IS~無い物だらけの物語~(休載中) (大同爽)
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第1話 廊下は走らない

どうもはじめまして。初の二次創作です。誤字脱字駄文等々ありますでしょうが、ご了承ください。


 静かな廊下を俺は歩いていた。二人分の足音が廊下に響いている。たいして大きくないはずの足音も静かな廊下では大きく聞こえる。

 

「どうだ?今の気分は」

 

 俺の前を歩いていた女性が足を止めることなく少し振り返って言った。

 黒のスーツにタイトスカート、すらりとした長身、よく鍛えられているがけして筋肉質ではないボディライン。狼を思わせる鋭い釣り目の女性―織斑千冬、これから俺の担任となる女性だ。と言っても初対面ではなく、二か月ほど前から毎日顔を合わせている。

 

「ヨ、ヨユウデスヨ」

 

 あ、声が裏返った。

 

「緊張しているようだな」

 

 織斑先生が口の端に笑みを浮かべながら言った。

 

「…緊張って言うより不安です。いきなりでちゃんと仲良くやっていけるか」

 

「安心しろ。どうせ今日は入学式だ。ほとんどの人間は確実に初対面同士だ。そこに一人増えたからと言ってどうということはない」

 

 そう。今日はこのIS学園の入学式。俺はその1年1組の生徒となる。今は本当ならどこも教室でSHRを行っているだろう。俺と織斑先生はそんな中、自分たちの教室へと向かっている。なぜ俺と織斑先生は今、入学初日の最初のSHRで明らかに遅刻というような時間に教室に向かっているのか。それは、ある大きな二つの理由が原因である。

 

 

 IS、正式名称「インフィニット・ストラトス」は宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォーム・スーツであった。しかし、従来の兵器を凌駕する圧倒的な性能を持ち、宇宙進出よりも飛行パワード・スーツとして軍事転用が始まり、各国の抑止力の要がISに移っていった。そして、今は”スポーツ”として落ち着いているらしい。

 そして、ISの最大の特徴、それは女性にしか扱えないということだった。つまりIS操縦者の数=その国の戦力に近い今、各国は女性優遇の政策を行い、それが原因でISの発表から十年たった今、この世界は女尊男卑の世の中になってしまったらしい。

 しかし、そんな世界で男でありながらISを起動することができたものが現れた。「織斑一夏」俺と一緒に歩いている織斑千冬の実の弟である。

 そしてもう一人、俺―梨野航平である。

 ISを男でありながら動かすことができる。そのためほぼ女子校であるIS操縦者育成用の特殊国立高等学校であるこのIS学園に俺が今ここにいるのである。

 

 

 しかし、織斑一夏は今ここにはいない。今頃1年1組の教室でSHRを受けていることだろう。なぜ同じ男性操縦者であるはずの俺が廊下を歩いていて、織斑一夏が教室でSHRを受けているのか。この違いはもう一つの理由が原因である。

 簡潔に言えば、俺、梨野航平には二か月前以前の記憶がないのである。

 

 

 俺の一番古い記憶、それは倒れている俺に呼びかける声である。

 二か月前、二月の上旬の早朝、学園の端っこの海辺で散歩中の用務員の男性に発見された。発見当時、男性の呼びかけに小さく反応を示したらしいが、またすぐに意識を失い、意識を取り戻したのはその一週間後だった。

 発見当時の俺は、右肩から左の脇腹まで切り裂かれており出血多量と、どこからか流れ着いたのか長時間冷たい海水につかっていたことによる体温低下で虫の息だったらしい。

 しかし、幸運にもその用務員の男性の応急処置が適切だったこととこのIS学園に置かれていた医療機器の高性能さにより一命を取り留めた。

 その後目覚めた俺は自分の名前や自分の家など今までの記憶すべて、またあれは何これは何といった知識の一部をなくしていた。

 記憶喪失の原因やその他体の検査を行っていく段階でなぜか男でありながらIS適性があり、しかもそれがとても高いことが判明した(当時の俺はISのことも分からなくなっていたためそれがとんでもないことだとは知らなかった)。

 記憶もなくIS適性もあるのでIS学園で保護するということになりかけたところで、一つ問題が発生した。それは俺の過去や素性がわからないということである。どこの馬の骨とも言えない俺に各国からの何かしらのアクションがあることを警戒したIS学園は織斑一夏のほかに男性操縦者の発見を発表。その後素性などの一切の情報を開示しなかった。どのクラスに所属になるのかも入学式当日に学園長の口からクラス担任に通達されるまで誰も知らないという、やりすぎなほどの警戒をしていた。

 結果今の現状に至るわけである。

 

 

「やっぱり俺が1年1組なったのって同じ男の操縦者の織斑先生の弟がいるからですかね?」

 

 歩きながら俺は質問する。

 

「さあな。最終的な決定は学園長だ」

 

 織斑先生は前を向いたまま歩いている。

 

「そういえば、髪、切らなかったんだな」

 

 唐突に織斑先生が言った。

 そう、俺の髪は男にしては長い。長すぎるくらいである。金髪の髪(染めていない)を腰のあたりまで伸ばしている。発見当初からこのくらいの長さだったらしい。

 

「悩んだんですがやめました。これもある意味前の俺の手がかりかもしれないんで」

 

「そうか。まぁ好きにすればいい。特に校則で決まっているわけでもないしな」

 

 前髪をかき上げながらはにかむ俺に織斑先生は口の端に笑みを浮かべて言った。

 

 

 ○

 

 

「さて、着いたぞ」

 

 廊下を歩く長い旅(この学校広すぎる)も終わり、俺たちは1年1組と書かれたプレートの掲げられた教室の前に来た。

 中では自己紹介の途中なのか生徒たちが一人づつ立ち上がり自分のことについて話している。

 

「織斑くん。織斑一夏くんっ」

 

「は、はい!?」

 

 そんな中順番が回ってきてもなかなか立ち上がらなかった最前列&真ん中の席の生徒が副担任の山田真耶先生(この人ともそれなりに顔を合わせている)に名前を呼ばれ驚いたように声を裏返らせ返事をした。

 

「あ。あれが先生の弟さんの織斑一夏くんですか」

 

「まぁな」

 

 二人で見つめる先では織斑が立ち上がり後ろを向く。すると顔が一瞬ひきつる。どうでもいいが先生も織斑だからややこしいな。

 

「どうしたんでしょう?」

 

「おそらく予想以上に注目されていて少し押されたんじゃないのか。この学校にはお前とあいつしか男子はいないしな」

 

「なるほど」

 

 織斑先生の説明に納得する。

 

「他人事のように言っているがお前もこの後あれらの前に立つんだぞ」

 

「あ!そうだった」

 

 織斑先生の言葉に自分も当事者であることを思い出す。と言うか先生?今自分の受け持つ生徒をあれって言いませんでした?

 

「よし、あいつの挨拶をお手本にしよう」

 

 そう言いながら俺は織斑にさらに注目する。

 

「………」

 

 織斑先生も黙って見ている。

 

「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

 そう言って、織斑は頭を下げて、上げる。しかし、教室の中はそれでは物足りないようである。教室の中は『もっと色々喋ってよ』的な視線や『これで終わりじゃないよね』的な空気になっていた。たぶん当事者である織斑には相当な緊張感だろう。

 そんな中織斑が呼吸を一度止め、息を吸い込む。何か言うらしい。クラスの期待が膨らむのがわかる。

 

「以上です」

 

がたたっ。思わずずっこける女子が何人かいた。ちなみに俺も若干力が抜けた。

 

「まったく…」

 

 横を見ると織斑先生が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

「ちょっと待ってろ。あのバカに教育してくる。呼んだら教室に入ってこい」

 

 そう言って織斑先生は教室に入っていく。

 織斑は『駄目だった?』とでも言いたげな顔でクラスメイトの顔を見渡している。どうやら背後から近付いていく織斑先生には気づいてないようだ。

 パアンッ!

 あ、叩いた。

 

「いっ――!?」

 

 織斑が頭を押さえている。あれ痛いんだよな~。前に叩かれたことあるけど涙出たもんな~。

 

「げえっ、関羽!?」

 

 パアンッ!

 あ、また叩いた。

 

「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」

 

 へぇ~、関羽って三国志の登場人物だったんだ。

 

「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」

 

「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」

 

 うわぁ~。あれが弟を殴った姉と同じ人とは思えないやさしい声だなぁ。

 

「い、いえっ。副担任ですから、これくらいはしないと……」

 

 さっきまで涙目だった山田先生が若干熱っぽい声と視線を向けて答えている。あ、はにかんだ。

 

「諸君、私が担任の織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になるIS操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は若干十五歳を十六歳までに鍛えぬくことだ。逆らっても構わんが、私の言うことは絶対に聞け。いいな」

 

 うわぁ~。教師というより軍人のような暴力宣言。

 あんなこと言われたらほかの女子たちは困惑したり不快に思ったり…。

 

「キャーーーーー!千冬様、本物の千冬様よ!」

 

「ずっとファンでした!」

 

「私、お嬢様に憧れてこの学園に来たんです!北九州から!」

 

 してませんでした~!!

 

「あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しくです!」

 

「私、お姉さまのためなら死ねます!」

 

 女子達の声援に、千冬さんはかなり鬱陶しそうな顔で見ている。

 

「……はぁっ。毎年毎年、よくもこれだけ馬鹿者共がたくさん集まるものだ。感心させられる。それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者だけを集中させるように仕組んでいるのか?」

 

 あれ本気で言ってるんだろうな~。と言うか織斑先生ってすごい人気者なんだなぁ。でも、どんな人気もあれだけのことを言われれば少しはさめるかな…。

 

「きゃあああああっ! お姉様! もっと叱って!罵って!」

 

「でも時には優しくして!」

 

「そしてつけあがらないように躾をして~!」

 

 前言撤回。むしろ燃え上っていらっしゃる。

 

「で?挨拶も満足に出来んのか、お前は」

 

「いや、千冬姉、俺は――」

 

 パアンッ!

 あ、三発目。そう言えば頭を叩くと脳細胞が五千個死ぬって何かの本で読んだな。織斑先生の一発ってめちゃくちゃ痛いからその倍は死んでそうだな。

 

「織斑先生と呼べ」

 

「……はい、織斑先生」

 

 さすがに三発は痛かったのか織斑が若干涙目だ。

 

「え……? ひょっとして織斑くんって、あの千冬様の弟……?」

 

「それじゃあ、世界で男で『IS』を使えるっていうのも、それが関係してるのかな?

あ、でももう一人いるらしいし…」

 

「ああっ、いいなぁっ。代わってほしいなぁっ」

 

 教室中で興奮したように色々な会話が飛び交っている。

 

「ほら、静かにしろ。自己紹介がまだ最後までいっていないだろうが、最優先の連絡事項がある」

 

 織斑先生の言葉に教室が静かになる。

 

「今日からこのクラスは30人でISのことを学んでいってもらうはずだったのだが、ここでいきなりだが31人目を紹介する」

 

 織斑先生の言葉に静かだった教室がまた少しざわつき始める。そりゃそうだ。入学式当日にいきなり転校生がやってきたようなものだろう。

 

「おい、入ってこい」

 

「はい」

 

 織斑先生に呼ばれ、俺は大きく深呼吸をする。

 

(ここからが記憶も過去もない俺の新しい生活の始まりだ)

 

 そう思いながら俺は新しい世界へと一歩踏み出した。




読んでいただきありがとうございました。次回は主人公の千冬さん以外との絡みも書きたいですね。


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第2話 自己紹介は気軽に

み~んな~♪
「IS~無い物だらけの物語~」は~じま~るよ~♪


 織斑先生に呼ばれた俺は返事をし、教室に入る。60個の目で穴が開くほど見つめられているのがわかる。教室の中が好奇心の色が満ちていくのがわかる。

 教卓の横まで歩いてきた俺は立ち止まり、クラスメイト達の方に体を向ける。うわっ、すげぇ、織斑はさっきこんな視線にさらされていたのか。って、今は織斑も視線を向ける側か。

 

「いろいろな事情から今日まで詳細な発表をされていなかったもう一人の男性IS操縦者だ」

 

 織斑先生が軽く紹介をし、俺の方に視線を向ける。ここから先は自分でってことですね。

 

「はじめまして、梨野航平です。自分でもなぜかわかりませんが男でISが動かせたのでIS学園に入学することになりました。趣味は読書です。特技は…特技と言えるかわかりませんが体力はある方だと思います」

 

 そこまで自己紹介したところでふと気づく。あれ?俺これ以上自己紹介できることないんじゃ…?

 

「どうした?梨野」

 

 急に黙った俺を不審に思ったのか織斑先生が聞いてくる。

 

「いや…。これ以上言えることないんですけど」

 

「じゃあ、事情のことについても言っておけばいい」

 

「いいんですか?」

 

 IS学園が各国に開示しなかった情報を今ここで言ってしまってもいいんだろうか、と心配に思っていると

 

「いいんじゃないか。今日IS学園側も詳しい事情を各国に開示する予定らしい」

 

「あ、じゃあ大丈夫ですね」

 

 よかったよかった。記憶ないこと黙ったまま過ごすのは大変だろうと思っていたから、少し安心だ。

 

「え~、先ほど織斑先生の言っていた色々な事情についてですが、どうやら言っても大丈夫なようなので話させていただきます」

 

 俺のこの一言で教室内の好奇心がさらに膨らんだように思えた。

 

「え~、実は俺、二か月前より以前の記憶がございません」

 

 ん?なんか教室の空気が変わった?まぁいいか。

 

「二か月ほど前に大けがして倒れているところをここの用務員の方に発見してもらい、一週間ほど生死の境をさまよいまして、ま、何とか生きています。そこから目覚めてみれば名前を含めて自分のこととかいくつかの知識などわからないことだらけになっていました。そのことを含め検査をしたところIS適性が高かったらしくここに入学が決まりました。しかし、記憶が無く、素性も分からないような奴にどこからどんな接触があるかもわからないので、今日まで情報が開示されていませんでした」

 

 なぜだろう、俺が口開くたびに教室の空気が澱んでいく気がする。窓でも開けて空気入れ変えしないとみんな息苦しかろうに。

 

「と言うわけで、これから過ごしていくうえで何か皆さんの常識と違う行動を俺がとっていたときは教えてください。これからよろしくお願いします」

 

 そう言って俺はにこやかに俺は頭を下げ、上げる。

 パアンッ!

 そして叩かれた。痛い。めちゃくちゃ痛い。涙出そう。

 

「痛いです、織斑先生。何するんですか。ただでさえ記憶ないのに数少ない二か月分の記憶までなくなりますよ」

 

 横で出席簿片手に立っている織斑先生に文句を言う。

 

「馬鹿者。言い方を考えろ言い方を。お前の身の上話のせいで全員どう反応していいかわからないと言った顔をしているじゃないか」

 

 そう言われて俺は教室の中を見渡す。わぁ~、みんな微妙な顔してる。あ、事情知ってるはずの山田先生も苦笑いしてる。

 

「なんででしょう?重い空気にならないようにできるだけ笑顔で話したつもりなんですけどね」

 

「それが問題だと言うんだ」

 

 織斑先生が眉間を押さえている。

 

「とりあえず、席に着け馬鹿者」

 

 はいはい、俺は馬鹿ですよ。




ちょっと短めな上に結局千冬さん以外と絡みませんでした。次回こそは!!


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第3話 代表候補生

いえ~い
3話目だぜ~♪
セッシー&箒がでるぜ~♪


「う~む…」

 

 見られてる。すっげぇ見られてる。

 一時間目のIS基礎理論授業が終わっての休み時間、俺は自分の席(窓側&一番後ろ)に座り、頬杖をつきながら窓から外の景色を眺めている。背中にビシビシと突き刺さるような視線を感じていた。

 ちなみにIS学園では限界までIS関連の教育をするために入学初日から授業がある。学校案内は無し。自分で地図見ろってさ。

 ちなみに俺に向いている視線はクラスメイトだけのものではなかった。廊下にもほかのクラス、二、三年の先輩方が詰めかけている。行ったことないけど動物園の動物ってこんな感じなんだろうか。

 女子だけの空間に慣れているせいなのかなかなか話しかけてくることはない。教室も廊下も『話しかけたいけど無理だから誰か行ってほしい。でも抜け駆けされるのは悔しい』と言った謎の緊張感が出来上がっていた。それに女子同士でもこそこそと話している。おそらく俺には聞こえていないと思っているのだろうが、結構聞こえてくる。

 

「あれが織斑くんと梨野くん?どっちもイケメンね」

 

「織斑くんはあの千冬様の弟なんだって?姉弟そろってIS操縦者なんだ」

 

「あっちの梨野くんって髪キレイ。女の子みたいだけど似合ってる~」

 

 …全部まる聞こえだから結構恥ずかしい。ものすごく居心地が悪い。話しかけてくれた方が楽なんだけど。

 そう思いながら近くの女子生徒の方を見る。その子もこっちを見ていたのか目が合う。あ、そらした。しかも『話しかけて』といった雰囲気はバンバンに伝わってくる。

 よし、ここは同じ珍獣の織斑に話しかけよう。

 そう思い、織斑の方に視線を持っていくと、ちょうど一人の女子生徒が話しかけているところだった。女子同士の牽制に勝ったのかとも思ったが、周りが少しざわついているあたりどうやらそうではないらしい。

 その女子生徒は長い黒髪をポニーテールにしている。確か篠ノ之箒さんだったかな?平均的な身長なのだろうがどこか長身を思わせる。とても美人だと思うのだがなんだか不機嫌そうな顔をしている。

 あ、織斑と一緒に出ていった。こうして俺には先ほどまで織斑に向いていた視線も引き受けるような形になった。

 と言うかどうしよう。ISの参考書でも読んでようかな。

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

 視線を窓の外に戻しぼんやりしていたところに誰かが俺に声をかけてきた。

 

「へ?」

 

 突然のことに素っ頓狂な声で返事をしてしまう。

 俺に話しかけてきたのは、地毛の金髪が鮮やかな白人の少女だった。ブルーの瞳が少し吊り上がった状態でこちらを見ていた。髪がロールしていたり、腰に当てた手が様になっているあたり高貴ないい身分なのかもしれない。

 ちなみにIS学園では無条件で多国籍の生徒を受け入れなくてはいけないという義務のせいで、いろいろな国籍の女子がいる。クラスの女子半分がかろうじて日本人だというくらいだ。

 

「確かセシリア・…オルコットだっけ?どうかした?」

 

「まあ! なんですの、その返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度と言う物があるんではないかしら?」

 

「……」

 

 うーむ。これは前に織斑先生が言っていたような人種なのだろうか。そういう人に会ったことないからわからないけど、少し苦手かもしれない。

 

 

 ISの出現により、世界各国は女性優遇の政策を行うようになった。それににより『女=偉い』と言う構図があっと言う間に浸透し、この十年で女尊男卑社会に至ったらしい。そうなると男の立場は完全に奴隷や労働力になったらしい。町中ですれ違った見ず知らずの女性にパシリをやらされる、なんてことも珍しくないらしい。顔がよかったり何か一芸に秀でているような奴は、アイドルだのなんだので女性に優遇されるらしいが…。

 

 

「悪いんだが、俺君のこと知らないんだ」

 

「そう言えばあなたは記憶が無いんでしたわね。それなら仕方がありませんわね」

 

 俺の返事にオルコットが一人で納得している。いや、記憶あっても知ってたかどうか知らんが。

 

「わたくしの名前はセシリア・オルコット。イギリスの代表候補生にして入試首席ですわ」

 

「へ~、代表候補生なんだ。すごい」

 

「あら、記憶がないのに代表候補生については知ってますのね?」

 セシリアが感心したように言う。

 

「まぁ、60日ほどで普通の日本人が9年かけて学ぶようなことと入学前に渡される必読の参考書で勉強したから」

 

 勉強したというよりさせられた。あの時は大変だったなぁ。え?誰にって。鬼教官・織斑先生に。

 

「それで?俺に何か?」

 

「ええ。わたくしは優しいので、ISのことで…」

 

 キーンコーンカーンコーン

 あ、チャイム鳴った。

 

「えっと、チャイム鳴ったけど、続ける?」

 

「……続きは次の休み時間にしますわ」

 

 そう言ってオルコットは席に戻っていく。あ、席近い。

 何だったんだろう?

 

「席に着け、授業を始めるぞ!」

 

 と、考えていたところに織斑先生と山田先生が教室に入ってくる。

 そして、織斑と篠ノ之さんが教室に戻ってくると、

 パァンッ!

 

「とっとと席に着け、織斑」

 

「……ご指導ありがとうございます、織斑先生」

 

 織斑にだけ出席簿で叩いていた。篠ノ之はいいのかな?

 

 

 ○

 

 

「――であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は、刑法によって罰せられ――」

 

 すらすらと教科書を読んでいく山田先生。内容がどっさりと積まれた教科書五冊あるが、それでも何とか付いて行っている。事前に勉強してなかったらやばかった。

 ちらりと前を見ると織斑がまわりを気にするように見ている。

 

「織斑くん、何かわからないところがありますか?」

 

 山田先生が織斑に問いかける。

 

「あ、えっと……」

 

 織斑は開いている教科書に視線を落とす。

 

「わからないところがあったら訊いてくださいね。なにせ私は先生ですから」

 

 織斑の様子を見た山田先生がえっへんとでも言いたそうに胸を張った。妙に先生の部分を強調したような気がする。やっぱり自分の見た目が子供っぽいの気にしてるのかな?

 

「先生!」

 

「はい、織斑くん」

 

 何か決意したかのように立ち上がり、山田先生もやる気に満ちた返事をした。

 

「ほとんど全部わかりません」

 

 ……元気よく言ってもダメなことって、あるよね。

 

「え……。ぜ、全部、ですか……?」

 

 案の定織斑の答えに山田先生が顔を引きつらせている。あらら、さっきまでの頼れる先生感が…。

 

「え、えっと……織斑くん以外で、今の段階でわからないっていう人はどれくらいいますか?」

 

 挙手を促す山田先生。

 上がらない手。

 

「……織斑、入学前の参考書は読んだか?」

 

 教室の端にいた織斑先生が問いかける。

 

「古い電話帳と間違えて捨てました」

 

 パァンッ!

 素直に答えた織斑の頭に出席簿が振り下ろされる。

 

「必読と書いてあっただろうが馬鹿者」

 

 織斑先生が呆れた表情を浮かべる。

 

「あとで再発行してやるから一週間以内に覚えろ。いいな」

 

「い、いや、一週間であの分厚さはちょっと……」

 

「やれと言っている」

 

「……はい。やります」

 

 ギロリと睨む織斑先生の言葉に織斑はうなだれるように返事をする。

 

「ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしないための基礎知識と訓練だ。理解が出来なくても答えろ。そして守れ。規則とはそういうものだ」

 

 まったくもって正論です。

 でも俺はここに来たくて来たんじゃないんですが。

 目が覚めたら何も覚えてなくて、仕方がないからここにいるっていう部分はあると思うんですが。

 

「おい、織斑、梨野。貴様等、『自分は望んでここにいるわけではない』と思っているな?」

 

 ギクリ。なんでばれた。と言うか織斑も同じこと考えてたのか。

 

「望む望まざるにもかかわらず、人は集団の中で生きてなくてはならない。それすら放棄するなら、まず人であることを辞めることだな」

 

 辛辣な台詞をどうもありがとうございます。要するに現実と直面しろと言いたいんだろう。

 現実には嫌と言うほど直面しているんですが…。

 

「え、えっと、織斑くん。わからないところは授業が終わってから放課後教えてあげますから、がんばって? ね? ね?」

 

 山田先生は両手をぐっと握って織斑に詰め寄っている。山田先生は織斑より身長が低いから、必然的に上目遣いになっていた。

 

「はい。それじゃあ、また放課後によろしくお願いします」

 

 そう言って、織斑は席に着く。織斑先生も教室の端に戻っていた。

 

「ほ、放課後……放課後にふたりきりの教師と生徒……。あっ! だ、ダメですよ。織斑くん。先生、強引にされると弱いんですから……それに私、男の人は初めてで……」

 

 山田先生はいきなり頬を赤らめてそんなことを言い始めた。そう言えば、俺が前にマンツーマンで勉強教えてもらった時も似たようなこと言ってたな。

 そして山田先生の行動により、女子達が一斉に一夏を見ている。全部山田先生の妄想なのに。

 

「で、でも、織斑先生の弟さんだったら……」

 

「あー、んんっ! 山田先生、授業の続きを」

 

「は、はいっ!」

 

 妄想から戻ってこない山田先生を、織斑先生の咳払いが呼び戻す。

 慌てて山田先生が教卓に戻って…あ、転んだ。

 

「うー、いたたた……」

 

 いろんな意味で大丈夫なんだろうか。




だいぶ進んできましたね。
山田先生みたいな人は書いてて面白いですね。
次回もお楽しみに。


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第4話 クラス代表

早くも4話も書いてしまいました。書きすぎですね。
もう少し、スピードおとします。


「ちょっと、よろしくて?」

 

「へ?」

 

 突然話しかけられた織斑が素っ頓狂な声を出した。

 二時間目の休み時間、俺はオルコットが織斑に話しかけている横にいた。

 なぜ俺が横にいるのかと言えば、休み時間になった時、先ほどできなかった話があるとオルコットに話しかけられ、どうせなら二人まとめて話してしまおうと言うオルコットに半ば無理やり織斑の席までやってきたのだ。

 

「聞いてます?お返事は?」

 

「あ、ああ。聞いてるけど……どういう要件だ?」

 

「まあ!なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、相応の態度というものがあるんではないかしら?」

 

「…………」

 

 俺に言ったことと同じセリフをオルコットさんが言った。織斑も知らないんじゃん。オルコットさんってホントは有名じゃないのかな?

 

「悪いな。俺、君が誰だか知らないし」

 

 織斑が答えるが、どうやらその答えが気に入らなかったらしく、吊り目を細めて、見下したように続ける。

 

「わたくしを知らない?このセシリアオルコットを?イギリスの代表候補生にして、入試首席のこのわたくしを!?」

 

 そんなに自分を知らない人間が珍しいんだろうか、オルコットさんは。

 

「あ、質問いいか?」

 

「ふん。下々のものの要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」

 

「代表候補生って、何?」

 

 がたたたっ。聞き耳を立てていたクラスメイトの女子数名と俺がずっこけた。

 

「あ、あ、あ……」

 

「『あ』?」

 

「あなたっ、本気でおっしゃってますの!?」

 

 うわぁ、すごい剣幕。もし俺も知らなかったらこんな風に怒られたのか。勉強しててよかった。

 

「おう。知らん」

 

「…………………」

 

 オルコットさんは怒りが一周して逆に冷静になったのか、頭が痛そうにこめかみを人差し指で押さえながらブツブツと言い出した。

 

「信じられない。信じられませんわ。極東の島国というのは、こうまで未開の地なのかしら。常識ですわよ、常識。テレビがないのかしら……」

 

 いや、テレビくらいあるに決まってるじゃないか。忙しくて見なかったけど

 

「で、代表候補生って?」

 

「国家代表のIS操縦者の候補者のことだよ」

 

 俺は織斑の問いに答える。

 

「へ~、と言うか、さっきから気になってたけどなんで一緒にいるんだ?」

 

「なんか俺も呼ばれて」

 

 俺は苦笑いしながら答える。

 

「そうか。そう言えば挨拶がまだだったな。俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ。同じ男同士仲良くしてくれ」

 

「おう。俺は梨野航平。俺のことも航平でいいぞ。よろしくな一夏」

 

 お互いに挨拶をしあいながら握手をする俺たち。

 

「ちょっと。わたくしを差し置いて二人だけで話を進めないでくださいません?」

 

 と、オルコットさんが会話に戻ってくる。

 

「おお、悪い。えっと、つまり、代表候補生ってのはとりあえずすごいんだな?」

 

 一夏が話を戻す。

 

「そう!つまりエリートなのですわ!」

 

 おお、復活した。

 

「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡……幸運ですのよ。その現実をもう少し理解していただける?」

 

「「そうか。それはラッキーだ」」

 

 俺は思ったことを言うと、偶然にも一夏とハモってしまった。

 

「……あなた方はわたくしを馬鹿にしていますの?」

 

 確かにハモって言われれば馬鹿にしてるように聞こえるかもしれない。でも幸運だって言ったのはオルコットさんなのに。

 

「大体、あなたISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入れましたわね。男でISを操縦できると聞いていましたから、少しくらい知的さを感じさせるかと思っていましたけど、期待はずれですわね。こちらの方はまだましですが」

 

「俺に何かを期待されても困るんだが」

 

「それに勝手に期待されても困るんだけど」

 

「ふん。まあでも? わたくしは優秀ですから、あなたのような人間にも優しくしてあげますわよ」

 

 へー、優しさってこんな態度のこと言うんだはじめて知った。

 

「ISのことでわからないことがあれば、まあ……泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ。何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」

 

 一時間目の休み時間にコレが言いたかったんだ。おまけに唯一、を物凄く強調してるし。――って、ん?

 

「入試って、あれか?IS動かして戦うやつ?」

 

「それ以外に入試などありませんわ」

 

「あれ? 俺も倒したぞ、教官。航平は?」

 

「一応倒したよ」

 

「は……?」

 

 オルコットさんは素っ頓狂な声を出して信じられない顔をしていた。

 

「まぁ、俺の場合はほぼまぐれみたいなもんだよ。運が良かっただけ。ギリギリ勝てただけだから。一夏はどうだったんだ?」

 

「俺の時は倒したっていうか、いきなり突っ込んできたからかわしたら、勝手に壁にぶつかってそのまま動かなくなっただけだ」

 

「それって自滅じゃん」

 

 誰だったのか一度会ってみたいな、その人。

 

「わ、わたくしだけと聞きましたが?」

 

「女子ではってオチじゃないのか?」

 

 一夏の台詞にピシッと嫌な音が聞こえた。例えるなら氷にヒビが走ったような音だ。

 

「つ、つまり、わたくしだけではないと……?」

 

「いや、知らないけど」

 

 一夏のセリフに俺も横で頷く。

 

「あなたたち! あなたたちも教官を倒したっていうの!?」

 

「うん、まあ。たぶん」

 

「たぶん!? たぶんってどういう意味かしら!?」

 

 一夏の返事にオルコットさんは一夏に詰め寄る。

 

「まぁまぁ、落ち着けよオルコットさん」

 

「こ、これが落ち着いていられ――」

 

 キーンコーンカーンコーン!

 そう言ってる間に三時間目開始のチャイムが鳴った。

 

「っ………! またあとで来ますわ! 逃げないことね! よくって!?」

 

 なんだろ、めんどくさいからすごく逃げたい。と思ったけど言ったらややこしそうなので言わずに頷き、席に戻った。

 

「それではこの時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する」

 

 一、二時間目とは違って、山田先生ではなく千冬さんが教壇に立っている。よっぽど大事なことなのか、山田先生までノートを手に持っていた。

 

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

 ふと、思い出したように織斑先生が言う。クラス対抗戦?代表者?

 

「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まあ、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差は無いが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更は無いからそのつもりで」

 

 へー。なんかめんどくさそうな役だな

 

「さて、誰か立候補はあるか?推薦でも構わんぞ?」

 

 織斑先生がクラス内を見回す。

 

「はいっ! 俺は織斑くんを推薦します!」

 

 お、一夏に票が入った。

 

「私もそれがいいと思います!」

 

 お、また入った。一夏は人気者だな。

 

「私は梨野くんがいいと思います」

 

 ん?梨野ってまさか俺?いやいや俺みたいな記憶喪失な奴に票が入るわけないな。きっと梨野がこのクラスにもう一人いたんだろう。

 

「私もそれががいいと思います」

 

 おお、もう一人の梨野くんも人気者だなー。でも、くんって……ねぇ?

 

「では候補者は織斑一夏と梨野航平……他にはいないか?」

 

 やっぱりか~!

 

「お、俺?」

 

 同じように推薦されていた一夏が立ち上がっていた。

 

「織斑。席に着け、邪魔だ。さて、他にはいないのか? いないならこの二人の多数決で決めさせてもらうが」

 

「ちょっ、ちょっと待った! 俺はそんなのやらないから――」

 

「自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものに拒否権などない。選ばれた以上は覚悟をしろ」

 

「あのー。俺まともに仕事できるかわからんのですが」

 

「できなければ覚えろ」

 

 わー、一刀両断。

 

「い、いやでも……」

 

 まだ反論を続けようとした一夏を突然甲高い声が遮った。

 

「待ってください! 納得がいきませんわ!」

 

 パンッと机を叩いて立ち上がったのはオルコットさんだった。もしかして記憶のない俺を気遣って?めんどくさい人かと思ったけど謝ります。あなたはいい人だよオルコットさん。

 

「そのような選出は認められません! 大体、男がクラス代表だなんていい恥晒しですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

 あっれ~?なんか貶されてない?

 

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります! わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」

 

 俺ら猿っすか?というかオルコットさん。俺記憶ないんで日本人かわかりませんよ?一応今は日本人のつもりでいるけど。あとイギリスも島国じゃなかったっけ?

 

「いいですか!? クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしですわ!」

 

 ますますエンジンがかかってきたのかオルコットさんは怒涛の剣幕で言葉を荒げる。代表にはなりたくないけど、ここまで言われるのは癪だな。

 

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で――」

 

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

 

 一夏が耐え切れなくなったのか、言い返した。

 

「なっ……!?」

 

 言った後にしまったと思ったのか一夏が恐る恐る後ろを振り向く。そこには怒髪天と呼ぶに相応しいオルコットさんが顔を真っ赤にして怒りを示していた。

 

「あっ、あっ、あなたは! わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

 

 これは止めた方がいいかもしれない。そう思った俺は二人を仲裁に入ろうとする。

 

「まぁまぁ、二人とも落ち着きなって。クラスメイトなんだから仲良く――」

 

「わたくしの祖国を侮辱されて黙っていられませんわ!自分の祖国がどこかも分からないようなどこの馬の骨とも知れない記憶喪失の猿は黙っていてください!」

 

 ブツン。

 

「人のこと猿呼ばわりする奴が一番キーキーとうるさいじゃないか!記憶のない俺だってどこかのプライドの高いうるさい猿よりはましなんじゃないでしょうかね!」

 

 あ、やば。止めるつもりが俺まで乗ってしまった。

 

「な、な、なんですって!?」

 

 吐いた唾は呑めない。一度言った言葉は取り消せない。オルコットさんの怒りの矛先は一夏だけではなく、俺にも向いたようだ。まぁいい。ここまで言われたら引き下がれない。

 

「決闘ですわ!」

 

 バンッと机を叩いてオルコットさんが言った。

 

「おう。いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい」

 

「ここまで言われたんだ、俺だってやってやる」

 

「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い――いえ、奴隷にしますわよ」

 

「あたりまえだ」

 

「真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいない」

 

「そう? 何にせよちょうどいいですわ。イギリス代表候補生のこのわたくし、セシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会ですわね!」

 

 オルコットさんは余裕の笑みを浮かべている。その顔がまた何とも言えない憎たらしさがある。

 

「ハンデはどのくらいつける?」

 

「あら、早速お願いかしら?」

 

「いや、俺がどのくらいハンデつけたらいいのかなーと」

 

 一夏の台詞にクラスからドッと爆笑が巻き起こった。

 

「お、織斑くん、それ本気で言ってるの?」

 

「男が女より強かったのって、大昔の話だよ?」

 

「織斑くんや梨野くんは、それは確かにISを使えるかもしれないけど、それは言い過ぎよ」

 

 みんな本気で笑っている。残念ながら一理ある。

 確かに女子達の言う通り、今の男は圧倒的に弱い。腕力は何の役にも立たない。確かにISは限られた一部の人間しか扱えないが、女子は潜在的に全員がそれらを扱える。それに対して、男は原則ISを動かせない。もし男女差別で戦争が起きたとしたら、男陣営は三日と持たないだろう。それどころか、一日ともたないかもしれない。ISは過去の戦闘機・戦車・戦艦などを遥かに凌ぐ破壊兵器なのだから。

 

「……じゃあ、ハンデはいい」

 

「ええ、そうでしょうそうでしょう。むしろ、わたくしがハンデを付けなくていいのか迷うくらいですわ。ふふっ、男が女より強いだなんて、日本の男子はジョークセンスがあるのね」

 

 さっきまでの怒りはどこへやら、オルコットさんは明らかに馬鹿にしたように笑っている。

 

「ねー、織斑くん。今からでも遅くないよ? セシリアに言って、ハンデ付けてもらったら?」

 

 一夏の丁度斜め後ろの女子が気さくに話しかけて、ハンデを付けるように促している。だが、その表情は苦笑と失笑が混じった物だ。

 

「男が一度言い出したことを覆せるか。ハンデは無くていい」

 

「えー? それは代表候補生を舐めすぎだよ。それとも、知らないの?」

 

 一夏に対する問いかけではあるが、正直俺にも言えることだ。俺はIS同士の戦いを知らないのである。記憶が無いというのもこういう時に不便である。

 

「さて、話はまとまったな。それでは勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。織斑と梨野、オルコットはそれぞれ用意をしておくように」

 

 ぱんっと手を打って織斑先生が話を締める。

 

(一週間。その時間をうまく有効活用しないと)

 

 俺は一抹の不安を頭の隅に追いやるように授業へと頭を切り替えた。




セッシーとのバトルに主人公も無理やり混ぜてみました。
ここからどうなるんですかねぇ。

お詫び
ここの話の中で主人公の名前が他の方の作品の主人公の名前になっておりました。不快に思った方もいらっしゃるかもしれません。今後このようなミスのないようにいたします。申し訳ございませんでした


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第5話 同室は?

更新のスピードが安定しませんね。
一日に何話もかけたと思ったら。今度は一日開いてしまいました。
頑張りまっせ!
というわけで5話始まるよ♪


「うう………」

 

 放課後、俺の目の前には机の上でぐったりとうなだれている一夏の姿があった。

 

「い、意味が分からん……。なんでこんなにややこしいんだ……?」

 

 どうやら次の月曜のオルコットさんとの決闘に向けて、基礎だけでも覚えようと意気込んでみたものの、授業内容がわからなかったのだろう。ISの授業では専門用語の意味を分かっている前提で授業が進む。必読の参考書で勉強していなかった一夏は、今日一日ほとんどまったくなにもできなかったことだろ。俺は鬼教官にみっちり勉強させられたおかげで何とかやっていけている。

 

「大丈夫か?」

 

「大丈夫じゃない。辞書がほしい」

 

 その気持ちはわからなくもないISの専門用語はどれも難しいものばかりだ。辞書があれば楽に勉強できるような気もするが、生憎そんなものはない。

 

「ああ、織斑くん、梨野くん。まだ教室にいたんですね。よかったです」

 

「え?」

 

「はい?」

 

 呼ばれてそちらに顔を向けると山田先生が書類を片手に立っていた。

 

「えっとですね、二人の寮の部屋が決まりました」

 

 そう言って部屋番号の書かれた紙と鍵を俺たちに渡す。

 

「俺らの部屋、決まってないんじゃなかったですか?前に聞いた話だと、一週間は自宅から通学してもらうって話でしたけど」

 

「俺も一週間ほどは今まで通り宿直室をって話だったんじゃ」

 

「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理矢理変更したらしいです」

 

 ありがたい話だ。宿直室を俺が使っていて、先生方が使えなくて迷惑をかけているんじゃないかと忍びなく思っていたのだ。

 

「ただ、とにかく寮に入れることを最優先にしたみたいで、お二人は別々の部屋になってしまったんです」

 

 てことは、俺のルームメイトは女子と言うことか。それは大丈夫なんだろうか。

 

「それは、大丈夫なんですか?」

 

 一夏も同じことを思っていたみたいだ。

 

「一ヶ月もすれば部屋割りの調整もできると思うので」

 

 俺はいいのだが、相部屋の人はいいのだろうか。男子と一ヶ月近く同居というのは。

 

「部屋はわかりましたけど、荷物は一回家に帰らないと準備できないですし、今日はもう帰っていいですか?」

 

「俺も宿直室の荷物移動させないと」

 

「あ、いえ、荷物なら――」

 

「私が手配しておいてやった。ありがたく思え」

 

 そう言いながら織斑先生が教室にやってきた。

 

「「ど、どうもありがとうございます……」」

 

「まあ、梨野の方は宿直室にあった梨野の私物を全部移動させただけだし、織斑の方は、生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器があればいいだろう」

 

 大雑把な。

 

「じゃあ、時間を見て部屋に行ってくださいね。夕食は六時から七時、寮の一年生用食堂で取ってください。ちなみに各部屋にシャワーがありますけど、大浴場もあります。学年ごとに使える時間が違いますけど……えっと、その、お二人は今のところ使えません」

 

「え、なんでですか?」

 

 俺が訊く前に一夏が訊いた。

 

「アホかお前らは。まさか同年代の女子と一緒に風呂に入りたいのか?」

 

「「あー……」」

 

 確かに無理だ。そんなことすれば大問題だ。

 

「えっ、二人とも、女の子とお風呂に入りたいんですか!?だっ、ダメですよ!」

 

「い、いや、入りたくないです」

 

 一夏の返事に俺も全力で首を縦に振る。ここで肯定してしまったら、ど変態認定されてしまう。

 

「ええっ?女の子に興味がないんですか!?そ、それはそれで問題のような……」

 

 そうじゃねぇよ!どう答えれば正解だったんだ。

 山田先生がきゃあきゃあと騒ぐものだから女子の中でどんどん伝わっていき、女子の話に花が咲いていた。

 

「織斑くんと梨野くん、男にしか興味ないのかしら……?」

 

「黒髪の織斑くんと金髪の梨野くん……これはアリね!」

 

「中学時代の織斑くんの交友関係を洗って!すぐにね!明後日までに裏付けとって!」

 

 なんのこっちゃ。

 

「えっと、それじゃあ私たちは会議があるので、これで。織斑くん、梨野くん、ちゃんと寮に帰るんですよ。道草くっちゃだめですよ」

 

 校舎から寮まで五十メートルくらいしかないのに、どうやって道草をくえというんだろう。

 

「とりあえず、寮に行くか?」

 

「そうだな。俺、今日は疲れた」

 

 織斑先生と山田先生が教室から出ていくのを見送って、俺たちは帰る準備を始める。部屋まで行けば女子の視線にさらされることもないだろうしいくらかはましだろう。

 

 

 ○

 

 

「えーと、俺は1025室だから、ここか」

 

 一夏が部屋番号を確認しながらドアの前に立つ。

 

「そっか。俺は1033室だからもうちょい先だな」

 

「おう、あとで一緒に食堂行こうぜ」

 

「いいぜ。じゃあ六時ごろにまた来るから」

 

「じゃあまた後でな」

 

 一夏と別れ俺は自分の部屋を目指す。

 

「1033室。ここか」

 

 部屋番号を確認し、ドアに鍵を差し込む。あれ?開いてる。あ、同室の人もう来てるのかな?

 ガチャ。

 部屋に入ると、まず目に入ったのは大きめのベッド。それが二つ並んでいる。宿直室に置かれていたものと同じものらしく、見ているだけでふわふわとしているのが分かる。窓側の方のベッドを見ると大きな人間サイズの狐のぬいぐるみが転がっていた。なんだろう?同室の人の持ち物だろうか?

 

「ん?」

 

 よく見ようと近付くといきなりそのぬいぐるみが起きあがった。

 

「!?」

 

 正直何が起こったのかわからなかった。なにあれ、高性能なロボ?おもちゃ?

 

「あ、いらっしゃ~い。遅かったね~」

 

 こちらを向いたその顔はちゃんと人間だった。というか着ぐるみみたいな服を着ていただけだった。あー、びっくりした。

 

「確か同じクラスの布仏さんだっけ?」

 

「うん。布仏本音、よろしくね、ナッシー」

 

「ナッシー?」

 

「うん。梨野航平だから、ナッシー」

 

 どうやら俺のあだ名らしい。

 

「どうでもいいけど、語尾にナッシーってつけたらゆるキャラみたいだよね~」

 

「ゆる…へ?」

 

 布仏さんが同意を求めるようにと言っているが、何の事だかよくわからなかった。

 

「あれ?知らない?梨の妖精のマスコット」

 

「俺テレビってあんま見てなかったし、記憶ないから」

 

「ああ~、じゃあしょうがない」

 

 布仏さんはのほほーんと笑っている。布仏さんがのほほーん、なんか面白いな。

 

「とりあえずこれからよろしく――」

 

 ズドンッ!

 

『って、本気で殺す気か! 今のかわさなかったら死んでるぞ!』

 

 廊下から何かを突き破るような音と一夏の叫び声が聞こえた。

 

「なんだろ?ちょっと見てくる」

 

「いってらっさ~い」

 

 ベッドの上で手を振っている布仏さんの見送りを背に声の聞こえた方へ俺は向った。

 廊下に出てみるとラフな格好の女子たちが一夏を囲んでいた。

 

「どうしたんだよ一夏」

 

 囲んでいる女子の間をぬって一夏のところまで行くと、いくつか穴の開いて木刀の突き刺さっているドアの前で一夏がへたり込んでいた。

 

「あ、航平!ちょうどよかった!助けてくれ」

 

「は?助ける?誰から?」

 

「箒から!」

 

「箒って…篠ノ之さんか?」

 

 俺は黒髪ポニーテールの少女を思い出す。

 

「なんであの人から助けるんだ?」

 

「そ、それが、部屋に入ったら箒がいてさ」

 

「あー、同室だったわけね」

 

「で、間の悪いことに箒がシャワーを浴びてたらしくてバスタオル一枚で……」

 

「あらら」

 

 なんとも間の悪い。

 

「じゃあドアに刺さってる木刀といくつかの穴は?」

 

「箒が木刀であけた穴とそのまま刺さってる木刀」

 

「まじか」

 

 すごいな。このドアそれほど脆いものでもないだろうに。

 

「つまり、シャワーを浴びていた篠ノ之さんのところに何も知らない一夏が部屋に入ってしまった。で、『きゃー、一夏さんのエッチ!』なことになったと」

 

「大体そんな感じだ。というか記憶ないのにあの漫画知ってるんだな、お前」

 

「織斑先生とか山田先生がこれくらいは一般常識だって何個か漫画とか小説貸してくれたんだ」

 

 どうでもいいけど、あの漫画の主人公。あれあきらかにわざとだろ。犯罪だぞ。

 

「というわけで、助けてナシえもん!」

 

 某漫画の主人公のごとく俺に泣きついてくる一夏。

 

「まったく、しょうがないな~一夏くんは」

 

 俺はかがんでいた体勢から立ち上がる。

 

「おーい、篠ノ之さん。落ち着いたか?落ち着いたなら一夏を部屋に入れてあげてほしいんだが?このまま一夏を廊下にほっぽり出したままっていうのはかわいそうじゃないか?」

 

「………」

 

 無言。あ、木刀が室内に引っこんでいった。

 

「ん~、まだ落ち着かないようならしょうがない。一夏、俺の部屋に来るか?」

 

「え?いいのか?」

 

「落ち着くまではしょうがないだろ。それともここで女子の視線にさらされたままでいるか?」

 

「……悪いがお前の部屋に世話になる」

 

 そう言って一夏が立ち上がる。

 

「それじゃあ行こうか」

 

 一夏を連れて1033室に行こうとすると、

 ガチャッ。

 

「……入れ」

 

「お?」

 

 ドアが開く音が聞こえて、剣道着を纏った篠ノ之さんが入るように言ってきた。

 

「よかったな。入っていいって」

 

「お、おう」

 

「じゃあ俺はこれで。頑張って仲直りしろよ」

 

 そう言って自分の部屋に戻る俺。

 ………。なんでだろ。少しも前に進めない。しかもなんか後頭部が痛い。

 ゆっくりと振り返る俺。俺の後ろ髪を掴んでいる一夏。

 

「……何?」

 

「頼む、航平も一緒に来てくれ」

 

「はぁ?」

 

 なんで俺まで。

 

「とにかくお前も来てくれ!」

 

「おい!」

 

 一夏に引っ張られて1025室に一緒に入る。いい加減髪を放せ。禿げる。というか俺が一緒にいたからって何も解決しないだろうに。

 部屋に入ると俺の部屋と同じ作りの部屋。大きなベッドが二つ並んでおり、窓側のベッドには篠ノ之さんが座っていた。

 

「あ、奥側のベッド狙ってたのに」

 

「そんなことどうでもいいだろ」

 

 一夏のつぶやきに俺が突っ込みを入れる。

 

「えっと、篠ノ之さん。扉に穴開けるほどやるのはやりすぎじゃないですかね?下手すれば一夏が大怪我してたよ?」

 

「………………………」

 

 無言。俺の言葉にムスッとした顔をしていた。俺の言い方が悪かったかな?それとも何か俺嫌われること言ったかな?あ、ちゃんと挨拶してなかったからかな?

 

「あ、えっと、遅れたけど、同じクラスの梨野航平です。よろしく」

 

「……篠ノ之箒だ」

 

 お、返事してくれた。

 

「えっと、とりあえず、ちゃんと話し合いで解決してくれ。暴力はナシ」

 

「……言われずともわかっている」

 

「そっか」

 

 よかったよかった。これで解決。ビバ平和。

 

「じゃあ、俺はこれで。一夏、俺は戻るぞ?」

 

「お、おう」

 

 そう言って俺は1025室を後にする。

 

「ただいまー」

 

「おかえり~。何だったの~?」

 

 戻ってきた俺を布仏さんがにこやかに出迎える。

 

「…………」

 

「どったの?」

 

「あ、いや、なんでもない」

 

 ボーっとしてしまった俺を不審に思ったのか、布仏さんが首をかしげている。

 

「えっと、一夏が同室になった奴と不幸な事故で騒ぎになってしまったらしい。ちゃんと話し合いで解決するように言ってきたから大丈夫だと思う」

 

「そっか~」

 

 納得したのか布仏さんがベッドに寝転がり近くにあった雑誌を開く。リラックスしてるのか足をぶらぶらしている。

 

「えっと、布仏さんはいいのか、男子の俺と同室って?」

 

「ん~?べつにいいよ~」

 

「……そうか」

 

 本人がいいなら別にいいか。男の俺があーだこーだ言うのもあれだし。

 布仏さんの返事に無理やり自分を納得させ、もう一方のベッドに俺も寝転がる。

 

(一夏の方はちゃんと解決したかな?)

 

 俺はふと思ったがちゃんと話し合いで解決すると言っていた二人を信じてそれ以上考えるのをやめた。

 

 

 その後聞いた話によると竹刀で叩かれたと一夏が嘆いていた。話し合いはどうした、話し合いは。




山田先生も書いてて楽しいけど布仏さんも書いてて面白いですね。
次回はどこまでかけるか。お楽しみに。


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第6話 朝食は手早く

自分で読み返して自分のが読みずらかったのでちょっと書き方変えました。
編集後に読んだ方はお気になさらず。

てなわけで、6話はじまるよ♪


「はあ……はあ……」

 

 入学式翌日の早朝、俺は寮の周りを走っていた。起きたのが五時くらいだったが、どのくらい経ったのかはわからない。

 意識が戻ってすぐはうまく体が動かせなかったが、徐々に動けるようになったころ織斑先生にリハビリ兼体力作りをするようにと言われた。今やっているのはそのメニューである。織斑先生曰くこの寮を一周すれば大体一キロらしい。徐々に走る距離を増やしていき、始めてから約一ヶ月ほど経った今では毎朝五周はしている。これが多いのか少ないのかわよくわからないが、終わると汗だくになる。そこから腹筋、背筋、腕立て伏せ、スクワットを百回づつ行う。

 部屋に戻ってきて時計を確認すると六時半。まだまだ、学校に行くまで余裕はあるので余裕をもってシャワーを浴びることができる。洗面所で汗をよく吸ったジャージを脱ぎ、シャワーを浴びる。汗臭いまま学校に行くわけにもいかないので入念に洗う。こういうとき髪が長いと時間がかかるしめんどくさい。

 ゆっくり三十分ほどシャワーを浴び、着替えて出てきたところで布仏さんがセットしていたであろう目覚ましが鳴る。しかもそこそこ音がでかい。

 

「うう………うう………」

 

 呻きながら布団から出した手をゆらゆらとさまよわせ、目覚ましのアラームを止める。起きたのかな?と思いきやまたもぞもぞと動き布団にもぐってしまう。

 

「はあ。これは、昨日した約束を本当にしなきゃいけなくなりそうだ」

 

 俺は布団にくるまれて幸せそうな顔で寝息を立てる布仏さんの顔を見ながらため息をついた。

 

 

 ○

 

 

「なあ……」

 

「………………」

 

「なあって、いつまで怒ってるんだよ」

 

「……怒ってなどいない」

 

「顔が不機嫌そうじゃん」

 

「生まれつきだ」

 

 一年生寮の食堂。相変わらず右を見ても左を見ても女子女子女子女子。職員も全員女性。六人掛けのテーブルに座る俺と一夏以外はみんな女子。ぶっちゃけ肩身が狭い。

 そんな状態で俺の隣に座る一夏はその隣に座る篠ノ之さんとケンカ中らしく頑張って話しかけているが、さっきからまともに会話が成立していない。ケンカしてるならなんで同じテーブルに?と思ったが『同じ部屋のよしみ』らしい。

 さっきからものすごく篠ノ之さんからの言葉のない圧力を感じる気がする。なんでだろう?まるで邪魔者に対しての目をしている気がする。俺が一緒に朝食をとるって決まった瞬間めっちゃ睨まれた気がする。俺の勘違いだろうか。

 ちなみに一夏と篠ノ之さんの朝食メニューは和食セット。ご飯に納豆、鮭の切り身と味噌汁。ついでに浅漬け。実においしそうである。それに対して俺は洋食セット。ちょうどいい焼き加減のトースト。黄色いスクランブルエッグとカリカリのベーコン。サラダとコンソメスープ。デザートのヨーグルト(プレーンのフルーツのせ)。どれも実においしい。でも、和食セットの方の鮭もおいしそうだ。ふんわりほかほかのごはんとよく合いそうだ。

 

「箒、これうまいな」

 

「……………」

 

 無視されている。でも、同意するように篠ノ之さんも鮭をつまんでいる。

 

「おいしそうだな、俺もそっちにすればよかったかな?」

 

 俺は二人のトレーの上の鮭を見ながら言う。

 

「さっきさんざん悩んでたもんな」

 

「悩んだけど諸事情により洋食セット」

 

 俺はフォークでスクランブルエッグをすくって食べる。うん、うまい。トーストによく合う。

 

「諸事情って?」

 

 一夏が俺の言葉に首をかしげる。

 

「俺、あんまり箸の扱いに慣れてないんだ。使えないこともないけどよっぽど食べたいメニューじゃないとあんまり使うのもな~って」

 

「フォーク使えばいいじゃん」

 

「え!?使っていいの!?」

 

「たぶん」

 

「目からすのこだ!」

 

「……は?」

 

 俺の言葉に一夏が首をかしげる。

 

「あれ?目から妹子?数の子?」

 

「それを言うなら、目から鱗ではないか?」

 

「そう、それ!」

 

 俺が思い出そうとしていると横から篠ノ之さんが指摘する。

 

「そんな間違い方はじめて聞いたよ。なあ、箒」

 

「…………」

 

 一夏が笑いながら同意を求めるがやっぱり無視されている。

 

(なあ、何があったの?)

 

(俺にもわかんねえ。なんで箒は怒ってんだろう?)

 

「だから、怒ってなどいないと言っている」

 

 俺と一夏の小声での話が聞こえていたらしく、篠ノ之さんが言う。でも、一夏の方をろくに見ようとしない。偶然目があっても急いでそらしている。う~ん、これって本当に怒ってないのかな?よくわからん。

 

「だから箒――」

 

「な、名前で呼ぶなっ」

 

「……篠ノ之さん」

 

「…………」

 

 一夏が名字で呼ぶと、今度は今度でむすっとしてしまった。あれ?今までの反応見てると、もしかして篠ノ之さんって、一夏のこと――

 

「ねえ、ナッシー。隣いい?」

 

「ん?」

 

 一瞬浮かんだ考えが俺の名を呼ぶ声で消えてしまう。見ると俺の横には布仏さんとそのほかに二人の女子がトレーを持って立っていた。

 

「ああ、別にいいけど」

 

 そう答えると、布仏さんはうれしそうに笑い、後ろの二人は小さくガッツポーズをしている。周囲からは何か妙なざわめきが聞こえた。

 

「ああ~っ、私も早く声かけておけばよかった……」

 

「まだ、まだ二日目。大丈夫、まだ焦る段階じゃないわ」

 

「昨日のうちに部屋に押しかけた子もいるって話だよー」

 

「なんですって!?」

 

 ああ、うん、来たね。確か、一年生が八名、二年生が十五名、三年が二十一名自己紹介に来た。確認したら一夏のところにも来ており、学年&人数がぴったり同じだった。きっとどちらかに来た足でそのままもう片方に行ったんだろう。名前を覚えるのだけで一苦労だった。今『私のこと覚えてる?』と言われてもせいぜい四、五人答えられるくらいだろう。

 で、朝からさらに二人覚えなきゃいけないようだ。

 ちなみに三人はどう座るのか決めていたのか、非常にスムーズに席に着いた。六人掛けののテーブルに窓側から篠ノ之さん、一夏、俺、布仏さん、女子A、女子Bの順である。

 

「そういえば、朝ありがとうねー、ナッシー」

 

「いえいえ、どういたしまして」

 

 昨日の夜、『明日朝目覚まし鳴ってても私が起きなかったら起こしてー』と布仏さんにお願いされ、『わかったけど、自分で起きる努力はしてね』と言ったんだが、結局目覚ましで起きることはなかった。その後七時半になるまでに何度『あと五分~』と言われたかわからない。

 七時半になってやっと起きた布仏さんがぼんやりしながら身支度をしている中、先に食堂にやってきたのだった。

 

「航平、その子と仲いいみたいだけどどういう知り合いなんだ?」

 

「ああ、俺の同室の布仏本音さん」

 

「よろしくね、おりむー」

 

「お、おりむー?」

 

 一夏のあだ名が決まったらしい。

 

「うわ、二人とも朝すっごい食べるんだー」

 

「お、男の子だねっ」

 

 他二人の女子が俺と一夏のトレーをのぞき込んで言った。

 

「俺は夜少なめに取るタイプだから、朝たくさん取らないと色々きついんだよ」

 

「俺は前に朝食あんまり食べなかったら織斑先生に怒られた。『朝は一日の始まりだ』って」

 

 以来、俺も朝は多めに、夜は少なめに取るようにしている。

 

「なんで千冬姉に?」

 

「俺、この学園で見つかってから学園から出たことないし、他の学年の人に見つからないようにできるだけこの学校の教師の人以外とは会わないように生活ずらしてたから」

 

 コンソメスープをすする。うん、うまい。

 

「その中でも織斑先生と学園長が俺の身元保証人だから、織斑先生には色々お世話になってたんだ」

 

 そう言えば学園長って会ったことないな。

 

「へ~、知らなかった。千冬姉家に帰ってこないと思ったらそんなことしてたのか」

 

 一夏が納得したよう言う。

 

「ていうか、女子って朝それだけしか食べないで平気なのか?」

 

 俺は三人のトレーを見ながら言う。三人はそれぞれトレーの上のメニューこそ違うが、飲み物にパン一枚、おかず一皿(しかも少なめ)だった。

 

「わ、私たちは、ねえ?」

 

「う、うん。平気かなっ?」

 

「お菓子よく食べるしー」

 

 もちろん最後のは布仏さんである。間食は太るらしいよ。

 

「……織斑、私は先に行くぞ」

 

「ん?ああ。また後でな」

 

 俺には言わないってことは、俺は頭数に入っていなかったのかな?

 

「織斑くんって、篠ノ之さんと仲がいいの?」

 

「お、同じ部屋だって聞いたけど……」

 

「ああ、まあ、幼なじみだし」

 

 へ~。仲良さそうだとは思ってたけどそういう理由か。納得納得。と。別段意識することでもないのかと思ったんだけど、周囲がざわつき始めた。誰かが『え!?』という声が聞こえたほどだ。

 

「え、それじゃあ――」

 

 と。布仏さんの隣の女子……ええと、谷本さん?が質問しようとしたところで、突然手を叩く音が食堂に響いた。

 

「いつまで食べている!食事は迅速に効率よく取れ!遅刻したらグラウンド十周させるぞ!」

 

 織斑先生の声がよく通る。途端、食堂にいた全員が慌てて朝食の続きに戻った。なにせこのIS学園のグラウンドは、一周五キロある。

 

「さて、俺もお先に」

 

 俺は話している間も手は止めなかったのでもう食べ終わっている。

 

「ちょっと、ナッシー。同室のよしみで待っててよー」

 

「そうだ!同じ男子のよしみだろっ?」

 

 立ち上がろうとした俺に二人の声がかかる。そう言ってる間に食べてしまえよ。

 

「……しょうがないから、あと一分な」

 

 そう言って俺はさっきまで座っていた椅子に座りなおす。

 

「ありがとう、恩に着る」

 

「ありがと~」

 

 そう言って、二人はさらに手を動かす。一分で間に合うんだろうか。

 

 

 その後、一夏や二人の女子は途中で食べ終わっていたのだが、行こうとするたびに泣きそうな顔で布仏さんに見つめられたら、置いて行けず、結果最後には二人で遅刻ギリギリとなってしまっていた。唯一の救いは織斑先生に怒られることは回避できたことだろう。

 ………俺、早く食べ終わってたのに。




かわいい女子と登校とか死ねばいいのに!と自分の書いてるキャラに軽く嫉妬しました。
いいな~。イチャラブ登校。一歩間違えれば千冬さんにぶっ叩かれるけど。


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第7話 待遇の差、性能の差

ラッキー7の7話
始まるよ♪


 二時間目が終わった時点で一夏はグロッキーな状態だった。

 単語は予習のおかげである程度はわかったらしいが、根本的に理解できないらしい。無理もない。事前学習した俺でも難しい箇所がたくさんある。例えるなら、式を知らないと解けない数学の問題みたいだ。

 しかし、こうしてると不思議だ。こうして教科書を読み、授業を受けていると、本当に俺がISを動かしたのか疑わしくなる。

 そんなことを考えている間も当然授業は進んでいく。山田先生が時々詰まりながらも、俺たちにISの基本知識を教えていた。

 

「というわけで、ISは宇宙での作業を想定して作られているので、操縦者の全身を特殊なエネルギーバリアーで包んでいます。また、生体機能も補助する役割があり、ISは常に操縦者の肉体を安定した状態へと保ちます。これには心拍数、脈拍、呼吸量、発汗量、脳内エンドルフィンなどがあげられ――」

 

「先生、それって大丈夫なんですか? なんか、体の中をいじられているみたいでちょっと怖いんですけども……」

 

 クラスメイトの女子の一人がやや不安げに尋ねる。確かに、ISを動かした時の独特の一体感は、人によって不安を感じてしまうかもしれない。

 

「そんなに難しく考えることはありませんよ。そうですね、例えばみなさんはブラジャーをしていますね。あれはサポートこそすれ、それで人体に悪影響が出ると言うことはないわけです。もちろん、自分のあったサイズのものを選ばないと、形崩れしてしまいますが――」

 

 そこまで言って、山田先生と一夏の目が合う。そこで一回きょとんとした山田先生は、今度は俺を見る。山田先生の方を見ていたので俺とも目が合う。数秒置いてからボッと赤くなった。

 

「え、えっと、いや、その、お、織斑くんと梨野くんはしていませんよね。わ、わからないですね、この例え。あは、あははは……」

 

 山田先生がごまかすように笑うが、なんとなく教室の中に微妙な雰囲気を漂わせた。俺よりもむしろ女子が意識してるみたいで、腕組みをするフリで胸を隠そうとしていた。ちらちらとこっちを見ている視線も感じる。ぶっちゃけものすごく気まずい。

 

「んんっ! 山田先生、授業の続きを」

 

「は、はいっ!」

 

 浮ついた空気を織斑先生の咳払いでシャットアウトする。織斑先生に促されて、山田先生は教科書を落としそうになりながら話の続きに戻った。

 

「そ、それともう一つの大事なことは、ISにも意識に似たようなものがあり、お互いの対話――つ、つまり一緒に過ごした時間で分かり合うというか、ええと、操縦時間に比例して、IS側も操縦者の特性を理解しようとします」

 

 ふむふむ。つまり接すれば接するだけ理解しあう、と。なんか人と人みたいだ。

 

「それによって相互的に理解し、より性能を引き出させることになるわけです。ISは道具ではなく、あくまでパートナーとして認識してください」

 

 すかさず、女子が挙手をする。

 

「先生ー、それって彼氏彼女のような感じですかー?」

 

「そっ、それは、その……どうでしょう。私には経験がないのでわかりませんが……」

 

 この場合の経験っていうのはもちろん男女交際のことだろう。赤面してうつむく山田先生を尻目に、クラスの女子はきゃいきゃいと男女についての雑談をはじめている。

 ここ以外の学校なってわからないが、こういうのが『女子校』的な雰囲気なんだろう。なんと言い表していいかわからないが、一言で言えば『甘い』って感じだ。

 

「……………………」

 

「な、なんですか? 山田先生」

 

「俺らの顔に何かついてます?」

 

「あっ、い、いえっ。何でもないですよ」

 

 訊かれて、両手を振ってお茶を濁す山田先生。気のせいかな?さっきから俺と一夏をじろじろ見ていた気がする。

 キーンコーンカーンコーン。

 

「あっ。えっと、次の時間では空中におけるIS基本制動をやりますからね」

 

 ここIS学園では実技と特別科目以外は基本担任が全部の授業を持つらしい。ご苦労様です。

 

「ねえねえ、織斑くんさあ!」

 

「はいはーい、質問しつもーん!」

 

「今日のお昼ヒマ? 放課後ヒマ? 夜ヒマ?」

 

 昨日の様子見は終わったのか、織斑先生と山田先生が教室を出るなり女子の半数が一夏の下にスタートダッシュ。残りの半数は――。

 

「ねえねえ、梨野くん!」

 

「はいはーい、質問しつもーん!」

 

「ねえ、ナッシー。今日お昼一緒に食べよー」

 

 俺のところに集まってきていた。最後のはもちろん布仏さん。俺をナッシーと呼ぶのは布仏さんくらいだ。その布仏さんは椅子に座った俺に後ろから抱き着く形でくっついている。

 背中を意識するな。背中を意識するな。背中を意識するな。背中を意識するな。背中を意識するな。どんなに心地よくても背中に意識を持っていくんじゃないぞ俺!

 

「いや、えっと、一度に聞かれても……」

 

 そこまで言ったところで何やら整理券を配っている女子を発見。しかも有料。おい、人で商売するな。

 

「ねえ、梨野くんって日本人に見えないけど名前は日本人だよね?どうして?」

 

「ああ、それは――」

 

 パアンッ!

 

「休み時間は終わりだ。散れ」

 

 おお、いつの間にか織斑先生が現れた。しかも今のは、一夏が叩かれたようだ。また叩かれるようなことしたのか、あいつ。

 

「ところで織斑、お前のISだが準備まで時間がかかる」

 

「へ?」

 

「予備機がない。だから、少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」

 

 へ~、専用機か。いいな~。と、思っていると、教室中がざわめき始める。どうやらみんな俺と思っていることは同じらしい。あ、一夏がちんぷんかんぷんって感じの顔してる。

 

「せ、専用機!? 一年の、しかもこの時期に!?」

 

「つまりそれって政府からの支援が出てるってことで……」

 

「ああ~。いいなぁ……。私も早く専用機欲しいなぁ」

 

 クラスメイト(俺含む)が羨ましそうにしている理由がまだわからない一夏を見かねたのか、織斑先生がため息をつく。

 

「教科書六ページを音読しろ」

 

「え、えーと『現在、幅広く国家・企業に技術提供が行われているISですが、その中心たるコアを作る技術は一切開示されていません。現在世界中にあるIS467機、そのすべてのコアは篠ノ之博士が作成したもので、これらは完全なブラックボックスと化しており、未だ博士以外はコアを作れない状況にあります。しかし博士はコアを一定数以上作ることを拒絶しており、各国家・企業・組織・機関では、それぞれ割り振られたコアを使用して研究・開発・訓練を行っています。またコアを取引することはアラスカ条約第七項に抵触し、すべての状況下で禁止されています』……」

 

「つまりはそういうことだ。本来なら、IS専用機は国家あるいは企業に所属する人間しか与えられない。が、お前の場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意されることになった。理解できたか?」

 

「な、なんとなく……」

 

 一夏がうなずく。

 

「………でも、あれ?なんで航平には専用機がないんですか?」

 

 一夏が訊く。みんなも思っていたのか織斑先生に視線を向けている。俺はなんとなく理由はわかるけど。

 

「本来なら梨野の分の専用機も準備するはずだったんだが……」

 

 織斑先生が苦虫を噛み潰したよう顔をしている。どうやら俺の予想通りらしい。織斑先生は言いづらいのか、そこから先を言おうとしない。

 

「先生、かまいませんよ。わかってるんで」

 

 俺はできるだけ、「気にしてません」という表情にできるように微笑む。

 

「どうせ、『データ収集は織斑一夏だけで十分だ。どこの馬の骨とも知れないやつに専用機なんて与えられん』て、とこでしょう?」

 

「……まあ、だいたいそんなところだ」

 

 やっぱり。まあしょうがない。実際記憶のないどこぞの馬の骨ですからね~、俺は。

 

「その代わりと言っては何だが、梨野には学園側から打鉄の無期限貸出しが決まった」

 

 へー、無期限貸出しか。前に聞いたけど訓練機の貸し出し申請って時間かかるらしいからありがたいといえばありがたい。

 

「使えるISがあるならありがたいです。それに無期限貸出しなら俺からは不満なんてありませんよ」

 

「……そうか」

 

 なんとなく織斑先生が少し安堵したように見える。もしかして心配してくれたのかな?

 

「あの、先生。思ったんですけど、篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか?」

 

 女子の一人がおずおずと織斑先生に質問した。

 そう言えば、篠ノ之箒さんと篠ノ之博士、同じ苗字だ。もしかして肉親とかなんだろうか?まあ、もしそうでも先生が生徒の個人情報をそんな簡単に話すわけが――

 

「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」

 

 って、ぅおい!!そんな簡単に言っちゃっていいんですか!?てか、篠ノ之博士って今各国が血眼になって探してるんじゃあ?

 

「ええええーっ! す、すごい! このクラス有名人の身内がふたりもいる!」

 

「ねえねえっ、篠ノ之博士ってどんな人!? やっぱり天才なの!?」

 

「篠ノ之さんも天才だったりする!? 今度ISの操縦教えてよ!」

 

 授業中だというのに、篠ノ之さんの元にわらわらと女子が集まる。なるほど、俺と一夏って端から見たらあんな感じだったのか。

 

「あの人は関係ない!」

 

 突然の大声に、さっきまで空気が一変した。見ると、篠ノ之さんに群がっていた女子も軒並み何が起こったのかわからないという顔をしている。

 

「……大声を出してすまない。だが、私はあの人じゃない。教えられるようなことは何もない」

 

 そう言って、篠ノ之さんは窓の外に顔を向けてしまう。女子達は盛り上がったところに冷水を浴びせられた気分のようで、それぞれ困惑や不快を顔にして席に戻った。

 

「さて、授業をはじめるぞ。山田先生、号令」

 

「は、はいっ!」

 

 山田先生も篠ノ之さんが気になる様子だったが、そこはやはり教師だ。授業を優先している。そして俺も教科書を開いた。

 

 

 ○

 

 

「安心しましたわ。まさか訓練機で対戦しようとは思っていなかったでしょうけど」

 

 休み時間、一夏の共に学食に行こうとしているとオルコットさんは早速一夏の席にやってきて、腰に手を当ててそう言った。どうでもいいけど、オルコットさんってそのポーズ好きだねー。

 

「まあ? 一応勝負は見えていますけど? さすがにフェアではありませんものね」

 

「? なんで?」

 

 今回は俺も知らなかった。なんで訓練機だとフェアじゃないんだろう。

 

「あら、ご存じないのね。いいですわ、庶民のあなたたちに教えて差し上げましょう。このわたくし、セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生……つまり、現時点で専用機を持っていますの」

 

「へー」

 

 それは知ってる。

 

「……馬鹿にしていますの?」

 

「いや、すげーなと思っただけだけど。どうすげーのかはわからないが」

 

「それを一般的に馬鹿にしていると言うでしょう!?」

 

 ババン!

 オルコットさんが一夏の机を叩いた。あ、ノートが落ちた。

 

「……こほん。さっき授業でも言っていたでしょう。世界でISは467機。つまり、その中でも専用機を持つものは全人類六十億超の中でもエリート中のエリートなのですわ」

 

「そ、そうなのか」

 

「し、知らなかった」

 

「そうですわ」

 

「ああ……」

 

 まさか、まさか。

 

「「人類って六十億超えてたのか」」

 

「そこは重要ではないでしょう!?」

 

 ババンッ!

 あ、今度は教科書が落ちた。

 

「あなたたち! 本当に馬鹿にしていますの!?」

 

「「いやそんなことはない」」

 

「だったらなぜ棒読みなのかしら?しかも、示し合わせたようにハモらせて」

 

 はて?なぜだろう?ちなみにハモったのは多分偶然。

 

「なんでだろうな、航平」

 

「さ~、なんでだろうな」

 

「…………そう言えばあなたは訓練機でしたわね。わたくし、相手が訓練機でも一切容赦しませんので」

 

 オルコットさんが俺に向かって言う。

 

「うん。それはいいんだけど。なんで訓練機と専用機ではフェアじゃないんだ?」

 

 俺はさっきから疑問に思っていたことを聞く。

 

「……あなた本気で聞いてますの?」

 

「おう。いたって大まじめだぜ」

 

 俺の回答にオルコットさんが目頭を押さえる。何だろう。疲れ目かな?暖かいタオルとかをのせておくとといいらしいぞ。

 

「あなた、勉強したのにわからないんですの?専用機と訓練機では性能に差があるじゃありませんか」

 

「そんなことわかってるよ。ただ、性能の差=勝ち負けじゃないだろ?歴史の勉強したけど不利な奴が勝った場面なんていっぱいあるだろ?圧倒的な戦力差のある戦いで戦力の低い側が勝つことがなかったなんて言わないだろう?」

 

 俺の指摘が的を射ていたのか、オルコットさんが一瞬黙る。

 

「……確かに一理ありますわ。でも、国家代表の候補生が専用機を使うのと、まだ数回しか動かしたことのないあなたが訓練機を使うのとではやはり圧倒的に差があるのではないのではなくって?」

 

「そうかもしれないけど。でも真剣勝負なんて何が起こるかわからないんだ。俺たちが勝つ見込みが全くないなんてことはないだろ?」

 

「……まあ、これ以上話しても埒が明きませんわね。あなたがそこまで言うのであれば本番であなたがどんな動きを見せてくれるのか、楽しみにしていますわ」

 

 一瞬の間の後オルコットはそう言って、教室から立ち去った。あれ、楽しみにしてるって言ってたけど、それほど期待してる感じじゃなかったな。あれ絶対俺なんか眼中にないな。

 

「で、どうする一夏?」

 

「……どうしようか。俺たちが今から独学でISについて勉強してもたかが知れてるしな」

 

「なあ。いっそ誰かに教えてもらうか」

 

 俺の提案に一夏が黙る。

 

「………なあ、物は試しに一人頼んでみようかというあてはあるんだが」

 




この話の中ではIS見てて思った疑問を主人公に行ってもらいました。
エリートだのなんだの言ってても訓練機に寝首刈られることって本当にないのかな?と思い、それも盛り込みました。

最近書いてて思うのが、この主人公記憶ないくせにあほっぽくないな、ということです。
参考にしてるキャラと少しイメージが違ってるかもしれないので、もう少し気を付けます。


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第8話 ISについて教えて

8って個人的に好きな数字です。
やったぜ8話

てなわけで始まるよ♪


「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 食堂にて、俺、一夏、篠ノ之さんは昼食を取っていた。俺は豚骨ラーメン、一夏と篠ノ之さんは日替わり定食(鯖の塩焼き定食)を食べている。三人とも無言。他二人はどうなのか知らないが、俺はなんとなく口を開きずらいので黙っている。

 なぜ、こんな無言の三人で昼食を取っているのか。それはこんな出来事があったからだ。

 

 

 ○

 

 

「………なあ、物は試しに一人頼んでみようかというあてはあるんだが」

 

 一夏の言葉に俺はうなずく。

 

「任せるよ。俺にはもともとあてなんてないし、頼れる相手なんて先生くらいのもんだ。でも、先生に頼るのは最後の手にしたいしな」

 

「わかった。とりあえず、そいつも誘って一緒にこれから飯食いに行こう」

 

「おう」

 

 俺が頷くと、一夏は教室の端、窓際へと向かう。俺も一夏の後に着いて行く。

 

「なあ、箒」

 

「…………」

 

「篠ノ之さん、飯食いに行こうぜ」

 

 一夏が篠ノ之さんに声をかけるが、篠ノ之さんは無視。あてって篠ノ之さんのことか。

 

(どうするんだ、一夏。がっつり無視されてるぞ)

 

(どうしよう。どうにかしないと俺も頼れるの箒くらいだし)

 

 俺たちが小声で相談をしていると、

 

「ねえねえ、ナッシー」

 

 俺の背中に乗っかってくる人物がいた。というか布仏さんだった。

 

「私たちも一緒について行ってもいい?」

 

 見ると俺と一夏のすぐ近くにもう二人女子がいた。

 

(一夏、こうしよう。この子たちも一緒に連れていくんだ。男二人に篠ノ之さんで行くより、頼みずらくなるかもしれないけど、同じ女子がいる方が篠ノ之さんも来てくれるかもしれない)

 

(なるほど。それでいこう)

 

「よし、みんなで学食に行くか」

 

「うんっ」

 

 俺の背中で布仏さんが嬉しそうに笑い、後ろの二人も小さくガッツポーズしている。

 

「てなわけで、行こうぜ」

 

 一夏がもう一度篠ノ之さんに向き直る。

 

「……私は、いい」

 

「まあそう言うな。ほら、立て立て。行くぞ」

 

「お、おいっ。私は行かないと――う、腕を組むなっ!」

 

 一夏が無理矢理篠ノ之さんを立ち上がらせ、ぐいぐいと引っ張って行く。

 

「なんだよ歩きたくないのか?おんぶしてやろうか?」

 

「なっ……!」

 

 ボッと顔を赤くする篠ノ之さん。いや、そこまでするのは……。

 

「は、離せっ!」

 

「学食についたらな」

 

「い、今離せ!ええいっ――」

 

 篠ノ之さんの腕に絡ませていた一夏の腕が、肘を中心に曲げられる。「あっ」と思った瞬間にいつの間にか一夏の体が反転。一夏は床の上に投げ飛ばされていた。

 

「…………」

 

 な、何があったんだ!?さっきまで立っていた一夏が床の上に寝ている。しかも、ものすごく痛そう。まわりの女子もぽかんとしている。

 

「腕上げたなぁ」

 

「ふ、ふん。お前が弱くなったのではないか?こんなものは剣術のおまけだ」

 

 一夏が腰をさすりながら立ち上がる。今の動きは「おまけ」ってレベルじゃなかったように思うんだが。

 

「え、えーと……」

 

「私たちはやっぱり……」

 

 そう言って二人の女子が少しづつ後ずさりしていく。

 

「ほら、あんたも」

 

「えー。やだー」

 

 俺の背中に引っ付いていた布仏さんを引きはがし、三人は(一人は引きずられて)退散していった。

 

「…………」

 

 一夏はぱんぱんと服についたほこりを払う。篠ノ之さんは「私は悪くないぞ」と言いたげに、腕を組んでそっぽを向いていた。

 

「箒」

 

「な、名前で呼ぶなと――」

 

「飯食いに行くぞ」

 

 がしっ。一夏が篠ノ之さんの手を強引につかむ。

 

「お、おい。いい加減に――」

 

「黙ってついてこい」

 

「む……」

 

「行こう、航平」

 

「おう」

 

 一夏のにべもない言葉に篠ノ之さんはされるがままについてきている。

 

 

 以上、回想終わり。

 

 

 ○

 

 

 そんなこんなでただいま学食にいる俺たち三人。あー、豚骨らーめんおいしい。

 

「なあ、そういやさあ」

 

「……なんだ」

 

 味噌汁に口を付けながら篠ノ之さんが返事。一夏も焼き鯖の身をほぐしながら続ける。

 

「俺たちにISのこと教えてくれないか?このままじゃ来週の勝負で何もできずに負けそうだ」

 

「くだらない挑発に乗るからだ、馬鹿者め」

 

 それを言ったらおしまいだ。……まあ、その通りなんだけどな。

 

「それをなんとか、頼むっ」

 

 箸を持ったまま、ぱしりと手を合わせて篠ノ之さんを拝む一夏。おっと、俺も。

 

「…………」

 

 しーん。無視された。それどころか黙々とほうれん草のおひたしを食べている。

 

「なあ、箒――」

 

「ねえ、君たちって噂の子でしょ?」

 

 いきなり、隣から女子に話しかけられた。見ると、三年生のようだ。リボンの色が違う。一年は青、二年は黄色、三年は赤だ。癖毛なのかやや外側にはねた髪が特徴的で、人懐っこい顔立ちをしている。さすが三年生だけあって容姿だけでなく雰囲気も大人びている。

 

「はあ、たぶん」

 

 一夏が返事し、横で俺がうなずくと、先輩は実に自然な動きで俺の隣の席にかけた。組んだ腕をテーブルに乗せ、若干傾けた顔を俺たちに向けてくる。

 

「代表候補生のコと勝負するって聞いたけど、ほんと?」

 

「はい、そうですけど」

 

 俺はうなずきながら返事をする。噂ってそこまで広まってるのか。

 

「でも、君たちって素人だよね?IS稼働時間いくつくらい?」

 

「いくつって……二〇分くらいだと思いますけど」

 

「俺もそれくらいです」

 

「それじゃあ無理よ。ISって稼働時間がものをいうの。その対戦相手、代表候補生なんでしょ?だったら軽く三〇〇時間はやってるわよ」

 

 具体的に何時間以上がすごいのかわからんが、このままではオルコットさんと戦っても負けるのは明らかなようだ。

 

「でさ、私が教えてあげよっか?ISについて」

 

 言いながらずずいっと身を寄せてくる先輩。おお。なんて親切な人だ。

 

「「はい、ぜ」」

 

 二人で顔を見合わせ、是非に、と言おうとした言葉は、

 

「結構です。私が教えることになっていますので」

 

 食事を続けながらいきなり言った篠ノ之さんの言葉に遮られた。あれ?いつの間に教えてもらうことになったんだっけ?

 

「あなたも一年でしょ?私の方がうまく教えられると思うなぁ」

 

「……私は、篠ノ之束の妹ですから」

 

 言いたくなさそうに、それでもこれだけは譲れないとばかりに篠ノ之さんが言う。

 

「篠ノ之って――ええ!?」

 

 先輩はここぞとばかりに驚いた。そりゃあなぁ、ISを作った人の妹が目の前にいればしょうがない。俺だって事前に知っていなければこのくらい驚いていただろう。

 

「ですので、結構です」

 

「そ、そう。それなら仕方ないわね……」

 

 さすが世界的な天才の妹。その名前を聞いただけでこの反応とは。

 

「なんだ?」

 

「なんだって……いや、教えてくれるのか?」

 

「そう言っている」

 

「それって、俺にも教えてくれるの?」

 

「………ああ」

 

 あ。今、間があった。ほんとは嫌なのか?というか、これまでの反応を見てるとなんか……。

 まあ、ともあれ、これでISのことを教えてくれる人は確保できた。あとは残りの時間でどれだけできるかだ。

 

「今日の放課後」

 

「「ん?」」

 

「剣道場にこい。一度、腕がなまってないか見てやる。梨野の実力がどれほどのものなのかも」

 

「いや、俺たちはISのことを――」

 

「見てやる」

 

「……わかったよ」

 

「はい」

 

 篠ノ之さんの有無を言わせぬ声に俺たち二人はうなずくしかなかった。

 




いやー、書いてると長いですね。
やっと、ここまで来たって感じです。
この調子で頑張ります。

追伸
前回の話に主人公が一夏に布仏さんを紹介する場面を入れていなかったので入れておきました。
そんな重要なことでもないし、会話二、三個分ですが。


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第9話 男の実力

バトルの描写がへたくそだと思います。
あらかじめご了承ください。


「どういうことだ」

 

「いや、どういうことって言われても……」

 

 時間は放課後、場所は剣道場。今もまたギャラリーは満載で、俺たちは昼間の篠ノ之さんの宣言通り、篠ノ之さんと手合わせをしていた。俺の前に一夏が先に手合わせを開始してから十分。今、一夏は篠ノ之さんに怒られていた。剣道のルールを知らない俺でも結果はわかった。一夏の負けである。面具を外した篠ノ之さんの目じりは吊り上がっている。

 

「どうしてここまで弱くなっている!?」

 

「受験勉強してたから、かな?」

 

「……中学では何部に所属していた」

 

「帰宅部。三年連続皆勤賞だ」

 

 それって毎日、何もせずに家に帰ってたってだけなんじゃ?

