Angel Beats Children Dissolved (セリカ イツミ)
しおりを挟む

Angel Beats Children Dissolved 00 【Angel Beats二次創作】

全ての生き物は、いつか死を迎えます。

私達人間もそうですし、ミミズだって、オケラだって、いつかは死にます。

もちろん、アメンボも例に漏れません。

では、死んだ後はどうなるのでしょうか?

天国で、永久にバカンスを楽しむのでしょうか?

  地獄で、お化けにイジメられるのでしょうか?

少なくとも私達は、そのどちらでもありませんでした。

死んだ後に待っていたのは、学校生活です。

そこでは私達を消そうとする「天使」と

それに対抗する「戦線」といわれる謎の組織が、日夜争いを繰り返していました。

人間の“自由”を求めて――。

 

 

 

Angel Beats!は株式会社ビジュアルアーツ様のアニメーション作品です。

 

・本作品(Angel Beats Children Dissolved)とは制作や権利の上での関わりは一切なく

 非営利目的の作品です。

 

・二次創作WebノベルAngel Beats Children Dissolvedを公開しております。

 

・この作品は、原作を知らなくても楽しめるよう

オリジナルと原作の登場人物。オリジナルのストーリーで展開しています。

 

・設定、世界観の大部分は引き継いでおりますが

一部本編とは異なった独自の解釈に基づいて制作しており、完全には一致しません。

 

・宗教、思想、および嗜好についての描写がございます。過激ではなく一方に偏った描写とならないよう、細心の注意を払い制作していますが、至らない点がある事を了承願います。

 

・ホームページにて最新の投稿を公開しています。

Angel Beats Children Dissolvedで検索! よかったら遊びに来てね!

 

●キャラクター

 

 

□  阪本 玲次

明るく、一本気な性格。

死んだ時のことを覚えておらず、自分がいる場所について疑っている。

自分達を消そうとする「天使」を消すことで、問題を解決しようとする戦線の方針には懐疑的。

「天使」の正体と、この場所についての独自の調査を始める。

 

「失礼な女だな。俺みたいな紳士、そう居ないぞ?」

「死んだ後まで争うなんて、俺はゴメンだッ!!」

 

 

□  ステラ・ローウェル

イギリス国籍。 ブロンドのくせっ毛が特徴。もみあげまでクセ毛。

セミロングの髪を深い青色のリボンを使って、後ろで乱暴にまとめている。

この学校では最年長の女の子。

戦線に所属し、終わらない戦いに疑問を感じて、玲次達と共に他の解決策を探すことにした。

 

「……。ただのロスタイムよ」

「だからお願い!協力して……」

 

 

□  宍粟 香住

難しい漢字の苗字は、シソウと読む。

おとなしい性格で、パソコン大好き。

ちんまい身長と黒い髪のショートヘア。アシンメトリーという髪型をしていて、片耳が出ている。

そんなことよりも、片手に被せている“ぬいぐるみ”のほうが衝撃的だろう。

マゴちゃんという名前がついていて、喋る。

戦線と敵対している「天使」は生徒会長でもあり、彼女は生徒会で書記を担当している。

ハイテクが大っ嫌いな玲次たちに代わり、パソコンに関しては彼女が大活躍する。

 

「あのぉ……おいて行かないで下さいね……!」

「お世話になっていても、間違っていれば反対しますッ!」

 

 

□  篠山 衣織

関西弁で話す、気の短い女の子。すぐ怒る。

ウェーブのかかったロングヘアー、茶色い地毛が自慢。

戦線にも生徒会にも所属せず

たまに学校に行ったり、気が向いた時に一人でこの場所について調査していた。

ステラの紹介により、玲次達に協力することになる。

 

「うるさいねんっ!何か喋らんと、やってられんわ!」

「ビンゴーーッッ!!」

 

 

□  仲村 ゆり

「戦線」のリーダー。「戦線」は正式な名称ではなく、名前は常に募集中。

ストレートのロングヘアで、アイドルのような美人。

玲次達に戦線に協力するよう、ひたすら勧誘する。

 

「唐突だけど、あなた入隊してくれない――」

「ここがみんなにとって、幸せを手に入れられる最後の場所だから……」

 

 

□  天使

命名したのは、「戦線」のナンバー2とも言える“日向”という少年。

この場所では「神」と言われる、人間の「消滅」を管理する存在が信じられており

「ハンドソニック」と呼ばれる未知の力を使うことから、

彼女は「神」の手先であると考えられている。

真偽は不明。

銀色の長い髪と黄金の瞳も、その風説を助長する要因になってしまった。

 

「……?なんのこと?ドッペルゲンガー?」

「別に、辛いものが好きなわけではないわ……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Angel Beats Children Dissolved 01

報告書C。

機密等級3号。

 

 

【集団消滅】

 

 

大多数の人間の混乱を招く為、この報告書を機密とする。

 

 

本稿は、過去に起こった集団消滅について記述してある。

この事象における正確な時期については明確ではない。

“死後の世界”と言われるこの場所では、昨日、明日といった、前後関係以外の時間に対する単位が定義されていないためである。 ただ期間として、三日間であったことは現時点で判明している。

 消滅した人数は20人~30人前後。

 まず、主に関連した人物について記述する。

 

 

・阪本 玲次

・サカモト レイジ

・国籍 日本

・男子生徒。

・年齢 十八歳。

・所属 なし。

生前は、幼少時に様々な武道を体得。多趣味で学業もほどほどに優秀。

マフィアのような人間と関係はあったが、犯罪経歴はない。

困っている友人を助けるような人道的な人間であった。

 

 

・Stella Lowell

・ステラ・ローウェル

・国籍 イギリス

・女子生徒

・年齢 十八歳前後。

・所属 死んだ世界戦線/Girls Dead Monster 後に離脱。

元々はイングランドのノーブル(高貴な人の意)。敬虔なクリスチャンでもあった。

明るくアクティブな性格。スポーツの競技大会などに進んで参加していた。

この世界での滞在期間が長く、人間では最年長。

彼女が来訪した時期は、彼女自身にも定かではない。

 

 

・宍粟 香住

・シソウ カスミ

・国籍 日本

・女子生徒

・年齢 十六歳

・所属 学園生徒会書記

プログラミングやネットワーク関連の豊富な知識を持つ少女。

前述の阪本怜治より二週間前に死亡している為、この場所では比較的若く、右手にアシカのパペットを装着しているので、一目で見つけやすい。

高い情報技術と管理能力を買われ、僅か一週間で書記に任命される。

 

 

・篠山 衣織

・ササヤマ イオリ

・国籍 日本

・女子生徒

・年齢 十八歳。

・所属 死んだ世界戦線 後に離脱。

 生前は一般の学生。この場所に来た当初は、どこにも所属はせずに一般生徒として生活する傍ら、死んだ世界の調査を独自に行っていた。 戦線の本拠地でもあるギルドの探索だけでなく、広いコネクションを利用して様々な場所に潜入していた。

      

 

 

当時、「生徒会」と「死んだ世界戦線」という二つの組織が存在し、原因不明の交戦状態であった 。

主に衝突していたのは、生徒会長に就任していた模範生“立華 奏”と新興組織「死んだ世界戦線」に所属する人間とそのリーダー“仲村 ゆり”。

しかし、それぞれの組織とは全く別の意図でこの三人は結託していたと思われる。

 

 

現段階で判明しているのは、三人が指定進入禁止区域を探索したことである。

探索した区域は以下のとおり。

 

 

「第六十六番隧道」

「稜線の向こう」

 

 

目的や動機、集団消滅との関連性については後述する。

 

問題となっているのは、彼らが当時考えられていた従来どおりの要因

・模範的生活態度による消滅。

・天使による強制的な消滅。

・心理的問題の解決による消滅。

 によるものとは考えづらいからである。

最有力となっている“心理的問題の解決による消滅”と考えたとしても一度に消える人数としては数が多すぎる。

 

 

我々が、死後何故このような場所に連れ去られたのかは不明である。

バグのようにティーンの少年少女だけがこの場所に密集している。

それに比較的日本の国籍の人間が多い。

 

この場所で信じられている、神の存在については現在も言及できない。

神の名を語る扇動者ばかりで、誰もその存在を証明できないからだ。

上位存在を観測するには文化の繁栄と技術の発展が必要だが、我々はあまりに若すぎた。

もしくは、人の手の入れようのないシステムの事を神と呼んでいるに過ぎないのかもしれない。

生物が死を迎えた後、区分されこの場所に配置された後に次のフェーズへ移る。

ただの“仕組み”であるだけなのだ。そういうふうになっている。こういうものという。

適切に言い表す言葉が見つからない為に暫定的に“神”と呼んでいる。

ともあれ、この場所ならば誰もが一度は疑問に思うはずだ。

 

 

神は存在するのか?

システムを改竄することは出来るのか?

 

 

我々の存在と、真理の解明を志す者の為にこの報告書を遺す。

ただ……どうか忘れないでほしい。

人の望みが、ありふれた幸福の追求のためにあることを……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Angel Beats Children Dissolved 02

「クソォッッッ!イテぇぇぇ!!」

 コンクリートの床の上をのた打ち回る。

 先程まで全身に激痛が走っていたように思ったが、今では嘘であったように痛みは引いている。気が付くと激痛は、石の床によるマッサージに変わっていた。

「何だ?なにが……どうなってんだ……?」

 上半身を起こして辺りを見回す。

 見たことのない場所だ……。

 空の明るさから今が夜だということは分かる。

 悪い夢でも見ているのか……。

 耳鳴りを忘れるほど静かな場所だった。

 こんなところにいても仕方がない。立ち上がって辺りを見回す。

「これは……橋か」

 両サイドに肩の高さほどの手すりがある。橋の高さはここから見下ろすと、二階分くらいの高さだ。そんな事などパッと見れば、すぐに気づくはずだが、さっきから脈に合わせズキズキと頭痛が襲っていた。

 そのせいか……考える事が、面倒になってくる。

 長い橋の正面には赤い煉瓦の色の倉庫か……? 振り返って反対側はガラス張りのお洒落な建物が見えた。どちらも常夜灯以外は照明が落ちている。

 迷うまでもなく赤い建物の方へ向かう。こっちの方が近いからだ。十分すぎる理由だ。

 手すりに甘え、革靴をすりながら歩く。……革靴?

「……マジかよ」

 気がつけば、いつの間にか革靴を履いていた。服も見たこともない物に着替えさせられている。制服であることは分かるが、俺が通っていた学校のものとは違う。

 今ではあまり見かけない詰襟の学ランだ。

「クソッ。今時追いはぎってやつか?ツイてねぇな」

 それでも、幸いなことに空気は澄んでいるらしい。橋を渡り終えるころには頭痛も引いていた。

 状況から察するに、どう考えても家には今日中に帰れそうにもない。

 期待はしていなかったが、携帯も当然持っていなかった。もちろん財布も持っていかれている。どうやら着替えさせた変態は容赦ないらしい。服を着せておいてくれただけでも、少しは感謝したほうがいいものかもしれない。

「どこなんだよ、ここは……?」

 倉庫の煉瓦だと思っていた壁は、コンクリートを赤くしただけの建物だった。

     壁に沿って反時計回り歩き、出入り口を探す。

 五、六分くらい歩いただろうか?大きさだけは、相当大きな建物だ。端までたどり着いて、角を折れた後も建物の周りを歩き続る。

 なにかの研究に使う建物なのかもしれない。どう考えてもショッピングモールではなさそうだ。それに今は、お買い物なんかできやしない。

 ようやく、出入り口らしき場所にたどり着いた。

 正面玄関にあたるのだろうか?人が二、三人簡単に通れそうな、でかい扉を見つけた。

 とりあえず、ここがどこなのか確かめたい。

 諦め半分で太く長い取っ手を握り、ゆっくりと大きなガラス戸を引いてみる。

 しかし、鈍く低い音を立てるだけで扉が開くことは無い。

「まぁ、そうだよな……」

 ピッキングの知識も道具もあるわけでもなく、鍵を開けてまで中に入る必要はない。それに警報装置なんかが鳴るとやっかいだ。

 あきらめて他の場所を探そうとすると、遠くのほうで足音が聞こえた。

 警備員ならまだいいが、追いはぎの仲間だったら面倒だ。

 ちょうど近くに身を隠せそうなベンチがあったので、ベンチの後ろに回りこんでやり過ごすことにする。

「アレぇ?おかしいな?ゆりっぺの話じゃこの辺だったと思うんだけどなぁ?」

 歳が俺と同じくらいの長髪の男が走ってきた。

 俺が着ているものとは違う、見たことのないブレザーの制服を着ている。

 そんなことはまだ理解できるが、大事そうに機関銃のようなエアガンを持っている明らかに怪しい奴だった。

 どうやら“追いはぎ”の一味らしい。

 キョロキョロ何かを探しているようなので、すぐに頭をひっこめる。

 月明かりに反射して、目の前の窓に“追いはぎ”の姿が映っていた。ぼーっと気を抜いて歩いている。

 そんな姿を見ていると、被害者としてはイライラしてきた。

「はやく見つけないとなぁ……今一人で天使に見つかったら、一瞬でやられちまうぜ」

 五メートルほどの距離まで、ノコノコ歩いてきた。

 後ろから腰を低くして一気に近づき、襟首を勢いよくつかむ!

「動くな……」

 姿勢を低くして襟首をつかみ、相手がのけぞるような体勢になる。

 軽く持ち上げることで、容易に反撃など出来ないはずだ。

「マジかよっ! こいつは強い奴がやってきたもんだぜ……」

「黙れ。今すぐそのエアガンを離せ」

「おいおい待てよ。俺はお前の味方だぜっ? 信用してくれよぉ。ほらっ銃も離すからよ」

 言うと通りに、足元にエアガンを落とした。

 念のためにアクション映画のようにエアガンを蹴飛ばす。……が思ったより重量感があり四メートルほどしか飛ばなかった。

「どうせ元々金なんか入ってねぇから、全部返せとは言わない。ここがどこかだけ教えろ。あと追いはぎの仲間には俺がいたこと言うなよ……。これ以上は面倒だからな」

「ここか?まぁ初めて来たやつは、みんなそういうよな。いいかっ?落ち着いてよく聞けよ。ここは死後の世界。ここにいるってことは、お前も俺も死んじまったってことなんだ」

 ひざ裏を蹴りを入れるッ!

 相手のバランスを崩して上体を沈ませ、ほぼ仰向けの格好にする。

 襟首の後ろを勢いよく掴み、そのまま地面に叩きつけると、すかさず馬乗りになり正面から再び襟首を掴んだッ!

「いてぇよっ! 信じてもらえないかもしれないかも知れないが、ホントのことなんだぜっ?」

「んな寝言みたいなこと信じられるかッ! ふざけるのも大概にしやがれ! 俺は家に帰りたいんだ! とっとと、ここがどこか教えろ!」

「日向(ひなた)クンっ! 大丈夫!?」

 騒がしくしすぎたせいか、正面から仲間の一人がやってきた。

 セーラー服に短いスカート。髪型がセミロングのストレートで、カチューシャを着けたアイドルみたいな女だった。

 こいつもエアガンを持ってやがる。ハンドガンタイプの小さいものだ。

 追いはぎの一味は、そうとうサバイバルゲームが好きならしい。

「なにしてるのよ? そんな体勢になってまで、勧誘してくれなんていってないわよっ!」

「バカっやられてるんだ! ゆりっぺからも何か行ってくれよぉっ!」

「黙れッ! 動くな! お前もそのエアガン捨てろ! こいつがどうなってもいいのか?」

 こんな脅し文句に、どこまで乗ってくれるのか……。

 エアガンといえどスチール缶に穴が開くようなものもあると聞く。あきらかに、こちらの方が不利だ。

「わかったわ。銃は捨てるわ……でも私たちはあなたの味方よ?話だけでも聴いてもらえないかしら?」

 そういうと、足元にそっとエアガンを置いた。

 素直にこっちの言う通りにして貰えたのは何よりだったが、被害者の不満はたまりにたまっていた。

「はぁ? 身ぐるみ全部持って行っておいてよく言うな! 味方だってんなら家まで送れ! お客様はお帰りだ!」

「私たちだって帰れるものなら帰りたいわ。でも、もう帰る家なんてもうないのよ……」

「わかった、もういい黙れ!ここがどこかだけ教えろッ!」

「……ここは死んだ後の世界よ」

 目の前で寝転がってる奴の襟をつかんで、軽く首を締め上げる。

「っッ! くるぢぃ……」

「もういい……でかい道に出たい。それくらいは教えろ……」

「そんな道どこにもないわ。ここに来た奴みんな同じような事をいうのね。あるがままを受け止めなさい! そのうちイヤでも分かってくるわ、ここが死んだ後の世界ってことがね」

 とんだオカルト集団だ……。陳腐なセリフにも程がある。

「話の通じない連中ばかりだな。わかった。両手を頭の後ろにして回れ右だ。建物の角を曲がれ。その後にこいつを解放する」

「信用して貰えないのね。そのままで構わないわ。唐突だけど、あなた入隊してくれない――」

「早くしろッ! 次はこいつを殴るぞ!?」

「勘弁してくれよぉ。何にもしねーってば」

 意味不明なことばかり言うやつらだ……。出来れば金輪際一切会いたくない。手切れ金が中身の寂しい財布で済めば安いもんだ。

「あまり刺激しないほうがよさそうね。どーせ死にはしないんだから、自力で脱出しなさい。いいわね?」

「おいおい、ほんとかよぉ。そりゃあないぜ……」

「私語を許したつもりは無いんだが?」

 もう一度締めてやろうと思ったが、アイドル女が回れ右をして歩き出した。

「ここは死後の世界よ。ここにいる人間は、すでにみんな死んでしまった人たちなの」

 アイドル女が、ぶつくさ言いながらゆっくりと歩いていく。

 こっちは、もはや聞く気にもなれない。

 油断だけはしないように、ロン毛の襟を閉め続ける。

「私たちは天使と戦い続けているわ。神に抗う為にね。ここでは天使に消されない限り、存在し続けることが出来るの」

「そぉなんだ!天使さえ倒せば俺達は消されなくて済む!こいつはチャンスなんだぜ?協力してくれよぉ」

「お前だけは、黙ってろ……」

 自分の真下で喋られるのは、思った以上に気に障る。

「名前はまだ決めていないのだけれど、戦線のメンバーはどんどん増えているわ。きっとみんなで力を合わせ天使を倒せば、神様にだって立ち向かうことが出来るわ。そうすれば手に入るのよ?文字通り、この世界が私たちのものになるのよ?だから、私たちと共に戦ってくれないかし――」

 流暢に話しているかと思えば、突然黙り込んだ……。

 歩くのをやめて、棒立ちになっている。

 こちらからではアイドル女の表情が分からない。

「おい! スピーチはいいにしても歩け! ボサッとすんな!」

「来たわっ!!」

 突然叫ぶと、こっちに走ってきた。

「冗談だろっ? こんな時にかよぉ!」

「チッ……芝居かよ! 頼もしい味方だなッ!」

 ロン毛の顎に軽く一発入れる!

「イテぇ!まったく、いつも損な役回りだぜ……」

 すかさず、さっき蹴飛ばしたエアガンまで駆け寄る!

 走りながらストラップをつかみ拾い上げ、不格好に持ちあげる。

 最近のものは、造りが精巧なのか随分重く感じる。さすがに安全装置がどこにあるのかは分からない。トリガーを引いてうまくガスが出ればいいんだが。

「動くな!」

 振り返って、それらしく構えてみる。が、二人ともこちらを向いてはいなかった。

 ロン毛の奴もどこからかエアガンを調達してきて、二人で銃口を向こう側に向けている。 相手にされていない事に気づくと、今度は自分が馬鹿みたいだった。

「アレが天使よ……」

 二人はエアガンを構え、視線は向こうに据えたままだ。

 つられて視線の先を追うと……。

 ゆっくりと……。

 暗闇から……。

 一人の少女が歩いてくるのが見える。

 月明かりに照らされて姿を現すと、白く輝く長い髪が光を反射しているように感じる。

 天使……と言われれば確かにそう例えてもおかしくはない。

 人間とは思えない黄金色の瞳。

 不思議な神秘さを纏った少女。

 それでも、どう見てもただの人間だ。

 今の時代変えられないものも、ある程度変えられる。

 美容院などで専門の人間が脱色すれば白い色になるだろう。瞳の色もカラーコンタクトがある。こちらはディスカウントショップで簡単に買える。

 そういう“設定”なんだろう。仲間内でなら、いくらでも好きにすればいい。

「午後十時以降の外出は禁じられているわ……」

 聞こえたのは、どこまでも感情のない声だった。

 誰もが考えるような慈悲のこころに満ち溢れた天使ではなく、字面どおり“天の国からの使者”なのかも知れない。そうであれば、使者は事務的なはずだ。

 感情など必要ない。審判や祝福の役割は神が請け負うものだからだ。

 ロケーションが役を一層引き立てているのかもしれないが、あまりにも堂に入りすぎていた。

「来やがったなっ! どうする?ゆりっぺ!」

「日向くんは増援をよんでっ! ここはあたしが抑えるわ!」

 ロン毛の方は、急いで無線を取り出して誰かに連絡をしている。

 アイドル女はエアガンを構えて、白い女に向かって走り出した!

「……ガードスキル。ディストーション」

 白い女が小さく呟いた。

 この世のものとは思えない、先程とは違うエフェクトのかかったような声が聞こえた。

 ここまでくると感心するものがあるが、サバイバルゲームに参加する趣味はない。

 相手にされないなら今のうちに逃げようと、エアガンを捨てた瞬間だった。

 運動会でよく聞くような銃声が、何回か……。

 条件反射だった。

 モデルガンといえど生身の人間に向けていいもんじゃない。

 黙っていられず、エアガンを持った女のほうに駆け寄り……

「やめろーーッ!!」

 なりふり構わずアイドル女の背後に飛びつく!

 地面を蹴り上げ、体が宙に浮いて、背中を押さえつけ始めた位だろうか……。

 女の向こう側には、天使が長い刃物を振り回していた。

 当然、空中で、そんなものに反応できるわけもなく――。

 しばらくして……視界が、

 どこまでも白くなり――

 なにも、わからなくなっていた――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Angel Beats Children Dissolved 03

目を開けるのがつらい。

 日差しが痛い……どこかに寝かされているらしい。

 清潔な匂いのない寝具。糊がきいているパリッとした感触。

 心地よくはあるが明らかな不快感。そんなものより、使い古した枕と自分の臭いが染み付いたベットの方が、はるかに落ち着く。

 俺は自分の家に帰りたいだけなのに、ろくでもない連中のサバイバルゲームに巻き込まれたのが不様で仕方ない。

 追いはぎに、エアガンを持った連中。

 眼前に迫った薄く長い両刃のプレート。

 生きている間には、決して見ることの出来ない光景だろう。

 少なくとも二回ほど切られた。

 それ以降は覚えていない……あれほどの激痛ならば、死んでいてもおかしくないはずだ。それでも、こうして意識があるってことは悪い夢で済んだらしい。

 これまでに最悪な夢を見た回数なら、その辺の奴に負ける気がしない。

 落ちた、崩れた、歯が全部抜けた、殺された。やけにリアルな夢だったが、今回もその中のひとつだろう。いつも起き上がるたびにホッとする。

 体を起こして、周りを見渡して、そして絶望した。

 すぐ目の前に、回転椅子に座っている女がいた。

 腕と足を組んで、偉そうに眠っている。

 着ている制服が、昨日夢で見たアイドル女が着ていたものと同じだ。イヤ……ここまで来ると、昨日の事は夢じゃなかったんだろう。

 セミロングのブロンド。

 深く青い色のリボンを使い、乱暴に後ろで一つにまとめている。

 ここからでは前髪に隠れて顔がよく見えないが、鼻は高く筋が通っているモデルのように美人なのは分かる。それに肌が透き通るように白い。雰囲気から言って日本人じゃないだろう。西洋人らしいシベリアハスキーのような孤高さと気品。その中にも野生の持つ気性の荒さを感じさせる。

 首を傾けているせいか、髪の毛が口の中に入ってた。よほど熟睡してるのか、寝息まで聞こえてくる。こんな連中は、そのままあの世に逝っちまえばいい。

 腰にある黒いホルスターには、回転銃のエアガンが収まっている。ホルスターというオプションも揃えているところから、連中のサバイバルゲーム熱が伺える。

 どうやら追いはぎの連中に捕まったらしい。

 見たことの無い、保健室のような場所だった。

 カーテンが全て開いていて、隣には三人分のベット。女のいる方には、本来保険医が使うであろう机がある。女が座っている回転椅子はその机の椅子なのだろう。

 今は使われていない、廃校なのかもしれない。

 そうっと布団をどかしてベットから降りる。

 靴は諦めるしかない……。今この瞬間ほど、靴下に感謝することはなかっただろう。

 出口までは、大股で十歩ほどだろうか。

 残念なことにブロンドとの距離は1メートルほどしかない。白い大きな引き戸は閉まっているが、どうあがいても少しくらいは音が立つだろう。最悪フルダッシュだ。

 念のために呼吸のリズムも合わせる。こういうのは慎重すぎるくらいがちょうどいい。

 足音を殺し、ブロンドのすぐ隣まで来た。

 静かにこのまま横切ろうとすると。

「どこに行くの?私も連れて行ってもらわないと……」

 ものすごい速さで、右手首を強く掴まれる!!

 手が万力のように噛んでいる。

 構わず、強引に走り出す!

 悪いがこっちも必死だ! なにがどうあってもドロンさせてもらう!

 女がパイプ椅子から転がり落ちる!!

 そのまま2、3歩分引きずるが、それでも離れなかった! 振り返ってみると何事も無いかのように、うつ伏せで寝転がっている。

「嘘だろぉ? 離せよッ!」

 叫んでみたが反応はない。

 不思議な事に、先程と変わらず寝息が聞こえ続ける。

「んだとぉ? まさか……まだ寝てんのか?」

 掴まれた手首をつかって、オムレツのように女をひっくり返す。

 表を向けると、眩しそうに目をこすっていた。

「ああ、起きたの。よく寝てたね」

「お前がな……。どんな夢を見りゃそんなことになる? いいから離せ」

「どこに行くのよ? また当ても無く逃げるつもり?」

 あきれた調子で返される。

 それにしても面倒な連中に捕まってしまった。

「違う。一度家に帰るだけだ」

 永遠に帰ってこないがな……。もちろん口にはしない。

「まぁ待ちなさい。今ゆりを呼ぶから。話だけでも聞いて行きなさい。帰るのはその後でもいいでしょう?」

「開放してくれるのか?」

「話を聞いた後なら、どこまでも逃げればいいわ。それ以上、止めはしないから」

 女がため息まじりでそう答えたあと、無線で連絡していた。

 “ゆり”というと、確か昨日のアイドル女が確かそう呼ばれていた。

 あの意味不明な奴に襲われた状況で、生きていたのか?

 しかし、お話が終わって“ハイさようなら”なんて話がうますぎる。

 こんな初対面の訳の分からない女のことを信用なんてできるのか?

