ポケモンと嫁と地方の果て (南方)
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プロローグ

 気付くと俺は『俺』ではなかった。

 いや、意味わかんないこと言ってんなとか思わないでくれ。実際そうなんだから仕方がない。

 普通に地球のとある街中でひっそりと学業をこなして、部活をして、ゲームして、時には馬鹿をしてを繰り返してた俺――橘純一。

 いつも通りに目覚ましをセットして、いつも通りに床についたはず……だったんだがなぁ。

 

「おはようジュンイチ。早くしないと学校遅れるわよ」

 

 し、知らない小奇麗なおばさんに起こされる……だと。

 気付けば朝。日も窓越しに、既に山を越えて高く昇ろうとしている最中だ。

 突然のことで慌てめく――なんてことはなく、自分でも驚くぐらいに冷静沈着にベッドから起きた。

 俺、いつも布団敷いて寝てんだけどな。

 そしてふと、光差す空へと目線を移すと――

 

「……オニドリル、だと」

 

 優雅に空中をつがいで飛んでいるオニドリルを発見。

 そしてここ、俺んちじゃないけど。なんか部屋の内装変わってんだけど!

 何がどうなってんだよ! 誰かマジ教えてください!!

 



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第一話:ヨシノシティ

 一応俺は、ポケモンことポケットモンスターのゲームは結構やってきている……と思う。

 小学生の時に買った金銀が最初で、友達からもらった緑版をやり、そこからサファイア、プラチナ、ソウルシルバーぐらいまではやった。

 流石にホワイトとかブラックは手を出してはいなかったが、受験が終わればやろうかなぁ、なんて考えていたのは懐かしい思い出。

 

 ――そう、もう思い出なんだよ。

 

 何がどうなってるのかよく分からないが、ここはポケモンの世界っぽい。てかポケモンの世界だ。ゲームじゃなくてリアル。

 今の生活が始まって、既に四か月が経っている。俺もだいぶこの生活にも慣れてきた。

 まず俺が住んでいるのはヨシノシティ。つまり金銀版とかHGSSの物語に出てくる、ジョウトの小さな町である。

 そんな俺は現在十歳。義務教育の真っ最中。

 といってもこの世界の義務教育はすごい。五歳ぐらいから既に簡単な漢字などを覚えさせたり、簡単な計算をさせるみたいで。

 小学校教育は十歳で終わらせる仕様のようだ。まあこれはアニメでもサトシが旅立つときが十歳だったので知っていたが、いくら何でも勉強させるの早すぎやしないか?

 ……まあ、そこはいいんだ。次に行こう。俺としても、さっさと義務教育終わるのは嫌じゃないし。

 そこからは勉強の道――つまり中学――に進んで安定職に就くか、トレーナーとなって旅に出るかの選択となってくる。親に聞くと、普通は中学に行くってのこと。まあトレーナーとして大成するのも結構過酷な道らしいから、当然と言えば当然か。

 しかし俺の記憶が定着する前の『自分』は、旅に出ると言って仕方がなかったらしい。そのための条件として、小学校卒業試験でトップの成績を取れば出してもいい、と親が打ち出したらしい。

 まあ小さな町といっても、頭のいいやつはチラホラいる。いくら頑張っても一位なんて無理だと思ってたんだろう。

 

「……これが取れちゃったんだよなぁ」

 

 現在、俺はちょっとした森を超えたところにある、海の見える浜辺を歩いている。

 多分、ゲームだったら『なみのり』を使わないと来られない場所だろう。しかし現実として陸続きなので木々をすり抜ければ行ける。

 勉強はやっていなかったが、小学校レベルが出来ないわけではない。元々日本がベースとなっているこの世界なので、文字などは普通に読めた。数字も読める。英語はまだない。

 つまり俺は勝ち組だった!

 

「よっと……」

 

 いつもの獣道を通って、一か所だけ芝生が生い茂っている場所へとたどり着く。ここは俺がこの世界に来て、初めて見つけた絶景スポットだ。

 前の体の時は、よくバイクで海や山に行って風景を撮ったり、なんてことはよくやっていた。

 一種の趣味みたいなもんだ。綺麗な景色を見て回る、これが俺の生きがい。

 

 閑話休題。

 

 樹林に囲まれた芝生。そこから見える海がまさに絶景と言わざるを得ない。

 だがそこには、いつもの先約が既にその腰を下ろし、海を眺めていた。

 

「よぉ、また会ったな」

「ブイブイ! ブ~イ!」

「ははっ、相変わらず元気だな」

 

 俺より先に海を眺めていた俺を待っていたのは、しんかポケモンことイーブイ。

 元々生息地不明、というのは定期的に出現する場所がないだけで、実際に居ないということではない。

 このイーブイもその一例である。

 彼らは、決まった居場所を作らず場所を転々として生活している。

 しかもなかなか人の押し入らない森の中を移り住んでいるのだから、そりゃあ生息地が分からないと言ってもおかしくはないだろう。

 ここにいるイーブイは、俺がこの浜辺を発見して一か月後ぐらいにやってきたポケモンだ。

 最初は俺を怖がっていた様子だったが、別に俺は何もしやしなかった――――なんていうのは嘘で。

 実はここまでくる途中に見つけていたきのみをイーブイにあげたりしていた。いや、本当はよくないんだけど。

 結果として、意外と早く懐いてくれたので僥倖いったところか。

 ……いや、本当によくないんだけどね。二回言うけどさ。

 でもやっぱ、傍に寄っても拒否られなくなったのは、素直に嬉しい。

 最近はイーブイの方がきのみとかを俺にくれるようになったしな。ちなみにオレンの実とモモンの実は結構旨い。

 

「やっぱりこの景色はすごいよなぁ……」

「ブ~イ……」

 

 海上にちらほらと岩山が聳え、そこを岩波が穏やかながらも打ち付ける。

 そしてその先には悠然と聳える太陽が、海一面を朱色へ染め上げていた。

 花と海ぐらいしかないこの町では、こういった自然を楽しむぐらいしかやることがなかった。

 十歳までは自分でモンスターボールを買うこと。また捕まえて使役することは違法であるのでポケモンを使う様々なことが出来なかったのだ。

 パソコンはあったが、色々規制がついていて殆どのサイトが見れなかったし。

 

「まあ、別にいいんだけど」

「ブイ?」

 

 突然呟いた俺の独り言に、イーブイは可愛らしく顔を傾げてこちらを見上げる。

 ボールなんかなくても、俺に寄って来てくれるポケモンはいるもんだ。あと、自然を楽しむのも嫌いじゃないっていうか、普通に好きな方だし。

 ああ、学校でもポケモンに懐かれたりしてた奴がやっぱり居たな。ここいらに多く生息するコラッタ、ポッポ、ホーホー。女子には受けが悪いがビードル、キャタピーなどを学校に連れてきて遊んだり、時にはバトルなんていうこともしていた。

 モンスターボールを使うことが違法であって、自然とすり寄ってくるポケモンと戯れることは犯罪ではない。

 まあ、それはそれでいいんだけど。

 さぁてと。

 

 

 ――――今からちょっと、真面目タイムといきますか。

 

 

「さて、イーブイ。少しお前に頼みたいことがあるんだ」

「……」

 

 途端に声色の変わった俺の発言に、イーブイは無言で俺の瞳を覗き始める。

 コイツ、本当にいいやつだよ。同じイーブイなら間違いなく惚れてる。まあ人間だから可愛いと感じるしかないけど。

 

「俺は昨日十歳になった。そんで、あと一週間で実は卒業式なんだ。実はさ、俺卒業式が終わったら、この街を離れて旅をしようかなぁなんて思ってんだ」

 

 俺の言葉に、ピクピクと大きな耳を動かして話を聞くイーブイ。

 かーわーいーいー! なんて感想は、今は胸に留めておいて話を続ける。

 

「大体旅に出る場合、誰かしろからポケモンを貰ったり、親に手伝ってもらってポケモンを捕まえたりして、ソイツと一緒に旅をするっていうもんだが――」

 

 そういって俺は、ズボンのポケットから小さな円形状のものを取り出した。

 今日買ってきた、上が赤、下が白の見慣れた道具――モンスターボール。

 

「――俺はお前と旅がしたいと思う」

「……」

 

 これじゃまるで、女の子に告ってるみたいじゃないか!

 はずかしー! でも今更やめられない空気だもんね! このまま行かせてもらう!

 

「お前と会って二か月――いや、三か月に近いかな。最初はギクシャクしてたけど、最近じゃお前といる一日が、俺の日常だと思っているよ」

「ブイ! ブイ!」

 

 俺の言葉に同意するようにイーブイが首を縦に振った。

 これはかなり嬉しい。

 ていうかやっぱりモフモフしたいよ! かぁいいよぉ! そんなつぶらな瞳で俺を見ないでぇ!

 しかしシリアス的な空気は変えたりしない。ここは俺のターニングポイント。ミスれば今後が飯マズな事態になると思うしな。

 

「俺はあと一週間としない内に旅に出る。そしてこの地方の――いや、世界の美しい景色を自分の瞳に焼き付けるんだ」

「ブ~イ……!」

 

 え、すごーい! みたいな感じでイーブイはかわいい鳴き声を放った。

 いや、お前を誘ってるんだけどな。言わないと分かんないかなぁ。

 

「……俺と一緒に世界を歩こうぜ、イーブイ。決して楽じゃないはずだけど、決して後悔はさせないと誓う」

 

 は、はずかしー! なんだコレ! なんだよコレは! 彼女作るより恥ずかしい!

 もう顔真っ赤だと思うよ! いや、何ポケモンにマジになって俺と付いてきてくれって……もうプロポーズだよ! どう考えてもプロポーズでイーブイはお嫁さんだよ!

 何なの!? この世界のトレーナーさんはポケモンに告っちゃってたりするの!? しないよねぇ!? ふつうは「行くぞ!」「ぴっぴかちゅう!」みたいなもんだよな!? そんな軽いやりとりだよな……。

 と、とりあえず落ち着こう。別にイーブイを馬鹿にしているわけじゃないんだから。気にする必要はない……はず。

 そんでなんか勢いで捲くし立てたけど、変な部分無かったかな。誰か俺に教えてくれぇ!

 

 ――なんて思考をしていた俺は、ここでやっとイーブイが俺の服の袖を引っ張ってきていることに気付いた。

 

 俺が気が付いたのを確認すると、イーブイは何やら決心した様子で森の中に走っていく。

 ……もしかして、付いてこいってことですか?

 てかどこ行くんですか? 森で何するんですか?

 そんなことを考えながら、数メートル進んで振り返って俺を待っているイーブイの後を追った。

 

 

 

 




そんなわけで第二話でした。
誤字脱字あれば報告してください^^


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第二話 ヨシノシティ~ワカバタウン

 光があんまり差さないから怖いなぁ……。なんかリングマとか出てきそうな雰囲気なんすけど。俺大丈夫?

 先を進むイーブイを必死に追いかける俺は、そんなことを思いながら森の中を疾走していた。

 かれこれ十分ぐらい走っているか、あまり疲れはない。

 というのも、この街には昔トレーナーでいいところまでいったおじいさんが居るんだが、その人に話しかけて気に入られるとランニングシューズが貰えるんだな。

 HGSSのゲームだと主人公は自動的にイベント発生してたけど、俺は生憎主人公じゃないし。自分で動かないと何も得られませんよ。

 

「……ん?」

 

 イーブイが速度を落としだしたので、俺も徐々にスピードを抑える。

 俺にも分かったのだ。目の前の樹林を超えると、小さな広場があることを。

 

「……おお」

 

 そこにはたくさんのイーブイが寝ていたり、はしゃいで遊んでいたりと、様々な生活スタイルを見せつけて群れていた。

 い、イーブイさんの群れなんて、初めて見たぞ。

 おつきみ山のピッピが踊ってるのはゲームで見たけどさ。

 俺が半ば呆然としていると、なんていうかさ、目の前から他のイーブイとは変わったポケモンが数匹歩いてくるのに気付いた。

 

 ――ちょっと待ってください! リーフィアさんとかハクタイの森でレベルアップして進化しないと生まれないんじゃないんすか!?

 

 思わずガクブルである。表には出さないけど、心はもう吹雪で凍えかかってるよ!

 だってコイツら、たしか攻撃の種族値高い方じゃなかったっけ? グレイシアは特攻高めで、その逆って覚えてるから、多分そうだよな? やばいよな? リーフブレードとかされたら即死だよね!?

 

「ブイブイ。ブ~イ。ブイブイブイ……」

「フィーァ……」

「ブイブイ! ブイブイ……ブイ!」

 

 うん、何言ってんのかワカンネ。

 そんなわけで、不肖ながら、この俺が予測してみようか。

 多分、『私この人に付いていくわ! 世界を旅するの!』『お前という奴は……』『私決めたの! 絶対に行くわ……絶対!』みたいな?

 ちなみに俺はイーブイの性別を知りません。♀だと思いたい俺の思いでこの疑似会話は構成されています。

 なんて馬鹿なことを考えている間にも、話は続いていた。しかしリーフィアがだんだんと優しそうな目になっていってるのを、俺は見逃さなかった。

 親か、兄妹か、親友か。

 分かりやしないが、嬉しそうだなということは一目瞭然だった。

 そして一分も経たない内に、会話は終了した。数匹いる中の中央にいるリーフィアが静かにこちらに寄ってきて、小さく頭を下げる。

 おお、リーフィアにお辞儀されるなんて感激だよ俺。とりあえず、こちらもぺこりんこ。

 数秒頭を下げて、顔を上げると、リーフィアは既に顔を上げていた。その表情はなんというか……任せたぞ! みたいな感じの雰囲気が出てた気がする。まあ雰囲気だから分かりやしないけど、さ。

 リーフィアはそれだけすると群れの中に戻っていく。取り巻きのリーフィアたちも静かに退散。そしてその場にはイーブイと俺だけが残された。

 

「……終わり?」

「ブイブイ!」

 

 イーブイは大きく頷くと、さっと翻って元の道に戻る。

 あれ、案外あっさりじゃないんですかね? いいんですか、これで。

 とりあえず、イーブイが俺の旅に付いてきてくれるということははっきりしたので、安堵したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、アイツまだ野生だよな?」

 

 

 

*****

 

 

 

 次の日、俺とイーブイはウツギ博士の元に行くことにした。

 俺の父さん、実は研究員なんだよ。ウツギ博士の助手なんだよ。

 そのコネ使って御三家貰えんかなぁ、って父さんに遠まわしに言ってみたらあっさり承諾だよ。

 まあ一人だもんね! ウツギ博士の助手父さんだけだもんね! 融通効かせてくれて本当に助かります。

 そんなわけでワカバタウンまでの道中を歩く俺。そしてイーブイ。

 イーブイはなんだかんだで、結局まだモンスターボールに入れていない。ていうか、タイミング逃しちった。なんか入れなくてもいい気がする――なんてことはなく。

 ポケセンで回復する場合は、モンスターボールに入れておかないとスムーズにいかないのを俺は知ってる。キズぐすりは別に外に出していても使えそうだが、それじゃPPは回復しないし。

 

「……お、野生のポッポ」

 

 草むらを歩いていると、目の前にポッポを発見した俺。

 ちなみにこれで見つけて五匹目。そして俺、ゲーム感覚で楽しんでますよ。まあ倒したポケモンをその場にほっとくのは気が引けるんだけどね。

 そして一応この世界、弱肉強食で成り立っている訳で。

 

 …………ひんしになった野生のポケモンは、他のに食べられちゃうそうなんだよね。

 

 いや、自然界だから当たり前だろって? 無茶言うなよ、こちとら完全に小学生向けのやさしいゲームだと思ってたんだよ。

 リアルになって要らないところも無駄に現実になってるんだから、何とも言えないよ俺。

 ゲームだと素早さの努力値欲しさに狩りまくってたけど、自重するようにしてます。安直に自分からポケモンに突っ込んだりしないようにしてます。

 でも経験値は欲しいんです。だから、歩いていて目の前に発見したポケモンを見逃すわけにはいかないわけで……。

 

「イーブイ、ばれないようにこっそり背後から近づいて体当たりで」

「ブイッ」

 

 イーブイとしては、他のポケモンと戦うことに抵抗感はないみたいだ。

 まあコイツも一応、弱肉強食な世界を生きていた一匹ということであろう。こんなにモフモフで可愛いのに、獰猛だよぉふぇぇ。

 ちょっとだけ自身の愛玩動物に畏怖している間に、イーブイは忍び足で背後に近づく。

 ポッポは視覚はいいが、その分聴覚が弱い。人間以上に音に対して耐性がない。

 それに比べイーブイは視覚と共に、その大きな耳を使って敵襲に身を備えている。そこに少し知性のある俺の指示が入ると、まあ野生に対してはどうにかなるわけで。

 

「……ブイッ!」

 

 若干声を張り上げてイーブイはポッポに背後から体当たりをかます!

 

「ッポ……!?」

 

 小さなうめき声が、若干の驚愕の色も混じって零れる。

 しかしここで終わらすわけにはいかない! 俺のイーブイに傷をつけてなるものか!

 

「イーブイ、もう一度真正面から!」

「ブ~イッ!」

 

 俺の指示を聞くとすぐさま声を張り上げ、ポッポに真正面から突撃する。

 それが上手いことポッポの首元したの羽毛の少ない部分当たったもんだから、ポッポは苦しそうに瞳を細め、そして天頂を向いて小さく啼いて倒れた。

 ……これさ、やっぱりポケモントレーナーって結構ドSじゃないと出来そうになくない? 毎回こんな可哀想な姿見なきゃならんの?

 まあまだ動けそうだから救われてるけど。ああ、でも一応ひんし状態だから、満足に動けそうにないのは確かだ。

 

「イーブイ、お疲れ様」

「ブイブイ!」

 

 俺の呼びかけを聞くと、すぐさまこちらに帰ってきて笑みを浮かべるイーブイ。

 …………ああ、俺この笑顔見れるなら何度でもポケモン倒す指示だすよ。

 前言撤回、トレーナーはこのポケモンの喜ぶ姿見たさで戦っているに違いない。

 

「さて、先に進むか」

「ブイ」

 

 まだ出発して二時間。

 実はゲームじゃ一分二分で通れるこの二九番道路。ヨシノシティとワカバタウンまで、普通に歩くと二日三日ぐらいかかることを、俺は知らなかった。

 

 

 

 

 




そんなわけで第二話。
明日も更新したいと思います^^


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第三話:ワカバタウン

「つ、着いた……!」

「……ブイ」

 

 昨日家を出発して、丸一日移動したが結局着かずに野宿した俺たちは、次の日の夕方にようやくワカバタウンにたどり着いた。

 し、しかし長いぜっ……! 始まりの道とか言ってる割に、冒険初心者の俺にはとても悪路だよこの二九番道路! 

 途中から走って良かったよマジで。普通に歩いてたら三日、もしかしたらそれ以上かかってたかもしれねぇ。

 父さん、いつも土曜の夕方帰ってきて、日曜の朝に家を出てたけどさ。あれって研究詰めになりたいわけじゃなくて、実質軽い出張しているようなものだったんだね……。自転車が結構痛んでたのも、そういう理由なんですね馬鹿にしてました。

 すみません、何度も言いますけど、正直相当舐めてましたよ俺。ゲームだと小さく見えるけど、一応ジョウト『地方』だったんですね。広いですよマジで。

 これ……早くコガネシティに行って自転車買わないと無理ゲなんじゃ?

 まあ、今さらクヨクヨ言ってても仕方がないか。そんな訳で町に入ってみる。

 といっても至るところに家があるぐらいで、他にはなにもない。ヨシノシティも田舎だなとか思ってたけど、ワカバタウンも相当ですな。

 まあ研究所を示す看板はあるから、行き先を迷ったりすることはないけど。

 

「そういえばさ、イーブイの性格って何なのかな」

「……ブイ?」

 

 俺の言葉に、イーブイは疑問の色を声に含ませて俺の方に向いた。

 ポケモンの性格。これはポケモンの能力値にかかわってくるとても大事な要素だ。

 といっても、俺は今回努力値なんか考えずに進めてるしなぁ……。

 ポッポやコラッタを二百以上虐殺なんかして素早さ振ってみ。周りの草原が一気に暗黒地帯へと化すに決まってる。

 しかし性格に似合った進化をさせることは、イーブイにとっても大事なんじゃないかと思う訳ですよ。

 一応地方をぐるり一周しようと思ってるわけだけど、より人の寄り付かないとこに行こうと思ったら強いポケモンが出てくるはず。その対処できるよう、自分の仲間も強くしなければならないのは当たり前だろう?

 ならば性格にあった進化をさせてやりたいよ俺は。何しろ七段階進化の可能性をもってる、Evolution(しんか)ポケモンのイーブイ――Evの頭文字を取っている――だもんな!

 

「おっと、着いた着いた」

 

 そんなことを一人で考えていると、目の前に周りと少し変わって大きな建物が見えてくる。

 近くには大きな看板があり、ウツギ博士研究所って書かれてあった。ここで間違いないだろう。

 建物は何というか、実質外見は家に近い。それでも窓を覗くと、なんか本棚がずらりと並んでいて、ちょっと散らかっているように見える。

 

「ごめんくださーい」

「……おお、ジュンイチ。よく来たな。」

 

 扉を開けて中に入ると、埋め尽くすほどの様々なポケモン学の本が、棚に所狭しと並んでいる。

 その一角に、父さんは一冊の本を抱えて立っていた。しかし俺の姿を見るとすぐに棚に本を戻し、小走りでこちらに寄ってくる。

 

「始まりの道といっても結構長かったろう? 一人でキャンプとか初体験だったんじゃないか?」

「な、なんでキャンプしたこと知ってんだ父さん……」

「そりゃジュンイチは自転車持ってなかったし、歩いてくるしかないからだ。走っても一日はかかるから、どこかで泊まれるようキャンプセットは持ってきているものだと思ってたんだよ」 

 

 流石は父さん。よく分かってらっしゃる。

 まあ貴方の通勤路ですしね。

 

「……お母さんにてっきりポケモンを借りてるものとばかり思ってたんだけど、イーブイなんて捕まえてたのかい?」

「捕まえたというかなんというか……。とりあえず、俺の相棒」

「ブイブイ!」

 

 俺の言葉に同意するようにイーブイが声を張り上げた。

 その様子を見て父さんは関心したように息を漏らす。

 

「へぇ、なかなかに懐いているようじゃないか。しかも確認が少ないとされるイーブイ、どこで見つけた?」

「たまたまヨシノシティの近くにある海側の森で見つけたんだよ。集落もあったんだけど、仮の住処っぽかったし、他のイーブイはすぐにまた移動するかもね」

「イーブイは数も少ないしなかなか人前に出てくれないからね。ジュンイチは運に恵まれていたのかもな」

 

 父さんはそれだけ言うと俺の前を歩きだした。元々あまり話はしない性格なんだが、今日はよく喋ってくれた方だと思う。

 この体になった当初は、少し他人のように思っていた父さんだが、今では本当に信頼できる人物だと思っている。

 そして何より息子――すなわち俺に甘い。とても嬉しい。

 無言ながらも、行先はすなわちウツギ博士のところだろう。言わなくても分かるものだと思っているのだと思う。実際分かってるしね。

 

「ウツギ博士。息子が来ました」

「……ああ、すまないね。研究に必死になってたよ。……君がジュンイチ君だね。いらっしゃい」

「初めまして、ウツギ博士」

 

 頭を下げると、そんなにかしこまらなくてもいいと言わんばかりに手を左右に振って、苦笑を浮かべるウツギ博士。

 元はオーキド博士の助手であるウツギ博士は、自立してまだ日が浅いとのこと。そのため研究員もまだ俺の父さんだけなんだが……。

 なんていうか、やっぱりまだ若いなぁという印象だ。

 年齢で言うと父さんの方がウツギ博士より十歳以上年老いている。それでも自分の研究所を開けているところを見ると、秀才なんだなぁという印象を抱かずにはいられない。

 

「確か僕の現在調べているポケモンを連れて歩きたいそうだね?」

「はい、そうなんです。ウツギ博士のお手伝いにもなるかなと思ったので」

「ははは、それは助かるよ。ポケモンの進化については戦闘や旅などで経験を積ませるのが十分なんだけど、僕は生憎トレーナーの素質がないんだ」

 

 照れるように頬をかいてウツギ博士はそういった。

 そして俺を見て、続いて俺の足元にいるイーブイを見てうんうんと頷く。

 

「それに比べて、ジュンイチ君には素質がありそうだ。確かポケモンを持つのは今回が初めてだよね? すっかり信用しているみたいだ。ポケモンを捕まえる才能、なつかせる才能っていうのは、総じてトレーナーの資質に関与するってオーキド博士も言っていたから。安心して任せることが出来そうだ」

「へぇ、そうなんですか」

 

 まあポケモン捕まえることが苦手ならば、なかなかパーティ増やすのも難しいだろうからなぁ。

 それとなつき関係は、やはり空気が悪くなるだろうし、トレーナーの腕が試されるものなのかもしれない。まあ普通に接していれば間違いはないと思うんですけどね。

 それでも、オーキド博士の言ってることは一理あるのかも。

 

「そのイーブイは自分で捕まえたのかな?」

「一応捕まえた――ってことになるんですかね? 生憎まだボールに入れてないんですよ」

「……何だって?」

 

 俺の言葉に瞬時に目を光らせ、ウツギ博士は声を小さく漏らした。

 

「ボールで捕まえていないのに君に付いてきてくれるのかい?」

「はい。ヨシノからワカバまで来るのに、イーブイが守ってくれましたから」

「君の指示には従うかい?」

「従順、って言葉が当てはまりますね。俺の言うこととても聞いてくれますよ。……といっても、たまに我儘なところもありますけどね。でもそこが可愛いと言うか――」

「今はそういうこといいから。それで? このイーブイとの馴れ初めは?」

「え、ええっと……ヨシノシティの海岸近くの森で偶然あって、そこできのみとか交換してあって……」

「きのみ? きのみとは実際どんなものを――――」

 

 これから俺はウツギ博士に二時間近く質問攻めを喰らう羽目になったのは、言うまでもない。

 

 

 

 




第三話でした。



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第四話:ワカバタウン②

「いやー、すまないね! 研究に熱が入るとついつい周りが見えなくなっちゃうんだ」

「あはは……いえ、別にいいですよ」

 

 実際は別にいいことないよ? 何しろ二日も歩いたり走ったりしてワカバに来ているんですから、休ませて欲しいですよ。

 まあ体裁を考えて無難な答えを言うけどさ。

 もしイーブイがいなかったら死ぬところだった。首回りのモフモフした毛を撫でてなかったらやばかったぜ。

 そうだよ、忘れたよ。この人、研究にのめりこんだら衣食住の衣食を怠る人だった。つまりは職業病にかかっている。

 真面目に相手していたらこっちの命が足りない。

 ……あ、ていうか毛づくろいってなつき度上がるよな? これって俺が適当にしても上がるのだろうか。

 

「ところで、ポケモンの方は……」

「ああ、そうだったそうだった。忘れかけてたよ」

 

 実際忘れてましたよね。忘れかけてたんじゃなくて、忘れてましたよね。何も言わないけど。

 父さんは既に今さっきいた場所に戻って、小難しい本を読み漁ってはパソコンに入力していた。

 会話しだして五分ぐらいしたら居なくなっていたので、相当慣れているものだと思われる。

 しかしちょっとぐらい息子を助けて欲しかったよ。

 イーブイは話聞かずに、俺の毛づくろいに意識向けていたからか気分上々らしい。要するにウェ-イウェーイな状態なんだろう。

 

「とりあえず、今生態を調べているポケモンが入っているモンスターボールだ。三種類いるんだけど、どれか一匹選んで連れて行ってほしい」

「……出してみてもいいですか?」

「ああ、構わないよ」

 

 すごく高そうな機械の中に、手前、左奥、右奥とモンスターボールが置かれている

 俺はなんとなく左側のボールを選んで、ポンと放り投げた。

 モンスターボールからポケモンを放つ時に出る、独特の眩しいライトエフェクトを確認し、そして出てきたポケモンを見やる。

 

「……?」

「おお、ワニノコか」

 

 俺が最初に買った金銀で最初に選んだポケモン、ワニノコさんの登場ですよ!

 いや、もう選ばなくていいだろ! これは運命に違いない! ワニノコはいつまで経っても俺の最初の相棒――

 しかし現在の一位はイーブイたんだけどね。

 

「イーブイ。ちょっとワニノコとコミュニケーションとってみて」

「ブイブイ!」

 

 元気よく答えたイーブイは俺から離れて、ボールから出てきたワニノコの元へと近づく。

 ワニノコに怖がった様子は見当たらないが、それでも初めて見ると思われるイーブイの姿に少し緊張しているように窺える。

 

「ブイブイ~ブ~イ!」

「……ワニ」

「――――ッ!」

「―――――――――?」

 

 …………うし。

 ここからは一切分からないので以下略。ていうか飛ばす。

 とりあえず相性は悪くないっぽいようだ。ワニノコは比較的真面目っぽく見え、イーブイの話をよく聞いている。

 ていうか、こりゃコイツの性格は真面目しかありえねーな。

 ん? イーブイ? イーブイは……甘えん坊? んなもんねーしな……。たまに我儘だからいじっぱり? それともやんちゃ? いやいや、案外これでも甘え方がひかえめとか、変な可能性があるかもしれん。

 

「とりあえずワニノコにしますね」

「ああ、いいよ。……しかしワニノコか。君もいいチョイスをするね」

「と、いいますと?」

「他二匹はすこし厄介なんだよ」

 

 ウツギ博士は困ったような表情でそういう。

 まあ、ゲームじゃ分からないけど、リアルな世界じゃ性格によって育てやすさとかあるのかもなぁ。

 一人感心しつつ、俺はワニノコの頭に手を置いた。

 びくっと体を反応させるが、すぐにイーブイのブイブイ語――今名づけた――のフォローによって固くなった体を弛緩させる。

 マジでイーブイさまさまです。これからもその調子で頼む。

 

「俺と一緒に色んな場所に行こうぜ。誰も見たことのない世界を、俺と一緒に旅して見回らないか?」

「……」

 

 最初はポカーンとした様子を見せるワニノコ。いきなり話のスケールがでかすぎたか?