 

「――なおす」

 

「はい?」

 

「鍛え直す!IS以前の問題だ!これから毎日、放課後に三時間、私が稽古をつけてやる!」

 

「え。それはちょっと長いような――ていうかISのことをだな」

 

「だから、それ以前の問題だと言っている!」

 

 これは何を言ってもダメそうだ。ISのことは山田先生あたりを頼るしかないかもしれない。

 

「まったくお前と言うやつは。……よし、次は梨野。お前の腕を見せてもらう」

 

「……俺、剣道やったことないんだけど」

 

「それでもかまわん。好きに動けばいい。型も気にしなくていい」

 

 どうやらやることは決定事項のようだ。

 俺はしぶしぶ立ち上がり、防具を着け、見よう見まねで竹刀を構える。

 

「初めてにしてはなかなか様になっているではないか」

 

「そりゃどうも」

 

「それでは始めよう。好きな時にかかってくるがいい」

 

 こうなったら俺も意地だ。なんとしても、篠ノ之さんをぎゃふんと言わせてやる。

 

「………ふっ!」

 

 俺は床を力強く蹴り、振りかぶった竹刀を篠ノ之さんに叩き込――もうとするが、篠ノ之さんは当たる寸前によけてしまう。 

 

 篠ノ之さんから距離をとって、真正面から篠ノ之さんを見つめる。

 

「……はあっ!」

 

「!?」

 

 パアンッ。

 俺の頭へと振り下ろされた竹刀を俺は竹刀で受け止める。速かった。ものすごく速く、もう少し反応するのが遅れていたら、今、俺が受け止めている竹刀は俺の頭へと叩き込まれていただろう。

 

「………っ!」

 

 そこから先はほとんど無意識、条件反射だった。

 上から篠ノ之さんの竹刀で抑えられている俺の竹刀。俺はそれを持つ手を、今まで曲がっていた肘を伸ばした。それによって、俺の竹刀は斜めになり、上から力をかけていた篠ノ之さんの竹刀は俺の竹刀を滑り、篠ノ之さんの体と共に俺の右側へと逸れて行く。

 

「!?」

 

 篠ノ之さんの驚愕しているのがなんとなくわかる。俺もぶっちゃけ何が起きているのかわからない。

 俺はそこから右足で一歩踏み出し、篠ノ之さんの横を通って篠ノ之さんに背中を向ける形になる。篠ノ之さんは俺の後ろでバランスを崩したのか、屈む姿勢になっていた。

 

「…っ!」

 

 俺はそこから踏み出した右足を軸に回転し、回転の勢いをのせ、竹刀を篠ノ之さんの頭に叩き込もうと振りかぶる。

 

「はああああ!」

 

「!? せい!!」

 

 パアンッ!

 大きな音がし、気が付いたら俺の手から竹刀が消えていた。屈んだ姿勢から体をこちらに向け、竹刀を振り上げた姿勢で止まっている篠ノ之さん。

 ガタタッ

 俺の後ろから何かが床に落ちる音がした。振り向くと、さっきまで俺が持っていた竹刀だった。

 どうやら俺が竹刀を振り下ろす瞬間に篠ノ之さんも斬り上げ、俺の竹刀を弾き飛ばしたらしい。

 

「……参りました」

 

 完全に俺の敗北である。負けを認めるしかない。

 

「………」

 

 無言のまま立ち上がり、面具を取る篠ノ之さん。俺も面具を取る。

 

「……梨野。お前いったい……」

 

「?」

 

「いや、なんでもない。お前もこれから一緒に見てやる。二人ともこれから放課後は私が三時間じっくりとみてやるからな」

 

 そう言って、篠ノ之さんは更衣室に行ってしまった。

 

「すごいなお前」

 

「何が?」

 

 去っていく篠ノ之さんをぼんやりと見送っていた俺に一夏が言った。

 

「だって、箒って去年、剣道の全国大会で優勝してるんだよ」

 

「……まじで?俺、そんな相手と戦ってたの?」

 

「おう。でも、お前すごいよ。もう少しで箒に一太刀当てたぜ」

 

「あんなのまぐれだよ。まぐれ」

 

 俺は苦笑いを浮かべる。あの時はただ勝手に体が動いただけだ。偶然に過ぎない。

 

「織斑くんてさあ」

 

「結構弱い?」

 

「ISほんとに動かせるのかなー」

 

「梨野くんはもう少しだったんだけどね」

 

「でも負けちゃったしね」

 

「二人ともあれで大丈夫なのかな」

 

 ひそひそと聞こえるギャラリーの落胆の声。ああ、やっぱり男が女に負けるのはみじめだ。

 

「でだ。篠ノ之さんにはなんでか稽古を付けられることになったし、ISのことは山田先生あたりに頼もうと思うんだけど、どうだ?」

 

「そうするか」

 

 俺は聞こえてくる落胆の声を振り払うように提案し、一夏もうなずく。

 

(朝のトレーニングももっと気合い入れて頑張るか)

 

 

 

 ○

 

 

 

(あの、梨野航平という男……)

 

 剣道場で着替えをしながら、箒は先ほどのことを考えていた。

 

(あいつの動きはなんともおかしなところだらけだった。竹刀の構え方、足運びなどの動きがすべて素人のものだった。にもかかわらず、動きの端々に熟練者のような動きが見える。そして何よりもあの最後の……)

 

 そこで、箒はあの時の航平の動きを思い出す。自分の竹刀を受け止め、そこから流れるように箒の竹刀を滑らせ逃れた。

 

(もしもあの時私の反応がもう少し遅れていたら……)

 

 その先を想像し、言葉にすることをためらってしまう。

 

(それに比べて一夏のやつは大体、たるんでいる。明らかに一年近くは剣を握っていない。でなければあんな風に、私に負けるはずがない)

 

 航平と比べるように一夏との手合わせを思い出す。六年ぶりにあった幼なじみは自分の予想をいい意味でも悪い意味でも上回っていた。

 六年前よりも大人っぽくなり、ただの生意気だった瞳はわずだが大人の男を感じさせるものに変わっていた。

 

(しかし、たるんでいる。恥ずかしくはないのか。まったく)

 

 そうは思うものの、六年ぶりにあった幼なじみへの思いは止まらない。

 自分のことを覚えていてくれたこと。一目で自分だとわかってくれたこと。剣道の全国大会で優勝したことを知っていたこと。

 それらのことがうれしくないはずがない。

 

「…………はっ!?」

 

 ふと、姿見に映った自分の顔を見て我に返る。

 

(と、とにかく、明日からは放課後は特訓だ。せめて人並みに使えるようになってもらわなくては困る)

 

 箒は腕を組み、うんうんとうなずく。

 

(そ、それに、放課後に一夏と二人っきりに……)

 

「いや!そ、そのようなことは考えてはいないぞ!大体、梨野だっているんだ!二人っきりなどでは断じてはない!」

 

 そこまで言ったところで、ふと、残念に思えてしまう。

 

「……!! いやいやいや!決して残念なんかではない!!残念なんかではないんだ!!」

 

 だだっ広い更衣室で一人、誰に言い訳しているのかもわからず、声を荒げる箒だった。




さあさあ、もうすぐセッシーとのバトルだ。
バトルシーンの描写のへたくそな私にどこまで描けるか、今から頭抱えてます。


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第10話 クラス代表決定戦

二桁突入!
記念すべき十話目でございます。


 翌週、月曜日。オルコットさんとの対決の日。

 

「なあ、航平」

 

「なんだ?」

 

「俺たち勝てると思うか?」

 

「………さあ?」

 

 俺たちは第三アリーナ・Aピットにいた。

 この一週間、俺たちは箒との特訓と山田先生に頼んで行ってもらった補講のおかげで、なんとか知識の面では大丈夫だと思う。あくまでも知識の面では、だが。

 

「これまで、補講と基礎訓練の繰り返しだったな」

 

「まあ、できることなんてそれくらいだったからな。一夏のISも届かなかったし」

 

 そう。この一週間で補講と基礎訓練の繰り返しだったのは、一夏のISが届かなかったため、ISを使っての特訓ができなかったのである。俺には早い段階から打鉄が貸し出されていたのだが、手合わせの相手がいなかったので軽く動かす程度のことしかできなかった。

 

「俺たちホントに大丈夫かな?」

 

「………さあ」

 

「「……はあぁぁぁ」」

 

 俺たち二人は同時にため息をついた。

 

「まったく、何を腑抜けている。もっと緊張感を持ったらどうだ?」

 

 俺たちの横にいた箒が叱咤してくれる。

 

「でもな、箒。わかっちゃいるけど、俺のISがまだ届かないのもあって、なんか……」

 

 一夏が苦笑いを浮かべている。

 この一週間の特訓を通して、一夏と箒は下の名前で呼び合うようになっていた。そして俺もついでのように篠ノ之さんから箒へと呼び方が変わった。曰く、『篠ノ之さんなどと堅苦しく呼ぶな』と言うことらしい。そこで、一夏のように下の名前で呼び捨てにしたところ、はじめのころはなんとも微妙な顔をしていたが、今では俺のことも航平と呼び捨てにしている。

 

「ところでだ。お前たちはこの試合の後も、これからも特訓をするのか?」

 

「うん、まあ、そうなるだろうな。この試合で勝っても負けても課題は出てくるだろうし」

 

 箒の問いに一夏が答える。

 

「それなら、今後もその特訓に私も同行してもいいだろうか?」

 

「おう、いいぜ。な?」

 

「おう」

 

「そうか」

 

 一夏の返事を聞き、嬉しそうにほほ笑む箒。その顔はまるで恋する乙女のようだった。

 ………なんというか、この一週間、一緒に特訓をする中で俺の疑問は確信に変わった。箒は一夏のことが好きなのだろう。一夏も一夏でそのことに気づいていない。そんな状態なものだから、俺は何度も自分が邪魔物のように思えたものだった。

 

「しかし、それにしても一夏のISはまだ届かんのか?」

 

 自分の顔が恋する乙女になっていることを感じたのか、箒は空気を変えるように言った。

 

「ん~、まだみたいだな。今日来なかったら、どうなるんだ?俺試合できないのか?」

 

「そうなったら俺一人でオルコットさんと戦うのか?」

 

 試合はオルコットさんや織斑先生を交えての話し合いにより、「俺&一夏vsオルコットさん」という形になった。2対1ではなんだかフェアではない気がするが、そこは素人と経験者。実力のバランスを取るためそういう形での試合となった。オルコットさんもそれを了承した。きっと、一人づつやるよりまとめて倒した方が早いとでも思ったのだろう。聞いたところによると、オルコットさんのISは一対多むきらしい。それだけ自信があるのもそれが理由だろう。

 

「お、織斑くん織斑くん織斑くんっ!」

 

 三度も一夏の名を呼びながら登場したのは山田先生。相変わらず転んでしまいそうな足取りであるが、今日は輪をかけてあわてふためいている。

 

「山田先生、落ち着いてください」

 

「そうそう。はい、深呼吸」

 

「は、はい。す~~~~は~~~~、す~~~~は~~~~」

 

 落ち着いてもらおうと俺が提案した深呼吸を始める山田先生。

 

「はい、そこで止めて」

 

「うっ」

 

 一夏がおそらく冗談で言ったことを山田先生が本気にし、本当に息を止めてしまう。

 

「…………」

 

 てか、もうそろそろいいんじゃないのか?

 

「……ぶはあっ! ま、まだですかあ?」

 

 いや、素直に一夏の言葉に従った山田先生もどうなんだ。

 

「目上の人間には敬意を払え、馬鹿者」

 

 

 パアンッ!パアンッ!

 俺と一夏の頭におなじみの容赦ない一撃。

 

「ちょっと待ってくださいよ!俺関係ないじゃないですか!」

 

「お前が提案したことなのだから同罪だ」

 

 そんな理不尽な。

 

「千冬姉……」

 

 パアンッ!

 

「織斑先生と呼べ。学習しろ。さもなくば死ね」

 

(聞いたか航平?)

 

(ああ、嘘みたいだよな。あれで教育者だもんな)

 

 あんなにバカスカと人の頭叩いて、辛辣な言葉をぶつける、織斑先生。これで彼氏とかいるのだろうか。せっかくの美人なのに。

 

「ふん。馬鹿な弟にかける手間暇がなくなれば、見合いでも結婚でもすぐできるさ」

 

 あらら、読まれてた。

 

「そ、そ、それでですね。来ました!織斑くんの専用IS!」

 

 そこで、思い出したように言う山田先生。

 

「織斑、すぐに準備をしろ。アリーナを使用できる時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ」

 

「はい?」

 

 織斑先生の言葉に素っ頓狂な声を上げる一夏。

 

「この程度の障害、男子たるもの軽く越えて見せろ。一夏」

 

「え? え? なん……」

 

「「「早く!」」」

 

 山田先生、織斑先生、箒の声が重なった。

 

(なあ、航平。なんで俺の周りって――)

 

(俺に聞かないでくれ)

 

 ごごんっ、と鈍い音がして、ピット搬入口が開く。斜めに噛み合うタイプの防壁扉は、思い駆動音を響かせながらゆっくりと向こう側を晒す。

 

 ――そこには『白い』ISがあった。

 

 白。真っ白。飾り気のない眩しいほどの純白を纏ったISがその装甲を開いて操縦者を待っていた。

 

「これが……」

 

「はい! 織斑くんの専用IS『白式』です!」

 

 それは、ただただ佇んでいた。しかしなんとも言いようのない感覚があった。

 

「体を動かせ。すぐに装着しろ。時間が無いからフォーマットとフィッティングは実戦でやれ。できなければ負けるだけだ。分かったな」

 

 織斑先生にせかされ、一夏は白式に触れる。

 

「あれ……?」

 

「どうした一夏?」

 

「いやさぁ。試験の時に、初めてISに触れた時に感じたあの電撃のような感覚がないんだ」

 

「え?」

 

 それは俺には何とも分からない感覚だった。俺は初めてISに触った時も、馴染むような、まるでこうすることがふつうであるように感じた。それはそれで、その時は違和感を感じていたが。

 

「背中を預けるように、ああそうだ。座る感じでいい。後はシステムが最適化をする」

 

 織斑先生に言われたとおり、一夏は白式に体を任せた。その途端、装甲が一夏の体に合わせて閉じた。

 かしゅっ、かしゅっ、と言う空気を抜く音が聞こえる。そして白式が一夏と融合したかのように見えた。

 

「梨野、お前も打鉄を展開しろ」

 

「はい」

 

 言われて俺は右腕についているブレスレットに目を向ける。

 

(頼むぜ、打鉄)

 

 そう心の中で念じ、打鉄の展開をイメージする。すぐに体を包む浮遊感と、体に馴染んでいく感覚がやってくる。

 

「よし、問題ないな?」

 

「はい」

 

 織斑先生の問いにうなずく。

 

「一夏、ISのハイパーセンサーは問題なく動いているな。気分は悪くないか?」

 

 ぶっきらぼうに言ってはいるが心配なのだろう。いつもは織斑と呼ぶのに今は一夏と呼んでいた。ISのハイパーセンサーのおかげで、いつもなら気づかないであろう、織斑先生の微妙な声の震えが伝わってくる。

 

「大丈夫、千冬姉。いける」

 

「そうか」

 

 いつもなら『千冬姉』と呼んだら怒るのに怒らなかったあたり、相当に心配しているのだろう。なんだかんだ言って弟のことが心配ないいお姉さんなのだろう、織斑先生は。まったく、素直じゃないなー、ブラコンの織斑先生は。

 

「おい、梨野。お前今失礼なこと考えてないか?」

 

「め、滅相もありません」

 

 全力で首を横に振って否定する。なぜわかった!

 

「箒」

 

「な、なんだ?」

 

「行ってくる」

 

「あ……ああ。勝って来い」

 

 俺には何もないのかな?と思っていると、

 

「航平も頑張ってこい」

 

「おう」

 

 俺は笑みを浮かべた後、すぐに真剣な顔になって一夏を見る。

 

「じゃあ、行くか」

 

「おう」

 

 二人でうなずき合い、ピット・ゲートへ進んでいく。

 ちきちきちきちきちきちきちきちき。

 

「さっきから聞こえるその音、何なんだ?」

 

「ああ、これか? 白式が俺の体に合わせて最適化処理の前の初期化をしているみたいだ」

 

「そうか、じゃあやっぱり事前の打ち合わせ通り行くのがよさそうだな」

 

「おう」

 

 そう言って俺たちはゲートの向こうに目を向ける。さっきから視界の隅に見えるオルコットの期待の情報にもう一度目を向ける。

 セシリア・オルコットの専用IS、『ブルー・ティアーズ』。戦闘タイプ中距離射撃型で、特殊装備有り――。

 

「……航平」

 

「ん?」

 

「絶対勝とうな」

 

「……ああ!」

 

 一夏の差し出した拳に俺は拳を当てた。




試合が始まってしまうと長くなりそうなのでいったんここで区切っちゃいました。
次回からはちゃんと試合が始まると思うのでお楽しみに。


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第11話 エリート

セシリアとのバトル
は~じま~るよ~♪


「あら、逃げずに来ましたのね」

 

 オルコットさんがふふんと鼻を鳴らす。また腰に手を当てたポーズを取っていた。

 けれど俺の関心はそんなところにはない。俺の目、ハイパーセンサーはオルコットさんの機体へと向いている。

 鮮やかな青色の機体『ブルー・ティアーズ』。その外見は、特徴的なフィン・アーマーを四枚背に従えている。

 さらに目を引くのはオルコットの手にある二メートルを超す長い銃器――検索によると、六七口径特殊レーザーライフル≪スターライトmkⅢ≫というらしい――が握られている。ISは元々宇宙空間での活動を前提に作られており、原則として空中に浮いている。それにより自分の背丈より大きな武器を使うのは大して珍しくない。

 アリーナ・ステージの直径は二〇〇メートル。オルコットさんのライフルは発射から目標到達までの予測時間は〇.四秒。すでに試合は始まっているので、いつ撃ってきてもおかしくない。

 

「あなたたちに最後のチャンスをあげますわ」

 

 腰に当てた手を俺たちの方にびっと人差し指を突き出した状態で向けてくる。左手に持っている銃は、余裕なのか砲口が下がったままである。

 

「チャンスって?」

 

「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ、今ここで謝るというのなら、許してあげないこともなくってよ」

 

 そう言って目を笑みに細める。――警戒、敵IS操縦者の左目が射撃モードに移行。セーフティのロック解除を確認。

 一夏も同じ情報が来ているのか、お互いに顔を見合わせる。あの顔はどうやら同じことを考えているらしい。

 

「そういうのはチャンスとは言わないな」

 

「そうだな。それに、俺たちは負けるつもりでここにいるわけじゃない」

 

「そう?残念ですわ。それなら――」

 

 ――警告!敵IS射撃移行。トリガー確認、初弾エネルギー装填。

 

「お別れですわね!」

 

 キュインッ!キュインッ!

 耳をつんざくような独特な音。それと同時に走った閃光が刹那、咄嗟に動いた俺が一瞬前までいた空間を通り過ぎていく。

 

「うおっ!?」

 

 一夏も直撃は免れたものの左肩の装甲が一瞬で吹き飛ぶ。

 

「一夏、大丈夫か?」

 

「ああ、平気だ」

 

 平気そうに返事しているが、少し顔をしかめている。恐らく左腕に受けたダメージが、神経情報としての痛みを走らせているんだろう。

 

「悪い。俺が白式の反応に追いつけてないみたいだ」

 

「まあ、その辺は仕方がない」

 

 そう会話する間も、オルコットさんからは意識を外せない。

 

「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲で!」

 

「一夏!散開!」

 

「おう!」

 

 オルコットさんが撃つ前に俺が叫んで動いたと同時に、オルコットさんが持つ銃から弾雨の如き攻撃が降り注ぐ。しかもそれらが的確に俺たちを狙ってくる。

 反撃しようにも、打鉄の装備は近接ブレードのみ。一夏の白式に期待するしかない。

 

「一夏!お前の装備は!?」

 

「えっと、ちょっと待ってくれ。………げっ!近接ブレード一本しかない!」

 

 おいおい、まじか。

 

「仕方ない!それで行くしかない!」

 

「おう!」

 

 そう言って、俺たちはほぼ同時に近接ブレードを呼び出し、展開する。

 キィィィン……。

 高周波の音とともに俺たちの右腕には片刃の近接ブレードが形作られる。

 

「中距離射撃型のわたくしに、近距離格闘装備で挑もうだなんて……笑止ですわ!」

 

 すぐさまオルコットさんの射撃。

 

「とりあえず一夏!作戦通りに!」

 

「おう!」

 

 相変わらず、俺と一夏の周りには雨霰とライフルの攻撃が降ってくるが、よけてよけてよけまくる。

 

「逃げるだけでは勝てませんわよ!」

 

 挑発をしながら撃ち続けるオルコットさん。

 しかし、俺たちはただ逃げているだけというわけではない。これもすべて作戦のうちなのだ。俺たちの立てた作戦。それはとても単純なものだった。

 この試合では、俺とオルコットさんでは訓練機と専用機、一夏とオルコットさんでは素人と経験者、という大きな差がある。そこで、その差を少しでも埋めるためにこの戦いでのお互いの役目を決めておいたのだ。

 まず始めは、二人で延々と回避し続け、ISの反応速度や動きに慣れる。その間、おそらく専用機であるオルコットさんに勝つ見込みが高い方、つまり一夏を主力とし、俺は一夏が攻撃を受けそうになった時のサポートやオルコットさんの注意を引く。そして、十分にISに慣れたら反撃にうって出る、というものである。

 

(見てろ!その余裕の笑みを消してやる!)

 

 俺たちの激戦が始まった。

 

 

 ○

 

 

 

「――どうして反撃してこないんですの!?」

 

 いい加減しびれを切らせたのか、オルコットさんが叫んだ。試合開始からそろそろ二十七分が経つ。

 

「………一夏、そっちはどうだ?ISの操縦にはなれたか?」

 

「ああ、とりあえずは。シールドエネルギーにも余裕がある。そっちは?」

 

「俺の方も、問題ない。……そろそろ反撃するか?」

 

「おう!」

 

 俺は聞かれてはまずいのでプライベート・チャネルを使用していたのを、オープン・チャネルに切り替える。

 

「そんなこと言いながら初心者二人に随分と時間がかかってるんじゃないのか?代表候補生ってのはそんなもんなのか?程度が知れるな、ど三流!」

 

「三流ですって!?イギリス国家代表の候補生であるこのわたくしを、エリートであるこのわたくしを、言うにことかいて『ど三流』ですって!?」

 

 オルコットの顔が引きつる。俺の挑発に乗ってくれたらしい。

 

「だいたい、そのエリートってのが気に入らない。エリートってのは人より優れてるやつのことだろ?人より優れてるやつってのは他人を見下すのか?気に入らなければわめき散らすのか?」

 

「そ、それは……」

 

 俺の言葉にオルコットさんが口ごもる。軽く挑発するだけのつもりだったが俺も少しヒートアップしている。

 

「俺は強くなりたい!強くなって有名になって俺のことを知るやつを探す!あんたがエリートだって言うのなら、俺よりも強いって言うのなら、俺よりも優れているって言うのなら、そんな強さはいらない!俺はエリートなんかになりたくない!」

 

「………」

 

 俺の言葉をオルコットさんは黙って聞いている。

 

「ここからは俺たちの番だ!お高くとまったお前の鼻、俺たちがへし折ってやるよ!」

 

 俺の言葉に隣にいる一夏がうなずいている。

 

「……威勢だけはいいですわね。でも――」

 

 その言葉と同時にオルコットの周りに四つの自立起動兵器――ややこしいことに『ブルー・ティアーズ』というらしい――が動き始める。

 

「これで閉幕といたしましょう!」

 

 オルコットさんが右腕を横にかざす。すぐさま、命令を受けたブルー・ティアーズ――ややこしいので以下ビット――が四基、多角的な直線機動で接近してくる。

 

「一夏!」

 

「おう!」

 

 掛け声とともにバラバラに動くと、二基づつが狙いをつけてきた。

 俺の左右に回ったビットの先端が発光、レーザーを放ってくる。それをかろうじてよけると、ビットがオルコットさんの元に戻って行ったかと思ったら、オルコットさんのライフルがくる。

 

「なあ、一夏!」

 

「ああ、思った通りだ!」

 

 さっきからオルコットさんはビットを展開してる最中には自分は一切攻撃せず、戻って来た後にライフルを使っている。

 

「「反撃の時間だ!」」

 

 声をそろえて叫ぶと同時に、俺たちはオルコットさんに接近する。一夏の方に二基のビットが飛んでいく。

 

「はああああ!」

 

 ガキンッ!

 俺の近接ブレードをオルコットさんとの間に飛んできたビットの先が発光する。

 

「なんの!」

 

 ビームが放たれる寸前に一閃。俺の手には重い金属を切り裂く感触が伝わってくる。

 真っ二つにされたビットが断面に青い稲妻を走らせ、一秒後に爆散する。

 

「なんですって!?」

 

 セシリアが驚愕しているところに、俺はそのまま速度を緩めず、さらに追撃をする。

 

「くっ!」

 

 俺が切りかかったところを、オルコットさんはよけ、俺にライフルの銃口を向ける。

 

「俺にばかり集中していていいのか?」

 

「っ!しまった!」

 

 急いで振り向いたそこには二基のビットを爆散していた。

 

「く~~っ!」

 

 悔しげに顔をしかめながら俺との距離をあけるオルコットさんと、それに合わせるようにオルコットさんのもとに向かう最後のビット。

 

「ナイス一夏」

 

「レーザーを避けている最中に突然動きが止まったんだ。セシリアの意識が航平に向いたときにな。なあ、セシリア。あの兵器は毎回お前が命令を送らないと動かないんだろ?」

 

「そして、その時、お前はそれ以外の攻撃ができない。制御に集中しているからだ。そうだろ?」

 

「………!」

 

 ひくくっとオルコットさんの右目尻が引きつった。

 

「航平、ここから一気に攻めるぞ!」

 

「おう!」

 

 俺たちは近接ブレードを握り直し突っ込む。

 

 

 ○

 

 

「はぁぁ……。すごいですねぇ、あの二人」

 

 ピットでリアルタイムモニターを見ていた山田麻耶がため息まじりにつぶやく。しかし、織斑千冬は対照的に忌々しげな顔をする。

 

「あの馬鹿者。浮かれているな。航平もそのことに気づいていない」

 

「え? どうして分かるんですか?」

 

「さっきから左手を閉じたり開いたりしているだろう。あれは、あいつの昔からのクセだ。あれが出るときは、大抵簡単なミスをする」

 

「へぇぇぇ……。さすがご姉弟ですねー。そんな細かいことまでわかるなんて」

 

 なんとなく言った麻耶の言葉に千冬はハッとする。

 

「ま、まあ、なんだ。あれでも一応私の弟だからな……」

 

「あー、照れてるんですかー? 照れてるんですねー?」

 

「…………………」

 

 ぎりりりりりっ!

 炸裂するヘッドロック。

 

「いたたたたたたたっっ!!」

 

「私はからかわれるのが嫌いだ」

 

「はっ、はいっ! わかりました! わかりましたから、離し――あうううっ!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒いでいる真耶を余所に、箒はずっと無言でモニターを見つめていた。心なしか、その表情は硬い。

 

「…………………」

 

 両手を合わせて無事を祈るような真似はしない。しかしだからこそ、その表情にはいろいろなものが含まれていた。

 

(一夏……航平……)

 

 箒がほんの少しだけくちびるを噛んだとき、試合は大きく動いた。

 

 

 ○

 

 

 オルコットさんの間合いに入った一夏は、振り下ろした刀でもう最後のビットを撃墜する。

 

「これで、終わりだ!」

 

 そう叫びながら大きく振りかぶりながらオルコットさんに急接近する。

 

「――かかりましたわ」

 

 それを迎えるオルコットさんの顔に笑みが浮かぶ。

 ゾクリ。

 その笑顔を見た時、俺は嫌な予感がし、遅れて一夏を追いかける。

 オルコットさんの腰部から広がるスカート状のアーマー。その突起が外れ、動いた。

 

「おあいにく様、ブルー・ティアーズは六機あってよ!」

 

 一夏は反応が遅れて回避が間に合わない。しかも、さっきまでのレーザー射撃のビットじゃない。これは『弾道型』だ。

 

「間に合えぇぇぇ!!!」

 

 俺はさらにそこから速度を上げ、一夏とオルコットさんの間に躍り出る。

 ドガァァァンッ!!

 

 俺が最後に見たのは正面から広がる爆発の光と、背後から広がる白い光だった。

 そこからやってきた衝撃で、俺の意識は深い闇の中に落ちていった。




バトル話でした~。
バトルの描写は原作を参考にしました。
次回もよろしくお願いします。


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第12話 負けちまった悲しみに

一夏vsセシリアのあたりは省きます
なぜなら主人公が参戦していないから!!
てなわけで始まるよ♪


「――ん……」

 

 深いまどろみの中から浮かび上がる感覚と共に目を開けると、俺はベッドの上に横になっていた。窓から差し込む日の光がオレンジ色をしていることから、夕方だということが分かる。

 ふと見ると、ベッドの横の椅子に腰かけ、ベッドに突っ伏して寝ている人物がいた。布仏さんだった。なんだかおなかのあたりが苦しいと思ったら、布仏さんの頭が乗っていた。

 とりあえず、俺は上体を起こそうと体を持ち上げるが、布仏さんの頭が乗っているので、起きあがりずらい。布仏さんを起こしてしまえば簡単なのだが、よく寝ているので起こすのは忍びない。何とか起こさないようにそっと布仏さんの頭の位置を調節しながらベッドの上に座る形で上体を起こす。

 周りを見渡すと、どうやら保健室らしい。ベッドのわきには何かのモニターがピッ…ピッ…と一定のリズムで何かの数値を刻んでいる。よく見るとそのモニターからコードが俺の方に伸びており、俺の胸のあたりに吸盤のような先端でくっついている。どうやそのモニターの数値は俺の心拍やら血圧なんかの数値らしい。

 

「んん……」

 

 今は俺の膝の上に頭が乗っている布仏さんが顔の向きを変える。起きたのかな?と思ったら、

 

「もう食べられないー……くぅ……」

 

 マンガみたいな寝言を呟いている。

 俺はなんとなく布仏さんの頭を撫でる。

 

「ん……」

 

 布仏さんは寝ているのにそれが心地良いのか、嬉しそうにほほ笑んでいる。

 

「あ、目が覚めたんですね」

 

 突然仕切られていたカーテンの向こうから山田先生が現れる。

 

「どうですか、具合は?」

 

「んー、特に異常はないです。しいて言うなら二か月より前の記憶が無いです」

 

「あはは、じゃあ問題ない…のかわかりませんが大丈夫そうですね」

 

 俺が冗談めかして言うと、山田先生が苦笑いしながら言った。

 

「あの、二、三聞いてもいいですか?」

 

「ええ、私で答えられることなら」

 

「俺ってどうなったんでしたっけ?オルコットさんの攻撃を受けたとこまでは覚えてるんですが…。てか、俺ってどのくらい寝てたんですか?」

 

「えっと、試合からまだ二時間も経ってません。どうなったかですが、簡単に言えば衝撃による気絶です。梨野くんの機体、打鉄のシールドエネルギーが残り少なかったために爆発の衝撃を殺しきれなかったみたいで」

 

「なるほど」

 

 勝つためとはいえ無茶しすぎたかもしれない。

 

「あれ?俺ら空中で戦ってましたけど、空中で気絶して俺大丈夫だったんですか?」

 

 ふと浮かんだ疑問を訊く。

 

「織斑くんが助けてくれたんですよ。彼、気にしてましたよ。自分をかばったせいでって」

 

 それは悪いことをしてしまったかもしれない。あの時は咄嗟だったので、俺も無茶したとは思う。

 

「あとで礼を言っときます」

 

「それがいいですね」

 

 俺が笑いながら言うと、山田先生もほほ笑んだ。

 

「じゃあ、試合結果ってどうなったんですか?」

 

「ああ、えっと……」

 

 山田先生が苦笑いする。

 

「簡潔に言えば織斑くんが負けたんですが……。なんというのか、いろいろおかしなことになりまして……」

 

「おかしなことって?」

 

「その…。まず、あの爆発と同時に、織斑くんの白式がフォーマットとフィッティングが終って一次移行(ファースト・シフト)したんですよ」

 

「へ~、あの時後ろからも光ってたのってそれだったんですね」

 

 通りであっちもこっちも眩しかったわけだ。

 

「あれ?でも一次移行しても一夏は勝てなかったんですか?」

 

「はい。実はその後、織斑くんが攻撃を仕掛けたら、シールドエネルギーが0になったんですよ」

 

「あらら。攻撃しかけて逆に返り討ちにされたんですか?」

 

「あ、いえ。織斑くんは攻撃を受けていません」

 

「へ?」

 

 攻撃を受けずにシールドエネルギーが0?なぜに?

 

「俺斑くん、武器の特性を考えずに使ったらしくて……」

 

「えっと、つまりそれって……自滅…ですか?」

 

「……自滅ですね」

 

「………」

 

 俺がかばって、かっこよく一夏の勝利、を期待したのだが……。

 

「ま、まあ、それはともかく、もう一つ聞いてもいいですか?」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

「……なんで布仏さんがここに?」

 

 俺はこの会話の間もずっと寝ている布仏さんを指さしながら訊いた。

 

「ここに梨野くんが運び込まれてからすぐにやってきて、それからずっとここで見守っていたんですよ。いつのまにか寝てしまったみたいですけど……」

 

「……そうですか」

 

 もう一度視線を布仏さんに戻す。気持ちよさそうに眠っている。

 

「……あの、私からも訊いてもいいですか?」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

「梨野くんと布仏さんって……付き合っているんですか?」

 

「………は?」

 

 正直質問の意図がよくわからない。なんでそう思ったんだろう。

 

「えっと…なんでですか?」

 

「いや、だって、布仏さん、梨野くんが運び込まれて心配してましたし。今だってすごく自然に頭撫でてますし」

 

 指摘されていまだに頭を撫でていたことに気づく。

 

「えっと、付き合ってないです」

 

「本当ですか?」

 

「本当ですよ。ここで嘘つく理由はないですし」

 

「そうですか」

 

 俺の言葉に納得したようにうなずく山田先生。

 

「ただ…」

 

「ただ?」

 

「なんていうのか、嬉しかったんですよ」

 

「嬉しい?」

 

 俺の言葉に山田先生が首をかしげている。

 

「俺、記憶ないから家族とか友達っていたのか知らないじゃないですか。ちゃんと入学するまで一人で宿直室にいましたし。…だから、嬉しかったんですよ。『ただいま』『おかえり』って言い合える相手がいるのが」

 

「…そうですか」

 

 俺が照れてはにかむのを見て山田先生は優しく笑っていた。

 

 

 ○

 

 

 

「ここにいたのか」

 

「あっ」

 

 第三アリーナ・Aピットのゲートの床に座ってアリーナを見ていた俺の背後から声がかかる。振り返ると、織斑先生だった。

 

 あの後、寝ていた布仏さんを起こし、先に部屋に帰ってもらった。早く帰るように言う山田先生に忘れ物があると言って、一人ここにやってきた。

 

 

「織斑先生はどうしてここに?」

 

「山田先生がお前に渡すはずのものを渡し忘れてな。仕事が残っていたらしいので、私がわざわざ渡しに来てやった」

 

「ど、どうも…」

 

「ほら、ISの規則の本だ。ちゃんと読んで、全部覚えろ」

 

 どさっ。

 俺の差し出した手の上にすごく分厚いうえに一枚一枚がペラペラの紙でできた本が渡される。

 うわぁ。これ全部か~。

 

「……どうした?こんなところに一人で。織斑たちが捜していたぞ」

 

「…………」

 

「……何かあったか?」

 

「何もなかった」

 

「…そんなことはないだろう。何もなければこんな――」

 

「何もなかったんです!……この試合で…俺にできたこと」

 

「………」

 

「何もでぎながっだっ!!!!」

 

 俺の中にあった色々なものが涙と共に溢れ出す。

 

「…強くなるって決めたのに!!何もできなかった!!!」

 

「……気にするな。それに、お前は何もできなかったわけじゃ――」

 

「――だから」

 

 だから俺は――

 

「俺は変わる。今の俺じゃダメだ。今のままじゃ。だから俺は――鍛える!『頭』も『体』も『心』も!」

 

「……くっ。…くくっ。…ハハハハハハハハハッ!」

 

「!?」

 

 俺の言葉を静かに聞いていた織斑先生がなぜか急に笑い出した。

 

「え?なんですか?」

 

「いや…すまん。落ち込んでいると思ったら…まさか…。くくくっ」

 

 織斑先生が目元を人差し指で拭っている。涙出るほどですか先生。

 

「……お前、まだ毎朝走ってるのか?」

 

 ひとしきり笑った後、織斑先生が訊く。

 

「え?はい、やってますよ。走るだけじゃなくて先生がやれって言ったトレーニングは」

 

「そうか…」

 

 織斑先生が一瞬考えるような間をあける。

 

「毎週土曜の朝は空けておけ。私が稽古をつけてやる」

 

「……え?」

 

 一瞬先生が何を言っているのかわからなかった。

 

「――えっ、んん!?いっ、いいんですか!?」

 

「なんだ?私が相手では不満か?」

 

「いやいやいや!不満どころかこちらからお願いしたいくらいですけど…」

 

「だったら問題ないな。土曜の朝、お前が毎朝トレーニングしているころに行う。私が行くまでに軽く体を温めておけ。それじゃあ、私は行くぞ。お前も早めに寮に戻れ。夕食には遅れるなよ」

 

「は、はい」

 

 呆然とする俺を置いて、織斑先生はさっさと行ってしまった。なんだかよくわからないうちに織斑先生に稽古をつけてもらえることになってしまった。なんとも実感のわかない話で、手の中にあるISルールブックと書かれた本の重みだけがずっしりとのしかかってきていた。

 

 

 ○

 

 

 サアアアアアアア………。

 学生寮の一室でセシリアはシャワーを浴びていた。水滴はセシリアの肌に当たっては弾け、ボディラインをなぞるように流れていく。

 シャワーを浴びながら、セシリアは物思いに耽っていた。

 

(今日の試合――)

 

 どうしていきなり一夏のシールドエネルギーがゼロになったのかは未だ分かっていない。けれど、あの最後の一撃が当たっていたら、どうなっていたかはわからない。

 

(――織斑、一夏――)

 

 セシリアは一夏を思い出す。あの、強い意志の宿った瞳を。

 他者に媚びることのない眼差し。それは、セシリアに父親のことを逆連想させた。

 

(父は、母の顔色ばかりうかがう人だった……)

 

 名家に婿入りした父。母に多くの引け目を感じていたのだろう。幼い頃からそんな父親を見ていたセシリアは、『父のような情けない男と結婚しない』と幼いながらに心に抱いていた。

 そして、ISが発表されてから態度は益々弱いものになった。

 だが、その両親はもういない。三年前に事故で他界した。越境鉄道の横転事故。死者百万人を超える大規模な事故だった。

 両親の死によりセシリアの手元には莫大な遺産が残った。それを金の亡者たちから守るためにあらゆる勉強をした。その過程で受けたISの適性テストでA+が出た。政府からの様々な好条件。両親の遺産を守るために即決した。第三世代装備ブルー・ティアーズの第一次運用試験者に選抜された。自分は選ばれた人間だ。自分は優れている。自分はエリートだ。自分はだれにも負けない。そう思ってきた。

 

「織斑、一夏……」

 

 その名を口にするだけで、不思議と胸が熱くなる。どうしよもなくドキドキする。熱いのに甘く、切ないのに嬉しい。

 

「梨野、航平……」

 

 その名を口にすると、まるで冷水を浴びせられたように、熱を持ちドキドキとうるさいほどだった胸が静まっていく。

 

(彼の言う通りですわ……)

 

 自分は選ばれた人間だと調子に乗っていた。人よりも優れていると。エリートであると。今までの自分がどれほど小さかったかを自覚した。

 

(私は……私は……)

 

 セシリア・オルコットの中で新たな決意が沸き上がった瞬間である。




これでクラス代表決定戦も終わりました。
ここまで来るの長かったです。

途中の主人公と千冬さんの会話のシーンはこれのタグにもあるトライピースの中での会話を元にしています。
こんな感じでトライピースであったネタなどをたまに出しますがトライピースを知らなくても楽しめるように、また、ISの世界観を損なわないようにしますので、ご安心ください。


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第13話 クラス代表は…?

「――う~~~ん」

 

 翌日の朝。俺は難問にぶつかっていた。場所は一年生寮の食堂。俺の手には朝食ののったトレー。俺の目はその中のおかずの一品、目玉焼きを見ていた。

 

「俺の記憶がたしかならば……、これにかけるものは…」

 

 このIS学園の食堂は色々な調味料が揃っている。色々な国籍の生徒がいるためか、各国の調味料がおかれている。俺はそれをじっくりと見て、その中から…

 

「……これだ!!」

 

 緑色のチューブを選び出す。側面には『100%生わさび』。

 

「アホか」

 

 パコッ。

 

「って」

 

 背後から誰かが俺の頭を軽くチョップした。言うほど痛くない。突込み程度のチョップだ。

 

「お前の記憶ほどあてにならんものはないな、梨野」

 

「あ、織斑先生。おはようございます」

 

 振り返ると、呆れ顔の織斑先生が立っていた。

 

「とりあえず、醤油でもかけておけ」

 

「あ、はーい」

 

 織斑先生の指さす容器を取り、目玉焼きにかける。

 

「ありがとうございます。それじゃあ、失礼します」

 

「あ、ちょっと待て。一つ大事なことを訊き忘れていた」

 

 待ち合わせしている一夏の元に向かおうとする俺を織斑先生が呼び止める。

 

「? なんですか?」

 

「お前、クラス代表になりたいか?」

 

「……はい?」

 

 言ってる意味が分からない。俺と一夏はオルコットさんに負けたのだからクラス代表にはオルコットさんがなるのではないのだろうか?

 

「昨日の夜、オルコットがクラス代表を辞退すると言いに来てな。あいつもこの試合で何か思うところがあったのだろう」

 

 オルコットさんが辞退するとは。決める時はあんなにやりたがっていたのに。

 

「で、オルコットが辞退したわけだから必然的にお前か織斑がやるというわけだ」

 

「はあ。なるほど」

 

 納得納得。

 

「で?やりたいか?それともやめておくか?」

 

「………やめておきます」

 

 少し考えた後、俺は答えた。

 

「俺が一番最初に脱落したんで。それに、なんとなく一夏の方が適任な気がするんで」

 

「……そうか。ならクラス代表は織斑だな。時間を取らせて悪かったな」

 

「いえいえ」

 

 織斑先生が去って行くのを見て、俺も一夏の元に向かう。

 

「お待たせ」

 

「いや。そんなに待ってないぜ。それより、さっき千冬姉と話してなかったか?」

 

「ああ。ちょっと――」

 

 そこで一瞬考える。クラス代表の件はどうせ今日のうちに発表になるし、今言わなくてもいいか。

 

「――目玉焼きに何をかけるかについて」

 

「なんだそりゃ?」

 

 一夏が首をかしげる。

 

「何かけていいかわからなかったから、俺の記憶に従ってわさびかけようとしたら止められた」

 

「わさびって…。目玉焼きは何かけてもいいと思うが、わさびってのは初めて聞いたな」

 

 一夏が苦笑いしている。

 

「で、醤油でもかけとけって感じのことを…」

 

「なるほどな」

 

 納得したのか一夏がうなずいていた。

 

 

 ○

 

 

 

「では、一年一組代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」

 

 朝のSHRで山田先生が嬉々として喋っている。そしてクラスの女子も大いに盛り上がっている。指名された一夏は暗い顔をしているが。

 

「先生、質問です」

 

 一夏が質問するために挙手をする。うん、基本だ。

 

「はい、織斑くん」

 

「どうして俺はいつの間にかクラス代表になっているんでしょうか?俺、負けましたよね?」

 

「それは――」

 

「それはわたくしが辞退したからですわ!」

 

 がたんと立ち上がるオルコットさん。

 

「勝負はあなた方の負けでした。しかし航平さんにも指摘されましたが、わたくし、少し天狗になっておりました」

 

 今さらっと俺のこと航平さんって言わなかった?

 

「それで、いろいろと自分の行いを反省しまして。一夏さんと航平さんにクラス代表を譲ることにしたんですの」

 

 ほほう。オルコットさんもいろいろ考えてるんですな。てか、一夏のことも名前で呼んだ?

 

「いやあ、セシリア分かってるね!」

 

「そうだよねー。せっかくがいるんだから、同じクラスになった以上持ち上げないと」

 

「私たちは貴重な体験を積めるし、他のクラスの子に情報が売れる。確かに一粒で二度おいしいね」

 

 だから、人で商売するんじゃないよ。

 

「……半分はわかりました。でも、だからなんで俺なんですか?航平だっているじゃないですか」

 

「それは――」

 

「それは俺が辞退したからだ」

 

 今度は俺が立ち上がって言った。

 

「俺が一番最初に脱落したんだ。俺よりも一夏の方が適任だろうと思う。それに、やっぱり俺にはクラス代表の仕事をこなせるかわからないしな」

 

「……まあ、そういうことなら」

 

 一夏も渋々ではあるが了承したらしい。これで一件落着。俺は椅子に座ろうとすると、

 

「…あの!少しよろしいでしょうか?」

 

 オルコットさんが言った。そして、教卓の方に行く。

 

「この場を借りて、わたくし、お二人に謝りたいんですの」

 

 俺と一夏を見るオルコットさん。

 

「今まであなた方に無礼な態度をとって申し訳ありませんでした」

 

 突然オルコットが俺たちに頭を下げて謝って……って、ええ!!?

 

「ちょ、ちょっと、オルコットさん!?」

 

「わたくし、エリートだと、自分は優れていると驕っておりました。そのことでお二人には不快な思いをさせてしまったと思います」

 

「いやいや、俺らもいろいろ言ったし」

 

「そうだよ。だから、頭を上げてくれ」

 

 頭を下げるオルコットに俺と一夏が駆け寄る。

 

「そ、それでですね」

 

 頭を上げたオルコットさん。

 

「お詫びと言ってはなんですが、お二人にはわたくしがISの操縦を教えますわ。特に一夏さん」

 

「い、一夏さん?」

 

「一夏さんは同じ専用器持ちですし、色々と教えやすいと思いますし、意見交換もできると思うのですが」

 

 う~ん。何だろう、俺のついで感は。

 

「あの~、すごくありがたい申し出なんだけどな、オルコットさん」

 

「わたくしのことはセシリアでいいですわよ、航平さん」

 

「……えっと、セシリア。俺と一夏は――」

 

 バンッ!

 

「あいにくだが、二人の教官は足りている。私が、直接頼まれたからな!」

 

 机を叩いて立ち上がった箒は物凄く殺気立っている瞳でセシリアを睨んでいる。

 今、『私が』を特別強調したように聞こえた。

 

「あら、あなたはISランクCの篠ノ之さん。Aのわたくしに何かご用かしら?」

 

「ら、ランクは関係ない! 頼まれたのは私だ。い、一夏がどうしてもと懇願するからだ」

 

(と、箒は言ってるけど?)

 

(俺、どうしてもとは言ってないんだけど)

 

「って、え、箒ってランクCなのか……?」

 

「だ、だからランクは関係ないと言っている!」

 

 一夏の突っ込みに箒は怒鳴った。ちなみに一夏はB。けどそのランクは訓練機で出した最初の格付けだから、あんまり意味が無いって織斑先生が言っていたような。あれ?そう言えば、俺、自分のランクいくつなのか聞いてない。

 

「座れ、馬鹿ども」

 

 すたすたと歩いて行きセシリア、箒の頭をバシンと叩いた織斑先生が低い声で告げる。

 相変わらずの容赦ない攻撃だなー。

 バシンッ!

 

「その得意げな顔はなんだ。やめろ」

 

 いつの間にか一夏を出席簿で叩く織斑先生。一夏はまた変なこと考えてたのかな?

 

「お前たちのランクなどゴミだ。私からしたらどれも平等にひよっこだ。まだ殻も破れていない段階で優劣を付けようとするな」

 

 織斑先生の台詞にセシリアは反論しなかった。何か言いたそうな顔をしていたが、相手が相手なので逆らわずに言葉を飲み込んだ。

 

「代表候補生でも一から勉強してもらうと前に言っただろう。くだらん揉め事は十代の特権だが、あいにく今は私の管轄時間だ。自重しろ」

 

 規則に厳しい織斑先生らしい発言だ。

 バシン!

 

「……お前、今何か無礼なことを考えていただろう」

 

「そんなことはまったくありません」

 

「ほう」

 

 バシンバシン!

 

「すみませんでした」

 

「わかればいい」

 

 どうやら一夏が織斑先生に対して何か考えていたらしい。

 まったく、考える一夏も一夏だけどそれが分かる織斑先生も織斑先生だな。さすがは姉弟。一夏のことをよくわかっているというか。一夏のことが本当は好きなんだろうに。

 バシン!

 

「お前も何か無礼なことを考えていただろう」

 

「……すみません」

 

 なんでわかるんだよ、先生。

 

「お前もとっとと席に戻れ」

 

「はい」

 

 俺は叩かれた頭をさすりながら席に戻るのであった。




やっと一巻の内容半分終わった。長かった。
最近、布仏さんの出番が(しゃべっているところ)があまりなかったので次回にはもう少し出したいですね。


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第14話 角錐ってどんなの?

昨日のうちにアップするつもりが寝堕ちてました。
てなわけで始まるよ♪


「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、梨野、オルコット。試しに飛んでみせろ」

 

 四月も下旬、遅咲きの桜も散りきった頃。いつも通り織斑先生の授業を受けていた。

 

「早くしろ。熟練したIS操縦者は展開まで一秒とかからないぞ」

 

 せかされて、まだISを展開していなかった俺と一夏は意識を集中する。

 ISは一度フィッティングしたら、ずっと操縦者の体にアクセサリーの形状で待機している。俺が学園から貸し出されている『打鉄』は俺の右手に待機状態の黒いリングのようなブレスレットとしてついている。

 ちなみに一夏は右腕にガントレットとして、セシリアは左耳にイヤーカフスとして。

 

「集中しろ」

 

 おっと、そろそろ展開しないと叩かれる。

 俺は右腕を曲げ、ガッツポーズするように胸へと引き、拳を握り、左手でブレスレットを包むように握る。

 

(来い、打鉄)

 

 そう心の中でつぶやく。刹那、右手首から全身に薄い膜が広がっていくのが分かった。約0.7秒の展開時間。俺の体から光の粒子が開放されるように溢れ、そして再集結してまとまり、IS本体として形成された。

 ふわりと体が軽くなる。各種センサーが意識に接続され、世界の解像度が上がっていく。一度瞬きをすると、俺の体はIS『打鉄』に包まれ、地面から数十センチのところを浮遊していた。

 同じく、一夏はIS『白式』を、セシリアはIS『ブルー・ティアーズ』を装備して浮かんでいる。ちなみに、俺と一夏との対戦で損傷したビットは、もう完全に修復が終わっているようだ。

 

「よし、飛べ」

 

 言われて、セシリアは即座に飛んだ。俺も少し遅れたがすぐに急上昇し、セシリアと同じ位置で静止する。

 一番遅れて一夏も後に続いてくるが、俺たちよりも上昇速度が遅い。

 

「何をやっている。スペック上の出力では白式の方が上だぞ」

 

 通信回線から織斑先生のお叱りの言葉を受ける一夏。

 

「おーい、大丈夫か?」

 

「お、おう、なんとか。しかしさあ、急上昇や急下降は昨日習ったばかりだぞ?『自分の前方に角錐を展開させるイメージ』で行うようにって言われても、全然感覚が掴めないし」

 

「それは、まあ、確かに」

 

 大体、角錐ってどんな形だっけ?

 

「一夏さん、イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ」

 

「そう言われてもなぁ。空を飛ぶ感覚自体がまだあやふやなんだよ。なんで浮いてるんだ、これ」

 

 そう言いながら一夏は白式の翼状の二対の突起を見る。確かに、どう考えてもあの翼は飛行には関係ないな。翼の向きと関係なく飛ぶし。

 

「説明しても構いませんが、長いですわよ? 反重力力翼と流動波干渉の話になりますもの」

 

「わかった。説明はしてくれなくていい」

 

 今の時点で俺も無理だ。絶対に頭痛くなる。

 

「そう、残念ですわ。航平さんはいかがです?」

 

「聞いてもいいけど、墜落すると思うから、そのときはよろしく」

 

「あら、それは困りますわね。ふふっ」

 

 楽しそうに微笑むセシリア。その表情は嫌味でも皮肉でもなく、本当に単純に楽しいと言う笑顔だった。

 あの試合以降、何かと理由をつけて俺たちのコーチを買って出てくれる。しかも俺にも声をかけてくれるのだが、どちらかといえば一夏の方を熱心に誘っている。まあ、教えてくれるのは俺たちとしてはありがたいし、流石に代表候補生だけあってセシリアは優秀だった。

 これって、……そういうことなのかなぁ~。

 

「一夏さん、よろしければまた放課後に指導してさしあげますわ。そのときはふたりきりで――」

 

「一夏っ!いつまでそんなところにいる!早く降りてこい!」

 

 いきなり通信回線から怒鳴り声が響いた。地上を見ると、そこには山田先生がインカムを箒に奪われておたおたしていた。ISのハイパーセンサーの補正のおかげで、今の俺たちは望遠鏡並みの視力なのだ。それによって地上二百メートルから怒り心頭な箒の顔がよく見える。これは確かに悪用されたら大変だな。

 

「ちなみに、これでも機能制限がかかっているんでしてよ。元々ISは宇宙空間での稼動を想定したもの。何万キロと離れた星の光で自分の位置を把握するためですから、この程度の距離は見えて当たり前ですわ」

 

 ほうほう。さすがは優等生。ちなみに地上で怒っているもう一人のコーチは、

 

『ぐっ、とする感じだ』

 

『どんっ、という感覚だ』

 

『ずかーん、という具合だ』

 

 といった具合だ。正直よくわからない。箒って本当にIS動かせるのだろうか。箒のレベルがいまいちわからない。

 ちなみに、セシリアはそんな箒の説明にいちいち突っ込んでは言い争いをしている。俺たち(特に一夏)に対して態度が柔らかくなったのに、箒には硬くなったな。

 ………うん。やっぱりそう言うことなんだろうな。そういうことだから箒をライバル視してるんだろうな。

 

「織斑、梨野、オルコット、急下降と完全停止をやって見せろ。目標は地表から十センチだ」

 

「了解です。では一夏さん、航平さん、お先に」

 

 言って、すぐさまセシリアは地上へ。うん、やっぱりうまい。

 

「うまいもんだなぁ」

 

「なあ」

 

 俺たちが上空でセシリアを称賛している間に完全停止も難なくクリアーしたらしい。

 

「じゃあ、次は俺だな」

 

「おう。頑張れよ」

 

 俺がうなずくと、『任せとけ』とでも言わんばかりに一夏が俺に笑顔で親指を立てる。

 地上に体を向け、一気に降下していく一夏。

 ギュンッ――ズドォォンッ!!!

 地上には着いた。グラウンドにクレータができたが。

 巨大な穴の中心に一夏が倒れていた。クラスメイト達はくすくすと笑っている。

 

「……えっと、織斑先生。俺はどうしましょう?正直この後に降りるの無理っす」

 

「……急降下と完全停止はいいから、普通に降りてこい」

 

「はい」

 

 織斑先生のお許しを貰い、降下してきた俺が見たのは

 

「情けないぞ、一夏。昨日私が教えてやっただろう」

 

 腕を組み、目じりをつり上げている箒。昨日教えたって、あの擬音のことですか?箒って冗談とかいうんだな。もっと堅物だと思ってた。

 

「貴様、何か失礼なことを考えているだろう」

 

 たぶん一夏も似たようなことを考えていたのだろう。てか、箒も鋭いな。

 

「大体だな一夏、お前というやつは昔から――」

 

「大丈夫ですか、一夏さん? お怪我はなくて?」

 

 箒の一夏への小言がさらに続きそうなところを、セシリアが割って入る。

 

「あ、ああ。大丈夫だけど……」

 

「そう。それは何よりですわ」

 

 うふふと、また楽しそうに微笑むセシリア。

 

「……ISを装備していて怪我などするわけがないだろう」

 

「あら、篠ノ之さん。他人を気遣うのは当然のこと。それがISを装備していても、ですわ。常識でしてよ?」

 

「お前が言うか。この猫かぶりめ」

 

「鬼の皮をかぶっているよりマシですわ」

 

 バチバチッ!

 

 なんだろう。一瞬二人の間に火花が散った気が。こえ~。絶対にこの戦いに巻き込まれたくない。

 

「おい、馬鹿者ども。邪魔だ。端っこでやっていろ」

 

 箒とセシリアの頭をぐいいっと押し退けて、織斑先生が一夏の前に立つ。

 

「織斑、武装を展開しろ。それくらいは自在にできるようになっただろう」

 

「は、はあ」

 

「返事は『はい』だ」

 

「は、はいっ」

 

「よし。では始めろ」

 

 言われた一夏は横を向く。正面に人がいない事を確認した一夏は、突き出した右腕を左手で握る。そしてすぐに光が溢れた後に収まると、一夏の両手には《雪片弐型》が握られていた。

 

「遅い。0.5秒で出せるようになれ」

 

 うまくいったのに褒めない織斑先生。ねえ、先生。ときには飴も必要ですよ?

 

「次に梨野。お前も武装を展開しろ」

 

「はい」

 

 返事をし、一夏と同じく横に向き、そこに誰もいないのを確認して右手に刀をイメージする。すぐに展開し、俺の右手には近接ブレードが出てきた。

 

「ふむ。それなりに展開も速い。まあ、及第点だな」

 

「ありがとうございます」

 

 訓練した成果が出てるのかな。

 

「最後にオルコット、武装を展開しろ」

 

「はい」

 

 セシリアは左手を肩の高さまで上げ、真横に腕を突き出す。一夏や俺のように光の奔流の放出する事は無く、一瞬爆発的に光っただけで、セシリアの左手には狙撃銃 《スターライトmkⅢ》が握られていた。

 俺や一夏より圧倒的に速い。しかも、銃器には既にマガジンが接続されて、セシリアが視線を送るだけでセーフティーが外れている。一秒と立たずに展開、射撃可能まで完了していた。

 

「さすがだな、代表候補生。――ただしそのポーズはやめろ。横に向かって銃身を展開させて誰を撃つ気だ。正面に展開できるようにしろ」

 

「で、ですがこれはわたくしのイメージをまとめるために必要な――」

 

「直せ。いいな」

 

「――、……はい」

 

 反論しようとするセシリアだが、そこは流石は織斑先生。一睨みでセシリアを黙らせた。

 

「オルコット、近接用の武装を展開しろ」

 

「えっ。あ、はっ、はいっ」

 

 何か頭の中で文句を言っていたのだろう、いきなり振られてびっくりして反応が遅れるセシリア。

 銃器を光の粒子に変換――確か『収納(クローズ)』というらしい――そして新たに近接用の武装を『展開(オープン)』。

 しかし、手の中の光はなかなか形にならない。

 

「くっ……」

 

「まだか?」

 

「す、すぐです。――ああ、もうっ!《インターセプター》!」

 

 武器の名前をヤケクソ気味に叫ぶセシリア。それによってイメージがまとまり、光は武器として構成される。

 しかし、これは教科書の頭の方に書かれているような、いわゆる『初心者用』の手段である。それを使わなければいけないなど、代表候補生のセシリアには屈辱的だっただろう。

 

「……何秒かかっている。お前は、実戦でも相手に待ってもらうのか?」

 

「じ、実戦では近接の間合いに入らせません! ですから、問題ありませんわ!」

 

「ほう。織斑や梨野との対戦で初心者に簡単に懐を許していたように見えたが?」

 

「あ、あれは、その……」

 

 ごにょごにょまごついて言葉の歯切れが悪いセシリア。そんなセシリアを俺と一夏が眺めていると、いきなりキッと睨まれた。

 そして、すぐに個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)が俺たちに送られてくる。

 

『あなたたちのせいですわよ!』

 

 なんでだよ。

 

『あ、あなたたちが、わたくしに飛び込んでくるから……』

 

 だって、俺らの武器、近接用しかなかったから。

 

『せ、責任をとっていただきますわ!』

 

 なんのだよ。

 ちなみに、俺も一夏も通信の返事をしていない。一方的に送られてきているだけだ。

 

「時間だな。今日の授業はここまでだ。織斑、グラウンドを片付けておけよ」

 

 この穴を埋めるの一夏だけでやるのか。大変だな、こりゃ。

 一夏が箒を見ると、フンと顔を逸らして手伝う気は無し。

 セシリアは――既にいなかった。

 

「……なあ、航平」

 

「……おっと、布仏さんが呼んでいる!てなわけでアデュー!」

 

 全力で逃げる俺。ちなみに布仏さんは別に俺のことを呼んではいない。

 

「させるか!」

 

「ぐはっ!」

 

 後ろに引っ張られる感覚と共に俺はひっくり返って転ぶ。一夏に髪を掴まれたらしい。

 

「頼むよ。手伝ってくれ」

 

「……わかったから。そんな泣きそうな顔するなよ。あと髪を放せ」

 

 くっそー。こういう時とシャワー後は髪長いと不便だな。

 

 結局俺は一夏に付き合わされ、グラウンド整備をやる羽目になった。

 てか、箒もセシリアも一夏のことが本当に好きなのだろうか。ここで手伝えば一夏と二人きりになれるチャンスだし、一夏の好感度も上がるのに。もしかして全部俺の勘違いなんだろうか。




次回は鈴が出せるかな。
頑張ります。


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第15話 パーチー♪パーチー♪

ギリギリ同じ日に二話目をアップ


「ふい~。疲れた疲れた」

 

 訓練を終え、俺はアリーナを出た。一夏は箒と共にまだアリーナの中にいる。箒の一夏への指導に熱が入り、一夏への指導が長引き、二人でまだアリーナにいるのだ。

 

「そういや、今日は夕食の後にパーティーだったな」

 

 今日はこれから夕食後の自由時間に『織斑一夏クラス代表就任パーティー』をやる事になっている。パーティーと言ってもジュースやお菓子での簡単なものらしいが、布仏さんは「お菓子がたくさん食べられる~♪」と満面の笑みを浮かべていた。

 布仏さん前に、お菓子たくさん食べるからご飯少なくても大丈夫~、みたいなこと言ってたし、実際いつも少食だけど、体に悪いんじゃないだろうか。同室なんだし、気を付けてあげるべきなんだろうか。

 

「ねえ、そこのアンタ。ちょっといい?」

 

「へ?」

 

 ぼんやりと考え事しながら歩いていると、後ろから誰かに呼び止められた。振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。

 肩にかかるかかからないかくらいの黒髪を左右それぞれを高い位置で金色の留め金で留めていた。もっと目を引くのが小柄な体に不釣り合いなボストンバックを背負っていることだ。

 

「ちょっと本校舎一階総合事務受付って所に行きたいんだけど、教えてくれない?」

 

「ああ、いいぜ。えっとな――」

 

 俺は今来た方に視線を向ける。

 

「このまままっすぐ行くと、アリーナがあるんだけど、その後ろにあるんだ。さっきちらっと見たとき灯りがついてたから、行けばわかると思うぞ」

 

「ふーん、なるほど。わかったわ。ありがとう」

 

 ツインテールの少女はお礼を言って去って行こうとするが、立ち止まって振り返る。

 

「あんたが噂のもう一人の男性IS操縦者?」

 

「噂かどうか知らないけど、そうだよ。君は?転校生か何か?」

 

「ええ、そうよ。中国から来たの」

 

 中国かー。中華料理とカンフー映画くらいしか思い浮かぶものがない。

 

「もう一つ聞くんだけど、織斑一夏って何組?」

 

「一組だよ。ついでに言えば俺も一組」

 

「そっか」

 

 俺の返答を聞いて何かを考え込んでいる転校生。

 

「同じクラスだったらよろしくな」

 

「ん。まあ、別のクラスだったとしてもきっとそっちのクラスには挨拶に行くから、その時にまた会いましょ。それじゃあ」

 

 そう言って、今度こそ去って行く転校生。

 なんというのか、よく言えば勝気そう、悪く言えば図々しそうな少女だったな。

 

「……あ、名前聞き損ねた」

 

 まあ、いっか。ああ言ってたし、また会う機会はあるだろう。

 

 

 ○

 

 

「というわけでっ! 織斑くんクラス代表決定おめでとう!」

 

「おめでと~!」

 

 ぱん、ぱんぱーん!!

 クラッカーが乱射される。ちなみに俺も鳴らした。覚えている限り初めてのことなのだが、なかなか楽しいな、これ。

 みな一夏に向かってクラッカーをするので一夏の頭には紙テープがのっかていた。

 

「……………………」

 

 一夏の顔を見る限り、あまりめでたそうじゃない。しかも壁にかけてある『織斑一夏クラス代表就任パーティー』と書かれた紙をちらりと見ている。きっと知らなかったのだろう。サプライズパーティーというわけだ。

 主役の一夏を中心にみんなワイワイ騒いでいる。俺も真ん中近くにいる。

 

「いやー、これでクラス対抗戦も盛り上がるねえ」

 

「ほんとほんと」

 

「ラッキーだったよねー。同じクラスになれて」

 

「ほんとほんと」

 

 さっきから相づち打ってる女子は二組の子じゃなかったっけ?俺の気のせいかな。というか、明らかに三十人以上いる。なんでクラスの集まりがクラスの人数超えてるんだよ。

 ちなみに一夏の隣では箒が鼻を鳴らしてお茶を飲んでいる。なんか不機嫌そうだ。一夏が何かしたのかな。

 

「パーチー♪パーチー♪」

 

 俺の左隣では満面の笑みで甘いお菓子に甘いジュース飲んでる布仏さん。食べ合わせ悪くないのかな。

 

「……なあ、布仏さん」

 

「んー?何、ナッシー?」

 

「前から思っていたんだけど、そんなにお菓子ばっかり食べてて体は大丈夫なの?」

 

「んー。大丈夫大丈夫」

 

 そう言いながら笑顔でグビグビとジュースを飲んでいる。

 

「……これは俺が管理した方がいいのかな。手始めに部屋に戻ったらお菓子隠すか」

 

「え~!?それは困るよ~!」

 

 俺の言葉を聞いた途端、泣きそうな顔で俺の体をゆする布仏さん。

 

「お願いだよー!お願いだよー!」

 

 ゆさゆさゆさゆさゆさ。うわー、すごい揺れる。このままだと気持ち悪くなりそう。

 

「わかった、わかった。でも、これからはもう少し自分でも食べる量、気を付けろよ」

 

「うん!ナッシー大好きー!」

 

 そう言って俺の左腕に抱き着く布仏さん。うん、腕にね、心地いい感覚がね、うん、伝わってくるんだなあ。

 

「いいなー、本音。梨野くんと仲いいよねー」

 

「やっぱり、同室だからかなー」

 

「私も織斑くんや梨野くんと同室になりたいなー」

 

 俺の周りでみな羨ましそうにしている。正直女子との同室って結構きついんだけどなあ。特に布仏さんは時々ものすごく無防備な時がある。マジで勘弁してほしい。一夏も箒と同室だけど一夏は幼なじみの箒でよかった、とか言ってたなあ。俺も幼なじみとかいたらいいのに。

 

「はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生、織斑一夏君と梨野航平君に特別インタビューをしに来ました~!」

 

 オーと盛り上がる一同。って、俺もか。

 

「あ、私は二年の黛薫子。よろしくね。新聞部副部長やってまーす。はいこれ名刺」

 

 名刺を受け取って、名前を見る。おお、画数多いな。

 

「ではではずばり織斑君! クラス代表になった感想を、どうぞ!」

 

 ボイスレコーダーをずずいっと一夏に向け、無邪気な子供のように瞳を輝かせる黛先輩。

 

「えーと……」

 

 一夏が何を言おうか考えているようだが、あまり乗り気ではないようだ。

 

「まあ、なんというか、がんばります」

 

「えー。もっといいコメントちょうだいよ~。俺に触るとヤケドするぜ、とか!」

 

 なんだそりゃ。

 

「自分、不器用ですから」

 

「うわ、前時代的」

 

 一夏、お前のそれも何?なんか元ネタあるの?記憶ないから知らないんだけど俺。

 

「じゃあまあ、適当にねつ造しておくからいいとして」

 

 おいおい、いいのか新聞部副部長。変な誤解が出来上がってしまいそう。

 

「それじゃあ、今度は梨野君。何か意気込みをどうぞ!」

 

 今度は俺の方にボイスレコーダーが向けられる。

 

「え、えっと、とりあえず強くなります!」

 

「え~。どうせなら、『IS学園最強』目指します、くらい言ってもいいんじゃない?」

 

「いやいやいや!最強って!流石にそれは……。できればそれくらい強くなれたらいいですけど……」

 

 流石にそれはデカすぎる目標だ。

 

「まあ、いいか。こっちも適当にねつ造するかな」

 

 おいおい、変な噂やら誤解やら偏見ができるのだけはやめてほしいなー

 

「ああ、セシリアちゃんもコメントちょうだい」

 

「わたくし、こういったコメントはあまり好きではありませんが、仕方がないですわね」

 

 とか何とか言いつつもやる気満々だ。俺らの近くにいたし、写真対策なのか髪のセットもいつもより気合いが入ってる気がする。

 

「コホン。ではまず、どうしてわたくしがクラス代表を辞退したかというと、それはつまり――」

 

「ああ、長そうだからいいや。写真だけちょうだい」

 

「さ、最後まで聞きなさい!」

 

「いいよ、適当にねつ造しておくから。よし、織斑君に惚れたからってことにしよう」

 

「なっ、な、ななっ……!?」

 

 ボッと赤くなるセシリア。すごいな黛先輩。適当なのか感づいてるのかは知らないけど。

 

「何を馬鹿なことを」

 

「え、そうかなー?」

 

「そ、そうですわ!何をもって馬鹿としているのかしら!?」

 

 一夏は援護射撃のつもりだったのだろうが、それじゃあ意味ないなー。

 

「だ、大体あなたは――」

 

「はいはい、とりあえず写真撮ろうかな。まずはセシリアちゃんと織斑君で」

 

「えっ?」

 

 意外そうなセシリアの声。しかしなんとなく声が嬉しそうだった。

 

「注目の専用気持ちだからねー。ツーショットもらうよ。その後は織斑君と梨野君で。あ。握手とかしてるといいかもね」

 

「そ、そうですか……。そう、ですわね」

 

 モジモジし始めるセシリア。そりゃ、好きな奴とのツーショットは嬉しいだろうな。

 

「あの、撮った写真は当然いただけますわよね?」

 

「そりゃもちろん」

 

「でしたら今すぐ着替えて――」

 

「時間かかるからダメ。はい、さっさと並ぶ」

 

 黛先輩は一夏とセシリアの手を引いて、そのまま握手まで持って行く。

 

「それじゃあ撮るよー。35×51÷24は~?」

 

「え?えっと……2?」

 

「ぶー、74.375でしたー」

 

 パシャッ。

 デジカメのシャッターが切られる。

 

「なんで全員入ってるんだ?」

 

 恐るべき行動力をもって、一組の全メンバーが撮影の瞬間に二人の周りに集結。俺もいつの間にか真ん中の二人の近くまで押し込まれていた。

 ブーブー文句を言うセシリアをみんなが丸め込んでいく。これはセシリアの気持ちは周知なのかもしれない。

 

 ともあれその後、パーティーは十時近くまで続いた。みんな元気だなー。




女子に抱き着かれるとかいいなー。
羨ましすぎる展開じゃん。


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第16話 転校生はチャイナ娘

今回はちょっと短めです。


「織斑くん、梨野くん、おはよー。ねえ、転校生の噂聞いた?」

 

 朝、教室に入るなりクラスメイトに話しかけられた。

 

「転校生? 今の時期に?」

 

 一夏の疑問ももっともだ。今はまだ四月。なぜ入学ではなく転入なのだろうか。このIS学園、転入にはかなり厳しい条件があったはずだ。試験を行うのはもちろん、国の推薦がいるはずだ。

 そこで俺は、昨日の夜に会ったツインテール少女を思い出す。

 

「転校生って、もしかして中国から?」

 

「あ、梨野くんは知ってるんだ。なんでも、中国の代表候補生なんだって」

 

「「ふーん」」

 

 俺と一夏がハモってうなずく。あいつ、代表候補生だったのか。まあ、国から推薦されるんだし当たり前か。

 あ、代表候補生といえば。

 

「あら、わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら」

 

 一組のイギリス代表候補生、セシリア・オルコット。今朝もまた、腰に手を当てたポーズを取っていた。最近見慣れてきた。なんかもう、セシリアと言えばこのポーズ、このポーズと言えばセシリアだな。

 

「このクラスに転入してくるわけではないのだろう? 騒ぐほどのことでもあるまい」

 

 さっき自分の席である、窓側最前列に行ったはずの箒が、気が付くと側にいた。やっぱり女子は噂話には敏感なのかな。

 

「でも、意識しておく必要はあると思うぞ。たぶんその転校生。一夏に何かしらの関係があるんじゃないかな」

 

「む?なぜそう思う?」

 

「そうですわ。根拠は何ですの?」

 

 俺の言葉に箒とセシリアが反応する。

 

「だって、俺。その噂の転校生に会ってるから」

 

『……ええっ!!!』

 

 俺の言葉を聞いた途端、周りにいた人間が全員驚いたように叫ぶ。

 

「昨日の放課後に特訓終えて、寮に戻ろうとしてる時に道聞かれたんだ。その時に、織斑一夏は何組だって聞かれてさ。俺と同じ一組だって教えたら、そのうち挨拶に行くって」

 

「なんだよ、梨野くん。そういう大事なことは早く教えてよー」

 

「そうだよ、そうだよ」

 

「ごめんごめん。パーティーとかいろいろあって忘れてた」

 

 周りの女子がブーブーと文句を言っている。噂好きの女子としては、そう言った面白そうなネタは早めに仕入れておきたかったのだろう。

 

「そうか。どんなやつだった?」

 

「む……気になるのか?」

 

「ん? ああ、少しは」

 

「ふん……」

 

 一夏の俺への質問に割って入り、不機嫌になる箒。これって…。

 

「なあ、箒」

 

「なんだ?」

 

「嫉妬?」

 

「なっ!誰が嫉妬なんか!」

 

 俺の質問に顔を真っ赤にする箒。

 

「そ、そんな事より!今のお前に女子を気にしている余裕があるのか?来月にはクラス対抗戦があるというのに」

 

 話題を逸らすように箒が言う。

 

「そう!そうですわ、一夏さん。クラス対抗戦に向けて、より実戦的な訓練をしましょう。ああ、相手ならこのわたくし、セシリア・オルコットと航平さんが務めさせていただきますわ。なにせ、専用機を持っているのはまだクラスでわたくしと一夏さんだけですし、航平さんも無期限で訓練機を貸し出してもらっている状態ですから」

 

 『だけ』という部分をえらく強調しているセシリア。一夏と二人っきりになる口実がほしいのだろう。あと、専用機を持ってない箒への牽制も兼ねて。

 ちなみに、クラス対抗戦とは読んでそのまま、クラス代表同士によるリーグマッチだ。本格的なIS学習が始まる前の、スタート時点での実力指標を作る為のものらしい。

 また、クラス単位での交流及びクラスの団結の為のイベントでもあるそうだ。

 やる気を出させる為に、一位クラスには優勝商品として学食デザートの半年フリーパスが配られる。そのせいか、女子が燃えている。

 

「まあ、やれるだけやってみるか」

 

「いやいや、やれるだけじゃダメだと思うぞ」

 

「そうですわ!やれるだけでは困りますわ!一夏さんには勝っていただきませんと!」

 

「そうだぞ。男たるものそのような弱気でどうする」

 

「織斑くんが勝つとクラスみんなが幸せだよ!」

 

 一夏の言葉に一斉にセシリア、箒、クラスメイトが一夏に応援と言う名のプレッシャーをかけている。

 そう言ってる間に俺たちの周りはあっという間に女子に埋め尽くされていた。いい加減パターンなので慣れてきた。

 

「おりむー、がんばってねー」

 

「フリーパスのためにもね!」

 

「今のところ専用機を持ってるクラス代表って一組と四組だけだから、余裕だよ」

 

 やいのやいの楽しそうな女子たちに「おう」と返事をする一夏。この場はそれ以外返事できんだろうなー。と言うか布仏さん。さりげなく俺の背中にのっかってくるのはやめてください。

 

「――その情報、古いよ」

 

 ん?教室の入り口からふと声が聞こえた。なんか聞き覚えある声だな。ほんのつい最近、それこそ昨日くらいに聞いた声。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

 

 そこにいたのは、腕を組み、片膝を立ててドアにもたれていたものすごく見覚えのある奴だった。というか昨日会った噂の転校生だった。

 

「鈴……?お前、鈴か?」

 

「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

 ふっと小さく笑みを漏らすファンさん。中国人ってことは名前は漢字なんだろうが、ダメだ。どんな漢字を書くのかわからん。というか、一夏はファンさんのこと知っているらしい。

 

「何格好付けてるんだ?すげえ似合わないぞ」

 

「んなっ……!?なんてこと言うのよ、アンタは!」

 

 あ、口調が変わった。さっきまでの口調は演じたものだったらしい。

 

「おい」

 

「なによ!?」

 

 パシンッ!

 後ろから掛けられた声に聞き返した瞬間、ファンさんの頭には痛烈な出席簿打撃が食らう事となった。ファンさんの頭を叩いたのは言うまでも無く、一夏と俺が鬼教官と称している我等が担任の織斑先生だ。

 

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

 

「ち、千冬さん……」

 

「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな。邪魔だ」

 

「す、すみません」

 

 すごすごとドアからどくファンさん。あの態度は100%織斑先生にビビっている。一夏と同じく織斑先生とも面識があるようだ。

 

「またあとで来るからね!逃げないでよ、一夏!」

 

 一夏はこの人から逃げないといけない何かがあるのだろうか。

 

「さっさと戻れ」

 

「は、はいっ!」

 

 二組へ猛ダッシュしていくファンさん。

 

「っていうかアイツ、IS操縦者だったのか。初めて知った」

 

「……一夏、今のは誰だ?知り合いか?えらく親しそうだったな?」

 

「い、一夏さん!?あの子とはどういう関係で――」

 

 箒とセシリアが詰めより、更にはクラスメイトからの質問集中砲火を喰らう一夏。俺はこの後どうなるかなんとなく想像ができるので、背中に布仏さんを背負ったまま移動開始。

 

「布仏さんも席に戻った方がいいよ。でないと――」

 

 バシンバシンバシンバシン!

 

「席に着け、馬鹿ども」

 

「…ああなるから」

 

「うん」

 

 俺の言葉が終わる前に一夏に詰問していた面子の頭に織斑先生の出席簿が落ちた。それを見ていた布仏さんも素直に席に戻っていく。

 

 そして、今日も一日ISの訓練と学習が始まる。




こうしてみるとほんとに千冬さんって容赦ないっすよね~。
せっかく美人なのに。


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第17話 ラーメン、つけ麺、―(自主規制)―

修羅場だよ♪


「お前のせいだ!」

 

「あなたのせいですわ!」

 

 昼休み、開口一番に箒とセシリアが一夏に文句を言ってきた。

 

「なんでだよ……」

 

 文句を言われた一夏は身に覚えが無いように言う。

 なぜ怒っているのかはわからないが、おおよそ何に怒っているかはわかる。

 この二人、午前の授業で山田先生に注意五回、千冬さんに三回叩かれていた。

 織斑先生の授業でぼーっとするなんて、猛獣の前で裸で寝そべって『さあ、召し上がれ♪』と言っているようなものだろう。

 ぶっちゃけ、自業自得だ。

 

「とりあえず学食行かないか?」

 

「そうだな。話なら飯食いながら聞くから」

 

「む……。ま、まあ一夏がそう言うのなら、いいだろう」

 

「そ、そうですわね。行って差し上げないこともなくってよ」

 

 俺の提案に一夏が同意すると、箒とセシリアが渋々(のようだけど絶対行きたいに違いない)同意する。

 

「ねえねえ、私も行ってもいいー?」

 

 布仏さんもやって来て、俺の背中に乗っかった。

 

「……布仏さん。毎回思うんだが。なんで君は俺の背中に乗るんだ?」

 

「んー。なんとなく?」

 

「やめるという選択肢は?」

 

「ないかなー」

 

「……さいですか」

 

 どうやらこれからも俺の背中には布仏さんが乗っかってくるらしい。俺はそのたびに悶々とすることになる。記憶なくても一応俺思春期むんむんの男の子なんですが。

 

「……航平ってのほほんさんと仲いいよな」

 

「ん?そうかな?まあ、同室だしな」

 

 初めの頃とかどぎまぎしっぱなしだったんだよなー。いちいち行動が無防備だし、一度シャワーの後にタオル一枚で登場した時はまじで焦った。

 ちなみに、一夏は布仏さんのこと、「のほほんさん」と呼んでいる。のほほんとした布仏さんを表したよくできたあだ名だ。

 

「いや、そう言うんじゃなくて……。やっぱりなんでもない」

 

 なんだよ、最後まで言えよ。気になるじゃん。

 

「まあ、とりあえず行くか」

 

 一夏の言葉で俺たち、さらにそこから数名のクラスメイトもついてくることになり、学食へと移動した。

 俺は券売機でつけ麺を購入。ここのごはんどれもおいしいなー。三年間に学食メニュー制覇目指すか。

 ちなみに、一夏は日替わりランチ。毎日中身が違うし、リーズナブルでいいよね。箒はきつねうどん。セシリアは洋食ランチ。この二人いつもそれだな。もっと、いろいろ試そうぜ。

 

「待ってたわよ、一夏!」

 

 どーん、と俺たちの前に立ちふさがったのは噂の転校生、凰さん。字は前の休み時間に一夏に聞いておいた。「凰鈴音」と書くらしい。一夏は略して「鈴」と呼んでいる。

 

「まあ、とりあえずそこどいてくれ。食券出せないし、普通に通行の邪魔だぞ」

 

「う、うるさいわね。わかってるわよ」

 

 ちなみに凰さんの手にはお盆を持っていて、ラーメンがのっている。

 

「のびるぞ」

 

「わ、わかってるわよ! 大体、アンタを待ってたんでしょうが! なんで早く来ないのよ!」

 

 一夏に文句を言う凰さん。蚊帳の外な俺たち。

 おっと、俺の順番だおばちゃんに食券渡さないと。

 

「それにしても久しぶりだな。ちょうど丸一年ぶりになるのか。元気にしてたか?」

 

「げ、元気にしてたわよ。アンタこそ、たまには怪我病気しなさいよ」

 

 どういう希望だよ、それ。

 

「どういう希望だよ、そりゃ……」

 

 一夏も思っていたらしい。まったく、俺たちの…というか一夏の周りにはなんでこう自分勝手な感じの子が多いんだろう。

 

「あー、ゴホンゴホン!」

 

「ンンンッ! 一夏さん? 注文の品、出来てましてよ?」

 

 大げさに咳き込む箒&セシリア。

 

「向こうのテーブルが空いてるな。行こうぜ」

 

 凰さんも含めて俺たち全員に促す一夏。十人近くいるから移動にも時間がかかる。

 

「ああ、そう言えば、昨日はありがとうね」

 

「どういたしまして」

 

 移動中凰さんが礼を言ってきた。

 

「あらためまして、梨野航平だ。よろしくな」

 

「凰鈴音よ、よろしく」

 

「一夏と知り合いだったんだな。しかも代表候補生で専用機持ち」

 

「まあね」

 

 そう言っている間に席に着く。

 

「鈴、いつ日本に帰ってきたんだ?おばさん元気か?いつ代表候補生になったんだ?」

 

「質問ばっかしないでよ。アンタこそ、なにIS使ってるのよ。ニュースで見たときびっくりしたわよ」

 

 なぜだろう。同じテーブルにいるのに疎外感が半端ない。

 

「一夏、そろそろどういう関係か説明してほしいのだが」

 

「そうですわ!一夏さん、まさかこちらの方と付き合ってらっしゃるの!?」

 

 俺と同じく疎外感を感じたのか箒とセシリアが多少棘のある声で訊いた。他のクラスメイト達も興味津々なようだ。

 

「べ、べべ、別に私は付き合ってる訳じゃ……」

 

「そうだぞ。なんでそんな話になるんだ。ただの幼なじみだよ」

 

「………………」

 

「?何睨んでるんだ?」

 

「なんでもないわよっ!」

 

 一夏の否定の言葉に怒る凰さん。何怒ってんだろ、この人。

 

「幼なじみ……?」

 

 怪訝そうな声で聞き返す箒。

 

「あー、えっとだな。箒が引っ越していったのが小四の終わりだっただろ?鈴が転校してきたのは小五の頭だよ。で、中二の終わりに帰ったから、会うのは一年ちょっとぶりだな」

 

 なるほど。通りで親しげなわけだ。

 

「で、こっちが箒。ほら、前に話したろ? 小学校からの幼なじみで、俺の通ってた剣術道場の娘」

 

「ふうん、そうなんだ」

 

 凰さんはジロジロと箒を見る。箒も負けじと見返している。

 

「初めまして。これからよろしくね」

 

「ああ。こちらこそ」

 

 そう言ってあいさつを交わす二人の間で火花が散ったように見えた。幻覚かな。

 

「ンンンッ!わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。中国代表候補生、凰鈴音さん?」

 

「……誰?」

 

「なっ!?わ、わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ!?まさかご存じないの?」

 

「うん。あたし他の国とか興味ないし」

 

「な、な、なっ……!?」

 

 言葉に詰まりながらも怒りで顔を赤くしていくセシリア。なんでセシリアは自分のことを知らないと怒るんだろう。

 

「い、い、言っておきますけど、わたくしあなたのような方には負けませんわ!」

 

「そ。でも戦ったらあたしが勝つよ。悪いけど強いもん」

 

 ふふんと言った調子の凰さん。なんだろう。妙に確信じみているし、しかも嫌味っぽく聞こえない。なんというのか、素で言ってる感じだ。

 

「………………」

 

「い、言ってくれますわね……」

 

 箒は無言で箸を止め、セシリアはわなわなと震えながら拳を握りしめている。

 それに対して、そんなものどこ吹く風でラーメンをすする凰さん。

 

「一夏」

 

 凰さんが不意に一夏に話しかけると、一夏が何故か焦ったような顔をしていた。また変なこと考えてたな。

 

「アンタ、クラス代表なんだって?」

 

「お、おう。成り行きでな」

 

「ふーん……」

 

 どんぶりをもってごくごくとスープを飲む凰さん。おーう、豪快。

 

「あ、あのさぁ。ISの操縦、見てあげてもいいけど?」

 

 お?凰さんもコーチに名乗り出るとは。でも、そんなことになったら絶対黙ってない人が、若干二名。

 ダンッ!

