迦具土・炎次郎 (KAGUTSUCHI)
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炎次郎の過去

これは迦具土・炎次郎が武蔵坂学園に入学するまでに起こった出来事の記録である。



「おとん…おかん…姉貴…」

 

ここは京都のある山間部。少年は無残にも焼死体になってしまった家族を揺さぶる。その目の前には雄叫びをあげる虎のような魔物がいた。その魔物の名は『イフリート』。破壊欲と殺戮欲にまみれた凶悪な幻獣である。

 

「てめえがやったんか…許さん!てめえだけは許さねえ!」

 

この少年、『迦具土・炎次郎』は火の神である『迦具土神』をこの身に降ろし、魔物や化け物から人々を守護する家系に生まれた。両親は神降ろしができ、姉も『神薙使い』と呼ばれる潜在能力(ポテンシャル)を持っていた。しかし、炎次郎にはどういうわけかその力が目覚めず、神降ろしは今でもできない。それでも家族は炎次郎を暖かく迎えてくれた。炎次郎は家族皆ができる神降ろしができないことがコンプレックスであったが、優しい家族が好きだったのである。

 

「ナカマ…ナカマ…。」

 

突然、イフリートがまるで人間のような言葉を話す。いや、本来イフリートは人間と意思疎通を行なうことはほとんど出来ないので鳴き声の空耳なのかもしれない。しかし、炎次郎の耳には確かにそう聞こえたのだ。

 

「誰が仲間や。寝言は寝てから言え!」

 

だが、両親と姉が3人掛かりで戦っても勝てなかった相手。炎次郎1人で敵うはずもなく、簡単に打ちのめされる。

 

「ナカマ…オマエモ…イフリートニナレル…」

 

「黙れえええ!!」

 

そのとき、瀕死の炎次郎の身体に異変が起こる。何と身体からみるみる内にイフリートのような体毛、角が生え、その姿は獣のようであった。

 

「ヤミオチ…!」

 

「うおらぁー!死ねやあぁぁ!」

 

闇堕ちした炎次郎の一撃を受け、炎次郎の家族を殺したイフリートは消え去った。

 

「はあはあ…あかんこのままでは…本当にあいつが言うとったみたいにイフリートになって…グルルル。」

 

しかし、もう手遅れであった。闇堕ちした炎次郎は突然、四つん這いになる。そして、何の因果か今先ほど倒したイフリートに似た虎のようなイフリートとなって一気に山を駆け下りだしたのであった。

 

 

それから3日後、イフリートと化した炎次郎は麓にいた。山の近くに建っている人家は全焼し、住人の死体も転がっていた。

 

(オレハ…イフリート…アイツトオナジ…)

 

闇堕ちに抗おうとするも、止まらない破壊欲と殺戮欲。イフリートの炎次郎は次の獲物を探して歩き出そうとしていた。

 

「待て!」

 

突如、炎次郎の目の前に巨大な火の玉が現れた。

 

「我が名は『迦具土命』。お前を救いに来た。」

 

火の玉はそう言うとイフリートの炎次郎を包む。

 

「グォギャアルガアアァ!」

 

迦具土神の聖なる炎はイフリートにとっては苦痛なのかもしれない。悲鳴をあげながらイフリートの炎次郎は火の玉の中でのたうちまわる。

 

「聞こえるか?迦具土・炎次郎。お前の家族を救えなかったことは謝る。だが、私はお前をも見殺しにしたくはない。しかし、私がこの魔物を押さえつけるのには限界がある。だから、返事をしてくれ!まだ、お前に人間の心が残っているなら、私はお前を元に戻せる!」

 

(カグツチノミコト…サマ…オリテキテ…クダサッタ…アリガトウ…ゴサイマス…)

 

炎次郎はわずかに残る理性で思いっきり自らの足に噛み付く。これはイフリートの破壊欲を少しでも抑えようと試みているのだ。

 

「そのままだ。次は私の術で…!」

 

迦具土神は何かの呪文のような言葉を唱える。それは祝詞に似ていた。すると、炎次郎の身体から虎のようなイフリートが分離した。そのイフリートはまるで幽霊のようにフワフワしているが、殺戮本能はまだあるため迦具土神に襲いかかる。

 

「私に刃向かうか小童。不浄なる炎の魔物が火の神に勝てると思っているのか!」

 

その直後、火の壁から巨大な腕が伸びる。そして、そのままイフリートを握り潰してしまった。

 

炎次郎はやがて、火の玉から放り出される。これで闇堕ちから救われた状態になった。

 

 

 

 

だが、我に返った炎次郎が見たのは焼け野原だった。

 

「そんな…これ…全部俺がやったんか…?」

 

絶望に打ちひしがれる炎次郎。闇堕ちする前に戦ったイフリートは炎次郎の行く末を予言していたのだろうか。

 

「しゃあない…足りやんかもしれんけど、責任はとらな…」

 

炎次郎は装備していた腰の刀を抜く。

 

「腹を斬るしかないな…。もうこうするしか道が…」

 

「本当にそれで良いのか?」

 

自刃しようとしていた炎次郎の背後から声がする。声の主は炎次郎を闇堕ちから救った迦具土神。ただ火の玉に包まれているため姿が見えない。

 

「イフリートになって暴れた俺に責任はあります。士道に背き、人の道を外れた俺に生きる資格はありません。」

 

「命を落とした家族の分まで生き抜こうとは思わないのか?」

 

「何言うてはるんですか!迦具土命様は俺の家族を見殺しにしたんやろ!俺を引き止める義理がどこにあるんですか!?」

 

その時、火の玉がゴウっと一瞬、天まで届きそうな火柱をあげて燃え上がる。

 

「すまない。わかった、本当のことを話してやろう。お前の両親と姉は実に10体のイフリートと戦っていた。私ももちろん降臨を求められ、イフリートの討伐に力を貸した。しかし、10体ものイフリート相手に3人では無茶であった。3人の神通力は限界に達し、私も手を貸すことが出来なくなった。それでもお前の家族は協力して数を残り1体まで減らした。だが、とうとう私を降ろすための神通力が尽き、3人は…命を落とした。」

 

神の世界の掟。必要以上に人間に干渉してはいけない。依代の神通力が尽きれば神と人間は共に戦うことはできないのだ。神にも救えない命があるというのはこの掟が所以である。

 

「待ってください…。じゃあ、なぜ迦具土命様はここにいらっしゃるんですか?」

 

「私は今、神の世の掟に背いてここに来ている!」

 

その言葉に炎次郎は握った刀を投げ捨て、火の玉に向かって涙を流してながら土下座をする。

 

「すみませんでした!俺は迦具土様の優しさをないがしろにするような言葉を言ってしまって…!」

 

