その少年全属性魔法師につき (猫林13世)
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戸惑い入居

今回はオリジナル作品です。基本的には主人公のモノローグで進めて行くつもりです。


 魔法というものが現実になってもう何世紀経ったんだろう……魔法を使えない人と使える人とでは生活水準に差が出ると言われてた時代も終わり、今では学校にも普通科と魔法科の両方あるところも珍しくなくなって来た。

 しかし僕が生まれ育った地域には魔法科のある学校が無くて、僕はこの四月から実家を離れて生活することになった。

 私立霊峰学園、かつてこの近くに霊峰と呼ばれる山があった事からその名前が付けられたと言われているが、その事実は未だ解明されていないらしい……

 

「受験の時に来たけど、相変わらず広いな……敷地内で迷子になりそうだよ」

 

 

 ただでさえ僕の生まれた村は田舎で、村民が全員知り合いってくらいの広さしか無かったのに、この学園はもしかしたら僕の田舎よりも面積が広いんじゃないだろうか……

 

「まさかね……」

 

 

 この学園では、普通科250名、魔法科150名の計400名が一学年とされていて、三年間一度も顔を合わせないで卒業する相手も大勢いると噂されているらしいのだが、本当なのかな……

 そもそも150名って僕が通ってた小中学校より生徒数が多いよ……こんなところに通う事になって、僕本当に大丈夫なんだろうか……

 

「君、ここは関係者以外立ち入り禁止だよ」

 

「す、すみません!」

 

「おや君は確か……東海林元希(しょうじもとき)君ね」

 

「そうですけど……何で僕の名前を?」

 

「そりゃ知ってるわよ。これでも理事長ですもの」

 

 

 理事長? もしかしなくてもこの学園で一番偉い人!? 何でそんな人が僕に話しかけてきたんだろう……

 

「今月から通う新入生の中で、トップの成績ですものね。先生たちも噂してるわよ」

 

「えっと理事長……」

 

「あら、そう言えば名乗ってなかったわね。恵理よ、早蕨恵理(さわらびえり)。気軽に恵理さんとでも呼んでね」

 

「えっと……」

 

 

 正直僕は異性と話すのが苦手なんだけどな……

 

「貴方がこれから三年間暮らす家だけど、実は私の家なの」

 

「え? ……えぇっ!?」

 

 

 そう言えば早蕨荘って名前だったような……

 

「理事長兼大家さんって感じかしらね」

 

「理事長はその……「早蕨荘」で生活してるんですか?」

 

「そうよ。だって本宅が遠いんだもん」

 

 

 ……理事長と一緒に暮らすなんて、緊張するってレベルじゃないよ……かといって他の下宿を探す余裕なんて無いし……主に金銭面で……

 

「他の子が居ないから、君が入ってくれなかったら取り壊す予定だったのよ。良かったわ、君が入居してくれて」

 

「あの……」

 

「大丈夫よ。部屋は別々だから」

 

 

 聞きたい事はそんな事じゃ無い。でも僕はまともに会話をする事が出来ずに理事長のペースに巻き込まれる。

 

「トイレは各部屋にあるけどお風呂は共同よ。だから混浴もOK」

 

「あの……僕……」

 

「なにかしら? 恥ずかしいのかな~?」

 

 

 正直それもある。でもそれ以上に何で理事長がここまでノリノリなのかが気になるんだ。

 

「それじゃあ早速お部屋に案内しようかしらね。「早蕨荘」は学園の敷地内だから」

 

 

 理事長のペースに逆らえず、僕は理事長の後ろについていく。

 

「それにしても、あんな驚異的な数値をたたき出した子だから、どんな見た目かと思ってたけど、随分と小柄なのね」

 

「ゴメンなさい……」

 

「なんで謝るのかしら?」

 

「ゴメンなさい……」

 

 

 高校生になれば成長するかもと淡い期待は抱いてるんだけども、中学に通う前も同じ事を思ってたからきっと駄目かな……

 

「身長いくつ?」

 

「152です……」

 

「体重は?」

 

「34キロ……」

 

「それでよく魔法発動の際に起こる衝撃に耐えられるわね」

 

「ゴメンなさい……」

 

「いいのよ、謝らなくて」

 

 

 理事長に頭を撫でられて、僕は何となくお母さんを思い出す。実家で生活してた時は良く撫でてくれてたんだよね……

 

「さて、これが「早蕨荘」よ」

 

「えっと……これって本当に「早蕨荘」ですか?」

 

「そうよ? 何かおかしかったかしら?」

 

 

 おかしいと言えばおかしいよ……だってこれだけ大きい外観で、きっと部屋も綺麗なんだろうに、月々の家賃が一万円って……何か問題でもあるんだろうか?

 

「あの……家賃一万円って嘘だったんですか?」

 

「本当よ? もしかして高かった?」

 

「いえ……」

 

 

 むしろその逆なんですけど……これだけ大きくて立派な建物に、月一万円で生活出来るのならば、もっと暮らしてる人が居てもおかしくないと思うんだけどな……

 

「えっと理事長、何で「早蕨荘」には入居者が居ないんですか?」

 

「そりゃねぇ……お金持ち学校だし。遠方から通う子は近くのマンションに部屋借りちゃうしね」

 

「……そうなんですか」

 

 

 入学する前に調べろよ僕……魔法が使える事でこの学園から誘われてホイホイ受験しちゃったけど、僕みたいな貧乏人が通ってもよかったんだろうか……

 

「ちなみにアルバイトは禁止だからね。校内でのはOKだけど」

 

「校内でアルバイト? 売店とかですか?」

 

「違うわ。先生のお手伝いや、魔法開発なんかね」

 

「魔法開発?」

 

「これは入学してから説明があるからとりあえず置いておきましょう」

 

 

 凄く気になるんですが……

 

「それじゃあ改めまして、ようこそ東海林元希君。この霊峰学園早蕨荘へ!」

 

 

 今更入居を取りやめても暮らせるような物件は見当たらないだろうし、理事長も優しそうな人だから大丈夫だよね?

 こうして下見だけのつもりだったのに、僕は今日からこの「早蕨荘」で生活する事になったのだ。




これ続くのかな……タイトルも決まって無いし……


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明日のスケジュール

ヒロインが出揃うまでは頑張りたいと思います


 理事長につれられて、僕は「早蕨荘」に足を踏み入れた。見た目通り中も凄い豪華だ……これで家賃が月一万円って凄いな……

 

「姉さん! 掃除の途中で何処に……あら?」

 

「ただいま。入居者を連れて来たわよ」

 

「この子が東海林元希君?」

 

「えっと……東海林元希です、これから三年間此方でお世話になります」

 

 

 理事長と二人かと思ってたけど、他にも住人が居た事に安堵した。

 

「ご丁寧にありがとう。私は私立霊峰学園教師の早蕨涼子よ」

 

「私の妹なの」

 

 

 ……理事長と先生と三人で生活するのだろうか。それだと余計に緊張しちゃうよ……

 

「あの僕やっぱり入学式まで近くで生活を……」

 

「大丈夫よ。荷物は既に送られてるから」

 

「何時の間に!?」

 

 

 下見に来て入学式までの数日は近くの漫画喫茶で過ごそうと思ってたのに……荷物だってそのつもりで送ったのに……

 

「まったく姉さんたら……片付け放り出して何処に行ったかと思ったわよ」

 

「可愛い生徒が迷子になりそうだったから迎えにいったのよ」

 

「確かに、可愛いわね」

 

「あうぅ……」

 

 

 これでも男なので、「可愛い」と形容されるのは嬉しく無いんだけどな……でも中学の時も女装したら似合いそうとか、ホントは女なんじゃないかって言われてたからな……理事長や先生が僕を見てそういうのも仕方ないのかもしれない……なんだか泣きたくなってきたよ……

 

「でも良かったわよね。元希君が入居してくれなかったら取り壊しだったんだから」

 

「ホントよね。理事長の私を差し置いて決定するなんて」

 

「しょうがないわよ。理事長といってもまだ姉さんは若いんだから」

 

 

 そういえば理事長や先生は何歳なんだろう……女性に年齢を聞くのは失礼だよね……

 

「元希君、どうかしたのかしら?」

 

「うぇ!? な、なんでもないです……」

 

「そんな目でお姉さんたちを見つめて、案外厭らしいのかしら?」

 

「姉さん、あまり苛めちゃ可哀想よ」

 

 

 早蕨先生に抱きしめられ、僕は身動きが取れなくなる……身長も高いし僕の力じゃ振りほどけないよね……

 

「それで、元希君は私たちに何を聞きたかったの?」

 

「えっと……理事長と先生はお幾つなんですか?」

 

「私は28よ」

 

「私は25」

 

 

 その歳で理事長をやってるのには、何か理由があるのだろうか……でも二人共若いなぁ……

 

「さて、明日は魔法科新入生のトップ5を集めての顔合わせがあるから、元希君も参加してもらうわよ」

 

「……始めて聞きました」

 

「うん、初めて言ったから」

 

「姉さん!」

 

「大丈夫よ。元希君以外にはちゃんと通達してるから」

 

「そうじゃないでしょ……」

 

 

 早蕨先生と僕の気持ちは恐らく一緒だろう……何で僕にだけ教えてくれなかったんだろう?

 

「細かい事は置いておいて、とりあえず元希君の荷物の整理の続きをやっちゃいましょう」

 

「えっ……続き?」

 

「もう結構終わってるのよ」

 

 

 荷物と言っても当面の着替えくらいしか無いから終わっててもおかしくは無いのだけども、何で二人が僕の荷物整理をしてるんだろう……

 

「元希君はブリーフ派なのね」

 

「姉さん!」

 

「いいじゃない別に。それに涼子ちゃんだって見たでしょ?」

 

「あ、あうあうあう……」

 

 

 お母さん以外の女の人に僕のパンツ見られちゃった……恥ずかしくて顔から火が出そうな気分だよ……

 

「元希君? おやまぁ、恥ずかしくて気絶しちゃってるわね」

 

「姉さんがからかうからでしょ」

 

「これで学年トップ、しかも一般教科も実技もだなんてね」

 

「人は見かけによらないんですよ」

 

 

 ……何か聞こえるけど、とりあえず今は何も言わないでおこう。恥ずかしくて起きてるのも嫌になったからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕が次に目を覚ました時には、外は既に暗くなり始めていた。昼過ぎに此処に来たとはいえ、随分と気を失ってたんだな……

 

「お風呂……」

 

 

 夕ご飯の前にお風呂に入るのが、僕の習慣で、それは恐らくこれからも変わることは無いんだろうと思っている。

 

「お風呂何処だろう……」

 

 

 この「早蕨荘」の中を案内してもらう前に気を失ったので、詳しい場所が分からない……如何しようかな……

 

「ちょっとだけなら怒られないよね」

 

 

 僕は自分の影を飛ばしてこの「早蕨荘」の内部を探検する。えっとお風呂の位置は……

 

「あった」

 

 

 広いけどこれなら迷わずにいけそうだな。僕は影を元に戻してお風呂までの道を進んでいく。脱衣所も湯船も広いなぁ……僕の実家の半分はこの場所で埋まりそうなくらいだよ……

 

「一人で洗えるのかしら?」

 

「大丈夫ですよ……あれ?」

 

 

 僕は一人でお風呂に来たはずだ。それなのに何で今話しかけられたんだろう……

 

「元希君だってもうすぐ高校生なんだから、これは過保護ですよ」

 

「でも、元希君って何だか構ってあげたくなるでしょ?」

 

「その気持ちは分かるけど」

 

 

 振り返るとそこには理事長と早蕨先生が立っていた、裸で……

 

「ま、前を隠してくださいよ!」

 

「別に恥ずかしがる事は無いでしょ? これから一緒に生活するんだから」

 

「姉さん……理事長が生徒を誘惑しないの」

 

「仕方ないわね」

 

 

 僕は本当なら逃げ出したかったのだけども、出入り口に理事長と早蕨先生が立っている為に逃げ出す事は出来なかった。

 それならば湯船に逃げ込めばよかったのだが、それだと理事長の思う壺なのだ。なにせ湯船には逃げ場が無いから……

 

「それじゃあ私が元希君の頭と背中を洗ってあげるわ」

 

「じ、自分で出来ますよぅ……」

 

 

 早蕨先生に助けを求めようとしたけども、先生も裸なので僕は視線を向けるのを躊躇った。異性の裸なんてお母さんくらいしか見た事無いもん……

 

「パンツ見られただけで恥ずかしがる元希君には、お姉さんたちの裸は刺激的過ぎたかしら」

 

「明日の説明なら後でも出来たでしょうね……」

 

「涼子ちゃんだってノリノリでついてきたでしょ」

 

「姉さんが暴走しない為の監視です!」

 

 

 如何やら明日の説明をしにきてくれようだけど、お風呂でする意味はあるのだろうか……

 

「明日元希君の他に来る四人は、それぞれ魔法の大家の娘さんよ」

 

岩崎炎(いわさきほむら)さん、氷上水奈(ひかみみずな)さん、風神美土(かぜかみみつち)さん、そして光坂御影(こうさかみかげ)さんです」

 

「魔法師は女性の方が多いって言うけど、実力者五人の内四人が女の子とはね。それともう一人は女の子より女の子っぽい男の子だし」

 

「ゴメンなさい……」

 

「謝らなくて良いのよ。元希君は元希君なんだから」

 

 

 そういって理事長に抱きしめられたのだけども、直におっぱいが当たって僕は再び気を失うのだった……

 気を取り直してすぐ、僕は誰が着替えさせてくれたのかを考えてまた気を失ってしまったのだった……




元希君の男のレベルはほぼゼロです


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魔法師としての職

早くタイトルを考えなくては……


 魔法科の新入生五人を集めて、事前に顔合わせをするらしいんだけど、その事を僕は昨日お風呂で聞いた。だからいったい何で五人なのかも分からないし、何の理由があってその五人だけ先に顔合わせをするのかも分かってないんだよね……

 

「元希君、準備出来てる?」

 

「あっはい! すぐ行きます」

 

 

 早蕨先生にドア越しに声をかけられて、僕は慌てて返事をした。これが理事長だったら部屋に押し入ってくるんだろうな……

 

「良かった、迎えが理事長じゃなくって」

 

「私が何だって?」

 

「うわぁ!?」

 

 

 何時の間にか僕の背後に居た理事長に声をかけられて、僕は慌てて距離を取った。

 

「制服を着ても高校生に見えないわね」

 

「ゴメンなさい……」

 

「謝らないの。君は悪く無いんだからね」

 

 

 理事長に頭を撫でられて、僕はくすぐったい気分になる。何時までも子供扱いされる訳にもいかないし、頑張らないとね。

 

「さぁ、いきましょう」

 

「うぇ? 僕まだズボン穿いてないですよ!」

 

 

 正確にはベルトを締めてないのでユルユルなんだけど……

 

「しょうがないわね。ほら、お姉さんが穿かせてあげるから」

 

「自分で出来ますよぅ……」

 

 

 理事長にベルトを締めてもらって、僕は二人に手を繋がれて魔法科の体育館へと連れて行かれる。これって子供扱いだよね……如何やったらやめてもらえるんだろうな……

 

「元希君は魔法科の体育館と普通科の体育館の違いは知ってる?」

 

「魔法科の体育館は入り口を通ると異空間に抜け、そこで受けたダメージは現実世界には反映されない。だから体育館内ではより実戦に近い授業が行われるんですよね?」

 

「さすがトップ入学、魔法科の仕組みは把握してるのね」

 

 

 僕の答えに満足がいったのか、理事長が僕のほっぺたにキスしてきた。それに対抗したわけじゃないんだろうけども、早蕨先生もほっぺにキスしてくれた……僕は二人から見て何なのだろうか……

 

「揃ってるわね」

 

「彼女たちが?」

 

「ええそうよ。元希君のクラスメイトよ」

 

 

 えっと……クラスメイトって僕を含めて五人しか居ないんですけど……

 

「霊峰学園では、普通科は1-A、1-Bって表記するのに対して、魔法科はA-1、B-1って表記になるのよ。そして魔法科は一クラス二十九人に分けるの」

 

「えっ、でも此処には五人しか……それに二十九人じゃ全体からみたら足りない……」

 

「普通科にもだけど、魔法科にもSクラスってものが存在するの。私がそのクラスを受け持つんだけどね。それでそのSクラスに選ばれたのが此処に居る五人って訳なのよ」

 

「君が最後の一人か? アタシは岩崎炎! それにしてもちっこいな~」

 

「私は氷上水奈と申します」

 

「風神美土、よろしく」

 

「ボクは光坂御影、君が学年トップなのかな?」

 

 

 クラスメイト四人が挨拶してくれたけど、正直僕は女の子や女の人と会話するのが苦手なんだよなぁ……でも、ちゃんと挨拶しないと。

 

「えっと……東海林元希です。よろしくお願いします」

 

「元希か! これからよろしくな!」

 

「あうぅ……」

 

 

 岩崎さんはすぐに誰とでも仲良くなれるタイプの女の子のようだ。僕みたいな男でも仲良くしてくれるんだ……

 

「よ、よろしくお願いします、岩崎さん」

 

「炎で良いって! アタシも元希って呼ぶから」

 

「もう炎さんは呼んでましたわよ。元希様が困ってらっしゃるじゃないの」

 

「えー! 元希、困ってるのか?」

 

「うぇ!? べ、別に大丈夫ですけど……」

 

「ほらみろ! 水奈が気にしすぎなだけだって」

 

「わたしも、美土で良いよ。代わりにわたしは元希さんって呼ぶから」

 

「ボクも御影で構わないよ、元希君」

 

 

 えっと、初対面なのに何で皆こんなにフレンドリーなんだろう……ひょっとして僕みたいに皆田舎から……そんな訳無いよね。魔法の大家の娘さんだって言ってたから。

 

「さて、改めて言う必要はないとは思うが、現在魔法は八種類、四系統に分かれています」

 

「アタシは炎と岩だね」

 

「私は氷と水ですわ」

 

「わたしは風と土」

 

「ボクは光と影」

 

「分かりやすく揃ってくれたおかげで新入生への説明は四人に手伝ってもらえば終わりそうだしね」

 

 

 理事長が僕を見て笑ったけど、早蕨先生は何でか頭を押さえている。

 

「姉さん、楽をしようとしないでくださいよ。ただでさえお飾り理事長って影で言われてるんですから」

 

「アレは理事長になれなかった副校長の負け惜しみよ。気にする必要は無いわ」

 

「それで、元希は何の魔法が得意なんだ?」

 

「私も気になりますわね」

 

「わたしも」

 

「あうぅ……」

 

 

 岩崎さん、氷上さん、風神さんに迫られて僕は一歩後ろに下がろうとしたけど足を止めた。影に光坂さんを感じたからだ。

 

「意外、気付かれるとは思わなかった。元希君も影の使い手?」

 

「まぁそう迫らないの。元希君の実力はすぐ分かると思うわよ」

 

「姉さん、まさか体育館で説明するって言ったのは……」

 

「それは後でね。今はとりあえずこの魔法科の説明をしちゃいましょう」

 

 

 早蕨先生が何故だか僕を見て可哀想って目で言ってるんだけど、いったい何をさせられるんだろう……

 

「魔法師が世間に出てする仕事は大きく分けて二つです。一つはエネルギー供給の為に様々な施設で働く。一般的にはこの職に就くのが魔法師の世界の常識とされています。魔法師では無い人々が、魔法師に畏怖を抱かない為に二世紀前からエネルギー供給は魔法師の仕事とされました。もちろんその分お給料は良いんだけどね」

 

 

 そう言って理事長はウインクしてみせた。でも何で僕に向けてなんだろう……

 

「そしてもう一つは、魔法師にしか倒せない異界の存在、所謂魔物を退治する職。これは命懸けであるが為に高収入、これが一般人と魔法師との収入格差だといわれていた原因。だけど命懸けなんだからちょっと多く貰ってもよさそうなんだけどね」

 

「姉さん、話がそれてるわよ」

 

「そうね。そしてこの霊峰学園の魔法科では、上位五名の生徒をこの魔物退治に特化した魔法師になってほしいと思っています」

 

「アタシはそのつもりだしね!」

 

「私も」

 

「わたしも。戦闘はあまり得意じゃないけど、後方支援や回復なら」

 

「ボクは敵情視察や足止めなら出来る」

 

「今の段階で多くは期待してないわ。でも、何時かはこの五人で魔物を狩ってほしいと思ってます」

 

 

 えっと……僕そんな事聞いて無いんだけどな……格安の寮があって就職率が良いって誘い文句にホイホイ乗って入学したら、偉い事になってきてるんだけど……

 

「それで今日集まってもらったのは、今の段階で一人でどれだけ魔物の相手が出来るかを見たかったからなの。バーチャルの魔物と戦ってもらうからね」

 

「うえぇ!? 聞いてませんよ……」

 

「うん、元希君には初めて言ったからね」

 

 

 また僕にだけ言ってなかったんですか……さっき早蕨先生が僕を哀れんだ目で見てたのはその事だったんだ……ていうか、僕魔物退治なんてした事無いんだけどな……




次回ちょっと戦闘シーンが入ります


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元希君の初演習

もう少し連続投稿出来るかな……


 バーチャルだけどいきなり戦えと言われても、僕以外の四人は驚く事無く立っている。事前に聞かされていたのだから当然なんだろうけども、何で僕には教えてくれないんだろうな……

 

「さて、今回は五人で一体の魔物を退治してもらおうと思ってるの」

 

「五人で一体ですか? それって簡単なのでは……」

 

 

 挙手をして氷上さんが理事長に質問をした。確かに五人で一体なら簡単かもしれないな、それに僕が何もしなくても終わるかもしれないし。

 

「いや、この五人という事なので、魔物はそれなりに強力なのを予定してるわ」

 

「ちなみに種族は何ですか?」

 

 

 今度は岩崎さんが挙手をして発言する。だけど岩崎さんは何処か面白そうだと思ってる表情をしてる……なんとも見た目通りな性格なんだろうな……

 

「ドラゴンとグリフォン、どっちがいい?」

 

「上級モンスター……新入生が相手出来るレベルでは無い」

 

「まぁまぁ風神さん、気にしなくとも大丈夫よ。相手の能力には制限掛けるし、それにバーチャルだから」

 

「ボクはどちらでも構いません。相性にも寄りますが」

 

 

 光坂さんがやる気を見せると、それにつられるように岩崎さんが理事長に言う。

 

「なんらな二体同時でも良いですよ。そっちのほうが面白そうだし」

 

「炎ちゃん……無理して取り返しのつかない事になっても知らないわよ」

 

「大丈夫だって水奈、架空世界なら怪我もしないしさ」

 

「そういう問題では無いと思う……でも、二体同時でも構わないとわたしも思う」

 

 

 うえぇ……風神さんまでそんな事を言うんだ……なら氷上さんが何とか止めてくれるのを期待したいな……僕は言えないし……

 

「しょうがないですね。私もそれで構いません」

 

「えぇ!?」

 

 

 まさか氷上さんもそのノリなの!? 僕はきっと今、もの凄い情けない表情をしてるんだろうな……

 

「じゃあ二体同時……ってしたいのは山々なんだけど、さすがにそれは許可出来ないわね。新入生をいきなり上級モンスターにぶつけるのだってかなり無茶なんだから」

 

 

 良かった……理事長が悪乗りしなくて。もしこのまま二体同時だったら、僕は逃げ出したかもしれないし……

 

「じゃあドラゴンで良いですよ。アタシはグリフォン苦手だし」

 

「火竜だと炎ちゃん相性最悪なのでは?」

 

「種族的に相性最悪なグリフォンよりはマシよ」

 

「大丈夫よ。今回のドラゴンは地竜だから」

 

 

 種族? 相性? 正直僕はそこら辺はあまり詳しくない。知識としては知ってるけど、実際にその属性がぶつかるとどうなるのかは見たことが無いんだよね……

 

「それじゃあ準備して、私と涼子ちゃんは離れた場所で見てるから」

 

「元希君、気をつけてね」

 

「は、はい……」

 

 

 いきなり戦えといわれても、正直如何すれば良いのか……

 

「はい、準備完了。ドラゴンはもう現れてるからね」

 

「目の前に現れるわけでは無いんだ」

 

「さすがにバーチャルでもある程度のリアリティーは必要だからね。自分たちで探してちょうだい」

 

 

 そう言って理事長は早蕨先生と何処かに行ってしまった……

 

「索敵なら御影に頼むのがいいかな?」

 

「ボクもそう思うけど、元希君も「影」使えるよね?」

 

「う、うん一応……」

 

「じゃあ二人で探そう」

 

 

 光坂さんに手をつかまれ、僕は慌てて距離を取る。いきなりでビックリしたよ……

 

「とりあえず探してみるけど、あまり期待しないでね……」

 

 

 僕はこの世界に僕の影を広げ、目的の地竜を探す。随分と広いんだな……

 

「見つけた」

 

「えっ、もう?」

 

「御影さんより早いなんて……」

 

 

 僕は光魔法でこの世界の地図を上空に映し出し、地竜の位置をみんなに教える。

 

「この洞窟の奥に居るよ。能力は理事長が言ってた通りそれほど高く無さそう」

 

「そんな事まで分かるの?」

 

「平均がどれくらいかは分からないけどね」

 

 

 僕は僕が得た情報をみんなに教えて、地竜と戦う時の事を決めておく事にした。

 

「地という事は、やっぱり氷上さんが前衛で攻撃するのが良いと思う。水は相性がいいはずだから」

 

「アタシも前衛でやる! 水奈のフォローくらいなら出来るわよ」

 

「そうですね。わたしと御影さんでバックアップしますので、炎さんは前衛をお願いします」

 

「元希様は如何します? バーチャルでも戦闘経験が無いのですよね?」

 

「うん……」

 

 

 正直僕が何処まで出来るかは分からないけど、バーチャルとはいえ女の子に隠れて戦闘を終えるのは恥ずかしいよね……

 

「僕も前に出るよ。何処まで通じるかは分からないけど……」

 

「でも元希君の魔法はあまり前衛向きじゃないよ?」

 

「大丈夫、考えがあるんだ」

 

 

 光坂さんの疑問に、僕は笑って答える。恐らく理事長や早蕨先生もそれを期待してるんだろうし、一応学年トップを取ったんだからそれなりに頑張らないとね。

 

「出てきた」

 

「さすが御影、光を使ってドラゴンを誘き出したんだね。じゃあ早速!」

 

 

 岩崎さんが突っ込んでいって魔法を発動させた。

 

「炎よ、礫となりて敵を焼き尽くせ、『ファイアーボール』」

 

「牽制としては有効ですね。では私も」

 

 

 地竜の視線が岩崎さんに向いたのを確認して、氷上さんが魔法を発動させる。

 

「水よ、その形を変え敵を貫け『ウォーターランス』」

 

 

 氷上さんが魔法を発動したのと同時、地竜が岩崎さんに攻撃しようとした。

 

「風よ、我らを包みその身を守れ『ウィンドカーテン』」

 

「光よ、かの者を照らし視界を奪え『シャイニング』」

 

 

 風神さんと光坂さんの魔法で、ドラゴンの攻撃は岩崎さんにあたる事なく済む。なら今度は僕の番だね。

 

「氷炎よ、その反する力を持って敵を滅せよ『フレイム・ブリザード』」

 

 

 隙だらけの地竜に魔法を叩き込み、完全に地竜の動きが止まった。えっと、これで終わりなのかな……

 

「元希……今の魔法」

 

「炎と氷ですよね……」

 

 

 あれ? 何だかみんなが僕の事を見てるんだけど……何か僕変な事したかな?

 

「元希さんは影の魔法師なのでは無いのですか?」

 

「ボクより早く地竜を見つけたから、てっきり影かと思ってた」

 

 

 えっと……魔法師って属性が決まってるのが普通なんだろうか……

 

「あの……僕は全種類の魔法を使えるんですけど……それっておかしな事なのかな?」

 

 

 僕の言葉に、全員が驚いた表情を浮かべる……やっぱり変なのかな?

 

「それって凄いことだよ! 元希、アンタやるじゃん!」

 

「世界で確認されている全種類の魔法を操る魔法師は、早蕨姉妹だけです」

 

「つまり元希さんは三人目の『全属性魔法師(オールタイプ・ウィザード)』って事だね」

 

「納得。だからボクたちは元希君に索敵で負けたんだ」

 

 

 何だか良く分からない展開になってきたような……ていうか理事長も早蕨先生も凄い人なら教えてほしかったな……




詠唱や魔法を考えるのは苦手です……時間かかった……


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説明はお風呂場で

そろそろキツイな……


 地竜との戦闘を終えて、僕たちは理事長と早蕨先生の許に戻ってきた。正直さっき聞いた二人が世界的に有名な魔法師だって事を、僕はまだ僕の中で処理出来て無いんだけど……

 

「お疲れさま~。やっぱり元希君は凄かったね」

 

「うわぁ!?」

 

 

 理事長に急に抱きつかれ、僕はバランスを崩す。僕よりも大きい理事長が抱きついてきたら、僕は踏ん張る事が精一杯で振りほどく事など出来ないんだ。

 

「ん~可愛くて強いなんて反則だよ~」

 

「姉さん」

 

「ん~? 涼子ちゃんも抱きしめたいの?」

 

「違います! そうじゃなくて、元希君に説明をした方が良いんじゃないですか?」

 

「それはお家で出来るわよ。今は五人の判定結果の方が優先よ」

 

 

 判定結果? もしかしてこの戦いって僕たちの能力を見るだけじゃなくって、今現在の能力も見てたのだろうか?

 

「全員文句無しのBランク以上、すぐにでも実戦部隊に入れる実力はあります」

 

「今回の最大ランクの設定がBだから、もしかしたらそれ以上かもしれないけど、それ以上になると学園生活なんて送れないからね。A判定は三年生になってからしか出せないし」

 

「それで理事長、元希が全属性魔法師だって何で教えてくれなかったんですか?」

 

「だって確証は無かったんだもの。でも今の戦いではっきりしたわね。元希君は世界で三人目の全属性魔法師よ」

 

「あの~……その全属性魔法師って何なんですか? 僕は普通に全魔法師が全属性魔法を使えると思ってたんですが」

 

 

 教科書や試験でもそんなものを見たことが無いから、てっきり当たり前すぎて載ってないのかと思ってたんだけどな……

 

「それもお家で教えてあげる。今話すと長すぎて他の四人が疲れちゃうからね」

 

「それでは今日集まってもらった要件は終了しましたので、後日入学式でまたお会いしましょう」

 

「そっか。じゃあね、元希!」

 

「元希様、ごきげんよう」

 

「またね、元希さん」

 

「お疲れ様、元希君」

 

 

 岩崎さん、氷上さん、風神さん、光坂さんが順に体育館から出て行く。そうか、僕たちは学内にある早蕨寮だけど、皆は違うんだよね……すっかり忘れてた。

 

「それじゃあ元希君、私たちもお家に帰りましょ?」

 

「姉さん、さっきから元希君にベッタリ過ぎません?」

 

「涼子ちゃんもくっつきたいんでしょ? 我慢しないで良いのよ? もう四人は帰っちゃったし」

 

 

 理事長が悪い笑顔を浮かべてるなと思ってたら、反対側にも温もりを感じた。早蕨先生も理事長同様に僕に抱きついて来たのだ……

 

「く、苦しい……潰れるよぅ……」

 

「もう、可愛いわね~」

 

 

 早蕨先生に負けじと理事長が僕を更に強く抱きしめる……あれ? 何だか意識が……

 

「あれ? 元希君? おーい……」

 

「気を失っちゃったのね」

 

「涼子ちゃんが強く抱きしめるからよ」

 

「私の所為じゃないわよ!」

 

 

 うん、早蕨先生の所為じゃないね、二人の所為だよ……そして僕は意識を手放したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に目が覚めたのは、見知らぬ天井の下だった。何処だろう此処……何か似たような場所を知ってるような気がする……

 

「早蕨荘?」

 

「あっ、気がついた?」

 

「理事長? あの、此処は?」

 

「私の部屋よ。元希君気絶しちゃったから、私の部屋に運んだのよ」

 

 

 何で僕の部屋に運ばなかったんだろう……看病とかそんな理由かな?

 

「さて、元希君も意識を取り戻したことだし、お風呂に行きましょ!」

 

「お風呂!? 一人で入れますよぅ……」

 

「だ~め! 涼子ちゃんも一緒に入って元希君に色々と説明するって約束しちゃったんだからね」

 

 

 何故そこに僕の意思が反映されないんだろう……僕が聞きたい事なのに、僕の都合は一切無視なんだろう……

 

「それじゃあ元希君、お風呂に行くわよ」

 

「あうぅ……」

 

「昨日寮内で魔法を使ったのは見逃してあげるから」

 

「っ!?」

 

 

 昨日のってお風呂の場所を探したアレだよね……もしかして寮内では魔法を使ったら駄目だったんだろか……

 

「涼子ちゃーん! お風呂入るわよ~」

 

「姉さん! って元希君? 顔色悪いけど、どうかしたの?」

 

「えっと早蕨先生、寮内で魔法って使っちゃ駄目だったんですか?」

 

「いえ、そんな事無いけど……どうして?」

 

「理事長!」

 

「誰も悪いなんて言って無いわよ?」

 

 

 まんまと騙されて、僕はそのまま理事長につれられてお風呂場に移動する。早蕨先生も同情はしてくれてるみたいだけど、解放はしてくれないようだった……

 

「さて、それじゃあ何から聞きたい?」

 

「どうして二人は僕とお風呂に入りたいんですか?」

 

「魔法の事だけ質問を認めます」

 

「あうぅ……じゃあ全属性魔法師って珍しいんですか? てっきり僕は全員全ての魔法を使えると思ってました」

 

「さっき美土ちゃんが言ったように、私たち姉妹と元希君の三人しか、現段階で全属性魔法師は確認されて無いの」

 

「私たちは教員として日本に留まってるけど、本来なら何処にも永住する事なんて不可能なはずなの」

 

 

 永住出来ない? 何でそんな事になるんだろう……もしかして僕も出来なくなっちゃうんだろうか?

 

「私たちはイレギュラーな存在として、国際魔法協会に検査させろと何度も通達が来てるのよね。もちろん断ってるけど」

 

「そしてイレギュラーであるが故に魔物退治を率先してさせようとしてるのよ。国籍に関係無く退治に参加出来るように、フリー国籍にさせられてね」

 

「だからどの国にも滞在は出来るけども、永住は出来ないのよ」

 

「仕事って名目でこの学園のこの寮に住んでるけども、本来なら教師にだってなれないはずだったのよ」

 

「あっ……もしかして『本宅が遠い』って」

 

 

 昨日理事長が言っていた事を思い出して、僕はちょっと目線を下に動かした。

 

「そうよ。本宅と言うものがあるとすれば、それは戦場の中」

 

「私と姉さんは腰を落ち着かせる事を認められていない存在ですからね」

 

「それじゃあ僕も……」

 

 

 二人と同じ全属性魔法師である僕も、もしかしたら戦場の中でしか生きられないようになってしまうのかもしれない……

 

「国際ランクでS判定をされるとそうなるわね。でも元希君はまだB以上のランク判定が出来ないから安心していいわよ。それに、お姉さんと結婚すればそんな心配も無くなるし」

 

「け・け・け……結婚!?」

 

「姉さん!」

 

「だって私と結婚すれば、元希君をこの学園の理事長にする事だって出来るのよ? そうすれば世界中を飛び回る戦闘魔法師になんかならなくていいんだから」

 

「だったら私とだっていいじゃない! 姉さんの義弟なら理事長に推挙出来るでしょ!」

 

「あ、あの……」

 

 

 何だか良く分からない展開になってしまい、僕は戸惑いながらも自分がイレギュラーなんだと改めて自分に言い聞かせた。




どこかでキャラ説明します


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キャラ設定 世界設定

最初にやれよみたいな事を今更になって……


 東海林元希 身長152cm  体重34kg 一人称「僕」 黒髪 瞳の色は黒 本作の主人公にしてヒロイン?

 田舎から私立霊峰学園に通う事になった新入生。小柄で中性的な顔立ちをしてる為に良く女子に間違えられる。

 世界で三人しか居ない全属性魔法師(オールタイプ・ウィザード)だが本人はその凄さをイマイチ把握していない。

 異性には若干話しにくさを覚えているが、基本的には人付き合いは良い。早蕨姉妹と同じく学内にある「早蕨荘」で生活している。

 S-1の一員で唯一の男子。田舎暮らしだったために家事全般や細かい事に良く気が付く。成績は一般教養も魔法知識も学年一位。だが実戦経験が無い為にその知識が本当か如何か疑いを持っている。

 

 

 

 早蕨恵理  身長168cm B88 W56 H84 一人称「私」 銀髪ロングで後ろで一つに纏めている瞳の色は藍色 本作ヒロインの一人 主人公の呼び方は「元希君」

 私立霊峰学園の理事長であり元希と同じ全属性魔法師。年齢は28。「早蕨荘」の大家も兼ねている。

 初対面から元希の事を溺愛しており、やたらにつけて一緒にお風呂に入りたがる。実は異性と付きあった事がなく現在恋人募集中だが審査は厳しいと噂されている高嶺の花的存在。「早蕨荘」のエネルギーの半分は恵理が作り出している。

 

 

 早蕨涼子  身長165cm B90 W55 H86 一人称「私」 銀髪のセミロング 瞳の色は紫 本作ヒロインの一人 主人公の呼び方は「元希君」

 私立霊峰学園で教師をしている恵理の妹で全属性魔法師。姉に対抗するように元希の事を溺愛している節が見られる。年齢は25。

 姉の恵理ほどは元希に対するスキンシップは多く無いが、その分一回一回のスキンシップが過激。実はファーストキスはまだ。元希の頬にしたのが、異性にした初めてのキスだったり。

 学園の男子からの人気が高く、良く告白まがいな事をされるが、涼子はそれを冗談だと思っていて毎回断っている。「早蕨荘」のエネルギー供給の半分を担当している。

 

 

 

 

 

 

 

 岩崎炎  身長158cm B79 W52 H76 一人称「アタシ」 赤毛のショートカット 瞳の色は緋色 本作ヒロインの一人 主人公の呼び方は「元希」

 魔法の大家「岩崎家」の一人娘。活発で誰とでも比較的すぐ仲良くなれる性格。水奈、美土、御影とは幼馴染でありよきライバル。元希の事を最初は頼りない弟のような感じに捉えていたが、地竜戦後は見所のあるヤツだと思っている。恋愛感情に疎く、元希に抱いてる感情がなんなのか理解してないため、元希に対するスキンシップも友達感覚で行う。特技は格闘技全般と陸上競技。得意魔法は炎と岩。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 氷上水奈  身長163cm B85 W55 H86 一人称「私」 水色のボブカット 瞳の色は青 本作ヒロインの一人 主人公の呼び方は「元希様」

 魔法の大家「氷上家」の三女。少々思い込みが激しく元希に対してははっきりと恋愛感情を抱いてると自覚している。炎、美土、御影とは幼馴染であり親友だと公言しているほど仲が良い。元希に対して一目惚れしており、猫を被っているが基本的には丁寧な口調で話す。恋心が邪魔をしており、元希に対してのスキンシップは少なめ。特技は茶道、華道、書道とお嬢様な感じが漂うが、料理は壊滅的な腕前。得意魔法は氷と水。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風神美土  身長167cm B96 W59 H88 一人称「わたし」 緑色の髪を腰辺りまで伸ばしている 瞳の色は茶色 本作ヒロインの一人 主人公の呼び方は「元希さん」

 魔法の大家「風神家」の長女。上に兄が二人居る。おっとりとした性格と冷静に周りを観察出来る二面性を持つ。炎、水奈、御影とは幼馴染である、四人の中ではお姉さん風を装っている。元希の事を可愛い弟だと思っており、恵理や涼子と同じく過激なスキンシップを取っているが二人ほど元希の事を気絶させたりはしない。特技は料理と値切り交渉、洗い物は苦手。得意魔法は風と土。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光坂御影  身長154cm B75 W53 H73 一人称は「ボク」 黄色の髪を短く切りそろえている 瞳の色は黒 本作ヒロインの一人 主人公の呼び方は「元希君」

 魔法の大家「光坂家」の長女。下に弟と妹が一人ずつ居る。常に感情が薄い感じのしゃべり方をするが、実は誰よりも仲間思い。炎、水奈、美土とは幼馴染で三人には妹のような扱いをされている。元希の実力にいち早く気付き、自分より上の魔法師だと判明すると指導を請うような一面も見られる。S-1の中で一番元希との距離が安定しているので、元希も普通に話せる相手。特技は掃除洗濯と水泳。得意魔法は光と影。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

             世界観 

 魔法という存在が現実だと認められて、その後で問題視されていた一般人と魔法師との収入格差問題も解決済み。魔法師はエネルギー供給か魔物退治を生業にするのが一般的になっている。

 魔物退治は基本的に現れた国の魔法師が担当するのだが、あまりにも強敵だと他国に救援申請を出し他国の魔法師も討伐に参加する事もある。

 魔法師の比率は女性8に対して男性は2。その中でAランクの実力を持つ男性魔法師は日本には存在して居ない。元希は日本初のAランク魔法師の可能性を秘めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   全属性魔法師とは

 その名のとおり全ての属性魔法を扱える魔法師。一人居るだけで大体の魔物は片付けられる実力を持っている魔法師のこと。恵理と涼子は教員としての仕事を理由に今は討伐依頼を断ってるが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         魔物

 低級から上級まで分けられる。低級なら魔法科高校に通ってなくても倒せるレベルの魔物も存在する。上級モンスターとなると、討伐の際に死者も出るほど強敵。入学前に元希たちが倒した地竜も本来は上級モンスター。




とりあえず連続投稿はここまでかな。これからは暇があったら投稿する感じにします……週三くらいが目標で。


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入学式

いよいよ学園生活スタートです


 入学式当日、僕は制服に着替える為部屋の鍵を掛けた。この間は理事長にベルトを締められるという恥ずかしい事をされちゃったけど、これなら理事長でも部屋に入ってくることは出来ないからね。

 

「念のため早く着替えよう。理事長なら何でもありな気がするし……」

 

 

 世界的に有名な魔法師で僕と同じ全属性の魔法を扱える人。そんな人がドアの鍵くらいで対処出来るとは思って無いから急ごうとしたのだけど、それは既に遅かったのだと、僕は思い知る事になった。

 

「元希君、そんなに慌てると怪我するわよ?」

 

「り、理事長!? 何処から!? 鍵は閉めたのに……」

 

「ふっふ~ん。元希君、この部屋は一階で庭と繋がってるのよ? さて何処から入ったのでしょうか」

 

「窓の事忘れてた……」

 

 

 魔法師云々とか考える前に、初歩的なミスを僕はしていたのだった……田舎暮らしが長いから鍵を掛ける習慣が無いんだよね……それに僕の実家は貧乏だったからよけいに……

 

「ほら、早く着替えないと遅刻しちゃうわよ? 学年主席が遅刻だなんて格好付かないわよ」

 

「あうぅ……」

 

 

 新入生答辞は普通科のトップがやってくれるからいいけど、学年主席なんて僕の柄では無いんだけどな……岩崎さんか氷上さんに代わってもらいたいよ……

 

「元希君、ご飯の準備が出来ましたから早く来てください」

 

「あっ、はい」

 

 

 ドア越しに早蕨先生が話しかけてきたので、僕は着替えを再開しようとしたのだが、何時の間にか着替えは終わっていた。

 

「あ、あれ?」

 

「油断大敵よ」

 

「うわぁ!?」

 

 

 僕は何時の間に脱がされて何時の間に着させられたのだろうか……これが上級魔法師の力なのかな? それともただの変態さん?

 

「元希君、如何したの?」

 

「な、何でも無いです……」

 

 

 鍵を開け廊下に出ると、もの凄いスピードで理事長が僕を追い抜いていった。

 

「また! 姉さん、元希君の部屋に忍び込むのはやめなさいとあれほど言ったでしょ!」

 

「だって~。元希君が可愛いからつい」

 

「つい、じゃありません! 大体姉さんは……」

 

「涼子ちゃん、あまりブツブツ小言ばっかり言ってるとオバサンみたいよ?」

 

「オバッ!? 姉さんより若いんですからね!」

 

 

 ……僕の事で揉めてたんじゃないっけ? 何時の間にかただの姉妹喧嘩になってるよ……

 

「あの、ご飯は……」

 

「っ! そうでしたね。姉さんと喧嘩してる場合ではありませんでした」

 

「そうそう。元希君、一緒に食べましょうね~」

 

「あうぅ……」

 

「姉さん!」

 

 

 あっさりと抱きしめられ身動きが取れなくなった僕を、早蕨先生は助けてくれませんでしたが、代わりに足を持たれました。

 

「あの、早蕨先生?」

 

「姉さんだけズルイです! 私だって元希君の事抱きしめたいんですから」

 

「なら、日程を決めましょう。それなら文句無いでしょ?」

 

「公平にお願いしますよ」

 

 

 また僕の意思を無視して僕の事を決めないでくださいよ……入学式だというのに、二人には何も変わらない一日なんだろうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入学式に出席する為に、僕は普通科の体育館を訪れた。本来ならこの場所に授業で来る事は無いんだけども、集会とか式典とかは普通科の体育館で行われるので、その時だけ魔法科の生徒もこの体育館に足を踏み入れる事が出来るのだ。

 

「あっ、元希~!」

 

「岩崎さん、おはようございます」

 

「かったいな~。友達なんだからもっと気軽に挨拶しなよ」

 

「で、でも……」

 

「炎さんの言う通りですよ、元希様」

 

「あっ、氷上さん……」

 

 

 既にクラス発表がされてるため、席は決まっている。S-1のクラスメイトである風神さんも光坂さんも既に席に座っていた。

 

「皆さん早いですね」

 

「だから遠慮しすぎ、タメで良いよ」

 

「でも……僕は基本的にこのしゃべり方だったから……」

 

「もう少しフレンドリーでも良いと思いますよ、元希さん」

 

「風神さんまで……頑張ってみるよ」

 

 

 何とかそう返して、僕は空いてる席に座ろうとしたのだが、何だかA-1の人に見られてるような気がする……

 

「あれがS-1なの?」

 

「男の子よね、それでS-1?」

 

「意外と可愛いじゃない」

 

 

 何で僕を形容する言葉は「可愛い」なんだろう……これでも男なんだけどな……

 

「元希君、気にする事は無いよ。君は間違いなく可愛い男の子なんだから」

 

「光坂さん、それ慰めになってないよ……」

 

 

 むしろ止めに近いような気もするんだけど……

 

「ねぇ元希」

 

「何、岩崎さん?」

 

「そうそれ。『岩崎さん』じゃ距離感じるんだよね~。前に言ったように『炎』で良いって」

 

「で、でも……」

 

 

 正直僕は異性の事を名前で呼んだ事など無いのだ。そもそも同年代の女の子と話すのも殆ど無かったんだから仕方ないけどね……

 

「アタシたちも元希の事は名前で呼んでるんだし、今更遠慮するなって」

 

「私たちが勝手にお呼びし始めたのですがね」

 

「でも、わたしたちも名前で呼んでもらった方が嬉しいですよ。苗字はあまり好きじゃ無いですしね」

 

「『あの魔法の大家の』って反応をされるからね」

 

 

 皆苗字は好きじゃ無いのか……それじゃあ嫌な思いをさせるのも悪いよね……

 

「えっと……炎さん、水奈さん、美土さん、御影さん、これからよろしくお願いします」

 

「よろしくー! ホントならさんも要らないんだけどね」

 

「さすがにそれは……」

 

「そうですわよ。名前を呼び捨てにされるなんて、まるで元希様と……」

 

「水奈さん? 妄想が過ぎますわよ」

 

「また始まった」

 

 

 なにやら急にくねくねし始めた水奈さんの事を、三人は呆れたように眺めている。いったい何があったんだろう……

 

『それでは今より、第○○回私立霊峰学園入学式を開会します』

 

「おっと。水奈、そろそろ現実に戻ってきな」

 

「すみません、少々取り乱しました」

 

「何時もの事ですよ」

 

「そうそう。もう見慣れた」

 

「……ちょっとビックリしたけどね」

 

 

 正直ちょっとでは無いのだが、此処は三人に合わせておいた方がいいだろうと思ってそう続けた。

 

『最初に学園理事長からお祝いのお言葉を頂きます』

 

 

 進行役は如何やら早蕨先生のようだ。やっぱり凄い人だって本当なんだな……でも何で普通科の男の子は早蕨先生を見て目をハートにしてるんだろう?

 

「あっ、理事長さんだ」

 

「壇上からでも分かるオーラ、凄いですわね」

 

「あの若さで理事長になったのですから、それくらいはあると思いますよ?」

 

「魔法師としても優秀だからね」

 

 

 理事長の言葉を聞きながら四人の評価を聞いて、僕は今朝のあの行動をした人が凄い人なんだと改めて自分に言い聞かせる。何か僕を見てウインクしてるし……

 

「美しい……」

 

「女神様……」

 

 

 さっきまで早蕨先生に見蕩れてた普通科の男の子が、今度は理事長に見蕩れてる……やっぱり二人は凄い人なんだな~。

 

「元希君、それは少し違うよ」

 

「うえぇ!?」

 

 

 御影さんにツッコまれたけど、僕今何も言ってなかったよね……




暫くは平穏な授業風景が続く予定です。


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教室までの道程

タイトル決まらない……


 入学式が終わりHRの為に各教室に移動する人並みに、僕は飲まれた。ただでさえ背が小さいのに加え、人込みになれていないのが原因だったんだろうな……

 

「うきゅ~……」

 

 

 漸く解放されたと思ったら、既に体育館には誰一人居なかった。もしかして全員に気付かれる事無く僕は人込みにまみれていたのだろうか……

 

「兎に角教室に急がなきゃ」

 

 

 急いた気持ちとは裏腹に、僕は足を進めることが出来なかった。なぜなら……

 

「教室って何処だろう?」

 

 

 本来なら固まって移動するから道に迷う事など無いのだけども、生憎僕はその集団から置いて行かれた身なのでその移動手段は取れない。

 

「影を飛ばして場所を探そう……」

 

 

 そう決めた瞬間、僕は背後に誰かの気配を感じた。

 

「誰! うわぁ!?」

 

「置いてかれちゃったの? しょうがない子ね」

 

「理事長!? 降ろしてくださいよ~!」

 

「だ~め。さぁ、お姉さんと教室に行きましょ」

 

 

 理事長に抱き上げられ、僕は身動きが取れないまま教室まで運ばれていく。いくら僕が小さくて軽いからって、女性に運ばれるのは何だか虚しい気持ちになってくるよ、男として……

 理事長に抱き上げられながら廊下を進んでいくと、各クラスの女子が僕を見て何かを言っている。

 

「あれってS-1の男の子じゃない?」

 

「ホントだ。でも何で理事長に抱き上げられてるんだろう?」

 

「可愛いよね~」

 

「あれで実技トップだって噂だよ?」

 

「人は見かけによらないんだね」

 

 

 また可愛いって言われた……カッコいいと言われたい訳じゃないけど、せめて可愛いと言われないようにはなりたいな……

 

「さぁ、此処が元希君のクラスよ」

 

「何も無い……いや、魔法ですか」

 

「さすがね。S-1の子にしかこの場所は認識出来ないのよ。さぁいきましょう」

 

 

 漸く降ろしてもらえたと思ったら、また抱き上げられた。もう教室に着いたんだからそのまま降ろしてくれれば良いのに……

 

「涼子ちゃん、迷子を連れて来たわよ」

 

「姉さん! 元希君が嫌がってるから降ろしてあげてください!」

 

「しょうがないわね~」

 

 

 漸く解放されたと思ったら、今度は早蕨先生に抱きつかれた。

 

「うえぇ!?」

 

「心配したんですからね」

 

「ゴメンなさい……」

 

 

 素直に謝る事で、早蕨先生は許してくれた。そして僕が席に座る事でS-1の全員がクラスに集まった事になる。

 

「元希、何処で迷子になったの?」

 

「体育館で人込みに飲まれちゃって……」

 

「元希様は小さいお方ですからね」

 

「あうぅ……そうだけども、あと人込みに慣れて無いのもあるんだ」

 

「そういえば元希さんは地方出身でしたね」

 

「だけどあれだけの人込みなら問題無く動けると思うけど」

 

 

 皆はそんな事ないのだろうけども、僕からすればあの人数は恐ろしく感じるんだよ。だって村の人口と大して変わらない人数が一斉に動き出したら、如何すれば良いのか分からなくなっちゃうじゃないか……

 

「兎に角、これで全員揃いましたのでHRを始めます」

 

「ゴメンなさい……」

 

 

 僕の所為でHRが遅れていたのだと自覚してたので、もう一度頭を下げた。そうしたら何だか柔らかいモノに包み込まれた。

 

「あの、早蕨先生?」

 

「元希君はまだこっちの生活に慣れて無いのですから、そんなに気にしなくて良いのよ」

 

「あっー! 涼子ちゃんが元希君を独り占めしてるー!」

 

「姉さんは早く教室から出て行ってください! ここは理事長室じゃ無いんですから!」

 

「そんな寂しい事言わないでよ~」

 

「あの、そろそろ離してください……」

 

 

 何時までも抱きしめられてるのも恥ずかしいし、何だか四人の視線が鋭くなってきてるように感じるんですけど……

 

「それじゃあHRを続けますけど、このクラスは他の五クラスとは違い少数精鋭のクラスです。明後日に行われるクラス対抗戦も、他のクラスは二十九人だけども、このクラスは五人でそれに挑む事になります」

 

「それってかなり不利なんじゃ……」

 

「大丈夫だよ! だってこのクラスには元希が居るんだから」

 

「そうですね。元希様と私たち四人なら人数差など簡単に埋められますわね」

 

「でも油断は駄目だと思うんだけど……」

 

「大丈夫、わたしと御影は回復魔法も使えますから」

 

「ボクはあまり攻撃性の魔法が無いからね」

 

「そういう問題じゃ……」

 

 

 何で皆はこんなにも自信満々なんだろう……僕なんて今すぐ逃げ出したい気分なのに……

 

「元希君は気付いて無いのかもしれないけど、このクラスの五人とA-1のトップとではかなりの差があるのよ。だからそんなに心配しなくても大丈夫なの」

 

「そうなんですか?」

 

 

 早蕨先生の言葉に、僕は少し安心を覚えた。でもどれだけ差があるんだとしても、やっぱり数の差は容易には埋められないと思うんだけどな……

 

「そうよ。それに普通の新入生はまだそれほど魔法を使いこなせる訳じゃないの。そりゃまったく使えない訳じゃないけども、このクラスの五人のように魔物退治を易々とこなせるほどの魔法師では無いのも確かなのよ」

 

「魔物退治って……あれはバーチャルな上に相当ランクを下げてもらっての事ですよ?」

 

「それでもなの。いくら数が居ても、このクラスの子のように、二種類以上の魔法を使える新入生は数えるほどしかいないの」

 

 

 そうだったんだ……それじゃあ四人もかなり凄腕の魔法師って事なんだね。それなら何とかなりそうな気分になってくるよ。

 

「そして何より元希君が居るんだから、このクラスは絶対に負けないんだよ」

 

「早蕨先生の言う通り! 元希、絶対に勝とうね!」

 

「う、うん……頑張るよ」

 

 

 炎さんの勢いに付いていけずに、僕はとりあえず頷く事しか出来なかった。

 

「炎さんの意気込みは兎も角、私たちも負けるつもりはありません」

 

「わたしも頑張りますよ」

 

「ボクも出来る限り援護する」

 

「ほら、元希も意気込む!」

 

「うぇ!? が、頑張ります……」

 

 

 正直僕はあまり戦うって事がイメージ出来てないんだけど、この前の地竜戦のように異空間である体育館で戦うんだよね? それならある程度本気を出しても怪我をさせる事が無いから出来るかな?

 

「もちろんデータ測定も兼ねてるから本気で戦って下さいね」

 

「他のクラスの試合は観戦出来るんですか?」

 

「六クラス纏めて別次元で試合をしてもらうから、観戦は無理ですね」

 

 

 全クラスと戦うのだろうか? そうなると連戦って事になるから魔力の枯渇とかが心配されるんじゃないだろうか……

 

「試合の間にはインターバルを挟むし、二日に分けるから大丈夫だよ」

 

「……ねぇ御影さん、僕口に出してないよね?」

 

「同じ影の魔法師として、元希君の考えてる事は何となく分かる」

 

「うぇ!?」

 

 

 僕ってそんなに分かりやすいんだろうか……ちょっと悲しくなってきたよ……




また戦闘シーンやらなきゃ……苦手なんですよね……


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元希君の心配事

誰が一番ヒロインかと問われれば、元希君のような気がしてるこの頃……


 教室で簡単なHRを済ませて、今日のところは解散となった。僕は学校で出来るアルバイトを探す為に掲示板に向かおうとしたんだけども、炎さんたちに捕まってしまった。

 

「よーし! 親睦を深める為にカラオケに行こう!」

 

「炎さんはカラオケ好きですよね」

 

「水奈だってマイク握れば熱唱するじゃないのよ」

 

「美土だって人の事言えない……」

 

「あの、僕お金無いんだけど……」

 

 

 学費や家賃を稼ぐ為にも、僕はアルバイトをしたいんだと言おうとしたら、背後から理事長の笑い声が聞こえてきた。

 

「元希君、君はSクラスだから学費は免除されるのよ。その代わり緊急時には討伐に参加してもらう事になるけどね」

 

「聞いてないんですけど……」

 

「うん、初めて言ったからね」

 

「姉さん、また元希君に言ってなかったんですか?」

 

「だってこの反応が見たかったんだもん」

 

 

 衝撃の事実を告げられて固まってしまった僕を、理事長は強く抱きしめる。学費免除って事は、後は家賃だけ気にしてれば良いのかな?

 

「家賃も大丈夫ですよ。元希君は全属性魔法師ですので、エネルギー生成をしてくれれば家賃も免除になりますから」

 

「ホントですか!」

 

「ええ」

 

 

 やった! これで勉強に集中する事が出来るんだ! お母さんに負担をかける事も無いんだ!

 

「じゃあ、そういうわけだからカラオケ行こうよ、元希」

 

「元希様もご一緒出来るんですね」

 

「あらあら、水奈ったら嬉しそうにしちゃって」

 

「ボクも嬉しいよ。でも美土もかなり嬉しそう」

 

 

 四人に囲まれて、僕は改めて炎さんたちに聞く事にした。

 

「カラオケって何?」

 

「知らない? 元希ってどんな生活してきたのさ?」

 

「えっと……畑で野菜育てたり」

 

 

 田舎な上に貧乏だったからね。学校と家を往復して、その後は家や近所の手伝いなどで大体一日が終わってたからな……都会の遊びなんて全然知らないよ……

 

「元希様、今日は思いっきり遊びましょうね」

 

「お姉さんがお金払ってあげますから」

 

「えっと、美土さんも僕と同い年だよね?」

 

「美土はボクたちの中でもお姉さんぶるからね。元希君も気にしちゃ駄目だよ」

 

「うん……」

 

「ウリウリ。元希はちっこいからな」

 

「あうぅ……気にしてるのに」

 

 

 僕とあまり変わらない炎さんだけども、彼女は女の子で僕は男だ。その僕の方が小さいんだから、やっぱり僕は小さいんだろうな……

 

「ションボリしてる元希様……」

 

「あらら、また妄想世界に旅立ってしまったわ」

 

「水奈、早く行くよ」

 

「ほら、元希もしゃきっとしろよ」

 

 

 炎さんに引っ張られて、僕はそのままカラオケに行く事になった。何で皆僕より大きいんだろうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人生初めてのカラオケに衝撃を受けて、僕は早蕨荘に帰ってきた。料金は本当に美土さんが払ってくれたんだけども、その代わりにグリグリされた……美土さんは背もおっぱいも大きいから、悲しくなるし恥ずかしくなるんだよね……理事長や早蕨先生もだけど……

 

「ただいま」

 

「お帰りー!」

 

「うわぁ!?」

 

「もー心配したんだからね。さぁ、お風呂に行きましょ」

 

「理事長、僕は一人で入れますよぅ……」

 

「だーめ。お姉さんを心配させた罰だから」

 

「あうぅ……」

 

 

 理事長は僕が炎さんたちに誘われてるところに居たはずなのに、何でこんなに心配してるんだろう……

 

「姉さん、元希君の着替え準備出来たわよ」

 

「ありがと。さぁ元希君、お姉さんたちと一緒にお風呂に入るわよ」

 

「その前に、元希君」

 

「はい?」

 

「炎と水の魔法でお湯を沸かしてください。お風呂だからそれほど熱くしなくていいですので」

 

「分かりました」

 

 

 言われた通りに湯船に水を張り、炎の魔法で適温まで温める。これがエネルギー生成って事なのかな?

 

「ホントは電気が良いんだけど、元希君使える?」

 

「えっと……光魔法の上級ですよね? 一応は使えますけど……」

 

「なら今度からは電気にしましょうね」

 

「それじゃあ入りましょうか」

 

 

 えっと、なし崩しになっちゃってるけど、僕は一人で入りたかったんだけどな……

 

「それで、学園生活一日目は如何だった?」

 

「人がいっぱいでした……」

 

「まさか体育館で倒れそうになるなんてね」

 

「あうぅ……」

 

 

 入学式の後、人込みに飲まれたのを指摘され、僕は恥ずかしくなって俯く。

 

「もう、可愛いわね!」

 

「姉さんだけズルイです!」

 

「うにゅ~……」

 

 

 二人に抱きつかれ、僕は押しつぶされそうになる……何でこんなに過激な愛情表現をするんだろう……

 

「明日はクラス委員を決めたりするだけだし、今日よりは緊張しなくて済むと思うわよ」

 

「ですが、明後日と明々後日はクラス対抗戦ですからね。元希君にとっては初めての対人戦となります」

 

「もちろん、架空世界での戦闘だから遠慮しなくて良いのよ」

 

「あの、理事長、早蕨先生……」

 

 

 僕の呼び方が不満だったのか、二人は揃って僕のほっぺたをつねる。

 

「痛いですよ……」

 

「岩崎さんたちは名前で呼んでるのに、私たちは呼んでくれないの?」

 

「そうですよ。ちゃんと名前で呼んでくれないと元希君のご飯は抜きです」

 

「うえぇ!? ……えっと、恵理さん、涼子さん?」

 

「な~に、元希君♪」

 

「可愛いですね~」

 

「あうぅ……」

 

 

 今度は二人にほっぺにキスをされ恥ずかしくなる……僕は此処に来るまで異性って言えばお母さんや近所のオバサンたちしか居なかったのにな……同年代の女の子は僕の事を女だと思ってたようだし……

 

「対人戦ですが、ホントに後遺症は残らないんですよね?」

 

「もちろん。その心配は無いわよ」

 

「元希君が遠慮する必要はありませんので、思いっきり戦ってくださいね」

 

「分かりました」

 

 

 入学式で僕の事を見て何か言ってたA-1の人に、ちゃんと実力があるって事を見せてあげないと!

 

「いやーん」

 

「え?」

 

「元希君のエッチ」

 

「あ、あわ、あわわわわ……」

 

 

 拳を握り締めたつもりが、何時の間にか恵理さんのおっぱいに手が当たっていた……

 

「ズルイです! 元希君、私のも触ってください」

 

「うきゅ~……」

 

 

 何で僕はお風呂に入る度に気を失ってるんだろう……いつかゆっくり入れる日は来るのだろうか……




愛されキャラの元希君、何故か羨ましく無いんだよな……


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クラス委員

十話目なのにタイトルが……


 入学二日目の朝、今日こそは理事長に忍び込まれないように窓の鍵も掛けた。ドアの鍵もしっかりと掛けて、これで何処からも侵入出来ないはずだ。

 

「此処に来てからゆっくりと着替えも出来て無いんだよな……」

 

 

 何故だか分からないけど、理事長も早蕨先生も僕のことを可愛がってくれる。それは嬉しい事なんだけども、何事も行きすぎは良く無い。

 

「高校生にもなって、着替えを手伝ってもらうなんて恥ずかしいよ……」

 

 

 背も小さく、見た目も女の子みたいな僕だけでも、これでも男なのだ。異性に着替えを覗かれるのは恥ずかしいのだ。

 

「それにお風呂……」

 

 

 何かにつけて一緒にお風呂に入りたがる二人。僕としては一人でゆっくりとお風呂に浸かりたいんだけども、二人はそれを許してくれないのだ……

 

「家賃がタダになったのは嬉しいけど、やっぱり他の場所探そうかな……」

 

 

 校内でアルバイトすれば、ある程度のお金は稼げるかもしれない。そのお金で安い別の物件を探せば一人の時間が作れるかも……

 

「駄目よ、此処から出てくなんてさせないんだから」

 

「うわぁ!? 何で、何処から……」

 

「いくら元希君が警戒しても、お姉さんには敵わないのよ」

 

 

 考え事をしながら着替えていたのに、何時の間にか理事長に手を押さえられていた。

 

「さぁ、脱ぎ脱ぎしましょうね~」

 

「何で僕の部屋に理事長が……」

 

「昨日約束したでしょ? 名前で呼んでって」

 

「あうぅ……何で恵理さんが僕の部屋に……」

 

「何でって、一緒に寝たからに決まってるでしょ?」

 

「うえぇ!?」

 

 

 昨日僕は確かに一人で寝たはずだ。それなのに一緒に寝たって……如何いう事なんだ?

 

「ね、涼子ちゃん」

 

「おはよう、元希君……」

 

「早蕨先生まで……!?」

 

 

 何故かいきなり早蕨先生にキスされた……

 

「姉さんの事は名前で呼ぶのに、私の事は苗字で呼ぶ悪い口は塞いじゃいます!」

 

「あうぅ……」

 

「あー! 涼子ちゃんズルイ! 私も元希君とキスするー!」

 

 

 こうして今日も、朝から二人の全属性魔法師にからかわれて、僕の一日が始まる……何か嫌な始まり方だよね……

 寮から学園に移動して、S組の生徒にしか分からない場所から教室に入る。S組の生徒以外がこの場所に来ようとしても絶対に辿り着けないらしいのだ。

 

「あ、元希おはよー」

 

「おはよう、炎さん」

 

「おはようございます、元希様」

 

「元希さん、今日も可愛らしいですね」

 

「あうぅ……美土さん、僕は男だよぅ」

 

「でも、元希君は可愛いってボクも思ってる」

 

「僕なんかより皆の方が可愛いよ……」

 

 

 大体僕は男で、皆は女の子なのだ。僕なんかよりも可愛いのは当然だし、特に意識して言った訳では無い。だけどこの言葉で四人は程度の差はあるけども、顔を赤らめた。

 

「あれ? 僕おかしな事言ったかな……」

 

「もう! 元希ってナンパ師の素質があるんだね」

 

「元希様に可愛いと言われました……」

 

「お姉さんにそんな事言って、やっぱり可愛いんだから」

 

「うわぁ! 美土さん、離してよぅ……」

 

「ウリウリ」

 

「御影さん、目が回る~……」

 

 

 美土さんに抱きしめられ、御影さんにウリウリされて、僕は目を回してその場に倒れる。霊峰学園に来てから、絶対一回は倒れてるような気が……

 

「皆さん、おはようございま……す?」

 

 

 涼子さんが教室に入ってきたようだけども、僕の姿をみて言葉に詰まったようだ……だって僕は今目を回して床に倒れこむ直前だったのだから……

 

「元希君! 大丈夫ですか!?」

 

「うにゅぅ……」

 

 

 床に倒れこみ、少し休む……ウリウリは危険だよぅ……

 

「とりあえず席に座らせましょう。皆さん手伝って下さい」

 

 

 涼子さんに持ち上げられ、僕は自分の席に運ばれる。炎さんと水奈さんは僕の荷物を机に置いてくれ、美土さんと御影さんは椅子を引いたりしてくれている……なんだか情けないような気がするよぅ……

 

「ゴメンなさい、もう大丈夫です……」

 

 

 回っていた世界も元通りになり、僕はみんなに頭を下げる。

 

「謝らないでください。わたしたちがやり過ぎちゃったんですから」

 

「ゴメン、反省してる」

 

「ううん、やっぱり僕が目を回したのがいけないんだよ……」

 

 

 三人で謝り続けた所為で、HRの大半の時間を消費してしまった。

 

「えっと、それじゃあ落ち着いたところでクラス委員を決めたいと思います。まぁ名誉職だから進んでやりたいなんて人は居ないでしょうからね。誰か推薦したい人は居ますか?」

 

 

 正直炎さんや美土さんが良いと僕は思う。炎さんはリーダーシップがありそうだし、美土さんは落ち着いた雰囲気があるから……たまにおっとりしてるけどね。

 

「元希が良いと思います」

 

「私も元希様を推薦しますわ」

 

「わたしも~、元希さんなら出来ると思います」

 

「ボクも」

 

「うえぇ!? 何で僕? 僕なんてそんなクラス委員なんて出来ないよ……」

 

 

 振り回されるばっかで、とてもクラスを纏めるような事なんて……自分で言ってて情けないけども、こればっかりは事実だもんね……

 

「大丈夫よ。先生も元希君なら出来ると思うわ」

 

「あうぅ……」

 

「クラス委員って言っても、他クラスとの連絡の取り合いとか、対抗戦の時のくじ引きとかしか仕事は無いし、Sクラスは人数も少ないから簡単なのよ」

 

 

 そんな事言われても、僕なんかよりも炎さんや美土さんの方がしっくりくると思うんですけど……って言えたらどれだけ楽なんだろうな……

 

「炎はいい加減な節があるし、美土はおっとりとして物事を忘れるから、やっぱり元希君が一番だと思う」

 

「また……そんなに僕って分かりやすいの?」

 

「元希君だって、慣れれば相手の思考を読む事くらい出来ると思うよ?」

 

「出来るようになりたくないよぅ……」

 

 

 だって相手の思考を読むって事は、本音を聞くのと同じだもん……せっかく仲良く出来てるのに、本音が違ったらショックで学校にこれなくなっちゃう……

 

「それじゃあ、元希君がクラス委員って事で良いですね?」

 

「頑張ります……」

 

 

 民主主義において、多勢に無勢では勝ち目が無いのだ……こうして僕はS組のクラス委員に任命されたのだった……




オリジナル作品はタイトルが難しいです……内容考えるのもですが……


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周りの目

ずば抜けた才能の持ち主は、奇異の目で見られる事もあるそうですね。


 二日目も難なく過ごせたけど、まさかクラス委員になっちゃうなんてなぁ……正直僕はトップなんて務まる器じゃないんだよね……

 

「はぁ……如何にかならないかな……」

 

「元希君、あんまり余所見してると危ないわよ?」

 

「あっ、早蕨先生……」

 

「ムッ!」

 

「あうぅ、涼子先生」

 

 

 名前で呼ばないと何かされそうな雰囲気になったので、僕は慌てて呼びなおした。でも、教師なのに生徒に名前で呼ばれても良いのだろうか……それとも皆名前で呼んでるのかな?

 

「それで、何をそんなにションボリしてたのかな? 先生に相談してみて」

 

「クラス委員の事で……僕は炎さんか美土さんが良いと思ったんですけど……」

 

「あら、多数決で決まったのよ? 今更弱音を吐くなんて男の子らしくないわよ」

 

「あうぅ……」

 

 

 そう言われちゃうと何も言えなくなっちゃうよぅ……見た目が男らしくないから、せめて中身くらいは男らしくなりたいと常々思ってる僕には、あの言葉はかなり効くのだ……

 

「それにね、私や姉さんも元希君がクラス委員になってくれるのが一番嬉しいのよ」

 

「何でですか?」

 

「折角凄い才能を持ってるのに、元希君はそれを凄いとは思って無いでしょ? だから他のクラスの委員と交流を持つことで、元希君には自分の実力を自覚してほしいのよ」

 

「もしかして……クラス委員は別に戦闘をするとかなんですか?」

 

 

 そんな事になったら、僕は皆に負けちゃうよぅ……

 

「違うわ。明日と明後日行われるクラス対抗戦、勝利条件は全生徒の戦闘不能かクラス委員が負けを認めた場合。つまりクラス委員を真っ先に狙うのも一つの手なのよ」

 

「うえぇ!? 聞いてないですよ……」

 

 

 ただでさえS-1は在籍してる生徒が少ないのだ。その上クラス委員が僕だから……かなり勝ち目が薄いじゃないか……

 

「大丈夫。元希君なら絶対に勝てるから」

 

「ですが、僕はこの間初めて魔法戦闘をしたんですよ?」

 

「あの四人が特殊なだけで、普通は元希君と一緒よ。このクラス対抗戦が初めての戦闘だって子も少なくないの」

 

「あっ、そうなんですか」

 

 

 何だか安心出来たような。バーチャルな上にランクをかなり下げてもらったけど、僕は一回戦闘を行ったのだ。経験がある分有利になれるかも。

 

「だから、元希君はそんなに緊張しなくて良いのよ。落ち着いて挑めば、元希君は負けないんだから」

 

 

 そう言ってさわら……あ、いや……涼子先生はほっぺたにキスをしてくれた。モノローグでも名前で呼ばないと口に出す時に何時まで経っても慣れないしね……

 

「それじゃあ、早蕨荘に帰りましょうか」

 

「先生はまだお仕事があるんじゃなんですか?」

 

「大丈夫。授業が始まれば忙しいけども、今の時期はそんなに忙しくないのよ。特に私はS組担当だからね」

 

「?」

 

 

 それが何の関係があるのかなんて、僕に分かるはずもなかった。でもまぁ、涼子先生のおかげで少しは落ち着く事ができ……

 

「あれがS組のクラス委員だって」

 

「明日のクラス対抗戦、結構楽してS組に勝てるかもね」

 

「あの『魔法の大家』の娘たちの方が苦戦したわよ、絶対」

 

 

 やっぱり……それが周りの人たちの僕に対する評価なんだろうな……見た目も強そうでは無いし、こんな性格だから弱いって思われるんだよね……

 

「貴女たち! 陰口なんて私が許しませんよ!」

 

「あっ、ヤベッ! 早蕨だ!」

 

「逃げろ! アイツ全属性魔法師だってさ!」

 

「ウッソ! ホントに居るんだそんなヤツ」

 

 

 涼子先生が僕の悪口を言っていた女の子たちに注意して、その女の子たちは逃げ出した。それにしても、全属性魔法師ってやっぱり珍しいんだなぁ……

 

「まったく! 教師を呼び捨てにするなんて……」

 

「あの、涼子先生?」

 

「ん、何かな?」

 

「何で僕だけ名前で呼ばせてるんですか?」

 

 

 さっきの女の子たちは『早蕨』って呼んでたし……

 

「だって元希君は特別だからよ」

 

「特別? それって僕が先生たちと同じだからって事ですか?」

 

 

 まだ周りに人が居るので、全属性魔法師という単語を使うのを避けた。だって本当に珍しいってさっきの女の子たちの反応で分かってしまったから……

 

「それもあるけども、元希君は私の初キスの相手だもの」

 

「うえぇ!? 先生なら僕以外でも沢山相手居るんじゃないんですか?」

 

 

 だって入学式で普通科の男の子も、魔法科の男の子も涼子先生に見蕩れてたし……でもその後恵理理事長にも見蕩れてたような……

 

「正直、姉さんや私って奇異の目で見られてる部分があるのよ。だからどれだけ好意を向けられても、それを完全に信じる事が出来ないの。その点元希君はそんな事無いからね」

 

「そうですけど……でも僕が相手でよかったんですか?」

 

「元希君が良かったの!」

 

「あうぅ……」

 

 

 涼子先生に強く出られたら、僕は何も言えなくなっちゃう……男らしくと思っても、それはなかなか難しいんだよね……

 

「後で姉さんにも聞いてみたら? 姉さんも初キスの相手は元希君だから」

 

「うえぇ!?」

 

 

 恵理理事長だって、僕なんかじゃなくても相手なんて選び放題なんだろうけど……やっぱり全属性魔法師って珍しくて奇異の目を向けられるものなんだ……

 

「だから、元希君もS組の子たちとは仲良くしたほうが良いわよ。私たちを恐れないなんて、魔法の大家の子じゃなきゃ無理なんだからさ」

 

「そうなんですか……でも、僕は先生たちを恐れる事はありません。だって僕も同属なんですから」

 

 

 ちょっとでも安心してもらうとして言ったのに、その言葉に感動しちゃって涼子先生は泣きそうになっちゃった……

 

「あうぅ……泣かないでくださいよぅ」

 

「だって、元希君が嬉しい事言ってくれたから」

 

 

 ギューって抱きしめられ、僕は抵抗出来ずに意識を手放した……何時になったら気を失わずに一日を終えられるんだろう……




次回クラス対抗まで行くかな……


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元希君の料理

元希君の実力はいかに……


 クラス対抗戦一日目、僕は今日こそ部屋に侵入されないように警戒していた。早蕨荘に入居してから、今日まで、一回も気絶しないで過ごせた日が無いもんね。

 

「ドアも窓も鍵を掛けたし、お布団の中には誰も居ない。これなら理事長も早蕨先生も入って来れないよね」

 

 

 二人の前でこう呼ぶと怒られる……というよりもキスされちゃうけど、いないなら問題ないよね。モノローグでも名前呼びを心掛けてはいるけど、やっぱり年上の異性を名前で呼ぶのには勇気がいるもん。

 

「さてと着替えてご飯の準備をしなきゃ!」

 

 

 基本的に早蕨荘の家事は早蕨先生が担当してるんだけども、僕も手伝う事で家賃を無しにしてもらった恩返しをしてるのだ。

 

「魔法だけじゃ何か申し訳ないしね」

 

 

 田舎で普通にしていた事で家賃免除じゃ僕が納得出来ないんだ。

 

「よし! 頑張ろうっと」

 

 

 初めて着替え途中で乱入者がいなかった事にガッツポーズをし、僕はキッチンに向かう。そういえば理事長や早蕨先生は何時に起きるんだろう……寝るのも僕より遅いって事しか知らないや……

 

「えっと冷蔵庫には……これなら大丈夫かな」

 

 

 卵もあるしお味噌汁の具材もある。さすが早蕨先生だな~っと思ってると、背後に誰かの気配を感じた。

 

「あら? 今日は早いんですね、元希君」

 

「おはようございますさわら……涼子さん」

 

 

 やっぱり一人の時もなるべく名前で呼ぼう。危うく苗字で呼ぶところだったよ……

 

「今日の朝は元希君が作ってくれるの?」

 

「涼子さんのように美味しいか分かりませんけど」

 

 

 涼子さんの作ってくれるご飯は、スッゴく美味しいんだよね。だから僕が作っても恵理さんは満足してくれるか如何か……

 

「大丈夫。元希君が作ってくれたものなら、例え消し炭でも美味しく食べられるから」

 

「あうぅ……さすがにそこまで酷くないですよぅ……」

 

 

 それに消し炭は食べちゃ駄目だと思います……お腹壊しちゃうから……

 涼子さんと比べるとちょっと時間かかっちゃったけど、僕的には満足の行く朝ごはんが完成した。

 

「出来ましたーって、おはようございます、恵理さん」

 

「うん、おはよう元希君」

 

 

 お皿をテーブルに置くと、恵理さんはタイミングを計ったかのように抱きついて来た。実際計ってたんだろうな……

 

「う~ん、可愛くて家事万能。何時でもお嫁においでって感じよね~」

 

「姉さん! 元希君は姉さんのお嫁ではなく、私のお婿です!」

 

 

 あのぅ……僕はどっちとも結婚するなんて言ってないんだけど……

 

「とりあえずご飯食べましょうよ」

 

「そうね。元希君のご飯を食べましょう」

 

「意味合い変わってますよ……」

 

 

 恵理さんのセリフだと、僕のご飯を恵理さんが食べちゃう感じになってるんですよね……僕が作ったご飯を皆で食べて、学校に行く事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラスに到着すると、炎さんと水奈さんが出迎えてくれた。

 

「元希! 今日は対抗戦だね!」

 

「元希様、今日は頑張りましょう!」

 

 

 出迎えてくれるのは良いけど、何で皆僕に抱きつくんだろう……背が小さいから埋もれちゃうんだよね……

 

「二人共、元希さんが困ってますよ」

 

「あ、ありがとう美土さん……ふみゅ!?」

 

 

 折角解放されたのに、美土さんに抱きしめられおっぱいに顔が埋もれた……美土さんは高校一年生なのに背もおっぱいも大きいから僕なんか簡単に埋もれちゃうんだよね……

 

「美土も元希君が困ってる事してるじゃん」

 

「あら」

 

「うにゅぅ……」

 

 

 御影さんに助けてもらって何とかなった……何時も御影さんに助けてもらってる気がするんだよね……

 

「ボクは元希君とあまり背が変わらないからね」

 

「でも、僕より御影さんの方が大きいよ……」

 

 

 このクラスで唯一の男の子なのに、一番背が小さいんだよね……

 

「はい、皆さんおはようございます」

 

「今日はクラス対抗戦ね~。Sクラスは初日にC,D,Eクラスと当たって、二日目にA,Bクラスと戦うからね。頑張ってね~」

 

「えっと……それって大変じゃないですか?」

 

「大丈夫よ。元希君たちなら簡単に終わると思うよ?」

 

「まぁSクラスはとくに優秀な子がいるからね」

 

 

 炎さんや水奈さん、美土さんに御影さんと魔法大家の娘さんがいるもんね。

 

「元希が前線で戦えば一瞬で終わるって」

 

「そうですわね。元希様が本気を出せばAクラスも瞬殺ですわね」

 

「二人共、あまり元希さんに頼るのも可哀想ですよ。私たちも頑張らないと」

 

「何で美土は元希君を抱きしめてるの?」

 

 

 僕がツッコム前に御影さんがツッコんでくれた。御影さんは僕の気持ちをある程度分かってくれるので、何となく仲良く出来ている。

 

「それじゃあ体育館に移動するわよ。元希君も頑張ってね」

 

「私たちはモニタールームで観戦してるけども、信じてますね」

 

 

 恵理理事長と涼子先生に先導され、僕たちは体育館に移動する。涼子先生は兎も角恵理先生は何でSクラスに来てるんだろう……理事長室ってそんなに居辛い場所なのかな……

 

「そんな事ないわよ? テレビもあるし冷暖房完備なのよ」

 

「うえぇ!? また思考を読まれた!?」

 

「元希君は分かりやすいもの」

 

「姉さん。あまり元希君を困らせちゃ駄目よ?」

 

 

 涼子先生も助けてくれるのは嬉しいけど、何で抱きついてくるんだろう……僕ってそんなに分かりやすいんだろうか……

 

「元希君は常時魔法発動してないからね」

 

「影の魔法?」

 

「うん」

 

 

 だって隠してるとやましいと思われちゃうから……御影さんに教えてもらったやり方で、僕は思考を読まれないように工夫する事にした。これでいきなり思考を読まれて驚く事は減るだろうな……




次回対抗戦、戦闘シーンや魔法を考えなければ……あとタイトルも……


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クラス対抗戦 第一試合

やっと到達しました。そしてタイトルも……


 クラス対抗戦を開始するために、僕たちは体育館へと移動する。今更ながら緊張してきちゃったな……昨日は気にしなくても大丈夫だって言い聞かせることはしなくてもよかったのに、何で直前になって……

 

「元希、一気に決めちゃおうよ!」

 

「一気に?」

 

「ほら、元希は全属性魔法師だろ? だから上級魔法の合わせ技だって出来るんでしょ?」

 

「一応は……でも、危なくない?」

 

「大丈夫ですよ、元希様。体育館での戦闘は全てバーチャル、架空世界での出来事ですから」

 

「そうそう。だから元希さんが気にする事はないんですよ。思いっきりやっちゃえーですよ」

 

 

 美土さん、その笑顔でそんな事言うの……ちょっと怖いよ。

 

「何時までも元希君を甘く見てる他のクラスの人に、元希君の実力を示すチャンスだよ」

 

「甘く見てるって、しょうがないよ。僕はこんな見た目だし、田舎から出てきたばっかりだからね……」

 

「見た目は……うん、正直ボクも最初は女の子かと思った」

 

「あうぅ……」

 

 

 何となく分かってたけど、やっぱり直接言われるとへこむなぁ……

 

「でも、しっかりと男の子の部分を見せてもらったからね。あの地竜戦はカッコよかったよ」

 

「そうだぞ元希! もっと自信持たなきゃ!」

 

「そうですわよ。元希様は私たちよりもお強いお方なのですから」

 

「お姉さんたちもしっかりバックアップするから、思いっきりやっちゃえーなのですよ」

 

 

 四人に励まされて、僕は何となく頑張れる気がしてきた。もちろん怖いのは変わらないんだけどね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体育館で開会式が行われ、早速バーチャル世界へと飛ばされた。相手のC-1は良くも悪くも平均的なクラスらしく、クラス委員は女の子らしい。

 

「まずは相手の場所を探らないとね」

 

「元希様、分かりますか?」

 

「ちょっと待って……いた。今地図に出すね」

 

 

 空中に出すと相手にばれちゃうから、今回は地面に地図を出し相手が居る場所に印をつけた。

 

「やっぱり人数が多いから分散されてるんだね」

 

「それじゃあ、わたしたちは皆で攻めましょうか」

 

「何処の場所にクラス委員がいるかまでは、元希君でも分からなかったみたいだしね」

 

「あうぅ……ゴメンなさい」

 

「気にしないでください。元希様はこんなにも早く相手を見つけたのですから」

 

「そうだよ! まったく、元希はもっと自信を持たなきゃ駄目だね」

 

 

 水奈さんに抱きつかれ、炎さんに頭をグリグリされ、僕は少し目が回った。

 

「とりあえず此処から一番近いところを攻めましょうか」

 

「美土、ボクに考えがあるんだけど、手伝ってもらえる?」

 

 

 如何やら御影さんと美土さんが相手を誘い出すつもりらしいけど、大丈夫なのかなぁ……怪我しなければ良いけど……

 

「あれがC-1の人だね」

 

「あと少し……」

 

 

 何をしたのか分からない炎さんと水奈さんは、何が起こるのか楽しみにしてるけど、美土さんの魔法と御影さんの魔法を合わせた攻撃に、僕は何となく想像がついたのだ。

 

「よし!」

 

「上手く行きましたね」

 

「何したの?」

 

 

 炎さんが二人に質問するけど、何故かその二人は僕を見ている……つまりはそういう事なのかな?

 

「土の魔法で落とし穴を作って、影の魔法でその穴を見えなくしたんだよね? だから普通に歩いていたんだよ」

 

「正解。もっと詳しく言うと、直前まで穴を掘ってなかったんだけどね」

 

「さぁ元希さん、相手に攻撃魔法をぶつけちゃってください」

 

 

 穴が結構深いから、相手は上に戻ろうと頑張っている。だけど美土さんの魔法の方が凄くって、C-1の人たちは簡単に穴から出る事が出来ないみたいだ。

 

「なら、美土さんの得意な魔法で行くよ」

 

「あら、お姉さんに対抗意識でも持ってるの? 可愛いくせに男の子なんだね」

 

「あうぅ……グリグリしないで~……」

 

 

 普通の戦場ならこんな事してたら危ないけど、此処は仮想世界。そしてあくまでもクラス対抗戦だから危険は少ない。

 

「それじゃあ行くよ。風よ、砂塵を巻き起こし敵を切り刻め『サンド・サイクロン』」

 

 

 落とし穴の中に竜巻を起こし、砂も交じり攻撃をする。視界を奪うのと同時に相手の皮膚を切る魔法だ。実世界で使えば最悪死んじゃうかもしれない魔法。上級魔法として教科書に載ってるらしいのだけど、実際は禁忌魔法にも数えられるほどの危険な魔法だ。仮想世界だから使ったけど、実世界では絶対に使わないって決めてる魔法だ。

 

「如何やらあの中にクラス委員は居なかったみたいだね」

 

「そのようですわね。それにしても元希様、凄い魔法をお使いになられるんですね」

 

「さっきみんなに言われたけど、何時までも甘く見られてたくないからね」

 

「その意気だよ、元希!」

 

「次、来たみたいだよ」

 

 

 仲間がやられたと気付いたのか、C-1の人たちが慎重に隠れている。でも御影さんにはバレバレだったようだ。

 

「じゃあ今度は……光よ、その姿を雷に変え敵に降り注げ『ライトニング・ボルト』」

 

 

 光魔法の上級では、雷を操る事が出来るようになるのだ。普段の生活において電気は重要な資源だからね。光魔法師の給料が高い理由の一つは、この電気を作れる事にあるんだよね。

 

『は~い、S-1VSC-1の試合は終了ね。現実世界に復帰してね~』

 

「お、やるじゃん元希。如何やらあの中に敵将が居たらしいよ」

 

「一回戦、最速で終了ですわね」

 

「お姉さんが褒めてあげるわ~」

 

「さすが元希君」

 

「あうぅ……」

 

 

 四人に抱きしめられながら、僕は現実世界へと復帰する。抱きしめられるダメージも、現実世界に復帰した途端に僕の身体に襲い掛かってきた……こんなので次の試合大丈夫なのかな?




次回も対抗戦です


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クラス対抗戦 第二試合

新キャラ登場です


 次の試合が始まるまで、僕たちはのんびりとしていた。他の二試合が終わらなければ次が始められないのは分かるけども、何でそんなに時間がかかってるんだろう……

 

「やっぱ元希は別格だね」

 

「ほぇ?」

 

「そうですわね。元希様が居れば圧勝ですわよ」

 

「可愛いのに強いって反則ですよね」

 

「だからってそう抱きついて良いものじゃないよ」

 

 

 美土さんに抱きしめられたけども、御影さんがツッコミを入れてくれたのですぐに放してもらえた。

 

「ところで、どうして僕が別格なの? みんなもあれくらい出来るよね?」

 

「元希様、さすがに私たちは禁忌魔法を発動させられませんわ」

 

「そうなの?」

 

 

 結構簡単に発動出来るんだけどなぁ……反動は凄いんだけどね。

 

「それは元希さんが全属性魔法師だからですわよ。私たちはそこまでいけませんので」

 

「そうなんだ……」

 

 

 何となく疎外感を覚えた。恵理さんや涼子さんが時々見せる顔と、今の僕の顔はきっと似てるんだろうな。

 

「でも、元希のおかげで楽が出来てるんだよ。もっと喜びなって」

 

「炎さん、楽をする事だけを考えるのはよくありませんよ」

 

「は~い」

 

 

 ちょっと不貞腐れたように炎さんが返事すると、背後から誰かに抱きしめられた。

 

「うわぁ!? だ、誰?」

 

 

 慌てて振り返ると、見たことの無い女の子が僕を抱き上げていた……また僕より大きい人なんだ……

 

「貴方が東海林元希君? 思ってたより小さいわね」

 

「だ、誰ですか?」

 

「あっ、私はA-1のクラス委員をしてる岩清水秋穂(いわしみずあきほ)よ。ウチのクラスが一番だと思ってたけど、やっぱりS-1は別格なのね」

 

「そりゃそうだよ! なんて言ったって元希が居てくれるからな! 秋穂には負けないよ」

 

「え、炎さん知り合いなの?」

 

「というか、私たち全員が彼女と知り合いですわ」

 

「久しぶりね、秋穂」

 

「中学の卒業式以来?」

 

 

 岩清水さんたちと四人は中学の同級生のようで、結構仲良さそうな雰囲気だった。

 

「恐らく元希が居なかったら秋穂がSクラスだったんだろうな」

 

「ゴメンなさい……」

 

 

 僕なんかよりお友達五人のほうがやりやすかっただろうし、何だか邪魔しちゃったみたいだな……

 

「別に気にしなくて良いわよ。それにしても、噂通り可愛い子だね」

 

「ですわよね! 元希様は可愛らしいお方ですもの!」

 

「また始まってしまいましたわね」

 

「水奈、そろそろ試合だよ」

 

 

 御影さんのおかげで水奈さんは妄想世界から復帰してきた。

 

「それじゃあ、直接対決を楽しみにしてるからね、東海林君」

 

「あ、はい! 岩清水さんも頑張ってください」

 

 

 何となくだけど、彼女とは仲良くなれそうな雰囲気を感じた。もちろん、四人が居てくれなければ無理だろうけども……

 

「それじゃあ、秋穂と当たるまで全勝で行くわよ!」

 

「秋穂さんと当たるのは明日ですよ? 今からその気合でもつのですか?」

 

「大丈夫よ。炎は昔っからこうだったでしょ?」

 

「良い意味で変わらない人だからね」

 

 

 付き合いの長い三人は、炎さんを見てほのぼのとしてるけども、そろそろ試合が始まるんだけどなぁ……

 

「今度は何処だ?」

 

「D-1ですわね」

 

「索敵はボクがするよ」

 

 

 御影さんが張り切ってるような気がする……炎さんほどではないにしても、御影さんも燃えてるのだろうか……

 

「さっきの元希さんの魔法を見て、御影ちゃんも張り切ってるのよ」

 

「美土さん!? 今は試合中ですよ!?」

 

 

 抱きしめられて慌てる僕を、皆は優しい笑顔で見つめている……そんなに僕って子供っぽいのだろうか……

 

「居たよ。今度は一箇所に固まってる」

 

「それなら地竜戦と同じフォーメイションで行けるね」

 

「ですが、元希様に頼るのも何だか悪い気がしますわ」

 

「元希さん、今回は休んでる?」

 

「ううん、僕も戦うよ。皆を守る……ってカッコつけたいけど、バーチャル世界で言ってもカッコよくないよね」

 

 

 この世界での傷は、現実世界に復帰するのと同時に消えてなくなる。つまり怪我をしても日常生活に支障は出ないのだから……

 

「いいえ! 今の元希様はカッコよかったですわよ」

 

「お姉さんを守るなんて、元希さんも男の子ですわね」

 

「あうぅ……グリグリしないで~……」

 

 

 水奈さんと美土さんにグリグリされて、僕はちょっとフラフラする……でもD組の人が近付いて来てるのを気配で感じて瞬時に足取りが元に戻った。

 

「随分と警戒してる……これじゃあ地竜戦のように水奈さんの魔法や炎さんの魔法は防がれちゃうよ」

 

「じゃあ真正面から!」

 

「大丈夫。僕がやるよ」

 

 

 この距離なら届くよね……実戦で使った事無いから分からないけど、理論上は大丈夫なはずだ。

 

「風よ、かの者たちを包め、炎よ、大気を熱し爆発させよ、『ビックバン』岩よ、敵の逃げ道を塞げ『ロックウォール』水よ、かの者たちを斬り冷やせ『アイススラッシュ』」

 

 

 僕は三つの魔法を同時に発動させる。これなら仮想世界でも恐怖心が残る事は無いだろうな。『ビックバン』は禁忌魔法だし……しかも逃げ場を塞いじゃってるし……

 

『試合終了。勝者S-1』

 

 

 涼子先生のアナウンスが入り、僕たちは現実世界に復帰する。すると同時に四方向から抱きつかれた。つ、潰れるよぅ……

 

「やっぱ凄いな、元希!」

 

「同時発動、しかも三つもだなんて」

 

「お姉さんビックリしたわよ~」

 

「しかも一つは禁忌魔法……普通の魔法師じゃ発動できない」

 

 

 褒めらてるんだろうけども、僕は圧力に屈して意識を手放してしまったのだった……




  キャラ紹介
岩清水秋穂 A-1所属クラス委員 身長163cm B86 W58 H83
炎たちとは中学時代からの付き合い。他クラスながら元希の実力を認めている。得意魔法は岩。美土同様元希に対して弟相手のように接する。


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魔法力測定

読者様が増えてる?


 第二試合もあっさりと終了してしまい、僕は正直拍子抜けの気分だった。だってこんなに簡単に勝てるなんて思って無かったし、未だに信じられないからだ。

 

「やっぱ元希は強いね~」

 

「元希様でしたら簡単にSランク試験に合格出来ますわね」

 

「でも~、Sランク試験は三年生からじゃないと受けられないからね~。それまでは元希さんもBランク相当扱いですけどね~」

 

「ボクたちもその扱いだけどね」

 

 

 前に説明されたように、Sランク判定されたら日常生活に自由はなくなってしまう。そうなったら僕は炎さんたちとこうしてお話する事も出来なくなっちゃうのだろうか……

 

「あっ、元希君。次の対戦クラスのE-1なんだけど、棄権するって」

 

「うぇ? 棄権ですか?」

 

 

 仮想世界での戦闘なので怪我をした訳では無いんだろうけども、何で棄権なんてするんだろう?

 

「どうもね~、元希君の噂を聞いてビビッてるみたいなのよね~」

 

「うえぇ!? 恵理さん、何処から!?」

 

 

 何時の間にか背後から抱きつかれて僕は奇声を上げてしまう。

 

「だから~、次はSクラス全員で他のクラスの試合を観戦出来るわよ~」

 

「丁度良いじゃん、元希。秋穂の実力が分かるよ」

 

「秋穂さんは結構派手好きですものね」

 

「岩魔法だけなら炎さんと肩を並べられる実力ですものね~」

 

「学年六位も納得出来るよ」

 

「皆さん、モニター室に案内しますのでついてきてください」

 

 

 涼子先生が恵理理事長に対抗したのか、僕の手を引っ張っていく……一人で歩けるんだけどなぁ……

 

「あれ? まだ試合中?」

 

「これは記録してある映像よ。教師は後でこの試合を全部チェックしなきゃいけないからね」

 

「そうなんですか」

 

 

 やっぱり先生って大変な仕事なんだな……

 

「それじゃあ始まるから、五人は好きな場所に座って」

 

 

 涼子先生に勧められた椅子は、クッション性があるソファーだった。やっぱり先生たちが使う場所は良い椅子が用意されてるんだなぁ~。

 

「元希君はこっちね」

 

「ほぇ?」

 

 

 涼子先生に抱き上げられ、そのまま膝の上に抱えられた。何で子ども扱いなんだろう僕……

 

「あー先生ズルイ! 元希はアタシの隣に座るんだよ!」

 

「元希様は私の隣ですわ!」

 

「お姉さんの上よ~」

 

「ボクの隣」

 

「……立って観てます」

 

 

 何だか言い争いが始まっちゃったから、僕はモニターが見えるギリギリの位置まで移動して立って観戦する事にした。だってこうすれば皆が大人しくなってくれると思ったから……でも僕の考えは恵理さんによって意味を成さなくなった。

 

「元希君は私とあっちの部屋に行くわよ。今のうちに数値を測定したから」

 

「入学前にしましたよ?」

 

「試験の時の数値は正確性がそれほど高く無いのよ。だから元希君の数値は恐らく試験の時と比べ物にならない結果が出るわよ」

 

 

 こうして僕は結局観戦出来ずに数値測定をする破目になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 測定が終わったのとほぼ同時に、一日目の試合が全部終わったみたいだった。結果はS,A,Bが全勝、C,D,Eが全敗だ。それほど差が無いとは言っても、上位三クラスが勝利するのは当然だと御影さんが言っていた。

 

「疲れた~」

 

 

 早蕨荘に帰って来て、僕はそのまますぐお風呂に入ることにした。すぐに終わったとはいえ、二回も試合してその後で数値測定したから凄い疲れたんだよね……こうやってゆっくりお風呂に入るのは久しぶりだな~。

 

「お邪魔しま~す!」

 

「ゴメンね元希君」

 

「あうぅ……」

 

 

 結局恵理さんと涼子さんがお風呂に入ってきてしまった……二人がこの寮の所有者だから、僕が追い出せるわけもないし、そもそも出てってと頼んでも恵理さんがいう事を聞いてくれるとは思えないし……

 

「これ、さっきの測定結果よ」

 

「お風呂に持ってきちゃって大丈夫なの?」

 

「大丈夫よ。魔法でガードしてあるから」

 

 

 そう言って恵理さんと涼子さんは僕を挟むように湯船に入ってきた。

 

「やっぱり試験の時とは比べ物にならない数値ね」

 

「戦闘を経験したのもあるでしょうし、特別な装置で計ったからじゃない?」

 

「気力も充満してたし、何より禁忌魔法を二回も発動した後だものね」

 

「数値だけなら既にSランクですね」

 

 

 涼子先生が言ったことが、僕の中に響いてきた。Sランクと言うのは世界でもそう居ない魔法師だ。危険な魔物と戦う事を強要されるランクだし、それに加えて僕は全属性魔法師……恵理さんや涼子さんのように先生にでもならなければ落ち着いて生活出来ない立場になってしまうのかも……

 

「やっぱり元希君は私のお嫁さんになるしかないわね」

 

「だから、姉さんのお嫁さんじゃなくって私のお婿さんなの!」

 

 

 お嫁さんもおかしいけど、僕はまだ結婚出来る年齢じゃないんだけどなぁ……言い争う二人とは別に、僕は考えていた。岩清水さんの魔法、結局見られなかったな……

 

「元希君? お姉さんと涼子ちゃん、どっちと結婚したい?」

 

「姉さん! 元希君を誘惑するのは駄目です!」

 

 

 急に視界が覆われたと思ったら、何だか柔らかい感触が僕の顔全体に広がってきた……えっとこれってもしかして……

 

「涼子ちゃんだって背中におっぱい押し付けてるじゃない」

 

「姉さんは元希君の顔に押し付けてるでしょ! 私の方がよっぽど慎み深いですよ!」

 

「……あ、あうあうあう……きゅぅ~」

 

 

 息が苦しくなったのと、おっぱいの感触だと理解してしまったので、僕は今日も意識を失ってしまう……

 その次に僕が意識を取り戻したのは、恵理さんと涼子さんが僕を挟むようにして寝ている時だった……またどっちかの部屋に連れ込まれちゃったな……




二日目も元希君無双(予定)


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翌日の視線

力を見せた元希君は如何見られるのでしょうか……


 昨日の対抗戦は、一試合不戦勝で終わった為にまだ余裕がある。元々それほど激しい魔法を使ってないから大丈夫なんだけど、僕には対抗戦とは別のところでいろいろとあったので、そっちのダメージが残らなかったのが幸いだったな。

 

「今日も元希君が朝ごはんを作ってくれたのね」

 

「これくらいしか出来ませんので……」

 

「ううん、十分だよ。元希君はもう少し自分に自信を持った方が良いわよ」

 

「そうですね。元希君はもっと自信を持ってバカにしてくる相手を見返すべきですよ」

 

「僕はクラスのみんなが認めてくれればそれで良いですよ。バカにされるのは慣れてますから」

 

 

 昔から背が低く、女の子より体重が軽く、見た目も男らしくない僕は、田舎の男の子たちからは女だと言われ、女の子たちからは嫉妬と憎悪の視線を向けられていた。僕は何もしてなかったんだけど、魔法師だって事と先の理由から僕は田舎でういていた。大人の人たちみんな優しかったけど、何故か今思うと距離を置かれていたような感じがするんだよね……

 

「元希君は田舎で何をしてたの?」

 

「えっとですね……畑のお手伝いとか、村の掃除、あとはエネルギーが回ってこない事もしばしばだったので、その時は僕が代わりにエネルギー供給をしてたりですかね。……えっと、何で恵理さんと涼子さんは僕に抱きついてるんですか?」

 

 

 質問に答えると、恵理さんと涼子さんは泣きそうな顔で僕に抱きついて来た。あ、朝から意識が朦朧と……

 

「元希君、君はずっと此処で生活して良いからね!」

 

「もう家族になりましょう!」

 

「うえぇ!? 僕はまだ十五歳ですよ」

 

「大丈夫よ! 魔法師は国際規約で早婚出来るようになってるから」

 

 

 そんな規約あったっけ? 

 

「元希君が知らなくても仕方ないわよ。Aランク以上の魔法師じゃなきゃその規約を目にする事が出来ないから」

 

「そうなんですか?」

 

「Bランクまでは国際的に活動出来ないからね。Aランクからは魔物討伐も各国で出来るようになりますしね。国際規約は原則Aランク以上の魔法師に向けてのものですから」

 

「僕はまだBランク扱いなんじゃ……」

 

 

 確かAランク判定は高校三年生からだったような……

 

「禁忌魔法を連発する子が、Bランクな訳無いでしょ♪」

 

「一応Bランクって事になってますが、特例を認められる可能性がありますね」

 

「……それじゃあ今日の対抗戦はなるべく後衛に回った方が良いんでしょうか?」

 

「何で? 今日も遠慮なくやっちゃいなさい! 元希君をバカにする子なんて吹っ飛んじゃえば良いのよ! むしろ私が吹っ飛ばす!!」

 

「姉さん! 吹っ飛ばすのではなく、跡形も無く消し去れば良いんですよ」

 

「恵理さん! 涼子さんも!! 僕は平気ですし、そんな事しちゃ駄目ですよ!」

 

「「元希君……」」

 

「グエェ……」

 

 

 左右からもの凄い勢いで抱きつかれた僕は、早々に意識を失うのだった……まだ朝なんだけどな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対抗戦でも、一応HRはある。だから僕は何とか復活して教室に向かった。途中でC,D,Eクラスの人が、僕に今までとは違う視線を向けていた。あれは畏怖の視線だよね……いくら架空世界とはいえやり過ぎちゃったんだろうか……

 

「おっはよ! 元希、相変わらず辛気臭い雰囲気だね」

 

「ほ、炎さん……」

 

「おはようございます、元希様」

 

「水奈さんも……」

 

 

 教室に着く前に、クラスメイトと会うのは初めてかもしれないな……でもよかった。二人は変わらず僕と付き合ってくれるようだ。

 

「元希さん、何か心配事があるの?」

 

「ずっと沈んだ雰囲気だもんね。ボクでよければ聞くよ?」

 

「うん、ありがとう……もう大丈夫だよ」

 

 

 美土さんも御影さんも昨日と同じように接してくれたので、僕はそれだけで満足出来た。だって元々友達と呼べる相手なんて居なかったし、恐れられても仕方ない事をやって見せちゃったんだから……

 

「おはよう、元希君」

 

「岩清水さん、おはようございます」

 

「秋穂で良いわよ。私も元希君って呼んでるし」

 

「秋穂さん……」

 

 

 やっぱり異性を名前で呼ぶのは緊張するな……それに秋穂さんはクラス違うし……

 

「ん~やっぱり可愛いわね~。炎たちが仲良くする気持ちが分かるわね~」

 

「容姿だけじゃないよ。元希は魔法も凄いんだから!」

 

「知ってるわよ。昨日E組が棄権したのって、元希君が強すぎるからでしょ? 四人って可能性もあったけど、さっきから元希君に向いてる視線を見れば分かるわよ」

 

「今日は秋穂さんたちとも戦いますからね。そこで元希様の凄さを体験出来ると思いますわよ」

 

「元希さんは可愛くて強い凄い子だものね~」

 

「美土さん!? おっぱいが当たってますよ……」

 

「ボクも」

 

「うえぇ!?」

 

 

 美土さんに張り合うように、御影さんも僕に抱きついてくる……男の子たちが羨ましそうな視線と憎しみの視線の二つが僕に突き刺さる……見てないで助けてくれないかなぁ……

 

「ほらほら、元希君が困ってるわよ」

 

「あらあら~」

 

「ゴメン、元希君」

 

「うん、だいじょう……ッ!?」

 

 

 二人が離れてくれたと思ったら、いきなり秋穂さんにキスされた……高校生になってから、数日で三人の女性とキスしちゃったな……

 

「何してるのよ秋穂!」

 

「ズルイですわ!」

 

「なら炎も水奈もすれば良いじゃないの。美土も御影も」

 

「うえぇ!?」

 

 

 キスされた事で混乱してる僕に、追い討ちを掛けるように秋穂さんが提案した。その後張り合うように四人にもキスされたのだけど、途中で意識を手放した僕には、誰がどの順番でキスしたのかは分からないのだけどね……




次回こそ再び対抗戦です。


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対抗戦二日目 VSB組

相変わらずの元希君無双……


 次に僕が意識を取り戻したのは、体育館に移動した後だった。誰かに運ばれたんだろうけども、僕のクラスメイトは皆女の子だしな……誰に運ばれたのであっても情けないよ……

 

「おっ、気がついた?」

 

「もうすぐB組との対抗戦が始まります。元希様も準備してください」

 

「うえぇ!? 気がついてすぐに対抗戦なの!?」

 

「元希さんなら大丈夫ですわよ。わたしが保障しますわ」

 

「ボクたちもちゃんと戦うから」

 

 

 そういわれれば、昨日の対抗戦って僕以外まともに魔法攻撃してない……よね? 美土さんと御影さんは魔法を使ってたけど、あれはトラップだったし……

 

「A組相手まで楽が出来ると思ってたんだけどなー」

 

「炎さん、相手を見くびるのは悪い癖ですわよ」

 

「分かってるって。でも水奈のようにずっと緊張感を持ってるのも如何かと思うけどね」

 

 

 架空世界で開始の合図を待っている間、皆は程度の差はあれ緊張してる感じだった。でも僕はもう慣れちゃったのか自然体で居る事が出来る……緊張する間も無く架空世界に来てたからだろうか?

 

「……始まってる」

 

「「「「えっ?」」」」

 

「急いで! B組の人たちは既に僕たちを包囲してるよ!」

 

 

 恵理さんの仕業なのかな? 僕たちには開始の合図を聞こえないようにしたんだろうな。でも何で……

 

「岩よ、壁となり我らを守れ『ロックウォール』」

 

 

 とりあえず横からの攻撃はこれで防げるかな……後は上からの攻撃に備えないと……

 

「上等! 元希、アタシたちは左側の敵を蹴散らす」

 

「ここまで私たちに近付くなんて……愚かですわね」

 

「それじゃあわたしと御影さんは右側ですかね」

 

「もう捕らえてる」

 

 

 御影さんが得意としてる魔法の一つ、『影縫い』。相手の動きを封じてその隙に攻撃をする魔法で、この魔法自体に攻撃力は無い。

 

「じゃあ元希は正面と背後を任せるからね」

 

「くれぐれも手加減などしませんように」

 

「わたしたちを怒らせたら如何なるか教えてあげませんとね」

 

「ボクはフォローしかしないけどね」

 

 

 ……四人って怒るとこんなに怖かったんだ、しっかり覚えておこう。

 

「炎よ、礫となりて敵を焼き尽くせ『ファイアーボール』」

 

「水よ、その形を変え敵を貫け『ウォーターランス』」

 

 

 炎さんと水奈さんがB組の人たちに攻撃魔法を喰らわせる。防御魔法を張ってるみたいだけど、それじゃあ防げないよ。

 

「風よ、吹き荒れ敵を切り刻め『ウインドカッター』」

 

「美土が中級魔法を使うなんて、手加減しないんじゃなかったの?」

 

「この程度の敵に力を見せると思ってたのですか?」

 

 

 美土さんって怒ると性格変わるんだ……笑ってるのに怒ってるように見えるよ……

 

「さて、僕もやらないと怒られちゃうからね」

 

 

 僕の担当は正面と背後、せっかく囲んでるのに魔法攻撃をして来ないのを見ると、恵理さんが言ってたように実戦は体験した事無いんだなと思える。

 

「光よ、その姿を雷に変え敵を焼き尽くせ『ライトニングボルト』」

 

 

 上級魔法『ライトニングボルト』で前後に雷を落す。これで動け無い程度にダメージを負ってくれれば……

 

『は~い! 勝者S組~』

 

「あれ?」

 

 

 これからだと思ってたら気の抜ける恵理さんのアナウンスが流れてきた。つまり敵将が戦闘不能になったのかな?

 

『いや~、不意打ちに如何対応するのか興味があったのに、まさか攻撃される前に全滅させるとはね~』

 

『姉さん、次は悪ふざけしないでくださいよ』

 

『涼子ちゃんだって興味があったんでしょ?』

 

 

 モニターで見てた二人は、程度の差はあれ僕たちの対応に興味を持っていたようだった。恵理さんだけかと思ってたのに涼子さんまでとは……

 現実世界に戻ってきた僕たちを出迎えたのは、恵理さんと涼子さんだけではなかった。

 

「凄かったわね。私が負けた理由が分かったわよ」

 

「秋穂さん……見てたんですね」

 

「ええ。だって次がA組対B組ですからね。相手が居なかったので視察をしてたのよ」

 

「そっか……今日は同時に試合出来ないんだ」

 

 

 昨日は相手が三クラスあったから同時に開始出来たけども、今日はそれぞれ二クラスしか相手が居ないんだった。

 

「それにしても元希君、当たり前のように上級魔法を使うなんてね」

 

「それより僕は、美土さんを怒らせちゃいけないって思ったよ……」

 

「まぁ美土は怒るとタイプが変わるからね」

 

 

 今は落ち着いてるけども、また何時怒るか分からないからな……ちょっと距離を取っているんだよね。

 

「う~ん、可愛いだけじゃないってのもポイント高いわよね~」

 

「うわぁ!? すりすりしないでくださいよ~」

 

 

 いきなり秋穂さんに抱き上げられすりすりされる。てか何で皆僕より背が高いんだよぅ……

 

「あー! 秋穂、抜け駆けは駄目だぞ!」

 

「そうですわ! そもそも秋穂さんはそろそろ試合なのでは?」

 

「元希さんにすりすりするのはわたしの役目なんですよ!」

 

「違うけど美土の言う通り」

 

 

 いや御影さん、どっちなの?

 

「はいはい、それくらいでね。元希君も困ってるから」

 

「恵理さん……イタズラはもうしないでくださいね? ビックリしましたよ」

 

「ゴメンゴメン。でも普通にやっても元希君たちが勝つって分かってたし、今回は急に敵に囲まれた場面を如何切り抜けるかが見たかったのよ」

 

「……つまりB組の人たちは当て馬?」

 

「ぶっちゃけるとそうね。せっかく囲んだのに攻撃出来ずに終わるなんて……今年は上位六人以外は鍛えなきゃ駄目ね」

 

「毎年そんなものでしょ、姉さん」

 

「でも、今の二年生は十人くらい使える魔法師が居たわよ?」

 

 

 平均がどれくらいか分からない僕には、それが多いのか少ないのかが分からなかった。

 

「兎に角、このクラス対抗戦は生徒たちの実力を把握するのが目的ですので、今回の件は貴方たちSクラスの実力を測る上でも必要な事だったの。だまし討ちみたいになってごめんなさいね」

 

 

 涼子さんが謝ってくれたので、四人は納得してくれたようだった。でも涼子さん……僕を抱き上げながら謝るのはやめてくれませんかね……なんだか凄く恥ずかしいんですけど……




次回は秋穂が戦います。


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元希君争奪戦

元希君がモテモテです……


 対抗戦二日目は、休憩時間があるので僕はモニター室でゆっくりする事にした。

 

「おいあれ……」

 

「全属性魔法師だろ? あんな見た目でえげつないよな」

 

「可愛い子だと思ってたのに、まさかあんな怖い子だったなんてね」

 

「きっと性格とかも最悪なんだろうね」

 

 

 ……同じ時間に休憩に入ったE組の人たちが、僕を見てコソコソと何かを言っている。普通なら聞こえないんだろうけども、僕は人より良い耳を持ってるからはっきりと聞こえちゃった……やっぱり僕は何処に行ってもあんなふうに思われるんだな……分かってたけどやっぱり悲しいし寂しいな……

 

「元希、もっとこっち来なよ!」

 

「そうですわ。そんな端っこじゃなくって私の膝の上に……」

 

「水奈が嫌ならわたしの上でも良いですよ」

 

「皆、元希君が困ってるよ。だから間を取ってボクの上に」

 

「うえぇ!?」

 

 

 御影さんの案は全然間じゃないよぅ……とりあえず気まずい雰囲気にはならずに済んだけども、多分四人には聞こえてなかったんだろうな。

 

「貴方たち、今度元希君の事を悪く言ったら容赦しないわよ」

 

「姉さん、その時は私も手伝います」

 

 

 ……恵理さんと涼子さんには聞こえてたんだ。やっぱり全属性魔法師って言うのは耳が良いのかな? 他の感覚も鋭い感じがするし……

 

「そろそろ始まるね」

 

「秋穂さんの戦術、しっかりと見せてもらいましょう」

 

「元希さんは見るの初めてだもんね~」

 

「美土、そう言って元希君におっぱい押し付けるのは駄目」

 

 

 集中したいのに、皆が僕を集中させてくれないよぅ……でも、何とか意識をモニターに向けなきゃ。

 僕は誰かが魔法を使ってるのを映像を通して見るのは初めてだ。だから凄く興味があるんだよね。

 

「始まった」

 

「さっそく秋穂さんが仕掛けてますわね」

 

「でも、影の魔法が無きゃあの仕掛けは引っかかりませんわよ」

 

「ううん、秋穂さんには考えがあるみたいだよ」

 

「元希君には分かるの?」

 

 

 秋穂さんがやったのは、美土さんがやったように地面をくりぬき落とし穴を作る事。だけど美土さんが言うようにあれは影の魔法があったから引っかかったんだよね。でも今回は高位の影魔法師がいない。

 

「見てれば分かると思うけど、あれは罠じゃなくってあそこに纏めて落すんだと思うよ」

 

「だって落とし穴でしょ?」

 

「そうだけど用途が違うんだ。落ちてから仕掛けるんじゃなくって、仕掛けてから落すんだよ」

 

 

 僕が説明をすると、ちょうど秋穂さんが仕掛けた。逃げ道を無くしていき逃げ惑うB組の人たち。次々と落とし穴に逃げ込むが、それは仕方なくだった。

 

「えげつない戦術ですわね……」

 

「囲って囲って、最終的に自分から穴に落すなんて……」

 

「そこが死地だと分かっていても、とりあえずは逃げられるから逃げ出すって感じだね」

 

 

 中には落ちた衝撃で気を失って戦闘不能になる人も居た。秋穂さんもなかなか凄い魔法師なんだね。

 

「今度は何だ?」

 

「大きな岩で穴を塞いでますわね」

 

「なるほど。だから元希さんは落してから仕掛けるんじゃなくて仕掛けてから落すって言ったんですね」

 

「うわぁ!?」

 

「だから美土、元希君が嫌がってる」

 

 

 全員を穴に落した秋穂さんは、岩を使って全員を閉じ込めた。その後から他のメンバーが攻撃魔法を仕掛け、そのままA組の勝ちが決まった。

 

「秋穂は手ごわそうだね」

 

「ですが、此方には元希様がいらっしゃいますし」

 

「お姉さんたちがちゃんとフォローしてあげるから、元希さんはしっかりと秋穂さんを倒してくださいね」

 

「美土ばっかズルイ。ボクも元希君にくっつく」

 

 

 えぇ!? 今まで真面目な感じだったのに、何でこの二人はそんな空気でも僕にくっついてくるんだろう……

 

「ズルイぞ! アタシも元希にくっつきたいんだ!」

 

「私もです!」

 

「うえぇ!?」

 

 

 試合が終わったので緊張感がほぐれたのに、別の意味で緊張してきちゃうよぅ……苦しくてもがいていると、誰かが助け出してくれた。

 

「あ、ありがとうございま……ッ!?」

 

「「「「あぁ!!」」」」

 

 

 僕を助け出してくれたのは秋穂さんだったんだけど、そのままキスされてしまった……何で皆僕にキスするんだろう……

 

「次は勝負しなきゃいけないけど、この場所なら問題無いでしょ?」

 

「あうぅ……問題はあると思うんだけど」

 

 

 だって背後からもの凄い殺気を放ってる四人が居るし、秋穂さんの後ろにも恵理さんと涼子さんが凄い殺気を放ってるし……

 

「元希にキスしすぎだぞ!」

 

「そうですわ! 大体秋穂さんはクラスが違うじゃないですか!」

 

「元希さんの唇はお姉さんのものなのよ~」

 

「秋穂ばっかりズルイ」

 

「ならみんなもすれば良いでしょ? 昨日みたいにさ」

 

 

 ちょっと、そんな事言ったらみんな本気にしちゃうじゃないか……僕は気を失うのを恐れて逃げ出そうとしたけども、逃げ出した先には恵理さんと涼子さんが居た。

 

「捕まえた」

 

「私たちの前で元希君にキスするなんて、良い度胸してますね」

 

「あうあうあう……」

 

 

 恵理さんに捕まり、涼子さんの殺気に僕はビックリしてしまった。だって普段優しい涼子さんがこんな殺気を放つなんて思って無かったから……

 

「先生たちも元希君にキスすれば良いじゃないですか。それでお相子ですよ」

 

「……それもそうね」

 

「!?」

 

 

 逃げ出そうにも、恵理さんに抱きしめられてる為に身動きが取れない。もうじき次の試合だって言うのに、僕は意識を手放すのだった……何で一日一回以上気を失わなきゃいけない生活をしてるんだろう……僕は魔法の勉強をしにこの学校に来たんだけどな……




人気ものは辛いんでしょうね……


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突然の出来事

日常生活にちょっとしたハプニングを


 意識を取り戻したのは、またしても架空世界で……別に問題は無いんだけども、僕が復活するまで架空世界に行くのはやめてくれないかなぁ……

 

「おっ、元希が気がついた」

 

「そろそろ開始の合図があるはずですので、元希様も準備してください」

 

 

 もう僕が気を失っても誰も驚かなくなってる……まぁ一日一回以上気を失ってたら慣れちゃうよね……

 

「考え事? お姉さんに相談してごらん?」

 

「美土、元希君をからかってる時間は無いよ」

 

「あらあら、からかうなんて人聞きの悪い」

 

 

 この緊張感の無い感じは良いんだろうけども、相手には秋穂さんが居るのに大丈夫なのかな? さっきの戦い方を見る限り、秋穂さんは今までの相手のようには行かない気がするのに……

 

「元希、アタシたちはフォローに回るから、元希が一気に決めて」

 

「秋穂さん以外にも元希様の実力を知らしめる必要がありますので」

 

「えっ、でもA組の人たちはさっきの試合を見てたんじゃ……」

 

 

 A組は僕たちがB組と戦ってる時モニタールームに居たんだから、僕の魔法は見てるはずなんだけどな……

 

「さっき元希さんが気を失った時に、A組の愚か者が元希さんを馬鹿にしたのよ」

 

「ボクもさすがにあれはムカついた。その場で闇に落してやろうかと思ったけど、元希君が自分の力で黙らせれば良いんだって思ってやめておいた」

 

 

 なんだか納得できないけど、止めてもらってよかった……御影さんにそんな事させたくないもんね。

 

「ところで、何時になったら合図があるのかな?」

 

「まさかもう始まってますの?」

 

「ちょっと待って……ううん、秋穂さんたちも動いてないよ」

 

 

 影を飛ばしてA組の様子を確認したけども、誰一人動いてはいない……? 何か違う気配があるような……!?

 

「何でこの世界に竜が……」

 

「竜? この間倒した地竜ですか?」

 

「違う。能力が格段に上がってる……恵理さん! 聞こえてますか?」

 

 

 駄目だ……通信が途絶えてる。もしかして何かのエラーでこの世界に竜が出現してるのかもしれない……

 

「御影さん、秋穂さんに知らせて」

 

「元希君は? 元希君の方が早く伝えられるよね?」

 

「影を飛ばすより携帯の方が早いでしょ。架空世界とはいえ圏外じゃないんだし」

 

「それで、元希は如何するんだ?」

 

「僕は竜を止める。皆はA組の人たちを秋穂さんと一緒に守ってあげて」

 

 

 恵理さんと涼子さんの話では、僕たちと秋穂さん以外の新入生は基本魔法くらいしか使えないらしいし。

 

「元希様一人では危険ですわ! せめてもう一人前衛に……」

 

「大丈夫。僕はみんなを守るんだ!」

 

 

 普段男らしくないんだし、こんな事態になっちゃった以上頑張らないと。

 

「分かった。でもA組の人たちの安全を確保出来たらボクたちも加勢するから」

 

「……分かったよ。でも危ないと思ったらみんなも避難してね。やられちゃっても架空世界だから大丈夫だとは思うけど、現実世界がどうなってるのかが分からない以上安全だとは思えないからね」

 

 

 四人に任せて僕は竜の許に走る。入学式前に戦った地竜とは比べ物にならない強さ、これが本物の竜の能力なんだろうな……

 

「(大丈夫、怖く無い。僕が逃げたらみんなが危ないんだから)」

 

 

 自分を鼓舞するように心の中でつぶやき、竜に気付かれないように近付き、光魔法でみんなが居る方向とは別の方向に誘導する。

 

「(あれは水竜? それとも氷竜かな……綺麗だなぁ)」

 

 

 思わず見蕩れてしまったけども、相手は現実世界で言えばSランクモンスターだ。少しの油断で命を落してもおかしく無い相手なのだ。気を引き締めないと。

 

「(とりあえず牽制で……)風よ、多方面から敵に襲いかかかれ『ウインドスラッシュ』」

 

 

 僕の場所を特定されないように影の魔法で気配を隠し、魔法発動の際に特定されないように多方面から攻撃できる魔法を選択する。

 

「(効いてないな……やっぱり初級魔法じゃ駄目か)」

 

 

 架空世界だ、最悪やられちゃっても大丈夫……もし駄目でも、僕が時間を稼げばみんなが助かる可能性が出てくる。

 

「雷よ、最大限の威力で敵を焼き殺せ『サンダークラッシュ』」

 

 

 相手が水竜ならこれで倒せるかな……でも、Sランクモンスターがこの程度ではやられてくれないだろうな……

 

「グルルル……」

 

「やっぱり駄目だよね」

 

 

 今の魔法で完全に僕の場所がバレた。だけど水竜は僕に襲い掛かっては来ない……何でだろう?

 

「? 僕が攻撃した以外で怪我してる?」

 

 

 足を引き摺ってるようだけども……これ、ホントにバーチャルなのかな?

 僕は怖いと思う気持ちを封印し、水竜の足元に飛び降りる。これは……槍の穂先かな? 何でこんなものが刺さってるんだろう……

 

「グルルル!」

 

「うわ! 落ち着いて、今抜くから」

 

 

 痛そうに暴れだした水竜に沈静効果のある匂いを嗅がせ、その間に刺さってる穂先を抜く。とりあえずこれで大丈夫かな?

 

「風よ、優しく包み込み傷を癒せ『ケアリング』」

 

 

 回復魔法を掛け、水竜の足の傷を治す。何となくだけど、この子は悪い子では無い気がしたのだ。

 

「これで大丈夫だよ」

 

「グル!」

 

「あれ? どんどん小さくなって……」

 

「ギャァ!」

 

「これが君のホントの姿なの?」

 

 

 掌サイズまで小さくなった水竜を持ち上げ、とりあえずみんなの場所まで戻ろう。

 

「元希! 竜は?」

 

「えっと……この子」

 

「小さいですわね……」

 

「さっきまで暴れてたんだけど、足の怪我を治してあげたら小さくなって懐かれちゃった」

 

「ギャァ!」

 

『元希君は使い魔を手に入れたのね』

 

「恵理さん……この子ってバーチャルじゃなかったんですか?」

 

『ごめんなさい。如何やら討伐部隊が逃がした水竜のようなの。でも悪い子じゃなさそうだし元希君の使い魔になったなら大丈夫よね』

 

 

 よく状況が分からないけども、とりあえずこの子は僕が世話をすれば良いのかな?

 

「グア!」

 

 

 さっきからほっぺたにすりすりしてきてるし、懐かれたって事で良いんだよね? 油断した隙に……って事は無いよね?




水竜の詳しい事は次回説明します


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日本支部との確執

何だかんだで二十話目です


 対抗戦は中止になってとりあえず現実世界へと復帰した僕たちを待っていたのは、沢山の大人たちだった。

 

「えっと……どちら様ですか?」

 

「この人たちはね元希君、その水竜を逃がした挙句に架空世界に逃げられたとっても有能な日本支部の討伐隊の皆さんよ」

 

 

 恵理さんの棘のある紹介に、日本支部の討伐隊の方々は顔を顰めた。何か確執があるのかな?

 

「それで、この子は如何するんですか?」

 

「もう元希君の使い魔って事になってるからこの人たちは何も出来ないわよ」

 

「そうなんですか?」

 

「ええそうよ。何十人で挑んであっさり逃げられた有能な日本支部の方々には元希君の使い魔になった水竜に手出しする事は出来ないの」

 

 

 ……なんで涼子さんまで苛立ってるんだろう?

 

「さぁ、さっさとお帰りくださいやがりませ」

 

「そして二度と私たちの前に面を見せないでちょうだい、反吐が出るわ」

 

 

 恵理さんと涼子さんに追い返されるように日本支部の方々は体育館から出て行った。なんだか何時もと雰囲気が違う……ちょっと怖い……なんて思ってたら急に二人に抱きつかれた。

 

「「元希君!」」

 

「ふみゃ!?」

 

「元希君のおかげであの無能共に介入されることなく済んだわ!」

 

「さすが元希君ですね。キスしてあげましょう!」

 

 

 ちょっと涼子さん……他の人も見てるんですからそういう発言は止めてくださいよ……ほら、男の子たちが怖い顔して僕を見てる……

 

「ところで恵理さん、涼子さん、日本支部の方々と何かあったんですか?」

 

 

 僕が質問すると、体育館の空気が変わった。あれ? 僕変な事聞いたかな……

 

「元希、それは聞いちゃ駄目だよ!」

 

「そうですわ! その事はお二人の前では禁句……」

 

「岩崎さん、氷上さん、ちょっと黙っててくれるかな? 先生たちは今大事な話をするから」

 

「いう事聞けるわよね? 聞けない子は今すぐ退学にしてあげるわ」

 

 

 ヒエェ……僕は何を聞いてしまったんだろう……

 

「グ、グルル……」

 

 

 この子も脅えるくらい、今の恵理さんと涼子さんの雰囲気は怖い……正直僕も怖くてお漏らししそうなくらいだけども、何とか堪えてるのだ。

 

「さぁ元希君、説明してあげるからお家に帰りましょ」

 

「対抗戦の残り一試合は明日に延期。今日はもう帰って構いません」

 

 

 恵理さんと涼子さんに睨まれた同級生全員は、大人しく体育館から出て行く。そして炎さん、水奈さん、美土さん、御影さん、秋穂さんも出て行ったんだけど、出て行く前に僕に同情の視線を向けていたのは何でなんだろう……

 

「さて元希君、お風呂で話を聞くのと此処で聞くの、どっちが良いかしら?」

 

「……此処で聞きます」

 

「じゃあお風呂でね」

 

「あうぅ……」

 

 

 何て天邪鬼なんだろう……でもきっとお風呂って答えてもお風呂でだったんだろうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早蕨荘に帰って来てすぐ、僕は水竜を庭に放した。この子にはあの恐怖は味わって欲しくなかったからなんだけど、水竜は僕にくっついてきた。

 

「君もお風呂に入りたいの?」

 

「グァ!」

 

「その子に名前をつけてあげないとね」

 

「元希君の使い魔なんですから、姉さんが考えても駄目ですからね」

 

「名前……? ところでお二人は何で僕の部屋に?」

 

「それはもちろん、元希君を連行するためよ」

 

 

 左右の腕を掴まれ、僕は宙に浮くかたちでお風呂場に連れて行かれる……水竜はその下とテトテトと歩いてついて来ている……ご主人様のピンチに気付いてるようだけど、今の姿では助けられない、そんな顔をしてる。

 

「それで元希君、この子の名前は?」

 

「水竜だから(すい)で如何?」

 

「グァ!」

 

 

 何となく気にいってくれたようなので、この子の名前は水に決まった。

 

「それでさっき聞いたんですけど、お二人と日本支部の討伐隊の方々との関係は……何かすっごく棘があったように感じたんですけど」

 

「アイツらはね、私たちを化け物扱いしてどこか遠くに行かせようとした日本支部長直轄の無能集団なのよ」

 

「今の副校長もその派閥なの。だから私たちを追い出す為にこの『早蕨荘』を壊したいのよ」

 

「そうなんですか……あれ? 恵理さんと涼子さんを化け物扱いって、もしかして二人が全属性魔法師だからですか?」

 

「そうよ。だからあいつらは元希君の事も化け物って呼んでたわ」

 

 

 そ、そうなんだ……知らない間に僕は化け物呼ばわりされてたんだ……

 

「グァ! グルル」

 

「ん? 如何したの、水」

 

「元希君の事を慰めてるんじゃない? だってこの子の足の怪我、治してあげたんでしょ?」

 

「はい。だって痛そうに暴れてたので……僕の魔法は水にはあまり効いてませんでしたし」

 

 

 手加減して時間を稼ぐ事だけを考えてたからなんだけど、やっぱり本物のSランクモンスターのドラゴンに僕の魔法はまだ通じないんだろうな。

 

「本当はこの子、すっごく知能が高い守り神とされてた水竜の子供なんだけど、どうやらその守り神を討伐したみたいね」

 

「えっ、でも守り神なんですよね? 討伐隊が倒すのは人に仇なす魔物なんじゃ……」

 

「どうせ力の誇示をしたかったんでしょうよ。あのクソ親父が考えそうな事よ」

 

 

 日本史部長って男の人なんだ……それにしても、守り神として崇められていたのに、いきなり討伐されたんじゃその水竜もビックリしただろうな……可哀想だな……

 

「だから元希君、この子を守ってあげて。守り神だった水竜は私と涼子ちゃんの知り合いだったのよ」

 

「まだ学生だった頃、私も姉さんもあの守り神にはお世話になったんですよ」

 

「そうなんですか……君の親は凄いんだね、水」

 

「グァ!」

 

 

 水の頭を撫でてあげると、気持ち良さそうに目を細めた。そうか……討伐隊って言っても必ずしも正義って訳じゃ無いんだね……僕は人に被害を与える魔物だけを倒す魔法師になりたいな……もちろん人間が悪くて仕方なく襲う魔物は倒したくないけど……

 

「さてと、それじゃあこのつまらない話は終わりにして、元希君の身体を洗いましょう!」

 

「今日こそは私が前を洗う」

 

「うえぇ! 何時も言ってますけど、自分で洗えますよぅ……」

 

 

 シリアスな空気が一瞬で何時もの空気に変わってしまった。恵理さんも涼子さんも笑っててくれたほうが僕も嬉しいですけども、この展開だけはホント何とかならないのかなぁ……




意外と続いてるなと、自分の事ながら感心してます。


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クラス対抗戦 最終戦

脇にそれましたが最後の試合です


 いろいろと問題があったけども、とりあえず対抗戦最終試合は今日行われるらしい。僕は早めに起きて庭に出た。

 

「そういえば君って何を食べるの? やっぱり水?」

 

「グァ!」

 

「やっぱり何言ってるのか分からないよ……」

 

 

 守り神として崇められていた水の親竜は話す事も出来たらしいけども、この子はまだ小さいので言語を操る事が出来ないらしい。

 

「とりあえず水を出してみるか」

 

 

 魔法を使って水を出す。すると水が喜んだようにその水の中に飛び込む。やっぱり水竜だから水が好きなんだな。

 

「元希君、そんなところで何してるの?」

 

「涼子さん。水にご飯をと思って」

 

「それで今水の魔法を使ったのね」

 

 

 さすが涼子さん、随分と離れていても何の魔法を使ったか分かるんだな。

 

「この子も成長すれば言語を操れるんですよね?」

 

「多分ね。この子の親は私たちと会話してたし、それに危険が迫ってきた時はちゃんと教えてくれてた。決して討伐される魔物では無かったのに」

 

「何で日本支部はこの子の親を討伐したんでしょうね」

 

 

 恵理さんと涼子さんは日本支部とは確執があるので情報は手に入れられない。情報を手に入れる方法があるとするならば、魔法の大家の四人に情報をもらう事が出来るかもしれないけども、あの四人が知ってる可能性は高く無い。

 

「多分私たちとこの子の親が親しかったからよ。見せしめのつもりなんでしょうね」

 

「そんな……」

 

 

 何でそこまでして恵理さんと涼子さんに悲しい思いをさせるんだろう……許せないよ。

 

「涼子さん、僕絶対この子を成長させて理由を聞きます。そしてもし涼子さんが言ったような理由だったら……日本支部を潰す」

 

「元希君……とりあえず朝ごはんにしようか」

 

「? そうですね」

 

 

 今一瞬の記憶が途切れたような……気のせいだよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仕切りなおしの対抗戦最終対決、僕たちは再び仮想世界にやって来た。

 

「昨日はビックリしたよね」

 

「討伐理由も、逃がした状況も全然分かりませんしね」

 

「ウチも調べましたがさっぱりでした」

 

「ボクのウチも調べたけど、重大機密だって言われたって」

 

 

 やっぱり魔法の大家でも調べる事は出来ないんだ……それだけ秘密にしたいって事は、恵理さんや涼子さんが言っていたように見せしめなのだろうか?

 

「元希、今日はやけに雰囲気が怖いけど?」

 

「そうかな? 僕は普段通りのつもりなんだけど」

 

「いえ。昨日より明らかに怒ってます。何があったんですか?」

 

「何かあった訳じゃないんだけども……憶測でいいなら聞いてくれる?」

 

 

 僕の前置きが気になったのか、四人は静かに頷いた。試合前だけど簡単になら説明出来るよね。

 

「何それ……つまり討伐理由は嫌がらせってこと?」

 

「確証は無いよ。それに真実だとも決まって無い。だけど恵理さんと涼子さんはそうじゃないかって言ってた」

 

「それで元希様、その水竜の子供は何処に?」

 

「今はモニター室に居るよ。恵理さんが見張っててくれてる」

 

「なら大丈夫だね。元希さんも安心して対抗戦に挑めるわね~」

 

「だから抱きつくの止めてよ~」

 

「うん。普段の元希君に戻った」

 

 

 御影さんが僕の雰囲気を感じ取って安心したように抱きついて来た。

 

『もう始まってるわよ~』

 

 

 呆れた恵理さんからのアナウンスで、僕たちは対抗戦が始まってた事に気がつく。今回は合図が無かった訳では無く気付かなかったみたいだ。

 

「試合中にいちゃつくなんて、羨ましいわよ!」

 

「秋穂! クラスメイトのスキンシップだよ!」

 

「「岩よ、鋭く尖り、敵を突き刺せ『ストーンエッジ』」」

 

 

 炎さんと秋穂さんが同じ魔法を発動させ戦いの火蓋が切って落とされた。

 

「氷よ、全てのものを凍らせよ『コキュートス』」

 

「ちょ! それ禁忌魔法!?」

 

 

 水の様子が気になるので僕は手加減無しの魔法を繰り出す。氷の禁忌魔法『コキュートス』この魔法は実世界で使うのは禁じられているSランク魔法だ。だけど架空世界だし使っても死にはしないので気にせず発動させる事が出来る。

 

「やるじゃない、元希君!」

 

「防いだんだ……じゃあ!」

 

 

 秋穂さん以外のA組の人たちは凍ってしまったけど、クラス委員が秋穂さんだから秋穂さんを倒さないと終わらないんだよね。

 

「氷炎よ、相反する力を持って敵を薙ぎ払え『インフェルノ』! 風よ、全てを吹き飛す力を『ハリケーン』!」

 

「禁忌魔法を連続で!? 元希君どれだけ本気なのよ!」

 

「だってあの子の様子が気になるんだもん! 闇よ、相手の動きを封じよ『影縫い』」

 

「う、動け無い……」

 

 

 魔法で防ごうとしていた秋穂さんの動きを御影さんの得意魔法で封じる。これで対抗戦も終わりだよね。

 

『はーい。勝者S組』

 

「終わったね……」

 

「元希、やっぱ凄いね」

 

「禁忌魔法を連発で放てるなんて、どれだけ凄いんですの」

 

「頑張ったご褒美におっぱいを見せてあげよう」

 

「美土、こんな所で脱がないの」

 

 

 あ、あれ? なんだか身体中の力が抜けていく……やっぱり禁忌魔法を連発で放つのは疲れるんだ……

 次に目を覚ましたのは、体育館のモニター室のソファーだった。どうやら現実世界に復帰して誰かに運ばれたんだろうな……

 

「やっぱり君は強いね、元希君。全属性魔法師ってのは知ってたけど、まさかあそこまで実力差があるなんて思って無かったよ」

 

「秋穂さん……架空世界とはいえやり過ぎました。ゴメンなさい」

 

「駄目、許さない」

 

「あうぅ……」

 

 

 そうだよね。あれだけやっておいて謝るくらいで許してもらえないよね……

 

「罰として元希君から私にキスして」

 

「うえぇ!?」

 

「それが出来ないなら許さないんだから」

 

「あうぅ……分かったよぅ……」

 

 

 僕からキスするのって初めてのような気がするよぅ……でも、これをしなければ許してもらえないし、これくらいで許してもらえるなら良いのかな……

 意を決して秋穂さんの唇に近付くと、周りからもの凄い殺気を感じた。

 

「え、何?」

 

「残念、もう少しだったんだけどな~」

 

「秋穂、抜け駆けは許さない!」

 

「元希さんからのファーストキスは私のものですわ!」

 

「あらあら、わたしのものなのに」

 

「違う、ボクのだ」

 

 

 もしかして僕、弄ばれた? どうやら秋穂さんは怒ってなかったようで、僕からキスをしてほしかっただけらしいのだ。怒ってなくて良かったけど、本気で怒られてると思っちゃったよ。




元希君の裏的人格を考え中……


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大家の絆

家同士の絆って強いんでしょうかね?


 クラス対抗戦も無事に終わって、今日からいよいよ授業がスタートする。本当なら昨日からのはずだったんだけども、水の事があって対抗戦が一試合だけ昨日に延期されちゃったからね。

 

「でも魔法科の授業って何をするんだろう……基礎をするのかな?」

 

 

 普通に考えたらそうなんだろうけども、僕たちのクラスはすでに魔法を扱えるしな……でも僕は独学だから基礎を教えてもらえるなら嬉しいな。

 

「おはようございます、恵理さん、涼子さん」

 

 

 今日の朝ごはんは恵理さんが担当だったので、僕は昨日よりものんびりと水と遊んでいた。まだ二日しか一緒に生活してないけども、水は僕に懐いてくれている。

 

「おはよう。今日も可愛いわね」

 

「姉さん。それは挨拶にならないんじゃないかしら?」

 

 

 挨拶と共に抱きつかれて、僕は窒息しそうになる。高校生になれば背が伸びるかと思ってたけども、やっぱりそんなにいきなり伸びる訳も無いし、中学でもそれほど伸びなかったんだから高校でも駄目なのかな……

 

「水の様子は如何かしら?」

 

「元気ですよ。今も思いっきり水を噴出してましたし」

 

 

 水竜だから当たり前なんだろうけども、あの勢いは驚いたな。

 

「そうそう。学園に水を連れて行っても大丈夫になったから、今日は一緒に連れて行ってあげたら? あの子もお留守番は寂しいだろうしね」

 

「姉さん、また権力を振りかざしたんじゃないでしょうね」

 

「大丈夫よ。正当性はこっちにあるんだから」

 

 

 恵理さんの説明では、何時日本支部の討伐隊が水を狙うか分からない状況で、水を単独行動させるのは危ないという事らしいのだが、そもそも日本支部とはいえ簡単に学園の敷地内に入る事は出来ないんじゃないのかな?

 

「元希君には教えたでしょ? 副校長が支部長の派閥だって。だからいい加減な理由をでっち上げて討伐隊を学園に招き入れる事が出来ちゃうのよ」

 

「まぁ理事長の許可無くそんな事をすれば、副校長は学園に居られなくなるでしょうけどもね。ですよね、姉さん?」

 

「当たり前でしょ。ただでさえ今すぐ追い出してやりたいのにあのタヌキ親父」

 

 

 見た事無い副校長先生のイメージが、ちょっと太った眼鏡の小父さんで固まった。実際にあったらギャップで驚くのかな? それともイメージ通りで驚くのかな?