 音の正体はもちろん黙っていない若干二名こと箒&セシリア。テーブルを叩いた二人はその勢いのまま立ち上がる。

 

「一夏に教えるのは私の役目だ。頼まれたのは、私だ」

 

「あなたは二組でしょう!?敵の施しは受けませんわ」

 

 うわ、顔が怖い。般若の面みたい。そう言えば、般若の面って鬼女のお面なんだったな。

 

「あたしは一夏に言ってんの。関係ない人は引っ込んでてよ」

 

「か、関係ならあるぞ。私が一夏にどうしてもと頼まれているのだ」

 

 どうしてもとまでは言ってないんじゃないかな。

 

「一組の代表ですから、一組の人間が教えるのは当然ですわ。あなたこそ、後から出てきて何を図々しいことを――」

 

「後からじゃないけどね。あたしの方が付き合いは長いんだし」

 

「そ、それを言うなら私の方が早いぞ!それに、一夏は何度もうちで食事をしている間柄だ。付き合いはそれなりに深い」

 

「うちで食事? それならあたしもそうだけど?」

 

 おっと、自信に満ち溢れていたの箒の顔が凰さんの一言で凍り付いた。

 

「いっ、一夏っ!どういうことだ!?聞いていないぞ私は!」

 

「わたくしもですわ!一夏さん、納得のいく説明を要求します!」

 

「説明も何も……幼なじみで、よく鈴の実家の中華料理屋に言ってた関係だ」

 

 一夏の言葉に今度は凰さんの余裕の表情がむすっとした表情に変わる。

 対照的に、箒とセシリアはほっとした表情になる。

 

「な、何?店なのか?」

 

「あら、そうでしたの。お店なら別に不自然なことは何一つありませんわね」

 

 布仏さんを除くクラスメイトの女子も同じように緊張と緩和を繰り返している。あれ?なんで布仏さんは落ち着いてるんだろう。落ち着きのないクラスメイト達と布仏さんとの違いはなんだろう。

 ………うん、わからん。

 

「親父さん、元気にしてるか? まあ、あの人こそ病気と無縁だよな」

 

「あ……。うん、元気――だと思う」

 

 ん?一夏の言葉に凰さんの表情が一瞬陰った。

 

「そ、それよりさ一夏、今日の放課後って時間ある?あるよね。久しぶりだし、どこか行こうよ。ほら、駅前のファミレスとかさ」

 

「あー、あそこ去年潰れたぞ」

 

「そ、そう……なんだ。じゃ、じゃあさ、学食でもいいから。積もる話もあるでしょ?」

 

「――あいにくだが、一夏は私や航平と一緒にISの特訓をするのだ。放課後は埋まっている」

 

 待ってください箒さん。いつの間にそんなことになったんですか?俺知らないんですけど。

 

「そうですわ。クラス対抗戦に向けて、特訓が必要ですもの。特にわたくしは専用機持ちですから?ええ、一夏さんの訓練には欠かせない存在なのです」

 

 さっきまで悔しそうにしてたのに、今や攻勢に転じた二人はここぞとばかりに一夏の特訓を持ち出す。特訓はいいけどちゃんと確認取ろうよ。

 

「じゃあそれが終わったら行くから。空けといてね。じゃあね、一夏!」

 

 ごくんとラーメンのスープを飲み干し、一夏の答えも聞かずに凰さんはさっさと片付けに行ってしまった。もちろん、テーブルに戻ってくるなんてことはなかった。そのまま凰さん学食から去って行った。

 

「一夏、当然特訓が優先だぞ」

 

「一夏さん、わたくしたちの有意義な時間を使っているという事実をお忘れなく」

 

 どちらも一夏は断ることができなさそうだ。

 

「………なあ、布仏さん」

 

「んー、何?」

 

 ズルズルと麺をすする俺と、ランチセットのサラダをぱくつく布仏さん。

 

「俺、記憶喪失でよくわからないこと多いから、間違ってるかもしれないから確認するんだけどさ…」

 

「うん」

 

 そこで俺は食べきった麺の濃い目のつけ汁に横にあった小さな壺からだし汁を足し、味を調節。一口すする。うん、うまい。

 

「……これって、『修羅場』だよな?」

 

「うーん、これくらいなら、まだ修羅場って程じゃないんじゃないかなー」

 

「………そっか」

 

 できることなら本当の修羅場にならないことを願っています。もしくは、修羅場になっても俺が巻き込まれてしまいませんように。

 

 俺は嫌な予感を飲み込むように、スープを飲み干した。




ラーメンっておいしいですよねー。
これを書いてるのが深夜なのですが書いてておなかすいてしまいました。

次回もお楽しみに~。


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第18話 特訓にて

疲れた体に、ポ○リス○ット


「え?」

 

「へ?」

 

 放課後の第三アリーナ。俺たちは今日もセシリアにIS操縦を教わる予定だったが、予想外の光景がそこにはあったものだから思わず間抜けな声が出てしまった。一夏も同じだったのか俺と似たような声を出していた。

 

「な、なんだその顔は……おかしいか?」

 

「いや、その、おかしいっていうか――」

 

「篠ノ之さん!?ど、どうしてここにいますの!?」

 

 そう。俺たちの目の前にいるのは箒だった。しかも、俺と同じIS『打鉄』を装着、展開している。

 ちなみに今更だが、打鉄は純国産ISとして定評のある第二世代の量産型。安定した性能を誇るガード型だから初心者にも扱いやすい。その事から多くの企業並びに国家、党IS学園においても訓練機として一般的に使われている。…以上、教科書からの引用。

 

「どうしてもなにも、一夏に頼まれたからだ」

 

(そうなの?)

 

 小声で隣の一夏に訊くと、一夏もなんだか微妙な顔をしている。身に覚えがないらしい。

 

「くっ……。まさかこんなにあっさりと訓練機の使用許可が下りるだなんて」

 

 悔しそうな顔をするセシリア。きっと「一夏さんと二人っきりになれるかも♡ルンルン♡」みたいなことを考えていたのだろう。……俺いるんですけど?

 

「では一夏、はじめるとしよう。刀を抜け」

 

「お、おうっ」

 

 やる気満々に刀を抜く箒。一夏も雪片弐型を構える。

 

「では――参るっ!」

 

 ――と、そこにつんざく声が響く。

 

「お待ちなさい!一夏さんのお相手をするのはこのわたくし、セシリア・オルコットでしてよ!?あなたは同じ打鉄である航平さんのお相手をすればいいじゃないですの!」

 

 言うが早いか一夏の前に割った入ったセシリアは、真っ向から対峙する。

 

「ええい、邪魔な!ならば斬る!」

 

「訓練機ごときに後れを取るほど、優しくはなくってよ!」

 

 そこからは二人の戦闘が始まった。てかセシリア。一夏も一緒だったとはいえ、俺も訓練機でお前との戦い、健闘したと思うんだけど。

 

「どうする、一夏?」

 

「ん~、そうだなー……」

 

 俺と一夏は目の前で行われる先頭をぼんやりと見つめる。

 

「はああああっ!」

 

「甘いですわ!」

 

 箒が近接ブレードで描く美しい軌跡。セシリアの≪スターライトmkⅡ≫から放たれる弾丸の輝き。それらを眺めながら、俺たちは多分同じことを考えていた。

 ……終わるまで待っていよう、と。

 と言うか、二人の間に入る勇気がない。なんだか鬼気迫るものを感じる。横槍を入れるととんでもないことになりそうだ。

 

「一夏!それに航平!」

 

「何を黙って見ていますの!?」

 

「うえっ!?何を黙ってって……」

 

「な、なんか邪魔しちゃ悪いし。なあ?」

 

「お、おう」

 

 俺の言葉に一夏が横でうなずいている。

 

「一人づつどちらかに味方すればいいだろう!」

 

 なるほど、それもそうだ。

 

「……じゃあ、航平。…じゃ~ん、け~ん――」

 

 俺たちが向き合ってじゃんけんで決めようとすると、それを遮るように

 

「じゃんけんなんかで決めるんですの!?」

 

 セシリアの声が響く。え?だってこの方が公平じゃん。

 ちなみにこのとき俺たちが黙ってしまったことがまずかったたらしい。数分後、俺&一夏vs箒&セシリアのタッグマッチをさせられた。普段仲悪いのに、こんな時だけ息ぴったりだし。

 

 

 ○

 

 

「では、今日はこのあたりで終わることにしましょう」

 

「お、おう……」

 

「うっす……」

 

 ぜえぜえと息が切れている一夏。織斑先生のトレーニングメニューのおかげで俺は一夏ほどの疲労はない。。それに対してけろりしとしているセシリア。やっぱり、代表候補生だけあって俺たちとは経験が違うようだ。俺たちはISを使って日が浅いせいか、まだISでの体力配分が下手なようだ。

 

「ふん。鍛えていないからそうなるのだ」

 

 一夏に向けて叱咤する箒。箒も多少疲れているようだが、一夏ほど疲労困憊と言うことはない。

 

「一夏。終わったしピットに戻るか」

 

「おう」

 

 そう言って、二人でピットに向かう。その後をついてくる人物が一人。

 

「……で、箒。なんでこっち側に来るんだ?」

 

 後ろを振り返り、一夏訊いた。

 

「私もピットに戻るからだ」

 

「いや、セシリアの方に――」

 

「ぴ、ピットなどどっちでも構わないだろう!」

 

 そりゃそうなんだけどね。でも、それならセシリアの方でもいいじゃないか。

 と、思ったが、言ったら面倒なことになりそうだったのでやめておいた。

 

「ふう……」

 

 展開を解除。と同時にISの補助がなくなるので、体が重くなったように感じる。

 

「一夏は無駄な動きが多すぎる。だから疲れるのだ。航平の方が自然体で動けているが、航平もまだまだ無駄がある」

 

 ピットに戻ると、箒が言った。やっぱりそうか。その辺も意識してこれからの特訓をしないとな。

 箒から指摘されたことを頭の中で反復しながら、用意してあったスポーツタオルを取り出し汗を拭く。あ~、シャワー浴びたい。

 ここから一番近いシャワールームは部活棟にあるのだが、寮と反対側なので行く意味がない。それに、そもそも男用のシャワーがないので、女子と一緒に浴びることになってしまう。そんなことになったら大問題だ。

 

「箒、ものは相談なんだが……」

 

「なんだ、言ってみろ」

 

「今日、先にシャワー使わせてくれよ」

 

 一夏と箒は一緒の部屋で暮らす上での線引きをしたらしい。と言うか、箒が一方的に決めたらしい。その中にはシャワーの使用時間も入っているらしく、箒は七時から八時、一夏は八時から九時となっているらしい。

 俺と布仏さんはその辺無頓着で、シャワーの使用も空いてたらどっちが使ってもいいということになっている。同じ部屋で暮らす上でのルールも特には……あ、最近追加したんだった。「シャワー後にはちゃんと服を着て出てくる」である。つい先日起きた『布仏さんバスタオル事件』のせいである。

 

「っていうか箒、剣道部に入るんじゃなかったのか?毎日俺たちに付き合ってたら部活で他の女子に出遅れるぞ」

 

「そ、それはお前が気にする必要はない。……こっちの方で出遅れる方が問題だ……」

 

「え?何?」

 

「な、何でもない!」

 

 一夏は聞こえてなかったようだが、俺にはばっちし聞こえていた。まあ、セシリアというライバルが出てきた今、部活どころではないだろう。

 

「で、シャワーなんだが――」

 

「一夏っ!」

 

 バシュッとスライドドアが開いて凰さんが現れた。

 

「おつかれ。はい、タオル。飲み物はスポーツドリンクでいいよね」

 

 そう言って一夏にタオルと飲み物を渡す凰さん。いいなー、俺ものど乾いた。

 

「はい、アンタにも」

 

 そう言って俺にも飲み物を差し出す凰さん。

 

「え?いいの?」

 

「この間の道案内のお礼よ」

 

 なんて律儀な。あの程度の道案内くらい気にすることないのに。でも、この厚意は嬉しいのでありがたく受け取っておこう。

 ちなみに、冷えてないドリンクだが、これが正解らしい。以前、トレーニング後に織斑先生に飲み物を貰った時も冷えてないスポーツドリンクだった。なんでも、熱を持った体に冷たい水分は自殺行為に等しいらしい。ということを、冷たい方がいいと言った俺に、「人の厚意はありがたくもらっておけ」というありがたーいお言葉とありがたーいげんこつと共に織斑先生に教えてもらった。先生のげんこつの方が冷たい飲み物より体にダメージを与えてる気がするんですけど。

 

「一夏さぁ、やっぱあたしがいないと寂しかった?」

 

「まあ、遊び相手が減るのは大なり小なり寂しいだろ」

 

「そうじゃなくてさぁ」

 

 にこにこ、と言う音が聞こえてきそうなほどの笑みを凰さんは浮かべている。

 

「鈴」

 

「ん?なになに?」

 

「何も買わないぞ」

 

 ずるっと凰さんが姿勢を崩した。凰さんがこんな顔してる時に一夏は何か売りつけられた過去でもあるのだろうか。

 

「あんたねぇ……久しぶりに会った幼なじみなんだから、色々と言うことあるでしょうが」

 

 凰さんの言葉に一夏が考えているようだが特に思い浮かばないらしい。

 

「例えばさぁ――」

 

「あー、ゴホンゴホン!」

 

 わざとらしい咳払いで凰さんの言葉を遮ると、箒は『私は別に興味はないのだが』と言うような態度で(でも本当は興味あるんだろうなあ)話し始めた。

 

「二人とも、私は先に帰る。一夏、シャワーの件だが、先に使っていいぞ」

 

「おお、そりゃありがたい」

 

「お疲れ様ー」

 

「では、また後でな。一夏。航平は、とりあえずはまた明日」

 

 一夏への『また後で』と俺への『また明日』を、ものすごく強調――俺と一夏への言葉の差を際立たせるように――して、箒は一足先に出て行った。

 

「……一夏、今のどういうこと?」

 

 箒が出ていくと、さっきまであんなにも上機嫌だった凰さんが不機嫌なのを隠そうとしているのか、引きつった笑みを浮かべていた。

 

「ん?いや、いつもはシャワーは箒が先なんだが、今日は汗だくだから順番を変わってくれって頼んで――」

 

「しゃ、しゃ、シャワー!?『いつも』!?い、一夏、アンタあの子とどういう関係なのよ!?」

 

「どうって……前に言っただろ。幼なじみだよ」

 

「お、お、幼なじみとシャワーの順番と何の関係があんのよ!?」

 

「あれ?知らなかったのか?」

 

「何をよっ!?」

 

 俺の質問に俺に顔を向けながら質問で返す凰さん。

 

「一夏と箒って同じ部屋なんだよ」

 

「……は?」

 

 俺の言葉に凰さんがぽかんとした顔をする。

 

「ちょっと、一夏っ!どういうことよっ!あんたの同室って同じ男の、この線の細い金髪のイケメンじゃないのっ!?」

 

 あ、俺のことそういう風に思ってたんだ。イケメンは嬉しいけど線の細いって……。

 

「いや、俺たちの入学ってかなり特殊なことだったから、航平と一緒の部屋を用意できなかったんだと。だから、今は箒と一緒の部屋で――」

 

「そ、それってあの子と寝食を共にしてるってこと!?」

 

「まあ、そうなるか。でもまあ、箒で助かったよ。これが見ず知らずの相手だったら緊張して寝不足になっちまうからな」

 

「………………」

 

「うん? どうした?」

 

「…………ったら、いいわけね………」

 

「「?」」

 

 うつむき加減の凰さんが何を言ったのか聞き取れず、俺と一夏は耳を傾ける。角度の加減で凰さんの表情もよく見えない。

 

「だから! 幼なじみならいいわけね!?」

 

「うおっ!?」

 

「うわっ!?」

 

 いきなりガバッと顔を上げるので、俺たちは驚いて身を引く。一夏なんかは、もう少し体を近づけていたら頭突きを食らっていただろう。

 

「わかった。わかったわ。ええ、ええ、よくわかりましたとも」

 

 なぜか一人で納得し始めた凰さん。何がわかったんだ?

 

「一夏っ!」

 

「お、おう」

 

「幼なじみはふたりいるってこと、覚えておきなさいよ」

 

「別に言われなくても忘れてないが……」

 

「じゃあ、後でね!」

 

 確認を取らずに『後で』と言ってピットから出て行く凰さん。俺と一夏は呆然と立ち尽くしていた。

 なんかまた面倒なことになりそうだなあ。

 

「……なあ、航平」

 

「……何?」

 

「女の、それも幼なじみの考えることはわからんな」

 

「……そうだな」




次回!修羅場るかも!
こうご期待!


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第19話 001回目のプロポーズ

僕は死にましぇ~ん!!

……はい?……ええ。内容には全く関係ありません。
てなわけで始まるよ♪


「というわけだから、部屋代わって」

 

「ふ、ふざけるなっ!なぜ私がそのようなことをしなくてはならない!?」

 

 寮の部屋の一室、1025室。時刻は八時過ぎ。夕食後に一夏に無理やり連れてこられ、出されたお茶を飲んでいると、凰さんがやって来た。

 んー、この二人相性悪いかも。

 

「いやぁ、篠ノ之さんも男と同室なんてイヤでしょ? 気を遣うし。のんびりできないし。その辺、あたしは平気だから代わってあげようかなって思ってさ」

 

「べ、別にイヤとは言っていない……。それにだ!これは私と一夏の問題だ。部外者に首を突っ込んで欲しくはない!」

 

「大丈夫。あたしも幼なじみだから」

 

「だから、それが何の理由になるというのだ!」

 

 さっきからこの調子だ。

 

(なあ、俺いる意味あるの?)

 

(頼むからいてくれ。俺一人じゃこれ以上ヒートアップしたらまずいかも)

 

 俺がいても止められるというものでもないだろ。

 

(俺からも訊くんだが。鈴のやつ。すでに荷物をもってきてる気がするんだが、目の錯覚か?幻覚か?)

 

(安心しろ、一夏。俺にも見えてるから。なんだったら俺から聞いてみる)

 

 そう言って、俺は凰さんに顔を向ける。

 

「なあ、凰さん」

 

「うん?」

 

「前にあった時もそのボストンバッグ持ってたけど、それで、荷物全部?」

 

「そうだよ。あたしはボストンバッグひとつあればどこでも行けるからね」

 

 なんというフットワークの軽さ。箒も女子にしては荷物少ないと思うがそれにしても少ない。布仏さんに荷造りさせたら、荷物の半分はお菓子になるだろうなあ。いや、むしろ大半がお菓子だな。

 ちなみに、前に一夏と一緒にセシリアの部屋に招かれたときは一瞬ここが寮であることを忘れてしまった。家具はベッドから鏡台、テーブル、イスに至るまで全部特注品のインテリア。壁紙や照明まで替えていた。ベッドも天蓋付きのものに替えていた。あんなものどうやって部屋に入れたんだろう。同室の子はスペースをほとんど取られてすっげえかわいそうだった。あまりにもかわいそうだったので、もっと慎ましく生きろ、他人に迷惑をかけるな、と一夏と共に説教してやると、わかってくれたのかスペースをできるだけ空け、同室の子からはものすごく感謝された。

 

「とにかく、今日からあたしもここで暮らすから」

 

「ふ、ふざけるなっ!出て行け!ここは私の部屋だ!」

 

「『一夏の部屋』でもあるでしょ?じゃあ問題ないじゃん」

 

 そう言って同意を求めるように一夏の方に顔を向ける凰さん。そして凰さんに出て行けと言って欲しいように一夏を見る……というか睨んでいる箒。

 

「俺に振るなよ……」

 

 二人に同意を求められた事に一夏が困った顔をする。一夏も大変だな。助けたほうがいいかも。

 

「なあ、二人とも。とりあえず落ち着いたら?凰さん、部屋のことは君の独断では決められないんじゃない?」

 

「悪いけど、部外者は黙っててくれる?」

 

「お前だって部外者だろ!」

 

「関係者よ。私も幼なじみだし」

 

「だから、何なのだその理由は!」

 

 ダメだ。止めに入ってもすぐに二人の言い争いになる。

 

「とにかく!部屋は代わらない!出て行くのはそちらだ!自分の部屋に戻れ!」

 

「ところでさ、一夏。約束覚えてる?」

 

「む、無視するな!ええい、こうなったら力づくで……」

 

 激昂した箒はいつでも取れるようにベッドに立てかけてあった竹刀を握る。

 

「あ、馬鹿――」

 

「まずい!」

 

 完全に冷静さを失った箒が、防具も付けていない凰さんに竹刀を振り下ろす。咄嗟に、座っていた一夏のベッドから立ち上がり、二人の間に割って入ろうとした俺の前に、誰かの手が差し出され、行動を制される。

 パシィンッ!

 ものすごい音がした。

 

「鈴、大丈夫か!?」

 

「大丈夫に決まってるじゃん。今のあたしは――代表候補生なんだから」

 

 見ると、確実に頭にヒットしたと思われた箒の一撃は、ISの部分展開された凰さんの右腕によって受け止められていた。俺を制したのも凰さんだった。

 

「…………!」

 

 驚いているのは誰よりも箒だった。いくらISの展開が早くても、その判断を下すのは操縦者なのだ。つまり、ISの展開速度は人間の反射速度を超えることはない。

 そしてさっきの打撃は素人が土壇場で対処できるようなレベルのものではない。つまり、凰さんはそれができてしまうほど強いという単純かつ明快な答えである。

 

「アンタも大丈夫だった?危ないよ、飛び込んできたら」

 

「お、おう。ありがとう」

 

 なぜか礼を言ってしまった。助けに入るつもりだったのに。

 

「ていうか、今の生身の人間なら本気で危ないよ?」

 

「う………」

 

 凰さんの指摘が効いたのか、箒はバツが悪そうに顔を逸らす。

 

「ま、いいけどね」

 

 細かいことは気にしないというような態度で、凰さんはISの部分展開を解く。スマートな装甲を纏った右腕がぱぁっと光り、元の状態に戻った。

 

「え、えーと……」

 

 気まずそうに俺の顔を見る一夏。俺に振るな、という思いを込めて全力で首を横に振る。

 

「鈴、約束っていうのは」

 

「う、うん。覚えてる……よね?」

 

 凰さんは急に顔を伏せて、ちらちらと上目遣いで一夏を見る。なんだか恥ずかしそうだ。

 

「えーと、あれか? 鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を――」

 

「そ、そうっ。それ!」

 

「――おごってくれるやつか?」

 

 え?タダで?いい人だな、凰さん。

 

「………………はい?」

 

 あ、この反応。どうやら違うようだ。

 

「だから、鈴が料理出来るようになったら、俺にメシをごちそうしてくれるって約束だろ?」

 

 んー、たぶん違うと思うぞ一夏。凰さんのこの反応を見てみろよ。

 

「いやしかし、俺は自分の記憶力に感心――」

 

 パアンッ!

 

「……へ?」

 

 いきなり凰さんが一夏をひっぱたいた。いきなりの展開に俺と箒も呆然としている。

 

「え、えーと」

 

 叩かれた一夏は状況が分からずにゆっくりと顔の向きをゆっくりと元に戻す。

 

「…………………」

 

 凰さんは肩を小刻みに震わせ、怒りに充ち満ちた眼差しで一夏を睨んでいた。しかも、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでおり、唇はそれが零れないようにきゅっと結ばれていた。

 

「あ、あの、だな、鈴……」

 

「最っっっ低!女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けないヤツ!犬に噛まれて死ね!」

 

 そこからの凰さんの行動は素早かった。床に置かれていたバッグをひったくるように持って、ドアを蹴破らんばかりの勢いで出て行く。

 バタンッ!

 大きな音が響いて、俺も一夏もやっと我に返った。

 

「……まずい。怒らせちまった」

 

「その約束の内容を知らないから何とも言えないけど。お前、約束の内容を何か取り違えてるんじゃないか?」

 

「そうなのかな?」

 

「どんな内容だったんだ?」

 

「えっとだな……」

 

 俺が訊くと一夏は話し始めた。要約するとこうだ。

 

 二人が小学校のころ、放課後に二人で教室にいたときに、凰さんが唐突に言ったらしい。「料理が上手になったら、毎日私の酢豚を食べてくれる?」と。それを聞いた一夏は「ただで毎日酢豚をくわせてくれるなんて、いいやつだな」と思い、了承したらしい。

 

「んー。それを聞いても、やっぱり俺もタダでご馳走してくれるって解釈しかできそうにないな」

 

「だよな?」

 

 あの約束に、一体どんな意味が…。男の風上にも置けないと言われるほどの約束だったのか。

 

「一夏」

 

「お、おう、なんだ箒」

 

「馬に蹴られて死ね」

 

 どうやら箒はその約束の意味が分かったらしい。

 

「はあ……」

 

 一夏が大きくため息をついた。

 

 

 ○

 

 

 

「ただいまー」

 

「おかえりー」

 

 部屋に戻ると布仏さんが出迎えてくれた。

 

「……なあ、布仏さん。変なこと訊いてもいい?」

 

「んー?何ー?」

 

 ベッドに座り、こちらを向いて、細長いスナックをチョコレートでコーティーングしたお菓子を端を咥えて後ろから押し、リスのようにカリカリと食べている。ものすごいスピードでお菓子が短くなり、布仏さんの口の中に消える。そしてすぐに新たなお菓子を咥える。というのを繰り返している。

 

「男が女の子から『毎日私の料理を食べて』って言われる場合、これってどんな意味だと思う?」

 

 俺が訊いた途端、咥えていたお菓子がポキンと途中で折れて布仏さんの膝の上に落ちる。あれ?なんか表情も固まってるような。

 

「お菓子落ちたよ?」

 

「あ!うん」

 

 膝の上に乗っているお菓子を拾い上げぱくっと食べる布仏さん。表情はいつも通りな気もするが、なんだかまだ固い気がする。

 

「えっと、『毎日私の料理を食べて』の意味だよねー?」

 

「おう。どんな意味があるんだ?」

 

「んー。やっぱりそれはプロポーズじゃないかなー?」

 

「………え?」

 

 え?プロポーズ?まじで?てかどのへんが?

 

「え?タダ飯食べさせてくれるとかじゃないの?」

 

「違うよー」

 

「なんで毎日その子の料理を食べることが結婚に繋がるの?」

 

「だって、その子の料理を毎日食べようと思ったらその子と一緒にいないといけないじゃない?そんなの毎日一緒にいたいって言ってるってことだよー」

 

「…………はっ!」

 

 なんてこった!そんな意味だったのか!てことは凰さんって……。

 

「なるほど、納得した」

 

 うんうんとうなずく俺を布仏さんがじーっと見ている。

 

「………ねえ。なんでいきなりそんなことを?誰かに言われたの?」

 

 あれ?なんか布仏さんの様子が変。いつもぼんやりとした目が、今はなんだか睨むような半眼な気がする。

 

「うん。言われたよ――」

 

「っ!」

 

 俺の言葉に布仏さんの目元が一瞬ぴくっと反応する。

 

「――一夏が」

 

「………え?」

 

 そこからつづけた俺の言葉に一瞬の間を空け、布仏さんがぽかんとした顔になる。

 

「だから、言われた…っていうか、昔言われてたんだって、一夏が。セカンド幼なじみの凰さんに」

 

「あ、そういうことなんだー」

 

 さっきまで雰囲気から一変、いつもの布仏さんののほほーんとした雰囲気に戻っていた。さっきまでの雰囲気あれに似ていた気がする。一夏が箒と仲良くしてるの見てるセシリアとか、一夏がセシリアと仲良くしてるのを見てる箒とか、一夏と凰さんが仲良くしてるのを見てる箒とセシリアみたいだった。気のせいだったのかな?そんなわけないよな。

 

「うんうん。おりむーなら納得だー」

 

 止まっていたお菓子を食べる手をまた動かし始める。

 

「それを一夏はタダ飯食わせてくれるって意味に思ってたらしくて、それを言ったら凰さんにひっぱたかれてた」

 

「あららー。それは災難だったねー」

 

「なんかこれからもっと面倒なことになりそう」

 

 俺はつぶやきながらベッドに寝転がる。

 

「なあ、布仏さん。もう一個確認するけど、一夏を好きな奴って凰さんだけじゃないよな?俺の勘違いじゃないよな?確実にややこしいそうな奴がもう二人いるよな?」

 

「うん、いるねー。しののんとセッシー」

 

「…………」

 

 そっかー、やっぱりかー!

 

「できることなら、これ以上の修羅場に巻き込まれないといいけど…」

 

「あははー。頑張ってねー、ナッシー」

 

 布仏さんが笑っているが、正直笑い事じゃないんだよなー。

 

「……なあ、俺もお菓子もらっていい?」

 

「いいよー。どれがいー?」

 

「なんでもいいよ。甘いもの食べたい気分なんだ」

 

「う~~ん………。あ!じゃあどうせならポッキーゲームでもする?」

 

「なにそれ?」

 

 

 その後、ゲームの内容を聞いて俺が全力拒否したことは言うまでもない。




あー、かわいい女子とポッキーゲームしたいっす。
ちょいちょい僕自身がかわいい子とやってみたいことをたまに入れま~す。

次回もお楽しみにー。


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第20話 ステータス

貧乳はステータスだ!希少価値だ!


 五月。

 あの一件から数週間がたったが、一夏と凰さんはまだ仲直りできていないようだ。それどころか、凰さんの機嫌は日増しに悪くなっているような気がする。

 一夏に会いに来ることもまずない。たまに廊下や学食なんかで会っても露骨に一夏から顔を背ける。『怒ってます』オーラ全開で、関係ないはずの俺まで怒られているような気がしてくる。

 

「一夏、来週からいよいよクラス対抗戦が始まるぞ。アリーナは試合用の設定に調整されるから、実質特訓は今日で最後だな」

 

 放課後、かすかに空が橙色に染まり始めるころ、特訓のために第三アリーナへと向かう。

 一夏と凰さんの一件の次の日。クラス対抗戦の組み合わせが発表された。一組の――一夏の一回戦対戦相手は幸か不幸か二組――凰さんだった。

 それを見てから箒とセシリアに妙なスイッチが入ったらしく、一夏へのクラス対抗戦に向けての猛特訓が始まった。俺も特訓に参加してはいるが、一夏がメインとなっている。

 特訓のメンバーはいつも通り一夏、俺、箒、セシリア。クラスの女子は落ち着いてきたようだ。最近は質問攻めや視線に囲まれることも少なくなってきた。しかし、俺たちが未だ学園内での話題の対象であることは変わらないので、アリーナの客席は満員御礼だった。

 余談だが、アリーナの席を『指定席』として売っていた二年生が先日織斑先生に制裁を下された。首謀者グループは三日間寮の部屋から出てこれなくなったらしい。どんな恐怖体験をさせたんだ織斑先生……。

 

「IS操縦もようやく様になってきたな。今度こそ――」

 

「まあ、わたくしが訓練に付き合っているんですもの。このくらいはできて必然、できない方が不自然というものですわ」

 

「ふん。中距離射撃の戦闘法が役に立つものか。第一、一夏のISには射撃装備がない」

 

 言葉を中断されたせいか、箒の言葉にはやや棘があった。

 実際その通りだった。一夏のIS・白式には射撃武器はおろか雪片弐型以外の装備がない。

 普通、ISには機体ごとに専用装備を持っているものらしい。しかし、その『初期装備(プリセット)』だけでは不十分なので、『後付装備(イコライザ)』というものがある。例として挙げるなら、セシリアの機体、『ブルー・ティアーズ』の初期装備はブルー・ティアーズ、後付装備はライフルとナイフである。

 そして、ISには後付装備のために『拡張領域(パススロット)』が設けられている。装備できる量は各機のスペックによるが、最低でも二つは後付できるようになっているのが一般的なISらしい。が、一夏の白式は違った。

 一夏のIS・白式は、拡張領域0。しかも初期装備は書き換えることができないので、結局近接ブレード一本だけというのが現在の一夏のISのスッペクである。

 

「それを言うなら篠ノ之さんの剣術訓練だって同じでしょう。ISを使用しない訓練なんて、時間の無駄ですわ」

 

「な、何を言うか!剣の道はすなわち見という言葉をしらぬのか。見とはすべての基本において――」

 

「一夏さん、今日は昨日の無反動旋回(ゼロリアクト・ターン)のおさらいからはじめましょう」

 

「ええい、このっ――聞け、一夏!」

 

「俺は聞いてるって!」

 

「一応言っとくと、俺も聞いてるからね?」

 

 なぜか一夏が怒られた。飛び火しては困るので俺も一応言っておく。

 そんなよくわからない会話をしつつ、俺たちは第三アリーナのAピットにやって来た。一夏がドアセンサーに触れる。指紋・静脈認証によって開放許可が下りると、ドアはバシュッと音を立てて開いた。いつ聞いてもこの音かっこいいな。

 

「待ってたわよ、一夏!」

 

 ピットにいたのは、なんと凰さんだった。腕組をしてふふん不敵な笑みを浮かべている。昨日はまだ怒ってた気がするけど、どういう心境の変化だろうか。……うわ、俺の横で箒とセシリアが顔をしかめている。…怖ええ。

 

「貴様、どうやってここに――」

 

「ここは関係者以外立ち入り禁止ですわよ!」

 

 さっきから遮られっぱなしな箒。今日はそういう日なんだろう。

 そして凰さんは「はんっ」と挑発的な笑いとともに、自信満々に言い切る。

 

「あたしは関係者よ。一夏関係者。だから問題なしね」

 

 そうなんだろうけど、そういうことじゃないんじゃないかな?

 

「ほほう、どういう関係だかじっくり聞きたいものだな……」

 

「盗人猛々しいとはまさにこのことですわね!」

 

 うわー、セシリアまで切れた。箒も口元をぴくぴくと引きつらせている。どちらが怖いかと言われれば断然箒だ。この静かに怒ってる感じがなんとも恐ろしい。なぜか関係のないはずの俺までプレッシャーを感じる。

 

「……おかしなことを考えているだろう、一夏」

 

「いえ、なにも。人斬り包丁に対する警報を発令しただけです」

 

「お、お前というやつはっ――!」

 

 一夏に掴みかかる箒を、鈴が間に入って邪魔する。

 

「今はあたしの出番。あたしが主役なの。脇役はすっこんでてよ」

 

「わ、脇やっ――!?」

 

「はいはい、話が進まないから後でね。……で、一夏。反省した?」

 

「へ?なにが?」

 

「だ、か、らっ!あたしを怒らせて申し訳なかったなーとか、仲直りしたいなーとか、あるでしょうが!」

 

「いやいや、凰さんが避けてたんじゃん…」

 

「だから、脇役はすっこんでてよっ!」

 

 はい、黙ります。だって怖いもん。

 

「で?どうなの?」

 

「いや、どうも何も、航平の言う通りだし」

 

「アンタねえ……じゃあなに、女の子が放っておいてって言ったら放っておくわけ!?」

 

「おう」

 

 うんうん。放っておいてほしいなら、放っておくしかないだろう。

 

「なんか変か?」

 

「変かって……ああ、もうっ!」

 

 焦れたように声を荒げて、頭をかく凰さん。あーあー、髪がぼさぼさだ。

 

「謝りなさいよ!」

 

 いやいやいや、そんな一方的な。

 

「だから、なんでだよ!約束覚えてただろうが!」

 

「あっきれた。まだそんな寝言いってんの!?約束の意味が違うのよ、意味が!」

 

 意味って、本当はプロポーズだったってことか。でも、一夏はタダ飯だと思ってるみたいだしなー。

 

「くだらないこと考えてるでしょ!?」

 

 どうやら一夏がまた変なこと考えてたみたいだ。さすがは幼なじみ。一夏が何考えてるかなんてお見通しらしい。

 

「あったまきた。どうあっても謝らないっていう訳ね!?」

 

「だから、説明してくれりゃ謝るっつーの!」

 

「せ、説明したくないからこうして来てるんでしょうが!」

 

 一夏、知らないとはいえそれは酷だよ。

 

「じゃあこうしましょう!来週のクラス対抗戦、そこで勝った方が負けた方に何でも一つ言うこと聞かせられるってことでいいわね!?」

 

「おう、いいぜ。俺が勝ったら説明してもらうからな!」

 

「せ、説明は、その……」

 

 一夏を指さしたままのポーズでボッと赤くなる凰さん。やばい、他人事だからか、このかみ合わなさ面白くなってきた。

 

「なんだ?やめるならやめてもいいぞ?」

 

「誰がやめるのよ!アンタこそ、あたしに謝る練習しておきなさいよ!」

 

「なんでだよ、馬鹿」

 

「馬鹿とは何よ馬鹿とは!この朴念仁!間抜け!アホ!馬鹿はアンタよ!」

 

「うるさい、貧乳」

 

 ドガァァンッ!!!

 いきなりの爆発音、その後衝撃で部屋全体がかすかに揺れた。見ると凰さんの右腕はその指先から肩までがIS装甲化していた。

 思いっきり壁を殴ったような――けれど、拳は壁には全く届いていない――そんな衝撃だった。

 

「い、言ったわね……。言ってはならないことを、言ったわね!」

 

 ぴじじっとISアーマーに紫電が走る。

 まずい。これは非常にまずい。他人事だと笑っていられない。下手なことすればこっちにもとばっちりが来る。

 

「い、いや、悪い。今のは俺が悪かった。すまん」

 

「今の『は』!?今の『も』よ!いつだってあんたが悪いのよ!」

 

 だいぶむちゃくちゃなことを言っているが、生憎一夏は反論の余地を持たない。

 

「ちょっとは手加減してあげようと思ったけど、どうやら死にたいらしいわね……。いいわよ、希望通りにしてあげる。――全力で、叩き潰してあげる」

 

 最後にものすごく鋭い視線を一夏に向け、凰さんはピットから出て行った。

 壁を見ると、直径三十センチほどのクレーターが出来ていた。特殊合金製の壁をへこませるくらいの威力。考えただけでも恐ろしい。

 

「……パワータイプですわね。それも一夏さんと同じ、近接格闘型……」

 

 真剣な眼差しで壁の破壊痕を見つめるセシリア。

 

「……なあ、航平。どうしよう?」

 

「……どうしようって、謝るしかないだろ」

 

「だよな~」

 

 一夏が大きなため息をついた。

 

「とりあえず、壁のこと、誰か先生に報告しといた方がいいんじゃないか?」

 

「そうだな」

 

 俺の言葉に一夏がうなずく。

 

「あとで織斑先生にでも報告しておくか」

 

 

 翌日、凰さんは壁の破損に対する反省文の提出を織斑先生の強烈な一撃とともに言い渡されたそうだ。

 報告したのは俺だったが、匿名希望で報告したので凰さんは一夏が報告したのだと思い、さらに一夏への怒りを膨らませた。許せ一夏。




一夏は本当に朴念仁ですねー。
言っていいことと悪いことがあろうに。

でもな鈴。貧乳はステータスなんだぜ d(´▽`)


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第21話 開幕、クラス対抗戦!

戦闘描写へたくそですみません。


 試合当日、第二アリーナ第一試合。組み合わせは一夏と凰さん。

 噂の新入生同士の戦いとあって、アリーナは全席満員。それどころか通路まで立って見ている生徒でアリーナ全体が埋め尽くされていた。会場入り出来なかった生徒や関係者は、リアルタイムモニターで鑑賞するしかない。

 俺、箒、セシリアは織斑先生や山田先生のいるピットで見ている。

 目の前のモニターには一夏と『白式』、凰さんと『甲龍』が試合開始の時を静かに待っている姿が写っている。『甲龍』はブルー・ティアーズ同様、非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が特徴的。肩の横に浮いた棘付き装甲(スパイク・アーマー)が、やたら攻撃的な自己主張をしている。

 

「なあ、箒」

 

「なんだ?」

 

 俺は隣同じようにモニターを見ている箒に顔を向ける。

 

「凰さんのIS、あれでなんて読むんだっけ?」

 

「『シェンロン』だろ?」

 

「……だよな」

 

 いや、別にいいんだけどさ。でも、『シェンロン』って言うと、織斑先生に借りたマンガにあった、願い事かなえてくれる龍と同じ名前でややこしいんだよな。ここはあえて『こうりゅう』と呼んでおこう。

 

『それでは両者、規定の位置まで移動してください』

 

 アナウンスが流れ、それによりモニターに移ってる一夏と凰さんは空中で向かい合う。距離は大体五メートル。

 向こうでの会話はここまでは聞こえない。が、二人が何か話しているのはわかった。

 

「何か話しているようですわね」

 

「きっと、今謝れば手加減してあげる、とかそんなことだろう。誰かさんも試合の時同じこと言ってたし」

 

「な、なるほど。だとすれば一夏さんのことですから」

 

「まあ、断るだろうな」

 

 これまで一夏と共に過ごしてきて分かったのだが、一夏は真剣勝負の類で手を抜かれるのが嫌いらしい。

 

『それでは両者、試合を開始してください』

 

 アナウンスの試合開始宣言と同時にピーッとブザーが流れる。それが切れる瞬間に一夏と凰さんは動いた。

 瞬時に展開した≪雪片弐型≫が弾き返される。

 

「お、一夏がセシリアに習った三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)を使って凰さんの初撃をかわした」

 

「なかなかうまくできていましたわね」

 

 モニターを見ながら自分が教えたことを一夏が使ってくれたことがうれしかったのか、セシリアが少し微笑んだ。

 しかし、うまくかわしてはいるが、一夏は凰さんの攻撃をかわすのが大変そうだ。凰さんの手にある異様な形の刀。それをまるでバトンのように高速回転させ、自在に角度を変えながら切り込んでいる。

 凰さんの攻撃から逃れるために一夏が距離を取った途端、ばかっと凰さんの肩アーマーがスライドして開いた。そして中心の球体が光った瞬間、一夏が何故か殴り飛ばされたかのように吹っ飛ぶ。

 

「な、なんだあれは……?」

 

 箒が驚きの声を上げる。

 

「『衝撃砲』ですわね。空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で生じる衝撃それ自体を砲弾化して撃ち出す兵器です。ブルー・ティアーズと同じ第三世代型兵器ですわ」

 

 セシリアの解説、しかし、箒はもう聞いていなかった。心配げにモニターの中の一夏を見つめている。

 

「つまり、凰さんは見えない砲弾を見えない砲身で撃ったってことか?」

 

「ええ。しかもあの衝撃砲は砲身斜角がほぼ制限無しで撃てるようですわ。真上真下はもちろん、真後ろまで展開して撃てるようです。ただし射線はあくまで直線ですが」

 

「どうにか感知できないのか?ハイパーセンサーとかでさ」

 

「空間の歪み値と大気の流れを探らせる事は出来ますが、感知しても既に撃っているから手遅れですわね」

 

「そっか……」

 

 これはどうにかして一夏の方が先手を取る必要がある。そのために重要になってくるのが≪雪片弐型≫の存在だろう。

 

 

 ○

 

 

「――『バリアー無効化攻撃』?」

 

 聞き返す一夏に織斑先生が小さく頷いた。

 セシリア戦の後、俺と一夏と箒は反省会として、どうしていきなり試合が敗北になったのかを考えていた。

 試合後のIS活動記録を見ても、今一つよくわからなかった。そこに数日間考えて答えの出せない俺たちに焦れた織斑先生が説明してくれた。

 

「≪雪片≫の特殊能力が、それだ。相手のバリアー残量に関係なく、それを切り裂いて本体に直接ダメージを与えることができる。そうすると、どうなる?篠ノ之」

 

「は、はいっ。ISの『絶対防御』が発動して、大幅にシールドエネルギーを削ぐことができます」

 

「その通りだ。私がかつて世界一の座にいたのも、≪雪片≫のその特殊能力によるところが大きい」

 

 さらりと言ったが、今のはすごいことだと思う。三年に一度行われるISの世界大会『モンド・グロッソ』、その第一大会で優勝し、初代世界最強となったのが織斑先生だ。

 

「ってことは、最後の一撃が当たってたら俺が勝利を飾ってた?」

 

「当たっていればな。大体、なぜ負けたと思う」

 

「え? 何でか知らないけどシールドエネルギーが0になったからだろ?」

 

「なぜか、ではない。必然だ。≪雪片≫の特殊攻撃を行うのにどれほどのエネルギーが必要になると思っているのだ。馬鹿か、お前は」

 

「……あー」

 

 納得したようにうなずく一夏。

 

「つまり、自身のシールドエネルギーを攻撃に転化してるんですか?」

 

 俺が尋ねると、また織斑先生が頷いた。

 

「つまり、欠陥機だ」

 

 欠陥機って……。もうちょっと言い方あるでしょうよ先生。

 

「欠陥機!?欠陥機って言ったよな、今!?」

 

 バシンッ!

 即座に頭を叩かれてしまった一夏。教師への言葉遣いには気を付けような。

 

「言い方が悪かったな。ISはそもそも完成していないのだから欠陥も何もない。ただ、他の機体よりちょっと攻撃特化になっているだけだ。おおかた、拡張領域も埋まっているだろう?」

 

「そ、それも欠陥だったのか……」

 

「人の話を聞け。本来拡張領域用に空いているはずの処理をすべて使って≪雪片≫を振るっているのだ。その威力は、全IS中でもトップクラスだ」

 

 ん?織斑先生も一夏と同じ≪雪片≫なら、もしかして織斑先生も≪雪片≫だけしか装備していなかったのだろうか。それで最強だったのなら、どれだけ人間離れしていたのか。

 

「大体、お前のような素人が射撃戦闘などできるものか。反動制御、弾道予測からの距離の取り方、一零停止、特殊無反動旋回、それ以外にも弾丸の特性、大気の状態、相手武装による相互影響を含めた思考戦闘……他にもあるぞ。できるのか?お前に」

 

「……ごめんなさい」

 

 がっくりとうなだれる一夏に織斑先生は短く「わかればいい」と頷いた。安心しろ一夏。俺にもよくわかんなかったから。たぶん俺にも射撃戦闘は無理。

 

「一つのことを極める方が、お前には向いているさ。なにせ――私の弟だ」

 

 

 ○

 

 

 それからの特訓はすべて近接戦闘と急加速急停止といった基礎移動技能に費やした。また、箒との剣道訓練で、『刀』の間合いと特性を再度把握できたと言っていた。あとは一夏の気持ち次第だろう。

 

「お?」

 

 その時、モニターに映されている一夏の様子が少し変わった気がした。

 

「一夏のやつ、何かするつもりですね」

 

「『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』だろう。私が教えた」

 

「『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』?」

 

 織斑先生の言葉にセシリアが首をかしげる。

 

「一瞬でトップスピードを出し、敵に接近する奇襲攻撃だ。出しどころさえ間違えなければ、アイツでも代表候補生クラスと渡り合える」

 

 そんな技を教えてもらっていたのか、一夏は。

 

「しかし、通用するのは一回だけだ」

 

 織斑先生の言葉で、その場の全員の目が再びモニターを向く。

 一夏が雪片弐型を構え、凰さんの隙を突いて瞬時加速を使い、接近したところを雪片で凰さんに攻撃しようとした瞬間――

 

 ズドオオオオオンッ!!!

 

 突然大きな衝撃がアリーナ全体に走った。この場にいた誰もが突然の出来事に驚愕していた。

 

「何が起きたっ?」

 

「システム破損! 何かがアリーナの遮断シールドを貫通してきたみたいです!」

 

 織斑先生の問いに山田先生がすぐさま調べ、原因を伝える。

 

「試合は中止!織斑と凰はただちに撤退だ!」

 

 織斑先生は即座に一夏と凰さんに退避命令を出した。が、その直後にアリーナ全体は異常態勢になり、アリーナ席は完全封鎖状態になる。

 アリーナ内では一夏と凰さんが何か言い争いをしている。この非常時に何を。と思っていると、一夏が咄嗟に凰さんを抱きかかえてさらった後、二人がさっきまでいた空間が熱線で砲撃された。

 

「い、今のはっ…」

 

「ビーム兵器だ。しかもセシリアのISよりも出力が上だった」

 

 俺の言葉に当の本人であるセシリアも同じ意見だったのか、驚愕していた。

 モニターでは一夏に抱きかかえられている凰さんが恥ずかしがっているようなしぐさを見せている。そにまた煙を晴らすかのようにビームの連射が放たれた。

 

「あの出力で連射可能か」

 

「き、規格外にもほどがありますわ……」

 

 ビームの連射がやみ、煙の中から一体のISがふわりと姿を現した。

 

「な、何だあれは…!」

 

 箒が呟くように言った。

 そのISは異形な姿をしていた。深い灰色をしており、手が異常に長く、つま先よりも下まで伸びていた。しかも首と言う物が無い。まるで肩と頭が一体化しているような形だ。

 そして、何よりも特異なのが、敵ISは『全身装甲』だった。

 本来、ISは部分的にしか装甲を形成してない。なぜなら必要無いからだ。防御は殆どシールドエネルギーによって行われている。だから、見た目の装甲というのはたいして意味が無い。もちろん、防御特化型ISで物理シールドを掲載している物もあるが、敵ISのような全身装甲はしていない。

 そして、その巨体も普通のISではないことを物語っていた。腕を入れれば二メートルを超える巨体は、姿勢を維持するためなのか全身にスラスターが口があるようだ。頭部には剥き出しのセンサーレンズが不規則に並んでいる。敵ISの腕にはおそらく先ほどのビームを撃ったであろうビームの砲口が左右合計四つついていた。

 

「織斑くん!凰さん!今すぐアリーナから脱出してください!すぐに先生たちがISで制圧に行きます!」

 

 アリーナに残っている二人に向かって山田先生が言った。心なしかいつもより威厳を感じる。

 

『――いや、先生たちが来るまで俺たちで食い止めます』

 

 それに対する一夏の返答は拒否だった。

 

「織斑くん!?だ、ダメですよ!生徒さんにもしものことがあったら――」

 

 山田先生の言葉を遮るように敵ISが二人に向かって突進を開始。二人はそれをよけるのに集中したらしい。きっと山田先生の言葉は途中から聞いていなかっただろう。集中したおかげか、二人はうまく敵の攻撃をかわすことに成功。

 モニターの向こうでは二人が作戦を立て終えたのか、試合開始とばかりにお互いの武器の切っ先をぶつけ合っていた。




だいぶ進んできましたねー。
戦闘シーンの描写がへたくそな僕としてはここからは少し大変ですが、頑張って書きたいと思います。

次回もお楽しみに~。


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第22話 謎の侵入者

いつの間にか二十話超えてました。
超嬉しいっす。
てなわけで始まるよ♪


「もしもし!?織斑くん聞いてます!?凰さんも!聞いてますー!?」

 

ISのプライベート・チャネルは声に出す必要は全くないのだが、そんなことを忘れてしまうくらい山田先生は焦っていた。

 

「まあまあ、落ち着いてください、山田先生」

 

「そうだぞ。本人たちがやると言っているのだから、やらせてみてもいいだろう」

 

「な、な、梨野くん!織斑先生!何をのんきなことを言ってるんですか!?」

 

「落ち着け。コーヒーでも飲め。糖分が足りないからイライラするんだ」

 

 騒いでいる山田先生をなだめて、織斑先生は近くに置いてあったコーヒーに容器からスプーンで白い粒子を入れていた。というか塩だった。

 

「……知らなかったです、織斑先生」

 

「なにがだ?」

 

「先生ってコーヒーに塩入れるんですね。コーヒーには砂糖とかミルクくらいしか入れるものはないと思ってました」

 

「…………………………」

 

 ぴたりとコーヒーに運んでいたスプーンを止め、塩を容器に戻す。

 

「コーヒーに塩っておいしいんですか?」

 

 俺は今まではコーヒーには砂糖やミルクしか入れたことなかったので、正直塩を入れたコーヒーには興味がある。

 

「あっ!やっぱり弟さんのことが心配なんですね!?だからそんなミスを――」

 

「………………………」

 

 山田先生が言ったことを聞いた途端、織斑先生が無言で山田先生を見ている。ものすごく嫌な沈黙だ。まさか図星……?

 

「……えっと、織斑先生。コーヒーに塩はミスですか?」

 

 沈黙に耐え切れず、俺は織斑先生に訊く。その瞬間、織斑先生が無言のまま俺の方を見る。例えるならそう、猛獣が新たな獲物を見つけたかのようだった。

 

「………はっはっはっ。そんなわけないだろう、梨野」

 

「で、ですよね?」

 

 なぜだろう、織斑先生笑ってるのに目が笑ってない。

 

「なんだったら飲んでみるか?おいしいぞ」

 

「いやー、先生のコーヒーをいただくわけには――」

 

「人の厚意は素直に受け取るものだぞ」

 

「……いただきます」

 

 だめだ、逃げられない。

 

「熱いので一気に飲むといい」

 

「織斑先生それはちょっと――」

 

「山田先生もどうぞ」

 

「えっ!?」

 

 山田先生にも新しく入れたコーヒーを押し付ける織斑先生。もちろん塩入。

 俺と山田先生は二人で顔を見合わせ、受け取ったコーヒーをぐいっとあおる。

 

「………織斑先生」

 

「なんだ?」

 

「……口の中が気持ち悪いです」

 

「……苦じょっぱいです……」

 

 山田先生は渋い顔している。俺も似たような顔をしていることだろ。途中からわかっていたが、確実にこれは織斑先生がミスっただけだ。コーヒーに塩なんて合わない。

 

「先生!わたくしと航平さんにIS使用許可を!すぐに出撃できますわ!」

 

「そうしたいところだが、――これを見ろ」

 

 織斑先生がブック型端末の画面を数回叩き、表示される情報を切り替える。表示された内容はこの第二アリーナのステータスチェックのレベル数値だった。

 

「遮断シールドがレベル4に設定……? しかも、扉がすべてロックされて――あのISの仕業ですの」

 

「そのようだ。これでは避難することも救援に向かうこともできないな」

 

 落ち着いた様子で話す織斑先生だが、よく見るとその手は苛立ちを押さえきれないとばかりにせわしなく画面を叩いている。

 

「で、でしたら! 緊急事態として政府に助勢を――」

 

「やっている。現在も三年の精鋭がシステムクラックを実行中だ。遮断シールドを解除できれば、すぐに部隊を突入させる」

 

 言葉を続けながらますます苛立ちを募らせる織斑先生の眉がぴくっと動く。それを危険信号と受け取ったセシリアは、頭を押さえながらベンチに座った。

 

「はぁぁ……。結局、待っていることしかできないのですね……」

 

「何、どちらにしてもお前達は突入隊に入れないから安心しろ」

 

「な、なんですって!?」

 

「なんでですか!?」

 

 俺とセシリアはそろって疑問の声を上げる。

 

「オルコットのISの装備は一対多向きで、梨野が使ってる打鉄は一対一向けだからだ。多対一とではむしろ邪魔になる」

 

「そんなことはありませんわ!このわたくしが邪魔などと――」

 

「では連携訓練はしたか?その時のお前たちの役割は?ビットをどういう風に使う?味方の構成は?敵はどのレベルを想定してある?連続稼働時間――」

 

「わ、わかりました!もう結構です!」

 

「俺ももうあきらめました」

 

「ふん。わかればいい」

 

 放っておけばそれこそ一時間でも続きそうな織斑先生の指導を、セシリアは両手を揺らし、『降参』のポーズを取る。俺もがっくりとうなだれる。

 

「はぁ……。言い返せない自分が悔しいですわ……」

 

「俺もだよ。言い返せるくらい強くなりたいよ、まったく」

 

 どっと疲れた気がして、俺もセシリアも大きくため息をついた。と、そこで俺はふと違和感を感じ、周りを見渡す。

 

「………なあ、箒はどこ行った?」

 

「……えっ?」

 

 俺の言葉にきょろきょろと周りを見渡すセシリア。それと対照的に織斑先生だけはさっきまでとは違う異様に鋭い視線をしていた。

 

「っ!まさかっ!?」

 

「ちょ!どこへ行くんですの航平さんっ!?」

 

 セシリアの言葉に返事をせず、俺はピットから飛び出した。

 

 

 ○

 

 

「……っ!……っ!」

 

 外に出たと思われる箒を追って外に出た俺だが、だいぶ走り回っているのだが見つけられない。

 

「くっそっ!あいつどこ行ったんだっ!」

 

 さっきから走り回ってるのに箒はおろか誰にも会わない。緊急事態で避難勧告が出ているのかもしれないが、誰かいないのか。箒を見たって人がいてくれないだろうか。

 

「たぶん一夏のところに向かっただろうからアリーナに向かっているはずなんだが……」

 

 走りながら通路の右や左に、全方位に目を向ける。

 

「っ!?いたっ!!!」

 

 走りながら交差点状になった通路を走りながら左側を見ると扉を開けて入っていく箒がいた。焦っていたせいで通り過ぎてしまい、急いでブレーキをかける。

 すぐに戻り、箒の入って行った扉の前に来て、扉に手をかける。

 

「……って、あれ?開かない?」

 

 ガチャンッ。ガチャンッ。

 

「くっそ、こうなったら…!」

 

 左手のブレスレットを右手で包むように握る。

 

(こい!打鉄!)

 

 ブレスレットを中心に俺を包む光。そして、やってくる浮遊感。

 

「そいやっ!!」

 

 向かいの壁のところまで後退り、全体重を乗せたドロップキックを扉にお見舞いする。

 

「ごめんなさい!非常事態なもんで!後で反省文でもなんでも書きます!」

 

 扉を蹴破った勢いのまま、部屋に突入。

 

「どこ行った!?」

 

『一夏ぁっ!』

 

 ハイパーセンサーが箒の声を感知する。

 

「こっちか!」

 

 声の聞こえた方向へ向かう。すぐにアリーナ全体を見渡せる場所に来た。

 

「男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!」

 

 すぐ近くから箒の声が聞こえてきた。声の聞こえた方を見ると箒がアリーナの方に向かって叫んでいた。その表情は、怒っているような焦っているような不思議な表情をしていた。

 アリーナの方を見ると、アリーナの全員がこちらを――箒を見ていた。敵ISも一夏達からセンサーレンズを逸らして、ジッと箒を見ている。

 

『箒、逃げ――』

 

 逃げろと叫ぼうとしているが、間に合わないと気づいたらしく一夏は突撃姿勢に移行する。

 敵ISは砲口の付いた腕を箒に向けているが、箒は逃げようともせずにただ睨み返していた。

 

「箒のことは任せろ一夏っ!」

 

 俺は箒をかばうように箒と敵ISの間に入る。

 

「なっ!?航平!!」

 

 驚愕の声を上げる箒。でも、今はそれに答える余裕なんてない。

 

『おうっ!鈴、やれ!』

 

『わ、わかったわよ!』

 

 一夏の指示に凰さんは両腕を下げて、肩を押し出すような格好で衝撃砲を構える。最大出力砲撃を行うために、補佐用の力場展開翼を後部に広げる。

 そして一夏は、凰さんの射線上に躍り出る。

 

『ちょっ、ちょっと馬鹿! 何してんのよ!? どきなさいよ!』

 

『いいから撃て!』

 

『ああもうっ……!どうなっても知らないわよ!』

 

 凰さんが一夏に向けて衝撃砲を撃つ。衝撃砲を背中に受け、一夏は『瞬間加速』を作動させる。

 一夏とともに織斑先生に教えてもらったところによると、『瞬間加速』の原理はこうだ。後部スラスター翼からエネルギーを放出し、それを内部に一度取り込み、圧縮して放出する。その際に得られる慣性エネルギーを利用して爆発的に加速するらしい。らしいというのは、俺は原理などの解説はしてもらったが一夏と違い一度も試していないのだ。特訓は一夏がメインだったので俺は練習しなかったのだ。

 ちなみに、『瞬間加速』で内部に取り込むエネルギーは外部からのエネルギーでもいいということだ。そして、『瞬間加速』の速度は使用するエネルギー量に比例する。

 背中に巨大なエネルギーの塊を受け、一夏は加速した。

 

『――オオオッ!』

 

 一夏の右手の≪雪片弐型≫が強く光を放つ。中心の溝から外側に展開したそれは、一回り大きいエネルギー状の刃を形成していた。

 一夏は零落白夜を展開して『瞬時加速』で突進。一夏の繰り出した必殺の一撃は敵ISの右腕を切り落とした。

 しかし、その反撃で一夏は左拳をモロに受けた。さらに敵ISは一夏に左腕を向ける。ゼロ距離でビームを叩きこむつもりらしい。

 まずいっ!!

 

「ここにいろっ!」

 

 背後の箒に叫び、箒の返事も聞かずに今出せる最高速度で突進する。

 ダメだ、間に合わない!!

 

『……狙いは?』

 

『完璧ですわ!』

 

 よく通る声が聞こえた。あの自信に満ちた声、なぜかすごく頼もしく聞こえた。

 その瞬間、客席からブルー・ティアーズの四機同時狙撃が敵ISを打ち抜いた。

 どうやら、一夏の先ほどの一撃が遮断シールドを破壊していたらしい。

 ボンッ!

 敵ISは小さな爆発を起こして地上に落下した。シールドバリアーが無い状態でブルー・ティアーズのレーザー狙撃を一斉に浴びたら、ひとたまりもないだろう。

 

「一夏も考えたな」

 

「おう、うまくいっただろ?」

 

 遅れて、一夏の元へやって来た俺に一夏が笑顔を見せる。

 

『ギリギリのタイミングでしたわ』

 

 ISのオープン・チャネルでセシリアの声が聞こえてくる。

 

『セシリアならやれると思ってたさ』

 

 一夏が確信じみた口調で答えた。俺も同じ立場だったら、同じようにセシリアを信頼しただろう。一度戦った相手だ。その強さは何よりも俺たちが分かっている。

 

『そ、そうですの……。とっ、当然ですわね!何せわたくしはセシリア・オルコット。イギリス代表候補生なのですから!』

 

 一夏に信頼されていたことが相当嬉しかったようだ。セシリアはだいぶ狼狽していた。

 

「ふう。何にしてもこれで終わ――」

 

 ――敵ISの再起動を確認!ロックされています!

 

「「!?」」

 

 片方だけ残った左手をこちらに向け、左手の形状を変えたISが地上から俺を狙っていた。その左手はまるで何かの砲台のようだった。

 プシッ!!

 その砲身から何かがこちらに向けて発射された。

 

(――オレハ)

 

 こちらに向かって飛んでくる物体は奇妙な形をしていた。

 

(――アレヲ)

 

 バスケットボールサイズの何か。太い円柱のような物体に先端と末端部分に棘のように尖ったものがついている。そして全体に何本もの管が絡みついている。

 

(――知ッテイル!!?)

 

 そこまでの結論が俺の頭の中に生まれたとき、俺の中にいくつものビジョンが広がる。

 

 

 あの物体が爆発するイメージ。

 

 泣き叫び、悶え苦しむたくさんの老若男女。

 

 焼け焦げ、瓦解した建物。

 

 そして、そんな荒廃した場所に立つ一人の人間。

 長身で腰のあたりまである豊かで美しい金髪。表情は読み取れない上に、イメージがはっきりしないのか少しぼやけて見えるため性別は分からない。

 しかし、一つだけはっきりとわかることがあった。――笑っているのだ。凍えてしまいそうなほど冷たい、そして、鋭利な刃物のように鋭い笑みを浮かべている。

 

 

 そこまでのビジョンが見えたところで、横から与えられた衝撃で俺の意識は現実へと戻される。とても長くそれらのビジョンを見ていたように感じたが、実際には一、二秒程度だったらしい。

 衝撃の発生源に目を向ける。そこには右手に≪雪片弐型≫を握り、左手で俺を突き飛ばした姿勢のまま俺に顔を向ける一夏がいた。

 その顔はまるで「ここは俺に任せろ」とでもいうような笑顔を浮かべていた。

 そこから、飛んでくる物体に向けて切っ先を向ける一夏。なぜだか、すべての動きがゆっくりとしている。まるで意識だけが加速しているような…。

 

(ダメだ、一夏っ!それはっ――!)

 

 一夏を止めるために一夏のところへ戻りたい。なのに一夏に押された勢いと下へと落ちていく勢いから立ち直ることができない。このままでは間に合いそうにない。

 

(――ダメだダメだダメだ!!まだだ!!!)

 

 そこからは勢い任せだった。

 

(やり方はわかってるんだ!あとはやるだけだ!失敗?知るかそんなもんっ!!)

 

 背中のスラスター翼からエネルギーを放出。それを内部に一度取り込み、圧縮して放出する。下から背中を押し上げるような力を感じながら俺は加速する。――『瞬間加速』だ。

 

「一夏ぁぁぁぁっ!!」

 

 知識と一夏がやっていた見本だけで『瞬間加速』できたことへの嬉しさなんて感じている暇はなかった。一夏の方へただただ向かって行く。

 

「っ!?」

 

 突然、真横から向ってくる俺に一夏が驚く。

 そのままの勢いを殺すことができず、一夏にぶつかり、一夏を吹き飛ばして止まる。

 でも、一夏に謝ってる暇はない。すぐに飛んでくる謎の物体に意識を戻す。

 

「っはああああああ!!」

 

 目の前にまで迫ってきていた謎の物体を右手で下から押し上げる。できるだけ衝撃を与えないように、かつ、できるだけ被害が出ないように真上へ。

 うまくいったのか、真上に飛んでいく謎の物体。俺が押し上げてから真上に十五メートルほど飛んだところで謎の物体がカッと発光する。

 

(やばいっ!)

 

 そう思った時には、もう遅かった。謎の物体を中心に光が広がっていき、一瞬にして俺の元に光が到達。その瞬間、すさまじい衝撃とともにまるで地面に吸い寄せられるように落下していく。

 俺が最後に見たのはどんどんと大きくなっていく地面。そして、全身に走った以前織斑先生に背負い投げされた時の十倍くらいの衝撃。

 一瞬にして俺の意識は以前のセシリアとの戦いのようにブラックアウトした。むしろ以前より衝撃が強かった。




途中の描写がものすごく長かったですが、一応内容としては一瞬のつもりで書いてます。へたくそですんません。
謎の物体の形状についても描写が下手ですみません。
へたくそなところだらけですんません。

次回もお楽しみに~。


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第23話 爆弾の正体

「――んっ……」

 

 深いまどろみの中から浮かび上がる感覚と共に目を開けると、俺はベッドの上に横になっていた。前にも似たことがあったな。あれはセシリアとの試合の後だった。あの時と同じでオレンジ色の光が窓から差し込む。あの時と同じ保険室のベッド。あの時と同じように俺の脈や血圧を表示するモニター。あの時と違うものがあるとすれば、布仏さんがいないことくらいだ。

 

「目が覚めたようだな」

 

 仕切られていたカーテンを開け、織斑先生が現れた。

 

「あ、織斑先生。どうも――ふぐっ!」

 

 寝たまま話すのも失礼だと思い、体を起こそうと片肘をついた俺は、体を走る痛みに顔をしかめた。

 

「楽な姿勢でかまわん」

 

「すみません。でも、大丈夫ですから」

 

 なんとか起きあがり、ベッドの上に座る。

 

「調子はどうだ?」

 

 ベッドの横の椅子に座る織斑先生。

 

「んー。全身が痛いです」

 

「そうか。安心しろ、致命的な怪我はない。全身に軽い打撲があるくらいだ。治るまでの数日は地獄だろうがな」

 

「そうですか」

 

 これは慣れるまで大変かも。

 

「結局今日のことって何だったんですか?」

 

「今のところは調査中だ。ただ――」

 

 織斑先生が言葉を途中で切る。

 

「――織斑曰く、『あいつは無人機だと思う』だそうだ」

 

「む、無人機っ!?」

 

 織斑先生の言葉に素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「ISの無人化って可能なんですか?以前、まだその技術は完成されていないって……」

 

「ああ。だからそれはないと思う。だが、今のところはなんとも言えん」

 

「そうですか。………あれ?そう言えば、あのISってどうなったんですか?誰かとどめを刺したんですか?」

 

 俺があの謎の物体を上に押し上げて爆発させたときにはまだ動いていたはずだ。

 

「爆発が収まってから織斑がとどめを刺した。……今回の件で一番の負傷者はお前だ。他のやつらはぴんぴんしていたよ」

 

「そうですか。まあ、被害があまり大きくなくてよかったんですかね」

 

「人への被害はな。あの爆発のせいで第二アリーナへの被害は大きい。復旧には時間がかかりそうだ」

 

 まあ、あの規模の爆発なら仕方がないかもしれない。

 

「聞きたいことはそれだけか?」

 

「……最後に一つだけ」

 

 織斑先生の言葉に一瞬考え、一番知りたかったことを訊く。

 

「あれは…あの爆発物はなんだったんですか?」

 

「………その質問に答える前に、私からも訊きたいことがある」

 

「?」

 

 織斑先生の言葉に首をかしげる。俺に何を訊こうっていうんだろう。

 

「……梨野航平。貴様、何者だ?」

 

「…………え?」

 

 先生の質問は意味も意図も分からなかった。

 

「何者も何も、それはこっちが知りたいです」

 

「そうか、やはり思い出してはいないんだな」

 

「思い出してたら、とっくに話してますよ」

 

「……そうだな」

 

 織斑先生が一人納得している。

 

「……あの。そのことが何か関係があるんですか?」

 

「………このことは国家機密も含まれる。他言無用だ。いいな?」

 

「……はい」

 

 先生の言葉に俺はうなずく。

 

「……七年ほど前のことだ。ある研究チームが数種類の化学物質を化合し、高密度で特殊なエネルギー源となる液体を作り出すことに成功した。……その液体の名は『星水』」

 

「『星水』?」

 

「『星水』のエネルギーは膨大で、通常のエネルギー源――電気やガスや石炭、石油なんかとは比べ物にならないほどだった。この『星水』の発見はISに次ぐ大発明になるかと思われた。しかし『星水』の実用化には問題が出てきた」

 

「問題?」

 

「……確かに『星水』のエネルギーは膨大だ。しかし、『星水』の生成には膨大な手間とコストがかかってしまった。また、『星水』のエネルギーは実用化するにはまだまだ安定していなかったんだ」

 

「……なるほど」

 

「そこで各国は『星水』の使用は実用化の目途が立ってからということになり、発表はされたが、今日まで『星水』の実用化の目途はたっていない。――表向きはな」

 

「表向きは?」

 

「五年前、『星水』をエネルギー源とした発明が完成した。……それが今日の一件であのISが撃った謎の物体、――通称、『星水爆弾』だ」

 

「『星水爆弾』……」

 

「とある国のとある一人の科学者が発明した。その威力は同サイズの他の爆弾よりもはるかに強力なものだった。もしこれが戦争で使われればとんでもない被害をもたらしていただろう」

 

「”だろう”って?」

 

「そう。あくまでも仮定の話だ。実際にこの爆弾が軍事利用されることはなかった。そしてこれからもないだろう。なぜなら、この『星水爆弾』の使用は協定参加国全体で条約で原則使用禁止となっている。しかも面白いことに、この条約は現物である『星水爆弾』が完成する前に締結が決定したんだ。なぜだかわかるか?」

 

 突然の織斑先生の問いに少しの間考えるが答えは全く分からない。

 

「わかりません」

 

 俺が素直に答えると織斑先生が頷く。

 

「なぜ現物の完成前に条約が締結されたか。理由は簡単だ。その開発者である科学者自身が開発と同時に自分の発明品の使用制限の条約締結に動いたんだ。自分の発明が悪用されないようにな」

 

「なるほど」

 

「結果、その『星水爆弾』の完成と条約締結、また、その驚異的な威力から、この『星水爆弾』は秘匿され、各国の上層部のみが知るものとなり、この爆弾の軍事利用もされることはなかった。だが、条約で禁止されているからと言って使われていないわけではない」

 

「え?」

 

「実はこの爆弾、協定参加国などは使っていないのだが、ある一部のテロリストなどが使用したとういう事件が起きている。表沙汰にはなっていないがな」

 

 そこで一度言葉を切る織斑先生。

 

「……そこで最初の質問に戻るわけだ。梨野航平、お前は何者だ?この『星水爆弾』の存在をなぜ知っている?」

 

「…………」

 

 俺は答えることができなかった。記憶が無いということもあるが、それ以上に今ほど自分の過去を知るのが怖いと思ったことはなかった。

 

「……わかりません。自分のことも、なぜこの爆弾のことを知っていたのかも」

 

「そうか」

 

 織斑先生は立ち上がり、窓辺へと行く。

 

「まあ、無理に思い出すこともない。過去はどうでも、今のお前は『梨野航平』だ。私の生徒で、私の大事な弟を二度も助けてくれた『梨野航平』だ」

 

 織斑先生の言葉に俺は先生の方を見る。先生は窓枠に寄り掛かるように立っていた。

 

「気にするな……というのは無理だろうが。お前はお前だ、今のままの生活を送ればいい。何か困ったことがあれば私や山田先生、仲間たちに相談すればいい」

 

「………はい。ありがとうございます」

 

 俺は礼を言いながら頭を下げる。正直頭を下げるだけで体を走る痛みはなかなかにきついが、それ以上に織斑先生の言葉がうれしかった。

 

「……では、私は後片付けや事後処理があるので仕事に戻る。お前も、少し休んだら部屋に戻っていいぞ」

 

「はい」

 

 俺の返事を聞いてから、すたすたと歩いて行き、保健室から出ていく織斑先生。と、保健室から出ていく前に立ち止まり、俺の方を向く。

 

「言い忘れたが、お前の見舞いに織斑や篠ノ之、オルコットに凰、布仏が来ていたぞ。先ほどの話など聞かれたらまずいこともあったので、部屋に戻らせたがな。みなお前のことを心配していた。速めに寮に戻って安心させてやれ」

 

「はい」

 

 俺の返事を聞くと、今度こそ織斑先生は保健室を後にした。




はい、というわけで前回、そして今回のお話ではトライピースに登場する『星水爆弾』を登場させてみました。
ISの世界観を壊さないようにするつもりで『星水』の設定も変えました。
「こんなもん『星水』でも『星水爆弾』でもねえよ(怒)!!」な方もいるかもしれませんが、あくまでこれはISの世界がメインなので、ISの世界観を壊さないためだとご了承ください。

ではでは、また次回♪


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第24話 針のムシロ

諸事情で二日ほど更新どころかパソコンを開くことすらできませんでした。
なんか久々な気がしますが、二日ってそれほど経ってない気もしますね。
首を長ーくして待っていてくれていた方。それほど待っていなかった方。
どちらもひっくるめて、二十四話始まるよ♪


 学園の地下五十メートル。そこはレベル4権限を持つ関係者しか入れない、隠された空間だった。

 機能を停止したISはすぐにそこへ運び込まれ、解析が開始された。航平の様子を見に行った後、すぐさまここやって来た千冬は、それから何度もアリーナでの戦闘映像を見ていた。

 

「………………」

 

室内は薄暗く、ディスプレイの光で照らされた千冬の顔はひどく冷たいものだった。

 

「織斑先生?」

 

 ディスプレイに割り込みでウインドウが開く。ドアのカメラから送られてきたそれには、ブック型端末を持った真耶が映っていた。

 

「どうぞ」

 

 許可をもらってドアが開くと、真耶はいつもより幾分かきびきびとした動きで入室した。

 

「あのISの解析結果が出ましたよ」

 

「ああ。どうだった?」

 

「はい。あれは――無人機です」

 

 真耶の返答に先程までひどく冷たい顔をしていた千冬は、睨むかのように無人機のISを見ている。

 

 航平が千冬に質問した通り、無人機は未だに世界的に見ても完成していない技術。遠隔操作か独立稼動のどちらか、あるいは両方の技術が今回の謎のISに使われている。その事実は、すぐさま学園関係者全員に箝口令が敷かれるほどだった。

 

「どのような方法で動いていたかは不明です。織斑くんの最後の攻撃で機能中枢が焼き切れていました。修復も、おそらく無理かと」

 

「そうか……。例の星水爆弾の方はどうだった?」

 

「はい。爆発の威力のせいで爆弾の破片も残っておらず、詳細はわかりませんでした。ただ、爆弾の威力が資料のものよりも強くなっていました」

 

「………コアはどうだった?」

 

「……それが、登録されていないコアでした」

 

「そうか」

 

 やはりな、と続ける。どこか確信じみた発言をする千冬に、真耶は怪訝そうな顔をする。

 

「何か心当たりがあるんですか?」

 

「いや、ない。今はまだ――な」

 

 そう言ってディスプレイに戻された千冬の顔は、教師の顔ではなく、戦士の顔に近かった。

 かつて世界最強だった伝説の操縦者。その現役時代を思わせる鋭い瞳は、ただただディスプレイの中の映像を見つめ続けていた。

 

 

 ●

 

 

 

「はい、ナッシー。あ~ん」

 

「あ、あーん」

 

 俺が大きく開けた口に布仏さんが一口大の大きさにした白身魚のフライを箸で運んでくれる。

 

「おいしー?」

 

 俺と布仏さんの周りから四人分の八つの目からの視線が突き刺さるように注がれ、正直言って味を感じている余裕もない。しかし、満面の笑みで訊かれればこう答えるしかない。

 

「う、うん。おいしいよ」

 

「そっかー。じゃあ次はねー……」

 

 今俺たちがいるのは寮の一年生用食堂。さっきは四人分の視線、なんて言ったが、実際には食堂内にいる全員がこちらを見ている気がする。その中でも特に視線を感じるのが、近くにいる一夏、箒、セシリア、凰さん、の四人だ。

 周りからの視線が痛い。はっきり言って地獄だ。

 

(なんでこうなった?)

 

 俺はつい数十分前のことを思い出す。

 

 

 ○

 

 

 

「お、航平!」

 

 一年生の寮。その食堂のところまで帰ってきた俺は夕食にやって来ていた一夏、箒、セシリア、凰さんの四人に会った。

 織斑先生との話の後、小一時間ほど眠り、空腹を感じたのでとりあえず寮に戻ることにした俺は保健室から引き揚げてきたのだ。

 

「お体はもういいんですの?」

 

「ああ、体の方は――」

 

 セシリアが問いに答えようとした俺の耳に声が聞こえてくる。

 

「ナッシー!!!」

 

 俺を呼ぶ声はどんどん大きくなりながらこっちに向かってくる。どこから聞こえるのか、声の元を探そうとした時、背中に衝撃とともに誰かが抱き着いてくる。

 

「ナッシー、ナッシー、ナッシー!大丈夫だったー!!?」

 

 前に言ったかもしれないが、俺のことをナッシーと呼び、いきなり背中に抱き着くような人は一人しかいない。布仏さんだ。俺の背中に顔をうずめて頬擦りをしている。しかし、俺には背中を振り返る余裕がない。なぜなら…

 

「うおっ!?大丈夫か、航平!お前ものすごい顔してるぞ!?」

 

 一夏が心配そうに俺の肩に手を置いてを揺らす。

 

「布仏さん、一夏。心配してくれているのはありがたいんだが、いったん放してくれ。ちょっとの刺激がものすごく痛い」

 

「あ、悪い!」

 

 そう言って手を放す一夏。布仏さんも背中から降りてくれた。あー、死ぬかと思った。

 

「えっと、とりあえず今はこんな感じ。全身に軽い打撲で数日は地獄だろうってさ。おかげでここまで来るのにも苦労したよ」

 

「それで、さっきから歩き方が不自然だったのだな」

 

 箒が納得したように頷く。それは俺も自覚している。なんかぎこちなく歩くロボットみたいだった。途中で会った山田先生は「アシモみたいですね」と笑っていた。なんだ、アシモって。

 

「そう言えば、みんな見舞いに来てくれたんだってな?ありがとう」

 

「いやいや、俺をかばってのことだし。お前には二度も助けられちまったな」

 

「気にするなよ」

 

 申し訳なさそうな顔をする一夏に、笑って答える。

 

「そう言えば、千冬さんとの話は何だったの?重要な話だからってあたしたち追い出されたんだけど」

 

「ああ。今日のことの説明…って言ってもまだ調査中で、分からないことだらけらしいけどな。あと――」

 

 凰さんに答える途中、あの爆弾のことを思い出す。

 

「――機密が絡むからあまり詳しくは言えないんだけど、あの爆発物のこと。あれがちょっと特殊なものだったらしくて。なんでお前はあれを知ってたんだ?みたいなことを」

 

「そう言えば、航平はあれが何かわかってたみたいな行動だったよな?なんで知ってたんだ?」

 

「……わからない。たぶんだけど、俺が記憶を失う前にあれを見たことがあったとかなんだと思う」

 

「そうか……」

 

 なんとなくその場の空気が暗くなる。

 

「と、とりあえず。俺は平気だから、そのことは置いといて。飯にしない?俺おなかすいちゃったよ」

 

「……そうだな。飯にしようか」

 

 俺の言葉に一夏も笑顔で答える。他の四人も頷いている。

 

「さーて、今日のごはんはなんだろなー♪」

 

 無理矢理、テンションを上げて食堂に入って行く。

 

「お、今日の日替わり、フライ定食だって。俺これにするかな」

 

 一夏が入り口近くのメニューを見ながら言う。

 

「へえ、じゃあ俺もそれで」

 

 そんな感じで全員あまり時間もかからずに決まり、選んだ料理を持って六人で同じテーブルに着く。

 

「じゃあ――」

 

「「「「「「いただきまーす」」」」」」

 

 声をそろえて合掌し、みな食べ始める。

 

「……っよ!……っほ!」

 

 体が痛いので食べるのも一苦労だ。いちいち気合い入れないといけない。それでも、ご飯なんかはポロポロと机の上にこぼしてしまう。

 

「ねえ、ナッシー。食べずらいの?」

 

 隣に座る布仏さんが心配げな顔で訊く。

 

「ん?ああ、まあな。でも、大丈夫だから」

 

 そう笑顔で答えてみるが、正直食べずらい。フォークか何か貰ってこようかな。その方が食べやすいかもしれない。

 

「……じゃあ、私が食べさせてあげよっかー?」

 

「えっ?」

 

 今何とおっしゃいましたか布仏さん。

 

「うんうん、そうしよう。じゃあ、トレー貸してねー」

 

 勝手に決めて俺のトレーを自分の方に寄せ、自分も俺に体を寄せてくる。って、近い!

 

「えっと、布仏さん、近い。てか、自分で食べられるから」

 

「でも、食べずらそうだよー?こぼしてるし」

 

 そう言いながら俺の手元のテーブルに顔を向ける布仏さん。俺も見る。うん、こぼれまくっている。

 

「いやいや、箸だからだよ。フォークとかなら大丈夫だよ」

 

「でも、取りに行くの面倒じゃない?はい、あ~ん」

 

 俺の返事を聞かずにさっそく自分の箸でご飯を一口ほどの量をつまみ、俺の口の前まで運ぶ、笑顔で。

 

「…………」

 

「あ~~ん!」

 

 俺が黙っていても、構わず俺の口の前でご飯の乗った箸を軽く揺らす布仏さん。これは何を言っても無駄だろう。

 

「……あ、あーん」

 

 大きく開けた俺の口にご飯を運ぶ布仏さん。口を開けた途端布仏さんの笑顔が二割増しになった気がする。

 

「次は何がいいー?」

 

「……じゃあ、そこのエビフライで」

 

「はーい」

 

 

 

 ○

 

 

 こんな感じでかいがいしく俺の世話を焼いてくれる布仏さん。しかも満面の笑み。なんでそんなに嬉しそうなの?

 

「ねえ、一夏。あいつら何なの?付き合ってんの?見せつけてんの?」

 

「いや、航平曰く違うらしい。ただの同室のクラスメイトだって」

 

「その割には仲いいですわよね」

 

「私だって、同室だがこんなことしたことないぞ……」

 

「ん?なんか言ったか箒?」

 

「な、なんでもないっ!」

 

 なんか一夏たちが盛り上がってるな。

 

「ん?そう言えば一夏と凰さんは仲直りできたの?試合の決着ついてないんじゃないの?」

 

 ふと気付き、一夏と凰さんの顔を交互に見る。

 

「おう、おかげさまでな。あの約束のことも解決だ」

 

「おっ!じゃあ何?二人って付き合うことになったの?」

 

「え?なんで?」

 

「え?」

 

 一夏が俺の言葉に首を傾げる。

 

「え、だって約束の意味聞いたんだろ?」

 

「おう、聞いたぞ?」

 

「あれって、プロポーズだったんだろ?」

 

 俺が言った途端、箒とセシリアの表情が険しくなる。落ち着きなよ二人とも。ん?凰さんまで微妙な顔してる。なんで?