「それより、気が済んだなら起こしてもらえるかしら?」

「あぁ……悪かったな」

 女はうつ伏せの姿勢だが、右手は掴まれてままだ。

 そのまま女に向かって歩いていくと、女の体勢が自然に起き上がった。

 ほんの少し頭を使ってやった。

「もっとマシな起こし方は出来ないの?」

「怪しい奴らは、こうやって起こせって親にいわれたんだ。マッサージチェアみたいだったろ?」

「あっそう。ありがとうございました」

 とても不服そうに答えた。

「お前どこの国から来たんだ?」

「イギリスよ。まぁここではもう国なんか関係ないけどね」

「随分と日本語がうまいんだな」

「周りがみんな日本人だからね。そんなことより貴方、昨日バラバラになってたけど、今は痛みとかはない?」

「バラバラ……? 嘘だろ。夢じゃなかったのか?」

「そんなわけないでしょう。話を聞かない男が花火になったって聞いたわよ」

 そういうと、面白可笑しそうにクスクスと笑う。

「じゃあ、あの時に……俺は死んだのか?」

「ここにいるってことは、その前にとっくに死んでるわ」

「はぁ? そんな覚えはどこにもないぞ?」

「貴方、もしかして記憶がないパターン? 名前は?」

 得体の知らない女に身分を明かしていいものか……。

 あとで追い回されたりしたら面倒だ。

「玲次だ」

「ファミリーネームは? 覚えてないの?」

「悪いけど、お前たちを全面的に信用したわけじゃない」

「つれないわね。ステラ・ローウェル。握手は……必要ないわね」

 目線を掴んだままの右手にうつす。肩をすくめた後、軽く微笑んだ。

「聞きたいことがある。ここはどこなんだ?」

「死んだ後に来るところよ」

「違う! それは後回しだっ! 今いるここ! この場所だ! ヒィゥアー?OK?」

 昨日から何度も同じ答えを返され熱くなる。

 正直、ウンザリしていた。

「そんなエセ英語使わなくても分かるわよ。ここは第一保健室。あまり使われることはないけどね」

「保健室? やっぱり学校か? 昨日の場所から別の建物に移動したのか?」

「いいえ。倒れていた場所からは、それほど遠くないわ。建物もこのあたり一帯以外には何もないから」

「じゃあ昨日のでかい建物は、全部今も使われている学校だって言うのか?」

「生徒数二千人前後の大きな学校よ。みんなの分の寮があって、そこで生活しているわ」

「保健室なんて勝手に使っていいのか?」

「だれも使うことはないから大丈夫よ。ここの素晴らしいところは、もう誰も病気にはならない事ね。貴方も二度と風邪を引くこともないわ」

 そういわれても、全く実感は沸かない。

 今こうして息をしている。手足も自由だ。何の変わりも無い。

「混乱するのも仕方ないと思うけど……はやく慣れて貰わないとこっちも困るわ。ここで一度、天使に殺されたんでしょう? そろそろ納得してもいいはずだけど?」

「保留だな。今はなんともいえない。でも仮に、お前らが言うようにここが死後の世界だったとしよう。晩飯は常にステーキ。俺以外の人間は、全員かわいい子限定の楽園なのか?」

「うわ……ひどくチープな楽園ね。じゃあ、ここは地獄よ。ほら昨日、日向とも会ったんでしょう? まだ、たくさん男子もいるわよ」

「お前には、一番に俺の楽園から出て行ってもらう」

「きっと玲次のほうが先に出て行くことになるわ。でも、ここで消えたらそんな天国が待ってるかもしれないわね」

「はぁ?消える?」

 続けて聞き返そうとすると、突然出入り口のドアが開く。

 昨日見かけた、あのアイドル女が入ってきた。

「やっとアナーキストがきたね」

「失礼ね。私はただおとなしく消えるのが嫌なだけなの。ステラだってそうでしょう?」

「まぁ、そりゃあね」

 昨日、見たアイドル女が部屋に入ってくる。

 一緒に殺されたのかもしれないのに、何事もなかったように無傷だ。ゆっくりと歩いて、こちらへやってくる。

「調子はどうかしら?」

「ありがとう。昨日は悪かったな……。なんか決闘の邪魔しちまったみたいで」

 一応は心配して貰えているらしい。こちらも素直に返す。

「構わないわ。こっちも助けてもらったんだしね」

 そんなつもりじゃなかったんだが、そういう事になっているらしい。悪い気はしないのであえて訂正しないでおく。

「そろそろ話だけでも聞いておいてくれないかしら。知らないと困る事もあるしね」

「そうだな、俺も早く家に帰りたいからな」

「はぁ? あんたばっっかじゃないの? 今までの話し聞いてたの? もう死んでるからこの世界から、おうちには帰れないって言ってるの! いっぺん死んでもわからないんだったら、もういっぺん死んだら?」

 いい加減ウンザリして来たのか、アイドル女がまくし立てる。

「今の“もういっぺん死んだら?”とういうのは、死んだ後のこの場所でよく使われる一番トレンディなジョークよ。よかったら、他の所でも使ってみてね」

「はー……。は、は、は」

 手拍子も付けて、軽快に笑う。

「こんな場所じゃ落ち着かないだろうし、わが戦線の対天使用作戦本部に案内するわ。そこで詳しい話もするから、ついて来なさい!」

 どんな場所だと落ち着いて貰えると思ってるんだ? こいつもマイペースな女だ。

 渋々靴を履いて、アイドル女について行く事にする。

 立ち上がって数歩分歩くと、それ以上進めなくなった。

「離せよ」

「イヤよ。逃がさないから」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Angel Beats Children Dissolved 04

 手首をつかまれたまま、随分と歩かされる。

 離せと抗議するのも諦めた。

 部外者の俺がいるからなのか会話は少ない。黙ったままで目的地が分からない道のりを歩くのは思った以上に長く感じる。それでも窓の外や学校の内部を観光するのに忙しく、退屈はしなかった。

 先程から、こいつらとは違う学生服を着た生徒を数人見かける。他には部活動でもしているのか、体操服を着た生徒も窓の外に見えた。

 途中、自販機で缶コーヒーを買ってもらった。

 見たこともない銘柄のコーヒーが二種類。この学校のオリジナル商品なのかもしれない。

 女におごってもらうのはダサいとは思ったが、そもそも金なんて持ってない。

 アイドル女は見たことの無い硬貨を使っていた。ドルもしくはユーロなのか、大穴でポンドかもしれない。

 ここが昨日見た建物の中なのかは分からないが、この広さの建物がいくつもあるなんて考えたくもない。折りたたみの自転車が必要だ。そんなものがこいつらの言うところの“死んだ後の世界”にあるかどうかも分からないが……。

「あーあー。こんなに歩かされたら足が折れるかもなぁ?」

「その時は、私が無理やり引きずって行ってあげるわ。」

「そんな待遇になるなら、もう放置しといてくれ…」

「もうすぐよ。つべこべ言わずについて来なさい!」

 グチでも言わないとやってられない。時間の感覚が曖昧で、ずっと歩いている気がする。

 しばらく歩くと、廊下が突き当たっていた。ようやく目的地らしい。

 突き当りには大きめの木製の扉。扉の上にあるプレートには“校長室”と書かれている。

「二人はここで待っていて。私は罠を解除してくるわ」

「なんだそれ?」

「対天使用のセキュリティーよ。パスワードを入れないと、トラップが発動して強制的に排除されるようになっているの」

「排除ね……」

 含みのある言い回しだ。即死コースであることは確定らしい。

 こいつらが言うことが本当なのであれば、この場所では死なずに死ぬほどの痛みにさらされるのだろう。そんなのは御免だ。永遠に遠慮したい。

「じゃあ、行ってくるわ。ステラは彼を見張っていて」

「了解です。サー」

 そう言うとアイドル女は扉のほうへ向かう。

「あいつは、お前の上官なのか?」

「そうね。彼女は戦線のリーダーだから」

 言われてみれば、昨日の長髪の男にも細かく指示を出していた。

 ステラも一番に彼女に報告していたところを見ると、あいつが何かのリーダーなのは間違いなさそうだ。

「戦線っていったな。何なんだそりゃ?」

「それも後で説明するから。そのために今おとなしくしてるんでしょう?」

「そうかもな」

 こいつに隠し事をするのは難しいらしい。

 アイドル女に目を戻すと、扉の前で立ち止まり長めの合言葉のようなものを呟いた。でかい木製の二枚扉あけて部屋の中に入っていく。

 テンキーで番号を入力するものかと思っていたのだが、俺の思い違いらしい。確かに音声入力のほうが機密性が高く、声紋認証なども複合すれば解析は難しいはずだ。そこまでセキュリティに気をつけているあたり、そうとう大きな組織なはずだ。

 そして敵も強大で、強力なのだろう。

 相応の用意をしなければ一瞬で全滅。ゲームオーバー。考えたくもないな。

「俺も入れるようにはしてもらえないのか? ステラからも頼んでくれよ。あんたらのリーダーが言う所によると、俺は味方らしいぞ?」

「そんな権限はないから、私に相談されても困るわ。あとでゆりにお願いしてみたら?」

「もういい。俺が言うことは何一つ聞き入れてくれないんだな」

「ごめんなさい。私、日本語わからないから。大変申し訳ございませんが、英語でお願いします」

「左様でございますか」

 キャビンアテンダントのような丁寧なお辞儀。にこっりと笑う営業スマイル。なかなか食えない女だ。

 現状、俺は何も望めないのかもしれない……。

 おとなしく従っていたほうがいいだろう。なにより今は情報が必要だ。

「じゃあ、行きましょうか」

「おい、俺もいるぞ。暗号聞かれてもいいのか?」

「大丈夫よ。今ならね」

 ごくわずかな時間であれば、再度認証する必要はないのかもしれない。もっとも、それがどのくらいの時間なのかは明確でない以上は、変に手出しをしないほうが賢明だろう。

 ステラが扉を開けると部屋には、特に何もせずに入れた。

 校長室と表札にあるように、中は意外に広く本物の校長室のようだった。

 左手には小さな本棚があり、その手前に、物静かな女が顔を俯かせて壁にもたれかかってている。寒くも無いのにストールのようなものを首に巻いている不思議な女だ。腰には銃ではなく刀が提られている。

 右手には窓がいくつかあり、そこにも男が一人。

 ゲームに出てきそうな長い槍と斧が一緒になった武器を持って、こちらを睨みつけている。あの武器は確かハルバートという名前だったか?ゲームや漫画は嗜む程度なので名前まではあやふやだった。いろんな意味でヤバそうな奴だ。

 正面には本来校長が使うデスク。後ろには腰の高さのフロアランプ。

 校長用の椅子には、アイドル女が足を机の上に乗せて座りディスプレイを見つめている。

 手前には来客用のソファが右と左に分かれて置かれ、中央には背の低いテーブル。

 右手のソファには長髪の男が、腰をおろしてくつろいでいる。

 男が全部でロン毛と槍を持った奴の二人。女がステラとゆりを含めて三人。

 この部屋の広さからすると、戦線全員というわけではなさそうだ。

「よっ!」

 ロン毛の奴に突然話しかけられる。思えばどこかで見た顔だった。

「ああ昨日の奴か……。昨日は殴りかかって悪かった。怪我とかはないか?」

「いいって。あーいうのは慣れてるんだ。新入りなんだし気にすんな!」

「そうか、本当に悪かった」

 こういうのは、一言謝っておくのに限る。

 すぐに許してくれるところを見ると、本当はきっといい奴なんだろう。

「NASAの司令室みたいな部屋かと思ったら、そうでもないんだな?」

 すぐ横に立っているステラに耳打ちする。看守のように腕は掴まれたままだ。

「そんなわけないでしょう。映画の見すぎよ」

「いったい、俺はどうなるんだ?」

「何もしないわ。この場所での“ルール説明”だとでも思って」

「本当にそれだけで済めばいいんだが。それより、ここまで来たならもう十分だろう。離してくれ」

「そうだったわね。ごめんなさい」

「来たばかりで、立ちっぱなしなのも疲れるだろう? よかったらそこに座れよっ!」

「わかった……。ありがとう」

 お言葉に甘えて、空いているソファに座ることにする。

 せっかく貰った缶コーヒーも空けて、くつろぐ事にした。

 モニターと武器、無機質な壁とロッカーが並んでいるかと思っていたが。作戦本部と聞いて想像していた場所とは違った。

 一見して何の変哲もない校長室。

 これでは、仮にセキュリティを突破できたとしても、どこを調べればいいかすぐには分からないはずだ。時間を稼げれば、その間に脱出。機密保持のために部屋ごと破壊することも可能なのだろう。

「ようこそっ!我が“名前は今から決める戦線”に!さっそく始めましょうか!!」

 でかい声で言い放つとPCを操作して立ち上がった後、天井にあるロール式のスクリーンを引きおろす。

 ステラがカーテンを閉めてまわり室内を暗くしたあと、スクリーンに“ブリーフィングマネージャー”と英語で書いてある画面が表示された。

「すげーな。遠足のプラネタリウムを思い出すな」

「あさはかなり」

 本棚の女が喋りだす。突然、聞いたことのない声がしたので少し驚いた。

「お前、しゃべるんだな。目をつむって突っ立ってるから寝てるかと思った」

「……あさはかなり」 

 気配の薄いく思えば部屋に入ったときから微動だにしていない。不思議な女だ。

「まずはこの世界について説明するわ。貴方には何度も! 何回も説明した通り、ここは死後の世界よ。この世界では今までと違ってすでに死んでいるから、もう一度死ぬ事は無いわ。そのかわり、この世界では“消えてなくなる事”があるわ」

「さっき言ってた“消える”ってことか。何の予告も無くいきなり消えちまうのか?」

「いいえ。消えるには条件があるわ」

 アイドル女がPCを操作するとスクリーンの画面が切り替わる。

「今、分かっている消える条件は、表示している画面の通りよ」

 そう言い放つと、スクリーンを指差す。

 画面には……

1,心の整理をつける。

2,模範生として一般生徒と同じ生活をする。

3,神もしくは天使に消される。

 と表示されていた。

「これらが今分かっている、この世界から消えてしまう主な条件ね」

「まるでスワヒリ語だな。俺には一切わからない。消えないで済みそうだ」

「あさはかなり……」

「悪かったな。浅はかですよ。賢くてもこれは分からんだろう?」

「貴様、ゆりっぺを侮辱する気か!!」

 長物を持っていた男が突然キレ出す。

 もしかするとアイドル女に惚れているのかもしれない。死んでも二人は、アツアツってか? 結構なもんだな。

「やめなさい! まだこの世界に来たばっかりなのよ! 貴方がそう思うのも無理ないわ。今から順に説明するから」

 画面を切り替えると女が説明を続ける。

「最初は心の整理ってやつね。これは悩み事を解決するようなものね。死んでしまう前の悩みや、今持ってる悩みを解決すること。それだけでなく幸福感も原因のひとつにあげられるわ」

「心的抑圧やコンプレックスの解消。葛藤の解決ってところか?」

「あさはかなり」

「おいおい……! 今のは頑張っただろう!?」

「まぁ小難しくいうとそういうことね。もちろん度合いも影響してくるわ。じゃないと、お腹がへって満腹になるたびに消えてしまうなんていう滑稽な展開になりかねないわ」

 お腹が減るたびに悩ましい思いをしている奴なんて、そうはいないだろう。でかい大学の哲学者か暇人くらいのもんだ。

 しかし、これは思った以上に厄介かもしれない。

 幸せの尺度なんて測定できるわけが無い。

 個人の価値観なんて多種多様で人それぞれで、ましてやそれを人数分把握するなんて不可能だ。ふとした原因で自分だけでは無く、他の人間を消してしまいかねない。

 この世界で出会ったやつとたまたま飯を食いに行く。

 不運にもそいつが哲学者だったなら?

 ご馳走様は一人で言う事になる。

 そうなったら俺は……大爆笑だろう。不謹慎だがそうなりかねない。本人は幸せだったし、めでたしで終わるはずだ。

「待てよ……じゃあ、あながち消えることイコール最悪ってことじゃなくなるんじゃないか?」

「確かにそうとも言えるわ。それで消えた人たちは、幸せだったかもしれないわ。でも、その他の条件で消えた人たちはどうかしら?」

そういうと、また画面を切り替えた。

「2つ目は、模範生としてNPCと同じ生活した場合。これも消える原因と考えられているわ」

「そのNPCってのは何なんだ?」

「この世界にいる人間は、すべて私たちと同じように死んだ後にこの世界に来た連中ばかりじゃないわ。元からこの世界にいた人間もいるの。あなたもここに来るまでに一般生徒を見てきたんじゃない?」

「あぁ、さっきのただの学生か」

「その学生の大半がこの世界の住人よ。ここは全寮制の学校でここで生活し続けている人間がNPC。先生もこれに当てはまるわ。あなたも模範生としてNPCと同じ生活をすることが出来るの。手続きも必要ないし、転校生の紹介もせずにクラスメイトは今まであなたがクラスにいたかのように接してくれるわ。寮にも貴方の部屋が用意されているわ。寮長に聞けばすぐに案内してもらえるはずよ」

「でもそうすると消えるんだろ? どうすればいい?」

「あまり言われたとおりに行動しないことね。普通に学校生活をし続けると、消されてしまうわ。それで消えていった奴も実際に何人かいるから。気をつけなさい」

「俺たちと元からいた奴はどう違うんだ?パッと見ではわからないな。お前らのように着ている制服が違ったりするのか?」

 さっき廊下で見かけた女子はボータイにブレザー。それに対してここにいる女性陣はセーラー服だ。 

 男連中も、俺の学ランとは違うベージュのジャケットを着ている。男用の別の制服があるのが気になった。

「これは、俺たち“かっこいい名前募集中戦線”専用の制服なんだ。よかったらお前の分も用意するぜっ!」

「いいのか? じゃあ、せっかくだし頼めるか?」

「OK!」

 ロン毛の男が気さくに答えてくれる。

 昨日は誤解していただけで、元々そんなに悪い奴らじゃないのかもしれない。

「確実な見分け方は今は無いのだけど、この世界の人間は行動が自動的なのが特徴ね。この人たちのことを私たちは、ノンプレーヤーキャラクー。略してNPCと呼んでいるわ。この学校は、あまりに人数が多いから。全ての元人間があたし達と行動しているわけじゃないの。だから元人間を見つけ次第わが戦線に勧誘するのも重要な任務よ!」

「いまいち掴みづらいな。他になにか調べる方法ないのか?」

「そういうのは経験して覚えていきなさい! みんなそうしてきたんだから。こうして説明してもらっているだけでもありがたく思いなさい!」

 アイドル女が片手を挙げ面倒くさそうに答える。あまり、ねちっこく聞いて向こうの機嫌を損ねたくはない。

「まぁ確かに。それは感謝している。さっき自動的っていったな。心が無いような人間なのか?」

「そうじゃないわ。何の特徴もないってだけのただの人間よ。普通に会話できるわ」

「結婚しようといえば?」

「ビンタされるでしょね」

「順序は踏むぞ?」

「じゃあ、頑張ればしてくれるかもね」

「フフッ。玲次はロマンチストね」

 ステラがバカにしたふうに笑う。見ると窓辺の机に座っていた。

「話を戻すわ。3つ目は、神もしくは天使に消される。これが一番重要よ」

 また画面を切り替えた後、真っ直ぐにこちらを向く。

 これまでとは違う、彼女の真摯な姿勢が伝わってくる。

「その……真面目な話。神っていうのがこの世界にいるのか?」

 茶化したい気分に襲われるが、冗談ではないのだろう。

 こんな場所でも存在するようだ。 

 神様ってやつが……。

「私たちが直接見たわけじゃないわ。この死んだ後の世界を作った張本人。私たちを嘲笑うかのように、本人が納得がいった瞬間消えてしまうこの世界を作った何かが必ず存在するはずよ。それに、今はまだ分かっていない原因で消えることも十分に考えられるわ。神様は、その気になれば私たち全員を一瞬で消すことが可能なはずよ。そいつを見つけるのが、私たち主な任務よ」

 ルールを敷いた奴がいてそいつの希望に沿わなければいくらでも変更可能。

 見えざる独裁者。箱庭を用意した何か、か……。

「なるほど……でもそいつを見つけてどうする?」

「一発殴るの。気に入らないから」

「は?」

 返す言葉が見つからず、無言になる。

 というか、殴れる物体なのか?神様は?

「……というのが最初の理由だったの。でも今は違うわ。神様を見つけ出して、この世界の仕組みを変えるの」

「ご要望は若干のルール変更ってことか。今まで居た死ぬ前の場所で言い換えれば、神が存在するので、そいつに寿命、病、生きること、死ぬことってのをやめろって直接殴りこみにいこうってわけだ」

「話が早くて助かるわ。じゃあ次は私たち“死んだ世界戦線”について説明するわ」

「名前決まってたのか?聞くたびにコロコロ変わってる気がするんだが?」

「暫定だからよ。最終的にみんなで納得のいく名前にしたいのよ」

 彼女はもう一度姿勢を正し、ほんの少し息を吸った後高らかに宣言する。

「私たちの主な目的は、神を消し去りこの世界を手に入れることよっ!!」

 スクリーンを叩くと、大きく波うつ。

「当分の間は、天使との戦いになるわ。天使は、私たちにNPCと同じような生活するよう指導してくるの。おとなしく消えてくださいといわんばかりにね。それにこの世界の秩序を守っているのも彼女よ。必ず神とつながっているはずよ。仮に神がいなかったとしても。天使を消し去れば2番目の理由で消える要因はなくなる。この世界の仕組みに抗うことができるわ」

「天使って言うと……昨日見たあいつか?」

 白い髪の、黄金の瞳。見た目は中学生くらいの女。

 俺の体が宙に浮いた短い時間の間に、数回俺を切り刻んだ張本人。

「あいつと戦うって言っても。武器もなしにか? 無理がある」

「昨日あなたも見たでしょう? 私たちは主に銃を使って応戦しているわ」

「銃? あのエアガンの事か? おもちゃで戦える相手じゃないだろう?」

 次の瞬間ッ!

 運動会などでよく聞く火薬銃の音が一回!

 気がつくと目の前においてあった俺の缶コーヒーが破裂し、中身をぶちまけながら宙に飛んだ。

「あぶねぇだろ! 一言ぐらい断れよ! あーあーまだ全部飲んでねぇのに……もったいねぇ。机もびしゃびしゃじゃねぇか…」

 貫通した穴から飲みかけのコーヒーが溢れて机の上を転がる。ソファーにも穴を開けていた。

「百聞は、一見に如かず」

 ステラが、すまし顔で答える。 

「難しい日本語をよくご存知で。さすが、炭酸とハンバーガー育ちのカウボーイは違うな。パワーがある」

「勘違いしないで。紅茶と乗馬育ちよ」

「左様ですか。東の果てから見れば、あの辺の人間は全部同じで違いなど分かりませんので」

「今ので、とても分かりやすかったと思うけれど全部本物よ!」

「そいつで天使と戦うのか? それでもあいつに勝つのは難しいとおもうが?」

「そう思うのも無理ないわ。だからは私達は団結して戦うの。簡単にだけどメンバーを紹介しておくわ。まずは私が戦線のリーダー“ゆり”よ。よろしくね。次は……自己紹介の必要はないかもしれないわね。さっき銃で缶コーヒーに穴を開けて、あなたを引っ張ってきたのがステラよ」

「よろしく。……握手する?」

「もう十分触れ合っただろ? お前はもういい」

「そう? 残念ね」

 言葉とは裏腹にどーでもよさそうだ。

「後ろで、あさはかなりって言い続けてるのが椎名さん。彼女は強いわよ」

 そうだろうな。この部屋に入ってからピクリとも動いていない。ただ者じゃないはずだ。

「まだ修行中の身だ」

「そうかい精進してくれ。よろしく」

「窓際でハルバートを持っているのが野田君よ」

ゆりはそういうと先程から、こちらを睨み続けている男を紹介する。

「俺は仲間だと認めたわけじゃないからな……」

「ずいぶん仲が悪いのね。野田君となにかあったの?」

「お前は、鈍感なんだな。それともそういう“ふり”か?」

「……? 何のことかしら?」

 とぼけているのか? それとも天然なのか、ゆりの反応は分かりづらかった。

「他にも武器の調達を主な任務にしてる人たちもいて、メンバーは大勢いるわ。どうかしら? 入隊して私達と一緒に戦ってくれないかしら?」

 一通り話が終わると、ゆりが手を差し伸べてくる。

 立ち上がりゆりに近づくき、俺はその手を……。

 握った。

「分かったいいだろう。お前らに協力しよう。俺の武器も用意してくれるのか?」

「銃は今から注文するから、時間がかかるわね」

「いや銃じゃなくていい。昔、剣道をかじっていたんだ。せっかくだ。そこの椎名が持ってるような刀はないのか?」

「わかった……。私のを一振り譲ろう……」

 静かに声を発したあと、腰に下げている二振りのうちの一つを渡してくれる。

「大事なものだろう?いいのか?」

「構わない。そのかわり貴重なものだ。大切にしてくれ」

「すまない。ありがとう」

 確かにそう簡単に手に入るものではないはずだ。

 受け取ってみると、尺が少し短く感じる。

 竹刀より短いそれは脇差というには長く、打刀という物よりは短い。

 床につけて立ててみると、柄の部分も合わせれば丁度俺の脚の長さほどだった。しかし、それだけ分かれば十分だ。

「協力することには構わないが、少し条件をつけくわえたい。でも、そんなに大した条件じゃないんだ。簡単なことだ」

 軽く深呼吸して、言葉をつづける。

「悪いが、天使かなんだか知らないが女子供相手に“寄ってたかって”ってのは大嫌いなんだ。昨日俺を切り刻んだ奴も状況から言って、お前たちとの交戦中に巻き込まれただけなのかも知れない。まずは確認させてほしい。あいつが本当の敵かどうかな。あの天使一人だけを嵌めるをような真似にも手を貸すことは出来ない。悪いが相手から攻撃されたときだけ協力する。それだけだ。簡単だろう?」

 納刀したまま柄を握りこむ。

 ギリギリだがこの距離なら日向の首元まで届く。

 相手方の妙な動きにも、すぐ反応できる。

 向こうも戦線とやらのリーダーだ。バカじゃない。状況くらい分かるはずだ。

「ずいぶん勝手なのね」

「だから謝ってる。悪いって。新入りだからな。お前らの言い分だけ聞いて納得するのはフェアじゃない。考える時間ぐらいあってもいいはずだ」

 居合いの姿勢を保ったまま交渉する。

 実際は、ハッタリだ。

 居合いなんかしたことはない。本来、その道を極めた達人が演武で行うものだ。

 それでも基礎は体に染み込んでいる。

 刀の抜く速さ、腰の捻りの遠心力。二つの力を速さに乗せる。

 間合いを見切られないよう刀身は隠し、やや半身の姿勢。

 即席でどこまで通用するのか……。それでも扱いのない銃よりこちらのほうが確実だ。

 部屋の空気が重さを増す。

 自分の呼吸の音すら、うるさいとすら感じるほどに。

 ――。

「わかったわ。そこまで言うなら譲歩するわ。まだこの世界に来たばっかりだものね。自分の目で確かめる事も必要だわ。そのかわり戦線の人が危険な場合は助けてもらうわ。それくらいはいいでしょう?」

「もちろん、それぐらいさせてもらう。天使が敵だとよく分かった場合も全面的に協力する。変な真似して悪かったな」

「ん? 何だよ? なに謝ってんだよっ?」

「日向くんは、本当にアホね……」

「あさはかなり……」

 一気に部屋全体が弛緩する。

 日向は、気づいていなかったのかもしれない。それでもステラと椎名の視線は刺さるように痛かった。

「もういいわ疲れたでしょう? 寮に帰っていいわ。日向くんに案内してもらって」

「おーじゃあ今日は歓迎会だ! 野郎同士で踊り明かそうぜ!」

「お、おぅそうだな」

 さっき切りかかろうとした相手に親切にされるのは正直気が引けるが。こいつは、本当にいい奴なのかもしれない。

「じゃあーこっちだ! ……えーと、そういやお前名前は?」

「ああ、そういえば忘れていたな。阪本玲次だ。玲次でいい。よろしく頼む」

「じゃあ玲次!俺たちのホームに案内してやるぜっ」

「おっ、おう…」

 日向が俺の肩を組んで部屋を出て行く。

 運よく敵中から出ることが出来て、ありがたく無罪放免となった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Angel Beats Children Dissolved 05

俺がこの場所に来て、随分時間がたったように思う。

 随分というと結構たったように聞こえるかもしれないが、まあまあだ。曖昧にしかわからないのは、ここにはテレビもなくカレンダーもないからだ。

 かろうじて曜日だけは決まってるらしい。中途半端な几帳面さが笑けてくる。だったら日付も決めればいいんだ。

 ここにいる連中は、そんな細かいことには気にも留めないようだ。

 最初のうちは数えていたが、馬鹿らしくなった。こんな事しても誰も褒めてくれないだろう、誰も必要として無いのだから。

 ここでの生活は、なに不自由無く過ごせている。

 あえて不満をあげるなら盆栽みたいに変わりばえ無い退屈な景色と、同じ食い物しか出さない学食。となりの奴が食っているカレーを見るだけで、そのカレーの味が頭をよぎる。その時食ってるうどんまで、カレーになった気がしてうんざりする。たまにはマッテリアの最上バーガーが食いたい。

