彼女がジュエルシードを集めている理由を問いかける。その表情は真剣だ。

 

「私がジュエルシードを集めているのはユーノ君の探し物だから。私はそのお手伝いをしてるの。でも、それだけじゃない、自分達の暮らす街を、自分の周りにいる人達に危険が降りかかるのは嫌なの、だから、私はジュエルシードを集めてるの」

 

 なのはは自分の気持ちを素直にフェイトにぶつける。なのはの気持ちは子供ながらに真摯的なもので純粋で真っ直ぐにそう思っていることがわかる。

 

 ——俺みたいに打算や自分のことしか考えてない人間とは大違いだよな。

 

 さすが主人公などと思いつつ、少し自虐的なことを思ってしまう。これも自分が大人になったからなのだろうか? 子供の時のように真っ直ぐなだけじゃ、純粋なだけじゃいられない。

 

「ジュエルシード」

 

「え?」

 

「ジュエルシードを賭けて、もし君が勝ったらこのジュエルシードと私が集めてる理由、ちゃんと話す。でも私が勝ったら、君の持っているジュエルシードを私に頂戴」

 

「え、あの、拓斗君?」

 

 フェイトの言葉になのはは戸惑ったように俺の顔を窺う。なのはは今、ジュエルシードを持っておらず、持っているのは俺だけだ。当然、こんな賭けを持ち出されたとしても、すぐにYesと答えるわけにはいかない。

 

「ちょっと、いいかな?」

 

「貴方は?」

 

「俺は烏丸拓斗、一応魔導師でこの子の先生みたいなもんだ」

 

 ここに来て初めて、フェイトと言葉を交わす。今までずっと蚊帳の外だったので、本当に退屈であった。

 離している間にも周囲の気配を窺う。目の前にいるフェイトとアルフの他に既に士郎さん達もこの近くに集まっているが、気配を消して、こちらの様子を窺っていた。どうやらこの場の判断は俺達に任せるつもりのようだ。

 

「こっちのジュエルシードは全部俺が管理している。だからこの勝負、俺が君の相手をさせてもらう」

 

「拓斗君……」

 

 なのははこっちを見つめてくる。自分が変わりたいのか、その表情は少し不満げだった。

 

「と思ったんだけど、なのははあの子と戦いたい?」

 

 俺はここでなのはに問いかける。正直、この場において圧倒的に有利なのは俺達だ。士郎さん達もいるし、強引に捕縛しようと思えば、簡単にできるだろう。

 

「うん」

 

「どうして?」

 

「フェイトちゃんのことが気になるから。フェイトちゃんのこと、もっと知りたいから」

 

 なのはは自分の思いを俺に伝えてくる。

 

「わかった、ジュエルシードを一つだけ賭けてあげる」

 

「タクトッ!!」

 

 俺の言葉にユーノが大きな声を上げる。まぁ、ジュエルシードを集めている身としてはこういうことは、良くない事なんだろう。俺としてもなのはが負けてジュエルシードが減るような事態は避けたいというのが本音だ。

 

「ユーノ、ゴメン。今回だけは俺の我侭を許してくれ」

 

「わかったよ。どの道、僕の力だけじゃ、ジュエルシードを集めることができないんだ。だから、君達に任せるよ」

 

「ありがとう」

 

 ユーノを説得すると、俺はなのはに目線で合図を送る。なのははそれに気づいて、一歩前に踏み出すとデバイスを構え、フェイトと対峙した。

 

 

 

 

 

 私は今、ジュエルシードを賭けて、フェイトちゃんと対峙している。拓斗君がフェイトちゃんとの戦いを譲ってくれた。本当なら、私より強い拓斗君の方が良いに決まっている。それでも拓斗君は私にフェイトちゃんとの戦いを託してくれた。

 

「ゴメンね、待たせちゃって」

 

「ううん。勝負方法は一対一、本人かデバイスが負けを認めたら、そこでお仕舞い」

 

「うん、わかった。拓斗君、ユーノ君、ジュエルシードをお願い」

 

「アルフ、見張りをお願い。絶対に手は出さないで」

 

 私たちの言葉に拓斗君達は少し離れた場所でジュエルシードを見張る。私達はそれを確認するとお互いにデバイスを構えた。

 

「いくよっ、フェイトちゃん!!」

 

 私の言葉と共に私たちの戦いが始まった。私はまず、牽制のための誘導弾をばら撒く。フェイトちゃんの行動を少しでも妨害するためだ。

 

「クッ、前戦ったときよりもずっと正確っ」

 

 フェイトちゃんは私の誘導弾に少し、焦ったようだけど、それでも全て回避される。

 

「いくよっ、バルディッシュ」

 

 私の誘導弾が止んだのを見計らって、フェイトちゃんは接近してくると、デバイスに展開した魔力刃で斬りつけてくる。私はそれを回避すると、少し距離を置いて、今度は砲撃を放つことにした。

 

「ディバイン、バスターーー」

 

 私の魔法が一直線にフェイトちゃんに飛んでいくが、フェイトちゃんも回避して魔力弾を放ってくる。フェイトちゃんのスピードと私の砲撃、どちらもお互いに譲ることはなかった。

 

 

 

 

「なのは、凄い」

 

「そうだな、無茶苦茶レベルを上げてる。これは俺もやばいかもしれないな」

 

 俺達はなのはとフェイトの戦いをじっくりと観察していた。フェイトのスピードに翻弄されながらもなのはは誘導弾などをうまく使い、互角に渡り合っていた。俺はその事に素直に関心を抱く。

 ここ最近のなのはの成長具合は異常と言っていいほどだ。いくら俺や恭也と模擬戦を重ねていたところでそれはあくまで模擬戦だ。実戦には実戦独特の緊張感であったり、敵対する相手と本気でやりあわなければならなかったりする。そういった実戦経験が少ないなのはがデバイスを持って一ヶ月足らずでフェイトと互角に戦えていることは本当に驚くべきことなのだ。

 

「まさか、あのちびっ子があんなに強くなってるなんて」

 

 俺たちの隣でアルフも驚いている。フェイトが負けるとは思っていないだろうが、それでも以前、戦った相手がここまで成長していることには驚きを隠せないのだろう。

 

 なのはとフェイトの戦いはお互いに全力を尽くしあうといっても過言ではないほど激しいものであった。なのはの魔法をフェイトが紙一重で回避し、フェイトの魔法をなのはがシールドで防ぐ。お互い捌ききれなくなって被弾もかなりして、ボロボロの状態だった。

 

 ——頃合かな

 

 二人の状態を見て、そろそろ決着がつきそうだと認識すると、俺は隠れている士郎さん達に合図を送る。フェイト達には悪いがなのはが負けたとしてもジュエルシードを渡すつもりなどさらさらなかった。もちろん、なのはが勝ってくれれば問題はないのだが、この様子だとそれは難しそうだ。

 

 気づかれないようにジュエルシードまでの距離を確認する。距離はお互いに数歩進めば届きそうな距離だ。

 

 なのは達を確認してみると、なのはが力を振り絞り大量の誘導弾をフェイトに向けて放とうとしているところであった。フェイトはなのはの展開している誘導弾を確認して、こちらも大量の魔力弾を用意している。回避するのも防御するのも不可能と感じたのだろう。なのはを相手に撃ちあいを挑むつもりのようだ。

 

「いくよフェイトちゃんっ!!」

 

「うん、私もっ!!」

 

 お互いに大量の魔力弾の撃ちあいをすると思ったのだが、少し様子が違う。フェイトの用意した大量の魔力弾が収束していき、なのはの展開した魔力弾に向かって一直線に放たれた。

 

「砲撃っ!!」

 

 フェイトが行ったことを瞬時に理解する。彼女はおそらくなのは相手に撃ちあいになるのは不利になると感じたのだろう。砲撃魔法でなのはの弾幕を貫く作戦に出たようだ。

 リニスに教えてもらった、彼女が使える魔法の中で最も威力の高いファランクスシフトを使ってくると思ったのだが、どうやらその予想は外れたようだ。いや、これはフェイトが上手であったと考えるべきか。お互いに全力であったとはいえ、彼女も最後で自身の最大の魔法を使えないのはプライドが傷つくはずだ。しかし、彼女は冷静に判断して、魔法を選ぶことができた。これはフェイトの判断力を褒めるべきだろう。

 

 なのはの誘導弾はフェイトの砲撃の威力を少し削いではいくが止めるまでには至らない。フェイトの砲撃もなのはの誘導弾をかき消していくが、全てを消すことは叶わない。そして、お互いの魔法が両者に直撃する。

 

「なのはっ!!」

 

「フェイトッ!!」

 

 落ちようとしている二人にユーノとアルフは駆け寄る。俺はその場に残り、この状況に少し笑みを浮かべた。

 

 ——今回はかなり上手くいったな

 

 自分の近くにあるジュエルシードを手に取り回収する。アルフがいなくなったため回収が容易であったのは言うまでもない。

 今回、なのはがフェイトと戦い、実戦経験をつむことができた。それだけではなく、フェイトと戦うことで無印以降の交流もしやすくなったわけだ。それはこれからの展開的に好都合なものだった。フェイトとなのはの交流が深まれば、当然、A's以降のように友人としてお互い助け合う仲になるはずだ。なのはなら関係ないとは思うのだが、俺が関わってしまったことで彼女達の接点が少なくなり、原作どおりの関係ではなくなることを考えると、ここでの戦いはむしろあって良かっただろう。

 

 俺は手の中にあるジュエルシードを転がしながら、これをどうするべきか考える。今回の勝負は引き分けであった。もちろん、俺達がこれを保有しておくに越したことはないのだが、忍やユーノとは違い、俺の目的はもとの世界に帰ることにある。

 元の世界に帰ることのできる可能性を考えると、正直、どうするべきなのか迷っているのも事実だ。あまり無茶をして死ぬつもりもない。そう考えるとこの世界に留まることも考えなければいけなかった。正直、管理局との交渉なんかはノーパソを使えばどうにかなる自信はある。

 

 ——ここでフェイト達にジュエルシードを渡して好印象を与えておくべきか?

 

 人間関係を打算で考え始める自分に少し嫌気が刺しながらも手元にあるジュエルシードをどうするべきか考えつつ、なのは達の下へと歩き出す。

 

 なのは達の下へ到着するとそこには地面に寝ているなのはとアルフの肩を借りながら立ち上がっているフェイトの姿があった。二人の姿はボロボロで二人の戦いが如何に激しかったのかを物語っている。

 

「あはは、私の負けみたい。ゴメンね、拓斗君」

 

 なのはが俺に向かって目元を腕で隠しながらそう言ってくる。頬には少し涙の痕が見えることから負けたことが悔しくて泣いているようだ。

 

「ううん、引き分けだよ。私もアルフの力を借りて立つことしかできないから」

 

「フェイトちゃん」

 

 フェイトの言葉になのはは彼女の方へと顔を向ける。

 

「……お母さんが必要としてるから」

 

「え?」

 

「私がジュエルシードを集めている理由、お母さんが必要としているから」

 

 フェイトはなのはに向かって自分がジュエルシードを集めている理由を話す。しかし、その表情は少し寂しげで、悲しそうな顔をしていた。

 

「それじゃあね」

 

「ちょっと待て」

 

 去っていこうとするフェイトに俺は手に持ったジュエルシードを投げ渡す。

 

「え?」

 

「引き分けなんだろう。こっちだけ理由を教えてもらったら不公平だ」

 

 俺が投げ渡したジュエルシードはフェイトの手の中に納まり、フェイトはそれを握り締めた。このまま、持って帰ろうかと思ったが、それはそれで後味が悪い。目的のために何でもするというのも少し違う気がしたので、俺はジュエルシードをフェイトに渡した。

 

「あ、ありが、とう」

 

 フェイトは俺に戸惑いながらもお礼を言って、転移魔法で去っていく。それを止めることはしない。流石にここで捕まえたりするのは無粋であるし、なのはからも非難されそうなので、そんなことはできなかった。

 

「結構可愛かったな」

 

「拓斗君、なんかずるい」

 

 フェイトのお礼を言ったときの表情を見て素直に感想を漏らす。すると、なのはが少しむくれた顔でそんなことを言ってきた。

 

「最後に出てきて良いとこ取りして、フェイトちゃんからお礼を言ってもらえるなんて……」

 

「そこはほら役得ってことで。それよりなのはもお疲れ様、よく頑張ったな」

 

 なのはを労い、機嫌を取ってあげる。

 

「でも、フェイトちゃんに勝てなかった」

 

 なのはは悔しそうな表情だ。フェイトに負けてからずっと頑張ってきて、今度は勝てると思っていたのに勝てなかったことが悔しいのだろう。俺から言わせれば、むしろ互角に戦えたことを喜ぶべきなんだけど、彼女はまだ不満のようだ。

 

「でも互角に戦えてただろ。相手はなのはよりも経験が上なんだ。それでも互角に戦えたことは凄いと思う」

 

「でも、せっかく拓斗君が任せてくれたのに、私、期待に応えられなくて」

 

 なのはの目から涙が溢れる。俺が任せたことでなのははどうやら背負いこんでしまったようだ。まさか、ここまで責任感の強い子だったとは思いもしなかった。

 

「いいよ、次、頑張ればいい」

 

 俺はなのはを抱きしめ、その頭を撫でる。なのはに魔法を教え始めてから、彼女のことは本当に自分の弟子のように思えてくる。師匠として彼女を導いてあげたいという気になってしまう。

 

 その後、俺達は旅館へと戻り、もう一度ゆっくり温泉に浸かりなおした。 

 



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21話目 今更登場かよ

こっちは基本予約投稿なのですが、ブログのほうで久しぶりの最新話更新です。


「拓斗君、大丈夫?」

 

「大丈夫だよ、すずか。じゃあ、行ってくる」

 

 私の言葉に拓斗君はそう答えると、ジュエルシードを探しに外へと出かけていく。私は拓斗君の姿が見えなくなるまで見送ると、溜息を吐いた。

 拓斗君がジュエルシードを集め始めて以来、拓斗君と一緒にいることは少なくなった。夜中ですら、拓斗君はジュエルシードを探しているので、以前のように話したりする時間も少なくなっている。

 

「ジュエルシードも半分以上集まってますし、全部集まるのも時間の問題ですよ」

 

 ファリンはそう言ってくれるが、私が溜息を吐いていた理由は単に拓斗君と一緒にいられる時間が少ないというものだけではなかった。

 もちろん、一緒にいる時間が少なくて寂しいのも事実ではあるんだけど、それ以上に拓斗君のお手伝いができない自分が悔しくて、それと同じくらい不安だった。

 温泉旅行のときに拓斗君達はジュエルシードの封印に行って、同じようにジュエルシードを集めている魔導師と戦闘になったらしい。実際、戦ったのはなのはちゃんらしいけど、私とアリサちゃんがそのことを知ったのは拓斗君達が帰ってきてからのことだった。

 もちろんジュエルシードが危険だってことはわかってるし、そのとき急がないといけなかったこともわかっているけど、それでも後になって聞かされたのは本当に寂しい気持ちになった。力になれないことはわかっているけど、それでも知っていたかった。

 

「うん、ファリンも気をつけてね」

 

「私が出るよりも先に拓斗君やなのはちゃんが封印してますから、私の出番はほとんどないんですけどね」

 

 私の言葉にファリンは少し苦笑い気味で答える。私が聞いた限りではファリンが封印したジュエルシードは二個、現在集まっているジュエルシードは合計八個だから四分の一はファリンが封印したことになる。どっちも拓斗君と一緒に封印したみたいだけど、私にはむしろそれが羨ましかった。

 

「では私は屋敷の掃除に取り掛かりますので、何かあったら呼んでくださいね」

 

「うん」

 

 ファリンは私にそう言って、掃除に取り掛かる。私は部屋に戻るとベッドへと倒れこんだ。

 

 ——なのはちゃんもファリンも魔法が使えていいな〜

 

 魔法が使えるなのはちゃんとファリンのことを羨ましく思う。自分も魔法が使えれば、拓斗君を手伝うことができるのに、拓斗君ともっと仲良くなることができるのにと叶いもしない可能性をずっと心の中で抱いていた。

 

 ——私にも魔法が使えたらいいのに

 

 そんなことを考えているとふとあることを思い出した。その瞬間、私はベッドから飛び起きる。

 

「お姉ちゃんが作ってたデバイスっ!!」

 

 私はお姉ちゃんが一生懸命作っていたデバイスのことを思い出す。確かお姉ちゃんが研究室のなかで帰ってきてからずっと閉じこもりで作っていたはずだ。ジュエルシードのことですっかり忘れていたが、お姉ちゃんのことだ、もう完成しているかもしれない。

 私はすぐに部屋を出るとお姉ちゃんの研究室へと向かう。研究室には鍵がかかっておらず、すんなりと入ることができた。部屋の中には誰もおらず、機械が散乱していたが、むしろそれがお姉ちゃんらしいと思ってしまう。

 

「えっと、確かなのはちゃんの持っているのと同じような形をしてたよね…」

 

 記憶にあるお姉ちゃんの作っていたデバイスの形を思い出しながら、研究室の中を探す。デバイスはあっさりと見つかった。私はそのデバイスを手に取ると見つからないように研究室を出て、部屋に戻る。

 

「これで私も魔法を使える」

 

 お姉ちゃんが拓斗君にこれのことを言っていたのを思いだす。私は見たことはなかったけど、お姉ちゃんの口ぶりからするとこれはちゃんと完成して魔法が使えるみたいだ。

 

「でも、どうしよう」

 

 デバイスを持って魔法が使えるようになったのはいいけど、これをそのまま持ち歩くわけにはいかない。お姉ちゃん達には内緒で持ち出してるし、そのまま持ち歩くと目立ってしまう。

 

「あっ、そういえば」

 

 私はあることを思い出し、拓斗君の部屋の中に入る。拓斗君の部屋はシンプルで特に何もない男の子の部屋という感じだ。

 私は拓斗君の部屋の壁際に置いてあった竹刀袋を手に取り、その中にあった竹刀を抜いて床に置く。これは拓斗君が恭也さんと修行するようになってから用意されたもので、なのはちゃんの家に練習に行くときや家で恭也さん達と練習するときに使っているものだ。

 拓斗君に心の中で謝りながら竹刀袋を自分の部屋に持って帰ると、その中に先ほど研究室から借りてきたデバイスを入れてみる。デバイスはちょうどよく竹刀袋の中に収まってくれた。

 

 ——これでよしと

 

 私は竹刀袋を持ってファリン達に見つからないように家を出た。

 

 

 

 

 

「あれはすずかお嬢様?」

 

「どうしたんですかお姉様?」

 

 私が屋敷の外で出て行く、すずかお嬢様を見ていると妹のファリンが声をかけてくる。

 

「すずかお嬢様が外に」

 

「あっ、本当です。背中に背負っているのは竹刀袋でしょうか?」

 

「いえ、あれは……」

 

 私はすずかお嬢様が背負っている竹刀袋に入っているものを認識する。あれは確か忍お嬢様が作っていたデバイスだ。

 

「忍お嬢様に報告しておきましょうか」

 

 私はすずかお嬢様が行おうとしていることに推測し、忍お嬢様へ報告することにする。

 

 ——何事もなければよいのですが…

 

 すずかお嬢様の行動に少し不安を覚え、忍お嬢様への報告を急ぐことにした。

 

 

 

 

 

 今、俺は街中を歩きながらジュエルシードの探索を行っていた。

 現在、俺達の保有するジュエルシードの数は八個、フェイト側がこちらで確認できている限り四個だ。合計十二個、半分以上集まっているが、予想以上にフェイト側のジュエルシードを集めるペースが速い。

 

 ——やっぱり、渡さなかったほうが良かったかな〜

 

 今更ながら、そんなことを考えるが過ぎたことなのでどうしようもない。記憶が正しければ海の中に沈んであるジュエルシードは六個、今、集まっているジュエルシードと合わせて十八個のジュエルシードの位置が確認できている。つまり、確認できていない残りの三個をどうやって集めるかが鍵となってくるのだ。

 とは言っても、フェイトが持っているジュエルシードの数が把握できていないので、この数はもっと少なくなる可能性がある。そうなってくると海にあるジュエルシードの回収を考えなくてはいけなかった。

 

 ——原作と同じように魔力で発起させるっていうのもな〜

 

 原作ではフェイトが海中にあるジュエルシードを魔法を使って発起させ、そこから封印したのだが、それはリスクが大きすぎる。

ジュエルシードは一つでも軽い次元震が起こせるような代物だ。それを六個も同時に発起させた場合、原作のように上手くいけばいいが、上手くいかなかった場合相当な被害が予想される。

 現在の戦力は俺、なのは、ユーノ、ノエル、ファリンであるが、これで確実な安全が見込めるかというと少し不安だったりする。最悪、フェイト達の手を借りることも考えなくてはならない。

 

 ——そろそろ時空管理局も来そうな時期に差し掛かってきたし、少々めんどくさそうだな

 

 ジュエルシードが落ちてきて数週間、時空管理局がいつ来てもおかしくはない。

それより先に集めたいとは思うが、それ以上に元の世界に帰還する手立てが見つからないことに焦りを感じていた。

 

「はぁ〜、本当にどうなるんだろ」

 

 俺がぼやいたその時だった。唐突にジュエルシードの反応を感じる。

 

「なっ!!」

 

 ジュエルシードの反応を感じるのは最近になっては慣れたものなので、いつもであれば驚かなかったがこのときばかりは違った。ジュエルシードの反応を複数感じたのだ。

 

 ——これは三つ同時に暴走してるっ!?

 

 焦りを感じていると俺に念話が届く。

 

『拓斗君っ!! ジュエルシードがっ!!』

 

『俺も感じた、なのは今どこにいる?』

 

 念話を届けてくれたなのはに質問する。

 

『海鳴臨海公園の近く、ちょうどジュエルシードの反応が近いところ』

 

『ならそこはなのはに任せるよ、他には誰かいるか?』

 

『お兄ちゃんとユーノ君がいるの。こっちは任せて』

 

 なのははそう言うと俺との念話を切る。俺は携帯を取り出してすぐに忍へと電話をかけた。

 

「もしもし、忍っ」

 

『拓斗、どうするのっ?』

 

 電話に出た忍が俺に聞いてくる。どうやら忍のほうも今回の事態は把握できているようだ。

 

「今、なのはが海鳴臨海公園の方に向かってる。忍はノエルとファリンを連れて西側のやつに向かってくれ」

 

『西側ね、わかったわ。それと拓斗、伝えておきたいことがあるんだけど』

 

「なにっ」

 

 俺は忍に指示を与えると最後の一つへと電話をつなげながら走る。流石に街中でデバイスのセットアップをするわけにはいかない。

 

『すずかがデバイスを持って出て行ったわ』

 

「デバイスって、お前の作った?」

 

『そうよ』

 

 忍の声からは焦りが感じられる。俺もすずかがデバイスを持って出て行ったことに驚く。おそらく、ジュエルシードを封印するための手伝いといったところだろうが、何もこんなときにと思ってしまう。

 

『とりあえず、すずかを見つけたらお願い。なのはちゃん達にも伝えておくから』

 

「わかった、そっちも気をつけて」

 

 通話を切ると俺はすぐに人目のつかないビルの間へと隠れてデバイスをセットアップすると、ジュエルシードの元へと急いだ。

 

 

 

 

 

 私は今、暴走したジュエルシードの前に来ていた。竹刀袋からお姉ちゃんの作ったデバイスを取り出し、ジュエルシードの暴走体へと向けるが、足が震え、身体が竦んで思うように動けない。自分にできる、大丈夫と言い聞かせ、いざ動こうとすると暴走体が私の方へ跳びかかってきた。

 

「きゃあああ!!」

 

 私は叫びながらデバイスに付けられてあるスイッチを押すとデバイスから薬莢が飛び出し、私の目の前にバリアのようなものが展開される。暴走体は私に突っ込むがバリアに阻まれ少し離れたところへ弾き飛ばされる。

 

「はあ、はあ」

 

 たったこれだけのことなのに私の息は上がっていた。

 

 ——怖い、恐い

 

 誘拐されたり、恐いことにはなれていると思っていたがこれほど恐怖を感じるのは初めてだった。私がジュエルシードの暴走体を見たのはこれで二回目。なのはちゃんが封印しているのを見て自分でもできるかと思っていたが、これほど恐いだなんて思ってもいなかった。

 

 ——これが拓斗君達がやっていること…

 

 拓斗君達のやっていることを甘く見ていた。でも、これを乗り越えないと拓斗君のそばにはいられない。そう思うと身体が震えるが、不思議と先ほどまでより手足が動かせるようになっていた。

 

「お願い、当たって」

 

 デバイスを暴走体に向けて、魔法を放つ。放たれた魔法は一直線に暴走体へと向かうが暴走体はひょいと横へ跳んで私の放った魔法を回避した。そして、もう一回私の方へ跳びかかってくる。私は先ほどと同じようにして防いでもう一度暴走体を弾き飛ばしたが、ここで問題が起こった。

 魔法を放とうとしてデバイスについてあるスイッチを押すが魔法が発動しないのだ。

 

「どうしてっ!?」

 

 発動しないことに焦って何度もスイッチを押すが全く反応すらしない。また飛び掛ってきた暴走体の攻撃を避けようとするが、避けきれず思わずデバイスを盾にして暴走体の攻撃を受け止める。

 

「きゃあああ!!!」

 

 しかし暴走体の攻撃は重く、私は近くにあった木に叩きつけられた。

 

「う、あ」

 

 思わず手放してしまったデバイスを見るとデバイスは真ん中ぐらいから真っ二つに折れていた。しかし、それを気にする余裕もない。叩きつけられた身体が痛んでいるのと、暴走体が私を襲おうとしている恐怖で動くことができない。

 

「や、こないで」

 

 少しずつ近づいてくる暴走体に怯えながら声を上げる。暴走体が襲ってこようとするのが恐い、自分が死んじゃうかも知れないことが恐ろしかった。

 

「助けて、拓斗君」

 

 私は拓斗君の名前を呼ぶ。

 

「助けてっ、拓斗君っ!!」

 

「はいはい」

 

 私が大きな声で拓斗君に助けを呼ぶと拓斗君はあっさりと現れてくれる。

 

「面倒だからさくっと封印させてもらうよ」

 

 拓斗君はそう言うと暴走体に向かって、デバイスを向けて何発か魔法を放つ。放たれた魔法は一発目で暴走体を拘束すると、数発の魔力弾で暴走体を攻撃し、最後の一発で暴走体を封印した。あまりの手際の良さに私は思わず見惚れてしまった。

 

 

 

 

 俺は封印したジュエルシードを拾い上げ、クロックシューターに格納する。そして、すずかへと向き直った。

 

「すずか」

 

「っ!?」

 

 俺がすずかの名前を呼ぶと、彼女はビクッと震える。

 

「ご、ごめんなさい、私…」

 

「無事でよかったよ、まぁ色々聞きたいことはあるけど、それは帰ってからで」

 

 俺は近くに落ちていたデバイスを拾い上げる。忍が作ったデバイスは真ん中から真っ二つに折れ、完全に壊れていた。

 

 ——これ、確か二億……

 

 デバイスの制作費を思い出して思わず絶句してしまうが、この辺りは忍の問題なので気にしないことにしよう。

 

「あの、拓斗君?」

 

「どうかした?」

 

「お、怒ってないの?」

 

 すずかは戸惑った様子で俺に聞いてくる。まぁ、確かにどうして無茶をしたのかなど聞きたいことはあるが、怒るほどでもない。むしろそういったことは姉である忍がやるべきことだ。

 

「俺としてはすずかが無事で良かったから、怒ったりはしないけど、忍さんのお説教は覚悟しておいた方がいいかもね」

 

「うん……」

 

 すずかは落ち込んだ表情を見せる。そんなすずかの手を握り、月村邸へと戻りながら他のところの状況を聞こうと念話を繋げようとすると近くから魔法の反応を感じる。

 

「すずかっ!!」

 

「きゃ、た、拓斗君?」

 

 すずかを抱きしめて、クロックシューターを魔法の反応がするほうへと向けると、そこから人影が現れる。

 

「転移魔法……」

 

「こちら時空管理局です。もしよろしければお話しを聞かせてもらえないでしょうか?」

 

 現れた人物は時空管理局を名乗る。見たところ十四、五歳ぐらいの少年であった。

 

「管理局?」

 

「はい、時空管理局本局執務官、薙原和也です。初めまして、イレギュラーさん」

 

 現れた彼はそう言って俺に挨拶をしてきた。俺はその事に戸惑う。

 

「そう呼ぶってことは、アンタも同じなのか?」

 

「はい、そうですよ」

 

 確かに無印に於いてクロノ以外の執務官などいた覚えなどないし、彼自身がこう言うってことは自分と同じイレギュラーである可能性は高いだろう。

 いきなり現れたイレギュラーの存在に警戒していると携帯が鳴る。

 

「取ってかまいませんよ。特に何かする気もありませんから」

 

「じゃあ、お言葉に甘えるよ」

 

 言葉ではそう言いつつ、右手にクロックシューターを握りながら、左手で携帯を手に取る。どうやら、相手は忍のようだ。

 

「もしもし」

 

『もしもし拓斗、今、こっちに時空管理局が来てるんだけど』

 

「こっちもだよ、とりあえずこっちの相手は敵対する意思はないみたいだし、俺も色々気になることができてきたから彼と話し合いたいんだけど」

 

 俺と忍のやり取りを聞いてか、目の前にいる彼、薙原は笑みを浮かべる。それに少し違和感を感じた。先ほどの言葉遣いと、今浮かべている笑みがなんというか彼にあっていない。

 

『こっちも敵対意思はないみたいだし、こっちも用があるといえばあるから話しぐらい付き合ってあげてもいいんだけど』

 

「じゃあ、とりあえず付き合うとしようか。ああ、それとすずかならこっちで保護したから」

 

『大丈夫なのっ!!』

 

 忍は一際大きな声で俺に聞いてくる。やはり、妹のことが心配なのだろう。

 

「少し、攻撃は喰らったみたい、それとデバイスが真っ二つ」

 

『うう〜、まぁ色々言いたいことはあるけど帰ってからにするわ。じゃあとりあえず彼らについていっていいのね?』

 

「うん、じゃあまた後で……だってさ」

 

 忍との通話を切り、すずかにそう言う。俺の腕の中にいるすずかには先ほどの会話は筒抜けだっただろう。すずかは少し暗い表情を浮かべ、瞳に涙を浮かべている。

 

 俺はなのはに念話を入れるとあちらもちょうど時空管理局に接触していたようで、とりあえずついていくように伝える。ジュエルシードは決して管理局側には渡さないように言っておいた。なのはは少し戸惑った声を上げるが、恭也からも念押しされ大人しく従ってくれたようだ。恭也も交渉用であることを知っているので、その辺りはしっかりしているのだろう。

 

「というわけで、よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします」

 

 俺とすずかは一応、薙原に頭を下げる。すると薙原はどこかに念話で連絡を取ると、

 

「じゃあ、案内させていただきます」

 

 と俺達に言い、俺達と共に転移した。



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22話目 交渉

 薙原の転移魔法によって、俺達が転移した先には忍、ノエル、ファリン、そしてなのはと恭也がいた。皆、見たところ怪我などがないことに俺は安心する。

 

「皆、無事みたいだね」

 

「ええ、私達は」

 

「私は少し、フェイトちゃんと戦ったけど怪我とかはしなかったよ」

 

 俺の言葉に忍となのはは答えてくれる。そして、忍はすずかを見つめた。

 

「すずか」

 

「っ!?」

 

 忍に名前を呼ばれ、すずかはビクッとなる。やはりデバイスの無断の持ち出しや、自分がどれほど危険なことをしたのかはわかっているのだろう。

 

「お、お姉ちゃん」

 

「お話しは帰ってから、ね」

 

 忍はそう言ってすずかの頭を撫でる。その表情には怒りは感じられず、無茶をしてしまった妹に少し苦笑い気味であった。

 

「もう、いいかな? とりあえず今回の事情とかを聞きたいからこの船の責任者のところに向かいたいんだけど」

 

 忍とすずかのやり取りを大人しく見ていた薙原が声をかけてくる。まぁ、彼らとしても話しを聞かなければいけないので、いつまでも待って貰うわけにはいかない。

 

「あ、ごめんなさいね」

 

「いや、構わない。君もいつまでもその姿は窮屈だろう。君達もバリアジャケットとデバイスを解除するといい」

 

 忍の謝罪にクロノがそう言ってきたのでユーノは元の姿に戻り、なのはもバリアジャケット解除するが、俺はバリアジャケットもデバイスも解除しなかった。

 

「どうしたんだ?」

 

 デバイスを解除しない俺をクロノは訝しんだ表情で見つめてくる。

 

「まぁ、いきなりこんなところに連れてこられて警戒しないっていうのは無理かなと」

 

 俺は目の前にいる管理局員達に向かってそう言う。時空管理局のことは信用していないわけではないが、いきなりここへと連れてこられたことなどに対する悪感情のアピールのためだ。あまり好印象は抱いていませんよということを示すことにより、相手からの譲歩を引き出すつもりだったりする。

 

「それは…申し訳ないと思っている。ただ、こちらとしては君達から事情を聞かないわけにはいかないんだ。すまないがこちらに付き合ってくれないか?」

 

「このままでもいいなら」

 

「構わない。こっちだついてきてくれ」

 

 俺たちはクロノに案内され、館内を歩く。なのは達はユーノの人間状態と初めて会ったため、会話を楽しんでいる。

 

「この姿で会うのは二度目かな?」

 

「初めてだよっ。初めて会ったときからフェレットだったよっ!?」

 

「えっ、ああ、そうだったね」

 

「でも、まぁ人間っていうのは知ってたから今更なんだけどね」

 

 なのはとユーノのやり取りを見て、俺は突っ込む。こうしてユーノの人間としての姿は初めて見るわけだが、普通に中性的な顔立ちをしており、大人になれば女性に持てそうな雰囲気を持っていた。女装なんかをさせると似合いそうだ。

 ユーノのことで盛り上がっている傍ら、忍達のほうは通路など目を向けながら使われている技術などに興味を示している。

 

「へぇ〜、やっぱり相当技術は進んでるのね」

 

「L級次元航行船アースラ、管理局で使われてる船です」

 

 忍の口から漏れた感想に薙原が説明を加えてくる。忍は薙原達に話を聞きながら、クロノの案内のまま進んでいるのだが、俺はこの通路を歩くのが少し億劫だった。というのもこの機械的な通路は俺がこの世界に来る前にいたあの場所を思い出すからだ。

 

「どうかしましたか?」

 

「ああ、大丈夫だよノエル。ちょっと、つまらないことを思い出しただけ」

 

 俺はノエルに返すとそのまま進む。その時に薙原がこちらをチラッと振り向いてこっちを見てきたのが気になったが、後で色々聞くつもりなので今はこれからのことについて考えることにした。

 

「ここだ。艦長、お連れしました」

 

 クロノは立ち止まると目の前にあるドアを開き、部屋の中へと入る。俺達もそれに従って、部屋の中に入った。部屋は似非和風の雰囲気の内装をしていて目の前には翠色の髪をした女性が座っている。

 

「ようこそアースラへ。私はこの船の艦長をしていますリンディ・ハラオウンです。どうぞ楽にしてください」

 

 リンディ・ハラオウンに促され、忍、恭也、なのは、すずか、俺は座るがノエルとファリンは立ったままだ。従者として自分の主と同じようにするわけにはいかないようだ。

 

「そちらのお二人もどうぞ、お座りください」

 

「いえ、私達はメイドですので」

 

 リンディさんの言葉にノエルが返す。ノエル達もそこは譲らないようで、リンディさんも諦めたのかお茶を注ぎ始めた。

 

「こちらをどうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 リンディさんに差し出された羊羹とお茶を受け取る。皆にお茶と茶請けが行き渡ったのを確認すると俺達の話し合いが始まった。

 リンディさんにユーノが起こったことを話す。俺と忍もそれに補足しながら、今回のジュエルシードの回収にあたり起こったことを事細かに説明していった。特に隠すものなどないので、本当に包み隠さずといった感じだ。といってもあくまでもジュエルシードのことだけしか話していないのだが…。

 

「なるほど……」

 

 ジュエルシードのことについて俺達から話しを聞いたリンディさんは今聞いた内容を頭の中でまとめる為か、目を閉じて思考に没頭する。

 

「そちらのユーノ君のことについてはわかったわ。それで君のことについて聞かせて欲しいんだけど」

 

 リンディさんはそう言って俺のほうを見つめてくる。こればっかりは仕方がない。ユーノ、そしてユーノからレイジングハートを受け取ったなのははともかく、俺のことについての説明がなされていないからだ。

 

「次元漂流者と言えば、そっちもわかるだろ。気づいたらこの世界にいた、ただそれだけだ」

 

「管理外世界への魔法行使、魔法技術の漏洩、管理外世界への無断渡航など色々言いたいことはあるのだけど」

 

「管理局については知っているが、管理世界の出身というわけではない」

 

「それを証明するものは? 君の魔法はミッドチルダ式だし、デバイスも持っている。それに管理局について知っているのであれば、こっちのルールも知っているだろう?」

 

 リンディさんとクロノは俺に対して色々聞いてくる。それは既に質問というよりは詰問、取調べのようにしか感じられない。まぁ、こうなることは予想していたとはいえ少し煩わしく感じる。

 

「彼の身元に関しては僕が保障するよ」

 

 俺とリンディさん達の会話に割り込んできたのは今まで黙っていた薙原であった。俺は彼が自分を擁護してきたことに驚く。

 

「あなたが?」

 

「僕も彼と同じ次元漂流者で管理外世界の住民であったことはお二人も知ってるでしょ?」

 

「え? まさか、彼も?」

 

 薙原の言葉にリンディさんが戸惑った表情を浮かべる。ここまでの会話の流れでおれはとあることに気づいた。

 

 ——まさかとは思うけど。

 

「彼も僕と同郷だ。それに関しては既に確かめさせてもらった」

 

「「「なっ!!」」」

 

 薙原の言葉にリンディさん、クロノ、忍が驚きの声を上げる。事情を知っているノエルとファリンも声こそ出さなかったが驚いていた。

 

「どうしたんだ忍?」

 

「ええ、ちょっとね」

 

 事情を知らない恭也が忍に聞くが忍は答えをはぐらかす。当たり前だ、本当のことなど話せるわけがない。

 リンディさん達の反応を見ても、予想できることではあるが、彼女達が俺たちの事情を知っている可能性が出てきた。いや、もうほとんど確定といってもいいだろう。

 

「なるほど事情は理解しました。彼には色々聞きたいことがありますが、それはまた後日、ご連絡をいたします。それでジュエルシードのことですが、これより時空管理局が全権を持ちます。まずはあなた達の持っているジュエルシードをこちらに渡してもらいたいんだけど」

 

「却下よ」

 

 リンディさんの言葉に忍が即答する。

 

「今まで来なかったアナタ達に任せるほど信用はできてないの。それにこっちもコレを集めるのに苦労してる。当然、それなりの見返りがなければコレを渡すことはできないわ」

 

「ちょ、ちょっと」

 

「悪いな、ユーノ。お前は善意で動いたかも知れないけど、こちらは慈善活動じゃないんだ。ジュエルシードという危険なものが街に落ちてきてその被害を抑えるために動いている。それを後からきた奴らに無償で受け渡すわけにはいかないんだ」

 

 原作とは違い、こちらではジュエルシードによる被害はそれほど出ていない。しかし、少しは出ているのだ。その保障などに関しては月村家が裏で動いていて、その分、お金も使っている。

 

「わかりました、それに関してはこれから交渉しましょう。クロノ、そちらの方々を案内してあげて、交渉に時間がかかるでしょうし、その間、暇でしょうから」

 

「わかりました」

 

 リンディさんの言葉でクロノはドアの近くへと待機する。

 

「すずかとなのはちゃんは色々見てくるといいわ。恭也とファリンも一緒に行ってあげて」

 

「ああ」

 

「かしこまりました〜」

 

 忍の言葉に恭也とファリンはなのはとファリンを連れて、ドアの近くへと移動する。するとすずかが何かに気づいたのか俺を見つめてくる。

 

「拓斗君は?」

 

「俺はこっちで交渉してるから、そっちはそっちで楽しんでくるといいよ」

 

 楽しめるものかどうかわからないが、色々暇をつぶせるのはいいことだろう。こっちは既に腹の探りあいのような雰囲気が漂っているし。

 すずかは少し落ち込んだ表情を見せていたが、恭也達に連れられクロノの後をついていった。なのはも少しつまらなそうな表情を浮かべていたが、これは仕方ないことなので諦めてもらうほかない。

 

「ユーノ君だったわね。あなたは何かこちらに要求はある?」

 

「いえ、特にはありません。実際、回収したのは彼らですし、僕はただ現地の人間を巻き込んだだけですから」

 

 ユーノは何故か恭也達と共に出て行こうとしていた。ユーノは探索者ということで一応、この交渉のテーブルに座る権利はあるのだが、それを放棄するつもりのようだ。本当にいい奴なのだろう。原作とは違い、既に俺がなのはに魔法を教えていることから彼自身に問題などほとんどないのにもかかわらず、何も対価を得ようとしていない。

 

 ユーノが出て行き、部屋の中には俺、忍、ノエル、リンディさん、そして薙原の五人が残っている。

 

「それでは交渉を始めましょうか」

 

 リンディさんの一言で俺達の交渉が始まった。

 

「そうね、こちらが要求するのはコレくらいかしら」

 

「多すぎます。せめてこの程度にっ」

 

 目の前で忍が要求する対価にリンディさんが反論している。忍の要求した内容を見せてもらったが、まぁ納得とも言えるような要求ではあった。

 ジュエルシードを回収する際にかかった人件費、これは月村家、高町家、そしてバニングス家の使用人に対する報酬だ。ジュエルシードを探索するに当たって動員した人数、それを時給換算して、その上、俺達が暴走体と戦ったときの危険手当、当然、俺達魔導師や高町家の戦闘能力を加味した上なので相当高額になる。

 そして、ジュエルシードで出た被害に対する保障と俺達がいなかった場合に予想される被害への報酬。今でさえ、ある程度の被害が出ているのだ。原作通りに進んだ場合でも相当な被害が予想されるし、ユーノがこの世界に来ていなかったら、相当などでは収まらない程度の被害が出ていたことが予想されるのでその分を対価に加算している。

 さらには探索および封印にかかった諸経費、コレには先ほど壊された忍お手製のデバイスの金額と探索に使った車両費などが書かれている。

 ここにジュエルシード自体の価値などを加算しているため、もうこちらも思わず管理局を同情してしまうほどの対価が忍から要求されている。

 

「拓斗はなんか要求ある?」

 

「そういえば、俺の立場って管理局的にはどうなるんだ?」

 

 忍の言葉にまだむしり取るつもりかと少し恐怖を抱きながら、俺は薙原に質問する。

 

「管理外世界への無断渡航も技術漏洩とかまぁ問題はあるんだけど、管理外世界の次元漂流者だからね。嘱託の試験受けて、ちょっと仕事すればOKかな。ただ、そっちのメイドさんに関しての情報は何とか封じないと大変なことになりそうだね」

 

 思っていたよりも遥かに条件がいい。ノエルやファリンのことは確かにどうにかしないと不味いのはあるが、それでも予想していたよりはかなり良い条件だ。ノエルやファリンに関してはノーパソを使ってデータを消せば何とかなるだろう。

 

「なら、そのあたりの交渉も忍に任せるよ。俺はちょっと彼と話したいから」

 

 交渉を忍に任せて、俺は薙原を連れて部屋を後にする。俺は彼に転生者として聞きたいことがたくさんあった。

 

「じゃあ、場所を変えようか。ここだとだりぃし」

 

 部屋を出たら、薙原の口調がいきなり変わる。俺はその事に戸惑いを覚えつつ、先ほど感じた違和感の正体に気がついた。どうやら、こっちが彼の素の姿であるようだ。

 

「そっちが本性ってわけだ」

 

「当然だろ、執務官なんかやってると色々堅苦しくやらなきゃいけないんだよ。まぁ、コレも俺が選んだことだから仕方ねぇけどな」

 

 薙原の後ろについていくと、薙原がとある部屋に入る。俺も彼に続いて中に入るとそこはかなり広い部屋だった。

 

「ここは訓練場だ。都合いい部屋が思い浮かばなかったからな。それでまずは何から話す?」

 

 薙原はそう言うと俺に向かって楽しそうに笑う。

 そして俺達転生者同士の会話が始まった。



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23話目 二人の違い

「まずは何から話そうか、そうだな、ここに来た時のことからでいいか」

 

 薙原はそう言って俺に話し始める。

 

「多分、お前もそうだと思うが、俺は若返ってあの部屋の中で目覚めた。それで、あの場所を色々歩いた結果、コレを見つけてこの世界に跳ばされた」

 

 そう言って薙原は俺にデバイスを見せる。どうやらこの世界に来るまでの過程は同じようだ。

 

「ナンバーは?」

 

「87、そういうお前は?」

 

「99。間が結構空いているな」

 

 薙原の番号は俺より十番以上早い、つまり俺達の間には十人の人間がいることが推測できる。

 

「俺がこの世界、リリカルなのはの世界に来た時はどの世界かはわからなかったが、ぶっ倒れて目が覚めたら管理局に保護されてた。ちょうど俺を拾ったのがリンディで、彼女に後見人になってもらって管理局に入局したんだ」

 

「なるほど」

 

 彼が月村に保護してもらったのと同じように彼もまたリンディさんに保護してもらったようだ。

 

「リンディ・ハラオウンに俺達のことを話したのか?」

 

「ああ、と言ってもコレのこととか俺達の元の世界のこと、本当の年齢、そしてほんの少し原作のことについてだけどな」

 

「普通、信じてもらえるとは思えないんだけど」

 

 管理局という組織に俺達のことを説明したところで信じてもらえるとは思えない。精神異常者と間違えられるか、信じてもらえたところで利用されるのがオチだろう。

 

「まぁ信じてはもらえなかったな……これまでは」

 

 薙原はそう言って不敵な笑みを浮かべる。

 

「今回のジュエルシード事件が実際に起こったお陰で、少なくとも未来の情報を知っているというのは信じてもらえたからな。まぁ公人としてはコレである程度の信用はしてもらえただろう」

 

「管理局は俺達のことについて、どれほど把握しているんだ」

 

 そう実際の問題はここにある。俺達の存在は管理局にとって喉から手が出るほど欲しい存在だろう。デバイスを自由に改造でき、インストールされた魔法であれば何でも扱うことができ、その上ノーパソによって情報を自由に集め、改竄することができる。これほどの人材を管理局が放っておくわけがない。

 

「何も」

 

「はあ?」

 

「管理局は俺達転生者に関する情報を全く持ってない。少なくとも俺の知る限りではな。リンディやクロノには言わないように頼んであるし、あの二人もそれがどれほど危険なのかを理解している。うかつに公表するわけにはいかねぇよ」

 

 それに情報収集や改竄については言ってねぇよとつけ加えてくる。それを言わない辺り、コイツは冷静に物事を考えられる人間なんだろう。情報収集、改竄を公表するのは間違いなく、俺達の身を危険に晒す。それが組織ならなおさらだ。今、俺が無事なのも忍が良い人間であるからに他ならない。コレが悪い人間であったり、組織に忠実な人間であれば、俺は相当ヤバかっただろう。そこらへんの見極めもある程度していたとはいえ、俺の場合、本当に運が良かったとしか言えない。

 

 確かに薙原の言っていることは理解できる。しかし、その全てを信用するわけにはいかない。ノーパソを使って管理局のデータに進入し、俺達の転生者についてのデータがなかったのは知っているが、それでも薙原が何かをした可能性もあるし、実際に確かめてみるまではわからない。

 

「まぁ、信用できるわけがないよな」

 

 俺の表情を見てか、薙原は笑いながらそんなことを言ってくる。

 

「その辺は自分で確かめるといいさ。そんなこんなで俺は管理局に入った。それで今では執務官だ」

 

「今更だが、俺達以外の転生者は?」

 

 本来なら真っ先に聞くべきであろう質問なのだが、こいつの話を聞いていて質問するのが遅れてしまった。

 

「少なくともお前以外の転生者を俺は知らない。お前みたいに派手に動いてくれりゃ、わかりやすいんだがな」

 

 薙原は呆れたような、それでいて楽しそうな表情で俺を見る。

 

「お前の存在を知ったときはすぐに会いに行きたかったんだけどな、仕事が忙しくてそんな余裕もなかった」

 

「いや、ノーパソ使って連絡しようと思えばできただろ」

 

 ノーパソさえ使えば、携帯なり、月村のパソコンなりに連絡を入れることも難しくなかったはずだ。

 

「わかってねぇな。こういうのは直接会って驚かせるからいいんだぜ」

 

「アホか」

 

 薙原の言葉を切って捨てる。俺としてはなるべく早い接触が希望であったので、こいつの行動には呆れるほかない。

 

「まぁ、安心したよ」

 

 薙原が俺を見て、言葉を漏らす。

 

「月村家に情報や技術を与えていたから、チートを使って俺スゲーとか言ってるような奴だろうって勝手な予想をしてたからな。そういう奴って、管理局に反抗してくるだろうし、面倒くさそうなんだよ。まぁ、お前はまともそうだけどな」

 

 薙原の言葉に自分の行動を振り返ってみる。忍に情報と技術を与えて、住居とお金を貰い、すずかやなのは、アリサと友達になって、デバイスを使って氷村遊と戦った。それでなのはに魔法を教えて、今はジュエルシードを集めて、管理局と交渉中。

 

 ——なんというか、コレも相当だと思うんだけどな

 

 自分のしてきたことを間違っているとは思わないが結構なことをやっているなとは感じる。少なくとも自分のやってきたことに後悔はしていない。

 

「管理局との交渉は反抗には入らないのか?」

 

「予想はしてたからな。一応、管理局のルールでもあるんだぜ。現地の人間がロストロギアを回収、もしくは保有している場合、交渉によって穏便にロストロギアを回収することってね」

 

「そのロストロギアが回収できなかった場合は?」

 

「場合によりけりだな。管理外世界で国宝指定とかにされている場合とかはその世界に人を派遣して監視や管理するような場合もあるし、一個人の保有の場合は事情を説明して封印処理や管理の仕方を教える場合もあるし、最悪危険なものだと強奪ってこともありうる」

 

 薙原の説明に納得する。原作ではその辺りのことを書かれていなかったため、どうなのかわからなかったがある程度のルールは作られているようだ。まぁ、最後の強奪というのはどうかと思うが、日本でも道路を作るのに立ち退きを強制したような事例は過去にもあるので、この辺りは仕方のないことなのだろう。納得するかは別物であるが……。

 

「国宝とかでない場合は基本的に交渉で何とかなってるから、強奪っていう事例はここ数年、記録を見た限りではないみたいだぞ。まぁ世の中ものをいうのは金らしいな。世知辛い世の中だ」

 

「つうか原作だと、なのはに報酬とかなかった気がするんだが?」

 

「無償で回収できるのに越したことはないだろ?」

 

 要するに相手の善意につけ込んで報酬を支払わなかったと。まぁ、ロストロギアを発見するたびに対価や報酬を用意するのは相当キツイのだろう。管理局は慢性人手不足な上に資金不足だ。だからどうしてもその辺りは考えないといけない。むしろ、その辺りの費用を抑えるために少々強引な手段に出るという可能性も考えられたのだが記録ではそのようなことが起こってないのは管理局の規律がしっかりとしていると言うべきなのか、隠蔽が上手いと言うだけなのか。

 まぁ、今回に限って言えば忍が出し抜かれる可能性など皆無に等しいため心配は無用だろう。

 

「他に聞きたいことは?」

 

「お前にもメールは届いたのか?」

 

「ああ、あの開始メールね。届いたよ」

 

 俺の質問に薙原はつまらなそうに答える。どうやらあのメールはコイツにも届いたようだ。

 

「俺達がこの世界に送られてきた理由とか、誰がやったのかとかはどうだ?」

 

「知るかよ、そんなこと。まぁ、でもここに来たばかりの頃は考えてたな。もう考えるのやめたけど」

 

 薙原は溜息を吐きながら、頭を掻くと俺を正面から見つめる。

 

「お前ってさ、元の世界に帰りたいって思ってる?」

 

「ああ、当たり前だろ」

 

 薙原の質問に俺は即答する。俺はそのためにジュエルシードを集めていた。可能性は低いとはいえ、それが現時点で唯一の可能性だと思ったからだ。

 

「俺はさ、別に元の世界に帰りたいとは思わないんだよ」

 

 別に薙原の意見などおかしいとは思わない。五年以上もこの世界にいるのだ。そういった結論に辿り着くこともあるだろう。

 

「俺は元の世界で社会人だったけど、お前は?」

 

「大学生だったけど」

 

「そうか」

 

 薙原は少し憂鬱そうな顔をする。元の世界のことでも思い出したのだろうか。

 

「元の世界に比べて、この世界はどう?」

 

「良いんじゃないかな」

 

 元の世界に比べてこの世界は良い場所だと思う。元の世界が悪いというわけではない。ただ、この国の経済はこの世界の方が安定しているし、月村家が技術を握っていることで世界的な発展も見込める。それに髪の色とかに違和感を感じないわけではないが美人も多い。忍は言うに及ばず、ノエルやファリン、さくら、美由希、桃子さんなど少なくとも俺の周りの女性陣には美人が多かった。夜の一族の騒動や今回のような魔法関係の事件があるのは事実だが、それを踏まえたとしても元の世界に比べれば良い所だと思う。……家族や友人などがいないことを除けばだが。

 

「ああ、俺もそう感じている。それに俺達の場合はコレがあるから少なくとも管理局には優遇される」

 

 薙原の言うことは理解できる。情報収集のことは公にできないとしてもデバイスの改造、そしてコイツも執務官であることからそこそこの魔力を持っているだろう。

 

それだけでも管理局に優遇されるのは間違いない。

 

「俺も執務官になったし、努力次第ではすぐにキャリアを積める。ついでに言うなら、エリートってだけで女にもモテるしな」

 

「そこでオチをつけるとは流石だな」

 

 微妙にシリアスになったが、薙原の一言によって払拭される。俺はこの状況でこんな冗談を言える薙原に呆れつつもむしろ尊敬してしまった。てか、顔も悪くないし、少なくともこんな風に会話できるなら元の世界でもそこそこモテそうな気もするが、確かにこちらの世界の方がちやほやはされそうだ。

 

「お前は俺よりまだ恵まれてるだろ。月村家と仲が良くて、高町なのは達ともお友達だ。こっちで生活しても良いし、管理局に来てもいい」

 

 この世界に残ることを考えれば確かに俺は薙原よりも遥かに恵まれた立場にある。薙原にも選択肢はあっただろうが少なくとも現時点で管理局に入ることを選んだ。それによってある程度未来は決まったと言っても過言ではない。

 

「誰が俺達をこの世界に送ったのか、どういう目的があるか、なんて俺はどうでもいいんだよ。元の世界に帰るつもりもないし、この世界で生きていくことに満足してる。まぁ、友達や親に会えないのは残念に思うけど、それでも自分の幸せを優先したいんだ」

 

 薙原の話しを黙って聞く。俺よりも長くこの世界にいたのだ。結論に至るまでに苦悩したのかどうかはわからないが、参考程度に聞いておいた方が良いだろう。

 

「お前は元の世界に帰りたいって言っていたよな。今のところ一番可能性があるのはジュエルシードだろ? でもその可能性は低い、だから管理局と交渉するのも止めようとしないんだろ」

 

 まるで俺の思考を読んでいるかのように言ってくる。それは間違いなく俺の考えていたことと一致していた。

 

「俺も同じことを考えたよ。ま、諦めたけどな」

 

 薙原も同じことを考えたようだ。俺も少ない可能性に賭けるかどうか迷ってはいるが、今のところジュエルシードによる帰還はあまり期待してはいなかった。

 

「まぁ、元の世界に帰るっていうなら同郷のよしみで手伝うさ。俺も心変わりしないとは限らないしな」

 

 薙原の言葉はありがたいと思うと同時に少し考えさせられた。俺ももしかしたら心変わりをするかもしれない。もし帰還方法を見つけたとき、俺はどちらを選択することになるのだろう。今はまだ帰りたいという思いが強いが、その時はどうなるかわからない。

 

「未来か…」

 

「どうしたんだ?」

 

 思わず呟いてしまったことに薙原が反応してくる。

 

「いや、この世界ってマテリアル事件が起こるのかなって思ってさ」

 

「ああ、ゲームの」

 

 俺の言葉に薙原が思い出したように言葉を漏らす。

 マテリアル事件、それはリリカルなのはがゲーム化したときのオリジナルストーリーだ。なのはのゲームはPSPで二作品発売されており、マテリアル事件はその一作目でのストーリーだ。そして二作品目であるGODではある人物が登場するのだ。

 

「GODだと未来からヴィヴィオとアインハルトが来る」

 

「二人に会ったときの反応で未来の俺達のことを知るわけだ」

 

 そう薙原の言った通りだ。彼女達に会えば少なくとも俺達が未来で存在しているのかを知ることができる。

 

「まぁ、マテリアル事件が起こるかもわからないけどな」

 

「その時はその時だ。帰還方法を頑張って探せばいいさ」

 

 薙原はそう言って俺の肩を叩く。

 

「そういえば名乗ってなかったな。烏丸拓斗、拓斗でいい。よろしくお願いしますよ先輩」

 

 俺は薙原に名乗っていなかったことを思い出し、自己紹介を済ませる。

 

「なんだよ先輩って。さっきも名乗ったけど薙原和也だ。まぁ、実年齢でも俺のほうが上だけど、和也でいいぞ。それと敬語もいい、仲良くやろうぜ後輩」

 

 俺と和也は握手を交わす。そしてお互いに笑った。まだ、お互いに信用したわけでも信頼しているわけでもない。ただ、こうして同郷の人間と会えただけでもよしとしよう。

 

 ——そろそろ無印も終わりそうだし、頑張りますか。

 

 和也と握手を解くと、俺は気持ちを切り替える。そして、忍と管理局との交渉の進展を確認するために彼女達のいる部屋に戻るために歩き出した。



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24話目 夜

ブログのほうで63話目を更新しました。


 忍達のところへと戻った俺達を待っていたのは、満足げに笑っている忍と少し疲れた表情を見せているリンディさんの姿であった。

 

「あっ、拓斗おかえり〜」

 

「そっちも終わったみたいだな」

 

「ええ、非常に有意義な話し合いだったわよ」

 

 忍の満面の笑みに思わずリンディさんに同情してしまう。一体、どれほどの対価を支払うことになったのやら。

 

「それで内容の方は?」

 

「コレよ」

 

 忍が要求したものの内容が気になったので聞いてみると、忍が紙に書かれたリストを見せてくれる。拇印などが押されていることから正式な書面であることがわかる。

 リストに書かれていた内容は大体は予想したとおりであった。管理局の保有する技術、物資などの流通。それに伴う権利など許可。ノエルやファリン達の情報封鎖とデータ、ログの削除。ユーノに対するデバイスの保障。俺やなのはへの管理局への勧誘などの過度な干渉の不許可。そして今回の事件に関する全ての情報の提供及び行動の許可。などなど相当な数の項目が設けられていた。

 

「うわぁ」

 

 あまりの項目の多さに思わず顔が引きつってしまう。特に下の方に書かれてあった管理局で使用されているデバイスや情報端末、研究用の機材などの提供などは間違いなく忍が付け加えていった項目であろう。技術や物資の流通許可と初期設備投資までここで済ませるつもりのようだ。

 

「まぁ、とりあえずはこんなところよ。これ以降も私達がジュエルシードを回収したり、回収に貢献したりすれば、さらに絞り取れるから頑張ってね」

 

 忍はさらにむしりとるつもりのようだ。奥では忍の言葉を聞いてリンディさんがさらに絶望した表情を見せている。

 

「じゃあ、条件もまとまったし、今回はお暇しましょうか」

 

「そうだな、士郎さん達にも説明しておかないといけないし、微妙に疲れた」

 

 管理局と接触したことは恭也やなのはが伝えるんだろうが、忍がした交渉の内容などは忍から伝える必要がある。それに俺も疲労を感じていた。今日はすずかの暴走と管理局との接触、さらには和也との出会いなど色々ありすぎたので精神的に疲れた。

 まぁ、おそらく残っているのが海の中に沈んであるジュエルシードだけなので、後はそれにさえ気をつけていればいいので少しは楽になっている。

 

「では皆さんをお送りします。クロノ、こちらは終わった、皆さんお帰りになるみたいなので転送ポートに案内を」

 

 和也の態度が先ほどまでと変わる。どうやら公私で態度が全く違う人間のようだ。さっきまでの態度を知っている身としては違和感しか感じないが、これも働いていく上では必要な技能なのだろう。

 

「それではリンディさん、失礼しますね」

 

 部屋を出る前に忍が一言リンディさんに挨拶する。俺とノエルもリンディさんに一礼してから部屋を出ようとする。

 

「ええ、それではまた」

 

 部屋を出ようとする俺達にリンディさんは笑顔で見送ってくれる。明らかに表情は引きつっているが、そこを責めるのは酷だろう。

 

「あっ、拓斗君」

 

「なのは、すずか、どうだったそっちは?」

 

 和也の案内で転送ポートまで歩いているとなのはやすずか達と合流する。

 

「うん、楽しかったよ。色々なものが見れたし…ねっ、なのはちゃん」

 

「うんっ、ここって凄いね。見たこともないような機械もあったし、料理も少し違ってたけど、美味しかったよ」

 

「食堂にも行ってたんだ」

 

 どうやら艦内は随分と楽しめたようだ。異世界の料理は確かに気にはなるが、それは次の機会まで待つことにしよう。

 

「転送場所はどうしようか?」

 

「海鳴公園がいいかな」

 

「うん、あっ、私とクロノ君が会った場所でお願いします」

 

 俺の言葉になのはが付け加えるように言う。土地勘のないクロノのために場所をわかりやすく伝えたのだ。

 

「わかった。じゃあ、気をつけて」

 

「うん、クロノ君、ありがとう」

 

「ありがとうクロノ君」

 

 なのはとすずかがクロノにお礼を言う。それに続いて恭也達もお礼を言っていた。なのはやすずかにお礼を言われ、クロノは少し顔が赤くなっていたが女に免疫がないのか、それとも年下趣味なだけなのか。まぁ、前者なんだろうけど…。

 

「クロノ、顔が赤くなってるよ。照れてるのか?」

 

「そんなことはないっ」

 

 そんなクロノの様子を見てからかっている和也とそれに向きになって反論するクロノ、クロノの身長の低さも相俟ってか二人は兄弟のように見える。

 

「っと、拓斗もまた今度。次はもっとゆっくり話せるといいな」

 

「ああ、またな」

 

 和也と挨拶を交わし、俺達は転送される。すると辺りは既に暗くなりかけていった。

 

「まずは恭也の家ね。士郎さん達に今日のことを話さないといけないし」

 

「ああ、そうだな」

 

 忍の言葉に恭也が頷く。そして俺達は高町家へと向かった。

 

 

 

 

「それにしてもこの子達凄いね。白い子の方、なのはちゃんも黒い子の方も単純な魔力だけならクロノ君を上回っちゃってるね」

 

「魔法は魔力値だけが全てじゃない。状況に合わせた応用力と的確に使用できる判断力だろ?」

 

 俺の目の前ではエイミィが先ほどのジュエルシードを封印しているときの映像データを流していた。

 

「エイミィ、拓斗の戦闘映像出してくれ」

 

「OK、わかったよ和也君」

 

 俺はエイミィに頼んで拓斗の戦闘映像を出してもらう。俺が来たときには既にジュエルシードの封印が終わっていたから、俺はアイツの戦闘を見てはいない。それに同じ転生者ということで知っておきたいと気持ちも強かった。俺と同じ自由に戦闘スタイルを選べる彼の戦い方も気になる。

 

「これだね、じゃあ流すよ」

 

 エイミィが出した映像ではまず始めに女の子が戦っていた。どうやら、月村すずかが戦っている姿のようだ。

 

「うわぁ、この子も無茶するね」

 

「しかし、魔力資質もなしに魔法を使っている? このデバイスは一体…」

 

 魔力資質もない女の子が戦っていることに二人は驚いている。まぁ当然だろう。管理世界では魔力資質のない人間が魔法を使うことはありえないからだ。

 画面の中では月村すずかが劣勢に立たされていた。そして彼女が助けを求めたときに拓斗が現れる。そして、拓斗は銃型のデバイスを暴走体に向け、魔法を放つとあっさりとジュエルシードを封印した。

 

「予想外だなこりゃ」

 

 思わず感想が漏れる。まさかここまでのレベルだとは思っていなかった。暴走体に向け、魔法を変えつつ連続で発射、そしてその全てを着弾させている。この映像だけでは実力の全てはわからないが、少なくとも発動速度と魔法の切り替えの早さは驚くべきものだ。

 

「この子も相当凄いね。クロノ君達でも危ないんじゃない?」

 

「これだけだとわからないが、さっきの二人より苦戦するかもしれないな」

 

「まぁ経験差もあるし、相性もあるからわからないが、流石に負けたくはないな」

 

 拓斗はこちらに来てから一年と言っていたから、俺の方が遥かに長い時間こちらにいて管理局にいる分戦闘経験も豊富だ。それに年下に負けたくないと言う意地もある。

 

「二人とも信頼してるよ、それよりこの人達なんだけど」

 

 そう言ってエイミィが出したのはメイド服姿の二人の女性。月村の姉妹に仕えているメイドさん達だった。

 

「生体反応はないけど人間みたいに動いているし、魔法も使っているんだよね」

 

「ああ、エイミィ、その二人とさっきの女の子のデータは消しておいてね」

 

 映像を見てエイミィが言葉を漏らしていると、俺達の後ろから声がかけられる。声をかけてきたのはリンディだった。

 

「母さ、いえ、艦長」

 

「さっきの交渉でね。その二人とさっきの女の子が使っていたデバイスに関するデータは完全に消しておいて欲しいって要求されちゃったの」

 

 リンディは疲れたように溜息を漏らす。この様子を見ると本当に月村忍との交渉は疲れたみたいだな。

 

「よろしいんですか?」

 

「仕方ないわよ、この件に関しては遅れた私達が悪いんだし。確かに予想より条件は悪いわ、だけど、彼らのお陰で現地の被害が抑えられた。これも事実なのよ」

 

 リンディはきちんと契約を守るつもりのようだ。これに俺は胸を撫で下ろす。リンディの立場上、契約を破るという可能性もあったのだが、そうするとあいつ等を敵に回すことになる。それだけは勘弁して欲しかった。

 

「わかりましたデータは消しておきますね。緘口令はどうしますか?」

 

「武装隊にはもう言ってあるわ。まぁ、彼らも彼女達のことには気づいてないでしょうけどね」

 

 俺も初めて見たが、あの二人のメイドは全く人間にしか見えなかった。彼女達に接触した武装隊の連中が気づかないのも無理はない。

 エイミィがコンソールを叩き、データを消していく。武装隊のデバイスにもデータは残っているだろうし、確認のために俺もノートパソコンを使って、データを念入りに消しておくとしよう。

 

「はぁ、私は手続きのための書類を作るために艦長室で仕事してるわ。後は任せるわね」

 

「頑張ってください」

 

 リンディが艦長室へと歩いていくのを見ながら、エールを送る。この船の責任者は彼女なので、この手の書類作成は彼女の仕事で、俺達が手伝えることは少ない。後でいくらかは書類が回ってくることになるだろうが……。

 

「まぁ、頑張りますかね」

 

 俺以外の転生者と出会えたこと、その相手がまともな人間であったことを嬉しく思いながら伸びをする。これからのことを思うと少し楽しくなった。

 

 

 

 

「なるほど管理局と接触したのか」

 

「ええ、会った感じでは責任者はまともそうな人間でしたね」

 

 俺達は今、高町家で今日あった事を話していた。士郎さん達は俺達の話を聞くと少しほっとした表情を浮かべる。

 

「何はともあれ無事で良かったよ。忍ちゃんも女の子なんだからあまり無茶はしないでくれよ」

 

「わかってます。でも、まぁ今回は仕方なかったですしね」

 

 忍は苦笑いで士郎さんの言葉に返す。今回は中身が二十歳を超えている俺以外、全員未成年だ。俺も見た目が子供であることから、子供ばかりで交渉を行ったことが士郎さんには心配だったのだろう。

 

「今日は皆、家で食事をするといいわ。なんなら泊まっていってもいいし」

 

「すずかちゃん達、泊まってよ。私もそっちの方が嬉しいし」

 

 桃子さんの言葉になのはは追従するように俺達に言ってくる。その表情は本当に楽しみといった感じだ。

 

「じゃあ、お言葉に甘えます。ノエル、桃子さんの料理を手伝ってあげて」

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

 ノエルが頭を下げて桃子さんと共にキッチンへと向かう。俺達はこうして高町家に泊まることになった。

 

「すずか、ちょっといい」

 

 士郎さん達との話しが終わると忍はすずかを連れて、部屋の外に出る。俺は気になったので彼女達に隠れてついていった。

 

「すずか、どうしてあんな無茶をしたの?」

 

 忍はすずかに質問する。すずかが忍の作ったデバイスを持ってジュエルシードを封印しようとした理由が知りたいのだろう。すずかはしばらく俯いていたが、ゆっくりと呟くように口を開いた。

 

「………から」

 

「なに?」

 

「拓斗君の力になりたかったから…」

 

 すずかの言葉は隠れていた俺にもはっきりと聞こえた。

 

「私もなのはちゃんみたいに拓斗君の力になりたかったの」

 

 すずかは今にも泣き出しそうな表情でそう言った。それを聞いた忍はすずかを抱きしめる。

 

「そう、理由はわかったわ。でもね、すずか。あんまり無茶はしないで、貴女は私の大事な妹なんだから」

 

「ごめんなさい、お姉ちゃん」

 

 忍の胸の中ですずかは泣く。俺はその二人の姿を見て、邪魔をするのは悪いかなと思い離れようとする。

 

「拓斗、見てるんでしょ」

 

「え?」

 

 離れようとした俺に忍が声をかけてきた。彼女達のいる場所からは俺の姿は見えないはずだが、どうやって俺の存在に気づいたのだろうか?

 

「こっちに来なさい」

 

 忍の言葉に逆らえず、俺は二人の前に出る。忍は真っ直ぐに、すずかは戸惑った様子で俺を見つめてきた。

 

「拓斗はすずかに言うことはないの? さっきの話し、聞いてたんでしょ?」

 

 忍の言葉を聞いて、俺は二人へと近づく。さっきのすずかの言葉を聞いて思わなかったことがないわけではない。それだけすずかが俺のことを想ってくれたのは純粋に嬉しかった。

 

「すずか」

 

「な、なに?」

 

「すずかは俺の力になりたいって言ってたけど、もう十分に俺はすずかに助けられてるよ」

 

「え?」

 

 俺の言葉にすずかは戸惑った表情を浮かべる。

 

「この世界に来たときにすずかに助けてもらったし、こっちでの生活でもすずか達がいるから寂しい思いをしてないし、楽しく過ごしているんだ。すずか達には本当に感謝してるよ」

 

 本当にすずか達には感謝している。衣食住に困ってはいないし、皆がいて俺はこの世界で楽しく毎日を過ごしている。まだ、元の世界に帰りたいという気持ちが残っているが、この世界で生きることに満足している自分も確かに存在していた。

 

「魔法なんて使える必要なんてないよ。俺はすずかが傍にいてくれて嬉しいよ」

 

 俺はすずかに近づき、彼女の頭を撫でる。指に絡まる彼女の髪が気持ちいい。

 

「うん…ありがとう、ゴメンね」

 

 すずかが俺に感謝と謝罪を言ってくる。あの誘拐事件が終わって、俺が目覚めたときも同じようなことがあったなと思いつつ、俺はすずかの頭を撫で続けた。

 

「愛されてるわね、拓斗」

 

 忍がすずかに聞こえないように俺の耳元で囁くが、俺は聞こえないフリをした。

 

 

 

 

 

「そういえば拓斗君が家に泊まるのって初めてだね」

 

 すずかを慰めた後、少し遅めの夕食を取り、お風呂から上がると俺はなのはの部屋に来ていた。どうやら、俺はこの部屋で過ごすことになるらしい。当然ながら、すずかもなのはの部屋で寝る。

 

「そうだな、士郎さんに剣を習うために道場にお邪魔したり、ご飯を食べたりすることはあるけど、泊まったのは初めてだ」

 

 高町家にお邪魔する機会は多いがこうして泊まるのは初めてだった。まぁ、特に珍しいことではないんだけど。逆になのはやアリサが月村邸で泊まることは何度かあった。

 

「今日はたくさんお話ししようね」

 

「うんっ」

 

 すずかとなのはが楽しそうにそんなことを言っていたので、夜は長くなりそうだと思っていたのだが…

 

「すぅ、すぅ」

 

「ん、ぅ」

 

 二人は一時間もせずに眠りについていた。これには拍子抜けしたが二人ともジュエルシードの暴走体と戦ったんだし、管理局との接触もあったので少し疲れていたのかもしれない。ただ、問題があるとすれば…

 

 ——動けないんだけど

 

 二人が俺の腕に抱きついているため、俺が動くことができないことだろうか。右を見ればすずかの顔が、左を見ればなのはの顔が見える。なのはは自分のベッドがあるにもかかわらず、床に敷いてある俺たちの布団へと潜り込んでいた。

 

『ユーノ、助けてくれないか』

 

『無理、僕も眠いんだから、起こさないでよ』

 

 ユーノに助けを求めるが冷たくあしらわれる。いや、確かに疲れているし眠いのはわかるが、ちょっとぐらい助けてくれてもいいんじゃないか? そんなことを考えつつ、俺に抱きついている二人の寝顔を観察する。

 二人とも穏やかな表情で眠っていた。それを見てか、俺も眠気を感じる。

 

「ふぁ〜、俺も寝るか」

 

 二人を起こさないように小さな声で呟くと俺は腕に感じる二人のぬくもりを感じながら、眠りについた。この日は、この世界に来てから一番気持ちよく眠れた。家族や友達に会えない寂しさも、元の世界に帰りたいと言う気持ちもこの夜だけは忘れていた。



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25話目 もどかしい思い

「ん、ふぁ〜」

 

「あっ、起きたんだ、おはよう」

 

 朝、寝惚け眼をこすりつつ、布団から起き上がると隣から声をかけられる。そちらの方を振り向くとなのはがこっちを向いていた。

 

 ——そういえば、昨日はここで寝たんだっけ

 

「おはよう、なのは」

 

 働かない頭で昨日のことを思い出しながら、なのはに挨拶する。そして、なのはとは逆側を見てみると、まだすずかが眠っていた。

 

「すずか、朝だ、起きろ」

 

「う、ん、拓斗、君?」

 

 俺が声をかけるとすずかも目を覚まし、ゆっくりを起き上がった。

 

「すずかちゃん、おはよう」

 

「おはよ〜、なのはちゃん、拓斗君」

 

「おはよう」

 

 すずかの挨拶に返すと俺は立ち上がり、顔を洗いに行くために洗面所へと向かう。すずかも俺と同じなのか一緒についてきた。

 

「あっ、おはよう、すずかちゃん、拓斗君」

 

「おはようございます美由希さん」

 

「おはようございます」

 

 洗面所に向かう途中に美由希と遭遇する。美由希は朝の鍛錬をしていたのか、少し汗をかいていた。いつもの三つ編みと眼鏡ではなく、髪をおろし、眼鏡をかけていない姿は新鮮であった。

 

 ——こっちの方が男受け良さそうなのに

 

 美由希の普段の姿に少しもったいない気がしながらもそれは伝えず、そのまま会話を続ける。

 

「朝から鍛錬ですか?」

 

「まあね、ランニングと剣の練習をね」

 

 士郎さん達と同じく美由希もまた御神の剣士だ。やはり鍛錬は怠っていないのだろう。そんな美由希だが、流石御神の剣士と言うべきかかなり強い。総合的な能力ではまだ士郎さんや恭也には及ばないだろうが、たまにではあるが二人より凄いと思わせる時がある。

 模擬戦の時に絶対に反応できないであろうタイミングと死角からの攻撃であったのに反応して回避したり、こちらの予測した威力やスピードを遥かに超えた攻撃を仕掛けてくることがある。

 そんな美由希と俺との戦績であるが、美由希が七割方勝利で終わっている。ちなみになのははまだ勝った事はない。いくら体格差はあるとはいえ魔力で強化すれば関係ないし、ソニックムーブなどの高速移動がある分こちらが有利かと思ったのだが全く関係なかった。こちらの戦術は培った経験で読まれ、防御は徹によって無意味と化し、何度も敗北してしまった。

 

「じゃあ、二人ともまた後でね」

 

 美由希と別れ、洗面所に辿り着くと顔を洗う。鏡を見てみるが寝癖などはついていないようだ。

 

「そういえば今日、学校なんだけどどうしようか?」

 

「朝、食べてから一旦家に戻るんじゃないかな」

 

 顔を洗い、リビングへ向かいながらすずかと話しをする。残念なことに今日は平日で学生である俺達は学校に通わないといけない。

 

「すずかお嬢様、拓斗さん、おはようございます」

 

「ノエル、おはよう」

 

「おはよう、ノエル」

 

 俺達がリビングへと向かう途中にノエルと会ったので挨拶をする。

 

「制服をお持ちいたしましたので、お着替えください」

 

 そう言ってノエルは俺達に制服を手渡してくれる。どうやら取りに帰ってくれたようだ。

 

「ありがとうノエル」

 

「ありがとう」

 

 ノエルにお礼を言うと俺達は制服に着替える。もちろん一緒に着替えるなんてことはしない。

 

 そうして、いつも通り制服に着替えた俺達は桃子さんの作った朝食をいただくと、学校へと通った。

 

「三人で一緒に歩くのってなんだか不思議な感じだね」

 

「いつもはアリサもいるし、こういうことって滅多にないからな」

 

 なのはの言葉に返す。すずかと一緒に帰ったり、訓練の関係でなのはと一緒に帰ったりすることはよくあるが、三人でというのはなかなかない。しかし、いつも一緒にいるはずの一人がいないだけで少し寂しい気分になる。

 アリサは俺達のムードメーカー的存在だ。いつもアリサは明るく、元気にいてくれるため、俺達も楽しく毎日を過ごしている。

 

「お〜い、みんな〜、おはよう」

 

 バス停まで歩いていると、既にバス停にはアリサが到着して俺達を待ってくれていた。

 

「おはよう、三人一緒ってどうしたの?」

 

 アリサは開口一番、俺達が三人一緒に登校してきたことを訝しんだ。月村邸と高町邸はこのバス停を挟んで反対方向にあり、俺達が三人で登校する可能性などほとんどないことを彼女は知っているからだ。

 

「まぁ、色々あってね」

 

「ああ、なるほど、そっち関係ね」

 

 周りには俺達と同じようにバスを待っている人がいるため、人目が気になり話すことができない。アリサはそんな俺の態度から大まかな理由を推測したようだ。

 

 バスが来たので乗り込むと後ろの席へと座り、昨日起こったことをアリサに説明した。すずかの暴走行為などは伏せて、管理局のことだけを話した。

 

「ズルイわ」

 

 俺達の話を聞いたアリサは少し不機嫌そうな表情でそう言った。

 

「何でアンタ達だけで、そのアースラって船行くのよ。私も連れて行きなさいよ」

 

「まぁ、昨日は突然だったし…」

 

「アリサちゃんいなかったから…」

 

 アリサの言葉にすずかとなのはが少し苦笑いになりながらアリサに対して言う。アリサの反応は予想通り過ぎて、思わず苦笑いが出るレベルのようだ。

 しかし、こればかりは仕方がない。いくら魔法のことを知っているとはいえ、アリサは魔導師と言うわけではないし、昨日あの場にいなかったのだ。わざわざ、彼女だけを呼ぶわけにも行かないので、我慢してもらうほかない。

 

「それはまだいいわ。その後、なのはの家でお泊りしたですって、それこそ私を呼んでくれたっていいじゃない」

 

「まぁ、それは次の機会でいいんじゃないか。どちらにしても昨日は疲れてすぐに寝ちゃったし」

 

「そういう問題じゃないわよ。私だけ仲間はずれみたいで嫌なの」

 

 アリサは少し拗ねた表情を見せる。その頬は少しだけ赤くなっていた。どうやら自分の言ったことが恥ずかしいらしい。

 

「ゴメンね、アリサちゃん」

 

「アリサちゃん、ごめんなさい」

 

 そんなアリサを見てか、なのはとすずかがアリサに謝るがその表情は少し微笑んでいる。アリサの態度を可愛らしく思っているみたいだ。

 

「まぁ、いいわ。それでそのアースラってどんなとこだったの?」

 

 アリサもそんな二人の謝罪を受け入れるとアースラのことが気になるようで、なのはとすずかに色々聞いていた。俺は昨日、アースラの中を廻っていないのでアリサには説明できなかったが、なのはとすずかの話しを聞いている限り、やはりSFに近いような感じらしい。

 結局、バスが学校近くに停まるまで、俺を除いた三人でその事ばかりを話していた。

 

 

 

 

 学校が終わった俺達はアースラへと来ていた。昨日の続きというのもあるだろうが、管理局側としては俺達の動きを監視しておきたいようだ。

 

「へぇ〜、ここがアースラね」

 

「不思議なところだな」

 

 一緒に来たアリサと士郎さんが感想を漏らす。今回、アースラに来たメンバーは俺、なのは、すずか、アリサ、ユーノ、保護者に士郎さん、忍、そして鮫島さんだ。

 

「いやはや、世界とは不思議なものですな」

 

 鮫島さんが感想を漏らす。鮫島さんがここに来た理由であるが、アリサの付き添いと管理局の視察である。アリサのご両親も忍から話しはされているとはいえ、実際に確かめてみないことにはわからないこともあるので彼を派遣したようだ。もし、仕事がなければ直接自分の足で赴くつもりであったらしい。

 

 管理局側も新たに色々な人を連れてくるのは好ましくないようだが、保護者であり、今回の事件の協力者である以上、断るなんてことはできないので、渋々だが了承してくれた。

 

「残りのジュエルシードは六個、彼らの捜索範囲を調べると地上はほとんど調べられてるから、後は海中ぐらいかな」

 

 ブリッジに案内され、そこで管理局側のジュエルシードの探索光景を見る。サーチャーを使って、モニターに映る映像を見たり、俺達が渡したデータを見ながらジュエルシードを探索していた。

 流石にこの辺りは管理局の方が優秀だろう。サーチャーで探索できるとはいえ人海戦術に頼らざるおえない俺達とは違い、管理局の方が機材が整っているし、こういった事態にも慣れているため、作業の効率が半端ない。

とはいえ、もうほとんど回収しているし、残りが海の中というのも原作知識を持っている俺達は予想がついていたため、なんというかその努力に虚しいものを感じる。

 

「捜索域、海上にて大型の魔力反応を感知!!」

 

 ブリッジで探索を頑張っているのを見ていると突如警報がなり、ブリッジクルーの一人が大きな声を上げる。

 

「映像でます!!」

 

 ブリッジクルーの一人がそう言うとモニターが表示され、そこに一人の少女が映し出される。

 

「フェイトちゃん……」

 

 なのはの口から少女の名前が零れる。フェイトは巨大な魔方陣を展開し詠唱を呟いていた。

 

 それはある意味予想通りの展開で、そして予想から少し外れていた。フェイトが行おうとしているのはジュエルシードの強制発動、外部から魔力によって干渉することで強引に発動させ、力技で封印しようというのだ。

 それに関しては原作通りなので予測できたことだ。問題はない。ただ、問題があるとすれば時期であった。

 フェイトは昨日ジュエルシードを封印して、なのはと戦い合い、その上クロノから攻撃を貰っているはずである。当然、消耗しているはずであるし、管理局が来たこともわかっているはずだ。

 

 ——予想なら、少し回復してからやると思ってたのにっ!!

 

 思わず拳を握り締める。それは自分の予想が外れたということもあるが、それよりもまだ回復しきっていない状態であんな無茶をしようとするフェイトへの苛立ちも含まれていた。

 

 フェイトが儀式魔法を発動させる。無数の稲妻が海面に叩きつけられ、凄まじい衝撃を生み出した。その衝撃で海面は荒れ狂い、そしてその影響を受けて、ジュエルシードが発動する。

 

「なんとも呆れた無茶をする子だわ」

 

「無謀ですね、間違いなく自滅します。あれは個人のなせる魔力の限界を超えています」

 

 リンディさんとクロノが言葉を漏らす。

 

「あ、あの、早くフェイトちゃんを助けにいかないと!!」

 

 なのはが焦った表情で声を上げた。モニターにはフェイトの様子が映し出されているが、はっきり言って相当不味い状況だ。

 強制発動されたジュエルシードが竜巻を発生させ、海水を巻き上げ無数に吹き荒れる。フェイトはジュエルシードを封印するためにその間を縫うようにして飛び回っているが、暴風によって飛ばされ、巻き上げられた海水が叩きつけられ、既にボロボロの状態だ。

 昨日の疲労、そして先ほどの儀式魔法の行使によって魔力不足を起こし、動きが鈍い。

 

「その必要はないよ、放っておけばあの子は自滅する」

 

「えっ!?」

 

「仮に何とか封印できたとしても、かなり消耗しているだろうからそこを叩けばいい」

 

「で、でもっ!!」

 

 クロノの言葉になのはが反論する。誰かが困っているのを見捨てることができない彼女のことだ一刻も早く助けに行きたいのだろう。

 

「今のうちに捕獲の準備を」

 

 クロノが指示を出す。俺は隠れてデバイスをセットアップすると術式を組み始める。

 

「私達は常に最善の選択をしなければいけないわ、残酷に見えるけどこれが現実なの」

 

「ぷっ」

 

 リンディの言葉に思わず、笑いが漏れる。正直に言おう。もう我慢の限界だった。

 

「拓斗君?」

 

 俺の様子を見て、なのはは戸惑ったような声を上げる。

 

「最善の選択ね。なのは、ユーノ、行くよ」

 

 デバイスをセットアップしてバリアジャケットを展開すると転移魔法を起動させる。

 

「そもそも、そっちの命令に従う義務もないので勝手に行動させてもらいます」

 

 俺はそう言うとなのはとユーノを連れて、フェイト達のいる海上へと転移した。

 

 

 

 

 

「最善の選択ね。なのは、ユーノ、行くよ」

 

 そう言って、拓斗達が転移する。俺もそれを確認するとデバイスをセットアップして彼らの元へと向かおうとした。

 

「はぁ〜、まぁこうなるわな」

 

「薙原執務官?」

 

「彼らの言っているのは正しい。少なくともここで自滅を待つのは得策じゃない」

 

 実際、クロノやリンディさんがこういう手を嫌っているのは知っている。年端もいかない女の子の自滅を待つような手段なんて好き好んで使うような人間ではない。現に捕縛の指示を与えていたときも拳を強く握り締めていたのはわかっている。

 

「ジュエルシードは一つでも次元震が起こりうる。そんなものを六個も放置しておくなんて危険すぎます。何かあったときのために近くにいた方がいいかと」

 

「わかりました、クロノも同行して」

 

 俺の言葉にリンディさんはクロノに指示を出す。クロノもそれを聞くとデバイスをセットアップし、いつでも戦える準備を整えた。その表情は少し安心したような、それでいてやる気に満ち溢れていた。

 

「ホント、立場なんてあると面倒だな、クロノ」

 

「早く行くぞ。向こうが心配だ」

 

 俺の言葉を無視するようにクロノが呟く。俺達、執務官という役職もリンディさんの艦長をいう立場も責任が付きまとう。そのため、どうしても自分の感情だけで行動することは許されない。立場が、階級が、それを邪魔することになる。

 

「和也」

 

「なんだ?」

 

「僕達はそれでもなんとかしなければならないんだ」

 

 クロノは少し苦渋に満ちた表情でそう言う。それは先ほどフェイト・テスタロッサの救助に行きたくても行けなかったもどかしさか、それとも今まで起こったことに対する後悔か。それはクロノ本人にしかわからない。

 

「そうだな、俺達はそれでもなんとかしなくちゃならない。……行くぞ」

 

「ああ」

 

 俺達は転移魔法を使い、拓斗達の後を追った。その胸に少しのもどかしさと決意を抱いて…。



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26話目 回収

「ユーノ、結界をっ!!」

 

「わかった!!」

 

 転移魔法によって、地上へと転移した瞬間にユーノに指示を出し結界を張ってもらう。

 

「フェイトちゃんっ!!」

 

 なのはがフェイトの下へと飛んでいく。フェイトは既にボロボロでバリアジャケットも破損しており、何とか飛んでいるという状態であった。

 

「ユーノ、竜巻を止めて」

 

「うんっ」

 

 なのはがフェイトのところへ向かっているのを見ながらも俺とユーノはジュエルシードに集中する。ユーノがチェーンバインドを使い竜巻の動きを封じている間に、俺はカートリッジを三発ロードし、ジュエルシードの封印のための準備に取り掛かる。

 

「フェイトちゃん、手伝って!! 一緒にジュエルシードを止めようっ!!」

 

 なのははそう言って、フェイトに魔力を分け与える。フェイトも戸惑っていたが、フェイトのデバイス、バルディッシュがシーリングモードへと変形し、フェイトの戸惑いを消す。

 

「二人できっちり半分こ」

 

「フォトンブラスター、ファイア」

 

 なのはがフェイトと何か言い合っていたようだが、それを無視して魔力砲撃をジュエルシードによって発生した竜巻に向けてぶっ放す。

 

「えっ?」

 

 なのはが戸惑った声を上げる。自分達がこれから封印しようとしたときに、隣で俺が魔法をぶっ放したからだ。しかし、これは仕方ない。ジュエルシードは危険なので一刻も早く封印しておきたかった。それに先ほどの管理局の対応で少しイラついていたので、八つ当たりの意味もある。そして、もう一つ、以前ユーノを拾ったときに俺は暴走体二体を相手に苦戦し、なのはに助けてもらった。状況は違うとはいえ、今回はジュエルシード六個分が相手なので、十分にリベンジを果たすことができる。

 

「ジュエルシード封印完了」

 

 俺の砲撃によってジュエルシードが封印される。しかし、流石にカートリッジを三発もロードしたため、体にかなりの疲労を感じた。

 

「せっかく私とフェイトちゃんが力を合わせようとしてたのに…」

 

「なのはも俺を無視してただろ」

 

 なのはが不満そうにこちらを見てくる。確かに空気を読めなかったという自覚はあるが、反省するつもりはないし、する必要もない。それになのはもフェイトと二人だけで分け合おうとしていたのだ。この場には俺もユーノも、それにアルフもいるというのに…。

 

「そうだね。ねぇ、フェイトちゃん。寂しい気持ちも、辛い気持ちも分け合えるよ」

 

 なのははフェイトを真っ直ぐ見つめ、フェイトもなのはを見つめ返す。その雰囲気は誰にも邪魔はできない。

 

「私はフェイトちゃんと分け合いたい…お友達になりたいんだ」

 

「え……」

 

 なのはが自分の想いをフェイトに伝える。その言葉にフェイトの気持ちが揺れ動いているのが、傍から見てもわかる。今まで、どんな言葉でも心を開こうとしなかったフェイトが今、なのはの言葉で少し、心を開こうとしていた。

 

 その瞬間、上空から落雷がユーノの張った結界を破って俺達を襲ってくる。

 

「クソッ!!」

 

 とっさにシールドを張って、防御をしようとするが先ほどの魔法の反動で思うように魔法を発動することができない。ユーノも自分の張った結界が破られたことで反応が遅れ、なのはやフェイトも反応が遅れる。

 

「母さん」

 

 フェイトがそう呟くと同時に俺達と落雷の間に誰かが割って入り、落雷を防いでくれる。

 

「チッ、キツイな…」

 

 防いでくれたのは和也であった。落雷を受けなかったことにホッと息を吐くのも束の間、アルフがフェイトを抱きかかえ、ジュエルシードを回収しようとする。それを防ぐようにクロノがアルフ達とジュエルシードの間に割って入り、アルフを妨害する。

 

「邪魔ぁ…」

 

「なっ!?」

 

「するなーーっ!!!」

 

 アルフは力ずくでクロノを無理やり弾き飛ばすと目の前にあったジュエルシードに手を伸ばす。

 

「っ!? 三つしかない?」

 

 アルフの手にはジュエルシードが三つしかない。クロノの方を見てみるが、あちらも二つしか回収できていなかった。

 

「残りはっ!?」

 

 俺が慌てて周りを見てみると、アルフが抱えているフェイトの手元にジュエルシードが一つ握られていた。先ほどの一瞬の交錯のときにフェイトも手を伸ばしていたようだ。

 

「うぉりゃああ!!」

 

 アルフが海面を魔力の籠もった右手で叩きつける。それによって海面の水が弾け、彼女達の姿を隠した。その隙にアルフ達は逃げる。クロノや和也も止めようとするが、海水によって見えないので追う事すらままならない。

 

 

 

 

 俺達がアースラに戻るとアースラのスタッフは忙しく動き回っていた。どうやら、こちらも先ほどの攻撃を受けていたようだ。

 しかし、先ほどの攻撃を仕掛けてきたプレシアには驚かざるをえない。

 

別次元からの魔法攻撃の上、ユーノの結界を破った。和也が何とか防いでくれたが、その上、アースラにも被害が出るような攻撃を仕掛けていたとするとその技量、魔力量は計り知れない。さらにプレシアは病気であるのだ。そんな状態であれほどの攻撃、いったいどれほど身体に負担がかかることか…。

 他人のことであるし、同じようにジュエルシードを必要としている者として、彼女の執念には尊敬をしてしまう。

 

 ——俺はあんな風にはなれないな

 

 心の中でそう思う。俺はあれほどまでに必死になることができない。少ない可能性に賭けて命を落としたくはなかった。プレシアのアリシアを想う気持ちがそうさせるのか、それとも残り少ない命であると自覚しているからそこまでできるのか……。どちらにしても、俺はアレほどまでの執念を抱くことはできなかった。

 

「今回は不信感を抱かせるような行動をしたことをお詫びします」

 

 俺達が戻るとリンディさん、クロノ、和也が並び、俺達に頭を下げる。

 

「まぁ、こちらとしては今回のジュエルシードの回収分の報酬に少し上乗せするから、特に謝罪は必要ないわ」

 

 忍が三人に向かってそう言う。仮にも忍は月村家の当主であり、今回のような事態に伴う、責任や判断の重要性というものは理解している筈だ。今回のようなケースの場合、管理局にとって重要なのは犯人であるフェイトの確保だ。現地に被害はありませんでした。でも、犯人は取り逃してしまい、また犯人が犯罪を行いましたというのは一番避ける事態であった。しかし、この場に現地人がいる場合は違う。犯人の確保がメインとはいえ、もちろん現地の安全も考えなければならず、今回の場合だと、現地に被害が及ばないようにある程度の対応はしているとアピールしておくべきであったのだ。

 

 今回の場合、プレシアの攻撃があったとはいえ、現地には被害は出ていないようなので、忍もジュエルシードの対価の上乗せ以上は望まないようだ。

 

「わかりました…」

 

 リンディさんは少し、暗い表情を浮かべる。実際、最後にジュエルシードを確保したのはクロノであるため、ある程度の考慮はするだろうが、それでも今回の上乗せ分で差し引きゼロといった具合だろう。

 

「鮫島さん、バニングス家からは何かありますか? 今回の分の交渉はそちらにお任せしたいのですが?」

 

「かしこまりました。旦那様にご連絡をさせていただきます」

 

 忍がバニングス家に今回の分の交渉を任せ、一旦、この件についての話は終わる。

 

「さて、問題はこれからですが…クロノ。事件の大本について、何か心当たりが?」

 

「はい。エイミィ、モニターに」

 

 クロノがエイミィに指示を出すとモニターに一人の女性が映し出される。

 

「彼女は…?」

 

「僕らと同じミッドチルダ出身の魔導師、プレシア・テスタロッサ。専門は次元航行エネルギーの開発。偉大な魔導師でありながら違法研究と事故によって放逐された人物です。登録データとさっきの攻撃の魔力波動も一致しています。そして、あの少女…フェイトはおそらく…」

 

「母親だと思われます」

 

 クロノの言葉を引き継ぎ和也は言う。この場において原作知識によって、フェイトの生まれのことやプレシアの目的を知っているのは、俺、和也、リンディさん、クロノ、忍の五人だが、他の人達に真実を告げるわけにはいかない。俺達、転生者について知られるわけにはいかないからだ。

 

「他の情報は?」

 

「いえ、まだ…」

 

 リンディさんの言葉にクロノが答える。まだ、事実を確認していないため、話すことができないのだろう。

 

「それでは後日、情報が集まり次第、そちらにも連絡をいたしますので…」

 

「わかりました。交渉に関してもそのときに」

 

 リンディさんと忍が言葉を交わし、今日のところは解散となる。皆で転送ポートへ移動し、地上へ移動しようとすると和也が呼び止めてくる。

 

「拓斗、悪かったな今日は…」

 

 和也は謝ってくる。今回のフェイトの件で俺達が転移するまで、何も言ってこなかったことについてだろうか?