 あ、もしかしてあれか?告白断った相手とこうして仲良く飯食ってんの?メンタル強いな一夏。

 

「あー、お前もそう思ってたのか!」

 

「は?」

 

 一夏の反応は俺の予想したものではなかった。

 

「いや、俺もそう思ったんだけどさ。鈴に聞いたら、タダ飯であってたらしいぜ。誰かに食べてもらったら上達するからってさ。な?」

 

「ま、まあね」

 

 一夏の言葉に凰さんが引きつった笑顔で答える。……あー。

 

「凰さん……」

 

「な、何よ!?何か言いたいことでもあるの?言ってみなさいよ!」

 

「え!?言っていいの!?」

 

「いや、やめて!わかってるから!」

 

 俺の声が聞こえないように耳をふさぐ凰さん。やっぱりそうなんだな。どうやら凰さんは怖気づいたみたいだ。まあ、しょうがないのかもしれない。覚えている限り告白とかしたことない俺が言うのもなんだが。

 

「なんだよ鈴。変な奴だな」

 

 一夏は理由が分かっていないようだ。俺もたいがい鈍感な方だと思うが、確信をもって言える。一夏よりはマシだろう。

 

「でもまあ、俺も航平と同じように考えちゃってさ。お互い深読みだったな」

 

「お、おう。そうだな」

 

 本人が言わないことを俺が言う訳にはいかない。頷いとこう。

 

「そう言えば、鈴も俺にISのこと教えてくれるらしいんだ。同じパワータイプだし、相性いいしな。航平もどうだ?」

 

「えっと、それはお願いできるならうれしいけど……」

 

 頷きながら凰さんの方を見る。

 

「い、いいわよ別に。アンタもついでに見てあげるわよ」

 

 やっぱりというかなんというか、しぶしぶだな。

 

「じゃあ…、よろしく、凰さん」

 

「鈴でいいわよ。あ、“さん”とかいいからね。あたしもアンタのこと呼び捨てにするから」

 

「じゃあ、よろしく、鈴」

 

「ナッシー、はい、あ~んっ!」

 

 なんだ?さっきまで笑顔だった布仏さんがなんだか不機嫌そう。この短時間に何があったんだ?

 

「どうしたの、布仏さん?」

 

「なーんーでーもーなーい~!!」

 

 絶対なんかある。でも、何でもないというならこれ以上訊くわけにもいかない。

 

「ナッシー、あーん」

 

「あーん」

 

 不機嫌そうではあるが食べさせてはくれる。うん、ちょっと視線にも慣れてきたからか、味を感じる余裕も出てきた。

 

「布仏さん」

 

「何?」

 

「ありがとう。おかげで大変な思いしなくてすむし、おいしく食べられるよ」

 

 俺の言葉を聞いて、布仏さんが俺の顔を見て動きを止め、パチパチと何度か瞬きをする。

 

「エヘヘヘヘ~。どういたしましてー」

 

 うわ、いっきに上機嫌になった。なんで?そう言えば前に一夏が言ってたな。「女の子の気持ちは秋の空以上によくわからない」って。あの時は「お前が鈍感なだけだろ!」って思ったけど、撤回するよ、一夏。俺にも女の子の考えがよくわからない。

 

「ねえねえ、ナッシー次は?次は何食べたい?」

 

「そうだなあ、じゃあ次は――」

 

 布仏さんの言葉に考える俺。

 

「まったく、見せつけてくれますわね」

 

「他所でやりなさいよ、他所で」

 

 俺と布仏さんを見ながらぶつぶつ言いながらやけに激しく箸やフォークでおかずを突き刺す鈴とセシリア。刺し箸は行儀悪いんだよ、鈴。

 

「んんっ!一夏。お前も今日は大変だっただろ?どうだ?私が食べさせてやろうか?」

 

「なんでだよ?」

 

 箒は箒で一夏に食べさせようとしている。一夏は元気だから必要ないのに。

 

「ちょっと、抜け駆けはダメですわよ、箒さん!!」

 

「そうよ!一夏!私が食べさせてあげる!ほら、口開けなさいよ!」

 

「いいえ、私ですわ!」

 

 ヒートアップする三人。

 

「おいおい、落ち着けよ」

 

 止めに入る一夏。よし、加勢するか。

 

「そうだぜ。他の人に迷惑だろ?」

 

「「「お前たちの(あなたがたの)(アンタたちの)せいだ(ですわ)!!!」」」

 

 声をそろえて俺をにらむ三人。なんでだよ。




いいな~、女子にあーんってされるとか。
うらやましい限りですよまったく。
次回で一巻の内容が終われるかな?頑張ります!
では、次回もお楽しみに~♪


追伸
題名入れてなかったので入れ直しました。


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第25話 噂の発信

一日に二話目のアップ。
ちょっと短めかも。



「ねえねえ、ナッシー」

 

「んー、何ー?」

 

 夕食後、部屋に帰ってきてベッドにうつぶせになっていると、洗面所の方から布仏さんの声が聞こえてくる。そちらに顔を向けると洗面所の扉から顔だけ出した布仏さんがいた。

 

「シャワー先に使うけどいいー?」

 

「おう、いいぞ~」

 

 俺は手をひらひらと振って、先に使えと促す。

 

「わかったー。ありがとー」

 

 扉が閉まり、布仏さんの顔が消える。

 バタンッ。

 と思ったらまた布仏さん顔を出した。

 

「ナッシーは今日どうするのー?シャワー浴びれる?」

 

 布仏さんの言葉に俺は一瞬考える。確かに今日は軽い打撲でシャワーを浴びるのも一苦労かもしれない。

 

「んー。まあ、大変だろうけど浴びる」

 

「そっかー……」

 

 少し考えるように布仏さんが黙る。

 

「ねえ、一緒に入ってげようかー?背中流してあげるよー」

 

「……はぁ!!?」

 

 布仏さんの言葉に驚き、バランスを崩してしまい、ベッドから転がり落ちてしまう。

 

「……っ!!」

 

 ぶつけた左肩を押さえてその場でのたうち回る俺。

 

「大丈夫!?」

 

 布仏さんが心配そうに洗面所から出てくる。って、おいおいおいおい!!

 

「布仏さん下着じゃないか!!」

 

 咄嗟に布仏さんから体ごと顔を逸らし、入口の方に顔を向ける。

 

「そんな事より、ナッシーは大丈夫なの?」

 

「俺は平気だから!!」

 

 ダメだ、なんとかしてこの場から逃げなくては!

 

「そうだ!一夏に貸した本を取りにいかないと!後で来てくれって言ってたんだった!じゃあ行ってくる!!シャワーは先に使ってくれればいいからな!!俺は後で一人で浴びるから!!」

 

 そうその場の勢いで言って、返事も聞かずに部屋から飛び出す俺。そのまま逃げ込むために一夏たちの部屋へ。

 と思ったら、一夏の部屋の近くまで来ると話し声が聞こえてきた。スピードを落とし、確かめると、一夏たちの部屋の前に箒が立っていた。ドアが開いているのでそこで話しているのだろう。一夏の声も聞こえてくるのでおそらく相手は一夏だろう。

 なんとなく、割り込んではいけない気がするので身を隠し、二人の声に耳を澄ます。

 

『……箒、用がないなら俺は寝るぞ』

 

『よ、用ならある!』

 

 いきなりの大声に驚く俺。てか、何話してるんだろう。

 

『ら、来月の、学年別個人トーナメントだが……』

 

 学年別個人トーナメントとは六月末に行われる自主参加の個人戦らしい。学年別で区切られている以外は特に制限もないらしい。しかし、専用気持ちが圧倒的に有利なことは変わらない。

 

「わ、私が優勝したら――」

 

 少し離れた俺の場所からでもわかる。箒は今、頬を紅潮させている。

 

『つ、付き合ってもらう!』

 

 びしっと指さす箒。

 な、なんですと~~~~!!!!?

 

 

 ○

 

 

 そこからどういう風に歩いたかわからないが、それなりに時間が経っていたらしく、部屋に戻ると布仏さんはとっくにシャワーを終え、ベッドの上でお菓子食べながら雑誌を読んでいた。

 

「あ、おかえりー。遅かったねー」

 

「お、おう。ただいま」

 

「ん?どうしたの?」

 

 ベッドに座った俺の顔を見て、布仏さんが訊く。

 

「とんでもないところに遭遇しちゃったよ」

 

「とんでもないところ?」

 

 布仏さんが首を傾げる。

 

「……箒が一夏に告白してた!『今度の学年別個人等な面とで優勝したら付き合ってもらう』って!!」

 

「……ええ!!それは大ニュースだー!!」

 

 そう言って布仏さんが立ち上がり、ドアの方へ。

 

「え?どこ行くだ?」

 

「ちょっとみんなにも教えてくるー!!」

 

 そう言って、止める間もなく部屋から飛び出していった。

 一人部屋に残された俺は気付いた。

 

「やっべぇー。これはすぐに学校全体に広まっちまうな」

 

 

 

 ●

 

 

 

「フフフフ~ン♪」

 

 とある場所で、一人の女性が鼻歌まじりにキーボードを叩いていた。部屋全体は薄暗く、女性の周りに並ぶディスプレイの明かりでかろうじて部屋の中が見えるくらいだ。

 

「ん~。やっぱり、自分で考えたものじゃなきゃ使い勝手悪いな~。天才な私ならもっとうまく作るし~」

 

 その女性が見ているディスプレイには、IS学園の映像――一夏や鈴があの謎のISと戦っている映像や星水爆弾を上に押し上げる航平の姿、爆弾の爆発するさまが映っていた。

 

「ん~。でも、この子はちょっと面白そうかも」

 

 その女性の言葉とともにディスプレイの中で再生されていた映像が止まり、映像の一部分が大きくアップされる。

 

「ふ~ん。『梨野航平』くんか~。へ~、なんだか――」

 

 その女性はどこまでも無邪気に、そして、とても楽しそうに言った。

 

「――一度解剖して詳しく調べてみたいな~」

 

 女性の感情を表すように、女性の頭の上ではうさ耳がピコピコと動いていた。




てなわけで一巻の内容は終わりです。
次回からは多分オリジナルストーリーになります。
お楽しみに~。


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第26話 航平命名「超・記憶喪失」

ここからオリジナルな話を少し書きます。
オリジナルと言っても原作一巻と二巻の間での話なんでそれほど長くはないです。
今のところ僕の頭の中でのことなのでどうなるかはわかりませんが…。


 六月頭、日曜日。

 IS学園の寮、一年生用食堂で朝食を食べようとやってくると見知った二人の人物がいた。

 

「おはよう、一夏、鈴」

 

 俺の言葉に二人が振り返る。

 

「おう。おはよう、航平」

 

「となりいいか?」

 

 俺が訊いた途端、鈴が少しいやそうな顔をする。たぶん一夏と二人っきりだったのを邪魔されたからだろう。いいじゃん別に、減る物でもないんだし。

 

「いいぞ」

 

 一夏の返事を聞いて、一夏の隣に座る。

 

「今日は日曜なのにアンタ早いじゃない」

 

「それは二人もだろ。俺は習慣だし、それに今日は午前中の内に買い物に行きたかったから」

 

「俺も今日は久しぶりに家の様子見に行こうと思ってな」

 

「あたしはもともと日曜だろうと関係なく、規則正しく生活してるから」

 

 へー、鈴ってもっと大雑把だと思ってた。

 

「へー、鈴ってもっと大雑把だと思ってた」

 

「な、何よ!失礼ね!」

 

 一夏が俺と同じことを思っていたらしく、一夏の言葉に鈴が怒る。言わなくてよかった。

 

「そりゃ、たまに目覚まし止めて二度寝しちゃって、起きたら十時だったなんてこともあるけどさ……」

 

「「ダメじゃん!」」

 

 鈴が徐々に自信なさげになっていくのを俺と一夏が声を揃えて突っ込みを入れる。

 

「あらあら、朝からにぎやかですわね」

 

 俺たちの後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。振り返ると朝食のトレーを持ったセシリアが立っていた。

 

「おう、セシリア。おはよう」

 

「おはようございます。ご一緒してもいいかしら?」

 

「いいぜ。なあ?」

 

「おう」

 

 俺と一夏の返事を聞いて俺の隣に座るセシリア。

 

「セシリアも日曜なのに早いな」

 

「わたくしは規則正しい生活を常日頃から心がけていますから」

 

 おお、鈴と同じセリフだけど、セシリアは鈴と違って二度寝とかしてなさそう。なんか納得できる気がする。

 

「その点、布仏さん休日どころか平日もなかなか起きないからなー。おかげで何回遅刻しかけたか」

 

「お前も大変だな、航平」

 

 一夏が苦笑いを浮かべながら俺の肩にポンと手を置く。

 

「今までだったら”大変”ですんだんだよ」

 

 あー、考えただけで胃が痛い。

 

「最近、朝起きたらたまに俺の布団の中に布仏さんが一緒に寝てることがあるんだよ」

 

「何!?アンタたち一線超えたの!?」

 

「超えてねえよ!!」

 

 朝からとんでもないこと言うなよ鈴!まだそんなに人がいなかったからいいけど。

 

「夜寝るときはそれぞれのベッドで寝るんだよ。でもなぜか朝起きたら俺にくっついて寝てるんだよ」

 

「それは毎朝?」

 

「いや、流石に毎朝じゃない。多い時で二日に一回かな。結構不定期だけどな。昨日朝起きたらいたから今日はいないって感じでもないんだよ」

 

 ちなみに今朝は自分のベッドで寝てた。俺のベッドで寝る日の共通点がさっぱりわからない。

 

「本人に聞いても『えー。なんとなくだよー』としか言わないし、何度言っても暖簾に腕押しだしさぁ」

 

 ため息をつくと幸せが逃げる、なんていうけれど、今だけは許してください。

 

「はぁ~~~」

 

 自分で思っていたよりも大きくて長いため息が出る。

 

「なんていうかもう、アンタたち付き合っちゃいなさいよ」

 

「なんでだよ?」

 

 まったくもって意味が分からない。そう言う何でも恋愛方面にすぐ話を持って行くのは女子の悪い癖なんじゃないか?

 

「大体布仏さんのそういう行動はそう言うんじゃないだろ」

 

「なんでそう言い切れるんですの?」

 

 セシリアまで話に乗ってきた。おいおい、誰か助けてくれるやつはいないのか?あ、一夏はどうだ。お前は味方だよな?

 そう思いながら一夏の方を見るが一夏は一夏で興味深そうにこっちを見ている。ブルータス、お前もか!!

 

「だってさー。……俺だぜ?超・記憶喪失の俺だぜ?」

 

「なんだよ、『超』って?」

 

 俺の言葉に一夏が首を傾げる。

 

「そう言えば、今まで俺の記憶喪失について詳しく話したことなかったな」

 

「おう、そうだな」

 

 一夏の言葉に賛同するように鈴とセシリアも頷く。

 

「普通の記憶喪失ってさ、『自分の過去を覚えていないー』とか、『ここはどこ!?私は誰!?』とかでしょ?」

 

「あぁ…?まぁ…そうね」

 

「俺の場合、その他のすべても忘れてしまったのさ!」

 

「「「は?」」」

 

「つまり…『ここはどこ!?私は誰!?あれは何!!?これも何!!?』」

 

「つまり『ダメ人間』と」

 

「…ハイ」

 

 鈴の言葉が的確に俺の胸をえぐる。

 

「お、おい。その言い方どうなんだよ鈴」

 

「だってしょうがないじゃない。そう思ったんだからさ」

 

「でも、言い方ってものがあるんじゃないんですの?」

 

 三人が俺の気の沈みようを見て、焦ったようにこそこそと話す。

 

「でも、実際あれもこれも分からないと大変だったぜ。ISを初めて動かしたときに織斑先生と山田先生に軽くISのこと教えてもらったんだよ。その時に俺、『銃』が分からなくてさ。手に取って観察してたら、銃口のぞいて引き金引いちゃってさー」

 

「大丈夫だったんですの、それ!!?」

 

「いやー、危なかったよ。織斑先生が銃口逸らしてくれなかったらまずかったね」

 

「それ危ないどころじゃないだろ」

 

「おう。おかげで織斑先生にものすごい怒られた」

 

 あの時の織斑先生は怖かったな~。ああいうのを鬼の形相っていうんだろうな。

 

「あれ?じゃあ名前は?名前も憶えてなかったの?」

 

 鈴がふと気づいたように訊く。

 

「おう。だからこの『梨野航平』って名前は便宜上織斑先生がつけたものだ」

 

「へー。ちなみに何かその名前って意味があるのか?由来とかさ」

 

「織斑先生に訊いたら、『名無しのゴンベイ』をもじったんだってさ。ちなみに第二案で『名無しの〝ナナ″』ってのもあったらしい」

 

「その名前の付け方どうなんだ?」

 

 一夏の言葉に同意するように鈴やセシリアも微妙な顔をしている。

 

「そうか?俺の現状を表したいい名前じゃないか?結構気に入ってるぜ。『ナナ』でも良かったくらいだ」

 

「まあ、航平がいいならいいんじゃない?」

 

 鈴の言葉に一夏やセシリアも頷いている。

 

「まあ、そんなわけだから、俺みたいな超・記憶喪失な奴を好きになるなんて、と思うわけですよ」

 

「で、でも、航平って優しいじゃん」

 

 一夏がフォローを入れてくれる。ありがとう一夏。

 

「そうですわ。優しいというのは美点だと思いますわ」

 

「そうよ。それにあんたすらっとしてるし顔のつくりいいし、超絶美少年じゃん」

 

 セシリアと鈴もフォローしてくれる。てか鈴。前に俺のこと線が細いって言ってませんでしたっけ?

 

「う、うん。まあ、俺の悪いところは記憶が無いことだけじゃないけどな……」

 

 依然織斑先生に聞いた星水爆弾の話。あれが本当なら記憶を失う前の俺は、もしかしたら……。

 

「って、あ。やべ。そろそろ行く準備しねぇと」

 

 そう言って、残っていた朝食を急いで食べ始める一夏。時計を見るとそこそこ時間が経っていた。

 

「結構早く出るんだな」

 

「中学の友達にも会いに行こうと思ってたからな。ごちそうさん。じゃあ、お先に」

 

「いってらー」

 

 去って行く一夏に手を振り、俺たちも自分の朝食に戻る。

 

「……そう言えばさ。航平の記憶喪失の話聞いて気になったんだけど。アンタって買い物とか行けるの?一人で大丈夫なの?」

 

「ああ、大丈夫だよ。入学するまでの二か月の間に四回ほど織斑先生と山田先生に連れて行ってもらってたから」

 

「ああ、そうなんだ」

 

「……前から気になっていたんですが、航平さんはこの女子だけの学園で二か月間どうやって過ごしてたんですの?航平さんの存在って隠されていたんですよね?」

 

「ああ、そのこともちゃんと話してなかったっけ?」

 

 俺の問いに二人が頷く。

 

「大変だったぜ。リハビリを兼ねたトレーニングも朝早くやらなきゃいけないし、基本一日中宿直室に籠って勉強したり、手の空いてる時に織斑先生か山田先生に勉強教えてもらってた。大浴場も誰も使わない真夜中に使ったり。トイレも使うときは清掃中の札を出して使ったり」

 

「結構窮屈な生活してたのね」

 

 鈴が同情したような目で俺の肩にポンと手を置く。

 

「あれ?でも……」

 

 そこで、セシリアが何か疑問が浮かんだようだ。

 

「部屋から出るのは最小限にしていたでしょうけど、その期間まったく誰からも見つからなかったんですの?」

 

 ……まずい。流石は代表候補生。なかなか痛いところ突く。

 

「そう言えばそうよね。買い物行くときとかも、IS学園はもう一人の男性操縦者を秘匿してたんだから、各国の監視がついていてもおかしくないのに」

 

 くそっ。鈴もいたいとこ突くじゃないか。

 

「ま、まあ、そこは努力と友情と勝利で……」

 

「「…………」」

 

 うっ。二人の視線が…。やっぱりごまかせないか。

 

「……おっと、俺もそろそろ行く準備しないと!」

 

 話をそらすために、手早く朝食を食べ、トレーを持って立ち上がる。

 

「あ!逃げる気――」

 

「じゃあな、二人とも!」

 

 鈴の言葉を遮り、俺はさっさと退散した。

 

「危ない、危ない。もうちょっとでばれるところだった」

 

 俺のつぶやきは二人にはおろか片手で数えるほどしかいないその場の誰にも聞こえていなかった。

 

 

 ○

 

 

 

「ねえ、今のどう思う?」

 

「怪しいですわね。確実に何か隠していますわ」

 

 航平が逃げた後、その場に残った二人は先ほどの航平の様子を話していた。

 

「何隠してんのかしら。帰ってきたら追及してやろうかな」

 

「でも、あの様子ではきっとはぐらかされるばかりでしょうね」

 

「……そうね。でも、いつか聞き出してやるんだから」

 

「ほどほどにした方がいいですわよ」

 

 意気込む鈴にセシリアが軽く注意をするが、セシリア自身も少しは気になっているようだった。

 

「あ、そう言えば、今日千冬さんに貰っておかないといけない書類があったんだった」

 

「では、一緒に行きません?わたくしも山田先生に渡してあった書類を受け取りにいかなければいけませんの」

 

「じゃあ、あとで行きますか」

 




朝起きたら美少女が同じベッドで寝てるとか、最高じゃないですか!!!
ちっ。羨ましい。
今のところ布仏さんがヒロインぽくなってきましたが、今もう一人ほどヒロイン化させようかと思ってます。
え?誰かって?
それは秘密です。
ではまた次回もお楽しみに。


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第27話 写真のあの子は……

「「失礼します」」

 

 セシリアと鈴はそう一声かけ、職員室の扉を開ける。

職員室の中は日曜のため出勤しているのは片手で数えるほどの教師しかいなかった。

 

「山田先生、お願いしていた書類をお願いします」

 

「あ、はい。ちょっと待ってくださいね」

 

「ちふ…織斑先生、聞いていた書類を受け取りに来ました」

 

「少し待て」

 

 二人に声をかけられた先生はそれぞれ反応し、自分の机の引き出しを開ける。

 

「ほら、これだ」

 

「どうぞ」

 

 それぞれの相手に千冬と真耶が渡す。

 

「「ありがとうございます」」

 

 それぞれ書類と封筒を受け取った鈴とセシリア。

 

「それでは、失礼します」

 

「失礼します」

 

「あ、ちょっと待ってくれるか」

 

 職員室から出て行こうとする二人に千冬が声をかける。

 

「なんでしょうか?」

 

 千冬の言葉に二人が立ち止り、セシリアが訊いた。

 

「……その…なんだ。梨野の様子はどうだ?」

 

 少し言いずらそうに言った千冬の言葉にセシリアと鈴が顔を見合わせる。

 

「えっと、どうと訊かれましても……」

 

「特に変わった様子はなかったですけど?」

 

「そうか……」

 

 二人の言葉に千冬が少し考え込む。

 

「あの、どうかしたんですか?」

 

「航平さんに何かあったんですの?」

 

「……いや、なんというか。やつのことは私や山田先生が面倒を見ていたわけだし、一応私がアイツの身元保証人なわけだしな。梨野がちゃんと記憶が無くても生活できているのか気になっただけだ」

 

 千冬は努めて冷静にしゃべろうとしているが、少し照れているようだった。

 

「あー、照れてますね?私が大丈夫なんでしょうかねって言っても、『心配する必要はない』っていつも言ってるのに。織斑先生もやっぱり心配してるんじゃないですか。先生って素直じゃないですよねー?」

 

 そんな千冬を楽しげに笑う真耶。しかし、真耶の言葉によって急に職員室内の温度が二、三度下がった気がする。

 

「山田先生。デスクワークばかりでは肩が凝ってしまうでしょう。どうですか?これから一緒に組手でも」

 

「え、遠慮しておきます!」

 

 千冬が笑顔で言った言葉。しかし千冬の目は全く笑っていなかった。その眼を見た途端真耶は全力で断る。

 

「山田先生?」

 

「な、なんでしょうか?」

 

「以前にも言ったかもしれんが、私はからかわれるのが嫌いだ」

 

「はっ、はいっ!すみません!」

 

 千冬の言葉にすぐさま謝る真耶。依然同じことを言われたときに食らったヘッドロックを思い出し、頭を押さえている。

 

「んんっ!…まあそんなわけだから、少し気にしてやってほしい」

 

 話題を変えるために咳払いをする千冬。

 

「「はい」」

 

 千冬の言葉にセシリアと鈴が頷く。

 

「時間を取らせて悪かったな」

 

「「失礼しました」」

 

 千冬と真耶に礼をし、二人は職員室から出る。

 

「……アンタのクラスの山田先生って変わってるわね。あの千冬さんをからかおうとするなんて恐れ知らずじゃない」

 

 職員室を離れてから少ししてから、鈴が口を開く。

 

「そうですわね、少し抜けているところがある方ですわ」

 

 鈴の言葉にセシリアも笑って頷く。

 

「見ててハラハラすることもありますわ。この間も廊下で転んで持っていた書類を廊下でばらまいてしまって、周りの人に手伝ってもらいながらあたふたしながら拾っていましたわ」

 

「なんか微笑ましい先生ね」

 

 セシリアの山田先生おちょっこちょいエピソードに笑う鈴。

 

「そんなおっちょこちょいな先生なら、書類が間違えて入ってなかったりして」

 

「それは流石にないと思いますわよ」

 

 そう言いながらも封筒を開けセシリアは仲を確認する。

 

「……大丈夫ですわ。ちゃんと揃っています」

 

 書類の枚数を数え、あっていたことにほっと胸をなでおろすセシリア。そして、書類を封筒に戻そうと、封筒を開いたところでセシリアの手が止まる。

 

「ん?なんですのこれ?」

 

 そう言いながら、封筒を逆さにし、封筒の中から、何かを取り出す。

 

「ん?何何?」

 

 鈴も興味を持ったのかセシリアの手を覗く。

 

「これは……写真ですわね」

 

 封筒の中から現れたのは一枚の写真だった。

 

「この両方の写真に写ってるのは千冬さんね」

 

 写真には二人の人物が映っていた。そのうち一人はいつものスーツ姿ではなくラフな、おそらく私服と思われる格好の千冬が映っていた。

 

「もう一人の方たちは……見たことのない方ですわね」

 

 写真には千冬のほかにもう一人、金髪の女性が映っていた。

 千冬よりも背が高く、長い腰のあたりまである金髪の女性。服装はIS学園の制服。箒のものと同じタイプのものでほとんど改造をしていないようだった。リボンの色は赤色。

 写真の中で女性はまるで写真に写ることを嫌がるように、でも、千冬に引っ張り込まれ、いやいやながらも恥ずかしそうなはにかんだ笑みを浮かべていた。

 

「なんか、千冬さんと親しそうね、この人」

 

「そうですわね。それにこの写真で見る限り、なかなかおきれいな方ですわね。プロポーションもいいですし」

 

 写真では、膝のあたりまでしか映っていないが、そのスタイルの良さはまるでどこかの雑誌のモデルのようだった。

 

「うちの制服ってことはこの人もIS学園の生徒の方なのでしょう」

 

「さあ。てか、そもそもなんでこの写真がアンタの封筒に入ってたの?」

 

「……この写真が山田先生の持ち物で、たまたま入ってしまったんじゃないですの?」

 

「まあ、それしか考えられないよね。それにしても――」

 

 二人は視線を写真の女性に戻す。

 

「――ものすごい美人ね、この人」

 

「確かに……」

 

「ますます気になってきたわね。この人誰なんだろう」

 

 写真を凝視すがこれ以上何かこの女性の情報はない。試しに写真を裏返す鈴。

 

「ん?なんか書いてある」

 

 そこには丸い女性の字で日付とともに「織斑先生&ナナコ」と書かれていた。

 

「〝ナナコ〟ってこの人の名前でしょうね」

 

「この日付って今年よね。しかも私たちが入学する一か月前ね」

 

「ですわね……」

 

「はっ!てことはこの人まだこの学園に在籍してるんじゃない?リボンも赤だし!」

 

「まあ、そうでしょうね」

 

 鈴が興奮気味に言った。

 

「よしっ!こうなったらこの人を探しましょっ!」

 

「はいっ!?」

 

「そうと決まったら聞き込みよっ!」

 

「はあ。頑張ってください」

 

「何言ってんのよ?アンタもするのよ」

 

「へっ?」

 

 鈴の言葉にセシリアが素っ頓狂な声を上げる。

 

「な、なんでわたくしまで…」

 

「アンタだって気になるでしょ?」

 

「そりゃ、まあ、そうですが……」

 

「よしっ!なら決まり!」

 

「というか、知りたいなら山田先生に直接――」

 

「じゃあ、さっそく寮の一年生用食堂に行くわよ!この人のこと知ってる人がいるかもしれないし!」

 

 そう言うや否や、セシリアの腕を掴んで走り出す鈴と

 

「ちょ、話を聞きなさいっ!」

 

 文句を言いながら引きずられるように鈴とともに走るセシリアだった。

 

 

 ○

 

 

 

「よかった、お昼に間に合って」

 

 もうすぐ十二時になろうという頃、俺は買い物を終え、寮に戻ってきていた。

 

「ずいぶん早かったねー。ほしいものは買えたのー?」

 

 横で俺とともに歩いている布仏さんが訊いた。

 

「おう。思いのほか早く買い物終わってな。もうすることもないし、とっとと帰ってこようと思ってな。昼めしも間に合いそうだったし」

 

「そっかー。私も行きたかったなー、買い物」

 

 布仏さんが寂しそうな顔をする。

 

「用事があったんだからしょうがないじゃん。また一緒に行こうぜ?」

 

「……うん!」

 

 しかし、俺の言葉にすぐに満面の笑みを浮かべる。

 

「そう言えば、用事って何だったんだ?」

 

「んー?生徒会かつどー」

 

「ん?なんだ、生徒会に怒られるようなことしたのか?」

 

 布仏さんって、おっとりしてるし、そんな問題行動するわけでもないんだと思ってたんだけど…。

 

「んーん、違うよー。私が活動に参加してたのー。なんたって、生徒会役員だからねー」

 

「ん、誰が?」

 

「私が」

 

「なんだって?」

 

「生徒会役員」

 

「……ええっ!!!」

 

 今世紀最大の衝撃!あの布仏さんが生徒会だったなんて!でも、正規の手続きで布仏さんが生徒会には入れるんだろうか。はっ!ま、まさか……。

 

「……布仏さん」

 

「何ー?」

 

「賄賂はダメだよ」

 

 俺の言葉を聞いて布仏さんがずっこける。

 

「なんでそうなるのさー!」

 

「えっ!?だってあのめんどくさがりの布仏さんが、まったりのほほんとした布仏さんが生徒会に入るには、何かよからぬことをしたんじゃ……」

 

「ぶー!ナッシーひどいっ!」

 

 ブーブー言いながら僕の背中を拳で叩く。正直それほど痛くない。

 

「わ、悪かったよ」

 

「ふーんだ」

 

 どうしよう、へそ曲げちゃったよ。

 

「あ、そう言えば今日のお土産にお菓子買ってあるんだけど食べる?」

 

「そ、そんなので許したりしないからねー」

 

 くっ、ダメか。ならば…。

 

「布仏さん、今日行った先でおいしそうなクレープ屋を見つけたんだけど、今度一緒にどう?ご馳走するぞ?」

 

「……ま、まあ?ナッシーがどうしてもって言うんだったら一緒に行ってあげてもいいけどー?」

 

「あー、布仏さんとクレープをどうしても一緒に食べたいなー」

 

「もう、しょうがないなー。許してあげるよー」

 

 さっきまでのしかめっ面はどこへやら。ものすごくうれしそうな顔になる布仏さん。

 

「~~~♪~~~♪」

 

 楽しそうに鼻歌歌いながらスキップをする布仏さん。そんなにクレープが楽しみなのか。奢るこっちとしてもそんなに楽しみにしてくれるのは嬉しいが、行くのはまだまだ先になると思うんだけどな。

 

「でもさ、それならなんで布仏さんは生徒会には入れたんだ?」

 

「んー?それはね、生徒会って会長が役員を自分で指名できるのー。私は生徒会長と知り合いだから指名してもらったのー」

 

 あー、なるほど。納得納得。

 

「持つべきものは権力持った知り合いってわけだ」

 

「まあ、そういうことだねー」

 

 そんなことを言っているといつの間にか食堂に着いていた。

 

「さーて、何食べようかなー」

 

 ルンルン気分のまま食堂に入って行く布仏さん。

 と、食堂の一か所に人垣ができていた。

 

「ん?なんだあれ」

 

「行ってみよー」

 

 そう言って俺の袖をつかんで引っ張って行く布仏さん。

 

「どうしたのー?」

 

 人だかりに声をかける布仏さん。

 

「あ、本音に梨野くん」

 

 人垣の外側にいたクラスメイトの相川さんが振り返る。

 

「なんかね、セシリアと凰さんが写真の人捜してるんだって」

 

「写真?」

 

「うん。なんでも山田先生に貰った封筒の中に入ってたんだって。織斑先生と一緒に映ってて、しかもものすごいブロンド美人」

 

 ……何だろう、ものすごい嫌な予感。

 

「へ、へー。じゃあ俺たちもその写真見せてもらおうかなー」

 

「うん。見たいー」

 

 俺の言葉に布仏さんが頷き、俺とともに人垣の中心へ。

 

「よ、よう、二人とも。俺たちにも写真見せてくれ」

 

 人垣の中心にはテーブルに写真を置いて座ってそれを凝視する鈴と、その横で少し疲れた顔してセシリアが紅茶をすすっていた。

 

「あら航平さん」

 

「よう、セシリア。なんかお疲れみたいだな」

 

「ええ、まあ。鈴さんが写真の女性を探しと言ってさっきまで聞き込みして回ってましたの」

 

「なんというか…お疲れさま」

 

 鈴ってこうと決めたときのフットワーク軽いよな。

 

「それで、例の写真ってそれか?」

 

「そうよ」

 

 俺の問いに鈴が頷く。

 

「見してー」

 

「いいわよ。はい」

 

 布仏さんが差し出した手に鈴が写真を渡す。

 

「へー、この人かー。確かに美人だねー」

 

「俺にも見せてもらってもいいか?」

 

「うん。でも、この人どっかで見たような気がするなー」

 

「へ、へー」

 

 布仏さんの言葉にドキドキしながら写真を受け取る。

 

「…………………」

 

 予感的中。俺は足元が崩れるような感覚に見舞われた。

 




やっぱり原作にないところを書くのは難しいですね。
千冬さんとかが難しい。
セシリアの喋り方もやりずらいっすね。誰に対してどう話してたかがわかんなくなります。
不自然なところ、キャラ崩壊あれば申し訳ないです。


追記
写真の枚数が二枚になっていたのを修正。


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第28話 正体見たり枯れ尾花

「ね?すごい美人さんだよねー」

 

 背中に感じた重みと耳元に聞こえた布仏さんの声で俺は我に返った。あまりの衝撃に一瞬フリーズしていたらしい。

 悪い意味で予想通りだ。くそっ、なんだってここに〝ナナコ〟の写真があるんだよ。前から抜けてるところあるとは思っていたが、なんてミスをしてくれてんだよ山田先生。

 

「そ、そうだな」

 

 とりあえず、布仏さんに返事をしつつ考える。

 どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする。

 頭の中で〝どうする〟の文字がぐるぐる回っていい案が浮かばない。

 

「どうかしましたの航平さん?」

 

 じっと写真を見ている俺を不審に思ったのかセシリアが訊いた。

 

「もしかして、アンタその人のこと何か知ってるんじゃない?アンタ私たちよりも二か月も早くいたんだし」

 

 鈴、いいとこ突くじゃないか。そう。俺はこの写真の人物を知ってる。知ってるなんてものじゃない。しかし、この人物のことを絶対に話すわけにはいかない。

 

「んー、ダメだわかんないや。それに、二か月早くいたとはいえ、俺はだいたい宿直室に籠ってたからな~」

 

「そうだよねー」

 

 鈴が残念そうにため息をつく。

 

「あ、そうだー!」

 

 そこで、俺の背中で布仏さんが何か思いついたようだ。

 

「何?アンタ何か知ってるの?」

 

「んーん。この人については全く分かんないんだけどねー」

 

 鈴の問いに布仏さんが顔の前で手を振って否定する。布仏さんの顔がちょうど背中越しに俺の顔の間横にあるので、布仏さんが振った手の袖が俺の顔にペシぺシと当る。

 ちなみに布仏さんは俺の背中におぶさる形で俺の首に手を回している。

 

「私の知り合いに生徒会長がいるからさ、その人に聞けば何かわかるかもよー?なんでも、全生徒の顔と名前全部暗記してるらしいからさー」

 

 な、なんですとー!!!!?

 まずいまずいまずい!!もしもその生徒会長のところに行ったら、確実にまずい。絶対に、確実に、疑いの余地なく〝ナナコ〟の正体に行きついてしまう。そうなったらおしまいだ。どうにかしてこの写真を生徒会長の手に渡ることを阻止しなくては!!

 

「………あーー!!!」

 

 俺はできる限り大きな声とともに一方向を指さす。

 

「あんなところに写真のブロンド美女がーー!!!!」

 

『何ー!!?』

 

 人垣の全員の目が俺の指さした方向に向く。チャーンス!

 その隙に俺は指さした方向とは逆の方向、食堂の入り口向かって全力ダッシュを開始する。幸い俺の後ろにいた人たちは俺の指さした方向を見るため移動したので誰にも邪魔されることなくその場から走り出すことができた。

 あとはこのまま写真をもって逃げるのみ!

 

『どこにもそんな人――って、あら?航平さんは?』

 

『あ!あいつ逃げやがった!!しかも写真持って!!』

 

『てことは梨野くんは何かを知ってるってこと!?』

 

『追え―!!逃がすなー!!ものども、出あえ!出あえ!!』

 

 俺が食堂から出るころ背後から食堂にいた人たちの声が聞こえてくる。てか、「出あえ!出あえ!!」ってなんだよ!

 でもそんなこと気にしてる暇はない。今捕まれば確実に写真を取り返される。その前にこの写真をどうにかしないと。

 

(そうだ!山田先生に返せばいいんだ!ついでに文句言ってやる!!)

 

 そう決めた俺は目的地を職員室に定め、さらに力強く踏み出した。毎朝のトレーニングで鍛えた体力を発揮する時が来たようだ。

 

 

 ○

 

 

「山田先生、そろそろお昼にしましょう」

 

「はい、ちょっと待ってくださいね。この仕事もう少しで終わりますから」

 

 時計を見ながら言った千冬の言葉に真耶を仕事の手を止めずに返事をする。

 職員室の中はお昼時ということで、千冬と真耶以外の教師は昼食のためにいなくなっていた。

 

(はあ、休日出勤っていうのは大変ですね。でも、これが終われば大体片付きますし、お昼食べて午後からはまったりしましょう。明日からはまた月曜日で学校ですし、明日にはまた大変そうなことが待ってますから、午後からゆっくりまったりしてもバチは当たりませんよねー)

 

 午後からのことに頭の中を切り替えつつあった山田先生の思考は、

 

「山田先せ~~~~!!!」

 

 職員室の扉を蹴破らんばかりの勢いで入ってきた一人の男子生徒の怒声によってかき消された。

 

 

 ○

 

 

 職員室目指して走り始めて数分。あとはもう一つ角を曲がればすぐそこに職員室に到着する場所までやって来ていた。なんだかいつもより体が重い気がするが、それはきっと冷静じゃなくて、体力の消費がいつもより激しいからだと勝手に結論付けて走り続ける。

 角を曲がりすぐそこまで職員室の扉が迫ってきた。悠長に扉の前で立ち止まって開ける余裕はない。俺は走っている勢いのまま蹴破らんばかりの勢いで扉を開けると同時に急ブレーキをかけ、職員室に飛び込む。

 

「山田先せ~~~~!!!」

 

 突然の俺の登場と怒声に職員室内の先生(織斑先生と山田先生だけだった)、が驚いた顔をしているが、そんな事気にしている暇はない。

 バンッ!

 

「山田先生!!」

 

「ひゃい!!」

 

 山田先生の机まで一気に行き机を叩くと、山田先生が怯えた顔とともに裏返った声で返事をする。でも、こっちもそれどころじゃない。

 

「なんてことしてくれちゃってんですか!!」

 

 山田先生に詰め寄ると、山田先生が涙目でプルプルと震えている。

 

「教師を脅すな!!」

 

 バシンッ!!

 織斑先生の声とともに俺の頭に衝撃が走る。いつも食らう出席簿アタックよりも痛かった。

 振り返るとISルールブック片手に俺をにらんでいる織斑先生がいた。通りでいつもより痛いわけだ。

 

「すこしは落ち着け。一体どうしたというんだ?」

 

 織斑先生が諭すように言う。

 

「これですよこれ!」

 

 そう言って二人の前に例の〝ナナコ〟の写真を取り出す。

 

「なんだ?〝ナナコ〟がどうしたっていうんだ?」

 

 織斑先生も山田先生も首を傾げている。

 

「どうもこうもないですよ!山田先生のうっかりでこれがセシリアの書類に紛れてたんですよ!」

 

「えっ!?」

 

 俺の言葉に驚いた山田先生が、自分の机の引き出しを探る。

 

「あ!〝ナナコ〟さんと織斑先生の写真がないです」

 

「つまり何らかの間違いで先生の持ってた写真がセシリアから預かった封筒に入っちゃったんですよ!どうすればそんなこと起きるんですか!?」

 

「あははー。おかしいですねー」

 

「おかしいですねー、じゃないですよ!〝ナナコ〟の正体がばれたらどうするんですか!?」

 

 苦笑いを浮かべながら頭をかく山田先生に俺が問う。

 

「いいじゃないか別に。いい機会なんだから言ってしまえばいい」

 

「なんて言うんですか!?『実は、その写真の女性〝ナナコ〟は俺なんです。自己紹介の時に言わなかった俺の唯一の特技は女装なんです』とでも言えってんですか!?そんなこと言ったらど変態に認定されるじゃないですか!」

 

「え!?ナッシーって女装が特技なの!?」

 

「ああ、そうだよ!って、二人は知ってるじゃないで――」

 

 ん?ちょっと待て。今誰が言った?目の前の織斑先生も山田先生も口を開いてない。というか二人とも俺のことを見ずに俺の後ろを見てる気がする。てか、そもそも、さっきの声は俺のことを「ナッシー」と呼んだ。俺のことをそう呼ぶ人は一人しかいない。

 俺は恐る恐る、まるで首がグギギギっときしむ音を立てているかのようにぎこちなく振り向く。

 そこには案の定、俺の思った通りの人物がいた。袖の異様に長い制服を着て袖から手が出ていない。いつも通りの眠たげなのほほんとした顔をしている。

 

「……布仏さん、いつからここに?」

 

「少なくともお前がここに来た時にはお前の背中にくっついていたぞ」

 

「わかってて連れて来たんじゃないんですか?」

 

 俺の言葉に後ろから織斑先生と山田先生の突込みが聞こえる。

 

「……もしかして、食堂で俺の背中にくっついていた時からずっとしがみついてたの?」

 

 こくり、と頷く布仏さん。

 

「食堂からって…。よくここまで気づきませんでしたね」

 

「ナッシーって体力あるねー。ここまで私背負ったまますごいスピードだったよねー」

 

 なんということだ。なんか重いとは思っていたが布仏さんを背負ったまま走ってたのか。てか気づけよ俺。どんだけ焦ってたんだよ。

 

「なあ、布仏さん」

 

「何ー?」

 

「………聞いてたの?」

 

「ばっちし全部」

 

 満面の笑みの布仏さん。崩れ落ちる俺。

 

 

 それから数分間。俺は両手と両膝をついた状態で頭を上げることができず、遅れて到着したセシリアや鈴たちに織斑先生と山田先生とともに寮の一年生用食堂に連行された。




はい、というわけで〝ナナコ〟の正体は航平くんでしたー。
え?なんとなく気づいてた?
でしょうね~。


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第29話 取り調べ

「で?どういうことなの?」

 

 一年生用食堂。その床に正座させられた俺は、腕組して仁王立ちした鈴に見下ろされていた。

 

「なんで、あの写真を持ち去ったの?梨野航平」

 

 なんでフルネーム?と思ったけどそれを言えるような立場ではない。俺は探偵気分で人探ししていた鈴からその証拠である写真を持ち去った、いわば第一容疑者なのだ。下手なことを言えばどんなことをされたかわかったものじゃない。

 

「なんでと言われましても……」

 

 俺と鈴の周りは先ほどの人だかりのメンバー、主に1年1組のメンバーに囲まれている。セシリアも鈴のすぐ隣に立っている。

 俺はその中から助けてくれそうな人を探すが、残念ながら全員もれなく興味と好奇心に満ちた視線でこちらを見ている。布仏さんも楽しそうにニコニコとしている。まあ、布仏さんが言わないだけありがたいのだが。

 次に俺はすぐ近くの席に座り黙々と昼食を食べている、この場にいる唯一の教師二人に目を向ける。そこで織斑先生と目が合う。と、織斑先生の口の端がくっと上がる。あの顔は覚えがある。人をからかって、心底楽しんでいるときの織斑先生の顔だ。これは期待できそうにない。 次に俺は山田先生の方に視線を持って行く。が、山田先生も申し訳なさそうな、しかし、この状況を楽しんでいるといった表情をしていた。おい、あんたら教師だろ。なに生徒の不幸楽しんでんだ。てか、もともとの原因はあなたたちでしょ?

 

「黙秘していても罪が重くなるだけよ?さっさとゲロっちゃいなさい」

 

 鈴が黙ってしまった俺に言う。おそらく何かの刑事ドラマの真似だろう。

 

「まあまあ、鈴さん落ち着いて」

 

 鈴と俺の間に入って鈴を落ち着かせようとするセシリア。

 

「航平さん、あきらめて理由を話した方がいいですわよ。鈴さんのことですから、話すまで開放してくれませんわ」

 

 セシリアの言う通りだ。この場を脱する方法はもう残されていないだろう。この状態ではまともに嘘が言えるとは思えない。下手に嘘をつけばより怪しくなってしまうだろう。正直に話すしかない。

 

「………どうしても〝ナナコ〟の正体がばれるわけにはいかなかったんだ」

 

 俺はあきらめて口を開く。

 

「ふーん。てことは、アンタはこの写真の人物を知ってるってわけね。しかも、写真を持ち去ってしまうほどの秘密を彼女は持っていると」

 

「ああ。でも――」

 

 鈴の言葉に頷きつつも、俺は鈴の言葉に訂正しにかかる。

 

「――鈴。お前の今の言葉には間違いがある」

 

「なに?言ってみなさいよ」

 

「まず、その写真の人物の正体を俺は知っている。知っているなんてもんじゃない。そして、その写真の人物には大きな秘密がある。それも事実だ。でも……」

 

 そこで俺は言葉を区切る。正直ここから先を言いたくない。言ったらきっとその時点で勘のいい奴は気付くだろう。でも、もう真実を言う以外の選択肢は俺には残されていない。

 

「……鈴の言葉で間違っていたのはたった一つ。その写真の人物、〝ナナコ〟は〝彼女〟じゃない。…〝彼〟なんだ」

 

「…………は?」

 

 俺の言葉を聞いた鈴が数秒黙り、首を傾げる。まわりの真実を知っている人除く全員が困惑の表情を浮かべる。

 

「だから、その写真の人物、〝ナナコ〟の性別は〝男〟なんだ」

 

「「「「…………えぇっ!!!!」」」」

 

 その場にいた真実を知っている人除く全員が数秒の間を空けて驚きの声を上げる。あまりの声の大きさに食堂内が震えた気がした。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!この方が男性っていうんですの!?」

 

「ああ、そうだ。その写真に写っている〝ナナコ〟は正真正銘、男だ」

 

 俺の言葉がみな信じられないようで、鈴の持っている写真をのぞき込んでいる。

 

「で、でも、仮にそうだとして。なんで梨野くんはそのことを知っているの?」

 

 沈黙の中、人だかりの一画からクラスメイトの鷹月さんが質問する。

 

「そ、それは……」

 

 みんな思っていたのだろう。鷹月さんの言葉にみな俺の方を見ている。でも、ここからは言いずらい。言えるわけがない。〝ナナコ〟=俺、だなんて。一応俺は女装をすること自体は別に平気だ。俺の数少ない特技だしな。だが、その特技が誇れるものではないということは理解している。だから、できることなら隠し続けるつもりだった。

 

「……ん?ちょっと待って。もしかして……」

 

 そこで、鈴が何かに気づいたようだ。

 

「ねえ、ちょっと……」

 

「なんですの?」

 

 写真をセシリアに見せつつ何かこそこそと話している。鈴の言葉を聞き、セシリアの顔に驚愕の色が浮かぶのが分かる。

 

「確かにそれなら腑に落ちますけど…」

 

「でしょ?ってことはさ…」

 

 鈴とセシリアが写真から顔を上げ、俺の方を見る。二人の顔を見る限り、どうやら気が付いたらしい。

 

「ねえ、航平。ひとつ聞いてもいい?」

 

「……ああ」

 

「……この写真の〝ナナコ〟って、アンタなんじゃないの?」

 

 やっぱり予想通りだ。二人は答えに辿り着いたらしい。これはもう認めるしかないだろう。

 

「……ああ、その通りだ。その写真の人物、〝ナナコ〟は俺だ」

 

「「「「……ええっ!!!!」」」」

 

 再度、食堂内に驚愕の声が広がる。音量はさっきのよりも大きく、今度は気がするなんてものではなく、食堂の壁や床が揺れた。

 

「ただ、一つ言わせてもらえば、決して俺は女装が趣味なわけじゃない。ただ得意なだけだ。いたってノーマルだ」

 

 そこだけはわかっていてもらいたい。女装が得意なのと女装が趣味なのでは、どちらも変態だがたぶん度合いが違う。まあ、結局は変態扱いされるだろうがな。ああ、グッバイ俺の青春。

 

「私からも言わせてもらえば――」

 

 それまで黙っていた織斑先生が口を開く。全員がぴしっとそちらを向く。よく調きょ…教育されている。まるで軍隊のようだ。

 

「――女装をしたのはそいつの意思ではない。必要に駆られて私と山田先生が特技と言えるレベルまで練習させた」

 

 織斑先生が擁護してくれる。なんか泣きそう。よかった、ただ面白がってるだけかと思ってたけどちゃんと助けてくれる気があったようだ。

 

「まあ、最初は変装の延長としてやらせてみたら意外と似合ってしまってな。山田先生ともども少し楽しんでしまった」

 

「って!やっぱ、楽しんでたんじゃないですか!!あの時先生、『お前のためなんだ。嫌でもやってもらう。やらなければどうなっても知らんぞ』とかもっともらしく言ってたのに、結局嘘だったんですかっ!?」

 

「いやいや、嘘ではないさ。IS学園は女しかいないのだから、お前も女装して女のふりをするのが一番効果的だったんだ」

 

 そう言われると納得するしかない。言ってること自体は筋が通っているし。

 

「とりあえず、なんとなくわかりましたわ。つまり、航平さんが女装したのは隠れて生活するために必要だったんですね?」

 

 セシリアが織斑先生に確認するように訊く。

 

「ああ、その通りだ。こいつはもともと身元も分からないからIS学園でも詳しく発表はしなかった。そのため各国からの接触や監視、様々な組織から狙われることを警戒して、できる限り宿直室から出さない形を取っていたわけだ。だが、人が生活する上で二か月も一つの部屋に閉じ籠っていることは無理だ。しかも、こいつは記憶が無い。だから、色々な経験も積んで、常識を知っておかなければいけなかった。そのため、必要最低限の外出の時に怪しまれないために女装という形で監視の目を欺いたわけだ」

 

 織斑先生の言葉でその場にいる全員が納得したようだ。どうやら、俺の青春はまだあきらめなくてもいいかもしれない。

 

「ちなみにこいつの女装の種類は〝ナナコ〟以外にもあるぞ」

 

 そこに織斑先生の爆弾発言。ちょっと、何言ってんすか先生。その情報いります?

 

「え?どんなのですかー?」

 

 布仏さんが興味持っちゃったよ。しかも、みんなも興味津々だし。

 

「あ、写真ならここにありますよ」

 

 そう言ってポケットから二枚の写真を取り出す山田先生。アンタも何してんだよ!

 

「これが初めにやった女装。『女装No.0 ナナ』です」

 

 そう言って見せたのは、俺が初め女装した時のものだった。髪はくくらず、ナナコ同様ストレートのまま。なぜかその時の山田先生のチョイスでセーラー服を着ていた。

 

「へー。ナナコさんとは雰囲気が違いますわね」

 

「そうね。ナナコがお姉さん系ならこれはあたしたちと同い年くらいに見える」

 

 セシリアと鈴の言葉に他の人たちも同意するように頷く。

 

「そうですね。このときは特に設定なんかを決めずにやったんですよ。で、その次にお姉さん系をコンセプトにしたのが『女装No.1 ナナコ』です」

 

 なんか山田先生楽しそうだな。眼鏡を押し上げながら説明したら眼鏡がキラッと光った気がする。

 

「で、その次にやったのが、後輩とか年下をコンセプトにした『女装No.2 ナナミちゃん』です」

 

 そう言って見せた写真には、金髪をサイドで括り、丸い輪っか状にしてリボンで止めた、IS学園(もちろん女子)の制服を着た俺だ。他の二つが俺の背丈に合わせて胸を大きめにしているのに対し、このナナミちゃんでは控えめとなっている。

 ちなみにこれらの女装の名付け親は山田先生だ。

 

「へー。すごい。他の二つと全然雰囲気が違う」

 

「確かに年下っぽい」

 

 写真を見たあっちやこっちで色々な感想が飛び交っている。

 

「いろいろ試行錯誤しましたかねー。メイクの雰囲気とか、服装の細かなところとか」

 

 うんうん頷きながら言う山田先生。そう言えば一番俺の女装を楽しんでいたのは山田先生だった気がする。

 

「でも、やっぱりまだ信じられませんわね」

 

 セシリアが俺の女装写真(ナナミ)を見ながら言う。

 

「確かに。この写真の中の人たちが全部ひとりの人間で、しかも男だなんてね」

 

 セシリアの言葉に賛同する鈴。みな同じ意見なのか頷いている。

 

「だったら、どうせなら見せてやったらどうだ、梨野?」

 

「………は?」

 

 今何とおっしゃいましたか織斑先生。見せるって女装を?

 

「いいですね。百聞は一見に如かずって言いますし」

 

 織斑先生の言葉に山田先生も賛同する。

 

 

 そこからのその場の意見が統一されるのは早かった。

 どうせならナナ、ナナコ、ナナミ全種を見たいということになり、なぜか昼食後に俺の一人女装ファッションショー&撮影会が行われることになった。

 ちなみに、男の女装は気持ち悪くないのかと訊く俺への解答は

 

「かわいいと美しいは正義。それが女でも男でも関係ない」

 

 ということだった。やっぱりここの女子は全体的に変な人ばかりだった。

 




今回やこれまでの話で登場した航平の女装姿。
僕の描写が下手なせいでわかりずらいと思います。
そんな人は「トライピース 女装」で画像検索すると少しはイメージしやすくなるかと思います。


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第30話 美女との遭遇

いつの間にか30話!
いつの間にかお気に入り件数100を超えてました!
この調子で頑張ります。
文章力のないへたくそですがおつきあいください。

ちなみに、今回は少し短めです。


「じゃあ、次は何を着てもらいましょうか」

 

「あ!織斑先生みたいなスーツとかはどうですか?」

 

「いいねー!」

 

 寮の一年生用食堂。現在の時刻は午後六時過ぎ。昼食を食べた後なので、午後二時半ごろに始まった俺の一人女装ファッションショー&撮影会は今現在も続いていた。

 最初は〝ナナ〟バージョンで始まり、衣装チェンジを数回とそのたびにその場の全員と写真撮影を行った後に〝ナナミ〟バージョンにチェンジ。そこから数回の衣装チェンジと撮影を行い、現在は〝ナナコ〟バージョンでの最初の撮影が終わったところだ。ちなみに現在の服装は写真と同じIS学園の制服。リボンの色は赤。

 正直女子のかわいいものやきれいなものへの情熱をなめていた。もうすでにこれが始まってから三時間半は経つが、疲れてきた俺に対して女子たちはまだまだ元気が有り余っている。むしろ始めたころより元気な気がする。

 

「お疲れ様ー」

 

 椅子に座り、テーブルに頬杖をついて盛り上がる女の子たちを眺めていた俺の元に布仏さんがやってくる。

 

「うん、疲れた」

 

 苦笑いを浮かべながら答えた俺に布仏さんがほほ笑む。

 

「いいじゃん。よく似合ってるよー」

 

「………」

 

 男として女装が似合っているというのはあまり嬉しくないのだが、頑張って練習した技術だから褒められることは嬉しい。なんとも複雑だ。

 

「何か飲むー?取って来てあげるよー」

 

「じゃあ、…バーボン。ロックで」

 

「りょーかーい」

 

 頷いて飲み物を取りに行く布仏さん。え?あんの?バーボンのロックが?てか未成年の俺らが飲めるの?

 

「どうだ?楽しんでいるか?」

 

 俺が疑問符を浮かべていると、俺の隣にこの現状の元凶ともいえる人の一人、織斑先生が座る。え?他の元凶?そんなもん今他の女子に混ざってきゃいきゃい騒いでる山田先生に決まってるじゃないか。

 ちなみにこのファッションショー中、俺が着させられた衣装の中には山田先生の私服もあった。なんでもサイズが合わなくて買ったはいいが着れないものだったらしい。そんな服はプレゼントされた。いや、貰っても困るんですけど。

 

「誰かさんのおかげで、この通りですよ」

 

「そうか。その誰かさんには感謝しておけ」

 

 俺の皮肉をどこ吹く風で一笑する織斑先生。

 

「……どうだ?クラスメイトとはうまくいっているか?」

 

「戸惑ってます。俺の特技が意外と簡単に受け入れられて」

 

 正直そのことはとても驚いた。もっと変態扱いされると思ってた。

 

「でも、楽しいですよ。みんな優しいし」

 

「……そうか」

 

 織斑先生の表情は特に大きな変化は見られなかった。でも、どこか安心したように見えた。

 

「ほい、ナッシーお待たせー」

 

 そう言って布仏さんが俺の前に氷と茶色い水の入ったコップを置く。まじで、バーボン?俺の視線は数回コップと布仏さんの顔を行き来する。布仏さんはニコニコ笑っている。

 恐る恐るコップを手に取り口を付ける。……ウーロン茶だった。

 安心して飲み始めた俺の元に次の衣装会議をしていた女の子たち(山田先生を含む)がやってくる。

 

「航へ…ナナコさん、次は織斑先生みたいなスーツでお願いします」

 

 言い直さないで下さいよ。と、心の中で思いつつ俺は時計に目を向ける。時刻は午後六時半になろうとしていた。

 

「あの、もう六時半ですけど、夕食――」

 

「あれ?なにしてんだ?」

 

 俺が指摘しようとしたところで人垣の向こうから声が聞こえる。

 

「あ、織斑くん」

 

 人垣の中から誰かが言った。どうやら一夏が帰ってきたようだ。

 

「よっ。ただいま」

 

 そう言って一夏が人垣の中心、俺の元へやってくる。

 

「あれ?山田先生に千冬姉まで。それに…」

 

 そこで一夏の目が俺に止まる。

 

「学校では織斑先生だと何度言えばわかる。あと、こいつの名前は渡辺ナナコ。二年生だ」

 

 ちょい、織斑先生!?

 

「えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします、渡辺先輩」

 

 そう言って右手を差し出す一夏。どうやら俺の正体に気づいていないようだ。

 

「いや、おれ――っ!!」

 

 本当のことを言おうとした俺の右の太ももに激痛が走る。見るとテーブルの陰で織斑先生が俺の太ももをつねっていた。

 

「……渡辺ナナコです。よろしくね」

 

 声色を変えてできるだけ自然にほほ笑み、一夏の手を取って握手する俺。ナナコと名乗った時点で織斑先生がつねっていた手を離した。

 あれ?なんか視線を感じる。見ると一夏がじっと俺の顔を見ていた。

 

「あ、あの、何か?」

 

「あっ!いえ!なんでもないです!」

 

 俺の言葉に急いで否定する一夏。変な奴。

 

「えっと、それじゃあそろそろ私は失礼しますね」

 

「そうか。またな、ナナコ」

 

「は、はい」

 

 織斑先生やそのほかの他の女子に手を振り、その場を後にする。そんな俺の後ろを布仏さんがトコトコと着いて来る。

 

「なんか面白いことになったねー」

 

「……面白いか?」

 

 面白いと言いうよりなんだか面倒なことになりそうだ。

 

 

 ○

 

 

 

「…………」

 

 ナナコ――航平が去って行き、その後ろ姿が見えなくなっても一夏はそちらをぼんやりと見ていた。

 

「どうしましたの?」

 

「ぼんやりしてるわよ、一夏」

 

 セシリアと鈴の言葉に一夏が我に返る。

 

「い、いや、なんでもない!」

 

 そう否定する一夏の顔は少し赤く染まっていた。




芽生える…これは確実に芽生える!
一夏!その道は茨だらけの獣道だぞ!!


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第31話 気になるあの子…

そろそろ原作に戻ります。


「お、おかえり~」

 

 着替えをすませ、しっかりと化粧を落とした俺は食堂に戻ってきた。

 

「おう。ただいま」

 

 もうすでに夕食を食べ終え、食後のお茶を飲んでいた一夏とセシリアと鈴。夕食の乗ったトレーを持って俺と布仏さんも同じテーブルに着く。

 

「聞いたぜ、航平」

 

 椅子に座り、フォークを手に取った俺に一夏が声をかける。

 

「今日は大変だったらしいな」

 

「ん?何が?」

 

「えっと……女装が」

 

「うん、まあな」

 

「……千冬姉から写真も見せてもらった」

 

「まあ、そういうことなんだ」

 

「なんというか、似合ってたぞ?」

 

「ぐはっ!」

 

 一夏の言葉が俺の心臓をえぐる。

 ガンッ!

 テーブルに頭をぶつける。

 

「お、おい!大丈夫か航平?どうしたんだ?」

 

「なんでもない。ただ、ちょっと複雑なだけだ」

 

 布仏さんに褒められた時も思ったが、男として女装が得意ってのは誇れるものではないが、特技として練習した分褒められるのは嬉しかったり…。

 

「まあ、気にするな。いろいろあるんだ」

 

「そ、そうか…」

 

 顔を上げた俺を見て一夏が苦笑いを浮かべる。

 

「で、でも、あの写真の航平ってすごいな。いわれなきゃ全然わからなかったぞ。なんだっけ?確か〝ナナ〟と〝ナナミ〟だっけ?」

 

「おう…。って、ん?」

 

 〝ナナ〟と〝ナナミ〟?

 

「…なあ、一夏。お前が見たのはその二種類?」

 

「おう、そうだぞ?」

 

「……へぇ。そうなんだ…」

 

 一夏の言葉に頷きながら、俺と一夏の間にいる鈴とセシリアに顔を向ける。

 

(おい、どういうことだよ)

 

(いや、あたしたちは言おうとしたのよ?)

 

(でも、織斑先生が…)

 

(うん、なんとなく理解した)

 

 織斑先生、面白がって〝渡辺ナナコ〟のことちゃんと話さなかったな。ちゃんとネタばらししてくれるんだと思ってた。

 

「そ、そういえば今日はどうだったんだ?中学の友達に会うって言ってなかったか?」

 

 俺は無理矢理話題を変える。

 

「おう、久々に会ったら楽しかったぜ。そう言えば鈴、覚えてるよな。弾の妹の蘭」

 

「ああー。いたわね、そんなのも」

 

 一夏が楽しげに話すのに対して鈴はなんだか微妙な顔をしている。

 

「その蘭がさ、来年うちに来るらしいぜ」

 

「……なに、あの子IS学園に入学するつもりなの?」

 

「そうらしいな」

 

「ふうん……」

 

 何だろう。鈴はなんだか面白くなさそうだ。あまり仲良くなかったのだろうか?

 

「で、入学したときは俺が面倒見ることになったんだよ」

 

「ふーん……って、なんでよ!?」

 

 バンッとテーブルを叩いて立ち上がる鈴。なんだ!?

 

「あんたねえ、いい加減女の子と軽く約束するのやめなさいよ!責任もとれないのに安請け合いして、バカじゃないの!?つうかバカよ!バカ!」

 

 なんか一夏ひどい言われようだな。まあ、この間も約束ちゃんと覚えてなかったし、しょうがないのかもな。

 

「いや、その、だな?鈴、すまん」

 

「謝るくらいなら約束を――」

 

「あ」

 

「あ」

 

「あってなによ、あって――あ」

 

「ん?なんだよ――あ」

 

 ものすごい絵面だな。ちなみに初めが一夏、次が箒、その次が鈴、最後に俺だ。セシリアも驚いているが声は上げていない。え?布仏さん?おいしそうに夕食を食べてます。

 

 

「……………」

 

 箒は夕食を取りに来たのかトレーを持って立っていた。

 

「よ、よ、箒」

 

「な、なんだ一夏か」

 

「……………」

 

「……………」

 

 ダメだ、一夏と箒の間の空気がやばい。会話が全く続かない。やはり原因は先月のあれだろう。先月に箒が部屋を移動して以来ずっとこの調子だ。一夏もはじめのうちは避ける箒にあれこれと話しかけていたが、返ってくるのは「ああ」とか「そうか」などの生返事ばかり。そんなんじゃ一夏も疲れてしまう。

 ちなみに、箒の部屋が変わったので俺の部屋は一夏と同室になるのかと思いきや、いまだに俺は布仏さんと同室だ。そのことを訊くと山田先生は「近々てん――っと、これはまだ秘密でした」とか何とか言っていた。ものすごく気になったがそれ以上教えてくれなかった。

 

「何、あんたたち何かあったわけ?」

 

「「いや!別になにも!」」

 

 鈴の問いに一夏と箒がハモる。誰がどう見ても何かあったとわかるだろう。隠す気ないなお前ら。

 

「なんですの、その『明らかに何かありました』っていう反応は。もしかしてわざとですの?」

 

「そんなわけないだろ……」

 

 否定はしているが、その場の全員信じてない。鈴もセシリアもジト目をしている。あ、布仏さんはジト目+楽しげなニヤニヤ笑い。ちなみに、たぶん俺もジト目をしてるのだろう。

 そんな俺たちが気に障ったのか、ぷいっと顔を逸らしてそのまま歩いて行ってしまう。

 

「あー……」

 

 そんな箒を一夏はぼんやりと眺めている。

 

「じゃ、あたしは部屋に帰るから」

 

「わたくしも失礼しますわ」

 

「ん?おう。またな」

 

「じゃあなー、また明日ー」

 

「ばいびー」

 

「じゃあね」

 

「それでは」

 

 鈴とセシリアは箒とは反対方向に歩き出す。

 

「……なんというか、お前も大変だな一夏」

 

「……おう」

 

 俺の言葉に一夏が苦笑いを浮かべながら頷く。

 

「……なあ、一夏。前から思ってたんだけどさ…」

 

「ん?」

 

 俺の言葉に一夏がお茶を飲みながら俺に顔を向ける。

 

「お前って…、誰か好きな人とかいるの?」

 

「んぶっ!」

 

 俺の言葉に一夏が飲んでいたお茶を吹きだす。

 

「な、なんだよ、いきなり」

 

「まあなんとなく…」

 

 本当はなんとなくってわけでもない。箒の一夏への告白を目撃してしまったから、一夏自身はどうなのかと思ったのだ。そう言えばそのことを布仏さんに言ったら、他の人にまで話してたけど、そのことはどうなったんだろう。

 

「ほら、この学校って俺ら以外は全員女子だし。そういうのあるのかなーと思って」

 

「んー、急にそんなこと言われてもな……」

 

「誰かいないのか?この人かわいいな~、とか。この人きれいだな~、とか」

 

「んー。あっ…」

 

 俺の言葉に考え込んでいた一夏が何かを思い出したようだ。

 

「お、誰かいたか?」

 

「いや、好きとかではないんだけどさ。今日、すごくきれいな人に会ったんだよ」

 

「へー。それは今日外出した先で?」

 

「いや、帰って来てから」

 

 ……なんだろう。すごく嫌な予感。

 

「ちなみにその人の名前は?」

 

「渡辺ナナコ先輩」

 

「へ、へ~」

 

 やっぱりか!!

 

「二年の先輩なんだけどさ。すごく大人っぽくてきれいな人だったぜ」

 

 やめろ、なんか寒気がする!

 

「へー。おりむーはお姉さん系が好みなの?」

 

「んー、どうなんだろうな。よくわかんねえや」

 

 一夏が首を傾げてる。

 

「ん、まあわかった。今は特にいないんだな」

 

「まあ、そうだな」

 

「そっか、そっか」

 

 これは箒もセシリアも鈴も道のりは険しそうだ。

 

「それじゃあ、俺も部屋戻るわ」

 

「おう、また明日なー」

 

「ばいびー」

 

 俺と布仏さんに手を振って一夏も部屋に帰っていく。

 

「はあ、なんかいろいろと面倒なことになってるな」

 

 俺は食べ終わった皿の上にフォークを乗せ、横に置いていた湯飲でお茶を飲む。

 

「ねえねえ」

 

「ん?なんだ?」

 

「ナッシーはどうなのー?好きな人とかいないのー?」

 

 布仏さんの言葉に俺は少しだって考える。

 

「……今は誰かを好きになるより、自分のことかな。誰かを好きになって、その人のことが知りたいって思う以前に、俺は自分のことをなにも分かっていないからな」

 

「…そっかー」

 

 俺の言葉に布仏さんは止めていた手を動かして夕食に戻る。

 

「どうしたの、急に」

 

「なーんでもなーい」

 

 そう言って笑った布仏さんの笑顔はどこか安心したような、そしてどこか寂しそうに見えた。

 

「……布仏さん。後でデザートにお土産のお菓子でも食べるか」

 

「うん!食べる食べるー!」

 

「色々買ってきたけど、あんまり食べすぎるなよ」

 

「わかったー」

 

 そう答えた布仏さんの顔は、いつもの満面の笑みだった。




お菓子かぁ。
実は最近、某ウエハースの食玩買いすぎてウエハースが溜まってんですよねー。
布仏さんあたりが食べてくれないかなー。


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第32話 落し物

本日二話目の投稿。


「おっかし~♪おっかし~♪」

 

 鼻歌まじりに手足を大きく振って歩く布仏さん。

 

「ねえねえ、どんなお菓子買ってくれたの?ナッシー」

 

「ん?色々だな。いっぱいあったからどれにしようか迷って、そんなに値の張らないお菓子をいくつか買っといた」

 

「そっかー。どんなのかなー、楽しみだー」

 

 布仏さんを見ているとルンルンという効果音が聞こえてきそうだ。終いにはスキップでもしそうだ。そんなに喜んでくれると買ってきた俺としても嬉しい。

 と、そこで俺はコツンと小さな何かを蹴飛ばした感触がした。それが何なのか確認しようと屈んで拾う。

 

「なんだろうこれ」

 

 俺が拾い上げたそれは親指サイズのキーホルダーだった。

 数珠状の小さな金属のチェーンにぶら下がった人形。どこか昆虫を思わせる顔をしている。右手の拳を握り腰に添え、左手を右肩の前を通ってまっすぐに伸ばしている。首に巻かれた赤いスカーフが風になびいているようだった。腰のところにはチャンピオンベルトのようなものがついている。

 

「これは、仮面ライダーだねー。しかも初代だー」

 

「かめんらいだー?」

 

 聞き覚えのない言葉に首を傾げる俺。

 

「うん。簡単に言えばヒーローかなー。悪の組織と戦う正義の味方」

 

「へー」

 

 言われてもう一度その人形に目を向ける。俺がチェーンの部分をつまんでいるので俺の顔の前でゆらゆらと揺れている。なるほど、確かになかなかかっこいいな。

 

「ちなみに、それはだいぶ丸っこくなってるけど、実物はちゃんと実写だよー」

 

「へー」

 

 なんか興味がわいてきた。一度見てみたいな。

 

「でも、なんでこんなところにこれが?」

 

「んー。普通に考えたら誰かの落とし物じゃないかなー?」

 

「まあ、そりゃそうだな」

 

 学園内にあったのに持ち主が学園外の人だったらおかしいだろう。

 

「どうしようか、これ」

 

「んー、このまま置いて行くのもあれだし、一応預かっといて明日先生に落し物として渡したら?」

 

「まあ、そうするのが一番いいかな」

 

 頷いて、俺はそのキーホルダーをズボンのポケットに入れる。

 

「よし、部屋に戻るか」

 

「うん!おっかし~♪おっかし~♪」

 

 さっきのように鼻歌まじりに大股で歩く布仏さん。その後ろをついて行く俺。

 

「ん?」

 

 少し進んだところで、分かれ道にやってくる。そこで普通なら右に行くのだが、真っ直ぐに進むその先に床をきょろきょろと見ている女の子がいた。

 

「どうしたの、ナッシー」

 

 立ち止まった俺を不審に思ったのか布仏さんがまがった先で首を傾げている。

 

「……悪い。先に戻っててくれ。ちょっと用事が出来た」

 

「えー、でも…」

 

「お菓子は俺の机の上にある黒いエコバックの中だ」

 

「飲み物準備して待ってるから早くねー」

 

 満面の笑みとともにスキップで部屋に行く布仏さん。最近布仏さんの扱いに慣れてきた気がする。

 

「さてと…」

 

 布仏さんを見送ってから、俺は体の向きを変えて真っ直ぐに進む。

 

「あの…」

 

 床をきょろきょろと見ている女の子の元に行き、声をかける。

 

「………」

 

 俺の言葉を聞いて、女の子が顔を上げる。セミロングの髪が癖毛なのか内側にはねている。どこか陰りのある女の子だった。眼鏡越しの瞳が俺をとらえている。

 

「……何?」

 

 俺の顔をじっと見つめたままその女子が口を開く。

 

「えっと、何か探してるのか?」

 

「……………」

 

 俺の問いへの答えは沈黙だった。

 

「あの……」

 

「……キーホルダー。落としたから……」

 

 あ、答えてくれた。

 

「それって、もしかしてこれか?」

 

 俺はポケットに手を入れ、先ほど拾ったキーホルダーを取り出す。

 

「っ!」

 

「さっき向こうで拾ったんだ。これで合ってるか?」

 

「……うん、それ」

 

「そっか。じゃあこれ」

 

 俺は持っていたキーホルダーを差し出す。相手が出した右手に乗せる。

 

「あ、あの、……ありがとう」

 

「おう。よかった、持ち主見つかって」

 

 礼を言う女子に俺は笑顔で答える。

 

「俺、梨野航平。よろしく」

 

「し、知ってる。……噂で聞いてる。あと、本音に聞いてる」

 

「ん?本音?」

 

「うん。…布仏本音」

 

「へー、布仏さんと知り合いだったのか。えっと…」

 

「あ、……私は、更識簪」

 

「更識さんか。よろしくな」

 

「よ、よろしく……」

 

「ところでさ、更識さん――」

 

 そこで俺はずっと思っていたことを訊くことにする。

 

「――それって、仮面ライダーって言うんだよな?」

 

「うん、そう……」

 

「俺記憶ないから知らないんだけど、それって面白いの?かっこいいから興味湧いてさ」

 

「お、面白い…」

 

 なんかさっきまでより語調が強くなった気がする。

 

「そっか。じゃあ何かの機会に見てみようかな」

 

 この世にはレンタルビデオというものがあるらしいし、そこで今度の休日にでも借りてくるかな。

 

「あ、あの……」

 

「ん?」

 

「よかったら……DVD貸そうか?」

 

「え?いいのか?」

 

 俺の言葉に頷く更識さん。

 

「じゃあ……本音に託けると思うから……」

 

「おう。ありがとう」

 

 俺の言葉に首を振る布仏さん。

 

「お礼と……布教活動…だから……。それじゃあ……」

 

「おう。またな」

 

 そう言って俺は更識さんと別れた。

 

 

 ○

 

 

 

「ただいま」

 

「おかえりー」

 

 部屋に戻ってきた俺に一足先に帰って来ていた布仏さんが出迎える。

 

「さあさあ、早くお菓子食べようよー」

 

 俺の左手を掴んで布仏さんが机の方にぐいぐいと引っ張る。

 

「先に食べててよかったのに」

 

「ナッシーと食べたかったのー」

 

 椅子に座り、机に広げられた俺の買ってきたお菓子とジュースに目を向ける。

 

「じゃあ、いただきまーっす」

 

 手を合わせて言ったあと、目の前のお菓子の袋を手に取る布仏さん。

 

「そふひへばひょうひっへはんはっはほー?」

 

「飲み込んでからしゃべりなよ」

 

 お菓子を頬張りながらしゃべる布仏さんに俺がジュースの入ったコップを渡す。

 

「んっく、んっく、ぷはー。うまい!」

 

 お菓子をしっかり飲み込み、ジュースを飲んだ布仏さんが笑顔で言う。

 

「で、用事って何だったのー?」

 

「あー、キーホルダーの持ち主っぽい人がいたから声かけてた。案の定持ち主だった」

 

「へー」

 

「あ、お前の知り合いだったぞ。名前は更識簪って言ってた」

 

「あ、かんちゃんかー」

 

「か、かんちゃん?」

 

 簪だからかんちゃんか。布仏さんのいつものあだ名らしい。

 

「かんちゃんならあれは納得だなー。かんちゃん特撮とか漫画とかアニメ好きだし」

 

「ふーん。布仏さんは更識さんと仲いいの?」

 

「まあねー。幼なじみだし、私の家は更識家の使用人の家系だし」

 

「使用人って…あの使用人?布仏さんが?」

 

「そうだよー。ちなみに更識家の人はこの学園にもう一人いて、私はかんちゃんの専属メイドなんだー」

 

「へー」

 

 あの子使用人がつくほどの家柄だったのか。しかも家系的な使用人って…。

 

「そう言えば、もう一人のお嬢様がそのうちナッシーに挨拶に行くって言ってた」

 

「へ?なんで?」

 

 見ず知らずの俺になんで?

 

「その人って何者?」

 

「それは会ってからのお楽しみー」

 

 布仏さんはもったいぶって楽しそうに笑っていた。

 いったいどんな人が来るのやら。




てなわけでかんちゃんこと更識簪登場。
簪ちゃんもかわいいですよね~。
ああいう無口っ子もいいですよね~。
しかもオタク少女。
ありですね!


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第33話 波乱の幕開けな月曜日

急に書きたくなったので更新♪


「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」

 

「え? そう? ハヅキのってデザインだけって感じしない?」

 

「そのデザインがいいの!」

 

「私は性能的に見てミューレイのがいいかなぁ。特にスムーズモデル」

 

「あー、あれねー。モノはいいけど、高いじゃん」

 

 月曜日の朝。俺と一夏が教室に入ると、クラス中の女子がわいわいとにぎやかに談笑をしていた。みんな手に持ったカタログを見ながら意見を交換していた。

 

「そういえば織斑君と梨野君のISスーツってどこのやつなの? 見たことない型だけど」

 

「あー。特注品だって。男のスーツがないから、どっかのラボが作ったらしいよ。えーと、もとはイングリッド社のストレートアームモデルって聞いてる」

 

「あ、俺も一緒だ」

 

 どうやら一夏と俺のは同じ会社のものらしい。でも、同じ会社のものでも俺と一夏のISスーツでは見た目がかなり違う。ダイビング用のスーツのような見た目だが、一夏のものはおなかが出ている。それに対して俺はある理由から上と下の境目が見えないようになっている。特注品の男性用ISスーツのさらに特注品というわけだ。

 ちなみにISスーツと言うのは文字通りIS展開時に体に来ている特殊なフィットスーツの事だ。それ無しでもISを動かすのは可能だが、反応速度がかなり鈍ってしまうらしい。

 

「ISスーツは肌表面の微弱な電位差を検地することによって、操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達、ISはそこで必要な動きを行います。また、このスーツは耐久性にも優れ、一般的な小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止めることができます。あ、衝撃はきえませんのであしからず」

 

 そうすらすらと解説しながら山田先生が現れた。

 

「山ちゃん詳しい!」

 

「一応先生ですから。……って、や、山ちゃん?」

 

「山ぴー見直した!」

 

「今日が皆さんのスーツ申し込み開始日ですからね。ちゃんと予習してきてあるんです。えへん。……って、や、山ぴー?」

 

 入学からだいたい二か月。現在山田先生には8つくらいのあだ名があるらしい。慕われているということなのだろうが、年上相手にあだ名というのはどうなのだろうか。

 

「あのー、教師をあだ名で呼ぶのはちょっと……」

 

「えー、いいじゃんいいじゃん」

 

「まーやんは真面目っ子だなぁ」

 

「ま、まーやんって……」

 

「あれ?マヤマヤの方が良かった?マヤマヤ」

 

「そ、それもちょっと……」

 

「もー、じゃあ前のヤマヤに戻す?」

 

「あ、あれはやめてください!」

 

 珍しく山田先生が語調を強くする。なんだろう?そのあだ名に嫌な思い出でもあるのだろうか。

 

「と、とにかくですね。ちゃんと先生とつけてください。わかりましたか?わかりましたね?」

 

 山田先生の言葉に、はーいとクラス中から返事が来るが、たぶん返事をしただけだ。山田先生のあだ名はこれからも増えていくだろう。

 

「諸君、おはよう」

 

「お、おはようございます!」

 

 そこに我等が担任、織斑先生の登場だ。さっきまでのざわついていた教室内の雰囲気がピシッと静まり返る。

 ちなみに織斑先生にはあだ名はない。織斑先生にはあだ名をつけないのか、と訊いた俺に対する女の子たちの解答は、「な、梨野くんは私たちに死ねというの?」だった。そんなに恐ろしいか。

 

「今日からは本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使うので忘れないようにな。忘れたものは代わりに学校指定の水着で訓練を受けてもらう。それもないものは、まあ下着で構わんだろう」

 

 いや構います!と思ったのはおそらく俺だけじゃないだろう。少なくともうちのクラスの女子はこれで忘れることはないだろう。

 ちなみにIS学園の指定水着は紺色のスクール水着、体操服はブルマーだ。俺はここ以外の学校を知らないので詳しくはないが、何でもそれらの服は絶滅危惧種らしい。以前一夏が教えてくれた。あ、もちろん俺と一夏は男物の水着と体操服は短パンだ。

 さらに言えば、学校指定のISスーツはタンクトップとスパッツを合わせたようなシンプルな物だ。何故学校指定の物があるのに各人で用意するかというと、ISは人それぞれの仕様へ、百人いれば百通りに変化する物であるから、早めに自分のスタイルを確立するのが大事だそうだ。当然、全員が専用機を貰える訳じゃないから、どこまで個別のスーツが役に立つのかは難しい線引きでもあるが、そこはそれで花も恥じらう十代の乙女の感性を優先させているそうだ。以前セシリアが、女はおしゃれの生き物ですから、と言っていた。

 さらに、専用機持ちの特権である『パーソナライズ』を行うと、IS展開時にスーツも同時に展開されて、着替える手間が省ける。ちなみにその時着ていた服は一度素粒子にまで分解されてISのデータ領域に格納されるそうだ。

 ただ、この方法はエネルギーを消費し、戦闘開始時には万全な状態で挑めない。だから、緊急時以外は普通にISスーツを着てISを展開するのがベターなのだ。

 

「では山田先生、ホームルームを」

 

「は、はいっ」

 

 連絡事項を言い終えた織斑先生が山田先生にバトンタッチ。ちょうど眼鏡を拭いていたみたいで、慌てながらかけ直してわたわたとしている山田先生。そんなに焦らなくてもいいのに。

 

「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します! しかも二名です!」

 

「え………」

 

「「「えええええっ!?」」」

 

 いきなりの発表にクラス中がいっきに騒がしくなる。まあ、噂好きの女子たちが自分達の知らない情報がいきなり入って来たら騒がしくもなるだろう。しかも転校生が同時にふたり。驚きもするさ。

 

(でも、こういう時って他のクラスとかに分散させないのだろうか)

 

 そんな俺の思考は教室の扉の開く音に掻き消された。

 

「失礼します」

 

「……………」

 

 クラスに入って来た二人の転校生を見て、さっきまでのざわめきがピタッと止まる。

 しかし、それも仕方がない。

 なぜなら、その転校生のうちのひとりが、男子だったのだから。

 

 

 ○

 

 

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします。」

 

 転校生の一人、男子の方。シャルルはにこやかにそう言って礼をした。

 クラス全員があっけにとられている。

 

「お、男……?」

 

 誰かがそうつぶやいた。

 

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方々がいると聞いて本国より転入を――」

 

 人なつっこそうな顔。礼儀正しい立ち振る舞いと中性的に整ってる顔立ち。髪は濃い金髪(濃さで言えば、シャルル>俺>セシリア)を首の後ろで丁寧に束ねている。俺も華奢な方だと思うが、そんな俺よりもさらに華奢な体型で、足もスラッと長い。

 印象は『貴公子』といった感じで、嫌みのない笑顔だ。

 

「きゃ……」

 

「はい?」

 

「きゃあああああああああーーーーーっ!」

 

 いきなり歓喜の叫びをあげる女子達。あまりの衝撃に俺の横の窓がビリビリと揺れた気がする。

 

「男子!三人目の男子!」

 

「しかもうちのクラス!」

 

「美形!守ってあげたくなる系の!」

 

「地球に生まれて良かった~~~!」

 

 うん、うちのクラスは今日も元気だ。この騒ぎで他のクラスから誰も来ないのは、今がHR中だからだろう。教師の皆さんご苦労様です。

 

「あー、騒ぐな。静かにしろ」

 

 面倒くさそうに織斑先生が言う。仕事としてというより、こういう十代の反応が鬱陶しいのだろう。

 

「み、皆さんお静かに。まだ自己紹介が終わってませんから~!」

 

 山田先生が宥めている最中、もう一人の転校生は、ただ黙ってそこに立っているのに強い存在感を放っていた。それはその転校生が変わった見た目をしていたからだろう。

 白に近い輝くような銀髪を腰近くまで長く下ろしているロングストレートヘアー。綺麗だが整えている感じはなく、ただ伸ばしっ放しと言う印象を受ける。そして一番気になるのが左目を覆っている眼帯だ。それは医療用のものではなく、以前見た戦争映画に出てくる大佐がしていたもののような黒眼帯。そしてもう片方の右目は赤色だが、その温度は限りなくゼロに近いような冷めたものだった。

 その印象は『軍人』というのが相応しかった。その身長はシャルルよりも小さいのだが、その冷たいまでの鋭い気配が同じ背丈であるかのように思わせていた。

 

「……………………」

 

 当の本人は未だに口を開かず、腕組みをした状態で教室の女子達を下らないかのように見ている。だがすぐに視線を動かし、その視線を織斑先生に向けていた。まるで上官の命令を待っているかのようだった。

 

「……挨拶をしろ、ラウラ」

 

「はい、教官」

 

 いきなりその佇まいを直した転校生にクラスの全員がぽかんとした顔をする。それに対して『教官』と呼ばれた織斑先生はさっきまでとは違った面倒くさそうな顔をした。

 

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」 

 

「了解しました」

 

 そう答えるラウラはピッと伸ばした手を体の真横に付け、足をかかとで合わせて背筋を伸ばしている。どう見ても軍人、あるいは軍事関係者なその動き。そして織斑先生を『教官』と呼ぶあたり、彼女はドイツの軍人なのだろう。

 以前織斑先生に少しだけ聞いた話だが、織斑先生さんは一年ほどドイツで軍隊教官として働いていた事があったらしい。それ以上のことは教えてくれなかった。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

「……………………」

 

 クラスメイト達が沈黙し、続く言葉を待つが、彼女はそれ以上口を開かない。

 

「あ、あの、以上……ですか?」

 

「以上だ」

 

 入学式での一夏と同じ、しかし、まったく違う雰囲気の返答に泣きそうな顔になる山田先生。正直見ててかわいそうになる。

 

「おい」

 

「ん?」

 

 そんな中、ボーデヴィッヒが席に着いてる一夏に話しかける。

 

「貴様が織斑一夏か?」

 

「そうだけど…」

 

「そうか」

 

 一夏の返答を聞いた途端目尻を吊りあげるボーデヴィッヒ。

 バシンッ!