「わかれば良い。なら、神罰をお前に与えよう。『自殺を禁ずる。これからは正義の道を進め。弱きを守り、悪を挫くことを心がけよ』。以上だ。」

 

「はい!」

 

迦具土神の言葉に炎次郎は顔を上げる。その顔は心なしか嬉しそうだった。

 

「それと、最後に話しておこう。何故、お前達が『迦具土』の姓を持つかわかるか?それは私が力を貸すと認めた人間であるからだ。つまり、お前にも私の力を使う資格があるということだ。」

 

「そうだったんですか…。ありがとうございます、俺を認めてくださって。」

 

すると、火の玉はすうっと空に浮かぶ。

 

「迦具土・炎次郎よ。後でお前の家に行け。まだ、少し話がある。いいな。」

 

それだけ言うと火の玉は空高く舞い上がり、彼方へ消えた。

 

「どういうことなんやろか…?」

 

炎次郎は迦具土神の最後の言葉に疑問を持ちつつ、刀を拾って家路を急いだ。

 

 

 

 

家に戻るとがらんとしていた。それもそのはず、この家には炎次郎しかいない。家族の団欒はもう見ることはできないのである。炎次郎はしばらく、黙祷のように目を閉じた。目がしらが熱くなり、また悲しさと寂しさと悔しさが込み上げてきた。その後、家の裏の神社へ足を運ぶ。ここは『迦具土神』を祀る神社であり、炎次郎の家は分家ではあるものの、所謂社家なのである。

 

「待っていたぞ。」

 

神社に黒づくめの忍者のような装束に赤い手ぬぐいを首に巻いた男がいた。しかも、まるで知り合いのような口ぶりである。

 

「あの…どちら様でっか?」

 

「私は迦具土神だ。まあ、今は化身の術を使っておる。」

 

「か、迦具土命様でしたか!これはとんだご無礼を!」

 

炎次郎は迦具土神の化身に平身低頭するが、迦具土神は手で炎次郎を制す。

 

「待て待て。そのようなことは後で良い。して、迦具土・炎次郎よ。私がわざわざ化身してまで下界に来たのは他でもない、お前に稽古をつけるためだ。」

 

「え?迦具土命様御自ら俺に稽古をつけてくださるんですか?」

 

「さよう。ただし、私はこの地に約10日間しか居れぬ。10日以上留まると処罰されかねぬからな。だが、私は10日間でお前をまともにイフリートと戦えるようにしてやろうぞ。」

 

「これは思ってもいないありがたき提案。ぜひ、お願いします。」

 

「うむ。では、まずは場所を移そう。」

 

 

 

 

炎次郎と迦具土神の化身がやって来たのは山の中である。迦具土神の化身は山の片隅に張られている御幣のついたしめ縄をくぐる。

 

「本来、ここは聖域のためお前は入ることはできぬが、特別に私が入れてやろう。」

 

炎次郎はしめ縄をくぐる。そこには何処と無く神秘的な雰囲気が漂う場所があった。

 

「さあ、早速始めよう。刀は持って来たか?」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

「先手は譲る。どこからでも来い。」

 

「では、失礼します!」

 

炎次郎は刀で斬りかかるが、迦具土神に手刀で簡単に刀を弾かれる。そして、驚く炎次郎に回し蹴りを食らわす。

 

「ぐわっ!?」

 

炎次郎は大きく吹っ飛ばされ、聖域の木に身体を強く打つ。

 

「立て。その程度ではイフリートを相手にすることはできぬぞ。」

 

「く、まだまだ!」

 

そして、9日間人間離れ、いや、まるでバトル漫画のキャラクターがそのまま現実世界に出てきたような動きの迦具土神の化身との特訓は続いた。しかし、炎次郎はまだ迦具土神に一太刀も入れていなかった。しかも、反撃に飛んでくる拳や蹴りは一撃くらうだけで卒倒しそうな威力であった。そして、迎えた10日目最終日。頭や腕に包帯を巻きながらも炎次郎は聖域にやって来た。

 

「さて、私の稽古もいよいよ最終日。では、最後の特訓をしよう。迦具土・炎次郎。『サイキック』を使ってみよ。」

 

「サ、サイキックって何ですか?」

 

「ふ、私が今まで行ってきた特訓はお前が『ファイアブラッド』の力を使いこなせるようになるためのものだ。単に身体を頑丈にする、痛みに耐える、武術を磨くなどというのは二の次に過ぎん。」

 

「せやけど、俺はサイキックなんて使ったことありません。」

 

焦る炎次郎に迦具土神はやれやれというリアクションで首を振る。

 

「まったく、情けない。普通ならお前ぐらいの歳の灼滅者ならばファイアブラッドのサイキックぐらい使えて当たり前なのだがな。それにお前は神薙使いの力が目覚めなかった代償として、迦具土家の中では1番火力が強い。才能には恵まれているはずなのだが…」

 

「だからサイキックとは何ですかって…」

 

狼狽える炎次郎に迦具土神は跳躍する。そして、炎次郎目掛けて火球を大量に放つ。

 

「ならば、教えてやろう。まずは私の火球をサイキックで止めてみよ!」

 

「そんな無茶な!」

 

だが、四の五の言っている暇はない。当たったらただでは済まない火球が目の前に迫ってきているのだ。炎次郎は破れかぶれになり、腕を振り回して止めようとする。そのときだった。

 

バシュウッ!

 

「な、なんやねんこれは!?」

 

炎次郎の手から出た炎の奔流。その技で火球を相殺した。

 

「そのサイキックは『バニシングフレア』。炎の奔流で敵を焼き払う技だ。そして、他にも…はあっ!」

 

初めて撃ったバニシングフレアに呆気に取られている炎次郎の頬を迦具土神は装束の懐に隠していた小刀で斬る。

 

「ぎゃあっ!?な、何を…ってなんじゃこりゃあ!」

 

突然、炎次郎の背中から炎の翼のようなものが生える。その翼の力か傷がみるみるうちに塞がった。ついでに包帯を巻いていた腕と頭の傷も完治した。

 

「それは『フェニックスドライブ』だな。不死鳥の治癒能力を使って傷を癒すサイキックだ。それと、最後にもう一つ、お前にはサイキックがある。それはいつもの修行で使ってみせよ。」

 

「は、はいっ!」

 

しかし、迦具土神の格闘術はやはり強かった。だが、炎次郎はあることに気づく。

 

(迦具土様の動きが少し見えるようになってきた…!そりゃあ、毎日こんなスピードで戦ってたら目も慣れてくるか…。よし、絶対にサイキックを決めたる!)

 

いくら神とは言え、人間と同じ姿をしているなら必ず隙ができる…そう信じて炎次郎は猛スピードで襲ってくる攻撃をかわしたり、受け止めたりしていた。

 

(見える…!見えるぞ…!今だ!)