 全寮制というのは珍しいが、それ以外は普通の学校だった。でも規則正しい生活をしてはいけない。模範生になって、消えるわけにはいかないからだ。

 難かしく考える必要はない。

 模範生の囚人服を捨て、戦線の改造制服を着る。

 それと適度な散歩と安眠だ。

 自室の布団にこもって図書館の本を読む。

 今日は“た行”の本だ。こんな日は“た行”の本に限る。ベットの中で、ゆっくりくつろいでいると、ルームメイトの自動くんじゃ無い奴が入って来た。

「阪本君!!そろそろ誤解は解けたでしょうっ!?もうちょっとあたしたちに協力してくれてもいいんじゃない?」

 ゆりが怒鳴り散らしながら部屋に入ってくる。俺のプライバシーなんか、どうでもいいらしい。その後ろにはステラも一緒だ。

「してるじゃないか。この間渡しただろう? 歩いて作ったバスコ・ダ・レイジの地図。図書館の本の点検。一体なにが不満なんだ?」

 今読んでいる本を鳥のようにバタつかせて、協力姿勢をアピールする。

「オペレーションに参加しなさいっ!!」

 俺の持っている本を叩き落とすと、また叫んだ。いちいちやかましい奴だ。

「あのオペレーションなんたらかんたらってやつか? 一回見学しただろう?」

「オペレーションハリケーンよ。全然名前覚えてないのね……」

 ステラは残念そうに肩をすくめ、あきれ返っていた。

「一回じゃ無くて、定期的にやってるのよ!つべこべ言わず参加しなさいっ!」

「あれをやったら天使とかいう女が襲ってくる。こっちから何もしなきゃ天使は無害だ。こっちから危害を加えるのは最初に言った条件に反するだろう?」

「天使が私達の敵ってのはよく分かったでしょ!?」

「いいやまだだ。悪人だと断定できない以上は手出しできないな」

「いいの? 一方的に消されるかもしれないのよ!?」

「消されそうになれば抵抗するし、マッテリアが無い以上消えることもないだろう。この場所への文句なんか挙げればキリが無い」

「マッテリア? 何なのそれ?」

「日本にあるハンバーガーチェーンよ。ステラのとこでいえば、モックがあるんじゃない?」

「モクドだ! モックなんていう奴聞いたことないぞ」

「そんな事はどっちでもいいの! こっちは協力してくれないと困るの!」

「奉仕活動なら参加しよう。ドブさらいなんかは経験がある。実は得意だ。学校中のドブを綺麗にした」

「そんな事すると消えるじゃない! 天使を倒さないかぎり私達に未来は無いのよっ!」

「現状、共存してるじゃないか。何が不満なんだ?」

「いつこの日常が奪われるか分からないのよ? 奪われる時は一瞬なのよ!! わざわざ待ってくれるような親切な奴ばかりだと思わないでっ!!」

 ゆりの張り上げた声が、狭い部屋を揺らした気がした。

「争いで物事が解決するなんて御伽噺だ!死んだ後まで争うなんて俺はゴメンだッ!!」

 こっちも折れる事はできなかった。

 変に熱くなりすぎたかも知れない。

「でかい声だして悪かった……。でも戦いには参加出来ない。それ以外にしてくれ」

「もういいわ……勝手にすれば……?」

 そう吐き捨てると、ゆりは部屋から出て行った。

「お前も用が無いなら帰れ。主人は帰ったぞ」

 ゆりと一緒に帰っていくと思ったが、ステラは部屋に残っていた。ため息をついて主人を見送ると、何故かこちらを見つめて立ち尽くしている。

「こういうの頑固っていうんでしょ? でもあなたは、今なにをしてるの?」

「平和維持活動だ。先人に倣っている。健全な行動だ」

「そう……。そういえば玲次さっき戦う事以外なら協力してくれるっていったわよね」

「あぁ一応な」

「一応じゃないでしょう?言ったわよね!?」

 でかい声を出した後、イヤな笑みを浮かべて問い詰められる。

 いちいちベットの上まで乗っかって来やがった。

 こいつには、ちょっとは恥じらいみたいなのはないのか?さっきのゆりより、こういう奴の方が厄介だ。

「い……いいましたけど?」

「じゃあ私に協力してよ。場所を変えましょうか。話したい事があるから」

「あ……あぁ分かった」

 

 

 二人で寮を出て移動する。

 校舎の方を見ると、授業中の生徒や体育の授業でトラックを走り回る生徒が見える。

 学校というよりは、田舎の大学という方が近いかもしれない。

 建物と建物の間は無駄に長い遊歩道でつながれ、一つの建物も規模がでかい。

 グラウンドに陸上トラック、テニスコート、弓道場、サッカーコート、様々な動物のいる牧場まであった。車を見たことは無いが、広い駐車場まである。

 学校にしては異常に広い。

 案内された場所は、比較的新しい小さな建物だった。

 丁度、一軒家くらいの大きさの白いコンクリートの外壁。校内にある地図にはゲストハウスとだけ表記されていた場所。

 地図を作るときに見つけた時には、施錠されていて中に入ることが出来なかった。

「ここか?鍵が閉まってる。入れないぞ」

「ちゃんと持ってるから。でも誰かに見つかると困るの。早く入ってね」

 ポケットから鍵を取り出し見せびらかすと、鍵穴に差し込む。

 どうやら内緒の場所らしい。ステラがあたりを見回して、誰もいないか確認して中に入ていく。空気を読んで、俺もすかさず中に入る。

 建物の中は、ゲストルームというだけあってか比較的広い。

 客人への配慮かフローリングに絨毯が敷かれ、家具全て木製のアンティーク調で揃えられている。キッチンもそれに合わせてあった。部屋の隅には、高さの低いデスクが一つ。  

 四人掛けのテーブルと椅子。それとは別に使い古したようなロッキングチェアーまである。古い本で敷き詰められた本棚。二階への木で出来た回転階段もあった。

「すごいな……。ここで一人で住んでるのか?」

「そんなわけないでしょう。いくら私がアウトローでも、そこまでしないわ。夜は寮の自分の部屋でルームメイトと仲良く寝ているわ。ここは……そうね、私の秘密基地っていったところかな? 寮生活だと、ほとんどの物を共有しないといけないからね。一つくらい自分の場所があってもいいじゃない? 少しずつ私物を増やして、窮屈に感じたときにここでくつろいでるの」

「いい場所だな。俺もこんな場所が欲しい。もう寮の部屋も飽きた」

「ちなみに、男の子を入れたのは初めてよ」

「あーそー。それで話って何だ?」

「もっと何か反応はないの? 私だって緊張してるのに」

「じゃあ、次は違う場所にするこったな」

 部屋に入っただけで、ここまでからかわれるのは初めてだった。

「まぁまぁ怒ったなら謝るわ。折角だしさ、そこに掛けて。紅茶でも用意するわ」

「コーヒー派なんだがな」

「あんなものは汚水よ……。自家製のいいものがあるの。今淹れてあげる! 本でも読んでゆっくりしてて!」

 傍にかかったあったエプロンを手に取ると、急いでキッチンに向かっていく。

 お言葉に甘えて、ゆっくりすることにした。

 断りを貰った後、暇つぶしに本棚をあさる。

 雰囲気から言って、専門書と資料のようなものしかないと思ったが、意外なことに置いてあるのは桃太郎やかぐや姫といったよく知った絵本が多かった。あとは有名な“吾輩は猫である”や“銀河鉄道の夜”といったものが数冊。

「日本語の本なのに分かるのか?」

「ああそれ?懐かしいわね。もうかなり昔に読んだものよ。ここに来た時は日本語なんか知らなかったし、勉強用に読んだりしてたの。なんか絵本なんか恥ずかしかったから、よくここで隠れて読んだりしてたわ」

 ステラが少し離れたキッチンから答える。手際よく動いて茶菓子まで用意しているようだった。

「ん? どうかしたの?」

 ステラが手を止めて軽く微笑むと、目が合ってしまった。

「……イヤなんでもない」

 ずっと昔の小学生くらいのことを思い出した。

 キッチンに立つ姉さん……。

 本当にもう戻れないんだろうか?

 やめよう。昔なんか振り返っても何の生産性はない。それに誰がなんと言おうと確かめる必要がある。

 本当に俺が死んだのか? ここが死んだ後に来る場所なのかどうか。

 “浦島太郎”を手に取り四人がけのほうの椅子に座る。

 日本語の下には英文があった。何度も書き込んで練習したのだろう。逆に英文を読んで時間を潰すことにした。

「お待たせ!」

 ちょうど竜宮城から解放されるところだった。用意が済んだのか、声をかけられる。

「えらく時間がかかるんだな」

「正しい方法で淹れると時間がかかるのよ。ゲストなんだから、寛大な心で待ってればいいのよ」

 語りかける言葉は、流暢な日本語だ。

 長い時間をかけて得た、ステラの努力の賜物なんだろう。しばらく他愛もない会話をしながら渋みの取れたストレートティーをゆっくり味わっていた。

 一杯目を飲み終わったところで、こちらから切り出す。

「悪いな、のんびりしすぎたようだ。そろそろ陽も暮れるし帰らせてもらう。今日はありがとう」

「待って。忘れ物があるんじゃない?」

 スマートにさり気なく帰ろうとしたが、やんわりと引き止められた。

「わかった……。仕方ないな。それで? 用件は何なんだ?」

「玲次は、パソコンには詳しい?」

「いや取りあえず使えるくらいだが? それがどうした?」

「私は本当にハイテクに弱くてダメなの! 一応人並みなら使えるけど、どうも難しい事は苦手なの」

 どこか胡散臭い調子でステラが答える。

「それで俺にどうしろっていうんだ?」

「天使のいる部屋には彼女のデータベースがあるの。そこからデータをコピーして来て」

「どうして俺なんだ?戦線全員でやれば簡単だろう?」

「理由は二つあるわ。一つは、もう一人私たちを手伝ってくれる協力者が居るの。でも戦線と敵対している生徒会の人なの。敵対してる人間と組みたい奴なんかいないから、みんな嫌がるのよ。いつ背中から撃たれるか、わかったもんじゃないからね」

「俺だってイヤだ。ほかを当たれよ!」

「待ってよ……。そんなひどい事する悪い子じゃ無いわ。見た目もかわいらしい女の子なの。それに日本人よっ!」

「国籍なんかどこでもいい! かわいいかどうかなんて、この際関係ないだろっ?」

「まぁまぁ。信用できる子なのは確かなんだから。それに私のルームメイトなの。それとも生徒会だからって差別するの?」

 差別という言葉に引っ掛かった。

 それにしてもイヤな顔をする。ステラも断れないことを分かっているのだろう。

「わかった……仕方ないな。それと、もう一つの理由ってのは何なんだ?」

「これはゆりにも伝えてある事なのだけど……」

 そう前置きすると、ステラはひと口紅茶を飲む。

「私がここに来て戦線ができる以前にも集団はいくつかあったわ。情報をひたすら集める集団。校内の地下を調査する集団。でも天使と称した超人と戦う集団は初めてね。でも死んだ人が集団を形成した場合、従来よりも早い段階で消えて行く人が多かったの」

「そいつは、まとめて消えていくのか?」

「違うわ。一人づつ消えていって、最後には一人になって消えてしまう。だから戦線もあまり大勢にはしない方がいいかもしれないってゆりには話したけれど、戦線は戦力を優先して人を増やす方針を採っているわ。でも消えるリスクを最小限にした、調査を目的とする少人数精鋭の組織も必要なはずよ」

「それには組織の枠を越えた、両方に対してフラットな組織か」

「イグザクトリー!(その通り)話が早くて助かるわ。天使の脅威もちろん取り除く必要はあるかもしれないけれど、私達死んでしまった人間は、まずここが本当に死後の世界なのか確かめる必要があるはずよ。そのために協力し合ってもいいんじゃないかしら? それに図書館の本を読み漁ったり、地図を作る為にフラフラ歩き回ってる賢者のような人にはピッタリのグループでしょう?」

 確かにステラのいう通りだ。

 それにステラは、天使との戦いに目を奪われず“この場所が何なのか”という疑問を見失っては居ない。そのあたりは俺の目的とも一致している。

 図書館や学校周辺を調べきって、あとは職員室など一人では難しいところばかりだ。

 しかし、ここまでうまい話しに胡散臭さを感じる。見透かされているようで嫌な気分だ。

 ステラが信用に値するか、探りを入れたくもあったが……。

「わかった。協力しよう」

 信用の芽を育てるのには、時間と結果が不可欠だ。

 それはお互いに言える事でもある。それに行動しない限りは、結果も現れないだろう。

 時には思い切りも必要だ。そう考えると、迷う事も無かった。

「ありがとう。私からゆりには言っておくわ。また後日彼女と三人で落ち合いましょう」

「ゆりに報告するのは構わないが、リーダーは簡単に納得してくれるのか?」

「報告しない方が危険よ。戦線を舐めない方がいいわ。玲次が初めて校長室に来た時も、玲次が完全に負けていたかも知れないのよ」

「なんだって……?」

 思いもよらない話を突然されて驚く。

「あの時確かに先に玲次が動けば、反応出来ずにこちらがやられていたわ。でも日向は、座っているソファーを後ろに突き飛ばして対処できるよう、ソファーから手を離してなかった。日向が先に動けば私達も動けるけど、何も無かったのは肝心の日向が動かなかったからよ。おそらく、あなたを信じていたんでしょうね」

 あの瞬間を思い出すと、正にそのとおりかもしれない……

 それに、あのとき俺を連れ出したのも日向だ。

 俺を見送るふりをして、敵陣からわざわざ帰してくれたのかもしれない。

「みんなの間ではバカで通してるけど。彼は飄々としているようで、かなりキレるわ。戦線の立ち上げにも関わった重要な人物よ。戦線の影の参謀と言ったところかしら。椎名だって返り討ちにあった事もあるのよ。彼を甘く見ないほうがいいわ」

 いい薬になった。

 死線を越えて、無事に帰還したと思っていたが。箱を開ければ、完敗っだったらしい。

 同時に薄ら寒くも感じた。

 ゆり達が生半可な水準で戦っているわけでは無い事に……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Angel Beats Children Dissolved 06

久しぶりに遅刻しないよう登校した。

 今日はステラにゲストハウスに来るように言われ、仕方なく布団から出て来た。

 念のために椎名から貰った一振りも携行している。時代が異なれば、お上からお縄を頂戴していただろう。しかし、ここを支配しているのは法律ではなく“校則”だ。

運の悪い事に、今日は生徒会の定期朝集のある日だった。

 馴染みの無い、自分のクラスメイトと体育館に向かいクラスの列に紛れ込む。見れば戦線の人間も何人か紛れている。

 久しぶりの学校生活には、何の愛着もわかない。

 以前登校したときは、校内の探索とNPCの学校生活の調査のために訪れた。

 授業中に抜け出し、先生という名のセンサーをくぐり抜け、極秘情報を求めてさすらってはみたもののカード式のロックがかかっていたり、監視カメラが首を振っている場所まであった。

 そんな高度なセキュリティーに俺になす術はもちろん無い。

 体育館で整列されられ、壇上に教頭のような初老の男の先生が立つと、他愛もない話を始めた。思えば校内の人物については全く把握していない。後で調べる必要がありそうだ。

 団体行動も久しぶりだ。ここに来てからずっと一人で行動することが多かった。こんなことをしていると他の学校に紛れ込んだ気分になり、ここに居ること事態が良いことなのか、悪いことなのか分からなくなる。

「えー。では、次は生徒会長からの報告があります」

 退屈な話がようやく終わって、生徒会長だと紹介され出て来たのは、あの戦線の標的“天使”だった。

「みなさんおはようございます。今週は――」

 一般生徒の着るジャケットとブラウス。膝丈のスカート。黄金の瞳が全校生徒に向けられる。話し出す声は、あの時俺が切り刻まれた時の声となんら変わる事は無い。

 殺し合いの最中と生徒会の朝集。

 彼女にとっては同じ日常でしか無いのだろう。その平坦な声量が恐ろしい。

 ゆりのように躍起になる気も分かる。

 平和と戦争。一般人と殺人鬼。

 混在してはならないのだ。

 やがて、どちらかに破滅が訪れるのは明確だ。

「では、次は副会長からになります」

 天使に促されて出て来たのは、今はあまり見かけない学生帽をかぶっている。背の低い男子生徒だった。

「副会長の直井です。近ごろ学校では――」

 ステラが言う協力者というのは、あいつかも知れない。

 NPCの制服を着て、視線を悟られないよう帽子をかぶって男装までしている黒いショートヘアの女。淡々と話す声から、冷静で頭の切れそうな感じがする。影で悪巧みをしそうな印象。仲良くはできそうにないが、強力そうな助っ人だ。

「どうした?さっきからあいつをじっと見つめて?ははぁ?まさかお前惚れたのかぁ?」

 後ろから日向に話しかけられる。

 初めて知ったが、こいつとはクラスが同じらしい。戦線の重要なポストにいる奴だ。あの副会長のことも知っているだろう。

「好みじゃないが、綺麗な顔はしてるな」

「げえっホントかよ……お前そっち系かぁ?俺はパスだ」

 そっち系?疑問に思い壇上に視線を戻して気がついた……。まあ言われて見れば四つは年下に見える。青い果実が好きな奴の事かも知れない。

「待てよ……!俺は別に小さい子が好きなわけじゃないからな……」

「わぁかってるって。内緒にしといてやんよ」

 激しく誤解されている気がするが、面倒なのでほっておく。

 副会長が話し終わると解散となり、その後教室にもどって久々に授業を受けた。

 

 

 

 やっとのことで長い授業が終わり、昼休みになるとゲストハウスへ向か事にした。

 戦線以外の人間と会うことに少し緊張していた。とうとう対面かと思っていたが、ゲストハウスの前にはステラが一人で立っていた。

「待たせたな。あいつはまだなのか?」

「あれ?知り合いだったっけ? あの子ともう会ったの?」

「今日の朝集で見かけた。そういや飯はどうなる?死んでても腹は減るんだぞ?」

「分かってるわ……。ちゃんと用意するから」

 呆れたふうに答える。まるで俺が要求するのを分かっていたような感じだった。

「用意する? んなもんどこにある? ここじゃ学食の一択じゃ無いのか?」

「あんな物ファストフード以下よ。自分で作るのよ。ほら行くわよ」

「はぁ? なんだそれ?」

 ゲストハウスを通り過ぎてしばらく歩く。行き着いた先は、小さな庭。いや、軽い農園だった。ビニールハウス一個分ほどの広さに何種類もの野菜や果物が栽培されている。

「ここは、お前の農園なのか?」

「そうよ、退屈だったから作ったの。荒らさないでね?」

「荒さねぇよ。俺を何だと思ってるんだ……?」

「ジャガイモ、ニンジン、タマネギ。後は好きなもの取りなさい」

「材料から考えると……カレーか?」

「正解! カレーはいけるでしょう?」

「ニンジンはあまり好きじゃない……」

「しっかり食べないと大きくならないわよ!」

「もう、そんな年じゃねえよ……」

「まぁ、どの道ここじゃもう大きくならないけどね。さ! 早くしないともう一人来るんだから。三人分よ! さぁ働け! 働けば自由になる!」

「世界一恐ろしい脅し文句だな」

 埋まっている物は、何があるのよく分からなかったので、俺でもパッと見てわかる茄子とかぼちゃを用意した。今が夏なのかは分からないが、少し暑い。

 気分だけでも夏にしよう。

 適当に材料をとった後、ゲストハウスに戻って、ステラがキッチンに向かう。

「手伝おうか?」

「玲次は、料理の経験はあるの?」

「おままごとで、お母さんの役をやった事なら……」

「いいわ……座って待ってて」

「わかりました」

 この前と同じ様に、絵本を取り出して腰を掛ける。

 桃太郎を読むことにした。知っている話の方が少しは楽しめるだろう。吉備団子をもらう家来が羨ましい。俺も腹が減った。

「お待たせ! 出来たよ! それにしても、まだ来ないのかな?あの子遅いわね」

「忘れてんじゃないのか? それか嫌われているか」

「そんな酷い子じゃないわ! 玲次と一緒にしないで」

「俺が悪人ってか? 今日見かけたが、かなりの悪人ヅラだったぞ」

 本を元に戻そうと立ち上がった時だった。

「おじゃましまーす!」

 玄関から声がした。あの感じの悪い奴が入ってくるかと思ったが……

「誰なんだこの子? 今日の朝集にはいなかったぞ?」

「ちゃんといたから。彼女は書記だからね。横で“かきかき”してたんじゃないかな?」

 ステラがジェスチャーを交えて説明していると、靴を脱ぎこちらへやって来る。

 黒いショートヘアで、アシンメトリーと言っただろうか?片耳が出ている変わった髪型だ。ちょこちょこと頭を動かすたびに髪がサラサラと動いている。きっと手入れが行き届いているんだろう。

 戦線の制服ではなく、NPCの制服に生徒会のピンバッチ。ここから見ても身長が小さいのが分かる。片手に白いシャチのようなヌイグルミをつけていた。

「はじめまして、宍粟香住といいます! 生徒会で書記をやってます! これからよろしくお願いします!」

 大人しそうな外見と違って、ハキハキと喋る感じのいい奴だった。丁寧にお辞儀までしている。

「“しそう”か変わった名前だな。どんな字を書くんだ?」

「うかんむりに六を書いて、甘栗のくりで“しそう”です。あまり馴染みのない名前なんで、最初は誰も読んでくれないんですよ」

「俺の苗字も少しかわってるんだ。阪本玲次。坂道の坂じゃなくて、大阪の阪の字を書くんだ、よく間違えられる。寮で平和を守っている。よろしく」

 俺のプロフィール以上。

 なんだか肩書きで負けていて、悲しい気持ちになる。

「せっかくだし、この子の紹介もしときます!この子はマゴちゃん!小さい頃から一緒なんです」

 生きていたか……。

 思わず頭を片手で押さえ、天を仰ぐ。

 手袋である事を祈っていたが、叶わなかった……。

「ようっ! 僕マゴちゃん! よろしくなっラリパッパ!」

 プチン……

 頭の中で何かが切れる音がした。

 人形をつかみ高く持ちあげる!

「よろしくなぁ? マゴちゃん! オットセイだったかぁ? えぇ? でもお前は次から、敬語で頼むぜぇぇ?」

「……かかってこい」

 もっと持ち上げる事にする。

「上等だぁ! 水棲動物……。地面の硬さを教えてやろうかぁ?」

 ふと気になって香住の方を見る。

 右手を俺に持ち上げられ、顔をみられないよう必死に斜め下の床を向いている。ほんの少しつま先立ちになりプルプルと震えていた。

 悪ふざけが過ぎた。なんだか可哀想になり離してやる事にした。

「マゴちゃんはイルカなんです! 水泳で一位になった事もあるんです! ねーー」

「ねーー」

「さ、カレーも出来てるし、ご飯にしましょうか!」

「そうしましょう! そうしましょう!」

「わーい! マゴちゃんも食べるぅ!」

 マゴちゃんのために、小さいお皿も用意し、机に座って四人で頂きますをして食べる。

「うまいな……」

 感動してしまい、考える前に言葉になっていた。

 素直にそう思う。

 ルーの程よい辛さなの中にあとからかぼちゃの甘みがやってくる。茄子のしゃきしゃきとした食感を愉しんでいると、いつの間に半分以上平らげてしまっていた。

 食堂の飯に飽きていたのもあるかもしれないが感動的なウマさだった。 

「イギリスでもカレーなんかあるのか?」

「カレーはあるけれど、カレーライスにする事は滅多にないわね」

「ローウェルは、カレー以外もつくれるんです! すごいでしょう!」

「ローウェル……?あぁ、ステラの下の名前か。自分のことのように威張ってるが、香住は何もしてないだろう?」

 自慢げに香住が答える。むしろ俺のほうが手伝ったくらいだ。

「たいした物じゃないわ。ルーも食堂のもらいものだしね。野菜は昔園芸部が使っていたところをそのまま使ってるだけよ」

「昔って……園芸部は今どうしてんだ?」

「人数が減ってなくなっちゃった。人間がいなくなるとNPCもいなくなるみたい。それでその農園を私が引き継いだの」

「そうだったのか……。そういやステラは、ここに来てどれくらいなんだ?」

「もうずっと前ね。私がここに来た頃の人はみんな消えてしまったわ。ゆり達が来たのもついこの間の事みたい」

「それで、いろいろ詳しいんだな。でも結局ステラはいくつくらいなんだ?」

「女の子に年齢を聞かないの……」

 不機嫌そうに答える。

 地雷を踏んだかもしれない……。

「でも実際、本当に分からないわ。ここじゃ歳をとらないからね。姿も死んだ頃のまんまだしね」

「だからさっき大きくならないって言ってたのか。それは知らなかったな。悪い事ばっかりじゃないんだな」

「ローウェルはしっかりしてて、お姉さんみたいですからね。でも寝言がうるさかったり朝起きたときはヒドイんですよ!」

「どんな夢みりゃあそうなる? あの時も、あんだけ引きずられても起きないなんて、どうかしてるぞ?」

「起こそうと思ってもぜんぜん起きないから、あたしも最初は病気かと思って寮長さんのところまで、泣きながら走ったこともあるんです!」

「可哀想に。最悪だなルームメイトを泣かせるなんて」

「じゃあ、玲次はルームメイトと仲良くしてるの?」

「挨拶程度にな。今日の授業はどうだった?とか好きなやつはいるのか?とか適度に話してる」

「恋してるんですか!? 玲次さんのルームメイトは素敵ですね」

「あれ? でも玲次のルームメイトはNPCじゃなかったかしら? 随分個性的ね」

「あぁ。だからどの教科も楽しいし、みんな大好きだってさ。無害で毒の無い、人のいいやつだ。夜中も静かだしな」

「……うるさいわね。玲次と寝る事は無いから安心して」

「それは、それで寂しいな」

「大人の会話ですね! 香住、分からないです!」

「香住だって魅力的だよぉう! マゴちゃんが言うんだから間違いないよ!」

「ホント!? マゴちゃん応援してね!」

「うん! まかせて!」

 アザラシが調子に乗っていた。

 さっきの俺への態度はなんだっただろうか? 疑問は尽きない。

「それより協力してくれのは構わないが大丈夫なのか? 天使に殺されるかもしれないんだろぞ? 俺はあのイケ好かない副会長の奴が来るかと思った」

「直井くんのことですか? 違いますよ。それにあの人はNPCですよ」

「女の子だって言ったじゃない。それとも玲次は、あーいう子がタイプなの?」

 クスクスと悪戯げに笑う。

 朝集の時、日向との会話が噛み合っていなかった事も今なら納得が行く。最悪だ……これはさすがに後で誤解を解く必要がありそうだ。

「わぁ……そうだったんですかぁ。大丈夫です。あたしはそういうの大丈夫なんで……どうぞ続けてください」

「玲次のゲイっ! ホモっ! BL!!」

「おい……! そっちのアザラシは文句あるようだが?」

「マゴちゃんはアザラシじゃないですっ! イルカです!」

「アザラシも、セイウチも、イルカも一緒だっ! あの辺でみんな仲良くやってんだろ!」

「みっともないわよ。人のイルカいじめてどうするの?」

「そうだ! そうだ! 失礼だぞチミ!」

 天を仰いだ…。

 俺よ……。落ち着くのだ。

 相手の調子に乗せられてはいけない。

「それで香住はどういった事で協力してくれるんだ?」

 気を取り直して本題に戻ることにする。

「あたし、パソコンが得意なんで情報収集したりして頑張ります」

「見かけによらず、そんな事出来るんだな」

「今はすごいのね。パソコンで何でも出来ちゃうらしいじゃない。香住はこの作戦にとって重要な人物よ。ご飯が食べ終わったら作戦について話すわ」

 作戦か……。

 いよいよ本格的に首を突っ込むことになった。

 面倒な事にならなければいいんだが……。

 大盛りのカレーライスを食べ終えると、ふと気になった事があるので聞いて見る。

「おい、マゴちゃん! さっきから全然食べてないじゃないか。どうした? 調子でも悪いのか? こんなにおいしいのに!」

 ご主人の食事中、マゴちゃんは香住の手を離れテーブルの上でたたずんでいた。

 イルカのくせに直立している。もちろん動く事はない。じっとしている。

「このままマゴちゃんが食べ終わるの待ってたら日が暮れるなぁ?まぁ、これからはマゴちゃんも仲間だし?食べ終わるまでずっと……ずっと、ずーっと待っててやるよ」

「バカにしてるなぁ! イルカだってカレー食べるんだぞぅ!」

 無理がある……。

 少なくとも、水族館にそんなイルカはいなかった。

「ごめんなさい。マゴちゃんは恥ずかしがり屋さんなんです。ネコさんみたいに食べてるところを見られるのがイヤみたいなんです」

 猫がどうだったかは覚えてないが、香住はテーブルの上にあるマゴちゃんのお皿とマゴちゃんを隣の椅子の座らせた。

 当然ここからでは見えない。

「はい! マゴちゃん。どうぞ召し上がれ!」

「うわーいっ! 香住ありがとう!」

 マゴちゃんは喜んでいる。

 テーブルの下からは「うま、うまうま」と聞こえてくる。イルカはそんな声で食べない。

 どういう仕組みになってるのか気になり、テーブルの下から覗いてみる。

「おい香住! ズリーぞ! お前が食ってどうする! せっかくのマゴちゃんの分が無くなるだろーが!」

「マゴちゃん、もうご馳走様したもんねーだっ! レイジのばーか!」

「もう食べれないっていうので、残りをあたしが食べたんです。ごちそうさまでした」

「そうかよ……邪魔したな」

 諦めて体を起こす。

 すでに食い終わっていたので、皿をシンクに持って行く。先に食べ終わり洗い物をしているステラに話しかける。

「大丈夫なのか? こんな即席のチームで出来る事なんかあんのか? それに、香住は生徒会に人間なんだろ? 話が洩れたら香住は生徒会から干されるんじゃないのか?」

「簡単な作業だから。香住は仲のいいルームメイトって事で通してもらってるから。それより、玲次はカレー残してない? もったいないお化けがくるわよ!」

「よく、そんな事知ってんな」

「絵本フリークだからね。あの図書室、幼稚園児向けの雑誌まであったわよ」

「一体誰が読むんだ? 俺には関係ないな」

「そう? あなたみたいな捻くれた人には、勉強になるかもね」

「失礼な女だな。俺みたいな紳士はそういないぞ」

 ステラが洗い物をしている間、退屈凌ぎに香住たちと絵本を読んで待つ事にする。

 手伝おうかと聞いたが、必要ないと冷たくあしらわれてしまった。

 死んだ後は英語の勉強をするなんて、誰が思っただろうか……

 それでも、かわいらしい女の子たちと一緒だから、椅子に座って勉強させられるよりは格段に楽しい。もれなく、喋るオットセイまでついてくるがな。

「じゃあ、片付けも終わったし始めましょうか!」

 わざわざ食後の紅茶まで用意してくれた。

 椅子にかけて、まるでゴシップでも愉しむかの様に話し始める。

「今度、戦線が大規模な作戦を行うの。作戦名はオペレーショントルネード。大量の食料の確保、及び天使の撃破が目的とした作戦よ。今までのハリケーンよりも規模は大きいわ。戦線がその作戦を遂行している間、天使エリアと言われる場所に侵入して情報を入手してきて欲しいの」