 

「……………」

 

「う?」

 

 一夏へのいきなりのビンタに、誰もが唖然とする。

 

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」

 

 話が見えない。弟という単語から織斑先生がらみのことだと考えられるが、情報が少なすぎて、呆気にとられる。

 

「いきなり何しやがる!」

 

「ふん……」

 

 一夏の叫びにも返事をせず、来たとき同様スタスタと一夏の前から立ち去るボーデヴィッヒ。空いてる席に座り、腕を組んで微動だにしなくなる。

 

「あー……ゴホンゴホン!ではHRを終わる。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散!」

 

 そう言って行動を促す織斑先生。

 

 

 俺の女装がみんなにばれた次の日は、さらに波乱の幕開けを予感させる転校生の登場だった。

 ちなみに、どさくさで忘れていたが、シャルルの席は俺の隣となった。




波乱の転校生登場!
ちなみに席順を調べたけどよくわかんなかったんでシャルルは航平くんの隣にしました。
転校してきたら開いてる席なんて一番後ろしかないでしょうし。


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第34話 傷跡

「おい織斑、梨野。デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろう」

 

 授業解散後、空いている第二アリーナ更衣室へと向かおうとしていた俺は、織斑先生の言葉に足を止める。まあ、この学園に男子自体が3人しかいないのだしそうなるだろうな。

 

「君が梨野君?初めまして。僕は――」

 

「悪い、今は自己紹介よりも移動が先だ。女子が着替え始める」

 

 言葉とともに俺は行動に移す。具体的にはシャルルの手を取ってそのまま教室を出る。一夏も俺たちの後ろからやってくる。

 

「とりあえず男子はこれから実習のたびに空いてるアリーナの更衣室で着替えることになる。毎回こうやって移動しなくちゃいけないから早めに慣れてくれ」

 

「う、うん……」

 

 ん?なんかさっきまでと違って落ち着かなそうだな。

 

「どうかしたか?」

 

「トイレか?」

 

「トイ……っ違うよ!」

 

「そうか。それはよかった」

 

 一夏の問いに否定するシャルルに俺が答える。

 そう言ってる間も階段を下って一階へ。速度を落とすわけにはいかない。なぜなら――

 

「ああっ! 転校生発見!」

 

「しかも織斑君と梨野君と一緒!」

 

 そう、俺たちと同じように他のクラスもHRが終わったからだ。さっそく各学年各クラスから情報入手のための先遣部隊の登場だ。これに捕まったら最後、質問攻めのあげく授業に遅刻、鬼教師の特別授業が待っている。絶対にそうなるわけにはいかない。

 

「いたっ!こっちよ!」

 

「者ども出会え出会えい!」

 

 なんか前にもこんなこと言われた気がする。今にもホラ貝の音でも聞こえてきそうだ。

 

「梨野君ともタイプの違う金髪!」

 

「しかも瞳はアメジスト!」

 

「きゃああっ!見て見て!梨野君と手繋いでる!」

 

「日本に生まれて良かった!ありがとうお母さん!今年の母の日は河原の花以外のをあげるね!」

 

 いや、そこは今年以外もちゃんとしたプレゼント送ろうよ。

 

「な、なに?何でみんな騒いでるの?」

 

 今だに状況が呑み込めていないシャルルが困惑顔で訊いてくる。

 

「そりゃ男子が俺たちだけだからだろう」

 

「……?」

 

 一夏の言葉にシャルルが疑問符を浮かべている。なんでわかってないの?

 

「いや、普通珍しいだろ。今のところISを操縦できる男子って俺らだけだし」

 

「あっ――ああ、うん。そうだね」

 

「それとアレだ。この学園の女子って男子と極端に接触が少ないから、ウーパールーパー状態なんだよ」

 

「ウー?」

 

「え、何?」

 

「二〇世紀の珍獣。昔日本で流行ったんだと」

 

「「ふうん」」

 

 へー。名前からは全く見た目が想像できない。まあ、今はそれよりもこの包囲網を突破するのが先だ。

 

「一夏、正規ルートじゃなくてもいいかな?」

 

「そうだな。遅刻するわけにはいかないしな」

 

「デュノアもそれでいいか?」

 

「あ、うん。僕は何でもいいけど」

 

「よし、それじゃあ――」

 

 俺はまわりの状況を確認する。それなりに距離があるとはいえあまり悠長にもしていられない。

 

「よし、こっちだ!」

 

 俺は視線を横に移動させ、廊下の一画の窓を開け、そこから外に出る。俺の後にふたりもついてくる。

 

「閉めてる時間はないからすぐに行くぞ!」

 

 窓から出てすぐの二人に視線を送り、シャルルの手を取る。

 

「窓閉めなくていいのか?」

 

 走りながら俺に疑問を投げかける一夏に俺は進行方向に視線を送りつつ答える。

 

「大丈夫だと思う。たぶん我先にとやってくるだろうし、上手く足止めになっただろうから」

 

 そう言いながら先ほどの窓に視線を送ると、そこでは誰も窓を通らず言い争いをしている姿が見えた。おそらく誰が先に行くかでもめてるのだろう。

 

「しかしまあ助かったよ」

 

「何が?」

 

「いや、学園に男が俺と航平だけって辛いからな。何かと気を遣うし。もう一人男がいてくれるっていうのは心強いもんだ。なあ、航平?」

 

「確かにな」

 

「そうなの?」

 

 そうなのって…。さっきから気になっていたけどなんかおかしいんだよな、デュノアは。自分が男だってことを自覚していないような。あとさっきからこいつには違和感を感じる。それが何かはわからないが。うーん…まあ今はそれはいいか。

 

「ま、何にしてもこれからよろしくな。俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」

 

「俺は梨野航平。俺のことも航平でいいから」

 

「うん。よろしく一夏、航平。僕のこともシャルルでいいよ」

 

「わかった、シャルル」

 

 そう言ってる間に俺たちは目的地に到着する。いったん外に出たことで少し早く到着したようだ。

 

「よし、到着!」

 

 いつも通りの圧縮空気が抜ける音がして、ドアが斜めにスライドして開く。

 

「うわ!すこしは早く着いたとはいえ時間ヤバイな!すぐに着替えよう!」

 

「おう!」

 

 焦る俺と一夏は、言いながら制服のボタンを一気に外し、着替えを開始する。脱いだ制服を近くのベンチに投げて一呼吸でTシャツを脱ぎ捨てる。

 

「わあっ!?」

 

「「?」」

 

 突然のシャルルの驚きの声が聞こえる。俺と同じように脱いでいた一夏が疑問の表情を浮かべている。きっと俺も同じような顔をしていることだろう。

 

「どうした?何か問題が起きたか?」

 

「荷物でも忘れたのか?って、なんで着替えないんだ?早く着替えないと遅れるぞ。シャルルは知らないかもしれないが、うちの担任はそりゃあ時間にうるさい人で――」

 

「う、うんっ? き、着替えるよ? でも、その、あっち向いてて……ね?」

 

「???」

 

「そりゃ、着替えをじろじろ見る気はないけど……って、シャルルは見てるんじゃん」

 

「み、見てない!別に見てないよ!?」

 

 両手を突き出し、慌てて顔を床に向けるシャルル。なんか反応が女子みたいだな。

 

「まあ、本当に急げよ。初日から遅刻とかシャレにならない――というか、あの人はシャレにしてくれんぞ」

 

 一夏が身震いをしつつ何か考えている。まあどうせまたしょうもないことだろうけどな。

 

「……………」

 

 やっぱり視線を感じる。

 

「シャルル?」

 

「な、何かな!?」

 

 気になって視線を向けると、シャルルはこっちに向けていた顔を慌てて壁の方に向け、ISスーツのジッパーをあげた。

 

「すごい。着替えるの早いな」

 

「ああ、なんかコツでもあんのか?」

 

「い、いや、別に……って二人はまだ着替えてないの?」

 

 俺も一夏もズボンと下着を脱いでISスーツを腰まで通したところで止まっている。二人とも上半身裸である。

 

「あ、航平。それ……」

 

 俺上半身に視線を向けたシャルルが驚きの声を上げる。

 

「ん?…ああ」

 

 シャルルの視線を追って行った俺はシャルルの驚きに納得する。

 俺がお腹まで隠れた一夏とタイプの違うISスーツを着ている理由。シャルルの驚いた理由。それは俺の右肩から左脇腹まである、まるで大きな刃物で切り裂かれたかのような大きな、他人から見れば痛々しいまでの傷跡だった。

 

「悪いな。嫌なもん見せて」

 

「あ、ううん!嫌なものってわけじゃないんだけど。それって……」

 

 俺の言葉にシャルルが首を振りながら、聞きずらそうに口籠る。

 

「俺の発見の経緯とか記憶喪失については知ってるか?」

 

「う、うん。一応」

 

 止めていた手を動かしながら俺は答える。

 

「俺が発見されたとき一番の致命傷がこれだったらしい」

 

 身に着けたISスーツの上から右手で傷跡をなぞる。

 

「詳しいことはわかってないけど、俺の記憶喪失にも関係があるかもしれないらしい」

 

「………」

 

 俺の言葉になんとも言えない顔をするシャルル。

 

「気にするなよ。俺にとっては気付いたらもうすでにあった当たり前のものだし。それに――」

 

 この後の言葉を俺に言った人物の顔が俺の頭に浮かぶ。

 

「――傷跡は男の勲章らしいぜ」

 

 俺の言葉にシャルルの強張った顔が少し和らぐ。

 

「それ言ったの千冬姉だろ」

 

「お、よくわかったな」

 

「千冬姉の言いそうなことだから」

 

 一夏の言葉に俺も一夏も笑う。

 

「よっ、と。――よし行こうぜ」

 

「おう」

 

「う、うん」

 

 三人とも着替え終わって更衣室を出る。グラウンドに出てから途中で改めてシャルルを見た。

 

「そのスーツ、なんか着やすそうだな。どこのやつ?」

 

「あ、うん。デュノア社製のオリジナルだよ。ベースはファランクスだけど、ほとんどフルオーダー品」

 

「デュノアって…もしかしてシャルルの実家?」

 

「うん、そうだよ。父がね、社長をしてるんだよ。一応フランスで一番大きいIS関連企業だと思う」

 

「へえ!じゃあシャルルって社長の息子なのか。道理でなあ」

 

「うん?道理でって?」

 

「いや、なんつうか気品っていうのか、いいところの育ち!って感じするじゃん。納得したわ」

 

「いいところ……ね」

 

 一夏の言葉にふと、シャルルが視線を逸らす。何か触れられたくないことがあったのだろうか。複雑な表情を浮かべている。

 

「それより一夏の方がすごいよ。あの織斑千冬さんの弟だなんて」

 

 シャルルが話題を変えるように口を開く。

 

「それは言えてるな」

 

 なんとなく触れてはいけない気がして、それ以上追及せず、俺も同意する。

 

「ハハハ、こやつめ!」

 

「へ?」

 

「は?」

 

「――いや、なんでもない。まああれだ、これでシャルルとはお互い地雷を踏んで一基ずつ減ったってことで」

 

「ん?」

 

「???よくわかんないけど……」

 

「シャルル覚えておけ。一夏はたまにこういう変なこと言うんだよ」

 

「あ、ひでぇ」

 

 俺の言葉に一夏がおどけたように言った。

 

「ぷっ……あははっ!二人とも面白いなぁ」

 

 そう言っている間に俺たちは第二グラウンドに到着。

 

「遅い!」

 

 第二グラウンドに到着した俺たちを出迎えたのは腕を組んで立っていた鬼教官だった。

 

「くだらんことを考えている暇があったらとっとと列に並べ!」

 

 ぱしーん!

 俺の横にいた一夏の頭に織斑先生の教育的一撃が落ちる。またしょうもないこと考えていたのだろう。いい加減学習しようよ一夏。お前の周りはエスパーだらけなんだよ?

 

「ずいぶんゆっくりでしたわね」

 

 一夏の隣、俺の前にいたのはセシリアだった。

 

「スーツを着るだけで、どうしてこんなに時間がかかるのかしら?」

 

「ハイエナに捕まらないように頑張って逃げたら時間がかかっちゃってさ」

 

「ハイエナって何ですの?」

 

 俺の言葉にセシリアが首を傾げている。

 

「まああれだ。道が混んでたんだよ」

 

「ウソおっしゃい。いつも間に合うくせに」

 

 俺とは対照的に一夏にはすこしと刺々しくなるセシリア。

 

「ええ、ええ。一夏さんはさぞかし女性の方との縁が多いようですから?そうでないと二月続けて女性からはたかれたりしませんわよね」

 

 あらら。嫌みですね。改めてもう一人の転校生に叩かれた一夏の頬に目を向ける。一夏も同じことを考えていたのか叩かれた頬に手を当てていた。

 

「なに?アンタまたなんかやったの?」

 

 今度は鈴。鈴は一夏の後ろにいるのだが一夏がきょろきょろと見渡している。

 

「後ろにいるわよ、バカ!」

 

 一夏への蹴りを一発、バカ呼ばわりとともに一夏にぶつける鈴だった。

 

「こちらの一夏さん、今日来た転校生の女子にはたかれましたの」

 

「はあ!?一夏、アンタなんでそうバカなの!?」

 

 ここで問題です。転校生の女子に叩かれた一夏以外にもバカがいます。それは誰でしょう。正解は…

 

「――安心しろ。バカは私の目の前にも二名いる」

 

 …セシリア&鈴でした。

 ギギギギッ……ときしむようなブリキの音で首を動かすセシリアと鈴。

 視線の先にはもちろん鬼が立っていた。

 バシーン!

 今日もまた織斑先生の出席簿アタックが炸裂するのだった。




言ってもらえなかった言葉を僕が言ってあげよう一夏。
「ハハハ、こやつめ!」


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第35話 思春期だもの

「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」

 

「はい!」

 

 今日は合同実習なので人数はいつもの倍になっている。聞こえてくる返事も妙に気合の入ったものだった。

 

「くうっ……。何かというとすぐにポンポンと人の頭を……」

 

「……一夏のせい一夏のせい一夏のせい……」

 

 叩かれたところがまだ痛むのか、セシリアと鈴は涙目になりながら頭を押さえている。

 ずいぶん不穏なことを言ってるけど、自業自得じゃないかな鈴。

 どかっ!

 

「なんとなく何考えているのかわかるわよ……」

 

 一夏を蹴る鈴。やっぱり一夏の周りはエスパーだらけだ。

 

「今日は戦闘を実演してもらおう。ちょうど活力が溢れんばかりの十代女子もいることだしな。――凰! オルコット!」

 

「な、なぜわたくしまで!?」

 

 あらら、完全なとばっちりだ。でもまあ、鈴と一緒に騒いでたんだししょうがないんじゃないかな。

 

「専用機持ちはすぐにはじめられるからだ。いいから前に出ろ」

 

「だからってどうしてわたくしが……」

 

「一夏のせいなのになんでアタシが……」

 

(なあ、俺が悪いの?)

 

(さぁー)

 

 小声での一夏の問いに首を振る俺。

 

「お前らすこしはやる気を出せ。――アイツにいいところを見せられるぞ?」

 

 ん?織斑先生が今何か言った?

 

「やはりここはイギリス代表候補生、わたくしセシリア・オルコットの出番ですわね!」

 

「まあ、実力の違いを見せるいい機会よね!専用機持ちの!」

 

 なんか急に二人がやる気になった。あれか?一夏がらみか?

 

「それで、相手はどちらに? わたくしは鈴さんとの勝負でも構いませんが」

 

「ふふん。こっちの台詞。返り討ちよ」

 

「慌てるなバカども。対戦相手は――」

 

 キィィィン……。

 ん?なんだ、この空気を切り裂くような音は。まさか――

 

「ああああーっ!ど、どいてください~っ!」

 

 あ、まずい。

 ドカーン!

 声の聞こえた方を見るが、時すでに遅し。謎の飛行物体の突進を、俺は咄嗟に展開した打鉄で受け止めようとするが、吹き飛ばされる。ちなみに同じようにぶつかった一夏は白式を展開して謎の物体とともに数メートル地面を転がって行った。

 

「いって~」

 

 打鉄を解除して上体を起こした俺が見たものはISを展開した状態の山田先生を押し倒して胸を鷲掴みにする一夏の姿だった。

 

「あ、あのう、織斑くん……ひゃんっ!」

 

 何かを確かめるように何度も山田先生の胸を揉む一夏。

 

「そ、その、ですね。困ります……こんな場所で……。いえ! 場所だけじゃなくてですね! 私と織斑君は仮にも教師と生徒でですね! ……ああでも、このまま行けば織斑先生が義姉ねえさんってことで、それはとても魅力的な――」

 

 うん、山田先生は相変わらずの妄想具合なようだ。

 そして、この状況でいまだ山田先生の胸から手を離さない一夏。

 べ、別に羨ましいとか思ってないからな!

 ギュムー!

 そんな俺の思考は頬をつねられた痛みで掻き消される。

 

「……ひはひへふ、ほほほへはん」

 

「むー。今ナッシー鼻の下伸びてたー」

 

 なぜか不機嫌な布仏さん。

 

「ほはひはっへひひははいは、ひひゅんひはほほ」

 

「相田みつをか!」

 

 お、通じた。ちなみに今のは「伸ばしたっていいじゃないか、思春期だもの」と言っていました。

 

「ぶー」

 

 文句ありげな目をしながら布仏さんが手を放す。あー痛かった。

 俺はつねられていた頬をさすりつつ一夏の方に顔を向ける。

 現在一夏はセシリアからのレーザー攻撃をよけた状態で固まっている。あ、鈴が《双天牙月》を大きく振りかぶって投げた。間一髪で避けるが、そのままの勢いで仰向けに倒れる一夏。そんな一夏に向かって方向転換し戻ってくる《双天牙月》。その形状からブーメランのように戻ってくるらしい。……って!

 

「んなこと思ってる場合か!?」

 

 そう叫びながら立ち上がるが間に合いそうにない。

 ドンッドンッ!

 短く二発聞こえた火薬銃の音に俺が足を止める。弾丸は的確に《双天牙月》の両端を叩き、その軌道を変える。

 キンッキンッと地面に薬莢が跳ねる音を聞きながら、俺は一夏の危機を救った人物に目を向ける。それはアサルトライフルをしっかりと両手でマウントする山田先生だった。

 何よりも驚きなのは山田先生の姿で、倒れたままの体勢から上体だけをわずかに起して射撃を行ってのあの命中精度だ。いつものバタバタとした子犬のような雰囲気はどこへやら。落ち着き払っている。

 

「…………」

 

 どうやら驚いているのは俺や一夏だけではなく、セシリアや鈴はもちろん、他の女子も唖然としていた。

 

「山田先生はああ見えて元代表候補生だからな。今くらいの射撃は造作もない」

 

「む、昔のことですよ。それに候補生止まりでしたし」

 

 謙遜しているが、先ほどの射撃を見ていると候補生でも十分にすごい。てか、いつの間にか雰囲気がいつもの山田先生に戻っている。

 

「さて小娘どもいつまで惚けている。さっさとはじめるぞ」

 

「え?あの、二対一で……?」

 

「いや、さすがにそれは……」

 

「安心しろ、今のお前たちならすぐ負ける」

 

 負けると言われたことが気に入らなかったのか、セシリアと鈴の瞳に闘志がたぎる。特にセシリアにとっては一度勝っている相手だというのも大きいだろう。

 

「では、はじめ!」

 

 号令とともにセシリアと鈴が飛翔する。それを目で一度確認してから、山田先生も空中へ躍り出た。

 

「手加減はしませんわ!」

 

「さっきのは本気じゃなかったしね!」

 

「い、行きます!」

 

 言葉こそいつも通りの山田先生だが、その眼は先ほど一夏を助けたときのように鋭く冷静なものへと変わっていた。先制攻撃をしたのはセシリアと鈴だったが、それは簡単に回避された。

 

「さて、今の間に……そうだな。ちょうどいい。デュノア、山田先生が使っているISの解説をしてみせろ」

 

「あっ、はい」

 

 織斑先生の指示を受け、シャルルがしっかりとした声で説明を始める。

 

「山田先生の使用されているISはデュノア社製『ラファール・リヴァイブ』です――」

 

 シャルルの説明を聞きつつも、俺は空中での戦いに目を向ける。

 そこでは二対一という不利なはずの状況で互角に戦う山田先生の姿があった。いや、あれは互角ではない。山田先生の攻撃は二人に避けられるように放たれたものばかりだ。では、なぜそんな攻撃をするのか。それは、二人をうまく誘導し、いっきに攻撃するためだろう。その証拠に山田先生の攻撃を避けていた二人がお互いにぶつかってしまう。

 

「デュノア、いったんそこまででいい。……終わるぞ」

 

 見ると、山田先生の射撃がセシリアを誘導し、鈴とぶつかったところでグレネードを投擲。爆発の煙から二つの影が地面に落下した。

 

「くっ、うう……。まさかこのわたくしが……」

 

「あ、アンタねえ……何面白いように回避先読まれてんのよ……」

 

「り、鈴さんこそ!無駄にばかすかと衝撃砲を撃つからいけないのですわ!」

 

「こっちの台詞よ!なんですぐにビットを出すのよ!しかもエネルギー切れるの早いし!」

 

「ぐぐぐぐっ……!」

 

「ぎぎぎぎっ……!」

 

 なんというか、二人の主張がそこそこあってるのがより一層みっともない。これで専用気持ちの代表候補生のイメージがどんどん落ちていくだろう。

 結局二人のいがみ合いは一、二組の女子のくすくす笑いが起こるまで続いた。

 

「さて、これで諸君にもIS学園教員の実力は理解できただろう。以後は敬意を持って接するように」

 

 ぱんぱんと手を叩いて織斑先生がみんなの意識を切り替える。

 これってやっぱり、普段生徒からなめられている山田先生への配慮だったのだろうか。

 

「専用機持ちは織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰だな。では七人グループになって実習を行う。各グループリーダーは専用機持ちと梨野がやること。いいな?では分かれろ」

 

 織斑先生が言い終わるや否や、俺と一夏とデュノアの元に女子たちが殺到。

 

「織斑君、一緒に頑張ろう!」

 

「梨野君、わかんないところ教えて~」

 

「デュノア君の操縦技術を見たいなぁ」

 

「ね、ね、私もいいよね?同じグループに入れて!」

 

 なんというか予想通りだ。ちなみに俺の元に一番早く来た布仏さんは何も言わずになぜか俺の背中におぶさっている。

 

 その状況を見た織斑先生は面倒くさそうに額を指で押さえながら低い声で言った。

 

「この馬鹿者どもが……。出席番号順に一人ずつ各グループに入れ!順番はさっき言った通り。次にもたつくようなら今日はISを背負ってグラウンド百周させるからな!」

 

 織斑先生の鶴の一声により各専用機持ち+俺のグループ分けは二分とかからず完了した。

 

「最初からそうしろ。馬鹿者どもが」

 

 ため息を漏らす織斑先生。それにバレないようにしながら、各班の女子はぼそぼそとおしゃべりをしている。

 

「……やったぁ。織斑君と同じ班っ。名字のおかげねっ……」

 

「……うー、セシリアかぁ……。さっきボロ負けしてたし。はぁ……」

 

「……鳳さん、よろしくね。あとで織斑君のお話聞かせてよっ……」

 

「……デュノア君!わからないことがあったら何でも聞いてね!ちなみに私はフリーだよ!……」

 

「……梨野君だ。やったねっ。今日ほどこの名字でよかったって日はないわ……」

 

「…………………………」

 

 ちなみに例のドイツからの転校生ラウラ・ボーデヴィッヒの班だけはおしゃべりがない。グループリーダーの雰囲気や視線がコミュニケーションを拒んでいる。あそこの班の子がかわいそうに見えてくる。

 

「ええと、いいですかーみなさん。これから訓練機を一斑一体取りに来てください。数は『打鉄』、『リヴァイヴ』がそれぞれ三機づつです。好きな方を班で決めてくださいね。あ、速い者勝ちですよー」

 

 山田先生がいつもの五倍はしっかりして見える。先ほどの模擬戦で自信が出たのだろう。

しかし堂々とした態度を見せるのは良いんだが、十代の乙女には無い豊満な胸までも惜しげなく晒すのは…。特に山田先生が時折見せる眼鏡を直す癖。それをする事であの大きな胸に自らの肘が触れて、弾力があって柔らかい果実を揺らしている。正直、目が行ってしまう。自分、男なんで。

 

「む~~~」

 

 ギュウ~~~~!

 

「ぐるじいです、布仏ざん」

 

 俺の背中におぶさって俺の首に回していた手に急に力が籠められる。

 

「む~~~」

 

 しかし俺の言葉は聞き入れてもらえない。布仏さんの手を何度かタップし、ギブの意思を示す。

 そんな俺の反応で渋々といった顔で布仏さんが手を放す。

 

「急に首絞めるのはやめてよ、布仏さん」

 

「つーん」

 

 あらら、へそ曲げてる。なんで不機嫌になってんの?

 いくら考えても分からないので、とりあえず用意されているISを取りに行く。

 

「自分の使ってる機体だし、『打鉄』の方が教えやすいかな」

 

 打鉄を借りて、布仏さんたちの元に戻った俺の耳にオープンチャネルでの音声が聞こえてくる。

 

『各班長は訓練機の装着を手伝ってあげてください。全員にやってもらうので、設定でフィッティングとパーソナライズは切ってあります。とりあえず午前中は動かすところまでやってくださいね』

 

 どうやら、とりあえずは装着と歩行をやればいいようだ。

 

「じゃあ、俺が手伝って装着を行うから、そこから歩行をしようか」

 

「「「「は~い」」」」

 

「じゃあ、出席番号順に――」

 

『はいはいはーいっ! 出席番号一番! 相川清香! ハンドボール部! 趣味はスポーツ観戦とジョギングだよ!』

 

『お、おう。ていうかなぜ自己紹介を……』

 

『よろしくお願いしますっ!』

 

 俺が最初の人物を指名しようとした時、一夏の班で相川さんが自己紹介をして深く礼をしながら右手を差し出していた。その事に一夏が戸惑っている。

 

『ああっ、ずるい!』

 

『私も!』

 

『第一印象から決めてました!』

 

 相川さんの行動に一夏の班にいる他の女子達も同様に頭を下げたまま右手を突き出していた。

 

『『『お願いしますっ!』』』

 

 更に見ると、シャルルの班でも女子達がお辞儀と握手待ちの手を並べていた。

 

『え、えっと……?』

 

 シャルルも戸惑いの表情を浮かべていた。

 

「何やってんのあれ?」

 

「あれはね――」

 

 俺の疑問に答えようとした布仏さんを遮るように、うち班の女子たちも

 

「いいなー」

 

「じゃあ、わたしたちも!」

 

 と、言いだす人たちが現れる。

 

「あ、ストップ!やめといた方がいいよ。たぶんこういう場合…」

 

 班の女子たちを止めつつ、シャルルたちの班に視線を戻すと

 スパーン!

 

『『『いったああっっ!』』』

 

 織斑先生に頭を叩かれ、見事にハモって悲鳴をあげていた。一列に並んでいるからさぞ叩き易かったことだろう。

 

『やる気があってなによりだ。それならば私が直接見てやろう。最初は誰だ?』

 

『あ、いえ、その……』

 

『わ、私たちはデュノア君でいいかな~……なんて』

 

『せ、先生のお手を煩わせるわけには……』

 

『なに、遠慮するな。将来有望なやつらには相応のレベルの訓練が必要だろう。……ああ、出席番号順ではじめるか』

 

『『『ひぃっ』』』

 

 織斑先生の言葉が彼女たちには死刑宣告に聞こえたことだろう。南無。

 

「ああなってもいいなら――」

 

「うん、真面目にやろう」

 

「そうだね、これは授業なんだから」

 

「さあ、梨野君。私たちにISのことを教えてちょうだい」

 

 さっきまで浮ついた雰囲気はどこへやら。いっきに真面目モードになった俺の班員たちであった。




山田先生みたいな先生がいれば思春期な男子高校生には目に毒でしょうな。

ちなみに主人公が相田みつをの詩を知っていたのは、山田先生にお勧めしてもらった本の中に入っていたからです。
別に今考えたわけじゃないですよ?


追伸
これまでの描写で航平くんの傷跡の向きを間違えていました。
正しくは「右肩から左の脇腹にかけて」でした。


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第36話 サバ味噌

訓練シーンだと思った?
残念昼食でした~。


「では午前の実習はここまでだ。午後は今日使った訓練機の整備を行うので、各人格納庫で班別に集合すること。専用機持ちは訓練機と自機の両方を見るように。では解散!」

 

 時間ギリギリにはなったが、何とか全員の起動テストが終わった。ISを格納庫に移した俺たち一、二組合同班は再びグラウンドに整列していた。本当に時間いっぱいだったので全員が全力疾走。これでまた遅れでもしたら、鬼教師の特別授業が追加されてしまっていただろう。

 そんなこんなで肩で息をしている俺たちに連絡事項を言って、山田先生とともに織斑先生はさっさと引き上げていく。

 

「あー……。あんなに重いとは……」

 

「まったくだよ。すっげえ疲れた」

 

 訓練機はIS用のカートで運ぶのだが、このカートは動力なんてない。「人力」オンリーだ。

 

「お前のところの班はお前一人で運んでたな」

 

「まあな。でも、男の俺が運ばないで女子に運ばせるっていうのも普通におかしいというか、ありえないからいいんだけど」

 

「わからんでもないけど……」

 

 確かに男の俺たちが女の子たちに仕事を押し付けるのはあまりいいことではないと思う。

 ちなみに俺の班は全員で協力して運んだ。シャルルの班は「デュノア君にそんなことさせられない!」と数人の体育会系女子がそう言って訓練機を運んでいた。なんか三者三様な扱いだな。

 

「とりあえず、着替えに行くか」

 

「そうだな。シャルルも一緒に着替えに行こうぜ。俺たちはまたアリーナの更衣室まで行かないといけないしよ」

 

「え、ええっと……僕はちょっと機体の微調整をしてからいくから、先に行って着替えててよ。時間がかかるかもしれないから、待ってなくていいからね」

 

「いや、別に待ってても平気だぞ?」

 

「おう。俺も待つのには慣れ――」

 

「い、いいからいいから!僕が平気じゃないから!ね?先に教室に戻っててね?」

 

「お、おう。わかった」

 

「じゃあ、先行ってるからな」

 

 シャルルの妙な気迫に押され、俺たちは頷いた。なんでこんなに必死なんだろうか。

 

「あ、そうだ」

 

 更衣室に向かう途中、一夏が何か思い出したように言う。

 

「航平、昼って空いてるか?箒に昼飯に誘われてさ。けど俺だけってのもなんだし、良かったら一緒にどうだ?シャルルも誘うつもりなんだけど」

 

「………エンリョシトク」

 

 一夏の鈍さに驚愕しつつ俺は断る。

 その後何度も誘われたが、最終的にシャルルに学食案内する約束になっているということにしてどうにか回避したのだった。あとでシャルルにも口裏を合わせてもらわないと。

 

 

 ○

 

 

 

「へー、ここが学食かー。結構混んでるね」

 

「まあな。お昼だし、俺たちは着替えがあったから出遅れたしな」

 

 着替え後、実際にシャルルに声をかけ、ともに学食にやって来た俺たちは、学食の込み具合に圧倒されつつ、食券を買うために列に並んでいた。

 

「あれが噂の転校生?かっこいい~」

 

「梨野君と並んでると絵になるわね」

 

「超絶美少年の梨野君と貴公子のデュノア君、アリね!」

 

「女装した梨野君をデュノア君が…。いける!これでこの夏ぼろ儲けね!」

 

 なんか最後の方は不穏な声が聞こえた気がするが気にしない方向で。今日の学食が混んでいるのはどうやら転校生のシャルルを一目見ようとやって来ている人もいるようで、その込み具合はいつもの比ではなかった。空気読めてなくても一夏たちと一緒に行った方がよかっただろうか。

 

「お、俺たちの番だな」

 

 券売機のところまでやって来た俺たちは並んでいるメニューに目を向ける。

 

「今日は…お!日替わりがサバ味噌定食か。俺それにしようかな。シャルルは何にする?」

 

「んー、どうしようかな。何かおすすめはある?」

 

「おすすめか。ここのごはんはどれもおいしいから全部おすすめだな。強いて言うならここのサバ味噌は絶品だぜ」

 

「じゃあ僕もそれにしようかな」

 

「おう。じゃあ日替わり二つだな」

 

 券売機にお金を入れ、食券を取る。

 ちなみに今日は大所帯にならないように二人で来ている。本当は三人目の男子争奪戦とばかりに一年一組には圧倒されるほどの女子が大挙して押し寄せてきたのだ。そんな女子達に貴公子のシャルルは、丁寧で見事としか言いようのない対応でお引取り願っていた。

 女子一同はシャルルのそんな超絶丁寧な対応と姿に強くアピールするのが逆に恥ずかしくなったのか、嬉しいような困ったような顔をして引き上げて言った。何せその時のシャルルのセリフが、

 

『僕のようなもののために咲き誇る花の一時を奪うことはできません。こうして甘い芳香に包まれているだけで、もうすでに酔ってしまいそうなのですから』

 

 こんなキザなセリフもシャルルが言えばまったく嫌味に聞こえない。本当にそう思ってるという感じの態度や堂々とした雰囲気の中にある儚げの印象がその言葉の輝きを引き立たせていた。それでいてどこか優しいと言うのが更に良かったのだろう。手を握られた三年の先輩が速攻で失神していた。俺がもし女で、同じセリフを言われたら確実に惚れていたね。

 まあそんなこんなで俺はシャルルを誘って(一夏に対しては事情を話して口裏を合わせてもらい)、今現在学食にいるというわけだ。

 ちなみに、一夏はあの後俺以外にもセシリアと鈴を誘っていたので、結局箒の一夏と二人っきりでの食事計画は失敗したことだろう。許せ箒。俺には真実を言って一夏を止めることはできなかった。

 

「おばちゃん、日替わり二つ」

 

「あいよ」

 

 俺が差し出した食券をカウンターを挟んでキッチン側にいる恰幅のいいおばちゃんに渡す。

 

「あ、そうだ。おばちゃん、転校生のシャルル。三人目の男子だよ」

 

「シャルル・デュノアです」

 

「あら、あんたが噂の三人目かい。よろしくね。何か要望があったら言っとくれ。食べられないものとか」

 

「はい、その時はお願いします」

 

 おばちゃんの言葉にシャルルが笑顔で答える。

 

「あ、じゃあさっそくですけど箸じゃなくてフォークでお願いします」

 

「あいよ」

 

 シャルルのお願いを笑顔で聞くおばちゃん。

 

「おばちゃんのごはんはどれもおいしいから、好き嫌いとかなくなるぜ」

 

「おやおや嬉しいこと言ってくれるね。サービスでデザートにお饅頭付けといたげる」

 

「お、やった!ありがとうおばちゃん」

 

 おばちゃんにお礼を言いつつ次の人に順番を譲る。

 

「いい人だろ?」

 

「そうだね」

 

 俺の言葉にシャルルも笑顔で頷く。

 

「なんか学校生活とかで困ったことがあったら俺や一夏に言ってくれ。なんでも協力するぞ」

 

「ありがとう。航平は優しいね」

 

 シャルルの言葉に俺は一瞬ドキッとする。落ち着け俺、シャルルは〝男〟だ…よな?

 そんなことを考えていたところで先ほどのおばちゃんがトレーを二つ運んで来てくれた。

 

「あいよ、日替わり二つお待ちどうさま」

 

「お、ありがとうございます。わあ今日もおいしそうだ」

 

 トレーを受け取り、シャルルとともに空いた席を探す。しかし生憎今日の込み具合では空いた席もなかなか見つからない。

 

「ダメだ、どこも空いてないな」

 

「あ、あそこが空いて…あ」

 

 シャルルが一つのテーブルを指さすが、そこにいた先客の姿に言葉を止める。見るとそこには銀髪の少女が座っていた。

 

「まあ、しょうがないか……」

 

 俺はシャルルとともにその席に向かい、先客に声をかける。

 

「相席いいかな?」

 

「………」

 

 俺の言葉に先客――ラウラ・ボーデヴィッヒが食事の手を止め、顔を上げる。

 

「………」

 

 数秒間じっと見つめられた後、無言のままボーデヴィッヒさんは食事を再開する。よく見ると俺たちと同じ日替わり定食だった。

 

「無言は肯定とみなす、ってことでいいかな?」

 

「………」

 

 俺の言葉に無言で返すボーデヴィッヒ。

 

「失礼しまーす」

 

 俺はシャルルを奥に座らせ、ボーデヴィッヒさんの向かいに座る。

 

「いただきまーす」

 

「い、いただきます」

 

 二人で手を合わせて合掌。

 

「うん、うまいうまい」

 

「おいしい」

 

 この味噌と煮込んだ鯖がなんとも言えないいい味を出している。ご飯が進む。

 

「くっ……。うっ……」

 

 どこからか苦悩するような声が漏れ聞こえる。顔を上げると向かいのボーデヴィッヒさんが使いなれていないのか、苦戦しながら箸を使っていた。正直見ていてハラハラする。どことなくいつもと雰囲気が違ってかわいらしく見えた。

 

「フォーク使えばいいんじゃないか?」

 

「…………」

 

 俺の言葉に一瞬手を止めるがすぐに食事を再開するボーデヴィッヒさん。

 

「なあ、一つ聞いてもいいか?」

 

「……なんだ?」

 

 ボーデヴィッヒさんが俺の言葉に数秒の間を空けて答える。

 

「なんで一夏をひっぱたいたんだ?」

 

「貴様には関係ないだろう?」

 

「そうかもしれないけど…一夏は俺の友達だしな。友達が目の前で殴られたら、その理由が知りたくなるってもんじゃないか?」

 

「ふっ、くだらん」

 

 俺の言葉を一笑するボーデヴィッヒさん。その態度に俺は少しむっとする。

 

「私からも一つ質問だ」

 

「ん?」

 

「貴様は教官とどういう関係だ?」

 

「教官?……ああ、織斑先生か」

 

 一瞬誰のこと言っているのかわからなかった。

 

「ん~、織斑先生は俺の身元保証人だな。あと、俺の師匠でもあり、目標だな」

 

「目標?」

 

 俺の言葉にボーデヴィッヒさんが興味を持ったようだった。

 

「俺、記憶ないから、とりあえず強くなりたいんだ。強くなって有名になって俺のことを知ってる人を探す。そのためにトレーニングしてるし、毎週土曜には織斑先生に稽古付けてもらってる。間近で感じるとあの人の強さはすごいと思う。だから、織斑先生みたいに強くなりたい。だから〝目標〟」

 

「ほう。教官を目標にするとは、なかなか目の付け所がいいな。だが――」

 

 俺の言葉にボーデヴィッヒさんが口を開く。

 

「お前のような奴が、教官のようになれるかな?」

 

「さあ?でも、初対面のやつをいきなりひっぱたくやつよりは望みはあるんじゃないかな?」

 

 皮肉を込めて返してやると、今度はボーデヴィッヒさんが少しむっとした表情になる。

 

「貴様、私に喧嘩を売っているのか?」

 

「いやいや、そんなつもりはないよ。大体理由がない。理由のない争いはしたくない」

 

 俺の言葉を聞いてもボーデヴィッヒさんの表情は晴れない。

 

「ま、あんまりピリピリするのはよくないぜ?これでも食べてリラックスしたら?」

 

 そう言って俺はトレーの上に二つあった饅頭のうちの一つをボーデヴィッヒさんのトレーに乗せる。

 

「なんだこれは?」

 

「お饅頭。これでも食べて少し気分替えたら?」

 

「ふんっ、余計なお世話だ。こんなもの――」

 

「ちなみに、お饅頭は日本のお菓子だから織斑先生も好きかもね」

 

「………まあ貰っておこう。例は言わんぞ」

 

 俺の言葉に一瞬の間をおいて、掴んでいた饅頭を自分のトレーに戻すボーデヴィッヒさん。

 

「ほい、じゃあもう一個はシャルルに」

 

「え、いいの?僕が貰ったら航平の分がなくなるけど…」

 

「いいんだよ。もともと俺とおまえの分だったんだ。それを俺がボーデヴィッヒさんに一個あげたんだから」

 

 おばちゃんは何も言ってなかったけど、二つあったってことはそう言うことだろう。

 

「……じゃあ、半分こしよ」

 

 そう言って手で饅頭を半分にするシャルル。そのうち半分を俺のトレーに乗せる。

 

「え、いいのか?」

 

「いいんだよ。これは僕の分なんでしょ?じゃあ、僕がどうしようと僕の勝手でしょ」

 

「ありがとう」

 

 俺が礼を言うとシャルルが笑顔を見せる。うん、やっぱりいい奴だなシャルルは。

 

「さて、とっとと食っちまおう。午後の授業も遅れるわけにはいかないしな」

 

「うん、そうだね」

 

「………」

 

 俺の言葉にシャルルは返事をし、ボーデヴィッヒさんは無言。まあもともと一緒に食べてたわけではないから期待はしてないけど。

 

 

 そんなこんなでなんとも不思議な空気の中の昼食となった。




シャルルみたいなセリフをさらっと言えるようになりたいですね。
まあ、今の僕なら言った瞬間羞恥で顔真っ赤でしょうけどね。


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第37話 疑惑

「おいっす」

 

「おう、いらっしゃい」

 

 夜。夕食後に一夏とシャルルの部屋に訪れた俺は二人に迎え入れられる。今日ここにやって来たのは男子三人で親睦を深めるためである。

 

「さて、何する?」

 

「「うーん……」」

 

 シャルルの問いに俺と一夏がうなる。正直ノープランだ。マジで何しよう。

 

「あ!ちょうどいい。今日知り合いに昔の特撮ヒーローのDVD借りたんだけどこれから見ないか?」

 

「お、面白そうだな」

 

「日本のヒーローか。ちょっと興味あるかな」

 

 二人の賛同もいただいたことだしさっそく部屋までDVDを取りに戻る。

今日寮に帰った時、更識さんは早速布仏さんに託けていてくれたらしく、布仏さんから三本ほどDVDの入った袋を渡された。中身を確認すると表紙にはあの時見たキーホルダーのヒーローが映っていた。

DVD片手に再び一夏たちの部屋へ。

 というわけで、急遽「特撮ビデオの上映会」となった。

 寮の部屋の設備は素晴らしいので、部屋一部屋一部屋に大画面薄型テレビが設置され、DVD&BD機器も完備。それどころかVHSまで見られる。金かけすぎじゃね?と一夏が以前驚いていた。

 テレビの画面の中では主人公がとんでもないバイクテクを披露しながら敵怪人をバッタバッタと薙ぎ払っていた。そして変身シーン。バイクにまたがった状態で変身する主人公の姿はかっこよかった。

 

「ふう、面白かった」

 

 気付けばいつの間にか借りていたDVDを全部見終わっていた。

 

「俺も初代の仮面ライダーは見たことなかったから新鮮だったよ」

 

「日本のこういう文化はすごいね。引き込まれちゃったよ」

 

 一夏もシャルルも楽しんでいたようだ。

 その後、一夏が入れてくれたお茶を飲みながら談笑。これまでにあったIS学園での生活を話していると、すぐに時間は過ぎて、もうすぐ消灯時間という時間になった。

 

「もうこんな時間か。そろそろ俺も部屋に帰らないとな」

 

「そうだな。俺たちもそろそろ寝る支度しないとな」

 

「そうだね」

 

 俺の言葉にふたりも時計を見ながら頷く。

 

「あ、そう言えば、二人は放課後にいつもISの特訓してるんだよね?」

 

「ああ。俺らは他のみんなから遅れてるから、地道に訓練時間を重ねるしかないからな」

 

 一夏の言葉に俺も頷く。今日はシャルルの引っ越しを手伝ったので休みにしたが、もうすぐ学年別トーナメントがある。明日からはまた再開しないと。

 

「僕も加わっていいかな?何かお礼がしたいし、専用機もあるから少しくらいは役に立てると思うんだ」

 

「おお、そりゃありがたい」

 

「ぜひ頼む」

 

「うん。任せて」

 

 シャルルの申し出をありがたく受け取り、俺は二人の部屋を後にする。いやはや本当にシャルルはいい奴だ。

 そして、それだけに俺は会った時から感じるシャルルの違和感が気になっていた。シャルルは本当にいい奴だ。気遣いもできるし物腰も丁寧だし。しかし、何か感じる。シャルルの行動、シャルルと会話するとその端々で何かを感じる。まるで何かが食い違っているような。そして俺はそれに見覚えがある気がする。一体どこで見たのだろうか。どこで感じたのだろうか。

 結局考えても答えは見つからず、気付けば自分の部屋を通り過ぎていた。

 

 

 ○

 

 

 

「ええっとね、一夏がオルコットさんや凰さんに勝てないのは、単純に射撃武器の特性を把握していないからだよ」

 

「そ、そうなのか?一応わかっているつもりだったんだが……」

 

「……………」

 

 シャルルが転校してきてから五日が経った。今日は土曜日で、IS学園では午前は理論学習、午後は完全に自由時間になっている。まあ土曜日はアリーナが全開放されるのでほとんどの生徒が実習に使う。そしてそれは俺たちも同じで、今日もこうしてシャルルにIS戦闘のレクチャーを受けている。

 のだが、正直俺は集中していない。この五日間、俺は初日から感じている違和感の正体を探っている。………まあ実はもうその違和感の正体に気づいてはいるのだが、なんとなく信じられないでいる。だが、俺の予想が正しければこれまでのシャルルのおかしな行動にも腑に落ちるのだ。

 これまでシャルルは普段はとても親切でいい奴だ。だが、なにかの拍子に急にぎこちなくなる。例えば訓練後の更衣室にて、

 

『おーい、シャルル。そこのタオル取って』

 

『こ、航平っ。なんで服着てないの!?』

 

『いや、着るためにタオルで汗ふきたいんだけど』

 

『あっ、そうか!はい、タオル!』

 

『どうしたの?』

 

『な、何でもないよ!』

 

 ………うん。怪しすぎる。しかし、俺の考えていることが正しければ。おそらくシャルルは――

 

「ねえ、航平はどうする?」

 

「へっ!?」

 

 シャルルに急に名前を呼ばれ、声が裏返ってしまう。

 

「どうしたの航平?」

 

「い、いや?なんでもないぞ?」

 

「「???」」

 

 俺の言葉に一夏もシャルルも納得していないように首を傾げている。

 

「えっと、すまん聞いてなかった」

 

「だから、俺が射撃の特性についてわかってないから射撃訓練するけど、お前はどうする?」

 

「あー、はいはいその話ね。……俺は見てるよ。俺ってたぶん射撃とか向いてないし」

 

「そう。…まあ気が向いたらやってみようよ」

 

「おう。ってあれ?そう言えば他のやつの装備って使えないんじゃないのか?俺らがシャルルの装備は使えないんじゃないのか?」

 

「普通はね。でも所有者が使用承諾すれば、登録してある人全員が使えるんだよ。――うん、今一夏と白式に使用承諾を発行したから」

 

 シャルルから銃を受け取った一夏は緊張した表情になる。

 

「か、構えはこうでいいのか?」

 

「えっと……脇を締めて。それと左腕はこっち。わかる?」

 

 素人同然の銃の構えをする一夏の後ろに回り、シャルルがうまく誘導する。

 

「火薬銃だから瞬間的に大きな反動が来るけど、ほとんどはISが自動で相殺するから心配しなくてもいいよ。センサー・リンクは出来てる?」

 

「銃器を使うときのやつだよな? さっきから探しているんだけど見当たらない」

 

 あれ?そう言うターゲットサイトを含む銃撃に必要な情報をIS操縦者に送る為に武器とハイパーセンサーを接続する事に関しては、普通はどのISでも付いてる物だと聞いたはずなんだけど。

 

「うーん、格闘専用の機体でも普通は入っているんだけど……」

 

 シャルルも首を傾げている。やはり白式は相当に厄介な機体らしい。

 

「欠陥機らしいからな。これ」

 

「一〇〇パーセント格闘オンリーなんだね。じゃあ、しょうがないから目測でやるしかないね」

 

 そして、一夏が引き金に指をかける。

 バンッ!

 

「「うおっ!?」」

 

 ものすごい火薬の炸裂音に俺と一夏は同じように驚く。

 

「どう?」

 

「お、おう。なんか、アレだな。とりあえず『速い』っていう感想だ」

 

「そう。速いんだよ。一夏の瞬時加速も速いけど、弾丸はその面積が小さい分より速い。だから、軌道予測さえあっていれば簡単に命中させられるし、外れても牽制になる。一夏は特攻するときに集中しているけど、それでも心のどこかではブレーキがかかるんだよ」

 

「だから、簡単に間合いが開くし、続けて攻撃されるのか……」

 

「うん」

 

 ふむふむなるほど。それで一夏は鈴やセシリアとの戦いであんなにも一方的な戦いになるのか。

 

「あ、そのまま続けて。一マガジン使い切っていいよ」

 

「おう、サンキュ」

 

 シャルルの言葉に頷き、一夏が銃を何発か撃つ。

 

「そういえば、シャルルの機体もラファール・リヴァイヴなんだよな?前に見た山田先生の機体と違うように見えるんだけど」

 

「ああ、僕のは専用機だからかなりいじってあるよ。正式にはこの子の名前は『ラフォール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』。基本装備をいくつか外して、その上で拡張領域を倍にしてある」

 

「倍?それはすごいな。一夏の白式もそれくらいあればいいのに」

 

「あはは。そうだね。そんなカスタム機だから今量子変換してある装備だけでも二十くらいあるよ」

 

「二十!?ちょっとした火薬庫だな」

 

 そんなに多くの武器を積んでいても活用できないだろうに、それを分かっていてカスタマイズしているということは、シャルルには何か活用できてしまう何かがあるのだろう。

 

「ねえ、ちょっとアレ……」

 

「ウソっ、ドイツの第三世代型だ」

 

「まだ本国でのトライアル段階だって聞いてたけど……」

 

 急にアリーナ内がざわつき始めたので、俺たちはその声の主たちの見つめる方を見る。

 

「………………」

 

 そこにいたのは真っ黒な機体に身を包んだシャルルと同じ転校生のドイツ代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 転校から今日まで数日のうちに彼女に話しかける者はいなくなっていた。いわば孤高の存在になっている。俺もたまに学食などで見かけて声をかけても大体無反応だ。

 ボーデヴィッヒさんはただじっと一夏のことをにらみつけていた。

 それを見た俺は、何かひと騒動起こりそうな予感を感じた。




長くなりそうだったので、いったんここで区切ります。


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第38話 茜色に染まる教室

今回の話は途中で視点が変わります。
あらかじめご了承ください。


「おい、織斑一夏」

 

 ISのオープン・チャネルで声が飛んでくる。もちろんその声はラウラ・ボーデヴィッヒの声だった。

 

「……なんだよ」

 

 一夏は気が進まなそうに、だが無視するわけにもいかないので返事をする。すると言葉を続けながらボーデヴィッヒさんがふわりと飛翔してきた。

 

「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば話が早い。私と戦え」

 

「イヤだ。理由がねえよ」

 

「貴様にはなくても私にはある」

 

 有無を言わせぬ迫力。流石は軍人だな。なんてその場の雰囲気にもかかわらずのんきに考えてしまう。

 

「貴様がいなければ教官が大会二連覇の偉業をなしえただろうことは容易に想像できる。だから、私は貴様を――貴様の存在を認めない」

 

 ボーデヴィッヒさんの言葉に、少し前に一夏に聞いたことを思い出す。

 なんでも、第二回IS世界世界大会『モンド・グロッソ』の決勝戦でのこと。一夏はその日に誘拐されたらしい。誘拐した組織は不明。目的も不明。拘束されて真っ暗な場所に閉じ込められ、時間の感覚もわからない中、しばらくして突然部屋が衝撃に揺れた。壁が崩れて光が差し込んでくる中、現れたのはISを装備した織斑先生だったらしい。決勝戦会場で一夏誘拐の知らせを聞き、文字通り現場に飛び込んできたそうだ。

 結果織斑先生は決勝戦を不戦敗となり、大会二連覇は果たせなかった。また、一夏の誘拐は世間的には一切公表されず、事件発生当時には独自の情報網から一夏の監禁場所に関する情報を提供したドイツ軍に『借り』を返すために大会終了後に一年ちょっとドイツ軍IS部隊の教官をしていたらしい。

 そこから少し足取りがわからなくなり、いきなりの現役引退。そして現在IS学園教師となっている、ということらしい。

 確かに結果的に見れば一夏の救出で織斑先生の将来にはマイナスになったかもしれない。しかしその責任のすべてを一夏と考えるのは少し違うのではないだろうか。誰が悪いというわけでもない。一番悪いのは誘拐した謎の組織なんじゃないだろうか。

 

「また今度な」

 

「ふん。ならば――戦わざるを得ないようにしてやる!」

 

 言うや否や、ボーデヴィッヒさんの漆黒のISが戦闘状態へシフトする。その瞬間、左肩に装備された大型の実弾砲が火を噴いた。

 

 

「「!」」

 

 ゴガギンッ!

 

「……こんな密集空間でいきなり戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人はずいぶん沸点が低いんだね。ビールだけでなく頭もホットなのかな?」

 

「貴様等……」

 

 シャルルが即座にシールドを展開して実弾を弾き、俺は一夏に当たらないように身を挺した。それと同時にシャルルの右腕に六一口径アサルトカノン《ガルム》を展開してボーデヴィッヒさんに向ける。

 え?てか何?俺もなんか挑発的なこと言った方がいいの?

 

「……えっと。……そ、それとも!ドイツ人はバームクーヘンと同じで中身が空っぽなのかな!?」

 

 俺の言葉を聞いた途端、その場の雰囲気が少し緩む。

 

「ねえ、航平。それはどうなの?」

 

「いや、だってドイツ産のものなんてバームクーヘンくらいしか知らないしさ…」

 

「だからって無理になんか言わなきゃいけないとかないからな?」

 

 なんか無駄にかっこつけようとして逆に赤っ恥だ。

 

「貴様等のつまらん漫才を見に来たわけではないのだが?フランスの第二世代型と日本の量産型ごときで私の前に立ちふさがるとはな」

 

「未だに量産化の目処が立たないドイツの第三世代型よりは動けるだろうからね」

 

 俺がなんか言えばシリアスムードがまた壊れるので黙って睨んだままでいる。

 それにしても、シャルルの装備呼び出しには驚いた。

 通常は一~二秒かかる量子構成をほんの一瞬と同時に照準も合わせていた。それが出来るから二十の銃器を装備してるのだろう。事前に呼び出しを行わなくても戦闘状況に合わせて最適な武器を使用出来るだけでなく、同時に弾薬の供給も高速で可能だ。要するに持久戦では圧倒的なアドバンテージを持っており、相手の装備を見てから自分の装備を変更出来る強みがあると言う事だ。

 シャルルが代表候補生で専用機が量産型のカスタム機であることに納得がいった。

 

『そこの生徒! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』

 

 睨み合いの膠着状態が続く中、突然アリーナにスピーカーからの声が響いた。さっきの騒ぎを聞いて駆けつけた担当の教師だろう。

 

「……ふん。今日は引こう」

 

 二度の横槍に興が削がれたのか、ボーデヴィッヒさんは戦闘体勢を解いてアリーナゲートへ去っていく。あの人の性格なら教師が怒り心頭で怒鳴っても軽くスルーするだろう。

 

「一夏、大丈夫?」

 

「怪我とかないか?」

 

「あ、ああ。二人とも、助かったよ」

 

 ボーデヴィッヒさんがいなくなった事で俺とシャルルは警戒を解いて一夏の方を見る。

 

「今日はここまでにしておこう。今の騒ぎでみんなこっち見てるし」

 

「そうだね。それに四時を過ぎたし、どのみちもうアリーナの閉館時間だしね」

 

「おう。そうだな。あ、銃サンキュ。色々と参考になった」

 

「それなら良かった」

 

 一夏の礼ににっこりと微笑むシャルル。なんとも無防備な笑顔だ。一瞬ドキッとする。まあ問題はここからだ。

 

「えっと……じゃあ、先に着替えて戻ってて」

 

 この言葉もいつも通りだ。シャルルと一緒に着替えたのは転校初日のIS実習前だけだ。それ以降はずっとこの調子だ。

 怪しい。この態度、そして俺の違和感の正体。それが、そう――シャルルが女であれば納得がいく。

 シャルルの雰囲気、行動や会話の端々に感じる身に覚えのある違和感。それは気付けば簡単なものだった。俺の感じていた不自然さは俺の体験したもの――俺の女装練習をしていた初期に感じたちぐはぐな感じによく似ているのだ。男の俺が女らしい行動を取ろうとしてもどうしたって不自然さが出てしまう。それと同じ不自然さ、違和感を感じるということは、シャルルも異性に変装――この場合ならシャルルが実は女で何かの理由から男装をしているということなら納得がいく。

 この結論に行きつくまでに長くかかった。不自然さの正体を知るためにできる限りシャルルのそばにいて、観察し続けてようやく昨日結論付けた。まあ、ずっとシャルルのそばにくっついて回っていたせいで変な疑惑かけられたけど、それはまた別のお話。

 でも、結局はこれは俺の推理でしかない。確かめるためにもやっぱり本人に聞くしかないだろう。

 

「というかどうしてシャルルは俺たちと着替えたがらないんだ?」

 

「どうしてって……その、は、恥ずかしいから……」

 

 これもいつものやり取り。一夏は着替えを断るシャルルを強引に誘おうとする。流石に嫌がってる相手と無理に着替えようとする一夏もどうかと思うから止めに入る。

 

「ほら、一夏。嫌がってる相手に無理矢理はよくないぞ」

 

「いや、でも…」

 

 まだ食い下がる一夏。いつもならもう少し聞き分けがいいんだが。

 

「ほら、さっさと着替えに行く。引き際を知らないやつは友達なくすわよ」

 

 鈴はそう言いながら一夏の首根っこを掴む。まったくもって同意見だ。

 

「こ、コホン!……い、一夏さん。どうしても誰かと着替えたいのでしたら、そうですわね。気が進みませんが仕方がありません。わ、わたくしが一緒に着替えて差し上げ――」

 

「こっちも着替えに行くぞ。セシリア、早く来い」

 

「ほ、箒さん!首根っこを掴むのはやめ――わ、わかりました!すぐ行きましょう!ええ!ちゃんと女子更衣室で着替えますから!」

 

 反論しようとするセシリアとそれを許さない箒。そう言えばいつの間にか女子同士は名前で呼び合うようになっていた。同じ一夏争奪戦のライバル同士で変な結束が生まれたようだ。

 

「じゃあ先に行ってるぞ」

 

「あ、うん」

 

 一夏も一応は納得したのかゲートへと向かって行く。

 

「………」

 

「………えっと」

 

 一夏を見送りつつ、俺はまだ残っている。

 

「航へ――」

 

「なあ、シャルル」

 

 シャルルが何か言おうとしたが、俺はさえぎるように口を開く。

 

「大事な話がある。今日この後教室まで来てくれ」

 

 

 ○

 

 

 教室へ向かう廊下を歩きながらシャルルは色々な感情が胸の中に渦巻いているのを感じる。

 先ほど航平に大事な話があると呼び出された。その後、シャルルの返事を聞かずに着替えるために更衣室に向かう航平の後姿をシャルルはぼんやりと眺めていた。

 

「……………。はぁ……」

 

 自分の胸の中に渦巻いている色々な感情を吐き出すように大きくため息をつくが、その胸の高鳴りは収まらない。

 

(何だろうこの気持ち…。不安と……期待?)

 

 自分の中にある気持ちの正体に自分でも理解ができないシャルル。

 最近の航平がなんだかおかしいことには気づいていた。何かにつけて自分と一緒に行動しようとするし、授業中や何かの拍子に航平からの視線を感じる。転校初日と同じように、いや、初日以上に自分に対して何かと親切にしてくれる航平。

 

(これってもしかして…そういうことなのかな?)

 

 シャルルの頭の中で〝告白〟の二文字がぐるぐると回る。

 

(で、でも航平は男だし、僕は…でも………)

 

 考えても考えても結論は出ない。出せないまま教室前までやってくる。

 

「……ふぅ」

 

 気合いを入れるために大きく深呼吸。そして、教室の扉に手をかける。

 扉を開けた先には夕焼けで茜色に染まった教室だった。その中、目の前の窓辺、窓を開けて窓の縁に手を着いて外を眺めている金髪長髪の後姿が目に入る。その姿に一瞬シャルルは見惚れる。とても絵になる後姿だった。

 

「ん?おう」

 

 シャルルが入ってきたことに気付いた少年――梨野航平が振り返る。

 

「悪いな。急に呼び出しちまって」

 

「う、ううん……」

 

 航平の言葉にシャルルが首を振る。

 

「………は、話って何かな?」

 

「………」

 

 シャルルの問いに答えず、航平はゆっくりとシャルルの方に向かってくる。その顔はしっかりとした覚悟を決めた真剣な顔だった。

 

「っ!」

 

 その真剣な眼差しにシャルルの胸がドクンと大きく高鳴る。

 

「先言っておきたいことがある」

 

 航平が口を開く。

 

「これから俺はだいぶおかしなことを言うかもしれない。でも、俺の話が終わってもできることなら今まで通りでいてほしい。場合によっては無理かもしれないけ…」

 

 航平は最後の方を口籠りながら言う。

 

「でも、どうしても言わなくちゃいけないと思ったんだ。聞いてくれるか?」

 

 その真剣さにシャルルは頷く。

 

「う、うん」

 

 航平はしゃべりだそうと、気合いを入れるように大きく息を吸い込む。

 

「実は俺――」

 

 シャルルにはこの時間が恐ろしいほどゆっくりに感じた。

 

「――女装が特技なんだ」

 

「…………え?」




告白だと思った?
ある意味告白でした。

次回!
「第39話 航平の告白(仮)」ご期待ください。


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第39話 「航平の告白(仮)」改め バランスは大事

題名は前回の時は適当につけたので、改めました。


「実は俺、女装が特技なんだ」

 

「…………え?」

 

 俺の言葉にシャルルの緊張に強張っていた顔がきょとんとした顔に変わる。

 

「……へ?」

 

 少し考え込むように数秒の間を空け、シャルルが首を傾げる。

 

「俺、女装が――」

 

「いや、聞こえてなかったわけじゃないからね?」

 

 もう一度言おうとした俺の言葉をシャルルが遮る。

 

「僕が訊きたいのは、なんで今それを?」

 

「あ、いや、なんていうか……バランス?」

 

「バランス?」

 

 俺の言葉に更にシャルルが混乱しているようだ。

 

「うん。俺の恥ずかしい特技言っておけば、シャルルの秘密を聞いてもお互い痛み分けになるかなーと思って」

 

「ぼ、僕の秘密って?」

 

「うん。シャルル、お前ってさ――」

 

 俺はシャルルの顔をじっと見つめる。シャルルはまだ混乱しているようだ。

 

「――女だろ?」

 

 じっと見つめているシャルルの顔が困惑から驚愕に変わる。どうでもいいけど今のシャルル、この教室に来てから百面相だな。

 

「そ、それってどういう……」

 

「お前が転校してきた初日からさ」

 

 シャルルの疑問に答えるために俺は口を開く。

 

「俺、お前の行動とかお前との会話の中になんか違和感を感じてたんだ。なんていうの?噛み合ってない感じっていうのかな。不自然な感じがしたんだ」

 

「うん」

 

「でも、なんかその違和感が見覚えがあるというか、身に覚えがあったんだ」

 

「…………」

 

「で、その違和感の正体知るためにこれまでシャルルのそばで観察してたんだけど」

 

「!」

 

 俺の言葉にシャルルの顔が何かに納得した顔になる。

 

「で、まあ、違和感の正体に気付いたのはつい昨日なんだけどさ」

 

「そ、その違和感の正体って?」

 

 シャルルが訊く。

 

「うん。俺、女装が特技だって言ったじゃん?その違和感がさ、俺が女装の練習し始めたころに感じた不自然さに似てたんだ。なんていうか、男の俺が女のようにふるまっても、どうしたって不自然になるんだ。その不自然さがシャルルにもあったんだ。まあものすごくちょっとのものなんだけど」

 

「そっか……」

 

「他にも、普段親しいのにたまに妙によそよそしくなるしさ。そのよそよそしくなるのも俺か一夏が『一緒に着替えようぜ』みたいに誘った時だし。それへの反応もなんか不自然だし」

 

「…うっ」

 

 そのことはシャルル自身も不自然だと自覚していたらしい。

 

「だから、妙に俺たちと一緒に着替えたがらなかったり、俺が女装したときみたいな不自然さがあるから、もしかしてシャルルって女の子なのかな~って」

 

「………」

 

 俺の言葉にシャルルはただただ驚いている。

 

「で?」

 

「え?」

 

「いや。シャルルは女?男?」

 

「ああ……」

 

 俺の言葉に黙ってしまうシャルル。

 

「さっき言ったけど、俺の話が終わってもできることなら今まで通りでいてほしい。それは俺にも言えることだ。俺はシャルルにどんな秘密があってもお前とは友達でいつづける」

 

「航平……」

 

 俺の言葉にシャルルが下を向いていた顔を上げる。

 

「……僕に秘密がある前提で話してるね」

 

「……あっ」

 

 やべ。シャルルがちゃんと男で、全部俺の勘違いって可能性を考えてなかった。

 

「あー、その、ごめん。お前が男で、全部俺の勘違いなら好きなだけ殴ってくれていいから」

 

「いや、別に殴らないよ。それに……」

 

 そこでシャルルは少しうつむき、でも、何か覚悟を決めたような表情で顔を上げる。

 

「航平の言う通りだよ」

 

「じゃあ……」

 

 俺の言葉にシャルルが頷く。

 

「僕は……女の子だよ」

 

 

 ○

 

 

 

「おう、シャルル遅かったな。あれ?航平?」

 

 シャルルの告白後、どうせなら同室の一夏にも話すべきだと提案した俺の言葉に同意したシャルルとともに一夏の部屋にやって来た。ちなみに俺はシャルルの男装の理由はまだ聞いてはいない。言いずらいことな聞かないつもりだったのだが、シャルルが話すというので聞かずに一夏の元にやって来たのだ。

 

「一夏。ちょっといいか?」

 

「ん?どうかしたのか?」

 

「ちょっと聞いてほしいことがあるんだ、僕のことで」

 

 一夏は首を傾げたが、俺とシャルルの顔を見て大事な話なんだと理解したようだ。

 

「とりあえず中で話そう」

 

「そうだな。廊下で話すようなことでもないし」

 

 一夏に招かれ、部屋の中に入る。

 一夏とともに一夏のベッドに腰掛けた俺と、その向かいの自分のベッドに腰掛けたシャルル。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 三人の間には沈黙が流れる。

 

「………あの――」

 

「二人とも、ちょっと待っててくれるかな?」

 

 沈黙に耐えかねたのか口を開こうとした一夏の言葉を遮ってシャルルが立ち上がる。

 

「お、おう」

 

「自分の好きなタイミングでいい。俺らはちゃんとお前の話を聞くから」

 

「うん」

 

 俺たちの返事を聞いて、シャルルは安堵の表情とともにIS学園のジャージを持って洗面所に入って行く。

 バタンッ。という扉の閉まる音とともに一夏が大きく息を吐く。

 

「……なあ、航平」

 

「ん?」

 

「シャルルの話ってなんなんだ?お前は知ってるのか?」

 

「………お前よりはな。でも俺も全部を知ってるわけじゃない。それに――」

 

 一夏の言葉に頷くが俺は言葉を続ける。

 

「――話すのシャルルだ。俺がお前にいう訳にはいかない。だから、待っててやってくれ」

 

「……そうか」

 

 一夏も頷いている。ちゃんとわかってくれたらしい。

 それから待つこと数分。扉の開く音が聞こえた。シャルルが出てきたようだ。

 

「お待たせ」

 

 言葉とともに向かいのベッドに腰を下ろすシャルル。そこにいたのは――

 

「これが本当の僕だよ」

 

 ――一人の少女だった。




はい、というわけでシャルルちゃんでした~。
一夏のラッキースケベつぶしてやったぜ~♪


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第40話 デュノアさんちの家庭事情

「さて、どこから話したらいいかな」

 

 シャルルが男装をやめ、俺たちの前に現れてから数分。一夏の入れたお茶を飲みつつ、少しリラックスしたところでシャルルが口を開いた。

 

「………僕が男装をしてIS学園にやって来たのは、航平と一夏の情報を手に入れるためだったんだ。実家の方からそうしろって言われて……」

 

「実家って…あのデュノア社の――」

 

「そう。僕の父がそこの社長。その人から直接の命令なんだよ」

 

 俺の言葉の最中にシャルルが頷きながら言う。

 

「命令って……親だろう?」

 

「なんでそんな――」

 

「僕はね、二人とも。愛人の子なんだよ」

 

 シャルルの言葉に俺も一夏も絶句する。いくら俺がアホでものを知らないとはいえ、『愛人の子』の意味くらいは分かる。

 

「引き取られたのが二年前。ちょうどお母さんが亡くなったときにね、父の部下がやってきたの。それで色々と検査をする過程でIS適正が高いことがわかって、非公式ではあったけれどデュノア社のテストパイロットをやることになってね」

 

 おそらくあまり言いたくないであろう話を健気に喋ってくれるシャルル。その様子に俺も一夏も黙って聞いていた。

 

「父にあったのは二回くらい。会話は数回くらいかな。普段は別邸で生活をしているんだけど、一度だけ本邸に呼ばれてね。あのときはひどかったなぁ。本妻の人に殴られたよ。『泥棒猫の娘が!』ってね。参るよね。母さんもちょっとくらい教えてくれたら、あんなに戸惑わなかったのにね」

 

 そう言って愛想笑いを浮かべるシャルルの声は全く笑っていなかった。流石にそれに愛想笑いを返せるほど俺はアホではない。むしろ、顔も見たことのないデュノアの社長とその本妻に対する怒りが沸き上がって来て、ぐっと拳を握りしめた。

 

「それから少し経って、デュノア社は経営危機に陥ったの」

 

「え?だってデュノア社って量産機ISのシェアが世界第三位だろ?」

 

 一夏の言葉と同じことを俺も思っていた。

 

「そうだけど、結局リヴァイヴは第二世代型なんだよ。ISの開発っていうのはものすごくお金がかかるんだ。ほとんどの企業は国からの支援があってやっと成り立っているところばかりだよ。それで、フランスは欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』から除名されているからね。第三世代型の開発は急務なの。国防のためもあるけど、資本力で負ける国が最初のアドバンテージを取れないと悲惨なことになるんだよ」

 

 そう言えばセシリアが以前、第三世代型の開発に関して言っていた。

 

『現在、欧州連合では第三次イグニッション・プランの次期主力機の選定中なのですわ。今のところトライアルに参加しているのは我がイギリスのティアーズ型、ドイツのレーゲン型、それにイタリアのテンペスタⅡ型。今のところ実用化ではイギリスがリードしていますが、まだ難しい状況です。そのための実稼動データを取るために、わたくしがIS学園へと送られましたの』

 

 とのことだ。つまり、おそらくはボーデヴィッヒさんが転校してきたのも同じ理由だろう。

 

「話しを戻すね。それでデュノア社でも第三世代型を開発していたんだけど、元々遅れに遅れての第二世代型最後発だからね。圧倒的にデータも時間も不足していて、なかなか形にならなかったんだよ。それで、政府からの通達で予算を大幅にカットされたの。そして、次のトライアルで選ばれなかった場合は援助を全面カット、その上でIS開発許可も剥奪するって流れになったの」

 

「なんとなく話はわかったが、それがどうして男装に繋がるんだ?」

 

「簡単だよ。注目を浴びるための広告塔。それに――」

 

 そこでシャルルは俺たちから視線を外し、苛立ちを含んだ声で続けた。

 

「同じ男子なら、突然現れた二人の特異ケースと接触しやすい。可能であればその使用機体と本人のデータを取れるだろう……ってね」

 

「それって――」

 

「そう、白式のデータを盗んでこいって。もし無理なら航平のデータを盗めって言われてるんだよ。僕は、あの人にね」

 

 話を聞く限り、その父親は一方的にシャルルを利用しているだけだ。使い捨ての駒のように。そしてそのことはシャルル自身も分かっている。シャルルが妙に自分の父親のことを他人行儀に話す理由が分かった気がした。

 

「とまあ、そんなところかな。でも二人にばれちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まあ……つぶれるか他企業の傘下に入るか、どのみち今までのようにはいかないだろうけど、僕にはどうでもいいことかな」

 

「「…………………………」」

 

「ああ、なんだか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それと、今までウソをついていてゴメン」

 

 深々と頭を下げるシャルルに俺は黙って見ているしかなかった。正直混乱しかけている。が、一夏が肩を掴んで顔を上げさせていた。

 

「いいのか、それで」

 

「え……?」

 

「それでいいのか?いいはずないだろ。親が何だっていうんだ。どうして親だからってだけで子供の自由を奪う権利がある。おかしいだろう、そんなものは!」

 

「い、一夏……?」

 

 戸惑いと怯えの表情をしてるシャルル。それでも一夏は続ける。

 

「親がいなけりゃ子供は生まれない。そりゃそうだろうよ。でも、だからって、親が子供に何をしてもいいなんて、そんな馬鹿なことがあるか! 生き方を選ぶ権利は誰にだってあるはずだ。それを、親なんかに邪魔されるいわれなんて無いはずだ!」

 

 なんだか、一夏の言葉に熱が入っている。まるで自分のことのように話している。

 

「ど、どうしたの?一夏、変だよ?」

 

「あ、ああ……悪い。つい熱くなってしまって」

 

「いいけど……本当にどうしたの?」

 

「俺は――俺と千冬姉は両親に捨てられたから」

 

「あ……」

 

 一夏の言葉に俺はさらに驚愕し、シャルルは何かを理解したらしい。

 

「その……ゴメン」

 

「気にしなくていい。俺の家族は千冬姉だけだから、別に親になんて今更会いたいとも思わない。それより、シャルルはこれからどうするんだよ?」

 

「どうって……時間の問題じゃないかな。フランス政府もことの真相を知ったら黙っていないだろうし、僕は代表候補生をおろされて、よくて牢屋とかじゃないかな」

 

「それでいいのか?」

 

「良いも悪いもないよ。そもそも僕には選ぶ権利がないから、仕方がないよ」

 

 俺と一夏の問いにシャルルが痛々しい微笑を見せながら答えた。その顔はまるで絶望すら通り越した表情だった。俺はその表情が見ていられなくてつい、口を開いてしまった。

 

「だったらここにいればいい」

 

「え?」

 

「ここにいればいいだよ!そんな嫌な親のところに帰る必要なんてない!シャルルがここにいたければここにいればいいんだよ!」

 

「でも、そんなことできるわけ――」

 

「特記事項第二一、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする」

 

 シャルルの言葉を遮るように一夏が口を開く。

 

「――つまり、この学園にいれば、すくなくとも三年間は大丈夫だろ? それだけ時間あれば、なんとかなる方法だって見つけられる。別に急ぐ必要だってないだろ」

 

 一夏の出した案は確かに使えるかもしれない。でも――

 

「ダメだ」

 

「え?」

 

 俺の言葉に一夏が俺の顔を見る。

 

「それじゃあダメだ。そのやり方じゃその場しのぎにしかならない」

 

「でも……じゃあどうするんだよっ?」

 

 俺の言葉に一夏が訊く。

 

「………一つだけ、俺に考えがある」




はいと言うわけでデュノア社の裏事情でしたー。

ここでこの場を借りて言わせていただきますが、ぶっちゃけシャルルの事情解決させずにいることが僕は納得できてませんでした。
たぶん同じように納得していなかった人ってたくさんいらっしゃると思います。
なので航平くんにはどうにか解決していただきたいと思います。
航平くんがどう解決するのか。
次回もお楽しみに~。


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第41話 家族

完全に見切り発車です。
シャルルの問題の解決策をちゃんと考えきらずにここまで来てしまいました。
どうにかひねり出した解決策です。


 コンコンっと扉をノックする音に俺と一夏、シャルルはそろってびくっと震える。

 俺の思いついたシャルルを助ける方法を話そうとした矢先だった。

 

「一夏さん、いらっしゃいます?夕食をまだ取られていないようですけど、体の具合でも悪いのですか?」

 

 セシリアだった。

 

「一夏さん?入りますわよ?」

 

 何!?まずい!今入られるのは非常にまずい!だってシャルルは男装をしていないんだから。

 

「ど、どうしよう二人とも?」

 

「と、とりあえず隠れろ」

 

「で、でもどこに?」

 

「あ!ふ、布団!ベッドに入って布団で体を隠すんだ!」

 

 俺は言葉とともにシャルルを押し倒し、その上から布団とともに覆いかぶさる。

 ガチャッとドアが開く音が響いた。

 

「よ、よおセシリア!なんだ?どうした?」

 

「あら?航平さんもいらしてたんですの?……というか、何をしていますの?」

 

「あ、ああ。まあな」

 

 セシリアの言葉に頷くがとっさに覆いかぶさっちゃった。どうしよう。

 

「い、いや、シャルルがなんだか風邪っぽいっていうから、布団をかけてやってたんだ。それだけだぞ、ははは……」

 

「……。日本では病人の上に覆い被さる治療法でもあるのかしら?」

 

「い、いやいや、俺らが大げさに心配してるだけだよ」

 

 セシリアの言葉を一夏が否定する。

 

「ほら、風邪は万病のもとっていうだろ?だから心配になっちゃってさ……」

 

「とにかくあれだ。シャルルは具合が悪いからしばらく寝るって。夕食はいらないみたいだし、航平が見ていてくれるらしいから、仕方ないから俺だけで夕食に行こうって話をしてたんだ。な?」

 

「そ、そうそう」

 

「ご、ごほっごほっ」

 

 一夏の言葉に俺は頷くがシャルルの咳の演技がわざとらしかった。そんなのでだませるのか?

 

「あ、あら、そうですの? では、わたくしもちょうど夕食はまだですし、ご一緒しましょう。ええ、ええ。珍しい偶然もあったものです」

 

 だませた!

 

「そ、それじゃあごゆっくり」

 

「シャルルのことは気にするな。俺がちゃんと見てるから」

 

「デュノアさん、お大事に。さあ一夏さん、参りましょう」

 

 そう言って一夏の手に腕をからませたセシリアは一夏とともに部屋から出ていった。

 

「「…………ふぅ」」

 

 二人が出て言った後に、俺たちは同時にため息をついた。

 

「なんとかごまかせたな」

 

「う、うん」

 

 そこで二人で可笑しくなって笑い合う。

 

「………さて――」

 

 ひとしきり笑った後で、俺は顔を真剣な表情に戻す。

 

「シャルル。お前はどうしたい?」

 

「…………」

 

「さっき一夏に聞かれたときお前言ったな。『良いも悪いもない。そもそも選ぶ権利がないから仕方がない』って。でも、そんなのお前の本心じゃないだろ?お前はどうしたいんだ?大人のいいように使われてるままでいいのか?」

 

「そ、それは……」

 

「俺はお前の味方だ。シャルルがしたいことを全力で助けるから」

 

 

「僕は……」

 

 俺の言葉にうつむく。しかし、すぐに顔を上げる。その顔はしっかりと覚悟の決まった表情だった。

 

「僕は……僕は女だよ。ちゃんと女の子として生きたいよ……」

 

 シャルルはしっかりと、しかし、強張った声で言った。その眼からは涙があふれ出ていた。

 

「………わかった。じゃあ俺は全力で助ける」

 

 シャルルの言葉に俺は頷く。

 

「よし!じゃあやってやるぜ!」

 

 俺は大声で言って気合いを入れる。

 

「じゃあ、俺の作戦の詳細だ」

 

「うん」

 

「簡単に言えば、相手がほしい情報をあげちまうんだ」

 

「え!?」

 

「で、そのうえでその情報を渡す条件として家との縁を切るんだ」

 

 俺の言葉にシャルルが困惑した表情を浮かべている。

 

「まあ今用意できる情報なんて俺の生体データくらいのものだろうけど、それだって各国がほしがっているだろうしな」

 

「で、でも――」

 

 俺の説明の途中でシャルルが口を開く。

 

「そんなことをしたら、航平に迷惑がかかるじゃないか」

 

「俺はいいんだよ」

 

「でも――」

 

 それでも食い下がるシャルル。でも俺は首を振ってシャルルの肩に手を置いて目線を合わせる。

 

「いいんだよ。……俺には記憶が無い。だから家族ってよくわからないんだ。でも、自分のことを俺の家族だと思えって、俺のことを家族みたいに大事にしてくれた人はいる。だからこそ、シャルルのところみたいな親がどうしようもなく腹が立つんだ。だから――」

 

 そこで俺はシャルルににっこりとほほ笑む。

 

「俺に協力させてくれ、シャルル。大事な友達助けるためなら俺のデータなんていくらでも差し出してやる」

 

「航平……」

 

 シャルルは俺の言葉に泣きそうな顔になる。

 

「…あ……ありがとう……」

 

「おう!」

 

 目元の涙をぬぐうシャルルの頭を俺は優しくなでた。

 

「でも――」

 

 そこで俺は一つの問題があるのを思い出す。

 

「それをするにはあの人たちを味方につけることは必須だな……」

 

 

 ○

 

 

 俺は廊下を歩きながら、これから会う相手、そしてその人に話さなければいけないことを思い浮かべると、なんだか胃が痛くなってくる。

 

「大丈夫、航平?」

 

 俺の横に立っているシャルルが心配げな顔をしている。ちなみにシャルルの服装は部屋と同じジャージだが男装に戻っていた。どうでもいいけどどうやって胸を縮めてるんだろう。さらし?