 

「兎に角あの親父は元希君を追い出す事を計画してるみたいだから、元希君もあの親父のいう事は信じちゃ駄目だからね」

 

「あのぅ、僕副校長先生に会った事無いんですが……」

 

「そうでしたね。でもあえて会う必要は無いですよ。元希君の純粋な心が穢れちゃうだけですから」

 

 

 恵理さんも涼子さんもよっぽど副校長先生が嫌いなんだなぁ……僕は会った事も無い副校長先生の事が少し気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めての授業で緊張したけども、意外とスムーズに授業は進み今はお昼休み。僕たちは教室でお弁当を食べる事にした。

 

「ねぇ、皆は副校長先生ってどんな人か知ってる?」

 

 

 今朝『早蕨荘』で話題になったので、クラスメイトの四人にも聞いてみる事にした。ちなみに水は教室の隅でお昼寝をしているので今は大人しいのだ。

 

「副校長? そんな人居たっけ?」

 

「確か日本支部長と懇意にしてる早蕨理事長を追い出そうとしてる派閥の人ですよね?」

 

「でも元希さんは何でその副校長の事をわたしたちに?」

 

「うん……水を狙って日本支部の討伐隊を動かすかもしれないって今朝恵理さんが言ってたからね」

 

「そうなの? あんなに可愛い子を討伐するなんておかしい」

 

 

 御影さんと水は妙に意気が合いたった数時間で仲良しになっているのだ。僕よりも御影さんが主のほうが水も喜ぶんじゃないだろかとも思うくらいに、二人はすぐに仲良しになったもんね。

 

「どうも恵理さんと涼子さんの二人と、今の日本支部長の間に確執があるみたいで、水の親が討伐された理由もどうやら二人へのあてつけらしいって」

 

「確かに、あの水竜様は討伐されるべき魔物ではありませんでしたし」

 

「水奈、知ってるの?」

 

「氷上家では毎年水竜様にお供え物を献上してましたので」

 

 

 そうなんだ……水の親竜は水奈さんのお家でも守り神として崇められてたんだね。

 

「ですので今回の水竜様討伐の詳しい経緯を日本支部に説明を求めたのですが、無視されてしまったのですよね。なるほど……そんな理由では氷上家を納得させる事は出来ませんわね」

 

「日本支部は魔法の大家全てを敵に回す覚悟があるのかな?」

 

「氷上家が敵対を表明すれば、我が風神家も敵対表明しますもの」

 

「ウチもすると思うよ。長い付き合いだし」

 

「当然アタシの家も敵対表明するだろうね。水奈の家が崇めてた神様を殺したんだ。敵対理由としては十分だ」

 

 

 炎さんが言ったように、水奈さんのお家を敵に回すと、残りの大家も敵対する事になるようだね。それだけこの四人の絆は強いんだろうな。

 

「そのときは元希、お前も手伝ってくれるよね」

 

「もちろんだよ。水の親を討伐した日本支部の魔法師も、その命令を下した人も許せそうに無いもん」

 

 

 僕と水が出会うきっかけにはなったけども、正当性の無い討伐はただの虐殺だ。そんな事が許されるなんて納得出来ないもんね。

 

「それに多分だけど、恵理さんと涼子さんも手伝ってくれると思う。水の親竜と二人は知り合いだったらしいから」

 

「そうですか。では正式な回答が着たらお知らせしますわね。もちろん無回答は敵対表明と受け取りますけどね」

 

 

 水奈さんがちょっと怖い笑みを浮かべた。炎さんや美土さん、御影さんは見慣れてるのか何も反応しなかったけども、僕はちょっとだけ震えた。だってあの水奈さんがあんな笑みを浮かべるなんて思って無かったんだもん……




次回ちょっと急展開?


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擬人化する水

タイトル通りです


 恵理さんと涼子さんが正式に日本支部討伐隊の水竜討伐に関する情報開示を求める事になったらしい。これで再び日本支部との確執が強まるんだろうな……

 

「なんだか大変な事になってるね、水」

 

「グワァ!」

 

「君の親の事だもんね。君も気になるよね?」

 

「グルル」

 

 

 何となく意思疎通は出来るけども、やっぱり何て言ってるのかは分からないな。もう少し成長してくれれば、水も僕たちと会話出来るようになるのかな?

 

「元希、何してるの?」

 

「水にご飯をあげてたんだよ」

 

 

 教室の隅で作業してたので、炎さんが不審がって僕の背後から覗いてきた。気配を掴んでなかったら驚いて水を放り投げてたかもしれないな……

 

「我々魔法の大家四家も、日本支部に情報開示を求める事になりそうです」

 

「わたしたちに喧嘩を売るなんて命知らずですわよね」

 

「別に僕たちに喧嘩を売ったわけじゃないと思うけど……」

 

「ボクたちがいる架空世界に暴走した水を送り込んだのは事実。これはボクたちに対する挑戦だよ」

 

「意図的に送り込んだ訳じゃないと思うけど……」

 

 

 正直僕は魔法師部がどれくらい力を持っているのかも詳しく知らないし、恵理さんと涼子さんに嫌がらせをしてくる理由も良く分かってない。だけど魔法師にとって必要な機関なんだろうって事は分かっている。

 

「一応言っておくけど、壊滅させちゃ駄目だからね?」

 

「別にあんなところ、一回壊滅させて際建築した方が良いって」

 

「炎さん、建物の話じゃないですわよ?」

 

「それくらい分かってるって」

 

「この際秋穂さんにも手伝ってもらいましょうか。あの子も危ない目に遭いかけたんですものね」

 

「仲間は多い方が有利。でも烏合の衆では意味が無い」

 

「向こうが烏合の衆だろ? だから問題ないって」

 

 

 何でここまで好戦的なんだろう……確かに僕も真実は知りたい。だけど魔法師部と戦争紛いの事までしたいとは思って無いんだけどな……

 

「そういえば元希様、これ家に残ってた水竜様にお供えするはずだったものです。よければ水ちゃんに食べさせてあげてください」

 

「よかったね、水」

 

 

 水奈さんから受け取ったお供え物を水に食べさせる。水竜様にお供えしていたものなら、水が食べても大丈夫だろうしね。

 

「グ?」

 

「ん? 如何したの、水」

 

 

 お供え物を口にした水は、少し首を傾げて固まった。あれ、不味かったのかな?

 

「グワァ!!」

 

「うわぁ!」

 

 

 急に大きな声を出しながら水の身体が光り始めた。いったい何が起こってるの?

 

「水奈さん、水が!」

 

「大丈夫ですわ。今水ちゃんに食べてもらったのは水竜様が人の姿になれるようになるものですので」

 

「あ、それであの水竜様は人の姿になってたのか」

 

「わたしも長年の疑問が解決しました」

 

「ボクは前から聞いてたんだけどね」

 

 

 そんな事を話ていたら、水がどんどん大きくなってきた……もしかして怒られるかな?

 

「ふう……この姿では始めましてだな、我が主人よ」

 

「えっと……もしかして水?」

 

「そうだが、どこかおかしいのか?」

 

「いろいろ言いたいけど、何で裸なの?」

 

「? おかしな事を言うな我が主人は。さっきまで裸でいても何も言わなかったではないか」

 

 

 確かにそうだけども……

 

「だって竜の姿の時は兎も角、人の姿になったんだから服は着なきゃ」

 

「我が主人よ……服というものは必要なのか?」

 

「当たり前だよ! 大体女の子が裸でウロウロしてたらおかしいでしょ!」

 

「ムゥ……人間界とやらはややこしいルールがあるんだな」

 

 

 この子は人間世界で生きて来てないから仕方ないけども、やっぱり服は着てもらわないと駄目だよね……

 

「大体生殖行為をする時に、服など邪魔になるだけだろうが!」

 

「せ!?」

 

「して我が主人よ。何時私たちの子供を作るんだ?」

 

「こ、子供!?!」

 

「如何いう事だよ!」

 

「何故元希様と水ちゃんの間に子供が出来るのですか!?」

 

「お姉さんも知りたいわね」

 

「当然ボクも知りたいな」

 

 

 四人からただならぬプレッシャーをかけられている水だけども、全然気にした様子も無く平然と答えた。

 

「我が主人はこの世界でも珍しい魔法師なんじゃないか。だから我が主人には私と生殖行為をし、竜神と最強の魔法師の間に子供を成すのだ!」

 

「理由が分からないぞ! 大体元希は水と生殖行為なんてしないぞ!」

 

「そうなのか、我が主人? 良いものを持っていたではないか」

 

「い、い、い、何時見ましたの?」

 

「? 一緒に風呂とやらに入った時にな。興奮してる感じは無かったので、あれが最大と言う訳ではあるまい?」

 

「元希さん、顔に似合わず立派なモノをお持ちなのですね」

 

「ボクは耐えられるかな……」

 

 

 何の話をしてるんだろう? 僕のことらしいんだけども、水の言っている事がイマイチ理解出来ないんだよね……あと四人が僕の下半身に視線を向けてるけど、何か付いてるのかな?

 

「さあ主人よ、今すぐ生殖行為を……」

 

「あのさ、水。僕のことは元希で良いよ。一々長くない? 今の呼び方だと」

 

「ウム……では我が元希と呼ぼう」

 

「殆ど長さ変わらないじゃん。元希だけで良いよ」

 

「そうか……では元希、今すぐズボンとやらを脱ぐのじゃ」

 

「……何で?」

 

 

 お風呂でもトイレでも無いのに、何でズボンを脱がなきゃいけないの?

 

「お主の立派なモノで我を貫くとよい!」

 

「……えっと?」

 

 

 意味が分からないので四人に助けを求めたのだけど、誰も答えてはくれなかった。

 

「だから子作りじゃ! お主も高校生なら知らない訳なかろう。S○Xと言うヤツじゃ」

 

「!?!? ウキュ~……」

 

 

 直接的な表現を言われ、僕は意識を失った……この間恵理さんがしようとしてた事ってそういう意味だったんだ……




何だこのキャラ……


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日本支部の返事

水のキャライメージが固定出来ない……


 意識を取り戻した僕は、擬人化した水に服を用意する為に恵理さんを訪ねた。

 

「失礼します」

 

「あら、元希君じゃない。お姉さんに何か用事かしら?」

 

「えっと、水が人の格好になれるようになりましたので、何か着せるものをと思いまして」

 

「そうねぇ……元希君の体操着じゃ駄目なの?」

 

「サイズが……」

 

 

 水の身長は僕よりも遥に大きい……まだ子供だと思ってた水だけども、人間の格好になるとあそこまで大きいなんて……しかもまた女の子に負けた……

 

「それじゃあ此処に涼子ちゃんの体操着があるんだけど、これなら大丈夫でしょ?」

 

「何で涼子さんの体操着? 着る事あるんですか?」

 

「罰ゲームで何度か着てるわよ。なかなか良いわよ~ムチムチしてて」

 

「姉さん! 元希君に余計なこと教えないでください!」

 

「あら涼子ちゃん。理事長室に何か用事?」

 

 

 随分とタイミングよく現れたけども、もしかして涼子さん、理事長室に影を張ってるんじゃないだろうか……

 

「先ほど日本支部討伐隊からの回答が届きました」

 

「それで?」

 

「あの水竜は暴走の兆候が見られたために討伐した。正当性は此方にあると」

 

「で、その兆候とやらはちゃんとデータとして残ってるんでしょうね」

 

「そこまでは……恐らく無いものと思って間違い無さそうですね」

 

「そういえば元希君、水が人の格好になったのよね? ちょっとつれてきてくれないかな?」

 

「うえぇ!? だって水は裸なんですよ?」

 

 

 如何にかしようと思って恵理さんのところに来たのに……でもよっぽど大事な事なんだろうな……いつものようにふざけた感じはしないし。

 

「それじゃあ涼子ちゃんの上着を貸してあげるから、それで何とかつれてきて」

 

「何で私のなんですか! 姉さんが貸してあげれば良いじゃないですか!」

 

「だってあの子の娘ならば、恐らく涼子ちゃんの方がスタイルが似てるし……」

 

「……分かりましたよ。じゃあ元希君、お願いね」

 

「わ、分かりました……」

 

 

 何となく気まずい雰囲気を感じ取って、僕は涼子さんから上着を預かって水を呼びに行く事にした。でも、何で急に気まずくなったんだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室まで戻ってくると、既に水は皆と仲良くなっていた。

 

「おぉ、遅かったな元希よ」

 

「えっと、水」

 

「なんじゃ?」

 

「ちょっと一緒に理事長室まで来てくれないかな? 恵理さんが聞きたい事があるって」

 

「そうか。では早速……」

 

「待って!」

 

 

 裸のまま教室から出ようとした水を引きとめ、涼子さんから借りてきた上着を手渡す。

 

「とりあえずそれを着て。理事長室に行くのはその後」

 

「しょうがないのぅ……して、これは如何やって着るのだ?」

 

 

 水に服の着方を教えたいけども、僕が見ても良いのだろうか? いくら相手は竜、人間では無いにしても、今の姿は誰が如何見ても人だし……

 

「アタシが教えてあげるよ」

 

「スマンな、炎よ」

 

「良いって。元希にゃ無理だろうしさ」

 

「あうぅ……」

 

 

 炎さんにも見抜かれてたようで、僕はとりあえず教室から出ておく事にした。普通女の子の着替えが行われてる場所に男の僕が居たらおかしいだろうしね。

 

「元希君、なんだか水を意識しすぎなような気がする」

 

「そんな事ないよぅ……皆だって僕が居る時に着替えなんて出来ないでしょ?」

 

「そんな事無い。少なくともボクは元希君が居ても着替えられる」

 

 

 それは男として見られてないのだろうか……まぁこんな容姿だし仕方ないんだろうけども、やっぱりちょっと複雑な気分だな……

 

「お姉さんも元希さんの前でも着替えられるわよ~。むしろ見せ付けちゃう」

 

「美土、それはただの痴女だよ」

 

「そうかしら? 水ちゃんの方がよっぽど痴女よね~。裸で廊下に出ようとしたんだから」

 

「それは水が人間社会のルールを把握してないからでしょ。美土はもう長いこと人間世界で生活してるんだから、水と同列に考えたら駄目でしょ」

 

 

 そもそも何で美土さんと御影さんまで部屋から出てるんだろう……女の子同士なら別に外に出なくても大丈夫だと思うんだけども……

 

「終わったよ」

 

「もう入ってきても大丈夫ですわ」

 

 

 炎さんと水奈さんに声を掛けられて、僕は教室に入る。そこには、涼子さんの上着を羽織、美土さんのズボンを穿いた水が立っていた。

 

「どうじゃ元希よ。動き難いがこれが人間の格好なのじゃろ?」

 

「うんまぁ……とりあえず恵理さんのところに行こうか」

 

「そうじゃの。だが元希よ、もう少し反応してくれても良いんじゃないか?」

 

「あうぅ……だって」

 

 

 水の格好を見て、僕は恥ずかしさを覚えたのだ。あまりにも性的魅力があるというのだろうか? 僕に普通の高校生男子並の感性があったらどうなるのか分からないくらい、水は綺麗だったのだ。

 

「まぁよい。元希がこう言うことが苦手だというのは、一緒に風呂に入った時に気付いておるわ」

 

「なら聞かないでよぅ……」

 

「スマンスマン。元希はからかい甲斐があるから、ついの」

 

 

 なんだか恵理さんや涼子さんと仲が良かった竜の娘ってのが分かる気がするよ……これだけ弄られたら嫌でもわかっちゃうよね……

 

「さて元希よ。その理事長室とやらへ案内してもらおうか」

 

「うん、分かったけどもう少し大人しくして。ズボンが落ちそうになってるから」

 

 

 いくら美土さんのスタイルがよくても、それ以上に細い水はさっきからズボンを気にしているのだ……さすがにベルトの予備なんて持ってないし、僕が持ってても届かないだろうし……とりあえず恵理さんたちのところまではゆっくり移動する事にしよう。




なんか古風なしゃべり方に……


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元希君の望むもの

自分が欲しいのはゆっくりと休める休日ですかね……


 水を連れて理事長室に向かう途中で、少しハゲてるオジサンに睨まれたんだけど、あの人だれなんだろうな?

 

「さっきのハゲオヤジ、あれが副校長か」

 

「そうなの?」

 

「そうじゃ。母様を殺しにきた連中の中に居ったわ」

 

「そうなんだ……」

 

 

 あの人が恵理さんと涼子さんを学園から追い出そうとしてる人……それほど強い魔力は感じなかったんだけどな……

 

「な~にしてるの?」

 

「秋穂さん……水を理事長室まで……」

 

「水? 水って元希君の使い魔の? でも何処に居るの……」

 

「目の前に居るじゃろ。お主も勘が悪いのぅ」

 

「えっ、この人があの水なの!? もう少し可愛らしい子を想像してたんだけど……」

 

「ワシの何処が可愛くないというのじゃ!」

 

「えっと……言葉遣い?」

 

 

 秋穂さんがはっきりと言うと、水は面白そうに笑い出した。

 

「なるほどなるほど、言葉遣いとな。確かに古臭いとはワシも思うが、神様として崇められていた母様の真似じゃからな。こればっかりは堪忍せい」

 

「そうなんだ。でも見た目とあってないよ?」

 

「これからどんどん似合うようになっていく。だから今のうちになれておく必要があるのじゃよ」

 

「そうなんだ。でも元希君にくっつきすぎ。いくら使い魔でもその密着は許せないな」

 

「カッカッカ。悔しかったらお主も元希に抱きついてみるのじゃな。まぁ、ワシの目の前でそんな事をしようものなら一撃で消し去ってやるがの」

 

「水、秋穂さんも喧嘩しないでよぅ」

 

 

 なんだか険悪なムードが流れ始めたので僕は仲裁に入る。本気で喧嘩してないのかも知れないけど、空気がそんな感じだったので一応止めておかないと……どっちかが怪我したら悲しいもんね。

 

「大丈夫だよ、元希君。喧嘩しても勝てないって分かってるから」

 

「そうじゃの。新入生の中では使えるようじゃが、ワシに敵うのは元希くらいじゃろうからのう」

 

「僕だって本気の水には勝てないと思うけど……」

 

「あれだけ禁忌魔法を連発しておいて何言ってるのよ。本気で怖かったんだから」

 

「ゴメンなさい……」

 

 

 A組との対抗戦の時、僕は少し苛立っていて禁忌魔法を連続で発動してしまった。その所為で疲れ果てちゃったんだけどね。

 

「同じ全属性魔法師とはいえ、恵理や涼子とは違う凄さがあるのぅ」

 

「そうだ。早く恵理さんのところに行かないと」

 

「そうなの? じゃあ私は此処で」

 

 

 秋穂さんと別れて僕と水は理事長室へと歩を進める。

 

「のう元希、何故さっきから奇妙な目で見られてるのかのぅ?」

 

「まぁいろいろと事情があるんだよ……僕にも水にも」

 

「? 事情とな?」

 

「うわぁ! 水、ズボン落ちてる!」

 

 

 奇異の目の中に微妙に色めいたものが交ざってると思ったら、水のズボンが落ちてパンツが見えかけていた。でも男の子なら分かるのに、何で女の子まで色めいた視線を水に向けてるんだろう?

 

「おっ、いたいた。遅いぞ元希君!」

 

「うわぁ!? 恵理さん……もう少し待っててくれても良かったんじゃないですか?」

 

「久しいのぅ、恵理」

 

「そうね。でもその見た目で呼び捨てにされるのはちょっと複雑ね。いくらあの子の娘とはいえ」

 

「気にするな。こういう仕様なのじゃ」

 

 

 メタ発言はやめてくれないかな……僕じゃツッコミ切れないから……

 

「それで何用じゃ?」

 

「その話しは理事長室で。あそこにエロオヤジがいるから」

 

「エロ?」

 

 

 恵理さんの視線の先に影を飛ばすと、さっきのオジサンが居た。確か副校長なんだっけ?

 

「仕方ないのぅ。ところで恵理よ、このズボンとやらは必須なのか?」

 

「まぁ水ちゃんのプロポーションなら無くても良いかも知れないけど」

 

「良く無いですよ!?」

 

 

 冗談でもそんな事は言わないで欲しい。水はきっと本気にするから。

 

「今度の休み、水ちゃんの洋服を買いに行かないとね。涼子ちゃんでも敵わなそうだし、そのズボンは美土ちゃんの? それでもブカブカなんて……羨まけしからん身体ね」

 

「カッカッカ、羨ましいか?」

 

「ものすっごく羨ましいわよ」

 

 

 なんだか恵理さんが押されてる? 珍しい光景だけど不思議な気分なのは何でだろう?

 

「姉さん、何処行って……えっと彼女が?」

 

「涼子か。お主の服、少しキツイぞ。痩せた方が良いのではないか?」

 

「私は普通です! 水様が細いだけです!!」

 

「そう妬むな。嫉妬は醜いぞ」

 

「誰の所為ですか……」

 

 

 理事長室で待っていた涼子さんは、水に向かって怒鳴る。まぁ涼子さんは十分痩せてるし、これ以上は痩せすぎだって思われるだろうしね。

 

「さて、早速本題に入るけど……水、あの子はやっぱり私たちの所為で?」

 

「そうじゃろうな。母様は別に暴走とかそんな感じはまったく無かった。むしろ大人しいはずじゃったのだがのぅ……抵抗も無く自らの生涯を終えたがの……ワシを残して」

 

「ですが、水様は元希君に助けられたのですよね」

 

「始めは攻撃されたが、途中からワシの様子がおかしいと見抜いてくれたからのぅ。まっこと優秀な魔法師じゃの、元希は」

 

 

 水に抱き上げられ、僕は足をじたばたさせる。身長も水の方が高いし、おっぱいも皆より大きいから僕は簡単に埋もれて身動きできなくなる。

 

「して、お主らは日本支部と戦争でもするのか? もしそうならワシも力を貸すがの」

 

「今はしません。元希君がもう少し魔法師として成長したら考えますけど」

 

 

 何で僕が関係してるんだろう……聞きたかったけども水に抱きしめられ意識が遠のいていく僕には、何も言えなかった……僕ももう少し身長ほしいなぁ……これって現実逃避なんだろうかな?




小柄な人の悩みってちょっと分からないです……大柄には大柄の悩みがありますし……


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休日のお買い物

元希君の格好が……


 水が人間の姿になれるようになってから、授業には水もついてくるようになった。一人でお留守番はつまらないって言い出して、恵理さんが特別に許可を出してくれたんだけどこれって良いのかな? いくら恵理さんが理事長とは言っても、学園の許可とかは一人では出来ないんじゃないの?

 

「大丈夫よ。私に逆らう先生なんてあのクソハゲくらいだから」

 

「姉さん、言葉が悪いですよ。元希君が真似したら如何するんです」

 

「そりゃ大変じゃの。元希はこんな口の悪い大人にはしたく無いからのぅ」

 

「あの……僕は一人でお風呂に入ってたんですけど」

 

 

 何時の間にか三人もお風呂に入ってきていた。落ち着いて考え事が出来る場所が欲しいけど、この寮にはそんな場所無いしなぁ……

 

「あれ? 僕口に出してました?」

 

「ううん、顔に書いてあった」

 

「元希君は考え事がすぐ顔に出ますからね」

 

「愛いヤツじゃの、元希は」

 

「あうぅ……」

 

 

 水にまで愛でられてるよ……せっかく世話をする側になったと思ったのに、人間の姿になってからは水に可愛がられる始末……このままじゃ駄目な気がする! 男として……

 

「明日の休みは水の服を買いに行きましょう。もちろん下着も」

 

「そうじゃのぅ。何時までも窮屈なものじゃ耐えられんからの」

 

「水様が大きいだけです。私は決して小さくありませんからね」

 

「じゃあ僕はお留守番してますよ。その間に掃除とかもしますし……」

 

 

 女性のお買い物に男の僕がついていっても何の役にも立たないだろうし、偶には一人でゆっくりもしたいしね。

 

「何言ってるのよ。水のご主人様は元希君なのよ? 一緒に行くに決まってるじゃない」

 

「そうじゃぞ元希よ。この二人と出かけても何も面白くないじゃろ」

 

「別に面白さは求めなくても良いんじゃないの?」

 

 

 何でお買い物に面白さを? 水の考える事はイマイチ良く分からないな……

 

「それに、元希君の新しいお洋服も買わないといけませんからね。水様が千切ってしまったものもありますし」

 

「カッカッカ、まさかあれが元希の服だとは思わんかった。てっきり雑巾にする布かと思ってのう」

 

「……どうせ僕は小さいですよ」

 

 

 それにお金も無かったから洋服は昔から着ていたものが殆どだ。水がボロ布だと勘違いしても仕方ないのは分かってるけど……

 

「ですが、僕お金ないですよ?」

 

「大丈夫よ。お姉さんたちは高収入だからね」

 

「そうそう。それに、私たちが元希君に買ってあげたいのです」

 

「モテモテじゃの、元希よ」

 

 

 水がからかいながら僕を抱きしめる。お風呂に入っているのでもちろん僕も水も裸だ……

 

「やはり反応は無いが大きいのぅ……身体に行く分の栄養が此処に集まってるんじゃないかのう」

 

「見た目に反して立派よね、元希君のは」

 

「水様! 姉さん!」

 

「何よ、涼子ちゃんだってしっかりと見てるじゃないの」

 

「そういうことではありません!」

 

 

 あぁ、また意識が遠のいてくな……水が人間の姿になってから気を失う頻度が増えてるんだよな……貧血なのかな……僕は現実逃避をしながら意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、僕は恵理さんと涼子さんと水に連れられてお買い物に来ていた。それは良いんだけど、何で僕はこんな格好をさせられてるんだろう……

 

「うん、少し大きいけど炎ちゃんのサイズで大丈夫だったわね」

 

「あの、何で僕は女の子の格好を?」

 

「だって元希君、男の子が下着売り場に居たら変でしょ?」

 

「普通に外で待ってますよ! 何でわざわざ一緒に入るんですか!」

 

「だってねぇ、元希君を一人にしたら誰かに攫われちゃいそうだし」

 

 

 僕はそんな簡単に攫われたりしませんよ……そもそも誘拐したって家にはお金なんて無いんですから……

 

「まぁ良いじゃないか元希よ。お主にワシの下着を選んでもらおうじゃないか」

 

「うえぇ!? 僕が?」

 

 

 正直荷が重い……女性の下着ってどうなってるのかも分からないし、サイズとか言われてもさっぱりだ。

 

「大丈夫よ。候補はこっちで用意するから。元希君は水に似合いそうなものを選んであげて」

 

「でも、僕には無理ですよぅ……」

 

「それじゃあ、元希君がブラとか着けてみる?」

 

「……誰にですか?」

 

「ん? 元希君に」

 

 

 何でそうなるんだろう……水に選ぶか、僕が着けるかの二択なら、僕は水に選ぶ方を選択するしか無いじゃないですか……

 

「これ何か元希君に似合うんじゃない?」

 

「姉さん、元希君は白よりピンクの方が……」

 

「待て! 元希には黒が良いんじゃないか?」

 

「何で僕のを選んでるんですか! 水のを選ぶんじゃないんですか!」

 

 

 答える前に勝手に選択肢を決められそうになり、僕は慌てて大声で叫んだ。その所為で注目されちゃったけども、誰も僕を男だとは思わなかったようだった……この結果はよかったのか悪かったのかは今の僕にはなんとも言えないけど……

 

「じゃあ元希よ、ワシに似合うのはどれじゃ?」

 

「……この青色の」

 

 

 直視出来ないので視線を逸らしながら答える。正直どれも似合いそうだし、僕が選ぶまでも無く恵理さんと涼子さんで選べてたと思うんだけどな……

 

「ではお買い上げじゃ。恵理、勘定を頼むわ」

 

「分かったわ。それじゃあ次は元希君のお洋服ね。涼子ちゃんと先に行ってて」

 

「それじゃあ行きましょ」

 

「は、はい……」

 

 

 この場所から一刻も早く離れたいけど、涼子さんに抱き上げられるのは勘弁してほしかったな……僕だって歩けるんだから。




下着売り場はキツイな……


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似合う服と着たい服

違いがあるのは仕方ないんでしょうね


 僕の服を買いに来たのは良いけど、何で女の子の服ばっかり試着させるんだろう……僕は男で女の子の服なんて似合わないのに……

 

「とても良くお似合いですよ」

 

「………」

 

 

 店員さんの悪意の無い表情がとても悲しい。だって心から言ってるって事なんだから……

 

「のう元希や、いっそホントに女になったら如何じゃ?」

 

「嫌だよ! 僕は男だよ!」

 

「でもねぇ、鏡を見てもそんな事が言えるかしら?」

 

 

 恵理さんに姿見の前に連れて行かれ、僕は自分の格好を目の当たりにする……そこに映ってるのは女の子の服を着た僕だ。驚くくらい似合ってる……

 

「明日から元希君の制服は女子のにしようかしら?」

 

「さすがに可哀想ですよ。それに、この格好は私たちだけが見られるんですから」

 

「そうじゃの。不特定多数の人間にこの元希を見せるのはもったいないからのぅ」

 

 

 僕は男で、普通に男物の制服を着たいんだけどな……サイズが無くて特注だったけども……

 

「それじゃあ元希君が女の子の格好をするのは早蕨荘だけって事で、普通の服も買いに行きましょう」

 

「今『も』って言いました? もしかしてこれ買うんですか?」

 

 

 僕の質問に恵理さんはニッコリと笑ってカードを取り出した……つまりはそういう事なんだよね……

 

「このまま着ていくのでお願いしますね」

 

「畏まりました」

 

「ちょっと! さっきより酷い格好じゃないですか!」

 

「似合ってるよ、元希君」

 

「嬉しく無いです……」

 

 

 涼子さんに満面の笑みで言われて、僕はガックリと肩を落とした。

 

「して元希や。お主は男の格好と女の格好、どっちが似合ってると思ってるんじゃ?」

 

「そりゃ男の格好だよ! だって僕は男なんだから……」

 

「ふむ……ちょいとそこのもの」

 

「はい?」

 

 

 水が通りすがりの女性に声をかける。何をするんだろう……

 

「このものは男か? それとも女か?」

 

「えー何処から如何見ても女の子でしょ。こんなに可愛いんだから」

 

「あうぅ……」

 

「ほれ、これが世間のお主に下される評価じゃ」

 

「えっ!? 男の子なの!?」

 

 

 僕がガックリした事で女性は僕が男だって気付いたらしいけど、そこまで驚かなくても良いじゃないですか……

 

「悪かったのぅ、引き止めてしまって」

 

「いえ、可愛い男の子を見れたので」

 

 

 またしても可愛いと言われてしまった……カッコいいと言われたい訳じゃないけども、可愛いとは言われたく無いな……

 

「あれ? 水様、元希君は如何したんですか?」

 

「気にするな。ちょっと自分の容姿を悲しんでるだけじゃから」

 

「はぁ……元希君、行きましょ」

 

「はい……」

 

 

 涼子さんと手を繋ぎながら今度は男の服が売ってる場所に向かう。この格好から着替えられるなら何でも良いや……

 

「うーん、元希君に似合いそうな服が無いわね」

 

「やっぱり女の子の服の方が似合いますからね」

 

「このネズミがプリントされてるシャツなんてどうじゃ?」

 

 

 三人が必死になって探してるのは小学生用みたいなシャツ。僕はこの間高校生になったんだよね? なのに何でそんなシャツばっか物色してるんですか……

 

「あれ? 元希じゃん」

 

「女の子の格好の元希様……これはアリですわ!」

 

「如何したの~? 女の子になったの~?」

 

「美土、それは無い……でも似合ってる」

 

「元希君はこう言った趣味があるの?」

 

「違いますよぅ……」

 

 

 炎さん、水奈さん、美土さん、御影さんに秋穂さんと偶然出会い、僕の格好を見てみんなが様々な感想を言う。でも何でみんな似合ってるって言うんだろう……

 

「あら? みんな如何したの?」

 

「理事長先生、元希の格好って先生が?」

 

「そうよ。似合ってるでしょ?」

 

「そうですわね! さすが理事長先生です」

 

「おねーさん興奮しちゃう」

 

「うわぁ!?」

 

 

 美土さんに持ち上げられ僕は足をじたばたさせる。だけどその足は地面につくこと無く美土さんに抱きしめられてしまった。

 

「これ、元希はワシの主じゃ。勝手に持っていくで無い」

 

「ですが、この格好の元希さんを見て正気で居ろというほうが無茶です」

 

「気持ちは分かるけど、元希君が嫌がってるから降ろしてあげたら」

 

「ありがとう秋穂さ……ムギュゥ」

 

 

 美土さんに解放してもらってすぐ、秋穂さんに正面から抱きつかれた。解放するように言ったのは自分がこうしたかったからなのかなぁ……

 

「姉さん、元希君に似合いそうな服が……って、皆さん如何したんですか?」

 

 

 涼子さんがこっちに来てくれたおかげで、漸くカオスから脱したのだけどもその後はずっと涼子さんに抱きしめられながらのお買い物になった。涼子さんって結構過保護だよね……

 

「あとは食材の買出しね」

 

「私と元希君で済ませますので、姉さんと水様は先に帰っててください」

 

「じゃがのぅ。お主と元希を二人きりにしたらお主が暴走しそうじゃし、ワシらもついていくぞ」

 

「そうね。涼子ちゃんは一旦ストッパーが外れると大変だものね」

 

「姉さんや水様ほどではありません!」

 

 

 涼子さんが力強く宣言したけども、そのせいで抱きしめている腕に力が入って僕を締め付けてくるんだけど……

 

「涼子ちゃん! 元希君が白目剥いてる!」

 

「え? あっ!」

 

「きゅぅ~……」

 

「ほれ見たことか……」

 

 

 結局出かけ先でも意識を失った僕は、そのまま水に背負われて早蕨荘まで帰ってきたらしいと、気がついてから聞かされた。後でお礼言っておかないとな……




元希君にはやっぱりそっちが似合うんでしょうね……


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予感

ちょっとずつ新たな展開に持っていきます


 あのお出かけから少し時間が過ぎ、高校生活にも少しずつ慣れ始めた時にその事件は起こった。霊峰学園の三年生には魔物討伐に呼ばれる先輩も少なく無い。今回の発端もその魔物討伐の依頼を受けた事で始まったのだった。

 

「今回は正当な理由で討伐するんだろうな?」

 

「そんな事私に聞かれても分かりませんわ」

 

「まあまあ二人共落ち着いて。わたしたちには直接関係無いのですから」

 

「美土は落ち着きすぎじゃない? 今授業中だよ?」

 

 

 御影さんが言ったように今僕たちは授業中だ。では何故おしゃべりしてても怒られないのかというと、演習で架空世界で魔物討伐の練習中だからだ。

 

「数が多いね……二手に分かれる?」

 

「じゃあアタシは元希と一緒が良い!」

 

「私もです!」

 

「もちろんわたしもよ~」

 

「ボクも」

 

 

 どうやら僕の提案は無意味だったようだ……仲が良いのは良い事なんだけど、何でみんな僕と一緒になりたがるんだろう……授業だって事忘れてるのかな?

 

「これこれ、元希はワシと一緒に行くから、お主たちは四人で行けぃ。のぅ元希や」

 

「……水は監視じゃなかったの?」

 

 

 僕たちがちゃんと討伐出来るかどうかは、モニターで涼子さんが確認してるんだけども、水が如何してもと言ったのでこうして架空世界に一緒に来ているのだ。監視役という名目でなんだけど……

 

「カッカッカ、細かい事を気にするで無い。それより元希、大型のモンスターの気配がいたるところからしておるぞ」

 

「分かってるよ……じゃあ炎さんと水奈さんは向こうをお願い。美土さんと御影さんはこっちを」

 

「元希は?」

 

「僕は一番強い気配の持ち主の場所に行く」

 

 

 対抗戦の時に感じた水の気配ほどではないけども、今回の大型モンスターの気配は入学前に戦った地竜とは比べ物にならないくらい強い。涼子さん、設定ミスったんじゃないのかな?

 

「それじゃあこっちが終わったら元希のところに合流で」

 

「分かりましたわ」

 

「気をつけてね~」

 

「美土、こっちも気合を入れないと」

 

 

 それぞれが移動したのを確認して、僕も気配の持ち主へと近づく事にした。架空世界だから最悪でも死ぬことは無い。だけど恐怖から魔法を発動出来なくなる可能性は大いにあるのだ。

 

「のぅ元希や」

 

「何?」

 

「お主、ワシと戦った時どんな気分じゃった?」

 

「気分? とりあえずは他の人を守らなきゃって思ってたよ。途中からおかしいなとは思ってたけど」

 

「ほぅ、おかしいとな?」

 

 

 水が面白そうなものを見つけた時の目を、僕に向けてきた。

 

「だって水は僕の場所に気付いてたのに、あんまり攻撃してこなかったでしょ?」

 

「そうじゃったかのぅ?」

 

「それに痛そうに足を気にしていたし、バーチャルとは思えない迫力もあったから」

 

「素晴らしい観察眼じゃ。お主は立派な魔法師になれるじゃろうよ」

 

「まだまだだよ。恵理さんには気配を隠されていたずらされるし、涼子さんには何処に居ても居所を知られちゃうし……」

 

「あの二人はお主と同じじゃからのぅ。年齢と経験の差はやはりあるものじゃ」

 

 

 水と話しながら大型モンスターの存在を確認する。今回の相手の属性は氷か……

 

「ほれ、如何するのじゃ? 敵は既にお主に気付いておるぞ?」

 

「何でわざわざこっちの場所を教えるの!?」

 

 

 水が口から水を吐き出してモンスターに僕たちの居場所を教えた。面白がってるのは良いけど、危なくなるのは僕たちなんだよ?

 

「おー氷じゃ氷じゃ」

 

「もう!」

 

 

 水が楽しそうに敵の攻撃を避けているのを見て、僕は呆れ返った。唯単に水は遊びたかっただけだったのだから……

 

「面倒だから終わらせる。炎よ、その姿を巨人に変え敵を燃やし尽くせ『イフリート・エクスプロージョン』」

 

「まだ禁忌魔法か? お主はまっこと面白い存在じゃのぅ」

 

 

 禁忌魔法『イフリート・エクスブロージョン』。大爆発を起こしその炎で巨人を造り敵を殲滅するSランク相当の魔法。実際は禁忌魔法とされているのでランクはつけられてないけども、Sランク魔法師でも発動は難しいとされている魔法だ。

 

「おっ? 向こうから別の大型モンスターがやってくるぞえ」

 

「面白がってモンスターを呼ばないでよ……」

 

 

 水が大型モンスターを此処に呼び寄せてるのはすぐに分かった。よっぽど僕に魔法を使わせたいんだなぁ……

 

「今度は風の大型モンスターじゃ。ほれ、今度は何を発動させるのかのぅ?」

 

「何で禁忌魔法を打たせたいのさ?」

 

「その方が面白いし、何よりお主の成長が早いからじゃ」

 

「……架空世界で戦っても経験は積めないでしょ」

 

 

 実際に死の恐怖に立ち向かわなければ、魔法師は成長しない。いくらバーチャルで経験を積んだからといって、実戦で役に立つとは限らないのだから。

 

「しょうがないな……氷の狼よ、その姿を顕現し全てを凍らせよ『フェンリル・コキュートス』」

 

「今度は狼か、お主は生物を模るのが好きなのかぇ?」

 

「無機物にしても面白くないでしょ?」

 

「カカ、確かにのぅ」

 

 

 すぐ傍で炎の巨人と氷の狼が巨大モンスターと戦っているのを見て、水は楽しそうに笑っていた。監視役のはずなのに、誰よりも楽しんでるよ……

 

「これなら今すぐにでも討伐隊に呼ばれるのではないか?」

 

「討伐隊に呼ばれるのはAランク以上の魔法師だよ。僕はまだBランク扱いだからね」

 

 

 正式にランク認定試験を受けたわけでは無いのだし、一年生が討伐隊に選ばれるのはありえないって前に炎さんたちが話してたしね。

 

「のう元希」

 

「何?」

 

「もう一体来たぞ」

 

「また呼んだの……」

 

 

 既に禁忌魔法を二回発動させてるので、僕も結構疲れたんだけど……でも水はまだ楽しみ足りなかったようで、もう一体の大型モンスターを引き寄せていた。

 

「今度は雷神とか見たいのぅ」

 

「勘弁してよ……」

 

 

 雷神を模るにはかなりの光エネルギーが必要なんだからさ……

 

「雷よ、その姿を鷲に変え敵を喰らい尽くせ『ライトニング・イーグル』」

 

 

 禁忌魔法を三回発動したため、僕はその場に座り込んだ。怒ってる時ならまだしも、素面で禁忌魔法三発は厳しいって……




可愛い顔してえげつない元希君でした……


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緊急事態

お気に入り登録者数が100名を突破しました!


 架空世界で大型モンスター三匹を相手にした所為でかなりヘロヘロになってしまった。面白がって水がどんどん呼ぶんだもんなぁ……

 

「やはりお主は強いのぅ、元希や」

 

「もう勘弁してよね」

 

「あと一体くらいは大丈夫じゃろ?」

 

「もう無理だよ……魔力は兎も角として体力が……」

 

「もう少し鍛えた方が良いんじゃないかのぅ?」

 

「分かってるけどさ……」

 

 

 大体大型のモンスターが三匹も同時に出現するなんて現実ではありえないんだけどな……いくら能力を下げてるとはいえ三匹同時はキツイんだけど……

 

「禁忌魔法を三回も連続で発動する魔力はさすがじゃと言えるが、やはり体力は見た目通りなのじゃのぅ」

 

「運動は苦手なんだよぅ……」

 

 

 陸上競技も球技も全て駄目で、田舎では体育の授業は見学だったし……

 

「今度の休みはお主の体力を鍛えるとするかのぅ」

 

「お休みはゆっくりさせてよ……」

 

 

 この前のお買い物もだけど、最近はまともに休めてない気がするんだよね……

 

「お? もう一体来たようじゃのう」

 

「何で? もう終わったんじゃないの?」

 

「いや、まだ涼子が合図を出してないじゃろ。だからまた出現したのじゃろ」

 

「何で大型モンスターばっかり僕のところに来るのさ?」

 

「ワシの魅力に引き寄せられてるのじゃろ。水竜はいろいろなモンスターに狙われやすいからのぅ」

 

 

 じゃあ何でこの架空世界に来たのさ……暇つぶしとはいえ狙われる危険があるなら来なければ良かったんじゃないかな?

 

「ほれほれ、急がないと攻撃されるぞ?」

 

「今度は闇属性なんだ……」

 

 

 確かあれはダークドラゴンとか言ったかな? 昔ヨーロッパ全域から光を奪ったと言われているSランク相当の大型の魔物だって教科書に書いてあったような……バーチャルでも厳しいんじゃないかな?

 

「雷では倒せないのぅ? 如何するのじゃ?」

 

「何で楽しそうなのさ……」

 

「実際楽しいからじゃ」

 

「あうぅ……」

 

 

 水は楽しくて良いかも知れないけどさ、僕は大変なんだよ?

 

「光よ、その姿を騎士に変え敵を退けよ『シャイニング・ナイト』」

 

「なんじゃ、Aランク魔法か」

 

 

 そんなガッカリされても……もう禁忌魔法は打てないし、光魔法の最上級がこれなんだからしょうがないじゃないか……光の禁忌魔法はさっきの『ライトニング・イーグル』だし……

 

『はい! 今日の授業はここまで。お疲れ様でした』

 

「面白かったのぅ。ちと迫力に欠けたが」

 

「あれ以上は無理だからね……」

 

 

 禁忌魔法を三回も見といて迫力に欠けるって……一応Sランク魔法師にしか使えないんだから、あれ以上は無いんだけどな……

 

「いやー苦戦した。水奈も大丈夫か?」

 

「一応は大丈夫ですが、まさかあんなに強いとは思いませんでしたわ」

 

「元希さんは大丈夫なのですか?」

 

「僕? ちょっと疲れたけどそれ以外は大丈夫だよ」

 

「やっぱりボクたちとは次元が違う……何匹の大型モンスターと戦ったの?」

 

「え? 四匹だけど」

 

 

 僕の答えに、四人が驚いたような顔をした。あれ? 僕変な事言ったのかな?

 

「ねぇ水、僕おかしな事言った?」

 

「あぁ言った。普通の魔法師はこんなに早い時期から大型モンスターと戦える魔力を有してないんじゃ。倒せても一匹が限度じゃな」

 

「そうなの? でもみんなだって倒したんでしょ?」

 

「アタシたちは二人で漸く一匹をね。それも授業時間全て使って漸くだよ」

 

「元希様のように禁忌魔法を発動するまでの魔力は、私たちにはまだありませんもの」

 

 

 そうだったんだ……でもみんな中級魔法は使えるんだから、そう考えればBランクは堅いんじゃないの? Bランクくらいなら禁忌魔法が使えるくらいの魔力はあっても良さそうなんだけどな……

 

「元希君の基準が如何なのかは知らないけど、禁忌魔法を使えるのはAランク魔法師でも片手で数えられるくらいしかいないよ。ましてや高校生で使えるのなんて、過去の例を見ても二人しか居ない」

 

「二人居るんでしょ?」

 

「理事長先生と早蕨先生の二人だよ」

 

「あっ……」

 

 

 つまりは全属性魔法師って事か……やっぱり恵理さんも涼子さんも凄い人なんだ。普段の生活を見てると、普通の綺麗なお姉さんって感じしかしないしな……ちょっとセクハラが多いけど……

 

「S-1の子たちは全員居るわよね!?」

 

「姉さん? 如何かしたの?」

 

「さっき日本支部から連絡がきて、大型モンスターが暴れてるからウチのSクラス全員を招集したいって。二年も一年も全員」

 

「如何いう事? 討伐に参加出来るのは三年からのはずよ?」

 

「だから緊急事態なんでしょ。私と涼子ちゃんも呼ばれてるからね」

 

「私たちには頼らないと言ってきたのは向こうなのにですか?」

 

 

 まだいろいろと日本支部との確執があるんだろうな……緊急事態だって言うのに恵理さんも涼子さんも日本支部の救援要請に渋ってるし……

 

「それで、先に討伐に行っていた三年生は無事なんですか?」

 

「怪我してるけど一応はって連絡で言ってたけど、怪我の程度は言って無かったわ」

 

「肝心な事を教えてくれないのは相変わらずなんですね」

 

「しょうがないわよ。あのオヤジがトップなんですから」

 

「先生、アタシたちも討伐に行くのですか?」

 

 

 炎さんが挙手をして質問したけども、他の三人も同じような事を聞きたかったんだろうな。目が同じ感じになってるし。

 

「そうね。本来ならまだ討伐には参加出来ないんだけど、大型モンスターが二匹同時に暴れてると報告があったからね」

 

「二匹? そんなケースありましたっけ?」

 

「無いわ……だから緊急事態なのよ」

 

 

 詳細なデータが無いから分からないけども、二匹がどの程度離れた位置に出現してるのか。どの程度の強さなのかが分からないとな……それにさっきまで架空世界で戦ってたから僕も含め全員が体力と魔力を消耗してるからな……出来れば移動に時間がかかれば良いんだけど、恵理さんの魔法でどんな距離でも一瞬で移動出来るからな……回復は望めないんだろうな……




次回大型モンスターの説明ですかね。


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新型モンスターの仮説

30話目です


 大型モンスターが出現してるのは、霊峰学園のすぐ傍にある湖だそうで、僕たちはすぐに準備を済ませて出動する事になった。

 正直いきなり出撃しろと言われても困るのだけども、緊急事態である事が僕たちも討伐に参加せざるをえない状況にしていたのだ。

 

「魔法大家とはいえ、この歳で討伐を経験するなんて思って無かったな」

 

「私もです。しかも過去に例が無い事態ですしね……」

 

「同じ魔物がすぐ傍に二体同時に出現とは……」

 

「ボクや美土の魔法は護衛が主だからな……討伐に呼ばれても困るんだけど」

 

「怪我した人を回復させたりするのが仕事になるんじゃない? アタシや水奈は回復魔法使えないし」

 

 

 回復魔法として使えるのが風と光属性の魔法だから仕方ないと思うんだけどな……でも炎さんや水奈さんは何だか震えてるように見えるんだけど……

 

「のぅお主ら。ひょっとしなくても怖いのか?」

 

 

 僕が思ってた事を水があっさりと聞いてしまった。物怖じしないのは凄いと思うけども、この雰囲気の中で良く普通に聞けるよね……これが水神として奉られていた母親の影響なのだろうか?

 

「ちょっとはね。だってバーチャルでも倒せた事無いんだから……」

 

「先ほどの授業でも、炎さんと協力して漸くでしたからね」

 

「カッカッカ、お主たちの歳ではそれが普通じゃよ。例え魔法大家の娘と言えどもな。元希が例外なだけで、お主たちは気にする事では無かろう」

 

「僕が例外って如何いう事?」

 

「お主は禁忌魔法を連発して放てるだけの魔力があるし、全属性魔法師じゃろ。それだけでも十分例外じゃよ。じゃがお主はワシの異変に気付けたりするだけの洞察力も持ち合わせておるし、こうして初めての実戦にも物怖じしないだけの精神力も持っておる。例外と言うには十分じゃと思うがのぅ」

 

 

 別に緊張してない訳じゃないんだけど……ただそれが表に出ないだけなんだよね。だから昔から僕は勘違いされるのかな?

 

「本当なら貴女たちには出撃してほしくなかったんだけど、政府の連中が如何してもと言って聞かなかったし、事情が事情だったので突っぱねる事も出来なかったのよね」

 

「既に避難は済んでるけど、なるべくなら建物にも影響が出ないうちに鎮めたいですね」

 

 

 恵理さんと涼子さんが言ったように、既に近隣の住民の避難は完了してる様子だった。それにしても、湖からヘビのような頭が二本生えてるのは不気味だなぁ……胴体が見えないけど本当にあれは二匹なのだろうか?

 

「ねぇ水」

 

「なんじゃ?」

 

「ちょっと湖に潜ってアイツらが本当に別の大型モンスターなのか調べてきてくれない?」

 

「……元希、お主なかなか危ない事をあっさり言うのぅ」

 

「やっぱり水でも危ない?」

 

「当然じゃ」

 

 

 じゃあ仕方ないな……水でも出来ないんじゃ魔法を使って探るしかなくなっちゃったか。

 

「元希君、それは私がやるから大丈夫よ」

 

「恵理さん?」

 

「まだ元希君の存在を世界中に知られる訳にはいかないのよ」

 

「別に偵察魔法なら他に使える人だって……」

 

 

 周りを見渡すと、四人が一斉に視線を逸らした。つまりはそういう事なんだろう。

 

「偵察魔法はAランク以上の魔法師でも成功しにくい魔法なのよ。簡単に使える魔法じゃないのよ」

 

「そうだったんですか」

 

 

 恵理さんが偵察魔法を使って水の中を調べたけども、あの二匹の胴体を確認する事は出来なかった。それどころか偵察に使っていた魚が急に食べられてしまったのだ。

 

「そんな小魚を使ってなかったんだけど……」

 

「多分恵理さんや涼子さんが考えてる通りだと僕も思います」

 

「でも、そうなると日本支部の魔法師だけじゃ対処出来ないと……」

 

「そのために私と涼子ちゃんが呼ばれたんでしょ」

 

「ランクはどうなるんですか?」

 

 

 あの二匹だけでもSランク相当とされているのに、僕たちの想像通りだったらそのランクは一気に跳ね上がると思うんだけど……

 

「過去に例が無いからね。ランクをつけるならアンノウンじゃないかしらね」

 

「測定不能ですか……でもまだ大人しくしてくれてますし、倒すなら今のうちかと」

 

「湖を凍らせて動きを鈍らせます?」

 

 

 涼子さんの提案に恵理さんが首を振った。縦にでは無く横にだ。

 

「それでもあの頭は自由に動けるでしょうし、私たちの想像通りだったらそんな事しても意味無いもの。余計に面倒になりかねないわ」

 

「じゃあ如何するの? 二匹を確実に仕留めるの?」

 

「それが今のベストでしょうね。他が出てくる前にあの二つの頭を戦闘不能にするのが最も効率的よ」

 

「あのーいったい如何いう事ですか? あれは別の魔物ではないんですか?」

 

 

 状況がまったく分からない炎さんたちは、困惑した表情を浮かべながらも恵理さんに質問した。

 唯一状況が分かっている水ですら、面倒なので説明は任せたといわんばかりにどこかに言ってしまった。

 

「えっとね、あのモンスターは別々の二匹じゃなくって、胴体が一つのモンスターだと思うんだ。調べたけど途中で邪魔されちゃったから本当の事はまだ分からないけども」

 

「それじゃあ二つの頭を持つモンスターって事なのですか?」

 

「ううん、他にもきっと頭があると思う……」

 

 

 ヘビのように見えて、良く見れば竜である事がさっきの魔法で分かったし、沢山の頭を持つ竜なんて神話の世界でもそう存在しない……それがまさかこんな場所に出現するなんて……

 

「私たちと元希君は、あれが『ヤマタノオロチ』じゃないかと疑ってる。仮説の世界では何年も前から存在してたけど、実際には出現しなかったけどね」

 

「全ての属性で存在の可能性は指摘されていましたが、今回は恐らく水属性だと思われます」

 

「ワシとの相性は最悪じゃな。元希、今回は手伝えんからの」

 

 

 ヒラヒラと手を振って何処かに行ってしまった水。僕だって実戦初めてなんだけど……




昔から疑問なのですが、ヤマタノオロチって首は八本ですがマタは七つですよね? 良いのかなそれで……


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全属性魔法師たちの実力

詠唱考えるのがメンドイ……


 恵理さんと涼子さんが日本支部の魔法師と霊峰学園の学生たちに建物を守る結界を張らせて、僕と二人であの魔物を倒す事になったんだけど、正直言って二人は経験豊富かもしれないけども僕は初めてなんだけど……

 

「緊張してるの?」

 

「当然ですよ。授業で何度か戦った事はありますけども、あくまでもバーチャルですし……それに今回は現実での戦闘ですから怪我をすれば最悪……」

 

「大丈夫よ。私も涼子ちゃんも回復魔法は使えるし、それに元希君には傷一つ付けさせないから安心して」

 

 

 何だか自信満々な恵理さんだけど、僕たちの仮説が正しかったとしたら残り六本の頭があるはずなのだ。その六本も水面に出てきたらかなり厄介だと思うんだけどな……

 

「まぁワシも元希を守る事くらいなら出来よう。ダメージは与えられないが攻撃を弾く程度には効果あるじゃろ」

 

「水様はなるべく日本支部の魔法師から離れててくださいね。あいつらが隙を見て……って事もあるかもですので」

 

「分かっておるわ。まっこと涼子は心配性じゃのぅ」

 

「でも水、もし水がやられちゃったら僕も悲しいから出来るだけ傍に居てね」

 

「可愛い事言ってくれるのぅ。どれ、グリグリしてやろう」

 

 

 そういって水は僕を抱きしめて頭をグリグリし始める。照れ隠しなのは分かるけども、そんなにやられると目が回っちゃう……

 

「あうぅ……」

 

「スマンのぅ」

 

 

 漸く解放された僕は少しフラフラした。水のグリグリは加減が他の人よりも微妙で少し力強いんだよね……まぁ水が竜だって事も関係してるのかもしれないけど。

 

「それじゃあ私があっちの頭を叩くから、涼子ちゃんはそっちをお願いね」

 

「大丈夫なんですよね? またフザケたりしないでくださいよ?」

 

「大丈夫だって。今回は学生も居るんだから」

 

 

 前に何があったんだろう……そういえば日本支部の魔法師さんたちが緊張とは別の理由で震えてるような気がするんだけど、それと関係あるのかな?

 

「雷よその姿を鷲に変え全てを喰らい尽くせ『ライトニング・イーグル』」

 

「やはり恵理も禁忌魔法を使うんじゃのぅ」

 

「さすがにランクアンノウンの相手に手加減は出来ないわよ」

 

「それじゃあ私も。風よ、最大威力で巻き上がり敵を切り刻め『サイクロンカッター』」

 

 

 恵理さんが召喚禁忌魔法で涼子さんが普通の禁忌魔法を発動させる。禁忌魔法に普通とかつけるのも変だけど、違いがちゃんとあるんだよね。ちなみにサイクロンカッターもSランク魔法だ。

 

「それじゃあ僕は中心に。氷の狼よ、その姿を顕現し全てを凍らせよ『フェンリル・コキュートス』」

 

 

 仮説通りなら別の頭が出てくるだろうから、その前に全てを凍らせて終わらせる。調査方法などは後で日本支部の方々に考えてもらえば良いって恵理さんも言ってたし、何より他の人を危険に晒すリスクを考えれば、調査のし辛さなんて気にならないと思うんだよね。

 

「凍らないのぅ……」

 

「やっぱり駄目か……じゃあしょうがない。原初の炎よ、全てを焼き払え『フォルレイド』」

 

「何故燃やそうとしてるのじゃ?」

 

「凍らないって事は氷属性なのかなってさ」

 

 

 面倒だから禁忌魔法をぶつけちゃったけど……まぁ結界張ってあるし建物への被害はないだろうしね。

 

「効いてるじゃないか。元希よ、お主の観察眼はさすがじゃ」

 

「『フェンリル・コキュートス』が効かなかったのはこの大型モンスターが水属性では無く氷属性だったからって考えただけだよ。他の人でも思いつくと思うけど……」

 

 

 実際恵理さんだって涼子さんだって水にも氷にも効く魔法を使ってるんだし。

 

「元希君、そろそろ出てきますよ」

 

「凍らせられなかった以上、此処で倒すしか無いからね」

 

「分かってます。でも禁忌魔法でも燃やしつくせなかった魔物を如何やって倒すんですか?」

 

 

 問題はそこなのだ。移動と準備の時間である程度回復したとは言え、僕は今日既に五発の禁忌魔法を放っている。肉体に残ってる疲労感は誤魔化しが効かないくらい溜まっているのだ。

 

「三人で影の禁忌魔法を放てばあの魔物は倒せるけど、また文句言われそうですね」

 

「別に言いたいヤツには言わせておけば良いわよ。自分たちじゃ倒せないから私たちに頼んでおいて、倒し方が気に入らないと文句言ってくるような小さいヤツにはね」

 

「誰の事ですか?」

 

「元希君は知らなくて良いのよ。会っても利益なんて無いヤツだから」

 

 

 恵理さんがそこまで言う相手ってもしかして……

 

「影の禁忌魔法ってあれですよね? 生態系とかに影響出ないんですか?」

 

「加減すれば大丈夫よ。狙いをしっかり定めて必要最低限の攻撃で終わらせるわよ」

 

 

 また難しそうな事を簡単に言ってくれますね……さっきも思ったけど僕もう五発も禁忌魔法放ってるんですよ? そんな微妙な加減が出来る状態では無いんですけど……

 

「疲れてるならお姉さんの胸で休む?」

 

「姉さん! ふざけてる場合ですか!」

 

「ちょっとした冗談じゃないの。涼子ちゃんはすぐ怒るんだから」

 

「まったく……ですが、元希君が疲れてるのは事実でしょうし、冗談は兎も角休みますか?」

 

「いえ、大丈夫だと思います。それに恵理さんや涼子さんの補佐くらいしか出来ないでしょうしね」

 

 

 僕がメインになるとは思えないし、恵理さんと涼子さんがカバーしきれない箇所を補う程度なら今の僕にだって出来るだろう。

 僕は恵理さんと涼子さんの考えを伝える為に日本支部討伐部隊の作戦司令室へと向かう事にした。今から放つ魔法は普通の結界では意味を成さないので、御影さんにその事を伝えるのももう一つのお遣いなんだけどね。




離れてるといっても元希君が心配な水だったのでした……


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放たれた暴言

学生たちが怒ります


 僕は日本支部の拠点にやって来て御影さんにこれから放つ魔法についての説明をする事になった。影の魔法なので結界に光魔法が無いと結界ごと破壊してしまいかねないのだ。

 

「つまりボクが結界に光属性を持たせれば良いんだね?」

 

「うん。出来れば強力な魔法を織り込んで欲しいんだけど」

 

「ボクは光魔法では中級くらいまでしか使えないけど」

 

「中級ってBランク?」

 

「うん。雷はまだ使えないもん」

 

 

 雷を操るのはAランク以上の光魔法だもんね……やっぱり高校一年生では使えないんだ。

 

「じゃあそれでお願い」

 

「分かった。炎たちは如何するの?」

 

「炎さんたちは結界の強度を高めて欲しいって。日本支部の人たちもお願いします」

 

 

 いくら嫌ってるとはいえ恵理さんと涼子さんも日本支部の人たちにもお願いするって言ってたし、協力してくれるよね。

 

「我々はこれ以上強力な結界は作れないぞ」

 

「じゃあ一瞬だけで良いので集中してください。合図は僕の使い魔が出しますので」

 

「水様が? 元希様、合図とはどの様なものなのですか?」

 

「水が空に向けて水を放つから、そのタイミングで結界に全神経を集中してください」

 

「分かったわ。それじゃあ元希さんも頑張ってくださいね」

 

「アタシたちも頑張るからね」

 

「お願いね。日本支部の皆さんもお願いします」

 

 

 日本支部の皆さんにも頭を下げてお願いして僕は恵理さんと涼子さんが待っている場所に戻ろうとした。だけど振り返った直後に背後から炎さんの怒号が聞こえてきた。

 

「アンタたち、今元希の事化け物って言ったよね? 何でそんな事言うのさ!」

 

「炎さん、落ち着いてください。此処で怒鳴っても仕方ありませんわ」

 

「そうそう。問題発言はしっかりと録音してありますし、あの大型モンスターを倒し終わったらキッチリと説明してもらいましょう」

 

「悪いのは日本支部の人たち。元希はただ理事長の言葉を伝えに来ただけ」

 

 

 如何やら小声で日本支部の誰かが僕の事を『化け物』って言ったのか……やっぱり全属性魔法師ってのはそう思われるんだ。

 

「四人共、僕は大丈夫だから。でも後で説明はしてもらいますから」

 

 

 恵理さんが日本支部の人たちにしていた、笑っているのに怒ってる感じの表情を僕もやってみた。そうすると日本支部の人たちは黙って頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっとした騒動があったけども、それ以外は特に問題が無かったので恵理さんと涼子さんの場所に戻ってきた。本部で話してきた通りの事を水にも話して合図をお願いした。

 

「そういえば元希君、ちょっと時間がかかったけど何かあったの?」

 

「確かに気になります。まさか日本支部の連中が何か言ったの?」

 

「如何なんじゃ元希?」

 

 

 何でみんな怖い顔してるのさ……別に僕が言われた事なんて気にする場面じゃないと思うんだけどな……

 

「えっと……日本支部の誰かが僕の事を『化け物』って言ったらしくて、炎さんが激昂しただけだよ」

 

 

 それ以外には何も無かったし、後で説明してもらえると言ってもらえたし今気にする事じゃ無いしね。

 

「やっぱり日本支部のヤツらは気に入らないわね」

 

「姉さんと私だけじゃなくって元希君まで『化け物』扱いするなんて……こうなったら一緒に日本支部の連中も消し去ってあげようかしら」

 

「物騒ですから止めてください……」

 

 

 冗談に聞こえなかったのは気のせいだよね? 本気で日本支部の皆さんも消し去ろうなんて思って無いですよね?

 

「で元希よ、合図と言ってもタイミングが分からないと出来んぞ?」

 

「そっちの合図は僕が出すから大丈夫。水はその合図で空に水を」

 

「了解じゃ。頼むぞ元希」

 

 

 早くしないと他の頭が出てきちゃうし……とりあえず今はさっきまでのダメージが残ってて大人しくしてくれてるけど、そろそろ動き出しちゃうだろうしな……

 

「じゃあ行くわよ。いい加減あの頭を見飽きたし」

 

「そうね。じゃあ元希君、合図は任せるわよ」

 

「はい」

 

 

 大型モンスターを倒す為に準備をしたので、全属性魔法師三人で一気に片付る事にした。でも僕はフォローしか出来ないだろうけど……

 

「「「闇よ、時空を切り裂き全てを飲み込め」」」

 

 

 詠唱を終える前に僕は水に合図を出した。水が水を吐き出して炎さんたちに合図を送った。結界の強度が増され、御影さんの光魔法が結界に織り込まれてるのを確認して僕は一つ頷いた。これだけの強度があれば影の禁忌魔法に耐えられるだろうな。

 

「「「『ブラック・ホール』」」」

 

 

 禁忌魔法『ブラック・ホール』でヤマタノオロチを時空の狭間に閉じ込める。一人で使っても恐らくはこの魔物は倒せないだろうと恵理さんが言った為に僕たち三人で魔法を放ったのだ。

 恵理さんの予想通りヤマタノオロチはゆっくりとブラック・ホールに飲み込まれ始める。でもやっぱり抵抗は激しくなって暴れだす。結界の強度が高まってるとはいえそれは一時的なものだ。一撃が禁忌魔法並みの威力の攻撃が何発も放たれれば結界は崩壊する。

 

「元希君、結界に綻びが出始めてる」

 

「分かりました」

 

 

 ブラック・ホールに耐えてたのと、ヤマタノオロチの攻撃で結界に限界が来たんだろうな。一箇所にヒビが入っている。

 

「光の壁よ、全てから我らを守れ『エンジェルウォール』」

 

 

 防御魔法を放ち攻撃から結界を守る。表現はちょっと変だけどあの結界が壊されるとお終いだからね。僕の防御魔法で何とか耐えられて、禁忌魔法ブラック・ホールでヤマタノオロチは時空の狭間に飲み込まれていった。これでとりあえずは大型モンスターの討伐は終わったんだよね……ちょっと疲れたな。




自分が言われたのに無関心な元希君……


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元希君の考え方

二人とは違った考え方ですね。


 ヤマタノオロチを時空の狭間に飲み込んで今回の討伐は無事終了……とは行かずに、本部で僕に対して放たれた暴言についてあれこれ話し合う事になってしまった。

 

「一体誰が元希君に『化け物』なんて言ったのかしら?」

 

「貴方たちが束になっても倒せなかった水様を手なずけ、そして今回も未知の大型モンスター討伐に大きく貢献してくれた元希君に対して暴言を吐くなんていい度胸してますね。私が元希君の代わりにお仕置きして差し上げますわ」

 

「涼子さん、キャラが変わってるような……」

 

 

 怒らせたら怖いとは思ってたけども、実際に怒ってるところを見ると怖いって表現で収まらないくらいの恐怖を感じるなぁ……

 

「元希はこっちでのんびりしとったらええ。禁忌魔法にその対抗魔法まで放ったからのぅ、疲れたじゃろ」

 

「僕はあくまでも補佐だったからそこまでは疲れてないけど……そっちに行こうかな」

 

 

 恵理さんと涼子さんには悪いけども、何だか僕が怒られてるような感じになるからこの場は退散した方が良いと思ったのだ。それに疲れてない訳では無いしね。

 

「しかし良く結界がもったのぅ。元希の補佐があったとはいえ、『ブラック・ホール』に耐えうる結界を作れるとはさすが魔法大家の娘よのぅ」

 

「アタシたちだけで作ったわけじゃないけど、褒められて悪い気はしないね」

 

「そうですわね。元希様を侮辱した魔法師が居たおかげで何時も以上の力を出せた気がしますし」

 

「怒りの感情は威力を増しますからね。でも元希さんの気持ちを考えると、先生方二人の剣幕も納得出来るわ~」

 

「元希君は化け物じゃない。こんなに可愛い男の子だもん」

 

 

 僕とあんまり身長変わらないのに、何で見影さんまで僕を小さいって言うんだろう……言外だからまだ良いけど、その内言葉にして言われそうな雰囲気だよね……

 

「それにしても元希はやっぱ凄いや」

 

「何、いきなり?」

 

「だって禁忌魔法をあれだけ放てば普通なら気を失うかしてるだろ? それなのに普通におしゃべり出来てるからさ」

 

「元希様の体力は如何なってるのです?」

 

「こんな小さな身体にどれだけの力が詰まってるのかな~? お姉さん気になるわ~」

 

「あうぅ……」

 

「美土、何処触ってるの」

 

 

 美土さんが僕の股付近に手をやって怪しく動かす。抵抗したいけども持ち上げられ羽交い絞めのような格好で捕まっている僕には何も出来ない……

 

「実際元希のは立派じゃぞ」

 

「そうなのですか?」

 

「まぁMAX状態は見たこと無いがの」

 

「元希様の……」

 

「あ~あ、また妄想世界に行っちゃったよ」

 

「暫く放って置けば戻って来ますわよ。それよりもどれくらいのサイズなのですか?」

 

「止めてよ~!!」

 

 

 こんな所で話すような内容では無いし、何より恥ずかしいんだけど……

 

「元希君、ちょっとこっちに来てくれるかな?」

 

「えっ? あっはい!」

 

 

 恵理さんに呼ばれて僕は美土さんの羽交い絞めから抜け出す。一瞬気が緩んだのか何とか無事に抜け出す事が出来た。

 

「それで、何かあったんですか?」

 

 

 恵理さんの許に駆け寄ると、今度は恵理さんに羽交い絞めにされた。今度は美土さんのように手加減無しで本気で羽交い絞めにされてしまった……

 

「なんですかいきなり!?」

 

「こんなに可愛い男の子が『化け物』ですって? 貴方たちの目はホント節穴よ」

 

「私や姉さんの事だけじゃなく元希君までそんな風に見えるなんてね。姉さん、これはお仕置きが必要ですよね?」

 

 

 あれ? 何だか涼子さんの雰囲気が更に怖くなってるような気が……僕は助けを求めようと水の姿を探したが、水は炎さんたちと楽しく談笑中だった……主のピンチだって言うのに暢気だよね……

 

「お仕置きって涼子ちゃん、何をするつもりなの?」

 

「とりあえずは召喚獣に襲わせてから氷漬けにでもしてさしあげようかと思ってるのですが」

 

「後始末が面倒だから襲わせるだけにしてちょうだい。これ以上あのハゲオヤジに文句言われるのはメンドクサイのよ。このままじゃ私もあのハゲオヤジを殺してしまいそうなくらいに」

 

「仕方ないですわね。では早速……」

 

 

 えっと、日本支部の皆さんが震えてるんですけど……これって僕が止めないといけないのかな?

 

「恵理さん、涼子さん、僕は大丈夫ですからお仕置きは止めてください。二人が手を汚す必要はないんですよ」

 

「でも元希君。アイツらは貴方の事を『化け物』って言ったのよ? 助ける義理もない相手を助けてあげたのにそんな事言われて腹は立たないの?」

 

「そりゃショックでしたよ。でも仕方ないとも思いました」

 

「如何して?」

 

 

 恵理さんが僕の高さに目線を合わせ、韜晦を許さないといった感じの視線を僕にぶつけてきた。恵理さんも涼子さんも僕より前にあの人たちに『化け物』って呼ばれてるからだろう。

 

「普通の魔法師からしたら、僕たち三人は恐ろしい存在なんだと思いますし。全ての属性の魔法が使えるってのは、全ての魔法師の脅威になりうる存在だという事です。それに加えて僕たちはSランク魔法を放っても普通に行動出来てますからね。ある意味ではその表現は正しいのかもしれませんので」

 

「なるほど。そう言った考え方もあるのね……」

 

「でもムカついたのは僕も同じです。せっかく助けようとしてるのに、その対象からあんな事を言われたんですから」

 

 

 僕は視線でさっきの発言をした人を刺した。これで反省してくれたら僕も大人しく早蕨荘に帰れるし、恵理さんも涼子さんも納得してくれるだろうしね。




大人なのか子供なのか……


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討伐後

帰路につく学生たち……


 日本支部の人たちとはとりあえず分かり合えないって事が分かったので、僕たちは再び車に揺られながら霊峰学園へと戻る事になった。

 

「それにしてもアイツら、やっぱりアイツの部下ってだけあってムカつくわね」

 

「姉さん、学生の前で言葉が汚いですよ」

 

「だって涼子ちゃん! アイツら元希君を見て化け物とか言ったのよ! せっかく助けてあげようって思ったのにあんならなアイツらも纏めてブラック・ホールで飲み込んじゃえば良かったわよ」

 

「それは同感ですね。私たちなら兎も角、元希君まで化け物呼ばわりだなんて許せませんし」

 

 

 僕としたら恵理さんや涼子さんの事を化け物呼ばわりしたほうが許せないんだけどな……もちろん言葉にしたら大変な目に遭うと分かってるから言わないけど。

 

「アタシも許せないです。家を通じて日本支部に抗議するつもりです」

 

「炎さんがそうするなら、私たちも抗議しますわ」

 

「そうね~。元希さんを傷付けた代償は大きいですわよ」

 

「ボクも許せない。結界を構築してなかったらすぐにでも消してたよ」

 

 

 何だか発言一つで大問題に発展しそうな感じになってきたな……別に僕はそこまで気にしてないんだけどな……

 

「のぅ元希や」

 

「ん? どうかしたの水?」

 

「お主は考えが顔に出やすい。じゃが今のお主の考えはワシには分からん。いったい何を考えておるんじゃ?」

 

「別に何も考えてないよ。ただちょっと疲れたと思ってるくらいかな」

 

 

 ヤマタノオロチ討伐の前には、授業で大型モンスターと戦ってたからなぁ……いくら架空世界での戦闘でダメージは負わないといっても、体力は実戦同様に消耗するからね。禁忌魔法を合計で四発、Aランク魔法も放ったし体力が空っぽになってもしょうがないと思うんだよね。

 

「あれ……何だか真っ暗に……」

 

 

 そこで僕の意識は途切れた。アドレナリンが切れたんだろうな、このタイミングで寝るなんて普通ならありえないし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に僕が目を覚ましたのは早蕨荘の自分の部屋だった。もしかしたら恵理さんが居るかなと思って辺りを見回したけども、如何やら大人しく寝かせてくれたようだった。

 

「今何時だろう……」

 

 

 討伐の要請を受けてから討伐までで確かお昼くらいだったから、まだ授業中かな? そうなると僕だけ授業に出られなかった事になっちゃうな……

 

「とりあえず起きなきゃ」

 

 

 僕の部屋には時計が無い為に、慌てて携帯を探す事にした。一応ポケットにしまっておいたんだけども、触った限りではポケットには入ってなかったし……

 

「あら、起きたの元希君」

 

「あっ恵理さん……僕の携帯知りませんか?」

 

「それなら机の上に置いておいたけど?」

 

「そうですか……って、何で僕の部屋に恵理さんが?」

 

 

 全然気配を感じなかったんだけど……

 

「私だけじゃないわよ。涼子ちゃんと水も一緒なんだから」

 

「ごめんなさい、元希君」

 

「グッスリ寝とる元希を眺めるのはなかなかに楽しかったぞ」

 

 

 ちょっと恥ずかしいような事を水に言われて、僕は自分の顔が赤くなっていくのを感じていた。寝顔をじっくりと見られるのは男でも恥ずかしいものなんだな……

 

「それで元希君、何で携帯を探してるの?」

 

「時間が分からなくて……今何時なのかなって思いまして」

 

「今は午後の六時よ」

 

「僕、六時間近く意識を失ってたんですか?」

 

 

 僕的に言わせてもらえば、さっきまでのは寝ていたと表現するよりかは意識を失ってたと表現した方が正しいと思える。だからあえてそう言ったのだ。

 

「仕方ないわよ。初めての実戦で禁忌魔法をその前から連発、挙句の果てには暴言まで言われて精神的にダメージを負ったのだから」

 

「さっき心配してた授業ですが、今日は休講って事になりましたので心配はいらないわよ」

 

「そうなんですか……良かった」

 

 

 ただでさえ僕は入学前までの知識量で他の四人に負けているのだ。教科書通りの解答なら出来るんだけども、応用だったりその反応を実際に見たことが無かったりするから授業には出来るだけ参加したいからね。

 

「それじゃあ、元希君も起きた事だしお風呂にしましょうか」

 

「そうですね。もう準備は出来てますから、元希君も行きましょ」

 

「えっと……一人で入ったりは……駄目ですよね、はい」

 

 

 恵理さんと涼子さんだけではなく、水まで怖い目で僕を見てきたので途中で反論を諦めた。だってホントに怖かったから……

 

「それじゃあ元希君の着替えを用意しないとね」

 

「恵理さん? それって女の子の服ですよね?」

 

「私たち以外にこの早蕨荘には人は居ないんだし、私たちに心配かけた罰よ」

 

 

 罰って……まぁいきなり気絶して心配かけたのは申し訳無いと思うけど……でも僕が女の子の服を着て心配かけた事がチャラになるとは思えないんだけどな……

 

「どの服が良いかしら?」

 

「これなんて如何です?」

 

「待て、こっちも捨てがたいじゃろ」

 

「………」

 

 

 心なしかみんな楽しそうに見えるのは、きっと僕が寝起きだからだよね……涼子さんや水まで嬉々として僕が着る女の子の服を選んでるなんて、きっと寝起きで感性がまだ正常じゃないからそう見えるだけだよね。

 などと自分の中で何とか納得しようとしたけれども、やっぱり恵理さんも水も嬉々として僕の服を選んでる事には変わりなかった……罰を与える事に喜んでるんじゃなくって、僕が女の子の服を着る事に喜んでるんだよね、あれは……




次回新キャラ登場予定です


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きっかけは…

新キャラ登場。今回は男です


 ヤマタノオロチ討伐は、如何やら新聞にも取り上げられたらしく学園内は何時もより騒がしい感じがした。

 もちろん討伐したのがこの学園の理事長と教師である恵理さんと涼子さんだからと言う事もあるんだろうけども、僕に対する視線も何本かあるのはきっと気のせいでは無いんだろうな。

 

「のぅ元希や。さっきからチラチラと見られておるぞ」

 

「分かってるけど、別に敵意じゃないし気にしないよ」

 

 

 日本支部の人たちには『化け物』と言われたけども、学園の人たちの視線は畏怖よりも興味が強い視線が多いし、直接声をかけてくるような事も無いし気にしなくて良いかなーって思ってたんだけど、水は気になるようでさっきから居心地が悪そうだった。

 

「ちょっと良いかな?」

 

「?」

 

「君だよ。そこの小さな男子君」

 

「僕?」

 

 

 呼ばれてるのが僕だとはすぐに分からずにいたら、特徴を言われもう一度呼ばれた。僕の周りには男子が数人居たけども、少なくとも小さなと形容されるような体格では無かった。つまり間違いようが無く僕の事を呼んだんだろうな。

 

「君だろ? この『ヤマタノオロチ』討伐に加わってたこの学園の新入生ってのは」

 

「そうですけど……」

 

「やっぱり」

 

「誰なんじゃお主は」

 

 

 随分とフレンドリーな態度に呆気に取られていたら、水が僕の代わりに話しかけてきた男子に聞いてくれた。

 

「おっと、俺は普通科の一年我妻健吾だ。君が魔法科トップ入学の東海林元希だよな?」

 

 

 同い年だったんだ……その割には随分と大人っぽいし、僕より20cm以上大きいような気がする……

 

「おーい! 聞いてるか?」

 

「ふぇ? あっ、ゴメン……」

 

「まぁ良いけど。いきなり声かけられたらそんなもんか」

 

「えっと……我妻君だっけ? 僕に何か用だったの?」

 

 

 魔法科の生徒と普通科の生徒は交流の機会があまりないから卒業まで同級生を知らないなんて事もざらにあるって恵理さんが言ってたように、僕も普通科に知り合いは居ない……いや魔法科にも知り合いは殆ど居ないんだけど……

 

「魔法科のトップがどんなヤツなのか気になってたんだよ。それでこの新聞だろ? どんなヤツなのか見てみようと思って声をかけたんだよ」

 

「そうだったんだ……でも僕が気になってたって?」

 

 

 正直僕は噂される事なんて無いと思うんだけど……

 

「魔法科に知り合いが居るんだけど、今年のトップ入学が男子だって聞いてな。女子が多い魔法科で男子がトップてのも珍しいのにそれがぶっちぎりだって言うしな」

 

「そんなもの?」

 

「天狗になってるのかと思ってたけど、随分と大人しいんだな」

 

「ゴメン……」

 

「何で謝ってるんだよ?」

 

 

 我妻君が気にしてるけど、僕は謝るのが癖のようになってるんだよね……

 

「まぁ仲良くやってこうぜ。魔法科と普通科のトップ同士」

 

「お主、トップじゃったのか」

 

「……さっきから気になってるんだが、この子誰だ?」

 

 

 我妻君が水を指差して首を傾げる。まぁ無理も無いよね。見た目は完全に女の子なのに、しゃべり方がこんなだし……

 

「随分と無礼じゃのぅ。まぁ元希、教えてやれ」

 

「えっとね……この子は水って言って、この学園の近くで祭られていた水竜の子供なんだ。訳あって僕の使い魔って事になってるけど」

 

「へーやっぱ東海林って凄いんだな」

 

「僕の事は元希で良いよ。みんなそう呼んでるし」

 

「そっか。じゃあ俺の事も健吾で良いぜ」

 

「うん」

 

 

 こうして健吾君と朝のHRギリギリまでおしゃべりして教室に向かった。良く考えたら僕同性の友達って始めてかもしれないな……むしろ此処に来るまで友達って呼べる相手が居なかったんだけど……

 

「随分と悲しいのぅ、元希の過去は」

 

「しょうがないでしょ。田舎に魔法師が居なかったんだし、僕の両親だって魔法師では無かったんだから」

 

 

 田舎にいきなり魔法師が生まれて大騒ぎだったらしいし……まぁその後は便利に使われてたんだって今は思うけど……

 

「元希、遅かったね」

 

「何かあったんですか? 少し嬉しそうですが」

 

「あっ炎さん、水奈さん、おはよう」

 

 

 教室に着いて声をかけてくれた二人に挨拶して、僕は健吾君の事を話した。

 

「そうだったんですか。良かったね、元希さん」

 

「だから美土、隙を見つけて元希君をすりすりするのはズルイ。ボクだって元希君にすりすりしたいんだから」

 

「そんな事言ったらアタシだってすりすりしたいぞ!」

 

「私もですわ!」

 

 

 助けを求めようとしたけども、炎さんも水奈さんも冷静な状態では無かった。僕は視線を水に向けたけども、水は気付かないフリをして視線を僕から逸らした。

 

「おはようございます……風神さん、元希君を放してあげて下さい」

 

「分かりました」

 

 

 涼子さんが教室に来てくれたおかげで、漸く僕は美土さんのすりすりから解放された。健吾君みたいに身長があれば僕もすりすりされなくて済むのかな……あれ? 何だか僕浮いてるような……

 

「早蕨先生! わたしに元希さんを放せと言っておきながら先生が抱きしめて如何するんですか!」

 

「ズルイよ先生!」

 

「ボクたちだって元希君とスキンシップ取りたいんですから」

 

「良いんです! 先生特権ですから」

 

 

 なんですかそれは……結局涼子さん対魔法大家四人による僕の取り合い(?)で朝のHRの時間は潰れてしまった。争うのは良いけどせめて僕を放してから争ってくれないかな……中心に居るのは怖いんだよね……




元希君が夢見る身長の持ち主を出してみました。


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写真の出所

管理が甘いです


 今日のお昼は水が学食に行ってみたいと言ったのでクラス全員で学食にやってきている。僕と美土さんはお弁当を持って来てるから学食に来た事無かったけども、炎さんや水奈さん、御影さんは偶に利用している。

 ちなみに学食は魔法科と普通科で分かれてはいないためにかなり混雑しているのだ。

 

「随分と人が多いのぅ。吹き飛ばしても良いのか?」

 

「駄目だよ! ここはみんなで使う場所なんだから」

 

 

 人が多いのが不満なのか、水がつまらなそうに人込みを眺めている。いったいどんな場所を想像してたんだろう……

 

「あれ? 元希じゃねぇか」

 

「あっ、健吾君。健吾君も学食だったんだ」

 

「まぁな。だが此処でお前を見たの初めてなんだが?」

 

「僕は今日初めて来たから」

 

「何時もは如何してたんだ?」

 

「僕お弁当持って来てるから、基本的には教室で食べてたんだよ」

 

 

 偶に外で食べたりもしてたけども、みんなで一緒に食べる事が多いから最近は教室で食べているんだよね。三人は購買でお弁当やパンを買ってきて。

 

「ふーん、そうなのか」

 

「おーい我妻! さっさと来いよ!」

 

「あぁ! 今行く。じゃあな元希」

 

「うん」

 

 

 健吾君が別のお友達に呼ばれたので、そこで会話は終わってしまった。でもこうして同性の知り合いが出来たのは嬉しいな。

 

「あれが我妻健吾……普通科のトップか」

 

「さっき元希さんから聞かされた時は驚きましたわ」

 

「まさか魔法科のトップと普通科のトップが知り合いになるなんて思いませんでしたものね」

 

「でも向こうが元希君に興味を持ってたのはホントっぽいね」

 

 

 四人が健吾君を見てそんな感想を言っているのを見た水が、面白そうに笑い出した。

 

「カッカッカ、あやつは元希の事を知っておったようじゃしの。我が主様は有名人のようじゃの」

 

「そんな事無いと思うけど……」

 

「何言ってるの。元希は有名だよ」

 

「そうですわね。見た目に反して魔法を使ってる姿は想像以上ですしね」

 

「私たちが勝てなかったのも納得してる生徒が多いと秋穂さんが言ってましたし」

 

「それに、新聞に大々的に写真が載ってた。これで元希は完全に有名人」

 

「あうぅ……」

 

 

 いったい誰が何時撮ったのか分からないけども、新聞には僕の顔が載っていたらしい。恵理さんと涼子さんなら分かるけども、何で僕の写真なんて載せたんだろう……

 

「さて、早いところ食べ物を買いに行かないと良いもの無くなるよ」

 

「そうですね。では元希様と美土さんには場所取りをお願いしますね」

 

「行ってくる」

 

 

 炎さんたちがご飯を買いに行くと、水もそれに習って買いに行った。でも水ってお金持ってたっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後に理事長室に来るように言われたので、僕は理事長室に向かっている。途中でコソコソと僕を指差して話してる人が居たけども、前ほど敵意は感じなかったので放って置く事にした。

 

「大変じゃのぅ。有名人に付き合うってのは」

 

「水だって十分有名じゃないか」

 

 

 神として崇められていた水竜の子供が学園に居るのだ。あの場所は魔法科の人間以外にも知られているほどの場所なので、その場所の神様が学園に居るらしいと、水が学園に来るようになった時は結構な見物人が居たのだ。

 

「じゃが今はお主の方が話題の種になっておるじゃろ」

 

「僕だって好きで話題の種になってるわけじゃないんだけどな……」

 

 

 あの討伐が新聞に取り上げられた所為で、僕の学園生活はより大変になってしまったようなのだ……

 

「失礼します、東海林ですけど……」

 

 

 理事長室の扉をノックして名前を告げると、もの凄い勢いで何かに抱き付かれた。

 

「ふぇ!?」

 

「待ってたわよ元希君。さぁ入って」

 

「恵理よ、元希が窒息するぞ」

 

「あら……」

 

「うきゅ~……」

 

 

 水のおかげで解放されたけども、僕は少し酸欠状態に陥っていた。熱烈歓迎は何時もの事だけど、今日のは何時もより強かったような気がする……

 

「元希君、大丈夫?」

 

「は、はい……それで恵理さん、僕を理事長室に呼んだ訳って何ですか?」

 

 

 大抵な事ならば早蕨荘で話せば済むはずなのに、わざわざ理事長室に呼んだって事は重要な事なんだろう。僕はそう思っていたのだけども、恵理さんの雰囲気からはそれほど重要な用事だと言う感じは受けなかった。

 

「例の討伐の事が新聞に載ったのは知ってるわよね?」

 

「はい。そのおかげでまたコソコソと何か言われてる様ですし……」

 

 

 陰口じゃないだけマシなのかもしれないけども、コソコソと指を差されて話題にされるのは結構堪えるんだよね……

 

「その新聞に載った写真だけども、アレ如何やら日本支部の人間が撮った写真らしいのよね」

 

「何で日本支部の人が写真なんて撮るんですか?」

 

「資料用に撮った写真が何者かによって新聞社に売られた形跡があったってさっき連絡が来たのよ。でも問題無いだろうから日本支部からは抗議しないってね」

 

「問題はあると思うんですけど……」

 

 

 内部の人間が写真を売ったとなればかなりの問題だと思うんだけど……でも日本支部の人たちはそれを問題視するつもりは無い様だった。

 

「とりあえず私の方から新聞社に抗議しておいたから。肖像権の侵害に当たるでしょうしね」

 

「でも事件の事を取り上げるなら仕方ないのでは……」

 

「それでもよ! 元希君はまだ世界に知られたく無かったんだから」

 

「はぁ……」

 

 

 何だか面白く無さそうな顔をしてたけども、恵理さんは誰に僕の事を知られたく無かったんだろう……




写真を撮ったのは女性魔法師です。


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二人の知人

またまた新キャラ登場予定です


 理事長室で恵理さんと話していたら急に扉が開いた。この部屋にノック無しで入ってくる人は一人しかいない為に、僕も恵理さんも驚きはせずにその人の登場を受け止めたんだけど、水は今回初めてだった為に少し驚いていた。

 

「姉さん、ちょっと良いかしら……あら、元希君も居たのね」

 

「お邪魔してます、涼子さん」

 

「なんじゃ涼子か……脅かすでない」

 

「そういえば水がこの部屋に来るとき、涼子ちゃんの方が先にいる事が多かったわね」

 

「というか此処で涼子と会う時は何時も涼子が先に居ったわ」

 

 

 恵理さんが水が驚いた事に納得したような顔で頷くと、水は形だけでもと抗議をした。もちろん本気では無いので水もすぐに涼子さんが理事長室に来た理由が気になりだしていた。

 

「それで涼子ちゃん、何かあったのかしら?」

 

「例の新聞ですが、やはり世界各国に拡散されてるようでして……もちろんアメリカにも知られてしまったようです」

 

「ハァ……て事はあの子も元希君の存在を知っちゃったって事よね?」

 

「恐らくは……いえ、確実にそうだと言い切れると思います」

 

 

 二人が誰の話しをしてるのか僕と水はさっぱり分からなかった。アメリカの誰かって事は二人の会話から分かるんだけど、僕には外国に知り合いなんていないしな……いや、日本にもそれほど知り合いなんていないんだけどさ……

 

「悲しい事を心の中でお知らせするのは止すんじゃな」

 

「でも事実だし……」

 

「兎に角マズイわね……」

 

「そうですね。あの子の趣味は私たちと似ていますし、きっと元希君を気に入ったと思いますので……」

 

 

 涼子さんが話してる途中でけたたましい音が理事長室に鳴り響いた。音の発生源は恵理さんの携帯のようで、着信相手を見ると深い深いため息を吐いた。

 

「もしかして?」

 

「その『もしかして』よ。まったく相変わらず必要無い事だけは早いんだから……」

 

 

 恵理さんが部屋から出て行くと、残された僕と水は事情を知っているであろう涼子さんに視線を固定する。もちろん事情説明を求める為だ。

 

「如何したの? そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど」

 

「誤魔化すんじゃない。お主も知っておるのじゃろ? 恵理の電話の相手が誰なのか」

 

「教えてください」

 

 

 涼子さんにお願いすると、いきなり柔らかい感触が僕を襲う。如何やら涼子さんに抱きしめられたらしい。

 

「えっと……」

 

「そんなに可愛くお願いされたら断れないじゃないですか」

 

「うぇ?」

 

 

 僕は普通にお願いしたつもりだったんだけど、如何やら涼子さん的には今のお願いは可愛かったらしい……なんだか複雑な気分だな。

 

「姉さんの電話の相手はアメリカ魔法協会理事の一人よ。私たちとは昔なじみでね。学生時代は良く一緒に遊んでたのよ。水様のお母様にもお会いしてるのですが」

 

「ワシは昔の事を良く知らんでな。ここ二、三年くらいしか思いだせん。如何やら母様討伐の際に記憶を封じられたらしくての。しょっちゅう来てくれていたお主や恵理の事は兎も角としても、お主たちが学生時代の時の事はちょっとの」

 

 

 まさか水にそんな魔法が掛けられていたなんて……全然気付かなかった。

 

「そうですか……まぁ当時から私や姉さんを恐れる人は少なくありませんでしたし、あの子は珍しい部類でしたので」

 

「確かにお主や恵理と普通に学生時代を過ごしてたヤツなぞ、普通では無いの」

 

「水、失礼だよ。それで涼子さん、その人の名前って……」

 

「アンジェリーナ・スミス。アメリカで有名な魔法師の家系に生まれ、当時有名だった私たちの調査の為に留学してた子よ。歳は私と同じ25歳で、史上最年少でアメリカ魔法協会の理事になった子なの」

 

「そうなんですか。でもそんな人が何で恵理さんに電話を?」

 

 

 さっきの会話から想像すると、僕が関係してるんだとは思うんだけど……正直僕が話題にされるような事は無いと思うんだけどな……

 僕がそんな事を思ってると、恵理さんが理事長室に戻ってきた。何だか表情は浮かない感じだけど、いったい電話で何があったんだろう……

 

「如何でした?」

 

「涼子ちゃんの想像通りだったわよ。リーナは明日にも日本に来るそうよ」

 

「リーナ?」

 

 

 アンジェリーナの愛称は『アンジー』だったと思うんだけど……まぁ良いか。

 

「あら、元希君に話したのね」

 

「あんなに可愛くお願いされたら話しますよ」

 

「僕は普通にお願いしたんですけど……」

 

 

 僕のツッコミは当然のように黙殺され、恵理さんがもの凄い勢いで僕の方に顔を向けてきた。

 

「えっと……」

 

「元希君、私にもお願いしてみて!」

 

「うぇ!? えっと僕は普通にお願いしただけなんですが……」

 

「良いから!」

 

「教えてください」

 

 

 さっき涼子さんにしたように僕はお願いをする。正直何を教えてもらいたいのか僕自身が分かってないんだけど、とりあえず言われた通りに恵理さんにもお願いしてみた。

 

「うん、確かにこれだったら教えちゃうわね。チョコンって擬音がピッタリかしら?」

 

「可愛いですよね」

 

 

 如何やら二人が気に入ったのは僕の頭を下げる動作のようだった。僕はいたって普通に頭を下げているんだけど、その動きが恵理さんと涼子さんは気に入ったようだったのだ。

 

「さすがは主様よの。まさか動き一つで恵理と涼子を魅了するとは」

 

「褒められても嬉しく無いよ……」

 

 

 水に茶化されて僕は恥ずかしくなってきた……健吾君みたいに大きな身体があれば可愛いなんて言われないんだろうな。




名前考えるのは面倒です……


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突然の来訪者

不法侵入上等の人が現れました


 日本支部の写真流失が発覚した翌日、僕は誰かの気配を感じて目を覚ます。

 

「うにゅ~……だれ?」

 

 

 恵理さんや涼子さんの気配ではない。そもそもあの二人の場合は完全に気配を遮断する為に僕の気配察知能力では感じる事が出来ないのだ。

 かといって水の気配でも無い。だけど早蕨荘には僕の他にはこの三人しか生活してないし、もしかして泥棒さんだろうか?

 

「君が東海林元希君かしら?」

 

「そうですけど……」

 

 

 眠いのを我慢して目を開けると、目の前に見たことの無いお姉さんが居た。恵理さんや涼子さんと一緒の綺麗な銀髪を腰の辺りまで伸ばしていた。そしていきなり抱きつかれて僕が確認出来た容姿はそこまでだった。

 

「うにゃ!?」

 

「うんうん、恵理や涼子が気に入ったのが分かるわね。このままアメリカに連れて行っちゃおうかしら」

 

「懐かしい気配がすると思ったら、やっぱり貴女なのね……」

 

「あら、不法侵入は立派な犯罪よ?」

 

 

 恵理さんと涼子さんの声が聞こえてきた。如何やら異変に気がついたらしいけど、とりあえず助けてくれないですかね?

 

「久しぶりに会った友人にその態度は酷くないかしら?」

 

「ここに来るならちゃんと玄関から入ってきなさいよね。貴女窓から入ったでしょ」

 

「目的の元希ちゃんを確認いち早く確認したかったのよ」

 

 

 ちょっと待って。今ちゃんって言った? 僕は男なんだけど……その前に早く解放してくれないかな……

 

「うにゅ~……」

 

「あら?」

 

「リーナ! 早く元希君を放しなさい!」

 

「分かったわよ。相変わらず怒ると怖いわね、涼子は」

 

「何事じゃ騒がしい」

 

「あら? この子は誰かしら?」

 

「ほら、昔一緒に遊んでた泉の主の娘よ」

 

「あの水神様の娘なんだ。それにしては彼女より言葉遣いが古風というか何というか……」

 

「見た目が幼いからじゃないかしら? あの子も似たような言葉遣いだったから」

 

 

 恵理さんと昔の事を話してるって事は、この人がアメリカの魔法協会理事のアンジェリーナさんなんだろうな……さっき涼子さんが『リーナ』って呼んでたし。

 

「それでリーナ、こんな時間に何の用なの? ただ元希君の顔を見たかったってだけじゃないでしょ?」

 

「……やっぱ恵理には隠し事は出来ないわね。例のヤマタノオロチ討伐に参加した男の子がどんな感じなのか確認しに来たのと、アメリカ支部からお願いがあって日本に来たのよ」

 

「お願い? 元希君は留学させないからね」

 

 

 そもそも僕には留学資金なんて無いので、頼まれても無理なんですけど……

 

「それも魅力的だけど……我々魔法協会アメリカ支部は、卒業後に東海林元希君にアメリカ支部に加わってもらいたくて参りました」

 

「あら? アメリカ支部は国籍優先でアメリカ国籍の無い元希君は採用外じゃないのかしら」

 

「そんな事言ってられる場合でもなくなってきたのよ。外部就職が認められるようになってから、アメリカ支部に魅力を感じなくなった若い魔法師の海外流失が止まらなくてね。アメリカでも古い考えを見直す事になったの。その矢先にあのニュースが全世界に流れたでしょ? 日本支部は元希ちゃんを貴女たち二人と同じく『化け物』呼ばわりした事から採用はしないでしょうし、それならいち早くつばを付けておこうってね」

 

「確かに最近のアメリカ支部は魔法師の高齢化で討伐には他国の援助が無ければ厳しいって聞いてたけど、そんなに苦しい状況なの? リーナが居るんだから大丈夫だと思ってたけど」

 

「それがそうでも無いのよ。理事って言っても私は末席だし、頭の固い連中ばっかだし。高校生に手伝ってもらおうって発想が無いから、アメリカの高校生は卒業まで実戦経験がないのよね。だから世界的に見ても遅れてる」

 

 

 僕だって今回の事が無ければ三年生まで討伐には参加しなかっただろうし、それほど遅れてるとは思わないんだけどな……

 

「確かにイギリスとかドイツなんかは早々に実戦に参加させてるし、日本もそういった動きがない訳でも無いのよね」

 

「そうなんですか?」

 

「今回元希君や岩崎さんたちが実戦投入されたのは試験的な意味もありましたし、私や姉さんも参加するって条件で日本支部の要請を飲んだんですよ」

 

「そうだったんだ……」

 

 

 てっきり日本支部の魔法師さんたちだけでは厳しいから数を集める為に呼ばれたんだとばかり思ってたけど、裏にはそんな考えがあったんだ。

 

「悪いけど元希君は卒業と共に私と結婚するからアメリカには行かないわよ」

 

「うぇ!?」

 

「姉さん! 元希君は私と結婚するんです! だから姉さんとは結婚しません!」

 

「また始まったのぅ……元希や、モテる男は辛いのぅ?」

 

「楽しんでないで何とかしてよ……」

 

 

 恵理さんと涼子さんの言い争いを面白そうに眺めてる水。何時もの事なんだけどこの良い争いを止める僕の気持ちにもなってよ……

 

「それから、元希君を獲得出来るまで私はアメリカには帰らないから。今日からこの早蕨荘で生活させてもらうからね」

 

「「はぁ!?」」

 

「おぉ! 二人がハモったぞ」

 

 

 まぁ驚くのはしょうがないよね。てか僕も驚いてるし……

 

「まだ決まった相手がいないのなら、私だってチャンスがあるでしょ? 私と結婚してアメリカ籍を取得してもらえれば最高だしね」

 

「……冗談ですよね?」

 

「あら? お姉さんではダメかしら?」

 

 

 アンジェリーナさんが僕を誘惑するように擦り寄ってくる。とても整ってる顔に涼子さん以上のプロポーションの持ち主であるアンジェリーナさんは冗談でも高校生男子にこんな事をしてはいけないと思うんだけどな……

 

「言っとくけど、元希君に誘惑は無駄よ。何せまだそっちの知識は疎いからね」

 

「じゃあお姉さんが教えてあげるわよ?」

 

「元希を誘惑するで無いわ」

 

 

 ぎりぎりで水が助けてくれたけども、もう少しでアンジェリーナさんにキスされるところだったよ……




愛称の理由とかはもう少し後で説明します


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朝から一騒動

相変わらず人気の元希君……


 冗談だか本気だか分からないプロポーズをしてから、アンジェリーナさんは僕に自己紹介をしてきた。

 

「魔法協会アメリカ支部理事で、恵理と涼子の友達のアンジェリーナ・スミスよ。よろしくね元希ちゃん」

 

「よろしくお願いします……あの、何で『ちゃん』付けなんですか?」

 

「もちろん可愛いからよ」

 

 

 はぁ……何なんだろうその理由は……僕は珍しく頭痛を覚えて頭を押さえた。

 

「それでリーナ、元希君がアメリカに行くまで帰らないってのは?」

 

「人材確保の為に派遣されたんだから当然でしょ? いい返事がもらえるまでは帰れないじゃない」

 

「それでここに住むと?」

 

「別に良いでしょ? 相変わらず部屋は余ってるんだからさ」

 

「相変わらず?」

 

 

 アンジェリーナさんの言葉に引っかかりを覚えてつい口を挟んだ。その事を気にした様子もなく、アンジェリーナさんは僕の疑問に答えてくれた。

 

「私が昔留学してたのは聞いてる?」

 

「はい」

 

「そのときにこの『早蕨荘』に下宿してたのよ。恵理と涼子もここに住んでたからね」

 

「そうだったんですか……」

 

 

 

 その時から恵理さんと涼子さんはこの場所に住んでいたのか……もしかしたら強すぎる魔力を持っていた所為で家族から捨てられてしまったのだろうか?

 

「えぇ、元希君。その通りよ」

 

「私と姉さんはこの魔力の所為で親に忌み嫌われそして捨てられたの」

 

「ごめんなさい……」

 

 

 辛い事を思い出させてしまったので、僕は素直に頭を下げた。声には出してなかったけども、この二人には僕の考えている事を知るなんて造作も無い事なのだから……

 

「何で謝るの? 元希君は声に出した訳じゃ無いわ。私たちが勝手に元希君の思考を読んだだけなんだから」

 

「そうですよ。悪いのは私たちで元希君じゃ無いですよ」

 

 

 そう言いながら恵理さんと涼子さんが僕を抱きしめる。二人が悲しんでるのは分かったし、やっぱりその原因は僕なんだと思い、もう一度頭を下げた。

 

「してリーナとやら、部屋は何処にするんじゃ? いくら部屋が余ってるとはいえ、掃除せねば使えないぞ?」

 

「大丈夫! 元希ちゃんの部屋に住むから!」

 

「「「駄目(じゃ)!」」」

 

 

 三人が声を揃えて、大きな声でアンジェリーナさんの考えを否定した……のはいいんだけども、僕を抱きしめたまま大きな声を出さないでくれないかな……鼓膜に響いて更に頭痛がひどくなるよ……

 

「まぁ冗談はさておいて、掃除なら自分でするから気にしなくて良いわよ。それに、臨時教師と言う事で明日から霊峰学園で雇ってもらえる事になってるし」

 

「あら、私は何も聞いてないけど?」

 

「まぁ協会を通しての要請だから、恵理に届く前に副校長が許可したんでしょうね。言っとくけど正式な決定だからね」

 

 

 そう言えば副校長は協会側の人だったっけ。恵理さんに話しを回しても相手にされないと思って独断で許可したんだろうな……でも良いんだろうか?

 

「あのハゲオヤジが!」

 

「姉さん、言葉が汚いですよ。せめてメタボジジイにしないと」

 

「涼子も大概じゃろ」

 

 

 随分と怒ってるのか、恵理さんと涼子さんの言葉遣いが汚くなっていく。まぁ自分たちの事を『化け物』呼ばわりする団体の手先だと考えると、普段の態度が良すぎるのだと思うけどね。

 

「と、言うわけで元希ちゃん、明日からは『リーナ先生』って呼んでね?」

 

「それは良いですけど、アンジェリーナさんが担当するのは普通科なのでは? 魔法科には英語の授業ってそれほど熱心に取り組んでませんし」

 

「そう言えばそうだったわね。私が通ってた時も英語の授業はモニターで済ませてたし」

 

「そういう事よ! 貴女の思惑通りには行かなくて残念ね、リーナ」

 

「別に瑣末事よ。同じ学校に居れば元希ちゃんの事を知る事が出来るし、ゆっくりじっくりと距離を詰めて行く事が出来るからね」

 

 

 瑣末事って、随分と珍しい言葉を使う人なんだな……僕の周りではそんな言葉を使う人は居なかったな。

 

「してリーナよ。教師になるのは分かったのじゃが、当然食い扶持は入れるんじゃろうな? 働かざるもの食うべからずじゃぞ、ここは」

 

「エネルギー供給は手伝うわよ。それで問題無いでしょ?」

 

「まぁそれなら構わないがの……その代わり我が主殿にちょっかいを出そうものなら地平の彼方まで吹き飛ばしてやるからそのつもりでの」

 

「水! 失礼だよ」

 

「じゃが元希よ。これくらい脅しておかなければお主の貞操が危ないんじゃぞ」

 

「何の話ししてるのさ!」

 

 

 急にエッチな話しになりそうだったので、僕は慌てて水の口を塞いだ。だけどちょっと慌てすぎたのか、足がもたついてそのまま水が居る方向に倒れこんでしまった。

 

「うわぁ!?」

 

「何じゃ元希よ。そんなにワシの胸が気に入ったのか? ほれ、もっと感じるが良い」

 

「違うってば! 水、分かっててやってるでしょ!」

 

 

 水がこんな事をすれば、当然のように対抗してくる人が居る訳で……

 

「聞き捨てなら無いわね! 元希君が気に入ってるのは私のおっぱいよ!」

 

「何言ってるんですか、姉さん。元希君が好きなのは私の胸で姉さんのでは無いですよ」

 

「ちょっと二人とも……」

 

「元希ちゃん、お姉さんのおっぱいも触ってみる?」

 

 

 火に油を注ぐかのように、アンジェリーナさんが僕に胸を押し付けてくる。朝から大変な事になってしまった……僕はただ水の口を塞ごうとしただけなのに……




魔法師としてではなく教師として登場させました。


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愛称の秘密

そんなたいそうな事では無いですけどね。


 教室に着くなり放送で副校長が全校集会があると言って魔法科と普通科の生徒全員を大講堂に呼び出した。内容はなんとなく分かってるけども、いきなりにもほどがあると思うんだけど大丈夫なんだろうか……

 

「いったい何だって言うんだろうね」

 

「分かりませんわ。この間の労いなら魔法科の生徒だけで十分ですし……」

 

「普通科の生徒も全員となると、全く想像出来ませんわね」

 

「元希君は何か聞いてないの?」

 

 

 僕が恵理さんと涼子さんと同じ場所で生活してるのを知ってる四人は、僕の方に視線を一斉に向けてきた。

 

「僕も何も聞いて……あれ?」

 

 

 なんだか身体が宙に浮いてるような……

 

「何だ、元希君も知らないのか」

 

「秋穂さん……とりあえず降ろしてください」

 

 

 いきなり持ち上げられるとビックリするんですからね。秋穂さんに降ろしてもらってから、僕は水が居ない事に気が付いた。

 

「あれ? 水が居ない……」

 

「水様なら先ほど出て行かれましたけども」

 

「出て行った?」

 

 

 何かあったのだろうか……水が僕に何も言わずに傍を離れる事は滅多に無かったんだけど、全く無かった訳じゃないのでそれほど過剰には心配はしない。だけど学校で僕の傍を離れるのは本当に珍しいな……

 

「よう元希」

 

「健吾君」

 

「さっきお前の使い魔を見たけど、何やってるんだ、あれは?」

 

「えっと?」

 

 

 健吾君の話では、水は裏庭の方に向かって水を噴出していたらしいのだ。ホントに何をしてるんだろう……

 

「ちょっと見てくる」

 

「集会は良いのか?」

 

「何となく集会の理由は分かってるから大丈夫だと思うよ」

 

 

 多分だけどリーナさんの紹介だろうし。僕はこっそりと大講堂から抜け出して裏庭に向かった。こういった時、背が小さいと目立たなくて楽で良いな。

 

「えっと水は……居た」

 

 

 健吾君が言ったように、水は裏庭に向かって水を噴出している。打ち水にしては勢いが強すぎるし、ホントに何が目的なんだろう……

 

「何してるの?」

 

「おぉ元希か。見ての通り体内の水を吐き出してるのじゃ」

 

「……何の為に?」

 

「定期的に体内の水を取り替えないと気持ち悪いからのぅ。出せる時に出しておこうと思っての。どうせ集会とやらはリーナの紹介だろうし」

 

「そうだろうけど、そういうことなら一応僕に言ってから居なくなってよ。見当たらなくて心配したじゃないか」

 

「スマンのぅ。じゃがそこまでワシの事を心配してくれるとは、我が主はよっぽどワシが好きなんじゃのぅ」

 

 

 如何してそういう結論が出たのだろう……とりあえず機嫌がよさそうなので水を差す事は言わなかったけども、水の勘違いは何時か解いておこう。まぁ嫌いでは無いからそのままでも良いんだけど。

 

「とりあえず大講堂に戻るよ。一応居なきゃいけないんだから」

 

「仕方ないかのぅ。主様の命には逆らえないからの」

 

「……別にそんな大仰な事じゃないじゃないか」

 

 

 唯単に講堂に戻るだけで命令なんてしないってば……

 僕たちがコッソリと講堂に戻った時にはちょうどリーナさんが壇上で挨拶をしていた。それにしても普通科の男子生徒の盛り上がり具合がすごいな……

 

「アメリカから来ましたアンジェリーナ・スミスです。気軽にアンジー先生と呼んでくださいね!」

 

 

 ……あれ? 僕には『リーナ先生』って呼んでって言ってたのに、何で皆には『アンジー先生』なのだろう? 何か意味があるのかな?

 

「後で恵理さんにでも聞いてみよう」

 

「何が?」

 

「ううん、なんでもないよ」

 

 

 炎さんが不思議そうに僕の顔を覗き込んできたけども、僕はきわめて普通の態度で炎さんに答えた。

 リーナ先生の挨拶も終わり、集会も終わりという事で解散となった。一斉に移動するから僕はなるべくその人波に飲まれないように端っこに移動した。

 

「相変わらず凄い人の多さじゃのぅ。こいつら全員この学校の生徒と言うんじゃから驚きじゃよ」

 

「僕も未だに驚いてるけどね」

 

 

 小学校でもこれだけの人数は居なかったし、そもそも村全体の人口を集めたとしてもここの生徒数には及ばないだろうしね。

 

「そろそろ行けるんじゃないかのぅ?」

 

「まだ飲まれそうだから……皆が出て行ってから戻ろう」

 

 

 入学式の時の失敗を思い出し、僕は皆が大講堂から居なくなるのを待つ。途中で健吾君が僕に視線を向けてきたので、僕が健吾君に念を送り会話をする事にした。魔法が使えない健吾君でも、僕がラインを引けば会話くらいなら出来るのだ。

 

『何ボケッとしてるんだ?』

 

「人込みが苦手なんだ……それで人が居なくなるのを待ってるんだ」

 

『ふーん。大変なんだな』

 

「健吾君みたいに大きければそんな事気にしなくても良かったんだけどね」

 

 

 取り留めの無い会話をしながら、僕はそろそろ帰れるかなと思い出口に向かう。健吾君にはそろそろ帰れそうと伝えて念を切ったので、今は声は聞こえない。

 

「も・と・き・ちゃん!」

 

「うにゃ!?」

 

「何してるのかな~?」

 

「リーナ先生……」

 

 

 漸く戻れると思ったら、今度はリーナさんに捕まった。丁度良いし、さっき思った事を聞いてみよう。

 

「先生の愛称は『アンジー』なんですか? それとも『リーナ』なんですか?」

 

「普通に付き合うには『アンジー』かな。アメリカ支部でもそう呼ばれてるし。でも特別な相手には『リーナ』って呼んでもらいたいの」

 

 

 恵理さんや涼子さんは分かるけども、僕も特別な相手なのだろうか? 新たな疑問が生まれたけども、これ以上のんびりは出来ないので僕はリーナさんに一礼してから教室に戻ったのだった。




念話を使いましたが、完全に元希君の魔力なので健吾に魔法的才能はありません。


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見学の許可

前回40話だったんですね……気付かなかった


 教室に戻るといきなり涼子さんに抱きつかれた。いきなり抱きつかれたのもそうだけど、何で気配を消してたんだろう……

 

「元希君! 心配しましたよ!」

 

「ごめんなさい……でも入学式の時みたいに人込みに飲まれて気絶するのは嫌だったんで」

 

「それでも心配したんですから! 罰として今日一日元希君は私に抱かれながら勉強すること」

 

「でもそれじゃあ黒板が見えないんじゃ……」

 

 

 それに涼子さんも授業しにくい気がするし……

 

「これ涼子よ。それじゃあ元希に対しての罰ではなくお主に対するご褒美ではないか」

 

「そ、そんな事ありませんよ水様」

 

 

 あっ、動揺してる……水の言ってる事が図星だったんだろうな。

 

「遅いぞ、元希」

 

「今度からは私たちも残りますわ」

 

「お姉さんたちを心配させるなんて駄目よ~」

 

「元希君、早く座りなよ」

 

 

 炎さんたちにも心配掛けちゃったな……健吾君だけじゃなく皆にも念話しておけばよかったかな……

 

「さて、それじゃあ授業を始めますけど……何か用かしら?」

 

「さすが涼子、やっぱり気付いてたのね」

 

「元希君も気付いてたわよ」

 

 

 涼子さんに抱きつかれた時にちょっと気配が生まれたように感じてたけど、やっぱり付けられてたんだ。それにしても何で後を付けて来たんだろう……

 

「ちょっと様子を見たくてね。一応英語教師でここに来てるけど、これでもアメリカの魔法協会理事だし」

 

「姉さんには許可を取ったのかしら?」

 

「副校長? の許可は取ったわよ」

 

「あの親父の許可なんて意味無いわよ」

 

 

 恵理さんと涼子さんは副校長とは折り合いが悪い。僕も何となくだけどあの人は好きになれない感じだ。

 

「やっぱりあの親父が二人を『化け物』呼ばわりした男なのかしら?」

 

「その男の手下って感じかしらね。リーナが簡単に来日出来たのだってアイツらが絡んでるからでしょうし」

 

「まぁあのニュースが世界中に駆け巡ってすぐだもんね。何かしらの圧力は感じてたわよ」

 

「えっと……授業は良いんでしょうか?」

 

 

 水奈さんが恐る恐るといった感じで涼子さんに声を掛けた。涼子さんもその言葉で思い出したように授業を開始するのだった。

 

「じゃあ私は元希ちゃんの傍で見学させてもらうわね」

 

「あの、リーナ先生?」

 

「だから姉さんの許可を取ってきてからにしてよね。ただでさえリーナの採用の件でもめてるんだから」

 

「やっぱり恵理の意思は無かったんだ。おかしいとは思ってたけどね」

 

 

 そういってリーナさんは教室から出て行った。おそらく……いや絶対にと言い切れるかな。理事長室に行ったんだろうな。

 

「さて、ゴメンねみんな。リーナがいきなり……」

 

「さっきの集会ではアンジー先生って呼べって言ってましたけど、元希さんと先生はリーナ先生って呼ぶんですね」

 

「彼女、今朝から早蕨荘で生活してるのよ。学園と自宅では呼び方を変えて欲しいって」

 

 

 これは涼子さんの嘘だ。リーナ先生が愛称を変える理由はさっき大講堂で聞いたから断言出来る。でも理由が理由だけに本当の事を言えなかったんだろうな。

 

「そうなんだ。職場と家とで呼び名を変えて欲しいなんてちょっとカッコいいかも。出来る人なんだなって思えるよ」

 

「それは炎さんだけだと思いますけど。ですが確かに呼び方は大事だと思いますわ」

 

「でも元希さんや先生もですけど、学校でも違う呼び名を使ってますわよね?」

 

「そういえば……元希君、ちゃんと呼び分けなきゃ駄目だよ?」

 

「ご、ゴメン……」

 

 

 御影さんに言われて僕は頭を下げた。本当の理由をリーナさんが言わない限り僕は涼子さんの嘘に付き合う必要があるのだ。

 

「おしゃべりはそこまでで。授業を始めますよ」

 

 

 涼子さんが形勢不利を察したのか、授業を始める事で追求を避ける事にしたらしい。

 

「アンジー先生は魔法科は担当しないんですよね?」

 

「そうですね。彼女は魔法協会アメリカ支部の理事ですし、日本の生徒に魔法を教える事は無いと思いますよ」

 

「でも見学はするんですよね?」

 

「それは姉さんの判断によりますけど……」

 

 

 御影さんの追及に見えない汗を流している涼子さん……確かに教えないのに見せろなんて都合が良いしね。

 

「ただいまー」

 

「お邪魔するわよ、涼子ちゃん」

 

「リーナ!? 姉さんまで……」

 

 

 如何やら恵理さんは授業の見学を許可したらしい……でも何で恵理さんまで教室に来たんだろう?

 

「リーナちゃんの見学は、私が付き添う形で許可する事にしたの。てなわけで涼子ちゃん、授業よろしく」

 

「分かりました……でも姉さん、リーナ……元希君から離れてください」

 

 

 リーナさんと恵理さんは僕にピッタリと寄り添う形を取っているので、涼子さんが少し怒ったような声を出した。

 

「細かい事は気にしないの」

 

「そうよ涼子。貴女もくっつけば問題無いでしょ?」

 

 

 いや、それでも問題はあると思うんですけど……

 

「それじゃあ失礼して」

 

「うえぇ!?」

 

 

 右左と恵理さんとリーナさんが寄り添っているので無理だろと思われていたが、涼子さんは僕の膝の上に座ってきた。

 

「「あっー!?」」

 

「ちょっと涼子さん?」

 

「何かしら?」

 

「この体勢で如何やって授業を?」

 

 

 僕の膝の上に座っていたら黒板には手が届かない。モニターを使うにしてもこの位置では届かない。

 

「大丈夫よ」

 

 

 そういって涼子さんは小さな召喚獣を呼び出してモニター操作を指示した。便利だけど使い方間違ってないだろうか。結局この時間の授業は召喚獣がモニターを操作して行われたのだった。




見学したいのか、邪魔したいのか……


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新たなる試み

元希君の受難は続く……


 リーナさんが見学するとなった為なのかは分からないけど、授業内容は座学から実技訓練へと変更された。

 

「今日は一人ずつ戦闘してもらいます。相手モンスターの能力はこの前測った皆の能力値にあった相手を選ぶので心配はしなくても大丈夫です」

 

「誰からやるんですか?」

 

「そうですね……では光坂さんからお願いします。その後風神さん、氷上さん、岩崎さんとやって元希君の順番で戦闘をしてもらいます」

 

「つまり、この間の測定で能力値が低かった順番に戦闘をするんですね」

 

 

 美土さんの言葉に涼子さんが頷いた。正直に言えば、僕以外の四人の能力値にそれほど大きな差は無いのだ。もっと言えば秋穂さんとの差も、それほど大きいと言うほどでは無い。僕だけが異質なのだ。

 

「光坂さんの相手はだれにする、涼子ちゃん?」

 

「あんまり攻撃魔法が多い属性じゃないしね。ここは攻撃力は高いけど知能の低いオーガなんて如何?」

 

「……姉さんとリーナはあくまで見学なんですから、授業内容に口を挟まないでくれませんかね?」

 

 

 涼子さんが静かに怒ってるのに気が付いたのか、恵理さんとリーナさんは大人しくモニターに視線を向けた。

 

「そういえばアタシたちって、元希無しでの戦闘成績ってあんまり良くないんだよね」

 

「そうでしたね……つい元希様に頼ってしまうんですよね」

 

「しょうがないわよね。だって元希さんが頼りになるんですから」

 

 

 言葉とは違い、美土さんは僕を抱き上げて頬ずりをする。頼りになるって言ったそばから子供扱いは止めてくれないかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 御影さん、美土さん、水奈さん、炎さんと模擬戦闘を終え、いよいよ僕の番になった。今回は個人の能力を見る為という事で水は連れてきていない。

 

『それじゃあ元希君、準備が良ければ始めます』

 

「大丈夫です。始めてください」

 

 

 涼子さんに合図を送り模擬戦闘を開始する。四人の時はそれほど凶暴なモンスターじゃなかったし、僕もそれほど強い相手じゃないだろうと高を括っていた。

 だが目の前に現れたモンスターを見て、僕は愕然としてしまった。

 

「涼子さん!? これってこの間のヤマタノオロチ……」

 

『能力は抑えてありますし、凶暴性も本物の比較にもならないくらい大人しいので元希君一人でも大丈夫だと思います』

 

 

 だからって三体も出現させなくても良いじゃないですか……炎さんたちは一体だったのに、僕だけサービスが過ぎませんか?

 

『頑張ってね、元希ちゃん。貴方の実力の一端でも見せてもらえるとうれしいわね』

 

『ちょっとリーナ。何で割り込んでくるんですか!』

 

『いいじゃないの』

 

 

 なんだか現実世界で揉めてるような……まぁいいか。今はそんな事を気にしてられる状況じゃないんだし。

 

「いくら能力を抑えてあったとしても……三体同時は大変ですよ」

 

 

 僕はそうつぶやいて魔法を発動させた。

 

「雷よ、その姿を鷲に変え敵を喰らい尽くせ『ライトニング・イーグル』」

 

 

 召喚魔法を使いとりあえずの時間稼ぎをする。三体同時だからこれだけでは倒せないんだろうな……

 

「しょうがない、もう一体召喚しよう……氷の狼よ、その姿を顕現し全てを凍らせよ『フェンリル・コキュートス』」

 

 

 禁忌魔法を連続で使うとものすごく疲れるんだけど、かと言って攻撃魔法をそれ以上連続で使うのも疲れるから仕方ないんだけどね……

 

『凄いわねー元希ちゃん。禁忌魔法、しかも召喚系の魔法なんてそうそう使えないわよ』

 

『だから何で割り込むんです!』

 

『元希君。まだ大丈夫?』

 

『姉さんまで!』

 

 

 現実世界……と言うかモニターの前がよりカオスな状況になってるような気が……

 

『もし大丈夫なら……その世界に水を召喚してみて』

 

「えっ、水をですか?」

 

『そうよ。元希君の使い魔である水を召喚出来るかのテスト。もし出来るなら別行動が出来るでしょ?』

 

 

 確かに……何時までもべったり行動では実戦では困るかもだし……

 

「やってみます」

 

 

 えっと確か使い魔を召喚するには……

 

「我が契約の下にその姿を現せ。汝我が求めに答え敵を薙ぎ払え!」

 

 

 水の姿を頭の中に描き、それを目の前に出すイメージ……だっけ? 僕はとりあえず教科書と図書室で見た使い魔の召喚術式を詠唱してみた。

 

「やれやれ、人遣いが荒いのぅ、我が主は……いや、使い魔遣いと言った方が正しいかの」

 

「出来た……」

 

 

 正直出来るとは思ってなかった。現実世界同士なら使い魔の呼び出しは難しい魔法では無いらしいが、現実世界と架空世界での呼び出しとなるとその難度は一気に跳ね上がるらしい。

 

『簡単に出来ちゃうなんて、やっぱり元希ちゃんはアメリカに欲しいわね』

 

『駄目に決まってるでしょ。そもそも元希君は魔法協会には入らないからね』

 

『そうですよ! 元希君は私のお婿さんとしてこの学園を経営していくんですから!』

 

『違うわよ。私のお嫁さんとしてよ!』

 

「あの~……もう敵三体とも倒したんで戻してもらえませんかね?」

 

 

 雷鷲、氷狼、そして水を召喚してヤマタノオロチ三体は既に倒した。後は現実世界に復帰して模擬戦闘は終了になるんだけど……何やらまた揉め出してしまって僕を現実世界に戻す事を忘れてるようなのだ……

 

『元希、すぐ戻すからそこ動くなよ』

 

「分かった」

 

 

 結局炎さんが現実復帰の為の陣を出現させてくれた。戻ってきてまず目に入ったのは、恵理さん、涼子さん、リーナさんが派手に揉めている場面だった……

 

「相変わらずモテモテじゃの、我が主よ」

 

「面白がってないで止めるの手伝ってよ……」

 

 

 結局水は見ているだけで、僕が三人を止められたのは十分後だったのだ……




詠唱考えるのは面倒ですよ、ホント……


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水の叱責

そこまで厳しいものではありませんけど……


 水曰く、「不毛な争い」が終わって僕はリーナさんに話しかけた。

 

「アメリカ支部の理事が僕たちの実力を知りたいって嘘ですよね? 単純にリーナさんが見たかっただけでしょ?」

 

「さすが元希ちゃん。やっぱり見抜いちゃったんだね」

 

「だってリーナさんが言ってた事は事実なのかもしれませんけど、全員がその考えを持っている訳じゃないですよね? もし全員があの考えなら、今すぐにでもアメリカの魔法協会は理事やらを一新してもおかしくないですし」

 

「そうなのよね……あの考えは主に若い協会メンバーが持ってる考えで、年寄りたちは未だに国籍重視の考えなのよ」

 

「リーナ! どさくさで何処触ろうとしてるの!」

 

「え? 元希ちゃんの下半身だけど」

 

「何でキョトンって顔してるのよ!」

 

 

 涼子さんが止めてくれたから気付いたけど、リーナさんの手は僕のズボンに伸びていた。いや、ズボンというよりはベルトか……脱がされるところだった。

 

「国籍重視だからアメリカ支部は成長しないって何で気付かないのかしらね」

 

「ここで愚痴っても仕方ないでしょ? それに元希君はアメリカには連れて行かせないからね」

 

「恵理、怖い顔しなくても連れて行かないわよ。最悪元希ちゃんの子供を身篭れば問題無いんだしね」

 

「「大有りよ(です)!」」

 

 

 恵理さんと涼子さんが揃って怒鳴ったので、僕たちは耳を塞いだ。授業が終わってるんだから教室に戻るのが普通なんだけど、この三人が出入口を塞いでる状況なので、僕たちはこの場所から移動出来ないのだ。

 

「元希、こっち来なよ」

 

「そうする……」

 

 

 三人の争いが再び激化しそうになったので、僕は炎さんに招かれるまま三人から離れた。

 

「しかし元希はやっぱ凄いね」

 

「なに、いきなり?」

 

「元希様、先ほども仰られておりましたが、異次元に使い魔を召喚するのは至難の業なのですよ」

 

「それを元希さんはあっさりとやってのけたんですから」

 

「ボクたちにはきっと無理だろうし、多分だけど早蕨先生や理事長以外にあの魔法が使えるのは元希君だけだと思う」

 

 

 そうだろうか……なんとなくだけどリーナさんも使えるんじゃないかと思っているのだ。もちろん確証は無いし、リーナさんに使い魔が居るかも分からないけど。

 

「のう元希や」

 

「如何かしたの?」

 

「あの窓から外に出れそうじゃが……水奈と美土は無理そうじゃの」

 

「水様だって無理ではありませんか?」

 

「ワシは自分の身体を水に変えられるからの。隙間さえあれば何処でも通れるのじゃ」

 

「そんな事しなくても、あの三人を止めればいいだけだよ」

 

 

 僕は三人の言い争いを止める為に三人に近づいたのだけども、そのまま三人に引っ張られる形になってしまい、激痛で意識を手放したのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に気が付いたの時に見たのは、見たことのない天井だった。えっとここは何処だろう……

 

「やっと起きたか」

 

「水? ここは……保健室?」

 

「そうじゃ。お主は一時間ほど意識を失っておったのじゃ」

 

「そうか……また気絶しちゃったんだ」

 

 

 手加減はしてくれてたはずなんだけど、三人に引っ張られて痛さから逃れる為に意識を手放したんだっけ……

 

「あの三人はしっかりと叱っておいたから心配するな。それよりも立てるかの?」

 

「多分大丈夫……ところで一時間も意識を失ってたの?」

 

「時計を見れば分かるじゃろうし、そんな事で嘘は吐かんぞ」

 

 

 水に言われ僕は時計を見上げる。確かに一時間は過ぎていた。

 

「また授業に出られなかった……」

 

「大丈夫じゃろ。元希になら水奈がノートとやらを見せてくれるじゃろうし」

 

「そうなんだけどさ……」

 

 

 ノートを見せてもらえるのはありがたいんだけど、質問するたびに抱きつかれるのは勘弁してもらいたいんだよね……美土さんに頼んでも同様にされるだけだし、炎さんと御影さんはそもそも教えるのが苦手らしいし。

 

「秋穂とやらに頼んでみたら如何じゃ?」

 

「秋穂さんは必要以上に僕を子供扱いするから……」

 

 

 質問して理解できたと判断されると、何故だか頭を撫でられるのだ。見た目も秋穂さんの方がお姉さんっぽいから仕方ないんだけども、あくまでも僕と秋穂さんは同い年なのだ。子供扱いは止めて欲しいのだ。

 

「まぁ諦めて誰かに聞くしかないからのぅ。我が主には知り合いなど他に居ないからのぅ」

 

「居るけど、健吾君は普通科だしね……」

 

 

 結局は抱きつかれるか子供扱いされるかで悩み、結局抱きつかれる方を選ぶんだけどね……だって子供扱いはホント嫌だから。

 

「そろそろ次の授業になってしまうぞ。大丈夫ならさっさと教室に向かうとするかの」

 

「……ところで何で水が付き添ってくれてたの?」

 

 

 僕の代わりに授業を聞いてくれれば後で教えてもらえたのに。

 

「主様の居ない教室になぞ、興味は無いわ。だから保健室におったのじゃ」

 

「そう……じゃあ僕はもう大丈夫だから教室に向かおうか」

 

 

 まだ少し腕が痛いけども、意識もしっかりとしてるしこれ以上寝てる訳にも行かないので僕はベッドから立ち上がり保健室を後にした。

 

「そういえば三人を叱ったとか言ってたけど」

 

「気絶した主様を見ておろおろした挙句に『既成事実のチャンス』とかつぶやいておったからの。さすがに叱りもするわ」

 

 

 ……仮にも教師でしょうが。なんてことをつぶやいてるんですか。

 僕は心の中で三人にツッコミを入れて教室に戻ったのだった。




不毛な争い……


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混雑する学食

何処の学校も混むんでしょうね……


 午前の授業が終わり、僕は今日も学食に来ていた。今朝は色々と忙しくてお弁当を作る時間が無かったのだ。

 

「それにしても元希よ、お主少し気絶する回数が多くないか?」

 

「仕方ないよ。僕は魔法が使えるだけの普通の人間なんだから……鍛えてる訳でもなければ、女性に免疫がある訳でも無いんだから」

 

 

 おまけに僕の周りの女性・女子は僕よりも身長が大きく、また力も僕よりある人が多いのだ。だからそんな人たちに引っ張られたり抱きつかれたりしたら、圧力や痛みで意識を手放したくなるのは仕方ない事だと僕は思っている。

 

「じゃがこう頻繁に気絶されると、ワシもその都度看病しなければならないからのぅ」

 

「保健室に運んでくれれば、後は何とでも出来るから……」

 

 

 どうせ目が覚めたら保健室から教室に戻るだけだし、水に付き添ってもらわなくてもそれくらいは出来るのだ。

 

「じゃが付き添わないと暇なんじゃよ。ワシはお主の使い魔故、それほど遠くまで離れる事が出来んからの。もちろん元希の許可があれば離れられるがの」

 

「じゃあ敷地内なら自由にしていいから。外ではまた別に考えるよ」

 

 

 水を連れての外出はそれほど無いけども、これから先討伐なので水を別働隊として動かす事もあるかもしれない。その時にはまた別の許可を出す事にしよう。

 

「まぁ自由行動があったとしても、ワシは元希の傍におるがの」

 

「ありがとう……」

 

 

 水に言われたことが恥ずかしくて、僕は視線を水から逸らした。すると逸らした先にこの学校で唯一の同性の友達が居た。

 

「よう元希。今日も学食なのか?」

 

「うん、まぁ色々あってお弁当作る余裕が無かったんだよ」

 

「そっか……てか聞いたぞ。また気絶したんだってな」

 

 

 如何やら僕の事は普通科でも知られてるらしい……まぁ保健室は魔法科、普通科共用だし、知られていてもおかしくは無いんだけどね。

 

「世間では『化け物』だの『規格外』だの言われてる元希が、実は学校で気絶しまくってるなんて面白いよな」

 

「笑い事じゃないよぅ……」

 

「悪い悪い。それにしても何でそんなに気絶するんだ?」

 

「抱きつかれたり、引っ張られたりすると……僕身体が小さいから」

 

 

 俯きながら言うと、健吾君は「あぁ……」と小さくつぶやいた。如何やら気絶の理由に納得がいったみたいだ。

 

「魔法で肉体強化とか出来ないのか?」

 

「そういった魔法は無いんだよ」

 

「そうなのか……おっといけねぇ、クラスメイト待たせてるんだった」

 

 

 それじゃ! と言い残して健吾君は行ってしまった。

 

「あやつ、買ったもの忘れて行ってるぞ」

 

「ホントだ……」

 

 

 僕の目の前には、健吾君のお昼だと思われるパンとおにぎりが置かれている。これは届けた方が良いのだろうか?

 

「そうだ、念を送れば……」

 

 

 僕は健吾君の気配を探り、その場に念を送った。

 

『おっ? これは元希の魔法か?』

 

「うん。健吾君、忘れ物してる」

 

『忘れ物? ……あぁ!?』

 

 

 如何やら気付いてなかったようで、大きな声を上げて健吾君が驚いた。

 

『飯買いに行っておいて忘れるとか……』

 

「持っていこうか?」

 

『いや、戻るから気にするな』

 

 

 そういって健吾君は学食に駆け戻って来た。しかしあの人込みをスイスイ進めるなんて羨ましいな……

 

「悪いな元希。それとありがと」

 

「ううん、僕ももっと早く気が付いてたら手間かけさせなかったのにね」

 

「いいって。それよりありがとな。教室まで戻ってからだとまた面倒だからな」

 

 

 今度こそ健吾君はお友達との待ち合わせ場所に向かっていった。

 

「それじゃあ僕たちも買いに行こうか」

 

「ワシはここで場所取りをしとるから、元希が買ってきてくれ」

 

「……面倒なんでしょ」

 

 

 水は食券を買って並ぶのが面倒だといってこの間も割り込もうとしたのを怒られたのだ。だからなのかは分からないけども、水はどっかりと腰を下ろして僕に買ってくるように指示をしたのだ。

 

「しょうがないな……」

 

 

 僕は水の指示に従うようにして食券を買いに行った。ここの学食のメニューは豊富で、何を食べようか考えてる間に時間が過ぎるなんて事もあるようだ。

 

「定食でいいよね」

 

 

 普通におにぎりやパンでも良いんだけども、せっかく学食で食べるのだから定食にしたい。だから僕は定食の食券を二枚かって窓口まで持っていく事にした。

 僕を見ている視線がいくつかあるけども、敵意も無いし特に害も無いので放っておく事にしたのだが、横から伸びてきた手……というか腕に捕まってしまった。

 

「な、なに?」

 

「こんにちは、元希君」

 

「あっ、秋穂さん。こんにちは」

 

 

 先に並んでいた秋穂さんに抱きかかえられてしまった。身長差があるため、秋穂さんに抱き上げられると僕は地に足がつかないのだ。

 

「これからご飯?」

 

「はい。水の分も合わせて二つですけど」

 

「そっか。それじゃあ一緒に交換しに行こう」

 

「でも後ろに人が……あれ?」

 

 

 さっきまで居たと思っていた人が、今は誰も居ない。僕の見間違いだったのだろうか?

 疑問に思いながらも秋穂さんの後ろに並ぶと、一斉に人が戻って来た。

 

「秋穂さん、もしかして?」

 

「さて、何のことかしら?」

 

 

 人払いの魔法を発動したんだろうけども、秋穂さんも随分と魔法を無駄に使う人だなぁ……僕もさっき念を使ったから口には出さないけど。

 

「今日は炎たちと一緒じゃないの?」

 

「炎さんたちは教室でお弁当を食べてる」

 

「そうなんだ」

 

 

 秋穂さんと他愛の無い話をしていると、あっという間に窓口まで来ることが出来た。こうして僕は思ってたより時間を掛けずに昼食を手に入れる事が出来たのだった。




実際に友達がやらかしたんですよね……


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疑惑の転入生

とりあえずキャラはこれで打ち止めにするつもりです。


 午後の授業は特に問題なく終わり、放課後になった。今日は朝色々あって洗濯出来なかったから急いで帰って洗濯をしよう。

 と意気込んだのは良いんだけど、学校を出る前にその計画は破綻してしまった。

 

「元希君、丁度よかった。今から理事長室に行きますよ」

 

「あの、涼子さん? それは決定事項なんですか?」

 

 

 そりゃ一日くらい洗濯しなくても着るものが無くなるわけじゃないですけど、せっかく晴れてるんですからもったいないですよ。

 

「姉さんが呼んでるんですよ。何でもリーナも一緒に居るらしいですけど」

 

「そうですか……」

 

 

 どうやら断る事は出来ないようだったので、僕は洗濯を諦めて理事長室に向かう事にした。最悪夜にでも洗濯すれば良いし……などと現実逃避をしながら。

 

「ところで元希君、水様はご一緒じゃないんですか?」

 

「水なら敷地内には居ると思いますけど、何処に行ったのかは分かりません」

 

 

 学校の敷地内のみで自由行動を許可したとたんにこれだもんな……まぁ水も自由に動きたい時もあっただろうし、敷地内なら最悪気配を探れば何処にいるか分かるしね。

 

「そうなんですか。まぁ今回の話に、水様はさほど関わってないらしいですし」

 

「そうなんですか……」

 

 

 今まで、水が関係してたような話ってあったっけ? 水のお母さんが見せしめで討伐された時くらいしか水に関係している話は無かったような気がするんだけどな……

 

「姉さん、元希君を連れてきました」

 

 

 相変わらず涼子さんは理事長室に入るときにノックをしない。もちろん他の場所では礼儀正しいし、先生の間でも人気が高いらしい……もちろん魔法科の先生の間でだけど。

 だけど理事長室に入るときだけは別で、涼子さんはまるで自分の部屋に入るかの感覚で中に入っていくのだ。

 

「いらっしゃい。今お茶淹れるわね。涼子ちゃんが」

 

「私がですか? そこは姉さんが淹れるんじゃ」

 

「だって涼子ちゃんのほうがポットに近いでしょ?」

 

「まぁいいですけど」

 

 

 二人の遣り取りをぼんやり眺めていたら、背後に気配を覚えた。

 

「この程度じゃ気付かれるのね。今度はもう少し気配を殺して……」

 

「あの……何で僕の背後に立ちたいんですか?」

 

 

 リーナさんが結構物騒な事を考えていそうだったので僕はその事を尋ねてみた。

 

「いかに元希ちゃんに気付かれずに近づいて、そしてガバっと抱きついて思う存分すりすりしたいからよ!」

 

「……今だって思いっきり頬ずりしてるじゃないですか」

 

 

 バレたからといって、リーナさんが頬ずりを諦める事など無いのだ。今朝初めて会ったはずなのに、何故だか気に入られているのだ。

 

「それで姉さん、元希君を呼んだ理由は?」

 

「あぁ、それね……この間のヤマタノオロチ討伐で、アジア諸国の魔法師が元希君に興味を持ったらしいのよね。それこそハニートラップでも仕掛けてくるんじゃないかってくらいに元希君を狙ってる国だってあるのよ」

 

「ハニートラップ?」

 

 

 僕にそんなもの仕掛けても無意味なのに……てか効果を発揮する前に意識を失うから、国に協力させようと動いても意味が無いんだけどね。

 

「でもいち早くアメリカが……いえ、リーナが動いた所為でおいそれと動けなくなってるのが現状かしらね」

 

「ふっふん! さぁ、私を崇め奉れ!」

 

「……兎も角、リーナの来日は私たちにとっても、何より元希君にとってプラスに働いたって訳なのよ。もちろんそれだけで諦めてくれるなら最初から脅威でも何でも無いんだけどね」

 

「まだ何かあるんですか?」

 

 

 ボケたリーナさんを綺麗に無視して、恵理さんは一つのメモ用紙を僕に見せてくれた。その横には一枚の写真……随分と綺麗な女性がそこに写っていた。

 

「この人は?」

 

「編入希望者なんだけど……明らかに元希君目当てなのよね。アメリカが動いてロシアが手を拱いてるだけな訳無いとは思ってたけど早すぎるわ」

 

「名前は、えっと……バエル・アレクサンドロフさん?」

 

「ええ。年は元希君と同じで、能力は問題なくAクラス相当よ」

 

「同い年なんですね……」

 

 

 かなり大人びてる感じが写真からしたので、てっきり先輩かと思ったけど……この場合は僕が幼いんだろうか? それとも相手が大人っぽいんだろうか?

 

「まだそれほど経ってないからって突っぱねる事も出来るんでしょうけども、そんな事したら外交問題になるとか言ってきそうだしね」

 

「まぁ日本支部は世界から見たらそれほど大したこと無いですしね」

 

「本場のイギリスやフランスと比べれば、どの国も大したことないわよ」

 

 

 僕が衝撃を受けている前で、恵理さんとリーナさんがけらけらと笑いながらおしゃべりを続けていた。

 

「ロシア政府には、明日から通わせたいって言われてるんだけど、さすがにそれは無理って答えたわ」

 

「まぁいきなりは無理よね……」

 

「てなわけで元希君」

 

「は、はい?」

 

「早速で悪いんだけど、涼子ちゃんと二人でロシアに飛んでくれない?」

 

 

 全く話が見えないんですけど……何処を如何取ったら僕と涼子さんがロシアに行く流れになるんだろう。

 

「二人なら転移魔法が使えるし、水も居ない今がチャンスなのよ。コッソリとそのバエル・アレクサンドロフさんの事、調べてきてくれないかな?」

 

「姉さん、ロシア政府から資料が来てるはずですよね? それで分からなかったんですか?」

 

「明らかに嘘だらけの資料なんて役に立たないわよ」

 

 

 ヒラヒラと資料の束を見せて、恵理さんはそれを涼子さんの前に投げ捨てた。遠目でしか見えなかったけど、あの資料には魔法が掛けられていた。

 

「名前、性別、年齢……その他は明らかに偽造ですね、この資料」

 

「そういう事だから、お願いね」

 

 

 こうしてなし崩し的ではあるが、僕と涼子さんのロシア行きが決定したのだった……僕はまだ一言も行くなどと言ってなかったのに……




次回、元希君ロシアへ


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元希君、ロシアへ

転移魔法って便利


 転入生のバエル・アレクサンドロフさんの調査の為に、僕と涼子さんはロシアのスヴェルドロフスク州に来ている。もちろん正式な手続きをして入国なんてしたら速攻でバレるとの事なので、僕と涼子さんは転移魔法でロシアにやってきた。所謂密入国というヤツなんだろうけども理恵さん曰く――

 

「バレなきゃ問題ないって!」

 

 

――との事。

 おそらく問題はありまくりだと思うんだけどな……

 

「ところで、僕が一緒に来る意味ってあるんですか?」

 

 

 涼子さん一人なら密入国にはならないはずなのに、何故に僕までロシアに連れてこられたんだろう……

 

「一人じゃ寂しいじゃないですか」

 

「……恵理さんやリーナさんと一緒じゃ駄目だったんですかね?」

 

「姉さんは兎も角、リーナだと大問題になっちゃうからね」

 

「大問題?」

 

 

 密入国してる時点で大問題だと思うんですけど……それ以上があるとでも言うのですか?