 

炎次郎は一瞬の隙を突いて刀を振りかぶる。すると、刀に突然炎が纏わりつく。炎次郎は炎を帯びた刀を一閃、ついに迦具土神に一太刀入れた。

 

「ふっ、見事だ。これは武器に炎を宿す技『レーヴァテイン』だ。よくやった。これでお前はすべてのファイアブラッドのサイキックを会得したな。」

 

「あ、ありがとうございます!迦具土命様!」

 

すると、迦具土神は装束を少し緩める。ちらりと見える肌には大きな切り傷が入っていた。

 

「迦具土命様…その傷は…」

 

「ああ、お前も知っておろう。これは私が父上である『伊邪那岐命』に十握剣で斬られた痕だ。私に刀傷を負わせたのは父上と、迦具土・炎次郎…お前だけだ。私はお前を誇りに思うぞ。」

 

「そうだったのですか…。」

 

炎次郎は驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

 

 

「これでお前はイフリートとも互角に戦えるはずだ。今日会得したサイキックとお前が家族との修行で身につけた剣術、これからお前を大いに助けるであろう。」

 

「10日間、ありがとうございました!」

 

「そうだ。お前に渡す物がある。これだ。」

 

迦具土神は炎次郎に1通の手紙を差し出す。

 

「何でしょこれは…送り主は『武蔵坂学園』?」

 

武蔵坂学園といえば灼滅者の互助組織であり、生徒が全員灼滅者という学園だ。

 

「お前とお前の姉、『迦具土・焔』に武蔵坂学園からスカウトが来ていたのだ。」

 

「な、何やって…?ホンマですか、それ。」

 

「だが、お前の姉は先のイフリートとの戦いで命を落とし、学園に行くことは叶わなくなってしまった。迦具土・炎次郎よ。お前は1人でだが、明日からその学園に入学してもらう。大丈夫だ、入学に必要な手続きなら私が近親者に成りすまして済ませておいたからな。」

 

(さすが神様…何でもありですな…)

 

そんな心境ながらも、炎次郎は改めて所信表明をする。

 

「わかりました。姉貴の分まで頑張ります。そして、強き灼滅者に必ずなります。でないと、天国にいる皆に…合わせる顔がありませんから!」

 

 

 

 

「うむ、よく言った。では、私から入学祝いを贈ろう。さあ、出てこい。」

 

すると、迦具土神の背後からちょこんと1匹の犬が現れた。

 

「あの、この犬は…?」

 

「こいつは私を守る獣。所謂、守護獣だ。しかし、こいつはまだ子供でな。そこで、立派な守護獣にするためにお前に託そうと思う。『霊犬』と呼ばれるサーヴァントとして、こいつも一緒に学園に連れて行ってやってくれないか?」

 

「わかりました。じゃあ、これからよろしゅうな?」

 

炎次郎は霊犬に手を差し伸べる。霊犬は嬉しそうに炎次郎の手をペロリとなめた。

 

 

 

 

 

 

「早よ、荷物をまとめやなあかんな。」

 

迦具土神と別れた後、炎次郎は武蔵坂学園へ行くために荷物をまとめていた。そこへ、ちょこちょこと霊犬がやってきた。

 

「おー、来たか犬。って、犬では何か可哀想やから名前つけたらんとな…何がええやろ?」

 

すると、炎次郎の部屋の本棚から1冊の本が落ちた。その本は『古事記』と書かれていた。

 

「あっ、古事記や。そういえば、おかんがよくガキの頃にたくさん神話を教えてくれたな…。あかん…また涙が出てきた…」

 

そのとき、たまたま開いた項に書かれていた神様の名前が目に入る。それは軍神と呼ばれ、人々に信仰されてきた神『建御名方神』である。

 

「おっと、霊犬の名前決めやな。せやな、武勇の神、タケミナカタ神から名前をいただいて…『ミナカタ』にしよかな。今日からお前の名前はミナカタや!どうや、強くなるためには縁起の良い名前やろ?」

 

炎次郎は霊犬のミナカタを撫でる。すると、ミナカタは突然鉛筆を口に咥え、炎次郎のノートに何と文字を書き始めた。

 

(よろしく)

 

「すごいな…さすが神に仕える守護獣の子供だけあるわ。どれくらい文字が書けるんや?」

 

再び、ミナカタは鉛筆を走らせる。

 

(かんたんなものなら)

 

「見たところ、ひらがなしか書けやんみたいやけど、それでも十分すぎるほど賢いなあ!」

 

(ありがとう)

 

炎次郎とミナカタは2人で微笑み合った。

 

 

 

 

 

それから京都から新幹線に乗り、東京都は武蔵野市にある『武蔵坂学園』に炎次郎は編入することになった。いろいろな手続きを済ませたあと、炎次郎は少し散歩に行くことにした。

 

「へえ、ここにも神社があるんやな。」

 

鳥居をくぐるとそこに可愛らしい金髪の巫女服を着た少女がいた。おそらく、この神社の巫女であろう。元気良く挨拶してくれた巫女によればここは『水各務神社』と言うらしい。

 

「せっかくやから、御賽銭でも入れてあげよかな。」

 

炎次郎は賽銭を入れ、二礼二拍手一礼した後、ふと、神社の屋根に目をやる。すると何とそこには赤い手ぬぐいを首に巻いた黒装束の男がいた。

 

「か、迦具土命様!?」

 

しかし、その男は一瞬で消えてしまった。炎次郎は再び、柏手を打ち、目を閉じて祈るのであった。

 

(迦具土・炎次郎よ。私はいつでもお前を見守っているぞ。)

 

 

『迦具土・炎次郎の過去』終

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【登場人物設定】

『迦具土・炎次郎』…火の神、『迦具土神』の依代として、人々を魑魅魍魎(ダークネス)から守護する家系に生まれた青年。性格は不器用だが、真っ直ぐであり、正義感は強い。昔は真面目で堅い喋り方だったが、あるとき家族で行った寄席に感銘を受け、自分もやってみたいと思い、今のような冗談を混じえた喋り方になった。しかし、ギャグのセンスは大抵ひどい。特技は大祓などの祝詞の暗唱と長時間の正座。趣味は剣の修行と書道とギャグのネタ作り。

炎次郎は迦具土家で唯一、『神薙使い』のポテンシャルが目覚めず、神降ろしもできないことがコンプレックスであった。事実、親戚や本家の人々の中には炎次郎を蔑む者もいたが、迦具土家は炎次郎を家族として暖かく迎えた。それゆえ、炎次郎は何よりも家族が心の支えであった。あの事件が起こるまでは…。
なお、炎次郎は神薙使いのポテンシャルが目覚めなかった代わりに迦具土神が認めるほど迦具土家で1番炎の火力が強い。( ICV 遊佐浩二さん)