 しかし幾ばくか経つと、小さく首を動かしてワニノコながら精悍な表情――普通、ワニノコって笑ってるもんじゃねーの?――を見せつけてくる。

 よし、決定だな! 

 てか全然コイツ喋らないけど、ホント大丈夫だろうか……。

 

「ああ、心配しないで。元々こういう性格なんだよ」

「……そうなんですか」

 

 俺の思っていたことが表情に出ていたのかもしれない。

 ウツギ博士はそう言いながら、高そうな機械の蓋を閉じた。

 

「さてと。ジュンイチ君、もしよかったらワニノコをあげる代わりと言っちゃなんだけど、一つ頼みごとを引き受けてくれないか?」

「……ええ、いいですけど」

 

 こ、これは……! これはもしかすると……!

 

「僕の研究でね、ポケモンを外に連れ歩くことで、ボール内でいた時と何かしろの変化が生じるんじゃないかって仮説を立てているんだ。君はポケモンを連れ出して、というかまだ捕まえていない状態だ。だから頼みといっては何だけど、ボールに入れるとしても、極力外に出して歩いてみて、ボールに入れて持ち歩くワニノコとかとの違いを見て、僕に報告してほしいんだ」

 

 あー、図鑑フラグじゃなかったのか。

 てかあれって、確かオーキド博士からゲットだっけ。早くポケモンおじさんのとこぐらいまでに行かないとな。

 俺にくれるとは、限りませんけどね!

 

「まあ、無理にとは言わないよ。もう一人ツテはあるからね」

「…………もしかしてワカバタウンに住んでる子のことですか?」

 

 俺の目が輝いた瞬間だろうな、今。

 だってどう考えてもフラグ発言だったじゃないか。

 どこが? なんて言わせませんよ。

 どこからどう見ても、可愛い子いますよっていうフラグ立てましたよこの博士。

 

「知り合いかい? 今度残った二匹のどちらかをあげようと思っているんだ。僕の親戚にあたる女の子なんだよ」

「そうだったんですかー」

 

 おい、お前ら! 今重要な言葉を聞いたな?

 僕の親戚にあたる お ん な の こ ですって!!

 俺的予想は断然コトネちゃんですよ! あの最初の頃マリコちゃんって叩かれてた。

 あ、でも待てよ……金銀に準拠してたら、これ髪ギザギザ少女のクリスに……?

 あれ、名前マリナちゃんだっけ? わっかんなくなってきた。でもあの子でも別に悪くはないな、うん。

 なんて思ってたら、いつの間にかウツギ博士電話なうですよ。

 しかしポケギアかっけー。やっぱ欲しいなポケギア。お母さん買ってくれないかな。

 ああ、でも母さん俺の旅には反対してるし……自分で買うしかないか。いくらするんだこれ。

 

「大丈夫かいジュンイチ君。目が飛んでるけど」

「…………はい、大丈夫です」

 

 ふと気づくと俺の肩を持ってこちらに声をかけてきているウツギ博士。

 心配かけて申し訳ございません、はい。決して妄想膨らませていたとは言えない。

 

「それは良かった。それと今度って言ったけど、コトネちゃんが今からこっちに来るらしい。お母さんから連絡があってね」

「……マジですか」

 

 これまたフラグ? あ、でも確かコトネちゃん幼馴染のヒビキ君がセットだっけ……。

 まあいいよもう。めんどくせ。今から旅するんだ。可愛い子なんていくらでも――

 

「……ブイ?」

 

 もういましたよ俺の天使(マイエンジェル)が。

 これぼっちでも旅できるよ。イーブイいれば何でも出来るよ!

 とは言っても、もちろんワニノコちゃんにも頑張ってもらうけど。

 

 

 

 




第四話でした。

オリ設定で女の子は博士の親戚にすることにしました。
じゃないと簡単にポケモンくれると思えなかったので……。


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第五話:ワカバタウン③

「すみませーん。コトネですー!」

「はいはい、こっちにおいでコトネちゃん」

 

 キター! とうとう来た!

 ていうかコトネさんでしたか! HGSS準拠ってことですかね? よく分かんないけど。

 しかし思ったけど来るの早くね? ……ああ、そういえば家近かったっけゲームでも。

 だがゲーム家四つしかないし、当てにならないよな。

 とりあえず、このリアルでも家が近場にあるのは間違いないはず。

 

「こんにちはウツギ博士――っと、えっと……初めまして?」

「初めまして」

「あれ、知り合いじゃなかったのかい?」

「どうやら人違いだったようです」

 

 俺がそういうと、そっかと潔くウツギ博士は相槌してくれた。

 しかしコトネさん。俺と比べたら結構でかいな……。

 俺の身長一四〇センチ――同じ学年じゃ大きい方だった――だけど、確か公式発表ではコトネさん一五〇超えてたっけ……。普通にお姉ちゃんと弟の構図出来上がってんだけど。

 これで同い年だったら俺は嘆く。だって胸も発展途上だし。十歳でこんだけ発育よかったら俺は死ぬ。

 

「まあ、それは置いて於くとして。コトネちゃん、君もどの子を連れていくか選んでくれるかな?」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 そう言ったコトネを見て、ウツギ博士は高そうな機械――もうこう表現するか出来ないんだよホント――から二つのボールを取り出した。

 

「僕の右手にいるのはヒノアラシという炎タイプのポケモン。左手にいるのはチコリータという草タイプのポケモンだよ。どっちもなんというか……扱いづらいというか」

「私頑張ります! ですから――」

「いや、持って行ってくれていいんだけどね……とりあえずヒノアラシから出すよ」

 

 そう言ってウツギ博士は俺らから見て左――つまりウツギ博士の右手――のボールを放り投げる。

 ポカンと音を立ててボールが開くと、そこからヒノアラシが登場――

 

「ヒノッ!?」

 

 速攻で広い部屋の右角へと移動して、ぶるぶると怖がるヒノアラシの姿が。

 ……臆病すぎやしないか?

 いや、結構素早かったけどさ。

 

「こんな感じで、すぐに逃げてしまうんだよ。それが人間でもポケモンでもね」

「え、でも近づいちゃえば……」

「それが上手くいかないものなんだよ」

 

 ウツギ博士は部屋の隅に移動したヒノアラシの元へ行く。

 距離が近づくにヒノアラシの背中は灼熱を帯びていき、そして距離が二メートル余りになった時は、いつでも迎撃できるよう炎を吹き散らしていた。

 

「こんな風に人一倍警戒心が強い。近づくだけでこの有様だ」

「……どうやって捕まえたのかさっぱりなんだけど、ウツギ博士?」

「そこにいるジュンイチ君のお父さんが私の助手でね。一匹群れからはぐれてしまって怯えていたこの子を保護したんだけど……彼以外に懐きにくくてね」

 

 へぇ……! とコトネは声を出して俺をちら見して、続いて熱心に仕事を続ける父さんを見る。

 しかし父さん。よくこんなん捕まえれたよな。実は凄腕のトレーナーだったり……。

 

「とりあえず戻して、もう一体を出すことにしよう」

 

 ボールを拾ったボールを持って真ん中のボタンを押すと、赤い光線が出てヒノアラシがボールに戻っていく。

 うわー、ワニノコもあんな感じになるのか……なんか感慨深いな。

 ちなみに、ワニノコは俺の足元でイーブイのブイブイ語を聞いている。すげぇ熱心に首を上下に振って分かった素振りを見せてるけど、貴方たちは一体何の話し合いしてるんですかい?

 そんなことを考えている間に、ウツギ博士はもう一体を出していた。草ポケモンで『俺の嫁!』とよく噂されるあの癒しの――

 

「……チゴァ?」

 

 こ、こえー! コイツめっちゃガン飛ばしてんだけど! なんだよ本当に! ウツギ博士の持ってるのまともなの一匹も居なさすぎ!

 性格は生意気だと思われるチコリータは、俺を見た後、ウツギ博士、ワニノコにガン付けていく。

 

「ウツギ博士……」

「何も言わないでくれ、ジュンイチ君」

 

 

 ウツギ博士の表情は最早諦めの色を出している。

 そして目線をイーブイやコトネに向けた途端――――なんだか顔を弛緩させて、トコトコと近づいていき始めたってオイ! 

 雄はみんな死ねとか思ってるジゴロ野郎かお前は。

 イーブイはなんかを感じ取ったのかすぐに俺の後ろに隠れたが、コトネは普通に近づいてきたチコリータを「かわいー!」と言って撫で始める。

 ……ああ。コトネにはなんかぴったりかもしれない。そんな気がする。まあ少なくとも好意持たれてそうだから、ヒノアラシよりはマシか……。

 

「そうか……チコリータの機嫌が悪かったのは、雄しかいなかったからか……」

 

 そう言ってなんかすげぇ達成感を感じ取っているウツギ博士。

 しかしまあそんなことは放っておこう。俺は気付いてしまったんだよ。

 

 お れ の イ - ブ イ お ん な の こ!

 

 来たよコレ。やったった、俺の嫁確定なんだけど。

 俺の後ろでチラチラと覗いてくるチコリータの視線に怯えながら、体を足に寄りかけているイーブイを見るとなんというか……可愛いね! 

 ワニノコは時々ガン付けてくるチコリータを見つめて、俺の前でまるで「お守ります!」とでも言わんばかりに立ちふさがっている。

 すげぇかっこいいよワニノコさん。お前はもう騎士だよ。俺の近衛騎士だよ。これからその立ち位置で頼みますわ。

 

「私、この子でいいですウツギ博士! とても懐いてくれているし!」

「なんか女の子ならだれでも良さ気な感じがするけど……ヒノアラシよりはマシか。うん、その子を持っていきなよ」

「ありがとうございます!」

 

 コトネは喜んでチコリータに抱き着く。そしてニヘラと笑うチコリータ。

 早くソイツの下心に気付いた方が無難ですよ。変なところで疎いというかなんというか。

 

「それじゃ決まりだね。それと、コトネちゃん、少し頼みたいことがあるんだ。ジュンイチ君にも今さっき言ったけど、詳しく説明するから聞いてほしいな」

「分かりました」

「何でも来いです!」

 

 なんか色々あって疲れてる俺とは対照的に、初ポケモンをゲットして喜んでいるコトネはハキハキと返事をした。

 

「僕の研究は、人とポケモンとのコミュニケーションによる影響を調べているんだ。現在ではポケモンはモンスターボールに入れるのが当たり前だけど、この文明の利器が発明される前は、人は皆ポケモンを連れて歩いていたらしいんだ」

 

 ……お? この台詞見た覚えがあるぞ! ゲームであった部分に近いんじゃね?

 

「君たちにはポケモンを外に連れ出して歩くことで、ポケモンにどのような影響があるか、どのような関係を築けるかを試してほしいんだ。確かにモンスターボールによって、ポケモンの持ち運びが楽になったよね。でも外に出して連れ歩くことも、必ず何らかの結果をもたらすものだと僕は考えているんだよ」

 

 さっきは結構あっさりした説明だったけど、ゲームとリアルはやっぱ違うなぁ。なんていうか、話に筋道が通っているというか。

 まあポケモンのシナリオ攻略は子供向けゲームですしね……。育成になるとちょっと変わってくるけどさ。

 

「コトネちゃんは、君の親友のヒビキ君がマリルをボールに入れずに日常的にかかわっているのは知ってるよね?」

「はい! とっても仲良さそう」

「うん。そうだね。普通に育てる以上に、何かしろの感情が彼らには芽生えていると僕は思う。外に連れ出して歩くことが、その原因を解き明かしてくれるかもしれない。まあ、物事はそう上手くいかないけどね」

 

 苦笑いしながらウツギ博士は最後の台詞をぼそりと呟いた。

 

「とりあえず、定期的に外に連れ出してポケモンと関わることで、どんな感じがするか、どんな変化をするか、君たちなりに報告してほしいんだ。……コトネちゃん、ポケギア持ってるかな?」

「はい! お母さんに買ってもらったんで」

「それじゃ番号を交換しよう。いつでも連絡できるようにね」

 

 そう言って二人はポケギアを近づけて赤外線で番号交換――って俺すごく惨めだよこれ。

 はあ、やっぱりポケギアないと辛いなぁ……。だって野宿するんだよ? 全国旅するんだよ? 電話がない場所に赴いたりするんだよ? 絶対いると思うんだけど。

 一人落胆して俺は待っていると、ウツギ博士はこちらに近づいてきてある物を突きだしてきた。

 

「…………えっ、ポケギアじゃないですか。どうしたんですかコレ」

「ジュンイチ君のお父さんが買ってくれたんだよ。僕の番号は入れてあるから、何かあったら連絡してね」

 

 う、うおー! ポケギアゲットきたー!

 さっと後ろを振り向いて父さんの方を向くと、背中を向けているが横に突きだしているサムズアップが見え、俺の涙腺を緩ませる。

 あんた……最高の男だよ、父さん!

 

 

 

 




第五話でした。


では次話でまた。


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第六話:二九番道路

「それにしても、ジュンイチ君って本当に十歳?」

「そうだけど、どうしてそんな質問を?」

「だって振る舞いとか喋り方とか、私の過去を振り返ってみてもその歳でそこまで大人びてなかったから、ってこと」

「そんなことないって。ほら、年上相手にため口で喋ってるほど生意気だけど?」

「私がため口でいいって言ったからでしょ?」

「そうとも言う」

「そうとしか言いません」

 

 はははっと二人で笑い合う俺とコトネさんは、現在一緒に二九番道路を西へと進んでいる。

 実はあの後、例のポケモンおじさんから変な卵をゲット云々かんぬんという電話を受けたウツギ博士が、俺たちに卵を取って来てほしいとお願いをしてきたのだ。

 普通に行けば往復で一週間ぐらいかかるので、無駄な時間を過ごしたくないってことだろう。

 まあ俺たちも初心者だし、このあたりで野宿などに慣れておいた方がいいというウツギ博士の判断だったからかもしれないが。

 そんな訳で、俺とコトネさんは次の日――つまり今日出発して現在に至る。

 年上だし話しにくい……なんてことはなく、普通に話は出来ている。こちらの世界の話題や流行には疎いが、ある程度の知識は四か月の間に身につけたのでなんとか会話は成立していた。

 まあポケモンのことが大体だったからかもしれんが。

 

「イーブイ、疲れてないか?」

「ブイブイ!」

 

 俺の斜め後ろについてきているイーブイに声をかけると、元気な返事が返ってくる。

 いやぁ、しかし俺のイーブイ可愛いすぎだろ。萌えっ子もんすたぁでも通用する可愛さだよこれ。

 ……てか萌えっ子もんすたぁじゃないよね本当に? 

 俺の視線を受けて軽く小首傾げてる仕草が、本当に俺の中の何かを刺激してるんだが。

 

「しっかし、ジュンイチ君のイーブイ可愛いすぎだよ。取っちゃいたいぐらい」

「それだけは天地天明が開闢する以前から求められても無駄とだけ答えましょう」

「意味が分からないけど、とりあえず絶対許してくれ無さそうというのは分かったわ」

 

 あったりまえだろ。むしろ絶対だろ。

 イーブイだよ? 俺の嫁ですよ? そんなことした奴は普通にボッコボコのギッタギタですよ。

 

「はぁ、私見た目重視で選んでワカバにしたけど、昨日で色々分かっちゃったしなぁ。これならビクビクしてたヒノアラシの方が可愛かったかも」

「……何かあったんですか?」

「外に出して寝てたら、いつの間にか私の体まさぐって来ててびっくり! すごい変態さんだった、ってことね。後で気付いちゃった」

 

 やりかねんと思ってたことを、チコリータは実行したようだ。まああの女性にのみ送るしつこい視線は、並みの変態親父にも出せないぐらいねっとりしてたからな。すげぇ怖いぜアイツ。

 今日外に出していないのもその理由だったのかとはっきりした。昨日の今日でここまで扱い変わるってすごく惨め。

 そんなことを考えていた中、コトネさんの先ほどの会話からあることについて疑問を持った。

 

「ねぇ、ワカバってチコリータの名前?」

「そうだよ。昨日家に帰って考えたの。私の住んでる街の名前でもあって、私と同じビギナー。それでも、いずれ若葉は葉脈を広がせ、そして立派な葉っぱへと成長する。それってまさしく私たちのこれからじゃないかって思ったの。丁度草ポケモンだったしね」

「な、なるほど」

 

 すっげー。よく考えてるなぁ。俺が中学生だった時とは大違いですよ。

 今でもここまで考えて名前つけるなんて思わないけど。

 俺が感心してる様子を見て、何だかドヤ顔になっていってる。そういうところはやっぱり中学生というかなんというか。

 

「ところで、ジュンイチ君はイーブイに愛称つけてあげないの?」

「…………今すぐつけましょうここで」

 

 おい俺! なにニックネームつけるの忘れてんだよ! 真っ先につけるべきだったぞコレ!

 だってさ、イーブイって学名でしょ? つまり、例えば俺が柴犬を飼ってて、ソイツの名前をそのまま柴犬にして呼んでるのと同じってことですよね? 現在の状況。

 おいおい普通に考えてありえねーよ。ここはゲームじゃなくてリアル。そんなこと許されてたまるかってんだい。

 

「ありがとうございますコトネさん。貴女のおかげで俺は自らの過ちに気付けました」

「普通に学名で呼んでる人も多いし、別にいいんだけどね。……あー、でもとりあえずどういたしまして?」

 

 苦笑気味にコトネさんはそういうと、すぐに顔を晴れやかにして言葉を続ける。

 

「それにしてもイーブイの名前何にしよっか!?」

「……コトネさんだったら、どうします?」

「私!? 私だったらなぁ……」

 

 なんかすげぇ「私に聞いてよ!」的な雰囲気を放っていたので、話を振ることにした俺。

 空気は読める男だからな。

 

「うん、モカちゃん! 茶色だし、可愛い名前じゃないかしら!」

「貴重なご意見ありがとうございました。さてどんな名前に……」

「採用しないの!? ていうか無かったことに!?」

 

 だって、いずれは茶色じゃなくなる予定だし。強くして進化させますよ。

 あとそんなニックネームをつけて呼んであげる自信がありません。恥ずかしいです。

 それにしても、他人のものになると適当に考えるって、よくあるよね。この人がいい例。自分のポケモンにはすごく深い理由があるのにね。

 まあ一応体裁は取り繕った。自分で考えていきましょう。

 

「さて、お前の名前何にしよっか?」

「……」

 

 付いてきているイーブイを見て俺がそういうと、少しだけ微笑んでこちらを見るイーブイ。

 君につけてもらうなら、何でもいいよ――っていう解釈でいいですかい? そうとしか受け取れないよ君の笑顔眩しくてもう。

 さて、おふざけはここまでにして、ちゃんと考えていきますか。

 しかし何て名前にしようか……。これといって俺は「これじゃないとやだ!」っていう名前ないんだよな……。

 

「ブイ……」

 

 ああ、そんな悲しげな表情をしないでくれ! 

 別に名前つけるの諦めてるわけじゃないから。ただどんなのがいいのか分からないだけだから。

 イーブイは一心にこちらを見て、俺の放つ次の言葉を待っている。

 その一生懸命な眼差しが…………あれ、何か似たような目の子を、知ってるような――

 

「――ココロ、でいいか?」

「ブイ! ブイブイ!」

 

 すごく喜んでいらっしゃいます。よし、んじゃこれで決定ですね。

 ちなみにココロっていうのは、俺が中学の時に初恋をした女の子、心ちゃんから。

 すっげぇ目が似てたのよ。もうキラキラしてんの。この名前しかないと思ったね。

 

「いい名前。ココロちゃんかぁ……。ところで、何でこの名前にしたの?」

「優しい心を持った子になってほしいという願いからです」

「それ、どこの親なの?」

 

 ぷっと噴き出すコトネさんに、俺も釣られて笑ってしまう。

 しかしイーブイは怒ったように俺の膝あたりを前足でゴシゴシする。まあ自分の名前で笑われては怒っても仕方ないだろう。

 しかしその行動は、俺につけてもらった名前をとことん気に入っている証拠でもある。

 

「これからもよろしくな、“ココロ”」

「ブイ!」

 

 イーブイことココロの笑顔は、今日も輝いてます。

 

 

 

 




第六話でした。

では次話でまた。


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第七話:三〇番道路

 三日目の夕方。もうすぐ日も落ちそうだ。

 そんな中、俺とコトネさんは二人でキャンプを張っている。明日の朝か昼ぐらいには、無事にポケモンおじさんの家にたどり着けるだろう。

 二日目にコトネさんと一緒にヨシノシティに入った際、運良くポケモンセンター近くにいた元トレーナーのおじいさん――通称、案内じいさん――と出会い、コトネさんもランニングシューズをゲット出来た。

 ついでにポケギアにタウンマップ機能も二人とも付けて貰えたので、行先や現在位置を見れるようになったのは嬉しい所である。それにしてもあのじいさん、どこからそういった知識やらランニングシューズやらをゲットしてくるのやら……。

 まあ、最近のトレーナーの流行に後れをとっていない、ということだろうか。熱心なじいさんということでこの件は置いておこう。

 そして今日、ヨシノシティを超えて三○番道路を北上した。

 ここら辺からキャタピーやらビートルといった、女子には不人気なポケモンが出てきたのだが、コトネさんは普通にチコリータことワカバを出して戦っていた。虫とか嫌いな性格じゃないんだろう。

 まあ、ビートル相手にワカバを出すのはあまりいいことではないけどな。効果抜群のどくばりが待っており、なおかつ三〇パーセントの確率で毒っちゃうし。

 

「それじゃ、いただきまーす」

「いただきます」

「ブイブイ」

「……」

「チコォ……」

 

 テントを張った後、俺とコトネさんは携帯食料のレトルトカレーを。

 そしてポケモン達はヨシノシティのフレンドリィショップで買ったポケモンフードを食べ始める。

 チコリータがねちっこい視線でイーブイとコトネさんに迫るが、両方から無視を受け、敢え無くワニノコと飯を食いだす。何というか、本当にかわいそうな奴だ。

 ポケモン達は全員同じポケモンフードを食べているが、ブリーダーならポケモン達の好む味付けにして餌をあげるんだろうな。

 生憎俺たちにそんな技術はない。ていうか、自分たちの飯すら碌に作れない。

 まず料理器具が鍋と菜箸と飯盒しかないからだ。ご飯は小学校でやった飯盒体験の要領で上手く出来た。多分まな板とか包丁、その他必要なものを取り揃えば自力でシチューやらカレーやらは作れるようになるだろう。

 

「ごめんね。料理用の器材とかあれば、私料理作れたんだけど……」

「ワカバタウンじゃそういう旅用の器具売ってるところ少ないんでしょ? なら仕方ないよ。このカレーが不味いわけでもないし――っていうか、普通に上手いし」

「うん。私も驚いちゃった」

 

 おかしいな……レトルトって、こんなに香ばしい風味出せるっけ。

 旅をする機会が多いこの世界。こういった保存食品の開発が進歩するのは頷ける。

 あとテントも簡単に畳め、そして組み立てることが出来るハイテクなものだ。その上風雨を凌ぐのにも悪くはない。

 つまり旅道具が物凄く進歩している。そんな風に思える。

 

「そういえば、コトネさんって中学卒業してトレーナーになったんですよね」

「まあトレーナーズカードは十歳の時にもうゲットしてたから、実質トレーナー歴は四年ね。ポケモンは最近になって手に入れたけど」

 

 俺のような小学校卒業後にトレーナーになる例が少ないように、コトネさんのような中学生を経てトレーナーになる人も決して多くはない。コトネさんは現在十四歳で、俺より四つ上。そしてこの間中学を卒業したばかりらしい。

 また、大抵は中高を卒業してトレーナーになるのが主流だと、この前コトネさんが教えてくれた。

 理由としては、中学は四年、高校は二年という教育スパンにあるとのことだ。たった二年なら高校に行っても悪くはないと思うのだろう。また中学を卒業した時の年齢は十四歳。多感な頃で、恋や部活動に精を出したいという欲求があるのかもしれない。

 

「何で今の時期に? 高校からでも良かったんじゃないんですか?」

「……本当は私、ジュンイチ君みたいに小学校卒業したらすぐにトレーナーになろうと思ってたの。でも、お母さんがまだ危ないって言って。高校まで待ちなさいって」

「俺も散々母さんに止められたなぁ」

 

 それでも父さんの「男は早くから旅がしたいものだよ」という意味わからない言葉によって、どうにか折れてくれたんだよな。

 まあ、何も旅用の装備は買ってくれなかったけど。数少ない父さんのポケットマネー減らしてしまって申し訳ない。

 

「それでも諦めきれないから、母さんに言ったの。中学までなら行くけど、高校は行かない。そこまで待てない――ってね」

「何でそんなにトレーナーに?」

「私、やっぱりポケモンが好きなんだなぁって思っちゃって、ね。子供の時、虹色に輝く鳥ポケモンを見たの。あれが忘れられなくて、もう一度あの姿を見たくて、それでトレーナーに」

「……ホウオウか」

 

 アニメの方でも出てたな。ホウオウは何だかんだでよく空を飛んでるものなのだろうか。

 しかし俺の言葉に、すぐさまコトネさんが反応してきた。

 

「ホウオウって何? もしかして、私の見たあの虹色のポケモン知ってるの!?」

「あ、いや……昨日ランニングシューズくれたじいさん居ただろ? あの人が若いときに見たことがあるんだって、その虹色の鳥ポケモン」

 

 別に嘘は言ってない。実際に彼が言っていたことだ。本当のところは怪しいが。

 それでも名前は聞いてないので、そこを追求されると痛いのだが、「そうなんだぁ」と小さく呟いて、すぐさま下がってくれた。ほっと一安心したのは言うまでもない。

 

「そうだよね。ジュンイチ君は私より年下だし、そんなこと知ってる訳ないよね」

「ははは、ごめんねコトネさん。役に立てなくて」

「そんなことないよ。ジュンイチ君、ポケモンの技や特性についていっぱい知っているし、何よりタイプ一致で技の威力が上がるってこと聞いて、私感心しちゃったもん。あんなこと、学校でも教わらなかったし!」

「それは父さんから聞いたけどね」

 

 まあ俺だけが知ってる風にしてたら、なかなか怪しい部分が出るもんね。お父さん、俺の犠牲になってください。

 

「それでも、その歳でポケモンに対する知識がいっぱいあるのはすごいと思う。私、恥ずかしいなぁ。自分より年齢の低い子に知識が劣ってる」

「俺だって知らないことだらけじゃん。だからお互い様だよ」

「ジュンイチ君の場合、普通の知識がないからなぁ……」

 

 苦笑するコトネさんを見て、俺も思わず苦笑い。

 ポケモン達との食事は、こうして過ぎていった。

 

 

 

*****

 

 

 

「すぅ……」

「……」

「…………寝れん」

 

 現在の状況。

 右。コトネさんの寝顔。左。俺の嫁の寝顔。

 駄目だって。俺って横向きじゃないと寝れないんだって。どうにかしてくれ。

 食事が終わって二時間後。一通り会話した後、二人でテントの中で寝袋被って寝ている最中である。

 

「……てか何でイーブイにもドキドキしてんだよ」

 

 普通おかしいだろ。奴はポケモン、俺は人間! 根本から何もかも違うんだよ俺たち。

 た、多分……横見て寝てないから動悸してるんだろうな、うん。俺は横向かないと寝れない性質だしね。二度も言うけど。

 そんな訳で、まず右を向いてみる。

 可愛いコトネさんの寝顔。いびきも涎も出てねーよ。なんだこの美少女。普通少しぐらいいびきかくだろ。

 寝顔も美少女。中学校ではさぞかしモテたことであろう。男子だって、可愛い子じゃないとスカートめくりなんかしないって。

 よく男子にされていたらしい。それで同世代の男が心底嫌になったんだと。

 まあ男たちの気持ちも分かる。こんなに可愛い子の聖域を拝みたい、その想いは何物にも代えられない。

 ああ、やべ。変なこと考えすぎだろ俺。

 

 ――オイタしちゃいけない?

 

 ほら、だからこんな考えが浮かぶ。

 体が十歳だからかムラムラしない――なんてことはないですわ。普通に興奮してます。興味あるよ、だって男だもの。

 だからとりあえず一回胸揉んでそれ以上はやめとく。ワカバにまさぐられて起きたって話を聞いたしな。

 うん、普通に柔い。BよりのCとみた。中学生にしては大きめだろうか。

 役得役得――って、ホント何してんだ俺。今更後悔かよ。

 

「次に左っと」

 

 いやー、俺の嫁、ココロたん! 寝顔もかぁいいね!