 

「リーナはアメリカ支部の理事だしね。密入国なんてバレたら国際問題に発展しちゃいますので」

 

「……それは僕も同じなのでは?」

 

 

 一応まだBランク以上の判定しか下されてない僕には、しっかりと国籍が存在している。Sランク判定で何処の国にも滞在出来る恵理さんと涼子さんの二人がベストだと思うのだけども、何故かロシアには僕が派遣されたのだ。

 

「元希君は色々と特例が利くのよね。この先色々な国に行くかもしれないから、それを覚えておいてね」

 

「……怖いのでこれ以上は聞きませんけど」

 

 

 何か踏み入れたらいけないような世界な気がしてきたので、僕はそれ以上聞くのを止めた。こんな事なら水を連れてくれば良かったよ……水なら怖いもの無しで聞いてくれただろうしね。

 

「それでその転入生、バエル・アレクサンドロフさんですか? 何が問題なんです?」

 

「確かに資料を見る限りでは問題は無いわよね。むしろ優秀な人材だと言えます」

 

 

 涼子さんの言葉に、僕は頷いて同意する。Aクラス相当の実力を持っている転入生なら、学園としても喜んで迎え入れて良いと思うんだけども、涼子さんは更に説明を続けた。

 

「これだけの能力がある子が、何故最初から入学しなかったのでしょう? 元希君の事が発覚したからとしても、これほど優秀な魔法師を自国ではなく他国で育てようと思うでしょうか」

 

「でも恵理さんや涼子さんのように、Sランクの魔法師は他国には存在しませんし、その二人の教育を受けれる日本に派遣するなら……いや、その理由だと最初から日本に派遣しないと筋が通らないな……」

 

 

 自分の意見を途中で撤回して考え直す。他に何か理由があるとすれば……

 

「元希君と深い仲にさせて遺伝子を持ち帰る目的の可能性があると私たちは思ったの」

 

「深い仲……イヤイヤイヤ」

 

 

 僕みたいな男を、バエルさんみたいな大人びた女性が相手してくれるとは思えないし、何より僕はそんな事に発展するはずも無いと確信をもって言い切れるだけの自信がある。思ってて情け無い限りだが、僕みたいな子供とバエルさんみたいな女性は釣り合わない。それが写真を見た僕の感想だ。

 

「分からないですよ? 元希君は可愛いですし、彼女がショタ好きかも知れないですし」

 

「ショタって……僕と彼女は同い年ですよね?」

 

 

 確かに見た目は幼いけど、僕だってれっきとした高校生なのだ。ショタ呼ばわりは止めてもらいたい……強く否定出来ないのが悲しいところではあるけども。

 

「とにかくバエルさんを見つけるのが先決ですけども、本当にスヴェルドロフスク州に居るんですよね?」

 

「それは間違いありませんよ。ちゃんと探索して気配がここにありましたし」

 

「……良く気配が分かりましたね。会った事無い人ですよね?」

 

「慣れれば写真から相手の気配を感じ取り、実際に何処にいるかを探し出す事が出来ます。もちろん行った事が無い場所の索敵は出来ませんけどもね」

 

「それじゃあ涼子さんはスヴェルドロフスク州に来た事があるんですね」

 

「まぁ何度か……教師になる前に討伐で来た事があります」

 

 

 なんだか話したくなさそうな話題なので、これ以上掘り下げるのは止めておこう。

 

「それで涼子さん、この近くに居るんですよね? 早く見つけて帰りましょう」

 

 

 準備もまともにせずに来たので、制服のままだ。つまりかなり寒いんだよね……上着くらいは欲しかったかもしれない……

 

「体温を上手くコントロールすれば寒くないですよ?」

 

「コツが掴めないうちは難しいですよ……」

 

 

 色々と禁忌魔法を放つ僕だけども、魔法について本格的に勉強し始めたのは高校入学からなので、微調整が必要な魔法は結構苦手なのだ。

 

「えっと……確かこの辺りに……居ました。彼女ですね」

 

 

 涼子さんが気配を探り、肉眼でも見つけたらしく声を潜めて僕に教えてくれた。

 

「また、僕より大きいですね……」

 

 

 遠目で見た限りだけども、バエルさんの身長は160cmくらいだ。何で僕より大きい女性が多いんだろうな……

 

「もう少し近づけば能力も正確に測れるんですが……」

 

「大まかで良いんじゃないですか? どうせ副校長が独断で転入を許可するんでしょうし」

 

「……元希君、ロシアに来てからなんだか不機嫌じゃない?」

 

「そんな事無いですよ。ただ身長が羨ましいなと……」

 

 

 毎日牛乳を飲んだりしたけども効果無し。鉄棒にぶら下がってみたけど効果無し。僕は努力したのに背が伸びないのに、彼女はおそらく何の苦労も無くあの身長なんだろうと思うと少し泣きたい気分にはなったのは確かなのだ。

 僕は遠目で見たバエルさんの印象を、大きな女性としか捉えることが出来なくなってしまった……もう少し真面目に調べなきゃ駄目だよね。




イメージとしては時間のかかるド○えもんのどこでも○アだと思ってください


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日本への帰還

あくまで可能性の話です


 スヴェルドロフスク州で転入生のバエル・アレクサンドロフさんの調査をしていて気付いた事は、彼女が今現在通っている学校に魔法科が存在しない事だった。

 

「おかしいわね……事前に送られてきた資料では、彼女の能力は申し分ないものなのに、何故魔法科に通ってないのかしら……」

 

「最近魔法師として目覚めたのでは無いですかね? 元々のポテンシャルが高い分、覚醒したてでも十分な能力が備わっているとか」

 

「そんなに高いポテンシャルがあるのなら、今頃になって目覚めるなんてありえないと思うんだけど……でも、元希君みたいに自分のポテンシャルを自覚してない場合はありえるのかも知れないけど……」

 

 

 僕ってそんなに高いポテンシャルを秘めているんだ……

 

「友達は多そうね。さっきから男女問わず話しかけられてるし」

 

「ですが、あまり楽しそうには見えないんですけど……」

 

 

 話しかけてきている相手も、親しいというよりは何だか余所余所しい感じを受けるし……まるで田舎に居た時の僕と同じような扱いを受けているような……そんな感じがした。

 

「別に魔法師は畏怖の存在じゃないのにね……やっぱり元希君の考えが当たってるのかも知れないわね」

 

「彼女となら仲良く出来ると思います」

 

 

 似たような扱いを受けている――受けていた僕としては、彼女となら仲良くなれそうな気がしている。もちろんこちらの存在に気が付いていて、演技をしているのなら別だけど。

 

「もしかしたら四人目かも知れないわよ」

 

「四人目……全属性魔法師ですか?」

 

「元希君並のポテンシャルだと考えるならね」

 

 

 過去三人は日本人だったが、四人目はロシアに出現すると言う事になるんだろうか……でも、そうなると今以上に畏怖の目を向けられる事になってしまうのだ……

 

「僕、彼女に優しくしてあげたいです」

 

「えっ!? 元希君、彼女と深い仲になるつもりなの!?」

 

「? 深い仲って何ですか?」

 

 

 涼子さんが使った表現にイマイチピンと来なかったので、僕は首を傾げて尋ねた。

 

「ううん、何でもないのよ。元希君にはまだ早い世界よね」

 

「?」

 

 

 何だかそんな表現を聞いたような気もするけど、覚えてないと言う事は僕に関係ない事だったんだろうな。

 

「とりあえず全属性魔法師かは置いておくにしても、彼女が最近魔法師に目覚めたのならば今の状況も頷けるわね」

 

「でも、日本に来るよりそのままロシアの魔法科に転入じゃ駄目なんでしょうか?」

 

 

 その方が人付き合いにおいても楽だと思うんだけどな。言葉も通じないなんて苦労もしなくて良いだろうし。

 

「それはロシア政府の考えでしょうね。せっかく同学年に全属性魔法師が居るんだから、タイミングよく現れたハイスペックな魔法師を日本に送り込もうってね」

 

 

 そんなものなのかな……個人を全く無視して国の為に異国に送りつける。そんな事しなくても僕のデータなら簡単に手に入ると思うんだけどな……何せ写真が流失するほどデータ管理が杜撰なんだから……

 

「とりあえず今日はこんなものかしらね。転入に関しては問題なさそうですし、姉さんにはそう報告しましょう」

 

「そうですね。ところで、彼女が転入してくるのって明日ですよね? 今日調べても入学拒否は出来なかったんじゃ無いですか?」

 

「調査開始時点では転入の日程は決まってなかったのよ。それをあのハゲオヤジがまた勝手に返事して……魔法協会の狗なんだから」

 

 

 涼子さんが見せてはいけないような顔をしている……よっぽど副校長との反りが合わないんだろうな……

 

「さて、帰りは元希君が転移魔法を使ってね」

 

「僕がですか?」

 

「ええ。練習も兼ねてね」

 

「分かりました……」

 

 

 正直自信は無いけども、二人なら何とか出来るかな……えっと、まずは転移先の風景を思い描いて、それからその場所につながるように路を描く……イメージを膨らませてそこに魔力を注ぎ込み現在地と転移先を完全に繋げる……こんな感じかな?

 

「上手上手! 元希君、転移魔法初めてじゃないでしょ」

 

「初めてですよ……ものすごい疲れるんですね」

 

「まだこれからよ。この後私たちを実際に転移させるんですから」

 

 

 涼子さんに言われ、これからまだ疲れる作業が残っていたのを思い出した。繋いだだけじゃなくって、実際に運ばなきゃ意味は無いんだった……

 

「えっと……路は繋がってるので、後はこの路に僕たちを通すイメージで良いんですかね?」

 

「そうね。でも今の元希君だと離れてると危険かもね。しっかりとくっついていましょう」

 

 

 そう言って涼子さんは僕を抱き上げた。確かにこの方が運ぶには楽かも知れないけども、この体勢で日本に戻るんだよね……転移先を理事長室にしてあるから、この姿で戻ったら恵理さんとリーナさんに怒られそうな気がするんだけど……

 

「それじゃあ元希君、帰りましょうか」

 

「わ、分かりました」

 

 

 この際怒られるのは我慢しよう。下手して二人ともとんでもない場所に転移されるよりはよっぽどマシだろうし……

 そう覚悟してからは早かった。一瞬の時を経て、僕と涼子さんはロシアのスヴェルドロフスク州から日本の霊峰学園理事長室へと戻って来た。

 

「お帰り。如何だった……って! 涼子ちゃんズルイ!」

 

「元希ちゃんを抱きしめてる!? なんて羨ましい……」

 

 

 ほらやっぱり……何でかは分からないけども、僕は涼子さんを含めた大人三人に溺愛されているのだ……てかリーナさん、何時まで「ちゃん」呼びなんですか……




如何元希と絡ませようか……


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お出迎え

かなり燃費が悪い魔法です


 理事長室で色々と話していたら、突如ノックの音が部屋に響いた。

 

「誰?」

 

『ワシじゃ。元希はおるかの?』

 

「水? 元希君なら居るわよ」

 

 

 恵理さんの返事を聞き、水が扉を開けて理事長室に入ってきた。何だかかなり疲れてるように見えるけど、何してたんだろう?

 

「自由行動と言うものはすばらしいのぅ!」

 

「そんなに遊んだの?」

 

「うむ! とりあえず敷地内を五周してきた!」

 

「……お疲れ様。ところでその紙は?」

 

 

 僕は水が持っていた紙が気になり訊ねた。すると水は今思い出したように手を打って恵理さんにその紙を手渡した。

 

「さっきハゲオヤジに渡すように頼まれたんじゃ。まぁ頼まれたと言うより強制されたと表現した方が正しいかもしれんがの」

 

「如何いう事?」

 

「如何もこうも、いきなり角から現れワシにその紙を押し付けてきたんじゃ。少しでも身体に触れてたら今頃水没していたじゃろうがな」

 

 

 怖いから笑顔でそんな事言わないでほしいんだけど……水の事だから冗談んじゃなく本気だろうし……

 

「それで姉さん、紙にはなんて書いてあるの?」

 

「転入生のバエル・アレクサンドロフさんを迎え入れる為に転移魔法を使えって。それから彼女は早蕨荘で生活するから部屋を用意しろって」

 

「随分と上からな書き方ね。ハゲオヤジって副校長なんでしょ? 恵理に対して随分と偉そうね」

 

「魔法協会の狗だからね。自分の方が偉いって思ってるんじゃないの?」

 

「そうですね。あのオヤジの勘違いは滑稽ですが、見てても面白くないんですよね」

 

 

 恵理さんと涼子さんが同時に機嫌を損ねているようだ……なんとなく身の危険を感じた僕は、気付かれないようにゆっくりと二人から距離を取った。

 

「それで、転移魔法の展開時間は?」

 

「えっと……三十分後!? 何考えてるのあのハゲ!」

 

 

 転移魔法は恵理さん、涼子さんと僕しか使えない魔法。しかも魔法を使う事によってかなりの体力を消耗するのだ。ついさっき使った僕と涼子さんは三十分後に再度使う事は難しい……そうなると恵理さんが転移魔法を使うのだが、恵理さんはこの決定に納得してなさそうなんだよね……

 

「決めるだけ決めて全部人任せ……魔法協会の名が聞いて呆れるわね」

 

「如何します? 彼女は何も悪くありませんが、自力で日本まで来てもらうよう要請しますか?」

 

「……ご丁寧に座標まで指示してあるんだからやるしか無いでしょ。本当に仕方ないけどね」

 

 

 恵理さんは不承不承である事を強調するかのようにため息を吐き、指定された座標を確認する。僕と涼子さんが訪ねた(不法入国ではあるが)座標とは少し違うみたいだ。

 

「随分と待遇がよさそうな子だけど、本当に魔法師として目覚めたてなのかしら?」

 

「周りの態度はそんな感じでした。腫れ物に触るような感じと言うのでしょうか……兎に角違和感があるようでしたし」

 

「まぁこっちに来たら聞けば良いのかしらね。早蕨荘で生活するって事は時間が取れるって訳だし」

 

 

 転移魔法の準備をしながら、恵理さんはもう一度バエル・アレクサンドロフさんの資料に目を通した。

 

「孤児、ね……ロシア政府から援助を受けているから今回の転入も断れなかったのかしら」

 

「学校の成績も悪くないようですし、ロシア政府としてもいずれは中枢に、と考えての援助ではないのでしょうか?」

 

「如何かしら。魔法師として使えそうだったからとか? 確かロシアには占星術師が居たでしょうから、未来予知でもしたんじゃないの?」

 

「まさか。それは穿ちすぎじゃない?」

 

 

 この場に僕が居る事を忘れているかのように、三人は話を続けていく。この会話、生徒である僕が聞いても良かったんだろうか……

 

「さてと、そろそろ陣が開くけども……誰が迎えに行くのかしら?」

 

「普通に姉さんが行けば良いのでは? 転移魔法を展開してるのも姉さんですし、何より理事長なんですから」

 

「陣を保つので精一杯よ。その上転移して連れてくるなんて無理。誰か行ってよ」

 

「じゃあ元希ちゃんが行けば? 同級生だし、何より一つ屋根の下で生活する相手だもの。元希ちゃんも向こうの子も早めに慣れておいた方が良いんじゃないかしら?」

 

「行って帰ってくるだけで慣れるとは思えませんが……」

 

 

 顔合わせは出来るかもだけど、それで慣れれるなら最初から苦労しないんじゃないかな?

 

「元希君、お願いね」

 

「……分かりましたよ」

 

 

 僕は転移魔法の陣、その中心に立ち再びスヴェルドロフスク州に移動する。今回は不法入国ではなく霊峰学園の遣いの者としての転移だ。見つかっても捕まる事は無いだろう。

 

「えっと……貴女がバエル・アレクサンドロフさんですか?」

 

 

 写真と遠目で顔は知っているけども、向こうは僕の事を知らないから慎重に声をかけた。

 

「そうですけど……貴方は霊峰学園の先生ですか?」

 

「いえ、僕は貴女と同い年の生徒です。魔法科の主席として、今回貴女の迎えを頼まれまたのです。詳しい話は理事長室でしますので、今はとりあえず荷物を持って陣の中へ。長い事保つのは無理ですので」

 

 

 一度閉じてしまうと今度は僕が陣を繋がなくてはいけなくなっちゃうし……さっき使ったから当分は僕も繋げられないからな……

 

「……同い年なんですか?」

 

「見えないでしょうけども、これでも高校生です」

 

「えっと……よろしくお願いします? ……お名前は?」

 

「東海林元希です。こちらこそよろしくお願いします、バエル・アレクサンドロフさん」

 

 

 転移までの短い時間で自己紹介を済ませて、そのまま理事長室に戻る。慣れない人は時空酔いをするらしいんだけど、見た限りではバエルさんは大丈夫そうだったので安心した。




立場が似てるので、元希君も普通に馴染めそうな感じです


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DNA採取の方法とは?

元希君には無理かな……


 転移も無事に終わり、僕はバエル・アレクサンドロフさんと一緒に霊峰学園理事長室へと戻って来た。

 

「お帰り、元希君」

 

「連れてきましたよ、恵理さん」

 

 

 僕はニッコリ笑顔で出迎えてくれた恵理さんの正面にバエルさんを向かわせる。というか僕が居ても居なくても身長差でバエルさんの顔は恵理さんに見えているし、逆もまた然りなんだけどね……もう少し身長が欲しいよ……

 

「はじめまして、バエル・アレクサンドロフさん。私が霊峰学園理事長の早蕨恵理よ」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「そう硬くならないの。貴女がこれから生活する早蕨荘の大家さんでもあるから重ねてよろしくね」

 

「姉さん、あまり緊張させるのは良くないですよ」

 

「あら、涼子ちゃんは私が故意にバエルさんを緊張させてるって言うの? そんな事何のにな、ねぇ元希君?」

 

「うえぇ!? ここで僕に振るんですか……」

 

 

 姉妹の語らい――あるいはじゃれあいに僕を巻き込むのは止めてほしかったんだけどな……

 

「ごめんなさいね、バエルさん。姉さんも悪気があってやってるわけじゃないから」

 

「は、はぁ……? お姉さんって……貴女が副校長ですか?」

 

「いいえ、私は教師の早蕨涼子。担当はSクラスだけども、合同授業なんかではバエルさんのクラスも担当する事もあるから、よろしくお願いしますね」

 

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 

 無言のプレッシャー……なのだろうか? 涼子さんの挨拶にバエルさんは背筋をピンと伸ばしている。特にプレッシャーは感じなかったんだけどなぁ……

 

「そして私が普通科、英語教師にしてアメリカ支部理事のアンジェリーナ・スミスよ。気軽にリーナ先生って呼んでね」

 

 

 あれ? バエルさんにはアンジー先生じゃなくていいんだ……もしかして同居人だからなのかな?

 

「改めまして、魔法科主席入学の東海林元希です。僕も早蕨荘で生活してますので、これからよろしくお願いします」

 

「はい。バエル・アレクサンドロフです。こちらこそよろしくお願いしますね」

 

 

 何だろう……お姉ちゃんが出来たみたいな感じがするんだけど……

 

「一つ確認なんだけど……」

 

「何でしょうか?」

 

 

 一通りの挨拶が済んでから、恵理さんが聞きづらそうにバエルさんに話しかける。その雰囲気を感じ取ってるのだろうけども、バエルさんは恵理さんほど気まずい雰囲気は出していなかった。

 

「新学期のゴタゴタが終わって、まぁ日本ではヤマタノオロチ騒動があったけども……何でこの時期に転入なんてすることになったの? この資料ではその理由が良く分からないのだけども」

 

「あぁ……やっぱり気になりますよね」

 

 

 バエルさんはため息を一つ吐いてから恵理さんに視線を固定した。

 

「実は先日、私は事故に遭いました。幸い命に別状は無かったのですが、その事故が原因で私は魔法師として目覚めました」

 

「……それまでは全く魔法師として生活してなかったのかしら?」

 

「そうですね。そこに書いてあるように、私は孤児です。ですので本当の両親が魔法師だったのか、それとも突然変異で私に才能があったのかは分かりませんが、その事故以前には魔法師ではありませんでした」

 

「だから涼子ちゃんたちが見た限りでは、周りが余所余所しかったのかしら?」

 

 

 それ、バラしちゃんですか……こっそりとロシアに行ったのに何で本人に言っちゃうんだろうな……転移魔法で疲れた意味が無くなっちゃうじゃないですか。

 

「そうです。いきなり魔法師として目覚め、しかもロシア支部の方々が私の検査にやって来てたので余計にでしょうけども……ついこの間まで仲良くしてた人たちも、遠巻きに私を見るようになってました」

 

「そうなんだ……じゃあもう一つだけ。得意な魔法は何かしら?」

 

「得意な魔法……ですか? 基本的にまだしっかりと魔法の教育を受けていないのでなんとも言えませんね……あえて言うとしたら氷でしょうか? 事故後目覚めてすぐ病室を凍らせてしまったので」

 

「なるほどね……ありがとう。貴女の荷物はこちらで運び込んでおくから、まずは学校を案内してもらったほうが良いわね。元希君、お願いできる?」

 

「僕ですか? 涼子さんかリーナ先生の方が……」

 

「じゃあ元希君がバエルちゃんのブラとかパンツを片付ける?」

 

「……大人しく案内します」

 

 

 恵理さんの悪い笑みに負け、僕はバエルさんを案内する事にした。にしても本人目の前にして良くあんな事言えるよね……普通だったら遠慮とかするものだと思うんだけどな……まぁ恵理さんだし良いのかな?

 

「えっと……東海林さんは……」

 

「あっ、元希で良いですよ。みんなそう呼んでますし。僕もバエルさんって呼んでますから」

 

「そうですか。では元希さんは全属性魔法師なんですよね?」

 

「そうみたいですね。やっぱりロシアでも知られてるんですか?」

 

 

 正直僕はそこまで自分が有名だとは思っていない。だけどアメリカ支部からやってきたリーナさんも僕の事を知っていたし、何よりこの間の流失事件の所為で、僕の周りには好奇の眼がたくさん増えてしまったのだ。

 

「実はロシア政府の方から、『東海林元希のDNAを取ってこい』といわれてるのですが」

 

「それ、僕に言っちゃ駄目なやつじゃないですか?」

 

「だって私にそのつもりは無いですから。せっかく奇異の眼から逃げ出せて、そして新生活を迎えられるのに……そんなことして追い出されるくらいならバラしてしまおうと思いまして」

 

「そうですか。でも髪の毛一本くらいなら問題ないですよ?」

 

「いえ、そういうものではなくてですね……」

 

「? 他に何か……皮膚片とかですか?」

 

「いえ……」

 

 

 周りを確認してから、バエルさんは僕に耳打ちをしてきました。

 

「ッ!?」

 

「ですからしたくないんですよ……襲うのは嫌です」

 

 

 自重してくれて本当に良かったなと思った。だって……ね? 僕にはまだ早いもん。




政府命令でもしたくないな……


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田舎暮らしと施設暮らし

50話目です


 校内案内も大体済んだところで、バエルさんが僕をマジマジと見詰めてきた。

 

「えっと……何か僕の顔についてますか?」

 

「いえ……本当に同い年なのかと思いまして」

 

「……僕も信じられないと思いますが、本当に同い年です」

 

 

 僕から見ればバエルさんは大人びていて同い年だと知らなければ年上だと思っていただろう。だからバエルさんが僕を本当に同い年なのかと疑っても別に不思議は無いと思ってる……

 現実逃避だと分かっているけども、僕の見た目が幼いだけじゃないと思っても良いじゃないか。だってバエルさんは大人びてるんだから!

 

「………」

 

 

 僕は誰に言い訳をしていたんだろう……ふと冷静になって考えると、今の僕の思考はなかなか危ない人だったんじゃないだろうか……頭の中とはいえ誰に話しかけてたんだろう?

 

「如何かしました、元希さん?」

 

「いえ、なんでもないです。後は教室と食堂を案内して終わりですかね。早蕨荘の中は迷うほどでも無いですし、その内分かりますから」

 

 

 僕が頼まれたのは校内の案内のみ。早蕨荘の案内は恵理さんか涼子さんに頼むとしよう。動性同士の方が何かとやりやすいって事もあるだろうし。

 

「あっ……」

 

「如何しました?」

 

「バエルさんは家事とか大丈夫ですか?」

 

「一応は……施設では家事は全員でする事になってましたから」

 

「そうですか。なら大丈夫かな」

 

 

 早蕨荘は一応寮という事になっているが当然家賃が発生する。だけど家事を手伝うかエネルギー供給を手伝う事によってそれは免除されるのだ。

 

「家賃の事ですか? ですが一応奨学金が出ますので……」

 

「ですが無駄遣いはなるべく省いたほうがいいですし。三年間でどれだけお金が掛かるのか分かりませんからね。何しろこの霊峰学園は所謂お金持ち学校ですから……」

 

 

 学食でも僕が食べるような手ごろな値段のものから、高級レストランかと思うような値段の食べ物まで置いてある。もちろん僕はそんなものを食べた事は無いけども……

 

「……そういえば、元希さんは何故早蕨荘で生活を? 主席入学なら色々と便宜を図ってもらえそうなものですが」

 

「僕はこの学校に来るまで魔法師の世界の事を殆ど知りませんでした。それに僕は田舎出身ですし、主席入学だって知ったのも入学直前で図ってもらう便宜というものも知りませんでしたので……お金も無いですし、奨学金を返せる自信も無かったですし……」

 

 

 お母さんの教えでは「返せないと思うお金は借りないこと」。なので僕は奨学金はお断りして早蕨荘への入寮を希望したのだ。

 

「そうでしたか……元希さんも大変だったんですね」

 

「バエルさんだって、突然魔法師としての才能が目覚め、今までの生活を変えなきゃいけなくなっちゃったんですから。僕なんかより大変だったと思いますよ?」

 

 

 僕は田舎では腫れ物に触る扱いを受けていたんだと気付かなかった。それに気付いたのはここに来てからだったし……我ながら鈍いなと思ったものだ。

 

「ですが、これで国の為に何か出来ると思ったので、周りの反応は悲しかったですがそれとは別に嬉しかったですよ」

 

「国の為……何故そこまで国にこだわりを? もちろん答えたくなければ構いませんが」

 

 

 僕自身踏み込んだ質問だと思ってるので、バエルさんの気持ちを尊重するつもりだった。答えたく無い質問だってあるだろうし、先に思ったとおりかなり踏み込んだ質問だ。答えない方が普通なのかも知れない。

 

「私は孤児でロシア政府が管轄する施設で育ちました。だからロシアと言う国が私の親なのですよ」

 

「……施設の先生とかではなく、国が親……ですか」

 

 

 その気持ちは僕には分からなかった。片親ではあったけども、僕には実の親が存在しているし、そこまで国に身を捧げる気持ちにはなれないからだ。それ以前に僕は日本という国に根を下ろす事も出来なくなってしまう可能性が高い全属性魔法師だ。バエルさんのように成長して国の為に働く、などと思うことすら出来ない立場なのだ。

 

「すみません、踏み込んだ質問をしてしまって。それでは残りの箇所を案内して早蕨荘に行きましょう」

 

 

 僕は何も言うべきでは無いと判断して、この話題を打ち切った。多少強引だったと僕も思ったし、バエルさんも不思議そうな表情を浮かべていた。でもその事を追求してくる事は無く、大人しく僕の案内についてきてくれている。その点は非常にありがたかった。

 

「さて、ここが早蕨荘です」

 

「立派な建物ですね。これが寮なんですか?」

 

「僕も最初は驚きました。こんな綺麗な建物で生活できるんだ、って」

 

「分かります!」

 

 

 僕は田舎で、バエルさんは施設で生活してきた人間だ。こんなにおしゃれで立派な建物で生活していいなんて考えられなかったからこの共感はある意味当然だったのかな。

 

「お帰りなさい。もう掃除も終わってるから部屋に案内するわね。元希君も来る?」

 

「いえ、僕は自分の部屋に戻ります。さすがに異性の部屋に上がりこむような無礼は働きたくないですし」

 

 

 言外に僕の部屋に来ないでと訴えたのだけど、恵理さんは笑って誤魔化した。バエルさんが真似するような事は無いだろうけども、毎朝部屋に誰か居るってのはかなりの恐怖だ。鍵を閉めても意味は無いし、こうなったら言外にではなく直接言ったほうが良いんだろうと分かってはいるんだけど……

 

「如何かした?」

 

「いえ……なんでもないです」

 

 

 恵理さんの笑顔を見ると、何故か強く言っちゃいけないような気分にさせられるんだよね。何でだろう?




意外と似たモノ同士?


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早蕨荘での新ルール

大家ってズルイ……


 部屋に戻ってのんびりしようと思っていたら、廊下の角から涼子さんが手招きをしていた。普通に声を掛けてくれればいいのに、何で手招きなんだろう?

 

「何かありました?」

 

「ううん、そんなに心配しなくても大丈夫よ。これからバエルさんの歓迎会用の料理を作るんだけど、元希君も手伝ってくれないかな?」

 

「いいですけど、何を作るんですか?」

 

 

 僕が作れるのは本当に家庭料理くらいだ。それ以外を作れと言われても僕には無理なんだけどな……

 

「そっちも心配する必要は無いわよ。普通に日本食だから。元希君も思う存分腕を奮ってくれて構わないからね」

 

「腕を奮うって……僕はそこまで料理上手ってわけじゃないですよ」

 

「まぁ謙遜しないの。本当はロシア料理でもって思ったんだけど、時間も食材も無いからね」

 

 

 そりゃそうだ。バエルさんの転入についての資料が来たのが今日の放課後。そして転移魔法で日本に連れて来るように命じられたのがついさっきだ。その前には授業もあったし、買い物に行ってる時間など無く、また構内で売っている食材のほとんどはロシア料理と関係ないものなのだ。

 

「日本支部の連中は転移魔法を使えないからね。その大変さがわからないのよ」

 

「まさか先に転移魔法を使ってバエルさんの事を覗き見しにいってたなんて日本支部の人たちも思いませんよ……」

 

 

 この点だけは僕たちにも責任はあるだろうし。

 

「それじゃ、バエルさんの相手は姉さんとリーナに任せて、私たちは晩御飯の準備を始めましょうか」

 

「そうですね。……ところで、水は何処に行ったんですか? さっきから姿が見当たらないんですが……」

 

 

 バエルさんの案内をする時に、また別行動をするって言って何処かに行ったんだけど、まだ帰ってきてないのかな?

 

「水様でしたら、庭先で何かしてましたけど」

 

「そうですか。寮の敷地内にいるなら大丈夫です」

 

 

 水の行動範囲はこの学園の敷地内のみだからそれほど心配はしてないけど、さっきみたいに泥だらけになられるのもね……寮のそばにいるならすぐにお風呂に入らせればいいだけだしそれほど心配はしなくてもよさそうだった。

 

「さぁ元希君! 愛情たっぷりのご飯を私たちに食べさせてください!」

 

「趣旨が変わってませんか!? バエルさんの歓迎会用の料理のはずですよね?」

 

 

 箍が外れたのか、涼子さんは調理中終始ハイテンションだった……もしかしてお酒でも呑んでたのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寮の案内が終わり、恵理さんたちが食堂にやってきた。なんだかバエルさんが疲れてるように見えるのは気のせいだろうか?

 

「準備終わった?」

 

「もう少しです。……ところでリーナさんは?」

 

「リーナなら水と一緒にお風呂の準備をしてるわよ。水を張るのは何とかなるけど、温めるのはね水一人じゃ無理だし……」

 

 

 

 まぁそうだろうな……水は魔法師じゃないんだし。

 

「準備出来たらみんなでお風呂だからね。もちろん元希君も一緒だから」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 僕は後で一人で入りますから……」

 

「ダメよ。元希君、早蕨荘のルールを忘れたの?」

 

「そんなルールは無かったですよね!?」

 

 

 僕が最初に聞いたルールは、食事はみんなでと夜十時以降の外出は禁止の二つだけだったはずだ。それなのに何時の間にかルールが増えていたのだ。

 

「この早蕨荘の大家は誰かしら、元希君?」

 

「……恵理さんです」

 

 

 大家特権を使われたらもう、僕に逆らう術は残されていない……下手に逆らって追い出されたら僕は住まう場所がなくなるのだから……

 

「バエルちゃんもいいわね?」

 

「は、はい……」

 

 

 若干……いや、かなり顔を赤らめてはいるけども、バエルさんも恵理さんに逆らう事はしなかった。彼女は僕と状況が似てるからな……恵理さんに出ていけと言われたら他に住むところがないのも含め……

 

「歓迎会の前に親睦を深めましょうね」

 

「「はぁ……」」

 

 

 僕とバエルさんの気乗りしない返事が重なる。その事に恵理さんは興味を示す事無く、出来あがっていたおかずをヒョイと摘まんで口に運んだ。

 

「姉さん! 摘まみ食いは行儀悪いですよ!!」

 

「いいじゃない一つくらい。この食材は私の稼ぎで買ったものなんだからさ」

 

「そういう問題じゃありません! 生徒の前なんですから、もう少し理事長らしく威厳あるところを見せてくださいよ……摘まみ食いなんて子供っぽいことを」

 

 

 怒るところそこなんですか、涼子さん?

 僕は心の中でツッコミを入れ、更なる摘まみ食いを防ぐために出来あがった料理にラップをして恵理さんから離れた場所に置いた。

 

「むぅ……まぁ仕方ないわね。それじゃあお風呂に行くわよ!」

 

「やっぱり僕は後で……あ~れ~」

 

 

 入ると言おうとしたけども、恵理さんに力任せに持ち上げられて、僕はそのままお風呂場に連れて行かれた……助けを求めるため涼子さんとバエルさんに手を伸ばしたけども、二人とも合掌するだけで助けてはくれなかった……

 

「元希よ、何故恵理に担がれてるのじゃ?」

 

「……摘まみ食いを阻止したらこうなった」

 

「は? 何の事じゃ?」

 

 

 水は首を傾げて問いかけてくるけども、恵理さんの顔を見て納得したように二度、三度頷いた。

 

「相変わらず恵理は子供っぽいのぅ。大方涼子に怒られた腹いせに我が主をからかったんじゃろう」

 

「そんな事無いわよ? 元希君が反抗的だったから従わせるために運んできたんだから」

 

「反抗的? ……なるほど、そういう訳か」

 

「元希ちゃん。あきらめも肝心だからね?」

 

「うぅ……」

 

 

 何で男の僕の方が恥ずかしがってるんだろう? 普通異性とお風呂って言ったら女性の方が恥ずかしがるんじゃないの?




次回お風呂です……


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女子トーク

元希君は違うかな……


 恵理さん、涼子さん、リーナさん、水の賛成多数で僕は一緒にお風呂に入る事になってしまった……ちなみに僕とバエルさんは反対したかったんだけども、ここを追い出されたら住む場所が無い為投票は棄権したのだった。

 

「それにしてもバエルさん、スタイル好いわね~。どんな生活をしたらこうなるのかしら?」

 

「えっと……それほどじゃないとは思いますけども」

 

「そんな事無いわよ~。ね、元希君?」

 

 

 何故ここで僕に話を振るんですか、恵理さんは! 

 

「まぁまぁ恵理よ、我が主は純情だから苛めてあげるでないぞ」

 

「仕方ないわね……まぁ質問はするから、元希君は想像で楽しんでね」

 

 

 この状況で何を、如何、楽しめというんですか、貴女は!

 

「じゃあまずは……身長は?」

 

「172cmです」

 

 

 なんてうらやましい身長をしてるんだろう、バエルさんは……健吾君とそう変わらないんじゃないのかな?

 

「バスト、ウエスト、ヒップは?」

 

「ちょっ!? 僕外に……」

 

 

 逃げ出そうとしたけども、リーナさんと涼子さんに肩を押さえられて立ち上がる事が出来ない。それに水が僕の足にお風呂のお湯を纏わり付かせてるので身動きも出来ない……何でこんな時だけ抜群のコンビネーションを発揮するのだろう……

 

「えっと……答えなければ駄目なんでしょうか?」

 

「そうね……ここで生活したいなら、大家さんの言う事は聞いておくべきだと思うのだけど」

 

 

 強権発動ですか……耳を塞ぎたくても肩を抑えつけられて腕が動かせないし、逃げ出したくても足を絡められてるから立ち上がれないし……みんなは僕にどんな反応を求めてるんだろうか……

 

「……上から、97、58、83です」

 

 

 答えるんですか、バエルさん……よく見ればバエルさんの顔も真っ赤になっている……良かった、バエルさんは羞恥心が正常で。

 

「まさか美土ちゃんといい勝負とは……恐るべし、ロシア産!」

 

「そういえばリーナは?」

 

「ん? 90、59、85だけど?」

 

「ムムム……この中で私が一番貧乳だと!?」

 

「水様はどれくらいなんですか?」

 

「ワシか? 100、59、83じゃな」

 

「で、デカイ……」

 

「姉さん、気にしすぎですよ」

 

 

 てか、皆さん僕の事を気にしてくださいよ……一応僕は異性のはずなんだけどな……なぜ恥ずかしげもなく堂々と発表するのだろう?

 

「さて、それじゃあ誰が元希君の頭を洗う?」

 

「うぇ!? なんですか、その展開……」

 

 

 まったくの無警戒だったところに、恵理さんの提案。僕は驚きでそんな声を上げた。

 

「今日はバエルちゃんに頼んだら如何? 入居初日だし、元希ちゃんは共有財産だって事なんだからさ」

 

「ちょっと待ってください! 共有財産って如何いう事ですか!?」

 

 

 僕はそんな事一度も聞いた事無いですし、そもそも何で僕が皆さんの共有財産になってるんですか!

 

「だって元希君を賭けて勝負……なんて展開は嫌でしょ?」

 

「当たり前です!」

 

 

 僕が景品になるのもそうだけど、僕を賭けてみんなが戦う方がもっと嫌だ。

 

「だから、炎ちゃんたちも含めて休戦条約を結んだのよ」

 

「何時の間に……てか、争ってたんですか」

 

 

 確かに何時もみんなスキンシップが激しかったりするけども、あれも一種の争いだったのだろうか……

 

「でも、岩清水さんだけは納得してなかったんですけどね」

 

「秋穂さんが?」

 

「まぁ、大勢の相手をするよりは共有した方が安全だと悟って受け入れてくれたんだけどね」

 

「……そもそも僕は誰のものでも無いんですが」

 

 

 この僕の言葉は、当然のように黙殺され無かったものとされた。何で僕の事なのに僕の意見が黙殺されるんだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ何時もの様に意識を失った僕は、誰かの寝息を感じて目を覚ました。

 

「えっと……?」

 

 

 とりあえず外を見て僕がどれくらい意識を失っていたかを確認……明らかに真夜中だった。歓迎会は僕不参加で行われたのだろうか……

 

「あれ? 首から下が動かせない……」

 

 

 誰かに抱きしめられているようで、僕が自由に動かせるのは首から上――つまりは顔だけだった。

 

「誰だろう……恵理さんかな?」

 

 

 僕の部屋なのは確か、だとすれば一番可能性が高いのは恵理さんだ。なぜならあの人は僕の部屋に侵入する頻度が最も高く、僕を抱きしめる率もトップだからだ。

 

「……ふぇ!?」

 

 

 何とかして離してもらおうと顔を動かしてみたけども、どうにもならなかった。その際に僕に抱きついている人の顔を見て、僕は情けない声を上げてしまった。

 なんと、僕に抱きついていたのは恵理さんではなくバエルさんだったのだ。

 

「何で? 如何してバエルさんが僕の部屋に……」

 

「う~ん……」

 

「バエルさん、起きてください」

 

 

 何とかこの状況を打破しようとバエルさんに話しかける。過程はともかくとして、この状況は色々と拙い気がしたのだ。

 恵理さんや涼子さん、リーナさんが僕に抱きついてるのとはまたわけが違うだろうし、水みたいにじゃれてる訳でもないだろうしな……

 

「あっ、良かった。目が覚めたんですね」

 

「? えっと……」

 

「私が元希さんの頭を洗っていたら、いきなり気を失われたんですよ」

 

「あぁ……ご心配お掛けしました」

 

 

 早蕨荘の人にとっては最早日常ともいえる光景だが、バエルさんには驚きの光景だっただろうな……目の前で人が意識を失うのだから驚いて当然だ。

 

「僕、女性に免疫がなくって……すぐ気絶しちゃうんですよ……」

 

「そうだったんですか……」

 

 

 バエルさんに心配かけてしまって申し訳ない気持ちで、僕は素直に頭を下げたのだが……

 

「? なんか柔らかい……!?」

 

「あ、あれ? 元希さん? 元希さん!?」

 

 

 バエルさんのおっぱいに顔をぶつけて、再び意識を手放したのだった……




バエルさんはちゃんと元希君を異性として見ています。


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転入生フィーバー

騒ぐのは一部の人間のみ……


 朝食を済ませて、僕は水とバエルさんと三人で学園に向かう。如何やら歓迎会は今日に持ち越されたらしい。

 

「驚きましたよ。いきなり気絶するんですから」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「まぁまぁ、我が主様は異性に対する免疫が無いからのぅ。そこが可愛いんじゃがの」

 

 

 水のからかうセリフに、バエルさんが頷いて納得してしまった……まさかバエルさんまで僕をからかう気なのだろうか……

 

「おっはよ!」

 

「はぅ!」

 

 

 突如背中に強烈な張り手を喰らわされた……誰だいったい。

 

「あっ、炎さん」

 

「私たちもいますわ、元希様」

 

「おはよう、元希さん」

 

「? 元希君、この人は誰?」

 

「いきなり騒がしくなったのぅ……まぁこれが日常か」

 

 

 昇降口に差し掛かったところでクラスメイトと合流、その場でバエルさんの紹介を済ませた。

 

「なるほど……アンタが噂の転入生か~。アタシは岩崎炎、よろしく!」

 

「氷上水奈と申します」

 

「風神美土よ」

 

「光坂御影」

 

「岩清水秋穂よ!」

 

「……何時の間に秋穂まで居るんだよ」

 

 

 四人の自己紹介が終わったところで、秋穂さんも合流した。そういえばバエルさんは秋穂さんのクラスメイトという事になるんだよな……なら仲良くなってもらったほうが後々の学園生活がスムーズに進むかもしれない。

 

「はじめまして。バエル・アレクサンドロフと申します。以後よろしくお願いいたします」

 

 

 随分と丁寧な自己紹介に面食らう五人……まぁ僕もちょっと驚いたけどね。

 

「とりあえず転入の手続きを済ませる為に職員室に行かなきゃ。恵理さんも家でしてくれればいいのに……」

 

「愚痴っても仕方ないじゃろ。恵理は面倒事は嫌いじゃが、学園の仕事はしっかりとこなすからの。そこで手を抜く事はしないんじゃろ」

 

 

 水に言われなくても分かっているけども、普段寮の仕事を僕や涼子さんに丸投げする人と同一人物だと考えると、多少の愚痴くらい言いたくなるのだ。

 

「ならここからは私が案内するわ。同じクラスだろうし、元希君より私の方が先生もやりやすいだろうしね」

 

「それ、如何いう事ですか?」

 

「ん~? おしえなーい」

 

 

 冗談混じりで問い掛ける僕に対し、秋穂さんも冗談で返した。まぁ確かに僕が職員室に行くよりも、秋穂さんが行った方がスムーズに事は進むだろう。

 

「それじゃあ、元希。アタシたちは教室に行こう!」

 

「ズルイですわ炎さん! さぁ元希様行きましょう」

 

「お姉さんだって元希さんと手をつなぎたいわよ」

 

「ボクも」

 

「相変わらず我が主様はモテモテじゃの」

 

「楽しんでないで助けてよ」

 

 

 僕の救援要請は当然の如く水に黙殺された。持ち上げられるのは結構恥ずかしいんだからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前中の授業では大した事は起こらなかったけども、昼食時にそれは起こった。何やら騒がしいので廊下に顔を出してみると、そこにはバエルさんを一目でも見ようと群がった魔法科一年男子がいた。

 

「騒がしいわよね」

 

「秋穂さん? 放っておいていいんですか?」

 

「大丈夫でしょ。中にいるのはバエルちゃんの幻影だし」

 

 

 耳元で囁いた秋穂さんに、僕は驚きの表情を向けた。

 

「本物のバエルさんは?」

 

「元希君の席に座ってるわよ?」

 

 

 慌てて教室内を確認すると、確かに僕の席にバエルさんの姿があった。少し遠慮してる風に見えるけども、それでも僕の席から移動するつもりはなさそうだった。

 

「それにしてもあの騒ぎはいったい……」

 

「私たちの様に殺傷力の高い魔法が使えるわけでもなければ、多少騒いでも怒らない美少女だもの。一目見たいと思うのは思春期男子なら当然だと思うけど?」

 

「そうなんだ……」

 

 

 僕は一緒に生活してるし、そもそも異性に対して貪欲に、積極的に話しかけようとか思わないからな……

 

「だから元希君も大人しく教室に戻って。バレたら面倒だから」

 

「あっ、はい……」

 

 

 秋穂さんに手をひかれ、僕は教室に戻る。だが戻ったところで僕の席は空いていないんだけどな……

 

「人気者だね、バエル」

 

「ですが、騒ぎたくなる気持ちも分かりますわ」

 

「異国の美少女ですものね」

 

「……そろそろ疲れてきた」

 

「ごめんなさい御影……でも、もう少しお願いします」

 

 

 如何やらバエルさんの幻影を作り出しているのは御影さんの様だ。氷の魔法が得意だと言っていたバエルさんだし、やはり影の魔法は使えないのだろうか……

 

「当分はこうやって誤魔化さないとね。騒がしくてご飯も食べられないもの」

 

「転入生ってのはこんなものでしょ。ところで……何でバエルと元希のお弁当の中身が一緒なんだい?」

 

「言われてみれば確かに……」

 

「僕とバエルさんは早蕨荘で生活してるから、お弁当は一緒でもおかしくないですよ?」

 

 

 僕がそういうと、五人は驚いたような表情で僕を見つめてきた……あれ? 僕変な事言ったかな?

 

「一緒に生活してるの?」

 

「だってバエルさんは昨日ロシアから来たばっかですし、転入が決まったのも急な事だったから……」

 

「それに私は孤児です。収入も無いので他に住む宛などありませんでしたし……」

 

「僕もお金持ってないし……」

 

 

 事情を理解してくれたのか、五人はさっきまでの視線を止めてくれた。正直怖かったから助かったな……

 

「じゃあこのお弁当は理事長か早蕨先生がお作りに?」

 

「ううん、今日は僕が作った……な、なに?」

 

 

 再び僕に視線を集中させる五人。でもなんだかさっきよりも鋭くなってるのは気のせいじゃないと思う……何でだろう?




実際騒いでたのは一部の物好きだけでしたしね。転入生なんて暫く経てば普通の学生ですし。


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奇異の目 嫉妬の視線

突き刺さる先にいるのはやはり……


 A組との合同授業という事で、僕の周りには炎さんたちだけではなく秋穂さんとバエルさんもいる。うぅ……A組の男の子の視線が痛いよ……

 

「みんなにはまず、基礎魔法を自由に使えるようになってもらいます。既に自由に使える人もいるでしょうが、より精密に、より強力に魔法を使える為に基礎は重要になりますので怠らないようにしてくださいね」

 

 

 涼子さんの説明にA組の男の子が元気よく返事をする。さっきまでバエルさんや美土さんに見惚れてたのに……そこら辺の気持ちの変動にはついていけないな……

 

「元希よ、ワシは散歩に出かけたいのじゃが」

 

「じゃあ何でついてきたのさ……」

 

 

 授業が始まる前、僕は水についてくるか如何かを訊ねたのだ。その時はついてくると答えたのに、授業が始まってすぐに、水は別行動をとりたいと言ってきたのだ。

 

「基礎魔法の授業など、見ていても退屈じゃからのぅ。じゃったら敷地内を散歩しておった方がワシには有意義なのじゃ」

 

「好きにしなよ……水だって男の子から好奇の目で見られてるんだから」

 

 

 服を着るのが嫌いなのか、水は上着を簡単に羽織るだけできちんと着ていない。早蕨荘内なら僕が我慢すればいいだけなのだが、学校では他の男の子の目もあるんだからと注意しても改めてはくれないのだ。

 

「主殿は心配性じゃのぅ。ちょっとくらい胸が見えたからと言って、誰も気にせんじゃろ」

 

「そんな事ないと思うんだけどな……」

 

 

 既に余所見を誘発しまくっている水に、涼子さんが困ったような視線を向けているのだ。

 

「エロガキの視線なぞ気にするだけ無駄じゃ。ワシが意識してるのはお主の視線だけじゃからのぅ」

 

「うわっ!?」

 

 

 見せつけるように抱きついてきた水に、僕は驚きの声を上げる。男の子だけじゃなく、炎さんたちからも鋭い視線を向けられ、僕は少し委縮してしまう……向けるなら僕じゃなくて水に向けてよね……

 

「東海林元希君、こちらに来て基礎魔法八種を見せてください」

 

「え、あ、はい」

 

 

 何でか分からないけども、涼子さんも怒ってる様子だった。だから何でみんな僕に怒るんだろう……ふざけてたのは水だよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業が終わり、僕は早蕨荘に帰ろうと廊下を歩いていたら、後ろから声を掛けられた。

 

「随分とモテモテだな、元希」

 

「あっ、健吾君……モテモテって何?」

 

「お前を何とかしようって、普通科の男子も意気込んでたぞ」

 

「僕が何をしたって言うんだよぅ……」

 

 

 僕は昨日と同じように過ごしてただけなのに、何故か今日の方が嫉妬や殺意の目を向けられる回数が増えた気がするのだ。

 

「多分転入生が関係してるんだろうよ。彼女、普通科の男子にも人気があるからな」

 

「そうなの?」

 

「ロシア美人って噂だしよ。まぁ俺はあまりそっちには興味無いから」

 

 

 確かにバエルさんは美人だし、近づきたいって思う男の子が沢山いてもおかしくは無いだろう。だけどそれと僕とが何の関係があるって言うんだよぅ……

 

「ま、元希は色々と目の敵にしやすいだろうし、お前なら怒っても怖くないって思われてるんじゃねぇの? 実際はどうなのか知らないが」

 

「僕を目の敵にすると、怖い理事長先生と神様がお怒りになると思うけど……」

 

「あ、そりゃやばそうだな」

 

 

 言葉では戦いてる風の健吾君だが、顔は明らかに楽しそうな感じがした。まさかとは思うけど、健吾君が楽しむ為に僕は目の敵にされているのだろうか……

 

「せいぜい殺されないように注意するんだな。俺から言えるのはそれくらいだ」

 

「無責任だなぁ……もう少し考えてよ」

 

「だって俺の問題じゃねぇし。それに、元希なら殺される心配もないだろ」

 

 

 信頼されているのだろうか? 健吾君は僕が殺されるなんて微塵も思ってない表情を浮かべて笑った。まぁ僕も簡単に殺されるような事は無いだろうと思ってるけども、それでも恐怖心は拭いきれないんだけどな……

 

「あ、元希さんちょうどよかった」

 

「ふえ? あっ、バエルさん。如何かしましたか?」

 

「ちょっと視線が……」

 

「あぁ……」

 

 

 あからさまな視線がいくつかバエルさんに向けられてるのを、僕も感じ取った。確かにこれは居心地が悪いって感じちゃうかもね。

 

「帰りましょうか」

 

「そうですね。荷物の整理も残ってますし」

 

「あれ? 恵理さんたちが終わらせたんじゃないんですか?」

 

 

 僕の時は恵理さんと涼子さんが二人で全部やっちゃってたけど……

 

「さすがに下着などは自分で整理したいですし」

 

「そ、そうですか……」

 

 

 今、殺意の目が僕に突き刺さったような……僕は見てないからね!

 

「それにしても、本当に元希さんは凄い魔法師だったんですね」

 

「? 如何いう……」

 

「だって見た目はこんなにも可愛らしいのに、魔法を使ってる時の元希さんは非常に心強い感じがしましたもの」

 

「そうですか? なんだか嬉しいですね」

 

 

 魔法が使えるってだけで、田舎では奇異の目を向けられていた僕だが、こうして魔法を使って頼もしいと思われるのはなんだかとっても嬉しい。バエルさんも僕と似たような環境だったからだろうか、僕の気持ちが分かるようだった。

 

「あの視線は、耐えられませんものね……」

 

「それだけ魔法師が珍しいんでしょう」

 

 

 僕たちはそれぞれの育った環境を思い出しながら早蕨荘迄の道のりを進んでいく。途中から視線も気にならなくなったからなのか、僕とバエルさんの足取りは軽いものに変わっていたのだった。




自分で話考えてるのに、サブキャラ好きの悪い癖が発動している……


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歓迎会

延期になった歓迎会です


 僕が気絶してしまった為、今日に延期されたバエルさんの歓迎会。その会には炎さんたちも招待されていたらしく、早蕨荘は普段の倍以上の人間が集まっていた。

 

「遅いぞ元希! もう始まるから早くしなよ」

 

「元希様は色々あるんですよ。炎さん、あんまり急かすのは良くありませんわ」

 

「そうそう。炎はもう少し落ち着きを持った方がいいわよ~」

 

「そう言いながら美土だって元希君を抱きしめようとしてる。落ち着いた方がいいのは美土も一緒」

 

「あっおじゃましてます」

 

 

 恵理さんが呼んだのだろうか? それとも涼子さん? どちらにしても事前に教えてほしかったな……

 

「元希君、悪いけど追加の料理作るの手伝ってくれますか?」

 

「良いですけど、みんなを呼んだのは恵理さんですか?」

 

「ううん。なんでも水様が呼んだらしいんですよ。でもまぁ、歓迎会ですし多少にぎやかの方がいいですよね」

 

 

 多少……なんだろうか? まぁ同級生が僕一人で、あとの三人が教師、一人は水神の歓迎会よりかはバエルさんも嬉しいだろう。僕は自分の中でそう結論付けて追加の料理を作る為に台所に向かう。

 

「そういえば……昨日の料理って大丈夫なんですか?」

 

「ちゃんとラップしておいたし。魔法で保存しておいたから心配ないわよ」

 

「そうですか、良かった」

 

 

 冷蔵庫で保存でも問題は無かっただろうけども、魔法で保存されていたと聞いた方が安心出来るのは、おそらく僕が魔法師だからだろうか。魔法で食材を保存するのは戦闘魔法師の必須技術だけども、日常生活で使っちゃダメってわけでもないしね。

 

「さてと、ジャンジャン作るわよ!」

 

「涼子さん、なんだか気合い入ってますね……」

 

 

 大勢に食べてもらえるのが嬉しいのかな? 涼子さんの勢いにちょっとついていけない感じではあったけども、調理を始めちゃえばそんな事も気にならないだろう。僕はそう思い調理を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 追加の料理も完成し、恵理さんたちも何処からか帰ってきたので早速歓迎会を開始する事にした。

 

「それでは、バエルさんの入寮を祝して……乾杯!」

 

 

 コップに入った飲み物を掲げそう宣言する恵理さん。ちなみに学生たちはジュース、教師陣は発泡酒らしい。さっきまで居なかったのはお酒を買いにいっていたのか……

 

「水は? 何飲んでるの?」

 

「ワシは恵理が用意してくれた炭酸水なるものを飲んでおる。なかなかに刺激的じゃのぅ」

 

 

 炭酸水か……僕は飲むと頭が痛くなるから飲まないけど、結構人気らしいのだ。

 

「元希さん。こっちに来て一緒に食べましょうよ」

 

「あ、うん。今行く」

 

 

 美土さんに手招きされ、僕はみんなのところに移動した。水は一人で炭酸水を飲むのに忙しいからと同行を拒否したのだ。

 

「これ、美味しいねー。正直アタシは元希に負けたかもしんない」

 

「ボクも……元希君は料理上手だね」

 

「田舎で作ってたからかな。早蕨荘でも家事は分担・交代でやるから」

 

 

 最近は恵理さんやリーナさんが買い出しやら庭掃除やらをやるから、炊事は僕と涼子さんが担当する事が多くなっている。それもあってか、僕の料理の腕は順調に成長しているのだった。

 

「バエルっちも食べなって」

 

「……何時の間にバエルさんに渾名を?」

 

 

 随分と仲良くなったんだなと思う反面、僕には渾名をつけてくれないのかなーっと思ってしまった。まぁ渾名と言えるか如何かは微妙なところだが……

 

「正直ここ迄美味しい料理は初めてです」

 

「そうですか? そう言ってもらえると作った甲斐があります」

 

 

 お弁当の時よりも気合いを入れて作ったからか、バエルさんは本当に美味しそうに僕が作った料理を食べてくれている。

 

「こりゃ、元希は好いお嫁さんになりそうだね」

 

「炎さん……僕は男なんだけど」

 

「じゃあ主夫だね!」

 

「うん……字は合ってるけど何でそっちなの?」

 

 

 僕は魔法師として世界を飛び回る運命がほぼ確定している身なのだが、みんなはその事をあまり意識していないようだった。

 

「大丈夫ですわ、元希様。私たちの家は魔法の大家。日本政府もその家に招いた婿を戦闘魔法師として世界に派遣する事は不可能ですので」

 

「誰と結婚しても大丈夫よ~。わたしを選んでくれてもいいのよ?」

 

「何アピールしてるのさ! 元希、アタシでも良いんだぞ?」

 

「ボクでも大丈夫。こんな見た目だけどちゃんと子供は産める!」

 

「な、何の話してるのさー!」

 

 

 結婚とか子供とか、僕にはまだ当分関係ない話をされても反応に困る。それに如何してみんな僕を婿だの主夫だの言うんだろう……そんなに頼りないのかな?

 

「いいわねーみんなは。私の家は別に大家でも無いし、元希君をかくまう事は出来ないしなー」

 

「……だから僕はまだ結婚とかそういうのは……ムグゥ!?」

 

 

 考えてないと言おうとしたら何かで口を塞がれた。

 

「な、なにさいったい……」

 

 

 押し込まれたものを確認すると、それは僕が作った料理だった。

 

「だ、誰?」

 

「随分と楽しそうね、元希ちゃん」

 

「リーナさん!? 別に楽しい訳じゃ……」

 

 

 酔っ払ってるらしく、リーナさんは僕に必要以上に絡んできた。炎さんたちは危機を察知したのか、既に十分の距離を取っていた。涼子さんも恵理さんに絡まれていて助けを求める事は出来ず、結局僕はそのままリーナさんに絡まれ続けるのだった……




元希君ハーレムですが、本人は居心地が悪いだけ……えてしてそんなものなんでしょうね。


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恵理の強権発動

まだまだ元希君の災難は続きます…


 宴もたけなわという事で、そろそろ歓迎会も終わりを迎えようとしていた。

 

「せっかくだからみんなも今日は泊まっていったら?」

 

 

 恵理さんのこの一言は、僕にとって嫌な予感しかなかった。

 

「でも恵理さん、部屋ってそんなに余ってませんよね? それに、着替えとかもあるでしょうし」

 

「着替えくらいなら私か涼子ちゃんのを貸せば大丈夫よ。シャツや下着は洗濯しておけば大丈夫だし、明日も学校だから制服で十分よ」

 

「で、ですが……」

 

 

 僕が気にしているのは「あのルール」だ。生活するわけではないけども、恵理さんの事だからあのルールを適用させるかもしれないのだ。

 

「元希はアタシたちに泊まってほしくない理由でもあるのか?」

 

「そういう訳じゃないけど……」

 

「じゃあ、私たちはお泊りさせていただきますね」

 

「元希さんと夜も一緒なんて、なんだか緊張するわね~」

 

「美土、セリフと顔が合ってないよ」

 

「寮での生活って、なんだか憧れるよね」

 

 

 みんなノリノリでお泊りする事を前提で話をしている。お願いだからあのルールだけは黙っててほしいな……

 

「それじゃあまず、誰がどの部屋に泊まるかね。公平を期すために寮で生活してる人もくじを引いてもらうからね」

 

「如何いう意味ですか?」

 

 

 僕たちは自分の部屋で寝るんじゃないのだろうか……

 

「人数的にちょっと部屋が足りなくてね。二組は相部屋って事になるから」

 

「つまり、元希様と一緒の部屋になれる可能性もあると?」

 

「そういう事」

 

 

 恵理さんの悪戯っぽい笑みに、僕は最大級の怖気を感じた。あの人の事だ、何か仕込んでいるかもしれない。

 

「じゃあまずはお泊り組からくじを引いてね」

 

 

 炎さん、水奈さん、美土さん、御影さん、秋穂さんの順でくじを引き、それぞれが一人部屋に決定した。

 

「残ってるのは、私、涼子ちゃん、リーナ、水、バエルちゃんと元希君ね。この中から二組相部屋の人が出るから、覚悟はしておく事ね」

 

 

 やっぱり仕込んでたのだろうか……あり得ない確立では無いけども、それでも五人がそれぞれ一人部屋を引く確立よりはよっぽど低い確率だろう。

 

「まずは私ね……あら、自分の部屋だわ」

 

「邪念が入るからですよ……元希君の部屋ですね、私は」

 

 

 一人部屋なのだが、涼子さんは妙に嬉しそうな顔をしていた……そういえば、僕は僕の部屋で寝て、他の人たちでくじ引きをすればよかったんじゃないだろうか……

 

「つまり、残り四人は誰かしらと一緒って事ね。羨ましい」

 

「ではワシから……2じゃな」

 

「じゃあ次は私……2?」

 

「あら、水とリーナが同部屋なのね」

 

「くじを引く前に終わっちゃったわね」

 

 

 つまりはそういう事なのだ。残ってるのは僕とバエルさん。そして残ってる部屋は相部屋のみ……

 

「二人仲良くね。それじゃあみんなでお風呂に入りましょう」

 

「それって元希も一緒なんですか?」

 

 

 恵理さんの宣言に炎さんが首を傾げて問う。頼むから誰か一人でも反対してくれないだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕の願いもむなしく、みんなでお風呂に入る事になってしまった……ちなみに湯船の狭さだとか、洗い場の狭さだとかは魔法で如何とでもなるそうだ。

 

「うら若き乙女たちが、異性の元希君と一緒にお風呂に入りたがるとはね」

 

「姉さんが仕向けたんですよね?」

 

「だいたい、元希ちゃんと一緒に入れるって言われて断る女はいないわよ」

 

「そうじゃのぅ。元希のものは立派じゃからの」

 

「うぅ……」

 

 

 なんだこの辱めは……唯一バエルさんだけは同情的だけども、普段僕に同情的な秋穂さんや御影さんまでノリノリだし、ここに僕の味方はいないと考えるべきなのだろうか……

 

「それじゃあ今日は五人に元希君を洗える権利をあげましょう。私たちは常に元希君と一緒にお風呂に入れるからね」

 

「そうなんですの?」

 

 

 恵理さんの言葉に水奈さんが首を傾げる。お願いだからあのルールだけは言わないでください。

 

「早蕨荘では、お風呂は全員一緒に入るのがルールなの。わざわざ沸かし直すなんて面倒な事を避けるためにね」

 

「でもそれって、元希君も承諾してるんですか?」

 

「実は元希君は反対してたんだけど、姉さんが強権を発動して反対意見を握りつぶしたのよ」

 

「なるほど……じゃあわたしたちもここで生活すれば元希さんと一緒に!」

 

「この早蕨荘は住む場所の無い生徒の為の寮よ。魔法大家の貴女たちや、名門の岩清水さんが生活するような場所では無いのよ」

 

 

 秋穂さんのお家も名門だったんだ……僕は現実逃避ぎみにそんな事を考えていた。

 

「我が主よ。何時まで前を隠してるつもりじゃ?」

 

「ずっとだよ! それくらい分かるでしょ!?」

 

 

 タオルを奪おうとした水を払いのけ、僕は逃げるように湯船に入ろうとしたのだけど……

 

「まだ身体を洗って無いわよ? 悪い子の元希君には、罰が必要よね?」

 

「え、恵理さん……笑顔が怖いです」

 

「みんな、元希君の全身、隅々まで洗ってあげましょう!」

 

 

 恵理さんに襲われるようにタオルを奪われ、僕は恥ずかしさから意識を手放すのだった……炎さんたちにまで見られちゃったな……明日から如何やって話せばいいんだろう……

 

「あれ?」

 

 

 随分と意識を失っていたのか、それとも一瞬だったのかは分からなかったけども、僕は背中に柔らかい感触を覚えた。

 

「皆さん、元希さんが嫌がってます」

 

「バエルさん……」

 

「大家さんの言う事は絶対よ。バエルちゃんも分かってるでしょ」

 

 

 如何やら一瞬だったらしい……まだ僕はお風呂場にいた。そして、恵理さんの強権発動によって、バエルさんの意見も握りつぶされたのだった……




自分でやってて元希君が可哀想……


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宝の山

新たな変態が……


 部屋を借りている以上大家さんの言う事はなるべく聞いておかなければならないけども、何で自分の部屋で寝ちゃいけないんだろう……部屋の数が足りないのは仕方ないとして、普通は泊まる人が二人部屋じゃないのだろうか。

 

「なんだかこんな事ばかりですね」

 

「そうですね……恵理さんは絶対面白がってやってるんでしょうけども、僕たちはそんなに楽しんでないって気づかないんですかね」

 

 

 バエルさんに愚痴っても仕方ないんだけども、どうも今日はブレーキが効かないようだ。

 

「入学してすぐの対抗戦でも、面白そうだからって事で開始の合図を僕らに聞かせなかったり、バーチャルだからって大型モンスターを複数体同時に出現させたり……」

 

「大変だったんですね」

 

 

 僕の愚痴を、バエルさんは笑顔で聞いてくれている。こんな態度を取ってくれるから、きっと僕はバエルさんに愚痴ってしまうんだろうな。だからといってバエルさんが悪いなんて思わないんだけど。

 

「そのうちバエルさんも同じような事をされると思いますよ」

 

「そうでしょうか? 私は理事長がそんな事をするのは、元希さんだからだと思いますけど」

 

「僕だから? それは如何いう……」

 

 

 理由を聞こうとしたけども、そのタイミングで強烈な睡魔が僕を襲う。大きなあくびをして眠い目をこすり、それでもバエルさんの理由を聞こうとしたが、バエルさんは僕を優しく抱きしめて頭を撫でる。

 

「その理由はまた今度話します。今は寝ちゃってください」

 

「うん……」

 

 

 眠いからか、僕は言葉遣いが幼くなっている。田舎にいた頃、お母さんにしていたような話し方になっていると眠い頭で思いながら、僕は重力に負け瞼を閉じた。

 

「お休みなさい……」

 

「はい。おやすみなさい」

 

 

 バエルさんのその言葉を聞き、僕の意識は夢の世界へと旅立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、目を覚ました僕が最初に見たのはバエルさんの寝顔だった。一瞬大声が出そうになったけども、ここは自分の部屋じゃなく、バエルさんはまだ寝てるんだと言う事を思い出して寸でのところで思いとどまったのだ。

 

「そっか、昨日は一緒に寝たんだった」

 

 

 恵理さんの気まぐれ……なのだろうか? 炎さんたちをバエルさんの歓迎会に招待し、その後で早蕨荘に泊まっていくように勧め、あろうことか一緒にお風呂まで入る事になってしまったのだ。

 

「未だに何を考えてるのか読めないんだよね……僕よりも高度な魔法師だっていうのもあるんだけども、恵理さんは素でミステリアスな部分があるのかもしれない」

 

 

 恵理さんと比べれば、涼子さんはまだ分かりやすい。それでも偶に驚くような行動に出るからな……涼子さんも涼子さんで読めないのだ。

 

「とりあえず着替えて朝ごはんの準備をしなきゃ」

 

 

 着替えは僕の部屋にある。そこでは涼子さんが寝てるのかもしれないけども、別に脅かす訳でもないし、物音をたてないように細心の注意を払えば大丈夫だろう。僕はそう考えて自分の部屋の扉をゆっくりと開ける。

 

「……ふぇ?」

 

 

 扉を開けて飛び込んできた光景を、僕は一瞬現実の物として捉えられなかった。だがしかし、何時まで経ってもその光景は僕の視界から消える事が無かったので、僕は嫌でもこの光景が現実だと思わざるをえなかった。

 

「何してるんですか……」

 

「えっと……元希君、何故ここに?」

 

「何故と言われましても、僕の着替えはこの部屋にあるんですし、もともとこの部屋は僕が普段使ってる場所ですので……」

 

「そ、そうよね……」

 

 

 僕の衣服が入ってる箪笥を漁る涼子さんに冷めた目を向けながら、僕は事実のみを淡々と話す。少しでも気を抜けば叫びたくなってしまうからこそ、僕は冷静に対応するのだ。

 

「出来れば着替えがほしいんですが、入っても良いですか?」

 

「え、えぇ……どうぞ。私も着替えますから」

 

 

 僕を部屋に招き入れながら、涼子さんは着ている服を脱ぎ出そうとする。

 

「ちょっと! 僕の前で着替えるんですか!?」

 

「そうよ? 駄目かしら」

 

 

 恥ずかしくないのだろうか……少なくとも見る側の僕はものすごく恥ずかしい。とりあえず涼子さんの方を見ないようにしながら、僕は着替えを手に取り部屋から抜け出そうとした。だけど何故か扉は開かず、抗議したくてもまだ涼子さんは着替えている。それは音で判断出来る。

 

「何かしました?」

 

「ちょっと魔法で扉を開かなくしただけですよ」

 

 

 それが「ちょっと」なのだろうか甚だ疑問ではあるのだが、僕は諦めて着替える事にした。別に普段から裸を見られてるのだから、恥ずかしがるのも今更なんだろうな、と割り切ったのだ。

 

「元希君も別に見てもいいのよ?」

 

「それは遠慮させていただきます」

 

 

 そっちは割り切ってはいけないだろうと思うのだけど……男としてというか人として駄目なんだろうと思い続けたい。

 

「それじゃ、僕は朝ごはんの準備をしますので、そろそろ扉を開けてもらいたいのですが」

 

「そうね。着替えも終わったし」

 

 

 涼子さんは魔法を解除して僕を部屋から出してくれた。こんな魔法が使えるのなら、僕の箪笥を漁ってる時にも掛けておけばよかったのではないか、僕はそんな事を思いながら台所に向かうのだった。




未遂ですが、ちょっと引く……


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彼はお嫁さん?

見た目は一番小柄ですし、家事能力も高いですからね……


 今朝は涼子さんが僕の箪笥を漁っててビックリしたけども、とりあえず何も盗られなかったので善としよう。朝食を済ませてみんなで仲良く登校する事にした。

 

「いや~元希の料理、すっごく美味しかった~。今度アタシたちのお弁当も作ってよ」

 

「そうですわ! バエルさんだけズルイです」

 

「でも、仕方ないと言えますよ。バエルさんは早蕨荘の住人で、わたしたちは違うんですもの」

 

「元希君の料理を一人占めはさせない」

 

「でも、元希さんって本当に家事が得意だったんだね」

 

 

 この前までは水と二人で登校って事が多かっただけに、こんな人数での登校なんて新鮮でなんだか楽しい。ちなみに教師陣は職員会議とかで先に学校に行っているのだ。お弁当は僕が届けるんだけど、たまには学食で済ませてもいいと思うんだけどな……

 

「なんだ、元希。随分とハーレム状態じゃねぇか」

 

「あっ、健吾君。ハーレムって?」

 

 

 あんまり聞いた事の無い単語だったので、僕は首を傾げて健吾君に訊ねる。

 

「今のお前の状況だって。見ろ、どっち向いても美少女じゃねぇか。許すまじきリア充だろ」

 

「リア充ってなにさ?」

 

「リアルが充実してるって意味だよ。つまりは青春を謳歌してるって意味だ」

 

 

 何となく意味が違うような気もするけど、僕は今が充実してるとは思ってない。楽しいのは確かだけども、何時でも遊びに行ける訳じゃないのだから。

 

「ま、俺は気にしないけどな。でも、魔法科の連中がなんて思うかね。まぁ気をつけろって言っても、元希の方が強いんだろうし大丈夫だろうけどな」

 

「う~ん……何となく嫉妬の視線は感じてるけど、みんなが気にしてないのならいいんじゃない?」

 

 

 そもそも僕の状況がうらやましいって? とんでもない誤解だよ、それは……このメンバーの相手をまとめてするなんて、これほど大変な事は無いよ……

 

「元希さん、大丈夫ですか?」

 

「え、はい。大丈夫ですよ、バエルさん」

 

 

 唯一の救いは、バエルさんがこうして心配してくれる事だろうか。似た境遇で育った事もあるのだろうけども、バエルさんは比較的僕に同情的なのだ。

 

「おーい! そろそろ教室に行こうよ!」

 

「分かった! じゃ、健吾君」

 

「おぅ。またな」

 

 

 昇降口が違う為に、健吾君とはここでお別れ。そもそも普通科と魔法科では棟も違うので、同じ学校に通っているのに会う事はめったに無い。もちろん会おうとすれば会えるのだが、今のように偶然会うなんて事は滅多に起こる事ではないのだ。

 

「今のって我妻だよね。普通科トップの」

 

「うん。仲良くしてもらってるんだ」

 

「元希さんにも同性のお友達はいるんですね」

 

「……前に紹介しましたよね?」

 

 

 確かに魔法科には同性のお友達はいないけどもさ……僕は物悲しさを感じながら教室へと足を進めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 涼子さんにはHRでお弁当を渡せたけど、恵理さんとリーナさんには渡しに行くしかない。僕は二人分のお弁当を持って理事長室へと向かった。

 多分だけどリーナさんも理事長室にいると思うんだよね。根拠は別に無いんだけど……

 

「失礼します。S-1の東海林元希です」

 

『どうぞ』

 

 

 理事長室に入る前に、ノックをして自分の名前を告げる。恵理さんは別に気にしなくてもいいって言うけども、最低限の礼儀は守らなければ。

 

「あっ、やっぱりリーナさんもいた」

 

「お? 何かな、元希ちゃん」

 

「これ、二人のお弁当です。今朝渡せなかったので」

 

 

 僕は恵理さんとリーナさんにそれぞれお弁当を手渡して理事長室を辞すつもりだった。だけども、この二人相手に一瞬でも隙を見せたのが間違いだった。

 

「う~ん、やっぱり元希君は私のお嫁さんね~」

 

「駄目よ恵理。元希ちゃんは私のお嫁さんとしてアメリカに連れていくんだから」

 

「あの……僕まだ授業が残ってるんですけど」

 

 

 急いで教室に戻らなければいけないのに、この二人には僕を解放してくれるつもりはなさそうだった。もし涼子さんがいてくれたら状況は変わってたんだろうけども、生憎今理事長室に涼子さんの姿は無い。

 

「それじゃ、どっちが元希君の旦那にふさわしいか勝負よ!」

 

「受けて立つわ!」

 

「立たないでください! そして、僕は男なんですけどね!?」

 

 

 何で女性の恵理さんとリーナさんが旦那の地位を掛けて勝負するのかも、僕がどちらかのお嫁さんになるのが前提なのかも分からないまま、僕は何とか理事長室から逃げ出した。

 時間ギリギリだったけども授業には間に合ったんだけども、涼子さんたちに心配されてしまっていた。

 

「随分と遅かったですが、何かあったのですか?」

 

「ちょっと理事長室に行ってまして……色々ありました」

 

 

 それだけで涼子さんには伝わるだろうし、あの惨劇を口にするのはなるべく避けたかった。

 

「それでは、元希君も来ましたので授業を開始します」

 

 

 水の姿は教室に無かったけども、彼女は授業に出なくても問題は無い。僕はそう思い授業に集中する事にしたのだ。




あっ、六月になってた……


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実習授業

お気に入り登録者数が200名を超えていました。ありがたい事です。


 午後の授業はA組と合同のバーチャル戦闘訓練だ。僕たちS組の五人と、A組の秋穂さん・バエルさんの七人は上級モンスターとの戦闘、それ以外のA組のメンバーは初級モンスターとの戦闘らしい。

 

「よろしくね、元希君」

 

「秋穂さんも。バエルさんはバーチャルの戦闘は初めてですよね?」

 

「はい。そもそも魔法を使った戦闘自体が初めてですので」

 

「あっ、そうでしたね」

 

 

 バエルさんが魔法師として覚醒したのは、この学園に来る少し前。それまでは普通の生活をしていたんだし、ロシアでは魔法の訓練や授業を受けてないのだから当然だった。これは僕の失念だったな。

 

「そういえば元希、水のヤツは何処に行ったの? アイツも一緒ならもっと楽が出来るのに」

 

「水なら涼子さんに呼ばれて何処かに連れてかれちゃったよ。なんでも水が必要な案件が出来たらしいけど」

 

 

 その為、この訓練の担当は涼子さんではなく恵理さんだ。何となく……いや、確実に嫌な予感がしてるんだけども、その事はみんなに悟られないようにしなければ。

 

「は~い、上級者の七人はこっちに来てね」

 

「理事長先生、私たちもそれほど経験があるわけではないのですが」

 

「それでも、中級以上の魔法を使う事が出来るんだけら、少しくらい難易度が高くても大丈夫よね。何より元希君がいるんだし」

 

 

 ウインクしながら僕を見てくる恵理さん。いやいや、僕だってここに来るまでは戦闘なんてした事なかったんですけど……

 僕の無言の問い掛けには一切答えずに、恵理さんは僕たちを架空世界へと転送する。出来る事ならば、一体とかにしてくれないかなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕の希望が通ったのかは分からないけども、今回の敵は一体だけのようだった。僕と御影さんの二人でこの世界の情報を集めそれを表示して全員と情報を共有する。

 

「今回のモンスターはケンタロスか……近づかれたら危ないね」

 

「誰かがおびき出してくれれば、わたしの魔法で落としますけど」

 

「でもケンタロスって知能が高いんじゃなかったでしたっけ? 上手くおびき出せますかね?」

 

「いっそのこと元希君に任せれば……」

 

「でも、それだと授業に意味が無いよ?」

 

 

 秋穂さんの案は、御影さんの正論で却下された。僕としてもみんなで倒すから意味があると思ってるので、今回はみんなで倒したいのだ。

 

「じゃあ水奈さんとバエルさんでケンタロスの脚を凍らせて、残りで攻撃するのは如何?」

 

「でも元希、どうやってケンタロスをおびき出すんだよ?」

 

「まぁ見てて」

 

 

 僕は魔法を詠唱する為に六人から距離を取る。失敗するつもりは無いけども、常に最悪が起こっても良いように準備だけはしておかなければね。魔法は簡単に日常生活を奪う事が出来るんだから。

 

「氷の狼よ、その姿を顕現し全てを凍らせよ『フェンリル・コキュートス』」

 

 

 敵を倒す為ではなく、今回は囮を頼む為に、僕は禁忌魔法を発動させた。そして姿を現した氷狼にケンタロスをおびき出してもらう事にした。

 

「お願いね」

 

 

 何故氷狼を選んだのかというと、水奈さんとバエルさんとの相性を考えてだ。例えば炎の巨人だと、二人の魔法を溶かしてしまうかもしれないし、雷の鷲だと今度は一緒に固まって倒されてしまうかもしれない。そうなると顕現させた僕にも少なからずダメージが来るので、それは避けたいと思ったからだ。

 

「さて、それじゃあ水奈さんとバエルさんは準備して。僕たちは動きが止まってからが出番だからね」

 

 

 六人に指示を出して、僕は氷狼の動きを追う。上手くおびき出してくれると良いんだけど。

 

「大丈夫、元希君の思惑通りにケンタロスは動いてる」

 

「みたいね。だけど、僕たちの匂いでバレる可能性もあるし……風よ、我らを包み姿を隠せ『ウインド・カーテン』」

 

 

 気流を操作して、僕たちの匂いがケンタロスに届かないようにする。これなら匂いでバレる事は無いだろう。あとは、あのケンタロスの知能が高すぎないように祈ろう。

 

「来た。いきますわよ、バエルさん」

 

「は、はい」

 

 

 水奈さんの合図でバエルさんも魔法を詠唱する。

 

「「氷よ、かの者の脚を止めよ『アイスフロア』」」

 

 

 地面を凍らせ動きを鈍く、あるいは完全に止める魔法『アイスフロア』。氷狼はその魔法をものともせずその場から離れていく。

 

「いきますよ、みなさん!」

 

「美土がしきらないの!」

 

「炎は使えないから岩でいくよ!」

 

「宣言しなくても良いよ」

 

 

 それぞれがそれぞれの得意魔法で攻撃を仕掛ける。炎さんは『アイスフロア』の効果を残す為に炎系の魔法ではなく岩系の魔法を放つ。美土さんは風、御影さんは視界を奪う光魔法だ。

 

「アイス・フェンリル!」

 

 

 囮として使った氷狼を呼び戻し、僕はケンタロスへと襲いかからせる。本来の用途であり囮などという仕事をさせられていた氷狼は、嬉々としてケンタロスへと噛みついた。

 

『は~い。敵モンスターの沈黙を確認。みんなの勝ち~!』

 

 

 恵理さんの終了のアナウンスを聞き、僕たちは現実世界へと帰還した。それにしても、本当に一体だけで終わってよかったな……恵理さんの事だからきっと何か企んでると思ってたよ。

 

「それじゃ、今度は元希君一人で頑張ってね」

 

「……え?」

 

 

 如何やら悪だくみはあったようだった。現実に戻ってきたばかりの僕を、恵理さんは再び架空世界へと転送したのだった……何で僕ばっかりなのさ。




次回元希君が一人で戦います。


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一人での訓練

面倒だったので詠唱はカットしました


 何のイジメだか分からないけど、僕だけもう一戦あるらしい……架空世界に一人飛ばされた僕は、見えるはずのないモニタールームに視線を向けた。

 

「恵理さん、これは如何いう事なんですか? 何で僕だけこんな事を……」

 

『だってね~。元希君はあの七人の中でも別格でしょ? だから、個人の戦闘能力も見ておきたくてね』

 

 

 まるでウインクでもしているような感覚が恵理さんからしている。きっと残りの六人も呆れてる事だろう……

 

『今回の魔物は元希君が討伐した事のある種族だから安心してね』

 

「討伐って……僕が正式に討伐したのはヤマタノオロチだけ……って!?」

 

 

 恵理さんの悪戯の全容が明らかになったような気がしてきた。あれは僕一人で倒したわけでも、正確にいえば倒してない魔物なのだけど……

 

『大丈夫よ、能力はかなり低めに設定してあるし』

 

「どうなっても知りませんからね」

 

 

 架空世界での怪我なら問題ないのだろうけども、こういった訓練での恐怖から魔法を使えなくなる人もいるって聞いてるんだけどな……魔法が使えなくなったら、僕はこの学園にいられなくなるし、みんなとも別れる事になっちゃうんだよね……それは避けたいな。

 

『じゃあ、頑張ってね。もうヤマタノオロチは元希君の事に気づいてるから』

 

「えぇ!? 何でそんな意地悪をするんですか!」

 

『えっ? だってこっちの方が面白いし、何より元希君の凄いところがみられるでしょ?』

 

 

 この人はまったく……僕の大変さを少しは理解してくれないかな……

 

「さて、何時までも愚痴垂れてても仕方ないし、とりあえずヤマタノオロチの気配を……」

 

 

 探ろうとしたけでも、それは無意味だとすぐに分かった。なぜなら……

 

「後ろ!?」

 

 

 すぐ背後にヤマタノオロチの気配がしたのだ。慌てて振り返ると、既に攻撃態勢に入っているヤマタノオロチの姿が確認出来た。

 

「あぁもう! 『フェンリル・コキュートス』『ライトニング・イーグル』『イフリート・エクスブロ―ジョン』」

 

 

 敵の属性を確認している暇も無かったので、僕はとりあえず禁忌魔法三連発を放つ。これで冷静さを取り戻す時間は確保出来るだろう。

 

「本物のヤマタノオロチは恵理さんと涼子さんと僕の三人で……いや、僕はあくまで補助だったから二人なんだよね……とにかく、倒すのではなく異次元に閉じ込めて終わらせたんだ。だからヤマタノオロチの弱点とか攻撃方法などは正確には掴めてないはずだ……なのに何故バーチャルでヤマタノオロチが出てくるんだろう?」

 

 

 いくら架空とはいえ、ある程度の情報は必要……いや、架空だからこそ本物の正確な情報が必要なはずなのに。でも今目の前にいるのは間違いなくヤマタノオロチなのだ。

 

「考えてても仕方ないかな……とりあえず終わらせよう」

 

 

 三体の召喚獣を囮に、僕は現実世界でも使った『ブラック・ホール』を発動させた。大体あの時は首も二本しか外に出てなかったし、日本支部の魔法師たちも障壁を張るのを手伝ってくれていたから呑み込めたのだ。この状況で僕一人でヤマタノオロチを呑み込めるのかは、かなり微妙な感じがする……

 

「やっぱりきつい……」

 

 

 確実にヤマタノオロチは「ブラック・ホール」に呑み込まれてはいっている。だけども抵抗が激しく僕の体力がもつか如何か微妙なところになってきてしまった。

 

「こうなったら」

 

 

 使える初級魔法を同時にヤマタノオロチにぶつけ、向こうの体力を削る作戦に変更する。召喚獣たちも頑張ってくれてるけども、やはりヤマタノオロチは簡単には呑み込まれてはくれない。恵理さん、能力は低くしてあるとかいってたけど、それは基準を何処においての「低く」なのかちゃんと聞けばよかったな……

 

「そろそろ本当に拙いよぅ……『ライトニング・ボルト』」

 

 

 初級魔法ではそれほど体力を削れなかったので、僕は他の魔法もぶつける。あっちの体力と僕の体力、どちらに余裕があるかと問われれば、間違いなく向こうの方が余裕そうだ。それでも僕は諦める事を選ばない。諦めたらやられる、それは架空世界であろうと現実世界であろうと変わらないのだから。

 

「これが駄目なら……『アイス・フロア』」

 

 

 踏ん張るヤマタノオロチの足を、凍らせた地面で滑らせる。もしこのヤマタノオロチが氷属性だったら使えなかっただろうけども、如何やらあのヤマタノオロチは氷属性では無かったらしい。

 

『は~い。お疲れ様』

 

「本当に……疲れました……」

 

 

 禁忌魔法に上級魔法、中級魔法に初級魔法と、使えるものは全て使い漸くヤマタノオロチを呑み込む事に成功したのだ。疲れない訳がない。

 

『それじゃ、今から現実世界に戻すわね』

 

「お願いします……」

 

 

 もしもう一戦とか言われたら、僕は間違いなく負けていただろう。だってもう魔法を発動させるどころか歩く体力すら残っていないのだから……

 

「あれ? もしかしてこのまま現実世界に戻ったら……」

 

 

 みんなに何かされても抵抗出来ないんじゃないだろうか? 別にみんなを……いや、恵理さんを疑ってる訳じゃないんだけども、これって仕組まれていたのではないか、という疑問が僕の中に生まれ、それは現実世界に復帰した途端に現実のものとなった。疲れてるんだから、祝福と称した悪戯は勘弁してもらいたかったんだけどな……恵理さんの熱い抱擁の衝撃で、僕は意識を手放したのだった……




そろそろまた非日常パートを考えなければ……


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安心出来る場所

自分にもそんな場所がほしい……


 へろへろの状態で恵理さんに抱きつかれたので、僕は意識を失ったらしい。最近では意識を失うのにも慣れたのか、こうやって客観的に自分の状況を知る事が出来るのだが……これって良い事なのだろうか?

 

「ん……」

 

 

 何となくだが、さっきまでの状況は良くないような気がして、僕は意識を取り戻そうと努力する。身体を動かそうとしてみたり、意識を覚醒させようと必死になってもがく。

 

「元希君! 大丈夫?」

 

「……なんとか大丈夫です」

 

 

 心配そうに覗きこんできている恵理さんに、僕は何とか返事をする事に成功した。さっきまでの空を飛んでいるような感覚は、とりあえず治まった。

 

「良かった。まさかいきなり気を失うなんて思ってなかったから」

 

「ちょっと無理しましたからね……衝撃に耐えられませんでした」

 

 

 無理をしたのは僕だけど、無理をしなければいけない状況を作ったのは恵理さんだ。七人で戦闘訓練をした後すぐに、僕一人だけもう一戦させられたのだ。しかも相手は僕一人では倒せないであろうヤマタノオロチ。無理をしなければ僕は無事に現実世界に戻ってこれなかっただろうな。

 

「良かったわ、本当に……バエルちゃん、元希君をお部屋まで運んであげて」

 

「分かりました」

 

「あれ? まだ授業中じゃ……」

 

「もうとっくに終わってるわ。ここは保健室よ?」

 

 

 言われてから、僕はこの部屋に消毒液の匂いが混じってるのに気がついた。時計を見れば既に放課後、もっと言えば最終下校時間も近づいていた。

 

「帰ったらゆっくり休む事ね。家事は私たちがやっておくから、元希君は安静にしてる事。もし動いてたら元希君の貞操を奪っちゃうかも」

 

「……怖い事言わないでくださいよ」

 

 

 教師としてその発言は良いのか? とも思ったけども、それくらい僕の事を心配してるんだろうなと分かったのでそう返した。

 

「それじゃあ元希さん、私の背中に乗ってください」

 

「うえぇ!? 大丈夫ですよ、もう歩けますから」

 

 

 いくらバエルさんの方が大きいからといって、女の子の背中におぶさるのは恥ずかしい……てか情けないから遠慮したいのだけど……

 

「まだ意識がハッキリしてないでしょ? だからバエルちゃんに運んでもらいなさい」

 

「……だって恥ずかしいじゃないですか」

 

「そんな事言ってると、本当に貞操を奪っちゃうからね?」

 

「はい……大人しく運ばれます……」

 

 

 恵理さんの目が、雰囲気が冗談だと言ってなかったので、僕は大人しくバエルさんに背負われる事にした。事情を知らない人が見たら、姉に甘えてる弟って感じに見えるのかな……同い年なのに何でこんなにも成長スピードが違うんだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幸いな事に、バエルさんに背負われてる時に知り合いどころか誰ともすれ違わなかった。さすがに最終下校時間が近かった為、校内には殆ど人が残って無かったのだろう。

 

「ごめんなさい、重くないですか?」

 

「大丈夫ですよ。むしろ軽くて羨ましいです」

 

 

 本来なら女性が言うはずのセリフを僕が、男性が言うはずのセリフをバエルさんが言う。なんだかおかしな感じがするけども、見た目的には合っているのだ。

 

「頑張って牛乳とか飲んでるんですけど、一向に背が伸びる兆しが無いんですよね……」

 

「私は特に何もしなかったんですけどね……女子としてこの高い身長はちょっと嫌です」

 

 

 バエルさんは健吾君と並べばちょうど感じの身長なのだ。僕みたいに背の低い男と一緒にいると、余計に大きく見えるんだろうな……

 

「とりあえず、元希さんの部屋まで運びますね」

 

「いえ、ここ迄くれば大丈夫ですよ。後は自分でいけますから」

 

「ですが、理事長先生に元希さんの貞操を奪わせるのは……」

 

 

 何となくだけども、バエルさんが恵理さんに敵対心を向けているような気がする……本当に気がするだけなんだけども。

 

「分かりました。じゃあ部屋までお願いします」

 

 

 バエルさんに背負ってもらってるからなのか、僕はさっきから睡魔と闘っているのだ。程よい体温が身体中に広がってきてるし、バエルさんは僕を襲ったりしないと確信しているからか、安心も出来るのだ。

 これが恵理さんやリーナさんだったら緊張感で睡魔など襲ってくる暇も無かったのだろうけども。

 

「元希さん、眠いんですか?」

 

「だ、大丈夫です……まだ起きてます……」

 

 

 僕の眠気に気づいたのか、バエルさんが心配そうな顔で僕の事を見てきた。でも何となくバエルさんの表情は優しさに満ち溢れているような感じがしている。

 

「眠かったら寝ても良いですよ。ちゃんとお布団も敷いてあげますから」

 

「大丈夫……」

 

「元希さん?」

 

「くー……」

 

 

 結局僕は、バエルさんの背中に負ぶさったまま寝てしまったのだった。次に起きた時、僕は制服のまま布団の中にいたのだった。さすがにバエルさんは僕を着替えさせようとか思わなかったようで、僕はホッとしたのと同時に、バエルさんに申し訳ない気持ちでいっぱいになったのだった。




やっぱりこの二人の安心感は書いてて気分が良いです


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七人でお出かけ

ちょっと非日常な感じになります


 例のヤマタノオロチ騒動から暫く、授業以外でモンスターと戦闘する事は無かった。それだけ平和なんだろうけども、実際は高校一年生の僕たちには依頼が無いだけであちこちにモンスターは出現しているのだ。

 

「元希様、今日の放課後はお暇でしょうか?」

 

「今日? 特に予定は無いけど……何かあるの?」

 

 

 最近変わった事と言えば、水奈さんがこうして放課後の予定を聞いてくるようになった事だろうか。前までは炎さんが聞いてきたんだけども、最近は水奈さんか美土さんが僕の予定を聞いてくる。

 

「皆さんでお買いものでもと思ってるのですが、よろしければ元希様もご一緒にいかがでしょうか?」

 

「お買いもの? でも、女の子だけの方が買いやすいんじゃないの?」

 

「ご心配していただかなくても大丈夫ですわ。それに、元希様のご意見も頂きたいと思っていますので……」

 

「そう? じゃあ僕も行こうかな」

 

 

 クラスメイトや秋穂さん、バエルさんもお買いものに行くのに、僕だけハブられるのは悲しいからね。寮に戻ってもする事無いし……

 

「あらあら、元希さんも来るのならおしゃれしていかなくてはいけませんね」

 

「なんだよ~! アタシたちだけならおしゃれしないっていうの、美土は?」

 

「だって炎さん。幼馴染同士でおしゃれしてもつまらないじゃないですか」

 

「確かに……でも、美土は普段からおしゃれだと思う」

 

「それでは元希様、着替えてから校門に集合ですのでお忘れなく」

 

「う、うん……」

 

 

 ものすごいスピードで四人が教室からいなくなってしまった……一緒にお出かけするのに、なんだかハブられた気分がするのは何でだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻って着替えてから、僕は校門へと向かう。僕の隣には同じように部屋に戻って着替えたバエルさんが立っている。私服姿になると、一層お姉さん感が増すのは僕の気の所為なのだろうか……

 

「おっ、やっぱり寮生は早いなー。アタシが一番だと思ってたのに」

 

 

 まずやってきたのは炎さん、何時も通りのボーイッシュな格好で現れた。

 

「炎さんは無頓着なだけですわ」

 

「いきなり何を言ってるの? 水奈もおかしいわね」

 

「妄想に耽るのは何時もの事だと思うけど……」

 

「昔からだもんね」

 

 

 他の人たちも順々に校門に集合した。それにしても、みんな似合ってるな……

 

「おっ? 元希、もしかしてアタシたちに見惚れてるのか? ウリウリ、もっと近くで見ても良いんだぜ?」

 

「炎さん、元希様を抱きしめるのは私の権利ですわ!」

 

「あら~? わたしも元希さんを抱きしめたいですわ~」

 

「……ボクも」

 

 

 わらわらと僕の側に寄ってくる魔法大家のご息女たち……秋穂さんも同様に近寄ってきているのだけども、何となく秋穂さんが一番怖い気がするのは気のせいでは無いはず……

 

「と、ところで! 今日は何処に行くんですか?」

 

「ん? ……今日は全員の服とかを見ようって事になってるんだけど、誰もバエルには言わなかったの?」

 

「誘ったのは炎さんですわよね?」

 

「その炎が言ってないのなら、誰も言ってないわよ~?」

 

「また肝心な事を言ってないんだ」

 

「炎も変わらないわね」

 

 

 幼馴染である四人が炎さんの事を見ながらしみじみと呟いた。その呟きを聞いて炎さんが苦笑いを浮かべた。

 

「ホント、昔から知ってるって強みでもあり弱みだよね……変わってないのはみんなも同じなんだけど、集中砲火されると恥ずかしい……」

 

「だったら気をつける事ですわね。炎さんは抜けてるんですから」

 

「水奈だって妄想癖はそのままですわよ?」

 

「美土は洗い物が下手なまま」

 

「御影は相変わらず感情が分かりにくいのよね」

 

「秋穂だって大雑把じゃないか」

 

「「………」」

 

 

 幼馴染五人の指摘合戦を、僕とバエルさんはポカンとした表情で眺めていた。付き合いが長い相手など、僕にもバエルさんにもいないのだ。

 

「……とりあえず、行こっか」

 

「そうですわね」

 

「お互いに恥ずかしい事を知ってるのは困るわ~」

 

「腐れ縁って怖い……」

 

「改善してるつもりなんだけどね……」

 

 

 付き合いが長いからこそ、お互いが変わってないのがすぐに分かるのだろう。そんな相手がいる事を羨みながら、僕たちはショッピングモールへと向かう事にした。

 

「元希とバエルもそのうちアタシたちと言い争えるくらいの付き合いになるって」

 

「そうですわね。少なくともあと二年半は一緒なのですから」

 

「その先もずっと一緒がいいわね~」

 

「でも、元希君は難しいかもしれない」

 

「そっか……元希さんは男の子だものね」

 

「えっ、そっち!?」

 

 

 てっきり全属性魔法師だからだと思ってたけども、まさか性別の違いだったとは……

 

「そういえば、最近この付近で大型モンスターが出現するって噂があるらしいんだよね」

 

「そうなんですの?」

 

「いや、詳しい事は知らないけど……」

 

「あくまで噂ですわよね。またタイミング良く……いえ、悪く? 私たちがいる傍で大型モンスターが現れるなんて事は……」

 

 

 水奈さんが『無い』と言いきれなかった事に、僕は一抹の不安を覚えた。だってすっごくありそうだし、そんな事思ってると本当に起こりそうだと思ったからだ。




元希君じゃなきゃハーレムデートだと思うんだろうけどもな……


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炎の男気(?)

彼女は女性なんですけどね……


 ショッピングモールに到着してすぐ、炎さんたちが辺りを見渡した。

 

「何かあるんですか?」

 

「いや……日本支部の魔法師たちが多いな、と思ってさ……」

 

「炎さんも気づいてましたの。あの人たちは『ヤマタノオロチ』討伐の時にいた人たちですわよね」

 

「向こうはまだわたしたちに気づいてないようですけど」

 

「何かを警戒してるんだと思う」

 

 

 ヤマタノオロチ討伐に参加してない秋穂さんとバエルさん、そもそも日本支部の魔法師とそれほど交流の無い僕は気づかなかったけども、あの現場で日本支部の魔法師たちと協力して結界を張っていた四人はすぐにあの人たちが日本支部の魔法師だって気づいたようだった。

 

「じゃあさっき水奈さんが言ってた事が実際に……」

 

「如何でしょう? 私の考え過ぎだと良いのですが……」

 

「一応影は放っとくよ。何かあったらすぐに分かるように」

 

「じゃあボクも放つ。一人より二人の方が情報を集めやすい」

 

 

 僕と御影さんの二人でここら周辺に影を放つ。普通の人には見えないし、魔法師だとしてもバレないように飛ばすので後で日本支部から抗議の電話が来る事も無いだろう。

 

「それじゃ、二人が警戒してるんだし買い物を楽しもう!」

 

「炎さん……その切り替えの早さは称賛に値しますわね」

 

「炎は昔からじゃない」

 

「そうだね」

 

「まぁ、切り替えが早いのはみんな同じだったけどね」

 

 

 五人が同時に頷いたのを見て、僕とバエルさんは顔を見合わせて同時に噴出した。

 

「おっ? 元希とバエルも息が合ってきたな」

 

「寮生ですし、同じ時間を過ごす事が多いでしょうしね」

 

「正直羨ましいですけどね」

 

「でも、ボクたちは同じクラスで授業も一緒」

 

「そう考えると私だけ元希さんとの時間が短いですね……」

 

「うわぁ!?」

 

 

 いじけたと思った秋穂さんがいきなり僕を抱き上げてきた。

 

「今日一日は私が元希さんとくっつきます」

 

「「「「ズルイ!」」」」

 

「あっ、はは……」

 

「降ろしてー!」

 

 

 秋穂さんに嫉妬の視線を向ける四人、乾いた笑いをこぼすしかなかったバエルさん、そして僕は抱きあげられたまま抵抗を試みるも無駄に終わる……事情を知らない人がこの光景を見たらなんて思うんだろう……間違っても僕が六人を引き連れてるようには見えないだろうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秋穂さんに抱きつかれ、時に抱き上げられながら買い物をしていると、その途中で水奈さんと美土さんの脚が止まった。

 

「なに? 如何かしたの?」

 

「アイス屋さん?」

 

「確かに最近暑いけど……」

 

 

 僕の田舎にはこんなお店無かったけど、噂でなら聞いた事があった。少し高いけどもとても美味しいアイスを売ってるお店があるって。

 

「食べてく?」

 

「でも、僕お金無いよ?」

 

「私も……」

 

 

 寮生である僕とバエルさんは持ち合わせがそもそも少ない。それにさっきまで買い物をしていたのだが、既に残って無くても不思議ではないのだ。

 

「これくらいなら奢ってあげるわよ。ほら、元希もバエルも遠慮するなよ」

 

 

 こういった時に炎さんの正確は頼りになると思う。もともと奢ってもらうつもりなど無かったのだけども、炎さんの言い方だと断ると悪いなって思わせてくれるのだ。

 

「水奈も美土も行くわよ。何時までも突っ立てると邪魔だし」

 

「そ、そうですわね。邪魔ですものね」

 

「他の人の邪魔をするくらいなら、お店に入った方が良いですものね」

 

「……誰に言い訳してるの?」

 

 

 御影さんのツッコミに、水奈さんと美土さんが乾いた笑いをこぼした。おそらくは自分に向けての言い訳だったんだろうな……

 

「早くしなよー」

 

「炎は早いよ……」

 

 

 既に注文を済ませて席に座っている炎さんを見て、御影さんはまたしてもぼそっと呟いた。もちろん炎さんには聞こえなかったのだが。

 

「炎さん、ありがとうございます」

 

「奢ってもらえるなんて思ってませんでした」

 

「いいって。アタシたちは色々と政府から便宜を図ってもらえてるし。家に金があるのも隠す事じゃないしね」

 

「ですが炎さんはお金を豪快に使いますわよね」

 

「そうですね。昔から炎は豪快でしたね」

 

「中学の時、体育祭の練習の後にクラス全員にお茶を奢って先生に怒られてた」

 

「あれはあの教師が悪いんだろー!」

 

 

 中学時代の話をされて、炎さんは少し恥ずかしそうに顔を逸らした。それでもアイスを食べる手は止まらないのだが。

 

「……ん?」

 

「元希君も気づいた?」

 

「じゃあ勘違いじゃないんだ」

 

 

 飛ばしている影が何かを感じ取ったのに気づいた。最初か気のせいかとも思ったけども、御影さんも同様に異変に気付いているので間違いは無いだろう。

 

「如何やらノンビリしてられる時間は終わったようだね」

 

「でも、ボクたちが何かしなくても日本支部の魔法師たちがいる。ボクたちは避難経路の確保をした方が……」

 

「それも日本支部の魔法師がするよ、きっと。僕たちは大人しく逃げるか、日本支部の手伝いをするかのどっちかだと思う」

 

 

 正直にいえば、日本支部の魔法師たちと連携するのは難しいと思う。向こうが僕たちの事を侮ってるのもあるのだけども、僕たちも日本支部の魔法師と仲良くしようって気が無いのだ。

 

「とりあえず現場に行こう。話しはそれからでも遅くない」

 

「そうだね」

 

「ちょっと! 何の話だよ!」

 

 

 影からの情報が無い炎さんたちは、僕たちが急に立ち上がったのを不思議に思っている。説明する時間も惜しいから、僕と御影さんは念話をしながら現場に向かう事にしたのだった。




さて、この後の展開をどうしよう……


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元希君の決意

やられるだけの主人公じゃないですよ


 影の知らせを感知した僕と御影さんは、他のみんなに説明する時間を惜しんで現場に駆け付けた。

 

「なんか……大変な事になって無い?」

 

「うん……かなり危ないかもしれない……」

 

 

 影から情報はもらっていたけども、まさかここまでとは思ってなかった……あれって超大型モンスターってやつじゃないのかな……

 

「おい二人とも、いきなり走り出すなんて……なに、あれ……」

 

「蟹……でしょうか?」

 

「少なくとも普通の蟹じゃなさそうね」

 

「あの気配を掴んだから元希さんと御影は走り出したのね……」

 

「あれが……モンスター……」

 

 

 僕たちの後を追いかけてきたのだろう。残りの五人も例の超大型モンスターの存在を見て驚いている。まぁ、現在進行で魔法協会の魔法師たちが攻撃を仕掛けているのに、あの大蟹はまったく気にした様子は無く進んでいるんだもん、驚いてもしょうがないよね……

 

「あれって普通の魔法師で倒せるものなのか?」

 

「どうでしょう……少なくとも学生である私たちでは無理そうですわ」

 

「ですが、元希さんなら大丈夫なのではないでしょうか?」

 

「さすがに無理だよ……あんなのバーチャルでも戦った事が無いもん……」

 

 

 ヤマタノオロチは一度現実で、そして昨日は架空で戦ったけども、あんな化け蟹なんて退治したことないよ……

 

「理事長に連絡……って、もう来てるわね」

 

「さすがはSランク魔法師って事なのでしょうか?」

 

「さっきボクの影が気配を掴んだのと同時にあの二人に連絡をした。さすがにボクたちだけじゃ無理だと思って」

 

「なるほど……さすが御影だね。冷静な判断だったと思う」

 

 

 恵理さんと涼子さんの二人がいれば、あの化け蟹も何とか出来るかもしれない……でも、これだけ日本支部の魔法師がいるのに、誰一人気配に気づいて無かったのかな? 僕たちの影が気配を掴んだ後も、ショッピングモールには警戒警報が発令されなかったし……

 

「元希君、現状は?」

 

「えっと、警備員の人に一般人の避難誘導をお願いして、僕たちは前線であの蟹の足止めを、と思ってきたんですけど……想像以上の大きさでちょっと困ってます」

 

「被害者は今のところ魔法協会の人たちだけ。非難はスムーズに行ってると思います」

 

「なるほどね……でも、ここに来てたのは偶然かしら? 大型モンスターの目撃情報は貴女たちも知っているはずよね?」

 

 

 魔法大家の娘である四人と、名門岩清水家の令嬢である秋穂さんに視線を向ける恵理さん。僕とバエルさんは寮生だし魔法協会からの通達も届かないのだ……だって恵理さんと涼子さんが日本支部とは仲が悪いから……

 

「いるかも、という事は知ってましたけど、まさか本当にこのタイミングで現れるとは思ってませんでした」

 

「私もです。家からは注意しろと言われてましたけども、まさか自分が来るタイミングで出現するとは……」

 

「そっか……まぁそうよね……」

 

「姉さん、結界張り終わりました」

 

「了解。じゃあ元希君以外の六人は、涼子ちゃんのフォローを。この結界を破られたら一般人にも被害者が出るわよ」

 

「えっと……僕は?」

 

 

 何で六人だけがフォローに回るんだろう……僕も出来るならそっちが良いなって思ってるんですが……

 

「元希君は負傷した日本支部の魔法師の治療をお願い。むかつく相手だけど、徒に命を散らさせる必要は無いわ」

 

「わ、分かりました」

 

「それが終わったら私のフォローをお願い。足止めするにしても、倒すにしても、さすがの私でも一人じゃ厳しいから」

 

 

 この状況でも、恵理さんはウインクを僕に見せてくれた。余裕があるのかと勘違いしそうだけども、恵理さんの表情に余裕は見られなかった。

 

「急いで手当しなきゃ!」

 

 

 僕はとりあえず避難させられている負傷者の集団に近づき回復魔法を発動させる。

 

「ば、化け物……」

 

「第三の化け物だ……」

 

「こ、殺される……!」

 

 

 この人たちはあのヤマタノオロチ討伐の時にも現場にいた人たちなのだろう。僕の顔を見るなり恐れ、怯え、戦いた。

 

「(予想出来たとはいえ、この対応は傷つくな……でも、へこんでる場合ではない!)」

 

 

 全属性魔法師が恐れられるのは仕方のない事だと割り切り、僕は怪我の治療を進めていく。

 

「こんな事になるなら、水を連れてくれば良かった」

 

 

 水属性なら回復魔法が使えるだろうし、まぁ汚れも落とせただろうし……

 

「それにしても、魔法師って女性が多いんじゃなかったっけ? 何で日本支部の人たちは男性が多いんだろう?」

 

 

 確か女性8に対して男性は2の割合だった気がするんだけど……

 

「それは、この部隊が男性魔法師のみで構成されているからだ……」

 

「あっ、そうなんですか……って、その傷でしゃべらないでくださいよ!」

 

 

 急いで回復魔法を施術して事なきを得たが、あと少し遅かったら命の危険性があったな……

 

「他のものは君や早蕨姉妹の事を恐れ、怯えているが、実際には君たちには助けられていると私は思っている」

 

「そうですか……でも、無理はしないでくださいね。あんな傷でしゃべれば血がいっぱい出ちゃうんですから」

 

 

 日本支部の人の中にも、僕や恵理さん、涼子さんの事を認めてくれる人はいるんだなぁ……って、そんな事思ってる場合じゃないや。

 

「えっと、動ける人は急いでここから離れてください。もし可能なら向こうで結界を保ってる涼子さんや霊峰学園の生徒たちの援護をお願いしたいんですが……」

 

 

 さすがに戦うのは無理だろうと判断したのか、ちょっとおもしろくなさそうな顔をしながら負傷者だった人たちは結界の維持を手伝ってくれる事になった。

 

「では、私も手伝いに行く。悪いがあの魔物は君と早蕨恵理に任すぞ」

 

「あっ、はい」

 

 

 僕も自信など無いけども、本職の人に任されちゃったら逃げる事も出来ないだろう。という事で治療が終わったので僕は恵理さんの側に駆け寄った。

 

「恵理さん、終わりました」

 

「そうみたいね。でも、コイツを倒すのは無理そうね……また異空間に飛ばすしか……」

 

「蟹って事は水属性ですよね? 凍らせるのは如何です?」

 

「大きすぎて無理よ……それに、コイツ自分に回復魔法を常駐でかけてるみたいなの。凍らすにしても一瞬でじゃないと……」

 

「禁忌魔法『コキュートス』なら大丈夫ですかね?」

 

「どうかしら……それに、私は『コキュートス』は使えないわよ?」

 

「大丈夫です、僕がやりますから」

 

 

 あの大きさの蟹を凍らせた事は無いけども、他に出来る人がいないんじゃしょうがない。僕がやるしかないよね。




少しは男の子らしいところを見せておかないと……ヒロインとの絡みも男女逆ですし……


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化け蟹退治

この戦い方は疲れるパターン……


 いざ化け蟹を倒そうと思っても、僕一人で出来るなんて思えないんだよね……でもまぁ、恵理さんはコキュートス使えないって言うし、涼子さんは結界を張ってるしな……

 

「一応私も氷系の魔法はぶつけとくから、元希君のタイミングで撃っちゃって良いわよ」

 

「分かりました……でも、上手くいく確率の方が低いと思います」

 

 

 実際にコキュートスを使った事が無いのだ、召喚獣で氷狼を出すくらいにしか使った事が無いし、これほど大きいモンスターと対峙した事も無いのだ……

 

「念のためブラック・ホールも使えるように待機しててもらえますか? 無理そうならすぐに切り替えたいので」

 

「分かったわ。涼子ちゃんも聞こえてるわよね?」

 

 

 如何やら恵理さんが念話を飛ばしてるらしく、涼子さんの返事は僕の頭の中にも聞こえてきた。

 

「え? ……分かった、ちょっと待っててね」

 

「何かあったんですか?」

 

 

 いざっ! っというところで恵理さんからストップをかけられた。まぁ意気込んでもあまり意味は無かったから別に問題は無いんだけども……行こうって決心した分、なんだか気合いが抜けてしまった。

 

「あのね、元希君。バエルちゃんと水奈ちゃんも手伝うって言ってるらしいのよ」

 

「あの二人は氷魔法が使えますからね。でも、Sランク魔法は使えるんですか?」

 

 

 もし使えるなら、あの二人も将来的にはSランク魔法師という事になるんだろうけど……

 

「さすがにそれは無理よ。でも、元希君のフォローくらいは出来るはずよ」

 

「そうですね……ですが、二人が抜けると結界が……」

 

「それは大丈夫よ。さっき元希君が治療した日本支部の魔法師たちが結界を保つ補佐をしてくれてるから」

 

「そうですか……じゃあ念のため御影さんも一緒に来てもらってください。涼子さんが動けない以上、ブラック・ホールを使う時に御影さんにも手伝ってもらいたいですし」

 

「そうね……涼子ちゃん、そういう事だから三人を至急こっちに向かわせて」

 

 

 フォローが期待出来る分だけ、僕も少しだけ気が楽になる。でも、少しでも気を抜き過ぎればこの街が……ここら辺一帯があの化け蟹に破壊されるので抜き過ぎないようにしなければ……

 

「ところで、あの蟹って何処から来たんでしょうね?」

 

「さぁ? この辺りの川か何処かじゃないの?」

 

「あんなデカイのがいたらさすがに気がつくと思うんですが……」

 

 

 今まで何処にいたのか気になるけど、今はそんな事を気にしてる場合ではない。とりあえずあの蟹を倒してから、日本支部の人たちに住処を探してもらえば良いだけだし……

 

「元希様、来ましたわ」

 

「ボクも来てほしいって如何いう事?」

 

「えっと……説明すると、まず僕が禁忌魔法であるコキュートスを放つ。水奈さんとバエルさんはそのフォローをお願いしたいんだ」

 

「分かりましたわ」

 

「出来るか如何か分からないけど、やってみます」

 

 

 氷系の魔法師の二人に説明して、僕は御影さんに視線を向けた。

 

「もしコキュートスで凍らせられなかったら、すぐさまブラック・ホールに切り替えるから、御影さんはその時にフォローをしてもらいたいんだ」

 

「でも、ボクはその魔法を使えない……」

 

「あくまで補佐だから。結界が崩れないようにしてもらいたいだけ。指示は恵理さんがしてくれると思うから」

 

「ま、それくらいはしなきゃね。これでも理事長なんだし」

 

 

 恵理さんはこんな状況でも楽しそうに話す。まるで危機なんて無いかのようにふるまうので、僕も自然と緊張がほぐれるのだ。これは恵理さんの計算なのか、それとも素なのか……それは僕には分からないけど。

 

「それじゃあ、行きます」

 

 

 僕は四人から少し距離を取って詠唱を始める。実際に発動させるのは初めてだけど、多分問題無く発動出来るだろうな……

 

「かの者の周りに絶対なる氷結を。全ての熱を奪い永遠の凍結を『コキュートス』」

 

 

 僕の魔法が発動する前に、水奈さんとバエルさんの魔法で化け蟹の周りの温度が下がっている。その上に僕の魔法が発動され、化け蟹の周りはみるみるうちに銀色の世界に塗り替えられていく。

 

「元希君、大丈夫?」

 

「な、何とか……後少しですので」

 

 

 化け蟹が思ってた以上に大きいので、僕も根性で魔法を発動し続ける。化け蟹の回復速度より早く凍らせる事が出来ているので、このままいけば全身が凍って動かなくなるだろう。そうなれば後はその凍った蟹を解体するだけの仕事なのだ。

 

「……よし、これで終わりだ!」

 

 

 最後の力を振り絞って、僕は魔法の威力を最大まで引き上げる。これなら蟹の抵抗すらも上回れるだろう。

 

「あっ……」

 

 

 蟹の全身を凍らせる事に成功したのは良いけど、魔力の全てを注ぎ込んだ為に、僕は立つ事も出来なくなってしまった……重力に従い身体が倒れていく……

 

「危ない!」

 

 

 僕の側にいたのだろう、御影さんに支えられて、僕は身体を地面に打ち付ける事は無かった。でも、意識を保つ事は無理で、そのまま寝てしまったのだ。




回復していく先から凍らせる……ものすごい魔力を消費する戦い方です。


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禁忌魔法の反動

普通なら死ぬくらいの消費量ですからね……


 化け蟹を凍らせる為に魔力の殆どをつぎ込んだ僕は、如何やら気を失ってたらしい。僕が覚えていた時間と、今現在の時間を確認すれば明らかだ。

 

「……随分気を失ってたんだな、僕……」

 

 

 記憶が正しければ二時間弱は気を失ってた事になる。ぶっつけ本番だったからとはいえ、禁忌魔法は連発出来るんだけどな……やっぱり訓練と実戦は違うという事だろうか……

 

「元希君、もう起きて大丈夫なの?」

 

「はい、一応は……特に怪我をしたわけでもないですし」

 

「でも、魔力が枯渇スレスレだったんですから、もう少し休んでた方が良いですよ。念のため明日は学校を休んだ方が……」

 

「大袈裟ですよ、涼子さん」

 

 

 心配してくれているのはありがたい。それに大袈裟でない事は僕も分かっている。だけど……

 

「何で二人とも、僕の部屋にいるんですか?」

 

 

 それが気になってしょうがなかった。

 さすがに二時間も経っていれば現場に残ってる訳は無いんだけど、部屋に運んでくれたのが誰にせよ、目が覚めた時にこの場にいるのは、些か不自然というか過保護というか……とにかくその驚きが強くて自分の事を一先ず棚上げするしかなかったのだ。

 

「倒れたって聞いて、バエルちゃんが背負って元希君を連れてきた時は本気でビックリしたんだからね!」

 

「そうですよ! いくらあの大きな蟹を止める為とはいえ、元希君が無茶をしたら私たちが心配するんですから! なるべく無茶はしないでくださいよね!」

 

「ご、ごめんなさい……?」

 

 

 二人に謝ってから、僕は布団の中に違和感を覚えた。僕のほかにも誰か入ってる?

 

「あら、気づかれちゃったわね」

 

「うわぁ!? 何でリーナさんが僕の布団の中に!?」

 

「……リーナは他人に魔力を分け与える事が出来るからね」

 

「うらやま……いえ、仕方ないですけどこればっかりは私たちには……」

 

 

 いま羨ましいって言いかけませんでした?

 

「それに、部屋にいるのは私たちだけじゃないわよ?」

 

「え? ……あっ、バエルさん」

 

 

 自分も相当な魔力を使っただろうに、僕をここまで背負って来てくれたのだ。そのせいで寝ていたバエルさんに僕は漸く気がついた。

 

「でも、あの化け蟹は何処から来たのかしら……ちゃんと調べるように言ったんでしょうね?」

 

「一応はね。元希君にも言われてたから。でも、日本支部の人間がつきとめられるか如何かは別よ」

 

「住処が見つかったという連絡は、今のところありませんしね」

 

 

 さっきまでのふざけた雰囲気から一転、三人は真面目な雰囲気を纏って真面目な話を始めた。普段からこんな感じなら僕も、もう少し楽が出来るんだけどな……

 

「う、う~ん……」

 

「バエルさん?」

 

 

 寝苦しかったのか、それとも三人の声に反応したのか、バエルさんが声を漏らす。だけどそれだけで僕の問い掛けには応えてくれなかった。

 

「まぁとりあえずリーナが二人に魔力を分け与えたから動く分には問題ないはずよ」

 

「ですが、まだ魔法の発動は控えた方がいい状態ですね。自分で魔力を作れる状態にはなってますが、発動に必要な魔力はまだ出来てないでしょうし」

 

「まぁ、元希ちゃんなら一瞬で魔力を回復させる方法があるんだけどね。恵理と涼子に全力で止められちゃったからね」

 

「当たり前でしょ! 元希君の貞操は私が……じゃなかった。無意識の相手を襲うなんて正気の沙汰とは思えないもの」

 

 

 今、一瞬本音が聞こえたような……恵理さんが言い繕ったところで、その本音はこの部屋にいるバエルさん以外の全員に知れ渡った。

 

「……とにかく、元希君とバエルさんは暫く魔法を行使する事は禁止です。授業も参加しなくて大丈夫ですから」

 

「実習は兎も角、座学もですか?」

 

「出来るだけ身体を動かさない方がいいんですよ。それくらいお二人は魔力を消耗してたんですから」

 

「そういえば、水奈さんは大丈夫だったんですか?」

 

 

 バエルさんと同じくらいの魔力を消費したであろう水奈さんだけど、見た限りでは傍にはいない。

 

「あの子は魔道大家の娘ですからね。魔力のコントロールは並みの学生とは一線を画してますので」

 

「……やっぱり経験の差というやつなんでしょうね。昔から魔法を扱ってた氷上さんと、学園に来てからまともに魔道に触れた元希君とバエルちゃんじゃ、そこら辺に差が出ても仕方ないのよ」

 

「そう……ですね……僕も実戦という事で何時も以上に気負ってましたし、バエルさんに関してはまともに魔法を使う機会も少なかったでしょうしね……」

 

 

 別に悔しい、という感情は湧いてこない。だが己の未熟さを痛感はしている。

 

「部屋から動くのも、なるべくなら認めたくないんだけども、トイレとかは仕方ないものね」

 

「そこまで重体なんですか、僕たち?」

 

 

 自分の身体だけども、僕が感じてる限りではそれほど重体といった感じはしない。もちろんリーナさんが魔力を分けてくれたから、というのも多分にあるのだろうけど。

 

「元希君やバエルちゃんが普通の魔法師ならそこまで厳重にしなくてもよかったでしょうが、あの化け蟹の住処が見つかって、万が一仲間がいたとしたら、如何しても二人には頼らなければならないの。だからそれまでには回復してもらわなきゃいけないのよ」

 

「私は姉さんでは『コキュートス』は使えませんし、リーナも専門は後方支援ですからね」

 

「そうですか……分かりました、安静にしています。ただ……バエルさんは部屋に戻ってもらった方がいいんじゃないでしょうか?」

 

 

 男と同じ部屋じゃバエルさんも休むに休めないだろうし……

 

「安心して寝ちゃってるし、部屋まで動くエネルギーを使わせたくないのよ。出来るだけ魔力回復に専念させたいし。それに、元希君ならバエルちゃんを襲う、なんて事はしないでしょ?」

 

「当たり前です! あっ、いや……僕が言いたいのはそういう事じゃなくってですね……」

 

 

 僕がドキドキするからバエルさんを自室に戻した方がいいと言いたかったんだけど、既に三人は僕の話を聞く体制では無くなっている。僕は諦めてバエルさんに布団を譲り、自分は椅子に座って休む事にした。




なんだか病弱キャラみたいになってる気が……


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絶対安静

かなりの重傷です…


 安静にしているように恵理さん、涼子さん、リーナさんからキツク言われてしまった僕とバエルさんは学校に行く事も認められなかった。

 

「そんなに重傷だとは思わないんだけどなぁ……」

 

「仕方ないですよ。強権を発動されてしまったら、私たちに逆らう術はありませんし……」

 

「でも、身体が痛い訳でもないのに大人しくしてろ、と言われても……」

 

「元希さんは、私よりも重傷だとは思うんですけど……」

 

 

 互いに互いを監視する為に、僕とバエルさんは同じ部屋に寝かされている。普段なら緊張やら警戒やらで落ち着かない気持ちも、バエルさん相手なら穏やかになっている。それでも、同じ部屋で寝るのは緊張するのだけども……

 

「別に枯渇した訳じゃないですし、リーナさんの応急処置で何とかなってるんですけど……」

 

「それでも、禁忌魔法を長時間放ち続けるのは大変だと思いますし、思った以上に魔力は消費されると思いますよ」

 

「まぁ、凍らせた後すぐに気を失っちゃったんで、何とも言えないんですけどね……」

 

「私も似たようなものですよ。自分の脚で立って歩く事が出来なかったですし……」

 

「でも僕をおぶったって……」

 

「あれは無我夢中でして……」

 

 こんな状況でも、バエルさんは自分の心配より先に僕の心配をしてくれる。生来からなのか、それとも何かきっかけがあったのかは分からないけど、心配させてしまうのは心苦しい……もちろん僕もバエルさんの事を心配してるんだけど。

 

「まったく、我が主様とロシア娘は無茶をするのぅ」

 

「水……いたんだ」

 

「当たり前じゃろ。ワシはお主の使い魔、主が大変な時くらいは傍におるわ!」

 

「……ありがとう」

 

 

 水なりの心配の言葉だと分かるのに、ちょっとだけ時間がかかったから、僕がお礼を言うまでちょっと間が出来てしまった。

 

「なんじゃ、素直に礼など言われるとむず痒いのじゃがのぅ……まぁ悪い気はせんがの」

 

「てか水、君がここにいるのは僕たちを心配して、だけじゃないでしょ?」

 

「まぁの。実は恵理と涼子に頼まれたのじゃ。主様とロシア娘が無理をせぬように監視してくれとな」

 

「信用ないなぁ……それから、いい加減その『ロシア娘』って呼び方、変えたら? 一緒に生活してるんだし」

 

「そうじゃのぅ……ではバエルと呼ぶかのぅ」

 

 

 水の呼び方は、名前か特徴から持ってくるかのどちらかなのだ。ちなみに健吾君の事は『普通科のデカイの』と呼んだりしている……何とも不思議な呼び名なのだ。

 

「まぁお主らが無理をせぬのなら、ワシはノンビリと過ごすだけじゃがの」

 

「だいたい、何を指して『無理』なのさ? 歩いたりする分には問題ないんだけど?」

 

 

 だから基本的に日常生活は送れるのだ。寝る必要も無いし、運動制限をされる必要も無いのだ。

 

「お主らは『自分より他人』じゃからのぅ。困った輩を見つければ躊躇なく魔法を使うじゃろ。それが自分自身の負担だと分かっておっても」

 

「「………」」

 

 

 水の言い分に、僕とバエルさんは反論する事が出来なかった。だってまったくもってその通りだったからだ。

 

「だいたいのぅ、お主たちは国から期待を受けておる魔法師じゃろうが。もっと言えば元希、お主は世界中から注目されておる魔法師じゃ。そんな二人が無理や無茶を繰り返してると知られたら、少なくともこの学園にはいられなくなるんじゃぞ? それでも良いのか?」

 

「「ご、ごめんなさい……」」

 

 

 この学園にいられなくなる、それはかなり嫌な事だ。でもそれ以上に、水が本気で僕たちの事を心配してくれていた事に僕は驚いた。

 

「分かっておるなら良いがの。じゃが、少しは自分の事も考える事じゃ。特にバエル、お主も……」

 

「っ!? お、お願いですから黙っていてください!」

 

「分かっておるよ。ワシは乙女の味方じゃからの」

 

「? 水、何の話?」

 

「我が主様にはまだ早い話じゃよ」

 

 

 いったいなんだっていうのさ……バエルさんには出来て僕には早いって、僕とバエルさんは同い年なんだけどな。

 

「とにかく、恵理とリーナ、それから涼子の許可が出るまでは安静にする事じゃな。もし安静を破った場合、どうなるかワシにも分からんからな」

 

「怖い事言わないでよ……それに、出たくても結界が張られてるからね。出た瞬間に涼子さんにバレるよ」

 

 

 何処まで過保護なんだ、と思うけども、それだけ心配されているんだと言う事だ。その心配を裏切る事は僕にもバエルさんにも出来ない。

 

「そのせいでワシも自由に外出出来ないのじゃがのぅ。ワシが結界を通っても涼子がすっ飛んで来る仕組みなんだそうじゃ。まったく迷惑なものを張ってくれたものじゃ」

 

「それで寮にいたんだ……」

 

「お主らが心配じゃったのも嘘では無いがの。じゃが四六時中監視するような無謀者ではないと言う事も分かっておるからの。だから少しくらいは外に出たかったと言うのが、偽らざぬ本音じゃがの」

 

「あとで涼子さんに頼んでみるよ」

 

 

 水の心配に感謝するのと同時に、外出出来ない不便さを水にも味あわせるのは可哀想だと思って、僕はそう提案したのだ。

 

「約束じゃからの!」

 

 

 如何やら本気で外に出たいらしい……涼子さん、水だけでも自由にしてあげられませんかね?




無茶ってすごい…


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退屈しのぎ

ただ寝てるって本当に暇なんですよね……


 人間と言う物は生きているだけでエネルギーを消費する生き物だ。寝ているだけだろうがなんだろうが、お腹は空くのだ。

 

「何か作りますね」

 

「ワシも食べるからの」

 

「分かってるよ。水も手伝って」

 

「ヤブヘビじゃったか……」

 

 

 手伝いが嫌なのか、水は苦々しげな表情を浮かべた。別に本格的に水に作らせるつもりは無いんだけどな……

 

「私も手伝いますよ」

 

「いえ、バエルさんは自分も大変なのに僕をおぶってここまで帰ってきてくれました。だからこれくらいは僕がしますよ」

 

「ですが……」

 

「諦めろ、バエルよ。我が主様は意外と頑固じゃからの」

 

「水はご飯いらないんだね」

 

「いると言っておろうに! おちおち冗談も言えんのか!」

 

「僕も冗談なんだけど?」

 

 

 普段言いくるめられる事が多いので、僕も冗談で水を撃退してみたんだけど……まさか本気に取られるとは思わなかったな……

 

「さて、それじゃあ水は野菜を洗ってね」

 

「絶対に食べるからの!」

 

「分かってるって。ちゃんと水の分も作るから心配しなくていいよ」

 

 

 初めの方は水だけ飲んでれば大丈夫だったのに、最近ではご飯も食べるようになったのだ。まぁ一人分増えるくらいじゃ手間は変わらないしね。

 

「そういえば、恵理さんたちはお昼如何するんだろう?」

 

「あやつらもいい大人じゃ。自分で何とかするじゃろ」

 

「そうだろうけどさ……何時もお弁当だからちょっと気になって」

 

 

 自分たちで作ったのだろうか? それとも購買で買うのだろうか?

 ちょっと気になったけど、外出禁止だし、水に確認しに行ってもらうのも駄目だしね。まぁお昼抜いたくらいで倒れるような生活はしてないだろうし大丈夫だろう。

 

「それじゃあ、早いところ作っちゃおうか」

 

 

 それほどお腹は空いてないけども、魔力回復には恐ろしいくらいのエネルギーが必要なのだ。油断して一食抜いたりすると、それこそ身体中のエネルギー全てを魔力回復に持って行かれ、他の事が出来なくなったりする。確か教科書にそんな事が書いてあったような気もするからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お昼を済ませてからは、本当にする事も無く僕もバエルさんも部屋でのんびりしていた。こんな時に何か時間をつぶせる趣味があれば良かったんだけども、僕もバエルさんも趣味に興じる時間なんて無かったし、たとえあったとしても別の事にその時間を使っていただろう……

 

「ねぇ水、何か無いのかな?」

 

「テレビでも見てれば良いじゃろ。もしかしたらあの化け蟹の事が分かるかもしれんぞ?」

 

「もし分かってたら僕たちにも情報は入ってくると思うよ? 何せ関係者だし」

 

「そうじゃの。じゃが、あやつらに常識は通用せんぞ? 主様や恵理、理恵を化け物扱いするような輩共じゃからの」

 

 

 そう言えば水のお母さんも、日本支部の人たちに殺されたんだっけ……しかも無実の罪で……

 

「じゃが暇つぶしにはやはりテレビじゃ。ニュース以外にも何かやっておるじゃろうしの」

 

「……水、随分とテレビが好きなんだね」

 

 

 僕はそれほど見ないし、恵理さんや涼子さんも見ない。だからこの寮のテレビは殆ど使われる事が無かったんだけども、最近はリーナさんや水が使ってたようなのだ。

 

「しかしまぁ、最近のテレビと言うのはマンネリ? 気味じゃとリーナが言っておったしのぅ。ワシは十分面白いと思うのじゃがな」

 

「随分と暇してるんだね……」

 

「主様が自由にしてくれるのなら、ワシだって学外に出て遊びたいがの。じゃが今のところワシが自由に動けるのは学内のみじゃ。時間と共に退屈になってしまうのは仕方ない事なのじゃよ」

 

「自由にして、そのまま帰ってこない可能性だってあるわけでしょ? だからまだ駄目。僕がもう少し気配探知が上達してからね」

 

「心配せんでも、ちゃんと帰ってくるのじゃがの……ワシは元希を好いておるから」

 

「っ……まさか水ちゃんまで……」

 

「バエルさん?」

 

 

 水の突然の告白に、僕ではなくバエルさんが驚いた。何をそんなに驚く事があるのかとも思ったけども、何となく触れちゃ駄目な気がしてスル―する事にした。

 

「バエルも大変じゃのぅ。ただでさえ出遅れて居るのにライバルが多くて」

 

「ねぇ、何の話なの?」

 

「お主の話じゃが、お主には関係ない話じゃ」

 

「?」

 

 

 僕の話なのに、僕には関係ないの? ますます訳が分からないけども、やっぱり触れる事が憚られたのでこれ以上は深追いしない事にした。

 

「やはりあの化け蟹の事はニュースになって無いようじゃの」

 

「まだ不確定要素が多いからじゃないの? 分かればさすがに報道すると思うけど……」

 

「主様たちが迅速に対応したから怪我人は無かったし、隠すほどの事柄でも無いと思うのじゃが……それほどまでに日本支部の人間共は恵理や涼子の活躍を世間に知られたくないのか……」

 

「如何いう事?」

 

「全属性魔法師を世間に認めさせると、今まで自分たちが化け物扱いしていた事に対するバッシングがあると思っておるのじゃろうよ」

 

「……恐ろしく自分本位だね、日本支部って」

 

「いきなり何処か別の国での戦闘に加われとかがざらにあると言っておったしの」

 

 

 水から色々と情報をもらいながら、僕とバエルさんはただテレビを眺めていたのだった。




水が現世に毒されている……


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主婦(夫)的思考

完全にそんな感じです……


 午後の授業も終わる時間になってきて、僕とバエルさんはいよいよする事が無くなってきていた。もともと大人しくしてる暇があるなら、何かしていたいという思考の持ち主なので、安静にしている事はある意味で苦痛なのだ。

 

「せっかく寮にいるんだし、思いっきり掃除でもしたいな」

 

「そうですね。普段出来ないところまで隅々掃除したいですね」

 

「お主らの気持ちは分かった。じゃが認める事は出来んからの」

 

「何言ってるのさ。水も掃除するにきまってるじゃないか」

 

 

 自分は掃除などしなくてもいい、と思っている水に、僕は当然の如く告げる。

 

「じゃから、掃除する事は認められんと申しておるじゃろ! 主様とバエルは安静にしておらねばならぬのじゃからの! 掃除なぞ始めたらあちこち駆け回るじゃろうが!」

 

「でも、こんな機会でもなきゃ隅々まで掃除出来ないし……」

 

「自分たちが生活している場所ですし、機会があるなら綺麗にしたいじゃないですか」

 

「この主婦コンビめが……駄目と言ったら駄目じゃ! お主たちがまずせにゃならんのは、寮の掃除ではなく魔力の回復じゃという事が分からない訳ではあるまい?」

 

 

 確かに水の言っている事も間違ってはない。早く魔力を回復させないと、何時まで経っても寮から出る事が出来ないのだから。

 でも……それでも、僕とバエルさんはこの寮の隅々まで掃除したいと思うのだ。普段はそこまで凝る事が出来ないので、時間のある今だからこそ、と思ってしまうのだ。

 

「だいたい掃除なぞ何時もしておるじゃないか! それなのに、何故わざわざ集中して掃除をしたいなどと思うのじゃ?」

 

「普段の掃除では綺麗に出来ていない場所まで掃除したいんだよ。そうすればすっきりするでしょ?」

 

「ワシは今の状態で十分すっきりしておるわ。じゃからお主らが掃除したいなどとのたまっても認めるわけにはいかんのじゃ」

 

「のたまうって……普通の気持ちだと思うんだけど……」

 

 

 自分たちが生活している場所だからこそ、時間があれば綺麗にしたいと思うものだと、僕は思う。それはバエルさんも同じのようで、僕の言葉に何度も頷いているのだ。

 

「とにかく! お主たちが優先せねばならぬのは、掃除ではなく魔力の回復じゃ! 万が一にも魔力が枯渇すれば、もうこの寮にいられなくなるやもしれぬのだからな」

 

「別に魔法を使って掃除はしないんだけどな……」

 

「屁理屈を言うでない! ほれ、大人しく布団に入るのじゃ! バエル、お主もじゃからの!」

 

 

 水は僕とバエルさんの身体を押し、強引に布団に潜り込ませた。

 

「まったく。お主らは何で自分の事を後回しにするのじゃ」

 

「そんな事言われても……昔からの性分だし」

 

「私もです……」

 

 

 そろって呟いた言葉に、水は盛大なため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水に怒られて暫く経って、僕は寮の外に人の気配を感じた。もちろん魔法を使って確かめるなんて事はしなかったけど。

 

「おっじゃましまーす! 元希、元気か?」

 

「元希様、ご無事ですの!?」

 

「元希さんなら無茶をしても大丈夫でしょうけども、あまりお姉さんに心配を掛けるのは感心しません」

 

「元希君もバエルさんも大人しくしてた?」

 

「これ、お見舞いの品だよ」

 

 

 あっという間に寮にいる人間が倍以上に増えた。みんな心配してお見舞いに来てくれたのだ。

 

「てか、元希とバエル、同じ部屋で寝てるんだな」

 

「これは看病しやすいようにじゃ。普段は別々の部屋に決まっておろうが!」

 

「水様、炎さんも冗談で言ってますので、そこで本気に取られると反応に困ってしまいますよ」

 

「なぬ? そうじゃったのか」

 

「今のは半分以上本気っぽかったですけどね~」

 

「美土、からかって楽しむのは止めた方がいい」

 

「ほんと、相変わらずよね」

 

 

 一日大人しくしていたからか、みんながいてくれるだけでかなり嬉しい。この気持ちはバエルさんも一緒のようで、笑いながら泣きそうな顔をしている。

 

「なんだよー。そんなにアタシたちに会えたのが嬉しいのか?」

 

「仕方ありませんわよ。一日中寮の中で過ごしてたんですもの」

 

「話相手もお互いか水さんだけですものね~。半日もすれば飽きますわよ」

 

「念話でも……って、元希君に魔法を使わせちゃ駄目だった」

 

「御影も偶に抜けてるわよね」

 

「むっ! そういう秋穂はしょっちゅう抜けてる。この前もパンツの上にパンツを穿いてた」

 

「それは内緒って言ったでしょ!?」

 

 

 一気に騒がしくなった部屋に、僕とバエルさんは思わず笑ってしまった。

 

「お主らが思っておる以上に、お主らは大切に思われておるのじゃ。じゃから自分をもう少し大切にする事じゃ」

 

「うん。そうだね……そうするよ」

 

「なかなか難しいですが、私も頑張ってみます」

 

 

 昔から自分より他人を優先してきた僕たちにとって、自分本位という考えは非常に難しい。それでも、大切に思ってもらえてるのだからもう少しくらい、という気持ちも当然のように芽生えたのだ。

 

「それじゃ、夕飯はアタシたちが作ってやる」

 

「なにが『それじゃ』なのかは分かりませんが、私たちが愛情をこめて作って差し上げますわ」

 

「安心して、元希君。何かありそうだったら全力で異空間に飛ばすから」

 

「……そんな物騒な事が起こらないように祈ってるよ」

 

 

 間違ってもキッチンで科学実験や爆発などが起こらないように、僕はこっそりと祈るのだった。




苦労人なんです二人とも……


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告白?

一応「?」付きでですけどね


 結果から言えば、爆発も科学実験も行われる事無く晩御飯が出てきた。でも、顔を見る限り、秋穂さんと御影さんがものすごい疲れてるように思えた。

 

「とりあえず、食べられるものが出来たから……」

 

「それだけはハッキリと言える……」

 

「そんなにひどい事は無かったと思うんだけどなー」

 

 

 言葉を聞く限り、炎さんが何かしようとした、という事だけは分かった。

 

「まっ、せっかく作ってくれたんだから遠慮しないで食べましょう」

 

「恵理さん……いたんですね」

 

「私もいますよ、元希君」

 

「私もいるよ、元希ちゃん」

 

 

 料理をしている間に帰ってきたんだろうけども、何で三人共気配を消して帰ってきたんだろう……

 

「そう言えば、元希君とバエルちゃんはちゃんと大人しくしてたのかしら?」

 

「何とか抑えつけたのじゃ……こやつら、掃除をしようとして大変じゃったんじゃぞ!」

 

「何とも二人らしい感じですね……」

 

 

 水の報告を聞いて、涼子さんが納得したように頷く。そこで納得されるのも微妙に複雑なんだよね……まぁいいけどさ。

 

「もう外も暗くなってきてるし、今日はみんな泊まっていってね。部屋はこの前と同じで大丈夫だから」

 

「それって、僕の部屋に涼子さんが泊まるって事ですよね? 今度は大丈夫なんですか?」

 

「元希、『大丈夫』って如何いう意味?」

 

 

 この間みんなが泊まった時、僕はバエルさんの部屋で一晩過ごしたのだ。そして着替えの為に部屋に戻ると、そこには僕の箪笥を漁ろうとしていた涼子さんがいたのだ。涼子さんの為に、その事は他の人には教えていない。恵理さんは知ってるけど……

 

「大丈夫よ。今回は監視として私も元希君の部屋に泊まるから」

 

「それじゃ監視にならんじゃろ。ワシがその役目を引き受けてもよいが?」

 

「水ちゃんは今日一日元希ちゃんとバエルちゃんの監視で疲れてるでしょ? だから私に任せてくれても良いわよ。 何で監視しなきゃいけないのかは知らないけどね」

 

 

 何となくだけど、リーナさんもこの間の事を知ってるような気がする……じゃなきゃこのタイミングでそんな事言い出さないし……

 

「監視なんて無くて大丈夫です! ちゃんと思いとどまりますから!」

 

「涼子ちゃん、そんな事言って、本当は自分だけがあの空間にいたいだけなんでしょ?」

 

「そ、そんな事無いです! そんな事言って、本当は姉さんやリーナ、水様があの空間にいたいだけなのではないですか?」

 

 

 涼子さんの反撃に、恵理さんもリーナさんも水もそろって黙ってしまった。そこで黙られると、僕が恥ずかしいんだけど……

 結局監視は付けずに、この間と同じ部屋割でみんなが泊まる事になった。この前も思ったけど、何で僕は僕の部屋で寝れないんだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝から夕方まで僕の部屋でバエルさんと安静にし、夜はバエルさんの部屋で一緒に寝る。年頃の男女なのだから誰か一人でも止めるべきなのだろうけども、何故か僕とバエルさんが同じ部屋だと誰も騒がないのだ。おそらく他の誰かだったらみんなが騒ぐ事、間違いなしなのに……

 

「何か考え事ですか?」

 

「えっ? えぇまぁ……如何して僕は僕の部屋で寝れないのか、とか色々と」

 

 

 微妙に恥ずかしかったので、僕はお茶を濁した。まさか馬鹿正直に今考えていた事をバエルさんに言えるはずもないから……

 

「みんな、元希さんの部屋に泊まりたかったんでしょうね」

 

「如何でしょう? 僕の部屋に泊まっても、何も面白くは無いと思うんですけど」

 

「面白い、面白くないは別だと思いますよ」

 

「そんなものですかね……」

 

 

 好かれてる実感は、さすがに僕でもある。だけど何故好かれてるのか、男としてではなく弟感覚で好かれてるのではないか、という考えが頭の隅にあるので、僕は如何してもみんなの好意が別の意味なのではないかと思ってしまうのだ。

 その事を健吾君に相談したら――

 

「なんだ、その羨ましい状況は! って普通の男子なら言うと思うぜ」

 

 

――と言われた。

 健吾君は所謂「ハーレム」という物に興味が薄いらしく、僕の状況を見てもそこまで嫉妬しないらしい。まぁ、僕から言わせてもらえば、一度にこれだけの女性から好意を寄せられると、嬉しいと思う前に混乱しちゃうんだけど……と羨んでる人たちに声を大にして伝えたい。

 

「私も、少なからず元希さんの事を想ってますし、他の方もそんな感じだと思いますよ?」

 

「想って?」

 

 

 バエルさんの言葉のニュアンスが『思う』ではなく『想う』であると、何故かこの時だけハッキリと分かってしまった……普段そんな事無いのに、何でこんな時だけそんな勘が働くんだろう……

 

「もちろん、『弟』ではなく、『一人の男性』としてですからね」

 

「あ、あうぅ……」

 

 

 そこまでハッキリと言われて、僕は自分の顔が熱くなっていくのを感じた。変化球でも、オブラートに包むでもなく直球でそんな事を言われたら、誰でもこんな事になるだろう……などと他人事のように考えながら、僕は思考がショートして気を失ったのだった。




最後に出たヒロインが真っ先に告白……ある意味定番なんでしょうか?