【故】『迦具土・焔(かぐつち・ほむら)』…迦具土家の長女にして炎次郎の姉。ルーツはファイアブラッド、ポテンシャルは神薙使いである。神薙使いとしての神通力や剣の技術はかなり高く、迦具土家から期待を寄せられていた。性格は明るく活発であり、炎次郎と同じく正義感も強かった。特技は神楽舞。

しかし、ルーツなのにも関わらず、ファイアブラッドのサイキックを扱うことが苦手であった。炎次郎が中学3年生の頃、大量発生したイフリートを両親と討伐しに行くが、多数のイフリートを相手にした所為で神通力が尽き、神を降ろすことができなくなる。その際にイフリートの反撃を受け、両親とともに命を落とした。実は死亡する前日、武蔵坂学園からスカウトが来ていた。( ICV 白石涼子さん)





『迦具土神(火之迦具土神)』…『カグツチノカミ』と読む。迦具土家では『カグツチノミコト』と呼ぶが、これは神への敬称『命』と命をかけて迦具土神を降ろして戦うという迦具土家の覚悟を意味する所謂ダブルミーニングである。古事記では伊邪那美命が迦具土神を出産する際に伊邪那美命を死亡させたことから夫である伊邪那岐命に斬り殺されている。しかし、その後蘇り、それ以後、自分が認めた人間達に加護を与えたり、火や鍛治、さらには防火の神として太古の昔から崇めれてきた。

代々自分が認めた血筋に『迦具土』の姓を与え、力を貸していた。文明化が進む中で人々の信仰やダークネスへの危機感が薄れていったために迦具土家が次第に落ちぶれていってもなお、迦具土神は迦具土家を見捨てることはなかった。

そして、イフリートにより炎次郎の家族が死亡したことに責任を感じ、炎次郎の闇堕ちを救い、化身を使って下界に降りて炎次郎を鍛えた。化身の姿は黒装束に首に真紅の手ぬぐいを巻いた忍者を彷彿とさせる服装である。武器は腕から放つ火球と目にも留まらぬすばやい体術。その威力は炎次郎の修行に割り込んできたアンブレイカブルやデモノイドを瞬殺するほど。 ( ICV 中田譲治さん)




『ミナカタ』…炎次郎のサーヴァントである霊犬。命名したのは炎次郎で由来は軍神『建御名方神』からとった。元々は迦具土神を守護する幻獣の子どもであり、迦具土神は守護獣として一人前にするために炎次郎に託した。未熟ではあるが、潜在能力は計り知れないようで、そのことは迦具土神も気づいている。神に仕える獣のため、平仮名だけだが文字も読み書きできる。ただし、熱くなると周りが見えなくなる性格なので、不器用な印象を受けるのが欠点。好きな食べ物は鳥のささみ。





【その他の設定】

迦具土家…『迦具土神』の依代となり、神の加護を受けて戦う退魔の一族。その歴史は古く、奈良時代にまで遡ると言われている。迦具土家の者は皆総じて炎を操ることができるが、神を降ろすことができるのは迦具土家の中でも厳しい修行に耐え、迦具土神に認められた者のみであった。

その家系でイレギュラーな存在となったのが迦具土・焔、迦具土・炎次郎姉弟である。焔は神薙使いの力が幼い頃から覚醒していたため、修行をせずとも生まれつき神降ろしができた。炎次郎は神薙使いの力が覚醒せず、さらに神降ろしができる両親の行った修行を自らも行い、努力を重ねたが一向に迦具土神が炎次郎を認めず、今もまだ神降ろしができないという状態である。


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炎次郎の里帰り

「ここに帰ってくんのも久しぶりやな。」

 

ここはJR京都駅。新幹線から1人の青年が下車する。その青年の名は『迦具土・炎次郎』。炎次郎は正月に武蔵坂学園の寮を出て、里帰りしていた。また、炎次郎の足元には霊犬のミナカタもいる。犬なのにケージに入れてなくても咎められないのはバベルの鎖のおかげであろう。

 

炎次郎はしばらく無言で駅を出て、バスを乗り継ぎ、都会から離れた山あいの土地にやってきた。周りには緑が広がっていて、いかにも田舎のように見えるが、ここはまだ京都である。

 

「本家の人らにも一応、新年の挨拶してかんとな。あんまり行きたないんやけど。」

 

炎次郎はミナカタを連れて、山のすぐ麓にある大きな社に向かう。厳かな佇まいはこの土地で一番の存在感を放っていた。しばらく歩くと社の鳥居が見えてきた。鳥居の前に巫女服の女性がいた。

 

「あー、新年あけましておめでとうございます。」

 

炎次郎は微笑みながら巫女服の女性に挨拶する。

 

「おめでとうございます。」

 

その女性も返事をするが、まるで炎次郎のことを避けるかのようにさっさと社の中へ入って行ってしまった。

 

「あっ。まあええや。こんなん慣れっこやさかいな。」

 

炎次郎は鳥居をくぐり、社の裏に進む。迦具土家は迦具土神をこの身に降ろし、戦う一族である。実は普段は迦具土神を祀る神社に匿われており、生活費等もその神社が負担している。例えると、アルカイダがイスラム教の秘密結社なら、迦具土家は神道の秘密結社と言える。

 

炎次郎は神社の裏のこじんまりとした一軒家に向かう。そして、そこの玄関を叩いた。

 

「誰や?正月早々…お前か。炎次郎。」

 

髭面の中年男性が玄関の戸を開ける。顔は強面でまるである道の人のようだが、白衣(神主服)を着ているためおそらく本家の人間であろう。

 

「本家の方々に新年の挨拶に参りました。」

 

炎次郎の言葉にその男性はフッと蔑むように笑う。

 

「なんや。お年玉でもたかりに来たんか?東京の学校へ行った思うたら、わざわざここまで帰ってきて。ご苦労なこった。」

 

「新年あけましておめで…」

 

だが、そう言いかけた炎次郎の言葉を遮るように男性は続ける。

 

「お前の姉はほんまに立派な娘やったわ。せやけど、何でこっちの出来損ないの方が残ってしもうたんやろな。」

 

この男性は新年会か何かで酒に酔っているだけなのかもしれない。しかし、炎次郎にとってはとても胸に突き刺さる皮肉であった。

 

「ほんまの家族やないくせにでっかい面しよってまあ。別にお前は懇親会には呼んでへんよ。さっさと去ねや。」

 

それだけ吐き捨てるとその男性はピシャリと扉を閉めた。炎次郎はため息一つつき、今度はかつて、炎次郎一家が住んでいた家に向かう。移動するとき、本家の人々の話し声が聞こえてきた。