 人間だったらさぞかし美少女だったに違いない。なんか可愛さの中に凛としたものを感じるね。

 しかし嫁にするとしたら、進化させる奴も考えないとな。リーフィア、エーフィ、ブラッキー、シャワーズってところか。嫁という形を考えると。

 一番はエーフィだなぁ……。せっかくの雌だし。可愛いのにしないと。

 しかし性格本当に何なんだ? 意地っ張りとか勇敢とかなら余裕でリーフィアにするんだけど。でも性格臆病だったら……って、あんなヒノアラシと同じ性格なんてあり得ないか。どう考えてもおかしい。

 原点に帰ろう。コイツの初めの印象を考えるんだ。

 まず俺に会って怖がる。逃げる。二回目に出会う。きのみを置く。おそるおそる食べてくれる。八回目ぐらい。俺にきのみくれる。食べると喜ぶ。十回目以降からこうしたきのみを分け合う動作を繰り返す。

 ……うん、普通の反応だと思う。ここから考えるに――

 寂しがり屋はまずないだろう。じゃないと一人でぼっち行動とかしない。んじゃきまぐれ? しかしきまぐれというには行動がきちんとしすぎている。

 穏やか……と言えば、戦闘を見る限り全然穏やかに見えない。おとなしい……これが妥当なんだろうか。

 ホント普通だな! マジ人間みたい。俺の見てきたポケモンの性格、あまりに濃すぎたからなぁ。

 

「……いや、待てよ?」

 

 これって性格濃い方が能力の差ができやすいって考えた方がいいのかな。

 そうなると、別段として性格考えなくていいんじゃね? うわ、俺偉すぎだろ。

 んじゃエーフィに決定! もう知ーらない! 性格なんて関係ねーよ! 俺は嫁を嫁らしく作り上げるだけだ! 強い嫁に仕立て上げるんだ!

 よっしゃ、今日からめっちゃ毛づくろいしまくってなつき度上げまくるぞ!

 

「よろしく頼むな、ココロ」

 

 俺の嫁かつ俺の相棒たるココロの名前を静かに唱え、ふさふさの首元を撫でた。

 何故か、その表情が少しだけ柔らかくなった気がした。

 

 

 

 




第七話でした。

R15はこういう時のためのものでした。
それとコトネの歳とトレーナーになりたかった理由も……。案外あっさりしすぎた感が否めないですけど、こういう感じで宜しくお願いします。

では次話で。


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第八話:三〇番道路②

 翌日、俺とコトネさん、そしてココロは早起きして三○番道路を引き続き北上していた。

 戦闘でいえば、ワニノコとココロは一日に一〇匹ぐらい敵を倒すノルマを課して進んでいる。ワニノコの方は最初苦戦していたが、レベルがあがってきたのか今では楽に敵を圧倒できるようになっている。

 ココロはここら辺のポッポやコラッタ、現在居る三〇番道路に出るビードルやキャタピーに苦戦することはない。二九番道路を通っていた時も思っていたのだが、反撃を喰らう前に倒してしまう。

 元のレベルが高いのもあるかもしれないが、特性が適応力だからだ、という可能性もある。

 基本ココロの攻撃は体当たりのみだが、タイプ一致の補正を二倍までに増やす適応力によって、ダメージソースが四〇から八〇に。

 かなり序盤にしては高威力になっていると言わざるを得ない。

 

「……ブイ♪」

 

 そして今日は朝からココロのテンションがすこぶるいい。時々スキップしながら俺の方に振り向いてチラチラ見てくる。

 これ以上可愛いポケモンはいない。萌えモンでもいない。

 あ、でも萌えモンのキュウコンは俺の嫁候補ではあったな、うん。

 

「すごく気分良さそう。何かしたのジュンイチ君?」

「昨日の夜、いつの間にか抱きしめて寝ててさ」

 

 顔見て寝てたら、寝ぼけて抱き枕のようにしちゃってたみたいで。

 起きたらココロがめっちゃ笑顔で俺のこと見てて恥ずかしかった……。あの時の気持ちを言葉で言い表すことは不可能である。

 

「本当に仲がいいね。私はちょっと怖くて寝る時出すの躊躇っちゃった……」

「アイツは仲良くなっても出さない方がいいと思う」

 

 一瞬、特性が闘争心かと思うぐらいに同性嫌いまくって、異性に寄りたがるチコリータのワカバ。

 おかげで俺のチコリータに対する印象ズタボロなんだけど。おかしいな。可愛いはずのポケモンが、今では嫌いで嫌いで仕方がない。

 主な理由は俺のココロに迫るから。何かやったらぬっ殺す。

 

 ――と、そんなことを考えている所で、前方の草むらが揺れているのを確認する。

 

「…………あ、コラッタが二体。半分貰うわね」

「ああ。俺もクロルを戦わせたかったんだ」

 

 ココロがここで戦っても、経験値的においしくないと判断した俺は、今日一日はクロルことワニノコを基本戦わすことにしていた。

 ちなみにクロルとはワニノコのニックネームです。ワニっていえば、クロコダイル。それを略してクロル。

 おいこら、安直とか言わない。いいだろ、ふと頭に過ったんだから。

 俺は直感で生きる男なんだよ。

 

「よし、ココロ。あのつがいのコラッタの間に割り込んで距離を離して」

「ブイ!」

 

 小声で指示をするやいなや、超特急でココロはコラッタの間に突っ込んでいった!

 元気がよくて何よりです。

 

「コラ!?」

「ッ……!?」

 

 突然の襲撃で、思わず距離を離すつがいのコラッタ。まずは予定通りといったところか。

 

「右は俺が貰うから、コトネさんは左よろしく」

「分かったわ」

 

 すぐさまコトネさんはチコリータのワカバを繰り出し、そして左へと流れていったコラッタを追いかける。

 俺も俺ですぐさまベルトに掛けてある、クロルの入ったモンスターボールを投げる。

 パカンと音を鳴らし、ボールから眩い光が漏れる。続いて無言のままクロルはスタっと地面に降り立った。

 やっぱコイツ、ポケモンの癖してイケメン雰囲気出すぎだろ。俺のココロが惚れなければいいのだが……。

 ワニノコのレベルは九ぐらい。ぐらいというのは、なんかリアルポケモンは、覚えた技を必ず最初に使って示してくれるのだ。

 多分その示した技をトレーナーが使わなくなると忘れていく、というシステムであろうと俺は考えているが、まだよく分かっていない。

 今のところ、つい昨日いかりを使ったのを確認したので、とりあえず九レベルぐらいであろうという判断している。

 序盤にしては、技のレパートリーはバッチリだろう。

 

「クロル、水鉄砲!」

「……ッ!」

 

 俺の指示通り、無言でワニノコは前方の戦闘態勢になっていたコラッタへ水鉄砲を放つ。

 元々特防が低いコラッタ。そしてこっちはタイプ一致で四〇の一.五倍、六〇のダメージソースを持つ水鉄砲。下手すると一撃だ。

 しかしコラッタはもろに喰らいながらも、普通に耐えきっている。どうやらここらでもレベルの高い四から五ぐらいのコラッタらしい。油断ならない。

 コラッタはクロルの元まで寄ってくると、その勢いのまま体当たりを仕掛けようとする。

 予想外に早い――! これは避けさせるのは無理か!

 

「防御の構えだ!」

 

 腕を交差させ、クロルは体当たりの衝撃を吸収する。

 ゲームじゃやったらやり返す方式だが、リアルならではのダメージを半減させる方法である。

 つっ立ったまま攻撃を喰らう訳にはいきませんよ。ダメージはあるだろうが、それでも威力は普通の時より減っていると思われる。

 

「クロル、睨みつける!」

「……ッ!」

 

 後方からでは見えないが、睨まれたコラッタが若干体を震わしたので、効果はあったのだろう。

 引き続いて体当たりしてこようとするコラッタを見て、俺はすぐに左へ避けるよう指示。

 身を引いて体当たりを避けたクロルに、そのままひっかくを指示して戦闘を終わらせようとした――

 

「――っ! 避けろ、クロル!」

「ワニッ!?」

 

 通り過ぎた後、地面に足を付けるやいなやコラッタが切り返し、クロルに超特急で突っ込んできた。

 防御もままならず、体全体でコラッタの攻撃――電光石火を喰らうクロル。

 

「大丈夫か!?」

「……」

 

 無言で俺の方を向いて笑みを浮かべるクロル。

 まだ大丈夫そうだということは分かったので、思わずほっとする。

 電光石火を繰り出したコラッタは、クロルから少し距離を離している。

 ひっかくをさせようとすると、その間にまた電光石火を喰らうかもしれない……。

 ならば、だ。

 

「もう一回水鉄砲だ!」

 

 俺の指示に従い、クロルはコラッタへと水流を解き放つ。

 勢いよく放たれた水鉄砲によって吹き飛ばされたコラッタ。のろのろと起き上がろうと足を踏ん張るが、すぐに崩れ落ちて目を回すことになった。

 瀕死状態。少し危なかったが、勝利である。

 

「結構強かったな。クロル、大丈夫か?」

「……」

 

 本当に何にも喋らないけど、無言で首を縦に振っているところを見ると、まだまだ戦闘させても大丈夫そうだ。

 種族値的に防御は序盤では高い方に位置するのがワニノコ――つまり俺のクロルだ。打たれ強いのであろう。

 これがヒノアラシだった時の絶望感はいざ知れず。

 

「今度はもっと上手に指示できるよう頑張るから。今は休んでいてくれ、クロル」

「……ワニ」

 

 小さく鳴き声を零したクロル。それを肯定だと捉えて、俺はボールの真ん中のボタンを押した。

 ボールに戻っていくクロルを見つつ、俺もまだまだトレーナーとしては未熟だと実感する。攻撃をいなした後、攻撃が切り返される可能性があったのを、一撃を決めることを急いでしまって見逃すことになった。

 次は上手く戦況を観察することを誓いながら、クロルの戻ったボールを眺める。

 

「しかし、よくこんなんに戻れるよな……」

 

 本当にどういうシステムなんですか? 魔法なんですか? どう考えてもこの中にワニノコ戻るのは無理だと思うんですけど……。

 発展した科学は魔法うんたらかんたら言うけど、これはオーバーテクノロジーすぎる。

 家庭生活では最近になって携帯電話的なポケギアが開発されたっていうのに、モンスターボールだけ何世代も技術が飛躍しすぎじゃないですかね?

 

「ジュンイチ君、終わった?」

「あ、コトネさん先に終わってたんだ」

「うん、はっぱカッターが急所に当たったみたいで。すぐ終わっちゃった」

 

 既こちらには戻って来ていたコトネさんは、そう言ってニコッと微笑んだ。

 本当に美少女ですねコトネさん! ココロが居なかったら、間違いなく惚れてましたよ俺。

 

「それじゃ行きますか、コトネさん」

「うん」

 

 ここでのんびりしてる訳にもいかない。さっさとポケモンおじさんのところにいって用事を終わらせましょう。

 

 

 

 

 




第八話でした。

では次話でまた。


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第九話:ポケモンおじさんの家

「やぁ! 君たちが――――」

 

 入口に入ってそうそう、ポケモンおじさんの話が始まった。

 ていうか、なんで運よく玄関近くのトイレから出てくるんだよ。

 なんか色々話しているが、俺は既に聞くことをやめた。だってこのイベント、俺のものじゃなくて、元はといえばコトネさんのものでしょ?

 俺はココロ愛でるのに必死。爺さんの話を聞いてる暇はないん――

 

「君、かわいいイーブイ持ってるねぇ! 僕もそんなに可愛いイーブイを見るのは初めてだよ」

「あなたもそう思いますかポケモンじいさん!!」

 

 なんだ、分かりあえる同志だったじゃないか。話を聞いてやろうじゃないか。

 と、思ってたら奥から一人の男の人がやって来る。

 ああ、角刈りで白髪。そしてなんか白衣のポケットに手を突っ込んでダンディズムを体現していらっしゃる、この人が……。

 

「やあ。ウツギ博士のおつかいかのう?」

「あ、こんにちはオーキド博士」

「えっ、嘘! 本物のオーキド博士……?」

「そうじゃよ。どちらも初めまして、よな? ……それはそうとジョージ、卵を渡すんじゃなかったのか?」

「おお、そうだったそうだった!」

 

 オーキド博士の言葉に相槌を打って、ポケモンおじさんことジョージ――案外渋い名前だな――が奥の部屋へと消えていく。

 その様子を見た後、オーキド博士は観察するように、俺とコトネさん、そしてだしっぱのイーブイを見てくる。

 特にイーブイを見る目は少し難しそうな感じだったが、そんな表情もすぐに柔らかくし、そして口を開いた。

 

「そのイーブイ、よく君に懐いているようじゃの。小さい頃からの付き合いかな?」

「実はまだ出会って三か月なんですよ」

「……ほう。…………君、名前は?」

「ジュンイチです」

「ジュンイチ君か。覚えておこう」

 

 少し驚いたように声を漏らすオーキド博士。その反応は実はウツギ博士からも貰ってました。

 しかもオーキド博士に名前覚えられちゃった! よっしゃ!

 一応この世界の権力者であるオーキド博士に名前を覚えてもらうことは、それ自体で価値のあるものだろう。

 まあなつき度を上げるには、大体長い年月を過ごすのが常道ってことらしい。しかし俺は何でイーブイにここまで懐かれているのか、それはまだ分からないでいる。

 

「……昔ピカチュウをやったレッドという少年がいるのだが、ソイツとは正反対ぐらいに懐きまくっておるよ」

「レッドさんというと、カントーのリーグ制覇した人ですよね?」

「そうじゃそうじゃ。まだ幼いのによく勉強しておるな」

「あの人と比べないで下さいよ。僕なんかが遠く及ばない人ですし」

 

 コトネさん放っておいてオーキド博士と談笑。普通に面白いんだが。

 ていうかレッドはやはりいるか……。しかもピカチュウ……。こりゃシロガネ山の奥で立ち尽くしているに違いない。

 てか、今思ったけどシロガネ山入るにはオーキド博士の認証が必要だったはず。すなわち、バッチ一六個取らないと……。

 うん、真面目に手持ちは育てた方が無難だな。

 

「ちょ、ちょっとちょっと二人とも待って! 私も混ぜて!」

 

 ここで置いてけぼりだったコトネさんが抗議。

 オーキド博士は小さく微笑むと、俺とコトネさんを見て満足そうに頷いた。

 

「君たちはトレーナーの素質が十分にありそうじゃ。……えっと、君の名前は?」

「コトネですオーキド博士!」

「コトネ君か。君はポケモンと育む友情と努力で必ず強くなれる。そんな気がするの」

「あ、ありがとうございます! オーキド博士にそんなこと言われるなんて光栄です!」

 

 まあ教科書に載ってるレベルの著名人から、そんなこと言われれば感激だろうよ。

 さ、さぁて……俺はなんて言われるんだろう……。

 君は凡人レベルでそこそこ頑張るじゃろうて、みたいな? あ、でも素質あるって言われてるし、そこまで否定的な感じにはならないよね?

 こ、怖いっすよ! オーキド博士、もう何言われても怒らないんで、すぱっと言っちゃってください!

 

「そしてジュンイチ君。君は少々ポケモン勝負には向いていない性格に思える。しかしこれほどまでにポケモンを信頼させる技量は、トレーナー以上にポケモンと人との関わりにおいて大切なことじゃ。きっと自身に返ってくることじゃろう」

「……そうですか。ありがとうございます」

 

 うん、なんかものすごく有難いお言葉を頂きました。

 俺の足元にいるイーブイも、うんうんと首を上下に振っていますし、まあそういうことなんでしょう。大事なんでしょう。これからも尽力しますよっと。

 

「待たせたねェ! 高い機械の調子が少し悪くて――って、あれ? なんか空気が今さっきと違うような……」

「ジョージ、お前はつくづく空気を読まん奴だのう」

 

 苦笑いするオーキド博士に、こりゃすまない、と頭を掻くジョージさん。

 ていうか、高そうな機械って、マジで高い機械って名前なのか? 違うよな? ただこのおじさんが名前をど忘れしちゃっただけ……だよね?

 

「それじゃこの卵を、君に」

「ありがとうございます――って俺ですか?」

 

 やめろ! 俺は主人公たちの仕事を取るつもりはない! ただポケモン図鑑が欲しいだけなんだ! 厄介ごとはごめんですぞい!

 ……え? そんなに都合のいいようにいくかって? だってイーブイに出会って御三家ゲットしてポケギアゲットしての三連続コンボですよ? いくと思ってるに決まってるじゃないですか。

 しかしなんというか、トゲピーの卵です! って雰囲気がバリバリ伝わってくるなオイ。青の四角、赤の三角やら、普通の卵にしてはゴテゴテしいイラストついてら。

 

「初めてみるポケモンの卵なんだよ! 色々柄が付いているだろう? だからどんなポケモンになるか知りたいからさ、ポケモンの進化について詳しいウツギ博士に調べて貰おうと思ってね~!」

 

 ああ、ゲームでもそんなこと言ってたな。でも普通にオーキド博士に預けた方が良いんじゃないのか?

 よく分からないポケモンおじさんに俺は助言を、と思ったが面倒になりそうだったので、とりあえず放っておくことにした。

 それよりこの卵についてだ。

 考えてみると、トゲピー育てたらいずれはトゲキッスね。能力の高い飛行タイプは欲しいところだな。しかも強いし。

 でもトゲキッスを進化させるための、光の石をどこで手に入れるかが問題か。HGSSの展開で考えると、一回目の四天王倒して、オーキド博士に図鑑を全国版にしてもらってから……だったっけ。

 でも図鑑もらえない可能性あるし、運よく拾うか誰かに譲ってもらう可能性が濃厚か。

 一度育て始めて、やっぱりやーめた! って展開は俺大嫌いだしなぁ。

 

「俺的に、この卵はコトネさんがもっていた方がいいと思うんだ」

「えっ、どうして?」

「…………コイツ、めっちゃかわいい子になるよ」

 

 耳元でぼそっと呟く俺の言葉に、ピクッと体を震わせて反応するコトネさん。

 うん、やっぱり女の子は可愛いポケモン大好きだよね! チコリータだって見た目で選んだんだし。

 この順当でいくと、コトネさんメリープも捕まえそうだな……。俺もメリープからのデンリュウは結構好きなんだが、被るのはちょっと、ね。

 それはそうと、コトネさんや。顔がちょっとあくどい感じになってますけど。

 

「何でそんなことが分かるの?」

「僕の勘がそう言ってるんです。別に僕が持って行ってもいいんですけど」

「でもこの卵、ウツギ博士に渡すのだけど」

「僕の予想。この卵、ウツギ博士から世話するよう頼まれると思うんです」

 

 全て憶測のみで喋ってる説明ではあるが、そうなるだろうという予想はつく。何しろ、ポケモンを調べるのは得意だが、育てたり一緒に居ることには向いていないのがウツギ博士だ。

 コトネさんにも分かるのだろう。納得したように声を漏らした。

 

「何か私に買って欲しいものがあるの?」

「別に等価交換しようって言ってるわけじゃないですよ」

 

 俺は苦笑いしてそういうと、そうなんだ、と顔を笑みに戻す。

 ひとまずこそこそ話はこれで終了。コトネさんとこれ以上仲良くしていては、ココロが嫉妬しちゃいそうだからさ。

 

「まあ後で電話番号、教えてくださいね。聞きそびれてましたから」

「……あ、私てっきりもう番号交換しちゃってると思ってた」

「何ですかそれ」

 

 卵を渡しつつ俺は惚けた発言をするコトネさんに、苦笑しながらそう言った。

 

「……うん、若いっていいもんだねぇ、オーキド博士!」

「儂らにもこんな時代があったんじゃよ、ジョージ」

 

 ちょっとそこ、何変なこと言ってんですか。こんなん普通じゃないですか。

 二人の過去が気になりつつある中、オーキド博士が再びこちらに寄ってきて、ある物を懐から取り出した。

 赤に輝く長方形の物体。しかも右わきポケットと左わきポケットに一つずつ入っていた。

 ていうか待って! こ、これはもしやすると――

 

「ウツギ博士に見込まれている二人だ。これを託しても問題はないじゃろう」

「……これは何ですか? オーキド博士」

 

 俺が絶句している中、コトネさんが何気ない顔でオーキド博士に聞く。

 

「これはポケモン図鑑というものじゃ。現在このジョウトにいるとされるポケモンを確認すると、データになって表示されるというものでのう……」

「すごーい!」

 

 コトネさんが驚いたような声を出す。

 そしてポケモン図鑑は俺としてもうれしいですよ。ポケモンの生息地とか確認できるしね。

 

「これを二人に預ける。いわば、この図鑑は儂からのお願いじゃ。ジョウトで見られるポケモンを、この図鑑の中にデータとして集めていって欲しい」

「任せてください! 私、一生懸命頑張ります」

「右に同じです」

 

 頑張らせてもらいますよー! ポケモン図鑑を半ばもらってるんですから! やりますよ俺!

 俺たちの意気込みを聞いて、そうかそうかとオーキド博士は微笑んだ。

 

「ジョージ、儂はこれでお暇させてもらおう」

「ああ! また来てくれ!」

 

 テンション高いポケモンおじさん、ジョージさんにそういうと、続いてオーキド博士は俺たちの方に向く。

 右ポケットに手を突っ込んで、ポケギアを取り出した。

 

「電話番号を教えてもらえるかの? 不定期でもいいから、報告してもらいたいんじゃ」

「もちろんです! 私、オーキド博士と番号交換できるなんて光栄です!」

 

 コトネさんがハキハキ喋って、赤外線を使ってオーキド博士と交換するのを見て、俺はふと気づいたんだ。

 ああ。これは俺の面目を保つのにも重要なことだ。何しろ大人びていると言われてる俺だから、印象は守らなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――と、ところで、赤外線ってどのボタン押せば……。

 

 

 

 




第九話でした。

途中まで組み立てたプロットが上手く回らなくなったので修正していたら、次話投稿に少し時間がかかってしまいました。
次の話も少し遅めになるかもしれませんが、よろしくお願いします。

では次話でまた。


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第十話:VS赤毛

 結局コトネさんに訊く羽目となりましたけど何か?

 元々機械音痴なんですよ。パソコンなんて実は満足に使えないから使わなかっただけですよ。

 君にも出来ないことあるのね、とコトネさんに言われて笑われてしまった。まあいいんだ、これは元からだし。

 そんなわけで、ポケモンおじさんの所で用事を済ませた後、俺たちはのんびり三〇番道路を南下してしたのだが――

 

『た、大変なんだ! とにかく大変だから早く帰ってきて!』

 

 という電話をウツギ博士から貰った俺たちは、現在急いでヨシノまで走っている。

 なるべく草むらを通らず、なおかつ段差を乗り越えることで行きより短距離で済むルートがあるので、俺たちはそこを通ってヨシノまで帰ることにした。

 イーブイは流石に何時間も走らせるわけにはいかないので、ボールで待機してもらっている。

 ランニングシューズによる走る事への負担軽減、ポケモンとの遭遇なし、短距離。この三つの条件のおかげで半日もかからずヨシノまで帰れた。

 現在、午後七時前。夕陽も山の向こうへと消え、空が朱色から常闇へとその色を変化させていっている。

 

「とりあえず、ポケモンセンターまで行って、早く公衆電話で研究所に電話しましょ!」

「そうだな……」

 

 あれからウツギ博士へ何度も連絡を取ろうとしたのだが、結果は不可。電話に応じてくれることはなかった。

 父さんに連絡、と思ったのだが、どういうわけか父への連絡先が登録されていなかった。

 ポケギアは登録した相手同士じゃないと連絡出来ない。なので父との連絡は外では無理だと判断し、急いで街まで帰ってきたのだ。

 ポケモンセンターについている公衆電話は従来の電話と同じ。要するに、電話番号を入れて電話をかける仕様だ。電話帳も近くにあるのをこの前ポケセンを行った時に確認しているので、それで研究所まで連絡を取れば完璧、というわけだ。

 ちなみに家に帰らない理由は、ただでさえ旅を許してもらっている訳ではないのに、それでいて女の子を連れて帰った時の母の反応が怖いからである。

 スリルは好きだが、リスクは避けたい。それが俺。

 

「でも本当に何があったのかな……気になって仕方がない!」

 

 コトネさんは何だか目を輝かせてそう言ってくる。ちなみに連絡があって既にこの発言を五回もしている。

 でも実際、何があったのかは俺は大体予想がついている。

 ゲームでもあった、御三家盗難事件。あの時は二体の内、運よく主人公の弱点となるポケモンを奪うのだが、今回においては一匹しか余りがおらず――

 

「ん……?」

「あっ、いた」

 

 思わず「いた」と呟いてしまった俺をコトネさんが凝視してくるが、とりあえず無視。

 俺は何も知らない。そういう設定にしとかないと、俺と犯人が結託しているように思われてしまう。

 んで何が居たのかというと、一人の少年である。ポケモンセンターの近くに一人、真っ赤な髪色をした少年が突っ立っていた。

 ぼうっと空を見上げているが、どうやら感傷に浸っているように見える。

 

「あいつ、研究所の近くにいませんでしたか?」

「そうそう、居たの! 窓から研究所の中覗いてたんだよね。んで話しかけたら、あっちいってろって蹴られそうになって……ホント、嫌になっちゃうわ」

「……俺の勘なんですが、アイツがウツギ博士の一件に絡んでいるように思うんです」

 

 ここで俺が遠回しにコトネさんに一言。

 俺は出会ってないが、後から来たコトネさんは見事に遭遇していたようだ。

 

「その可能性は否めないわね。……ちょっと接触(コンタクト)してみよっか」

 

 まるで無邪気な子供のように笑んで、コトネさんは意気揚々と赤髪少年へと近づいて行った。

 大方何も考えてはいないと思われる。

 

「ねぇ、貴方!」

「…………何だよお前……って、確か研究所で」

「そう。数日前に一度、研究所前でお会いしましたよね?」

 

 コトネさんは怖じ気づくことなく赤毛少年へと言葉を放つ。

 歳は多分、俺より一つか二つ上ぐらい。身長はコトネさんと同じぐらいで、黒い服に色あせた紺色のズボンという暗めなコーディネート。

 

「それで、研究所ずっと覗いていたでしょ? あの後ウツギ博士から大変なことが起こったって聞いたんだけど……」

「……ッチ、それでオレを追いかけて来たってか」

 

 別に追いかけてはないんですけどね。

 たまたま行き先の違う俺たちと会って、それで俺たちがたまたまウツギ博士の知り合いだった、というだけのこと。

 だけどなんかもう、ここまで偶然重なると必然だよな。

 そんなことを思っていると、赤毛少年がコトネさんと一緒に俺の方も覗いてきていた。

 

「そういえばお前ら、あそこでポケモン貰ってたよな。お前らみたいなよわっちい奴らに貰われて、ポケモンもかわいそうだぜ」

「なっ……なんですってぇ!?」

「はいはい、コトネさん落ち着いて」

 

 怒り心頭に発しそうになったコトネさんを落ち着かせるよう、彼女の肩をポンポンと叩く。

 その瞬間、何だかすごい勢いで振り返ったコトネさん。

 ……そしてちょっと驚いた。だっていつも笑顔でいる彼女が、本当に悲しそうな瞳を浮かべていたのだから。

 

「だって! 私たちのせいでポケモンがかわいそうって……そんなこと言われたら、私……っ」

「大丈夫だよ。つい数時間前に、オーキド博士にトレーナーに向いてるって、言われたばっかりじゃん。あの赤毛野郎とオーキド博士、どっちの言葉の方が信憑性ある?」

「…………オーキド博士」

「そういうこと」

 

 俺より十センチ以上も背の高いコトネさんの頭をポンと軽くたたいて、俺は赤毛少年の元へと近づく。

 

「さて、さっきの言葉を撤回させてもらおうかな」

「……ッチ、お前には俺の言葉の意味がわかんねェのか?」

「お前よりはよっぽどマシなトレーナーだど自負してるからな。そんな奴の言葉なんか真に受けないさ」

「面白れェ……」

 

 赤毛少年はそう言うと、懐から小さくしているモンスターボールを取り出した。

 真ん中のボタンを押してソフトボールぐらいの大きさにすると、それを自身の前へと放り投げる。

 眩い光が放たれたのち、ボールから出てきたのは言わずもがな。

 

「ヒノアラシか」

「お前の持ってる奴が一番マシそうだったが、コイツはコイツで楽しい奴だぜ?」

 

 ビクビクしているヒノアラシ。それでも俺たちに向けた敵意を赤毛に向けることはない。

 なんだかんだで懐柔されているか、ただアイツが恐ろしいが故に反抗出来ないのか。

 どちらかは分からないが、相手はヒノアラシだ。このあたりの野生のポケモンとは相手にならないぐらいに強いだろう。

 

「いくぜ、イーブイ」

 

 腰のベルトに留めていたモンスターボールを取り外し、大きくしたのちに前方へ放り投げる。

 パカンと開くと、そこから俺の嫁、ココロが元気よく登場した。

 ワニノコの水鉄砲で一撃なのは確定だが、ここらではもう戦う相手がなかなかいないココロにとって、この御三家との対戦はかなり有意義なものだと感じたのだ。

 要するに、ココロの戦闘経験を積ませるのに十分な相手になると思ったわけ。

 

「……フン、雑魚そうな奴だ」

「そう言っていられるのも今の内だぞ。てか、張っ倒す」

「ブ~イ!」

 

 雑魚そう、と言われてこちらもすっかりやる気スイッチの入っちゃったココロは、目の前にいるヒノアラシをじっと見つめる。

 その視線に大きくビクッと体を震わせて一歩引き下がるが、それでも後ろにいる赤毛少年のプレッシャーがあるのが、逃げる事なくココロに対峙する。

 ああ、本当にかわいそうだ。早めに決着をつけることにしよう。

 

「先手必勝だヒノアラシ! 体当たり!」

「突っ込んでくる相手に砂かけだココロ」

 

 街中ではあるが、ヨシノシティはコンクリで道路整備されてないので、砂を巻き上げることは出来る。

 イーブイの砂かけは見事に命中。ヒノアラシの細い眼元が若干また細くなった。

 だが体当たりの軌道は変わらず、通り抜けざまにココロにぶつかるヒノアラシ。

 ココロはぐらっとよろめいたが、すぐにまた戦闘態勢に入る。まだまだ大丈夫そうだ。

 

「もう一回砂かけ!」

「っは! お前のポケモンは砂をかけるしか能がないのか?」

 

 砂かけをしているイーブイを鼻にかける赤毛少年。

 しかしその余裕がいつまで続くだろうか。なかなかに気になっていく。

 

「ヒノアラシ、もう一度体当たりで勝負を決めてやれ!」

「イーブイ、ラストもっかい砂掛けだ」

 

 突っ込んでくるヒノアラシに怯えることなく砂をかけるココロ。

 そして三度目の砂かけを食らったヒノアラシに、次の瞬間、ある異変が起こった。

 目をさらに細めてヒノアラシは体当たりを続行するが、その際に軌道がイーブイの横に変わる。

 指示がなくても、それぐらいなら避けれると言わんばかりに反対へと飛び退くココロ。

 

「なっ……! ヒノアラシ、もう一度だ!」

「相手をよく見つつ回避した後に体当たり」

「ブイ!」

 

 ヒノアラシは体当たりを決行するが、動きはのろく、そして精度も欠けている。

 難なくヒノアラシをやり過ごしたココロは、通り過ぎていくヒノアラシの後方から突撃する――!