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人の温もり

この時期にはあんまりほしくないかも……


 突然の告白に混乱して意識を失い、僕は朝まで目を覚まさなかった。何時もの事、ではあるのだけども、この意識を失う感覚は何度体験しても気持ち悪いのだ。

 

「うーん……なんだか温かい……」

 

 

 布団の中にいるのだから、温かいのは当然だろう。だけど僕が感じたのは布団の温かみではなく、別の温かみだったのだ。

 

「……ふえぇ!?」

 

 

 完全に覚醒し、周りを見渡すと、僕はバエルさんに抱きしめられるように眠っていたのだ。

 

「えっ、えっ!? 何で!? 何で僕バエルさんに抱きしめられてるんだ? てか、何でバエルさんが僕の布団に入ってきてるの!?」

 

 

 覚醒した頭は、一瞬で大混乱に陥った。まぁ無理はないだろうな……もしこの状況で混乱しないような男がいるなら僕の前に今すぐ名乗り出てほしいくらいの状況なのだ。

 

「と、とりあえず離れなきゃ……」

 

 

 僕はゆっくりとバエルさんの抱擁から抜け出そうと、身体を捻ったりしてみる。だけど……

 

「うーん……好きですよ」

 

「(何の寝言ですか! てか、更にきつく抱きしめないでくださいよー!)」

 

 

 僕が抜け出そうとしているのに気づいてか、バエルさんの抱擁が更にきつくなる。そうなると当然、僕の身体がバエルさんの身体に密着するわけで……

 

「(なんか色々と柔らかい……だ、駄目だ! この状況から何としても抜け出さないと!)」

 

 

 多分だけど、涼子さんが僕の部屋を――僕の箪笥を漁る可能性が大いにある。だから急いで部屋に戻って未然に防がないといけない。

 僕はその一心だけでバエルさんの抱擁から抜け出そうと奮闘する。だけど、努力すれば努力するほど、バエルさんの抱擁はきつくなる一方で、僕は遂に抜け出す事を諦めた。

 

「(恵理さんやリーナさんがストッパーになってくれる事を祈ろう……)」

 

 

 こちらはほぼ間違いなく、僕の部屋に侵入するであろう二人が、涼子さんの暴走を抑えてくれる事を祈りながら、僕はバエルさんの温かみで眠くなってしまった。

 

「(今日くらいはいいよね……)」

 

 

 朝食の準備は交代で行うので、毎日僕が作る必要は無い。それに安静にしてろと言われて、どうせキッチンから追い出されるのだから、今日くらいはゆっくり寝かせてほしい。僕は眠りに落ちて行く頭でそんな事を考えていたのだった。

 

「お休みなさい……」

 

 

 誰に告げるでもなく、僕はその言葉を言い夢の世界へと落ちて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めて、まず気付いたのは誰かの視線だった。僕はその視線の方へと目を向けると、バエルさんが僕を見詰めていた。

 

「えっと……おはようございます?」

 

「おはようございます。えっと……なんだかすみませんでした」

 

「何の事ですか?」

 

 

 いきなり謝られても、僕には何の事だか分からない。バエルさんは申し訳なさそうに僕を解放すると、もう一度謝罪の言葉を口にした。

 

「本当にごめんなさい。抜け出そうとしていた元希さんを、私は更に強く抱きしめてたようでして……」

 

「自覚してたんですか?」

 

「はい……いえ、夢でも同じような事が繰り広げられてたので、多分現実でもそうなんじゃないかと思いまして。そうしたら案の定、私が元希さんを抱きしめていまして……」

 

 

 如何やら夢の中でも僕はバエルさんに抱きしめられていたらしい……昨日の告白から大胆過ぎやしませんかね、バエルさん……

 

「元希さんの体温が気持ちよくて、ぐっすり眠ってしまいまして……本当に申し訳ありません」

 

「い、いえ……僕もバエルさんの体温に負けて寝ちゃいましたし……僕もごめんなさい」

 

 

 変な気持などはお互い無かったのだけども、やっぱり異性とくっついていたというのはそれなりに恥ずかしい。僕とバエルさんはそれ以降言葉を発する事無く、そして僕はその気まずさから逃げ出すように自分の部屋へと向かった。

 

「……何してるんですか、三人は?」

 

「えっと……おはよう?」

 

 

 自分の部屋に戻って中を見ると、僕の部屋で寝ていた涼子さん、どこかから忍び込んだのであろう恵理さんとリーナさんが、僕の衣類の入っている――主に下着が入ってる場所――箪笥を開けて中を漁っていた。

 

「召喚獣に攻撃されるのと、僕に直接魔法を浴びせられるの、どっちがいいですか?」

 

「じょ、冗談よ! それに、私とリーナは涼子ちゃんの暴走を止めてただけなんだから!」

 

「姉さんとリーナが暴走してたんでしょうが! 私は今回は何もしてませんからね!」

 

 

 姉妹喧嘩が繰り広げられたけども、僕は真実を知っているだろう第三者の名前を呼んだ。

 

「水、どっちが本当の事を言ってるの?」

 

「どっちも嘘じゃな。三人揃って主様の箪笥を漁っておったわ」

 

「なっ!? 水、何処から!」

 

「ワシはひそかに主様からこの部屋の監視を命じられておったのじゃ。そこの隙間に隠れての」

 

 

 水からの情報で、三人共同罪である事が判明した。

 

「……はぁ、三人共今日一日ご飯抜きです」

 

 

 攻撃するのは可哀想だったから、僕はそう告げて朝ごはんの準備に向かった。だって三人がここにいて、バエルさんが部屋にいるんだから、誰も作って無いってことなんだもん……




何で眠くなるんだろう……


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反省

はい、反省のポーズ……


 三人以外の朝食の準備を済ませて、僕は一息入れる為にお茶を淹れた。今日も一日部屋で安静にしてなきゃいけないのかと思うと、今から退屈を持て余す。

 

「おっはよー!」

 

「おはようございますわ」

 

「炎さん、水奈さん、おはようございます」

 

 

 のんびりしていたら二人が起きてきた。時間的に起きてきても問題ないんだけども、ゆっくりしたかった僕としては、もう少し寝てくれていた方が助かったのだが……

 

「おはようございます、元希さん」

 

「おはよう、元希君」

 

「おはよう……」

 

「秋穂さん、まだ寝むそうですね」

 

「うん……ちょっと寝れなくてね」

 

「秋穂は昔から枕が変わると寝付けないからねー」

 

「ちょっ!? 余計な事言わないでよね!」

 

 

 炎さんの暴露に、秋穂さんが一気に覚醒した。

 

「いきなり泊まる事になりましたからね。さすがに愛用の枕は用意してなかったんですか」

 

「だから違うからね! 元希君も真に受けないでよ!」

 

「だって事実でしょ? 昔なんか……」

 

「これ以上余計な事を言うなら、修学旅行の時の炎の失敗を元希君に話すからね!」

 

「あれは誰にも言うなって約束でしょうが!」

 

「炎が先に言ったんでしょうが!」

 

「……とりあえず、皆さん顔を洗って着替えてきてください。洗濯物は籠に入れといてくれれば後で洗濯するので」

 

 

 どうせする事も出来る事も限られているんだ。それなら出来る事を思いっきりやろうじゃないか。

 

「えっと……元希が洗濯するの?」

 

「そうですけど?」

 

「私たちの下着もですか?」

 

「何か問題でもあるんですか?」

 

「えっと……元希さんが気にしないなら大丈夫ですけど……」

 

「元希君は主夫だから大丈夫なんだと思う」

 

 

 なるほど……僕に下着を触られるのを気にしてるのか……別に唯の洗濯物なんだから気にしなくてもいいと思うんだけどな……まぁ、そこら辺は女の子と男の認識の違いなのだろうな。

 

「元希君、私たちの朝ごはんは?」

 

「さっき言いましたよね? 今日は三人の分の朝食はありません」

 

「こればっかりは仕方無いですね、姉さん……」

 

「涼子ちゃんが踏み止まってくれてれば……」

 

「恵理、責任のなすり合いは意味無いわよ……」

 

 

 大人三人ががっくりと肩を落としてる横で、水が早くも朝食を摂っている。

 

「さすが主様じゃの。絶妙な味付け、食感も美味じゃ」

 

「ねぇ水、ちゃんと手を洗った?」

 

 

 水は普段からお箸を使わずに手掴みで食べるのだ。何でもお箸は使いにくいから、らしいんだけども、見ているこっちとしては行儀が悪い事この上ないのだけども……

 

「主様。ワシは水龍じゃぞ? 手など洗わぬでも勝手に綺麗になるわ」

 

「便利だね、それは……」

 

 

 さすが陰で「歩く蛇口」と言われているだけはある……ちなみに、言っているのは恵理さんだけだ。もっと言えば、恵理さんも涼子さんも、僕も一応だけど、水魔法を使えるので、厳密に言うならば僕ら三人も「歩く蛇口」なのかもしれないけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出かける人たちを見送って、僕とバエルさんは溜まっている洗濯物を片づける為に奮闘する事にした。ちなみに今日は水を自由にさせてあげた為に、この場所にはいない。もちろん、僕たちが無茶をしない事を前提で出かけたので、僕たちが必要以上に動くと後で水に怒られるかもしれないのだが……

 

「やっぱり掃除したいですよね」

 

「ですが、必要以上に動くと、あとで水さんに怒られちゃいますよ?」

 

「そうなんですよね……」

 

 

 バエルさんも掃除はしたそうだけども、怒られる事を考えると躊躇してしまうようだった。

 

「魔法が使えればいいんですけどね……まだ安定して魔力を作れてませんし……」

 

「後一日は安静にしてなければいけないらしいですからね」

 

 

 朝食後にリーナさんに診てもらった結果、今日一日安静にしていれば、必要最低限の魔力は確保出来るらしい。ちなみに、何処までを必要最低限と言うのかは、僕にもバエルさんにも分からないのだけども。

 

「必要最低限って、何処を指すんでしょうね?」

 

「日常生活じゃないですか? 戦闘行為は違うでしょうし」

 

「まぁ大型モンスターが出現しなければ、僕やバエルさんに出動命令は出ないんですけどね」

 

「一昨日の蟹だって、本来なら私たちが出る予定じゃ無かったじゃないですか」

 

「うん……あれは不運だったね」

 

 

 たまたま遊びに行った場所に、たまたま大型モンスターが出現して、これまたたまたま日本支部の魔法師が半壊以上の損害を受けた事によって、僕たちが対応せざるを得ない状況が誕生したのだ。

 

「今度からは出かける場所についてしっかりと調べて、モンスター出現の可能性が無いか確かめてから出かけましょう」

 

「そうですね。ですけど、一昨日も出るかも、とは言ってましたけどね」

 

「でも、まさか本当に出るとは思って無かったはずですよ? 炎さんも」

 

「でしょうね」

 

 

 自分たちの考えの甘さを確認しながら、僕とバエルさんは洗濯を進めて行く。ちなみにこのエネルギーは、朝三人にストックしていってもらったもので、僕やバエルさんの魔力ではない。早く自分たちの魔力で生活エネルギーを供給出来るようにならなければ、もしかして家賃を払えとか言われるかもしれないのだ。

 そんな事になった場合、僕もバエルさんもお金は持ってないので路頭に迷う事になるのだろうか……それだけは避けたいので、大人しくしていようと決心したのだった。




大人として駄目だろ……


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元希君の考え

彼も成長してるんです……少しですけど


 二日学校を休んで寮で大人しくしていたおかげで、とりあえずの魔力は自分で作り出す事が出来るようになった。それでもまだ、戦闘訓練は避けた方が良い状況なので、今の時間はバエルさんと二人で教室でのんびりしている。

 本当は体育館まで一緒に行って見学するつもりだったのだけども、万が一参戦したくなったら拙いからって事で僕とバエルさんは体育館までの同行を禁止されてしまったのだ。

 

「涼子さんも心配性ですよね……」

 

「ですが、早蕨先生が私たちの事を心配してくれている事は確かですし」

 

「でも、こうして教室に二人だけってのも退屈ですし」

 

「今のうちに休んでいた分の授業のノートを写すんですから、退屈とは言えないんじゃないですか?」

 

「そうですけど……」

 

 

 僕は水奈さんに、バエルさんは美土さんにノートを借りて、今は休んでた分のノートをひたすら書き写しているのだ。コピーすればいいんだろうけども、どうせ時間が余ってるんだからって事で書き写しているのだ。

 

「元希さんは誰かを好きにならないんですか?」

 

「ぐぅっ!? な、何ですかいきなり……」

 

 

 いきなりのバエルさんの質問に、一瞬呼吸困難に陥り、慌てたように身体が酸素を求めだした。それにしても何でいきなりこんな事を聞いてくるんだろう……

 

「いきなりでした? この間私は元希さんに告白しました。その返事をもらって無かったのを思いだしたので」

 

「……何時かは好きになる時は来ると思います。僕も人間ですから。でもそれは今じゃ無い」

 

「何でですか?」

 

「今は勉強に集中したいんです。ただでさえ僕は、他の人よりも魔法に接してきた時間が短いんですから。授業以外の時間も、出来る事なら魔法に関する事に使いたい」

 

「真面目ですね」

 

「真面目、とは違うんです。僕はしっかりと勉強して魔法師として立派になって、今まで苦労を掛けてきたお母さんに恩返しをしたいんです。女手一つで僕を育ててくれたお母さんに、少しでも楽をしてもらいたいから」

 

「そうですか。でも、その気持ち分かります。私も施設の人に恩返ししたいですから」

 

 

 片親である僕と、両親が無く施設で育ったバエルさん。境遇が似ていると言えばそうなのだが、僕の気持ちを分かってもらえたのは嬉しい事だと思う。

 

「では、もしその願いがかなった時、もう一度告白しますね」

 

「ありがとうございます。本当にうれしいです」

 

 

 バエルさんのようなきれいな人に好きになってもらえるなんて、僕からすればあり得ない事なのだ。炎さんたちも何でか分からないけど僕の事を好いてくれているようだし、本当に何でなのかが分からないけど、これが俗世間で言う「モテ期」ってやつなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室でバエルさんと語り合ってから数日後、僕もバエルさんもすっかり元通りの生活が出来るようになるまで回復していた。もちろん、無理をすれば周りから怒られるだろうから当分は大人しくしているつもりだが。

 

「元希もバエルも回復したし、快気祝いで何処か遊びに行こう!」

 

「いきなりですわね。でも、楽しそうですわ」

 

「今回は危なくない場所にしましょうね」

 

「また二人が無茶しなきゃいけない状況になるのだけは勘弁だからね」

 

「偶には室内で遊ばない? ほら、炎の家にあるアレで」

 

「アレかぁ……でも、元希とバエルはやった事ないだろ? 不利じゃないかな?」

 

 

 あの日以降、僕とバエルさんの関係は変わっていない。互いに今は勉強の時期なのだと思っているからだろう。もしかしたらバエルさんは思う事があるのかもしれないが、表向きは何一つ変わっていない。

 

「だったら炎さんが教えて差し上げればよろしいじゃないですか。私たちも手伝いますので」

 

「えっと……みんなが言ってる『アレ』ってなんなのさ?」

 

「来てからのお楽しみだよ。元希も男なんだから細かい事は気にしちゃダメだぜ?」

 

「全然細かくないような気がするんだけど……」

 

「まぁまぁ、元希さんったら。男の子なんですから、女の子が秘密にしてる事を無理矢理聞き出そうとするのはいけないと思うわよ?」

 

「何で『乙女の秘密』みたいになってるんですか……」

 

 

 他の人もそこまで激しいアタックはしてこないので、僕たちと同じ考えを持っているのだろうと、今日この瞬間までは思っていた。

 だけどまさか、この後であんな事をされるなんて思っても無かった……当たり前だけど、未来なんて見る事は出来ないんだから……




思わせぶりな終わり方ですが、特に急展開とかではありません


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快気祝いで遠出

でも意外と近場……


 快気祝い、と言う事で、僕たちは今回少し遠出をする事にした。遠出と言っても、高校生が出来る遠出なんてたかが知れいてる。それに加えて、僕とバエルさんは持ち合わせが無いので、普通の高校生以上に遠出が出来ないのだ。

 そしてもちろん、高校生のみの外泊を、寮の大家さんであり学園の理事長である恵理さんが認めてくれるはずもなく、今回の遠出は引率ありきで行われる事になったのだ。

 

「なかなか自然豊かな場所だね」

 

「……炎さん、そこまで感動する事も無いんじゃないですか?」

 

「そうね。だってすぐそこに学校が見えるものね」

 

「これって遠出なの?」

 

 

 学校の近くなのはちゃんと理由がある。まず第一に、今日が平日である事。学校終わりで遠出するのは大変だし、明日も授業があるのだ。あまり遠くに出かけると、それだけ登校するのが大変になるのだ。

 そして第二に、先に言ったように僕とバエルさんにはお金が無い事。炎さんたちが出してくれると言ってくれたけども、そんなことまでしてもらったら僕たちの間に友人関係が成り立たなくなるので辞退したのだ。

 最後に、これが一番大きいのだけども、あまり遠くに行って面倒事に巻き込まれる事態になるのを、全員が恐れたのだ。

 

「まぁまぁ。遠出したければ夏休みにでも全員で行きましょう。元希君も私も、涼子ちゃんだって転移魔法を使えるんだから」

 

「恵理さん、さすがに外国に行くのは駄目ですからね。僕や恵理さん、涼子さんなら兎も角、炎さんたちにはちゃんと国籍があるんですから……」

 

 

 無国籍である恵理さんと涼子さん、そして高校を卒業したらそうなる僕の場合は、多少の不法入国は目を瞑ってもらえる。だけど完全なる日本国籍の他の五人と、ロシア国籍を持っているバエルさんはそうはいかないのだ。

 

「大丈夫よ。最悪、私たちでその国のトップを潰すから」

 

「その思考が大丈夫じゃないですよ、姉さん!」

 

「テント張れました」

 

 

 快気祝いに野宿、ってのも如何かと思うけども、涼子さんと秋穂さんがノリノリでテントの準備を始めた時は、諦めが肝心だと思ったのだった。

 

「そういえば、水は何処に行ったのかしら?」

 

「水ならさっき『キレイな水源がありそうだから探してくるのじゃ!』って言って向こうに行きましたけど。リーナさんと一緒に」

 

「逃げたわね……」

 

 

 やっぱり恵理さんもそう思ったんだ……僕も明らかに不自然だとは思ったけども、せっかく自由に動ける事に喜んでいる水を抑えつけるのも如何だろう、って思って見逃したのだ。

 

「兎も角、ここからなら学校にも行けるし、普段では出来ない生活が楽しめるわよ。それに、ここら辺にはモンスターもいないしね」

 

「念の為結界は張ってありますけど、中級くらいなら結界に触れただけで消え去るので大丈夫だと思いますよ」

 

「快気祝いでまた疲れたくないですからね」

 

 

 この場には、この前の様に日本支部の魔法師たちがいるわけでもなく、応援が期待できる訳でもない。万が一で大型モンスターが現れたら、僕たちだけで対処しなければならないのだ。

 まぁ、Sランク魔法師の恵理さんと涼子さん、Aランク魔法師のリーナさんに、B以上が確定している僕たちに秋穂さんとバエルさんがいるんだ。最悪な事態が起こっても何とか対処出来るだろう。それに水もいるし。

 

「……そういえばさっき、テントがどうとか言ってましたけども……もちろん僕は別の場所で寝るんですよね?」

 

 

 最近やたらと恵理さんと涼子さん、リーナさんが僕の部屋に侵入してくるのだ。身の安全を確保する為にも、是が非でも別のテントで生活したい。例え一人ぼっちになるとしてもだ。

 

「ちゃんと考えてあるから大丈夫よ。それじゃあみんな、元希君と一緒のテントになれるかもしれないくじ引きを始めるわよ! 水とリーナは今この場にいないので不参加と言う事で」

 

「それってどうなんでしょう……」

 

 

 秋穂さんが精一杯のツッコミを入れたけども、恵理さんには響かなかった。

 

「いいじゃん、秋穂。ライバルが減るのは嬉しい事だよ!」

 

「そうですわね。私としても確率が上がるのは嬉しいですし」

 

「最近バエルさんばかり元希さんとくっついてる気がしますし、少しでも確率が上がるなら歓迎しますわ」

 

「ボクも」

 

「……う~ん、良いんだろうか?」

 

 

 なおも首を傾げる秋穂さんだったが、周りに説得されて反論を諦める事にしたようだ。

 

「それじゃあ、まずは元希君から引いて。番号が書いてあるから」

 

 

 ちなみに、テントは三つ用意されている。僕たちが全員で十一人だから、三人、ないしは四人で一つのテントを使うと言う事になる。

 

「えっと……僕は二番だ」

 

「二番のテントは四人使用ね。それじゃあ、当たりは三人って事になるわ」

 

「ちなみに、水様とリーナは三人用テントで決まってるので、この二人と一緒になるのは一人ですね」

 

 

 なんだかハズレみたいな扱いになってるけど、僕はみんなで一緒に寝られるならそれでいいんだけどな……もちろん、身の安全が確保されているに越した事はないけども……




気分の問題ですからね、こういうのは……


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温泉作り

納豆の日、らしいです


 くじの結果、僕と同じテントで寝泊まりするのは、炎さん・秋穂さん・涼子さんの三人に決まった。他の六人はかなり悔しそうな顔をしていたけど……別に寝るだけなら日替わりでも良いのではないだろうか?

 

「それじゃ、とりあえず晩御飯の準備ね。そろそろ逃げ出した二人も帰ってくるでしょうし」

 

「本当に逃げ出したんですか? もしかしたら本当に綺麗な水源があるのかもしれませんし……」

 

「万が一本当に綺麗な水源があったとしても、それはテントを張った後でも探しに行けたでしょ? あの二人は料理なんてめったにしないんだから」

 

「それは……そうですけど」

 

 

 水もリーナさんも、二人とも寮では滅多にキッチンに立たない。出来ない訳ではないのだが、基本的面倒くさがりなのか、僕や涼子さんに任せる事が多いのだ。恵理さんには頼まないらしいが、多分頼んでも代わってくれないからだろう。

 

「今日はみんなで作るからね。サボったり逃げ出したりしたらご飯抜きだから!」

 

「なんじゃと!?」

 

「別に逃げてないわよ!」

 

「ほら、すぐそこにいた」

 

「恵理……お主、謀りおったな」

 

 

 すぐそこに隠れていた水とリーナさんは、恵理さんの嘘に引っかかって姿を現した。まぁそもそも、僕と恵理さんと涼子さんは、すぐそこに二人が隠れていた事には気がついていたんだけどね……くじ引きの時、気配が完全に漏れ出てたから……

 

「じゃ、二人も出てきた事だし、みんなで作るわよ!」

 

 

 意気込んだ恵理さんに、僕たちは素直に従う事にした。もちろん、苦手な人には包丁は持たせず、洗い物や安全な作業を頼む事で参加させたのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初日であり、若干キャンプっぽいと言う事で、晩御飯はカレーだった。意外だったのは炎さんが三杯も食べた事だ……僕とあまり変わらない体型なのに、何処にそんなカレーが入ったのかは不思議だ……

 

「そういえば理事長先生」

 

「なにかしら?」

 

「風呂ってどうするんですか?」

 

「そう言われればそうですわね。まさか無しなんて言いませんわよね?」

 

「大丈夫よ。私たちは魔法師、しかも上級が何人もいるんだから」

 

 

 そう言って恵理さんは、僕と涼子さん、そして水に目線を向けた。

 

「まず、涼子ちゃんが穴を掘って、そこに水が水を張ります。そして最後に元希君が熱した岩を放り込めば、立派な温泉の出来あがり!」

 

「……姉さんは何をするんですか?」

 

「私はお風呂周りに虫よけの結界と防音の結界を張るのよ。裸になると刺される可能性が高くなるでしょ?」

 

 

 言ってる事に不自然な感じは無いけども、恵理さんが言うと何故か胡散臭いように聞こえるのは何でだろう……

 

「岩を放り込む、って言われても……僕にそんな力は無いですよ……」

 

「魔法でどうとでもなるでしょ? 風でも何でも、岩を動かせれば何でも良いのよ」

 

「主様は非力じゃからの」

 

 

 気にしてる事をあっさりと……まぁ事実だから反論は出来ないけども……

 

「それじゃあ残りのみんなで晩御飯の片づけをするから、三人はお風呂の準備、お願いね」

 

「分かりました。どの辺に作ります?」

 

「テントから少し離れた場所で良いわよ。でも、あんまり深く作ると大変だから、程よい深さでお願いね」

 

「分かってます。姉さんやリーナではないので、悪ふざけはしませんよ」

 

 

 確かにその二人なら悪ふざけをしそうだな……てか、僕は別の場所で嫌な予感がしてるんだけども……

 

「広さはどれくらいにします? 数人が入れる程度で良いんですか?」

 

「何言ってるの、涼子ちゃん! 早蕨荘のルールを忘れたの?」

 

 

 ほらきた……ここは早蕨荘じゃないんだから、そのルールは適応されないはずなのに、恵理さんは楽しそうにそんな事を言いだす。もちろん反論は試みようと思うのだが、他のみんなが嬉しそうな顔をした時点で、僕の負けが決定したも同然なので諦めた……

 

「それでは、それなりの広さで作りますね。水様、問題はありませんよね?」

 

「大丈夫じゃ。ワシもみんなで入る事には賛成じゃしの」

 

「僕は嫌だな……」

 

 

 誰にも聞こえない程度の声で呟いたのだけども、すぐ隣にいた涼子さんにはバッチリと聞かれてしまった。

 

「姉さんが言いだしたら誰も止められませんからね。元希君も諦めて下さい」

 

「……嬉々とした顔で言われても説得力が無いですよ」

 

 

 涼子さんも、一緒に入る事に賛成しているのだ。だから僕を慰めるフリをして諦めを申し出てきただけに過ぎないのだ……言われなくても諦めてはいますが。

 

「まぁまぁ主様よ。主様の立派な分身を見せつける良い機会ではないか」

 

「そんな機会は無くて良いよ!」

 

 

 水の思いっきりズレた慰めに反論しながらも、僕は岩を作り出し熱している。お風呂に入る事自体は嫌じゃないし、何とかして一人になれる空間が作れないか考えているのだ。

 

「(この岩を境に、男女で別れるのが一番かな……でも、納得はしてくれないだろうな……)」

 

 

 普通女性の方が異性との入浴は嫌がると思うんだけど、何でここのみんなは喜んで一緒に入りたがるのだろうか? バエルさんは若干恥ずかしそうにしてるのに、他の人は別の理由で頬を染めているように見えるのは、きっと僕の勘違いではないと思う……




何でも出来るってこんなに便利……


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小さな反撃

ホントに「小さな」ですけどね


 即席で人工の露天風呂を作り、僕たちは結局全員一緒に入浴する事になった。どれだけ反対しても、多数決で僕の意見は却下されるのだ……民主主義に託けた数の暴力反対……

 

「そう言えば理事長先生、脱衣スペースはどうするんですか?」

 

「ここは学園の私有地だし、殆ど人は来ないのよ。だから別に気にする必要は無いわよ」

 

「大いにあると思うんですけど……」

 

 

 一応異性である僕がいるんですから、お風呂は兎も角脱衣スペースは別にするべきだと思うんですけど……本当はお風呂も別にしてもらいたいんだけども……

 

「そうなんですか。じゃあ安心ですね!」

 

「元希様の前で……」

 

「あら、久しぶりにスイッチが入りましたね」

 

「入ったね」

 

「いったい何を考えてるんだか……」

 

 

 水奈さんが妄想世界に旅立ったのを、美土さん、御影さん、秋穂さんが半分呆れながら眺めている。

 

「恵理、人払いの結界を張ったわよ」

 

「これで本当に問題なし! さぁ、お風呂に入るわよ!」

 

「姉さん、せめて片づけを終わらせてからにしてください!」

 

 

 僕たちが温泉を作ってる間に片づけを済ましたはずなんだけど、何でまだ残ってるんだろう……

 

「ちゃんと片付けたわよ?」

 

「全然終わってません! 相変わらずいい加減なんですから……」

 

「涼子ちゃんが細かいのよ……」

 

 

 姉妹喧嘩が始まりそうだったので、僕とバエルさんで仲裁して片づけをする事に。何で祝われる僕とバエルさんが苦労しなければならないんだろう……

 

「主様! ワシは先に入ってても良いかの?」

 

「あーうん……ご自由にどうぞ」

 

 

 外でお風呂なんて初めてなのだろうか? 水のテンションが異様に高い。僕はそのテンションについていけないので、とりあえず水の提案を受け容れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 片づけを終え、脱衣スペースだけは何とか別にしてもらい、僕は今お風呂の準備を進めている。と言っても、ただ服を脱いで畳むだけなんだけど……

 

「何でお風呂は一緒じゃなきゃ駄目なんだろう……別にここではエネルギーを使って沸かし直す必要も無いと思うんだけどな……」

 

 

 岩を熱して放り込んだのだ。そう簡単にお湯の温度が下がるとは思えない。まして今は夏だ。多少温度が下がっても許容範囲で収まると思うんだけど……

 

「まぁ僕の意見は却下されちゃったんだし、今更ブツブツ言ってもしょうがないよね……」

 

 

 賛成二人、反対九人で否決、言うまでも無く賛成の二人は僕とバエルさんだ。

 

「元希ー遅いぞー!」

 

「うわぁ!? 炎さん、何でこっちに……」

 

「何でって、遅いから?」

 

「まだそんなに時間たってないでしょ! 何で待てないんですか!」

 

「細かい事は気にするなって! それよりも、早く入ろうぜ!」

 

「全然細かくないですよ……」

 

 

 大雑把なところがある炎さんに、どれだけ抗議しても無駄だとは分かっている。分かってはいるけども、抗議せずにはいられないのだ……

 

「元希連れてきたぜー!」

 

「炎さん、もう少し待てば元希様だって入ってきたんですよ?」

 

「相変わらずせっかちよね~」

 

「昔から変わって無い」

 

「なんだよ! みんなだって早く元希と一緒に入りたかったんだろ? だから連れてきたやったんじゃないか!」

 

「別に少しくらいなら待てるわよ」

 

 

 秋穂さんのセリフに、三人も頷く。だけど炎さんの行動を本気で咎めようとしている訳ではないと、僕も炎さんも分かっていた。

 

「さあ! 泳ぐぞ!」

 

「お風呂で泳ぐのはちょっと……」

 

「そうですよ、岩崎さん。いくら知り合いだけと言っても、最低限のルールは守ってくださいね」

 

「はーい……」

 

 

 涼子さんに注意されて、少し残念そうだけども大人しく従う炎さん。さすがに注意されても無視するほど子供では無かったようだ。

 

「主様! なかなか気持ちよいぞ!」

 

「良かったね」

 

「ところで、湯船は兎も角として、何処で身体とか洗うのかしら?」

 

「その辺で良いでしょ。水なら出せるんだし、元希君になら見られても大丈夫でしょ?」

 

 

 リーナさんの問い掛けに、恵理さんが答える。だけどその答えに、僕は納得出来なかった!

 

「僕が気にしますよ!!」

 

「大丈夫よ。元希君のも何回も見てるんだし、今更気にしなくても良いでしょ?」

 

「気にしますってば!」

 

「別に襲う訳じゃないんだから、そんなにカリカリしないの。それとも、元希君は襲ってほしいのかな?」

 

 

 恵理さんの冗談に、僕は反論する気が失せて行ってしまった……この人には何を言っても駄目なんだと分かってしまったからだ……まぁ、前から何となくは分かっていたんだけども。

 

「水が出せるのは、私、涼子ちゃん、元希君、氷上さん、それと水ね。一応温度調節はするけど、少し冷たいかもしれないから予め了承くださいね」

 

「なんですか、その反対は許さないって勢いの脅し文句は……」

 

 

 とりあえず全員が了承したので、僕たちはそれぞれ身体を洗う事にした。恵理さんやリーナさんが僕の身体を洗おうとかしたけど、冷水で追い返した。それくらいの反撃なら出来るんだよね……




比較的安全な相手が一緒ですけど、平穏無事ではつまらないですよね


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寝る場所

テントは決まってますけど、場所はまだだったので……


 お風呂では何とか貞操を守った……女の子が使う方が正しい気がしないでもないが、あの状況を考えればこの言葉であってるはずだ。

 お風呂では危ない場面もあったけども、テントではそれほど危ない事は無いだろう。炎さんと秋穂さんはスキンシップは多いけど、水奈さんや美土さんほど過激なものではないし、涼子さんも箍が外れなければ大丈夫なはず……だよね?

 

「さーて! それじゃあ元希の隣は誰が寝るか決めようぜー!」

 

「とりあえず元希さんは両端がある場所にして、その隣二人を決めましょうよ」

 

「……公平に全員くじで良いじゃないですか」

 

 

 出来れば僕はどちらかの端で、なるべく出口に近い方が好ましい。いざという時すぐに逃げ出せるように。

 

「ダーメ。元希は絶対に挟まれるんだ!」

 

「何で?」

 

「その方がアタシたちが嬉しいからに決まってるじゃん!」

 

「………」

 

 

 無邪気に――あるいは容姿相当な笑顔で言い切られてしまった。何故だか分からないけど、炎さんのあの笑顔には逆らえないんだよね……他の人もそうらしいから、何か特別な事があるんだろうか?

 

「とりあえず何泊もするんですから、日替わりで場所を移るのはどうでしょう? もちろん元希君は動かないですけど」

 

「早蕨先生の案で良いですよ。元希さんの隣で寝られるのなら何でも」

 

「アタシもそれで良いぜ! てなわけで、賛成三人、反対一人で可決だね」

 

「……僕は何も言って無いけど」

 

 

 またしても民主主義という名の数の暴力で僕の意見は却下される事になってしまった……別に最初から通るとは思って無かったけども、少しくらいは抵抗したくなるんだよね……それが無駄な抵抗だと分かってても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 公平なくじの結果、初日の並びは端から涼子さん、炎さん、僕、秋穂さんとなった。これが一日おきに動き、明日の並びは秋穂さん、涼子さん、僕、炎さんとなるらしい。ちなみに、出入り口は秋穂さん側だ、つまり僕は外に出る場合、秋穂さんをまたいでいかなければならない事になる。

 

「さて、明日も学校だし早く寝ましょう。いくら転移魔法がある、って言っても、あれはかなり疲れる魔法だからなるべく使いたくないので」

 

「確かに。あれは疲れますよね……」

 

「そうなのか? アタシや秋穂には使えないからな……」

 

「空間魔法は闇属性だからね。使えても御影だろうし」

 

「上位魔法だろ? 御影にはまだ無理だよ」

 

 

 炎さんと秋穂さんが僕を挟んで会話を楽しんでいる。僕はさっさと夢の世界へと逃げ出したいのに、これじゃあなかなか逃げられないじゃないか……

 

「なぁ元希。転移魔法ってどのくらい疲れるんだ?」

 

「どのくらいって……魔法を連続発動し続けなきゃいけないから、普通の攻撃魔法や回復魔法の数倍、数十倍くらいは疲れるけど」

 

「そうなの? じゃあかなり負担の掛る魔法なんですね」

 

「前にロシアに行った時は動けなくなるかと思ったもん」

 

 

 バエルさんの調査の為にロシアに行き、そして帰る時も転移魔法を使った。あの時は涼子さんと僕とで行き帰りを分けたから何とかなったけども、あれを一人でやれと言われたら死ぬかもしれない……まぁ今回は目に見えている場所への転移なので、前ほど負担は掛らないかもしれないけど。

 

「ま、とりあえずは自力で学校に向かうって事で。転移魔法は最終手段なんだろ?」

 

「当然だよ。あれを毎日使え、なんて言われたら僕だけでも早蕨荘に帰るもん」

 

「よほど使いたくないんですね」

 

 

 炎さんと秋穂さんとおしゃべりに興じていたけども、徐々に僕の瞼は重くなってくる。

 

「そろそろ限界かも……」

 

「そっか。じゃあ元希、お休み」

 

「お休みなさい、元希さん」

 

「うん、お休み……」

 

 

 炎さんと秋穂さんに就寝の挨拶をしたところで、僕は限界に達した。さっきまでは早く逃げ出したいとか考えていたのに、いざ眠くなると何だかもったいない気分になる。せっかくのお泊りで、普段はこんな時間までおしゃべりする機会なんて無いんだから、そう思うのも仕方ないんだろう。でも、普通こういった場面だとテンションが上がって眠れなくなるものじゃないだろうか……そんな事を考えながら、僕は睡魔に身を任せ夢の世界へと落ちて行ったのだった。




かなりリア充っぽく見えますが、彼はかなり苦労してるので……


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取りあう姉妹

仲良く分けられないものですしね……


 早朝、僕は隣に誰かいるような気配を感じて目を覚ました。昨日はテントで寝たのだから、隣に誰かいてもおかしくは無いのだが、寝る前に感じたものよりさらに近くに気配があるのだ。

 

「ん~……だれ?」

 

 

 眠い目を擦りながら確認すると、どうやら秋穂さんが寝がえりを打って僕の方に近づいてきただけだった。

 

「うにゅ……」

 

 

 一度目を覚ましたのだから、これ以上うだうだしていても仕方ないだろう。今日も授業があるのだし、何時もより多い朝食を作らなければいけないのだから、僕は勢いで布団から抜け出て顔を洗う為に移動した。

 

「あら、元希君。早起きね」

 

「おはようございます、恵理さん」

 

「うん、おはよう」

 

 

 僕と同じように顔を洗いに来た恵理さんに挨拶を済ませて、僕も顔を洗うべく水を溜める。その横で恵理さんが僕の顔をじっと見ているのが気になり、僕はそっちに視線を向けた。

 

「あの、何でしょうか?」

 

「ううん、ただ元希君の顔を眺めてるだけよ」

 

「気になるんですけど……」

 

「気にしないで」

 

 

 気にするな、と言われても、一度気にしてしまったものを再び気にしないようにする事は難しい。いっそのこと恵理さんの事を完全に無視する境地にでも辿り着かなければ不可能だと言えるかもしれない。

 

「どうやら貞操は無事のようね」

 

「っ!? げほ、ごほ……なんですかいきなり!」

 

 

 何とかして恵理さんを無視して、顔を洗いうがいをしていたところにこの言葉、咽ない訳が無い。

 

「元希君の身体情報が昨日と同じだから安心したわ。私の知らないところで元希君が大人になってないのは嬉しいわ」

 

「だから何の話ですかー!」

 

「何って……」

 

「うわぁー! 言わなくて良いです!!」

 

「そう?」

 

 

 自分で聞いておいてなんだけど、これ以上は精神面に多大なるダメージを受けるだろうと察知して恵理さんの口を塞いだ。

 

「元希君、こんな朝早くから五月蠅いですよ」

 

「涼子さん……すみません。おはようございます」

 

「姉さん、また元希君に何か余計な事でも言ったんですか?」

 

「別に。ただ元希君が大人の階段を上って無かったのを喜んだだけよ」

 

「当たり前です! 私が同じテントにいるんですから、そんな行為は認めません」

 

 

 胸を張りながら、涼子さんは僕を抱き上げた。

 

「それに、元希君の相手を誰かに取られるくらいなら、今すぐにでも私が相手しまうので」

 

「あら、それは聞き捨てならないわね。元希君の初めての相手はこの私って決まってるのよ」

 

「誰が決めたのかしら、そんなあり得ない事を。元希君の相手はこの私ですので、姉さんの出る幕はありません」

 

 

 何だかおかしな雰囲気が漂い始めている。僕は何とかして涼子さんの腕から逃げ出し、二人を止めるように動いた。

 

「お、落ち着いてくださいよ! こんな朝早くから姉妹喧嘩なんて止めて下さい!」

 

「「………」」

 

「な、なんですか……」

 

 

 二人の間に入って喧嘩を止めようとしたら、二人揃って僕の事を眺めている。愛しむような目を向けられ、僕は多少しどろもどろになりながらも二人に訊ねた。

 

「必死になって私たちの喧嘩を止めようとする元希君……なんて可愛らしいのかしら」

 

「こんなに可愛く止められたのなら、止めるしかないわね。涼子ちゃん、ここは休戦と行きましょうか」

 

「そうですね。元希君の可愛らしさに免じて、姉さんの妄言は聞かなかった事にしてあげます」

 

「あら? 妄想を垂れ流していたのは涼子ちゃんでしょ。私は未来に起こるであろう事実しか話して無いのだけども」

 

 

 再び火花が飛び散りそうになったので、僕は恵理さんと涼子さんの背中を一緒に押した。風の魔法で。

 

「ほら、朝ごはんの準備もあるんですから、何時までも喧嘩してないでくださいよ」

 

「……そうね。お姉ちゃんなんだから少しは妹の妄想に付き合うくらいの器量が必要よね」

 

「姉さんの妄言は昔からですし、今更まともに取り合う必要も無かったですね」

 

 

 二人が揃って笑いだしたので、僕はがっくりと肩を落とした。何一つ僕が言いたかった事を理解してくれてないんだと分かったからだ。

 

「やっぱり元希君は私のお嫁さんになるわね」

 

「そんな未来は永遠に訪れませんよ。元希君は私の旦那様になるんですから」

 

「……誰か助けて」

 

 

 料理中も僕を挟んで――僕の頭上で火花を飛び散らす二人に、僕は止める事を諦めて助けを求めた。だがまだ誰も起きていない時間なので、求めたところで誰かが来てくれるわけでもないのだが……

 

「(これだったら大型モンスターを相手にしてる方がまだマシだよ……)」

 

 

 相手が魔物だったら魔法で攻撃して、撃退なら撃破なりすれば良い。だけど相手が人間で、しかも通ってる学校の理事長と教師なのだから、攻撃などすれば大問題に発展するかもしれない。

 それに加えて恵理さんは早蕨荘の大家だ。万が一怪我でも負わせれば寮から追い出される可能性だってあるのだ。僕は二人の言い争う声を聞きたくなかったので、自分の耳の周りに風の魔法で障壁を作った。必要な事は聞こえるようにしていたのだが、終始二人の声が僕の耳に届く事は無かった。




まだまだ続く、元希君の受難……


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謎の気配

非日常へのカウントダウン……


 朝から酷い目に遭ったけど、とりあえず朝食を済ませて学校に向かう事にした。何時もより距離があるけども、炎さんたちからするとさほど変わらないらしいので誰一人文句を言う事も無く学校までの道のりを半分くらい進んだ。

 

「なぁ主殿。ワシまで学校に行く必要はあったのかの?」

 

「水一人でお留守番してたかったのなら良いけど、退屈でしょ?」

 

「確かにのぅ……歩くのは面倒じゃが、一人で退屈してるのよりかはマシじゃの。さすが主様、よく考えておるわい」

 

「それに、一人じゃお昼の支度とか出来ないでしょ?」

 

「ば、バカにするでない! 飯の支度くらい出来るわい!」

 

「あの惨状を繰り返されるくらいなら、水には一食我慢してもらったほうが僕的にはありがたかったし」

 

 

 前に水が料理しようとして早蕨荘の台所を派手に破壊した事があるのだ。あの時は片づけと修復でかなりの魔力を消費したからね……それを繰り返し行われると大変なことこの上ないのだ。

 

「台所は実験を行う場所じゃないからね。水もそれくらいは分かってるでしょ?」

 

「なんじゃ! 恵理までそんな事言うのか!」

 

「だってね……あの片づけの所為で、元希君といちゃいちゃする時間が減っちゃったんだし」

 

「そんな時間は無かったと思いますけど……」

 

 

 恵理さんの冗談にツッコミを入れた時、僕は何かの気配を感じ取った。

 

「気づいた? さすが元希君」

 

「姉さん、冗談言ってる場合じゃないかもしれませんよ」

 

「え? 何の話ですか?」

 

 

 如何やら炎さんたちにはこの気配が感じないようだ。それほど小さいのか、それとも上手く気配を隠しているのか……おそらく後者だろう。

 

「リーナはみんなを連れて先に学校に。私と涼子ちゃんと元希君でここら一帯の捜索をして、必要なら日本支部に連絡を入れます」

 

「分かった。それじゃあみんな、慌てず騒がず、でも迅速にこの場所から移動します」

 

 

 リーナさんに先導され、炎さんたちはこの場所から迅速に移動していく。残った僕たち三人で、ここら一帯の気配、周囲五キロまで及ぶ気配探知を行った。

 

「気の所為?」

 

「いや、間違いなくさっきは気配がありました」

 

「向こうも僕たちに気づいて、より気配を殺したのかもしれません……こちらの策敵以上の能力で隠れられたらお手上げですよ……」

 

 

 念の為もう一回周辺五キロの気配探知を行ったけど、怪しい気配は感じ取れなかった。あるのは小さなモンスターの気配や人の気配だけ。さっき感じた大きな気配はどう頑張っても掴めなかった。

 

「警戒は怠らず、念の為何時でも戦える覚悟だけはしておくように」

 

「分かりました」

 

「日本支部には連絡します?」

 

「いえ、必要無いわ。私たちでも掴めないんだから、日本支部の連中が気配を掴めるはずも無いわよ」

 

 

 涼子さんの問い掛けに、恵理さんは首を振りながら答えた。戦力は多い方が良いと思うけど、恵理さんと涼子さんは日本支部の魔法師たちと連携を取るつもりが無いからな……烏合の衆となるよりは一騎当千の方が戦いやすいかもしれない……

 

「それじゃ、私たちも学校に急ぎましょう。理事長と学年主任、そしてS組の委員長が遅刻なんてしたら恥ずかしいわよ」

 

 

 少しお茶らけた雰囲気で僕と涼子さんを励ます恵理さん。僕たちもその雰囲気に合わせて学校までの残りの道のりを速足で進む事にした。

 

「元希君、あとで水に常に気配探知をおこなうように言っておいて」

 

「ですが、水が自由に動けるのは校舎内だけです。あそこからここまで気配探知が出来るかどうか……それに、水は気配探知が得意な方じゃないですし」

 

「主である元希君が許可すれば、水が自由に動ける範囲は広まるわよね?」

 

「ですが、あまり自由にして敵に捕まる可能性を高める必要は無いと思うんですけど……それに、もしかしたら僕たちの勘違いって可能性だって無きにしも非ずですし……」

 

 

 そんな可能性は限りなくゼロだと、僕にだって分かっている。僕一人だけなら兎も角、恵理さんと涼子さんも感じ取ったのだ。その気配が気の所為だなんて考える方がおかしい事も。

 でも僕はなるべくなら水に危険な事をさせたくないのだ。それが僕の自己満足だと分かっていても、これだけは譲れない。

 

「……分かったわ。ただし私たち三人は常に警戒しておきましょう。何かが起こってからじゃ遅いんだからね」

 

「分かりました」

 

 

 恵理さんの最大級の譲歩に感謝しながら、僕は恵理さんの提案を受け入れたのだった。




気配の正体はいかに……


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気になる気配

気が付けば八十話目ですね……


 学校までの道のりで感じた気配が気になりながらも、僕たちはそれを他の魔法科の生徒に気づかせる事無く授業を聞いていた。ちなみに本当にしょうがなく水には気配を探らせる為にある程度の自由行動を認めた。その結果、水は学園外でも自由に動ける事になったのだが、緊急時のみだと言う事を本人も自覚してくれているようで、普段はおとなしくしていると約束してくれた。

 

「なぁ元希、あの気配の正体はまだ分からないのか?」

 

「うん……あの後何度も気配探知をしたんだけど、特に何の気配も掴めなかったんだよね……」

 

「理事長や早蕨先生、そして元希様の気配探知をくぐり抜ける魔物など、私たちで対処出来るのでしょうか」

 

「水奈、少し悲観しすぎですよ。まだそんな強力な魔物だと決まった訳じゃないんですから」

 

「勘違い、の可能性だってまだ残ってる」

 

「でも、三人同時の勘違いなんてあり得るのかな?」

 

 

 秋穂さんが呟いた言葉に、バエルさんも同じように首を傾げた。

 

「確かに誰か一人ならありえると思いますけど、全属性魔法師三人が同時に勘違い、なんて事はあり得ないと思いますが……」

 

「これが日本支部や余所の国の魔法師だったら分かるんだけどね……確かに元希たち三人が同時に勘違い、なんてあり得ないよな……」

 

「水様からの連絡はないんですか?」

 

「今のところ何も……何か掴んだら連絡するようには言っておいたんだけどね……」

 

 

 事情を知ってる僕たちは、授業間や昼休みなどはこうして集まって話す事にしている。まぁ、普段からこのメンバーで集まってるので、特に怪しまれたりはしないんだけどね。

 

「理事長や早蕨先生も、まだ何も掴んでないご様子でしたし」

 

「恵理さんや涼子さんも、一応は式を放って調べてるらしいんだけども、やっぱり成果は無いみたいだしね」

 

「ボクたちも式を飛ばす?」

 

「わたしたちの式じゃ理事長や早蕨先生以上の成果を上げる事は無理ですわよ。年季と実力が違いすぎます」

 

「美土の言うとおりだね。悔しいけど私たちじゃ敵わない」

 

「それに、式を飛ばすと言いましても、私はその術式を使えませんし」

 

 

 確かに式は日本固有の魔法だ。ロシア出身のバエルさんは使えない。

 

「バエルは何か使い魔的なものを出せないの?」

 

「私はまだ魔法に目覚めたばかりですし……」

 

「まぁ、私たちも数年かけて使えるようになりましたし、バエルさんがまだ召喚出来ないのも仕方ありませんわ」

 

「元希君は水を式として使ってるの?」

 

 

 御影さんに言われ、僕は首を振った。縦にではなく横にだ。

 

「一応別に式は飛ばしてるけど、そっちも収穫なし。よほど強い魔物なのか、それともただの勘違いだったのかはまだ分からない……」

 

「じゃあやっぱりわたしたちが式を飛ばす必要はなさそうですわね。三人が飛ばして見つけられないのですから、わたしたちの式が見つける確率はかなり低いでしょうし」

 

「だね。じゃあのんびりとお昼でも食べようぜ」

 

「一応朝お弁当作ったしね。残すのはもったいない」

 

 

 朝食と一緒に全員分のお弁当を作ったんだから、せっかくなら食べてもらいたい。一先ず今朝感じた気配の事は忘れる事にして、僕たちはお昼を食べる事にした。

 

「しかし、元希ってホント料理上手だよな」

 

「私たちより上手っていうのが、少し気になりますけど……」

 

「まぁまぁ、わたしたちの誰かと結婚しても、元希さんは日本に永住出来ますからね」

 

「理事長や早蕨先生だけじゃない」

 

「ウチは四人の家より劣るけど、元希君一人を養うくらい問題ないわよ?」

 

「あうぅ……その話題は止めようよぅ……」

 

 

 僕だって一人で生きていけるくらいの生活能力は身につけてるんだし、結婚なんてそんな事考えた事も無いんだよね……

 

「私は家も家族も無いですし、元希さんをどうこう出来る財力も無いですし……」

 

「バエルさんも悪乗りしないでよぅ」

 

「ごめんなさい。つい楽しそうだったもので」

 

 

 普段ならこんなこと言わないバエルさんだけども、みんなとより仲良くなった事で冗談にのる事が出来るようになったんだろう。

 仲良くなったのは嬉しい事なんだろうけど、僕からしたらバエルさんだけはこんな冗談を言わないでほしかったんだけどね……

 

『主様、今いいかの?』

 

「水? 何か分かったの?」

 

『まだ分からんが、あの辺り一帯から謎の粒子が検出されたので報告をの』

 

「謎の? いったいなんなのさ?」

 

『調べてみんことには分からん。採取してそっちに戻るからの』

 

「分かった。お疲れ様」

 

 

 水からの報告を受け、僕は謎の粒子について考える事にした。少し待てば実物が運ばれてくるけど、それまでにいくつか検討をつけておいた方が良いと思ったからだ。




盛り上がりが少なかった気がする……


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粒子の検証

どう展開させていくか……それが悩みどころです


 水が粒子を採取して戻ってくる間、僕は別の式に辺りに不審な粒子が無いかを探させた。万が一学校の側にも同じような粒子が検出されれば、手掛かりじゃ無い可能性もあるし、もしくはここも安全では無い可能性だってあるのだから。

 

「とりあえず学校周辺には不審な粒子はなさそうだね」

 

「もう調べ終わったんですか?」

 

「そんなに大変な作業じゃないしね」

 

 

 僕がそう答えると、バエルさんは驚いたような顔をした。いったい何があったんだろう……

 

「バエルさん?」

 

「いえ、学校周辺を調べるだけでも大変だと思うんですが、それを謎の粒子を探すなんて……普通の魔法師には大変な作業だと思うんですけど……やっぱり元希さんは凄いんですね」

 

「そりゃ元希は全属性魔法師だからな。あたしたち何かとは比べ物にならないって」

 

「何で炎さんが自慢げなのかは分かりませんけど、元希様ならこれくらいは朝飯前ですものね」

 

 

 炎さんと水奈さんが誇らしげに僕の隣に立って胸を張る。何で僕の事をここまで嬉しそうに話せるんだろう? 友達だからかな?

 

「ところで元希さん」

 

「なに? 美土さん」

 

「水ちゃんが発見した謎の粒子ですが、元希さんはそれがどんなものだと思ってるのですか?」

 

 

 美土さんの質問に、僕は少し考えた。

 

「未知の魔物の痕跡か、それとも自然発生した新種の何かか……見てみないものには何とも言えないよ」

 

「当然。元希君の言うとおりだね」

 

 

 僕の答えに、今度は御影さんが胸を張って同調した。しかし何でみんな僕の答えにこんなにも誇らしげに胸を張るんだろう……

 

「元希君、そろそろ水様が戻って来ます。他の人に覚られないよう、検証は理事長室で行いますので」

 

「分かりました。それじゃあ行きましょうか」

 

 

 涼子さんに言われ、僕たちはぞろぞろと理事長室へ向かう。普段なら不審に思われるかもしれないけど、僕たちがまとまって登校してきたのは既に学校中に知られている。まぁ僕と恵理さんと涼子さんは遅れて来たんだけども。それでも僕ら三人が学外から登校してきた事はそれだけで驚きだったらしいのだ。

 

「でも元希君、調べるって言っても私たちじゃ何の粒子か分からない可能性だってあるんじゃないの?」

 

 

 秋穂さんがふと思い出したかのように訊ねてくる。

 

「確かに分からない可能性も少なくないよ。でも、それ以上に魔物の痕跡なら放っておけない。朝感じ取った気配が本物なら、あれは危ないからね」

 

 

 前に僕たちが狩った大蟹以上に危険な気配、しかもその気配を完全に消せるかもしれないのだ。放っておけばここら一帯が危険に晒されてしまうのだ。

 

「姉さん、来たわよ」

 

『入ってちょうだい』

 

 

 涼子さんが形式的にドアをノックして、恵理さんが何のためらいもなく入室の許可を返す。普段ならノックせずに入っても文句は言われないけど、今回は事情が事情だから仕方ないんだろうな……

 

「主様、戻ったぞ」

 

「うん、水お疲れ様」

 

「それで、これが謎の粒子……」

 

 

 僕が水を労っていると、その横から炎さんが顔を覗かせて水が搾取してきた物を見ていた。

 

「これ、ワシが主様に感謝されている横から無粋なヤツじゃの」

 

「頭撫でてるだけじゃんか」

 

「主様に撫でてもらうのは至福のひと時なのじゃ!」

 

 

 良く分からないけど、水は炎さんを睨みながらも僕の手を求めるように頭を動かしている。

 

「まぁそれは置いておくとして、これが何なのか早速調べなきゃね」

 

「リーナ、お願い」

 

「任せて。こういうのは私の得意分野だからね」

 

 

 リーナさんが集中しはじめ、彼女の周りに粒子が舞う。リーナさんの得意としている魔法の一つは検索。例え未知の物だとしても、それが何処に属するかくらいは調べる事が出来るのだ。

 

「………」

 

「リーナ?」

 

「これは、この世界の物じゃない……別次元の存在?」

 

「何よそれ……」

 

 

 恵理さんが口を開き驚きの声を漏らした。いや、恵理さんだけが口を開けたのだ。だって別次元の存在を、そんなに簡単に受け入れられる訳が無いのだ。

 

「つまりあの辺りに次元の切れ目があるって事? それで別次元の魔物が一瞬だけ現れたって?」

 

「そうなるかしら。だってこの粒子はこの世界に現存するサンプルの何処にも当てはまらないんだもの……未発見なものなんて最早存在しないと言われてるこの世界でこの結果……次元が違うって考えた方が良いわよ」

 

 

 リーナさんの言うように、この世界において未知の生物はほぼほぼ存在しないとされているのだ。この粒子が未知の生物の物だとしても、絶対に確認されている生物とどこかしら合致する部分があるのだ。それが一切ないというのなら、全くの新種か別次元の生物か、って事になる。

 

「とりあえずあの辺り一帯は封鎖しておかないとね」

 

「既に結界魔法は貼っておいた。主様から預かった札での」

 

「万が一って言って渡したんですが、役に立ちましたね」

 

 

 その場しのぎの結界で長続きしないんだけども、あそこまで向かう時間くらいは保てるだろう。僕たちは急いで学校からあの場所に向かう事にした。




またしても盛り上がりに欠ける……


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可能性

色々と展開出来るように……


 放課後、僕たちは例の場所に向かった。次元の切れ目が無いか確認するのと、より高度な結界をここら一帯に張り直す為だ。

 

「う~ん……やっぱりあたしたちには何も感じられないな」

 

「元希様や理事長先生たちが漸く感じ取れるレベルですものね」

 

「わたしたちじゃ異変があっても気づけませんわ」

 

「次元の切れ目ならボクは分かるかもしれないけど……」

 

 

 次元・時空を切り裂くのは大抵は闇属性の魔法だから、御影さんが言ってるように彼女なら気づけるかもしれない。だがそれはあくまでも「魔法で時空を切り裂いた」場合のみの話だ。自然現象、もしくは「魔法ではない何か」で時空を切り裂いた場合、御影さんでは検知出来ない可能性が高いのだ。

 

「岩崎さん、氷上さん、風神さん、光坂さん、岩清水さん、そしてアレクサンドロフさんは先にテントに戻っていてください。私たち教員と元希君の四人で探索、結界の張り直しを行います。その間に六人は夕食の準備をお願いします」

 

「それが妥当ですね……私たちじゃ元希さんたちの邪魔しか出来ませんし」

 

「そうですね。私たちは結界を張る事も、万が一魔物がいた場合でも、足手まといにしかならないでしょうし」

 

「そんな事は無いですよ。でもみんなを危険な目に遭わせたくないって元希君が」

 

「恵理さん! その事は言わないって約束したじゃないですか!」

 

「えー、そうだっけ? お姉さんそんな事約束した覚えないなー」

 

 

 明らかに惚けてる恵理さんに、僕はこれ見よがしにため息を吐いて見せた。だがそれくらいでへこたれる人ではないし、バエルさんを除く五人が感動して僕に飛びついて来たため、僕の無言の抗議はそれっきりになってしまったのだった……

 

「のう主様、ワシはどうすれば良いんじゃ?」

 

「水はみんなと一緒に先に戻ってて。今日はもう十分動いてもらったし、これ以上は水だって疲れるでしょ?」

 

「それはそうじゃが……主様の側にいた方が楽しそうなんじゃがのぅ」

 

「水……楽しもうとするのは良い事だけど、今回は遊びじゃないんだよ。危険が伴くかもしれないんだから、水だって危ないかもしれないんだよ?」

 

「ワシはこれでも水龍なんじゃがの……じゃが主様がそこまでワシを大切だと思ってくれているのら仕方ない。今回は主様の言葉を聞くとするかの」

 

 

 なんだか良い様に解釈したようだけども、とりあえずは離れてくれるみたいだ。僕は水に見えない角度に顔を逸らし、人知れずため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みんなを遠ざけてから、僕たちは水が粒子を採取した場所周辺で時空の切れ目を探した。粒子がこの辺りにあったのなら、それが出現した場所も近くにあると判断したからだ。

 

「やっぱりありませんね」

 

「そうですね……でも、謎の粒子はぽつぽつと検出してますし」

 

「アメリカのデータバンクから情報を引っ張ってきたけど、やっぱり該当するデータは無かったわね」

 

「この辺はより強度の高い結界を張っておきましょう」

 

 

 僕の提案に三人が頷く。粒子の持ち主が何属性かは分からないので、とりあえずは一般的な結界を張っておく。それとは別に、光属性の結界も張り、時空の切れ目が出現しても大丈夫なようにはしてあるのだが。

 

「これで防げるのなら、それで安心なんですけどね」

 

「全くの未知だものね。私たちや元希君の力でも、対抗出来ないかもしれないし……」

 

「弱気になっちゃダメですけど、確かに不安ではありますよね」

 

「日本支部には報告したんでしょ? ならそこまで不安がる必要は無いんじゃないの? 腐ってても日本で優秀だと言われてる魔法師が集まってるんだから」

 

「そうだけど、それでももしこの場所に出現したのなら、あいつらが到着するのを待ってる余裕なんてないのよね」

 

 

 日本支部の人たちが到着する前に、僕たちが拠点にしている場所は襲われるだろう。だからいくら日本支部に報告してたとしても、安心する事は到底無理なのだ。

 

「全属性魔法師が三人いる、って言ってもね……未知の生物相手にどこまで通用するか、また魔法が効くのかも分からないからね」

 

「もし魔法が効かなかったら、日本支部の連中が来ても意味ありませんけどね」

 

 

 怖い事を言う早蕨姉妹に、僕とリーナさんは顔を見合わせてしまった。ネガティブ思考なのか、それとも全ての可能性を考えているのかは分からないけど、出来る事なら不安になるような事は言ってほしく無かった。ただでさえ未知と言う事で不安なのに、それ以上に不安をあおられたのだから、僕やリーナさんがより不安になってしまうのは仕方無かっただろう。




何時発展させようか……


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完全包囲

元希君たちが頑張ってます


 次元の切れ目がありそうな場所にはあらかた結界を張り終えて、僕たちもテントがある場所へと戻る事になった。万が一結界を破りうる相手ならば、結界が無くても現れればすぐに分かるだろう。それ以外でも結界内に不審な生物が現れれば、結界を張った僕たちにはすぐに分かるようになっている。だから結界の側で監視するような事は不要なのだ。

 

「大分結界を張ったわね」

 

「学園に近いですし、私たちが今拠点としているテントにも近いですからね。どっちに向かわれても厄介ですし、張り漏らしが無いか最後に確認しておいた方が良いでしょう」

 

「そうですね。万が一張り漏らしがあったら大変ですしね」

 

 

 主に学園に向かわれた時、破壊行動などされたら修復したりするのにまた魔法を使わなければいけない。修復魔法は一年生では僕以外使う事が出来ないし、そもそも生徒に修復させる事ではない。

 だけども僕は当事者として関わっているので、万が一校舎などが壊されたらその修復作業に駆り出されるのは間違いない。だから結界の張り漏らしが無いかしっかりと確認しておかなければいけないのだ。

 

「今日は何も現れないかもしれないけど、油断しないでいましょうね。私や恵理、涼子は兎も角、元希ちゃんは実戦経験が圧倒的に不足してるからね」

 

「分かってます。僕はまだ実戦と呼べる戦闘は二回くらいしか経験してませんからね」

 

 

 一回目は学校近くの湖に現れたヤマタノオロチ、二回目はショッピングモールに出現した大蟹だ。水の相手を実戦に含めていいのなら、三回になるんだけども、あれは仮想空間での戦闘だったしな……実戦とは呼べないだろう。

 

「涼子ちゃんはすぐに仮想空間を構成出来るように、この後は結界の維持に魔力を使わなくて良いわ。その分私たちがフォローするから」

 

「万が一大型モンスターで、しかも未知の相手だった場合のみ、異次元に強制転移します」

 

「そんな事が出来るんですね……」

 

「仮想空間と大して変わらないわよ。ただし、大きな違いは、怪我をしたらちゃんと痛みがある事かしらね。仮想空間では怪我しても大丈夫だけど、異次元はそうはいかないから注意ね」

 

「分かりました」

 

 

 最悪の場合のみの注意事項だが、万が一最悪の事態だった場合にこの説明を受けて無かったら無茶をしたかもしれないから、これは必要事項だったのかもしれない。

 

「さてと、それじゃあ晩御飯が私たちを待ってるわよ」

 

「姉さん、少しはしゃぎ過ぎですよ……」

 

 

 既に頭が晩御飯の事でいっぱいになっている恵理さんに、涼子さんが溜め息を吐きながらツッコミを入れた。でも、確かにこれだけ結界を張ったから、お腹が空いちゃうのも仕方ない事だと僕は思うけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 炎さんたちが用意していくれていた晩御飯を食べ終え、全員で食器や調理器具の片づけを進めて行く。今のところ結界には異常は見られないし、謎の気配も今のところは何処からもしていない。

 

「主様、この後は全員で風呂かの?」

 

「何かしたい事でもあるの?」

 

「いや、ただ風呂ならワシはゆっくりと入りたいと思っただけじゃ。今日は色々と疲れたからのぅ」

 

 

 確かに、今日は水にも色々と働いてもらった。ゆっくりとお風呂に入りたいという気持ちも分かる。でも、一人でゆっくりとお風呂に入るなんて、僕が許しても恵理さんが許してはくれないだろう。

 もしそれが許されるのなら、僕だって一人でゆっくりとお風呂に入りたいし……

 

「今日はみんなでゆっくりお風呂で疲れを取りましょう。もちろん元希君も一緒だからね」

 

「僕が一緒じゃゆっくり出来ない人もいるんじゃないでしょうか?」

 

 

 僕はゆっくりと視線をバエルさんに向けた。彼女なら僕の味方になってくれるだろうし、実際そうなると確信していたから。予想通りバエルさんは僕と同じ考えだったけども、今回も多数決という数の暴力に屈した……民主主義なんて嫌いだ……

 どれだけ悪態を心の中で吐いたところで、この状況が変わるわけでもない。既に僕とバエルさん以外は服を脱いでお風呂に向かっている。僕とバエルさんは揃って小さくため息を吐いて、それぞれ脱衣所へと向かう事にした。

 

「本当に、みんな僕を異性だと思って無いんじゃないのかな……」

 

 

 目の前で服を脱ぎ出すとか、普通の女の子はそんな事恥ずかしくて出来ないと思うんだけどな……特に異性の前なのだから――年頃の女子とか関係なく、異性の前で服を脱ぎ出すなんておかしいのではないのだろうか?

 僕はそんな事を考えながら結界を張った位置へと意識を向ける。今のところおかしな事は起こって無いし、謎の気配もあれ以降感じる事は出来ない。

 

「気のせいならそれでいいんだけどね……だけど、あの粒子が検出された以上、勘違いでは済ませられないだろうし……」

 

「おーい! 元希遅いぞー!」

 

「炎さん!? こっちは男子の脱衣所だからね?」

 

 

 炎さんが僕を迎えに来た、のは良いんだけども、脱衣所まで突入されるのは恥ずかしい。だから僕は大声で炎さんの足を止めて、すぐに湯船に向かう事にした。結局は見られるんだけども、着替え中に見られるのはより恥ずかしいのだ……




回復したばっかに忙しい元希君……


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風呂での攻防

彼には地獄かもしれませんが……


 脱衣所に突入される前に、僕は姿を現した。本当ならもう少しゆっくりとして、みんながある程度温まったところを見計らって出てくるつもりだったんだけども、相変わらず炎さんは怖いもの知らずだ……

 

「遅いよ元希! もっと早く準備出来るだろー」

 

「何を根拠に言ってるんですか……」

 

「だって元希は男だろ? 女ほど色々用意するようなものも無いし、あれこれ着けてる訳でも無いだろ?」

 

「炎さん……そこまで開けっ広げに言われると恥ずかしいんですけど……」

 

「ん? 別に元希にならブラでもパンツでも平気で見せられるけど?」

 

 

 そういう発言が恥ずかしいと言ってるのに……ホントに炎さんは僕を異性として意識してないんだろうな……まあ、こんな見た目だし仕方ないよね……

 

「それよりも、元希様。例の場所はどうでしたか?」

 

「一応結界は張っておいたよ。それに、何かあったらすぐに分かるようにもしてある」

 

「わたしたちではお役に立てそうにないですね。だから、これはせめてもの安らぎになってくれると嬉しいですね」

 

「ちょっ!? 美土さん、密着しすぎですよ!?」

 

 

 布地も何もない――タオルを巻いていない美土さんの肌が、僕の背中に柔らかい感触を与える。これってつまり、そう言う事だよね……

 

「あう、あうあうあう……」

 

「ボクも、小さいけど元希君を気持ちよく出来る」

 

「御影もやるねー。じゃあ私も元希君を気持ちよくさせてあげるね♪」

 

 

 妙な対抗心を燃やした御影さんと、ノリノリでその二人に続こうとした秋穂さんだったが、常識人のバエルさんと、微妙にズレてはいるがまともな涼子さんに止められて、何とか思いとどまってくれた。

 

「今日一日は様子見、と言ったところね。万が一今日現れるとしても、私たちだけで何とか出来る、なんて言いきれないんだけどね」

 

「姉さん、そこは嘘でも安心させてあげる場面ですよ」

 

「だってそうじゃない。相手が全くの未知なんだから、根拠の無い自信なんて、逆に不安を煽るだけよ」

 

「確かにそうですが……」

 

 

 珍しく真剣な表情の恵理さんだけども、格好は全然まともじゃない。少しくらい隠すか、恥じらうかしてくれないのだろうか……見てる僕が恥ずかしいですよ……

 

「あれ? 目が瞑れない……」

 

「残念! 元希ちゃんの目は私の魔法で瞑れなくしてあるよ」

 

「リーナさん!? なんて事をしてくれてるんですか、貴女は!」

 

 

 一緒に入っても、見なければ良い。だが振り返っても美土さんや御影さんたちが待ち構えてるだろうし、タオルで視界を隠そうにも、僕はタオルを一本しか持って来ていない……つまり下を隠してるので、視界を塞ぐのにタオルは使えないのだ……

 

「うぅ~~……」

 

 

 僕が恥ずかしくて唸ってると、急に背中に柔らかい感触が襲った。それと同時に僕の視界は暗闇に覆われる事になった。

 

「あ、あれ?」

 

「こうすれば見えませんよね?」

 

「あっ、バエルさん、ありがとうございます」

 

「あー! バエルだけ元希にオッパイ押し付けるなんてズルイぞ!」

 

「違います!」

 

 

 炎さんの発言を、大慌てで否定するバエルさん。やっぱりバエルさんにそんな邪な気持なんて無いですよね。

 

「ですが、バエルさんがそうしてる以上、元希様の背中にはバエルさんの胸の感触が伝わってるわけですし」

 

「じゃあわたしたちは、元希さんの身体や頭を至るところまで隅々洗ってあげましょうか」

 

「そうだね。さぁ元希君、覚悟は出来てる?」

 

「え、あれ? 見えないのに、御影さんの笑顔が見える……」

 

 

 きっと最高の笑顔をしてるんだろう、と見えない視界で御影さんの姿を見たような気分になってしまった……だけど僕に抵抗する術は無い。少しでも動けば、バエルさんに悪いし、断って手をどけてもらえば、前に立っている恵理さんやリーナさんの裸を見てしまう事になる……リーナさんが使った魔法が分からない以上、対抗魔法を使う事も出来ないし……そもそも対抗魔法が存在してるのかも分からないからな……

 

「さぁ、バエルさんはそのまま元希君の視界を塞いでるのよ。私たちで元希君を全身、隅々まできれいにしてあげるから!」

 

「えっ、はい……分かりました」

 

 

 みんなの勢いに負けたのか、バエルさんが頷いた。それは背中の感触で何となく分かった事だが、バエルさんも少し混乱してしまってるようだな……貴女は最後まで冷静でいてほしかったのに……

 

「では主様のココは、僭越ながらワシが洗ってやろう」

 

「ちょっと! そこはじゃんけんで決めるんだよ!」

 

「じゃが小娘、主様のココは神聖じゃからの。ワシが洗うに相応しい場所なのじゃ」

 

「そう言って独り占めするつもりなんだろ? 神様なのにがめついね」

 

 

 ……人の一部分を指して言い争うのは止めてもらいたいな……見えないけど、水が何処を指して言ってるのかなんてすぐに分かるよ……ホント勘弁してほしいよ……

 

「あの、元希さん……」

 

「何ですか、バエルさん?」

 

「ごめんなさいね。私は止めるべきだったんですよね?」

 

「仕方ないですよ……あの六人を相手に一人で止めるのは不可能ですし……」

 

 

 良かった。バエルさんは進んでこの状況を甘んじてた訳じゃ無かった。それだけでも僕の心は救われた……本当に僅かだけどね。




相変わらず女難の相が出てる元希君……


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現れた気配

どんな展開にするべきか……


 寝る為にそれぞれのテントに分かれた後、僕は少し気になる事があってテントを抜け出した。涼子さんと炎さんが微妙に僕の方に転がって来てる気がしたけど、まだ何とか対処出来るレベルだったので特に気にはしなかった。

 

「あら、元希君も眠れないのかしら?」

 

「恵理さん……いえ、結界の様子が気になりまして。それでテントから出てきただけです」

 

「そう……今のところ大きな動きどころか、何の気配も無いわよ」

 

「それが逆に不自然だと思うんですよね……あの場所は普通に生物が生息してたはずなのに、何の気配も無いんですから……」

 

「そう言われればそうね……他の小動物や無害の魔物の気配もしないなんて、確かにおかしいわね」

 

 

 無害の魔物と言うのは、それほど大きく無く、攻撃力も大した事の無い魔物の事だ。小さいものならペットとして飼う事も可能な可愛らしいものも存在している。

 

「例の気配から逃げてるのかしら?」

 

「もしくは、別次元に呑みこまれたか……考えたくは無いですけどね」

 

 

 結界外に飛ばしている式からも、何の気配も感じ取れないのを考えると、このどちらかの考えが正しいと言う事になるのだろう。

 恵理さんの考えならば、生態系などの問題も生じずに済むかもしれないけど、僕の考えが正しいとなると、色々と問題が発生してしまうのだ。まぁ、次元の切れ目がある時点で大問題だけど……

 

「元希君、魔力は大丈夫かしら?」

 

「それほど消耗はしてませんので大丈夫ですよ。大規模な結界は恵理さんが張ってくれましたし、僕はそれほど疲れてません」

 

「ならいいけど、元希君はついこの間まで魔力不足だったんだから、出来るだけ無茶はしないでね」

 

「分かってますよ。また絶対安静とか言われて部屋で大人しくしてるのは大変ですからね」

 

 

 主に掃除したり洗濯したりと家事をしたくなってしまうので……普段生活してる分には気にならない汚れも、じっとしていると気になったりしてしまうのだ。

 

「そういえば、この場所の生物たちは特に問題なく生息してるわね……」

 

「こっちまでは切れ目が無いんでしょうか?」

 

「今のところは、って考えていた方が良いかもしれないわね」

 

 

 恵理さんの言葉に、僕は頷いた。ここまで切れ目が侵攻してこないなどと言いきれないからだ。

 

「とりあえず、今はゆっくりお休みなさい。いくら疲れて無いって言っても、元希君は私や涼子ちゃんのように魔力回復が得意じゃなさそうだしね」

 

「魔力回復?」

 

 

 意味は分かるけど、聞いた事の無い単語だったので僕は首を傾げた。

 

「言葉通り、魔力を回復させる事よ。体内のエネルギーを魔力に変換して、不足した魔力を体内で強制的に生成する事。それなりに場数を踏んだ魔法師でも、簡単には出来ない荒業だけどね」

 

「もしかして、それだから恵理さんと涼子さんはあれだけ食べても太らないんですか?」

 

「それだけじゃないけどね」

 

 

 ウインクでも付いてきそうな感じで答える恵理さんに、僕は頷いた。今度やり方を教えてもらおう。

 

「っ! 元希君、気づいた?」

 

「ええ。今一瞬だけ何か気配が」

 

 

 結界内に何ものかの気配が生じたのだ。ついさっきまで何ものの気配も無かったのを考えれば、やはりあそこ一帯に次元の切れ目があるのだろう。

 

「式から送られてきた映像では、何も確認出来ないわね」

 

「仕方ないですよ。夜目の利く式じゃないですし、あの辺りは街灯もありませんし」

 

 

 あくまでも式は保険で飛ばしてるだけなので、夜目が利くタイプの式では無いのだ。仕方ないとはいえ、もしちゃんとした式だったらこの気配の正体が分かったかもしれないと思うと、次はちゃんと夜目の利く式を飛ばしておこうと思った。

 

「私の方で飛ばしてる式でも捉えられなかったのだから、夜目が利いても駄目って事でしょうね。いったいどんな魔物なのかしら……」

 

「気配的には、水が暴れていた時の気配と近しいものを感じるんですけどね……だけど水は今テントで寝てますし」

 

「水と似てる、って事は、相手はドラゴンなのかもね。だけど、次元を切り裂けるドラゴンなんて聞いた事無いわよ……」

 

「日本だけではなく、アメリカのデータバンクでも正体不明だったんですから、聞いた事無くて当然だとは思いますけど……」

 

 

 今から確認しに行くわけにもいかないので、僕と恵理さんは一先ずテントに戻り休む事にした。もしドラゴンだったとして、僕たちだけで倒せるなんて言いきれないのだから、最低限コンディションを保ち、ベストな状態で戦闘に入れるようにしようと決めたのだ。




どんなオチにするべきなのか……散々引っ張って勘違いじゃ駄目ですしね……


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謎の女の子

暑くて話を考えるのに時間がかかる……


 昨日現れた気配を確認するために、僕と恵理さんと涼子さんは早朝とも言える時間にテントを抜け出し結界を張った場所へと向かった。ちなみに、涼子さんは僕がテントを抜け出そうとしたタイミングで目を覚まし、何処に行くのかと尋ねられたので、僕が昨日の事を話したのだ。

 

「せっかく元希君と早朝デートが出来ると思ってたのに」

 

「そんな事考えてたんですか?」

 

 

 随分と余裕なんだな、と僕は思った。未知の気配を感じ取ったというのに、別の事を考えられるあたり、恵理さんの場数の多さが窺える半面、緊張感が無いんだなとも思えてしまった。

 

「姉さんだけじゃいざという時危ないですからね。我ながらナイスタイミングで目を覚ましましたよ」

 

「あの……そろそろ問題のポイントなんですけど」

 

 

 二人とも緊張感の無い事を言っているので、僕一人だけでも緊張感を持って行動しようと思っているのだけども、どうしても二人につられちゃいそうになっている。だから二人に緊張感を取り戻してもらおうと、僕は気配を感知したポイントが近い事を二人に伝え緊張感を持ってもらう事にした。

 

「そういえばこの辺りだったわね。涼子ちゃん、念の為に元希君と一緒に警戒して」

 

「分かりました。それにしても、本当に気配一つもありませんね」

 

 

 辺りを見回して、涼子さんがそう呟く。確かに今この瞬間には、この辺り一帯に何ものの気配も存在していない。だけど昨日来た時よりも粒子が濃く存在しているので、昨晩の気配は間違いなく未知の生物だったと断定出来るだろう。

 

「まって、何かいる」

 

 

 恵理さんが指さした方向に、僕と涼子さんも目を向けた。パッと見では分からなかったけど、何かがうごめいたような感じが確かにしたのだ。

 

「でも、気配はありませんよ?」

 

「よっぽど気配遮断が上手い魔物なのでしょうね。それにしても、この距離で見えないとなると、擬態でもしてるのでしょうか?」

 

「それか、余程小さいかのどちらかでしょうね」

 

 

 相手に気づかれないよう近づき、僕たち三人は同時に未知の生物を捕える為に魔法を放った。

 

「よし、手応えあり」

 

「念の為に大き目の結界にしましたけど、手応え的には小さいですね」

 

「まだ子供なのでしょうか?」

 

 

 確かに結界の中には何ものかの重みを感じている。だけどここら一帯の生物を追いやった、あるいは別次元に飛ばした魔物のものにしては、手応えが小さすぎるのだ。

 

「さてと、捕えた獲物を確認しましょうか」

 

「どんな能力を持ってるか分からないんですから、慎重に確認してくださいね」

 

「分かってるわよ。それにしても、手応えが無さ過ぎなのよね」

 

 

 慎重に、だけど大胆に近づいていく恵理さんを、僕と涼子さんは少し離れた場所で見守る。いざというときは何時でも魔法を発動できるように、体内の魔力は活性化させているが、出来ればこの魔力を使わずに終わりたい。

 

「あら、随分と小さい子がいるわね」

 

「小さい子? 恵理さん、如何いう事ですか?」

 

 

 恵理さんの言い回しが気になったので、僕も近づいてみることにした。ゆっくりと恵理さんの近くまで移動して、結界の中を確認したのだが、そこには――

 

「えぇ!?」

 

 

――女の子が一人、結界の中に閉じ込められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識を失っている女の子をよそに、僕たちは今回の気配の原因が本当にこの子なのかどうかの話合いをする事にした。

 

「間違いなく、昨日感じた気配はこの子よ。水の様に擬人化してるのかしら?」

 

「ですが、それだったらこんなに小さな女の子にはならないと思うんですけど。水も普通に僕と同じくらいですし」

 

「起きてくれない事には分かりませんけど、もしかしたら水様の様に古風な喋り方をするかもしれませんよ」

 

「それはあり得そうね。そもそも、この子が何ものであれ、異次元から来た未知の生物である事には変わり無いわよ。そうじゃなきゃ、何でこんな場所に裸で一人、意識を失ってるのかが説明出来ないもの」

 

「そうですね。ここら一帯は昨日から立ち入り禁止区域ですし、私たちの結界を破ってまで入れる人間は殆ど存在しませんしね」

 

 

 殆ど、という事は少しはいるのだろうが、それでもこの子がその「少し」には思えなかった。とりあえず裸でいさせるのもあれなので、僕が羽織っていた上着を掛けてあげている。

 

「場合によったらうちで保護しなきゃいけないかもね。未知の生物とはいえ、女の子な訳だし」

 

「そうですね。男が中心になっている日本支部には引き渡せませんね」

 

「そこまで酷い事にはならないと思うんですけど……」

 

 

 同じ男として、そして一般的に考えてそこまで悲惨な事にはならないと思いたい。だけど僕ら三人に対する日本支部の魔法師たちの態度を考えると、そう簡単にはいかないんだろうな……また厄介事に巻き込まれてしまったんだろうか……




普通の女の子なのか? それとも……


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目覚め

暑いです……


 捕獲した女の子(?)を調べる為に、僕たちはテントにではなく学校に向かった。他のみんなには式を飛ばし、先に学校に行ってると伝えたので大丈夫だろう……多分。

 

「さてと、この子はいったい何者なにかしらね?」

 

「目を覚まさないと何とも言えないでしょうが、あの場所にいたのです。普通の女の子だとは思えませんね」

 

「確かにそうですけど、見た目は普通の女の子ですよ?」

 

 

 さすがに裸のままでは可哀想なので、魔法で生成したガウンを羽織らせている。だって裸の女の子を直視するなんて、恥ずかしいし相手に失礼だと思ったからだ。

 

「一応魔力の反応を調べてみようかしらね。おそらくは想像通りの結果になると思うけど」

 

 

 そう言って恵理さんは魔力検知機を女の子の身体に装着した。別に痛みは無いんだけども、検知される時には若干身体に電流が流れる。本当に微弱な電流なので、鈍い人には気づかれずに終わる検査だけども、魔力が強ければ強いほど、その電流を感じる可能性は高いのだ。

 ちなみに、僕はこの検査をされた時、未知の感覚に恐怖し逃げ出したくなったのだが……

 

「ッ!? ………」

 

「一瞬だけ反応を見せましたね。つまりかなりの魔力を有しているという事になりますね」

 

「そうね。魔力だけ見れば元希君と大差ないわ」

 

「僕は自分の魔力がどれくらいなのか教えてもらって無いんですけど……」

 

 

 調べられるだけ調べられて、その結果は僕本人には伝わっていない。学校側が把握してればいいんだけども、せめて自分の結果くらいは知りたかったな……

 

「細かい事は兎も角、ものすごい魔力保有量ね」

 

「この子が例の次元の切れ目の原因なのでしょうか?」

 

 

 細かく無いと思うけど、ここで追及しても教えてはくれないだろと判断して話を進める。

 

「あの場所にいた、という事はそうなんでしょうね。でも、この子の状態を見る限り、自分の意思で発生させたとは考えにくいわね。食事をしてる感じも無いし」

 

「必要最低限の栄養以外は摂取してない感じですよね。生き物というよりも、芸術品の様な感じを受けますし」

 

「でも、この子は息をしてるし、魔力を有している。紛れもなく生き物だと言いきれます」

 

 

 僕たちが横で色々と言っているのにも拘わらず、女の子はビクともしない。もし呼吸も無かったら死んでいるのではないか、と思うほどに動かないのだ。

 

「元希君、ちょっと寮に戻ってご飯作ってきて」

 

「良いですけど……何故です?」

 

「この子が起きた時に食べさせるためよ」

 

「分かりました」

 

「ついでに、私たちの分もね」

 

「……そっちが本音ですよね?」

 

 

 恵理さんの本音が出たところで、僕は寮に戻って簡単な食事を作る事にした。いくら建前とはいえ、あの子にご飯を食べさせなきゃ拙いってのは本当だろうしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 簡単に朝食を作って、僕はそれを理事長室まで運んだ。ちなみに、移動魔法を併用して運んでいるので、僕が直接持たなくても運ばれてくれるのだ。

 

「お待たせしました。恵理さんと涼子さんは先に食べちゃってください」

 

「元希君は?」

 

「僕はもう少し、この子の様子を見てますよ」

 

「そう? じゃあお願いしますね」

 

 

 恵理さんと涼子さんと交代して、僕は女の子の様子を見る為に目の前に座った。

 

「………」

 

「やっぱり動かないか」

 

 

 微動だにせず既に一時間以上。呼吸音がしなかったら確実に死んでいると判断されるだろう時間だ。

 

「食べ物でも前に置いてみるか」

 

 

 口元に食べ物を置き、動くかどうか確かめる。まるで動物実験のようだな、と思った瞬間、置いた食べ物が一瞬にして消えてしまった。

 

「……君が食べたの?」

 

 

 一瞬だったので見間違いかと思ったけど、女の子の口がもぞもぞと動いているのを見て、間違いではないと判断出来た。今、この子は食べ物を口に含んだのだ。

 

「ん……」

 

「起きるかな?」

 

 

 おそらくまだ眠いのだろう。気だるそうに手を動かして目を擦っている。こういった仕草は普通の人間らしいものがある。

 

「……だれ?」

 

「えっと、僕は東海林元希だけど……君は?」

 

「………? わたしは……誰だっけ? 何でこんな場所にいるの?」

 

「それは僕たちが知りたいんだけど……」

 

 

 寝ぼけてるのか、それとも記憶があやふやになっているのか判断しにくいが、おそらくは後者だろう。異次元から飛ばされて来て記憶もあやふやになってしまってるのだろうな。

 

「……ところで、何でわたしは裸なの? もしかして貴方が脱がせたの?」

 

「ち、違うよ! 君はとある雑木林にいきなり現れて来たんだよ、裸で」

 

「雑木林? 裸で? ……何も思い出せない」

 

 

 一生懸命思い出そうとしてくれているけど、彼女は何も思い出せなかった。その姿を見た恵理さんと涼子さんが少し咽ていたけど、なにがあったのかは僕には分からない。

 

「着替える……」

 

「えっ? 着替えなんて何処に……」

 

 

 次の瞬間、女の子の手には着替えらしきものが握られていた。おそらく今のは生成魔法だろう。

 

「………? どうやって着る?」

 

「……恵理さん、涼子さん、手伝ってあげてください」

 

 

 同性の方が安心するだろうと思ったのだが、女の子は僕の後に隠れてしまった。

 

「どうしたの?」

 

「あの二人は信用できない。元希が手伝う」

 

「えぇ!? ……僕、男なんだけど?」

 

「気にしない。それとも元希は、こんな子供の裸に興奮するのか?」

 

「そんな事は無いけど……」

 

「じゃあ問題無い」

 

 

 そういって結局手伝う事になってしまった……僕って本当に断れないんだな……




彼女は何者なのか、暫くしたら説明出来るかな?


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命名

ネーミングセンスがほしい……


 女の子の着替えを済ませて、僕たちは気になっている事をそれぞれ話しあう事にした。

 

「普通の女の子……じゃないわよね?」

 

「記憶障害でしょうか? それとも一時的に忘れてるだけ?」

 

「何であの子は二人を信用出来ないと言ったのでしょうか?」

 

 

 女の子は僕たちがひそひそと話してるのが気になるのか、さっきからしきりに僕たちに視線を向けてくる。

 

「とりあえず、恵理さんと涼子さんも自己紹介をしてくださいよ。何時までも信用されないままじゃ色々と拙いでしょうし」

 

「そうかしら?」

 

 

 恵理さんが首を傾げたけど、涼子さんは僕が言いたい事を理解してくれたようだった。

 

「そうですよ。何時までも元希君に着替えを手伝わせるのは拙いですし」

 

「一回着たんだし、もう大丈夫でしょ」

 

「それでも、何時までも警戒されてたら話が進みませんよ」

 

 

 涼子さんの説得に、恵理さんも渋々応じた。何で渋々だったんだろう……

 

「えっと、私は早蕨恵理。こっちが妹の早蕨涼子よ」

 

「よろしくお願いします」

 

「……元希、こっち来る」

 

 

 女の子が手招きして僕を呼ぶ。僕は首を傾げながらも言われるがままに女の子の側に移動した。

 

「この二人、何だか危ない匂いがする。元希からはしない。だから元希が私の相手する」

 

「匂い? 別にそんなのしないよ? 二人とも僕がお世話になってる人なんだから」

 

「でも信用出来ない」

 

「まぁいきなり会った相手を信用しろ、って言う方が無理な話よね」

 

「ですが、元希君はすぐ信用されたようですけど?」

 

 

 恵理さんが女の子を覗きこもうとすると、女の子はすぐに僕の背後に隠れる。何だか妹が出来たような気になって来た。それも、飛び切り警戒心が強い。

 

「ところで、君の事はなんて呼べばいいのかな?」

 

「呼ぶ? ……分からない」

 

「名前も思い出せないのか……恵理さん、涼子さん、どうしましょうか?」

 

 

 困ったので二人に助けを求める。だけど女の子は僕のズボンを引っ張って首を振る。

 

「あの二人はダメ。元希が考える」

 

「僕が? いやでも、同性の二人の方が色々と助けになると思うんだけど……」

 

「元希が考える!」

 

 

 語尾を強めて僕を威嚇してくる女の子。僕を、というか二人を、というか……とにかく恵理さんと涼子さんはまだ警戒されてるようだった。

 

「そうだな……じゃあ『リン』で」

 

「『リン』?」

 

「元希君、由来は?」

 

 

 僕が決めた呼び名の由来が気になったのか、恵理さんが僕に近寄ってくる。恵理さんが近づいてくるにつれて、リンは怯えたように僕にしがみつく。

 

「えっと、雑木林で発見したので……『林』の字を当てて『リン』です」

 

「仮の名前としてはいいわね。もし思い出せないままだったら、この子はリンちゃんで決定ね」

 

「悪くない。元希、今から私の事『リン』って呼ぶ!」

 

「えっ? うん、そのつもりだけど……」

 

 

 何だか妙に懐かれちゃったけど、何で僕の事は警戒しないんだろう? そんなに人畜無害に見えるのだろうか?

 

「ところで恵理さん。この後の授業の時とか、リンの事はどうすればいいんでしょうか?」

 

「そうねぇ……元希君と離すと暴れちゃいそうだしね……」

 

「リン、元希と一緒。ずっと一緒!」

 

「ずっとは無理だよ……寝る時とかお風呂とかは一緒には無理だよ」

 

「大丈夫。元希はリンの裸に興奮したりしないから!」

 

 

 それは何が『大丈夫』なんだろうか……僕からしたら何の根拠にもならないと思うんだけどな……

 

「今日一日は元希君の傍に居させてあげましょう」

 

「ちょっと、恵理さん? そんなに簡単に言わないでくださいよ……」

 

「しょうがないでしょ? 私が預かるにしても、リンちゃんは私の事を信用してくれてないんだから」

 

「そうですね。姉さんが面倒を見るよりも、元希君の傍にいてもらって、みんなで面倒を見た方が良いかもしれませんね。もしかしたら、他にも信用出来る人が見つかるかも知れませんし」

 

「そんな……二人とも、そんなあっさり決めちゃっていいんですか?」

 

 

 無駄だとは分かってるけども、一応は抵抗しておかないと。このままじゃ僕がリンの世話係にでもされそうだし。

 

「元希、リンと一緒、いやなのか?」

 

「うっ……」

 

「元希君。こんな小さな女の子泣かせたらダメだぞ?」

 

「……分かりました。今日は僕が面倒を見ます」

 

「ほんとか? 元希、リンと一緒?」

 

「うん、一緒だ」

 

 

 泣きそうな顔をするなんて、こんなに小さくても女の子なんだな……自分の武器を理解しているようだ。

 

「じゃあ、そろそろ授業だから、元希君とリンちゃんは教室に行きなさい」

 

「分かりましたよ……その代わり、涼子さんは説明を手伝ってくださいよ?」

 

 

 おそらく、僕一人じゃ炎さんたちを納得させられる説明が出来ない。リンに任せても要領を得ないだろうし……

 

「分かりました。それじゃあ姉さん、また後で来ます」

 

「はいは~い。私の方でも、色々と調べておくわね」

 

 

 恵理さんを理事長室に残し、僕と涼子さんはリンを連れて教室まで向かった。さて、どうやって説明するのが一番いいんだろうか……ありのままを話しても、おそらく納得はしてくれないだろうしな……特に水が……




とりあえずは落ち着いた……のか?


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嫉妬する水

似たようなポジションですし……


 僕と涼子さんは、リンをつれて理事長室から教室へと向かう。その間ずっと、リンは僕の背後に隠れたままなのだが……

 

「大丈夫だよ。涼子さんはそこまで危険じゃないから」

 

「信用出来ない。私は元希しか信用してない」

 

「今はそれでも仕方ないけど、徐々に慣れていかなきゃ駄目だよ?」

 

「むぅ……元希が言うなら、努力する」

 

「よし」

 

 

 しゃがみ込んでリンの頭を撫でる。

 

「元希君、そろそろ教室ですのでリンちゃんとしっかり手を繋いでいてくださいね」

 

「分かりました」

 

 

 S組の教室に入るには、そのクラスに所属している人間か、その人間と一部でも繋がっている人間しか入る事は原則出来ない事になっている。

 もちろん、教員や理事長はその原則の範囲外なので、涼子さんや恵理さん、そしてリーナさんは普通に教室に入る事が出来るのだが。

 

「リン、ちょっと驚くかもしれないけど我慢してね」

 

「元希いる。だから大丈夫」

 

 

 この絶対的な信頼はどこから来てるんだろう……信頼されている事は嬉しいんだけども、何で信頼されているのか分からないから、少し気になってしまうのだ。

 教室に到着すると、炎さんたちが一斉に僕に向かってくる。だけど僕の背後にいるリンに気が付くと、興味がリンに向いたのだった。

 

「元希、この子はどうしたんだ? 何だか見た事無いけど」

 

「元希様の妹さんですか?」

 

「それにしては元希さんに似て無いわよ?」

 

「元希君、この子と今朝あの場所にいなかったのには繋がりがあるの?」

 

 

 相変わらずのコンビネーション、とでも言うのだろうか。四人は別々に、だけど全員が繋がりがあるように喋っている。てか、全員が全員のセリフを引き継いで自分が話してる感じがするのだ。

 

「その説明は私からします。皆さんとりあえず席に着いてください」

 

「むぅ……主様の傍はワシの特等席じゃったのに……」

 

「元希、コイツ誰?」

 

 

 リンは水の事を指差して訊ねる。「コイツ」呼ばわりされたのが気に障ったのか、水が激昂した。

 

「ワシは元希の使い魔にして水神の化身じゃ。ポッと出のお主に『コイツ』呼ばわりされる筋合いは無いわ!」

 

「元希、コイツ嫌い。どっかやって」

 

「何じゃと! 主様、このクソ生意気な小娘、喰らってもよいじゃろ?」

 

 

 何で正面衝突してるんだろう、この二人は……てか、僕を挟んで睨みあわないでくれないかな……僕が睨まれてるみたいじゃないか……

 

「静かに。水様も落ち着いてください。今説明しますので」

 

「そうだよ、水。説明を聞いてからにしてくれないかな」

 

 

 そもそも食べちゃダメだけどさ……

 

「この子は例の地区で発見された子です。正体についてはまだ分かってませんが、少なくとも普通の女の子では無いと思われます」

 

「ワシのように擬人化してるとでも言うのか? こんな小娘がそんな高度な技を持ち合わせておるとは到底思えんで」

 

「コイツ五月蠅い。元希、黙らせる」

 

「んな!? 小娘! さっきから主様に馴れ馴れしいぞ!」

 

「だから喧嘩しないでよ……」

 

 

 リンは僕の膝の上、水は僕の隣、つまりは逃げ場が無いのだ……喧嘩を始められたら嫌でも巻き込まれてしまう位置なのだ。

 

「別次元から来た子、という考えも出来なくは無いですが、あの辺り一帯にあった粒子の持ち主は間違いなく彼女です」

 

「先生、でも何で元希に懐いてるんですか? 事情がありそうですけど」

 

 

 炎さんの質問に、涼子さんは哀しそうな顔を見せた。おそらくは自分がリンに警戒されている事を哀しんでいるのだろう。

 

「非常に悲しい理由なのですが、私や姉さんはリンちゃんに警戒されているようですので……」

 

「警戒、ですか? でもそれは、初めて見た相手になら普通の態度なのでは?」

 

「一時的なのか、それとも永続的なのかは分かりませんが、リンさんは記憶障害に陥っていまして……それで本能的に危険な相手を遠ざけようとしているのではないかと思います……そして、本能的に元希君は安全だと判断されたのでしょうね」

 

 

 途中から泣きそうな声になっていたけど、涼子さんの説明に水以外のメンバーは納得した表情を見せた。

 

「じゃが、主様がこの小娘の面倒を見る理由にはならんじゃろ! 日本支部にでも、研究所にでも、何処にでも送りつければよいじゃろうが!」

 

「水、さすがにそれは可哀想だよ。それに、まだ何も分かって無いのにこの子を手渡すわけにもいかない。分かって」

 

「むぅ……主様がそう言うなら仕方ないのぅ……じゃが、ワシの事を無視するのだけは許さんからの!」

 

「分かってるよ」

 

 

 そもそも、水みたいに存在感の塊をどうやって無視すればいいんだろう……

 

「とりあえず、そう言った事情ですので、今日一日は元希君の傍に彼女はいます。皆さん、なるべく協力してあげてくださいね」

 

 

 涼子さんのお願いに、クラスメイト全員が頷いた。なるべく、って言うのが気になったけども、手伝ってもらえるなら僕も嬉しいかな。




リンの喋り方は変わるかもしれません


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無害認定

暫定的ですけどね


 一日中水とリンは何となく言い争っては僕を挟んでにらみ合い、そしてまた言い争う、と言う事を繰り返していた。実害は無かったから良いけど、あの争いごとに何で僕を巻き込むんだろう……いや、僕の事で争ってるのだから仕方ないのかもしれないけど、僕としては二人(?)には仲良くしてもらいたいんだよね……

 

「やっほー元希君。今日は大変だったみたいだね」

 

「秋穂さん……大変って言葉で済ませられるか微妙なくらい大変でしたけどね……」

 

「噂は聞きました。その、彼女は本当に未確認な粒子を持っていたんですよね?」

 

「それは間違いないですよ。恵理さんと涼子さんがしっかりと確認しましたし」

 

 

 いくら寝ていたとはいえ――この世界の生物ではないとはいえ、女の子の身体を僕が調べるのは色々とマズイ事だと思って、調べてた時は僕は理事長室を退室していたから「しっかり」と表現するのは難しいけど、それは瑣事なのでバエルさんには言わないでおいた。これ以上余計な不安を煽りたく無かったからね。

 

「それで、『リンちゃん』だっけ? その子は今どこにいるの?」

 

「リンなら炎さんたちと学食にお菓子を食べに行きましたけど……」

 

 

 女の子同士での話があるらしく、珍しく僕はのけもの扱いだけど、今はそれがありがたかった。一日中リンと水のにらみ合い、言い争いに巻き込まれたくなかったからだ。

 

「元希さんは彼女をどうするべきだとお思いですか?」

 

「害が無いならこのままでも良いと思ってる。もちろんリンが記憶を取り戻し、破壊活動をするような子だったら仕方ないとは思うけど、処分したほうが良いと思うけどね」

 

 

 僕の「処分」という単語に、秋穂さんとバエルさんの肩が跳ねた。およそ高校生が使うような意味での言葉では無かったからだろうな。

 

「今のところは問題ないから、そんなに怯えないでくださいよ……僕だってしたいわけじゃないんですから」

 

「そ、そうよね……元希君が好き好んでそんな事したがらないわよね」

 

「元希さんは優しいお方ですからね。ですが、あまり情が移ってしまうと大変なのではありませんか?」

 

「うん、それはあるかもね……だから、害が無い事を祈りたいよ」

 

 

 そう答えたタイミングで恵理さんから通信が入った。

 

「ゴメン、呼び出しだ」

 

「呼び出し? ……あぁ、理事長先生たちね」

 

「頑張ってくださいね」

 

「何をするかは分からないけどね」

 

 

 バエルさんの応援に苦笑いで応えて、僕は理事長室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 理事長室の中には、僕の予想に反して恵理さんしかいなかった。てっきり涼子さんやリーナさんもいるものだと思ってたのに。

 

「えっと、他の人はいないんですか?」

 

「ええ。呼んだのは元希君だけだし」

 

「そうなんですか……」

 

 

 猛烈に、突然に冷や汗が全身をめぐった。今の恵理さんの視線、嫌な予感しかしないんだよね……

 

「日本政府に報告は済ませたわ。一応は無害認定を下したけど、万が一の場合は私たちの一任するそうよ」

 

「万が一……つまりはそう言う事ですか?」

 

「ええ。派遣するのが面倒なんでしょ。アイツらはそういう連中なのよ」

 

 

 この間の化け蟹騒動の時、話の分かりそうな日本支部所属の人がいたけど、恵理さんの中では日本支部の人たちは全員が同じのようだ。

 

「そ・れ・で」

 

「は、はい?」

 

 

 来た。さっきの嫌な予感はこの後に続く「何か」への警告だったのだろう。それが分かっても僕には何も出来ないんだけど……

 

「リンちゃんが正式にこの場所で生活する事が決まったわけだし、今日は盛大に歓迎会をしなきゃね」

 

「……一応確認しますけど、それはみんなで準備するんですよね?」

 

「私たちは会場の準備をするから、元希君には主だった物の買い出しと調理をお願いするわ」

 

「僕一人で、ですか?」

 

 

 自分で言うのもなんだが、僕一人では買った物を持ちかえるだけの力が無い。非常に情けない事なのだが、僕の腕力は炎さんより低いのだ。

 

「そうね……A組の岩清水さんとアレクサンドロフさんを連れていったら? あの二人はまだリンちゃんと面識無かったし、いきなり慣れるとも思えないしね」

 

「そう…ですね……分かりました。秋穂さんとバエルさんに連絡してみます」

 

 

 さっき別れたばっかだが、食堂に向かう感じでも無かったし良いと思う。普通なら先に面通ししておいたほうが楽なんだろうけども、リンは少々特殊な状況下にあるので、誰か親しい相手がいる時に会わせた方がスムーズに事は進むだろう。

 この場合の親しい相手、と言うのが僕じゃなきゃ先に会わせたんだけどな……炎さんたちとは仲良くやってるっぽいけども、それでも初対面の相手と会う時の恐怖心を和らげるまでにはいかないんだろうな……

 

「さっきから百面相してるけど、何か考え事?」

 

「リンの事でちょっと……何で僕にはすぐ懐いたんでしょう?」

 

「やっぱり私と涼子ちゃんが寝てる時に色々やり過ぎたんだと思うわよ。だから私たちには警戒心を抱き、元希君には抱かなかったんだと思う」

 

「何したんですか!」

 

 

 当然の如く、僕の質問には答えてもらえなかった。まぁ、答えてもらっても困ったんだろうけどもね。




もう少ししたら、大きく発展出来る……かな?


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テント変え

リンが入る事によって変更します


 恵理さんに命じられ、僕は秋穂さんとバエルさんと一緒に歓迎会の為の食材の買い出しに出かける事となった。買い出しと言っても、だいたいが学校で手に入るものなので、さほど大変では無いのだけども。

 

「歓迎会か~、確かに仲良くなる為には必要だよね」

 

「炎さんたちはある程度は仲良くなってるみたいですけど」

 

「でも、元希君の話を聞く限り、水とは上手くいって無いんでしょ?」

 

「そうなんですよね……何であんなに仲が悪いんでしょう?」

 

 

 あってすぐに喧嘩を始めるし、暫く一緒にいても一向に仲良くなる素振りが見えないし……

 

「多分ですけど、どちらも元希さんの事が好きだからじゃないでしょうか?」

 

「僕の事を? でも、それなら二人で仲良くしてくれた方が僕は嬉しいんですけど……」

 

「独占欲が強いのかもしれませんよ? 他の方々は自分の気持ちに折り合いをつけて、上手く付き合ってますが、あの二人は元々人ではありませんので……いえ、リンちゃんはまだ分かりませんけど」

 

「おそらくは人間じゃないと思いますけど……そんなもんですかね?」

 

 

 バエルさんの推測に、僕は首を傾げた。僕なんて取り合う価値なんて無いと思うんだけどな……

 

「そうそう、元希君」

 

「はい? なんですか、秋穂さん」

 

 

 明らかに何か悪い事を思いついたかのように、秋穂さんが僕の名前を呼んだ。

 

「リンちゃんだけど、どのテントで寝泊まりするの? 元希君以外にはそれ程懐いて無いんだよね?」

 

「元々十一人だったんですから、空いてるテントで良いのではないでしょうか。僕以外に懐いてもらう絶好の機会だと思いますし」

 

「でも、そうなるともう一回テントの割り振りを考え直さないといけないんじゃないの?」

 

「僕はそれでも良いですが、他の人がなんて言うか……」

 

「大丈夫よ。私が何も言わせないから」

 

 

 元々僕と同じテントの秋穂さんがそう言ってくれるなら、僕としても心強いものがある。炎さんもそれほど執着しなさそうだし、問題は涼子さんかな……でもまぁ、大人だし教師だから分かってくれるよね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 買い出しを済ましてテントが張ってある場所まで戻り、さっき秋穂さんたちと話した事を全員に伝えた。殆どの人がテントの割り振り変更に賛成してくれたけども、案の定涼子さんが難色を示した。

 

「涼子ちゃん、多数決で決まったんだから諦めなさい」

 

「……分かりました。でも、もう一回元希さんと同じテントで生活する権利を獲得してみせます!」

 

 

 気合いで何とかなるのなら、最初から賛成してくれてもよかったんじゃ……まぁ色々と面倒な事が起きないメンバーが良いな、僕的には……

 

「それじゃあくじを引いてください。もちろん、魔法で元希君が引いたくじを透視して、それと同じ番号を引こうなんて事は考えないでくださいね」

 

 

 秋穂さんの注意事項に、恵理さん、涼子さん、そしてリーナさんが視線を逸らした。もしかして、そんな事を考えていたのだろうか……

 

「ワタシ、元希と一緒」

 

「ダメだぞ、リン。こういうのは公平じゃなきゃ意味が無いんだ」

 

「そうなのか? でも、元希と一緒、良い」

 

「それは皆さん思ってますけど、くじ引きと言うのはこういったものなのですわ」

 

 

 随分と仲良くなってるな……とてもいい事なんだけども、相変わらず僕にはベッタリなんだ……水が見せられないような顔してるし、こりゃリンと同じテントになったら大変だな……

 

「後は元希君とバエルちゃんだけね」

 

「へ? ……あぁ、すみません」

 

 

 考え事をしてたので、くじを引くのを忘れていた。てか、何時の間に他の人は引いたんだろう……

 

「じゃあ開いてください」

 

「僕は三番です」

 

 

 つまり移動無し。昨日までと同じテントで生活出来るのだ。

 

「あら、残念」

 

「姉さんとリーナと光坂さんとですね」

 

「アタシは水奈と美土と秋穂とだね」

 

「て事は……僕とバエルさんと水とリン?」

 

「主様の隣はワシじゃからの!」

 

「ワタシ!」

 

「あ、あはは……」

 

 

 とりあえずリンと水と同じテントだったので、くじ引きの結果で喧嘩する事は無かったけども、別の意味で凄い事になりそうな組み合わせだな……

 

「幼馴染が揃ったし、夜は楽しそうだね」

 

「ボクだけ別のテント……しかも教師陣と一緒……」

 

「御影さん、頑張ってくださいね」

 

 

 美土さんの微妙な励ましに、御影さんは力なく頷いた。あのテントは色々と大変そうだな……まぁ、こっちもそんな事言えた義理ではないのだけども……

 

「ワシじゃ!」

 

「ワタシ!」

 

「あの……元希さんの隣は二つあるので、お二人で仲良くしてはどうでしょうか?」

 

「「………」」

 

 

 バエルさんの提案に、水とリンが固まった……もしかして、思いつかなかったのだろうか?

 

「じゃが、それじゃとお主が除け者になるじゃろ? お主かて主様の事を少なからず想っておるのじゃし」

 

「うん、除け者、ダメ。バエル、元希の隣」

 

「えっ? ですが、お二人が争うくらいなら、私は隣じゃなくても平気ですよ」

 

「では一日毎に交換じゃな」

 

「仕方ない。リンはそれで構わない」

 

 

 本人抜きでまた話が進められている……別に良いけど、せめて僕の意思を聞いてからにしてほしいよ……




構図的に、お兄ちゃんを取りあう妹二人、その三人を微笑ましげに見守るお姉ちゃん、みたいな感じになってしまった……


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歓迎会

元希君は苦労する事が多いな……


 使用するテントの変更も済み、僕たちはリンの歓迎会の為の料理を作り始めた。といっても、作るのは僕とバエルさんと秋穂さんだ。

 

「買い出しもですが、何で僕たちなんですか?」

 

「元希君たちが料理上手だからよ」

 

「……皆さんだっていうほど下手じゃないですよね?」

 

 

 一般的な調理などは全員出来るし、味付けもそこまで悲惨なものにはならないのだが、他のみんなは料理をしたがらないのだ……特に恵理さんとリーナさんは寮でも作らないし……

 

「元希ちゃんに任せておけば問題無いからね! その間に私たち教員は例の場所をもう一度調べてくるわね」

 

「……そういう理由なら別に良いですけど」

 

 

 リンを発見した場所――即ち時空に歪みが生じている場所の確認に行くのなら、無理に調理を頼むわけにもいかない……水やリンもそれに同行するらしいし、炎さんたちはここら辺一帯の結界の調査と綻びが見つかった場合、補強しなければいけないので、これまた調理を頼むわけにもいかないのだ。

 

「本当は全部元希君がやれば早いんだけども、元希君は一人しかいないもんね」

 

「生徒に何でもかんでも押し付けないでくださいよ……」

 

 

 丸投げ発言をした恵理さんに、僕は呆れたのを隠そうともしない声音で応えた。

 

「それじゃ、調理はお願いね。岩清水さんもアレクサンドロフさんもしっかりと元希君のお手伝いをするのよ」

 

「……恵理さんが言わなくても二人ならちゃんとやってくれますって」

 

 

 秋穂さんは偶にふざける事もあるけども、基本的には真面目な人だ。バエルさんは言うまでもなく真面目だ。確かにこの三人が一番効率よく調理が出来るのだろうけども、もしこの三人が調理担当に決められたら、僕は断固抗議するつもりだ。他の人も出来なくないんだから、こういった事は順番でやるのが一番だと思うから。

 

「それじゃあ、不本意ですが始めましょうか」

 

「そうね。甚だ不本意ではあるけども、元希君と一緒だし良いかな」

 

「私は別に不本意ではありませんが、任されたからにはちゃんとお役目を果たしたいと思います」

 

 

 バエルさんの言い方が少しおかしくて、僕と秋穂さんは笑ってしまった。だけどその事を気にすることなく、僕たち三人は調理に取りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みんなが戻ってきたタイミングで、僕たちは調理を終えた。品数はそれ程多くは無いんだけども、十二人前ともなると、結構な重労働だ。

 

「これ、元希が作った?」

 

「僕だけじゃないけどね」

 

「これ、手を洗わずに摘まみ食いなど、お主は行儀が悪いのじゃの」

 

「むっ、別に悪く無い」

 

 

 相変わらず水とリンの仲は良くなさそうだけども、バチバチの関係でもなさそうなのでとりあえずは安心かな。

 

「何か分かりました?」

 

「ダメね……リンちゃんが現れて以降、あの場所から謎の気配は感知出来ないし、特におかしな事も起こらないわね」

 

「やはり、リンが何か関係してるんでしょうかね?」

 

「そう考えるのが一番自然です。ですが、リンさんが何か悪さをしていたようには思えないのですが……」

 

「涼子、こういった事に感情を挿み込むのは感心しない。あくまでもフラットな感情で調査に当たらなければダメよ」

 

「リーナにいわれなくても分かってます。でも、今日一日見た限りですが、リンさんは関係無さそうです」

 

「それは僕も思いますけども、まだ一日です。判断を下すには早計過ぎますよ」

 

 

 僕は調査に行っていた三人と話合い、今しばらくは経過観察に留める事を話し合った。

 

「なぁ元希、何時まで話してるのさ?」

 

「ゴメン、もう終わったから」

 

 

 炎さんが待ちきれない、とでも言いたげな表情で僕たちの傍にやってきたので、とりあえず話合いは一旦終了した。

 

「それでは、リンさんとの関係発展を願い、私が乾杯の音頭を取りたいと思います」

 

「相変わらず水奈は固いな」

 

「ですが、それが水奈さんと良いところですわよ」

 

「炎が大雑把過ぎるだけ」

 

「それは言えてるかも」

 

 

 既に乾杯の準備は終わってるようで、グラスを持ってないのは僕たち四人だけだった。

 

「とりあえずは現状維持で。何か不審な点があったら、絶対に一人で調べずに情報を共有して複数人で調べる事」

 

「分かりました」

 

「それじゃ、私たちも乾杯の輪に加わりましょうか」

 

 

 相変わらず惚れ惚れする切り替えの早さだ……さっきまでシリアスな雰囲気を纏っていた恵理さんだったが、今はもうその雰囲気はなく、何処までも明るい何時もの雰囲気だった。

 

「それでは、末長いお付き合いを願いまして……乾杯!」

 

「「「「「乾杯!」」」」」

 

 

 気づいた時には既に乾杯の音頭が取られていた。僕たちは遅ればせながらその輪に加わり、その日はみんな楽しそうな雰囲気で一日が終わった。明日もこんな雰囲気なら良いんだけどな……




次回リンの正体が……


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夢の中

リンの正体のヒント、的な展開です


 歓迎会も終わり、さぁ寝ようと思ったら恵理さんと涼子さんに手招きされてしまった。

 

「なんです? 僕もう寝ようかと思ってたんですが……」

 

「明日の朝、もう一度あの場所に行こうと思ってるんだけど、元希君も来るわよね?」

 

 

 明日の朝か……確かに何度も調べるに越したことはないけども、僕まで行く必要はあるのだろうか?

 

「行けたら行きます」

 

「行けないなんて事があるんですか?」

 

「いや、今日の両隣が……水とリンなんですよね……水は元々抱きつき癖が見られましたし、リンの登場でその癖が強まる可能性が……」

 

 

 自分で言ってて何だか嫌だな……出来れば大人しくなる方向に進んでもらいたいんだけども、おそらくは無理だろうな……

 

「そっか。テントでリンの事が分かると良いわね」

 

「一緒に寝るだけで正体が分かるなら苦労しませんって」

 

「そっちじゃ無くて、相性とかよ」

 

「相性?」

 

 

 そんなものは出会ってすぐに分かってる気がするんだけど……一目見ただけでリンは僕に懐いたのだ。それなりに相性が良く無きゃそんな事は起こらないはずだ。

 

「とりあえず、私たちは捜査に行くからね。元希君もこれそうだったらよろしく」

 

「分かりました。それじゃあ、お休みなさい」

 

「はい、お休みなさい」

 

 

 恵理さんと涼子さんに就寝の挨拶をして、僕は自分のテントに戻った。

 

「遅いぞ、主様!」

 

「元希、遅い!」

 

「えっと……ただいま?」

 

 

 テントに戻るや否や、水とリンの熱烈歓迎に遭った。歓迎会の時もそれほど息が合ってる感じは無かったのに、何でこんな時だけ息ピッタリなんだろう……

 

「良かったですね、水さん。リンちゃん。元希さんが帰ってきてくれて」

 

「バエルさん……見てないで助けて下さい……」

 

「ほら二人とも、元希さんが困ってますよ」

 

「おお、済まぬ主様」

 

「元希、困ってる?」

 

 

 バエルさんに注意されただけで、水とリンは僕から離れてくれた……いったいこの短時間で何があってバエルさんの言う事を訊いてるんだろう……

 

「とりあえず、今日はワシとこの小娘が主様の隣で寝るからの」

 

「小娘違う。リン」

 

「まぁまぁ二人とも、とりあえず寝るんでしょ? 僕も疲れたから早く寝ようよ」

 

 

 ちょっと強引だったかもしれないけど、水とリンを寝袋に入らせる事に成功した。ちなみに、疲れているのは本当なので、僕も早めに寝たかったのだ。

 

「それじゃあ、お休みなさい」

 

 

 そう呟いて、僕の意識は急激に夢の世界へと旅立っていく。冗談抜きで、疲れてたんだなって思えた瞬間だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢の世界へ旅立ったはずなのに、僕は何かを見ている。

 

「誰……水?」

 

 

 水は偶に龍の姿で寝ている時がある。その所為で色々と大変な事にもなるんだけども、それほど大きい感じはしていないので、今日は大人しめで龍の姿になっているのだろう。

 

「むにゃむにゃ……主様は渡さぬからの……」

 

「どんな夢見てるんだろう……って、あれ? 水は人間の姿のままだ……」

 

 

 寝言を発した水の方を見れば、何時もの少女の姿をした水がそこに寝ていた。

 

「おかしいな……水じゃないとすると、誰が……」

 

 

 首を傾げて反対側を見ると、そこにはまだ子供なのか、小さな人ならざぬ者がいた。

 

「これが、リンの正体……? 魔物というよりは精霊のような気配だ……」

 

 

 あの雑木林一帯を覆っていた気配と、今のリンの気配は同じだ。という事は、リンはやはり雑木林一帯に時空の狭間を作りだした犯人という事になるのだが……

 

「とても悪さをするような存在には思えない……」

 

 

 そう、今のリンにはそれくらいの神々しさがあるのだ。だけどあそこら辺一帯の生物の存在を消していたのなら、やはり悪さをしていたという事になるのだろうか?

 

「分からないな……」

 

「元希よ、ワタシは何も悪い事してない」

 

「えっ?」

 

「ワタシは、林に害なす者たちを時空の狭間に送っただけ。あのまま放置していれば、あの林はダメになっていたから」

 

「リン……なの?」

 

 

 僕の問い掛けに対する答えは無く、またそれ以上リンと思われる声も聞こえなくなってしまった。

 

「あのまま放置していたら、あの雑木林がダメになる?」

 

 

 リンの言っている事が本当だとすれば、あの雑木林には何かしらの痕跡が残されているはずだ。僕はそう思い立ち上がろうとしたが、身体が言う事を訊いてくれなかった。

 

「そうか……これは夢だったんだっけ……」

 

 

 夢で見た事を現実とごちゃまぜにするのは良くないけど、これが単なる夢で終わらせる事が出来る内容では無いのも事実。僕は自分の身体に覚醒を命じ、恵理さんと涼子さんの捜査に同行しようと決心したのだった。




次回正体の推測を元希君が立てます。


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土壌汚染

どこの世界でもこういった話があるんですよ……


 恵理さんと涼子さんの調査に同行した僕は、夢の中で聞いた事を確かめるために空間ではなく地面をくまなく調べた。

 

「やっぱり……」

 

 

 調べた結果、この辺り一帯の土壌が荒らされていて、このまま放っておいたら草木はもちろん、生物すら生息出来なくなってしまう恐れがあったのだ。

 

「ということは、リンはこの辺り一帯を納めている土地神様なのかな……でも、それほど強い力がありそうな雰囲気では無いんだけどな……」

 

 

 土地神様なら、魔物のデータバンクで調べてもヒットするわけない。未知の生物だと判断されても説明はつく。だが別問題として、どうして土地神様が人間の姿をして、記憶すら失っているのかという疑問が浮上してくるのだ。

 

「元希君、何か分かった?」

 

「僕たちが感じ取った気配はリンで間違いなさそうです。でも、あの気配は魔物じゃ無く神様のものだったのかもしれません」

 

「神様?」

 

 

 僕は今日見た夢の内容を話して、土壌の状態を恵理さんと涼子さんにも見てもらった。

 

「確かにこれは酷いわね……」

 

「気配に気を取られていて、土壌の状態とかは見落としてましたね……」

 

「何者かが荒らしていたのを、土地神様であるリンが異次元に飛ばした、んでしょうね……でも、そうなると何でリンが人の姿をしているのかと、記憶を失った理由は何なのか、という疑問が残るんですよね……」

 

 

 とりあえずの処置として、僕と恵理さんで土壌を回復させる魔法を行使し、涼子さんがここら一帯に水を撒き樹木に活力を与える。

 

「土地神であるリンちゃんがこの場を離れてるなら、定期的に水捲きや土壌整備をしなきゃ駄目ね」

 

「一番良いのはリンちゃんをこの地に戻す事ですけど、記憶の無いリンちゃんを戻したところで今まで通りの加護が得られるかどうか……」

 

「そこら辺はリンと話しあってみましょう。話してる間に記憶を取り戻すかもしれませんし」

 

「そうね。早いところ力を取り戻してもらわないと、私たちの魔法でも限度があるからね」

 

「栄養とか色々と考えなきゃいけませんし、簡単には発動出来ませんしね」

 

 

 僕たちが施したのはあくまでも応急処置程度の魔法だ。それほど長い時間効果が持続するわけでも、掛け続ければ安定するわけでもなく、本当に応急処置レベルの効果しか期待できないのだ。

 何時までもこの場所の土地神様を不在にさせておくのは拙いのだが、今のリンにその力が備わっているのかと聞かれれば首を傾げざるえない状況なのも確かなのだ。

 

「とりあえず調査は終わりね。リンちゃんが力を取り戻すまでは、私たちのその場しのぎの魔法で何とか保たせるわよ」

 

「分かりました。土壌の事は風神さんに相談してみましょう」

 

 

 美土さんの実家は土魔法の名家だもんね。土壌を豊かにする魔法にも長けているかもしれない。僕は涼子さんの提案に頷いて、テントまで戻る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戻ってきて最初に思ったのは、何で僕ばっかこんな目に遭わなければいけないのだろう、だった。雑木林から戻ってきた僕を出迎えたのは、水とリンの熱烈歓迎だったのだ。

 

「主様! 何処に行っておられたのですか!」

 

「元希、一緒じゃなきゃ駄目!」

 

 

 そういって僕に向かって二人が飛び込んで来たのだが、足場が悪く二人より軽い僕は、二人の体重を受け止める事が出来ずにその場に倒れ込み、頭を打った。

 

「あ、主様!?」

 

「元希、大丈夫か!?」

 

 

 原因である二人が、僕の事を心配そうに覗き込んで来る。僕は大丈夫だと伝える為に笑顔を見せようとして――激痛に顔を歪めてしまったのだった。

 

「元希君!? ちょっと、大丈夫!?」

 

「なんとか……少し切れただけですので」

 

 

 側頭部から血が流れ出ていたので、恵理さんが焦ったように――実際かなり焦っているのだが、僕に近づいてきた。

 

「それ程深くないですし、治癒魔法を掛けておけば治りますよ」

 

 

 僕は右手をヒラヒラと振って、自分の側頭部に治癒魔法を掛けた――のだが……

 

「あ、あれ?」

 

「私が掛けます!」

 

 

 魔力が安定してなかったのか、僕の治癒魔法は不発に終わり、それを見た涼子さんがすぐさま僕に治癒魔法を掛けてくれた。

 

「スミマセン……思ってたよりも大丈夫じゃ無かったですね」

 

「まったく、元希君は少し自分の事を優先的に考えてもいいんじゃないですか?」

 

「ごめんなさい……」

 

 

 ついつい水やリンを甘やかして、自分の事を蔑ろにしている感は自分でもあったので、涼子さんの言葉に素直に頷いたのだ。頷いた時に、少し痛みが走ったのは内緒だ……




詳しい原因は次回


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代理の管理者

神様の代理は神様……


 授業が終わり、僕はリンをつれて理事長室に向かおうとしたのだが、教室を出る前に水に捕まってしまった。

 

「主様、その小娘をつれて何処に行くつもりじゃ! ワシをおいていこうなどと思わない事じゃな!」

 

「結構重要な話合いがあるから、水をつれて行くわけにはいかないんだけど……」

 

「ワシは主様の使い魔じゃが、ここら一帯の水源を管理する神なのじゃぞ! 蔑ろにするのなら、全ての水源を汚染してやろうか?」

 

「どんな脅しなんだよぅ……」

 

 

 水をつれて行かなかったから、ここら辺の水源が全てダメになったなんて笑えない……僕は水の脅しに屈して理事長室につれて行く事にしたのだった。

 

「元希、コイツの言う事、聞かなくて良い」

 

「後から出てきた分際で、ワシと主様の間を引き裂くのか、この小娘!」

 

「小娘違う。リン!」

 

「五月蠅い! お前なぞ小娘で十分じゃ!」

 

 

 ……理事長室に向かう間、ずっと似たような事で言い争う水とリン。何で仲良く出来ないんだろう……

 

「失礼します」

 

「待ってたわよ、元希君。……何で水まで一緒なのかしら?」

 

「えっとですね……」

 

 

 僕は恵理さんに、水をつれてこざるをえなくなった理由を話した。

 

「なるほど……確かに忘れがちだけども、水は氷上家が祀っている水神の化身。水源を汚染するくらい簡単でしょうね。それじゃあつれて来たのも仕方ないか」

 

「冗談に聞こえなかったんですよ……」

 

 

 半分以上……いや、百パーセント本気だったのかもしれないが、水の脅しにはそれだけの迫力と、僕一人で判断するには大きすぎる被害が見え隠れしていたのだ。

 

「後は涼子ちゃんとリーナが調べた結果が届けば、リンの正体がハッキリするんだけどね」

 

「まだ何か調べてたんですか?」

 

「元希君が言ってたように、あの雑木林だけじゃなくって、周辺の森林や竹林、田畑なんかにも影響が無いか調べてるのよ」

 

 

 なるほど……リンがどの程度の土地神様なのかは分からないけども、周辺一帯の生物を消し去れるレベルの力を持っているのだから、彼女の加護の範囲はかなり広いのではないか、と僕が朝恵理さんたちに話したのだ。その裏付けをしてるとなると、余計な仕事を作っちゃったのかもしれないな……

 

「姉さん、戻りました」

 

「調べ終わったわよ」

 

「御苦労さま。それじゃあ早速だけど、リンの正体についての仮説・その裏付けをしていきましょうか」

 

 

 恵理さんは机の上に資料を並べ、必要なものをホワイトボートに貼っていく。

 

「まずリンの正体だけど、元希君が言ったように土地神様で間違いなさそうよ。念入りに調査した結果、あそこら辺一帯――正確に言うならば、半径五キロにおける土壌や水質が著しく悪化してるわ。これは彼女の加護が得られて無いからでしょう」

 

「今のところ作物への影響は大きく無いですが、いずれは私たちでは誤魔化せないレベルで影響が出ると仮定されます」

 

「ワタシ、神様なのか?」

 

「そうみたいだね」

 

 

 自分の事なのに、全然実感が持てないリンが、僕の服の裾を掴んで上目遣いで尋ねてきた。

 

「あの雑木林に生息していた生物だけど、何時の間にか外来種に取って食われたようね。最近では在来種が減ってるって噂があったらしいわ」

 

「そしてその外来種ですが、あの土壌には適さず、自分たちに適した環境に変える能力を持っていたとも言われています」

 

「つまり、リンは現存の樹木や数少なくなった在来種を護る為に外来種を一掃したと?」

 

「そう仮定するのが妥当かと。駆除の仕方がダイナミックですが、土地神様なら説明出来なくはないですからね」

 

「その外来種ですけど、どこから現れたんですか?」

 

 

 僕は気になった事を涼子さんに尋ねる。普通に生活していたのなら、自分が住むに適さない場所に現れるとは思えないんだけどな……

 

「どうやら飼ってた人が逃がしたのが繁殖したそうよ」

 

「責任のとれない人間が環境を破壊していくのよね……生態系もだけど……」

 

「リンちゃんだけの力では元の土壌に戻すのは難しそうですね。力を失ってる事を考えても、私たちで何とか悪化を防ぐだけでもしておいた方が良いかと」

 

「そうね……バイオマス研究科に相談して、何人か生徒を派遣してもらいましょう」

 

「それは理事長である姉さんの管轄です。私には出来ません」

 

「分かってるわよ。後は、リンが記憶を取り戻すにはどうするか、だけど……当面は元希君に世話を任せるわ」

 

 

 それって何も解決してないんじゃ……

 

「それから……水」

 

「なんじゃ?」

 

「あそこら辺一帯の水質管理だけど、貴女がやってくれない?」

 

「何故ワシがこの小娘の代わりを務めなきゃいけないのじゃ!」

 

「水、お願いできる?」

 

「むぅ……主様に言われたら仕方ないのぅ……じゃが、ワシは小娘の代わりを引き受けるのではなく、主様の命令を実行するだけじゃからな! その辺りを勘違いせぬように!」

 

 

 何となく、水がツンデレのようにも思えたけど、これで当分は作物に影響は出ないだろう。この先どうにかしてリンの記憶を取り戻さなければいけないんだけど、どうすればいいんだろうな……




恐ろしい脅しだ……


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新たな結界

とりあえずは現状維持で……


 リンがあそこら辺一帯の時空を歪ませる事はもう無いだろうということで、僕たちは時空の歪み対策の結界を解除し、その代わりの結界を構築する。

 

「しかし元希さん、結界に土魔法を組み込むなんて出来るんですか?」

 

 

 美土さんに問われ、僕は苦笑いを浮かべる。彼女が疑問を持ったように、結界は基本的に光か闇魔法を組み込んで構築するもの、他属性の魔法を組み込むなど前例が無いのかもしれない。

 

「別に魔法に対する結界を作ろうとしているわけじゃないんだ。この結界はこれ以上土壌が荒れないようにするための結界、定期的に張り直すと考えれば、他属性の魔法を組み込んだ結界を作れるはずだよ」

 

「でも、わたしは結界魔法なんて使えないんだけど」

 

「うん、だからそっちは僕たちが担当するよ。美土さんはその結界に土魔法の要素を組み込んでくれればいいんだよ」

 

 

 本当ならそれも僕たちだけでやれれば良かったんだけど、僕たちが土魔法の要素を組み込もうとしても、結界の魔力に耐える事が出来なかったのだ。

 そこで土魔法を得意としている美土さんに頼んで、僕たちは結界強度と土魔法を打ち消さないようにするように専念する事にしたのだ。

 

「わたしの魔力じゃ、元希さんや理事長先生たちの魔力に敵わないと思いますけど……」

 

「それで良いのよ。私たちの魔力じゃ、結界の効果を半減させてしまったのよ」

 

「こんな言い方では風神さんに失礼ですけど、結界の魔力より低い土系統の魔力が必要なのよ」

 

「そうだったんですか。確かに自分でも分かってますが、わたしの魔力はお三方より明らかに低いですからね」

 

 

 そうなのだ。この結界の最大のポイントは、土系統の魔力がそれほど高くなくても効果を発揮出来るところにあるのだ。

 だけど、僕や恵理さん、涼子さんの土魔法では、その威力が高すぎで、加減したら今度は結界の魔力に潰されてしまったのだ。

 

「風神さんは全力で土魔法を結界に組み込んでちょうだい。それでダメならまた違う威力を要求するから」

 

「分かりました。では……いきます!」

 

 

 美土さんの土魔法が発動する。僕たちは結界に意識をやり、上手く組み込まれているかを確認する。

 

「なるほど……この威力なら結界に弾かれる事も、結界を呑みこもうとする事も無いんですね」

 

「絶妙なバランスだわ……このデータを保存して、次からは私たちだけで構築出来そうね」

 

「この結界なら、二,三週間は持ちそうですね。その間にリンの記憶探しをして、見つからなくても再構築で同じくらいは持つでしょう。もちろん、何時までもこのままじゃダメですけどね」

 

 

 この結界は「これ以上荒れない」だけで、「元の土壌に戻る」わけではない。一度荒れてしまった土壌では、いずれ樹木などは枯れてしまうだろうし食物の品質にも影響が出てしまうだろう。

 

「これでいいんですか?」

 

「ええ。風神さんのおかげで結界に必要な要素は完璧に備わったわ。ありがとう」

 

「あとは土壌整備をしっかりとしておけば、これ以上荒れる事はないでしょうね」

 

「リンが元に戻れば一気に解決なんですけどね。こればっかりは急いても仕方ない事ですが……」

 

「あら、元希君が誠心誠意お願いすれば、リンも元に戻ってくれるかもしれないわよ?」

 

「ですが……そもそも僕には神に対する知識がありません。水だって、水奈さんのお家で崇め奉ってた水神だ、って事くらいしか知りませんし」

 

 

 あとは、水の母親が恵理さんと涼子さんの友人(神?)だった事くらいしか知らない。主って事にはなっているけど、僕は殆ど彼女の事を知らないのだ。

 

「大丈夫よ。リンは元希君に懐いてるし、神様について良く知らないのは私たちも一緒だからね」

 

「私たちは基本的には魔を狩る物ですからね。神様について詳しくないのは仕方の無い事です」

 

 

 ここら辺一帯の土壌と水質が懸かっているのに、そんなテキトーな考えで良いのだろうか……

 

「てなわけで、結界構築は終わりね。風神さん、お疲れ様」

 

「あとは私たちの仕事ですので、風神さんは皆さんのところに戻ってください」

 

「じゃあ僕も……」

 

「何言ってるの。元希君はまだ調査が残ってるわよ」

 

「僕だって生徒なんですけど」

 

「貴方がいなかったら、誰がリンの戻し方を調べるのよ」

 

 

 そんな事僕に言われても……

 

「姉さん、元希君はリンちゃんの傍にいてもらったほうが良いと思いますけど。記憶を探すにしても、それ以外でも基本的にはリンちゃんの傍に元希君がいた方が効率が良いでしょうし」

 

「そうね……じゃあ元希君、リンを元の神様に戻せるように頑張ってね」

 

「分かりました……それじゃあ美土さん、行こうよ」

 

「ええ。それでは理事長先生、早蕨先生、また後ほど」

 

 

 恵理さんと涼子さんに一礼して、美土さんと僕はテントが張ってある場所まで一緒に戻る事になった。いきなり手を握られたのは驚いたけど、これ以上過激にならないのなら良いかな……




次回、誰かが乗っ取られる……


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土地神の魔法

八月も終わりですね……


 リンの記憶を取り戻す為に、僕はまずリンをあの雑木林へと連れて行く事にした。何か良い方法があるわけでもないので、まずはこの場所につれてきて何か無いかを確かめるためだ。

 

「リン、何か思い出した?」

 

「ここ、元希と会った場所?」

 

「そうだね。ここにリンがいたんだよ」

 

「そうなのか。ワタシが目覚めたのは恵理の部屋だったからな」

 

 

 あそこは別に恵理さんの部屋じゃないんだけどね……理事長室ってだけで、恵理さんの私室ではないのだ。

 

「ワタシはここの神様なのか?」

 

「状況を見るに、多分そうだと思う」

 

「そうか……ワタシは神様だったのか」

 

 

 何だろう……全然神様っぽくないと感じてしまうのは、リンの記憶が無いからなのだろうか? それとも元々が神様っぽく無かったのだろうか?