 

「なあ、誰が来たんや?」

 

「あいつや。迦具土・炎次郎。もう面倒いから追い返したったわ。」

 

「それがええ。言うなれば奴は迦具土家の恥や。まったく、本家の当主様と焔ちゃんで神降ろしできる人が2人もおって、迦具土家始まって以来の快挙や思うた矢先になぁ。本家の当主様が神降ろしできたからええけど、仮に焔ちゃんしか神降ろしでけへんかったら、迦具土家存続の危機やったで。」

 

「いっそあいつの方が焔の代わりに…」

 

炎次郎はそれ以上、話に耳を傾けることはしなかった。

 

「こんな罵詈雑言、聞いててもしゃあない。」

 

炎次郎は窓からかつては自室だった部屋を覗き見る。そこにはたくさんの儀式、祭式の道具が置かれており、もう当時の面影はほとんどなかった。

 

次に視線を向けたのは隅に松の木が植えてある庭である。そこは炎次郎の思い出の場所でもあった。

 

「ここか。よう姉貴に剣術の稽古つけてもろてたわ。懐かしいなぁ。」

 

ちょうど、炎次郎は10年前のことを思い出す。

 

 

 

 

「もー、またうちに刀弾かれとるやん。炎次郎、あんた女の子に負けとったら恥ずかしいで?」

 

「せやかて、姉ちゃんは強いもん。姉ちゃんやったら男にも普通に勝てるって。」

 

「うちより強い人なんて山ほどおるよ。それに、炎次郎。あんた、何でうちを狙わへんの?」

 

「例え木刀でも姉ちゃんに刀向けるんは気が引けるんや。それに剣術なんか鍛えんでも迦具土命様がお力貸してくださってすぐに敵を倒せるやろ?」

 

「あほ。迦具土命様をこの身に降ろすまでの時間はどうするん?それに神様はいつでもお力貸してくださるわけじゃないんよ。そん時はうちらの力で戦わなあかんのよ。情に脆いんは悪いことやないけど、情けをかけすぎんのはやめたほうがええんよ。」

 

焔の毅然とした姿勢に幼い炎次郎は返す言葉もなかった。

 

「あ、そろそろ舞の時間やわ。じゃあ、今日の稽古はここまで!」

 

焔は木刀を片付ける。

 

「姉ちゃんは舞が上手やから本家の人によう呼ばれるなぁ。」

 

「ほな、行ってくるから炎次郎は家で待っとりなよ。」

 

「へーい。」

 

 

 

 

 

炎次郎は感傷に浸りつつ、こう考えていた。

 

(もし、姉貴が武蔵坂に入学しとったらどうなっとったやろな。)

 

次は宝物庫に足を運ぶ。真っ白な壁に藍色の屋根。歴史を感じさせる倉であった。扉は頑丈な錠前で止められている。

 

(まあ、ここはあからんし。外から見るだけでええかな…)

 

だが、そう考えて引き返そうとしたとき、突然宝物庫の錠前が外れ、扉が開いた。

 

「ええっ!?中に誰かおったん?」

 

「久しぶりだな。迦具土・炎次郎。」

 

宝物庫の中から現れたのは黒装束に赤い手ぬぐいを首に巻いた…そう『火之迦具土神』の化身である。

 

「迦具土命様!これは無礼な口を…」

 

炎次郎は即座に跪く。

 

「おもてを上げよ。さて、少し驚かせてしまったか。何せ、私は宝物庫に気になる物を見つけてな。」

 

「驚くなど、滅相もございません。しかし、差し出がましいですが、『気になる物』とは何のことでしょうか?」

 

「うむ。まずは宝物庫に入ってほしい。」

 

迦具土神に言われるまま炎次郎は宝物庫に足を踏み入れる。迦具土神に案内された場所には布で包まれた長い何かと、一冊の本が置いてあった。

 

「迦具土命様、これは一体…」

 

「迦具土・炎次郎よ。この書物を手に取れ。そこには迦具土家の根本が書かれている。」

 

炎次郎は書物を手に取り、そっと開く。そこには毛筆で書かれた文章と一枚の写真が挟んであった。

 

「この写真は…」

 

「『迦具土・剛蔵(ごうぞう)』。お前の曽祖父だな。」

 

着流しに日本刀を差したその姿はどことなく炎次郎に似ていた。

 

「だが、炎次郎。よく見てみろ。その写真の下には何と書いてある?」

 

炎次郎はきょとんとした表情で曽祖父の写真の下を見やる。そこには…

 

「『縣・剛蔵』…?嘘や…ひいじいちゃんは『迦具土』やなかったんか…?」

 

「ならば、私が説明してやろう。お前の根幹にも関わる、曽祖父の話を。」

 

 

 

『迦具土家』はその歴史は古く、奈良時代から秘密裏に存在した一族である。火の神『火之迦具土神』をこの身に降ろし、聖なる炎によって、異形の存在を焼き尽くしたり、大きな病を浄化したりと様々な奇跡を起こしてきた。

 

その『迦具土家』の分家であった『縣(あがた)家』は迦具土家に仕え、さらには神の炎が暴走するようなことがあれば命をとして本家を守るという使命があった。

 

しかし、時は明治を迎えた頃、迦具土家の次期当主として期待されていた長男が病死、次男は家族との諍いで家出し、家出先でイフリートに殺された。

 

これで神降ろしできる者がいなくなり、迦具土家は存続の危機にさらされた。しかし、分家である縣家の当主『縣・剛蔵』が迦具土家を救うために神降ろしの修行を開始し、厳しい修行の末、ついに迦具土神の依り代となることに成功したのである。

 

 

 

 

「その後、私が本家の人間の夢枕に立ち、『縣家を迦具土家に迎え入れよ』と告げた。こうして、縣家は迦具土家の義理の家族となり、姓も『迦具土』となったのだ。」

 

「それで、その後は…」

 

「ああ、後はお前の知る通りだ。祖父も父親も神降ろしができた。だが、剛蔵も含めたその3人には、ある共通点があるのだ。それは…全員イフリートに命を奪われていることだ。」

 

「なんですって!?」

 

「お前の曽祖父も祖父も父親も皆、子を授かった後にイフリートに殺されている。さらにお前の母親も父親と共に修行を行ったため、神降ろしができた。ゆえにイフリートにより2人とも命を落としている。縣の血筋の人間は灼滅者である素質があったのだ。しかし、完全に目覚めたのは焔、そして、炎次郎、お前だ。イフリートは潜在的な灼滅者の素質を本能的に見抜いて、元は縣家の者を手にかけたのだろう。」

 

そのとき、炎次郎は本家の人が言っていた言葉を思い出す。

 