 

「いや、そっちも立場があるのはわかってる。こっちも勝手に動いたりしてすまなかった」

 

「お前がそっちの気持ちを代弁してくれたから、多少の不満は解消されたはずだ。まぁ、確かに色々始末書は書かないといけないけどな」

 

 和也は笑ってそう言う。始末書を書くことを苦にも思っていない、その表情に俺は少し安心する。

 

「じゃあ、なんかあったら連絡するから」

 

「ああ、よろしく」

 

 そう言って、地上に戻る。今日はたった一度ではあるが全力での魔法行使をしたので少し疲れている。

 

 ——カートリッジ使った全力がここまで、疲れるなんてな

 

 カートリッジを使わずに全力で魔法を放ったことは何度もある。カートリッジを一発だけ使って魔法を放ったこともある。ただ、カートリッジを複数使って魔法を全力で放ったことは初めてであった。

 

 ——原作でなのはとか割と使ってた気がするけど、無茶しすぎだろ

 

 原作で派手にカートリッジを消費していたなのは達を思わず尊敬してしまう。これからはカートリッジの複数行使も練習していく必要もあるのかもしれない。

 

 ——ジュエルシードは全部発見と、後はプレシアだけか…

 

 今回の一件でジュエルシード二十一個全てが発見され、俺達、もしくはフェイト達がそのジュエルシードの全てを回収している。これによって、無印編のイベントは残すところあとわずかだ。

 プレシアのこと、フェイトのことなど考えることはある。もちろん、元の世界への帰還方法も当然ながら、考えないといけない。

 

 ——ホント、絶対に帰れる手段が見つかるといいんだけどな

 

 ジュエルシードでは可能性が低い、まぁ試してみるまでわからないが、それでも本当に低い可能性だ。それにこの世界にも少しずつ、馴染んできている。魔法を使うことにも違和感がない。事件に関わることにも慣れてきた。元の世界に帰れば、帰ったで元の世界の生活に違和感を感じるだろうし、もしかしたら物足りなさを感じるようになるかもしれない。

 

「できるだけ早く…か」

 

 今はまだ帰りたいという気持ちが強い。でも、これから先はわからない。そのためにもできるだけ早くもとの世界に帰る方法を見つける必要があった。

 

「拓斗君?」

 

「どうしたのよ拓斗?」

 

「いや、早く、それと何事もなく事件が終わればいいなって」

 

 なのはとアリサが俺の様子を見てか、声をかけてきたので適当に返しておく。

 

「そうね、あの子、フェイトも無事に終われば一番いいわ」

 

「うん、そうだね」

 

 アリサの言葉にすずかが頷く。皆、一刻も早い事件の終わりを望んでいた。



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27話目 二人の戦い、最後の決闘

 海にあるジュエルシードを封印した翌日、俺はアリサから連絡を受け、彼女の家へと来ていた。

 

「アリサ、それでその拾った犬って」

 

「この子よ、怪我してたからできる限りの治療はしておいたわ」

 

 俺がアリサの家へと来ると、アリサがとある檻へと案内してくれる。その中には額に宝石がある大きなオレンジ色の毛並みをした犬がいた。そんな犬など俺は一匹しか知らない。

 

「確かアルフだったか?」

 

 確かめるように話しかけてみる。こうして言葉を交わすのはお互いに初めてだ。

 

『アンタは確か、あの白い子と一緒にいた』

 

「念話を使わなくてもいい。ここにいる人達は全員、魔法について知ってるから」

 

 俺はそう言って、デバイスを展開するとアルフに治療魔法を使う。アルフの肉体は治療されていたが、その治療痕からでも相当の怪我を負っていたことがわかる。

 

「アリサちゃんっ!!」

 

「アリサお嬢様。なのは様をお連れいたしました」

 

 なのはが大きな声を上げて、こちらに駆け寄ってくる。当然、アリサが彼女を拾ったことは高町家も月村家も知っている。その間に俺はアルフの怪我をある程度治しておいた。

 

「とりあえず事情が聞きたいんだけど…」

 

『悪いけど、こっちに来てもらえるか?』

 

 俺がアルフから事情を聞こうとすると空中にモニターが現れ、そこに和也の顔が映る。タイミングがいいのはサーチャーを使って、こちらを監視していたからであろうか…。

 

『悪いようにはしない。それにこっちも話したいことがある』

 

「わかった、何人か連れてそっちに行くから、なのは、士郎さんに連絡しておいて」

 

「うん、わかった」

 

 俺は携帯を取り出すと忍に連絡する。そして、俺達はアースラへと向かった。

 

 

 

 

「そう…大体の事情はわかったわ」

 

 アルフの話しを聞き、リンディさんが少し暗い表情でそう言った。わかっていたとはいえ、実際に聞くと辛いものがある。

 

「母親からジュエルシードを集めるように命令され、集められないと虐待なんて…」

 

 忍が言葉を漏らす。その表情は怒りに満ちていた。今、この場にはアースラクルーのメンバー以外に、アルフ、俺、なのは、士郎さん、ノエル、鮫島さんがいる。皆、アルフの話しを聞いて、苦い表情を浮かべていた。

 

「お願いだっ、フェイトを助けておくれ!!」

 

 アルフは必死な形相で俺達に頭を下げてくる。自分の主のため、彼女も必死なのだろう。

 

「わかった、できる限りのことはしよう」

 

 そう言ったのは意外にもクロノであった。管理局側がそう言ったことに俺達は驚き、思わずクロノの顔を凝視してしまう。

 

「べ、別におかしなことではないだろ。どちらにしてもプレシア・テスタロッサはアースラを攻撃している。これだけでも十分、行動する理由になる」

 

 クロノは皆に見つめられたことに戸惑ったのか、どもりながらそう言った。そんなクロノの姿を見て、和也がクスクスと笑う。

 

「そうだな、俺達が動く理由は既にできているからな」

 

 和也は笑いながら言っているので、少し緊張感がない。素直に助けたいと言えないクロノを面白がっているようだ。

 

「プレシア・テスタロッサの居場所は?」

 

「ああ、ここにいるはずだ」

 

 話しを変えようとクロノがアルフにプレシアの居場所を聞くと、アルフが座標を伝える。それを見たリンディさん達が突入の計画などを立てていた。

 

「えっ、魔力反応? 艦長っ!!」

 

 エイミィが声を上げる。彼女がすぐにモニターに映像を表示すると、そこにはフェイトの姿が映っている。

 

「フェイト…」

 

 アルフがフェイトの名前を呟く。その声には色々な感情がこもっていた。

 

「都合が良いな、転移の用意をしてくれ。彼女を確保する。説得のために君達もついてきてくれ」

 

 和也はそう言って、俺、アルフ、なのは、ユーノを連れてフェイトの元へと行こうとする。当然、俺たちもそれに従い、フェイトの元へと向かった。

 

「フェイトちゃんっ!!」

 

 俺達が転移してフェイトの前に現れると、なのははフェイトに声をかける。フェイトは俺達が現れたのを確認するとデバイスから魔力刃を出し、臨戦態勢に入った。

 

「フェイト…もうやめようよ。あんな女の言う事もう聞いちゃダメだよ。このまんまじゃ不幸になるばっかりじゃないか。だからフェイトっ!!」

 

 アルフは懇願するが、フェイトは首を左右に振り、拒絶する。

 

「だけど…それでも私はあの人の娘だから…」

 

 フェイトの意思は固く、アルフの言葉も彼女には届かない。なのははそんなフェイトを見てか、少し前に進み、彼女と対峙する。

 

「ただ捨てればいいって訳じゃないよね。逃げればいいって訳じゃもっとない…だからフェイトちゃん、もう、これで最後にしよう?」

 

 

 なのははデバイスをフェイトに向ける。

 

「それからだよ、全部…それから」

 

 なのはがデバイスを構えたのを見て、フェイトもデバイスを構える。そこに俺達が関わる隙など一切ない。

 

「私達の全てはまだ始まってもいない。……だから、本当の自分を始めるために。……始めよう。最初で最後の本気の勝負!」

 

 なのはとフェイトのそれぞれの思いを賭けた戦いがここに始まった。

 

「いいのか管理局として、こんな決闘を許して?」

 

「まぁ、思う存分やってくれればいいさ」

 

 俺と和也はなのはとフェイトの戦いを少し離れたところで見ながら会話する。ユーノは結界を張り、アルフと一緒に観戦している。どちらも心配そうな表情で二人の戦いを見ていた。

 

「消耗してくれれば確保もしやすい。それに多分、この戦いは二人にとって必要だからな」

 

 和也はそう言って、のんびりと観戦する。確保しようと思えばいつでもできる。それをやらないのは、彼女達のことを思ってだろう。そして俺も彼女達の戦いを邪魔するつもりはなかった。

 

 ——四回目にして、最後の戦い…か。

 

 なのはとフェイトの戦いは俺が知る限り四回目だ。一番最初の邂逅、温泉旅行のとき、管理局接触前、そして今。俺の介入によって既に原作からズレてきている。だからこそ、この戦いは予想がつかなかった。

 

 

 

 

 

 私とフェイトちゃんの戦闘は激しさを増していった。私のレイジングハートとフェイトちゃんのバルディッシュがそれぞれ振り下ろされ、ぶつかり合い、そしてまた離れる。

 

「フォトンランサー」

 

 金色の魔力球がフェイトちゃんの周囲に作り出される。私はそれに気づくとレイジングハートをフェイトちゃんへと向けた。

 

「ディバインシューター」

 

 私の周りにも複数の魔力球が現れる。お互いに機を窺うが、先に動いたのはフェイトちゃんだった。

 

「ファイアッ!!」

 

「シュートッ!!」

 

 お互いの発射した魔力弾がそれぞれ相手に襲い掛かる。私は身を捻ったり、フラッシュムーブを使いながら、フェイトちゃんの放った魔力弾をかわす。フェイトちゃんは上空へと飛び上がり、回避しようとするけど、誘導弾だったので、振り切れないと判断し、シールドを張って私の攻撃を防いだ。

 

「シュート!」

 

 さらに私は四つの魔力弾をフェイトちゃんに向かって放つ。しかし、フェイトちゃんはその全てを躱す、あるいは切り払い、真っ直ぐと私に襲い掛かってくる。

 

「っ!?」

 

「Round Shield」

 

 レイジングハートがシールドを張ってくれる。フェイトちゃんの振り下ろした魔力刃はそのシールドに激突し、防がれたけど、そのまま力づくで押し込んで破壊しようとしてきた。それに慌てずに先ほどフェイトちゃんに回避された魔力弾を後ろから当てるために操作する。だが、それも当たらない。

 

「Flash Move」

 

 私はフラッシュムーブを使ってフェイトちゃんの後ろに回りこむとレイジングハートを振り下ろした。フェイトちゃんも咄嗟にバルディッシュで防いでくる。私は一旦離れるが、フェイトちゃんの行動の方が早かった。

 

 フェイトちゃんはすぐに斬りかかって来る。私は何とか回避したけど、胸のリボンがその攻撃で斬られてしまった。

 

 ——やっぱりフェイトちゃんは強い

 

 何度もフェイトちゃんと戦ってきたけど、今回は今までと違って、気合が入っているように感じる。前と比べて少し動きが鈍いのに、一撃一撃が重く感じる。

 

「ッ!!」

 

「ファイア」

 

 間髪いれずにフェイトちゃんの魔力弾を発射してくる。咄嗟にシールドを張って、魔力弾を防ぐけど、全ては防ぎきれずに少しだけ被弾してしまう。フェイトちゃんの攻撃が止むと、私はフェイトちゃんから距離を取った。

 

「はぁ、はぁ、やっぱり凄いな〜、フェイトちゃんは」

 

「はぁ、き、君も初めて会ったときより、ずっと強くなってる」

 

 お互いに本当に全力で戦っているため、息が乱れ、肩を上下させている。体力的にも魔力的にもそろそろ辛くなってきた。

 

 フェイトちゃんがバルディッシュを構えるとそれと共に足元に巨大な魔法陣が展開される。

 

「Phalanx Shift」

 

 次の瞬間、フェイトちゃんの周囲に凄まじい数のスフィアが形成された。

 

「ッ!!」

 

 レイジングハートを構え、対策しようとしたけど、突然背後に現れた魔法陣にレイジングハートを持つ左手を拘束され、続けて右手も拘束されてしまう。さらには足も拘束され、私は空中に磔されてしまった。

 

「ライトニングバインド」

 

「やばいよっ!! フェイトは本気だっ!!」

 

 アルフさんが何か叫んでいるけど、こっちはそれに耳を傾ける暇もない。何とか拘束されてある手足を解放しようとして足掻くがびくともしない。その間、フェイトちゃんは詠唱を紡いでいた。

 

「打ち砕けっ、ファイアッ!!!」

 

 フェイトちゃんの周りに無数に展開されたスフィアから高密度に圧縮された射撃弾が大量に私に襲い掛かってきた。

 

 

 

 

 

「凄いな」

 

 二人の戦闘を見て、俺の口から思わず感嘆の声が漏れる。それほどまでに二人の戦いは凄まじかった。

 

「二人とも限界が近い、そろそろこの戦いも終わる」

 

 隣にいた和也が冷静に分析する。二人はもうボロボロでお互いに魔力も残り少なくなってきている。バリアジャケットは破損しており、その下にある肌が見えていた。

 

 そんな中、フェイトが魔方陣を展開し、周囲に無数のスフィアを展開した。

 

「やばいよっ!! フェイトは本気だっ!!」

 

 近くでアルフが叫んでいるが、俺達は介入することができない。これは二人の戦いで、誰も邪魔することは許されない。

 なのはの手足がバインドによって拘束され、動きを封じられる。

 

「打ち砕けっ、ファイアッ!!!」

 

 フェイトがスフィアから無数の射撃弾を放つ。一発一発が高威力でそれが高速で無数になのはに襲い掛かった。

 

「なのはっ!!」

 

 ユーノが悲鳴じみた声を上げる。俺も思わず拳握り締めてしまう。それほどまでにフェイトの攻撃は凄まじい威力を誇っていた。

 

「高密度に圧縮した射撃弾の乱れ撃ち、これは半端ないな」

 

 和也も冷や汗を流しながら、その光景を眺める。なのははプロテクションを張っていたが、どれほど防げたのかはわからない。

 フェイトの攻撃によって発生した煙が晴れるとそこにはボロボロになったバリアジャケットを再構築したなのはがいた。

 

「バリアジャケットが再構築されてる?」

 

「デバイスに防御を任せて、自分で再構築したみたいだな」

 

「でも、あれほどの攻撃、防ぎきれるわけがない。直撃もかなり喰らってたみたいだし」

 

 ユーノの疑問に俺と和也が答える。あれほどの攻撃だ。防御しきれず直撃もかなり受けていたようだから、その衝撃、痛みは相当なものであっただろう。しかし、それでもなのはは立っていた。

 

「今度はこっちの番だよ」

 

 なのはの手元に大量の魔力が集められる。二人が戦って周囲にばら撒かれた魔力をなのははもう一度自分のところに集める。

 

集束砲(ブレイカー)…」

 

「ああ、周辺の魔力を集めて体内を通さずに直接使用する、砲撃魔導師の最上級技術だ」

 

 俺は教えていなかったがやはりなのははここに辿り着いたらしい。なのはは魔法を知ってわずか数ヶ月にも関わらず、最上級技術を習得した。恐るべき成長速度だ。

 

「フェイトちゃん、これが私の最後の魔法。これを撃ちきったらきっと私は墜落する」

 

 なのはは魔力集束をしながら、フェイトに話しかける。せめて余力を残せよ、と思わないでもないが、言葉にはしない。

 

「防ぎ切れたらフェイトちゃんの勝ち、撃ち抜けたら私の勝ち。もし、私が勝ったら少しでいいんだ、お話し——させてくれる?」

 

「私は負けない、受けて立つ」

 

 なのはの言葉にフェイトははっきりと返す。その瞳は真っ直ぐになのはの方を向いていた。

 

「いくよ、これが私の全力全開、スターーライト・ブレイカーーーッ!!!」

 

 

 なのはがフェイトに向かって全力の砲撃を放つ。フェイトは正面からシールドを張り受け止めるが、なのはの砲撃はそれをたやすく撃ち破り、フェイトを撃ち抜いた。

 なのはの砲撃を受けたフェイトがその魔力ダメージによって気を失い、海へと墜ちていく。なのはもフェイトの攻撃によるダメージと先ほどの集束砲による魔力枯渇などによって海へと墜ちていった。

 

「ああ、もうっ!!」

 

 ソニックムーブで二人に近づくと二人をバインドで縛り、墜落を防ぐ。

 

「おお、ナイスキャッチ」

 

「お前もちょっとは手伝えよ」

 

 和也がのんびりとそう言ってきたので、少し不満の声を漏らすが、フェイトは既にアルフが抱きかかえ、なのはは俺が抑えている。

 

「とりあえず無茶した二人の治療をしますかね」

 

 和也が転移魔法を展開し、俺達をアースラへと運ぶ。なのはとフェイトはすぐに医療班の手によって医務室へと運ばれ、アルフもそれに付き添っていく。こうして二人の戦いは終わった。この戦いは別に勝敗を決めるものではない。ただ、なのはの想いが、言葉がフェイトに届けば良いのだ。そして、きっと、フェイトにも届いたと俺は思った。



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28話目 願い事

 今、俺達がいるアースラのブリッジには緊張感が漂っていた。

 

「武装隊、突入準備整いました」

 

「では突入を」

 

 モニターにはリンディさんの指示で時の庭園に突入する武装局員達の様子が映る。俺はその光景を食い入るように見つめる。

 

 ——あと少しで無印が終わる。

 

 結局、元の世界に帰るための手がかりを得ることはできなかった。和也に会えたことは十分に価値のあることではあったが、それでも少し物足りなく感じる。

 

「拓斗?」

 

 隣にいた忍が俺の名前を呼ぶ。現在、ここにはなのはとフェイトを除いて、主要メンバーが全員揃っている。

 

「なに、忍?」

 

「なんか怖い顔していたから、どうしたのかなって…」

 

「まぁ、ちょっとな」

 

 忍の言葉に俺は苦笑いで返す。元の世界に帰ることができないのが少し寂しく感じたなんて、この場で言うわけには行かない。

 そんな中、武装局員はどんどん進んでいく。原作でやられてしまった彼らが出ることはどうかと思ったが、それはリンディさんの判断なので俺が口を挟むわけにもいかない。原作と違う結果になるかもしれないし、ただでさえ、管理局はこの事件に対して何も貢献していないような状況なのだ。彼らのプライドの問題もあるだろう。

 

「和也、大丈夫なのか?」

 

 そういったことを考えながら、俺は和也に質問する。コイツはこういうことに慣れているはずなので、少なくとも俺より的確な状況判断ができるはずだ。

 

「キツイだろうな。次元跳躍魔法を使えるような相手だ。いくら訓練しているとはいえ自力の差は間違いなく存在する」

 

 武装局員の魔導師ランクがどの程度なのかはわからないが、魔導師ランクの差というのは意外と大きい。それこそ訓練した管理局員よりもランクが高いちょっと齧っただけの素人が強いなんてこともあるらしい。プレシアの場合、そこらへんの素人ではなく一流の魔導師だ。やはり彼らには荷が重いらしい。

 

「失礼します」

 

 俺達が武装局員の突入に注目しているとブリッジになのはとフェイトが入ってくる。どうやら目を覚ましたようだ。

 

「大丈夫か?」

 

「うん、私は大丈夫だよ」

 

「あっ、はい」

 

 俺が二人を心配するとなのはは笑顔で返してくる。フェイトも返してくれるがその表情は少し固い。まぁ、明るくなれるわけがないんだが。彼女の手には魔力を抑制する手錠がはめられている。

 

「母さん……」

 

 モニターを見てみると武装局員達がプレシアの元に辿り着き、彼女を囲み降伏勧告を促していた。しかし、プレシアはそれを鼻で笑い、余裕の表情を見せている。

 そして、もう一つの部隊がとある場所へと踏み込んだとき、艦内の空気が変わる。

 

「え?」

 

 その声を上げたのは誰だっただろう。皆、モニターに映っているあるものを見て戸惑っていた。透明な液体に満たされたカプセルの中に金色の髪の少女が浮かんでいる。その少女の姿はフェイトと瓜二つであった。

 

「私のアリシアに近づかないで!!」

 

 アリシアの元へと転移したプレシアが局員達を吹き飛ばす。局員達も反撃するが、その攻撃はまったく届かない。そしてプレシアがもう一度魔法を放つと残っていた局員達も倒されてしまう。

 

「局員の送還をっ!!」

 

 リンディさんの指示で時の庭園にいた局員が回収される。原作通りな展開にやっぱりかという思いも抱きながらも、もう少し粘れないのかと管理局の実力ということに不安を覚える。いくら格上が相手でもあっさり負けすぎではないだろうか。こういった荒事なども管理局では珍しいことではないだろうし、もう少し粘れるかと思ったがそうでもなかった。

 

 ——これで大丈夫なのか管理局?

 

 管理局の将来にに不安を抱くが、管理局員ではないし、今は優先しなければならないことが目の前にある。

 

「もう駄目ね…時間がないわ。たったこれだけのジュエルシードでアルハザードに辿り着けるかわからないけど」

 

 プレシアはカプセルに手を添えるとモニター越しではあるが真っ直ぐにこちらを睨んでくる。

 

「でも、もういいわ。終わりにする。子の子を亡くしてからの暗鬱とした日々も、この子の身代わりの人形を娘扱いするのも…」

 

 フェイトはプレシアの言葉を聞いて、その目を大きく見開く。

 

「あなたのことよ、フェイト。せっかくアリシアの記憶をあげたのにそっくりなのは見た目だけ。役立たずで使えない私のお人形」

 

「プレシア・テスタロッサはね。過去の事故のときに娘を亡くしてるの。その子の名前がアリシア。その事故の後、彼女は人造魔導師を作る研究をしていたの。それがプロジェクトF.A.T.E」

 

 プレシアの言葉に補足説明をするようにエイミィが話してくる。要するにクローン技術だ。娘と同じ肉体を造り、同じ記憶を与えることで娘と同じ存在になると考えたらしい。

 

「そうよ。だけど駄目ね。ちっとも上手くいかなかった。作り物の命は所詮作り物だもの」

 

 プレシアの言葉にフェイトが俯く。プレシアはそんなフェイトの状態すらお構い無しに話しを続けてきた。

 

「アリシアはもっと優しく笑ってくれた。時々我侭を言うけど、私の言うことをとてもよく聞いてくれた」

 

「……めて」

 

「アリシアはいつでも優しくしてくれた」

 

「やめて…」

 

 なのはの言葉などまったく意に介さずにプレシアは言葉を続ける。

 

「フェイト、あなたはやっぱりアリシアの偽者よ。だからもういらないわ、どこへなりと消えなさいっ」

 

 プレシアは高笑いを上げる。

 

「良いことを教えてあげる。あなたを作り出してから私はずっとあなたが…」

 

「お願いっ、もうやめてっ!!」

 

 モニターに移るプレシアの表情が憎しみに染まる。なのはの叫びを無視してプレシアはその言葉はフェイトに向けてはなった。

 

「大嫌いだったのよっ!!!」

 

 プレシアの言葉でフェイトの身体が崩れ落ちる。すぐにアルフが駆け寄って心配するがフェイトの反応はない。

 

「ま、魔力反応増大っ、推定Aランク、個体数五十、六十、まだ増えますっ」

 

 モニターに映った映像に大型の機械でできた兵士が映し出される。

 

「私達は旅立つのっ、永遠の都アルハザードにっ!!!」

 

 プレシアが叫ぶ。その姿を見た俺達の行動は早かった。

 

「クロノッ!!」

 

「わかってるっ、いくぞ!!」

 

 和也とクロノがお互いに声を掛け合い、時の庭園へと向かおうとする。俺をすぐにセットアップを済ませると二人に続いて時の庭園へと向かった。

 

「お前も来たのか?」

 

「当然だろ、お前らだけに任せられるか」

 

 時の庭園に転移する和也が声をかけてきたので、俺はデバイスを構えながら言葉を返す。俺達はすでに大量の機械兵に囲まれていた。

 

「足引っ張るなよ」

 

「はいはい、いくぞっ!!」

 

 俺の言葉を合図として俺、和也、クロノの三人は機械兵へと向かう。なのははまだ来ていない。崩れ落ちたフェイトに付き添って医務室へと向かっていった。

 

「スティンガースナイプ」

 

 クロノの魔法によって機械兵が数体破壊される。和也の方を見てみると、和也も同じように魔法を使って機械兵を破壊していた。

 

「それがお前のデバイスか?」

 

 俺は機械兵を撃ちぬきながら、和也に近づき背中合わせになると彼に声をかける。和也の持っていたデバイスは何の変哲もない杖型のデバイスにしか見えない。

 

「ああ、意外と杖型って使いやすいんだぜ」

 

 和也はそう言うと機械兵に特攻する。持っていたデバイスの先から魔力刃を出すと、デバイスを振り回し機械兵を貫き、もしくは真っ二つに斬り裂いていった。

 どうやら和也のスタイルはオールラウンダーのようだ。距離が離れれば、魔法を使って攻撃し、近づけば今のように魔力刃を展開して斬りつける。その上、機動力も高く、動きが速い上に流石執務官というべきかバインドなどの補助的な魔法もかなり扱えるようだ。

 

 そんな和也の姿を横目で見ながら、俺も機械兵を倒しながら先へと進んでいく。俺が用があるのはプレシアただ一人、目的は彼女の持つジュエルシードだ。

 

 

 

 

 

「あの子達が心配だから、行ってくるね。なのは、フェイトをお願い」

 

「わかりましたアルフさん」

 

「すぐ帰ってくるよ。そして全部終わったら、ゆっくりでいいから、あたしの大好きな、ほんとのフェイトに戻ってね…」

 

 アルフがそう言って、部屋を出て行った。私の傍にはあの白い子がいる。

 

「フェイトちゃん…」

 

 その子はまるで祈るかのように私の手を両手で握る。

 

 ——母さんは、最後まで私に微笑んでくれなかった。私が生きていたいと思ったのは、母さんに認めてほしいと思ったからだ…どんなに足りないといわれても、どんなにひどいことをされても…。

 

 母さんにただ笑って、よくやったねって一言言ってほしかっただけなのに、いつの間にかこんなところまで来てしまった。こんなはずじゃなかったのに。

 

 ——だけど、笑ってほしかった。あんなにはっきりと捨てられた今でも、私まだ母さんにすがりついてる…。

 

 映し出されているモニターにアルフの姿が映る。

 

 ——アルフはずっとそばにいてくれて、言うことを聞かない私に、随分悲しんでた…。

 

 そして、私は隣で自分の手を握っている女の子に目を向ける。

 

 ——何度もぶつかった、真っ白な服の女の子。はじめて私と対等に、まっすぐに向き合ってくれたあの子…。

 

 何度も出会って戦って、何度も自分の名前を呼んでくれた。思えば、初めて名前を呼ばれた時、少しうれしかった気がする。ふと、涙があふれて、堪え切れなくなって、私は身体を起こした。

 

「フェイトちゃん?」

 

 自分が生きていたいと思ったのは、母さんに認めてもらいたいからだった。それ以外生きる意味なんかないと思っていた。それができないと、生きていけないんだと思っていた。

 

 ——捨てればいいってわけじゃない…逃げればいいってわけじゃ、もっとない。

 

 私はバルディッシュを手に取りセットアップする。

 

「私の、私たちの全ては、まだ何も始まっていない…」

 

「フェイトちゃん…」

 

「そうなのかな、バルディッシュ…私、まだ始まってもいなかったのかな…?」

 

「get set」

 

 私のバリアジャケットが展開され、いつも身に着けているマントが羽織られる。

 

 ——私達の全ては何も始まってない。

 

 隣にいる女の子に目を向ける。その子は真っ直ぐに私を見つめてきてくれる。

 

「ホントの自分を始めたい。だから今までの自分を終わらせる」

 

「うん、フェイトちゃんならきっとできるよ。私もアルフさんも皆、手伝うから…」

 

 彼女はそう言って私に微笑んでくれる。どうしてだろう、この子の言葉は私の心に響いてくる。

 

「行こう、フェイトちゃん。新たな一歩を踏み出すために、ホントの自分を始めるために…」

 

「うん…」

 

 私はその子の手を握り、時の庭園へと転移する。そして、お母さんのいる場所を目指す。全ては今までの決着をつけるために…。

 

 

 

 

 俺達は機械兵を薙ぎ払いながら、進んでいった。あまりの数の多さに最初は大丈夫かと思っていたが、意外にも余裕がある。

 

「クロノ、拓斗、まだいけるかっ?」

 

「ああ、まだ大丈夫だ」

 

「余裕、むしろ調子が良すぎるっ」

 

 今まで我慢していた衝動を解き放ったためか、いつもより調子がいい。思えば氷村の誘拐事件以来、衝動を解放することはなかった。海のジュエルシードを封印したときもあったが、あれは一発だけだったのでここまで思いっきり動けるのは本当に誘拐事件以来だったりする。

 

 ふと和也を見てみると和也の顔を笑っていた。それはもう楽しそうに。唯一、クロノだけが冷静に戦況を把握しながら、機械兵を倒している。

 

「二人とも先に進め、ここは僕が抑える」

 

 クロノがそう言い、魔法を放つと先に機械兵が薙ぎ払われ、先に進むための道ができる。俺達はクロノに感謝しつつ、先へと急いだ。

 機械兵を破壊しながら先へと進む。途中、俺と和也は二手にわかれ、俺はプレシアの方に、和也は駆動炉へと向かった。

 

 プレシア・テスタロッサの元へと辿り着いた俺であったが、俺よりも先に辿りついた者がいた…フェイトだ。転移魔法で奥のほうに転移したのか、それとも彼女しか知らない道を使ったのかはわからないが、彼女は俺よりも早くここに辿りついていた。

 

「私は、フェイト・テスタロッサはあなたに生み出してもらって、育ててもらった、あなたの娘です!」

 

 フェイトはプレシアにそう言い放つ。しかし、プレシアはそんなフェイトの想いを嘲笑った。

 

「だから何?今更娘と思えと言うの?」

 

「あなたが、それを望むなら、私は、世界中の誰からも、どんな出来事からも、あなたを守る。私が、あなたの娘だからじゃない、あなたが、私の母さんだから」

 

「くだらな、いわ…」

 

 プレシアは無情にもフェイトを拒絶しようとした瞬間、プレシアの身体が崩れ落ちる。その理由は簡単…俺がプレシアを狙い撃ったからだ。

 

「え?」

 

 フェイトが戸惑った声を上げる。いきなり、目の前で自分の母親が撃たれたのだ。仕方ないかもしれない。だが、もう時間がなかった。

 俺はフェイトの前に出ると、プレシアの元へと近づき、彼女の身体を抱え上げてフェイトへと預ける。

 

「どうして、撃ったの?」

 

 フェイトは戸惑った表情を浮かべながら俺に問いかけてくる。

 

「もうすぐここも崩れる。早く脱出しないと全員死ぬぞ」

 

 俺はそれだけ言うと、プレシアがいた場所の近くにあったジュエルシードに手を伸ばそうとする。その時であった。轟音が鳴り響き、地面に亀裂が入ると、足場が崩れていく。

 

「クソッ、ここまで来てっ!!」

 

 近くにあるジュエルシードを回収しながら、何とか離脱しようとするがバランスを崩してそのまま落下してしまう。

 

「拓斗君っ!!」

 

 名前を呼ばれ、そちらを見てみるとなのはが必死の形相でこちらを見ながら、俺の名前を叫んでいた。しかし、落下しているためか、彼女との距離が離れていく。なのはは俺を助けようとするが、和也とクロノに止められていた。当然だ。虚数空間によって魔法が消されてしまうのに何とかできるはずがない。なのはだけでなく、和也やクロノ、ユーノも必死にバインドを使って救助使用としてくれるが途中で消され、俺を助けるには至らない。その間にも俺はゆっくりと落下していく。

 隣を見てみると、アリシアの入ったカプセルも俺と同じように落下していた。

 

 ——俺もコイツみたいに死ぬのか?

 

 このまま落ちれば死んでしまうのかもしれない。虚数空間に飲まれてしまえばどうなるかもわからない。そして、死んだ後、どうなるのかもわからない。だから、俺は自分が今できるたった一つの手段を使うことにした。

 

 ——ジュエルシード、俺を元の世界に帰してくれっ!!

 

 プレシアの持っていたものと俺の持っていたものあわせて二十一個、全てのジュエルシードを取り出し、抱きかかえると必死に願いを籠める。すると、俺の願いに反応したのかジュエルシードが光を放ち、俺を包み込んだ。

 

 光に包み込まれた俺はそのまま意識を手放した。



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29話目 wish

ブログで最新話を更新しました。

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「拓斗君っ、拓斗君っ!!」

 

 目の前で落ちていく拓斗君に私は必死で手を伸ばす。しかし、届かない。飛んでいって助けようとするけど、それをクロノ君とユーノ君が止めてくる。

 

「なのは、危ないっ!!」

 

「でもっ!!」

 

「行ったら君も落ちるっ」

 

 クロノ君達は私を止めながら、バインドを使って拓斗君を助けようとする。でも、伸ばされた鎖は途中で虚数空間に阻まれ、拓斗君まで届かない。拓斗君はそのまま下へと落ちていく。

 

「クロノッ、ここにいたら俺達もヤバイ、アースラに戻るぞ」

 

「でもっ、拓斗君がっ!!」

 

「わかってるっ! でも、ここにいたら全員が助からないんだっ!!」

 

 私は薙原さんの言葉に反論したけど、薙原さんはそう声を張り上げる。その表情は苦渋に満ちていた。その表情を見て、私は何も言えなくなる。

 

 ——この人だって、私と同じように拓斗君を助けたいんだ。

 

 そんな薙原さんの思いがわかってしまい、私は彼に従ってアースラへと戻った。

 

「お帰りなさい。皆、お疲れ様」

 

 帰ってきた私達をリンディさんが出迎えてくれる。その表情は笑顔であるが、悲しげに笑っている。その後ろにはお父さんや忍さん、そして鮫島さんもいた。

 

「お、お父さん、忍さん、私…」

 

「なのは…」

 

「なのはちゃん…」

 

 お父さん達は私に近寄り、抱きしめてくれる。その温かみを感じて、我慢していた全ての感情が溢れ出した。

 

「わ、私、拓斗君を助けられなかった。拓斗君が落ちていって、手を、伸ばしても届かなくて、それで…」

 

「大丈夫、きっと拓斗君は大丈夫だから」

 

「そうよ、あの子はあんなことでは死なない、絶対戻ってくるわ」

 

 お父さんと忍さんはそう言って、私の頭を撫でてくれる。涙で二人の表情はぼやけているが、二人の表情は悲しそうだ。二人ともわかっているんだ、その可能性がほとんどないって、それが私にも理解できて、私の涙は止まらなかった。

 

 そのまま私達は自宅へと帰された。事情聴取などもしなければならないみたいなのだが、こんな状況ではできないだろうと、リンディさんが気を使ってくれた。

 

 私は家に戻ると、自分の部屋に戻りベッドに倒れこむ。いつもであればユーノ君も一緒だけど、今日はアースラに残るらしい。

 

「うっ、ぐすっ、拓斗君…」

 

「master.」

 

 私はベッドで涙を流す。目の前で落ちていく拓斗君の姿が目に焼きついて離れない。

 

 ——どうして私は何もできないんだろう…

 

 拓斗君から魔法を教えてもらってから、少しだけ自分に自身がついていた。こんな自分にもできることがあるんだって…。だから魔法の訓練も一生懸命に頑張ったし、ジュエルシードも頑張って封印した。…フェイトちゃんともお話しできるようになった。

 フェイトちゃんの顔を思い出す。最初は敵同士でお話したかったけど、聞いてくれなくて、それで戦って、やっとお話しできるようになった。それは本当に嬉しいことだった。

 

 ——でも、それでも、拓斗君を助けられなかった。

 

 自分の無力さを感じる。魔法を使えるようになる前、お父さんが入院していたときと同じ、いやそれ以上の無力さを…。何もできなかった自分が悔しくて、拓斗君がいないことが悲しくて、私は大声で泣き叫んだ。

 

 

 

 

「フェイト…」

 

「あの子、泣いてた…」

 

 私は与えられた部屋の中で先ほどのことを思い出す。私はあの白い子と一緒に時の庭園に転移して、母さんの用意した機械兵を倒しながら進んで、途中であの子は駆動炉へと向かい、私は母さんのもとへと向かった。

 

 母さんを止めようと説得しても、私の思いを伝えても、母さんは私を拒絶して…。そんな時だった、母さんの身体が崩れ落ちたのは…。それが魔法による攻撃だとわかったのはあの男の子が出てきてからだ。あの男の子は私に母さんを預けるとジュエルシードを拾おうとしてそのまま落ちていった。

 白い子が叫んで、管理局の人達も助けようとしていて、でも、私は何もしなかった。皆が彼を助けようとしているのを見ていることしかできなかった。

 

 アースラに戻って母さんが医務室に連れて行かれたから、一緒についていって、そして戻ってみるとあの子が泣いているところを見てしまった。私はその姿を見て、何も言うことができなかった。

 

「あの子のお陰で私は変わるきっかけを貰ったのに、私はあの子に何もしてあげることができない」

 

 あの子は私のことを一生懸命知ろうとしてくれた。私が変わるきっかけを与えてくれた。私が母さんから大嫌いと言われ、辛かったときに傍にいてくれた、私を心配してくれた。そんなあの子に私は何もしてあげることができない。…それが悔しかった。

 

 

 

 

「和也、大丈夫なのか?」

 

「そういうクロノこそ、酷い顔してるぞ」

 

 俺達は今、今回の事件の報告書を纏めていた。しかし、思うように作業が進まない。

 

「ユーノ・スクライア、データのまとめはできたか?」

 

「できてる、でも僕は一応民間人であって、ここまでする義務はないはずなんだけど」

 

 どさっと書類の束を机の上に置き、ユーノはクロノに文句を言う。

 

「義務を押し付けた覚えはない。ただ、提案しただけだ。今回の事件の事後処理を迅速かつ問題なく片付けて、つつがなくもとの生活に戻るための手伝いをしたいならしてもいいと言っただけだ。何か問題でも?」

 

「…ない」

 

「なら、文句を言わずに続けてくれ、できれば今日中に片付けたいんだ」

 

 クロノはそう言って、書類に目を通している。そんなクロノの八つ当たりをフォローするために、局員の一人がユーノに話しかける。

 

「悪いね、ユーノ君。クロノ執務官、今、機嫌が悪いんだ」

 

「はぁ」

 

「事件を未然に防げなかったことと、関係者の一人が犠牲になったことに苛立ってる」

 

 小声で話しているが、近くにいる俺には聞こえている。そんな二人の会話を遮るようにクロノは局員にミスを指摘すると、俺達に背を向けて、扉へと向かっていく。

 

「僕も少し出てくる。引き続き整理を頼む」

 

 そう言ってクロノは部屋の外に出て行った。

 

「ユーノ、悪いな、作業を任せてしまって」

 

「いえ」

 

「ただ、アイツがエイミィ以外を頼ったりするのは珍しいんだ。それだけ君の作業能力を頼っているってことだから、悪いけど頑張ってくれ」

 

「わかりました」

 

 俺はユーノにそう言うと、クロノの後を追って部屋を出る。クロノを追いかけてみるとちょうどエイミィと合流していたところだった。

 

「クロノ、エイミィ」

 

「和也君、ご苦労様。二人ともそっちはどうなの?」

 

「捜査資料は何とか纏まりそうだ」

 

 エイミィの質問にクロノは淡々と答える。それが余計にクロノが不機嫌であることを理解させる。

 

「クロノ君、表情には気をつけなよ。怖い顔してるとみんな緊張しちゃうから…」

 

「別にそんな顔してない、怒ったところで時間が巻き戻るわけじゃない」

 

「クロノ君が別にって言うときは大体怒ってるときだよだよねー」

 

「今回に関して言えば、僕達がどうにかすることができた。あの時、彼を向かわせず、自分が向かっていれば、プレシアをもっと早く確保できていれば、あの時、彼と一緒いれば、それぐらい僕達にできることは多かった」

 

 クロノの言うとおり、今回俺達にできたことは多かった。でも、結果として俺達は拓斗を助けることができなかった。

 

「正直言えば、後悔ばかりが先に立つ。協力してくれた民間人を犠牲にしてしまい、現地の人間に悲しみを与えてしまった」

 

「和也君は大丈夫なの? 彼と仲良かったみたいだけど?」

 

 クロノの言葉を聞いたエイミィが俺のほうに話を振ってくる。

 

「正直、大丈夫じゃないな」

 

 拓斗がいなくなったことは正直、かなりショックを受けている。純粋に同郷の人間が犠牲になってしまったことに孤独感を感じ、管理局員として現地民が犠牲になってしまったことに苛立ちを隠せない。クロノの言ったようにもっと上手くやっていれば、と後悔ばかりが先に立ってしまう。

 

 ——せっかく会うことができたのにっ!!

 

「和也君っ、手から血が出てるよ!?」

 

 エイミィの言葉を聞いて手のひらを見ると、強く拳を握りすぎたためか血が流れていた。

 

「和也、医務室に治療しに行け。後は僕達がやっておくから」

 

「すまない…」

 

 クロノの言葉に甘え、治療するために医務室へと向かう。その途中、落ちていった拓斗の姿を思い出してしまい、思いっきり壁を殴りつけた。

 

「クソッ」

 

 手に感じる痛みよりも、拓斗が犠牲になってしまったことに対する心の痛みの方が酷かった。

 

 

 

 

「拓斗…」

 

 私は家へと帰るとそのまま拓斗の部屋に上がりこんだ。そこには拓斗の数少ない私物が存在している。その中の一つ、ノーパソに私は手を伸ばした。

 そしてノーパソを起動させ画面を見る。頭の中は拓斗に初めて会ったときから、今までの記憶がぐるぐると浮かんでは消えていった。

 

 最初に拓斗を見たのはすずかが拾ってきて、ノエルが家に運んできたときであった。その時はどうして家の敷地内に現れたのか色々疑っていた。目を覚ました後も彼から話された内容に頭が混乱したのを覚えている。この世界がアニメやゲームになっていると聞いたときは頭がオカシイのかと思い、内容を聞いているうちに彼の持つあまりに正確な情報に疑ってしまった。

 

 ——その後は驚いたわね。魔法を使って、これを私に預けてきて…

 

 彼が魔法を使ったとき、その事に驚いた。退魔であったり、HGSと呼ばれるものであったり、私達のような吸血鬼がいることは知っている。ただ、それだけなら問題はなかった。問題なのはその後、彼が私にこのノーパソを渡したときだ。

 このノーパソで色々できることを教え、私達に情報を技術を与えてくれた。この時、私は初めて彼の存在に対する一切の疑いを排除した。それほどまでに彼のしたことは愚かであった。

 

 その後、すずかとアリサちゃんが誘拐されたとき、遊を相手に戦い、傷つきながらも二人のことを助けてくれた。アレには本当に感謝しかない。

 

 そして今回のジュエルシード事件。この街に落ちてきた危険なものを回収して、街への被害を抑えていた。たとえ、それが自分がもとの世界に戻るためだったとしても…。

 拓斗がもとの世界に帰りたいと思っているのは知っていた…そのためにジュエルシードを集めていることも、その可能性が低いってことも…。

 

「でも、こんなところでいなくなることはないじゃない」

 

 言葉が漏れる。拓斗はジュエルシードを回収しようとしてそのまま落ちていった。彼がどうなったのかはわからない。ただ、拓斗がいなくなってしまったことに喪失感を抱いてしまう。

 

 ——そっか、私、寂しいんだ…。

 

 拓斗がここに来て一年が経つ。その間に私達にとって、彼の存在はなくてはならないものになってしまったようだ。

 

「すずかとさくらになんて言おう」

 

 ノエルとファリンには伝えたが、すずかにはまだ伝えていない。さくらに連絡をしなければならないが、それをする気も起きない。まだ、私は拓斗がいなくなったことを受け入れられていない。もしかしたら、すぐに戻ってくるような気がしてならない。私は椅子に座り、ノーパソの画面を眺め続けていた。

 

 

 

 

 

 俺が目覚めるとそこは見慣れた部屋の中だった。

 

「ここは…」

 

 その部屋の中を見渡してみる。その部屋はここ一年ですっかり見慣れてしまった部屋であった。

 

「結局、帰ることは無理だったか」

 

 俺の口から思わず溜息が漏れる。ジュエルシードが発動したことでもとの世界に帰れるかと思ったが、どうやらそれは叶わなかったようだ。その理由など色々考えたいことはあったが、それ以上に今は疲労を感じていた。

 

「まぁ、少なくとも無事だっただけでもマシか」

 

 ふと周りを見てみるとジュエルシードが落ちていた。どうやら一緒に転移してきたらしい。ただ、アリシアのカプセルがなかったところを見ると、どうやらアレは俺と一緒に跳ばされなかったみたいだ。まぁ、あっても困るけど…。

 ジュエルシードを拾い上げて、デバイスに格納する。ジュエルシードは二十一個全て揃っていた。

 

「つうか、何で俺の部屋にいるんだよ」

 

 俺は自分の部屋にいた忍を見て、言葉を漏らしてしまう。忍はノーパソを起動し、そのまま腕を枕に寝落ちしていた。

 

「忍、起きろ」

 

 忍の身体をゆすって、忍を起こす。時計を見てみると深夜であったが、それに構わず俺は彼女を起こした。

 

「ん、ぅ、拓斗?」

 

 忍は寝惚け眼を擦りながら、起き上がる。

 

「え、拓斗?」

 

「そうだけど」

 

 忍が俺の顔を見て戸惑った声を上げたので答える。正直、俺も眠いし、疲れているのでさっさと眠りたかった。

 

「拓斗っ!!」

 

「おわっ」

 

 突然忍に抱きしめられ、俺は驚いてしまう。忍の胸が俺の顔に当たるが抱きしめる力が尋常じゃなく強いため、その感触を楽しむこともできない。

 

「無事だったの、良かった」

 

 忍も落ち着いたのか俺を話すと、本当に安堵した様子で息を吐く。どうやら、かなりの心配をかけたようだ。

 

「まあね、ジュエルシードを使ってもとの世界に帰ろうとしたけど、目が覚めたらここにいたよ」

 

「そう、残念だったわね。でも、無事で良かった」

 

 忍の言葉が嬉しそうに感じるのは俺が無事だったことにだろうか、それとも俺の帰還が失敗したことにだろうか。それとも俺の気のせいであろうか。

 

「とりあえず、アースラに連絡を入れておくよ」

 

「あと、なのはちゃんにも連絡しておきなさい。あの子、あなたが落ちていって物凄く悲しんでいたから」

 

「わかった」

 

 忍に言われアースラとなのはに連絡を送る。そして、アリサにも一応無事を伝えておいた。もしかしたら鮫島さんがアリサに俺のことを言っているかもしれないからだ。アリサはあまり慌てていなかったことから、俺が死に掛けたことは聞かされてないらしい。ついでに鮫島さんにも伝えてもらうように頼んでおいた。

 

 なのはは酷かった。俺が連絡を入れると俺の名前を何度も呼び、俺の無事がわかると泣いてしまい会話が続かなかった。途中で士郎さんが出て、俺の無事を伝えると無事に良かったと本当に安心した声で言ってくれた。俺は心配をかけたことを謝り、後日改めて高町家に行くことにした。

 

 アースラに連絡すると無茶苦茶驚かれたが、とりあえず明日アースラに来いと今日はゆっくり休めとクロノに言われ、すぐに通話を切られた。ぶっきらぼうな態度であったが、俺の無事を確認した瞬間、クロノの表情が少しホッとしたのを俺は見逃さない。和也も安心した表情を見せていたので、とりあえず心配をかけたことを謝り、通話を切った。そして、俺はベッドに倒れこみゆっくりと休んだ。

 

 

 

 

 翌日、俺は忍と共にアースラに行くと、俺よりも早く来ていたのかなのはがいた。なのはは俺の姿を見ると飛びついてくる。

 

「拓斗君、無事で良かった、本当に良かったよ〜」

 

 なのはの瞳から涙が零れる。目の周りも腫れていたから、昨日は相当泣いたみたいだ。

 

「心配かけてごめんな」

 

 俺はなのはの頭を撫でて、彼女を安心させる。なのはは大人しく俺に頭を撫でられていたが、周りの目があることに気づくと、顔を真っ赤にして俺から離れる。

 

 

「もういいかな、じゃあ後は君から事情を聞いて、今回の事件はお仕舞いだ」

 

 クロノはそう言うと俺にいくつか質問をしてきて、俺もそれに答える。事情聴取は大した時間もかからずに終わる。

 

「あのフェイトちゃんはどうなるんですか?」

 

 俺の事情聴取が終わったのを確認して、なのははクロノに質問する。そう言えば、フェイトの姿が見当たらない。まぁ、自由に動ける立場じゃないだけかもしれないが…。

 

「事情があったとはいえ、彼女が次元干渉犯罪の一端を担っていたことは、紛れもない事実だ。重罪だからね、数百年以上の幽閉が普通なんだが…」

 

「そんなっ!」

 

「なんだがっ!」

 

 あまりの罰の重さになのはは声を荒げるが、クロノが釣られて声を荒げてしまい、なのはが押し黙ってしまう。

 

「状況が特殊だし、あの子が自分の意思で次元干渉犯罪に加担していたわけじゃないということもはっきりしている。あとは、そのことを偉い人たちにどう理解させていくかなんだけど…」

 

 和也はそう言って、クロノの顔を見る。クロノは和也が自分の顔を見たことに気づき、咳払いをした。

 

「こほん、それにはちょっと自信がある。心配しなくていいよ」

 

 クロノは安心させるようになのはに言う。

 

「プレシアはどうなるんだ?」

 

「ああ…」

 

 なのはに続いて俺が質問するとクロノや和也の表情は暗いものになる。

 

「彼女の場合、やはり相当な刑は免れない。ただ…」

 

「彼女は重度の肺結腫、治療をしてもそれほど長くは持たないようだ」

 

 言葉に詰まったクロノに引き継いで和也が説明してくれる。原作と同じようにプレシアの病はやはり相当重いようだ。

 

「あの人が目指してた、アルハザードって場所、ユーノくんは知ってるわよね?」

 

 リンディさんが俺達の前に現れ、ユーノに問いかける。

 

「はい。聞いたことがあります。旧暦以前、全盛期に存在していた空間で、今はもう失われた秘術がいくつも眠る土地だって…」

 

「けど、とっくの昔に次元断層に落ちて滅んだと言われている」

 

 クロノが補足するように説明する。事件に関わった人間に改めて彼女のしようとについて説明がされていった。

 

「あらゆる魔法が究極の姿に到達し、その力をもってすれば叶わぬ願いはないとさえ言われた、アルハザードの秘術。時間と空間をさかのぼり過去さえ書きかえることができる魔法、失われた命をもう一度蘇らせる魔法。彼女はそれを求めたのね」

 

「そんなことも可能なのね」

 

「もう既に失われたものですけど」

 

 忍が途中、言葉を漏らすがリンディさんが今は無理だと否定する。プレシアの境遇は俺は理解できる。ロストロギアに手を出し、危険な可能性、そして重罪と知りながらも可能性を追い求めずにはいられなかった。俺も同じだ。

 

「でも、魔法を学ぶ者ならだれでも知っている。過去をさかのぼることも、死者を蘇らせることもできないって…」

 

 クロノはそう言うが、俺はそれを否定する可能性を知っている。いずれ起きるかもしれないGOD、それでこの世界に来る二人の存在を…。それに俺達もある意味時間をさかのぼっている存在だ。この世界の未来を知っていて、この世界へと来た。

 

「しかし、彼女はその両方を求めた。だから、彼女はおとぎ話に等しいような伝承に頼るしかできなかった。頼らざるをえなかったんだ…」

 

「でも、あれだけの大魔導師が自分の命さえかけて探していたのだから、彼女はもしかして、本当に見つけたのかもしれないわ。アルハザードへの道を」

 

「それは彼女が目を覚ました後、聞いていくつもりだ」

 

 プレシアはまだ目覚めていない。俺が撃ったのは少し威力は高かったがただのスタンショットだったので通常であれば、それほど時間がかからず目覚めるはずだが、プレシアは起き上がる気配すら見せていないらしい。

 

「まぁ、それは良いとして、ユーノ・スクライア、君はどうする?」

 

「僕?」

 

「今回の事件によってミッドへの航行ルートに少し影響が出ている。少しの間ではあるんだが安全な航行ができるまで時間がかかるんだ」

 

「なら、今まで通り、家で泊まればいいよ。いいよね、お父さんっ」

 

「ああ、歓迎するよ」

 

 なのはの言葉に士郎さんも頷く。ユーノはなのはの言葉に戸惑っていたが、受け入れ高町家で過ごすことが決定した。

 

 

 

 

 アレから数日が経ち、俺達はもとの生活に戻っていた。今までどおり学校に通い、友達と話しながら過ごすそんな毎日。ジュエルシードを集めていたときとは違い、今はゆっくりとした生活を送っている。そんな時、管理局から連絡が入った。用件はフェイトの処遇についてだった。

 フェイトの本局への移送が決まり、それで最後に彼女はなのはに会っておきたいらしい。それを聞いたなのはは物凄く嬉しそうな表情を浮かべていた。いままで、隔離されており、会えなかったのでこうやって会うことができるのは嬉しいようだ。

 そして、ジュエルシードの交渉についても決まった。あれから、忍やバニングス家からアリサの父親が出てきて、リンディさんと交渉を続けていたらしい。

 

 アースラに指定された場所はフェイトとなのはが最後に戦った海鳴臨海公園であった。俺となのはが到着するとそこにはすでにフェイトが待っていた。

 

「フェイトちゃーん!」

 

 なのははフェイトの姿を確認すると大声で名前を呼んで彼女へと駆け寄る。

 

「あんまり時間はないんだが、しばらく話すといい。僕たちは向こうにいるから」

 

「ありがとう・・・」

 

「ありがとう・・・」

 

 クロノはそう言ってなのはとフェイトから離れる。それに習い、俺達も二人から離れた。

 

 

 

 

 

 私達は互いに顔を見つめあって、少し照れたように頬を染めて微笑みを交わす。

 

「あはは、いっぱい話したいことあったはずなのに、変だね、フェイトちゃんの顔見たら忘れちゃった…」

 

「私はそうだね、私もうまく言葉にできない」

 

 ここへ来る途中は、あれだこれだと頭の中で考えていたのに、今はすっかり真っ白で、何を話していいのか分からない。友達になりたいと言ったのは自分なのに、自分からうまく会話が始められない。

 

「だけど、嬉しかった」

 

「えっ?」

 

「まっすぐ向き合ってくれて」

 

 フェイトちゃんの言葉に、私は自然に笑顔になる。自分がやりたいと願ったことが相手に喜んでもらえた、それがたまらなく嬉しい。

 

「うんっ。友達になれたらいいなって思ってたの。でも、今日はもうこれから出かけちゃうんだよね」

 

「そう、だね。少し長い旅になる…」

 

 お互いに少し暗い表情を浮かべてしまう。時空管理局本局は、次元世界全域を管轄する次元航空部隊の本拠地であり、そのため全ての次元世界に通ずる空間に置かれているのをクロノ君から聞いた。管理外世界である私達の世界とは結構な距離があるということもあるが、それ以上に、聴取と裁判等で時間が賭かるらしい。

 

「また会えるんだよね?」

 

 でも、それさえ終わればまた会うことはできる。私の言葉にフェイトちゃんは笑って頷いてくれた。

 

「ん、少し悲しいけど、やっと本当の自分を始められるから」

 

 フェイトちゃんのその言葉には感情がこもっていた。

 

「来てもらったのは、返事をするため…」

 

「ふぇ?」

 

 フェイトちゃんの言葉が理解できず少し変な声を上げてしまう。フェイトちゃんの顔は少し赤く染まっていた。

 

「君が言ってくれた言葉。友達になりたいって」

 

「あっ…うん!」

 

 それは自分があの時がフェイトちゃんに言った言葉。

 

「私にできるなら、私でいいならって」

 

 フェイトちゃんは少し困った表情を浮かべる。

 

「だけど私、どうしていいか分からない。だから教えて欲しいんだ、どうしたら友達になれるのか…」

 

 フェイトちゃんの境遇を思い出す。ずっと母親の傍にいて同年代の子を遊ぶどころか出会う機会もなかったことを。不安そうな顔をするフェイトちゃんを見て、困ったけど一つだけ思い当たることがあった。

 

「簡単だよ」

 

「えっ?」

 

 思い返せば、初めて会った時からずっと、一方的だった。

 

「友達になるの、すごく簡単!」

 

 呆然とするフェイトちゃんに、私は友達になる方法を教えてあげる。

 

「名前を呼んで。初めはそれだけでいいの。君とかあなたとか、そういうのじゃなくて。ちゃんと相手の目を見て、ちゃんとはっきり言うの」

 

 ずっと、私はフェイトちゃん、フェイトちゃんと呼びかけるだけだった。名前が返ってきたことは、一度もなかった。

 

「私、高町なのは。なのはだよ!」

 

 だから、もう一度名前を教える。今度こそ、ちゃんと呼んで欲しい。それだけで、きっと友達になれるから。

 

「な、のは…」

 

「うん、そう!」

 

 おずおずと、ためらいがちにフェイトちゃんは私の名前を呼んでくれる。それが本当に嬉しくて、名前を呼んでくれた、それだけで、とても心があったかくなった。

 

「な、のは」

 

「うん…」

 

「…なのは」

 

「うんっ!」

 

 フェイトちゃんが繰り返し私の名前を口にする。私は自らの両手でフェイトの左手を包み込んだ。

 

「ありがとう、なのは」

 

「…うん」

 

 流れる風が髪を撫でる。目の前には新しい友達がいる。

 

「なのは」

 

 何度も自分の名前を呼んでくれる。私の目からは自然と涙が溢れ出した。それを必死で我慢して、笑顔で応える。

 

「うん!」

 

「君の手は温かいね、なのは」

 

 フェイトの言葉に、私は溢れる涙をこらえ切れなくなってしまった。私の目から流れる涙を、フェイトちゃんが指で拭ってくれる。

 

「少し、分かったことがある…友達が泣いてると、同じように自分も悲しいんだって」

 

「フェイトちゃん!」

 

 今、自分の前でフェイトちゃんは目の前で笑っている。母親のこともあり辛いはずなのに、笑っている彼女が愛しくて、私はその身体に抱きついた。フェイトちゃんは私をやさしく抱きしめ返してくれた。

 

「ありがとう、なのは。今は離れてしまうけど、きっとまた会える。そしたらまた、君の名前を呼んでもいい?」

 

「うん、うんっ」

 

 いつの間にか、フェイトちゃんの目からも涙が伝っている。

 

「会いたくなったら、きっと名前を呼ぶ。だから、なのはも私を呼んで」

 

 フェイトちゃんの言葉に顔をあげると、フェイトちゃんと至近距離で目を合わせる格好になる。

 

「なのはに困ったことがあったら、今度は私が助けるから」

 

 フェイトちゃんの言葉が心に響く。友達がこう言ってくれる、これほど嬉しいことはない。

 

 

 

 

 俺はなのはとフェイトから離れ、和也と二人きりになっていた。

 

「お前はこれからどうするつもりだ?」

 

「とりあえずはこっちで過ごしていくさ、まだ、諦めたわけじゃないけどね」

 

「そうか…」

 

 ジュエルシードを使ってもとの世界に帰ることは失敗したわけだが、まだ帰還を諦めきれたわけではない。

 

「前にも言ったができる限り手伝う。後悔しないように過ごせよ」

 

「そっちも、大変だと思うけど気をつけて…」

 

 和也と握手を交わす。俺達にはこの世界でそれぞれの生活がある。和也はこれからも執務官として管理局で働いていかないといけない。そして俺は小学生として過ごしながら、もとの世界へ帰る方法をこれからも探していく。

 

「まぁ、何かあったらこれで連絡取れるからな」

 

 和也はIphone——PDAと呼んでいるらしいのでそっちにあわせることにするが——を取り出し、操作する。まだ、俺達のことについて色々謎は残っているが今は純粋に今回の事件が無事に終わったことを喜ぶとしよう。

 

 二人で揃って戻るとなのはとフェイトが抱き合っているのが見える。

 

「あんたんとこの子はさぁ、なのはは、っく、本当にいい子だねぇ。フェイトが、あんなに笑ってるよぉ」

 

 アルフがポロポロと涙を溢しながら言葉を漏らす。遠目からであるがフェイトの表情を見てみると、彼女の表情は今まで見たこともないほど綺麗な笑顔であった。

 

 ——良かった、笑えるんだ…

 

 なのはと出会い、フェイトは笑えるようになった。それはとても喜ばしいことだ。ただ、この事件に関わったけど、彼女達に対して何もできなかったことを少し寂しく感じる。

 

「時間だ。そろそろいいか?」

 

 クロノの言葉に、抱擁を交わしていた二人が離れる。

 

「はい…」

 

「フェイトちゃんっ!」

 

 なのははフェイトに声をかけるとそそくさと自分の髪のリボンを外し始める。

 

「思い出にできるの、こんなのしかないんだけど」

 

 なのははそう言って、フェイトにリボンを差し出した。

 

「じゃあ、私も」

 

 そう言って、フェイトもリボンを外し、黒いリボンを、同じようになのはに差し出す。互いに差し出されたリボンを受け取るために反対の手を差し出し、そして手を重ねた。

 

「ありがとう、なのは」

 

「うん、フェイトちゃん」

 

「きっと、また」

 

「うん、きっとまた」

 

 二人はリボンを交換した。なのはは黒い紐のリボンを、そしてフェイトは白い布のリボンを握りしめる。

 

「ん・・・」

 

 アルフがなのはの肩にユーノを戻す。

 

「あっ、ありがとう。アルフさんも元気でね」

 

「あぁ。色々ありがとね、なのは、ユーノ、拓斗…」

 

「ああ、二人とも元気で…」

 

 俺はアルフとフェイトに別れの挨拶をする。アルフは笑顔でフェイトは戸惑った表情ででもちゃんと笑って返してくれる。

 

「それじゃあ、僕も」

 

「うん。クロノくんも、またね」

 

「ああっ」

 

「迷惑をかけてすまなかった。ありがとう」

 

 俺はクロノと握手を交わす。和也とは既に挨拶は終わっているため、特に言葉は交わさない。四人は転移魔法陣の中に立つと光に包まれ、そのままアースラに転送される。

 

「バイバイ、フェイトちゃん、アルフちゃん、クロノ君、薙原さん」

 

「四人とも、またな」

 

 転送される四人に言葉を贈り、彼らと別れる。次に彼らに会うのはAs、ほんの数ヵ月後だ。それから数分間、俺達は無言でその場に立っていた。

 

「行っちゃったね」

 

「そうだな」

 

 俺となのはが言葉を交わす。別れは寂しいが、これは永遠の別れというわけではない。

 

「さて、と。じゃあ、全部終わったし、皆で打ち上げでもしようか」

 

「あっ、そう言えば翠屋でパーティするってお母さんが言ってたよっ」

 

「ホント? 無茶苦茶楽しみだ」

 

 こうして後にPT事件と呼ばれる。事件は終わりを告げた。悲しみと出会い、全ての始まりを告げた物語はそれに関わったものたちに大きな影響を与えた。そして、俺達はまた平穏な日常へと戻っていく。



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30話目 考察、今後。

 

 フェイトや和也達と別れてから数日、俺はどうして元の世界に帰ることができなかったのか、ずっと考えていた。

 

 まず一つ目として思いついたのが、場所の問題だ。俺が願ったのは時の庭園で、今いるこの地球とは別の次元世界に存在する。そこでジュエルシードを発動させてしまったことで、元の世界…その前にいた次元世界である、ここへと転移したという可能性だ。

 

 二つ目は俺の願いをジュエルシードが叶えるにはキャパシティが足りなかったという可能性だ。

 純粋に元の世界に帰るための能力がジュエルシードにはなかったという考察である。

 例えば海を渡るのに船を使う。宇宙に行くのにスペースシャトルを使う。次元世界を渡るのに次元航行船を使う。

 なら、リリカルなのはという世界から俺の元いた世界に帰るには?

 ジュエルシードはその手段足り得なかったと考えだ。

 

 三つ目は俺が元の世界に帰ることを実は望んでいなかったという可能性である。心の底ではこの世界に残りたいと思っていて、それをジュエルシードが叶えた場合だ。

 もう、一年もこの世界で暮らしている。そう考えるとこの可能性は捨て切れなかった。

 

 そして四つ目が俺はこの世界から出ることが出来ないという可能性だ。

 もともと、俺と和也はこの世界に送られてきた存在だ。つまり俺達を送った奴が俺達が元の世界へ帰ることを望まないので、この世界に縛り付けているという考え方である。

 

 大まかにこの四つの可能性を俺は思いついた。他にも幾つか可能性としては考えられたが、俺としてはこの四つが可能性として高いと考えた。

 俺の勝手な推測のため、どれが正しいかはわからない。どれも正しく思えてしまう。

 

 特に最悪なのは四つ目の場合だろう。俺は俺達をここに送った奴をどうにかしないと元の世界に帰ることが出来ないということになる。

 

 四つ目の場合、ソイツに振り回されることも考えなければいけない。ソイツは俺達の上にいるのだ。もしかしたらソイツの気分次第で殺される可能性もあれば、元の世界に帰れる可能性もある。しかし、あまり考えたくない可能性だ。

 

 これらの可能性を踏まえた上で俺は一旦、元の世界に帰ることを諦めるか否かの判断を保留することにした。というのもこの先に待つとある出来事が起こってから考えることにしたのだ。

 

 それは以前、和也と話したことであるが、GOD、つまりはゲーム内の出来事だ。

 リリカルなのはのゲーム二作目では未来からヴィヴィオとアインハルトが来る。もし、起こったらの話しではあるが、二人に接触して俺が未来でどうなっているのかを知りたいと思っている。

 もし二人が俺のことを知らなければ、俺は元の世界に帰っている可能性もあるということになり、知っていればまだ帰ることができていないということになる。

 それを知ってから判断しようと俺は考えた。

 

 最近は俺の生活も変わってきている。前は放課後、魔法の練習であったり、士郎さん達に剣を習ったりしていたが、最近では様々な分野の勉強が加わった。

 これは和也と色々話し合って考えさせられたからだ。

 和也はもしかしたら俺達が急に元の世界に帰ることになったり、ノーパソやデバイスなどが使えなくなる事態などを考えて、様々なことを勉強しているらしい。

 例えば技術関係、いきなり元の世界に帰ることになったとき、元の世界にこの世界の技術などを持ち帰るために勉強していると言っていた。

 他には魔法技術、デバイスが使えなくなったときのために、デバイスに頼らない魔法行使や一般のデバイスを使った訓練などをしているらしい。

 

 何故そこまでするのかと和也に聞いてみると、アイツはこう返してくれた。

 

『例えばさ、元の世界に帰ったとして、何も身につけずに戻ったら勿体なくないか? 

 俺は執務官をやって犯罪者とか捕まえたり、下に指示を出すこともある。その経験もいいけど、どうせなら形がわかる成果の方がわかりやすいし、他人にも喜ばれるだろ? それにもう一度、人生を過ごすんだ。できるだけ濃密な時間にしたい』

 

 この言葉に俺は感心し、和也を尊敬した。それと同時に憧れを抱いた。

 これからこの世界で過ごしていって、元の世界にいたときと同じように過ごしてしまっては意味がない。

 元の世界に戻ったとき、こういう技術を身につけたと胸を張って言えるぐらいがいいのだろう。

 現に和也はデバイスマイスターやシステム関連の資格を持っている。本人曰わく、あと最低でも機械技術やエネルギー技術関連は確実に身につけておきたいらしい。

 それに影響されて、俺も様々な分野の勉強をするようになった。忍から主に機械技術についてや、経営などマネジメントについてを学んでいる。これが意外と楽しく、和也から色々な資料やアドバイスを貰ったりしながら、様々な技能を身につけるために頑張っている。

 

 そんな俺が今、何をしているかというと……。

 

「拓斗くん、ホントにシテもいいの…?」

 

「いいよ、さくらのシタいようにして」

 

 俺は今、さくらと一緒にいた。俺はカートリッジを使って大人モードになり、ベッドに腰掛け、さくらを膝に乗せて、彼女の腰を抱く。さくらはさくらで俺の首に両手を回し、俺を見つめてくる。心なしかさくらの瞳が潤んでいるように見える。

 お互いの息づかいを感じられるほど、俺達の距離は近い。

 

「じゃあ、拓斗くん…」

 

 さくらが俺の耳元で囁く。その艶やかな声と彼女から漂う甘い香りに、頭がクラクラしてくる。

 

「ん、カプッ」

 

 さくらが耳を甘噛みしてくる。彼女の息やその行為がくすぐったいが、それを我慢して彼女のシタいようにさせる。

 だが、俺もただ黙っているわけではない。

 彼女の腰に回した左手を彼女のへそのあたりへと持っていき、彼女のお腹を服の上から撫でる。

 

「ひゃん」

 

 さくらは俺の行動に小さな悲鳴を上げるが抵抗しようとしない。

 寧ろ行為はエスカレートしていき、彼女は俺の首筋を舐めてきた。俺はそれに反応して声を上げてしまう。

 

「く、ぁ」

 

「ふふっ、気持ちいい?」

 

 さくらは俺の反応を見て楽しそうに笑う。その表情は妖艶で見た者全てを虜にしてしまいそうな、そんな魔性の微笑みだ。

 

「っ、早くシテくれ」

 

「だ〜め、まだ我慢して」

 

 さくらはそう言うと、俺の鎖骨に軽く口づけを交わし、舌で舐める。

 

「拓斗くんの味がする…」

 

 そう言うとさくらは鎖骨からもう一度首筋に戻り、今度は首筋を甘噛みしてきた。

 

「ぅ、ぁ」

 

 たまらず声を上げる。それに気を良くしたのかさくらは首筋に吸い付いてきた。

 

「ん、チュッ」

 

 首筋が吸われる感覚に俺の頭が真っ白になる。あまりに彼女の行為が気持ちよくて、ヤバい。

 

 そして彼女はゆっくりと…

 

 俺の首筋に歯を立てた。

 

 

 

 

 

 私は口の中に広がる甘美な味に一瞬で魅了される。

 

 ——美味しい、甘い

 

 まるで極上のワインを飲んでいるかのような風味にもっと欲しいと強く吸いつく。

 これほどの血液は今まで飲んだことがない。先輩から血を貰っていたときも、友達から少し血液を貰ったときでもだ。

 

 夢中で拓斗くんの首筋から流れる血液を舐める。これはヤバい。一度飲んでしまえば、他のものなんてしばらく目に入らないぐらいに美味しい。

 

 ——拓斗くんっ、拓斗くんっ

 

 心の中で何度も彼の名前を呼びながら、彼の血を吸う。

 彼の何かに耐えるような表情が嗜虐心を誘い、もっとイジメてみようと、彼の首筋を舐めたり、身体を彼に密着させる。

 

 彼の血をこれほどまでに美味しく感じるのは何故だろうか? 魔法使いだから? いや、違う。どうしようもないくらいに私が拓斗くんのことを好きだからだ。

 

 初めて会って、名前を呼んで貰ったときから、ホント自分でもわからないくらいに惹かれていた。子供の姿ということで色々思うところはあったけど、たまに会える日をいつも楽しみにしていた。いや、拓斗くんに会うために頑張って仕事を終わらせて、月村の家に来ていた。

 だから、忍から拓斗くんが元の世界に帰ろうとしていると聞いたときはショックを受け、失敗したと聞いたときは内心喜んだ。もちろん、その姿を拓斗くんに見せたりはしない。

 

 そして今日、私はそのジュエルシードの事件のことについて聞くために、ここに訪れた。できれば管理局がいるうちに来ておきたかったけど、それは仕方ない。私にとって重要なのは拓斗くんに会えること、それだけだ。

 

 今日、拓斗くんは魔法を使って元の姿に戻っていて、私はこれをチャンスだと思った。

 拓斗くんが元の世界よりもこの世界に魅力を感じてくれれば、元の世界に帰ることはない。

 そして、私は女で彼は男だ。一番簡単な手段、それは快楽で縛り付けることだ。

 私は初めてではあるが、昔に比べて成長したのでスタイルにはそこそこ自信がある。私は好きな人に抱いて貰い、拓斗くんは気持ちよくなれる。そして、責任を取って貰えば、拓斗くんは元の世界に帰ろうと思わない筈、一石三鳥の作戦だった。

 

 拓斗くんに身体を密着させながら、首筋に舌を這わせる。自覚できるくらいに自分が興奮しているのがわかる。拓斗くんの血液がまるで媚薬のように私を疼かせていく。

 

 ——シテ欲しい、もう耐えられない。

 

 私はそう思いながら拓斗くんの首筋にまた歯を立てる。

 

 

 

 

 

「っ!」

 

 歯を立てられた痛みに少し驚くがそれもすぐに別の感覚に支配される。それは快楽だ。

 

 首筋に感じるさくらの口内や時折首筋を舐める舌の感触がヤバいくらいに感じる。

 

「んっ、あ」

 

「ん、ん」

 

 さくらは俺の首筋から流れる血液を嚥下していく。俺もやられっぱなしは嫌なので、抵抗を試みた。

 

 さくらのお腹を撫でていた左手で彼女の服をたくしあげて、先ほどは服の上から撫でていたお腹を今度は直に撫でる。

 

「ん〜〜っ!!」

 

 さくらが声を上げるが、首筋から唇は離れない。

 今度は空いた右手で彼女のスカートを少し捲りながら太ももを撫でる。さくらはブラウスにスカート姿のため、端から見るとさぞかし扇情的に見えることだろう。

 

「ぁん」

 

 これにはさくらも驚いたのか少し喘いで、俺の首筋から唇を離す。

 

「ぁ……」

 

 太ももを撫でていた右手を止め、左手も離す。さくらは名残惜しげな表情を浮かべるが、直ぐに自分を支えるものがなくなったことに気づき、慌てて俺に抱きつく。

 

 ポフっという音とともに俺はベッドに倒れ込んだ。さくらは俺の首筋を一舐めすると、俺に馬乗りになり見つめてくる。

 

 俺はその体勢が嫌なのでさくらの首筋に両手を回すと彼女を抱きしめ一回転して、今度は俺が彼女の上に乗る。もう、我慢の限界だった。

 

「あっ……」

 

 俺は自分の唇をさくらの唇に重ねようとする。さくらも目を閉じて受け入れようとしてくれる。そんなときだった。

 

「なっ!!」

 

「えっ!?」

 

 俺の身体な縮み、子供サイズへと戻る。俺が声を上げたためかさくらも驚いて、閉じた目を開いた。

 

 ——クソッ、マジかよ

 

 せっかくこれからというときに魔法が解けてしまったことに悪態をつく。恐らくさくらが血を吸ったことでそっちに魔力が持っていかれ、効果時間が短くなってしまったのだろう。

 

 魔法が解け、子供の姿に戻ったことで今までの興奮が冷め、急速に萎えてくる。

 

「どうだった? ハジメテの体験は?」

 

「無茶苦茶気持ちよかったよ」

 

 さくらの質問にそう返す。今日はさくらが血を求めてきたのでちょっと飲ませるだけのつもりであった。月村邸で過ごしているが、俺は今まで忍やすずかに血を吸わせたことはなく、血液を渡したこともない。そのため、さくらがハジメテであった。

 

「ハァ、しかし残念だ」

 

「続きは今度だね」

 

 さくらも少し残念そうな表情を見せていた。

 

「悪いな、その気にさせたのに」

 

「ううん、ただ、次は覚悟しておいてね」

 

 さくらは俺の耳元でそう囁いた。その艶っぽい声に次の機会が楽しみになる。

 

「じゃあ、ありがとう。拓斗くんの血、本当に美味しかったよ。もうやみつきになるくらい」

 

 さくらはそう言って最後に俺の首筋を舐めると部屋から出ていく。

 さくらが出ていったのを確認して、俺はベッドに大の字になって寝転がる。

 

「マジ寸止めとか、ないわ〜」

 

 流石に子供の身体でする気はなかったので止めてしまったがその気であったためにかなり不満だったりする。

 

 ——つうか、アレはマジヤバいわ

 

 途中からどころか、さくらが膝の上に乗ってきた瞬間からその気になった。それ程までにさくらは魅力的だったが、まだ我慢できていた。血を吸われるまでは……。

 その前のさくらの責めのときもヤバかったが、血を吸われるために歯を立てられたとき、冗談抜きで抑えられなくなっていた。

 

「ふぅ〜。とりあえず何か食事でも貰おう」

 

 俺はさくらに吸われて失った血液を補充するために、台所へと歩いていった。

 

 

 

 

 

「んふふ〜」

 

「どうしたのよ、さくら? 機嫌が良いわね」

 

「ん〜ちょっとね」

 

「そのちょっとが気になるわよ」

 

 忍の質問にちょっとはぐらかすように答える。そんな私に忍はちょっと不満気な表情だ。

 

「実はね、拓斗くんに抱かれようと思ったんだけど」

 

「ちょ、ちょっと、待ちなさいさくらっ!」

 

 私の言葉に忍は戸惑った声をあげる。

 

「な〜に忍?」

 

「な〜に、じゃないわよ。さくら、なに考えてんの?」

 

「あっ、大人状態だから安心して」

 

「そう、それなら納得…ってするわけないでしょ!! どうしたらそんな発想が出てくるのよっ、というか実行したのっ?」

 

 忍はまくしたてるように声を張り上げながら、私に問い詰める。

 

「ほら、拓斗くんをこの世界に残らせるにはどうしたらいいかなって思って、やっぱり男なら快楽かなって」

 

「それで実行したのね?」

 

「ええ、最初は血が欲しいな〜って言って飲ませて貰ったんだけど、美味しかったな〜。でも、いざこれからっていうときに拓斗くんの魔法が解けちゃって、結局シテないのよ」

 

 本当に今日は残念だった。あと少しのところでお預けをくらってしまい、拓斗くんも不満そうだったが私はそれ以上に不満だった。

 

「それは、良かったわ」

 

「それでね、忍〜」

 

 私は両手を忍の腰に回して抱きしめ、身体を密着させる。

 

「な、なに?」

 

「中途半端に終わっちゃったせいで、疼いて仕方がないの」

 

 私はそう言って忍の手を取ると自分のスカートの中に潜り込ませ、ショーツに触れさせる。そこは先ほどの拓斗くんとの行為でずぶ濡れであった。

 

「一人でするのは寂しいから、忍も手伝って?」

 

「拓斗くんに頼めば良かったじゃない?」

 

 忍は呆れたような顔で私を見る。

 

「そんなことしたらはしたない女だと思われちゃうじゃない」

 

 私は忍にそう言うと彼女を連れて、彼女の部屋に入る。それ程ここにいられる時間もないため、手短に済ませなければならない。

 

「ちょ、さくら〜」

 

「大丈夫よ、忍。私もたっぷりシテあげるから」

 

 そうして私達は絡みあう。途中、ノエルが加わり、忍ととも私を激しく責めたててくれた。おかげでかなり気持ちよくなれたが、やはり少し不満は残る。次は絶対、拓斗くんにシテ貰おう。

 

 



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31話目 拓斗の日常、訓練編

ブログのほうで最新話を更新しました。

*************************


「フッ!!」

 

「ッ!!」

 

 男の気合と共に男の手に持った武器が振るわれ、刃が俺を襲う。俺はそれに反応し身体を回転させて回避すると、その勢いを使って男に回し蹴りを放つ。

 

「クッ…」

 

 魔力によって身体能力が底上げされ、さらに回転による勢いのついたそれは男に受け止められたものの、男の顔が苦痛でゆがんだ。それを見た俺は、さらに懐に潜り込むと掌を男の腹部へと腹部に当てる。

 

「しまったっ!!」

 

 男が慌てて俺から離れようとするが遅い。男が自分から離れるよりも早く、俺は魔法を完成させ、それを放った。

 

「クッ!!」

 

「そこまで」

 

 俺の魔法によって男が吹き飛ばされるが大したダメージではないようで男はすぐに立ち上がる。それを見たもう一人の男性が声を上げ、俺達を止める。俺はそれを確認すると集中を解き、深く息を吐いた。

 

「恭也さん、大丈夫ですか?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 俺は先ほどまで戦っていた男、恭也に近づくと声をかける。そう、先ほどまで戦っていた相手は恭也であった。訓練では恒例となった模擬戦なのだが、最近の模擬戦は以前とは変わっている。

 

「まさか近接戦で一撃貰うとは思ってなかった」

 

「まぁ、でも魔法を使ってですからね」

 

 今回の模擬戦では俺は近接戦闘で恭也に挑んでいた。魔法は身体強化と近距離の魔法のみ、恭也も鋼糸や飛針を使わなかった上、いつもなら二刀持っている小太刀も一刀しか持っていない。

 この模擬戦をするようになったのは、俺の戦い方を増やすためだ。今まで俺はデバイスを使った射撃魔法などを基本とした戦い方をしていた。もちろんこれからも基本はそのスタイルのつもりだが、それだけでは接近戦に不安を覚えた。相手を近づけさせない戦い方であったり、近づいてきた相手を罠に嵌めたりという手段も持ってはいるが、もしものときのために手札を増やしておきたかった。

 

 今、ベースとなっている近接戦の攻撃手段は蹴り技がベースだ。というのもクロックシューターが銃型で手が塞がってしまうため、どうしても蹴りがメインになる。

 

「謙遜することはないよ。武器を持っている相手の懐に潜り込んで一撃を与えたんだ。もっと自信を持った方がいい」

 

 士郎さんが近づいてきて褒めてくれる。それを嬉しく思うが、まだ自分では満足できていなかった。

 

「それじゃあ、次はこっちの練習に移ろう」

 

 士郎さんはそう言って竹刀を取り出す。俺も少し離れたところに置いてあった竹刀を取りにいくと、士郎さんの前で構える。

 

「じゃあ、まずは素振りからだ」

 

 士郎さんの声と共に剣の練習が始まる。ただ素振りを行うのではなく、相手をイメージして竹刀を振るう。剣道とは違い、攻撃箇所が限られているわけではないので、相手のどこへ向かって竹刀を振るうかは自由だ。とはいえ、面、胴、小手、喉などは基本として教わっているのでそれが主になってしまうが…。

 

「うん、大分形はできてきたね」

 

 俺の素振りを見た士郎さんがそう言ってくる。自分ではわからないが素振りだけはようやく見れるようになってきたみたいだ。その後も素振りだけに終わらず、足捌きであったり、打ち込みなどを何度も何度も確認しながら繰り返す。士郎さんに剣を習い始めてから半年程度が経過するが、動きが少しずつ慣れていくのは感じる。

 

「じゃあ、最後は試合だ。今日は俺がやろう」

 

 士郎さんはそう言って俺の前に立つ。いつも練習の最後には試合が行われる。これは習い始めたときからずっとであった。士郎さんが言うには実戦のイメージをつかむことが重要らしい。ただ、剣を振るうのではなく、実戦をイメージして振るう。試合を行うのはそういうイメージをつかむためであるらしい。そして実戦での感覚を覚えろとも言われた。素振りのようにいつもいい姿勢で武器を振れるわけではない。バランスを崩しているときもあるし、相手によって自分も攻撃方法を考えなければいけない。

 

「それと今回は竹刀じゃなくてコッチを使おうか」

 

 士郎さんはそう言って、木刀を手渡してくれる。

 

「木刀…ですか?」

 

「ああ、そうだ。これの方がより武器に近いからな。拓斗君も今は竹刀だけど、いずれはこれで練習するよ」

 

 士郎さんは言い終わると両手に普通の木刀より短いものを両手に持ち、構える。その瞬間から一気にその場の雰囲気が変わった。

 

「じゃあ、いくぞっ」

 

 士郎さんが踏み込んできて、俺に向かって木刀を振るう。俺はそれを受け流して、士郎さんの背後に回りこむがすぐに反応され、横薙ぎで払ってくる。それを俺は後ろにステップして躱し、士郎さんから距離をとった。

 

「うん、ちゃんと受け流せたね」

 

「ええ、そう教わってますから」

 

 俺は士郎さんの初撃を受けるのではなく、受け流した。これは士郎さんから教わったことだ。俺は子供であり体格で劣る。そんな俺が攻撃を正面から受けてしまえば、衝撃が手にダイレクトに伝わり、武器を落としてしまうかもしれない。そうでなくても受けきれないということもある。だからこその受け流しだ。相手の攻撃を受け流して、自分への衝撃を和らげる。まだ未熟なため失敗することも多いが、それでもこの技術は俺の役に立っている。

 まず、これを覚え始めてから防御面が上手くなった。相手の攻撃をどうやって受けるか、どうやったら効率よく受け流すことができるか、それを考え始めたためか、少しだけではあるが防御面が上がっている。

 

「じゃあ、今度はどうかな?」

 

 また士郎さんが踏み込んできて、俺に攻撃を加える。今度は連続して木刀が振るわれる。

 

「クッ!!」

 

 もともと二刀流は連撃が当たり前のため、攻撃と攻撃の間の隙が少ない。それに苦労して回避、時には防御を選びながらも何とか防ぐ。

 士郎さんの攻撃を俺が懸命に防ぐ。士郎さんと戦うときは大体がこんな感じであった。士郎さんは攻撃のスピードも威力も俺の技量に合わせて手を抜いている。俺が反応できるギリギリの攻撃で攻撃してくるので俺も必死だ。いずれ捌ききれなくなった俺がいつも攻撃を喰らって終わってしまう。何とか隙を見つけ攻撃しようとするが、それも簡単に回避されるか、逆にカウンターを喰らってしまう。

 今回も例に漏れず、俺が捌ききれなくなり、士郎さんの一撃を貰い、試合は終了した。

 

「あ、ありがとうございました」

 

「うん、お疲れ様」

 

 士郎さんにお礼を言って下がる。身体は疲労でいっぱいだった。まず全力で動かなければ攻撃を防げないということ、そして士郎さんの動きに集中していなければ反応できないということ、ずっと集中していた上、全力で動いていたのだ。練習時間は短かったとはいえ、正直、かなり疲れた。

 

 しかし、まだ終わらない。これからは魔法訓練の時間であった。トレーニング用の魔力負荷の魔法を使って自分に負荷をかけて鍛えると同時にその状態で魔法を使って技術の向上を目指す。基本的にこれは原作でもなのはが同じようなトレーニングを行っていたので、それを真似する形だ。日常生活のありとあらゆるところで魔力を消費するため、結構辛かったが、今は慣れてきたためそうでもない。先ほどの士郎さん達との剣の練習のときもしていたが、あまり気にならなくなった。なのはも同じことをやっているみたいであるが、それを止めることはしない。というより自分もやっているため、止めることができない。

 

 魔法の訓練は二種類、デバイスを使った訓練と使わない訓練だ。デバイスを使わない訓練は主にデバイス無しでの魔法行使を訓練している。先ほどの恭也との模擬戦のように、デバイス無しでの試合も行っているがまだ危なっかしいので、模擬戦の場合、身体強化と簡単な射撃魔法しか使わない。

 先ほども言ったとおり、魔法行使と制御の訓練が主になるが、これがまた難しい。ただ使うだけならできるのだが、誘導弾のように魔力弾をコントロールしたり、ソニックムーブや飛行魔法のように動きを制御したりするのはかなり難しい。

 ちなみにデバイス無しでの魔法行使という点では俺はなのはに劣るようになってきた。なのははジュエルシード事件以降、危険なことから身を守るために魔法訓練の時間が延びたが、俺は士郎さんと剣の練習や他にもいろいろすることが増えたため、魔法訓練の時間が少し減ってきている。

 デバイスを使った戦闘では負けはしないだろうが制御面から見ると俺はなのはに負けている。

 最近ではなのはに魔法を教えることも少なくなり、訓練などはクロノ達から教導メニューを送ってもらったり、なのはが独自でトレーニングを行うようになった。俺がしているのは魔法のマニュアル作りだ。ノーパソで今ある魔法についてを調べ、その種類や効果、使い方であったりをデータにまとめてレイジングハートに渡している。

 

「ねぇねぇ拓斗君、今日はどんな訓練するの?」

 

 なのはは屈託のない笑みで俺に聞いてくる。その表情を見てか、身体の疲労が少し軽くなった気がする。

 

「いつもと同じように模擬戦でもいいんだけど、今日はちょっと別の訓練をしようか」

 

 そう言って俺はなのはから少し離れると空中にいくつかの魔力弾を展開する。

 

「今回の訓練はこれの撃ち落し、飛んでいるこれに当てる。できたら交代して、今度は当てられないように誘導するっていう訓練、制限時間は一分」

 

「それ凄く面白そうっ、拓斗君っ早くやろうよ!!」

 

 なのはは訓練の内容を聞いて、面白く思えたのか目を輝かせて、俺を急かす。こういったように子供にやる気を出させたりするのはとても重要であるらしい。

 

 ゴールデンエイジと呼ばれる言葉がある。この場合は子供の成長に関わるものという風に思って欲しいが、スポーツなどで子供が成長しやすい時期をさす言葉だ。大体五歳から八歳ぐらいまでをプレゴールデンエイジといい、この時期は脳を始めとする体内の神経回路が複雑に張り巡らされていく時期であるらしい。この時期の子供は集中力が高いけど、色々な刺激を求めているため、集中力が長続きしないといわれている。だから、遊びの要素を加えながらこの時期に色々な経験をさせることで神経系が発達し、後に専門的なスポーツを行う際、覚えるのが早いらしい。

 その後、九歳から十二歳にかけてをゴールデンエイジといい、神経系の発達がほぼ完成に近づき、動作を習得したり、スキルを身に着けるときに最適な時期と呼ばれている。これはプレのときの神経回路の形成が影響するらしいので、プレの段階が重要となるようだ。

 

 なのははちょうどプレとゴールデンエイジの間の時期だ。神経を発達させ、スキルを身に着けていく。これからどんどんと成長する時期に差し掛かっている。だからこそ、彼女のやる気を出させ、彼女の力を伸ばしていくことが大事なのだ。

 

「アクセルシューター、シュートッ」

 

 なのはの誘導弾が俺の魔力弾を狙う。俺が展開した魔力弾は全部で五発、これは俺がデバイスを使わずにコントロールできる自信のある最大数である。

 あちらこちらへ飛び回る俺の魔力弾をなのはの魔力弾が襲う。なのはも五発発射し、その誘導弾は真っ直ぐに俺の魔力弾へと向かう。

 

「やべっ」

 

 魔力弾を動かし、なのはの誘導弾に当たらないように動かすが、一発がなのはの誘導弾に当たってしまう。

 

「やったあ、次いくよ〜」

 

 なのはは喜んで残った四発の誘導弾を同時にコントロールし、それぞれ別の魔力弾を狙う。しかし、俺もそう簡単には当てられてはやらない。一発は当たってしまったがこれからは一切、なのはに誘導弾を当てさせないつもりであった。

 

「うう〜〜、結局一発しか当たらなかったよ〜」

 

 なのはが目に見えて悔しがる。結局、なのはは最初の一発しか当てることができなかった。

 

「それに私の誘導弾同士がぶつかっちゃったの」

 

 途中なのはの誘導弾同士がぶつかって消えるということがあった。誘導弾が魔力弾を追いかけているとき、ちょうどその軌道がクロスしてしまい、なのはの誘導弾はぶつかってしまったのだ。まぁ、俺が誘導したのもあるがまさか上手くいくとは思っていなかったので、少し驚いてしまった。

 

「初めてだから仕方ないよ。今度は俺の番だね、なのはお願い」

 

「うん、絶対拓斗君には当てさせないの」

 

 落ち込んでいたのから一転、なのはは気合を入れなおし、先ほどの俺と同じように五発の誘導弾を上空に展開する。

 

「じゃあ、いくよ」

 

 俺も先ほどと同じように魔力弾を展開する。今度は当てる側だ。目標はもちろんパーフェクトなのだが、先ほどのなのはは最低でも超えておきたい。

 

 俺は誘導弾をコントロールしてなのはの誘導弾を狙う。先ほどのなのはと違うところは五発を使って一発を追い込むところだろうか。

 

「えっ?」

 

 あっという間に俺の魔力弾はなのはの誘導弾一発を囲み、撃ち落す。なのはも思わず呆気に取られた声を上げた。

 

「どんどんいくよ」

 

 その後も同じように俺の誘導弾がなのはの誘導弾一発を囲み、撃ち落す。そして、残る誘導弾は一発だけになる。

 

「これだけは当てさせないのっ!!」

 

 既になのはの記録より俺のほうが上回っているがなのはは全部は落とされたくないのか必死に俺の誘導弾から自分の誘導弾を逃がす。時間も残り少ない。しかし、俺の誘導弾は徐々になのはの誘導弾に迫る。

 

「これでお仕舞いっと」

 

 なのはが迫ってきた誘導弾に焦り、急旋回させたが俺もそれに反応し残った最後の誘導弾にぶつけた。

 

「うう〜、全部撃ち落されたの〜」

 

「じゃあ、なのは。どうして自分が全部当てられなかったのかはわかった?」

 

 俺はなのはに対して質問する。

 

「私が別々の誘導弾を狙ってたから?」

 

「うん、正解。なのはは別々の誘導弾を狙おうとして当たらなかった。でも俺は一つに対して全部の誘導弾を使って当てようとした。だから簡単に当たっただろ」

 

 一つに対して一つより、複数で狙ったほうが当然当たる可能性が高くなる。別々で狙うのも悪くはないが、そう簡単に当たるものではない。

 

「こういう風に当てるためにはどうすればいいかっていうのを考えながらもう一度やろうか」

 

「うんっ、今度は負けないよ」

 

 こうして今日のなのはとの訓練は終始これだけで終わってしまったが、なのはは最終的に俺の誘導弾を全て撃ち落すことができるようになり、俺も誘導弾のコントロールが上がったように感じた。



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32話目 拓斗の日常〜その他編?