 そこら辺の事は、今考えても仕方ないので一先ずおいておく事にして、僕はリンと一緒に雑木林の中を歩く。結界が利いているので、今のところ土壌の悪化は抑えられているし、バイオマス研究所の手助けもあり、徐々にではあるが、ここら一帯の土壌の保存は出来ている。ただし、回復には至っていないが……

 

「元希、どうかしたのか?」

 

「ん? 何でそう思ったの?」

 

「何だか難しい顔してる。元希、何か悩み、ある?」

 

 

 今のリンにも分かるくらい、僕は表情に出していたようだ。僕はリンに心配される立場じゃなく、リンを心配しなきゃいけない立場なのにな……

 

「大丈夫だよ。こうしてリンと一緒にいる事で、その悩みは解決するかもしれないからさ」

 

「そうなのか? なら、リン、ずっと一緒! 元希、それで悩み、無くなる?」

 

「そうだね。無くなると思うよ」

 

 

 僕とずっと一緒にいたいと思ってくれるのは、素直に嬉しい事だ。でも、僕とずっと一緒にいるということは、即ちリンの記憶が戻らないとイコールになってしまうのだろう。記憶が戻れば、僕と一緒にいられなくなる可能性だってあるのだから……

 

「むー」

 

「どうしたの?」

 

 

 僕がまた考え事をしていたら、今度はつまらなそうに、わざわざ声に出してリンが僕を見ていた。見ていた、というか睨んでいた。

 

「元希、また難しい顔してる。リン、一緒にいる! もっと嬉しそうする!」

 

「はは、そうだね。今はリンと一緒にいるんだから、難しい顔は良くないか」

 

 

 リンの事で頭を悩ませているのだが、リン本人が悪いわけではない。むしろ、こうして楽しんでくれているのだから、僕が別の事に頭を働かせてるのがいけないのだろう。

 

「ねぇ、リン」

 

「なんだ、元希?」

 

「ここにきて、何か思い出さないかな?」

 

 

 僕は本来の目的である、リンの記憶につながる何かが無いかを探す事にした。記憶が戻ってからの事で頭を悩ませるのは、記憶が戻ってからでも良いのだから。

 

「うーん……何となく、懐かしい」

 

「懐かしい?」

 

「うん、昔ここにいた……ような気がする」

 

「それは……リンはここにいたんだから、そう思うのは普通だよ。でも、やっぱり何処かにその記憶は残ってるんだね」

 

 

 記憶が無くても、自分が生まれ育った場所――もっと言えば、リンはこの辺り一帯の土地神様なのだから、覚えていて当然なのかもしれない。

 

「ここ、荒れてる……何だか悲しい……」

 

「原因はリンが取り除いてくれたけど、僕たちだけじゃ元には戻せないんだ」

 

「そうなのか? 元希、凄い魔法師。元希でも、出来ない?」

 

「恵理さんや涼子さんでも出来ないんだ、僕だけじゃ無理だよ」

 

「無理違う! 元希、出来る!」

 

 

 リンは何を根拠に僕なら出来ると言っているのだろうか……僕なんかよりよっぽど凄い魔法師である恵理さんや涼子さんでも出来ないんだから、僕にはもっと無理だと思うんだけどな……

 

「元希、リンの夢、見た。だから大丈夫」

 

「どういう……っ!?」

 

 

 僕の身体が、何者かに乗っ取られる感覚に陥る。意識はあるのに身体の自由が利かない……良く見ればリンがその場に倒れこんでいる……

 

「(リン!)」

 

 

 僕は叫んだつもりだったけども、声を発する事は出来なかった。

 

『心配しなくても、ワタシは大丈夫です。今、少し元希の身体を借りているだけですから』

 

「(君は……リン、なのか?)」

 

 

 脳内に直接声が聞こえて来た。僕は直感的に、その声の持ち主はリンだと理解した。

 

『そうですね。ワタシは、「リン」と呼ばれているモノです。元希、貴方はワタシに優しくしてくれています。ですので、あのワタシ――「リン」がこのワタシを取り戻すまでは、貴方が面倒を見てあげて下さいね』

 

「(で、でも……この辺り一帯の土壌を元に戻すには、貴女の力が必要なんです)」

 

『その力は、貴方の中にあります。意識するだけで、土壌は元に戻るはずでしょう』

 

「(どういう事なんです?)」

 

 

 この問いかけに対する答えは無かった。次の瞬間には、僕は身体の自由を取り戻し、リンも問題なく起き上がっている。

 

「(意識するって言っても、なにを意識すれば……)」

 

 

 土壌を元に戻す為に、僕は何となくイメージを広げた。すると頭の中に、知らないはずの詠唱が流れてくる……

 

「母なる大地よ、その姿をあるべき姿に戻し、全てに幸をもたらさん『ガイア・リザレクション』」

 

 

 次の瞬間には、張っていた結界は消え去り、土壌は元あるべき姿に戻っていたのだった。




神様ならこれくらい出来るでしょ、って事でこんな感じに……


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魔法の反動

またお姉ちゃんっぽくなってしまった……


 リンに身体を乗っ取られたと思った次の瞬間には、僕の頭には僕の知り得ない魔法が浮かんできた。その魔法を発動させた事により、僕の身体は全身が悲鳴をあげている……だけどそんな事も気にならないくらいに、その魔法の威力に驚いてしまった。

 

「これは……土壌が回復している?」

 

 

 自分が使った魔法だけど、僕はその魔法の効果や威力を知らない。だからその結果は自分の目で見て確かめなければいけないのだ。

 

「リン、この魔法は……リン?」

 

「スー……」

 

「寝ちゃってるのか……まぁ無理も無いよね」

 

 

 記憶を失っているのに、僕の中に入り込んできて、そして僕に神の魔法を教え使わせたのだ。リンも体力をかなり消耗してしまっても仕方ないだろう。

 

「僕が運んで行ければいいんだけど……どうしよう……」

 

 

 最善の行動は、僕がリンをおんぶしてテントまで帰るのが良いんだけども、あの魔法を放った事により、僕の全身は限界を超えている。したがってリンをおんぶするどころか、自分の足で歩く事すらままならないのだ。

 

「誰かに電話して迎えに来てもらわなきゃ……えっと、携帯は……」

 

 

 大した距離でもないし、それほど時間を掛けるつもりも無かったから持ってきてないんだった……こうなると念話を飛ばすしかないんだけど、今の魔法で僕の中の魔力の殆どを使っちゃったしな……この距離でも届くかどうか微妙なところだぞ……

 

「(誰でも良い。この念話が届いたら助けに来てください……)」

 

 

 最後の魔力を振り絞って念話を飛ばして、僕の意識はそこで途切れた。何だか久しぶりに意識を失ったような気がする……そもそも頻繁に気を失ってたのがおかしいのか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かに運ばれている感じがして、僕は目を覚ました。どうやら念話が届いたらしく、誰かが僕たちを迎えに来てくれたんだろうな。

 

「ん……」

 

「気がつきましたか?」

 

「バエルさん? それに秋穂さんも……どうして二人で?」

 

「元希君が念話を飛ばしてきたんでしょ。『リンと二人で動けなくなっちゃったから迎えに来てほしい』って」

 

「僕が?」

 

 

 それ程長い念話を飛ばした記憶は無い。だけど二人はその念話を感じ取って僕たちを迎えに来てくれたという。これはどういう事なんだろう……

 

「何があったんですか?」

 

「報告も兼ねるから、恵理さんと涼子さんに伝える時に一緒に教えるよ。今はちょっと話すのもつらいから……」

 

「元希、もう大丈夫? 起きてる?」

 

「リン? 君は歩けるの?」

 

 

 声を掛けられた事で、僕はリンが自分の足で歩いている事に気がついた。

 

「ワタシ、平気。元希、倒れてて心配」

 

「そっか……ごめんね。ちょっと疲れちゃっただけだから」

 

 

 並大抵の疲れでは無かったけども、リンに心配を掛けるのは違う気がして、僕は無理をして笑って見せた。でも、無理してると自分でも分かるくらい、声に力がこもって無かった。

 

「ダメ! 元希、ちゃんと休む! 元気無い、リンにも分かる!」

 

「ごめんなさい……」

 

 

 やっぱりバレバレだったようで、リンに怒られてしまった……見た目が幼い女の子だから違和感があるけど、リンは神様だしな……僕なんかよりよっぽど生きてるんだろうし、注意怒られるのも無理無いか……

 

「ふふっ」

 

「? 何か可笑しかったですか?」

 

「いえ、どっちが年上だかわからないやり取りだなって思いまして。お兄ちゃんの面目丸潰れですね、元希さん」

 

「お兄ちゃんって……見た目は幼いですけど、リンの方が僕なんかより長く生きてるんですよ?」

 

 

 あれ? 神様って生きてるんだっけ……まぁいいや。

 

「そうでしたね。でも、事情を知らない人が見れば、妹に心配を掛けてるお兄ちゃんにしか見えませんよ」

 

「それは……そうですけど」

 

 

 見た目は完全に僕の方が年上なんだし、今の喋り方のリンしか知らない人が見れば、完全にダメな兄に怒ってるしっかり者の妹にしか見えないだろうな……

 

「今日はこのまま寝袋に直行ですね」

 

「せめて着替えさせてください……」

 

「さて、どうしましょうかね? リンちゃんに頼んでみます?」

 

「バエルさん……僕で遊ぶのは止めて下さい……」

 

 

 バエルさんとも同い年なのに、何でこんなにもお姉さんっぽいんだろう……僕が幼いのかな……




ヒロイン候補として出したんだけどなー……完全にお姉ちゃんポジション……


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一段落

とりあえずは問題解決ですかね


 テントに戻った僕は、恵理さんと涼子さんに今日あった事を報告する為に少し離れた場所に移動した――バエルさんにおんぶしてもらったままで……

 

「それで、何で元希君はアレクサンドロフさんにおんぶされてるのかしら?」

 

「えっと……結論から言えば、魔法を放ったら動けなくなりました」

 

「魔法? でも、元希君は既に体内の魔力を完全に回復させてましたよね? いったいどんな魔法を使ったら動けなくなるんですか?」

 

 

 僕の説明不足なセリフでは、涼子さんは納得してくれなかった。もちろん恵理さんも、バエルさんも不満顔で僕の事を見ている。もちろん、説明を省略したままでは済まないとは思ってたけど、ここまで責められるとは思ってなかったな……

 

「えっとですね……あの雑木林をリンと散策していたら、急にリンが僕の意識の中に入って来まして……」

 

「ちょっと待って! それって、リンが神様として機能しているって事?」

 

「いえ……今のリンは何も覚えていない、僕たちが接してきたリンです。ただ、あの場所でだけ一時的に僕の身体を使って神様として動けた、んじゃないかと」

 

 

 何とも曖昧な話だけども、身体を乗っ取られた僕だったわけが分からないのだ。だからこれ以上踏み込まれても説明は出来ない。

 

「……元希君の身体を使い、荒れた土壌をどうにかしようとしたのかしら?」

 

「そうですね。リンに身体を乗っ取られた後、僕の頭の中に、僕が知るはずの無い魔法が浮かび上がって来ましたので」

 

「その魔法を使ったから、元希君はアレクサンドロフさんにおんぶされていたのかしら?」

 

「バエルさんだったのは完全なる偶然ですよ。僕が最後の魔力――いえ、あの時残ってた魔力を振り絞って飛ばした念話を、バエルさんと秋穂さんがキャッチして、僕たちを発見してくれたんです」

 

 

 僕はあそこまで正確な念話を飛ばした覚えはないのだけど、それは別に言わなくても良いだろうと思い省略して話す。だってこれ以上心配させたくないから。

 

「それで、その魔法というのは、元希君はまた使えるのかしら?」

 

「いえ……詠唱も覚えてませんし、もう一度使えと言われましても……」

 

「つまり、リンに身体を乗っ取られた時にしか使えない、と言う事かしら?」

 

「おそらくは。あっ、その魔法のおかげで、あそこら辺一帯の土壌は元に戻りました」

 

 

 一番重要な報告はこれだろう。僕の身体どうこうよりも、あそこら辺一帯の土壌問題が解決した事がなによりの報告だと僕は思ったのだけど、恵理さんも涼子さんもさして興味を示してくれなかった。

 

「そう。まぁこれで良かったのかもね」

 

「元希君が土壌問題を解決してくれたとしれば、あの辺りの農民たちは魔法師の事を認めてくれるでしょうね。これで姉さんの気にしていた問題の一つが解決しましたね」

 

「本当は私自身で解決したかったんだけど、元希君のおかげだし善しとしましょう」

 

「あの……何の話なんでしょうか?」

 

 

 今まで聞くに徹していたバエルさんが口を開く。正直言えば、僕も何の事だか気になったので、この質問に僕は頷いて便乗する事にした。

 

「ほら、魔法師の事を嫌ってる人がいる事は授業で話したでしょ?」

 

「はい、聞いてます」

 

「僕の場合は、魔法師の間でも嫌われてるみたいですけどね」

 

 

 自分と違う存在に畏怖を抱くのは仕方ない事だろうけども、同じ魔法師なのに、僕や恵理さん、涼子さんの三人はその同じはずの魔法師たちからも忌み嫌われている……というのは言い過ぎだろうか?

 

「そして、あそこら辺一帯の農民たちは、お年を召している人たちが多いから、余計にその傾向が強かったのよ」

 

「姉さんが何とかしてお年寄りたちの心を開こうと努力していたところに、今回の問題が発生しました。この問題を解決出来たら一気にお年寄りたちの誤解も解けるのでは、と思っていたんですよ」

 

「つまり、土壌を守った――正確には元に戻したのは魔法師ですよ、という事をアピールしたかったんですか?」

 

 

 僕のセリフに、恵理さんが苦笑いを浮かべながら頷いた。

 

「身も蓋も無い言い方をすれば、そのつもりだったのよ。魔法師は敵じゃない、味方なんだと教えてあげようとしたのよ」

 

「食糧問題は普通の人間でも魔法師でも同じですからね。食物を買い取らせてもらえないと困るんですよ」

 

「学園の食糧は産地直送ですものね」

 

 

 酪農などは学園でやっているので、ある程度は補えるが、農耕などは本腰を入れて始めたばかりなのだ。ノウハウなども教えてもらっているところなので、ここで付近の農民たちとの間に軋轢が生まれると困ってしまう。魔法師としてではなく、霊峰学園理事長としても頭を悩ましていたんだろうな。

 僕は説明が終わったので一礼をして二人の前から移動しようとした――のだが、まだ思うように身体が動かせなかったので、結局はバエルさんにおんぶされて移動する事になったのだった。




ハーレムなんだけど、羨ましくないのはなぜだろう……


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元希君の身体の状態

100話目らしいのですが、全然実感が湧かないのですが……


 バエルさんにテントまで運んでもらった僕は、少しは体力が回復出来たのでとりあえず着替える事にした……のだけども、リンと水が僕の傍から離れようとしないのだ。

 

「あの……着替えるから、外に出てほしいんだけど」

 

「嫌じゃ! 主様は少し目を離すと無茶をするから、これからはワシが一日中監視するのじゃ!」

 

「リンも! 元希心配! だからずっと一緒にいる!」

 

「……着替えるだけなんだから、そんなに無茶しないし、そもそもテントの外に二人がいれば、僕は外には出られないんだけど」

 

 

 常識的に考えて、女の子の前で着替えるのは問題ありだろう。その相手が人間ではなく神様だとしてもだ。

 

「じゃが、主様の事が心配で……」

 

「リンも心配……」

 

「ほら、二人とも。元希さんが困ってますから外に出てましょうね」

 

「なっ!? これバエル! 手を離さんか!」

 

「むー!」

 

「……バエルさん、ありがとうございます」

 

 

 リンと水の手を取ってテントの外まで引き摺りだしてくれたバエルさんに、僕はお礼を言う。もちろんバエルさんも外に出ているので、聞こえたかは微妙なところだが。

 

「そもそも、僕の身体を使って魔法を発動したのはリンなんだけどな……その事は理解してるんだろうか?」

 

 

 土地神様としての魔法を放ったのは僕だ。僕の魔力を使って、僕の身体を使って魔法を発動させたのだけども、そうさせたのは紛れもなくリンなのだ。

 

「いや、今のリンでは無いんだろうけども……でも、あれも『リン』なんだろうし……ちょっとこんがらがってきたぞ?」

 

 

 今の『リン』が、僕たちが発見して保護した『リン』だ。だけど僕の夢の中に出てきているのも、間違いなく『リン』なのだ。おそらくこっちが本当の『リン』で、今の状態の『リン』が異常なんだけども、彼女にその記憶は無く、覚えているのは僕がいきなり倒れたという事だけらしいのだ。

 

「そう言えばあの時、リンも気を失ってたんだっけ……」

 

 

 どうやら僕の中に「もう一人のリン」が現れる条件として、「表に出ているリン」の意識が覚醒していない事が必須の様だな。夢に出てきた時も、リンは寝ていて覚醒していなかったし。

 

「神様って、意外と融通が利かないのかもしれないな……」

 

 

 融通が利かない、とは少し違うのかもしれないけど、他の適当な表現が思いつかなかったので仕方が無い。とりあえずあの辺り一帯の土壌の改善は済んだし、あとは結界で今の状態を保っていけば、リンの記憶探しを急ぐ理由は一先ず無くなった。

 とは言っても、何時までも結界で保てるなんて思って無いので、先延ばしには出来ない事ではあるのだ。

 

「まぁ、人の心配の前に、とりあえずは自分の心配だよね……立ってるのがやっとなんだから……」

 

 

 着替えるのにこれほど苦労するとは思わなかった。意地を張らないで誰かに手伝ってもらえば良かったとも思ったけど、さすがに誰かに手伝ってもらえるなんて思って無い。相手の都合ではなく、僕の都合だ。

 

「お風呂は隠してるけど、着替えとなるとそうもいかないだろうしな……」

 

 

 服だけなら兎も角、下着も変えるので、誰かに頼める事では無くなってしまっているのだ。僕が精神的に耐えられなくなるだろうし……

 

「……よし! 着替え終わった」

 

 

 何とか着替えを済ませた僕は、洗濯物をどうしようか悩んだ。体力が回復してから持っていくか、今から無理をしてでも持っていくかでだ……

 明日の朝なら、自分で持っていく事も可能だろうし、寝間着と一緒に選択する事が出来て面倒を省く事が出来るけど、何時までも汗のにおいが染み込んだ服をテントに放置しておくのも忍びないしな……

 

「それなら、私が持っていきますよ」

 

「えっ、ありがとうございます……?」

 

 

 僕は誰と話しているのだろう……テントの中にいるのは僕だけのはずなんだけど……

 

「すみません、何時までも二人を抑えているのが出来ませんで」

 

「ああ、そういう事ですか……って! 何時からいました?」

 

「何時からって、『よし! 着替え終わった』辺りからですけど」

 

「あっ、そうですか……なら良かった」

 

 

 気付けなかったのは恥ずかしいけど、着替えが終わってからなら特に問題は無いだろう。僕はバエルさんの申し出に甘える事にして、今日はもう寝る事にした。ご飯も食べる気分じゃないし、そもそもお箸も持てない状態なので、食べに行ったら悲惨な事になるだろうしね。




一応節目を迎えました。迎えた実感はありませんが、皆さまのお陰で到達出来たと思いますので、これからもご愛読の程、よろしくお願い致します。


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朝風呂

久しぶりに出番が……


 ぐっすりと寝たおかげで、翌日に疲労感は全く残っていなかった。先に寝たから分からなかったけど、僕の隣に陣取っていたのはリンと水だった。確か一日毎に代わるんじゃなかったっけ……

 

「(まぁ、とりあえずは大丈夫そうだし、軽く汗を流そう)」

 

 

 昨日お風呂に入らなかったので、僕はシャワーだけでもと思いお風呂に向かう。さすがにこの時間なら誰も使ってないだろうし、水は自分で用意できるしね。

 

「土壌の問題もとりあえずは解決出来たし、今日はノンビリ過ごしたいな」

 

 

 高校生のセリフでは無い、と自分でも分かっていたけど、ここ数日は色々と建てこんでいてまともに授業に出られなかった事もあった。その事を考えれば、ノンビリしたいという僕の気持ちは分かってもらえると思う。

 

「……あれ?」

 

 

 良く見れば、誰かが湯船に浸かっているではないか。こんな時間だし、先生の誰かかな……出直そう。

 

「ん? 元希じゃないか! もう大丈夫なのか?」

 

「ほ、炎さんっ!? って、前隠して!」

 

「ん? 別にアタシの身体なんて見ても面白くないだろ?」

 

「面白いか否かじゃないよ! 炎さんだって女の子なんだから!」

 

 

 あからさまに見せられるのも考えものだけど、炎さんのように自分の身体くらいなどと考えているのも問題だ。悪気が無い分、余計に性質が悪いよ……

 

「相変わらず元希は耐性が低いなー……ほら、隠したからコッチ向いても大丈夫だよ」

 

「うん……それで、何で炎さんがこんな時間に?」

 

「アタシは運動したからサッパリしようと思ってな。元希は何でこんな時間に?」

 

「僕は昨日汗を流して無かったから、シャワーだけでもって思ったんだ」

 

 

 炎さんの横を素通りして、僕は頭からシャワーを浴びた。昨日の泥も多少残っているので、洗った方が良いのだろうが、そこまで本格的にお風呂に入ってる時間は無いだろう……朝食の準備、僕の番だし。

 

「よし! アタシが洗ってやる」

 

「えぇ!? ちょっと炎さん……」

 

 

 頭を押さえつけられ、強引に炎さんに洗われていく……この強引さが炎さんらしいんだけども、またタオルがはだけていて恥ずかしいんだけどな……

 

「相変わらず元希はちっこいよなー」

 

「僕だって好きで小さいわけじゃないんだけど……」

 

「アタシより小さいのは考えものだよな、男として」

 

「健吾君みたいに大きくなりたいわけじゃないけど、せめてもう少しくらい欲しいよ……」

 

「我妻はデカイからな。ほれ、洗い終わったぜ」

 

「ありがとう」

 

 

 炎さんは偶に男口調になる事がある。でもそれが不自然ではなく普通に似合っているのだ。

 

「さて、着替えて朝飯の支度をしよう。今日はアタシも当番だし」

 

「そうだっけ? じゃあ急ごうか」

 

「基本的には元希が作業するんだけどな」

 

「うん、分かってた……」

 

 

 炎さんは料理下手、と言う訳ではないけど、あまりやる気が起きないようで、基本的には皮むきとかしかやってくれない。

 

「あんまりゆっくりしてっと、水奈たちが起きちゃうぜ?」

 

「炎さんが早いんだよ……僕のスピードは普通だって」

 

 

 着替えるのも早い炎さんは、男子更衣室だというのに気にせず入ってこようとしていた。慌ててそれだけは踏み止まってもらい、僕は急いで着替えたのだった。

 

「そう言えば昨日は大変だったらしいな。秋穂から聞いたけど、神の魔法って随分と凄いんだろ?」

 

「うん。あの荒れてた土壌が一瞬で蘇ったし……」

 

「ん? 違う違う、疲労感とかそっちの話だよ」

 

「えっ……あぁうん。そっちも大分凄かったよ」

 

「そうだろうなー。バエルにおぶってもらって帰ってきたんだもんなー」

 

「うぅ……あんまり言わないでよ」

 

 

 女の子におんぶされていたなんて、結構恥ずかしい事なのだ。例え僕が全く歩けないとしても、せめて女の子には運ばれたくなかった……まぁ、知り合いの殆どが女の子だし、今ここで生活しているのは僕以外全員女の子なので、不可能だったんだけど……

 

「ほれ、さっさと支度しちまおうぜ。片づけもあるんだし、ノンビリしてたら遅刻しちまう」

 

「そうだね……」

 

 

 ノンビリしたいと願って早々、ノンビリしてたら遅刻する状況に陥ってしまった……これは僕の日ごろの行いが悪いのだろうか? それとも、僕がノンビリする事が出来ない星の下に生まれたからなのだろうか? 出来ればどちらでも無いと良いんだけどな……




バエルとは違った姉のような感じに……


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教室での一幕

前回の流れを汲んだらこうなった……


 教室に着き、僕は何となく炎さんに見られている感じがしたので炎さんの方に視線を向けると、炎さんだけではなく全員に見られていた。

 

「えっと……何か?」

 

「元希様! お身体の具合はもう大丈夫なのですか!?」

 

「あまり無理しないで、お姉さんに頼ってくれてもいいのよ?」

 

「朝お風呂で炎に頼ったように、ボクにも頼ってほしいな」

 

「アハハ……ゴメン、元希。バレちった」

 

 

 なるほど……それで炎さんが謝るような視線を僕に向けていたのか……それにしても、みんな凄い勢いだよね、感心してしまう。

 

「とりあえずは大丈夫だし、朝のアレは完全に偶然だから……僕から頼んだ事でもないんだしさ」

 

「そうなのですの?」

 

「炎は元希君に頼まれたって言ってたけど」

 

「良く考えれば、元希さんがそんな事頼むはずないわよね」

 

「てか、アタシは頼まれたなんて一言も言って無いぞ?」

 

 

 つまりは三人の早とちり。炎さんの説明不足とも言えなくは無いかもしれないけど、とりあえず誤解は解けたようで安心した。

 

「主様、本当に大丈夫なんじゃな? キツイと感じたらワシを頼ってくれても良いんじゃぞ?」

 

「うん……ありがとう、水」

 

 

 でもそんな事言いだすと、張りあうような子がいるんだよな……

 

「元希こんななったの、リンの所為。だから元希、リンを頼る!」

 

 

 ほらやっぱり……今まで黙ってた水とリンが言葉を発したらこうなるのは何となく分かってた……うん、分かってたんだけどさ……

 

「黙れ小娘! ワシが先に主様に頼っても良いと言ったのじゃ! 新参者は引っ込んでおれ!」

 

「元希の不調、リンの所為! だからリンが元希の事カバーする! 無関係者は黙る!」

 

「無関係じゃと!? ワシと主様はお主が現れる前からの付き合いじゃ! 無関係なのはむしろお主の方じゃろうが! ワシと主様の間にはお主には無い絆があるからの!」

 

 

 絆って……もしかして主従契約の事じゃないよね? そんなのを絆として誇示するのはどうかと思うし……そもそも水は望んで無かったような気もするんだけど……

 

「ほらほら、何時までも言い争ってないで。辛かったらみんなに頼るからさ。ね?」

 

「主様が言うなら仕方ないの……」

 

「元希、約束!」

 

「うん、約束するから」

 

 

 四人は生温かい目で見ていたので、これは僕が止めるしかないんだろうと理解したので仲裁に入る事にした。思ってもらえる事は嬉しいけど、何かみんな過剰なんだよね……美土さんとバエルさんは大人しいけど。

 

「そういえば、一時限目って合同授業じゃなかったか? 急がないと遅刻するぞ」

 

「HRがあるんじゃないんですの? 早蕨先生もまだいらしてませんし」

 

「ですが、時間的にはそろそろ移動しないといけませんね……」

 

「元希、何か聞いてない?」

 

「……え? えっと、確か涼子さんは土地の調査があるから朝はいないって恵理さんが言ってたような……でもHRは恵理さんが代理でやるとか言ってたんだけど……」

 

 

 あの人、もしかして忘れてるんじゃないだろうか……携帯を取り出して恵理さんに電話を掛けてみる事にした。

 

『元希君? 何かあったのかしら?』

 

「えっと、涼子さんの代理でHRをするんじゃなかったでしたっけ?」

 

『特に連絡事項は無いわ。そろそろ移動しないと遅刻するから急いでね』

 

「そういう事は教室に来て言ってくださいよ!」

 

 

 やっぱり忘れていたようだった……何事も無い風を装ってるが、恵理さんの言葉には所々焦りの色が見え隠れしていたのだ。

 

「どうやら忘れてたみたい……とりあえず移動しようか」

 

「そうだな! よし、元希」

 

「なに? 炎さん」

 

「体育館まで競争しようぜ!」

 

「僕の何処に炎さんに勝てる要素があるのさ……」

 

 

 魔法力や戦闘技術なら勝てるかもしれないけど、肉体的能力で僕が炎さんに勝てる要素など、僕自身から見ても見当たらないんだからさ……

 

「炎さん、廊下は走ってはいけませんよ?」

 

「元希さんはまだ万全じゃないんですから、炎の相手なんてしたら悪化しちゃうわよ」

 

「元希君はボクたちと一緒にゆっくり行くから、炎は先に行ったら?」

 

「それじゃあ、つまらないだろー! 仕方ない、ゆっくり行くか」

 

 

 水奈さん、美土さん、御影さんの説得のお陰で(?)炎さんもゆっくりと体育館に向かってくれる事になった。遅刻するのは嫌だったけど、廊下を走るのは何処の学校でも禁止されてるし、そもそも恵理さんが原因でこんな事態になってるんだから、少しの遅刻くらいなら許してくれるだろうしね。




クラス公認の弟的存在、になりつつある……でもヒロインたちは好意を持って接しているんですけどね。


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友人との一時

久しぶりに彼が登場します


 授業も終わり昼休み。僕は昼食を摂る為に学食に来ていた。本当ならお弁当があったんだけど、リンと水があまりにも暇だったらしく、暴れ回ってお腹が空いて僕のお弁当を食べてしまうという行動を取ったため、僕は学食で昼食を摂る事になったのだ。

 

「おっ、元希じゃないか。久しぶりだな」

 

「健吾君。そうだね、久しぶり」

 

 

 最近は色々とあって健吾君と会う機会が減っていたので、久しぶりに会えてうれしいな。

 

「聞いたぞ。お前、何か大変なんだってな」

 

「えっ、うん……」

 

 

 大変の内容がどれかによって色々と違ってくるので、とりあえずは相槌でしのぐ。健吾君がどこまで知ってるのかが分からないからね。

 

「クラスの連中がひがんでるぞ。『何でアイツばっかりモテるんだ』って」

 

「モテる? えっと……リンの事なら普通科の人たちにも伝わってると思うんだけど」

 

「ああ、聞いてるぜ。ここら一帯の神様なんだろ? でも、見た目は完全に女の子だからな。『そう言った趣味』の連中にはストライクなんだよ」

 

「そう言った趣味……?」

 

「身も蓋も無い言い方をすれば、所謂ロリコンだな」

 

「あぁ……」

 

 

 リンの見た目は確かに幼い女の子だもんね……でも、ロリコンって種類の人たちは愛しむだけで手を出したりはしちゃいけないんじゃなかったけ……

 

「何かスローガンがあったよね?」

 

「スローガン? ……ああ、『イエスロリータ・ノータッチ』だっけか?」

 

「そうそれ……だから実害はないと思うよ」

 

「それだけじゃないんだけどな。アレクサンドロフ? だっけ、あの子も人気高いぜ」

 

「そうなの? まぁ、バエルさんは面倒見が良いし、美人だもんね」

 

「それと同年代なんだけど母性に満ち溢れてるところが良いんだと。正直俺には分からないが」

 

「僕にも分からないよ……」

 

 

 バエルさんは確かに人気がありそうだけども、実際に声を掛けたりしてる人を見かけた事は無い。それどころか、バエルさんが僕以外の男子と話してるところすら見た事が無いような気もするんだけどな……本当に人気が高いのなら、それなりに話しかけられそうなんだけどな……

 

「でも、リンやバエルさんの人気が高いのと、僕がひがまれる理由にどんな関係が?」

 

「元希も大概鈍いよな。その二人だけじゃないけど、魔法科の上位の女子は普通科でも人気が高いんだよ。理事長や学年主任の早蕨先生もだけど。その全員が元希に好意を寄せてるんだ。お前がひがまれてもしょうがないって事だよ」

 

「好意って……僕だってみんなの事好きだよ?」

 

「違う違う。元希の『好き』と、他の人の『好き』は似ているようで違うんだよ。まぁ、お前も何となくは分かってるんだろうけどな」

 

 

 うん、それくらいは分かってるんだけど、それを認めてしまったら、なんだか僕が自惚れやろうみたいになるのではっきりとは認めていない。それに、健吾君の考えが間違ってる可能性だってあるんだし……

 

「そういえば、魔法科の中でも健吾君の話を聞いたよ」

 

「俺の?」

 

「うん。『普通科のトップで入学した男子がカッコイイ』って。これって健吾君の事だよね?」

 

「まぁ今年のトップ入学は俺だけど、噂になるほどでもないと思うだがな」

 

「でも、健吾君は僕から見てもカッコイイよ。背が高いし……」

 

「気にし過ぎだろ。元希だってまだまだ成長期なんだからよ。これから伸びるって」

 

「だと良いけどな……」

 

 

 健吾君は既に170以上あるからいいけど、僕なんて炎さんより小さいのだ……気にし過ぎって事は無いんじゃないかな……

 

「とにかく、元希が普通科の男子からひがまれてるのは確かだ。もし元希が成績優秀者じゃ無かったら襲われてたかもな」

 

「怖い事言わないでよ……」

 

「ま、普通の男子じゃ元希には敵わないだろうがな。何せ世界に三人しかいない魔法師なんだから」

 

「魔法を使えるなら勝てるかもだけど、純粋な腕力じゃ敵わないけどね……」

 

「違いない。おっと、俺はそろそろ行くな」

 

「うん、じゃあまた」

 

「おう」

 

 

 健吾君と別れて僕は空いている席に座ってご飯を食べ始める。何だか周りがざわついたような気もするけど、多分健吾君に見惚れた女子たちの声なんだろうな。




元希君も健吾君もトップ入学だけあって人気があるのですが、お互いその事には気づいていない様子……


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足跡の持ち主は…

何処まで行っても苦労する元希君…


 午後の授業も終わり、今日は雑木林の事で頭を悩ませる必要も無いので、僕は校内をブラブラとする事にした。入学してからゆっくりと校内を散策する暇なんて無かったからな……

 

「時間もあるし、早蕨荘でも掃除していこうかな」

 

 

 親睦を深めるという名目で、僕たちは今学校から少し離れた場所でキャンプをしているので、早蕨荘には誰も人がいない状況なのだ。人がいないからといって、部屋が汚れないわけでもないので、僕はこうして時間を見つけて掃除しようと考えていたのだ。

 

「夕ご飯の支度は僕の順番じゃないし、結界も安定しているから見に行く必要も無いしね」

 

 

 僕は誰に言い訳をするわけでもなく呟き、早蕨荘の中へと入って行く。自分が生活している場所ではあるのだけども、まだそれほど過ごしていない場所なので誰もいないと緊張するな……

 

「あれ? なんだこの足跡……ネズミでもいるのかな?」

 

 

 早蕨荘に入ってすぐの廊下に小さな足跡が無数にあったのを見て、僕は小動物が入り込んだのだろうと思った。人の足跡にしては小さ過ぎたからなのだが、ネズミのにしたは大きかったような気もしたのだ。だけど気にしても仕方ないと思ったのでそのまま拭き掃除を始めた。

 

「それにしても、何でこんなに汚れてるんだろう……あぁ、部屋まで足跡があるよ」

 

 

 良く見れば、足跡の種類は二つあった。つまり何者かが二人、あるいは二匹この寮に入り込んで歩き回ったのだろう。掃除する側から言わせてもらえば、せめて足の裏くらいは綺麗にしてから歩き回ってほしいものだ……まぁ、小動物がそんな事をするわけないんだから、言うだけ無駄なんだけどね……

 

「あれ? 元希さんもお掃除しに来たんですか?」

 

「バエルさん……僕『も』って事は、バエルさんも?」

 

「はい。でも、あまりにも汚れていたので、裏口から水拭きしてきたんです」

 

「裏口もですか……僕も玄関からここまで拭いて来たんですけどね」

 

 

 そう言って二人で何とも言えない気持ちになった。誰が汚したのかは分からないけど、もし掃除する能力がある生物が汚したのなら、ソイツに掃除してもらいたいと思ったのだ。

 

「とりあえず物を散らかしていないだけマシなのでしょうか?」

 

「そうですね。足跡を残しただけならまだマシなんでしょうね」

 

 

 僕は足跡の残る廊下に向けて水魔法を放ち、そのまま雑巾で拭き始める。雑巾を濡らして拭くより、水で洗い流して、その残った水を乾いた雑巾で拭いた方が楽なのだ。

 

「羨ましいですね。私は氷の魔法しか使えませんので」

 

「氷の魔法なら、汚れを凍らせて地面から剥がせますよ。まぁ、効率が悪いのでお勧めはしませんけど」

 

 

 汚れだけに狙いを定めなければならないし、恐ろしいくらい集中しなければならないので、精神的・肉体的に疲労感が半端無いのだ。

 

「そう言えば先ほど、リンちゃんと水さんが早蕨先生に怒られてましたね」

 

「リンと水が? 何をしたんだろう……」

 

 

 あの二人は仲が良いのかと思えば喧嘩するし、仲が悪いのかと思えば一緒になって遊んでたりするので良く分からないんだよね……今日も僕のお弁当食べちゃうし……

 

「泥だらけだったので、シャワーを浴びて綺麗になるようにと言われてました」

 

「泥だらけ?」

 

 

 僕はバエルさんの言葉に引っかかりを覚えて、この寮に入り込んだ気配を遡って確かめる事にした。

 

「……あぁ、やっぱりか」

 

「どうしたんです?」

 

 

 時間を遡って調べて分かった事は、早蕨荘に足跡を大量に残したのがネズミでも無ければ小動物でも無かったという事だ。

 

「この汚れはリンと水が追いかけっこをして出来たものです。あの二人は原則、靴を履きませんし」

 

「なるほど。それで足に着いた泥が足跡となって廊下なり部屋なりを汚したんですね」

 

「後で注意しておかないとな……」

 

「大変ですね、お兄ちゃんは」

 

「からかわないでくださいよ……バエルさんから見たら、僕は弟に見えるんでしょうけど、一応は同い年なんですよ?」

 

 

 余裕の笑みを浮かべているバエルさんに、形だけの抵抗を見せようとしたのだけど、バエルさんの余裕を崩す事は出来ない。それどころか、より愛しむような眼差しになっているような気が……

 

「とにかく、掃除を終わらせましょう」

 

「そうですね。それとですね、元希さん」

 

「はい、なんで……っ!?」

 

 

 振り返った僕の唇に、何か柔らかい感触が……

 

「私は、元希さんの事を弟だなんて思ってないですからね」

 

「……はい」

 

 

 何とか絞り出した返事に、バエルさんは楽しそうな笑みを浮かべた。それにしても、いきなりキスしてくるなんてな……驚いて何も言えなくなっちゃったな……




家は人がいないとすぐダメになっちゃいますからね……ただ足跡は付かないかな。


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反省させるには

お説教? みたいな感じです


 バエルさんと二人、くたくたになりながら拠点へと戻ると、そこでも水とリンが何か言い争っていた。

 

「じゃからあれはお主が悪いのじゃろうが!」

 

「違う! リン悪くない!」

 

「さっきから同じ事言ってるぞー」

 

 

 すぐそばで二人の言い争いを聞いていた炎さんが、呆れながらツッコミを入れたが、二人はそれを無視して言い争い続ける。

 

「炎さん、お二人の事は一先ず置いておいて、先に片づけをしません?」

 

「そうですよ。あんまり散らかったままですと、元希さんに怒られてしまいますし」

 

「怒られるのはあの二人だけど、散らかったままだと寝れない」

 

「確かにそうだな。秋穂は夕飯の支度だから仕方ないけど、アタシたちは周辺の片づけをしなきゃいけないか」

 

 

 四人の会話を聞いて辺りを見渡すと、確かに色々なものが散らばっている。それでも、本当に大事なものは散らかしていないのを見ると、その辺りの分別はちゃんとあるらしいと分かった。

 

「……僕たちも片づけましょうか」

 

「……そうですね。理事長や早蕨先生も調理担当ですし、私たちも片づけを手伝った方がよさそうですし」

 

 

 リーナさんはリンの記憶を戻す方法を探す事に奔走しているため、最近はご飯を一緒に食べる事が出来ないし、この場所にいない事が多い。だから片づけは僕ら生徒が担当するのが一番早く片付くだろう……本来なら散らかしたあの二人にさせたいところなのだが、あの二人に「連携」の二文字を期待する事は出来ないしな……

 

「水奈さん。これって何が原因で散らかったんですか?」

 

「元希様。お帰りでしたの」

 

「ええ、さっき……」

 

「水様とリンさんが『元希さんのお弁当を食べたのは自分ではなく相手が先だ』という事で揉めはじめまして、それで気がついたらこれ程散らかっていたという訳です」

 

「あの二人は……」

 

 

 一度ちゃんと怒った方が良いのかもしれないな……さっきも寮に残っていた足跡を綺麗にするのに相当な労力を要したし……

 

「二人とも、あんまり汚したり散らかしたりしたら、元希さんに嫌われちゃうよ?」

 

「何ッ!? 主様に嫌われるじゃと!?」

 

「嫌ッ! 元希に嫌われる。リン、悲しい」

 

 

 僕が注意するより先に、バエルさんが二人を諭していた……相変わらずあの二人の扱いに長けている様な気がするのは何でだろう……実にお姉さんっぽいのだ。

 

「じゃあ二人も片づけ、出来ますね?」

 

「もちろんじゃ!」

 

「リンもやる!」

 

 

 バエルさんが二人にも片づけをさせる事に成功したおかげで、僕が二人を注意する事も無くみるみるうちに片付いていく。もちろん、二人の力だけではなく、炎さんたちのおかげでもあるのだけど。

 

「とりあえず、これで元通りかな」

 

「そうですね。水さんもリンちゃんもお疲れ様。ちゃんと片付け出来ましたね」

 

「当然じゃ! ワシにかかればこれくらい」

 

「リンも頑張った!」

 

「さて、片づけは終わったけど、二人には早蕨荘の事で聞きたい事があるんだけど」

 

 

 こっちの問題は一先ず片付いたけど、まだ僕とバエルさんが疲れた原因については説明を受けていない。あまり聞きたくは無いけども、一応は言い分を聞かなければ注意してもあまり響かないだろうし……

 

「あれは、この小娘が先に入り込んだのじゃ!」

 

「コイツが追いかけてくるから逃げた! その先があの部屋だっただけ!」

 

「まず何で追いかけてたの?」

 

「抜け駆けで主様に会おうとしてたからじゃ!」

 

「……何で仲良く出来ないの?」

 

「あっちがリンの事を嫌ってる!」

 

「………」

 

 

 何となくだけど、この二人は仲が良いんじゃないかと思える瞬間がある。だけどちょっとした事でもめたり、言い争ったりする事もあるので、出来ればずっと仲が良いと勘違いしていたいと思う時もあるのだ。今は後者の状態なのだが……

 

「とにかく、二人ともなるべく仲良くしてくれないと、僕だって困るんだけど」

 

「むぅ……主様が困るのはイケないのぅ」

 

「元希、困らせるのダメ……」

 

 

 怒るのではなく困って見せる事で自発的に反省を促す。甘いと言われるだろうけども、僕だって出来れば怒りたくないのだ。

 

「分かった。なるべく仲良くするように善処する」

 

「リンも。頑張って仲良くする」

 

「うん、ありがとう」

 

 

 反省してくれたようだし、僕も仲良くしてもらえるのなら嬉しい。だからこれ以上沈鬱な雰囲気でいるのも嫌だったので、僕は二人の頭を撫でた。

 

「うふふ、やっぱりお兄ちゃんっぽいですよ、元希さん」

 

「お姉ちゃんぽいバエルさんには敵いませんけどね」

 

 

 二人の頭を撫でている僕の頭を撫でているバエルさんに、僕は苦笑い気味の笑みを見せたのだった。




ションボリしてるロリ神様……


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バエルの甘え

若干甘過ぎるかもしれない……


 昨日の注意が意外と効いているのか、テントで寝る時もリンと水は僕の隣で寝ようとは思わなかったらしい。なので僕はテントの中で端っこで寝る事が出来た。ちなみに隣はバエルさんだ。

 

「何だか新鮮な気分だったな」

 

 

 何時もなら、両サイドに誰かしらの気配を感じながら寝ていたのだけども、今日はバエルさんの気配だけ。しかもバエルさんは炎さんや水奈さんのように抱きついてきたり、恵理さんや涼子さんのように僕の寝袋に侵入してくる事も無いので、安心して眠る事が出来た。

 

「とりあえず、結界の様子は問題なさそうだし、水があの辺り一帯の水質管理を引き受けてくれたからそっちの問題も片付いたからね。今日はゆっくりとしよう」

 

 

 昨日みたいにお風呂に入らなかったから、という事も無いので、今朝はお風呂に向かう必要も無いし、朝食当番でも無いので、もう少しだけ寝ようと思い目を閉じた。

 

「元希さん、起きてますか?」

 

「起きてますよ。バエルさん、おはようございます」

 

 

 横から声を掛けられて、僕はそっちに顔を向けて目を開けた。視界いっぱいにバエルさんの笑顔が飛び込んできたのだった。

 

「ち、ちょっと近いですね……」

 

「ご、ごめんなさい……寝返りを打ったらこの距離になってしまって……」

 

 

 四人用とは言っても、リンと水がなるべく距離を取りたがっていたので、僕とバエルさんは本当に隅っこのスペースを使って寝たのだ。だからバエルさんが言うように、寝がえりを打っただけでもこんな距離になってしまうのだ。

 

「リンさんと水さんはまだ寝てますね」

 

「昨日反省して疲れたんじゃないですかね? 普段はそれ程反省する事の無い二人ですし、僕と出会う前は二人とも神様でしたので」

 

「そう考えると、元希さんは神様にお説教したという事になるんでしょうか?」

 

 

 バエルさんの顔は、少し面白がっているのが隠せていなかった。普段は真面目に話相手になってくれるバエルさんだけども、ちょっとしたからかいはたまにあるのだ。

 

「今の二人を神様だと表現するのは、他の神様に失礼だとは思いますけどね」

 

「妹みたいな感じですものね。元希さんは二人になんだかんだで甘いところがありますからね」

 

「そんな事……」

 

 

 無い、と言い切れるだけの根拠が、僕の中には無かった。むしろ甘やかしている記憶しか無く、バエルさんの言うように僕は二人に甘かったのだ。

 

「なんだか情けなくなってきましたよ……」

 

「優しいお兄ちゃんだから、二人は元希さんに懐いているのだと思いますけど?」

 

「僕と水の関係は、主と使い魔ですし、リンとの関係だって、兄妹では無いんですけどね……僕が甘いからそんな感じになってしまってるんですよ……」

 

「そんなに落ち込むような事ではありませんよ。それに、私だってみんなのお姉ちゃんみたいに思われてますけども、同い年なんですからね」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 

 バエルさんは確かにお姉ちゃんぽいので、ついついみんな甘えてしまうのだが、彼女の言うとおりバエルさんは僕たちと同い年、甘えるのはほどほどにしなければいけないのだろう。

 

「私だって偶には甘えたいと思う時だってあるんですからね」

 

「そうなんですか? 僕で良ければ聞きますけど」

 

 

 バエルさんでも誰かに甘えたいと思う時はあるんだ。僕は普段甘えたいと思った時はバエルさんに甘えているので、そのバエルさんが甘えたいなどと思ってるとは全然気づかなかった。

 

「それじゃあ元希さん、私と一緒にお風呂に入ってください」

 

「お風呂……ですか?」

 

「元希さんの頭とか背中を洗いたいんです」

 

「それだけで良いのなら……」

 

「もちろん、私のも洗ってほしいですが」

 

 

 なるほど……昨日の炎さんの行動が羨ましく思えたんだろうな。それにしても、バエルさんがそんな事を思っていたなんて気づかなかったな……

 

「それでは、リンさんと水さんが起きる前に、お風呂に行きましょうか」

 

「そうですね」

 

 

 まぁ、バエルさんなら他の人のような行動は取らないだろうし、僕も幾分か安心してお風呂に入る事が出来るだろうしね。

 二人でお風呂に入った結果、僕は他の人とは違う感じでお風呂からあがる事が出来た。バエルさんはやっぱり僕にとって安心して付き合える人だったと確認出来たし、何だか別の意味でドキドキしたような気もしたけど、この気持ちは何なのだろう……何時か分かるのかな?




断じてお姉さんでは無い! と言う事で短期間に二度目の甘いシーン……


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S組の戦闘訓練

元希君の立場が……


 今日は久しぶりに実戦訓練の授業に参加する事が出来る。最近は化け蟹退治をして魔力をギリギリまで使いはたしたり、土壌汚染を食い止めるために結界に魔力を割いていた為に、授業で使える魔力に制限が掛かっていたので授業には参加せずにいたのだが、漸く何の制限も無く授業に参加する事が出来る。

 

「元希様が実戦訓練に参加するのは久しぶりですわね」

 

「仕方なかったとはいえ、元希さんがいなかった数回は、かなり苦戦しましたものね」

 

「司令塔になれる人間がいなかったからだろ。水奈も美土も好き放題魔法を放ってたし」

 

「炎が言える事じゃないと思う。もちろん、ボクもだけど」

 

「あはは……見てたから知ってるよ」

 

 

 仮想世界での戦闘だったから良かったけど、この数回の実戦訓練で、四人は結構危ない戦い方をしていたのだ。四人共実力はあるし、連携も申し分ないものがあるのに、何故か全員が前に出ようとしてぐちゃぐちゃになっていたりしてたしな……

 

『聞こえてる? そろそろ始めるからね』

 

『今回はくれぐれもこの前みたいな事にはならないように注意してくださいね』

 

 

 恵理さんと涼子さんの注意が聞こえ、四人は同時に視線を下に向けた。反省しているのと、自分たちでも自覚していたので、改めて言われると心に響いたんだろうな。

 

『今回はそれ程強い設定にはしないから、しっかりと連携を取って、確実に仕留めてね』

 

『全部で三体。属性は火、土、闇の三つ、種族はオーガです』

 

 

 敵の説明を受け、僕は咄嗟にこの世界に影を飛ばす。何時、何処に現れてもすぐに対処出来るように、現れる前から探しておくのがこの授業の鉄則だ。

 

「北方向に一体、南に二体……北のオーガは闇属性だから、こっちは僕と御影さんで対処する。南の二体だけど、南東が火で南西が土だね。こっちは三人で対処出来る?」

 

 

 さっそく現れたオーガの情報を四人に教え、どう戦えば一番効率が良いかを伝える。一番良いのは、僕が南の二体を引き受けるという事なのだけども、それじゃあ授業の意味が無いと仮想世界に来る前に恵理さんと涼子さんに釘を刺されたのだ。

 そうなるとこの布陣が最も効率よく敵を倒せるのだけども、三人で二体は少し厳しいかもしれないのだ。

 

「足止めくらいなら出来ますけど、わたしたち三人じゃどちらかを倒している間に背後から叩かれそうですね」

 

「火属性のオーガは私が引き受けますので、土属性の方は炎さんと美土さんにお願いします」

 

「了解。さっさと倒して援護に回るとするか!」

 

 

 ヤル気満々の炎さんだけども、今回の敵はそれほど簡単に倒せるような相手では無い。それ程強くは無いが、それは同時にそれ程弱くも無いのだ。魔法大家の人間とはいえ、高校一年生が楽に倒せる相手ではないかもしれないのだから、出来るだけ早く一体を倒して、僕も三人の援護に回った方が良いのだろう。

 

「それじゃ、僕と御影さんは行きます。三人は出来るだけ怪我の無いように戦ってくださいね」

 

「元希君、敵が動いてる」

 

「分かってる。それじゃあ気をつけて」

 

 

 三人に念を押して、僕と御影さんは北方面に向かう。オーガは素早くは無いが攻撃に重さがあるので、僕や炎さんのように身体の小さい魔法師ならば、掠っただけで吹き飛ばされる可能性だってある。仮想世界とはいえ、それなりに痛みは感じるだろう。

 

「あそこだね。とりあえずボクが足止めを……」

 

「いや、僕が注意をひきつけるから、御影さんが倒して」

 

 

 今回の授業の目的は、僕が倒すのではなく他の四人がオーガを倒す事にある。生徒でありながら何故教官みたいな立場で参加しなければいけないのかと抗議はしたけど、恵理さんと涼子さん相手にあえなく言いくるめられたのだ。

 

「でも、ボクは攻撃性の魔法はあんまり……」

 

「うん。だから御影さんにはコイツで練習してほしいんだ」

 

 

 幸いにして、今の僕は他の事に魔力を割いていないので、コイツ一体を足止めするくらいは楽勝に出来る。だが御影さんが倒せるかどうかは、彼女の気持ち次第の所が強いので、あんまり気弱になられると倒せない可能性が大きくなってしまうのだ。

 

「練習だし、最悪でも痛い思いをするだけだからさ。気楽にやってみなよ」

 

「……分かった。何時までも元希君のワンマンクラスだと言われたくないもんね」

 

 

 別にワンマンでは無いし、四人だってかなり高い魔法的性と攻撃力を有しているんだから、それほど卑下する事も無いと思うんだけどな……




彼だけ実力が飛びぬけてますからね……普段は頼りなさそうですが……


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授業の目的

元希君無双……


 御影さんに闇属性のオーガを担当してもらっているのだが、やはり攻撃魔法は得意ではなさそうだ。基本的に御影さんは後衛からの援護射撃を得意としている人なので、前衛で攻撃するのは若干他の三人と比べると慣れていない感じが見受けられる。

 

「御影さん、大丈夫?」

 

「大丈夫、だけど全然倒せない……」

 

 

 既に結構な数の魔法を撃ち込んでいるのだけども、御影さんの攻撃魔法の威力ではなかなかオーガを倒しきれない。

 

「代わる?」

 

「でも、今回の授業の目的は、ボクたちの実力を見たいんでしょ? 元希君に任せたらダメなんじゃないの?」

 

「別にダメじゃないと思うけど……それに御影さん、そろそろ辛いんじゃないかな?」

 

 

 さっきから詠唱に躓いたり、魔法が明後日の方向に飛んで行ったりし始めているのだ。

 

「攻撃魔法が苦手なだけ。魔力的にはまだ余裕はあるよ」

 

「じゃあ今度はコイツを足止めして。そっちの実力も見たいだろうしさ」

 

 

 本当は攻撃魔法の実力と適性を見たがってたんだけど、これ以上やっても御影さんが前衛魔法師に向いていると判断される事は無いだろう。むしろこれ以上はイジメに見えてくるかもしれない……

 

「足止めね。分かった」

 

 

 御影さんはすぐに詠唱を済ませ、オーガの足止めに成功する。やはり彼女は後方支援やこういった足止めを得意とする魔法師なんだと、この一瞬で理解した。

 

「じゃあ悪いけど、他の三人も気になるから一撃で倒させてもらうよ」

 

 

 僕は御影さんが足止めしてくれているオーガの目の前に移動して、魔法の詠唱を始める。戦闘開始時に「それ程強くは無い」と言っていたけど、あれは恵理さんや涼子さんの基準で「強くない」のだ。魔法大家出身とはいえ、高校一年生が倒せるレベルでは、最初から無かったのだ。

 

「光よ、不浄なる者に裁きの鉄槌を『トールハンマー』」

 

「元希君……それAランク魔法師でも使える人が少ない超上級魔法……」

 

 

 この間リンに身体を乗っ取られた時に、何個か新しい魔法を覚えたのだ。これがその一つである、光属性魔法最高の広範囲魔法『トールハンマー』。光の槌が、術者が敵と判断した者を叩き潰す魔法だ。

 

「さて、残りは二体だね。御影さん、援護に行こうか」

 

「う、うん……でもさ、元希君があんな魔法を使うって事は、あのオーガって結構強かったんじゃないの?」

 

「さぁ? 僕は確実に倒せる魔法を使っただけだから、あのオーガがどのくらい強かったのかは分からないよ」

 

 

 移動しながら、御影さんはさっき使った魔法について、そしてあのオーガの強さについて聞いて来たけども、僕には正確な強さなんて分からないし、自分で言ったように確実に倒す為にあの魔法を選んだのだ。禁忌魔法の召喚でも良かったのだけども、生憎僕の召喚獣に光属性はいない。雷の鷲ならいるんだけど、今回は雷はあまり効果無いもんね。

 

「さてと、到着したけど……」

 

「かなり苦戦してるね……」

 

 

 残り二体のオーガの属性は火と土。これに相性の良い魔法は水と風、そして岩だ。つまり三人共相性の良い魔法を使えるのだけども、欠点は足止めに向いている魔法が少ない事だ。炎さんの岩石落としや美土さんの落とし穴などはあるのだけども、それくらいでは足止めにならないくらいの強さはあるのだろう。

 

「水奈! そっちに行った!」

 

「分かってますわ! 『ウォータースライサー』」

 

「『ウインドカーテン』」

 

 

 なるほど、足止めではなく自分たちの姿を隠して攻撃するのか。確かにそれでも有効な魔法ではあるのだけど、相手の高さを計算に入れてないので、上からは丸見えだったりする。

 

『元希君、もう十分測定出来たから終わらせちゃってもいいわよ』

 

「やっぱり遊んでたんですか……強過ぎですよ、この設定は」

 

『元希君がいるから安心してこの設定にしたのよ。四人もかなり頑張ってるけどね』

 

 

 まるで最初から僕が全部倒す事を決めていたかのような口ぶりの恵理さんにため息を吐きたくなる気持ちを禁じえなかったけど、とりあえずは耐え、僕は残り二体のオーガを倒す事にした。

 

「御影さんは三人にダメージが飛び火しないように結界を」

 

「分かった」

 

「水龍よ、我が求めに応じ顕現せよ! おいで、『水』」

 

「やれやれ、人使いの荒い主様じゃの」

 

「普段は休んでるんだから、偶には戦いたいでしょ?」

 

 

 僕の問い掛けに二ヤリと笑った水は、その後瞬殺で二体のオーガを倒したのだった。




四人もちゃんと強いんですけどね……


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水とリン

普段は喧嘩ばっかりな二人ですが、ある条件下では息ピッタリです


 残りのオーガも倒して、僕は観察している恵理さんと涼子さんに声を掛ける。

 

「今回はそれ程強くない設定のはずでしたよね? それなのに、どうして四人が苦戦したんですか?」

 

『ごめんなさいね。「私たちの基準」ではそんなに強く無かったのよ。実際に元希君はそれほど強いとは感じなかったでしょ?』

 

「それはそうですけど……いや、そうじゃなくてですね」

 

 

 実力を見たかったとはいえ、これではどれほどの力なのか分からないし、結局は僕が倒したのだから今回の授業の意味は殆ど無くなったと言っても過言ではない。

 

『まぁ、誰も怪我無く終わったんだから良いじゃないの。元希君も久しぶりに戦闘訓練をやってストレス解消になったでしょ?』

 

「別のストレスがたまりそうですよ……」

 

 

 恵理さんの言葉を鵜呑みにした自分にも責任があるのだが、これほどまでにオーガを強く設定していたとは聞いていない。おそらく僕が架空世界に来た後で設定を変えたのだろう。

 

『ごめんなさい、元希君。姉さんの暴走を止められなくて……』

 

『ちょっと、涼子ちゃん! 貴女だって納得したでしょ! 悪いのは私だけじゃないわよ!』

 

「……とりあえず僕たちを現実世界に戻してください。事情はそこで聞きますので」

 

 

 言い争う二人に、僕はそう提案した。喧嘩するのも別に構わないのだが、操作してもらわないと僕たちはここから出られないのだ。

 

「元希、今回はアタシたちの未熟さが良く分かったよ……」

 

「そうですわね。Sクラスという事で、何処かに驕りがあったのかもしれませんわね」

 

「普段は元希さんが指示を出してくれますし、万が一があっても元希さんが助けてくれるとどこかで安心していたのかもしれません」

 

「ボクも元希君に足止めしてもらってたのに、全然倒せなかった……苦手だからといって訓練を疎かにしちゃいけなかったんだ……」

 

 

 四人がそれぞれ反省しているけど、僕から見れば四人は良く戦ったと思う。設定が高かったから倒せなかっただけで、普通に出現する魔物レベルなら十分に通用するだけの戦闘技術、そして連携も取れていた。だけど今ここでその事を言っても、四人には僕が慰めているとしか思えないかもしれないので口にはしない。反省して更なる高みを目指そうとしているのだ。ここで無粋な事を言ってその意欲を削ぎ落すのは失礼だろうしね。

 

「お帰りなさい。元希君、お疲れ様でした」

 

 

 出迎えてくれた涼子さんの両脇から、勢い良く僕に何かが飛び込んできた。

 

「主様!」

 

「元希!」

 

「うわぁ!?」

 

 

 飛び込んできたのは、もちろん水とリンだ。架空世界には連れて行けないと説明して、何とかモニター室に留まっていてもらっていたのだが、現実復帰と共に突撃は止めてもらいたかったよ……

 

「元希! 何故リンを召喚しない! アイツだけ召喚、ズルイ!」

 

「お主は主様と契約していないじゃろうが! ワシは主様と契約しておるからの! 何処におっても主様の詠唱一つでワシは何処でも駆けつけられるのじゃ」

 

「あの……喧嘩なら僕の上じゃないところでしてくれない? 重くは無いけど動けないんだけど……」

 

 

 水が自慢げに僕との関係をリンに言い、その事でリンがムッとして一発触発の雰囲気を醸し出していたので、とりあえず退いてもらおうと思って声を掛けた。すると何故か二人とも僕に鋭い視線を向けてきたのだ。

 

「な、なに……?」

 

「主様はこのおちびよりワシの方が大切じゃよな!?」

 

「元希はリンの方が大事? それともコイツ?」

 

「え、えっと……僕は二人とも大切だと思ってるし、その気持ちに優劣は無いよ。だからとりあえず退いて……」

 

「そんな綺麗事は聞きたくないの! このちびとワシ、どちらがより主様にとって大事かを聞いておるのじゃ!」

 

「元希、ハッキリ言う!」

 

「いや、だからさ……」

 

 

 あ、あれ? もしかしてこれって無限ループなのかな……どちらかを答えないと永遠に先に進めないとか……某RPGの選択肢じゃないんだから、そんな事無いよね?

 

「二人とも、そろそろ元希君の上から退いて。大切な話があるんだから」

 

「じゃが恵理! こやつとの因縁もそろそろ決着をの……」

 

「退・き・な・さ・い!」

 

「「は、はいぃ……」」

 

 

 恵理さんの怒った顔を見て、水とリンが震えあがりながら抱きあう。普段は息の合わない二人だけども、こういった時だけは息ピッタリなんだよね……




理事長兼大家さんを怒らしてはいけない……


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恵理の企み

理事長ですし、ある程度は企める立場ですので……


 恵理さんの迫力に負けて、水とリンは僕の上から退き、そそくさと向こうに逃げていってしまった。

 

「ありがとうございます、恵理さん」

 

「気にしないの。それよりも、今回の戦闘訓練だけど、元希君はどう感じた?」

 

「どう……とは?」

 

 

 何を聞きたいのかは何となく分かる。でも、ハッキリと訊かれて無い以上、僕は答える事が出来ない立場――てかあの四人と立場的には一緒なのだ。

 

「岩崎さん、氷上さん、風神さん、そして光坂さんの実力よ。この時期という事を考慮して判断する私たちとは違って、元希君は直接見た感じを答えて欲しいのよ」

 

「直接見た感じ……ですか? そうですね、まず御影さんはやはり攻撃性の魔法を苦手にしていますので、そこを強化するべきだと感じました」

 

「それで、他の三人は?」

 

「炎さん、水奈さん、美土さんの戦闘をじっくり見たわけじゃ無いので何とも言えませんが……あの設定のオーガを倒すには、もう少し周りとの連携と一発一発の魔法の威力を高めないとダメでしょうね。現に姿を隠したあの魔法は、オーガの視線を考慮していませんでしたし」

 

 

 普通の人間相手ならば、あの高さの目くらましで逃げる事は可能だったが、オーガの視線ではあの目くらましでは隠れ果せない。逃げたところで攻撃されるだけなのだ。

 

「なるほどね……じゃあ元希君は、あの四人……いえ、岩清水さんとアレクサンドロフさんを含めた六人を鍛えるには、どんなカリキュラムが良いと思う?」

 

「それは僕が考えるべき事ではありませんよ。先生たちが考えて、そして実行する事です。僕はあくまでも生徒なんですから、みんなに指示は出来ても指導は出来ませんからね」

 

 

 本当なら指示するのも偉そうで嫌なんだけど、みんなが偶に聞いてきたりするので、その時だけは指示してあげているのだ。

 

「じゃあ放課後、元希君も一緒にこの場所に来てほしいの。その事を全員に伝えておいてね」

 

「放課後、ですか? 何か特別な事でもするのでしょうか?」

 

「それは放課後のお楽しみよ。元希君には簡単かもしれないけどね」

 

 

 ウインクでも付いてきそうな感じで恵理さんは気軽にそんな事を言った。僕には簡単かもしれないことって、いったい何をするつもりなのか。そして、何故秋穂さんとバエルさんの実力まで僕に聞いて来たのか……僕は教師じゃないので、秋穂さんとバエルさんの実力を正確に把握しているわけではないのに……

 

「元希、理事長先生はなんて言ってたんだ?」

 

「えっとね、放課後にここに集まってほしいって。秋穂さんとバエルさんにも伝えておいてって」

 

「ここ、ですか? しかし放課後は特別な許可が下りない限り、架空世界での模擬戦闘訓練は禁止されているはずですが」

 

「恵理さんは理事長だし、ここ最近の魔物の発生頻度を考えると、僕たち一年でも出動しなければいけない機会があるかもしれないからね。そこら辺の事は僕には分からないけど、恵理さんが大丈夫って言うんだし、大丈夫なんじゃないかな」

 

 

 事情は深く聞かなかったし、聞いたところで僕にはどうする事も出来なかったので、僕は深く突っ込まずに恵理さんの言葉に従ったのだから。

 

「今日の訓練を見て、わたしたちに直接指導をしてくれるのではないでしょうか」

 

「でもそれなら授業でも十分出来ると思うんだけど」

 

「確かにそうだな。なぁ元希、もうちょっと詳しい事情は分からないのか?」

 

「うーん……さっきみんなの実力はどんな感じかって聞かれたから、それにも関係してると思う。あと僕には簡単かもしれないって言われた」

 

「元希様には簡単で、私たちにはそれなりに意味のある事……いったい何をさせられるのでしょうか」

 

「今から怯えていても仕方ないですし、とりあえずはご飯にしましょう」

 

「美土は相変わらずのマイペース……でも、確かに今から怯えてても仕方ないもんね」

 

 

 体育館から移動して、僕たちはご飯を済ませる事にした。みんなそれぞれ考えている事があるのだろうけども、何をするかは結局恵理さんの裁量次第だし、今から怯えるのも意味の無い事かもしれないから、この行動は気を紛らわせるには最適だったかもしれない。 

 ご飯を一緒に食べる為にS組に来た秋穂さんとバエルさんにも恵理さんからの伝言を聞かせたが、二人とも少し考えただけで、それ以上は何も聞いてこなかった。

 いったい何が目的で、どうして今日の放課後に何かをするのだろうか……僕は午後の授業中もその事をずっと考えていて、水とリンの事をすっかり忘れてしまって二人に怒られたのだった。




生徒の実力向上も仕事の一つですからね……


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訓練の理由

色々と言っていますが、要するに自分が楽をしたいだけなのかも……


 放課後になり、僕たちは秋穂さんとバエルさんと合流して体育館に向かう。何が目的なのか良く分からない状態だけども、とりあえずは危ない目に遭う事は無いだろうと確信できているのでそれほど危機感は抱いていない。

 

「元希さん、私たちは何で呼ばれたのでしょうか?」

 

「炎たちならまだ分かるけど、クラスの違う私たちまで呼ぶなんて、理事長は何を考えているの?」

 

「詳しい事は僕も分からないけど、多分恵理さんはみんなに期待しているから呼び出したんだと思う」

 

 

 期待値の高い――入学試験で上位五名だけがS組に入るのだが、秋穂さんは元々僕がいなければS組に入れるだけの実力はあるし、編入とはいえバエルさんもかなり高い魔力を有している。

 だから恵理さんは秋穂さんとバエルさんも一緒に呼び寄せて直接指導をしようと考えたのではないだろうか。もちろん、直接ではないかもしれないけど……

 

「ところで元希様、先ほどから水様とリンちゃんのお姿が見受けられませんが……」

 

「ああ、あの二人なら一緒に食堂に行ったよ。僕にお小遣いを強請ってね……」

 

 

 昼休みから午後の授業にかけて、僕はあの二人の事を完全に失念していた。その所為で授業が終わったと同時に二人に怒られ、そしてその代償としてお小遣いを強請ってきたのだ。僕だってそれ程お金に余裕があるわけじゃないのに……

 

「あら? みんな揃ってどうしました?」

 

「涼子さん。恵理さんに体育館に来るようにと言われましたので」

 

「姉さんに? ……私も一緒に行きます」

 

「涼子さんは何も聞いて無いんですか?」

 

 

 もし戦闘訓練をするのなら、涼子さんも呼ばれていてもおかしくは無いんだけどな……呼ばれて無いと言う事は違う事をするのだろうか……それともただ単に呼び忘れたのかな?

 涼子さんも合流して、僕たちは体育館に到着した。普段は放課後の立ち入りを禁止されている場所だけあって、人の気配は全くしなかった……いや、一人の気配は確かに体育館の中にあったんだけどね。

 

「姉さん、何を企んでいるのですか!」

 

「あら、涼子ちゃんも一緒だったの。良かった、呼ぶ手間が省けて」

 

「何か用事だったんですか?」

 

「これから毎日、この七人……いや、元希君はやらなくても大丈夫だから六人ね。六人には一対一で化想モンスターと戦ってもらいます」

 

「僕はやらなくても良いなら、何で僕まで呼んだんですか?」

 

 

 どうせなら僕も戦いたいのにな……恵理さんの中では、僕はこの特別授業(?)に参加しなくても良いという事になっているらしい。

 

「元希君に見られてる方が、みんなも頑張れるでしょ?」

 

「……不純な動機で頑張られても意味は無いのでは?」

 

「あら? 見てもらうだけで良いんだから、元希君としては楽が出来て良いじゃない」

 

「………」

 

 

 別に楽をしたいわけではないんだけどな……そもそも僕に見られてるからといって、みんなの実力が跳ね上がるとは思えないんだけど……

 

「でも理事長先生。あたしたちはまだ一年だぜ? それなのにこんな戦闘訓練を積まなければいけないのか?」

 

「確かに岩崎さんの言うように、貴女たちはまだ一年生。普通ならこんなに戦闘訓練を積む必要は無いわね。現にB組以降のクラスでは、それほど架空世界での戦闘訓練はそれ程多く無いわ。でもね、最近の魔物の発生頻度はここ数年で見ても多すぎるの。日本支部の奴らでは対処出来ない魔物も現れたわ。私や涼子ちゃん、元希君がその場にいれば私たちが対処する事が可能だけど、もし貴女たちしかいなかった場合、私たちが後から駆け付けるにしても時間を稼がなければならないの。その時の為に今日あえて貴女たちが倒せるかどうか微妙な強さのオーガと対峙させたのよ。結果はまぁ、貴女たちの方が分かってるでしょうけどもね」

 

 

 恵理さんのセリフに、炎さんたちが気まずそうに視線を逸らす……あの戦闘訓練にはそんな事情が隠されていたんだ……僕はただ、みんなの実力が見たいからとしか聞かされてなかったからな……

 

「元希君が一緒にいたとしても、何時までも元希君に頼りっきりなのは貴女たちも不本意でしょうし、少しでも元希君の助けになれるように頑張ってほしいのよ。元希君はリンの代わりに土地の管理もしているし、あまり負担を掛け過ぎると結界もダメになっちゃうし」

 

「それで私たちを呼んだのですか……確かに最近大型モンスターと戦う機会がありましたが、私たちはあまり戦力になってませんでしたわね……」

 

「バエルちゃんは頑張ってたけど、わたしたちは逃げ遅れた人の誘導と、結界を張るので精一杯だったものね」

 

「今日の授業でも、元希君に力の差を見せつけられたし……」

 

「そうなの? 私は元希君とクラスが違うから分からないけど、元希君の実力は何となく知ってるつもり。確かにこのままじゃ足を引っ張るだけよね……」

 

「よし! じゃあ理事長先生、さっそくはじめてくれ!」

 

 

 何時も前向きなみんなだけども、恵理さんの言葉を聞いて少しへこんでいる。そんな中でも炎さんは何時も通りの明るさと前向きな姿勢でいち早く訓練を始めようとしている。こういったところは、僕も見習った方が良いんだろうな……




みんなそれなりに強いんですがね……


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第一回補習模擬戦闘

語り手はあくまで元希ですけどね……


 恵理さんの計画を実行する為に、僕はモニターの操作を手伝う事になった。本当なら僕も生徒だからみんなと一緒に架空世界でモンスターを退治するはずなんだけど、今回はこっちの手伝いをしてほしいとの事だ。

 

「それじゃあさっそく元希君には、あの子たちが倒せそうなモンスターを選んでもらおうかな」

 

「それって僕が選んで良いものなんですか?」

 

「だって、モニター越しに見てた私たちよりも、直に見てた元希君の方があの子たちの実力が分かってるんじゃないかしら?」

 

「モニター越しとはいえ、教師である恵理さんと涼子さんの方が実力を測れますよね? このモニターには実力を数値化する機能も付いてますし」

 

 

 入学試験では無かったが、この霊峰学園の定期試験にはこういった実戦を模した試験がある。その時に見るのは、戦闘技術と、数値化された実力だ。だから僕が直にみんなの魔法を見て実力を掴めていたとしても、数値化されているので僕以上に正確なデータを取る事が出来ているはずなのだ。

 

「細かい事は気にしないの。せっかく元希君がモンスターを選べる立場になってるんだから、遠慮しないで強そうなのを選んじゃいなさい」

 

「実力に見合ったものってさっき言ったじゃないですか……」

 

 

 無責任ともとれる恵理さんの発言に、僕はため息を吐きそうになった。もちろんギリギリで堪えたのだけども、顔には出てしまったようで、涼子さんに軽く肩を叩かれた。

 

「その気持ちは良く分かります。姉さんは所々いい加減ですから」

 

「さっ、さっさと初めて帰りましょう。今日は私と涼子ちゃんが晩御飯の当番なんだから」

 

 

 誤魔化すように恵理さんは僕にモンスターを選ぶよう急かしてくる。このまま追及し続けても良いんだけども、何時までも炎さんたちを架空世界で待たせたままなのは忍びないので追及はしなかった。

 

「それじゃあ、キマイラで」

 

「あら? さっきのオーガと大して変わらないんじゃない?」

 

「もちろん、能力はさっきのオーガより低く設定しますけど、キマイラはオーガより素早く動きますからね。連携をシッカリしないとやられちゃいますから。訓練ならコイツが一番良いかなと思っただけです」

 

「さすが元希君ね。良く考えています」

 

「属性と何匹出現させるかも元希君が選んで良いわよ」

 

 

 何だか全部丸投げされたので、僕は仕方なく設定を弄り続ける。後で個人戦もすると言う事なので、今回は一匹で、属性はノーマル。つまり弱点も対抗も無いタイプで出現させた。

 

「それじゃあ六人で頑張ってね。ちなみに、これに勝てなきゃこの後の設定は更にキツクなるからね」

 

「普通簡単になるんじゃ……」

 

 

 僕のツッコミは、当然の如く黙殺された……別にいいけど、何だかむなしいな。

 

『それで、今回の相手と出現数は?』

 

「それを調べるのも貴女たちの訓練の一環よ。ちなみに出現させたのは元希君だからね」

 

『元希様が? ならそれ程強い設定にはなさってないのですね?』

 

『いや、元希君の事だから、逆に強く設定してるかも』

 

 

 御影さんが僕をどう思ってるのか、これが終わったら話し合う必要が出てきた……僕はそんな性悪な事はしないのに。

 

「それじゃ、倒し終わるまで通信は切っておくから、後は貴女たちだけで頑張ってね」

 

 

 そういって恵理さんは架空世界との通信を切った。後、僕たちに出来るのは静かに見守るくらいだ。

 

「どう思う?」

 

「そうですね……策敵は光坂さんがいますから出来るとは思いますけど、キマイラの動きを封じ込めるには少々力不足かもしれませんね。穴を掘って落とすくらいしかなさそうですし」

 

「地面を凍らせて速度を奪ったり、風で足を切りつけるとかもあると思いますけど……」

 

「そんな事が簡単に思いつくなら、こんな補習授業みたいな事はやってないわよ」

 

 

 恵理さんが少しつまらなそうに発言したすぐ後、モニターにはキマイラをどうやって足止めさせるかで悩む六人が映し出される。

 

「ほらね。岩崎さんと風神さんで動きを封じるとして、前衛は誰がやるのかしら? 残ってるのは基本後衛の子だけでしょ?」

 

「岩清水さんがどちらかと言えば前衛ですが、氷上さんも光坂さんもアレクサンドロフさんも後衛ですね」

 

「秋穂さんと美土さんで動きを封じれば、炎さんが前衛になりますけど」

 

「彼女一人で倒せるかしらね?」

 

 

 今すぐにでもあの場所に行って指示を出したい。そんな衝動に駆られそうになったけど、今からあの場所に向かうのは不可能なので大人しくモニターを見ている事にした。みんな、怪我だけはしないようにね……架空世界とはいえ、ダメージはちょっと反映されるんだから……




優しいのか厳しいのか……


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魔法師の現状

実戦より安全ですからね……爆発しなきゃ


 キマイラとの戦闘は、思ってた以上に苦戦を強いられている。能力的にはオーガよりも弱い設定になっているのだけども、その分オーガには無かった速さがキマイラにはあるのだ。シッカリと足止め出来なければ、能力的に引く低いとはいえオーガよりも戦いにくいモンスターなのだ。

 

「いやー、元希君のチョイスもえげつないわよね。いくら人数がいるからと言って、スピード型のキマイラを選択するんだから」

 

「仮想世界とはいえ、攻撃を喰らえば痛みは残ります。攻撃力の高いモンスターを選択すれば、その分現実世界へのダメージを気にしなければいけませんからね。でもキマイラなら、それほど攻撃力は高くないですし、足止めさえしっかり出来れば簡単に倒せるはずですから」

 

「そうだけどね。でも、その足止めが難しいんじゃないかしら? 私たちや元希君と違って、あの子たちは複数の魔法を同時に展開する事だってまだ出来ないでしょうし」

 

「その為のチーム戦ですよね? 誰かが出来ない事を誰かがカバーして、そしてその誰かのカバーをまた別の人がするって感じで」

 

 

 一年生のこの時期に個人戦を想定した戦い方をさせるなんて事はしないだろうし、普通ならまだチーム戦だって考慮した動きを強いる事もなかっただろう。だけど最近は大型モンスターが現実世界に頻繁に現れたり、日本支部の魔法師のレベルが落ちてきている事から僕たち一年生も現場に派遣される事があるのだ。

 その時にチーム戦の動きを確認していなかったら、戦力どころか邪魔にしかならないだろう。だから恵理さんはS組の四人と、秋穂さん・バエルさんの二人を放課後に呼び寄せて戦闘訓練を積ませるつもりなのだろう。

 

「常に元希君が側にいるわけじゃないんだし、元希君だってあの子たちの面倒を見ながら戦うのは大変でしょ?」

 

「普通は恵理さんや涼子さんがみんなの面倒をみる立場ですよね? 僕だって一介の生徒なんですけど」

 

「元希君は既に大型モンスターの退治に参加していますし、リンさんに変わって土地神の魔法を放った実績もありますから」

 

「……退治は僕一人じゃないですし、あれだってもう一度使えって言われても無理ですよ」

 

 

 ヤマタノオロチは僕と恵理さんと涼子さんの三人で異次元に飛ばしただけだし、化け蟹だって気づいたらいなくなっていたのだ。そして土地神の魔法は、リンに身体を乗っ取られて放っただけで、僕一人で放った訳では無いのだ。

 

「でも、あの六人と比べれば、元希君は十分に最前線の戦力になるわよ」

 

「あの六人だって、前線で戦う分には十分だと思いますけど……」

 

「前線じゃダメなんですよ。今の三年と二年の殆どが研究職志望なので、最前線に駆り出せる魔法師が多くないのが現状なのです。魔法大家の出である四人と、それに準ずる実力を有している岩清水さんとアレクサンドロフさんには、出来るだけ早く経験を積んでもらって、何時でも最前線に出られるようになってほしいんです」

 

「……そう言えばこの前の戦闘でも、先輩たちはあんまり見なかったような」

 

「ヤマタノオロチの一件より前から、霊峰学園の生徒の殆どは研究職志望に変わってたのよね。それがあの一件で更に拍車が掛かって……」

 

 

 まぁ、戦闘魔法師と言っても、そう頻繁に大型モンスターが出現するわけでも無かったし、一回も出動しなくても給料は出るから希望者がいなくは無いのだろうけども、今年に入って既に二回、しかもかなり凶暴なモンスターが出現したのだ。戦闘魔法師になりたくないと思っても仕方ないのかもしれないな……

 

「僕も研究職にしようかな……」

 

「元希君は無理よ。卒業と同時にSランク判定されて国籍を奪われるから」

 

「研究職以前に一ヶ所に留まる事も難しくなりますからね」

 

「……逃げ道が無かったんだっけ」

 

 

 全属性魔法師は、その希少性から各国の応援要請に強制的に応えなければならなくなるので、国籍は無くフリー状態になるんだった……研究職に就くには国籍は必須だし、僕には無理だったんだ。

 

「あら? 気がついたら戦いが終わってるわね」

 

「映像は録画されてますから、後でゆっくり見ましょうか」

 

「ちゃんとリアルタイムで見ててくださいよ……」

 

 

 おしゃべりに熱中したのか、恵理さんと涼子さんは六人の戦い方をちゃんと見ていなかったのだ。僕は一応視界に止めてたから見てたけど、なかなか危ない場面が多かったな……明日もやるらしいけど、今度は僕も参加して手伝ってあげたいよ……




期待値が高いだけに今の成長速度では物足りない……


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六人の反省

期待値が高すぎるだけだって……


 現実世界に戻ってきた六人は、まっさきに僕の許へ駆け寄ってきた。正確に言うのなら、バエルさんを除く五人が駆け寄ってきて、バエルさんはそれにつられた形だったけど。

 

「な、なに?」

 

 

 僕があのキマイラを選んだ事は知らないはずだけど、もしかしたら直感で気が付いているのかもしれない。もしそうならば素直に謝ろう。

 

「元希、あのキマイラだけど……」

 

「うん、ごめ……」

 

「やっぱり元希に頼り過ぎてたんだって良く分かったぞ」

 

「ふぇ?」

 

 

 炎さんは満面の笑顔で僕の頭をクシャクシャと撫でまわす。力がそれほどでは無かったから良いけど、もし全力でやられたら逃げたかもしれない行為だ。

 

「炎さんの言うとおりですわね。私たちは普段から元希様がいてくれるから、と何処かで安心していました」

 

「それが今日の授業、そしてこの補習で痛感しました。わたしたちもしっかりとしなければいけないのですね」

 

「みんなは十分しっかりしてると思うけど……」

 

 

 僕の言葉に、六人が同時に首を左右に振った。

 

「ボクたちが納得してないんだよ、元希君」

 

「その通りなの。元希君から見れば十分なのかもしれないけど、私たちからしたら全然ダメ。元希君に頼ってばかりじゃダメなのよ」

 

「別に十五・六歳ならこれくらい出来れば周りの人は納得してくれると思うんだけど……それでもダメなの?」

 

 

 僕の問い掛けにバエルさんが少し悲しそうな笑みを浮かべながら話し始めた。

 

「確かに世間から見れば、私たちも十分な実力を有しているのかもしれません。ですが、早蕨理事長や早蕨先生が私たちに求めているレベルは、世間の評価より遥かに高い位置なのでしょう。ですからこのように特別補習などを開いて私たちに経験を積ませようとしているのでしょう」

 

 

 バエルさんはそこで一旦言葉を切って、恵理さんと涼子さんの顔を見た。おそらくは自分の推測が間違っていない事を確認したのだろう。

 

「そして、私たちと同学年には元希さんがいます」

 

「ぼ、僕?」

 

「はい。元希さんがいる事によって、私たちは最終的には貴方を頼ってしまうのです」

 

 

 そんな事は無いとは思っている。でも、僕が思っている事と、みんなが思っている事は当然違うだろうから声にはしなかった。

 

「全属性魔法師である元希さんがいるから、私たちは大丈夫。などと言う安心が心のどこかにあったからこそ、私たちは授業でも何処か気が抜けていたのかもしれません」

 

「確かに……バエルの言うとおりかもしれないな。元希がいるから、って安心していたのは確かだぜ」

 

「今日の授業でも、やはり元希様が助けてくれると思ってたのかもしれませんわね」

 

「実際、あのオーガを倒せたのは元希さんがいてくれたからですし……」

 

「ボクなんか元希君に足止めしてもらってたのに倒せなかった……攻撃魔法が得意じゃないとはいえ、あれは酷いと自分で感じたよ」

 

 

 口々に反省の言葉を述べていくみんなに、僕はなんて声を掛けたらいいのか分からなくなってしまった。そこまで酷いわけでは無いのに、周りの気体が高いだけなのに、六人は必要以上に反省してしまっているのだ。

 

「反省出来たのなら、明日の授業が楽しみね」

 

「姉さん、そんな事言っちゃダメですよ」

 

「どうして? 成長が見られるかもしれないんだから」

 

「今までも十分成長は見れてましたよ」

 

「もちろん、そうだけどね。これまで以上に成長出来るかもしれないんだから、それを見守ってあげるのも私たちの仕事よ」

 

 

 何か良い感じみたいに言っているけど、恵理さんは単純に楽しんでいるだけのような気がする。僕や水、リンを使って六人を試す、見たいな事を計画しそうな気もするんだよね……言われたら手伝うしかない立場だから、この予感が当たらない事を祈っておこうかな。




みんな、頑張れ……


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次回の内容

聞かされてから臨むのと、内容を知らずに臨むのと、どっちが良いのだろうか……


 キマイラとの戦闘での反省会を開くと言う事で、僕はその場から離れ晩御飯の準備に取り掛かる事にした。本当なら僕は担当じゃ無かったはずなのだが、反省会を邪魔するのもあれだと言う事で、今日の当番を変わったのだ。

 

「自主的に問題点を探そうとするのはいい事ですね」

 

「そもそも、恵理さんや涼子さんが過剰な期待を向けるのがいけないんじゃ……」

 

「仕方ないでしょ。日本支部の魔法師がクソなんだから」

 

「姉さん、言葉が汚いですよ」

 

 

 涼子さんに窘められ、恵理さんが肩を竦めた。

 

「この辺りに大型モンスター出現警報が出てるのは間違いないんだし、日本支部の連中が駆けつけてくれないのも分かってる事なんだから仕方ないでしょ」

 

「……そんな警報があるんですね」

 

「あれ? 元希君にも言ってなかったかしら?」

 

「聞いてません……」

 

 

 さらりと言われたけど、普通はその情報は学生には知られてはいけないんじゃないだろうか……もし知られても良いのなら、公に発表されると思うんだけど……

 

「まぁとにかくその警報が出てるのよ、霊峰学園周辺には。だから少しでも戦力を高めておかなければ、あの学校には魔法師以外の生徒も沢山いるんだし、研究に進む子たちが多いからね。戦闘魔法師の確保は私たちの急務なのよ」

 

「だからっていきなり過ぎませんか? いくら魔法大家の人間とはいえ、あの子たちはまだ一年生なんですよ」

 

「じゃあ涼子ちゃんが全てのモンスターを退治してくれるのかしら? 私や元希君でカバーするといっても、限度があるのよ」

 

「……姉さんと私である程度防げば、残りは元希君が指示しながら叩けば十分だと思いますけど」

 

「私たちだって、常に元希君たちと一緒にいられるわけでも、モンスターが出現した時にその場にいられるとも限らないんだから。だから少しでも自分たちの身を守れるように、特別補習として戦闘訓練をしてもらってるのよ」

 

「姉さんが楽をしたいから、では無いんですね?」

 

 

 涼子さんの視線を受けて、恵理さんは明後日の方を向いた。つまりはそう言った気持ちもあったのだろう……

 

「明日もやるけど、明日は元希君も一緒に戦ってもらうわよ。能力があっても指揮者がしっかりしてないとダメだって事は、今日の訓練であの子たちも理解したでしょう。でも、あの子たちの中にはまだ、戦闘で指揮を取れる程の実力者はいないの。だから暫くは元希君が指揮を取って、そこから誰か別の指揮者が出てくるのを願うしかなさそうなのよね」

 

「炎さんが出来そうですが、やっぱり圧倒的な経験不足ですからね。僕は炎さんに指揮の取り方を見せればいいんですか? それとも、一緒になって敵を攻撃すればいいんですか?」

 

「元希君は……そうね、指揮の取り方を教えるのと、危険だなと判断したら防御結界を張ってほしいわね。バーチャルとはいえ、痛みは現実に反映されるんだから」

 

「姉さんが意地悪してモンスターの能力を上げなければ良いだけだと思いますが……この間のオーガだって、あそこまで高い設定にする必要は無かったんですからね」

 

「グチグチと言わないでよね。あれは元希君がいたから高くしたんだから。万が一があっても元希君がその場にいれば手当は出来たし、防御だって十分間に合うでしょうしね」

 

 

 期待してくれているのは嬉しいけど、あまり僕に任せられても応えられない場合だってあるんだけどな……オーガとの戦闘訓練だって、面倒だから水を召喚しちゃったし……

 

「まぁ明日は大丈夫よ。大型モンスターじゃなくって中級や初級を大量に出して戦ってもらうから」

 

「数には気をつけて下さいよ? 多すぎると大型モンスターより厄介ですから」

 

「大丈夫よ。その辺りは涼子ちゃんに任せるから」

 

「そうですね……姉さんに任せるよりは私が設定した方が安心出来ますし」

 

「ちょっと酷くないかしら?」

 

 

 そんな事を話しながら、僕たちは晩御飯の準備を進めていったのだった。ちなみに、水とリンは見回りと称して作業から逃げたのだった……普段は言い争うのに、こういった時だけは息ピッタリなんだよね。




元希君のポジションは生徒のはずだったんだけどな……


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お風呂で作戦会議

強引に連れて行かれました……


 晩御飯の支度をしていたら、いきなり炎さんと御影さんに引っ張られて調理場から移動させられた。恵理さんと涼子さんは心得ていると言わんばかりの顔で僕を見送ったけど、僕自身は何事かさっぱり分からずに混乱している。

 

「な、なに?」

 

「元希、風呂に入るぞ!」

 

「な、何で僕も一緒に……」

 

「明日の作戦会議も含めた入浴。一緒に参加する元希君もこの会議には出るべきだとボクたちが決めた」

 

 

 ……だから僕の事を、僕抜きで決めないでくれなかな。前にも何かで思ったけど、僕の事は僕が決めるからさ。

 

「元希は今日の補習戦闘を見てたんだろ? アタシたちの戦いの問題点とか分かるだろ?」

 

「問題点というかなんというか……足止めがしっかり出来て無いから、攻撃する時に逃げられる。まずは足止めをしっかり出来るようにならなきゃダメだと思うよ」

 

「足止め……水奈やボクが頑張ってたけど、元希君から見たらまだダメって事?」

 

「一年の中では十分だとは思うけどね。恵理さんと涼子さんが求めてるのは、一年の中ではなく実戦魔法師の中でも十分な能力だからさ、今のままじゃダメってさっき言ってたよ」

 

 

 本来は一年生は実戦には出ないんだけども、研究職志望が多い今の状況では、魔法大家の出身である四人とそれに準ずる実力を有している秋穂さんとバエルさんは早急に戦闘魔法師としての実力を高めておきたいらしい。

 色々と言っていたけど、簡単に言えば恵理さんと涼子さんの負担をなるべく減らしたい事らしいんだけども、自分の身を守れるようになる事は大切だと僕も思った。

 

「あっ、漸く来ましたわね。元希様、こちらへどうぞ」

 

「遠慮しないで、お姉さんたちと一緒に考えましょ」

 

「美土、元希君が警戒しちゃうでしょ」

 

 

 脱衣所(女性用)に引っ張り込まれた僕は、水奈さんと美土さんと秋穂さんに服を脱がされた。炎さんと御影さんは僕が逃げ出さないように手足を抑え込んでいた。バエルさんだけは、申し訳なさそうな顔をしていたけど、助けてはくれなかった……まぁ、一対五ではバエルさんでも厳しいだろうし、仕方無かったんだけどさ……

 

「それで元希、明日はどう動けばいいと思う?」

 

「どうって言われても……どの種類のモンスターが選ばれるかにもよるよ。動きが速いのであれば、足止めをしっかりとしなきゃ駄目だし、遅くても攻撃力が高い相手ならば、防御に意識を残しつつ攻撃するとか、色々と作戦が変わってくるからさ」

 

「一番厄介だと思うのは何かしら?」

 

「厄介なのは動きが速くて攻撃力が高い相手、ユニコーンとかケンタロスとかかな」

 

「そんなモンスターが設定される事なんてあるのか?」

 

 

 炎さんの当然の質問に、僕は少し考えてから答えた。

 

「あの二人が今求めているのは、みんなが早急に実戦に耐えられるだけの実力をつける事だからね。多少無理でも強いモンスターを当ててくる可能性は十分にあると思う」

 

「元希さんがいてくれるとしても、私たちは自分たちの役割をシッカリとこなさなければいけないんですよね。不安です……」

 

「バエルさんは気にし過ぎですよ。元希様がいて下さるのでしたら、指示は元希様が出して下さいますので、私たちは自分の役割をシッカリとこなせばいいのです」

 

「でも、元希さんに頼りっきりも良くないわね。その所為でこんな事になってるんだから」

 

「ボクたちに求められているものが大きすぎるだけだとも思うけど、それだけ期待されているって事だもんね」

 

「まぁ、私たちは実戦魔法師になるしかないものね。特に四人は」

 

 

 秋穂さんがしみじみ言った事に、魔法大家出身の四人は複雑な表情を浮かべる。跡取りじゃ無い人もいるけども、家の事情で戦闘魔法師になる道しかないのだ。それだけ今、実戦魔法師の数は減っているのだ。

 

「とにかく、明日は元希の指示に従って動く。これで良いんだな?」

 

「そうだね……僕もなるべく指示は出すよ。その代わり手は出さないけど」

 

「それで構いませんわ。私たちに足りないのは、冷静に状況判断出来、そして的確に指示を出せる人ですものね」

 

「実力以上に足りて無いもんね」

 

 

 御影さんの言葉に、全員が一斉に肩を落とした。今の言葉はかなり毒が利いてたな……




内容は真面目なのに……


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仕込まれた薬

悪い人がいた……


 お風呂で作戦会議を終えた僕たちは、そのまま解散……という事にはならず、何故か僕の頭を誰が洗うかで揉めはじめていた。

 

「最近元希は秋穂やバエルと一緒な事が多いから、ここはクラスメイトの誰かだろ」

 

「ですが、炎さんはこの間元希様と二人きりでお風呂に入られたではありませんか」

 

「それを加味するなら、炎を除く三人で決めるべきですわね」

 

「公平にじゃんけんで決める?」

 

「ですが、じゃんけんだと美土さんが強すぎるのではなくて?」

 

 

 僕は自分で洗えるし、この三人の誰かだと絶対に頭だけでは終わらなそうなんだけどな……

 

「主様! おるかの!」

 

「元希! 大変だ!」

 

「水、リンも……どうしたの、そんなに慌てて?」

 

 

 三人が揉めているところに、水とリンが駆けこんできた。とはいってもお風呂に入りに来たわけではなさそうなので、僕はとりあえず二人を落ち着かせてから事情を聞く事にした。

 

「それで、何かあったの?」

 

「さっき恵理が調理をしていたのを見かけたのじゃが、何やら涼子と揉めていてな」

 

「その内容が、元希に食べさせる料理に媚薬を入れるとか入れないとかで」

 

「……何を考えているんだ、あの二人は」

 

 

 正確には恵理さんは、と言うべきなのだろうけども、涼子さんも本気で止めて無さそうな感じがするので同罪だろう。もし本当に仕込んでいたのなら、僕はあの二人を攻撃するかもしれない。

 

「じゃから、もしムラムラしたらワシを襲うが良い」

 

「違う! 元希はリンを襲うべき。それが正解!」

 

「はぁ……とにかく、教えてくれてありがとう。でも、僕に教える前に二人で止めてほしかったな」

 

 

 媚薬が入っているかなんて、僕には識別出来ないので、確実な平穏を手に入れるには、晩御飯を食べないという事しか無くなったのだ……あの二人を問い詰めて素直に白状するとは思えないからね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕の前に出されたご飯だけ、他のみんなと違う……これはおそらく媚薬を入れた料理を捨てて、僕にだけ別のものを作り直した結果だろう。食材を無駄にするなんて、なんてもったいないんだろう……

 

「ごめんなさい、元希君……姉さんの暴走を止められなくて」

 

「あら、涼子ちゃんだってノリノリだったでしょ? 元希君が暴走するとどうなるのかって」

 

「だからって、あんな量を入れたら死んでしまいますよ! 一滴で十分なのに、姉さんは瓶一本全て入れるんですから」

 

 

 ……なんて恐ろしい会話だろう。てか、涼子さんもノリノリだったんですか……これから自分のご飯は自分で用意した方が良いのだろうか。

 

「とにかくごめんね、元希君。君のだけ別の料理だけど、これには媚薬も入って無いし」

 

「当たり前です! 姉さんが全て使いきったので、手元には無いんですから」

 

「……あったら入れるつもりだったんですか?」

 

 

 それだったら恐ろしい……恵理さんよりも涼子さんの方に警戒心を向けておかなければならないのだろうか。

 

「入れませんよ。私は元希君が暴走するところなんて、それほど見たかったわけじゃないんですから」

 

「そうよね。涼子ちゃんは暴走する元希君を見たかったんじゃなくって、自分が襲われたかったんだもんね」

 

「違います!」

 

 

 ……とりあえず、この料理は安全らしいから食べるとしよう。もし何か入っていてもそれほど強力ではなさそうだしね。

 

「元希さん、先ほどから向こうが騒がしい気がするのですが」

 

「バエルさんもですか? 実は僕も何か騒がしいなと思ってるんですよね」

 

 

 あっちって確か、ゴミを一時的に置いている場所じゃなかったっけ……おそらくは失敗した料理もあそこに置かれているのだろう。

 

「主様!」

 

「元希!」

 

「うわぁ!? 二人とも、何食べてるのさ」

 

 

 気になって見に来たら、水とリンが他のゴミとは別に置かれていた料理を食べていた……それって媚薬が大量に入ってるんじゃ……

 

「何だか暑いのぅ……服を脱げばいいのじゃな」

 

「元希、身体が暑い……何とかして」

 

「分かってて食べたんだよね? 何でそんな事を……」

 

 

 暴走しかかってる二人を止める為に、僕はまず二人を足止めして、止まった二人に催眠魔法を打ち込んだ。これでとりあえずは落ち着いたし、後は薬が切れるまで大人しくしててもらおう。




進展を狙った行動とはいえ……


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経験値の為に

力をつけるには経験が一番です


 授業を終えて僕たちは今日も補習の為に体育館へと向かう。今日は僕も一緒に戦うという事なので、昨日みたいに退屈しないで済むかな。

 

「なぁ元希、今日はアタシたちも頑張って動くから、元希は指示を出すだけにしてくれないか?」

 

「その気持ちは大事だろうけど、足止めは僕がするよ。みんなはまず、敵の特性とどうやって足止め、退治するかの流れを身体に叩き込んだ方が良いと思うし」

 

 

 一人一人の魔法の威力は同年代と比べてもかなり高いだろう。だけど、実戦魔法師としてはそれだけでいいわけではないのだ。戦況判断や周りを見渡すだけの余裕を持てなければ、威力が高い魔法を使えても戦闘魔法師としての評価は上がらないのだから。

 

「元希様に足止めをお願いするのは得策ではないと思いますが、まずは元希様の魔法を見て、どのように足止めをすればいいのかを知る事が大切なのですわね」

 

「わたしたちじゃ、長い時間相手を足止めする事は出来ないものね」

 

「いきなり要求されるレベルが上がったんだから仕方ないよ。恵理さんも涼子さんも日本支部との確執をどうにかするつもりはないみたいだしね」

 

 

 そもそも向こうが恵理さんと涼子さんを化け物呼ばわりしたことが事の始まりらしいから、確執をどうにかするのなら日本支部の人たちが頭を下げなければ始まらないんだろうけども、恵理さんも涼子さんも日本支部の人たちをボロクソに言ってるみたいだから、この確執がどうにかなる未来はまだまだ先の事なんだろうな……

 

「今日も来たわね。早速だけど荷物を置いて架空世界に向かう準備をしてもらうわよ」

 

「恵理さん、今日の魔物は?」

 

「今日は下級と中級をほぼ無制限に出現させるから、片っ端から倒してって。一応終了の時間は決めてるけど、元希君たちには教えないからね」

 

「ペース配分を間違えると、途中でやられるから気をつけろと?」

 

「そんなところね。昨日はああ言ったけど、やっぱり下級、中級を倒して経験値を積んでからじゃないとね。いきなり過ぎて昨日はダメだったし」

 

 

 別にダメでは無かったように思うけど、確かにあんなことを続けてもあまり経験値は積めないだろう。だからといって、ほぼ無制限に出現させるってどういう事なんだろう。魔力が枯渇したらそれこそ大変なのに……

 

「一応言っておくけど、枯渇するまで魔法を放ち続けない事。辛いと思ったら他の人にフォローしてもらうのよ?」

 

「状況が分かれば、こちらとしても加減出来ますから」

 

 

 つまり、僕たちが定められた時間一杯元気だったら、加減なくモンスターが出現するという事なのだろうか……面倒だからって僕が全部倒すのはダメだろうし、かといって僕が手を抜けば集中砲火されそうだし……

 

「それじゃ、頑張ってね」

 

「何で楽しそうなんですか……」

 

 

 架空世界に向かう前に見た恵理さんの表情に、僕は嫌な予感がしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 架空世界での戦闘訓練では、怪我の心配はしなくても良いのだが、体験した恐怖は実世界に反映する。だから架空世界で大型モンスターにやられた場合、肉体的損傷は心配しなくてもよいが、精神的なダメージはそのまま反映されるのだ。

 

「初級と中級かー、大型と戦った後にそれって何だかおかしいよな?」

 

「理事長先生や早蕨先生にはお考えがあるのですよ。炎さんだってそれくらいはお分かりになりますよね?」

 

「分かるけどさ……なぁ元希、無制限って本当だと思うか?」

 

「そうだね……僕たちがバテれば加減してくれるだろうけど、多分間違いなく無制限で出現すると思う」

 

「そうなると、連携は大事ですね。誰かが疲れた時、回復している間はわたしたちが連携を取って敵を退けなければいけないのですから」

 

「元希君に頼るのはダメ。だけど、最悪はそうなるかもしれない」

 

「私たちは元希君の足を引っ張らないように気をつけなきゃね」

 

「元希さん、指示はお願いします」

 

 

 バエルさんの言葉に、他の五人も頷いて僕に指示を求めた。とりあえずまずは落ち着くようにと伝え、僕も臨戦態勢に入ったのだった。




雑魚相手なら無双出来る布陣ですからね……


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弱点を突く

戦いは効率よく行きましょう


 初級、中級を雑魚だと言い切れるのは、六人にそれなりの実力が備わっている証拠だろう。元々潜在的な能力は高い六人だし、実戦も経験した事があるので、ある程度どのように動けばいいのかを理解しているから、今回も危なげなく動けているんだろうな。

 

「元希、次はどうする?」

 

「炎さんは水奈さんと秋穂さんのバックアップを。御影さんはそいつらが片付いたら策敵、新たな敵を探してみんなに伝えて」

 

「ん、分かった」

 

「バエルさんと美土さんは敵を一ヶ所に纏める為に壁を維持して。それが崩されると一気に攻められるから」

 

「分かったわ」

 

 

 僕たちを中心に置いて、岩と氷の壁を作って敵を一ヶ所に集める。壁を攻撃してくる相手は、炎さんが一通り倒してくれたので、残るは一ヶ所だけ攻め入る事が出来る箇所に集まっている敵を片づければいいだけだ。

 岩と氷で壁を作っている為に、今回は炎さんは岩魔法だけを使っている。氷の壁を焼き尽くす程の威力はさすがにないだろうけども、炎さんなら壁を脆くするくらいの威力は秘めているだろうという事で、火魔法は遠慮してもらっているのだ。

 

「元希君、十時の方向から大量の魔物の気配が近づいてる」

 

「分かった。バエルさん、美土さんはその敵に備えて。壁の維持は僕がするから」

 

「分かりました」

 

 

 戦闘訓練なので、壁の維持だけを任せるわけにもいかないので、その仕事は僕が引き受ける事にした。あくまでも中級レベルのモンスターなので、今の六人なら僕がいなくても倒せた可能性が高い。それでも僕が参加しているのは、作戦指揮を執る人間を育てる為だろう。

 

「こっちは片付いたぜ」

 

「分かった。じゃあ別の場所を開けるから、とりあえずそこからは離れておいて」

 

「分かりましたわ」

 

 

 今まで開けていた個所を新たな壁で塞ぎ、迫ってきている方向の壁を切り取ってスペースを作る。こっちから攻め込むのもありかと思うけども、下手に突撃して囲まれたら厄介なのだ。今回はこの場所で籠城しながら敵を狩っていくのが一番効率が良いだろう。まだ戦闘指揮を執れる人がいないから尚更だろう。

 

「それにしても、結構な数が来てるけど、魔力はもつかな……」

 

「大丈夫、大丈夫。しっかり元希が指揮してくれてるんだからさ。疲労感はそれ程じゃ無いだろ?」

 

「確かにそうですわね。さっきも壁を作って交代で敵を倒していましたし」

 

「二人で倒している間は他の人は休憩出来てましたものね」

 

 

 それでも、完全に回復するまでには至って無いだろうけどね。継続的に魔法を発動していたわけじゃないから、体内の魔力が枯渇するような危険性は無いだろうけどね。

 

『その集団が最後よ。今日はみんな順調に倒せてるからね』

 

『やはり元希君の存在は大きいんでしょう』

 

「そうですね。元希君がいるのといないのとでは、結構な差があると思います」

 

 

 恵理さんと涼子さんの言葉に、秋穂さんが答えた。その答えに他の五人も頷いて同意したのだけども、僕的にはそれ程働いた感覚は無いんだけどな……

 

『とにかく、最後の集団はちょっと厄介だからね。気をつけて戦ってね』

 

『最後の集団はヴァンパイアです。血を吸われると操られちゃいますから』

 

「それって上級なんじゃ……」

 

『本物ならそうだろうけども、今回は能力値が下がってるから中級扱いなの。でも気をつけるのよ』

 

 

 どこか楽しそうに言っている恵理さんに、僕は嫌な予感がしていた。ヴァンパイア……吸血鬼……この世界……架空世界なので、太陽は無い。弱点の一つはこの世界には存在しないし、十字架もニンニクも聞くような下級モンスターでも無い。

 

「仕方ないか……秋穂さんと美土さんで大きな岩を作って。それを僕が空に上げるから、炎さんは最大出力でその岩を燃やして」

 

「どうするんだ?」

 

「無いのなら、作ればいいんだよ」

 

「何をです?」

 

「太陽」

 

 

 即席で、それほど長い時間地上を照らす事は出来ないだろうが、弱らせる事は出来るだろう。それなら能力値が下がっていても強度は下がっていないという事実をどうにか出来るだろうし。

 僕が感じていた嫌な予感は、ヴァンパイアの強度だったのだ。普通に叩いても硬く、そして再生速度も速いので、普通に倒すのは不可能に近いのだ。現実世界なら太陽である程度弱ってくれるのだけども、この世界にはその太陽が存在しないのだ。だから即席の太陽を作って、ヴァンパイアを弱らせる事にしたのだ。

 案の定ヴァンパイアは脆くなって、すぐに倒す事が出来た。やっぱり状況判断は大切だね。




結構えげつないような……


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元希の評価

ずば抜けて高い評価だと……


 即席の太陽でヴァンパイアを弱体化させて、後は全員で攻撃魔法をぶつけていくのだけども、どうせなら今回あまり攻撃していない御影さんに倒してもらおう。相性的にも御影さんの魔法が一番効くだろうし。

 

「御影さん、アイツらに光魔法を」

 

「分かった」

 

 

 少し気合いの入った返事をして、御影さんはヴァンパイアに攻撃していく。太陽で弱体化しているから、それほど苦労する事無く全て倒す事が出来るだろう。

 

『あらら、結構苦戦すると思ってたのに』

 

『元希君はさすがですね』

 

「結構な力技ですけどね。こんなの、実際にやろうとしたら大変ですよ」

 

 

 偶々美土さんと炎さんがいたから使えた技で、他の魔法師だったら出来なかっただろう。てか、そもそも現実世界ならヴァンパイアを倒すのはさほど難しくない。明るい場所に誘導して、そこに攻撃を撃ち込めば良いだけなのだから。

 

『それじゃあ、今日の戦闘訓練は終了かな』

 

『光坂さんが全て倒し終えましたからね』

 

『それじゃあ、全員一ヶ所に集まって。現実世界に再転送するから』

 

 

 砦に使っていた壁の中に全員で集まって転送を待つ……のは良いんだけど、待ってる間水奈さんと美土さんが妙に僕に近かったのは気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実世界に戻ってきた僕たちを迎えてくれたのは、満足そうな笑みを浮かべている恵理さんだった。

 

「お疲れ様。やっぱりあの程度じゃ相手にならないか」

 

「いえ、元希様がいてくださったからですわ、理事長先生」

 

「そうですね。元希さんがいてくださらなかったら、まだ倒し終えていなかったと思いますわ」

 

「まぁね。壁を作ったり、即席で太陽を作るなんてやり方、アタシたちにはすぐ思いつかなかっただろうし」

 

 

 口々に僕のおかげだというみんな、だけど僕は今日それほど動いたという感覚は無いんだけどな……

 

「とにかくお疲れ様。今日は元希君の指示が的確だったとみんなも分かってるようね。あの指示を誰か別の人が出来るようになってほしいっていうのが本音だけど、当面は元希君の指示を受けて学習してね」

 

「それじゃあ、今日は解散してください。まだ明るいので、個人の用事を済ませるのも、このままテントに戻るのも個人の裁量に任せます」

 

 

 そういって涼子さんは今日の訓練のデータを数値化する作業を始めた。他の人には何をしているのか分からないのか、ポカンと口を開けて涼子さんの作業を眺めている。

 

「それじゃあ僕は、一旦寮に戻って掃除とかしてこようかな。この前したけど、やっぱり毎日出来ないから汚れてるだろうし」

 

「では私も付き合いますよ。私もあの寮で生活していますし、一人より二人の方が早く終わりますからね」

 

「じゃあお願いします」

 

 

 バエルさんと二人で早蕨荘へ向かう途中、見知った男子生徒が声を掛けてきた。

 

「ん? 元希じゃんか。まだ残ってたのか?」

 

「健吾君。うん、ちょっと特別訓練で」

 

「大変だな、魔法科の生徒は……」

 

「健吾君は? 何で残ってたの」

 

「俺? 俺は単純に駄弁ってたらこんな時間になってたってだけだ。特に予定もなかったから無駄話をだらだらとな。ところで、そちらさんはお前の彼女か?」

 

 

 健吾君の視線はバエルさんに向いている。そう言えば接点無かったんだっけ……

 

「この人はバエル・アレクサンドロフさん。A-1の生徒で、昨日から僕たちと一緒に特別訓練に参加してる人で、僕と同じく早蕨荘で生活してる人だよ」

 

「バエル・アレクサンドロフです、よろしくお願いします」

 

「俺は我妻健吾だ。普通科だがちょくちょく顔は合わせるかもしれないからな、こっちこそよろしく」

 

「それから、僕とバエルさんは付き合ってるわけじゃないからね」

 

 

 健吾君の勘違いを解いておかないと、後々面倒になりそうなので早めに本当の事を伝えておく事にした。

 

「そうなのか? まぁ、元希は奥手だからな」

 

「そんな事無いと思うけど……」

 

「普通科でも、魔法科の女子生徒の話題は結構あるんだ。その殆どと元希は付き合いがあるんだろ? あっ、そう言えば話題の転校生ってアンタだったのか」

 

「もう結構経ちますけどね」

 

 

 健吾君はあまり女の子に興味が無いらしい。かといって男の子に興味があるわけでも無いんだけど……

 

「とにかく元希、普通科の連中に刺されないように気をつけるんだな」

 

「その忠告、凄く怖いんだけど……」

 

「半分は冗談だから気にするな」

 

 

 つまり半分は本当なのか……何で恨まれてるのか分からないけど、とにかく気をつけておこう。




決してBL展開ではありませんよ


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アメリカの戦力

恵理と涼子は何をしたいんだろう……


 バエルさんと二人で早蕨荘の掃除を済ませた僕は、確認の意味も込めてリンが治めていた雑木林に立ち寄る事にした。最近では元々の風景に戻りつつあるこの場所だが、環境が戻ったからと言って、在来種が戻ってくる訳では無い。そこら辺は気長に待つしかないのだ。

 

「異変はなさそうかな」

 

「元希さんは大変ですね。こんな事もしているんですね」

 

「土地神様のリンの記憶が戻れば、僕の仕事では無くなるんですけどね……」

 

 

 その記憶が戻る兆候すら無いのだ。そもそも最近は、リンの記憶探しに付き合う時間も無くなってるし、リンも記憶を取り戻そうとしてないし……もしかしてこのまま僕がこの土地を管理しなければいけないんだろうか……

 

「私がお手伝い出来れば良いんですけどね……」

 

「バエルさんは十分助けてくれてますよ」

 

 

 主に精神面で大いに助けてもらっている、などとは言えないけどね。だけどあのメンバーの中に、バエルさんがいてくれるだけで精神的疲労が抑えられている気がするのだ。偶にバエルさんも悪戯を仕掛けてくる時もあるけども、大抵は僕と一緒にツッコミを入れてくれたり、僕の苦労を分かってくれるので助かっているのだけども……

 

「今日はゆっくりお風呂に入りたいけど、炎さんたちが許してくれないだろうな……」

 

「では夜中に入ったらどうです? その時間なら誰もいないと思いますけど」

 

「そうなんでしょうけども、僕も寝てますよ、そんな時間だと……」

 

「そうですね……そうなると早朝になるんですけど、この前炎さんとはち合わせたんでしたっけ」

 

「まさかあんな時間に炎さんがお風呂に入ってるなんて思いませんでしたよ」

 

 

 偶々早くに目が覚めて、偶々運動したから汗を流してサッパリしたかったらしいんだけども、あれ以降怖くて朝風呂も遠慮してるのだ。

 

「難しいですね……寮でも全員一緒に入るのが決まり事ですし」

 

「恵理さんが急に作ったルールらしいですけど、涼子さんもリーナさんも文句を言いませんからね……」

 

「アンジェリーナ先生も、そろそろ戻ってくるんじゃないですか?」

 

「リンの事を報告しにアメリカに戻って、そろそろ解放される頃だろうって恵理さんが言ってましたけど、もうしばらくは戻って来ないんじゃないですかね」

 

 

 土地神などという概念は日本にしか無いのかもしれない。アメリカでリンの事を説明する際に、リーナさんはかなり苦戦したらしく、何か隠しているのではないかと疑われ今に至っているのだ。

 

「無事に帰って来られると良いですね」

 

「さすがに拷問とかは無いと思いますけど……」

 

 

 そもそも日本の、しかも小さな土地限定で起こっていた現象に、何故アメリカが興味を示したのかが分からない。初めは新種のモンスターなのかと疑っていたのだけど、それが神様だと分かったんだから、もう興味を失うものだと思ってたんだけどな……

 

「お帰り、遅かったのね」

 

「寮の掃除をしていましたから。ところで恵理さん、その手紙は?」

 

「手紙? ああ、これはリーナからの報告書よ。アメリカの戦力を教えてもらったの」

 

「戦力? 戦争するでも無いのに、何でそんな事を……」

 

「日本政府に、どれだけ差をつけられているかを教えてやろうかと思ってね」

 

「……どれだけ嫌いなんですか」

 

 

 事の発端は向こうにあるとはいえ、そこまで手の込んだ嫌がらせをする事もないだろうに……

 

「ところで、今日の晩御飯の当番は恵理さんと涼子さんだった気が……」

 

「仕事があったから代わってもらったわ。岩崎さんと岩清水さんがね」

 

「炎さんと秋穂さんが? でも他の人でも良かったんじゃ」

 

「偶々通りかかったからお願いしたのよ。さすがにリンや水には頼めないからね。仕事も料理も」

 

 

 妙に納得出来る恵理さんの言葉に、僕もバエルさんも頷くしかなかった。でも、料理は兎も角としても、仕事まで代わってもらおうとしないでほしかったな……




日本政府が無能なのか、恵理たちが有能過ぎるのか……


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新たなルール

多数決って怖い……


 恵理さんと涼子さんと一通りの情報交換を済ませた僕は、誰もいないであろうお風呂に向かった。最近ゆっくりお風呂に浸かる事も出来なくなってきているので、偶にはゆっくりお風呂を満喫しようと考えてやってきたのだが、どうやら考えが甘かったようだった。

 

「まさか一人でお風呂に入ろうなんて思って無いわよね?」

 

「早蕨荘でのルールは、ここでも適用されていますからね」

 

「だって……偶にはゆっくりお風呂に入りたいんですよ」

 

「入りたいのなら、入ればいいじゃない。私たちはいくらでも付きあうわよ?」

 

 

 脱衣所に向かっていた僕の後をつけていた恵理さんと涼子さんに捕まり、僕は軽い抵抗を試みたが意味無し。そのままテントを張った場所まで連れて行かれてしまう……

 

「ルールを破ろうとした悪い子には、お仕置きが必要ね」

 

「そんな大それたことじゃないですよね!? てか、恵理さんや涼子さんだって一人でお風呂に入りたくなる時だってあるはずですよね?」

 

「私は別に。元希君と一緒の方が嬉しいわよ」

 

「私もですね。姉さんと二人きりっていうなら兎も角、元希君と一緒に入れる方が嬉しいです」

 

 

 誰か味方がいないか探してみたが、生憎近くには誰もいなかった。例えいたとしても、僕の気持ちを理解してくれる人はバエルさんくらいだろうし、水奈さんや美土さんは恵理さんたちと同じ考えっぽいから、呼んだ場合は余計に僕が一人でお風呂に入れる可能性が低くなってしまうだろうし。

 

「ゆっくり入りたいのなら、私たち全員が元希君に素敵な時間を提供するけど?」

 

「『一人で』ゆっくり入りたいんですけど」

 

「それは却下」

 

「何でですか!?」

 

 

 僕の悲鳴にも似た叫びは、恵理さんと涼子さん以外の人には聞こえなかったらしい。だが聞こえた二人にも、僕の心の叫びは響かなかったようだった。

 

「だって元希君と一緒にお風呂に入りたいんだもん」

 

「せっかく一緒に生活してるんですから、親睦を深めるのは大事な事だと思います」

 

「もっと別の事でも深められると思うんですけど……」

 

 

 むしろ僕にとって一緒にお風呂に入っても親睦を深める事にはならないんだけどな……距離を取りたくてしょうがなくなってしまうので、親睦を深めるという目的は達成出来ていないのだ。

 

「さて、それじゃあみんなを呼んで改めてルールを決めましょうか」

 

「あ、改めて?」

 

「そ、元希君と一緒にお風呂に入りたいか、それとも個人でゆっくりとお風呂に入りたいかを決めるのよ」

 

「それって結局今と変わらないって事ですよね!?」

 

「そんな事無いわよ。一人でゆっくりしたいって子が多かったら、さすがに私たちも諦めるわよ」

 

 

 そんな事言って、最初から多数決で勝てるから提案してるんだろうな……恵理さんは理事長だし、もっと言えば僕が生活してる早蕨荘の大家さんだから逆らう事が出来ないんだよね……それじゃなくても、水奈さんとか美土さんとかは率先して恵理さん側に付きそうだしな……

 突如集められた他の人も、初めは不思議そうな顔をしていたが、理由を聞いて納得したのか、すぐに多数決を取る事になった。

 

「それじゃあまずは、一人でゆっくりお風呂に入りたい人」

 

 

 恵理さんの問い掛けに、僕とバエルさん、そして御影さんが手を上げる。

 

「じゃあ今度は、みんなで仲良くお風呂に入りたい人」

 

 

 残りのメンバーが一斉に手を上げ、結局今まで通り纏めてお風呂に入る事が決定してしまった。

 

「それにしても御影、何で一人で入りたいって思ったんだ?」

 

 

 何となく引っかかりを覚えたのか、多数決を終えた後で炎さんが御影さんに問いかけた。

 

「だって、ボクは他の人のように見せられる体付きじゃないし……」

 

「そんなの気にするなよな! 元希だって気にしてねぇだろうしよ! な?」

 

「うえぇ!? そ、そうだね……」

 

 

 なんて答えるのが正解なのか分からない質問に、僕はとりあえず頷いておいた。そもそも僕はみんなの体付きをじっくり見た事なんて無いし、何がそんなに気になるのかも良く分かっていない。僕みたいに、健吾君の身長が羨ましいとかなのかな……?




元希君に安らぎの時間は無いのだろうか……


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女子脱衣所

普通なら喜ぶべき……なのか?


 多数決で決まってしまったものは覆す事は出来ない、訳では無いのだろうけども生半可な努力では不可能だろう。そして今回決まってしまったルールも、覆す事はほぼ無理だろうな……

 決定したルールに従い、僕は恵理さんと涼子さんに引き連れられお風呂に向かっている……のは良いのだが、このままだと二人とも男の方の脱衣所に来ちゃうんじゃないのかな? 大丈夫なのだろうか……

 

「って! 恵理さん、涼子さん! こっちは女性の脱衣所の方向ですよね!? 僕はさすがにマズイと思うんですけど!」 

 

「大丈夫よ。元希君になら、全てを見られた事があるんだから」

 

「そうですよ。一緒にお風呂に入るんですから、今更です」

 

 

 そういう問題じゃないと思うんだけどな……てか、恥ずかしいのは僕であって、恵理さんたちが大丈夫だというのは、僕にとってなんの『大丈夫』だという根拠にはならないんだけど……おそらく分かってて言ってるんだろうな……

 

「主様、こっちは女の脱衣所じゃぞ? ついに主様が女になったと言うのか?」

 

「そんなわけ無いでしょ! 恵理さんと涼子さんにつれて来られたんだよ……」

 

「元希一緒! リン嬉しい!」

 

「そう……良かったね」

 

 

 素直に喜んでくれているリンに、僕はぞんざいな返事をした。だけどリンはそれが気にならなかったのか、僕に抱きついてきた……もちろん僕も裸でリンも裸の状態だ……

 

「あーずるい! アタシも元希に抱きつきたいぞ!」

 

「私もですわ!」

 

「じゃあわたしも元希さんを感じたいわね」

 

「ずるいなー私も元希君を感じたい」

 

 

 リンを見て何を思ったのだろう……炎さん、水奈さん、美土さん、秋穂さんの四人が僕に抱きついてきた……当然四人共裸なので、感触が直に伝わってきてしまう……僕だって何も感じないわけではないので、さすがに恥ずかしいのだけども……

 

「あらあら、顔が真っ赤よ、元希君。ひょっとして反応しちゃった?」

 

「姉さん、下品ですよ」

 

「そういう涼子ちゃんだって、視線が元希君の下半身に集中してるわよ?」

 

「そ、そんな事はありません!」

 

 

 誰か助けてくれても良いんじゃないのかな……そんな事を考えていたら、下半身を誰かが触っているのに気づいた。

 

「ちょっと御影さん! 何処触ってるのさ!?」

 

「元希の分身……元希からは想像出来ないくらいの大きさ……」

 

「やめてー!?」

 

 

 混浴に反対していたはずの御影さんなのに、何でこんなにノリノリなんだろう……唯一助けてくれそうなバエルさんは、申し訳なさそうに手を合わせて僕から視線を逸らしていた……見ないようにしてくれたのが彼女の精一杯だったんだろうな……

 

「ズルイぞお前ら! 主様の寵愛を受けるのはこのワシじゃと決まっておろう! ワシは主様の所有物じゃ! あんなことやこんなことをするのに適しているのは、このワシしかおらんじゃろうが!」

 

「もうやめてよ……」

 

 

 抵抗する気力と体力が削られていく、僕はもう無抵抗に押しつぶされるしか無くなっている。そんな時にこの水の発言だ。更に押し合い圧し合いが熾烈窮まってしまっても仕方なかったのだろう……

 

「あ、あの……元希さんが死んじゃいます……」

 

「ん? あっ元希! 死ぬな! まだ死ぬには早いぞ!」

 

「……生きてるけど、死にそうだよ」

 

 

 炎さんに肩を掴まれ前後にブンブン振られた所為もあるけども、僕は吐きそうになっていた。

 

「とりあえず、湯船に浸かってゆっくり休みましょう」

 

「姉さんが原因でこうなったんじゃない?」

 

「涼子ちゃんも一緒に元希君を連れてきたんだから、同罪でしょ?」

 

「でも、その後の展開は姉さんが煽ったからじゃ……」

 

「別に煽って無いわよ。リンちゃんが抱きついて、それに続くようにみんなも抱きつき始めたんだから」

 

 

 とりあえず言えるのは、これからは少しくらいこの二人に抵抗したほうが身のためだ、という事じゃないのだろうか……危うく圧迫死するところだったよ……戦闘魔法師の卵として、こんな死に方は嫌だと思えるくらいの、残念な死に方をするところだったな……気をつけなきゃ。




多数決って、数の暴力だよ……


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真の実力

ちょっとリミッターが解除されてます


 昨日お風呂で疲れちゃった所為で、今日一日は散々だった。まず結界の張り直しの際にもう少しで雑木林を消しそうになったり、授業での戦闘訓練で、威力を間違えて危うく仲間ごと消し炭にしちゃいそうになったり、挙句の果てには特別戦闘訓練では、他の人に任せるはずだった敵を木端微塵にしてしまったりと、全く加減が出来なかったのだ。

 

「元希君、もしかしてストレスが溜まってるんじゃないかな?」

 

「ストレス……ですか?」

 

 

 訓練の後、僕は涼子さんに残るように言われて、今の状況に至っている。体育館のモニター室に涼子さんと二人きりの状況だ。

 

「昨日はさすがに私もやり過ぎだと思ったんだけど、やっぱり元希君でもストレスを感じるのね」

 

「えっと……馬鹿にされてます?」

 

「いえ、ただ普段から大人しく、あまり苛立ったところを見なかったから」

 

 

 別に今も苛立っているわけではないのだけども、涼子さんから見れば今の僕は苛立っているのだろう。てか、今日の僕の魔法を見ればそう思うだろう……僕だってそう思うだろうし。

 

「とりあえず今日は――今日だけはゆっくりしてもらうために、元希君は一人でお風呂に入っても良いですよ。何か言われたら、私が何とかしますので」

 

「大丈夫ですか? 恵理さんが認めてくれるとは思えないんですけど……」

 

「大丈夫。いざとなったら魔法で気絶させるから」

 

 

 何が大丈夫なんだろう……僕は大丈夫かもしれないけど恵理さんが全然大丈夫じゃないような気がするんだけどな……

 

「とにかく、明日まで引き摺るのは良くないし、明日も今日みたいな状態だと、さすがに訓練の意味が無くなっちゃうしね」

 

「ゴメンなさい……」

 

 

 六人に任せなければいけなかったのに、僕は今日の訓練で殆どのモンスターを倒した……いや、消し炭にした。木端微塵にした。跡形もなく消し去った。つまり全然指示を出さずに一人でモンスターと戦ったのだ。

 

「調理担当は私が代わりを引き受けますので、元希君はリラックスしてくださいね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 入寮してから今日まで、一人でお風呂に入ったのなんて数えるほどだ。今日は本当にゆっくり出来るかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拠点に戻ってすぐ、僕はお風呂に入る為に脱衣所に向かった。昨日は引き摺られるようにして女子脱衣所に連れ去られたが、今日は一人で入れるために男子脱衣所だ、当たり前だけど。

 

「一人で入るには広すぎるよな、このお風呂……でもまぁ、独り占め出来ると思うとワクワクするな」

 

 

 それ程長い時間入ってるわけではないんだけど、お風呂でゆっくり出来るのは嬉しい。何時も騒がしいのを考えると、こうして静かなお風呂に入る事が新鮮に思えるから不思議でならない。

 

「さーて、今日はゆっくりしようかな」

 

 

 誰もいないお風呂で、誰に聞かせるでも無い独り言を呟いてから僕は軽くお湯を身体にかけた。普段はこんな行為をする暇もなく湯船に引っ張り込まれ、そのまま流れで全身を洗われる事になってしまうのだが今日は違う。誰もい無く、誰に遠慮する必要もなくお風呂に入れるのだ。

 

『涼子ちゃん、何で元希君を一人でお風呂に入れちゃうのよ!』

 

『姉さんだって見たはずですよね、今日の元希君。感情がコントロール出来て無いのか、魔法の威力が普段の数倍から数十倍にまで膨れ上がってるんですよ』

 

『つまり、元希君の感情を爆発させれば、大型モンスターだろが何だろうが瞬殺出来る、って事でしょ?』

 

『違います! そういう事じゃ無く、今のままだと元希君も危ないって事です!』

 

 

 僕が危ない? どういう事だろう……

 

『このままストレスを溜め続けると、親しい相手だろうが危険に曝してしまう事になります。現に今日だって危なかったんですから。もし本当に何かが起こってしまったら、元希君はその事を一生背負う事になってしまうんですよ! 原因が私たちにあるとはいえ、元希君は私たちの所為にはしないでしょうし』

 

『そうね……あの子は優しい子だものね』

 

 

 脱衣所から声が聞こえなくなったのを合図に、僕はノロノロと立ちあがって洗面台の方に移動した。そうか、僕って無意識に威力を抑えていたんだな……その箍が外れると周りにも危険が及ぶのか……これからは気をつけなきゃいけないな。




偶に表に出ると大変な事に……


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芽生える気持ち

ついに元希君にも……


 一人でのんびりとお風呂に入ったおかげで、少しは心に余裕が出来てきた。元々自分では苛立っていた、という事に気付けなかったので、常にリラックスしていたつもりだったのだけども、こうしてのんびりお風呂に入った事で、かなりリラックスしている事が自分でも分かるのだ。

 

「こんなにリラックスしてるのって、何時ぶりなんだろう……」

 

 

 最早自分が何時リラックスして、何時苛立ってたのかすら分からないのだ……こんな生活をしていたら、他の人だったらどうなっているんだろうな……

 

「あら、元希さん。もう出たんですか?」

 

「もう? 僕、結構入ってたつもりだったんですけど」

 

 

 テントに戻ったら、バエルさんが不思議そうに首を傾げたので、僕は携帯を取り出して時間を確認した。

 

「十五分も入ってたら、僕的には十分なんですけど」

 

「そうなんですか? 何時もはこの倍以上入ってるので、元希さんは長風呂が好きなのかと思ってました」

 

「あれは……恵理さんたちや炎さんたちに捕まった場合ですよ……普段はこれくらいです」

 

 

 その「普段」は、高校に入ってから訪れなかったから、バエルさんが僕の入浴時間を知らなくても仕方ないんだけどね。

 

「ゆっくり出来ました?」

 

「バエルさんも、僕が苛立ってたのに気づいてたんですか?」

 

「……むしろ、気づいていない人がいないくらいに、元希さんはイライラしてましたよ」

 

「自分ではそんなつもり無かったんだけどな……」

 

 

 無意識に溜めこんで、無意識に吐き出していたのか……反省しなきゃな。

 

「今日は水さんもリンさんも別のテントで寝ると言ってましたし、今日くらいはゆっくり眠れるんじゃないですか?」

 

「そうですね……でも逆に、騒がしくないと眠れないかもしれませんよ?」

 

「くす……そうかもしれませんね」

 

 

 小さく笑ったバエルさんの表情に、僕はドキっとした。今までだって見た事あるはずの表情なのに、何でこんなにドキドキしてるんだろう……

 

「ぼ、僕! ちょっと結界の様子を見てきます!」

 

「えっ? 元希さん……?」

 

 

 慌ててテントから逃げ出す僕を心配してくれているバエルさんが、僕の事を心配してくれている眼差しを向けてくれている。騙すようにしてるのが心苦しいけど、僕自身なんでこんなにドキドキしてるのかが分からないので、とりあえず何かしたかったのだ。

 

「なんだ……? 何で僕、こんなにドキドキしてるんだろう……」

 

 

 バエルさんとは、普段から一緒にいる事が多いし、あの笑顔だって何度も見てるはずなのに……

 

「どうしちゃったんだよ……いったい何がどうなってるんだよ……」

 

 

 誰もいない林の中で、僕は何度も繰り返しそう呟く。こんな事を誰かに相談出来るわけもなく、また相談しようとしたとしても、どうやって説明すればいいのか分からないので意味は無いだろうな。

 

「とりあえず落ち着け……僕は結界を確認しに来たんだから……」

 

 

 誰に言うでも無く、自分に言い聞かせるように呟き、僕は結界に触る。うん、異常は無いな……当たり前だけど。特に結界に異常を感じたわけでもないので、確認するまでも無く正常に結界が作動している事は分かっていた。

 

「どうしよう……今日はリンも水も別のテントで寝るらしいし、僕とバエルさんの二人きりって事だよね……」

 

 

 一緒の部屋で寝た事もあるのに、何で今日に限ってこんなにドキドキしてるんだろう……

 

「と、とりあえず……テントに戻らなきゃ……」

 

 

 おそらく、バエルさんは僕の事を心配してくれてるだろうし、無意味に心配を掛けるのは良くないしな……

 

「とりあえず、何でドキドキしてるのかは分からないけど、バエルさんから逃げる理由は無いもんね」

 

 

 実に無意味だと分かる宣言だが、僕はそう言うしか無かったのだ。これがどんな感情なのか、今はまだ分からないからね……




これは本当に恋なのだろうか……


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二人きりのテント

ラブコメ臭が……


 何時までも逃げているわけにもいかないので、僕はテントに戻る事にした。途中で炎さんと御影さんに声を掛けられ、立ち止ろうとしたら世界が反転してしまった。

 

「あ、あれ……?」

 

「元希!? 大丈夫か!」

 

「元希君……何で何も無いところで転んでるの?」

 

「えっ……僕、転んだの?」

 

 

 自分が転んだ事すら、御影さんに言われるまで気づかなかった。別に体調不良とか、そんな感じでは無いんだけどな……

 

「って元希! お前、凄い熱いぞ!」

 

「へ? そうなんだ……自分ではそんな感覚、無いんだけど」

 

「元希君は無意識に自分の熱を感じないようにしてるのかもしれないけど、確かに熱い。これは早く安静にしなければいけないレベル」

 

「急いで運ぶぞ! 確か、水たちと一緒のテントだよな?」

 

「う、うん……」

 

 

 何だか重体のようだし、ここは素直に運ばれておこう……って、今日は水もリンも別の場所で寝るから、バエルさんも安心して寝れるはずだったのに……まさか僕が迷惑を掛ける事になるなんてな……

 

「ここか!」

 

「炎さん、御影さん、何かご用で……元希さん!?」

 

「凄い熱で、外で倒れた」

 

「と、とりあえずここに。今色々と持ってきますから!」

 

 

 僕の寝袋に僕を寝かすよう指示したバエルさんは、何かに弾かれたようにテントから飛び出して行った。

 

「やっぱり心配するよなぁ……元希が倒れた、って聞かされたらアタシでもああなるぞ」

 

「炎は意外と冷静に受け止めそうだけどね」

 

「そんな事ねぇぞ! まぁ、水奈や美土よりは冷静に受け止めるかもしれないけどな」

 

 

 確かに、あの二人は大慌てだろうな……その点炎さんや御影さんに見つけてもらって良かったのかもしれないな……

 

「なぁ元希、あんな場所でなにしてたんだ?」

 

「えっと……結界強度の確認を」

 

「別に結界なんて無くても、ここで生活してるやつらなら問題ないと思うんだけどな」

 

「こんな場所で戦闘するわけにはいかないでしょ。私有地とはいえ近所には民家だってあるんだから」

 

 

 それに、ここで問題を起こせば、恵理さんを失脚させるのに使われる可能性があるんだし……そうなると今のように魔法科の生徒が自由に動けなくなる可能性が出てくる訳で、絶対に結界は必要だと思うんだけどな。

 

「持ってきました! 元希さん、少し頭を上げてください」

 

「こう?」

 

 

 僕が頭を上げると、バエルさんはその隙間に氷枕を滑り込ませた。もしかしてこの氷、バエルさんが作ったのかな……

 

「後は私が引き受けますので、炎さんと御影さんは理事長たちに報告をお願いします」

 

「おう! 任されたぜ!」

 

「ちゃんと突撃しないように抑えておくから」

 

 

 珍しく御影さんが拳を握った。何でこんな事で気合いが入ってるんだろう……

 

「元希さん、あまり心配させないでくださいよ」

 

「ゴメンなさい……僕も自分が高熱だって事に気づいて無かったから」

 

「そうなんですか?」

 

「う、うん……恥ずかしながら」

 

 

 もしかして、さっきバエルさんと一緒にいた時にドキドキしたのって、熱の所為なのかな? だとしたら、何であの時に気づけ……あれ? 今もドキドキしてる……でも、さっきまで炎さんや御影さんがいた時にはドキドキしてなかったし……

 

「元希さん? どうかなさいました?」

 

「うえぇ!? な、何でも無いよ。うん、何でも……」

 

「? やっぱり何かあるんじゃ……」

 

 

 僕の言動を訝しんだバエルさんが、僕に近づいて来る。どうしよう、ドキドキが更に強まってるような気がするよ……

 

「ホントに大丈夫だから! それより、あんまり近づくと熱が移っちゃうよ?」

 

「……確かにそうですね。本当に何も無いんですね?」

 

「うん、何も無いよ」

 

 

 このドキドキが何なのか、ハッキリわかるまでは誰にも言わない方がよさそうだ。だって、自分でも何なのか分からないのに、他の人に分かられたら何となく嫌だからね……




恋心なのか、それともただの風邪なのか……


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体調不良

寝込んでます……


 色々と溜まっていたストレスが原因か、それとも別の原因があるのか分からないけど、僕は体調を崩してしまった。そして高校に入学してから、これが二回目の長期欠席になるだろう。

 

「あの時はバエルさんも一緒だったからまだ退屈しなかったけど、今回は僕一人だからなぁ……」

 

 

 一人で、しかもテントにだ。退屈をしのぐ方法に心当たりは全くと言っていいほど無い。こんなに暇なら、無理してでも学校に行けばよかったな……

 

「今から行っても辿りつけるかは分からないしな……」

 

 

 今朝よりも今の方が体調は不調だと言えるだろう。寝てるだけでこれだけ苦しいんだから、起き上がる事も困難なんだろうな。そして朝なら誰かしらに支えてもらう事も出来ただろうけども、今は近くに誰もいない。少し離れた場所に水とリンの気配はあるけども、あの二人は監視要員として恵理さんか涼子さんに言われてあそこにいるのだろう。もし僕が学校に行く、などと言えばすぐに寝袋に押し戻されるのだろう。

 

「暇だなぁ……」

 

 

 身体を動かす事が出来ないので、僕は意識をこの辺り一帯に張り巡らせた。結界が張ってあるので不審者とか、そういった心配は無いのだが、水やリンが暴れ回って自然破壊をしていないかを確認する為に、こうやって意識を広げているのだ。

 

「特に異常は無いかな……てか、相変わらず水とリンは言い争ってるよ……」

 

 

 少し距離がある為、声は聞こえないが、気配で二人が言い争ってるのが分かる。そろそろ仲良くしてもらいたいのだけども、一向にそんな気配は無い。何で仲が悪いのかもよく分からないし、僕にはどうする事も出来ないのだ。

 

「水は自分が先に僕と主従契約を結んだからと言い、リンは僕と精神的にリンクしたと言い張ってるんだけど……それに何の意味があるのか、僕には分からないし」

 

 

 別に優劣を付けるつもりもないし、そのどちらかが勝ってるなどと思って無いんだよな……でも二人はそれは譲れないものらしいので深くはツッコまないけど。

 

「退屈だなー……する事も無いし、寝ちゃおうか」

 

 

 体調不良で休んでるんだから、寝る事が今の僕に課せられた使命なのだろう。僕はそんなくだらない事を考えながら眠りに落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かの気配を感じ、僕はゆっくりと目を覚ます。寝る前は誰もいなかったはずの場所に誰かの気配を感じたら、気になって起きてしまうのが僕の昔からのクセだった。

 

「……バエルさん?」

 

「起こしてしまいました?」

 

「いえ、大丈夫ですが……授業はどうしたんです?」

 

「くすっ、もう夕方ですよ」

 

「ふぇ!?」

 

 

 バエルさんの言葉に、僕は驚いてしまった。寝る前はまだ昼前だったような気がするから、結構寝ちゃったんだなぁ……

 

「少しは楽になりましたか?」

 

「どうでしょう……まだダルイ気はしますが」

 

「まぁ無理もないですよ。あれだけの高熱だったんですから」

 

「……ところで、他の人は?」

 

「さっきまでお見舞いに来る、とか言ってましたが、理事長と早蕨先生に止められてました。私は同じテントだからという理由でここにいますがね」

 

「そうですか……まぁうつったら大変ですからね」

 

 

 ただでさえ他のみんなは特別補習や通常授業で忙しいんだから、僕の看病をして後れを取るのはバカらしいと恵理さんと涼子さんが考えてもおかしくは無いかな。

 

「とりあえず、明日も安静にしててください。くれぐれも出歩くなんて事を考えないようにしてくださいよ」

 

「分かってますよ。そもそも、身体を起こす事すらままならなかったんですから……」

 

 

 多少は楽になっているとはいえ、まだ身体を起こすまでに至っていない。そんな状態で出歩こうなどと考えるほど、僕は僕自身をいたわっていない訳では無いのだ。

 

「食欲はありますか? 一応おかゆ作りましたけど」

 

「いただきます」

 

「ダメです。私が食べさせてあげますから」

 

 

 起き上がり手を伸ばそうとしたらバエルさんに押し止められてしまった。恥ずかしいけど、自由に身体が動かせない以上、バエルさんに食べさせてもらうしかないのだけども、やっぱり少しくらいは抵抗したかったな……




恋人、と言うよりは歳の離れた姉弟にしか見えない……


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上手な彼女

圧倒的ヒロイン……


 お風呂に入るわけにもいかないので、僕はタオルを濡らして全身を拭く事にした……のだが、何故かそのタオルはバエルさんに没収され、今バエルさんが僕の身体を拭いてくれている。

 

「これくらい自分で出来るよ……」

 

「ダメです。自分で拭こうとすると、どうしても手が届かない個所が出てきてしまいますし、拭きムラがあったら気持ち悪いですよ」

 

「ですけど……やっぱり恥ずかしいですよ」

 

「それは、今更です。一緒にお風呂に入ったりしてるんですから……」

 

 

 やはりバエルさんも少し恥ずかしいのか、微妙に視線がズレている。それでも、バエルさんはタオルを返してくれる事は無かった。

 

「はい、今度は下を拭きますから」

 

「そこは自分でやりますよ!」

 

 

 大声を出した所為で、少しくらくらしてきた……いくら病人だからといって、妥協出来ない個所というものはあるのだ。

 

「そうですか? じゃあ見ないようにしてるので」

 

「はい……」

 

 

 これが水奈さんや美土さんなら、問答無用で全部を拭きたがるだろうし、炎さんは気にするなとか言い出すだろう。御影さんと秋穂さんはどんな反応をするか想像出来ないけど、おそらくはタオルを渡してくれる事は無かっただろうな。そして恵理さんと涼子さんは、嫌がっても逃げようとしても捕まえて全身隈なく拭いてくれただろう……それが善とは思わないけど。

 

「終わりました」

 

「はい、じゃあタオルを洗うので渡してください」

 

 

 それほど汚れては無いが、汗を拭いたので洗って置いておくのが良いだろう。だけど、今拭いたばかりのタオルを、バエルさんに洗ってもらうのは忍びないような気が……

 

「自分で洗いますよ……」

 

「遠慮しなくていいですよ。元希さんは病人なんですから」

 

「ですが……」

 

「今更、ですよ」

 

 

 そんな顔ズルイ……少し顔を赤らめながらも、有無を言わせない笑顔でそんな事を言われたら、お願いするしか無いじゃないですか……

 

「元希さんは、私と似てますね」

 

「? 何がですか?」

 

「風邪をひいても、自分の事を自分でしようとするところが、です」

 

「元々僕のいた田舎では、それが普通でしたから」

 

 

 お母さんも働いていたし、風邪をひいたからといって、誰かが看病してくれるわけでも無かったのだ。だからこうやって誰かに看病してもらう方が不思議な気がしてならない。

 

「私も施設で育ちましたから、自分の事は自分でするのが当たり前でした。でも、それは世間一般では当たり前じゃなく、こうやって風邪をひいたら誰かに看病してもらえるのが当たり前なんですよ」

 

「そうなんですよね……でも、僕はそれを当り前だとは思えない。それは恵まれていて、ありがたい事なんだと思ってしまう」

 

「それで良いんだと思いますが、必要以上に遠慮するのは良くないですよ」

 

「はい、ゴメンなさい……」

 

 

 同い年だけど、バエルさんは非常に大人びた考え方をする女性だ。だからじゃないけど、僕はバエルさんの言う事に反論出来ない事が多い。大抵は筋の通った事なので反論する必要が無いのだけども、こうやって諭されるように言われると、むず痒いから反論しようとしても、バエルさんの雰囲気に呑まれて反論する事が出来ないのだ。

 

「他の皆さんも、元希さんの看病をしたくてたまらないようですので、私が嫌なら他の人に代わってもらいますけど?」

 

「……バエルさんにお願いします」

 

「はい、お願いされました」

 

 

 他の人を選べばどうなるか、それはバエルさんにも分かってる事だっただろう。だからあのような意地悪な質問を僕にぶつけ、自分が選ばれると嬉しそうな顔をしながらも恥ずかしそうに顔を逸らしたのだろう。嬉しさが顔に出るのが分かってたから、それを僕に見られないようにしたのだろう。

 タオルを洗いに行くバエルさんを見送った後、僕は急激に疲れてきてしまい寝てしまった。やっぱり、バエルさんと一緒にいるとドキドキして、余計に疲れるんだろうな……




登場は一番遅かったんですけどね……


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代わりの神

祀り上げちゃうとな……


 数日間ぐっすりと休んだおかげで、漸く自由に動けるくらいには回復した。僕が倒れていた間は恵理さんと涼子さんが交代で結界の維持や周囲の警戒を行っていたらしく、回復した途端に僕に全て丸投げしてきた……

 

「普段から交代制のはずなのに、何故か僕が毎日やってたんだよな……涼子さんは別の事で忙しそうだったから仕方ないけど、恵理さんは何をしてたんだろう?」

 

 

 毎回「忙しいから」という理由で結界の確認、必要とあらば張り直す作業を僕に任せて、恵理さんは何処かに行ってしまっていたのだ。本当に何をしてたのか気になったので、僕は式を飛ばして調べようとしたのだが、毎回途中で見失ってしまうのだ。

 

「とりあえず仕事はしてるみたいだけど、これも恵理さんの仕事のはずなんだけどなぁ……」

 

 

 雑木林の結界を確認しながら、僕は辺りを見渡しながら呟いた。リンに身体を乗っ取られて放った魔法のおかげで、この辺り一帯の土壌は安定している。他の霊力が介入出来ないくらいの魔力だったので、今のところは魔物もよりついていないが、そろそろその魔力も薄れ始めているのだ。

 

「リンの記憶も、戻るどころかどんどん幼児退行してるような気がするし……水も喧嘩ばっかじゃ無くて記憶を探す手伝いでもしてくれれば良いのにな……」

 

 

 この場所の土地神であるリンは、本来の力を失ってしまっているので、この魔力が切れたらこの場所は再び不安定な状況に逆戻りだ。その時を少しでも遅らせる為にこうして結界を張っているのだが、それもあくまで応急処置だ。何時までも続く訳では無い。

 

「せめてもう一度、あの魔法が使えれば良いんだけど……」

 

 

 その為には、リンをここに連れてきてもう一度僕の身体を乗っ取らせる必要がある。だが、あれ以降何度この場所に連れてきてもリンに変化は見られない。それどころか、この場所に来るたびに気分を害しているようにすら思える。

 

「何か良い手は無いだろうか……」

 

 

 この場所を調べてくれているリーナさんはまだ戻って来ない……というか、アメリカ軍に質問責めという拘束を受けていると、恵理さんたちが話しているのを聞いてしまった。いったい何をそんなに聞く事があるというのだろうか……

 

「まっ、僕の事なんだろうけどね……」

 

 

 世界で三人目の全属性魔法師、しかも男子では初めての存在だ。何処の国も情報が欲しくて仕方ないのだと言われてるし自覚もしている。そもそもリーナさんが霊峰学園に来たのも、バエルさんが編入してきたのもその為だ。だが二人とも政府より僕に好意的に接してくれているので、今のところ問題は発生していないが。

 

「さて、結界は安定してるし、周囲五キロに魔物の気配は無し、と……今日も平和に過ごせそうだな」

 

 

 僕個人としては、平和に過ごした日など数えるくらいしか無いのだが、世間という大きなくくりで見れば、平和そのものだと言える一日になるだろう。

 

「あら? もう出歩けるようになったのね」

 

「美土さん? こんな場所で何を……」

 

「この土地の精霊にお願いして、結界以外でこの土地を護れないか試していたんですよ」

 

「精霊? 僕には出来ない事だけど、成果はありました?」

 

「いえ……前に使われた魔法が強力過ぎて、精霊では太刀打ちできないと言われました」

 

「あはは……その魔法、放ったの僕だ……」

 

 

 正確には、僕の身体を使ってリンが放ったのだが、僕の魔力とリンの魔力が合わさって放たれたものだから、僕が放ったといっても決して過言では無いんだよね……

 

「もう少し効力が落ちれば出来るかも、とは言われましたが、これ以上効力が落ちれば危険とも言われましたわ」

 

「じゃあやっぱりこのまま結界を維持して、リンの記憶が戻るまで待つしかないのか……」

 

「それか、元希さんが贄としてこの雑木林で生活すれば、神として認められると……」

 

「それは遠慮したいな……」

 

 

 そもそも贄って……僕は人柱になるつもりは無いよ……

 

「リンさんをこの雑木林で生活させても、記憶は戻らないんですか?」

 

「うん……記憶を取り戻すとか以前に、この場所に連れてくると機嫌が悪くなるんだよね……」

 

 

 美土さんと唸りながら、僕はこの場所を後にした。




話が終わっちゃいますからね……


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嫌な予感

元希君の不運は続く……


 一日中考えていたけど、結局良い案は出て来なかった。あの雑木林を早く何とかしなければ、別の問題が起きた場合に素早い対応が出来なくなってしまうかもしれないのだ。

 

「今のところは平和ですけど、何時また問題が起こるか分かりませんものね」

 

「美土は心配し過ぎなんだって。元希もだけど、問題なんて起こってから考えればいんだよ」

 

「炎さんは些か楽観視し過ぎですが、確かに元希様も美土さんも考え過ぎなのかもしれませんわね」

 

「そうかな……でも、考え無さ過ぎよりは良いと思うけどな……」

 

 

 今日も今日とて特別訓練があるので、僕たちは秋穂さんとバエルさんを迎えに行く為にA組前の廊下で話しあっている。ちなみに水とリンは記憶探しという名の冒険へと旅立つといって既にこの場にはいない。

 

「お待たせ。何か考え事があるみたいだけど、体調はもう大丈夫なの?」

 

「お陰様で。一応は冷静な考えが出来るくらいには回復したかな」

 

「治りかけの時に出かけようとしたのには、本気で怒りそうになりましたよ」

 

「反省してます……」

 

 

 一昨日、少し良くなったから周りの結界を確認しに行こうとして、バエルさんに注意されたのだ。自分では大丈夫だと思ってたんだけど、どうやらバエルさんはその事が気に障ったらしく、その日一日僕の側を離れなかった。

 

「それで、何を考えていたの?」

 

「例の雑木林の事だよ。美土が精霊から聞いた話だと、そろそろ加護が切れるって」

 

「正確には切れ始める、ですけどね。それでも、徐々にまたあの場所が不安定になっていく事には変わりませんけども……」

 

「元希君の結界で何とか維持してるんじゃなかったの?」

 

「あくまでも、あの結界は加護が切れるのを遅くするだけのものだから……徐々に切れて行くのは仕方ないんだよ……」

 

 

 あの魔法だって、何度試みても発動する事は出来ないし、結界の効果だって永続的なものではないのだ。

 

「私たちの誰かが結界を張れれば、元希君たちの負担も減るんだろうけどね……土地を加護する結界なんて、そんな高度な事は出来ないし……」

 

「わたしが使えるのも、せいぜいより活性化させるための魔法だけですからね……土地そのものに加護を与える魔法なんて、わたしの家にも文献がありません」

 

「美土の家にないんじゃ、何処の家にもないな。もう一回元希の身体をリンに乗っ取らせる方が早そうだ」

 

「うん……だけど、何度試してもダメなんだよね……リンはあの場所に行きたがらないし、行っても機嫌が悪くなるだけで何の変化も起きないし……」

 

 

 唸りながら廊下を歩いていると、横から声を掛けられた。

 

「なに唸りながら歩いてるんだ? 不気味だぞ」

 

「ちょっと考え事をね……健吾君こそ、こっちは魔法科の校舎だよ? 何か用事でもあったの?」

 

「理事長を探してるんだが、何処にいるか知らないか?」

 

「恵理さんならきっと、魔法科の体育館にいると思うけど……何か用事?」

 

 

 普通科の健吾君が恵理さんに用事があるとは思えないけどな……霊峰学園の理事長とはいえ、恵理さんは魔法科の方に重きを置いているので、普通科の問題は普通科一本にしたがっている副校長が大半を処理してるって聞いてたけど……

 

「大した用事じゃないんだけどな。向こうの山で何かが光ったように見えたって、近隣住民の人が伝えてきたんだと。それを理事長に報告に行きたくない副校長が、偶々近くを通った俺に伝言を頼んだだけだ」

 

「そうなんだ。じゃあ僕が伝えておくよ」

 

「そうか? 悪いな、じゃあ頼んだ」

 

「うん、頼まれた」

 

 

 健吾君から頼まれた伝言の内容に、僕は何となく嫌な予感がしていた。山の方ってまさか、あの雑木林じゃないよね……




復帰したばかりなのに……


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恵理の説明

最強の魔法師たちも大変ですね……


 健吾君から預かった伝言を恵理さんたちに伝えようとしたら、僕が何かを言う前に恵理さんに持ち上げられてしまった。

 

「非常事態よ。元希君、急ぐわよ!」

 

「自分で歩けますよ! だから下ろしてください!」

 

 

 じたばたど暴れてみたけど、恵理さんの方が背が高いし僕より力持ちなので、抵抗むなしく運ばれていく事に……てか、他の六人が呆気に取られてますけど、説明は無いのだろうか……

 

「あの六人への説明は、涼子ちゃんがしてくれるわよ」

 

「そうですか……てか、僕は何も言って無いんですが」

 

「顔に書いてあったわ。それよりも、何が起こってるか元希君は知ってるわよね?」

 

「……ひょっとしてあの山の方角に関しての事ですか?」

 

「さすが元希君、話が早いわ」

 

 

 いや、健吾君から頼まれた伝言だったからであって、僕は詳しい事は何も知らないのだが……

 

「どうやら結界が破られたらしく、あの場所は再び混沌としているわ」

 

「結界が破られた? ですが、僕には何も感じませんが……」

 

 

 もし本当に破られたのなら、張った本人である僕にも何かしら感じるものがあるはずなんだけどな……だけど僕は何も感じて無いし、結界もちゃんと反応があるんだけども……

 

「破られたのは私たちが張った結界よ。元希君が張ってる状態維持の結界はまだ大丈夫なはず」

 

「それでですか……でも、恵理さんたちの結界を破るモンスターなんて、文献には載って無かったような……新種ですか?」

 

「おそらくはね。だからそれを確認しに行って、必要なら戦闘行為も辞さない覚悟よ」

 

 

 いや、僕は今その情報を聞いたので、戦闘行為と言われても……覚悟なんてこれっぽちも出来て無いんですけど……

 

「ところで元希君、リンの気配は分かる?」

 

「リンの気配、ですか……? えっと……水と一緒に現場付近にいますね……」

 

「そう、じゃあこの新種のモンスターはリンじゃ無いのね?」

 

「えっと……ノイズが酷くてそこまでは……でも、モンスターの気配とは別にリンの気配がありますので、多分そうだと思います」

 

 

 そもそもあの場所にリンが進んで行くとは思えないんだけどな……多分モンスターが現れた事でリンの本能が刺激されてあの場所に向かったんだと思う……でも、今のリンじゃモンスターに対抗出来るだけの力は無いし……水も僕が許可しないと力を発揮出来ないし、あの場所の水源を守る役割を担ってるから、その分力も制限されてるし……つまりあの二人はかなり危険な状況だという事だろうか……

 

「一応後から涼子ちゃんも駆けつけてくれるけど、私と二人で戦う事になるからね」

 

「そう言うのは先に言っといてくださいよ……会っていきなり運ばれるなんて思って無かったんですから……」

 

 

 戦う覚悟は出来てるけど、僕は昨日まで体調を崩してたし、恵理さんも色々と忙しくてろくに休んで無いとか言ってたし……コンディションは互いに最悪に近いんだろうな。

 

「まぁ元希君は、召喚獣でも使ってくれれば良いわよ」

 

「生憎、Sランク召喚魔法を使えるほど体力が回復してないんですよ……それと、あの場所に影響を出さない召喚獣は、僕の手持ちにはいません」

 

「炎と雷と氷だったっけ? 確かにダメそうね……」

 

 

 生態系に影響が出そうなものは極力避けたいし、モンスターのデータが無いのでどう戦えば良いのかも分からない。こんな状況で頼られても困るんだけどな……

 

「他の人は来ないんですか?」

 

「さすがに生徒を巻き込むわけにはいかないでしょ」

 

「僕も生徒なんですけど……」

 

「元希君は大丈夫よ。世間に出れば間違いなくSランク判定されるんだから」

 

「それの何が大丈夫なのか……僕には分からないんですけど」

 

 

 ここで愚痴を言ったからって事態が好転するわけではない。だけど愚痴を言いたくなるのは仕方ないんだよね……




次回ちょっと急展開を予定……


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リンの本気

あんまり戦闘シーンにならなかったな……


 恵理さんと二人で現場に駆け付けたが、辺りは既に破壊の限りを尽くされていた。かろうじて僕が張っていた結界が機能しているから、全壊はしていないけども、これを修理するのはなかなか大変そうだ……

 

「リン、水! とりあえずこっちに合流して!」

 

「主様? 分かった、行くぞ!」

 

「………」

 

「リン? どうしたのじゃ?」

 

 

 僕の問い掛けにも、水の問い掛けにも答えずに、リンが一点を見つめている。その場所は僕とリンが出会った場所であり、おそらくリンが統治していた場所……その場には今大型モンスターが暴れている……

 

「おいリン! 何とか言ったらどうじゃ!」

 

「……許さない。我が土地を荒らすものは、何人たりとも生きて帰すわけにはいかない」

 

「な、なんじゃいきなり……お主、口調が変わっておるぞ」

 

「感謝するぞ、水神。わたしの代わりにこの辺り一帯の水脈を管理してくれた事を」

 

「リン? いったいどうしたの?」

 

「元希よ、もう一度身体を借りるぞ」

 

「へ?」

 

 

 何を言われたのかを理解するのに、僕は数秒かかった。その間に僕の身体の自由は利かなくなり、意識だけが残った感覚に陥った。

 

「(これは……あの時と同じ?)」

 

『済まない、まだわたしの身体では本来の力を使う事が出来ないのです。幼すぎるからの』

 

「(でも、リンの身体なんでしょ? 幼いとかあるの?)」

 

『あれは仮の姿ですが、間違いなくわたしです。ですがその強度は人間の子供と同等くらいでの。強大な魔力を使えばその場で弾け飛ぶのです』

 

「(うえぇ……そんなのを僕の身体で使って大丈夫なの? 自慢じゃないけど、僕だってそれほど鍛えてるわけじゃ……)」

 

『必要なのは筋肉じゃなく魔力を受け容れられる器です。元希は十分にわたしの魔力を受け容れられる、それは前に身体を借りた時から確信していますので』

 

 

 前のって……あの後僕、暫くまともに魔法が使えなかったんだけどな……それでも良いんだ……

 

『さて、わたしの場所、わたしの土地で、随分と悪さをしてくれましたね、愚弟』

 

「(お、弟!? 今暴れてるモンスターって、リンの弟だったの!?)」

 

『わたしの気配が無くなって暫く経ちましたので。わたしを探してるのかもしれんけど、あれは明らかにやりすぎです。少しお灸を据えなければなりません』

 

「(お灸って……)」

 

 

 ていうか、リンの弟という事は、あのモンスターもそれなりの場所を治めてる土地神様なのではないだろうか……

 

「元希君、さっきから黙ってるけど……どうかしたの?」

 

 

 恵理さん? もしかして僕の身体が乗っ取られてる事に気づいて無いのだろうか……

 

「退いてください。あれはわたしが倒すべき相手です。人間が出る幕では無い」

 

「えっと……本当に大丈夫なの?」

 

「心配するな。わたしの魔力と、元希の魔力を合わせれば、大抵のバカ者は一瞬で反省するでしょう」

 

「元希君の魔力……? 水、どういう事?」

 

「今の主様は、主様であって主様で無い状況じゃ。リンが主様の身体を乗っ取り、借りている状態じゃからの」

 

 

 あっ、やっぱり気づいて無かったんだ……まぁ、見た目はそのままだし、乗っ取られるのも一瞬の出来事だからね……

 

「お主は結界の強度を高めておれ。少し手加減を間違えるかもしれんからの」

 

「強度って……くれぐれも周りに被害は出さないでよね」

 

「分かっています。元希からも注意されていますから…さて、我が愚弟。少しキツイかもしれないですが、死ぬのではありませんよ!」

 

 

 何をするのさ……てか、僕の声でとんでもない事を言わないでよね……

 

「神の裁きよ、我が定めし悪を滅し尽くせ『ゴッド・ジャッジメント』」

 

 

 なんてネーミングだ……てか、相手も神様なんじゃ……まぁ、気にしてもなにも出来ないから仕方ないんだけどね……これ、僕の身体はもつのだろうか……




キャラ設定が不安定だな……


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本来のリン

幼女バージョンから進化……?