 

「ヒノッ……!」 

「くっそ! ヒノアラシ、火をまき散らせ!」

 

 吹き飛ばされたヒノアラシを見て、ごり押しが通じなくなったのが分かったのだろう。

 赤毛少年は焦ったように指示を出すが、それじゃ俺とココロは倒せないぜ!

 

「ココロ、大丈夫だ。だから突っ込んでこい!」

「ブイブ~イ!!」

 

 一見、炎を巻き上げて佇むヒノアラシに近づくのは危なげだが、攻撃技としてみればあれはまだまだ甘い。

 要点に一撃を絞っちゃいない火など、ロケット花火あてられるよりも熱くない……はず。

 まあ普通に火の粉を直接当てられるよりは、ダメージ低いだろうよ。周りに炎撒いてるだけで逃げてくれるのは、野生のポケモンぐらい。

 でも俺たちは違うぜ。ココロは俺を信頼してくれてるからな。

 

「……ッ!!」

 

 一直線に突っ込んでいくココロ。炎に入っても怯えることなく、そして真正面にヒノアラシを据え、体の側面で突っ込む!

 ぶつかったヒノアラシは軽く飛ばされ、炎を中断させる。

 

「ヒ、ヒノ~……」

 

 ヒノアラシは小さく声を漏らすと、その場に倒れて目を回した。

 その様子を見て、驚愕の表情を見せる赤毛少年。まあ見るからに雑魚そうだと思っていた――これには結構イラっときた――イーブイことココロに、大敗と言わざるを得ないほどぼろ負けにされたのだから、言うまでもないだろう。

 

「……ッチ、使えねェ奴だ」

 

 そう言うと赤毛少年はヒノアラシをボールに戻した。

 ポケットに手を突っ込んで何かを放り投げる。よく見ると五百円玉――つまりお金だ。

 ポケモン勝負に負けた相手は、相手に賞金を支払うことが当たり前、という風潮になっていると父さんから聞いた。対戦してくれた感謝を敗者が勝者に形として贈ることが、ここ数年になって形になってきたらしい。

 金額は個人によって様々。戦うことで何かを得られたら金額を多めに払ってもいいし、お金を持ってなかったら、まあ百円ぐらいでもいい。

 

「さて、前言撤回してもらおうかな」

「フン……悪かったな、ソイツ馬鹿にして」

「……お、おう」

 

 あれ、そっちの訂正求めてたわけじゃないんですけどね? 

 まあこっちも直して欲しかった――というか、むしろ俺にとってはこっちの方を直して欲しくなってたので良かったかな。

 コトネさんは俺が赤毛少年を倒していい気分になってるようだ。すごくニヤついている。大変不適な笑みですね、それ。

 その様子を見て、唾を吐き捨てた少年は、静かに立ち去ろうとする。

 

 ――が、俺は空気を読まない。

 

「おい、落としてるぞ」

「えっ……?」

 

 俺が放り投げたのは、赤毛少年のトレーナーズカード。

 お金をかっこよく投げた際に、ポケットからぽろっと落ちてました。ぷぷぷ。

 

「オレの名前、見たのか?」

「さあ、分かんないな」

 

 俺の言葉を聞くと、再び鼻を吹かして赤毛少年は走り去って行った。多分相当恥ずかしかったのだと思われる。

 まあ、実際アイツの名前見ちゃったけどね。一応、犯人のことウツギ博士に言わないといけないわけだし。

 赤毛少年が闇の中に消えていくのを確認する。

 ……と、気付けば後ろにいたコトネさんが俺とココロの方に駆け寄ってきていた。

 

「ジュンイチ君、すごかったね! ココロちゃんもすごく頼もしかった!」

「ほとんどココロのおかげだよ。よく俺を信じてあの炎に突っ込んでくれたな」

「ブイブイ!」

 

 俺の言葉に嬉しそうに反応するココロ。

 約半日ぶりにみるその笑顔に、思わず抱き着いてべったりしたくなる。

 しかしコトネさんがいる手前、あまり変なことは出来ないな!

 

「それで、あの子の名前は?」

 

 目を輝かせて聞いてくるコトネさん。この人、謎とか異変とか、そういうの本当に好きなんですね。

 まあ俺も嫌いか好きかと言われちゃ、好きな方だけど。

 とりあえず、質問に答えときますか。

 

「アイツの名前は――――」

 

 

 

 

 




いつもの二倍の量になった十話でした。

文章があっさりしてる感が否めないです。筆が進まなかったのも頷ける感じになっちゃってます。
誤字脱字あったらご報告を!

では次話でまた。


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第十一話:ワカバタウンでの別れ

「――――という名前ですか。ご協力、ありがとうございました」

「いえいえ。お仕事頑張ってください」

 

 翌日も走ってウツギ博士の研究所に戻った俺とコトネさんは、再び現場検証に来ていたおまわりさん――刑事はいないのだろうか――に犯人の情報を教える。

 と、いっても俺たちに見つかっているのが分かっているあの赤毛少年は、警察の追っ手から無事に逃げ延びていることだろう。

 何しろ、あのロケット団のボスであるサカキの息子だ。未だに姿を晦ましているあの男の息子であるならば、人目を掻い潜る訓練みたいなことをやらされていてもおかしくはない。

 ……あれ、ていうかあの少年って誘拐されてた設定だっけ? 

 よく分かんなくなってきた。

 

「いやぁ、しかしまさか君たちが犯人に遭遇していたとはね」

 

 おまわりさんが帰った後、ウツギ博士は驚きを交えて俺たちに話しかけてくる。

 

「たまたまですよ。コトネさんが気づいてなかったら見過ごしていたかもしれませんし」

「えー……そうかなぁ」

 

 まんざらでもない様子でコトネさんは照れたようにそう言った。まあ俺は一度も見たことない設定でしたし、コトネさんが気づかなかったら迷宮入りでしたね。

 といっても気付いたりして誘導したのは俺なんだけどね。まあ下手に俺が介入した風に言わなくても、別に構わないでしょう。

 しかし問題は、どうやってあの高い機械をこじ開けたのか。

 ウツギ博士が言うには、厳重なプロテクトを施してあって簡単には開けられないものだという。

 夕食を食べるために二階の我が家に三十分程度帰っただけで、忽然と厳重に保護していたポケモンの入ったボールがなくなったのだから、そりゃ驚いたことだろう。

 あ、俺の父さんも一緒に夕ご飯を御馳走になったそうで。

 結構ウツギ博士の奥さんのご飯は美味しいらしい。

 

「まあこの一件は警察に任せるとして、預かってきた卵を見せてくれないかな?」

「あ、はい! これなんですけど……」

 

 鞄に卵を入れていたコトネさんはさっと取り出して、ウツギ博士に手渡す。

 卵を覗くウツギ博士は描かれた三角やら四角やらのイラストに顔を難しそうに顰め、それを眺めつつ俺たちに問いかけてくる。

 

「別に落書きしたわけじゃないんだよね?」

「元からそんな感じでした! ……そんなこと疑うなんて、ウツギ博士ちょっとひどいです!」

「あはは、悪いね。こういう職分、疑ってかかることが重要だからね」

 

 申し訳なさそうに苦笑しつつウツギ博士はそういった。

 自分の疑問を研究する。それが癖になっちゃってる博士は、最初は疑いかかるのが性分になっているのだろう。

 

「うーん、見たことない卵だなぁ。普通はもうちょっと色素の薄い紋様が出るんだけど」

「やっぱりこれ、変わった卵なんですね」

 

 初めて卵を見てコトネさんも、貰ったものが少し変わっていると思っていたようだ。

 そこから数十秒ほど黙りこくって卵を凝視していたウツギ博士、何かを思いついたようにコトネさんに言葉を放った。

 

「……コトネちゃん。よかったら、この卵育ててみないかい?」

「えっ!? いいんですか!?」

「うん。調べようにも、卵が羽化する時期が分からないし、まだまだ調べたいことはたくさんあるからね。それとこれもオーキド博士が言ってたんだけど、卵は同じ場所にとどめておくより定期的に動かした方が生まれやすいらしいんだ」

 

 ウツギ博士はそう言うと、俺の方に向いてくる。

 

「この卵はコトネちゃんに預けちゃうけど、ジュンイチ君もそれでいいかな?」

「はい。あらかじめ、こうなった時はコトネさんに譲るって約束してましたから」

「ジュンイチ君、ウツギ博士の行動を読んでたみたい」

「はははっ。こりゃ一本取られたようだ」

 

 コトネさんの言葉に思わず笑ってしまっているウツギ博士を見て、こちらも自然と笑みが浮かぶ。

 ウツギ博士は言ってはないけど、またポケモンをとられる恐れがあるから、コトネさんに預けたようにも考えられる。

 これほど珍しい卵、またいつ盗難にあってもおかしくはないと思っているのかもしれない。

 何しろ、厳重警備していたヒノアラシをいともたやすく奪われちゃったのだから。

 

「それはそうと、これから君たちはどうするの?」

「とりあえず、俺はさっそくこれからキキョウシティに行きたいと思います」

「私はちょっと家で休んでから、旅に出ようかなって思ってます。……あ、それとウツギ博士。チコリータを持ち歩くのはちょっと無理を感じたので、この卵から生まれた子を持ち歩くようにしていいですか?」

「ああ、構わないよ。あの子の扱いは難しいと思うからね。……それじゃあ二人とも、頑張ってね」

 

 ウツギ博士はそう言うと、肩を回して「仕事始めるか」と小さくぼやいた。

 

 

 

*****

 

 

 

「それじゃあコトネさん。一週間近く行動を一緒にできて、楽しかったです」

「私の方こそ。いっぱい勉強させてもらっちゃった!」

「ブイブイ!」

 

 ワカバタウンの入り口。夕日をバックに、俺とココロはコトネさんに見送りに来てもらっていた。

 実はコトネさんから「一緒に旅をしない?」という言葉を貰っていたのだが、二人の目的が違う上に、あの時と同じように要らないことをしでかしてしまう可能性があると判断したため、丁重にお断りさせてもらうことになった。

 残念がっていたコトネさんの表情を見た時は、フラグぽっきりやっちゃったなと自覚しましたよ。

 まあ……しょうがないよね! 大丈夫、俺にはココロがいる。

 

「またどこかの町で会うかもしれないけど、その時はまた宜しくね」

 

 軽くウィンクをして俺にそう言ってくるコトネさんは、本当に純真な乙女に見えちゃって。

 数秒ほど見とれていたが、ココロが俺のズボンを不機嫌そうに引っ張ってきたのですぐに振り払った。

 

「こちらこそよろしく」

「……あ、それと。昨日はありがとうねジュンイチ君。私、何歳も年上なのに大人げなくて。年下の子に慰めてもらっちゃって」

「ああいった奴らに絡まれたことがあるんで、慣れてただけだよ。……でもまあ、これは貸し一つということで。何かあったら頼りにさせてもらうから、それでチャラってことでお願いします」

「……ふふ。ジュンイチ君って、本当に年下に見えないなぁ。何歳も上の人と喋ってる気分」

「子供だからって気遣いする必要がなくて便利だろ?」

「それもそうね」

 

 あはは、と二人で笑いあう。

 数秒経つと沈黙が続いて訪れた。何秒か視線を合わせて、俺はくるっと背中を向けた。

 

「それじゃまた会いましょう、コトネさん」

「うん。またね」

「ブ~イ!」

 

 コトネさんの方に俺は手を振り、ココロは尻尾を振る

 それを見てコトネさんも、控えめに手を振って俺たちを見送ってくれた。

 ――さてと。

 それじゃあ、今から本当の旅を始めるとしますかな。

 

 

 

 

 




コトネさんと別れた十一話でした。

それとお知らせなのですが、少しこのポケモンと嫁と地方の果ての更新が遅れがちになると先にご報告いたします。
というのも、実は「小説家になろう」にてもう一つ書いている作品があるのですが、そちらの方の更新も急がねばならず……。
既にあっちは二か月も休んでいるので、そろそろ動かないとな、ということであちらの書きとめの方に時間を割くことになると思います。
ですからこちらの作品の更新が一週間に一度か二度ほどになりますので、ご了承のほど宜しくお願いします。
落ち着けばこちらの作品の更新ペースをあげていきますので。

ではでは、失礼します。


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第十二話:三〇番道路でのある一日

「うわー、また負けちゃったよ……」

「そりゃドンマイ。運が無かったな」

 

 キキョウシティへ向かうために三〇番道路を北上している俺は、適当に勝負を仕掛けてくるトレーナーたちと戦いつつ進んでいた。

 今も短パン小僧である少年のコラッタを、クロルで難なく倒したところだ。

 クロルをボールに戻し、短パン小僧に近づいて負けたトレーナーについて話を聞いてみる。

 

「んで、どんな奴に負けたの?」

「赤い髪の奴なんだけどさ。妙にビクビクしてるポケモンだったから余裕だと思ってたんだけど、なんかすげぇ返り討ちにされちゃって……」

「ああ、アイツか……」

「知ってるの?」

「一応、顔見知りだな。んでどんな感じに負けたの?」

「えっと――――」

 

 短パン小僧のゴロウ君が語るに、ヒノアラシがまず煙幕でコラッタの視界を遮り、そこに体当たり。

 ヤバイと思って後退させたところに、ドンピシャで火の粉を浴びせられてノックアウト、ということらしい。

 俺との戦いから、殴るだけがポケモン同士の戦闘ではないと分かったのだろう。

 うんうん、こりゃコトネさんにとって倒しがいのあるライバルに、着々と成長していますな。

 俺? 俺は関係ないですよ。だってアイツ、俺のライバルじゃないもん。

 

「ありがとう。それじゃあ、また会ったら」

「おう! 気軽に電話してくれ!」

 

 ポケギアの連絡先も交換し、俺とココロは再び歩き出す。

 イーブイをここで戦わせないのは、クロルを育てる際にある場所では全く使えなくなってしまうから。

 草タイプばっかり揃う、マタツボミの塔では――ね。

 

「さて、もうちょっと進んでおくか」

「ブイブイ」

 

 夕暮れ、とまではいかないが、それでも太陽は傾き始めている。

 もう少し進んでおけば、明日にでもキキョウにたどり着けそうである。

 俺の斜め後ろにぴったり付いてくるココロと、ちょくちょく振り向いてアイコンタクトを取りつつなだらかな坂道を進んでいった。

 

 

 

*****

 

 

 

「ふぅ……」

 

 夜になって飯を食べた後、テントの入り口を開けて外を眺める。

 テントを照らすのは、燃えつきそうになっているたき火のみ。街灯はなく、辺りは静けさを保っている。

 そんな中で俺が眺めているのは、天蓋に浮かんでいる眩い星々。

 元々都会に住んでた俺は、こういった星をまじまじと見ることが少なかった。最近じゃよく見ることが出来るようになったけど、それでも綺麗だな、という想いは未だ色褪せない。

 そうやって見上げていると、お腹の方をすりすりしてくるポケモンが一体。

 それが何かは、もう言わずもがなだろう。

 俺の組んでるあぐらの中で体を丸めているイーブイことココロ。

 最近萌えアピールがすごいです。

 

「ん? どうした?」

 

 俺がそう答えると、何も言わずに頭をすりすりと俺のお腹に再び擦りつける。

 …………もうだめだよ。お前はもうやってしまった。俺を止めることは出来ないよ。

こんなに可愛かったら、俺はもう――!

 

「愛い奴め!」

「ブイ!?」

 

 突然抱え上げられ、続けて抱きしめられたイーブイは驚いたような声をあげる。

 しかし抵抗はない。むしろ時間が経つにつれて、体の緊張をほぐしてる――って何コレ。

 駄目だよ! うら若き(?)女の子がそんな風に油断しちゃったら! 

 ていうか俺が落ち着け。緊張で手汗かいてるとか笑えねぇ……。

 

「あー、ごめん。突然でびっくりした?」

 

 俺がそう上から尋ねると、フルフルと首を左右に振って否定してくれるココロ。

 むしろ喜んでいる――ように見える。俺がそう思いたいだけかもしれんが、それでも俺に向けてくれている笑みが、とても柔らかくて、そして華やかで。

 なんかすごくリア充になった気分なんだけど。

 

「寒くないか、ココロ」

「……ブ~イ」

 

 大丈夫、とでも言わんばかりに満足そうな声を張り上げる。

 耳が小刻みにピクピクしているが、これはココロが嬉しく思っている証拠だと俺は最近掴んできている。

 ご飯のときとかよく動いてるしな。

 それでも耳を動かさない時の方がここ数日は少ないので、よく分からなくなってきてるけど。

 しっかし、コトネさんいなくなってから、なんかお互いに依存度高まってる気がする……。

 中毒にならないようしないと。

 

「たき火が完全に消えるまで、見張っとかないとな。火事になっちゃ大ごとだ」

「ブイ!」

 

 そう言ってみるものの、よく見るとたき火、もう殆ど消えかけなんだよね。

 それでも若干残り火がある。その明りがなくなるまでは、この幸せな時間を享受することにしよう。

 そこから沈黙が続く。何も喋らないけど、それでも空気が悪いなんてことはなく、ただ空間を共有してるってだけで心が満たされる。

 

「こんな風になるとは、思わなかったなぁ」

 

 一人ごちる俺を、ココロは不思議そうに見上げてくる。

 それに気付いた俺は、下を向いて話しかけた。

 

「ん? 気になる?」

「……」

 

 無言でコクリ、と首を縦に振って、そうして消えかけのたき火を再び見始めるココロ。

 何も言わないから、好きに話していいよ――ってことですか? いいところで空気が読めるそんなココロちゃんが俺は大好きです。

 

「俺ってさ。今はこんなナリしてるけど、本当は別のところで学業に勤しまないといけない奴だったんだ」

「……ブイ?」

「意味わかんないよな。でもさ、今はこんなに自由に旅が出来て。クロルやお前と出会って、人生を謳歌してる」

 

 でもそれが本当にいいのか分からない。

 この体の持ち主は『ジュンイチ』であって、『橘純一』ではない。

 まあジュンイチ君の望み通りにトレーナーにはなれたけど、好き勝手に体を使ってしまって、本当にいいのかと思ってもいる。俺は俺だけど、いつ『ジュンイチ』に戻ったって おかしくはない。戻らない可能性もあるけど、戻る可能性だって低くはないのだ。

 そして、意識がジュンイチ君に戻った時の、ココロやクロルの反応も――

 

「――これ以上はやめとこ。馬鹿みたいだ」

 

 卑屈になりだした自分に飽き飽きする。

 柄じゃないわな、こんなこと考えるの。

 トレーナーになる。『ジュンイチ』君はそこまでしか考えていなかったはずだ。

 だから、俺がいつ彼に戻っても大丈夫なよう、ポケモンもきちんと育てるし、装備もきちんとする。

 エゴだって分かってるけど、俺だって今を――ココロと居る、この時を過ごしているんだ。好き勝手させてもらう。

 それぐらい、許してもらっても構わないだろ? 誰に請うているかは、分からないけどな。

 

「とりあえず、俺はお前と出会て本当に良かった。そう思っているよ」

「ブイ……」

 

 途端に声に元気がなくなったのを読み取ったのか、はたまた俺の表情の機微から俺を心配したのか。

 どちらかは分からないが、顔を伸ばして俺の頬をペロッと舐めてくれるココロに、俺は死ぬほど感謝したくなった。

 

「ありがとうな、ココロ」

「ブイ!」

 

 ココロが笑みを浮かべて声を出す。

 それを見て何だかほっとした俺は、テントの中へと戻った。たき火の残り火は、いつの間にか消えていた。

 夜は暗く、そして寒い。だけどココロのおかげで本当に心が温まった。

 ダジャレみたいになってるけど、マジで言ってるからなコレ。

 

 

 

 




第十二話でした。

書きながらよく砂糖を吐かなかった、そんな作者を褒めてやってください←

では次話でまた。


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第十三話:キキョウシティ

「さて、ようやくたどり着いたな……」

「ブイ……」

 

 あれから急いで道を上がり、ちょくちょく勝負を振っかけてくる虫取り野郎たちと勝負を繰り広げ、ようやくキキョウシティにたどり着いた俺とイーブイ。

 街並みはなんていうか……京都っぽい。しかし考えてみると、より京都っぽい町はここより上にあるエンジュシティのはずだ。

 だからここは……奈良? いや、小京都って考えると山口?

 俺はそこで思考を止めた。考えるのもばかばかしい。

 

「とりあえず、ポケモンセンターで飯でも食うか」

「ブイ! ブイブイ!」

 

 あまり道中ではいいものを食べさしてやることが出来なかったが、ポケモンセンターは国の補助を受けてトレーナーに無償で食料、寝床を提供してくれている。

 そのためにはトレーナーズカードの提示が必要なのだが、無論俺は持っているので関係ない。

 イーブイのココロも俺の意見に賛成してくれている。

 クロルは普段クールなキャラだが、美味しい飯が食えることに悪く思うことはないだろう。

 なんていうか、アイツはクーデレキャラだと思うんだ。

 まだ懐いてないけど、いつか無言で俺の横に歩いてきてぴったり抱き着いてくる ――そんな日が来たらなぁ。

 

「ブ~イ~!」

 

 ちょっとだけ思考に思いを寄せていると、拗ねたようにイーブイがズボンのすそを引っ張って声を出した。

 自分以外を想像していたことを認知したのか、はたまた早く飯が食いたいのか、どちらかは分からないが、ここで突っ立って考えるよりはポケモンセンターに行く方が良いだろう。

 ごめんごめんと頭を撫でた後、ポケモンセンターを探しに街を歩きはじめた。

 ちょうど昼時。バイキング形式のポケセン料理。

 何が出るのか期待しましょうぞ。

 

 

 

*****

 

 

 

 俺の大好きなから揚げさん来ましたよ。そりゃ食べましたよたらふく。

 そんなわけで美味しい食事を三人(?)で摂った後、俺たちはこの街でかなり目立っている建造物――マタツボミの塔を訪れていた。

 ここの屋上にいる偉い坊さんを倒すと、確か技マシンが貰えた……はず。

 どうだったっけ? なんにももらえなかったっけ?

 まあココロの経験値溜めるには十分だろう。

 街に着いた時は昼過ぎだったが、ポケセンでぐーたらしてたらいつの間にか夕方になってしまっていた。

 坊さんたちは日夜修行しているらしいから、こうして暗い時間にこの塔に訪れることが出来ているわけだが……。

 

「暗すぎワロタ」

「ブイ……?」

 

 俺の零した言葉に、不思議そうにココロが首を傾げる。

 いや、ここフラッシュいるだろ。絶対いるだろ。明りがそこら辺に光ってる蝋燭モドキとか……。

 モドキっていうのは、蝋燭の形をしているだけの電気の通ったオブジェみたいなやつって意味。

 しかし明るさも蝋燭並みにしなくても。

 ああ、そういえばフラッシュ貰えるのかここ。そりゃこんだけ暗いんですもの。いりますよね明り。

 と、そんな事を考えながら歩いていた。

 

 ――――その時、がさっと後方で何かが動いた音がした。

 ――――いや。 な に か が う ご い た。

 

「ヒィイィッ!!」

 

 なんだこれ! なんだこれ!? 下手なお化け屋敷よりこえええええ!

 明るいときに出直してくりゃ良かった! ていうか、窓が無さすぎなんだよ! 外からの明りシャットアウトしてんじゃねぇえええ!

 しかしココロ。お前何平然と「どうしたの?」的な目で見てきてるの? 一人騒いでる俺恥ずかしいじゃないか。

 怖くないの? と思ったのだが、そういえば元は野生の生物であったことを思いだした。

 あの仄暗い鬱蒼とした周囲の中で生活してきた、俺とは一線を画した存在なのだ。

 そりゃこんな場所、恐れるにも値しないのだろう。

 

「……ん? 待てよ?」

 

 俺はここで気付いてしまった。

 野性の本能が備わっているココロたんだ。脅威(例えば悪霊とか)が近づいてたら威嚇したり何かしろの反応を返すに決まっている。

 しかし今ここにいるココロたんは、キョトン顔をした美少女(だと人間なら思われる容姿)だ。

 つまりこっちから近づいても、特に恐れることなどない。

 はっはっは! 俺を驚かせた報いを受けるがいい……。

 おおよそあくどい笑みを浮かべているだろう俺は、先ほど物音のした柱の裏に近づく。

 なんだか微笑ましくココロに眺められているような気がするが、そんなことは気にしない。俺は俺を貫く――!

 そんなわけで柱の裏をそぉーっと覗く。

 

 ――――泣きそうな顔をしている般若が居た。

 

「ぎゃああああああああ!!」

「ゴォォオオォオオオオ!?」

 

 おいおいおい! こんなもの見過ごしていたのかよココロ!

 危惧すべき対象じゃねーのかよ! どう見たって恐ろしい化け物じゃんよ!

 びくびくしながらソイツと睨めっこしていると、あることにふと気が付いた。

 ……コイツも俺と同じ境遇なんじゃね? と。

 なんだかふわふわしているガス状の紫色の般若。しかし顔はビビりすぎて――いやそれでもやっぱり怖い。

 しかし何だか小動物のような可愛さが、おかしなことにコイツにはあった。

 

「……なぁ」

「…………ゴォ?」

 

 震えている目の前のコイツは――ゴースだった。

 お前って驚かせる立場じゃねーの? 何で驚いちゃってるのよ。それに驚くじゃん。

 しかし、だ。

 

「……良かったら、俺と旅しないか?」

「…………ゴォ?」

 

 疑問符が浮かんでいるだろう返答が、同じように返ってきた。

 いやいやいや! こんな面白い逸材、放っておけるか!

 幽霊ビビりっ子だよ。これ一種の萌え要素。顔なんて関係ない。むしろ成長すれば可愛くなるよ!

 なんとしても仲間にしてみせる――そんな思いが俺の胸の中に芽生えた。

 俺の巧みな話術で、仲間に引っ張りこんでやるぜ!

 

「お前、いつもそうやってビクビクしてるんじゃないのか? 人に対しても――他のポケモンに対してもだ」

「ゴォ……」

 

 若干震えながら、コクリと首を縦に振って肯定するゴース。

 ふっふっふ。そんなことだろうと思ったぜ。

 人間だけビビるってのは、人と過ごすことで初めて芽生える感情が多いように思えるからな。人と付き合いのない野性のポケモンでは、なかなかない例だろう。

 ということはコイツの本質がビビりだってことになる。若干あのヒノアラシと同じような部分を感じたしな。

 しかしこういった奴は、逆境にとんでもない力を出してくれるものだ。草食動物が肉食動物を返り討ちにするようなやつ。あれね。

 旅でも良い戦力になってくれるようにも思える。物理ならクロル。なら特殊なら、となるとこのゴースたん使えますよ!

 

「お前はそんな自分を変えたくないか……? より強い自分が欲しくないか……?」

「……」

 

 何だかいけそうな気がしてきた。あと一歩だ!

 

「俺と一緒になれば、ここにいる奴らどころか、もっと強い奴らに勝てるようになる。そしたら今みたいに、ビビることなんてしなくてもよくなるんだ」

「ゴォ……!」

 

 フィィイイッシュ! 喰い付いた!