「なんだそれ? 疑問が多すぎる。俺は戦線の幽霊部員だぞ? 丁寧に分かりやすく説明してくれ。ついでに日本語でな」

 聞いた事もない様な単語を並べられて混乱した。

 香住は俺とは違い、じっと話をきいている。事前に内容を知らせているのかもしれない。

「順番に説明するわ。まず最初にオペレーショントルネードについて説明するわね」

「香住は戦線じゃないんだろ? その作戦の事知ってるのか?」

「ハリケーンという作戦なら知ってますが、トルネードは初めてです」

 不思議そうに首を傾けていた。どうやら本当に極秘らしい。

「トルネードは、これまでのものとは違ってもっと大規模なものよ。陽動を行う別部隊が、一般生徒を含む大人数のNPCを体育館のフロアに集めるの。そのあと工業用の大型扇風機を使いフロア内に小さい竜巻を発生させ、生徒の持っている食券を巻き上げるものよ」

「食料の確保っていうか、食券奪い取ってるだけなんじゃないか……? つーか、そんなにうまくいくのか?」

「だから実用性があるか確認するの。今回はテストエクササイズね。陽動部隊も事前に告知をしているの。体育館だと人も集めやすいし、風も安定して予測しやすいからね。それに一般生徒の安全の確保を最優先としているわ」

「そっちのほうが重要だろ。最初からそう言え! ややこしいだろうが! なら何で食券を奪う必要がある?」

「巻き上げた食券を使えば、不正行為となり消える確率を軽減できる。あとは安全の為の税金らしいわ」

「とんだ押し付けだ。ありがた迷惑ってやつだな……」

「それを私に言われても困るわ」

「以前は、戦線の人が追い回して集めてたんです。今回から陽動部隊が一箇所に集める方式に変わったようです」

「追いまわすって……もっとやり方なかったのかよ。いったい誰が考えたんだ?」

「私よ」

 意外なところから声が挙がり、空気が濁った。

「牧羊からヒントを得たの。手っ取り早いでしょう?」

「お前は落第だ……」

「生徒が流れ玉に当たるよりはマシよ。でも新しい方式はみんなも納得の内容よ」

「どうせロクでもないもんだろう? もういい続きを話せ」

「そう? まぁ陽動作戦の実行はさらにもう一つメリットが有って、陽動地点に天使を誘い出す目的があるの。作戦開始後、天使は体育館を目指してやって来るわ。戦線の精鋭は体育館周辺の警備にあたり、天使を発見次第応援を呼び迎撃、撃破。以上がオペレーショントルネードの内容ね」

「それで、俺たちはどうすりゃいいんだ?」

「あなた達には戦線のメンバーが迎撃している間に天使エリアに侵入してもらうわ。天使エリアにあると思われるデータベース内からの情報の入手。玲次はそのサポートにあたって欲しいの。天使エリアには香住が案内するわ」

「待て。お前はどうするんだ? 言い出しっぺだろう? 手伝えよ」

「ごめんないさい。私はすでに陽動部隊に組み込まれているわ。今回は二人でお願いしたいの。頼めるかしら?」

「拒否できるならしたいが、今更イヤですなんて言えないんだろう? 別に構わない。それくらいなら協力しよう」

「香住も無理言ってごめんなさい。お願いできるかしら?」

「任せてくださいっ! あたしにしかデータ解析は出来ないと思います!」

 初対面の印象とは違う、はっきりとした声で答えていた。

 PC関連には、かなり自信があるのかもしれない。頼もしい限りだ。

「香住は生徒会の関係者よ。この作戦は戦線にも伝えられてないわ。この作戦を知っているのはゆりと日向だけよ。トップシークレットだから、そのつもりでお願いね。トルネードの時期は分かりしだい連絡するわ」

「じゃあ残念だが、マゴちゃんはお留守番だな。お土産に魚でも持って帰って来てやる。三枚におろして食え」

「マゴちゃんも、いくもんね〜。玲次のカス〜」

「やめておけ。危険だ。それに生きて帰れないかもしれないんだぞ……!」

 どの道、とっくに死んでいるんだが。

「ちょっと行って帰るだけじゃない。連れて行ってあげたら?」

「あたしも一緒がいいですっ!」

「わかった……。もうなにも言わん。勝手にしろ」

 天を仰いだ。

 置いてけよ……。

「そういえば、陽動部隊ってのはどうやって人を集めるんだ?」

「ライブよ……。ロックのね!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Angel Beats Children Dissolved 07

顔合わせをして何日か経ったある日。

 朝方ルームメイトが登校した後、入れ替わりでステラがまた部屋にやって来て、明日の夜オペレーションが実行される事を伝え聞いた。

 香住とは、ゲストハウスで会って以来連絡をとっていない。

 学校で見かけても声をかけることは無く、礼儀の正しい子なのか、廊下をすれ違ったときに丁寧な目礼をされたくらいだ。生徒会の連中に見つかり、香住が疑われてしまう事だけは避けなければならない。

 天使エリアの場所も戦線の機密保持という名分で知らされる事は無かった。

 俺に土壇場で逃げ出されては困るからだろう。徹底と言えば聞こえはいいが、そこには俺に対しての信用が抜け落ちている。こんなことでうまく連携できるのか怪しいもんだ。

 キャッチボールでもして仲良くなってから、作戦なりオペレーションなりすればいいんじゃないか? とは思うが、そんな提案は受け容れられないだろう。

 戦線と生徒会……。

 三人を取り囲む環境がそれを許すはずがない。

 明日の作戦に備えて俺が出来ることは少ないが、陽動作戦部隊が活動するであろう場所の下見だけでもしておこうと、ライブが行われる体育館まで来ていた。

 正面の入り口まで来ると、大きな二枚扉が開けっぱなしになっていた。

 演奏に使う機材を搬入したときのままなのだろう。鍵がかかっていれば、不様に帰るしかなかったが、どうやらその心配はなさそうだ。

 厚みのある内扉をひいて中に入ると、強い光に襲われる。

 夕暮れ特有のオレンジ色の光が階上の窓から差し込み、板張りの床に反射して一層強い光を放つ。

 バスケットコート四面分以上はあるだろう、かなり広い体育館。壁は白いコンクリートに、肩の高さまで木の板が張られている。遥かむこうに見える壇上には、機材が建ち並び楽器を持ったステラと女子生徒が二人。一人はドラムセットに囲まれている。

 みぞおちに響くバスドラム。ゴツくて太いベース。シャリシャリのクラッシュシンバル。エレキギターのディストーションサウンド。

 ちょうどライブのリハーサルをしていたのだろう。

 懐かしかった。

 親しい友達に偶然出会ったような嬉しさ。

 ここに来てから音楽なんて聴いてなかった。あれだけ好きだったのに、ずっと忘れていた気がする。ほんの少しだけ戻ってこれたような気がした。

 演奏が一通り終わると、こちらに気づいていたのか予想外の客に全員がこちらを向いた。

気を使ってもう少し静かに入ってくればよかったかもしれない。

 壇上に登りロックスターに声をかける。

「すげえな……これが陽動部隊か。にしては本格的な演奏をするんだな」

「玲次じゃない! 来てくれたの?」

 楽器をスタンドに乗せて駆け寄ってくる。プレイし終わって、いつもよりハイになっているのかもしれない。

「アイドル気分かよ……たまたま通りかかっただけだ。それにしてもうまいんだな。みんな戦線のメンバーなのか?」

「そうよ紹介するわ。ボーカルとリズムギターの岩沢さん」

「よろしく」

 赤い髪のセミロング。

 いかにもロックミュージシャンといった感じだ。答える声からクールな性格がうかがえる。それは先程の演奏にも表れていた。

「こっちはリードギターのひさ子よ」

「よう幽霊部員! たまには顔出せよっ。みんな噂してるよ!」

 金髪のポニーテールの女に茶化される。こっちは見た目通りラフな感じだ。

「悪かったな。こっちは毎日ベットで平和を守るのに忙しいんだよ」

「ジョン・レノンかい? 硬派だねぇ。今時そんな事知ってるやつ少ないよ」

「あっちのドラムの女の子が入江。それとキーボードの前にいるのが関根。いつもは関根がベースを弾いているの」

「じゃあ何で今は鍵盤叩いてんだ?」

「ステラが最初の一回だけ演らせてくれって言うから仕方なくね……」

 呆れた風に岩沢という子が答えた。

「はぁ?待て……話が見えない。じゃあステラは一体なんなんだ?」

「明日一回限りの特別ゲストってわけ! あたしらは元々“Girls Dead Monster”ってバンドなんだ。オペレーションも試験段階だから、バンドも仮メンバーって事で」

「使い物にならないなら、私らも追い出すんだが……腕は悪くない。むしろ、うちの関根と変わらないくらいだ。テクニックは関根のほうが勝っているが、ステラは独特のメロディーラインで演奏する。それに重く安定している」

 ひさ子が説明してくれた後、リーダーらしき岩沢が答える。

 流石にバンドの華を飾るだけのことはあり、音楽のことになると饒舌だった。

「最初で最後だからって、毎日通ってお願いされちゃあね……あたしらも断れないよ。入江は全然納得いってないみただけどね」

「当たり前です! ベースとドラムがあってのロックバンドですよ? しおりんが、かわいそうですっ!」

「そうかな? あたしは、新鮮で楽しいけど?」

「しおりん~っ!!」

「……だそうだ。綺麗さっぱりにして去ってもらう為の一回限りってわけ。このメンバーは明日限りで解散ってわけだ」

「ごめんね……。でもこのメンバーで作る音はこれで最後なんだしさ。せっかくなんだから楽しもうよ! ホラ明日限定のバンド名も決めたんだし」

「なんて名前に決めたんだ?」

「The Anonymous(アノニマス)。名無しさんって意味。ビートルズ風に“ザ”もつけたの。かっこいいでしょう?」

「もっと愛情のある名前にしろよな。悪いなうちのステラが迷惑かける」

「なんだよお前達。実は付き合ってるのか?」

「そうよ」「そうだ」

 思わぬところで声が揃ってしまった……。

「馬鹿っ! お前は否定しろよ! 冗談じゃなくなるだろうが」

「別にいいじゃない。どっちでも」

「よくあるかっ! ちゅーするぞ! いいのか?」

「別にいいわよ。ほっぺならね!」

 頬を指差し挑発される。

「もういい、俺の負けだ…」

 天を仰ぐ。

 気がつけば、ここに来てから振り回されっぱなしだ。

 いつか一杯食わせないと、俺の沽券にかかわる……。

「そうだ、よかったら少しギター貸してくれないか? 少しだけでいい」

 駄目もとでひさ子に頼み込む。

「別にいいけど、弾けるのか?」

 ギターを受け取り、ストラップを肩からかける。

「少しだけな……。昔たまに弾いてたんだ。懐かしいな……」

 ネックを握り。簡単にチューニングを済ませる。

「そうだっ! クイズでもしようぜ。この曲分かるか?」

 簡単な誰もが知っているリフを弾く。

「スモーク・オン・ザ・ウォーターだろ? それくらい知ってて当然さ」

「正解。じゃあ次は?」

「デイ・トリッパー。硬派だねぇ」

「古いのが好きなんだ。じゃあ最後だ」

「知らないと思ったのか? オータム・リーブスだろう?」

「よく知ってるなぁ! お前は正真正銘のギターヒーローだ」

「だろう? 音楽だけは負けないよ!」

「でもその曲ジャズスタンダードじゃない。やっぱり玲次は、ひねくれ者ね」

「やっぱり、古い音楽はいいもんだなぁ。海を越えるだなぁ。お前も物知りだなステラ」

「ここでの生活が長いからね。いろいろ知ってるのよ」

「ありがとうひさ子。いらないギターがあったら俺にくれ。俺も暇つぶしに弾きたい」

「わかった任せときな! お前も音楽好きなんだな!」

「ジャズもいいもんだぞ? 実はロックに負けないくらい熱いんだぜ?」

 借りていたギターを返す。

 演奏するのが楽しく、少し長居してしまった。

 以前地図を作ったときに体育館の構造はだいたい把握しておいた。壇上以外は特に変化もしてなさそうだ。本来の目的は十分果たしただろう。リハーサルの邪魔をしてはいけない。早々に立ち去る事にする。

「忙しいのに悪かったな。明日は楽しみにしてる! 頑張ってくれ!」

 リーダーに応援の声をかけて出口に向かう。

「ああ……ありがとう。いい音を聞かせるよ」

「明日は、よろしく玲次」

「ああ、任せろ」

 とは言ったものの、ライブに顔を出すことは出来ないだろう。明日は“野暮用“がある。

 全員が無事に明日を乗り切る事を祈るばかりだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Angel Beats Children Dissolved 08

「まもなくオペレーションを開始する。各隊は遊佐の指示に従い作戦を進行せよ。各自、時計合わせ。秒読み開始……3、2、1、オペレーション開始……!」

「1900オペレーション開始します。陽動部隊は行動を開始。指示があるまで行動を維持せよ。A部隊は哨戒行動開始、体育館周辺に展開しなさい。作業班、B部隊は体育館内で待機。非戦闘員は引き続き、NPCと一般人を体育館内に誘導しなさい」

「陽動部隊了解。ただちに行動を開始する」

「Aチーム了解。天使の襲撃に備える」

「陽動部隊行動開始しました。体育館内の人数は200人前後。B部隊より生徒会関係者発見の報告。図書委員会、環境委員会と見られます」

「B部隊は引き続き待機。各部隊は管理委員会、風紀委員会、生徒会役員を発見した場合報告せよ」

「了解。各隊通達。管理委員会、風紀委員会、生徒会役員を発見しだい報告せよ」

 ゲストハウスの小さな室内に通信音声が響き渡る。

 体育館館内の音も別で拾っているようだ。作戦の音声に紛れ陽動部隊の演奏が聞こえてくる。今時フリーセッション(自由演奏)から始めるバンドも珍しい。

 リビングテーブルの上には二つのタブレットが置かれている。

 一つはは先ほどから戦線の通信を傍受し続け、一つは香住が何らかの作業に使用している。OSの関係で二つあった方が便利なんだそうだ。それに、いち早く情報を理解する為には二つがベストで、二つ以上は非効率なのだとも言っていた。パネルを二枚使うデュアルディスプレイと似ているのかもしれない。

「しかし、オペレーションってのは結構本格的なんだな。もっと簡単で適当なもんかと思ってた」

「戦線の人数が増えるに連れて、オペレーションも高度で複雑なものが実行できるようになったので、それに合わせて今のような組織図を作ったようです」

「昨日今日できた組織じゃなさそうだな。よく訓練されているし管制の人間までいる。」

「遊佐さんと言って、戦線でも比較的古参の人なんです」

「知り合いなのか?」

「はい。お昼をご一緒する事もあります。あたしが生徒会の人なのに、よくしてくれます」

 香住からは、初めて会ったときの明るい印象は薄れていた。

 緊張しているのか、あるいは作業に没頭しているのか。香住はタブレットをじっと見つめたまま受け答えしている。

「香住は、どうして戦線に入らなかったんだ? 当然勧誘されたんじゃないのか?」

 慌ただしく動かしていた手を止め、香住が一度こちらに向き直る。

「ここに来てしばらくした頃、私も戦線のベッドクオーターに連れていかれて、ゆりさんからお話を聞きました。この場所のこと。天使のこと。戦線の戦う理由。でも突然そんな沢山の事を一度に聞かされて、怖かったんです」

 罪を告白するかのように伏目がちに答える。だが、香住の言い分も理解できる。

 俺の時と同じようならば、いきなり部屋に軟禁され大人数に囲まれながら神についての話をされたのだ。あたまのおかしな奴らの新興宗教の勧誘にしか思えないのも無理はない。

「だから、その時は勇気を出して断りました。そしたらゆりさんは気が変わったら教えてくれって、優しく言ってくれました。その後、たまたま生徒会の人から学校の為に書記を手伝って欲しいって言われて生徒会に入ったんです」

「戦線と生徒会が敵対してるのは知っていたのか?」

「ごめんなさい。その時はまったく知りませんでした。後から別の戦線の人に知らされたんです」

「別に謝らなくていいぞ。お前は何も悪いことしてないんだからな」

「ありがとうございます。でも臆病者だって思われるかもしれないですけど、あたしが納得いっていないのに、傷つけ合うような事はしたくないんです。生徒会の人たちだって悪い人じゃないです」

「ひとつ聞きたいんだが、生徒会の人間はNPCなのか?」

「分かりません。でも一般の人もいると思います。失礼になるかと思ってあまりそういった質問はしたことがないです」

「学校に行っておとなしく生活してても、そうそう消えないものなのかもな。よくわからなくなって来たな……」

「少なくとも、あたしを生徒会に誘ってくれた人は一般の人でした」

「名前は、何ていうんだ?」

「蒼野 莉絵(あおの りえ)さんという方です。ご存知ですか?」

「いや知らないな。でもこんなに生徒会のことをベラベラしゃべってもいいのか?」

 本来、生徒会の機密情報であるはずだ。書記といえど生徒会では重要なポジションで、内部の情報を簡単に教えていいはずがない。

「大丈夫ですです。書記と言っても議事録の内容をまとめる程度なので。それに環境委員長である莉絵さんが管理しているので、私には詳しいことは知らされてないはずです」

「もうひとつは聞きたい。その話だとステラと香住は本来敵対するはずだ。なぜ仲良く手を組んでいる?」

「あたしが生徒会に入ってしばらくした時に、ローウェルが戦線に入隊してくれたんです。あたしが本格的に戦線の人たちと敵対しないようにしてくれました」

「ローウェル? ああ、ステラのことか……。そういう経緯があるんだな。いろいろ聴いて悪かったな。さすがに背中から刺されるのはご免だからな。戦線と生徒会の意味不明な争いごとに巻き込まれたくないってのは俺と同じだ。今日はよろしく頼む」

「ありがとうございます! 今日は任せてください!」

 少し緊張がとけたのか、ようやく香住の表情が明るくなった。このまま全てうまく行ってくれればいいのだが。

「B部隊より報告。体育館内に風紀委員会。数は13名。風紀委員全員到着しました」

「B部隊、風紀委員会にあたり陽動部隊を守れ。こちらからは絶対に攻撃しないように。負傷者が出た場合は応戦せよ。なお一般生徒の安全を優先する為、発砲は禁止する」

「了解。リーダーよりB部隊。風紀委員会にあたり陽動部隊を守れ。こちらより攻撃はするな。負傷者が出た場合応戦。ただし発砲は禁止する。一般生徒の安全を最優先にせよ」

「B部隊了解。行くぜぇっ! テメェらぁ!! ロッケンロールっ!!」

 どうやら少し動きがあったらしい。香住は作業に戻り、また忙しそうにタブレットを操作していた。

「少し余裕はありますが、このままお話ししますね。作戦フローチャートがそちらのタブレットに入ってるので見ていただけますか?」

 タブレットの誤作動ロックを解除すると、判りやすいようトップにファイルがおいてあった。タップして開くとドキュメントが表示される。

「この後、管理委員会が体育館に来ると思います。ここまでが口頭注意に当たります。次のフェーズ(段階)に移り実力行使となると、生徒会側とB部隊が体育館内入り口側で交戦。鎮静化できない場合、天使が出現します。A部隊が天使を発見次第、あたし達はガラ空きになった天使エリアに潜入します」

「まったく誰もいないわけじゃないだろう?」

「警備は生徒会室と違い手薄だと思います。見つからないようにうまく動きましょう」

「頼むぜっ! ウスノロっ!」

 ここに来てマゴちゃんがようやく喋り出した。

「こいつも行くのか……?」

「マゴちゃんには静かにしておくよう言ってますので大丈夫です。ねっ?」

「うん……ボク、ダマる……」

「気になったら、ときどき声をかけてあげて下さいね」

「まってるぞっ。あん・ぽん・たんっ!!」

「最後に腕時計とこれを渡しておきます。スポーツタイプのイヤホンです。これで戦線の状況を確認できます」

 香住はリュックサックから、イヤホンと小型のダイアルの付いたコントローラーのようなものを取りだす。

「こいつで戦況は分かっても、回りの音は聞こえなくなるだろう?」

「いえ。このイヤホンだと回りの音は聞こえますし、音漏れもしません。それにダイアルで音量を調整、チャンネルボタンで戦線の通信と館内の音声を切り替えること

も出来ます。緊急の時には消して下さい」

「スゲーな……。世の中便利になって行くもんだなぁ」

 試しに装着すると戦線の通信が聞こえて来る。

「それと盗聴を防ぐため、あたし達の間では通信出来ませんので気をつけて下さい」

「マジかよ……。流石にそこまでは便利にならないか」

「ごめんなさい。時間が足りず傍聴不可能な周波数までは、用意できませんでした」

「いいよ。ここまで用意してくれたんだ。気にするな」

 流石の香住も通信回線だけは、どうにもできなかったようだ。

 作業を終えたのか香住はリュックサック中の荷物を確認したあと一息ついていた。フローチャートを眺めながら戦線の通信を盗み聴くことにする。

「非戦闘員より報告。管理委員会到着しました」

「B部隊へ報告。天使発見まで持ちこたえろ。発砲は禁止する。非戦闘員は陽動部隊を援護。全部隊に再度通達、一般生徒を死守せよ。」

「了解。リーダーよりB部隊。管理委員会到着。天使出現まで持ちこたえろ。発砲は禁止する。リーダーより非戦闘員――」

「こうして聴いてると、高みの見物みたいで越後屋気分だな」

「少なくともあたし達にとっては必要なことなので、仕方ないですよ」

「悪人はワイドショーの鑑賞にこのままシャンパン片手に楽しんでるイメージだもんな」

「あたし達の国だとポテチとソーダかもしれないですよ」

「そうだなっ! それでジジババは煎餅と麦茶だ! こっちの方がよっぽど犯罪だな!」

 そのとき……!

 突如、割れる様な音声がテーブルを揺らす!

「天使発見! 天使発見! こっちは裏口だ! 応援を頼むっ! 繰り返す。天使は裏口だっ!」

「A部隊、藤巻より報告。裏口にて天使発見しました」

「全部隊に報告。A部隊を全員裏口に向かわせ、天使を引きつけつつ体育館を離れろ。生徒会の増援を防げ!」

「了解。全部隊に通達――」

「始まったな。そっちの準備はいいか?」

「いつでも大丈夫です」

 香住がテーブルの上のタブレットをリュックにしまい背負う。

 俺の持ち物は護身用のこの一振りだけだ。使わない事を祈るばかりだが……。

「じゃあ、案内してくれ」

 二人でゲストハウスの玄関に向かう。

 すると、突然香住は立ち止まり軽くうつむき黙り込む。

「どうしたんだ? 言いたい事があるなら言えよ?」

「あのさっきも言ったんですけど、あたし達は通信できないんです」

「それが、どうしたんだ?」

「あのぉ……おいて行かないで下さいね……!」




・ホームページにて最新の投稿を公開しています。
http://lilyofvalley.html.xdomain.jp/ よかったら遊びに来てね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Angel Beats Children Dissolved 09

「天使について調べようと、あれだけ駆けずり回ったってのに……」

 あまり馴染みの無い建物だった。

 地上七階建ての巨大な棟が六つ。そのうちの侵入出来なかった三つの棟のうちの一つ。

 照明は生きているが、夕食の時間なのか外から見た限り人は見当たらない。

「正解は女子寮かよ……」

 もちろん男子生徒が入る事は許可されていないし、当然入った事も無い。

 位置と大きさを調べただけで、それきりだ。

「木は森の中に……ってか?」

「戦線のみなさんがおっしゃる天使は、普段は生徒会長としてNPCと一緒に生活しています。場所も随分前に特定されていたのですが、目撃者がいて作業員が見つかってしまうと無意味なので、長い間動けなかったようです」

「そんなこと事より、女子寮に入ったのが見つかって変態扱いされる事の方が最悪だ。誰にも言うなよ」

「元々極秘なんで、誰にも言っちゃダメですからね……」

「さすがに寮の中に監視カメラとかあるんじゃ無いのか?」

「さっき、タブレットでハッキングしてダミーの映像が流れているんで大丈夫です。それぐらいは簡単です」

「簡単か? 超人だな香住は」

「そんなことないですよ。それじゃあ急ぎましょうか」

 わずかに照れたように香住が答えると、後について場所を移動する。

 少し歩くと女子寮の裏口まで案内された。

「天使エリアまでの侵入ルートは最短のものを選んであります。こっちです。ついて来て下さい」

 非常口特有の分厚い扉を開けて寮の中に入ると、寮内のどこかの廊下につながっていた。

 構造自体は男子寮とそれほど変わりなく、強いて挙げるなら内装の色が女性的なピンクや赤の色使いが多いくらいだ。対照的に男子寮は青系統の色使いが多い。

 しばらく進み防火扉を開けると、鋼鉄製の非常階段があった。

 緑色の常夜灯に照らされた階段を登る。

 普段使われる事のないせいか、比較的綺麗な階段がうるさく響き、登る度に階段全体を揺らす。しばらく息を潜めながら昇り続けると、プレートに四階と書いてある踊り場たどり着いた。そこで香住が一度立ち止まり、こちらに振り返る。

「あたしだけだと、怪しまれないので少し様子を見て来ます。ここから動かないでくださいね」

 そう言うと、香住は一人で勇敢に扉を開けて出て行く。

「現在時刻1920。オペレーション終了まで55分。B部隊戦況を報告……」

 イヤホンから体育館内の戦況が聞こえてくる。

 残り55分か…。

 実際、作業にどれほど時間がかかるか分からない。余裕を持っておきたいものの、事を急いて仕損じる訳にはいかない。

「お待たせしました。残念なお話ですが、風紀委員の男子生徒さん一人が部屋の前で警備してますね」

「最悪だな……分かった。何とかしよう」

「ここを出て右に行ってください。道を突き当たって、道なりに左に曲がると長い廊下になってます。メガネをかけた生徒が一人だけ立っているので、部屋も分かりやすいと思います」

「わかった、じゃあここにいてくれ。何とかなったら戻ってくる」

 扉を開けて廊下にでた後、壁に張り付いて位置を確認した。

 何か使えるものがないか辺りを見ると、目の前に偶然あった消火器を見つけ手に取る。

 相手がバカである事を心から祈りながら、ピンを抜き小刻みに消火剤を撒き散らす。

「なっなんだぁ?」

 噴出音に驚いた声を出すと、男はうまくこっちへ向かって来ているようだった。

 リノリウムの床を叩く靴音が段々大きくなる。

 盛大に撒き散らし、消化剤で廊下に一時的な霧を作る。

「やめろっ誰だぁっ!」

 十分に引き付けた筈だ。壁から飛び出し相手に近づく……!

 最後は大サービスだ。顔めがけて大量に放出してやるッ!