(ほんまの家族やないくせにでっかい面しよってまあ…)

 

「そうか。俺は元々は迦具土家やなかったんですね。おとんもおかんも姉貴も…せやから、俺は神降ろしができんから本家の人から邪険に扱われとったってことなんですね。」

 

「私もこの決断に踏み切るまでは実に迷った。しかし、迦具土家を私は存続させたかった。『火之迦具土神』である私をただ、祭り上げるだけでなく、真摯に付き合うことのできる人間がいることが、私は幸せだった。」

 

おそらく、本家の人々は分家である縣家の人間が神降ろしができることを妬ましく思っていたことだろう。ゆえに炎次郎の家族に風当たりがきつかった。しかし、炎次郎はどこか本家の人々を憎めなかった。本家の人々は炎次郎の姉には優しかったからだ。

 

「姉貴はほんまに本家の人に大切にされとったでな。憎むに憎み切れへんわ。」

 

「縣・炎次郎…いや、迦具土・炎次郎よ。このような劣悪な環境であるが、これからも死んだ家族に、縣の血筋に恥じない生き方ができるか?無論、私は拒否されても仕方ないと思ってはいる。」

 

「いや、俺は全部を護ります。本家の人が俺を嫌っとったとしても、姉貴にとっては心の拠り所の1つやから。護る理由はそれだけでいいです。他にも武蔵坂学園の仲間も友達も皆、俺が護る。それを今、迦具土命様の前で誓います!」

 

「よく言った。では、その決意を祝い、これをやろう。」

 

迦具土神は布に巻かれた長い物を炎次郎に投げ渡す。

 

「おっと!?これは一体…錫杖…?」

 

布を解くとでてきたのは金色で先の鋭利な錫杖であった。

 

「何でこんな物がうちの宝物庫に?」

 

「うむ。これはかつて、明治の時代『廃仏毀釈』が広まっていたころにとある寺院が破壊されたことがあった。その後、その寺院の住職と思われる僧兵が逆恨みに任せて京の神社を無差別に襲撃する事件があった。そのときに迦具土家を匿う社も襲われたが、縣・剛蔵がその僧兵を返り討ちにし、放免すると引き換えに僧兵から取り上げたものだ。以後、その錫杖はずっと宝物庫に保管されていたのだ。」

 

「じゃあ、これはひいじいちゃんの形見…」

 

「しかし、私はあることに気づいた。それはこの錫杖が殲術道具として使えることだ。炎次郎よ。これをお前に授ける。お前の新たな力となるだろう。受け取れ。いつまでも装飾品にするより、これを武器として使った方が、剛蔵も喜ぶであろう。」

 

「こ、こんな立派な物を…ありがとうございます!」

 

それから炎次郎は錫杖を布に巻き、背中に担ぐ。

 

「さて、私は帰るとするか。迦具土・炎次郎。私はこの国の平和は灼滅者に賭ける。では、さらばだ。」

 

そう言い残すと迦具土神はすうっと消えた。

 

 

 

 

 

炎次郎はこっそりと社を抜け出し、帰路に着いていた。

 

「とりあえず、錫杖を無断拝借したことはばれやんだみたいやな。さあ、俺も帰るか。皆が待ってる学園へ…。」

 

炎次郎の顔を見上げるようにミナカタが視線を向ける。炎次郎はそんなミナカタにふっと微笑みを返した。

 

 

 

 

 

「なあ、姉ちゃん。俺、これからどうすればええかな?迦具土命様に聞いても教えてくれへん。」

 

「それは神様でも決められへんことやよ。そんなことは自分で考えて決めることや。」

 

 

『炎次郎の里帰り』終

 




【設定解説】

金錫…炎次郎の曽祖父『迦具土・剛蔵』が僧兵と戦って手に入れた錫杖。真言を詠唱するとサイキックが強化される。一応、真言を詠唱しなくてもサイキックは使えるが、威力は弱い。

縣家…『迦具土家』の分家であり、代々迦具土家に仕えている。主な役割は迦具土家の人間の秘密を守ったり、迦具土神の力が暴走した際に命をかけて止めるというもの。しかし、縣の血筋は迦具土神が本編で説明した通り義理の家族として迦具土家に迎え入れられたため、実質途絶えている。


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炎次郎とおっさんとオグン神

ある日、炎次郎は下校途中、またあの人物に出会った。

 

「おーい、坊主!今日もいい品入ったんだ!見にきてくれよ。」

 

「また、あんたか。『何でも屋のおっさん』」

 

何でも屋のおっさんは文字通りいろんな物を売っている中年男性である。頭に鉢巻、鼻の下にはちょび髭という外見のおっさんである。

 

「いつも贔屓にありがとう。だからな、今日は君が好きそうな商品を持ってきたよ。」

 

「あのなあ…エコカーと偽った人力車といい、適当なマッサージチェアの設計図といい…ええ加減にせいや!インチキなもんばっか売りつけよって、もう買わへんからな!」

 

炎次郎は大学生になったら車が欲しいとボヤいていた時や、琥珀館の温泉施設にマッサージチェアが欲しいとつぶやいていた時など困ったタイミングでなぜか現れるおっさんに上記のような商品を買わされていたのである。

 

「まあまあ、今までのことは水に流して、この商品を見てくれよ。これは外国から仕入れたんだ。」

 

炎次郎はしぶしぶおっさんが差し出した物を見る。それは赤黒い指輪だった。

 

「何か禍々しい指輪やな。」

 

「ふっふっふ。君、呪術とかに興味はあるかい?これはブードゥー教の呪術道具さ!」

 

「ブードゥー教?」

 

ブードゥー教といえば、ベナンやハイチ、ニューオリンズで信仰されている宗教である。ロア(Loa)と呼ばれる多数の神的存在に対する信仰と憑依を伴う儀礼が 特徴である。

 

「この指輪にはね、ブードゥー教の火の神『オグン』様の御加護が込められているんだ。君が信仰している火之迦具土神様と似ているからぴったりだと思うよ。」

 

「ほんまかいな…。ちなみに値段はなんぼなんや?」

 

「そうだね。この指輪とブードゥー教の呪文を記した経典も付けて…ジャン!2000円のご提供!」

 

「あらま…わざわざ外国から仕入れたにしては意外と安いなぁ。」

 

「どうするんだい?このチャンスを逃せばもう二度と手に入らないかもしれないよ?買わない後悔より、買う後悔だ、さあ、買って買って!」

 

炎次郎は一応、興味がある分野の商品に少し悩む。そして、炎次郎の決断は…

 

「わかった。そんなに安いならもろとくわ。ただし!パチモンやったら次はただじゃおかんからな!」

 

「はいよ。毎度ありー!」

 