 ゴースの目が輝かしく光る。その反応を待っていたのだよ俺は。

 内心であざ笑う。その様子に気付いているのか、何だか困ったように見てくるココロ。

 でも何にも言わないでくれるんだよね。本当にいい子です。

 

「よし、試しに他の奴ら倒しに行こうぜ!」

「……ゴォォオオ!?」

 

 俺の提案に、驚いたようにゴースは声を張り上げた。

 何事も実証してみないと信じないよね。

 

 

 

 




はい、お久しぶりです。
ちょいちょい更新していきます^^


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第十四話:キキョウシティ②

 ゴースを引き連れてマタツボミの塔を登る。

 途中坊さんたちと出会ったが、ゴースは一瞬で隠れてしまい、ココロが彼らのマタツボミと戦闘して勝つとまた出てくる、ということを何回も繰り返していた。

 本当にコイツ大丈夫なんだろうかと思いつつも、塔を登ること二十分ぐらい。

 

「さて、あそこにお前と同類のポケモン、ゴースがいるな」

「ゴォォ…………」

 

 いや、せっかく同類とエンカウントしたのに、直後に俺の後ろに隠れるとか。

 ビビりすぎだろ。まあ、そこがいいんだけどな。

 でもでも、少しぐらいは見栄張るぐらいの頑張りを見せて欲しいね。

 俺はゴースの体(といってもガス状だから貫通)をさわさわするように手を突っ込んだ。

 その直後、何かを感じたのか大きな声を出して目の前にいたゴースに突っ込んでいったビビりゴース。

 

 ――――今、戦闘の火蓋が切って落とされたのだ!

 

「GoOOooOoos……」

「ゴォォォオオォォ!?」

 

 既に威嚇で負けてますやん。半狂乱ですやん。

 ていうか後ずさりしない。俺の顔にその体を覆うガスを近づけない。一応有毒なんだからなそれ。

 その後を見守るものの、どういう訳かこう着状態に入った。にらみ合いが続き、片や殺気を迸らせ、片や後ろからでもわかるぐらいに震えている。

 展開が進まない。しかしずっとこのままこう着させるのも、なかなか酷というものだ。

 ……そうだな。こういう時はこの子の出番!

 

「ココロ。アイツの援護するぞ」

「ブイブイ!」

 

 俺の言葉に大きく反応し、ココロが震えているゴースの隣に躍り出た。

 イーブイのココロが現在覚えている技は基本ノーマルタイプのもの。

 そしてお得意の砂かけは、ここが塔であるので使えないし、まず相手の特性が浮遊。浮いている相手に地面タイプの技を当てるのはある場面を除いて不可能だ。

 しかしここでココロを出す理由。それは――――

 

「出来るだけ気を引いとけ。大丈夫、アイツの攻撃はお前には通らないから」

「ブ~イ!」

 

 そうしてココロは鳴き声を出したり、時には近づいたりしてゴースを煽る。

 睨み合っていたゴースは意識をココロに移し、すぐさま攻撃を開始する。

 と、いっても現段階での奴の主戦力は『したでなめる』の一択。『さいみんじゅつ』もあるが、命中率は低いし、当たって寝たとしてもダメージを喰らわせる技は一切ない。

 つまりノーマルタイプの攻撃が相手に喰らわない代わりに、相手の攻撃もまたココロには通用しない!

 さて、ここで問題だ。ココロのかく乱に気が向いているゴースさんに対し、ビビりゴースさんが『したでなめる』とどうなるでしょう?

 

「よしゴース。後ろからアイツ舐めて攻撃だ」

「ゴォォオオオ!?」

「卑怯じゃないの!? なんてことはない。誰が野性の戦闘で一対一の戦いが正当だと決めつけた?」

 

 それは正式なポケモン勝負。ジムとかトレーナー同士との正々堂々としたルールにのっとったバトルの時な。

 野性の戦闘にルールなど、無いに決まってるじゃないか。

 元よりココロは、野生のポケモンに奇襲させて経験値を得るスタイルだ。つまり最初っから野性の戦闘じゃ俺はちゃんとした行動をとってなんかいない。

 

「ブイッ……!」

「……GOOooOoo」

 

 ココロがちょこちょこ動きまわる。敵のゴースはその動きに翻弄され、また元がガス状で細かい動きが出来ないのか、その場にとどまって動く気配はない。

 ビビりゴースにとっては、またとないチャンスである。

 

「さぁ行け。お前が成長するための糧なんだよ、アイツは」

「ゴ、ゴォオォォ……」

「何も心配することはない。ただアイツの後ろにこっそり近づいて、そっと舐めてやるだけだ。……言ってみれば、これはお前のためでもある。アイツを倒すことで、お前は自信を持つことが出来、そして一段と強くなれるはずだ」

 

 まるで悪魔のささやきだな、おい。否定はしないけど。むしろ全力で肯定するけど。

 しかしコイツを弄るの楽しすぎる。もう一種の娯楽じゃないのか?

 そしてもう一つ。この子を強迫観念に追い込むとどういった行動を起こすのか気になりすぎる。

 なかなかあと一歩が踏み出せないビビりゴース。しかし俺は、もうやめさせる気などさらさらなかった。

 最後まで徹底的にやらす。これは確定事項だ。

 

「ここで行かなきゃお前は一生日陰者だ。元から影なのに、より影になって存在すら分からなくなる、そんな薄汚い存在になるんだぞお前は。そうはなりたくないだろう? なら行くんだ。行くしかないんだよガス野郎。これは決して姑息なことじゃない。勇気を振り絞るために必要なことなんだ。だから――――さっさと突っ込めっ!!」

「ゴォオオォォ、ゥゥ……!」

 

 泣きながらビビりゴースちゃんは長く大きな舌を出して、目の前の敵に突っ込んでいった。

 

 

 

*****

 

 

 

 あれから若干錯乱状態となったゴースは、ぽろぽろ出て来るゴースを見境なく攻撃し、新しく覚えたナイトヘッドを打ち込んで二十六体目の同士を打ち倒してから、ようやく意識を取り戻した。

 周囲に残るはゴースのようなもの。今ではただの黒い霧と化している。

 そんな惨劇を目の当たりにし、そしてそれが自分の行為によるものだと認識したビビりゴースは、再びおいおいと泣き出してしまった。

 ……しっかし、こりゃ予想以上だぜ。多分今ここにいるゴースの過半数以上をガスに戻したんじゃね?

 まあゴースって、序盤はノーマルタイプ多いからレベル上げ難しんだよな……。

 なら結果良しだろう。

 

「ゴース……お前はよくやったよ。お前はそこら辺の有象無象より強いってことが、今を以って照明されたじゃないか。それだけで十分じゃないか?」

「ゴォォォ……」

 

 でもねぇ……みたいな感じに、何か許しを乞うているようなビビりゴースの姿に、何故か胸キュンした。

 顔はあれだけど、やっぱりコイツ天性の才能の持ち主だと思う。

 

「ゴース――いや、ビビ。お前の名前はビビだ。よく覚えておけ」

「ゴォ!?」

 

 突然名前を名づけられてびっくりした様子のゴース、もといビビ。

 もちろんビビりゴースからのビビですよ。可愛い名前だし、ビビりゴースよりは断然いいと思うんだ。

 まあそれは置いて於くとして。

 落ち込んでいるこの子を励ましてやろうじゃないか。

 

「ビビ。あれがお前の隠された力なんだ。俺はお前と出会った時にそれを一瞬で見破った。そしてお前は十分に俺の期待に応えてくれた。言ってみれば、お前と俺とのコンビネーションは完璧だったんだ」

「……」

「俺ならば、お前の力を十二分に発揮してやることが出来る。そしてお前をより高みに連れて行ってやることが出来る」

 

 無論、嘘八百ですよ。ただ面白さ追求で君に一目ぼれしました。

 そうしてじっとビビの大きな瞳を見つめていると、照れくさそうにぷいっと不意に眼を逸らす。

 ……お前、その顔じゃなかったら危うく惚れてたよ。百点満点だぜその反応。

 恥ずかしがり屋で臆病だとか、なんて俺得な性格してんだよ。しかも弄れば面白いし、いいとこどりすぎるだろうが!

 仲間にするには性格も戦力としても合格点です。

 

「んじゃ決めてくれ。これからどうするのか、二択で選ばせてやる」

「ゴォォ……」

「俺の仲間になるか、俺のお遊び道具になるか――どっちだ!?」

「…………ゴォオオォオォオオオ!?」

 

 無事に仲間にすることが出来ました。

 ココロに呆れ顔で見られたのは言うまでもない。しかしその表情もまたいいのも、言うまでもなかった。

 

 

 

 

 




ゴースのビビが仲間になった!


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第十五話:VSハヤト

 

 次の日、俺とココロ達はキキョウシティのポケモンジムを訪れていた。

 ……ん? 塔の続き? んなもん、ビビとココロが圧倒的な力で全部ばったばったと倒してくれましたよ。

 上にいた偉い坊さん――ホーホー出してきた時は少しがっかりした――とか、その取り巻きやらも無論大丈夫でした。ていうかココロの体当たりで一発って、こっちがレベル高いのかあっちが弱いのか少し気になるよな……。

 生憎『レベル』なんて概念のないこの世界じゃ、今どれぐらいの強さかはバトルの中で見て判断する必要がある。

 まあココロは、そこらへんの野性と比べて、ずば抜けて素早く攻撃力もある。それは旅を始めてすぐに分かったことだ。

 しかし驚いたのはビビの方である。ココロと同じぐらいに動けるのに加え、臆病なこともあってか、なかなかに素早い。

 ナイトヘッドは自分と同じレベル分、相手に喰らわす攻撃。ビビはこれで敵を、ほぼ確定二発分で潰す威力を持っていることから、ココロとそう変わらないぐらいの強さになっているのかもしれない。

 予想外ではあるが、嬉しい誤算だ。

 あそこで狂乱という名の殺戮を許しておいてよかった。

 ……俺としてはな。

 黒い霧に慣れ果てたゴースさん達には可哀想なことをした。

 

「さて、いよいよ最初のジム戦だ。気合い入れていくぞ!」

「ブイ!」

 

 俺の掛け声に、勢いよくココロは鳴き声を出した。いい意味での緊張が、彼女をそうしているのだろう。

 腰に付けているモンスターボール入れの中も、俺の声を聞いてフルフルと震える。入っているポケモン達が俺の声を聞いて呼応してくれているに違いない。

 静かに揺れているのは右端に付けているボール。

 入っているのはワニノコのクロル。真面目でクールな奴なんだが、戦闘に関しては多分このメンバーの中で一番やる気と根気がある。真面目な性格が功を成しているのだろうか。

 左端に付けているゴースのビビが入っているボールは、クロルの奴と比べて相当震えている。予想通り初めて訪れるジム、それどころか見知らぬ人やポケモンがいる場所にビビっているに違いない。

 今回、基本的にポッポを使ってくるここキキョウシティのジムでは、ゴースの攻撃は通らない。ノーマルタイプが飛行タイプと付随してくるからだ。なのでビビには『さいみんじゅつ』でかく乱してもらう立ち位置になる。

 ルールは挑戦者のみ入れ替えOK、というのは公式なジムでの基本ルールらしい。『さいみんじゅつ』で眠らせた後、手持ちの二匹どちらかに交代、というスタイルでいってもいいだろう。

 まあしかし、別にそこまでビビの『さいみんじゅつ』に頼らなくとも、クロルやココロがいればいけるだろうよ。

 

「さあ、行こうか!」

 

 格好をつけたような台詞を吐きつつ、俺はジムの門を開いた。

 まあ門じゃなくて、実際は自動ドアなんですけどね! 俺開けちゃいないんだけどね!

 中は……まあ普通に道がある。道の両隣にはゲームで良く見るポケモンの銅像があった。

 その片方を感慨深く眺めつつ、俺はさっさと奥に進もうとした――――

 

「おーっすトレーナー! 俺を忘れちゃあ困るぜ!」

 

 ……ふう。出来るだけ見ないように、していたんだけどなぁ。

 声を掛けて来たのは、見ていなかったもう一つの胸像近くに立っていたおっさん。サングラスかけた奇妙なおっさんだ

 もうオーラを感じるんだよな。めんどくさそうな奴特有な熱いオーラを。

 

「おいおいおーい! 無視しないでくれぇ! これでもこっちから話しかけるの珍しい方なんだからな!」

 

 さっさと行こうとしたが、道を遮られてしまった。

 ゲームだったら、普通にすっ飛ばしていってたんだけど。

 だって興味ないし。おっさんに興味なんてわかないし。

 俺が求めるのは可愛い子と可愛いポケモン、その他必要なものと親しい者だけだ。

 

「まあ少しぐらい話聞いてってもいいじゃないかぁ! こう言っちゃなんだが、ジムリーダーの情報とか教えてやることが出来るんだぞ!」

「飛行タイプのハヤト。手持ちはポッポ二体にピジョン一体。飛行タイプには電気、氷、岩の攻撃が有効。特性の鋭い目はすなかけや煙幕などの命中率を落とす攻撃を寄せ付けない」

「……そ、そうだな。その通りだ」

「それでは」

 

 完全にポカン状態になったサングラスのおっさんを置いて、俺は先を進んだ。

 ……あらら、危惧してたことが起こってた。

 やる気になってたココロが熱気に充てられてドヨンとしてる。せっかくやる気マックスで入ったのに、あの雰囲気に呑まれて興が一気に削がれちゃってるじゃんか。

 大丈夫かなぁ、と少しだけ不安になりつつも、道なりに俺たちは進んだ。

 

 

 

*****

 

 

 

「クロル! かみつく!」

「……ッ!」

 

 鳥つかい君たちとの戦闘。

 確か二人ぐらいじゃなかったっけ、と思いつつも日によってジムトレーナーの人数が違うのか、今日は三人いた。

 そして鳥つかいって、なんか青いレオタードみたいなもん来てるのかと思ってたんだけど、なんか普通に私服だったり。

 今戦ってるツバサ君もその一人。かなりラフな格好で戦っている。

 しかし扱っているポケモンはポッポとオニスズメだけなので、どうにかなりそうだ。

 

「ッポ……!?」

「ポッポ! ひるむんじゃない!」

 

 クロルのかみつくが成功し、追加効果でポッポが体を震わせて行動できなくなっている。

 序盤のかみつく、結構強いよな……。てか威力六〇の時点でワニノコの水鉄砲と威力変わらないし、なおかつ怯み効果もある。元の攻撃力もあるし、かなりのダメージソースとなる技だ。

 

「もう一度かみつけ、クロル!」

「ポッポ! かぜおこしだ!」

 

 俺の指示で飛び出すワニノコ。だが素早さはどちらかというとポッポの方があるようだ。しかしそれでも、差分は殆どない。

 怯みから立ち直ったポッポは素早く飛び上がり、かぜおこしで重い風圧をクロルへ浴びせる。小さい体は考えられないぐらい、その風は鋭い刃のように感じる。

 しかし真面目な性格なクロルは、めげることなく風の中へ特攻する。後ろからでも伝わる不屈の闘志。

 そして風の包囲網を突破し――ポッポめがけて、口を大きく開けて飛びかかるっ!

 がぶっと大きな顎でポッポを一噛みすると、甲高い苦しそうな声をあげた。鋭い牙が羽毛の内側に入り込み、直接ダメージを与える。

 さっと交差するような形で、かみつくを終えたクロルは地面に着地した。

 ……次の瞬間。力を無くしたようにポッポは体を若干揺らした後、どさっと地面に崩れ落ちた。軽く息は出来ているが、かなりのダメージが蓄積しているのは一目瞭然。

 

「……行けよ。ハヤトさんが待っている」

「ああ。早めにポケモンセンターに連れて行ってやってくれ」

 

 クロルをボールに戻し、そうして鳥つかいのツバサ君の後ろに続く道を進む。

 悔しそうな、それでいてポケモンを傷つけることになってしまって悲しそうな、そんな悲痛な面持ちを通りすぎる時に確認出来た。

 ポケモンの鍛錬を行い、衣食住も共に過ごしてきたのかもしれない。だから、こうして勝負に負けて自分のポケモンが破れるのを見て、途轍もない絶望感を味わったんだろう。

 俺も下手をすればそういった場面を目の前で味わう可能性がある。

 

「負けられない、な」

「ブイ」

 

 俺のふと零した言葉に、後ろに付いてきていたココロは小さく声を出した。

 小さいながらも意志を感じ取れるその返事に、思わず笑みを浮かべて振り返る。

 若干強張った表情を見せるココロだったが、俺の顔を見てるうちに、自然に笑みを浮かべ始めた。

 多分俺とココロ、初めてのジム挑戦に緊張に呑まれている節があったに違いない。

 だけど彼女を見ていたら、今までの緊張していた自分が途端に馬鹿馬鹿しくなってきた。

 俺たちはチームで戦うんだ。互いを信頼し、互いを認め、互いを盛り立てる。こっちが焦ってちゃ、ココロやクロル、それにビビに至っては動けるかどうかも怪しいだろう。

 あくまでも普段通りに。

 しかしその中で、程よい重圧(プレッシャー)を自分にかける。

 

「……着いたな」

 

 道なりに進んでいると、大きく開けた場所にたどり着いた。外は真っ青――つまり屋根はなく、心地よい風が吹き込んでいる。

 ジムは大きく、全貌を把握することは外では出来なかったが、まさかこうしたスタジアムのようなものがあったとは気づきもしなかった。

 そんな広いスタジアムの中心より奥。

 そこには青い独創的な袴を着て、腕を組んでいる一人の好青年。キキョウシティのジムリーダーたるハヤトが悠然と佇んでいた――。

 

「君が今回の挑戦者だな。報告を聞くには、正攻法でありながらもポケモンの扱いが上手い、と。なかなかに優秀なトレーナーのようじゃないか」

「ジムリーダーのハヤトさんにそう言って貰えると、俺としてもうれしいです」

 

 距離としては十メートルぐらいだろうか。そこまで近づいて立ち止まった所から、ハヤトは不意に話しかけてくる。

 報告、というのはここまでに戦ったジムトレーナーたちのものだろう。なるほど、ジムトレーナーはただのジムリーダーにたどり着かせないための邪魔する役目以外にも、ジムリーダーの有利となる情報を流す、そういった役割もあったのか。

 そうとなると、俺の手持ちはバレているのだろう。先ほど戦ったワニノコのクロル、俺の後ろをついてきているイーブイのココロ。

 まだ出してはいないゴースのビビはバレてはいないだろうか、今回においては戦力になるのは難しい。

 まあ役には立つことは可能だがな。いや、それどころかコイツのいる居る居ないで勝敗が変わってくるかもしれない。いわゆる今回のキーマンだ。

 

「しかし俺は負けられない。それはジムリーダーとしてでもあり、父の意志を継ぐ者としてでも」

「俺も負ける気など更々ありません。今日は勝つためにここまでやってきました」

「……っふ、良い目をするね。戦う前からこれほど高揚した気持ちになるのは久方ぶりだ」

 

 微笑むハヤト。しかし次の瞬間、キッと視線を鋭いものへと変える。表情は精悍なものとなり、纏う雰囲気も近寄りづらいものになっている。

 これが、ジムリーダーの貫録か。

 地方にたった八人しかいないポケモン種族別のスペシャリストの一人。そんな彼に、俺は挑むのか。

 

 ――楽しみだ。戦いを前にこれほど興奮するなんて、自分自身知りもしなかった。

 

 隣に立つココロも、余裕そうな表情を浮かべている。さっきまでは緊張によって少し不安そうな面持ちも窺えたのだが、今は違う。心から戦いを楽しみにしているように思える。

 気が付くと、俺とハヤトさんの間近くに、レフェリーらしき人が立っていた。胸に輝かしい何かしろのバッジを付けている。

 

「ポケモンリーグから派遣してもらっている審判だ」

「シンジです。よろしくお願いします。今回のポケモン勝負のルールは挑戦者のみ入れ替え可能の勝ち抜き戦。出せるポケモンは三体。どちらかのポケモンが全てダウン、並びに棄権などで勝敗を期します。よろしいでしょうか?」

「……それで構いません」

「はい。それではトレーナーズカードを拝見させてもらいます」

 

 まさか出せるポケモンの数まで制限があったことには驚いたが、どっちみち手持ちは三体。問題はない。

 シンジさんにトレーナーズカードを見せる。数秒ほど眺めたのち、「ありがとうございます、ジュンイチさん」と会釈した。そしてすぐに、審判はその場から距離を離し、見えやすい位置に留まる。

 それを確認してから、ハヤトは独特な衣装からモンスターボールを取り出した。

 続いて、俺も腰のベルトにつけてあるボール入れの右端のモンスターボールを展開し、手のひらで握れる大きさにする。

 

「基本、僕のポケモンは父譲り。しかし、だからこそだ。そんな尊敬すべき父の使っていたポケモンでやられるわけにはいかない」

「熱意は伝わります――ですが、今必要なのはそんな御託じゃないはずです! さっさと始めましょう、ハヤトさん!」

「ああ……そうだな。では――いざ舞おう! キキョウシティのジムリーダー、ハヤトが相手になる!」

 

 

 



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第十六話:VSハヤト②

 ハヤトの出したポケモンは、まずはポッポ。順当だろう。

 しかし出すのは三体まで、というルールだ。ゲームではコイツの他にはピジョンしか見なかったが、もしかしたらそいつら以外に別の奴がいるかもしれない。

 一番来てほしくないのはエアームドだ。ここジョウトで初めて生息が確認された鋼タイプの入った飛行ポケモンで、俺の手持ちの主力たるココロの技が全て完封されてしまう。

 ワニノコの水鉄砲、ゴースのナイトヘッドで太刀打ちは出来るだろうが、ポッポやピジョンと比べてまずポケモン自体の能力値が違う。序盤で太刀打ち出来るような敵ではないのだ。

 しかし今は戦闘に集中することにする。もしかしたらオニスズメのような奴かもしれないし、ヨシノシティで最近確認されたって父さんが言ってたスバメかもしれないからな。

 

「ポッポ、すなかけだ!」

「クロル、水鉄砲!」

 

 フィールドの下は地面で出来ている。

 なるほど、自分の手持ちの有利になるようなフィールド形成もジムリーダーの特権ってことか。

 そうはいっても、挑戦者は入れ替え出来るからプラスマイナスで見るとどちらでもないんだがな。

 クロルの放った水鉄砲は直線的に飛んでポッポに命中した。まるで消防車のホースから噴き出る水のような、細い激流がポッポを包み込む。

 ポッポもポッポで、水鉄砲が当たる前に砂を下側から砂を巻き起こしていた。少しは水に含まれて防いでいるものの、全てが全て巻いた砂を除けるわけではない。

 舞った砂を目障りそうにしながら、クロルは目を擦り始める。

 

「続いてポッポ! かぜおこし!」

「にらみつけるんだ、クロル!」

 

 ポッポがふわりと空中に舞う。狙いをクロルに定めていざ羽を振ろうとした――まさにその瞬間、体をぶるっと震わせた。

 こちらからでは目視出来ないが、ただならぬ雰囲気を感じることが出来る。ジムリーダーのハヤトもなんだかギョッとしているように見える。

 いつも後ろからだから確認はしてなかったのが……。

 ああ、見てはいけない顔をしている。俺はそう悟った。

 だがいつまでも怯えている訳にもいかないポッポはかぜおこしを開始する。轟ッっと大気を震わせ、クロルに風撃を浴びせた。

 しかし鋭い風を受けようともびくともせず、依然として立ち尽くすクロル。

 その姿に恐れおののいたのか、ポッポは中途半端にかぜおこしをやめてしまった。

 

「ポッポ! なぜやめるんだ! もう一度だ!」

「クロル、かみつくだ」

 

 動作が鈍っている。まるで蛇睨みされたようにポッポの挙動一つ一つが遅く感じられる。

 ポッポより素早さが遅いからって、ここまでギクシャクした行動をとるならばクロルの方が速い。

 かぜおこしで起こされる風も、若干威力が緩んでいる。クロルはめげることなくその中に突貫し、続けて素早く跳躍。

 大きな顎を開き、すれ違いざまにポッポに噛みつく――!

 すさまじい咬噛力に加え、にらみつけるの効果によって防御力の下がったポッポは、そのまま小さく唸り声を出してバタリと倒れた。

 反撃など許さない、圧倒的な一手。

 先ほどと形は変わらない。だが命中率を低くしようとしたりと、相手が如何にクロルの攻撃を避けようとしていたかはよく分かった。

 

「ポッポ、戦闘不能! ハヤトさんはポケモンを入れ替えてください」

「……なるほど。小細工は通用しないようだね」

 

 シンジさんの指示に頷きつつ、ハヤトはそう言ってポッポをボールに戻した。

 ボタンを押してボールを小さくし、袴の裾あたりに突っ込む。そこから続け様に出てきたのはスーパーボール。

 ……えっ! ジムリーダーってモンスターボールオンリーじゃないの!?

 俺が驚いたように目を見張る中、ハヤトは意気揚々と言葉を放つ。

 

「次の奴は僕が捕まえたポケモン。これで君のワニノコを倒して見せる!」

 

 そうしてスーパーボールを放った。弧を描き、地面にコンコンとバウンドして着地すると、ライトエフェクトを放ってボールが開かれる。

 中から出てきたのは――予想は違えど、ここジョウトで初めて見つかったポケモンたるハネッコだった。

 ……相性は最悪だ。そしてなおかつ、あちらの方が素早さが高いから先制されるのは必須。

 ただクロルはここまで来るのにかなりの戦闘を重ねて、体力自体残っていない。ここで一回入れ替えたとしても、その替えたポケモンが出てくると同時に攻撃される。なおかつ体力の低いコイツを残しておくのも得策とは言えない。

 入れ替えるのは、現状では考えられなかった。

 

「すまない、クロル。最後まで戦ってくれるか?」

「……ワニ」

 

 俺の言葉に、小さく肯定を示す声を出したクロル。

 言ってみれば、俺はクロルに対して負けて来いと仄めかしているのと変わりない。それほど、残酷な言葉を投げかけている。

 でもクロルはそんな俺の言葉に異も唱えず、ただ従順にしたがってくれた。

 ……絶対に負けられない。

 もう一つ、絶対に負けることの出来ない理由が出来た。コイツの頑張りを、無駄にすることなんて出来ない。

 

「勝負再開!」

「クロル、にらみつけるだ」

「やどりぎのたねを植え付けろ!」

 

 シンジさんの発言を聞いてすぐ、俺とハヤトさんは各々のポケモンに指示を出した。

 クロルの睨みつける攻撃に、若干体を震わせたハネッコだが、すぐに命令通りにやどりぎのたねを放った。

 命中率は高くはないものの、なかなか外すことの少ない技の一つでもある。ポポッコの草の付け根部分からツタついた種のようなものがクロルに飛来し、彼の体にまとわりついた。

 瞬間、種が開かれてツタが展開される。そのままクロルの全身をしめつけるように絡まっていく。

 そして数秒後――ガクッと、クロルはこらえ切れず膝をついた。

 もう既に限界が近かったのだろう。息は途切れ途切れだ。これでは『かみつく』行動を取らすこと自体難しそうだ。

 

「ハネッコ、しびれごなだ」

「かわせ、クロル!」

 

 それを喰らっては完全に勝敗が決する。避けるように指示するが、体力が少ないせいなのか、動きが先ほどより鈍い。

 風と共に舞ってきたしびれごなを避けることが出来ず、思わず吸ってしまうクロル。次の瞬間、ビクッと少しだけ痙攣して体を大きく固まらす。

 続いて寄生木の種がツタをつたい、クロルの体力を吸っていく。再び膝をついたクロルはなんとか踏ん張ろうと努力するが、今にも崩れ落ちそうだ。

 

「……シンジさん。もう戦闘不能で構いません。ポケモンを入れ替えてもよろしいでしょうか?」

「そのポケモンはもう出せなくなりますが、構いませんか?」

「はい。勝敗はもう決してますので」

 

 これ以上何をやっても悪あがきだろう。素直に俺はクロルの負けを認めた。

「ワニノコ、戦闘不能!」という言葉を聞いてから、ハヤトはハネッコに指示してツタを外させた。

 解放されると、そのままドシャっと地面に倒れ込んだクロル。最早根性で地面に立っていたのだろう。

 可愛そうなことをさせてしまった。悔やみつつも、今はボールに戻す。言い訳なら後でまた出来る。それで許してもらえるかは分からないが。

 

「ココロ。クロルの(かたき)、取ってくれるか?」

「……ブイ」

 

 俺の問いかけに冷ややかな声を出して返事したココロは、後ろから俺の横へと歩み出る。

 ちらっとこちらを見る。表情からはやる気のようなモノを感じ取れるが、実際はそうじゃない。

 相手をいかにして叩き潰すか。それのみを思う、悪女のそれになっていた。

 俺も初めて見た。しかし俺の驚きには反応を示すことなく、そのままバトルフィールドへと躍り出る。

 俺の心の機微すら分からないほど、余裕がないのか――

 ――いや、実際には気付いているのかもしれない。ただ隠すことを躊躇わなかった。

 ココロはそれだけ、今目の前にいる敵に怒り心頭している。

 

「試合再開!」

「ハネッコ、やどりぎのたね!」

「躱せ、ココロ」

 

 命令すら無視するぐらい頭に血が上っているのかと思っていたが、俺の指示通りに飛来してくるツタのついた種を華麗に避ける。

 冷静に、なおかつ怒っているということか。

 一番怒らせたくないタイプだ。

 

「ココロ! 一気に距離を詰めてたいあたりをお見舞いしてやれ!」

「ハネッコ、タネマシンガンで迎撃だ!」

 

 まだ技を二つしか出していなかったハネッコが、初めて攻撃技に移る。

 ハネッコは頭についている草の付け根辺りから、やどりぎのたねと同じ要領で種を飛ばす。

 しかし量や速度が桁違いだ。直進するココロ目掛けて、容赦なく、技の名前通り種の銃弾を降り注がせる。

 

「……」

 

 そんな中でも、ココロはよく見ていた。

 簡単な体の動きで高速で飛来する種の数々を、ぎりぎりで避けていく。

 スピードはそのまま。軽やかなステップで全ての種を避けると、一気にトップスピードになり、距離を詰める――!