 消火器を放り投げ、すばやく刀を抜く……。

「う……ぅ……」

 首筋への袈裟斬り。

 もちろん峰打ちだ。刃で切る訳にはいかない。

「バカで助かったな……」

 軽く息をつく……。

 しばらく、起きてこないはすだ。流石に経験がないので確証はないが十分だろう。

「凄いんですねぇ……。一瞬お侍さんみたいでした」

「馬鹿言うなよ。こっちは健全な学生だ。それよりすぐに起きるかもしれない。急ぐぞ!」

 のびた男の横を通り過ぎる。

「トンマっ! トンマっ! トンマっ!」

「おいっ……! マゴちゃんは見てないだろう?」

「はっ……! いえ、リュックから覗いてましたよ!本当ですよ!」

「もういい……いくぞ」

 男が立っていた部屋の前まで急ぐ。

 扉を開けようと、ノブに手を伸ばす時に気がついた。

「そういや鍵はかかってないのか?」

「この学校の校則では、防災の為に鍵の施錠は許可されてないんです。そのまま開けていただいて結構です」

「知らなかったな。鍵かけるの駄目なのかよ……案外無用心なんだな……」

 そんな事を思ったが、どのみち私物など何一つなかった。

 ここには制服一つ与えられ放り込まれたのだ。そう思うと文句より虚しくなってくるが、今は無事にゲストハウスに帰る事を考えよう。

 ドアノブを引くと拍子抜けするほど簡単に開く。懐中電灯を持っている香住が先に中に入っていった。

 部屋の中は暗い。なんの変哲もない一人部屋だ。

 ベットが一つ。クローゼットとPCデスクとデスクトップPC。でかめの鏡が置いてあり後は本棚と観葉植物もある。ごく普通の女の子の部屋だ。生徒会長というだけあってか、参考書の類が多いくらいか。

「そこで待っていて下さい。10分ほどで済みます。念のために、あまり部屋の物に触らないで下さい」

「案外早く終わるんだな」

「3分でセキュリティーを突破して。7分ほどで、2テラバイトをコピーします」

「2テラを7分!? 信じられないな……」

「今はクラウドや無線が主流ですけど。有線技術は圧倒的に向上してますから」

「なんだか、よく分からんうちに世の中いろいろと便利になってるんだな」

 香住がPCにケーブルを差しタブレットを操作をすると、それ以上は操作をせずほとんど眺めているだけだった。

 イヤホンからは、陽動部隊の演奏が流れて来ていい暇つぶしにはなった。だが香住について気になることがあり、邪魔になるかもしれないとは思ったがモニターを見つめ続けるている香住に話しかける。

「そういや香住は、この場所に来てどの位なんだ?」

「来たのは、玲次さんが来るほんの少し前ですよ。だから、この場所ではまだまだ新米ですね」

「死んだときの事は覚えているのか?」

「はい。私は……」

「いや……べつに話さなくてもいい……。あまりいい思い出じゃないだろう? 俺は死んだ時の事を覚えてないんだ……」

「そうだったんですか。でも中には全く記憶のない人もいるんですよ。玲次さんはラッキーかもしれないです。そのお尋ねしたいんですが……」

「なんだ?」

 香住が申し訳ないなさそうに俯く。

 PCの冷却ファンが音を立て忙しく回り続けていた。

「思い出したいですか? 死んだときの事」

 思いもよらない事をきかれて返事するのに困ったが、ありのままを伝える。

「知りたいと言えば知りたいが……それよりも本当に死んだのか、ここがどういう場所なのかの方が気になるな。それに今だに、ここが“死んだ後の場所”だと言われてもイマイチ信用出来ないんだ」

「そうですか。もし気が変わって、どうしても知りたいとおっしゃるなら、あたしに言って下さい」

「なにか方法があるのか?」

「催眠術に詳しい人がいます。何人か成功した人もいるようですよ」

「それは胡散臭いな……。パスだ……」

 香住が軽く微笑みを返す。

「B部隊より司令部。有志のNPCを含む一般生徒が加勢。戦況は好転し風紀委員の半数が撤退した……」

 無線からは、相変わらず戦線の状況が聞こえ続けている。

「あっちも、なんとか無事に済みそうだな」

「お待たせしました。撤収します」

 荷物をまとめ痕跡が残ってないか確認した後、早々に部屋をあとにする。

 やたらと長いさっきの廊下にでると、メガネの男がノビ続けていた。

「なんか、こいつには悪い事した気がするな」

「白目になってますけど、大丈夫なんですか?」

「気絶するようにはしたが、生憎俺だって加減なんか分からないからな……。それにお前らが言うには、この場所じゃ、どの道死にはしないんだろう?」

「死にはしますよ? 生き返りますけどね。消えない限りは大丈夫です」

「どっちにしろ俺はそんなの信じちゃいないがな」

 非常階段を下りて来た道を進み、裏口から建物の外に出る。

 特に障害も無く、素直に帰れるようだ。

「終ったな。なんとか無事に帰れそうだな」

「そうですね……」

 屋外にでて一息つくと、ゲストハウスへゆっくりと歩き出す。生徒は全て食堂か体育館に向かっているのだろうか? 人影も無く目撃者もいないようだ。今見つかってもシラを切ればいい。

「ごめんなさい。あたしはまだ帰れないです」

 振り返り香住を見ると、立ち止まって静かに足下を見つていた。

 用事も終わったというのに、また元気がなくなってしまった。

「どうした? 何か忘れものか? 早くしろよ、なんなら付いて行ってやるぜ?」

 冗談を飛ばし明るく振る舞ったが、様子は変わらない。

 返ってきたのは香住の硬い声だった。

「今から、戦線のヘッドクオーターに向かいます」




・ホームページにて最新の投稿を公開しています。
http://lilyofvalley.html.xdomain.jp/ よかったら遊びに来てね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Angel Beats Children Dissolved 10

「おい……待てよッ! 一人で行くつもりかよ!?」

「空になっているのは、天使エリアだけではありません。天使に戦力を割いている今ならヘッドクオーターも手薄なはずです」

 暗く長い廊下に声が響く。

 香住は俺の制止を無視し、こちらを振り返りもせず早足に校長室へ向かっていた。

「聞いてないぞッ! お前はどっちの味方なんだ? 戦線か? 生徒会か?」

「どちらでもないです……」

「何なんだそりゃあ? 答えになってない! 結局、俺やステラを裏切るのか?」

「ローウェルも知っています」

「何だと……? じゃあ俺一人嵌められたってことか……?」

「玲次さんに黙っていたのは謝ります……。ここからはあたし一人で行ってきます。だから玲次さんは、ゲストハウスに戻っていて下さい……」

「放って帰れってかッ!? そんなことできるハズないだろ? さっきのとこより危ないのは、頭のいいお前なら分かるだろうがッ!」

「もちろんわかってます。でも今行けるのはあたしだけなんです」

「どうしても行くのか……?」

「どうしてもですッ」

 突然立ち止まり、やっと振り返ったかと思うと、強い視線をこちらに向けそう答える。

 自分より背丈の小さな女の子とは思えない、確固たる意志の宿った目だ。

 ここで俺が何を言っても無駄だろう……。

「チッ……騙された気分だ。胸クソわりぃ。わかった。最後まで付き合うってやる。後で覚えてろよ、質問が腐るほど出来た。黙秘は許されてないからな……」

「ごめんなさい。ありがとうございます……」

 安心したのか、香住は軽く息を吐くと、その場でボーっとしていた。

「もういい……嫌な事はすぐ忘れる事にしてんだ。それより行くんだろ? 戦線の連中が帰ってくるかもしれない。急ぐぞ!」

「はいッ!」

 軽く肩を叩いて目を覚まさせ、本部の方へ向かう。

 また熱くなって、怖がらせてしまったかもしれない。女の子相手に怒鳴り散らすのは良くないな……早く大人になりたいもんだ。

 

 

 教員棟の三階。

 非常灯で照らされた薄暗い廊下がやっと終わり、懐かしの校長室の手前まで来る。

 なるべく目撃者が出ないよう、足音を立てないよう静かに扉の前まで歩みよると、ふと重要なことを思い出した。

「そういえば……本部に入るのには、パスワードが必要だぞ」

「大丈夫です。ローウェルから聞いてます。音声入力タイプで声紋認証はありません。でも扉の前では静かにして下さい」

「わかった……」

 ゆっくりと、歩き出す。

 扉の前で立ち止まり二人で正面を向くと、香住は静かに…しかし、はっきりと呟いた。

「……ノッキン・オン・ヘブンズドア」

 すると間を置かず、香住がすぐにノブを回し扉を開ける。

 目撃者がいないか周囲を確認した後、二人で部屋に入る。

 幸い人の気配はなく、部屋の中の照明は落とされ、正面に見えるスクリーンに映された光が部屋全体を青く照らしている。

 配置は以前と変わっていないようだ。

 作戦の為に全員出払っているのか。セキュリティーが万全なのか。人の気配は感じられなかった。

「ノッキン・オン・ヘブンズドアって、ボブ・ディランの曲か?」

「日向さんが決めたそうです。音楽が好きなようなので、この言葉に決まったそうです」

「古いもの好き同士、気が合いそうではあるな」

「急ぎますね。データのコピーは先程と同じくらいの時間で終わりますので、少し待っていて下さい」

 香住は手際良くタブレットを操作すると、校長用の机に置いてあるPCに接続しデータを抜き出し始めた。

 ソファーに座って待つことにする。

 イヤホンからは絶え間なく、天使との戦況が聞こえてくる。

「A部隊より司令部。天使はディストーション発動ッ! こちらの攻撃を一切受け付けませんッ!」

「後退しつつ迎撃しなさいッ! もうすぐ作戦終了よ! 耐えてみせなさいッ!! 作業班はプロペラを回せッ!」

「作業班プロペラ回せ。繰り返す。作業班プロペラ回せ。現在1955。オペレーション終了まで残り20分。B部隊は――」

 残り20分か……。なんとか作戦終了までに、間に合いそうではあった。

 しかし、どうも話がうますぎる。

 これほど入念な作戦を練っておいて、本陣はガラ空きなのか?

 ゆりがどこまで知っているかは分からないが、ここは貴重な情報や普段作戦会議に使う重要拠点なはずだ。そんな場所を入り口のセキュリティーが働いているからと言って、すっからかんにするのか……?

 そこまで人員が足りないようには思えないし、今日の目的はあくまでトルネードの実用性を確認するテストなハズだ。あわよくば、天使を撃破したいという用意があっても、全戦力を天使に投入する必要などないはずだ。

 杞憂に終わればいいのだが……。

「お待たせしました! 行きましょう!」

 香住の声に安堵し、ソファーから立ち上がる。

 出口を向いて、足早にここから立ち去ろうと思っていた……が……。

 一瞬、目を疑った。

 人の気配は感じなかったし、一度部屋を見渡して物陰も確認もした。それ以外に人が隠れる場所もなかったはずだ。

 しかし、はっきりと見えた。

 暗闇の奥深くから見つめる眼……。

 音も無く近寄り、狡猾な手段で標的を嵌め殺し、正々堂々とは程遠い存在。

「伏せろッ!」

 突如、何かがこちらに突進して来る……ッ!

 何か鋭利なものが、スクリーンの光を一瞬反射させると、初めて刀であることが分かった。

 左下からの切り上げ!

 何とか反応し、こちらも瞬時に刀を抜き受け止めるが、体重の乗った一撃に軽く体勢が崩れる。その隙を相手が逃すはずもなく、即座に切りかかってくる。

 左上から袈裟切り!

 太刀が長ければ反応出来なかった……。

 相手が右利きであった場合も反応出来ず、死んでいただろう。

 鍔迫り合いッ……。

 室内を照らす青いの光が、影の姿を露にした。

 こいつかよ……チッ……!

 “あさはかなり”としか話さない、椎名とかいう、あいつだ……。

 しばらく膠着していると、突如椎名が後ろに跳ね、大きく距離をとるッ!

 マズいッ!

 銃を使われたら、一瞬で蜂の巣だ!

 とっさに香住を抱えて、後ろに走り出すッ!

 校長の机を転がり越え、香住を庇い銃撃に備える。

 風を切る音が幾つか聞こえ、次々とガラスが割られ、机にも鈍い音が響く。腕の中では香住が声を殺し、目をつぶるって耐えていた。

「銃……じゃないのか……?」

 壁に当たって鋲のようなものが落ちてきた。これは、棒手裏剣か……?

 なんにせよ重厚な作りの机に守られ、難を逃れることが出来た。高級な机だったんだろう。校長が偉くてよかった。感謝しないとな。

 すぐに追撃してくると思ったが、やけに静かになった。

 思った以上に、相手は慎重なようだ。

「おいッ……! 香住! 大丈夫か?」

 耳元で、相手に聞こえないよう話しかける。

 流石の香住が腕の中でおびえ、震えていた。

 たとえ一度死んでいても、死にたくはない気持ちは同じなんだろう。

「へ……へい……き、です」

「ホントかよ……俺は、もう帰りたい」

「どう……します? 出口からは無理でしょう?」

「スマートじゃない案があるが……。どうする?」

「スマートな案でお願いします……」

「却下だ。手伝えよ」

 くだらないジョークのリラックス効果がどこまで期待できるのか。香住にスマートじゃない作戦を耳打ちする。

 完全な勝算はないが、十分に勝機はある。

 根拠のない自信。

 そのコインの裏側にあるのは、俺の“経験”だ。

 逃げることなら、昔から慣れっ子さんだ。

 授業をバックレる。修学旅行のお一人様VIPツアー。鬼になる事のない鬼ごっこ。タチの悪い大人から追い回されたこともある。

 俺が簡単に捕まると思なよ……。

 相手は、呼吸すら感じさせないほど静かだった。

 間合いの外から使える、銃器や爆発物があるならとっくに試合終了だ。そう出来ないのは持ち合わせが無く、先程の棒手裏剣以外の手段がないからだろう。

 それに室内は暗く、スクリーンの逆光は飛び道具の命中率を下げるハズだ。

 ふとギャンブルで使う小型のルーレットが目に入る。何でもよかったが、こいつを使うことにした。

 天井の蛍光灯めがけ、思い切り投げつける!

 アクリルのカバーと蛍光灯が部屋の中に飛び散ると同時に、相手がシビレを切らして斬りかかって来た。

 得物を固く握りしめ突進ッ!

 相手より瞬刻あとに飛び出し、順光の陽の下に晒す。

 机に乗りあがり、天井ギリギリまで飛び跳ね、斬りかかる!

 自由落下の加力。相手の予想のはるか上段。

 斬り落とし……!!

 しかし、相手は刀を横に構え、こちらの太刀を完全に受けられてしまう。

 当然だ。

 肉を斬らせ骨を断つような、無骨な策を取る相手ではない。この状況での相手の出方など、読めていただろう。ここでは一撃目を封じ、返す刀で殺る方が攻防一如の上策なのだ。

 たとえ死んで平気なこの場所でも、一度体に染み付いたものはそう簡単に洗い落とせない。

 それに相手はこう思ったかもしれない……。ここからなら、どうとでも返せると……。

 しかし……! 無数のガラス片が椎名を襲う!

 フロアランプの支柱が折れ曲がり、先端のランプシェードが椎名に直撃する!! フロアランプの先端はガラス製。粉々に砕け散り、椎名の視界を奪うには十分だ!

 さすがに大事な刀を香住に預け、フロアランプで襲い掛かってくるとは思わなかっただろう。気づかれたなら、完全にこちらの負けが確定していた。

 この機を逃すわけがなく、そのまま相手に当身を加えるッ!

「おいッ!!」

「出来ましたッ!!」

 香住には、俺の刀を使いカーテンを切り、別のカーテンに結ばせて二枚分の長さを持つカーテンを作らせておいた。

 相手の状態など意にも留めず、即刻駆け寄りカーテンに飛びつくッ!

「背中だ! 乗れッ!!」

「はいッ!」

 香住を背負い窓枠に上ると、勢いをつけ迷い無く飛び降りる!

 弧を描いて、カーテンを振り子の様に動かす!

 一枚分の長さで折り畳んだカーテンで往路を行き、途中、カーテンを二枚分の長さにして復路を帰ることで、下の階に飛び込んで脱出する筋書きだ。

 結び目が甘く落ちて死ぬか……カーテンが破れ二人して死ぬか……。

 重力という常識から解放され、空中で静止……。

 ここが正念場。

 限界まで前に進むと、タイミングよく手を離す。

 次の瞬間……落下ッ!!。

「チィィッ!!」

 二枚目のカーテンが伸びきると、激しい衝撃に襲われるッ!!

 全身でカーテンにしがみつき! 耐え……堪えた……。

 背中では、香住が絶え間なく叫び続けていた。どこから出ている声なのだろうか……?

 うまく階下の窓を破り、破裂音のあとガラスが粉々に飛び散る!。

 応接間のカーペットの上を不様に転がり、香住も俺の背中から放りだされた。

 最初の着地で当たりどころが悪かったせいか、肩を強く打ってしまった……。

「クソッ……大丈夫か?」

「玲次さ……」

「まだだッ! 走れッ!!」

 足が無事なのは幸運だった。

 すぐさま立ち上がり、間髪入れず香住の手を引く!

 急いで扉を開けて、応接間をあとにした……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Angel Beats Children Dissolved 11

次の日の朝礼。

 体育館では偉そうな先生が壇上に立ち、親戚が死んだような顔をして話し始める。

「みなさんに悲しいお知らせが二点あります。一つは無許可で体育館を使用し、音楽の演奏をしていた生徒がいました。時間外、許可のない体育館の使用は校則で禁じられています。違反した生徒は、今回に限り厳重注意としました。今後は使用する際は必ず許可を取るようにしてください。皆さんの学業の為の体育館を本来の目的以外で使用することは、我が校始まって以来――」

「早速怒られたなっ! 何言われても、次のオペレーションは決まってるんだけどな!」

 主犯格、日向が満足そうに微笑んでいる。オペレーションの成果は上々だったのだろう。

 先生が悲しい顔をするのは、これで最後では無さそうだ。

「よくそこまで悪知恵が働くな……。見習いたいもんだ」

 巻き込まれた側としては、ため息しか出てこない。是非、俺の平和な日々を返して欲しい。自室のベットが恋しい。

 壇上で悲しい表情を維持していた先生は、体育館での事を気が済むまで話すと、一度言葉を切り静かになった。そして、二人目の親戚が続けて死んだような、より一層悲しい顔をしたあと、重々しく口をひらいた。

「昨晩。ある女子生徒の部屋に空き巣が入りました……」

 体育館内がざわめく。

 NPCであれど不安に感じるところは、まるで普通の人間と同じ反応だ。

「今後は施錠を許可しますので、個人で施錠し防犯に努めて――」

 その後も犯罪、本校から、誠に残念、などテレビでよく聞くありがたい単語がちらほら聞こえた。

「ヒューっ! すごいなっ! 悪いやつがいたもんだ……」

「どこの、どいつなんだろうな?」

 日向と俺はシラを切りあった。日向の名演技から察するに、本部に乗り込むことを知らされていなかったのは俺だけらしい。

 あの後、ステラとは会っていない。

 すぐに事情を聞きたかったが、香住が言うにはゲストハウスに行ってもステラは戻らないらしいので、昨日の夜はすぐに解散した。

 別れ際に、香住から今日の昼すぎにゲストハウスに出直すように言われた。

 その指示をだしたのは、当然ステラだ。

 うまく踊らせれている気がして胸クソが悪い。

 今日は徹底的にやりあう必要がありそうだ。

 

 

 ゲストハウスに向かうと、香住が椅子に座り待っていた。

「よう。はやいな」

「こんにちは玲次さん」

 あの時と同じ2つのタブレットを忙しく操作し続けいている。それに今日は本気モード  なのか、物理キーボードも用意して時折叩いていた。

「おいおい。可愛いらしさのかけらもないな……。今日は一段と荒ぶってるじゃねーか」

「失礼ですね。ちゃんと可愛いらしくしているんですよ?」

 香住が、タブレットをひっくり返すと、マゴちゃんのステッカーを見せつける。すると気が済んだのか、すぐに作業を再開する。

「何してんだ?」

「データの解析です」

「香住は、いそがしいからあとでねー!」

 マゴちゃんに注意されてしまった。

 邪魔になってしまうので、本棚から絵本を選んで読むことにした。

「ただいま」

 ようやくステラが来た。

 落ち着いた様子で靴を脱ぎ、こちらにやってくる。

「よう」

「おかえりステラ!」

「おまたせ。今、お茶用意するから待っててね」

 荷物を置いてキッチンに向かった。

 昨日は、騙された気がして気分が悪かったが、一日経つと不思議なもので、どうでもよくなってくる。そんな事よりも、危険な場所から生還して無事に会えた事が素直に嬉しかった。

 しかし、これだけは曖昧にしてはいけない。

 俺は、うまく嵌められ利用されたのか……。

 ステラの言うことがどこまでが本当なのか……。

 テーブルに人数分の紅茶が用意されると、まずはステラが席につく。香住も作業を一度中断した。その対面に静かに腰を掛ける。

 紅茶を一口含む。

 謎の沈黙が部屋を支配している。

 数え切れない秒針の音を聞いた後、話を先に切りだしたのはステラだった。

「ごめんなさい。結局玲次を騙すことになっちゃたのは……良くなかったわね」

「最初から、戦線の本部にも行くつもりだったのか?」

「そうね。そのつもりだったわ。出来れば玲次に連れて行ってもらいたかったの」

「事前に話してくれても、いいんじゃなかったのか?」

「守秘義務みたいなものよ。ギリギリまで教えられないこともあるの」

「じゃあ、ステラは一体誰の味方なんだ? 生徒会か?」

「いいえ、違うわ」

 いつもの俺らしくない……核心を避けた、じれったい質問だった。

 それでも冷静でいようと自分を落ち着かせる。

「どちらにせよ、戦線のヤツらを騙してる事になる。ゆりと日向だけは、全部知っているのか?」

 ステラは静かに、一度だけ頷いた。

「あまり気持ちのいい事じゃないな。誰かの指示に従っているのか?」

「違います。あたしたちだけで行動しています」

「香住……。お前が一番危険なんだぞ? 両方の組織から狙われる事になるかもしれない。分かってるのか?」

「もちろん危険なのは分かってます」

「だいたい戦線の情報なら、ゆり達やステラだけで、どうにかなったんじゃないのか?」

「ダメよ。情報を生徒会の人に渡した事が露呈すれば、一部の戦線の人間が反発するわ。それは戦線に所属している私達にはできないの。盗まれたという体裁が必要なの」

「ゆりはリーダーなんだろ? みんなを説得すればいいじゃないか」

「戦線全員のコンセンサスがとれると思う? むずかしいと思うわ。最悪の場合、戦線は分裂するかもしれないわ。武器を持った無秩序な集団が生まれるかもしれない。それだけは絶対に阻止しないといけないわ」

「リーダーと言っても、全権があるわけではないですし、戦線を統制する役目がある以上、立場上厳しい位置にあって、強くは出れないんです」

「なんだよそれ……」

 俺でも簡単に想像がついた。

 部下の居ないリーダー。

 行き着く果ては、民衆のいない名ばかりの王だ。

 結局、こんな場所に来てまでも……人間、同じような事で揉めるのか……。

「香住はどうなんだ? 生徒会の人に世話になってるんじゃないのか? なのに生徒会の情報を渡すのか?」

「生徒会は、あくまで校内の風紀を守る為に行動しています。特別戦線を注視しているわけではなく解散に追い込むような事はしません」

「違うッ! そうじゃない! 不義理じゃないかという話しをしてるんだッ! お前たち揃って自分の組織を裏切って平気な顔してられるのか? 信用の問題だッ!」

 抑えきれず、ありったけの声で叫ぶ。

「生徒会は関係ありません! あたしの意思で決めて行動しています! お世話になっていても間違っていれば反対しますッ!」

 いつもの香住では考えられないくらいの、でかい声で反論される。

「私も香住と同じよ。戦線は関係ないわ」

 ステラは、対称的に静かだった。

「じゃあ何が目的だ? 一体なんの為に動いてる?」

「私たちは、この場所の正体を解明する為に動いているわ。それは変わらない。そして今の戦いを完全終わらせる為よ」

「いろんな人間を裏切って……利用して、俺には信用しろと?」

「そうよ!」

 至極当然。迷いのない声を俺に浴びせる。

「考えてもみて。一刻もはやく解決策を出さないと永遠に争う事になるのよ。死んでも終わらない戦いが始まるかもしれない。どうしてこの場所で“死んでも大丈夫”なんて事が分かってると思う?」

「まさか……」

「そうよ……。みんな何度も死んでいるのよ……。いつしかそのことも平然と受け入れ、この場所で天使と殺しあう事に何の疑問も持たなくなってしまった。分かるでしょう?これは異常よ! 誰かが止めないとッ! その為には組織に流されない確固たる意志を持った、あなたの様な人が必要よ! だからお願い! 協力して……」

 最後は、消え入るような声だった。

 死んだ世界での消滅。消滅を避ける為の天使の撃破。

 天使の実力行使。戦線の負傷。報復攻撃。

 戦争は…………死者によって終わる。

 じゃあ、ここなら……どうなる?

「……わかった」

 ほかに返す言葉も見つからず、そう答えていた。

 そして気づいてしまった。

 この場所の謎は俺だけの為じゃなく、この世界にいる人間の為にも必要だということに。

「そのかわり……」

 言葉を続け、念を押す。

「もう隠し事はなしにしてくれ。騙すのもなしだ。それだけは守ってくれ。土壇場で裏切られることほど、惨めな事はない。これでステラたちを疑うのは最後にしたい」

「もちろんよ。これで最後にするわ」

「ありがとうございます!」

「ヤッター! 頑張ろうネ! 新入り!」

「ああ。そうだなぁ」

 謎の水棲動物にデカイ顔をされるのは、気に食わなかったが、実際ここでは後輩だ。仕方ない。

「じゃあ玲次。今から、私と一緒に戦線の本部に来てくれる?」

「何しに行くんだ? 俺みたいな幽霊部員が行ったら殺されるぞ?」

「大丈夫よ。でも昨日の事で玲次を疑っている人もいるの。その人達の前で、無実を訴えてくれればいいわ」

「はぁ? 俺は真っ黒だぞ? どうすりゃいい?」

「私の友達の“篠山 衣織”っていう子と居た事にして」

「誰なんだ、そいつは?」

「私の友達で協力者よ。一般人のね。今はどこにも所属してないし、話も通してあるわ」

「わかった……なんとかしよう」

 とは言ったものの、会った事のない奴とどこまで口裏を合わせられるのか。

 紙で出来た戦車で突撃するようなものだ。生きて帰れるものか……。

「いつも突然でごめんなさい。あの……」

「なんだ?」

「怒ってる?」

 ステラが乾いた笑いとセットにして俺に尋ねる。

「もういい慣れた。それに理由があるんだろう? もう怒らねえよ。いいから行こう」

「あたしはお留守番してます」

「マゴちゃんも待ってるネ」

 香住ともう一匹を残して玄関に向かう。

「行って来まーす!」

「いってらっしゃい」

「ハリツケにされちゃえっ」

「うるせぇ。行ってくる」

 

 

 これだけの人数がいるのに、本部の中は静かだった。

 正面には、ゆりが偉そうに座っている。自慢の長い足を校長の机の上に預け、考え事でもしているのか、無表情のまま天井を見つめている。

 左手には、いつかの野田という男。

 自慢のハルバートを背負い、張り詰めた視線を俺に向け続けている。

 こいつはいつもと相変わらずだ。これまでも校内で会うことが何回かあったが、いつも不機嫌そうで、俺に対する敵意を垂れ流している。面倒臭そうな奴なので相手にしないよう無視しつづけているわけだが。

 右手には、ステラが以前と同じ格好で机の上に。

 ソファーには、日向ともう一人見たことがない奴が座っている。

 目つきの悪い身長の高い痩せ型。

 木刀を片手に持っている時点でお友達になれそうにない。だが部屋に入ったときに軽く挨拶をしてきたところからすると、野田とは違い嫌われている訳ではなさそうだ。

 立ち位置からいえば、裁判所とよく似ている。

 裁判官、検察、弁護人、傍聴者、被告人。

 でも俺が思い浮べるのは、そんなにいいものじゃない。

 組長、若頭、姐御と若い衆。やらかしたゴミ。

 窓は昨日から変わらず、派手に破られたままだ。

 スクリーンは降ろされていないが、あの時の飛び道具で穴だらけだろう。

「わざわざお呼びいただいて、何の用だ?」

 重い空気に耐え兼ね、俺から切り出す。

「とぼけるなっ……お前がやったんだろうっ!」

 若頭……。あらため、野田が早速突っかってくる。

 直球すぎる捻りのない質問は、俺にとって清々しく気持ちよくも感じた。

「やめなさいっ!」

 ゆりが野田の言葉を制止する。

「阪本君。一つ聞きたいのだけれども、昨日8時頃どこで何をしていたのかしら?」

「……人と会っていた」

「ほぅ。一体誰とだ?」

「誰でもいいだろう? 何でそんなに事をベラベラここで喋らないといけない?」

「何だとぅ? やっぱりお前が怪しいなっ……」

 失礼な奴だ。俺がシロだったら、これほど不愉快な事はないだろう。

「昨日、私達のオペレーション中にここに忍び込んでデータを盗んだ2人組がいるの。その時に椎名さんがやられたわ」

「嘘だろ……。椎名は大丈夫なのか?」

「頭の軽い傷だけで済んだわ。明日には完治するでしょうね」

「そうか……よかった」

 怪我をさせたのは俺だが、あの状況で相手に気遣う余裕など、どこにも無かった。実際怪我をさせてしまったのは俺の責任だが、それでも椎名の容態が心配ではあった。たいした傷じゃなくて何よりだ。

「それで俺が疑わしいと?」

「当たり前だっ! 貴様以外の誰がいる?」

「そこまで疑われているなら話すしかないな。“篠山衣織”って奴とあっていた」

「私の知り合いなの。本人に聞いてみたけど、本当だそうよ」

 示し合わせたようにステラがフォローをいれる。

 戦線の古株が証言してくれたんだ。これで戦線側の俺への疑いも晴れるだろう。あとはゆりが了承して無罪確定。思ったよりもあっけない幕引きだ。

「そうなの。じゃあ阪本君は……」

「ちょっと、待てっ! 貴様! そんな時間に女と何をしていた?」

「はぁ? そりゃ……」

 危うく即答してしまいそうになる。

 これは野田の仕掛けた罠なんじゃないのか……?

 そういえば篠山衣織なる人物の性別を聞いてない。ここで俺に女と言わせることで、言質をとる為の質問かも知れない。あわててステラに視線を送ろうとするが。

「おい貴様! こっちを向けっ! 質問に答えろ!」

 ステラに助けを求める前に詰問される。

 部屋の中が静まりかえり、全員が俺の次の言葉を待っていた。

 二択だ。

 俺がハズす訳がない!