 リンに身体を乗っ取られて、良く分からない魔法を放った結果、僕の意識は暗闇へと落ちて行った。

 

「(何だかあちこちが痛い……これ、明日動けるのだろうか……)」

 

 

 リンの使った魔法は、人間では使う事は出来ない類の魔法だったのだろう。前回の時も、翌日身体の節々が痛くてたまらなかったしな……

 

「(それで……ここは何処何だろう?)」

 

 

 本体はあの雑木林にあるんだろうけども、意識は良く分からない所にあるようだ。

 

『姉さま! 何故あの場所からいなくなったのですか!』

 

『いなくなったわけではありません。力を使い過ぎて元の姿ではいられなくなっただけです』

 

『ではなぜ、このような人間の餓鬼に従っているのですか! 我々神族は、人間になどに付き従うべき一族ではありません!』

 

『黙りなさい! この元希は、わたしが力を失った時に助けてくれた恩人です。神族だろうが人間だろうが、助けてもらった恩を仇で返すような真似はわたしはしたくないのですよ』

 

 

 何で姉弟喧嘩を聞かなければいけないんだろう……てか、あの弟の方は、リンに会えなくてさみしかったから暴れてたのか……

 

『さて愚弟、わたしが管理するべき土地で、随分と暴れてくれたな……あれだけ暴れたのだ、どれほどの罰が与えられるか分かっているでしょうね?』

 

『あ、姉さま……俺はただ、姉さまを探そうとしただけで……』

 

『ならば、あれほど暴れなくても別の方法があったでしょうが。そんな事も分からないとは、やはり愚弟か……』

 

『グッ……姉さま、その「愚弟」というのは止めていただきたい。これでもこの近くの土地一帯を治めるほどの地位は確立してるのです』

 

『そんな事、わたしには関係ない事です。アナタがしたのは、わたしが治める土地で暴れ、わたしの恩人である元希を侮辱した事、わたしにはこれだけの事実しかないのです』

 

 

 リン、かなり怒ってるような気がする……でも、普段の子供っぽい喋り方と本来の喋り方、随分と違うんだな……

 

『さて、元希』

 

「(うぇ? リン、僕が聞いてたの気づいてたんだ)」

 

『当たり前です。元希の意識をここへ連れてきたのはわたしです』

 

「(そうなんだ……それで、なに?)」

 

『この愚弟の処罰は元希が決めて下さい。わたしは二度も貴方の身体を借り、普通の人間では耐えられないほどの魔力を使いました。貴方が全属性魔法師であるから耐えられただけで、わたしは二度貴方を殺そうとしたのです。愚弟含め、わたしの処罰もお決めください』

 

「(べ、別に僕はリンをどうこうしようとか思って無いよ。リンがそうしなきゃあの土地は死んじゃったかもしれないんだし、今回だってリンが対処してくれなきゃ大変な事になってただろうし)」

 

 

 そもそも、僕だってあの場所を守りたかったんだし、リンがそうしなきゃ守れなかったのも理解出来ているのだ。リンに関しては僕はどうこう言える立場でも、何かを決定出来る立場にも無いと思っている。

 

『ですが、わたしが納得出来ません。元希にあれだけの負担を掛けておいて、わたしはお咎めなしと言うのは……』

 

「(じゃあ、これからはもう少し手伝いとかしてくれると助かるかな。何時も水とふざけてるだけだし)」

 

『貴様! 姉さまに雑務を押し付けるというのか!』

 

『黙りなさい、この愚弟!』

 

『しかし……』

 

『二度は言いません』

 

 

 僕の言葉にリンの弟は過剰に反応したが、リンに諌められて押し黙ってしまった。

 

「(それから、弟さんの方は、リンが好きにして良いよ。僕には彼を裁くだけの権限も勇気も無いし)」

 

『分かりました。では愚弟、暫く人間の姿で生活なさい』

 

『はっ? しかし姉さま……』

 

『先ほども言いました。二度は言いません』

 

 

 有無を言わさぬリンの態度に、弟さんは反論を諦めてしょんぼりとしてしまった。任せておいて何だけど、本来のリンって、こんなに怖かったんだ……




このリン、やりにくい……


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新たな僕

罪には罰を……


 リンに呼ばれてこの精神世界にやって来た僕だが、この世界からの脱出方法を聞いていなかった。

 

「(ところで、僕はどうやってここから帰れるの?)」

 

『元希は今、わたしの精神とリンクしている状態です。ですから、このリンクが切れるまではこの世界に留まるでしょう』

 

「(それって後どのくらいなの?)」

 

『それ程長い時間ではありませんよ。最長でも一時間は掛らないでしょうし』

 

「(そっか……)」

 

 

 現実世界では、僕が目を覚まさなくて騒ぎになってる予感がするけども、後一時間もしないうちに元の世界に戻れるならそれ程心配しなくても良いかな。

 

『おい、小僧』

 

「(? 僕の事ですか)」

 

『当たり前だ! この世界には俺と姉さまと貴様しかいないだろうが!』

 

『口を慎みなさい、この愚弟。元希はわたしの主ですよ』

 

 

 いや、僕はリンと主従契約を交わしては無いんだけど……

 

『しかし姉さま! 人間など下賤の輩。我々神族と主従契約を結ぶとしても、姉さまが主のはずでは……』

 

『先ほども申しました。わたしは力の殆どを使ってしまい、消えかけていたところをこの元希に助けられたのです。そして、今もわたしは元希の身体を借りなければ元の力を発揮する事すら出来ないのです。そんな状態のわたしが、主となる契約など結ぶはずがないではありませんか』

 

 

 だから、僕はリンと契約してないんだけど……いや、気絶してるうちに契約を交わしたのかもしれないけどさ。でもそれって契約としての効力を発揮するのだろうか? 本人の意思が介在してないから、無効だと思うんだけどな……

 

『では、今すぐそんな契約は破棄してください! 姉さまがこのような餓鬼の僕であるなど、俺には耐えられない屈辱です!』

 

『何をバカなことを。貴方の力の殆どを封じ込めたので、貴方もこの元希の僕として生活するのですよ』

 

『なんですと!?』

 

 

 うん、僕もそのリアクションに同意するよ……そもそも僕なんて、僕は思って無いんだけどな……

 

『というわけです、元希。この愚弟も貴方の僕として――使い魔としてお使いください』

 

「(いきなりそんな事言われてもな……普通に土地を管理してくれるだけなら、お咎めなしでも僕は良いんだけど……)」

 

『何とお優しい。ですが、神族として、人間世界に影響を与えたこの愚弟を、お咎めなしでは他の神族に示しがつかないのです』

 

「(じゃあ、少しの間だけだよ。それ以上は僕には荷が重いから)」

 

『分かりました。ほら愚弟、挨拶しなさい』

 

『……よろしく頼む』

 

 

 そこで僕の意識は途切れた。おそらく現実に復帰する為にあの精神世界からはじき出されたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かに揺らされているのを感じながら、僕はゆっくりと目を開ける。

 

「ここは?」

 

「元希さん! 気がついたんですね」

 

「バエルさん? ここは……テント?」

 

「いきなり倒れたと聞かされた時は本当に驚きました。理事長先生が元希さんをここまで運んでくださったんですよ」

 

「恵理さんが? ……そう言えば、雑木林はどうなったんです?」

 

 

 リンとその弟が散々暴れ回ったんだ。無事な訳は無いだろうな……

 

「それが、奇跡的になにも無かったそうです」

 

「なにも?」

 

「はい。リンさんに身体を乗っ取られた元希さんが、何か魔法を発動させて、あの空間を安定させたと聞いていますが」

 

「そうなんだ……なにも覚えて無いや」

 

 

 おそらくリンが本来の魔法を使ってあの場所を安定させたのだろう。それなら僕のこの疲労感も納得がいく。

 

「とりあえずは安静にしていてくださいね。今身体を拭くものを持ってきますから」

 

「? ……うわ、随分と汚れてるや」

 

「水様が暴走して、あの辺り一帯をぬかるませた影響ですよ。今は元の土に戻ってますが」

 

「そうなんだ……水にも心配掛けちゃったな……」

 

 

 疲労が抜けたらちゃんとみんなに謝っておかないとな……リンとその弟の姿も無いし、後で探さなきゃいけないんだろうしね。




シスコンの香りが……


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久しぶりの…

あのキャラが帰って来ました


 バエルさんに身体を拭かれながら、僕はあの精神世界であった事を思い出していた。何時の間にか僕と主従契約を結んでいたリン、そしてその弟も僕の使い魔として暫く生活する事になったらしいのだけども、そっちの契約も僕はまったく知らなかったんだけどな……

 

「何か心配事でも?」

 

「えっ? まぁ色々と……今回はさすがに疲れましたし」

 

「急に連れて行かれたと思ったら、今度は気を失っているところを運ばれてくるんですから」

 

「あはは……ご心配をおかけしました」

 

 

 多分バエルさん以外の人も心配した事だろう。これが終わったらちゃんと謝っておかないとな。

 

「それから、水様がかなり怒っていますので、覚悟しておいた方が良いですよ」

 

「それは知りたくなかったですね……」

 

「それだけ元希さんの事を心配してくれるんですよ」

 

「うん、それは分かります。でも、やっぱり怒られるのは嫌ですよ……」

 

 

 そもそも、今回僕が意識を失った原因は僕には無いはずなんだけどな……リンに身体を使われたからであって、僕は悪くないような気も……

 

「いや、違うな……」

 

「なにがです?」

 

「い、いえ! 独り言です」

 

 

 リンに責任を押し付ける様じゃダメだ。今回だって、僕がもう少し体力があれば気を失わなかったのかもしれないし、僕がリンの魔力を使いこなせればみんなに心配を掛ける事も無かったんだから。

 

「はい、綺麗になりましたよ」

 

「ありがとうございます……? あれ!? 何時の間に全身を拭いたんですか!?」

 

「ふふ、さぁ? 何時の間にでしょうね」

 

 

 考え事に集中し過ぎたのか、バエルさんに全身隈なく拭かれてしまった……バエルさんは恥ずかしく無かったのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえずテントから出て、僕はみんなの気配を探った。

 

「まずは恵理さんたちだな」

 

 

 一緒に行動していた恵理さんと、逐一情報を集めていたであろう涼子さんに、心配を掛けた事を謝ろう。

 

「あら、元希君。もう大丈夫なの?」

 

「はい、ご心配をおかけしました」

 

「気にしなくても大丈夫ですよ。リンが説明してくれましたから」

 

「リンが? ……それで、そのリンは?」

 

「今は他の人に説明をしてるんじゃないかしら? 例の新しい使い魔の紹介も兼ねてね」

 

「使い魔? ……それってリンにそっくりな男の子、とかじゃ無いですよね?」

 

 

 もしそうなら手遅れかもしれない……

 

「あら? 元希君の使い魔よね? 見た事無かったの?」

 

「……彼はリンの弟で、神族だと言ってましたよ」

 

「神族、ねぇ……道理でリンの事をモンスターとして調べても分からないはずだわ」

 

「? リーナさん!? 何時日本に戻って来たんですか?」

 

「元希ちゃんが気を失ってる間に。あまりにもアメリカの拘束が酷かったから、施設ごと燃やして逃げてきたのよ」

 

 

 それって普通に犯罪じゃ……てか、良く飛行機に乗れたな……

 

「転移魔法って便利ね」

 

「あんなメールを送ってくるんだもん。使うしかないでしょ」

 

「……つまり、普通に脱走兵扱いだと?」

 

「私は元々兵士じゃないのにね。ほんと、自分勝手なんだから」

 

「何処の国もだいたい同じよ。日本政府だって私たちから情報を引き出そうとした事もあったし」

 

 

 そうなんだ……僕はまだそんな経験無いけど、いずれはそんな事も経験するのだろうか……

 

「それじゃあ元希ちゃん、一緒にお風呂でも入ろっか?」

 

「えぇ!? 何で今の流れでそんな話になるんですか!?」

 

「だって、暫く一緒に入れなかったし、事情説明はリンがしてくれてるんでしょ?」

 

「そう言う問題じゃ……」

 

 

 僕が何とか反論しようとしてる所に、別の場所から強い言葉が飛んできた。

 

「そうだ! 元希と一緒に入りたいのはアタシたちも一緒だ!」

 

「そうですわ! 元希様はこの間まで体調を崩されていて、漸く一緒に入れると思っていましたら今度はあんな事件……」

 

「わたしたちも我慢の限界です」

 

「元希君と一緒に入るのは、ここで生活してる人の当然の権利」

 

 

 いや、違うでしょ……

 

「仕方ないわね。みんなで入りましょうか」

 

 

 またですか……何故みんなは僕の主張を聞いてくれないんだろう……反論虚しく、僕は両脇を抱えられて脱衣所まで連れて行かれた。せめて男子の脱衣所でありますように……




普通に犯罪行為なような気も……ま、いっか。


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姉弟の生活場所

十一月も終わりですか……一年、早いな……


 お風呂で騒ぎ過ぎたのか、テントに戻るなり僕は気絶したように眠った。

 

『すみません、元希。何度も何度もお呼び立てしてしまって』

 

「(なるほど……気絶したように感じたのはこの為なんだね)」

 

 

 眠ったのではなく、リンに呼ばれたからなのか……てか、何時までこの世界にいるつもりなんだろう?

 

『現在わたしたち姉弟は、元希の精神世界でしかこの姿を保つ事が出来ませんので』

 

「(どういう意味? リンは前の姿でも生活出来てたよね?)」

 

『あの姿ですと、元希に多大なる迷惑を掛ける事になりますので、もう少し魔力を溜めてから外の世界に出ようと思っています。もちろん、元希が召喚するのであれば、わたしは喜んで外の世界に馳せ参じますが』

 

『姉上! このような餓鬼にそこまでへりくだる必要は……アダっ!?』

 

『口を慎みなさい、この愚弟! 元希は貴方の主でもあるんですからね!』

 

 

 弟の言葉に、リンがげんこつを振り下ろした。今のは痛そうだな……

 

「(ところで、僕は君の事を何と呼べばいいの? 何時までも弟って呼んでるのも変だし)」

 

『好きにしろ。我々神族は、人間に真名を教えるわけにはいかないのだ。だから姉上も貴様に名前を付けさせたんだ』

 

「(そうだったんだ……じゃあリンの弟だし、シンでいい?)」

 

 

 実に安直かもしれないが、名前というのは分かりやすいのが一番だ。当て字とかにすると、読めなくて大変だったりするもんね。

 

『貴様がそう呼びたいなら、好きにしろ。俺は別にその名前に愛着など持たんからな』

 

『では、わたしも貴方の事はシンと呼びましょう。愚弟などと呼んでは、身内の恥を晒してるようなものですから』

 

『姉上……せめて弟と呼んでくだされば……』

 

『わたしは、貴方と血縁だと思われるだけで嫌なのです。今回も恵理や涼子にまで迷惑を掛けたんですから』

 

『人間など、我々神族がいなければなにも出来な……アダっ!?』

 

 

 シンが何かを言いかけたが、途中でリンのげんこつが振り下ろされたので、その先を聞く事は出来なかった。

 

「(それじゃあ、二人はもう少しの間、この世界で生活するって事?)」

 

『そうですね。十分な魔力を蓄えたら、また元希をこの世界にお連れします』

 

「(外に出る時、僕に何か影響でもあるの?)」

 

『いえ、そう言わけではありません。何故そう思われたのです?』

 

 

 僕が些細な事に引っかかったのを、リンは不思議そうな顔で見詰めてきた。

 

「(いや、外に出るなら僕に断らなくても自由に出ればいいのにな、と思っただけ)」

 

『身体的には問題ありませんが、少し疲れるかもしれませんので、こちらの世界でお休みいただいている間に、わたしたちが勝手に外に出るという感じの方が良いと思いまして。嫌なら元希が起きたまま外に出ますが』

 

「(そこら辺の判断は、リンに任せるよ。僕はどっちでも大丈夫だからさ)」

 

『そうですか。ところで、わたしたちが外に出た場合、この愚弟は何処で生活させればいいのでしょうか? 近くの池にでも放り込んでおけばよろしいですか?』

 

『何故そうなるんですか、姉上! 放り込むならこの餓鬼を……』

 

『何か言いましたか?』

 

『いえ、何でもありません……』

 

 

 リンに睨みつけられて、シンは大人しく引き下がった。この姉弟のパワーバランスは、実に分かりやすいな……

 

「(なんならリンとシンの分の新しいテントを用意するし、それが嫌なら結界でプライベートスペースを用意するけど)」

 

『では、この愚弟はその結界で覆ってください。わたしはそのまま元希と同じテントで寝泊まりしますので』

 

「(だってさ。シンもそれで良い?)」

 

『……好きにしろ』

 

 

 リンに逆らう事が出来ないシンは、リンの言葉を不承不承ながらも聞きいれたのだった。てか、僕はどうやって現実世界に戻ればいいんだろうか……




当分は元希君の中で……


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元希君の苛立ち

十二月ですか……


 あの事件から数日後、僕の体調が落ち着いたので事情説明の為に僕は理事長室に呼ばれた。本当ならリンやシンも連れてくるのが普通だろうが、あの二人はまだ僕の中で眠っている状態なので、今回は同行していない。

 

「失礼します。東海林元希、参りました」

 

『入りなさい』

 

 

 日本支部の魔法師の人も来ているので、恵理さんは何時もの口調では無かった。しかし、シンが暴れていた時は来なかった日本支部の人が、事情説明だけ求めるというのはどうなんだろう……

 

「ご苦労様、元希君。さっそくで悪いんだけど、事の顛末を説明してもらえるかしら? 私たちは一通り聞いてるけど、こちらの『有能な』皆さんは事件をまったく把握していないそうなので」

 

「……分かりました。では簡潔に今回の騒動を説明したいと思います」

 

 

 恵理さんの皮肉に、日本支部の人たちが顔を顰め、僕を睨むような感じになる。イザコザがあるのは聞いているし、僕自身も日本支部の人たちの大半に好意は持っていない。だけど、率先して対立しようとも思っていないのだ。

 

「結論から先に申しますが、今回の事件を引き起こしたのは魔物ではありません」

 

「ではなんだと言うんだ。まさか人災とでも言うつもりか」

 

「いえ、人災では無く天災かと。今回の騒動を引き起こしたのは神族ですので」

 

 

 僕があっさりと告げた「神族」という単語に、日本支部の人たちは表情を硬直させた。それくらい、神の力というのは強大で、出来る事なら関わりたくないのだろう。

 

「皆さんにも報告はしてありますが、この霊峰学園の近くの雑木林そしてその周辺一帯の土地を治めていた神が力を失い、緊急措置として我々魔法師がその土地一帯の加護を行っていました。今回の騒動は、その土地の神である通称『リン』の弟に当たる神族が引き起こしたもの。姉である『リン』を我々人間が何処かにやったのではないかと疑っての行動だったと証言しています」

 

「それで、その神族は今どこにいるんだ」

 

「大半の力を使い果たしてしまい、今は魔力を回復させる為にとある場所で休眠しています。我々で然るべき対処を致しますので、皆さんはその報告をお待ちください」

 

 

 僕の説明に納得いかないのか、一人の日本支部所属の魔法師が前に出た。

 

「私は、その神族を殺すべきだと考える。早急にその神族が休眠していると言う場所を言え」

 

「……神を殺し、その力を得ようと考えているのですか? 数ヶ月前、何も悪さをしていなかった水神を殺した時のように」

 

「あの水龍は人に害をもたらす存在だった。討伐したのは当然だ」

 

「その水龍の子供である水は、人に害をもたらす行為など一切していません。そして聞く限りでは、あなた方日本支部所属の魔法師が討伐した水龍も、数百年にわたり我々人間を加護していたそうですが、それでも正当性があったと仰るのですか?」

 

 

 実際、水の母親である水龍が討伐されてから、ここら一帯に水害被害が増えたと報告があった。それは、日本支部が討伐した水龍が抑えていてくれたものが解き放たれたからだと恵理さんと涼子さんは言っていた。僕もそれが正しいと思っている。

 

「加護? 生贄を喰らい、人を見下していたあの水龍が? 笑わせるのもいい加減に……」

 

「生贄? 何を言っているのですか。あの水神を祭っていた氷上家は毎年ここら一帯で取れた農作物をお供えしていただけです。ろくに調べもせず、信憑性も無い情報を鵜呑みにした結果が、ここら一帯の水害に繋がっているんですよ? その責任は、あなた方にあるのではないんですか?」

 

 

 さっき率先して対立するつもりは無いと思ったけど、この人は違ったようだ。どうも僕が苛立ちを募らせるように行動してるとしか思えない。

 

「報告は以上です。用が無いならさっさとお帰り下さい。報告は書類に纏めてそちらにお送りしますので、これ以上僕の視界に留まらないでください。てか、さっさと帰してあげますよ」

 

 

 僕は転移魔法を発動し、日本支部の皆さんを日本支部に送り付けた。そんな僕の事を、恵理さんと涼子さんは感心したような目で眺めていたのだった。




元希君、覚醒?


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日本支部最強

前回飛ばされた人たち……


 日本支部の人たちを強制的に送り返して、僕は一息つこうとソファに座ろうとしたが、背後から三人に抱きつかれた。

 

「さすが元希君。あのクズたちをあっさりと送り返しちゃうなんて」

 

「今回は私たちじゃ撃退する材料が少なかったから、どうやって追い返そうか悩んでたんです。それをあんなにあっさりと撃退するなんて、元希君もあいつらに苛立ってたんですね」

 

「いや~、見事な口撃だったね。元希ちゃんがあそこまで舌戦も強かったなんて思って無かったわよ」

 

「……いらしたんですか、リーナさん」

 

 

 恵理さんと涼子さんは知ってたけど、リーナさんもいたんだ……何で隠れてたんだろう?

 

「リーナは今アメリカ支部から追われてるからね」

 

「当たり前ですよ。本部の一部を破壊してきて、その上いきなり消えたんですから」

 

「だって何時までも拘束してくるアメリカ支部の連中が悪いんだって。当然の行動よ」

 

「当然かどうかはともかくとして、それと隠れてたのと何の……」

 

 

 そこまで言って、僕はさっきまでここにいた人たちがどういった人たちだったかを思い出した。

 

「なるほど。さっきの人たちは腐っても日本支部の人間。アメリカ支部と繋がってる可能性があるんですね」

 

「そういうこと~。さすが元希ちゃんね」

 

「だったら、何でこの部屋に? 別の場所にいれば問題無かったのではないでしょうか?」

 

 

 僕の疑問は当然のものだと思ったが、三人は驚いた顔をしている。何かおかしなことを聞いたかな……

 

「元希君を守る為には、リーナも必要だと思ったから私たちが呼んだのよ」

 

「僕を、守る……ですか?」

 

「そうですよ。元希君は心優しく日本支部の連中にも下手に出ますよね。もし万が一があった場合は、私と姉さん、そしてリーナの三人で日本支部を跡形も無く消し去るつもりでした」

 

「……怖いですし、冗談に聞こえないんですけど」

 

「もちろん本気だったからね。元希ちゃんを苛めるヤツは、この世に存在する理由なんて無いもの」

 

 

 僕はいったいどんな存在なんだ……田舎では魔法師と言うだけで奇異の目で見られてたんだけど、それも感じようによっては苛めだったのではないだろうか……そうなると僕の田舎の人たちの大半は消し去られる事に……なんて恐ろしい人たちなんだろう。

 

「まぁ、元希君が口で圧倒して、さらには強制的に追い返してくれたから、アイツらも命拾いしたんだけどね」

 

「それにしても、相変わらずあの人は私たちとは真逆の意見でしたね」

 

「あいつの頭の中は色々とおかしいんじゃない? アメリカにだってあそこまで貴女たちを憎んでる魔法師はいないわよ」

 

「憎んでる? 何であの人は恵理さんたちを憎んでるんです?」

 

 

 おそらくリーナさんが言った「貴女たち」に僕も含まれているんだろうけども、そこは自惚れないようにした。だって「僕たち」って言うより「恵理さんたち」と言った方が確実だったから。

 

「あいつは、日本支部最強と言われているAランク魔法師なの。でも、同じ日本にはSランクの私と涼子ちゃん、そして元希君がいるから日本最強と言われる事は無いの」

 

「実際、あの人は元希君の転移魔法に抗う魔法を発動出来ませんでしたから」

 

「そんな理由で? 別に最強じゃ無くても仕事が出来れば十分なのでは……」

 

「それが、あいつの良く分からないところなのよ。最強に拘って、恵理や涼子を目の敵にして、あまつさえ元希ちゃんにまで憎悪を抱いてる」

 

「固執、と言うより妄執よね、あそこまでいくと」

 

「神殺しも、おそらく伝説を鵜呑みにしたからでしょう。神を殺せば、その力を殺した人間が手に入れる事が出来るという」

 

「……神様に身体を乗っ取られるのはキツイですよ」

 

 

 実際に二度体験した僕から言わせてもらえば、神様の力なんて欲しくない。それをあの人に教える事が出来れば、少しは対応が変わるのだろうか……




彼は日本最強に拘り過ぎのような気も……


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真相

まぁ、彼が絡んでたなら納得出来るかな……


 僕は少し気になった事があったので、トイレだと断りを入れて理事長室から外へ出た。そして気を失わない程度に意識を内側へと向け、疑問に思っていた事を聞く。

 

「(シン、僕の身体を乗っ取ったでしょ。記憶を失わない程度に)」

 

『なんだ、気づいたのか。さすがは姉さまが認めただけはある、褒めて……あだっ!? 姉さま、痛いですよ』

 

「(でもどうして? 僕は君が乗っ取らなくても日本支部の人たちに君たちの居場所を教えるつもりは無かったのに)」

 

『どうして? そんなの決まってるだろ。あいつらが気にいらなかったからだ。これは姉さまも同意見だ』

 

「(リンも?)」

 

 

 まぁ、あの人たちはシンだけでは無くリンも消滅対象として考えてるっぽかったから、リンが怒っても不思議ではないが……

 

「(でも、君が僕の身体を乗っ取った理由にはなって無いよね? 僕も追い返すつもりだったんだから。それは僕の内側にいる君たちにも分かったはずだ)」

 

『お前のやり方ではぬるいのだ。相手の様子を窺うようなやり方は気に食わん』

 

『言葉が悪いですが、わたしもこの愚弟の言い分を指示しますよ、元希。貴方は優しいが故に強く物事を言えない性質です。それだとあの傲慢な魔法師を打ちのめす事は出来なかったでしょう』

 

「(でも、出来る事なら仲良くしたいし……)」

 

『それが甘いと言っているのだ! いいか、あんな傲慢な人間、俺が喰らって……じょ、冗談ですよ姉さま』

 

「(僕の中でなにしてるのさ……)」

 

 

 声は聞こえるが映像は見えない。だからこの姉弟が何をしているのか僕にはサッパリなのだ。

 

『とにかく、俺が貴様の内側にいる間に、貴様を少しでも男らしくしてやるからな』

 

『あまり愚弟に侵されないように、気を付けて下さいね元希。貴方までこの愚弟のように考え無しになってしまっては困りますから』

 

「(あはは……気を付けるよ)」

 

 

 何だかシンが不憫に思えてきたが、あんまり影響を受け過ぎると僕もリンにこんな風に扱われるのだと思って、少し同情するのを止めた。それくらいシンはリンに呆れられているのだから。

 

「さてと……あんまり長いと不審がられるし、そろそろ理事長室に戻ろうかな」

 

 

 シンが撃退してくれたけど、僕もあれくらい自分で出来るようにはなりたいな……まぁ、強制送還はやり過ぎだとは思うけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 理事長室に戻り、僕は恵理さん、涼子さん、リーナさんと今後の事を話あった。とりあえずリンとシンの加護は続いているので、今すぐリンたちを僕の内側から出す必要は無いのだ。だが、何時までも神様不在では、また別の神族が暴れ出すのではという懸念は最もなものだと僕も思った。

 

「元希ちゃんの内側で回復してるっていう神様は、どれくらい時間を掛けるつもりなの?」

 

「前の姿ではまともに力を使えないって言ってますので、少なくともあと一週間は掛るかと思います」

 

「一週間ね……その間に新しい問題が発生しない事を願いましょう」

 

「姉さん、日本支部から抗議の文書が送られてきましたが」

 

「無視よ、無視。せっかく元希君が追い払ってくれたんだから」

 

「あはは……」

 

 

 本当は僕じゃない、なんて言い出せない雰囲気だな……まぁ、僕の身体を使ったシンが追い返したんだから、強ち僕が追い返したでも間違いでは無いんだけどさ……

 

「いっそのこと、日本支部ごと吹き消しちゃおうかしら」

 

「さすがにそれは……この学校のように、生徒だけでモンスターを追い払えるって訳では無いんですから」

 

「他の学校の為にも、一応あいつらは必要なのよね」

 

「威張り散らして、可愛い生徒を見つけると声を掛けるようなやつらより、私たちに相談してくれればいいのに……転移魔法で一瞬で駆け付けるのに」

 

「そんなことしたら路頭に迷う人たちが出てきちゃいますよ……人の仕事を盗るのはマズイですって……」

 

 

 あまりに過激な考えを持っている恵理さんに、僕は一応釘をさしておいた。僕程度で何処まで抑えられるか分からないけどね……




解離性同一性障害……とはちょっと違いますが、そんな感じだと思ってください。記憶は元希君が全て引き継いでますがね……


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抜け駆けの…

圧倒的ヒロイン力……


 日本支部の人たちを追い払った事は、炎さんたちにも伝わっていたようで、拠点に戻った僕は手荒い歓迎を受けた。もちろん、気を失うほどではないが……

 

「いやー、まさか元希が日本支部の連中を追い払えるだけの度胸があるなんて思って無かったぞ」

 

「ですが、確かに水神様は私たちを護ってくださっておりました。討伐される言われはありませんでしたわ」

 

「いくらわたしたちが無害を訴えたとしても、日本支部の方々は水神様を討伐したでしょうけどね」

 

「あの人たち、思い込んだら止まらないらしいからね」

 

「それにしても、見事だったようね、元希君」

 

「初め聞いた時は驚きましたが、元希さんも男の子ですものね」

 

 

 何だか酷い言われようだが、僕は最初から男だし、僕の身体を使ってシンが追い返したのだから驚くのは無理は無いだろう。

 

『おい、分かってると思うが、俺たちの事は言うなよ。色々と厄介だからな』

 

『愚弟の意見はともかく、元希の負担になるでしょうし、わたしたちの事は内密にお願いします』

 

 

 不意に頭に直接声が響く。どうやらリンとシンの事は皆には内緒にしなければならないらしい……さて、どうやって日本支部の人たちとのやり取りを説明したものか……

 

「あったりまえじゃない! なんて言ったって『私の』元希君だもの!」

 

「姉さん、生徒相手に張りあうなんて……恥ずかしくないんですか?」

 

「全然!」

 

「そうですか……それと、一つだけ訂正させていただきますが、元希君は姉さんのでは無く私のです」

 

 

 うえぇ! 訂正ってそこなの!? てか、僕は誰のものでも無いんだけどな……

 

『お前、随分とモテるんだな』

 

『当たり前です。我らの主なんですよ』

 

 

 そこ、自慢しなくて良いから……てか、何の根拠にもなって無いから……

 

「元希ちゃんは私がアメリカに連れて帰る予定だったのに! まぁ、もうアメリカに義理立てする必要も無いから、このまま元希ちゃんと愛の逃避行でも……」

 

「「一人で行け(行きなさい)」」

 

「相変わらず息ピッタリね、貴女たち……」

 

 

 とりあえず、今分かる事は、この場に誰も味方がいないという事だろうか……唯一助けてくれそうなバエルさんも、今はどうしようもないって顔してるし……

 

「お主ら! 我が主様が困っておるだろうが! さっさと離れるのじゃ!」

 

「水! 今まで何処に行ってたのさ!」

 

「何、水害被害のあった村をちょちょっとな。それよりも主様、近隣集落で日本支部の連中が威張り散らしてるとの情報が……」

 

「それなら元希君が纏めて解決してくれたわよ」

 

「何と!? さすがは我が主、見事な手際よの」

 

「あ、あはは……」

 

 

 そんな情報、僕聞いて無かったんですけど……そんな意味を込めた視線を恵理さんに向けると、何を勘違いしたのか恵理さんが飛び込んできた。

 

「うわぁ!?」

 

「さっすが私たちのナイト! ご褒美にチューしてあげる」

 

「姉さん! それは私の役目です!」

 

 

 涼子さんを筆頭に、次々と僕目掛けて飛び込んで来る。当然僕は一番下にいるわけで、一人増える度に僕にかかる体重は増して行く――つまり僕は意識を失った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰が助けてくれたのか、それ以前に誰がここ迄運んでくれたのかも分からないけど、僕は自分のテントで目を覚ました。てか、良く生きてたな、僕……

 

「自分で思ってるほど弱くないのかもしれないな、僕の身体」

 

 

 霊峰学園に通うようになって、僕は何度か押しつぶされているけど、不思議と何処も怪我をした記憶がない。これは僕の身体が頑丈なのではないだろうかと思えてくるよ。

 

「気が付きました?」

 

「バエルさん……僕をここに運んでくれたのって」

 

「はい、同じテントですから。それに水様とリンちゃんはまたいなくなってしまいましたし」

 

「また? リンが帰ってきてたの?」

 

 

 リンの気配は僕の内側にちゃんとあるんだけどな……

 

「いえ、水様だけですよ。リンちゃんは相変わらず帰ってきてません」

 

「そっか……今はとある場所で魔力を回復させてるから、そのうち戻って来ますよ」

 

「そうですか。でも、今だけは二人がいない事に感謝しなきゃいけませんね」

 

「? それって……っ!?」

 

 

 どういう事なのか、とは続けられなかった。なぜなら、僕の唇はバエルさんの唇によって塞がれているからだ。




出遅れをものともしない行動力はさすが……


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元希君の悩み

ほんと初心な少年だ……


 視界いっぱいに広がるバエルさんの顔……キスしてるから当然と言えば当然なんだけど、目の前にバエルさんがいるのだ。ちょっと前からバエルさんといるとドキドキしてたけど、今はもう心臓が飛び出そうなくらいドキドキしている。このままじゃ、僕の心臓は早鐘を打ち続けるだろう……

 

「……っ! ちょっと離れて下さい!」

 

「そうですよね……いきなりこんな事されて、元希さんは私の事なんて嫌いになりましたよね」

 

「えっ? 違いますよ……」

 

 

 強引に離れたら、バエルさんがシュンとしてしまった。何か可愛らしいと思った反面、可哀想な事をしたかもしれないという罪悪感に苛まれた。僕は一旦離れたかっただけなのに、なんだろうこの気持ちは……

 

「だって、元希さんは私とキスしたくなかったんですよね? だから離れたんですよね?」

 

「そうじゃないですよ。いきなり過ぎて鼓動を抑えられなくなってしまったんですよ。だから落ち着きたくて離れたんです」

 

「鼓動を? じゃあ元希さんは私の事が嫌いで離れたわけじゃないんですね?」

 

「そうですよ……だって僕は――」

 

 

 ちょっと待て。僕は何を言うつもりだったんだ……自分が言おうとした事を自覚して、僕は逃げるようにテントから飛び出した。背後からバエルさんの不思議そうな視線が突き刺さったが、今はそれを気にしてる余裕は僕には無かったのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取り合えずリンが守護する雑木林まで逃げてきた僕は、そこで落ち着く為に人払いの結界を張って座り込んだ。

 

「僕はいったい、何を言い出すつもりだったんだ……」

 

 

 自分が言おうとした事を改めて思い出し、僕は頭を抱えて項垂れる。

 

『お前、あの女の事が好きなんじゃないのか?』

 

「好きだよ。でもそれは皆と同じ……」

 

『自覚してないのか? それともただ単に餓鬼なのか……って、姉さま? 何故そのような物を……』

 

『元希は初心なのです。汚れた愚弟のアドバイスなどを聞かせるわけにはいきません』

 

『汚れたって、俺が何をしたと言うのですか』

 

『忘れたとは言わせませんよ? 昔、自分の位を笠に着てこの辺り一帯の若い女性を……』

 

『それは若気の至りです! もう忘れて下さい!』

 

 

 何やら僕の精神世界内で姉弟が言い争っているけど、シンは僕に何を教えてくれるつもりだったのだろう……気になるな。

 

『とにかく、元希』

 

「なに?」

 

『貴方はまだ答えを出せずにいます。それは恥ずべき事ではありませんので、じっくりと考えて答えを出しなさい』

 

「答えって……僕は何に対して答えればいいの?」

 

『それは、自分で導き出さなければいけません。人に言われて気づくのではなく、自分で気づかなければ相手が可哀想です』

 

「可哀想……」

 

 

 それは誰に向けられた言葉だったのだろうか……

 

『姉さま、コイツはもしかして?』

 

『そうでしょうね。元希はまだ知らないのでしょう』

 

『おいおい……十五、六歳で知らないとはねぇ……初心って言葉で済ませて良い物じゃ無いような気も』

 

『仕方ないですよ。元希はこの年まで田舎で生活していましたし、こっちに来てからは慣れない生活と感情でその事を考える時間が無かったんですから』

 

「だから何の話なのさ?」

 

 

 僕の内側で会話をするリンとシンだが、僕の問い掛けには答えてくれない。いや、シンは教えようとしてくれたけど、おそらくリンに止められているのだろう。声は聞こえど姿は見えないので、二人が何をしようと僕には見えないし分からないのだから。

 

『一つだけ言える事は、元希が一番意識しているのはバエル、と言う事でしょうか。もちろん、他の相手も気には掛けているようですけどね』

 

『つまり、ハーレム野郎だと? じょ、冗談ですからそれは止めていただきたい』

 

『元希を愚弄するとは、さすがは愚弟ですね。次はありませんからね』

 

 

 結局僕が何で悩んでいるのか、僕以外の二人には分かったようだ。僕が知らない何かを、二人は知っているのだ……気になるなぁ……




神様二人は理解し、当事者の元希君が理解出来ず……


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ぶっ飛んだ考え

その発想、何処から来たんだ……


 あの後から、少しバエルさんとの間に気まずい空気が流れている。それは他の人には気づかれない程度の些細なものだが、当事者である僕とバエルさんは非常に気まずいのだ。

 

「なー、今日は訓練も無いし、遊びに行こうぜ!」

 

「炎さん、今日は貴女が調理係ですよ? 遊んでて良いんですか?」

 

「わたしも炎さんと一緒に調理係なんですが、遊んでる余裕は無いと思いますけど」

 

「ちぇー……そうだ! 元希、アタシの代わりに調理してくれないか?」

 

「炎、ズルはダメ」

 

「あはは……御影さんもこう言ってるし、炎さんが自分でやらなきゃダメだよ」

 

 

 バエルさんとクラスが違うから、学校では気まずい気分になる事が少なくて助かっている。気を使ってるわけではないんだろうけども、普段より炎さんたちのテンションが高いような気がしてるのは、僕が気にし過ぎているからだろうか……

 

「あっ、元希ちゃん!」

 

「リーナさん?」

 

「恵理が呼んでるから今すぐ理事長室に行くわよ!」

 

「えっ、えっ?」

 

 

 何の用件かも言わず、リーナさんは僕の腕を掴んで理事長室へと向かう。教師が廊下を走っていいのか、というツッコミは言っても無駄だと思い知らされているのか誰も指摘する事は無かった。

 

「連れてきたわよ」

 

「ありがとう。じゃあリーナは帰っていいわよ」

 

「酷くない、それ!? 私にだって聞く権利くらいありますよ」

 

「聞く? 何か用事があったんじゃ……」

 

「元希君、貴方最近何か悩んでるでしょ」

 

 

 やっぱり気づかれてたんだ……炎さんたちはともかく、恵理さんや涼子さんは僕たちより人生経験が豊富だもんな……ちょっとした違いからすぐバレちゃうんだ……

 

「アレクサンドロフさんも最近測定値が不安定だし、元希君に至っては平常時の半分に満たないくらいまで威力が落ちてる時がありますから」

 

「そこまで魔法に反映してないつもりだったんですけど……」

 

 

 まさか半分も威力が落ちてたなんて……全然気づかなかったな……

 

「元希君、もしかしなくてもアレクサンドロフさんと何かあったんでしょ」

 

「まぁ……ちょっと気まずい感じにはなってますけど」

 

「原因は? このままだと二人とも成績に響くわよ」

 

「な、何とか解決したいとは思ってるんですけど……」

 

 

 何せこの気持ちが何なのか、他の人とは違うのか、その事を僕がハッキリと理解出来なければ先に進めないのだ。そして僕はまだこの気持ちが特別なのかどうかハッキリする事が出来ていないのだ……

 

「一度二人でしっかりと話し合いなさい。先を越されたのは悔しいけど、元希君の子供なら愛せると……」

 

「子供? 何の話です?」

 

 

 恵理さんが割と頓珍漢な事を言いだしたので、僕は思わず恵理さんの言葉を遮って質問した。

 

「だって、子供が出来ちゃったから気まずくなってるんじゃないの?」

 

「どう考えたらそんな結論になるんですか……」

 

「だから言ったんですよ、姉さん。子供なんて出来て無いって」

 

「じゃあ何で気まずくなってるの? まさか初エッチの後で恥ずかしくなったとか?」

 

「違いますってば!」

 

 

 そもそも僕とバエルさんの関係はそんなものではない。恵理さんは何故そこまでぶっ飛んだ考えが出来るのだろうか……

 

「良かった。元希君の貞操は守られてるみたいね」

 

「もうどうでも良いです……」

 

 

 これ以上この空間にいたら疲れ果てて動けなくなりそうだったので、僕は一礼して理事長室から逃げ出した。恵理さんもだけど、涼子さんも何であんな考えに行きつくんだろうな……

 

「「はぁ……ん?」」

 

 

 誰かとため息が被った。そして同時にその被った相手を見た為、バッチリと目があってしまった。

 

「ば、バエルさん……」

 

「も、元希さん……」

 

 

 何でこんなタイミングでバエルさんとバッタリ鉢合わせするんだろう……僕は神様に嫌われているのだろうか……




ぶっ飛び過ぎだが許容範囲が広すぎる……


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強引な解決法

そんな事は普通出来ない……


 バッタリ出会ってしまったけど、今の僕たちは普通に会話をするのも難しい状況なのだ。かといって何も話さずに別れるのも気まずいし……僕はどうすればいいんだろうか。

 

「えっと……こんにちは」

 

「こんにちは……」

 

 

 とりあえず挨拶してみたけど、そこから会話が発展する事は無い。まぁそんな事分かっていた事なんだけどね……とにかく気まずいなぁ……

 

「何してるんだ、元希?」

 

「えっ? あぁ、健吾君。健吾君こそどうしたの? ここ、理事長室に向かう廊下だよ?」

 

 

 健吾君に言ってから、そう言えばバエルさんはこんな場所で何をしていたんだろうと気になった。

 

「別に何か用事があったわけじゃないが、元希の姿が見えたから来ただけだ」

 

「そうなんだ……」

 

「最近会わなかっただろ? だから久しぶりに話でもしようかと思ったんだが、どうやらお邪魔みたいだな」

 

「え?」

 

 

 健吾君は僕の後にいるバエルさんを見て、何やら勘違いしたらしい。

 

「しかし、お前も隅に置けないな。こんな綺麗な人と付き合ってるなんて」

 

「ち、違うよ! バエルさんは同じ寮で生活してる人で、僕なんかと付き合ってくれるわけないよ……」

 

 

 バエルさんは綺麗だし、恋人を作ろうとすれば何時でも作れるだろう。それに比べて僕は、子供っぽいし何時まで経っても女の人に抱きつかれると慌てちゃうし気を失っちゃうしで、全然バエルさんと釣り合わないし……

 

「そうかな? 彼女、まんざらでも無いんじゃないか?」

 

「え?」

 

「だって、なんにも思って無い相手だったら、俺が元希に話しかけた時にどっかに行くだろ? でも彼女はお前を待ってる。何か用事があるようでもなさそうだし、一度じっくり話し合ったらどうだ? お前だって彼女の事、好きなんだろ?」

 

「僕が、バエルさんを……?」

 

「なんだ、お前自分の気持ちに気づいて無かったのか? どんだけ純情なんだよ……」

 

 

 健吾君に呆れられたけど、僕は今そんな事を気にしてられる余裕が無かった。僕が、バエルさんを? 確かに僕はバエルさんの事は好きだ。でもそれは他の人も同じで、僕は皆の事が好きだ。バエルさんだけ特別な感情なはずがないじゃないか……

 

「余計な事言ったか? もし違ったら悪かったな。忘れてくれ」

 

 

 それじゃあ、と言って健吾君は普通科の校舎に戻って行った。後に残されたのは自分の気持ちが分からない僕と、健吾君と何を話していたのか気になっているバエルさんだ。この状況、どうすればいいんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後気まずいながらも一緒に帰る事にしたんだけど、帰り道の間は会話らしい会話は無かった。僕は自分の感情が特別なものなのかずっと考えていたし、バエルさんもバエルさんで何か考えている様子だった。

 

「主様、さっきからぼーっとして何かあったのか?」

 

「ちょっとね……」

 

「珍しい事もあるものじゃな。主様は考えを纏めるのが早い人間じゃと思っておったが、難問にでもぶち当たったのか?」

 

「ある意味そうかもしれないな……」

 

 

 答えを探そうにも、誰かに相談する事の出来ない事だし、僕自身経験が無いから本当にそうなのか分からないのだ。何時までもバエルさんと気まずいのも放っておけないし、どうすればいいんだろうな……

 

「思いっ切り発散せい。そうすればすっきりするじゃろ」

 

「発散って言っても……何をどうすればいいの?」

 

「架空世界での戦闘で、自分の使える最強の魔法をぶっ放せ。そうすればすっきりするじゃろうて」

 

「最強の魔法……また水を召喚するの?」

 

「それでもよい。じゃが、お主の中には今神が二柱おるじゃろ。その力を使えばもっと強い魔法も放てるじゃろう」

 

 

 無責任な事を言って、水は何処かに行ってしまった……でも、確かにすっきりはするかもしれないな……明日の授業でやってみようかな。




果たして元希君はどうするのか……


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別の解決法

より健康的な解決法です


 今日の授業で、僕は出来る限り強力な魔法を放とうと思っていたのだが、実際に授業が始まったらどうしても制御してしまいストレス発散は出来なかった。

 

『お前、変なところまで真面目なんだな』

 

「(だって、炎さんたちを危険な目に遭わせるわけには……)」

 

『別に俺は構わないが、姉さまがずっと悶々として……』

 

『何を言うつもりだったのですかね、愚弟?』

 

 

 あーあ……また僕の中で姉弟喧嘩が始まってしまった……喧嘩と表現出来るかは微妙だけど……

 

「おーい、元希ー!」

 

「あっ、炎さん……」

 

 

 少し離れた所から炎さんが僕の事を呼んでいる。しかし、よく恥ずかしがらずにあんな大声を出せるよね……僕だったら無理だ。

 

「どうかしたの?」

 

 

 駆け足で炎さんに近づき、僕は何か用事があるのかどうか訊ねた。

 

「いや、見つけたから声を掛けただけ。暇ならどっか行かないか?」

 

「どこかって……どこに?」

 

「そうだな……グラウンドでも行って走るか!」

 

「えぇ!?」

 

 

 僕はそれ程体力があるわけでもないし、走る事が好きなわけでもない。だから何故炎さんがそんな提案をしてきたのか、僕には分からなかった……

 

「最近何だか、元希が悩んでるような気がしてさ。そう言う時は走ってすっきりさせるのが良いだよ」

 

「………」

 

 

 何だ、やっぱり炎さんたちにも気づかれてたんだ……僕が様子がおかしいのは、おそらく全員に伝わっているのだろう。それをあえて指摘しなかったのは、皆の優しさなんだろうな……

 

「ほら! さっさと行くぞ! 何時までも元希の様子がおかしかったら、アタシたちまで気持ちが落ち着かないからな」

 

「……ゴメン。そして、ありがとう」

 

「ん? アタシは何もしてないぞ?」

 

 

 炎さんの答えに、僕は苦笑いを浮かべる。この人は自分が何かしても、その事を自慢するような人じゃ無かったんだった……凄い人だよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 炎さんとグラウンドを走り、へろへろになるまで付き合わされた結果、僕はモヤモヤしていた事を忘れる事が出来た。

 

「ほ、炎さん……もう無理だよ……」

 

「なんだよ? まだ20周しかしてないだろ?」

 

「1周300mのグラウンドを20周もしたら、普通動けないって……」

 

 

 僕は陸上選手でも無ければ、体力自慢でも無いのだ。一応は鍛えているとはいえ、それはあくまでも魔法を使う為であり、長距離を走る為ではない。

 

「そうなのか? じゃあ帰ろうぜ」

 

「ちょ、ちょっと待って……すぐには動けないよ……」

 

「情けないな……ほら、アタシの背に乗りなよ」

 

 

 有無を言わさぬ感じでも僕に背を向けしゃがむ炎さん……実に男前だが、男女逆なような気もするんだよね……

 

「(まぁ、炎さんをおんぶするような展開があるとは思えないけど……)」

 

 

 僕よりも体力があって、僕よりも背が高い炎さんを背負う事など、この先何があってもあり得ないだろうな……それくらい僕と炎さんの体力には差があるのだ……

 

「おーい! 早く乗ってくれよ」

 

「だ、大丈夫……少し休めば動けるから」

 

「そうなのか? でも、さっさと帰って汗を流したいから付き合え!」

 

「ちょ、ちょっと!? 強制的に抱き上げるのはやめて!? 分かった! おんぶされるから!」

 

 

 さすがに抱き上げられるのは恥ずかしい……僕は諦めて炎さんにおんぶされる事にした。

 

「しっかし、元希は相変わらず軽いよな~。この間水奈を背負おうとしたけど、アイツ太ったみたいで少し大変だったぜ」

 

「あの身長差があるのに、水奈さんを背負ったの?」

 

「ああ。足を挫いたとかでさ。美土がいれば治癒魔法でも掛けさせたんだけどな」

 

「……水奈さんだって使えるんじゃ?」

 

「あっ、そうだったな! 全然思いつかなかったぜ! さすが元希だな」

 

 

 何だろう……さっきまで凄い人だって思ってたけど、やっぱり炎さんは炎さんだったんだと思ってしまった……

 

「さーて! このまま風呂までダッシュだ!」

 

「まだ走るの!? てか、お風呂は別々に……」

 

 

 僕の声は果たして炎さんに届いたのだろうか……あまりの速さに口を開く事も出来ず、僕はそのまま拠点まで運ばれたのだった。




恋愛では無いですが、炎さんも仲良いですね


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積極的に

今年も残りわずかですね……


 炎さんのおかげでとりあえずモヤモヤは解消したけど、根本的な問題は何一つ解決していないのだ。つまり、テントに戻れば僕とバエルさんの二人っきりの空間なわけで、気まずい空気が漂っているのだ。

 

「あっ、お帰りなさい……」

 

「た、ただいま……」

 

「遅かったですね」

 

「ちょっと炎さんと走ってたので」

 

「走って?」

 

「はい。ちょっと悩み事で相談したら何故か走る事になりまして……ちょっと汗を掻いたのでお風呂に入って来ます」

 

 

 着替えを持ってすぐさまテントから出ようとしたのだが、何故かバエルさんに腕を掴まれてしまった。

 

「えっと……何でしょうか?」

 

「早蕨荘のルール、覚えてますよね?」

 

「……せっかく炎さんたちを撒いたのに」

 

 

 ちょっと気になる事があるからと言って、炎さんの誘いは何とか回避したのだけども、同じテントで生活しているバエルさんには何か良い言い訳が使えるわけも無く、そのままお風呂に向かう事になった。もちろん、途中で他の人も誘わなければとバエルさんが言い出したおかげで、炎さんたちとも一緒に入る事になったのだが……

 

「それで元希、何か気になる事があったんだろ? 解決したのか?」

 

「うん、それはまぁ……リンとシンが管理してた土地の状況をね。僕の中にいるから強力な加護は無いけど、安定してたから良かったよ」

 

「そう言えば、最近水様も忙しそうにしていますが、それもリンさんとシンさんの影響ですの?」

 

「うん。水神である水に管理してもらった方が、水脈に関しては良いし、暇を持て余してたからね」

 

 

 リンが僕の中に入ってから、水は何処か退屈そうにしていたのだ。だからリンに提案され僕が打診したところ、水は喜んでその仕事を引き受けてくれたのだ。まぁ、二人が管理してた場所以上の水脈を管理しようとして、少しその土地神様とイザコザがあったらしいけど、今は穏便に領土を守っているらしい。

 

「それにしても元希、お前結構体力あったんだな。あれだけ走ってへろへろだったのに、少し休んだだけでそんな調査をするなんて」

 

「さすがに現地には行ってないよ。式紙を飛ばして確認しただけ」

 

「元希さんは式紙を使ってその状況を詳しく知る事が出来るんですか? 目に見える事は確かに調べられますが、加護が安定しているなんて事、実際にその場に行かなければ分からないと思いますけど」

 

「ちょっと細工をしただけですよ、美土さん。式紙に意識を持たせ、その感覚を僕に繋がるように魔法を掛けただけです。普通のままだったら確かに無理ですよ」

 

 

 このやり方は涼子さんから教わり、リーナさんが僕の特訓に付き合ってくれた成果なのだ。最近漸く感覚を同調する事が出来るるようになり、遠くの調査でも簡単にこなせるようになって来たのだ。その所為で、恵理さんに仕事を頼まれる回数が増えてきているのも確かだが……

 

「よーし! 元希、洗ってやるからこっちに来い」

 

「自分で洗えますって……」

 

「毎回炎なのはズルイわよね。偶には私も元希君の事洗いたいわよ」

 

「秋穂は色々と元希君にくっついてるじゃない。ボクたちの方が接触が少ない気もするけど」

 

「そんな事ないんじゃない? 私は別のクラスだし、元希君との接触は御影たちの方が多いって、絶対」

 

 

 そんな感じで誰が僕の身体を洗うかで揉めはじめたけど、その間バエルさんは一切僕の事を見ないようにしていた。多分気まずいと思ってるのは僕よりバエルさんの方なんだろうな……

 

「よっし! こうなったらじゃんけんで勝負だ! もちろん全員参加の一回勝負。誰が勝ってもうらみっこなしで」

 

 

 僕の意思は一切無視して、全員がじゃんけんに参加している。その中にバエルさんもいたのは意外だと思った……だって、目を合わせられない程気まずいと感じてるのに、まさか僕の事を洗おうなんて思うとは思わなかったから……結果、秋穂さんが勝利したけど、もしバエルさんが勝ってたらどうなったんだろうな……




やっぱり大人気の元希君でした……


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早蕨姉妹の黒い考え

腹の中は真っ黒です……


 モヤモヤした気分は続いているけど、前よりかは楽になって来たし、それは数値にも表れているようだった。

 

「元希君もアレクサンドロフさんも徐々にだけど不振から脱してるようね。でも、あれだけの数値を出していた二人がこれ程までに数値を落とすなんて、何があったの?」

 

 

 モニターを見ながら訪ねてくる恵理さんに、僕とバエルさんは苦笑いを浮かべて誤魔化した。まさか告白紛いな事をしたり、キスをした所為で気まずくなっているなんて言ったらどんな反応をするかは火を見るより明らかだから……

 

「まぁ身体的な不調じゃなさそうだから良いけど、あんまり無理はしない事。特に元希君は世界中から注目されてるんだから」

 

「そうなんですか?」

 

 

 そんなに注目されてる自覚は無いんだけどな……そもそも何で僕が? 炎さんたちの方が納得出来るんだけどな……

 

「自覚していないんですか? 元希君は全属性魔法師なんですから、否が応でも注目されるんですよ。そして、心無い誹謗中傷や化け物を見るような目で見られる事もしばしばあるので覚悟はしておいてくださいね」

 

「涼子ちゃん、ネガティブな方だけ言わないで、ちゃんとポジティブな方も言わなきゃ」

 

「何かありましたっけ? 税金を納めなくても良い事くらいしかないと思いますけど」

 

 

 そう言えば全属性魔法師は何処の国にも属していない事になるから、税金を納める国が無いんだ……でも、基本的に日本で活動してるんだから日本に納めるんじゃないのかな?

 

「あれは、日本政府が私たちのお金は必要ないとか言って突っぱねたからでしょ? 強がっちゃってバカみたいよね」

 

「報酬を換金するのも大変ですし、ポジティブと言われてもすぐには……入国審査が要らないとか?」

 

「何処にも属してない代わりに何処にでもいれるものね……でも、三日以上は不法滞在だって怒られるわよ?」

 

「えっ、でも日本では普通に生活してますよね?」

 

 

 三日どころでは無く、僕は恵理さんや涼子さんと半年近く一緒に生活しているのだ。不法滞在になるならとっくの昔に言われてい無きゃおかしいんじゃ……

 

「今の身分は霊峰学園理事長と教師だから、仮の戸籍が用意されてるのよ。一歩でも学園から出れば通用しない戸籍だけどね」

 

「だから学園の敷地内で生活する分には問題無いんですよ。あの雑木林も、その目的で学園所有にしたんですから」

 

 

 まさか、そんな理由があったなんて……でも、色々と大変なんだと言う事がハッキリと分かる話だった。

 

「ちなみに、私たちよりリーナの方が立場的には危ういわね。何せアメリカ支部で爆破事件を起こし、そのまま日本に逃げてきたんだから」

 

「正規の手続きもしてませんし、密入国者ですからね、今のリーナは」

 

「あの、それって普通にマズイのでは……」

 

 

 今まで黙って話を聞いていたバエルさんが、さすがに耐えられなくなって口を開いた。というか、口を挿まずにはいられなくなったのだろう……僕も聞こうと思ってたし。

 

「私たちの知り合いだからね。何でもアリって思われてる節が多々あるから」

 

「霊峰学園は何処の国も介入し辛いから問題ないですよ。あの禿げ親父が裏で何かしなければ、ですけどね」

 

「いっそ更迭しちゃおうかしら? 代わりにリーナを副校長に……」

 

「さすがにそれは……だいたい更迭の理由はなんです?」

 

「理事長に楯ついたから」

 

「横暴ですよ」

 

 

 目の前で繰り広げられる、物騒極まりない会話に、僕もバエルさんも互いに気まずさを抱えている事など忘れ目を合わせて震えあった。色々と仲良くしてもらっているので忘れがちだったけど、この二人は学園的にも世間的にも凄い人で、今話しあってるような事でも簡単に出来る立場の人だったんだ……これからは怒らせないように一層の注意が必要だと言う事を忘れないでおこう……




便利なのか不便なのか……でも、税金を払わなくて良いのは羨ましいかも……


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戦闘魔法師とは

努力する人たちです


 恵理さんと涼子さんの黒い考えを聞かされた僕たちは、何となく居心地の悪さを覚えたので理事長室から逃げ出すように帰路に就いた。

 

「何だか凄い事聞かされちゃいましたね」

 

「僕もああなるのかと思うとぞっとしますよ……」

 

 

 僕と恵理さん、涼子さんは全属性魔法師としてどの国からも注目されるのだ。一応学生である僕はまだそれ程でも無いんだろうけども、正式なライセンスを持っている二人がどのように見られてるのなんて想像出来ない。多分誰にも分からない苦労とかがあったからあれほど黒い事をサラリと言ってのけるのだろうな……

 

「僕、戦闘魔法師目指すのやめようかな……」

 

「やめてどうするんですか?」

 

「自然保護とか土地開拓とかを専門にする魔法師を目指そうかと……」

 

「元希さんが普通の魔法師ならそれも可能でしたでしょうし、本人が目指したいと思っているのなら尊重されるべきでしょうが、先ほど元希さんご自身が言ったように貴方は全属性魔法師、戦闘魔法師になるしか道は無いんですよ」

 

「そうなんですよね……」

 

 

 恵理さんや涼子さんだって、望んで今の地位にいるわけでは無いのだろうし、おそらく僕も望まない未来が待っているのだろう。

 

「せめて国籍は奪われたくないな……」

 

「国籍フリーにしてもらえば良いのでは? 無国籍とは別の意味で入国審査は必要ありませんし」

 

「でも結局は、不法滞在って言われるんだろうし……」

 

 

 こうなったら僕も霊峰学園で教師を目指すしか方法は無いな。今リンとシンが僕の中にいるからかもしれないけど、あの土地の事が心配でたまらないのだ。あの場所の管理が出来るのなら、僕は教師だろうがなんだろうがやってみせる……といっても当分先の事なんだけどね。

 

「おーい! 元希たちも今帰りか?」

 

「こんなところで奇遇ですわね」

 

「炎さん、それに水奈さんも。何してたんですか?」

 

「許可を貰って魔法訓練をな。攻撃ばかりじゃダメだって思い知らされたし、ちょっと改良出来たらと思ってさ」

 

「前に元希様が指揮された戦闘で、岩を砦に使いましたでしょ? あれを改良して攻撃を防ぐ魔法を作れないかと思いまして」

 

 

 なるほど。それで炎さんはこんな時間まで……ん? だったら水奈さんは何で残ってるんだろう……付き添いとかかな?

 

「でも全然ダメだったんだよな……水奈の攻撃すら防げなかったし」

 

「所々脆い個所がありましたからね。そこに集中して攻撃をすれば私でも破れますわ」

 

「一重で防ごうとしたの? 戦場で使うのなら二重三重に重ねて作らなきゃダメだよ。岩を別のものに……何かもっと硬いものに変化させるのなら別だけど」

 

 

 それなら一重でも防げるかもしれないけど、変化させるよりは二重三重に重ねた方が負担が少ないし確実だろう。変化の魔法は成功率が低く研究も凍結されているとか聞いた事があるし。

 

「変化ねぇ……例えば?」

 

「金剛石とか?」

 

「ですが元希様、変化の魔法は私たちでは使えませんわ」

 

「うん、だから重ね掛けの方が確実。明日僕たちもその訓練に参加しても良いかな?」

 

「それは構わないけど、バエルもか?」

 

「おそらく、私は攻撃側で参加するんだと思いますよ」

 

 

 視線で問われ、僕は頷いてバエルさんの推測を肯定する。水奈さんの攻撃でも十分威力はあるけれど、バエルさんと一緒の攻撃でも防げるような技を編み出した方が実戦で使えるし、より安全だと言えるだろうしね。

 

「こうなったら美土や御影、秋穂も呼んで全員で特訓だ!」

 

「気合入ってるね、炎さん」

 

 

 この気合いが空回りしなければ、きっと上手くいくだろうな。こうして皆と特訓するとかなら良いけど、何処か遠くに派遣されるとかがあるのが嫌なんだよね……戦闘魔法師になるなら仕方ないのかもしれないけどさ……




次回から特訓に入ります


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防御陣 その1

暫くは修行編です


 放課後になり、自主特訓を開始する為に僕たちは体育館に集合した。恵理さんや涼子さんの許可はもらっているので、いくらでも仮想世界で訓練する事が出来る。まぁ、体力と魔力が続く限り、なんだけどね。

 

「それじゃあ機械の操作は私がするから、元希ちゃんたちは存分に訓練しちゃってね」

 

「すみません、リーナさん。わざわざお付き合い頂いて……」

 

「いいの、いいの。どうせ暇なんだし」

 

 

 リーナさんの今の立場は非常に危ういので、あまり表の仕事は出来ないらしいのだ。だからこうして自主訓練だったり内密の仕事だったりが主な仕事になっているらしいのだけども、学校に来る内密の仕事って何だろう?

 

「それじゃあ、終わったら声を掛けてね」

 

 

 その言葉が合図だったのか、僕たちは仮想世界へと飛ばされた。何度やっても空間を跳び越えるこのタイミングは緊張するなぁ……

 

「それじゃあまず、炎さんが訓練してた防御陣を見せて。それを見てから改良案を考えるからさ」

 

「分かったぜ! それじゃあ水奈は向こうな」

 

「分かりましたわ。それでは、行きますわよ!」

 

 

 水奈さんの攻撃が炎さんを襲う。ギリギリまで引きつけてから、炎さんは地面から岩を呼び出し自分の周りを囲った。

 

「なるほど……水奈さん、ちょっと良いかな?」

 

「何でしょうか、元希様」

 

「えっとね……ゴニョゴニョ」

 

「おーい! 何を話してるんだよ、元希」

 

「その陣の欠陥を身を持って体験してもらった方がいいと思って」

 

 

 炎さんに返事をしてから、僕は水奈さんにもう一度攻撃してもらった。

 

「水奈の攻撃なら二発だろうが何発だろうが……ヘブッ!?」

 

「頭上がガラ空きでしてよ」

 

「なるほど……上は警戒してなかったな」

 

 

 正面や側面、背面は確かにガード出来ているけども、さすがに上までは考えが回らなかったらしい。高度な魔法師でもない限り、放った魔法の軌道を途中で変更する事は出来ないから仕方ないかもしれないけど、ここにいる全員がそれをする事が出来るのだ。

 

「でも元希、どうやって頭上まで守るんだ? 岩を傾けさせて蓋をしても、今度は息が苦しくなるんじゃないか?」

 

「何で密封しようと思ったの? 別に隙間を作ればいいんじゃないの?」

 

「違うよ、秋穂さん。隙間から魔法を中に入れることだって出来るんだ。こうやってね」

 

「ヘバァ!? 何で元希まで攻撃するんだよ」

 

 

 一見頑丈に見える炎さんの陣だが、所々に隙間が見て取れる。その隙間に魔法を潜り込ませ、中で一ヶ所に纏めて攻撃してみせた。これもある程度の練習で出来る事なので、おそらく二、三日でここにいる全員が修得出来るだろう。

 

「なるほど……じゃあ重ね掛けして隙間をズラすのも意味は無いのね」

 

「潜り込ませるのに時間がかかるから有効ではあるけど、完全には防げないからね」

 

「じゃあどうするの? 元希君は何かアイディアがあるの?」

 

「一人じゃなきゃ大丈夫だけど……美土さん」

 

 

 僕は美土さんに耳打ちをして、炎さんの陣の中に入ってもらう。本当は一人で全部出来ればいいんだけど、それは全属性魔法師にしか出来ない事だ。岩と風は属性が違うし、二つ同時に操るのはやっぱり無理なのだから。

 

「準備出来ました」

 

「分かった。水奈さん、もう一回頭上を狙って」

 

「畏まりましたわ!」

 

 

 今回の岩の陣には隙間は無く、だが頭上は開いたままだ。もちろん炎さん一人なら同じことの繰り返しなのだが、頭上は美土さんの担当にしたのだ。

 

「水が……跳ね返されましたわ!?」

 

「頭上に風の陣を張ってもらったんだ。これなら水は入り込めない」

 

「では氷で!」

 

「細切れにされちゃうから、精々冷たいと思わせるだけだよ。もちろん、あの陣で完成ってわけじゃないけどね」

 

 

 今のはあくまでも水と氷に対する陣。他の魔法なら通過する事が可能なのだから……




ちょっと炎が可哀想……


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防御陣 その2

今年最後の投稿です


 属性ごとに陣を作っておくのは悪い事では無い。だけど、一人ですべてを賄いきれないとなると、集団行動が必須になってくる。幸いな事に、ここには二種類の魔法を使い分ける事が出来る魔法師が四人と、一種類ながらも強力な魔法を放つ事が出来る魔法師が二人いる。だからこのペアで行動をすれば、とりあえず全ての属性に対する防御陣を作る事は可能なのだ。

 

「次は炎と岩に対する陣かな。中心は水奈さんで、補佐は御影さんお願い」

 

「炎は水で防げますが、岩はどうやって防ぐのでしょうか? 氷では砕けてしまいますわ」

 

「だから御影さんの補佐が必要なんだ。氷に闇と光を纏わせて岩に対する強度を上げる。もちろんそれだけじゃ砕けるかもしれないから、水奈さんは氷の強度を最大まで高めるように集中して」

 

「元希君、ちょっと聞きたいんだけど」

 

 

 御影さんに袖をひっぱられ、僕は御影さんと一緒に皆から少し離れた場所に移動した。

 

「なに?」

 

「岩に対して、何でボクなの? 美土の方が有効だと思うんだけど」

 

「岩は光を浴び続けると少しずつ脆くなる。御影さんの威力なら結構強度を低くする事が出来る。そして闇だけど、別次元に飛ばせれば一番いいんだろうけどもそれは難しいから、次元の狭間を作り出して岩を少しずつ削るんだ。そうすれば氷の陣にぶつかる時には脆く、そして小さくなってるだろうから」

 

「ボクに出来るかな……」

 

「出来なくても、それを出来るようにするための特訓だよ。最初から出来なくても大丈夫だから」

 

 

 御影さんなら問題無く出来るだろうけども、何事においても完璧なんて存在しない。何処かしらに綻びが出来、そこから破綻する事が多いのだ。だから絶対などという言葉は使わずに御影さんを励ましたのだ。

 

『意外と現実主義なのですね、元希は』

 

『つまらない生き方してるんだな』

 

「(別にいいでしょ。現実を見て生きてかなきゃ)」

 

 

 この年でつまらない考え方だと僕も思うけど、そうでもしなきゃ生きていけなかったんだから……

 

「それじゃあ早速攻撃するぜ。さっきのお返し、受けやがれ!」

 

「いきなり全力ですか……よっぽど水を浴びたのが腹に立ったのでしょうね」

 

「うん……僕もぶつけたから、後で怒られるかも」

 

 

 炎さんが最初から全力なのを見て、僕は少し恐怖した。いくら隙間の恐ろしさを教える為とはいえ、あれはやり過ぎたかもしれないな……

 

「ちっ、さすが元希考案の策だな。なかなか破れない」

 

「元希さん、わたしの目の錯覚じゃなければ、炎の岩が小さくなっていっているような気がするのですが」

 

「あれは御影さんの魔法だよ。光を浴びせ強度を落とし、闇で次元の狭間を作ってそこで削ってるんだ。最大のままで氷にぶつかれば、どうしても岩の方に歩があるからね」

 

 

 相手の方が強いのなら、その力を削ぎ落とせばいい。それがこの陣の最大のポイントだ。大きさでも強度でも、岩に勝てる属性は無い。水や風で押し返したりすればいいのかもしれないけども、それはかなりの体力と魔力を消耗する。それだったら相手の力を削いで軽くする方が楽なのだ。もちろん、炎さんの力がより強大になれば使えなくなるかもしれないけどね。

 

「これなら岩属性の魔物が現れても、それなりに時間を稼げますね」

 

「その間に攻撃して、相手を弱らせる事が可能でしょうね。さすが元希さん、考えていますね」

 

「うん……でも一番は、こんなものを使わなくても良い世界になる事なんだけどね」

 

 

 常に魔物の恐怖と隣り合わせではなく、魔物など気にしならない世の中になるのが一番なのだ。でも、それは不可能に近いので、僕はなるべく皆が傷付かないように陣を考案しているのだから。




今年一年、お付き合いいただきありがとうございました。来年もよろしくお願いします。


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防御陣 その3

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。


 ここまでの特訓は僕が何かをしなくても大丈夫だったけど、ここから先は僕が攻撃を担当しなければ難しくなるだろうな……だって、残る属性は風、土、光、闇の四種、そしてそれに対抗するにはそれぞれの逆の属性と何かを掛け合わせなければならない。秋穂さんは岩、バエルさんは氷だから、どうしても僕が攻撃に回るしか無くなるのだ。

 

「じゃあ次は土と風だな。とりあえず、美土はコッチ」

 

「土の場合は水奈さんですかね。土に水分を含ませて、それで風で撃ち落とす陣が有効だと思います」

 

「じゃあ風は? 岩で防ぐのか?」

 

「岩に土を付けて、直接岩に届かせないようにして威力を抑えるのが有効かな。もちろん、吹き飛ばされないように土にも質量を持たせた方が良い。だからやっぱり水も必要だね」

 

 

 タダの土より、水分を含ませ粘土質なものにした方が攻撃を防ぐ事が出来るだろう。もちろん、それだけでは防ぎきれないので、岩で造る砦も重要になってくるのだけども。

 

「土を凍らせるのはどうでしょう? 霜柱みたいに土に含ませておけば、圧力が加わった時に粘土質に変わりますし」

 

「いっそのこと貼り付けた上から凍らせるとかは? そうすればより防げそうじゃない?」

 

「とりあえず色々試してみよう。それじゃあ、僕が攻撃するから、美土さんたちは陣の形成をお願い」

 

 

 少し離れた場所に移動して、僕は陣が出来上がるのを待つ。本当なら攻撃を先に仕掛けて陣を形成するんだろうけども、今は実験段階だし、強度を試すのだから先に造った方が効率が良いんだよね。

 

「準備出来ました」

 

「それじゃあ、まずは土属性の魔法から行きます」

 

 

 何も無い場所に土を生成し、それを美土さんたちが造り上げた陣に目掛けて飛ばす。簡単な攻撃魔法だけど、地味に威力がある為あたるとそれなりにダメージを受けるのだ。

 

「水奈さん、お願いします」

 

「お任せくださいな」

 

 

 水奈さんの攻撃魔法が、僕の攻撃魔法と衝突する。威力は抑えてあるけども、それでも水奈さんの攻撃魔法と同等くらいかな……もう少し抑えなきゃダメだな。

 

「美土さん、今ですわ」

 

「陣に纏わせた風の威力をあげます」

 

 

 粘土質になった土を、美土さんの風が粉砕し弾き飛ばす。これならもう少し威力を高めても大丈夫そうだけど、問題は水奈さんの威力か……氷の方が問題無いんだけど、水属性の攻撃魔法は練習してもらうしかないかな……

 

「よし! 次は風だな! 元希、もう一回準備するから待ってて」

 

「うん。とりあえず、散らばった粘土を片づけておくよ」

 

 

 散り散りになった粘土を風の魔法で一ヶ所に集め、炎魔法で一瞬で燃やしつくす。灰になり何処かに飛んで行ったのを確認して、僕は陣の方向へ視線を向けた。

 

「相変わらずスムーズに色々な属性の魔法を使うね、元希君は」

 

「恵理さんや涼子さんに比べたら、僕なんてまだまだですよ」

 

「あの二人は別格だと思いますけど……」

 

「でも、僕はあの二人と同じ全属性魔法師、比べる相手はあの二人しかいませんから」

 

 

 あの二人なら、全く同じタイミングで別の属性の魔法を複数展開する事が出来るだろう。僕はまだ二つくらいしか出来ないからね……

 

「元希、準備出来たぞ」

 

「分かった。じゃあ行くよ」

 

 

 威力をほどほどに抑えて風属性の攻撃魔法を炎さんが造り上げた岩の陣目掛けて放つ。どうやら粘土の上から氷魔法も重ね掛けしたらしく、氷を削るだけで結構な威力が削がれた感じだ。

 

「うん……これなら全力で行けるかな」

 

 

 威力を抑えた魔法では氷すら貫通しなかったので、僕はもう一度攻撃魔法を、今度は全力で陣に向けて放つ。

 

「ちょっ!? 全力じゃ止められないだろうが!」

 

「美土さん、強度をあげますわよ」

 

「うん……でも、元希さんの魔法に耐えられるまでの強度ってどれくらいです?」

 

 

 陣の中で慌てている三人だけども、さすがに貫通する前に消すって……




そう言えばそろそろ一周年か……


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特訓終了

ネタが尽きたので次に進みます


 色々と試してみたけど、やっぱり光と闇の属性に対する防御陣は完成しなかった。お互いが弱点な為、御影さんは絶対に陣の中にいてもらうとしても、どう他の魔法を組み合わせても攻撃を防ぐに至らなかったのだ。

 

「やっぱり光と闇はキツイな……岩でも炎でも氷でも水でも土でも風でも防げないなんて……」

 

「殆ど貫通しちゃいますからね……私たちでは太刀打ち出来ませんわ」

 

「御影さんが辛うじて防げますけど、元希さんが本気を出されたら無理ですわね」

 

「うーん……こればっかりは仕方無いかな……」

 

 

 光属性や闇属性の魔物なんて、滅多に現れる事は無いし……それにグループに必ず光と闇の魔法師は連れて行く事になってるから大丈夫かな……

 

「とりあえずこれですべての属性に対する陣のテストが出来ましたわね。後はどれだけ改良を加えられるかと、強度を高める方法ですが、さすがにこれ以上は魔力が持ちそうにありませんわね」

 

「情けない……って言いたいけど、実はアタシもそろそろ限界なんだよね」

 

「わたしもですわ。さすがに元希さんの魔法に対抗する為に全力で魔法を発動させていた反動は厳しいです」

 

「ボクはまだそれ程じゃないけどね。相殺するにしても、ボクの魔法は比較的楽に相殺出来るから」

 

 

 光と闇は、強度では無く威力だからね……同程度の威力に抑えておけば確実に相殺する事が出来るのだ。それ故に光と闇の魔物が現れた場合、その魔物が強力だったらグループ全員がやられる、なんて事もあり得るのだけど……何せ他の魔法で対抗する事が出来ないのだから……

 

「攻撃に集中すればいいんだろうけど、魔物が強力だとそれも難しいだろうしな……」

 

「今度この全員で近くの山に行ってみませんか? 何やら魔物が出没するらしいとの噂がありますし」

 

「危なくないですかね? 理事長先生か早蕨先生に同行を求めた方がいいのでは?」

 

「元希君がいるし、それ程強力な魔物だったら日本支部の魔法師が動いてると思う」

 

「御影の言う通りかもね。元希さんはどう思う?」

 

 

 秋穂さんに訊ねられ、僕は少し考える素振りを見せてから答えた。

 

「一応恵理さんと涼子さんには言っておいた方がいいと思う。でも、同行してもらう必要は無いと思うよ。僕も恵理さんも涼子さんも式紙を飛ばせるし、何かあればそれで報告すれば良い」

 

「ですが、元希さんが動けなくなってしまった場合はどうするのでしょう? 私たちは誰も式紙を使えませんが」

 

「その時は……うん、諦めましょう。死ぬ時は全員一緒ですし」

 

 

 さすがにそれ程強力な魔物が生息しているとは思えないし、僕が動けなくなるってなると、それはかなりのピンチなんだろうしね……何せ今の僕には二柱の神様が宿ってるんだから……

 

「元希と一緒に死ぬのか。悪くは無いな」

 

「ですが、どうせなら一緒に生きたいですわね」

 

「悪い方にばっかり考えを向けないで、前向きに行きましょう」

 

「そうだね。元希君がピンチなら、最悪ボクたちはもう死んでいるかもしれないし」

 

「縁起でもない事言わないの」

 

「ふふ、楽しみですね」

 

 

 特訓でへろへろなはずなのに、全員が全員、今度の事で頭がいっぱいのようだった。まぁ、僕も今の実力を知る為にも実際の魔物と戦うのは有効だと思うし、弱い魔物だとしても普通の人にはそれだけで脅威なのだから。それを取り除いておくのは必要な事だろう。小さすぎて日本支部が動かないという事もあるかもしれないので、僕は今度のお出かけをどこか楽しみにしているのだった。




腕試しは大切だな……死亡フラグではありませんよ、念の為。


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初の依頼

ちゃんと報酬も出さなきゃ…


 拠点に戻った僕らは、今度の計画を恵理さんと涼子さんに伝える為に、その代表を決める事にした。

 

「まぁ元希は決定だろ」

 

「そうですわね。元希様は決定として、あと一人か二人必要ですわね」

 

「公平にじゃんけんで良いのでは? それなら誰も文句はありませんよね」

 

 

 美土さんの提案に、他の五人が頷く。てか、僕は決定なんだ……

 

「じゃんけんの結果、元希以外の代表は秋穂とバエルに決定!」

 

「それじゃあ元希君、一緒に先生に報告しに行こうか」

 

 

 秋穂さんに手を握られ、僕はそのまま恵理さんと涼子さんのいる簡易キッチンを目指す事に。反対側の手をバエルさんに握られ、ちょっとドキドキしたけど、この前みたいに心臓が飛び出しそうな事は無かった。

 

「あら? 元希君と岩清水さん、それにアレクサンドロフさんも」

 

「何かあったのですか?」

 

 

 恵理さんと涼子さんに今度の計画を伝え、万が一の場合は僕が式紙で知らせる事を話す。

 

「あの山はそれ程危険が無いとは思うけどね」

 

「ですが、ちらほらと魔物の目撃情報が上がっているのも事実です。日本支部が対処するまでも無いと判断したのでしょうが、一般人からすれば下級モンスターでも恐怖の対象ですからね」

 

「良いわ。その下級モンスターと思われる魔物の討伐を元希君たちに依頼します。もちろん、成功報酬はあるから頑張ってね」

 

 

 特訓では無く依頼になってしまったが、これで二人の許可はもらえた。後は当日、無事に魔物を討伐出来れば良いんだね、頑張らなきゃ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして当日、僕たちは七人で山を目指し歩いている。拠点からさほど距離は無いのだけども、山だから急な斜面もあるのでそれなりに体力が必要になって来た。

 

「元希、大丈夫か?」

 

「大丈夫だよ。それより、そろそろ目撃情報があった場所に着くから、みんな警戒しておいてね」

 

 

 日本支部が危険は無いと判断したとはいえ、それはあくまでも熟練の戦闘魔法師が見た時の事だ。学生である僕たちにとっても危険が無いとは言い切れない。僕と御影さんは影を広げ敵の気配を探る。

 

「今のところ反応は無い……でも、残留気配はあちらこちらから感じ取れる」

 

「半径一キロに敵の気配なし。でも御影さんの言うように残留気配は沢山ある……下級モンスターのものが殆どだけど、普通の生物の気配もあるね」

 

 

 山なので野生の動物がいても不思議ではないが、魔物が生息してる場所に野生の動物がいるのは珍しいな……また憑依型の新種とかじゃ無いよね……

 

「ちょっと休憩にしましょう。さすがにわたしがキツクなって来ました」

 

「私も。元希君より体力あるつもりだったんだけどなー」

 

「緊張で不要な力が全身に掛かってるんだと思いますよ。僕や御影さんみたいに、気配で安全だと常に思えるわけじゃないんですから」

 

 

 緊張すればそれだけで体力を消耗する。休憩は大事だけど僕と御影さんは完全に休むわけにはいかないのだ。

 

「一応結界は張っておくけど、気を抜き過ぎないようにね」

 

「分かってるって。それに、あの陣だって完成してるんだから襲われても大丈夫だろ」

 

「炎さん、御影さんと元希様は常に気を張っているのですよ? それであの陣を発動させろというのはお二人に負担をかけ過ぎですわ」

 

「そうだね。いざとなれば私たちも応戦しなきゃいけないんだし、適度に緊張感は保ちましょう」

 

「分かったよ……まぁ、元希と御影が気配を探ってるんだ。いきなり襲われるなんて事は無いだろ」

 

 

 炎さんは僕たちを完全に信頼してくれてるようだけど、新種ならさすがに僕や御影さんでも気づけないかもな……どうか新種ではありませんように。




元希君がいるからとりあえず安全、なのだろうか……


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第一の魔物

漸く実戦編です。


 一休みを終えて探索を再開した僕たちは、見た事も無い足跡を見つけた。

 

「これって何の動物の足跡だ?」

 

「さぁ? 見た事ありませんわね」

 

「四足歩行である事は間違いなさそうですが、この山にこんな大きな足跡を残す動物などいましたっけ?」

 

「ボクは知らない。秋穂やバエルさんは知ってる?」

 

「私は知らないわ」

 

「私も、日本に来たのは最近ですし」

 

 

 そう言えばそうだったね……結構長い時間一緒にいると思ってたけど、僕とバエルさんは五人と知り合ったのは最近なのだ。僕は半年くらい、バエルさんはそれより一ヶ月短いくらい、それくらい密度の濃い時間を過ごしてきたんだろうな。

 

「元希、何か気配はある?」

 

「ううん、魔物の気配も動物の気配も無い……でも、残留気配があちらこちらにあるのは気になる」

 

「ボクも気になってる。残留気配は沢山あるのに、半径一キロ以内に生体反応が無い」

 

 

 何か嫌な予感がしてきたけど、とりあえず緊急の事態では無いので冷静に気配を探る。もし探知能力をすり抜ける程の隠密性を持った魔物だとしたら、かなりピンチなのかもしれないけど……

 

「なんか曇ってきたな」

 

「山の天気は変わり易いですからね。美土さん、雨が降り始める前にお願いしますわね」

 

「風の結界を張っておきます。これで濡れる事はありません」

 

「雨か……魔物と何か関係があるのかな」

 

 

 いくら山の天気が変わり易いとはいえ、この辺りだけに雨雲が掛かるなんておかしい気もする。向こうの方には雲ひとつない青空が広がっているのだから、自然現象としたら不自然な点がいくつもある。

 

「もしかしたらアメフラシかもね」

 

「雨を降らすだけの魔物?」

 

「人間には無害だけど、この辺り一帯の生物からしたら有害かな。雑食で何でも食べるし」

 

「だから動物の気配が無いの?」

 

「だと思うけど……アメフラシって足、無かった気がするんだよね」

 

 

 さっきの足跡が魔物のだとするならば、アメフラシの他にももう一匹以上魔物が存在するという事になる。

 

「とりあえずはアメフラシを探そうぜ。この山の生物が全滅する前に対処しないと、山から下りてくるかもしれないし」

 

「そうですわね。アメフラシなら水を辿れば見つかりますわ。雨雲から気配を辿ってみますわ」

 

「お願い。僕と御影さんは別の魔物を探してみるよ」

 

 

 御影さんに近くを、僕は遠くまで気配を広げて存在を探る。かなり奥の方に洞穴があるな……その中が入り組んでて気配を掴むのが難しい……

 

「いましたわ、アメフラシ。あの大木の下ですわ」

 

「結構遠いな……とりあえずアメフラシは退治しておこうぜ」

 

「まって。その近くに洞穴があるんだけど、その中から嫌な気配がするんだ。アメフラシだけだと思わない方がいいかも」

 

「分かりました。それではわたしと秋穂でアメフラシ退治を担当しますので、他の四人はもう一匹いると思われる魔物に備えてください」

 

 

 美土さんの作戦に全員頷いて了解を示し、とりあえずアメフラシを退治する為に山を登る。登っている間ずっと雨に降られていたのは、アメフラシが危険を感じ取って僕たちを追い返そうとしたからだろうな。

 

「子供のアメフラシだね」

 

「親がいるのでしょうか?」

 

「近くには気配が無いし、あのアメフラシからさっきまでの残留気配の持ち主の気配が漂ってる。きっと食べられた動物たちの怨念かも」

 

「怖い話は止めてよね。じゃあ美土、手筈通りに」

 

 

 左右に分かれて美土さんと秋穂さんはアメフラシ退治を開始する。僕たちはアメフラシに意識を向けながらも、洞穴の中の気配を探っていたのだった。




普通に優秀な人が多い世代だな……


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洞穴の探索

最近また寝不足に陥ってる気が……


 アメフラシは子供だった為にすぐに片付いた。とはいっても報告の為に捕獲して、生態調査などを行うだろうと考えて生け捕りにしたんだけどね。

 

「随分とあっさり捕まえられましたね」

 

「子供だし、二人の魔力に対抗しうる力は持ってないみたいだからね」

 

 

 転送魔法で恵理さんたちにアメフラシを届け、受け取りの返事を貰ってから僕と御影さんは洞穴の中に意識を集中させる。中から何かの気配は感じるのだが、それが何なのか、また何処にいるのかが上手く掴めないのだ。

 

「やっぱり中には行って探るしかないのかな」

 

「ですが炎さん。敵の陣地かもしれない場所に足を踏み入れるのは避けるべきだと思いますわ」

 

「わたしも水奈の考えに賛成です。中がどうなっているのか分からない状況で、しかもプロの戦闘魔法師がいないんですから、無理に押しいる必要は無いと思います」

 

「でも、日本支部の人たちは調査すらしないんでしょ? 私たちである程度調べて、問題が無い事を証明しないと町の人たちが安心出来ないと思うけど」

 

 

 この山の近くには町が存在していて、霊峰学園側で農業などをしている人たちがこの山を通るのだ。もし危険な魔物だった場合を考えて迂回路を通っているらしいのだが、それはかなりの遠回りになるのだ。出来る事ならこの道を使いたいと要望があるので、出来る限り調べる義務が僕たちにはあるのだ。

 

「入口まで行って、そこから気配を探ろう。僕と御影さんは全魔力を探索に使うから、みんなは護衛をお願い。多分襲われる事は無いと思うけどね」

 

 

 入口付近に魔物がいるのなら、さすがに気配を掴めるだろう。上級モンスターなら兎も角、確認されているのは下級モンスターなのだ。気配を偽るなどという高等テクニックは持ち合わせていないと思う。僕の知る限りでは、そんなテクニックを持った下級モンスターはいなかったし。

 

「式紙で探れないのか?」

 

「全体図が分かれば可能だけど、地図を作りながら探すのは効率が悪すぎる。最悪魔力が枯渇しちゃうかもしれない」

 

 

 この洞穴が物凄く広くて、そしてかなり入り組んでいたのならば、探索と地図作りに集中しなければいけなくなるので、式紙に送る魔力は相当必要になる。そして全て調べ終わった頃には、僕の魔力は殆ど無くなっている事だろう。

 

「一応地図は作るけど、式紙じゃなく自分の意識を広げて作るよ」

 

 

 影を広げるだけなら、それ程負担は大きく無い。限界は存在するけど、最大距離まで影を伸ばしたとしても、式紙を使った探索より魔力消費は抑えられる。そしてこのやり方なら御影さんと半分こで済むので、更に魔力消費を抑えられるのだ。

 

「じゃあボクは右側に影を広げるから、元希君は左側をお願い」

 

「分かった。もし気配を掴んだら教えてね。そっちに影を伸ばして敵を抑えつけるから」

 

「分かってる」

 

 

 御影さんと二人で洞穴の中に影を伸ばし、そして捜索していく。なかなかに入り組んでおり、影の捜索とはいえ疲れそうな洞穴の作りだ。

 

「あたしたちは待つしか出来ないからな~。その辺を探索でもするか?」

 

「気配は無いとはいえ安全とは言えません。止めておきましょう」

 

「炎さんは落ち着くと言う事を覚えた方がよさそうですね」

 

「炎が落ち着く? 多分無理だと思うけど」

 

「皆さん、元希さんと御影さんの集中の妨げになりますので、もう少しお静かに」

 

 

 バエルさんのツッコミで全員が口に指を当てて黙った。別に妨害にはならないけど、確かに気になって集中出来なくなりそうな感じはあったので、バエルさんのツッコミは僕と御影さんにとって大いにありがたいものだった。




このメンバーで一番冷静なのってバエルさんになりつつある気が……美土とか秋穂とかも悪乗りを始めてるし……


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洞穴の奥に…

意外と凄いヤツが……


 かなり広い範囲に影を広げたが、未だにもう一体のモンスターの気配を掴めない。洞穴かと思って油断したけど、かなり広いんだな……

 

「かなり入り組んでてやり難い……元希君、そっちにはいない?」

 

「今のところは見つけて無いよ。でも、何となくだけど魔法の気配が濃くなってるよ」

 

 

 奥の方に進むにつれて、強い魔力反応が返ってくる。もしかしたら中級以上のモンスターが巣食っているのかもしれない。

 

「……っ!」

 

「御影さん?」

 

「ご、ゴメン……ボクの力じゃこれ以上は探れない」

 

「限界?」

 

「ちょっと厳しいかもしれないから……」

 

 

 魔法の気配に触れて、一気に消耗したんだろうな。御影さんはその場に膝を付いて肩で息をし始める。

 

「でも、日本支部の人たちが危険は無いって判断したのなら、絶対に初級だと思ったんだけどな……」

 

「意外とテキトーだもんな、あの連中は」

 

「炎さん、口が悪いですわよ」

 

 

 水奈さんのツッコミに心の中で同意して、僕は更に置くまで影を伸ばす。ここから先は細心の注意を払わないと、僕まで気配に呑まれちゃうからな……

 

「……いた。でも、これは……」

 

「元希様?」

 

「いや、野生じゃないのかもしれない……これなら日本支部の人たちが対処しないのにも納得が出来るけど……」

 

「なんだよ元希! アタシたちにも教えろよ!」

 

 

 僕が呟いている事が気になるようで、炎さんたちが全員僕に視線を向けている。そして炎さんは我慢出来ないのか僕の身体をぐらぐらと揺らしている。

 

「お、教えるから止めて……」

 

 

 炎さんにお願いして揺らすのを止めてもらい、僕はもう一度確認の為に一気にその気配まで影を伸ばして確信を得た。

 

「人工モンスターだ、奥にいるのは」

 

「人工モンスター? それって各国の魔法協会が開発しているっていう、モンスターに対抗する為のモンスターだよな?」

 

「ですが、何故こんな場所に?」

 

「多分だけど、日本支部で研究開発していたモンスターが逃げ出して、この洞穴に住み着いたんだと思う。アメフラシはその人工モンスターの魔力に中てられてここに現れたんだと思うよ」

 

「じゃあ、ここら一帯の生物が消えたのは、突き詰めれば日本支部の失態が原因なのですか?」

 

 

 美土さんの質問に、僕は頷いて肯定した。アメフラシがここら一帯の生物を食べ尽くしたのも、言ってしまえば人工モンスターを逃がした日本支部の人たちが原因だ。直接アメフラシを呼び寄せたわけではないけども、逃がした人工モンスターを放置し続けたんだから、そう言いきってしまっても差支えないだろう。

 

「どうしますか? 退治します?」

 

「気配の限りでは中級以上だし、僕たちが手を出していい問題なのかもわからないし……」

 

「理事長先生に確認すればいいんだな? ちょっと待ってろ」

 

 

 そう言って炎さんが携帯を取り出して恵理さんに電話する……あれ? あの携帯って僕のじゃ……

 

「何で炎さんが僕の携帯を持ってるの?」

 

「さっき借りたんだよ。元希のは特注品で、山奥でも電波が届くから」

 

「何時の間に……」

 

 

 僕は貸した覚えが無いんだけどな……まぁ良いか。

 

「向こうも僕たちには気付いてるけど、特に何かしてくる気配は――ッ! 気配が変わった! 来るよ!」

 

 

 入り組んでいるから今すぐに、というわけではないが、一応の臨戦態勢を取っておく必要がある。炎さんが指でOKサインをしているのを確認して、僕たちは人工モンスター討伐に挑むのであった。それにしても、日本支部が人工モンスターを完成させてたなんて……意外と優秀な人たちが揃ってるのかな?




手を出さなかったのは自分たちの失態を隠す為……


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元希君の知識

かなり偏ってますね……


 人工モンスターも僕たちの気配に気づいていたのだけども、本格的に僕たちに近づいて来るようなので一応の覚悟は決めた。どの程度の強さかもわからないのでどれくらいの覚悟が必要になるのかもわからないけど、とりあえず中級モンスターと対峙する時くらいの覚悟は決めたつもりだ。

 

「随分と入り組んでるなぁ……元希、気配はどっちだ?」

 

「炎さん、声が大きいですわ。反響して五月蠅いです」

 

「ちょっと待って……」

 

 

 至近距離ならそれ程魔力も必要ないだろうし、念話を全員に繋ぐ事にした。

 

『これで聞こえる? 会話は出来る限りこっちでしよう』

 

『おー、頭の中に元希の声が直接聞こえるぞ』

 

『念話ですか。便利ですね』

 

『射程が短いのが難点だけどね』

 

 

 例えばここから恵理さんたちまで繋げと言われても、不可能ではないかもしれないが数秒話すだけで魔力が枯渇するかもしれない。それだけ燃費が悪いのだ。

 

『それで元希、その人工モンスターはどっちだ?』

 

『えっと……右側に気配がある。でも、入り組んでるから必ずしも右側から出てくるとは言えないんだよね……』

 

『御影さんも気配は掴めてますの?』

 

『大丈夫だけど、さすがにこの気は厳しい……元希君、悪いけどボクは足下を照らす事に集中させてもらうね』

 

 

 人工の為、普通のモンスターより殺気が濃いのだ。御影さんはその殺気に耐えられなくて気配を探る事を止めた。

 

『元希君だけに頼るのも悪い気がするけど、御影しか気配を探れないしね』

 

『私たちは戦闘の際に元希さんに負担をかけないようにしましょう』

 

 

 秋穂さんとバエルさんがそういうと、残りの四人が頷いて答えた。

 

『そろそろ中間点かな……向こうも僕たちの気配を感じ取って慎重に動いてるみたい』

 

『思いっ切り突っ込んで来てくれた方が楽だったんだがなぁ』

 

『そんな考え無しなモンスターだったら、今頃この辺り一帯は何も残ってませんわ』

 

『仮にも日本政府が造った物だから、そこまで無鉄砲では無いと思います』

 

『水奈も美土も冷静だな。これから戦うってのに』

 

 

 念話の欠点というか微妙なところは、他人の会話も聞こえちゃうところだよな……複数で繋ぐと自分に関係ない会話まで聞こえてきちゃうからな……まぁまったくの無関係な会話じゃないだけマシなのかもしれないけど。

 

『ん? ……気配が変わった?』

 

『本当?』

 

『うん、殺気じゃ無くて純粋な興味に変わった感じがする』

 

 

 自分を捕えに来た日本政府の人間では無いと気付いたのだろうか。それとも、僕たちを油断させて――というやつだろうか? とりあえず濃い殺気から解放されたので良かったけど。

 

『うーん……とりあえずは危険はなさそうだけど、一応姿は確認しておかないとなぁ……』

 

『話が分かる相手なのか?』

 

『人工モンスターだからね。一応話は分かると思うよ。話せるかは知らないけど』

 

 

 そもそも人工モンスターについてはどの国も研究を進めている最中なのだ。話せるという説もあれば、人の心が読めるとかいう説もある。だから僕も実際に見るまで話せるのかどうかも分からないのだ。

 

『元希でも知らない事があるんだな』

 

『当たり前でしょ。僕だってみんなと同じ高校生なんだから』

 

 

 まして去年まで田舎で暮らしていたのだから、知識は他の人より乏しいはずなのだ。霊峰学園の図書館にある資料を片っ端から読み漁り得た知識だから、最新のものはあまり持ち合わせていない。だから僕は日本政府が人工モンスターを完成させていた事すら知らなかったのだ。




天才ではなく秀才の元希君でした。


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人工モンスターの正体

意外と優しい感じに仕上がったな……


 確実に気配は近づいて来て、僕たちはその都度緊張感を高めていた。バーチャルでは何回も体験したし、大勢でなら実際のモンスター相手に戦った事もある。だが僕たちだけとなると初めてかもしれないのだ。緊張してしまうのも無理は無いだろう……

 

『ほう、ワシを捕えに来たのかと思えば、まだ子供ではないか』

 

「えっ?」

 

 

 誰かに声を掛けられてキョロキョロと周りを見渡すが、誰もその声に気づいていない。

 

「今の声って……」

 

「声、ですか? 私は聞こえませんでしたが……皆さんは?」

 

「アタシも聞こえなかったぞ」

 

「わたしも」

 

『当たり前じゃ。ワシが話しかけているのはそなただからな、神を宿し少年よ』

 

 

 声の主が姿を現すと、僕たちは咄嗟に身構えてしまった。

 

「ワシに戦うつもりは無いぞ。そもそも何故お主たちのような子供がワシの所へ来たのだ?」

 

「……えっと、日本支部から逃げ出した人工モンスター、ですよね?」

 

「如何にも。ワシは日本支部から逃げ出した人工モンスターじゃ。キマイラという」

 

「人工モンスターって喋れるんだな」

 

「頭の中も弄られておるからの。人間の言葉を発するくらい造作もないわい」

 

 

 楽しそうに笑うキマイラに釣られてか、炎さんも楽しそうに笑いだした。

 

「おっさんみたいなモンスターなら緊張する事も無かったじゃねぇかよ。脅かしやがって」

 

「別にワシは脅かしておらんぞ。討伐に来たのかと思えば、外のアメフラシを無傷で捕獲して保護したじゃろ? そこで終わるならまだしもこちら側にも来るもんでの。一応の威嚇をしただけじゃ」

 

「あの子供っておっさんの知り合いだったのか?」

 

 

 目の前で繰り広げられる、キマイラと炎さんの会話。その光景に僕以外も現実味を失ってしまったようだった。

 

「さて、神を宿し少年。ワシに何の用じゃ?」

 

「えっと……ここら一帯の生物がいなくなった原因って……」

 

「少しの間この場所を借りただけじゃ。すぐに戻ってくるじゃろ」

 

「ですが、あのアメフラシから残留気配を感じ取ったと……」

 

「あれはここら一帯の害虫の気配じゃろ。アメフラシに害虫駆除を頼んだからの」

 

「ところでおっさん、何で逃げ出したんだ?」

 

 

 完全にお友達になったのか、炎さんはキマイラの事を「おっさん」と普通に呼んでいる。キマイラの方も嫌な顔をせずにその呼び名に反応している。

 

「やつら、ワシを使い『霊峰学園』なる場所に攻撃を仕掛けるとか言っての。ワシは少年少女を傷つけるつもりは無かったからの。廃棄処分される前に逃げ出したのじゃ」

 

「そこってアタシたちの学校だぜ」

 

「何と!? 縁は異なものとは良く言ったものじゃな」

 

「ではキマイラさん――」

 

「『おっさん』で構わんぞ。老い先短いワシに敬意を示す必要は無い」

 

「い、いえ……それで、一応僕たちと一緒に来てもらえますか? アメフラシもそこにいますので」

 

「分かった。何時までもこの場所を借りているのも悪いしの。一般人にも怖がられてしまったので、この洞穴に潜り込んだのじゃが、それでも不気味じゃと言われ続けてたところじゃし」

 

「そりゃおっさんが顔を出したら不気味がるだろ。アタシは意外と好きだけどな」

 

 

 笑いながら炎さんがキマイラさんの頭をバシバシと叩く。本当に豪快な人だよね、炎さんって……

 

「あっ……僕は東海林元希と言います」

 

「アタシは岩崎炎だ」

 

 

 とりあえず自己紹介をして、キマイラには転移魔法で先に霊峰学園へと向かってもらった。炎さんから携帯を返してもらい、一通りの説明を理恵さんに済ませてから、僕たちは山を下りる事にしたのだった。

 

「いやー、なかなか楽しかったな!」

 

「炎さん、いくら大人しいとはいえ人工モンスターの頭を叩くなんて……」

 

「何だ? 水奈はあのおっさんが怖かったのか?」

 

「そう言う問題ではありませんわ! 万が一炎さんに何かあったら……私は……」

 

「すまんすまん。だけど平気だっただろ?」

 

 

 友情を確かめ合っている二人を、美土さんと御影さん、そして秋穂さんが生温かい目で眺めているのを、僕とバエルさんは笑いそうになるのを堪えながら眺めていた。




大らかなのか、大雑把なのか……


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炎の使い魔

いよいよ炎にも使い魔が……


 キマイラを学園に転送して、僕は一時的に不安定になったこの土地を守護する為の魔法を、リンとシンに頼む事にした。

 

『それは別にかまわねぇけどよ、お前の負担が大きいぜ?』

 

『元希は優しいですからね。なるべく負担のかからないようにこの愚弟に上手い事やらせます』

 

『姉さま、さすがにそれは俺の負担が……』

 

『わたしの言う事に逆らうと?』

 

 

 リンの威圧感が僕にも伝わって来た。僕でもビックリするくらいだから、シンはきっと震えているだろうな……

 

『とりあえずはやってみるが、負担を感じても勘弁しろよな』

 

「(わざわざごめんね。一時的な物で良いから)」

 

 

 シンにお礼を言って、僕は身体をシンに明け渡した。

 

「やれやれ、面倒な事ばっか圧し付けやがってよ……」

 

『何だか僕の身体じゃないみたいだね。シンが喋ると』

 

「元希、ついに反抗期か?」

 

「あっ? 今の俺は元希じゃねぇよ。聞いてねぇのか? コイツの身体で回復してる途中の土地神の一柱、シン様だぜ」

 

 

 何だかおかしな気分だけど、間違いなく僕の声だ。それなのに喋り方だけでこうも印象が変わるんだな……

 

「ワイルドな元希様……ありですね!」

 

「水奈さん、おかしなテンションになってますよ?」

 

「はっ!」

 

 

 水奈さんがちょっとおかしい反応をしたけど、他の人はおおむね受け容れてくれたらしい。

 

「さっさと結界張って帰るぞ。範囲はこの山一帯で良いんだな?」

 

『うん、お願いします』

 

『くれぐれも元希の身体に負担のかからないようにするのですよ、愚弟』

 

「分かってますよ、姉さま……少しは俺を信用してくださいって」

 

 

 涙目になりかけのシンだったが、しっかりと結界を張ってくれた。これなら元の主が戻ってくる間くらいは持つだろう。

 

『シン、ありがとう』

 

「ふん! お前の為にやったわけじゃねぇよ」

 

 

 お礼を言ったら若干照れた顔でそう言われた。もしかして、シンもツンデレなのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シンから身体を明け渡してもらって、僕は霊峰学園まで戻って来た。魔法を使ったダメージは、どうやら僕の身体にそれ程負担にならなかったようだ。

 

「お帰りなさい。一応キマイラから事情は聞いてるけど、報告の為に元希君と岩崎さんは理事長室に来て頂戴ね」

 

「僕は構いませんけど……何故炎さんも?」

 

 

 何時もなら僕一人が呼ばれる場面だけど、今日は何故か炎さんも呼ばれている。

 

「キマイラが炎さんの事を気にいってるようでね。可能なら使い魔にしてほしいって」

 

「使い魔? あのおっさんを?」

 

 

 仮にも人工モンスターに対しておっさんとは、炎さんは随分とおおらかな人なんだなと改めて思わされる。

 

「あと、アメフラシは水がきっちり指導するそうよ。それで元希君の新たな使い魔として契約させるって」

 

「僕がいない間に勝手に決めないでほしいよ……まぁ、アメフラシがそれで納得してるのであれば、僕は構いませんけど」

 

 

 流れ的には水奈さんの使い魔になるんじゃないのかな? キマイラが炎さんの使い魔になるのであれば……

 

「それじゃあ、他のみんなはご苦労様でした。何時もの場所に御馳走を用意してあるから、先に食べてて良いわよ」

 

「あっ、ズリィ! ちゃんとアタシたちの分も取っておけよな!」

 

「炎さんじゃないんですから、見境なく食べたりしませんよ」

 

 

 水奈さんのツッコミに、他のみんなも頷いて同意した。何となく同意し難いような気もしたけど、どうやらそれは僕だけだったようだ……

 

「それにしても使い魔か……何だか一人前になった気分だな」

 

「そういうものなの?」

 

 

 既に水、そしてリンとシンの姉弟が使い魔としている僕は、炎さんの気持ちが分からなかったのだ。




このコンビ、結構好きです。


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気になる事

まさかのキャラが指摘する……


 生活拠点に戻る途中で、キマイラが僕に話しかけてきた。

 

「お主、何故その身に神を宿しておるのだ?」

 

「失った神力を回復させる為に僕の中にいるだけですよ。元々は二柱とも実体を持っていましたから」

 

「そなたの中は回復するのにちょうどいい場所、というわけか」

 

「元希は全属性魔法師だからな。だいたいの力なら元希一人で何とでもなるんだよ、おっさん」

 

 

 キマイラの背中をポンポンと叩く炎さんは、どこか楽しそうな表情をしている。

 

「そうか……お主が三人目の全属性魔法師じゃったのか」

 

「そうだぜ。さっき会った理事長と早蕨先生が残り二人の全属性魔法師なんだぞ」

 

「では日本支部が霊峰学園を襲おうとしていたのは、そこの確執が原因というわけだな」

 

「何でも理事長先生と早蕨先生は、日本支部の魔法師と仲が悪いって噂だし、この間元希もやらかしたらしいからな」

 

 

 あれは僕が原因ではなく、日本支部の人が余りにも高圧的、かつ上からだったのでお帰り願っただけなんだけどな……まぁ、確執と言えばそうなっちゃうのかもしれないけど。

 

「ところで、使い魔って召喚とかするんだよな? 面倒だからこのまま生活してくれよ、おっさん」

 

「ワシはそれでも構わないが、他の連中は大丈夫かの? ワシの姿を見てビビるようなヤツはおらんのなら問題ないがの」

 

「大丈夫だって! みんな、さっき会ってるんだから」

 

「? 霊峰学園の生徒というのは、さっきの七人だけなのか?」

 

「今の拠点で生活してるのはそうだぜ。学年上位の七人で生活してるんだ」

 

 

 そもそも今の生活をしている理由は、リンの力が失われて加護が切れてしまった土地を守る為であり、リンの力が完全に戻れば終わるはずだったのだ。だけど思ってた以上にリンの消耗が激しく、挙句の果てにシンの登場によってリンは実体を保つ事すら出来なくなってしまった。

 

「なるほど、お主たちも色々とあるんじゃな」

 

「僕、何も言って無いけど……」

 

「顔に書いてあるわい。お主は結構分かりやすい性格のようじゃな」

 

「元希は高校に上がるまで田舎で生活してたからな。人間の怖さをあまり知らないんだよ、おっさん」

 

「田舎、とな? お主は自然に生まれてきた全属性魔法師だというのか?」

 

「自然に、ってどういう事です?」

 

 

 恵理さんも涼子さんも普通に生まれて、普通に育ってきたはずだし、僕も普通に生まれて、普通に育ってきたつもりだ。それが違うとでも言うのだろうか?

 

「いや、早蕨姉妹は両親が魔法師ですら無いのに全属性魔法師として活躍しておるから嫌われておるのじゃが、お主の両親は魔法師なのか?」

 

「違う、と思うけど……」

 

 

 そもそも僕は、父親が誰なのか知らないのだ。お母さんは普通の人だったけど、お父さんが魔法師なのかな? とは思った事はあった。だけど、そもそも僕の田舎には魔法師はいなかったし、全属性魔法師が珍しいのだという事も知らなかったのだ。

 

「ワシの思い違いならそれで良いんじゃが、お主の出自、一度調べた方がいいかもしれんな」

 

「おっさん、あんまり重苦しい話しは無しにしようぜ。今日はおっさんの歓迎会だからな」

 

「なんと! こんなワシを歓迎してくれるというのか」

 

「当たり前だろ! アタシたちの新しい仲間なんだからよ」

 

 

 炎さんとキマイラが楽しそうに話しているのを聞きながら、僕は自分の出自が気になって仕方なかった。もしかしたら僕も、キマイラと同じ人工生物なのかもしれないと思ってしまったのだ……




何となく重々しくなってきたな……


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命名

名前考えるのが面倒です……


 一度気になってしまうと、どうしてもその事で頭がいっぱいになってしまう。僕は自分の出自を調べられないかどうか手を尽くしたけど、僕の力では不可能だった。だからではないが、こういった情報収集に長けているリーナ先生を頼ったのだ。

 

「……それで、元希ちゃんは真実を知ってどうしたいの?」

 

「どうしたいって、とりあえずは気になったので調べたんです。ですが、僕の力では不可能でした。知りたい、という衝動は抑えられませんし、真実がどうであれ僕は受け止める覚悟は決めています」

 

「そう……でも、日本での事だから私でも無理かもしれないからね」

 

「分かってます。過度な期待はしないようにしておきますね」

 

 

 このセリフは、リーナさんに負担をかけないように言ったもので、リーナさんの実力を侮っているわけではない。その事はリーナさんも理解しているようで、ワシャワシャと僕の髪を乱暴に撫でてきた。

 

「なかなか生意気な事言うじゃない、元希ちゃんのクセに」

 

「僕だって一応は気にしてるんですよ。周りを頼り過ぎなのではないかと」

 

「むしろもっと頼るべきだと私は思うけどね。それじゃあ、とりあえず一週間調べてみる。それで何も分からなかったら諦めてね」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 

 リーナさんに頭を下げ、僕は踵を返し自分のテントへと向かう。僕が望まれて生まれてきたのか、それとも単なる実験の産物なのかは分からない。でも、僕はここにいるみんなと一緒に楽しく生活してきた。それだけは間違いない事実だと思っている。

 

「随分と難しい顔をしてますね。何かあったんですか?」

 

「あっ、バエルさん……ちょっと気になる事がありまして、リーナさんに調べてもらうようお願いしてきたんです」

 

「元希さんが気になる事……ですか? 人工モンスターの事ですか?」

 

「いえ、ちょっと個人的な事です」

 

 

 あんまり言いふらす事でも無いし、事実が分からない以上これしか言いようがない。幸いな事にバエルさんはその事を理解してくれたようで、あまり踏み込んだ質問はしてこなかった。

 

「そうでした。この子は何処で生活してもらうんですか?」

 

「この子? あぁ、アメフラシの子供か」

 

 

 僕の使い魔となったアメフラシの姿を確認して、さて何処で生活してもらおうかと頭を悩ませた。

 

「すまぬ、主様はおるか?」

 

「水? 随分と久しぶりだけど、何処にいたの?」

 

「何処とはご挨拶じゃの。主様の命であの姉弟の代わりに神を務めているのじゃよ」

 

 

 あっ、そうだった……水にお願いして二つの土地を加護してもらってたんだった……

 

「それで、何かあったの?」

 

「なに、主様が新たな使い魔を手に入れたと訊いての。そのアメフラシ、ワシに貸してはくれんかの?」

 

「貸すのはいいけど……どうするのさ?」

 

「決まっておろう。雨を降らせてもらうのじゃよ。ワシの力では雨では無く滝になってしまっての。そ奴の力を借りたいのじゃ」

 

 

 水って細かい加減、苦手だったんだ……

 

「そう言う事なら仕方ないね。お願い出来るかな?」

 

 

 アメフラシにそう訊ねると、嬉しそうにすり寄って来た。

 

「名前を付けてあげたらどうです? 何時までもアメフラシのままじゃ可哀想ですよ」

 

「名前、ねぇ……アマでどうかな?」

 

「アマ、ですか? 可愛いとは思いますよ」

 

 

 気に行ったようで、アマも頬擦りをしてきた。よし、この子の名前はアマに決定だね。

 

「ふむ……ではアマを借りて行くぞ、我が主様」

 

「うん、頑張ってね」

 

 

 水とアマを見送り、僕は再び自分の事で頭を悩ませたのだった。




テキトー過ぎる……


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神の心配事

神様がいっぱいだ……


 水とアマを見送った僕は、急に眠気が襲ってきたのでテントに戻り横になる事にした。

 

「疲れちゃいましたか?」

 

「そうみたいです……あの洞穴の探査は結構疲れるものだったようですね……」

 

 

 探査している時はそう感じなかったけど、今更になって疲労が全身に回って来た。

 

「晩御飯の準備が終わったら起こしてあげますから、今はゆっくりと休んでくださいね」

 

「はい……ありがとうございます」

 

 

 果たしてそのセリフはちゃんとバエルさんに届いただろうか。僕の意識はあっという間に落ちて行き――

 

『ちょっと良いか?』

 

 

――目の前にシンの姿を確認した。

 

「どうかしたの?」

 

『いや、さっきのキマイラの言葉がちっと気になってな。俺が知る限りでは人工で魔法師を造るなんて不可能なはずなんだが』

 

『自分が知っている事が全てではありませんよ、愚弟』

 

『姉さま!? ですが、少なくともこの日本では人工魔法師の存在は確認されておりません。そして、海外では数例確認されておりますが、その全てが短命、もしくは大した魔法を使えずに処分されたはずです』

 

「処分って……」

 

 

 つまりは殺されたという事だろう。そう考えると僕は普通に生まれた人間――普通の魔法師って事なんだろうか? 恵理さんや涼子さんのご両親の話でも聞ければ別なんだろうけども、あの二人にそんな内容の会話をふったことは無いな……何となくだけど、巧みにかわされてるようなきがするんだよね……

 

『俺の思い過ごしなら良いんだが、普通の人間は二柱も神をその身に宿したら狂ってしまうはずだからよ。お前が特別である事は確かだ』

 

『当たり前ですよ。元希は私たちが主と定めた人間です。支配した私たちをその身に宿したからと言って、力に溺れる弱者ではありません』

 

『ですが姉さま、いくら主とはいえまだまだ子供。自分の意思とは関係なく力に流される事もあるはずでは? しかしこ奴は全くそのような感じも無く、俺たちの力を上手く使っています。これは何らかの特殊能力があると考えた方が自然だと思います』

 

『だから貴方は愚弟なんですよ。元希は自分の意思で私たちの力を制御し、そしてある程度の自由を認めることで暴走を防いでいるのです。だいたい本当に支配された場合、この様に主を精神世界に呼びつけるなんて不可能なんですから』

 

 

 そうなんだ……でも、僕は二人を縛り付ける事も、自由を認めるような事も考えた事無いんだけどな……消耗しきった二人を、日本政府の討伐隊から守る為に僕の身体を貸したのだ。それ以上でも以下でも無い気がするんだけどね……

 

『とにかく、調べるなら徹底的に調べた方が良いぞ。お前がどんな存在であろうと、周りの人間が離れて行くような事は無いだろうからな』

 

『愚弟と違い、元希は実力で女性を繋ぎとめていますからね』

 

「僕はそんな事考えてないけどね」

 

『この姿勢が愚弟との大きな違いでしょうね。力なくして女を繋ぎとめる事が出来ない愚弟とのね』

 

 

 リンの言葉に、シンが居心地が悪そうに身じろぎをした。

 

『その事はともかく、お前が何者であろうとあいつらはお前の味方でいてくれるだろう』

 

『その事は私も賛同しますね。元希の味方である限り、私たちの敵になる事も無いでしょうしね』

 

「とりあえず、僕は今まで通りに過ごすつもりだから。リーナさんの調査結果が来るまで、何も出来ないってのが真実だけどね」

 

 

 動きたくても動けない、そんな状況なのだから、今まで通りの生活を送るのが正解だろう。僕は二柱の神にお礼を言い現実世界へ復帰しようとして――

 

「元希さん、そろそろ起きてください」

 

 

――バエルさんの声で目を覚ましたのだった。




そういえば、この作品を初めて丁度一年経ったな……早いのか遅いのか……


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口の軽いキマイラ

年取るとこうなるんでしょうか……


 バエルさんに起こしてもらった僕は、バエルさんと一緒に食堂へ向かう。今日はキマイラが炎さんの使い魔になった歓迎会らしいけど、どうせならアマもいてもらった方が良かったかもしれない。まぁ、お仕事だから仕方ないとは思うけどね。

 

「おっさん、お酒呑むか?」

 

「それには及ばんよ。ワシは逃亡中に普通の水を酒に変化させる魔法を会得してるからの」

 

「なんだよそれ。便利な魔法だな! っと、漸く起きたのか元希。遅かったな」

 

「ちょっとリンとシンと話してて……てか、楽しそうだね、炎さんもキマイラも」

 

 

 キマイラはお酒を呑んでるからまだ分からなくは無いけど、炎さんのテンションはどうして高いんだろう……もしかして炎さんもお酒呑んでるのかな?

 

「炎さんが楽しそうなのは何時もの事ですわ、元希様」

 

「そうそう。炎さんは昔から何事も楽しむ性格ですし」

 

「元希君が懸念している様な事は無いから安心して」

 

「そうなんだ……」

 

 

 まぁ炎さんの性格からすれば、アルコールの力なんて借りなくても楽しめるんだろうけども、あれだけの道を往復して、山頂では緊張しっぱなしだったのに疲れないのかな?

 

「元希君より炎の方が体力あるからね。はい、お水」

 

「あ、ありがとう、秋穂さん」

 

「疲れて寝てたんじゃないんだね。何を聞いてたの?」

 

「ちょっと気になる事をね……それよりも、恵理さんたちを待たなくて良かったの?」

 

「理事長先生と早蕨先生は、元希さんの寝顔を見てから出かけられました」

 

「そうなんだ……ん? 何で僕の寝顔を見てから?」

 

 

 僕と別れてからさほど時間も経ってなかっただろうし、わざわざこっちに戻って来なくても式紙で出かける事を伝えるのは可能だっただろうに……

 

「何でも元希さんに関連する事を調べに行くとかで……リーナ先生もご一緒とか聞きましたよ」

 

「そうなんだ」

 

 

 今度は引っかかりを覚えるような事は無かった。僕がリーナさんにお願いした事だし、その調査に恵理さんと涼子さんが同行してもなんら不思議ではない。むしろ自然だと思うくらいだ。

 

「元希、アメフラシは何処に行ったんだ?」

 

「えっ、あぁ……アマなら水に連れられて近くの村に。雨を降らして欲しいからって」

 

「水神じゃなかったか? 雨くらい降らせるだろ?」

 

「水がやると加減が難しいんだって。難しいというか面倒だって言ってたけどね」

 

「まぁあ奴の本来の能力じゃからの、雨を降らすのは。一緒に呑めないのは残念じゃが、早速役に立っておるのなら」

 

「アメフラシって酒呑めるのか?」

 

「問題無い。モンスターに人間の法律は当てはまらないからの」

 

 

 それは呑めているのだろうか……まぁ楽しそうだし水を差すような事は言わないでおこう。

 

「ところで元希、理事長たちは何を調べに行ったんだ? 元希に関する事としか言わなかったから気になるんだが」

 

「僕も不確かな事だし、分かったらちゃんと教えるよ」

 

 

 もし僕がちゃんと生まれてきた人間なら、余計な心配を掛けるだけだし、そうじゃ無くても、不確定な事を言いふらすのは良くないしね。

 

「元希本人の事なのに、不確かって……さっきおっさんが言ってた事か?」

 

「多分そうだと思うよ。でも炎さん、くれぐれも他の人には言わないでね」

 

「てか、さっきおっさんが酔った勢いで言ってたけどな」

 

「ん? 言っては拙かったのか?」

 

「……ううん、別にいいよ」

 

 

 てっきりさっき呑み始めたのだとばかり思ってたけど、このキマイラはさっきから魔法を使ってお酒を呑んでいたのか……口止めするのが遅かったな……




あっさり暴露するキマイラ……始末されても文句は言えないだろうな。


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不安な心

さすがの元希君も不安になるでしょうね……


 歓迎会は盛り上がっているようだったけど、僕はイマイチ気分がすぐれなかったのでテントに戻って横になっていた。いきなりあんなことを言われれば気分も悪くなるとは思ったし、皆も仕方ないって雰囲気で見送ってくれたんだよね……

 

「普通の人間じゃないかもしれないなんて……今までの十五年は何だったんだろう……」

 

 

 僕は間違いなく人間として生きてきた。魔法師か否かの違いはあったけども、普通に学校に通って普通に生活してきたのだ。その時間は間違いなく人間として過ごしてきたものなのに、もしかしたら望まれて生まれてきたのではないのかもしれないのだ……

 

「良く考えれば、お父さんの事なんて気にもならなかったし、いない事が当然のように思ってたな……何でだろう?」

 

 

 物心ついた時からお母さんと二人暮らしだったし、お祖父ちゃんお祖母ちゃんに会った事も無いな、そう考えると……田舎暮らしなんだからそれくらいあってもよさそうなんだけども……

 

「あれ? そうなると何でお母さんはあんな田舎で暮らしてたんだろう……実家、ってわけでもなさそうだし……」

 

 

 今更ながら色々な事が気になってくる。間違いなく言える事は、お母さんは魔法師じゃ無かったという事くらいだ。勝手にお父さんが魔法師だったんだろうなと思ってたし、全属性魔法師が珍しいものだって事も霊峰学園に来るまで知らなかった。多分意図的に教えてもらえなかったんだろうな……父親について疑問を持たれないように……

 

「元希さん、起きてますか?」

 

「バエルさん? ええ、起きてますよ」

 

 

 考え事をしていたら、テントの外からバエルさんに声を掛けられた。ここは僕が生活してるテントであると同時にバエルさんが生活してるテントでもあるのだから、遠慮とか必要ないんだけどな……

 

「元希さん、あの事ですが……あまり気にし過ぎない方が良いと思いますよ」

 

「あの事って、僕が人工魔法師かもしれないって事ですか?」

 

「……ええ、違うかもしれないんですから、あまり気にし過ぎるのは精神衛生上良くないと思います」

 

 

 確かにバエルさんの言う通りなのかもしれないし、普段の僕ならそう考えただろう。だけど今の僕の精神は普通じゃ無かった。

 

「バエルさんに何が分かるって言うんですか? 僕みたいに望まれて生まれてきたんじゃないかもしれない僕の気持ちが、貴女に分かるんですか?」

 

 

 完全に八つ当たりだ。バエルさんは僕の事を心配してくれているのに、僕はその優しさが嫌だったんだ。みじめに想われているように錯覚してしまっているのだ。

 

「元希さんの気持ちは分かりませんけど、私も孤児でしたので……死んだと聞かされた両親がもしかした生きているのかも、とかは考えたりしました。私がいらなくなったので施設の前に捨てて、二人だけで生活してるのかも、とかね」

 

「あっ……ゴメンなさい。嫌な事を思い出させちゃいましたね」

 

「良いんですよ。ですから元希さんが不安になる気持ちは分かります。そういう時は誰かに甘えるのも良いと思いますよ。自分を大切に思ってくれる人がいるって分かると安心出来ますので」

 

 

 その言葉に、僕は堪えていたものがあふれ出てしまった。僕は不安に押しつぶされそうだったんだ、とその時に初めて自覚した。

 

「泣いて良いんですよ、元希さん。誰だって怖いですよ、本当の事を知るのは。でも、周りの人の優しさまで否定しちゃダメです。皆元希さんの事を心配してるんですから」

 

 

 僕はバエルさんに抱きつき、泣きじゃくってそのまま寝てしまった。起きたらちゃんとバエルさんに謝ってお礼を言おうと、夢の中で決意したのだった。




おっかしいな……ヒロインとして出したはずなのに、何故かお母さんやお姉さんみたいな感じになってる……


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友達との時間

大事な時間ですね


 調べが難航しているのか、その日学園に恵理さんと涼子さん、リーナさんの姿は無かった。重要案件とか来たらどうするつもりだったのだろうかと考えたけど、それは僕が考えても仕方の無い事なので途中からは気にしないようにしていた。

 

「元希、ちょっと良いか?」

 

「健吾君。どうかしたの?」

 

 

 普通科と魔法科を繋ぐ渡り廊下の向こう側から健吾君に声を掛けられ、僕は渡り廊下の丁度中央まで足を進める。健吾君も同じように中央までやってきて、そこで会話を始めるのが僕たちの決まりだ。別に互いの校舎に立ち入り禁止と言うわけではないのだけども、どうしても居心地が悪いのだ。

 

「理事長たちがいないらしいな。教頭が誰かと電話してるのを偶然聞いたんだが」

 

「調べ物らしいよ。それで教頭が誰と話してたか分かる?」

 

「いや……だけどかなり偉い人だって感じはしたな。『先生』って呼んでたから」

 

「『先生』? 代議士の人かな……それとも大学の教授とか?」

 

 

 あの教頭が「先生」と呼び、健吾君が教頭より偉そうだと感じたという事は、少なくともこの学園の教師ではなさそうだしな……

 

「何となくだけど、嫌な感じがしたから理事長たちに伝えようと思ったんだけど、いないって知ったから元希に伝えたんだが」

 

「ありがとう。恵理さんたちに伝えられるなら伝えとくよ。今朝から連絡つかないけどね」

 

「そうなのか? 元希からの電話にも出ないって事は、相当集中してるんだな」

 

「どういう意味?」

 

 

 別に僕からの電話だから優先的に出る、何て事は無いと思うんだけどな……

 

「だって理事長先生や早蕨先生って、元希の事好きだろ? 好きな相手からの電話に出ない程忙しいんじゃないかと思ってさ」

 

「そんなものなの?」

 

「そう思うぜ」

 

 

 健吾君の話に首を傾げた僕だったけど、ふと思い出した事があったので健吾君に相談する事にした。

 

「ちょっと話が変わるんだけど、相談しても良いかな?」

 

「相談? 元希が俺に? 勉強の事じゃないよな」

 

「うん。ちょっと分からない事があって……」

 

 

 そう前置きしてから、僕はバエルさんと一緒にいる時に起こるドキドキや、一緒にいて安心したりする事を健吾君に話した。これが何なのか僕には分からないけど、健吾君なら分かるかなと思っての事だ。

 

「完全に恋じゃねぇか、それ。一緒にいてドキドキするけど、一緒にいれて嬉しいんだろ? 何で分からなかったんだ?」

 

「恋……これが? いや、だって……分からないも何も初めてだし……」

 

「初めて!? この年になって初恋だって言うのかよ……どれだけ鈍感なんだよ、お前」

 

「だって! 僕の田舎には仲良かった同年代の女の子なんていなかったし、それにそんな事を考える余裕もないくらい忙しかったし……」

 

「お前の田舎、どうなってるんだよ……まぁ、とにかくその反応は間違いなく恋だな。誰だかは知らないが、元希が好きになった相手なら悪いヤツじゃないんだろうさ。俺は応援するぜ」

 

「ありがとう。ところで、健吾君は好きな人とかいないの? 僕も応援したいんだけど……」

 

 

 健吾君は頭も良いしカッコいいから女の子に人気があるだろうしね。誰が相手でも問題なさそうだけど……

 

「俺は今のところいねぇな。元希と喋ってる方が楽しいし」

 

「そうなの? 喜んでいいのかな、それって?」

 

「喜べって。魔法科の連中って普通科の人間を避ける感じがするし、普通科の人間も魔法科の生徒を見下し傾向があるけど、元希やその周りの人はそんな感じしないしよ」

 

「だって、魔法が使えるか否かの差があるだけで、同じ人間でしょ? 見下す必要もなければ避ける必要もないじゃん」

 

「俺もそう思うんだけどよ、他の人間は違うみたいだぜ」

 

 

 健吾君と談笑している間、僕は自分が望まれて生まれてきた子供では無いかもしれない、という不安を忘れる事が出来ていた。これが友達の力なのかと、心の中で健吾君にお礼を言ったのだった。




タイプは違うけど同じ天才ですからね。


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自習の内容

担任がいませんしね……


 恵理さんと涼子さんがいないため、授業は自習――ではなく、恵理さんが残した式紙が操作して演習をする事が殆どになっている。

 

「なぁ元希、おっさんの召喚ってどうやるんだ?」

 

「キマイラから聞いてないの? この空間にキマイラを呼び寄せる為の道をイメージして、心の中で強くキマイラを呼ぶんだよ」

 

「そうなのか。じゃあやってみるか」

 

 

 炎さんは物凄い集中力を発揮して、キマイラをこの仮想空間へと召喚しようとしている。もちろん、その間は僕や水奈さんたちで炎さんに攻撃が及ばないように守っているんだけど……

 

「今回も数が多いですわね」

 

「理事長先生が考えたプログラムですから、意地が悪いのは仕方ないとは思いますけど……これは多すぎます」

 

「急いで成長させたいみたいな感じがする……」

 

「でもまぁ、一体一体はそこまで強くないんだし、落ち着いて対処すれば僕たちなら大丈夫だって恵理さんが判断したんだよ、きっと」

 

 

 意地が悪い、ってのには賛同したいけども、モニターの前では恵理さんの式紙が僕たちの戦闘を記憶し、おそらくリアルタイムで恵理さんに伝えているのだろう。水奈さんや美土さんなら兎も角、僕まで恵理さんの悪口を言っていたと知られたら後が怖い……

 

「来い! おっさん」

 

「っ!? 炎さん、声に出す必要は無いんだよ……」

 

「まったく、人遣いが荒いのぅ、炎は……」

 

「おっさんは人じゃ無いだろ」

 

 

 けらけらと笑いながら、召喚に成功したキマイラの背に飛び乗る炎さん。なんだろう、この昔からの付き合いがあったような雰囲気は……

 

「して、ワシは何をすればいいんじゃ?」

 

「とりあえず、あいつらの中心に突撃だ! 何をするかは突っ込んでから決める」

 

「「「えぇ!?」」」

 

「……炎らしい無策」

 

 

 僕と水奈さんと美土さんが驚きの声を上げ、御影さんが褒めたのか貶したのか分からない感想を口にする。らしいかどうかはともかくとして、確かに無策だ。

 

「元希、お前も早く乗れって」

 

「僕も!?」

 

「アタシ一人で突っ込んでもやられるだけだろ?」

 

「……だったら突っ込まなきゃ良いのに」

 

 

 とりあえず一人で突っ込んだらやられる、と言う事は理解しているらしい……でも、僕が一緒なら大丈夫だと思う根拠が知りたいな……

 

「じゃあ飛ばすぞ! 他の娘たちも外側から攻撃して倒していくんじゃな」

 

「ちょっと、おっさん! さっさと突っ込めよ!」

 

「やれやれ……やはり炎は人遣いが荒いの」

 

 

 炎さんの指示にやれやれと呟きながらも、キマイラは楽しそうに敵の中心に突っ込んでいく……あぁもう! どうとでもなれ!