 

「避けろ、ハネッコ!」

「逃がすな! 上に飛ぶだろうから先回りしろ!」

 

 ふわふわ浮いているハネッコだ。こうして回避行動は上に昇るのが得策だとハヤトも思っているのだろうが……甘い!

 木々が複雑に生い茂った、足元の悪い土地で生きてきたココロ。その脚力は並みではなかった。

 ふわりと浮かび始めるハネッコを遥かにしのぐ勢いで跳躍したココロは、悠々と敵を上回る距離まで跳躍する。

 思わず目を見張ったハヤトの顔が、何とも滑稽だ。

 びっくりしているのか、動きが泊まったハネッコ。ココロは体を前かがみにし、ゆるやかにハネッコ目掛けて落下する。

 可憐に舞うココロに誰もが目を――刹那。

 当たる直前に尻尾をハネッコに向け……一気に叩きつけるッ!

 

「……すげぇや」

 

 ポツリと声を零した俺。

 鈍い音がバトルフィールドに木霊した。その後、ハネッコが大きな音を響かせて地面に叩きつけられた。

 続いてココロが音もなく地面に着地する。そしてくるり、とハネッコに一瞥もくれずに、静かに俺の近くまで戻ってくる。

 一撃だった。ハネッコは目をぐるぐると回して地面に倒れたままだ。

 こえぇぇぇ……。ココロさん、こえーよ。お主やりおるな……。

 久しぶりだよ、こんだけ背筋凍えたの。

 てか『たいあたり』じゃなくて、『たたきつける』になってませんでしたか? まあいいんですけどね、倒すこと出来たし。

 意見を出す気にもなれない――ていうか、出来ない。

 

「は、ハネッコ戦闘不能! ポケモンを入れ替えてください」

「チィ! 戻れ、ハネッコ!」

 

 ポカンとなっていたシンジさんの指示を聞いて、ハヤトさんはハネッコをスーパーボールに戻した。

 その顔はなかなかに歪んで見える。まあ確かに自分が捕まえて育てたポケモンが、これほど簡単に打ちのめされちゃ、たまったものではないでしょうね。

 まあ俺自体、かなり驚いてるんですけど。

 ここまで強かったとか。今まであれで手加減してたのね……。

 

「いけ、ピジョン!」

 

 ハヤトが最後に出したのは、予想通りのピジョンだ。

 ここはかなりいきり立っている――傍からはそう見えないだろうが、俺に分かる ――ココロを出しとけば勝てるだろうが、少しクールダウンさせたいのもやまやまだ。

 あまり良い感情で動いているわけではないのに加え、いつ暴走して厄介なことになるか分からない。これからの旅でも、こうした場面に遭遇する可能性は十分にある。同じようなことをされては、大きなミスを犯す羽目になってしまうだろう。

 と、なると……。

 

「ココロ、少し下がれ。ビビを出す」

「……」

 

 俺の指示に従おうとせず、バトルフィールドから離れようとしないココロ。

 あくまで戦闘の意向には従うか、下がることはもってもほか、ということか。

 ココロらしくない、な。

 

「――――下がれ。俺は、そう、言っているんだ」

「……っ!?」

 

 自分でも驚くぐらいに底冷えした声。

 びくっと体を震わせて、ココロは振り返って俺の表情を見た。

 どんな顔をしているかは分からないが、ココロが少しおどおどしているのを見ると、あまり見せられないものになっているのかもしれない。

 しかし引くことはなく、俺はココロの目を凝視した。

 結果、その後すぐココロは俺の元に帰ってきた。そしてすぐ、後ろの方に行こうとする。

 

「今は俺の隣にいろ」

「……ブイ」

 

 かなり気落ちしたような声を出して、俺の近くにトコトコと歩いてきた。

 それを確認したのち、ボール入れの左端に入れてたモンスターボールを展開。放り、ゴースのビビを出した。

 ビビの姿を見た瞬間、少しだけハヤトがニヤッとしたのを確認した。俺が属性のことを知らない、甘ちゃんだと思ったのだろう。

 しかしそれはそれで、こちらに有利なことではある。

 

「いいですか? ……それでは、試合再開!」

「ピジョン、かぜおこしだ!」

「ビビ、のろいだ!」

「ゴォオォオオオオ!?」

 

 え? 私をここで出すの!? みたいな声を出すビビだが、すぐさま行動を開始する。

 素早さは圧倒的にビビの方が高い。何やらガス状の槍を作り上げると、それを自らの頭上に突き刺した。

 小さく声を漏らすビビ。そんな中、ビビの元にピジョンのかぜおこしが発動した。

 凄まじい風に流されそうになるビビ。しかし奴は、こうした逆境に強いことを俺は知っている。

 ある程度風を流した所で、ピジョンのかぜおこしは止まった。

 ……いや、止めざるを得なかったというのが正解か。

 ピジョンは小さく呻いて地面に降り立ち、体の痛み我慢するように目を細めた。

 

「ピジョン!? ……なぜだ。ゴーストタイプの技は通らないはず!?」

「残念ながら、この技は少々特殊なんだ」

 

『のろい』はポケモンシリーズにおいてもなかなか稀有な技だ。ゴーストタイプとその他のタイプで能力ががらりと変わるからだ。

 ゴーストタイプが使えば、それは『呪い』になる。しかしその他のタイプなら『鈍い』……つまりニブい、というものになる。

 この技のタイプ属性はそのため???だ。分類することは出来ない。

 だからこうしてピジョンに通る。『くろいまなざし』や『にらみつける』などの能力変化やその他に関係するものも、意外に攻撃では通らない相手でも技が通ったりする。

 まあ『にらみつける』は、どんな奴だって効果あるように思えるしな。『なきごえ』も然り。

 

「ビビ! 辛いだろうが、頑張ってくれ! さいみんじゅつだ!」

「……ゴ、ゴォォォオオ!」

 

『のろい』によって減ったHPに加えかぜおこしのダメージも蓄積しているが、ビビはここぞで発揮する気力をもって、催眠術を発動した。

 動きが鈍っている相手に催眠術は見事に成功し、そのままうずくまる形でピジョンは眠る形になった。

 

「なっ!? ピジョン、目を覚ませ!」

「ご苦労さまだビビ。戻ってくれ」

 

 ハヤトが必死に声をかけて起こそうとするものの、痛みに堪えるような形で眠るピジョンを起こすことが出来ないでいた。

 

「ココロ。後はアイツをやってこい」

「ブイ……」

 

 ひどく落ち込んだような声でココロは従った。

 交代して前へ出るも、ピジョンは未だ起きる気配がない。交代を確認したシンジさんを見て、俺は「たいあたり」を指示した。

 動きはぎこちないものの、動けない相手に当たらないことはない。

 ココロの体当たりは見事にピジョンに命中し、そのままうずくまったままピジョンは地面に倒れた。

 

 初めてのジム戦。

 勝つことは出来たが、心残りが一つ出来てしまった――

 

 

 




※エアームド・ハネッコがジョウトで初確認、と書いてありますが、それは二世代目のここジョウトで初めて出たポケモンなのでそう書かせてもらいました。
※のろいとか実際そうだったかうろ覚えです。間違えてたらご報告を。
※作者は基本、ちょっとした仲たがいは必要だと思ってます。にゃんにゃんするだけがいいんじゃないんです!(反論は認めます)
※初めて6000字いきました。分割しようと思いましたが、もったいないのでこのままでいきました。


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第十七話:反省会

「よぉしお前ら反省会するぞー」

「ワニ」

「ゴォ?」

「…………」

 

 夜。少し気まずい夕食を摂った後、俺たちはある一室にいた。

 ポケモンセンター内に存在する宿泊施設。大体が二人で共有するこの部屋だが、今日は人が少ないのか、俺だけの貸切状態になっていた。

 そんな中、俺はポケモン達を外に出して、口頭に出した通り、今回のジム戦での反省会を行うことにした。

 ジムではバトル後、すぐハヤトさんがバッジをくれた。それはポケモンリーグの派遣審判、シンジさんも確認してくれ、俺は正式にバッジ保有者となったのである。

 ……まあ、そんなことは今どうでもいいのだ。

 

「とりあえずクロル。お前今日百点満点。この調子で頼んだ」

「……ワニ」

 

 恐縮です、とでも言わんばかりに、深々と礼をしてくるクロル。

 そういう反応、実にお前っぽいと俺は思うよ。しかも似合ってるし、何だかすごくかっこいいです……。

 ていうかむしろ、俺の方が悪かったんだけどね。クロルはむしろ俺怒っちゃってもいいんだけど。突貫してこいとか、なかなかに酷い指示だったよな。

 しかしコイツ、多分そういった言葉は無視するんだろうなぁ……。

 とりあえず、双方とも何も無しということで次にいこう。

 

「ビビ。お前も良かったぞ。ビビりながらもいい感じだったな。最後はお前で取ったようなもんだ」

「ゴ、ゴォオオオオ!」

 

 私、感激です! みたいな感じで涙をぶわっと出しつつ近寄ってくるビビ。

 っちょ、おまっ! 有毒ガス! お前有毒ガスだから体が! ゴーストになってきてからスキンシップとってよねっ!

 嬉しいけどよ。だけど、今はとりあえずお預けしといてもらえる?

 これからちょびっと暗い雰囲気になるかもしれないからさ。

 とりあえずビビを遠ざけるために手のひらをヒラヒラすると、ビビがくすぐったそうにしながら部屋の端に移動した。

 ……そして今から、今回の反省会で一番重要な話し合いを始まる。

 

「んで、ココロ。お前は三〇点だ。今までのお前の行動の中で最低点だ」

「……ブイ」

 

 いつもピクピクさせている大きな耳は垂れ、尻尾も全く動くことがない。目線は地面にずっと向けられたままで、しょんぼりしているのがよく分かる。

 ただ今日のことを看破できるほど俺も人間出来ちゃいない。

 

「得点があるのは、ハネッコを倒す際に一応指示を聞いてくれてたところかな」

 

 俺がそう言うと、シュンと耳をより深く垂れ下げるココロ。

 まあこのまま終わらすことにはならないけどね。早めに切り上げようとは思うけど。

 

「悪い点の一つ目。まず怒りに呑まれて自分を見失った。今回、ハネッコに勝つことが出来たけど、同じように物事が上手くいくとは思うなよ」

「……」

「二つ目。お前は戻れという俺の指示を無視して強行突破しようとした。例えばだ。お前がさ、もしそんな行動を命の危険のある場面でするとしたら、俺たちの誰かが死ぬことになるかもしれない。まあ、確かに俺の指示がまともじゃない時があるかもな。だけど今回は違う。あれほど怒り狂っているお前よりは、冷静に物事を判断出来ていたと思ってる。それを無視した、その事実を俺は許せない」

「ブイ……」

 

 しょんぼりしてるココロにさらに追い打ちをかける。

 クロルもビビも俺のことを、少しだけ驚いたように見てきている。

 まあ一番かわいがってるのがココロだ。その彼女をここまで言うのを、あまり想像してなかったのだろう。

 しかし言っておかないと、また同じミスを繰り返す可能性は十分にある。これからいろんなところに行く上で、大切なことは守ってもらう必要がある。

 甘やかすだけじゃないんだ。重要なこと、守りごと、そういった全てを理解させる必要もある。

 

「言っておくけど、これはクロルやビビにも言えることだ。……分かるな?」

「ワニ」

「ゴォオオオオオ!」

 

 黙りこくっていた二匹にも、今言ったことの重要性を確認させる。

 ビビはもうびっくりするぐらいに顔をブンブンと縦に振っていた。現在俺がやってるように、ネチネチ言葉で言い寄られるのが嫌なのだろう。

 クロルもゆっくりと首を縦に振った。まあコイツは熱くなっても、かなり周りが見えてるからな。心配はあまりしなくていいかもしれない。

 そうしてもう一度、ココロの方に振り向いた。

 

「ココロ。もうこんなことはしないって、誓えるか?」

「……ブイッ」

 

 俺の言葉に、小さいながらも頼もしい声で答えたココロ。

 顔も下ではなく、既に俺の顔を見ている。その表情からは真剣さが見て取れ、猛省はしっかり出来ているように思えた。

 …………ふぅ。

 

 ――もう、いいよね?

 

「なら許す! もう俺は我慢の限界だ!」

「ブイ!?」

 

 俺は抱きついた。もう物凄い勢いでココロをガシッと捕まえた。

 だってさー。だってさー! ずっと落ち込んでいるし、俺だって怒ってますっていう示しを見せつけたかったんだもの!

 いっつもならじゃれてる時間帯も何も出来てなかったし! ていうか今日、半日以上ココロと触れ合ってなかったし! 

 禁断症状でるっつーの。これがあと何時間か伸びてたら、俺は発狂していたに違いない。もうヤバかったよ禁断症状出るところだった。

 俺の突然の行動にびっくりしたような声を張り上げたココロだったが、撫でられていく内になんだか瞳に涙が――ってぇ!

 泣いちゃってるよ。やっぱ意地悪し過ぎたかなぁ……。

 

「ごめんなぁ、ココロぉ。でもさぁ、やっぱり言っておかないといけない場面があるからさぁ」

「ぶい……ぶい……!」

 

 分かってるよ、みたいな感じに泣きじゃくるココロに、俺はもう何をすればいいか分からない。

 だからとりあえず撫でる。頭を撫でまくる。

 そんな様子をビビとクロルに呆れ顔で見られてしまった。さっきまでシリアス雰囲気だったのにね。いきなりこんなダメダメになっちゃってごめんなさい。でもさ、もう我慢の限界だったんだよ。許してちょんまげ。

 

「とりあえず、このままみんなで風呂入るぞ! 嫌とは言わせん! ……ビビは湯気と戯れような」

「ゴ、ゴォォオオオオオオ!?」

 

 そ、それは無いですよご主人様!? みたいな感じに声を出すビビさん。

 だって本当に無理じゃないですか。ていうかあなたが入ったらお風呂が有毒ガスを含んだ危ないものになっちゃうじゃありません? 無理なんですよ。

 そしてこんなやり取りを、クロルは静かに見守り、ココロは少しだけ笑顔を取り戻してみていた。

 やっぱり、今のような感じでいいのだ。

 シリアスなんて時々でいいんだよ。こんな平凡が一番である。

 とりあえず俺はココロを抱えつつ、風呂場に向かった。続いてクロル、最後に泣きそうな顔をしつつビビが後に続く。

 キキョウシティに用はもうない。明日からは再び冒険の日々が始まる。

 

「今日は早めに寝て、疲れとるんだぞお前ら」

 

 俺のそんな言葉に、みんなは素直に返事をしてくれた。うん、素直な子は嫌いじゃないぞ。

 

 

 

 



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第十八話:つながりの洞窟

「……オイ。これからどうすんだよ」

「フン……」

「フンじゃねーよフンじゃ。マジ何してくれてんだテメー」

「っちょ、馬鹿! やめろっ!」

 

 脛をゲシゲシ蹴られて猛抗議する赤毛の少年。この前俺がココロで圧倒しちゃった子です。

 現在地は『つながりの洞窟』。つまりここを抜ければ、もうすぐそこにヒワダタウンがある、という所まで来ている。

 エンジュの方に行くのは端からあきらめていた。どうせ「草タイプとでも……? ッハ!」とドヤ顔でウソッキーが待ち構えているに違いないからだ。

 実際、キキョウシティに居る時に色んな人が「変な木があってエンジュの方に進めない」という話をしていたしね。

 

「――って、いかん。ここで現実逃避したら駄目だろ俺……」

「とりあえず、こっちに進まないのか? 道はあるぞ」

「俺が進みたいのは、見るからに怪しいこんな洞窟の奥深くじゃねーんだよ!」

 

 頭が痛くなってきた。コイツ、ゲームじゃ神出鬼没だったけどさ、まさかこんなハードな流れを超えてきていたのか?

 ……うん。とりあえず、現状を整理しようか。

 この洞窟は、正しいルートを進めばヒワダタウンまで半日で着く、比較的整備の進んだ楽な道のりとのこと(なお、ポケセンで準備は万端)。

 実際順調だった。始まって一時間ぐらいは何事もなくエンカウントするズバットとかを適当にいなしながら進んでいたんだが――

 

『フン……お前か』

 

 途中でこの赤毛という名の『疫病神』を発見したところから、俺の苦悩が始まったんだよな。

 

「何を考えてるんだ? 間抜けな面して」

「さぁな。まあ別に、道をちょっとだけ塞いでたイワークを蹴って怒らせたあげく、手持ちのウパーの水鉄砲ぶっかけて驚かせて、進みたい道どころか帰りの道さえ落盤させてちまった、馬鹿野郎のことなんかこれっぽっちも考えてねーよ」

「……悪かったさ。でもなァ、もう過ぎたことだろう? 男ならクヨクヨ言うなっての」

「なあ、殴っていいか? 殴っていいよな? 殴るぞマジで!?」

 

 俺の拳が真っ赤に燃えて、勝利を掴めと轟き叫びそうな勢いだ。

 すぐにでも手を出してやりたい所だが、そんなことしてもこの先どうにもならないことは分かっている。それでいて、コイツと何日か分からないけど行動を共にする可能性が高い。

 あまり関係を悪くすることもないだろう。

 ああ、そうだ。俺の精神年齢は、コイツより何歳も上なんだ。ガキのすることなんか、いちいち気にする必要なんかないじゃないか。

 そうだよ、何俺までもガキみたいに突っ掛ろうとしてんだ。そんなことしたって意味なんか――

 

「さっさと行くぞ。いちいち遅ェんだよウダウダしてんじゃねェ」

「…………テメーは俺を怒らせたッ!」

 

 堪えてきていた怒りの臨界点が超えた。

 

 

 

*****

 

 

 

 その後ひと悶着した後、残された洞窟の奥へと続く道を、黙々と歩く俺と赤毛。

 道は暗くて何も見えないが、なぜか赤毛がカンテラを持っていたので、それで道を照らすことで何事もなく進めている。

 何だかこちらをチラチラ見てきているが、いちいち野郎の視線なんか気にする必要なんかないだろう。これがコトネさんなら、喜んで「何見てるんですか?」って笑顔で反応してやろうと思うのに。

 本当ならココロでも出して癒されたいところだが、生憎足場が悪く、足の裏が怪我してしまうかもしれないので、俺の勝手な判断からトンネル内では出すことがためらわれている。

 抱えて歩くことも出来るだろうが、何時間もいけるほどココロが軽くないのが残念なところだ――って!

 おいおいおいおい! ちょっと待って!

 ビビなら浮かんでるから、足場関係なくないか……?

 

「来いよお遊び担当」

 

 ベルト左端に付けていたモンスターボールを展開し、さっと放り投げる。

 ポンと開いて淡いライトエフェクトが放たれると、そこから出てきたのは、ガス状の黒い物体。

 

「……ゴォ?」

 

 目をしょぼしょぼさせつつ、少しだけ物憂げな様子を醸し出しているビビ。

 あら、もしかして寝ていたんですか? 俺がこんな大変な目に合っていたというのに?

 

「手で体かき回されたくないなら、何でもいいから面白いことしろ」

「……ゴォォォォォオオ!?」

 

 ようやくビビが覚醒したようで、俺の言葉に驚いたように声を放つ。

 早くも泣きそうになっている彼女は、慌てめいたように顔を左右に動かしながら、必死に何か面白いことを考えている様子である。

 この時点でホントは相当面白い。だけど、どんなことをしてくるのかもなかなか気になるところだ。

 よって何かするまで放置してみる。

 

 ――そして三十秒後。

 

「ゴ、ゴォォオ?」

 

 すげぇ不気味な笑みをうかべて周囲をくるくる回り出した。

 …………面白いというか、怖い。最初コイツに出会った時の感覚を思い出してしまった。

 最近じゃビビの性格からくる面白さを体感しまくっていた訳だが、これは思いの他ハズレだったようだ。

 だってさ。気付かないようにしてたけど、ゴースってポケモンの顔面偏差値、もう可哀想なレベルだよ。

 いくら性格重視と言ったって、ある程度人に見せられるもんじゃないとダメでしょ。

 まあ、せっかく無茶振りに付き合ってもらったんですし、一言申し上げないと。

 

「うん、結構面白かったぜ、ビビ!」

「……ゴォ?」

 

 そぉかなぁ? とまんざらでもなさそうに少しだけ照れるビビ。コイツ、ポケモン界じゃかなり騙されやすい性格ではないかと、将来が不安になるぐらいに信じ込んでいる。

 まあ喜んでいるなら、別にとやかく言う必要はないけどさ。あれを人前でやることのないようにしておかなければ……。

 そんなことを考えていると、視線がこちらに注がれていることに気付く。

 言うまでもなく、俺たちが変なことしている間も一緒に歩いていた赤毛だ。

 

「何やってんだお前」

「いや、スキンシップだけどおかしかったか?」

「おかしいに決まってんだろうが」

 

 訝しげな目でこちらを見つつ、そんなことを言う赤毛。

 まあ俺も、傍から見れば何やってんだコイツってなると思いますけどね。

 しかしおかしいということは分かったが、なぜか彼の視線が未だにビビへと注がれていることに疑念を覚えた。

 

「何見てんだお前。言っとくけどコイツはやらんぞ」

「そういうわけじゃねェ……。ただ、どこで捕まえたのか気になっただけだ」

「マタツボミの塔。お前も登ったんじゃないのか?」

 

 俺がそう言うと、ああ、と何故か嫌そうな表情を浮かべた赤毛。

 何かありましたっけと考えてみると、そういえばゲームの中で、坊さんに説教くらわされていたことを思い出した。

 まさかあんなことで? と赤毛を見つつ不可思議に思っていると、吐き捨てるように呟き始めた。

 

「フン……。あの塔を俺が登る時、ガスまみれで目が痛いの喉が痛いので困ったんだ……。坊さんに訊きゃ、バカみたいになんかのポケモン狩りまくる奴がいたせいだとか何とか、色々ほざきやがってたが」

「…………そ、そうか! ソレハタイヘンダッタナ」

 

 ふ、ふう! これはセーフ!

 どうやら俺たちの所業は見られていたようだが、個人の判定にまではいかなかったようだな! 危ない危ない!

 ビビも目をキョドらせながらも、必死に平常を保とうとしている。ここで俺がボロを見せる訳にはいかないよな。

 だけどさ、確かにあれはやりすぎた。正直に言って、気持ち悪いぐらいに紫色の楽園が目の前に形成されてたもん。

 あれ降りる時大変だったもんなぁ。

 

 ――いや、ちょっと待て。そうなったら一つ疑問が浮かんだぞ。

 

「お前さ、俺より先にヨシノシティ出たろ? 俺が塔にいった後にそのガス充満が起こったんだけど、お前どこ行ってたんだ?」

「……道の途中で入った洞窟が真っ暗で、出口がどこにあるか分からずに彷徨ってた」

「なるほど、お前らしいな」

 

 どうやら『くらやみの洞穴』に入ってしまい、色々ミスったぽいな。

 ていうかコイツ、実はドジッ子なんじゃね? 一体何なんだよ不良でドジッ子とか、女子じゃないと萌え要素一つもねーよ。男だったらただうざいだけじゃねーか!

 そしてお前が準備よくカンテラ持ってたのは、多分あの洞窟で迷ったからなんだろうな。

 

「オイ」

「ああ、なんだ?」

「これ」

 

 赤毛が止まっていたので、俺も考え事をしながらも無意識に止まっていたようだ。

 そして奴が指を差す方向には、透き通った水が見渡す限りに溜まっている、大きな湖があった。

 

 ――あれ? 道が、ない?

 

 これ、もしかすると詰んだんじゃない?

 

 

 

 



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第十九話:つながりの洞窟②

 

 午後八時。何とかしようとして何も出来なかった俺らは湖の前で現在、共に非常食を食べている。

 俺の手持ちは心許なかったものの、これまた準備よく非常食を持っていた赤毛に色々貰ったりしていた。

 ゲームじゃ手ぶらな印象の赤毛だが、オレの目の前にいる奴は大きなリュックを背負っている準備の良い奴である。

 なぜここまで原作にいる赤毛と、ここにいる赤毛が違うのか。

 いや、確かに似ている部分はあるんだ。だけどそれ以上に、なんか違う部分も目立っているというか、そっちの方が目立つというか……。

 

「……何見てるんだよ。さっさと食え」

 

 いつの間にかじっと見ていたようだ。不機嫌そうにそう悪態づき、顔を逸らす赤毛。

 なんだか、男子に慣れてない初々しい女子のような仕草に見えないこともないが、所詮気のせいだろう。

 だって男なんだもん。

 それとポケモン達への飯は、今は躊躇われている。持っている食料が少ないため、ボールでおとなしくしてもらう必要があった。

 ボールにいる時はエネルギー消費を少なく出来る、というのをこの前ポケセンにあったテレビで見た。つまりずっとボールにいれておけば、それなりに長い間飲食させずともよくなるということだ。

 ココロをめいっぱい愛でたいところだが、ここは我慢我慢。

 ちなみのゴースは空気中の塵を摂取して生きているようなのでご飯は不要。むしろ普通にポケモンフードを食べさせると、体から落ちて意味がない。

 

「それで、この後どうすんだよ。泳いで遠くに見える向こう岸まで行けってか?」

 

 俺は少し不機嫌そうな意味合いを込めて赤毛に言い放った。

 男ならウダウダ言うんじゃないとか言われたけど、俺はかなり失敗とかミスとか気にする性質でな!

 ……まあ、つまりはネガティブってことなんですけどね。

 

「……まあ、やることなければそれで行くかァ?」

「馬鹿じゃねーのお前」

 

 何コイツ冗談で言ったこと真に受けてるんだ。

 ふざけんなよ! もういっかい言うぞ。ふざけんなよ!

 俺は水泳なんか出来ないぞ! 純一時代でも、ビート版ありで二五メートル、途中から板を落として死にもの狂いで泳いだっていうのに……。

 チクショウ、目から汗が零れそうだ。

 

「冗談に決まってンだろ。なに本気で泣きそうになってんだ」

「冗談でも言っていいことと悪いことがあるぞお前……!」

 

 カナヅチじゃなくてテッパンって呼ばれたんだぞクソ野郎!

 この悲しみが他の誰かに分かってたまるもんか。居残り補習すらしたっていうのにこの仕打ちだなんて。

 

「湖を壁ぞいに歩けば、どっかに着くだろ。落盤したことは外でも話になってるかもしれねェし、レンジャー来る可能性もある」

「……そだな」

 

 やけに信憑性のあることを言われて、思わず相槌してしまう。

 しかし現在、ウソッキーによってキキョウからエンジュ、コガネに行く道がふさがれている今、こちらを通っていく人も多くなってきているのは間違いない。

 ならば落盤があったことを、ポケモンセンターに通報してくれている人もいるだろう。さすればレンジャーとかいった救助隊が来てくれることは、可能性としておおいにある。

 何だかんだで考えている赤毛に、俺は少しだけ見直すことにした。

 

「しかしそんなこともわかんねェのか? 案外頭は駄目なんだな……えっと、名前なんだっけ?」

「……ジュンイチ」

 

 もう怒れる気力もなかった。

 俺は精根使い果たしたように、黙々とゆっくり飯を食い始めた。

 

 

 

*****

 

 

 

 風呂に入ることは出来ないが、生憎目の前は綺麗な清水が広がっている。

 洞窟で冷たい水、と言う点を除けば十分に水浴びが出来るということだ。時期も五月で別段として凍えるような寒さではなく、また洞窟は年中を通して気温は、外の平均気温となってくる。

 ジョウトでも南に位置するこの洞窟での水浴びは、別段としておかしいことではなかった。

 ――というのに、だ。

 

「な、何でジュンイチと水浴びしなきゃならねーんだ! 一人でやってこいよ」

 

 一緒に水浴びしようと提案すると、こっぴどく振られてしまった。

 オイオイ、男なら普通裸の付き合いするだろ?

 と言うと、こんなこと言われて断られちゃいました。

 

「お前はまだガキだろうが!」

 

 ……ええ、もう正直カチンと来ましたが?

 自分を棚に上げて、なんで俺を子供扱いすんだって思いましたけど何か?

 体は子供だけど、頭脳は大人! って叫んでやりたくなりましたけど何か!?