「は……ぁ……?何言ってんだよ……衣織は……男だろ? 冗談もほどほどにしろよ……」

「そうか……。おいステラ。そいつに話が聞きたい。連れて来い」

 激しい緊張で全身が固まってしまう。

 三人分のでかいため息が聞こえた。

 答え合わせの必要は無さそうだ……。

 

 しばらくすると、衣織という子を連れてステラが帰って来た。

 振り返り目に入ったのは……

 風に吹かれカーテンのようになびく、栗色の柔らかいウェーブのかかった髪。降り積もる粉雪の思う白い肌。夕日に照らされて瑞々しい光を放つ唇。

 戦線と同じミニのプリーツスカートから、スラリと整った長い足を太腿まで露わにしている。

 ぶっちゃけて、どうみても女だった。

「ほう。女みたいな男だな」

「そうだろ……? 俺も時々間違えるんだよ。ハハ……はぁ……」

 脂汗が止まらない。無理がありすぎる。

「こう見えて、なかなか凄いんだぜ! 駆けっことかじゃ勝てないからな……なっ?」

「せやね。楽勝やったわ……」

 男らしく腕を組み、関西弁で不服そうに言い捨てる。

 少しはステラが話を通してくれているのかもしれない。何とかこの即興劇をうまく終わらせてしまいたい。

「こ、今度は負けないからな! ほら、野田っ! 聞きたい事とかあるんじゃないのか?え?」

「本当に男か?なら一緒に、友情の連れ小便に……」

「駄目だッ!」「ダメよッ!」

 ステラと声が重なる。

「どうしてだっ! 友情を確かめるだけだ!」

「いや、駄目なんだ。幼い頃のトラウマで一人じゃないと出来ないんだ。そういうの、あるだろう? 俺だって、こいつとじゃ一人で行くんだぜ……遠慮してくれ」

「じゃあ……」

「紳士の象徴も触れるなよ! 絶対だ! そいつもトラウマなんだ!あと、そこで揺れてるプディングも触れるな。ありゃ水風船だ。われて水浸しになっちまうだろ……ダメだからな」

 さすがに口数が多くなってしまう……。もう駄目かもしれない……。

「彼はいろいろあったんだ。だからこんな格好もしている。誰だってあるだろう?トラウマだ……。わかってやれよ。それより昨日の事だろ? ホラ聞けよ」

「そうだな。じゃあ昨日2人で何を話してたんだ?」

「二人の将来についてや……ホンマまいったわ」

「はぁっ? なんだそりゃあ?」

 思わずでかい声が出てしまう。

「男同士やけど、幸せになろうなって話しを朝まで話しあっとってん……ホンマに参ったわぁ」

「そうだったのか……。ズケズケと聞いて悪かった。貴様、幸せにしてやれよ? 分かっているだろうな?」

「頑張れよっ! 応援してっかんな!」

 日向まで悪ノリする。

 俺一人が完全に嵌められた形になった。

 天を仰ぐ。

 落ち着け俺。いつだって楽勝だろ?

「ああ。任せとけ……」

 日向に、そう返すしか無かった。

「もうこれでいいでしょう。阪本君の疑いは晴れたかしら? じゃあ今日は解散。この事については、後日全員で詳しく調査するわ。じゃあステラと新婚さん。それと日向君は残ってくれる?」

 野田が大人しく部屋を出て行き、木刀を持った男も立ち上がり部屋から出て行くかと思うと、何故かこちらに近づいて俺に耳打ちをする。

「よう坊主。初めましてだな。俺は藤巻ってんだヨロシクな」

「阪本玲次だ。坊主って、お前も俺と歳は変わらないだろう?」

「こまかい事はいいんだよ。それより野田はうまく騙したかもしれねえが、俺の目は節穴じゃねえからな。いつかゆっくり話しようぜ。じゃあな」

 言い捨てて、木刀を肩に乗せ部屋から出て行った。

 ややこしそうな奴に目をつけられた。蛇のように一度噛み付くとしつこい奴なのかもしれない。今後、藤巻には気をつける必要がありそうだ。

「なんで、こんな事になってんねんっ!」

 開口一番、ブチ切れたのは衣織という女だった。

 見た目のおしとやかな雰囲気と違い、怒り狂っている。

「玲次がしくじったからよ」

「待てよ、ステラが先に女だって言ってれば済む話だったんだろうが」

「だいたい、そんなことイチイチ言わなくても分かるでしょう? お友達なんだから女の子が普通でしょう?」

「衣織って名前は男でも女でもいるんだ。勉強になったなアメリカ人」

「私はイギリスって言ってるでしょう!」

「あたしが親から貰った名前にケチつけるなんて、考えられへんっ!」

「喧嘩するなーーっっ!!」

 ゆりが一喝すると、声が止んだ。

「こうなった以上は、篠山さんは男で通しなさいっ! いいわねっ!」

「嘘やろ? ずっとこのままなん?」

「よかったな。ボーイッシュってやつだ」

「阪本君! あなたもよっ! 今後ゲイって事にするから! いいわね?」

「よくねえよ。バカたれ。なんで俺まで……」

 ゆりが、判決を下すかのように机を強く叩きつけ、こちらを睥睨する。

 視線が語りかけていた。“異論は認めない。逆らう者は、人という位を簒奪する”

 ゆりなら可能だ。

 その気になれば、昨日の事を戦線の連中に公表して戦線の全線力を俺に向け、この場所から消し去る事もたやすいはずだ。

 ここにいる間は、永遠に追い回されるだろう。

「わかりました。それで結構です……」

 今更ながら後悔する。酷い連中に巻き込まれてしまった。やはり人を騙す事はよくない。

 調子を戻して、ゆりの方へ向き直る。

 どうしても、ゆりに確認しなければならないことがあった。

「そんなことよりいいのかよ? リーダーが部下を騙したりなんかして。みんなお前を信じて、ついていってるんだろう?」

 事が露呈すれば、戦線が瓦解しかねない。

 そうまでして、なぜこんな手の込んだマネをするのか。

 こいつは平気で味方を騙す人間なのか、それとも信用に値する人間なのか、ここで正確に見極める必要があった。

「そうね、リーダー失格かもね……。こう見えて戦線も一枚岩というわけじゃないの。いろいろな思いを持って、みんな戦ってくれている。だからこそ、バラバラにする訳にはいかないの」

 銃を取り出し、机の上に置いた。

「みんなが好き勝手にこの世界で生活して、いったい誰が喜ぶの? それでいつのまにか天使に消されて、私たちはどこの世界なら幸せになれるの? 天使や神様にだけは消される訳にはいかない……。ここがみんなにとっても、幸せを手に入れられる最後の場所だから……。だから、あたし達は戦うの」

 優しい目で銃に弾をこめ、ホルスターに挿し直す。

「でも天使を撃破する事だけが解決策じゃないはずよ。この世界の事は完全には分かってないの。ステラの言うとおりこの世界の事を調べる組織も必要だわ。だから出来る限り我が戦線も協力するわ。引き受けてくれる?」

「そこまで言うならもう何も言わない。わかった。やらせてくれ」

「だいたい、戦線にも幽霊部員。天使とも戦いたくないなんていう阪本君のワガママ聞いてあげてるんだから、これぐらいやりなさいよね」

「期待してるぜっ! ルーキー!」

 日向が俺の肩を叩き、応援してくれる。

「幽霊部員仲間の篠山さんにもお願いするわ。あなたも戦わないならいいでしょう?」

「ちょっとくらいやったら、かまへんよ」

「ちゃんと男で通すのよ。いいわね?」

「一応、ここでは返事しとくわ……」

「ステラ! 生徒会の情報はどうなりそう?」

「解析には3日かかるらしいわ。あさってには終わるんじゃないかな」

「情報についてだけど、今回は香住ちゃんのおかげなんでしょう?」

「ああ。そうだが」

「じゃあ、生徒会の情報はいらないわ。今度改めて、あたし達だけでなんとかするから」

「おいおいっ!ゆりっぺいいのか?そんな事言って、後で困るんじゃあ……」

「生徒会の手なんか借りなくても、私達だけでなんとかして見せるわ! それに前は、香住ちゃんを怖がらせちゃったみたいだし、生徒会の人に後ろめたい思いをさせたくないの……」

 ゆりは一度立ち上がり。珍しく真剣で、どこか暗い表情を見せる。

「いい? あなた達は、今後みんなから厳しく批判される立場になるわ。戦線の人間なのに協力的じゃない。いつも何をしているのかわからない。そんな心にもない言葉を浴びせられるでしょうね……。でも私たちだけは最後まで応援しているわ。それだけは忘れないで」

「わかった。約束しよう」

「じゃあヨロシクね。何かあったら、遠慮なくいいなさい! あと明後日、私達はギルドに向かうわ。ギルドの責任者にも話を通しておくから、何か必要なものがあれば言いなさい! それに、あなた達も一度ギルドを見学するといいわ!」

「ギルド? なんだそれ?」

「地下に、戦線の物資を開発および研究を目的としたシンクタンクがあるの。私達の銃や弾薬は、そこで調達しているわ」

「そういえば、椎名さんと斬り合ったんでしょう? すごいわね、あなた何者?」

「謙遜無しでたまたまだ。一歩間違えれば、こっちがやられていた」

「そうなの? 刃がこぼれてるかもしれないし、一度見て貰ったら? 新しいのも調達すればいいわ」

「幸い銘刀なのか、たいした損傷はなかった。でもそんなところがあるなら、一度行ってみたいもんだな」

「じゃあ、折角だから解析が終わったあとに行きましょうか。私も弾薬が必要だしね」

「わかったわ! こちらも手配しておくわ!」

「それじゃあ、用も済んだし俺達は撤退する。またな」

 振り返り、ゆっくりと立ち去る。

 正面の扉のノブをつかみむと、ゆりが最後に声をかけてきた。

「そうそう言い忘れてたわ。入り口のパスワードが敵にバレた事になってるから、パスワードを変えたの。みんなも気を付けてね」

「せっかく、俺が考えたのにお前達のせいで台無しだ! もうやめてくれよぉ?」

 「こっちだってもう御免だ。そういえば新しいパスワードは、何にしたんだ?」

 ゆりは右手を銃の形にし、その手を俺に向けて答える。

「神も、仏も、天使もなし」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Angel Beats Children Dissolved 12

次の日の、昼飯時。

 今日は寮を出るのに遅れてしまった。

 ここの学生の人数は異常だ。収容数二千人の学校は、昼になると大半の奴が一箇所に集まる。急いで食堂に向かったが、すでに食券の券売機の前には、財布を握りしめた生徒で行列ができてしまっていた。これだけの人数だと、列の長さも壮観だ。

 学園大食堂と言われるだけあって、食堂の為の建物が丸一個別棟で設けられている。

 テニスコート5面分くらいの広さに、フロアは3階分。中央の吹き抜けがフロアを通していて、外で食べれるようテラスもついている。

 しかし、用意された券売機の数は少ないのだ。

 おかげ様で少し遅刻するとこのザマだ。泣けてくる。

 五分ほど並ぶと、やっと食券が買えた。食堂のおばちゃんのところに向かい食券を交換する。ここから、また時間がかかる。

 今日は、気分がすぐれないのでカツ丼にした。長時間並び続けて、機嫌を損ねたからだ。もちろん自業自得なのだが。

 最大の問題はここからだ。座る席を見つけなければ、ならないのだが絶対に必要な条件が2つある。

 周りに他の人がいない席であること。

 誰も隣に来ない端っこの席であること。

 そもそも知り合いが少ないこの学園で、俺は友達がいない。別に寂しい思いをしているわけでも無いのに、哀れみをこめた眼差しを向けられるのは迷惑だ。いつもは早めに来るので適当に見つかるのだが、今日は難しそうだ。

 生徒が作り出す砂漠だ。絶望しながら、窓際の席沿いに歩く。しばらく歩くと、数少ない見知った顔を見つけた。

「おっ。篠山さんじゃん。」

「うーわっ。阪本玲次。」

 知り合いゼロの俺にとっては、オアシスだった。

 窓際の席。四人掛けの席に、一人で座っている篠山さんを見つけた。

「ここ空いてるならいいか? 席がなくて困ってるんだ。」

 篠山さんは、割り箸を咥えたまま一度だけ小さく頷いて返事してくれた。

「悪いな助かる。せっかくのカツ丼が冷めるとこだった。それに知らない奴と食うのは苦手なんだ」

 そう言うと、また頷いた。

「どうした? 見つめてもカツはやらんぞ? なんか喋ってくれ」

「あんたのおかげで、ややこしいことになったんや。あんま話しとうない」

「そんな冷たいこと言うなよ。俺達一応付き合ってることになってるんだぞ。俺も篠山さんもイロイロな人々に嵌められただけだ。俺だけのせいにするなよ」

「あと呼び方、気を付けてや。“篠山さん”じゃなくて、“篠山くん”わかった?」

「面倒だな。衣織でいいだろ? 俺も玲次でいい」

「なんなんそれ……? 慣れっこいなぁ……」

「カップルの振りするんだぞ? 却下するなら、ササヤンとかイオッチとかにするぞ」

「……ほな、衣織でええわ」

「そう邪険にするなよ。協力してくれるんだろ? 仲良くしよーぜ。いただきます!」

 冷めないうちに箸を進める。

 カツ丼も好きだが、みそ汁も一緒についてくるのが最高だ。

 衣織は、女の子らしくペスカトーレを頼んでいた。

「そういえば、ステラとは仲いいのか? いつ頃知り合った?」

「いつって言われてもわからんけど。こっちに来て、しばらく経った後やったわ。あたしが、戦線に勧誘された時に知り合ってん」

「じゃあ、その時に入隊したのか?」

「なんや揉めるんはいやから断ったけど、いつか協力してくれって言われたわ。制服はその時に貰ってん」

「俺も制服だけいただいた。消えると困るからな」

「そんで学園でご飯食べてたり、気向いて授業に行ったりしとったら、ステラが話しかけてきてくれてん」

「ちなみに何て話しかけられた?」

「『おもしろい話し方するわね。漫才でもするの? なにか一発ネタやってよ』って言われたわ」

「バラエティ番組とかで見る、無茶振りってっやつだな」

「最初はへんてこりんな女や思うてたけど、こっちに来て何も知らんかったし、いろいろ教えて貰ろうて助かったわ」

「親切にされて助かったのは、お互い様ってことか」

「ところで質問なんだけど。この男っていうのは、いつまで続けるん?」

「平和が訪れるまで……だろうな」

「いつの話しなんそれ? せやったら玲次が戦線の人消してきてや」

「無理言うなよ……。神がどちらかに微笑むのを待つしかないな。それより俺たちに協力した方が早いだろうな」

「それまで、ずっと男のフリせんといかんの?」

「なにが不満なんだ? 制服だって今まで通り、髪の色は自由。ピアス、マニュキュアOK。どっからどうみても、女じゃないか。お前の生活の何が変わった? ちょっと話し方を変えるだけだろ?」

「髪の色は地毛やし。ピアスもカラーの入ったマニュキュアもしてへん。どんだけあたしが困ってるか……ホラ、あれ見てみ」

 戦線の制服を着た女子二人がこちらを少し見たあと、気にも留めずどこかへ行った。

「あーあー。あの2人はきっとこう思とるわ。女装男と同性愛の人が、絆を深め合ってるわ。邪魔したらあかんって、気を使うてくれたんやで。あとで見えへん所でキャーキャー言うんやから」

「考えすぎだ。同性愛の人も、女装趣味の人もいる。別に変じゃない。いいじゃないか、好きに思わしておけよ」

「あんたは、ええかもしれんけど。あたしは、ものっっすご気にすんねん……」

 ストレスがたまっているのか、怒りに肩が震えはじめている。

「じゃあ、早く解決しないとな」

「ゴメンなさい。空いている席がなくて。ここ、いいかしら?」

「別にいいぞ。少々やかましい奴がいるが、それでよければどう……」

 突如、背後から透き通った声がした。学園の食堂で合席なんて変わった奴がいるもんだとは思ったが、別段困ることは無いので反射的にそう答えていた。

「どうしたん玲次? 急にダマってもうて」

 衣織も後ろを振り返り、その姿を確認すると息を飲む。

 羽を思わせる長い髪。黄金輝く瞳。天使と呼ばれる戦線の脅威。

 今しがた話題にしていた人物がそこにいた。

「ごめんなさい。水を忘れたわ。少し見ておいてもらえるかしら?」

「あ……ああ。わかった」

「大好物なの。内緒で食べないでね」

「ああ……」

 呆気にとられ、生返事になってしまう。

 天使が担々麺を置いて、近くの給水機に向かう。

 気がつけば手に持っていた箸を落としてしまっていた。幸い机の上に着地したので十秒ルールが認められる。ひとまず、どんぶりを置いて落ち着くことにした。

「おい、衣織……このまま消されちまうのか?」

「落ち着き。こっちが大人しくしよったら、何もしてこんから」

「そうか……スズメ蜂みたいなやつだな。良い子にしてりゃいいのか……。いつも通りだな。じゃあ楽勝だ」

 失礼があって、消される訳にはいかない。いつもの上品さを思い出せ……。

 天使が冷水を持って、戻ってくる。

「つまみ食いしてない?」

 僅かに首を傾け、厳しく尋問される。その仕草だけは、普通の女の子のように可愛らしかった。しかし、ここでただ一言“食べた”というと、抹消されるのだろう。

 ここで最後の審判を下され永久追放を食らうと思うと、声を出すのも必死だ。

「食べ……てないぞ。ずっと、見つめて見張ってたからな。なぁ?」

「うん……。ずっと見とったけど。1ミリも動いてへんで」

「そう。ありがとう。いただきます」

 天使が席について、軽く手を合わせて食べ始める。

 神様にお祈りをするかと思ったが、そこは日本式らしい。

 どんぶりを置いて、なるべく音を立てないように上品に食べる。みそ汁も不用意に啜ってはいけない。背筋も伸ばすべきだ。

 下手を打てば、抹消される。

 それだけは、御免だ。

 適度なコミュニケーションも、評価基準になるだろう。女の子が楽しめるような、イキな話題がないか、自分の少ない引き出しをひっくり返す。

「今日は、いい……天気です……ね」

「そうね」

 終わった。

 今のは、完全に減点だろう。

 あまりの退屈ぶりに、実はもう消され始めているかも知れない。

「あの……突然で申し訳ないんですけど、会長さんは天使なんですか?」

 …………!!

 死んだ!

 これは、もう敗着だ……。

 人間に“人間なんですか?”なんてわざわざ分かりきった事を聞くバカがどこにいる? 

 カツ丼が最期の飯になるとは……どうせなら、あの時のカレーをもう一度食いたかった。

 この空気の読めない女のせいで、お迎えが来てしまったようだ。

 生き残ったら、すりつぶして粉々にしてやる……。

「違うわ。私は天使なんかじゃないわ」

 裁きの雷の代わりに帰ってきたのは、予想外の答えだった。

「何だって……? 嘘だろ? じゃあ、何だってんだ? そっくりさんか?」

「……? なんのこと? ドッペルゲンガー?」

 不思議そうに、もう一度首を傾けた。

 まずいな、落ち着け。会話が噛み合っていない。

「イヤ、だいぶ前に俺を切り刻んだだろ?覚えてないか?」

「あの時は、ごめんなさい。巻き込むつもりはなかったのだけど、結果的に怪我をさせてしまったわね。ごめんなさい……」

 天使が深々と頭を下げている。

 まさか、天使に謝られるとは思わなかった。もしかして実はいいやつなのか……?

「一度謝りたいとは思っていたの。でも、学校ではあなたを見かけなかったから。どこかへ行っていたの?」

「そりゃそうだ。俺は……!」

 危うく自供するとこだった。

 サボってたのがバレれば、さすがに消されるだろう。

「どうしたの?」

「イヤなんでもない」

「変なヤツ……頭沸いてんちゃう? あたしは篠山衣織。こっちは……」

「阪本玲次だ。よろしく」

「会長さんの名前も教えて貰うてもええかな?」

 衣織は、勇敢にも名前を聞き出そうとしていた。

「立華奏よ。朝礼で聞いたことないかしら?」

「うっ……。せやった! せやった!」

 が、後のことは考えていないようだった。

 ここで馬鹿正直に“あなたの朝の話なんかこれっぽっちも聞いてません”なんて言ったら、やっぱり抹消されるだろう。

「イヤこいつ、ずっと立ってられないんだよ。トラウマでさ……。」

 頑張って助け舟を出してはみたものの、沈没しかけだ……。このままだと、二人揃って嘘をついてる罪で消されちまう!

「昔立ったまま寝て、そのまま本当に足が棒みたいによ……、動かなくなったことがあったんだよ……なっ!」

「せやねんっ!あの時は、精神科医やら皮膚科やら来て、最後には歯医者も来て医者だらけやったからなぁ……」

「本当かよ! 凄いなっ!」

「せやろっ! やったな!」

 2人で一度立ち上がり、息の合ったハイタッチを交わした。

「担々麺好きなのか!?」

 ここで、やっと話しを切り替えることが出来たっ!

 不正の漏れにくい、安全な話題なはずだ。

 食い物と、女と、金は世界共通だから安心できる。

「……? これのこと?」

「そうそうそれや! ここの担々麺めっちゃ辛いのに、よー食べれるな!」

「そうなんだ。けど……うまいわ」

「麻婆豆腐はもっと辛いで。担々麺が好きやったら、あの辛さはハマるんちゃう?」

「俺も昔挑戦したんだが、かなり辛かったな。でもうまかったぞ」

「そうなんだ……」

 よし、いいぞ。安全運転だ。

 このまま、食い物の話で乗り切ってしまおう。

「衣織は、ペスカトーレ好きなのか?」

「せやね。ここのパスタはイケてるわ!奏ちゃんは食べたことある?」

「ううん。あまり食べたことないわね」

「立華さんは、アラビアータ食ったことあるか?トマトソースに唐辛子の辛味が効いててこれもうまいんだ。おばちゃんに言ったら激辛なんてのも作ってくれるらしいぞ」

「別に、辛いものが好きなわけではないわ……」

 空気が凍った。

 天使は表情一つ変えていない。

 俺は、もう消されてしまうのか?

「イテェッ!」

 つま先に激痛が走る。

 テーブルの下を見ると、衣織が片足で思いっきり踏みつけていた。

「……どうかしたの?」

 立華さんに不思議そうな目で見られる。頭のおかしな奴かと思われたかもしれない。

「イヤ、なんでもない。気にしないでくれ……」

「激辛にせんでも、おいしいから今度試してみてや!」

「そうね。覚えておくわ。」

 なんとか、消えることは免れる。

 しかし、素直に感謝できないほど今のは痛かった。

「立華さん知ってるか? 衣織はこう見えて男なんだぜっ! わからないだろう?」

「そうなの?」

 立華さんが、衣織を見つめる。

「あっ……。ああ、そうやねん。服装は女の子なんやけどな。ほらオネエの芸人さんがようさんおったから、波には乗っとかんと」

 つま先にかかる力が増す。

 ぐりぐりと捻られ椅子から飛び上がりそうになったが、なんとか平静を保つ。脱出も試みるが難しそうだ。これ以上動くと、机の上の平和を守れそうにない。

「分からないもんだろ? うっ! そこの、よく出来た膨らみも実は水風船なんだっ……。後で触って確かめてみろよっ。ホント! よく出来てるからよっ!!」

 クソッ。イテェ! 覚えてろよ……。

「そうなんだ。二人は付き合っているのかとも思っていたわ」

「よーわかったね! 実はそうなんよ!」

「はぁ? 待てっ! 何のこと……」

 言い終わる前に耳を引っ張られる

 そのまま天使には聞こえないよう耳打ちした。

「……昨日、本部でそういうことになったんやろ! あたしかて嫌なんやから!」

 言いたいことを告げ終わると、耳を解放してくれた。しかし、つま先は捕縛されたままだ。

 今日は厄日だ。散々な一日らしい。

「ごめんなさい。私いろいろ勘違いしていたみたいね」

「ええの! ええの! 気にせんで、よー間違えられんなん。なっ?」

「はい! そうです! そういうことなんです」

 最後の捕虜である、つま先を解放される。

「今日はありがとう。楽しかったわ。また一緒していいかしら?」

「せやね! 待ってるわ! また来てな!」

 丁度食べ終わったらしく、食器を片付け天使が席を立つ。

 仲良さそうに衣織が手を振ると、立花さんも軽く手を振り答えてくれていた。

「ふざけるなよ衣織! 加減ってもんがあるだろう?」

「あんたかて、もうちょい気使えんの? 奏ちゃん怒っとったやないの!」

「アレは事故だ! あの話の流れなら、辛いもんが好きなんだろうって思うだろう?」

 口喧嘩ならぬ、口戦争はその後も続いた。

 大食堂に醜態をさらし、戦線の連中は幸せな夫婦喧嘩と思っていて温かい目で鑑賞していただろう。

 気がついた時には授業が始まり、周囲からは人が居なくなり、味噌汁は冷め、ご飯はぐずぐずになっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Angel Beats Children Dissolved 13

データ解析の終わる予定の日。

 ノックをしてゲストハウスの扉を開けると、すでに全員揃っていた。

 どうやら、俺が最後だったらしい。

「いらっしゃい。待ってたわよ」

 気分よく爽やな声を返してくれたのは、ステラだった。

 エプロンをして昼飯の準備をしていたんだろう。

 その隣には手伝いをしている衣織もいる。

「待たせたみたいで悪かったな。先に飯にしようぜ。腹が減った」

「調子のええ奴や。玲次は何もしてへんのに」

「今からやろうと思ってんだ。今日は何にするんだ?」

「もう出来てるよ。今日はデミグラスソースのオムライスね」

「やったー! マゴちゃん卵系すきー!」

「あたしも好きです!」

「じゃあ、先にご飯にしよっか」

 店にでも入ったような気分になる。

 ステラがシェフのような手際のよさでご飯に綺麗に卵を巻いて行き、衣織がソースをかけて盛り付ける。2人の息の合った身のこなしは、見ていて壮観だった。

 食事が終わると、いつものようにお茶とお菓子が用意された。

「じゃあデータの解析結果が出ましたので、あたしから説明しますね。」

 以前使用したタブレットをテーブル中央に置いて説明を始める。

「残念ですが今回解析したデータの中には、天使や神の存在に関するデータは見当たりませんでした。」

「じゃあ“立華 奏”は、いったい何者なんだ? 本人も天使じゃないって言ってたぞ?」

「立華さん自身のプロフィールはPC内に入ってましたが、普通の人のプロフィールと同じくらいで特に真新しい情報はありませんでした」

「結局消えることや、消えた後どうなるかも分からずじまいか?」

香住は、申し訳なさそうに首を縦にふる。

「大体、本当に人間が消えたりするのか? 見たこともないから、胡散臭く感じるんだが?」

「それは、私が保証するわ。」

ステラの固い声が返って来た。

「マジかよ……痛みとかあるのか? 生きている時は注射でも叫んでいたクチなんだが」

「痛みは……無いと思う。一瞬で、音も立てず、それこそ跡形も残らないわ」

「……それは、俺以外の全員が見た事有るのか?」

 無言で一度づつ頷いて返事をする。

「どうすりゃいいんだ? 何も新しい情報が無いんじゃ、今回はくたびれ儲けってヤツか?」

「そんな事はありません。まったく収穫がなかったわけではないです。こっちの戦線の資料の中に気になるドキュメントがありました」

 ディスプレイを2回タップをすると、文字で埋めつくされた内容の把握しづらい画面が表示された。

「このドキュメントは、かつて戦線にいた人の日記です。当時はまだギルドが存在せず、地下施設の施工作業をしていた時の日記のようです」

「ギルドって言うと、一昨日話してたアレか?」

「そうね。現在ギルドと呼ばれる地下の洞窟自体は元からあったらしいの。そこの奥に兵器開発の工場と研究施設を建造したのが今のギルド。この日記見てくれる?」

 タブレットをピンチアウトして文字を拡大する。

――今日はたくさん運んだから、お姉さんがほめてくれた。親方には、いつもおそいって怒られる。でもいいやつだから、ゆるしてやっている。

「こいつは……子供が書いたのか? これがどうしたんだ?」

「その項目の最後のところ見てください」

――迷子になって、すごくこわかった。親方がさがしに来てくれて、ブンなぐられた。とてもとても大きな穴がある、こわいところがあった。親方にいうと、落ちたら助けられないから、もう行くなって言われた。

「これがどうしたんだ? 元から穴があったんなら、そんな場所があってもおかしくないだろう?」

「もちろんです。でも戦線では今まで、危険なので封鎖して近づかないようにしていたエリアあるらしいんです。次に天使エリアから回収したデータを見てください」

 一度切り替えると違うデータが表示された。

「これは一度消去されたデータを復元したもので、作成者は不明です。ここでは時間が定義されてないので、本来あるはずのタイムスタンプもありませんでした」

――図書館にある本の中に、誰かが残したメモが挟んであった。

  第六十六番隧道。不可能。

  心当たりの無い二つの単語に私の胸は踊った。

  此処より帰る、何かの手がかりかも知れない。

  故郷に残した両親と兄弟を思ひ浮かべ、途端涙が流れた。

  国の為、皆の為に空へと向かひ、忠義の大道を果たした事に後悔はない。

  しかし、枕元に立つだけで構わない。父上母上を一目見たい。

  不忠の臣といはれても故郷に帰りたい。

  早速、辺りの者に隧道について尋ねたが、誰も知る物は居なかった。

  学び舎を離れた山中に不審な穴を見つけたが、降りる術を持たず断念する。

  後日、同志を率いて向かおうと思ふ。

「こいつは……?」

 日本語にしては古い言葉遣いの文章だ。しかし、なんとか解読できるところからすると、江戸時代とかそんな時代の人ではなさそうだ。おそらく大戦中……空というところから考えるなら、太平洋戦争か……? そんな大昔の人まで、ここに来ていたとは。死んでしまった今では、どこか他人事だとは思えない。