炎次郎から2000円を受け取るとおっさんは風のような速さで去って行った。

 

 

 

 

 

翌日、炎次郎は指輪をはめ、経典をパラリと開く。

 

「ほんまにオグンの加護が込められとんのか?まあ、騙されたと思ってやってみるか。」

 

炎次郎はとりあえず合掌し、経典にある呪文を唱える。オグン神が現れる光景をイメージしながら。

 

「アデ、デュイ、デンベラ、アデ、デュエ、ダンバラ…」

 

なぜか呪文はカタカナに音だけ訳されていた。それだけでも十分胡散臭いが、炎次郎は馬鹿正直にもその呪文を詠唱する。すると、信じがたいことが起きた。

 

突如、指輪から火が吹き出る。そして、火がどんどん大きくなり、まるでローマの兵隊のような姿の人型に火が形づくられた。

 

「我が名はオグン…我を呼び出したのは貴様か?むっ、貴様っ!」

 

「ひいっ!?」

 

突然、目の前に現れた『オグン』と名乗る何かは炎次郎を怒鳴りつけた。

 

「なぜ我への信仰がないくせに我を呼び出した!?我を冒涜したならば、焼きつくして…む?貴様、その内に秘めたる力は何だ?」

 

どうやらオグンは炎次郎のサイキックを感じ取ったようだった。

 

「くははは!貴様の中から面白い力を感じる。我を呼び寄せることができたことにも合点がいく。よかろう。我の加護を与えてやる。ありがたく受け取れ。」

 

オグンは小さな火球を飛ばし、指輪に染み込ませた。すると、炎次郎の身体にある異変が起きた。

 

(なんや…これは…!?力がこみ上げてくる…!)

 

そんな炎次郎の反応を見て、オグンは得意げに言い放つ。

 

「貴様に眠る闇を少し強化した。貴様はどうやら内に闇を秘めているようだ。ならば、この我がその力を封じる扉を開く鍵となってやる。それが貴様に与えた加護だ。」

 

「内に秘めたる闇…ダークネスのことでっか!?」

 

しかし、オグンは炎次郎の質問には答えず、そのまま天高く昇って行く。

 

「さらばだ。もう会うことはなかろう。貴様は果たしてどちらなのだ?正か、邪か。」

 

「それは…」

 

やがて、オグンは完全に見えなくなる程、高く昇って行った。

 

 

 

 

「あとで調べたけど、これは『契約の指輪』っていう殲術道具やったわ。ブードゥー教の呪術道具か。また、覚えなあかんことが増えた。まあええわ。神道も、仏教も、ブードゥー教も全部俺の力に変えてやるで!」

 

そのような決意をした頃には、あの何でも屋のおっさんのことはすっかり忘れていたのであった。

 

 

『炎次郎とおっさんとオグン神』終

 




【設定解説】

何でも屋のおっさん…本名は不明の古今東西、さまざまなアイテムを販売しているおじさん。しかし、大半の商品はポンコツな物か、すごいように見える偽物である。だが、後述する契約の指輪のように本当に使える物もある。歳は48歳。なぜか足がめちゃくちゃ速いが、本人曰く、非売品の『高速で走れる靴』を履いているかららしい。( ICV 大塚芳忠さん)

Ogun…何でも屋のおっさんから買った指輪。しかし、その実体は殲術道具で、ブードゥー教で信仰されている火の神『オグン』の加護により、一時的にイフリートの力を引き出せる代物。おっさん曰く、現地では儀式で使用される呪術道具だったらしい。もちろん、強いサイキックを放つには呪文を詠唱する必要がある。

ソーンブレード…KHDの部長『若紫・莉那』にホワイトデーにプレゼントした無敵斬艦刀。刃にルーン文字が書かれた大剣。おっさん曰く、大昔にイギリスの凄腕の魔法使いが刃に何かすごい魔法を刻み込んだ剣らしいが、真偽は不明。ちなみに『ソーン』とはルーン文字の文字列の6番目以降の文字のこと。やはり、ネーミングセンスからも怪しさが満点の一品である。


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新たな力、処刑人の剣

(契約の指輪はまさかの本物やった…。あのおっさんの持ってくる商品はたまに当たりがあるな…)

 

数日前、オグン神の加護を持つ指輪を何でも屋のおっさんから買い取った炎次郎。何でも屋のおっさんの商品は大概偽物のインチキ商品が多いのだが、前述した指輪は本物であり、殲術道具として普通に使用できたのである。

 

(せやかし、武器はいいとして、最近はきな臭い話が彼方此方から聞こえとる。斬新社長のラグナロク計画とか…)

 

珍しく頭を捻る炎次郎。情勢について考えるようになったのも、少し成長した所以かもしれない。だが、そのときであった。

 

「おーい、炎次郎ちゃん。久しぶりだな。どうだい?今日も商品見ていかないか?」

 

すると、また聞き覚えのある軽薄な声が聞こえた。そこにいたのは炎次郎になぜかいろいろな商品を売りつけるインチキ商人、通称『何でも屋のおっさん』である。

 

「またあんたか、おっさん。今日は何の用やねん。」

 

「君!今、君は強くなりたいと思っているんだろう?いや、そうに違いない!そんな君にぴったりの商品をフランスから仕入れてきたんだ。」

 

冷めた炎次郎の台詞も物ともせず、ハイテンションでおっさんは何か布に包まれた長物を差し出す。炎次郎はそっと布を捲る。そこには物々しい装飾が散りばめられた西洋の剣があった。

 

「ふーん。見てくれは結構上物に見えるな。この剣はいったい何なんや?」

 

「これは『エクゼキューショナーズ』。中世ヨーロッパで神の名のもとに上流階級の貴族の罪人を処刑したとされる曰くのある剣さ。きっと、たくさんの高貴な人物の首をはねてきたんだろうね。」

 

「おっさん。悪いけど俺はそんな武器は興味ないわ。だいたい、切っ先の丸い剣なんてカッコ悪いし…」

 

しかし、おっさんはその言葉を待ってましたと言わんばかりに得意げな顔で続ける。

 

「ちっちっちっ。これはね、実は表向きは鑑賞用の剣なんだ。だがしかし!私の持っているこの書物。これが何だかわかるかい?これは『カトリック教の鎮魂歌』が載っている本さ。」

 

『鎮魂歌』といえばカトリック教において死者の安息を神に願う賛歌のことである。しかし、なぜそのような書物を一般人である何でも屋のおやじが持っているのだろうか。

 

「これはエクゼキューショナーズを仕入れた場所でこの剣と一緒にもらったんだ。おそらく写本だろうけど、内容はちゃんとしてるよ。それで、この鎮魂歌の歌詞を唱えるとこの剣が不思議な反応を示すんだ。どうだい?今回はこの2つセットで2万円で売ってあげよう!」