 

 なのはとの訓練が終わると、なのはと別れて月村邸に戻り夕食を取る。その後はお風呂に入り、入浴後のマッサージをノエルかファリンから受ける。

 

「拓斗さん、どうでしょうか?」

 

「うん、気持ちいいよ、ノエル」

 

 ノエルの手が俺のふくらはぎをほぐす。自分でも良くやるが、ノエルやファリンのマッサージの効果はまったく違う。彼女達のマッサージを受けると翌朝、起きたときにかなり疲労が抜けているのだ。

 

 ノエルの手がうつぶせになった俺のふくらはぎ揉み、少しずつ太ももの方へと移っていく。始めは足の先、指から始まる彼女達のマッサージはかなり丁寧にそして入念に行われる。

 始めは彼女達に悪いと思っていたが、一度受けてみるとあまりにも次の日の調子が違っていたため、やめられなくなっていた。

 

「それでは太ももに移りますね」

 

 ノエルの指が太ももの筋肉をほぐす。ノエルの指の感触が肌に直接当たるため、少しくすぐったい。

 

 ——ホント、普通の人間にしか思えないな

 

 太ももから感じる彼女の指の感触や今まで触れたときの感触を思い出し、そんなことを考えてしまう。ノエルやファリンは自動人形と言って、普通の人間とは違い、機械的な存在だ。しかし、彼女達の肌の感触は普通の人間となんら変わらず、こうやってマッサージされているときの力加減もそれこそプロのように繊細だ。

 それに彼女達も感情を見せる。ファリンは表情豊かにノエルもあまり表情を変えることは少ないが、笑ったり楽しそうにしているところは見る。

 

 ——スバルやギンガ、ナンバーズのような戦闘機人も似たようなもんなのかな?

 

 まだ会った事がないためわからないが、この感じだと彼女達、戦闘機人もノエル達とそう変わらない存在なのだろう。

 

 ——まぁ、どういう存在であれ、人間にしか見えなくて、それが美人だったり可愛い女の子だったら、気にする奴も少ないだろうけど…。

 

 ノエルやファリンを見ている限り、彼女達がどういう存在であれ、彼女達を受け入れる人間は多そうだ。むしろそれがいいという人間もいそうだけど…。

 これで人間に見えなかったり、それほど容姿が優れてなかったりしていればまた考え物であるが、彼女達は容姿が優れていて、かつ性格も良い。何の文句の付け所もないくらいの存在だ。まぁファリンのドジッ子は微妙なところだけど。

 

 ノエルの指が腰を指圧する。少し体重をかけられたそれは少し痛いながらも気持ちよく、思考が停止してしまう。

 

 ——本気でノエルとファリンみたいなメイドさんが欲しいな。

 

 頭の中でそんなことを考える。俺は月村家の人間ではないし、夜の一族ではないが、現在ここに住んでいる人間で俺には付き人、つまりはメイドさんがいない。

 忍にはノエル、すずかにはファリン。それぞれ主従が存在しているため、たまにその関係が羨ましくなる。まぁノエル達の場合、純粋にお世話というだけではなく護衛や、発情期の時の発散のお手伝いという役割などがあるので、忍やすずかに必要な存在なのだ。月村家は夜の一族の中でもかなりの名家だ。そのため、二人は狙われる機会も多く、必然的に護衛が必要になる。

 それに納得するも、まぁ俺も男の子なのでメイドさんであったりに憧れはある。それがノエル達のようなメイドさんならなおさらだ。

 

「それでは腕の方に移りますね。起き上がってください」

 

 ノエルの言葉に従い、起き上がると椅子に腰掛ける。するとノエルは俺の腕を取り、揉み解す。先ほどまでのマッサージとは違い、ノエルの身体がさらに近いところに感じる。

 

「これでおしまいですね」

 

「ありがとうノエル。大分楽になったよ」

 

 最後に肩を揉んでもらい、離れるノエルに御礼を言う。腕をぐるぐると回してみるが、明らかにマッサージ前よりも軽い。

 

「あまり無理はなさらないようにしてください。それでは失礼します」

 

 ノエルはそう言って、俺の部屋から出て行く。しかし、これで終わりではない。まだ、俺には行わなければならないことがあった。

 

「拓斗〜、お邪魔するわよ」

 

「あの、拓斗君。お邪魔します」

 

 ノエルが出て行ったのを見計らってか、忍とすずかが部屋に入ってくる。

 

「じゃあ、今日は回路の話しね」

 

 そう言って忍は用意してあったホワイトボードに色々書き込んでいく。忍が俺の部屋に来たのは、俺に機械技術について教えるためだ。正直、技術関係にあまり詳しくないので忍に教えてもらうことにしたのだ。すずかは俺と忍が夜、勉強しているのを見て、一緒に勉強することになった。今は俺の隣で忍が持ってきた参考書を一緒に見つつ、忍の説明を聞きながらノートに色々書き込んでいる。

 

 この勉強会は始めたばかりのため、あまり高度な知識を学んでいるわけではないのですずかも理解できている。というより流石忍の妹というべきか、始めからそこそこの知識を持っており、さらには予習復習欠かしていないため、俺よりもすずかの方が知識が豊富だったりする。たまに教えてもらうときがあるのでそのたびに少しへこんでいる。

 

 途中、ファリンがお茶を持ってきてくれるので、少し休憩を挟みながら、勉強は続く。基本的に機械関係の勉強が多いのだが、日によっては経営であったり経済であったりの勉強もする。

 

「じゃあ、今日はここまでね」

 

 そう言って、忍が出て行き、部屋の中には俺とすずかが残る。余ったお茶やお菓子などを消費しながら他愛ない雑談を交わす。基本的にいつも一緒にいるため、話す内容は訓練のことであったり、将来のことだ。

 

「そういえば、薙原さんも拓斗君と同じ世界の出身なんだよね?」

 

「ああ、そうだよ」

 

「拓斗君は元の世界に帰ろうって思わなかったの?」

 

 すずかがそんなことを聞いてくる。やはり気になることらしい。

 

「まぁ、俺達の出身地は特殊だからね。帰ろうと思ってもそう簡単に帰れないんだよ」

 

「なら、帰ることができたら拓斗君は帰っちゃうの?」

 

 すずかは寂しそうな表情で聞いてくる。彼女が俺という存在に少し依存しているのはうすうす感じていた。

 

「どうだろ、帰る方法は見つかってないし、もし帰ったとしてもまたこの世界に戻ってこれるかわからないから。まぁ、見つかってから考えるよ」

 

 俺の言葉にすずかは少しホッとした表情を見せる。少なくとも今すぐ帰ることがないとわかったので安心しているようだ。

 しかし、同時に俺は不安になる。もし、そのときが訪れたとき、俺は本当にどちらを選択することになるのだろうか?

 今はまだ、帰りたいという気持ちが強いが、あの時さくらに流されていたらどうだっただろう。もし、あのままさくらをシテしまった場合、俺はこの世界に残ることを選ばざるおえなくなったかもしれない。自分と関係を持った女性を置いて、元の世界に帰ることができるのか? そう考えると、あの時大人モードが解けたことは喜ばしかったのかもしれない。

 

 ——これからはその辺もちゃんと考えないとな

 

 あの時は流されてしまった。しかし、今度からはそれも許されない。

 

 ——我慢、できるかな?

 

 俺は自分の欲望に負けてしまわないか心配になった。

 

 

 

 

「拓斗君は元の世界に帰ろうって思わなかったの?」

 

 私は拓斗君に質問する。これは時空管理局の人が来たときから思っていたことだ。薙原さんが拓斗君と同じ世界の人だってことを聞いて、拓斗君が元の世界に帰ったりしないか、薙原さんと同じように時空管理局に入ることにならないか心配になった。

 今はこうして私の家にいるけど、いつそうなるかわからなくて不安になったので、拓斗君に質問したのだ。

 

「まぁ、俺達の出身地は特殊だからね。帰ろうと思ってもそう簡単に帰れないんだよ」

 

「なら、帰ることができたら拓斗君は帰っちゃうの?」

 

 拓斗君の言葉を聞いて、さらに不安になる。帰ることができたなら拓斗君は帰っていたのだろうか? そう考えると少し怖い。

 

「どうだろ、帰る方法は見つかってないし、もし帰ったとしてもまたこの世界に戻ってこれるかわからないから。まぁ、見つかってから考えるよ」

 

 拓斗君の言葉に少し安心する。良かったまだ帰る方法は見つかってないみたい。この世界に残ると言ってくれないのは少し不満であるが、それは仕方がない。

 私にとって拓斗君の存在は特別だ。多分初めて出会った時から…。拓斗君が魔法使いだって知って、普通の人とは違うってことを知って、自分と同じなんだって、この人なら受け入れてもらえるって思った。実際、あの誘拐事件で助けてもらって、その後私のことを受け入れてもらえて凄く嬉しかった。今ではもう拓斗君がいない生活なんて考えられないくらいだ。

 

 拓斗君と一緒にいられる時間を増やしたくて、お姉ちゃんと拓斗君の勉強会にも参加した。ジュエルシードのとき、役に立てなかった分、拓斗君に教えてあげられるように一生懸命勉強した。なのはちゃんが訓練で拓斗君と一緒に過ごしているように、私はこの勉強の時間を拓斗君と一緒に過ごしていた。

 

 今は元の世界に帰る方法が見つかっていない。だから拓斗君も私の家にいてくれる。

 

 ——でも、もし帰る方法が見つかったら? 拓斗君はどっちを選択するの?

 

 拓斗君の言葉からはまだ決めかねているのがわかる。ということは拓斗君がこの世界に残ることを選ぶ可能性もあるということだ。

 

 ——絶対に、私の傍(ここ)から離したりしないからね

 

 拓斗君とずっと一緒にいられるにはどうすればいいか考える。ふと頭に思い浮かんだのはお姉ちゃんのことだ。

 

 ——お姉ちゃんと恭也さん、恋人同士だよね。私も拓斗君とそういう関係になれたら、拓斗君もずっと一緒にいてくれるのかな?

 

 お姉ちゃんと恭也さんが恋人同士で一緒にいるのを良く見かける。お姉ちゃんの幸せそうな表情も、一緒にいるのが当たり前みたいなその関係も。

 自分が拓斗君をそういう関係になったときのことを想像してみる。拓斗君のために料理を作って、傍にいて、抱きついて、腕を組んで、キスをして…。

 

「すずか?」

 

「えっ、ど、どうしたのっ? 拓斗君?」

 

「いや、なんか、様子がおかしかったから」

 

 拓斗君と恋人関係になったときの妄想に没頭していると目の前の拓斗君が声をかけてくる。

 

 ——うう〜、変な子に思われたかな〜?

 

 拓斗君と恋人になるに当たって、あまり印象を悪くしたくない。いや、この程度で崩れるような関係だとは思っていないけど、印象が良いにこしたことはない。

 

「なんでもないよ。それより拓斗君?」

 

「なに?」

 

 私はすぐに笑顔に切り替えると拓斗君の名前を呼ぶ。ちゃんと拓斗君から返ってくる反応を嬉しく思いながら、私は拓斗君にこう言った。

 

「今日、一緒に寝ない?」

 

 拓斗君と一緒に寝るために誘ってみる。恭也さんが家に泊まるとき、いつもお姉ちゃんのへやで寝ているのは知っている。なにをしているのか聞いたことがあったが、その時は一緒に寝ているとお姉ちゃんは言っていた。だから、私も拓斗君と一緒に寝たいのだ。これから拓斗君と一緒にいるためにはこの方法しかない

 

 

 

 

「今日、一緒に寝ない?」

 

 すずかがそう言ってきたとき、俺は当然ながら戸惑った。なぜ、すずかがいきなりそんなことを言ってきたのか、目的がなんなのか、頭の中がパニックになる。

 

 ——いや、どうしよう?

 

 頭の中で自問自答する。いつもであればこの後、ノーパソを開いて情報を集めたり、魔法の組み込みなど色々するのだが、それはほとんど毎日やっていることで、今しなくても支障はない。それに今日は一週間のうち忙しい日なので休みたいといえば休みたかった。

 基本的に俺は魔法訓練、勉強会、ノーパソによる情報収集が日課で、士郎さん達による剣の修行や模擬戦などは週に二回程度しかやらない。今日は士郎さん達との訓練がある忙しい日だった。

 

「あ〜、いいよ」

 

 色々考えたがすずかの言葉に了承する。

 すずかがいきなり言ってきたことに違和感を感じるが、すずかはまだ小学生なのでなにか打算めいたものがあるようには思えず、純粋に不安になって一緒に寝たいということが考えられる。それにさくらと違って、すずか相手ならその気も起きないだろう。

 

「うん、それじゃあ、ここでいいよね?」

 

 すずかはそう言って俺のベッドに倒れこむ。ベッドメイキングはノエル達が行ってくれているのでそれほど心配ないが、自分のベッドに女の子が寝るのはやっぱりすこし気になってしまう。…ほらっ、体臭とか色々とね。

 

「拓斗君の匂い…」

 

 すずかの言葉に少しドキッとさせられる。それはすずかの発言に関してだ。すずかの声には少しも嫌がるそぶりもなく、むしろ少し喜んでいるようにも感じられた。

 

「というか枕一つしかないけど、いいの?」

 

「そうだね、じゃあ持ってくる」

 

 すずかはそう言って、自分の部屋に戻る。よかった、これで枕まで一緒は少し辛い。

 すずかが自分の部屋に戻っている間にカップなどを片付け、歯を磨き、就寝の準備をする。思えばかなり恵まれた状況になるのかもしれない。

 

 ——すずかと一緒に寝られて、さくらともそういう関係になりかけてる…か

 

 でも関係を進められない。元の世界に帰ることを考えるとそれは鎖になる。すずかの場合は倫理的な問題もあるが。

 

 ——ホント、贅沢な悩みだよな

 

「拓斗君っ、枕持って来たよ」

 

 すずかが枕を持って部屋に入ってくる。そして、そのままベッドに潜り込むと俺はすずかと一緒に眠りについた。



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33話目 今後

ブログにて最新話66話目を更新しました。

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「それで和也はどうするつもりなんだ?」

 

 俺は今、和也と話しをしていた。話の内容はA’sをどうするかというものだ。ノーパソのモニターに和也が映り込んでいる。

 

『こっちはまだリンディさん達には言ってない。デリケートな問題だからな。俺個人としては早期解決が一番良いんだけど…』

 

「まぁ、管理局員としては当然だよな」

 

 和也はA’sをできるだけ早く片付けたいらしい。まぁ、少なくとも方法はどうにかする方法がわかっているため、できないことはない。和也がリンディさんに言ってないのは彼女の夫の敵が関わってくるからだろう。

 闇の書、正式名称は夜天の書であるが、リンディの夫、クロノの父親は過去の闇の書事件で亡くなっている。彼女たちが私情を持ち込むとは思えないが、それでも簡単に話せる内容でもなかった。

 

『早期解決をしたいとはいえ、色々問題もあるからな』

 

「リインフォース、それとグレアムか」

 

 この事件に関して言えばかなり色々な問題が絡み合っている。まず第一にリインフォースのことだ。夜天の書の管制人格である彼女は今代の夜天の書の主である八神はやてによって名付けられ、闇の書の闇の部分を切り離し、その昨日を停止させることに成功した。しかし、プログラムの破損の修正が不可能であり、そのままでは闇の書として復活してしまうため、自ら消滅する道を選んだ。

 

『リインフォースに関しては色々思いつく。助けることもおそらく不可能じゃない』

 

「そうだね。助けることは不可能じゃない」

 

 リインフォースを助ける方法、少なくとも俺たちにはその方法が存在する。ノーパソの存在だ。現在は不可能であるが彼女が復活した後であれば、消滅するまでの間にプログラムを書き換えることも不可能ではない。最悪、守護騎士プログラムと管制人格のプログラムを移せばいいのでどうにかなる。そのためのデータは既に揃っていた。

 

『後はグレアム提督か…ホント、面倒だな』

 

「あったことがあるのか?」

 

『昔、何度かな』

 

 和也の声には本当に面倒だという感情が混ざっている。和也がグレアム提督に会ったことは別に不思議なことでも何でもない。リンディさんに保護されていて、クロノとも交友があるのだ、別におかしなことではない。

 

『闇の書に対して思うところがあるのは理解できるが、こればっかしは邪魔にしか思えないな』

 

 和也は溜息を吐きながら言葉を漏らす。ギル・グレアム、地球の出身であり、過去の闇の書事件で自分の部下であるクライド・ハラオウンごと闇の書を破壊した。原作においては独自調査によって身寄りのない八神はやての生活の援助を行いながら、彼女を永久凍結させようとしていた人物だ。

 

「猫姉妹が妨害に入ってきたら邪魔どころじゃすまないんだが」

 

 グレアムの使い魔であるリーゼロッテ、リーゼアリア。クロノの師である彼女達であるが原作では仮面を被って、なのは達を妨害している。その強さは現在間違いなくトップクラスであり、正直、俺は勝てるかどうかわからない。グレアムは八神はやてを永久凍結させることに少し罪悪感を感じていたが、彼女達はグレアムとは違い躊躇いがないほど闇の書を憎んでいる。

 

「というかヴォルケンをどうにかできるのか?」

 

『言うなよ。問題が山積み過ぎて、頭が痛くなる』

 

 俺の言葉に和也は頭を抱える。一番手っ取り早いのはヴォルケンもグレアムも説得してしまうことだ。ただ、説得に応じてもらえるとは思えない。ヴォルケン達はそもそも俺達の話しを聞かないだろうし、グレアム達は闇の書に対する憎しみがある。

 

「そういえばデュランダルも作られてるのか?」

 

『ああ、闇の書を封印するための切り札として結構な予算を組んで作ってるらしい』

 

 和也はそう言ってデータを見せてくれる。そこには氷結の杖、デュランダルのスペックとそれにかかった費用などが書かれていた。

 

「予算のわりにって感じだよな」

 

『拓斗もそう思うか?』

 

 見せてもらったデュランダルの性能であるが、確かに高性能であるがインテリジェントデバイス数本分の制作費を掛けるだけのものには思えない。最大出力や組み込んであるシステムのお陰で普通のインテリジェントデバイスよりは遥かに高性能に見えるが、闇の書封印ということを考えるとかなり微妙な出来だ。

 

『そもそも凍結封印自体それほど意味のあるものじゃないんだけど』

 

「言ってやるなよ」

 

 和也の言葉に俺は突っ込むが正直同感である。破壊ではなく封印。闇の書自体が残ってしまう以上、封印を解く人間が現れるかもしれないし、被害者達が封印程度で満足できるかも疑問だ。自分達で破壊しようと行動する可能性も否定できない。

 

『あと付け加えるなら、報告義務違反か』

 

 管理局員として一番問題なのはこれであろう。闇の書というかなり危険なロストロギアの報告義務違反。これはいかなる事情があっても管理局員として許されることではなかった。

 

「まぁ、その辺はそっちのことだから任せるよ」

 

『そういう拓斗はどうするつもりだ?』

 

 和也に丸投げしようとするが、和也は俺の意見を聞いてくる。

 

「俺としては後の展開に差支えがない程度の介入かな?」

 

 正直、俺個人としてはその後にあるマテリアル事件などに差支えがなければどうでもいい。確かに原作を知っている人間としてはリインフォースのことを助けたいと思うが、ことはそれほど単純なものではなかったりする。

 まず、俺個人の問題としてGODが起きないこと、それが一番問題だったりする。現在、情報を集めている上で一番重要なのは未来がどうなっているかである。GODでは未来からヴィヴィオとアインハルトの二人が来るので彼女たちに接触すれば、少しでも未来のことがわかるかもしれない。

 そしてもう一つ、それは闇の書自体のことだ。過去に闇の書によって被害を受けた人やその身内はまだ存在している。これは勝手な推測であるが、原作ではリインフォースが消滅したため、被害者達の悪感情はある程度そこに流れることになったはずだ。ただ、リインフォースが残ってしまうとその悪感情がそのまま彼女達に向かわないとも限らない。

 それを和也に話してみたところ、

 

『う〜ん、マテリアル事件に関してはそもそも起こるかどうかわからないけど、リインフォースの生存はあまり関係ないと思うな。アレは闇の書の奥深くにあるものだから、多分影響はほとんどないはずだ。

 被害者に関してはどうしても悪感情は残るだろうな。こればかりはどうすることも出来ない。まぁ、そんなことはとりあえず助けてから考えろよ』

 

「そりゃそうだ」

 

 和也の言葉に俺は笑う。そうまだ何も始まってはいない。後のことはそのときに考えればいいのだ。そう考えると気が楽になる。

 

『とりあえずヴォルケン達の説得をしておきたいな』

 

「まぁ、やりやすくなるしな」

 

『それだけじゃない、魔力蒐集だけなら怪我人も出ないんだぞ』

 

 和也の言うとおり魔力収集だけなら怪我人が出ることはない。もしヴォルケン達が襲ってきた場合怪我人も出るし、他の次元世界の魔法生物の場合、生態系に影響が出たりする。怪我人が出ないことは素直に喜ばしいことであるし、人手不足の管理局にとっては武装隊員の怪我による離脱は痛いし、その保障でお金がかかってしまうのも問題だ。怪我をした本人だって、任務失敗ということで経歴に傷がつく。

 そう考えるとヴォルケン達を何とか説得して、魔力蒐集のために人を集め、この世界に被害を出さないために無人世界に行って、闇の書を完成、暴走体をぶちのめした後、リインフォースの修復というプランが一番良いだろう。

 

『というわけで拓斗、八神はやてに会いに行け』

 

 今後のプランについて話しをしていると、和也が唐突にそんなことを言ってくる。

 

「無茶苦茶唐突だな」

 

『仕方ないだろ、そっちにいて今後の展開を知ってるのはお前だけなんだ。それに一番自由に動けるのもお前だろ?』

 

 和也の言うとおりであるが、それを他人から指示されてやるのは少し面倒に感じる。

 

「猫姉妹の監視とかどうするんだ? 後ヴォルケンとか?」

 

 問題はここであった。魔導師である俺が八神はやてに接触すれば間違いなく気づかれる。正直、襲い掛かってこられたらどうすることも出来ない。

 

『そこはほら、お前に任せる。とりあえずは交友関係を結ぶか、最低でも闇の書を見てきたら、こっちも言い分が立つ』

 

 管理局の人間としては理由が欲しいのだろう。だからといって俺を使うなよと思わないでもないが、事情を知った上で動けるのが俺だけであるため、これは仕方ない。

 

『こっちはこっちで色々と動いてみる。と言ってもそれほどすることはないけどな』

 

「最悪だな」

 

『まぁ、俺のポケットマネーから報酬は支払うよ』

 

 和也が苦笑いを浮かべながらそう言ってくる。和也としてもタダで働かせるのは申し訳ないと思っているらしい。

 

「報酬といえば、ジュエルシードの報酬、こっちに届いたよ」

 

『あれか、結構苦労したんだぜ。現場にいた人間として書類も作らなきゃならなかったし、リンディさんなんか各方面に手を回して、かなり苦労したとか言ってたし』

 

「あくまで正当な報酬ですってね」

 

 俺は忍が言っていたことをそのまま和也に言う。

 

『今度のはあまり無理な要求はしないでくれよ。支払うのは俺のポケットマネーからなんだから』

 

「とりあえず仕事の内容次第ってことで」

 

 報酬はありがたくいただくが、あまり無理なものを要求するつもりはない。

 

『っと、すまないお客さんだ』

 

「じゃあ、また今度」

 

『いや、ちょっと待ってくれ』

 

 和也に客が来たようなので通話を切ろうとするが和也に止められる。するとノーパソのモニターにもう一つウィンドウが開き、そこに金色の髪の女の子とオレンジ色の髪の女性が映し出される。

 

「フェイトとアルフ?」

 

『うん、久しぶり』

 

『久しぶりだね、タクト』

 

「ああ、久しぶり二人とも」

 

 二人の名前を呟くと、二人から挨拶されたのでそれに返す。

 

「ビデオメールはしているけど、こうやって話すことあの時以来だな」

 

『うん、そうだね』

 

 フェイトとはビデオメールでよくやり取りをしている。というのも公判中であるため、普通に連絡を取り合うのが難しいためだ。

 

「というかこれって大丈夫なのか?」

 

『大丈夫、大丈夫、プライベート端末なのはお前も知ってるだろ?』

 

 和也が軽く言ってくるのに少し頭を抱える。まぁ確かにコレに関しては管理局内で記録に残るわけではないため大丈夫なのだが、管理局員がこんなに軽く不正をしてもいいんだろうか?

 

「そういえば嘱託試験合格したんだって? おめでとう」

 

『うん、ありがとう。クロノには負けちゃったけど、なんとか合格できたよ』

 

 フェイトが嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「そっか、じゃあ近いうちにこっちに来れるな」

 

『うん、まだ詳しい日程は決まってないけど、皆に会えるのは嬉しいな』

 

 フェイトは本当に嬉しそうな表情を浮かべる。昔の無表情で感情を見せなかったときとは違う、本当に素直な笑顔を見せる。

 

『? どうしたの?』

 

 フェイトが首を傾げながら聞いてくる。どうやら俺がフェイトの顔をジッと見ていたのが気になったらしい。

 

「いや、よく笑うようになったなって」

 

『うん、色々なことがあったけど。皆、いい人だし、良くしてもらってるから』

 

 フェイトのいる環境は悪いものではないようだ。まぁ、その辺りは安心しているが、問題は彼女の母親のことであった。

 プレシア・テスタロッサは現在、管理局の特別病院で入院しているらしい。アースラがミッドに戻った後、目を覚ました彼女は暴れようとしたもののその体調からか、そのまま倒れ入院した。診断結果によるとプレシアの病はもう手遅れなほど進行しており、現在は集中治療室で治療を受けているが、それほど長くは持たないらしい。取り調べは一応行われたが、彼女が拒否したため、時の庭園に残っていたデータやフェイトの証言、リニスの日記などから調書が作られ、彼女の公判が行われている。

 フェイトもそれを知っており、プレシアに会いに行くことはあるようだが、プレシアの病室に入ってもやはり拒絶されるようだ。それでも母さんだからと彼女が寂しそうに笑っていたのは記憶に新しい。

 もちろん、プレシアのことはなのは達も知っているが、ビデオメールではフェイトはなのは達に弱い所を見せたりしない。

 

「そう、良かった。じゃあ、フェイトがこっちに来るのを楽しみに待ってるよ、皆でいろんなところを案内してあげるから楽しみにしてくれ」

 

『うん、またビデオメール送るから、なのは達にもよろしくって』

 

「ああ、伝えておくよ」

 

 そう言ってお互いに通話を切ると、俺はテーブルの上においてあるコーヒーを飲む。

 

「なのはが喜びそうだな」

 

 フェイトの報告に物凄く嬉しそうな表所を浮かべるなのはの顔を思い浮かべながら、今後について考える。

 

「まぁ、とりあえずは頑張りますかね」

 

 とりあえずは八神はやてと仲良くなるためのプランを考えるのであった。

 

 

 

閑話

 

「そういえばフェイト、俺に何のようだったんだ?」

 

 フェイトと拓斗の通話が終わった後、俺はフェイトに質問する。まぁ、フェイトが俺の部屋を尋ねる理由なんてそれほどないわけだが…。

 

「うん、この時間なら拓斗とお話してるかなって、ついでに和也と模擬戦したくて」

 

 フェイトは拓斗と会話するのがひそかな楽しみであるらしい。そうなったのはいつごろからだろうか? 始めは自分の母親を攻撃したり、なのはと仲の良い拓斗に少し嫉妬していたようだが、ミッドについてプレシアが入院したあたりから変わっていった。

 プレシアの病状を聞いた後、公判が進み、拓斗の行動によってプレシアが助かっていることを自覚したからだろう。

 要するにアレだ、不良とかが良いことをしていると良い人に見えたりするアレのような効果があったらしい。そして、たまたま俺と拓斗が通話している最中にフェイトが入ってきて、そこからは一直線だ。まだ恋愛感情というには幼すぎるものであるが、フェイトにとって拓斗の位置づけはなのはと同じくかなり高い位置にあるらしい。

 そういう俺は彼女のお兄さん的なポジションに収まっており、クロノと共にフェイトに様々なことを教えたりしている。

 それはさておき

 

 ——クロノはエイミィと良い仲ですし、フェイトは拓斗ですか…

 

「はぁ」

 

「どうしたの和也?」

 

 思わず溜息をついてしまった俺にフェイトが首を傾げながら聞いてくる。

 

「何でもないよ」

 

 とりあえずフェイトに心配を掛けないように返しておくが、心の中は正常ではなかった。

 

 ——月村家に居候してて、なのは達と仲が良くて、その上フェイトもですか、どれだけ恵まれてんだよアイツはっ

 

 思わず心の中で拓斗を罵ってしまう。正直、俺も若くして執務官になった身なのでモテないわけではない。いや、むしろかなりモテる。しかし、やはり原作キャラの女の子に好かれるのは特別な意味を持つ。

 だから少し八つ当たりもこめて、八神はやてと仲良くなれという無茶ぶり任務を出した。ヴォルケン達に攻撃される危険性もあるし、猫姉妹に襲われる可能性もあるのでそこそこ危険なものだ。しかし、俺はここであることに気がついた。

 

 ——これってアイツのフラグ立てるの手伝っただけじゃね?

 

 でも、まぁ良く考えてみれば、PT事件のときに大して関わってなかったフェイトにフラグが立つぐらいだ。いずれ、どこかで立つだろう。

 

 ——まぁ、俺は俺で幸せですけどね

 

 デバイスに届いたメールを確認する。そして、その中の一通を確認するとメールを開き内容を見る。

 

「フェイト、悪いけど模擬戦はまた今度な」

 

「うん、わかった」

 

 フェイトにそう言うと俺はノーパソを閉じ、机の上にあった書類を片付ける。今日の分の仕事は既に終わった。

 

 ——さてと、デートに行きましょうかね

 

 相手はこの前、ラブレターをくれた一つ年下の執務官志望の女の子だ。



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34話目 出会い、友達

「う〜ん、とはいってもどうやって八神はやてと接触しようかな?」

 

 俺は部屋の中で頭を抱えていた。和也に言われて八神はやてとどうにかして交流を持たなければいけないのだが、その方法が思いつかなかった。

 

「確かヴォルケン達が登場するのが八神はやての誕生日だから…六月四日だっけ?」

 

 随分曖昧になった原作知識を思い出す。六月も終盤に差し掛かり、もう既に八神はやての誕生日は過ぎていた。つまり、ヴォルケン達は既に召喚されているということだ。

 

「一人だったら楽だったんだけど、コレばかりは仕方ないか」

 

 八神はやてがまだ一人であったなら、色々な理由をつけて彼女と接触することは可能だ。しかし、既にヴォルケン達が召喚されているとなると少し厳しいものがある。

 頭の中でいくつかプランを考えるがどれもしっくりこない。強引な方法は使いたくないし、かといってあまり時間をかけることもしたくはない。

 

「やっぱり図書館かな」

 

 八神はやてに接触する場所として最適な場所を考える。図書館は原作において彼女とすずかが初めて交流を交わしたところである。ヴォルケン達もまさか図書館でいきなり暴れたりすることはないだろうし、接触するには一番良い場所に思えた。

 

「とりあえず明日、図書館に行ってみようかな」

 

 八神はやてと接触するのはどうにかなるとして、それから先のことを考えなくてはいけない。闇の書のことと妨害のことだ。

 闇の書の破損プログラムの修復のためのデータは既に揃っている。闇の書の修復ではなく、リインフォースを生存させるためのデータだ。破損プログラムを書き換え、修復するという手段はできるのであれば、それが最善であるのが間違いないのだが、正直、プログラムに関しては俺は自信がなく、和也もバグやエラーの可能性を示唆していた。

 そのため、俺たちが用意したのはもう一つのプランである、夜天の書の機能の移し替えである。闇の書、元の夜天の書であるがその機能は大きく分けて三つある。

 

 まず一つ目に蒐集機能だ。他人のリンカーコアから魔力を蒐集し、その人の魔法を記録し、さらにはその魔法を使うことができる。

 二つ目にデバイスとしての機能だ。魔法を扱うためのデバイスとしての機能、杖だけではなく、リィンフォースとユニゾンすることでの魔法行使へのサポートもある。

 そして最後に守護騎士プログラムである。ヴォルケンリッターと呼ばれる四人の騎士を召喚し、自らを護衛させるものだ。

 

 夜天の書には大きく分けてこの三つの機能があるのだが、このプログラムを他のものに移し替えればいいというのが、俺達の立てたプランだった。

 もともとの夜天の書の頃にあったと言われている旅をするための機能や復元機能は消えてしまうが、これらは転生機能や無限再生機能といった闇の書たる機能に変わっているし、正直、あまり必要性を感じないので消してしまっても問題はないだろう。問題はリィンフォースが闇の書の根幹であるプログラムであるため、この二つの機能をリインフォースからいかにして切り離すかであるが、一応手段も考えてある。

 

 というわけで闇の書に関してはとりあえずは問題ない。問題は妨害であった。グレアムの使い魔であるリーゼロッテ、リーゼアリアの猫姉妹。彼女達は八神はやての目の前でヴォルケン達を闇の書に蒐集し、さらにはなのは達の姿でそれを行ったことで八神はやてを絶望のどん底へと叩き落した。

 そこまでするという以上、こちらの妨害など当たり前のようにしてくるだろう。できるのであれば和也がグレアムを説得するか、その行動を封じることで彼女たちの行動を封じるのが一番良いのだが、それがどこまでできるのかがわからない。

 

「まぁ、そのあたりは和也に任せるしかないんだけどね」

 

 俺に八神はやてとの接触を頼んだんだ。それぐらいはやってもらわないと困る。

 

 俺はとりあえず今後のことを考えた俺は日課である勉強をするために机に向かった。

 

 

 

 

「それじゃあフェイトちゃんともうすぐ会えるの?」

 

 お昼休み、学校の屋上。いつも通り俺たちが屋上でお弁当を食べながら、俺がフェイトのことをなのは達に話すとなのはは物凄く嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「ああ、またビデオメールを送ってくると思うけど、公判も順調に進んでいて、あと少しすればこっちに来れるらしい。それと皆にもよろしくってさ」

 

「そうなんだ、じゃあ私たちもフェイトに会えるんだ」

 

「うん、良かったね、なのはちゃん」

 

 俺の言葉にアリサとすずかの二人は嬉しそうな表情を浮かべるが、なのはは先ほどの嬉しそうな表情から少し変わって俯いていた。

 

「うん、本当に、良かった、良かったよぅ」

 

 なのはの目から涙が零れ落ちる。フェイトの公判が無事に終わりそうなこと、フェイトともう一度会えることが嬉しすぎて泣いているのだろう。

 

「そうだね、ホント、良かったわ」

 

「そうだな」

 

 なのはを慰めながらホッとした表情を見せるアリサに相槌を打ちながら、俺はフェイトの公判のことを考える。

 俺の介入によって、プレシアが生存したことでもしかしたらフェイトの公判にも影響があるかと思ったが、むしろこれほどまでに早い結果に純粋に驚いていた。和也達は大丈夫だと言っていたが、やはり心配だったのでこういう結果になったことは純粋に安心した。

 ただ、コレほどまでに公判が早いことを考えると少し不安になる。正確にフェイトの公判が終わる日を知っているわけではないが、コレほどまでに早くはなかった筈だ。

 

 ——プレシア生存の結果なのか、それとも和也達が頑張ったのか

 

 前者であれば問題はないが、後者の場合、どういう頑張り方をしたかによって色々変わってくる。どちらにしても無茶をしてなければ良いのだが…。

 

「拓斗君?」

 

「ん? なに?」

 

「いや、なんか考えているみたいだから」

 

 すずかが俺の様子を見て声を掛けてくる。どうやら色々考えていたのがわかったみたいだ。いつも一緒にいるためか、すずかは俺の状態にもすぐに気づく。

 

「ああ、フェイトの公判が思ったより早く終わったから、頑張ってくれた和也達にお礼でも言っておこうかなって」

 

「うん、そうだね。ちゃんと薙原さん達にもお礼をしておかないと」

 

 和也達には正当な交渉とはいえ、忍のことやフェイトのことでかなり負担を強いている。少しぐらいお返しをしても良いだろう。まぁ、八神はやてのことで色々押し付けられた気もするが、この世界にいる以上避けられない問題ではあるので仕方ないだろう。

 

「ねぇ、拓斗君。そういえば、どうしてフェイトちゃんの公判のこと知ってるの? それに皆によろしくって?」

 

 泣き止んだなのはがフェイトのことを詳しく知っている俺のことを不思議に思い聞いてくる。それに俺は冷や汗を流した。なのは達は俺が和也と連絡を取り合っていることは知っているがフェイトと結構話していることは知らない。というのも公判中、外と連絡を取っていることを知られないようにするためだ。

 

「公判のことは和也から聞いたんだけど、昨日、ちょっとフェイトと話す機会があって…」

 

「ズルイッ!! 拓斗君、ズルイよっ、私もフェイトちゃんとお話したいのにっ!!」

 

「そうね、私達だってフェイトと話したいのに」

 

「へぇ〜、一緒に暮らしているのに、どうして私が知らないのかな?」

 

 正直に皆に話すと、三人とも俺に迫ってくる。なのはは純粋に俺に大してズルイと羨ましいという感情を真っ直ぐに表しているが、アリサとすずかは笑顔で迫ってくるため、余計に怖かったりする。

 

 ——もっとなのはみたいな子供らしい態度だと楽なんだけどな〜

 

 アリサとすずかの態度に物凄く追い詰められた気がして、思わず苦笑いを浮かべてしまう。三人とも子供らしくないほど精神的に大人びているが、なのはは素直に感情を表し、アリサは表情に見せないがはっきりと言葉にし、すずかは表情にも言葉にもしないが態度でわかる。

 

「まぁ、俺も和也と話しをしてて、たまたまフェイトと話しただけだから、それに本当は良くないことだからな」

 

 何とか三人を説得しようとするが、すぐには納得してくれない。結局、彼女たちの機嫌を直すために今度三人で遊びに行くことになった。

 

 

 

 

「拓斗君が図書館に行こうって言ってくれるの久しぶりだね」

 

「そうだな、いつもすずかから誘ってくれるから」

 

 そして放課後、俺はすずかと一緒に図書館に来ていた。いつもはすずかに付き添って来ることが多いのだが、今回は俺からすずかを誘ってだ。その理由は言わずもがな、八神はやてとの接触のためである。

 こうして俺からすずかを誘うのはこの世界に来た当初、図書館で色々な情報を手に入れるために来たとき以来だ。ノエルやファリンの手が空いてないときにすずかと一緒によく来ていた。

 

「今日はどんな本を読むの?」

 

「とりあえず技術書かな、それと小説を何冊か借りようかなって」

 

 本当は本に興味などはないのだが、それだとすずかに怪しまれてしまうので、誤魔化すために本を探す。この市民図書館は蔵書数がかなり豊富なため、本を探すだけでもそこそこ楽しい。

 すずかに言ったように技術書や小説のコーナーを歩きながら、目的の人物を探す。これまですずかと来たときに八神はやてと会ったことがないのですぐに会えるとは思っていないが、ここで会えるならそれに越したことはない。

 

 館内を歩きながら車椅子の女の子がいないかを探す。二次元の絵からリアルの女の子を探すのは考えてみれば結構無茶な話ではあるが、彼女の場合車椅子という普通とは違う部分があるので目立つし、わかりやすい。

 

 本を取った後、目当ての人物が見つからなかったので少し落ち込みながらもすずかのところに戻る。女の子を探して、戻るのも女の子のところというのは正直どうなんだろう? 思考が変なところに向かっていくのを感じつつ、すずかの姿を探すとすずかが誰かと話しているのが見える。本棚の影で相手の姿が見えないが、すずかが誰かと話しているのは珍しいので気になる。

 

 ——というか、まさかね。

 

 すずかがこの場所で誰かと話しているという状況に俺は淡い期待を抱いてしまう。

 

「すずか?」

 

 そして俺はすずかに声を掛けた。少しずつ歩を進め、すずかへと近づく。まだ、すずかと話している相手の姿は見えない。

 

「あっ、拓斗君」

 

 すずかはこちらを振り向いて俺の名前を呼ぶ。するとすずかと話していた相手の声が聞こえてきた。

 

「すずかちゃん、その子は誰や?」

 

 関西弁、その口調を聞いただけで一瞬俺の胸の鼓動が強くなる。そして、すずかと話していた相手は俺の姿を見るために本棚の影から現れた。

 

 ——まさかとは思ったけど、本当に運がいいな

 

「あっ、紹介するね。烏丸拓斗君、私の友達で同じ家で暮らしてるの、それでこっちは」

 

「八神はやてや、さっきすずかちゃんに助けてもろうたんよ。よろしくな、烏丸君」

 

 彼女は笑顔で挨拶する。彼女は間違いなく俺の探していた人物であった。特徴である関西弁、そして車椅子、茶髪と髪飾り、それは間違いなく俺の知っている彼女の特徴と一致している。

 

「拓斗でいいよ、よろしく」

 

「わたしのこともはやてでええよ」

 

 内心、都合よく彼女と出会えたことに少し動揺しているが、それを隠しながらも彼女と挨拶を交わす。言葉だけではなんなので、右手を差し出すと彼女は右手を握り返してくれた。すずかのような白い肌でもなく、アリサのようなきめ細かい肌でもなく、なのはのように柔らかい手でもない。病人のためか少し細い指先ではあるが、家事をしっかりとしているためか、意外としっかりして手で、車椅子のためか少しマメの感触を感じる。

 

「あの、拓斗君?」

 

「あっ、ゴメン」

 

 ずっと手を握っていたためか、恥ずかしくなったはやてが俺に声を掛けてきたので謝りながら手を離す。

 

「ええよ、男の子に手を握られるのってあんまないから、少し恥ずかしかっただけやし」

 

 はやては照れたように笑う。余り嫌悪を感じていないようなので、それにホッとした。流石に第一印象で悪印象は与えたくない。純粋に女の子に悪印象を抱いて欲しくはないし、今後のことを考えると悪印象だと動きづらくなる。

 

「はやてちゃ〜ん」

 

 すずかと共に三人で会話を楽しんでいると遠くからはやてを呼ぶ声が聞こえる。そちらの方を向くとそこには金色の髪の女性が立っていた。

 

「あ、シャマル。もうそんな時間か〜」

 

「お迎え?」

 

「うん、わたしの大事な家族や」

 

 その言葉を聞いて、俺は少し憂鬱な気分になる。彼女の境遇は知っている。両親を亡くし、身よりもなく一人で暮らしていて、そしてようやく彼女達新しい家族を手に入れたのだ。彼女にとってヴォルケン達はなくてはならないほど大切な存在であり、本当に大事な家族なのだ。

 シャマルの声を聞いてもわかる。はやてとヴォルケン達はもうかなり深い位置まで繋がりを持っているのだ。

 

「そういえば連絡先、まだ交換してなかったよね」

 

 すずかはそう言うと携帯を取り出す。はやてもそれを見て、嬉しそうな表情を浮かべると携帯を取り出して、俺達と連絡先を交換した。

 

「すずかちゃん、拓斗君、本当にありがとうな。それじゃあ、また今度」

 

「またね、はやてちゃん」

 

「今度はもっとゆっくり話しをしたいな」

 

 はやては俺達に別れを告げるとシャマルと共に帰っていく。その姿を見届けると俺達も帰路につく。

 

「拓斗君、はやてちゃんのこと気にしてたけど、どうかしたの?」

 

 帰り道、すずかがそんなことを聞いてくる。やはりすずかにはわかってしまうようだ。

 

「うん、ちょっとね。車椅子のこととか」

 

「…嘘は嫌だよ、ちゃんと本当のことを教えて」

 

 誤魔化そうとする俺にたいしてすずかは少し悲しげな表情を浮かべる。

 

「わかったよ、本当のことを話す。ただ、家に戻ってからね」

 

「うん、ちゃんと話してくれるならいいよ」

 

 すずかはそう言うと俺の手を握る。その手を握り返しながら、俺はすずかと共に帰った。

 

 

 

 

 

「はやてちゃん、機嫌が良さそうですけど、どうかしたんですか?」

 

「うん、友達ができたんや」

 

 シャマルがわたしに聞いてくる。シャマルの言う通り、私は今、物凄い嬉しい気持ちで一杯やった。それはさっき出会った二人のお陰や。

 すずかちゃんと拓斗君、こっちに来てから、ううん、わたしの初めての友達。

 わたしは生まれたときから足が不自由でそのせいか友達もできへんかった。それに学校にもまともに通えへんから、友達なんて夢のような存在やった。シャマル達のお陰で家族がおらへん寂しさも最近ではなくなってきたけど、やはり友達という存在は憧れやった。

 そんなときに出会った二人、すずかちゃんは高いところにある本が取れないわたしを助けてくれて、拓斗君は初めて手を繋いだ男の子。

 二人とも車椅子のわたしのことをあまり気にしないように話してくれて、とってもやさしかった。

 わたしは携帯の電話帳を開き、登録したばかりの二人の名前を見る。今まで登録されていたのはお世話になっている石田先生ぐらいやった。

 

 携帯の画面を見ているとメールが入る。それは先ほど出会ったばかりの二人からやった。慌ててメールを開くと、そこにはこれからもよろしくという内容が書かれてた。初めての友達からのメールに物凄く嬉しい気分になりながら、二人にどうメールを返そうか悩むが、こっちもよろしくと返しておいた。初めてのメールのやり取りはシンプルだったけど、物凄く嬉しかった。

 

 ——ずっと二人と仲良くしたいな〜

 

 たまに身体の麻痺が起きるときがある。そのたびにいつ死んじゃうのかと思ってしまう。新しく家族ができて、それに友達もできて、だからこそ私は…

 

「…死にたくないな〜」

 

「どうかしましたか? はやてちゃん?」

 

「ううん、なんでもあらへんよ」

 

 思わず漏れてしまった言葉にシャマルが反応するけど、わたしは笑顔で誤魔化す。この辛い気持ちを隠すように、この苦しい思いを隠すように…。

 

 

 

 

 

 

「はやてちゃん、機嫌が良さそうですけど、どうかしたんですか?」

 

 私は機嫌良さそうにしているはやてちゃんに問いかけながらも頭では別のことを考えていた。それは先ほどはやてちゃんと話していた二人のうちの一人、男の子の方だ。

 

 ——あの子、魔力を持ってた

 

 さっきの男の子が魔力を持っていたことを思い出す。それも相当な量の魔力だ。この世界の人は基本的に魔力を持っていない。魔法のことも知らない可能性が高いのだが、やはり少し気になってしまう。

 

「うん、友達ができたんや」

 

 でもはやてちゃんの笑顔を見ると、あまり人を疑うようなことはしたくない。それもはやてちゃんの友達だ。

 

 ——なにかあったら、私達がはやてちゃんを守ればいい

 

 私達ははやてちゃんの守護騎士だ。危険があれば守る。それが私達の役目である。

 

 はやてちゃんの笑顔を見つめる。私達ヴォルケンリッターはこれまでまともな扱いを受けていない。これまでの主は私達を物のように扱ってきたし、私達もそれに従うだけの人形であった。

 しかし、はやてちゃんに出会ってから変わった。はやてちゃんは魔法生命体である私達を人間のように扱ってくれ、ちゃんと一人の存在としてみてくれた。そのお陰で、私達は今幸せな生活を送ることができている。

 だから私達ははやてちゃんが大好きでそんなはやてちゃんのためになりたいと思っているのだ。

 

 私は胸にそんな決意を抱きながら、はやてちゃんと一緒に帰る。今のこの幸せをかみ締めながら…。



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35話目 告白

ブログにて最新話を更新しました。





 

 月村邸に帰ってきた俺とすずかはそのまま俺の部屋へと戻り、向かい合っていた。

 

「じゃあ拓斗君、話してくれるよね?」

 

 すずかは真っ直ぐに俺の目を見てくる。その表情は真剣そのものだ。

 

「ああ、まずは…そうだな、俺のことについて話そうか」

 

 すずかに何から話すべきか悩んだが、この機会だ、全てを話してしまおう。はやてのことだけ話そうかとも思ったが、すずかが相手では隠し続けるのは難しいと思った。

 

「拓斗君のこと?」

 

 すずかは俺の言葉に聞き返してくる。すずかの考えていることはなんとなくわかる。すずかは俺が魔導師であることを知っているし、別の世界から来たことも知っている。それに一年も一緒に過ごしているのだ、これ以上知らないことなんてない。そう考えているのだろう。

 

「ああ、俺のこと」

 

 戸惑うすずかに俺は意を決して全てを話すことにした。

 

「すずかは俺が別の世界から来たことは知ってるよな?」

 

「う、うん」

 

 すずかは戸惑った声をあげる。確かに俺が別の世界から来たことは事実であるが、本当のことにはまだ一歩足りない。

 

「俺のいた世界はこの地球となんら変わらない世界なんだ」

 

「えっ」

 

「俺はそこで普通に暮らしていた。普通の大学生として」

 

「えっ? それって…?」

 

 俺はすずかに自分が大学生であることを教える。すずかは戸惑った表情で聞き返してくる。当然だ、目の前にいる俺はすずかと同い年にしか見えない子供でどう見ても大学生には見えない。

 

「実は俺は大学生だったんだよ、すずか」

 

 戸惑っているすずかに念を押すようにもう一度伝える。すずかは絶句して、言葉を話すことはできない。俺はすずかが落ち着くのを待とうかと思ったが、これから話すことはそれ以上に驚く内容なので、そのまま続ける。

 

「普通の大学生だった俺は魔法なんて知らずに生活してた。それで卒業も間近に迫ったある日、俺はいつの間にかとある場所にいたんだ」

 

 あの時のことは今も鮮明に覚えている。目が覚めたら知らない部屋にして、自分が子供の姿に変わっていた。あの場所が何なのかわからない。しかし、間違いなくあの場所が俺がこの世界に来ることになった始まりの場所であった。

 

「その場所で目が覚めたとき、俺は子供の姿に変わっていた。そしてこの世界に来たんだ」

 

 あのトランクケースを持って、この世界へと送られた。そして、彼女たちに出会ったのだ。

 

「本当…なの?」

 

「ああ」

 

 俺の突拍子もない話しにすずかは事実かどうかを確認してくる。当然だろう、こんな話し簡単に信じる方が無理だ。

 

「そっか、だからなんだ」

 

「え?」

 

 すずかが何か納得したような表情を浮かべたので、その反応に思わず声を上げてしまう。

 

「なんか納得しちゃった」

 

「いや、こんな話し信じるのか?」

 

「でも拓斗君、嘘はついてないよね」

 

 俺の言葉にすずかは笑顔で返してくる。確かに本当のことを話しているが、まさかこんな簡単に納得してくれるとは思わなかった。

 

「一年も一緒に暮らしているんだから、嘘をついてるんならなんとなくわかるよ」

 

「そっか、なら嘘はつけないな」

 

 すずかの言葉に思わず笑みがこぼれる。すずかの言葉が本当なのかどうなのかはわからない。ただ、こうやって自分のことをちゃんと見てる人がいるのは少し嬉しかった。

 

「それに拓斗君、初めて会ったときから、クラスの男の子達とは違ってたから…」

 

「まぁ、そうだろうな」

 

 流石に小学生と大学生を比べるのは無理がある。すずか達も小学生にしてはずっと大人びているが、それでも小学生らしさというのはところどころに見られた。

 

「でもさ、大学生ってことでなんか思うところとかないのか?」

 

 今まで同い年だと思っていた人間が大学生だったのだ。普通なら戸惑ってしまうだろうが、すずかにはそんな様子が見られない。

 

「うん、驚いたよ。でも、拓斗君は拓斗君だし、私の大事な…友達だから」

 

 すずかは笑顔でそう言う。話したことで彼女との関係も崩れてしまうかと思ったが、そんなことはなくすずかは受け入れてくれる。大学生が小学生と友人関係を望むのは傍から見るとどうかと思うが、すずかは友達でそして今は大事な家族でもある。だから、彼女との関係は壊したくなかった。

 

「ありがとう、すずか」

 

 俺はすずかにお礼を言う。でも、話しはコレで終わりではない。

 

「それでこの世界に来たんだけど、俺は実はすずか達のこと、この世界に来る前から知ってたんだ」

 

「え?」

 

「すずか達のこと、この世界に来る前から知ってたんだよ。なのはが魔力を持ってることも、ノエルやファリンが人じゃないことも、すずか達が夜の一族だってことも」

 

 これから話すのは先ほどまでのことよりもある意味驚くことだ。それをすずかはどう思うだろうか。

 

「俺の世界にはとあるアニメがあって、そこでなのはのことやすずか達のことが映っていたんだ」

 

「…私達がアニメに?」

 

「うん」

 

 すずかは何か考えるような表情を浮かべる。そして、何かしらの結論が出たのか口を開いた。

 

「それってどんなアニメなの?」

 

「なのはが主人公の魔法少女もの? ゲームも出たりしてる」

 

「なのはちゃんが主人公なんだ。でも納得だな〜」

 

「すずかは自分がアニメの登場人物だってこと、なんとも思わないのか?」

 

 すずかの態度が少し気になって聞いてみる。

 

「まぁ、アニメのキャラクターって言われても困るし、私はこうして生きてるから」

 

 すずかはそう言うと俺の手を握る。手から伝わる温かみが彼女がここに存在していることを俺に伝えてくる。

 確かにすずかの言うとおりだ。彼女達はこの世界にして、ちゃんと現実に存在している。俺も彼女達がアニメのキャラであることはわかっているが、アニメのキャラとして扱っているわけではない。ちゃんと一個人として彼女達を見ている。

 

「ほら、ね」

 

  すずかは俺の手を自分の頬へと運ぶ。俺の手は彼女の頬を撫で、すずかは笑顔で俺の顔を見る。お互いの息遣いが聞こえそうなほど、顔の距離は近づいて、お互いの額をあわせた。

 

 しばらくそうすると、どちらからともなく離れる。少し、名残惜しいがちゃんと話さないといけない。

 

「はやてもアニメに出てたんだ」

 

「そう、なんだ」

 

「それではやての足なんだけど、実は魔法が関わってるんだ」

 

 俺は本題であるはやてのことについてすずかに教える。

 

「はやてが持ってる闇の書っていう本、それはこの前のジュエルシードと同じロストロギアで、それがはやての足の麻痺の原因」

 

「それって」

 

「そのことで和也と色々話してたんだ。今日図書館に行ったのははやてに会うためなんだよ」

 

 サーチャーを使ったり魔力反応で探すことは可能だったが、気づかれる可能性もあったし。できる限り自然な出会い方をする必要があった。すずかを図書館に誘ったのはそれが理由だ。

 

「はやてちゃんの足、治せるの?」

 

「ああ、何事もなければ…な」

 

 上手くいけば何事もなく進むが、楽観視はしていない。というよりそんな簡単に進むわけがない。

 

「無理はしないでね」

 

「ああ、ありがとう、心配してくれて」

 

 確かに難しい問題ではあるが、何とかするつもりだ。出会ったばかりとはいえ、はやては友達だ。それに彼女の境遇も知っている身としては少しぐらい彼女の悲しみを軽くしてあげたい気持ちはある。

 俺はすずかに全てのことを話し終えた。俺は全てを話し終わったことに少し満足感を得るが、すずかは何かを考えるようなそぶりを見せる。

 

「ねぇ、拓斗君。このことお姉ちゃん達は知ってるの?」

 

「あっ」

 

 すずかの質問に俺は今の状況が拙いことに気がついた。フェイトとの通信のことを内緒にしたことを怒ったすずかだ、忍が俺のことを知っていることを話せばどう反応するだろうか。

 

「し、忍も知ってるよ。ノエル達も、それとさくらも」

 

「そう、この家で私だけ知らなかったんだ」

 

 すずかは笑顔で俺に迫ってくる。マズイ、コレは間違いなく怒っている。

 

「それに私達のこと知ってたってことは、氷村遊の誘拐事件の前に、夜の一族のこと知ってたってことだよね?」

 

「あ、ああ、そうだね」

 

「私、あの頃って自分のこと言えなくて困ってたんだけどな〜」

 

 すずかが自分の手を俺の首に回して抱きついてくる。女の子特有の柔らかさを肌に感じ、すずかの髪の香りが鼻をくすぐる。男だったら嬉しい体制ではあるが、この状況では素直に喜べない。

 

「それと同じで、俺も言えなかったんだよ」

 

「年上なのに私と同じことで悩んでたんだ?」

 

 すずかの明らかに皮肉の入った言葉に反論を封じられる。いや、確かに小学生であるすずかが全てを話したのに大学生である俺が秘密にしていたのはどうなんだろう。それ以前に小学生に押されている大学生もどうなんだろうか。

 

「これはお仕置きだね」

 

 俺に抱きついているすずかは俺の脚をひっかけると俺を地面に倒す。倒れた拍子に背中を強打して、痛みで息が止まる。そして、すずかは俺に馬乗りになった。

 

「まずはこっちからかな」

 

 すずかはそう言うと俺の首筋に口付けする。俺はこれから行われることに予想がついた。コレは以前、さくらにされたときと同じだ。

 

「拓斗君、ちょっともらうね」

 

 すずかはそのまま俺の首筋に歯を突き立てる。こうして首筋から血を吸われるのはあの時、さくらに血を吸われて以来で、すずかがこうするのは初めてであった。いつかは血をあげる機会もあると思ったが、この展開は予想外だった。

 しかし、まだ二回目ということもあり慣れない。首筋から血を吸われる感触も、首筋に這わされる舌の感触もだ。この体勢は純粋にスル時ぐらいしか経験がないので、どうしても少し意識してしまう。コレがさくらであれば、間違いなくその気になるのだろうが、すずかが相手ということで意識はするものの興奮したりすることはない。

 

「ん、美味しい…」

 

 すずかは俺の首筋から口を離すと陶酔した表情でそう言った。さくらも同じことを言っていた気がするが、俺の血は彼女達にとってそんなに美味しく感じるのだろうか?

 血を吸われたことで少し身体に倦怠感を感じるが、それを我慢して起き上がろうとするがすずかが覆いかぶさっているため、起き上がることができない。仕方がないので、彼女を抱きしめて上半身を起こす。

 

「すずか、満足してくれた?」

 

「ううん、まだダメ」

 

「どうすればいいんだ?」

 

「まだ話してないことがあったら全部私に教えて、それとそのアニメの内容…一晩中聞かせてもらうからね」

 

 そう言ったすずかの表情は物凄く笑顔で、俺は拒否することができなかった。そして一晩中、すずかにアニメ、リリカルなのはの内容について話した。もちろん同じベッドで…。当然、一晩では話しきれなかったので何日も同じベッドで寝ることになった。

 

 

 

 

 

 私は隣で寝ている拓斗君の寝顔を見つめる。私達が出ているアニメの内容を聞いていたのだが、途中で眠くなって寝てしまった。それで先ほど目が覚めたのだが、拓斗君は既に寝ていた。

 

 今日、拓斗君が話していたことを思い出す。拓斗君が大学生だったと聞いたときは驚いた。でも、なんか納得してしまった。拓斗君は自分の周りにいるクラスメートの男の子とは全然違っていて、子供っぽさとか全くなくて落ち着いた雰囲気だった。

 そんな拓斗君は初めて会ったときから傍にいて安心できる存在だった。拓斗君のその雰囲気が他の男の子とは違って、傍にいても嫌な気にならなかった。

 その後、私達がアニメのキャラだったとか聞いたけど、それは余り気にならなかった。確かに驚いたけど、私にとってそれは大した問題ではない。拓斗君が私をそんな風に見ていないのはわかってるから、だから気にすることはない。

 

 今まで拓斗君が内緒にしてたこととか、お姉ちゃん達が既に知っていたこととかに少し嫉妬してしまうが、こうしてちゃんと話してくれたので許してあげよう。これで拓斗君のことを深く知ることができた。

 

「あっ…」

 

 拓斗君の首筋にある私が血を吸った痕が見える。そこを指でなぞると拓斗君は身じろぎして寝返りをうった。

 私は拓斗君の血の味を思い出す。輸血パックとは違う、初めて直接吸った人の血、その味は輸血パックとは比べ物にならないほど新鮮で濃厚で、とても美味しかった。コレは直接吸ったからだろうか? いや、多分拓斗君の血だからこそあれほど美味しいのだと私は本能的に感じ取った。

 お姉ちゃんから聞いたことがある。自分の好きな人の血は美味しく感じるらしい。拓斗君の血は本当に美味しくて、私を満たしてくれる。

 

 私は寝返りをうって、私に向けている拓斗君の背中に抱きつく。正面から抱きついているとき、抱きしめ返してもらえたときの感じも良いが、こうして背中に抱きつくのもなかなか心地よい。

 

「大好きだよ、拓斗君」

 

 私はそう言って背中に抱きついたまま眠る。眠っているが初めて拓斗君に自分の思いを伝えた。拓斗君が起きているときには伝えられない私の想いだった。

 



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36話目 あなたが必要です

 

 すずかに全てを話した次の日、俺は忍の部屋へと来ていた。すずかに全てを話したことを忍に伝えるためだ。

 

「そう、すずかに全部話したんだ…」

 

 俺が忍にすずかに全て話したことを伝えると、忍は少し考え込むそぶりを見せる。しかし、それほど重たい雰囲気ではなく、割と軽いそぶりだった。

 

「それですずかの反応はどうだった?」

 

「少し驚いたみたいだけど、それほど気にしてなかったかな?」

 

「まぁ、いきなり言われても困るわよね。それに今更言われてもって気もするし」

 

 俺が伝えたすずかの反応に忍は苦笑いになる。確かにいきなり言われても困る話しではある。それに忍の言うように一年も一緒に暮らしていて、同じ小学校に通っているのだ。何を今更というのは正直言って否めない。

 それにすずかは小学生だ。いちいちそんなことを気にするような年齢にはまだ達してないし、そのまま受け入れるほかないだろう。

 

「ホント、すずかはいい子だよな」

 

「なに? すずかのこと気に入っちゃった? 私の妹だし、私に似て美人になるわよ」

 

 忍はからかうようにそう言ってくるが、俺は苦笑いで返すしかない。確かにすずかは可愛いし、姉の忍は美人なので将来も有望だ。その上、俺の持つ原作知識では将来物凄くスタイルがよくなることもわかっている。とはいえ、俺はいつ帰ることになるかわからないし、すずかはまだ小学生だ。彼女を好きになってしまえば元大学生としてロリコンという不名誉な称号を得ることになる。まぁ本当に好きなら関係ないんだろうが、俺はすずかに恋愛感情は抱いてない。

 

「反応が悪いわね。すずかのこと好みじゃないの?」

 

「いや、まぁ確かに可愛いと思うけど」

 

「拓斗はロリコンだと思ってたのに〜」

 

「ちょっと待て、誰がロリコンだって?」

 

 今、忍から聞き捨てにならない言葉が聞こえた。忍は俺のことをどう思っているのだろう?

 

「え〜だって、さくらに誘惑されてるのにまだしてないみたいだし、昨日もすずかと一緒に寝たんでしょ。なのはちゃんやアリサちゃんとも仲が良いみたいだし、男友達の話とか聞かないし、てっきり拓斗はロリコンなのかな〜って」

 

「いや、断じて違うぞ」

 

「それに魔法少女もののアニメ見ているみたいだし、エロゲーしてる人って小さい女の子が好みなんじゃないの?」

 

 忍が笑顔でそう言ってくる。確かにアニメのこととかエロゲーのこととか出されると、正直否定できないところがある。というかむしろこの責められ方は色々心に刺さってくる。

 

「それにさくらとまだシテないみたいだし…」

 

「な、なんでそれを…?」

 

 忍が言ったことに俺は動揺してしまう。この前、俺がさくらに血をあげたときのことは誰にも見られてないはずだ。ちゃんとエリアサーチして近くに誰もいないか確認した。

 

「さくらから聞いたわよ」

 

 忍はあっさりと暴露する。どうやら俺がさくらとそういうことをしようとしたことをさくらは忍に話したらしい。その事に俺は頭を抱える。この手のことは他人に知られるのは恥ずかしいし、特に一緒に住んでいる忍に知られるのは家族に知られるみたいでなんとなく嫌だ。

 

「そんなに落ちこまなくてもいいわよ。でも意外ね、さくらが宣言してたから、もうとっくにシテてもおかしくないと思ったんだけど…」

 

 忍の言うとおり、さくらに初めて血を吸われてからも何度かさくらと会う機会はあったし、実際スル機会はあった。でも俺はさくらとシテはいなかった。大人モードにならなくても一応できることはできるし、純粋にシタいという気持ちもあるのだが、俺は我慢していた。

 それは純粋にこの世界に残ることに対して踏ん切りがついていないからだ。帰るための方法を探している俺が彼女とスルのは誠実でない気がした。いや、まぁあそこまでヤッておいてこんなことを言うのも誠実ではない気がするが…。

 

「さくらでもすずかでもダメなら私はどう?」

 

 そう言って忍は俺に迫ってくる。梅雨も過ぎ、そろそろ暑くなってくる時期なので忍は少し露出の多い服を着ていて、スタイルの良い忍の魅力を存分に引き出している。

 

「拓斗…」

 

 忍が真っ直ぐ俺を見つめてきて、少しずつその顔が俺に迫ってくる。先ほどダメだと決意したはずなのにこの雰囲気に流されてしまいそうになる。

 

「なんてね」

 

 忍はそう言うと俺から顔を離す。その表情は笑っていた。俺はからかわれたことに気づき、どっと疲れを感じる。

 

「やっぱり元の世界に帰りたい?」

 

 忍は先ほどの笑みを消し、俺に聞いてくる。それはあまりにもわかりやすい、俺がさくらに手を出さない理由だ。先ほど忍に迫られたときも頭によぎった、俺を忍は感づいたのだろう。

 

「どうなんだろうね。もう一度家族とか友達に会いたいって思ってるけど、帰りたい、向こうで生活したいのかな…?」

 

 最近、わからなくなってきた。PT事件のときは間違いなく帰るためにジュエルシードを集めていた筈なのに、失敗してこの世界で少し時間が経って色々なことを考えるようになってしまった。

 自分が元の世界に帰りたいのは家族や友人達に会いたいだけで、元の世界で生きたいというのとは違うんじゃないか。二つは違うことではあるが、繋がっている。元の世界に帰るということは元の世界で生きるということだ。分けて考えられるからこんな風に考えてしまう。

 

「ねえ拓斗。こっちの生活じゃ満足できない?」

 

「え?」

 

 忍の言葉に思わず俺は声をあげてしまう。忍の表情を見ると真剣で、そして少し寂しそうだ。

 

「あれ以来、まだ帰る方法は見つかってないんでしょ? なら、こっちで生きてくことも考えてもいいんじゃないかしら? …ねぇ拓斗、向こうの生活に比べて、こっちの生活はどう?」

 

 忍はもう一度俺に聞いてくる。俺はその言葉に向こうでの生活とこっちでの生活を比べてみる。

 

「……」

 

 もう一年経っているが元の世界での生活はしっかりと思い出せる。家族や友人の顔も声も、楽しかった思い出も忘れてはいない。こちらと比べて変わったことがあったわけではないが、充実していたと思う。

 対してこの世界は色々変わっていて、今までの常識が簡単に覆された。だから刺激的で一年暮らしてこっちの世界に馴染んできて、忍はすずか達と親しくなった。それに元の世界と比べて、女性陣との交友関係や自分の立場などが恵まれている。

 

「わかっているでしょうけど、さくらは貴方に好意を抱いてる。すずかも貴方に依存している。多分、大人になってもそれは変わらないわ」

 

 忍の言ったことは俺も理解している。さくらから向けられている好意も、すずかの依存も、痛いくらいに理解していた。

 

「それに私だって」

 

「え?」

 

 忍はそう言って俺の体を抱きしめる。子供の姿の俺は忍の腕の中にすっぽりと納まってしまう。

 

「忍?」

 

「私も拓斗のことを必要としてる。家族として、友人として…」

 

 抱きしめられている俺には忍の表情は見えない。でも、忍の言っていることが本当だというのはわかる。その声から、そして、抱きしめられてる腕の力から…。

 

「だからあの時、拓斗がいなくなって悲しかった…」

 

 忍の言うあの時とは俺がジュエルシードを使って転移したときのことだろう。傍目から見れば、俺は虚数空間に落ちてそのまま死んでしまったようにも見えたはずだ。

 

「私達は貴方のことを必要としているの。だから正直、ずっとこの世界にいてほしい」

 

 忍が俺に向かって言う。耳元で囁かれ、抱きしめられてくっついた胸から心臓の鼓動を感じる。コレもまた告白のためか、少しだけ鼓動が早く感じる。

 

「ゴメン、忍…」

 

「え?」

 

 俺の言葉に忍は俺から少し体を離し、俺の顔を見つめる。

 

「ゴメン、忍。まだ、答えを出せない。俺が本当にどっちを望んでるのかを、どっちの世界で生きていたいのかも。それに、まだ帰る方法も見つかってないから…」

 

「それが見つかるのはいつなの? 失敗して、他の方法もまだ考え付いてないんでしょ?」

 

 忍が強く俺に言う。でもその気持ちは理解できる。俺がしようとしているのは答えの先延ばしだ。答えを先延ばしにされて不満に思うのも仕方がない。

 

「一年…」

 

「え?」

 

「一年だけ待ってくれないか?」

 

 俺は忍に対してそう言う。一年、それはマテリアル事件が起きたとして、未来からヴィヴィオとアインハルトの二人が来て、その情報を手に入れられると予想される期間であった。二人から得られる情報で俺がまだ未来にいるようであれば、俺はこの世界で生きていこう。それに多分、あと一年ぐらいが元の世界への想いを保てる限界だ。それ以上この世界に居れば、おそらくこの世界から離れられなくなる。

 それほどまでにこの世界は優しく、刺激的で、魅力的だった。

 

「…わかったわ、一年ね」

 

 忍は俺の言葉に渋々ではあるが引き下がった。こうして明確な日数を出された以上、忍はそれまで答えを出すのを待ってくれるだろう。ただ、俺をこの世界に繋ぎとめるためになにかしら行動を起こしてくる可能性はあるが…。

 

「悪いな、忍」

 

「いいわよ、私も答えを焦りすぎたから…」

 

 俺達はノエルの持ってきてくれた紅茶を飲んで、頭を落ち着かせる。先ほどの会話で少し喉が渇いたのもあるし、少し精神的に疲れた。しかし、話はまだ終わっていない。

 

「それでまだ話はあるの?」

 

「ああ、今後のことについて…だな」

 

 今後のこと、闇の書事件のことだ。既に起こることは確定しているし、俺自身関わろうとしている。だからこそ、忍に話しておかなければならない。

 

「昨日、とある女の子と会った」

 

 俺は忍に昨日出会った、八神はやてのことについて話す。

 

「その子の名前は八神はやて、次の事件の主要人物だ」

 

 俺は忍に全てを話す。八神はやてのこと、闇の書のこと、グレアムのこと、そして俺達が行おうとしていること、その全てを忍に話した。

 

「じゃあ、なに? 拓斗は私に内緒で動こうとしてたわけ?」

 

「そうだよ」

 

 忍は不機嫌そうな表情を隠そうともせずに俺に言ってくる。先ほどのことも含めて、俺は今日だけでどれだけ忍を怒らせているのだろうか。

 

「ハァ、それでそのはやてちゃんはともかく、守護騎士とグレアム提督だっけ? そっちは大丈夫なの?」

 

 忍は溜息を吐きながら俺に質問してくる。俺がその気で動いていることをわかっているので色々と諦めたらしい。

 

「正直、どうなるか予想もできない。俺だけじゃなく和也も動いているから、お互いの動き次第だな」

 

 俺はこれから八神はやてと交流を深めて、彼女の家に行って闇の書を目視、そしてはやてと守護騎士を説得しなければならない。和也はグレアム提督を説得もしくはその行動を封じなければならない。それ以外にも根回しして、様々な準備が必要になる。

 

「そう、無理はしないでね」

 

「ああ、流石に今度はあの時みたいなことはないと思いたいけど、気をつけるさ」

 

 今回の事件もかなりキツイとはいえ、PT事件の最後のように虚数空間に落ちそうになるという事態にはならないだろう。まぁ、多少の身の危険は覚悟しなければならないだろうが。

 それでも原作知識を持っている身として、どうにかできるだけの手段を持っている人間として、そしてはやての友人として成し遂げなければいけない。

 

「じゃあ忍、これからもよろしくね」

 

 答えの期限がきたとしても帰る方法が見つかるまではここにお世話になる。結局、しばらくはココで暮らすことには変わりないのだ。

 

「ええ、よろしく拓斗」

 

 そして俺は忍の部屋を出る。ちゃんと答えを出すためにしっかり考えよう。それが答えを待たせていることに対して、俺ができる最大限の誠意だ。

 

 

 

 

 

「ふぅ〜、疲れたわね」

 

 拓斗が部屋を出て行った後、私はノエルの用意してくれた紅茶を口に運ぶ。今日は予想外のことで一杯だった。

 拓斗がすずかに自分のことを話したのは別に構わない。想定していたことだし、むしろ私も望んでいたことだ。拓斗が自分のことを話せば話すほど、拓斗とこの世界の人の繋がりは強くなる。それは拓斗をこの世界に縛り付けるための鎖になる。

 私個人としてはそのまますずかとくっついてもらいたい。拓斗のことは大切な友人だし、もう既に家族の一員として見てしまっている。すずかも拓斗に好意を向けているし、それが一番良いように思う。だからこそ、さくらが拓斗に本気になるのは少し困る。

 もちろんさくらの幸せも望んでいるが、私としてはやはり妹の傍にいてほしい。

 

「なんであんなこと言ったのかな〜?」

 

 私はテーブルに腕を置いてその上に自分の顔を乗せる。本当は拓斗にあんなことを言うつもりはなかった。確かに拓斗のことは大切だし、私自身必要としている。でも、それは今日ここで言うべきことではなかった。

 拓斗の問題はデリケートだ。すぐに答えを出せといわれて出せるような問題ではない。でも私は感情的になって、それを拓斗に強いてしまった。

 

 ——少し、焦りすぎよね

 

 自分の行動に反省する。拓斗は一年でちゃんと答えを出すと言ってくれたが、今になって申し訳ない気持ちになってしまった。

 正直、今日の私はらしくなかったと思う。感情的になってしまったり、少し拓斗に迫ってみたり、普段の私からはありえないことだ。自分でも自覚できてしまうので恥ずかしい。

 

 しかし、そう言ってくれた以上、私はその答えを待たなければいけない。とはいえ、私もただ一年待つつもりはない。

 

 ——まずはこの世界に繋ぎとめることからかしら

 

 すずかとくっついてほしいとは思うが、それより先にこの世界に残ってもらうことを考えなければならない。男を繋ぎとめるのに一番良い方法は女だろう。さくらを使って体で繋ぎとめるべきか? すずかにはちょっと厳しいから、さくらだけじゃなくノエルやファリンを使って誘うのも良いかもしれない。確か拓斗はファリンのことを好みって言ってたし、それもありかもしれない。ノエルやファリンも拓斗に悪感情は抱いてないだろう。ダメなら、私が混ざってもいい。もちろん恭也には内緒だが…。

 そうじゃなくてもこの世界は拓斗にとって良い世界だと思う。女性関係に恵まれているのは言わずもがな、私達への技術提供によって、拓斗の懐には結構な額のお金が入っているし、拓斗は優秀なので月村の経営している会社でもすぐに出世できるはずだ。それに魔法が使えるから護衛でも良いし、管理局という道もある。

 それに最近始めた勉強会でも拓斗の優秀さはわかる。天才ではないが勤勉で、しっかりと知識を身に着けているし、それの役立て方も考えている。そう考えると技術者の道もある。

 

「でも、まずは…」

 

 ——拓斗のサポートをしましょうか

 

 今は目の前に迫っている問題を片付けなければならない。拓斗が無事に過ごすためにも、私はできる限りのことをしよう。

 私はこの前の交渉の対価としてもらったデバイスを起動する。このデバイスは拓斗のノーパソとリンクしており、少しだけであるがノーパソの機能が使える。

 そして私はデバイスを操作すると今後のためにとある人物へと連絡を繋げた。



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37話目 一寸先は

 

「あ〜、もう本当に厄介だな」

 

 俺、薙原和也は自身に与えられている執務室の中で頭を抱えていた。というのも思ったより、状況が進んでないからであった。

 

「マジでかなりキツイぞ、これは…」

 

 説得って言っても、グレアム提督(本命)から行くわけにもいかないし、かと言ってリンディさん達からいくのはまだ早い。せめて、拓斗から闇の書の確認の報告がくるまではうかつには動けない。

 もちろん、未来の知識を持っていることを知っているリンディさん達は俺の言葉を信じてくれる可能性は高いと思うが、それでは管理局を動かすことはできない。それにリンディさん達がグレアム提督のもとへ動かないとは限らない。そうなれば焦ったグレアム提督が無茶な行動に出る可能性がある。

 

「それにこっちもか…」

 

 俺は机の上に無造作に置いてある書類に目をやる。それには今回の事件のために俺が集めた情報が書かれている。その情報が俺達の状況をさらに厄介なものへと追い込んでいた。

 

 ——過激派の存在か…

 

 闇の書の被害者はかなり多い。前回の闇の書事件だけではなく、さらに過去の闇の書事件での被害者もいる。その被害者の中にはグレアム提督とは違い、闇の書の完全破壊を望んでいる者も多い。グレアム提督は不可能と判断し、凍結封印に作戦を移行したようだが、それでは納得できない人間もいるのだ。

 そんな過激派は管理局の中にも少なからず存在する。闇の書からの被害を受けたときから管理局に所属している者、闇の書に復讐するために管理局に入局した者達だ。

 俺達が闇の書の修復のために動いていることが彼らに知られれば妨害される可能性があるし、そうでなくてもグレアム提督のことを知られれば、闇の書被害者の中での対立が起こる。

 最悪の事態として考えられるのは過激派からの妨害を受け、管理局からの協力を得られず、被害者同士の対立で混乱が起こり、八神はやてを助けられず、闇の書が暴走し地球崩壊というシナリオだろうか。

 

 ——そんな展開にさせてたまるかっ!!

 

 最悪の事態が頭をよぎり、強く拳を握り締めてしまう。俺達は原作より良くするために動いているのだ。自分の知っている展開より悪い展開など冗談ではない。

 

「拓斗に向こうを任せて、こっちが駄目とか笑えねぇよ」

 

 地球でのことを拓斗に頼んだのだ。その俺が失敗するわけにはいかない。厳しい状況ではあるが、絶対にやり遂げなければならなかった。

 

 ピピッ、ピピッ

 

「ん?」

 

 俺が覚悟を決めて作業に取り組もうとすると電子音が鳴る。この音は誰かから通信が来た音だ。

 

「はい、こちら薙原」

 

「月村忍です。お久しぶり薙原君…」

 

 俺に通信を入れてきたのは月村忍であった。俺はいきなり彼女が通信を入れてきたことに戸惑いを隠せない。今まで一度も彼女から通信を入れてきたことはない。拓斗と連絡を取り合うときにたまに話すことがあるくらいだ。

 

「君、うちの拓斗を使ってるみたいね」

 

 彼女の言葉に俺は焦る。どうやら俺が拓斗に頼みごとをしたことが彼女にバレてしまったようだ。俺はPT事件のときの彼女とリンディさんの交渉を思い出した。あの時はこちらは完全敗北と言っていいほどに彼女に色々持っていかれてしまった。しかし、今回も同じように持っていかれるわけにはいかない。

 

「ああ、確かに拓斗にはちょっと頼みごとをしている。これは本人も了承済みだ」

 

 そう、俺は拓斗本人に頼みごとしている。つまり、これは俺と拓斗との契約なのだ。拓斗は俺の頼みごとを了承し、俺は拓斗に対価を支払うことを約束している。これに彼女が割り込む隙は与えない。

 

「私はあの子の保護者なんだけど」

 

「アイツが普通じゃないことは貴女も知っているだろう」

 

 彼女が凄んでくるがこちらも引くわけにはいかない。拓斗も俺も見た目通りの年齢ではないのだ。本人同士が納得している以上、これはちゃんとした契約だ。

 

「それでも見た目が子供であることには違いないでしょ。こっちの世界では未成年者契約ってあるんだけど?」

 

「書面があるわけではないし、違う世界の人間との契約だけどな」

 

 違う世界とはいえ、俺だって日本で生まれて、日本で育った。そんな法律があることは承知している。しかし、今俺達のしている契約は口約束みたいなものだ。それはすなわち…

 

「契約無視っていうのもアリよね」

 

 こういうこともありうるということだ。彼女と拓斗が仲が良いことは知っているし、これからやろうとしていることを知って、彼女が拓斗を止めようとすることは予想できたことだ。しかし…

 

「アイツがそんなことをできると思うか?」

 

 俺は月村忍にそう質問する。短い付き合いではあるが拓斗の性格は知っているし、俺と拓斗は同じ立場の人間だ。考えることは近いだろう。

 拓斗は約束は守る人間だし、なんだかんだで他人に優しい面がある。そして原作知識を持っている。そんな人間が八神はやてを見捨てるという選択肢を取れるとは思わなかった。

 

「ッ!!」

 

 月村忍もそれがわかっているため、俺を強く睨んでくる。まぁ、それだけ拓斗が心配と言うことだろうが、こうも睨まれると怖い。そして、これほどの美女に思われている拓斗が少し羨ましい。

 

「ハァ、とりあえず情報で良いか?」

 

「え?」

 

「拓斗に渡すのと同じ情報で良いかって聞いているんだけど?」

 

「え、ええ」

 

 俺の言葉に月村忍は戸惑ったが頷いた。まさか、俺が引くとは思ってなかったのだろう。とはいえ、どうせ拓斗から彼女に情報が漏れるのは確実だし、これくらいの譲歩はしても良い。

 俺は集めたデータと現状の簡単な説明を彼女に送る。彼女としても管理局側の情報は欲しいだろう。

 

「今、送った情報の代わりといってはなんだけど、手伝って欲しい」

 

 俺は月村忍にそう頼む。向こうだってこの件に関わりたい筈だ。そして、俺は少しでも人手が欲しい。それに月村忍は色々便利な存在だ。夜の一族である彼女の能力である心理操作や月村家の当主としての交渉能力、情報分析など俺達にできないことを補ってくれる稀有な存在だ。

 

「……」

 

 月村忍は俺の言葉に色々考えている。情報は既に送ってしまったから、後は彼女がどう出るかだけだ。正直、もともと彼女はアテにしていなかったので駄目だったとしても問題はない。

 

「わかったわ、でもこれだけじゃ足りないから後で報酬は請求するわよ」

 

「働きに見合った報酬は用意させてもらうよ」

 

 月村忍は俺に協力してくれる。報酬は請求されるが、あくまで成果に見合っただけの報酬しか支払うつもりはない。そうでなくても、今回の件は彼女にメリットが多いのだ。

 管理局の内情、不正状況を知れ、その上管理局の人間に恩を売れ、繋がりを作れる。これだけでも相当なメリットだ。

 

「じゃあ、まずは先ほど送った情報に目を通してくれ、後でこちらから連絡する」

 

「わかったわ。これからよろしくね」

 

 月村忍はそう言うと俺との通信を切る。それを見届けると溜息を吐く。月村忍を協力者として味方につけたは良いが物凄く疲れた。その上、まだやらなければならないことはたくさんある。

 

「ん〜、気合入れていきますか」

 

 大きく身体を伸ばすと、思考を切り替え今やるべき内容をもう一度考え直す。問題は山積みであるが、それでも頑張っていかなければならない。そして俺は今後のために働き始めた。

 

 

 

 

 

「これが今の管理局の状況…」

 

 私は先ほど薙原君から貰った情報に目を通していた。その内容は私の想定したいた状況よりも非常に厄介なものであった。

 拓斗から今回の事件の元凶である闇の書のことは聞いた。それからすぐに薙原君に通信を入れたのだが、まさか向こうの状況がこれほどとは思っていなかった。

 

「拓斗がやろうとしていることも危ないけど、向こうも相当ヤバイわね」

 

 二人はこれほどの問題を自分達だけで片付けようとしていたのだ。しかし、とても二人だけで何とかできるようなものには見えない。

 

 ——私もどれだけできるか…

 

 考えが甘かったのかもしれない。少なくとも自分にできることは多いと思っていたが、これではどこまで力になれるかわからない。

 

「まずは八神はやてについてね」

 

 この情報には八神はやての情報が少ない。しかし、この情報によると八神はやてにはこのギル・グレアムの監視があるらしい、そう簡単には調査させてはもらえないだろう。それで相手に感づかれては意味がない。情報を集めたいのはやまやまだが、そう簡単に動けないのも事実であった。

 できそうなのはノエルとファリンという戦力を拓斗に預けることぐらいだろうか。

 

「ッ!!」

 

 思わず歯軋りしてしまう。自分から関わろうとしておいてできることがここまで少ないなんて、これでは拓斗の手助けなんてすることすらできない。

 今の状況で拓斗をこの世界に縛るための行動など移すことなんてできない。ただでさえ失敗すれば、この世界が崩壊しそうな問題なのだ。

 

「さくらやノエル達を嗾けるのは先になりそうね」

 

 少なくともこの問題が片付くまでは無理そうだ。そんなことをして拓斗に余計なことを考えさせている余裕などないだろう。

 私にできることは少ないかも知れない。しかし、それでも自分にできることを探すために私はもう一度貰った情報に目を通し始めた。

 

 

 

 

 

「ハァ〜」

 

「なによ拓斗、せっかく遊びに来てるのに」

 

 俺の溜息にアリサは不機嫌そうな表情で文句を言ってくる。今日は先日のフェイトの件のお詫びとして、アリサと一緒に出かけていた。ちなみにすずかは先日の図書館デートと秘密の暴露でなのはは後日、どこかに出かけることになっていた。

 

「まぁ、ちょっと色々あってね」

 

 先日の忍との会話を思い出す。俺は後一年で答えを出さなければならない。自分から言いだしたこととはいえ、少し早まったかなと悩んでいた。

 

「なによ、色々って?」

 

「う〜ん、まぁ色々だよ」

 

 これはアリサに言って良いものなのかと思ってしまい、話すことを躊躇う。

 

「仕方ないわね、じゃあ話してくれるのを待ってるわ」

 

 アリサは呆れた表情でそう言ってくれる。これは意外だった。性格的にもこういう風に焦らされるのは好きではないだろうし、強引に聞いてくると思ったからだ。

 

「なによ、その顔は?」

 

「ゴメンゴメン、ちょっと驚いたから」

 

 少し苦笑いになりながらもアリサに謝る。でも意外でもないのかもしれない。無印のときにアリサは名言を残している。

 

 ——じゃあ、私はずっと怒りながら待ってるってね

 

 アリサの名言を思い出しながら目の前の少女を見る。このセリフは原作においてアリサが自分達に内緒にしているなのはへの思いを言ったセリフだ。怒りながらもちゃんと待ってくれるあたり優しい少女だ。

 

「な、なに拓斗?」

 

「いやアリサはいい子だな〜って」

 

「それ、褒めてるの?」

 

「当たり前だろ」

 

 俺はアリサに素直な感想を述べるが、アリサは呆れたような表情で返してくる。なんだかんだでアリサは結構付き合いやすい。もしかしたら大学の友人よりも付き合いやすいかもしれない。そして、そんなアリサだからこそ俺は聞いてみることにした。

 

「ねぇアリサ、もし俺がいなくなるって言ったらどうする?」

 

「なによいきなり?」

 

 俺からの突然の質問にアリサは怪訝そうな表情を見せるが、俺の表情を見て真面目な質問と気づいたのか、少し戸惑った表情を見せだした。

 

「それが拓斗が悩んでいたこと?」

 

「まぁ、そうだね…」

 

 こんなことをアリサに聞くのはどうかと思うが少し気になった。

 

「どうして、そんなこと聞くのよ?」

 

 アリサの表情が唐突に曇ってくる。俺はその表情を見て、落ち着いた。良かった、やっぱり寂しがってくれるようだ。これでどうでもいいと言われたら、ショックで寝込んでいたかもしれない。わかりきった答えであるがちゃんとこういう反応をしてくれて嬉しくなる。

 

「ちょっと聞いてみたくなった」

 

「ふざけないでっ」

 

 俺の言葉にアリサは怒りを見せる。俺は本気だが、アリサにはふざけているように聞こえてしまったようだ。

 

「アリサはさ、前のジュエルシードのとき、俺がどうしてジュエルシードを集めてたかわかる?」

 

「ジュエルシードが、危ないものだからじゃないの?」

 

 アリサの声は震えている。アリサは聡明な子だ。もうこの話の流れで大体のことがわかった筈だ。だからこそ声が震えていて、でもこうして確認するように聞き返してくる。

 

「ユーノのお手伝いとか他にも色々あったけど、俺の一番の目的は元の世界に帰るためだよ」

 

 まぁ失敗しちゃったけどね、と俺は付け加えるように言った。それを聴いた瞬間アリサは絶句する。当然だろう、親しい人間が知らない間にいなくなろうとしていたなんて驚くのが普通だ。

 

「俺のもともといた世界は特殊でね、簡単に帰ることができないんだ」

 

 前にすずかに話したときと同じようにアリサにも話す。アリサは黙って俺の話を聞いていたが、やがて口を開く。

 

「ねぇ、拓斗は元の世界に帰りたいの?」

 

「…最近、ちょっとわからなくなったからね。だから、ちょっとアリサに聞いてみたんだ」

 

 本当に自分は帰りたいのか。アリサにあんな質問している時点で引き止めて欲しいのか。頭の中がごちゃごちゃしてくる。はやてのこともあり忙しくこんなことを考えている暇ではないのに、俺はアリサに質問している。

 

「…私は拓斗にこの世界に残って欲しい。友達だから、いなくなるのは寂しいわよ」

 

「ありがとう、アリサ」

 

 俺はアリサにお礼を言う。彼女にこう言ってもらえて嬉しい。

 アリサの表情を見ると、今にも泣き出しそうな表情で俺を見てきた。

 

「まぁまだ帰る方法も見つかってないんだけどね、だからしばらくはいなくならないよ」

 

 俺はそう言ってアリサの頭を撫でる。アリサにこうするのは初めてだが、すずかと同じようにさらさらとした髪の感触が心地よかった。

 

 

 

 

 拓斗からその言葉を聞いたとき、私は耳を疑った。拓斗が元の世界に帰る。そんなことは思いもしなかった。

 拓斗が別の世界の住民だってことは知っている。魔法のことを聞いたときに一緒に聞いたからだ。その後、友達として一緒に過ごしてきたけど、そんなことは考えもしなかった。

 いや、一度だけ管理局が来たとき、考えたことがあったけど、今も変わらず一緒に過ごしていたから拓斗が元の世界に帰るつもりはないのだと思い込んでいた。

 

 ——もう会えなくなる…

 

 拓斗は親友だ。なのはやすずかと同じ大事な親友だ。その親友と会えなくなる。そんなのは嫌だった。

 

「…私は拓斗にこの世界に残って欲しい。友達だから、いなくなるのは寂しいわよ」

 

 私は拓斗に伝える。それは紛れもない私の本心であった。



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38話 ショック

ブログにて最新話を投稿しました。


 

「……」

 

「……」

 

 今日はいつも通りなのはと魔法練習をするはずだったのだが、なのはの表情は暗い。練習にも力が入っておらず、集中出来ていなかった。

 今日は平日で学校ではいつも通り明るかったのだが、一度家に帰るために一旦別れた後、もう一度合流するとなのはの様子は変わっていた。

 

『ユーノ、なのははどうしたんだ?』

 

『わからないよ。なのはが帰ってきたときにはこうなってたから。僕は学校で何かあったんじゃないかって思ってたんだけど…』

 

『俺と別れたときにはいつも通りだったんだけど』

 

 ユーノと念話でなのはの様子がおかしい理由について話す。俺と別れるまではいつもと同じで、その後ユーノが会ったときには既になのはの様子がおかしかったらしいので、おそらくはその間に何かがあったのだろう。

 

「なのは、どうしたんだ? 練習に集中できてないぞ」

 

「…うん、ゴメンね拓斗君」

 

 俺がなのはに質問するも、なのははその暗い表情を変えず、俺に謝ってくる。俺はその姿を見て、これ以上の訓練は意味がないと思い、なのはに言って訓練を止めた。集中できてない状態で訓練しても身につかないし、なにより魔法制御に失敗して怪我する可能性もある。

 

「本当にどうしたんだ? 学校では普通だったろ、なにがあったんだ?」

 

「…」

 

 なのはに事情を聞くために質問するが、なのはは俯いたまま、何も話そうとはしない。話せない内容なのか、ただ言いたくないだけなのか…。

 

「…拓斗君」

 

 なのはが何も話してくれないので、諦めて今日は訓練を終わりにして解散しようとすると、なのはが俺の名前を呼んでくる。

 

「拓斗君が自分のいた世界に帰ろうとしてたのって本当なの?」

 

 なのはは俺に何かを懇願するような表情で質問してくる。俺が嘘と言ってくれることを信じているような表情だ。

 

「アリサから聞いたのか?」

 

「…うん」

 

 俺の質問になのはは頷く。このことを知っている人間で、俺達が別れた後、なのはに接触できる人間はすずかとアリサの二人だけだ。すずかは今まで二人に言ってなかったので、先日話したアリサがなのはに話したのだと予想できた。

 

「本当だよ。俺は自分のいた世界に帰るためにジュエルシードを集めていた」

 

「そう、なんだ」

 

 俺が真実を話す。なのはは受け入れるように返してくれるが、その表情は悲しげだ。まぁ、俺が自分のためにジュエルシードを集めていたと聞いて裏切られたと感じているのだろう。

 

「嫌いになった? 誰かのためというわけじゃなく、自分のためにジュエルシードを集めてた俺に?」

 

 俺はなのはに質問する。まぁ、これは嫌いになられても仕方ないことだ。自分のことしか考えていない。その事に嫌悪を感じてしまう人は多いだろうし、なのははそんな俺とは正反対の人間だ。

 

 

 

 

 

 私がその話を聞いたとき、私は戸惑いを隠せなかった。

 

「なのは、ちょっといい?」

 

 授業が終わり、訓練する前にユーノ君を迎えに行くために、私は家に一度帰ろうと拓斗君と別れるとアリサちゃんが話しかけてきた。

 

「アリサちゃん、どうしたの?」

 

「うん、ちょっとね」

 

 私はアリサちゃんに連れられ人気のない場所に移動する。どうやら聞かれたくない話みたいで周りに誰もいないことを確認したアリサちゃんが話してくる。

 

「拓斗のことなんだけどね…」

 

「拓斗君?」

 

 アリサちゃんから拓斗君のことを話されるのは珍しい。そもそもこうして二人きりで話すことが珍しいけど、三人のときでも拓斗君のことを話すときは私かすずかちゃんがまず拓斗君のことを話すので、アリサちゃんが拓斗君のことを話してくるのはめったになかった。

 

「なのはは拓斗が元の世界に帰ろうとしていたの知ってる?」

 

「え?」

 

 私はアリサちゃんの言ったことが理解できなかった。拓斗君が元の世界に帰ろうとしている? それは何の冗談だろう。

 

「なに、それ? 私、なにも聞いてないよっ!?」

 

「まぁ、拓斗も言ってないって言ってたし、知らないわよね」

 

 困惑して叫んでしまう私にアリサちゃんは少し不機嫌になりながらそう言う。

 

「あの馬鹿はね、私達に内緒で元の世界に帰ろうとしていたのよっ」

 

 アリサちゃんは少し不機嫌そうな表情でそう言ってくる。ここでようやくアリサちゃんが言っていることが理解できた。

 

「すずかも最近聞いたみたいなんだけどね…」

 

 アリサちゃんはそう言って、私に拓斗君のことを話してくれる。拓斗君が元の世界に帰ろうとしていたこと、帰るためには特殊な方法が必要で、そのためにジュエルシードを集めていたこと、そして失敗してまだこの世界に残っていること、失敗したので帰る方法が見つからず、しばらくはこの世界にいることになったこと。アリサちゃんは自分の知る限りの情報を私に教えてくれた。

 

「嘘…嘘だよ」

 

 アリサちゃんにその話を聞いたとき、私は信じられなかった。そんなに大事な話なら拓斗君は私達にちゃんと話してくれる筈だし、拓斗君がそんな自分のためだけに動くような人じゃない筈だ。それにそんなにジュエルシードが大切だったなら、温泉旅行のときフェイトちゃんにジュエルシードを渡さなかった筈だ。

 

「本当よ、本人がそう言ってたもの」

 

 アリサちゃんはそう言ったけどやっぱり信じられなくて、私は駆け出した。

 

「な、なのはっ」

 

 アリサちゃんは私を呼び止めてくるけど、それを振り切って私は走る。体力がなくて、すぐに息が切れてしまうけどそれに構わず、家へと走った。そんなことを言うアリサちゃんが信じられなくて、これ以上話すのが嫌で、拓斗君にちゃんと話を聞こうと思って急いで家へと帰った。

 

 家へと帰った私はユーノ君を連れて、拓斗君といつもの練習場所に向かった。拓斗君は私が来たときには到着していて、私は拓斗君にアリサちゃんが言っていたことが本当か聞こうとしたけど、拓斗君の顔を見ると質問することができなった。本当だと言われることが怖くなったからだ。

 

 結局、練習も集中できずに拓斗君に止められる。拓斗君はそんな私を心配したみたいで、私に質問してきた。拓斗君のせいで集中できてないのに、原因である拓斗君に質問されてしまったので、私は拓斗君に覚悟を決めてアリサちゃんの言っていたことが本当か聞いてみた。嘘であってほしいと願いながら…。

 

「本当だよ。俺は自分のいた世界に帰るためにジュエルシードを集めていた」

 

 拓斗君がそう言ったとき、私は膝から崩れ落ちそうになった。友達なのに、このことを拓斗君が私に言ってくれなかったことに、そして拓斗君が自分のためにジュエルシードを集めていたということに裏切られたという気持ちで一杯になった。

 

「嫌いになった? 誰かのためというわけじゃなく、自分のためにジュエルシードを集めてた俺に?」

 

 拓斗君はそんな私にそう質問をしてくる。私はそれに答えを返せなかった。裏切られたという気持ちになったのは事実で、隠し事をされたことが物凄く嫌だった。拓斗君が信じられなくなってしまいそうになる自分がいた。

 

「拓斗君の馬鹿っ!!」

 

 私は拓斗君に怒鳴って、近くにあったものを投げつけるとその場から駆け出した。今はこの場にいるのが嫌だった。心の中がぐちゃぐちゃして、拓斗君のことが嫌いになってしまいそうで、拓斗君の傍にはいたくなくて、少し考える時間が欲しかった。

 

 

 

 

「拓斗君の馬鹿っ!!」

 

 なのははそう言ってユーノを俺に投げつけると、走って俺から離れていく。俺はなのはを追いかけることはできず、そのまま地面に座り込んでユーノの心配をした。

 

「ユーノ、大丈夫か?」

 

「う、うん。大丈夫だよ」

 

 フェレット姿のユーノがよろよろと起き上がる。

 

「ユーノはどう思った? さっきの話しを聞いて」

 

 俺はユーノに質問した。ジュエルシード探索の当事者であった彼はなのはよりもある意味ショックを受けたはずだ。

 

「ジュエルシードに関しては今更だよね。もう解決しているし、そうでなくてもプレシア・テスタロッサのこととか、色々あったから…」

 

「怒ってないのか?」

 

「ショックはショックだけどね。君達が管理局相手に交渉したときの方がショックは大きかったし、本当今更だよ。それにジュエルシードのことは事故だし、被害が出る前に対処してもらったことは感謝してるから…」

 

 あの時僕は何もできなかったしね、とユーノは冷静にそう言ってくる。その優しさが今は嬉しく、そして辛かった。

 

「なのはのこと、大丈夫なの?」

 

 自分だってショックを受けているのにユーノは俺のことを心配してくれる。

 

「どうだろう、あの感じだと嫌われただろうし、もう今まで通りにはならないかな?」

 

 なのはの表情を思い出す。間違いなくショックを受けていて、そして俺から走って離れていったことを考えると間違いなく嫌われただろう。

 自分がそういうことをやったという自覚があるが、親しい人間から嫌われるようになるというのはショックが大きい。

 

「拓斗…」

 

 ユーノが心配そうに俺の名前を呼ぶ。大丈夫だとユーノに伝えようとしたとき、頬に何かが当たった感触を感じる。

 

「あっ、雨」

 

 ポツリポツリと雨が降ってくる。今日は晴れると天気予報で言っていたので傘は用意していなかった。

 

「ユーノ、ありがとう。また今度ね」

 

 俺はそう言ってユーノと別れる。雨が次第に強くなり、体が濡れていくが急いで帰る気にも、どこかで雨宿りする気にもならなかった。

 

「あれっ拓斗君?」

 

 ずぶ濡れになりながら歩いていると途中で声を掛けられる。そちらの方を向くと、そこにははやてがいた。彼女の周りには金色の髪の女性と、桃色の髪の女性がいる。おそらくシグナムとシャマルだろう。

 

「はやてか」

 

「はやてか、やないよ。ずぶ濡れやんっ、シグナム傘を差してあげてっ」

 

「はい、主はやて」

 

 はやての言葉を聞いてかシグナムが傘を俺の頭の上に持ってきてくれる。それによって雨が防がれるが、俺の服は既にびっしょりと濡れていた。

 

「早く私の家にっ、このままやと風邪引いてまうっ!!」

 

 俺ははやてにそのまま彼女の家へと連れられてしまう。断ろうと思ったが、よく考えればはやての家に行く良い機会だ。断るのはもったいない。

 

 ——こんなことばかり考えてるから、なのはにも嫌われるんだろうな

 

 先ほど俺から離れていった少女の姿を思い出し、自嘲してしまう。はやての心配も、こちらには打算的に利用することばかり考えてしまう自分が悲しくなる。

 そんな俺のことなど知らないはやては純粋に俺を心配して、自分の家へと俺を連れて行った。

 

 

 

 

 

 私は拓斗君から走って離れていったあと、そのまま自分の家へと戻ると部屋に入り、ベッドに寝転がる。

 

「拓斗君、どうしてっ」

 

 拓斗君へと感情を吐き出すようにシーツを強く握り締める。目からは涙が溢れていた。

 

 ——どうして黙ってたの? どうして言ってくれなかったの?