 

「炎よ、我を中心とし爆炎を繰り広げろ『エクスプロージョン』」

 

 

 敵の中心に到着したのを見計らって、僕は敵を全て燃やしつくす事にした。炎さんは火属性には体制があるし、キマイラにはこっそりと防御魔法を掛けておいた。これで僕たちにダメージが来る心配は無いし、ここに突っ込む前に、水奈さんたちには僕が上級魔法を放つと教えてある。だからきっと大丈夫だろう。

 

「すげーな、元希! 一気に敵が吹っ飛んだぜ!」

 

「楽しそうじゃな、炎よ。じゃが元希、威力を抑え過ぎではないか?」

 

「最大出力でやって、もし生き残った敵がいたら僕が邪魔でしょ? 戦力外の人間を庇いながら戦うのは大変だし」

 

 

 それに、このくらいの威力でも十分倒せるくらいのプログラムだしね。僕の予想通り、敵は全て燃え尽きて訓練終了の合図が仮想世界に鳴り響いた。

 

「終わったな。さすが元希だぜ!」

 

「炎さん、そのわしゃわしゃは止めてって言ってるじゃないか!」

 

 

 炎さんに抱きしめられ、髪の毛をわしゃわしゃと撫でられながら、僕は恵理さんが何故こんなプログラムを組んだのかを考えていたのだった。




大胆かつ豪快に……


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元希に対する認識

まぁ、そんな感じの人もいますし……


 一気に実習相手を薙ぎ払った僕は、小さくため息を吐いた。本当なら僕も自分の出自を調べに行きたいのだが、周りに余計な心配をかけたくないという気持ちで板挟みになっているのだ。

 

「さっすが元希だな! あっという間に敵が吹き飛んだぜ!」

 

「今のはお主のみの力か? それとも、神の力を借りての威力か?」

 

「普通に僕だけの力だけど……何か問題でもあった?」

 

 

 一応周りに被害が及ばないように抑えたつもりだし、事実僕も炎さんもキマイラも煤一つ付いていない。

 

「普通の魔法師には、あれだけの威力を制御する術は無いと思うんじゃが……ましてや高校生のお主がコントロール出来る規模の魔法じゃ無いじゃろうし……」

 

「元希は普通と違うんだから仕方ないだろ。でもさ、あんな規格外の魔法、ぶっ放してみたいよなー」

 

「炎はどうも女っぽくないのう……」

 

「別にいいだろ。大魔法はロマンだと思うぜ?」

 

「確かに。あれだけの威力の魔法をぶっ放すのは爽快じゃろうな」

 

 

 二人の会話を他所に、僕は悩んでいた。今まで普通に使ってた魔法だったけども、ここにも普通とのズレを感じてしまったのだ……

 魔法師は魔法の使えない人から見れば異常であるとされるが、今の生活には欠かせない存在でもある。その中でも僕はズレているのだと思い知らされて……今まで普通だと思っていた事全てが異常に思えてしまうのだ。

 

「あまり気にするでないぞ。お主はお主なのじゃから」

 

「おっさんが余計な事を言ったからだろ?」

 

「じゃから謝ったんじゃろうが。炎もデリカシーに欠けておるじゃろうが」

 

「デリカシー? そんなの気にしてないぞ」

 

「とりあえず、皆と合流しようよ。現実世界に戻る為に、一ヶ所に集まらないとダメだし」

 

 

 僕はとりあえず明るく振る舞うことにした。前に健吾君と話した時に自分で言ったじゃないか。他と違うとかそんな理由で避けたりする必要は無いって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恵理さんたちが調査に出て数日、僕たちはひたすら実戦訓練を続けていた。時には僕に一切魔法を使わせずに戦ってみたりと、水奈さんたちも僕の力に追いつこうと努力しているみたいだった。

 

「元希様が異常なのではなく、私たちが弱いだけかもしれませんわ」

 

「元希さんの力は確かにずば抜けていますけど、追いつけないと決めつける必要は無いですね」

 

「頑張れば、もっと元希君の力になれる」

 

「……皆」

 

「だから言ったじゃろ? あまり気にするなと」

 

「おっさんが気にさせたんだろうが」

 

 

 皆が僕を気遣ってくれている、これは凄くうれしい事だ。クラスメイト以外でも、秋穂さんやバエルさんも僕が普通である事を証明する為に努力を重ねているらしいと聞いた。

 

「普通と違うとか、そんな事だけで今まで築いてきた関係が崩れる事はそう多くない。そして、お主は周りから思われておるからの、心配するだけ無駄じゃよ」

 

「おっさんだけじゃなくって、元希には水やリンだっているだろ? 元希は元希、アタシたちの共通の弟みたいな存在だ」

 

「弟って、僕と炎さんたちは同い年じゃないか」

 

 

 確かに僕は見た目が幼いけど、同い年の女の子に弟扱いされるほどじゃないと思うんだけどな……

 

「ん? 秋穂やバエルだって、元希の事弟だって思ってるんじゃないのか? まぁ、水奈とかは、別の感情が強いけどな」

 

「炎だってその感情はあるじゃろうが」

 

「う、五月蠅いな! 別にいいだろ!」

 

 

 炎さんが照れてる? 何だか珍しい物を見た気がする……でも、確かに弟だって思われてる節はあるなとは思ってるんだよね……でも、僕は一応同い年なんだと思って欲しい。




炎は間違いなく弟だと思ってそう……


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水の近況

久しぶりに登場させたら、口調忘れてた……


 恵理さんと涼子さんとリーナさんから連絡があり、あと一週間もすれば帰ってくるとの事だった。何か分かったのかと聞いても、それは帰って来てから教えるとしか言ってくれなかったので、僕はずっと気になっていた。

 

「元希さん、何をそわそわしてるんですか?」

 

「恵理さんと涼子さん、リーナの調べ物が一段落して、漸く帰ってくるんですよ。まぁ、まだ一週間くらいは掛かるみたいですけどね」

 

「……その三人が帰ってくるのが嬉しいんですか?」

 

「えっ? まぁ嬉しいと言えば嬉しいですし、知りたい事が知れるって言うのも待ち遠しい理由ですけどね」

 

 

 何か勘違いしてるようなので、僕はバエルさんにそわそわしてた理由を告げた。僕が普通に生まれてきた魔法師じゃないかもしれない、ということはキマイラがお酒の勢いで教えちゃったから、バエルさんも納得してくれたようだった。

 

「なるほど……良かった」

 

「良かった?」

 

「い、いえ! 何でも無いですよ! ……ところで、最近水さんが帰って来ませんね」

 

「そう言えば……忙しいのかな?」

 

 

 アメフラシのアマを連れていって以来、水はこっちに顔を見せていない。使いを出せば現状を知ることは簡単だし、会おうと思えばいつでも会いに行けるから、足が遠のくのだろうな……

 

「ちょっと様子を見てこようかな……」

 

「私も行きましょうか?」

 

「バエルさんも? ……じゃあ、一緒に行きましょうか」

 

 

 この間健吾君に相談してから、ますます僕はバエルさんと一緒にいるとドキドキしている。向こうは僕の事、せいぜい弟くらいにしか想ってくれてないんだろうなと思うと、ちょっと悲しいけどね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水が代理で治めている土地に足を運び、遠くから水とアマの様子を窺い見る。別に直接顔を見ても良かったんだけど、僕の中でリンとシンが探るように見てから会った方が良いと言ってきたからだ。

 

「普通に水田とかは安定してるっぽいね」

 

「適度に雨が降っているのか、地面も乾いてませんしね」

 

「土壌も安定してるし、リンとシンが焦って復帰しなくても当分は大丈夫そうだね」

 

 

 その分、水が苦労してるんだろうけども、忘れられた土地で一人ポツンと生活してるより、神様として祭られて忙しい方が水も幸せだろうしね。

 

「ちょっと顔を見に行こう。もう大丈夫だって確認も取れたし」

 

「そうですね」

 

 

 無意識なのか、バエルさんは僕の手を取って歩きはじめる。男として意識されて無いから、こんなにあっさりと手を握ってくれるのかな……

 

「おお、主様じゃないか! どうかしたのか?」

 

「ちょっと様子を見にね。アマも元気そうだね。キマイラが会いたがってたよ」

 

 

 足下にすり寄って来たアマの頭を撫で、僕はキマイラの事を伝えた。するとちょっと寂しそうに俯いてしまった。多分アマもキマイラに会いたいんだろうな……

 

「一日なら会いに行っても構わないぞ。今は安定してるから、一日二日お前が不在でもなんとかなる」

 

 

 水の言葉に反応して、アマがピョンピョン跳ねる。余程キマイラに会えるのが嬉しいんだろうな。

 

「そう言うわけで主様、そやつを連れて帰ってくれんか? また数日後に連れてきてくれればよいから」

 

「分かった。それと、これ差し入れ」

 

 

 僕は水が好きな天然水の入ったペットボトルを差しだす。すると、今度は水がピョンピョン跳ねまわった。

 

「さすがは主様じゃの。これでまた暫くは頑張れそうじゃ。……ところで、何時まで代理を務めていれば良いんじゃ?」

 

「……もうちょっとかな。完全に回復してないっぽいし」

 

「そうか。まぁ、中途半端に回復して出て来られても困るからな」

 

 

 水にそう告げて、僕はアマを連れて拠点に帰る事にした。それにしても、水も頑張ってるんだな……僕も頑張ろう、色々と。




アマは喋らないから楽ですけどね……


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恥じらい

普通は逆だと思う……


 アマを連れて帰って来た僕たちを見つけたのか、キマイラが凄い勢いで近づいてきた。それと同時に、アマも嬉しそうにピョンピョン跳ねて、キマイラの方へ向かって行った。

 

「随分仲良しなんですね」

 

「そうみたいだね」

 

 

 二匹が嬉しそうにじゃれているのを、僕とバエルさんは少し離れた場所で眺めていた。

 

「おーい、おっさん? 何を急に駆け出して……あぁ、友達が帰って来たのか」

 

「炎さん、その顔どうしたの?」

 

「お? あぁ、ちょっと魔法開発をしてたら失敗してよ。小規模な爆発を起こしちゃったんだよ。それで煤塗れになってるだけだ」

 

「……お風呂で流してきた方が良いよ」

 

「そうですよ。長い時間煤塗れですと、落ちない可能性も出てきてしまいますし」

 

 

 僕とバエルさんが心配そうに言うと、炎さんはあっけらかんと笑いながら僕たちの心配を不要だと言ってきた。

 

「大丈夫だって。水奈に出してもらった水で身体を洗えば、きれいさっぱり汚れは落ちるから」

 

「水奈さんに、ですか?」

 

「水奈さんの家は元々水神に仕えていたから、その家の人が出す水は神気を帯びていると言われてるんですよね。そしてその水は、対象の汚れを綺麗に洗い流すとか」

 

 

 物理的汚れでは無いんだろうけども、そっちでも効果を発揮するんだろうな。

 

「ウチの炎は浄化の炎、美土の家の風は祝福の風、御影の家の光は導きの光、なんて言われてるけど、正直分からないけどな」

 

「とにかく、女の子がそんな汚れた格好でうろつくのは良くないと思うよ」

 

「そうですね。炎さんはもう少し身だしなみに気を使った方が良いと思います」

 

「そうか? じゃあ風呂にするか。もちろん、元希やバエルも一緒だからな」

 

 

 小柄な身体に似合わず、炎さんはかなり力強い。僕とバエルさんの腕を掴んでずんずんと進んでいく。

 

「ちょっと! 僕は一緒に入らないよ!」

 

「ここではお風呂は全員一緒、一緒に入れない時でもなるべく全員で集まるってのが決まりだろ? だから元希も一緒に入るんだよ。お前も結構汚れてるしな」

 

「え?」

 

 

 僕は自分の足下を見て、汚れている事に漸く気がついた。さっき隠れて様子を窺ってた時に汚れたのだろう。

 

「アタシが綺麗に洗ってやるから、覚悟しな」

 

「自分で洗えるよぅ……」

 

 

 僕と炎さんのやり取りを、バエルさんは楽しそうに眺めている。全員同い年なんだけど、バエルさんだけ年上の感じがするのは何でだろう……

 

「漸く来ましたわね。遅いですわよ、炎……さん?」

 

「あら、元希さんたちもご一緒なんですね」

 

「炎、ナイス」

 

「でも、炎ばっかり元希君と手を繋ぐのは不公平だと思うけどね」

 

 

 既に僕たち以外の全員が集まっていた。もちろんお風呂場なので全員裸だ……前も隠していない。

 

「ちょ、ちょっと! 前から言ってるけど、少しは隠してよぅ」

 

「元希様に見られるのでしたら、私は構いませんわ」

 

「わたしも。元希君のも見てるしね」

 

「見た目に似合わず立派」

 

「これがギャップという事なのかな?」

 

 

 じろじろと見られ、僕は恥ずかしくなってきて逃げ出そうとしたが、炎さんががっちりと僕の腕を掴んで離さない。

 

「ほら、洗うから大人しくしろ」

 

「炎さんもせめて隠す努力はしてよ!」

 

「? 別に見られても恥ずかしくないだろ。今更だし」

 

「そう言う事じゃないの! 僕は何時まで経っても恥ずかしいんだよ!」

 

 

 僕の叫び声が反響したが、誰の心にも響かなかったようだった……ここに恵理さんや涼子さん、リーナさんが加わっても一緒の結果なんだろうな……




元希君が恥じらい女子が歓喜する……絶対逆だと思う……


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老婆心

使い方正しいのかな……


 色々あったお風呂から漸く出てきた僕は、ぐったりした気分でテントの中で倒れ込む。これから夕飯の用意が始まるのだが、僕は今日当番では無いので完成まで休んでいようと思っていたのだ。

 

「ちょっと良いか、元希よ」

 

「キマイラ? 何かあったの?」

 

 

 基本的に炎さんと一緒に行動しているキマイラが、何故か別行動をして僕のテントを訪ねてきた。彼の背中にはアマが乗っている。

 

「随分と仲が良いんだね」

 

「こ奴の両親とは古馴染じゃったからの。ワシにとってこ奴は子供みたいなもんじゃ」

 

「そうなんだ。それで、用事はなに?」

 

「いやな、暇じゃったからお主が三柱の神を従えたいきさつを聞きたくての」

 

 

 別に従えてるわけじゃないんだけどな……水はともかく、他の二人は僕の中で力を回復させてるだけだし……

 

「あの水神、人に従うようなタイプではないじゃろうに」

 

「水? 水は日本支部の人たちが討伐に失敗して逃げ出した先が、霊峰学園だっただけだよ。偶々僕が傷を治療したら、なつかれちゃって」

 

「神の傷を治したのか? 随分と高い治癒スキルじゃの」

 

「そうなの? リンはこの側の雑木林で倒れてるのを助けただけだよ。外来種を処理するのに力を使い過ぎて、元の姿でいられなくなっちゃったらしいんだ。それで記憶も失ってたから、僕と一緒に行動してただけで、従えてるわけじゃないよ」

 

「じゃが、お主の中で生活しておるのじゃろ? 普通神が人間に宿るなどあり得んぞ。それこそ、主従関係でもない限り」

 

 

 そうなんだ。神との契約には色々と面倒が付きまとうって、なんかの本で読んだ事があるし、実際に契約したら人間が従で神が主のはずだ。だけど僕はリンに命令されないし、僕もリンに命令はしない。これは正式な主従契約じゃないからだろうか?

 

「もう一柱の神はどうなんじゃ?」

 

「シン? 彼はリンの弟で、リンの事を心配して現れただけだよ。色々あって力を使いはたしてリンと一緒に僕の中にいるけど」

 

「二柱も人の身に宿せば、必ずと言って良い確率で魔力が暴走するはずじゃが、お主にはそれが無い。どれほどの制御力なんじゃ……」

 

「本当の契約じゃないからだと思うよ。契約してたら、多分きっと僕の魔力は暴走してると思うし」

 

「あれほどの魔力……暴走させたら街一つどころか国一つ消し去ってしまうほどじゃからな。万が一正式な契約を交わす場合でも、慎重に事を運ぶんじゃぞ。ワシも折角永らえた命を失いたくは無いからの」

 

「……僕だってまだ死にたくないよ」

 

 

 国一つ消え去るかもしれない魔力じゃ、暴走させた僕だってただじゃすまないだろうし……てか、そんなに強大な魔力を有してるつもりは無いんだけど。

 

「こ奴もお主を気に行っておるようじゃし、くれぐれも魔力の制御には細心の注意を払ってくれ」

 

「分かってるし、それ程強力な魔法を放つ機会なんてそうそうないだろうしね」

 

 

 それに、そろそろ恵理さんや涼子さんが帰ってくるから、あの二人がいてくれれば僕がそんなに強力な魔法を放つ必要も無くなるだろう。僕はキマイラの心配を大袈裟だと思っているし、キマイラの方も一応って感じだった。

 

「それじゃあ、ワシはこ奴と散歩にでも出掛けてくるかの」

 

「そろそろ夕ご飯だから、あんまり遠くにはいかないでよ」

 

「分かっておるわい」

 

 

 そう言い残してキマイラとアマは散歩に出かけた。てか、アマは喋って無いけどね……




何事も気にし過ぎは良くないですからね……


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全属性魔法師の苦悩

高みの人間にしか分からない事もある……


 漸く帰って来た恵理さんと涼子さんから、理事長室に来るように言われたので、僕は一人で理事長室へと向かっていた。それにしても、授業中だったのに呼び出すという事は、何か分かったんだろうか……

 

「失礼します、東海林ですけど」

 

『開いてるから入ってきて』

 

 

 ノックして名前を告げると、恵理さんの声が返って来た。声の感じからすると、別に疲れているとかそういった事はなさそうだ。

 

「失礼し――」

 

「元希君、久しぶり!」

 

「うわぁ!?」

 

 

 理事長室に入った途端、恵理さんの熱烈歓迎に遭った。凄い勢いで抱きつかれたから、危うく倒れそうになってしまったよ……

 

「姉さん、あまり元希君を困らせちゃダメですよ」

 

「分かってるけど、暫く会えなかったから存分に元希君を感じようと思って」

 

「二人とも、リーナさんは? 一緒だったんじゃ」

 

「リーナは別行動よ。それに、まだ調べ終わって無いってこの前聞いたわ」

 

 

 あれ? 一緒に行動してるって聞いてたんだけど、どこかで別れたのかな?

 

「早速だけど元希君、貴方の出自は一応分かったわ。聞きたい?」

 

「……聞きたくないですけど、聞かなければいけないでしょうね。覚悟は出来てます」

 

「そう……じゃあ言うけど、貴方はあの田舎で生まれた人間では無かったわ。何処を調べても貴方の出生届はあの村役場にはなかった」

 

「役場を調べたんですか? どうやって?」

 

 

 今の時代、個人情報を開示させるのは国家権力でも難しいのに……

 

「それは内緒。でも『東海林元希』の出生届は間違いなくあの役場には出されていなかった。そして君のお母さんも、本当のお母さんじゃないみたいよ」

 

「育ての親、って事ですか?」

 

「そうみたいね。何であの人を選んだのかは分からなかったけど、別の場所で生まれた元希君をあの女性が育てたのは確かよ」

 

「父親の方は、姉さんと私では調べられませんでした。多分リーナが調べてるのはそっちだと思います」

 

「父親も母親もハッキリしないなんて……やっぱり僕はキマイラのように人工的に造られた存在……」

 

 

 全属性魔法師は、普通の家系から生まれるはずはない。でも恵理さんと涼子さんだって普通の魔法師の家庭で生まれて、全属性魔法師なんだよね……じゃあ僕も普通の魔法師の家庭で生まれた魔法師の可能性があるんじゃないだろうか?

 

「一応DNA鑑定もしたけど、やっぱり元希君の親は分からなかったわ。育ててくれたお母さんとは、完全に一致しなかったし」

 

「ちょっと気になったんですけど、人工的に造られた人間の場合、その元となる人間がいるはずですよね? 無の状態から人間を造り出す研究なんて、聞いた事ありませんし」

 

「そのはずよ。私たちも聞いた事無いもの」

 

「昔アメリカでそのような研究がされていたはずですが、成果が出ずに研究は中止になったとリーナが言っていました。ですから何処の国でも無の状態から人間を造り出すのは不可能です」

 

「それに、元希君は人工人間じゃないわよ。それは私たちが保証するわよ」

 

 

 何か根拠があるのだろうか? もしあるのであれば教えて欲しい。この不安を打ち消す根拠が欲しい。

 

「元希君は私たちと似た感じがするのよ。全属性魔法師であるだけで世間から恐れられ、本当の親も分からず生きてきた私たちと同じね」

 

「でも私たちは人工人間じゃありません。人工人間は感情を持たないと言われてますし、もし人工人間なら日本支部の連中が意地でも手に入れたいと思うでしょうし」

 

 

 根拠としては弱いけど、恵理さんと涼子さんが信じているのなら、僕もその可能性を信じよう。もし何かあっても僕一人で背負わなくても良いんだと思えば、少しは楽になるだろうしね。




この悩みは解決するのだろうか……


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含蓄のある言葉

またしてもアイツが……


 恵理さんと涼子さんと一緒に拠点に戻ると、キマイラが心配そうに出迎えてくれた。

 

「戻ったか少年。して、何か分かったのか?」

 

「まだ全容は分からないけど、僕があの村出身じゃ無かったという事は分かったよ。お母さんも本当のお母さんじゃなかった」

 

「そうか……じゃが、今まで親子として過ごしてきた時間は否定してはいかんぞ。どんな理由なのかは分からんが、お主を息子として育ててくれた事は確かなのじゃから」

 

 

 キマイラの言葉に、僕は頷いた。本当のお母さんじゃないとしても、あの人は間違いなく僕のお母さんだった。一緒にお風呂に入ったりご飯を食べたりした記憶もあるし、僕の事を本気で心配してくれたんだ。血のつながりなんて関係なく、あの人は僕のお母さんだって今でも言い切れる。それだけ一緒に過ごしてきた時間は僕の中で大きいのだから。

 

「それにしても、人工モンスターって賢いのね。岩崎さんにまかせっきりだったから詳しく調べて無かったけど、知能高いのね」

 

「ワシは単純に年の功じゃよ、お若いの。老骨の経験からの言葉じゃから、そこまで感心する事は無いじゃろ」

 

「いえ、私たち年若の者には、年長者の言葉は大きな意味を持ちます。ましてや私や姉さん、元希君のように普通の人間からも魔法師からも敬遠される存在にとっては」

 

「気にし過ぎじゃと思うがの。少年には普通科の生徒に友人がおるようじゃし、必ずしも敬遠されるわけじゃないのじゃろうよ」

 

 

 一応魔物であるはずのキマイラに人生を語られてる僕ら三人は、事情を知らない人から見ればどんな風に見えるんだろう? そもそも事情を知らない人は、キマイラが喋ってる時点で不気味がるのかな?

 

「ワシが言いたい事は、全属性魔法師じゃからと言って敬遠される必要はないという事じゃ。お主らも他の魔法師と変わらぬ――もっと言えば普通の人間と変わらない存在なのじゃよ。魔物であるワシが言うんじゃから説得力は無いかもしれんがの」

 

「そんな事無いわよ。ありがとう、キマイラ」

 

「私たちは少し気にし過ぎてたのかもしれませんね。しかも無意識に」

 

「でも、その考えを全ての人に持ってもらわないと、僕たちが気にしなくても状況はあまり変わってくれないんだよね……キマイラのように皆が思ってくれるように、僕たちも頑張りましょう」

 

「前向きになれたようじゃの。さっきまで暗い顔をしておったからつい語ってしまったのじゃよ。年寄りの戯言でも役に立ったのなら幸いじゃ」

 

 

 そう言い残してキマイラはアマと一緒に炎さんのところへ行ってしまった。やっぱり人間でも魔物でも、経験を重ねることで言葉に重みが出てくるんだな……

 

「さて、久しぶりに帰って来た事だし、一緒にお風呂に入ろうか、元希君」

 

「えぇ!? 何でそんな流れに……」

 

「共同生活する上で決めた事がありますからね。他の皆さんも呼びましょう」

 

「涼子さんも、何でノリノリなんですか!?」

 

 

 何時もなら恵理さんより申し訳なさそうな雰囲気のはずなのに、今日は恵理さん以上にノリノリの涼子さん。もしかして数週間別行動だったからかな? 普段大人しい人ほど、禁断症状が出た時が怖いって何かの本で読んだし……

 

「さぁ元希君、隅々まで洗ってあげますからね」

 

「ちょっ、涼子さん!? 脱がすならせめて脱衣所にしてください!」

 

 

 いくら周りに誰もいないからって、こんなところで脱がされたくない。せめてもの抵抗としてじたばたしたけども、何時の間にかパンツ以外を脱がされていた……お願いだから最後の一枚は踏み止まってくれないかな……




伊達に長生きしていないという事で……


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元希と日本支部の確執

元希君は悪くないと思うけど……


 抵抗空しく全てを脱がされた僕は、恵理さんと涼子さんに連れられて女子更衣室に来ていた。先に準備していたのか、炎さんや水奈さんたちもそこにいて、僕は逃げ出したい気持ちでいっぱいになっていた。

 

「おう元希、遅かったな」

 

「炎さん、その口調はどうにかなりませんの? 炎さんも一応は令嬢なのですから、言葉遣いは厳しく躾けられたはずですわよね?」

 

「アタシは別にそんな事気にしなかったからな。それより、水奈こそもう少し気楽に喋れないのか? 堅苦しいぞ」

 

「まぁまぁ、炎も水奈もその事は置いておきなさいよ。口調なんてすぐに改められないんだからさ」

 

「秋穂さんの言う通りですね。お二人とも、少しは気に止めておいた方がいいですよ」

 

 

 喧嘩になりかけたのを、秋穂さんと美土さんが宥めて穏便に治まった。まぁ、確かに口調を改めるのは大変だし、結構な勇気もいるだろうしね……

 

「それより元希君、何で脱衣所に来る前から裸なの?」

 

「いくら人がいないからって、さすがに解放過ぎじゃね?」

 

「僕が好きで脱いだわけじゃないよ! 恵理さんと涼子さんに……」

 

「さぁ元希君! 隅々まで洗うから覚悟しなさい」

 

「皆さんも元希君を洗いたいなら急いでくださいね」

 

 

 急いでって、僕は何人に洗われるんですか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの騒動から数日後、いよいよリーナさんが帰ってくる。彼女は僕の出生を辿り、ついでに恵理さんと涼子さんの戸籍も調べると言っていたらしい。前も思ったけど、戸籍なんて簡単に調べられるのだろうか?

 

「よう元希、なに辛気臭い顔してるんだ?」

 

「あっ、健吾君……そんな顔してる?」

 

「ああ、高校生がしちゃいけない顔してるぜ」

 

 

 どんな顔だろう、それは……まぁ、多分鏡を見れば分かるんだろうけど。

 

「最近何だか落ち込んでるよな、お前? 悩みがあるなら相談に乗るぜ。まぁ、恋の悩みなら俺には分からないけどな」

 

「大丈夫、そう言った事じゃないから。そもそも悩んでるわけじゃ無くって試験どうしようって考えてるだけだよ」

 

「試験? あぁ、魔法科は国から定期的に魔法能力を図る試験を受けるように言われてるんだっけか。でも、元希なら考えるまでもなく受ければ合格だろ? 何を考えるって言うんだよ」

 

「受けるか受けないかを……この前日本支部の人たちとちょっとあってね……会い難いんだよ」

 

 

 リンやシンの時もそうだし、水の時も正面からぶつかった。そしてなにも言ってこないけど、キマイラの事も気にしてるんだろうし、今顔を合わせれば最悪魔法戦争に発展するかもしれないのだ。

 

「大変だな……あっ、そう言えば、この前教頭が話してた『先生』な、あれここら一帯を監視してる代議士らしいってさ。担任にそれとなく聞いたらあっさり教えてくれた」

 

「代議士? 監視? この辺りは学園の自治のはずだよね?」

 

「だから、裏でこっそりってヤツだろ。教頭に金でも掴ませて情報を貰ってるとかじゃないの? まぁ、公然の秘密っぽいけどな」

 

 

 確かに、バレてるのに裏でこっそりは不可能だ。それでも表だって動かないのは、恵理さんや涼子さんと一戦交えたくないからなんだろうな……二人は世界的に有名な全属性魔法師で、今の日本支部なら十分もてば良い方だってリーナさんが言ってたし。

 

「会い難いなら受けなければ良いんじゃないか? 言われてるだけで義務じゃないんだろ? 一回くらい飛ばしても良いと思うぜ、俺は」

 

「そっか。ありがとう、健吾君」

 

「気にするな。友達だろ」

 

 

 健吾君は、僕が普通に生まれてきたわけじゃないと知っても、友達だと思ってくれるのかな? 健吾君は物事の捉え方が大雑把だけど、ちゃんと僕を見てくれているし、多分大丈夫だよね……リーナさんの結果次第だけど、健吾君には打ち明けた方がよさそうだし……




いい相談相手だなぁ……


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リーナの情報

久しぶりに出したら口調が……


 理事長室に集まった僕たちは、早速リーナさんの話を聞く事にした――のだけど……

 

「いやー、何日も元希ちゃんと離れてたからねー。もう少し抱きしめさせて」

 

「く、苦しい……」

 

 

 リーナさんの抱きしめられて身動きが取れなくなってしまった。

 

「リーナ、早いところ情報を聞かせてくれないかしら?」

 

「元希君も気にしてますし、私たちも自分たちの出自がハッキリしないと分かった今、貴女の情報が必要なんです」

 

「しょうがないわね……元希ちゃん、後でまた抱きしめさせてね」

 

 

 断りたいけど、リーナさんの眼が断ったら言わないと言っているので仕方なく頷いた。

 

「まず恵理と涼子の出自だけど、貴女たちから聞かされてた両親の戸籍を調べたけど『早蕨』って苗字じゃなかったわ。貴女たちが一緒に生活してた十数年だけその姓を名乗ってたらしいけど、今は別の姓だったわ」

 

「つまり、私たちも養父母に育てられたってわけね」

 

「そうなるわね。それから元希ちゃんのルーツを探ってみたけど、やっぱり元になった人のデータは見つからなかったわ。元々無いのか、それとも私でも探れない程深い場所に隠してあるのか」

 

「日本支部のデータで、リーナが探れないものがあるのね」

 

「余程隠したい事なんじゃない? 人工魔法師実験は、人道的にも技術的にも廃止されて当然の研究だったんだし」

 

 

 その実験が行われていたのは、三十年以上前の話しで、もしその実験が密かに続けられており、僕や恵理さんたちが造られたとしたのなら、これから先また同じような境遇の子が造られるのかもしれない。

 

「これはついでだけど、日本支部のお偉いさんがここの副校長から多額の賄賂を受け取ってるわね。何に使ってるのか分からなかったけど、表に出せないお金だって事は確かだし、おおっぴらに出来ない事に使ってるのも確かよ」

 

「あの禿げ親父は早々にクビにするとして、もしそのお金で人工魔法師実験が行われてるのだとしたら、最悪死んでもらうしかないわね」

 

「姉さん、殺すにしても私たちがやったとバレないようにしないといけません。多分どんな手段で殺してもバレるでしょうけども、なるべく証拠を残さず、かつしらばっくれられるようにしてください」

 

 

 ……物凄く物騒な事を話してるけど、今はツッコまないでおこう。それよりも今後どう動くかだ。

 

「私はもう少し探りを入れに行くから、テキトーに学校側への説明よろしくね」

 

「私が理事長なんだから、リーナ一人休んでる理由をでっちあげるくらい楽勝よ。それより、あまり深追いし過ぎて返り打ちに遭わないでよね」

 

「大丈夫だって。それより、元希ちゃんの田舎の事だけど、あの場所には日本支部の研究施設があるって噂よ。何か知らない?」

 

「研究施設……ですか?」

 

 

 リーナさんに問われ、僕は田舎の光景を思い浮かべる。確か立ち入り禁止区域があったような……でもあそこは毒蛇や毒キノコがあるから入らない方が良いって言われてる場所だし……でも、今思えば不自然じゃないか? 毒蛇がいるのなら退治すればいいのに、誰もそんな事言いださなかった様な……

 

「心当たりがあるのね?」

 

「立ち入り禁止区域があって、今思えばそこに研究施設があったのかもしれません」

 

「地図、書けるかしら?」

 

「絵は上手くないですけど」

 

 

 僕は覚えてる限りの田舎の光景を絵に起こしリーナさんに手渡した。もしあの田舎で研究が行われているのなら、僕はそこで造られたと言う事になるのだろう……

 

「それじゃあ、元希ちゃんを思う存分抱きしめたら出掛けるわね」

 

「気が済むなんてあり得るの?」

 

 

 恵理さんの質問に、リーナさんは不気味な笑みを浮かべるだけだった。結局リーナさんが再び出掛けたのは、二時間僕を抱きしめた後だった……




色々と問題山積みに……


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早蕨姉妹の心境

意外としっかりしてる……のか?


 恵理さんも涼子さんも僕と同じく養父母に育てられたという事実を聞かされ、僕は気まずい空気の中なにも言えずに座っていた。

 

「別に本当の両親だろうが違かろうが気にしないから、元希君もそんな顔しないの」

 

「そうですよ。私たちは両親なんていなかったと思ってるんですから、元希君が気にする事じゃありませんよ」

 

「ですが、そう簡単に割り切れるものじゃないですよね? 恵理さんも涼子さんもつらそうな顔してますし」

 

 

 口では気にしてないと言っても表情がそう言っている。いくらいないものだって思っていても、さすがにダメージは避けられなかったのだろう。

 

「元希君の観察眼には恐れ入ったわね。いくら気にしてなかったと言っても、さっきまで血の繋がりを疑ってなかったから」

 

「私たちの養父母は魔法師でしたからね。元希君みたいに魔法が使えない女性に育てられたわけじゃ無かったので余計に疑えませんでした」

 

「あんまり似て無いとは思ってたし、愛されて無いとも感じてたけど……そっか、血が繋がって無かったからなんだ……」

 

 

 あの恵理さんが本気でへこんでるように見える……どんなことにも動じない女性だと思ってたけど、やっぱり本当の両親じゃないという事実は相当堪えるんだろうな……僕もかなり堪えたし。

 

「全属性魔法師三人ともが養父母に育てられたという事は、私たちは何処から生まれてきたのかも分からなくなったわね」

 

「リーナが元希君の田舎にあるとされる研究施設を調べ終えれば、おのずと分かると思いますけどね」

 

「分かりたい、とは思えないけどね」

 

 

 恵理さんの言葉に、涼子さんが沈鬱な表情で同意した。確かに知りたくない事ではあるけども、知らなければ先に進めない事なのだ。聞きたくない、知りたくないと言っても逃げられるものでも無いだろうしね。

 

「とりあえず皆には黙っておきましょう。私たちまでとなると、あの子たちも反応に困るかもしれないし」

 

「ですが、炎さんたちは意外と大らかですし、僕が造られた存在かもしれないって聞かされても、態度を変える事は無かったですよ」

 

「まぁ、それは元希君だったからでしょうけども、確かに岩崎さんたちなら受け容れてくれるかもしれないわね」

 

「彼女たちもまた、普通とは違う家の人ですからね」

 

「普通とは違う? どういう事ですか?」

 

 

 炎さんたちもまた、人工的に造られたとでも言うのだろうか?

 

「聞いてない? 彼女たちの使う魔法には、他の人とは違う効果があるって」

 

「浄化、癒し、祝福、導きってやつですか?」

 

「そうよ。その中でもあの四人の魔法は跳びぬけて効果が高いと言われてるからね。魔法師の中でも敬遠されがちだったのよ、あの子たちも」

 

「異端――とまでは行かなくても、あの四人も私たちの今の状況と似てるんですよ。まぁ、彼女たちには岩清水さんという理解者がいてくれたので真っすぐ育ったと言えますがね」

 

 

 理解者がいてくれれば、僕らも歪まずに生活出来るだろう。そして、僕は炎さんたちに受け容れてもらう事が出来た。おそらく恵理さんや涼子さんだって受け容れてもらえるだろうし、炎さんたちが僕たちを無視するような事をする人じゃないと思っている。

 

「それじゃあ、説明しに行きましょうか」

 

「姉さんが説明するんですか?」

 

「元希君、お願いね」

 

「えぇ!? 僕が説明するんですか?」

 

 

 自分の事じゃ無いのにと思ったけど、恵理さんも涼子さんもまだ自分の中で整理が付いていないのだろう。その事が分かってしまったので、僕は炎さんたちに説明する任を引き受けたのだった。




説明役、元希君……


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六人の反応

この六人は理解力あるなぁ……


 恵理さん、涼子さんと一緒に拠点へ戻った僕は、炎さんたちに僕たちの出生について話す事にした。

 

「つまり、理事長先生や早蕨先生も。元希と一緒で親が誰か分からないってことなんだな?」

 

「そう言う事になるのかしらね」

 

「元々親だとは思っていませんでしたので、元希君程ダメージはありませんので、そんな顔をしないでください」

 

 

 水奈さんとバエルさんの表情が暗かったので、涼子さんが心配しないように告げる。まぁ僕も似たような顔をされたから、涼子さんがそう言うのは何となくわかってたけど、それでもやっぱり気になっちゃうよね……

 

「全属性魔法師の親だと思われてた人が違うとなると、三人は誰が生んだんだ?」

 

「元希君の田舎にヒントがあるかもって事で、リーナが調べに行ったわ」

 

「潜入は私たちには出来ませんし、リーナならある程度忍び込めれば大抵の事は調べ上げてくれますしね」

 

 

 リーナさんは潜入捜査員では無いはずなんだけどな……なんで潜入が得意なんだろう?

 

「親がいない、と言う事では私と一緒なのですね」

 

「アレクサンドロフさんは孤児だったんだっけ? 親が欲しいと思った事は?」

 

「子供の頃は少しだけ……施設でも私だけ魔法が使えたので、何となく疎外感を感じてましたし」

 

「ロシアは魔法師多くないですからね……」

 

「普通くらいですね。でも、大抵は親がいる魔法師ですので、施設育ちの私は物珍しい感じで見られてました」

 

 

 そう言えばバエルさんをロシアに迎えに行った時、何となく居心地悪そうだなって思ったのはそういう事だったんだ。

 

「親が分からないってだけで、理事長先生も早蕨先生も、もちろん元希も何一つ変わらないんだろ? なら気にする事無いな」

 

「誰もが炎さんのように簡単に割り切れるわけではありませんよ。ですが、お三方が私たちと繋がりのある方で、魔法界には必要な存在である事は変わりありませんわね」

 

「日本支部の方々がどう思おうと、理事長先生と早蕨先生、そして元希さんは私たちの大切な仲間ですからね」

 

「先生二人にはまだまだ教わらなきゃいけない事があるし、元希君にも指導してもらわないと」

 

「そうだね。全属性魔法師は名前の通り全ての属性魔法が使えるから、教わるのには最高の人材だもんね」

 

「これからもよろしくお願いします」

 

 

 六人が僕たちを受け容れてくれるとは思っていたけど、現実に起きると嬉しいものだった……泣きそうになったけどここは泣く場面じゃない。

 

「ありがとう、皆」

 

「この事は他言無用よ。特にキマイラは口が軽いみたいだから、岩崎さんがしっかり口止めしておいてね」

 

「だとよおっさん。あんまりペラペラしゃべるんじゃないぞ」

 

「分かっておるわい。喋るなと言われれば喋らんぞ」

 

「それじゃあ、私たちの事を話し終えましたので、みんな一緒にお風呂に入りましょう」

 

「えっ……」

 

 

 折角感動していたところに、涼子さんの宣言を止めてもらいたいものだったけど、既にノリノリの炎さんや恵理さんを止めるのは難しいだろう。ましてや涼子さんが発案者で水奈さんや美土さんも乗り気のところを見ると、既に逃げるのは無理そうだしね……

 

「せ、せめて脱衣所は別で……」

 

「元希君、諦めるべき」

 

「御影さんまで……」

 

 

 ただ一人、バエルさんだけは同情的な雰囲気だけど、この人数相手に戦って勝てる未来が見えないのか、雰囲気だけで助けてはくれなかった……まぁ、僕も戦って勝てるなんて思えないし、仕方ないかもしれないけどさ……

 

「さぁ元希君! 今日こそは女の子の服を……」

 

「それだけは絶対に嫌です!」

 

 

 恵理さんの悪乗りだけは絶対に拒否しなければ……僕が女の子の服を着ても似合うわけないのに……




やっぱり大変な元希君……


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炎のロマン

分からなくはない…


 恵理さんと涼子さんが帰って来たお陰で、授業は自習ではなくなり、ちゃんとした訓練も再開した。

 

「今日こそはあの魔法を完璧に発動させるぜ!」

 

「炎さん、もう煤塗れになるのは御免ですからね」

 

「わたしの風でも防ぎきれない程の爆炎は勘弁してほしいですね」

 

「私は影に隠れたから問題無かったけど」

 

 

 炎さんが独自開発している魔法は、未だに成功率が五割に満たない。その所為なのか分からないけど、発動させると大抵は大爆発を起こし辺り一面を煤塗れにするのだ。

 

「理論は間違ってないと思うんだよな……元希、何か分からないか?」

 

「力を込め過ぎてるんじゃないかな? いきなり高い火力を求めないで、安定して発動出来るようになってから火力を高めるとか」

 

「それじゃあつまらないだろ? やっぱ大爆発はロマンだって」

 

「男の子のロマンではありませんか? あまり私には魅力的には思えませんが」

 

 

 僕もそんなに魅力的には感じないんだけど……まぁ、僕が普通じゃないからかもしれないけど……

 

「わたしも風の結界の威力を高める訓練をしませんとね。せめて炎の大爆発を受け止められるくらいには向上させます」

 

「ボクも一人だけじゃ無くって、皆を影の中に逃げられるようにしたい」

 

「……何故か皆さん前向きに考えてますが、炎さんの暴走を止めようとは思いませんの?」

 

「はいはい、そろそろ仮想世界に転送するから、お喋りは一旦やめてね」

 

 

 恵理さんに注意され、炎さんたちは一先ず黙って転送を待った。僕も転送酔いしないように注意しながら、炎さんの魔法を成功させる為の案を考えていた。

 

『今回は中級モンスター討伐を想定した訓練だから、ある程度リスクを冒して大魔法を使うか、リスクを避けて小魔法で確実に倒すかは任せるわ』

 

『制限時間は二十分。敵は少なく見積もって百だと思ってください』

 

 

 涼子さんの補足説明を受け、炎さんががぜんやる気を出している。

 

「百いるって事は、大魔法で吹き飛ばした方が早いな!」

 

「未完成の魔法に頼るのはどうかと思いますが……」

 

「未完成だから練習するんだろ? 水奈だって大回復魔法を練習するチャンスだろ」

 

「怪我をしないのが一番いいのですが……まぁ、炎さんの性格上突っ込んでいくスタイルなのは仕方ありませんが……」

 

 

 炎さんと水奈さんが言い合っている間に、僕と御影さんで敵の位置を探る。百以上いるって事は、複数の方向から襲ってくる可能性が高いもんな……

 

「西から二十、東から三十……」

 

「北十五、南三十……いや、六十」

 

「もう百以上ですね」

 

 

 美土さんの冷静さは、本当に感心するよ……でも、今回は中級モンスターを想定した訓練、冷静さを保っていても適度に緊張感は持って欲しいと思う。

 

「それじゃあ、アタシは南を担当するぜ! いでよ、おっさん!」

 

「ちょっと炎さん! ……もう! 私が炎さんを援護しますので、美土さんたちは他の方向をお願いしますわ!」

 

 

 ……返事をする前にいなくなっちゃったし、とりあえず南側は二人に任せるとしよう。

 

「僕は東を担当するから、美土さんと御影さんは北と西をお願いね」

 

 

 その二方向ならそれ程多くないし、戦闘が主じゃない御影さんでも倒せるだろうしね。僕は二人がそれぞれの方角に進むのを見てから、東側へ移動した。




大爆発はロマンだ…怪我人が出ない方向なら


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絶妙な力加減とは

非常に難しいとは思います…


 僕の担当は速攻で片付けて、炎さんと水奈さんの戦闘風景を影を飛ばして見学する。炎さんの魔法が完成すれば、大量のモンスターを相手にする時楽になるからね。

 

『炎さん、突っ込み過ぎですわ! 少し落ち着いてください』

 

『さっさと片付けて自慢したいだろ。それじゃあ、中心に着いた事だしいっちょやるか!』

 

『やるって……もう! 防ぎきれるか知りませんからね!』

 

 

 どうやら炎さんは今回もあの魔法を使うらしい。理論上は成功してもおかしくない程の技量を持ってる炎さんだけども、どうしても最初からクライマックスを狙い過ぎて力んで失敗するんだよね……

 

『爆炎よ、力を解放し敵を焼き尽くせ「エクスプロード」』

 

『清らかな水よ、我らを包みその身を守れ「ピュア・フォール」』

 

「(今回も発動は安定してる……だけど問題はここからだ)」

 

 

 敵を焼き尽くすまでは何時も成功する。だけどこの後で大抵の場合その炎が暴走して辺り一面を焼け野原にしてしまったり、味方にまで熱を伝えてしまったりするのだ。

 

『炎さん! 敵は片付きましたので炎を止めてくださいませ』

 

『そんな器用な事出来るわけないだろ。勝手に止まるか何時もみたいに大爆発するかのどっちかしか止まらないんだよ』

 

『何時になったら完全にコントロール出来るようになるんですの!』

 

『そんなのアタシが聞きたいわ! てか、また爆発しそうな雰囲気なんだけど』

 

 

 大爆発の予感がしたのか、炎さんは急いで水奈さんが作り上げた結界の周りに岩の壁を作り出す。仕方ない、遠方で届くか分からないけどあの炎を止めてみよう。

 

「全てのものを凍らせ、その時を止めよ『コキュートス』」

 

 

 あの爆炎までギリギリ射程圏内だし、炎さんの魔力なら何とか止められるかな? 最近メキメキと力を付けてきてるって言ってるし、僕の魔法でも止められるか微妙なんだよね……

 

『ん? 爆発しないぞ……てか、凍ってないか、これ?』

 

『おそらく元希様が何処かで見てるのでしょう。炎さんが魔法開発で失敗するのもお見通しだったのでしょうね』

 

『心配性なんだよ、元希は。失敗してもアタシと水奈が煤塗れの爆発頭になるくらいなのに』

 

『それが嫌なんですよ! あの後どれだけ大変な思いをして元に戻してると思ってますの!!』

 

 

 ……毎回水奈さんの魔法で出した水で身体を清め、その後でその水を使って髪の毛を洗い梳かしてるって美土さんから聞かされたっけ。かなり苦労してるんだよね……

 

『何で何時も爆発するんだろうな……元希が側にいてくれれば成功するんだけど』

 

『それは元希様が炎さんの込め過ぎた魔力を割いてくれてるからですわよ! 余計な力を込めないように元希様から言われてるじゃないですか!』

 

『加減が難しいんだってば! 力を抜き過ぎると敵を倒せないしよ』

 

『その絶妙な力加減を見つけてくださいまし! 毎回全力でやってても完成しませんわよ!』

 

 

 水奈さんはこの魔法を成功させる為の方法を理解してるし、炎さんも分かってはいるんだよね……問題はその力加減を毎回成功させられるほどの正確さが炎さんに求められると言う事。彼女は基本大雑把だし、何度か練習しても修得出来ないと分かってるから全力でやってるんだろうな。

 

『元希! 今度練習に付き合ってくれ! お前の説明を受けながらなら完成出来るかもしれないしよ!』

 

 

 盗み見してるのバレてるから良いけど、終わってから言えば良いのに……まぁそこが炎さんらしいんだけどね。




炎の全力すら包み込む元希の魔法…


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三人のタイプ

人間の、ではありません


 現実世界に戻ってきてすぐ、炎さんは僕のところにやってきた。

 

「サンキュー、元希。また煤だらけになるところだったぜ」

 

「たまたま近くにいたからね。でも、今日の感じなら水奈さんでも防げた気もするけどね」

 

 

 今日の爆発はそこまでひどくなかったし、水奈さんも慣れてきたのか防壁を作るのに苦労してないしね

 

「いえ、私の防壁だけではあそこまで完璧に防ぐことはできなかったと思いますわ。さすがは元希様ですわね」

 

「僕の場合は防いだ、っていうより凍らせた、だからね。爆発自体をなかったことにしたから……ところで、やっぱり寒かったですか?」

 

 

 何せ爆炎すら凍らせる魔法を放ったのだ。二人にも何かしらの影響があっても不思議ではない。現に水奈さんは少し寒そうに自分の肩を抱いている。

 

「少し休めば大丈夫ですわ。炎さんが平気なのが不思議ですけど」

 

「アタシはほら、普段から体温高めだからさ。少しくらい下がっても問題ないんだよ」

 

 

 炎系の魔法を使うからってのもあるだろうけども、それなら水奈さんも氷に耐性があるはずだからな……結局のところ、炎さんが健康だからってことで納得することにした。

 

「元希さん、わたしたちの方はどうでした? 炎さんや水奈さん同様に、影を飛ばして見てましたよね?」

 

「美土さんも御影さんもここ最近で随分と戦いに慣れてきた感じはしてるけど、やっぱり援護射撃が主な二人ですからね。無理してる感じも否めない感じですかね」

 

「元希君から教わった光魔法も、まだ完璧じゃないし、仕方ないかな」

 

 

 ここ最近のみんなは、僕に頼り切りじゃよくないとかで新たに使える魔法を増やそうと頑張っている。それはS組の四人だけではなく、秋穂さんやバエルさんも同様にだ。

 

「いやー、愛されてるわね、元希君」

 

「恵理さん……今回のプログラムは中級のはずでしたよね? 僕のところだけ数匹上級が混ざってたんですけど」

 

「元希君なら問題ないかなって。涼子ちゃんも許可してくれたしね」

 

 

 そこは止めてほしかったな……まぁ、仮想世界での戦闘だから、怪我しても実世界には影響ないから良いけど。

 

「それにしても、さすが元希君ね。まさか『コキュートス』を使いこなすなんて」

 

「恵理さんも涼子さんも使えますよね?」

 

 

 僕よりも上位の全属性魔法師なのだから、恵理さんや涼子さんが使えないわけがない。逆ならまだしも、僕が使えて二人が使えないなんて、あるはずがないのだから。

 

「いやー、氷の魔法は私も涼子ちゃんもあんまり得意じゃなくてね。使おうと思えば使える、ってのが現状かしらね。私も涼子ちゃんも、空間転移とかそっちの方が得意だし」

 

「あとは次元幽閉とかそっちですから、直接攻撃魔法は元希君の方が上手だと思いますよ」

 

「そういえば、恵理さんと涼子さんが直接攻撃してるところって見たことないかも……」

 

 

 全属性魔法師にも、得手不得手は存在することは知っている。だって僕も空間転移や次元幽閉などの魔法はあまり得意じゃないし……転移魔法に関していえば、恵理さんや涼子さんに手伝ってもらってやっと使えるレベルだしな……

 

「そういわけで、元希君は全属性魔法師初の、攻撃タイプってわけ。召喚魔法も得意でしょ?」

 

「まぁ、確かにそうですけど」

 

 

 でも、精神的支柱になるには、やっぱり恵理さんや涼子さんの方が適してる気がするよ……僕じゃまだ頼りないだろうし、冷静な判断力が必要になる時には、攻撃魔法が得意な僕より援護魔法が得意な二人の方がいいしね……まぁ、そんな状況に陥ることが無い事が一番だけど。




いまさらながら言ってなかったなーって……


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新魔法の練習

みんな成長するために頑張ってます


 戦闘訓練はなにも授業だけじゃない。放課後の自主訓練も恵理さんと涼子さんの帰還によって再開されることになったのだ。

 

「それにしても、炎の大爆発魔法は相変わらずなんだね」

 

「もうちょっとで完成しそうなんだけどな。秋穂の岩石落とし、だっけ? あれはどうだ?」

 

「まだ大きさがね……元希君が見せてくれたような大きい岩はまだ動かせないかな」

 

「まぁ元希さんですからね。秋穂さんも気にしすぎないようにした方がいいですよ」

 

 

 美土さんの言葉に、秋穂さんが大きく頷いた。秋穂さんは炎さんみたいに一足飛びで習得しようとは思ってないようだね。

 

「バエルのは? 今日元希が使った魔法を教わったんだろ?」

 

「A組はS組と違って、それほど高度なプログラムを使ってませんので『コキュートス』を使う機会はなかなか……」

 

「そうなんだ。授業進度ってそんなに違うんだ」

 

「御影は知ってると思ってたんだけどな。やっぱりエリート集団は違うのね」

 

「別に私たちはエリートではありませんわよ。秋穂さんだって私たちとさほど違わないですわよね」

 

「魔法力ならね。でも家柄は大分差があると思うけど」

 

 

 秋穂さんの家だって、魔法大家の四家には少し劣るだけで、優秀な魔法師を輩出してきた名家だって聞いてるけどな……

 

「家柄なんて気にしてないだろ。秋穂は昔からあたしたちと一緒だったんだから」

 

「まぁ、親がどう思ってるかは知らないけど、私は炎たちの事を友達だって思ってるからね。家柄なんて気にしないのは私だけじゃないでしょ」

 

 

 そういって秋穂さんはぐるりと周りを見渡した。炎さんも、水奈さんも、美土さんも、御影さんも、それぞれ魔法大家の出とはいえ偉そうにしているわけじゃないし、身元不明となった僕とも変わらずに仲良くしてくれているのだ。

 

「さて、そろそろ訓練を始めたいんだけど、準備はいいかしら?」

 

「はい、お願いします」

 

 

 恵理さんと涼子さんが体育館に現れ、僕たちも訓練をする姿勢をとる。とはいっても、仮想世界に行ってからじゃないと、訓練も何もないんだけどね。

 

「さてと、それじゃあ今日も、各自元希君に教わった魔法の練習ね。魔物のランクは中級にしておくから、危ないと判断したら得意の魔法で撃退してね。いくら怪我しないとはいえ、攻撃されたイメージは残るんだから」

 

「元希君は、別世界で上級モンスター討伐の練習ですね」

 

「なんで僕だけ別メニューなんですか?」

 

「だって、元希君は新魔法の練習はしないでしょ? だったら緊急時に慌てないように、今から上級モンスターに慣れておいてもらった方が良いかなーって」

 

 

 つまり、現場の指揮を僕に任せ、恵理さんと涼子さんは後方支援をしようって魂胆なんだ……まぁいいけど、なんで隠そうとしたんだろう。

 

「元希君はすでに、暴走した水様、リンちゃんとシンさんを抑えた実績もありますので、よほどのことでは動揺しないと思いますけどね」

 

「それは買いかぶりすぎですよ、涼子さん。いまだにお風呂では動揺しまくってますし……」

 

 

 あれだけは慣れちゃいけないと思っている。だって、慣れたらただの変態みたいなんだもん……




元希君、そこは慣れちゃダメだ……


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元希君の成長

着実に強くなってる


 上級モンスター討伐の練習って言われても、その難易度は中級とさほど変わらない――その上級モンスターが大型ではない限り……水やシンみたいに、一匹で街を二、三個破壊できるようなモンスターだと大変だけど、中級に少し毛が生えた程度の上級モンスターなら簡単に始末することも可能だ。

 

『今回は中型で行くわね。元希君も能力の底上げをするなら、これくらいは必要でしょ?』

 

「別に底上げをしたいわけじゃないんですが……まぁ、たまには召喚してあげないと不貞腐れちゃうかもしれませんしね」

 

 

 リンやシンなら兎も角、他の召喚獣はそんなこと思わないだろうけども、僕もたまには召還したい時があるのだ。現実世界でそうバンバンと召還してたら辺り一面が大変なことになっちゃうだろうし……

 

『他のみんなも始めたから、元希君もそろそろ行くわよ。限界が来たら合図してね。それまでは無限にモンスターが出続けるから』

 

「うえぇ!? 普通に制限つけてくださいよ……」

 

 

 実に恵理さんらしいプログラムだけども、無制限ってなかなか面倒じゃないか……そんな特別サービスは求めてなかったよ……

 

「それじゃあ、中型なら遠慮はいらないよね。氷の狼よ、その姿を顕現し全てを凍らせよ『フェンリル・コキュートス』炎よ、その姿を巨人に変え敵を燃やし尽くせ『イフリート・エクスプロージョン』雷よ、その姿を鷲にかえ敵を喰らい尽くせ『ライトニング・イーグル』」

 

 

 禁忌魔法三連発だが、前みたいに疲労感はさほどない。この数ヶ月で基礎体力もつけたし魔力自体もかなり増えているからね。

 

「さらに、おまけでリン、シン! 君たちも暴れていいよ」

 

「久しぶりに表の世界かと思ったが、架空世界かよ」

 

「文句言わないの、愚弟。元希の命なんだからちゃんとしなさい」

 

「へいへい……姉上、あの家畜共はどうするんですか?」

 

「あれは元希の使い魔です。いわばわたしたちと同じ立場の召喚獣ですよ」

 

「我ら神とあのような家畜が同列なわけが……」

 

 

 シンが悪態を吐いたからか、召喚獣三匹がシン目がけて突進を始める。リンはそれを止めようともせずに眺めている。

 

「なっ、何だこの家畜共! 崇高なる神である俺に逆らうと……痛っ! 分かった! 俺が悪かった!」

 

 

 ……さすがのシンも、三匹相手じゃ立つ瀬がないんだね。

 

「それじゃあお願いね。僕も打ち漏らしを倒すから」

 

「元希、召喚獣を五体も召喚しておるのに、まだ魔力に余裕があるのか?」

 

「リンとシンを体内で匿ってからから、僕自身の魔力も大幅にアップしたみたいなんだ。だからまだ動けるし戦える」

 

「そうか。では愚弟、お前もさっさとあの魔物共の討伐に精を出さんか」

 

「姉上、何故楽しそうなのですか……我々神族が、このような人間に使役されるなど屈辱でしか……あぁ、分かりましたからその手は勘弁してください」

 

 

 振り上げたリンの手を見て、シンは素直に頭を下げて中型モンスター討伐に向かっていく。さてと、僕も影を広げて状況を把握しなきゃ。敵の数は無制限なんだし、召喚獣五体でも対応しきれるかどうか分からないからね。




禁忌魔法に神を召喚……


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規格外の強さ

強いのは前からですが……


 結果として、召喚獣五体はやりすぎだった……次々と出てくるはずだった上級中型モンスターだったが、やはり上限というものは何にでもあり、その上限をあっさりと喰らい尽くしてしまったのだ。

 

『えっと……さすがにやりすぎじゃないかしら?』

 

「そうみたいですね……でも、まだ出来ますよ?」

 

『プログラムが限界ね。まさか五千のモンスターを十分で倒しちゃうなんて思ってなかったわよ……』

 

 

 あっ、五千くらいいたんだ……いちいち数なんて数えてなかったから、自分がどれだけの敵を倒したのか分からなかったけど、そんなもんだったんだ。

 

「それじゃあ、僕の特訓は終わりですか?」

 

『仕方ないけどね。元希君には私と涼子ちゃんのお手伝いを命じます』

 

 

 つまり、六人の特訓の観察、問題点を見つけて的確に指示できるように分析するのか……そっち方面は僕より二人の方が得意だと思うんだけどな……

 

『得意不得意じゃなくって、元希君も指導は出来るでしょ』

 

「何も言ってませんけど……まぁ、簡単な指導くらいなら出来ますし、実際に今練習してる魔法を教えたのは僕ですからね」

 

 

 現状は見ることが出来ないけど、おそらく別の仮想世界で繰り広げられているだろう練習。その魔法を教えたのは紛れもなく僕である。

 

『それじゃあ、さっさと転移先を開くから、元希君も早いところこっちに来てね』

 

「転移魔法の正確性は、恵理さんと涼子さんの方がはるかに上ですからね」

 

 

 僕も出来なくはないけども、二人のように指定した場所に完璧にゲートを開くのは難しい。そのあたりも得意魔法の差なのだ。

 

「それじゃあ、みんなお疲れさま。リンとシンはこのまま外に出てる?」

 

「いや、まだ完全では無いようなので、元希の中に戻らせてもらいましょう」

 

「俺も姉上も、お前の中で回復した方が早いからな」

 

 

 自然回復より僕の中の方が良いんだ……それって喜んでいいのだろうか。

 

「それじゃあ、また何かあったら呼ぶから」

 

「了解した」

 

「気は進まんが、暴れられるなら構わん」

 

 

 何となく素直じゃないな、と思ったけど、指摘して怒られるのも嫌だからそのまま二人を僕の中に戻すことにした。他の三匹も素直に帰ってくれたので、僕は開かれたゲートに入り、現実世界へと復帰したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モニターで見る限り、秋穂さんとバエルさんはいきなり魔法を放とうとはせずに、感覚をつかむことに徹しているようだ。水奈さんや御影さんは、感覚はつかめてるけど安定して魔法を放つのにはもう少しって感じだ。美土さんはほぼ完璧に風を操っているけども、問題はその威力。上級魔法と呼ぶには、少し――いや、かなり力が弱い気がする……実際に見れば印象が変わるのかな?

 

「元希君、すごく難しい顔をしてますね」

 

「えっ? いや……魔法を教えた身としては、みんなが使えてるかが気になってたんですけど……炎さん以外は苦戦してるようですね」

 

「岩崎さんも会得してる、とは言い難いと思いますけど」

 

「とりあえず敵を倒す事が出来てるので、炎さんが一番順調だといえると思いますよ」

 

 

 まぁ、いきなりクライマックスなのは相変わらずのようで、水奈さんが防壁を造るのに苦労してるけどね……今はバエルさんも手伝ってるから、全身煤まみれにはならないだろうけども。




他の子も強いんですけどね……


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元希君の反省

元希君が悪いのか?


 六人の戦闘を見ていると、なんだかうずうずしてくるのは何でだろう? さっきまで自分も戦ってたんだから、戦いたい衝動に駆られているわけではないだろうし……

 

「元希君、どうかしましたか?」

 

「いえ、ちょっと戦い方がぎこちないかなと思いまして」

 

 

 特にぎこちないと感じるのは、やはり御影さんだ。元々後方支援か得意な御影さんに、攻撃魔法は似合わない。だからぎこちなく感じるのだろうと、僕は自分の中で結論付けた。

 

「この時期の普通の一年生なら、中級相手でも苦戦するんだから、彼女たちは十分強いと思うけどね。元希君から見れば、彼女たち六人は特別なのよね」

 

「そもそも僕、あの六人以外に魔法科に知り合いいませんし……」

 

 

 普通科に健吾君という友達がいるだけで、他の人は知らないもんな……改めて考えるまでもなく、交友範囲が狭すぎる……

 

「まぁ、元希君の交友範囲はともかくとして、彼女たちの期待値からすれば、この程度の敵は倒せて当然なんだけどね。魔法に慣れてないってのもあるけど、光坂さんと氷上さんは特に戦い方が危なっかしいわよ」

 

「風神さんと岩崎さんはとりあえず魔法は使えてますし、石清水さんとアレくサンドロフもぎこちなさは感じますが、討伐には問題ないですし」

 

「水奈さんも御影さんも、基本的には支援魔法を得意としてますからね。僕たちみたいに個人で討伐に参加させられる事はないでしょうし、多少ぎこちなくても問題は無いと思うんですが」

 

 

 グループ討伐が基本なので、全員が攻撃魔法を使えなくても何も問題は無い。無いのだが、彼女たちの家が特殊なので、普通の魔法師としての期待以上の成果を求められるのだ。だから今回の新魔法の特訓が行われているのだが……苦手なことは誰にでもあるということだね。

 

「まぁ、あの六人は基本的に元希君と行動するでしょうし、多少ぎこちなくても元希君がフォローするでしょうしね」

 

「召喚獣を五体使役し、自分も特攻を仕掛けるんですから、多少のミスくらい簡単にフォロー出来ますよね」

 

「……なんだか非難されてません?」

 

 

 何かしたかな? 二人に怒られるようなことはしてないつもりだけど……

 

「せっかく特別に組んだプログラムを、いとも簡単に終わらせられたら非難くらいしたくなるわよ」

 

「元希君が強いのは知ってましたが、あそこまで規格外だったとは知りませんでした」

 

「えっ、だって本気でやらなきゃ終わらないかもしれないって思ったので……それに、偶には召喚してあげないと可哀そうだったので」

 

 

 リンやシンはともかく、他の三体は戦闘訓練でもあまり出してなかったし……不貞腐れることは無いにしても、偶には外に出たいと思うかもしれないもんね。

 

「とにかく、明日はあんな速攻で終わらせないでね」

 

「元希君用に特別プログラムを組むのだって、楽じゃないんですから」

 

「……ごめんなさい」

 

 

 なんか僕が悪いわけではないのだろうが、謝らなければいけないような気分になったので、僕は素直に頭を下げた。恵理さんも涼子さんも忙しい中、僕の為に特別プログラムを考えてくれているのだ。もう少し時間をかけてそのプログラムに挑むべきだったかもしれない、と思い始めていた。

 

「? 明日もあるんですか!?」

 

 

 別メニューは寂しいから、みんなと一緒が良かったのに……




大人二人の八つ当たりのような気も……


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水からの依頼

主でも使えるものは使う……


 特訓を終えて拠点に戻ると、水の所でお手伝いしているはずのアマが僕たちのテントの前で待っていた。よく見ると何かを咥えている。

 

「これを、僕に?」

 

 

 僕を見つけるとすぐさま駆け寄ってきて、その咥えていたものを僕に押し付けるように、身体ごとグイグイとすり寄ってきた。

 アマが咥えていたものは、水からの手紙だった。

 

「なんて書いてあるんですか?」

 

 

 同じテントで生活しているバエルさんも、手紙の内容が気になったようで、僕の横から手紙を覗き込んできた。

 

「……これは大変ですね。すぐに向かいますか?」

 

「みんなが疲れてないなら、僕は今すぐでも大丈夫だよ」

 

 

 とりあえず先にアマを水の所へ返す。報酬として、アマに水魔法をかけてあげると、ピョンピョン跳ね回り喜びを表現する。この姿は実に癒されるな。

 

「それじゃあ、これを水に届けてね」

 

 

 準備が出来次第向かう、という内容の手紙をアマに咥えさせ、僕はみんなの所へ移動する。

 

「おー、元希。今から風呂に――」

 

「水が代理で治めてる土地の近くに魔物の目撃情報があるらしいんだ。放っておいても問題はなさそうだとは書いてあったけど、一応調べた方が良いと思うんだけど」

 

「そうですね。特訓だけではコツも掴めませんし、実戦で練習するのも良いかもしれませんわね」

 

「水奈は実戦を何だと思ってるんです? まぁ、それほど危険な任務でないのでしたら、わたしも賛成ですけど」

 

「別に危険はないと思うけど、あくまで念のためだし、あんまり派手な魔法は避けたいと思ってるんだけど……」

 

 

 あんまり派手にやると、水までも参戦したいとか言い出しそうだし……そもそも、本当にいるのかも定かではないんだけどな……

 

「それじゃあ、元希君とアレクサンドロフさん、それともう二人だけを派遣しましょう」

 

「……恵理さん、いつの間に」

 

「ついさっきよ。それに、気配を殺すのも探るのも、私たちの方が元希君より上だしね」

 

 

 実戦では僕の方が役に立てることが多いらしいが、こういった気配遮断なども偵察などに使えるので、まだまだ恵理さんや涼子さんの方が上だって思い知らされるよな……もう少し頑張らないと。

 

「今回は偵察が主で、本当にいるのなら討伐、という感じですので、光坂さんは決まりでしょうね。あとは……石清水さんか氷上さんのどちらかが向いていると思いますよ」

 

「アタシは?」

 

「岩崎さんは、どうしても闘気が前に出てしまいますから、偵察には不向きです」

 

 

 さすが涼子さん、炎さん相手でもズバッと言うよね……まぁ、涼子さんはそれが仕事でもあるから当然なんだけどね。

 

「元希君は、石清水さんと氷上さん、どっちが良いと思う?」

 

「そうですね……経験値から言えば、水奈さんの方が上ですし、今回は経験してみるって事で秋穂さんの方が良いと思いますよ。危険度もそれほど高くなさそうですし」

 

「でもよ、実は危ない任務とかだったら、水奈の方が良いんじゃないか?」

 

「今回はあくまでも偵察――危険度を調べるための任務だからね。そこで戦う事になる……ことは避けたいと思ってるから」

 

 

 一気に解決すれば一番いいんだろうけども、せっかくの機会だし、じっくりと経験を積んで……あれ? なんでバエルさんは決定だったんだろう……

 

「アマは水に元希君とアレクサンドロフさんは来るって伝えるだろうからね」

 

「なるほど……? 僕、何も言ってませんが」

 

「顔から考えを読み取るのも、私たちの方が上だもの」

 

 

 ……別に優劣をつけなくても良いと思うんだけどな。まぁ、そういう理由なら、頑張って四人で調査しますか。




何だかアマがマスコットみたいに感じてきた……


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村の傍に

いろいろと問題が…


 水からの依頼を果たすために、僕たちは水が代理で治めている村の近くに来ていた。

 

「水さんに挨拶していく?」

 

「いや、気配で分かってるだろうし、何かあれば報告するから大丈夫」

 

 

 一応は僕の使い魔って事になってるんだし、最低限のパスは通っている。報告もわざわざ顔を合わせなくても出来るのだ。

 

「今のところおかしな気配はない」

 

「荒らされている様子もないですね」

 

「まぁ、簡単に証拠が出てくるなら、水も僕たちに頼まないで自分で処理したと思うしね」

 

 

 仮にも水神なのだから、下級や中級くらいなら自分で始末することも可能だろう。それが出来ないと言うことは、上級の気配を隠すことに特化したモンスターが住み着いている可能性があるという事なのだ。

 

「それにしても、のどかな村ですね」

 

「このあたりも過疎化に拍車がかかってるらしいからね。でも、霊峰学園で使ってる食料の大半は、このあたりから仕入れているから、卒業生が手伝いに来ることがあるって恵理さんが言ってたけど……」

 

 

 本当に手伝いに来ているのなら、モンスターの気配などを掴んでいるかもしれない。そこらへんの報告が無いってことは、モンスターがいないのか、それとも手伝いに来ていないのかのどっちかだろう。

 

「元希君、向こうの山に微弱ながら人じゃない気配がある」

 

「水とかアマじゃなくって?」

 

「その二人の気配は村の中心部にあるから、間違いないよ」

 

 

 御影さんの報告を受けて、僕は自分の影を山の方向に飛ばす。ついでに式神も飛ばして偵察を行う。

 

「相変わらず元希君の魔法はスムーズで鮮やかね」

 

「ボクも頑張ってるけど、元希君には適わない」

 

「今回、私や秋穂さんの仕事って何なのでしょう?」

 

 

 バエルさんが考え込んじゃってるけど、今はそっちに対応している暇がない。山全体に目を向け、異変が無いかをくまなく探しているのだから。

 

「……これかな? なんかおかしな気が漂ってる場所が複数あるね」

 

「式神で詳しく調べられないの?」

 

「邪気が強すぎて、近づいたら弾けるかも」

 

 

 それにしても、なんだってあんなに気が乱れてるんだろう……実際に見にいけば分かるのだろうけども、生憎今の僕たちは軽装で、とてもこのまま山に登る事は出来ない。それに、万が一上級モンスターだった場合、恵理さんや涼子さんのバックアップも無しに突っ込みのは危険極まりない。ここは式神を残して対策を練るのが得策だろうな。

 

「一旦拠点に帰って、恵理さんと涼子さんに報告しなきゃね。まだ数ヶ所だけど、もしかしたら増えていくかもしれない。調査は必要だね」

 

「じゃあ、全員で戻るのかしら?」

 

「万が一に備えて、僕はここに残るよ。報告は三人でお願い」

 

「でも、ボクたちじゃ元希君が感じたことを報告できない」

 

「……じゃあ、僕が報告に行くから、三人はここに残って。それで、何かあったら村を守るように動いて」

 

 

 簡単な指揮だけして、僕は恵理さんと涼子さんに報告に向かうために村から拠点まで走る。こんなんだったら、喋れる式神を開発すればよかったな……




元希君、悲劇の中間管理職みたい……


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元希君の悩み

レベルの高い悩み事です…


 恵理さんと涼子さんに報告するために、僕は急いで拠点まで戻ってきた。

 

「あら? どうかしたのかしら」

 

「調査の結果、近くの山に不自然な雰囲気が漂ってる箇所があります。本格的な調査をするには、お二人のバックアップが必要ですので報告にきました」

 

「ご苦労様です。不自然な雰囲気って、どんな感じ?」

 

 

 僕は式神を通じてみた光景を、出来る限り分かりやすく言語化した。

 

「それはちょっと厄介ね……一応私たちの方でも式を飛ばしておくから、今日はもう撤収で良いわよ」

 

「三人に伝えてきて、それで解散ですね」

 

「……分かりました。またダッシュします」

 

 

 こういう時、言葉を話せる式神を持ってないのが痛いな……体力をつけるのにはちょうどいいけども、ちょっと面倒くさい。

 

「頑張ってね、男の子」

 

「私たちは式を飛ばし次第、夕飯の支度をしておきますので」

 

 

 恵理さんと涼子さんに見送られ、僕は再び例の場所までダッシュした。念話の射程距離を延ばす訓練をした方が良いかな、これだと……でも、中々念話の練習をする機会なんて無いし……校内じゃ今のままでも十分だからな……

 

「これは、本格的に考えなければいけないかな……」

 

 

 課外実習も増えてくるだろうし、そういったときに念話を使えるのはだいぶ楽になるだろうしね。

 

「この距離なら届くかな……」

 

 

 拠点と村の中間地点まで来たので、僕は試しに念話を飛ばして見ることにした。

 

『元希君? どうかしたの』

 

「あっ、届いた。えっとね、恵理さんと涼子さんが式を飛ばすから、今日は帰ってきていいって」

 

『分かった。それじゃあボクたちも撤収するね』

 

 

 とりあえず御影さんに念話が通じたので、僕も拠点へ帰ろう……てか、もう少し射程を延ばさないと本当にダメっぽいな……

 

『そういえば元希君は今どこにいるの?』

 

「拠点と村の中間地点だけど……それがどうかしたの?」

 

『報告もそこから?』

 

「いや、報告はちゃんと拠点まで行ってしたけど」

 

 

 何がそんなに気になるんだろう……別に御影さんたちが気にしても意味はないと思うんだけどな……

 

『それじゃあそこで待ってて。すぐに行くから』

 

「えっ、ちょっと……切れちゃった」

 

 

 僕からつないでるのに、なんで向こうから切れるんだろう……

 

「まぁいいや……それじゃあ、少し休んでようかな」

 

 

 御影さん、秋穂さん、バエルさんの三人が来るまで、僕はこのあたりで休むことにした。ダッシュで一往復半したし、ちょっと休んでも怒られないだろうしね。

 

「偵察用の式神は十分だから、今度は通信用の式神を作れるようにしなきゃ……でも、練習する機会なんてめったにないしな……念話同様、どうしたものか……」

 

 

 架空世界じゃ練習出来ないし、かといって僕だけ離れて徐々に射程を延ばしていくんじゃ大変だしな……何かいい練習方法でもあればいいんだけどな……

 

「あれ? 何だか瞼が重い……」

 

 

 それほど疲れてるつもりは無かったんだけども、どうやら限界だったらしい。僕はそのまま気に寄りかかって寝てしまったのだった。




いろいろあったので、次回はご褒美回にでもしようと思ってます


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運ばれる元希君

女子に運ばれるのは、ちょっと複雑でしょうね…


 疲れ果てて眠ってしまった僕が、次に目を覚ましたのは誰かの背中におぶさっていた時だった。微妙に揺れる身体を動かそうとしたときに、僕の意識は一気に覚醒した。

 

「あ、あれ? 運ばれてる?」

 

「ようやく起きた。元希君、合流先で寝てるんだもん」

 

 

 僕が起きたことに、最初に気づいたのは隣を歩いていた御影さんだ。つまり、僕は秋穂さんかバエルさんに運ばれているという事か……まぁ、身長差を考えれば、御影さんは僕を背負って歩けないかもしれないもんね。

 

「元希君、よっぽど疲れてたんだね。あんなところで熟睡するなんて」

 

「途中で念話を思い出したようですし、少なくとも一往復半は全力疾走したんですから、仕方ないかもしれませんけどね」

 

 

 秋穂さんとバエルさんに声を掛けられ、僕は誰に背負われているのかが分かった。秋穂さんの声が横から、バエルさんの声が前からしたので、僕はまたバエルさんに背負われているのだ。

 

「ごめんなさい、もう歩けますから降ろしてください」

 

「大丈夫ですよ。もう拠点に着きますから」

 

「本当は私が背負ってたんだけど、疲れちゃったからバエルにチェンジしてもらったんだ」

 

「ボクも元希君をおんぶしたかったけど、身長差でボクは諦めた」

 

 

 つまり、拠点から半分の地点で僕を最初に背負ったのは秋穂さんで、どこか途中でバエルさんに交代したという事なのか……てか、女の子に背負われてる僕っていったい……

 

「元希さんは軽いから、別に気にしなくていいですよ」

 

「女子として、その体重は羨ましいけど」

 

「みんなだって重くないと思いますけど」

 

「じゃあ元希君、私を背負ってみる?」

 

「……僕は背が低いから、秋穂さんやバエルさんを背負ったら動けませんよ」

 

 

 体重が軽くても、背が低かったら男として情けないと思う……一向に成長期が来ないのは、僕が造られた存在だからなのだろうか……

 

「おかえりなさい。さすがに疲れたみたいね」

 

「途中で寝てたのを拾ってきました」

 

 

 いや、拾ったって……半分は当たってるけどさ。

 

「元希君の報告通り、確かに不穏な空気が充満してるわね。一応監視の式は飛ばしておいたし、何か異変があればすぐに分かると思うわ」

 

「本格的な調査は後日、日を改めることとしました。今日はゆっくりと休んで、明日の授業に備えてください」

 

「あっ、お二人にちょっと相談したいことがあるんですけど」

 

 

 バエルさんの背中から降りて、僕は念話の件を二人に相談することにした。

 

「……確かに、元希君の念話が通じる距離が延びれば、私たちも楽が出来るわね」

 

「でも、練習する機会が中々ありませんからね……」

 

「一応考えておくわね。元希君の方でも考えてみてね」

 

「もちろんです。僕の事ですし」

 

「言葉を発することが出来る式は、私たちも持ってませんからね」

 

 

 そういったものは、専門的に式を扱っている人でも一握りくらいしか持っていないって聞くし、僕たちみたいに片手間で覚えた人間には、中々使役出来ないだろうしな……さて、念話の件はどうやって解決したらいいんだろうか……

 

「とりあえず、僕も休みます」

 

 

 一礼して二人の前を辞して、僕も自分のテントに戻ることにした。




元希君、ちっちゃいし軽いからな……


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心を鍛える

この鍛え方は……違う気がする


 調査の為に式を飛ばしているけども、今のところ何の進展もないので、僕は今まで積極的に練習してこなかった転移魔法と、念話の射程距離を延ばす努力をすることにした。

 

「……誰に付き合ってもらえばいいんだろう?」

 

 

 転移魔法については、恵理さんや涼子さんに手伝ってもらうとして、念話に関しては、誰か他に使える人がいたかどうか分からない……

 

「あら? どうかしたの、元希君」

 

「恵理さん……ちょっと偵察用に補助魔法の特訓をしようと思ったんですけど、いざやろうと思ってもどうしたらいいかわからなくって……」

 

「転移魔法の練習には付き合うわよ。私たちも百パーセント成功するわけじゃないし」

 

「そうなんですか?」

 

 

 意外だなぁ……恵理さんや涼子さんの魔法は、威力こそ僕より若干劣るけど、その精度は僕を遥かに凌ぐ腕なんだけどな……

 

「たまに一ミリズレたりするのよね~」

 

「それは誤差の範囲では?」

 

 

 一ミリって……僕はセンチ単位でズレるのに……酷いとメートル単位に到達するんじゃないかってくらいズレるから練習しようと思ってたんだけど、やっぱり二人は次元が違うんだなぁ……

 

「それじゃあ、元希君は向こうからここを目指して転移してみて。私はあっちからやるから」

 

「分かりました」

 

 

 二人同時に同じ場所目がけて転移したら危ないんじゃないだろうか……まぁ、何か考えがあってのことなんだとは思うけど。

 

「行きます」

 

 

 頭の中に着地点をイメージし、自分の身体がそこに移動するイメージを重ねる。今は速度はいらないから、その分精度に集中して……

 

「元希君、二十センチくらいズレてるわよ」

 

「……やっぱり上手くいきませんね」

 

「何か雑念でもあるんじゃないの? お姉さんに相談してみなさい」

 

「何もない、とは言い切れませんが……恵理さんも同じような悩みを持ってるはずですよね?」

 

「? ……あぁ、出自の事? そんなこと、気にしてもしょうがないしね。リーナが何か調べ上げてくれるでしょうし、気にするのはその後でも良いんじゃない?」

 

 

 なんてお気楽な考えなんだろうな……とてもじゃないけど、僕には出来ない考え方だ。

 

「今はそれ以外にも大変なことがあるの。だから、自分のことは一先ず置いておくのが正解」

 

「僕は、恵理さんほど強くないです……」

 

「精神面は、確かに脆いかもしれないわね。でも、そんな弱音を吐いてられる場合じゃないかもしれないのよ? 貴方は我が校でも有数の魔力を持つ――はっきり言えば魔力だけならぶっちぎりよ。だから、貴方が鍛えるのはまず精神面。いろいろな事があった今だからこそ、そこを鍛えなさい」

 

 

 珍しく理事長っぽい事を言った恵理さんに、僕は数回瞬きをしてから頷いて答えた。

 

「よろしい。ならさっそく――」

 

「なっ、何をするつもりですか、いきなり!」

 

 

 僕のズボンに手を伸ばしてきた恵理さんに怒鳴りつける。といっても、それほど迫力はないけどね……

 

「何って、何をされても動じない心を作り上げるためにセクハラを……」

 

「手段が最悪ですね、恵理さんの特訓……」

 

 

 動じない心を作るのは僕も納得できるけども、その方法がセクハラって……

 

「じゃあ、私たちが素っ裸で元希君に迫ればいいのかしら? そんなに私たちの裸が見たいなら、言ってくれれば何時でも見せるわよ?」

 

「何でそんな方法しかないんですか! もっと違う方法とかないんですか?」

 

「そうねぇ……じゃあ元希君が精神統一してる横で、私と涼子ちゃんが色っぽい声を出すとか?」

 

「……お願いですから、性的な事から離れてください」

 

「でも、これが一番手っ取り早いのよね……元希君が恥ずかしがる顔を見れて、一石二鳥なんだけど」

 

「そんな一石二鳥は無くていいです……」

 

 

 とりあえず、自分でも訓練メニューを考えてみなきゃダメっぽいな……てか、涼子さんにも相談してみよう。




恵理が遊んでるようにしか見えない……


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涼子に相談

妹は真面目……に見える


 恵理さんとの特訓では、あまり成果が出なかったので、今度は涼子さんに相談することにした。

 

「心を鍛える、ですか?」

 

「はい。恵理さんが言うには、僕がいろいろ悩んでるから座標がズレるんだと……」

 

「なるほど……ですが、それなら心を鍛えるよりも、その悩み事を解決した方が早いのではないでしょうか?」

 

「確かに、それが一番早いんですけどね……悩み事というのが、その……出自の事とかなので」

 

「あぁ、なるほど」

 

 

 何故心を鍛える方を選んだのかが理解できた涼子さんは、納得した感じで頷き、そして腕を組んで考え始めた。

 

「姉さんが提案した方法ではダメだから、私に相談しにきたんですよね?」

 

「はい」

 

「何かを我慢して特訓するのは効率が悪いですからね……元希君、好きな人はいますか?」

 

「……それが、特訓と何か関係があるんですか?」

 

 

 こんな答え方では、好きな人がいると教えているのと同じだけども、涼子さんの質問の意図が分からない僕は、そう返事をするしかなかった。

 

「その人を意識してしまう状況を作って、なるべく意識しないように努力すれば、座標移動の成功率も上がるのではないかと思いまして」

 

「好きな人を意識しなければいけない状況で、意識しないように努める……ですか?」

 

「それが出来れば、悩み事があっても座標移動に必要な集中力を確保出来るのではないかと思っただけです」

 

 

 なるほど……でも、それで上達するのか保証はなさそうだしな……集中力は高められそうなのは確かだけど。

 

「座標移動の方は考えておきます。それともう一つ、念話の距離を延ばす方法はありませんかね?」

 

「そっちは地道に精度を上げるしかないのではないでしょうか? 私や姉さんは、念話を使えませんからね」

 

「練習するにしても、どこまで正確に声を届けられるかが分かりませんからね……」

 

「学園の敷地内は、確実に大丈夫なんですよね?」

 

「そうですね……四隅から四隅までを試したわけでは分かりませんが、大丈夫だと思います」

 

 

 そもそも、この学園は結構広いからなぁ……敷地内全て大丈夫だなんて言い切れるほど自信は無いんだよね……

 

「じゃあ今日は学園内は完璧かどうかを確認しましょう。私が手伝いますので、元希君は一番隅の体育館に向かってください。私は反対の隅に当たる、バイオマス研究所に向かいますので」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

 

 バイオマス研究所は、普通科の生徒が使う場所なので、魔法科である僕が近づくのは何かと抵抗がある。同じ魔法科でも、教師である涼子さんなら、僕たちよりも抵抗は少ないのだ。

 

「お礼を言われることは、まだしてないと思いますけど?」

 

「いえ、僕はバイオマス研究所には近づきにくいですから」

 

「あぁ……普通科の生徒は、魔法科の生徒を恐れたり見下したりする傾向がありますからね。でも、最近はそうでもなかったような気もしますが」

 

「健吾君とは普通に会話出来ますけど、他の普通科の人に、知り合いはいませんから……」

 

 

 魔法科でも知り合いと呼べる相手なんて、何時ものメンバーしかいないのに、普通科に大勢知り合いなどいるはずがないんだけどね……

 

「まぁとりあえずは、到着したら電話してください」

 

「はい、わかりました」

 

 

 念話が確実かを確認するために、携帯を使うのもおかしな話だが、相手が到着したかどうかが確認できなければ確かめようもないしね。とりあえず、体育館に向かわなければ。




まぁ、恵理の方法も間違っては無いと思うけど……


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念話の練習

こっちは意外とまとも……


 念話の練習の為に、僕は体育館に、涼子さんはバイオマス研究所に向かった。本当なら行きにくいバイオマス研究所は僕が行くべきなんだろうけども、涼子さんの優しさに甘えて僕は体育館に向かう。

 

「涼子さんも普通科の人とは付き合いにくいんだろうな……でも、教師だからって理由で、僕に無理をさせなかったんだろうな……」

 

 

 それをそうと思わせない感じで言ってのけるあたりが大人なんだろうな……

 

「はぁ……急いで体育館に向かって、早いところ涼子さんをバイオマス研究所から移動させなきゃ」

 

 

 教師である涼子さんに酷いことをする人がいるとは思わないけど、普通科の校舎は教頭のテリトリーだし、涼子さんもなるべくなら長居はしたくないだろうしね。

 

「あっ、涼子さんから電話だ」

 

 

 涼子さんの方が早く着いたようで、携帯に着信を告げるメロディーが流れる。

 

「はい、もう少しで着きます」

 

『分かりました。あんまり急がなくても大丈夫ですよ』

 

「いえ……はい、到着しました」

 

『それじゃあ一回電話は切りますね。元希君が念話を繋いで、三分ほどたっても返事がなかったら電話してくださいね』

 

「分かりました」

 

 

 電話を切って、僕は影を学園中に広げる。涼子さんはバイオマス研究所の側にいるはずだから……いた。

 

「それじゃあ念話を繋いで……聞こえますか?」

 

 

 声に出す必要はないけど、周りに誰もいないし、声に出した方が繋がりやすいらしいしね。

 

『ちょっと聞き取りにくいですけど、ちゃんと聞こえますよ』

 

「やっぱりこの距離だとノイズが酷いですね……電波を通してるわけじゃないのに」

 

 

 念なんだから、ノイズなんて発生しなくてもいいと思うんだけどな……ここら辺が念話がイマイチ普及しない要因なんだろうな。

 

『それじゃあ元希君、学外に向かってください』

 

「涼子さんは?」

 

『私は裏門から出て距離を取りますから』

 

「ですが、この距離でノイズが発生するんですから、これ以上離れたら通じませんと思いますよ?」

 

『どこまで通じるかの確認です。ゆっくり移動してみてください』

 

 

 涼子さんに言われた通り、僕は正門に向けゆっくりと歩き出す。涼子さんも裏門に向かっているので、念話は徐々に通じにくくなっていく。

 

「聞こえますか?」

 

『――くいですね』

 

「そろそろ限界みたいですね」

 

 

 正門を少し出た辺りで、涼子さんの声はほぼ聞こえなくなってしまった。僕は携帯を取り出し、涼子さんの番号に掛ける。

 

「今どのあたりですか?」

 

『裏門を少し出た辺りです』

 

「僕も正門を出て少し歩いたところですね。さすがに涼子さんの影を掴むのが難しくなってきました」

 

『影を広げなくても繋げることは可能なんですよね?』

 

「可能ですけども、影を広げないと射程はさらに短くなりますよ」

 

 

 それこそ、校舎内くらいしか確実に繋がらないんじゃないだろうかってくらいに……

 

『そうですか。とりあえず今日は限界を把握出来たので、これで終わりにしましょう。元希君も、何時までも影を限界まで広げてるのは大変でしょうし』

 

「……バレてましたか」

 

 

 索敵とは違い、強い感情を探せばいいわけではないので、探索の時と念話の時とでは、影を広げる時の疲労度がだいぶ違うのだ。

 

『それじゃあ、私はこっちから拠点に帰りますね』

 

「はい。お付き合いありがとうございました」

 

 

 電話越しにお礼を言って、僕も拠点へ帰る事にした。明日も恵理さんと座標移動の練習をして、涼子さんと念話の距離を延ばす練習をしよう。

 

「……結局頼り切りになってる感じがするよ」

 

 

 二人の助けになればいいと思って練習しようと思ったのに、結局二人に助けられちゃってるな……やっぱりまだまだ助けられる側なんだろうな、僕は……




地道に成長中……


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教師不在の拠点

いろんなところで問題が起こってます……


 拠点に戻ってからも、僕は訓練の事を考えていた。今日の訓練は、それなりに収穫があったけど、一日で成果が出るとは思ってないからね……

 

「おい元希、考え事しながら食べてると零すぞ」

 

「え? ……あぁ、ごめん炎さん……」

 

 

 食事中だったのを忘れて、僕はボーっとしてしまっていた。こんなんじゃいつ何かやらかしてしまうか分からないな……

 

「何考えてたんだ?」

 

「ちょっと今日の訓練の事を……それから、例の不穏な空気が漂ってる場所の式神から送られてくる情報の整理を」

 

「何か進展はありました?」

 

「今のところは……箇所も増えてませんし」

 

 

 増えてないけど、減ってもいないので、何も改善されてないんだけどね……まぁ、原因が分からない限り、対処しようもないし……

 

「特訓って、さっき理事長や早蕨先生とやってたやつですか?」

 

「うん。念話と座標移動の練習をしてました」

 

「あたしたちも手伝えればいいんだけどな」

 

「炎さんたちは、新魔法の練習があるじゃないですか。それに、恵理さんと涼子さんに手伝ってもらえましたので、気にする必要はないですよ」

 

「ですが、元希様には私たちの練習に付き合ってもらっていますのに」

 

 

 水奈さんが恐縮してるけども、あれは授業だからね……僕も参加しなきゃ単位もらえないし……

 

「そういえば、その二人は何処に行ったんでしょうね」

 

「あれ? ……そういえば恵理さんも涼子さんも気配がないですね」

 

 

 美土さんに言われてから、僕は近くに二人の気配がない事に気が付いた。まぁ、あの二人が本気で隠れたら、僕じゃ気配を掴めないんだけど……

 

「ボクも探ってみたけど、半径二キロに気配は無かったよ……」

 

「調査にでも行ったんですかね? でも、それだったら元希君にも声を掛けそうなものですが」

 

「秋穂さん、僕は一応学生ですから、調査に出るには許可が必要なんですけど……そして、あの二人が僕を連れていくとも思えませんし……」

 

 

 討伐ならまだしも、調査では僕よりあの二人の方が向いている。それに、万が一この拠点が襲われた場合、早蕨姉妹不在だと結界の維持に誰か回さなければいけない。おそらくそれは僕の担当になるだろうから、三人同時に長期離脱は出来るだけ避けるようにしてるのだ。

 

「元希がいてくれれば、あたしたちは遠慮なく戦えるしな」

 

「炎さんと秋穂さん、そしてバエルさんが前衛で、私と美土さん、御影さんが後衛のフォーメーションが採れますからね」

 

「いや……僕だって一人で結界を維持出来るわけじゃないんだけど……」

 

 

 この身に宿る、リンとシンの力を借りたとしても、全方位の結界を維持するだけの魔力はかき集められないだろう。

 

「てか、こんな場所に攻め込んでくる物好きがいるかどうか……」

 

「日本支部の魔法師は攻め込んできそうだけどな」

 

 

 炎さんの笑えない冗談に、僕は彼女から視線を逸らして二人の気配をもう一度探った。

 

「(……学園にもいないか)」

 

 

 精度は落ちるけど距離を延ばして探ってみたけど、やっぱり見つけることは出来なかった……どこに行っちゃったんだろう……




何処に行ったのかは次回かな……


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二人の行方

偉い人は大変だ……


 お風呂から出た後も、恵理さんと涼子さんの気配を探ってみたけど、やっぱりどこにも反応は無い。もしかしたらと思って電話を掛けてみたけども、電源が入っていなかった。

 

「あの二人が本気で隠れたら見つけられないしなぁ……でも、気配察知の特訓はお願いしてないし……」

 

 

 座標移動と念話の特訓はお願いしたけども、気配察知はお願いした記憶はない。まぁ、こっちも苦手と言えば苦手な部類だから、恵理さんの発案で勝手に特訓されているのかもしれないけどね。

 

「見つかりましたか?」

 

「いえ……学園まで距離を延ばしましたけど、まったく見つかりません」

 

「理事長先生も早蕨先生も、大人ですので私たちが心配するのはおかしいのかもしれませんが、何も言わずにいなくなるのは心配ですよね」

 

「携帯の電源も入ってませんし、何処に行っちゃったんだろう……」

 

 

 リーナさんの手伝いで急に出かけたのかもしれないけど、それでも何かしらの伝言はあってもおかしくはない。むしろあの二人が何も伝えずにいなくなる方が考えにくいんだけどな……

 

「……ん?」

 

「どうかしました?」

 

「いや……気のせい?」

 

 

 一瞬だけこの近くに気配が生まれたけど、すぐに消えてしまった。気のせいだと決めつければ楽なんだけど、僕はどうしてもさっきの気配が気になってしまった。

 

「そう遠くないですし、ちょっと行ってきます」

 

「私も一緒に行きます。元希さん一人では心配ですし」

 

「……僕ってそんなに頼りないですかね?」

 

 

 まぁ、炎さんより背も低いし、見た目も女の子みたいってよく言われるけど、一応攻撃魔法はそれなりに得意なんだけどなぁ……

 

「元希さんがお二人を心配するように、私も元希さんの事を心配しちゃうんですよ」

 

「そうですか……じゃあ一緒に行きましょう」

 

 

 気配が生まれたのは、リンやシンが暴れていたあの雑木林。一応の平和は取り戻してはいるけども、あそこは未だに不安定な場所ではあるのだ。そこで次元の裂け目が出来、二人はその調査の為に別次元に行っている、なんて可能性もあるのだ。

 

「元希さん、式神じゃ確認出来ないんですか?」

 

「異次元だと無理ですね。次元の壁を移動できませんから」

 

「そうなんですね。じゃあやっぱり、お二人もご自身で調査している可能性が高いんですね」

 

「本当に調査なら、ですけどね」

 

 

 別次元への移動も、僕より二人の方が向いているし、学生である僕を巻き込まないようにしたのなら、いろいろと納得がいく。だけど、本当に調査してるのかな……まだ次元の裂け目があることも、さっきの気配が本当に発生したものかどうかも分からないので、僕は半信半疑で雑木林へ向かった。

 

「……あっ! やっぱりそうだ。二人の気配がします」

 

「やっぱりあの雑木林でまた問題が?」

 

「いえ……これは、新たに出来た裂け目じゃなくって、残ってた裂け目を塞いでるだけのようですね」

 

「あら? 元希君にアレクサンドロフさん。こんな時間に散歩デートかしら?」

 

「お二人が何も言わずにいなくなってしまったので、心配で元希さんがずっと探していたんです。私はその付き添いです」

 

「姉さん、誰にも言わなかったの?」

 

「元希君の気配察知の特訓に良いと思って」

 

 

 ……やっぱり知らない間に特訓が始まってたんだ。でもまぁ、見つかってよかったよ……




生徒を危険から未然に防ぐ偉い教師


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相互干渉

便利なのか、面倒なのか……


 恵理さんと涼子さんに言われるまで、僕はこの雑木林に次元の裂け目が出来ていることに気が付かなかった。この土地の神であるリンが僕の中にいるのにも関わらず……

 

「むこうの山のよくない空気が、こっちに残っていた邪気を増幅させただけみたいね。一応塞いでおいたから、もう開くことは無いと思うわよ」

 

「でも、あっちの山とこことでは、大分距離があるはずですよね? 何故引かれあうようにこちらでも問題が発生したのですか?」

 

「言いにくいんだけど、元希君が原因かもしれないのよね」

 

「僕……ですか?」

 

 

 何かやらかしたのだろうか? それとも、この間塞いだ時におかしなことをしてしまったのだろうか?

 

「あちらの山を治めているのが水でしょ? それで、こっちの雑木林を治めてるのがリン。どっちの主も元希君だから、変な風にパイプが繋がれちゃったみたいなの」

 

「では、そのパイプを通じて悪い気も流れ込んできた、ということですか?」

 

「そうなりますね。ですから、元希君には内緒で、私と姉さんの二人で次元の裂け目を塞ぎ、繋がれたパイプに細工をしていたのです」

 

 

 なるほど……だから僕には何も言わずに作業していたのか。言ったら僕が気にしすぎるから……

 

「代理の神様なのに、水ったら随分と信仰されているのね。周りの神から嫉妬されるくらいに」

 

「嫉妬? じゃああの悪い雰囲気は、別の神様が嫉妬しているんですか?」

 

「少なくとも、こっちの問題の原因はあの山付近を治めている別の土地神の気だったわ。今は私と涼子の力で抑え込んでるけど、私たち二人より、これは元希君にお願いした方が効率が良いわね」

 

 

 そういって、恵理さんは僕にその土地神が封じられている位置を伝えてきた。僕は脳内でその場所を確認して、二人の魔法を解除して新たな封印をもたらした。

 

「まだパイプは生きているんですね。あの距離でも的確に場所を掴めました」

 

「悪い気だけを遮断してるから、干渉するだけなら問題ないもの。まぁ、あまりにも干渉し過ぎるなら、完全に切断しちゃうけどね」

 

「水が治めている土地から、こちら側にも神気を帯びた水を引けば、この雑木林もすぐに活性化しますからね」

 

 

 リンとシンが暴れたことで、この土地は活気がない。応急処置はしてあるけども、完全に回復させるにはかなりの時間が必要とされている。水の力でどこまで戻せるか分からないけども、使えるものはなんでも使おう。

 

「せめて元希君がもう一度あの魔法を放てればいいんだけど」

 

「もう無理ですよ……それに、土壌は元通りになっていますので、あの魔法の効果はあまりないと思いますけど」

 

 

 リンが僕の身体を乗っ取り使った魔法は、死にかけていたこの土壌を蘇らせるものであり、その上にあるものには効果が無い。すなわち、生えている草や木には意味がない魔法なのだ。

 

「派手に暴れてくれたわよね……途中から元希君の身体の中になったけど」

 

「それまでが大変だったんですよ……特にシンが暴れまわったので」

 

 

 今はリンに怒られて反省しているが、外に出てきたら恵理さんと涼子さんにも怒られそうだな……まぁ、ある意味自業自得だし、シンの性格なら少しくらい怒られてもへこまないだろうしね。

 

「それじゃあ、私たちも帰りましょうか。元希君が心配してくれただけでも収穫ね」

 

「向こう側に干渉ようになったので、調査はここでも出来ますからね」

 

 

 恵理さんと涼子さんに手を引かれ、その後ろにはバエルさんが付いてきて、僕は拠点に戻ったのだった。




とりあえず、調査はしやすくなりました


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繊細な魔法

ちょっと物騒な事に……


 狙ったわけではないけど、向こうの山とこちらの林とでパイプが繋がったため、向こうの調査がやりやすくなったのは確かだった。だけど、向こうの気を完全にシャットアウトし続けるには、それなりに魔力を割かなければいけないのだ。この担当は、僕と恵理さんと涼子さんで三分割することになっているけども、均等になっているかと言われれば、多分なっていないだろう。

 何せ僕はこういった細かい作業に向いていないのだ。いや、同級生と比べれば大したものだと言ってくれるんだけども、恵理さんと涼子さんと比べれば、僕なんてまだまだだ。

 

「随分と気合が入ってるわね。そんなにお姉さんとの特訓が楽しみだったの?」

 

「別にそういうわけでは……」

 

 

 今日も僕は、恵理さんと座標移動の特訓をした後、涼子さんと念話の練習をする予定になっている。どちらも調査にはうってつけの魔法だし、強化しておいて損はない魔法だ。

 

「前にも言ったけど、元希君は魔法技能云々より、精神面を鍛えた方が良いのよね」

 

「だからと言って、恵理さんの提案を実行するわけにはいきませんし」

 

「私は構わないけども?」

 

「僕が構うんです! それに、仮にも理事長なんですから、学生との不純異性交遊なんて、教頭に知られたら脅しのネタにされちゃいますよ」

 

「その時は、あのハゲを消し去れば良いだけよ。大丈夫、私なら確実に殺れる」

 

「字が違う気がしますけども……」

 

 

 言葉で聞いただけだけども、なぜか僕は恵理さんが意図した変換が頭の中で出来た気がしていた。そもそも、学園運営において、理事長と教頭の仲が悪いってどうなんだろう……普通科の生徒も、魔法科の生徒との仲は良くないけども、そのあたりも関係してるのかな?

 

「とりあえず、余計な事は考えずにやってみましょう」

 

「移動座標は何処にします?」

 

「部屋の真ん中で良いわよ。とりあえず、歩いて端まで行きましょう」

 

 

 恵理さんに促され、僕は理事長室の端――窓際に移動して恵理さんは反対側である扉側に移動した。僕の特訓なのに、恵理さんまで座標移動するのは、僕がどれだけズレているかを確認しやすいようにだ。

 

「それじゃあ気持ちを落ち着けて……」

 

 

 恵理さんの声に耳を向け、僕は移動する座標を頭の中に描く。今日はそんなに距離があるわけじゃないから、周りの情景は一切必要ない。だからそのポイントだけに集中することにした。

 

「それじゃあ三秒後に座標移動魔法を展開するわね……3……2……1……」

 

 

 恵理さんの合図に合わせて、僕は座標移動魔法を展開する。移動するのは一瞬だ。距離に関係なく、この魔法に必要なのは、ほんの一瞬なのだ。

 

「? なんだか柔らかいものが当たる……!?」

 

「ちょっとズレてるわね。それとも、お姉さんに抱き着きたかったのかしら?」

 

 

 僕と恵理さんが目指した座標は、少しズレていたのだが、僕が移動したのは恵理さんが目指す座標だった。

 

「今日もまたダメだったね。でも、次は大丈夫だから頑張りましょうね」

 

「励ます前に離してくださいよ~!」

 

 

 抱きしめられたままじゃ反応出来ないじゃないですか……。とりあえず、今日の特訓でも少しズレてしまった。何度も連発出来る魔法じゃないので、特訓でも慣れるまでは一日一回なので、僕は恵理さんにお礼を言って涼子さんとの特訓に向かったのだった。




元希君のラッキースケベ体質が加速してる……


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雑木林でかくれんぼ

遊びじゃありませんよ


 念話の練習をするために涼子さんを探すが、なぜか見つからない……気配を消しているのだろうか?

 

「うーん……僕が探れる範囲には、涼子さんの気配は無いな……まぁ、本気を出されたら僕じゃ見つけられないんだけどね……」

 

 

 この間の事もあるし、僕も気配察知の精度を上げておきたいんだけども、恵理さんと涼子さんが本気で気配を消したら気づけないからなぁ……

 

「考え事ですか?」

 

「ちょっと涼子さんを探して……涼子さん!?」

 

 

 突如僕の背後に現れた気配、それは間違いなく涼子さんのものであり、声も涼子さんの声だった。

 

「結構前から後ろにいたんですけど、気づきませんでした?」

 

「涼子さんの気配遮断は、僕の気配察知の上限を超えていますからね……近くても気づけませんよ」

 

「そちらも要精進ですね」

 

 

 まったくだ……まさかずっと後ろにいたなんて……さぞかし間抜けに見えたんだろうな、さっきまでの僕は……

 

「それじゃあ、今日は念話をしながら気配察知の練習をしましょうか」

 

「どうやってですか?」

 

「あの雑木林、結構な広さですから、あそこを使って、私は元希君から隠れます。もちろん、念話の練習ですので念話をしながらですが」

 

「一定以上離れれば、念話は通じなくなりますからね……それも涼子さんを探すヒントになる、と言う事ですよね」

 

「まぁ、そんなところです。どうやら元希君は、私の気配が見つからないと可愛い反応を見せてくれるみたいですしね」

 

 

 な、なんて悪趣味な事を考えるんだろう……僕が心配してるのを楽しんでいるとは……やっぱり、恵理さんの妹さんなんだなって思わされるよ……

 

「(こんなこと恵理さんに知られたら、何言われるか分からないけど……)」

 

 

 心の中でそう呟いて、僕は涼子さんと一緒に雑木林へ向かうことにした。多分、この間の調査の続きも兼ねての提案なんだろうけども、さすがに別次元には逃げないよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雑木林に到着して数分、あっという間に僕は涼子さんの気配を見失った……目に見える範囲には当然いないし、今回は背後も確認したからさっきと同じパターンはあり得ない……

 

「しかし、この場所も不安定だからな……いつ何かが起きてもおかしくはないんだよね……今のところは恵理さんと涼子さんが対処してくれてるから大丈夫だろうけども……」

 

 

 向こうの山の調査も、ゆっくりとではあるけども進めているし、何か分かればすぐにでも対処出来るように、炎さんたちも特訓を重ねている。

 

「後は僕が成長しなきゃ……」

 

 

 目に見えて成長しているみんなと比べれば、僕はあまり成長していないような気もする……体力はついたけども、魔法力はあまり変わってないんだよね……

 

「とりあえず、念話で涼子さんの状況を確認して……?」

 

『元希君、ちょっと不穏な気配を感じます。そちらはどうですか?』

 

 

 念話をつなげっぱなしだからおかしくないけど、まさか同じタイミングで話そうと思ったとは……

 

「こっちは特に感じない……いえ、今掴みました。ですが、これはパイプから流れてくる向こうの山の気配ではないですか?」

 

『つまり、向こうで何かがあったと考えるべきですね』

 

「式神を飛ばします。涼子さんはこちらに悪い気が流れてこないようにしてください」

 

『分かりました。それと、私は元希君のすぐ側にいますからね』

 

 

 そういわれて前後左右を見回したけども、涼子さんを見つけることは出来なかった……いったいどこにいるんだろう?




色々とハイレベルな教師陣……


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黒幕

決定的ですが、あくまでも二人の見解です


 涼子さんと二人で向こう側の状況を探ると、ついこの前までとは比べ物にならないくらい混沌としていた。

 

「調べたのって一昨日くらいですよね?」

 

「さすがにこの状況はおかしいですね……何か人為的なものを感じます」

 

「ですが涼子さん、人の手で行われているものだとして、目的は何です?」

 

「嫌がらせ、ですかね」

 

 

 誰が、何の目的で山に不穏な空気を流す嫌がらせをするのだろう……でも、場所を狙った嫌がらせじゃなく、僕たち――もっと言えば恵理さんと涼子さんを狙ったとするなら、その人物に心当たりがある。

 

「教頭が誰かを使って、あの山の秩序を乱している……とかですか?」

 

「可能性はあると思いますよ。パイプを繋いですぐですから、こちらの動きを把握しているのは間違いないと思いますし、何よりこの陰湿な嫌がらせ……あのハゲデブオヤジのやり方です」

 

 

 涼子さんでもそんなことを言うんだなぁ……っと、感心するのはそこじゃない。

 

「ですが、あの周辺の田畑に影響が出れば、教頭先生にも影響があるんじゃ……」

 

「あのメタボオヤジは、学外からの支援が多いから、周辺農家に影響が出ても、あのハゲにはあまり影響が出ないのよね……生徒に影響が出ることまでは、考えてないんでしょうね」

 

「ですが、教頭は魔法師じゃないですよね? 支援者に魔法師がいるのでしょうか……」

 

「日本支部の連中は、あのハゲの手下みたいな感じだからね。おそらく水の母親を討伐するように仕向けたのもあのメタボハゲでしょうし」

 

 

 なんだろう……だんだん教頭を現す言葉がひどくなっているような気が……

 

「とりあえず、対向魔法をこのパイプを通じて掛けておきましょう。元希君、手伝ってください」

 

「分かりました」

 

 

 あの雰囲気は闇魔法だよね……光魔法の対向魔法を……

 

『元希よ、ここは俺がやろう』

 

「(シン? でも、大丈夫?)」

 

『当たり前だ! お前は俺を何だと思ってるんだ!』

 

『こら愚弟。元希に対する口の利き方がなってません!』

 

『あ、姉上……俺は神族でこやつはただの人間……』

 

『私たちが安定して力を発揮できているのは、元希が依代となってくれているからです! そのことを理解しなさい!』

 

 

 喧嘩するのは良いけど、全部僕に聞こえてるんだよね……

 

「(とりあえず、シンを向こうの山に召喚すればいいんだね?)」

 

『そうだ。あれくらいの邪気、俺の力で祓ってやる』

 

『仮にも神ですからね、愚弟でも問題なく祓えるでしょう』

 

『姉上、その「愚弟」と言うのをやめていただけないでしょうか』

 

『呼ばれたくなければ、それなりの態度と結果を示しなさい。元希に迷惑ばかりかけて、今の貴方など愚弟で十分です』

 

 

 あ、あはは……まぁ、シンがあの邪気を祓ってくれるのなら、それでとりあえずは解決出来るしね。

 

「(それじゃあ、お願いね)」

 

 

 僕はパイプを通してシンを向こう側に召喚した。座標が若干ズレた気もするけど、まぁ誤差の範囲だし、とりあえず向こう側に行けさえすれば、シンの力なら問題なく祓えるもんね。




どんだけ嫌ってるんだよ……


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敵の尻尾

元希君の前では、どんな実力者も簡単に尻尾を掴まれる……


 シンを向こう側に召喚して、僕はその光景を式神を介して見ていた。

 

『さすがにあの程度なら、愚弟でも問題なく祓えるようですね』

 

「やっぱり弟が心配なの?」

 

『別に、あのような愚弟を心配などしません。ですが、愚弟が失敗すれば元希に迷惑が掛かりますし、何より私も同等に思われそうで嫌なだけです』

 

「別に誰もリンとシンを同じだなんて思わないよ。それに、シンの力が及ばなかった場合、それは僕の力不足だからね。シンが実力を発揮できてないだけだろうし」

 

 

 涼子さんの予想では、教頭が雇った魔法師の攻撃なんだけど、金で雇われる魔法師レベルで神様に対抗できるとは僕は思えない。そもそも、リンやシンだって、僕たちが力を合わせて漸く大人しくできるだろうってレベルだしね。

 

「元希君、こちら側にも影響が出始めてますから、一旦パイプを封鎖しますね」

 

「分かりました。シン、聞こえた? 戻るときはこっちから合図を出すよ」

 

『声に出さなくても聞こえているわ! そもそも、このまま自由の身に……』

 

『図に乗るなんて、何時からそんなに偉くなったのかしら、愚弟』

 

『あ、姉上……ですからその「愚弟」という呼び名は止めてください』

 

 

 僕の脳内で姉弟の会話が繰り広げられるのは、何度体験しても慣れないな……てか、この内容は何回目だろう……

 

「元希君、あとどのくらいかかりそうですか?」

 

「広範囲に及んでますから、少なくともあと一時間くらいはかかるでしょうね。祓うだけじゃなく、シンには鎮めてもらおうと思ってますし」

 

 

 邪念を操作してるのか、あの山にはよくない気が漂っている。それを祓うだけならこちらからパイプを通じて魔法を放てば良いだけだけど、それじゃあまた呼び起こされてしまう。だから今回はシンに神の力を使って、その邪念を鎮めてもらおうと思っていたのだ。

 

『ちょっとまて! そんなこと聞いていないぞ』

 

『つべこべ言わずに、さっさと終わらせない、愚弟』

 

『……ええい! 元希、後で貴様の魔力を思いっきり喰ってやる!』

 

 

 まぁ、それくらい報酬として考えれば良いんだけど、何かやけくそな感じがしたのは気のせいなんだろうか……多分気のせいじゃないんだろうな……

 

「涼子さん、敵魔法師の姿を式神が捉えました。僕が見た限りでは、日本支部の魔法師じゃなさそうですよ」

 

「本当ですか? その姿を捉えた式神をこちらに戻せますか? 式に記録された情報を、日本支部に所属している魔法師一覧データと照会します」

 

「教頭が個人的に雇った可能性が高いんですから、日本支部は関係ないと思いますけどね……」

 

 

 前に健吾君が聞いた「先生」という人と関係してるのだろうから、日本支部というよりは代議士との繋がりが疑われるんじゃないだろうか……

 

「まぁ、式神に気づけないような魔法師が、日本支部に入れるとも思いませんが、念のためですよ」

 

「分かりました。場所はここで良いんですか?」

 

「姉さんの方にお願いします。事情はこちらから伝えておきますので」

 

「分かりました」

 

 

 涼子さんの指示通りに、僕は敵魔法師の姿を捉えた式神を山から学園の理事長室に飛ばした。これで敵の尻尾を掴めれば良いんだけどな……万が一教頭が黒幕だとして、こんな簡単に繋がりを見つけられるようなヘマはするのだろうか? もししてたら、教頭に指導されている人たちが可愛そうだよ……




敵がしょぼいんではなく、元希君たちがすごいんです


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元希君のコンプレックス

誰しも一つくらいは抱えているでしょうね……


 とりあえず向こう側を浄化することに成功したので、シンを僕の中に戻す為にパイプを開くことにした。

 

「やれやれ、まったくもって手ごたえが無い」

 

「シン、お疲れさま」

 

「ふん、貴様に労われても嬉しくはない」

 

「なら、私に労われたら嬉しいとでもいうのですか、愚弟」

 

「あ、姉上!? そのような身体を乗っ取るとは、姉上の身体が穢れて――」

 

「黙りなさい!」

 

 

 うーん……僕の身体で僕の声なんだけど、リンが喋ってるのは違和感しかないな……涼子さんも口をポカンって開けてるし。

 

「だいたいですね、今の貴方は元希の使い魔でしかないのですよ。それなのに主である元希が労ってくれたのに何ですか、あの反応は」

 

「あ、姉上……とりあえず男の声で喋るのは止めてください」

 

「元希の声は高いので問題ありません」

 

「そう言う事ではないでしょうが。男としては確かに高いですが、女の声とは違うのですから」

 

「そうでしょうか? 元希が女装をして街を歩いていたら、いったい何人が男の子だと分かるのでしょうね。涼子、貴女はどう思いますか?」

 

「私は元々元希君の性別を知っていますから何とも言えませんが、元希君がスカートを穿いて喋っていたら、おそらく女の子だと思う人が大勢いると思いますね」

 

 

 うぅ……声が高い事も、背が低い事も気にしてるのに……加えて女顔であることも……

 

「ですから、そういう問題ではなく、元希の声で姉上に注意されていると、なんだか複雑な気持ちになるのです」

 

「さっさと元希の中に戻れば、私が直接叱れるのに、貴方が戻るのを嫌がるからこういう手段を取っているのですよ? 感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いはありません」

 

「わ、分かりました。戻ります、戻らせていただきます」

 

 

 シンが我慢できなくなったのか、僕の中に戻ることを承諾した。てか、僕もそろそろ自分の声で女口調を聞いているのに堪えられなくなってきたから、シンには感謝したい。

 

「初めから素直にそういえばよかったのです。だから貴方は愚弟なんですよ」

 

「頼みますから、説教は中に戻ってからにしてください……元希の見た目、元希の声なのに女口調だと、若干吐き気を催しますから……」

 

「あら? 見た目も女の子っぽいですし、声も高いから気にならないのですが、男性からすると違和感があるのかしらね? 涼子はどう思います?」

 

「私は、なんとなく元希君が目覚めたのではないかと思いますね。普段から女の子っぽいですし、別に違和感は覚えません」

 

「私も同感ですね。やはり性別の差、という事なのでしょうか? 元希もどうやら気持ち悪いと思っているようですし」

 

「元希と同感なのは気に入らないが、早いところ中に戻してくださいよ、姉上。続きはそこで聞きますので」

 

 

 シンがもう一度頼み込むと、リンは満足したかのようにシンを僕の中に戻し、僕の身体の自由も返してくれた。

 

「あっ、やっと普通に喋れるよ……」

 

「元希君、今度女性口調で一日を過ごしてみませんか?」

 

「絶対に嫌です!」

 

 

 涼子さんの目が、ちょっと本気っぽくて怖いけども、あんな喋り方は絶対にしたくない! これ以上女の子っぽく見られるのは勘弁願いたいもんね。




ちなみに自分は、女みたいな髪質が嫌ですね……細くて柔らかくてで……


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調査結果

久しぶりに彼女が登場


 一先ず片付いた山の異変だったが、まだ全員である魔法師を捕まえていないので、解決とはいかない。そこで僕と涼子さんは、恵理さんに送った式神の事を聞くために理事長室を訪れた。

 

「おー、元希ちゃん。久しぶりー」

 

「り、リーナさん!? 戻ってたんですね」

 

「ついさっき調査を終えてね。なんだか大変な事になってるらしいわね」

 

「とりあえずは落ち着きました。それで恵理さん、さっきの式神が捉えた魔法師の正体は分かったんですか?」

 

 

 リーナさんの調査報告も気になるけど、先あたっての問題であるこちらを優先した。

 

「さすがに日本支部の魔法師じゃなかったわね。どっかのフリーなんでしょうけども、残念ながら分からなかったわ」

 

「そうですか……尾行はつけているので、隠れ場所は分かると思いますよ。まぁ、式神に気づかなければですけど」

 

 

 あれだけの嫌がらせをしてくる魔法師が、式神に気づかないなんて思わないけどね……尾行はあくまでも、こちらが彼に気づいてたと知らせるためにつけたから、破られても問題は無い。

 

「あの中年メタボハゲとの繋がりは、今のところ見えてこないけど、絶対に関係してるわよ、あのオヤジは」

 

「相変わらずね、恵理の毒は。さてと、それじゃあ今度は私の報告が聞きたいのよね、元希ちゃん」

 

 

 顔に出ていたのか、リーナさんは僕を見てそんなことを言った。まぁ、最初から僕たちの為に動いていたのだから、報告を知りたがっていると分かっていたんだろうけども……

 

「ちょっと時間がかかったけど、そんなに大変な調査だったの?」

 

「忍び込んでからは簡単だったけど、それまでがね……あの田舎、完全に日本支部の手伝いをしていたわ」

 

「手伝い?」

 

 

 僕の記憶では、あの村に魔法師はいなかったし、日本支部の人間もいなかったと思うんだけどな……でも、リーナさんが調べてそう結論付けたのなら、何か証拠があったんだろうな。

 

「まず、元希ちゃんが教えてくれた施設だけど、今は稼働してなかったわね。でも、厳重な警戒と、監視カメラの充実と、中に入ってほしくなさそうな匂いがプンプンしたわね」

 

「それで、その施設に入れたんでしょ? もったいぶらずに教えなさいよ」

 

「まぁまぁ、そう慌てないの。調べた結果、何かの実験施設だって事が分かったの。それでそこからさらに詳しく調べたんだけど、どうやら動物実験をしてたっぽいのよね」

 

「動物実験? 新薬の開発でもしてたの?」

 

「違うわね。動物と言っても、獣じゃないわ。人体実験よ」

 

 

 ……確かに人間も動物だが、だったら最初から人体実験と言ってほしかった。

 

「人工魔法師を研究してたっぽいわね。残ってた資料から見る限り、かなりヤバい感じの実験だったらしいわ」

 

「それで、僕たちの出生との関係は?」

 

 

 僕が知りたいのは、まさにそこなのだ。リーナさんは一瞬ためらったけど、ため息を吐いて僕たちの調査結果を教えてくれた。

 

「あの施設に残ってた資料の中に、人体実験を受けた子供のリストが残ってたの。処分し忘れたんでしょうね。その中に、恵理も涼子も、そして元希ちゃんの名前も載っていたわ。つまり、貴方たちは人工魔法師と言う事ね。元々魔法の才能があったのか、それともその実験の成果なのかは分からなかったけど」

 

 

 リーナさんの言葉に、僕は頭の中が真っ白になった。人工魔法師、創られた存在。その言葉が僕の頭の中でリピートされているから、他の事を考えられなくなってしまったのだった。




十五、六歳の少年には受け入れがたい事だ……


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優しい言葉

悩んでる時にはありがたいものですね


 山を荒らしている魔法師については、リーナさんが調べてくれるとの事だったので、僕はとりあえず拠点に戻ることにした。今日は練習とかする気分じゃなくなっちゃったし、恵理さんも涼子さんも僕ほどではないにしてもショックを受けているようだった。

 

「はぁ……これで、全属性魔法師は創られた存在だって可能性が大きくなってきたんだよね……」

 

 

 もしそのことが事実で、日本支部の魔法師の人たちがその事実を知っているとすれば、恵理さんや涼子さんに対する態度にも、なんとなく納得がいく。納得できないが気持ちは分かるかもしれない。

 自分と違うものを恐れるというのは、昔からの人間の特徴であるし、ましてや魔法師として普通の人と区別されている側の人間だ。全属性魔法師を自分たちとは別の魔法師と位置づけて、畏怖の象徴としてもおかしくは無いのだろうな……

 

『元希、あまり気にしてはいけませんよ』

 

「分かってるけどね……ただ、覚悟していたとはいえショックが大きかったんだよ」

 

 

 リーナさんが調べに行く前から、その可能性が大きい事は知っていた。本格的な調査に乗り出す前の下調べで、その事は可能性としてあることをリーナさんが教えてくれていたから。だが、例え可能性は低くても、僕は普通に生まれた魔法師だと思いたかったのだ。

 

「元希さん? どうかしたんですか?」

 

「あっ、バエルさん……いえ、何でもないですよ」

 

 

 いつの間にか拠点に到着していたらしく、僕は無意識に自分が生活しているテントに入ろうとしていた。こんな時でも、疲れたから寝たいと思うんだな……ちょっと可笑しいよ。

 

「そんな顔して、何でもないわけないですよね? 普通科の人に何か言われたのですか?」

 

「ううん、何も言われてないですよ。本当に、何でもないですから」

 

 

 嘘を吐くのが辛い……もしかしたら受け入れてくれないかもという恐怖が、僕に真実を告げる覚悟を鈍らせる。バエルさんはもちろん、炎さんたちがそんな人ではないと分かっているのに、どうしてもその可能性を頭の中から追い出すことが僕には出来なかったのだ。

 

「出自の事ですか?」

 

「っ!?」

 

「やっぱりそうですか……先ほどスミス先生をお見かけしたので、もしかしたらと思ったんですが、図星だったようですね」

 

「リーナさん、こっちに来てたんですね……」

 

 

 そのまま調査に出かけるかと思ってたけど、今日は休むんだ。まぁ、リーナさんもあまり公に動ける人じゃないし、今日明日で調べられるとはさすがに思ってないんだけどね……でも、まさか見られてたなんて。

 

「元希さんが言いたくないなら、無理には聞きません。ですが、前にも言ったかもしれませんが、私たちは元希さんたちを差別したり、区別したりは絶対にしません」

 

「バエルさん……ありがとうございます。今日はちょっと無理ですけど、明日には必ずみんなに言う決心をつけます」

 

 

 本当は言いたくない。でも、秘密を抱えたまま今まで通りに付き合っていく自信が、僕にはない。だから今日だけは一人で抱え込んで、明日みんなに言えればそれでいいのではないかと考えることが出来た。僕はバエルさんに頭を下げ、そのままテントの中に入って横になった。バエルさんも空気を察したのか、今日はそのまま帰ってこなかった。




次回、元希君の告白


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元希君の告白

緊張するのは仕方ない


 一人で一晩考えた結果、ここで生活している人たちには、本当の事を話そうと決心した。本当は怖くて、出来る事なら言わないでおきたかったけども、何時までも隠し通せるなんて思えないし、何より秘密を抱えてる事が心苦しいのだ。

 

「それで、元希はアタシたちを呼んで何がしたいんだ?」

 

「まぁまぁ炎さん、そう急かすことは無いのでは? 元希様も何か言いにくい事なのでしょうし」

 

「元希さんが言いにくいのでしたら、無理に言わなくてもいいとわたしは思いますが」

 

 

 美土さんの言葉に、僕は救われた気分になった。無理に聞き出そうとするのではなく、僕が言えるまで待ってくれるという意味だからだ。

 

「ううん、大丈夫。言うって決めたから」

 

 

 深呼吸をして、僕はみんなに言う決心をつけた。昨日の夜言うって決めたのに、やっぱりいざとなると緊張するんだな……でも、何時までも黙ってちゃわざわざ集まってくれたみんなに失礼だし、何より決めたことを出来ないのは男として情けない。

 

「実は昨日、リーナさんから僕の出自について分かったことがあったって話があったんだ」

 

「あぁ、そんなこと言ってたな。別にアタシたちは元希がどんな生まれだろうが気にしないが」

 

「そうですわ。どんな生まれであろうと、元希様は元希様ですもの」

 

「まぁ、元希君も言うか言わないかで相当悩んだんだろうし、とりあえずは聞きましょうよ」

 

 

 秋穂さんがみんなを黙らせて、僕が話しやすい環境を作ってくれた。

 

「リーナさんの調査では、僕が育った田舎で、人工魔法師実験が行われてたらしくて、そこに残っていた記録では僕や恵理さん、涼子さんはその被験者だったらしいんだ。だから、そこだけ見れば、僕たちは『造られた』魔法師なんだ。でも、僕たちがどこで生まれたのか、それはまだ分かってないんだ。元々魔法の才能があったから被験者になったのか、それとも存在自体を造られたのかはまだ分からないけど、僕はみんなと違う存在であることには違いない。本当は怖くて言いたくなかったけど、みんなに隠し事をして上手く生活していく自信がなかったし、何よりいつまでも隠し通せる秘密でもない。みんなに気味悪がられるかもしれないけど、これだけはちゃんと言いたかったんだ」

 

 

 僕は一気に言いたかったことをみんなに告げた。水奈さんとバエルさんは口を押えているけど、他のみんなはノーリアクションだ。

 

「あ、あれ?」

 

「だから言っただろ? アタシたちは『元希がどんな生まれだろうが気にしない』って。人工魔法師だか何だかは知らねぇが、元希はアタシたちの大事な仲間だ」

 

「そうだよ。ボクたちだって普通とは違う生まれだし、元希君だけが特別異常なわけじゃないよ」

 

「そうそう。魔法師なんて、何処かしら特別な所があるんだから。元希君は人より特別の度合いが違うだけだよ」

 

「みんな……」

 

 

 何の抵抗もなく受け入れてもらえることが、こんなにも嬉しいなんて思ってなかった。口を押えていた水奈さんとバエルさんも、すぐに僕の事を受け入れてくれた。

 

「とりあえず、元希はアタシたちを心配させたバツで、一緒にお風呂な」

 

「今日は全員で元希さんを洗って差し上げますね」

 

「逃げられるとは、思わない方が良いよ」

 

 

 嬉しいけど、なんとなく逃げ出したいと思ってしまうのは幸せなのだろうか。とにかく、僕はここで生活してもいいんだし、今日くらいは諦めようかな。




予約投稿のやり方が変わってた……


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健吾の答え

忘れちゃいけないこの男……


 魔法科のみんなに告白した翌日、僕はもう一人説明しなければいけない相手に会っていた。

 

「珍しいな、元希の方から会いに来るなんて」

 

「うん……健吾君に言っておかなければいけないことが出来たから」

 

「言っておかなければいけないこと? なんだよ」

 

 

 健吾君は魔法師ではなく、普通の人間だ。だからみんなより受け入れることが難しいかもしれない。けど、健吾君は魔法師の僕と友達になってくれたし、隠しておくのは気が引けるのだ。

 

「前に言ったかもしれないけど、リーナさんがいなかった理由は、僕と早蕨姉妹の秘密を調べに行っていたんだ」

 

「あぁ、聞いたかもしれないな。それで、スミス先生が戻って来たって事は、その秘密が分かったって事だろ? その事と、元希の言っておかなければいけない事は関係してるのか?」

 

「うん。むしろ、その結果を健吾君にも言っておこうと思って」

 

 

 魔法科のみんなには受け入れてもらえたけど、健吾君はどうだろう? 受け入れてくれるだろうか。それとも拒絶されるだろうか……

 

「おい、震えてるけど大丈夫か?」

 

「えっ?」

 

 

 健吾君に言われ、僕は自分の身体が震えていたことに気が付いた。そりゃ緊張もするよね……せっかく出来た同性の友達を失うかもしれないんだから。

 

「無理に言う必要はねぇぞ? 言いにくい事なんだろ?」

 

「でも、健吾君には知っておいてもらいたいんだ」

 

 

 僕は全身に力を入れて、震えを止めた。例え健吾君に拒絶されたとしても、友達に隠し事をし続けられる自信が僕にはない。だったら自分から言ってしまえばいい。それがどんな結果に繋がるともしても……

 

「僕は人工的に造られた魔法師らしいんだ」

 

「造られた? それは、魔法師としての元希が造られた存在なのか、それとも、元希自体が造られた存在なのかどっちだ?」

 

「それはまだ分かってないけど、可能性としては半分半分かな。魔法の才能があった僕を人工的に魔法師として優秀にしたのか、僕という存在自体を造りだしたのかは、リーナさんでも調べられなかったらしいんだ。継続的に調べてはくれてるけど、何時までも教師の仕事を休むわけにもいかないからって、今は学校で授業をしてるけどね」

 

「ふーん……元希も大変だな。その年で色々と悩むなんて」

 

「……健吾君は、僕の事をどう思う?」

 

 

 拒絶はされなかったけども、もしかした不気味がっているかもしれない。答えを聞くのが怖いが、僕はどうしても健吾君の気持ちを知りたかったので尋ねた。

 

「どうって言われても……元希は元希だ。俺の友人で、魔法の才能に溢れた凄いやつ。それが俺のお前の認識だったし、これからもそれは変わらない。例えお前が造られた存在であろうがなかろうが、そんなのは俺たちの友情に何にも関係ない。もし立場が逆だったら、お前は俺を拒絶するのか?」

 

「しないよ!」

 

「だろ? だから一緒だ。これからもこうやって話したり、たまにはどっかに遊びに行こうぜ。お前、女友達しかいないんだろ?」

 

「仕方ないでしょ。魔法科は――いや、魔法師は女性の方が多いんだから」

 

 

 健吾君に受け入れてもらって、僕は沈鬱な気分から脱した。友達だって言ってもらえたし、これからも仲良くしてくれるなら、何時までも鬱屈した気分でいるのは健吾君に失礼だしね。




彼は本当にいい男だ……中身も


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リーナの諜報能力

毎回彼女の口調を忘れる……


 健吾君とも今まで通りの関係が続けられると分かった僕は、一昨日から感じていたもやもやを感じなくなった。恐らく友人関係で悩んだのはこれが初めてだったからかな。あんなにもやもやしたのは。

 

「何か考え事ですか?」

 

「あっ、涼子さん。いえ、ちょっと悩み事が解決してスッキリしてたところです」

 

「そうですか。それじゃあ姉さんが待ってますし、理事長室に行きましょう」

 

「今日は特訓するんですか?」

 

 

 昨日一昨日とそういう気分じゃなかったのでしなかったが、今日からは問題なく特訓できそうだし、僕は意気込んで理事長室へ向かおうとしたが――

 

「特訓じゃなくって、例の魔法師の事が分かったみたいです」

 

 

――涼子さんの言葉に、ちょっと出鼻をくじかれた気分になった。まぁ、そっちも大事だけどさ。

 

「随分と早くわかりましたね」

 

「リーナは諜報向きだからね。彼女が調べれば大抵の事はすぐに分かるわ」

 

 

 大抵と言ったのは、僕たちの出自を調べるのにリーナさんらしくなく時間が掛かったからなんだろうな。それが無ければ、涼子さんはきっと「大抵」なんて言わなかっただろうしね。

 

「失礼します。姉さん、元希君を連れてきました」

 

 

 理事長室に到着し、涼子さんが入室の許可をもらうと、僕と涼子さんは理事長室の中に入り――

 

「元希ちゃん!」

 

 

――僕はリーナさんの熱烈歓迎を受けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえずリーナさんに離れてもらい、僕は調査報告を聞くことにした。

 

「例の魔法師だけど、やはりここの教頭が雇ったとみて間違いないわね。巧妙に隠してあったけど、学園からあの魔法師に入金があったわ」

 

「学園から? 教頭の個人資産からではなく?」

 

「あのメタボハゲは、前々から横領の疑いがあるのよ。どうやらこれで思う存分首をはねる事が出来そうね」

 

「ついでに言えば、この辺りを地盤としている議員への献金の証拠も掴んだから、そっちももろとも潰せるわよ」

 

 

 こ、この人は敵に回しちゃいけない人だ……僕は今確信した。リーナさんとは仲良くしよう。

 

「まっ、それは置いておいて、あの魔法師だけどね、元日本支部の魔法師だったわ」

 

「元? 今は違うんですか?」

 

「記録が残ってないから分からなかったけど、何か大きな問題を起こしたとかじゃないみたいなのよね……もう少し探りを入れれば確実に分かると思うけど――どうする?」

 

「別にその魔法師が元日本支部所属であろうがなかろうが、叩き潰す事に変わりないのだから、これ以上の調査は不要よ。リーナ、ご苦労様」

 

 

 一瞬の迷いもなく言いきった恵理さんに、リーナさんは了解の意味を込めた笑みを浮かべた。とりあえず敵は教頭と雇われた魔法師、それからこの辺りを地盤としている議員のようだけど、この辺りから選出されている国会議員って誰だ?

 

「反魔法師思想を掲げている老害よ。自分たちでは何もできないくせに『魔法師の平均収入を減らしてより良い社会を作ろう』とかほざいてる阿呆よ。まったく、自分たちが使ってるエネルギーの何割が魔法師が生み出してると思ってるのよ。それに、あのハゲ爺は魔物に襲われた経験があるはずなのに、助けてくれた魔法師に恩義も感じてないようね」

 

「えっと……リーナさん? 僕何も言ってないんですけど」

 

 

 顔色だけで心を読まれたのだろうか? やっぱりリーナさんは敵に回しちゃ駄目だ。怖すぎるよ……




敵に回しちゃダメな人だな、本当に……


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犯人を捜せ

捜索には入りませんが……


 犯人が分かったところで、その人を捕まえなければ問題は解決とはいかない。前に尾行させた式神は早々に打ち破られちゃったし、教頭を訊問したところで何も言わないだろうしな……

 

「おーい、元希、お昼にしようぜ」

 

「そうだね。ところで何で僕がここにいるって分かったの?」

 

 

 今日は休日で、僕は雑木林に出来たパイプから向こう側の様子を伺っていた。もちろん、誰にもその事は伝えていない。

 

「御影がお前の気配を探ったんだよ」

 

「かなり苦労したけど、元希君の気配は間違えない」

 

 

 何故か自信満々にそう告げる御影さんに、僕はどう反応しようかに困った。確かに気配察知は御影さんの得意分野だし、今は僕も気配を消してないけども、間違えるってどういうことだろう?