 

「お、おう」

 

 笑顔で返事をするが、たぶんその顔は強張っていることだろう。

 これから会う人物たちには事前に連絡してある。ぶっちゃけ俺のデータを勝手に渡せばその人たちが黙っていない。下手すれば……

 

「本当に大丈夫?」

 

 ぶるるっと寒気で震えた俺をシャルルが心配そうに見ている。

 

「だ、大丈夫」

 

 そんなことを言っている間に、俺たちは目的の場所に到着した。寮の一室だ。

 俺はゴクリっとつばを飲み込み、その扉をノックする。

 

「はーい」

 

 返事とともにドアが開く。

 

「待っていたぞ、梨野」

 

 そこに立っていたのは、織斑先生と山田先生だった。

 

 

 ○

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

 織斑先生の寮監室に入り、出されたお茶に手を出せずに、その場の誰も口を開かない。

 

「………あの、千冬さん」

 

「織斑先生とよ――」

 

「今は教師と生徒ではなく、俺の身元保証人の千冬さんとして聞いてほしいんです。真耶さんもお願いします」

 

「……わかった」

 

「わ、わかりました」

 

 俺の真剣具合が伝わったのだろう。二人が頷く。

 

「千冬さん。単刀直入に訊きます――」

 

 そこで大きく息を吸い込む。

 

「IS学園側はシャルルのことをどこまで知ってるんですか?」

 

「……………」

 

「???」

 

 千冬さんは無言。山田先生は頭にはてなマークを浮かべている。

 

「………それは――」

 

 数秒ほど黙っていた千冬さんが口を開く。

 

「デュノアが性別を偽っていることか?」

 

「はい」

 

「なっ!?」

 

 千冬さんの言葉に頷いた俺。そして、そのやり取りに驚きの表情で口をパクパクしながら俺と千冬さん、シャルルの顔を見比べている。

 

「これは国際的な問題だから、学園の一部のものしか知らない。このことはできるだけ他言無用で頼む」

 

 おろおろしている真耶さんに千冬さんが言う。

 

「で?お前はなぜそのことを知っている」

 

 千冬さんが訊く。

 

「普通に気付きました。なんかシャルルに違和感があったんですが、それが俺の女装での不自然さと同じだったんで。そういう面では二人に女装させられたのも悪いことばかりではなかったって思いますよ」

 

「ぷっ。はははははっ!そんな理由で気づくとは、くくくくっ」

 

 俺の答えに大笑いをする千冬さん。

 

「で?そのことを一夏は?」

 

「知ってます」

 

「そうか…」

 

「あ、あのー」

 

 そこで真耶さんが恐る恐るといった顔で手をゆっくりとあげながら口を開く。

 

「デュノア君が女の子っていうことですけど…正直信じられないんですが…」

 

 まあそりゃそうだ。

 

「あの、じゃあ女子に戻ってきましょうか?」

 

「ああ、そうしてくれ。洗面所を使ってくれればいい」

 

 そうしてシャルルが洗面所に消えてから数分。三人とも口を開かずに待っていると、洗面所の開く音ともにシャルルが出てくる。

 その姿は先ほど一夏たちの部屋で見た通りだった。男子ではありえないくらい膨らんだ胸元が女子であると主張している。

 

「あ、ありがとうございます。納得です」

 

 山田先生が少し照れながら頷く。

 

「で?話はその事か?シャルルの性別を知ってしまったのなら、誰にも言うな、としか言えんが?」

 

「いえ、俺が言いたいことはまだあります」

 

 千冬さんの言葉に首を振る。

 

「俺は…友達を――シャルルを助けたいです」

 

「…………」

 

 千冬さんは黙って俺の目をじっと見ている。

 

「どうやって?」

 

「そのためにここに来ました」

 

 千冬さんの問いに俺は口を開く。

 

「俺のデータを渡す代わりにシャルルをデュノアの家から縁を切ることを交渉しようと思っています」

 

「「…………」」

 

 俺の言葉に千冬さんも真耶さんも黙っている。

 

「お願いします!」

 

 俺は椅子から立ち上がり、頭を下げる。

 

「シャルルを助けるのに必要なんです!俺の体の詳細データを持ってるのは多分二人だと思います!だからお願いします!」

 

 俺が頭を下げるのを千冬さんも真耶さんも何も言わない。俺の横ではシャルルがうつむいている。

 

「なぜそこまでする?」

 

「え?」

 

 千冬さんの問いに俺が顔を上げる。

 

「なぜデュノアのためにここまでする?言ったら悪いが、お前にはシャルルがどうなろうと関係ないんじゃないか?」

 

「関係ないことはありません」

 

 千冬さんの言葉に俺は首を振る。

 

「だって、知っちゃいましたから」

 

 俺はつぶやくように口を開く。

 

「俺には記憶が無いから、家族の記憶もありません。そんな俺に千冬さん、言ってくれましたよね。『これからは私たちがお前の家族だ』って」

 

「…………」

 

 俺は言葉を続ける。

 

「嬉しかったんです。家族なんてわからない俺は、これが家族なんだ、家族ってこんなにもあったかいんだって、思いました」

 

「航平君……」

 

 俺の言葉に真耶さんが俺の名を呟く。

 

「もちろん世界中の家族が、みんながみんな温かいものだなんて思っていたわけではありません。シャルルみたいな家族だってあるでしょう。でも――」

 

 そう。でも――

 

「だからこそ俺は納得できない。シャルルにも俺のように血じゃなくて絆で結ばれた家族を見つけてほしいって思ったんです。だから、俺はシャルルを助けます。助けたいんです」

 

「………そうか」

 

 俺の言葉を最後まで聞いた千冬さんが口を開く。

 

「お前の考えはわかった」

 

「じゃあ――」

 

「だが、ダメだ。お前のデータを渡すことはできない」

 

「そんな……なんでですか!?」

 

 千冬さんの言葉に俺が机に手を着いて訊く。

 

「お前が私たちのことを家族だと思っているように、私たちもお前のことを大切に思っているんだ。家族の情報を渡せるわけがないだろう」

 

「っ!」

 

 そのことを考えていなかった。そりゃそうだ。俺が逆の立場でもそう言っただろう。

 俺はへたり込むように椅子に座る。

 

「………ごめんシャルル。俺…何もできなかった」

 

「ううん。そんなことないよ」

 

 俺の言葉にシャルルが首を振る。

 

「航平は今できることをがんばってやってくれた。僕のために全力で」

 

「でも、俺――」

 

 俺の言葉を遮るようにシャルルが首を振る。

 

「航平はこれ以上ないってくらい僕に協力してくれた。それだけで僕は幸せだよ」

 

 シャルルは俺に微笑む。その顔はなんだか吹っ切れた顔をしていたが、シャルルの目じりには涙が浮かんでいた。

 

「んんっ!何を二人だけで完結しているんだ。話は最後まで聞け」

 

「「え?」」

 

 千冬さんの言葉に俺とシャルルが首を傾げる。

 

「でも、俺のデータは渡せないって――」

 

「航平のデータは…な。だからと言ってこの問題を解決しないわけではない」

 

「え?」

 

 そこで千冬さんはコップに手を伸ばし、中のお茶を一口飲む。

 

「現在IS学園ではフランスとデュノア社の関係を洗っている」

 

 千冬さんの言葉に俺は首を傾げる。

 

「はぁ。ちょっと考えればわかることだろう。デュノアはフランスの代表候補生だ。しかし、デュノアは世間的には男ということになっているが実際は女だ。そのことをフランス政府が知らないはずがないだろう?」

 

「……あっ!」

 

 確かにその通りだ。つまりそれは――

 

「デュノア社とフランス政府の間には何かよからぬ関係があるってことですか」

 

「ああ」

 

 真耶さんの言葉に千冬さんが頷く。

 

「だが、いかんせん。決定的な証拠がない。だが――」

 

 そこで言葉を区切り、千冬さんがシャルルを見る。

 

「デュノア。お前が証言すれば決定的な証拠になる。デュノア社との交渉の材料になるだろう。お前をデュノア社と縁を切らせることもできるだろう」

 

 シャルルは黙って千冬さんの言葉を聞いている。

 

「まあ、どうするか決めるのはお前だ、デュノア」

 

「…………やります。お願いします!」

 

「よし、わかった」

 

 シャルルが力強く頷き、千冬さんも頷く。

 

「ありがとうございます、千冬さん!!」

 

「礼を言われることじゃない。デュノアはIS学園の生徒だ。生徒を助けるのは教師として当たり前だ」

 

 そう言って顔を逸らす千冬さんの表情は照れているように見えた。

 

「あー、照れてますねー。本当は航平君に家族として頼ってもらって、しか、その悩みをちゃんと解決できて嬉しいんですよね?ホント先生って素直じゃないですよね。息子のこと心配する素直になれない父親みたいですね」

 

 楽しそうに笑う真耶さん。

 

「……山田先生?」

 

「はい!すみません!」

 

 千冬さんが真耶さんを睨み、真耶さんがすごい勢いで頭を下げる。

 

「ぷっ。ははははははっ!」

 

 俺はその光景をついつい笑ってしまう。

 

「なんだ急に」

 

「いや、すみません。ただ、俺の家族は面白なーと思って。あと頼りになるなーって」

 

「ふんっ。いつまでも家族に頼ったままではいかんからな?」

 

「はい。わかりましたよ、〝父さん〟」

 

「っ!」

 

 俺の言葉に千冬さんが俺のことを睨み素早い動作で俺に手を伸ばし、俺の頭を掴む。俗にいうアイアンクローだ。

 

「あだだだだだだだだ!!!」

 

「誰が〝父さん〟だ。誰が」

 

「ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!」

 

「ぷっ」

 

 そんな光景を見て、今度はシャルルが噴き出す。

 

「なんだ?」

 

 俺へアイアンクローする手を放し、シャルルの方を見る千冬さん。

 

「あ、いえ。なんていうか、羨ましくなっちゃって。僕の家族も織斑先生や山田先生みたいだったらよかったのにって」

 

 そう答えたシャルルの顔は少し寂しそうだった。

 

「だったら、シャルルも俺の家族になればいいじゃん」

 

「「「え?」」」

 

 俺の言葉に三人が驚きの声を上げる。シャルルは顔を真っ赤にしている。

 

「航平。そ、それって……」

 

「そうだな。シャルルしっかりしてるし俺の姉ちゃんかな?」

 

 俺の言葉にシャルルの顔が一気に暗くなる。え、何?もしかして妹の方がよかった?

 

「って!あだだだだだだ!!」

 

 放していた手でもう一度俺の顔を掴んでアイアンクローする千冬さん。

 

「もう少し自分の言葉に責任を持て。お前の鈍感具合は一夏並なときがあるぞ」

 

「え~!?」

 

 俺何か変なこと言ったんだろうか。という疑問も千冬さんのアイアンクローで深く考えることができないのだあった。




というわけでシャルの問題も一応これにて解決です。
え?航平何もしてないじゃないかって?
…………まあそういうこともありますよ。

いや、違うんですよ!
本当は別の方法で解決するつもりだったんですよ!
でも書いてたら航平のキャラじゃなくなったんですよ!
なので急遽変更してこういった結果に……。


変更した方法はもう一個書いてるほうの主人公のキャラだったのでそっちで書きます。……たぶん。


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第42話 アヒル口

「た、ただいま……」

 

「おう、おかえり……って大丈夫か?」

 

「なんだかふらふらしてるよ?」

 

「ああ、いや、気にしないでくれ。大丈夫だ。それよりお腹すいただろう。二人に焼き魚定食をもらって来たんだ」

 

「うん、ありがとう。いただくよ」

 

「ありがとう」

 

 一夏からトレーを受け取る俺たちだったが、それをテーブルに置いた途端シャルルの笑顔が固まった。

 

「どうかしたのか?」

 

「え、えーと……」

 

「食べないと冷めるぞ。せっかく作ってもらった料理なんだから、温かいうちに食べないともったいない」

 

「そ、そうだね。うん、いただきます」

 

 どこかぎこちない笑みのシャルル。その理由もすぐに分かった。

 

「あっ……」

 

 ぽろっ。

 

「あっ、あっ……」

 

 ぽろっぽろっ。

 おかずを落としては情けない声を上げるシャルル。

 魚をほぐすまではできるようだが、どうやらうまく使えないらしい。

 

「シャルル、これ使えよ」

 

「え?」

 

 一夏が気を利かせて俺の分をフォークにしてくれていたので、それを差し出す。

 

「箸、苦手なんだろ?」

 

「う、うん。練習してはいるんだけどね」

 

「ほら」

 

「いいの?」

 

「おう」

 

 シャルルが恐る恐るといった感じで俺のフォークを受け取る。

 

「俺は箸使うよ」

 

 そう言ってシャルルが結局口を付けなかった箸を受け取る。

 

「ありがとう航平」

 

「おう」

 

 返事をしつつ箸でご飯を食べる。

 

「なあ、航平」

 

「ん?」

 

 箸で焼き魚をほぐして食べていると、その様子をじっと見ていた一夏が口を開く。

 

「前から思っていたんだが、お前って箸苦手なんじゃないのか?」

 

「おう、苦手だぜ」

 

「その割にはちゃんとつかえているように見えるけど」

 

「いやいや、ぜんぜん」

 

 俺は笑いながら否定する。

 

「食べる分には問題ないけど。俺、まだ飛んでるハエとか掴めないし」

 

「「……はい?」」

 

「ん?」

 

 俺の言葉に一夏とシャルルが首を傾げる。

 

「ハエを…掴むの?」

 

「そう教えられたぜ?箸は飛んでいるハエを掴めるようになってからが一人前だって」

 

「それ誰から聞いたんだ?」

 

「ん?織斑先生」

 

「あ~」

 

 俺の言葉に一夏が納得したような顔をする。

 

「航平。それ千冬姉にだまされてるぞ」

 

「ええ!?」

 

「俺出来ねえぞ、飛んでるハエを掴むとか」

 

 まじで!?

 

「え?でも織斑先生やってたぜ?できてたぜ?」

 

「逆にすげえな千冬姉!」

 

「あ、でも山田先生にもやってって言ったら苦笑いしてたな」

 

「そりゃそうだよ」

 

 俺の言葉にシャルルも苦笑い。

 思わぬところで千冬さんに担がれていたことを知った瞬間だった。

 

 

 ○

 

 

 

「ただいまー」

 

「おかえりー」

 

「お、おかえりなさい」

 

 部屋に戻ると一人分多い返事に不審に思い顔を上げると、着ぐるみみたいなパジャマの布仏さんの他に眼鏡の少女がいた。

 

「あ、更識さん。いらっしゃい。どうしたの?」

 

「…読み終わった頃かと思って続き持ってきた」

 

 そう言って傍らに置かれていた紙袋を見せる更識さん。

 

「おお、ありがとう。続き気になってたんだ」

 

 紙袋を受け取り、中身を確認すると先日借りたマンガの続きだった。

 先日、仮面ライダーのDVDを返した後。他にもおすすめがあるということで更識さんセレクトの何種類か漫画を借りた。ジャンルはいろいろあった。恋愛、アクション、シリアス、SF、ギャグなどなど。しかもどれも続きが気になり、読む手を止められない。結果どんどん読んでしまい、この五日間で五シリーズほど読破してしまった。

 

「そう言えば、ナッシーはどこに言ってたのー?」

 

「ん?ちょっとシャルルが困ったことになっていたから相談にのってた」

 

「フーン…」

 

 頷きながらお菓子を頬張る布仏さん。本日のお菓子はポテトチップス(うす塩)。

 

「あ、借りてたマンガ返さないとな」

 

「うん」

 

 俺は自分の机の上に置いてある紙袋に手を伸ばす。

 

「ほい。ありがとうな。面白かったよ」

 

「…どういたしまして」

 

 俺の差し出した紙袋を更識さんが受け取る。

 

「またおすすめがあったら貸してくれ。更識さんのおすすめはどれも面白いから」

 

「うん……また選んどく」

 

 俺の言葉に嬉しそうに微笑む更識さん。

 

「ねえねえ、ナッシー、かんちゃん」

 

「ん?…………何してんだ布仏さん」

 

 呼ばれて布仏さんの方を見ると二枚の半だ円に反ったポテチを二枚、反った向きを逆にし、口にくわえていた。

 

「アヒルー」

 

「…………」

 

「……本音。行儀悪い」

 

 なんて返したものかと悩む俺と的確に突っ込む更識さん。

 

「えー、このポテチ食べるときはこうするのがマナーなんだよ」

 

「え?そうなの?」

 

 知らなかった。

 

「梨野君。それ…本音の冗談だから、間に受けちゃダメ」

 

 信じてしまった俺とそれを訂正する更識さん。

 

「ぶーぶー。かんちゃんネタばらしはやいー。ナッシーってすぐウソ信じるから面白いのにー」

 

 そう言えばちょいちょい変なこと教えてくれてたけど、あれの何個か、もしくは全部うそか?

 

「ほらほらー。二人も食べるー?」

 

「まあ貰おうかな」

 

「…いただきます」

 

 布仏さんの差し出す袋から二、三枚抜き取る。

 

「うん、うまい」

 

「あー、ナッシーもかんちゃんも普通に食べてるー。ここは私みたいにやろうよー」

 

「い、嫌…」

 

「俺も普通でいいよ」

 

 布仏さんの言葉に俺も更識さんも拒否するが布仏さんはそれからも俺たちが同じ食べ方をするまで納得してくれないのであった。




ポテチのアヒルの嘴みたいにして食べるのはやりますよね。
他にもとんがりコーンを手の指にそれぞれつけて十本の指から一個ずつ食べたり。


今回は、まあ息抜きの回だったと思ってください。


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第43話 強襲

バトルシーンあります。
へたくそですがご了承ください。


「そ、それは本当ですの!?」

 

「う、ウソついてないでしょうね!?」

 

 教室に向かう途中、廊下まで聞こえる大きな声が教室から聞こえてきた。

 

「なんだ?」

 

「さあ?」

 

「今の声って、セシリアと鈴か?」

 

 一夏の問いにシャルル(男装バージョン)も首を傾げ、俺も声の主しかわからなかった。

 

「本当だってば! この噂、学園中で持ちきりなのよ? 月末の学年別トーナメントで優勝したら織斑君と交際でき――」

 

「俺がどうしたって?」

 

「「「きゃああっ!?」」」

 

 一夏の問いにクラスの女子達が取り乱した悲鳴を上げる。え?なんで?俺ら教室に入っただけだぜ?

 

「で、何の話だったんだ?俺の名前が出ていたみたいだけど」

 

「う、うん?そうだっけ?」

 

「さ、さあ、どうだったかしら?」

 

 あははうふふと話を逸らそうとする鈴とセシリア。ぶっちゃけ超怪しい。

 

「じゃ、じゃああたし自分のクラスに戻るから!」

 

「そ、そうですわね!わたくしも自分の席につきませんと」

 

 問いただす間もなく移動し始める二人。

 

「なんなんだろうな?」

 

「「さあ~」」

 

 まったく意味が分からない俺たち三人であった。

 

 

 ○

 

 

 

「一夏、航平、今日も放課後特訓するよね?」

 

「ああ、もちろんだ。今日使えるのは、ええと――」

 

「確か「第三アリーナだ」」

 

「「「わあっ!?」」」

 

 廊下で一夏とシャルルの三人で歩いていた俺たちは、そこにいきなり入ってきた予想外の人物に三人そろって驚く。

 その驚きぶりが気になったのか、いつの間にか横に並んでいた四人目、箒は眉をひそめている。

 

「……そんなに驚くほどのことか。失礼だぞ」

 

「お、おう。すまん」

 

「す、すまん…」

 

「ごめんなさい。いきなりのことでびっくりしちゃって」

 

「あ、いや、別に責めているわけではないが……」

 

 折り目正しく頭を下げて謝るシャルルに、さっきまで眉をひそめていた箒が申し訳無さそうな顔になる。

 

「と、ともかく、だ。第三アリーナへと向かうぞ。今日は使用人数が少ないと聞いている。空間が空いていれば模擬戦も出来るだろう」

 

 それは助かるなー、と思いながら俺たちはアリーナに向かう。と、そこに向かうにつれてあわただしい様子が伝わってくる。廊下を走っている生徒の姿も見かける。どうやら騒ぎの元は第三アリーナのようだ。

 

「なんだろう?」

 

「何かあったのかな?こっちで先に様子を見ていく?」

 

 シャルルはそう言って観客席へのゲートを指す。俺たちは頷いてそこへと向かった。

 

「誰かが模擬戦をしてるみたいだね。でもそれにしては様子が――」

 

 ドゴォンッ!

 

「「「「!?」」」」

 

 突然の轟音に驚いて視線を向けると、その煙を切り裂くように影が飛び出してきた。

 

「鈴!セシリア!」

 

 特殊なエネルギーシールドで隔離されたステージから観客席側に爆発が及ぶ事は無いが、それと同時に俺たちの声は向こう側には届かない。

 鈴とセシリアは苦い表情のまま爆発の中心部へと視線を向けている。そこにいたのは漆黒のIS『シュヴァルツェア・レーゲン』を駆るボーデヴィッヒさんの姿だ。

 よく見ると鈴とセシリアのISはかなりのダメージを受けている。機体の所々が損傷し、ISアーマーの一部もなくなっている。ボーデヴィッヒさんも無傷とまではいかないまでも二人に比べるとその損傷は軽いものだった。

 

「何してるんだ?――お、おい!」

 

 こちらの声が聞こえないので仕方がないが、鈴とセシリアは軽く目配せの後にボーデヴィッヒさんへと向かって行く。二対一の模擬戦のようだが、追い込まれているのは有利なはずの鈴とセシリアだった。

 

「くらえっ!!」

 

 ジャカッ!と鈴のIS『甲龍』の両肩が開く。そこに搭載された第三世代型空間圧作用兵器・衝撃砲《龍咆》の最大出力攻撃。だが、訓練機のアーマーを沈めてしまうであろうその攻撃を、ボーデヴィッヒさんは回避しようというそぶりを見せない。

 

「無駄だ。このシュヴァルツェア・レーゲンの停止結界の前ではな」

 

 衝撃砲の不可視の弾丸がボーデヴィッヒさんを狙う――が、その攻撃は届くことが無かった。

 

「くっ!まさかこうまで相性が悪いだなんて……!」

 

 右手を突き出しただけで衝撃砲を完全に無力化し、そのまま攻撃に移る。

 肩に搭載された刃が左右一対で射出され、鈴のISへと飛翔する。それは本体とワイヤーで接続されているため、複雑な軌道を描いて迎撃射撃を難なくぐり抜け、鈴の右足を捕らえる。ブレードとワイヤーの両方の特性を持つ武器のようだ。

 

「そうそう何度もさせるものですかっ!」

 

 鈴を援護する為に射撃を行うセシリア。同時にビットを射出し、ボーデヴィッヒさんへと向かわせる。

 

「ふん……。理論値最大稼動のブルー・ティアーズならいざ知らず、この程度の仕上がりで第三世代型兵器とは笑わせる」

 

 セシリアの精密な狙撃とビットによる視界外攻撃をかわすボーデヴィッヒさん。先程と同様に腕を突き出す。今度は左右同時に出し、交差させた腕の先では目に見えない何かに捕まえられたかのようにビットが動きを停止していた。

 

「動きが止まりましたわね!」

 

「貴様もな」

 

 セシリアは狙い澄ました狙撃を、しかし、ボーデヴィッヒさんの大型カノンによる砲撃で相殺される。すぐに連続射撃をしようとするセシリアだったが、ボーデヴィッヒさんは先程捕まえた鈴をぶつけて阻害した。単純だが実に効果的な攻撃だった。

 

「きゃああっ!」

 

 空中でぶつかり、一瞬姿勢を崩した二人へボーデヴィッヒさんが突撃を仕掛ける。その速度は弾丸並みで間合いを素早く詰めた。

 

「アレは!」

 

「『瞬時加速』――!」

 

 一夏や俺が使う格闘特化の技能の一つ。

 しかし、格闘戦をやるなら鈴に分がある。《双天牙月》による回転連撃を行うと思っていた俺だが、鈴は連結を解いてしまった。

 理由はすぐに分かった。ボーデヴィッヒさんの両手首に装着した袖みたいなパーツから、超高熱のプラズマ刃が展開して左右同時に鈴へと襲い掛かっていたからだ。

 

「このっ……!」

 

 前進し続けるボーデヴィッヒさんに後退しながら距離を置きながら鈴は刃を凌ぐ。アリーナの形状に合わせた機動で追い詰められないようにしている鈴だったが、再びボーデヴィッヒさんのワイヤーブレードが襲い掛かってきた。しかも今度は両肩だけでなく腰部左右に取り付けられているワイヤーブレード計六つが鈴に向かって三次元的な動きで襲い、同時にプラズマ手刀の猛攻も襲う。いくら格闘戦に慣れている鈴でもそれらすべてを捌くことは難しい。

 

「くっ!」

 

 またも、鈴はまた衝撃砲を展開して、その砲弾エネルギーを集中させる。

 

「甘いな。この状況でウェイトのある空間圧兵器を使うとは」

 

 その言葉通り、衝撃砲は弾丸を射出する寸前にボーデヴィッヒさんの実弾砲撃によって爆散した。

 

「もらった」

 

「!」

 

 肩のアーマーを吹き飛ばされて大きく体勢を崩した鈴に、ボーデヴィッヒさんがプラズマ手刀を懐へ突き刺す。

 

「させませんわ!」

 

 間一髪のところで二人の間に割りに行ったセシリアは、《スターライトmkⅢ》を楯に使って一撃を逸らす。同時に以前、俺と一夏に使った弾頭型ビットをボーデヴィッヒさんに向けて放出する。

 ドガァァァァンッ!

 半ば自殺行為のミサイル攻撃。その爆発はセシリアと鈴を巻き込み、二人を床にたたきつける。

 

「無茶するわね、アンタ……」

 

「苦情は後で。けれど、これなら確実にダメージが――」

 

 セシリアの言葉が途中で止まる。

 煙が晴れ、二人の視線の先にたたずんでいたのはボーデヴィッヒさんだった。至近距離の大爆発すらも大したダメージにはならなかったようだ。

 

「終わりか? ならば――私の番だ」

 

 ボーデヴィッヒが言うと同時に瞬時加速で地上に移動。セシリアに近距離からの砲撃を当てる。

 さらにワイヤーブレードが飛ばされた二人の体を捕まえてボーデヴィッヒさんの元にと手繰り寄せ、そこから先は一方的な暴力が始まった。

 

「ああああっ!」

 

 二人の体にボーデヴィッヒさんの拳が叩き込まれる。

 

「くそっ!あいつを止めないと!」

 

 俺はアリーナのバリーの元まで行くがそれ以上先に進めない。何か、何か手は――

 

「そうだ!一夏!『零落白夜』!!」

 

「おう!!」

 

 俺の言葉にすぐさま一夏が白式を展開、同時に≪雪片弐型≫を構築し、『零落白夜』を発動させる。

 

「おおおおおっ!」

 

 掛け声とともに本体の倍になった実体剣から放出するエネルギー剣を一夏がアリーナを取り囲むバリアーへと叩き込む。

 それと同時に俺も打鉄を展開。一夏の空けたバリアーの間を二人で突破する。

 そして射程内に入ると同時に一夏が瞬間加速。ボーデヴィッヒさんに刀を振り下ろす。

 

「その手を離せ!!!」

 

「ふん……。感情的で直情的。絵に描いたような愚図だな」

 

 一夏の刃が届くその寸前。一夏の体がびたっと止まる。

 

「俺もいるぜ!」

 

 一夏の陰から飛び出すように俺も瞬間加速。大きく剣を振りかぶる。

 

「くっ!」

 

 俺の登場にボーデヴィッヒさんが悔しげな声とともに俺たちから距離を置く。

 

「一夏!二人を頼む!」

 

「お、おう!」

 

 一夏は返事とともにボーデヴィッヒさんが離した鈴とセシリアを抱えて移動する。

 

「くっ!貴様!」

 

「悪いがお前の相手は俺がしてやるよ」

 

『大丈夫か航平!』

 

 ボーデヴィッヒさんと向かい合っている俺の耳にプライベートチャネルで一夏の声が聞こえる。

 

『大丈夫だ!お前が二人を安全な場所に運ぶくらいの時間は稼いでやる!』

 

 一夏にそう返しつつ俺は手の中の近接ブレードを握り直す。

 

「だあっ!!」

 

「ふんっ!」

 

 俺の掛け声ととみに放った一閃をボーデヴィッヒさんはプラズマ手刀で受け止められる。

 

「ほう。貴様のその太刀筋――」

 

「言っただろ。俺の師匠はブリュンヒルデだ」

 

 言葉とともにボーデヴィッヒさんと距離を開ける。

 

「ただの有象無象だと思ったが。少しお前にも興味がわいたぞ梨野航平」

 

「そりゃどうも」

 

「……では、今度は私の番だ」

 

 その言葉とともに肩の大型カノンが回転し俺の方を向く。

 ズドンッ!

 すんでのところで回避し、弾丸の土煙に紛れてブレードを上段に構えて斬りかかる。が、俺の一撃が当たる寸前に先ほどの一夏のように動きを止められる。まるで見えない腕に掴まれているように体が思うように動かない。

 

「終わりだ」

 

 停止した俺に肩の大型カノンが俺の方を向く。――ああ、やばい!

 

『航平っ、離れて!』

 

 シャルルからのプライベートチャネルとともにアサルトライフルでの弾雨が降り注ぐ。

 

「ちっ……。雑魚が……」

 

 俺を拘束していた謎の力が消え、体に自由が戻る。俺はすぐさまボーデヴィッヒさんとの距離を置く。

 

「大丈夫だった、航平?」

 

「おう。助かった」

 

 シャルルに礼を言いつつ視線をボーデヴィッヒさんに向ける。

 

「一夏、二人は?」

 

「大丈夫だ。二人とも意識はある」

 

「よかった」

 

 一夏の言葉に俺もシャルルも安堵しつつ、シャルルはボーデヴィッヒさんへの銃弾を放ち続ける。

 

「面白い。世代差というものを見せてつけてやろう」

 

 シャルルの弾丸を避け、防ぎ、例の謎の力で止めていたボーデヴィッヒさんだったが、反撃に転じるように体を低くかがめる。

 

「行くぞ……!」

 

「くっ!」

 

 ボーデヴィッヒさんがまさに飛び出そうとする瞬間、俺たちの間に影が入ってきた。

 ガギンッ!

 金属同士が激しくぶつかり合う音が響き、ボーデヴィッヒさんは割り込んできた相手を見るとすぐに加速を中断する。

 

「……やれやれ、これだからガキの相手は疲れる」

 

「千冬姉!?」「織斑先生!?」

 

 その人物の登場に俺と一夏は同時に、それぞれその人物の名を呼ぶ。その影の正体は普段と同じスーツ姿の織斑先生だった。ISどころかISすら展開していない。しかしその手にあるのはIS用近接ブレードだった。一七〇センチはある長大なそれをISの補佐なしで軽々と扱っている。つくづく俺の家族兼師匠は人間離れしている。

 

「模擬戦をやるのは構わん。――が、アリーナをのバリアーまで破壊する事態になられては教師として黙認しかねる。この戦いの決着は学年別トーナメントでつけてもらおうか」

 

「教官がそう仰るなら」

 

 素直に頷き、ボーデヴィッヒさんはISの装着状態を解除し、アーマーが光の粒子となって弾けて消える。

 

「お前たちもそれでいいな?」

 

「はい」

 

「あ、ああ……」

 

 呆けていた一夏が素で返事をする。

 

「教師には『はい』と答えろ。馬鹿者」

 

「は、はい!」

 

「僕もそれで構いません」

 

 俺たち三人が頷いたのを見て、織斑先生は改めてアリーナ内すべての生徒に向けて言った。

 

「では、学年別トーナメントまで私闘の一切を禁止する。解散!」

 

 パンッ!と織斑先生が強く手を叩いたその音は、まるで銃声のようにアリーナに響き渡った。




というわけでバトルシーンでした。
バトル描写へたくそなんでお見苦しかったかもしれません。
もうすぐトーナメントとか出てくるんで、僕は今ちょっとげんなりしてます。


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第44話 パートナー

「………………………」

 

「………………………」

 

 場所は保健室。現在第三アリーナの一件から一時間ほどが経過し、治療を受けて包帯を巻かれたセシリアと鈴がむすーとした顔でベッドの上にいた。ちなみに怪我は打撲ですんだらしい。軽くはないが命にかかわるような怪我じゃなくてよかった。

 

「別に助けてくれなくてよかったのに」

 

「あのまま続けていれば勝っていましたわ」

 

 感謝するかと思ったが、思わぬ憎まれ口。まあ別に感謝されたくて助けたわけじゃないけど。

 

「お前らなぁ……。はぁ、でもまあ、怪我がたいしたことなくて安心したぜ」

 

「こんなの怪我のうちに入らな――いたたたっ!」

 

「そもそもこうやって横になっていること自体無意味――つううっ!」

 

 ………お前らバカだろ。

 

「バカってなによバカって!バカ!」

 

「一夏さんこそ大バカですわ!」

 

 俺も一夏も口には出していない。なのにわかるとは、やはり一夏の周りには以下略。

 

「好きな人に格好悪いところを見られたから、恥ずかしいんだよ」

 

「ん?」

 

「あー……」

 

 飲み物を買って戻ってきたシャルルの言葉に一夏は首を傾げ、俺は納得する。どうやら一夏は言葉の意味が分からないというよりシャルルの言葉が聞こえなかったようだ。前から思っていたが、一夏って突発的に謎の難聴が起こるよな。耳鼻科行け耳鼻科。

 聞こえていなかったのは一夏だけだったらしく、セシリアと鈴の顔がかぁぁっと顔を真っ赤にして怒りはじめた。

 

「なななな何を言ってるのか、全っ然っわかんないわね!こここここれだから欧州人って困るのよねえっ!」

 

「べべっ、別にわたくしはっ!そ、そういう邪推をされるといささか気分を害しますわねっ!」

 

 これも前から思っていたが、こいつら図星の時の反応が分かりやすすぎるだろ。本当に見てて面白いな。

 

「はい、ウーロン茶と紅茶。とりあえず飲んで落ち着いて、ね?」

 

「ふ、ふんっ!」

 

「不本意ですがいただきましょうっ!」

 

 鈴とセシリアは渡された飲み物をひったくるように受け取って、ペットボトルの口を開けるなりごくごくと飲み干す。こいつらホント面白れえな。

 

「何よっ?」

 

「いや別に?」

 

「と言いながら、なんなんですのそのニヤニヤとした笑いはっ?」

 

「ナンデモアリマセンヨ?」

 

「「嘘だっ!」」

 

「へぶっ!」

 

 からかいすぎたらしく、空になったペットボトルを顔面に投げつけられた。空だったからそこまでダメージなかったけど。

 

「いっつ~!」

 

「~~~っ!」

 

 俺にペットボトルを投げつけたことで肩を押さえる二人。

 

「こらこら。ちゃんと安静にしてろよ。先生は落ち着いたら帰っていいって言ってたから、しばらく休んだら――」

 

ドドドドドドドッ……!

 

「な、なんだ?何の音だ?」

 

「じ、地鳴り?」

 

 廊下から響いている音に一夏が戸惑い、俺たちは保健室のドアに視線を向ける。

 すぐにドカーンッ!と保健室のドアが吹き飛んだ。いや、冗談とかじゃなく本当に吹き飛んだ。

 

「織斑君!」

 

「デュノア君!」

 

「梨野君!」

 

 文字通り雪崩れ込んできたのは数十名の女子生徒だった。ベッドが五つもあってかなり広い保健室なのに、室内はあっと言う間に人で埋め尽くされた。俺たち三人はなだれ込んだ女生徒たちに取り囲まれた。ものすごいホラーだ。人垣から無数の手が伸びてくる。

 

「な、な、なんだなんだ!?」

 

「ど、どうしたんだ!?」

 

「みんな……ちょ、ちょっと落ち着いて」

 

「「「「これ!」」」」

 

 状況が呑み込めていない俺たちにパン!と女子生徒一同が出してきたのは緊急告知文の書かれた申請書。

 

「えっと、なになに?……『今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦闘を行うため、ふたり組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは』――」

 

「ああ、そこまででいいから! とにかくっ!」

 

 そこでまた伸びてくる手。怖いっ!

 

「私と組もう、織斑君!」

 

「私と組んで、デュノア君!」

 

「梨野君、ぜひ私と!」

 

 どうしていきなりトーナメントの内容が変更になったのかわからないが、女子生徒たちの行動も腑に落ちた。学園内に三人しかいない男子と組みたいがために先手必勝でここまで来たのだろう。でも――

 

「え、えっと……」

 

 そう、シャルルは女だ。もし誰かと組むことになればそのことがばれてしまうかもしれない。実際現在シャルルは困った顔をしている。

 パンッパンッ!

 

「悪い、みんな!今ここは安静にしなきゃいけないやつがいるから、あとでゆっくり聞くってことでいいか!?」

 

「まあ、そうね」

 

「絶対あとでね!絶対だからね!」

 

 俺の言葉にその場に来ていた女子たちがとりあえずは納得してくれたようだ。ぞろぞろと保健室から出ていく女生徒たち。

 

「ふう…。とりあえずこれで良し」

 

「あ、あの、航平――」

 

「一夏っ!」

 

「一夏さんっ!」

 

 安堵のため息をついた俺に何かを言うおうとしたシャルルの声は背後から聞こえた声に遮られた。見ると、鈴とセシリアがベッドから飛び出して一夏に詰め寄っていた。

 

「あ、あたしと組みなさいよ!幼なじみでしょうが!」

 

「いえ、クラスメイトとしてここはわたくしと!」

 

 一夏を締め上げない勢いだ。ケガ人なんだから安静にしろよ。

 

「ダメですよ」

 

 いきなりの山田先生の登場に一夏や鈴とセシリアも驚いている。

 

「おふたりのISの状態をさっき確認しましたけど、ダメージレベルがCを超えています。当分は修復に専念しないと、後々重大な欠陥が生じさせますよ。ISを休ませる意味でも、トーナメント参加は許可できません」

 

 いやいや、そんな説得でこのふたりが納得するだろうか…。

 

「うっ、ぐっ……!わ、わかりました……」

 

「不本意ですが……非常に、非常にっ!不本意ですが!トーナメント参加は辞退します」

 

 あれ?意外とあっさりしている。なんで?と、俺も隣の一夏も首を傾げている。

 

「わかってくれて先生嬉しいです。ISに無理をさせるとそのツケはいつか自分が支払うことになりますからね。肝心なところでチャンスを失うのは、とても残念なことです。あなたたちにはそうなってほしくありません」

 

「はい……」

 

「わかっていますわ……」

 

 山田先生に諭されてか、ふたりは素直に納得している。

 

「一夏、航平、IS基礎理論の蓄積経験についての注意事項第三だよ」

 

 えーと……あれ?

 

「……『ISは戦闘経験を含むすべての経験を蓄積することで、より進化した状態へと自らを移行させる。その蓄積経験には損傷時の稼動も含まれ、ISのダメージがレベルCを超えた状態で起動させると、その不完全な状態での特殊エネルギーバイパスを構築してしまうため、それらは逆に平常時での稼動に悪影響を及ぼすことがある』」

 

「おお、それだ!」

 

「さすがはシャルル!」

 

 なかなか思い出せない俺たちに代わってシャルルがすらすらと解説してくれる。

 

「しかし、何だってラウラとバトルすることになったんだ?」

 

「え、いや、それは……」

 

「ま、まあ、なんと言いますか……女のプライドを侮辱されたから、ですわね」

 

 俺も疑問に思っていたことを一夏が訊き、なんだかふたりが言いにくそうにしている。何かしらの挑発があったんだろうが、代表候補生のふたりが簡単に挑発に乗るんだろうか。

 

「ああ。もしかして一夏のことを――」

 

「あああっ!デュノアは一言多いわねえ!」

 

「そ、そうですわ!まったくです!おほほほほ!」

 

 何かに閃いたらしいシャルルをふたりがすごい勢いで取り押さえた。ふたりから口をふさがれてシャルルが苦しそうにしている。

 

「こらこら、やめろって。シャルルが困ってるだろうが。それにさっきからケガ人のくせに体を動かしすぎだぞ。ほれ」

 

 そう言って一夏は鈴とセシリアの肩を指でつつくと、

 

「「ぴぐっ!」」

 

 おかしな声かつ甲高い声をあげてその場に凍り付く鈴とセシリア。

 

「………………」

 

「………………」

 

「あ……すまん。そんなに痛いとは思わなかった。悪い」

 

 恨めしそうな顔でふたりが一夏を睨む。

 

「い、い、いちかぁ……あんたねぇ……」

 

「あ、あと、で……おぼえてらっしゃい……」

 

 あらら。一夏は後で何か奢らされるかもな。

 

「で、でだ!トーナメントのパートナーどうする?」

 

 話を変えようと一夏が俺とシャルルに訊く。

 

「……こうしよう。一夏とシャルルが組め」

 

「え?」

 

「訓練機の俺よりも専用機同士の一夏とシャルルが組んだ方がボーデヴィッヒさんには対抗しやすいと思う」

 

「でも……」

 

 俺の提案にシャルルが口を開くがその先は言葉になっていない。

 

「大丈夫だよ。俺だって出るからには優勝したい。誰かパートナー見つけて優勝目指すさ」

 

「……そうか。そういうことなら俺は異論はないぜ」

 

「シャルルもそれでいいか?」

 

「う、うん。……僕…も別にいいよ」

 

 俺の言葉に一夏とシャルルが頷く。

 

「試合でぶつかっても絶対負けないからな?」

 

「もちろんだぜ」

 

 俺と一夏はそう言ってお互いの拳をゴツンとぶつけ合った。

 

「……僕は航平とが……」

 

 ん?今なんかシャルルが……

 

「ちょっといいですか梨野君」

 

 俺を呼ぶ山田先生の言葉に俺は一瞬前に考えていたことから頭が切り替わる。

 

「あ、はい。なんでしょうか」

 

「梨野君に書いてもらわないといけない書類があるので、これから職員室に来てもらってもいいでしょうか?時間はそれほどかかりませんので」

 

「はい、わかりました。悪いけどふたりとも、寮には先に帰っててくれ」

 

「おう」

 

「うん」

 

 俺の言葉に一夏とシャルルが頷く。

 そこから俺は山田先生とともに職員室に向かった。

 

 

 ○

 

 

 

「さて、トーナメントのパートナーどうしようかな」

 

 職員室での用事も終わり、寮に帰ってきた俺は部屋に向かいながらパートナーについて考える。

 

「布仏さん…は戦うタイプじゃないし…。あ!そう言えば更識さんは日本の代表候補生だったな…」

 

 そうやってパートナーの候補の顔を思い浮かべていた俺の思考は、突然横道に引っ張られたことでかき消される。

 背中には壁。俺の顔の右には誰かの手が壁をついている。俺は引っ張られたことで体勢を崩して中腰になっているようだ。

 目の前には銀色の髪と赤い瞳の目が一つ。もう一つの目は黒い眼帯に覆われている。

 

「おい」

 

 俺の目の前で俺を壁に押し付けている人物――ラウラ・ボーデヴィッヒさんが口を開く。

 

「今月行われる学年別トーナメントで私のパートナーになれ、梨野航平」




思わぬ人からの誘い。……というか脅し?
次回!航平の選択やいかに!
絶対に見てくれよな♪


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第45話 胸キュンイベント

 ある日のこと。自分の部屋で更識さんに借りた少女漫画を自分のベッドに寝転んで読んでいた俺は、同じく隣のベッドに座ってお菓子片手にファッション雑誌を読んでいた布仏さんに漫画に目を向けつつ訊く。

 

「なあ、布仏さん」

 

「んー?」

 

「女の子ってやっぱりこういうシチュエーション好きなの?」

 

「んー?どんなのー?」

 

 俺は読んでいた漫画のページを布仏さんに見せる。

 

「あー、〝壁ドン〟かー」

 

「カベドン?」

 

 布仏さんの言葉が聞き覚えがなかったので首を傾げる俺。

 

「うん、〝壁ドン〟。ほら、この漫画の中で男キャラが女キャラを壁際に追い詰めて手を壁にドンと突いてるでしょー?」

 

「あー、なるほど」

 

 納得した。壁にドンだから〝壁ドン〟か。まんまだな。

 

「しかも、壁ドンって一口に言ってもいろいろあるらしいよー。されてる場所とか手の置き方、片手か両手か、って感じでねー」

 

「へー」

 

 ちなみにその漫画の主人公の女の子は教室で壁ドンされている。男キャラ(イケメン)の方は肘を曲げて壁についている。されている方の主人公は顔を赤らめている。

 

「でも、壁に追い詰められて気分いいのか?普通に怖いんじゃないのか?」

 

「んー。追い詰められてると言っても、結局は動いたらすり抜けられるようなのばっかりだから、それもあるんじゃないかなー?なんていうか、結局は嫌なら自分で避ければいいんだし」

 

「ふーん。……まあ女の子ってのはよくわかんねぇな」

 

「まあ私もされたことないからわかんないんだけどねー」

 

「ふーん」

 

 俺は続きを読もうと漫画に顔を戻す。

 

「あっ、そうだ!ねえ、ナッシー」

 

「ん?」

 

 布仏さんに貰ったお菓子を食べながら布仏さんに顔を向ける。

 

「実際にやってみよう!」

 

「……何を?」

 

「壁ドンを」

 

「誰と誰が?」

 

「ナッシーと私が」

 

「………なんで?」

 

 俺が首を傾げると自信満々に胸を張る布仏さん。

 

「ふふーん。私気付いたんだー。わからないなら体験してみればいいんじゃないの?」

 

「ん~。そうなの…か…な?まあ別にやってもいいけど……」

 

「よーし!じゃあやってみよー!」

 

 そう言うやいなや壁の前に背中を預けた状態で立つ。どうやらこれはやるしかないらしい。

 

「……えっと、セリフも?」

 

「モチだよー」

 

「はぁ」

 

 ため息つきながら漫画を見る。ふんふん、こういうセリフね。こういう体勢ね。

 

「じゃあいくぞ」

 

「おー」

 

 布仏さんの正面に立って確認する俺に布仏さんが頷く。

 

「それじゃあ――」

 

 バンッ!

 音が出る勢いで手を、というか肘を壁に突く。目の前には布仏さんの顔がドアップに。えっと、確かここから…。

 俺は布仏さんの耳元に口を近づける。

 

「お前と友達やめるわ…いまから彼女に変更してよ」

 

「……………」

 

 あれ?反応がない。

 

「………おーい、布仏さーん」

 

 布仏さんの顔の前で手を振るが反応がない。

 

「おーい、どうした?なんか視線が合ってないぞ?てか顔赤いぞ?布仏さん?布仏さーん!?」

 

 

 ○

 

 

 なぜ俺がこんなことを思い出しているかというと。現在の俺の状況がちょうど〝逆壁ドン〟だからだ。相手はラウラ・ボーデヴィッヒ。

 これがドキドキの胸キュンイベントなんだろうか?中腰のせいか体勢的にちょっときつい。

 

「今月行われる学年別トーナメントで私のパートナーになれ、梨野航平」

 

「………は?」

 

 え?何言ったこの人。トーナメントのパートナー?俺が?ボーデヴィッヒさんの?

 

「えっと……なんで俺?」

 

 俺の言葉にボーデヴィッヒさんがふんっと小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

 

「お前は教官の弟子だろう?同じ教官の教え子同士なんだから私と組もうではないか。それに――」

 

 そこでボーデヴィッヒさんの目が鋭くなる。

 

「お前はこの学園の生徒とはどこか違う」

 

「違う…ってどこが?」

 

 記憶ないから世間知らずってか?

 

「この学園の生徒はどいつもこいつも意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションかなにかと勘違いしている。だが、お前はそのような程度の低いものたちとは違う」

 

 ボーデヴィッヒさんの目はどこか確信じみている。

 

「お前はISのことをよくわかっている。お前はどこかでISの危険性を理解している」

 

 ボーデヴィッヒさんの言葉に俺は何も言えなかった。確かにISの扱いや危険性については千冬さんからも真耶さんからも耳にタコができるほど教えられた。そしてその意味はISに乗って理解したつもりだ。今やあれはスポーツとなっているが、とんでもない。あれは下手すれば人の命だって奪う殺戮兵器になりかねない。

 

「確かにこんな程度の低い生徒の出場するトーナメントなど私一人で十分だ。だが、下手なパートナーならば足を引っ張られかねん。他人のせいで負けるなどごめんだ。だが、お前ならば少なくとも足手まといにはならんだろうからな。それに、私はお前に興味がある。お前が下手な相手と組んで私と戦う前に敗退されるくらいなら、初めから私のパートナーとして観察させてもらう」

 

 ……それ褒めてる?貶してる?てか俺って観察対象?

 

「えっと……お断りしても――」

 

 俺の言葉は顎下に感じた感触に遮られる。それは何か棒のような、しかし筒のようになっている。しかも金属でできているのか、なんだか冷たい。

 

「もう一度聞くぞ?私と組め、梨野航平」

 

 あれ?なんだろうこの胸のドキドキは。この冷たくて鋭い瞳。首元に感じるひんやりとした感触。胸のドキドキが止まらないよ!これが壁ドンの効果?てことはこれが恋っ!?

 

「いや恋じゃねえよ!」

 

「貴様は何を言っているんだ?」

 

「あ、はい。何でもないです」

 

 俺を見る目がさらに鋭くなったので、俺はできるだけ小さな動きで首を振る。

 

「はい。やらせていただきます、パートナー」

 

「そうか、それはよかった。では私が申請しておく。話は以上だ。時間を取らせたな」

 

 そう言って俺から離れると同時に左手に持った何かを俺の顎下から離す。それは大きさで言えば親指ほどの長さ、直径は一センチほど。横には何かを挟めそうなクリップ状のものがついている。それはまるで…

 

「なあ…それは?」

 

「ん?万年筆のキャップだが?」

 

 ですよねー。俺はってっきり――

 

「銃口だと思ったか?」

 

「そりゃ思うだろ。お前軍人だし」

 

「そんなもの一般人に向けると思うか?」

 

 はい思います。少なくともあなたならやりかねません。

 

「そもそも今は銃は携帯していない。まあ、これはあるがな」

 

 そう言って取り出したのは銀色の鈍い光を放つ金属片、サバイバルナイフだった。

 

「なんでそんなもん持ってんだよ!」

 

「おかしなことを言うな、お前は。普通ナイフくらい持ているだろう」

 

「持ってねえよ!」

 

 いや、持つのが普通なのか?本当はみんな持ってるのか?もしかして持って無いの俺だけか!?

 

「ふんっ。まあいい。パートナーの件、頼んだぞ」

 

 俺が考えている間にスタスタと去って行くボーデヴィッヒさんだった。




というわけで航平くんのパートナーはラウラでしたー。
まあ誘われたっていうより脅されてですけどね。

さて、これからどうなるかなー♪


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第46話 タッグマッチ

今回中途半端になりそうだったので短めです。


 六月も最終週。IS学園は月曜日から学年別トーナメント一色となっている。その慌ただしさは驚くべきほどで、今もだ一回戦が始まる直前まで全生徒が雑務や会場の整理、来賓の誘導を行っている。

 それらが終わった生徒達はすぐに各アリーナの更衣室へと走る。男子組の俺たち三人は例によってだだっ広い更衣室を貸し切り状態。おそらく反対側の更衣室には全女子生徒を収容し、大変な事となっているだろう。

 

「しかし、すごいなこりゃ……」

 

 更衣室のモニターからアリーナの様子を見ていた一夏が呟く。俺もそちらに目を向けると、一夏の呟きの意味が分かる。そこには各国政府関係者、研究所員、企業エージェント、その他諸々の顔ぶれが並んでいる。

 

「三年にはスカウト、二年には一年間の成果の確認にそれぞれ人が来ているからね。一年には今のところ関係ないみたいだけど、それでもトーナメント上位入賞者にはさっそくチェックが入ると思うよ」

 

「ふーん、ご苦労なことだ」

 

 一夏の言葉に同意する意味で俺は首を振る。そもそも俺はそんなこと気にしている場合ではない。

 

「ふたりはボーデヴィッヒさんとの対決だけが気になるみたいだね」

 

「まあ、な」

 

「お、おう。そうだな……」

 

 シャルルの言葉に俺はあいまいに頷く。

 実は俺のパートナーがボーデヴィッヒさんだということをふたりには言っていないのだ。俺のパートナーの話題になった時には無理矢理話題を逸らしたり、場合によっては逃げた。

 

「てか、いい加減教えろよ航平」

 

「え、えーっと、何を?」

 

「何をって…。航平のパートナーに決まってるじゃないか」

 

「あ、あー、うん。パートナーね?うん。パートナー……」

 

 やばい、どうする?どうしよう?どうすればいい?今更、ボーデヴィッヒさんと組みました、なんて言えねえよ。よし、ここは――

 

「じ、実はまだ決まってなくてさー。もうここは天に運を任せて抽選に任せようかなーってね」

 

「………嘘だね」

 

 俺の言葉にジト目で言うシャルル。なぬ?

 

「な、なんで?」

 

「だって航平、他の子から誘われたときに『もうパートナー決まって、申請しちゃったんだ』って言ってたじゃない」

 

「うっ」

 

 くっ!聞かれていたか。

 

「あーっと、それはー、そのー……」

 

 まずいな。これ以上はごまかせそうにない。どうする!?

 

「って、あ!対戦相手が決まったみたいぞ!」

 

 俺の言葉にふたりもモニターを見る。

 

「「――え?」」

 

 二人の顔が驚愕の表情になる。その理由を理解したとき、俺はダッシュで逃げた。

 一回戦で俺&ボーデヴィッヒペアと戦う相手は、一夏とシャルルだった。

 

 

 ○

 

 

 

「で?作戦とかあるのか?」

 

「ない。強いて言うなら私の邪魔をするな」

 

「あ、はい」

 

「それと、織斑一夏は私の獲物だ。なんなら二人とも私一人で十分だ。お前は端で見ていればいい」

 

「いや、流石にそれは…。加勢できそうならしてもいいでしょうか?」

 

「ふんっ。好きにしろ」

 

「おう」

 

 俺たちはアリーナへ向かいながら作戦会議…とも言えないような会話をする。ほんとこの人俺のこと頭数に入れてないな。他の子よりもいい、くらいにしか思ってないんだろうな。

 

「では、行きますか」

 

「………」

 

 アリーナのゲートを通る瞬間俺の言った言葉は無視された。まあだと思いましたよ。




中途半端になるんで今回はここまでです。
次回からバトル突入です。
バトル苦手な僕としては難産が予想されます。
できる限り頑張ります!


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第47話 vs一夏&シャルル

ヒッヒッフー、ヒッヒッフー
難産の末のお話です


「……………」

 

「……………」

 

 アリーナに入場と同時に俺には二人分の視線が突き刺さる。言う間でもなく一夏とシャルルだ。特にシャルルの視線が怖い。ものすごい冷たい視線だ。背筋に寒気が走るような視線だ。

 

「ふ~~ん」

 

「あのー、シャルル?」

 

「タッグが誰か言わないから、誰と組んだのかと思ったら…。君は僕たちと敵対することがお望みだったんだね?」

 

「いや、あのなシャルル――」

 

「何かな梨野君?」

 

 あれ?いつもは航平って呼ぶのに、なぜか名字で呼ばれた。なんで?

 

「えっと、シャルル、一夏。あのな――」

 

「まさか一戦目で貴様と当たるとはな、織斑一夏。待つ手間が省けたというものだ」

 

 俺がわけを話そうとするが、ボーデヴィッヒさんに遮られる。

 

「そりゃあなによりだ。こっちも同じ気持ちだぜ」

 

 あ、一夏が返事しちゃったから、なんか俺が口をはさめる雰囲気じゃなくなった。

 そしてそのまま試合開始のカウントダウンが始まる。5、4、3、2、1――スタートの合図が鳴った。

 

「「叩きのめす」」

 

 一夏とボーデヴィッヒさんが示し合わせたかのように第一声を発し、一夏が瞬間加速を行う。

 

「おおおっ!」

 

「ふん……」

 

 だがそんな一夏にボーデヴィッヒが右手を突き出す。先日の戦いでも見せた謎のシールド――AICだ。正式名称はアクティブ・イナーシャル・キャンセラー。シュヴァルツェア・レーゲンの第三世代型兵器だそうだ。先日の戦いの後、セシリアから教えてもらった。

 

「くっ」

 

 攻撃を止められたことで一夏が悔しげな声を漏らす。AICが出ることはわかっていただろうに、なぜ突っ込んできたのだろうか。

 

「開幕直後の先制攻撃か。わかりやすいな」

 

「……そりゃどうも。以心伝心で何よりだ」

 

「ならば私が次にどうするかもわかるだろう」

 

 言葉とともにボーデヴィッヒさんの肩についている巨大リボルバーが回転、一夏へと向く。

 

「させないよ」

 

 しかし、その攻撃を阻むようにシャルルが一夏の頭を飛び越えて現れる。同時にシャルルが両手に持っている六一口径アサルトカノン《ガルム》による爆破弾の射撃をボーデヴィッヒさんに浴びせる。

 

「ちっ……!」

 

 カノンの攻撃ををシャルルの射撃によってずらされ、一夏へ向けて放った砲弾は明後日の方へと行ってしまった。さらに畳みかけるシャルルの攻撃に、ボーデヴィッヒさんは急後退をして間合いを取る。

 

「逃がさない!」

 

 シャルルは即座に銃身を正面に突き出した突撃体勢へと移り、左手にアサルトライフルを一秒もかからずに呼び出した。

 これがシャルルの得意とする技能『高速切替』だ。事前呼び出しを必要とせず、戦闘と平行して行えるリアルタイムの武装呼び出し。シャルルの器用さと瞬時の判断力があってこその技能である。でも――

 

「俺のことを忘れてもらっちゃ困る!」

 

 ボーデヴィッヒさんの追撃を遮るべく、俺は実体シールドを展開し、銃弾を弾きながらシャルルへと接近、右手に展開した近接ブレードで斬りかかる。

 

「それじゃあ俺も忘れられないようにしないとな!」

 

 ボーデヴィッヒさんのAICから解放された一夏がすぐさまシャルルに向けて瞬間加速。ぶつかる瞬間にくるりとシャルルが宙返りし、お互いの位置を入れ替えた。俺は参加していないが、ふたりで行っていた特訓の賜なのだろう。

 ガギンッ!

 俺と一夏の近接ブレードがぶつかり合い、火花を散らす。

 お互いに刀を打ち合い、スラスター推力を上げていくが、訓練機の俺では専用機一夏には性能面で一歩遅れている。徐々に後方へと押されていく。

 

「くっ!」

 

 押され続けたことで焦れた俺は大きく刀を振りかぶるが、それが判断ミスだった。

 

「シャルル!」

 

「うん!」

 

 ギィィンッ!左手を添え、真横にした≪雪片弐型≫で一夏が俺の一撃を受け止める。と、同時に一夏の背後にずっと控えていたシャルルが一夏の両脇から両手を伸ばす。その両手には六二口径連装ショットガン≪レイン・オブ・サタディ≫が握られている。

 

(あ、まずった)

 

 という俺の思考は、急に感じた遠心力に掻き消される。

 シャルルのショットガンが連射される前にボーデヴィッヒさんのワイヤーブレードのひとつが俺の脚をとらえ、アリーナの脇まで俺を投げ飛ばしたのだ。ただ、この行為に俺を心配しての要素はおそらくないのだろう。なぜなら彼女は俺を投げる瞬間

 

「邪魔だ」

 

 の一言とともに一夏たちに急接近していった。ただ単に俺の存在がこの場で邪魔だったのだろう。

 

「へぶっ!」

 

 ボーデヴィッヒさんに投げ飛ばされたせいで、俺はアリーナの壁近くまで転がって行き、顔面で着地した。

 すぐさま立ち上がり、ボーデヴィッヒさんの援護に向かおうとした俺にボーデヴィッヒさんの声が飛んでくる。

 

「貴様はそこで見ていろ。こいつらは私一人で十分だ」

 

「でも――」

 

「二度も言わせるな。私の邪魔をするんじゃない」

 

 ボーデヴィッヒさんの冷たい言葉に俺もいい加減頭に来た。

 

「ああそうかよ!じゃあ勝手にしな!俺はここで見学させてもらうからな!あんた一人で二人とどこまで戦えるのか見させてもらうよ!」

 

 そう言って俺はその場に胡坐をかいて座る。近接ブレードの展開も解除だ。

 

「ふんっ。それでいい」

 

 ボーデヴィッヒさんは満足げに言うと、一夏と向かい合う。

 

「えらく舐められたものだな」

 

「事実だ」

 

 言葉と同時にふたりが動く。

 一夏は≪雪片弐型≫を右手に乗せ、左手はボーデヴィッヒさんのプラズマ手刀を扱ってる手自体を払っている。そして両足は姿勢維持に加えて、ワイヤーブレードを蹴るのにフル稼働状態。なかなかに大変そうだ。

 

「うおおおおおっ!」

 

 ギンッ!ガィンッ!ガッ!ガギンッ!

 零距離での高速格闘。一夏の刀が、ボーデヴィッヒさんのプラズマ手刀が、一夏の脚が、ボーデヴィッヒさんのワイヤーブレードが舞い、弾きあい、火花を散らす。はたから見ていると、なかなかにすごい状態だ。

 

「はあああああ!」

 

 その状況に割って入ったのはシャルルだった。一度は俺の方まで来ようとしたシャルルだったが、俺が戦う気が失せているのと、一夏の状態を考え、一夏の加勢に入ったらしい。

 

「っ!」

 

 シャルルの放つアサルトライフルによる攻撃を避け、ボーデヴィッヒさんが一夏から距離を置く。

 一夏の横にやって来たシャルルはさらにショットガンとマシンガンを呼び出す。

 

「ここからが本番だよ」

 

「ああ。見せてやるとしようぜ、俺たちのコンビネーションをな」 

 

 

 

 ○

 

 

 

「あーあー、梨野君完全にやる気なくしてますね」

 

「あいつは変なところで頑固だからな。ボーデヴィッヒの態度が頭に来たんだろう」

 

 教師のみしか入れない観察室で、モニターに映し出されている戦闘映像を眺めながら真耶と千冬はため息をつく。

 

「それに比べてすごいですねぇ。二週間ちょっとの訓練であそこまでの連携が取れるなんて。やっぱり織斑君は才能ありますね」

 

「ふん。あれはデュノアが合わせているから成り立つんだ。あいつ自体は大して連携の役には立っていない」

 

 映像の中の一夏に視線を向けつつ、千冬は辛口の評価を下す。真耶は苦笑い気味に言う。

 

「そうだとしても、他人がそこまで合わせてくれる織斑君自身がすごいじゃないですか。魅力のない人間には、誰も力を貸してくれないものですよ」

 

「まあ……そうかもしれないな」

 

 ぶすっとした態度で告げる千冬の言葉が、真耶も最近では照れ隠しであることを理解している。

 

「それにしても学年別トーナメントのいきなりの形式変更は、やっぱり先月の事件のせいですか?」

 

「詳しくは聞いていないが、おそらくそうだろう。より実戦的な戦闘経験を積ませる目的で、ツーマンセルになったのだろうな」

 

「でも一年生はまだ三ヶ月目ですよ?戦争が起こるわけでもないのに、今の状況で実戦的な戦闘訓練は必要ない気がしますが……」

 

 真耶の言うことはもっともだ。だが、その疑問を投げかけることは千冬も予測していたようだ。

 

「そこで先月の事件が出てくるのさ。特に今年の新入生には第三世代型兵器のテストモデルが多い。そこへ謎の敵対者が現れたら、何を心配すべきだ?」

 

「――あ!つまり、自衛のため、ですね?」

 

「そうだ。操縦はもちろん、第三世代兵器を積んだISも守らなくてはいけないしかし教師の数が有限である以上、それらは原則自分で守るしかない。そのための実践的な戦闘経験なのさ」

 

「ははぁ、なるほどなるほど」

 

 真耶は疑問が解けたようで頷いている。

 そこから二人はモニターに視線を戻す。そこには一対二でありながら互角に渡り合うラウラの姿があった。

 

「強いですねぇ、ボーデヴィッヒさん」

 

「ふん………」

 

 ラウラの実力にしみじみと言う真耶に対して、千冬はつまらなそうに声を漏らす。

 

「変わらないな。強さを攻撃力と同一だと思っている。だがそれでは――」

 

 一夏にも、航平にも勝てない。

 しかし、そこから先は決して口には出さない。言ってしまったら真耶にどんな顔をされるかわからないからだ。

 ワアアアっ!

 会場が一気に沸いた。その歓声が観察室にまで響いてくる。

 

「あ!織斑君、零落白夜を出しましたね!一気に勝負をかけるつもりでしょうか」

 

「さて、そんなにうまくいくかな」

 

「またまた、そんな気にしてないような態度をしなくても――」

 

「山田先生。今度久しぶりに武術組み手をしようか。せっかくだ、家族の語らいとして航平も入れて、二対一の組手をしましょう」

 

「えっとー、その一の方はもしかして……」

 

「もちろん山田先生です」

 

「いっ、いえいえっ!遠慮しておきます!最近は航平君、織斑先生に稽古してもらっているそうですし、私なんかが相手になりませんから!それに、ええとっ、生徒たちの訓練機を見ないといけませんからっ!」

 

 慌てて首を振ってついでに手も振る大忙しの真耶に、千冬は低い声で畳みかける。

 

「私は身内のネタでいじられるのが嫌いだ。そろそろ覚えるように」

 

「は、はい……。すみません……」

 

 見ていてかわいそうになるほどしぼんでしまう真耶。それがあまりにもだったのか、千冬がぽんと軽く頭を撫でる。

 

「さて、試合の続きだ。どう転がるか見物だぞ」

 

「は、はいっ」

 

 

 

 ○

 

 

 

「これで決めるっ!」

 

 零落白夜を発動させた一夏がボーデヴィッヒさんへと直進。

 

「触れれば一撃でシールドエネルギーを消し去ると聞いているが……それなら当たらなければいい」

 

 突撃する一夏にボーデヴィッヒさんのAICによる拘束攻撃が連続で襲いかかる。右手、左手、そして視線。それらの不可視攻撃に一夏は急停止・転身・急加速で何とかかわしていた。

 

「ちょろちょろと目障りな……!」

 

 ボーデヴィッヒさんは立て続けの攻撃にワイヤーブレードも加え、その姿勢は熾烈を極めた。だが、ボーデヴィッヒさんは忘れているようだ。この戦いが一対一ではないことを…。

 

「一夏! 前方二時の方向に突破!」

 

「わかった!」

 

 射撃攻撃でボーデヴィッヒさんを牽制しつつ、抜かりなく一夏への防御も行う。つくづく思うがシャルルは何でもこなす器用な奴だ。

 

「ちっ……小癪な!」

 

 ワイヤーブレードを潜り抜け、一夏はボーデヴィッヒを射程圏内へと収める。

 

「無駄だ。貴様の攻撃は読めている」

 

「普通に斬りかかれば、な。――それなら!」

 

 一夏は足元へと向けていた切っ先を起こし、体の前へと持って来る。

 

「!?」

 

 おそらく、斬撃が読まれるなら、と突撃で攻めることにしたのだろう。斬撃よりは腕の軌道が読まれにくく捕まえるのが難しくなるだろう。でも――

 

「無駄なことを!」

 

 そんな一夏の攻撃をボーデヴィッヒさんはAICを使い、一夏はピシッ!と全身の動きが止まった。

 

「腕にこだわる必要はない。ようはお前の動きを止められれば――」

 

「……ああ、なんだ?忘れているのか?それとも知らないのか?俺たちは――ふたり組なんだぜ?」

 

「!?」

 

 ボーデヴィッヒさんは慌てて視線を動かすが、もう遅かった。既に懐に入ったシャルルは零距離で素早くショットガンの六連射を叩き込んだ。次の瞬間には、ボーデヴィッヒさんの大口径レールカノンは轟音と共に爆散した。

 

「くっ……!」

 

 悔しげな表情のボーデヴィッヒさんを見ながら、俺は確信する。

 ボーデヴィッヒさんのAICには致命的な弱点がある。それは『停止させる対象物に意識を集中させていないと効果を維持出来ない』ということだ。現にシャルルの攻撃によって一夏の拘束は解除されている。

 

「手助けは?」

 

「いらん!!」

 

 俺の言葉に俺を睨みながら返事をするボーデヴィッヒさん。お~怖い怖い。

 

「一夏!」

 

「おう!」

 

 シャルルの掛け声に一夏は再度、《雪片弐型》を構え直すが、

 キュゥゥゥン………。

 

「なっ!?ここにきてエネルギー切れかよ!」

 

 途中のダメージが大きかったのか、零落白夜のエネルギー刃は音とともに消えてしまう。

 

「残念だったな」

 

 言葉とともに両手にプラズマ手刀を展開したボーデヴィッヒさんが一夏の懐に飛び込む。

 

 

「限界までシールドエネルギーを消耗してはもう戦えまい!後一撃でも入れば私の勝ちだ!」

 

 ボーデヴィッヒさんの言う通り、おそらく一夏のシールドエネルギーは後一撃でも食らえば0になるだろう。そのため、一夏はボーデヴィッヒさんの攻撃を避け、弾き続ける。

 

「やらせないよ!」

 

「邪魔だ!」

 

 援護に入ろうとするシャルルの攻撃もボーデヴィッヒさんはワイヤーブレードを使って牽制。

 

「うあっ!」

 

「シャルル! くっ――」

 

「次は貴様だ! 堕ちろっ!」

 

 一夏が被弾したシャルルに気を取られた一瞬の隙をボーデヴィッヒさんは逃さず、一夏の体を正確に捉えた。

 

「ぐあっ……!」

 

 ダメージを受けた一夏は力が抜けたように床へと落ちる。

 

「は……ははっ! 私の勝ちだ!」

 

 高らかな勝利宣言とともにとどめを刺そうとするボーデヴィッヒさん。しかし、またもや彼女は大事なことを忘れていた。

 

「まだ終わっていないよ」

 

 それは、一瞬で超高速状態へと移ったシャルルであった。

 

「なっ……!『瞬時加速』だと!?」

 

 シャルルの瞬間加速は予想外だったようだ。初めてボーデヴィッヒさんが狼狽する。

 

 

「今初めて使ったからね」

 

「な、なに……? まさか、この戦いで覚えたというのか!?」

 

 これはまた驚いた。シャルルが器用なのはわかっていたが、これはもう特徴というより、技能のひとつだろう。

 

「ふっ……。だが私の停止結界の前では無力!」

 

 そう言ってシャルルにAICを使おうとボーデヴィッヒさんは発動体勢へ。その直後、動きが止まったのは――ボーデヴィッヒさんだった。

 ドンッ!

 

「!?」

 

 いきなりあらぬ方向から射撃を受けたボーデヴィッヒは、すぐに視線を巡らせる。その先にいたのはシャルルが途中で捨てた残弾ありのアサルトライフルを構えた一夏だった。

 これはおそらく特訓の時にやっていた使用許可の下りている銃なのだろう。

 

「これならAICは使えない!」

 

「こ、のっ……死に損ないがぁっ!」

 

 そう吼えるボーデヴィッヒさん。しかしその瞳からはまだ冷静さは消えていなかった。命中精度のあまりよろしくない一夏の射撃は無視し、シャルルに集中する。AICの矛先を前方に向ける。

 

「でも、間合いに入ることは出来た」

 

「それがどうした! 第二世代型の攻撃力では、このシュヴァルツェア・レーゲンを堕とすことなど――」

 

 そこまで言って、ボーデヴィッヒさんは何かに気付いたようにハッとする。

 そう。単純な攻撃力だけなら第二世代型最強と言われる武器がる。そして俺は知っている。その武器がずっとシャルルが装備している楯の中に隠されていることを。

 

「この距離なら、外さない」

 

 盾の装甲がはじけ飛び、中からリボルバーと杭が融合した装備が露出する。六九口径パイルバンカー《灰色の鱗殼》。通称は――

 

「『盾殺し』……!」

 

 流石のボーデヴィッヒも焦っているようだ。

 

「「おおおおっ!」」

 

 ボーデヴィッヒさんとシャルルの声が重なる。シャルルは左手拳をきつく握り締め、叩き込むように突き出す。先程一夏がやったのと同じ、点の突撃だ。

 さらに、その攻撃に瞬間加速を加え、接近していく。

 

「!!!」

 

 ズガンッ!

 

「ぐううっ……!」

 

 ボーデヴィッヒさんの腹部に、パイルバンカーの一撃が叩き込まれた。その直後に、ボーデヴィッヒさんは吹っ飛んでアリーナの壁に激突する。

 その時点で俺は立ち上がる、が、誰もこちらを気にしていない。アリーナの全員の目は追撃を仕掛けようとするシャルルへと向いている。

 

「はあああ~~~っ!」

 

 パイルバンカーを構え、ボーデヴィッヒさんに接近するシャルル。しかし、それよりも早く俺は瞬間加速し、

 ガキンッ!

 展開した近接ブレードでシャルルのパイルバンカーを斬り上げ、その軌道を変える。

 

「「「っ!?」」」

 

 突然の俺の乱入に一夏やシャルルだけでなく、ボーデヴィッヒさんも驚きの表情を浮かべる。

 

「せいっ!!」

 

 気合いの一声とともにぐるりと回転し、遠心力とともに全体重の乗った蹴りをシャルルへと繰り出す。

 

「ぐっ!」

 

 咄嗟に両手をクロスさせ、俺の蹴りを受けてシャルルが数メートル飛んでいく。

 

「くっ、貴様……邪魔をするなと言ったはずだ…!」

 

 助けに入った俺を睨むボーデヴィッヒさん。俺はそんな彼女に向き直り

 

「この……馬鹿野郎が!!!」

 

「がっ!!」

 

 言葉とともにボーデヴィッヒさんの頭に近接ブレードを叩きこむ。俺の一撃を食らって顔面から地面に崩れ落ちるボーデヴィッヒさん。

 

「貴様…なにをする!!」

 

「すこしは頭冷やせ!!」

 

 俺の言葉にボーデヴィッヒさんが黙る。

 

「黙って見てりゃ、ひとりで何とかするんじゃなかったのかよ。全然なんもできてねえじゃねえか。もう、これ以上は見ていられない。いい加減飽きた!」

 

「なっ!?」

 

 俺の言葉に驚愕の表情を浮かべるボーデヴィッヒさん。

 

「今度はお前がそこで見てろ!あいつらの相手は俺だけでやる!」

 

「なっ!?貴様…!ふざけるな――」

 

「えいっ!!」

 

 立ち上がろうとするボーデヴィッヒさん。しかし俺は、片手に持った近接ブレードを爆散し少ししか残っていないボーデヴィッヒさんの大型カノンに地面と縫い付けるように突き刺す。

 

「参加したきゃこれを自力で外すんだな」

 

「くっ!こんなもの……」

 

 何とかはずそうとするが、残念ながら体勢的にも一苦労だ。しかもボーデヴィッヒさんは現在シャルルのパイルバンカーにより相当なダメージを受けている。それも合わせれば、自力で俺のブレードを抜くのは時間がかかるだろう。

 

「まあ、頑張れ。俺はお前と違って弱いから。ふたり相手に一人で十分だ、なんていうつもりはない。せいぜいお前の頭に上った血がどうにか治まるくらいの時間は稼いでやる」

 

 そうボーデヴィッヒさんに告げると、俺は一夏とシャルルに体を向ける。

 

「てなわけで悪いがここからは俺が相手になる。安心しろ。こいつと違って俺はお前ら相手に俺一人で十分、なんて天狗にはなっていない。とりあえずは今できる最大級に頑張るさ」

 

 俺の言葉に一夏もシャルルもいまだに状況が掴めないと言った顔をしているが、とりあえずは武器を構える。

 

「それじゃあ――行くぞ!」

 

 気合いとともに踏み出した俺。瞬間加速しようと背中に意識を持って行った俺は

 

「ああああああっ!!!!」

 

 背後から聞こえたボーデヴィッヒさんの身が張り裂けんばかりの絶叫に急ブレーキをかけさせられた。




はい、というわけ難産の末のバトルでした。
次回はラウラの暴走シーン。
次回も頑張ります。


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第48話 発散

「ああああああっ!!!!」

 

 突然のボーデヴィッヒさんの身を裂くような叫び声が響く。一夏たちへ挑もうとしていた俺はその足を止め、ボーデヴィッヒさんに目を向けた俺は驚愕した。

 

「いったい何が……。――!?」

 

「なっ!?」

 

 背後では同じようにボーデヴィッヒさんの様子を見ていたシャルルと一夏も驚きの声をあげる。それもそのはず。俺たちの目の前でボーデヴィッヒさんが……そのISが変形していた。

 いや、それは変形なんてものではない。装甲はドロドロのゲル状になり、ボーデヴィッヒさんの体を包んでいく。そのさまはまるで、真っ黒な深く濁った闇にボーデヴィッヒさんが飲み込まれていくようだ。

 

「なんだよ、あれは……」

 

 一夏が呟くが、その場の誰もその問いに答えられるものはいない。むしろ聞きたいのはこっちだ。

 ISは原則変形をしない、と聞いている。しかし、その当たり前を否定するように、ありえないことが着実と目の前で起こる。

 変形とも言えない、まるで粘土を作り替えていくようにグニャグニャと形を変えていくシュヴァルツェア・レーゲン。いや、もはやシュヴァルツェア・レーゲンだったもの、と言った方がいいかもしれない。

 それはボーデヴィッヒさんを飲み込んで、まるで心臓のように脈動を繰り返しながら地面に降り立つ。

 それが地面に降り立った瞬間に先ほどの倍のスピードでその形が変化し、形成されていく。

 その変化が終わった時、その場に立っていたのは黒い全身装甲のISのような何かだった。

 ボディラインはボーデヴィッヒさんのまま表面化したようなものあり、最小限のアーマーが腕と足についている。。その頭部はフルフェイスのアーマーに覆われ、目の部分には装甲の下にラインアイ・センサーが赤く光っている。

 そして、その手には唯一の武器が握られていた。

 

「《雪片》……!」

 

 背後から一夏が呟く。確かに言われて見てみると、何度か見た織斑先生の試合映像の中で、先生が使っていたものにそっくりだった。いや、似ているなんてものではない。それはまるでそのまま複写したようだ。

 俺は咄嗟に身構える。

 

「――!」

 

 その瞬間、黒いISが俺の懐に飛び込んでくる。

 

「っ!」

 

 一閃をかろうじてよけ、すぐに真後ろへバックステップ。黒いISとの距離を開ける。

 すると今度は一夏の懐に飛び込む黒いIS。居合に見立てた刀を中腰に引いて構え、必中の間合いからの必殺の一閃が一夏を襲う。特訓で何度も見た。あれは紛れもなく織斑先生の太刀筋だ。

 

「ぐうっ!」

 

 一夏の構えた《雪片弐型》が弾かれ、敵はそのまま上段の構えへと移る。――まずい!

 

「はあ!!」

 

 瞬間加速を使って一夏に接近。その場で停止する余裕はないのでほとんどラリアットを食らわせるように一夏を回収。

 

「ぐえっ」

 

 耳元で一夏が変な声を出すが構わず加速。どうにか黒いISとの距離を空ける。しかし、少しかすったらしく、一夏の白式が光とともに消える。一夏の左腕にはじわりと血がにじんでいる。

 

「ふう、危なかったな」

 

 一夏を放し、敵に警戒しつつ一夏に言った俺の言葉は一夏には届いていないようで

 

「………がどうした……」

 

「はい?」

 

 一夏が何かを呟いている。

 

「それがどうしたああっ!」

 

 叫ぶと同時に握りしめたこぶしを振り上げ、生身で敵に向かって行こうとする。

 

「ちょ!?お前何してんだよ!!」

 

 慌てて一夏を止める俺。

 

「落ち着け一夏!」

 

「離せ!あいつ、ふざけやがって!ぶっ飛ばしてやる!」

 

 ぶちっ。

 やべえ、いい加減我慢の限界だ。

 

「落ち着けって言ってんだろうが!!!」

 

「へぶっ!」

 

 打鉄を展開したままの拳を一夏の頭に叩きこむ。涙目になりながら頭を押さえて地面を転がりまわる一夏。

 

「何すんだよ!」

 

「うるせえ!!」

 

 頭を押さえながら俺を睨む一夏を睨み返しながら叫ぶ。

 

「お前らいい加減にしろよ!お前も、お前もだよラウラ・ボーデヴィッヒ!!」

 

 一夏から敵ISに視線を向ける。

 

「お前なんなんだよ!人のこと無理矢理タッグにしたくせに自分だけで戦うとか言いやがって!!しかも一人で十分とか言ってたくせに!!負けてんじゃん!!ダメじゃん!!全然じゃん!!ぜんっ~~~~ぜんっダメじゃん!!!!!!」

 

 ズビシィィィィ!っと黒いISを指さす。指された方は何の反応も示さずにそこに立っている。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

「…その……大丈夫、航平?」

 

 俺の横にゆっくりとシャルルがやってくる。

 

「はぁ…。叫んだらちょっとすっきりした」

 

 大きく息を吐き出す俺。

 

「で?どうすんの?」

 

「とにかく、俺はあいつをぶん殴るぞ。そのためにはまず正気に戻してからだ。止めないでくれよ」

 

「残念ながら止める。目の前でお前が無残に殺されるのは見たくないんでな」

 

「なんで殺される前提なんだよ!」

 

「だってお前の白式エネルギーがないだろ?」

 

「ぐっ……」

 

 俺の指摘に一夏が図星といった顔になる。まあ、あの黒いISがもとはシュヴァルツェア・レーゲンだったのだから、おそらくやつのエネルギーも残り少ない。一撃叩き込めばそれで終わるだろう。でも、その一撃を叩きこめない。現在のこのメンバーで当てれば確実に倒せるであろう攻撃力は白式だ。でも、その白式はエネルギー0。一撃どころか装甲すら展開できないだろう。

 

『非常事態発令!トーナメントの全試合は中止!状況をレベルDと認定、鎮圧のため教師部隊を送り込む!来賓、生徒はすぐに避難すること!繰り返す!』

 

「だってさ。このままいけばお前がやらなくても状況は収まる。それでもお前はやるのか?」

 

「……ああ。俺が『やらなきゃいけない』んじゃないんだよ。これは『俺がやりたいからやる』んだ。他の誰かがどうとか、知るか。大体、ここで引いちまったらそれはもう俺じゃねえよ。織斑一夏じゃない」

 

「……いいぜ。だったらのってやる!最大限協力してやる!で?エネルギーはどうする?」

 

「ないなら他から持ってくればいいんだよ」

 

「シャルル……」

 

 俺の横でシャルルが口を開く。

 

「普通のISなら無理だけど、僕のリヴァイヴならコア・バイパスでエネルギーを移せると思う」

 

「本当か!?」

 

「だったら頼む!早速やってくれ!」

 

「けど!」

 

 びしっとシャルルが俺たちに指をさしていう。珍しくその声には有無を言わせぬ迫力があった。

 

「けど、ふたりとも約束して。絶対に負けないって」

 

「もちろんだ」

 

「ここまで啖呵を切って飛び出すんだ。負けたら男じゃねえよ」

 

「じゃあ、負けたら明日からふたりは女子の制服で通ってね」

 

「えっ!?」

 

「うっ……!い、いいぜ?なにせ負けないからな!」

 

 冗談のおかげで少しその場の雰囲気が和らぐ。ただ、これが冗談で終わってくれることを願ってるよ。

 

「じゃあ、はじめるよ。……リヴァイヴのコア・バイパスを展開。エネルギー流出を許可。――一夏、白式のモードを一極限定にして。それで零落白夜が使えるようになるはずだから」

 

「おう、わかった」

 

 一夏のガントレットにリヴァイヴから伸びたケーブルが接続され、見ている俺には分からないが、おそらくエネルギーが一夏に流れ込んでいることだろう。

 

「完了。リヴァイヴのエネルギーは残量全部渡したよ」

 

 その言葉通り、シャルルの体からリヴァイヴが光の粒子となって消える。

 それと同時に一夏の白式が再度一極限定で再構成を始める。

 

「やっぱり、武器と右腕だけで限界だね」

 

「充分さ」

 

 そう言って一夏は敵ISに向き直る。俺もそちらを向く。

 

「一夏。お前はやつに一発当てることだけを考えろ。俺がお前への攻撃を全部防いでやる」

 

「いいのか?」

 

「そこは、任せる、って言ってほしいかな」

 

「……わかった。任せたぜ」

 

「おう。でも、任せられるのはいいが、倒してしまってもいいのだろう?」

 

「ははは。なんだそりゃ」

 

「この間見たアニメのセリフ」

 

「じゃあ、俺の準備が整うまでに倒せそうなら倒してもいいぜ」

 

「おう。それじゃあせいぜい頑張るさ」

 

 そして、俺たちは一歩づつ黒いISに近づいて行く。

 

「じゃあ、行くぜ偽物野郎」

 

 一夏が気合いを入れるように右手の≪雪片弐型≫を握る。俺も近接ブレードを展開――しようとしたところで展開したままだったのを思い出す。一度解除し、もう一度手元に展開。俺も近接ブレードを強く握る。

 

「零落白夜――発動」

 

 ヴン……という音とともに一夏の≪雪片弐型≫が本来の二倍ほどの大きさになる。

 と、同時に黒いISこちらを認識する。片手の雪片もどきを構えこちらに来る。どうやら狙いは一夏のようだ。一夏に向かって行く敵ISと一夏の間に割り込み、斬りかかってきた敵の一撃を受け止める。

 

「悪いけど、俺が相手だ」

 

 キンッキンッキン、と俺のブレードと敵のブレードがぶつかって火花を散らす。

 くっ、やっぱり強い。太刀筋も織斑先生そっくりだ。マネはマネ、と割り切れない強さだ。確かに本物ほどの強さはないような気がする。でも、強い。何とか捌いているが正直手一杯だ。少しでも集中力を切らせば即やられるだろう。

 

「航平!いけるぞ!」

 

「おう!」

 

 ここで返事をしたのが悪かった。その瞬間、一瞬ではあるが敵から意識を逸らしてしまった。

 俺の意識が一夏に向いた瞬間、下から斬り上げるような一閃が俺を襲う。

 

「くっ!」

 

 一瞬の判断で後ろに飛ぶが、その切っ先は俺の右腕をとらえる。体の浮遊感が消え、打鉄が光の粒となって消える。でも、俺は構わず叫ぶ。

 

「行けえ!」

 

「おう!」

 

 俺の叫びに一夏も大声で返事をし、頭上に構えていた≪雪片弐型≫を敵ISへと振り下ろす。

 

「ぐっ」

 

 後ろに背中から着地した俺が見たのは、真っ二つに切り裂かれた黒いIS、そしてそこから出てくるラウラ・ボーデヴィッヒだった。ボーデヴィッヒさんは眼帯が外れ、金色の左目があらわになっている。

 いつもの強く、冷たい雰囲気はなく、ひどく弱っているようだった。

 

「……まぁ、ぶっ飛ばすのは勘弁してやるよ」

 

 力を失って崩れるボーデヴィッヒさんを一夏が抱きかかえ、そうつぶやいた。ボーデヴィッヒさんに聞こえたかどうか、それは本人のみわかることだろう。




てなわけで、タッグトーナメントもこれにて終了ですね。
バトルシーンは日常話の倍は時間かかる気がします。
毎度毎度難産です。

あー疲れた。


追記
題名入れてませんでした。
編集しました。


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第49話 事情説明とグッドニュース

すいません編集の途中で送信してしまいました。
ちゃんと編集しなおしました。


「――そんなわけで、俺はラウラ・ボーデヴィッヒ氏とタッグトーナメント出場となったわけだ。…わかってもらえた?」

 

「うん…そんなことがあったんだ」

 

「お前も大変だな」

 

 夕食を食べながら俺は二人にボーデヴィッヒさんと組むことになった経緯を洗いざらい話した。試合当初なぜか不機嫌そうだったシャルルも事情を説明したらいつものシャルルに戻っていた。俺がふたりの敵になるつもりだとでも思っていたのだろうか。そんなわけないのにな。

 現在俺たちはつい先ほどまで教師陣からの事情聴取されており、夕食のためにここに来たの食堂終了ギリギリだった。危なく夕食抜きになるところだった。

 食堂に来てからも話を聞きたがっている女子たちをなだめつつ夕食を食べていたところにテレビに緊急告知が入った。それによると、トーナメントは中止。ただし、今後の個人データ指標と関係するため、すべての一回戦は行う。とのことだ。

 そのニュースを見た途端、周りの女子たちが落胆していた。

 

「……優勝……チャンス……消え……」

 

「交際……無効……」

 

「……うわああああんっ!」

 

 バタバタバターっと数十名が泣きながら走り去っていった。……謎だ。

 

「どうしたんだろうね?」

 

「「さあ……?」」

 

 誰も答えることができないといだった。三人ともちんぷんかんぷんだ。

 

「……………」

 

 去って行った女子の後に、一人呆然と立っている姿があった。見慣れたポニーテール姿の箒だった。

 口から魂の抜けたような呆然とした箒のもとに一夏が行く。

 

「そういえば箒。先月の約束だが――」

 

「ぴくっ」

 

 あ、反応した。あれ?先月の約束?そう言えばなんか大事があったような――

 

「付き合ってもいいぞ」

 

「――。――――、なに?」

 

 あ、思い出した。箒が一夏に告白したのを目撃したんだった。確か箒が「私が優勝したら付き合ってもらう」的なことを言ったんだったか…って、はい!?今一夏なんて言った!?