 

炎次郎は少し迷っていた。確かに胡散臭いのだが、カトリック教という未知の分野に興味を惹かれたからだ。そして、暫し考えた結果、炎次郎は答えを出す。

 

「分割払いでええか?」

 

「えー、本当は一括がいいけど君はお得意様だしね。特別に分割にしてあげるよ。じゃあ、1000円の20回払いね。あと、写本は返品不可だから。これ、持ってるだけでなぜか気分が悪くなるんだよ。」

 

炎次郎はおっさんからエグゼキューショナーズと鎮魂歌の書かれた写本を受け取った。1000円をおっさんに手渡す。これから月1で払っていくと約束した。

 

おっさんが去っていったあと、炎次郎はエクゼキューショナーズを手に取る。そして、振り上げてその辺りの木を斬ってみた。すると、木がすっぱりと斬れて倒れた。

 

「どうやらこれは本物みたいやな。この剣はおそらく殲術道具で言うところのクルセイドソードやな。よし、新たな力を手に入れたさかい、今から帰って特訓や!」

 

そして、炎次郎は写本をペラペラとめくりながら帰路に着くのであった。

 

 

 

 

「しかし、仕事とはいえ、カトリック教の道具を運ばなきゃいけないとはね…はあ、あれの買い手がついて良かったよ。持ってるだけで吐き気がして仕方ない…」

 

炎次郎にエクゼキューショナーズを売りつけたおっさんはふらふらとおぼつかない足取りで歩く。だが、そのとき、目の前に何かが何の前触れもなく突然現れた。

 

「貴様…殲術道具を灼滅者に売るとは何が目的だ?」

 

おっさんの目の前には黒装束に赤い手ぬぐいで口を隠す…そう『火之迦具土神』がいた。

 

「わっ!?貴方は…何者ですか?近づくだけで肌が焼けそうだ…」

 

「私は…そうだな、『神』と言えば信じるか?」

 

おっさんは下を向いてしまう。しかし、何とそのおっさんの顔は笑っていた。

 

「くふふ…はっはっは!何だ貴方でしたか。まだ神様ごっこしていたんですか?これはこれは…。」

 

「人間よ。何がおかしい。」

 

迦具土神はおっさんを睨みつける。今にも襲いかかりそうな雰囲気だ。

 

「神様。もうそろそろ楽になさればどうですか?それとも…『彼』にバレてしまうことを恐れているのですか?」

 

「貴様…これ以上喋るな。灰にしてやろうか?」

 

迦具土神は徐々に掌に炎を集めている。これでおっさんを焼き尽くすつもりだろうか。

 

「あわわわわ!お、落ち着いてください。その代わりいい情報を提供しますから。」

 

「ほう、何だ。言え。」

 

おっさんは揉み手をしながら迦具土神に話す。

 

「『迦具土・炎次郎』に新たな殲術道具を与えました。これで彼はまた強くなりましょう。貴方の計画通りに。」

 

すると迦具土神は掌の炎を消した。まるでおっさんを許したように。

 

「なるほど。あの忌々しい『奴』に対する武器として、迦具土・炎次郎は順調に育っているようだな。」

 

「はい。それが貴方との約束ですから。ですが、本当に彼でいいのでしょうか?」

 

「迦具土家の者は私を崇めて奉っている。少なくとも利用し易い人材だ。何、迦具土・炎次郎が駄目になればまた迦具土家の者から誰か引っ張ってくれば良い。『奴』を倒すための武器とするためにな。」

 

迦具土神は目を細めて口に巻かれた手ぬぐいの下で口を歪める。一方の向かい合うおっさんはにんまりと笑っていた。

 

 

 

 

 




【武器設定】

エクゼキューショナーズ…中世ヨーロッパで神の名のもとに上流階級の貴族を斬首刑に処す際に使われたと言われる剣。一見は鑑賞用っぽいが立派な殲術道具である。また、カトリック教の鎮魂歌を詠唱するとサイキックが強化される。


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迦具土家の歴史(設定)

迦…神… 著 1…0…年 作製 この…文…あくまで…すぎない…私は…隠し…秘密…火之…シャ…イフリートである…礼を言う。

(ところどころ文字が擦れている)


【迦具土家の歴史】

 

ときは奈良時代。ある2組の男女が火を操り、その火はあらゆる事象をあるときには焼き尽くし、またあるときには浄化するという奇跡的なものであった。

 

その力を『火之迦具土神』の力と信じた人々はその男女を神の依り代と崇めた。やがて、2人は結ばれ、夫婦となる。その際、彼らは神を降ろすことが可能になり、神の声を聞くことができた。そして、火之迦具土神から名を与えてもらい、自らを『迦具土』と名乗る。その後は人々の信仰も広がり、一時期、迦具土家の当主は教皇のような扱いを受けたことものあった。その際、親戚である『縣家』も迦具土家を守護する役割を担うこととなった。

 

しかしその数年後、迦具土家に災いが降りかかる。迦具土家の発端となった当主とその妻が子を産んだ後、何者かに殺害された。その後も迦具土家に名を連ねる者は次々と命を落としていった。それは後に『イフリート』と呼ばれるダークネスの仕業である。一応、迦具土家の中には自らの火を操る力でイフリートを倒した剛の者もいたが、大抵はイフリートの猛攻の前に敗れ、死亡する者がほとんどだった。

 

そこで火之迦具土神と迦具土家の人間を崇め奉る人々はイフリートから迦具土家を隠すために迦具土家の人間を中心とした秘密結社を立ち上げた。その組織は京都のある社に匿われ、これを境に日本の表舞台から迦具土家は姿を消した。ちなみに組織の人間の9割はただ火之迦具土神と迦具土家を崇める一般人である。つまり、組織の人間すべてが特殊な力を使えるわけではない。

 

秘密結社となった迦具土家は以前よりはイフリートによる被害は減ったものの、やはりイフリートの襲撃は終わることはなく、戦いを避けることはできなかった。

 

以上が迦具土家に伝わる古文書の内容である。しかし、これは不確かな部分が多く、所謂伝説やお伽話の類いとも言える。そして、現在は『火産霊の会』などと呼ばれ、京都で細々と存在が噂される秘密結社となった。その実体や具体的な活動を知る者はこの日本には組織に属する人間以外、誰もいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、迦具土家の人間や結社のに所属する人々の信じているものは果たして正しいのだろうか…。神の力と信じているものはサイキック、いや、ダークネスが影響している可能性も十分あり得る。神の力=サイキックと考えれば辻褄が合う部分も多い。真実はどちらなのか。この考察を続ければきりがないので、歯がゆいがこの言葉で締めさせていただこう。

 

『真実は神のみぞ知る』



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