「当初この資料はギルドの事を指していて、さほど重要では無いと判断され誰かに消去されたんだと思います。ですが、この第66番隧道とは封鎖された場所の事を指している可能性は考えられます」

「その、“スイドウ”って何のことなの?」

 勉強熱心なステラでも、隧道の意味は知らなかったようだ。

「平たく言えば、トンネルってことだ。戦線は何故なにも調査しなかったんだ?」

「内部分裂の原因にもなるし、完全な死の原因となる天使を撃破を優先したまでよ。天使を倒した後であれば、調査なんていくらでもできるしね」

 後顧の憂いを絶つ事を優先しただけってことか。戦線全員を納得させるには十分な理由だろう。それに戦線が団結している理由は、一人では立ち向かえない天使の撃破だ。

「ところで、どうしてこの場所は封鎖されている?」

「知らんのやったら、教えたろ」

 聴き手に回っていた、衣織が会話に参加する。

「お前、知っているのか?」

「ちょい前に戦線の人に進入禁止の場所があるって聞いて、見つからんように潜入したことがあんねん。底の見えんくらいの深い穴やったわ。何かの間違いで落ちたら、きっと助からんくらいな。穴に沿って下に向かう通路もあるけれど、普通は一人で行きたいとは思わんわ」

 助からないという言葉が印象的だった。

 普通は、死んで終わりだ。

 地面に激突して死ぬ。あるいは、手前の崖にバウンドして死んでしまうケースもあるだろう。

 しかし、この場所だとそうはいかない。

 死なないという事は、誰にも助けられず穴の底で存在し続ける。

 常識を超えたこの場所ならば、永遠に落ち続ける可能性も十分あり得るだろう。食い物さえ食べられず。極限の状態で心の整理も叶うはずが無い。消える事も望めない。

 その、ギルドという施設も戦線という協力者がいる組織があったから建設できたのだろう。生き埋めになって救助出来る者がいるのと、いないのでは大違いだ。

 死なないとは言っても、無敵というわけにはいかないようだ。

「でも、そこに一体何があるっていうんだ?」

「わからないです。でも一度、調査する必要があると思います」

「じゃあ、どうする? 落ちてそのまま放置なんてやめてくれよ」

「せっかく、だから落ちてみたら? 楽しいかもよ?」

「ステラが一人で行くらしいぞ、俺は寝て待ってるわ」

「酷いわね。冗談よ」

「発信機を用意しました。ここから常時位置情報を確認できます。30kmまでは正確に分かります」

「地球の半径は6400kmくらいだったぞ? 全然足りないんだが?」

「心配しすぎやろ。どこやったらいけるの?」

「中止だな。他の場所にしよう」

「レイジ! カッコわるいぞ!」

「じゃあマゴちゃん、お前が行ってこい! 紐付けて落としてやらぁ!」

「ヒドイっ!」

「可哀想ですっ!」

「冗談だ……わかってるから。行けるところまでは行かせて貰うが、ヤバそうだったら引き返すからな。あと、最低もう1人ついて来て欲しい。」

「あたしがいくわ」

 手を挙げたのは衣織だった。

「ステラは夜、戦線のオペレーションに参加すんねん。ステラの代わりに一緒に行くわ」

「じゃあ決まりね。戦線の人とギルドに行くからついて来て」

「今日と明日の動きを整理します」

 香住がタブレットを操作すると、全員分スケジュールを入力できる画面が表示された。

「戦線での活動ですので、私は同行できません。ここで皆さんをサポートしますので頑張ってください。皆さんには以前の作戦で使用したイヤホンと今回はマイクもお渡しします」

「カイチュウデントウも持ってけヨっ!」

「皆さんは、この後1500にヘッドクオーターで集合して戦線の人達とギルドに向かって下さい。ギルドにて物資を補給し、ローウェルはオペレーションの為にこちらに戻ってきます」

「ステラは、引退したんじゃないのか?」

「陽動部隊からは外れたけど、オペレーションには組み込まれてるの。それに、あまり単独で動くと疑われるわ。今となっては陽動部隊にいたのも、こちらとしてはアリバイを作る為に都合がよかったわ」

「ライブ見た全員が証人ってか? 黒い女だな」

「演奏したかったし、楽しかったのは本当よ。うまく噛み合っただけ。それに戦線では、戦線に賛同しない人を見つけて、勧誘することも兼ねてるの。戦線は叛乱を防げるし、私たちは協力者が増える。誰も損しないわ」

「よくやるよ……。悪いな香住。続けてくれ」

「はい。衣織さんと玲次さんは、ギルドに残って隧道に向かってください」

「一つ提案があんねんけど、あそこに行くには朝方日が昇ってからの方がいいと思う」

「そうね。そのほうが少しは楽になるかもしれないわね」

「なにか不都合でもあるのか?」

「あんな場所うまいこと説明できんわ。目的地に着くまで楽しみにしとき。場所はあたしが案内したるから安心しい」

「分かりました。ではギルドで一泊して朝方二人で目的地に向かって内部を調査してください。以上が一通りの流れです」

「そういえば、衣織は一般人扱いだろ? 同行して怪しまれないのか?」

「ゆりと日向には話しておくわ。他の人には体験入隊ってことにして貰いましょう。ついでに宿泊場所の手配も済ませておくから」

「抜かりなさそうだな。じゃあ行ってくるか!」

「では、みなさんにマイクとイヤホンをお渡しします。マイクは以前と違って、周波数の調整も済んで安全に通信できます。用意が済み次第1500にヘッドクオーターにむかってください。それでは最後にマゴちゃんから号令お願いします」

「カイ!サンっ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Angel Beats Children Dissolved 14

本部で一度集合した後、向かったのは意外な場所だった。

 これだけの生徒数の学園で、この体育館が使われていない時間は限られている。ギルドに向かうタイミングもそれに合わせてあるのだろう。

 人のいない空っぽの体育館中には、ギルドに向かう戦線が数人集まっていた。

 ゲストハウスを出る時にもらったマイクが首元を軽く締め付ける。

 咽喉式のマイクだそうで首に密着している。喉の振動を電気信号にして、声に変換するものらしい。香住が用意してくれた、白と黒の市松模様のバンダナを首に巻いてカモフラージュした。音声は常にゲストハウスに送られ、いつでも香住に連絡できるようになっている。

「貴様!つっ立ってないで早く来いっ。ゆりっぺを待たせるな」

「って言われても、何するんだ?」

「知らないのかぁ?いいからこっち来い。おめぇも手伝え」

 野田と藤巻に連れられ、ステージの下に収納されているパイプ椅子の入った棚を引き出せと言われた。いまいち腑に落ちなかったが、言われた通りにする。

 確かにこういう作業は野郎の出番だ。

「貴様、ギルド降下作戦は初めてか?」

「そうだな。噂で聞いたくらいだな」

「おっかねぇぞぉ?落ちて叫んでも助けねぇからな」

「そこは、頼むから助けてくれよ」

 軽く笑いを返し、はぐらかす。

 棚を引き出し、奥に通路が続いてるかと思って中を見たが何もない。何の特徴もない壁がある。回転扉にでもなっているのか?

「どこ見てんだ坊主?床だ床」

 不思議そうに見ていると、藤巻におちょくられてしまった。

 腰を曲げて進んでいった野田が、床に埋設した四角いハッチのような扉を引くと、中に入っていく。近づいて中を覗くと、梯子が下へと続いていた。

 まずは女性陣のゆりとステラ、衣織が先に降りて後に続く。

 俺も後に続き梯子を下ると、細い木材のみの簡単な梁と柱できた炭坑の様な通路が続いている廊下に出た。

 木造の天井と柱。壁は元の岩盤が裸になっている。照明もランプの様な質素な物が使用されていて、通路の奥は暗く見通しがきかない。地下特有のジメジメとした湿り気の多い空気に変わり、日が照る事のないせいか肌寒い空気に覆われていた。

「ここが、ギルドなのか?」

 先に降りて、仲間を待っていたゆりに尋ねる。

「そうとも言えるわね。この地下のエリア全体のことをギルドと呼んでいるけれど、ギルド降下作戦は、ここの最新部への到達を目的としているの。あたし達の言うギルドとは、ここの最深部の事をいう方が多いわ」

「ここから、どれぐらい時間がかかる?」

「なにも無ければ、一時間ってところかしらね」

「こんなところで、一体何があるんだよ。モンスターとでも遭遇するのか?」

「その方が、まだよかったかもね。仮に、ここが生徒会や天使に見つかったら地下施設ごと攻撃されて跡形もなく戦線は全滅よ。中にいる仲間は、永遠に土の中でしょうね」

「不健康な想定だな……」

「仮に見つかったとしても、最深部まではトラップが張り巡らされているわ。それにあたし達でさえ、ギルドの全ては分かっていないの。最深部が攻め込まれる事は、まず無いでしょうね」

「ここは対天使用の天然の要塞ってわけか」

「あんまりフラフラするなよぉ坊主。大玉が転がって来て踏み潰されるぞ」

「不便な基地だな。持ち主が来る時くらい解除しておけよ」

「当然そうしているわ。ギルドには連絡してあるから、トラップは全て解除されている。でも二時間以内に到着せず、あたし達からの連絡も無ければ再度トラップが発動する様に指示してあるの。時間には十分余裕があるわ。行くわよ」

 そういえば、先程からステラと衣織を見かけない。

 振り返ると、後ろにちゃんと居た。

「こちらが、ギルドでございます。様々なトラップ、迷路の様に入り組んだ構造が天使の侵入を防いでおります」

「わぁーすごいなぁ。これやったら安心して戦えそうやわ。気に入ったわぁ!でも、大変なんでしょう?」

 

「ご安心ください。24時間のサポート体勢。メンバーが一人一人に丁寧に対応します」

「せやったら、安心やわぁ」

「では奥にご案内します。お足下暗くなっておりますので、ご注意くださいませ」

「ありがとう!ステラさんは親切で助かるわぁ」

「何してんだ?お前ら?」

「なにって、案内じゃない。ジャマしないで」

「案内されてマース」

 揃って気だるげに答える。

 衣織も、どうせ知っている癖に白々しい。 

「遠足じゃないんだぞ?転んで怪我するなよ」

「私達そんなアホじゃないなから。ねー」

「ねー!あっち行ったらええねん?今日は男がようさんおんで!よかったなぁ」

 二人で仲良く手を繋ぎ、ブラブラさせていた。

 天を仰ぐ。

 この先が思いやられる。

 炭坑の中をしばらく進むと、鉱山には似つかわしくない機械的な扉が現れる。

 中に入ると、部屋の中は宇宙船のような廊下になっていて、長方体の個室になっている。 宇宙ステーションの船外活動をする時のエアロックを思い出した。トラップを止めているせいか、室内は最低限の光しかない。

「ここは何なんだ?」

「レーザービームが出てきて、てめぇをサイコロステーキにしてくれるところだ」

「油分が少ないからヘルシーだとは思うぞ。まぁそういうところってのはよく分かった」

 対天使用のトラップの仕掛けられた場所の一つなんだろう。

 おそらく、同じ様な場所がいくつかあるはずだ。

「ほら、行くぞ。それとも閉じ込められたいか?」

「狭いところは苦手だ。暗いところもな」

 部屋を出ると、また梯子を下る。

 今度の梯子は異常なほど長く、建物にすると3階分くらいの高さがある。

 決して踏み外さないよう注意して降りると、駐車場の様なコンクリート造りの廊下に変わった。これまでの炭坑、宇宙船と比べると、随分タイムスリップしている。

 どこまでが元からあった箇所なのか?どこから自分達で手を加えたのか?

 どちらにせよ、死ぬ前の人類と同じくらいの技術力があるのだろう。戦線の基地というだけあって、なかなかゴールには辿り着かない。

 コンクリート造りの廊下を黙々と進む。ステラと衣織以外は……。

「今度は防空壕か……」

 巨大なトンネル。地下鉄のような半円の石造りで出来た天上。壁には一定の間隔に無数の扉がある。トンネルの奥は暗く、どこまで続いているかは把握できない。

 扉の奥はシェルターか、もしくはダミーのタラップのある部屋。この中のどれかが、正しい最深部への通路なのだろう。

 ゆりの後に続き、その正しい扉の中に入る。念のため位置は自分でも記憶しておく。

 梯子をさらにくだり、炭坑と防空壕が交互に続く。

 ステラ達の会話も途切れ始めたころ、今度は少し開けた空間に出る。ちょうど、さっきの体育館と同じくらいの広さだ。鉄筋のコンクリートを使い頑丈にしてある。

 正面は鋼鉄の馬鹿でかい壁で、行き止まりになっている。

 ゆりが立ち止まりポケットから通信機を取り出すと、誰かに連絡し始めた。

「私だ。セントラルゲート前に到着した。クラシファイドコード、5、1、8、5、4、9……」

 ゆりが通信を終えてしばらくすると、目の前の鋼鉄の壁がスライドし始めた。どうやら、壁に見えるように引き戸にしていたらしい。

「コード覚えてメモしてもダメだぞぉ坊主。コードナンバーは毎日変えているからな」

「んな事しねぇよ。大体ここも一人じゃ来れないだろうな」

「あんだけキョロキョロしといてよく言うぜ。行くぞ、ついて来い」

 鋼鉄の扉が開くと、想像以上の光景が広がっていた。

 学園の半分が全部入るくらいの敷地に、工場がいくつも並んでいる。

 鉄を溶かす為の炉があるせいか、先程とは違い暖房が入っているように暖かい。工業施設特有の油の匂いが立ち込め、鉄を冷やす為の水蒸気の蒸発する音が絶えず。外周には鉱物を運搬する為のトロッコが走っていた。

「ここがギルドよ。歓迎するわ」

 

 

 案内された先は、コンクリートの建物の二階にあるVIPルームと呼ばれる場所だった。

 名前に似合わず、手動扉のエレベーターを昇った先にある、ブリキと木材などのガラクタで埋めつくされたゴミ部屋みたいな場所だった。

 ゆりが陸上競技で見かけるトンボを使って道を作り、唯一被害のないソファーに座る。  

 俺達は仕方なく丸いものや、四角い何かに座る事にした。

「おう。待たせちまったな」

「紹介するわ。このギルドの責任者。チャアよ。武器や兵器だけじゃなく必要な道具があれば、遠慮なく彼に言ってね」

「おいおい……。ちょっとは遠慮してくれよ?流石に何でも造れるわけじゃないからな」

「あたしには、いつものを頼むわ。ステラはどうする?」

「9mmを100発。あと私が使ってる銃と同じ物をもうひとつ貰える?」

「ミリタリーポリスの大昔のやつだったな。ゆり達が持ってるものに比べりゃ簡単だが、3日はかかるぞ?どうするつもりだ?」

「スペアがもうひとつ欲しいだけよ。急いでないから構わないわ。次に来るときに引き取るからお願いするわ」

「任せとけ。そっちの“初めまして”の嬢ちゃんはどうする?」

「初めまして篠山衣織といいます。今日は見学だけなんで、武器は必要ないです。貰っても使うことないだろうし」

「そういうな。この世界だと、いざって時がいつ来てもおかしくないからな。一挺ぐらい持っておけ」

「でも、そんな物をいただいても困ります」

 表面上は、あくまでやんわりと。それでも内心は、必死に断っていた。

「わかった……。俺達も無理強いはしたくない。でも嬢ちゃんに何かあって、怪我して欲しくはないんだ。これだけでも、受け取ってくれないか?」

 そういうとチャアは振り返り、後ろのガラクタの山にある錆び付いた引き出しから、褐色の皮の鞘を取り出す。

 鞘の中身は、白く輝いたナイフだった。

 凶器というイメージからは遠く、グリップが白く清潔感がある。全体が少し長めにとられていて、手のひら両手分くらいだろうか。両刃で包丁ほどの厚みがあり、女性でも扱えるくらい柄は細い。

「こいつならいいだろう?こう見えていい素材で出来ている。必要ないならリンゴでもむいてくれりゃあいい。俺たちだって、そう使って貰えるに越したことはないからな」

「わかりました。お心遣い感謝します」

 武器に対する考え方は、人それぞれだ。

 やる前にやる。

 やられる前にやる。

 武器を持つ者は、この条件のいずれかに当てはまることが多い。

 しかし、愚かで勇気のある“武器を持たない”という選択もある。

 交渉のテーブルにおいて圧倒的に不利であり、誰もが一度は考える平和的な選択。

 しかしながら、これには相手の良識、信頼などが絶対に必要になる。賢い人間ほどわざわざこんな悪手は打たない。だから愚か者と言われる。

 生徒会や天使とは戦わない。

 言葉には出来ない衣織の意志を汲んでくれた、チャアの気づかいがありがたかった。

「野郎どもは必要なさそうだな。欲しけりゃいってくれ」

「じゃあ、ステラと藤巻くんはオペレーションがあるから本部に帰るわよ。チャアと野田くんは、阪本くんと篠山さんは工場に案内してあげて」

「はぁ?工場?何のことだ?」

「行くぞ、新入りども。腕が上がらないくらい、みっちりしごいてやる。覚悟しとけよ」

「俺も一緒に行くのか?嘘だろ?」

「そう聞いている。安心しろ死にはしない。それに、うちは女には優しいしな」

「おい、おっさん。勘違いするな。そいつは男だぞ」

「そうか!そりゃ都合がいい!特に口の減らないガキには優しい!とっても、な……ついて来いっ!」

「玲次……あとで、おぼえときや」

 野田がエレベーターを呼び、手動扉を開く。

 重い息を吐いて立ち上がり、渋々ついて行く事にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Angel Beats Children Dissolved 15

当てがわれた部屋は、二段ベットだけが置かれた狭い部屋だった。ここには、寝る為の最低限のスペースしかない。

 あの後チャアに連れられ、VIPルームを後にすると衣織とは別の場所に案内された。

 行き着いた先は、岩石を取り出す採石場だった。

 空のトロッコの中に石の山を作らされ、それで終了かと思いきや、トロッコを工房まで運搬したあと、石を分別し叩いてひたすら鍛える。

 最後は、それをペーパーナイフとして使えるよう整えた。

 通常はこの一連の作業を一日交代で行い、採掘、鍛錬、精製の工程をローテーションをさせるらしい。

 曰く、自分の石は最後まで面倒を見るのがギルドの信念だそうだ。

 実際は、俺も思った通り非効率なのだそうだ。人の持ち場を変えると勝手が変わる。現状、製造工程も増えて高度な技術が必要な物も製造されるようになり、大量生産には追い付かなくなって来ているらしい。

 しかし、チャアは最後に理由を話してくれた。

 ゆりの要望に、こちら側が譲歩してローテーションの期間を一週間、二週間とする事はあるが、決して停滞させる事は無いらしい。

 作業員にやる気を失って欲しくはない、何の為に石を掘り続けているのかを考え続けて欲しいという。マニュアル化、単純化する事で人間の思考は停止してしまう。そうは、したくないと。

 そこには、チャアの信条が生きていた。

 ゆり達が振り回している銃の裏にはそういう過程がある。だから戦線で戦う人間は一度は必ずこのギルドに来る。自分達が使う物がどういう物であるかを考えさせる為らしい。

 人の目に付かない地下の奥で彼らは戦っていた。

 色々な事を考えていると、寝付けなくなってしまった。

 今すぐ寝なくとも、睡眠時間は十分確保できる

 すでに消灯時間は過ぎているが、部屋を抜け出し寄宿舎の外に出る。

 建物の横の階段から屋上に行けるようだ、ギルドの中でも比較的高い建物だ。上に登ればいい眺めかもしれない……。

 屋上につくと、何もないコンクリートが広がっていた。

 ちょうど良さそうなスポットを見つけたので、端に行って座り込む。そこからは、工場のあるギルドを一望することが出来た。

 工場は眠りに就いている。

 トロッコは停まり、あれ程うるさかった機械の音も今は聞こえない。死んだように静かだ。照明は最低限に留められ、辺りは暗い。

 星空は見えないが、たくさんの赤色と白色のランプが点滅を繰り返す。

 この場所に来てから、ずっと必死だった。

 天使のこと。戦線。ステラ達。学校周辺のレイアウト。この場所の仕組み。誰も信用できず、何もかも一から調べる作業は思った以上に大変だった。

 今までなら、渡された地図やwebの情報をバカみたいに信じても大丈夫だった。わざわざ疑う必要など感じなかった。周りの家族、友達もそうして解決しているからだ。

 便利な世の中に生きていた。そんな事を思う。

 ステラ達が、どこまで信用できるかは分からない。

 人間なかなか本心は明かさないものだ。実際俺も戦線の人間や生徒会の人間を騙している。それでも見知らぬ人間よりはマシだと思いたい。それに、この場所で一人で出来る事も限界に近かった。

「貴様!こんなところで何をしている!」

 ゆっくりと一人でギルドの景色を楽しんでいたが、野田の罵声によって中断される。思わぬ闖入者に心からウンザリした。

「何もしてねえよ。夜景を楽しんでいるだけだ。邪魔しないでくれ」

「そうか、それは悪かったな……」

 冷たく言い捨てたことに機嫌を損ねて突っ掛かってくると思ったが、意外にもあっさりと引き下がり、そのまま同じ場所で突っ立っていた。

「なんだ?亡霊じゃないんだ、気持ち悪いな。黙って後ろに立つな」

「見張りを任されている。怪しいヤツを野放しにはできない」

「チッ。不審者扱いかよ……。じゃあ、こっち来いよ」

「邪魔になるだろう?」

「後ろでダンマリされる方が邪魔だ!ホラっ」

 隣の地面を手の平で二回叩く。

 すると、そのまま何も言わずに野田がこちらへ来る。

 大体、俺がこいつに何したっていうんだ?

 初対面から、喧嘩腰で構えられる意味が分からない。

 イヤ……そうでは、なかった一つだけ思い当たることがあった。

「お前、ゆりの事好きなのか?」

「なんだとっ!」

 衣織に感化され、いきなり本丸を攻める事にした。それに大事なことだ。外堀を埋めていく方が野暮だと思ったからだ。

「そうなのか?って思っただけだ。違うなら、そう言えばいい」

「違うな」

「またまた!嘘がうまいな!恥ずかしがるなよ。誰にも言わないからさ。俺、友達少ないしよ」

「断じて違うっ!そういうものではない!」

「じゃあ、どういうものなんだよ」

「……俺が……この世界で守らなければ、ならない人だ……」

 そういうのを好きっていうんじゃないだろうか……?なんだか意味不明なやつだった。

「守るって言うからには、天使からか?」

「それだけじゃない。ありとあらゆるものからだ。俺だけが最後までゆりっぺの味方だ。どんな筋を曲げてでもな……」

「そうかよ……。素直に尊敬する……」

 俺はと言えば、ここに来てから疑いっぱなしだ。邪まな自分がひどく矮小に見える。

 しかし、世間はこんなヤツをが生きていられるほど甘くなかった。

 生きていた時には、何度も何度も煮え湯を飲まされ、痛い目に会わせれ続けた。

 俺からすると、こいつは人から裏切られたことのない本当に幸せなヤツなのかもしれない。俺には難しそうだ。

「戦線で戦ってるのは、ゆりの為か?」

「最初はそうだったが、今はそれだけじゃない。天使に戦線の連中を消されたくない。守れるものなら全員守りたい。それだけだ」

「すごいな……充分だ。悪いが、俺は最初銃を振り回してサバイバルゲームを楽しんでいる人間かと思った」

「貴様っ!馬鹿にしているのか!遊びじゃないんだぞ!」

「だから悪かったって。今日はいい話が聞けた。もっと話していたいが、明日は私用で朝早いんだ。お前も警備の仕事があるんだろ?これ以上、邪魔しちゃ悪いからな。俺も部屋に帰る。じゃあな」

 俺には野田が眩し過ぎた。長く喋りすぎたかもしれない。立ち上がり部屋に向かおうとすると、野田に呼び止められた。

「待てっ!貴様も戦線いるんだ!協力しろ!」

「そのうちな……」

 本当は、協力している。だが、俺達がしている事は機密だ。

 絶対漏らす事は出来ない。

 それに、戦線の内部分裂なんて誰も望まないだろう。

 これ以上、戦況を悪化させるわけにはいかない。

 俺達なりのやり方で戦いを終わらせ、この場所の構造を解明してやる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Angel Beats Children Dissolved 16

「遅いな……何してるんだ?あいつ」

 午前四時。寄宿舎一階の休憩所。

 集合時間は事前にそう決めていたのだが、衣織が来る気配は一向にない。

 もう約束の時間から、二十分も過ぎていた。

「香住。聞こえるか?衣織は、どうしている?」

 咽喉マイクの向こうにいる香住に話しかける。手に何も持たずに通話出来る分、はたから見れば独り言をぼやく変人に見えるのが難点だ。

「ふあぁー。聞こえてますよ。おはようございます。先程から呼びかけてはいるんですが、反応が無いですね。イヤホンを外して寝てしまって、そのままなんだと思います」

「分かった。部屋に様子を見に行く」

 もしや事故だろうか?それとも戦線に見つかったのか……?どちらにせよ芳しくない異常事態だ。急いで衣織のいる部屋に向かう事にする。

「遅いぞ……。何してんだ?」

 早朝の時間帯。あまり大声を出して戦線の連中を起こすわけにはいかない。試しに扉を二回ほどノックしても中から反応はなかった。

 扉は施錠されてなかった。本当に誰かに侵入された可能性がある。

「悪いが、入るぞ?」

 もちろん返事はない。静かに戸を開けて中にはいる。

 俺の部屋と違って、狭いところだが一人部屋だった。ゆりが気を利かせて女性用にしてくれたのか、比較的綺麗な部屋だ。

 ベットに目を向けると、掛け布団がめくれたままの状態でそこには誰も居なかった。手で触れると、まだ暖かい。ついさっきまでここに居たようだ。

「やばいぞ……。緊急事態だ!衣織がいない。何かあったかもしれない」

「本当ですか?なにか手がかりが無いか少し部屋を探してみてください」

「わかった」

 装飾品もクローゼットも無く、ナイトテーブルが一つあるだけで人が隠れる場所など考えられなかった。探索に持っていくハズだったリュックサックが一つ残されているだけだった。

「かくれんぼにしては、タチが悪すぎるな」

 自嘲気味にこぼす。

 迂闊だった。寝込みを襲うやつが居るとは……。

 俺の部屋には無かった小さな扉を見つけ、最後の希望を託し勢いよく開ける。

「あ……」

 信じられない光景に言葉を失った。

 水を弾くような肌は、文字通り水滴が肩から滴り落ち、豊かなバストが作り出す谷間へと吸い込まれていく。バスタオルに覆われてはいるが、はっきりとわかる引き締まった腰回り。普段の戦線の制服より、あらわになった肉付きのいい太腿。

「セ、セーフだったな……」

「ちょっ、変態ッ……!」

 静かに叫ばれる。戦線の人間を起こしてはマズイのでこっちは助かった。

「えーからっっ!!出てって!」

 遠心力で頭がふっ飛びそうな勢いで、回れ右した後、衣織の部屋から一目散に出て行った。

「玲次さんッ!どうかされたんですかッ?応答してください!」

「ああ……ちょっとした事故だ……。とりあえず衣織は無事だ。また後で連絡する」

 とぼとぼ休憩所に戻ることにした。なぜか負けた気分だった。

 それにしても……すごいものを見てしまった。何故か勝っている気分にもなれた。

 

 

 しばらくすると、戦線のセーラー服に着替えて衣織が出て来た。捜索用の小さなリュックを持ち、首に咽頭マイクを巻いている。髪は生乾きのままなのか、いつもより量が多く感じた。

 暇つぶしに読んでいた、戦線の広報冊子を机に置いて話しかける。

「ふう……。あやうく消えるとこだったぞ」

 胸倉をつかまれ、拳で殴られる。避けようが無かった。徹底的だった。

「……何か言うことがあるんちゃう?」

「待てよ、落ち着け!確かに俺も悪かった。謝るよ」

「大体こんなことで消えられたら、こっちもかなわないわ」

「もっと、いいことがあるのか?」

「そ、それは……」

 明らかに顔が紅潮し、うつむいた後黙り込んだ。じゃあ最初から言わなきゃいいんだ。

「もう知らん。あんたなんかキライ……」

「忘れるって!すぐ後ろ向いたし、何もみてないから。な?」

「どうせ無理やろ……?」

「かんばるよ……。だいたい、お前だって遅えんだ!四時にここに集合だぞ?これっぽっちも間に合ってない」

「あんたがアホだから、四時起床と間違えたんでしょ!」

「おい香住。聞いてたか?どっちだ?」

「マゴちゃん、しーらないっ!」

「逃げやがった……汚いな。それより衣織。頭がボサボサだぞ?」

「うるさいわ……。どうせ今からもっとボサボサになるからええの」

「ここから、どれぐらいかかる?正面ゲートのロックはどうするんだ?」

「心配せんでも別ルートだから関係ないねん。30分くらいで着くわ」

「急ごうか、戦線のやつが起きて来る。リュックは俺が持とう」

 強引に話をそらし、寄宿舎を出て行く。

 まだ寝静まっているギルドの中を進んでいく。見張りの人間も少なく、見つからないように目的地に向かう。

「もう一回言うとくけど、ものごっつい縦穴で底があるのかも分かっとらんから」

「それでも、誰か一人くらい中に入ったんじゃないのか?」

「あたしみたいに、内緒で入り口を見に行った人がおるかもしれんけどね」

「解析データの中に、内部の記録に関するものは見つかりませんでした」

「少なくとも記録上は、穴の下に向かう通路を下ったやつはいないってことか。記録がないということは、そういうことなんだろうな……」

 復元したデータを残した人物を推定する限り、50年以上は経っているはず。これだけの戦線の規模と時間経過を考えるとゼロ人という事は、まずあり得ないだろう。

「とは言っても、ハイテク関連の技術が向上する前の話やからね」

「でも今は生徒会とドンパチやってるから行けなくなったわけか。皮肉なもんだ」

 しばらく歩くと、昨日の採石場までやって来る。

「ここが入り口やね」

 衣織が人ひとり分通れる高さの狭いトンネルを指差す。

 中は暗く出口が見えない。

「ただの穴みたいだな。今までと違って補強とかされてないのか?」

「アホみたいに適当に掘ってたときに、たまたま別の道に当たったらしいわ。その先に、例のトンネルを発見。侵入禁止にしてるから、補強なんて必要あられん。誰も通らんからね」

「それにしても危ないな。生き埋めは勘弁して欲しいな」

「安心して下さい。ゲストハウスで座標を確認してますので、万が一の時は捜索に向かえます」

「息したまま埋葬なんて、考えたくもないな」

「言っとくけど、何があっても助けへんで」

「置いて行ったら、激しく恨むからな。じゃあ行くぞ」

リュックに入れた懐中電灯の一つを渡し、暗闇へと進んだ。

 

 

 暗く……いつ崩れ落ちても不思議じゃない道をしばらく歩く。

 足場は悪く、柔らかい土に足跡を残す。最深部へのギルドの道とは違い、人の往来を感じない悪路が続いく。

 何より気になるのは激しい湿気だ。先程から、汗か水か分からない水滴が全身を覆っていて、息をするだけでも水を飲んでいるような感覚に陥る。近くに水脈でも通っているのだろうか……?