 

「だから、付き合ってもいいって……おわっ!?」

 

 突然バネ仕掛けのように大きく動き、身長差のある一夏を箒は締め上げる。

 

「ほ、ほ、本当、か?本当に、本当に、本当なのだな!?」

 

「お、おう」

 

「な、なぜだ?り、理由を聞こうではないか……」

 

 パッと一夏を離し、腕組しながら咳払いをする箒。頬に赤みが差している。まあそりゃそうだ。自分の告白に答えたんだ。しかも答えは「YES」。興奮もするだろう。

 

「そりゃ幼なじみの頼みだからな。付き合うさ」

 

「そ、そうか!」

 

「買い物くらい」

 

「………………」

 

 あちゃ~。やっちゃったな一夏。

 

「………だろうと……」

 

「お、おう?」

 

「そんな事だろうと思ったわ!」

 

 どげしっ!!!

 

「ぐはぁっ!」

 

 腰のひねりを加えた正拳が一夏の腹に叩き込まれる。

 

「ふん!」

 

 追い打ちの蹴りが一夏を襲い、箒のつま先が一夏のみぞおちに刺さる。

 

「ぐ、ぐ、ぐっ……」

 

 ずかずかと去って行く箒を視線ですら追うことのできない一夏。相当のダメージなようでその場に崩れ落ちる。

 

「一夏って、わざとやってるんじゃないかって思う時があるよね」

 

「これがわざとなら相当なゲス野郎だろ」

 

「な、なに?どういう意味だ、それは」

 

「「さあ(ね)」」

 

 俺とシャルルは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「あ、織斑君に梨野君、デュノア君。ここにいましたか。さっきはお疲れ様でした」

 

「山田先生こそ。ずっと手記で疲れなかったですか?」

 

「いえいえ、私は昔からああいった地味な活動が得意なんです。心配には及びませんよ。何せ先生ですから」

 

 えっへん、と胸を張る山田先生。なんというか、仕事とかできる人なのにこういう動作が子供っぽいな。

 

「で、ですね。実は皆さんに朗報を持って来たんです!」

 

「朗報?」

 

「なんとですね!ついについに今日から男子の大浴場使用が解禁です!」

 

「おお!そうなんですか!?」

 

「てっきり来月になると思ってました」

 

「それがですねー。今日はボイラー点検があったので、もともと生徒たちが使えない日なんです。でも点検自体はもう終わったので、それなら男子の三人に使ってもらおうって計らいなんですよー」

 

「ありがとうございます、山田先生!」

 

 感動のあまり山田先生の手を握りしめる一夏。

 しかし、この後俺たちは一つ大きな問題があったのに気付いた。そう。シャルルをどうするかである。




今回短めですが、なんとなくきりよくいきたかったのでここまでです。
続きは頑張って今日中にアップします。
あと、途中で送っちゃってすいません。


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第50話 転校生は突然に

初めに
前回の話は書ききる前にアップしてしまいました。
まあ数行のことでしたが…。


 結論。俺と一夏が先に入って、俺たちの後にシャルルだけ入るという方法を取ることにした。

 

 

「ふううぅぅぅ~~~……」

 

「はああぁぁぁ~~~……」

 

 俺と一夏は湯船に体を付けると間の抜けた声を出す。

 このIS学園、充実した設備ばかりだが、それは大浴場も例外ではない…らしい。ぶっちゃけ俺はここ以外のところを知らないからなんとも言えんが一夏は大興奮だった。あまりの興奮に体洗いながら大声で笑っていた。

 

「……というか、さっきから思っていたんだが」

 

「ん~?なんだ~?」

 

 湯船に体を付けてほっこりとしている俺に一夏が口を開く。

 

「そうしてると女にしか見えないな」

 

「ん?」

 

 言われて俺は水面に映っている自分の顔を見る。今俺は長い髪を後頭部でアップしている。

 

「なんていうか、肌キレイだし。後姿だけじゃ一瞬ドキッとするぜ」

 

「ん~、まあ女装が特技ですから」

 

 頑張って磨いたかいがありますよ。

 

「まあ、こんだけ気持ちいいとどうでもよくなるな~」

 

「な~」

 

 一夏の言葉に同意する形で俺たち二人はさらに首まで湯船につかる。

 

「あー……生き返る~……」

 

 る~……る~……る~……。

 おー、エコーだ。響くね~。

 

「…………あっ!」

 

 あっ!…あっ!…あっ!

 一夏の叫びが響く。

 

「どうしたの~?」

 

「風呂上がってからでいいから来いって千冬姉に言われてた!」

 

「お~、大変だな~」

 

「悪い。俺先にあがるわ」

 

「お~~」

 

 ペタペタペタと歩いて行く一夏。俺はそちらに顔を向けずに風呂の縁に頭を置いてボーっとする。

 カラカラカラ……。

 どうやら出て行ったみたいだなー。でもそんなのもどうでもよくなるなー。

 

(あ~、このまま寝てしまってもいいかも)

 

 カラカラカラ……。

 

(ん?誰かはいってきた?あ、一夏が忘れ物でもしたかな?)

 

 ぴたぴたぴた。

 こっちに近づいて来るな~。風呂に忘れ物かな?

 

「お、お邪魔します……」

 

 おう?なんか一夏の声がいつもより高い。風呂場だからか?……いやいやいや、さっきは普通だったぞ?

 気になって風呂の縁に頭を置いたまま視線を上に持って行く。

 そこにはさかさまのシャルルがいた。……いやまあさかさまなのは俺が逆向きに見てるからなんだけどね。でも、一番の問題はそのシャルルが一糸まとわぬ姿だということだ。いや、一糸まとわぬとはいっても当然タオルは当ててるよ?

 

「…………」

 

 まず俺は体を起こす。シャルルには背を向けたままだ。そこから顔をジャブジャブと顔を洗う。うん。目が覚めた。

 もう一度後ろを見る。

 

「って、シャルル!?」

 

「……あ、あんまり見ないで。航平のえっち……」

 

「はい!すいません!」

 

 あれ!?俺なんで謝ってんだ!?

 わからないけどとりあえず回れ右だ!

 

「どどどどどどうしたんだ?あ!あれか!一夏が上がったから俺も上がったと思ったか!?悪い!今すぐ上がる!」

 

「ま、待って!少しでいいから……その、一緒に……それとも、僕とじゃイヤ……?」

 

「いやとかじゃないけど……」

 

 そう、イヤとかじゃない。まずいのだ!俺だって記憶がないけど健全な思春期男子。それなりにそういうのも興味あるわけで。今だって心臓が痛いほどドクドクと高鳴っている。

 

「そ、その、話があるんだ。大事なことだから、航平に聞いてほしい……」

 

「お、おう」

 

 そんな風に言われたら断れない。これは聞かないわけにはいかない。

 そのままでいると、シャルルが近づいてきて湯船に入る。俺はできるだけシャルルが背後になるように徐々に回転していく。

 

「その……前のことなんだけど……」

 

「ま、前のって?」

 

「僕がここに残れるかどうか……」

 

「あー……」

 

「あれから織斑先生に相談して、これからのことが決まったんだ」

 

 そこでシャルルは言葉を区切る。

 

「僕ね、ここに残ることが出来そうなんだ」

 

「そ、そうか…」

 

 うん、あれだ。頭に入ってこない。えっと、整理しよう。つまり、シャルルはこのまま学園に残るってことだ。うん、いいことだな。でもなんで今?

 

「航平。僕、航平には感謝してるんだ」

 

「…おう」

 

「僕がここにいるって決められたのも、僕が残れるようになったのも……」

 

「……………ん?」

 

 あれ?なんでかシャルル黙った?

 

「しゃ、シャル――」

 

 声をかけようとしたところで背中に手を置かれ、そのまま後ろから抱きしめられた。背中に華奢な、しかし柔らかい感触が密着して、俺の心臓が口から飛び出しそうな勢いで跳ね上がる。

 

「航平がいてくれたから、航平が相談にのってくれたから、僕はここにいたいって思えた。ここに残れるようになったんだよ」

 

「そ、そうか……」

 

 俺としては俺が千冬さんや真耶さんからしてもらったことをしてもらった様なことをしただけだった。自分がしてもらってうれしかったから、他人にもそうであろうとしただけだ。

 

「ねえ。これからは、僕と二人きりの時は、シャルロットって呼んでくれる……?」

 

「それが本当の……?」

 

「そう、僕の名前。お母さんがくれた、本当の名前」

 

「そっか。じゃあ――シャルロット」

 

「ん」

 

 嬉しそうにシャル――ロットが返事をする。

 

「と、ところでさ――」

 

「ねえ、航平」

 

「お、おう!?」

 

 できれば離れてもらおうとしたのに遮られた。

 

「一つ約束してたの覚えてる?」

 

「…………え?」

 

 何のことだ?約束?したっけ?

 

「やっぱり覚えてなかった…」

 

「すまん。どんな約束だったっけ?」

 

「あのね――」

 

 後ろから抱き着かれたまま俺の耳元にシャルロットが口を近づける。そこから言われた言葉に、俺は一瞬凍りついてしまった。

 

 

 ○

 

 

 

「今日は、ですね……みなさんに転校生を紹介します。けど紹介は既に済んでいるといいますか。ええと……」

 

 山田先生の言葉にクラスがざわつく。そりゃそうだ。要領を得ない説明だもんな。でも、実は俺はその言葉を目の前で聞いていないなぜなら…。

 

「じゃあ、入ってください」

 

「失礼します」

 

「し、失礼します」

 

 山田先生の言葉に返事をして教室に入る。

 

「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」

 

「梨野ナナミです。いろいろあって一週間ほどこの格好で過ごすことになりました。皆さんよろしくお願いします」

 

 俺たち二人の登場にクラス内がざわつく。

 

「ええと、梨野君はいろいろあって一週間だけ期間限定で梨野さんということで。あと、デュノア君は本当はデュノアさんでした。……はぁぁ……また寮の部屋割りを組み立て直す作業がはじまります」

 

 心情お察しします、真耶さん。

 ってあれ?待てよ?深く考えてなかったけど、これまずくないか?

 

「え?デュノア君って女?」

 

「おかしいと思った!美少年じゃなくて美少女だったわけね」

 

「梨野君はなんで女装?」

 

「とうとう目覚めた?」

 

「って、織斑君、同じ部屋だったから知らないってことは――」

 

「ちょっと待って!昨日って確か、男子が大浴場使ったわよね!?」

 

 あ~やっぱりそうなるよね?

 バシーンッ!

 

「一夏ぁっ!!!」

 

 突然教室のドアを蹴破って鈴が登場。その顔は恐ろしいほど怒りに染まっている。

 

「死ね!!!!」

 

 ISを展開し、それと同時に衝撃砲が…って

 

「待って!?これ俺もやばくね!?」

 

 しかし俺の叫びもむなしく、発射された衝撃砲。

 ズドドドドオンッ!

 

「ふーっ、ふーっ、ふーっ!」

 

 怒りのあまりに肩で息をする鈴。――ん?あれ?生きてる?

 

「…………」

 

「ボーデヴィッヒさん!?」

 

 なんと俺と一夏を助けるために鈴との間に飛び込み、IS『シュヴァルツェア・レーゲン』を展開してAICで相殺したようだ。よく見ると大型レールカノンがない。

 

「助かったぜ、サンキュ――むぐっ!?」

 

「…………は?」

 

 突然の出来事に頭がついて行かない。なんで…なんでボーデヴィッヒさんは一夏にキスしてるんだ?

 あまりの展開に俺以外の人も目が点になっている。この場にいる全員が口をあんぐりとあけ、呆然としている。

 

「お、お前は私の嫁にする!決定事項だ!異論は認めん!」

 

「……嫁?婿じゃなくて?」

 

「え?そこ?」

 

 一夏の冷静なつっこみに、つい俺もつっこんでしまう。

 

「日本では気に入った相手を『嫁にする』と言うのが一般的な習わしだと聞いた。故に、お前を私の嫁にする」

 

 へ~そうなんだ。知らなかった。

 

「ところで、大丈夫だったか?」

 

「お、おう。なんとか」

 

 ボーデヴィッヒさんの言葉に頷く一夏。

 

「そうか、よかった」

 

 そう頷きながら俺にも顔を向けるボーデヴィッヒさん。

 

「そっちも大丈夫だったか、お兄ちゃん?」

 

「お、おう。俺もなんとか……」

 

 おい、ちょっと待て。今なんて言った?

 

『お、お兄ちゃん!?』

 

 ボーデヴィッヒさんの言葉に教室内がさらに驚愕にざわつく。

 

「え?ボーデヴィッヒさん?」

 

「私のことはラウラと呼べ、お兄ちゃん」

 

「………………」

 

 妹?俺の?ラウラが?記憶ないけど、俺にも家族が…。

 

「ラウラ……」

 

「ん?なんだ、お兄ちゃん」

 

 首を傾げるラウラを俺はギュッと抱きしめる。

 

「ラウラ!俺の妹よ!!今まですまなかった!!心配かけたな!!このダメな兄を許してくれ!!!」

 

 そのまま俺は号泣。まさかこんなところで俺の過去の手がかりが見つかるとは!

 

「いやいやいや!!なんかいろいろおかしいだろ!!」

 

 号泣する俺の鳴き声と一夏の全力のつっこみがIS学園に響き渡った。




記念すべき50話目。
長かったっすね。
とりあえずきりがいい数字になるようにしました。
つまり一巻25話づつの二巻までで50話ですね。
そう考えるとここからまだまだなげぇ~。
でも頑張ります!


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第51話 偽妹

昨日見たらお気に入り件数が200越え。
Хорошоです。
読んでいただいている皆さん、Спасибо!



 俺は毎朝の日課のトレーニングを終え、自室へと戻っていた。

 前回のタッグマッチではアクシデントはあったものの俺はあまり役に立てていなかったことを少しばかり悔しく思い、普段のメニューを少しづつきつくしていっている。

 毎週日曜日の千冬さんとの特訓では上達してきていると言われるのだが、正直俺には自覚できていない。どうせならもっともっと強くなりたい。

 少し前に行われたタッグマッチが行われた数日後俺の部屋は一夏の同室となった。部屋割りが変わったことで平日の朝に本音を起こす手間が減ったので以前よりももう少しトレーニングに時間を使う余裕ができている。

 本音を起こすのも、はじめは起きてくれていたのだが、だんだん俺の起こし方に慣れて来たのかなかなか起きなくなったものだ。

 そう言えば、本音と言えば部屋替えの時は少し駄々をこねられたな。あの時は――

 

 

 ○

 

 

 

「部屋割りの調整が出来ました。梨野君は織斑君の部屋になります」

 

 夕食後、俺と布仏さんの部屋に訪ねて来た山田先生は一仕事終えたようにやり遂げた顔をしていた。

 

「そうですか。先生も大変だったでしょう。お疲れ様です」

 

「いえいえ、これくらい。なにせ私は先生ですから」

 

 えっへんと胸を張る山田先生。――うん、これ以上は考えないでおこう。前に布仏さんにつねられたし。

 

「じゃあすぐに準備した方がいいですね。ちょっと待ってくだ――」

 

「ねーえー、ナッシー」

 

 自分の荷物をまとめようと動き始めた俺を布仏さんが遮る。

 

「ナッシーホントに部屋変わっちゃうの?」

 

「まあ、そういう決定だしな」

 

「やだやだ~!私ナッシーと一緒の部屋がいいー!」

 

 俺の言葉を聞いて布仏さんが俺に抱き着くようにダダをこねはじめる。

 

「ちょっと、布仏さん…」

 

 突然のことに俺もどうしていいかわからない。

 

「ナッシーと一緒がいいー!ナッシーとじゃなきゃやだー!」

 

 うーん、弱ったどうすればいいんだ。

 

「なんでそんなに俺と一緒がいいんだ?」

 

「だって……ナッシーが同室じゃなかったら誰が毎朝私を起こすのー?」

 

「俺は目覚まし代わりかよ」

 

「お菓子だって一緒に食べたいし……」

 

 しょんぼりとした布仏さんを見ているとなんともいたたまれない。山田先生も少し困惑気味だ。

 俺は一つため息をつくと、布仏さんの頭にポンと手を置いて撫でる。

 

「布仏さん、大丈夫だよ。別にこれで永遠に会えなくなるわけじゃない。クラスだって一緒だし、呼んでくれれば布仏さんの部屋に行くし、来たかったら俺の部屋に来たっていいんだ。まあ俺が行くときは同室の人がいいって言ったらだけど…」

 

「……ホントに?」

 

 俺の言葉に布仏さんが不安げに見上げてくる。

 

「本当だよ。俺にとって布仏さんはこの学校でまともに話した初めての女子なんだ。俺にとって大事な友達だ。これからももっともっと仲良くしていきたい」

 

「………わかったー」

 

 俺の言葉に頷いた布仏さんに俺はほっと一安心したが、

 

「でも!」

 

 さらに布仏さんは言葉を続ける。

 

「条件が一つだけあるの」

 

「条件?」

 

「うん。私のことを〝本音〟って呼んで。そしたら部屋変わってもいいよー」

 

 ……それだけ?下の名前で呼ぶのに何か意味があるのだろうか。

 

「うん、別にいけど…えっと、本音さん?」

 

「ぶー!〝さん〟はいらない―!呼び捨てー!」

 

「お、おう。…本音?」

 

「うんうん。それで良し」

 

 俺が呼び捨てで呼ぶと、布仏さ――本音は納得したように頷いた。なんなんだろうか、一体。

 

 

 ○

 

 

 まあ、そんな騒動もありつつ、俺は現在一夏と同室で暮らしているのだが、一夏は気が利くし、何より同じ男なので気を使う場面が少なくて助かっている。

 と、考えながら部屋の前までやって来た俺は一人の人物に遭遇する。

 

「……何やってんだ、箒」

 

「うわっ!航平か、びっくりさせるな」

 

 俺に声をかけられ、箒が飛び上がるように驚く。俺が声をかける前には熱心に髪型をいじったり咳払いをしていた。何やってたんだろう。

 

「まあ良いや。で、一夏に用なのか?」

 

「う、うむ。一緒に朝食をとろうと思ってな。あ、もちろんお前も一緒にと思ったのだが」

 

「そうか、ありがたいんだがもう少し待っててくれるか?俺今運動して来たから汗かいてて、シャワー浴びたいんだ」

 

「む、そうか。ではもう少ししてからくるとしよう」

 

「悪いな」

 

「気にするな。では後ほどまた来る」

 

 そう言って箒は去って行った。

 ………さて、これで第一の問題は解決である。一番の問題はここからだ。

 一夏が同室になって何も不満はない。そう、一夏に関しては…だ。この問題は一夏も…まあ関わっているが、どちらかと言えば一夏も被害者っぽいのだ。

 

「……はぁー」

 

 俺は一つため息をつくと、ドアを開ける。

 

「あっ!航平!頼む、助けてくれ!」

 

 自室に入った俺が見たのは、ベッドに押し倒され、銀髪の少女にキスされようとしている一夏の姿だった。

 

「ん?おお!お兄ちゃんではないか。朝からトレーニングとはせいが出るな。私も見習わなくてわ」

 

 俺の方を見ながらそう言ったのは、現在一夏を押し倒してキスを迫っている銀髪少女――ラウラ・ボーデヴィッヒだった。ちなみになぜか全裸。

 現在俺は明後日の方向を見てラウラの体を視界に入れないようにしている。

 なぜラウラがここにいるかは不明。朝トレーニングに行こうと五時に起きた俺は一夏の布団が不自然に膨らんでいた。不思議に思って布団をめくったところ、きれいな銀髪と全裸の女子の体が出て来たので、すぐさま布団を戻し、トレーニングに向かったのだ。俺はこの時俺の見たものが今日俺の見ていた夢の延長だと思っていた。そう信じていたのだが、現実とは残酷なものだ。

 ちなみに箒に時間を空けてくるようにしたのもこれが原因だ。こんな場面見られたら一夏はタダの肉片になってしまうかもしれない。

 

「……とりあえずラウラは服着てくれる?目のやり場に困る」

 

「どうしてだ?兄妹とはすなわち家族だ。家族の裸など気にするようなものではないだろう?」

 

「……あのさあ、これで何回目か忘れたけど、俺お前のお兄ちゃんじゃないからな?」

 

 そう。今日まで何度か言ったことだ。そして――

 

「何を言うか。お兄ちゃんは教官の弟子だ。教官の弟子になろうとしている私にとってはお兄ちゃんは兄弟子だ。兄弟子なので私の兄と考えても間違っていないだろう。それに、日本人の男は皆〝お兄ちゃん〟と呼ばれたがっているのだと知り合いに聞いたぞ」

 

 この返事も前に聞いたものと同じだ。初めは本当の妹だと信じていたが、詳しく聞いてみると、つまりはどこからの知識かもわからない知識でのことだったようだ。結局記憶を失う以前の俺のことはわからず終いだった。

 

「……もう…お兄ちゃんでも兄貴でもなんでもいいから、とりあえず服を着てくれ。頼むから」

 

「むぅ……まあお兄ちゃんがそういうなら…」

 

「ふう、助かった……」

 

 俺の言葉に素直に頷いたラウラを見て一夏が安堵のため息をつく。

 

「そういやいまさらだけど、ラウラ、眼帯外したのか」

 

 一夏の言葉に俺もラウラの顔を見る。その左目はいつもは覆われているはずの眼帯がなく、金色の瞳が現れている。

 ラウラの左目は昔行った手術の影響で変わってしまったらしい。ラウラ自身はこの左目に引け目を感じていたと聞いていたが…。

 

「確かに、かつて私はこの目を嫌っていたが、今はそうでもない」

 

「へぇ、そうなのか。それは何よりだ。うんうん」

 

 うんうんと頷く一夏を見つめるラウラの頬が桜色に染まる。

 

「よ、嫁がきれいだと言うからだ……」

 

 あー、好きな人に褒められたからってことですな。前は刃物みたいに鋭い目をしていたのに、今は恋する乙女のような目になっている。まあそれはいいことだと思う。だが相手が問題だ。相手がこの鈍感一夏だったら苦労すると思う。ライバルも多いし。

 というかいい加減一夏の鈍感具合には呆れてきた。

 

「……とりえず、俺はシャワー浴びるから、あとは若い二人でごゆっくり…」

 

「ちょ!航平!」

 

「嫁よ。お兄ちゃんもこう言っていることだし、お言葉に甘えさせてもらおう」

 

「ラウラまで!ちょ!だから馬乗りになるなよ!」

 

 俺がシャワーを浴びるために洗面所に行き、俺が出てくるまで存分にイチャイチャした(ラウラ視点では)二人だった。

 

 

 

 

 




というわけで、ラウラは主人公の妹ではありませんでした。
まあ皆さん分かっていたでしょうけどね。


さて、これからリアルの方が少し忙しくなるので更新が不定期になるかもしれません。
更新はしますがその頻度が毎日じゃなくなると思います。


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第52話 妄想暴走爆走

投稿できそうだったので投稿


「なあ、これって何だ?」

 

「ああ、それはね――」

 

 放課後、夕日を浴びながら図書室でシャルロットと航平は図鑑を机に置いて隣同士に座っていた。

 

「なるほど、流石はシャルロット。物知りだな」

 

「そんなことないよ」

 

「悪いな。俺が記憶ないから知識深めるのに協力してもらっちゃって」

 

「ううん。そんなの全然いいんだよ。でも、僕でよかったの?他にもセシリアたちだっていたのに」

 

「いいんだよ。俺がシャルロットといたかったんだよ」

 

「えっ?」

 

「なんていうか、シャルルと一緒にいると楽しいし」

 

 そう言った航平の顔は少し赤く染まっていた。それは夕日だけではないだろう。

 

「航平…」

 

「でさ!もう一個聞きたいことがあるんだ」

 

 話題を変えるように航平は図鑑を手に立ち上がりながら言った。

 

「ん?何が知りたいの?」

 

「うん、実はさ……」

 

 シャルロットの後ろの本棚に図鑑をしまいながら、航平は口を開く。その顔はシャルロットに背を向けているのでシャルロットにはわからない。

 

「俺、最近変なんだ。シャルロットと一緒にいると楽しいのに、シャルロットが一夏と話してるの見てると、胸がざわついて苦しくなるんだ……」

 

「それって……」

 

「二人っきりの時もおかしいんだ。シャルロットと話してて、俺にもよくわからないけどなぜか――」

 

 そこまで言ったところで航平は急に立ち上がり、イスに座ったままのシャルロットを抱きしめる。

 

「こうしたくなるんだ」

 

「え!?こ、航平!?」

 

 驚いて慌てるシャルロット。しかし航平はさらにギュッとシャルロットを抱きしめる。

 

「なあ、シャルロット。俺、記憶が無いからわからないんだ。この気持ちはおかしいのかな?俺、なんか変な病気なのかな?」

 

「航平……」

 

 航平の言葉にシャルロットは自分の体から力を抜き、航平を抱き返す。

 

「心配しなくてもいいんだよ、航平。その気持ちは何もおかしいことなんてないんだよ」

 

「……じゃあ…こうしたくなるのも?」

 

 シャルロットから体を離し、シャルロットへと顔を近づけていく。

 

「航平……」

 

「シャルロット……」

 

 ふたりの他に誰もいない図書室で徐々に二人の顔は近づいて行く。ふたりの瞳にはお互いの顔が映りこむ。

 窓から差し込むオレンジ色の光が包み込む図書室の中で、ふたりの影が重なっていき――

 

「――あ、れ?」

 

 寝起きでぼんやりする頭でシャルロットは状況を確認するために上体を起こし、周りを見渡す。

 今いるのはIS学園一年生寮のシャルロットの部屋。時刻は六時半。

 

「………………」

 

 徐々にはっきりとしてくる頭で現状を把握し始める。

 

「夢…かぁ……」

 

 はぁぁぁぁ……っと大きくため息をつきながらベッドに倒れ込む。

 

(せめてもう十秒くらい……)

 

 夢の内容を脳内でもう一度再生する。

 

「………………」

 

 ぼっとシャルロットの顔が赤く染まる。

 

(と、図書室で、なんて……)

 

 そう思いながらもシャルロットの胸はドキドキと高鳴っている。

 

(ぼ、僕は何を考えてるんだろうね……)

 

 頭まで布団を被り、同室の人物にかを見られないように隠す。しかし、彼女の同室、ラウラは現在一夏の部屋にいるので隠そうと隠すまいとあまり変わらないのであるが…。

 

(……今眠れば夢の続きが見れるかな……)

 

 そんな淡い期待を抱きつつシャルロットは瞼を閉じた。

 

(でもせっかく夢なら、もうちょっとエッチな内容でも僕は全然かまわな――)

 

 そこまで考えたところで自分が今何を思ったのかを理解したシャルロットは顔を真っ赤にする。

 

「な、何を考えているんだろうね、僕は」

 

 高鳴る鼓動を沈めながらシャルロットはさらに強く瞼を閉じた。

 

 

 ○

 

 

 俺たちは現在寮の食堂で朝食をとっている。流石というかなんというか、一夏が絡むと箒もラウラも静かに朝食をとることはない。

 ラウラが一夏にパンを口移しに食べさせようとしたり、そのことで箒が怒ったり、一夏が自分の好みを「おしとやかな女の子」と言ったりと、いろいろと騒がしかった。

 そんなことをやっていると

 

「わああっ!ち、遅刻っ……遅刻するっ……!」

 

 バタバタと忙しそうにシャルロットが食堂に駆け込んできて、余っている定食を手に取る。

 

「よ、シャルロット」

 

「おはよー」

 

「あっ、一夏……と、航平。お、おはよう」

 

 ちょうど俺の横が空いていたので手招きする。

 真面目なシャルロットがこんなに遅くやってくるとは珍しい。相当焦っている。確かに今から朝食を食べるのなら大急ぎで食べないと授業に間に合わないだろう。

 

「どうしたんだ?いつも時間にしっかりしてるシャルロットがこんなに遅いなんて」

 

「う、うん、ちょっと……その、寝坊……」

 

「へぇ、シャルロットでも寝坊するんだな」

 

「う、うん、まあ、ね……。その……二度寝しちゃったから」

 

 食べるのが忙しいのだろう。少し歯切れが悪い。しかもさっきから気になっていたのだが、シャルロットは俺から距離を置いているような……。

 

「なあ、シャルロット」

 

「う、うん?」

 

「もしかして、俺のこと避けてる?」

 

「そ、そんなことは、ないよ?うん。ないよ?」

 

 う~ん。怪しい。否定する割に俺の方見ないし。なんか警戒されている気がする……。

 ま、いっか。あんまり問い詰めるのもなんだし。

 しかし――

 

「こ、航平?ずっと僕の方を見てるけど、ね、寝癖でもついてる?」

 

「いや、大丈夫だ。ただなんて言うか、改めて女子の格好のシャルロットを見てると、なんだか新鮮だなって思って。もちろんいい意味で」

 

「いい意味って?」

 

「うん。似合ってるっていうか、かわいいと思うぞ」

 

「か、かわっ?」

 

 俺の言葉に顔を赤くするシャルロット。褒められなれていないのかな?

 と思っていたところに

 キーンコーンカーンコーン。

 

「うわあっ!い、今の予鈴だぞ、急げ!」

 

 という一夏の言葉を背中に受けながら俺たち四人はもうすでに食堂を出ようとしている。

 

「お、おいお前ら置いていくな!今日は確か千冬姉――じゃなくて、織斑先生のSHRだぞ!」

 

 だからだよ。織斑先生の授業に遅れるなんて=死だ。

 

「悪い一夏。俺はまだ死にたくない」

 

「航平に同じく」

 

「私も二人に同じく」

 

「ごめんね、一夏」

 

「ぬああ。なんてやつらだ!どうせ死ぬなら一緒に死のうぜ!?」

 

「「「「無理!!」」」」

 

 一夏の叫びに俺、ラウラ、箒、シャルロットが返事をしながら走っていく。

 

「行くよ、航平っ」

 

 上履きを履き替えたところでシャルロットが俺の手を掴む。

 

「飛ぶよ」

 

「は?」

 

 訊き返そうとした俺の言葉は専用機『ラファール・リヴァイブヴ・カスタムⅡ』の脚のスラスターと背部推進ウイングだけをシャルロットが部分展開したことで遮られる。

 

「うわっ!」

 

 ぐんと体が下に引っ張られ、ISの飛翔能力によって俺とシャルロットはあっという間に教室に着いた。

 

「到着っ!」

 

「おう、ご苦労なことだ」

 

 なぜだ。まだ授業は始まっていないのに。まだ本鈴は鳴っていないはずなのに、後ろから織斑先生の声が聞こえた気がする。

 恐る恐る後ろを振り返った俺たちの目の前にいたのは我らが鬼教師織斑先生だった。

 あ、終わった。

 

「本学園はISの操縦者育成のために設立された教育機関だ。そのためにどこの国にも属さず、故にあらゆる外的権力の影響を受けない。がしかし――」

 

 スパァンッ!振り下ろされる出席簿アタック。

 

「デュノア、敷地内でも許可されていないIS展開は禁止されている。意味はわかるな?」

 

「は、はい……。すみませんでした……」

 

 真面目なシャルロットが規律違反をしたことがクラスメイト達には信じられなかったらしい。みな唖然としている。

 俺とシャルロットが怒られている間に箒とラウラは難なく着席。くそっ。

 

「デュノアと梨野は放課後教室を掃除しておけ。二回目は反省文提出と特別教育室での生活をさせるのでそのつもりでな」

 

「「はい……」」

 

 織斑先生の言葉に俺たちは頷くしかない。

 

「それと――」

 

 スパァンッ!

 

「お前はグランドを十周して来い、織斑」

 

「は、はい」

 

 箒やラウラの時のようにはいかず、織斑先生に捕まってしまった一夏は意気消沈しながらとぼとぼと教室から出て行った。

 相変わらず織斑先生は一夏には厳しい。身内だからかな?いやよいやよも好きのうち?

 

「おい、梨野。お前も織斑と一緒に走ってくるか?」

 

「い、いえ!結構です!」

 

 毎度思うが、なんでわかるんだよ織斑先生。




久々でした。
お久しぶり?です。
とりあえずリアルの方が区切りがついたので投稿しました。
ここからまた投稿を再開しますが、毎日は無理だと思います。


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第53話 あだ名

ちょっとごたついて更新が遅れました。
あと、ちょっと短めです。


 放課後、俺とシャルロットは教室の掃除を行っていた。夕暮れの茜色に染まる教室には俺たち以外の姿はない。というのも本当ならIS学園は俺たち生徒が掃除をしなくても、毎日専属の業者が掃除をし、教室や廊下や天井に至るまでピッカピカにするのだ。

 なので本来ならする必要のない掃除は生徒への罰則となっているわけで、俺たちはその罰則を受けているのだ。

 

「なんだかあの日みたいだな」

 

「え?」

 

「ほら。俺がシャルロットの男装を見抜いた日。あの日もこんな感じの夕日だったなって思ってさ」

 

「ああ……」

 

 掃除をする手を止めて窓の外に目を向ける俺の横でシャルロットも顔を向ける。

 

「あのときはびっくりしたよ。急に『俺の特技は女装だ』なんて言うんだもん」

 

「ア、アハハハ~。ちょっといきなりすぎたかな……」

 

 シャルロットは楽しそうに笑い、俺は苦笑いを浮かべる。

 あの時俺は相当テンパっていたので少々脈略が無かったかもしれない。

 俺がぼんやりと外を眺めている間も着々と掃除を進めていく。俺もちゃんとやらないと。

 

「ん、んん~!」

 

「あっ、無理すんな。机は俺が運ぶぜ?」

 

 普通の机なら平気だっただろうが、その持ち主が悪かった。その机は岸里さんのものだろう。彼女は教科書を全部置きっぱなしにしている。よくやるよ。俺なんかその都度持って帰ってその日に予習復習しないと授業に着いて行けないってのに

 

「へ、平気だよ。一応これでも専用機持ちなんだし、体力は人並みに――」

 

 と、言葉を続けたシャルロットだったが、流石に重量に負けて足を滑らせる。俺は咄嗟に後ろからシャルロットの体ごと支える。

 

「あっぶね~。……大丈夫だったか?」

 

「う、うん」

 

「無理すんなよ。ダメなら俺に頼れよ」

 

「……あ、ありがとう」

 

 どうしたんだろうか。光の加減とかじゃなくシャルロットの顔が赤いような…………あっ!

 

「わ、悪い」

 

 気付けば俺は後ろからシャルロットを抱きしめる形となっていた。そりゃ男に後ろから抱きしめられたら顔赤くしたり視線をさまよわせたりするよな。

 俺は慌ててシャルロットから離れる。

 

「あっ……」

 

 ん?なんか残念そう?

 

「……別によかったのに……」

 

「何が?」

 

「な、なんでもないっ」

 

「???」

 

 変なの。

 首を傾げる俺と、何かをごまかすようにいそいそと掃除に戻るシャルロット。おっと、俺も掃除掃除。

 

「……そういえばさ…」

 

 俺は掃除する手を止めずにふと口を開く。

 

「ひゃいっ!?」

 

 裏返った声で、しかもそこそこ大きな声でシャルロットが返事をしたものだから俺も驚いてしまった。

 

「ど、どうしたっ?なんかあったか?」

 

「な、なんでもない。なんでもないよ?ちょ、ちょっと考え事してたから、それだけ」

 

「ふーん。そっか」

 

 頷きつつ俺は机を運んでいく。この机を全部運び終えたら今日の掃除は終了。とっとと終わらせてしまおう。

 

「あ、でだ」

 

「う、うん」

 

「前に『二人っきりの時はシャルロットって呼んで』って言ってただろ?でも、みんなお前が女だって知ってるんだからその呼び方も普通だよな。なんか別の呼び方考えるか?」

 

「えっ。い、いいの?」

 

「シャルロットがよければだけど」

 

 俺の言葉にシャルロットがぶんぶんと首を振る。

 

「う、うんっ。全然大丈夫っ。せ、せっかくだし、お願いしようかなっ」

 

 そんなに食いついてくれるとは、ただの思い付きだったけどよかった。

 ちなみに思いついた理由は昨日更識さんに借りた刑事ものの漫画であだ名で呼ぶのかっこいいなって思ったからだ。

 

「そうだな……じゃあ、シャルなんてどうだ?」

 

「シャル。――うん!いいよ!すごくいいよ!」

 

「おう、そんなに気に入ってくれるんならよかった」

 

「ま、まあ、ね。シャル……シャル、かぁ。うふふっ」

 

 ここまで嬉しそうにしてくれるとこっちも嬉しい。

 

「あ、そうだ。なあシャル」

 

「ん~?何かな?」

 

 嬉しそうにほわほわしているシャルの横で俺は最後の机を運ぶ。これで…よし!

 

「今度日曜って、暇?」

 

「………え?」




お久しぶりです。
ちょっと今回のは短かったですね。
次回はもう少し長めにします。


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第54話 待ち合わせ

「えーっと、財布は持ったし……あとは特に忘れ物はないな」

 

 日曜日。以前約束した通り俺はシャルとの買い物の仕度をしていた。

 現在の時刻は九時半。待ち合わせは十時に寮の玄関に待ち合わせなので十分間に合う時間だ。

 同室の一夏も誰かと約束があるらしく俺よりも先に部屋を出た。現在俺は部屋で一人服装をチェックしたり忘れ物がない確認している。

 ちなみに今日の俺の服は上は白の無地の白いTシャツと、その上から赤と白のチェックの半袖のシャツを前で止めるボタンを全部開けている。下はブラウンのカーゴパンツ。

 確認もすぐに終わったので少し早いが部屋を出ることにした。

 

「もうすぐ臨海学校だしな。必要なもの買っておかないと」

 

 実際俺の持っているものなんて最低限の身の回りの物。あと以前出かけた時に千冬さんや真耶さんに買ってもらったいくつかの服だけ。その服もこうやって出かけない限り気ないものがほとんどだ。

 臨海学校なので水着すら持っていない俺は手に入れておく必要がある。

 

「お、航平じゃないか」

 

 曲がり角を曲がったところで千冬さんと真耶さんに出会う。

 

「あ、ちふ…織斑先生、山田先生。おはようございます」

 

「今は休日だ。普段通りでかまわん」

 

「あ、はい」

 

 千冬さんの言葉に俺は少し緊張をほぐす。

 ふたりは俺がIS学園で保護されてから何かとお世話になっていたので普段は千冬さん、真耶さんと呼んでいたのだが、学校の時は他の生徒の手前、特別扱いはなしということで織斑先生、山田先生で通している。

 

「これからお出かけですか?」

 

「はい」

 

 真耶さんの問いに俺は頷く。

 

「臨海学校に向けて必要なものを揃えようと思って」

 

「一夏のやつも今日は買い物に行くと言っていたが一緒に行くのか?」

 

「いえ、俺はシャルと」

 

 俺の返事を聞いた千冬さんの片眉がピクリと動く。

 

「……それはデュノアと二人っきりでか?」

 

「ええ……そうですよ。シャルは男装してたんで、水着持って無いらしくて。俺も持って無いんでちょうどいいんで他の必要なものも含めて一緒に買いに行こうと思って」

 

「そうか……」

 

 あれ?なんか千冬さん少し不機嫌そう?なんで?

 

「あっ、てことはこれからデュノアさんとデートなわけですね?」

 

 山田先生の言葉にさらに眉をひそめる千冬さん。

 

「デートって大げさな。ただ買い物に一緒に行くだけですよ」

 

「あはは、ですよね」

 

 笑いながら俺は否定し、真耶さんも笑う。

 

「山田君、ちょっといいかな?」

 

「はい?」

 

「ああ、航平はそのまま少し待て」

 

「はい……」

 

 そう言って千冬さんは真耶さんを連れて俺から少し離れる。

 何かをぼそぼそと話しているが、俺のところまでは二人の声は聞こえてこない。

 千冬さんは少し難しい顔をしているし、真耶さんは楽しげに笑っている。あ、真耶さんが千冬さんにヘッドロックかけられた。痛そうにワタワタ暴れながらヘッドロックをかける千冬さんの腕をタップしている。

 ある程度ヘッドロックをした後、千冬さんは真耶さんを解放し、痛そうに頭を押さえる真耶さんに千冬さんは何かを言い、涙目になりながら千冬さんに頷いている。

 いったい何だというのだろうか。

 

「すまなかったな」

 

 話は終わったのか二人が俺のところに戻ってくる。

 

「いえ。それで、何の話だったんですか?」

 

「ああ、実はな、表立って行動するところは今のところはいないが、いまだお前のことで学園に追及してくる国は多くてな、しかも、最近では女性権利団体までそれに加わってな。お前の詳しい情報の開示を要求するとな」

 

 俺が学園に入学する前からそれはあったらしい。俺の入学と同時に今わかる限りの情報は開示したらしいが、それでも他の国はまだ隠していることがあると思っているのだろう。

 

「だから、いまだにお前のことを監視する国や団体は多いだろう。下手をすれば行動を起こすものも出てくるかもしれん」

 

「うへ。まだ監視ついてるんですか?」

 

「あくまでも可能性だがな」

 

 他国やいろんな団体の監視のおかげで入学するまでは結構肩身の狭い生活だった。

 

「まあ大丈夫でしょう。俺もそこそこ鍛えてますし、シャルも代表候補生ですし」

 

「いや。そこは万全を期すべきだ」

 

 俺の言葉に千冬さんが首を振る。

 何だろう。嫌な予感がする。千冬さんの後ろでも真耶さんが苦笑いを浮かべている。

 

「そこで、今日でかけるなら万が一のことも考えて〝あれ〟をするべきだろう」

 

「………〝あれ〟って……〝あれ〟ですか?」

 

「そう、〝あれ〟だ」

 

 俺が苦笑い気味に訊いた俺の言葉に千冬さんは笑顔で頷く。この顔は知っている。何か悪いこと考えているときの千冬さんの顔だ。千冬さんの背後では真耶さんも苦笑いしつつも少しワクワクしているようだった。

 どうやら俺の予感は的中したようだ。

 

 

 ○

 

 

 

「~~♪~~♪~~♪」

 

 寮の玄関でシャルロットは楽しそうに鼻歌まじりで立っている。

 時々ガラスに映る自分の姿を見ながら髪型を確認したり、服の確認をする。

 

(アハハハ~。航平と買い物……これってデートかな?デートって思ってもいいのかな?)

 

 ガラスに映る自分ににっこりと笑顔を向けながら頭の中ではお花畑をルンルンとスキップをするイメージが浮かんでいる。

 

(航平は買い物に付き合ってほしいって言ってたけど、これってやっぱりデートだよね~)

 

 現在の時刻は九時四十分ごろ。待ち合わせは十時なのだが、楽しみすぎて九時にはここに来ていたシャルロット。待っている時間も苦ではない。むしろ楽しむ過ぎて昨夜から興奮しっぱなしなのである。あまりに上機嫌なもので同室のラウラは首を傾げていた。

 

(やっぱり早く来すぎたかな。……航平早く来ないかな~)

 

 時間を確認しながらガラスに映る自分を見て、前髪をいじるシャルロット。

 

「~~~♪~~♪~~~♪~~♪」

 

 上機嫌で航平を待っているシャルロットの携帯がメールの着信を告げる。

 

「ん?誰からだろう……。あっ、航平からだ」

 

 メールの送り主を確認し、それが待ち合わせ相手であるのを見て、すぐさまメールを開く。

 

「えっと…『千冬さんと真耶さんに捕まった。悪いけど少し遅れる。すまん』……って、どういうこと?」

 

 メールの文面に首を傾げるシャルロットであった。

 

 

 

 ○

 

 

 メールの着信から三十分後。

 シャルロットは同じ量の玄関で時計を見ながら手持無沙汰でぼんやりとしていた。

 

(織斑先生と山田先生に捕まったって……いったい何があったんだろう)

 

 さっきからメールの文面がぐるぐると回る。

 メールには遅れるとしか書いていなかった。何があったとも詳しくは書かれていなかった。そのことが少し不安感を増させる。

 

 時計をもう一度確認するとそろそろ十時十五分。

 

(大丈夫かな…航平)

 

 時計を見ながら大きくため息をつく。と――

 

「お待たせ、シャル」

 

 背後から自分を呼ぶ声がした。その瞬間心配していた気持から一変。安堵する。

 

「もお、遅いよ航平――」

 

 笑顔を浮かべながら振り返ったシャルロットの顔は、そこに立っていた人物を見た瞬間凍り付く。

 

「ごめんなさい、待たせちゃって。それじゃあ行きましょうか」

 

 そこに立っていたのは長い腰まである美しい金髪のIS学園の女子の制服を纏った人物だった。

 

「え……えっと…どちら様ですか?」

 

「あー………」

 

 その人物はシャルロットの言葉に若干の苦笑いを浮かべる。

 

「えっと……渡辺ナナコこと…航平…です…」

 

「えっ!?」

 

 少し照れたように顔を逸らしてその人物は言った言葉にシャルロットは驚きながらその人物、ナナコの顔を覗き込む。

 

「ほ、ほんとに航平……?」

 

「おう」

 

 先ほどまで裏声を使っていた声を戻していつもの声でしゃべる航平。

 

「……なんで女装?」

 

「実はここに来るまでに千冬さんと真耶さんに会って、出かけるって言ったら、俺は各国やいろんな団体から狙われる可能性があるから変装して行けって無理矢理……」

 

「あぁ……」

 

 シャルロットは納得したような納得しきっていないような微妙な顔をする。

 

「というわけで、今日はナナコで買い物行くことになったんだ」

 

 航平の言葉に、先ほどまでデート気分で上機嫌だったシャルロットは足元が崩れたような感覚に見舞われたのだった。




キリよく今日はここまで。
買い物は次回からです。

急遽航平との買い物がナナコとの買い物に変わってしまったシャルロット。
千冬さん……それはシャルロットがかわいそうっすよ…。


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第55話 水着

「さて、着いたわけだけど……どこに行けばいいんだろうね?」

 

 俺……私とシャルロットは一番近場で大きなショッピングモール『レゾナンス』へとやって来た。

 入り口付近に置かれていた簡易地図を手に取り、これからの行動を考える私は隣のシャルロットに訊く。

 

「あー……うん……そうだね」

 

 ここに来る道すがらシャルロットはずっとこの調子だった。何度か話しかけるのだが、このように生返事ばかり。なんだかどことなく落ち込んでいるように見えるので心配だ。

 

「元気ないけど、どうかしたの?」

 

「え?いや……うん。なんでもないよ」

 

「そう……」

 

 なんでもないとは思えないが、そう言ったその顔は先ほどよりは元気になったように見える。

 

「それで、どうする?私ここ来たことないからどこに行けばいいかわからないんだけど」

 

「うーん、どうしよっか?僕もここに来たのは初めてだし」

 

 シャルロットは私の手元の地図を覗き込む。

 

「とりあえず適当に見て回ろっか。見たところ水着とか臨海学校に必要そうなものは一か所に偏ってるみたいだし」

 

「それがいいかしらね」

 

 私はシャルの提案に頷く。

 

「それじゃあ、とりあえずまず最初の目的地として水着売り場にでも向かいましょうか」

 

「うん」

 

 地図で一度水着売り場を確認し、そこへ向かって歩き出す。

 

「そう言えば、航平は…っていうか、航平の水着どうするの?」

 

「……千冬さんからは〝彼氏へのプレゼント〟とか〝親戚へのプレゼント〟ってことにすればいいって言われた」

 

「そ、そう……」

 

 シャルロットは私の返答に苦笑いを浮かべる。

 

「なんていうか……大変だね」

 

「……ええ」

 

 ホントに面倒だ。でも、変装しないとまずいて言われるとこうするしかないわけで……。

 

「前から気になってたんだけど、ナナコとナナミの名字ってなんで〝渡辺〟なの?」

 

「ああー、それは――」

 

 私は以前千冬さんからされた説明を思い出す。

 

「千冬さん曰く、航平の〝航〟は〝わたる〟とも読めるから、〝わたるなべい〟…〝わたなべー〟で〝わたなべ〟らしい」

 

「……ダジャレ?」

 

「まあそう思えるかもね」

 

 シャルロットの言葉に私は苦笑いを浮かべる。

 

「まあそんなわけで、私とナナミの名字は〝渡辺〟になったの」

 

「へー」

 

 私の言葉にシャルロットはなんとなくは納得したようだ。ちなみにここまでの会話は万が一の監視者に備えて小声で話している。日曜でそこそこ混んでいるので耳を澄まさないとお互い聞き取りずらい。

 

「……監視の対策って言うのも疲れるわね」

 

 私は少しげんなりしながら言う。

 

「せっかく航平として出かけられると思ったのに」

 

「そういえば、航平って前に一人で買い物行ったんじゃなかったけ?その時は大丈夫だったの?」

 

「大丈夫だった…みたいよ。でも、この間のタグトーナメントで実際に〝航平〟のこと見たせいで各国の興味を引いちゃったらしいわ。特に女性権利団体とかに」

 

 少なくとも千冬さんからはそう聞いた。

 

「……航平って僕との買い物楽しみだったの?」

 

 シャルロットが訊く。

 

「楽しみにしてたわよ」

 

 実際久々のお出かけだったのでわくわくしていた。

 

「そっか……楽しみだったんだ……」

 

 なぜか私の返事にシャルロットの表情がほころぶ。

 

「………シャルロット?」

 

「えっ!?なにかな!?」

 

 私が声をかけるとなぜか焦ったように顔を上げる。

 

「いや、水着コーナーこっちよ?」

 

「……あっ」

 

 

 

 ○

 

 

 そんなシャルロットとナナコを離れたところから監視する二人組がいた。

 

「ねえ……本音。あれならデートとかじゃないからここまで追いかけてくる必要はなかったんじゃないの……?」

 

「ぶー。でもー……」

 

 

 それはどこか不機嫌そうな本音とそんな本音につき合わされた簪だった。

 

「買い物くらいいいんじゃない?」

 

「私もナッシーと買い物行きたかったのー!」

 

 隠れている壁にガジガジと噛みつきそうな勢いで本音はナナコとシャルロットを見つめる。

 

「でも、相手はナナコのバージョンだよ?」

 

「それでもー!」

 

 簪の方を振り向いて本音が言う。

 

「あっ、曲がった」

 

「追いかけるよ!」

 

「はいはい」

 

 やる気満々の本音とため息まじりの簪だった。

 

 

 ○

 

 

 

「ここが水着売り場だね」

 

 数分歩いたのち、私たちは目的の水着売り場へとやって来ていた。

 

「シャルロットも水着買うのよね?」

 

「う、うん。……ねえ、航平は僕の水着みたいのかな?」

 

 ん?そこは航平が見たいかじゃなくて、シャルロットが泳ぎたいかじゃないのだろうか?

 

「どうせ海に行くんだから一緒に泳ぎたいと思うわよ。航平は海で泳ぐの初めてだから楽しみにしてるわよ」

 

「そ、そうなんだ。じゃあかわいいの選ぼうかなー」

 

「じゃあ、男性用と女性用で別になってるみたいだから、ここでいったん別れましょうか」

 

「あっ……」

 

 私の提案にシャルロットはどこか心残りのあるように私を見つめる。

 

「どうかしたの?」

 

「あっ、ううん。なんでもないよ」

 

「そう。じゃあとりあえず三十分後にまたここで」

 

「うん。わかった」

 

 こくんと頷いたシャルロットと別れ、私は男性用のコーナーに移動する。

 移動した先でサイズなどが分からないので店員に背丈は自分と同じくらいの親せきに買うという名目でサイズを教えてもらう。

 シンプルな黄緑の水着と日焼け防止の黒のUVウェアーを買う。

 約束は三十分後ということにしたが、時間までまだまだ時間はある。

 速めに先ほどの場所に向かおうと店から出た私はよく周りを見ていなかったせいで人にぶつかってしまった。

 

「あっ、すいません。ケガはないですか?」

 

「いえ。こちらこそ前方不注意でした。すみません」

 

 相手は私にぶつかったことでバランスを崩したのか尻餅をつき、荷物を少しこぼしていた。

 散らばっている袋を拾い集めるのを手伝い、拾った袋を相手に渡したときになって私は相手の様子を詳しく見た。

 服装的に男性かと思いきや、よく見ると女性だった。

 水色のカッターシャツに紺色のスーツ。ネクタイはしておらず、少しサイズが大きいのかズボンの裾がダボついている。両手には白い布の手袋をしている。

 私の肩までしかない身長。化粧気のないが美形の整った顔。雪のような透き通った白い髪。白い髪を止める大きな機械部品のような髪留め。

 パッと見は男性っぽいところもあるが体のラインはちゃんと女性的なものだった。

 なんというのか、不思議な少女だった。年齢的には私とそんなに離れていないように見える。なのにすごく大人っぽく見えた。一言で言えば、私とは違う本物の美少女だった。

 

「ありがとうございます」

 

「いえ、もともと私がぶつかったせいだから」

 

 私に会釈する少女に向けてにっこりとほほ笑みながら言う。

 

「あの、ついでに少しお聞きしたいのですが」

 

「ん?何かしら?」

 

「実は人と待ち合わせているのですが、少し迷ってしまって。フードコートはどちらに行けばいいのでしょうか?」

 

「えっと、私もここに来たのは初めてで、あまり詳しくないのだけど…ちょっと待ってね」

 

 私はポケットから先ほどお世話になった地図を取り出す。

 

「えっと、今ここだから、このまま真っ直ぐ進んで書店のところで右に行けばいいみたいよ」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

「いえいえ。こちらこそぶつかってしまって本当にごめんなさいね」

 

 礼を言う少女に向けてもう一度私は謝る。

 

「さっきも言いましたが、私も前方不注意だったので」

 

「そう。まあ今回はお互いさまってことにしておきましょうか」

 

「ええ」

 

「それじゃあ、私も人と待ち合わせているから」

 

「はい。ありがとうございました」

 

 私に会釈する少女に手を振りつつ、私はシャルロットとの待ち合わせ場所に向かった。

 

 

 ○

 

 

「お待たせしました」

 

 先ほどナナコにぶつかった少女は無事目的のフードコートに着き、待ち合わせ相手の二人に声をかける。

 その二人は、一言で言えば異様な凸凹コンビだった。

 片や(小柄な白髪の少女よりも)小柄な長髪の少女。もう夏目前だというのに本音よりもだぼだぼの袖の服を着込み、顔にはなぜか目元を覆うマスクをしていた。

 片や身長は二メートルを優に超えるような大柄な白髪長髪の男性。両腕にはブレスレッドとは思えないほどの、まるで拘束具のような腕輪をしている。

 

「お?どうした?なんかうれしそうだな」

 

 長身の男性が少女に訊く。

 

「ええ。少しかっこいい女性に会ったもので」

 

「ほー。相変わらずお前はかっこいい女が好きなんだな」

 

 男性がニヤニヤと笑いながら注文していたポテトフライをつまむ。

 

「さて、必要なものも買い揃えたし、お仕事の話でもいようか」

 

 小柄な少女の言葉に席に着いた白髪の少女とハンバーガーを頬張る長身の男性が頷いた。

 

「今度の任務は大口だよ。対象はなんと――IS学園」

 

 

 

 ○

 

 

 シャルロットとの待ち合わせ場所にやって来た私は、なぜか待ち合わせ時間になっていないにもかかわらず、シャルロットと会った。

 

「あれ?まだ時間まであるわよ?もう買い物終わったの?」

 

「あ、ううん。実はナナコの意見も聞きたいと思って」

 

「そう。じゃあ実物を見に行きましょうか」

 

 私の言葉にシャルロットも頷き、女性水着売り場へと足を踏み入れる。そこには、色にしても形にしても売り場の規模にしても、男性用売り場とは比べ物にならなかった。正直少し目のやり場に困るが、今の私は〝ナナコ〟だと自分に言い聞かせる。

 

「それで、どの水着が――」

 

「あれ?シャルロットと……ナナコさん?」

 

 シャルロットに訊こうとした矢先。私たちの背後から声が聞こえた。正直今の私が一番会いたくない人物の声だったような気がする。

 ゆっくりと振り返った先には

 

「どうも。お久しぶりです、ナナコさん」

 

 セシリア、鈴、ラウラを連れた、織斑一夏の姿がそこにはあった。




はい、というわけで最悪の人物との遭遇ですね。
ナナコの秘密は一夏にばれてしまうのか。
次回もお楽しみに~。

ちなみにナナコのシャルの呼び方がシャルロットなのは、自分のなかで航平とナナコは別として分けているからです。


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第56話 鈍感VS女装

「お、お久しぶり、織斑君」

 

 ダウト。今朝一夏が部屋を出るまで一緒にいました。朝食とか一緒でした。

 

「二人って知り合いだったんですね」

 

 私とシャルロットを見ながら一夏が言った。

 

「う、うん。前にいろいろあってね。ね?ナナコさん?」

 

「え、ええ」

 

 シャルロットには一夏がナナコの正体を知らないことはあらかじめ伝えてある。それを話したときにはシャルロットも苦笑いを浮かべていた。

 

「あれ?でもシャルロットは今日は航平とじゃなかったっけ?昨日航平が言ってたけど?」

 

「「っ!」」

 

 

 そうだった。私……というか俺が昨日準備してる時に言っちゃったんだった。

 

「えーっと……そう!そうだったんだけど、なんか航平が書かなきゃいけない書類があったらしくて、急遽それを片付けることになったの!」

 

「そうそう。で、どうしようか迷ってたシャルロットにたまたま通りかかった私と出かけることになったの。私も買いたいものがあったからちょうどよかったから」

 

「へー。航平も大変だな」

 

 一夏は怪しむ様子もなく納得しているようだ。

 一夏の背後では他人事だと思ってか、セシリアと鈴は笑いをこらえるように肩を震わせている。

 

「おい、一夏。この人は誰だ?」

 

 ラウラだけは首を傾げている。

 

「ああ、ラウラはあったことなかったか。と言っても俺も今日が合うのは二回目だけどな。この人は――」

 

「IS学園二年の渡辺ナナコです。よろしく」

 

 ラウラに向けてにっこりとほほ笑みながら自己紹介をする。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。………あなたは〝渡辺〟というのか?」

 

「ええ、そうですけど?」

 

「ふむ……」

 

 私の返答にラウラが首を傾げる。

 

「あの……なにか?」

 

「いや、あなたの顔がお兄ちゃんにどことなく似ていたものでな。もしかしたら関係者かと思ったのだが……」

 

「うっ」

 

 流石は軍人。鋭い。

 

「そ、それは…私もたまに言われるわ。実際会ってみて、自分ではよくわからなかったけど」

 

「ほ、ほら!よく言うじゃない!世の中には自分にそっくりな人が三人いる、って!それなんだよきっと!」

 

「ふむ……そうか」

 

 シャルロットの援護射撃にラウラも一応は納得したようだ。

 

「あれ?ナナコさんってラウラが航平のことをお兄ちゃんって呼んでるって知ってたんですか?」

 

「えっ!?あー……それはほら!シャルロットに聞いたの!」

 

「そうそう!」

 

 一夏は普段鈍感な癖にこういうときだけ鋭い。

 

「と、ところで、織斑君たちも臨海学校の買い物?」

 

 私は無理矢理話題を変えるべく訊く。

 

「ええ。セシリアや鈴に誘われて。俺もちょうど必要なものあったんで、ついでにラウラも誘ったんです」

 

「本当は二人っきりがよかったんですが……」

 

「あたしだって……」

 

「嫁と買い物に行くのは当然だ」

 

 セシリアと鈴は何かぶつぶつと言い、ラウラは胸を張って言う。

 察するにセシリアと鈴はそれぞれ別々に誘おうとしたんだろうが、いろいろ偶然と一夏の鈍感が重なったのだろう。ご愁傷様です。

 

「あ、よかったらナナコさんたちも一緒にどうですか?」

 

「えっ?」

 

 ……どうしよう。これを断るのは不自然だ。ここは頷いておいた方がいいだろう。

 

「え、ええ。私はいいけど……」

 

「僕も問題ないかな」

 

「よし、じゃあ一緒に見て回ろうぜ」

 

 

 

 ○

 

 

「ふぅ……」

 

 私は水着売り場の前のベンチに座り、肺の中の空気を吐き出す。

 あれからシャルロットの水着選びを手伝い、一夏がセシリアと鈴の水着を選んでいるうちに店から出た。このままいたら私の水着に話が及びそうだったので、一声かけてから出てきたのだ。

 ちなみにラウラは一夏に選んでもらうのが恥ずかしかったらしく、シャルロットが選ぶのを手伝っている。あの時のシャルロットはとてもいい笑顔だった。

 

「あー、疲れた」

 

 一夏と一緒にいると女装の秘密がばれてしまわないように気を使うので精神的に疲れる。

 

「………あれ?」

 

 そこで私はふと考える。

 

「なんで私……一夏にナナコの正体隠してるんだろう」

 

 一夏は航平が女装が特技なことを知っている。ということは今更ナナコの正体が俺だと知っても特に大きな問題はないんじゃないだろうか?

 

「そもそもなんで隠すことになったんだっけ?」

 

 確かあの時私をナナコとして紹介したのは……

 

「千冬さんだ」

 

 つまり事の始まりは千冬さんの悪ふざけであり、私はいまだにそのことで律儀に一夏に隠している、というわけだ。

 

「はあ~~~」

 

 自分を悩ませている現状があまりにもバカらしい状況に知らず知らずに大きなため息が漏れてしまう。

 現状を理解したことでいっきにさきっまでの倍は疲れた気がした。座ったままベンチの背もたれに体を預け、顔を上に向ける。

 

「ねえねえ、カーノジョ♪」

 

「今ヒマ?てか随分と疲れてるね~」

 

 ベンチに腰かけていた私に声をかけて来た二人組がいた。見るからにチャラチャラとした二人だった。

 

「へー、君IS学園の子じゃん」

 

「エリートだね~」

 

 私の制服で気づいたらしく二人のチャラ男が言う。

 

「俺たちいい店知ってんだけど、そこで一緒にお茶でもどう?」

 

「いい店だよ~。疲れてる君もゆっくりできるよ~」

 

 正直めんどくさい。男から口説かれるとか気持ち悪い。

 

「すみません、連れがいるもので」

 

 と、当たりさわりのないように断るのだが

 

「えー、君の連れってどんな子?やっぱ君みたいにキレイなの?それともかわいい系?」

 

「どっちにしろ、その子も一緒でもいいんだぜ?みんなで楽しんじゃおうよ」

 

 どうやら私は相当このふたりに気に入られたらしく、ふたりはぐいぐい来る。てか、私は連れとしか言っていないのになぜそれが女である前提で話が進んでいくのか。

 

(はあ、どうしたもんか……)

 

 頭の中でため息をつきながら思案する。が、

 

「ほらほら、絶対楽しいからさ~」

 

「ちょっと付き合ってよ」

 

 強引に私の腕を引きながら言うチャラ男ふたりにうんざりしながらもう一度断ろうとした私の横から誰かが口を開いた。

 

「ほほう。うちの生徒をナンパとは。しかも嫌がる相手に無理矢理というのは、黙って見過ごせんな」

 

 聞き覚えのある声に顔を向けると、腕を組んで仁王立ちの千冬さんと少し遅れてパタパタと山田先生がやって来た。

 

「ああ?なんだよアンタらは」

 

「俺らはこの子と話してるんだけど?」

 

 突然の千冬さんの登場にチャラ男も困惑するものの、強気な態度で言い返す。

 

「女性への強引な勧誘は禁止されているそうだぞ。なんなら警備員でも呼んで事情を説明してもいいが?」

 

「「っ!」」

 

 すごみながらの千冬さんの言葉にチャラ男ふたりは少し怯えたようにビクッと震えた後

 

「ちっ」

 

 舌打ちとともに去って行った。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ふん。あれくらいのこと、一人で何とかして見せろ」

 

 礼を言った俺から顔を逸らして千冬さんが言った。

 

「とか何とか言って、ナナコさんが絡まれたら慌てて飛び出していったのは織斑先生じゃないですか」

 

「っ!」

 

 真耶さんの言葉に千冬さんが顔を赤く染める。

 

「べ、別に私は慌ててなど……」

 

 そうつぶやく千冬さんはものすごく説得力がなかった。

 

「千冬さん。ありがとうございました」

 

 改めて礼を言った私に千冬さんは照れ臭そうに頷いた。

 それはともかく、このふたりはいつからいたのだろうか。知りたいところではあったが、なんとなく聞いてはいけない気がしたので聞けなかった。




キャー千冬さんのツンデレ。


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第57話 不機嫌なキツネ

すいません、久々の更新で。
しかもちょっと短いです。


「あぁ~、疲れた」

 

 買い物を終え、学園に帰ってきたのは気付けば夕食前になっていた。一夏にナナコの正体がばれないように帰る時間をずらし、ナナコの状態で部屋に帰れば一夏に遭遇する恐れがあったために千冬さんの部屋で着替えたのだ。

 現在俺は買ってきた荷物を持って食堂へ移動している。俺より先に帰った一夏は今頃夕食を食べているころだろう。

 

「おう、航平」

 

 と、食堂に着いたところで食道から出て来た一夏とセシリア、鈴、ラウラと会った。

 

「今日は大変だったな。せっかくの休日を丸潰れで書類書きだったんだって?」

 

「まあな。でも、今日買いに行くはずだったものは千冬さんと真耶さんが買ってきてくれたから助かったけど」

 

 今日の買い物で千冬さんと真耶さんに遭遇した後、そのまま一夏たちと合流。千冬さんたちは買い物に行けなかった俺の買い物を済ませに来たということにしたのだ。

 

「お前らも買い物に行ってたんだってな」

 

「おう。向こうで千冬姉たちにもあったぜ。お前が一緒に行くはずだったシャルロットにも。お前の代わりにナナコ先輩が一緒にいたぜ」

 

「そ、そうか」

 

 一夏の言葉に俺は苦笑いを浮かべる。

 

「私もお兄ちゃんと買い物がしたかったぞ」

 

「また今度な」

 

 ラウラが呟くのを笑って答えつつ、ふと時計を見る。

 

「おっと、そろそろ夕食を食べないと時間がなくなる」

 

「お、ホントだ。悪いな」

 

「いいよ。それじゃあな」

 

 そうして一夏たちと別れる。別れ際、鈴が俺に

 

「アンタも大変ね」

 

 と、苦笑いで言われたのを頷きつつ食堂へ行く。

 残っていたメニューからカレーを選び、トレイを持って空いた席を探す。と、特徴的なキツネの着ぐるみを見つける。

 

「となりいいか?」

 

「………どうぞー」

 

 俺のの方をちらりと見てそっけなく本音が答えた。

 

「ありがとう」

 

 礼を言いつつ本音の隣に腰を下ろす。見ると本音の隣には更識さんが座っている。

 

「………今日はお楽しみでしたねー」

 

「はっ?」

 

 本音の謎の言葉に俺は首を傾げる。

 

「お楽しみって何が?」

 

「とぼけちゃってー。でゅっちーとお買い物デートは楽しかったのって訊いてるんだよー」

 

 本音は不機嫌そうに俺の顔をジト目で睨む。

 

「確かに買い物に入ったけど……って、なんで知ってるんだ?」

 

「私たちが今朝たまたま二人が出て行くのを見かけたから、そのまま後を付けたの」

 

「お前ら休日に何してんだよ」

 

 更識さんの言葉に若干呆れながらも俺は二人に言う。

 

「だいたい、見てたんならわかるだろ?俺女装して行ったんだぜ?楽しめたと思うか?」

 

「ぶー。それなりに楽しそうに見えた―!」

 

「えー……」

 

 俺としては各国やいろんな組織に狙われてるなんて言われて、途中からは一夏に遭遇して楽しむ余裕なんてなかったのに。

 

「私だってナッシーと買い物行きたかったのにー!なんで誘ってくれなかったの!?」

 

「だって、本音は前に相川さんたちと買い物済ませたって言ってたじゃないか」

 

 みんなで行った駅前の喫茶店のケーキがおいしかったと満面の笑みで報告してくれた。

 

「そんなことは関係ないんだよ!」

 

「いや、関係あるだろ……」

 

 買い物が済んでるなら行く必要ないだろ。

 

「とにかく!私もナッシーと買い物に行きたかったのー!一緒に水着とか買いたかったのー!」

 

「……今日だいたいずっとこの調子」

 

「なんていうか……お疲れさま」

 

 疲れた顔の更識さんを労う。

 

「そのー……なんだ。次に買い物行くときは一緒に行こうな、本音」

 

「つーんだ」

 

 俺の言葉にそっぽを向く本音。あーあー、へそ曲げちゃったよ。

 

「………あっ、そうだ」

 

 そこで俺はふと思い出す。

 

「今日の買い物でさ、本音にと思って買ったものがあったんだ」

 

「っ!」

 

 あ、反応した。気のせいか着ぐるみの耳がぴっくっと動いたような気がした。

 

「今日水着と一緒にタオルとか買おうと思って見てたらいいのがあってさ」

 

 俺は俺の水着を買った店と同じ袋を本音に渡す。

 

「……………」

 

 無言のまま袋を受け取り、中身を取り出す本音。

 

「これは……」

 

 それは二頭身のキツネのキャラクターの描かれたハンドタオルだ。キツネのキャラクターはどこかぼんやりとしている印象のあるキャラクターだった。

 

「どうだ?かわいいと思わないか、このキャラクター。このキツネがどことなく本音に似てる気がしてさ、つい買っちゃったんだ。よかったら使ってくれ」

 

「…………」

 

 無言で手の中のタオルを見つめる本音。

 

「………気に入らなかったか?気に入らなかったなら俺が使うから――」

 

 そう言いながら手を伸ばした俺の手は空を切る。取ろうとしたタオルは本音が持ったまま俺が掴めないように逸らしていた。

 

「ふ、ふん。しょうがないから貰ってあげるよー」

 

「そうか?いらないなら無理に受け取らなくても――」

 

「無理にじゃないのー!」

 

「そ、そうか……」

 

 不機嫌そうではあるが、一応は気に入ってくれたようだ。

 

「その……悪かったよ、本音。次に買い物行くときは絶対に誘うからさ。機嫌直してくれよ」

 

「………駅前喫茶のジャンボパフェ……」

 

「ん?」

 

「次に一緒に出掛けた時に駅前の喫茶店でジャンボパフェ奢ってくれるって約束してくれるなら許してあげる」

 

「ああ、いいぜ。パフェくらい奢ってやるぜ」

 

「………ん。ならいいよー」

 

 ふっと、いつもののほほーんとした雰囲気に戻って本音が微笑む。

 ほっと一安心しつつ食べかけのカレーを再開したところで、更識さんが心配そうに俺の顔を見つめる。

 

「……よかったの?」

 

「何が?」

 

 更識さんの言葉に首を傾げる。

 

「だって……そのパフェって……2000円もするのよ」

 

「………マジで?」




最近後に書き始めた作品の方がお気に入り件数が上で嬉しいような悲しいようなな僕です。
こっちも人気でるように頑張ります!


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第58話 海は広いな大きな

航平「おい、作者。更新しなさすぎだろ」

すいません!ネットに問題起きたりして更新できなくなってました!

航平「その割にその前からもう一つの方ばっかり更新してなかったか?」

………………………

航平「目を逸らすな!」


「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

 

「「「よろしくお願いしまーす」」」

 

 織斑先生の言葉の後に全員で挨拶する。

 臨海学校初日。天候にも恵まれ、上には青い空、目の前には青い海が広がっている。

 俺たちの挨拶した先でこの旅館の着物姿の女将さんが綺麗にお辞儀をしている。

 

「今年の一年生も元気があってよろしいですね」

 

 見た目の年齢で言えば三十代。大人の雰囲気のある、優しそうな女将さんだった。

 

「あら、こちらが噂の……?」

 

 と、俺と横に並んで立っていた一夏に視線を向けた女将さんが織斑先生に尋ねる。

 

「ええ、まあ。今年は男子がふたりいるせいで浴場分けが難しくなって申し訳ございません」

 

「いえいえ、そんな。それに、ふたりともいい男の子じゃないですか。しっかりしてそうな感じを受けますよ」

 

「感じがするだけですよ。挨拶をしろ、馬鹿者」

 

 ぐいっと両手にそれぞれ俺と一夏の頭を掴んで押さえる。今しようとしたんですけど。

 

「な、梨野航平です」

 

「お、織斑一夏です「よろしくお願いします」」

 

「うふふ、ご丁寧にどうも。清洲景子です」

 

 そう言って女将さんはまた丁寧にお辞儀をする。そんな女将さんに一夏が若干緊張しているようだ。

 

「不出来な弟と生徒がご迷惑をかけます」

 

「あらあら。織斑先生ったら、ふたりにはずいぶん厳しいんですね」

 

「いつも手を焼かされていますので」

 

 くそうっ、否定できねぇ。

 

「それじゃあみなさん、お部屋の方にどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっていますから、どうぞそちらをご利用なさってくださいな。場所がわからなければいつでも従業員に訊いてくださいまし」

 

 女将さんの言葉に返事をし、他の女子たちは部屋へと向かって行く。みんな部屋に荷物を置いてから遊ぶのだろう。

 ちなみに初日は完全に自由時間だ。食事は旅館でとりさえすればあとは何をしていてもいいらしい。まあたいていの人は海に行くらしいが。

 

「ね、ね、ねー。ナッシ~」

 

 と、地面に置いたカバンに手をかけた俺に背後から声をかける人物がいた。というか本音だ。

 

「ナッシーとおりむーって部屋どこー?一覧に書いてなかったー。遊びに行くから教えて~」

 

 本音の言葉に周りの女子たちが聞き耳を立てたのが分かった。そんなに俺たちの部屋が知りたいのだろうか。普通だろ。面白いことなんてないぞ。

 

「それが俺たちも知らないんだよ」

 

「案外床で寝るんだったりしてな」

 

「んー。もしそうだったら、こっそり一緒に寝ようねー、ナッシー」

 

 いやいやいや。それはいろいろ問題あるだろう。見ろよ。まわりの女子がこそこそ何か言ってるじゃないか。一夏なんかドン引きだぞ。

 

「織斑、梨野、お前たちの部屋はこっちだ。ついてこい」

 

 おっと、織斑先生に呼ばれた。

 

「じゃあ、行ってくるわ。また後でな」

 

「うんー。あとでね~」

 

 本音に手を振りながら俺と一夏は織斑先生のもとへ。

 

「えーっと、織斑先生。俺らの部屋ってどこにあるんでしょうか?」

 

「黙ってついてこい」

 

 一夏の言葉に織斑先生はピシャリと言い放つ。あーあー、一夏がしょんぼりしてる。

 

「ここだ」

 

「え?」

 

「でも、ここって……」

 

 織斑先生に連れられてやってきた部屋に俺と一夏はポカンとする。ドアにはでかでかと『教員室』と書かれた紙が貼られていた。

 

「最初はお前たちの二人部屋にする予定だったんだが、そうすると就寝時間を無視した女子が押しかけることが容易に予想できるからな」

 

 いやそうにため息をつく織斑先生。

 

「結果、私を含めた三人部屋ということになった。本当なら四人部屋なのだから、山田先生も一緒と考えたが、梨野はよくても織斑はダメだろう。まあ私だけで十分女子たちはおいそれと近づかないだろう」

 

「そりゃまあ、そうだろうけど……」

 

 まあそれが一番確実だろう。わざわざ織斑先生のいる部屋で大騒ぎしには来ないだろう。

 

「一応言っておくが、あくまで私は教師だ。お前たちの姉でも保護者でもないからな」

 

「はい、織斑先生」

 

「了解です、織斑先生」

 

「それでいい」

 

 そこから俺たちは入室。部屋はもともと四人部屋だけあって広々としていた。四人で使っても十分すぎるほど広い。外側の壁が全面窓になっているので見晴らしがいい。青い海が一望できる。

 

「おおー、すげー」

 

 俺の横でも一夏が興奮した様子で窓の外の景色を見ている。

 それから俺たちは織斑先生の注意をいくつか訊き、やって来た山田先生と入れ違うように海へと向かった………のだが、

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

 俺と一夏、途中で会った箒は呆然とその光景を見ていた。

 俺たちの目の前には地面から異様なものが生えていた。何を隠そう「ウサミミ」である。いわゆるバニーさんがしている感じのアレ。あの白いウサミミがそこには生えていた。

 しかも横には『引っ張ってください』と貼られている。

 

「なあ、これって――」

 

「知らん。私に訊くな。関係ない」

 

「???」

 

 どうやら一夏と箒にはこの意味が分かっているようだが、箒はこれに関わりたくないらしい。

 

「えーと……抜くぞ?」

 

「好きにしろ。私には関係ない」

 

 そう言ってスタスタと歩き去る箒。

 

「なあ、お前らはこれが何か知ってるのか?」

 

「ん―……まあ、たぶん」

 

 この状況に一人取り残されている俺が訊くと、一夏は苦笑いを浮かべながら屈む。どうやら本当に抜くようだ。

 ウサミミに手をかけた一夏は力を込める。

 

 すぽっ。

 

「のわっ!?」

 

 勢い余った一夏が後ろにすってんころりんと転ぶ。

 

「おいおい、大丈夫か?」

 

「おお。まあ何とか」

 

「何をしていますの?」

 

「お、セシリア」

 

「いや、このウサミミを――あ」

 

 一夏がセシリアへと顔を向けると、寝転がっている状態の一夏からはおそらくセシリアのスカートの中が見えてしまっているのだろう。

 

「!?い、一夏さんっ!」

 

 一夏の視線に気が付いたセシリアがスカートを押さえて後ずさる。

 

「す、すまん。その、だな。ウサミミが生えていて、それで……」

 

「は、はい?」

 

 セシリアが首を傾げる。そりゃそうだ。俺も実際に見てないと信じられなかっただろう。

 

「いや、束さんが――」

 

 キィィィィン……。

 

「ん?」

 

 上空から謎の音が聞こえて来た。見上げるとそこには――って!?

 

 ドカ―――――ン!

 

 謎の飛行物体が目の前の地面に突き刺さっていた。しかも驚くべきことにその見た目は

 

「「「に、にんじん……?」」」

 

 俺たち三人は呆然と呟いた。なんというか、漫画なんかで見る感じの簡単なにんじんだった。しかし大きさだけで言えば人一人くらい余裕で入ってそうな大きさだった。

 

「あっはっはっはっ!引っかかったね、いっくん!」

 

 ばかっと目の前のにんじんが開き、中から一人の女性が飛び出してきた。

 飛び出してきた女性は一夏の持っていたウサミミを取り、自分の頭に装着する。服装は青と白のワンピースなので、俺は以前読んだ「不思議の国のアリス」という本を思い出していた。

 呆然とする俺とセシリアの前で一夏はその人物と親しげに会話を始める。

 

「あ、ところでいっくん。箒ちゃんはどこかな?」

 

 親しげに一夏と話していた女性はふと思い出したようにきょろきょろと見渡し

 

「――ん?」

 

 そこで俺と目が合う。

 

「君は……」

 

 ずいっと俺に顔を寄せ、俺の顔を凝視する女性。その視線から逃げるように視線を逸らす、が、無理矢理に顔の向きを戻される。

 

「ふんふん。ほーほー。へー……君が……」

 

 凝視するだけでなく俺の周りをぐるぐるとまわってつま先から頭のてっぺんまでじっくりと見ながら女性は何かぶつぶつとつぶやく。

 

「あの……」

 

「おっと!今は君より箒ちゃんだ!それじゃあね、いっくん!」

 

 そう言い残して謎のウサミミ女性は走り去って行った。

 

「………なあ一夏」

 

「………なんだ?」

 

「い、今のはいったい……」

 

「あーその、なんだ。束さん。箒の姉さんだ」

 

「「え……?ええええっ!?」」

 

 俺とセシリアの驚きの声が旅館に響き渡った。




ごめんなさい、久々なのに短くて。
キリのいいところにしておきたかったんです。


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第59話 準備運動は大切

「うぅ~~~~~みだぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 着替え終えた俺たちは更衣室から出ると、目の前には白い砂浜と延々と続くと思える青い海が広がっていた。

 思わず興奮から叫ぶ俺。

 ちなみに一夏は紺色のトランクスタイプの水着のみ。俺は先日ナナコとして買ってきた黄緑色のトランクスタイプの水着に加え、同じく買ってあった長袖で黒のUVウェアーだ。

 

「あ、織斑君と梨野君だ!」

 

「えっ、うそっ!?私の水着変じゃないよね!?」

 

 俺たちが出てきたことで女子たちがなぜかざわつく。

 とりあえずそれは気にせず俺たちは砂浜へと歩を進める。

 

「「あちちちっ」」

 

 ふたりして声を揃えて同じようにその場で足踏みする。すぐに砂の熱にも慣れ、普通に歩けるようになる。

 学園の周りにも海はあるが、やはりそれとは違う。見ているだけでわくわくする海。

 

「よしっ!泳ぐ前に準備運動だ!」

 

「おう!」

 

 俺の言葉に一夏も力強く頷き、入念に体をほぐす。海で泳いでいて足がつって溺れたりしては困る。腕を伸ばし、足を伸ばし、背筋を伸ばして――

 

「い、ち、か~~~~っ!」

 

 うわっ!いきなり隣から大きな声がしたと思ったら鈴が一夏の背中に飛び乗る。

 

「相変わらず真面目ね。ほらっ、終わったんなら一緒に泳ぎに行きましょ」

 

 一夏の背中にくっついている鈴の姿はさながら猫のようだった。

 鈴の水着はスポーティーなタンキニタイプ。オレンジと白のストライプでへその出ているものだった。

 

「こらこら、お前もちゃんと準備運動をしろって。溺れても知らないぞ」

 

「あたしが溺れたことなんかないわよ。前世は人魚ね。たぶん」

 

 そういいながら一夏の背中をするすると登り肩の位置までいって肩車状態になる鈴。その姿はまるで猫か猿のようだった。絶対前世は人魚じゃないな。

 

「おー、高い高い」

 

 周りを見渡してご満悦な鈴。

 

「あっ、あっ、ああっ!?な、何をしていますの!?」

 

 と、そこにやって来たセシリア。手には簡単なビーチパラソルとシート、そしてサンオイルのボトル。

 セシリアの水着はブルーのビキニ、腰にはパレオが巻かれている。

 

「何って、肩車」

 

「降りてください!一夏さんには私にサンオイルを塗ってもらうことになっているんですの!」

 

「「「え!?」」」

 

 セシリアの言葉に周りの女子たちが沸き立つ。

 

「私サンオイル取ってくる!」

 

「私はシートを!」

 

「私はパラソルを!」

 

「じゃあ私はサンオイル落としてくる!」

 

 わざわざ落とすなよ、もったいない。

 

「ナッシー、私にもサンオイル塗って~」

 

「お、本音」

 

 ざわつく中俺の横にはいつの間にか本音が現れた。

 

「てか、本音はその恰好なら必要ないじゃん」

 

 本音の格好はまるでいつもの寝巻のようにキツネ着ぐるみだった。

 

「コホン。そ、それでは一夏さん。お願いしますわね」

 

 そう言ってしゅるりとパレオを脱ぐセシリア。

 

「え、えーと……背中だけだよな?」

 

「い、一夏さんがされたいのでしたら、前も結構ですわよ?」

 

「いや、その、背中だけで頼む」

 

「でしたら――」

 

 セシリアはいきなり首の後ろで結んでいたブラの紐を解いて、水着の上から胸を押さえてシートに寝そべった。

 

「さ、さあ、どうぞ?」

 

「お、おう」

 

「長くなりそうだから、先に泳いでるぞ」

 

「お、おう……」

 

 俺の言葉に一夏が返事をし、セシリアへと向き直る。

 

「ナッシー、ビーチバレーしよ~」

 

「いいけど、まずはひと泳ぎしてきていいか?ビーチバレーにはちゃんと付き合うから」

 

「んー……わかった~。でも、ちゃんと一緒に遊んでね~」

 

「おう。もちろんだよ」

 

 腕に抱き着いて来る本音の頭を撫でる。

 

「あれ?でもナッシーって泳げるの?」

 

「なあに、まかせろ。俺は水泳百級だ!」

 

 そう言いながら海に向かって俺は走り出した。

 

「ひゃっふぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 ザッバ~~ン!と海に飛び込み織斑先生から習った泳ぎを披露する。

 

「「「おお~~~!!」」」

 

 浜では数名の女生徒たち(本音含む)が俺の泳ぎに拍手をする。

 

「どうよ!そんなわけで軽く遠泳してくるから~」

 

 そう言って俺は大海原へと泳ぎだした。

 

 

 ○

 

 

 数分泳いだころ、こちらに向かって泳いでくる人物二人を見つけた。鈴と一夏だった。

 

「お~い。一夏~、り――」

 

 ふたりに向かって手を振りながらふたりに近づいて行くが、途中で違和感に気付く。鈴がもがきながら沈んでいくのだ。

 

「もしかして……溺れてる!?」

 

 急いで泳ぎながら潜水。沈んでいく鈴を見つける。パニックになっているのかもがいている。

 急いで水をかきながら鈴へと手を伸ばす。

 

(とどけ~~!!)