 

 自分に言ってくれなかったこと、それは本当に辛かった。友達の筈なのに、ジュエルシードを集めていたことも、元いた世界に帰ろうとしていたことも教えてくれなった。その事が私の心に突き刺さる。

 誰にも言えないことが一つや二つあることはわかる。でも、こんな大事なことは言って欲しかった。言ってくれると思っていた。

 

「なのは、どうしたの?」

 

 私が部屋の中で泣いているとドアがノックされ、お母さんの声が聞こえる。何でもないよと言おうと思ったがそれよりも先にお母さんが部屋の中に入ってきた。

 

「お母さん…」

 

「どうしたのなのは? 目が真っ赤よ」

 

 お母さんは私の顔を見て、心配してくれる。私は今のこの気持ちを吐き出すようにお母さんに拓斗君のことを全て話した。

 

「そう、拓斗君が…」

 

 お母さんは私の話を聞くと、少し戸惑ったような表情を浮かべる。お母さんもこのことを知らなかったみたいで、話しを聞いて驚いていた。

 

「なのはは拓斗君のことを聞いてどう思ったの?」

 

「…悲しかった、苦しかった。今まで秘密にされてたのが嫌だったの」

 

 私はお母さんに自分の感じたことを素直に話す。お母さんに話したお陰か少し落ち着いてきた。

 

「拓斗君にそれをちゃんと伝えた?」

 

「ううん」

 

「拓斗君にもね、きっと色々な事情があると思うの。だからちゃんと伝えて、ちゃんと聞いてきなさい」

 

 お母さんはそう言って私の頭を撫でる。お母さんの言うように私は拓斗君からまだお話を聞いていない。拓斗君の事情も拓斗君のことも、拓斗君のことを知っているようで何も知らなかった。

 

「うん、ちゃんと拓斗君とお話ししてくる」

 

「しっかりと話してきなさいね」

 

 お母さんはそう言って私の部屋から出て行く。拓斗君に色々思うことはある。でもちゃんと拓斗君からお話しを聞かせて貰おうと思った。

 



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39話目 八神家

 シャーという音と共に俺の頭に温水が降り注ぐ。俺はそれを受け止めながら、今どうするべきなのかを考えていた。

 八神邸へと連れて来られた俺は雨で濡れた体を温めるためにはやてからシャワーを浴びるように言われ、シャワーを借りていた。それ自体ありがたいことではあったのだが、問題はここが八神家であるということだ。

 闇の書を確認するためにここに来ることは必須条件だったとはいえ、今回のことは唐突過ぎた。ここにはヴォルケンリッター、そしておそらくではあるがグレアムの使い魔も存在する。下手な行動は取れないし、かと言ってこのチャンスを逃すわけにはいかない。ここを逃せば、次にここに来るのはいつになるかわからず、もしかしたらその時にはヴォルケン達とも敵対しているかもしれない。

 

 ――本当、厄介なのかどうなのか…

 

 自業自得とはいえ、なのはのことがあって、ショックを受けていた状態でこの状況、急すぎる展開には正直戸惑いを隠せなかった。

 本来、八神邸に来るのはもう少し後の予定であった。来る前に和也と連絡を取って、お互いの足並みをそろえるつもりだったのだが、それは叶わなかった。

 

「拓斗く~ん、タオルと着替え、ここに置いとくよ~」

 

「うん、ありがとう」

 

 はやての声が風呂場の外から聞こえる。俺はそれに返事をすると彼女が出て行ったのを確認し、風呂場から出る。そして、タオルで体を拭くとはやての用意してくれた着替えに目を向ける。そこにあったのは大人用の衣類だ。はやての父親のものか、それともザフィーラのものかはわからないが、それに着替えると裾を捲くりサイズを合わせる。そして、はやて達の待つリビングへと向かった。

 

「はやて、シャワーありがとう」

 

「ええよ、困ったときはお互い様や」

 

 リビングに入った俺はまずはやてにお礼を言う。はやては夕食を作っていたのか、台所で調理しながら俺のお礼に返事してくれた。

 

 ――この家に一人暮らしだったんだよな…

 

 八神邸に来てから思ったことであるが、両親が死んだ後、はやてはここで一人で生活していたのだ。しかも車椅子の状態で…。掃除、洗濯、料理、家事の全てをわずか八歳の少女が一人でやっていたことになる。もしかしたらハウスキーパーなどを雇っていたのかもしれないが、それでも毎日ということはないだろう。それははやての調理の手際を見てもわかる。

 両親を亡くしてから一人でこの家で暮らしていて、家事もやらないといけなくて、それは苦労などという言葉では表せないはずだ。彼女はまだ子供で寂しかったはずだし、辛かったはずで、誰かに甘えたかったはずだ。それを感じるとなんともいえない気持ちになる。

 

「なに突っ立ったままでいるんだ、座れ」

 

「ん、ああ、ゴメン」

 

 俺がはやての方を見て、物思いに耽っていると少女が声を掛けてくる。今の俺よりも幼い容姿、それだけで彼女が誰なのか簡単に理解できる。

 鉄槌の騎士ヴィータ、見た目と口調で幼い印象が拭えないが、戦闘という面ではかなりの強者であり、俺も正直まともに戦える自信がない。

 

「烏丸拓斗、はやての友達です、よろしく」

 

 俺はとりあえず、ヴォルケンのメンバーに自己紹介することにした。少なくとも彼女達と友好関係を結ぶに越したことはない。

 こちらが名乗ると、リビングで調理をしているシャマル以外がこちらに集まってくる。

 

「ヴィータだ」

 

「私はシグナムだ、こっちはザフィーラ」

 

 桃色の髪をポニーテールにした女性と大型犬が挨拶をしてくる。烈火の将、剣の騎士シグナムと盾の守護獣ザフィーラ、ヴォルケン達のリーダーであるシグナム、そして今は犬であるが、人の形態も取れるザフィーラ。どちらも流石はヴォルケンリッターというべき風格が漂っている。まぁザフィーラは犬であるが…。

 

「皆さんははやてとはどういった関係で?」

 

「遠い親戚になる。ある…彼女が一人暮らしをしていると聞いてな。そのサポートのためにこちらに来たのだ」

 

 俺の質問にシグナムが答える。なるほどある程度の設定付けはちゃんとしているらしい。まぁ、明らかに外国人である彼女たちが周囲と波風立てないようにするためには一番の方法だろう。

 それに彼女たちが女性ということも大きいだろう。唯一の男性であるザフィーラは犬だし、周囲の人間も外国人とはいえ女性でしかも流暢に日本語が話しているので、少し警戒心が解けるのだろう。

 正直、突っ込みたいところはあるが、問題があるわけではないのでスルーしておこう。ただ、問題なのは…

 

『一つ、聞きたいことがある。お前は魔導師か?』

 

 こういうことがあるということだ。念話でシグナムから質問されたことに少なくとも動揺するそぶりは見せない。しかし、この行動が失敗だったとすぐに気づかされる。

 

『なるほど魔導師か…』

 

「ッ!!」

 

 あっさりとシグナムに自分が魔導師であることが気づかれてしまったことに動揺してしまう。なぜ、と頭の中で色々考えるが良く考えてみれば当然であった。

 

 ――念話は魔法の才能があれば聞こえる

 

 俺はそのことを失念していた。アニメでのなのはがそうだった。念話は才能さえあれば聞こえてしまう。そして、俺が魔力を持っていることは彼女達に既に知られていた。俺は魔力を隠しているわけではなかったし、これほど近ければ魔力の有無ぐらい気づく。

 つまり、念話が受信できることを彼女達はわかっているわけだ。そして、その状態で俺に魔導師かと質問する。これで俺が魔力を持っただけの一般人であれば、念話に対しての反応をしただろうが、俺は全く反応しなかった。だからこそ彼女達は俺が魔導師であることを確信してしまった。

 自分の失態に思わず舌打ちしてしまう。これでは明らかに彼女達に警戒心を持たせるだけだ。

 

『そうだ、俺は魔導師だよ』

 

 しかしこのような事態になってしまった以上、素直に認めるしかない。願わくば、この念話が猫に聞かれないように祈るだけだ。

 

「ッ!!」

 

 俺が認めたことで今度は彼女たちから敵意が見える。彼女達の役目は守護だ。自分達の主の害となるものに警戒するのは当然だった。

 

「しかし、君はこんな雨の中どうしてずぶ濡れになりながら帰っていたんだ?」

『魔導師が何のようだ?』

 

 はやてに気づかれないようにするためか表では普通の質問だが、念話では明らかに警戒の様子がわかる。いや、表情だけ見ても明らかに警戒しているのが見て取れた。

 

「あはは、ちょっと事情がありまして」

 

 どちらの質問にも返せる答えを返す。彼女達は警戒しているが、彼女達魔導師がこの世界にいるのだって普通であれば警戒されることであることを彼女達は気づいているのだろうか? まぁ気づいてはいないだろうが…。俺も人のことは言えないが、これが管理局であった場合問題となるのは彼女たちの方なのだ。

 

「ちょっと雨に打たれたくなっただけです」

『少しは冷静になったらどうだ? 少なくともこちらに敵意はないぞ』

 

「そうか、まぁそんな気分のときもあるだろうが、体調には気をつけたほうが良い」

『お前のような怪しい奴を警戒するなと? 寝言は寝て言え』

 

「そうですね、これからは気をつけます」

『それはお前たちにも言えるだろう。管理外世界に現れた魔導師、そいつらを怪しまないわけにはいかない』

 

 表面上はお互いに取り繕っているが、念話では険悪なムードが漂っている。

 

『管理外世界…お前は管理局の人間か?』

 

『正確に言うと違う。まぁ知り合いは何人かいるけどな』

 

 こんなことを言ってしまえば余計に警戒を深めるだけだろうが、どうせ彼女達も感づいていることだ。ならば隠すことに何の意味も持たない。

 

「拓斗君、夕飯どうするん? なんやったら家で食べていかへん?」

 

「いいの? じゃあお言葉に甘えようかな」

 

 はやてに夕飯に誘われ、内心で喜ぶ。今、帰ることになると無駄に相手の警戒を深めただけなので、残っておきたかった。

 携帯を取り出して、忍にはやての家で夕飯をご馳走になるとメールを打つ。個人名まで出したことで忍はこちらの状況に気がついてくれるはずだ。

 連絡するときに向こうは警戒していたようだが、はやてがいるため行動することはできないし、メールの内容を見てもこちらの意図を理解することはできないだろう。

 

 そうこうしている内にテーブルに料理が運ばれる。調理のほとんどをはやてがしたのだろうが、少なくとも並んでいる料理は小学生が作ったとは思えないほどの出来だ。

 

「むちゃくちゃ美味しそう。これ、はやてが作ったんだろう。ホント、凄いな」

 

「私だけやないよ、そっちのサラダはシャマルが作ったのやし」

 

 はやてに言われ、サラダに目を向けてみると、少しカットが雑なサラダがあった。とはいえサラダなんて野菜を切るだけだし、見たところドレッシングも市販のものだからたいした労力もないだろう。

 

「あ、烏丸拓斗です。確か図書館ではやてを迎えに来た人ですよね?」

 

「はい、シャマルといいます。よろしく拓斗君」

 

 シャマルは笑顔をこっちに向けているものの心の内が読めない。まぁ、先ほどの念話を聞いていたのであれば、間違いなく警戒はしているだろうが…。

 とはいえ、食事の最中に険悪な空気を漂わせるつもりもないらしく、夕食自体は終始和やかに進んでいった。これもはやてが気を使ってくれたり、はやての料理が美味しかったりと全部はやてのお陰なのだが…。

 

 食事を終えた俺達はまた食事前のように警戒した状態であった。正直言うと少々面倒な状態だ。そんな中、俺の携帯にメールが入る。俺はそれを確認すると覚悟を決める。

 

「はやて、はやては魔法を信じる?」

 

「えっ?」

 

「「「なっ!?」」」

 

 いきなりの俺の言葉にはやては戸惑いの言葉を上げ、ヴォルケン達は動揺する。ヴォルケン達もまさか俺がはやてを巻き込むとは思ってなかったのだろう。そのつもりであれば、あの時念話など使わずにそのまま話したはずだからだ。それに彼女達はいざとなればはやては無関係だとすることができただろう。しかし、今、俺の言葉によってはやてを巻き込んだ状況が生まれてしまった。これによって、はやてが魔法を知らないということはできなくなったのだ。

 とはいってもヴォルケン達が逃げようとも、はやては魔力を保有しているので、それを盾に話を進めることもできるので彼女たちの行動は無駄なわけだが…。

 

「うん…知っとるよ」

 

「そう、なら本題に入らせてもらうけど、はやて、自分の足を治したくないか?」

 

 俺は単刀直入にはやてに質問する。ヴォルケン達を説得するよりも彼女からいった方が遥かに早く、そして楽だ。

 

「え? 私の足、治るん…?」

 

 はやては何かに縋るような表情を浮かべる。ここで懐疑的にならないのはまだ彼女が幼いからか、それとも俺のことを信じてくれているからだろうか。

 

「治るよ。色々準備が必要だし、リハビリもしなきゃいけないけど、はやての足はちゃんと治る」

 

 俺はもう一度、はやてに彼女の足が治るということを伝える。それに対して、今まで黙っていたヴォルケン達が口を挟んできた。

 

「それは、本当なのか?」

 

「ああ、まぁ、さっきも言ったように準備が必要だし、お前達の協力も必要だろうがな」

 

 俺の言葉に初めてヴォルケン達がその険悪な雰囲気を解いた。やはり彼女達にとって最優先すべきは主であるはやての幸せなのだろう。

 

「そうだな、まずはどこから説明しようかな」

 

 そうして俺ははやてに彼女に関わるすべてのことを話すことにした。

 

「はやては闇の書という本を知ってるか?」

 

「闇の書? それって…」

 

「はやての持っているもので、彼女達の大本になるものだ」

 

 はやては闇の書についてヴォルケン達から名前ぐらいは聞かされていたのだろう。ヴォルケン達に目を向ける。そのヴォルケン達の表情は驚愕に染まっていた。

 

「貴様、なぜそのことを知っているっ?」

 

「今はそれは重要じゃないから黙ってろ。簡単に言うとその闇の書がはやての足の原因だ」

 

 俺は完結にはやてに彼女の足が不自由な理由を説明する。

 

「闇の書、正式名称は夜天の書。しかし、その本は現在、壊れていて多くの不幸を呼び起こしてきた」

 

 口で説明しても否定されるだけなので、俺は管理局から引っ張り出してきた。前回の闇の書が起こした事件の映像データを彼女達に見せる。そして、歴代の主の顛末を、闇の書がどういったものなのかを彼女達に説明していった。…そして、俺の目的が闇の書の修復にあるということも。

 

 ヴォルケン達も始めは闇の書が破損していることを認めなかった。当然ながら自分たちが壊れているなんて思いもしなかっただろうし、彼女達は歴代の主の終わりを全く知らない。だから実際データとして残っているものを見せた。最終的にはこのままだとはやてが死ぬぞという俺の一言によって強引に納得してもらった。

 

「なぁ、拓斗君。拓斗君が私の友達になってくれたんって、もしかしてこれがあったからなん?」

 

 闇の書について説明した後、はやてが質問してくる。その表情に浮かんでいるのは怯えであった。俺が闇の書を目的にはやての友達になった、そう思っているのだろう。

 

「そう、だね。それは間違いじゃない」

 

「そう、なんや」

 

 俺の言葉にはやては落ち込んだ表情を見せる。その瞳には涙が滲んでいた。

 

「はやては友達だよ。最初はこういう事情があったけど、でも大切な友達だよ」

 

 そうはやては大事な友達だ。図書館で出会って友達になったあの時から…。確かに和也に言われなければ、図書館でわざわざ彼女を探すこともなかっただろう。でもこうして出会って、親しくなった。

 

「だから助けたいんだ」

 

 はやての不幸も、本来起こるはずであったリインフォースとの別れも何とかしてあげたい。それが俺が彼女の友人としてできることだと思うから…。



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40話目 行動開始

「だから助けたいんだ」

 

 拓斗君は真っ直ぐ私を見て、そう言ってくれる。その表情は真剣で本当にそう思ってくれとるんやって伝わってきて、私はそれが嬉しくて目から涙が溢れてきた。

 

「はやて…」

 

「ゴメン、私、嬉しくて…」

 

 車椅子で生活していた私は人の優しさも、そして冷たさも知っとった。車椅子姿のの私を見て、手を差し伸べてくれる人もおった。でもそのほとんどが小さな私が車椅子で生活しているということに対しての同情というのも、その人達を見て伝わってきた。

 それでもそうやって手を差し伸べてくれる人はごく少数で、大半の人は私のことに気づいても見てみぬフリをする。自分がしなくても誰かがしてくれる、わざわざ付き合ってやる義務もない、まるでそう言わんばかりに私の存在を無視する。

 そういった人達の気持ちもわからなくはない。確かに面倒なのは誰だって嫌やし、できることなら他人に押し付けたい。でも、そうであっても手を差し伸べて欲しいのが私の本音やった。

 

 だから拓斗君の言葉は嬉しかった。自分のことを助けたいって素直に言ってくれる人なんて居らんかったから。

 

「はやて、早速で悪いけど闇の書を見せてもらえないか?」

 

「ええよ、シグナム、ゴメンやけど…」

 

「ええ、主はやて。闇の書をこちらに持ってくれば良いのですね」

 

 拓斗君のお願いに私はシグナムに闇の書を持ってきてもらうようにお願いした。闇の書は私の部屋にあるから、流石に男の子である拓斗君を自分の部屋に入れるのは恥ずかしい。

 

「お待たせしました、主はやて」

 

「ありがとうシグナム。そのまま拓斗君に渡したって」

 

 私がそう言うとシグナムは少し躊躇いながらも拓斗君に闇の書を手渡してくれる。躊躇ったのは多分、拓斗君のことを警戒してるからやろう。私は拓斗君のことを信用できるけど、シャマル以外の皆は今日が初対面やし、シャマルも直接話したのは今日が初めてや。

 

「これが闇の書か…」

 

 シグナムから闇の書を受け取った拓斗君は一度闇の書に手をかざすような動作をする。そのまま、数秒が経過すると闇の書を私に返してきた。

 

「はやて、はやては闇の書のことを聞いてどう思った?」

 

 拓斗君が私にそう質問してくる。私は拓斗君から返された闇の書を膝の上に置くと今日、拓斗君から話された闇の書のことについてを思い出す。

 

 私の足が動かへん原因がこれにあるって聞いて、正直複雑やった。子供の頃から足が動かないことで苦労したし、そのせいでまともに学校にも通えんくて、友達も居らんかった。それにたまにある激痛もあって、どうして自分がこんな目に遭うんかと泣いたときもある。

 両親が死んでから、一人で暮らすことになったときも生活するのに苦労した。高いところに手が届かない。お風呂やトイレにも苦労する。外を出歩くのだって難しい。そんな毎日が嫌やった。

 

 でも…

 

 それでも、皆が現れてから、私の生活は一変した。困ったときに手を差し伸べてくれる人がいる。一緒に暮らしている家族がいる。それだけで私は幸せを感じられた。

 

 だから拓斗君から闇の書が起こした事件を聞いたときはショックやった。シグナム達が今までこんなことを起こしてきたということを知って複雑な気分になった。

 そして、闇の書の主の結末。今までの闇の書の主が全員死んでいることを聞いて、私は怖くなった。発作のようなものも最近では感覚が短くなってきた気がするし、このままやと自分も死んでしまうんかと思って、明確に自分が死ぬことを想像してしまい本当に怖くなった。

 

 ――死にたくない。せっかく家族ができて、友達もできて、今幸せなんや。だから私は生きていたい

 

「闇の書のこと、聞いたときはショックやった。確かにこの子らのやったことは許されへんかもしれん、でも直せるんやろ、やったら直してほしい」

 

 今まで闇の書の起こした事件、それは確かに問題で許されることやない。でも今の主は私や。私が主でいる限り、そんなことは起こさせへん。それに…

 

「拓斗君がなおしてくれるんやろ? 私の足も、闇の書も」

 

 拓斗君は私を助けてくれるといってくれた。闇の書を直してくれる。私の足も治してくれる。だったら私は拓斗君を信じればいい。

 

「ああ、絶対に治すよ。だから、安心して」

 

 拓斗君はそう言って私の頭を撫でてくれる。今日、拓斗君を見つけたときは弱々しい様子だったのに、今は別人のように頼れる存在だ。だから、私はこの人に私の未来を賭けることにした。

 

 

 

 

「じゃあ、今日は帰るね。はやて、シャワーありがとうね」

 

 話が終わり、俺は八神邸から帰るため、はやてにお礼を言う。

 

「ううん、こっちこそありがとうや。色々、教えてくれて」

 

 はやては逆に俺にお礼を言ってくる。

 闇の書のことを聞いて、はやてだってショックを受けているはずなのにこうやって俺にお礼を言える彼女は本当に強いと思う。

 

「まだ、これからだよ。じゃあ、また連絡するから」

 

「うん、またな」

 

 はやてに別れを告げ、俺は月村邸へと戻る。しかし、その前にするべきことがあった。

 

『お前達を狙っている奴がいるから気をつけろ』

 

 俺はヴォルケン達に念話を送る。もしもの事態に備え、はやての近くにいる彼女達には警戒してもらう必要が遭った。

 

『どういうことだ?』

 

『既にお前達の存在に気づいている奴がいる。そいつは闇の書をはやてごと凍結封印しようとしている奴だ』

 

『わかった、気をつけよう』

 

 念話で簡単な情報をヴォルケン達に伝える。その人間が管理局の人間だということは伝えない。そうすれば管理局に対し不信感が湧き、協力を難しくすると考えたからだ。それに後見人のことを言うのも躊躇われた。これがはやてに伝われば、かなりのショックを受けることになる。会った事はないとはいえ、自分のことを支援してくれた人が自分を狙っているなど、できれば聞きたくないだろう。

 

 俺は彼女達に注意を促すと、セットアップしバリアジャケットを装着する。できれば早く帰りたいし、服も乾いてないので、こちらの方が色々楽だ。

 

 そしてそのまま空を飛んで月村邸へと戻った。はやての家で闇の書を見せてもらったときに闇の書の画像は取った。そして、すぐに和也にそのデータを転送している。管理局の方は和也に任せるしかないので、俺の役目はひとまず終わることになる。ただ、はやてを助けると言った手前、何も動かないのはもどかしく感じる。

 

「お帰りなさい、拓斗君」

 

「ただいまファリン、忍はどこにいる?」

 

 月村邸へ戻るとファリンが出迎えてくれた。そのファリンに俺は忍の居場所を聞く。今後の打ち合わせのためだ。

 

「忍お嬢様なら、先ほどお姉さまと一緒にどこかへ出かけていきましたよ」

 

「どこへ行ったか聞いてる?」

 

「いえ、慌てて用意していましたから。ただ、交渉がどうとか言ってましたけど…」

 

 どうやら忍はどこかに出かけたらしい。交渉はおそらくそのままの意味だろうから、問題は何のために交渉に言ったかだ。

 月村家の当主である忍は大学生になったばかりとはいえ、まだ忙しい身だ。月村は大きな企業を持っているし、それ以外にも夜の一族のこともある。ただ、今回はそれ関係のものとは違う可能性もある。それは闇の書が理由だ。

 忍は管理局と交渉してデバイスや機械等を手に入れた。それと同時に管理局との繋がりも得た。そして今回、俺が闇の書事件に関わることを知って、彼女も色々動いているはずだ。

 そして今回はタイミングが良すぎた。俺が八神邸に行ったその日に忍はどこかに交渉に行ったのだ。偶然と思うよりも闇の書のことで交渉に行ったと考えるべきだろう。問題は誰のところに行ったかだ。

 慌てて出て行ったということは、緊急を要するということ。闇の書関係で急いで彼女を動かせるとすれば、俺が知る限りでは一人しかいない。

 

「和也…」

 

 現在、闇の書を知っていて、俺達と繋がりが深い人物。そして俺のことを良く知っていて、忍が情報を手に入れられる人物となると彼しか考えられない。もしかしたらリンディさん達の可能性もあるが、和也であるとなんとなく確信できる。

 

 ――任せるしかないか…

 

 今はまだ、どうすることもできない自分が悔しくて堪らなかった。

 

 

 

 

「シグナム、それでどうするんだ?」

 

 烏丸が帰った後、ヴィータが私に聞いてくる。現在、主はやてはシャマルと共に入浴しているので、私達もこうやって話すことができる。

 

「どうすると言われてもな、私達は主はやての望みを叶えるだけだ」

 

「でもよ~、アイツ信用できるのか?」

 

 ヴィータは烏丸のことを警戒しているらしい。そういう私も烏丸のことは警戒していた。いきなり現れ、主の足を治すと言われても、すぐに信用するわけにはいかない。しかしながら、奴は私達の知らないことを知っていた。

 

「奴は我々の知らない今までの闇の書の結末の情報をくれた」

 

 私達には今までの闇の書の結末がどうなったのかという記憶が存在しない。その前に私達が消滅していたからだ。だから烏丸から貰った情報が私達の持つ唯一の情報となる。

 

「それに奴は主を助けると言ったのだ。主もそれを望んでいる以上、我々はそれに従うほかない」

 

 我々が望むのは主はやての幸せだ。主が望むであればそれを全力で叶える決意はできている。

 主はやては私達に平穏を与えてくれた。歴代の主達とは違い、私達を道具として扱わず、個人として見てくれたのだ。それは今まで道具として扱われていた私達にとってとても新鮮で、この生活はかけがえないものになっていた。

 だから、今の生活を与えてくれた主はやてのためにも私たちは主の願いを叶える必要があるのだ。

 

「もし奴が敵であるというのなら、私達が主はやてを守ればいい」

 

 私達は守護騎士だ。主を守るための存在だ。主はやての害となるのであれば、その全てから主を守り、敵を打ち倒せばいい。

 

「そうだな。あたしらがはやてを守ればいいんだ」

 

 ヴィータは納得してくれる。そう、私達は主の幸せを願い、守っていけばいい。

 

 それが私達守護騎士の役目なのだから…。

 

 

 

 

 

 時間を少し遡って、拓斗が八神邸に来た頃、その様子を見て焦っている存在がいた。

 

 ――マズイ、奴が八神邸に入った。このままだとアレのことが気づかれる。

 

 その存在は傍からは普通の猫にしか見えないが、人と同じほどの知能を備え、さらには普通の人間では敵わないほどの戦闘能力を保有していた。なぜなら、その存在は使い魔と呼ばれる存在だからだ。

 その使い魔、リーゼアリアは焦っていた。なぜなら、自分達の計画が狂う可能性が出てきたからだ。

 彼女とその妹であるリーゼロッテ、そして彼女達の主であるギル・グレアムはとあることを計画していた。それは闇の書の凍結封印だ。

 闇の書の主ごと凍結し封印することで闇の書の不幸の連鎖を押さえる計画だ。

 この計画が立案されたのは11年前の話だ。11年前に起こった闇の書事件、その事件で一人の男性が亡くなった。彼の名をクライド・ハラオウン。リンディ・ハラオウンの夫でクロノ・ハラオウンの父である人物だ。そして彼女の主ギル・グレアムの部下であった。

 

 クライドはその時、自分が指揮していた艦の制御を奪われ、やむなく沈められた艦と運命を共にした。 その破壊を命じたのがグレアムである。そしてグレアムはそのことを非常に悔いており、闇の書に対する復讐を決めた。

 最初は闇の書の完全破壊を目的に計画は進んでいたが、すぐに不可能であることに気づき頓挫、仕方なく計画は修正され、凍結封印を目指すことになった。そして、その計画の途中、今代の闇の書の主である八神はやてを見つけたのだ。しかし、まだ凍結封印の準備ができておらず、その準備が済むまでは計画を実行するわけにはいかなかった。

 そんな時にとある事件が起きた。彼女達の目的である八神はやてのいる世界、第97管理外世界『地球』で起きたPT事件。それは彼女達を焦らせた。その事件のときに地球に落ちたロストロギア『ジュエルシード』、それはたった一つでもかなりの被害を撒き散らすものであった。幸い現地にいた民間魔導師のお陰で被害はなかったが、もし八神はやてに被害が及びそうになれば自分達が動かなければならず、それは自分達の計画の露見を意味した。

 この計画を進める上で彼女達はかなりの違法を行っている。それは法と秩序の番人たる管理局の人間として許されない行為だった。

 

 そして最近その事件の解決に一役買った民間魔導師が彼女達の目的である八神はやてと接触してしまった。その事実は彼女達を余計に焦らせた。魔導師が闇の書の主に接触する。それは闇の書のことが管理局に伝わるかも知れないということだ。それでは彼女達の計画が崩れてしまう。

 

 ――早くお父様に知らせないと

 

 リーゼアリアは急いで自分の主に報告へと向かう。自分達の計画に狂いが生じたことを伝えるために…。しかし、彼女達は気づかない。もう既に八神はやてと接触した民間魔導師が闇の書のことに気づいていることに、そして彼の友である管理局の人間が自分達の計画を見抜いていることを。さらには彼らが自分達が凍結封印しようとしている闇の書とその主を救おうとしていることを…。

 

 まだ彼女達は知らなかった。



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40話目(裏) 忍編 

ブログにて最新話を投稿しました。




 

 

「お待たせいたしました、月村忍さん…」

 

 今、私の目の前には修道服を着た長い金色の髪の少女がいる。年齢は自分よりも若く、いや幼く見える。まだ中学生ぐらいにしか見えない。

 

「今回の件の責任者となりましたカリム・グラシアと申します。よろしくお願いしますね」

 

 その少女、カリム・グラシアはにっこりと微笑みながら、私に自分の名前を名乗った。

 そう、今私が来ているのはミッドチルダのベルカ自治区と呼ばれる場所にある聖王教会であった。なぜ、私がここに来ることになったかというと、それは私が拓斗から連絡を受けたときに遡る。

 

 

 

 

『今日は八神邸で夕食をご馳走になるから』

 

 私はいつも通りにリンディさんから送られてきた機材を使って向こうの世界の技術などを研究していると、いきなり拓斗からこんなメールが届いた。

 拓斗が誰かの家でご馳走になるなんて珍しいと思いながら、あることに気づき、その文章をもう一度読み返す。

 

「八神邸って…」

 

 八神…その苗字には聞き覚えがあった。確か、拓斗が言っていた次の事件の主要人物の苗字だ。そして、その子は拓斗とすずかの友達であることも既に聞いている。

 

「って、なにやってんのよっ、あの子はっ!!」

 

 八神邸にはヴォルケンリッターという主を守る存在やさらには監視があることも既に知っている。それなのに事前に連絡もなく、こうやって八神邸へと行っている拓斗に対して私は怒鳴り声を上げた。

 

 ――いえ、どちらかというと不測の事態と考えた方が良いのかしら?

 

 拓斗達がやろうとしていることは既に聞いている。その計画の詳細もだ。その計画の中にこういった状況はかかれていなかった以上、これは予測してなかった事態が起きたと考えるのが妥当だろう。何故なら、計画では八神邸に行く前には事前に和也に連絡することになっていたはずなのだから。

 

「そう考えると、先にあっちに連絡した方が良さそうね」

 

 少なくともこの状況のことを和也には知らせておかないといけないので、私は通信端末を操作すると和也に連絡を繋げる。

 

『はい、こちら薙原って…月村忍?』

 

 和也は私の顔を見て、驚いた表情を見せるが無理もない。いつも私が彼に連絡する時間はもっと夜遅い時間なのだ。

 

「ハ~イ、和也。緊急だから、用件だけ言うわね。拓斗があの子の家に行ったわ…」

 

 和也が連絡に出ると、私は手短に今の状況だけ教える。すると彼の表情はすぐに驚きで満ちた。

 

『マジかよっ! クッソ、となると時間との勝負になるか…』

 

 私からの報告を受けた和也は始めは驚いていたが、すぐに慌てて誰かと連絡と取り出した。声を掛けようかと思ったが、あまりの剣幕に憚られる。そして誰かと連絡を取り終えた彼は、私に向かってこう言った。

 

『力を貸してもらうぞ、月村忍っ』

 

「何をすればいいの?」

 

 和也の焦り具合からも、かなり追い込まれている状況であることは理解できる。そして、彼はこう言った『時間との勝負になる』と、ということは悠長にしている暇などない。

 

『交渉だ…聖王教会とのな』

 

 和也はそう言うと、私に交渉のための準備を急がせる。私はすぐにノエルを呼ぶと、メイクと着替え急いで済ませた。

 

「和也、準備できたわよ」

 

『わかった。それじゃあ、少し待ってくれ』

 

 和也がそう言ってすぐに私の部屋の真ん中に魔方陣が展開される。これは確か転移魔法陣だ。そして、その魔方陣から和也が現れた。

 

「悪いな、すぐに行くぞ」

 

「ちょっと待って。ノエルっ、貴女も来なさい」

 

 私は急いで転移しようとする和也と待たせ、ノエルについて来るように言う。

 

「私もですか?」

 

「ええ、できるわよね和也?」

 

 私は和也に確認を取る。拓斗から聞いた話であるが転移魔法はかなりの力量を必要とするらしく、人数が多いほど難しくなるらしい。そして、事故もあると聞いている。だからこそ、彼の力量を確認しておく必要がある。

 

「まぁ、3人ぐらいなら問題はないさ」

 

「じゃあ、お願い」

 

「わかった」

 

 和也の手に持った杖から薬莢がいくつか吐き出される。彼のデバイスもカートリッジシステムを搭載しているようだ。これによって、より多くの魔力を扱うことができるようなる。

 そして和也の手によって魔方陣が展開され、私たちは転移する。

 

「…ここは?」

 

 転移された先にはシックなヨーロッパ風の街並みと壮観な建物があった。

 

「ミッドチルダのベルカ自治領だ。ここに今回の目的である聖王教会がある」

 

 和也はそう言って大きな建物へと進む。私達も彼の後を追いつつも周りの景色を眺める。

 

 ――ここがミッドチルダ、魔法がある世界なんだ…

 

 初めてきた異世界に感動を覚える。周りを見ても景観が素晴らしく、どうせならじっくりと観光したいところであるがそういうわけにもいかなかった。

 

「忍、ここの交渉は任せることになるから、これに目を通しておいて」

 

 歩きながら和也はそう言うと私に端末を渡してくれる。すると目の前にモニターが展開され、そこには色々な情報が載せられている。

 

「今回、聖王教会と交渉するための材料と聖王教会と闇の書との関係とかだ」

 

 私はモニターを見てみると、そこには和也の言った通りの情報があった。一部は事前に聞かされていたことで私も知っているが、詳細な情報は知らなかったのでこれはありがたいが一つ気になることがあった。

 

「ここの交渉は?」

 

 そう和也は確かにそう言った。ここの交渉は任せる。つまり、他の場所でも交渉があるということだ。

 

「ああ、ここでの交渉は任せる。正直、時間も人数も足りてないんだ、だから誰かに任せるしかないんだよ」

 

「他に人はいないの?」

 

 私は和也にそう質問する。正直、異世界に来て、私とノエルだけしかいないというのはキツイ。今回だって、和也がいると考えていた。最低でも、誰かをサポートにつけてくれるだろうと。

 

「そんな人材なんていないし、だからアンタを頼ってるんだよ。アンタぐらいしかまともに信頼できるような奴がいないんだ…」

 

 和也は悔しそうに唇を噛み締める。そうだった、この件において信用できる人間は少ない。情報漏えいの可能性から管理局の人間は頼ることができなかっただろうし、だからこそ拓斗に頼り、この場に私を連れてきたのだ。

 

 私達がこの建物の奥まで進むと和也は近くにいた修道士に声を掛ける。

 

「忍、悪いけど。この人についていってくれ、後は任せた」

 

 和也はそう言うとその場を後にして、急いでどこかへと向かっていった。私達がそれを見届けると、修道士は私達を案内して部屋まで連れて行ってくれる。

 

 こうして私達は聖王教会に来た訳だがまさか自分の相手をするのが自分よりさらに年下の少女だとは思いもしなかった。

 

「やはり、驚いてますか? 私のような子供が応対するなんて」

 

「そんなことないわよ。私だってまだ18だけど、そういう経験もあるし」

 

 確かに驚いたが、私からすればそれほど珍しくもなかった。私だって夜の一族の党首として、高校生のころからこういう場に出ることもよくあったし、クロノ君や和也だって、まだ少年ながらも立派に働いているのだ。それがこの世界でも珍しくないことなら、彼女が応対するのもおかしなことではない。

 

「そうですか、ありがとうございます。それで用件ですが、事前に薙原執務官からお伺いしていますが闇の書の件でよろしいのですね?」

 

「ええ、そうよ」

 

 私は彼女の言葉に頷き、和也から借りた端末からデータを出し、彼女に見せた。

 

「先ほど入った情報だけど、闇の書が第97管理外世界で発見されました。それで私達はあなた方に協力をお願いしたいのだけど…」

 

 私達が聖王教会に来た目的は聖王教会の協力を求めることにある。もともと闇の書は夜天の書と言って、この聖王教会にも深く関わっているものであるらしい。詳しいことは知らないが、ここと協力することで問題がスムーズに解決し、拓斗達が無事に済むのであれば私はそれでいい。

 

「詳細をお願いしてもよろしいですか?」

 

 少女、カリムちゃんの言葉に私はまず拓斗や和也がやろうとしている計画についてを話すことにした。

 

「闇の書…もとは夜天の書は聖王教会と関わり深いものだとか?」

 

「ええ、夜天の書は古代ベルカの遺産。とても大切なものです」

 

 この辺りは資料でも確認できたことであるが、やはり間違いないだろう。そもそも守護騎士達が古代ベルカの存在らしいし、関わりはかなり深いと見える。

 

「でしたら、闇の書が起こした悲劇のことも知ってるわよね?」

 

「…ええ」

 

 私の言葉に彼女の顔が暗くなる。確かにいくら貴重で大切なものであろうとも、闇の書が起こした悲劇は相当なものだし、それによって多くの人が犠牲になったのは間違いない。

 

「ですが私達はそれを責めに来た訳じゃないわ。私達が貴女達に頼みたいのは闇の書を夜天の書に戻すための協力よ」

 

「……え?」

 

 私が自分達の目的を伝えるとカリムちゃんは戸惑った様子で声を上げる。確かにいきなり言われても戸惑ってしまうの仕方ない。闇の書は今まで、誰にも止めることができず、どうすることもできなかったものだ。それをどうにかするから協力しろと言われても普通なら戸惑ってしまう。

 

「今、なんとおっしゃいましたか?」

 

「私達は闇の書を夜天の書に戻すつもりなの、だから協力しなさい」

 

 今度は強めの口調で言う。交渉はあくまで強気にしなければならない。そうしないと相手に下に見られてしまうからだ。

 しかし、まだカリムちゃんは返答に渋っている。だから私はさらにカードを晒すことにする。

 

 今代の闇の書の主の情報、そしてギル・グレアムの計画、さらには私達の行おうとしている計画の詳細。特にギル・グレアムの計画のデメリットを詳しく説明し、それがどれだけ無駄なことかをカリムちゃんに教えてあげる。

 カリムちゃんは今の闇の書の主が自分より年下であることに驚き、そしてギル・グレアムのその計画に怒りを露わにした。やはり人道的な側面から見て許されないと感じるらしい。

 

 ――こういうところはまだ子供ね

 

 私はカリムちゃんの反応に内心ほくそ笑んだ。やはりまだ彼女は子供である、こうやって感情を煽ってあげれば簡単に味方につけることができるだろう。

 確かにギル・グレアムの計画は人道的に許せるものではないし、個人的にも嫌いな手段だ。しかし、その一方でそういう計画がでるのも仕方ないと思う自分もいる。

 

 誰かを犠牲にしてもやるべきことはある。今回の件、彼らに見つけられた手段はこれが最良であったのだろう。だから、実行する。確かに私怨も含まれているだろうが、闇の書という巨悪をどうにかするためには仕方のないことだ。

 犠牲よりも大きい利益を見込める場合は犠牲を許容しなければならない。これは組織としてはある意味当然のことだ。今回はその犠牲に私怨が含まれているわけであるが…。組織の一員として、法を司る者として、個人の感情は抑えなければならないが、それ以上の手段を見つけられないのなら、それは仕方のないことなのだろう。…あまり個人的には納得したくないことではあるが…。

 

 そのあたりまだ彼女は甘い。上に立つものとして、責任あるものとして、感情を押さえ込まないといけない場合もある。まぁ、子供に求めるのも酷な話であるが、こういう場に出てきた以上、それは関係ない。

 

「わかりました。私達、聖王教会は全力で貴女方の支援を行います」

 

 カリムちゃんは感情のままに私達への支援と協力を約束する。もちろん彼女達にもある程度のメリットは保障するし、損ばかりさせるつもりはない。彼女達は古代ベルカの貴重な資料である夜天の書を保護することができるし、それに伴い、古代ベルカの騎士である守護騎士達から古代ベルカの術式を手に入れることができる。その上、闇の書事件の解決に手を貸したという名誉なども手に入れられる。

 

「ありがとうございます」

 

 聖王教会からの支援と協力を約束され、私はカリムちゃんに感謝の言葉を述べる。これでこちらは一安心であるが、あくまでこっちは何とかなったというだけだ。

 

「悪いけど、連絡させてね」

 

 私はそう言って連絡する。もちろん相手は和也だ。

 

『もしもし』

 

「もしもし和也、こっちは終わったわよ」

 

『それで?』

 

「ええ、聖王教会からの協力を得ることができたわ」

 

 私は和也に聖王教会の協力が得られるようになったことを報告する。すると和也はホッと息を吐いた。どうやら彼も安心したようだ。

 

『そうか、なら担当者とかわってくれ』

 

「わかったわ、カリムちゃん、和也…薙原執務官が貴女と話ししたいって」

 

 私はカリムちゃんに伝えるとカリムちゃんは少し顔をしかめる。

 

「…カリムちゃんですか?」

 

「あ、ゴメンね。嫌だった?」

 

 思えば彼女の名前を呼ぶのは初めてだ。こうして公の場に出ている以上子ども扱いは流石に拙かったかもしれない。

 

「ああ、いえ、どうぞ呼びやすいように呼んでください。ただ、ちょっと新鮮で」

 

 カリムちゃんはそう言って曖昧な笑みを浮かべるとそのまま和也と会話する。ここからでは話の内容までは伝わらないが、どうやら和也が彼女に何かを頼んでいるらしい。

 

「わかりました、ではそのように…」

 

 和也との会話が終わり、カリムちゃんは通話を切るとこちらに振り向く。

 

「忍さん、和也さんから伝言です。今日はこれで終わりだから自由にしていいそうですよ」

 

 カリムちゃんにそう言われ、この後どうしようか考える。外を出歩いてみたいという気持ちもあるが、あまり動きすぎるのもどうかと思う。

 

「そう言えば忍さん達は管理外世界の方なんですよね? こちらの世界は初めてらしいですし、私が案内しますよ」

 

「えっ、いいの? じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 

 カリムちゃんの言葉に私は飛びつく。確かに出歩きたい気持ちもあるので彼女の言葉はありがたい。

 

「お嬢様、あまり羽目を外し過ぎないように気をつけてください」

 

「わかってるわよノエル」

 

「ふふっ」

 

 ノエルに注意を促された私を見てカリムちゃんが微笑む。ノエルには注意されたが、意外とこのような場は疲れるのだ。少しぐらいは楽しんだってバチは当たらないだろう。

 

 この後、カリムちゃんにベルカ自治領付近を案内してもらい、私は異世界と言うものを堪能した。



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40話(裏) 管理局編

「いくら任せたとはいえ、この展開は流石に厳しいぞ、オイッ」

 

 俺は悪態をつきながらも思考を止めず、最善の行動を考える。

 このような状況が始まったのは月村忍から連絡が来たからであった。

 月村忍からの連絡、それは拓斗が八神はやての家に誘われ、さらには闇の書と接触したという報告であった。

 

 もともとそれ自体は自分が拓斗にお願いしたものであるから問題はなかった。……過程と時間というものを考慮しなければの話しだが。

 最初の計画であれば、拓斗が八神はやての家に向かう際、まずこちらに連絡がある筈であった。俺もそれに合わせて計画を進めるつもりであった。そうしないとお互いの足並みが揃わず、隙ができてしまうからだ。

 

 しかし、その過程を省いて拓斗は八神邸に向かってしまった。拓斗が報告をしないということは考えにくいから不測の事態が起こったのだろう。だがこのような事態も予想していなかったわけではない。ただ、少し状況が悪くなっただけだ。

 拓斗のことは心配ではあるが、それより先に俺は行わなければならないことがあった。

 

「月村忍のお陰で聖王教会の協力は得られた。後は此方を抑えればなんとかなるか…」

 

 月村忍に協力してもらい、聖王教会との交渉を任せ、なんとか協力を取り付けることができた。

 聖王教会は宗教的意味でも術式体系という意味でもかなりの価値があり、その権力はかなり強大で管理局でも相当な影響力と発言権を持つ。

 

 事前に聖王教会とある程度の繋がりは得ていたとはいえ、闇の書とは関係のないところではあるし、今回のことは急だったので交渉を断られることもあり得たし、足元を見られた可能性もあった。まあ、これで聖王教会側に俺が借りを作ってしまったことには違いないが、それも夜天の書による利益で相殺できる。

 それに個人的にも聖王教会との繋がりを得られた。

 

 管理局に所属している俺は若いながらも執務官という立場になれた、言わばエリートである。それゆえにやっかみや嫉妬もあれば、権力闘争に巻き込まれるのが目に見えていた。

 もちろん俺自身、権力というものには興味がある。自己顕示欲や権力欲というわけではなく、俺自身の目的に権力が必要という意味でだ。 今の管理局は様々な面で限界がきている。人材不足、資金不足、さらには強大になりすぎたため、内部の自浄機能も働かなくなっている。

 それ以外にも管理世界の政治的問題、魔力保有の有無による差別問題など、直接的ではないが、管理局の存在が影響しているものは幾らでもあげられる。

 とはいえ管理局がなくなってしまえば、これ以上の混乱が予想される。

 

 ――ならばどうすれば良いか?

 

 その答えは既に出ていた。

 

 ――自分が内部から変えてやれば良い。

 

 管理局がなくなって困るのであれば、なくさないでどうにかすれば良い。

 

それは至極単純なことであった。

 今回のように不正をしてまで、闇の書を封印しようとするグレアムがいるなら、不正を許さず、さらには闇の書をどうにかしてやれば良い。

 管理局の最高評議会が生命を弄ぶ人造魔導師の作成をしているのなら、それを止め、その原因が人材不足にあるのなら、そんなことしなくてもどうにかする方法を考えれば良い。

 

 しかし、これは確かに単純ではあるが容易なことではない。

 問題を解決するためには、そのための知識が力が必要となる。

 もし、今回のように闇の書への対策を自分達が見つけられなかったら、見つけても、実行するだけの力がなければ、それは無意味となる。

 

 もちろん、俺はそれがどれだけ無謀なことかも理解していた。いくらノートパソコンという、情報収集という面でチートと言えるものを持っていたとしても、個人でどうにかできるものではない。

 

「っと、今はそんなことを考えてる場合じゃないな」

 

 横道に逸れた思考を戻し、目の前に差し迫った問題について考える。

 

「さて、ここでの失敗は許されないな」

 

 ――ここで失敗してしまったら、アイツらに申し訳がない。

 俺のお願いで危険なことに付き合わせてしまった拓斗、管理局の人間ではなく、さらには魔導師でもない民間人にも関わらず、聖王教会との交渉を成功させた月村忍。二人のお陰でここまでもってくることができた。

 ならば、本職の人間である自分が失敗するわけにはいかない。「薙原和也執務官、入ります」

 俺は目の前の扉を開き、中へと入る。

 ――さあ、ここからが俺の戦いだ。

 

 

 

 

 

 

「お父様、このままではっ!?」

 

 時空管理局本局のとある一室。そこでギル・グレアムとその使い魔、リーゼロッテは焦っていた。

 

 先ほど入ったグレアムももう一人の使い魔リーゼアリアからの報告、闇の書の存在に現地の魔導師が気づいたというものであった。

 これがただの民間魔導師であるならば、何の問題もなかった。しかし、その魔導師はただの民間魔導師ではなく、管理局と繋がりがある魔導師だったのだ。

 

 自身の目的である闇の書のことが管理局に伝わる可能性、いや既にその民間魔導師は闇の書に接触していることから管理局に伝わるのは確実であるのは、彼らにとって問題であった。

 自身らの不正がバレる、これはまだいい、問題は目的が達成できないことだ。

 

 今まで闇の書に復讐するために動いてきた彼らにとって、その機会を奪われることはこれまでの行動の全てが無になることに等しい。

 

 ――それだけはなんとか避けなければ。

 

 グレアムは焦る。自分は闇の書に復讐をするために行動してきたのだ。

 闇の書の主を見つけ、彼女の両親が死んだ後も彼女が死なないように監視をつけ、経済的にも困らないように支援し、闇の書を封印するための準備が終わるまでの時間を稼いできた。

 そして、漸くその準備も整ってきたのだ、それなのにここでその計画にも亀裂が入った。

 

「大丈夫だ。まだ計画は修正可能範囲内にある」

 

 グレアムは焦るリーゼロッテを安心させるように告げた。そう、まだ計画は修正可能である。

 何故なら自分が闇の書の担当となればいいからだ。 闇の書程のロストロギアであれば管理局も誰かを担当につけなければならない。その担当にグレアム自身がなればいいだけの話しであった。

 グレアムは過去に闇の書事件に関わったことがある。自身にとって悔やむべき過去ではあるが、今回はそれが役立つ。

 闇の書のことは自身が一番よく知っている。闇の書への対策も用意しているとでも言えば、誰も文句は言えないだろう。

 グレアムはかなりの発言権とそれに見合う実力も持っている。提督という立場や過去の実績もある実力者だ。いくら過去の闇の書事件の失敗があるとはいえ、彼の影響力は大きい。

 それ故に詰まらないやっかみもあるのだが、誰しも失敗の危険性があるロストロギアの責任者など進んでやりたがらないだろうし、失敗すれば、それを利用してグレアムの失墜を狙うような人間も多いだろう。

 グレアム自身は権力にはあまり興味がないが時空管理局という大きな組織の持つ権限は強く、権力を欲しがる人間は多いのも現実であった。

 

「そろそろ時間だ」

 

 これから闇の書事件の責任者を決めるための会議が開かれる。これがただのロストロギアであれば、見つけた人間が担当となるのだが、今回は見つけたのが民間人、そして管理外世界であり、さらには管理局が一度失敗している闇の書という強大な力を持つロストロギアだ。それ故にしっかりとした担当者を決める必要があった。

 

 グレアムは席を立つと会議の開かれる会議室へと向かう。

 確かに予定外の事態は起こったが、考えてみれば焦るほどではない。

 だからこそ、グレアムは落ち着きを取り戻し、会議室へと歩を進めた。

 闇の書の担当者を決める会議は淡々と進むかに見えた。しかし、会議が進み担当者を決める段階になるとそうもいかなくなった。

 

 管理局に甚大な被害を与えた闇の書、その担当に進んでなりたいと思う人間は少ない。失敗すれば自身の経歴どころか生命の危機となりかねないのだ。だからこそ、進んでなろうとする人間は少なかった。…事情のある人間を除いては。

 

「責任者ですが、私がなりましょう」

 

「いえ、私が…」

 

 責任者を決めるための話し合いが始まった瞬間。会議に集まった人間のうち二人から手が上がる。

 その様子を見て、薙原和也は驚いた。

 

(まさか、手を上げる奴がいるとはな)

 

 自分から進んで面倒なことに関わろうとする人間がいるとは思わなかったが、その手を上げた二人の顔を見て和也は納得する。(成る程、過去の闇の書事件の被害者ってわけか…)

 

 二人の顔には見覚えがあった。闇の書の被害者の資料を集めている時に見つけた顔だ。この場にはあと何人かいるが積極的に関わろうとしているのはこの二人と…

 

「私も立候補しよう」

 

 彼、ギル・グレアムだけであった。

 

(まあ、予想通りではあるな)

 

 和也は溜め息を吐く。グレアムが立候補するのはわかっていた。そして、被害者達も立候補しようとすることを。

 そして、今後の展開も…

 

「成る程、グレアム提督ですか…」

 

「彼ならば、闇の書に直接関わっていますし…」

 

「適任と言えますね」

 

 周囲の人間はグレアムの立候補に肯定的な意見を示す。純粋に彼の能力を認める者達もいれば、面倒事を押し付けようと様々な思惑が入り混じっていたが、多数は肯定的な意見であった。

 先に手を上げた二人もグレアムの経歴をわかっており、さらには自分達被害者の代表ということもあり、立候補を取り下げる。ただし、今回の事件に関わるつもりではあるらしく、同行しようとしていた。

 

(これでこの事件の主導権を握ることができた)

 

 グレアムはホッと一息吐く。多少予定外の事態はあったが、自分が闇の書事件の主導権を握れることを確信したからだ。

 しかし、そんな彼の思惑に対抗しようとするものもいた。

 

「発言よろしいでしょうか?」

 

「なんだ薙原執務官」

 

 責任者がグレアムに決まろうとしているとき、その空気に待ったをかけたのは和也であった。

 本来、和也はこの会議に関わる権限はない。この会議は提督以上にのみ参加が許されており、和也程度では参加できない筈であった。和也がこの場に参加できているのは一重に彼が闇の書の発見を報告したからにすぎない。

 闇の書の発見報告は和也の方が早かった。もし、これがグレアムの方が早ければ、間違いなくグレアムが責任者となっただろうが、運は和也の方に傾いた。

 

「一度失敗しているグレアム提督に任せるのはどうなのでしょうか?」

 

 和也は失敗したグレアムに任せるのはどうかと発言する。それは批判ととれる発言であった。

 

「口を慎みたまえ薙原執務官」

 和也を諫めるように一人の提督が口を開く。しかし、それを遮る声があった。

 

「しかし、薙原執務官の言うことも事実ではありますね」

 

 間に入ったのは聖王教会から派遣された人間であった。闇の書が古代ベルカに関わりがあるものである以上、この会議に関わるのも当然と言える。

 

「グレアム提督は一度失敗しているのは事実ですし、そうですね、対策などがあるのであればお聞かせ願いたいのですが…」

 

 教会の人間はグレアムに質問する。

 

「それは…」

 

 グレアムはここで自分の失態に気がついた。ここで確かに自分が対策を用意していることを言うことはできる。

 

 しかし、それを言ってしまえば、自分達の不正がバレることになってしまう。この場には多くの提督がおり、自分の発言は全て証拠となる。自分の失墜を願っているものにとってはの不正は喜ばしいことだろう。

 

 せめてここにいるのが管理局の人間だけであれば、まだ良かった。不正がバレたとしてもこの事件が終わるまで、力づくでなんとか隠すこともできただろう。しかし、この場には聖王教会の人間がいた。

 

「どうでしょう、この件は私達聖王教会に任せてみては…私達としては闇の書、いえ夜天の書はもともとベルカのものですし、私達も対策を練っています。

 こちらとしましてもこの件は私達に任せていただきたいと、勿論、管理局のお力は必要ですがね」

 

 聖王教会の人間はそう言って、自分達に今回の事件を任せろと管理局側に伝える。

 管理局側もこれには戸惑った。今まで聖王教会がここまで積極的に関わろうとしてきたことはない。事件が終わったあと、ロストロギアを手に入れようと交渉したりはあったものの、わざわざ事件に積極的姿勢を見せることはなかった。

 そしてそれだけ聖王教会が用意している対策に自信があるのであるということが理解できる。

 

 管理局側は考えた。失敗する可能性がある管理局側より自信のある聖王教会側に任せるのが良いのではないかと。

 

 失敗しても管理局側に責はなく、成功すれば聖王教会側に有利に働くものの、管理局側から人手を貸したとすれば、自分達も解決に役立ったと言うことはできるので損はない。

 

 この時点で大まかな大勢は決まった。

 責任を負いたくない管理局、その中には事件の解決を願う。真面目な人間も含まれた。

 

 いくらグレアムが自分の計画を実行しようと思っても個人の影響力よりも、聖王教会という組織の影響力の方が強い。

 

「ではこの件は聖王教会に一任しよう。…それでよろしいか?」

 

 会議の進行役が参加者に確認をとる。反論したい者もいるだろうが、この場で反論することはできない。策があるわけでもなければ、責任をとるだけの度胸もない。

 

「ではこの件は聖王教会に一任する」

 

 こうして会議が終わった。自身の思惑通りいった者、いかなかった者、そしてそれらの思惑とは関係のない者、様々だったが、この会議ではそれぞれに影響があった。

 

 グレアムは歯を食いしばる。自分の思惑から外れてしまったことに…。

 

 和也は一息吐く。予定通りに事態が進んだことに…。

 

 様々な思惑が交わり、物語は進んでいく。未来は誰にもわからない、しかし、誰もがより良い未来を目指そうとしていた。

 

 



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41話目 友達だから

 

 

『というわけでとりあえずなんとか管理局側は押さえ込むことに成功した。それに聖王教会の協力も得ることができたから結果としては申し分ないんだが……』

 

「ゴメン…迷惑掛けた」

 

 和也から報告を聞いて俺はホッと一息吐くと同時に内容を聞いて申し訳ない気持ちになる。本来であればこれほど綱渡りな展開になるはずではなかったのだが、自分の行動がこの展開を引き起こしてしまったからだ。

 もしこれで、こちらの計画が台無しになった可能性を考えると本当に恐ろしくなる。

 

『それで何があったんだ? いきなりのことでこっちは焦ったんだが…』

 

 和也はなぜこのような事態が起こったかを聞いてくる。計画の立案者としては不測の事態が起こったことに対する原因の追究と、事態の把握は急務なのだろう。もちろん、隠すようなことではないので正直に話す。

 

 俺が無印事件で行おうとしていたこと、それがなのはに知られてしまったこと、それにショックを受けて雨の中を歩いていたらはやて達に遭遇し、そのまま八神邸に行くことになってしまったこと。その全てをできるだけ詳細に俺は和也に話した。

 

『……ハァ、なるほどね』

 

 和也は俺の話を聞き終わると溜息を吐き、納得した表情を見せる。少し呆れ気味に見える表情で、それが心に突き刺さる。

 なのはのことは完全に自業自得だし、それにショックを受けて計画を台無しにしそうになったことは呆れられても仕方がない。完全に自分の責任だった。

 

『まぁ、仕方ないんじゃないか』

 

「え?」

 

 和也の言葉に俺は思わず戸惑いの声をあげてしまう。正直、計画の重要性を考えると俺のミスは仕方ないで済まされるようなものではない。

 

『管理局員として言いたいことはあるし、計画のことを考えると文句の一つも言いたくはなるけど、拓斗がもとの世界に帰りたいという気持ちはわからないでもないしな』

 

 和也はそう言って笑みを浮かべる。和也は俺に一番近い人間だ。もとの世界に帰りたい俺と帰るつもりのない和也とでは違うところもあるが、一番お互いを理解できると言っても過言ではない。

 

『ジュエルシードを使った時点でお前を捕まえることもできないわけじゃないし、失敗したらどうしてくれるんだと小言を言ってやりたいし、てめぇのせいで危うく計画が台無しになるところだったじゃねぇかとか、そもそも濡れる前に転移魔法でも使って速攻で帰れよ、と言いたいところだが我慢してやる』

 

「深く反省します」

 

 和也の口から文句は出るものの本気で怒っているようではないので安心する。今回の件で和也に物凄く負担がかかっているのだ。まぁ、今回の件だけではなく前の事件から結構迷惑は掛けてるし、今回の計画も下準備のほとんどが彼の担当なので相当大変なのは理解できる。

 

『そっちの問題は自分で片付けろよ』

 

「わかってる。流石に個人の問題で他人に頼るわけにはいかないって」

 

 俺となのはの問題はかなり個人的なものだ。だから俺自身が解決しなければ意味がない。

 

『なら良いさ、さてとじゃあ今後の予定についてだな』

 

「はやて達をそっちに連れて行くんだっけ?」

 

 俺達は話題を変え、今後の段取りについて確認する。俺達は今後はやてを連れて聖王教会に行くことになっていた。

 

『ああ、聖王教会側としては夜天の書とその主を確認しておきたいって所だろう。確かにこっちの方が都合が良いと言えばそうなんだが…』

 

「暴走したときの危険性を考えると…って所か?」

 

『まぁ、そうだな。それともう一つ、闇の書の被害者のこともある』

 

 和也は顔を暗くして言う。はやてを管理世界に連れて行くデメリット、その一つとして闇の書の被害者の近くに連れて行くことが挙げられる。

 過去に甚大な被害をもたらした闇の書、それが手の届く位置までやってくるのだ。被害者が直接干渉しに行くことは十分に考えられる。それに闇の書を聖王教会が保護していることで聖王教会自身への不満などが募る可能性も十分にありえた。

 

『かと言って、そっちに残したままにするのも良くないわけだが…』

 

 しかし、和也の言うようにこちらに残したままというのも良い手ではない。はやての身体のことを考えるとこの世界より管理世界の方が症状を調べることができるし、症状を和らげることも可能かもしれない。そしてもう一つ、被害者の問題だ。確かに管理世界に比べ、直接的に手は出しにくいかもしれないが、それでもいないとは言えず、もしそういった事態が起こった場合、こちらよりも向こうの方が聖王教会という組織がある分、安全に思える。

 

「それで移動方法とかは?」

 

『転移だけど』

 

 移動方法は単純だった。まぁ、次元航行船で移動するよりも速いし、直接目的地に到着するので手出しができないという意味で安全ではある。

 

『というわけで日時とかは決まってから伝えるから、彼女にも伝えておいてくれ』

 

 和也は俺にそう言うと通信を切る。必要なことは伝え終えたというのもあるが、まだ管理局員としてすることがあるのだろう。

 

「ハァ、なんか戦力外だよな~」

 

 俺はベッドに倒れこむと天井を見つめる。今回のことに関しては正直、俺は何もできていない。確かにはやてと交流を持ち、闇の書の存在の証拠を和也に送ることができたが、それは別に俺でなくても良かったし、何かできたとは到底思えなかった。

 

「忍は聖王教会との交渉をして、和也は管理局員として働いている上に、根回しや準備までしてるってのに」

 

 二人に比べて、自分はどうだろう。なのはのことでショックを受けて、はやてに慰められて、和也に迷惑掛けて…本当に何もできていない。

 そんな自分が情けなくなるが、できることには限りがある。俺達の目的はあくまで闇の書の修復とリィンフォース、八神はやての救済にあって、自分が活躍することではない。何もできてないことは確かに悔しいが、個人の感情など持ち込むわけにはいかない。

 

「はやてには明日連絡するとして、まずはなのはかな…」

 

 もう深夜と言ってもいい時間帯だった。こんな時間に連絡するわけにはいかないので、はやてへの連絡は明日にし、なのはのことを考える。明日は平日でもちろん学校がある。ということはなのはと顔をあわせるということだ。

 

「…話し合わないとダメだよな」

 

 正直、気まずいのだが、こればかりは仕方ない。これからも仲良くしていきたいし、このままではいるわけにはいかない。

 俺は明日のことに頭を悩ましつつもそのまま布団に潜り眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 翌日、いつも通り朝起きた俺はすずかと一緒に通学路を歩く。そしていつも乗るバスに乗って学校へ向かう。今、バスに乗って気づいたのだが学校行くまでもなく、なのははこのバスに乗るので、なのはが意図して時間をずらさない限り、どうしてもこのバスで彼女に会う事になる。

 

「拓斗君、どうしたの?」

 

 すずかが俺の顔を覗き込みながら聞いてくる。どうやら表情に出ていたらしい。俺がわかりやすいだけか、それともすずかが良く見てくれているのかはわからないが、彼女は気づいたらしい。

 

「もしかしてなのはちゃんのこと?」

 

「…知ってんの?」

 

 俺はすずかには話してないが、すずかはなのはと親友だし、昨日の今日とはいえ知るのは可能だろう。

 

「ほら、アリサちゃんがなのはちゃんに話したって言ってたから…それに昨日、なのはちゃんと練習してたはずだし、昨日帰ってくるのも遅かったから、もしかしたらと思って…」

 

 どうやらカマをかけられたらしい。事実その通りなのだから、否定することはできないが…こうもあっさりと知られてしまうと結構ショックを受ける。

 

「拓斗…くん」

 

 俺がショックを受けていると前から声が聞こえる。そちらに目を向けるとなのはが立っていた。すずかと話している間にバスは停車してなのはが乗り込んできたらしい。なのはは俯き少し暗い顔をしている。俺達二人の間に気まずい空気が漂う。

 

「おはよう、なのはちゃん」

 

 すずかが空気を帰るように明るくなのはに挨拶する。俺もそれにのってなのはに挨拶をする。流石にもともと大学生の身としては小学生相手に気まずい空気で挨拶を躊躇うのは情けなかった。

 

「なのは、おはよう」

 

「あ、うん、おはよう」

 

 なのはは俺からの挨拶に戸惑いながらも返してくれる。その態度に少し複雑な気分だが、昨日のあの様子をみると挨拶を返してくれただけでもまだマシなのだろう。

 

「拓斗君、あの」

 

「なのはちゃん、先に座った方がいいよ」

 

 なのはが話しかけてこようとすると、すずかがなのはに座席に座るように言う。前の方を見てみると運転手が困っているようだった。

 

「ご、ごめんなさいっ」

 

 なのはは慌てて座席に座ろうとするが、いつもは俺の隣に座るはずのすずかが離れ、俺と自分の間になのはを座ろうとさせる。なのはは俺が隣にいるということで少し躊躇うが周りが急かすような空気なため、抵抗することができず、そのまま俺とすずかの間に座った。

 

「あ、あの拓斗君、昨日のことなんだけど…」

 

 隣に座ったなのはがおずおずと話しかけてくる。こういうときどう返せばよいのだろう。気にしてないと言えば、傷つけるような気もするし、これが大人であるならともかく、なのははまだ小学生だ。素直に言った方が言葉が伝わるだろう。

 

「なのはは悪くないよ。隠してた俺が悪いから…ゴメンね」

 

 俺はなのはに謝る。もとはといえば隠していた俺に非はあるし、流石に自分の目的のためとはいえ、勝手が過ぎた。

 

「わ、私もごめんなさいっ」

 

 なのははそう言って俺に頭を下げる。

 

「あの、その、拓斗君、あの事なんだけど、どうして…なの?」

 

 なのはは俺にそんな質問をしてくる。だんだんと尻すぼみに俯き加減で問いかけてくるので、そんな表情をさせていることに心が痛む。ただ、なのはの質問は事実の確認ではなく、その理由についてだ。俺がもとの世界に帰ろうとする理由、ジュエルシードを集めるのに彼女達を使った理由、どうして黙っていたか、その辺りが聞きたいのだろう。

 

「なのははさ、いきなり自分が一人ぼっちになったらどう思う?」

 

「あっ…」

 

「確かにここには皆がいるけど、俺にとって家族はあの人達だけだし、仲の良い友達だっていた…」

 

 もう一年以上もこの世界にいるが、家族や友人のことは今も鮮明に思い出せる。大学は実家から離れた場所であるため、帰省したときにしか家族に会うことはできないのでこれぐらいの期間会えないことなどはざらにあるのだが、やはり帰る家があるのとないのでは安心感が違う。

 友人達もなんだかんだで大学からの付き合いの奴も長い付き合いの奴もいるが、小学校に通っていると本当に彼らのことが懐かしくなる。

 

「だから俺はもとの世界に帰るためにジュエルシードを集めた。偶然落ちてきた願いを叶えるといわれるロストロギア、それが唯一可能性があるものだったから」

 

 本当は原作知識によってジュエルシードが落ちてくるのは知っていたがそれは伝えない。原作知識のことや自分が大学生であったことなどを説明するのは手間だし、この場で説明しても余計に混乱させるだけだ。

 

「ユーノを手伝ったのは目的を知られると邪魔されると思ったからだよ。俺のやろうとしていたことはプレシア・テスタロッサと同じ、いやそれ以上に危険とも言えることだし…」

 

 そう考えると俺とプレシアやフェイトの境遇の差は酷いものだろう。人造魔導師の作成という罪もあるとはいえ、同じことをしようとしたプレシアは犯罪者扱い、フェイトもそれを手伝ったということで管理局への奉仕活動を行わなければならない。しかし、実際に実行した俺はお咎めなしどころかこうやってのうのうと暮らしている。

 

「ふ~ん、それで私達に話さなかった理由は?」

 

 俺の話に割り込んできたのはアリサであった。どうやら離している間に彼女もこのバスに乗ったようだ。アリサは真っ直ぐ俺を見つめ問いかけてくる。

 

「拓斗がそのことを私達に話さなかった理由、そういえば聞いてなかったわよね?」

 

 アリサはそう言ってすずかの隣に座るとすずかとなのはの二人を挟んでいるにもかかわらず、真っ直ぐ俺のほうを向いて視線を逸らさない。

 

「皆に話さなかった理由か…」

 

 確かに皆に話さなかったが、その理由はいたって単純なものだったりする。

 

「もし言って皆に止められたら、決意が鈍りそうだったから…かな」

 

 この世界は居心地が良い。自分のおかれている立場や自分の周囲の人達のことを考えても、もとの世界のことがあっても間違いなく後悔しないであろう人生が遅れることが確信できるほどに…だからこそ、彼女達に止められて決意が鈍るのは嫌だった。そうなれば、残るにしても帰るにしても未練が残ってしまう。

 

「止めないよ」

 

「えっ?」

 

 俺の言葉にそう返してきたのは意外にもなのはであった。

 

「ちょっと、なのはっ!?」

 

「なのはちゃんっ!?」

 

 なのはのその言葉にアリサとすずかが驚いた声をあげる。当然だ、それほどまでになのはの言葉は意外であった。

 高町なのはという少女は孤独を嫌う。親しい誰かが離れることや、誰かに嫌われるのことが嫌な女の子だ。もちろん、人間であれば、それは当たり前ともいえるが彼女は人よりもその傾向が強い女の子であった。

 だから困っている人のために手を差し伸べ、敵対していたフェイトのことを知ろうと仲良くなろうと頑張った。

 だからこそそんな彼女がこんなことを言うのは本当に意外であった。

 

 そしてその言葉に傷ついている俺がいた。先ほどは言わなかったが俺が彼女達にもとの世界に帰ろうとしたことを言わなかったもう一つの理由…こうして、止めてくれなかったりすることが怖かったからである。

 止めてくれれば迷いが生じるが、逆に止めないと本当に友達だったのかと仲が良かったのかと不安になる。もしかしたらなんとも思われていないんじゃないかと、我侭なことを言っているのは自覚しているが、そう思ってしまうものは仕方がない。

 

「拓斗君は大事な友達だよ。私も拓斗君がいなくなれば寂しいもん。でも、それが拓斗君の幸せなら、拓斗君が願ってることなら私は止めない」

 

 なのはは俺達にそう言ってくる。胸の前で手を握り、何かを堪えるようにして、俺の意思を尊重すると言ってくれる。

 俺はなのはのその言葉に安心し、そして嬉しくなった。自分の意思を尊重させてくれるなのはに、こう言ってくれる友達に、俺はお礼を言う。

 

「ありがとう、なのは」

 

「うんっ」

 

 返事をしたなのはの顔は少し悲しげだった。

 

 

 

 

 

 ~おまけ~

 

「でも帰る方法見つかってないんでしょ?」

 

「うん」

 

 俺となのはの会話を聞いてアリサがそんなことを言ってくる。

 

「しばらくは帰れそうにないわね」

 

 俺の返答を聞いてアリサは呆れたような、でも嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「とりあえず一年ぐらいしたら残るかどうかの答えを出す予定かな?」

 

 俺は忍との約束を思い出しながら皆に伝える。そう、おれはあと一年で答えを出さなければならない。正確に言うとマテリアル事件が終わった後ということになるが…。

 

「それ初耳なんだけど?」

 

「私も…」

 

 俺の言葉にアリサとすずかが声をあげる。心なしか睨んでいるようにも見える。

 

「まぁ一年後に答えだしても、帰る方法が見つからないと意味はないけどね」

 

 俺はそう言うと荷物を持って席を立つ。ちょうど停留所についた。

 

 まだやるべきことはあるし、すぐに帰ることはできない。

 

 だから今を後悔しないように生きていけばいい。

 



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42話目 少しずつ前へ

 

 

 

 なのはと仲直りした後、いつも通りの学校生活を送った放課後、俺ははやてに会うために八神邸に来ていた。その理由は昨日のお礼と彼女に今後のことを伝えるためだ。

 

「そうなんか~、じゃあ私はその聖王教会に行かなあかんのやな?」

 

 俺からの話を聞いたはやては安心した表情で聞いてくる。自分の体の治療や闇の書の修復について進展が見られたことで少しホッとしているみたいだ。

 

「そうなるな、具体的な日程とかはまだ決まってないけど、それもなるべく早く決まるだろうし」

 

 闇の書は蒐集しなければ主を蝕んでいく。ただでさえ、その侵食によってはやての足は麻痺しているし、闇の書を放っておけばどうなるか、それがわからない聖王教会ではない。なるべく早く、はやてを連れてきて、闇の書の修復を開始したいはずだ。

 

「私、どっか別の場所行くの久しぶりや」

 

 はやては嬉しそうな表情でそう言う。はやては足が麻痺しているため、どこか遠くへ行くことはできない。ヴォルケン達が出てきてからも、発作などもあるので遠出はできないだろう。そんな彼女がどこかに行ったのは両親が生きていた頃ぐらいだろう。

 

「場所がどこになるかはわからないけど、聖王教会の本部は観光地としても有名らしいよ」

 

「そうなんや~、楽しみやな~」

 

「だから場所はまだ決まってないって」

 

 俺の言葉を聞いて楽しみにしているはやてを見て、思わず苦笑いを浮かべてしまう。とはいえ、ヴォルケン達が現れるまでは一人孤独で過ごしていて寂しかっただろうし、遊びに行ったりという経験は少ないから仕方ないのかもしれない。それとも自分の不安を紛らわせるためにこうやって楽しいことを見つけ、明るく振舞っているのかもしれない。

 俺は闇の書の修復については計画などを見て大丈夫だと確信しているが、はやては計画について知っていても、専門的な知識がないため、自分の命を俺達に預けることになる。現実の手術でもそうだが、他人に命を預けると言うこと、自分の未来を他人に預けるのは結構不安なことだ。

 

 ――まぁ、どれも勝手な想像だけど……

 

 あくまでこれは俺の勝手な想像であり、実際にはやてがそう思っているかはわからない。ただ、そういった不安があるなら取り除いてあげるのも俺の役目である。

 

「予定が決まったらまた連絡するよ。多分、俺も一緒に行くことになるだろうし」

 

「そうなんや、すずかちゃんも?」

 

「いや、すずかは多分、行けないと思う。その代わりに別の子が行くことになるのかな?」

 

 まだ具体的に誰がいくことになるかはまだ決まっていない。間違いなく俺は確定だろうが、旅行と言うわけではないのですずかはいけるかどうかわからない。そもそも転移だと和也は言ってたので、多くの人数はいけないようにも思う。

 その代わり、行くことになりそうなのがなのはだ。魔導師として一度管理世界に行くことは悪いことではないし、管理局を見ておくことも必要だろう。と言っても、はやてのように転移ではなく、リンディさん達に連れて行ってもらうということになりそうだが…。

 

 ――そう言えば、フェイトはどうしてるのかな?

 

 俺はフェイトのことを思い出す。確かそろそろこっちに来れるということを言っていた筈だが、それ以降連絡はなかった。もしかしたら、フェイトがこっちに来るよりも俺達が向こうに行くことのほうが早いかもしれない。

 

 ――そうなれば、会うのは向こうで…かな

 

 そんな余裕があるのかはわからないが、会えるのであれば会いたいと思う。

 

「拓斗君?」

 

「ん、あっ」

 

「どうしたん? 楽しそうな顔して…」

 

 はやては俺を見て訝しんだ表情を浮かべる。

 

「ごめんごめん、ちょっと向こうにいる友達のことを思い出して」

 

「へぇ~、じゃあその子にも会えるん?」

 

「ああ、紹介させてもらうよ」

 

 俺がそう言うとはやては嬉しそうな表情を浮かべる。友達が増えるというのはやはり嬉しいことだろう。フェイトも同年代の友達が増えるので嬉しいだろう。

 

 ――そう言えば、まだなのは達を紹介してなかったな

 

 俺はまだはやてになのはやアリサのことを紹介していないことを思い出す。フェイトに紹介する前にこちらに紹介する方が先だろう。そうすれば原作でも仲の良かった五人組が揃うことになる。

 今日はすずかはバイオリンの稽古、アリサはピアノ、なのはは翠屋の手伝いということで来れなかったが次にはやてと会うときは連れて来よう。

 

「じゃあ、はやて。また今度ね」

 

「うん。拓斗君、バイバイ」

 

 俺ははやてに別れを告げるとその足でそのまま帰る。なのはとの問題も解決し、計画も順調に進んでいるためか足取りが軽く感じた。

 

 

 

 月村邸へと帰った俺を待っていたのは満足した表情を浮かべた忍であった。どうやら向こうから帰ったきたようだ。

 

「あっ、お帰り~拓斗」

 

「ただいま、お疲れ様、忍」

 

 俺は忍に労いの言葉をかける。ここまで順調に進んだのは彼女が聖王教会との交渉を成功させたからであった。急なことで大変だっただろうが忍はそれを見事にこなした。

 

「それでどうだった向こうは?」

 

「楽しかったわよ~、技術とか生活とか見ているだけでも満足だったわ」

 

「へぇ~」

 

 忍はかなり楽しんだようだ。確かにこちらと向こうでは生活から何から違うのだろう。魔法や技術関係が生活に影響しているはずだし、過ごすだけでも楽しいのかもしれない。

 

「それで結局、昨日は何があったわけ?」

 

 忍は昨日のことについて聞いてくる。彼女が聖王教会に行くことになった理由、そう言えばまだ忍には話していなかった。俺は忍に起こったことを話す。なのはとの間に起こったことから今までのことを簡単にだが話した。もう解決していることだが、小学生と喧嘩して、さらには小学生に保護されたというのを話すのは少し恥ずかしい。

 

「なるほどね~、まぁ話だけ聞いたら悪役だものね~」

 

 忍は笑いを堪えながら、そんなことを言ってくる。俺もそう感じてはいるのだが、こうはっきりと言われると溜息を吐きたくなる。というか、コイツも俺の味方をしていた時点で同罪ではあるのだが…本人はまったっく意に介していないようだ。

 

「まぁ、それはともかく、どうだった聖王教会は?」

 

「いいところだったわよ、カリムちゃんっていう可愛い女の子と仲良くなったし」

 

「カリム?」

 

 俺は忍の口から出てきた人の名前に、思わず声をあげてしまう。聖王教会でカリムといえば心当たりは一人しかいない。

 

「そうカリム・グラシアちゃんって言ってね。なんか未来予知の特殊能力がある子らしいわよ」

 

 忍の言葉で、その女の子がSTSで出てくるカリム・グラシアだと確信する。聖王教会からカリムが出てくるとは思わなかったが、忍と知り合いになったようだ。

 

「もしかして、知ってる子だったりする?」

 

 忍は俺の様子を見てか、そんな質問をしてくる。ここで言う知っているとは原作に出てくる人物であると言うことを指し示す。そして、忍も俺の様子からカリムが原作に出てくる人物だと言うことに気づいたようだ。まぁ、知ったところで忍が気にするとは到底思えないが…。

 

「只者じゃないと思ってたけど、そうなんだ」

 

「なんかあったのか?」

 

「うん、私の交渉相手が彼女だったのよ」

 

 忍の言葉に俺は少し驚く。カリムは多分、今の俺よりも少し年上なだけだから、まだ10代半ばといったところだろう。その彼女が闇の書という、危険なロストロギアとの交渉に出てくるのは素直に驚いた。聖王教会側が彼女でも任せられる事案だと思っているのか、経験のためか、それとも彼女の予知に今回のことが引っかかったのか、様々なことが考えられるが、計画の遂行に問題がなければどうでもよいことではある。ここで重要なのは聖王教会がこのことをどれだけ重要視しているかだろうか?