 

「この辺りはまだ不安定らしくて、御影さんも気配を掴むのが大変だったようですよ」

 

「あぁ、そう言うことですか……って、僕何も言ってませんよ?」

 

「顔に書いてありましたから。元希さんは、たまに分かりやすいですもん」

 

「そうなのかなぁ」

 

 

 バエルさんに考えていた事を言い当てられ、その理由を告げられた僕は、それでも納得出来なくて首を傾げた。この前はリーナさんに心を読まれた気がしたし、僕って分かりやすいのかな……

 

「今日はここでお昼にしましょう。元希様、こちらで手をお洗いください」

 

「ありがとう、水奈さん」

 

 

 魔法で出された水で手を洗い、僕はポケットからハンカチを取り出そうとして――

 

「わたしの風で乾かしますよ」

 

 

――美土さんの魔法で自然乾燥(?)したお陰で使う必要がなくなってしまった。

 

「それにしても許せないわね。あの自然を汚そうと考えるなんて」

 

「秋穂は自然好きだもんな。まぁ、あたしも意味もなく汚す事はしたくないけど」

 

「犯人は分かってるんですよね? 捕まえられませんの?」

 

「雲隠れされちゃったからね……今は大人しくしてるみたいだけど、多分まだ動いてくるだろうから警戒はしているよ」

 

「わたしたちにも手伝えればいいのですが」

 

「皆には十分手伝ってもらってるし、また何かあったら頼むよ。あの魔法師の狙いは理恵さんと涼子さん、そして僕みたいだしね」

 

 

 正確には全属性魔法師を狙った教頭の思惑で動いているんだけども、詳しい事はまだ話していないのでそこは伏せて説明する。だって炎さんとかは、犯人が教頭の息のかかった者だって知ったら、その教頭を捕まえて何をしでかすか分からない気がするんだよね……恵理さんも今は言わない方が良いって言ってたし。

 

「そう言えば学校で、見覚えのないおっさんが教頭と話してたけど、元希の名前を言ってた気がしたぞ。知り合いか?」

 

「顔見てないから分からないけど、僕に知り合いなんていないよ……こっちに来るまでほとんど交友なんてなかったんだから……」

 

 

 若干自虐ネタ気味だが、事実なので仕方ないのだ。僕は霊峰学園に来るまで、友達と呼べる相手などいなかったし、ましてや村の外に知り合いなんていなかった。だからそのおじさんが誰なのかは分からないけど、おそらくリーナさんが言ってた議員の人なんだなとは推測出来た。ましてや僕の名前を知っているなんて、明らかに怪しいもんね。




クラスメイトは皆自然保護に前向きです


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座標移動、成功

ハイレベルを望まなければ、成功してるんですけどね


 炎さんが見たおっさんが誰なのかは分からないけど、教頭と話していたということは少なくともこちら側の人間ではなさそうだ。

 僕は昼食を済ませた後、中断していた特訓をするために学園にやって来た。さすがにそのおっさんとばったり、などと都合の良い展開は訪れず、普通に理事長室までたどり着いた。

 

「いらっしゃい、元希君。今日も頑張ろうね」

 

「感覚は掴めてるはずなんですけどね……どうしても上手くいかないんですよ……」

 

「上手くやろうって力み過ぎてるのよ、元希君は。もっと自然体でやってみたら? それとも、失敗してお姉さんに慰めてもらいたいのかしら?」

 

「慰めるというか、恵理さんは僕をからかってるだけじゃないですか」

 

 

 あれで慰めてると言うのなら、僕が知っている「慰める」という行為とだいぶ違うんだけどな……

 

「とにかく、今日は色々考えるのは無しね。無心で、ただ座標移動をすることだけに集中して」

 

「何時もそのつもりなんですけどね」

 

 

 どうやら僕には雑念が多すぎるようで、無心のつもりでもいらないことまで考えているのかもしれない。今日だってさっき聞いた不審なおじさんが誰なのかが気になっている。

 

「……またズレてる」

 

「今は何を考えていたの?」

 

「炎さんが見たという、見知らぬおじさんの事を……教頭と話してたって言ってましたから、おそらくは恵理さんたちも知ってるとは思うんですが……」

 

「あぁ、あのハゲオヤジの後ろ盾ね……税金泥棒よ」

 

「? それって職業じゃないですよね……何をしてる人ですか?」

 

「だから、税金泥棒。何の政策も打ち出さない国会議員よ」

 

「あっ、やっぱり……」

 

 

 なんとなく分かっていたが、これでもやもやが晴れてスッキリした気分だ。今なら座標移動も上手くいくかもしれない。

 

「なんだかやる気ね。それじゃあ、もう一回やってみましょう」

 

 

 恵理さんの合図で、僕は座標移動を試みる。いつまでもここで躓いていたら、何時まで経っても空間転移なんて出来やしないんだから。

 

「おっ、誤差無しね。成功よ」

 

「やった! やりました、恵理さん!」

 

「おぉ、元希君から抱き着いてくるなんて珍しいわね」

 

「えっ? わぁ!? すみません!」

 

 

 興奮のあまり抱き着いてしまった……? 何で離してくれないんだろう。

 

「あの……謝るので離してくれませんか?」

 

「うーん、ダメ」

 

「えっ、何で!?」

 

 

 そんなに怒ってるのだろうか……そりゃ、いくら親しくしてもらってるとはいえ、異性から抱き着かれるのは許せないよね……このまま締め上げられるのだろうか……

 

「せっかく元希君から抱き着いてくれたんだから、余韻に浸ってたいのよ」

 

「……怒ってるわけじゃないんですか?」

 

「怒るわけないじゃない。私も元希君の事が好きなんだから」

 

「私『も』?」

 

「気づいてないわけじゃないんでしょ? 涼子ちゃんもリーナも、もちろんS組の子たちも岩清水さんとアレクサンドロフさんも元希君に好意を抱いてることに」

 

「……考え無いようにはしてましたが」

 

 

 どうやら自意識過剰ではなく、第三者から見てもそうらしい……まぁ、なんとなく告白されてる感じはしてたし、好きでもない異性と混浴なんてしないと思ってたもん……決して異性として見られてないなんて思ってなかったもん。




考えれば、元希君から抱き着くのって初めて?


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新たな異変

次から次へと……


 皆に好意を持たれていた事は知っていたが、なるべくそれを考えないようにしていた。だって意識しちゃうとどうにも居心地が悪くなっちゃうと思ったからだ。だが本人から直接言われた時も何とか考えないようにすることは出来たが、第三者から見てもそうだと言われちゃうと、もう気づかないフリは難しくなってくるよね……

 

『どうかしましたか? 雑念が多い気がしますよ』

 

「ちょっと考え事を……それよりも、涼子さんは今何処に?」

 

『私は例の雑木林です。学校からギリギリの距離だったと思いますが、問題なさそうですね』

 

「当面の悩みは解決しましたからね。そっちに割いていた集中力を念話に全て持ってこれましたから」

 

 

 別の問題は発生したが、それは僕がどうにかすればいいだけの問題だし、涼子さんに相談出来るものでもない。だって涼子さんにも好きだと言われたことはあるし、おそらく異性としての好きなのだろうと分かっている。恵理さんからも言われちゃったし……

 

『ならもう少し距離を広げて……』

 

「どうかしました?」

 

『いえ、何か嫌な空気が流れてる気がしまして』

 

「僕の方は何も……」

 

 

 見張りの式神も何か不審な空気を感じ取ったということも無いし、僕自身も不審な空気は感じない。

 

「雑木林からですか? それとも、山の方からですか?」

 

『……この感じは、山の方ですね。元希君の式神で確認してみてください』

 

「分かりました」

 

 

 僕は一旦念話を切って、式神の操作に意識を集中する。片手間だとどうしても精度が落ちるし、もし危険な展開に発展するのならば、本気で調べた方が良い。

 

「……あった、これだ」

 

 

 僕は異変を感じる場所を特定し、再び涼子さんに念話で呼びかける。

 

「見つかりました。山の中腹、以前嫌な空気が充満していた場所です」

 

『……捉えました。確かに同じ場所ですね』

 

「あのあたりに敵魔法師が潜んでいるのでしょうか?」

 

『それは分かりません。調べようにも、あの場所には空間誤認の結界が張られていて、近づくことが出来ないんですから』

 

「その結界をどうにかするしかなさそうですね……」

 

 

 結界を破壊するには、かなりの魔力と集中力が必要だ。遠くから壊せるようなものではないし、近づくのも難しいのなら、必要とされる魔力の量は普通の時の倍以上はかかるだろう。

 

「恵理さんや涼子さんの保有量で行けますか?」

 

『ちょっと厳しいですね……元希君のも合わせて漸く、と言ったところじゃないでしょうか』

 

「それじゃあ歩いて行く方がよさそうですね。座標移動すると、その分魔力を使っちゃいますし」

 

 

 どれだけの量が必要なのか分からない以上、出来るだけ無駄は省いた方が良い。僕と涼子さんはそう結論付けて、恵理さんに報告するために理事長室へと向かうのだった。

 本当は念話で伝えられればいいのだけど、今の僕の状態は涼子さんに念話に必要な魔力の半分を持ってもらって距離を延ばしてる状態なので、恵理さんが意識してない今、通じるか分からないのだ……

 

「まだまだだなぁ……」

 

 

 自分の未熟さを実感しながら、僕は理事長室に走って向かうのだった。




平和パートはつまらないからといって、事件起こし過ぎですね……


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山までの道のり

普通に歩くのが一番です


 異変を知らせるために理事長室にやって来た僕だったが、何故かリーナさんに出迎えられて出鼻をくじかれそうになっていた。

 

「元希ちゃん、どうしたの?」

 

「いえ……恵理さん、再び異変です。状況を打破するために、直接赴いて結界を壊す事になったのですが、お手伝い願えますでしょうか?」

 

「もちろん。リーナも来る?」

 

「私はあんまり戦力にはならないわよ? 諜報がメインだし、魔力だって、三人と比べればカスみたいなものだし」

 

「比べる必要は無いでしょ? それに、リーナの魔法は魔力を大量に使わない、低燃費が売りなんだから、そう自分を卑下しないの」

 

 

 恵理さんに誘われて、リーナさんも結界破壊に加わることになった。索敵能力は僕なんかより遥かに優れている人だし、結界を壊し終えた後に敵を見つけてくれるかもしれない。そうすればもう一度結界を張られても位置を捕捉してくれるかもしれないもんね。

 

「それで、あの子たちは来るの?」

 

「いえ、今回は僕たちだけでやるそうです。炎さんたちは晩御飯の用意をしてるみたいですし」

 

 

 そもそも、今回の異変を掴んだのは、本当にたまたまだったのだろう。涼子さんが雑木林にいて、ちょうどそのタイミングで異変が起こったのだから……これが少しでも時間がズレていれば、気づかなかった可能性の方が高いのだから。

 

「それじゃあ、私は後からのんびり行こうかしら」

 

「何言ってるの。リーナも役に立ってもらうんだから、一緒に行くわよ」

 

「残念。じゃあ元希ちゃん、行きましょうか」

 

 

 リーナさんに手を握られ、そのまますごい勢いで引っ張られていく……見た目はか細いけど、リーナさんは僕より力持ちなのだから、僕が踏ん張ったところで意味をなさない。男としてこの上なく情けないけど、多分僕が親しくさせてもらっている全員、僕より力があるんだろうな……御影さんにも勝てるとは思えないし。

 

「こら! リーナだけズルいわよ! 元希君、私とも手を繋ぎましょう」

 

「そんなこと言ってると、後で涼子に怒られるわよ?」

 

「バレなきゃいいのよ。帰りも何食わぬ顔で私たちが手を繋げばいいだけなんだから」

 

 

 それはそれでどうなのだろう……そもそも、帰りも僕は引っ張られるのが決定しているのか……魔法の制御や魔力増量だけじゃなく、体力や筋力面でも鍛えた方が良いのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異変を感じ取った山に到着する直前で解放された僕は、とりあえず息を吐いた。ここまで自分の足で歩いた感覚は無いけど、普段以上のスピードで動いたので疲れてしまったのだ。

 

「元希君、大丈夫ですか?」

 

「だ、大丈夫です……ところで涼子さん、結界について何か分かりましたか?」

 

「そうですね……随分と魔力をつぎ込んで作られています。本当に一人で作ったのかが窺わしいくらいの魔力ですね」

 

「涼子ちゃんがいうくらいだから、相当な量の魔力がつぎ込まれているのね」

 

「うーん……私じゃ傷をつける事すら無理そうね」

 

 

 リーナさんが結界を見てそう感想を漏らした。確かに、僕たち三人でも壊せるかどうか微妙なくらいの魔力を感じるもんね……これは、結構な重労働になるかもしれないな。




体力面は、元希君は心許ないですからね…


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経験の確認

どんな確認だ……


 結界を壊すにあたって、まず必要なのは結界の全体像を把握する事だ。この中なら空間把握は僕の分野だろうと言う事で、僕が結界の全体像を図ることになった。

 

「見た感じはそれほど大きくなかったですから、範囲はそれほどではないと思うけどね」

 

「これだけ高密度、高濃度の魔力を注ぎ込んでるから、大きいのは作れないと思うわよ」

 

「元希ちゃんが集中してるから、ちょっと黙った方が良いかもよ」

 

 

 リーナさんのツッコミで、恵理さんと涼子さんが口を押えた。別にそこまでしなくても大丈夫なんですが、まぁせっかくですし黙っててもらいましょう。

 

「半径五百メートル、という感じですね」

 

「意外と大きいわね」

 

「まぁ、一ヵ所壊せれば後は自然に崩れるでしょうし、私たちは何処か一ヵ所を壊すことだけを考えましょう」

 

「力技で、全ての箇所を同時攻撃するんじゃなかったの?」

 

「思いのほか大きいし、そんなことして魔力が尽きたところに襲撃を掛けられたらたまったものじゃないもの」

 

 

 確かに、この結界を壊すには結構な魔力が必要になるだろう。全体同時攻撃なんてしたら、確実に三人の魔力が尽きる方が早いだろうな。

 

「やっぱりあの子たちも連れてきた方が良かったんじゃないの?」

 

「今更そんなこと言われてもしょうがないでしょ。リーナは私たちが攻撃してる間、周りを警戒しててほしいのだけど」

 

「それが目的だし、構わないわよ。後で元希ちゃんにキスしてもらうけど」

 

「何それ!? リーナだけズルいわよ!」

 

 

 いや、僕まだ承諾してないんですけど……。何やら僕がキスする事が前提で話し合われているが、これは断った方が良いのだろうか……

 

「じゃあ、恵理も涼子も元希ちゃんにキスしてもらえばいいじゃない。元希ちゃんも、それでいいわよね?」

 

「うえぇ!? キスって……」

 

「ほっぺたくらい気にしないでしょ?」

 

「えっ……ほっぺた?」

 

「あら。元希ちゃんは私たちと本当のキスがしたかったのかしら?」

 

 

 リーナさんのからかいに、僕は顔を真っ赤に染め上げた。勘違いを指摘されただけなら、ここまで赤くならなかっただろうけど、その悪戯っぽい笑みが、どうにも蠱惑的だったのだ。

 

「こらリーナ。元希君はそういったからかいに弱いんですから、ほどほどにしてくださいね」

 

「いい加減慣れてきてもいいころだと思うんだけどね。一緒にお風呂は問題なくなってきたんだし」

 

 

 問題はありますけど、抵抗しても無駄だと諦めてきただけなんですよ。まぁ、そんなこと声に出せばまたからかわれるので黙ってますけど。

 

「そういえば、元希ちゃんってキスしたことあるの?」

 

「そう言う事は聞かないの。プライバシーってものがあるでしょうが」

 

「私の諜報能力の前に、プライバシーなんてあってないものよ」

 

 

 それは自信満々に言う事ではないとおもうんだけどな……

 

「とにかく! 今は結界を壊すことに集中しましょう」

 

「あっ、誤魔化した」

 

「誤魔化したわね」

 

「誤魔化しましたね」

 

 

 ……三人とも、そんなにジッと見ないでくださいよ。恥ずかしいじゃないですか……




誤魔化すのは当然だと思います


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総攻撃

ただし術者は一人……


 集中力を欠く会話だったが、とりあえずは結界を壊す方向に軌道修正する事が出来た。でも、思いのほか頑丈な構造のため、僕たち三人でも壊せるかが微妙なんだよね……

 

「元希君の召喚獣、あれで壊せないかしら」

 

「正直微妙ですね。リンとシンの力を借りて、僕と一緒に召喚獣五体で攻撃してやっとって感じかもしれませんけど、その後僕が動けなくなる可能性が高いです」

 

「なら大丈夫よ。私でもリーナでも涼子でも、元希君をおぶって帰るくらい問題ないわ」

 

 

 そう言われると、男としてこの上なく情けないんだよね……そりゃ、僕よりも背が高いし、体力もあるだろうけども、高校生にもなって女性におぶられるというのは、なんだか恥ずかしいよ。

 

「じゃあ、その作戦で行ってみましょう。元希君、お願いします」

 

「はぁ……」

 

 

 正直、五体同時召喚は現実世界でやった事ないし、リンやシンを召喚する事によって、この土地の力場が崩れないか心配なんだよね……あっ、この辺りは今、水が治めてるから問題ないのか?

 なんとなくそんなことを考えながら、僕は、僕が召喚出来る幻獣三体と、神であるリンとシンを召喚した。これだけでかなり魔力を消耗するんだけど、この後更に維持と結界破壊に参加するために攻撃するのだ。これくらいで音を上げるわけにはいかない。

 

「凄いわね、このラインナップは」

 

「氷に炎に雷、それに神獣が二体。私たちでも召喚出来るか微妙なほどの魔力が必要でしょうね」

 

「お静かに。元希君が集中していますので」

 

 

 涼子さんの言葉は、今の僕にはありがたかった。少しでも集中力を欠けば、あっという間に倒れてしまったかもしれないのだから。

 

「見つけた! みんな、行くよ!」

 

 

 結界の構造上、一番脆いところを見つけ出し、僕は幻獣に合図を出して総攻撃を仕掛ける。この攻撃で壊れなかったら、次に仕掛けられるのは三日後くらいになっちゃうんだろうな……

 

「くっ! もう少しだけ、頑張って」

 

 

 幻獣にお願いするのもおかしな話かもしれないけど、僕は幻獣たちにもう少し力を出してもらうようにお願いした。そのお願いに応えてくれたのかは分からないけど、結界にヒビが入るのが分かった。

 

「良し、もうひと押し!」

 

 

 残るすべての魔力を排出しても構わない勢いで、僕は結界に圧力を掛けていく。その思いに応えるように、結界が崩れ始めた。

 

「や、やった……」

 

「大丈夫?」

 

 

 全身から力が抜けて、その場に倒れ込みそうになったところを、恵理さんに支えてもらった。あ、あはは……結界は壊せたけど、魔力が空っぽになっちゃってるな、これは……

 

「とりあえず、これは応急処置よ」

 

「!?!?」

 

 

 恵理さんの顔が近づいてきたと思ったら、そのまま口づけをされた。触れ合った場所から、魔力が流れてくるのが分かる。

 

「これで、魔力が枯渇する心配は無くなったわね」

 

「あうあう」

 

「姉さんだけズルい!」

 

「あら、早い者勝ちよ」

 

 

 魔力が枯渇すると、数日は動けなくなってしまうから、恵理さんの対処は正しいものなのだけど、こんなにも恥ずかしいとは思ってなかったな……




正しいのか……?


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三人の考え

元希君からすれば、綺麗なお姉さんですが……


 恵理さんにおぶられながら山から逃げるように立ち去ると、さっきまで立ち込めていた気配が一気にあふれ出てくるのを感じた。

 

「敵は五人ね。この前捉えた気配の持ち主もいるわね」

 

「あのレベルの結界を作るとなると、三日はかかるでしょうから、元希君の魔力が戻り次第全員で仕掛けましょう」

 

「恵理の応急処置のお陰で、一日休めば十分って感じかしらね」

 

 

 何処となく面白くなさそうな声でリーナさんが言ったように、僕の魔力は理恵さんの魔力を取り込んだおかげで少し休めば回復出来る具合に戻っている。

 

「元希君が結界を一人で壊してくれたおかげで、私たちは殆ど魔力を使わなかったものね」

 

「姉さんは抜け駆けしたから、少しは消費したのではないですか?」

 

「あれくらいはすぐに回復するわよ。それに、元希君とキスしたおかげで、全身に力がみなぎっている気分よ」

 

「そうなんですか? 僕はまだ疲れが抜けませんけど……」

 

 

 だから恵理さんにおぶられているのだが、情けないとか思えないほどの疲労感が残っているのだ。

 

「見張りの式神を放ってあるから、焦る必要は無いけど、元希君が回復し次第動いた方が良いのには変わらないかしらね。それとも、元希君は私たちに指示を出すだけで休んでる方が良いかしら?」

 

「いえ、僕も前に出ますよ。それに、僕は後ろで指示を出すような身分じゃないですし」

 

 

 前線で指示を出す分には気にならないけど、後ろに下がって指示を出しているのは、どうも偉そうに感じてしまうのだ。

 

「そう言うのは私の方が向いているかもね。恵理や涼子に指示を出すのは快感だし」

 

「リーナの指示は、下手をすれば大怪我を負う可能性があるから、生徒たちには出しちゃ駄目よ」

 

「そもそも、リーナには奴らが逃げられないように、退路を塞いでもらうつもりなのですが」

 

「あらあら、涼子にしては性格の悪い事を考えるのね」

 

「せっかくあのメタボハゲオヤジの尻尾を掴めるのだから、それくらいはしなければ」

 

 

 ……なんとなく涼子さんが怒ってるような気がするけど、言っている事は正しいと僕も思う。度々嫌がらせをしてくる教頭の尻尾を掴めれば、こちらが攻勢に出る事だって出来ると思うしね。

 

「そんなことしなくても、アイツら全員を動けなくすればいいだけでしょ。五体満足で解放してあげる道理なんてないんだから」

 

「それではこちらが悪者みたいじゃないですか。あくまでも、こちらは被害者でいなければいけないんですよ」

 

「証拠なんてでっち上げれば問題ない訳でしょ? そもそも、近隣住民に迷惑を掛けている時点で、正義は私たちにあると思うんだけど」

 

 

 三人とも、僕がいることを忘れているんじゃないかと思うくらいの会話をしているよぅ……僕には優しい三人だけど、日本支部の人や教頭に対してはこんな感じなんだよね……僕もその人たちは気に入らないけども、こんなことを考えられるほど憎んではいないのだ。

 

「あら? 元希君、震えてるの?」

 

「えっ? あっ、いや……」

 

 

 小刻みに震えていたようで、恵理さんが小首を傾げながら僕を見てきた。僕に向けられているわけじゃないって分かってるんだけど、あの怒りの感情は恐ろしいものだよなぁ……




敵に回すと最強に(最恐に?)ヤバい相手です……


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テントでも…

非力な元希君じゃ、抵抗出来ない……


 恵理さんにおぶられて戻ってきた僕を、バエルさんが心配そうに出迎えてくれた。

 

「何があったんですか、元希さん!?」

 

「ちょっと魔力を使い過ぎただけよ。アレクサンドロフさんは元希君が無理しないように見張っておいてね」

 

「分かりました。無理しそうになったら、凍らせてでも止めます」

 

「だ、大丈夫だから! だからそんな怖い顔しないでよ」

 

 

 バエルさんの顔を見れば、冗談ではなく本気だと僕でも分かる。下手に動こうとすれば、バエルさんの魔法で凍らせられちゃうんだ……

 

「うふふ、冗談ですよ、元希さん」

 

「う、うん……分かってますよ、バエルさん」

 

 

 冗談だと言っているバエルさんだけど、その雰囲気は予断を許さない感じなのだ。バエルさんも十分に実力はあるから、魔力を消耗している今の状況じゃ抵抗出来ないしな……

 

「それじゃあ元希君、くれぐれも安静にね。元希君が回復しないと、アイツらを殲滅出来ないんだから」

 

「分かってますし、無理なんて出来ませんから」

 

「姉さん、テントに戻ったら話があります」

 

 

 涼子さんの怖い声が、テントの外から聞こえ、バエルさんは何かあったのかと首を傾げた。実際何かあったのかと聞かれても、僕は答えないけどね……てか、恥ずかしくて答えられないからね……

 

「何があったんですか? 元希さんがこれほど消耗するなんて」

 

「例の結界を壊してきたんですけど、思いのほか頑丈でして……僕が持てる幻獣を全て召喚して、一斉攻撃したんですよ。そうしたら動けなくなってしまいまして……」

 

「それにしては、元希さんの魔力には若干の余裕が感じるのですが?」

 

「うっ……」

 

 

 そこを聞かれても、僕は答えられない……だって恥ずかしいし、恵理さんの事情もあるだろうし……

 

「もしかして元希さん、魔力の供給を受けました?」

 

「あうぅ……」

 

「受けましたね?」

 

「……はい」

 

 

 バエルさんに追及され、僕は観念して白状する事にした。魔力が枯渇しかけてしまったので、恵理さんに魔力を分け与えてもらったことを。

 

「ということは、理事長先生は元希さんと口づけしたと言う事ですね?」

 

「う、うん……」

 

 

 バエルさんの視線が、僕の目から唇に下りて行っている気がする……そんなに見て何かあるのだろうか?

 

「元希さんの魔力は、どのくらい休めば回復するのですか?」

 

「えっと、明日一日大人しくしてれば、多分大丈夫だと思いますけど、それが何か?」

 

「そうですか。では、もう少し早く回復出来るようにしてあげます」

 

「? バエルさん、何をいっ……!?」

 

 

 バエルさんの顔が間近にあって、抵抗しようにも時すでに遅し……バエルさんに唇を奪われてしまった。接触している部分から、バエルさんの魔力を感じる。顔は真っ赤になってるだろうけども、身体には魔力が駆け巡る感覚がしっかりとある。これなら明日一日普通に生活出来れば、まったく支障なく討伐に迎えるだろうな……

 現実逃避気味にそんなこと考えながら、僕はバエルさんが離れてくれるまで口づけされ続けたのだった。




抵抗する必要がないな…


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クラスメイトのスキンシップ

ちょっと過激かもしれませんが……


 恵理さんに続きバエルさんにも口づけされたおかげで、僕の魔力は翌日には回復していた。

 

「おはよう、元希君。思ってたより早く回復したわね」

 

「え、えぇ……」

 

 

 僕が気まずげに視線を逸らしたのを、恵理さんはあの事を思いだしたからだと勘違いしたようで、嬉しそうに笑っていた。

 

「元希君が大丈夫なら、今日中にでも仕掛けたいんだけど、どうかしら?」

 

「大丈夫だと思います。炎さんたちも一緒に行くのなら、僕も使う魔力が減るでしょうし、全快じゃなくてもいけると思います」

 

 

 そう、全快ではないにしても、普通に戦う分には問題ないくらいの魔力はあるのだ。あまりのんびりしてると逃げられちゃうかもしれないから、仕掛けるのは早い方が良いだろうしね。

 

「それじゃあ、岩崎さんたちには元希君から伝えておいて。岩清水さんとアレクサンドロフさんには、私から伝えておくから」

 

「分かりました」

 

 

 理事長室を辞して、僕は教室に向かう事にした。何で呼ばれたのか分からなかったけど、ただの確認だったので安心した。

 

「よう、元希。どこに行ってたんだ?」

 

「呼ばれたの見てたでしょ、炎さん」

 

「それで、理事長先生はどんな用事だったのですか?」

 

 

 教室に戻ると、クラスメイトのみんなが出迎えてくれた。

 

「何考えてるの?」

 

「何でもないですよ、御影さん。それと、いきなり背後に回るのは止めてください」

 

 

 いないと思ったらいつの間にか背後に現れた御影さんに苦笑いを見せて、僕は四人に恵理さんからの伝言を告げることにした。

 

「みんな、あそこら辺の山に不審者がいるのは知ってるよね?」

 

「ああ、知ってるぜ」

 

「今日の放課後、その不審者を捉えるためにまた出向くんだけど、みんなの力を貸してもらえるかな?」

 

「もちろんですわ! 元希様に頼まれて、断るなんてありえませんわよ」

 

「水奈の気合は兎も角、わたしたちもお手伝いさせていただきます」

 

「もちろんボクも。元希君はもう少しボクたちに頼ってくれてもいいと思う」

 

 

 御影さんの言葉に、僕はみんなに遠慮していたんだと自覚させられた。出自が分かってから、更にその傾向が強くなっていたんだと、今更ながらに気付いたのだ。

 

「僕、そんなに遠慮してるかな?」

 

「してるだろ。何でも一人で抱え込んで、あたしたちはそんなに頼りないか?」

 

「そんなことないよ! むしろ、頼り過ぎて駄目になるかもって思ってるよ」

 

 

 クラスメイトのこの四人だけではなく、秋穂さんやバエルさんも非常に頼りになる人だ。だから頼り過ぎる可能性があるから、どこか遠慮していたんだろうな。

 

「なら、もっとあたしたちを頼れよな!」

 

「そう、だね……もう少し頼るようにするよ」

 

「よし! それじゃあ放課後だな! しっかり休めよ」

 

 

 炎さんに髪をわしゃわしゃと撫でられて、僕はくすぐったい思いになっていた。こんな僕にも普通に接してくれるみんなに、僕はどう報いればいいんだろうな……

 

「炎さん! どさくさに紛れて元希様とスキンシップを取るなんて許せませんわ!」

 

「わたしも元希さんを撫でたいですわね」

 

「ボクも」

 

 

 なんか争いが起きたけど、これだけ楽しい思いが出来るのなら、たまにはいいのかな? 結局涼子さんが来るまで僕は四人に代わる代わる撫でられたのだった。




炎たちにとって、これが普通なのかもしれません


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不審者撃退に向けて

サブタイの通りです


 放課後になり、僕たちは不審者退治の為に山へ向かう事になった。それは良いんだけど、何故僕は秋穂さんとバエルさんに頭を撫でられているんだろう……

 

「相変わらずモテモテね、元希君は」

 

「皆さん、分かってるとは思いますけど、のんびりしていられるのもあと少しですからね」

 

「分かってますよ、早蕨先生。さすがに敵が近づいたらこんなにのんびりしていられませんものね」

 

 

 秋穂さんが僕を撫でながら答えるけど、その雰囲気はのんびりしている感じしかない。

 

「さてと、ここからは分かれて行動するわよ。私と涼子と元希君は正面から敵に魔法をぶつけるわ。岩崎さん、氷上さんは右側面から、風神さん、光坂さんは左側面、岩清水さんとアレクサンドロフさんは私たちのバックアップ。リーナは背面から魔法をぶつけて。それで抵抗するようなら、元希君が合図を出して一斉攻撃を仕掛けるわ」

 

「分かりました。それじゃあアタシたちはこっちだな」

 

「わたしたちはこちらですね」

 

「じゃあね、元希ちゃん。簡単に終われば元希ちゃんも楽が出来るものね」

 

 

 まぁ、早く終われるに越したことはないけど、油断するのはよくないよね……敵も遮二無二抵抗してくるだろうし。

 

「それじゃあ元希君、他の場所の準備が出来たら、一気に行くわよ。さっさと捕まえて、あのハゲオヤジの化けの皮を剥いでやるんだから」

 

「教頭は何で魔法師を目の敵にしてるんですか? 魔法師嫌いってだけじゃ、どうにも説明がつかないような」

 

「さぁ? あのメタボハゲの考えてる事なんて分からないわ。とっ捕まえてら聞いてみたら」

 

 

 恵理さんも知らないのか……教頭が何も考えずに嫌がらせをしてるとも考えられないし、バックにいる国会議員の影響もあるのかな?

 

「元希君、あんなハゲオヤジの事を気にするなんて無駄な事を止めて、目の前の敵に集中しましょう」

 

「そうですね……敵を捕まえれば全て分かるんですから、今は余計な事は考えない事にします」

 

 

 涼子さんに言われたからではないが、僕は一旦教頭の事を考えるのを止めた。どうせ僕が考えても分からないんだから、考えても無駄だもんね。

 

「それじゃあ、合図も来し仕掛けましょうか」

 

 

 恵理さんが楽しそうに告げ、僕と涼子さんも頷いて応えた。恵理さんと涼子さんは風魔法を、僕は光魔法を敵魔法師に仕掛ける。

 

「出てきた出てきた。どうやら気配察知が得意な魔法師はいないみたいね」

 

「側面からの攻撃もしっかり当たっていますし、これならすぐに捕まえられるでしょうね」

 

「リーナさんの背面からの攻撃も有効ですし、後は時間の問題ですかね」

 

 

 連携はさすがだけど、さすがにこの人数相手に抵抗するのは難しいだろうね。僕はもう一撃放ち、相手の戦意を削ぐことに集中した。

 

「往生際が悪いわね……いっそ爆撃でもしちゃおうかしら」

 

「自然環境に影響する魔法は避けてくださいね」

 

 

 山を取り返すように水に頼まれたのに、その山に影響が出たら、水に何を言われるか分からない。僕は恵理さんに釘を刺して、今度は風魔法を敵に放ったのだった。




自然保護を忘れない元希君


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捕縛劇

仕事は素早く確実に


 あぶりだしたわけではないけども、敵は面白いようにリーナさんの方向へと逃げていった。理由は、まだリーナさんが本気で仕掛けてないから、そこからなら逃げられると勘違いさせたからだ。

 

「これで終わりかしらね」

 

「リーナなら取りこぼしもないでしょうし、終わりでしょうね。諜報に長けてるリーナは、捕縛も得意だから」

 

 

 そんな話をしてる間に、リーナさんの陰縫いが発動し敵の動きを止めた。抵抗しようとしている不審者たちだったが、リーナさんの催眠魔法が発動し、敵の動きを完全に止めた。

 

「これで終わりかしら……一人足りないわね」

 

「姉さん、前!」

 

 

 捕らえた敵の数が合わないのを不思議に思っていた恵理さんの前に、隠れていた敵が襲いかかってきた。

 

「その程度で私に攻撃が当たると思ってるのかしら?」

 

 

 侵入者の魔法が恵理さんに襲いかかったと思ったが、恵理さんが圧倒的な魔力でその攻撃を打ち消した。

 

「なっ……やはり化け物か!」

 

「人の事を化け物呼ばわりなんて、やっぱり日本政府の回し者ね。まっ、そんなことは捕まえて白状させればいいだけだけど」

 

 

 恵理さんの攻撃魔法が侵入者に当たりふっ飛ばした。そして落ちたところにリーナさんの陰縫いが発動し、そのままもんどりを打つ事も許されずに止められた。

 

「まったく、人の事を化け物って呼ぶのは止めてもらいたいわね」

 

「恵理さん、無事ですか?」

 

 

 無事だと言う事は分かってるけど、万が一と言う事もあるから確認したのだけど、その言葉が嬉しかったのか、恵理さんが僕に飛びついてきた。

 

「元希君、怖かったよー!」

 

「うわぁ!」

 

 

 体格差もあって、僕は恵理さんを受け止めきれずに押し倒された。その僕を心配して、涼子さんが恵理さんを風魔法で僕の上から移動させた。

 

「姉さん、何やってるんですか!」

 

「だって、元希君が心配してくれたことが嬉しくて」

 

「だからって、姉さんの身体で元希君に抱き着けばこうなるって分かってたでしょうが!」

 

「感動の前にそんなこと考えられないもの」

 

「元希君、大丈夫ですか?」

 

 

 涼子さんに抱きかかえられ、僕は何とか起き上がることが出来た。

 

「ちょっと腰を強く打ったみたいで、まだ少し痺れてます……」

 

「姉さん!」

 

「大丈夫よ」

 

 

 そう言って恵理さんが回復魔法を使ってくれた。発動した瞬間に、僕の身体の痺れは取れ、違和感なく立つことが出来るようになった。

 

「恵理、涼子、敵は全部捕まえたけど、どうやって運ぶの?」

 

「転移魔法で学園で訊問するわ」

 

「じゃあお願いね。私は転移魔法得意じゃないから」

 

「はいはい、じゃあ元希君、こいつらを第二体育館の倉庫に転移させてちょうだい」

 

「僕がですか!?」

 

「私もフォローするけど、これだけの人数だと元希君がメインで私がフォローの方が簡単に運べるのよ」

 

 

 恵理さんの言葉に、僕は苦笑いを浮かべながら頷いた。確かに男の身体を運ぶのには、恵理さんより僕の魔法の方が良いだろうし、散々特訓に付き合ってもらったんだから、これくらいはやらなきゃね。




敵が弱いのか、元希君たちが強いのか……


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再び背負われる…

彼が一番軽いですからね……


 不審者を学園に転移させた結果、僕は再び自分の足で歩くことが出来なくなるほどの疲労感に見舞われた。今回も僕を運ぶ人を決めるじゃんけんが行われ、その結果美土さんが僕を拠点まで背負ってくれることになった。

 

「元希さんを背負うのは、これが初めてかもしれませんね」

 

「そうですね。何時も恵理さんか涼子さん、バエルさんの三人の誰かが運んでくれてましたからね」

 

 

 身長的な問題もあり、炎さんや御影さんに背負ってもらうわけにもいかないし、そうなると早蕨姉妹のどちらかかバエルさんの三人の誰かに背負ってもらう方が、他のみんなも楽だろうという事だったのだが、今回は炎さんや御影さんもじゃんけんに加わってたような気もするんだよね……そんなに僕を背負いたいのかな?

 

「美土、今回は随分と気合い入ってたよね」

 

「鬼気迫るものを感じましたわ」

 

「何時もバエルや先生たちに負けてたから、今日こそはって思ってたんじゃないのかな」

 

 

 炎さん、水奈さん、御影さんも今日の美土さんの気合いには気圧されていたらしく、今も美土さんを眺めながらちょっと距離を取っている。

 

「それじゃあ元希君は風神さんに任せて、私たちは先に戻って晩御飯の準備をしておきましょうか」

 

「一人くらい護衛をつけた方が良いと思いますけど」

 

「そう? じゃあ岩崎さん、お願いね」

 

「よし来た! 任せてください」

 

 

 何故かやる気満々な炎さんを残して、他のみんなは先に拠点へと向かってしまう。僕を背負ってる分、当然美土さんの足取りは遅いものになるし、僕は水に報告しなければならないから、その分遠回りをしなければならないのだ。炎さんは何で喜んで回り道をしなければいけない護衛を引き受けたんだろう……

 

「よし、さっさと水に報告して報酬を貰おうぜ」

 

「報酬? そんなもの無いと思うけど」

 

「何言ってるんだよ。農家の人たちが丹精込めたお米や野菜が報酬だって、水が言ってただろ」

 

「そうなの?」

 

 

 少なくとも僕はそんな話を聞いた覚えが無い。でも、炎さんが自信満々に言うからには、僕以外に言ってたのかもしれないな……

 

「わたしもそう聞いています。討伐が終わったら報告がてら報酬を取りに来てほしいと」

 

「そうなんだ……」

 

 

 僕以外には言っていると言う事は、前に僕が拠点と村を行き来してた時にそんな話が出たのだろう。じゃなきゃ僕にも言ってるはずだし……

 

「今日は無理でも、明日には美味いものが食えるんだ。やる気にもなるってんだ」

 

「何時もだって美味しいものをいただいてるんですから、その言い方はよくないと思いますよ」

 

「そうか? じゃあ、より美味いものが食えるんだから、やる気にもなるってんだ」

 

 

 随分と即物的な考え方だけど、実に分かりやすい理由でもあった。炎さんは料理自体には興味は無いみたいだけど、より美味しいものが手に入るとなると、一番やる気を出す人だもんね。てか、侵入者を全員撃退した今、護衛なんて必要ないんだから、そこで報酬があるって気づけよな、僕……もしかして、報酬の件は、僕以外の全員が知っていた事なのだろうか……それだったら、誰か教えてくれても良かったじゃないか……何で黙ってたんだろう。




何故か背負う事がご褒美になってるような……


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報酬は

討伐のお礼みたいなものです


 美土さんに背負われながら、僕は水に報告するために村を訪れた。護衛の炎さんも一緒だが、本当に護衛の意味はよく分からない状況なんだよね……

 

「おお、主様じゃないか。どうかしたのか?」

 

「いや、山に潜んでた魔法師は捕獲したから、その報告に来たんだけど」

 

「そうかそうか、わざわざすまんかったな。それじゃあ報酬として、米俵三つと綺麗な水を六ℓ程持っていくと良い」

 

「そんなに!? 重いと思うんだけど……」

 

「そこはほれ、主様は転移魔法が使えるじゃろ」

 

 

 確かに、万全の状態なら使えなくはないけど、今の僕は魔力の消費が激しく、自分の足で歩くことも出来ない状況なのだ。

 

「何なら、わしの魔力を分けてやってもいいぞ?」

 

「魔力を分けるって、どうやるんだ?」

 

 

 炎さんが興味を示したけど、魔力を分ける方法ってまさか……

 

「なに、難しい事は無い。風神の娘よ、少し主様を下ろしてはくれんか?」

 

「分かりました」

 

 

 水の指示に従い、美土さんは僕を背中から下ろした。立つのがやっとな僕は、水がしようとしてる事を理解していても逃げ出す事が出来なかった。

 

「犬に噛まれたと思えばよいじゃろ」

 

「ちょっ、水……」

 

 

 頭を押さえつけられ、僕は抵抗する術を完全に失った。力でも水の方が上だから、押えられちゃったら動かせないんだよね……

 案の定、水は僕の唇に自分の唇を重ねてきた。人前でする事じゃないと思うんだけどな……人がいなければ良いと言うわけでもないんだけど……

 

「あっー! 水だけズルいぞ! あたしも分けてやるよ」

 

「ほれ、わしが押えとる間にしてしまえ」

 

「では、わたしも元希さんに魔力をお分けしますね」

 

 

 炎さん、美土さんと順にキスをしてきたが、僕は何のためにこんなことをされているのだろうか……報酬を拠点に運ぶために魔力を回復させられているのだが、ぶっちゃけて言えば、水の一回で事は足りているのだ。

 

「さあ主様、この報酬を拠点へと転移させるのじゃ。追加で採れたての新鮮な野菜もつけてやろう」

 

「それって、水が勝手に決めて良いものなの?」

 

「問題なかろう。わしに供えられたものじゃし」

 

「……神様なんだから、お供え物を報酬にするのはどうかと思うよ」

 

 

 これを食べた僕たちに罰が下るなんて事は無いよね? 何だか不安なんだけど……

 

「それじゃあ転移も終わったし、また美土が元希を背負って帰ればいいんだな? 普通に歩いて帰ると、理事長辺りに何かしたってバレそうだし」

 

「そうですね。水奈さんが暴走しかねませんし、元希さんはわたしが背負っていきますね」

 

「……お願いします」

 

 

 自分で歩いて帰れるなら、そうしたいところなのだが、ついさっきまで立てなかった僕が普通に歩いて帰ったら怪しまれるだろう。てか、転移魔法を使った時点で、恵理さんと涼子さん、リーナさんとバエルさんには何があったのかを知られてるんだけどね……

 

「それじゃあ主様、また何かあったらよろしく頼むぞ」

 

「うん……何もないのが一番だけどね」

 

 

 水の言葉に、僕は力のない言葉で返し、そのまま美土さんに背負われたのだった。なんだか情けない恰好だとは思うけど、拠点に着いた途端に襲われる心配が減るんだから、少しは我慢しないとね。てか、男として唇を奪われ続けるというのはどうなんだろうな……そう考えると本当に情けなくなってきたから、とりあえず考えない事にしよう。




食べ物とキス、どっちが報酬だ?


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早蕨姉妹の問い詰め

事情知ってますからね……


 水のところによって拠点に戻った僕たちだったが、到着するなり恵理さんと涼子さんに呼び出された。多分内容は向こうで思った事なんだろうけど、何も待ち構えてる事は無かったんじゃないかな……

 

「報酬の回収、ご苦労様。あれほどいただけるとは思ってなかったわ」

 

「水がおまけしてくれたみたいですよ。自分は食べないからって」

 

「まぁ、水さえあればなんとかなるものね」

 

 

 恵理さんの言葉に、僕は少し不安を覚えた。これほど前置きをする恵理さんが本題に入るとき、何かが起こるんだろうな、という不安だ。

 

「そう言えば風神さん」

 

「何でしょうか、理事長先生」

 

「何時まで元希君を背負ってるのかしら? もう歩けるんでしょ?」

 

 

 水奈さんたちの目を誤魔化すために美土さんに背負ってもらってのだが、転移魔法を使った時点で恵理さんたちには何があったのかはバレているのだ。水奈さんたちの目が届かない今、僕が美土さんに背負ってもらってる理由は無いのだ。

 

「元希さんが離れたくないと仰られたので」

 

「うぇ?」

 

「わたしの背中が気に入ったようで、元希さんがずっとこうしていたいと仰られたので、わたしは元希さんを背負ってるのです」

 

「おいおい美土、嘘はいけないぞ。水奈たちに元希とキスさせないためだっただろ。今は見てないんだから、下ろしたっていいんだぞ」

 

「炎さん……貴女って人は、どうして空気が読めないんですか! せっかく元希さんと密着し続けられるチャンスだったんですから」

 

 

 炎さんの指摘に、美土さんが声を荒げて距離を詰めた。まぁ、恵理さんたちは僕の魔力が回復した事に気付いてるし、その方法も知ってるから、誤魔化し続ける事は不可能だったんだけどね……

 

「元希君」

 

「は、はひっ?」

 

「あのことは元希君から頼んだのかしら?」

 

「あの事……? っ、違いますよ! 水があの方法を知っていたらしく、美土さんと炎さんの前だというのに無理矢理……男として情けないですが、抵抗出来ずにそのまま二人とも……」

 

 

 キスされる事自体は、嫌ではないのだけど、ああも無理矢理となると、嬉しさより先に恥ずかしさと情けなさが先にこみあげてきてしまうのだ。

 

「そう……とりあえず風神さんと岩崎さんは先に戻って構いません。元希君は少し話がありますので、私たちのテントに来てください」

 

「背負って行きましょうか?」

 

「結構です。元希君を背負う大役、大変ご苦労様でした。ですがここからはその役目は不要ですので」

 

「わ、分かりました」

 

 

 今まで黙っていた涼子さんが美土さんに強気で迫ると、さすがの美土さんも余裕を保つことが出来なかった。あのメンバーの中で、怒らせると一番怖いのは涼子さんかな……

 

「それじゃあ元希君、どうやって迫られたのかを聞かせてもらおうかしら」

 

「それは私も興味ありますね。さぁ元希君、私たちのテントで再現してもらえるかしら」

 

「えっと……恵理さんも涼子さんも、目が怖いんですけど……」

 

 

 血走ってる、とまではいかなくても、限りなく本気の目をしている二人……逃げ出そうにもさっきから僕はリーナさんの陰縫いで一歩も動くことが出来ないのだ。

 

「「さぁ!」」

 

 

 二人に両腕を掴まれ、連行されるように教師陣のテントに運ばれていく。このままだとまたされてしまうのだろうか……




元希君に安らぎを


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疲労困憊

回復の為にしてたはずなのに……


 やっとの思いで恵理さんたちから解放してもらった僕は、もう精根尽き果てた気分でテントに戻ってきた。

 

「お帰りなさい、元希さん。大丈夫ですか?」

 

「バエルさん……ちょっと大丈夫じゃないかもしれないです……」

 

 

 倒れそうになったところを、バエルさんに支えてもらって、漸く僕は寝袋にたどり着いた。

 

「いったい、何をしたらここまで疲れ果てるんです?」

 

「色々ありまして……」

 

 

 バエルさんなら、話を聞いた途端に襲いかかってくるなんて事はないだろうから、僕は不審者を転移させた後の事をバエルさんに話す事にした。

 

「――というわけです」

 

「それは……大変でしたね」

 

「魔力は回復しましたけど、その分気力と体力が消耗した感じですね」

 

 

 こんなことを言えば、同性に怒られるかもしれないけど、もう当分キスはいいかな……するたびに気力と体力を奪われる感覚に陥るから、魔力が回復しても結局は疲れてる事には変わらないしね。

 

「まさか一日に五人にキスされるとは思ってなかったので、ちょっと疲れました……晩御飯まで寝ます」

 

「そうですか。ゆっくりとお休みください」

 

 

 バエルさんに優しく包まれるような声でそう言われ、僕は一気に眠りの世界へと落ちて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かに揺すられ、僕はゆっくりと目を覚ました。

 

「おっ、やっと起きた」

 

「炎さん? あれ、何か用ですか?」

 

「もうすぐ飯だから、顔洗ってさっさと準備してくれってさ」

 

「もうそんな時間ですか……」

 

 

 ついさっき寝た感じだが、確かにあれから一時間くらい過ぎていた。まだ体力は回復してないけど、ご飯を食べなきゃ更に回復しないだろうしね。

 

「何でそんなに疲れてるんだ? 帰りは美土に背負ってもらって、殆ど歩いてないだろ」

 

「魔力が回復した分、気力と体力が消耗した感じなんですよ」

 

「そうなのか? 元希くらいの歳なら、キスしたら喜んで普段以上の力を出せそうなんだがな」

 

「知りませんよ、そんなこと……」

 

 

 だいたい、僕も炎さんも、同年代の男子の知り合いなんて殆どいないじゃないですか……自分で思って情けないな……

 

「我妻も、たぶん元希と同じこと言うかもしれないが、他の連中はきっとあたしの思ってる通りだと思うぞ」

 

「健吾君はね……あんまりそう言うことに興味が無いって言ってたもんね」

 

 

 唯一と言ってもいい同性の知り合いである健吾君は、僕に似た考えを持っている為参考にならないようだ。今度聞いてみようと思ったけど、同じ答えなら別に良いかな。

 

「とにかく、さっさと顔洗って食堂に来いよ」

 

「分かりました」

 

 

 テントから出ていく炎さんを見送って、僕は欠伸を一つしてから寝袋から出た。顔を洗うにしても、とにかくこの眠い目を開かなければ歩くことも出来ないしね……いや、歩くことは出来るか。ものにぶつかる恐れがあるけど。

 

「くだらない事考えてないで、さっさと顔洗いに行こう」

 

 

 自分で自分にツッコミを入れて、僕は眠い目を擦りながらお風呂場へと向かった。水を使うなら、あそこか調理場しかないもんね。




バエルさんが唯一の癒しになりかけてる気が……


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尋問

物騒なタイトルだ……


 捕まえた魔法師たちからいろいろと聞き出すために、僕は恵理さん、涼子さん、リーナさんと一緒に転送した場所まで向かった。

 

「あの、僕が同行する理由はあるんですか?」

 

 

 自慢ではないが、訊問などを上手く出来る自信など無い。そもそも、訊問なんてした事ないし、僕が声音を変えたところでたかが知れているだろう。

 

「元希君もターゲットにされてたかもしれないんだから、聞く権利はあると思うわよ。大丈夫、訊問は私とリーナでやるから」

 

「少し幻覚でも見せれば、ビビッて素直に喋ってくれると思うわよ」

 

「何をするつもりなんですか……」

 

 

 最近度々思うけど、この人たちが味方で、本当に良かった……敵に回したらどうなってたか分からないもん。

 

「私は、その幻覚が元希君に見えないようにサポートしますので、姉さんとリーナは、思う存分やってください」

 

「任せなさい。あっ、でも元希君を抱きしめて見えなくするのはダメだからね。抜け駆けすると、後で元希君が大変な目に遭うんだから」

 

「分かってます。ちゃんと魔法でフィルタリングしますから」

 

 

 大変な目って、何だったんだろう……最近恵理さんと涼子さんに「大変な目」に遭わされたばっかだし、あれの再現だったら……うん、これ以上考えるのは止めておこう。

 起こらない未来を考えるのを止めた僕は、恵理さんとリーナさんの訊問が行われる場所から、少し離れた場所で涼子さんと二人で見学する事になった。

 

「あの……なんだか二人とも楽しそうに見えるんですけど」

 

「姉さんはあのハゲオヤジの尻尾を掴めるかもと思ってますし、リーナは日本政府に繋がる何かが出てくるかもと思ってるから、二人とも楽しそうなんでしょうね。リーナはあわよくば、そこからアメリカ政府に繋がる何かを探してるのかもしれませんが」

 

「僕たちに協力した所為で、リーナさんは立場が危ういですしね」

 

「あんなの、自分たちに都合が悪いから切り捨てたいだけですよ。だいたい、霊峰学園は自治組織なんですから、国に干渉される覚えは無いんですよ」

 

 

 特に魔法科は、日本政府が介入出来るものではないのだが、教頭が裏で糸を引いて嫌がらせをしてきている、と恵理さんや涼子さんは考えているようだ。まぁ、あの教頭ならやりかねないし、健吾君もなんか胡散臭いと言ってたしね。

 

「……何であの人たちは震えだしたんですか?」

 

「姉さんとリーナが幻覚を見せ始めたので」

 

「僕には何も見えませんが」

 

「既にフィルタリング済みですので」

 

 

 何を見せられてるのか気になるけど、涼子さんがどんな魔法を使ったのかが分からなければ、その効果を打ち消す魔法を使う事が出来ないしな……そもそも見せたくないと思って掛けてくれたんだし、それを打ち破るのは涼子さんの心遣いを無に帰す事だしね。

 そんな事を考えていたら、訊問されている人たちが大声で泣き喚き、恵理さんたちに何でも答えると言い出したのだった。いったいどんな幻影を見せたらそんな事になるのだろう……見えなくて良かったと思う反面、怖いもの見たさで魔法を打ち消せればと思ってしまったのだった。




元希君は見えなくて良かっただろうな……


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教頭の末路

とりあえず、第一の敵撃破?


 尋問の結果、彼らを雇ったのが教頭だと言う事以上の事は分からなかった。だけどとりあえずは教頭に事情を聞く必要があると言う事だけは確かだった。

 

「さてと、それじゃあ明日は――いえ、今からハゲオヤジに事情を聞きに行きましょうか」

 

「必要とあらば、もう一度幻影魔法を使ってもいいわよ」

 

「あの、僕もついていく必要は本当にあるんでしょうか」

 

 

 侵入者の時は、僕も水から頼まれた手前、事情を聞く必要があったのだろうが、教頭に事情を聞きに行くのに、僕がついていく必要は無いと思うのだ。だって、嫌がらせをされたのは、僕だけじゃなく魔法科の生徒全員なんだから、聞きに行くのなら全員一緒の方が良いと思うんだけどな……

 

「尋問に生徒全員を連れていくのは不可能だし、魔法科の代表は元希君なんだから、君が同行するのが一番いいのよね」

 

「一年生の総代ですけど、魔法科の代表になった覚えは……」

 

「二年、三年生はそれほど教頭に邪魔されてないもの。今年の一年生だけが特にひどかったのよ。だから、代表は元希君なの」

 

 

 なんか、悉く逃げ道を塞がれてるような気もするけど、立って相手の自白を聞いているだけで良いのだから、ついていくの自体は問題ないのだ。問題は、僕には見えないけど、彼らに見えた幻影が何なのかが気になる事だ。見た途端に騒ぎ出し、中には泣き出しそうになった人までいたのだ。余程恐ろしいものが見えているに違いない。

 

「さてと、それじゃああのハゲオヤジの自由を奪いに行きましょうか」

 

 

 教頭が学園内で使っている部屋に到着し、恵理さんが物騒な事を言い出した。侵入者たちが証言した事が事実ならば、確かに教頭の自由は無くなるだろう。だが、あたかも拘束するような言い方を、喜々として言うのはちょっと違うような気もしないでもないのだ。

 

「ハゲオヤジ、観念なさい! ……逃げたわね」

 

 

 扉を開け、恵理さんが踏み込んだが、既にもぬけの殻。教頭は危機を察知して逃げ出した後だった。

 

「でもこれで、あの連中を雇ったのがあのハゲオヤジだって事が確定したわね」

 

「そうですね。日本支部に指名手配要請を出しておきます」

 

「その日本支部がグルかもしれないから、内々で処理されない事を祈りましょう」

 

 

 恵理さんが不気味な事を言ったが、ありえない話ではないのだ。教頭は僕たちに嫌がらせをする時には便利な存在だったかもしれないが、尻尾を掴まれて、そこから自分たちにたどり着かれる可能性があるのなら、日本支部の人間は教頭を消してもおかしくは無いのだ。

 

「そう言う事は、元希君が考える事じゃないわよ」

 

「ですが、可能性はありますよね」

 

「そうね、十分にあり得ると思うわ。もう利用価値のないメタボなんだから、そのまま消されてもおかしくは無いわよ」

 

「私なら普通に消すわね。だって邪魔だもの」

 

 

 リーナさんがあっさりと言い放ったのを受けて、僕はちょっと怖いと思った。でも、それが普通で、それだけの事をした相手なのだから、同情するのは間違っているのかな?




元希君の感情が普通だと思う……


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教頭の後釜

この人しかいないでしょう


 行方をくらました教頭を探す為に、僕たちは式神を飛ばした。魔法的要素を持たない教頭だから、感覚的に捉えるのは難しいけど、飛ばさないよりかは幾分かマシだろうと言う事なのだが、視覚的には捉えられるのだから、飛ばす事には意味があると思うんだけどな。

 

「さてと、早急に代理の教頭を立てないとね。涼子ちゃん、お願いね」

 

「分かりました。しかし、教頭まで魔法師になると、普通科の生徒から反乱などが起こる可能性は無いのでしょうかね」

 

「大丈夫でしょ。涼子ちゃん、男子からも女子からも慕われてるんだから」

 

 

 そうなのだ。涼子さんは普通科の生徒からも慕われており、一部の生徒が嫌がらせをしていたのは、行為の裏返しなのではないかと噂されていたくらいだ。健吾君が言うには、早蕨姉妹とリーナさんは、普通科の生徒――主に男子にも熱烈なファンがいるとかいないとか……それくらい人気なのだから、反乱の心配はなさそうだな。

 

「色々と忙しくなっちゃうけど、お願いね」

 

「分かってますし、あのオヤジがどれほどしっかり仕事をしていたのか調べるいい機会です」

 

「殆どしてなかったと思うわよ。催促の連絡が私に来てたし、経費ちょろまかして色々してた裏も取れてるから、相当悪い事をしてたと思うわ」

 

「よくそんな人が教頭になれましたね……」

 

 

 選考基準が分からないから何とも言えないけど、それだけの悪さをする人が、人望で選ばれたとは到底思えない。そこでも何か裏があったのではないかと疑ってしまうほどだ。

 

「この学園が出来た時に、相当貢献した家の親戚なのよね、あのハゲオヤジ。だから蔑ろにするわけにもいかなかったんだけど、これで堂々と追い出すことが出来るわ」

 

「反魔法師思考でしたし、日本政府と繋がってましたから、嫌がらせの質が他とはけた違いでしたからね。元希君も何度か嫌がらせされたんですよね?」

 

「え、えぇ……でも僕のは、せいぜい知らない女性に話しかけられたり、そのままどこかに連れていかれそうになったくらいですよ」

 

 

 どちらとも、炎さんたちが助けてくれたから何ともなかったけど、あれも教頭の仕業だったのだろう。そうでなければ、僕に嫌がらせをしてくる人なんていないし。

 

「美人局のつもりだったのかしらね。あわよくばそのまま元希君を……」

 

「許せませんね……」

 

「あの、無事だったんですから、そのくらいで……今は教頭の行方を捜す事と、学園に混乱を招かない為に動かないと」

 

 

 リーナさんが既に噂を流して情報操作をしてくれてるお陰で、こちらが悪になることは無いだろうと分かっているけども、混乱を招いてしまうとより面倒になりかねないのだ。だから僕は早めに処理を始めるべきだと思ったのだが、恵理さんは首を横に振った。

 

「処理は明日からで構わないわ。リーナが流した噂が定着してから動いた方が、信憑性が増すもの」

 

「そうですね。今片づけを始めてしまうと、私たちが追い出したと勘違いする生徒も出てくるでしょうしね」

 

「そう…ですね……」

 

 

 そんな心配ないと思うけど、念には念を入れて行動した方が良いのだろう。僕は二人の意見に賛成し、とりあえず拠点に戻ることにした。これ以上僕がここにいても、出来る事は無いしね。




更に忙しくなりそうだ……


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黒い噂

多かれ少なかれ、あるでしょうね


 教頭がいなくなった日から数日後、今日は正式に涼子さんが新教頭として就任する事になっているため、その発表を行う朝会が開かれる事になっている。前もって前教頭の問題をそれとなくリーナさんが噂したお陰で、ほとんどの生徒が涼子さんの教頭就任に賛成してくれている。だけど、やはり全員というわけには行かず、特に教頭のコネで就職先が決まっていた普通科三年生からは不満が漏れているのだ。

 

「実力以上の評価をされて舞い上がってる人間に、早蕨先生の苦労が分かるとも思えないけどな」

 

「あっ、健吾君」

 

 

 クラスごとに集まるとか、そういった決まりも無いので、健吾君がここにいても不思議ではない。だけど、この辺りは魔法科の生徒が集まっているため、健吾君は結構目立っていた。

 

「前教頭の悪事の噂は俺も聞いた。すべてが本当かどうかは分からないが、少なからず本当の事が混ざってるのは間違いない。だったら俺は、前教頭を庇う必要は無いと思うぞ」

 

「健吾君は、前教頭に目をつけられてたんじゃないの?」

 

「なんか集会に誘われたが、気味が悪いって言って断った。それがあそこで騒いでる集団ってわけだ」

 

 

 健吾君が指差した場所では、前教頭が囲っていた普通科の生徒たちが、涼子さんに罵声を浴びせていた。だがその集団よりも涼子さんを支持する普通科の生徒の方が多く、次第に罵声は聞こえなくなっていった。

 

「前教頭の庇護が無くなったんだ、もうデカい顔はしてられないだろうな」

 

「何か問題があったの?」

 

 

 健吾君の口ぶりでは、あの人たちは何か前教頭に守られていたようにも聞こえた。就職先の斡旋とか、その類だろうか?

 

「傷害事件のもみ消し、明らかに加害者だった事故を被害者として押し通し、示談に持ち込み多額の示談金を貰い、その一部をお礼として前教頭と、もみ消しに携わったお偉方に渡してたとか、そんな噂が絶えない連中だからな」

 

「それじゃあ、前教頭以外にも彼らに肩入れしてた人がいるんだね?」

 

「それが誰かは分からないが、明らかに日本政府の中でも偉い部類の人間だろうな。噂じゃ国会議員も関わってるとか言ってる集団だ。関わらない方が良い」

 

「今回の問題を完全に終わらせるためには、その背後の人間も探さないといけないと思うよ」

 

「だが、それは元希がするべきことではないだろ。大人がする事だ」

 

 

 健吾君の言い分に、僕は反論しようとして――言葉が出てこなかった。確かにもう僕が首を突っ込むべきことではないし、事後処理は恵理さんたちに任せれば、とりあえずは安心して学生生活を送ることが出来る。だけど、ここまで関わって最後は無視、なんてことは出来ないよ。

 

「お前たちの合宿もどきも、とりあえずは終わるんだろ?」

 

「うん。いい加減外で生活するのもつらくなってきたからね」

 

 

 夏が過ぎ、秋も深まってきた今日この頃、テント生活はそろそろ限界を迎えたので、僕たちは早蕨寮へ、炎さんたちは実家へ戻ることになったのだ。もちろん、放課後の特訓は続けていくのだが。

 

「元希たちは色々と事件に巻き込まれたんだから、冬休みはのんびり出来ると良いな」

 

「その前に試験があるけどね」

 

 

 実技と一般教科の二つあるけど、とりあえずは問題なくパス出来そうだし、後は当日に体調を崩すとかが無ければ、無事に二学期も終わりを迎えるのだ。でも、まだ何か起こりそうなんだよね……




コネの範疇ならまだしも……


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早蕨荘の大掃除

ネタを考えるのが大変になってきたな……どうやって終わらせよう


 あのあたり一帯も霊的に落ち着いてきたし、何よりそろそろ戻らなければと思っていたので、僕たちはそれぞれの生活拠点へと戻ることになった。といっても、クラスが一緒な炎さん、水奈さん、美土さん、御影さんと、同じ早蕨荘のバエルさん。秋穂さんだって隣のクラスなのだから、会おうと思えばいつでも会える。だから解散の時もしんみりした空気にはならず、何時も通り「また明日」と挨拶して帰路についた。

 

「……時々掃除してたとはいえ、やっぱり人が住んでないと家ってすぐ傷んじゃうんですね」

 

「とりあえず掃除しましょう。買い出しとかは後です」

 

 

 僕とバエルさんは、帰ってきてまず寮の掃除をすることにした。恵理さんたちは教頭の引き継ぎ作業がまだ残ってるらしいので、忙しく働いているし、リーナさんは前教頭がどこに行ったのかを調べるためにまたどこかに行ってしまった。従って、早蕨荘で生活してる人間で、帰ってきたのは僕とバエルさんの二人だけなのだ。

 

「とりあえず、全部の部屋の窓を開けて風を流します」

 

「では、私はこっちから窓を開けていきますので、元希さんはあちら側からお願いします」

 

 

 僕がキッチンやお風呂場などの共同の場所の窓を、バエルさんが個人の部屋の窓を開ける事になり、僕は裏庭から寮に入り、それぞれの窓を開けていく。

 

「水がいてくれれば、もう少し楽が出来たんだけどな」

 

 

 僕たちが引き上げる事になっても、水はまだあの土地の代理神を続けている。リンとシンの魔力が完全に回復するまでは、もう少しかかりそうなので、二柱はまだ僕の身体の中で休んでいる。

 

「あれから日本支部の嫌がらせも無くなったし、とりあえずは普通の高校生活を送れるみたいだし、よかったと思っていいのだろうか」

 

 

 僕が普通の出自ではないと知っても、みんな態度を変えることなく付き合ってくれてるし、健吾君も変わらず友達でいてくれる。今まで普通とはかけ離れてた生活だったから、少しくらいは普通の高校生活というものを送ってみたいな。

 

「元希さん、こっちは全て開けましたよ」

 

「分かりました。では裏庭から風を流し込みますね」

 

 

 風を起こし、寮内の空気の入れ替えと、塵などを掃き出して床を綺麗にする。もちろん、この後ちゃんと掃き掃除をして、水拭きして乾拭きするので、これで終わりではない。

 

「庭の草花も伸び放題ですし、元希さんが剪定してくれますか?」

 

「僕がですか? 草花の知識はバエルさんの方があるんですから、僕が寮内の掃除をした方が早いと思いますよ」

 

 

 僕が剪定をした場合、どれを残そうかと考え込んで長時間経ってしまう未来が容易に想像出来る。だから僕が掃除、バエルさんが剪定をした方が早く終わると思うのだ。

 

「そうですか? じゃあ、元希さんが寮の掃除、私が庭の剪定を担当する事で」

 

「はい。それで行きましょう」

 

 

 それぞれの役目が決まったので、僕たちはそれぞれが必要な道具を持って、それぞれが担当する場所へと向かった。といっても、同じ敷地内なんだけどね。




とりあえずネタが浮かぶまでは頑張ります……


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助っ人

掃除は人数が多ければ早い、わけではない……


 早蕨荘の掃除をしていると、外に誰かの気配を感じた。恵理さんか涼子さんが帰ってきたのかとも思ったが、どうやら違ったらしい。

 

「元希、手伝いに来たぜ」

 

「お掃除でしたら、私たちも手伝えると思いますわ」

 

「炎さん、水奈さんも。それに美土さんに御影さん、秋穂さんも……どうしたの?」

 

 

 五人は家に帰ったはずなのに、手伝いに来て良かったのだろうか? 家の人との会話とか、そういったものがあると思うんだけどな……

 

「殆ど会話もないし、いても退屈だからね」

 

「元希さんが思ってるほど、家族というものは温かいものではないのですよ」

 

「そうなの? でも、みんなは仲良いよね」

 

「同じ境遇だったし、同年代で魔法力を競うのにこの四人はちょうどよかったんだよ」

 

「そんなこと言って、炎さんが勉強以外はいつも一位だったじゃないですか」

 

 

 炎さんは魔法力だけなら、他の四人よりも群を抜いている。だけどそれを制御する能力と、新しい魔法に取り組む意力に欠けていたので、本当に力任せだったんだろうな……

 

「そんな事より掃除でしょ? 私と御影で庭先を掃いておくから、炎はそのゴミを燃しちゃって。水奈は庭に水まきして、美土は水気を風でまんべんなく均してちょうだい」

 

「寮の中は良いのか?」

 

「プライベート空間もあるでしょうし、元希君とバエルに任せるべきだと思うわ」

 

「そうですわね……元希様のお部屋に入ったら、我を忘れてしまいそうですし」

 

 

 なんか怖い事言ってるけど、手伝ってもらえるならありがたい。僕とバエルさんは五人に頭を下げ、お礼を言った。

 

「水臭い事言うなって。友達だろ」

 

「元希様にはあの場所で生活してた時に散々お世話になりましたので、今日はそのお返しですわ」

 

「これくらいで返せる恩じゃないけど、少しずつね」

 

「これからも特訓とかでお世話になるんだし、少しは恩返ししておかないと」

 

「溜まる一方だと怖いものね」

 

 

 別に気にする必要は無いのに、みんな律儀なんだよね。でもまぁ、僕も色々とお世話になってるのを考えると、恩返しをしてもらう立場じゃないのではないだろうかと思ってしまう。

 

「さっさと終わらせて、みんなで風呂に入ろうぜ!」

 

「炎さん!」

 

「それは内緒だと言ったではありませんか」

 

「……あぁ、そう言う事だったんだ。でもまぁ、手伝ってもらえるのなら、それもいいかな」

 

 

 いつもなら抵抗するところだけども、せっかく人出が確保出来るんだから、それくらい我慢すればいいや。それに、抵抗したところでいつも引き摺られるんだから、抵抗するだけ体力がもったいないもんね。

 

「珍しいな。元希があっさり折れるなんて」

 

「それだけ掃除が大変なんだよ。さぁ、みんなもお喋りしてないで働いて」

 

「何だか元希君がイキイキしてる」

 

 

 御影さんが驚いたように僕を見てるけど、別にイキイキしてるわけではないんだよね……早めに終わらせないと恵理さんと涼子さんが帰ってきちゃうし、そうなるとご飯の準備とかもしなければいけないから、とにかく早く掃除を終わらせたいだけなんだよ……まぁ、そんなことは声に出さないけどね。




真面目にやれば少なくても早く終わる……


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大家の事情

歴史のある家にも、色々あるのです……


 炎さんたちが手伝いに来てくれたおかげで、掃除は思ってたより早く終わった。掃除が終わった事で、僕たちは買い出しに行く時間を捻出することが出来たのだ。

 

「買い出しって言っても、校内にある販売所なんだな」

 

「炎さんたちは殆ど利用しないもんね」

 

 

 使っているのは、寮生の僕たちか、夜遅くまで仕事で残っている先生たちくらいだ。だから学園で作った野菜などは、他所で売っているのが殆どで、販売所に残っているのは、形が悪かったり規格外だったものが多い。もちろん、それでも問題なく食べられるので、僕たちは普通に購入している。

 

「誰もいないぞ?」

 

「無人販売だからね。ここにお金を入れて野菜を買うんだ」

 

 

 さすがにお肉とかは無人販売していないので、保管されている食堂で買い求めるのだが、野菜はこうして無人販売しているのだ。

 

「黙って持ってくやつとかいないのか?」

 

「ちゃんとカメラがあるから、黙って持って行っても後日お金を請求されるだけだよ」

 

「意外としっかりしてるんだな」

 

「当たり前でしょ。農業科の人たちだって苦労して作ってるんだから、それを持っていかれるのを防ぐのは当然の対応だと思うよ」

 

 

 畜産科などもあるらしいが、この敷地内にあるのは魔法科と普通科、そして少し離れたところに農業科があるだけだ。そう考えると、霊峰学園って幅広いんだなって思う。

 

「とりあえず必要なものはこれで全部か?」

 

「お肉屋お魚はバエルさんたちが買いに行ってるから、僕たちの分はこれで終わりだね」

 

「それじゃあ、さっさと帰ろうぜ。今日はあたしたちも食べていくから」

 

「別にいいけど、陣地を引き払ったばかりなんだし、今日くらいは家族と一緒に――」

 

「元希、それ以上は言うな」

 

 

 普段の炎さんとは違う雰囲気に、僕は言葉を飲み込んだ。家族仲は悪くないと聞いていたけど、何か問題でもあるのだろうか……まぁ、家族の事は僕にはよくわからないし、踏み込んでほしくない事もあるだろうしね。

 

「そう言えば元希、お前の出自は結局よくわからなかったのか?」

 

「そうなんだよね……研究所で生まれたのは確かなんだけど、それが一から作られたのか、それとも誰かに産ませてから調整したのかがさっぱりなんだ。リーナさんが調べてくれてるんだけど、それ以外にも調べる事が出来ちゃったから、また時間が掛かると思うよ」

 

 

 もうあんまり気にしないようにしてから、その事は僕の思考を占める割合がだいぶ減ったのだ。みんなに受け入れてもらった事が、やはり大きいんだろうな。

 

「あのな、元希……あたしたちも多かれ少なかれ弄られているんだから、そんなに気にする必要は無いぞ」

 

「弄られている? それってどういう……」

 

「おっと。元希は知らないのか。じゃあ気にする必要は無いぜ。今の話は忘れてくれ」

 

 

 そう言って炎さんは走って早蕨荘まで行ってしまう。それにしても、弄られているという単語が、僕の中でだんだんと大きくなっていき、寮へ戻るまでの道のりは、ずっとその事を考えていたのだった。




事情は次回くらいに


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家族との衝突

反抗期、ではない……


 炎さんの態度に首を傾げていた僕は、背後から近づいてくる気配に振り返った。

 

「あら元希君、掃除はもう終わったのかしら?」

 

「ええ。炎さんたちが手伝ってくれたので、思いのほか早く終わりました」

 

「それでお買い物ですか?」

 

「さすがに食材も何も無かったので」

 

 

 恵理さんと涼子さんが僕の持っていた荷物を持ってくれたのだが、男としてかなり複雑な思いになった。男の僕より女性の二人の方が力持ちってどうなんだろう……しかも二人は見た目から力持ち、ってわけでもないのに……

 

「それで、元希君は何が気になってたの?」

 

「えっ? 何の話です?」

 

 

 いきなり恵理さんに質問され、僕は思わず質問に質問を返してしまった。だけど恵理さんはそんな事気にした様子も無く、僕の質問に答えてくれた。

 

「岩崎さんが走っていった後姿を見て、元希君首を傾げてたでしょ? だから、何が気になってるのかなって」

 

「大したことじゃないと思うんですけど、炎さんたちも今日家に帰ったばかりなのに、こっちに来てていいのかなって。家族が心配とかしてるんじゃやないかと思ったんですけど」

 

「元希君、知らなかったの?」

 

「何をです?」

 

 

 驚いた表情で僕を見る恵理さん。僕はその表情を見て再び首を傾げた。知らないのと言われても、何のことだかさっぱり分からないから、この反応は仕方なかったんだけど、僕の反応を見て、恵理さんは納得したように二度頷いた。

 

「岩崎さんだけじゃなくって、魔法大家四家全ては、私たちではなく日本政府側についたのよ。だから今岩崎さんたちはそれぞれの当主と折り合いが悪いのよ」

 

「こっち? 日本政府側? いったい何の話です?」

 

「私たちと日本政府とに確執があるのは元希君も知ってますよね」

 

「ええ。何度か衝突してるのを見てますし、僕も難癖をつけられたので言い返しましたし」

 

 

 それと炎さんたちが家族と折り合いが悪いのと、何か理由があるのだろうか?

 

「それで、本格的に衝突した時、日本政府は魔法大家四家に手を貸してくれと頼み、四家全てがそれを承諾しました。つまり、本格的に私たちと日本政府が戦うことになった時、岩崎さんたちは日本政府の味方をしなければならなくなったのです。それが気に入らなかったので、彼女たちに頼まれあの場所で生活していたのです」

 

「そうだったんですね……僕はてっきり、雑木林の管理とか、そう言った理由だと思ってました」

 

「私たちがあそこで生活していた理由は、元希君が言った通りです。ですが、その理由だと岩崎さんたちがあそこで生活していた理由にはなりませんよね?」

 

 

 まぁ、そうだよね……でも、炎さんだけなら「楽しそうだから」って理由で納得できるんだよな……でもそうか。日本政府と本気でぶつかるときが来た場合、炎さんたちは敵になるのか……それは嫌だな。

 

「だからなるべく岩崎さんたちは元希君の側にいるんだと思うわよ。衝突の時が来ても、元希君の味方でいられるようにって」

 

 

 恵理さんがそうしめくくり、僕たちは早蕨荘へと歩を進めたのだった。




名家と言われる家にも、色々とあるんだろうな……


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秋穂の理由

彼女も名家ですからね……


 まさか炎さんたちにあんな事情があるとは思ってなかったな……何か家に居辛い理由はあるのかもしれないとは思ってたけど、まさかあんな理由だったとは……

 僕は早蕨荘に到着してしばらくの間、炎さんたち四人をジッと見つめていた。魔法大家の四人は分かるけども、秋穂さんはどんな理由でここに来たのかが気になったので、視線を秋穂さんに移すと、バッチリ目が合ってしまった。

 

「元希君、今炎たち四人を見てたよね? 何かあるの?」

 

「えっと……何でもないですよ?」

 

 

 我ながら下手な嘘だなと思う。当然の如く秋穂さんに不審がられてしまった僕は、この場から立ち去ろうと身体を反転させたが、あっさりと秋穂さんに捕まってしまった。

 

「逃げることないじゃない。さぁ、お姉さんに話してみなさい?」

 

「お姉さんって、僕と秋穂さんは同い年じゃないですか……」

 

 

 見た目だけでは、僕の方が高校生に見られないだろうけども、同い年なんだからお姉さんって表現は適当ではないと思うんだけどな……

 

「細かい事は言わないの。大丈夫、炎たちには聞かせないから」

 

 

 そう言って秋穂さんは、僕を部屋の中へと連れ込んで鍵を掛けた。この部屋は僕の部屋だから良かったけど、恵理さんや涼子さんの部屋という可能性は考えなかったのかな……

 

「さぁ、何で炎たちを見つめてたの? もしかしてあの中の誰かを好きになったとか?」

 

「? みんな好きですけど、そういう理由で見てたわけじゃないです」

 

「それじゃあ何で?」

 

 

 この状況が続けば、いずれ誰かに僕たちがいない事がバレ、そして僕が何かを悩んでいると言う事を知られてしまうだろう。仕方ない、ここは素直に秋穂さんに聞くことにしよう。

 

「えっと……恵理さんから炎さんたちがここにいる理由を聞いて、それで秋穂さんは何でここに来たんだろうって思っただけです」

 

「炎たちの理由? あぁ、家が日本政府側に味方するってあれね。私も似たような理由よ。ウチも何かあったら日本政府に力を貸すかもしれないって話し合いがあって、私は気に入らなかったから家から遠ざかるようになったわけ。これで納得した?」

 

「理解はしてませんが、納得は出来ました」

 

「……どういうこと?」

 

 

 僕の言い回しがおかしかったのか、秋穂さんは首を傾げて僕の目を覗き込んできた。多分韜晦は許さないという意思表示なんだろうけども、そこまでしなくてもちゃんと説明するのに……

 

「僕には家族と呼べる相手がいないので、どうしても家族間の事は理解出来ません。何で家族間で争うのかとか、意見が食い違って気まずくなるのか、とかは。でも、炎さんたちがここに来た理由は納得しました。家に居辛いからという理由は、何となく分かりますから」

 

 

 今思えば、僕も日が落ちるまであの家に帰る事を躊躇っていたのかもしれない。母親の為に、少しでも手伝いをしようというのは建て前で、本当は気まずかったのかもしれないな。

 

「とりあえず、炎たちには直接聞かない事。あの子たちは元希君に知られてるなんて思ってないんだから」

 

「分かりました」

 

 

 僕が素直に頷いて答えると、秋穂さんは優しく微笑んで、僕の頭を撫でたのだった。




秋穂もお姉ちゃんポジションっぽくなってきたな……


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机の前での考え事

テスト前になると、余計な事を考えてしまうのは何故だろう……


 五人はさすがに泊まっていくことは無く、晩御飯を一緒に食べてそれぞれの家に帰っていった。いくら学園と日本政府との対立が原因で気まずい雰囲気になっているとはいえ、解散したその日にお泊りはさすがに学園側のイメージが悪くなるという理由で、恵理さんが五人をそれぞれの家に送り届けたのだ。

 

「さすがに転移魔法はマズいと思ったんでしょうね」

 

「教育者として、しっかりと送り届けないとまた印象が悪くなりますからね」

 

 

 最初は転移魔法で送り届けるつもりだったのだが、恵理さんがそれはダメだと言う事で五人を直接送り届けているのだ。僕が行っても良かったのだけど、僕も学生だからという理由で、その案は却下されたのだった。

 

「何だか寂しいですね」

 

「何がですか?」

 

「昨日までは大勢でわいわいやっていたのに、こうして寮に戻ってみると四人だけなんだなと思いまして……」

 

 

 リーナさんがいれば五人だが、今はまたどこかに情報を集めに行ってしまったので、この早蕨荘で生活しているのは四人だ。

 

「そんなに寂しいのでしたら、一緒に寝ましょうか?」

 

「それは遠慮させてもらいます。涼子さんが一緒に寝るって言いだすと、恵理さんも一緒に寝る事になりそうですし」

 

 

 そうなるとバエルさんも一緒に、とか言い出しそうだしな……バエルさんは周りに合わせる感じが強いから、二人が一緒なら、って感じで言い出しそうで怖い……まぁ、昨日まで同じテントで寝てたから大丈夫なんだけどね。

 

「ところで元希君、早蕨荘のルールは覚えてますよね?」

 

「早蕨荘のルール? ……さてと、お風呂の前に食器を片付けないと」

 

「逃げても駄目ですよ? 元希君がお風呂に入るまで、私たちも入りませんから」

 

 

 それならお風呂に入らなければ……いや、掃除とかして汗掻いてるし、お風呂に入らないのはダメだな……

 

「姉さんが戻ってきたらお風呂ですから、それまでには覚悟を決めておいてくださいね」

 

「うぅ……最後の方はバラバラで入ってたから、こっちでもそうなると思ってたのに……」

 

 

 偵察やら巡回やらで同じタイミングで入ることが難しくなったので、テント生活の最後の方は個人のタイミングでお風呂に入っていたから、あのルールは廃止になったと思ってたのに……やっぱり生きてたんだ……

 

「そう言えば、バエルさんはどうしました?」

 

「アレクサンドロフさんは、部屋でお勉強中です。元希君もそろそろテストなんですから、しっかりと準備してくださいね」

 

「分かってはいるんですけどね……」

 

 

 いざ机に向かうと、余計な事を考えてしまい、僕のテスト勉強はなかなか捗らない。具体的には、日本政府とのこれからの付き合い方とか、出自の秘密とかいろいろだ……特に早蕨姉妹と僕が同じ研究所で誕生したと言う事が僕が考える割合の中でも大部分を占めている。親が同じ、とは限らないだろうし、ほぼ百パーセントの確率でありえないと思うけども、もしかした姉弟かもしれないと思うと、二人のスキンシップの激しさは、弟に対する遠慮の無さなのかな、なんて考えてみたり……でも、それだとリーナさんの激しさの説明がつかないから、結局は無駄な事を考えているだけなんだけどね……




現実逃避なのかな……


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大家の娘の現状

ここでも対立が……


 テスト前と言う事で、周りがピリピリしている感じがするけど、僕たちは平常運転だ。いつ大型モンスターが現れるか分からない状況には変わらないので、新魔法の特訓を欠かさずに行い、下校した後はテスト勉強と家事をするという日が続いた。

 

「元希、今日も魔法の練習に付き合ってくれよ」

 

「構わないけど、ここ最近毎日下校時間ぎりぎりまで学校に残ってるけど、体力は平気なの? 炎さんだけじゃなくて、他の三人もだけど」

 

 

 バエルさんや秋穂さんはたまに休んだりしてるから、まだ安心してるけども、炎さんたち魔法大家の四人は、拠点生活を解消してからほぼ毎日、下校時間ぎりぎりまで魔法の特訓をしているのだ。焦っても魔法を習得できるわけではないのだけども、家にいたくない理由を恵理さんから聞いてしまったので、家に帰って休んだ方が良いとは言えないのだ。

 

「問題ありませんわ。それとも、元希様がお疲れなのですか?」

 

「もしそうなら、さすがに付き合わせるのは申し訳ないですね」

 

「元希君、疲れてるの?」

 

「いや、僕はそれほど疲れてないけど……」

 

 

 僕は全体を見守ったり、見本として一発大魔法を放つくらいだから、多少疲れても寮に帰って少し休めば回復するから問題ない。そもそも僕が心配してるのは四人の体力だ。

 

「それなら今日も頼むぜ。もう少しでコツを掴めそうなんだよ」

 

「それならいいけどさ……無理しても良い事は無いんだよ?」

 

「別に無理してないぜ? そもそも無理だって判断したら、こう毎日も元希に付き合ってもらわないっての」

 

 

 たぶん無理してるんだろうけどな……自覚してて認めてない感じがするんだよね……これは恵理さんか涼子さんに相談した方が良いのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みに理事長室を訪れ、僕は炎さんたちの現状を恵理さんに相談する事にした。

 

「なるほど……岩崎さんたちの現状を考えると、仕方ないのかもしれないわね」

 

「僕も理由を知ってますから、帰って休んだ方が良いとは言えないんですよね……」

 

「親と気まずい雰囲気だものね……さすがに私たちも家庭事情に首を突っ込むわけにはいかないもの」

 

「姉さんなら出来るんじゃないですか?」

 

 

 涼子さんの言葉に、恵理さんが苦笑いを浮かべる、普段ならそうするんだけど、とでも言いたげな表情に思えて僕は今回の事情は、相当根が深いんだなと理解した。

 

「魔法大家の四家は日本政府側に力を貸すと決めたんだから、そこに私たちが介入しようものなら、日本政府に私たちを攻め入る理由をあげることになってしまうからね……そうすると岩崎さんたちの身動きを封じる事になっちゃうし」

 

「そうなると学校に来ることも出来なくなっちゃいますからね……」

 

 

 恵理さんと涼子さんが揃ってため息を吐くと、僕もため息を吐きたくなった。全属性魔法師と日本政府のいざこざに、炎さんたちを巻き込んでしまったのだろうかと、僕まで気が重くなってきたのだ。

 

「とりあえず元希君は、岩崎さんたちが無茶しないように見ていてちょうだい。私たちの方で解決策を考えてみるから」

 

「分かりました」

 

 

 僕は一礼して、理事長室から出て行こうとしたのだが、もう少しいいじゃないという感じで、恵理さんに捕まってしまったのだった。




家でする娘の気持ちってこんな感じなのだろうか……


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限界まで

そこまでやる必要はあるのだろうか……


 放課後の特訓で、炎さんたちは相当疲弊している。何日も連続でやっていると言う事もあるが、今日の特訓はかなり大変だったと、僕も思っている。

 

「明日は休んだ方が良いよ。さすがに魔力を使い過ぎてる」

 

「別にそんな事ねぇぜ。一晩休めば……おっと」

 

「だから言ったのに」

 

 

 無理して立とうとした炎さんだったが、足元がおぼつかないようでバランスを崩した。

 

「すまんすまん……とりあえず、水分だけくれ」

 

「他の三人も、大人しくしててよね? 秋穂さん、四人が無茶しようとしたら止めてください。その間に僕が何か飲み物を買ってきますから」

 

「分かった。それじゃあ元希君、お願いね」

 

 

 秋穂さんの言葉に頷いて、僕は四人分の飲み物を買いに購買へ急ぐ。いくら放課後とはいえ、廊下を走るなんて事はしないけど。

 

「元希君、どうかしたんですか?」

 

「あっ、涼子さん。炎さんたちがギリギリまで魔力を使って動けなくなったので、とりあえず飲み物を買いに行くんです」

 

「余程家に帰りたくないのでしょうね……無理だけはしないように、元希君がしっかりと見張っててくださいね。時間があれば、私や姉さんも見学に行きますから」

 

「恵理さんも涼子さんも、今は忙しい時期ですし、お二人も無理だけはしないでくださいね」

 

 

 僕が心配してそう言うと、涼子さんは笑みを浮かべて僕の頭を撫でた。

 

「ありがとうございます。でも、私たちは大丈夫だから、元希君は岩崎さんたちを心配してあげて。彼女たちはまだ、精神的に弱いところがあるから」

 

「精神的に……そこは僕も似たようなものですから、何もアドバイス出来ないのが歯がゆいですね」

 

 

 自分の問題もまだ片付いていないのに、人の問題に首を突っ込んでる場合なのかと、たまに思ったりする。そんな事思うと言う事は、僕も精神的に未熟なのだろうな。

 

「アドバイスする必要なんてないわよ。ただ一緒にいてあげれば、それだけで精神的に楽になると思いますから」

 

「そんなものですか?」

 

「そうですよ。ましてやそれが元希君なら、彼女たちは相当楽になるでしょうし」

 

 

 精神的支柱というやつだろうか? でも、僕がそんな大それたものになれるとは思えないんだけどな……

 

「好きな人が側にいてくれる、それだけで安心するものですよ」

 

「あうぅ……」

 

 

 好かれているという自覚は、さすがに僕にもある。いい加減分かるほど、彼女たちにはいろいろなアプローチをされてきたし、むしろ言われた事すらあるのだ。だけど、言われるとやっぱり恥ずかしいものがあり、僕の顔は真っ赤に染めあがってしまった。

 

「そう言う反応をする元希君、やっぱり可愛いわね」

 

「からかわないでくださいよ涼子さん!」

 

「ごめんなさいね。それじゃあ、私はまだ仕事が残ってるから、四人の事お願いね」

 

 

 そう言って涼子さんと分かれ、僕は購買で四人分の飲み物を買い体育館へと戻った。とりあえず無茶はしなかったようで、僕が出て行った時と同じ体勢で、四人は床に転がっていた。

 

「動く気力も残ってないんだね……はい、これ」

 

 

 買ってきたスポーツドリンクを手渡し、僕は四人がそれだけ帰りたくないんだと言う事を、改めて理解したのだった。




何事も適度で終わらせるのが一番だと思いますがね


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元教頭の気

探す必要は無いですが……


 家に帰る分の体力も使い果たした四人は、特例として早蕨荘で一日面倒を見ることになった。面白そうだからと、秋穂さんもついてきたんだけど……

 

「だから言ったんだよ。無理しても良い事ないって」

 

「これはこれでいい事だと思うぜ。家に帰らなくてよくなったんだから」

 

「今日だけだからね。明日は無茶だと判断した時点で僕が敵を全部倒すから」

 

 

 そんなことしたら、今度は僕が動けなくなりそうだけど、こう何日も家に帰らなかったら、余計に溝が深くなっちゃうからね。

 

「とりあえず、四人はお風呂でスッキリしてきなさい。その間に元希君と私たちで晩御飯の準備を済ませちゃうからさ」

 

「岩清水さん、監視をお願いできますか?」

 

「分かりました。ほら四人とも、お風呂場に行くわよ」

 

 

 秋穂さんに先導され、炎さんたち四人はお風呂場へと進んでいく。あの五人は寮生ではないので、あのルールは適応しないらしい。それは五人も了承済みだ。

 

「それにしても、まさか帰れなくなるほど体力を消耗させるとは……」

 

「余程家にいたくないのでしょうね……」

 

「今日は仕方ないけど、明日、明後日と続けられると困るわよ……」

 

「大丈夫です。明日は軽めの特訓で終わらせる予定ですから」

 

 

 微妙な立場にあるのは、僕たちも同じなので、その事を理由に炎さんたちには納得してもらっている。

 

「元希君も大変ね。馬鹿どもだけじゃなくって、クラスメイトたちも気にしなきゃいけないんだから」

 

「それは恵理さんや涼子さんだって同じですよね? ましてや二人は、他の問題もあるわけですし」

 

「あのハゲオヤジの事? 恐らくもうくたばってるんじゃない? それか消されてるか」

 

「利用価値がなくなったあんなメタボ、消した方が良いですからね」

 

 

 物騒な事を平然と言い放つ二人の隣で、バエルさんが首を傾げていた。

 

「どうかしたの?」

 

「いえ、理事長や早蕨先生の能力なら、逃げた元教頭を探すことが出来るのではないかと思ったのですが……」

 

「気を探るなら出来るけど、そんな簡単に見つかるような場所に逃げてないでしょうし、消されてても同じよ、それは。簡単に分かる場所に捨てるわけないし、もし簡単に分かる場所なら、それは見せしめでしょうしね」

 

「探すだけ無駄です。それに、あのメタボの気なんて、覚えてないですし」

 

 

 あっさりと言い放った涼子さんに、僕とバエルさんは驚きの表情を浮かべる。仮にも同僚だったのだから、それくらいは覚えていて当然だと思っていたからだ。

 

「元希君なら、あのメタボハゲの気も覚えてるんじゃない? 元希君は優しいし、あんな屑でも気くらいは覚えててあげてるでしょ?」

 

「まぁ、覚えてますけど……」

 

 

 僕の索敵は、二人に比べれば精度が落ちるし、範囲も狭い。それにもう探した後だし、もう一回やっても変わらないと思うんだけどな……

 

「とりあえず、探すだけ無駄のハゲオヤジなんて忘れなさい。どっかに死体があるかもしれないけど、どうせ判別出来ないくらい滅多打ちされてるでしょうから、間違っても見つけないように」

 

 

 食欲のなくなることを恵理さんが言ったため、僕とバエルさんは夕ご飯を殆ど食べなかったのだった。




きっちりと反省させなければいけませんしね……


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試験結果

あっという間に終わりました


 試験期間なんていうものは、あっという間に過ぎてしまうもので、今日は期末の結果が廊下に貼り出される日だ。ちなみに、普通科も魔法科も同じ場所に貼り出されるので、興味がある人は自分の属さない科の結果も見ることが出来るのだ。

 

「相変わらずすごいなぁ、健吾君は……」

 

 

 普通科一年の一番上、つまりトップには健吾君の名前。しかも二位に五十点の差をつけてのぶっちぎりの一位だ。毎回思うのは、健吾君はもっと高いレベルの高校に行けたんじゃないかなってことだ。

 

「元希だって、相変わらずの一位だろ?」

 

「僕は二位の炎さんと五十点も離れてないよ」

 

 

 魔法科のテスト結果は二種類あり、筆記試験と実技試験の両方の結果が貼り出されるのだ。

 

「筆記で二十点、実技で二十五点か。殆ど五十点差じゃねぇかよ」

 

「健吾君みたいに、一種類で五十点差と比べられるのはね……」

 

 

 ちなみに、実技試験は、僕が本気でやると計測計が壊れるとかで、かなり加減してやったのであてにはならないと炎さんが怒っていた。てか、S組のみんなや秋穂さんやバエルさんも加減してたし、この結果はあくまでも参考でしかない。

 

「計測計振り切るって、どんだけ魔力があるんだよ」

 

「色々と経験して、それに応じて魔力も上がってるんだよ」

 

 

 普通ならありえない程密度の濃い一年だったからね……成長スピードが他の生徒と違くても仕方ないって涼子さんが言っていた。

 

「とりあえずこれで、二学期は終わりか」

 

「まだ終業式とかが残ってるけどね」

 

「式典は普通科も魔法科も関係なく同じ場所だからな……人口密度がやばいんだよ」

 

「それは仕方ないよ。理事長は恵理さんなんだからさ」

 

 

 教師は普通科と魔法科で若干異なるが、理事長と教頭はどちらも共通なのだ。魔法科だけに偏らないように、前の教頭は選出されたらしいのだが、今は結局早蕨姉妹が理事長と教頭を務めている。はじめは文句も上がって来ていたようだが、今ではそれも無くなっている。

 

「元希は年末、実家に……っと、悪い」

 

「ん? 別に気にしてないよ」

 

 

 健吾君は恐らく、僕に実家と呼べるものが無くなったことを思いだして反省したのだろうが、僕はそこまで気にしていない。気にしていないというか、気にしないことにしたのだ。

 

「そう言えば元希、お前確か、気になってる子がいるとか言ってなかったか? あれから進展あったのか?」

 

「っ!? ごほごほ……いきなり何さ」

 

 

 突然話が代わった所為で、僕は思いっきり咽てしまった。健吾君も手を合わせて謝ってから、もう一度話の流れを戻した。

 

「ほら、相談された身としては、その後の進展とか気になるだろ?」

 

「そう言われても……特に進展はしてないよ」

 

 

 そもそもそれどころじゃなかったしな……一つ屋根の下で生活してるからと言って、部屋は別なのだから進展も何もないだろう……

 

「とりあえず、冬休みにどこも行く予定がないのなら、その子をどっかに誘ってみるのもいいんじゃねぇの? 相手の予定が無ければ、だけどな」

 

「そう…だね……考えておくよ」

 

 

 健吾君、異性に興味がないとか言ってたけど、アドバイスはさすがなんだよね……これも全教科満点の頭脳がなせる業なのかな……




試験なんてそんなものです……


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冬休み早々

問題の多い人生だなぁ……


 冬休みに入り、僕たちはゆっくりと身体を休め――ることはせずに、解放されている体育館を使い特訓を続けていた。この間倒れた事を反省してか、前ほどがむしゃらには特訓せず、恵理さんと涼子さんが定めた魔力使用制限をしっかりと守りながら、最終当校時間まで学校に残るという感じになっている。

 

「そう言えば元希、例の件はどうなったんだ?」

 

「例の件って?」

 

 

 炎さんに尋ねられたけども、僕には何のことだかさっぱり分からなかった。そもそも思い当たる件が多すぎて、どれの事だかさっぱりだったのだ。

 

「前教頭の件だよ。見つかったのか?」

 

「ううん、目撃情報もないし、気配を探ってみても全然見つからない……もしかしたら恵理さんたちが言ってるように、もう殺されちゃったのかもしれないけど」

 

 

 死体に気配などないので、探そうとしても見つからないのだ。だが、そうだとしたらとっくに死体が見つけられて報道されていても不思議ではないくらいの時間は経っている。それが無いと言う事は、まだ生きているのか、それとも余程厳重に死体を隠しているのかのどちらかだろう。

 

「別にあの人がどうなろうがしったこっちゃないが、またあたしたちに迷惑を掛けてくるようなことは止めてもらいたいぜ」

 

「そうですわね。私たちの家が日本政府側に付くと公言してしまった以上、元希様にちょっかいを出してきても公には動けませんし」

 

「わたしたち個人なら問題ないと思うますよ。わたしたちの家は日本政府側に付くと申し上げましたが、わたしたち個人はまた別ですから」

 

「その解釈も苦しいと思うけど、ボクたちは元希君の味方だからね」

 

 

 炎さんたち個人は、僕や恵理さんたちの味方をしたいと言ってきてくれるので、結構心強いのだ。だけど家の決定に逆らえば、みんなもただでは済まないと思っているので、そうならなければいいなと最近切に願っているのだ。

 

「さてと、そろそろ休憩にしようぜ。これ以上続けても疲労がたまるだけだしよ」

 

「敵のレベルを上げると、やはり厳しいですわね……」

 

「でも、何時までも弱い相手で練習していても仕方ありませんし……」

 

 

 休憩の為に体育館から早蕨荘へ帰る途中、僕の足下をピョンピョン跳ねる生物が現れた。

 

「アマ? どうかしたの?」

 

 

 水と一緒に近くの村で代理神を務めているはずのアマがやって来たので、僕は何かあったのだとすぐに理解し、アマが加えている紙を受け取る。

 

「これは水からの手紙? ……炎さん、悪いけど僕は午後の特訓には付き合えなくなった」

 

「何かあったのか?」

 

「水がいる村に日本政府の人間が来たらしい。どうやらこちらの動向を探ってるようだって書かれてる」

 

「それでしたら、私たちも一緒に……」

 

「まだ巻き込むのは早いと思う。全面対決にはならないと思うし、出来るだけみんなには家族と対立してほしくないからね」

 

 

 僕が家族というものを知らないから思うのかもしれないけど、みんなには家族を大事にしてもらいたいのだ。僕はみんなに思い止まるよう念を押し、理事長室へと走るのだった。




まぁ、なにも無かったら話にならないですし……


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元希君の覚悟

なんとなく終わりが見えた……かも


 どんなに慌てていても、理事長室に駆け込むなんて失礼な事をしないように、僕は理事長室手前の廊下で進む速度を落として、息を整えて理事長室のドアをノックする。

 

「東海林です」

 

『入っていいわよ』

 

 

 恵理さんから返事が来たので、僕は「失礼します」と声を掛けて扉に手を掛ける。

 

「待ってたわよ、元希君」

 

「恵理さん、待ってたということは、やっぱりアマが持ってきたメモに書かれてた事は事実なんですね」

 

 

 僕は持ってきたメモを恵理さんに手渡し、事実かどうかの確認をした。

 

「元希君には優秀な使い魔がいるのね……」

 

「恵理さんたちはどうやって知ったんですか?」

 

「気配探知で気になる気配が引っ掛かったから、式を飛ばして確認したのよ」

 

「なるほど」

 

 

 気配探知範囲があの村まで及ぶことに驚きだが、今はそんなことを気にしてる場合ではない。

 

「日本政府の目的はいったい……」

 

「今まで通りの嫌がらせなのか、それとも本格的に攻撃を仕掛けてくるのか……とにかく、やつらには水を討とうとした過去があるから、一応確認しに行く予定だったのよ」

 

「じゃあ僕も――」

 

「今回は私と涼子ちゃんの二人で行くから、元希君は私たちからの連絡を待ってて」

 

「水は僕の使い魔です。主である僕が様子を見に行くのは当然だと思いますが」

 

 

 自由行動を認めてるけども、水の主は僕だ。自分の使い魔を気に掛けるのは当然の事だと主張したけど、恵理さんは笑って首を横に振った。

 

「もし正面衝突になった場合、生徒である元希君たちを巻き込むわけにはいかないのよ」

 

「そんなの今更ですよ。僕は生まれながら日本政府の陰謀に巻き込まれてるんですから」

 

「それでもよ。今は私たちの可愛い生徒なんだから、大人しく守られてなさい」

 

 

 優しく頭を撫でながら僕の事を説得しようとする恵理さん。だけど僕もこれだけは譲れなかった。

 

「今まで守られてばっかだったんです。少しくらい僕にも二人を守らせてくださいよ」

 

「生意気言っちゃって。でもいいの? もし正面衝突になった場合、最悪岩崎さんたちと戦うことになるかもしれないのよ?」

 

「覚悟は出来てます。それに、これは僕の勘ですけど、炎さんたちとは戦わずに済むと思いますよ」

 

 

 ご両親たちとは戦うかもしれないけど、炎さんたちは親との関係を完全にこじらせてでも僕たちの味方をすると言ってくれているのだ。だからそんな覚悟は本当は必要ない。だけど一応はしているのだ。

 

「元希君の勘を信じるなら、私たちも少しは気が楽になるわね」

 

「姉さん、そろそろ確認に――あら、元希君」

 

「涼子ちゃん、元希君も一緒に来てくれるようよ」

 

「いいんですか? あれだけ私と二人だけで行くって言っていたのに」

 

「元希君が私たちの事を守ってくれるってかっこいい事を言ってくれたんだもん。連れて行った方が良いって思ったのよ」

 

 

 ウインクでもしそうな表情で涼子さんに告げる恵理さん。その顔を見て涼子さんはため息を吐きそうになったが堪えて、僕に視線を向けてきた。

 

「覚悟は出来てますか?」

 

「大丈夫です」

 

 

 涼子さんの問いかけに力強く頷くと、涼子さんも僕が同行する事を認めてくれた。




元希君も男の子としてゆっくり成長しているんです


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村の周りに

もうこれが最終章で良いかな……


 準備を終えた僕たちは、転移魔法を使って水が治めている村の近くに移動し、日本政府の人がいるかどうか気配を探った。

 

「それらしい気配は、今のところ感じないけど……」

 

「向こうだって無能じゃないんだから、気配遮断くらいしてるんじゃない?」

 

「日本政府の魔法師の中に、私たちの気配察知から逃げられるほどの高レベルな気配遮断が使える魔法師はいなかったと思いますけど」

 

「じゃあ外部から雇ったとか?」

 

 

 あまり真剣に考えるつもりが無いのか、恵理さんはテキトーに可能性を上げていく。そんなテキトーな意見にも、涼子さんはしっかりと答えるあたり、やはり彼女は真面目なんだなと改めて思った。

 

「元希君はどう? 気配察知は私たちの方が得意だけど、射程は元希君の方が広いでしょ?」

 

「今のところは何とも……村人が外に出てないのが気になる程度ですかね」

 

 

 ここは農村なのだから、今の時間は作業中のはずなのに人の姿が無い。その事が気になったけど、それと日本政府の人間がここにいるかどうかに繋がりは無いと思う。

 

「何やら結界のようなものが張られていますが、これは無害ですね」

 

「人払いの結界? でも、何でこんな村にこの結界が……」

 

 

 結界の分析をして、僕は村人が一人もいなかった事に納得がいった。村人は魔法師ではないので、結界に対抗する事が出来なかったのだろう。今頃、どこかに旅でもしてるか、日本政府が用意した場所に避難していることだろう。

 

「つまり私たちは誘い出されたってわけね」

 

「ですが、日本政府の人間が一人もいないということが気になります。彼らが結界を張ったのなら、その目的と術者がはっきりと分かるはずですが、目的も分からなければ術者も見当たりません。そして、水の気配だけはしっかりと把握できてます」

 

「つまり、水を討伐しに来たわけじゃないんですね」

 

 

 前科があるからその心配もしてたけども、どうやらそれが目的ではなさそうだった。その事が分かった僕は、とりあえず胸をなでおろしたのだった。

 

「それか水に返り討ちにされて、今は何処かで作戦会議中なのかもね」

 

「姉さん! せっかく元希君が安心したところに、そんな不安を煽るようなことは言わないでください」

 

「ちょっとした冗談じゃない……まったく、涼子ちゃんは厳しいんだから」

 

 

 別に僕も恵理さんが言ったことが冗談だと思ったので、今のは涼子さんの気にし過ぎなのだと思った。だけど涼子さんはしっかりと僕の気持ちを考えてくれてのツッコミだったので、僕は口を挿むことをしなかった。

 

「? 約二キロ先に人の気配が……これは、村人じゃないですね」

 

「二キロですか……もう少し近づかないと私には分かりませんが、恐らくそれが日本政府の人間の気配でしょうね」

 

 

 とりあえず緊急ではなさそうだと判断して、僕たちは結界をかいくぐって水に話を聞くことにした。結界を破ったら完全にバレるだろうけども、こうして侵入するだけなら問題はないだろう。不審者対策としての結界ではないのだから、結界内に人が入ったのを感知しても、何か罠が発動するわけでもないし、駆けつけてきた時には僕たちはもう逃げてるだろうしね。




ちゃんと終わらせたいな……


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水の言葉

これでも神様ですからね……


 ゆっくりと結界の中に侵入して、僕たちは水の姿を探した。といっても、気配はするのでそちらの方に向かうだけなのだが。

 

「おお、主殿ではないか。待っていたぞ」

 

「水、とりあえずは無事なんだね?」

 

 

 簡単にやられるとは思っていなかったけど、それでも心配は心配だったのだ。無事な姿を見て、とりあえずは安堵する。

 

「まぁな。あやつら、今回は結構大掛かりな準備をしているからの。わざわざ村民を逃がすあたり、今回で決めると意気込んでいるのかもしれぬ」

 

「決めるって、何をさ」

 

「決まっておろう。お主らとの因縁じゃよ」

 

「因縁って……向こうが勝手に私たちに難癖をつけて来るだけなんだけど?」

 

「恵理たちは難癖だと思っておっても、向こう側はそうは思ってないんじゃろうて。全属性魔法師などという、ある意味兵器を造りだしてしまった事への償いとでも思っておるのかもしれん」

 

「兵器って……水様、私たちは人間です」

 

「じゃが『普通の』人間とはいえんじゃろうて。まぁ、魔法師という部類は、本当に普通の人間からしてみれば些細な違いはあれ違う人種じゃと思われておるのだろうがの。その中でも、お主ら三人、全属性魔法師は魔法師から見ても異質なのじゃろう」

 

 

 水の言葉に、僕たちは言葉を失ってしまった。確かに僕たちは普通の人間でもなければ、普通の魔法師でもない。だけどそれは望んでそうなったわけではなく、何かしらの実験の影響であることは調べがついている。しかもその原因は日本政府側にあるのに、日本政府は僕たちが勝手に生まれ、勝手に仇を成す存在だと決めつけているのだ。

 

「まぁ、ワシは主様の使い魔じゃから、最後までお前たちの味方をするつもりじゃ。例えこの身が滅ぼされようが、その気持ちに変わりはない。どうやら、アマもそのつもりらしいしの」

 

 

 水の言葉と視線につられ、僕たちは視線を足下に動かす。そこには、アマが楽しそうに僕の足下にじゃれついている姿があった。

 

「元希よ、お主は様々な人外の者に好かれておる。そなたの中で眠る、リンやシンもそうじゃが、お主らと同じように日本政府によって改造されたキマイラも、お主たちの味方じゃろう。もちろん、学び舎の仲間である炎や水奈たちも、最後までお主たちと戦ってくれるじゃろう。だから元希よ、今はその時に備えてゆっくりと休むが良い。恵理や涼子も、そんな警戒せずとも、攻め入ってきたらワシが報せを送る故、今は目の前の事に備えるんじゃな」

 

 

 水が何のことを言っているのか、僕には分からなかったが、言われた恵理さんと涼子さんは静かに、だが力強く頷いていた。

 

「ではな、主様。帰りは特別にワシが転送してやろう」

 

「えっ……水って転送魔法使え――たみたいね」

 

 

 質問の途中で飛ばされ、次の瞬間には理事長室にいた。もしかして水は、僕よりも転移魔法が上手なんじゃないだろうかという不安が、僕の中に芽生えたのだった。




人間と比べればそりゃ……


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元凶

あと何回続くだろうか……


 何かあれば連絡すると言われてから二日が経った。特に進展がないまま冬休みを過ごすのは、意外と落ち着かないものだが、出された宿題を片付けるにはちょうどいい時間となった。

 

「ただいまー。漸く分かったわよ。全属性魔法師を生み出そうと言い出した黒幕が」

 

「あらリーナ。貴女はここら辺一帯を標的としている黒幕を探してたんじゃないの?」

 

「それが一緒だったから、聞きたいだろう方で言っただけよ。それより、元希ちゃんは?」

 

「そこにいるじゃない。今集中して気配を消してるから、ちょっと見辛いのかもしれないけど」

 

 

 気配は消してるけど、存在は消してないんだけどな……まぁ、僕たち魔法師は、視界で捉えるよりも感覚で捉える方が多いから、気配を消されると気づきにくいというのは確かにあるかもしれない。

 

「それで、私たちのような存在を生み出した元凶っていうのは、何処のどいつだったの?」

 

「現魔法師協会日本支部長の弦間喜三郎って爺さんよ。今年で百二十歳とか言われてる」

 

「……随分と大物ね」

 

 

 その人の名前は、僕も聞いたことがあった。弦間喜三郎は、日本の魔法師の為に尽力し、日本魔法師界の父とも呼ばれる魔法師だ。そんな人が、僕たち全属性魔法師を生み出したとでも言うのだろうか? もしそうなら、いったい何のために?

 

「弦間喜三郎が八十歳を超えた辺りで、自分の死をどうにかして避けたいと研究を始めて、その副産物として生まれたのが全属性魔法師、つまり貴女たちの元となった魔法師らしいのよ。その魔法師は調整と呼ばれる実験に耐えられず死んでしまったらしいのだけど、その遺伝子を使い他の魔法師との間に子を成そうとしたの。その実験を繰り返た結果、最初の成功例となったのが恵理、貴女よ」

 

「つまり、私の次に成功したのが涼子ちゃん、三回目の成功例が元希君と言う事なの?」

 

「恵理と涼子の元となった遺伝子の出どころは一緒。元希ちゃんは別みたいだけどね」

 

「どういうこと?」

 

 

 リーナさんの話に、恵理さんは首を傾げた。遺伝子の出どころが違うと言われても、元となる遺伝子は一つではないのだろうか?

 

「こういう言い方もあれだけど、失敗例からも遺伝子は取れたのよ。調整に耐えられなかっただけで、全属性魔法師として生まれたのには変わりなかったから」

 

「つまり、調整され死んでしまった魔法師から遺伝子を取り出し、別の魔法師と掛け合わせたって事なのね」

 

「そう言う事。遺伝子実験なんてそんなものでしょうが、人間でそれをやっていい訳はないわね。だから世界的にそう言った実験施設は存在していない事になってるの。そう言う理由で、私も調べるのに時間が必要になったんだけど」

 

「それで、その弦間喜三郎が霊峰学園を襲う理由は?」

 

「成功例である恵理、涼子、元希ちゃんの三人が揃っているから、らしいんだけど……多分この事を嗅ぎ付けられ殺されそうになる前に、三人を殺したかったんじゃないかな。実際に日本支部を使っての嫌がらせなど、弦間喜三郎の命令だったみたいだし」

 

 

 リーナさんの話を聞いて、僕たち三人は大した理由も無く襲われていたのかと、ため息と共に日本魔法師界の父に呆れ、そして何とかしてこのくだらない茶番みたいなことを終わらせようと心に誓ったのだった。




とりあえず終わらせるまで頑張ります


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戦力差

首領だから顔が広すぎる……


 ここら一帯を狙う犯人が、今年百二十歳を迎えると言われている、日本魔法師界の父と呼ばれる弦間喜三郎であると判明し、僕たちはどう攻撃に出るかを考えていた。

 

「相手があの爺さんだったなら、大家四家が日本支部につかざるを得なくなった理由も納得するわね」

 

「魔法大家は、かつてあの爺さんが救ったとも言われていますからね」

 

「どういうことですか?」

 

 

 詳しい事が分からない僕は、恵理さんと涼子さんの話の腰を折って質問した。二人は笑顔で僕の質問に答えてくれた。

 

「魔法大家は昔、お取り潰しになるかもしれなかったのよ」

 

「大家とは名ばかりで、大した魔力も持たない人が何代か続けて当主になったばかりに、日本政府から用無しと判断されかけたの。それを当時まだ十代だった弦間喜三郎が日本政府と全面的に戦う覚悟で魔法大家を救い、その後で魔法大戦が勃発して魔法大家の当主を率いて日本を勝利に導いたのです」

 

「なるほど……そんな過去があるのならば、魔法大家の四家が日本支部――いや、弦間喜三郎に味方するのも納得です」

 

 

 恩義を大事にしているのだなと感心する一方で、これではどう頑張っても炎さんたちは、こちらに味方したら家族と戦うしかなくなってしまうではないかと絶望する。出来る事なら家族で争うなどという、実に阿呆らしい事は避けたかったんだけど……

 

「あの爺さん、一般社会にも顔が利くらしいから、あのメタボハゲを裏で操ってたのも爺さんでしょうね」

 

「この辺りを地盤とする国会議員を操って、あのメタボハゲを躍らせてたってわけですか」

 

「随分と厄介な相手がいたものね……」

 

「実際、弦間喜三郎の戦力はどのくらいなのか、リーナさんは分かりませんか?」

 

「そうねぇ……」

 

 

 のんびりとお茶を飲んでいたリーナさんに、僕は敵側の戦力を尋ねた。

 

「日本魔法師界の頂点にいるくらいだから、とりあえず日本支部にいる魔法師全てはあちら側に付くでしょうね。それから、魔法大戦で弦間喜三郎に負けた、ロシア・中国・韓国といった諸外国の魔法師も、最悪向こう側について三人を襲いに来るかもしれないわね」

 

「アメリカは?」

 

「私を捕まえるという名目で来るかもしれないわ。弦間喜三郎はアメリカにも顔が利くから」

 

「どれだけ顔が広いんですか、そのおじいさん……」

 

 

 日本中の魔法師が敵というだけでも大変なのに、まさか国外にも顔が利くとは……このままでは戦力差で圧殺されてしまうかもしれない……

 

『元希、私たちは貴方の味方です。貴方の中で十分に回復させていただきましたので、十分に戦力になると思いますよ。もちろん、この愚弟もね』

 

『ですから姉上、その「愚弟」というのは止めていただけませんか?』

 

『止めてほしくば、元希の因縁の相手との戦いに尽力し、そして元希に勝利をもたらしなさい。そうすれば考えてあげなくもないですよ』

 

『それは考えないと言っているのと同じなのでは?』

 

 

 僕の中でリンとシンが会話を始めたが、これはこれで頼もしい援軍が期待できるようになった。他にも、僕の召喚獣たちも戦ってくれるだろうし、人間だけが戦力じゃないというところを見せつけてやろうと心に決めた。炎さんもキマイラがいるし、水も味方してくれるだろうしね。




まぁ、チート三人いるんで、何とかなるかな……


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敵の数

もはやイジメの様相を呈してきたな……


 弦間喜三郎が黒幕と分かってから、数日が過ぎた。今のところ水からの連絡はないし、僕たちが張った結界内に侵入した形跡もない。まぁ、僕たちと同じようにこっそりと忍び込めば、形跡を掴ませないで侵入する事は可能なんだけどね。

 

「元希君、日本支部に動きがあったわ。殆どの魔法師を引き連れて、この霊峰学園目指して進軍してきたわ」

 

「一気に終わらせるつもりなんでしょうか?」

 

 

 殆どの魔法師と言う事は、他所の警備などで来られなかった魔法師を除く全員と言う事だろうし、それだけの魔法師を集めたと言う事は、あまり時間を掛けたくないという現れだと僕は理解した。

 

「リーナからの報告だと、敵数はおよそ二千。こちらはかき集めても百と言ったところね」

 

「およそ二十倍……学生たちは中立を決め込むと報告が来てるから、百も行かないわね」

 

「炎さんたちには報告するんですか?」

 

 

 両親や家族は政府側に付くと言っているのだから、出来る事なら中立でいてもらいたい。だけども炎さんたちが手伝ってくれれば、これほど心強い事は無いのだ。

 

「一応連絡はしたけど、出来る事なら動かないでいてとも言っておいたから」

 

「そうですか」

 

 

 これでいよいよ戦力差が酷い事になってきたな……神や召喚獣を合わせても、この戦力差は絶望的と言えるだろうし、味方してくれると言ってくれた魔法師さんたちが、本当にこちら側に付くかも定かではない。何せこれだけの戦力差なのだ。数に怯えて寝返ったり中立を決め込む可能性だって十分に考えられる。

 

「とりあえず、こちらの戦力として確定してるのは、私たち三人とリーナ。後は召喚獣たちね」

 

「私も手伝いますよ、理事長先生」

 

「アレクサンドロフさん? 貴女は待機だと……」

 

「私は日本政府に恐れる必要はありませんから」

 

「そっか。バエルさんはロシア人、日本政府の圧力は関係ないんだね」

 

「ロシアが相手だろうが、私はこちらの味方になりますよ」

 

 

 心強い援軍に、僕は思わず泣きそうになった。バエルさんの魔法があれば、ある程度の進軍を阻む事が出来るし、いざとなれば僕たちと合わせて四人で敵を凍らせることも可能だ。

 

「それじゃあお願いするけど、危なくなったらすぐに元希君と二人で逃げる事。いいわね?」

 

「分かりました」

 

「何言ってるんですか! 僕だって最後まで……」

 

「少しは大人の言う事を聞いてください、元希君。これは私と姉さんと日本政府との因縁が産んだといっても過言ではない争いなのですから、元希君とアレクサンドロフさんを巻き込むわけにはいきません」

 

「僕もその因縁の中にいるはずです。決着をつけるなら僕も一緒に」

 

 

 二人と日本政府との因縁とは、全属性魔法師であることを不気味がった日本政府の魔法師たちが、恵理さんたちを「化け物」呼ばわりした事から端を発しているあれだろう。だったら僕も同じ全属性魔法師なのだから、関係があると思う。

 

「元希さんが残るのでしたら、私も最後までお付き合いしますからね」

 

「……好きになさい」

 

 

 恵理さんが説得は不可能と諦めたようで、僕たちも最後まで戦う事が決定した。戦力差は大きいけど、こちらは結束力で勝負するんだ!




味方の殆どは召喚獣や式神……


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敵陣営

あと何回更新出来るかな……


 水から連絡を受けて、僕たち四人はあの村の近くまでやって来た。相変わらず村民の気配は無いし、それ以外の気配も感じられないけども、少し離れたところから敵意がピリピリと伝わってくるのが分かる。

 

「いるわね……」

 

「かなりの数がここに向かってるみたいですね。一本道ですので、迂回されたりすることはないと思います」

 

「後は、魔法大家の四家や岩清水さんの家のような有力者たちがどう動くかね……」

 

 

 要請があれば動くのだろうけども、さすがに娘さんたちと全面対決はしたくないだろうし、炎さんたちも口ではああいっていたけども、本音は身内とは戦いたくないのだろうな。だから、出来る事なら動きがある前に終わらせたいんだよね。

 

「アマ? 何か用事?」

 

 

 足元をピョンピョン跳ね回るアマに視線を向けると、何やら紙を咥えていた。

 

「これは?」

 

「どうかしたの、元希君?」

 

「アマが手紙を咥えていたので……炎さんたちから?」

 

 

 恐らくキマイラが持ってきたのを、アマが引き受けたのだろう。僕たちは炎さんたちからの手紙を読み、魔法大家は動かないと決めたことを知ったのだった。

 

「過去の恩義も大事だけど、未来の事を考えて中立を貫くそうです」

 

「本当に未来の事を考えてるなら、加勢してもらいたかったけど、動かないと分かれば背後を気にする必要は無くなったわね」

 

「元からあまり気にしてなかったでしょうに……」

 

 

 学園の警備には、恵理さんと涼子さんが魔力を込めて作った式神たちがいる。並大抵の相手なら撃退出来ると思うのだが、魔法大家の当主ともなるとさすがに耐えられなかっただろう。だから中立を決めてくれただけで、学園の事を心配する必要が大きく減ったのだ。

 

「後は、あそこにいる集団に弦間喜三郎がいるかどうかよね……」

 

「リーナが調べた限り、今年で百二十歳なのですよね? さすがに現役ではないと思うのですが……」

 

「あの化け物爺さんの事だから、先頭を闊歩してるかもしれないわよ」

 

 

 恵理さんが冗談めかしてそんなことを言うが、僕はなんとなくありえそうだなと感じてしまった。

 

「とりあえず、僕の式が敵の姿を捉えたので、映像に回しますね」

 

「便利よね、その式」

 

「まぁ、恐ろしいくらい魔力を消費しますが、リンとシンが補ってくれるので使えるんですよ」

 

 

 僕個人で使おうとすれば、二時間は動けなくなるくらいの疲労感を覚えるだろう。まだ僕の中に神が宿ってるから使える式で、これを自由に使えるようになるにはもっと特訓しなければだめだろうね。

 

「これが敵の全容ですかね……後方に守りを固めてる箇所がありますので、弦間喜三郎がいるとすればこの辺りだと思います」

 

「そうみたいね。さすがに先頭に老人の姿は……」

 

「いますね。弦間喜三郎」

 

 

 映像を先頭方面へと進めていくと、恵理さんが言ったように最前線に日本魔法師界の父と呼ばれる弦間喜三郎の姿が見受けられた。何で自ら先陣切って突っ込んでくるんだろう……

 

「まぁ、こいつさえ殺れば終わるんだし、先頭にいてくれた方が楽でいいわよ」

 

「姉さん。殺人を前提にものを考えないでください。まぁ、せいぜい戦闘不能になってもらうくらいで」

 

 

 涼子さんの言ってる事も相当怖いけども、まぁ命を狙われてるんだからそれくらいはしないとね。




来月中には終わらせられるかな……再来月には確実に終わりそう


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全面対決

初めから話し合いで解決なんて望んでない……


 僕たち五人と、弦間喜三郎が対面するのに、そう時間はかからなかった。こちらからもだけど、あちら側からも向かって来ていたのだから、早くに対面してもおかしくはない。

 

「貴方が弦間喜三郎かしら? 噂では百二十歳だって聞いてたんだけど、随分と元気なのね」

 

「お前らが生まれる過程で成果が上がった実験のお陰じゃ。不老不死とはいかなかったが、長寿にはなれたようだからな」

 

「なら何故私たちを攻撃するのですか」

 

「全属性魔法師などという、兵器になりかねない存在を始末する為じゃよ。お前さんたち個人に恨みも無ければ、何の感情も無いが、こればっかりは世界平和の為にな。儂もそう長くないじゃろうし、儂が生み出した兵器は儂が処分しておかなければ死んでも死にきれないからの」

 

「なら、今ここで殺してあげるわよ!」

 

 

 恵理さんが炎の弾を数発、弦間喜三郎に向けて放つ。だがその炎は、弦間喜三郎に当たることなく護衛の魔法師によって撃ち落とされた。

 

「質が劣ってても、数がおればこの通りじゃ。お前さんたちは魔力も高ければ、使える魔法の種類も多い。じゃが、結局は数が物を言うんじゃよ」

 

「なら、その数を減らせばいいんですね? 雷よ、その姿を鷲に変え敵を喰らい尽くせ『ライトニング・イーグル』」

 

 

 禁忌魔法を使い、敵の魔法師を戦闘不能に陥らせる。さすがに殺すのは避けたかったので、全身を痺れさせる程度に抑えての発動だ。

 

「これが最高傑作といわれた成功作の三例目か。なかなかにえげつない魔法を使うの」

 

「元希だけが相手だと思わない事だな!」

 

「土地を荒らす貴様らは、我々を敵に回した事を後悔するがいい」

 

 

 僕が召喚したのは、雷の鷲だけではなく、リンとシンも一緒に外界へと召喚した。これで無限の魔力は無くなったけども、その分の戦力は確保出来ただろう。

 

「なんと、土地神まで仲間に引き入れるとは、なかなかの統率力があるようじゃな。バラしたら詳しく調べさせる必要がありそうじゃ」

 

「下種が! 私たちはお前の実験道具じゃないんだよ!」

 

「実験体が何を言うか。お前さんたちが生きているのは、この儂が命じたからじゃぞ? 感謝されこそすれ、恨まれる覚えなど無いわ!」

 

 

 恵理さんが氷魔法で攻めるが、相手は大量の火を放ちその氷を溶かし、風でそのまま流していく。

 

「腰ぎんちゃくに頼ってばかりで、アンタ個人は大して強くないのかしら?」

 

「儂の魔法は、貴様ら如き実験体にはもったいないからの。我が兵隊の魔法で十分じゃ」

 

「なら、これはどうかしら?」

 

 

 正面から恵理さんが次元の裂け目を作り、背後から涼子さんが風魔法でその裂け目へと押していく。この魔法は次元の裂け目へと幽閉し、こちらが解放しない限り永遠に次元の狭間を彷徨わせる魔法だ。

 

「防壁じゃ! 急ぎ防壁を張れ!」

 

 

 弦間喜三郎の声が日本支部の魔法師たちに掛かるが、リンとシンがそれを妨害し、僕が風を操ってその声をかき消した。

 その結果、弦間喜三郎を守っていた魔法師の十パーセントが次元の狭間に幽閉され、更に十パーセントがライトニング・イーグルによって戦闘不能に陥った。

 

「これでも多い!」

 

「ちょっとずつ削るわよ!」

 

「はい!」

 

 

 三人で連携している間に、リーナさんとバエルさんが弦間喜三郎が率いている集団の背後に回った。これで多少はマシな戦いが出来そうだな。




元希君もヒートアップしてきてます


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人を消す魔法

元希君も手段を選ばなくなってきたな……


 僕たち三人に意識を割いていた前衛部隊の背後に、リーナさんとバエルさんが襲いかかった事により、事態はこちら側有利に傾き始める。戦力差を考えて余裕ぶっていた日本支部の魔法師や、僕たちを潰すと息巻いていた弦間喜三郎たちの顔に、若干の焦りと戸惑いが浮かびだしていたのだ。

 

「貴様ら、アメリカとロシアの人間か。儂に逆らえばどうなるか分かっておるのか? 貴様らは国から追われ、行き場がなくなるんじゃぞ!」

 

「元々私はアメリカ軍から追われる身だからね。今更国を追われること程度でビビらないわよ」

 

「そして私は、ロシアよりも日本に――霊峰学園にお世話になっている身ですので、国を追われたとしてもここでお世話になります」

 

「そう言う事よ、爺さん。もう大人しく隠居してればよかったのに、私たちに喧嘩を売ったばっかりに死期を早めるなんてね」

 

 

 完全に討ち取ったタイミングだったけども、恵理さんの攻撃は弦間喜三郎に弾かれてしまった。

 

「ぬるいわ小娘! 儂は世界大戦を勝ち抜いた男じゃ。この程度の攻撃で死ねるならとっくの昔に死んでおるわい」

 

「なら、これならどう!」

 

 

 恵理さんの炎魔法の後ろから、涼子さんの雷が弦間喜三郎に向かって飛んでいく。炎を防ごうと水魔法を展開すれば、第二波で感電させるという戦法だが、この戦法にはまだ続きがある。

 弦間喜三郎が岩魔法で防いできた場合、大三波として上空から氷魔法を降らせるのだ。それを防ごうと上側を塞げば、後はこちらから圧力を掛けてその岩の砦を潰して圧殺する戦法なのだ。

 

「無駄無駄! 儂には肉の壁が存在する! 貴様ら如きのちんけな考えだけで儂に攻撃を当てようなど、二百年早いわ!」

 

「普通は百年でしょうが!」

 

 

 恵理さんのツッコミが炸裂したが、三弾攻撃は防がれてしまった。弦間喜三郎が言った通り、日本支部の魔法師が身を持って彼を守り、そして戦闘不能となっていった。

 

「かかっ、殺さぬとはぬるいの。こやつらは儂の操り人形なのだぞ? 回復させてまだまだ使えるのじゃぞ」

 

 

 そう言って弦間喜三郎は一瞬で回復魔法を発動させ、今倒れたばかりの魔法師たちを立たせる。ただし外傷などを直したわけではなく、意識だけを回復させたようだった。

 

「さぁ、お前たちにこやつらを殺す覚悟があるのかの? それが出来ないのであれば、この戦いは儂の勝利と言うことに――」

 

「天災よ、かの者らを跡形も無く消し去れ『サンダー・クラッシュ・サイクロン』」

 

 

 せめてもの情けだ。痛みすら感じないように葬り去って挙げよう。僕は最上級禁忌魔法である、肉体を跡形も無く消し去る魔法を発動させる。雷で肉を焼き、内側から爆発させ、そして暴風で粉微塵にして吹き飛ばす魔法だ。

 

「お主、可愛い顔してえげつない魔法を使うの」

 

「こうでもしなければ、あの人たちは永遠に痛みを味合う事になりますからね。せめてもの情けですよ」

 

 

 今の僕はきっと、見たことも無い笑顔を浮かべてるんだろうな……自分がここまで黒くなれるなんて、僕自身も知らなかったよ……




永遠に楯として使われるなら、確かに消えた方がまし……なのか?


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元希君の味方

強力なラインナップだ……


 戦闘不能にしたはずの魔法師を、肉体だけ動かして楯と使う弦間喜三郎に憤りを覚え、僕はせめてもの情けでその肉体を消失させる魔法を使う。これを何回か繰り返している内に、弦間喜三郎の周りには味方がいなくなっていった。

 

「やれやれ、老い先短い老人をイジメて面白いのか?」

 

「未来ある若者を潰そうとしてる貴方に言われたくないですね」

 

 

 向こうはあまり魔力を消費していない分元気だが、僕は極大魔法を連続で使った所為でもう魔力が残り少ない。弦間喜三郎が攻撃に転じてきたら、僕は防ぐだけの魔力が残っていないのだ。

 

「お主だけに気を取られてるわけにはいかないからの。すぐに楽にしてやろう」

 

「さっきまで動けない魔法師を無理矢理動かしてた人のセリフとは思えませんね」

 

「その動けない魔法師に極大魔法を放っておったお主には言われたくないがの」

 

 

 事実なので何も言い返せない……せめてもの情けだと言い聞かせてはいるが、僕がやったことはれっきとした殺人だ。決して許される事ではない。

 

「儂は少しの魔力で楯を造ることが出来たが、お主は違うだろ? もう殆ど魔力も残ってないじゃろうし、楽に洗脳出来そうじゃ」

 

「洗脳……やはり日本支部の魔法師が貴方の味方をしているのは……」

 

「何も全員を洗脳する必要は無い。中枢部だけを洗脳すれば、後は勝手に感染してくれるからの。じゃから下っ端の魔法師には何も手を加えてはおらん。勝手にお主らを畏怖の目で見てたにすぎんのじゃよ」

 

「下種……」

 

 

 逃げようにも体力も消耗しているので、もう一歩も動くことが出来ない。恵理さんや涼子さんの距離じゃ、魔法が発動する前に僕を運ぶことは出来ない。

 

「なんとでも言うが良い。貴様はもう終わりじゃ」

 

 

 弦間喜三郎の魔法が僕の身体を包んだ――と思った次の瞬間、僕は全く別の場所に倒れ込んでいた。

 

「ここは……」

 

「間一髪じゃったの、我が主様」

 

「水……」

 

「お主はここで休んでおれ。後はワシらに任せるのじゃ」

 

 

 水の隣には、リンとシンの姿も見える。水神である水と、土地神であるリンとシンを相手にしなければいけないと思うと、敵とはいえ弦間喜三郎に同情するよ……

 

「大丈夫ですか、元希さん」

 

「バエルさん……一応は無事ですよ。まぁ、見た目死体と変わらないかもしれませんけどね……」

 

 

 疲労困憊、魔力も底を尽きた今の僕では、討伐の邪魔にしかならない。ここは水に助けられた命を散らさない為にも、ここで大人しくしてるしかないね……

 

「私ではあのご老人に一太刀も浴びせる事は叶いません。ですから、私の魔力、元希さんに託します」

 

「えっ、ちょ……」

 

 

 抵抗できない僕に、バエルさんは唇を重ねる。魔力を譲渡する為にはキス以上の接触が必要であり、これはいわば医療行為なのだ……って、誰に言い訳してるんだろう僕……

 

「お願いします、元希さん。私たちの学園を守ってください」

 

「バエルさん……」

 

 

 魔力の殆どを僕に譲り渡したバエルさんは、その場で眠ってしまった。

 

「僕、体力もないんだけど……」

 

 

 とりあえず水たちが時間を稼いでくれている間に、体力を回復しようと決めたのだった。




最後まで受け身な元希君……


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決着

後二回くらいで終わるかな


 バエルさんから貰った魔力を有効活用し、僕は体力を回復させ前線に復帰する。水やリン、シンが頑張ってくれたお陰で、弦間喜三郎の気力が削がれているのが僕でも分かる。

 

「何じゃお主、戦線離脱したんじゃないのか」

 

「ワシが助けたんじゃよ小僧。我が主様を甘く見る出ないわ! しかもお主、我が母を討伐するよう命じたようじゃないか。楽には死なせんから覚悟するのじゃな」

 

「なるほど。お前さんはあの邪神の子供か。大人しく倒されておればよかったものを」

 

 

 どうやら水と弦間喜三郎の間にも、因縁めいたものがあるようだった。

 

「ところで元希。お前、体力も魔力も消耗してたように見えたが、どうやって回復したんだ?」

 

 

 シンがその事を聞いてきたので、僕は顔を赤らめて視線を逸らした。

 

「なるほどな。何でお前がモテるのか、俺には理解出来ん」

 

「黙りなさい愚弟。しかし元希、あの行為で回復出来るのは魔力だけ。その割には体力も回復してるように見えるのですが」

 

「うん。バエルさんに魔力を分けてもらってから、僕は別次元で体力を回復させてたから。この次元と時間の流れる速さが違うから、こっちではそれほど時間を使わずに復帰出来たわけ」

 

「随分とチートな能力を持ってるようじゃな。やはり解体して儂の力に――」

 

「無駄だ、その考えは」

 

 

 僕が復帰したからくりに感心し、僕一人に狙いを定めた弦間喜三郎の腹に、シンの爪が突き刺さった。あえて人の姿で戦っていたが、シンもリンも、とっくに元の姿――神様へと戻れるくらいに回復しているのだ。

 

「人の姿をしてるからって油断し過ぎだぜ、爺さん」

 

「ま、まさか……この儂が……このようなところで……」

 

「沢山の子供の命を喰ってここまで生きたのでしょう。もう貴方が生き続ける意味など無いのです。シン、せめてもの情けです。もう一撃で終わらせなさい」

 

「人遣いの……ん? 神遣いの荒い姉? まぁいいか。了解しましたよ、姉上」

 

 

 神の姿へと完全に変化したシンは、その大きな爪を弦間喜三郎の頭目掛けて振り下ろす。既に腹からの出血が多く身動きが取れない弦間喜三郎は、悲鳴を発することなく絶命した。

 

「あらら、美味しいところは元希君の召喚獣に持ってかれちゃったわね」

 

「誰が倒そうが関係ありませんよ、姉さん。これで霊峰学園を狙う魔法師も減るでしょうし、大将が討ち取られたと知れば、残党たちもいなくなるでしょう」

 

「何時までも死骸を村に残しておくのも悪いから、別次元に飛ばしちゃいましょうか」

 

 

 この光景を映像化して、敵本陣へ光魔法を駆使して弦間喜三郎が死んだことを伝えると、日本支部の人たちは降参を申し込みそれぞれの任務へと戻っていった。

 後で分かった事だが、日本支部の人たちも今回の暴動――と言うことになっている――には反対する人が多くて、出来るだけ早く帰りたいと思っていたようだった。

 

「これで、平和になるのかしらね」

 

「激動の一年でしたから、少しくらい大人しくなるんじゃないですか?」

 

 

 僕もこれで冬休みを満喫する事が出来るのかな……

 

「何か忘れてるような気がするんだよね……」

 

 

 弦間喜三郎を倒したことは、念話で炎さんたちにも報告している。それなのに僕の胸のあたりはもやもやしている……これはいったい何なのだろう?




最強の魔法師も、老いには勝てないと言う事で


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決断の時

次で終わりです


 学園を襲う脅威を取り払ったはずなのに、僕は胸のあたりがもやもやしている。何か、大事な事を忘れてるような気がするんだけど……

 

「さて、とりあえず早蕨寮に戻ろっか。アレクサンドロフさんは私が背負って行くから」

 

「やはり年老いた伝説は、その年相応の力しかなかったみたいですね。元希君が魔法大家を説得してくれたお陰で、楽に勝てました」

 

「あっ……」

 

 

 思い出した。魔法大家と秋穂さんの家が中立を決める代わりに、僕は戦いが終わった後五人に会う約束をしていたんだっけ……でも、その程度じゃこのもやもやの原因だとは思えないんだよね……まっ、いいか。今は疲れをいやす為に寮でゆっくりしよう。

 

「それでは元希、私と愚弟は元いた土地の守護に戻るので、ここでお別れだ」

 

「一応世話になった礼は返したからな」

 

「うん。ありがとうね、シン」

 

 

 止めを刺したシンにお礼を言うと、少し顔を赤らめて視線を逸らされた。

 

「お前にお礼など言われる筋合いはない。さっさと俺の目の前から消えろ」

 

「素直じゃないわね。だから貴方は愚弟なのよ」

 

「姉上!」

 

 

 リンとシンの見送りを受けて、僕は転移魔法で早蕨寮に戻ってきた。

 

「やれやれ、やっと我が家に戻ってこれたわい」

 

「水? あっ、そっか。あの土地を治めていたのはシンだもんね」

 

 

 シンが戻ってきた以上、水があの場所に留まる理由は無くなったのだ。

 

「それにしても主様、随分とえげつない魔法を使うようになったんじゃな」

 

「あれは、少しでも犠牲者を減らす為に仕方なく……」

 

「分かっておるわい。大を救うためには小の犠牲はやむを得ないものじゃ。ましてや傀儡にされた魔法師を葬り去るのもまた、救う手段だと言う事もな」

 

「水……」

 

 

 僕の考えを理解してくれた水に、僕はお礼として水魔法を浴びせさせた。

 

「久しぶりの水浴びじゃ! 主様、もっと遠慮なく放つが良い!」

 

「せめて庭でやってくれないかしら? 水は兎も角、私たちはかかったら寒い思いをすることになるんだから」

 

「だってさ」

 

 

 恵理さんに注意されて、僕と水は庭へ向かう事にした。

 

「それにしても、意外とあっけなく終わったね」

 

「主様が神を従えていたなどと、あヤツらも思ってなかったのじゃろうて。それに、所詮昔の人間じゃったのだから、幕切れはあっけないものよ」

 

 

 水の言葉に納得しながら、僕は水魔法を水に向けて放ち続ける。

 

「元希!」

 

「炎さん? それにみんなも……どうかしたの?」

 

 

 会う約束はしているけど、それは今すぐじゃなくても良いと思っていたので、まさかこっちに来るとは思ってなかったな……

 

「終わったんだってな」

 

「うん。元凶は倒したよ」

 

「では元希様、約束を果たしていただきたいと思いますわ」

 

「約束って、みんなと会う事だよね?」

 

「違いますよ。戦いに勝利したら、わたしたちの中から誰か一人を選んでもらうという約束ですわ」

 

「まさか、覚えてないの?」

 

「………」

 

 

 そう言えばそんなことを言われたような気も……

 

「さあ元希君、私たちの中で、誰と付き合いたいの?」

 

「それは、私にも権利があると思うのですが」

 

「ば、バエルさんまで……」

 

 

 その後ろでは、恵理さんと涼子さんが楽しそうに僕の決断を見守っている。最終大戦が終わったと思ってたのに、最後に大変な決断を迫られちゃったよ……




元希君は誰を選ぶのか……


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大団円

最終話です


 六人に迫られて、僕は自分の気持ちをはっきりと伝える決心がついた。

 

「僕は、たぶんバエルさんに惹かれてると思う」

 

「思う? はっきりとは分からないのか?」

 

 

 炎さんの問いかけに、僕は頷く。

 

「はっきりと分かるもなにも、こんな気持ち初めてだから、これが『恋』なのかどうかも分からないんだよね」

 

「そう言えば、元希様の出身は同年代の魔法師がいない村でしたわね」

 

「ましてや、元希さんは人工魔法師と言う事で敬遠されていたようですし、親しい友人、というのもいないと言っていましたしね」

 

「でも、元希君はバエルに惹かれてるって思ってるんだよね?」

 

「そうだね。でも、他の五人の事もちゃんと好きだよ」

 

 

 異性として、十分に魅力的だと思うし、僕みたいなちんちくりんを好きだって言ってくれている相手に、惹かれないわけがないと、僕も思っている。

 

「その事でちょっといいかな~?」

 

「リーナさん? さっきまでいなかったのに……」

 

 

 六人と僕の間に突如現れ、満面の笑みを浮かべるリーナさん。この表情を浮かべてる時は、何かよからぬことを考えている時だと、数ヶ月の付き合いながらも分かるようになってきた。

 

「元希ちゃんは全属性魔法師だから、国籍は高校卒業と共に剥奪されるわけ。だから、日本の法律に当てはめて考える必要は無いのよ」

 

「あぁ、そう言えば私たちも、国籍はフリーだったわね」

 

「霊峰学園の教師として働いているから忘れてました」

 

 

 いや、忘れてたって……結構重要な事だと思うんだけどな……

 

「つまり、元希ちゃんは一人に決める必要は無いってわけ。私や恵理、涼子も候補に入れてほしいけどね」

 

「つまりリーナ先生の仰られたことを纏めると、私たち全員が元希様のお嫁さんになる事も可能ということですか?」

 

「そういうこと。もちろん、元希ちゃんがそれを認めてくれて、貴女たちがそれで納得出来るなら、だけどね」

 

 

 とんでもない爆弾発言のような気もするけど、実にリーナさんらしい裏技だとも思える。

 

「私は特に問題ないかな。最初から独占出来るとは思ってないし」

 

「アタシも問題ないぜ。てか、他の男なんて興味ないからな」

 

「ボクも。親が連れて来た魔法師は、殆ど死んじゃったし、元々興味も無かったから」

 

「わたしも問題ありません。むしろ、これからも皆さんと一緒にいられると言う事は、とても嬉しい事だと思いますわ」

 

 

 秋穂さん、炎さん、御影さん、美土さんの四人は、リーナさんの考えを支持した。残る水奈さんとバエルさんは少し考えてから口を開いた。

 

「欲をいえば、私一人で元希様を占領したい気持ちはあります。ですが、炎さんや美土さん、御影さんや秋穂さん、もちろんバエルさんともこれからも仲良くしたいと思う気持ちも当然ありますの。だから、私も先生のお考えを支持しますわ」

 

「私は……元希さんの気持ちを尊重します。選んでもらったのは嬉しかったですし、横やりが入ったのにムッとした事は隠しません。ですが、皆さんとこれからも仲良くできるのでしたら、それが一番だと思いますから」

 

 

 全員の視線が僕に向けられる。ここで逃げたら男としての尊厳は無くなるだろうな。

 

「正直僕みたいな男にみんなが一緒にいたいと思ってくれるなんて不思議だけど、これからもお願いします」

 

 

 優柔不断でも良い。ハーレム野郎と罵られても良い。僕は、これからもみんなと一緒にいるんだ!




くだらない想像話にお付き合いいただき、ありがとうございました


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