 ……まあ、何かやらかしてやるにはもう躊躇いなどいらないと実感できるぐらい、せいせいしましたよ。

 とりあえず現在は一人で水に入りながら、どんなことをしてやるか企んでいる。

 こんな所が子供っぽいんだろうなぁとは思うが、この際無視である。俺はいいとして、自分のことは大人だと思っている赤毛には何かしろの仕打ちをしてやりたい。

 こんな羽目――落盤に巻き込まれ洞窟で迷子になったこと――になったのもアイツのせいだ。何かやってもお釣りがくるぐらいだ。

 

「……いや、待て」

 

 俺はここでピンと来たね。

 なぜあそこまで俺との水浴びするのを抵抗したのか。

 理由は一つしかないよコレ。

 つまるところ、こういうことじゃないのか。

 

 ――――俺に見せられないほど息子が小さくて、それが恥ずかしいからではないのか。

 

 ならば、俺がその愚息さんを馬鹿にしてやるのが、今までの報復になるのではないだろうか。

 

「……俺、やっぱり子供染みてるな」

 

 そんなことを思わず呟いていた俺。

 最早当初の目標なんかどこかに飛んでいた。今は赤毛をいかに惨めにさせるかが大事になっている。

 とりま話はまとまった。あとは実行に移すだけだ。

 俺はすぐさま近くにおいていたタオルで体を拭き、衣服を纏って赤毛の元に戻る。

 大きな岩をはさんでいる場所で、赤毛がテントを張っていた。本当に準備のいいやつである。

 

「いい感じだぞ~水浴び。お前もしてきたらどうだ?」

「……いい。別に」

 

 ぶっきらぼうにそう言い放つ赤毛。

 予想するに、コイツ相当な風呂ギライとみた。純一であった時の友達にもいたよ。極力長く水につかりたくない奴が。

 赤毛もきっとそういう人物なんだろう。

 といっても、身だしなみに気を付けない、というわけではないことは分かっている。

 だから、とある魔法の言葉を言ってやればよいのだ。

 

「でもお前、少し汗臭いぞ」

「っちょ! お前何してんだ!?」

 

 近くによってそう言ったら危うく殴られそうになった。危ない危ない。

 確かに不躾だったかもしれないが、これぐらい言わないと行動に移さないだろう。

 

「……もういい。テントも立てたし寝る」

「あ、おい」

 

 俺の制止も振り切り、機嫌そうな顔をしてテントに潜る赤毛。続いて中にある寝袋がしまる音が聞こえる。

 どうやら失敗したようだ――と、思いきや。

 ははは! 俺には分かっているよ。

 お前は捻くれているからなぁ! 俺にそんなこと言われて、すぐさま行動に移すような人柄じゃないよな。

 俺が寝たら、多分水浴びに行く。そんな確信があった。

 

「…………さて、どうしようか」

 

 とりあえず寝たふりだけするため、歯磨きでもしておこうか。

 俺はそう思って、テントの中にある歯磨きセットを取りに動いた。

 

 

 

 



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第二十話:つながりの洞窟③

 ちょっとしたイタズラ心だった。

 ああ、まさかこんなことになるなんて。

 

「……えっ?」

「……っ!?」

 

 俺が素っ頓狂な声を出すと、すぐさま体を隠す赤毛。

 確かにトレーナーズカードは見た。名前はごくごく普通に男の子のような名前だった。

 ただ、それが“女の子でも通用する名前”だったことなんて、俺の頭ではこれっぽっちも考え着かぬことであった。

 性別? そんなところ見ていない。だって所詮男なんだろう、って考え込んでいたのだから。

 そう、現在この時までは。

 

「えっ? “ユウキ”……だよな?」

「う、うるさい! さっさとあっちに行け! いつまで見てやがるっ!」

 

 目の前の赤毛――ユウキは、若干膨らんだ“胸を押さえて”焦ったように俺に言って来た。

 とりあえず一言だけ言わせてくれ。

 どうしてこうなった……。

 

 

 

*****

 

 

 

 あの後同じテントに入って寝ていた俺たち。

 しかし実際、どちらも寝ていたふりをしていたにすぎなかった。

 俺はすぅすぅと、この前いびきをかかずに寝ていたコトネさんの真似事のようなことをして、ユウキが水浴びに行くのを待ちわびていた。

 そうして本格的に眠たくなってきた三十分が過ぎ、ようやく奴が動いたところから話が始まる。

 ユウキは荷物をごそごそ漁りだし、そうしてテントから出て行った。俺はそれから二・三分ぐらい、忘れ物をして帰ってくることを想定して寝たふりをしていたのだが、何にもなかったためそのまま起きる。

 ずっと目を瞑っていたため、少し寝ぼけたような感覚になっていた俺。漁られていた荷物の辺りを薄目で覗くと――

 純白のショーツが、半分バックからはみ出てあった。

 驚き桃の木山椒の木、この一言に尽きる。新品じゃなくて中古ものだったんだから、ちょーびっくりですわ。

 えっ、アイツもしかして犯罪やっちゃってる? って本格的に疑いましたし。

 そこでもう少し調べてみると、柄のかわいいイチゴパンツやスポブラなど、中学女子ぐらいしかつけないような衣類が出てきて、頭が回っていなかった俺は確信してしまったのだ。

 

 ――――あの野郎、マジで腐ってやがる。

 

 ってね。それでこれまた目的を取り違えたように俺は、ズンズンと水が揺れている部分を探して特攻しに行きましたよ。

 お前、そっけないふりしてやることやってんだな! と。

 思いっきり言ってやるついでに、愚息とやらも拝見してやろうと思いましたよ。

 そしてその結果……。

 

「なんか言い訳でもしとくか?」

「いえ、何もないです。申し訳ございません」

 

 ジャパニーズ土下座というものを、でこぼこの硬い岩の道でやらせてもらっています。

 はい、ご本人様のものでした。つまり赤毛ことユウキさんは じ ょ せ い です。

 ……もう何から突っ込んでいいかわかんねぇよ!

 だってさぁ! ライバルって男の子だったじゃないですかをRSE除いて!

 いや、確かにさぁ。ゲームじゃ赤毛の性別語られてないですよ。それでいて髪も長い。んで目の前にいる奴は少し目つきが悪いが、よく見るとかなり丹精な顔立ちで――

 

「あれ? 否定材料がない……」

「何か言ったか、ジュンイチ」

 

 膝を足裏でグリグリされる。これ拷問的な何かですよね絶対。

 しかし言ってみて気付いたんだが、マジで女の子じゃないっていう否定材料がなかった。

 今思えばぶっきらぼうな受け答えも、ツンデレのように窺える。

 やっべ、これまでの嫌な出来事さえ、別段として何も思わなくなっちまった。

 恐るべし、女の子効果。

 

「ていうかお前、オレのトレーナーズカード見たんだろうが」

「はい、名前と年齢しか見てませんでした」

「……そんなことだろうと思った。態度変わンなかったしな」

 

 歳は十四歳。つまりコトネさんと一緒。

 流石はライバル同士と言ったところだが、今となっては性別も一緒である。

 これ、もしかしてこういうのことなのかな?

 主人公の男女の違いによって、ライバルの性別も反転しちゃう――!?

 

「そんな訳ないか……」

「さっきから何一人でぶつぶつ言ってるんだ?」

 

 訝しげな視線をこちらに向けてくるユウキ。もうどうにでもなれ。

 甘んじて足裏グリグリの刑を受ける俺。最初は痛かったが、現在では麻痺してるようで痛みは少しだ。

 しかしなかなか貴重な経験だとは思う。男だと思っていた女の子に、足で冷たくあしらわれる。

 ある筋の方々には最大のご褒美に違いない。

 生憎、俺がそういった偏った性癖じゃないのが悔やまれる。苦痛で仕方がないんだが。

 

「それにしても、霧が濃くなってきたな」

 

 黙々と足蹴にされるのも何だか嫌なので周りを観察していると、そんなことに気が付いた。

 先ほどより白い霧が辺りを立ち込めている。

 するとはっと気が付いたように、ユウキが小さな声で喋り始めた。

 

「……そういえばオレ、洞窟入る前に山登りのオッサンに言われたな」

「ああ、あのおっさんか。なんて言われたんだ?」

「『白い霧が出たら怪獣が出るから、さっさと逃げろよ! お嬢ちゃんなら丸のみにされちまうかもしれないからな、ガハハ!』って」

「おいおいマジかよ……」

 

 やまおとこさん、あんたこの子が女だってわかってたのかい!?

 ……って、突っ込みどころが違うか。

 ていうかさ、他の人はユウキの性別とか分かっているのだろうか。

 今度コトネさんに訊いてみる必要があるな。ここじゃポケギア、圏外なんで……。

 

「ていうか怪獣なんているのか? イワーク見間違えたとか」

「いや、湖からやってくるって言ってた。大きくて、声が凶悪だとか」

「……まさかギャラドスじゃないだろうな」

 

 適当に歩いてここまで来たからな。奥の方に来て、強い奴と遭遇しました、なんてことあるかもしれない。

 しかしあくまでそういった噂話をユウキにしただけかもしれない。そうそう簡単にそんな凶悪なモンスターみたいなやつに遭遇するなんて、あるはずがないだろう。

 と、思っていた時期が俺にもありました。

 

 ――――ボォオォォォオオオンン――――

 

 壁に反響し、唸り声のように鳴り響く何者かの声。

 思わず背筋が凍えあがった。今まで聞いたことのない、形容しがたい低音が脳裏を離れない。

 それは俺を足蹴にしていた赤毛も同じなのだろう。一瞬にして体を強張らせ、顔に緊張が表れている。

 

「……オイ、逃げるぞジュンイチ」

「あ、ちょっと待っ――うぉおおおおお!?」

 

 あ、足が痺れて動けねぇ!

 正座していたのに加え、グリグリされていたのが効いて血流がわるくなっていたようである。マジで笑えないよコレ!

 足早にテントの方に戻っていったユウキに救いの手を求めようとするものの、痺れが強すぎて声すらあげられない。

 何とかしようと思って痺れを堪え、ようやく立ち上がった次の瞬間。

 

「……あぁ」

 

 思わず声にならない声を出して、見上げるほどだった。

 目の前に二メートルを超える巨大な怪獣が、霧に紛れて悠然と佇んでいたのだ。

 俺の人生終わった。なんでフラグ立てちまったんだろう。

 口を開けてこちらに顔を寄せる首長怪獣を見て、そう思った。

 すぅっと近づいてこちらを覗く、大きな瞳。体は水色で、誰かが言っていた怪獣という言葉が当てはまる姿形をしている。

 

「ポワーン」

 

 そうして放たれる仰々しい鳴き声――

 って……あれ? 何だか可愛いね今さっきと違って。

 

 

 

 



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第二十一話:つながりの洞窟④

「……なあ」

 

 ――静かに揺れる水面。

 

「ん? なんだよ。怖いなら、もっと俺にしがみ付いてもいいぞ」

 

 ――しとしと(した)る水滴。

 

「コイツ、オレが女だって知ってから一気に態度が軟化してる……。まあ、そんなことはどうでもいいとして、どうしてオレたちはこんな風になっちゃってるんだ?」

「さーな。とりあえず言えるのは、不幸中の幸いって奴だろ。そう思うだろ?」

 

 そうして俺は目の前に語りかける。

 赤毛の持つカンテラに照らされ、覗くことが出来る藍色の左目が不気味に煌めく。

 彼の存在の周りを白い霧が不規則に揺らめき、その姿を幽玄たるモノへと(いざな)っていた。

 そして怪物は、こちらに振り向いて、その大きな口を開け――

 

「ポワーン」

 

 うん。シリアスにはなりっこないな、この鳴き声は。

 そんなわけで俺たちはテントを片付け、進行を塞いでいた大きな湖を渡っていた。

 先ほど現れた怪獣とやらに力を借りて、だ。

 独特の鳴き声で返事した水色の首長竜さんは、気持ちよさそうに湖を泳いでいる。

 そう! この子の正体は、可愛らしい顔立ちをしているラプラスちゃんであったのだ!

 地形の影響なのかよく分からないが、コイツの声は近くで聞かないとこの洞窟内では低く聞こえるようである。

 あの鳴き声のせいで、どこ行っても避けられていたに違いない。

 

「しかし本当に助かったな。行き詰っていたし、これでもうちょい先に進めれば出口見つかるかもしれないし」

「寝る気まんまんだったから眠てェけど」

「五月蠅い。寝言は寝て言え。それよかもっと引っ付け」

「お前はなんでこう、人間的に残念なんだろうな。オレを男だと思ってた時も態度悪かったけど、女と認識してから下衆すぎる」

「文句あるのかよ。これが紳士たる俺だ」

「突っ込みどころ多すぎてどこから言えばいいのか……。はあ、今みたいにポケモンに関しちゃ、知識もあるし扱うのも上手ェのに。天はニ物を与えないっていうの、よく分かった」

 

 何を失礼な。と、言いたいところだが、俺的にコイツは男として接してきていたので、いきなり女と言われても対応しようがない。

 ということで、あえてこういった下衆染みた人間を演じているのだ!

 ……ごめんなさい嘘です。今までと仕様が変わって、どう接すればいいのか分からないだけなんです。

 だってさぁ、いきなり女だよ? って言われて、はいそうですか。それじゃコトネさんと同じように、年上の女の子として接していきますって出来ますか!?

 俺には無理だよ。だからこんな風に、初々しい中学生みたいな反応しか出来ない。

 非常にお恥ずかしい限りです。

 

「ポワワン」

 

 そんな風に妙に気恥ずかしくなっていると、変わった鳴き声を放って空気を紛らわしてくれるラプラスちゃん。

 うん。どう考えても、俺の知っているラプラスの鳴き声とは、何かが違う気がする。

 まあポケモンにも個性というものがあるんだ。他の奴とは違うモノがあってもおかしくはない。

 

「お前、面白い声出すよな」

「……ポワン?」

 

 ちょっとー!? 俺が言わないでおこうと思っていたこと、赤毛ちゃん何言ってるんですかねー!?

 怒って俺たちを下ろすんじゃないかと危惧したが、別にそんなことはなく、ただ不思議な鳴き声を放っただけのラプラス。続いて、何? と言わんばかりに首を傾げている。

 特別俺たちに何かをするということは無さそうだ。

そういえばだが、ラプラスは性格の優しいポケモンだ、という説明をゲームの図鑑で見た気がする。だから別に怒ったり悪いことをしたりは――――

 ――ん?

 ちょっと待て。

 俺、大変なことに気付いちまった。

 

 ポ ケ モ ン 図 鑑。

 

 貰って今まで、一度も活用したことがありません。

 ……冷や汗がとまんねぇ。

 

「お、おい。何いきなり震えだしてんだよ。怖ェじゃねェか」

「俺は……俺は……とんでもないことを……」

「マジでどうしちまったんだよ。心配になるだろうが」

 

 そう言って俺の顔を後ろから覗いてくるユウキ。

 確かに言われてみれば、女っぽい……か。

 いや、現場を見たんだ。これ以上疑ってかかっても仕方がない――ってそういうことじゃねーよ!

 俺はポケモンの権威たるオーキド博士に図鑑を任せれ、早二か月が経とうとしているのにさ! ポケモン図鑑のポの字も見てねーよ。これは傑作だぜHAHAHA!

 ってなるわけないじゃん。

 と、とりあえず。

 

「なに物凄い形相でバック漁ってんだジュンイチ。怖いぞ」

「一刻も早くこの状況を打破しなくちゃいけない、っていう使命感の下だ。邪魔するな」

「お、おう」

 

 気持ち悪いよね? 頭おかしいよね?

 そんなこと俺にも分かってんだよ! でもさ、俺はこれ以上何もしないでおくっていう選択肢が選べないんだよ!

 少し背中でゴソゴソしちゃうけど、ラプラスちゃん許してね。

 ついでに言うけど、俺は此奴が雄か雌かは知らない。ただ、可愛いなら基本はちゃん付けでいいだろう。

 

「お、あった」

 

 そうして見つけたポケモン図鑑。

 様々な荷物の下敷きになってましたは。

 

「何だそれ?」

「これな。こうやって一定のポケモンを対象にして蓋を開くと――」

『ラプラス。のりものポケモン。人を乗せて海を進むのが大好きな優しいポケモン。背中の乗り心地は抜群』

「こんな感じに説明が出るハイテク機械」

「……お前、あの研究所でこんなんも貰ってたのか?」

「いや、これはたまたま会ったオーキド博士に」

「オーキド博士ってたまたま会えるような人物じゃねェだろ!? すげェーじゃん! あた――じゃなかった、オレにも触らせて!」

「っちょ、馬鹿! 落ちたらどうする!?」

 

 やんややんやと俺のポケモン図鑑を取り上げて来ようとする赤毛。

 なんとか水に落ちないようにする俺。

 そして背中で騒ぐ俺たちを、優しそうな瞳で見つめるラプラス。

 ……とりあえず賑やかにしつつ、俺たちはゆっくりと湖を進んだ。

 

 

 

*****

 

 

 

「……ん?」

 

 気が付くと、ラプラスが湖の上で制止していた。

 ふと俺は記憶を振り返る。確かラプラスの上でユウキと図鑑を争っていた俺だが、途中で諦めて渡したんだっけ。

 その後の記憶がないことから、疲れて途中うとうとしていた、ということか。どうにもラプラスの首筋にのたれかかっていたようだし。

 ユウキという赤毛は、ラプラスに乗っかっていた俺に体を預けていた。何だか一気に距離が詰まった気がするのは気のせいか。

 ……多分コイツ、人見知りなんだと思う。

 

「って、そんなことはどうでもいいとして……」

「ポワン?」

 

 俺の発した独り言に、水面に制止しているラプラスが、不思議そうな声を出してこちらを見てきた。

 疲れたのか、それともこの体勢のまま寝ていたのか――

 しかしそんな思考は、目の前の景色を見た瞬間に吹き飛んでしまったのである。

 言ってみれば、この眺めこそ、俺がこの世界で求めているものだった。

 

「…………すげぇ」

 

 そこは行き止まりだった。ただそれはラプラスにとっての行き止まり。つまり奥へと続く道があったのだ。

 しかし、そのことに驚いているわけじゃない。

 ラプラスの角から発せられている“あやしいひかり”。そして壁沿いに不規則に並んでいる、青白く発光する石たち。

 まるで俺を、儚い幻想郷へと誘うかのような――

 人知において創り上げることの出来ない、自然が形成した唯一無二の彫刻。

 ただただ、俺は網膜に目の前の絶景を焼き付けることに必死だった。

 

「ラプラス……お前、こういうの好きか?」

「ポワワーン」

「お前は自分の意志で、ここにいるのか?」

「ポワーン」

 

 気の抜けるような返事だが、その意志ははっきりと読み取れる。

 コイツは――俺と同類なのだ。不思議な物、美しい物に魅了されて、あちこちを泳ぎ回っては眺めてきていた。

 最初はコイツの変な鳴き声が要因として、トレーナーに捨てられたり、仲間に置いていかれたりしてここに流れ着いたのかと思っていた。

 しかし実際は違う。あらゆる場所を自分の意志で探索し、ここがただ単に気に入って棲みついていただけのだ。

 

「ラプラス、お前すげーセンスあるぜ。マジでびっくりしたわ。ここはお前が見つけた、とっておきの秘密の場所だったんだな」

 

 ピタッと首筋に触れると、少しだけくすぐったそうに笑うラプラス。

 微かに前方から流れてくる風が揺らし、波紋が静かに広がっていく。

 脳内にこの光景がすぐさま浮かぶぐらい、俺とラプラスはじっと目の前の神秘的な世界を眺め続けた。

 

 

 

 




※図鑑の説明は金銀から


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第二十二話:つながりの洞窟⑤

「ありがとうな。また逢おうぜ。ていうかお前も寝ぼけてないでさっさと起きろ」

「……うるせェ。…………またな、助かったぜ」

「ポワーン」

 

 ラプラスは嬉しそうに声をあげ、そうして湖の奥の方へと戻っていく。

 景色を眺め終わった俺は、ラプラスに感謝を伝えて下ろしてもらった。

 寝起きが異常に悪い赤毛を起こすのに一苦労したが、十分ぐらいでようやく現状にまで立て直すことに成功。

 目つきは元から悪いのだが、それが半眼となっているので余計に怖く感じる。

 

「とりあえずいくぞ。ぼやぼやしてたら置いていくからな」

「……それ、オレのカンテラ」

 

 寝ぼけていても分かることはあるのか。

 妙に感心しつつ、俺は赤毛の前をズンズンと進む。

 カンテラに照らされ、周りの石も若干青白く光っていた。先ほどもずっと見ていたが、いつまでも見ていたいぐらいに綺麗だ。

 

「……なあ、一ついいか?」

「なんだ? とりあえず、この道が外に出れるっていう確証はないことだけ、最初に言っておく」

「ちげェって……。オレはお前のことだから、あのポケモン捕まえるんじゃねェかと思っていたんだが。ほら、お前ああいうの好きそうだし」

「ああ。そのことか」

 

 確かにあのラプラスは個性的で、一緒にいて楽しい奴だった。

 鳴き声もあれはあれで愛嬌があるってもんだ。それに背中の乗り心地はマジで抜群で、人懐っぽく、なにより俺と趣味が合っていた。

 仲間にしたくないと否定する方が難しいであろう。

 それほど魅力的なポケモンであった。

 

「……ラプラスは、現状にとても満足していたからさ。無理にここを離れさせて、連れて行こうと思えなかっただけだ」

 

 あの幻想的な景色を見ていた時、ラプラスの表情は充実感に満ち溢れていた。

 俺なんかじゃ、あの表情はいつまで経っても作れっこない。

 そう思うぐらいにラプラスは満足していて。

 あんな顔を見て、俺と色んな所へ行こう、なんて誘うことなんか決して出来なかった。

 

「ただどっかでまた逢えるような気がするな」

「……どういうことだ?」

「そのままの意味だよ」

 

 俺と似通った嗜好の持ち主だ。またどこかをぶらぶらし始めたら、いずれ逢うことも出来るだろう。

 

「それはそうと歩けよ。足がもたついてんぞ」

「こっちは眠いの我慢してんだ。少しは大目に見ろ」

「喋る暇があったら歩けよ」

「お前が話振ってきたんじゃねェか!」

 

 ようやくコイツも本調子になってきたな、と思いつつ、歩みを進めた。

 

 

 

*****

 

 

 

 微かだが、洞窟内で風を感じることが出来たあたり、外へと続く道のりはそこまで長くないことは分かっていた。

 日はまだ登っていないが、微かに外が明るい。そんな中、俺たちはようやく外の空気を吸うことに成功した。

 出てきた場所はどこかの雑木林。雑草と辺りに覆い茂る木々を見るところ、正式なルートではないのは間違いなしだろう。

 ここまで来て、ようやく俺はポケギアを仕舞い込んでいた右胸ポケットから取り出した。

 元ポケモントレーナーである、ヨシノシティに住んでいたお節介なおじいさん。彼につけてもらったタウンマップ機能を使うのである。

 GPSである程度は自分の場所を把握できるため、どこに向かえばいいかこれで分かるだろう。

 ありがとう、案内じいさん。

 

「……お、位置的にはいい感じだな」

「何が?」

「いや、歩けばすぐアルフ遺跡があるところまで来てるんだ」

 

 あそこまで行けばキキョウシティまで帰るのも早いし、別段として問題なく洞窟前のポケモンセンターにたどり着くことも出来るだろう。

 ああ、本当に長かった。

 しみじみそう実感しつつ、俺はベルトに付属しているボール入れから、一つのボールを取り出す。

 瞬時に大きくし、そして目の前に放り投げた。

 今の俺の気持ちを、一言で表すというならば。

 ――この瞬間を待っていたんだー!

 

「ココロォォォオおおお!」

 

 洞窟内ですぐにでも出したかった。ラプラスの上で出そうかとも考えていた。

 でもこうなることが分かってたから、暴れちゃ悪いなって思ってやめておきました。

 ライトエフェクトを放ち、ボールから現れたココロ。その麗しい顔を見るのは二日ぶりぐらいだろうか。相変わらず可愛らし――あれ?

 

「……」

「ど、どうかしたか? ココロ?」

「…………ブイッ」

 

 ごめん、俺ちょっと衝撃的すぎてついていけない。

 ココロを出して駆け寄ってみたはいいものの、なぜか顔を背けられちゃってる俺。顔は不機嫌ですって、書いてないけど書いてあるような態度だ。

 いや、その表情も可愛いっちゃ可愛いんだけどね? 

 え? なんで? 俺なんでこんな感じに、明確に拒絶されちゃっているの?

 なかなか外に出さなかったから?

 いやでも、洞窟入る前にボールに仕舞うぜって提案したら、ちゃんと肯定してくれたし。

 誰かさんのせいで洞窟内にいる時間は長くなったけど、不可抗力じゃん。

 なのに! 何でだよココロォォォおおお!

 本気で泣いちゃいそうなんだけど、誰かハンカチ貸してくれるかな……。

 

「なに突然泣いてるんだジュンイチ。突拍子もない男だな、お前は」

「……え?」

 

 手を眼元に持ってくると、生ぬるい(しずく)が人差し指の側面に付着する。

 冗談で泣いちゃうよ? とか考えてた俺は、マジ泣きしてた。

 全然笑えないんだけど。ていうか情けない。軽く拒絶されたぐらいでなに泣いてるんだ俺。

 ていうか、どうしてそんなに怒ってるんだよココロちゃん!

 一向に止まる気配のない涙を拭きつつ、彼女の方を見つめる。

 少しだけだが、オロオロし始めているのが分かった。どんどん意味分からなくなってくる俺。

 

「とりあえず、涙拭けよ」

 

 そう言ってポケットからハンカチを取り出してくるユウキ。

 コイツ、何度目か知らないけどやっぱり女だ。絶対身内とか知り合いにはいい子だよこの赤毛ちゃん。

 そう思いつつ、ハンカチを受け取ろうとして――

 

「ブイ」

 

 受け取ろうとした、その瞬間であった。

 ココロがこちらに駆け寄ってジャンプ。続いて軽くではあるが、ふさふさの尾っぽでユウキの手を払う。

 痛くはなさそうだが、突然のことで目が点になっているユウキ。

 

「……ああ、そういうことか」

 

 そしてその行動を見た瞬間、俺は全てを理解してしまったのである。

 確かボールの中からでも、ポケモンは外の状況を見る事が出来るようになっていたはずだ。その状況下で、俺はユウキが女と知ってからも距離を離すことなく、軽口を叩いたり、軽いスキンシップをしていた。

 アイツもアイツで、嫌な顔はするものの否定はしてこなかった。

 つまり変わった形だが、男子同士ではなく、男女としてのコミュニケーションは取れていたのだ。

 そして今回のココロの行動。つまりは――――

 

「ココロ! 俺コイツのこと、これっぽっちも女とか思ってないから! 別段として気もないから! だから許してくれ!」

「……何を言い出すんだ、突然」

「いいから黙ってろ!」

 

 現在、俺とココロの間にお前が介入する余地などないっ!

 そうしてしゃがみこんで、目線をココロの近くへと持っていく俺。続けて直向きに彼女の眼の奥を覗く。

 キラキラと輝く琥珀色の瞳が、俺の芯を捕えて離さない。

 ここで逸らしてしまえば、俺の言葉は信じて貰えないだろう。その一心で彼女に無言で語りかけた。

 不意にココロがこちらに寄り始める。何をするんだろうと疑問に思った瞬間、ペロッと彼女は俺の左側の頬を舐めた。

 続けて右頬。ペロペロと舐めてくれるココロ。

 涙を拭ってくれている。そんなことに今更気付いた瞬間、ニコッとココロは、ようやく俺にその慈愛に満ちた笑みを見せてくれた。

 

「ああ……ココロ、ごめんなぁ」

「ブイブイ」

 

 私こそ、と言わんばかりに首を振ってくれるココロ。

 なんて思慮深いのだろう。無意識にだが、感謝を込めて彼女の頭を撫でていた。

 慣れ親しんだ温もりが、俺の手のひらに伝わってくる。

 

「オレにはもう、何が何だか分からねェ……」

 

 呆れたようにそんなことを言う赤毛を放っておいて、俺は二日ぶりのココロとのスキンシップに勤しんだのだった。

 

 

 




無駄にダラダラと続けてしまったつながりの洞窟編でした。
もう少し早く終わる予定だったのですが、こんなに長くなってしまって申し訳なく思っております。多分つまらないと思っていた人ばかりでしょう。書いている自分もそう思ってましたごめんなさい!!
ココロも出ないのに、こんなデレる要素もない赤毛ばかり出演させてしまい、本当にごめんなさいです><
書いている間、ああ、なんでココロを出さないんだろう……とずっと自問自答していたぐらい、ココロをさっさと出してしまいたかった作者でした。



※話数も増えてきましたので、サブタイトルを簡単ですが付けさせて頂きました。


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第二十三話 ヤドンの井戸①

 当分、お前とは逢わなくてもいい――と、意味深な言葉を残して赤毛が去ってから一週間。

 つながりのどうくつの復旧も終わり、ようやく俺たちは足を止めていたポケモンセンターから動くことが出来るようになった。

 ゴウリキーやワンリキーがせっせと岩やら土砂やらを動かす中、俺はとりあえず野性のポケモン達と戦わせて経験値をあげさせた。

 途中休憩に入った作業員たちと、ポケモン勝負をやったりもした。

 まあどっちかがぶっ倒れても、ポケモンセンターがあるので回復は出来る。ポケモン達も勝負では力をセーブしているのか、はたまた別腹ということなのか、仕事に差して障害はなかったようだ。

 ある“収穫”もここで出来たので、足止めされたことも行幸と思えるのが幸いか。

 そんなわけで、俺たちは朝方出発し、整備された洞窟を通り、夕方になってようやくヒワダタウンにたどり着いた。

 

「……人が、居ないな」

「ブイ……」

 

 キキョウシティは夜でも歩いている人が居たのだが、ここはなんというか、寂しい。

 言い方が悪いか。

 のどかで風情があると言ったらいいだろう。

 まあ手堅く言えば田舎である。

 まあここ、かなり来にくい場所だからなぁ。

 左の道は迷いの森。そして右の道は洞窟。街全体を森で囲み、他のルートなんてない――となると、必然とそういう風になるだろうか。

 

「……えーっと、ヤドンたちと住む癒しの街は、世界的に見ても珍しい――ってことなんだが」

「ブ~イ、ブイ」

「ああ。居ないな」

 

 ふるふると首を振って否定するココロに、俺も賛同する。

 タウンマップに乗っている簡略的な街の説明を見ると、さっき言った通りヤドンと暮らす街として有名ということである。

 まあ、ものの見事に、ヤドンなんか見えないんだけどさ。

 

「あー、そういえばあったな、こういうの」

「……?」

 

 独り言のように呟く俺に、無言で首を傾げてココロはこちらを見てくる。

 まあなんて可愛らしいことでしょう。とりあえずナデナデしておくことにする。

 

「確かこの街に、悪党がいるって話を聞いた覚えがあるんだよ。ヤドンの尻尾は高く売れるからなぁ……」

「ブイ」

 

 そっか、と納得したようの声を漏らすココロ。

 別段として怒ったり、ということはないようだ。

 まあココロちゃん、意外とドライな部分もあるからね。仲間内のことになると、とんでもないことになるけどさ。

 

「それよりもさっさと目の前のポケセンで宿を取ろう……って、なんだありゃ」

 

 歩き出そうとしたところで、ようやく気付いた。

 ココロの方に注意が向いていて見ていなかったが、ポケモンセンター前で口論になっている二人の男がいる。

 一人は気が強そうな、The! 頑固おやじみたいな男。

 もう一人はマジで頭の悪そうな、全身黒づくめの変装をしている。長いブーツと似合っていない職工帽みたいなのを被っており、付き纏ってくるおっさんを引きはがそうと必死だ。

 

「お前たちがこの街のヤドンを――!」

「うるさい! 離れろ!」

 

 しびれを切らしたように兄ちゃんがおっちゃんを蹴り、ものの見事に吹き飛ばされる。

 

「ッチ……しつこいジジイだぜ」

 

 ペッとまるでゲームの世界の奴のように唾を吐き捨て、捨て台詞もテンプレのようなことをほざき、どこかへと歩いていく。

 あ、これゲームだっけ?