 しかし、責任を負ってまで闇の書の回収を管理局に申し出た以上、軽視はしていない筈だ。

 

「なんというか、凄いな」

 

 向こうの世界が低年齢でもそこそこ重要な役目に就けることは知っている。クロノや和也を知っているのでわかってはいるのだが、交渉にまだ若い彼女を持ってくるあたり、色々と凄いものを感じる。

 

「私もまさか自分より年下の女の子が出てくるとは思わなかったわ、でも彼女なら納得かな」

 

 忍はそう言って笑みを浮かべる。どうやらカリムは彼女のお眼鏡にかなったらしい。かなり気に入っている様子だ。

 

「とはいえ、低年齢だと相手に舐められてる気がするのよね~」

 

 忍はそう言って溜息を吐く。彼女自身、月村家の現当主と言うことでこういった場は経験することが多いのだろう。それ故に、そのときの悩みもよくわかっている。

 交渉など人前に出る場において低年齢と言うのは経験が薄いとみなされ、下に見られることが多い。その能力の有無に関係なく若いというだけで下に見られるのだ。

 ゆえに今回のような場に若い人間を出すと言うのはある意味、それでも大丈夫だと言っているようにも感じてしまう。

 

「まぁ仲良くはなれたんだし、一応計画は順調なんだから」

 

 俺はそう言って忍を宥める。とはいえ、忍もあまり気にはしてないようなのでそれもそうねとすぐに笑顔をくれる。

 

「そうね。でも正直、私にできることはこのぐらいが限界よ」

 

 だから後は貴方達が頑張りなさい。忍はそう言って、自分の部屋へと帰っていく。俺はそれを見送ると自分の部屋へと戻った。自分にできることがないか、もう一度見つめなおすために…。

 

 今のところ計画は順調に進んでいる。しかし、もしかしたら予定外のことが起こるかもしれない。だから起こりうることを予測して、対策を練らなければいけない。そして、どんな事態にも対応できるようにならなければいけない。

 



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43話目 大丈夫

 

 聖王教会との交渉、そして管理局の闇の書への対策会議が終わり、少しだけ余裕の出てきた俺達であったが、その一方で忙しく動き回っている人もいた……和也だ。

 

『八神はやての件だけど、まず聖王教会の人間がそっちに行って顔会わせすることになった』

 

 和也は俺に淡々と決まった予定を話してくる。その顔には疲労が見て取れた。

 和也は闇の書の発見や会議の時にグレアム提督に対して批判ともとれる発言をしたものあって、闇の書事件に対する管理局側の担当者という責任を負わされていた。それに対して本人は動きやすくなっていいと言っていたが、それ以上に大変だろうと感じてしまう。

 グレアム提督という管理局でもかなりの権力、そして功績もある人物への反発、それは下の立場である和也が公の場でしてはならないことであるし、これによって彼の立場が悪くなるのは予想できる。

 そして、彼のなった闇の書事件の担当者。これほど大きな事件は本来もっと上の人間がやるべきものであるが、それを管理局は和也に任せた。これによって、グレアム派閥の人間からはやっかみを受けるだろうし、和也のような若造に任せて大丈夫かという意見もあるだろう。

 

「それって、何時ぐらい?」

 

 そんな和也の表情を見ながらも俺は話を進める。和也のことは心配であるが、ちゃんと事件を解決することが第一で、解決すれば和也の状況も変わるのは予想がつくからだ。

 

『今週末だな、聖王教会からは四人が出向く予定だ』

 

「四人? それに聖王教会からは?」

 

 和也の言葉に疑問を持つ、四人というのは少し多い気もするし、聖王教会からはということは他からも誰か行くという風に聞こえる。

 

『ああ、聖王教会もまだ情報を信頼しきれてないということだろう。もしかしたら守護騎士達が襲ってくるかもしれない、そのための護衛といった感じだ。

 それと俺も行くし、管理局からもアースラ…リンディさん達が行くことになってる』

 

「?」

 

 アースラが来る事情がよく理解できないが、とりあえずアースラと聖王教会が来ることだけは理解できた。

 

『一応、管理局側も警戒しているってことだ。ついでにアースラを出すことで管理局も協力しているというアピールもあるけどな』

 

 俺が事情を理解できていないのを察したのか和也が説明してくれる。

 

『あとはフェイトがそれについてくることになったから』

 

「へぇ~」

 

『へぇ~って、お前はもう少し何か反応はないのかよ…』

 

 和也は呆れたように俺を見てくる。そもそも和也が余りにもあっさり言ったことで大げさな反応はし辛いし、フェイトのことは特に驚きでもなかった。前に来れるかもと言ってからそれなりの時間が経っているのだ、それほどおかしなことではない。まぁ、どうしてこの時期かという疑問もあるにはあるが…。

 

『フェイトはそっちに行けると知って、物凄く嬉しそうな表情をしてたのに薄情な奴だな』

 

「いや会えるのは嬉しいけど」

 

 フェイトに会えるのは嬉しいが、子どもみたいに喜ぶにはもともと大学生だった身としては少し無理があった。

 

『じゃあ用件はそれだけだから、とりあえずは八神はやてに伝えておいてくれ』

 

 和也はそう言って通信を切る。あくびをしていたことから、これからすぐにでも寝るつもりだろう。俺はすぐに携帯を手に取るとまずははやてに聖王教会の訪問の件について伝える。そしてなのは達にフェイトのことについてメールを送った。

 はやては聖王教会の人間がわざわざこちらに来ることに緊張しているようではあったが、まだ時間はあるので、実際に訪問するときには余裕も出てくるだろう。

 なのは達はフェイトが来ることを素直に喜んでいた。久しぶりではあるし、今までビデオメールだけだったので、直接会いたいという気持ちも強くなっているのだろう。

 しかし、まだ伝えなくてはいけない人達もいる。当然ながら月村家の面々だ。まず、俺は忍に伝えるために忍の部屋へと向かった。

 

「忍、入るよ」

 

「拓斗? いいわよ」

 

 忍の部屋をノックすると返事が返ってきたので忍の部屋に入る。忍はデスクの上にある端末を操作していた。

 

「どうしたの拓斗?」

 

「ああ、さっき和也から連絡が入って、聖王教会と管理局の奴らが来るってさ」

 

 俺は忍に必要なことだけ伝える。

 

「そうなんだ、聖王教会からはカリムちゃんかしら?」

 

 忍は少し考えたそぶりを見せるとこちらに来る人物の予想をする。今回の交渉で聖王教会から出てきた人物がカリム・グラシアである以上、忍の予想は的外れではないだろうと思う。

 

「さぁ、聖王教会から誰が来るかは知らないけど、管理局からはアースラ…リンディさん達と和也、それとフェイトが来るみたいだ」

 

「フェイトちゃんが?」

 

 忍が俺の口から出てきた人物の名前に反応する。

 

「そう、じゃあこっちに来れるようになったんだ…」

 

「まぁ、それでも管理局への奉仕期間があるみたいだけどね」

 

 フェイトが嘱託試験に合格したこともあり、公判はスムーズに進んだ。結局、フェイトは一定期間管理局への無償奉仕が義務付けられてしまったが、それもかなり短い期間らしく、実質ほとんどお咎めなしという形に近いらしい。

 

「でも、こっちに来れるってことはそれほど酷くはないんでしょ?」

 

 忍はフェイトの行動の自由度から公判の結果を把握したらしい。このあたり、流石というべきだろうか。

 

「そうじゃなければ、こっちにも来れないだろうしね」

 

 結局、フェイトは無罪とはならなかった。俺と和也の行動はかなり大きな影響を与えたと思ったが、結果としてはプレシアの生存ぐらいしか変わってない。

 

 ――過程が違っても、結果に大きな違いはないか…

 

 この結果に俺は少し不安になる。確かに俺達の存在はリリカルなのはという物語に大きな影響を与えた。しかし、結果はほとんど変わっていない。もしかしたら、闇の書事件も結果は何も変えられないんじゃないか、リィンフォースを助けることはできないのではないか、そんな不安が頭をよぎる。

 

「拓斗?」

 

 忍の俺を呼ぶ声で顔を上げる。どうも事態を悪いほうへ考えすぎてしまう。それに考え込んで、そちらにばかり気を取られてしまうのは俺の悪い癖だ。

 

「ゴメン、ちょっとね」

 

「ちょっとというには暗かったけど?」

 

 忍はそう言って、俺の頬に手で押さえ自分の方に向かせると真っ直ぐに俺の目を見てくる。こうして女性から真っ直ぐ見つめられると普通なら恥ずかしいという気持ちが先にくるのだろうが、身長差や気分の問題か、全くそんなことにはならない。

 

「ちゃんと言って、じゃないと何もできないわよ」

 

 忍はそう言って笑顔をくれる。彼女には本当に敵わない。俺の気持ちを察して言葉をくれる。何もできないなんて言っているけど、俺は彼女達にかなり救われている。

 

「さんきゅ、忍…」

 

「お礼はいいから、何を考えていたのか教えなさい」

 

 忍にお礼を言うと、忍は俺の頬に添えた手に力をいれ、少し凄んでくる。どうやらアレでは納得してくれないらしい。仕方ないので、素直に考えていたことを話す。

 

「なるほどね、そんなことを考えてたんだ」

 

 忍は俺の話を聞いて少し呆れ顔になる。

 

「大丈夫よ、拓斗が思っているよりずっと変わっているはずだから…」

 

「そう…なのかな?」

 

 忍の言葉に俺は戸惑いながらも言葉を返す。

 

「拓斗がいるのは私達にとって間違いなく良い事よ。それは絶対言い切れる」

 

 忍のその言い切った言葉に俺の感じた不安が少しずつ晴れていく。

 

「闇の書のことも、絶対何とかなるわよ。だから、そんなに不安になることはないわよ」

 

「ありがとう忍」

 

 忍の言葉に勇気付けられる。ただの報告だけのはずがこうして忍に勇気付けられてしまった。

 

「じゃあ、すずかにも伝えてくる」

 

「そう、じゃあね~」

 

 俺は忍の部屋を後にする。部屋を出るときに忍が笑みを浮かべていたが、間違いなく俺とすずかのことを面白がっている。

 忍が俺とすずかをくっつけたがっているのは知っている。忍には恭也がいるように、すずかの隣に俺がいて欲しいのだろう。その事に不満はない。

 人には人の事情がある。俺がもとの世界に帰りたいと思っているように、忍もそう思っているだけだ。これが害意や敵意なら話は別だが…。

 

 忍の部屋を出たその足ですずかの部屋へと向かう。

 

「すずか、いる?」

 

「拓斗君? うん、いるよ」

 

 すずかの部屋の前ですずかに声を掛けると部屋の扉が開き、中からすずかが顔を出す。

 

「入ってもいい?」

 

「うん、どうぞ」

 

 すずかの許可を貰い、部屋の中に入る。すずかの部屋は女の子らしくぬいぐるみなど置いてあるが、目立つのは本棚だ。趣味が読書のためかかなり大きな本棚が置いてあった。

 

「どうしたの拓斗君?」

 

 すずかは自分のベッドに腰掛け、俺は部屋にある椅子に腰掛け向かい合う。すずかは薄桃色のパジャマを着ていて、素直に可愛らしい。

 

「さっき和也から連絡があって、今週末にフェイトがこっちに来るらしいよ」

 

 俺はすずかにフェイトのことを伝える。

 

「本当っ!」

 

「ああ、今週末ぐらいに来るってさ」

 

 フェイトが来ると聞いてすずかは嬉しそうな表情を浮かべる。これだけでなのはやアリサ、フェイトがどんな反応しているかが理解できる。まぁ、直接的な交流の少ないすずかがこうなのだから、なのはやフェイトはこれ以上に喜んでいるのではないだろうか。

 

「そっか、どれくらいこっちにいられるのかな?」

 

「そのあたりはまだわかってないけど、もしかしたら聖祥に通うようになるかもね」

 

 原作通りであれば聖祥に通うことになるはずだが、プレシアが生存していることでそれが変わる可能性もある。

 プレシアの体の状態はかなり悪い。その事を考えるとフェイトは母親の傍にいたいと思っている可能性も高い。

 

 ――フェイトは優しいからね

 

 あれほどの虐待を受けながらフェイトはプレシアのことを母親と言っていた。それだけ母親のことを思っている。

 

「そうなったらいいな。でもフェイトちゃん、勉強とか大丈夫なのかな?」

 

「いやいや、そうなるかもってだけでまだ決まったわけじゃないからね」

 

 すずかはフェイトがもう聖祥に入るものと考えて色々考えている。その様子に苦笑いを浮かべながらもフェイトが来るのであれば、どうせなら楽しんで欲しいと考える。

 あの甘いリンディさんのことだから、間違いなく俺達にフェイトを会わせてくる筈だし、自由行動も許すだろう。

 

「それとはやてのことだけど…」

 

「はやてちゃん?」

 

「ああ、足の治療というか闇の書のことで今週末にその担当の人が来るんだ」

 

「じゃあ、はやてちゃんの足ももうすぐ治るんだっ」

 

 すずかは俺の話しを聞いて嬉しそうな表情を浮かべる。すずかの言うようにはやての足はもうすぐ治る。聖王教会が来るとはいえ、あくまで闇の書の主の性格や守護騎士の危険性を見るからで何の問題もなければそのまま管理世界に行き治療が始まることだろう。まぁ、正直本人達に何の問題もないのは交流を深めてわかっているので、妨害や横槍を気をつけるだけなのだが…。

 

「余裕があるようなら皆で遊べればいいけど」

 

「うん、はやてちゃんのことも皆に紹介したいし、フェイトちゃんが来るなら皆で会いたいよね」

 

 俺の言葉にすずかは同意を示す。せっかく皆が揃う機会なのだ。どうせならこの機会にはやてをなのは達に紹介したい。

 

 週末を楽しみにしながら夜は更け、一日が過ぎていった。

 



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44話目 始まる刻

 

 週末。今日は聖王教会の人やフェイト達が来る、俺達にとっては待ちわびた日であった。聖王教会の人達が来るのは昼以降との事なので、俺は先に八神家へと足を運んでいた。

 

「今日、その聖王教会の人達が来るんやなぁ~」

 

 はやては待ちくたびれたかのような声を出し、壁にかかってある時計を見つめる。はやてには自分の足が治るという話を聞いてから今日まで本当に長く感じたというのは簡単に想像できた。

 

「うぅ~~、早く来えへんかなぁ~~」

 

 今の時刻は9時。昼までにはまだまだ時間があるとはいえ、あと3時間ぐらいなのだがはやてには長く感じられるのだろう。唸りながら不満の声を上げている。

 

「唸ったところで、余計に時間が長く感じるだけだと思うけど」

 

「せやけど~」

 

 俺の言葉にはやてはやはり不満を漏らす。本来ならこういうときに役に立って欲しい守護騎士達だが、その守護騎士達もはやてと似たり寄ったりな状態だ。

 シグナムは落ち着いているかのように見えるが足がせわしなく動いているし、ヴィータはザフィーラの毛を弄って不満を紛らわせているし、シャマルはオロオロと動き回っている。なんというか一緒の空間にいるのが辛くなってくる。

 

「っと、メールだ」

 

 そんな状況の中、メールが送られてきたので見てみると、相手はすずかからで準備ができたから来て欲しいという内容であった。

 そのメールの内容に俺は安堵の溜息を漏らす。この空気からようやく脱出できることを素直に喜んだ。

 メールに書かれてある準備とはフェイトを出迎える準備のことだ。今日のためにノエル達が準備をしたり、桃子さん達がケーキを作ったりしてくれたのだ。そして、ちょうどいい機会なのではやてを呼んで皆に紹介しようということになったのだ。

 

「誰からなん?」

 

「すずか、この前みんなのこと紹介するって言っただろ。だからはやて達を連れてきてだって」

 

「えっ、今から?」

 

 メールの内容をはやてに教えるとはやては驚いた表情を見せる。まぁ言ってなかったし、無理はない。

 

「時間はあるんだし大丈夫だって」

 

 窓から外を見てみると既にノエルさんが待機していた。送迎用の車を用意してくれたらしい。

 

「主はやて、せっかくの招待なのですし行かれたらどうですか」

 

 はやてが迷っているところにシグナムが声を掛ける。

 

「なに言ってんの守護騎士達も行くんだよ」

 

「なに?」

 

「えっ?」

 

「ホントかっ!?」

 

 俺の言葉に守護騎士達が反応を返してくる。一番反応が良かったのはヴィータだ。

 

「本当だけど、というか守護騎士を置いてというわけにはいかないからな~」

 

 限りなく可能性は低いがはやてが狙われる可能性も視野にいれ戦力は多い方がいいし、もしかしたら守護騎士たちを狙う可能性もある。あとは誰かが守護騎士を偽って行動する可能性もある……猫姉妹とか。

 

「いいのか?」

 

「むしろそうじゃないと困る、ほら早くしないと時間がなくなるよ」

 

 質問してくるシグナムにそう返すと、はやて達に外に出る準備を促した。

 

 ノエルの運転によってはやて達を月村邸に連れて行く。するとすずかやなのは達が出迎えてくれた。

 

「いらっしゃいはやてちゃん。それにシグナムさん達も」

 

「その子がはやてちゃん? 私は高町なのは、なのはって呼んでっ!!」

 

「私はアリサ・バニングスよ、よろしくねはやて」

 

「私は八神はやてや、よろしくななのはちゃん、アリサちゃん」

 

 なのはとアリサははやてに自己紹介をする。はやても二人に返す。そして守護騎士たちも二人へ挨拶を済ませて、そのまま中へと入った。

 中に入るとすずかからのメールの通り既に準備は済んでいたのか、ケーキなどのお菓子やサンドイッチなどの軽食がテーブルに置かれている。はやて達はそのまま楽しく談笑をしている。

 

 ――楽しそうで何より…かな

 

 女の子の会話に男が混ざるのもどうかと思うので外から楽しそうにしている彼女達を眺める。はやてが楽しそうにしているのを見ると、ここに連れてきたのは間違いではなかっただろう。

 

「いいか?」

 

「どうぞ」

 

 はやて達を眺めているとシグナムが声を掛けてくる。

 

「今日、招いていただけたこと感謝しよう。主はやてやヴィータも楽しそうだ」

 

 シグナムははやて達を向いてフッと笑う。いつも仏頂面だったのでこの表情は新鮮だ。

 

「ところであの高町という少女は魔導師だな?」

 

「ああ、そうだよ」

 

「強いのか?」

 

 シグナムのその質問に思わず苦笑いになる。信用できるのかではなく真っ先に強いのかと聞いてきた。どうやら彼女にとって重要なのはそこらしい。

 そういえばはやて達のことはなのは達は知っている筈だが、なのはが魔導師であることをはやて達に言った記憶はそういえばない。正確に言うと友人に魔導師がいることは言ってはいるのだがそれがなのはだと言ったことはなかったことを思い出す。

 

「ああ、強いよ」

 

 俺ははっきりとシグナムの質問に答える。なのはは強い。それは単純な戦闘能力というだけではなく、心も、在り方も全てが強い。まさに主人公というべき存在だろう。まがい物の自分とは大違いだ。

 デバイス無しでの魔法行使ではおそらくもうなのはには敵わなくなっているだろうし、俺の魔法はそもそもデバイス頼りだ。そのデバイスも与えられたものである以上自分の力とは言えない。

 

「私としてはお前とも戦ってみたいのだがな」

 

「それは催促か?」

 

 シグナムの言葉に呆れながら返す。シグナムと戦ってみたいとは思うが、せめて闇の書の修復がひと段落してからじゃないと、無駄に怪我をしたり消耗しそうな気がする。

 

「そうか……」

 

 シグナムは残念そうにしながら俺から離れていく。その後、俺はすずか達との会話に交ざりながら時は過ぎていき、聖王教会が到着する予定となっていた時刻になる。

 

「あっ、私らもう帰らんと……」

 

「あ、ちょっと待ってはやてちゃん」

 

 予定となった時間になったのではやては帰ろうとするが、忍がそれを止める。

 

「お客様ならこちらにお通しするから、このままここにいても大丈夫よ」

 

「え、ほんまですか?」

 

「ええ、向こうにも連絡入れてあげるわ、だから楽しんで頂戴」

 

 忍はそう言って席を立つ。それを見て俺も席を立って忍を追った。

 

「忍」

 

「どうしたの拓斗?」

 

「いいのか?」

 

「いいのよ、もともと聖王教会の人達はここに来る予定だったし」

 

「はぁ?」

 

 忍の言葉に少し間の抜けたような声で思わず聞き返してしまう。

 

「ほら、私って一応聖王教会の人と交渉したでしょう。だから向こうが挨拶しに来るのよ。ついでに彼らの泊まるホテルを用意したのも私だし」

 

「あ~、なるほど」

 

 聖王教会の人間が泊まる場所とか全く考えていなかったが、忍はちゃんと用意していたらしい。そういう点は本当にしっかりしている。

 

 そんなことを考えていると端末に連絡が入る。繋げるとそこからはここ最近聞きなれた声が聞こえてきた。

 

『お待たせ。今、到着した』

 

「おう、こっちは今、月村邸にいるよ」

 

『八神はやてもか?』

 

「ええ、そうよ」

 

『わかった。月村忍、部屋を一室用意してくれるか? それと拓斗、そっちにフェイトも行くからよろしく』

 

 和也はそう言うと通信を切る。一方的に告げられたことに苛立ちを感じるも、とりあえずはやて達に子のことを伝えるために俺は皆のところへと戻り、忍は和也に言われたように部屋を用意するためにノエルのところへと向かった。

 

「はやて、聖王教会の人達が到着したってさ。今、忍さんが部屋を用意してくれてるからそこで」

 

「うん、わかった」

 

 はやては俺の言葉に少し緊張した面持ちで答える。今まではあれほど待ち遠しいそうにしていたのが嘘のようだ。

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫だって、それと三人とも、フェイトもこっちに来るってさ」

 

「それ、本当っ!!」

 

「じゃあフェイトちゃんとも会えるんだ」

 

「ええ、良かったわねなのは」

 

 フェイトが来ると知ってなのは達三人は嬉しそうな表情を浮かべる。すると、ちょうど外から魔力の反応を感じた。どうやら待ち人が現れたようだ。

 俺は席を立ち、外へと向かう。外には何人かの見知った顔と服も雰囲気も違う人達が数人いた。

 

「拓斗っ」

 

「久しぶり和也、それとリンディさん達も」

 

「ええ、お久しぶりね」

 

「ああ、久しぶり」

 

 リンディさんとクロノが挨拶を返してくる。そして、二人の後ろからおずおずと顔をのぞかせる金色の髪の少女がいた。

 

「久しぶり、フェイト」

 

「う、うん、久しぶり拓斗」

 

 久しぶりに会ったフェイトは数ヶ月前に別れたときよりも遥かに感情を見せていた。久しぶりに会って恥ずかしそうにしているフェイトを見て、年相応の女の子に戻ったことを本当に嬉しく感じる。

 

「そちらの皆様は始めまして、民間協力者の烏丸拓斗といいます」

 

 俺は聖王教会の人達に対して名乗る。こうやって今回の件の関係者であり協力者であることをはっきりを示すことでこの事件に関わるという意思を聖王教会側に示す。まぁ、これは和也が既に聖王教会側に俺のことを伝えている場合全く意味がない。関わるのは確定しているのだが、挨拶するのであれば早い方が良いというだけである。

 すると俺の挨拶に返してくる者がいた。俺より少し年上の金色の髪の少女だ。柔和な笑顔で微笑むその姿は聖王教会の修道服と相俟ってまるで聖母のようにも見える。いや、どちらかというと天使だろうか。

 

「私はカリム・グラシアと申します。聖王教会で教会騎士団に所属しており、今回の件の担当となっております」

 

 カリムは丁寧に挨拶してくる。それに習い、近くにいた聖王教会の人達も頭を下げてくる。

 

「ご丁寧にどうも、では案内させていただきます」

 

 俺はそう言って邸内に彼女達を案内する。そして途中ノエルにあったので案内を引き継いでもらい、俺はすずか達が待つ部屋へと戻ろうとするが、それを和也が止めた。

 

「現地の人間としてお前も参加しろ。それに八神はやてもお前がいたほうが安心するだろ」

 

 和也にそう言われては仕方ないので聖王教会とのお話し合いに参加する。途中、クロノとフェイトはなのは達に会うために別れた。どうやら彼らはこの話し合いに参加しないようだ。

 ノエルに案内された部屋の中に入るとそこには既にはやてと守護騎士達、そして忍が待っていた。カリムは忍に挨拶とお礼を言うと、はやてに近づく。

 

「貴女が八神はやてさん?」

 

「は、はい、そうです」

 

「初めまして、私はカリム・グラシア。今回の件で聖王教会から派遣されてきたものです」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 カリムを見て緊張するはやてにカリムは微笑む。その姿を見て、はやてはますます緊張しているというか恥ずかしがっているのだが、カリムは気づいているのだろうか?

 

「貴女方が彼女の守護騎士達ですね。初めまして」

 

「お初にお目にかかる烈火の将シグナムだ」

 

 シグナムの挨拶を皮切りに他の守護騎士達の面々が聖王教会の人達に向け挨拶をする。彼女達守護騎士達にとって自分達の主、そして自分達の未来に関わる人達を相手にするためかかなり丁寧な印象だ。

 

「今日は簡単に今後のことのお話しと少し確認を取らせていただくだけですから緊張しなくても大丈夫ですよ」

 

 カリムはそう言うとはやてのことについていくつか質問をぶつける。家族構成やいつから足の麻痺が始まったか、守護騎士達がいつ現れたか、その後の体調などだ。それはどれも和也から報告がされているであろう内容で本当に確認という意味が強く感じられたが、とある質問がぶつけられた瞬間、それが勘違いであることに気づかされる。

 

「はやてさん、彼女達が現れるまで一人で暮らしていたんですよね」

 

「はい」

 

「失礼ですが保護者や後見人の方はどうしていられたんでしょうか?」

 

 この瞬間、俺は和也の方に目を向ける。俺も和也もはやての後見人がグレアムだということを知っているし、その事はこの世界でも調べればあっさりと出てくる。まぁ、管理局のとはでないだろうが。

 そして、その情報は間違いなく聖王教会にも伝わっているはずだ。少なくとも、こういった大きな事件に関わる以上、その関係者など色々調べているはずだ。それなのにわざわざこういった質問をする。確かに確認の意味もあるだろうがそれ以上に和也の思惑が見て取れた。

 

「後見人はグレアム叔父さんです。ずっと、仕送りしてくれてました」

 

 はやてがそう言った瞬間、息を呑む声が聞こえる。リンディさんだ。反応からしてこのことを知らなかったのだろうが、その隣にいる和也がしてやったりの笑みを浮かべているところを見ると彼の思惑通りらしい。

 ようするに和也はこの場ではやてにグレアムが自分のことを知っていることを言わせたかったのだ。そもそも普通に調べれば、八神はやての後見人がギル・グレアムという名前の人物であることは出てくる。管理局の人間が調べれば、それがどこのギル・グレアムなのかを特定することは珍しいことではないだろう。

 はやてがこう言った事でグレアムが随分前から闇の書の所在を知っていたことを確認することができた。これを上手く利用するつもりだろう。単純に罪を追求するだけでは抵抗される危険性があるので、リンディさんを使い、グレアムの情に働きかけるといった具合だろうか。

 

 その後は今後のことについてカリムとはやてが話しあって終わった。結論としては月村邸にトランスポーターが設置されるようなのでそれを使って管理世界に転移するらしい。ちなみに費用は聖王教会と管理局、そして月村家で大体三分割のようだ。

 最初言っていた和也の転移魔法という手段であるが流石に個人の長距離転移は危険だという判断に至ったらしい。

 

 はやてはそのまますずか達のところへと向かい。カリムと聖王教会の面々は今度は忍とのお話し合いに入る。リンディさんは思案顔ですぐにアースラへと戻り、俺と和也はゆっくりと話しながらすずか達のいる部屋へと歩いていった。



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45話目 手遅れ

 

 無事にはやて達と聖王教会の面談が終わり、すずか達のいる部屋に戻るとそこでは既に女の子たちが話に花を咲かせていた。

 

「あっ、拓斗君。お帰りなさい」

 

 俺が戻ったのを見つけて、すずかが声を掛けてくる。

 

「はやてのことは上手くいったみたいね、ご苦労様」

 

「俺は大したことはしてないよ。苦労したのはこっち」

 

 アリサが俺の労を労ってくるが正直あまり大したことをしていないので働いた和也の方を示す。するとここにいた全員が和也の方を向いた。

 

「そういえばはやてにはまだ紹介してなかったな。薙原和也、時空管理局の執務官で今回のことでかなり動いてくれた人だ」

 

 俺ははやてに和也のことを紹介する。するとはやては和也に近寄った。

 

「あの私のために動いてくださって、本当にありがとうございますっ!!」

 

「あ~、まぁこれも仕事だから気にしなくてもいいよ」

 

 はやては和也にお礼を言う。その真っ直ぐ向けられるはやての感謝の言葉に和也は照れを隠すように頬をかく。その姿にツンデレか、と思ったが声には出さない。管理局員ならこうやってお礼を言われることも少なくないと思ったが意外とそうでもないのか、それとも単に和也が慣れてないだけなのか…。

 

「拓斗君もありがとうな」

 

「えっ、あ、ああ、でもまだ終わったわけじゃないから、お礼はまだ早いよ」

 

 はやては俺にもお礼を言ってくる。まさかこっちにもお礼を言ってくるとは思わず、少しどもってしまった。

 

 ――俺も和也のことを言えねぇよな

 

 はやてからの感謝の言葉を受けて少し照れくさい気持ちになる。こういった純粋な気持ちを向けられるのはなんというか恥ずかしい。

 和也の方を見てみるとこちらを向いて苦笑いを浮かべている。どうやらお互いに似たような気持ちになっているみたいだ。

 

 

 

 

 

「ここが海鳴臨海公園だよっ」

 

 なのはがフェイトに向かって今いる場所を紹介する。今、俺達は月村邸から外に出ていた。フェイトに街を案内するためだ。

 

「此処、あの時の……」

 

 フェイトの口から言葉が漏れる。その表情には色々な感情が浮かんでいた。そう、此処はフェイトとなのはがお別れした場所であり、お互いの思いをぶつけ合った場所だ。

 

「ほんの数ヶ月前なのに懐かしいね」

 

「うん、そっか、もう数ヶ月も経っちゃったんだね」

 

 フェイトとなのはは向かい合って懐かしむように笑う。

 

「此処でなのはとフェイトが戦ったんだよな」

 

「ああ、アレは凄かったな。確か『始めよう。最初で最後の本気の勝負!』だっけか」

 

「『これが私の全力全壊』とかっていうのもあったな」

 

「うぅ~~、もうやめてよ~~」

 

 俺と和也はなのはとフェイトの戦いを思い出しながら話す。俺達の話しを聞いてそのときのことを思い出したのか、なのはの顔は真っ赤になっていた。そんななのはの表情を見てその話に興味を持ったのか、すずか、アリサ、はやてが興味深そうな顔をしながらに近づいてくる。

 

「へぇ~、なのはってばそんなことしてたんだ」

 

「なぁ拓斗君、そのお話しもっと聞かせてーな」

 

「今日はフェイトの案内だし、また後でな」

 

 アリサとはやてが過去のなのは達のことが気になるのか聞いてくるが、今の目的はフェイトの案内なので話を逸らす。

 

「じゃあ、今日はすずかの家でお泊りね」

 

 しかし、アリサは諦めなかったのか。そんなことを言ってきた。

 

「すずか、大丈夫よね」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

「皆はどう?」

 

 すずかに確認を取れたアリサは満面の笑みで他の皆に聞く。

 

「私は大丈夫だよっ、皆でお泊りとか久しぶりだねっ!!」

 

 なのはは嬉しそうな表情を浮かべる。なのはは自分のことがネタになることをわかってないのだろうか?

 

「私もええよ。なら着替えを持ってこんといかんな~」

 

 はやてもお泊りに同意する。今まで友人の家に泊まるっていう機会がなかっただろうから楽しみなのだろう。楽しみにしているのがわかりやすいほど伝わってくる。

 

「えと、私は……」

 

「いいんじゃないか。どうせすぐに戻ることになるわけじゃないんだ。一日ぐらい楽しんでくるといい」

 

 フェイトはお泊りすることに躊躇うが、和也が背中を押すように許可を出す。一応、裁判が終わったとはいえ、まだ保護観察がついている状態なので本来こういったことを簡単にできるような立場ではない。

 

「和也…いいの?」

 

 それをわかっているのかフェイトは戸惑いながらおずおずと和也に質問する。

 

「いいよ。リンディさんには言っておくし、どうせ俺も泊まるつもりだから」

 

「って、お前も泊まるのかよ」

 

 和也が余りにもあっさりと言うので思わず突っ込んでしまう。俺が聞いてなかったことを考えると忍がわざと教えなかったとしか思えない。

 

「あ、ありがとう、和也…」

 

「どういたしまして」

 

 お礼を言うフェイトの頭を和也が撫でる。フェイトはそれを黙って受け入れる。その表情は恥ずかしそうに、でも嬉しそうに見える。そんな二人の姿はまるで…

 

「兄妹みたいだな」

 

 優しい兄と純粋な妹、二人の今の姿はそう見える。

 

「ああ、一応、後見人がリンディさんってことになるし、兄妹にはなるのかな」

 

「そうなんだ」

 

 このあたりは原作通りになるのだろう。プレシアはまともに生活できるような体調ではないし、もしそうでなかったとしてもPT事件の罪が問われる。である以上、フェイトには保護者や後見人が必要となるのでこれはおかしなことではない。この分だとフェイトは海鳴に引っ越してくるのも時間の問題だろう。

 

 そんなことを話しながら俺達は海鳴の町を皆で廻る。そして最後に来たのは翠屋であった。

 

「いらっしゃいませーってなのは。それに皆もいらっしゃい」

 

 店の中に入ると店を手伝っていたのか美由希が出迎えてくれる。そして席に案内してくれるが少し人数が多いので俺と和也は別の席に座る。

 

「ふぅ」

 

「お疲れ様、とりあえずはひと段落だな」

 

 席に着いた瞬間、息を吐く和也に声を掛ける。本当に行き着く暇もないという状況だったのだろう。

 

「ああ、これで残りは向こうでってことになる」

 

 和也は背もたれに体を預け、ぐでーと全身で疲労をアピールする。ふとすずか達の席の方を見ると楽しそうに談笑していた。

 

「それで、そっちはどうなんだ」

 

「なにがだよ?」

 

 いきなり話題を振ってきた和也に、言葉の意味が理解できずに返す。

 

「ほら、気持ちの変化とか、それとあの子達との関係とか…」

 

 和也はこっちを見ながらそんなことを言ってくる。

 

「あいつらとの関係ねぇ~」

 

 この数ヶ月ですずかやなのは、アリサとの関係は少し親密になっているといってもいい。すずかには俺の秘密が全て知られてしまい、なのはやアリサは全て話していないとはいえ、少しずつ知られていっている。はやてはまだ付き合いが浅いゆえにそうでもないがそれでも親しくしていることには変わりない。

 

「あまり親しくなるなよ、帰るときに辛くなるぞ」

 

 和也は俺にそう警告してくる。繋がりが深くなればそれだけ帰ることに未練が残る。親しい人間が多くなれば、それだけ離れるのが辛くなる。

 

「……わかってるよ、そんなこと」

 

 和也の警告に俺はそう返すのが精一杯だった。

 

 

 

 

 翠屋を後にした俺達は月村邸に戻り、夕食を楽しんだ後、広間に集まっていた。今はあの時、俺が撮影したなのはとフェイトの戦いを鑑賞している。

 

「うわぁ~、凄いわね。二人とも」

 

「本当や、あっフェイトちゃんの攻撃がなのはちゃんに当たった」

 

「なのはちゃんもフェイトちゃんも、物凄く怪我してる」

 

 アリサ、はやて、すずかの三人は各々に二人の戦いの感想を述べる。二人の戦いは壮絶と言っても過言ではないほど、凄まじい戦いなのでひくんじゃないかと思ったが、すずかとアリサは訓練を見ているし、はやても意外とこういうのには耐性があるようだ。

 

 ――はやては二人みたいにならないよな~

 

 はやての将来を思い不安になる。才能があるのはわかっているし、おそらくこれくらいの魔法を使えるようになるのは想定できるのだが、二人のように戦闘にばかりになってほしくはない。いや、二人が戦闘狂というわけではないのだが、原作を見ている限りなのはは戦いばっかりのイメージだし、フェイトもなんだかんだで戦闘が多いイメージがある。二人もそうなのだがあまり荒っぽいことに慣れてほしくはない。

 

 ――とはいえ、無理な話ではあるよな~

 

 今の管理局の状態、管理世界の情勢を見る限り、そんなことが不可能であることはわかっている。地上、海に限らず犯罪はあるし、その規模は地球の比ではなく、その上管理局は万年人手不足だ。才能のある魔導師であるなのはやフェイト、はやてが管理局に関わるというのであれば、そういうところに出向くのはある意味必然とも言えよう。彼女達がその道を選ぶのであれば、止めることはできない。

 

 ――そっか、先のこともあるよな

 

 strikers、vivid、force、俺がもとの世界に帰るということは未来に関われないことを意味する。帰還方法も見つかってないのに言っても仕方ないことだが、帰るということはそういうことだ。

 

 ――結局、後悔が残る……かぁ

 

 もし帰ったとしても、なのは達の未来が気になる。今後がどうなるか気になってしまう。それは既に未練と言えよう。帰っても残っても未練が残る。

 

『あまり親しくなるなよ、帰るときに辛くなるぞ』

 

 ――もう手遅れだよ

 

 和也の言葉を思い出し、心の中で自嘲する。何事もなく帰るには皆と親しくなりすぎた。大切な人達ができてしまった。どちらを選んでも後悔することは間違いない。

 

 

 

 

 

「どうしてこうなった」

 

 先ほどまで憂鬱になっていた俺であるが今は現状に戸惑っていた。というのも今の状態に問題があった。

 

「すぅ、すぅ」

 

「ん、たくとぉ」

 

 今、俺の両隣ではなのは、そしてアリサが寝ている。いつもであれば自分の部屋で寝ているはずだが、皆が泊まると言うことで大部屋で皆で寝ることになったのだ。ちなみに和也はというとちゃっかりと客室で寝ている。まぁ密着しているわけではないのだが、その距離はかなり近く寝息が聞こえてくる。

 

「まったく……」

 

 二人を起こさないように物音に気遣いながら起き上がると窓へと近づく。窓から見える夜空は綺麗な星とくっきりと見える月が輝いていた。

 

「拓斗?」

 

 不意に俺を呼びかける声が聞こえたのでそちらを見るとフェイトが起き上がり、こちらの方を向いていた。

 

「眠れないの?」

 

「ちょっとね、起こしちゃったか?」

 

 寝ている皆を起こさないように気遣いながら小声で話す。

 

「ううん、私もちょっと眠れなくて…」

 

 フェイトは俺に近づくと窓の近くに座っている俺の隣に座る。

 

「今日はどうだった?」

 

 話題がないのでとりあえず今日のことを聞く。基本的に話したいことはもう寝るまでに話しきってしまった。

 

「うん、楽しかったよ。こんなの初めてで本当に楽しかった」

 

「そっか」

 

 フェイトは本当に嬉しそうな表情を浮かべる。こう言ってくれた以上、今日の予定は正解だったようだ。

 

「私、今までずっと母さんのために生きてた。でも、なのはに会えて、皆と一緒にいるのが本当に楽しいことだってわかったの」

 

「……」

 

 フェイトの話を黙って聞く。

 

「だから今の私を作ってくれたなのはには本当に感謝の気持ちで一杯なんだ」

 

 フェイトはそう言って少し頬を赤らめながら微笑んだ。

 

「もちろん、拓斗にもだよ」

 

「えっ」

 

 フェイトはそう言って俺の手に自分の手を重ね、俺の肩に自分の頭を置いてもたれかかってくる。

 

「拓斗がいなかったら母さんは死んでたかもしれないって和也から聞いたの。確かに母さんは許されないことをしたし、色々なことをされた。でも、私の大切な母さんだから」

 

 フェイトは真っ直ぐにこちらを見つめてくる。

 

「だから、ありがとう拓斗」

 

「どういたしまして、フェイト」

 

 俺はフェイトの頭を撫でる。さらさらしている髪が指に絡まり気持ちがいい。ふわっと髪を弄るたびにフェイトから漂ってくる香りが俺の鼻をくすぐった。

 

「だからね、困ったときは私を頼って、た、大切な…友達だから、力になりたいんだ」

 

 フェイトは真っ赤になりながらもそんなことを言ってくる。

 

「ああ、その時は頼むよ」

 

 俺はフェイトにそう言うと軽く頭をポンと叩き、自分の布団には戻らず、部屋の方へと戻る。流石にみんなと一緒に寝る気はなくなった。

 

「フェイト、おやすみ」

 

「あっ、うん、おやすみ」

 

 部屋を出るときにフェイトから少し寂しげな声が聞こえ、後ろ髪を引かれる思いになるがそのまま部屋を出て行き自分の部屋へと向かった。



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46話目 いざ聖王教会へ

 アースラの艦長室、そこでリンディは目の前に映るとあるデータを見ていた。

 

「まさか…そんなっ!?」

 

 リンディは目の前に映し出された情報を見て驚きを隠しきれない。それは自身がもしかしたらと前もって予想していたとしても動揺を隠し切れない代物であった。

 

「……」

 

 動揺しているがもう一度きちんとそのデータを見返す。無いとはわかりつつも見間違いではないかという僅かな期待をするが、目の前に映し出されるデータがそれを否定する。

 

 彼女の目の前に映し出されていたのはギル・グレアムに関するデータであった。

 

 そのデータを調べるきっかけとなったのは月村邸で行われた八神はやてとの対面の時、八神はやての放った一言であった。

 

 ――後見人はグレアム叔父さんです。ずっと、仕送りしてくれてました

 

 八神はやての口からでた人物の名前はリンディにとってなじみの深い人物であった。今は亡き夫の上司であり、その彼の命令が彼女の夫クライド・ハラオウンは亡くなったのだ。

 リンディ自身、夫が殉職したことに深い悲しみを抱いているが、もう一方で仕方ないことだと納得もしている。時空管理局で働く以上、そういった危険性はいつでも潜んでいるのだ。夫が死んだことに納得はしてないが、管理局の提督として理解はしていたし、それに納得して自身もこの仕事に就いていた。

 

「グレアム提督……」

 

 八神はやての後見人が自らの知るギル・グレアムだということを目の前に映し出されたデータは証明していた。そのデータはグレアムが数年前から闇の書について知っていたことを表している。

 ロストロギアの隠蔽。その事実は管理局員として許されざる行為であった。

 リンディの知るグレアムという人物はお世話になった人物であり、管理局でも英雄と言われるほど実績もそして能力も人格も人望もある人物であった。しかし、そんなグレアムがこのような罪を犯してしまったことにリンディは深い悲しみを抱いた。

 確かに闇の書に対する恨みも怒りも夫を亡くしたリンディにはある。闇の書の守護騎士を見た瞬間、主である八神はやてを見た瞬間、心の奥にどす暗い何かを感じたが、必死にそれを表に出さないように隠した。管理局員としての矜持が私怨をぶつけるのを許さなかったのだ。

 

「あの子達はこのことを知っていたのね……」

 

 リンディはあの場にいた面々のことを思い出す。まず間違いなく聖王教会の面々はグレアムが八神はやての後見人であることを知っており、そして薙原和也、烏丸拓斗も知っていたであろうと予想する。

 今回の件、あまりにも教会とも連携が上手く行き過ぎていたということにリンディは気がつく。

 

(そういえばあの子達には原作知識というものがあったわね)

 

 リンディは和也と拓斗のことを考える。二人には原作知識という一種の未来の情報と言ってよいものを持っていることをリンディは思い出した。

 

「完全にあの子達の計画通りのようね」

 

 そもそもその原作知識について情報を引き出そうとしなかったリンディにも問題があるのだが、これまで自身に協力を求めなかったことや、これまでのことを省みるに全て彼らの手の内であることは推測できる。

 

「私は蚊帳の外ってわけね」

 

 おそらくリンディが闇の書の被害者ということで不安な要素を組み込みたくなかったのだろうが、和也からの信頼を受けてないと感じてしまうことをリンディは寂しく思った。

 

「さてとどう動くべきかしら」

 

 ここでグレアムのことを知らせてきたあたり、自身を動かせたいという和也達の思惑は見て取れた。

 

「でもまずは…」

 

 リンディはそう言ってテーブルに置かれたお茶に砂糖を流し込む。

 

「糖分補給よね♪」

 

 

 

 

 

 和也と聖王教会がこの世界に来てからというもの、俺と和也そしてカリム・グラシアは闇の書の修復プランの確認をほぼ一日中行っていた。

 

「とりあえずは魔力の蒐集が第一となるな」

 

「そうですね」

 

 和也の言葉にカリムが頷く。まず俺たちが行わなければならないことは闇の書の魔力の蒐集である。幸い、管理局や聖王教会の協力があるため、集めるのは楽ではあるのだが勤務に差支えが無いようにしなければならないため、一度に大勢というわけにはいかない。

 

「その後、闇の書を起動させて管制人格を外に出す」

 

「そして闇の書の闇を切り離して、いくつかの機能を闇の書からこちらが用意したものへと移す」

 

 和也の言葉に俺が続ける。

 

「後は闇の書をデリートという形になる」

 

「上手くいくのでしょうか?」

 

 和也の言葉にカリムが不安そうに確認する。無理も無い。いくら計画を念入りに練っても、闇の書というかなり危険なロストロギア、それに修復といってもぶっつけ本番なのだ。

 

「準備も進んでいるし、大丈夫だろう」

 

 和也は思案しながらもカリムに答える。しかし、そう言う和也も少し不安に思っているのも事実だ。

 

 俺と和也はプランの確認を何度も行い、修復のための準備も行っている。そのため、割と自信はあるのだが正直こればかりはやってみなければわからない。

 

「それで彼、烏丸拓斗と八神はやて、守護騎士達の移動は予定通りでいいのか?」

 

「はい、確認を取りましたら、予定通り今週末にでも向こうに移っていただきます」

 

 和也の質問にカリムが答える。彼女達がここに来て数日、既にはやての素行調査などを終えた彼女達は聖王教会に報告書を送り、はやては今週末にでも管理世界に移動することが決まっていた。

 随分、急だと思ったがはやての重要性を考えるとなるべく早い方が良いというのとはやての体調の問題もあり、この予定となった。そして俺もちょうど夏休みが始まるため同行することになったのだ。

 移動方法はこの数日の間に月村邸に設置されたトランスポーターを予定通り使用するらしい。既にテストも何度か行っており、ちゃんと使えるのは確認できている。

 

「それでは失礼します」

 

 カリムはそう言って部屋を出て行く。おそらくはやてのところに行くのだろう。ここ数日、カリムははやてと交流を深めていた。二人とも数日で仲良くなったようで、特にはやては姉のようにカリムを慕っている。

 

「それでどうなんだ? 管理局の方は…」

 

 俺は和也に質問する。ここ数日は計画のことや修復のための準備をずっとしていたので管理局のことについては全く気にしていなかったが、リンディさんにグレアムの情報を与えた以上、ある程度の行動を起こすのは予想できる。

 

「とりあえずリンディさんが動くみたいだ」

 

「そうか」

 

 おそらく直接会いに行くつもりなのだろう。というよりそれ以外はないだろうが。

 

「とはいえ大した罪にはならないんだろうけどな」

 

 和也が少しぼやくように言う。実際、グレアムの罪は闇の書の発見報告をしてないということといくらかの横領だけだ。原作の方に明確な妨害などが行われていない今、大した罪には問えないだろうし、管理局も身内の犯罪を表に出したくないことから大きなことにはならないのは予想できる。

 

「でも、それでいいんじゃないか」

 

「なにが?」

 

「まだ、この程度しかやっていないから」

 

 そうグレアムはまだこの程度しかやっていない。原作のように明確な妨害をしたわけでもなく、はやての心を壊そうとしたわけでもない。程度の問題ではないかもしれないが、そこまでやってしまえば罪の意識が重くなる。

 守護騎士達も提供してもらい蒐集するのと人や動物を襲って蒐集するのではかなり違ってくる。

 はやてのために横領して、今後役に立つように高性能のデバイスを一個作ったとでも前向きに考えればいい。もちろん、それで済む問題ではないのだが……。

 

「それもそうだな」

 

 和也はそう言って笑顔になる。

 

「俺達の介入で少しでもマシになったってことになるのかな?」

 

「まだ終わってないけどな」

 

 俺の口から漏れた言葉に和也が突っ込む。和也の言うように闇の書の修復作業どころか蒐集すらまだ始まっていない。

 

「じゃあ、もう少しだけ頑張りますかね」

 

「これも世のため人のためってね」

 

 そう言って俺達は闇の書を修復するために準備を頑張るのであった。

 

 

 

 

 

 

 そして週末。俺、和也、はやて、守護騎士達、そして聖王教会の面々は月村邸にあるトランスポーターと使い管理世界に転移した。

 

「へぇ~、ここが管理世界なんや~」

 

「ええ、そうですよはやて。そして、ここが聖王教会になります」

 

 はやては目の前に広がる景色に感動している。俺はというと周りの景色を眺めるもはやてほどの感動はなかった。

 

「拓斗、反応薄いな」

 

「いや、仕方ないだろ」

 

「まぁ、わからないでもないけどな」

 

 和也は苦笑いを浮かべる。俺や和也は文字通り次元が違う世界にいるわけで、そのときのインパクトに比べたら、あまり大したことはない。

 

「それでは中にご案内します」

 

 そう言われ俺達は建物の中を歩く。ふと窓の外を見てみると聖王教会の人が訓練しているのが見える。

 

「ほう、アレが近代ベルカ式か」

 

 すぐ後ろでシグナムが呟くのが聞こえる。俺はベルカ式の魔法を使ってないため、こうやって実際に使用されているのを見るのは初めてだ。古代ベルカ式が近接特化であるのに対して、近代ベルカ式も近接戦特化ではあるものの、ミッドチルダ式の魔法と併用して使用できるらしい。これによって中距離戦も可能であるようだ。

 

「そうです、ミッドチルダ式魔法をベースに、古代ベルカ式魔法をエミュレートして再現した魔法体系になります」

 

 シグナムの言葉を聞いてか、案内の人が答えてくれる。カリム達は途中で報告のためか先に行ってしまったので、俺達はゆっくりと建物の内部や敷地を見ながら歩く。

 

 ――近代ベルカ式ね~

 

 俺も一応剣を習っている身としては一度試してみるべきかもしれない。

 

「どうしたんだ拓斗?」

 

「いや近代ベルカ式も悪くないのかな~って」

 

 窓の外を見ていた俺に和也が声を掛けてくる。

 

「やめとけ、お前は遠距離メインだろ、近接戦闘ができるにしてもフェイトみたいに魔力刃を出したりするので十分だろ」

 

「まぁ、それもそうだよな」

 

 和也の言葉に納得する。そういえば身近なところに近接も射撃もできるフェイトのような魔導師がいた。それに近代ベルカ式とミッドチルダ式がいくら併用できるとはいえ、デバイスに両方組み込んだら負荷がかかり性能が少し下がるので、それならばミッドチルダ式オンリーの方が遥かにいい。

 

「それにいくら汎用性の高い魔法とはいえ、魔力の遠隔運用や長距離発射が得意じゃないが、身体能力が高い奴が選ぶのが多いんだ」

 

「へぇ~、そうなんや~」

 

 和也の話をはやてが面白そうに聞く。この年頃だとやはり魔法に憧れるだろうし、自分も魔法が使えることがわかっているのでこの手の話には興味があるのだろう。

 まぁ、はやての場合、広域殲滅が主だった気がする。そういえばシグナムやヴィータも遠距離攻撃の魔法は持っている。近接戦特化といっても例外があるのか? と思ったが明らかにはやてもシグナムもヴィータも例外に入るのだろう。

 

「ここが皆様の客室になります。一番奥の部屋に薙原執務官と烏丸様、その手前の部屋二つが八神様たちのお部屋になります。何かあれば気軽にお声をおかけください」

 

「ありがとうございます」

 

 案内の人にお礼を言い、部屋の中に入って荷物を置く。

 

「これからどうするんだ?」

 

「今日ははやての検査がメインになる。後で挨拶もあるが今日のところはお前は基本自由だな」

 

 和也にこれからの予定を聞くと俺は自由にしていいらしい。まぁ、重要なのははやてなので俺は必要ないといえばないのだが…。

 

「暇ならそこらへんでも散歩してきたらどうだ?」

 

「そうする」

 

 俺は手を振って部屋を出る。そして建物の外に出られそうな場所を見つけるとそこから外に出て聖王教会の敷地を散策し始めた。

 

 



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47話目 管理局員として

 

 

 時空管理局にある一室。そこではリンディ・ハラオウンとその息子クロノ・ハラオウンが一人の初老の男性と二人の女性と向かい合っていた。しかし、その初老の男性…ギル・グレアムは力なく俯いており、その傍らにいる彼の使い魔であるリーゼロッテもリーゼアリアはグレアムを心配しつつも悔しそうにしていた。

 

「グレアム提督……」

 

 リンディは目の前にいるグレアムに声を掛ける。そんなリンディの表情はまるで苦虫を噛み潰したかの用だった。

 

 事の始まりはほんの数十分前のことであった。聖王教会の人間が八神はやてを教会本部へと転移を確認したあと、リンディ達時空管理局組の任務は終了となりアースラは時空管理局本局へと戻った。リンディは本局に到着するとクロノを連れ、その足ですぐさまこのグレアムの部屋へとやってきたのだ。

 

「失礼します、グレアム提督……」

 

 リンディは扉の前でノックをして声を掛けるやいなや、返事を待たずに部屋の中へ入る。本来なら無礼に値する行為であるが、それを止めるべきであるクロノも事情が事情なだけに止めることはしない。

 

「リンディ君か、そんなに急いで何か用かね」

 

 いきなり部屋の中に入ってきた人物にグレアムは驚くものの、相手が知っている人間だということで落ち着きを取り戻す。

 

「グレアム提督にお聞きしたいことがあります」

 

 そう言ったリンディの表情は険しい。それはこれから彼にする質問がどれだけ重大なことかをわかっているからだ。

 リンディはグレアムに自分が手に入れた情報を見せる。それはグレアム自身が闇の書の所在を和也の報告以前から知っており、闇の書の主である八神はやてを後見人として支援していたことを表すものだ。

 

「あなたは闇の書の所在を既に知っていましたね?」

 

 それは質問ではなく、確認だった。証拠は揃っており、その事実はもう疑いようが無い。

 

「……ああ、知っていた」

 

 グレアムはあっさりとその事実を認める。目の前に出された証拠から否定しても無意味だと理解したのだ。

 

「「お父様っ!!」」

 

 リーゼ姉妹がグレアムの言葉に反応する。いくら事実とはいえ、自分達の主がこんな簡単に認めるとは思わなかったのだ。

 

「いいんだ、ロッテ、アリア」

 

 そう言ってグレアムは二人を制する。それに対し二人は渋々といった表情で無言になった。

 

「それで、お聞かせ願えますよね?」

 

「ああ……」

 

 リンディの言葉にグレアムは肯定し、話し始める。なぜ、自分がこのようなことを行ったのか、グレアムは目の前にいる二人に話さなければならない。それは罪を犯したものとして当然であるが、もう一つ過去の闇の書事件で自分が死なせてしまった部下の身内というのも理由にあった。

 

「11年前のあの事件以降、私はずっと闇の書の転生先を探していた」

 

「破壊、もしくは封印するためにですね」

 

「ああ、そうだ。結局、破壊は不可能で封印という手段しか思いつかなかったがね」

 

 グレアムは自虐的に笑う。その封印という手段も今となっては不可能だ。闇の書が発見され、既に聖王教会が介入した時点でグレアムにできることはない。もし今回の闇の書事件の責任者が自分であったならばという思いにグレアムは駆られるが、そんな過程は無意味である。

 

「しかし闇の書は発見され、聖王教会が闇の書の修復方法を見つけた……」

 

「それが事実かどうかはわからんがね」

 

 リンディの言葉にグレアムは苦笑いを浮かべる。今まで自分がやってきたことを無に返されたのだ。時空管理局でも有名であるグレアムには個人的な情報網などもある。闇の書についての対策と言ってもいいような研究されていたならば自分の耳にも届いていただろうが、そんな情報は今まで無かった。

 

「私は許せなかった!! 闇の書が、彼を奪ったあのロストロギアが!!」

 

「だから封印しようと……」

 

「…両親に死なれ、体を悪くしていたあの子を見て心は痛んだが、運命だとも思った。孤独な子であればそれだけ悲しむ人は少なくなる」

 

 グレアムの感情の籠もった言葉にリンディは共感しつつもどこか冷めた目で彼を見つめる。確かに彼の気持ちは痛いほどにわかるが、そんな彼の姿を見てむしろ憐れに思ってしまう。

 闇の書の凍結封印しようとすること、それはある意味では正しいことである。危険なロストロギアは周りに被害を及ぼす前に封印してしまった方がいい。しかし、それに無関係な一般人が巻き込まれているならどうだろう。今回の場合、闇の書の主ということで無関係ではないのだが、できる限りの対処をすべきではないのだろうか。

 

(私も人のことを言えないわね)

 

 リンディは自虐的な笑みを浮かべる。数ヶ月前のPT事件でジュエルシードを回収する際、リンディはフェイトが暴走させたジュエルシードを放置しようとした。フェイトを確保するためだったとはいえ、現地の住民を危険に晒したのは間違いなく、そんな判断をした自分は目の前にいるグレアムとなんらかわらないように思えたからだ。

 

「グレアム提督……」

 

 リンディはグレアムの名前を呼ぶ。これが先ほどまでこの場で起こっていたことだ。

 

「しかしね、これでよかったとも思える」

 

「え?」

 

 グレアムの言葉にリンディは戸惑う。クロノもグレアムの顔を見て驚いた表情を浮かべた。なぜならグレアムは安堵の表情を浮かべていたからだ。

 

「君達がこの部屋に来たとき、私は安心したのだよ。ああ、やっとこれで解放されるとね」

 

 グレアムはリンディ達がこの部屋に入ってきた瞬間安心した。その時には既にこうなるであろうということに気づいてしまったのだ。自分のやってきたことを死なせてしまった部下の身内である彼女達に気づかれたこと、その事を自分達に問い詰めようとしにきたこと、それにグレアムは安心してしまった。ああ、もうこれでこんな事をしなくて済むと……。

 グレアムは真面目で優しい人間であった。八神はやての凍結封印に罪悪感を覚える程度には。まだ、幼いはやてを凍結封印する事、そして違法な行為に手を染める事にわずかながらではあるが罪悪感を抱いていたグレアムはそれを隠し闇の書の封印を進めようとしていた。

 しかし、聖王教会が闇の書の修復方法を見つけ、その権限を握ったとき、自分達の計画が崩れた事に焦りを覚えながらも内心ではホッとしていた。そして今日、リンディ達が彼の部屋に来たとき、自分がこれ以上罪を重ねずに済むという確信にも近いことを感じ安心したのだ。

 

「「お父様……」」

 

 そんなグレアムを見てリーゼ姉妹が彼の名前を呼ぶ。二人は自分達の主の苦悩に気づかなかった。目の前の闇の書の封印に目を向けすぎていた。しかし、グレアムも本気で闇の書を憎んでおり、自分達の手で封印しようと本気で思っていたのだから、彼女達が気づかないのも無理は無かった。

 

「アリア、アレをクロノに……」

 

「……はい」

 

 グレアムに命じられ、リーゼアリアは自らの懐からカードのようなものを取り出すとそれをクロノに手渡した。

 

「これは……」

 

「氷結の杖、デュランダルだ。本来はあの子の凍結封印のために用意したものだが、私達にはもう必要ないだろう。どう使うかは君次第だ」

 

「わかりました、受け取らせていただきます」

 

 クロノは手渡されたデュランダルの本来の使用目的に顔をしかめるもののそれを受け取り懐に入れる。

 

「では提督……」

 

「ああ、構わない」

 

 リンディはグレアムに声を掛けると彼を拘束する。リーゼ姉妹もクロノに拘束され、数分後リンディが呼んだ管理局員によって三人は連行されていった。

 

「グレアム提督……」

 

 連行される三人の後姿を見ながらクロノは彼の名前を呟く。お世話になった恩人であり、師匠でもあった三人が罪を犯し、連行される姿を見るのはあまり気分のよいものではなかった。

 

「……」

 

 リンディもクロノと同じような気分に駆られる。それは知り合いがそうなってしまったという事もあるが、自分もそうなってしまってもおかしくなかったからだ。リンディもクロノも一歩間違えればグレアムと同じ選択をしたかもしれなかった。

 

「……あとは貴方達の仕事よ」

 

 リンディは誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。自分にできる事はやった。後は本命である闇の書の修復作業だけで、それを行うのはあの二人の役目だ。

 



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48話目 祝福の風

 俺達が管理世界に来てから2週間程度が経った。その間、俺達が何をしていたかというと、もちろん闇の書の修復作業の準備である。

 当然ながら、闇の書にアクセスするためにリンカーコアの蒐集が必要となるわけで、俺と和也や守護騎士達はそのリンカーコアの収集を手伝っていた。しかし、あまり気分の良いものではない。

 

 なぜかというと……

 

「次、1028番っ!!」

 

 目の前にいる人物の声で一人の男性が歩いてくる。その男性の手には拘束具が着けられていた。

 そう、ここは時空管理局にある刑務所だ。そして、俺達は受刑者からリンカーコアを蒐集していた。

 

「……では蒐集します」

 

 シャマルが顔を顰めながら目の前にいる男性からリンカーコアを蒐集する。俺達が彼らから蒐集する事になったのは様々な要因があった。

 一つは管理局が人員不足であるということ。リンカーコアの蒐集によって、一時的にではあるが管理局員が活動できなくなるのを嫌がった管理局は受刑者のリンカーコアを蒐集することを許可した。さらに蒐集した受刑者を減刑することで刑務所にいる時間を短くする事で、コストを減らすという意味もある。あくまでも副次的なものであるが……。

 それともう一つは管理局側からの嫌がらせである。今回の事件で主導権を握る事ができなかった事、そして過去の闇の書事件のこともあり、はやてや守護騎士、修復をしようとしている聖王教会の人間に対して受刑者を蒐集させる事ではやてや守護騎士に君達も同罪だと精神を攻撃しているのだ。

 そんな思惑が管理局にあることはわかっているものの、俺達にはどうする事もできない。管理外世界でリンカーコアを持つ生命体から収集するよりも遥かに効率がいいからだ。

 

「……」

 

 リンカーコアが蒐集されるのを皆、無言で見つめる。喜んでリンカーコアを蒐集させる受刑者もいれば、それを嫌がる受刑者もいる。そんな彼らを見るのが少し苦痛だ。

 

 十数名の受刑者からの蒐集が終わり、俺達は刑務所の外に出た。皆、外に出て大きく息を吸い込んだりしている。

 はやてはここには来ていない。まだ幼い彼女には刺激が強いだろうし、まだこういうのは見せたくないという周囲からの配慮があった。

 

「残りページはどうなってる?」

 

「あと数十ページぐらいです」

 

 和也の質問にシャマルが答える。わずか二週間程度でよくここまで蒐集できたとも思ったが、こういう蒐集の仕方をしていれば、ある意味妥当とも思える。

 

「そうか、それならもうすぐだな」

 

「そちらの準備は?」

 

 和也にシグナムが質問する。やはり、不安は残っているのだろう。

 

「準備はできている、あとは実行だけだな」

 

 準備はもうできていた。あとは蒐集する量を調整して実行に移すだけである。

 

「予定通りなら三日後だな」

 

 明日、また蒐集し、そして一日休んで実行。これが今後の予定だ。守護騎士達も計画実行が目の前に控えて不安、緊張、そして喜びの表情が見える。そうもうすぐはやての体は治り、闇の書は修復され、あの平穏な生活に戻ることができる。彼女達はそんな期待を抱いていた。

 

 

 

 

 

 そして、当日。

 

 俺達はとある無人世界に集まっていた。ここにいるのは俺、和也、八神家の面々だけではなく、聖王教会からカリム、シャッハ、その他高ランク数名。管理局からはアースラ組とその他アルカンシェル搭載の航行船二隻、さらには協力者になのは、そしてフェイトもいた。既に彼女達からもリンカーコアを蒐集させてもらっている。

 

そして……

 

「良かったのかね、私がここに来ても……」

 

 彼…ギル・グレアムだ。彼の使い魔である猫姉妹もこの場に来ていた。グレアムの視線は八神はやてに向かっている。その視線にはやてが気づき、彼女はグレアムへと近寄った。もちろん、守護騎士を伴って……。

 

「はやて、彼がギル・グレアム提督だ。君に支援をしてくださってた人だよ」

 

「あなたがグレアム叔父さん……」

 

 はやては自分の目の前にいるグレアムを見つめる。見つめられたグレアムはそれが辛いのか目を逸らし、少し辛そうにしていた。俺にはその表情に後悔が見えるような気がする。。

 

「ありがとうございますっ」

 

 そんなグレアムにはやては感謝の言葉を述べた。周囲で警戒していた聖王教会の人間や管理局の人間はその事に呆気に取られている。

 

「な、なぜお礼を…?」

 

 グレアムの口からそんな言葉が漏れた。彼にとっては不可解な事だろう。自分が行った事は本来彼女に怨まれてもおかしくない事なのだから……。

 

「グレアム叔父さんのお陰で私は今まで生きてこれました。だから、本当にありがとうございます」

 

 はやてはそう言ってもう一度頭を下げる。

 

「私は両親が死んでからずっと一人やった。でもグレアム叔父さんが後見人してくれたお陰で、お金には困らんかったし、それにちゃんと私の事を知ってくれてる人がいるってことを感じられたんです」

 

 ――ああ、なるほど

 

 はやての言葉に納得する。両親を失い孤独であったはやてにとって、一度も会った事はないとはいえ後見人であり、ちゃんとお金に困らないようにしてくれたグレアムは身内として感じられる人だったのだろう。騙されていたとはいえ親戚であると言われていたことも彼女の精神的な支えになっていたのかもしれない。

 それにはやてはグレアムが何をしようとしていたかを知っている。それでも彼女はグレアムにお礼を言ったのだ。

 それは彼女がグレアムの行動を許すという事に他ならない。

 

「わ、私は……」

 

 グレアムは何かを言おうとするが言葉が出てこない。おそらく様々な感情が彼の中に渦巻いているのだろう。

 

「私は、君を殺そうとした人間だ。お礼を言われるような人間じゃない……」

 

「私はまだ生きてます。それに貴方に助けられてます。まだ、貴方が悩んでいるなら……」

 

 ――この子を救うのに協力してあげてください。

 

 はやてはそう言って、グレアムを真っ直ぐ見つめた。

 

「この子を救うのに協力してください。そして、闇の書の悲劇の連鎖を終わりにしましょう」

 

 はやての言葉にグレアムはしばし俯く。

 

「これが私の贖罪か……」

 

「お父様……」

 

 グレアムの言葉に傍にいた猫姉妹の片割れが反応する。

 

「わかった、私にできる事であれば何でも協力しよう」

 

「はい、じゃあ和也君、あとはお願いや」

 

「了解、じゃあ皆さん。指定の位置についてください」

 

 はやての言葉に和也は反応すると皆に指示を与える。俺と和也は機材の前へクロノやなのは、フェイト、そして聖王教会からの派遣組は戦闘準備に移る。そして大気圏外からはアースラ達がアルカンシェルの発射準備を行う。

 

「はやて、手順の確認をするよ」

 

「うん」

 

 俺と和也ははやてにもう一度手順の確認を行う。

 

「まず、はやてが守護騎士達を蒐集して闇の書を起動させる」

 

「そのあと、はやても闇の書に取り込まれる。このとき精神を強く保たないと闇の書に飲まれるから気をつけてね」

 

 和也の説明に俺が引き継いで説明する。ここでちゃんと注意すべき点を確認しておくことを忘れない。

 

「管制人格に接触したらその子のことを理解してあげて、そしてその子に名前をあげるんだ」

 

「うん、わかった」

 

「あとは守護騎士プログラムを闇の書本体から切り離して彼女達を復元させる。そこからはこっちの仕事だ」

 

 はやてに説明が終わると彼女は緊張した表情を見せる。俺達も準備はしてきたが、こればかりは彼女に任せるしかない。はやても自分の重要性がわかっているから緊張しているのだ。

 

 ――こんなときに気のきいた言葉でも言えれば良いんだけどな……

 

 はやての緊張を解くことができない自分に少しの悔しさを感じる。そんな時だった……

 

「はやてちゃんっ」

 

「はやてっ」

 

 はやてに二人の少女が声を掛ける。なのはとフェイトだ。

 

「なのはちゃん、フェイトちゃん」

 

 はやては二人の顔を見て、安心した表情を浮かべる。二人よりはやてとの付き合いは長いはずなのに安心させてあげられないのは友人としてちょっとどうなのだろうか?

 

「はやてちゃん、大丈夫?」

 

「うん、大丈夫や、なのはちゃん。フェイトちゃんも心配ありがとうな」

 

「ううん、友達だもん、気にしないで」

 

 三人は言葉を交わし、少しだけ和やかな雰囲気になる。

 

「はやてちゃん、絶対大丈夫だよ、だって拓斗君がいるもん」

 

「そうだね、拓斗がいるから大丈夫だよ」

 

「え? いや、俺?」

 

 はやてを安心させるためかなのはとフェイトが言った言葉に反応してしまう。冗談なのか本気なのかの区別がつかない。

 

「うん、拓斗がいるから大丈夫だよ」

 

「その信用、どこからくるんだか……」

 

 フェイトの言葉に俺は少し呆れてしまう。信用してくれるのは嬉しいが、俺個人で何かができるというわけではなく、できたというわけでもない。全部、周りの力を借りてのものだ。

 

「アハハ、そうやな。拓斗君、信用しとるで~」

 

「って、はやてもかよっ」

 

 はやてもフェイト達にノってそんな事を言ってくる。でも、緊張がほぐれているようで何よりだ。まぁ、俺は余計なプレッシャーを背負い込むはめになったのだが……。

 

「和也さんもよろしくお願いします」

 

「了解、完璧にやってあげるから、安心しなよ」

 

 そして、いよいよ作業が開始される。

 

「薙原執務官、結界の展開を完了しました」

 

「わかった、はやて……」

 

「……うん」

 

 和也が声を掛けるとはやては闇の書を手に取り、その上に自分の片手を置く。

 

「シグナム」

 

「はい、主はやて」

 

「シャマル」

 

「はい、はやてちゃん」

 

「ヴィータ」

 

「うん」

 

「ザフィーラ」

 

「……」

 

「始めるよ……」

 

 はやてがそう呟くと彼女の周囲にいた守護騎士達が闇の書に蒐集される。そしてはやても闇の書の中へと取り込まれた。

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 私の意識が戻ったとき、そこはいつもの見慣れた風景やった。私の家、ずっと一人ぼっちで辛かったけど、シグナム達四人が来てからは楽しかった。四人が来てから私の生活は一変したのだ。

 

 無愛想やけど真面目で、しっかりしているシグナム

 

 口が悪いけど、根は優しくて、まるで妹みたいなヴィータ

 

 ちょっとドジで料理も苦手やけど、お姉ちゃんみたいなシャマル

 

 犬にもなれて、既に我が家のペットのザフィーラ

 

 目の前には四人が笑っていて、いつの間にか私の足も歩けるようになっとる。そこで私は気づいた。これは夢なんやって。本当の私の足はまだ治ってないし、さっきまで別のところにいた。だから、これは夢なのや。

 

 ――それに……

 

 確かにこの夢は私の望んだ光景やった。自分の足で歩けるようになって、家族と一緒に過ごせて、学校に行って、友達と遊んで……

 

 ――でも、足りへんよ

 

 そう、まだ一つ、ここに足りないものがある。

 

「見つけた……」

 

 目の前の夢に惑わされずにもっと深くに潜り込んでいくとそこには銀色の髪の綺麗なお姉さんがいた。その瞬間、ようわからんけど私は彼女が管制人格やって理解できたんや。

 

「随分、またせても~たな」

 

「いえ、主。こうしてお目にかかれただけでも光栄です」

 

 私の言葉に彼女は丁寧に返してくる。その表情には嬉しさと辛さが滲んでいるようにも見えた。今までの闇の書、いや夜天の書はは蒐集されなければ主が侵食されて死んでしまい、蒐集しても主は飲み込まれて死んでしまった。一番、つながりの深い彼女はこれまでほとんど主と会話したりする事はなかっただろう。

 

「ううん、これからもずっと一緒やよ」

 

「無理です。自動防御プログラムが止まりません。外で魔導師達が、戦っていますが……」

 

「大丈夫、私の友達は最高やから」

 

 頭に浮かぶのはさっきまで一緒にいた皆の姿。

 

 なのはちゃん

 フェイトちゃん

 和也さん

 そして、拓斗君

 

「あなたは私にいろんなものをくれた」

 

 彼女がいなければ、私はずっと一人孤独やったと思う。家族も友達もできへんかったかもしれへん。確かに彼女はいろんな不幸を起こしてきたかもしれへん。でも、彼女は私に友達を、家族を与えてくれた。

 

「だから、今度は私が返す番や」

 

 私は今の彼女の主として、彼女に幸せを与えよう。

 

「私が名前をあげる。強く支える者、幸運の追い風、祝福のエール……リインフォース」

 

「新名称、リインフォースを認識。管理者権限の使用が可能になります」

 

「管理者権限発動」

 

「防衛プログラムの進行に、割り込みを掛けました。 数分程度ですが、暴走開始の遅延が出来ます」

 

 私は管理者権限を発動させる。すると目の前にいる彼女が状況を報告してくれる。

 

「うん、それだけやったら十分や。 リンカーコア送還、守護騎士システム修復」

 

「了解しました」

 

 彼女は私の指示に従ってくれる。今、外ではシグナム達が召喚されている。

 

「行こうか、リインフォース」

 

「はい、我が主」

 

 そして、私達は皆の待つ外へ出る。夜天の書の主として、もう二度と不幸な事態を起こさないために、そして私とこの子が幸せになるために……。



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49話目 サルベージ

 

「これが闇の書の……いや、夜天の書の管制人格か」

 

 はやてが守護騎士達を蒐集し闇の書を起動させて取り込まれた後、そこに現れたのは長い銀色の髪をした堕天使だった。

 

「気をつけろっ!! 来るぞっ!!」

 

 クロノが皆に警戒の声を上げると同時に管制人格はここにいる魔導師達を襲い始める。

 

「なのは達は和也と拓斗を守ってくれっ、僕達はアレを押さえる」

 

 クロノはそう言うと管制人格の方へと向かっていく。

 

「拓斗、今のうちに準備を進めるぞ」

 

「ああ」

 

 俺は和也と共にはやてが戻ってきてからの準備を進める。しかし、この状況に違和感を感じていた。

 

 ――何かがおかしい…?

 

 手元は空中に浮かんだコンソールパネルを打ちながら、頭の中は先ほど感じた違和感について考えている。

 

「よしっ、こっちは完了。拓斗、そっちはどうだ?」

 

「あっ、ああ、大丈夫……こっちも完了だ」

 

 和也に声を掛けられたので、考え事を一時中断し作業を終わらせる。もともと準備していたのでさほどの手間は掛からない。これで後ははやてを待つだけなのだが、先ほどから感じている違和感はまだ残っている。そして、ある事に気づいた。

 

「なぁ、和也…」

 

「どうした拓斗?」

 

「確か管制人格って、シグナム達みたいに意思を持っていたよな?」

 

「当然だろ……」

 

 俺は和也に確認するように質問する。それに対して和也は呆れたように返してくる。どうやら俺の記憶違いではないらしい。だからこそ俺はこの違和感について確信を得た。

 

「なら、どうしてアイツは一言も話さない?」

 

「なっ!!」

 

 俺の言葉で和也は驚愕する。どうやら和也も気づいてなかったようだ。

 

「拓斗君?」

 

「和也…どうしたの?」

 

 フェイトとなのはは俺達の俺達の様子を見て首を傾げる。彼女達の役割は俺達の護衛のため、クロノ達と管制人格の戦闘の方に集中していたためか、俺達の会話の内容は聞き取れていなかったようだ。まぁ、聞き取れていたとしても彼女達は多分わからないだろう。これは俺達だけ、原作についての知識を持っている人間だけが気づく事だ。

 

「何でもない。なのは達はそのまま警戒を」

 

「? うん、わかった」

 

 なのは達は俺達のことを気にしながらもクロノ達の方へと向き直り、警戒を続けてくれる。それを見て、和也は俺へと念話を送ってくる。

 

『確かに彼女は一言も喋ってないな』

 

『ああ、それに最初から襲ってきたのも変だ』

 

 今更、原作に拘る必要はないのかもしれないが原作通りであれば、彼女が登場したときに言葉を発したはずだし、なのはに攻撃もしたがそれははやてが罠に嵌められ絶望したからであると記憶している。少なくとも外の情報を知る術がある管制人格にとって、今の状況で俺達に攻撃するのはおかしい。

 修復のことがわかっているなら、攻撃してくるのはおかしい。いや、そもそも今、俺達の目に映っている管制人格は別者なのか?

 どれだけ考えても答えは出ない。和也の方を見るが、和也もわからないようだ。

 

 ――当然といえば当然か

 

 俺達、原作知識持ちの弱点は自分の持っている原作知識外のイレギュラーが起きることだ。対処できることもあるが、このように原作沿いからいきなり外れた事が起きた場合、戸惑ってしまい対処が遅れたり、できなかったりする事がある。

 

『和也、どうする?』

 

『考えても仕方ない。俺達のやるべき事には違いない』

 

 和也はそう言うが、先ほどまでとは違い余裕が見られない。和也もこの状況に焦っているようだ。

 

 その時だった。

 

 管制人格はクロノ達の攻撃の隙をついてこちらへ攻撃を放ってくる。

 

「なのはっ、フェイトっ」

 

「任せてっ」

 

「わかった」

 

 クロノがなのは達に声を掛けると射線軸に二人が割り込み、防御魔法を展開する。しかし、攻撃が強いのか少し押されぎみだ。

 

「拓斗っ!!」

 

「OK!!」

 

 その二人の状態を見た和也が俺の名前を呼ぶ。そして俺は和也と共になのはとフェイトが展開した防御魔法の後ろにさらに盾を展開する。それによって管制人格の攻撃を防ぐ事ができた。

 

「よしっ」

 

「しまったっ!!」

 

 攻撃を防いだ事に安心していると、管理局員の焦った声が聞こえる。すると管制人格が猛スピードでこちらに向かってくるのが見えた。どうやら向こうを振り切ってこちらにターゲットを変えたようだ。

 

「クソッ」

 

 俺達四人は向かってくる管制人格を迎撃する。しかし、相手の防御が堅すぎるため、止めるに至らない。

 

 ――予想以上に堅い、クソッ、ここでもずれが出ているのかっ

 

 原作通りであればなのは一人でも管制人格を足止めするだけならどうにかできた。それがクロノ達管理局員と聖王教会の人を合わせても振り切られ、俺達四人の攻撃でも足止めできない。

 

 ――いくらなのは達のデバイスが強化されてないとはいえ、それでも四人がかりだぞっ!!

 

 フルドライブをするべきか迷うが即座に却下する。もしもの事態に備え、ここでの消耗はできるだけ避けたい。

 

「拓斗っ!!」

 

 管制人格はなぜか俺の方へと向かってくる。その理由はどうでもいい。

 

「っ!!」

 

 管制人格が特攻を仕掛けてきたのでそれを回避する。すれ違いざまに彼女の姿を見るが、目には光が映ってないように見えるが彼女が俺のほうを見た瞬間、その口元が大きく歪んだ。

 

「拓斗っ、離れろっ」

 

 クロノの言葉に従い、機材を持ってその場を離れる。すると上空から雨のような魔力弾が管制人格に降り注いだ。そしてまた管理局員達が管制人格を囲み、俺と和也は彼らから距離を取る。

 

「さっきの見たか?」

 

「何をだ?」

 

 和也に先ほどの事を聞くが、和也は見ていなかったようだ。

 

「管制人格の顔っ、表情が出ていた」

 

「表情だと」

 

 和也は慌てて、管制人格を見る。先ほどまではわからなかったが今でははっきりとわかるほど管制人格の顔には表情が浮かんでいる。

 

「嗤ってるのか?」

 

 管制人格は嗤っていた。まるで俺達を嘲笑するように、その顔は醜く歪んでいる。それは俺達の知っている管制人格とは大きく違っていた。

 

「これは…やばいか?」

 

「はやてが出てきたら少しは楽になると信じたいがな」

 

 俺の言葉に和也が答える。状況はかなり深刻だった。その間も管制人格はクロノ達を相手に派手に暴れている。

 

「まるでテロリストとの戦いだな…」

 

 和也がぼやく。管理局員である和也は犯罪者や犯罪組織を相手にしたこともあるだろうからこの状況にも慣れているのだろう。その状況とこの状況が似通っているのは冗談ではないが…。

 

「テロ?」

 

 和也の言葉に何か引っかかりを覚える。ずれている現状、A's編に入ってからどこでズレた? どこからずらした?

 あまりに外れているため、どこからかわからないが闇の書だけに絞ってみる。一番、関係してそうなのは蒐集か……。

 

「そうだ、蒐集だ」

 

『和也、蒐集だ』

 

『何のことだよ?』

 

『だから、このずれの原因がだ』

 

 俺は推測ではあるが和也にこの異変の原因を伝える。

 

『ずれの原因、闇の書の管制人格に一番関係しそうなところといえば蒐集だ』

 

『それは…そうだろうが』

 

『俺達がリンカーコアを蒐集した相手は?』

 

『そりゃ、取っ捕まってる犯罪者…って、まさか』

 

 和也も俺の言わんとしていることに気づいたのか驚愕の表情を浮かべる。

 

『犯罪者を蒐集したことで負の側面があらわれている』

 

『暴走体の方が現れていると?』

 

『あくまで予想だけど』

 

『一番、ありえそうだな』

 

 俺達はリンカーコアを蒐集する際、その殆どを服役中の犯罪者から蒐集した。ここからは俺の勝手な推論となるのだが、もし闇の書にリンカーコアの持ち主の感情などまで蒐集してしまう機能があったらどうだろう。いや、蒐集とまでいかなくても蒐集時に少しだけ影響を受けてしまうぐらいでもいい。

 犯罪者は罪を犯した人間である。無論、やむを得ずというのがあったりするのかもしれないが、その殆どが行うべくして犯罪を行った人間だ。そうした犯罪者の負の側面に闇の書の罪の意識が影響を受けてしまったら…。

 闇の書は今まで多くの不幸をもたらしてきた。管制人格の罪の意識が犯罪者の負の感情なりの影響を受けてしまえば、闇の書の暴走体が現れることもあり得る。

 もしかしたら管制人格が罪を暴走体に押し付けたというものあり得る。バグが発生しなければ、夜天の書として、平穏に存在できたはずなのだから……。

 

「まぁ、勝手な想像だけどね」

 

 単純に暴走体が表に出てきただけだという可能性もある。既に物語は変わっているのだ。

 

「それに重要なのは……」

 

 突如として管制人格の行動が止まる。そして管制人格から上空に光が上る。その光の中でベルカの魔法陣が展開された。

 

「この物語をハッピーエンドで終わらせる事だ」

 

 魔法陣から五人の姿が現れる。

 

「はやてちゃんっ!!」

 

「夜天の光よ。 我が手に集え、祝福の風リインフォース……セーットアップ!!」

 

 現れたはやての姿を見てなのはは喜びの声を上げる。はやてはなのはに笑顔を向けるとリィンフォースとユニゾンし、騎士甲冑を展開した。

 

「みんな、ただいま……」

 

「おかえりはやて」

 

 はやては俺達の方に飛んでくると俺達に声を掛けてくる。俺はそれに返すとすぐに機材を用意した。

 

「早速だが始めるぞ」

 

「うん」

 

 和也と共に機材を用意すると、俺達ははやての手にある闇の書に機材を繋げる。とはいっても見た目的には栞のようなものを挟むだけなのだが……。

 

「強制アクセス、闇の書とのアクセスに成功」

 

「守護騎士プログラム回収、蒐集機能回収完了」

 

「杖、夜天の書のストレージ機能の回収完了」

 

 繋げた闇の書から重要な機能だけを抜き取っていく。コピー&ペーストというよりはカット&ペーストに近い。

 

「管制じっ!! 妨害が発生っ、このままだとアクセスが切断されるぞ」

 

 和也がリィンフォースの回収をしようとしたその時、闇の書のプロテクトが発動しアクセスが切られそうになる。どうやら防衛プログラムの機能が一部再起動したようだ。

 

「アクセス、クロックシューターによる管制人格の回収を開始」

 

 俺は自分のデバイスを闇の書に繋げる。これが奥の手であった。俺達のノーパソは基本的にどんなところでもアクセスする事ができる。それは闇の書であろうと例外ではない。この世界の外のあるようなチートの塊を闇の書は防ぐことはできなかった。

 この事がばれるのは正直好ましい事ではなかったが、そんな事を言ってられる場合ではない。

 俺は繋げた闇の書から管制人格を回収し、用意しておいた機材へと移す。用意したのは新たな夜天の書だ。

 そう俺達がこの世界に管理世界に来て行っていたことの殆どがこの新夜天の書の作成である。

 蒐集に耐えられるだけの大容量高性能ストレージデバイス。守護騎士プログラムや管制人格であるリィンフォースが余裕で載せられ、尚且つ杖自体もそこそこのサポートを行ってくれるという超高性能デバイスだ。……ちなみにこのデバイスの開発には忍がかなり関わっているのは言うまでもない。

 

「管制人格と防衛プログラムの分離、管制人格のみの回収……完了」

 

 防衛プログラムとリインフォースを切り離し、管制人格としての機能とユニゾンシステムを切り離し回収する。するとはやてとリインフォースのユニゾンが解かれた。

 

「メインシステムの回収を確認、残った闇の書の防衛プログラムにアンチプログラム実行開始」

 

 和也が接続されてある闇の書にアンチプログラムをぶっこむ。性能自体は防衛プログラムの消去まではいかず、再生機能と転生機能の妨害をするだけのプログラムである。

 

「アンチプログラムの発動を確認、再生機能および転生機能の停止を確認」

 

「修復……いや、サルベージ終了」

 

 ここにきて和也は今までの修復からサルベージに言い方を変えた。それはこの作戦の目的が闇の書の修復ではなく、一部機能のサルベージにあることを明確にした。しかし、誰もそれを突っ込むものはいない。管理局にとって重要なのは闇の書が危険なものでなくなるということであり、修復云々はどちらかというと聖王教会の方に関わりがある。聖王教会側も計画の内容を知っているのでこれが修復ではなく、一部機能のサルベージであることなど理解していた。

 

「はやて、マスター登録を」

 

 俺は自分のデバイスと闇の書の接続を切ると新夜天の書をはやてに手渡す。はやてが今持っている闇の書を手放すと騎士甲冑が解除され、闇の書は光となって暴走体へと向かっていく。

 

「夜天の書、マスター登録、登録者八神はやて」

 

「登録完了しました、我が主」

 

 夜天の書との再契約が完了し、はやてはもう一度デバイスをセットアップしリインフォースとユニゾンする。

 

「不具合は?」

 

「うん……大丈夫みたい」

 

 和也がはやてに不具合の確認をするとはやてから問題ないと返ってくる。これで闇の書のいや、リインフォース達のサルベージは終了した。問題はここからだ……。

 

「■■■■■――!!!!!」

 

 周囲にけたたましい叫び声が響き渡る。その発生元は先ほどはやての手から離れていった闇の書と融合した暴走体だ。

 暴走体は先ほどまでと同じくリインフォースと全く同じ姿をしながらも身体には刺青のような赤いラインが全身に見える。まるでその赤いラインに身体が侵食されているかのようだ。

 

「本番はここからってね」

 

 これから俺達はあの暴走体を片付けなければならない。

 



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50話目 闇の終わり

ブログにて最新話70話目を更新しました。
それと報告があります。詳しくは活動報告にて




「後はアレをどうにかするだけだな」

 

 和也の言葉を適当に聞き流しながら、俺は暴走体の方へと目を向ける。その暴走体は今ははやてとユニゾンしているリインフォースと同じ姿をしていた・

 

「とはいえ、ちょっと予想外だな」

 

 ――まさか、リインフォースと同じ姿のまま戦うことになるなんて……

 

 暴走体との決戦――これ自体は予定通りだった。しかし、相手がリインフォースと同じ姿をしているとなると話しは違ってくる。

 暴走体が予定通り大型の怪物として現れてくれたのであれば簡単に終わらせる事ができた。単純にここにいる全員で最大火力をぶち込むだけで良かった。

 この場にいるのは原作でもいたメンバーに加え、管理局員、さらには聖王教会の人間もいる。なのはやフェイトのデバイスの強化がなされてないとはいえ、それを補うには十分すぎる戦力だ。

 

 しかし、これが人型相手だとまた内容が違ってくる。原作では大型で動きも鈍かったため、全員が最大火力の攻撃を行う事ができ、尚且つそれを当てる事もできた。

 

「ディバイン…バスターーーッ!!!」

 

 なのはが暴走体に向けてディバインバスターを放つ、しかし暴走体はそれをあっさりと避けるとこちらの方へ向かってくる。

 

「させないよっ」

 

「バルディッシュ」

 

 それをリーゼロッテが阻もうとし、フェイトもその援護に向かう。二人とも近接攻撃で暴走体を押さえ込もうとしている。

 

「クロスファイア……シュートッ」

 

 彼女達が暴走体を押さえ込んでいる隙に俺が魔力弾を十数発叩き込んだ。その瞬間二人が離脱する。

 

「「今だっ」」

 

 二人が離脱した瞬間に和也とクロノが同時に周りにいる人間に向けて叫んだ。そして、その指示と共に数十発の砲撃が暴走体に叩き込まれた。

 

「……」

 

 数十発の砲撃が暴走体に着弾する事で見えなくなるが、誰も砲撃が当たった事に歓声を上げない。皆一様に警戒を緩めずに着弾点を見つめている。そして着弾による煙が少しずつ晴れていくが、そこには暴走体の姿がなかった。

 

「え?」

 

「うわぁぁあああ!!!!!」

 

 誰かの戸惑いの声と悲鳴が上がるのは同時であった。慌ててそちらの方を見ると、管理局員の一人が暴走体の攻撃を受け、地面に地面に叩きつけられていた。

 

「クソッ!!」

 

「てやあああああ!!!」

 

 傍にいた管理局員と聖王教会の人間が暴走体に向け攻撃を加えるが、暴走体は直撃を受けたにもかかわらず怯むことすらなく彼らを撃墜する。

 

「防御力堅すぎるだろっ!!」

 

 和也が暴走体のあまりにも高いその能力を見て、思わず苦言を漏らす。人型になる事で大型の時に比べて遥かに機動力が上がり、さらには堅固な防御力を誇る。普通の人間ではありえないスペックを持つ暴走体は間違いなく単体では今まで出会った中で最強の存在であった。

 

「このっ!!」

 

 俺は暴走体に向けて誘導弾を撃ち込む。しかしながら、その攻撃も暴走体を足止めすることにも至らない。

 

「強すぎるっ」

 

 こちらの攻撃がまるで通らない。誘導弾は足止めすらままならず、砲撃は奴の機動力によって回避され、バインドは力任せに引きちぎられ、近接攻撃も受け止められてしまう。それほどまでにこの暴走体は強かった。

 原作どおりであれば闇の書が覚醒した時に現れたリインフォースはデバイスを強化したなのはが十分に足止めできるほどの力であった。

 しかし、この暴走体はここに集められた戦力であってもまともにダメージを与える事さえできないほど強い。

 

「まるで…」

 

 ――システムU-Dだな……

 

 システムU-D…ユーリ・エーベルヴァイン。闇の書の奥深くに封印されているシステムでゲームにおけるラスボス的存在。干渉制御ワクチンを撃ち込んだ後、次に防壁を破壊し、同じく用意した対システムUDプログラム装備のデバイスでやっとダメージが通るというなんともチート性能である。

 もしかして同一存在か? とも思ったが、そうであれば彼女より先にマテリアル達が現れるのでこれはないだろう。

 

「しかし、どうやって攻略するか…」

 

 手っ取り早いのは俺達が離脱してアルカンシェルを撃ち込むことだろう。既に再生プログラムと転生プログラムを壊している以上、復活の心配がないのでこれが一番早い。しかし、撃てばいくら無人世界とはいえかなりの被害が及ぶだろうし、そもそも人型であの機動力、そして防御力だ。もしかしたら生き残るかもしれない。

 となると……

 

「やっぱり実力行使だよな」

 

 そう結論付けて周囲を見る。既に数名倒されていて、回収されているようだ。和也の方を見ると同時にあっちも俺の方を向いてくる。そして目が合うとお互いに笑みを浮かべデバイスを構える。どうやら同じ結論に達したようだ。

 

「「カートリッジロードッ!!」」

 

 俺と和也が同時に叫ぶ。一気に六発のカートリッジをロードして一気にフルドライブ状態に移行する。クロックシューターを左手にも展開し、両手に持った銃で暴走体に狙いをつける。和也も同様にフルドライブに移行するとデバイスが変形し杖の先から槍の穂先が展開される。

 

「ランスフォームってか」

 

「お前こそ、ガン=カタでもやるつもりかよ」

 

 お互いに軽口を叩きあうと俺はソニックムーブを使って暴走体へと突撃する。和也はそんな俺よりも早く暴走体へと突撃した。

 

「うおおおおおおお!!!!!!」

 

 和也のデバイスの穂先が暴走体へと突き刺さると同時に和也の背中から羽のようなものが生える。よく見てみるとなのはのフライアーフィンの魔法と同じようだ。要するにアレで飛行に加え突撃速度も上げているのだろう。

 

「せいっ!!」

 

「これも追加でっ」

 

 和也は槍を暴走体に突き刺したまま、地面へとデバイスごと突き刺す。俺は和也に追いつくとクロックシューターを暴走体の眉間と胸に向け、零距離で砲撃をぶっ放した。

 

「二人ともっ、離れろっ」

 

 クロノから声が聞こえたので俺はすぐさま、和也はデバイスを回収した後すぐにその場から飛び去る。

すると上空から魔力刃が降り注ぐ。その数は優に百を超えていた。その全てが暴走体へと突き刺さる。

 

「フェイトちゃんっ」

 

「うんっ、なのはっ」

 

「ディバインバスターーーッ!!!」「サンダーレイジッ!!!」

 

 追加でなのはとフェイトが魔法を放つ。二人の魔法は暴走体のいた位置をしっかり捉え、着弾と同時に大きな爆発を起こす。

 

「私らもや、クラウソラスッ!!」

 

 さらにはやての魔法が暴走体に襲う。流石、広域殲滅を得意とするはやてというべきか、その威力はなのはやフェイトを上回る。

 

「流石にこれだけの攻撃でダメージなしはないと思うが…」

 

「それは勘弁して欲しいな」

 

 和也の言葉に俺は返して暴走体が現れるのを待つ。そして煙が晴れると共に暴走体は現れた。

 

「なに…あれ?」

 

 現れた暴走体になのはが声を上げる。その声は震えていた。周りを見ると皆、現れた暴走体の様子を見て驚いている。しかし、それも無理はない。現れた暴走体は和也に突き刺された胸から、俺の砲撃によって傷つけられた顔から、そして皆の魔法によってできた傷からうにょうにょとなんとも説明し難いあふれ出しているのだ。

 言うなれば人間の内臓的なものが傷口から溢れて、それが暴走体を飲み込んでいくのだ。

 

「ボーっとするなっ!! 一気に片付けるぞっ」

 

 和也はそう言って、砲撃魔法をソイツに向けて撃った。その攻撃は暴走体を傷つけるもその傷ごとあふれ出るものが飲み込んでいく。

 

「再生しているのか?」

 

「だとしたら拙いな」

 

 クロノが冷静に暴走体の状態を考察する。もし、クロノが言ったように再生であるならかなり拙い。もう既に闇の書が起動してからかなりの時間が経過している。このままだと今までの闇の書と同じようにかなりの被害を撒き散らしかねない。

 最悪、離脱してアルカンシェルを撃てば全部が終わるとはいえ、この世界の環境を破壊する事だけは避けたい。

 

「アレの再生速度を超える攻撃でリンカーコアを露出させ転送、最後はアルカンシェルで止め……でどうだ?」

 

「結局、やることに変わりはないだろ」

 

 和也の言葉に俺が返す。結局は原作の最終決戦と同じように、そして初期の計画通りになっただけだ。

 

「全員、最大威力で攻撃だ」

 

「「「「「「「了解」」」」」」」」

 

 和也の指示と共に俺達は自身の持ちうる最高威力の魔法を用意する。

 

「夜天の魔導書を、呪われた闇の書と呼ばせたプログラム……闇の書の…闇」

 

 十字の装飾が施された書を片手に、はやてがそう呟く。

 

「いくぞっ、アイゼンっ!!」

 

 ヴィータの持つグラーフアイゼンの槌が魔力光を伴って消失し、代わりに現れたのは更に巨大なそれ。

 ギガントフォーム……ヴィータの持つグラーフアイゼンの最終形態だ。彼女がそれを大きく振り被ると、鉄槌の部分が何十倍にも巨大化した。

 

「轟天・爆砕! ギガント……シュラーク!!」

 

 ヴィータの掛け声と共にかなりの大きさとなった鉄の伯爵が振り下ろされる。

 暴走体に叩きつけられたそれは大きな音を伴い、暴走体を破壊する。

 

「刃と連結刃に続く第三の姿。その身に受けて、知りて死ね」

 

 シグナムは自分の手に持ったレヴァンティンの鞘と柄を重ね合わせ、カートリッジをロード。第三形態である弓にデバイスを変形させた。魔力光が迸り、その姿を弦へと変わる。ボーゲンフォルム……レヴァンティン唯一の遠距離狙撃モードである。

 

「翔けよ隼!!」

 

 シグナムの言葉と共に放たれた弓が暴走体を貫通する。しかし、まだこの程度では足りない。

 

「フェイト・テスタロッサとバルディッシュ。いきます!」

 

 フェイトはバルディッシュを構えると自身の持つ最高威力の魔法を唱える。

 

「アルカス・クルタス・エイギアス。煌めきたる天神よ。いま導きのもと降りきたれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル。撃つは雷、響くは轟雷。アルカス・クルタス・エイギアス――

 

 ――サンダーフォールッ!!!!!」

 

 フェイトの声と共に落雷が暴走体へと落ちる。落雷は暴走体を焼き、その威力を持って破壊する。

 

 まだまだ攻撃は終わらない。上空にいたはやては書を開くと、杖を持つ手に力を込めた。

 

「彼方より来たれ、宿木の枝。銀月の槍となりて……撃ち貫け!!」

 

 白いベルカの魔方陣が展開し、その周囲を魔力でできた球体が囲む。そして彼女はその魔法を発動した。

 

「石化の槍……ミストルティン!」

 

 はやてによって放たれた魔力の球は形を変え、槍となって敵の身を撃つ。着弾した部分から暴走体の体は石となり、全身を覆っていった。

 

「次は僕だ……

 

 クロノが自分の持つデバイスを構える。デュランダル……グレアム総督が闇の書の主ごと封印しようと製作した、ストレージデバイス。最強の氷結魔法をプログラムされた、管理局の技術の叡智。

 

「悠久なる凍土。凍てつく棺のうちにて、永遠の眠りを与えよ」

 

 クロノの詠唱と共に周囲に雪が降る。それは自然の力ではなく、クロノの魔力が生み出したものだ。詠唱による魔法発動。デュランダルがそれを補助、強化し、暴走体をの周囲を凍らせていく。

 

「凍てつけっ!!!!!」

 

 絶対零度の氷結魔法が周囲丸ごと暴走体を封じ込める。

 

「次は俺の番だ」

 

 そう言って和也がデバイスを暴走体へと向ける。

 

「カートリッジロード」

 

 和也の言葉と共にデバイスからカートリッジが吐き出される。その数八発。おそらく載せてあるカートリッジを全て使い切ったのだろう。

 和也の構えたデバイスに複数の魔法陣が展開され、和也の背中にも巨大な魔法陣が展開される。

 

「エンドブレイカー、シュートッ!!」

 

 和也の放った魔法は暴走体をたやすく飲み込み壊していく。

 

「じゃあ、俺もいくよ」

 

 俺は両手のデバイスを向けるとカートリッジをロードする。クロックシューターに搭載できるカートリッジは六発。あわせて十二発のロードだ。

 

「リミットブレイク…フルバースト、ドライブ・イグニッション」

 

 カートリッジロードによってフルドライブのさらに上、リミットブレイクを発動する。フルドライブが使用者の100%の出力なら、リミットブレイクは120%引き出すものだ。

 当然、使用者への負担も大きい。フルドライブですら過剰負荷によるダメージは体に残り、傷や体調不良を悪化させる要因ともなる。リミットブレイクならば術者とデバイスの命を削るほどである。

 

「拓斗っ、なにやってんだお前はっ!!!!」

 

 和也が俺を見て怒鳴るのが聞こえる。和也はリミットブレイクの危険さを十分理解しているはずだ。当然、今俺がどれだけ馬鹿な事をやっているかも……。

 こんなところでリミットブレイクを使用する意味などない。和也のやったようにカートリッジロードでの砲撃だけでも十分だ。わざわざ体に負担をかけ、寿命を削ってまで攻撃する必要はない。

 しかし、それでも俺はやる……。

 

「フルバースト…ファイアーーッ!!!!!!!」

 

 展開された六つの魔法陣から特大の魔力砲撃が暴走体に向けて放たれる。それらは暴走体を破壊し、コアを露出させるがすぐに再生し、コアの周囲を覆おうとする。

 

「ラスト、高町なのは、いきますっ!!」

 

 なのはがそう声を上げる。すでにそこには極大の魔力が集束されていた。

 

「なんていう馬鹿魔力……」

 

 それを見たクロノが呆気に取られる。それもその筈、なのははこの宙域にある魔力を根こそぎ集めたのだ。制御できるギリギリとはいえ、その量はとてつもなく多い。

 

「これが私の全力全壊っ、スターライトブレイカーーーッ!!!!」

 

 なのはの放った魔力は暴走体の周囲を根こそぎ吹き飛ばす。まるで爆弾が爆破したかのような爆発音をクレーターを残して…。

 

「捕まえ…た!」

 

 後方にいたシャマルは、旅の鏡を用いてコアを探し出す。そこからユーノとアルフの魔方陣がコアを挟み込んだ。

 目標は軌道上、アルカンシェルの射線上。アースラは既にアルカンシェルの発射準備が整っている。

 

「転…送……!!」

 

 三人の声が重なり空を越えて宇宙へと、暴走体のコアが転送される。

 

 そして宇宙で光の華が咲いた。

 

『みんな、お疲れ様でしたあ! 事後処理等々いろいろあるんだけど、コアは消滅。状況は無事、終了でーす!』

 

 空に光る、アルカンシェルの砲撃を眺め終えるとエイミィから地上に報告が入ってくる。それと同時にこの場にいた人間は歓喜に沸いた。

 

「ご苦労さん」

 

「和也…そっちもお疲れ様」

 

 歓喜に沸いている周囲を眺めていると和也が声を掛けてくる。そしてお互いの労を労いあう。

 

「それで、なんであんな無茶をしたんだ?」

 