 天井も全く補強されておらず、頭を少し擦るとパラパラと土が落ちてくる。天井が崩れないよう中腰の姿勢を維持しながら歩くのは楽ではなかった。

 十分ほど歩くと、やっと人が通れるような通路に出る。

 後ろを振り返って自分達が歩いてきた道を見ると、元からあった通路の壁を無理矢理破ったようだ。通路に穴が空いているといった感じがする。

 正面には車二台分が通れるような幅の通路が左右に続ていた。

 見たこともないような材質の白い壁と床。気味が悪く、雰囲気はガレージというより深夜の病院に似ている。

 殺風景で、何もない。

 床も気になるのは埃くらいで、ゴミは落ちていない。今は誰も人が来ないにもかかわらず平坦で、異様なほど清潔だ。電気は来ていないようで、あい変わらず視界は暗いままだ。

 左右に伸びている通路を衣織が左手へと進んでいく。

 懐中電灯の明かりだけが頼りだ。

「ここは……どこなんだ?」

「あたしが知ってるわけないやん」

「その通路の出入口は見つかっていません。大きさから推測するに、何かを運んでいたかもしれないのですが、搬入口や地上施設は見つかってません」

 イヤホン越しに香住が質問に答える。香住と通信できると言うことは、ゲストハウスから30km圏内ではあるようだ。

「どう考えても観光地では、なさそうだな」

「呑気やねぇ。あんたは一回くらい死ぬかもな」

「いや、衣織のほうが先だな。俺のカンはよく当たる。楽しみにしてるぜ」

 死んだこの場所ならではの冗談を飛ばす。もっとも、そんな事態は願い下げだ。

 懐中電灯の明かりを頼りに、通路を歩き続ける。

 スロープを下ることはあったが、階段も梯子もない。何かが運搬されていたかもしれないという香住の話も頷ける。

 通路の途中で、足元がコンクリートから土に戻ると衣織が突然立ち止まる。

「お疲れ様。ここが目的地やで」

 立ち止まり懐中電灯を振り回すが、壁は見えない。

 天上も無くなり灯りを頭上に向けるが、かなりの高さがあるせいか何も見えなかった。

「それで?穴はどこにあるんだ?」

 二、三歩前へ歩くが……。

「待ってッ!危ないッ!」

 突然、衣織が叫ぶ。

 懐中電灯を少し前に向けると、天井と判別がつかないほどの暗闇が広がっている。

 もう二歩分踏み出していれば、永遠に落ちていたかもしれない……。

「危ねえな……こういうことは先に言ってくれよ……」

「よー見えもしないのに、フラフラ歩くヤツなんて初めてみたわッ!しっかりして!ホンマに死ぬで!」

「……確かに。今のは俺の不注意だった。悪かった。気をつける……」

 到着早々、衣織からの一喝。

 恥ずかしながら、まだ遠足気分が抜け切っていなかったようだ。

「こんな視界で進めるのか?どう考えても懐中電灯だけじゃ無理だろう」

「香住。聞こえる?今の時間教えて」

「現在時刻は0543です。ちょうど、そろそろ日の出の時間だと思います」

「じゃあ、少しかかるのか?」

「こちらでは昇り始めましたけど、そちらはどうですか?」

「こっちは変わらないな。来るのが、はや……」

 続く声を失い、目の前の光景に圧倒される。

 黒色に塗り潰された視界の中、ゆっくりと……ほんの少しづつ光が差していく。

 遥か頭上から、五本の閃光が洞穴の中心に差込み、足下に広がる洞穴の輪郭が徐々に露わになる。

 同時に円形の隧道の壁面が明らかになり始める。

 土色の材質で補強してあり、コンクリートのようでもあるが表面が鏡面のように磨き上げられている。

 陽光に照らされ、全身を覆っていた湿気も少しマシになった。

 閃光が差し込む事によって、洞穴の内部も見え始めた。雲のような霧が幾つか立ち込め、水分が蒸発し始めている。

 何より驚いたのは天井だ。

 五枚の巨大なレンズが羽のように重なって、それが天球儀のように静かに回転し始めた。

 その動きに合わせて五本の閃光も静かに動き始める。

 五本の光束が洞穴の内部を強く照らす。それでも中心は暗く、これほど光を入れているにも関わらず洞穴の底は、はっきりとしない。

「……ここが……66番隧道…………」

「戦線の調査データでは、直径が151.236m。通路の幅が約50m中心は巨大な吹き抜けになっているようで、直径は約100mということになります。2階層ほどは調査したようですが、底部が目視で確認出来ないので調査を凍結したようです」

「じゃあ、ちゃっちゃと終わらせて帰ろうか!今から降りるから!」

「少し待って下さい。先に衣織さんとも通信できるようにしておきます。玲次さん、何でもいいんで喋って下さい」

「マイクテスト。衣織聞こえるか?」

「聞こえてる。こっちの声は聞こえてる?」

「大丈夫だ。異常なし」

「こちらでも確認しました。問題ありません」

「それで、どこに下に降りる通路があるんだ?」

「こっちよ」

 衣織が崖に沿って円状に歩く。しばらく歩くと、何も無いところで急に立ち止まった。

「で?一体どこなんだよ」

「よく見とって」

 リュックサックから空き缶を取り出すと、穴に向かって投げた。

「こんな所で環境破壊か?何してんだよ……」

 底に向けて真っ直ぐに落下すると思われた空き缶は、空中で音も無く数回バウンドした後、転がって止まった。

「そのあたりの地面をかがんでよー見て」

 言われたとおり指差された空中を見ると、かすかに水滴と水蒸気によって白く濁っている部分がある。拳でノックすると確かにはっきりとは見えない床がある。だが音は全くしなかった。ゴムを叩いたように硬くもなく柔らかくもない。

「なんだこれは?どうなってんだ?」

「見たことのない、限り無く透明に近い材質の床。一部は水蒸気で白くにごってるから、このまだら模様になってる床の上を進んでいくの」

「なんの試練だ?冗談みたいな場所だな。全く笑えない」

「今やったら、この霧を頼りに進める。ほな行こっか」

「待て衣織。廃墟に行った事はあるか?」

「あるわけないやろ。それがどうかしたん?」

「足場が不安定かもしれない状況での歩き方ってのがあるんだ。踏み残す足に重心を残しつつ、歩く方法だ。知ってるか?」

「知るわけないでしょう」

「分かった。ここからは俺が先行しよう。半周後について来てくれ。さっきの空き缶も借りるぞ。蹴りながら進む。何の頼りも無いよりマシだ」

「暇潰しになるかと、思って持って来てんけど正解だったね。きっと空き缶さんも役に立って喜んでるわ」

「じゃあ……行くぞ!」

 一歩目を踏み出す。

 音も無く、もう一度強めに踏み込むが全く音も振動もない。未知の強度の床に乗るのは、胃が締め付けらるほど気分が悪い。

 二、三歩踏み出すと、元の崖から完全に離れた。

「どうだ……?」

「どうって……?」

「そこから見ると、俺は……」

「空中に浮いてる」

「これじゃあ、俺が造物主だな」

「直径150m限定やけどね」

「あたしがみんなに嘘つきだって言いふらします」

「バカ。そんなつまらない事するか……」

 衣織もすぐ隣まで歩いて来て、両足を透明の床に乗せた。

「ビビってへんからね」

「何も言ってないからな……。じゃあ先にいくぞ」

 空き缶を蹴り飛ばし、霧でまだら模様に見える通路を進む事にした。

 

 

 

 平坦な土壁がどこまでも続き、壁面は型を使ってくり抜いたように整えられている。

 霧と透明材で作られた、まだら模様の床をひたすら歩き続ける。

 念のため、空き缶も蹴り続けた。

 一見すると雲のようにも見える床の材質は、足音がしないほど吸音効果は高い。

 最初は踏みしめる感触がなく、消しゴムの上を歩いているようで吐き気がした。止まっているエスカレーターを歩き続けているような気分の悪さだ。軽い頭痛もしたが、一時間ほど歩くと次第に慣れてきた。

 通路は思ったより明るい。

 レンズで収束された閃光が交差し、中心を照らし続けることによって、ここから見える範囲は明かりが通っている。それでも底は確認できず、遥か向こうは暗い。

 閃光は太陽光を利用しているせいか、ここにいても汗が出るほど暑い。中心の光を遮らないようにするためか、中央には霧と透明材で出来た高い壁がある。

 地下特有のジメジメした匂いは、トンネルの中でも変わらず続いていた。

「僕らは〜何も恐れはしない!不安よ!ここから立ち去れっ!僕らは決して歩みを止めはしない!ヘイっ!」

 対岸から衣織の声が聞こえてくる。

 見えない壁は衣織の声は遮音しないようだ。その声は僅かなタイムラグの後イヤホンからも聞こえてきて、こっちはいい迷惑だ。延々と続く廊下に飽きてしまったんだろう、声音からは怒りが感じられる。

「うるさい黙れ!さっきから、一体なんの歌なんだソレは?」

 しばらく無視し続けていたが、マイク越しに話しかける。

「交響曲第十五番、大穴のブルース。今、作った。」

「バッハが殺しに来るぞ……」

「こんな所ただ歩いてるだけで、何が楽しいのん?気が狂いそうやわ!」

「ピクニックに来てんじゃないだからな。お前のご機嫌ソングで、変な装置が作動したらどうするんだ?」

「あたしの歌声で、そんな災害起きるわけあらへん!」

「おめでたいヤツだ。それにしても、結構歩いたな……。香住、今は何時くらいだ?」

「0835です。6時にスタートしたので、2時間35分ですね。何か見つかりましたか?」

「見つかってりゃあ、もうちょっと気分がいいんだがな……。さっきから土壁ばっかりで何にもない」

「ちなみに、今は何週目くらいなん?」

「計算した所によると……だいたい21周目ですね」

「……計算?どうやって求めたんだ?」

「座標を確認したのですが、1周まわると30m降りてます。スタート地点から642m降りてますから、割り算で簡単に求められます。あと……実は、少し嬉しい話があります」

「なに!なんなんっ!何でもいいから聞かせて!」

「東京スカイツリーご存知ですよね。ちょうど同じくらいの高さを下りました……」

「ウンザリ!もうウンザリやっ!!どうかしとるわっ!」

「三平方の定理を利用して、傾斜角度も分かったんですけど……」

「もうええ!聞きたくないわ!言ったら香住の事キライになるからっ!」

「5.710度ダヨ!!やや緩やかダネっ!」

「マゴちゃんかよ……」

「もう許さへんっ!帰ったら、バラバラにして雑巾にしたるっ!!」

「ホントやかましい女だな……。静かにお願いできないのか?」

「うるさいねんっ!何か喋らんと、やってられんわ!」

「そういえば、二階で寝ていたステラが起きて来たんです。せっかくなんで、かわりますね」

 少し雑音がした後、ステラの声が聞こえ始める。

「あー。おはよう……どう?調子は?」

「人が朝早くから頑張ってるのに、優雅なもんやなっ!?こっちは、ずっと歩き続けてるのにっ!」

「あ、そ。私、朝ごはん食べるから。じゃあね」

「さっすがエゲレス生まれは違うな!覚えときや!」

「叫ぶなよ……こっちもイヤホンいれてるんだからな……」

 イライラしても仕方ない。

 根気良く、冷静に下り続ける事にした。

 

 

「モクモクモクモク!けむりの中には、竜宮城での楽しかった生活が映りました。『ああ、竜宮城に戻ってきたんだ』でも太郎は、髪の毛が白くなり、白いおヒゲのはえたお爺さんになってしまいました。おしまい!」

 あまりにも退屈すぎるので、香住の朗読会が始まっていた。

 桃太郎。金太郎。浦島太郎。

 太郎縛りの昔話は、どれもよく知っている話で、結局退屈なままだった。

 衣織の提案で、香住の現在位置の報告もなくなってしまった。気が滅入るという理由らしいが、逆効果なのは明らかだった。

 衣織は、疲れ果てて足を引きずるように歩き、顔を下に向けて見えない終着点を探し続けてる。

 遂には上を見ても下を見ても景色は、全く変わらなくなった。

 永遠に続く廊下。

 罠も障害もない道は、安全で快適ではあったが苦痛には違いなかった。

 変化もなく、動きもない。

 そんな状況で、嫌でも自分と向き合う事となる。

 自分は誇れる人間か?他者を尊び、憂い、真摯に向きあっているか?

 こんな想像を超えた場所で、改めて自覚させられる……ここは死んだ後の場所なのだと。 そして、神と言われるような何かによって秤にかけられる。

 生まれ変わり、輪廻、復活。

「駄目だ!衣織!なんでもいい!話をしてくれ。」

 昏い気分で埋め尽くされる寸前……思わず叫んでしまった。

「そんなん、いきなり言われても……」

「なんでもいい。好きな食べ物の話でもいい。今なら大サービスで、恋の相談にものってやるぞ?」

「マゴちゃんも聞きたいなっ!」

「そんな人おらへんから……」

「気になるヤツくらいなら、いるだろう?」

「いるだろう〜言っちゃいたまへ!言っちゃいたまへ!」

「しつこいわね……いないってば……そういう香住はどうなんよ?」

「マゴちゃんし〜らないっ!」

「そらマゴちゃんは知らないでしょ?香住よ、かっすっみっ!どうなのよ?」

「わーすれ、まーしたっ!」

「とぼける所が怪しいわ。実は玲次やったりして……」

「ちーがうもんっ!衣織さんが、実はそうなんじゃないですかっ?」

「イヤ、こいつはないわ……」

「ひでえ待遇だ。ババ抜きのジョーカーみたいな扱いだ……」

「でも皆には、お付き合いしてるって言ってるんじゃないですか?」

「あれはそういう流れになったから、仕方なしにそう言ってるだけやから。もうすぐコンビ解散やから」

「マゴちゃんわかったよ!」

「なにが、どう分かったんですか?」

「衣織ちゃん、ステラが好きなんダ!女の子の方が好きなんダ!ヒュー、ヒュー!」

「そうなのかよ。じゃあ勝ち目は無いな」

「ちょお待ち!どうして、そないな話になるん!」

「だって、この場所に来てからステラとずっと一緒だったじゃないですか!」

「他に知り合いがおらんかっただけや……悪かったね……」

「じゃあ、あたしにも話しかけてくれたら、よかったじゃないですか!うわーん。」

 でた、女の嘘泣き……。

 しかも、ワザとらしいにも程がある。

「しゃあないやろ?この戦線の服着ているだけで、生徒会の人に追い回される事もあんねんから!」

「それ、あたしじゃないですもん……。ひどいです!」

 どこかで本音なのかもしれない。今まで生徒会の人間ばかりで、戦線の人間からは覚えも無いのに敵視されていたのだ。

 香住が、スネるのも仕方がないのかもしれない。

「まぁ、まぁ。これからは仲良くするから泣かんとって」

「本当ですかっ?」

「ゲストハウス限定やけどね」

「うわ〜っ!」

「衣織のバカっ!香住をイジメるなぁっ!マゴちゃんの大群が攻めてくるぞ!」

「仕方がないやろ。戦時中なんやから」

「今の時間は1210ダヨっ!1680m。56周目ダ!」

「イッッやぁーーッッ!!」

「マゴちゃんの逆襲だ……こいつは強烈だな」

「もう世界一の建物よりも深い所にいるよ!みんなが歩いた距離は、地下鉄だと25.2km丸の内線のほとんど。御堂筋線だと、もうとっくに歩き終わってるね!」

「マジかよ……これは破壊力抜群だな」

「やめてぇ……。ごめんなさい……」

 あまりのショックのせいか、衣織が両手で耳を押さえて座り込む。

「おい……大丈夫かよ」

 さすがに心配になって、半周分戻り衣織の元に駆けよった。

「もう、あたしの事は、ほっといて……」

「そんな事出来るかよ。こんな薄気味悪い所に一人でいる方がキツイぞ?」

 体育座りで頭を抱えて、いじけだした。

「ごめんなさい……冗談のつもりだったんですが……」

「気にするな。どっちにしろ状況が気になっていたところだ。報告してくれて助かる。ほら、まだ時間があるんだ。もう少し頑張ろうぜ?」

 頭を膝に埋めたまま僅かに頷くと、片手で俺の腕を絡めるように掴んで立ち上がった。

「重いな……お前」

「失礼なヤツ!やっぱ、あんたと組んだんは間違いやったわ!」

 衣織が眉間にしわをよせて、不機嫌な表情を返すと、その後ろに空中に浮いている黄色と黒の縦縞の箱がチラッと見えた。

「おい、アレ……」

「なに?次はお芝居か?もう、やめてや……」

「違うって!見てみろ!なんだあれ?」

 箱を指差すと、衣織が仕方がなさそうに振り向く。

「なにあれ……やっと何か見つけたんっ!?」

 言い終わる前に、衣織は駆け出していた!

 少し遅れて、後を追う。

「どうかしたんですかっ!?」

「箱のような物を下の階層に見つけた!今から近くに向かう!」

「分かりました!気をつけてください!」

 念のため、空き缶も回収しておくことにした。

「これ、何なん?」

 衣織が箱の前に立ち、呆然と見つめるている。

 箱の大きさは、縦が大股三歩分。横が一歩分くらい。高さは胸くらい。

 黒と黄色の奇抜な色合いの箱だ。

 拳でノックしてみるが、これもプラスチックでもなくゴムとも違う微妙な感触。トロッコのようにも見えるが、レールも見当たらない。しかし鉄道のような小さな車輪が四つ付いている。

 内部には、前と後に2人分のベンチがある。前の座席には、原付き二輪そっくりのハンドル。キーも差したままだ。

「乗り物みたいだな。少し待ってくれ」

 前の椅子に座り、キーを回す。

「どうですか?動きそうですか!?」

「ちょっと待ってくれ!」

 祈るような気持ちでスイッチを押すと、少し箱全体が振動する。そのままスロットルをそっと回すと、ゆっくりと前に動き出した。

「やるやん!でも、なんでそんな事知ってるん?」

「原付きと要領は同じだ。ただ、こいつは見えないレールの上を走るようで小さいトロッコみたいなもんらしい。安全かどうかは分からないが、乗った方が楽できるな!」

「こんなとこにおる時点で、もう安全じゃないわ!」

 そういうと、衣織が後ろのベンチに飛び乗った。

「いくぞっ!」

 スロットルをゆっくり回すと、トロッコが音もなく加速し始めた。じょじょに加速し始めるが、回せる量が少なくそれ以上は加速しなくなった。

「全速力だ……」

「思ったより、ノンビリやな」

「今計算すると、こちらでは半周を30秒ほどで走ってますので大体時速45kmですね。それでも今までと比べると、かなりのハイペースです!」

「ハイペースなのはいいとしても、法定速度かよ……」

「案外ショボイなぁ」

「それでも今までとは、比べものにならないほど速いですよ!」

「でも結局は……」

「このまま、座りっぱなしってことやんっ!」

「何も無いよりマシだ。黙ってじっとしていろ」

「もう、イヤやーーッッ!!」

 

 

 高校の卒業式の日だった。

 いつものように、朝起きて制服に着替える。

 何の変哲もない一日の始まりで、最後の日だと言われてもありがたみも感じない普通の日。唯一違うと言えば、夕方から担任先生も含めてクラスの奴と飯を食いに行くくらいで、今から実感することなど出来なかった。

 家族に挨拶をして家を出る。

 いつもの待ち合わせ場所には、二人が俺を待っていて、声をかけられる。

「おき……!起きてッ!玲次!」

「は……?何のこと……」

 次の瞬間、平手打ちが頬を襲う!

 座席の後ろからの奇襲に、全く対応できなった。

「いてぇよっ!誰だよ!」

「あたしよ!衣織ッ!いい加減起きて下見てみ」

 聞きなれない名前に一瞬混乱してしまったが、すぐに状況を理解する。

「わりぃ。寝落ちしてた……」

「謝るのは後でええから、早くコレ止めて!」

「やかましいな。何があるってんだよ……」

 正面をみると、乗り始めた時と変わらない風景が続ている。何をそんなに焦っているのか不思議で仕方ない。

「どこ見てんの?下よ!下!!」

 頭を両手でつかまれ強制的に下を向かされる。あまりの勢いに首の筋を痛めたかもしれない……。

 しかし、次の瞬間にそんな事はどうでも良くなった。

「冗談だろッ!何だあれは!?」

 それまで延々と続いていた通路が無くなり。深い青色の床が広がっている。青黒い壁のようでもあり、天井から続いている光が差し込み、水晶のようにも見える。

「終着点か!?」

「わからんけど!!ええから止めてッ!」

 次は両肩を持ち、前後に揺さぶられる。寝起きのボケた頭には相当こたえた。

「やめろ!頭が痛い!揺らすなッ!」

 慌ててブレーキのレバーを引くが、減速せず代わりにライトが点滅するだけだった。

「マズイ!ブレーキが効かない!」

「嘘やろっ!?」

「見てみろッ!無理だ!」

「なんとか、して――」

「ダメだッ!!突っ込む!」

 水を裂く轟音ッ!

 激しく飛沫を立て、水を巻き上げる!

 磔にされたように座席から動けず、飛び出す前にトロッコごと水に突っ込んでいった!

 凄まじい衝撃!急激な水圧!

 口と鼻の中に嫌というほど大量の水を押し込まれ、思ったほど息が持たない!

 トロッコと共にどんどん潜水させられ、ようやく止まった……。

 衣織の手を引っ張り、急いで水を蹴り上へ上へと目指す。

 ようやく水面にあがり、大きく酸素を吸った。

「……大丈夫か?」

 声をかけるが、反応はない。

 元気に水面まで、あがって来た所をみると心配などなさそうだ。

 白く濁る床を見つけると泳いで近寄り。硬い床に乗り上げた。

「どーして、こんな事になってんのっ!」

「知るかよ……」

「何時間も下り続けて何にもなし!知り合ったばかりの男にノゾかれて、2人っきりにされた後こんな穴ぐらに放り込まれて!やってられへんわっ!」

「香住聞こえるか?応答してくれ。香住聞こえるか?」

「聞いてるん!?玲次っ!」

「聞いてない!あとにしてくれ!」

「こちら香住です!どうされたんですか!?」

 慌てた様子で、香住が答える。どうやら通信は生きているようだ。

「穴の底に水が張っていて、トロッコで突っ込んだ。今の時間と深度を教えてくれ」

「少し待ってください!」

「大体どういう神経やったら、こんな所で居眠り運転できんの!?」

「お前が先にスヤスヤ寝てたんだろうが!」

「あたしは、運転手やないんだから、ちょっと位寝てもええやんか!だいたいブレーキくらい見ときや!」

「減速する機会なんかなかっただろ!?原付きそっくりだから、ブレーキも同じだと思ったんだよ!」

「深度11236mです……」

 口喧嘩の声が止まった。

 香住の言葉にお互い愕然とする。

 先ほどまでの1000mと違い、桁違いな数字だ……。正直にいうと、タチの悪い冗談だとおもった。上を見ても想像がつかない。

「間違いとかじゃ……ないんだな……?」

「そうですね……お話しする前に、計算して確認したんですが、トロッコの速度と経過時間から考えると、不思議じゃありません……」

「ちなみに、今は何時なんだ?」

「1528ですね……」

 三時間走って、単純計算で135km……。十分あり得るな。

「そちらの様子はどうですか?」

「水が張って進めないだけで、特に変わりは無い。明かりも大丈夫だ。レンズの光がここまで届いている」

「気温はどうです?」

「これといって変化はないな」

「玲次さん…………大変申し上げにくいのですが……」

 深刻な様子で一言添えると、続く言葉を詰まらせた。

「どうしたんだ?」

「今回は、ここで中断した方がいいです……」

「ここまで来といて、何もせんと帰るん!?」

 衣織が不服そうに大声を挙げた。

 気持ちは分かる。俺だって同じだ。

 ここまで来て収穫なしなのだ。手ぶらで帰るなんて考えられなかった。

「落ち着け衣織!香住。悪いが理由を聞かせてくれ」

「地球環境を基準に考えた場合、その深さで地表と同じ気温だとは考えにくいです。おそらくレンズで増幅した光がヒーターの役割をはたして、トンネル全体を温めている可能性があります」

「ヒーター?この明かりがか?」

「そうです。虫メガネを使い黒い画用紙に穴を開ける実験を覚えてますか?」

「ああアレか。一応な」

「自然状態での画用紙の発火点は450度ほどで、焦点、及び光線は相当の熱量を持っています。現在常温なのは、その原理を利用してトンネルを暖めているんだと思います。あくまで憶測ですが、日が沈んでヒーターも明かりも失えば、温度が急激に下がり明かりも懐中電灯だけになって、帰還が遥かに困難になります。ちょうど、今からなら日没にギリギリ間に合うはずです」

「待って!トロッコは水中に潜ったままやで!間に合わへん……!」

「ここで待ってろ!見てくる!」

 急いで水に飛び込み床を蹴り、トロッコの真上まで泳ぐ。

「待ちや!どうやってバックすんの?」

「元々ランプのスイッチがある所をいじってみる!」

 大きく息を吸い、薄暗い水に潜る!

 トロッコの位置は何とか確認できた……。

 目立つ色なのが幸いだ。だが素潜りで行くには、ギリギリギリの距離だ。

 足をバタつかせ近寄った後、ハンドルを握り浮力に逆らう。水中で逆立ちになり、ランプのスイッチを押してみるが、反応は無い。

 息がつらくなり、一旦急いで浮上する。

「どうなの?」

「ランプのスイッチを押したが、ダメだッ!」

「待ってみ、あたしも見てみるわ」

 こちらまで泳いで来た後、衣織が潜る。

 戻ってくるまでの時間が、もどかしい……。

 水は冷たく、泳いでないと凍えて震えそうになる。

 目を瞑って無事に帰れる事を祈ると、後ろで轟音が響く!

「ビンゴーーッッ!!」

 空気を目一杯吸う音がした後、衣織の叫び声が響いた!

 トロッコは後ろで向きで、坂を登って来ていた。

「やるな!!どうやった!?」

「あんたのスイッチで、リバースになったんやろ!ハンドル回しただけや!」

「流石だ!手土産なしで格好つかないが出直すぞ!!」

 後部座席に飛び乗ると、すぐに発進した!

「現在1532!日没予定は1830ですッ!位置は常時モニターします!急いで下さい!」

「分かったッ!!」

「うーさぶ……。焼きたてのパンとあったかいスープが飲みたいわ……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。