 いやいや、もう俺にとってはリアルと然程変わらない。ていうかリアルだ。

 とりあえず、偽善だけでもしておくことにしよう。ココロの前でいい男アピールの開始だ!

 

「あの、大丈――」

「くぅ……悔しい! あんな奴らにええ顔させて!」

「――夫、そうですね」

 

 ビンビンしていたよ。もう手助け必要なかったなこれ。

 さて、ポケセンで宿の手配でも済ませるとしよう。

 

「おい待ってや! そこの坊主!」

「……大丈夫、ですよね? なら別に俺を呼び止める必要はないと思うんですが」

「いや体はピンピンしてんねん。でもな、それ以上に重大なことがあるんや! 見たところポケモントレーナーやろ? よければ力を貸してくれんか……?」

 

 知ってる。俺、これ知ってる。

 ただこれ、俺が解決したらいけない気もする。

 どうしよう。もうココロにしか注意が向かない設定でこの場を抜けきるか?

 

「手を貸してくれたら何でもする! この街のためを思って、手を貸して欲しいんや!」

「……何でも」

 

 ほほぅ、何でもとな?

 そりゃあこちらとしてもまたとない好条件ですこと。

 ぐふふ、と内心薄ら笑みを浮かべる俺を、曖昧な表情で見てくるココロの視線が痛いぜ!

 

「いえ、そこまで言うのなら協力しましょう。とりあえず内容としては、この街のヤドンを救いたい、ということでいいですか?」

「……お前、なんでそれを」

「不自然にいないヤドンの姿と、先ほどの口論から考えました。間違ってませんか?」

「いいや、おうてるわ! 坊主、お前なかなか頭が切れるやっちゃな!」

 

 見直した、と言わんばかりにとても驚くおっちゃん。

 そして先ほどとは違い、素直に俺を尊敬な眼差しで見てくるココロ。

 うはは、どんなもんだい。これが知識量――まあ殆どズルなんだけどね――の違いだ!

 

「そう! 坊主が言っている通り、儂の望みはあのふざけた奴ら――ロケット団からこの街のヤドンを救うことや! 奴ら、ヤドンの尻尾を切っては漢方薬の材料にしたり、食品に加工して売りさばいて……絶対にしばく!」

「あ、ちょっと待って――は、くれないか」

 

 頭に血が上ったのか、突然猛ダッシュして街の郊外へと突き進んでいくおっちゃん。

 いやこれ、追いかけていった方がいいのだろうか。

 でも、結構夜に近いしなぁ。

 

「まあとりあえず、先に宿の予約でもしておくか」

「ブイ」

 

 その方がいいと言わんばかりに首を縦に振るココロに従って、俺はひとまずポケセンの中へと突き進むのであった。

 

 

 

*****

 

 

 

 あまりチンタラしていると、おっちゃんがポケモンで手痛い目にあっているかもしれない。

 そんな心配があってからか、あんまりのんびりすることなく俺とココロ達はおっちゃんの向かって行ったヒワダタウンの井戸へと向かう。

 夜が近く、太陽も沈みかけだ。街灯も少ないこの街では、いつも以上に暗く感じる。

 まあ洞窟に比べたら百倍もマシだがな。

 

「……明るいな」

 

 街の近くはくらかったものの、井戸に近づくと不自然に明るかった。

 どうやらロケット団たちがご丁寧に設備を整えてくれているらしい。

 まあ真っ暗な洞窟じゃ作業もしにくいか。

 

「さて、行くか。何でもしてくれるってことは、俺たちの旅費を支給してくれと言っても応じるに違いない」

 

 旅費は半端じゃなかった。ていうか軍資〇円からよくここまで来れたと実感さえ出来るほどだ。

 確かにジム戦とかトレーナーたちとの勝負でお金はもらえて来たが、そんなもの、子供のお小遣い程度。

 元々の装備がちょっとしかなかったから、備品などをフレンドリィショップなどで買うと、すぐにお金がなくなってしまうのだ。

 生憎と、虫よけスプレーとかボールとかまひなおしとか、そんなもんだけ買って旅が出来るほど、リアルは甘くなかったからな……。

 ポケセンが無料だったことだけは救いか。

 

「さて行くぞ。ちょっと高級なポケモンフードを得るための労働だ。これは言ってみれば、アルバイトなんだ。そう割り切ろう」

「ブイ……!」

 

 私、頑張ります! と言わんばかりに、ココロは尻尾を振り、片腕を上げて小さくガッツポーズを取った。

 ああ、これが新境地という奴なのだろうか。

 目の前の存在が天使に思えて仕方がない。

 

「よし、とりあえず井戸を降りるから、ちょっとだけ俺の首元においで」

 

 はしごで降りないといけないようで、少し奥が深いように見える。

 近くにいたココロの了承を得て、俺はゆっくりと抱え込み、そして首元へと持っていった。

 成長途中なのであまり肩幅は大きくないので、しっかりとつかまないと落ちてしまう。

 よってぎゅっと俺の肩につかまっているココロの柔らかな体毛が、俺の首元を擽る。

 何だかとてもいい匂いがするのは、気のせいだと思いたい。

 

「――っと」

 

 難なく降りると、そこには開けた大きな空間があった。

 降りた地点の右方には、奥へと続く道がある。

 

「……おお、坊主。よう来よった!」

 

 そしてすぐ近くには腰を抑えてうずくまるおっちゃんが……。

 あれ、もしかしてもしかすると、

 

「動けないんですか?」

「梯子から勢いよく腰から落ちて、強く打ってなぁ……。悪いが坊主、一人で行ってくれや」

「分かりました、戦果を期待しててください。ただその代わり、何でもするって言葉、よく思い出しておいてくださいね」

「お、おう……とりあえず気張ってこい」

 

 よし、人質ならぬ言質(げんち)を取った!

 そんなわけで、俺たちは井戸の奥へと進むことにした。

 井戸の道は整備されているので、ココロを出して歩いても別段として問題は無さそうだ。

 ふはははは! 待っていろ! ロケット団(軍資金のエサ)

 

 

 

 

 




どうもお久しぶりです。
オリジナル書いてたらすっかり期間が空いてしまいました……。
とりあえずハーメルンで書かせてもらってるので、よければ覗いていってもらえれば幸いですw

次話は明日公開します。


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第二十四話:ヤドンの井戸②

「くそっ……何なんだ、お前は!」

「バイターだ。さっさと道を開けろ。さもなくば――」

「わ、分かった! 分かったからその気持ち悪いのを近づけるな!」

「……ゴォ」

 

 気持ち悪いの呼ばわりされて、とても傷ついているビビちゃん。

 でも君は強いのに加えて、その強面だからなかなかに脅すのには有効的なんだよね。

 それはそうと、もう四人ものロケット団員を潰してここまで来てるんだが、まだ奥にはつかないようなんだよね……。井戸って長さじゃないよこれ。ていうか道間違えた?

 あ、それはそうと聞いてくれ。

 男の制服がダサかったんだが、ある女の子のロケット団員服が超絶可愛かったんだ。嘘じゃなくてマジで。

 危うく「何でもするから……許して」と懇願してきた女の子にエロいポーズを要求するところだった。

 

「しっかしこれは酷いな、本当に」

「ブイブイ」

 

 本当にね、と俺の言葉に賛同するように鳴き声を発するココロ。

 それもそのはず。

 奥に近づくにつれ、しっぽ切られてバタンキューしているヤドン達が地面に野垂れ死んでいるのだ。

 とは言っても、本当に死んでいるわけではない。

 尻尾は後々再生してくるらしい。だがその再生期間の間、その場から動けなくなるようで。

 現に息はしている。ただ、死んでいるようにしか見えないので目に悪い。

 

「しっかし、これ尻尾生えてきてもまた切られるんじゃ……」

 

 本当に救いようがない事態になるところだったろう。

 戦ってきたロケット団の手持ちが弱くて本当に良かった。

 

「……何だこれ」

 

 倒れているヤドンの一匹の首元に、ある銀色の筒が下げられているのを発見した。

 多分誰かしろに飼われていたヤドン、ということであろうか。

 筒を開けると、中から一つの小さな紙が出てくる。そして綺麗な文字で、こう書いてあった。

 

 

    お爺さんとヤドンと、大人しくお留守番しててね。

    早めに帰るようにするから。お土産楽しみにしてて。

                        お父さんより

 

 

「…………さぁてと!」

 

 見なかったことにしよう。胸糞が悪すぎる。

 この暖かい家族愛の手紙見たのかロケット団! これ見てしっぽ切ってたら、俺はもう素直にすごいと思うよ! 感嘆としますよ!

 ささっと手紙を戻して、さっさとどうにかしようと俺は心に決める。

 そのためにまず、ある一つの懸念について考える事にした。

 ……後ろに付いてきているロケット団員たちを、どうしてやろうか――と。

 つまりはそういうことである。

 

 

 

*****

 

 

 

 曲がり角でビビを配置させ、あやしいひかりで顔が妖しく光るようにセットしたあと、ちょっと隠れてついてきているロケット団たちの反応を窺うことに。

 距離は離していたようだが、足場が濡れているので、忍び足でも小さな音はカバーできていなかった。

 放置でもよかったのだが、まあヤドンの尻尾をばっさばっさと切っている輩どもだ。

 ナイフとかスタンガンとか持っていて、そういう物騒なもので後ろから襲われては敵わないしな。

 

「……おい、本当に大丈夫か」

「なに、ただのガキだ。後ろからナイフ出して脅せば、あのポケモン達をほいほいと寄越すだろうよ」

 

 小声で喋っているだろう男二人。

 先ほどビビとココロでズバットやらコラッタを薙ぎ払いましたよ。

 盗んできたようなポケモンもいたのだが、言うことを聞かずにツンとしていたので、ちょっとだけ痛めつけてボールに戻させ、そいつらだけバックの中に回収しています。

 あとあとポケセンにでも預けて、警察を呼べばいいだろう。

 ……もしかして、ジュンサーさんみたいな人がいるのだろうか。

 気になるところである。

 

「とりあえず、離されないように行くぞ」

 

 ヒソヒソ声が間近になっていく最中。

 待ち構えているビビはというと。

 

「……」

 

 完全に固まっていた。フリーズ状態である。

 というのも、俺が指示したのが「付いてくる奴らと少し会話してみろ」という、彼女にとって酷とも言える命令だったからだ。

 最初は無理無理無理! と首をブンブン振りまくっていたが、人見知りを矯正するチャンスだとか、お前の成長のためなんだとか、そんなお前の頑張る姿、可愛いんだけどなとか、嘘八丁吹かしている内にやる気になってくれた。

 やはり騙されやすいんだろう。隣にいたココロは苦笑いだったのに対し、ビビは

かなりニコニコ笑って、なおかつ照れていたからなあ。

 

「離されないように、行――――えっ」

「ゴ、ゴォ……?」

 

 角から出てきたロケット団員四人――さっき俺が倒した奴ら――と、ビビが対面する。

 時が止まったように、井戸の中に静寂が満ちた。

 まあこんな時間。すぐに途切れるんだろうけど。

 

「う、うわあぁああぁああああああ!」

「ま、待て! お前逃げるなぁああああああ!」

「きゃああああああああ!?」

 

 絶叫。雄叫び。悲鳴。

 正しく人外と遭遇して恐れおののく人々である。

 すぐさま道を引き返して、百メートル走で日本記録が出せそうなぐらいのスピードで、井戸の外へと走り去っていくロケット団たち。

 入口にはおっちゃんがいるので、逃げるのを食い止めてくれることを願う。

 

「……あ、ぁぁ」

 

 そうして四人いたロケット団員のうち、一人だけペタンと座り込むような形でビビの前に居た。

 いや、逃げ出したかったのかもしれない。

 普通に腰を抜かしている。

 ビビ、お前どんだけ恐ろしい顔していたんだよ。考えたくもないが。

 

「ビビ。ここは場所が悪いみたいだ。また今度、外で試そうな」

「……ゴォ」

 

 逃げていくロケット団員たちを目の当たりにし、かなりしょんぼりしている。

 普段から影のような奴――実体的な意味で――なのに、影が差しているように見え、普段より暗くなっていた。

 ていうか真っ黒に近い。

 まあアイツらの叶わない野望を打ち砕いたんだ。あとで寝る前に色々してあげることにしようじゃないか。

 とりあえず、この絶望していらっしゃる御嬢さんをどうにかしよう。

 というのもこの子、さっき俺に「何でもするから……」と言って来ていた子である。

 ツインテ、ミニスカ。そして乙女っぽい。歳は俺より上だろうが、背が小さい。一五〇もないだろう。

 なぜ、こんな女の子がロケット団なんかに! という疑問は、今は置いて於こう。

 

「おい」

「っひ! な、なななな何でしょうかっ!?」

 

 目を瞑ってぶるぶると震えている。

 これ、俺がおじさんだったら要らないことしてたね。

 ああ、肉体が十歳で良かったと本当に思う。

 

「さっきも会ったよな? んで戦ったよな? なんで諦めの悪いことしようと思ったんだ?」

「わ、わたしはやめようって言ったんです! でも皆さんがどうしてもあの糞ガキをぶちのめしたいって言っていたから……」

「糞ガキ、ねぇ」

「あわわわわ! ご、ごごごごめんなさい! 私はそんなこと思ってませんから! だからこの子早く下げてください!」

 

 そうして眼を瞑りながら、ビビをビシッと指差す女の子。

 影が差していたビビに、より深い闇が紛れ込む。要するに闇黒だ。このまま消えてしまうかもしれない。

 ただ、今は使える。

 

「ここに幹部がいるだろう? ソイツのところまで案内すれば、さっさと下げてやる」

 

 こういうことでいいだろう。生憎、奥に進むにつれて道は険しくなっていて、分かれ道も多い。

 コイツもロケット団の端くれなら、幹部の居座っている場所ぐらい分かるだろうよ。

 

「は、はい! 分かりました! じゃ、じゃあ――」

 

 と、そこまで震え声で口走って、ピタッと次の発言が止まった。

 ――何かあるのだろうか。

 部外者を寄せ付けるな、と口頭で指示されていたとか、そういうもんだろうか。

 ただ現状において、どの選択が安全で賢いかということは、彼女も分かっているはずである。

 だから決断は案内する、の一択で良いと思うのだが。

 再び静けさが辺りを包み込んだ。俺は次のどんな言葉が来るか、寛容に待つ。

「あ、あの……」と、小さく一言零し、ロケット団員の女の子はゆっくりと俺に呟いてきた。

 何かしろの決意が漲っているようにも窺える。

 

「あ、歩けないんで、連れて行ってくれませんか……? 案内はするので……」

 

 おっと、そういえば腰が抜けてたっけ。

 

 

 

 



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第二十五話:ヤドンの井戸③

既に読んで下さった読者様へ。
作者の間違いがございました。
ダメおし は
かくとう× → あく〇 でした
訂正します。ご了承ください。間違いを指摘してくださったかたどうもありがとうございます。
それに加え、若干の内容訂正がございます。ごめんなさい^^;



「ナギサ君。誰ですか、その子供は」

 

 女の子の誘導のおかげですんなりとロケット団さんの幹部に遭遇することに成功。

 ていうか、地下の井戸で紅茶啜ってるお前は一体どんなセンスをしているんだ……なんてツッコミはもうしないことにした。

 とりあえずさっきの手紙を見てから、俺は怒っているというより、物凄くやるせない気持ちになっている。

 我慢していたが、どうも無理みたいだ。ギャグのノリで超えられるようなものではない。

 どうにかしてこのセンチメンタルな気分を晴らしたいものだ。

 

「ラ、ランス様……! この方は、その……」

「ヤドンを解放するように言われてきたアルバイトです。以後お見知りおきを」

 

 背負っていたナギサという名前らしい女の子をおろし、一歩前へ出る。

 とりあえず、この歳で年上を背負うには筋力が少し足りないようだ。

 かなりきつかったのは秘密である。乙女を悲しませるわけにはいかない。

 

「……またもや君は、一体全体どうしてこうも判断ミスを犯すのでしょうか」

 

 一瞬だけ、鋭い眼光がナギサを射抜く。

 ヒッと小さく声を漏らす彼女。

 邪推だが、もしかすると裏ではお仕置きという名のお楽しみが繰り広げられているのではないか。

 なんだかわっくわくしてきたぞ俺。見れないのが残念だな。

 

「いいですか? とりあえず俺が勝ったら、さっさと撤退してくださいね。居座るようなら問答無用でポケモンたちがぶっ飛ばします」

「……っふ、ふはははははは! 面白いことを言いますねェ、君は」

 

 少しだけナギサに注がれていた刃物のように鋭い視線が、俺を捕える。

 紛れもない冷ややかな憤怒が混じっていた。しかし、俺としても奴らの所業は許せない。

 

「一つ忠告しておきますが、私はロケット団で最も冷酷と言われた男――引き返すなら、今ですよ?」

「上等だコノヤロー」

 

 敬語を取る。少しだけ声に怒気を含ませた。

 それだけでぎょっとしたように顔色を変えるこの男は、ヤドンの尻尾を切ったようにやることはやるんだろうが、それでも冷徹とは言えないだろう。

 さて、いつまでたっても会話なんて、面白くないだろうよ。

 そろそろおっ始めましょうか。

 

 ――――叩きのめす。

 

「ビビはそのままでいてくれ。……ココロ。出番だ」

 

 手を前に伸ばす。

 恰好をつけるつもりじゃなかった。本当に無意識だ。そんな自分に興じれるほど、なぜだか気分が昂っている。

 俺の指示で、ココロはゆっくりと前に歩み出る。

 小さいながらもひどく頼もしい背中に見えるのは、言うまでもないか。

 好戦的な瞳が、設置されている照明によって爛々と輝く。しっぽは緩やかに揺れ、すぐに始まるだろう戦いを心待ちにしているかのようだ。

 

「私たちの仕事の邪魔などさせはしませんよ、小僧!」

 

 ギリッと歯を噛み締め、ロケット団幹部――ランスは、懐からボールを取り出した。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 先手はゴルバット。

 実際に見ると、羽を広げたその姿は俺の身長より大きいだろう。

 ギラギラとした眼光と鋭い二つの牙が、不気味でおぞましい。

 

「ココロ、先手にでんこうせっかだ!」

 

 新たに覚えたようである技を、俺は宣言した。

 どうやらキキョウシティでのバッジ戦以来、ココロは二つの技を覚えたようだ。

 これがその一つであるでんこうせっか。ハネッコに突っ込んでいく際に無意識に発動していたようで、それ以来使えるようになっていた。

 どうも技というのは、ぱっと分かるようになるものじゃないらしい。

 この技が使えると分かったのはジム戦から何日か経っていたからなぁ。

 

「ゴルバット、つばさでうちなさい!」

 

 かくいうゴルバットも、ふわふわと宙に舞っているだけでない。

 大きな翼をさらに広げ、一直線にココロへ目掛けて突進する。

 すぐさま衝突。そして生々しい音。洞窟のような井戸に低く響き渡る。

 

「ギイィィィイイ!」

 

 そして次の瞬間、甲高い声を発してゴルバットが苦しむ。

 対してココロは静かに着地し、次への行動に対する指示を待っていた。つばさでうつのダメージが蓄積しているのだろうが、ゴルバットへ注いだ一撃ほどではないのだろう。

 一直線に突っ込んだこともあってか、翼が上手く当たっていなかったのだろうか。何にしても好都合だ。

 

「もう一度だ」

「ブイッ!」

 

 畳み掛けるように突き進むココロに、ゴルバットの顔が恐怖に歪む。

 まさか自身よりも小さな相手に、ここまでの攻撃力があるとは思ってなかったのだろう。

 

「避けるのです! その後かみつくッ!」

 

 すぐさま体勢を立て直すようにランスが指示を出す。

 ゴルバットはバサバサと翼を振り、すぐさま回避行動へと移る。

 でんこうせっかは一瞬で距離を詰められる利点があるが、そのかわり攻撃が一直線すぎて避けることが容易い。

 あと少しの所で避けられたココロはそのままゴルバットの横を通り過ぎる。

 続けてすぐにかみつく行動へと走ったゴルバットが、そのままココロの首元へとかみつき――

 

「……ギィ?」

 

 噛んだはずなのに、相手に手ごたえがない。そう感じたのだろう。

 ゴルバットがココロの瞳を見た。

 その瞬間、奴の動きが固まる。声も出ないほどに動揺しきったゴルバットは、ココロをぎゅっと噛みつける。

 どんな瞳をしているかは考えないことにした。僕の持つポケモン達は怖すぎです。

 

「跳べ、ココロ!」

 

 そのまま跳躍させる。

 並大抵ではない脚力によってすぐさま天上へと届くココロとゴルバット。

 さぁ、そろそろフィニッシュといこうか。

 

「そのまま地面へと突っ込めッ!」

 

 天上に足を付け、勢いよく蹴りつけた。凄まじい勢いで、そのまま下へと突き進む――!

 

「は、離れるのです!」

 

 ようやく自分の失態に気付いたランスは、かみつく行動から次へと移るように指示する。

 しかし彼の思いは叶わない。

 ぎゅっと前足で大きな翼を握りしめているココロから、動くための翼が封じられている。

 恐怖の色がゴルバットの顔から滲む。

 ――――転瞬。

 井戸中に響き渡る轟音が耳を劈いた。続いて訪れるは静謐なひと時。天上から落ちる水音がやけに大きく聞こえるのは、決して俺だけではないだろう。

 数秒経ってから、華麗に飛び退いたのはココロだった。

 首に喰らったかみつくは、あまりダメージとして通っていないようだ。

 

「よくやった」

「ブイ」

 

 当然、とでも言わんばかりに声を漏らすココロ。

 まあ、それもそうだろう。

 ここに来る前までの一週間は、ゴルバットなんかより数段の力があるワンリキーたちと肉弾戦を繰り広げて成長したのだ。決して慢心などなく、ココロは自らかみつく攻撃を受ける事にしたのだろう。

 クロルとも戦わせたことがある。その時は指示なしに、自分たちの考えるように動かせた。

 その際に、クロルは幾度となくココロにかみつくを行っていた。それでだろうか。かみつくへの対処が上手に窺える。

 

「さて、一匹ダウンだぞ」

 

 胸を張るココロに同調し、俺もドヤ顔でランスに言ってやる。

 

「ふぅ……どこの街にも、私たちに逆らう輩がいるのですね。敵うはずがないというのに」

 

 ゴルバットをボールに戻し、調子よく言うランスだが、額に汗が浮かんでいるところを見ると余裕がなくなってきたように見える。

 といってもまだポケモンはいるはずだ。先ほど奪ったポケモンを使っていたロケット団員のように、そういった輩を使うことがあるのかもしれない。

 といっても、それじゃ話にならないものだ。

 普通に捕まえたポケモンの方が、なつきやすくそれでいて強くなる。

 交換ではなく、奪ったポケモンは決して強くはならないのだろう。

 

「さて、この子で君を倒してあげますよ……」

 

 そうしてモンスターボールを放り投げる。

 洞窟内で輝かしい光を浴びて出てきたのは、体に髑髏印の付いているポケモン。

 ある意味ビビと似通っている部分もあるだろう。

 

「ドガースか」

 

 さて、ドガースといえば。

 早い段階でダメおしという悪タイプの技を覚えることが出来た、ということを俺は覚えている。

 そしてこの技。相手がダメージを受けていたら二倍のダメージになる。

 現在、つばさでうつ、かみつくを喰らったココロでは、高い確率でワンパンされる可能性がある。

 なおかつスモッグも放てる。あまり味方を毒状態にしたくないのは確かだ。

 ココロが苦しむ姿なんて決して見たくはない。ていうか相手を殺してしまう可能性が出てくる。

 

「……そうだな、ビビ、行って来い」

 

 一瞬クロルを出そうかと思ったが、別段としてビビでも大丈夫そうだな。

 相手が覚える技はノーマル、毒以外ほぼないに等しいのだ。

 つまるところ、ビビに通用する技はダメおし一択。近づかなければ物理技は通らない。

 ゴーストタイプの技は遠距離でも通るのでモーマンタイだ。

 

「ナイトヘッドだ!」

 

 すぐさまナイトヘッドをドガースにお見舞いする。

 何かしろ黒い影がドガースを包み込み、続いてドガースが突然呻きだす。

 どう受け取れば分からない攻撃であるが、なかなかに惨たらしいものなのだろう。

 精神的にくる、というやつ。

 俺は受けたくないな。

 

「ダメおしです!」

「すぐに回避! 当たったら死ぬぞ!」

「ゴ、ゴォォオォオオオオ!?」

 

 そこまで言っちゃう!? と言わんばかりに空気中に紛れるゴース。

 毒ガスポケモンのゴースは、こうして空気に紛れるのが得意だ。風が吹き荒ぶ空間なら間違いなく飛ばされて死んでしまう可能性もあるだろうが、こうした洞窟内なら安心して同化出来るのだろう。

 咄嗟に目の前から消えた対象に、攻撃を止めるドガース。

 

「もう一度ナイトヘッドだ!」

 

 既にドガースの後ろに回り込んでいたゴースが、再びナイトヘッドをお見舞いする。

 この攻撃、どうやって避けるのかは俺には分からない。

 黒い影のような奴はどこまで動けば消えるのだろうか?

 

「っく――!」

 

 あそこまでダメ押しという攻撃に警戒されては、為す術ないだろう。

 大抵はある技を警戒すれば、他の技が通りやすいという点が出来る。しかし今回の場合、ドガースはこのダメ押し以外に有効な手立てがないのだ。

 ゴースの場合、攻撃技を警戒されたらあやしい光、催眠術といった補助技に切り替え、その後じっくりと捩じるのが鉄則だ。

 そうした鉄板の技構成はしていると思うのだが、今回の場合、上手くはいかない。

 

「どくガスです!」

 

 焦ったランスは、そうしてどくガスをドガースから放たさせる……って!

 狙いは俺かよ! やけにいやらしい笑みを浮かべてると思ったら! ゲスイぞやってること!

 ――やめろこっちくんな!

 とか思っていたけど、ビビが目の前にいたのでどうにかなった。毒ガスを吸い込んで、ビビの体が若干大きくなるだけで毒ガスの効果がなくなる。

 ビビがいれば、毒攻撃は全て無効にできそうだな。

 

「本当に、邪魔をしに来たのですね……」

 

 顔がここにきて歪む。

 この様子だと、もう手持ちはいないようだ。俺の勝ちがきまったようなものである。

 俺はビビに再度ナイトヘッドを進言しようとした、ところでだ。

 

「えんまく!」

 

 その瞬間を待っていたんだ! とでも言わんばかりに、ドガースが瞬時に煙幕を広げる。

 この手際の良さ、何回も煙幕を練習や実践でやってきたに違いない。

 狭い井戸の中に籠る煙ったい空気。視界が曇り、近場でさえ眺めることが困難になる。

 すぐさまビビに、煙幕を吸い込むように指示を出す。

 と言っても、そんなに素早く井戸を包み込む煙幕を吸い取れるわけではなく。

 気付けばランスとドガースは、風のようにこの場から消えていた。

 

「…………あー、ちくしょう」

 

 小さく零す言葉。

 残ったのは俺たちと、キョトンとした表情で俺を見つめるナギサと呼ばれた少女。

 そして勝ちを目前で取り逃がしたという、何とも言えない焦燥のみ――

 

 



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