 和也は先ほどの事を質問してきた。どうやらこの状況に流されてはくれないようだ。

 

「これが最後かもしれないし、一度全力で魔法を使ってみたかったんだよね」

 

 そう、俺はたったそれだけ理由でリミットブレイクを使用した。まだ帰還の方法が見つかったわけではないが、GODが起こらずstsまでに帰還方法が見つかった場合魔法を全力で放つ機会などない。だから今、全力で魔法を使ったのだ。

 

「本当にそれだけか?」

 

「それだけだって」

 

 和也は俺の言葉を疑いもう一度聞きなおしてくる。

 

「そうか、ならっ!!」

 

「~~~~~ッ!!」

 

 和也は俺の頭を思いっきり殴りつけた。あまりの痛さで悶絶する俺を見下ろして和也は言う。

 

「自分の身体は大事にしろっ、周りに心配させるような事するなっ」

 

「うっ、ゴメン」

 

「それと何かあったら俺に話せ、いいな?」

 

「……了解」

 

 念を押すように俺に言ってくる和也に返事を返すと和也は呆れたような表情を見せながら去っていった。やっぱりリミットブレイクはやりすぎたようだ。

 

「ホント、和也は鋭いな~」

 

 思わず自嘲した笑みを浮かべてしまう。まぁ、俺の言葉があまりにも嘘っぽかっただけかもしれないがし、和也が心配性なだけかもしれないが……。

 俺がリミットブレイクを使った理由は先の理由の他にもう一つある。というかアレが理由であるはずがない。

 俺がリミットブレイクを使った理由……それは俺の衝動を抑えるためだ。この世界に来てから起こるようになった攻撃的衝動、士郎さんに剣を習い始めてからというもの少しはマシになったが、それでも結構な頻度で湧き上がる。

 どうして湧き上がるのかわからないが、最近ずっと抑え込んでいたためか制御ができなくなっていた。だから、今回の件で発散しようと思ったわけだ。リミットブレイクを使ったのは自分への戒めのため、身体に痛みを感じさせる事で衝動を抑制しようとしたわけだ。

 今は全力で魔法を撃ったため、身体中に痛みがあるがそれでも衝動は感じられない。どうやらいい発散になったようだ。

 

「これも調べた方がいいのかな?」

 

 誰にも聞こえない程度の声で呟く。色々と不安な事はあるが、答えは出ない。

 

「ま、今ぐらいは忘れちゃおうか」

 

 闇の書のサルベージが終わり、少なくとも俺達が知る現実より良くなったはずだ。だから今ぐらいは素直にこの喜びを噛み締めよう。



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51話目 一難去ってまた一難

 

 闇の書事件が終わった次の日、聖王教会で計画終了の打ち上げパーティが行われるため、参加メンバーは聖王教会へ招かれていた。

 

「皆様、この度はお疲れ様でした。闇の書は消え、不幸の連鎖は止まりました。これも偏に皆様の尽力によるものです」

 

「えと、皆さん。私の家族を助けてくださり、本当にありがとうございます。皆さんのお陰で私も、私の家族もこれからの人生を歩んでいく事ができます。本当にありがとうございました!!」

 

 壇上ではカリムとはやて、そして和也が立っている。カリムの言葉で闇の書事件が本当に終わりを向かえた事を感じ、はやての言葉で自分達が何を助けられたのかを確認する。

 

「では皆様、かんぱーいっ!!」

 

『かんぱーいっ!!』

 

 和也の乾杯の音頭でパーティは始まる。昨日の今日で疲れている人もいるだろうが、皆それすらも忘れたかのようにパーティを楽しんでいる。

 

「拓斗君」

 

「拓斗」

 

「おっ、はやて、和也、お疲れ様」

 

 出された食事を皿に持っていると壇上から降りてきたはやてと和也が声を掛けてくる。

 

「それでどうだった?」

 

 俺は二人に質問する。昨日の件が終わった後、はやては検査と夜天の書の機能の確認が行われていた。和也は今回の事件の担当ということではやての検査に立ち会っていたのだ。

 

「私は大丈夫。皆も異常なしやって」

 

「まぁ、暫くはリハビリとかあるが問題はないだろう。守護騎士達もリィンフォースも夜天の書もとりあえず問題は見つからなかった」

 

 はやても和也も疲れを見せながらも嬉しそうな表情を見せる。やはり機能からの検査はかなりの疲労を二人に与えたようだ。

 

「それで守護騎士達は?」

 

 俺は周囲に守護騎士達の姿がないことを疑問に思い、二人に質問した。異常がないならこの場にいてもおかしくはないのだが、どこにも見当たらない。

 

「あ、皆は…」

 

「今回は不参加だ」

 

「えっ、どうして?」

 

 不参加という和也の言葉に問い返す。

 

「表向きには検査中ってことになってる」

 

 という事は事実は違うって事だが、色々思いつくがどれが事実かはわからない。

 

「まぁ、元凶である闇の書の管制人格や守護騎士を出すのは好ましくないとかっていうお偉いさん方の考えとかがあってな」

 

「この場で出して、安全性を示すってのも手ではあるのにか?」

 

「それをするにはこのパーティは早すぎるんだよ」

 

 昨日の今日で確認したって言われても信じられないだろ? と和也は俺に言ってくる。まぁ、和也自身、今回の件の担当者とはいえ、それほどの権限があるわけではないので上の命令には逆らえないのだろう。

 

「とりあえずは皆の分も楽しんどけよ」

 

 和也はそう言って俺達から離れていく。すると途中で色々な人に囲まれていた。今回の事件の立役者として、純粋に話しをしたい人、どういう人物か見極めたい人、コネを作りたい人など色々集まってくるのだろう。

 

「拓斗君…」

 

「和也もああ言ってることだし、俺達も楽しもうか?」

 

「うんっ」

 

 俺ははやてとともにパーティを楽しむことにした。守護騎士達には悪いがせっかくのパーティなのだ。楽しまなければ損というものだろう。

 

「あっ、はやてちゃんっ」

 

「二人ともここにいたんだ…」

 

「なのはちゃん、フェイトちゃん」

 

 出されている料理に舌鼓を打っているとなのはとフェイトの二人が声を掛けてくる。二人は俺達を見て、少しホッとした表情を浮かべていた。

 周囲を見渡してみると、二人に近づこうとしていたのか結構な人数の人間がこちらを見ていた。どうやら二人は彼らに声を掛けられていたようだ。

 

「二人ともお疲れ様」

 

「アハハ、昨日よりこっちの方が辛いかも…」

 

 俺の言葉になのはが苦笑いを浮かべる。まぁ、小学生ぐらいだと大勢に囲まれる機会もそれほどないだろう。

 まぁ、彼らの思惑はわからないでもない。昨日の戦闘で彼女達が優秀な魔導師であることがわかったので、自分達のところで取り込んでおきたいのだろう。

 管理局に数パーセントしかいないAAAランクの魔導師。それを管理局に入れたというだけでも手柄になる。特になのはは民間の魔導師なので、余計にそういった思惑に晒されてしまう。

 

「拓斗は大丈夫だった?」

 

「まぁ、ね」

 

 フェイトの質問に言葉を濁しながら返す。はやては既に聖王教会からの保護を受けているため、そういった人間は寄ってこないし、何より夜天の書の主という事で今は近づく人間がいない。そういう俺ははやての近くにいるためかあまり人が寄ってこなかった。

 

「じゃあ、俺はちょっと料理でも取ってくるよ」

 

 俺は三人にそう言うと料理を取りに他のテーブルへと向かう。するとやはり何人かが声を掛けてきた。

 どこに所属しているのか、所属していないのなら管理局に入ったらとやはり勧誘が多い。俺の場合、昨日のことで戦闘力を見られたのもあるが、和也と一緒にサルベージを手伝ったということで技術分野からの質問があったりと余計に人が集まってくる。

 

「お疲れ様ですね」

 

 それらの対応をし終わり、料理を皿に盛っていると髪の長い聖王教会のシスターがこちらに声を掛けてくる。

 

「ええ、ある程度は覚悟してましたけど」

 

 俺はそのシスターに愛想笑いで返す。まさか、この場でこういった気遣いをされるとは思っていなかった。

 

「闇の書の修復、貴方も手伝ったと聞いております。まだ幼いのに凄いですね」

 

 シスターはそう言って俺のことを褒めてくる。それ自体は嬉しい事なのだが、先ほどのこともあってこういった言葉を素直に受け取れない。

 

「まぁ、殆どは彼のお陰ですけどね」

 

 俺はそう言って和也の方へ視線を向ける。和也はというと人の対応に明け暮れていた。流石に無下にできない人達もいるらしく、かなり丁寧に対応しているようだ。

 

「そんなことありませんわ。先ほど彼に話しを窺いましたが、彼も貴方のお手柄だと言ってましたよ」

 

 どうやら彼女は和也のところにもいったらしい。あっちはあっちで忙しそうだから、こっちに声を掛けてきたというところだろう。

 

「そういえば先の戦いでリミットブレイクを使用したようですが、お身体は大丈夫ですか?」

 

 どうやら彼女は俺がリミットブレイクを使った事まで知っているようだ。昨日の戦いで彼女の姿は見ていないので参加した人間から聞いたのだろう。流石に聖王教会や管理局員といった専門の人間にはわかるらしい。

 なのは達にはフルドライブもリミットブレイクも唯の奥の手としか説明していないので身体への反動については知らない。

 

「まぁ少々身体は痛みますけど、問題はないですね」

 

「そう、ですか。少々お待ちを…」

 

 彼女はそう言うと俺の手を握って魔法を唱える。すると俺の身体から痛みが和らいだ。

 

「回復魔法をかけました。これで少しは楽になるでしょう」

 

「ありがとうございます」

 

 わざわざ回復魔法を使ってくれた彼女にお礼を言う。シャマルも魔法を使ってくれたがやはり一度くらいではあまり回復しなかったので、彼女のこれは素直にありがたい。

 

「そういえば闇の書の「失礼」?」

 

「友人を待たせていますんで、お話しは後日ということで」

 

 俺は彼女との話しを切り上げる。そうしないと向こうでこちらを睨んでいる少女達が怖いからだ。

 

「もっとお話ししたかったのですが、残念ですね」

 

「まぁ、いずれ縁があればということで…」

 

「そうですね、ではごきげんよう」

 

 彼女はそう言って少し残念そうにしながら離れていく。俺はそのままなのは達のところへと戻ろうとするが、そこに声を掛けてくる人物がいた。

 

「よう、なかなか楽しんでいるじゃないか?」

 

「一応ね…」

 

 和也のからかうような言葉に俺は曖昧な笑みを浮かべてしまう。こういったパーティが主にコネ作りの意味合いが強かったりするのはわかっているが、やはり少々疎ましい。

 

「さっきの女性とか…な」

 

 和也はそう言ってニヤリと笑う。

 

「アレだけ露骨だと余計に警戒しかされないのにね~」

 

 俺は素直に先ほどの女性についての感想を述べた。

 

「やっぱり気づいたか?」

 

「当たり前だろ」

 

 先ほどの女性、明らかにこちらを探るつもりだった。相手を褒め、優しさを見せて警戒を解かせる。ついでに美人だから男ならある程度警戒も緩む。まぁここは子どもである俺には関係ないところだが…。

 

「向こうも子ども相手ならと侮ったんだろ」

 

 まさかその見た目で大人なんて思わないだろと和也は誰にも聞こえない程度の声で呟く。まぁ、それに関しては俺も同感ではある。少なくとも相手が侮ってくれている以上、そこは上手く使わせてもらおう。

 

「しかし、面倒であることには変わりない」

 

 和也はそう言って溜息を吐く。相手の目的は夜天の書をサルベージした技術力、それがどこから来たものかを調べるためだろう。俺達に近づいてきたのは、そのメインとなって動いていたのが俺達だからだ。

 

「で、相手はやっぱり…」

 

「お前のご想像通り」

 

「「ジェイル・スカリエッティ」」

 

 俺と和也は彼女の後ろにいる人物を予想し名前を言う。闇の書のサルベージ計画、表に出した事でやはり気づかれてしまった。知識から当てはめて、おそらく彼女がジェイル・スカリエッティの作った戦闘機人、ナンバーズの次女ドゥーエの筈だ。確か年齢的にはまだ14~5ぐらいの筈だから、能力であるライアーズ・マスクで年齢も誤魔化しているのだろう。

 

「まぁ、こればかりは仕方ないか」

 

「計画を表に出した以上、あのマッドが気にしないというのは少し無理があるな」

 

 今までどうする事もできなかった闇の書、それがいきなり修復できるという話が出てきたのだ。技術者であれば、どこからその技術が出てきたのか、あるいは誰がその技術を発案したのか気になるところではあるだろう。しかもそれが聖王教会主導で、さらには今までそんな形跡が一切なかったとしたら…こればかりは調べられない方が無理な話だ。

 もしこれが原作通りの展開なら、俺達が独自行動でサルベージを行っていれば、気づかれない可能性も少しはあったが、終わった事を考えても仕方がない。

 

「どうする?」

 

「どうするって言われてもな…」

 

 俺の質問に和也は曖昧に返してくる。どうやら和也もこういった展開は予想してなかったようだ。

 

「とりあえず警戒は怠らないように…でいいんじゃないか?」

 

「了解、そっちも気をつけろよ」

 

 俺は和也の言葉に少し呆れながらも返す。なんだかんだで管理局にいるコイツは色々ヤバイ。最高評議会が干渉してくる可能性もあるし、ナンバーズが襲ってくる可能性もある。

 

「それを言うならお前もだろ」

 

 和也にああ言ったものの、俺も少しヤバイ立ち位置ではある。管理外世界の住民、つまり管理局にとって重要性はなく、行方不明でもそれほど問題はない。その上、同居人が夜の一族に自動人形…スカリエッティの興味をくすぐる要素がかなり多い。

 

「一難去ってまた一難…か」

 

「まぁ、情報がある分マシなんだろうが…」

 

 俺と和也はもう一度溜息を吐いた。もうパーティは楽しめそうになかった。



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52話目 現状・・・そして

 

 

 

 闇の書事件が終わり、俺達は平穏な日常へと戻っていた。変わった事と言えばフェイトが聖祥に転校してきて、この海鳴で暮らすことになったことぐらいだろう。

 転校生という事でクラスの皆に囲まれていたが、そのあたりはアリサが上手くまとめてすぐにクラスに馴染んだ。学校みたいな環境で学ぶのはフェイトにとって初体験なので何もかもが新鮮に感じるらしく、学校生活を楽しんでいる。

 ちなみに彼女の後見人はリンディさんになった。このあたりは原作通りなのだが、一つ変わった事がある。それはフェイトがハラオウン家の養子にならなかった事だ。

 母親が生きている事もあってか、フェイトは養子になる事を拒否したらしい。だからフェイトはフェイト・テスタロッサとして学校に通っている。まぁ、原作と同じように海鳴にリンディさんが買ったマンションで一緒に暮らしているので、あまり大きな変化とは言い難いだろうが…。

 

 はやてはと言うと、まだ聖王教会でリハビリが続いていた。流石に長年の車椅子生活で衰えた筋力はすぐには戻らず、今は補助無しで普通に歩けるようになるのが目標らしい。

 守護騎士達も検査の結果、問題がないということが明らかになったので聖王教会から出向という形で管理局で働いているようだ。

 とはいえ悪名高き闇の書の守護騎士ということは、一部の人間に知られているようで、現場レベルはともかく上の人間からは嫌味など言われる事もあるようだ。本人達はこれも自分達の罪だとか言っていたが、やはり辛いものはあるだろう。

 

 そして俺こと烏丸拓斗はというと……

 

「う~ん」

 

 端末の前で唸っていた。というのも闇の書事件が終わって以来、何の進展もないからだ。

 俺が目的としているのは元の世界への帰還。それに対して、今まで色々なことを考えてきたが答えはでない。技術的なアプローチはよほどの事がない限り不可能としか言えず、そもそも俺達がここにいる理由すらわからない。

 

「手がかりとなりそうなのはあの場所とこのケース、それとメッセージか~」

 

 椅子から立ち上がりベッドへ背中から倒れこむ。間違いなくその三つが手がかりとなっている筈なのだが、考えても答えは出ない。

 まず、一番初めにこの世界に来る前に俺がいたあの部屋。少なくともあそこには俺をあの場所に連れてくることと、この世界に跳ばすことができるという事がわかっている。そして今、床に置かれてあるトランクケースがあったのもあの部屋だ。

 そしてトランクケース。これにはノーパソと端末、そしてデバイスが入っていた。和也に聞いた見たところ中身は同じだったようで、あの場所に置かれてあったケース全てが同じものなのか、それともこの世界に送られたものがそうなのかわからないが、少なくとも俺達は同じものだった。

 重要なのは入っていたノーパソも端末も俺達が扱えるものだという事、そしてデバイスで戦闘能力を持たせたということだ。

 これで扱い方もわからないものだったり、言語が日本語じゃなかったりしたら手探りで進めていくしかなかった。さらにはノーパソのハッキング能力のこともある。単にセキュリティーを超えるだけの性能なのか、それとも超常現象の類かはわからないが、デバイスの事も含め、かなりの技術力があると思われる。

 そしてデバイス。俺達にデバイスを持たせ、戦闘能力と持たせたということは少なくともある程度の戦闘能力が必要ということに他ならないと思われる。じゃなかったら戦闘能力を持たせる意味がない。まぁ、積極的に戦えという意味か、自衛のためかはわからないがケースの中にはデバイスが入っていた。

 最後にメッセージだ。ジュエルシードが落ちてくる前、端末にメッセージが届いた。その内容はゲームスタート。つまり開始の合図なのだが、どうにも軽く感じられる。まるで娯楽のように扱われているようだ。

 メッセージの送り主の意図なのか、それともたまたまこういう表現なのかはわからないが、一つだけ気づいた事がある。

 

 それは始まりがあるなら終わりもあるという事だ。

 

 こうして始められた以上、最終的にはどこかと終わりを迎えるということになる。それが俺達の死亡という結果なのか、それとも条件クリアか、はたまた時間的ものなのかはわからないが…。

 

「どちらにせよ、情報が少なすぎ」

 

 全く進展しない状況に一人愚痴る。文句を言っても仕方ない事だが、この状況はもどかしい。

 

 ――最低でもstsが終わるまでとしても十年ぐらい、その先だったらもっと長くなる

 

 そこまで俺の意思は残っているだろうか。もし、この状況のまま何の進展もないのであれば、帰りたいと思うこの気持ちすら磨耗していくだろう。

 

「せめて、次で何らかの情報は欲しいな」

 

 俺はマテリアルの出現を期待し、そこから新たな情報が得られる事を願った。

 

 

 

 

「ふ~、とりあえず今日はここまでだな、皆お疲れ様」

 

 俺、薙原和也は仕事を終え、周囲の皆に声を掛ける。今日は守護騎士達と共に古代ベルカにまつわるロストロギアの調査任務であった。調査と言っても資料を探したり、情報を集めたりするのがメインであるが……。

 

「では私達はこれで失礼する」

 

「ああ、はやてによろしく伝えておいてくれ」

 

「わかった」

 

 俺はシグナムにそう言うと守護騎士達は周りに会釈しながら部屋を後にする。闇の書事件から数ヶ月、はやてのリハビリも順調に進み、来年進級時ぐらいには十分歩けるようになるようだ。

 闇の書事件以降、守護騎士達とこうして仕事をする機会が多い。主なのはこういった調査などであるが、犯罪者の逮捕や犯罪組織への突入任務が多くなっていた。というのも闇の書事件で俺は大きな手柄を立ててしまったためだ。

 闇の書事件の解決に当たって、計画の立案や実行のための機材の開発などを俺がしたことは上の人間であれば知っている。そして俺は管理局の人間である。つまり、管理局の人間だけでどうにかできたにも関わらず、聖王教会の力を借りたことで聖王教会に手柄をやったと思われているわけだ。

 その上、会議の時に俺がグレアム提督が闇の書事件の担当となりそうだった時に異論を挟み、自分が担当となって手柄を得た、という事ことも問題になっている。

 今回、闇の書事件の解決の手柄は聖王教会と俺が立てたということになっている。その事が上の人間は気に入らないようだ。

 そのため、上からは無駄に作業の多い仕事を任されたり、危険度の高い仕事を回されたりしている。正直、そんな事をやっている暇があったら仕事しろと言いたくなる。そもそもグレアムのように対策を講じようとしない連中が文句ばかり言うなと……。

 守護騎士達が俺と共に仕事をするのも似たような理由からだ。闇の書という危険なロストロギアに指定されていた彼女達と仕事をしたがる人間は少ない。それ故に俺のような上から嫌われている人間と同じような仕事を回されたりする。

 彼女達は能力が高いため、現場レベルの人間には好かれているが、やはり上の人間は煙たがっている奴が多いのも事実だ。

 

「まぁ、こればかりはなぁ…」

 

 人物に対する評価はその人の過去や行動、後は噂などで決まってくる。上の人間はともかく現場レベルではそこそこの関係は作れているので、後は良い方向に変わっていくのを待つしかない。

 

「それはさておき」

 

 俺は端末を弄り、とあるデータを画面に移す。そこには白衣を着た長髪の男性が映し出されている。

 

 ジェイル・スカリエッティ……それがこの男の名前だ。

 

 闇の書事件終了のパーティでドゥーエであろう人物が接触してきて以来、警戒しているのだが今だ向こうからのアプローチはない。管理局員という立場上、最高評議会など権力者からも何かあるかと思ったがそれもなかった。

 

 ――何もないっていうのが一番怖いんだけど

 

 かといってこちらから行動を移す事はできない。下手に動いても返り討ちにあう可能性が高いうえに、捕まえたところで権力者によって解放される事が目に見えている。

 いっそのこと、あの脳髄共を先に殺しておこうかと思ったが、それをすると彼らを野に解き放ってしまう事になる。

 何も行動できない事に苛立ちが募るが、時を待つしかない事は事実だ。

 管理局員として見逃すわけには行かない行動を、逮捕のためには見逃すしかない。この状況がもどかしい。

 

「まぁ、できる限りの事をやっていくしかないんだが…」

 

 俺は溜息を吐くと、端末の電源を落とし仕事を終える。今の年齢では酒が飲めないのが残念でしょうがない。

 

 

 

 

「ぅ…ん、ここは…どこ?」

 

 とある部屋の中、真ん中に置かれた台の上でその人物は目覚める。その人物は起き上がり周囲を見渡すが誰もいない。

 

「だ、誰かいないの?」

 

 怯えた声で人を呼ぶがその声に答える人物は誰もいない。誰もいないことに怯えつつ、部屋を捜索するが何もない。

 

「ぅ、ひっく」

 

 泣きながらも部屋を出て誰かいないか、必死で探す。誰もいないことに皿に不安になり、地面に座り込みそうになったその時、廊下の先に扉があるのが見えた。

 

「ここは…」

 

 扉を開けて部屋の中に入ると、そこには様々な機械が並んでいた。それが何かは理解できないが、間違いなくここに誰かがいたというのだけは認識できる。

 部屋の中を捜索すると、ケースが置かれているのが見える。怯えつつもそのケースに近づき、それに触れた。すると部屋の様々な機械が動き出す。

 

「えっ、なにっ!?」

 

 いきなり動き出した機械に驚き、周りを見るがどうする事もできない。やがて光が包み、部屋から人がいなくなった。

 

 

 物語は進む。新たな人物を加え

 

 その人物が齎すのは希望か、それとも絶望か

 

 その先に何があるのか、まだ彼らは気づかない



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53話目 ギアーズ

 

 闇の書事件から数ヶ月、世間はもうクリスマスムードが漂っている頃、俺は自分の部屋で頭を抱えていた。

 

「よくよく考えれば、ゲームシナリオって起こるような状況じゃないよな~」

 

 今、俺の悩みの種となっているのは、起きてほしいと思っているゲームシナリオ、マテリアル事件の事であった。

 シナリオ上では闇の書事件が終わってから1週間でマテリアル達が目覚める筈だった。まぁ、それに気づいたのはつい先ほど、和也と今後について話していたときの事だが…。ここに来てから早2年、もう原作知識は曖昧にしか覚えておらず、細かい部分は既に忘れ去られていた。

 それはさておきマテリアル事件のことであるが、俺は重大なミスを犯してしまったようだ。

 俺達は闇の書事件のとき、闇の書から必要な機能のみを抜き出してはやての夜天の書へと移し変えた。そして残った闇の書を破壊したのだ。そして、闇の書に残ったままのシステムU―Dも……。

 つまり、俺が起こる事を望んでいるマテリアル事件は起こることがないのである。その事に俺は頭を抱えていた。

 

「まぁ、もともと起こるかどうかはわからないものではあるんだけど……」

 

 マテリアル事件が起こる可能性を俺は五分五分と見ていたが、その可能性さえも自分で消してしまった事に落ち込む。

 ヴィヴィオ達に接触して未来の情報を手に入れる事が目的だったので、別になくてもいいと言ってしまえばそれまでなのだが、あった方が元の世界に帰る意思やこの世界に残る覚悟などを決めるときに役立つのは間違いなかった。

 

「忍との約束まで残り半年か……」

 

 忍にこの世界に残るかどうか、その質問に答えるまで残り半年。何の進展もないこの状況では、まだ何も決められなかった。

 

♪~♪~~♪

 

「っと」

 

 携帯が鳴ったので、手に取るとアリサからのメールであった。今日、皆は久しぶりに海鳴へ戻ってきたはやて達と共にどこかに出かけていた筈だ。

 メールを見てみると画像が添付されていて、そこでは皆が楽しそうにしている様子が写っていた。寂しくないようにメールをくれたのか、一人でいる俺に対する嫌がらせなのかわからないが、とりあえず楽しそうで何よりと返しておく。

 

♪~♪

 

「通信? 誰から…」

 

 また音楽が鳴るが今度はデバイスの方だ。デバイスに通信を入れるのは魔法関係者しかいないのだが、和也とは先ほど連絡したばかりで残る相手はあまり連絡を取り合うことはない。

 

『拓斗君、聞こえる!?』

 

「あれっ? エイミィ?」

 

 通信を繋げるとエイミィの声が聞こえてくる。それも少し焦っているような声だ。

 

『今、街中に結界が発生しているみたいなの、アースラスタッフに調査出動をかけたんだけど……拓斗君も注意して』

 

「あ、ああ、了解、とりあえず行ってみるから座標を送って……」

 

『うん、なのはちゃん達も向かってるみたいだから、途中で合流して』

 

「……了解」

 

 俺の返事を聞いてエイミィは通信を切る。俺はすぐにデバイスを持って部屋を飛び出すが、心の中ではこの状況に戸惑っていた。

 

 ――これは多分マテリアル事件の始まりだと思うんだけど…

 

 マテリアル事件が起こる可能性がないと思っていた先でのこれだ。これが本当にマテリアル事件であるなら少し嬉しく思う反面、どこに原因があったのかを解明しないといけない。

 

 セットアップしてバリアジャケットを装着するとすぐにエイミィが送ってくれた座標へと飛んでいく。なのは達も動いているらしいので合流するために通信を繋ごうとするが、なぜかそれは躊躇われる。すると、目の前にシグナムの髪より少し濃い紅色の髪を三つ編みにした女性が現れた。

 

「あのすみません。地元の方ですか?」

 

「そうだけど……」

 

 俺はいきなり現れた女性に驚く。そこにいたのは間違いなくGODで出てくる筈の少女アミタだからだ。というかBoAのマテリアル達を抜かして、こちらが現れるとは少し予想外もいいところだ。

 

「いきなりですみません。助けていただけないでしょうか?」

 

 目の前にいる少女アミタはそういいながらも銃口をこちらに向けている。事情を知っているため助ける事もやぶさかではないのだが、流石にその態度ではいやと言いたくなる。というかコイツが現れるのって別の次元世界だったし、最初に接触するのはユーノだった筈だがもう変わっているらしい。

 

「治癒術を使える方かAC93系の抗ウィルス剤が必要なんですッ!!」

 

「いや、まぁ切羽詰っているのはわかったが、とりあえず落ち着け、つか銃口下ろせ」

 

 少なくとも子どもに対して銃口をむけて脅しているのはどうかと思う。

 

「非礼は重々承知ですが、当方非常に急いでおりますッ! 妹を止めないと大変な事になるんですッ! 薬か治癒術をお持ちですか? お持ちでないですかッ!?」

 

「持ってるけど…」

 

「でしたら治療をッ!! ってあうう、興奮したらウィルスが余計に…」

 

 ひゅ~~~~ん

 

「あ、落ちた」

 

 とりあえず治療を施そうとしたその時、アミタはウィルスが身体に回ったのか落下していった。幸いというか下は海であるため落下しても大丈夫だとは思うが、とりあえず回収ぐらいはしておこうかと思い、俺も彼女を追う。というか、空飛ぶのにミニスカートとか下着が普通に見えると思うんだけどアレかな、見せて油断を誘うというやつなのか、見せて自分が興奮したいという変態なんだろうか?

 海に落ちる寸前にバインドを使って捕まえようとするがその前にアミタは体勢を立て直す。

 

「え~と、大丈夫?」

 

「大丈夫ですッ! では急いでいるんで失礼しますッ!!」

 

 俺の言葉にアミタはそう返すと急いでどこかへ飛んでいった。いや、ウィルスが身体を回っていたはずなのだが、こちらが何をするまでもなく元気に飛んでいったところを見ると先ほどまでのは冗談にしか思えない。

 

『拓斗君?』

 

「シャマル?」

 

 飛んでいったアミタを見送っているとシャマルから通信が入る。

 

『今、拓斗君のいる辺りにヘンな反応があるんだけど…』

 

「ヘンな反応ね…」

 

 事情を知る俺はその反応がアミタ達であることを知っているが、それは伝えなかった。

 

『観測スタッフの話だと未知の魔力運用技術が使われた可能性があるの。異世界のお客様立ったりするかもしれないの。今、調査員が向かっているから……良かったら協力してあげて』

 

 シャマルはそう言うが正直、俺はそれどころではなかった。

 

「さっき、それっぽいのに会った。とりあえず映像データ渡すからよろしく」

 

『えっ?』

 

「それと俺、用事ができたから、協力は無理」

 

『ちょ』プツン

 

 俺はそれだけシャマルに言い残すと通信を強制的に切る。そしてすぐにサーチャーを使って目的の人物の捜索へと取り掛かった。アミタが来た以上、事情はどうあれGODが始まったのだ。だとすればヴィヴィオとアインハルトの二人もおそらく現れる筈。

 俺は目的の人物が現れるかもしれない喜びと、わずかな不安を抱きながら二人を探した。

 

 

 

 

 

 

 私はクロノ君から連絡があった後、なのはちゃん達と別れてシャマルの言うヘンな反応があるゆう場所へ向かっとった。なのはちゃん達は先にユーノ君らと合流するって言っとったけど大丈夫やろか?

 リハビリも順調に進んで、久しぶりに帰ってきた海鳴。そんで皆と楽しく出かけとったのに…。それはともかく海鳴でヘンな反応、それと結界なんて、こう度重なるとこの街呪われとる気がする。

 

「見ぃーーつけた♪」

 

 反応があった場所へ向かう最中にピンク色の髪をした綺麗なおねーさんが声を掛けてくる。見つけたゆーことは向こうはこっちを探しとったみたいやけど、このおねーさんのことを私は知らへん。

 

「えー。すみません、初対面やと思うんですが、どちら様でしょうか?」

 

 私はおねーさんに質問してみる。もしかしたらこのおねーさんが今回の事件に関わっとるかもしれへんからや。

 

「エルトリアの「ギアーズ」キリエ・フローリアン。あなたからちょーーっとだけ、頂戴したいシステムがあるの」

 

「…システム?」

 

 システム? 何のことやろう。この夜天の書は前の事件のとき和也さんと拓斗君が一部機能を写し取ったものやし、オリジナルにそんな機能があるなら拓斗君らが説明してくれとった筈やから、何のことがわからへん。

 

「そ。あなたが手にしている無限の力――システムU-D。それを渡してくれたら痛くはしないでおいてあ・げ・る♡」

 

 おねーさんは可愛らしく言いながらも結構内容は凄い事を言ってきとる。

 

「えーと。まず、なんのことやらわからへんですし。世間ではそーゆーの、恐喝ゆーのちゃいますか?」

 

「世間なんて得体の知れないものにどう言われようと平気よ♪ まあ、いいからシステムU-Dを渡してちょうだいね♪ 黒天に座す、闇統べる王さん!」

 

 おねーさんは私の事を誰かと勘違いしとるようや。もしかしたら私が夜天の書の主であることと関係するのかもやけど、でも向かってくるならしゃーない。

 

「大人しく渡して欲しかったんだけど、抵抗するなら少し痛い思いするわよ♪」

 

 おねーさんはそう言ってデバイスをこちらに向けるどうやらアレがおねーさんの武器らしい。向けられた銃口から撃たれる魔力弾を回避しつつ、こっちも魔法を撃とうとするけど予想以上におねーさんの攻撃が速い。というかこの人の攻撃はどうも魔法っぽくない。

 

「粘るわね~、これならどう?」

 

 するとおねーさんは急に接近してくる。そして武器を剣に変形させると斬りつけてきた。

 

「きゃあああああ」

 

 私はその攻撃に対応できずに切り付けられる。無理やこれ以上は戦えへん。というよりもこのおねーさんとは相性が悪い上に、この状況じゃ私も上手く戦えへん。

 

「うん♡ やっぱり私って無敵でステキ♪」

 

 おねーさんの言葉にイラッとくるがこっちは敗者やなんもゆーことはできへん。

 

「システムU-Dはいただいていくわよ。ロード・ディアーチェ……「闇統べる王」ちゃん♪」

 

「ロード……?」

 

 誰の事やろう、私はそんな呼ばれ方されたことないし、間違いなくこの人誰かと間違うてる。

 

「あの、多分人違いやと…」

 

「はい? ヒトチガイ?」

 

 私の言葉におねーさんは片言になりながら返してくる。

 

「私、そのロードなんとかって呼ばれた事ないですし、そのシステムU-Dってゆーんも知りませんし」

 

「……うそん」

 

「ほんまです」

 

 私の言葉におねーさんは間の抜けた表情を浮かべ、呆けたような状態になる。それでも信じられないのかおねーさんは私に質問してきた。

 

「マジんこで?」

 

「マジんこです」

 

「うっそォーーーーん!?」

 

 私がおねーさんの質問に答えるとおねーさんは突然大きな声で叫ぶ。

 

「なんてこと! なんてこと!? それじゃあ私の計画が、のっけからメチャクチャにッ!!」

 

「あー……」

 

 なんというかよーわからんけどご愁傷様に。とはいえ事情を聞かなあかんし、とりあえず話を聞かんと。

 

『我が主!!』

 

「リインフォース」

 

 私がおねーさんに話を聞こうとするとリインフォースから通信が入ってくる。

 

『緊急事態です。御身の傍に危険な気配が現れつつあります』

 

「愉快なお姉さんなら、もう一人現れてるけど……それとは別に?」

 

 私はリインフォースに聞き返す。もう十分に変な人は目の前にいるし、その人に襲われもした。

 

『はい、私も今そちらへ向かっています! 合流まで、どうかご注意を!」

 

「うん、リインフォースも無理せんといてな」

 

 私はリインフォースとの通信を切ると目の前にいるおねーさんに目を向ける。するとおねーさんは頭を抱え、何か悩んでいるようだった。

 

「!?」

 

「空が揺れてる……?」

 

「我が主ッ!!」

 

 空に強力な気配を感じたとき、ちょうどよくリインフォースが到着する。そして、空を見上げるとそこから誰かが現れた。

 

「ふふふ……ははは……はーーはっはっはッ!! 黒点に座す闇統べる王 復ッ! 活ッッッ!!」

 

「えっ?」

 

 現れた人物に私は戸惑いを隠せない。現れた人物は物凄くハイテンションで何かを叫んでいるが、重要なのはそこではない。なぜなら現れた人物は……

 

「私に似とる……」

 

 私に瓜二つだったからだ。髪の色は違うし、バリアジャケットも違う、性格もあの様子だと違うだろうが、その容姿は間違いなく私に似ていた。

 

「みなぎるぞパワァー! あふれるぞ魔力ッ! ふるえるほど暗黒ゥゥッッ!!」

 

「うわぁ」

 

 その子のテンションに思わず引いてしまう。なまじ自分の容姿と似通っているため、物凄く見ているのが辛い。

 

「ふんっ、なんだ子鴉か、それに融合機。あとなんだ、その頭の悪そうなのは?」

 

「子鴉って私の事か?」

 

「ええっ!? もしかして私のことっ?」

 

 出てきた女の子の言葉に私とおねーさんが反応する。どうやらあの子、かなり口が悪い見たいや。

 

「生まれ変わって手に入れた王たるこの身の無敵の力! 早速披露してやるとしようぞ!」

 

 少女はそう言うと私たちの方へ手を向ける。

 

「跪けェいいッ!」

 

 そう言うと少女は私たちにバインドを掛けてくる。私たちはそれを回避する事もできずに拘束された。

 

「さぁ、我が力を思い知れッ!!」

 

「待ちなさいッ」

 

 出てきた少女が私たちを攻撃しようとした瞬間、横からまた別の三つ編みのおねーさんが現れる。先に現れたおねーさんの服が赤いのに対して、この人の服は青かった。

 

 



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54話目 登場

 

「むっ!? なんだ貴様はッ!?」

 

 突然現れた青い服のおねーさんにロード・ディアーチェと呼ばれた私に良く似た子は問いかける。いきなり、現れたおねーさんを良く見てみると

 

「ピンクのおねーさんと同じ武器や……」

 

 その手にはさっき私と戦ったおねーさんと同じ武器を持っとった。多分二人は何らかの関係があるんやろう。

 

「黒羽のお嬢さんと銀髪の方、ピンクで不肖の妹がご迷惑をおかけしました」

 

 そう言って青のおねーさんは私に謝ってくる。なるほど、どうやら二人は姉妹らしい。それにしては正確が違いすぎるし、なんかやっとる事は正反対っぽいけど……。

 

 ――あかんな、情報があらへん……。

 

 突然現れた闇統べる王――ロード・ディアーチェのこと、あの子が私と似ている理由、そしてこのおねーさん達の目的、そのどれも情報がない。

 

「この場は私がなんとかしますので、皆さんは下がってください!」

 

「ちょ、アミタ! 手を出さないでってば! だいたいあなた、ウィルスはッ!?」

 

 青いおねーさんはそう言って私らを下がらせようとするのにピンクのおねーさんが抵抗する。この姉妹、どうやら目的が違うっぽい。

 

「あんなものは気合で!!」

 

「えええっ!?」

 

 青いおねーさんの言葉にピンクのおねーさんは驚く。まぁ、確かに気合でウィルスをどーにかしたゆーたら驚くのも無理ないけど……。

 

「この胸に情熱のエンジンが熱く燃える限りッ! ウィルスごとき気合でなんとかしてみせます!!」

 

「そりゃ、馬鹿はカゼをひかないとは言うけどッ!?」

 

 おねーさん達は目の前でコントを繰り広げている。そんな二人の話に割って入るわけにもいかず、二人の話を聞きながら情報を集めていく。

 

「さぁ参りますよ! エルトリアのギアーズ、アミティエ・フローリアン! この世界の運命は、私が護りますッ!」

 

「なんだか知らんが、かかって来いッ!!」

 

 青のおねーさんの宣言によって、おねーさんとロード・ディアーチェの戦いが始まる。その間に私はおねーさん達の言っている事を整理する。

 青のおねーさんの名前はアミティエ・フローリアン。これは自分で名乗っとったから間違いあらへん。エルトリアとギアーズは多分おねーさんが所属する団体とか組織の名前なんやろう。このおねーさん…アミタさんはこの世界の運命を護るとかゆーてたから、その言葉を信じるなら、なんか危ないことが今起ころうとしてる筈や…。

 ピンクのおねーさんは名前はわからんけどシステムU―Dというものを欲しがってた。私のところに来たということは多分、闇の書に関係のあるものやったんやろう。

 そして闇統べる王ロード・ディアーチェ。私と良く似た容姿を持つこの子は突然現れた。ピンクのおねーさんはこの子が目的みたいな反応しとったからシステムU-Dに関係あるみたいやな。名前からしてこの子は闇の書と関係あったとしてもおかしなことやない。

 

「バ、バカなぁーーーっ! なんなのだ貴様は? どういう事だッ?」

 

「ぜぇ、はぁ……ぜぇ………ね、ねっけつ……びくとりぃ……」

 

 情報を整理している間に二人の戦いは終わったようだ。激昂しているロード・ディアーチェに対してアミタさんは息を切らしながらも頑張って余裕を見せようとしている。

 

「って、ウィルスの効果、思いっきり出てるじゃない! ギリギリじゃない!」

 

 アミタさんの様子にピンクのおねーさんが突っ込む。どうやらウィルスは気合じゃどーにもならんかったみたいや。……当たり前やけど。

 

「まぁ、先に無力化してもろーて、お話聞かせて貰おうか?」

 

「そうですね、我が主」

 

 状況はよくわからへんけど情報を得るためにお話しを聞かせてもらいたい。さっきの戦いやピンクのおねーさんとの戦いでこの場にいる人達の戦闘能力はかなり高い事はわかったから、こっちも万全な状態やないと抵抗されたらこっちがヤバイ。

 

「いや、待って待って、倒されると困るの!」

 

「おとなしくしなさい、キリエ!」

 

 ロード・ディアーチェを無力化しようとする私たちをピンクのおねーさんが止め、そのピンクのおねーさんの行動をアミタさんが武器を向けて牽制する。いや、私達は倒そうとしているわけやないんやけど…。

 

「いくよ、リインフォース! ユニゾン……ッ」

 

「なにィ!? ま、待てッ貴様ら! こんな苦境の我を相手にまさか攻撃を仕掛けるつもりかッ!?」

 

 私がリインフォースとユニゾンしようとするとロード・ディアーチェは必死で抵抗…というか説得をしてくる。

 

「まぁ、抵抗せーへんのやったら何もせんけど」

 

「抵抗するのであれば無力化させてもらう」

 

 私とリインフォースが彼女に対して抵抗の意思の確認をする。抵抗する意思があるのであれば攻撃もやむなしという事になる。

 

「待てぇーーーいっ!」

 

「きゃあああっ」

 

 とりあえずリインフォースをユニゾンしようとしたその時、私たちの間に割って入る声と共に私たちは攻撃される。不意打ちに近いそれをなんとか防御してもう一度ロード・ディアーチェを見るとそこにはさらに二人が追加されていた。そして、その追加された二人の顔に私は驚く。

 

「フェイトちゃん? なのはちゃん?」

 

 現れた二人はフェイトちゃんとなのはちゃんに良く似ていた。フェイトちゃんに似ている方はフェイトちゃんとは違い蒼色っぽい髪の毛で表情が豊かに見える。なのはちゃんに似ている方は髪の色もなのはちゃんにそっくりやけど、バリアジャケットが本人とは違って黒い。

 

「あーーはっはっはッ!」

 

「ロード・ディアーチェ。この姿でお目にかかるのは、お初になります」

 

 笑い声を上げているフェイトちゃんのそっくりさんとは違い、なのはちゃんのそっくりさんは冷静にロード・ディアーチェに挨拶する。なんというかロード・ディアーチェも込みで私達とは性格が違いすぎる。

 

「貴様…!! 『理(シュテル)』と『力(レヴィ)』か!」 

 

 ロード・ディアーチェが二人の名前を呼ぶ。

 

「構築体(マテリアル)が三基揃うのは初めてだな」

 

 ロード・ディアーチェがそう言ってこちらを向く。そう重要なのは新たに二人も増えたということ。流石にこの数やと私とリインフォースだけでは厳しい。

 

 ヒュン、ザシュッ

 

「「あっ!?」」

 

 どうやってこの状況を乗り切るか考えているその時だった。突如ピンクのおねーさんが拘束移動してきてリインフォースを斬りつける。とっさにそれに反応するがリインフォースに攻撃が当たってしまった。

 

「キリエ、あなた…」

 

「リインフォース、大丈夫?」

 

「はい…我が主……」

 

 アミタさんはいきなり斬りかかってきたピンクのおねーさん…キリエさんを睨みつける。私はリインフォースを心配するが、リインフォースは無事だと答えてくれる。

 

「ごめんなさいねー。ちょっと斬らせてもらっちゃった」

 

「ちょっとって」

 

 全く反省すらしてないキリエさんに私は苛立ちを覚える。しかし、キリエさんはそんな私などお構い無しにロード・ディアーチェに話しかける。

 

「あのね、王様? ちょっとだけ私のお話聞いてみない?」

 

「聞かぬ。失せよ。下郎と話す口は持たぬのだ」

 

 お話しを使用とするキリエさんをばっさりと切り捨てるロード・ディアーチェ。もし、アミタさんを見方にしてもこの状況だと4対3。しかもアミタさんはウィルスによって本調子じゃないみたいだし、私だってキリエさんとの戦闘ダメージがある。状況は圧倒的にこちらが不利なので動こうにも動けない。

 警戒している間にもキリエさんと構築体(マテリアル)達の話は進んでいく。どうやらシステムU-Dとやらが今回の事件に大きく関係しているらしいということは確認できた。

 

「場所を移しましょう」

 

「アミタもばいばーい」

 

 なのはちゃん似の子がそう言うとキリエさんとマテリアル達はこの場から離れていく。それを追って、アミタさんも追いかけていった。

 

「どうしますか? 我が主?」

 

「う~ん、まずは皆に連絡やろうな、それから合流も…」

 

 私はリインフォースにそう言うと皆に連絡を繋げた。

 

 

 

 

「これもハズレか…」

 

 俺は目の前に現れたシグナムを見て、思わず愚痴る。それと同時にシグナムを魔力弾で撃ち抜いた。

 あっさりと打ち抜かれたシグナムは光となり消えていく。このシグナムは本物ではなく偽者であった。

 先ほどアミタと戦ってから俺はずっとヴィヴィオとアインハルトを探していた。しかし、探索魔法に掛かるのは闇の書の欠片によって生み出されるなのは達や守護騎士達の偽者ばかりだった。

 蒐集したときの得たデータによって作られたなのは達の偽者、もちろん本物よりもかなり劣っているため倒すのは難しくないのだが、見た目は本人達にそっくりのため攻撃するのにも躊躇いが生じる。

 とはいえ、本人達なら防げる程度まで加減はしているので偽者と本物の区別はそれほど難しくはない。まぁ、本物には遭遇していないわけだが…。

 

「さっきの反応、アミタとはやてのところだったから、多分マテリアル達だと思うけど」

 

 俺は先ほどあった大きな反応を思い出す。始めはヴィヴィオ達かと思い移動しようと思ったが、はやての魔力と先ほど会ったアミタの魔力であったため、マテリアル達とキリエだろうとあたりをつけ、結局向かわなかった。

 

「なのは達と合流した方が早いか?」

 

 ゲームだとなのはがアインハルトに、ユーノがヴィヴィオに接触していた筈だ。とはいえ、一番初めにアミタに接触したのが俺なわけだからもう原作知識が当てになるような状況ではない。

 

 ――マジでどうするかな…

 

 確かヴィヴィオ達は未来の情報を開示しようとはしなかった筈だがこれはどうにかできる。相手はまだ子どもだし、欲しいのは俺が未来もいるかという情報だけなので、もしかしたら向こうの反応だけでわかるかもしれない。

 とはいえ、接触しないと意味がないのでできれば早く二人には会いたいのだが、今はこうやって反応があるところを一つ一つ捜索していくしかない。

 

「皆に二人の容姿の情報を渡して探してもらうってのもな~」

 

 二人の容姿を皆に渡して探してもらうか、会ったら足止めをお願いしてすぐに現場に急行するという手もないわけではないのだが、後で追及されると困るのはこちらだ。

 

「やっぱり自力で探すしかないか……」

 

 俺は溜息を吐きながらももう一度二人の捜索を始める。するとその時だった。

 

「反応アリっと、でもこれは……」

 

 新たに反応があったので目の前にウィンドウを表示するが、先ほどまでと少し反応が違う。欠片たちであったなら魔力反応の方が強いが今回のは違った。どちらかというとアミタが現れたときの反応に近い。

 

「今度こそ、アタリかな?」

 

 俺は今回の反応こそがヴィヴィオ達である事を願いながら反応があった場所へと急いだ。

 

 

 

 

 

 目を開くと木々に囲まれた場所にいた。

 

「ふぇ、ここ、どこ?」

 

 私はいきなり知らない場所に自分がいたことに戸惑う。さっきからわからないことだらけだ。目を覚ましたら知らない部屋にいて、誰かいないか捜し歩いて、やっと人のいそうな部屋を見つけても誰もいなくて、そしたらいきなり光に包まれて今度もまた知らない場所に一人きり。

 周りを見てみると木々の間に歩道やベンチなどが見える。私はこの状況に戸惑いながらも誰かいないか探し始める。歩き始めようとしたとき、自分の近くにトランクケースが落ちている事に気づいた。

 

「これ…あそこにあった……」

 

 このトランクケースはさっきまで自分がいた部屋にあったものと同じだ。近寄って持ち上げてみるとそれほど重さを感じない。こういうのはケースだけでもそこそこの重さがあるはずなのにそれすらあまり感じなかった。

 重さを感じないケースを不思議に思いつつも持ち上げ歩き始める。上へ行く道と下へ行く道があったが、ここが山であることを考えると下へ行ったほうが人のいる可能性は高いと思う。

 

「あ、光?」

 

 一人ぼっちで誰もいないことを寂しく思いつつ歩いて開けた場所に出る。そこからは下の景色が見えていて、明らかに人工的な光が私の目に映った。

 その光に人がいることを確信して安心するもお腹がなる。そういえば何も食べてない。

 一旦空腹に気がつくと、物凄く身体が疲れている事に気づいた。さっきからずっと歩きっぱなしだ。おまけに重さをあまり感じないとはいえトランクケースも持っている。

 

「うっ、ぐすっ」

 

 空腹と疲労、そして歩きつづけた事による足の痛みに思わず涙が出てくる。誰もいない寂しさもそれに拍車をかけ、ぼろぼろと大粒の涙が零れた。

 

「確かこの辺りなんだけど…」

 

「っ!?」

 

 私が泣いていると人の声が聞こえてくる。久しぶりに聞く人の声に私は一生懸命、その人を探す。そして、その人は現れた。

 

「はいっ!?」

 

 その人は私のことを見た瞬間、驚いたように声を上げるが関係ない。現れた人は私より少し年上に見える男の子だった。

 

「良かった、ようやく会えた」

 

 人に会えたことが嬉しくて私はその人に抱き着いてまた泣いてしまう。その人は私の行動に戸惑いながらも私の頭をなでて慰めてくれた。

 

 ――あったかい……

 

 久しぶりに感じる人の体温に私は安心しているとその人が私に声を掛けてくる。

 

「君の名前、教えてくれるかな?」

 

「私の名前は…」

 

 ようやく人に会えた安心感に今までの疲労が身体を襲い、意識を失いそうになるがその前に私は彼に自分の名前を伝える事ができた。

 

 アリシア・テスタロッサ……と。

 

 

 



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55話目 目の前にあるのは

 

 

「すぅ…ん」

 

「はぁ……」

 

 俺は自分よりも一回り小さい少女を抱きしめながら溜息を吐いた。正直、頭の中は混乱していて現状をよく理解できていない。

 ヴィヴィオとアインハルトの二人を探すために俺が反応のあった場所へと向かうと、そこには今、俺の腕の中にいる少女の姿があった。そしてこの少女の姿を見たとき、俺は戸惑った。なぜなら、そこには見慣れた友達と瓜二つの顔があったからだ。

 

「アリシア・テスタロッサ……か」

 

 この子が意識を失う直前、運良く名前を聞く事ができた。アリシア・テスタロッサ……フェイトのオリジナルであり、もう既に死んでいる存在だ。

 彼女に会ったとき、俺はまたフェイトの偽者が現れたのか…と失望しそうになった。せっかく違う反応が出たのに目的の人物じゃなかったからだ。しかし、近づいてみるとどうも今までと様子が違った。今まで現れたフェイトの偽者は昔の感情がないときのフェイトだった。だが、目の前にいた少女は本物のフェイトよりも感情が豊かそうに見え、そのうえ身長も俺が知っているフェイトよりも一回り小さい。

 その事に驚いていると少女は俺に近づいてきた。そして俺の体温を確かめるように強く抱きしめると泣き始める。まるで人に会えたことに安堵しているように……。

 そして俺が名前を聞くと途切れそうになっている意識の中自分の名前を教えてくれた。アリシア・テスタロッサ……と。

 

「確かにあの時見たのと変わらない……よな?」

 

 俺は混乱する頭の中にある記憶を確かめる。PT事件のとき、俺は彼女とともに虚数空間へと落下していった。その時の彼女はこのぐらいの身長だったと思う。

 

「とりあえずどうするべきか……ッ!?」

 

 アリシアのこともあり、どう行動するかを考えながら辺りを見ていると視界の中にとある物が映る。それはとても見慣れているものだ。

 

「ケース……だと、どうしてここに?」

 

 あまりにもここにあるには不釣合いなものに大きなショックを受ける。それはアリシアのことで混乱している頭にトドメを差すには十分すぎるものであった。

 

 ――どうしてアレがここにある? いや、そもそもどうして彼女がここにいる? アレと彼女は関係があるのか? もしかしたら……

 

 頭の中が今起きていることを必死で処理しようと思考するも、その思考によって余計に混乱する。そんな自分を落ち着かせたのは腕の中にいる少女の声だった。

 

「ん、おかあさん……」

 

「あっ……」

 

 アリシアの言葉で我に返ると落ち着くために深く深呼吸する。考えたい事は色々あるが、まずは目の前のことを処理していかなくてはならない。

 とはいえ、すぐには落ち着けない。すぐに思考に入ろうとする頭を空にしようと思うがなかなか上手くいかない俺は腕の中にいるアリシアを見る。

 腕の中で眠るアリシアを見ると、その頬に涙の後が見える。

 

「ふぅ……」

 

 俺は息を一つ吐くとアリシアの髪を撫でた。サラサラとした髪質、すずかもフェイトもそうだったが髪質が良く、指に触れるその感触が心地よい。さらには腕の中のアリシアの体温も感じて、それが少しずつ俺に平静さを取り戻す。

 

「うん……よしっ」

 

 手を開いたり閉じたりして状態を確かめる。なんとか多少は落ち着けたようだ。

 

 ――さてと、どうするべきか……

 

 俺の目的はあくまでヴィヴィオ達との接触にあるわけだが、この状態では動く事ができない。まずはアリシアをどこかに連れて行かなくてはならないが……。

 

 ――どっちがいいかな?

 

 月村邸、アースラ、どちらかしかないのだが彼女の場合、その立場が問題になる。プレシア・テスタロッサの娘であり、フェイトのオリジナル。さらには死者。

 こうなってくると管理局に連れて行くのは少々危険な気がする。少なくとも死者がなぜ生き返ったのかというのは間違いなく実験対象だ。

 その上フェイトと会わせるのも少し危険な気がする。自身のオリジナルである事をフェイトがどう思うか、それが心配だ。そして今の状況だとプレシアが出てくる可能性が高い。

 プレシアはアリシアに執着していた。もしプレシアとアリシア、そしてフェイトの三人が一度に会うことになったとすると……

 

 ……フェイトが壊れるかもしれない。

 フェイトは優しい子だ。自分の現状を受け入れているし、酷い仕打ちを受けてもまだ母親を思いやる気持ちがある。

 でももし、そんな彼女の目の前にアリシアが現れたら? あまつさえプレシアとアリシアの再会を見てしまったら? 彼女はどうなるのだろうか、少なからずショックは受けるであろう。

 

「まぁ、この子が本物なら…だけど」

 

 俺はそう呟く。もしかしたらこの子が偽者である可能性もある。それにあまり悠長にしている時間もない。

 

「ん? あれっ? 私…」

 

 腕の中で声が聞こえる。どうやらアリシアが目を覚ましたようだ。出会って意識を失ってから十分も経過していないが、単にゆっくり眠れる環境じゃなかったのだろう。

 

「大丈夫?」

 

「う、うん」

 

 アリシアは戸惑いながらも俺の言葉に反応を返してくれる。俺は腕に抱いていた彼女の身体を離し、ベンチに座らせる。とりあえず彼女をどこか落ち着けるところに連れて行くために、月村邸に連絡を入れようとしたその時だった。俺のデバイスへと通信が入る。

 

『拓斗君ッ!! もうっ、どうして通信を拒否してたのっ!!』

 

「あれ? なのは?」

 

 通信を繋げるとそこにはなのはの顔が映っていた。なのはは物凄く怒った表情でこちらを睨んでくる。

 

『あれ? なのは? じゃないのっ!!』

 

「ああ、ゴメン。ちょっとこっちも色々あって…」

 

 俺はアリシアの顔をチラッと見る。通信を拒否していたのは別に彼女のせいというわけではなく単に邪魔をされたくなかっただけだが、なんとなくだ。

 

『あれ? フェイトちゃん? でもフェイトちゃんはここに……』

 

「あ…」

 

 なのはの近くにはフェイトがいるのか、なのはは俺の隣にいるアリシアとフェイトを見比べている。俺も不注意だったがアリシアのことがなのはに気づかれてしまった。

 

「とりあえずアースラに行くから、事情はそこで」

 

『えっ、ちょ、ちょっと拓斗く』

 

 なのはとの通信を切る。通信越しに事情を説明するのは面倒だし、どうせ説明しなければならなくなるのでやむを得ず俺は、アースラに行く事を選択した。

 

「ねぇ、アリシア」

 

「うん?」

 

 俺がアリシアの名前を呼ぶとアリシアは返事を返してくれる。もしかしたら聞き間違いかもと思ったがそんな事はなかったようだ。

 

「今から管理局の船に行くけど、いいかな?」

 

「うん、わかった」

 

 アリシアは俺の言葉に頷く。まぁ、どうする事もできないこの状況では他にできる事はないわけだが…。

 俺はアリシアのケースを拾おうとするが重すぎて持てない。そういえばコレ、持ち主以外には重く感じるとかいう微妙な防犯装置がついているんだった。

 

「ゴメン、アリシア。コレを持ってくれるかな?」

 

「? いいよ」

 

 アリシアは俺がケースを持てない事を不思議がっていたが俺の言葉に従いケースを持ってくれる。そして、俺はケースを持ったアリシアと共にアースラへと転移した。

 

 

 

 

 

 アースラの会議室。そこは今、見事に静まり返っていた。

 

「も、もう一度言ってもらえるかしら?」

 

 周囲の沈黙を破るようにリンディさんが口を開く。その質問が向けられたのはこの場において最年少の少女、アリシア・テスタロッサだった。

 

「私の名前はアリシア・テスタロッサだよ」

 

 アリシアはもう一度皆に聞こえるように自分の名前を伝える。その言葉にまた周囲は静まり返る。当然だ。アリシア・テスタロッサ……その名前は少なくともここにいるメンバーにとって重要な意味を持つ。

 

「アリ…シア」

 

 特にこの少女にとっては…。

 

「フェイト……」

 

 近くにいたアルフがフェイトを心配そうな表情で見つめる。アルフだけではないこの場にいるアリシアを除いた全員が心配そうな表情でフェイトのことを見ていた。

 

 ――やっぱりこうなるよなぁ……

 

 俺は誰にも見つからないように溜息を吐く。二人を会わせればこういう対応に困るような状態になることはわかっていた。これが平時であれば落ち着いてゆっくり二人を話し合わせたり、アリシアに事情を説明したりすることもできたのだが、今はそういうわけにはいかない。

 

「リンディさん、まずは現状を…」

 

「え、ええ」

 

 俺はこの場の空気をぶった切ってリンディさんに話を進めるように促す。正直、二人のことはどうにかしたいのは事実だが当人達しか解決できない問題であるのも事実だ。必要ならフォローしてあげればいいぐらいに考えておいたほうがいいだろう。

 

「現状だけど……」

 

 リンディさんの説明が始まる。今、起こっているのはアミタとキリエの登場、マテリアル達の出現と偽者たちの登場だけらしい。まだユーリやヴィヴィオ達、ついでにトーマ達は現れていないようだ。

 

「今はこのアミタとキリエと呼ばれていた二人から事情を聞かせてもらう必要がある。それと偽者たちが被害を出さないように倒す事。マテリアルと言っていた三人組の確保だな」

 

「それについてなんだけど、拓斗君? あなた何か知らないかしら?」

 

 クロノが俺達の行動の指針を説明するとリンディさんが俺に問いかけてくる。

 

「どうして俺に?」

 

「あなた、今回の事件が始まってから通信を拒否して独自に動いていたでしょう?」

 

 だったら何か知っていると思って…とリンディは俺に言ってくる。まぁ、通信拒否して動いてたのは事実だし、今回の事件についても知っているのは事実なのだが…。

 

 ――そりゃ、あんな風に動けば怪しまれるわな

 

 目的のためには仕方なかったとはいえ、自分の浅慮な行動を反省する。正確にいうと管理局には所属していないため命令を聞く必要はないわけだが、このように捜査協力、情報提供を頼まれると断るわけにはいかない。

 

「少しだけしか知らないけど…」

 

 俺は慎重に言葉を選んでそう言った。暗に自分はあまり事情を知ってませんよとこの場に認識させるためだ。リンディさんは俺が未来の知識を持っていることは知っている。ただ、先の闇の書事件のグレアムのことなどもあり、あまり無理にこちらの知識を得ようとはしてこない。

 

「まずはあなたの行動からね」

 

「通信を拒否したのは行動を邪魔されたくなかったからだ。目的はとある人探し…」

 

 なんか尋問を受けているような気分になるが、俺は通信を拒否したわけと独自行動の理由を言う。

 

「人? それは今回の事件と関係あるのか?」

 

 クロノが俺の言葉にそう質問してくる。

 

「殆ど皆無と言っていい」

 

「それは今の状況ですべき事なの?」

 

 クロノの質問に答えると今度はリンディさんから質問される。

 

「少なくとも、俺にとっては重要なことなんだっ…」

 

 ヴィヴィオ達から俺についての情報を得る事、それは今回の事件においてかなりの優先順位を誇る。もちろん、なのは達の命であったり、海鳴市の崩壊であったりであればそちらを優先せざるを得ないがそれ以外であればまずこちらが先にくる。

 

「できればそれも手伝って欲しい。多分、どこかで接触する筈だから」

 

 俺はそう言って頭を下げる。正直、できれば自分だけで解決したかったが上手く接触できるかどうかもわからないので、やはり人数の多い方がいいだろう。

 

「私はいいよ」

 

「私も」

 

「私もや」

 

「なのは、フェイト、はやて…」

 

 俺がなのは達の名前を呼ぶとなのは達は笑顔をくれる。

 

「拓斗君は大事な友達だもん」

 

「それにお世話になってるし」

 

「私も助けてもらったしな」

 

「ありがとう」

 

 俺は手伝ってくれるという三人にお礼を言う。それに続いて八神家の面々やユーノ、リンディさんやクロノも返答をくれる。皆、手伝ってくれるようだ。そんな皆に俺はもう一度頭を下げてお礼を言った。

 

「俺が探している人達の容姿だけど…」

 

 俺はヴィヴィオとアインハルトの容姿を説明する。二人とも魔導師で目立つ格好をしている事からかなりわかりやすいだろう。

 

「できれば俺の名前を出して、その反応を見て欲しい」

 

「えっ? どうして?」

 

 俺の言葉になのはが疑問の声を上げる。

 

「相手が俺のことを知らない可能性があるから、お願い」

 

「? うん、わかった」

 

 俺の言葉になのははどこか腑に落ちない表情を浮かべたが了承してくれる。今回の目的はほとんどこれに集約されていると言っても過言ではない。ヴィヴィオ達が俺のことを知っているかどうか、俺が知りたいのはただそれだけだ。

 

「拓斗君…?」

 

「何? なのは?」

 

 なのはが俺の名前を呼んできたのでそれに反応する。

 

「なんか、ちょっと浮かない表情してたから…」

 

「あ、ああ。ゴメン、大丈夫だよ」

 

 俺はなのはの言葉に少し取り繕いながら返す。事実、少し俺の心は落ち込んでいた。

 マテリアル達が現れた以上、ヴィヴィオ達がこの世界に現れるのは殆ど確定と言っても構わないだろう。ただ、今になって俺は二人に会うことが怖くなってきている。

 もし、未来でも俺が存在していれば……そう思うと感情が揺れる。アリシアのこともあり、まだ色々把握しなければならないことはあるが、少なくともヴィヴィオ達との接触は目の前だ。

 

 俺は自分の気持ちを隠しながらリンディさん達にマテリアル達の説明に入った。



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56話目 明るい未来、暗い未来

 

『アリシア・テスタロッサか…』

 

 俺の話しを聞いて和也は黙り込む。アースラでの会議が終わり、俺は今、和也と通信を行っていた。

 

『マテリアル達はともかくとして、まさかこんなイレギュラーが起こるとはな…』

 

「こっちも予想外のことが多すぎてパニック状態だ。できれば色々と聞きたいこともあるんだけどな」

 

 マテリアル事件はこっちも望んでいたことだから問題ないが、それにアリシアが絡んでくるとなるとややこしいことになる。

 ヴィヴィオやアインハルト、トーマ達は現状、俺達となんら関わりがないのでさほどの問題はないのだが、アリシアは違う。

 プレシア・テスタロッサの娘、フェイトの姉にしてオリジナル。この二つの要素がアリシアを複雑な立場へと立たせている。

 

「それでアリシアのことなんだけど…」

 

『とりあえずリンディさんと相談して、色々と動いてみる。そっちはそっちでまずは問題を片付けてくれ』

 

 死亡した人間が現れたと分かったら、管理局は当然ながら調査を行ってくる。そうなればアリシアが実験に使われる可能性も否定できない。それにあのケースのことを嗅ぎ付けられれば厄介な事になる。

 その辺りのことは和也も理解しているため、こうして行動に移ってくれる。

 

『お前もお前で色々あると思うが、あんまり無茶はしてくれるなよ』

 

「ん、了解」

 

 俺はそう言って和也との通信を切る。アリシアが現れ、色々面倒な状況にはなったが俺の目的は変わらず、ヴィヴィオ達から未来の俺に関する情報を得る事だ。

 直接会うに越した事はないが、皆にも頼んだ以上、殆ど問題はないと言えるだろう。

 

「とりあえずフェイト達の様子でも見に行こうか…」

 

 会議の後、フェイトはアルフと共にアリシアに話しかけていた。俺は和也に連絡を入れるために席を離れたが、三人がどんな状態なのか気になる。

 

「あまり酷い事になってなければいいけど…」

 

 普通であればフェイトがアリシアに対して複雑な感情を持つだろう。フェイトの性格では暴力的なことは起こらないが、色々と溜め込んでしまう事もある。

 

「あれ? なのは? それに皆も?」

 

「しっ、拓斗君、声が大きいよ」

 

 フェイト達を探していると扉に耳を当てているなのは達を見つけ、声を掛けるとなのはが注意してくる。

 

「なにやってんの?」

 

「しっ」

 

 俺がそう言うとはやてが注意してきて、扉の隙間を指差す。俺はその扉の隙間に目をやると少しだけ中の様子が見えた。部屋の中にはフェイトとアリシア、そしてアルフの姿が見える。どうやら三人はこの部屋で話しているようだ。

 三人の邪魔をするのはどうかと思ったが、色々アリシアに確認したい事もあるため、俺は部屋の中に入るために扉をノックする。

 

「ちょ、拓斗君」

 

「どうぞ」

 

 はやての咎める声が聞こえるがそれより先にフェイトが部屋の中から返事を返してくれる。

 

「お話中に邪魔してゴメンね。少し、アリシアに聞きたいことがあるんだけど…」

 

「ふぇ、私に?」

 

 俺は話の邪魔をしたことを三人に詫びると単刀直入に用件を伝える。

 

「うん、君がこの世界に来る前のことなんだけど、何か覚えてない?」

 

 俺はアリシアに質問をぶつける。あのケースがあることから、おそらくは俺と和也と同じくあの場所へ行った筈だが、もしかしたら違う可能性もあるし、俺達が知らない事を知っている可能性もある。

 

「えっと、目が覚めたら変な部屋に寝かされてて…」

 

 アリシアは一つ一つ思い出しながら、自分がこの世界に来たときのことを教えてくれる。

 

「起きたら誰もいなくて、それで人を探していたら大きな部屋に出て、そこであのトランクケースを拾ったの…」

 

 その大きな部屋というのはおそらく俺がこの世界に来る前に入った部屋のことだろう。

 

「そしたら、いつの間にか森の中にいて、君が助けてくれるまでずっと一人で人を探してたんだ」

 

 どうやら基本的には俺達と変わらないようだ。変な部屋で起き、別の部屋に行ってトランクケースを拾ったら別世界へ。

 俺は月村家に和也はハラオウン家にすぐ見つけられたから良かったが、彼女の場合、ここに来たとき回りには誰もいなかったようだ。とはいってもそれほど大きな違いはなく、結果的に俺が見つけたことを考えても大差ないだろう。それに知り合いも家族もいない俺達とは違い、彼女の場合この世界に家族がいる。

 ただ少しだけ違和感を感じる。俺達のときとの違いというか、何かが足りない?

 

「あ…」

 

 俺は違和感の正体を思い出す。それが正しいかどうか確認するため、アリシアに質問をぶつけた。

 

「アリシア、その森の中に跳ばされる前だけど、声というかアナウンスみたいなの聞かなかった?」

 

「? 聞かなかったよ」

 

 なるほどここが先ほどの違和感の正体らしい。俺が来る前はリリカルなのはの世界だとアナウンスのようなものがされていたが、アリシアはされてない。微妙な違いではあるが、手がかりにはなるかもしれない。

 もともとアリシアがこの世界の住民であるからか、それともアリシアの言う大きな部屋と俺達が知っている部屋は別物なのか、様々な推測が立てられる。

 じっくりと考え込みたいし、できれば和也の意見を聞きたいところではあるが、それほどのんびりとしてはいられない。

 和也に言われたようにまずは問題を解決しなければならない。マテリアル事件はまだ終わってはいないのだ。

 

「皆、ちょっと聞いてくれ」

 

 アリシアからもっと話を聞こうとすると部屋にクロノがやってくる。その切羽詰った顔を見るとなにやら良くない事態が起こったらしい。

 

「先ほど現れたアミタとキリエと呼ばれていた二人、そしてマテリアルらしき反応があった。皆にはそこに向かって欲しいんだが構わないか?」

 

「いいけど、クロノ君は?」

 

「僕や他の管理局員は皆の偽者を片付ける。予想以上に数が出てきているらしいから皆も気をつけてくれ」

 

「了解や」

 

「わかった、行ってくるね」

 

 クロノの話を聞いて、皆すぐにトランスポーターへと急ぐ。アリシアのことは気になるが優先するべきはやはりヴィヴィオ達との接触だ。

 

「座標はバラバラやな」

 

「うん、ここは手分けしていこう」

 

 はやての言葉にフェイトが答える。アミタ、キリエ、そしてマテリアルらしき反応はすべて別々の場所だ。

 

「主はやて、我々は管理局員達と偽者の掃討へと向かいます。お気をつけて」

 

「分かった、みんなも無理せんようにな」

 

 近くで守護騎士達とはやてが声を掛け合っているが、俺は先ほどの用事のことを思い出してフェイトに話しかけた。

 

「フェイト、大丈夫?」

 

 もともと俺がフェイト達を探していたのはアリシアへの質問のためではなく、三人の様子が心配だったからだ。先に別の質問をぶつけてしまったため、すっかり忘れてしまっていた。

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 フェイトはそう言って笑みを浮かべてくれる。

 

「アリシアのこと始めは驚いたしショックだったけど、話していてなんとなく分かるんだ」

 

「なにが?」

 

 俺はフェイトの言葉が気になり、それを知ろうと質問する。

 

「私とアリシアは違っていて、でも近い存在なんだって……」

 

 その言葉を聞いて俺はフェイトのことを思い出す。プロジェクトF、フェイトはアリシアをよみがえらせようとして生まれた存在だ。フェイトはアリシアの記憶も少し持っている。ただ、二人は間違いなく違う存在だ。

 魔法資質、利き腕、性格、そしてそれが違っていたゆえにフェイトはプレシアから失敗作扱いされ、虐待を受けた。でも二人は限りなく近い存在なのだ。

 

「お母さんのこと話したんだ。アリシアが死んでどんなに苦しんでたか、それに私のことも…」

 

 フェイトの話を黙って聞く。それを話す事は少なからず、フェイト自身迷うこともあっただろうが、アリシアに話したようだ。

 

「そしたらアリシア、謝ってくれたんだ。アリシアは悪くないのに…それと母さんのことありがとうって」

 

 アリシアも話を聞いて戸惑っただろう。自分は死んでいて、何も分からないままこの世界に来て、その上数十年経っていて、自分とそっくりの女の子がいて、その女の子が自分を生き返らせるために生まれたと聞いて、すぐに納得できるとは思えない。

 映像を見せたのか、それともアリシアが純粋で素直にそのまま納得したのかは分からないが、二人とも仲良くできるならそれに越した事はない。

 

「それでね、アリシアは私のことを妹って言ってくれたんだ。私達は姉妹だって、家族だって」

 

 フェイトの顔は本当に嬉しそうだ。あまり親の愛情に恵まれなかった彼女にとって家族という存在はやはり嬉しいのだろう。リニスやアルフもいたがリニスは既におらず、アルフも家族であり使い魔という立場だ。血の繋がった存在というのはやはり少し違う意味を持つ。

 

「この事件を解決したら一緒に暮らそうって話してたんだ」

 

「じゃあ、頑張ってこの事件を解決しよう」

 

「うん」

 

 フェイトはそう言って、反応のあった場所へと向かう。俺はというとフェイトとではなく、なのはと共に行動する事にした。理由は単純にヴィヴィオ達に接触するのがなのはとユーノだからである。

 欲を言えばヴィヴィオに接触したい。機動六課で保護され、なのはとフェイトの娘であるヴィヴィオはその関係上、俺に近い位置関係になる。stsに関わるかは分からないがもし俺が未来にいたとして、一番俺のことを知っていそうなのは間違いなくヴィヴィオだ。

 

 ――できれば多くの情報を持っていて欲しいが、まぁ無理だろうな……

 

 この状況を予測して誰かがヴィヴィオに俺のことを伝えてくれとか言われていたら良いのだろうが、それは流石に望みすぎだろう。未来の俺登場の可能性も考えたが、それも普通にあり得なさそうだ。

 

「ねぇ、拓斗君…」

 

「どうしたなのは?」

 

 なのはに合流して目的地まで向かう最中になのはが話しかけてくる。

 

「アリシアちゃんと拓斗君って同じ所からきたの?」

 

「そう、みたいだね…」

 

 なのは達は、先ほど俺がアリシアに質問している最中も後ろで見ていた。はやてやフェイトは俺のことを知らないため、俺がした最後の質問を少しおかしなぐらいしか感じなかっただろうがなのはは違う。なのはは俺が元の世界に帰りたがっているのを知っているのだ。

 

「ねぇ、拓斗君。もし、拓斗君がアリシアちゃんみたいに…」

 

 なのははそこまで言って口を閉ざす。自分が言おうとしている事がどれほど俺を傷つけるのかを分かっているのだろう。でも、それでもなのはは言わざるを得なかったのだろう。

 もし、俺がアリシアのように既に死んでいて、生き返ってこの世界に来たという可能性を……。

 今まで自分の記憶を疑っていなかったため、普通に寝て起きたらあの部屋にいたと考えていた。だがアリシアがこの世界に俺達と同じように現れてしまったため、それが揺らいだ。

 もしかしたら寝たまま死んでしまったのかもしれない。この世界に来たときに覚えているときまで記憶しか持たなかった可能性もある。

 可能性として有り得るので少なからずショックは受けた。元の世界に帰っても既に死んだことになっているので居場所がない。

 とはいえ、元の世界に帰って家族に会いたいという気持ちが薄れたわけではない。あくまで可能性でしかないのだ。

 

「ゴメン、拓斗君……」

 

「いいよ、気にしないで」

 

 なのはは罪悪感からか俺に謝ってくる。人によっては確かに聞きたくないことだろうが、むしろ俺は言ってくれた事に感謝している。否定しているだけでは前に進めない。事実を事実として言ってくれる人がいる事は有難いのだ。

 なのははそれが有り得る可能性だからこそこうやって言葉にしてくれた。それがいくら否定したいものでもそういう可能性がある以上、それは受け入れなくてはいけない。

 

 ――でも、こう一向に前に進まないと嫌になるな……

 

 元の世界に頑張ろうと色々調べているが得に何も得られず、今回現れたアリシアは手がかりになるかも知れないができれば否定したい可能性を孕んでいた。これでヴィヴィオ達にあって元の世界に帰るという可能性すら否定されたら一体どうなってしまうのやら…。

 

「こんな事考えている時点で少し諦めてるのかな?」

 

「え、何か言った?」

 

「ううん、なんでもない」

 

 少しだけ自分の感情が分からなくなり思わず言葉を漏らしてしまう。色々な事があって少し悪い方へ物事を考えがちになっているようだ。

 

「なのは、アレッ」

 

「うん、見つけた。あの、すいませーーんっ!」

 

 反応があった場所を捜索していると青い服を着た人の姿が見える。間違いなくアミタのようだ。

 

「はい、わたしでしょうか?」

 

 アミタはこちらの声に反応し振りむいた。

 



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57話目 二人との出会い、そして二人の星光

 

 

「全力にて、逃走しますッ!」

 

 そう言ってアミタはこの場から逃げていった。そのあまりの行動になのはは驚き口を開いたまま呆然としている。

 アミタと接触した俺達はとりあえず事情を聞こうとするが、アミタはマテリアル達が復活し、少し焦っているのか余裕がなく、戦闘になった。戦闘自体は2対1であるためそれほど苦労はしなかったが、ここで彼女から事情を聞くために捕縛、もしくはアースラへ同行してもらうとなると余計な時間がかかり、ヴィヴィオ達と接触できなくなる可能性があるので逃げられる程度の余力を残せるように手加減するのが少々面倒だった。

 

「早く追いかけなきゃっ」

 ユーノの言葉で俺達はアミタの追跡を開始する。しかし、時は遅く彼女の反応はどこにも見られず、完全に見失ってしまった。

 

「あの人、時間がないって言ってた…」

 

「そうだね、何が目的かは分からないけど、でも必死そうだった」

 

 飛行魔法でアミタを追跡しながらなのはとユーノが話をしているのを横目で見ながら、俺は一人考え込んでいた。

 

 『時を運命を操ろうなどと思ってはいけない――厳然たる守護者であれ』

 

 これはアミタ、そしてキリエの二人の親である博士が彼女達に言った言葉だ。ゆっくりと滅び行く自分たちの故郷、そして不治の病に罹った博士のため、その言いつけを守りながら方法を探そうとしたアミタ。言いつけを守らず、しかしそれでも自分達の生まれ故郷と博士を救うために時間移動という手段を選んだキリエ。

 ある意味、キリエは俺や和也に似ていると思う。最悪の未来を回避したいキリエ、より良い未来を手に入れたい俺と和也。

 和也はどうか知らないが俺の場合、リリカルなのはという世界、原作と同じような展開を壊す事に躊躇いがなかったわけではないが、それは自分の行動によるイレギュラーの発生やマイナス方向への変化を恐れてのことだ。

 

 ――でも、そういう意味では俺は運がいいんだろうな

 

 自分の行動は少なくとも今のところはマイナスの方向へ作用していない。もし、和也が原作のことを大事にして、介入行動を許さなかった場合、敵対していたかもしれない。そう考えると俺はかなりの運に恵まれていた。

 

「拓斗君っ!」

 

 なのはの呼びかけてくる声で思考を止める。すると少し様子がおかしい事に気がついた。

 

「転移反応…?」

 

 ユーノが少し戸惑った声で呟く。その声に俺の心臓がドクンと跳ねる。

 とうとう来た……来てしまった。このタイミングでのこの反応は間違いなく彼女達だ。

 

「拓斗君、あれって…」

 

 飛行魔法で移動していたなのはが急停止し、指をどこかへと向ける。俺は恐る恐るとなのはの指差す方向へと振り向いた。そこにいたのは……

 

 

 

 

 ……碧銀の髪をツインテールにした少女。そして金色の髪をサイドポニーにした二人の少女だった。

 俺は高鳴る鼓動を必死で抑え込みながら二人へと近づく。元の世界でもこれほどの緊張は味わった事はなかった。

 

「すみませーーーん」

 

 なのはが二人へと声を掛ける。アミタを追跡している途中とはいえ、見慣れない魔導師がいたら、管理局に協力している身として声を掛ける必要があるのだが、今はその行動や動作、一つ一つが俺を追い込んでいく。

 なのはが声を掛けた二人はこちらを向くと驚きの声を上げる。

 

「え、ヴィヴィオさんのお母様!? それに……」

 

「……おとーさん!? ユーノ司書長も」

 

「あ……」

 

 その二人の反応を見た瞬間、俺は意識を失った。デバイスが少し光ったのに気がつかないまま……。

 

 

 

 

 

 

「拓斗君っ!?」

 

 私は目の前で落ちていく拓斗君に驚いて、大声で拓斗君の名前を呼ぶ。

 

「拓斗っ!? クッ…」

 

 ユーノ君が慌てて魔法を使って地面へと落下する拓斗君を止めてくれる。私はそれを見て、ホッとするもいきなり起きた事態に混乱していた。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 目の前にいる碧銀の髪の女の人が心配するように声を掛けてくれる。

 

「う、うん。ユーノ君が落下を防いでくれたから…」

 

 声を掛けられたことで少し落ち着きを取り戻すことができたので、私は目の前にいる二人を見る。金色の髪に緑と赤の目を持つ女の人。そして碧銀の髪に、紫と青の目を持つ女の人。どちらも虹彩異色という珍しい瞳を持っていた。

 

 ――綺麗な瞳…でも、確かこの人達って……

 

 二人の瞳に見惚れながら、二人の特徴を見て確信する。この二人は間違いなく拓斗君が探してほしいといっていた二人だ。

 

 ――拓斗君とどういう関係なんだろう…

 

 拓斗君は二人の反応を見てと言っていた。でもその拓斗君は二人に会った瞬間、地面に落下している。詳しい事は何一つ話してくれなかったので、私には二人が拓斗君とどういう関係なのか分からない。でも、なんとなく予想はついた。

 

 ――多分、拓斗君が元の世界に帰ることに関係がある人達なんだ。

 

 そう考えると拓斗君が二人を探していた理由も、二人に会って地面に落ちていった理由もなんとなく理解できる。

 フェイトちゃんもそうだった。プレシアさんに酷い事を言われたとき、ショックで崩れ落ちてしまった。拓斗君の反応もフェイトちゃんのときと同じに見えた。

 

「あのっ、時空管理局、高町なのはです。お話しを伺えますでしょうか?」

 

 拓斗君のことは心配だけど、今は目の前にいる二人から事情を聞かないといけない。幸い、拓斗君の傍にはユーノ君がいるし、本当に危ない状態ならすぐにアースラに連れて行ってくれるはずだ。

 

「え…はい」

 

 反応が返ってきたので私はホッとする。さっきのアミタさんみたいにいきなりどこかへ行かれたら困る。でも、目の前にいる二人は私を見て、戸惑った表情を浮かべている。それと時折、拓斗君のことを見て、心配そうな顔を浮かべていた。

 

「こちら管理外世界です。渡航許可はお持ちですか? よろしければ、ちょっと…」

 

「ご、ごめんなさい。持ってないです。えと、私達もどうしてここにいるのかわからないんで……」

 

 私の言葉に金色の髪の人が答えてくれる。本人達も理由がわかってないってことは拓斗君と同じように事故でこの世界に来てしまったのかも知れない。

 

「もし、よろしかったら別の場所でお話しを聞かせてもらえますか?」

 

 私は二人にそう尋ねると、二人は何かを話し合う。拓斗君のこととか知ってそうだから、お話聞かせてもらいたいんだけど…。

 

「も、申し訳ございません……ちょっと、事情がありまして」

 

「ごめんなさい! 失礼します」

 

 二人はそう言うとさっきのアミタさんのように逃げようとする。私は追いかけようとするが、流石に二人を一人で止めるのは無理だし、拓斗君のことも心配なので二人の追跡を諦めた。

 そして、私は拓斗君とユーノ君がいる場所へと降りていく。

 

「ユーノ君…拓斗君は?」

 

「うん、外傷はないよ。多分、ショックを受けて意識を失っただけだと思う」

 

 ユーノ君の言葉を聞いて、命に別状がないことにホッとする。ただ、だからこそ余計に心配になる。

 

「拓斗君が意識を失った理由ってやっぱり…」

 

「多分、あの二人が原因なんだろうね」

 

 私はさっき逃げていった二人のことを思い出す。珍しい虹彩異色の瞳。髪の色や顔立ちから拓斗君とは血の繋がりはないように見える。ただ、向こうは拓斗君や私のことを知っているような反応をしていた。

 

「拓斗は僕に任せて、なのはは追跡を続けて」

 

 ユーノ君の言葉にハッと我に帰る。私達の目的はもともとアミタさん達の追跡だ。さっきの二人に会ったり、拓斗君が急に意識を失ったりしたので目的を忘れてしまっていた。

 

「わかった、私はアミタさん達を追跡するね」

 

「うん、さっきの二人のことは僕が報告しておくよ」

 

「お願い…」

 

 意識を失って地面に倒れている拓斗君を心配しながら、私は空へ飛び立つ。拓斗君のことは心配だけど、今は追跡任務をしっかりとこなさなければならない。

 

 

 

 

 

 そのまま空を飛んでいると今度は私と同い年ぐらいの子の姿が見える。その姿ははやてちゃんが遭遇したマテリアルの子と同じ姿だった。そして、その子ははやてちゃんの言っていたように私に似ていた。

 

「初めまして…というべきなのでしょうね、タカマチ・ナノハ…」

 

「あなたがマテリアル?」

 

 自分と同じ声、同じ顔をした相手と話すことに違和感を感じる。姿も声も私に似ているけど、はやてちゃんが言ったように正確とかは違うみたい。

 

「ええ、私が星光(シュテル)、水色が雷刃(レヴィ)、我等の王が闇王(ディアーチェ)です」

 

「そう、じゃあシュテルって呼ぶね」

 

 こうやって自己紹介をきちんとやってもらえるとなんだか少しホッとする。そういえば、さっき会った二人のお名前は聞けなかったなぁ。

 

「実を言うとあなたと会うことを楽しみにしていました」

 

「え…どういうこと?」

 

 私はシュテルの言葉に疑問を覚える。まさか一度も会った事のない子からそんな事を言われるなんて思ってなかった。

 

「私はあなたのデータをもとに生み出されて構築体です。その能力は基本的にあなたのコピーとも言えます」

 

 そういえば、他のところで現れる私達の偽者もいるんだっけ。そっちには会った事はないけど、どんなんだろう。ちょっと、会ってみたいな…。

 

「ですが私はあなたの能力のコピーを超えて、私は私として――王のために『殲滅者(デストラクター)』としての力を手に入れました」

 

 ――オリジナルとコピーかぁ~

 

 私はシュテルの言葉でフェイトちゃんのことを思い出す。フェイトちゃんはアリシアちゃんのクローンだ。拓斗君から説明してもらった話では、フェイトちゃんも生み出される段階で魔導師としての資質を追加されたらしい。そう考えるとシュテルと私の関係も少し似ているように思えてくる。

 

「なんか私達って姉妹みたいだね」

 

「そう、ですね。血の繋がりこそありませんが、姉妹と言えば姉妹なのでしょうね」

 

 思わず出てしまった私の言葉にシュテルは言葉を返してくれる。その表情は少しだけ微笑んでいるようにも見えた。

 

「私の焼滅の力――受け止めていただけますか?」

 

「いいよ! 全力でやろうッ!!」

 

 そして私とシュテルの戦闘は開始した。

 

「アクセルシューターーッ」

 

「パイロシューターッ」

 

 私の放った魔力弾をシュテルの魔力弾が迎撃する。その誘導性、操作力は間違いなく私と同等のものだ。ただ、威力は向こうの方が少し高い。その理由はすぐにわかった。

 

「炎熱変換スキル…?」

 

「はい、これが私とあなたとの違いです」

 

 炎熱変換スキルはシグナムさんも持っていた筈だ。ただ、シグナムさんとは戦い方が全く違うので参考にならない。こういった遠距離戦は拓斗君と何度か行っているけど、拓斗君のように手数で戦うのではなく、砲撃のような威力の高い魔法を多く使ってくる。

 炎熱変換スキルがあるとはいえ、同じ魔法を使ってくる相手と戦うのは思ったよりもキツイ。シュテルが相手ということもあるだろうが、お互いの手の内がわかっているため、どうしても押し切れない。

 だったら、この戦況を変えるために手を打つしかない。

 

「いくよ、シュテル。ロードカートリッジッ!!」

 

 私はカートリッジをロードして、自分の魔力を高める。これが私の奥の手だ。闇の書の戦い以降、自分の力不足を感じた私はクロノ君と忍さんに頼んでデバイスにカートリッジシステムを搭載してもらった。

 ミッドチルダ式のデバイスにカートリッジシステムを搭載することは殆どないらしく、私はそのモデルケースとしてデータの提供をしている。

 

「これが私の全力全壊っ! スターーライトォォ――」

 

「こちらも全力でいきますっ、真・ルシフェリオン――」

 

「「ブレイカーーッ!!」」

 

 私とシュテルはお互いに自分が撃てる最高の砲撃を撃ち合う。その砲撃はお互いのちょうど真ん中でぶつかり合い、拮抗する。しかし、その均衡はゆっくりと崩れ始める。

 カートリッジシステムで上乗せされた魔力分、私のブレイカーの威力が勝ったのだ。ブレイカーはそのままシュテルに直撃するけど、ぶつかり合った分どうしても威力は落ちてしまう。それでも決着とするには十分な理由になったみたいだ。

 

「私の負け、ですね。タカマチ・ナノハ」

 

「うん、でもいい勝負だったよ」

 

 お互いの健闘を称えあう。シュテルとの戦いは満足できるものだったけど、私は彼女に聞いておかないといけない事がある。

 

「シュテル達の目的ってなんなの?」

 

「我々の目的は砕けえぬ闇の入手、これは我々の存在理由でもあります」

 

「周りに迷惑がかからないことなら手伝ってあげたいけど…」

 

「そのあたりはどうも、私に責任はもてそうになく……詳しくはディアーチェに聞いていただければと」

 

「うん、わかった。でも…」

 

 シュテルが悪い子ではないというのは戦っていて、こうやって話してみてわかったことだ。でも、闇の書のことを考えると安心はできない。

 

「あなた達の心配は、我々が無辜の民に迷惑や被害を出さぬように…ですよね?」

 

「う、うん」

 

 シュテルの言ってきた言葉に私は戸惑いながらも頷く。少し難しい言葉が出てきたけど、要するに関係ない人に被害がでるという私達の心配は伝わっているみたい。

 

「それについては私は遵守しますし、レヴィやディアーチェにも念押ししておきましょう」

 

「うん、ありがとう。でもね、あの、一緒に来てくれないかなぁって…」

 

 私は確認するようにシュテルに聞く。多分、こういっても無駄になるんだろうなとは思いつつも立場上、聞かなければならない。

 

「すみません、それはちょっと」

 

 シュテルはやっぱり拒否してくる。

 

「我々の目的を果たし終えたら、またご挨拶に伺います。それではごきげんよう、ナノハ」

 

「あっ、シュテル、待って! 行っちゃった……」

 

 私の制止の声も届かず、シュテルはどこかへと行ってしまう。追いかけようにもアミタさん、シュテルと連戦したあとで魔力も心もとない。

 

「でも、大丈夫だよね」

 

 シュテルは関係ない人を巻き込まないと言ってくれたし、最後にもう一度会いにくると言ってくれた。

 拓斗君のこと、アリシアちゃんのこと、アミタさん達、それにシュテル、いろんなことがあって大変だけど、少しだけ楽しみができた事を嬉しかった。

 



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58話目 byebye

 

 

 

 

 夢……

 

 夢を見ていた。

 

 それはまだ、俺がこの世界に来る前の夢で…。

 

 友達と馬鹿みたいに騒いだり、家族との会話を楽しんだりしていた頃の夢だ。

 

 確かに今いる世界のように刺激があったわけでもない。

 

 今のように恵まれた立場にいたわけでもなかった。

 

 それでも……

 

 

 

「あ……」

 

 目を開くと俺はアースラの医務室のベッドで寝かされていた。目が覚めた俺は自分がどうしてここにいるのかを思い出す。

 

「確かヴィヴィオ達に会って……」

 

 ――おとーさん……。

 

「ッ!?」

 

 あの時ヴィヴィオが俺に向かって言った一言を思い返し、身体中が強張る。あの時、ヴィヴィオは間違いなく俺の方を向いて、俺のことをおとーさんと呼んでいた。

 

「帰れない……か」

 

 震える自分の身体を抱きしめると目から涙が零れ落ちてくる。予想してなかったわけじゃない。想像していなかったわけじゃない。それでも目の前に突きつけられた現実はあまりにも辛いものだった。

 

「どうして……なんで……」

 

  なんでこうなったのか、どうして自分なのか。そんなやり場のない悲しみが、苦しみが心の底から溢れ出る。声を出すたびにどんどん悲しみが積み重なるような気がしてくる。

 

 いつまでそうしていただろうか? 泣きじゃくった俺の目は真っ赤に晴れ上がり、鏡に映る自分の酷い姿にさらに気分が落ち込む。そんな時だった。扉が開き、誰かが医務室へと入ってくる。

 

「あ、拓斗、起きてたんだ?」

 

「ユーノ……」

 

 俺はユーノの姿を見て、少しだけ気持ちが落ち着くのを感じる。

 

「急に落ちたからびっくりしたよ」

 

「あ、ユーノが助けてくれたんだ。ありがとう」

 

 俺は自分を助けてくれたユーノに感謝の言葉を述べる。空を飛んでいて急に意識を失ったのだから、助けてくれなければそのまま地面に墜落していただろう。

 

「なのはも心配してたみたいだから、あとで声を掛けてあげてね」

 

「うん、そうする」

 

 ユーノの言葉にそう返すと会話が続かなくなり、医務室の中は静寂に包まれる。その空気は重く、ユーノにとってもあまり居心地の良いものではないだろう。……その原因たる俺が言う事でもないのだろうが。

 

「じゃあ、何かあったら呼んでね」

 

「あ、ああ。ゴメン、ありがとう」

 

 この空気を嫌がったのか部屋から出て行くユーノに俺はそう返すのが精一杯だった。

 

「なにやってんだよ、俺……」

 

 助けてもらったユーノに気を使わせてしまっている自分が情けない。かといって自分のことがすぐに割り切れるわけでもない。あまりに中途半端な状態だった。

 

 ボフッとベッドに倒れこむ。何もする気が起きない。もう、いっそのこと全てのことがどうでもいいとさえ思ってしまう。

 

「ああ、そういえば……」

 

 俺はここを出る前にであった少女のことを思い出す。俺はその子のことが気になり、部屋を出た。

 

 

 

 

 

「リニス――?」

 

「フェイト!」

 

 キリエさんに逃げられた私はそのままキリエさんの追跡を行っていると懐かしい人に出会う。その人は自分の師匠であり、家族でもあった大切な人…リニスだった。

 でも、ここにリニスがいる筈がない。リニスは母さんとの契約を切られ、すでにこの世にはいない筈だ。

 

 ――でも、アリシアだっていたし…

 

 目の前のリニスが本物である筈がないと思いつつ、偽者である可能性を否定する事もできない。それは先ほどアースラで既に死んだ筈のアリシアにあったからだ。

 もしかしたら目の前にいるリニスも本物で今まで生きていたのかもしれない。そういう可能性が頭の中をよぎる。

 

「私はどうしてこんなところに……?」

 

 しかし、リニスの言葉がそれを打ち砕く。今までいろんな人の偽者と戦ってきてわかっていることがある。それは偽者は今の記憶を持たないという事、だから目の前のリニスは偽者だ。アリシアも記憶が曖昧だったけど、生体反応が出ていたし、検査の結果間違いなく生きている人間だと判断された。

 でも、目の前のリニスには生体反応がない。

 

「それにどうも頭が痛くて……私は、いったい……」

 

 目の前にいるリニスは頭を抱え、苦しそうにしている。偽者とはいえもう一度リニスに会えたことを嬉しいと感じるけど、このままにしておくわけにもいかないので私は覚悟を決める。

 

「リニス、ごめんね……今、助けてあげるから」

 

「フェイト……?」

 

 リニスから名前を呼ばれそれが少し嬉しくて、でもリニスに刃に向けるのが少し苦しくて、涙が滲む。

 

「いくよ、バルディッシュ!!」

 

「Yes sir!」

 

 私の呼びかけにバルディッシュが答えてくれる。自分の相棒であるバルディッシュを作ったのもリニスだ。そんなリニスと戦う事になるのはやっぱり辛い。

 

「リニスに教えてもらったこの魔法ッ、フォトンランサー・ファランクスシフトッ!!」

 

 私は数十のスフィアを展開し、それら全てをリニスへと向ける。新しく強化されたバルディッシュのカートリッジシステムを使わず、リニスから習ったこの魔法を使うのは私の意地だったのかもしれない。

 

「撃ち砕け、ファイアーッ!!」

 

 スフィアから数百発の魔力弾が発射されリニスを襲う。リニスは何もする事ができず、雨のように降り注ぐ魔力弾をその身に受けた。もし、これが本物のリニスであったならこう上手くはいかない。

 

「ああ……フェイト……」

 

 リニスは私の名前を呼びながら他の偽者たちのように消えていく。ただ、偽者とはいえもう一度になるリニスとの別れが私を悲しませた。

 

「ごめんね……リニス……」

 

 私の口からリニスへの謝罪の言葉が漏れる。言わずにはいられなかった。

 

『フェイト! 今戦ってたよね? いったい誰と?』

 

 そんな私にアルフからの通信が入る。

 

「リニスの……偽者だよ」

 

『リニスの…?』

 

 アルフの質問に答えるとアルフは少し不思議そうな声で聞き返してくる。リニスが現れたのは予想外だったみたい。

 

「でも、大丈夫。もう眠ってもらったから」

 

『うん……』

 

 アルフにリニスのことを報告するとアルフは心配そうな声で頷いてくる。

 

「心配しないで、私は大丈夫だから」

 

 そんなアルフに返事を返すけどまだアルフは少し暗い顔だ。

 

「追跡を続けるよ。行こう、アルフ!」

 

 そんなアルフに気持ちを切り替えさせるように私は追跡を再開する。それはリニスを撃って落ち込んでいる自分にも言い聞かせただけだった。

 

 ――リニスの偽者……か。

 

 追跡を続けながら先ほど会ったリニスの偽者のことを思い出す。リニスの姿や声は自分の記憶にあるリニスと全く変わらなかった。多分、私がリンカーコアを提供したときに記憶にあるデータを使って作ったんだと思うけど、もしそうならもう一人私の知る人物で偽者が現れる可能性がある。

 

 そんな私の予想は外れることなく、すぐさま現実のものとなった。

 

「フェイト……あなたなの……?」

 

「母……さん……」

 

 目の前に現れたのは私の母さんであるプレシア・テスタロッサ。今はミッドチルダの医療施設で寝たきりの状態なので、ここにいるのは間違いなく偽者だ。

 

「どうしてあなたがここにいるの? それに、ここはどこなの?」

 

 母さんは他の偽者と同じく記憶が曖昧なようで私に質問を投げかけてくる。

 

「今の母さんは……悪い夢を見ているだけなんです……」

 

「……悪い夢? そんなもの、ずっとそうよ……」

 

 私の言葉に母さんはそう返してくる。アリシアを失ったことは母さんにとって悪夢のような事だった。

 

「母さん…」

 

 できればアリシアに会わせてあげたいがここにいるのは本物の母さんではない。

 

「ママ、フェイト!!」

 

 私が覚悟を決めて母さんを撃とうとしたその時だった。この場にいる筈のない人物の声が辺りに響き渡る。

 

「アリ…シア?」

 

 そう、私達の名前を呼んだのはアリシアだった。アリシアはゆっくりだけど空を飛び、私達に近づいてくる。

 

「アリシア、どうしてここに?」

 

「フェイトが心配で、そしたら私を助けてくれた男の子がこの子の使い方を教えてくれたんだ~」

 

 アリシアはそう言って、私に自分の持つデバイスを見せる。そのデバイスは私のバルディッシュに良く似ていて、一つ違うところがあるとしたら、コアの部分が金色じゃなくて赤であることぐらいだ。

 

「えへへ、フェイトとお揃いだね」

 

 そう嬉しそうにはにかむアリシアに私も笑顔が零れる。姉妹でお揃いのものというのは嬉しく感じる。

 

「アリシア……アリシアなのっ!!」

 

 私とアリシアの会話を聞いていた母さんがアリシアの姿を見て驚愕の声を上げる。それは当然だ。もう会うことができない自分の娘、そしてもう一度会うために全てを注ぎ込んだ相手にもう一度会うことができたのだから……。

 

 チクッと胸が痛む。自分の娘じゃないとあの時言われた事を思い出した。そう、この人にとって必要なのは私じゃなくてアリシアだった。

 

「うん、そうだよ」

 

 アリシアは母さんの言葉に微笑んで返す。そんなアリシアを見た瞬間、母さんの瞳から涙が溢れ出した。

 

「アリシア! アリシア!」

 

 母さんはアリシアの名前を何度も呼ぶ。それに答えるようにアリシアは母さんに近づくと母さんに抱きついた。

 

「うん、ただいま、ママ」

 

 アリシアの目からも涙が零れる。ただ、私の心の中は複雑だった。母さんがあんな風に喜んだところを見たことがない。母さんが泣くほど嬉しがったところを見たことがない。

 黒いもやのようなものが心を覆う。それは間違いなくアリシアに対する嫉妬だった。

 

「フェイトもこっちにおいでよ」

 

 そんな私にアリシアはそんな事を言ってくる。でも、私は二人に近づく事に躊躇した。二人には間違いなく繋がりがある。でも、私は母さんに否定され拒絶された人間だ。そんな私が今の二人に近づける筈がない。

 

「ほらフェイト……」

 

 アリシアの無邪気に誘ってくる声に私は少しだけ怒りを感じる。そんなに愛されている事を見せ付けてくるのが憎かった。

 

「ふぅ、フェイト、こっちへ来なさい」

 

 そんな私に声を掛けたのは意外にも母さんだった。否定され、拒絶もされた私に母さんが声を掛けてくるなんて思えず、私の動きは止まる。

 

「仕方ないわね」

 

 そんな私に母さんは笑みを浮かべながらアリシアを伴って私へと近づいてくる。初めて私に向けられたその笑みに私の思考は止まってしまった。

 

 アリシアと一緒に近づいてきた母さんは私の頭を撫でる。確かに感じるその感触に私の瞳からは涙が零れ落ちる。

 今までしてもらった事がなかった。でも、ずっとしてもらいたかった事だ。頭を撫でてもらえる。ただそれだけのことで私はこんなにも幸せな気持ちになれた。

 その後、母さんはアリシアと一緒に私のことを抱きしめる。目の前にいるのが偽者だという事はわかっているのに、今までしてもらった事のないスキンシップに私は抵抗する事もなく受け入れてしまう。

 

 しかし、そんな時間も長くは続かなかった。

 

「ママ!?」

 

 目の前にいる母さんは少しずつ消えていくのを見てアリシアが叫ぶ。そう目の前にいるのは本物ではなく偽者だ。

 

「アリシア、もう一度会えて嬉しかったわ。それにフェイト……ごめんなさいね」

 

 母さんはそう言いながら少しずつ消えていく。

 

「ママ! ママ!」

 

「うん、母さん。大好きだよ、バイバイ……」

 

 叫ぶアリシアの隣で私は母さんに別れを告げた。最後に頭を撫でてもらえた。抱きしめてもらえた。それだけで十分だった。

 私達の目の前から母さんの姿が消える。その表情は笑顔であった。

 

 

 

 

 後日、ちょうどこの時に母さんが死んだことを聞かされた。私がアリシアと一緒に母さんの顔を見えるとその表情は微笑んでいるようにも見えた。

 もしかしたら偽者を通じて母さんはアリシアに会うことができたのかもしれない。私の知る母さんとは違っていたけど、でも優しくされて、触れ合うことができて本当に嬉しかった。だから私はもう一度言葉を贈る。

 

「バイバイ、母さん……大好きだよ」

 

 

 



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59話目 受け入れるべき現実

 

 

 

 アリシアにデバイスの使い方を教えた俺はまた医務室へと戻っていた。

 

「なにやってるんだろうな……俺?」

 

 ベッドに寝そべりながら、自分のやっている事を思い返す。元の世界に帰るために色々やってきて、今回の一件で未来の自分がまだ元の世界へと帰ることができていない事を知った。

 その事に打ちのめされて、今は何もできずにこうしているだけだ。

 

 何もできないというわけではない。闇の欠片の対処やユーリの事、他にもヴィヴィオ達の捜索などやるべき事はたくさんある。

 

「皆にも迷惑かけてるのにな……」

 

 元の世界に帰るために皆には色々迷惑をかけてきた。月村家にはこの世界に来てからずっとお世話になっていて、ジュエルシード捜索の時にはバニングス家にもお世話になって…。和也には出会ってからずっと、色々助けてもらって、管理局は俺のことで結構振り回してしまった。なのは達にもかなりの心配をかけてしまったと思う。

 

『拓斗…今、大丈夫か?』

 

「クロノ……」

 

 そんな俺にクロノから通信が入る。クロノはこちらを心配しているようだったが、流石にこの状況では俺に構っているほど暇ではないのですぐに用件を伝えてきた。

 

『和也から通信だ。大丈夫ならそちらに繋げるが?』

 

「あ、うん。大丈夫だ、繋げてくれ」

 

 和也から通信があったことに驚くが、俺はクロノに通信を繋げてもらうように頼む。

 

『よう、拓斗。大丈夫じゃ、なさそうだな……』

 

 和也は明るめに俺に向かって声を掛けてくるが、俺の様子を見てすぐに表情が変わる。

 

「まぁ、ね。正直、あんまり大丈夫じゃない」

 

 俺は和也に今の状態を正直に説明する。その言葉に和也はそうかと一言だけ返してきた。

 

『大体の状況はわかってはいるけど、そうだったのか?』

 

「みたいだね。ヴィヴィオもアインハルトも間違いなく俺のことを知ってるみたいだったし…」

 

 俺の言葉を聞いて和也の表情が暗くなる。元の世界に帰る可能性がなくなったというよりは今の俺に同情しているみたいだが……。

 

「ああ、そういえばアリシアのことは聞いてるか?」

 

 俺は場の空気を帰るように和也に話題を振る。正直、和也のあの表情を見てると八つ当たりしそうになる自分がいたからだ。

 

『アリシア? さっきの通信でお前から聞いた事以外にまだ何かあるのか?』

 

 アリシアのことは前の通信のときに和也に少しだけ説明したが、新しくわかったことがあるのでそれを和也に伝える。

 

「あの子の魔力、AAAランク相当はあるみたいなんだ」

 

『は?』

 

 俺の言葉に和也は呆気に取られたような表情を浮かべる。

 

『ちょ、ちょっと待て。確かアリシアって…』

 

「保有魔力はかなり少なかった……か?」

 

 細かい設定などすでに忘れてきているが記憶が正しければ、アリシアの保有魔力はそこまで多くはなかった筈だ。己の持つ原作知識との差異に和也は驚いている。まぁ、俺も同じではあったが…。

 普通なら検査の段階でわかりそうなものだが、わかっているならクロノかリンディさんがその事を話してくれる筈なので、詳しくは調べてなかったのかもしれない。

 

『ということは、後天的に?』

 

「もしくはこの世界ではもともとそれだけの才能があったとか?」

 

 実際、アリシアについて俺は詳しい情報を持っているわけではない。それに確かにこの世界は俺達の知っているリリカルなのはという世界ではあるが、色々な差異だって存在した。

 

『そのあたりはこっちでもう一度調べてみる。とは言っても前の事件でデータがあるはずだからすぐにわかると思う。ちょっと、待ってくれ』

 

 和也はそう言うと端末を操作し、アリシアについての情報を調べる。というか管理局員なら前のJS事件のときにアリシアのデータも目に通している筈だが、覚えてないのだろうか? 

 まぁ、確かに原作知識を持っていたら対して重要な情報ではないだろうし、あの時重要だったのはプレシアの血縁関係でアリシアのことを詳しく調べたわけじゃない。それに記憶違いということもあるから、確認するのは重要なことではあるが……。

 

 ――まぁ、こういうのは毎回ちゃんと調べるのがいいんだろうな。

 

 自分が行ってきた事や重要なデータを忘れるのは問題ではあるが、うろ覚えでやられてミスされたりするのも問題だ。

 

『あったあった。アリシア・テスタロッサ、保有魔力Fだって。やっぱり後天的っぽいな』

 

「そっか…」

 

 アリシアの魔力はやはり後天的なものであるらしい。まぁ、それほどの魔力をどこで得たかが問題になるわけだが、考えられるのは一つしかない。

 

「やっぱりあの場所になるのかな?」

 

『今のところ、それしか考えられないだろ』

 

 俺の言葉に和也が返す。という事はだ。俺達が持つ魔力やリンカーコアもアリシアと同じようにあの場所で付けられたということが考えられる。

 まぁ、元の世界でもリンカーコアなり魔力があれば、表に出てきてもおかしくはないが俺達は知らなかったわけだし、でもこの世界の地球のように先天的な才能を持つ人間が少なければ、それもおかしな事ではないのか? 考えても答えは出ないことではあるが…。

 

『少しだけ、表情も戻ってきたな』

 

「なに?」

 

 和也の唐突な言葉に反応し聞き返す。

 

『もう結果は出ているんだ。それは変えようのない事実。だったらその事実を受け止めて、自分がどうするかを決める必要がある』

 

 和也の言葉が突き刺さる。結果は結果、受け入れろと。事実は事実として割り切れと。それは正しいが、そう簡単に割り切れるものではないし、切り替えられるものでもない。ましてや、その事実を突きつけられたばかりの人間に言う事でもない。

 

「厳しいな」

 

 俺は和也の言葉にそう返す。文句の一つぐらい返してやろうかと思ったが、和也だって俺と同じだ。この世界に残ると決めていたとはいえ、元の世界に帰れないことを知って少なからずショックは受けているだろうし、今の俺の心境だって他の誰よりも理解しているだろう。そんな和也に文句も反論も八つ当たりもできない。

 

『結局遅いか、早いかの違いだよ。誰かに言われるか、自分で悟るかだ』

 

 落ち込んで、悩んで、苦しんで、でも時間は過ぎていくし、どこかで立ち直って前に進む事になる。結局、現実を受け入れて進んでいくしかない。

 

 ――でも……

 

「なんかムカつく」

 

 他人から指摘されるのは少し腹立たしい。

 

「でも、まぁ、感謝するよ和也」

 

 俺はとりあえずだが和也に感謝の言葉を贈る。指摘されたのはイラつくし、まだ色々と言いたいことはある。それに割り切れたわけじゃない。でもどこかで前に向かなくちゃいけないのは事実だ。

 

 俺は和也との通信を切ると現状を教えてもらうためにアースラのブリッジへと向かう事にした。

 

 

 

 

 

「さてと、こっちももう一人に報告しないとな…」

 

 拓斗との通信が終わった後、俺はこのことを教えるために通信を繋げる。

 その相手は……

 

『どうしたの、和也?』

 

「ああ、拓斗のことでちょっとな」

 

 月村忍であった。今回の事件、後々拓斗から忍に対して説明がされるだろうが、忍自身がリアルタイムでの報告を望んだため、こうして俺は進展があるたびに忍に連絡しているのだ。

 

『拓斗の事? もしかして!?』

 

 忍の表情が驚きに変わる。既に彼女は今回の事件で拓斗の未来がわかるということは知っていた。そして、その結果が出ると感づいたのだろう。

 

「お察しの通り、結果が出たようだよ」

 

『!?』

 

 俺の言葉を聞いて忍は戸惑いの表情を浮かべる。拓斗は元の世界に帰りたがっているが、忍はその逆で拓斗がこの世界に残ることを望んでいる事を俺は知っていた。そして拓斗が忍と交わした約束のことも…。

 今回の件が今後の拓斗の人生を左右することがわかり、拓斗の次に今回の事件を待ちわびていたとも言える。

 

『それで結果は…』

 

 忍は震える声で俺に結果を聞いてくる。答えを聞くのに怯えているようにも見えるが、その瞳が宿している感情は少し違って見える。

 

「駄目だったようだよ」

 

『っ!!』

 

 俺は正直に結果だけ話す。俺の言葉に忍が見せた感情は少しばかりの同情と喜びであった。拓斗としては不幸な現実という事もあり、すぐに取り繕うがその表情や雰囲気は喜びに包まれているのがわかる。

 

『コホン。そう、わかったわ』

 

 忍は努めて平静に返してくるが、咳払いをしている時点で上手く取り繕えていない。まぁ、そのあたりは忍も理解しているだろうが…。

 

『それで拓斗の様子はどうだった?』

 

 それでも拓斗のことが心配なのだろうか、忍は拓斗の様子について聞いてくる。

 

「あんまり良くはないね。まぁ、良かったら良かったでそれはおかしいんだろうけど」

 

 ずっと自分が望んでいた事が敵わないと知り、ショックを受けないものなどいない。それに拓斗の場合、それは自分の生涯に関わってくる事だ。結果を知り、辛いのは仕方ない。

 

 ――ちょっと、言い過ぎたかな?

 

 自分が拓斗に言った事を思いだす。本来なら別に言わなくてもいいことではある。結局、立ち向かうのも割り切るのも本人次第だ。それを俺はショックを受け、落ち込んでいる相手に言ってしまった。それをアイツはムカつくと一言言っただけで、感謝の言葉で返してきた。

 

 ――八つ当たりぐらいしてくれれば、むしろ良かったんだけど

 

 本来なら八つ当たりしてもらい、拓斗に感情を吐き出してもらうつもりだった。そうすれば俺達の関係は拗れるだろうがそれでも、立ち直りは早くなる。だから、拓斗の反応は少し予想外だった。

 

 ――割り切れっていうのが無理な話だ。抱え込んでなけりゃいいが…。

 

『そう、そういう貴方はどうなの?』

 

 拓斗を心配している俺に忍が質問してくる。彼女にとって拓斗のことは重要ではあるが、一応拓斗と同じ立場である俺のことも心配してくれているようだ。

 

「ん、ああ。まぁ、俺は拓斗と違ってこの世界に残るつもりだったから、ショックはショックだけど問題はないな」

 

 忍の言葉に俺は返すと忍は不思議そうな目でこちらを見てくる。

 

『そういえば聞きたかったんだけど、貴方は拓斗をどうしたいの?』

 

「どうしたいっていわれてもな~」

 

『拓斗の力を借りたり、元の世界に帰るための手伝いをしながら、その一方で今回みたいに私に情報を渡したり……本心がどこにあるかを聞きたいのよ』

 

 忍の質問の意味は理解できる。拓斗に力を借りたりしているのは、純粋に同郷という点で力を借りやすいというのもあるし、あいつ自身の能力が高いというのもある。元の世界に帰るのを手伝っているのは、あいつ自身の願いを叶えてやりたいというだけの話だ。まぁ、そういった世界を渡る方法に興味があるのも事実だが…。

 忍に情報を流しているのは基本的に拓斗に対するフォローを任せるためだ。拓斗がこの世界に残って欲しいと願う忍であれば、拓斗のフォローぐらいはこなしてくれるだろうし、拓斗にもそういった支えは必要だろう。

 個人的な意見を言うならば…

 

「正直、俺も拓斗には残って欲しいんだよ。ただ、あいつの人生だ。できる限り、あいつの意思のままに行動させてやりたい」

 

 残る残らないは本人の自由だ。同郷の好であるので元の世界に帰るのを手伝っているというのが正しい。自分と同じ存在だからこそ、できればいて欲しいが本人の意思を尊重したいという気持ちも強い。

 

『難儀な性格ね』

 

 忍はそう言って笑う。彼女だって同じように悩んだり迷ったりした事もあっただろう。だから、少しぐらいはこっちのことを理解できるのだろう。

 

「そういえば聞いておきたかったんだけど」

 

 俺は話題を帰るように忍に質問する。

 

「今回の件、そっちは干渉しなくて良かったのか?」

 

 月村家は今回の事件、干渉する事ができた筈だ。実際、まだ被害は出ていないとはいえ、海鳴市内で結界はいくつか張られているみたいだし、戦闘も行われている。それに今回の事件はマテリアル、そして砕けえぬ闇が関わっている以上、今回の事件はPT事件と同等並みには危険な筈だ。それなのに月村家は一切干渉してこない。それが不気味でもある。

 

『流石に今回のはね……専門家に任せるわ』

 

 まぁ、今回の事件は戦闘がメインだ。月村家もあまり割り込めない領域ではある。いくらメイド二人が戦えるとはいえ、月村姉妹の護衛のことを考えるとわざわざ二人を派遣する必要もない。アースラに行けばということも考えたが、拓斗のことなど考えるとこれで良かったのかも知れない。

 

「それともう一つ、もし今回の件で拓斗が元の世界へと帰れることがわかっていたら、どうするつもりだった?」

 

 俺は気になっていたことを質問する。忍が拓斗にこの世界に残って欲しいと思っている事はわかっている。ただ、それがどの程度であるのか気になった。

 

『もちろん、決まってるわ』

 

 忍は俺の質問に対して笑顔でこう答えた。

 

『どんな手を使ってでも、全力で引き止めるわ』

 

 

 

 

 



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60話目 謎は深まるばかり

 

 

「以上が今の状況よ」

 

 アースラのブリッジに来た俺はリンディさんとエイミィから現在の状況を教えてもらう。二人の話では既にシステムU-Dは解放されてしまい、そのときにアミタがやられてしまったようだ。アミタははやてが回収し、アースラに運ばれているらしい。

 

「でも拓斗君、大丈夫なの?」

 

 説明を終えたリンディさんがこちらを心配するように質問をぶつけてくる。まぁ、あんな風に落ちたばかりだし、そりゃ心配するだろう。

 

「まぁ、なんとか」

 

 俺は曖昧に返事する。精神的な問題なのですぐに切り替えることはできない。自分でも本調子でないのはわかってはいるが、和也のお陰か少しはマシになっている。

 

「確かに今の状況だと人手は多いに越した事はないんだけど、あなたは出すわけには行かないわ」

 

 しかしリンディさんは俺の行動を止めてくる。

 

「いい、あなたはさっき大きなショックを受けて気を失っていたのよ、そんなにすぐに整理なんてつくものじゃないわ。

 無理に動いても怪我するだけだし、足手まといになる」

 

 リンディさんは厳しい口調で俺にそう告げてくる。その判断は間違っていない。今の状態で俺を出しても、大して役に立たないだろう。

 

「今はゆっくり休んでいなさい」

 

「……はい」

 

 俺もリンディさんの言う事は理解できるので大人しく引き下がる。少しは立ち直ったと思い行動しようとしたのにこれでは少し気分が落ち込んでしまう。

 

「動こうにも動けないか…」

 

 自業自得であるが自分が動けない状況を歯がゆく思う。何もできない、することのないこの状況ではせっかくわずかながら切り替えられた気持ちがまたぶり返してきそうだ。

 

「とりあえず医務室へ戻るか…」

 

 俺は仕方なく医務室へと戻る。医務室の扉を開き中に入ると底にはベッドから身体を起こしているアミタの姿があった。

 

「あ、あなたはあの時の」

 

「こんにちは」

 

 俺の方を向いて驚いた表情を浮かべているアミタに俺はとりあえず挨拶をする。

 

「こ、こんにちは」

 

「身体は大丈夫ですか? かなりの深手を負ったを聞いてますけど」

 

 戸惑いながらも返してくるアミタに俺は身体の調子を聞いてみる。こうして少しでも誰かと会話してないとまた落ち込んでしまいそうになるからだ。

 

「あ、はい。ここのスタッフさんが修復…治療してくださったんで……」

 

 そういえばこのアミタとキリエは人間じゃなかった。こうして見るとやはり人とは全く変わらないように見える。ノエルやファリンに近い存在と認識すればいいだろう。

 

「えと、度々のご無礼失礼しました!」

 

 アミタは俺に対して謝罪してくる。まぁ、彼女の場合急いでいるとはいえ俺に銃口突きつけて薬をせびったり、やっと見つけたと思ったら逃げ出したりで結構無礼な事をしている。まぁ、後者はともかく前者は明らかに問題ではある。

 

「まぁ、気にしないでください。そちらの事情はなんとなく理解できてますし」

 

 エルトリア、そして彼女達の父親である博士の事はシャマルが彼女から聞いたらしく、先ほどのリンディさんに教えてもらった情報でもあった。

 滅び行く世界、そして病に侵された博士のために時間遡抗と異世界転移をしたキリエとそれを追ったアミタ。どちらも身体に相当な負担がかかる筈なのに効してこの世界へとやってきた。

 

「はい…それよりあなたはどうしてここに?」

 

 俺の言葉に少し暗い表情を浮かべながら頷いたアミタであったが、話題を切り替えるようにこちらに質問してくる。

 

「ああ~、色々精神的にショックを受ける事がありまして、それで休んでろと言われてここに…」

 

「そうですか……大丈夫ですか?」

 

 俺が正直に話すとアミタは納得したような表情を浮かべ、こちらを心配してくる。キリエの事とかで自分も不安な事や心配なことがあるだろうに彼女はこうやって目の前の人を心配していた。

 

「まぁ、なんとか」

 

 そんな彼女をまぶしく思いながら、俺は返事を返す。俺は彼女とは違い自分の事に精一杯で、他人を気遣う余裕すらないというのに、目の前にいる彼女は違った。

 

『拓斗君』

 

「っと、なんですか? エイミィさん」

 

 目の前にいるアミタと何を話そうか迷っているとエイミィから連絡が入る。

 

『キリエさんが保護されたから、アミタさんに教えてあげてほしいなって』

 

「だそうですよ、アミタさん」

 

 俺は通信がアミタに聞こえるようにボリュームを上げる。妹が保護された事を聞いたアミタは心配そうな表情でエイミィさんにキリエの状態を聞いていた。エイミィさんによるとキリエさんも結構な傷を負っているらしく、アースラに到着次第治療を開始するらしい。でも、ここに来た時のアミタに比べればマシとの事なのでアミタは妹の心配をしながらもホッとしていた。

 

『それとクロノ君がマテリアルと接触したみたい、それで報告する事があるから一度集まってくれないかって』

 

「それ、俺が行く必要ってあるの?」

 

 先ほどリンディさんに休むように言われた事もあり、その集まりに俺が行く必要があるのかと感じてしまう。まぁ、動く事を却下されただけでこういった会議で意見を出したりはして欲しいという事だろうが…。

 

「まぁ、行きますけど」

 

『うん、じゃあ皆が戻ってきてからだから、少し時間はかかるよ』

 

 エイミィの通信が切れると俺は集まる前に一度顔を洗おうと思い医務室から出た。

 

 

 

 数十分後、アースラに帰ってきた皆と共に俺はアースラの会議室にいた。俺の事は皆知っていたらしく皆が心配してくれたので、返事を返しているとクロノが会議室に入ってくる。

 

「先ほどマテリアルの一人、レヴィを保護して話を聞いた。その結果「砕け得ぬ闇」を倒す方法が見つかった」

 

 クロノは開口一番にそう言うと俺達に説明する。

 

「砕け得ぬ闇は防衛システム級の耐久力を誇り、なおかつ人間サイズで動き回る。白兵戦で倒すしかないが正直、僕達が束になっても勝利する可能性は高くない」

 

 クロノの説明に皆が一同に暗い表情を浮かべる。それほどまでに砕け得ぬ闇…ユーリは強大な力を持っていた。

 

「だがマテリアルの協力があれば、その戦闘動作を停止させられる事がわかった」

 

「執務官――そこからは私が説明します」

 

 クロノの言葉に割って黒いバリアジャケットを来た少女が言葉を発する。その容姿はなのはにそっくりだった。

 

 ――これがシュテルか。確かになのはにそっくりだな。

 

 俺はシュテルの顔を見ながら、会議とは関係のないことを考える。そしてシュテルとなのはの二人を見比べた。なのははその表情から生来の明るさがにじみ出ているが、シュテルは理知的で表情の変化がない。性格が違うだけでここまで雰囲気が変わるのかと思うとなんだか面白く感じる。

 

「対システムU-Dプログラムは大別すると2種類――ミッド術式とベルカ術式があります。いずれもカートリッジシステムユニットに装填して使用します」

 

 俺がそんなことを考えている間もシュテルは淡々と説明する。

 

「ロードしたカートリッジが聞いている間だけ、砕け得ぬ闇を砕く事ができます」

 

「そこで使用者を決めなければならないだが…」

 

 クロノはそう言って俺達の顔を見る。カートリッジシステムを搭載しているデバイスを持つのは俺、なのは、フェイト、そしてシグナムとヴィータだ。そのうち、俺は間違いなく降ろされるだろうから残り4人だ。

 

「充電時間と調整の関係上、4人に完全な形でお渡しするのは少々困難です。一応4人全員にお渡しはしますが、主戦力となる2人を選択していただければと」

 

 シュテルはそう言ってこちらに指示をする。今唯一対抗手段を知っている彼女だからこそ、俺達は彼女の言葉に従うほかない。

 

「ならば私がでるべきだろうな」

 

「あ、シグナムさんは駄目ですよ。私の方が適任です」

 

「元はうちhの身内のことなんだからすっこんでろよ」

 

「だからこそだよ。私達の方が…」

 

 カートリッジシステムを持っている4人は我こそはと自分を推薦する。

 

「……4人で話し合って決めていただいていいですか。決定したら連絡を」

 

 そんな4人を見て少し呆れ気味にシュテルはそう言うと俺の方へと近づく。

 

「お時間よろしいですか?」

 

「あ、ああ」

 

 いきなりのシュテルの質問に俺は戸惑うが肯定するとシュテルと共に会議室を出る。

 

「それで何か用かな?」

 

「いえ、まずはお礼を」

 

「お礼?」

 

 俺はシュテルに感謝される理由がわからず聞き返す。

 

「ええ、本来私達は闇の書に封印されたまま出てくる事はできない筈でした」

 

 俺は大人しくシュテルの話しを聞く。闇の書事件が終わり、闇の書は聖王教会と管理局によって厳重に封印が掛けられていた。はやての持つ夜天の書が最低限の機能しか持たない以上、彼女達がこの世界で復活する可能性はかなり低い筈だった。

 できれば起こって欲しいと思っていたとはいえ、この事件が起こった時はなぜ起こったのかという疑問も確かに感じた。その理由がシュテルの口から吐き出される。

 

「あなたは闇の書から、今の夜天の書のデータを抜き出すために自分がしたことを覚えていますか?」

 

「えと、確かあの時……」

 

 ――あの時は守護騎士プログラムとかを抜き出している最中に確かアクシデントがあって…

 

 闇の書事件の事を思い返す。あの時俺がしたことと言えば一つしかない。

 

「強制アクセス……?」

 

「その通りです」

 

 俺の言葉を肯定するようにシュテルが答える。確かあの時、俺は闇の書からデータを抜き出すために自分のデバイスを媒体に強制アクセスをした。

 

「その時に私達のデータも一緒にあなたのデバイスへと流れ込んだのです」

 

「ちょ、ちょっと待て」

 

 俺はシュテルの言葉を遮り、頭を抱える。確かに俺はあの時強制アクセスはした。しかし、彼女達のデータが自分のデバイスに入り込んでいたなら、後のメンテのときに気づいた筈だ。

 

「なんでお前達のデータがデバイスに移って俺が気づかない?」

 

「それは私にもわかりません。しかし、今私達が囚われているのは闇の書ではなく、あなたのデバイスです」

 

 シュテルの言葉を理解するために頭をフル回転させる。確かシュテル達の本来の目的は紫天の書の解放、つまりユーリ、ディアーチェ、レヴィ、そしてシュテルの4人が闇の書から解放され自由になることだった筈。

 しかし、今彼女達がいるのは闇の書じゃなくて俺のデバイスだと目の前にいるシュテルは言った。

 

「なら起動の為のエネルギーは? あの子やお前達はどうして俺の近くに現れなかった? それに俺のデバイスへの影響は?」

 

 頭に浮かぶ疑問の全てをシュテルにぶつける。しかし、シュテルから返ってきた答えはわからないだった。

 少し謎が解けたと思ったら余計に深まっていくこの現実に俺は頭を抱えたくなる。とりあえず今回の事件が終わったらノーパソを使ってログやデータの痕跡とかを調べなくてはいけない。

 

「少しいいか?」

 

「クロノ? それにはやても…」

 

 俺がシュテルと話しているとクロノが話しかけてくる。これ以上シュテルから話を聞いても余計に謎が深まるばかりではある。

 

「なにか?」

 

「うん、私達も砕け得ぬ闇――U-Dを止めるための力が欲しい」

 

 はやてはそう言ってシュテルにお願いする。クロノも同じようだ。確かにはやてには夜天の書があるし、リインフォースもいる。クロノのデュランダルには確か魔力蓄積機能があるから何とかならないこともないだろう。

 はやてはマテリアル達が闇の書の一部だったということ、クロノは管理局員としての責任感を感じて今回のユーリとの決戦に挑みたいのだろう。

 

「確実性を高めるために戦力は多い方がいいですが…お二人については安全性を保障できませんよ」

 

「まあ、何とかするさ」

 

「上手くやるよ」

 

 シュテルの忠告する言葉も二人は前向きに返事する。危険だとわかっていても参加する意思は固いようだ。こうなると梃子でも動かないだろう。

 俺は二人がシュテルと話しているのを見ながら、自分が動けない現状を悔やんだ。

 

 

 

 

「クロノ君、シュテル。こっちは決まったよ」

 

「ああ、わかった」

 

 なのはの言葉にクロノは返事する。

 

「では、問題なく稼動するかどうかのテストを」

 

 シュテルはそう言ってプログラムを搭載したカートリッジを用意する。

 

「丁度いい、一人目のテスト担当は僕がやる。それからもう一人のテストは…拓斗、君が」

 

「え?」

 

 俺はいきなりクロノに話しかけられたことに驚く。テストとはいえ、まさか自分がテストとはいえ誰かと戦う事になるとは思わなかった。今回の事件ではもう動く事はないと思っていたから。

 

「いいのか?」

 

「よくはないんだろうが、他に適任もいなくてな。唯一テストできそうなのはザフィーラだが、彼は近接戦闘がメインだし」

 

 ユーリが2タイプ戦い方があることを考える。大量の弾幕を撃つタイプと近接でぶった切るのがあったと記憶している。なら確かに打撃オンリーのザフィーラよりは俺の方が向いていると言えるだろう。

 

「わかった。手伝わせてもらうよ」

 

 こうして俺はカートリッジの起動テストに参加する事になった。

 

 

 



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61話目 ただその程度のこと

ブログにて最新話である71話目を更新しました




 

「拓斗君…大丈夫なの?」

 

「ああ、問題ないよ。だから、なのはも遠慮なくかかってきなよ」

 

 俺は今、対システムU―D用プログラムのテストのためになのはと対峙していた。

 

「なのは、システムを走らせてくれ」

 

「うん!」

 

 クロノの言葉になのはは元気良く返事をするとレイジングハートを構える。

 

「プログラムカートリッジ「ネーベルヴェルファー」ロード、ドライブ…イグニッションッ!!」

 

 なのはの声を共にレイジングハートから薬莢が吐き出される。これで準備が整った。

 

「拓斗も準備はいいか?」

 

「ああ」

 

 クロノの言葉に短く返答する。既に自分はデバイスもバリアジャケットも展開が終わっている。問題はこのテストに集中できるかであるが、そのあたりはクロノも承知で俺をなのはの相手に選んだ筈だ。

 

「では、テスト開始っ」

 

 クロノの合図でテストが開始される。先手を打ったのはなのはだ。

 

「アクセル、シュートッ!」

 

 なのはの撃ちだす誘導弾が俺に向かい襲い掛かってくる。その数はおよそ二十といったところだろうか。速度だけで見るならそれほど大したことはないのだが、誘導弾の巧みな操作により、俺の逃げ道をふさぎながら俺に当てようとしてくる。

 

 ――だったらっ

 

「防いだらいいっ」

 

 俺は自分の正面に障壁を展開しながら、自分の後ろに魔力弾をばら撒く。後ろから追ってくるなのはの誘導弾は俺がばら撒いた魔力弾にぶつかり相殺され、なのはが俺の逃げ道をふさぐように置いた魔力弾も障壁によって阻まれる。そして、俺はそのままなのはに突っ込んでいく。

 いつもならこの突撃の最中に誘導弾をなのはに向かって撃つところであるが今回は行わない。それは単純に魔法を撃つことよるタイムロスを省きたいからだ。

 

 魔法を撃たなかった分、いつもよりもわずかながら突撃のスピードが速い。しかし、これで簡単に突っ込ませてくれるほどなのはは簡単ではなかった。

 

「ホールディングネット!」

 

 なのはの声と共に魔法で作られたネットが俺の正面に展開される。それは文字通り俺を捕まえるための網だ。

 なのはの持つ、対近接戦用の技はいくつかある。基本的にプロテクションからのバインドであったり、バスターであったりするのだが、それらは先のPT事件の際、フェイトへの対処方として俺がなのはに教えたものだ。

 そしてこのホールディングネットは自分に突っ込んでくる相手を捕縛する、かなり使い勝手のよい罠タイプの魔法だ。

 

「ッ!!」

 

 俺は目の前に張られた網をどう突破するか考える。突撃のスピードは緩められず、網はすぐ目の前、考える時間など殆どない。このままだと間違いなく網に捕らえられる。

 頭の中でいくつかの案を練り、できそうなものを考える。網を回避するのは不可能ならば…

 

「そのまま突っ込んだっ!?」

 

 俺はスピードを上げて、網へと突っ込む。俺が下した判断は強行突破。速度を緩めても網に捕まり、網を避けるのは不可能、ならば強引に網を引きちぎればいいというのが俺の判断だった。しかし、強引に突破しようと網が簡単に引きちぎれるわけがない。

 

 ならばと俺は突っ込んだ勢いによって伸びていく網目の一点を狙って魔力弾を放つ。それは網目が十字になっているところだ。

 至近距離から放たれた魔力弾は上手く、網目を壊し穴を開ける。これを3、4発繰り返すとようやく俺が通れそうな穴が開き、俺は網から抜け出した。だが、なのはは俺の更に上を行く。

 

「ディバイン、バスターーーッ!!」

 

 網から抜け出した先にはなのはのバスターが放たれる。網の伸びている部分で俺の位置を把握し、底を狙ってバスターを放つ戦術なのだろう。強引に突破してもバスター、捕まってもバスターとはかなり恐ろしい。

 俺はデバイスを自分の真横に構えるとすぐさま引き金を引いた。それと同時に俺は銃口とは真逆の方向へへ吹き飛ばされる。それから一瞬遅れ、なのはの放ったバスターが俺が先ほどいた位置を通過した。

 

「あれも回避されたっ!?」

 

 なのはは驚愕の声を上げる。自分でもかなり上手くいったと思っただろうから、回避されショックを受けていることだろう。それほどまでになのはの戦術は上手くはまっていた。それこそ最後の回避が上手くいってなければ間違いなく俺の敗北だったといえるほどに……。

 最後の回避、俺が何をやったかというと答えは単純。魔力弾の反動を利用した緊急回避だ。

 大砲であったり、銃であったりを撃つを当然反動がある。もちろん普通であれば、反動を抑えるために砲台であったり、きちんとした構えであったりがある。その反動をわざと抑えずに利用したのがこの緊急回避だ。

 ただ、これはあまり身体に良くない。というのも抑えなかった反動をそのまま身体に受けるわけだから、結果として身体を傷つける。お陰でデバイスを持った右腕がかなり痛い。

 

 恐るべきは俺をここまで追い込んだ目の前の少女であろうか。

 確かに色々あって万全の状態ではなかったが、まだ俺となのはには差があるはずであった。先ほどの突撃も俺が魔法を使わない事を考えれば、十分になのはよりも先にこちらが攻撃できた筈なのだ。しかし、なのはは俺の予想を上回り、俺よりも早く魔法を発動した。

 

 ――カートリッジに今回のコレ、いったいどこまで強くなるのやら…

 

 カートリッジシステムだけでもかなりの戦力強化になるというのに目の前にいる少女は、その上、開発中のブラスターモードにも興味を示しているらしい。これ以上、強くなるということに若干の呆れを偉大くがそれ以上に心配になる。

 

 ――あまり無茶はしないといいけど…

 

 自分が言えたことではないが、あまり無茶をして怪我などしないように気をつけて欲しい。まぁ、周りが注意してあげる事でもあるが…。

 

「じゃあ、次はこっちの番だな」

 

 考え事は後にまわし、俺はなのはとのテストに集中した。結局、テストが終わったのは十分後、俺もなのはもかなり盛り上がっていたのをクロノに強引に止められたのだった。

 

 

 

 なのはとのテストが終わり、俺はフェイト達のテストを見ながら身体を休める。俺の仕事はここで終わりではあるのだが、今テストを行っているフェイトやクロノ、そしてなのは達はまだこの後の決戦が控えている。

 

「拓斗君……」

 

「なのは? どうしたの?」

 

 フェイト達のテストを見ているとなのはが声を掛けてくる。テストが終わり、決戦までゆっくり身体を休めてるだろうと思っていたのだが、そうでもなかったようだ。

 

「うん、あのね。拓斗君とちょっとお話ししたいなって…」

 

「いいよ」

 

 俺がそう返事をすると俺の隣になのはが座る。

 

「それで、話したい事って?」

 

「うん、拓斗君は元の世界に帰りたかったんだよね?」

 

 なのはは俺に対して確認するように質問してくる。もちろん、その事はなのはも重々承知している筈だ。それが原因で喧嘩したり、今回みたいに俺が墜ちたりすることになったのだから…。

 

「ああ、そうだよ」

 

「それであの人達に会って、その、無理だって事がわかったの?」

 

 なのはは少し言いづらそうにしながら聞いてくる。なのは達の言うあの人達とはヴィヴィオ達の事だろう。あの時、なのはとユーノは俺と一緒にいた。

 

「まぁ、そういうことになるね」

 

 正確に言えば、少なくとも彼女達がいた時間軸において俺はこの世界に存在していることが確認されたというだけで、帰る方法が見つかってないと決まったわけじゃないし、まだ可能性は残っているわけだが、それもあまり関係ない。

 

「アミタさんから聞いたんだけど、あの人達は帰る方法があるかもしれないのに拓斗君はできないの?」

 

 なのはの声は少し震えている。そこに潜む感情は俺にはわからない。憐れみか同情か、それとも別の何かか…。

 

「…俺はあの子達とは違うからね」

 

 そう俺はヴィヴィオ達のように自分のいた場所へと帰ることができない。それがどうしようもなく辛かったが、俺はもう諦めていた。

 

 

 

 

「…俺はあの子達とは違うからね」

 

 そう言った拓斗君の表情は今まで見たことがものだった。拓斗君とお話ししようと思って一緒のベンチに座って、拓斗君とお話しする。

 ただ、何を話していいかわからなかったから、拓斗君の元の世界へ帰ることばかりになっちゃったのは申し訳なく思うけど…。

 私は拓斗君が元の世界に帰りたがっているのは知っていた。でも、これは私のお友達のすずかちゃんもアリサちゃんも知っていた事だ。まだ、このことを知らないフェイトちゃんとはやてちゃんだけど今回のことでわかっちゃうと思う。

 

 本音を言えば、私は拓斗君とお別れしたくない。せっかくできたお友達がいなくなるのは嫌だ。でも、拓斗君の気持ちもわかる。

 昔、お父さんが怪我をして入院した時、私は家の中でずっと一人だった。それまでずっと明るかった家が嘘のように静まり返ってしまったのを今でも覚えている。

 今までの生活が一瞬で変わってしまう辛さ、家族がいなくなってしまうという不安、一人ぼっちという孤独、それは痛いほどよくわかる。

 でも、拓斗君は私なんかよりももっと辛い。私の場合、少しの間でも家族に会える時間があった。自分が我慢すれば、また今までのように生活できるっていう希望もあった。でも、拓斗君は違う。

 

 家族に会うこともできず、友達に会うこともできず、帰る家もない。そして今、希望さえもなくなってしまった。それが今の拓斗君の表情にも表れている。

 拓斗君の表情に浮かんでいるのは諦め、それは今まで見た誰よりも深いもので見ているこっちが辛くなってしまう表情だった。

 自分がもし家族と会えなくなってしまったら、もし友達と会うことができなくなってしまったら、そう考えると身体が震えてくる。

 

 拓斗君に何かしてあげたい。でも私は何もできなくて、そして拓斗君に何も言ってあげることができなかった。

 

 

 

 俺は何か言おうと必死に口を開くも結局何も言い出せずにいるなのはを横目にフェイト達のテストを見る。

 クロノとフェイトの戦いはフェイトが少し優勢といった具合だろうか。テストとしては十分だろうから、もう少ししたら終わる事だろう。

 なのはもあまりこうして俺の事で思い悩んでほしくはないので声を掛ける。

 

「なのは」

 

「は、はいっ」

 

 俺が声を掛けた瞬間ビクッとなるなのはが少し面白くて少し笑ってしまう。

 

「あまり気にするなよ」

 

「え、でも……」

 

 俺の言葉に暗い表情を浮かべるなのは。まぁ、優しすぎるなのはに気にするなと言っても無理な話しだ。

 

「この事で気を使われるのも嫌だし、それにこの程度の理不尽なんて世の中には沢山ある」

 

「え……」

 

 俺の言葉になのはは声を上げる。確かに元の世界に帰ることもできず、家族や友人に二度と会うことができないというのは辛い事だ。

 ただ、俺はまだ死んだわけではないし、月村家に保護されたお陰で衣食住には困っていない。実年齢からするとかなり年下ではあるがなのはやアリサ、すずか、フェイト、はやて達といった友人もできた。少なくともまだ恵まれている方ともいえる。

 世の中には食べるものがない人達だっている。屋根すらないところに住んでいる人たちだっている。事故で家族を亡くす人達だっている。

 この世界だって次元漂流者になってしまえば、管理局に保護されなければ俺と同じような状況に陥った人だって探せば存在しているだろう。

 つまり俺の事も世界から見ればありふれた不幸の一つでしかないのだ。

 

 見知らぬ誰かよりも近しい人に感情移入をしてしまうのはわかる。それで割り切れというのも難しい話だ。だが、俺はそう思う事にした。

 そう簡単に割り切れる事ではない。自分に降りかかった不幸ならなおさらだ。でも、それでも時間は進んでいく。

 だから、適当に理由をつけて自分の感情にケリを付けていかなければならない。そうやって、前に進んでいくのだ。

 

 



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62話目 救出戦

 

起動テストが終わり、皆が忙しく動き回っている中、俺はアースラのブリッジでその作業を見ていた。

 

「動く事ができないのは辛い?」

 

 そんな俺に声を掛けてくる人が一人…リンディさんだ。

 

「そう、ですね。やっぱり自分が動かないっていうのは少し…」

 

 自分だけ何もしていないこの状況をもどかしく感じる。先ほどヴィヴィオ達が発見され、なのは達はそちらへ向かい、キリエが独断でユーリを追いかけて行ったのをアミタが追いかけていったのを見て、何もしていないのは自分だけかと少し落ち込んでしまう。

 

「自分が動けたらもっと楽なのに…って?」

 

「どうでしょうね。今の自分じゃ足手まといになりそうですし、でも精神的には楽になるんでしょうね」

 

 結局、自分が何かしていないと落ち着かない性質なだけだ。そんな俺を見てリンディさんは笑う。

 

「なに笑ってるんですか?」

 

「あ、ごめんなさい。でもそういう気持ちはわからないわけじゃないから」

 

 リンディさんは純粋な魔導師としても優秀な人間だ。実際、現場からこういった指示を出す立場に変わるのに当たって同じような気持ちになったことがあるのだろう。

 

 ――現場で働く方が楽っていうのはあるしな…

 

 自分が動けたら、そんな事を考えるが実際に俺が動けたとしても皆の作業負担が少し減る程度だ。明確に何かが変わるというわけでもない。そうはわかっているものの動きたいという感情は募っていく。

 そんな俺にリンディさんは言う。

 

「自分が動けたら、見ているだけはもどかしい。私達みたいな指揮官はね、そういう気持ちに駆られる事があるわ……でもね」

 

「部下を仲間を信頼してあげるのも私達の仕事なのよ」

 

 だからちゃんと皆の事を信頼してあげてと言うリンディさんの言葉を聞いて動きたいという気持ちが少しだけ収まる。

 自分で動きたいと思うのは仲間を信頼していないからだ、とリンディさんに言われた気がした。

 

「大丈夫、あの子達はあなたが思っているよりも強いから」

 

 リンディさんはそう言って俺の肩をポンと叩くと指示を出すため他の管理局員に近づいていく。俺はリンディさんが離れていったのを見ると、ブリッジの壁に背中を預ける。不思議とあれほど焦っていた気持ちは落ち着いていた。

 

 

 

 

 暫く待っているとなのは達がヴィヴィオ達を連れてアースラが帰還してくる。アミタとキリエもそれに追いつくようにアースラに帰還してきた。俺はそんな皆を出迎えるために皆のところへ向かう。

 

「あ、拓斗君」

 

「うん、皆お疲れ様」

 

 最初に俺を見つけたのはなのはだ。なのはの声で皆の視線がこちらに向くので皆に労いの言葉を掛ける。そして俺の視界には当然ながら彼女達の姿も映る。

 

「あ、あの先ほどは大丈夫でしたか?」

 

 そう声を掛けてきたのは金色の髪に虹彩異色の瞳、俺がほんのつい最近まで最も接触したかった少女ヴィヴィオだ。

 

「ああ、大丈夫だよ、心配してくれてありがとう」

 

 俺はそう言ってヴィヴィオの髪を撫でる。俺の事をお父さんと言った以上、未来での俺とこの子の関係はその通りなのだろう。今は同い年ぐらいでしかないが…。

 

「あの、奥の部屋で説明したいと思いますのでついてきてください」

 

 俺がヴィヴィオの髪をなでているとエイミィが申し訳なさそうにそう言ってくる。いつまで経っても来ない彼女達を迎えに来たようだ。

 俺がヴィヴィオの頭から手を離すと同時に皆はエイミィの後ろをついていき会議室の方へと向かっていった。

 

 会議室でヴィヴィオ達に説明が行われるとヴィヴィオ達は今回の事件への協力を申し出てきた。戦力が一人でも多く欲しいリンディさんはそれを了承し、ヴィヴィオ達が正式に協力者となる。

 

 そして一夜明けた後、決戦のときが近づく。

 

 

 

 

『目標コード『システムU―D』、座標特定、位置確認――結界魔導師による空間封鎖完了!』

 

 マリーがユーリの確認と空間封鎖の完了を告げる。しかし、状況は単純には終わらない。

 

『ですが、周辺魔力が凄い勢いで集められていきます――どんどんパワーアップしてる』

 

「了解。第1チーム、システムU-Dを目視。これより確保に入る」

 

 マリーの状況説明にクロノは頷くとユーリの確保へと動く。まずはシャマルがユーリに声を掛けるが反応がない。この場にいるのはクロノ、シグナム、ザフィーラ、シャマル、ヴィータ、アインハルト、キリエの7人だ。

 このチームはユーリの確保を目的としているため、バランスの取れたクロノとキリエ、チームバランスの取れた守護騎士達、そして戦闘能力に優れたアインハルトがいる。

 

「魔力を集めながら次の段階へ覚醒しようとしているのか?」

 

「ここで仕留めねーとマズイな」

 

 シグナムの言葉にヴィータが状況を判断する。ただでさえユーリの魔力は強大でまともにぶつかれば勝ち目など殆どない。さらにその上があるとするならば、手が付けられないようになる。

 

「第2チームの到着までに確保したい。みんな、警戒しながら確保行動『システムU-Dの魔力増大、襲ってきます』!?」

 

 マリーの言葉にクロノ達が臨戦態勢に入ると目の前に彼女は現れる。ヴィヴィオ達よりも更に幼く見えるその容姿ながら、その身に纏う魔力はこの場にいる実力者たちが気圧されるほど強大だ。

 

「君は――」

 

「そ。あなた曰く「時の操手」になりそこねたおばかな桃色ギアーズよ」

 

 キリエがユーリに対峙する。

 

「どうしてここに……? まだ私のエグザミアが欲しいんですか?」

 

「エグザミアはもういらない。それを奪う事ができないって、わかったから」

 

「そう……もう、誰も私には触れられませんから……」

 

「ううん、そうじゃなくて」

 

 ユーリの発した言葉にキリエは返す。

 

「王様がね。あなたに手を出したら縊り殺すっておっかないし。過去に遡ったり、誰かを傷つけたり、お姉ちゃんに痛い思いをさせてまで…自分のワガママを通すのはよくないかなって」

 

 キリエの目にはその意思がはっきりと灯る。自分の行動で誰かを傷つけようとした、実際に自分の姉を傷つけた、その事実が彼女に決意させた。

 

「そんな簡単なことに気がついたから――もう時間移動なんかに頼らない。私は博士がくれたこの体と心、その2つだけで自分にできる事をする。未来に帰って博士の傍にいる。博士に残された最後の時間を一緒に過ごすの」

 

「それなら、何故私の所に?」

 

 ユーリはキリエに質問する。そう決めたのならすぐに未来に帰ればよいのにと…。

 

「ま、おうちに帰る前にお騒がせしちゃったケジメをね。ワガママな迷子ちゃんを、保護者のところに連れていってあげないと」

 

「無理ですよ、また壊されたいんですか?」

 

「平気よ、心配しないで。博士がくれた心と体――お姉ちゃんがくれた勇気は、もう誰にも、壊されたりしないからッ!!」

 

 キリエがユーリを撃つ。しかし、それはたやすくユーリに阻まれた。

 

「君達だけで話を進めないで欲しいんだが…」

 

「あら、ごめんなさい。でも、あの子が声を掛けてきたのは私だったから」

 

「いや、構わない。皆、行くぞ」

 

 クロノの掛け声と共にその場にいた全員がユーリに向かって攻撃を放つ。先手を打ったのはクロノとキリエだった遠距離からの攻撃手段が豊富な二人がユーリに向かって攻撃するのだが、先ほどのキリエの攻撃と同じく阻まれる。

 

「今度は我々だ」

 

 クロノ達の攻撃が防がれているうちにシグナム、ヴィータ、アインハルトが近づき、ユーリに攻撃を仕掛けるが怯みもせずにユーリは黒い剣のようなもので周囲を薙ぎ払う。当たってしまえば、大ダメージは必死だ。それを三人は距離を取ることで回避する。するとユーリは大量の魔力弾を展開し、その場にいる全員に攻撃を仕掛けた。

 

「攻撃は通さん!!」

 

 その攻撃を防いだのはザフィーラだ。しかし、いくら盾の守護獣であり、防御に優れたザフィーラであってもユーリの魔力弾を完璧に防ぐ事はできない。

 

「ザフィーラ!!」

 

 そんなザフィーラを支援するのはシャマルだ。ブーストを掛け、ザフィーラの魔力を強化するもユーリの弾幕によりザフィーラはダメージを受けていく。

 少しずつザフィーラのダメージが積み重なるが、ザフィーラが落とされるよりも早くクロノたちの魔法が管制する。

 

 シグナムのシュツルムファルケン、ヴィータのギガントシュラーク、そしてクロノのエターナルコフィン。どれも一般的の魔導師であれば一撃で落ちてしまうほどの威力を持つ魔法だ。それらが一斉にユーリに襲い掛かる。

 ユーリは慌てて障壁を張りその攻撃を防ごうとするが、その攻撃を放ったのは一流の魔導師達、その三人分の攻撃を防ぎきる事はできず、障壁は割れ魔法がユーリを直撃する。

 

「休むな撃ち続けろ!!」

 

 クロノの命令でその場にいた魔導師達はユーリに向かい攻撃を打ち続ける。この程度ではまともなダメージにならないことを彼らは理解していた。

 

 そして攻撃が止み、ユーリが現れる。さすがのユーリも大量の魔法を受けてダメージを受けている。

 

「破損修復――機能回復――どうして……? あの時より、ずっと…」

 

「はー、はー、私の、熱血お馬鹿なお姉ちゃんをちょっとだけ見習って…ね」

 

 ユーリにダメージを与えられたものの、この場にいる全員息が上がっている。休まずに魔法を行使したのだ。ダメージを与えるだけにも関わらず、全員がほぼ限界まで魔法を使っていた。

 

「…戦線、離脱……」

 

 ユーリが逃げ出していくのをキリエが慌てて止めようとするが、既に体力的にも限界なため手を伸ばす事しかできない。それでは止められるわけもなくユーリはこの場を離脱していく。慌ててクロノ達がユーリを追うがどうもユーリの様子がオカシイ。

 

「あ、ああ、アアーーーーッ!!」

 

 突如ユーリが叫び声を上げる。そして、それと共にユーリの着ている服の色が変わり、彼女の体にラインのようなものが入る。

 

「色彩が変わった――」

 

「魔力増大――未知の魔力素を検出!」

 

 シグナムがユーリの服の色が変わった事を確認すると同時にシャマルがユーリから発する魔力を感知する。

 

「あれが無限連環機構――『エグザミア』の力」

 

 キリエがエグザミアの力を感じて呟く。

 

「でも…あの方、泣いてます」

 

「苦しいのだろう、もとより単体で動ける存在ではないのだ。誰かが支えてやらねば、自壊してしまう」

 

 アインハルトの言葉にザフィーラが返す。

 

「シュテルに聞いた話じゃ、あの戦闘モードになると人格も変わるってよ」

 

 ヴィータがシュテルから聞いた情報を皆に伝える。つまり、先ほどまでのユーリは戦闘モードではなかったにも関わらず、あれほどの戦闘能力を保有していた事になる。

 

「何とかして止めてやらねばならんが…」

 

「お待たせしました! 第2チーム、もうすぐ現着ッ!」

 

 シグナムが言葉を発したときにその場にいた面々に声が聞こえてくる――なのはだ。このタイミングで第2チームが到着した。

 

「これより救出行動に入りますっ!!」

 

 



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63話目 きっとそれは必要な事で

 

 

 膨大な魔力を纏ったユーリとそれを取り囲むようになのは達は対峙していた。

 

「王――どうしてここに……?」

 

 ディアーチェの姿を見て驚いたのかユーリが動揺を露わにする。

 

「知れた事。貴様を我が手に収めに来たのよ」

 

 ディアーチェはその傲慢な態度を崩さずユーリに言い放つ。

 

「君は、私に敵わない――それは君もわかっているはず」

 

「ふん、我をあまり甘くみるではない。貴様の力を我がものとして、制御しきってくれる」

 

「無限の力を手に入れて……仮に制御できたとして……それであなたは何をする?」

 

 ユーリはディアーチェに問いかける。自らを手に入れて、力を手に入れて、それで何を為そうというのかと…。

 

「そうさの。この世界を粉々に砕いてやっても良いが……もう一つ考えている事がある」

 

 ディアーチェはユーリの質問に答える。

 

「塵芥のような人間共のおらぬ地に赴いて――ゼロから我が王土を築いてやろうとな」

 

「……夢物語だ……そんな事はできません」

 

 ディアーチェの夢をユーリは否定する。

 

「出来るか出来ぬかは知らぬ。だが、やるかやらぬかは我が決めることよ。貴様と無駄な問答をする気はない。これは命令ぞ……我が下に来いU―D」

 

 ディアーチェはユーリに向かってそう言い放つ。しかし、呼んだ彼女の名前は本来の名前ではない。

 

「……」

 

「貴様をその永遠の牢獄から連れ出すっ!!」

 

 ディアーチェのその宣言により、ディアーチェ達とユーリの戦いが始まった。

 

 

 

 

 アースラのブリッジ、そこで俺はディアーチェとユーリの会話を聞いていた。

 

 ――結局、名前は思い出せなかったみたいだな。

 

 ディアーチェがユーリの事をU-Dと呼んだのを見て、俺はユーリに少し同情する。モニターの中ではディアーチェ達とユーリの戦闘が始まっていた。

 先ほどの会話中に用意されたプログラムカートリッジをロードしたなのは達により、ユーリとの戦いは少しこちら側に有利に進んでいるように見える。

 

「タクト、これ…」

 

「ん? ああ、ありがとうアリシア…」

 

 アリシアから渡されたコーヒーを受け取り、一口飲む。

 アリシアはこの世界に着たばかりの上、戦闘に関しては初心者であるため、今回のメンバーには選ばれていなかった。

 

「フェイト達……大丈夫だよね?」

 

 アリシアは不安そうに画面に映るフェイト達を見る。アレだけの人数で挑んでも簡単に勝利する事は出来ない相手に不安を覚えているようだ。

 

「大丈夫だと思うよ」

 

 そんなアリシアに俺は無難な答えしか返せない。正直ユーリの力がここまでだとは俺も思っていなかった。ゲームでは1対1の戦いだったので人数さえ揃えれば苦戦する事は無いだろうと考えていたのだが、現実はそう甘くないらしい。

 

「皆、物凄く強いから…」

 

 俺はアリシアにそう言ってまた皆の戦闘に目を向ける。そう、皆は物凄く強い。俺は持っているデバイスの特性で様々な魔法が使えるが、それがなく普通に支給されたデバイスでという事になれば基本的にこの戦闘に出ているメンバーに勝てる気はしない。

 

「頑張れ……」

 

 ――無事に帰ってきてくれ

 

 外から見ていることしか出来ない俺はそう皆を応援する事しか出来なかった。

 

 

 

 

「流石にキツイ…かな」

 

「でも、向こうだってかなりダメージを受けてる」

 

 私の言葉にフェイトちゃんが返してくる。私達とU-Dちゃんとの戦いも始まって既に10分以上が経っていた。フェイトちゃん達、前衛陣がかく乱しているうちに私達後衛が魔法を放つという作戦は上手くいき、少しずつではあるけど着実にU-Dちゃんにダメージを与えていっている。

 

「よしっ! これでっ!!」

 

 ディアーチェちゃんが放った黒い大きな魔力弾がU-Dちゃんを襲う。しかし、その瞬間U-Dちゃんの魔力が膨れ上がり、何かが弾けたような音がする。

 U-Dちゃんを見てみると先ほどまであったダメージが回復していた。

 

「嘘っ、ダメージが回復してる!?」

 

「落ち着き、なのはちゃん。ダメージは回復してるけどあの鉄壁の防御は無いみたいや」

 

 ダメージが回復している事に驚く私にはやてちゃんは冷静にそう言ってくる。良く見てみると、今フェイトちゃんが放った攻撃がU-Dちゃんにダメージを与えているのが見えた。それも今まで見たいに少しずつではなく、結構大きなダメージだ。

 

「あとちょっとや、なのはちゃん」

 

 はやてちゃんはそう言ってU-Dちゃんの攻撃に参加する。私も参加しようと思ったが予想以上に攻撃が通っているため、あまりすることがなかった。

 

 

 

 

 

「うぁああーーー」

 

 ユーリが叫ぶ。自身を守っていた防御も無くなり、ダメージを追ったユーリはその身を乗っ取ろうとする意思に必死で抗っていた。

 自分だって破壊したいわけではない。止められるのであればこの暴走を止めたい。そんな思いでユーリは慟哭する。それと止めたのは闇の王――ディアーチェであった。

 

「もう泣くな! 貴様の絶望など――」

 

 ディアーチェの前に魔法陣が展開される。

 

「打ち砕いてくれるわぁーー!!」

 

 ディアーチェの放った魔法がユーリを撃ちぬく。そしてユーリは行動不能になったのかゆっくりと地面に落下していった。

 

 

 

 

 

 

「機能破損……エグザミアにダメージ……私は……壊れたのでしょうか…」

 

 ディアーチェの魔法に撃ちぬかれ、落下してくユーリの口から言葉が漏れる。自身の機能の殆どが破損しており、どうする事もできない。

 

「何も見えない……何も聞こえない……」

 

 本来、目に映るはずの光すらも感じず、音すらユーリの耳には届かない。

 

「とても……静かで――――?」

 

 このまま終わる事すら考えたユーリを誰かが抱きしめ、その落下を止める。そしてその人物はユーリに声を掛ける。それは確かにユーリの耳に届いた。

 

「無事か! 貴様、しっかりせぬか!」

 

 ユーリに声を掛けたのはディアーチェ――彼女の王であった。

 

「王……?」

 

「我が戦術が上手く嵌ったようだな」

 

 ディアーチェは作戦が上手く言った事を喜び顔を綻ばせる。

 

「飽和攻撃によって貴様のエグザミアの誤作動を止め、その隙に我が貴様のシステムを上書きする。しかし、まさかここまで苦労するとは思わなかったぞ」 

 

 ディアーチェの言葉にユーリは自らが持つエグザミアを確認する。

 

「本当に、エグザミアが止まってる……」

 

「我が力があれば必然の結果よ。他の連中の助けもまあ……ないよりはマシな程度にはあったかもしれん」

 

 そう言ったディアーチェの顔は微笑んでいた。

 

「ともあれ、貴様はもう、無闇な破壊を繰り返す事もない。暫くは不安定な状態もあろうが、我がしっかり縛り付けておいてくれる」

 

「何故…そんな事を……?」

 

 ユーリはディアーチェに何故底までしてくれるのかを問う。ここまで他者に迷惑をかけた自分に底まで行うメリットなどない。そうユーリは感じていた。

 

「シュテルが思い出したのだ……貴様の事」

 

 ディアーチェはシュテルから聞いた事をユーリに話す。

 

「我らはもともと一つだった――エグザミアとそれを支える無限連環の構築体――すなわち四基が揃ってはじめて一つの存在。

 闇から暁へと変わりゆく、紫色の天を織りなすもの――紫天の盟主とその守護者」

 

 それが自分たちだとディアーチェがユーリに告げる。

 

「我が王、シュテルとレヴィの2人が臣下。そしてお前が…」

 

 ディアーチェが抱きかかえたユーリの目を真っ直ぐに見る。ユーリはその目を、真っ直ぐと見つめるその眼差しを見つめ返す。

 

「我らの主であり……我らの盟主」

 

「それは……」

 

 ディアーチェから告げられた言葉をユーリは否定する事が出来ない。それはユーリは思い出すことが出来ない遠い遠い昔の記憶。

 

「無理に思い出さずともよい――いや、思い出す必要も無い」

 

 ユーリの言葉を遮りディアーチェが言う。

 

「我らはずっと、お前を探していたのだ……我らが我らであるために。お前が一人で泣いたりせぬように」

 

 ディアーチェの言葉がユーリの心の中に入り込んでくる。

 

「王……あなたは……」

 

「惰眠を貪り、探すのにも手間取り……随分と待たせた。たった今より、もうお前を一人にはせぬ。望まぬ破壊の力を震わせたりもせぬ」

 

 ディアーチェは優しく、しかししっかりとユーリに告げる。

 

「シュテルとレヴィもすぐに戻る――安心して我が元に来い」

 

「王……」

 

「お前は我らが盟主ぞ、王などと呼ばず単の名で呼べ」

 

「……ディアーチェ」

 

 ユーリはディアーチェの名前を呼ぶ。その繋がりを確かめるかのようにしっかりと。

 

「それからな……シュテルがお前の名も思い出した。システムU-Dなどという無粋な名ではない、お前が生まれたときの名だ」

 

「名前…?」

 

「ユーリ・エーベルヴァイン――それが、人として生まれたときのお前の名」

 

「……ユーリ……エーベルヴァイン」

 

 ユーリはディアーチェに教えてもらった自分の名を確かめるように呟く。その瞳からは涙が溢れ出していた。

 

「さて、戻るぞ」

 

「……うん」

 

 ディアーチェの言葉にユーリは頷く。こうして今回の事件……後に砕け得ぬ闇事件と名付けられた事件は終わった。

 

 

 

 

 

 事件終了後、俺は疲労によって休んでいる皆のお見舞いに行く。まず始めに未来組だ。もう未来の情報とかに興味は無いが、でももしかしたらという希望を残し会いに行く。

 

 未来組は疲労が流石に酷かったのかヴィヴィオはテーブルに突っ伏し、トーマはソファに背中を預けていた。

 

「お疲れ様、はい、コレ」

 

 俺は未来組に声を掛けると先ほど食堂で貰ってきた飲み物を配る。

 

「あ、パパ」

 

「ありがとうございます、ヴィヴィオさんのお父様」

 

 ヴィヴィオとアインハルトの二人から父と呼ばれ、微妙な気分になる。もう未来の事とか二人とも隠すつもりは無いようだ。まぁ、一度知られているわけであるし隠す事に意味は無いわけだが、今の自分と同い年か年上の子に言われると本当に微妙な気持ちになる。

 

「え、タクトさん?」

 

 トーマの方を見ると俺の顔を見て驚いた表情を浮かべていた。どうやら彼とも交流があるようだ。

 

 ――となると未来ではミッドとかにいるのかな?

 

 今、手に入る情報を整理し、もっともありえそうな未来を想像する。この感じだとミッドとか管理世界で暮らしている可能性が一番高そうだ。

 自分の未来を想像して少し暗い気分になる。わかっていたことだがこのままこの世界に暮らす事になり、未来でこのメンバーと関わりがあるとなると事件なりなんなりに巻き込まれていそうだ。

 

「あの~、大丈夫ですか?」

 

 アインハルトが軽く落ち込んだ俺の様子を見て心配してくる。

 

「あ~君達よりは大丈夫だよ、それより質問なんだけど…」

 

「? 質問?」

 

 俺の言葉にヴィヴィオが首を傾げてくる。この子が自分の娘になることを考えると俺の青春ってこの世界の年齢的に19までなのかな~とか考えてしまう。元の世界で19と言えば大学入って二年目だから、かなり楽しんでいた気がするが、娘が出来るとなるとそんな余裕なさそうだ。

 とはいえ流石にその関係をなくすというのも違う気がする。STSのときに地球に残っていればヴィヴィオを娘にする事はないのかもしれないが、俺達の関係がわかってしまうとそれを選ぶのは見捨てるという感じがしてなんか嫌だ。

 

「未来の俺は笑ってるかな?」

 

 俺はヴィヴィオ達に質問する。未来の自分が笑っているかと、笑えるくらい人生を楽しんでいるかと、ただそれだけが今の俺には気になった。

 

「うん、パパは笑ってるよ。皆が、この世界が大好きだって…」

 

 ヴィヴィオは俺にそう言って笑顔を向けてくれる。

 

 ――そっか、その未来の俺は笑えているんだ……。

 

 そう思うとなんとなくホッとした。色々なことがあっただろうし、悩んだこともあっただろう。でも彼女達の知っている俺が笑えているのは嬉しい事だ。

 

「ありがとう、ヴィヴィオ」

 

 俺はヴィヴィオの頭をポンと軽く叩いてお礼を言うとその場から離れる。その時にこちらを見ている集団がいる事に気づく。

 

「あ、拓斗君」

 

「ちっちゃいママだ~」

 

 なのはが俺の方を見て声を掛けてくる。そのなのはの姿を見て、ヴィヴィオが嬉しそうに顔を綻ばせる。

 

「皆、お疲れ様」

 

「うん、本当に疲れたよ」

 

「私もや」

 

 フェイトとはやてが俺の労いの言葉に反応を返してくる。はやては今回戦闘に参加したメンバーの中では魔法の経験が少なかったので心配ではあったが、無事なようで何よりだ。

 

「しかし、時間移動か…」

 

「うん、あの子達は未来からやってきた私達の知り合いみたい。特にヴィヴィオは拓斗となのは、あ、あと私の娘みたい」

 

 シグナムの言葉にフェイトが返す。ヴィヴィオが自分の娘と言ったときに恥ずかしがったのは娘と言うことにか、それとも……まぁ、そのあたりは気にしないことにする。

 

「でも、あんまり未来の事を知っちゃうと色々な誤差が出てくるんや~」

 

「そうね、例えばなのはちゃんとヴィヴィオちゃんが親子じゃない可能性が出てきたり「「それは困ります!」」あ、ハモッた」

 

 はやての言葉にキリエが説明すると途中でなのはとヴィヴィオがハモる。まぁ、仲が良さそうで何よりだ。

 

「ヴィヴィオさんとトーマさんの場合、色々あったようなのでもしかしたらどこかでお亡くなりになったり「それはすげーー嫌だ!!」とはいえあくまで可能性ですからね」

 

 アミタの説明にトーマが言葉を挟む。というかアミタは物凄く失礼なことを言った気がするが誰も突っ込まない。とはいえ、二人の事はおそらく大丈夫な気がする。まぁ、俺や和也が動くのであればヴィヴィオとかはやばそうな気がするが、そのあたりは和也と調整すればいいだろう。

 

「ですので『時間移動という出来事が存在した』という箇所だけを、慎重に封鎖させていただきます」

 

「私たちや王様たちと会った事、戦いがあった事…その辺については消すと色々問題おきそうだから『時間移動』に関しての事だけね」

 

 アミタとキリエが今回の事についての記憶封鎖について説明してくる。俺の場合は二人の事もこの事件の事も大体知っているのでそもそもあまり記憶封鎖とかしても無意味であるし、時間移動の事についてとはいえ記憶封鎖をされるのはちょっと面倒なわけだが…。

 

「事件そのものについては忘れたりしないんですよね」

 

 アミタとキリエの二人にはやてが質問する。この事件も皆に会えたことも大切な思い出だ。忘れたくは無いんだろう。

 

「そこまで封鎖しちゃうと逆に思い出しやすくなっちゃうからね。封鎖後はわたしやお姉ちゃんはどこか、ええと…管理外世界? から来た人って事になると思う」

 

「ヴィヴィオさん達も、過去の記憶は封鎖してしまう方が良いと思います。この先の未来に影響を及ぼしかねませんし」

 

「あ、えーとお願いします」

 

 ヴィヴィオ達は今回の事件の記憶封鎖をお願いするようだ。流石に自分たちのいる未来に影響を及ぼしかねないのは拒否したいらしい。

 

「アミタ達の治療データも破棄しないといけませんよね」

 

「まあ、仕方ない。持っていてもどうせロストロギア扱いさ。書類作業の手間が増えるだけだ」

 

 アミタとキリエの二人を治療したマリーさんの言葉にクロノが答える。残念な事にそのデータは既に吸い上げ済みだったりするのだが、ここで言うのは無粋だろう。

 

『そういえば拓斗はどうするんだ?』

 

 クロノが俺に念話で質問してくる。

 

『拓斗は今回の事件の事知っていたんだろう? なら記憶封鎖はどうするのかと思ったんだが…』

 

『とりあえず説明して、それからかな。正直対応とかはわからないし』

 

 今回の事件が記憶封鎖されたとしてももともとある知識との誤差を考えればまた思い出してしまう可能性が高い。説明して理解してもらえるかはわからないが、とりあえずアミタとキリエの二人に説明してみようとは思う。

 

「そういえば、ヴィヴィオやトーマ君達はちゃんと帰れるんですか?」

 

「その辺は間違いなく。私達が帰るときにちゃんと元の世界にお連れします」

 

「王様とユーリが力を貸してくれることになったからね。ちゃんと戻せると思う」

 

 なのはの質問にアミタが答える。それを聞いて未来組は安堵の表情を浮かべた。

 

「あ、そのユーリと王様は?」

 

「気安く呼ぶでないわ」

 

 マテリアルやユーリの姿が見えないのを気にしてフェイトが聞くと丁度良くマテリアル達が現れる。

 

「オリジナルオイッすーー、戻ってきたよ」

 

「ナノハ、皆さん。ご無沙汰です」

 

 今まで姿の見えなかったシュテルとレヴィが挨拶してくる。二人は先ほどの戦闘でディアーチェに力を化すために一時的にディアーチェの中にいた。戦闘も終わったので二人とも表に出てきたというわけだ。

 

「シュテル! レヴィ!」

 

「二人とも戻ってきたんだ」

 

 なのはとフェイトが二人の姿を見て嬉しそうに声を上げる。ユーリも結構なダメージを受けた割には立って歩けるぐらいには回復しているようだ。

 

「ありがとうございます。皆さん……私を止めていただいて」

 

 ユーリはマテリアル達の前に出てお礼を言ってくる。何もしていない俺としてはユーリのお礼を受け取る事は出来ないので、少し疎外感を感じる。

 

「それでな、状況も一段落したところでぼちぼちうぬらを皆殺しにして、この世界の塵芥どもに我が闇の恐怖を味わわせてやろうかと思っておったが」

 

「うん」

 

 ディアーチェの言葉になのはが頷く。正直まともに話しに付き合う必要もないと思うが、反応してあげてるあたり見ていて和む。

 

「うぬらのこの世界は、我らには窮屈でいかん。よって我らは赤毛と桃色の世界に侵攻する事とした」

 

「え? それって…」

 

 ディアーチェの言葉にフェイトが意味を聞き返そうとしたときアミタからの説明が入る。

 

「そうなんです。王様達、私たちの世界へ来てくれるって」

 

 マテリアル達はエルトリアへ向かうようだ。図らずしもキリエが最初に望んだとおりになる。

 

「なんか色々エキサイティングな世界だって聞いてるから退屈しなさそうだし、ダンジョンとかあるし、モンスターとかもいるんだって」

 

「そ、そんな世界なんだ」

 

 レヴィの言葉にフェイトが戸惑った声を上げる。

 

「古い遺跡が多いですし、死蝕地帯には危険生物もいますので…」

 

 RPG的なものを予想していたのだがどうやらそれは幻想らしい。

 

「私たちの暮らす場所はもちろんですが、ユーリの力――無限連環がエルトリアの復興に役立つかも知れないと聞いてユーリが…」

 

「はい、壊すばかりだった私の力が世界の復興に役立つのならと思い、ディアーチェやアミタさん達に我が儘を言いました」

 

「やりたい事が見つかるのは良いことだよ」

 

 今までユーリはやりたい事も出来なかったのだ。やりたい事があるのであれば自由にやってもいいだろう。

 

「でも、それだと会うこともできなくなっちゃうね」

 

「ですね。時間が異なりますから文通するというわけにもいきませんし」

 

 

 なのはの寂しそうな言葉にシュテルが答える。周りを見てみるとフェイトもはやてもマテリアル達と離れてしまうので寂しそうな表情を浮かべていた。

 

「もう永遠に会わないと決まったわけでもありません…いつか、また会える日が来るかもしれません」

 

「うん、そうだったらいいな」

 

 シュテルとなのはが言葉を交わす。そしてシュテルは俺の方に近づいてきた。

 

「どうした?」

 

「いえ、お礼をと思いまして」

 

 シュテルはそう言うと俺の頬に唇を当てる。

 

「ユーリの名前を思い出させてくれたお礼です。また会いましょう、タクト」

 

 俺はシュテルの突然の行動に動揺しながらも少し前の事を思い出す。確かアレはなのは達がテストしていたときの事がクロノやはやてとの話が終わったシュテルにユーリの名前の事を尋ねた。マテリアル達がユーリの名前を思い出したか確認するためだ。

 シュテルはその時になってようやくユーリの名前を思い出した。だからコレはそのお礼というわけなのだが…。

 

「どどど、どうしてシュテルが拓斗君にキスしてるの!?」

 

「シュテルと拓斗がキス……」

 

「うわー、シュテルも大胆やなー、皆が見てる前でなんて」

 

 なのは達がシュテルのいきなりの行動にそれぞれ反応する。いや、本人より動揺するってどうなんだろう。

 

「そうだね、また縁があったら…」

 

 俺はシュテルと握手を交わす。また会える日を楽しみにして…。

 

 

 

 そうして、ひとときの休息のあと、別れの準備は滞りなく進み――

 

「さてと、それじゃ戻る準備をしましょうか」

 

「ええ、時間移動で来られた皆さんはもと居た時間へお送りします」

 

「あ、はい」

 

 アミタの言葉で未来組みはアミタの近くに近づく。

 

「それでは皆さん! 本当にありがとうございました」

 

「おじゃましました~」

 

 アミタとキリエが明るく別れの挨拶を告げてくる。そして彼女達はもとの時間軸へと戻っていった。

 

 

 

 

 記憶封鎖であるがなのは達は正常に行われた。俺も一応彼女達から記憶封鎖を受けたのだが、あっさりと思い出してしまい、皆に話さない事を条件にそのままでいることになった。

 そしてアリシアはフェイトと共に一度ミッドへと赴き、母親と会ってくるそうだ。これからどうするかはまだ決まってないらしいが、この世界で皆と一緒にいたいというのは言っていた。

 

 そして俺はというと……

 

「お帰り、拓斗…」

 

「忍……うん、ただいま……」

 

 月村邸へ帰ると忍が俺の事を出迎えてくれる。もう既に結果は説明した以上、あの時した約束の答えも決まっていた。

 

「お疲れ様」

 

「何もしてないけどね」

 

 忍の労いの言葉に苦笑いで返す。今回の事件、俺は何もする事は無かった。だから労いの言葉をかけられても困る。

 そのまま通り過ぎようとした俺の手を忍は掴むと、そのまま俺を抱き寄せた。

 

「拓斗、ごめんね。あんな約束して…」

 

「いいよ、いつかはどっかで決めなきゃならないことだから……」

 

 忍が俺に謝ってくる。この世界に残るかどうかの決断。それは俺には避けて通れないものだ。だから忍は悪くない。

 抱きしめてくる忍の暖かさを感じ、涙が零れ落ちてくる。この体温が寂しさを紛らわせていく。

 

「ごめん、ちょっとだけ泣く…」

 

「いいよ、存分に泣いて…」

 

 もとの世界に帰ることが出来ない苦しさを、悲しみを、寂しさを吐き出すように俺は忍の腕の中で泣いた。

 

 

 



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64話目 終わりすぎれば次へ

 慌しくも実りの多かった闇の欠片事件から数日が過ぎ、俺は管理局へと来ていた。

 

「とりあえず、こんなところかな」

 

 俺はコーヒーを飲みながら目の前にいる男――薙原和也に今回起きた事件の顛末について話す。ゲームではBOAにて闇の欠片事件、GODでは砕け得ぬ闇事件とされていたが、今回の事件は結局一回で終わってしまったため、GODと同じく砕け得ぬ闇事件という名称が付けられた。

 

「なるほどね……多少の違いはあるものの、概ね俺達の知っている知識通りというわけだ」

 

 和也は目の前に表示された今回の事件のデータに目を通しながら、簡潔に結論を述べる。しかしながら、その表情は険しい。

 

「とは言ってもアリシアの登場。こればっかりは事件自体が知識通りとはいえ、状況としてはあんまり良いとは言えないな」

 

 和也は自分の心情を吐露する。たった一人の存在が和也をここまで悩ませる。それほどまでにアリシアの事はデリケートな問題であった。

 アリシアは本来であればもう既に亡くなっている。それが生き返ったというだけでもかなりの大騒ぎになることが目に見えているのに、魔力を持って復活、さらに俺達と同じようにケースを保有しているとなると、どこまで問題になるのやら…。

 

「まぁ、アリシアの情報とかはこっちで何とかする予定だけど、生活に関しては出来れば地球側でどうにかして欲しい」

 

「なんとか出来ない事はないと思うけど、そうなるととりあえず忍に連絡かな」

 

 和也の言葉に俺はアリシアの今後について考える。流石にアリシアをミッドに残す事はできない。これがただの一般人なら孤児院に入れるなりしたのだろうが、アリシアが俺達側の人間で、あのケースを持ってるとなるとなるべくミッドから離れたところに置いておきたい。

 ケースの情報収集能力などが表に出るとかなりの問題が出る事はわかりきっているし、もし情報がどこからか漏れた場合、ミッドだとこちらのフォローが回らない可能性が出てくる。

 それにフェイトは現在地球で暮らしているので、アリシアも地球で暮らす事を望むだろう。

 

「あのケースとかの使い方とか、他にも色々教える必要がある。その辺は拓斗に任せるけど…」

 

 和也はそう言って申し訳なさそうに俺を見る。むしろ和也にはこれまで迷惑を掛けっぱなしのうえ、今回の件でも直接関係無いのに動いてくれているので、これぐらいのことはしないとこちらが申し訳ない。

 

「流石にこれ以上和也に負担を掛けるわけにもいかないし、これぐらいはさせてくれよ」

 

 もともと今回の事件では全く働いてないので、少しでも出来る事があるのであればやっておきたい。

 

「そうか、なら任せる。ただでさえ今回の事件には色々あって、こっちの仕事も増えまくってるんだ」

 

「アリシアの事とか以外でか?」

 

 和也の言葉に俺は疑問を抱く。和也は仕事が増えたといっていた。アリシアの事ですることが増えたと言うなら、仕事という表現は和也は使わないだろう。となると正式的に管理局員としての仕事が増えたということになる。それも今回の事件に無関係である筈の和也の仕事がだ。

 

「ああ。そもそも拓斗は管理局の問題ってどこまで理解してる?」

 

「まぁ、人材不足とか海と陸の対立とか?」

 

 和也のいきなりの質問に俺はすぐに頭に思い浮かぶものを答える。管理局自体が大きい組織なので問題は沢山あるだろうが、そんな事言い出したらキリが無い。

 

「間違ってはいないね。今回の事件に関わっているのは人材不足の方だな」

 

「人材不足ねぇ…」

 

 それが今回の事件に関わるほどというと興味はある。

 

「管理局って内情はともかく、これでも結構バランスが取れている組織ではあるんだ」

 

「それは理解できるけど」

 

 和也の説明に俺はとりあえず納得する。管理局の実情はともかく、その存在は現状無くてはならないものであるのは事実だ。そんな組織に問題があるのであれば、ここまで必要とされず対抗する存在も出てくることは考えられるし、問題が大きくなればなるほどそれは表立って出てくる。

 

「海と陸の関係もそうなんだけど、もともと問題として大きいのは人材不足だね」

 

 多数の次元世界を管理する管理局において、人という戦力は最も重要なファクターである。当たり前の事であるが人がいなければどうする事も出来ないからだ。特に多数の次元世界を行き来する海の場合、凶悪な次元犯罪者であったり、危険なロストロギアの回収任務などが発生するため優秀な人材を多数必要とする。

 とはいえ優秀な人材がいくらもいる筈が無く、海は優秀な人材を陸から引き抜いたり、大きな予算を得る事でその人材の補填をしている。

 しかしながら陸も管理世界の治安維持を担っている以上、優秀な人材は必要であるわけで、予算を多く持っている本局と地上本部の対立しているというのは少し事情に詳しければ誰でも知っている話だ。

 

「その穴埋めとして質量兵器の投入とかが言われているわけだけど、管理局が何故質量兵器を投入しないか……拓斗は知ってる?」

 

「旧暦時代にあった戦争がどうとかだっけ? 詳しい事は知らないけど……」

 

 俺は自分の記憶を頼りにうろ覚えながら和也に聞き返す。

 

「大体そんな感じで正しいよ。それで質量兵器は管理局の設立後に根絶、開発や所持も禁止された。理由は簡単、ボタン一つで次元世界を一つ破壊できるような兵器が生まれたから…」

 

 要するに原爆とかに近いイメージでいいだろう。知識を持っていれば誰でも扱える事ができ、知識が無ければ危険な事この上ないようなものだ。だからと言って根絶はどうかと思うが……それも時代として必要だったのだろう。

 

「それで比較的クリーンで安全な力、魔法が使われるようになったと」

 

 俺は和也の言葉に繋げるように言う。ミッドチルダを見ればわかるように基本的に管理世界の殆どが魔法文化である。一部違う管理世界もあるが、それも時間の問題だろう。

 

「そう、管理局の手によって質量兵器が根絶され、所持すら禁止された。それを行った管理局が質量兵器を保有するとは……ってね」

 

「なるほどね」

 

 自分たちでそれを違法としておきながら、都合が悪くなればさらにそれを覆す。それは法の番人たる管理局として許されない事であるわけだ。

 司法をつかさどる存在がころころと意見を変えていれば批判が大きくなってしまい、信用も失ってしまう。

 

「それに質量兵器っていうのも考え物で、管理の難しさだったり、費用を考えるとどうしても踏み切れないっていうのが本音だね」

 

 それは理解できる。質量兵器というのは知識さえあれば誰でも扱えるものだ。それ故に管理世界で生産して、それが反管理局組織やテロ組織などに回っては目も当てられないし、生産施設が狙われる可能性もある。

 だからこそ質量兵器の投入に管理局は踏み切る事ができない。

 

「それがお前の仕事とどういう関係があるんだ?」

 

 俺は和也に直球に質問をぶつける。質量兵器と管理局の関係はわかったので無駄な話ではないが、単純に今聞きたいのは和也の仕事が増えた理由だ。

 

「まぁ、焦るな。質量兵器による局員の戦力向上による人材不足の補填が無理ってのは今の話しでわかったと思うけど、ならどこで人材不足を解消するかだけど……」

 

 質量兵器の投入による非戦力の戦力化や既存戦力の戦力向上は不可能。戦力の機械化……これは殆ど質量兵器と同じ意味を持つから違うとして、後は…

 

「普通に管理局員の質の向上ぐらいしかないだろ……」

 

 管理局の魔導師の質向上ぐらいしか考えられる事はない。となるとデバイスの高性能化だろうが……。それは技術開発関係の仕事なので、執務官である和也とは結びつきにくい。

 

 ――いや、そうでもないのか……

 

 一つだけ思い当たることがあり、先ほどの考えを否定する。確かに和也は技術者ではないが、闇の書事件において、リインフォース達のサルベージの際、技術開発関係でも能力があることを示している。

 

 ――って、まさか!?

 

 俺はあることに気づく。人材不足、そして今回の事件、和也、この三つを繋げるものが一つだけあった。

 

「マテリアル達による戦力補填……?」

 

 必死に動揺を隠しながら俺は和也に問いかける。そんな俺に対して和也は溜息を吐きながら答える。

 

「正確に言うとプログラム体による戦力補填が正しいかな」

 

 和也の言葉に俺は驚きを隠せない。確かに今回の事件で闇の欠片……偽者たちがある程度の能力を保有していたが、それを戦力に考える事には動揺を隠せない。

 

「これは闇の書事件の時から出ていた話ではあるんだが…」

 

 そう言って動揺している俺に和也は説明する。

 

「守護騎士達はプログラム体だろ? もし彼女達をコピーする事が出来たらと考えた連中がいたんだよ」

 

 確かに発想は間違いではない。実際今回の事件の場合、偽者まで飛び出てきたわけだ。いくら弱体化しているとはいえ、元は高ランクの魔導師、その実力は決して悪いものではなく、戦力として十分数えられるものだ。

 

「今回の事件であの子達の偽者が多数出現してしまったのは知られている」

 

「それって、マテリアル達の事もか?」

 

「一応ね。とは言っても適切に処理されているし、アリシアについてはもう手は打たれている」

 

 俺はどこまで情報が出回っているのか心配になったが、和也の言葉を聞くに上手くリンディさん達が誤魔化したようだ。まぁ、記憶や記録の改竄もあったからこそだともいえるが……。

 

「事件としてはとあるロストロギアによって、多数の偽者が出現。その原因たるロストロギアを管理局員および現地協力者が協力して破壊ってことになってる」

 

「アミタ達が封鎖した記憶の通りってわけだ」

 

 管理局員が知っている事件の情報とアミタ達が封鎖した記憶との誤差を聞き安心する。これによって事件の全てを知っているのは俺と現地にいなかった和也、忍の二人だけだ。

 

「話を戻して、今回のロストロギアみたいなものを作って優秀な人材の偽者を使えば戦力も増えるだろうっていう意見が出たんで、今はその処理をしているところだ」

 

「処理というと?」

 

「決まってるだろ」

 

 俺の質問に対して和也は獰猛な笑みを浮かべながら答える。

 

「そんな事ほざいた馬鹿を処理するんだよ」

 

「……ほどほどにね」

 

 和也がそういったことに協力しないのはわかっていたが、ここまでやる気を見せられると恐ろしいものがある。確かに守護騎士やマテリアル達はプログラム体であるが、感情が存在し、見た目も人と変わらない。

 実際、管理局からこういう意見がでたということはそれだけ管理局の人材不足が深刻であるということも考えるべきだろう。そして、はやて達が狙われる可能性も有り得る。

 現在、プログラム体である守護騎士を持っているのははやてぐらいだ。ユニゾンデバイス他にもいるだろうが、狙われるならはやての方が可能性が高いだろう。ユニゾンデバイスが狙われるなら、当に他の奴らが狙われているだろうし。

 今後の事を考えると頭が痛くなるが、これもこの世界で生きていくなら仕方ない事だろう。

 そんな事を考えながらカップを手に取り、コーヒーを飲む。

 

「マズッ」

 

 飲んだコーヒーは既に冷めていて美味しくなかった。



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65話目 あなたの傍に

「拓斗君……」

 

 俺は今、すずかに抱きしめられている。かなり強い力で抱きつかれているためか、解く事もできず、されるがままだ。

 どうしてこんなことになったかというとそれは一時間ほど前に遡る。

 

 

 

 

「アリシアちゃんの事はこっちでやっておいたわよ」

 

「ありがとう、忍」

 

 忍の報告に俺はお礼を言う。和也との話が終わった後、忍にアリシアが地球で暮らせるように手を回してもらった。

 

「いいわよ、お礼なんて。リンディさんからもお願いされていたし、そっちから対価は貰ってるから」

 

「ああ、なるほど……」

 

 アリシアはミッドに戻った後、フェイトと共にプレシアに会いに行ったらしい。プレシアは俺達がちょうど砕け得ぬ闇事件に関わっているときに亡くなったらしく、二人はそれをミッドに戻る最中に聞いたようだ。

 プレシアの表情は安らぎに満ちていたらしいとは、フェイトの言葉だ。プレシアの遺体はそのままミッドへ埋葬され、プレシアが残した遺産などはフェイトが継ぎ、その後アリシアと分け合ったらしい。というのも、アリシアがそのまま相続してしまってはアリシアの事が外に漏れてしまう。だから、少し回りくどいがこういう方法で遺産を相続する事になった。

 アリシアは地球で暮らすことになったのだが、後見人はさくらということになっている。これはリンディさんが後見人ではアリシアの存在が管理局に知られてしまう可能性が高くなるということ、忍が後見人では若すぎるという理由からさくらが選ばれた。

 リンディさんもアリシアの事は危惧していたようで、地球で暮らせるように忍にお願いしたらしい。忍としては俺があらかじめ頼んでいたのもあるが俺と同じく、ケースを持つ存在としてアリシアに興味があったらしく、喜んで協力する事となった。とはいってもリンディさんから対価を頂いているあたり、本当にちゃっかりしている。

 

「それで拓斗はこれからどうするつもり?」

 

 忍は俺の今後を聞いてくる。その表情は少し不安げで元の世界に帰るという目標を失った俺の事を心配しているように見える。

 

「とりあえずはゆっくり今後の事を考えるよ」

 

 元の世界に帰るという目標が無くなり、少し無気力になっているのは否めない。しかし、この世界のことを悪く思っていないのも事実だ。なら、この世界でどういう風に暮らしていくのかを考えるべきだろう。幸い若返っているため、時間はまだたっぷり残されている。

 

「拓斗……」

 

 そんな俺を忍はゆっくり抱きしめる。事件が終わってから、忍は俺と二人きりになるとこうやって抱きしめてくる事が多くなった。俺も寂しさを紛らわせるため、忍にされるがままだ。そして、いつもであればそのまま少しの間過ごすのであるが、今日は違った。部屋にすずかが入ってきたのだ。

 

「なに、してるの……拓斗君? お姉ちゃん?」

 

 すずかは俺達の状態を見て、固まる。俺が忍に抱きしめられている状態は、それほどまでに彼女にショックを与えたらしい。

 

「なにって、見ての通りよ」

 

 そう言って忍は俺を強く抱きしめると首筋を舐める。その瞬間理解する。こいつは俺を使ってすずかで遊んでいる。

 すずかがこの部屋に来たのは忍も予想外だっただろうが、一瞬にして俺を使って妹の反応を見ようと思いついたのだろう。明らかに忍はすずかの反応を楽しんでいた。

 

「拓斗も男の子だから、女性には興味があるわよね~」

 

 そう言って忍は自分の胸に俺の顔を押し付ける。苦しくも柔らかいその感触を楽しみたい気持ちもあったが、忍には恭也という恋人もいる上に、目の前にはすずかがいるので抵抗はする。というか忍も俺の年齢知っているなら自重してほしい。

 すずかはそんな忍の行動を見て明らかに動揺する。

 

「ちょ、ちょっと、お姉ちゃん!」

 

「ほら、すずかも来なさい」

 

 忍は動揺するすずかを自分のもとに招くと、すずかを俺に抱きつかせる。すずかはその行動に戸惑った声をあげた。

 

「おねえ、ちゃん?」

 

「すずかは知らなかったわね、あのこと……」

 

 すずかはまだ砕け得ぬ闇事件のことについて知らなかった。つまりは俺が元の世界に帰る可能性が絶望的になってしまったことを……。

 俺はすずかに砕け得ぬ闇事件のことを説明した。そして、元の世界に帰ることを諦め、この世界で暮らしていくことを決めたことを……。

 俺の話を聞いたすずかはもう一度俺を抱きしめてくる。今度は自分の意思で。

 

「こんなとき、なんて言ったらいいかわからないけど……」

 

 すずかは俺を抱きしめたまま、こう言った。

 

「これからは私が、傍にいるよ……」

 

 そんなすずかの言葉が嬉しくて、俺もすずかを抱きしめ返す。

 

「うん、ありがとう。これから、よろしくね」

 

 そう言った俺をすずかは強く抱きしめたまま離さない。忍はというと俺とすずかのやり取りに満足したのか、にっこり笑って部屋を出て行った。あの様子だと、どうせ後でからかわれるのは目に見えている。

 そして、俺達はそのままずっとこうしているわけだ。さっき、忍が煽ったのもあるだろうが、すずかが離してくれる雰囲気ではない。

 

「あの、すずか?」

 

「ん、なに? 拓斗君……」

 

「そろそろ、離してくれないかな?」

 

 俺はすずかに離してもらうようにお願いする。別に問題ないといえば問題はないのだが、せっかくの休日もっと有意義に使いたい。

 

「ん、もうすこし、このまま……」

 

 すずかは普段は聞いた事もないような甘えた声で俺の言葉を拒絶する。俺は抵抗する気もなくし、されるがままになる。

 

 ――まったく、忍もすずかも……

 

 俺は自分に抱きついたすずかの顔を見て、そんな事を思う。忍は様々な面で俺を助けてくれる。そしてすずかは、俺が辛いときに欲しい言葉をくれる。

 

 ――二人とも俺より年下なんだけどな~

 

 もともとが大学生の俺にとって、高校生である忍と小学生であるすずかは当たり前だが年下だ。今の身体の事があるとはいえ、この二人にいいように手玉に取られているのは少し悔しいものがある。

 

「ん、ちゅ、かぷっ」

 

 そんな事を考えているとすずかが俺の首筋に吸い付いてくる。いつもの吸血行為とは違う。ただの口付けと甘噛みだ。

 

「すずか?」

 

「ちゅ、れろ、なに? 拓斗君?」

 

 突然のすずかの行動に戸惑い、すずかに声を掛けるがすずかはその行為を止めようとしない。首筋、そして鎖骨を舐め、口付け、甘噛みする。小学生の彼女がどこでこういう行為を覚えたのかが心配になるが、多分忍が仕込んだんだろうと予想する。

 すずかはそのまま俺の手を取ると自分の太ももの上にのせる。そして、俺の手を使い自分の太ももを撫でさせた。

 俺はすずかのその行動にさくらのことを思い出す。さくらが月村邸を訪れたときに吸血をさせた事は何度もあるが、いつもこうやって首筋を舐めたりする。それに抵抗して、俺も太ももを撫でたり、色々やり返しているのだが、それがすずかの行動と重なった。というか、明らかに……

 

「覗いてたね?」

 

 俺がそう言った瞬間、すずかの身体がビクンと跳ねる。それを見逃さず、俺はすずかと体勢を入れ替え、すずかを背中から抱きしめる。

 

「えと、その、ごめんなさい」

 

「クスッ、いいよ、許してあげる。ただ……」

 

 俺はすずかの耳元に唇を近づけると、小さな声で囁く。

 

 ――ちょっとだけお仕置きするけどね。

 

 俺はすずかのその綺麗な首筋に噛み付いた。

 

「ひゃうっ!」

 

「可愛い声……」

 

 すずかの悲鳴が俺の嗜虐心を擽り、その行動をエスカレートさせる。抵抗できないようにすずかの両手をバインドで拘束しつつ、先ほどすずかがやったことをそのままやり返す。

 

「ん、ぅ、ああ!」

 

 首筋を舐め、そのまま舌を鎖骨へと移す。その瞬間、堪えきれずすずかが声を上げる。しかし、それでもすずかは抵抗しようとしなかった。

 

「もっとされたい?」

 

「……」(コクッ)

 

 俺の言葉にすずかは無言で頷く。すずかの目は潤み、すずかの白い肌は朱に染まっている。息遣いは荒く、身体は熱を帯び、これ以上を求めている事がわかる。

 

「たくとくん、もっとぉ」

 

 俺が何もしないことにすずかは堪えきれず、声を上げる。そのすずかの瞳は紅に染まっていた。それは夜の一族としての特徴、そして精神が高ぶっている証拠であった。

 

「駄目、ここまでだよ」

 

 しかし、俺はここで止める。これはお仕置きなのだ。決してすずかが望むようにはしてあげない。

 

「いじわる、かぷっ」

 

 すずかは小声でそう言うと俺の首筋に歯を立てる。そして、俺から血を吸い始めた。

 

 

 

 

 

「結局、何もしないんだ」

 

 俺の血を吸ったすずかが俺の膝を枕に寝てしまった後、忍が部屋に入ってくる。

 

「何を見てたんだよ。結構、色々しただろ」

 

 明らかに小学生相手にわいせつ行為をしたようにしか見えないだろうが、忍の目には何もしなかったように見えたらしい。

 

「そうね、小学生相手のわいせつ行為。元は大学生っていうのにね、逮捕されちゃうわよ」

 

「それは勘弁……」

 

 流石に冗談とはいえ、言われると辛いものがある。まぁ、わいせつ行為は問答無用で犯罪だ。言われても仕方が無い。

 

「すずかを相手にしなきゃならないほど溜まっているなら、私がシテあげよっか?」

 

「おい、彼氏持ち……」

 

 忍の言葉に思わず呆れてしまう。いくら冗談とはいえ、言っていいことと悪い事がある。

 

「冗談よ、相手をさせるならさくらを呼ぶか、ノエルかファリンにさせるわ」

 

「それもそれでどうなんだ?」

 

 自分は駄目だから別の人間を薦めるのは、人としてどうなんだろう。しかも、自分の叔母であるさくらと自分のメイドである二人をだ。

 

「さくらはむしろ喜ぶんじゃない?」

 

「……」

 

 忍の言葉に俺は黙る。それが肯定を意味しているのは言うまでもない。さくらに血を吸わせているとき、いつも喜んで俺の行為を受け入れている。キスすらしていないので、その事は不満に思っているようだが……。

 

「まぁ、それはあなたが選ぶ事よ。さくらかすずかか、それとも別の誰かか……なんなら皆もらっちゃう?」

 

「そこまでの甲斐性があるならね」

 

 忍の軽口に俺も冗談で返す。まだ、そんな事は考えられないが、俺もいつか誰かを選ぶときがくるのだろう。

 

 ――それがいつになるか、誰を選ぶか、わからないけどね。

 

 この世界で生きるとはいえ、どういう風に生きるかはまだ決まっていない。管理局に就職するべきか、地球で生活していくべきか、それとも別の生活か、一番の目標を失った俺には将来の指針となるべき目標が無い。

 

「幸せになれたらいいな……」

 

 膝元で寝ているすずかに目を落とす。そう、幸せになれたらいい。自分だけではなく、この子達も……。

 

「幸せにしてあげる……くらい言ってあげたら、それだけで喜ばれるわよ」

 

「機会があれば……ね」

 

 その言葉を言ってあげられるほど、俺はできた人間ではない。俺はこの世界を捨て、元の世界に帰ろうとしていた人間だからだ。皆に助けてもらってばかりで、何も返してあげようとしなかった。忍にもすずかにもずっと与えてもらってばかりだった。だから……

 

 ――いつかきっと、返すから……

 

 この恩は返す。忍にもすずかにも、他の皆にも……。

 

「いつか、きっとね」

 

「そう、じゃあ今日くらいはすずかのことお願いね」

 

 そう言って忍は部屋の外へ出て行く。

 

「まぁ、今日くらいはね」

 

 俺は膝の上で眠っているすずかの頭を軽く撫でると、今日一日どう過ごすか考え始めた。

 

 



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66話目 穴埋め

 

 海鳴市にある、とある喫茶店。俺はそこで一人の女性と会っていた。

 

「久しぶりね、拓斗くん」

 

「久しぶり、さくら……」

 

 俺はさくらと挨拶を交わす。さくらはいつもとは違い、カジュアルな服装でファー付モッズコートにショートパンツ姿で足も大胆に出している。

 

「どうしたの?」

 

「いや、似合ってるなって……」

 

「あ、うん、ありがとう……」

 

 俺の言葉にさくらは少し恥ずかしがりながらも嬉しそうな表情を見せる。

 

「でも、こうやって外で会うのはなんか変な気分だな」

 

 さくらとはいつも月村邸で会うため、外でこうして会うことは全く無い。外に出かける事はあっても、大抵月村家の誰かが一緒になる。それになにより、今の俺の格好だ。

 

「今日はちょっとね……でも、ちゃんとその格好で来てくれて嬉しいな」

 

 さくらはいつもより遥かに大きい姿である俺を見つめ微笑む。そう、今の俺は大人モードで元の大学生の姿だ。

 

「指定してきたのはそっちだけどね……」

 

 さくらの言葉に俺は苦笑いで返す。突然、さくらからメールが来たと思ったら、その内容はこの姿でこの場所に来て欲しいというものだった。とりあえず俺はさくらの言葉に従い、ここに来たのだがさくらの突然の行動に驚いている。

 

「たまにはこういうのもいいかな~と思って……ホラッ、デートっぽいでしょ?」

 

「まぁ、ね」

 

 俺はさくらの言葉を否定せず、大きくなった自分の手の平を見つめる。子どもの姿に慣れすぎたのか、目線の位置や自分の身体に違和感を感じる。

 

 ――あっちの姿に慣れたってことなのかな?

 

 元の姿の方が違和感を感じる事に俺は感傷を抱く。もう二年ほど、この世界にいるのだ。子どもの状態が主であるため、そちらに慣れてしまい、元の姿に違和感を感じるのは仕方無い事だろう。

 

「じゃあ、行きましょうか?」

 

 コーヒーを飲み終えたさくらはそう言って立ち上がる。

 

「? 何処に?」

 

「決まってるでしょ、デートよ」

 

 さくらはそう言って俺を立ち上がらせると会計を済ませ、俺を連れて店から出る。

 

「さあ、あまり時間がないんだから急ぐわよ」

 

 俺がこの状態を維持できる時間がそれほど長くない事を知っているため、さくらは俺の手を引くとすぐさま歩き始める。そのまま、俺とさくらのデートは始まった。

 

 俺の大人状態の維持時間を考慮してか、さくらはショッピングをメインに街を出歩く。自分の服や小物を俺に選ばせたり、逆に俺の服や小物を選んだり、そんな普通のデートだ。

 ただ、そんなデートが俺は凄く心地よかった。元の姿で行動する。それだけの事で昔と同じようになれた気がして、隣にさくらという美人な女性がいる事もあり、純粋にデートを楽しむ事ができた。

 

「ふぅ、今日は楽しかったね」

 

 海鳴臨海公園で海を見ながら、さくらは俺に聞いてくる。

 

「ああ、楽しかったよ」

 

 久しぶりに楽しむ事ができた。今までは元の世界に帰ることに精一杯で、あの事件以降は少しだけ憂鬱な状態が続いていた。

 

「これが今日の目的?」

 

「うん……」

 

 俺の言葉にさくらは頷く。さくらの目的、それは俺の気分を切り替えさせることだ。最近、落ち込み気味の俺を見て、忍がさくらに頼んだのか、それとも忍から聞いてさくらが個人的に動いたのか、大方、そんなものだろう。

 

「忍から聞いたわ……」

 

「そっか……」

 

 お互いが黙る。先に口を開いたのは俺のほうだった。

 

「でも、どうしようもないからさ」

 

 十数年後もこの世界にいる。その事実が俺の心を折った。もし、ヴィヴィオが俺の事を知らなかったら、まだ足掻く事ができていたかもしれない。

 でも、十数年も耐えることは不可能だと思い、俺は諦めてしまった。

 これが言い訳であることはわかっている。これが諦める理由にはならないことを知っている。だから求めてしまった。諦める理由を……。

 忍が約束を持ちかけてきた時には、もうなんとなく気づいていた。多分、無理だろうって。だから、それを体の良い理由としてしまったのだ。

 

「拓斗くん……」

 

 さくらが俺に抱きついてくる。

 

「代わりにはならないかもしれないけど……」

 

 そう言って強く、俺を抱きしめる。さくらからほのかに香る香水の匂いが俺の鼻をくすぐった。

 

「元の世界の代わりにはならないかもしれないけど、その分、私を使ってくれていいから」

 

 さくらは俺に抱きついたまま、真っ直ぐ俺の目を見つめる。

 

「拓斗くんが失った分を、私を使って埋めてください」

 

 さくらはそう言って、俺の唇に自分の唇を重ねた。

 

 

 

 

「それで、どうだったの?」

 

 忍は私を見て、ニヤつきながら聞いてくる。我が姪ながら、その性格は誰に似たのやら……。

 

「どうもしないわよ。ちょっと、話しただけだし……」

 

 私は自分のした行動を思い出し恥ずかしくなるが、それを表に出さないように忍に答える。

 

 ――もう一回デートしたいな~

 

 頭の中は今日の拓斗くんとのデートの事で一杯だった。今まで男性と付き合った事が一度もなく、デートすらまともに経験のない私だ。付き合わせてしまったとはいえ、拓斗くんには楽しんでもらったと思う。もちろん、私も初めてのデートを物凄く楽しんだ。

 

「へぇ~、キスまでしておいて、話しただけねぇ~」

 

「えっ、ちょ、ちょっと、どうして!?」

 

 忍が私が拓斗くんにキスしたことを知っている事に驚き、動揺してしまう。

 

「もちろん、見てたから♪」

 

 楽しそうにこちらを見つめる忍をジト目で睨む。まさか、忍にからかわれる日が来るとは。

 

「まぁ、それはいいわ。拓斗も気分転換できたみたいだし、ありがとね」

 

 忍の言葉に私は違和感を抱く。忍が拓斗くんの事を大事に思っているのは知っているが、これではあまりにも距離が近すぎる。

 

「ねぇ、さくら。拓斗はこの世界で幸せになれるかな?」

 

「どうしたの? 急にそんな事を聞いて……」

 

 忍の急な質問に私は戸惑う。

 

「今までの全てを失うってどんな気持ちなのかな?」

 

 そう言った忍の体は震えていた。そうか、この子は自分が拓斗くんと交わした約束のことを後悔しているのだ。自分が、拓斗くんに今までの全てを捨てさせる決断をさせた。それが拓斗くんを苦しませた事が苦しいのだ。

 しかし、拓斗くんの事はどうすることもできなかっただろう。元の世界に帰ることができないのは私達のせいではない。忍との約束が無くても、拓斗くんは決断を迫られる事になっただろう。

 忍もそれはわかっているだろうが、この場合自分が拓斗くんを苦しませたという事実が重要だ。

 

『でも、どうしようもないからさ』

 

 そう言った、拓斗くんの表情を思い出す。あの時の拓斗くんはこちらが苦しくなりそうなほど、寂しそうな表情を浮かべていた。それを考えれば、忍の気持ちは痛いほど理解できる。

 

「多分、本当に辛い人には辛いんでしょうね」

 

 今までの生活を、家族を、友人を、恋人を大切に思っているなら、それを失うことは本当に辛い事のはずだ。でも、大切に思っていなければ割り切る事はできる。

 

 ――遊……

 

 私は自分の異母兄の事を思い出す。アレは確かに身内ではあったが、死んだとき、特に何も感じる事はなかった。それ以上に忍たちの事が大切だったからだ。

 

「そう簡単に割り切れるものでもないでしょう。でも……」

 

 私は落ち込んでいる忍に言う。この子は落ち込むときは本当に落ち込むから、はっきり言ってあげないといけない。

 

「彼はもう前に進んでいるわ」

 

 拓斗くんにキスしたときの事を思い出す。拓斗くんはもう前に進もうとしていた。

 

『失った分を、か。そうだね、せめてその分くらいは、いや、それ以上に幸せにならないとな……』

 

 そう言った拓斗くんの顔はまだ少し憂いを帯びていたけど、前に進もうとしている決意が見えた。

 

「クスッ、拓斗くんが失った分を、私を使って埋めてください……だっけ?」

 

 忍はからかう様に私があの時に言った言葉を言ってくる。アレを見ていたなら、当然、これを聞かれていてもおかしくはない。

 

「元気はでたようね」

 

「うん、ありがと」

 

 忍は私にお礼を言う。その表情はいつもの忍だった。

 

 

 

 

「えっと、ア、アリシア・テスタロッサです。よろしくお願いします」

 

 アリシアが忍とさくらに挨拶をする。今日はアリシアが自分の後見人となるさくらに挨拶をしに来る日であった。自分の後見人になる人ということで少し緊張しているように見える。

 

「初めまして、アリシアちゃん。私は綺堂さくら。あなたの後見人です」

 

「私は月村忍よ。よろしくね」

 

 忍とさくらがアリシアに挨拶をする。アリシアの後ろにはリンディさんとクロノ、そしてフェイトの姿を見える。

 

「アリシアさんの後見人となっていただいたこと、お礼を申し上げます」

 

「いえ、そちらの事情は把握しております。姉妹揃って安全に暮らせるに越した事はありませんわ」

 

 リンディさんの言葉にさくらが返す。アリシアは事情が事情であるため、リンディさんが保護するわけにはいかない。

 

「お母さんの事もあって色々大変だとは思うけど、困った事があったらなんでも言ってね」

 

「は、はい、わかりました」

 

 さくらの言葉にアリシアは返事をする。リンディさんはこちらに住居を用意しているが、リンディさん自身が管理局員であるため、家を空けることも多い。それはクロノも同じだ。だから基本、アルフとフェイト、そしてアリシアが海鳴で暮らすことになるのだが、子ども達だけでは不安も大きい。そこで彼女らが任務で海鳴を離れているとき限定であるが、フェイト達を月村邸で預かる事になった。

 これは和也が言い始めたことで、フェイトが海鳴に来てからというもの、基本的にアースラの任務はあまり無く、あっても短期で終わるものであった。その任務にはフェイトが同行する事が多かったため、あまり問題視されなかったのだが、今後は長期の任務が増える可能性があるので、一応小学生であるフェイトは学業を優先すべきだということ。

 それにフェイトとは違い、アリシアは管理局員ではないため、基本海鳴で学校に通う事になる。リンディさんやクロノ、フェイト、アルフが任務に行ってしまうと一人になってしまうため、それだと余計に不安になる。

 

「基本的にはこちらで一緒に暮らしますが、私たちも任務がありますので……」

 

「はい、わかりました。その時はこちらで預からせていただきます。じゃあ拓斗……」

 

「うん、それじゃあ、アリシア、フェイト、アルフ、クロノはこっちへ」

 

 ここから先は大人のお話になるので、子どもである俺達は退散する。クロノは残ってもいい気がするが、いても心労が溜まるだけだろう。

 

「アリシア、フェイト、お母さんの事は……」

 

「うん、でも、あの時、会うことはできたから……」

 

 フェイトとアリシアは悲し気な表情を浮かべているが、あまり引きずった様子ではない。

 

「拓斗の方こそ大丈夫なのか?」

 

 クロノが俺に質問してくる。アリシア以外は事情を知っているため、俺が精神的に追い込まれていたことを理解している。まぁ、事件が終わったときにはそれなりに持ち直していたが、やはり心配を掛けてしまったようだ。

 

「ああ、すっかり大丈夫ってわけじゃないけど、それなりにね。それより、迷惑を掛けてすまなかった」

 

「ううん、大丈夫ならいいよ。困ったときは頼ってね」

 

「フェイトの言うとおりだ。君は一人で抱え込みすぎる。もう少し、周りを頼るといい」

 

「そうするよ、幸いな事に友人に恵まれているみたいだしね」

 

 本当に俺は友人に恵まれている。フェイトもクロノも本当に困ったときには俺を助けてくれるだろう。まったく、こんな俺にはできすぎた友人だ。

 

「そうだ、アリシア」

 

「なに? タクト?」

 

「アリシアはこれから色々教えなきゃならないことがあるけど、いいかな?」

 

「う、うん」

 

 俺の言葉にアリシアは戸惑いながらも頷く。確かリンディさんやクロノ、アリシアには既に和也から簡単な説明があった筈だけど……。

 

「和也の言っていたことか?」

 

「ああ」

 

 クロノの言葉に俺は頷く。クロノも事の重要性が認識しているのだろう。既にリンディさんとクロノには俺達のノートパソコンに関する情報は話してある。最低限、管理局側にも知っている人間がいないと隠蔽するのに困るからだ。

 リンディさんとクロノはその話を聞いたとき驚いたものの、すぐにその有益性と危険性は把握したのか、隠蔽に協力してくれる事になった。

 その代りに、必要なときに情報提供することとなった。一応その情報元となるのは無限書庫という事になるのでユーノにはこれで迷惑を掛ける事になるだろう。まぁ、その分ユーノには手当てがつくようだが……。

 

 俺はともかくとして和也とアリシアはかなり危険な立場にある。和也は管理局員という管理局に最も近い立場ゆえにその利用にはリスクを伴う。アリシアは死亡しているという事実ゆえにそれぞれ危険があるのだ。

 

「まぁ、今日は親睦会ってことで」

 

 廊下を歩き、たどり着いた部屋の扉を開ける。そこには既に俺達の到着を待っていたすずか達がいた。

 

「フェイトちゃん、アリシアちゃん、クロノ君いらっしゃい。アリシアちゃん、初めまして月村すずかです」

 

 すずかは三人に挨拶すると、初対面のアリシアに自己紹介をする。

 

「あたしはアリサ・バニングスよ。よろしくね、アリシア」

 

「アリシア・テスタロッサです。よろしくね、アリサ、すずか」

 

 アリサの自己紹介に続き、アリシアも二人に名乗る。

 

「よう、なのは、ユーノ、それにはやて達も」

 

「あ、拓斗君っ」

 

「拓斗、久しぶり」

 

 俺は部屋の中にいたなのはとユーノ、はやてと守護騎士に挨拶をする。今日はアリシアの歓迎会としてパーティを開く事となった。

 

「じゃあ、アリシア、何か一言」

 

「え、えと、こんな素敵なパーティを開いてくれてありがとう、これからよろしくお願いしますっ、

 

 か、乾杯っ!」

 

「「「「「「「かんぱーいっ」」」」」」」

 

 アリシアの音頭でパーティが始まる。こうしてアリシアは俺達と親睦を深めるのだった。



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67話目 将来

「だからあまり使わないようにしてね」

 

「うん、わかった!」

 

 忍の言葉にアリシアは元気良く返事する。アリシアが海鳴に来て以来、良く見られる光景だ。

 アリシアがこの世界に来てからというもの、俺と忍によるノーパソの使い方や魔法の指導がほぼ毎日続いていた。

 まだ幼いアリシアにノーパソの使い方や、その危険性を教えて理解できるのかと疑問に思ったが流石プレシアの娘、理解力が半端ではない。自分という存在の危険性やノーパソという存在のメリットとデメリットなどこちらが説明した事をすぐに理解する。

 魔法の方も母親が大魔導師であるにも関わらず、自分にリンカーコアが無く魔法を使えなかったので、魔法を使えるようになったのが嬉しいらしく、毎日のように月村邸に赴いては魔法の指導を受けている。

 魔法はデバイスのお陰なのか、俺や和也のように大体の魔法を扱う事ができる。フェイトと同じように電気変換の資質を持っているわけではないが、本人の適正としてはフェイトと同じ高機動タイプである。魔法もフェイトに合わせて同じ魔法をインストールしていた。

 

「うん、今日はこっちはこれまでかな」

 

「ありがとう、忍さん」

 

 指導が終わり、アリシアは忍にお礼を言うと身体を伸ばす。

 

「ふぅ~、やっと終わった~」

 

「お疲れ様、はい、これ」

 

 俺はアリシアに紅茶を渡す。

 

「ありがとう、勉強が終わった後の紅茶は美味しいな~」

 

 アリシアは紅茶を飲みながら、言葉を漏らす。必要であるとはいえ、やはり長時間の勉強は辛いものがあるらしい。

 

 ――まぁ、気持ちはわかるけどね……

 

 アリシアのそんな様子に俺は苦笑いを浮かべる。アリシアはここ以外でも聖祥に編入するために一生懸命勉強しているのを俺は知っていた。アリシア自身あまり勉強は好きではないらしいのだが、フェイトや俺達がいる学校に一緒に通いたいという思いがあり、頑張っているようだ。国語など世界が違うためわからないことも俺やアリサに聞くなど努力している。

 

「この後はどうする? いつもだったら魔法だけど、編入試験も近いし……」

 

「う~ん、今日は勉強する。皆と一緒の学校に通いたいもん」

 

 俺の言葉にアリシアは答える。いつもであれば忍と俺による座学指導の後に魔法の訓練を行うのだが、生憎とアリシアの編入試験が間近に迫っていた。同時にはやても聖祥に編入するべく、今日は図書館ですずかとアリサと共に勉強していた。

 

「じゃあ、図書館かな? はやて達は向こうで勉強するって言ってたし……」

 

 勉強をするなら月村邸ですれば、終わった後に遊べるのだが、そもそもアリシアの勉強はいつも長くなるため、遊べる機会は少ない。

 すずかもはやても本が好きなので今日は本を借りに行くついでに勉強をするつもりらしく、アリサもそれに付き合うつもりのようだ。

 そして、なのはとフェイトであるが管理局の陸士訓練校で短期プログラム教育を受けている。予定では3ヶ月で卒業なので、4月には戻ってくることになっている。

 ちなみに俺はというと訓練校には通ってはいなかった。というのも今はまだ管理局に入るつもりがなかった。

 今の管理局は安定しているとは言い難い。最高評議会、ジェイルスカリエッティ、最低ここをどうにかしない事には管理局に安心感を抱く事はできない。

 

「皆に会っちゃうと遊びたくなるし、ここで勉強する……」

 

 アリシアはそう言うと休憩もそこそこに編入試験のための勉強を始める。理数はそれほど問題はないので、重点をおいているのは国語と社会だ。フェイトのときも同じ感じだったので、教え方はわかっているのだが、アリシアの場合、フェイトとは違い集中力が続かない。周りに友人が多いと雑談を始めてしまったりするのだ。

 本人もそれがわかっているので、図書館で皆と勉強するのはやめたようだ。

 

「じゃあ、今日は簡単なテストをやってみようか?」

 

「うん、わかった」

 

 俺はフェイトのときに作ったテストを持ってくると、テストを開始した。

 

 

 

 

「とりあえず今日はここまでかしらね……」

 

「うん、ありがとうな~、アリサちゃん、すずかちゃん」

 

 アリサちゃんが終わりを告げるとはやてちゃんが私達にお礼を言ってくる。

 

「いいよ、私達もはやてちゃんと一緒に学校通いたいし」

 

「まぁ、今の調子なら編入試験は問題ないと思うから、はやてがミスしない限りは一緒に通えるわね」

 

「それは言わんといて~、不安になってくるやんか……」

 

 アリサちゃんの言葉にはやてちゃんは項垂れる。はやてちゃんは去年まで足のこともありまともに学校に通ってなかったみたいで、勉強にあまり自身がないみたい。だけど、理解力はわるくないし、フェイトちゃんは異世界って事もあって、もっと知識が無い状態から受かったから、はやてちゃんも大丈夫だと思うけど……

 

「でも、フェイトちゃんは国語も社会も全くできない状態から受かったんだし、はやてちゃんもきっと大丈夫だよ」

 

「すずかちゃん……」

 

「そうね、それにアリシアも一緒に受けるんだし、知り合いがいる分緊張もしないでしょ」

 

「うん、確かに知り合いがおるのは心強いんやけど……」

 

 アリサちゃんの言葉にはやてちゃんが返すが、その言葉には力が無い。

 

「けど?」

 

「なんか自分が落ちて、アリシアちゃんが受かったらって考えると……」

 

「不安になりすぎだよ。大丈夫、ちゃんと問題も解けるようになってるから」

 

 不安がるはやてちゃんを元気付けるように私はフォローする。はやてちゃんはこうして不安がることが多い。

 

「アリシアって言えば、今日もすずかの家で勉強?」

 

「うん、お姉ちゃんと拓斗君が付きっ切りで教えてるみたい……」

 

 アリサちゃんの言葉に今日、ここに来るまでにアリシアちゃんが家に来たことを思い出す。アリシアちゃんがこっちに来てからというもの、ほぼ毎日お姉ちゃんと拓斗君に指導してもらっている。

 

「忍さんも? 拓斗だけなら魔法ってわかるけど……」

 

 アリサちゃんはお姉ちゃんがアリシアちゃんに指導していることを疑問に思ったようだ。

 

「うん、魔法もそうだけど、アリシアちゃんには色々あるみたいだから、それを教えるんだって」

 

「ああ、なるほど……」

 

 私の言葉にアリサちゃんは納得したみたい。アリサちゃんはアリシアちゃんの事情を知っているし、拓斗君のことも知っている。拓斗君が持つノートパソコンの事も……。少し前にアリサちゃんの両親が経営している会社が狙われたときに拓斗君が情報を渡し、その時にアリサちゃん達に説明する事になったのだ。

 今まで私達だけの秘密だったのが、どんどん色んな人に知られていくのがなんか嫌だ。

 

「拓斗も最近はアリシアに付きっ切りよね~」

 

「そうやな~」

 

 そう、アリサちゃんの言うように最近拓斗君はアリシアちゃんと一緒にいる機会が多い。それが私やアリサちゃんは不満だったりする。

 ただでさえ魔法の事で関わる事ができないのだ。前の事件の時も拓斗君にとって重大な何かがあったにも関わらず、私達はその場所にいる事ができなかった。

 

「まぁ、拓斗君もアリシアちゃんの事が心配なんやろ?」

 

「そうだね」

 

 はやてちゃんの言葉に私は頷く事しかできない。拓斗君がアリシアちゃんの事を心配していることは知っている。それに拓斗君とアリシアちゃんは共通点がある。

 あのノートパソコン、魔法が使えるようになったこと、拓斗君がこの世界に来る前にいた場所にアリシアちゃんもいた事。その共通点が私を不安にさせる。

 

 ――今まで一番近い場所にいたのは私なのに、拓斗君のことを理解していたのは私なのに……

 

 拓斗君の事を一番知っていたのは私で、一番近くにいたのは私だという自負はある。でも、アリシアちゃんが来たことでその立場が揺るぎそうになってくる。最近、拓斗君がアリシアちゃんに付きっ切りというのも理由の一つだ。

 

 ――魔法が使えて、拓斗君の傍にいれて……

 

 この気持ちは間違いなく嫉妬だ。私はアリシアちゃんに嫉妬している。拓斗君との共通点があることに、拓斗君に気に掛けてもらえる事に……。

 

「なのはとフェイトは魔法の勉強だって言うし」

 

「管理局の訓練校な、将来のために訓練プログラムを受けてるらしいよ」

 

「はやてはいいの? 拓斗もだけど……」

 

 なのはちゃんとフェイトちゃんが将来のために訓練をしていることを聞いてアリサちゃんははやてちゃんに質問する。

 

「私は向こうに居った時に一応訓練だけは受けてるんよ、拓斗君はわからんけど、すずかちゃん、何か知っとる?」

 

「うん、なんか事情があるからまだ行くつもりはないって……」

 

 私ははやてちゃんの質問に拓斗君の言葉を思い出しながら答える。私も同じ疑問を抱いて拓斗くんに質問した事がある。その時に答えてもらったのだ。

 

「なのはもフェイトも将来のためにか~」

 

「どうしたの、アリサちゃん?」

 

 アリサちゃんの突然の呟きに私は思わず声を掛ける。

 

「ほら、前に将来の夢の話をしたじゃない、それを思い出したのよ」

 

「そんな事もあったね」

 

「何の話?」

 

 アリサちゃんの言葉に納得する私に、事情を知らないはやてちゃんが聞いてくる。

 

「はやてやフェイトに会う前にね、将来の夢について授業でやったの。その時になのはがね……」

 

 アリサちゃんははやてちゃんにあの時のことを説明する。確か、あの時はなのはちゃんが将来の夢が決まらないで悩んでたんだっけ。アリサちゃんは家の会社を継いで、私は工学関係の仕事に、ちなみに拓斗君はというと……

 

『まぁ、将来の事だし、その時に考えるよ』

 

 と言っていた。あの時、拓斗君は元の世界に帰ろうとしていたということを知ってる。でも、今はどうなんだろ? 元の世界に帰ることができなくなって、この世界に残る事が決まってしまった今は……。

 

「拓斗君はどうするんやろな? 私もなのはちゃんもフェイトちゃんも、一応将来は管理局に入ろうと思ってるけど……」

 

 魔法を使える3人は将来は管理局に入る事を考えているらしい。だったら、拓斗君は? 3人と同じように魔法を使える拓斗君も管理局に入るのだろうか……。

 

「拓斗はまだ決まってないんじゃない。あんなことあったばかりなんだし……」

 

 アリサちゃんは少し言い辛そうにしながらそれを言った。私達が拓斗君の前ではなるべく話題にしないようにしている言葉だ。あの事件以降、拓斗君は落ち込んでいて、私達にそれを見せないようにしているのが、見てて余計に辛かった。

 

「そうだね……」

 

 私はアリサちゃんの言葉に頷く。

 

「まぁ、将来の事よりも今は目の前の事を考えましょう……ね、はやて」

 

 アリサちゃんはそう言ってはやてちゃんに笑顔を向けた。

 

 

 

 

 アリシアが帰った後、俺はノートパソコンを使いデバイスの調整をする。アリシアに魔法の指導をするようになってからというものデバイスの性能やインストールしている魔法などをもう一度見直すことにした。

 

「とりあえず、こんなものかな……」

 

 デバイスの調整が終わり、俺は一息つく。後で何度かテストをしてみて、また調整するのだが、今日はひとまずこれでお仕舞いだ。

 

「そういえば、シュテル達もこれに入ってたんだっけ……」

 

 おれはシュテルが言っていた事を思い出し、ノートパソコンのログを調べる。すると、そこには紫天の書らしきデータがあるのが確認できた。

 

「これがあの子達のプログラムか……」

 

 紫天の書のプログラムを見て呟く。前に見た夜天の書のプログラムもこれに似ていたことを思い出す。

 

 ――これが管理局のためになる……か。

 

 確かにこれを使えば、管理局の戦力を増やす事ができる。ただ、それを行う事は個人的には許せない。これによって生み出された存在は意思を、自我を持つ。そして、それを戦力とするという事はその存在を管理局に縛り付けるという事だ。意思を持つものの自由を奪う、それは管理局の存在として間違っていると思う。

 

「ん? これは……」

 

 紫天の書のことを考えながらログに目を通していくと、一つのログが目に入る。

 

「ファイル? なんだ、これ」

 

 その時刻を見てみると、それは俺が丁度ヴィヴィオに接触した時刻を示していた。

 

 ――もしかして……

 

 俺はわずかな期待を抱き、そのファイルを開く。しかし……

 

「開けない……」

 

 ファイルは開く事はできなかった。

 

「期待させておいてこれかよ……」

 

 ヴィヴィオと接触したというタイミングからして、未来の俺からのメッセージか何かだと思ったが、それだったらファイルが開けないのはおかしい。

 

「開くために条件があるとかか……」

 

 そう思いパソコンを操作していくがそのファイルは開く気配すら見せない。

 

「なんなんだよ……」

 

 俺はそのファイルが開かない事に不満を抱きながらもどうする事もできないので放置する事にした。

 



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68話目 将来への道

 

 

 謎のファイルを見つけた後、俺は和也に連絡を取ったが和也の方にはそんなファイルは無く、アリシアの方も確認したが、ファイルは存在しなかった。

 ファイルが届いた時刻はちょうど俺がヴィヴィオと接触した時刻だから、ファイルが届いたのは俺がヴィヴィオに接触したからだと予想できる。和也はあの事件には参加していなかったし、アリシアは接触しているとはいえ、ヴィヴィオと接触したのは俺より遅い。つまり、初めにヴィヴィオと接触したから俺にファイルが届いたのではないかというのが俺の見解だ。

 

 しかし、問題が一つある。それは誰がこのファイルを届けたかだ。

 

 ファイルが届いた時刻がヴィヴィオと接触した時であることを考えると、未来の俺や和也がヴィヴィオのデバイス……クリスにファイルを入れて、俺達の接触と同時に渡すようプログラミングしたと予想できる。しかし、これだとファイルを開けない理由がわからない。

 俺達に渡したいデータがあるのであれば簡単に開けるようにすればいいし、わざわざ開けないようにことに意味は無い。

 だとすると考えられるのはもう一つ……俺達をこの世界に送り込んだ奴らが送ったという可能性だ。これならば一応辻褄が合う。

 とはいえ、目的もファイルの中身もわからないので打つ手なしの状況だが……。

 

「ままならないよな~」

 

 ファイルという現物は目の前にいるのにどうする事もできず、もどかしくなる。

 

「なにがままならないのよ?」

 

 そう言って俺に声を掛けてくるのはアリサだ。アリサは俺の言葉を聞いてか、訝しんだ顔でこちらを見る。

 

「まぁ、色々とね」

 

 そんなアリサに俺ははぐらかすように返事をするが、アリサはそれがお気に召さないらしく、少し不機嫌そうな表情を見せた。

 

「ま、いいわ。それよりすずかは? 一緒じゃないの?」

 

「習い事だってさ、今日は一人」

 

 すずかは今日は習い事でいないことをアリサに伝える。確か、今日はバイオリンだった筈だ。

 

「そうなんだ……」

 

 そう言ってアリサは少し考える仕草を見せる。思えばこうやってアリサと二人きりという状況は珍しい。いつもであればすずかが傍にいるし、最近だとアリシアが一緒にいる事が多い。そうでなくてもなのはやフェイト、はやてがいるので誰かしらと一緒にいる機会が多く、アリサと二人きりというのはあまり無いことだ。

 今日は休日でアリシアはリンディさん達と一緒に、はやては守護騎士達と過ごすらしい。二人とも最近は勉強ばかりだったので、こういう息抜きも必要だろう。

 俺はというと折角の休日なのだが得にする事もなく、こうやってアリサを呼んだ次第だ。

 

「それで私を呼んだわけは……」

 

「いや、折角の休日なのに一人寂しく過ごすのが嫌だから呼んだんだけど」

 

 アリサの言葉に俺は本音をぶちまける。海鳴に男友達もいないわけではないが誘う気が起きないし、かといって海鳴以外となると和也達は忙しい。それに部屋で籠もってゲームか読書というのも考えたが、大体のゲームはやりこんでいるし、本も最近買ったのは全部読んだ。

 

「仕方ないわね~、それじゃあ付き合ってあげるわよ」

 

 アリサは俺の言葉に呆れた様子を見せるが、どことなく嬉しそうだ。まぁ、交友関係が殆ど同じなので、アリサも同じような感じだったのだろう。

 

「ありがとう、アリサ」

 

 そんなアリサに俺は笑顔で返すのだった。

 

 そんな感じにアリサと休日を過ごす事になったので俺達は外に出た。俺達が向かった先はゲームセンターだ。

 

「あ、これ久しぶりだな」

 

 俺がそう言って見つけたのはゾンビが出てくるガンシューティングゲームだ。ここにおいてあるのはその二作目だ。俺がまだ向こうの世界にいた頃、確か小、中学生ぐらいの頃にやりこんだ記憶がある。個人的には3、4のショットガンやサブマシンガンなども楽しめたが、やはり目の前に置いてあるこれが一番楽しかった。

 

「ガンシューティングか~、男の子ってそういうの好きよね」

 

「まぁね、それに俺の場合、デバイスがアレだし……」

 

 アリサの言葉に俺は苦笑いを浮かべながら肯定する。なんだかんだでこういうゲームが好きなのは否定できない。それに腕さえあればワンコインで長く遊べるし……。

 

「俺はやるけど、アリサはどうする?」

 

「せっかく来たんだし、私もやるわよ」

 

 アリサの言葉に俺は百円玉を二枚入れるとコントローラーを握りゲームを開始した。

 

 

 

 

「ああ~、疲れたわ~」

 

「あはは、お疲れ様」

 

 ゲームが終わったアリサに俺は飲み物を手渡す。結局、最後までクリアして二人で四百円程度使う事になった。アリサが初心者プレイヤーというのを考えれば十分だろう。

 

「いきなり一般人撃った時は笑ったけどね」

 

「し、仕方ないでしょ。いきなり出てくるんだからっ」

 

 俺はアリサのプレイを思い出してつい噴出す。まぁ、このゲームでは良くあることなのでアリサの気持ちはわからなくはない。昔、自分も同じ事したし……。

 その後、回復したアリサと一緒に色々なゲームを見る。先ほどは俺が付き合わせたので今度はアリサに付き合うことにした。

 

「あ、これ可愛い」

 

 そう言ってアリサが目を向けるのはUFOキャッチャーだ。その中には動物キャラクターのぬいぐるみが置いてある。

 

「ねぇ、拓斗取れる?」

 

「そこで俺に頼むんだ?」

 

 何度か自分で挑戦するかと思ったがアリサはすぐに俺に聞いてきた。

 

「だって、前来たとき拓斗はすぐ取ったでしょ」

 

 アリサの言葉に俺は前に俺達となのはとすずか、フェイトと来た時の事を思い出す。フェイトにこの世界を案内するということになってたまたま立ち寄ったゲーセンでUFOキャッチャーをしたのだ。その時は三百円で二個取り、一つはフェイトにそしてもう一つはすずかに渡した。

 

「わかったよ、どれ?」

 

「奥の白いヤツ」

 

「りょーかい」

 

 アリサから目的のぬいぐるみを聞くと位置を確認し、取り方を考える。UFOキャッチャーのコツは基本的な取り方を知っている事だ。取り方を知っていれば、配置にもよるが大体取る事ができる。

 アリサの示したぬいぐるみは運良く取り易い位置にあったため、一回で取る事ができた。運が悪かったら明らか普通に買った方が安いので、本当に良かった。

 

「アリサ、はいこれ」

 

「ありがとう拓斗、大事にするね」

 

 俺は取ったぬいぐるみをアリサに手渡す。アリサはそれを受け取るとぎゅっと抱きしめて俺にお礼を言った。

 ぬいぐるみは流石にそのまま持ち歩けないので定員から袋を貰いそれに入れた。

 

「やっぱり、最後はコレか……」

 

「いいでしょ、せっかく来たんだし、記念にね」

 

 俺とアリサが最後にするのはプリクラだ。嫌いというわけではないのだが、色々と恥ずかしいものがある。

 

「♪~~」

 

 プリクラを取ったアリサは機嫌良く、出てきたプリクラを取るとそれをハサミで切り、俺に渡してくる。

 

「これ、大事にしなさいよ」

 

「わかったよ、アリサ……」

 

 俺はアリサからプリクラを受け取るとそれを財布の中に入れる。おそらくこのプリクラは大切にどこかに保管される事になるだろう。少なくとも俺からこのプリクラが誰かに見られることはまずない……筈だ。

 

 ゲームセンターを出た後は本屋に寄ったり、CDを買ったりして色々歩く。もはや小学生の遊びというよりは立派なデートだ。そして、最後に立ち寄ったのは……

 

「いらっしゃい、あら拓斗君、それにアリサちゃん……」

 

「桃子さん、こんにちわ」

 

「こんにちわ」

 

 最後に立ち寄ったのは翠屋であった。丁度少しお腹がすいたし、近い位置にあったからだ。

 桃子さんに案内され、俺達はテーブル席に座る。店内は時間的にピークを過ぎ、疎らにお客さんがいるだけだ。

 

「今日、二人はデート?」

 

 桃子さんが楽しそうに俺達に質問をしてくる。まぁ、俺達が二人きりというのは珍しいので、そう思われても仕方ない。そもそも否定もできないが……。

 

「デ、デート!?」

 

「そんなところです」

 

 桃子さんの質問にアリサは面白いぐらいに反応する。俺は桃子さんがからかっているのがわかっているので軽く流しておいた。

 

「男女が二人きりで出歩けば、それは立派なデートよ。拓斗君も否定しなかったでしょ」

 

 アリサの反応を見て、桃子さんはターゲットをアリサに移したようだ。

 

「た、拓斗ぉ……」

 

「まぁ、普通はそうだよね。今日のは一般的にはデートって言うんじゃないか?」

 

 桃子さんにターゲットにされたのを聡いアリサは気づいたようで俺に助けを求めてくるが、ゴメン、アリサ。今日のは普通の人はデートって言うと思うんだ。

 

「へぇ~、その前に注文を聞かせてくれるかな? 今日の事はそれからじっくり聞かせてね♪」

 

 桃子さんは今日の俺達の行動が気になるようで注文を聞くとすぐに注文の品を用意し、持ってきてくれる。その後、根掘り葉掘り桃子さんに今日の事を聞かれる事になった。

 

「そういえば、なのはは最近どうなんですか?」

 

 俺は桃子さんになのはの事を聞く。連絡は取り合っているし、和也からもなのは達の様子は聞いているのだが、家族とはちゃんとやり取りしているのか気になった。

 

「なのはねぇ~、連絡はちゃんとくれるんだけど……」

 

 質問が悪かったのだろうか、桃子さんはなのはの名前を出すと少し暗い表情を浮かべる。

 

「最近は魔法のことばかりで、この前も将来は管理局に入るって言うし」

 

「ああ~、なるほど」

 

 やはり親としては管理局に入るのは心配なのだろう。PT事件のときの管理局の対応のこともあるし、ここ最近立て続けに大きな事件があったことも理由として挙げられる。それになのはの才能だとどうしても戦闘向き、前線に出る機会が多くなる。そういったことが桃子さん達の不安になっているのだろう。

 

「あの子はあまり我が儘を言わないから、あの子の意思を尊重させたいのはあるけど……」

 

「コレばかりはねぇ~」

 

 高町家の家庭環境を知っている俺としては桃子さんの気持ちは理解できる。士郎さんが入院していたとき、翠屋の事が忙しくてなのはに構ってやれなかった時期があるのだ。それ以来、なのはが我が儘を言う事は殆どなく、親としてはそんななのはの言った我が儘だから聞いてあげたいという気持ちはあるが、一歩間違えば怪我だけではすまない道である故にどうしても心配で止めたくなる。

 

「拓斗君はどうするの?」

 

「う~ん、将来の事ですからね。まだ決めかねてます」

 

 なのは達と同じように管理局に入るという道もある。一応、魔法の才能はあるし、そこそこ戦える。それに管理局の、管理世界の技術にも興味があるので、早いうちからその技術を学びたいという思いがないわけではない。

 元の世界に帰ったときに少しでも世界に有益なものをもたらすために始めた忍との勉強であったが、元の世界に帰れなくなった今もまだ続けている。まぁ、単純に技術分野に興味が出てきて、そういった進路を考えるようになっただけだが……。

 とはいえ、元の世界に帰ることができなくなった今、早いうちから学んでどうということもないので、高校までは通ってゆっくり進路を決めようかなと考えている。

 

「まぁ、急いで考える必要もないですからね。とりあえず、高校ぐらいは卒業するつもりですし……」

 

「そうよね……」

 

「そうなんだ……」

 

 俺の言葉に桃子さんとアリサが言葉を発する。桃子さんはわかるけど、アリサも?

 

「ありがとう、拓斗君。それじゃあ、二人ともごゆっくり~」

 

 桃子さんはそう言って俺達から離れていく。空気を読んで俺とアリサを二人にしたのか、それとも遠くから俺達の様子を見て楽しむつもりか……まぁ、両方だろうが。

 

「ねぇ、拓斗。拓斗は高校まではこっちにいるの?」

 

 桃子さんが俺達から離れていったのを見届けてアリサは俺に質問をぶつけてくる。

 

「少なくともそのつもりだけど。急いで管理局に入って働くつもりもないし、将来の事はじっくり考えたいしね」

 

「そっか……」

 

 アリサは俺の返答にホッとした表情を浮かべる。最近、ただでさえ魔法関連の事が多すぎて皆と一緒にいられる機会が少ない。そして、今回のなのはとフェイトの訓練校への入学。もう皆気づき始めている。将来、俺達が離れていくことに……。

 なのは、フェイト、そしてはやては間違いなく管理局に入り、管理世界に行く事になるだろう。アリサ、すずかはこの世界で生活していくはずだ。アリシアはフェイトの妹だし、母親と同じく研究者になりたいという事だからおそらく管理世界に行く事になる。となると、まだ将来の事が決まっていないのは俺だけだ。

 

 ――まぁ、じっくりと考えますか……。

 

 幸い時間だけはたっぷりとある。じっくり考えて後悔しない道を選べばいい。

 

 それが今の俺に……元の世界に帰ることができない俺に唯一できることなのだから……。

 

 



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69話目 ちから

4月

 

 なのはとフェイトは訓練校の短期プログラムを終え、海鳴へと戻ってきていた。

 

「拓斗君、準備はいい?」

 

「いつでもどうぞ」

 

 ここ月村邸では俺となのはが対峙している。それをアリサ達が離れた場所から見ていた。

 

「どっちが強いのかな?」

 

「前までなら拓斗だけど、なのは達も訓練校に通ってたんだし……」

 

「まぁ、二人の戦いをゆっくり見ようや」

 

 どうして俺達が戦う事になったかというと、それは少し前に遡る。

 

 

 

 

 

「ふ~ん、訓練校ってそんなこともやるんだ?」

 

「うん、魔法もそうだけど、管理局で働くための知識も必要だから、メインは座学かな」

 

 アリサの言葉にフェイトが返す。なのは達が訓練校にいたときも何度も連絡は取り合っていたものの、詳しい事は聞いていなかった。

 

「それでね、訓練校の先生に魔法を教えてもらったんだけど、フェイトちゃんと二人でもその先生に勝てなかったの……」

 

 訓練校での事をなのはが話す。確か、なのは達を指導した人はファーン・コラードって人でスバル達も同じ訓練校だった筈だ。

 

「なのはとフェイトの二人が勝てないってどんな人よ……」

 

 なのはの言葉を聞いてアリサの表情が引きつる。アリサもすずかもなのはとフェイトの実力はPT事件の時に知っている。なのはとフェイトの事を知っている身としてはこの二人を同時に相手して勝てる人がいる事を驚いているようだ。

 

「でも、その人に教わったお陰で私達も結構強くなったんだよ、今なら拓斗君が相手でも勝てるかも」

 

「前も結構負けてた気がするけどね」

 

 なのはの言葉に俺は苦笑いを浮かべる。なのはが訓練校に行く前はもう既に俺となのはの実力は結構拮抗していた。

 

「でも興味あるわね、今のなのはと拓斗が戦ったらどっちが強いのか……」

 

「どうせやし、二人でやったらどうや?」

 

「うん、じゃあ拓斗君、外へ行こ!」

 

 こんな感じで俺となのはが戦う事が決まった。

 

 

 

「二人ともやり過ぎないようにね」

 

「うん!」「了解」

 

 フェイトの言葉に俺達が返事をする。既にフェイトの手によって封時結界が張られ、場所の準備は万端だ。俺となのはもデバイスとバリアジャケットを展開し、戦う準備は整っている。

 

「じゃあ、試合開始!」

 

「ショット!」

 

 開始の合図と共になのはに向けて魔力弾を放つ。それをなのはは回避はせず、プロテクションで受け止める。前までのなのはなら回避を優先していた筈だが、今回は防御を選択された。

 

「アクセルシューター、シュートッ!」

 

 今度はなのはが俺に向けて誘導弾を放つ。俺は距離を取りつつ、冷静にその誘導弾を撃ち落すがなのははその間にこっちに狙いをつける。

 

「ディバイン、バスターーーッ!!」

 

「チッ!!」

 

 精密にこちらを撃ちぬく砲撃に俺は思わず舌打ちをしてしまう。だが対処できないわけではない。距離があるため、こちらを撃ちぬくよりも早く俺は射線から外れる。そして今度はこちらからと思い、なのはにデバイスを向けるとそれが目に入る。

 

「距離を取ったのは失敗だったね拓斗君……」

 

 なのはの周囲には大量の魔力弾が展開されていた。弾幕を張り、こちらを近づけさせず得意の遠距離戦に持ち込むつもりだろう。最大射程はなのはの方が上なので、距離を取ったのは失敗だったかと思う。

 

「いくよっ! シュートッ!」

 

 なのはが展開した大量の魔力弾が俺を襲ってくる。物量差に回避ができない俺は防御をするしかない。

 

「クッ」

 

 障壁を張った俺になのはが放った大量の魔力弾が襲ってきた。

 

 

 

「これなら……」

 

 私は拓斗君に放った自分の魔力弾を見て、自分の有利を確信する。拓斗君の能力を考えても、今ので終わることはないけど確実にダメージは与えられた筈……。

 

「えっ!?」

 

 しかし、私はその予想が外れ驚いてしまう。私の魔力弾で起こった煙が晴れるとそこには無傷の拓斗君がいた。

 

「でもっ」

 

 私は追撃用に用意してあった魔力弾を拓斗君に向けて放つ。自分の予想が外れ動揺してしまうけど、こういうときほど冷静に対処することを訓練校では学んだ。

 しかし、放った魔力弾も拓斗君に撃ち落され、回避されてしまう。そして拓斗君はそのまま私に接近してくる。

 

 ――弾幕……違う、ここは

 

「ディバイン、バスターーーッ!!」

 

 弾幕で拓斗君を近づけさせないことも考えたがまだ距離はあるのでディバインバスターでを放つ。距離があり減衰する弾幕よりは砲撃の方が威力が落ちない。

 でも距離があるので、当たりづらい上に拓斗君相手では回避される事が予想できる。だから私はその後の用意をするのだが……。

 

「え……」

 

 外れると思ったディバインバスターが拓斗君を直撃する。そして、ディバインバスターが直撃した拓斗君はそのまま消えてしまう。

 

「フェイクシルエットッ!?」

 

 私は目の前で起こった事に拓斗君の得意とする魔法を思い出す。幻術魔法……幻影を作る事で相手を騙す魔法だ。

 拓斗君の幻影はディバインバスターが直撃する事で消えてしまう。つまり、本物の拓斗君は……

 

「ショット!」

 

 ――別の場所にいる!

 

 拓斗君から放たれる魔力弾をプロテクションで受ける。しかし、私が展開したプロテクションには拓斗君の魔法を防いだ手ごたえはない。

 

「コレも偽者!?」

 

 私に向けて放たれた魔法は拓斗君が作った偽物だった。私は二度も拓斗君に騙された事に頭が混乱する。

 

「こっちだ」

 

「ッ!」

 

 拓斗君の声が突然聞こえ、私がそっちを振り向くと拓斗君は目の前にいて私に魔力で作った刃を切りつけてくる。それを見た瞬間、私の体が反応する。

 

「チッ」

 

 私の張ったプロテクションが拓斗君の刃を防ぐ。拓斗君の攻撃を防げたことにホッとするけど、私の攻撃はここからだ。

 

「バインドッ!?」

 

 プロテクションから出たバインドが拓斗君を捕らえる。さっきの攻撃の感触、そしてこうしてバインドで拘束できることも考えて、この拓斗君は本物に間違いない!

 

「なんてね」

 

 バインドで捕らえた拓斗君にディバインバスターを放とうとした瞬間、拓斗君はそう言って姿を消した。その瞬間、私の真上から魔法が降り注ぐ。私はその魔法に反応する事ができず直撃した。

 

「コレで詰み……と」

 

 魔法の直撃を受けた私のすぐ傍に拓斗君は降り立つと私にデバイスを向けて、そう告げてくる。その瞬間、私の敗北が確定した。

 

 

 

 

「う~、今回は勝てると思ってたのに~」

 

「残念、まぁ実力は上がってたけどね」

 

 俺は悔しそうにこちらを見てくるなのはの頭を撫でる。普段は使わない幻術魔法まで使わされた。いや、使わなければ勝てなかったのだ。おそらく正面から戦ったのなら、俺はなのはに負けていただろう。

 

「前のテストのときはもっと追い詰めてた……」

 

「あの時は幻術使ってなかったし」

 

 砕け得ぬ闇事件の時に行ったなのはとの戦いは確かに今回より追い込まれていたが、あの時は正面から戦ったし、色々あって調子も悪かったというのもあるので、今回の試合とはまた違う。

 しかし、なのはの実力が上がっているのは確かだった。戦闘中の対応力、判断力、冷静さなど今までのなのはとは段違いなほど磨かれていた。それに加え基礎力……術式の構築速度、コントロールもだ。幻術魔法で混乱させなければ対応されていただろう。

 

「じゃあ今度は私の番だね」

 

「はい?」

 

 フェイトの言葉に俺はつい間抜けな声を出してしまう。

 

「だって、なのはは戦ったんだし……」

 

「あ~、うん、わかった」

 

 フェイトにしてみれば訓練校に通ったのはなのはだけではなく、自分もなのだからと言う事なのだろう。こうしてなのはに続いてフェイトとも戦うことになってしまった。

 

 

 

 

 

「あ~、疲れた~」

 

 フェイトとの試合が終わり、解散となったあと俺は疲労でベッドに倒れこむ。フェイトとの試合は結果的に俺が勝ったものの、かなり白熱した試合となった。最終的に幻術と罠のコンビネーションでフェイトを罠に嵌めて勝利を得たのだが、こっちもかなりヤバイところまで追い込まれた。

 

「すぐに勝てなくなりそうだな……」

 

 3ヶ月の訓練でコレだ。これから管理局の仕事をして経験を積んでいけばすぐに追い抜かれることになるだろう。

 

 ――管理局か、和也はどうしてるのやら……

 

 俺は和也の事を思い出す。最近では技術関係の部署を掛け持ちしているようで、かなり忙しいらしい。

 

「自由に動ける余裕はあんのか?」

 

 和也は管理局の変革のために色々動いている。それと同時にティーダ・ランスターやクイント・ナカジマを生存させるために動いている筈だが、今の立場では自由に動けているかも怪しい。

 

 ――今度、連絡してみるか……

 

 手伝える事があれば手伝う。今まで和也に助けてもらった分は恩返しするつもりだ。そのためには向こうの状況を知る必要がある。

 

「無茶してなきゃいいけどな……」

 

 俺は和也の事を心配しつつ、ベッドで疲れた身体を休めた。

 

 

 

 

「な~んで、こんなに忙しいんだよ……」

 

「仕方ないですよ薙原執務官。ただでさえ人手不足なんですから……」

 

 俺は今、書類整理に追われていた。技術開発部に所属する事になったとはいえ、執務官としての仕事が減るわけではなく、むしろ仕事が増えた事で余計に忙しくなってしまっていた。

 

「技術部としての仕事とか本当に勘弁なんだけど……」

 

 今、手元にある書類は二種類。本来の執務官としての書類と技術官としての書類だ。闇の書事件の功績もあってか技術官に任命されてしまったが、俺個人としてはあまり好ましい状況ではない。

 

 ――戦闘機人にガジェット、そろそろ戦闘機人事件か……

 

 最近ではガジェットらしき影が動き、戦闘機人らしき存在の噂も囁かれている。ということはジェイル・スカリエッティも動き始めているはずだ。

 

「どこから手をつけていくべきか……」

 

 技術官としての仕事であるがデバイスの性能向上による戦力向上を目標とされているが、あまり芳しくない。デバイスの性能向上とは言っても、全体の戦力向上となると相当な性能のアップが求められるからだ。それなら非戦闘員を戦闘員に変える方がよっぽど楽だ。質量兵器を渡せば十分戦力になる。

 しかし、そういうわけにはいかない。質量兵器は禁止されているし、それをどうにかしても質量兵器を一から製造という事になる。それだけの資金を必要するし、生産設備を狙われる危険性もある。そして管理局が禁止した質量兵器を、管理局が解禁するという事は信用に関わる。

 

「それにこっちもだな」

 

 俺は一つの書類に目を落とす。それは仕事として持ち込まれたものではなく、俺が個人的に用意したものだ。そこにはこう書かれたいた。

 

 戦闘機人事件

 

 そうゼスト隊が戦闘機人とガジェットドローンに殺されてしまう事件だ。俺はコレに介入するためにゼスト隊の行動を監視していた。できれば彼らの行動を止めたいが、おそらくそれは不可能だろう。先に最高評議会をつぶしておくべきかとも思ったが、それだとスカリエッティの行動が読めなくなる。

 しかし、スカリエッティをつぶすために動こう物であれば最高評議会が邪魔になる。できれば同時につぶしたいが、それをするにはかなりの戦力が必要になる。

 ただでさえスカリエッティには戦闘機人とガジェット、質と量が揃った戦力がある。

 

 ――地道にこっちも仲間を増やさないといけないな……

 

 最高評議会の権力に左右されない味方が必要だ。その上でスカリエッティにも勝てるほどの戦力となると、かなり厳しいものがある。

 

 ――自分で部隊を持つべきか……

 

 幸い、今までの功績もあり昇進の話がないわけではない。このままいけば近いうちに部隊を任される事になるだろう。しかし、そうなってしまえば今までのように自由には動けなくなる。

 

「本当にキツイな~」

 

 思わず弱音を吐いてしまう。自分の力が足りない事でどうしようもないこの状況がかなり悔しい。

 

「まぁ焦ってもしょうがないか……」

 

 できることなどもともと限られているのだ。今は一つ一つ目の前の事をこなしていくしかない。それに……

 

 ――力が足りなきゃ借りればいいしな……

 

 俺は拓斗から入ってきた通信に笑みを浮かべた。

 

 



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70話目 絶望、決意、

 

 

「……」

 

「……」

 

 とある一室。そこは今、緊張に包まれていた。

 

「これは本当の事なのか? 和也……」

 

「ああ、それに書いてある通り事実だよ、クロノ……」

 

 クロノの言葉に和也が返す。クロノはそれを聞いて唇を噛み締めた。その表情は怒りにも、悲しみにも、そして絶望にも見える。

 俺はそれを見て、いたたまれない気持ちになり、息を吐いた。どうしてこのような状況になったかというと、それは数時間前に遡る。

 

 

 

 

 俺はいつものように学校から戻ると部屋でノーパソを使っての情報収集に当たっていた。これは最近になって行い始めたもので、管理世界、管理外世界問わず犯罪者についてわかる範囲で調査を行ったり、単純に様々な分野についてを調べたりしている。割合は大体3:7ぐらいだ。

 

「あっと、通信か……」

 

 いつものように情報収集を行っていると、通信が入る。ノーパソ側に通信してくるという事は相手は管理局側の人間だ。となると心当たりは極僅かしかいない。

 

『久しぶりだな、拓斗……』

 

「ああ、久しぶりクロノ。と言っても数日前に通信したと思うんだけど?」

 

 通信を開くとクロノの姿が画面に映る。最近、よく連絡を取り合っている相手だ。というのも、ノーパソの事を知ってからクロノは俺の事をよく使うようになった。もちろん、いくらかの報酬は頂いているが、それにしても結構頻度が多かったりする。

 これにはもちろん理由がある。同じようにノーパソを使える和也は管理局員であるため、あまり表立って扱う事ができず、その上かなり忙しい。だから、学校に通っているだけで大した用事もない俺にクロノは仕事を持ってくる。まあ、コレは俺だけではなくユーノにもかなり仕事を頼んでいるらしいが……。

 

「それで今度は何について調べるんだ?」

 

 クロノからの通信は仕事の依頼ばかりなので今回もそうなのだろうと予測をつける。しかし、クロノは首を左右に振って、それを否定した。

 

『今回は仕事の依頼じゃないんだ』

 

「珍しいな、クロノが仕事の依頼以外で連絡してくるなんて」

 

 クロノの言葉に俺は驚く。クロノは執務官として基本的にかなり忙しかったりする。仕事の依頼ならともなく、それ以外で連絡してくる暇など作ってる余裕はないといっても過言ではないだろう。それに休日はエイミィと遊びに行ったり、リンディさんと共にフェイトやアリシア達を色々なところに連れて行ったりしている。

 

『そんな事ないだろう、ちゃんとそれ以外の事も話してる』

 

「大体が仕事の依頼が終わった後にだけどね」

 

 クロノが雑談するときは大抵仕事の話とセットだ。雑談をメインに連絡してくる事など殆どない。

 

『まぁ、それはいい。今日は君に聞きたいことがあったんだ……』

 

「聞きたいこと?」

 

 クロノの言葉に俺は思わず聞き返した。別に珍しい事ではないが、クロノの様子がどうもおかしい。

 いつもなら単刀直入にその質問をぶつけてくる筈だが、少し躊躇いが見える。

 

『ああ、聞きたいことというのは……和也の事だ』

 

 クロノはそう言って俺に質問をぶつける。最近どうも和也の様子がおかしいらしい。技術部の兼任をするようになってからではあるが、ここ最近はあまり顔も合わせることもなく、会っても自分の仕事のことを話すことがないらしい。

 以前までの和也なら最近はどんな事を調べているとか、どういう犯罪者を追っているからその情報が手に入ったら連絡してくれなどといった会話があったようだが、最近ではそれがないそうだ。

 

「それは単純に守秘義務とかそういうんじゃなくて?」

 

 そう言って俺もその可能性は低く感じる。犯罪者を追っているなら別にそれはオープンにしていてもいい筈だ。それが同じ管理局員で信頼できる相手ならなおさら……。技術に関しても設計図などが盗まれれば問題だが、その概念などあくまで上辺の事だけなら問題ないだろう。

 

(な~んてね)

 

 とは言っても俺は既に和也の考えている事は理解していた。和也が仕事関係について話さない理由、それは知っている人間であればわかりやすい理由だ。

 

『少なくともその可能性が低いというのは君も知っているだろう。理由が思いつかないわけではないが、それならアイツはもうとっくに動いているだろう』

 

 クロノが思いつく可能性、和也の行動が守秘義務が理由ではないとすると考えられるのはもう一つ……内部の人間が関わっている場合だ。犯罪者の関係者がもし管理局内にいた場合、仕事の進行度などの話をすることはそいつらに聞かれてしまう可能性があるため避ける必要がある。これがおそらくクロノの予想だろう。

 しかしながらクロノはそれを否定する。管理局に内通者がいようとも和也であればばれないように行動を行い、一気に確保に動く筈だ。それはギル・グレアムのときの行動を見ていれば予想できる。

 

「内通者?」

 

『ああ、しかしさっきも言ったとおり、これも可能性は低いだろうな』

 

「いや、当たってるよソレ……」

 

 俺はクロノの言葉を否定する。そう、クロノの予想は当たっているのだ。

 

『なっ!?』

 

「まぁ、後で詳しく教えるよ。本人も交えてね」

 

 俺はそう言ってクロノに場所と日時を送る。日時は数時間後、場所は地球でだ。そして俺はクロノとの通信を切った。そして和也にメッセージを送る。

 

 ――クロノが気づいた、〇時間後、場所は海鳴の××で

 

 そして俺は息を吐く。予想よりも早くクロノは気づいた。それは嬉しい誤算だ。クロノの予想である内通者、それは当たっていた。もし、相手が少数なら、和也も自分で動いただろう。あるいは強大な権力を握っていなければ……。しかし、敵は管理局最高評議会……和也達管理局員のトップにして次元世界最高の権力者だった。

 下手すれば管理局内での和也の行動は筒抜け、先の闇の書事件でも目立っていた和也は目を付けられている可能性があるので下手な行動ができない。故に管理局内ではクロノ相手に仕事の話はしないという不自然な状況を生み出した。

 当然、ソレを疑問に思ったクロノはその事について質問するため、和也と一番交流のある俺に連絡をしてくる。それを利用したのだ。

 正直、もっと簡単にクロノに教える事ができた。俺から直接クロノに教えればいいだけなのだから。しかし、俺達はそれを選ばなかった。

 これは単純にクロノだけに気づかせるのが目的ではないからだ。和也の事を知っている人間であれば、今の和也の態度がおかしいことに気づく。もし、技術部も兼任する事になったからかと思っても、和也に声を掛ける事ぐらいはする筈だ。そして、和也が曖昧に返事を返せば疑問に思う人間も必ず出てくる。

 和也の交友関係は結構広く、人望もある。それゆえに気づく人間は気づくだろう。和也の態度がおかしいことに……。そうして和也は少しずつ味方を増やしていくつもりであった。もしも、最高評議会側にスカリエッティに先手を打たれても対処できるようにするために……。

 

 

 

 

 そして数時間後、地球でとあるお店に入った俺達はそこでクロノに最高評議会の事、そしてスカリエッティの事などについて話した。確実たる証拠も見せて……。そして話は冒頭に戻る。

 突きつけられた証拠を見て、クロノは言葉を失う。当然だ。今まで信じてきたもの、誇りに思っていたものが他ならぬトップの手によって崩されてしまったからだ。

 法の番人たる管理局のトップが不正を働いている。それは管理局の仕事に誇りを持っているものだからこそ大きなショックを受ける。

 

「まさか、ジェイル・スカリエッティが……」

 

 クロノは一つの資料に目を落とす。それはジェイル・スカリエッティの資料であった。ジェイル・スカリエッティ……あらゆる分野に精通した科学者であり、多岐に及ぶ罪状で広域指名手配されている次元犯罪者だ。アルハザードの技術によって管理局最高評議会のメンバーの手により造られた人造生命体でもある。つまり、彼の犯罪の元を辿れば管理局のトップが関わっていたという事だ。

 

「まぁ、事実だから仕方がない。それで問題なのはこれからどうするかだ」

 

 呆然としているクロノに和也が告げる。知ってしまった以上、クロノはこの件に関わるしかない。クロノ本人もこのことを見て見ぬフリはできないだろう。クロノはそういう人間だ。

 

「君達はどうするつもりなんだ……?」

 

「もちろんスカリエッティを捕まえて、管理局も変革する。それが俺の目標だ」

 

 クロノの言葉に和也は力強く答える。しかし、その道は険しく、簡単に進めるものではない。現に今、満足に行動もできない状況だ。でも、和也は言い切った。それが自分の目標だと、その瞳には決意の色が見える。それを見て、俺は和也を羨んだ。

 

(和也にはこの世界での目標がある。少しだけ羨ましいな……)

 

 和也と俺とでは立場が違う。もともとこの世界で暮らすことを選んでいた和也と元の世界に帰ろうとしていた俺、管理局で既に働いている和也とまだ学校に通っている俺、その立場の違いからか和也の位置がずっと遠くに感じられる。

 

「そうか、なら僕も手伝おう。僕も管理局員だ。犯罪者を捕まえ、不正を正す義務がある」

 

 和也の言葉を聞いてクロノも覚悟を決めたのか力強く返す。コレで俺たちの味方が一人増えた。

 

 そして、この日から俺達の戦いが始まった。



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71話目 戦闘機人事件

とある管理世界の上空。そこでは数名の少年たちがその時を待っていた。

 

「そろそろか……」

 

 黒いバリアジャケットをまとった少年――クロノが呟く。それに答えるように傍らにいた少年、薙原和也は言葉を放つ。

 

「ああ、もう予定時間になってる」

 

「しかし、よかったのか? 勝手にこんなことに参加することは許されない身だろう」

 

 クロノは和也に問いかける。そう和也がこの場にいるのは上からの命令ではなく、独断であった。

 

「やだな~、クロノ。それはお前も同じだろう。命令があったわけではないのにこの場にいる」

 

 和也は傍らにいる男性――クロノにそう言うと深呼吸をして心を落ち着かせる。

 

(大丈夫、俺ならできる)

 

 何度も自分に言い聞かせるように頭で考える。何度もシミュレーションを行ってきた。この日のために準備を行ってきた。だから大丈夫だと……。そう、今日はゼスト達が所属する首都防衛隊――ゼスト隊がナンバーズによって壊滅させられる日であった。

 もちろん正確にこの日であると確定したわけではないが、集めた情報から考えてこの日しかないと和也が予想づけたのだ。

 もともとゼスト隊に対して自分達の参加を告げようと思ったのだがすぐに却下された。当然だ。陸と海、立場も違い、最近では技術部にも所属している和也がわざわざ別の隊の作戦に参加しようとしたら怪しまれる。

 そして彼らが調査している内容も和也に不信感を抱かせるのに一役買ってしまうことになる。そう、彼らが調べているのは戦闘機人事件。いわば科学と魔法のハイブリット、技術者として知られている和也が怪しまれるのは確実と言えよう。

 

「僕は僕が正しいと思ったことをしようとしているだけだ」

 

 戦闘機人、この情報についてはクロノも和也から教えられていた。確かに万年人手不足である管理局にとって、戦闘機人という存在は魅力的だ。しかし、そこに生命という倫理観を考慮しなければだが……。

 クロノも執務官として勝手に動ける立場ではない。だが、戦闘機人という存在が管理局に深く関わっていることを知ってしまった。

 和也もたらされた情報を見た時はクロノは我が目を疑った。自分の所属している組織が、法の番人たる管理局がこのようなことを行っていることに……。そして、和也の決意を、覚悟をクロノは聞いた。聞いてしまった。

 クロノにとって和也は親友といってもよい存在であり、同時にライバルと言ってもよかった。だからこそ、和也の話を聞いた時は身体が震えた。

 管理局の変革、和也は管理局を変えると言ったのだ。それはいったいどれだけの人間が考えて行動してきたのかわからない。内部から意見を出し、変えようと試みた者もいれば、テロという方法を取ったものもいる。確かにそれで管理局は少し変化したのかもしれない。しかし、和也の言っていることは違う。最高評議会の排除、それは今まで積み重ねてきた時空管理局の歴史が終わり、新たな時空管理局が始まるということだ。

 時空管理局の設立以来、常にトップには最高評議会が存在していた。彼らがいなくなるということは、新しい代になり組織が変わるということになる。

 

(本当にあれには驚かされたな)

 

 クロノはその時のことを思い出し笑みを浮かべる。思えば、その時からクロノ自身も変わった。少しだけ自分に素直になったのだ。今まで自分の立場や組織という存在で自分を縛りつけるのはやめ、自分に正直に行動するようになった。それは今回の件を見れば明らかだ。以前のクロノであれば自分からこうやって参加しようとは思わなかったはずだ。

 もちろん、それには理由がある。一つは先ほど和也に言ったように自分の正義のためだ。そしてもう一つは和也の見ているものを自分が知りたいからであった。

 和也の決意を聞いた時から、クロノの中で和也は目標となった。大きな目標を持ち、新たな時代を作ろうとするその姿にクロノは憧れを抱いた。そして親友のその姿を見て、クロノの目標も決まった。それは和也と一緒に管理局を変えていくことだ。

 

「さてと、それでは行きますか」

 

 和也はデバイスを持った手をぐるりと回し呟く。それと同時にクロノも自分に魔法をかける。

 クロノが使った魔法は変身魔法だ。自分の正体がわからないように念には念を入れる。すると和也も同じように変身魔法を使い正体を隠した。

 

「行くぞ!!」

 

「ああ!!」

 

 和也の掛け声とともに二人は飛び出した。

 

 

 

 

 

 和也達と時を同じくして、一人の少年が木陰にて待機していた――烏丸拓斗だ。

 

「そろそろ二人も動き出したころかな?」

 

 誰もいない虚空に呟く。和也、クロノとは違い、拓斗は別行動であった。当然、それには理由がある。

 

「建物の内部構造把握、データ送信っと」

 

 拓斗はゼスト隊、そして和也達が突入する研究所のデータ収集に取り組んでいた。そのデータは和也達に逐一送信し、和也達の動きやすい状況を作る。それが拓斗に与えられた役割である。

 

「しかし、なんともまあ準備のよいこと……」

 

 拓斗は険しい表情を浮かべながら、モニターに映る情報を見る。研究所内のセキュリティ、そして用意されている戦力は研究所の規模から見れば過剰とも言えるほどだった。

 

(よっぽどゼスト隊が邪魔なのか、それとも……)

 

 拓斗は頭の中で過剰戦力の理由を考える。ゼスト隊は管理局内でもかなりの力量を持った舞台である。それゆえに管理局内でも一目置かれている。そんな部隊が戦闘機人のことについて知ってしまえば、最高評議会側も邪魔だろう。そうでなくても強い部隊に追われるというのはスカリエッティからすれば好ましくはない。

 それに原作ではここでゼストという戦闘機人用の素体を手に入れている。最初からそれが目的で戦力を用意したのかは拓斗には分りかねるところであった。

 

「とりあえず、ここまでが限界かな……」

 

 拓斗はそう言うと一旦手を止める。調べられることは調べた。あとは細かい状況の変化に対応していくだけである。欲を言えばセキュリティを乗っ取り、ガジェットのコントロールも掌握したかったが、さすがにそれをするだけの余裕はなく、その上リアルタイムでのクラッキング勝負でクアットロに勝てるとも思っていない。

 確かにノーパソは万能ではあるが、全能ではない。その性能は使用者に依存する。俺がいくらセキュリティを書き換えようと、それを上回る速度で書き換え続けられたら、意味がないのだ。

 

(和也とクロノが二手に分かれた、クロノはガジェットの殲滅、和也は戦闘機人と交戦か……)

 

 拓斗はリアルタイムで戦況を把握する。原作との変更点は拓斗を含む、三人の参加だ。本来であればなのは達にも声をかけ、戦力を充実させたほうがよかったのだろうが、拓斗達はそれを選ばなかった。単純にこの戦いは今までよりも遥かに危険なものになると想像できたからである。

 この場は冗談抜きで殺し合いの場となる。なのは達は今までそのような状況を経験していないのでこの場では足手まといになるという和也の判断だ。

 

(現在確認されている戦闘機人は4人。おそらくウーノ、トーレ、チンク、クアットロだろう)

 

 戦闘機人は普通の人間とは違い、反応が少し違う。エリア全体に仕掛けられたサーチの魔法が戦闘機人達の情報を細かに拓斗に教える。ガジェットのほうは順調に処理されていく。まだⅣ型が出ていないようだが、それでも有利に進んでいるといっても過言ではないだろう。

 

「よし、それじゃあ俺も介入させてもらおう、かっ!!」

 

 拓斗がそう言い、戦闘準備を行い、戦闘に介入しようとしたその時だった。突然近くに気配を感じ、拓斗はその方向に魔力弾を放つ。

 

「あらあら、良く気づいたわね」

 

 すると拓斗が魔力弾を放った方向から金髪の美少女が現れた。切れ長の目が拓斗を捉えて離さず、口元は笑みを浮かべているが少し獰猛さを感じさせる。突然現れた敵に拓斗は少し焦りを見せる。

 

(金色の髪の戦闘機人、おそらくドゥーエか……)

 

 スカリエッティが作り出した戦闘機人――ナンバーズの次女ドゥーエ。保有している個人能力であるISはライアーズ・マスクという変装能力で主に潜入や諜報、暗殺といったことを行っている存在だ。

 拓斗はこの時点ですでに自分の予想が外れていることに気づいた。最初にいた四人のうち一人はウーノではなく彼女だったのだ。拓斗が戦闘機人を確認したときには既にスカリエッティとウーノは研究所内から離脱をしていた。

 

「可愛らしい坊やね。ここへは何の用かしら」

 

「気づいているだろうに、見ての通りだよ」

 

 拓斗は内心舌打ちする。気付かれていないことを前提に行動していたので、拓斗はまだ変装魔法を使っておらず、自分の姿をよりにもよって敵に晒してしまっていた。

 

「クスクスッ、残念ね。アナタみたいな子……」

 

 ドゥーエはそう言って力強く踏み込んだ。

 

「嫌いじゃないわよ!!」

 

 

 

 

 

 拓斗がドゥーエと接触した頃、和也は戦闘機人と交戦しているゼスト達の戦闘に介入しようとしていた。

 

「ゼスト隊と戦闘機人発見、これより戦闘に介入ッ!!」

 

 和也は身体強化魔法に上乗せして加速魔法を使い、速度を上げる。一直線にしか進めないという欠点もあるが、そのスピードは仲間内で最も早いフェイトのおよそ2倍は速い。戦闘機人達は急に現れた和也の姿を見て、慌てて反応するがそれよりも早く和也の攻撃が到達する。

 

「あああぁぁぁっ!!!!」

 

「チンクッ!?」

 

 その場にいた戦闘機人の一人、銀色の髪の小柄な少女――チンクに和也の持っているデバイスの切っ先が到達するとチンクはそのまま吹き飛ばされる。

 

「一人目……」

 

 和也は冷静に次の敵に目を向ける。この場にいたのは二人だけ、先ほど和也が攻撃した吹き飛ばしたチンクと、目の前にいる背の高い女性――トーレだけのようだ。

 

「誰だか知らんが、やつらを攻撃したということは貴様もアレと敵対しているという認識でいいか?」

 

 和也がトーレに警戒していると、ゼストが和也に声をかけてくる。急に現れた存在に動揺は隠せず、また警戒も怠ってはいないようだが、その存在が自分達が相手をしていた存在と敵対しているということは理解したようだ。

 声をかけてくるゼストに和也は頷いて肯定の意思を示す。もちろん変装魔法で声も変わっているのだが、与える情報は少ないほどいい。

 

(奇襲で一人にダメージを与えることができた。これで二対一と考えたいが……無理だよな)

 

 和也がトーレに警戒したまま、視線を外す。外した先にいたのは先ほど和也が攻撃したチンクであった。チンクは和也の奇襲によってダメージは受けているものの立ち上がってくる。

 

「首都防衛隊のゼストに謎の介入者か……」

 

「どうするトーレ、私としてはその介入者にお返しをしたいところだが……」

 

 和也達の目の前でトーレとチンクが話を交わす。しかし、そこに隙というものは一切存在しない。彼女らの後ろには十数体のガジェットの姿も見える。

 

「いや、無理は禁物だな。チンク、お前も先ほどのダメージは浅くないだろう。ここは大人しく引かせてもらおう」

 

 トーレがそう言うとともに近くにいたガジェットがAMFを発生させる。AMF――アンチ・マギリンク・フィールド。AMFとは簡単に言うと魔力無効化装置だ。一定空間内の魔力結合と解き、魔法を無効化させる。もちろん、この場にいるゼスト、和也の二人は魔導師であるのでその効果は絶大である。高位の魔導師であれば、この空間内でも魔法を使うことができるが激しい消耗を強いられる。しかし、この場にいるのは高位の魔導師であると同時にかなりの実力者であるゼストと和也の二人であった。

 

「フンッ!!」

 

「……」

 

 ゼストが一斬りでガジェットを数体破壊すると、和也が残りの撃ち漏らしにとどめを刺す。そして二人は瞬く間にガジェットすべてを片づけた。

 

「逃げたか……」

 

 ゼストがそう言うとともに和也も周囲を警戒するがトーレ、チンクの姿は見えない。

 

「話を聞きたいところではあるが、こちらもまだ終わっていないのでな」

 

 ゼストはそう言うと仲間と合流するためにその場を離脱した。和也もそれを確認すると他の場所に支援に向かうために離脱する。

 この時、ゼストと別れてしまったことを和也は後に後悔することになる。この時、別れてしまったがためにゼストが戦闘機人達の奇襲を受け負傷してしまうことになるとは、この日が終わるまで気づくことはなかった。

 



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72話目 自惚れ

久しぶりの更新です。リアルが地味に忙しくてどうしても執筆時間が足りない~~、もう社員旅行とかいいから休みが欲しいです・・・


 

「……」

 

「……」

 

 和也とゼストが別れている頃、拓斗とドゥーエの戦況は膠着状態にあった。終始押し気味ではあるが決定力に欠けるドゥーエ、そして攻撃こそ捌けているもののドゥーエの猛攻に攻撃のチャンスがない拓斗、その状態にお互い内心で舌打ちをする。

 

(攻撃力こそないから助かってるけど、これはちょっと厳しいな……)

 

(こちらの攻撃がすべて裁かれている……これは厄介ね……)

 

 拓斗にとって災難なのはドゥーエのスペックが拓斗より高いということであった。それよりも幸運なのは、ドゥーエが完全戦闘向きの戦闘機人ではないということであるが……。

 実際、攻撃手段は拓斗の方が多い。遠、中、近距離、どの距離でも拓斗は攻撃することができる。逆にドゥーエはというと自身の爪状の固有装備であるピアッシングネイルが主な攻撃手段だ。

 ピアッシングネイルはある程度の伸縮はできるものの、本来暗殺に用いられるものでお世辞にも戦闘向きとは言えず、さらにドゥーエ自身は空戦に適性がない。

 それなら拓斗が空を飛べば戦闘を有利に進められるが、ドゥーエと拓斗にある能力差、そして彼女の周りに配置されているガジェットがそれを許さない。ここは戦場で1対1の状態ではないのだ。

 拓斗が距離を取ろうとしたり、空を飛ぼうとするとガジェットが妨害し、それでできた隙をねらってドゥーエが攻撃してくる。そのお陰で拓斗はガジェットにも気を配る必要があり、神経をすり減らしていた。

 

「ここまでのようね……」

 

「ッ!」

 

 突然、ドゥーエが呟いたことに拓斗は反応する。ドゥーエが何らかのアクションを起こしてくるかと考えたが、それにしては様子がおかしい。彼女は拓斗を警戒こそしているものの、構えを解いている。

 

「クスッ、楽しかったわよ。それじゃあ、またどこかで会いましょう」

 

 ドゥーエは自分が戦闘態勢を解いたことにさらに警戒心を強める拓斗を見て、笑みを浮かべると一言そう言って、その場から離脱していく。慌てて拓斗が追いかけようとするが、間にガジェットが割って入り、拓斗の進路を妨害する。拓斗がガジェットを撃墜して、ドゥーエの反応を追うが既に反応は消えていた。

 

『拓斗!! 大丈夫か!?』

 

 ドゥーエを追うことを諦めた拓斗に和也からの通信が入る。

 

「ああ、ちょっと戦闘にはなったけどなんとかね」

 

『そうか、連絡が取れなかったから心配したんだが、無事なら良かった』

 

 拓斗の様子を見て、和也が安堵の表情を見せる。

 

「何が起こったかは後で報告させてもらうよ」

 

『OK、気をつけて戻れよ』

 

「そっちもね」

 

 そう言って和也との通信を終えると拓斗は自分の足もとに転がったガジェットの残骸に目を向ける。

 

(ナンバーズにスカリエッティ……か)

 

 拓斗は彼らの戦力が自分の予想を超えていたことに嘆息する。もちろん、予想はあくまでも予想でしかないので、外れることはわかっていたが、ガジェットの存在、AMF、ナンバーズの戦闘能力、それらは自分の予想以上に本当に厄介なものであった。

 もし、自分のデバイスがこれほどの性能を持っていなかったら、自分の魔力がもっと少なかったら、そう考えて拓斗は少し俯く。

 

「ホント、厄介だな……」

 

 拓斗はそう言うと和也達に合流するため、帰路についた。

 

 

 

 

 

「実に興味深いな……」

 

 とある一室で男は呟く。彼が見つめる先にはモニターがあり、そこには何人かの情報が映し出されていた。

 

「どうかされたのですか、ドクター?」

 

 傍らにつき従う女性が男のことを呼ぶ。ドクターと呼ばれたその男は興味深そうな表情で目の前に映し出されている情報を女性に見せた。

 

「これは昨日の襲撃に参加していた者たちですね?」

 

「そうだ、特に彼……薙原和也君だ」

 

 ドクターはそう言って和也の詳しい情報を映し出す。

 

「執務官でありながら技術者でもある彼が何故アレに参加したのか、その理由だよ」

 

「確かに変装魔法で姿を偽っていたとはいえ、あれほど堂々と参加してくるとは……」

 

 なぜ彼らが変装魔法を使った和也のことに気がついたか? その理由は単純なものであった。

 

「まあ、彼のことがなければ私たちも気付けなかったとは思うがね」

 

 どう言ってドクターが映し出すのは拓斗の情報である。和也に比べると映し出されている情報はかなり少ない。

 そう拓斗が変装魔法を使う前にドゥーエと接触してしまったことで、そこから和也の足取りもつかまれてしまったのだ。

 

「そういえばドゥーエが嬉しそうな表情を浮かべていましたよ。久しぶりに面白い存在に出会えたと……」

 

「おそらくこちらの少年のことだろう。ならこの少年は彼女に任せておこうか、彼の方はもう少し様子を見てみよう」

 

「ドゥーエを彼に当てなくてもよろしいので?」

 

 ドクターの言葉に女性が疑問を抱く。潜入を得意とするドゥーエを彼……和也にあてた方が効率的だと考えたのだが、ドクターはそれを選ばなかったことに彼女は疑問を抱いた。

 

「いや、せっかくドゥーエが興味を持ったんだ。好きにさせておくのも一興だろう。それに……」

 

 ドクター――ジェイル・スカリエッティは拓斗の顔を見て笑う。

 

「この少年にも何かあるかもしれないからね……」

 

 

 

 

 

「ハァ……」

 

 管理局の中にはそのベンチで和也は一人溜息を吐いていた。その表情は暗く、顔も俯いており、明らかに落ち込んでいるのが見て取れる。その姿を離れた位置から見ているものが二人……拓斗とクロノだ。

 

「和也……」

 

 クロノがそんな和也の姿を見て、彼の名前を呟くがクロノにはどうすることもできない。同じくクロノの傍で和也の姿を覗いている拓斗も同じであった。

 和也が落ち込んでいる理由、それは先日の潜入捜査にあった。先日の潜入捜査で参加部隊から行方不明者が出たのだ。これが怪我人であるならば問題なかった。こんな仕事だ。怪我は珍しくないし、死者が出ることもある。問題なのは行方不明者の名前であった。

 

 ゼスト・グランガイツ、メガーヌ・アルピーノ

 

 どちらもstsに関係してくる人物であり、今回の事件で拓斗達が気にかけていた三人のうちの一人である。ちなみにもう一人はクイント・ナカジマだ。

 特にゼストは和也が最後に言葉を交わしたこともあり、和也はかなりショックを受けていた。

 二人は行方不明となっているが、あくまで今はまだというだけであって、近日中には戦死扱いとして死亡とされていることだろう。

 

「拓斗は大丈夫なのか?」

 

「和也に比べたらね……」

 

 クロノの心配に拓斗は苦笑いで返す。ゼストとメガーヌのことは確かにショックであるが、和也の落ち込みようを見ていたら、あそこまでショックではないと感じる。

 もちろん拓斗にも今回の件で反省すべき点はある。ドゥーエのとの接触の際、自分のことがバレてしまったことだ。これは始めから魔法を使っておけばよかっただけの話なので、これにより今後何らかの事態が発生すれば、拓斗も和也と同じように落ち込んで後悔することになるだろう。

 

(常に合理的、最善の行動ができるわけではない、だけどそう言って諦めてたらダメになる……)

 

 人間は常に合理的であるわけではない。失敗はするし、個性も存在する。感情によって、それを選ばない場合もある。ただ、完璧を目指すことはできるし、最善を追求することはできる。

 

「どうしたんだよ、二人とも……」

 

 拓斗とクロノの存在に気づいた和也が二人に近づき話しかける。その表情は先ほど見た時よりは幾分か明るくなっている。

 

「ちょっと心配になってね」

 

「ああ、大丈夫だよ。ちょっと自惚れていた自分が情けなくなってただけだから……」

 

 和也はそう言うと空を見上げる。

 

「まったく自分が厭になるよ。ちょっとばかし、できることが多いからって万能なつもりになって、自分の力が足りないと気付いた時にはいつも遅い」

 

「足りないものだらけだよ、今の俺たちには……」

 

「そうだね。だからそれを埋めないといけない。そう考えるとやること多すぎて、落ち込んでいる暇なんてないよ」

 

 後悔はある。ただ、それを気にして落ち込んでいる暇はない。和也の目標は険しく、長い道程だ。だからこそ、前を向いてしっかりと進んでいかなければならない。

 

「まったく――」

 

(カッコいいよな)

 

 和也の姿を見て、拓斗は素直にそう思う。年上で、きちんとした目標を持っていて、それに向かう覚悟がある和也を拓斗は間違いなく尊敬している。

 

「なんだよ?」

 

「いや、なんでも」

 

 しかし、拓斗はそれを和也に見せることはない。最も近い存在だからこそ――

 

(すぐに追いついてやるさ)

 

 拓斗はそんなことを考えてクスリと笑う。間違いなくこの日、二人は一つ成長することができた。

 

 

 

 

 

(遠いな)

 

 目の前で二人のやり取りを見て、クロノはそう思う。和也はあれほど落ち込んでいたのに、ちゃんと前を向いている。もちろん、それが必要であるというのはクロノも理解している。

 管理局員として同じように落ち込むこともあった。クロノもある程度ふっ切ったり、割り切ることはできる。ただ和也のようにといわれるとどうだろうか。自分の掲げた目標があって、それに躓いたとしても、これほど早く立ち直れるだろうか、次に向って進むことができるだろうか、自分がまだそういう目標に巡り合えていないだけかもしれないが、そう悩むことが和也との差を感じる原因となる。

 

(だけど僕は僕だ)

 

 自分と和也は違う。確かに和也に対する憧れや嫉妬心のようなものは存在するが、人にはそれぞれペースというものがある。

 クロノはこの日から今まで以上に仕事に励むこととなる。そして数年後、史上最年少で提督となり、管理局を中心を担っていくのだが、それはまだ未来の話である。

 



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