 

 足で水を蹴り、鈴へと伸ばした手が鈴の手を掴む。

 そのまま鈴を抱きながら海面へと上昇する。

 

「鈴!大丈夫か!?」

 

「ごほっ!けほっ!う、うん。大丈夫……」

 

 咳き込みながらもなんとか返事をする鈴。

 

「鈴!航平!」

 

 一夏も心配そうな顔でやってくる。

 

「大丈夫だ。意識もはっきりしてる」

 

 一夏を安心させるために笑顔になる俺。

 

「とりあえず一夏、鈴を運ぶのを手伝ってくれ」

 

「おう。任せろ」

 

 一夏に鈴を背負わせ、俺は横から支えるように泳ぐ。

 

「……航平」

 

「ん?喋ると水飲むぞ」

 

「だ、大丈夫よ。そ、それより………あ、ありがと……」

 

 ぽそぽっそとした声ではあったが、俺も一夏も聞こえた。ふたりで顔を見合わせてニッと笑う。

 

「気にするなよ」

 

 俺は鈴の頭を撫でる。恥ずかしそうにしながらも、鈴はその手を払わなかった。

 




あれ?おかしいな。
なぜか鈴とのフラグもどきが………
どうしてこうなった?


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第60話 初バレー

スランプ中なので若干短めです。


「あ、航平、一夏。ここにいたんだ」

 

 鈴をセシリアたちに任せ、俺と一夏の前に現れたのはシャルと――

 

「な、なんだそのタオルおばけは」

 

 一夏の言葉通り、シャルの横には全身にタオルを巻いてミイラと化した謎の人物Xがいた。タオルからはみ出すツインテールの髪が銀髪だし、おそらくラウラかな?てか、よくここまで来れたな。身動きとりずらそうなのに。

 

「ほら、出て来なって。大丈夫だから」

 

「だ、だ、大丈夫かどうかは私が決める……」

 

 タオルの中から聞こえるくぐもった声は案の定ラウラだった。

 その声はいつもの自信は感じられず、弱々しいものだった。

 

「ほーら、せっかく水着に着替えたんだから、一夏や航平に見てもらわないと」

 

「ま、待て。私にも心の準備というものがあってだな……」

 

「もー。そんなこと言ってさっきから全然出てこないじゃない。一応僕も手伝ったんだし、見る権利はあると思うけどなぁ」

 

「「?」」

 

 シャルとラウラのやりとりに俺も一夏も首を傾げる。いったい何だといのだろうか、この状況は。

 

「うーん、ラウラが出てこないんなんら僕だけで航平や一夏と遊びに行こうかな」

 

「な、なに?」

 

「うん、そうしよう。航平、一夏、行こっ」

 

 言うなりシャルは俺と一夏の手を掴んで歩き出す。

 

「ま、待てっ。わ、私も行こう」

 

「その格好のまんまで?」

 

「ええい、脱げばいいのだろう、脱げば!」

 

 そう叫びながら体に巻いた数枚のバスタオルを脱ぎ捨て、水着姿のラウラが現れる。

 

「わ、笑いたければ笑うがいい……」

 

 黒のビキニ。しかもところどころにレースのあしらわれた、まるで大人の下着のような水着。さらにいつもの飾り気のないストレートの銀髪は左右一対のアップテールにまとめられている。これは一言で言えば――ただただ可愛かった。

 

「おかしなところなんてないよね、一夏、航平?」

 

「お、おう。ちょっと驚いたけど、似合ってると思うぞ」

 

「おう。すっげー可愛い」

 

「なっ……!」

 

 俺たちの言葉が意外だったのか、顔を真っ赤にしながらラウラが数歩後ずさる。

 

「しゃ、社交辞令ならいらん……」

 

「いや、世辞じゃねえって。なあ、航平?」

 

「ああ。俺たちは思ったことをそのまま言ってる。とっても似合ってるぜ。スゲー可愛い」

 

「普段と違う髪型ってのもあって可愛いと思うぜ」

 

「か、かわっ!!」

 

一夏の言葉に、ボンッと音の出そうなほどの勢いで顔を赤く染めるラウラ。

 

「うん。僕も可愛いって褒めてるのに全然信じてくれないんだよ。あ、ちなみにラウラの髪は僕がセットしたの。せっかくだからおしゃれしなきゃってね」

 

 なるほど。道理で普段のラウラじゃしなさそうな髪型なわけだ。

 

「へえ、そうなのか。あ、もちろんシャルも水着似合ってるぞ」

 

「う、うん。ありがとう」

 

 俺の言葉にシャルが嬉しそうに微笑みながら照れくさそうに髪をいじる。

 

「ナッシ~!」

 

「おっりむらくーん!」

 

「さっきの約束!ビーチバレーしようよ!」

 

 と、少し離れた位置にあるバレーのネットの位置から本音とともに女子三人がやってくる。

 

「おう。それじゃあ、ここにいる面子でやるか」

 

「うん、そうだね」

 

「片方のチームに男子二人ってのはパワーバランス悪いし、俺と航平は別々になった方がいいな」

 

「そうだな」

 

「「じゃ、じゃあ私は(僕は)ナッシー(航平)と!」」

 

 一夏の提案と同時に左手に本音が、右手にはシャルがくっつく。と、同時に本音とシャルが俺を挟んで互いをじっと見つめ合う。

 

「よろしくねー、デュッチー」

 

「うん、布仏さん。一緒に頑張ろうね」

 

「………二人とも、痛い……」

 

 にこやかに言い合う二人は、なぜか俺の腕を両方向からぐいぐいと引っ張る。二人の間にはなぜか心なしか火花が散っている気がする。……気のせいだよね?同じチームだしね。

 

「じゃああとのメンバーもテキトーに分けるか」

 

 一夏の言葉によってチーム分けは進み、一夏チームは一夏&ラウラ&岸原さん&相川さん、航平チームは俺&本音&シャル&谷本さん、となった。

 

「俺ちゃんとルール知らないんだけど」

 

「んじゃ、お遊びルールでいいね。タッチは三回まで、スパイクは連発禁止、キリのいい十点先取で一セットねー。細かいルールは気にしない方向で」

 

「おう。じゃ、そっちのサーブで」

 

一夏が放ったボールを谷本さんが受け取る。心なしか谷本さんの目が怪しく光ったように感じた。

 

「ふっふっふっ、七月のサマーデビルと言われたこの私の実力を……見よ!」

 

 と、掛け声とともにジャンピングサーブ。

 

「任せて!」

 

 相川さんが言葉とともに飛んできたボールを上にあげる。

 

「ナイスレシーブ!」

 

 それをジャンプした一夏がアタックする。

 

「わあー!わあー!わあ~!」

 

 一夏の打ったボールは本音の方に飛んでいく。それによってワタワタと慌てる本音。

 

「て、てりゃ~!」

 

 目を瞑って突き出した本音の拳(ダボダボの袖に隠れてわからないけどたぶん拳)に奇跡的にボールが当たり、上がる。

 

「よっと!」

 

 それをシャルがレシーブする。

 

「よっしゃ!ここは俺が!」

 

 それをネット際にいた俺がジャンプし、アタックする。

 我ながら初めてにしてはいいアタックを放てたのではないだろうか、と、思っていたのだが、俺の放ったボールの先にはラウラがいた。ラウラの運動神経ならこれは返されるだろう。

 ――と、思ったのだが……

 

「へぶっ!」

 

 俺のアタックはラウラの顔面にクリティカルヒットした。

 

「お、おい!大丈夫かラウラ!」

 

「大丈夫っ!?」

 

 俺たちは急いでラウラのもとに駆け寄る。

 

「か、かわ、可愛いと……言われてしまった……可愛いと……」

 

 ……大丈夫そうだった。いや、大丈夫じゃないのか?

 顔を赤く染めたラウラは、普段の彼女では考えられない締まりのない顔をしていた。顔が赤いのはボールが当たったせいだけではないだろう。

 

「ラウラ!大丈夫か!?」

 

 一夏の言葉にラウラは一夏の方を見て、その瞬間二人の目が合う。その瞬間今まで以上に顔を赤く染め、脱兎のごとくラウラは旅館の方に走り去って行った。

 

「な、なんだ?どうしたんだ、ラウラ!?」

 

 走り去っていくラウラに呆然と言う一夏。

 

「まだ照れてたんだ」

 

「ラウラって、意外と……」

 

「おりむーも罪な男だね~」

 

 俺とシャル、本音は苦笑いを浮かべつつ呟く。当の本人の一夏は理解してないみたいだけど。

 

「うーん、まあ、続けるか。ラウラの様子は後で見ておくよ」

 

「うーい」

 

「さんせーい」

 

 そこから数の上で三対四のバレーとなったが……ぶっちゃけ本音がマイナスなので実質三対三だった。

 そんなこんなで楽しいバレー勝負をし、気付けば時間的にもいい時間になっていた。

 

「あ、そろそろお昼の時間かな? 二人とも、午後はどうするの?」

 

 シャルの問いに、

 

「うーん、もう少し泳ぎたいんだが食べた直後はつらいし、ちょっと休んでからまた海に出るつもりだ」

 

「俺もそんな感じだな。せっかくの海だし泳がないとな」

 

「そっか。じゃあ、お昼に行こ」

 

 シャルの提案に俺たちは頷き、ゾロゾロと旅館に向かって歩き出す。

 

「そう言えばナッシーたちの部屋はどこになったのー?」

 

「あー、それ私も聞きたい!」

 

「私も私も!」

 

 本音の質問にその場の全員が興味深げに訊いてくる。

 

「「織斑先生の部屋だぞ」」

 

 合わせたわけではないが、一夏とハモりながら答えた。それまでわくわくとしていた女子たちが凍り付く。

 

「だからまあ、遊びに来るのは危険だな」

 

「そ、そうね……。で、でも織斑君たちとは食事時間に会えるしね!」

 

「だね!わざわざ鬼の寝床に入らなくても――」

 

「誰が鬼だ、誰が」

 

 背後からの声に一同、ギギギギギ……ときしんだ音でも出そうな様子で振り返る。

 

『お、お、織斑先生……』

 

「おう」

 

 そこにはラウラのものとはまた違う印象の黒い水着を身に着けた織斑先生がいた。

 

「お疲れ様です、織斑先生。その水着似合ってますね」

 

 本当は先日ナナコの時に買うのを見ていたので知っていたが、俺はその場にいなかったことになっているし、そもそもその時は着ているところを見ていないので素直に感想を言う。

 

「ふんっ。煽てても何も出ないぞ」

 

 つっけんどんに返す織斑先生だが、冗談抜きに煽ててるわけでもお世辞でもない。

 テレビで見るそこらへんのモデルなんかよりもよっぽどいいスタイルをしている。正直見惚れてしまった。

 まあ、俺の見惚れるはあまり他意のない、綺麗な人がいればなんとなく目が行く、といった感じの〝見惚れる〟なのだが、俺の横の男の〝見惚れる〟は違う意味のように感じた。

 

「そら、お前たちは食堂に行って昼食でもとってこい」

 

「織斑先生はこのまま海にいるんですか?」

 

「まあな。私はわずかばかりの自由時間を満喫させてもらう」

 

 どうやら教師陣はあまり自由時間はないようだ。先生というのも大変だ。

 

「じゃあ、俺たちは昼飯に行ってきます」

 

「集合時間には遅れるなよ」

 

「はい」

 

 織斑先生の注意に頷きつつ俺たちは旅館へと向かう。

 

「なあ一夏。一夏ってお姉さん系……って言うかむしろ織斑先生が好みなのか?」

 

「え!?な、なんだよ、航平。いきなり……」

 

 俺の素朴な疑問に一夏は焦ったように言う。

 

「いや、なんとなく。みんなの水着姿見た時となんか反応が違ったように思ったし、あと、前に綺麗な先輩に会ったって嬉しそうに言ってたし」

 

 まあその綺麗な先輩って俺なんだけどね。

 

「みんな大変そうだね。ライバル多いし、しかも強敵揃い。そこに織斑先生まで入ってくるんなら極めつけだね」

 

 シャルの言葉に頷きつつ俺は心の中で四人の人物の顔を思い浮かべつつ合掌。

 

「確かにすげえよなぁ、織斑先生は」

 

「……一夏、たぶん勘違いしてる」

 

「え? そうなのか?」

 

「なあ、シャル。アイツらの一番の敵は一夏自身だと思うのは俺だけか?」

 

「……だね。はは……」

 

 苦笑い気味にシャルは頷く。

 

「相変わらずのおりむーだねー」

 

「だな」

 

「ちなみにナッシーも人のこと言えないところあると思うよー」

 

「えっ!マジで!?」

 

 本音のショックな指摘に驚愕しつつ俺たちは更衣室へと向かったのだった。

 

 

 ………あれ?そう言えば箒見なかったような気が……。




お久しぶりです。
こっちでもスランプ中なのであまり書けない僕です。
感想を!オラに温かい感想を寄せてくれ!
………冗談です。
特になければいいです。
ただ感想をもらえるとまた頑張ろうって気になるのでもらえるととてもうれしくなります。
それではまた次回!

追記
本音の航平の呼び方が一部違っていたので修正しておきました。


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第61話 買収

夕食後の自由時間。セシリアは夕食時に一夏に部屋を呼ばれたので、一夏と航平の部屋へと向かう。

 

『…………』

 

 しかし、そこには二人の先客がいた。

 

「鈴さん?それに箒さんまで。いったいそこで何を――」

 

「シッ!!」

 

 鈴がそう言いながらセシリアの口をふさぐ。

 首を傾げるセシリアに箒と鈴がドアを指さす。示されたドアに耳を当てると部屋の中から声が聞こえてくる。

 

『千冬姉、久しぶりだからちょっと緊張してる?』

 

『そんな訳あるか、馬鹿者。しかし、お前にしてもらうのは久々だが、腕を上げたんじゃないか?』

 

『そうかな?』

 

『ああ。その証拠に先にされた航平はあまりの気持ちよさに半ば気絶するように寝てしまったぞ。――んっ!す、少しは加減をしろ……』

 

『はいはい。んじゃあ、ここは……と』

 

『くあっ! そ、そこは……やめっ、つぅっ!!』

 

『すぐに良くなるって。だいぶ溜まってたみたいだし、ね』

 

『あぁぁっ!』

 

 ………。

 

「こ、こ、これは、いったい、何ですの……?い、一夏さんは航平さんと……?」

 

『……………』

 

 セシリアの質問に答えられるものはいない。その場の全員が暗い表情をしている。そこにあるのはただただ沈黙のみ。まるで通夜か葬式のようだった。

 

『じゃあ次は――』

 

『一夏、少し待て』

 

 あれ?と三人が思いながらドアにさらに耳を押し付けると――

 

 バンッ

 

『へぶっ!!』

 

 勢いよくドアが開けられ、ドアに殴られる三人。

 

「何をしているか、馬鹿者どもが」

 

 ドアの向こうに立っていたのは呆れ顔の千冬と少し離れた場所できょとんとした表情の一夏だった。

 

「は、はは……」

 

「こ、こんばんは、織斑先生……」

 

「さ……さようなら、織斑先生っ!!」

 

 脱兎のごとく逃走を開始した三人――が、逃げられなかった。鈴と箒は千冬に首根っこを取られ、セシリア浴衣の裾を踏まれて終了。

 

「盗み聞きとは感心しないが、ちょうどいい。入っていけ」

 

「「「えっ?」」」

 

 千冬の予想外の言葉に目を丸くする三人。

 

「ああ、そうだ。篠ノ之と凰、お前たちは他の二人……いや、三人か。ボーデヴィッヒとデュノアと布仏も呼んでこい」

 

「「は、はいっ!」」

 

 

  ○

 

 箒、鈴、ラウラ、シャルロット、本音がやって来た時、五人を出迎えたのは、部屋から漏れ聞こえるセシリアの喘ぎ声だった。

 

『……………』

 

 一瞬でアイコンタクトを交わし、数分前の箒、鈴、セシリアのように聞き耳を立てる。

 が、聞き耳を立てていたその先で変化が生じる。

 

『!?!?!?』

 

 ドアの向こうからセシリアの驚愕が伝わってくる。

 

『おー、マセガキめ』

 

 そう言う千冬の声は、まるで悪戯の成功した子供のような声だった。

 

『しかし、歳不相応の下着だな。そのうえ黒か』

 

『え……きゃあああっ!?』

 

 ドアの向こうで何があったのかはわからないがセシリアの驚愕具合からただ事ではないことが分かる。

 

『せ、せっ、先生!離してください!』

 

『やれやれ。教師の前で淫行を期待するなよ、十五歳』

 

『い、い、いっ、インコっ……!?』

 

『冗談だ。――おい、聞き耳を立ててる五人。そろそろ入ってきたらどうだ?』

 

 ぎくっぎくっぎくっぎくっぎくっ。

 

 千冬の言葉に五人はしらばっくれることは無理と考え、ドアを開く。

 

「一夏、マッサージはもういいだろう。ほれ、全員好きな所に座れ」

 

 千冬に示され、五人はおずおずと部屋に入り、それぞれ好きなところに座る。

 

「ふー。さすがに三人連続ですると汗掻くな」

 

「手を抜かないからだ。少しは要領よくやればいい」

 

「いや、そりゃせっかく時間を割いてくれてる相手に失礼だって」

 

「愚直だな」

 

「千冬姉、たまには褒めてくれても罰は当たらないって」

 

「どうだかな」

 

楽しそうに話す二人の会話に全員が状況を把握する。

 

「は、はは……はぁ」

 

「ま、まぁ、あたしはわかってたけどね」

 

 脱力する箒と強がる鈴。

 

「「………………」」

 

 この中で一番具体的に想像していたであろうラウラとシャルロットは顔を赤く染めて俯く。

 

「なんだ~。私はてっきりおりむーは両刀使いなのかと思ったよ~」

 

 一人のほほ~んと笑う本音。

 

「両刀使い?俺は雪片弐型の一本しか使わないけど?」

 

「そう意味じゃないよ~。両刀使いって言うのは――」

 

「言わなくていいから!」

 

 本音の口を鈴が塞ぎながら言う。

 

「実に興味深い。詳しく教えてもらえるか?」

 

「ラウラも興味持たなくていいから!」

 

 意味を知っているシャルロットも顔を赤く染めて言う。

 

「はあ。とりあえず、一夏はもう一度風呂にでも行ってこい。部屋を汗臭くされては困る」

 

「ん。そうする」

 

 千冬の言葉に頷いた一夏はタオルと着替えを持って部屋を出て行った。

 

『……………』

 

 取り残された六人は座ったままの姿勢でじっとしている。

 

「おいおい、葬式か通夜か?いつものバカ騒ぎはどうした」

 

「い、いえ、その……」

 

「お、織斑先生こうして話すのは、ええと……」

 

「は、初めてですし……」

 

「まったく、しょうがないな。私が飲み物を奢ってやろう。篠ノ之、何がいい?」

 

 いきなり名前を呼ばれた箒はびくっと肩をすくませる。突然のことに言葉が出ず、困っている。

 

「なんだ、すっと言え。布仏、お前は何がいい?」

 

「コーラで~」

 

「このくらいふてぶてしくいけ」

 

 ニヤリと笑いながら備え付けの冷蔵庫からコーラとその他に五本の缶ジュースを取り出す。

 

「ほら、コーラだ。他はラムネとオレンジとスポーツドリンクにコーヒー、紅茶だ。それぞれ他のがいい奴は各人で交換しろ」

 

 そう言われながらも、順番に箒、シャルロット、鈴、ラウラ、セシリアが受け取ったもので満足したらしく、交換は行われなかった。

 

「いただきま~す」

 

『い、いただきます』

 

 布仏はいつも通りののほほ~んとした雰囲気のまま、他五人は少しびくつきながら言って、飲み物に口を付ける。

 全員の喉がごくりと動いたのを見て千冬はニヤリと笑う。

 

「飲んだな?」

 

「は、はい?」

 

「そ、そりゃ飲みましたけど……」

 

「おいしいですよ~」

 

「な、何か入っていましたの!?」

 

「失礼なことを言うなバカめ。なに、ちょっとした口封じだ」

 

 そう言って千冬が新たに冷蔵庫から取り出したのは星のマークが輝く缶ビールだった。

 プシュッ!といい音を出しながら飛沫と泡が飛び出す。それを唇で受け止めてそのままゴクゴクと喉を鳴らして飲む千冬。

 

『……………』

 

 唖然とする五人と

 

「いい飲みっぷりですね、織斑センセ~」

 

 本音だけは変わらぬ雰囲気で拍手とともに言う。

 

「ふふん」

 

 本音の拍手に気を良くしながら千冬は唖然とする五人に視線を向ける。

 

「おかしな顔をするなよ。私だって人間だ。酒くらいは飲むさ。それとも、私は作業オイルを飲む物体に見えるか?」

 

「い、いえ、そういうわけでは……」

 

「ないですけど……」

 

「でもその、今は……」

 

「仕事中なんじゃ……?」

 

「堅いことを言うな。それに、口止め料はもう払ったぞ」

 

 そう言ってニヤリと笑う千冬は、全員の手元を見る。そこでやっと女子一同が飲み物の意味に気付いて「あっ」と声を漏らす。

 

「さて、前座はこのくらいでいいだろう。そろそろ肝心の話をするか」

 

 二本目のビールをラウラに取らせ、同じく音を立てながら開けた千冬が続ける。

 

「お前らはあいつやこいつのどこがいいんだ?」

 

 あいつ、とは言っているが一夏のことだと全員が理解し、こいつ、と千冬が指す先にはこんもりと丸く膨らんだ布団があり、そこから長い金髪が覗いていた。布団に深く潜り込んでいるらしく髪の毛以外見えない。

 

「まずは一夏の方からだな」

 

 そう言って視線を向けられた四人は

 

「わ、私は別に……以前より腕が落ちているのが腹立たしいだけですので」

 

 と、ラムネを傾けながら呟く箒。

 

「あたしは、腐れ縁なだけだし……」

 

 スポーツドリンクのフチをなぞりながらもごもごと呟く鈴。

 

「わ、わたくしはクラス代表としてしっかりしてほしいだけです」

 

 先ほどの一件のせいかツンとした態度で言うセシリア。

 

「ふむ、そうか。ではそう一夏に伝えておこう」

 

「「「言わなくていいです!」」」

 

 千冬の言葉にぎょっとしながら詰め寄る三人。

 千冬はその様子をはっはっはっと笑い飛ばしながら缶ビールに口を付け、ラウラへと視線を向ける。

 

「で、お前は?」

 

「つ、強いところが、でしょうか……」

 

「いや弱いだろ」

 

「つ、強いです。少なくとも、私よりも」

 

 珍しく食ってかかったラウラに、そうかねぇ……と言いながら二本目のビールを空ける千冬。

 

「まあ、強いかどうかは別にしてだ。あいつは役に立つぞ。家事も料理もなかなかだし、マッサージもうまい。付き合える女は得だな。だが――」

 

 そう言いながら、今度はシャルロットと本音に視線を向ける。

 

「こいつは本当に何もないぞ」

 

 膨らんだ布団を親指で指しながら言う。

 

「ある程度私や山田先生がしごいたとはいえ、記憶もない、知識もない、常識もない。あるのは女装という特技だけだぞ?あと、妙にしぶとい。いくら厳しくしごいてもゴキブリ並にしぶとく食らいついてくる。しかも見ろ」

 

 そう言いながら千冬は航平の眠る布団をめくる。

 

『お、おお……!』

 

 六人の口から感嘆の声が漏れる。

 そこには性別を知らなければ美少女と見間違うほどの寝顔を見せて丸くなって眠る航平の姿だった。

 

「こ、これは……」

 

「写メりたいほどの寝顔ね」

 

「航平さんってときどき女性にしか見えないときがありますわね」

 

「お兄ちゃんではなくお姉ちゃんと呼ぶべきか?」

 

 箒、鈴、セシリア、ラウラの四人は各々言葉を漏らし、同室で見慣れていた本音はニコニコと笑顔を浮かべながら航平の頬をつつく。そんな中航平の寝顔を見つめるシャルロットは

 

「でも……何もないってわけじゃないと思います」

 

「ほほう?」

 

 ぽつりと呟かれたシャルロットの言葉に千冬が興味深そうにする。

 

「その……先生は何もないって言いますけど、航平には優しさがあると思います。僕は――あの、私は……航平のそういうところが……」

 

「だが、こいつの優しさには特別なものはないぞ?一夏と同じだ。誰にでも優しい」

 

「そ、そうですね……。そこが悔しいですけど、でも、とても温かかったから……」

 

 そう言って、ごまかすように照れ臭そうに笑うシャルロット。

 

「まあ確かにこいつには優しさという利点はあるな」

 

 そう言いながら冷蔵庫から三本目のビールを取り出す千冬の顔はとてもうれしそうだった。それはまるで自分の子供がほめられた時の親のような顔だった。

 

「んんっ!それで?お前はどうなんだ、布仏」

 

 咳払いとともに顔を上げた千冬の視線の先には

 

「織斑先生、布仏さん寝てます」

 

 航平に抱き着くように眠る本音の姿だった。

 

「起きろ!」

 

 スコン!

 

「むぎゃっ!」

 

 

 

 ○

 

 

 

「まあ、つまりだ。あいつもこいつも確かにそれぞれにいいところはある」

 

 三本目のビールに口を付けながら目の前に座る六人(うち一人は涙目で後頭部をさすっている)を見渡しながら千冬が言う。

 

「家事やら何やらをやらせれば役に立つ一夏。記憶も何もないが男のくせに女子力が高い上にゴキブリ並にしぶとい航平。どちらも退屈はしないだろう。――どうだ、欲しいか?」

 

 えっ!?と全員が顔を上げる。それからおずおずと、ラウラと本音が尋ねる。

 

「「一夏(航平)を、く、くれるんですか?」」

 

「やるかバカ」

 

 ええ~……と心の中でつっこむ女子たち(本音だけは口に出していた)。

 

「女ならな、奪うくらいの気持ちで行かなくてどうする。自分を磨けよ、ガキども」

 

 そう言って三本目のビールを空けて笑う千冬の顔はとても楽しそうだった。

 




う~む、思ったよりなかなか進みませんな。
でも頑張ります!

……ちょっとのほほんさんがマイペースすぎたかな?


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第62話 天災遭遇

今回は短めです。


 合宿二日目。昨日のような自由時間ではなく、今日は真面目にちゃんと授業だ。丸一日を使ってのISの各種装備試験運用とそのデータ取りだ。特に専用気持ちは装備もたくさんあり、大変だろうと思われる。俺は学園の打鉄を使用しているので一般生徒とやる予定になっている。

 

「ようやく全員集まったか。――おい、そこの遅刻者」

 

「は、はいっ」

 

 織斑先生に呼ばれて身を竦ませたのは、凄く意外な人物、ラウラだった。

 あのラウラが、と意外に思いながらも俺はラウラに視線を向ける。

 

「そうだな、ISのコア・ネットワークについて説明してみろ」

 

「は、はい。ISのコアはそれぞれが――」

 

 織斑先生の言葉に頷いたラウラはすらすらと解説していく。そこはやはり軍人だけあって解説も適切、教科書に載っている言葉のように正確だった。俺や一夏ではこうはいかないだろう。

 

「さすがに優秀だな。では遅刻の件はこれで許してやろう」

 

 織斑先生の言葉にふうと安堵のため息を漏らすラウラ。きっとドイツで織斑先生に相当しごかれたんだろうな。

 

「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」

 

 生徒全員が返事をする。流石に一年生全員が並んでいるとなんとも迫力がある。ちなみに俺たちは現在IS試験用のビーチにいる。四方を切り立った崖に囲まれた、ちょっとした秘密のビーチみたいだ。

 ここに搬入されたISと新装備のテストが今回の合宿の目的だ。

 ISの稼働を行うので当然みなISスーツ姿だ。海辺なだけに水着に見える。

 

「ああ、篠ノ之。お前はちょっとコッチに来い」

 

「はい」

 

「お前には今日から専用機を――」

 

「ちーちゃ~~~~~~~~~~ん!!!」

 

 ずどどどど……!と土煙とともに人影が崖を駆け下りて来る。その人影は昨日見た人物で……

 

「……束」

 

 そう。昨日会った人物、篠ノ之束博士であった。

 

「やあやあ! 会いたかったよ、ちーちゃん! さあ、今すぐにハグハグしよう! そして愛を確かめ――ぶへっ」

 

 とびかかって来た篠ノ之博士の顔面を片手でつかむ織斑先生。しかもその指は顔に思いっきり食い込んでいた。

 

「うるさいぞ、束」

 

「ぐぬぬぬ……相変わらず容赦ないアイアンクローだねっ」

 

 おお、織斑先生のアイアンクローから抜け出した。やっぱりただ者じゃないのだろう。

 そこから今度は箒の方を向く博士。

 

「やあ!」

 

「……どうも」

 

 姉妹のはずだが、なんだかよそよそしい。そう言えば以前教室で博士の話題になった時にも変な反応をしていた気がする。確か「あの人は関係ない」だったか……。

 

「えへへ、久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。おっきくなったね、箒ちゃん。特におっぱいが」

 

 ゴンッ!

 

「殴りますよ」

 

「殴ってから言ったぁ!しかも日本刀の鞘で叩いた!ひどいよ!箒ちゃんひど~い!」

 

 今のはしょうがないんじゃないだろうか、と思いながらも俺たちは呆然としながらふたりの様子を見ていた。

 

「おい束。自己紹介くらいしろ。うちの生徒たちが困っている」

 

「えー、めんどくさいなぁ。私が天才の束さんだよ、はろー。終わり」

 

 織斑先生の言葉に本気でめんどくさそうにしながらテキトーな自己紹介をする篠ノ之束博士。が、今の自己紹介でポカンとしていた一同もこの人物の正体に気付いたようでこそこそと話し出す。

 

「はぁ……。もう少しまともにできんのか、お前は。そら一年、手が止まっているぞ。こいつのことは無視してテストを続けろ」

 

「こいつはひどいなぁ、らぶりぃ束さんと呼んでいいよ?」

 

「うるさい、黙れ」

 

 一夏も知っているようだし、このふたりも旧知の仲なのだろう。

 

「え、えっと、あの、こういう場合はどうしたら……」

 

「ああ、こいつはさっきも言ったように無視して構わない。山田先生は各班のサポートをお願いします」

 

「わ、わかりました」

 

「むむ、ちーちゃんが優しい……。束さんは激しくじぇらしぃ。このおっぱい魔神め、たぶらかしたな~!」

 

 言うなり、山田先生に飛びかかり、その豊満な胸を鷲掴みにする博士。

 

「きゃああっ!?な、なんっ、なんなんですかぁっ!」

 

「ええい、よいではないかよいではないかー」

 

 なんかさっき言ってたことがもう関係なっていた。

 て言うか見たところ博士はスタイルがよさそうだった。それこそ山田先生とそれほど変わらないくらいはありそうだったので、なんというか巨乳二人のくんずほづれつはなかなかに……ね。

 

「やめろバカ。大体、胸ならお前も十分にあるだろうが」

 

「てへへ、ちーちゃんのえっち」

 

「死ね」

 

 どかっと本気の蹴りにより砂浜へ顔面から突っ込む篠ノ之博士。本当にこの人がISを作った人物なのだろうか。正直ただの変な人にしか見えない。

 

「それで、頼んでおいたものは……?」

 

 ややためらいがちに箒が尋ねると、顔の埋まっていた篠ノ之博士はガバッと起きあがる。

 

「うっふっふっ。それはすでに準備済みだよ。さあ、大空をご覧あれ!」

 

 ビシッと空に向かって指差す篠ノ之博士。その言葉に箒が、そして俺も含めた全員が空を見上げる。

 

 ズズーンッ!!

 

「おわっ!」

 

 突如、上空から銀色のコンテナが降ってきた。すさまじい衝撃とともに砂浜の砂が舞う。

 次の瞬間コンテナの正面が開き、その中身を表す。そこにあったのは――

 

「じゃじゃーん!これぞ箒ちゃん専用機こと『紅椿』!全スペックが現行ISを上回る束さんお手製のISだよ!」

 

 真紅の装甲のそれは篠ノ之博士の言葉に答えるようにゆっくりと出てくる。

 ………えっ?待って。今あの人なんて言った?現行ISを上回る?それって、最新最高性能のISってこと?

 

「さあ! 箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズをはじめようか! 私が補佐するからすぐに終わるよん♪」

 

「……それでは、頼みます」

 

「もう~また堅いよ~。実の姉妹なんだから、こうもっとキャッチーな呼び方で呼んで――」

 

「早く、はじめましょう」

 

 篠ノ之博士の言葉にとりあわず、促す箒。

 

「ん~。まあ、それもそうだね。じゃあはじめようか」

 

 ピッとリモコンを押す篠ノ之博士。直後、紅椿の装甲が開き、と同時に操縦者を受け入れるように膝をつく。

 

「箒ちゃんのデータはある程度選考していれてあるから、あとは最新データに更新するだけだね。さてと、ぴ、ぽ、ぱ、っと♪」

 

 コンソールを開いた途端に、高速で指を滑らせる篠ノ之博士。さらに空中投影のディスプレイを六枚ほど呼び出し、膨大なデータに目配りをしていく。それと同時進行で、先程と同じく六枚呼び出した空中投影のキーボードを叩いていた。もはや人間業とは思えない速度でキーボードの上を走る十本の指。

 

「近接戦闘を基礎に万能型に調整済みだから、すぐに馴染むと思うよ。あとは自動支援装備も付けといたからね! お姉ちゃんが!」

 

「それは、どうも」

 

 相変わらず箒の態度は素っ気ない。他の人のことをとやかく言いたくはないが、もうちょっと仲良くてもいいんじゃないだろうか。

 

「ん~、ふ、ふ、ふふ~♪箒ちゃん、また剣の腕前が上がったみたいだねえ。筋肉の付き方を見ればわかるよ。やあやあ、お姉ちゃんは鼻が高いよ」

 

「………………」

 

「えへへ、無視されちゃった。――はい、フィッティング終了~。超早いね。さすが私」

 

 態度は相当ふざけてるが、その技術はやはり天才だった。

 

(そう言えば、こいつは近接特化なのかな。腰に一本ずつ日本刀みたいな近接ブレードがある以外何も装備してないし)

 

 そんなことを考えていると、俺の横にいた数名の女子が口を開く。

 

「あの専用機って篠ノ之さんがもらえるの……?身内ってだけで」

 

「だよねぇ。なんかずるいよねぇ」

 

 その言葉に反応したのは、意外なことに篠ノ之博士だった。

 

「おやおや、歴史の勉強をしたことがないのかな? 有史以来、世界が平等であったことななんか一度もないよ」

 

 指摘を受けた女子たちは気まずそうに作業に戻る。それをどうでもいいことのように作業に戻る篠ノ之博士。

 

「あとは自動処理に任せておけばパーソナライズも終わるね。さてと、次は――名無しのゴンベイく~ん!!」

 

「おわっ!?」

 

 突如として自分の作業をしていた俺にすさまじい跳躍を見せて抱き着いて来る(というかチョークスリーパー)篠ノ之博士。

 

「ヘイヘイ、ゴンベイ君。ちょ~っと君のこと調べさせてくれないかな~。ていうか勝手に調べちゃうよ~。えい♪」

 

「はっ!?ちょっ!えっ!?」

 

 篠ノ之博士がまたもピッとリモコンを押すとコンテナの奥から謎の直方体の物体が出てくる。俺の間横にやって来たそれの上に放り出された俺は体を起こそうとするが、すぐさま投げ出されていた両手両足首が固定される。

 

「は~い、じゃあちょっとチクッとするよ~」

 

 言葉とともに医療用サイズの注射器を俺の右腕に刺し、直後容器の中が赤い液体で満たされる。というか俺の血だった。

 

「はいオッケ~!じゃあ次は二、三本髪の毛もらうよ~!」

 

「あいたっ!」

 

 結構がっつり引っこ抜かれた。確かに抜かれたのは二、三本だったが、容赦なくいかれた。

 

「はいオッケ~オッケ~~!!」

 

 俺から採取された血液&髪の毛を俺を固定している謎の台座に開いた引き出しに放り込む篠ノ之博士。と同時篠ノ之博士の目の前に二枚の空中投影ディスプレイとキーボードが現れる。

 

「ふむふむ、どれどれ~」

 

 キーボードを叩きながら二枚のディスプレイを交互に見ていく篠ノ之博士。

 

「あの~、誰か助けて~」

 

 画面に注目してしまってほっとかれてしまってる俺は動けないままきょろきょろと周りを見る。が、残念ながら俺の周りにいた人たちは目を逸らしてそそくさと作業に戻っていく。本音ですら俺に向かって手を合わせてどこかに行ってしまった。どんだけみんな篠ノ之博士に関わりたくないんだよ。

 

「おい、束」

 

「あ、織斑先生。よかった、助かった」

 

 俺の横にやって来た織斑先生に安堵する俺。

 

「どうだ?何かわかった?」

 

「って、千冬さんもそっち側かいっ!」

 

 マジかよ!あなたは篠ノ之博士の暴走を止める側じゃいんですか!?

 

「そっち側も何もお前の精密検査は私から束に頼んだことだが?」

 

「そっち側どころか首謀者!?」

 

「それで?どうなんだ、束」

 

「えっとね~――」

 

「スルー!?いい加減放してほしいんですけど!本郷猛気分になってきたんですけど!改造人間にされそうなんですけど!?」

 

 俺の叫びが砂浜にこだましたのだった。




お久しぶりですが短めですみません。
最近忙しくてなかなか更新できなくて悶々としています。
でも頑張ります!


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第63話 膨らむ不安

まさか一ヶ月以上更新していないとは……
無い物を読んでくださっているみなさんすみません。
ちゃんとこっちも更新しますんで……(;^ω^)


「ふむふむふむ……なるほどなるほど……」

 

 あれから体のいたるところに電極を張られ、なんの数値かわからないものを記録され、終いには全裸にひんむかれそうになったところで(上半身は脱がされた)、やっと止めに入ってくれた千冬さんのおかげで、現在俺は解放され、自由となっている。

 砂浜にへたり込む俺の横では空中に投影されたディスプレイを見ながらぶつぶつ呟く篠ノ之博士とその横で結果を待つ千冬さんがいる。――ちなみにほかのみんなは興味を持ちつつも関わらないように離れたところから見ている。

 

「で?何かわかったのか?」

 

「ん~………ぶっちゃけ今ここにある設備じゃまったくわかんないやっ!」

 

 千冬さんの言葉に満面の笑みで答える篠ノ之博士。

 

「とりあえず持ち帰って調べないと詳しいことはなんとも言えないな~。今言えるのは、この子の記憶喪失の原因はやっぱりこのでっかい傷じゃないかな、ってことくらいかな」

 

 そう言いながら、篠ノ之博士はディスプレイ上に表示された、いつの間に撮ったのかわからない俺のお腹から上の写真に写る傷をなぞる。

 俺の肩から脇腹にかけて斜めにバッサリと走る傷跡。上に来ていたISスーツを脱がされた瞬間この傷を見たことのなかった他の同学年の女子たちが息をのむ気配がした。普段は隠していたので初めて見ればそういう反応にもなるだろうが……。

 

「そうか………。引き続き詳しく調べてくれ。何かわかれば連絡をくれ」

 

「アイアイサ~!さてっ!この件はいったん置いておいて――」

 

「あ、あのっ!篠ノ之博士のご高名はかねがね承っておりますっ。もしよろしければ私のISを見ていただけないでしょうか!?」

 

 と、千冬さんと篠ノ之博士の会話がひと段落したところで、ずっと後ろで控えていたらしいセシリアが声をかける。が――

 

「はあ?だれだよ君。金髪は私の知り合いにはいないんだよ。そもそも今は箒ちゃんとちーちゃんといっくんと数年ぶりの再開なんだよ。ちーちゃんからの頼まれごともしないといけないし、箒ちゃんの専用機の方もしなきゃいけない。それをどういう了見で君はしゃしゃり出てくんの?理解不能だよ。って言うか誰だよ君は」

 

 浴びせられたのは容赦のない言葉だった。先ほどまでの笑みは消え、その視線はひとかけらの感情の見えない冷たい視線だった。

 

「え、あの……」

 

「うるさいなあ。あっちいきなよ」

 

「う……」

 

 その言動はまるで、セシリアを人間として認識していないようだった。

 そのまま篠ノ之博士はスタスタと箒と紅椿の方へと去って行った。

 

「………その……あんまり気にするなよ、セシリア。多分あの人はああいう人なんだよ」

 

「え、ええ。そうですわね。きっとそうなんでしょうね……」

 

 若干泣きそうな顔になりながら、それでも俺に心配させないためかぎこちなく笑みを浮かべたセシリアをかわいそうに思っている間に、箒の専用機である紅椿のフィッティングが終わったようだった。

 箒は試運転のために集中するように目を閉じた。その瞬間、紅椿はすごいスピードで飛び立っていた。

 

「うわっ!」

 

 思わず驚きの声が漏れる。急加速の余韻で発生した衝撃波で舞い上がった砂の中で打鉄のハイパーセンサーを使いながら紅椿を追うと、二百メートルほど上空を滑空していた。

 

「どうどう? 箒ちゃんが思った以上に動くでしょ?」

 

「え、ええ、まぁ……」

 

 ISのオープンチャネルを使っての会話らしく、離れたところにいる俺やセシリアにもふたりの会話は聞こえてくる。

 

「じゃあ刀使ってみてよー。右のが『雨月』で左のが『空裂』ね。武器特性のデータを送るよん」

 

 そう言いながら空中に指を躍らせる篠ノ之博士。

 

「親切丁寧なおねーちゃんの解説つき~♪雨月は――」

 

 篠ノ之博士の解説に合わせて……なのかわからないが、箒が試しとばかりに、右腕を左肩まで持って行って構えて突きを放った。詳しくはないけど、見た感じ剣術を使っての防御型の突きのようだった。

 突きが放たれると同時に、周囲の空間に赤色のレーザーがいくつか球体として現れ、そして順番に光の弾丸となり、漂っていた雲が散る。

 

「次は空裂ねー。こっちは――」

 

 解説の後、博士はいきなり十六連装ミサイルポッドを呼び出す。光の粒子が集まって形を成すと同時に一斉射撃が行われる。

 

「箒!」

 

「――やれる!この紅椿なら!」

 

 心配げな一夏。が、自信に満ちた声で答えた箒の言葉通り、もう一本の刀、『空裂』を振るう。今度は帯状となったレーザーが、十六発のミサイルを全て撃墜した。

 

「すごい……」

 

 爆煙がゆっくりと収まっていく中、その真紅のISと箒が姿を現す。

 その圧倒的なスペックに、その場の全員が息を呑み、驚愕し、そして魅了された。その光景を満足げに眺める篠ノ之博士と――

 

「………………」

 

 そんな篠ノ之博士を厳しく見つめる織斑先生。

 

(なんであんな顔を……?)

 

「たっ、た、大変です!お、おお、織斑先生っ!!」

 

 疑問に思いながらもいきなりの山田先生の声に俺の注意はそちらに向く。

 

「どうした?」

 

「こ、こっ、これをっ!」

 

 渡された小型端末の画面を見た瞬間織斑先生の表情が曇る。

 そこから何事か数回山田先生と会話を交わした後

 

「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと写る。今日のテスト稼動は中止。各班、ISを片付けて旅館に戻れ。連絡があるまで各自室内待機する事。以上だ!」 

 

「え……?」

 

「ちゅ、中止?なんで?特殊任務行動って……」

 

「状況が全然わかんないんだけど……」

 

 突然のことに周りがざわつくが

 

「とっとと戻れ!以後、許可無く室外に出たものは我々で身柄を拘束する!いいな!!」

 

「「「はっ、はいっ!」」」

 

 織斑先生の一喝に全員が慌てて動き始める。

 俺もその後に着いて行こうとしたところで――

 

「専用機持ちは全員集合しろ!織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰!――それと、篠ノ之と梨野も来い」

 

「はい!」

 

 妙に気合の入った返事をしたのは少し離れた位置にいた箒だった。――そっか、箒も一応専用機持ちか。俺も一応打鉄があるし。

 

(でも……何だろうこの不安感は……)

 

 

 

 ○

 

 

 

「では、現状を説明する」

 

 旅館にある宴会用の大座敷、風花の間に、一夏達専用機持ち全員と教師陣+俺が集められた。

 

「あの……」

 

「なんだ?」

 

 会議の前に部屋の中を見渡し、一つ浮かんだ疑問を口にする。

 

「専用機持ち全員って……四組の更識さんがいませんが……」

 

「更識は今回の臨海学校を欠席している。そのため今集まれる専用機持ちは全員揃っている。質問は以上か?」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

「では、改めて説明を始める」

 

 照明の落とされた薄暗い部屋の中空中投影ディスプレイが浮かび上がる。

 

「二時間前、ハワイ沖で試験稼動にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用ISである『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が制御下を離れて暴走。そして監視空域より離脱したとの連絡があった」

 

 突然の言葉に俺の思考が一瞬追いつかない。……軍用IS?……暴走?……それをどうして一生徒の俺たちに?

 

『………………』

 

 が、そうやって混乱しているのは俺と一夏だけらしく、その場の全員が厳しい顔つきになっていた。

 

「その後、衛星による追跡の結果、福音はここから二キロ先の空域を通過する事が分かった。時間にして五十分後だ。学園上層部からの通達によって、我々がこの事態に対処する事になった」

 

 対処………ってまさかっ!?

 

「教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ち、そして梨野に担当してもらう」

 

 淡々と言い放つ千冬さんの言葉に驚愕しながらも姿勢を正し、顔を引き締める。

 

「それでは作戦会議をはじめる。意見があるものは挙手するように」

 

「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

 

「わかった。ただし、これらは二ヵ国の最重要軍事機密だ。けして口外はするな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも二年の監視がつけられる」

 

「了解しました」

 

 開示されたISの情報を元に専用機持ち組と教員たちは相談を始める。今だに状況の飲み込めない一夏は呆然とする。俺も会話に参加しようとするが……

 

「広域殲滅を目的とした――」

 

「攻撃と機動の両方を――」

 

「この特殊武装が――」

 

「しかも、このデータでは格闘性能が――」

 

 ダメだ。半分くらいしか理解できない。

 

「えっと……すみません。よくわからないんで、わかりやすくお願いします」

 

「えっとね、わかりやすく言うと――セシリアと同じ全方位への攻撃のできる特殊射撃型で、鈴の甲龍のスペックよりも上の攻撃と機動に特化している。しかも特殊武装が曲者。格闘性能も未知数。超音速飛行を続けてるから偵察もできない。アプローチをかけられるのも一回だけ、ってわけだよ」

 

「なるほど………」

 

 シャルの解説を自分の中で噛み砕き、理解する。

 

「つまり……その一度しかないチャンスで確実に落とせるような、一撃必殺の攻撃力を持ったやつじゃないとダメってことか……」

 

「そうなるね……」

 

 俺の言葉に頷きながらその場の全員の視線が一人の人間に向く。

 

「……えっ!?俺っ!?」

 

『うん』

 

 驚いて訊く一夏に対して全員が頷く。

 

「一夏、あんたの零落白夜で落とすのよ」

 

「それしかありませんわね。ですが問題は――」

 

「どうやって一夏をそこまで運ぶか、だね。エネルギーは全部攻撃に使わないといけないから、肝心の移動をどうするか」

 

「しかも目標に追いつける速度が出せるISでなければいけない。超高感度ハイパーセンサーも必要だな」

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!お、俺が行くのか!?」

 

『当然』

 

 四人の声が重なる。

 

「織斑、これは訓練ではない。実戦だ。もし覚悟がないなら、無理強いはしない」

 

 織斑先生の諭すような言葉に一夏が一瞬の間を空けて口を開く。

 

「やります。俺が、やってみせます」

 

「よし。それでは作戦の具体的な内容に入る。現在、この専用機持ちの中で最高速度が出せる機体はどれだ?」

 

 千冬さんの問いに立候補したのはセシリアだった。

 セシリアのIS、ブルー・ティアーズにはちょうどイギリスから強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』と言う換装装備が送られており、それには超高感度ハイパーセンサーも付いているらしい。

 セシリアの超音速下での戦闘訓練も二〇時間。この中で一番の適任だろう。織斑先生もそれで決定を下そうとしたとき

 

「待った待ーった。その作戦はちょっと待ったなんだよ~!」

 

 突如天井から合われたウサミミアリスの天災、篠ノ之束博士が現れた。

 

「……山田先生、室外への強制退去を」

 

「えっ!?は、はいっ。あの、篠ノ之博士、とりあえず降りてきてください……」

 

「とうっ★」

 

 くるりと空中で一回転して着地。唖然とするほどの軽やかな身のこなしだった。

 

「ちーちゃん、ちーちゃん。もっといい作戦が私の頭の中にナウ・プリンティングー!」

 

「……出て行け」

 

 頭を抑える織斑先生。織斑先生に篠ノ之博士を室外へ退出させることを言われた山田先生は実行しようとするが、どこ吹く風にするりするりと逃げ回る篠ノ之博士。

 

「聞いて聞いて!ここは断・然!紅椿の出番なんだよっ!」

 

「なに?」

 

「紅椿のスペックデータ見て見て!パッケージなんかなくても超高速機動が出来るんだよ!」

 

 篠ノ之博士の言葉に答えるように数枚のディスプレイが出現し、織斑先生を囲む。

 

「紅椿の展開装甲を調整して、ほいほいほいほいっと。ホラね!これでスピードはばっちりだよ!」

 

 展開装甲……って何?

 俺は首を傾げながら隣にいたシャルに顔を向けるがシャルを含め、その場の専用機持ちのみんなも分かっていないようだった。

 そんな疑問に答えるようにいつの間に乗っ取ったのか、先ほどまで福音のデータが表示されていたメインディスプレイが切り替わり、紅椿のデータが表示されていた。

 

「説明しましょ~そうしましょ~。展開装甲というのはだね、この天才の束さんが作った第四世代型ISの装備なんだよー」

 

第……四?あれ?今の最新ISって第三世代型じゃなかったっけ?

 

「はーい、ここで心優しい束さんの解説開始~。いっくんのためにね。へへん、嬉しいかな? まず、第一世代というのは――」

 

 篠ノ之博士の解説を聞きながら俺は唖然としてしまった。

 各国が躍起になって開発し、やっと第三世代型の一号試験機ができた段階だというのに、この博士はいとも簡単にそのさらに先のISを開発したということらしい。『天災』と呼ばれる所以を垣間見た気がした。

 

「具体的には白式の《雪片弐型》に使用されてま~す。試しに私が突っ込んだ~」

 

『え!?』

 

 専用機持ちのみんなや俺、一夏が驚きの声をあげる。

 つまり、零落白夜発動で開く《雪片弐型》の構想がまさにそれ。言葉通りにとらえるなら、一夏の『白式』は第四世代型相当ということになる。

 

「それで、上手く行ったのでなんとなんと紅椿は全身のアーマーを展開装甲にしてありまーす。システム最大稼動時にはスペックデータは更に倍プッシュだよ★」

 

「ちょっ、ちょっと、ちょっと待って下さい。え?全身?全身が、雪片弐型と同じ?それってひょっとして……」

 

「うん、無茶苦茶強いね。一言で言うと最強だね」

 

 本日何度目かもわからない唖然ポイント。俺を含め織斑先生以外の全員がぽかんとした顔をしていた。

 

「ちなみに紅椿の展開装甲はより発展したタイプだから、攻撃・防御・機動と用途に応じて切り替えが可能。これぞ第四世代型の目標、即時万能対応機ってやつだね。にゃはは、私が早くも作っちゃったよ。ぶいぶぃ」

 

 作っちゃったって……。

 その場の全員何も言えず静まり返っている。

 

「はにゃ?あれ?何でみんなお通夜みたいな顔してるの?誰か死んだ?変なの」

 

 変どころの話ではない。

 この人は各国が多額の資金と膨大な時間と優秀な人材のすべてを投じて競い合って開発している第三世代型開発を、それをまるで無意味なことだとでも言わんばかりの行為。

 一夏を含め、誰も何も言えない。

 

「……束、言った筈だぞ。やり過ぎるな、と」

 

「そうだっけ?えへへ、ついつい熱中しちゃったんだよ~」

 

 織斑先生に言われてやっと現状を理解したようだ。――が、その顔は悪びれている様子はない。

 

「あ、でもほら、紅椿はまだ完全体じゃないから、そんな顔しないでよ、いっくん。いっくんが暗いと束さんは思わずイタズラしたくなっちゃうよん」

 

 そう言いながらウインクをする篠ノ之博士。が、一夏はなんとも言えない顔をしている。

 

「まー、あれだね。今の話は紅椿のスペックをフルに引き出したら、って話しだし。でもまあ、今回の作戦をこなすくらいは夕食前だよ!」

 

 夕飯前って……。

 

「それにしてもアレだね~。海で暴走っていうと、十年前の白騎士事件を思い出すねー」

 

 ニコニコと笑顔のまま話し出し博士。その横で織斑先生が『しまった』というような顔をする。

――『白騎士事件』

 その事件があったあたりは本来なら俺は生まれているはずなので知っていてもおかしくないが、記憶喪失のせいでそのことも憶えていない俺。結果俺が知っているのは教科書に載っているレベルの知識としてのことしか知らない。

 

 

 十年前、篠ノ之束によってISの存在が発表されてから1ヵ月後に起きた事件。

日本を射程距離内とするミサイルの配備されたすべての軍事基地のコンピュータが一斉にハッキングされ、2341発以上のミサイルが日本へ向けて発射されたが、その約半数を搭乗者不明のIS「白騎士」が物の見事に迎撃。

その後、それを見た各国は「白騎士」を捕獲もしくは撃破しようと大量の戦闘機や戦闘艦などの軍事兵器を送り込んだが、その大半を無力化した事件。

また、この事件関連での死者がゼロ、というのもISのすさまじさを表すエピソードだろう。この事件以降、ISとその驚異的な戦闘能力に関心が高まることとなった。

この事件を期にISは世界中から注目され、現在の世界を作り出す結果となったのだろう。

 

 

 

「しかし、それにしても~ウフフフ。一体白騎士って誰だったんだろうね~?ね?ね、ちーちゃん?」

 

「知らん」

 

「うむん。私の予想ではバスト八八センチの――」

 

 ごすっ、と鈍い音がした。織斑先生の情報端末アタックが炸裂していた、篠ノ之博士の頭に。

 

「ひ、ひどい、ちーちゃん。束さんの脳は左右に割れたよ!?」

 

「そうか、よかったな。これからは左右で交代に考え事が出来るぞ」

 

「おお!そっかぁ!ちーちゃん、頭良い~!」

 

 ………馬鹿と天才――天災は紙一重という言葉の見本みたいな人だな、この人。

 あれ?でも、この人なら白騎士の正体知ってるんじゃないの?IS作ったのこの人なんだから渡したのもこの人なんじゃ……?

 

「それはそうとさぁ、あの事件では凄い活躍だったね、ちーちゃん!」

 

「そうだな。白騎士が、活躍したな」

 

 ホント誰なんだろう。

 

「話を戻すぞ。……束、紅椿の調整にはどれくらいの時間がかかる?」

 

「お、織斑先生!?」

 

 織斑先生の言葉にセシリアが声をあげる。

 

「わ、わたくしとブルー・ティアーズなら必ず成功して見せますわ!」

 

「そのパッケージは量子変換してあるのか?」

 

「そ、それは……まだですが……」

 

 痛いところを突かれたらしく、勢いを失ってもごもごと喋るセシリア。それと入れ替わるように満面の笑みで口を開く篠ノ之博士。

 

「ちなみに紅椿の調整時間は七分あれば余裕だね★」

 

「よし。では本作戦では織斑・篠ノ之の両名による目標の追跡及び撃墜を目的とする。作戦開始は三〇分後。各員、ただちに準備にかかれ」

 

 

 

 ○

 

 

 それから三〇分間はあっという間であった。

 篠ノ之博士は楽しげによくわからない歌なんて歌いながら箒とともに紅椿のセッティング。

 一夏は超音速下での戦闘訓練経験者のセシリア、その他専用機持ちからのレクチャー。

 俺もこれから必要になることを考え、一緒になって聞いておいた。

 その後山田先生も交えての作戦会議。

 順調だった。順調に準備が進み、作戦もしっかりと練られていった。きっとこれ以上ないほどしっかりと準備されていることだろう。

 きっとうまくいく。誰もがそう思っていた。

 

 

――だが、なぜか俺の中に膨らむ不安感は小さくなることはなかった……。

 

 

 

 

準備開始から三〇分後。

予定通りすべての準備を終え、先ほどの会議で使われた大座敷、風花の間には一夏と箒以外のメンバーがそろっていた。

では、一夏と箒はどこにいるのかというと――

 

「織斑、篠ノ之、聞こえるか?」

 

 織斑先生が目の前のメインディスプレイに映る映像を見ながらオープンチャネルを通して呼びかける。

 そこに映っているのは浜辺に立つそれぞれ『白式』と『紅椿』を纏った一夏と箒の姿だった。

 織斑先生の呼びかけに答える二人。

 

「今回の作戦の要は一撃必殺だ。短時間での決着を心がけろ」

 

『了解』

 

『織斑先生、私は状況に応じて一夏のサポートをすればよろしいですか?』

 

「そうだな。だが、無理はするな。お前はその専用機を使い始めてからの実戦経験は皆無だ。突然、何かしらの問題が出るとも限らない」

 

『分かりました。出来る範囲で支援します』

 

 箒のその声は冷静なものだった。しかし、どこか喜色に弾んでいる、浮ついているようにも聞こえた。そのことが、なぜだか言い表せないけど、俺の中の不安感が膨らむのを加速させていった。

 

「あの、千冬さん……」

 

「織斑先生と………どうかしたか?」

 

 俺の声、表情から何かを読み取ったのか、千冬さんが訊く。

 

「その……なんて言っていいかわからないんですけど……大丈夫なんでしょうか、箒は。その……」

 

「浮かれている……か?」

 

「……千冬さんも気づいてましたか」

 

 千冬さんの言葉に頷きながら俺は口を開く。

 

「紅椿のデータを見ていると成功しそうにも思えます。――でも、なんか俺、嫌な感じがするんです。なんというか、不安が消えないというか……」

 

「……………――織斑」

 

 俺の言葉に千冬さんは答えず、一夏に通信を繋ぐ。

 

『は、はい』

 

 今までオープンチャネルで行われていた通信をプライベートチャネルに切り替えてのものになり、一夏の動揺が伝わってくる。

 

「どうも篠ノ之は浮かれている。あんな状態ではなにかを仕損じるやもしれん。いざと言う時はサポートしてやれ」

 

『分かりました。ちゃんと意識しておきます』

 

「頼むぞ」

 

 そう言いながら一旦通信を切る千冬さん。

 

「今できるのこれくらいだ。我々はあの二人を信じて見守るしかない」

 

「………はい」

 

 納得はできないながらもとりあえず頷く俺。

 俺が頷いたのを見届け、千冬さんは通信をオープンチャネルに繋ぐ。

 

「では、はじめ!」

 

 作戦開始。

 目標、『銀の福音』に向かって飛び立つ二基のIS。その後ろ姿は頼もしく見えたが――

 

 

 

 

 

 

 

俺の不安が最悪なことに的中したのはそれから数分後――一夏と箒が福音と接触したときであった。

作戦は大失敗。しかもただの失敗ではない。この作戦の失敗、そして、福音への接触に伴う代償は福音の攻撃から箒を庇ったことによる一夏の負傷。

 

箒に連れられ帰投した一夏。治療はすんだものの、作戦から三時間近くたった現在、いまだ一夏は目覚めぬままであった。

 




どうも。
無い物の更新を待っていてくださったみなさんすみません。
もう一個の方ばっか更新してすみません。
これからはこっちもちゃんと更新しますんで。
ただどうにもスランプ気味なので、面白いものを書けるように頑張ります。


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第64話 責任

一夏と箒が戻って来てから約三時間。いまだ一夏は目覚めず、箒も項垂れて一夏の傍らにいる。

俺+専用機持ち組は千冬さんから待機を命じられ、同じ部屋に集まり、今後のことについて話していた。

 

「で?どうするの?」

 

 鈴が口を開く。

 

「どうって……」

 

「まあ、ちふ――織斑先生は今福音を補足するのに作戦室にこもりっきりだろうから、何か行動を起こすなら今だろうな」

 

 俺の言葉に鈴が頷く。

 

「だから確認するの。みんなはこれからやることに参加する気があるのか。……私はやるわよ。このまま黙ってなんていられない」

 

 悔しそうに歯を喰いしばる鈴。そんな鈴を

 

「俺も行く」

 

 しっかりと見据えて言う。

 

「大事な仲間が大怪我して帰ってきたんだ。それに、あいつをこのまま野放しにはできない」

 

 俺の言葉に頷いた鈴。そのまま俺と鈴はまわりに視線を向ける。

 

「わたくしも行きますわ」

 

「僕も覚悟はできてる」

 

「私だって黙っていられるか。もちろん参加する」

 

 この場の全員の意思が統一された。あとは――

 

「とりあえず役割分担だな。先生たちよりも早く福音を見つけ、その場に急行。撃破する」

 

『……………(こくっ)』

 

 全員が頷く。

 

「俺は機体が訓練機だし、知識面でもみんなにはかなわない。だからその辺のことはみんなに任せたい。その代り――」

 

 俺はその場の全員を見渡す。

 

「箒には俺が話を付けてくる」

 

 

 

 ○

 

 

 みんなと別れてから俺はとある一室の前に立っていた。

 今頃みんなは福音を補足するために躍起になっていたり、追加装備をインストールしたり、それぞれ準備を進めていることだろう。残念ながら訓練機の俺には追加装備の類はない。知識も少ない俺では補足する手伝いもできないだろう。――だから、俺は今ここにいる。

 俺は大きく息を吐き、扉に手をかける。

 

「……………」

 

 部屋の中には二人の人物がいた。

 一人は体中に包帯を巻き、意識がないまま布団に横たわる一夏。

 もう一人はそんな意識のない一夏の傍らで、まるで祈るように、贖罪するように、戒めるように俯く箒の姿があった。戦闘の途中で無くしたのか、いつも結んでいるリボンはなく、髪は顔を隠すように垂れている。

 

「よぉ」

 

「……………」

 

 箒の傍らに立ち声をかけるが、箒は一瞬俺に顔を向けただけですぐに俯いてしまう。

 

「………いかにも落ち込んでますって感じだな」

 

 箒の反応はない。

 

「………なあ。一夏がこうなったのって、お前のせいなんだよな」

 

 俺の言葉に一瞬肩を震わせる箒。

 

「俺さ、この作戦が始まる前からなんでか不安だったんだ。作戦もしっかり立てた。準備もしっかりした。きっとうまくいくだろうって……みんなで納得してたはずだった。――でも、なんでか不安は消えなかった。ぶっちゃけ失敗したとき……一夏が負傷したとき、俺、〝やっぱりな〟って思ったよ」

 

 箒の横に腰を下ろし、一夏の眠る顔を見つめながら続ける。

 

「なあ、箒。お前……浮かれてただろ?」

 

 俺の言葉に箒はきつく結んだ拳をさらに握りしめる。

 

「………まあ……今更あの時お前が浮かれてなかったら、なんて言うつもりはないよ。もしもの話をしたって一夏の負傷が無かったことになるわけじゃないし。そんなこと考える暇があったら、今俺たちができることをやるさ」

 

 俺は肩をすくめながら言う。

 

「………今、俺は俺にできることをしているつもりだ。セシリアも、鈴も、シャルも、ラウラも、みんなできることを全力でしてる。……お前はどうなんだ?」

 

 俺は箒の顔を覗き込むように訊く。

 

「お前の今できること、やるべきことって一夏の横でそうやって俯いてることなのか?」

 

「…………私は……」

 

「ん?」

 

 俺の問いに箒が答えるが、その声は小さく、俺は耳を箒の口元に近づける。

 

「わ、私……は、もうISは使わない………」

 

「………っ!」

 

 箒の言葉に俺は箒の胸倉を掴む。

 

「おい、今のは俺の聞き間違いか?今なんて言った?」

 

「私は、もうISはもう使わない」

 

「――っ!」

 

 バシンッ!

 

 俺は箒の頬にビンタをくらわす。

 

「お前何寝ぼけたこと言ってるんだよ!」

 

 箒の目を見据え、にらみつけ、胸倉を掴んだまま顔を寄せる。

 

「周りからずるいって言われながら、それでも自分の姉にわがまま言って専用機もらって。今度はIS使わないってか。随分とわがままばっかりだな」

 

「…………」

 

「専用機を持つってことは責任を持つってことなんじゃないのか?少なくとも代表候補生のみんなはお前みたいなわがままは言わないだろうぜ」

 

「――っ」

 

 俺の言葉に息を呑む箒。

 

「お前はみんなと違って実力で〝こいつ〟を手にしたんじゃない!お前はただ周りよりいい環境にいただけだ!」

 

 俺は箒の右手を掴み、その腕に巻かれた金銀二つの鈴のついた赤い紐――紅椿の待機状態であるそれを箒に見える位置に無理矢理掲げる。

 

「実力で手に入れたんじゃないなら、お前の背負う責任ってのは他の人のそれよりも何倍も重要なんじゃないのか?それをそんなわがまま言いやがって。勝手にもほどがあるだろ!」

 

 怯えたように紅椿から視線を外す箒。その姿に、俺はどうしようもない失望感を感じる。

 俺は箒を掴んでいた手を乱暴に離す。支えを失った箒がその場にへたり込む。

 

「そうか……。俺にここまで言われて何も言い返さないとはな。………お前はそこでずっとそうしてればいいさ。正直失望したよ、箒」

 

 踵を返して部屋を去ろうとした俺。その背後から

 

「――ど……」

 

 漏れ出た箒の声に俺は足を止める。

 

「どうしろと言うんだ!もう敵の居場所も分からない!戦えるなら、私だって戦う!」

 

「……………本当だな?」

 

 俺は箒を見据えながら聞く。

 

「今度は自分の言葉に責任を持てよ?その言葉に嘘偽りないな?」

 

「あ、ああ!」

 

 俺の目を睨み返しながら箒が力強く頷く。

 

「………よしっ!じゃあ行くぞ!」

 

「はっ!?い、行くってどこへ!?」

 

 俺は箒の手を掴みずんずんと進む。背後から箒が困惑した声で訊く。

 

「福音のところだよ」

 

「だ、だがその居場所が……」

 

「大丈夫だ。それなら今ラウラが――」

 

 そう言ったところで曲がり角から軍服姿のラウラと鈴が現れる。

 

「おお、お兄ちゃん。ちょうどよかった。今呼びに行こうと思っていたところだ」

 

「ということは……」

 

「ええ。ラウラが見つけたわ」

 

 俺の問いに鈴とラウラが頷く。

 

「ここから三〇キロ離れた沖合上空に目標を確認した。ステルスモードに入っていたが、どうも光学迷彩は持っていないようだ。衛星による目視で発見した」

 

「流石ドイツ軍特殊部隊の隊長だな。鈴の方は?」

 

「当然。甲龍の攻撃特化パッケージはインストール済みよ」

 

「シャルとセシリアは?」

 

「ああ、それなら――」

 

 ラウラの言葉を引き継ぐようにシャルとセシリアもやってくる。

 

「たった今、高機動パッケージのインストールは完了しましたわ」

 

「準備オッケーだよ。いつでもいける」

 

「よし、あとは――」

 

 言いながら足を止め、俺は箒に視線を向ける。

 

「私……私は――」

 

 先ほどまでの暗い雰囲気は消え、今箒の瞳には決意の色が見える。

 

「戦う……戦って、勝つ!今度こそ、負けはしない!」

 

「よっしゃ!」

 

 俺は箒の言葉に頷き、ぞの場の全員に視線を向ける。

 

「俺らが今からすることは完全に命令違反だ。罰もうけることになるだろう。でも、死ぬほどの処分は下されない。だから――」

 

 俺はそこで言葉をいったん区切り、大きく息を吸う。

 

「全員生きて帰って、ちゃんと処分を受けようぜ!」

 

『おう!』

 

 みんな笑いながらもしっかりと答える。

 

「――まあ、千冬さんなら死ぬほどつらい罰を科す可能性はあるけどな……」

 

 俺は小声で苦笑い気味に呟いたが、俺の言葉は誰にも聞こえていなかったようだった。

 




次回、福音戦!
戦闘描写苦手なのに!
マジ憂鬱っす!
でも頑張るっす!
読者の皆さん、オラに元気を分けてくれ!


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第65話 銀の福音

難産だった。


「…………………」

 

 海上200メートル。そこにまるで胎児のように膝を抱え、頭部から伸びる翼が『銀の福音』を包んでいる。

 

「――っ!」

 

 まるで眠っているようにただ浮かんでいるだけだった福音が何かに気付いたように顔を上げる。

 それと同時に、飛来した砲弾が頭部に直撃。大爆発を引き起こした。

 

「初弾命中。続けて砲撃を行う!」

 

 五キロ離れた場所に浮かぶIS『シュヴァルツェア・レーゲン』とラウラ。福音が反撃に入る前に次弾を発射。

 その姿はいつもの見慣れたものではなかった。八〇口径レールカノン《ブリッツ》を二門左右それぞれの肩に装備し、さらに、遠距離からの砲撃・狙撃に対する備えとして、四枚の物理シールドが左右と正面を守っていた。

 これらが砲戦パッケージ『パンツァー・カノニーア』らしい。

 ラウラの砲撃を皮切りに福音の注意がラウラへと向く。

 次弾を放とうとするラウラの予想を超える速度で福音が接近する。

 福音が近づいて来ると同時に福音への砲撃を続けるが福音の翼から放たれるエネルギー弾によって半数以上を撃ち落とされる。

 

「ちぃっ!」

 

砲撃仕様はその反動相殺のために機動との両立が大変難しい。

対して機動力に特化した福音は三〇〇メートルの地点からさらに急加速し、ラウラへと手を伸ばす。

そんな危機的状況の中でラウラはにやりと口元をゆがめた。

 

「――セシリア!!」

 

 伸ばした腕が突如上空から垂直に降りてきた機体――ブルー・ティアーズによって弾かれる。

 ステルスモードのブルー・ティアーズによる強襲。その姿は通常の姿とは異なり、そのすべてがスカート状に腰部に接続されている。しかも砲口はふさがれ、スラスターとして用いられている。

 また、ビットを機動力に回している分の火力を補う全長二メートルを超す大型BTレーザーライフル《スターダスト・シュータ―》を装備している。

 

『敵機Bを確認。排除行動へと移る』

 

「遅いよ」

 

 セシリアの射撃を避ける福音の背後から別の機体からの攻撃が襲う。

 それは先ほどの突撃時、セシリアの背中に乗っていたステルスモードのシャルロットだった。

 二丁のショットガンによる背後からの近接射撃を受け、福音は姿勢を崩す。

 しかしそれも一瞬のこと。すぐに三機目のシャルロットに対して《銀の鐘》による反撃を開始した。

 

「おっと。悪いけど、この『ガーデン・カーテン』は、その位じゃ落ちないよ」

 

 シャルロットはリヴァイヴ専用防御パッケージの実態シールドとエネルギーシールドの両方を使って福音の弾雨を防ぐ。

 そして防御の間もシャルロットは得意の『高速切替』によってアサルトカノンを呼び出し、タイミングを計って反撃を開始する。

 加えて高速機動射撃を行うセシリア、距離を置きながら砲撃を再開するラウラ。三方からの射撃攻撃に消耗し始める。

 

『ラウラ、セシリア、シャルロット。タイミング5秒で行くぞ。5,4,3,2,1――』

 

 プライベートチャネルによる男の声での通信。そのカウントに合わせて三人の射撃が止む。と、同時に福音の背後で水しぶきが上がり、海中から四機目の機体が飛び出す。

 

「はあぁぁぁぁ!!」

 

 意識外からの新たな登場に福音は一瞬反応が遅れる。その一瞬のすきに福音の背中に男――打鉄を纏った航平の拳が叩き込まれる。

 拳で殴られた反動で吹き飛びそうな福音の翼を掴み、その場にとどまらせる航平。そこからさらに翼を掴んだまま背中に両足による蹴りを入れ、上へと蹴り上げる。

 

「せいっ!」

 

 落下して来た福音に向けて展開した近接ブレードで野球のスイングのように切り付ける。

 

『箒!鈴!行ったぞ!』

 

『おう!』

 

『任せろ!』

 

 航平のプライベートチャネルでの呼びかけに返事があると同時にさらに水面から飛び出す影。

 その影――赤椿を纏った箒とその背に乗った甲龍を纏った鈴は航平の一撃によって吹き飛んだ福音へと接近する。

 紅椿が福音に突撃する中、その背中から飛び降りた鈴は、機能増幅パッケージである『崩山』を戦闘状態に移行させる。

 そのパッケージにはセシリア達と同様、今までの装備とは違い、両肩にある衝撃砲の砲口が二つ増設されて計四門ある。その四門の衝撃砲が一斉に火を噴いた。

 福音に激突する寸前に箒が離脱。その後ろから衝撃砲による弾丸のシャワーが一斉に降り注いだ。しかもソレはいつもの不可視の衝撃砲ではなく、赤い炎を纏っていた。

 

「やったか!?」

 

「――まだよ!」

 

 拡散衝撃砲の直撃を受けても福音は昨日を停止させてはいなかった。

 

『《銀の鐘》最大稼働――開始』

 

 両腕を左右いっぱいに広げ、さらに翼も自信から見て外側へと向ける。その瞬間、まばゆいほどの光が爆ぜ、エネルギー弾の一斉射撃が始まった。

 

「みんな!防御態勢!シャルロットは箒を!」

 

「任せて!箒!僕の後ろに!」

 

 航平の言葉とともに全員が防御態勢に、箒はシャルロットのシールドに裏へと逃げる。

 前回の失敗を踏まえて箒の赤椿はエネルギーの消費を抑えるべく機能限定状態にある。そのため、現在は防御時にも自発作動しないように設定されている。

 それも防御をシャルロットに任せられるからこそである。が――

 

「………これはちょっと、きついね」

 

 福音の攻撃が予想以上に激しく、その異常な連射を立て続けに受けることは危うかった。

 そうこうしている間に物理シールドが一枚、完全に破壊される。

 

「ラウラ!セシリア!」

 

「言われずとも!」

 

「お任せになって!」

 

 航平の声に、後退するシャルロットと入れ替わりにラウラとセシリアが左右から射撃を始める。

 

「足が止まった!」

 

「ならこっちのもんよ!」

 

 直下からの鈴の突撃。双天牙月による斬撃。そして直上からの航平の近接ブレードによる斬撃。そこからさらに鈴の拡散衝撃砲を至近距離から浴びせる。また、航平の斬撃、打撃も止むことはない。――狙いは頭部に接続されたマルチスラスター《銀の鐘》。

 

「そこおおおっ!!」

 

「もらったあああっ!!」

 

 エネルギー弾を浴びながら、それでも鈴と航平の斬撃は止まることはない。

 同じく拡散衝撃砲を降らせ、斬撃を浴びせる二人。双方が深いダメージを受けながら、最後に同時に上下からくわえられた航平と鈴の斬撃が福音から片翼を奪った。

 

「はっ、はっ……!」

 

「ど、どうだ――がっ!?」

 

 片翼だけになった福音は一度崩した姿勢をすぐに立て直し、航平へと回し蹴りを叩きこみ、そのまま足に航平をひっかけたまま回転し、鈴へと回し蹴りを叩きこむ。

 一塊となった鈴と航平が海面へと吹き飛ぶ。

 

「航平!鈴!おのれっ――!!」

 

 箒は両手に刀を握り、福音へと斬りかかった。

 その急加速に一瞬反応が遅れた福音のその右肩に刃が食い込んだ。

 誰もが勝利を確信した一撃、その刹那、信じられないことに左右両方の刃を掌で握りしめる福音。

 

「なっ!?」

 

 刀身から放出されるエネルギーに装甲が焼き切れても、それでもお構いなしに福音は両腕を最大にまで広げる。

 刀に引っ張られ、両腕を強制的に広げさせられ無防備な状態を晒す箒。そこには残っていたもう一つの翼が砲口を広げて待っていた。

 

「箒!武器を捨てて緊急回避しろ!」

 

叫ぶラウラの言葉も箒は聞かず、その両手の武器を手放すことはない。

 その間にも福音の翼にエネルギー弾がチャージされ、光が溢れる。

 

「飛べ!箒!!」

 

 エネルギー弾放たれる寸前足元から聞こえた声に、咄嗟に飛び、ぐるんと一回転する箒。それと同時に海面から現れた航平が近接ブレードを投擲する。

 金属同士のぶつかる甲高い音ともに近接ブレードが福音の翼に当たり、放たれるエネルギー弾の向きがそれ、箒に当たることはなかった。

 一回転し、上に掲げられた爪先の展開装甲がエネルギーの刃を発生させる。

 

「たあああああっ!!」

 

 かかと落としの要領でエネルギーの斬撃が福音に残されていた最後の翼に叩き込まれる。

 とうとう両方の翼を失った福音が崩れるように海面へと落下していった。

 

「はっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

「無事か!?」

 

 珍しく慌てた声でラウラが訊くのを箒は呼吸を整えながら頷く。

 

「私は……大丈夫だ。それより福音は――」

 

 海面から上がり、近接ブレードを回収した航平が「俺たちの勝ちだ」と答えようとした時、海面が強烈な光の玉によって吹き飛んだ。

 

『!?』

 

 全員が驚愕の表情で見つめる先。それは異様な光景だった。まるでそこだけ時間が止まったように球状に蒸発した海。その中心に青い雷を纏い、自らの体を抱くように蹲る『銀の福音』がいた。

 

「これは……!?」

 

「いったい何が起きてるんだ!?」

 

「!?まずい!これは――『二次形態移行』だ!」

 

ラウラが叫んだ瞬間、まるでその声に反応したかのように福音が顔を向ける。

 無機質なバイザーに覆われた顔からは何も読み取ることはできないが、そこに明確な敵意を感じ取った各ISは主たちへと警鐘を鳴らす。

 しかし――

 

『キアアアアアアア……!!』

 

 まるで獣のような咆哮とともに、福音はラウラへと飛びかかった。

 

「なにっ!?」

 

 あまりに速いその動きに反応できず、ラウラは足を掴まれる。

 そして、切断された頭部からゆっくりとエネルギーの翼が新たに生えた。

 

「ラウラを!」

 

「離せぇっ!」

 

 左右からシャルロットと航平が近接ブレードを構えて突撃を行う。

 が、シャルロットの攻撃は空いた腕によって受け止められ、航平の攻撃はラウラをおのれの武器のように振るった福音の攻撃により、航平は吹き飛ばされる。

 

「よせ!逃げろ!こいつは――」

 

 掴まれたままのシャルロットへの言葉は最後まで続くことはなかった。

 ラウラはその眩い光りを放つ翼に抱かれる。

 

「このっ!」

 

 その状況に危機を感じた航平は近接ブレードを福音に向けて投げる。が、まばゆい光翼に弾かれる。

 その瞬間、あのエネルギー弾をゼロ距離で食らい、全身をズタズタにされたラウラが海へと落ちていく。

 

「ラウラ!よくもっ……!」

 

 ブレードを捨て、ショットガンを展開したシャルロットは福音へと銃口を向けて引き金を引いた。

 

 ドンッ!!

 

 しかし、その音はショットガンの銃声ではなかった。

 胸部から、腹部から、背部から、装甲が卵の殻のようにひび割れ、小型のエネルギー浴が生えてくる。それによって放たれたエネルギー弾の迎撃がショットガンを吹き飛ばし、シャルロットの体をも吹き飛ばした。

 

「な、何ですの!?この性能……軍用とはいえ、あまりにも異常な――」

 

 再び高機動による射撃を行おうとしたセシリアだったが、その眼前に福音が迫る。両手両足の計四か所同時着火による爆発的な加速度の『瞬間加速』だった。

 

「くっ!?」

 

 長大な銃の弱点である接近戦。距離を置いて銃口を上げようとするがその砲身を真横に蹴られる。

 次の瞬間には両翼からの一斉射撃をうけ、反撃もできずに海へと落ちていくセシリア。

 

「この!」

 

「私たちの仲間を――よくも!」

 

 急加速と『瞬間加速』によって接近した箒と航平は斬撃を加える。

 展開装甲を使ってのアクロバティックな箒の回避と、機動力の無い分福音の注意を自分に向け、箒のための隙を作る航平。

 連携し放たれる斬撃。それを避けながらふたりへと攻撃を加える福音。それぞれが回避と攻撃を繰り返しながら紅椿は徐々に加速していく。

 必殺の確信を持って、雨月の打突を放つ。が――

 

 キュゥゥゥン……。

 

 「なっ!また、エネルギーが切れただと!?――っ!」

 

 エネルギーが切れたことに焦る箒。が、そんな箒の思考を現実に戻したのは横からの衝撃だった。それはトンッとただただ押されただけ。でも、今この瞬間には大きな意味を持っていた。

 箒を押しのけ、先ほどまで箒がいた場所にいる人物――航平は福音に首を掴まれゆっくりとその翼に包み込まれていった。

 




いや~、難産でした。
しかもまだバトルが終わっていないという地獄。
が、頑張ります( ノД`)


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第66話 復活の白

今回は少し短めです。


「くっ……かはっ……!」

 

 ギリギリと首に食い込む指に息苦しさで声が漏れる。

 しかも眼前にはエネルギー状の『銀の鐘』が俺の全身を包む。

 

(あぁ……これは……まずい………)

 

 目の前で輝きを増す翼。一斉射撃まで秒読み。何とか逃げ出そうともがき、破れかぶれに近接ブレードを振るうが空いた手に受け止められる。その掴む力は強く、押しても引いても放してはくれない。

 さらに一層輝きを増す翼に俺は覚悟を決め、瞼を閉じる。

 

 ィィィィンッ……!!

 

『!?』

 

 謎の音とともに俺の首を締め上げていた福音の手が離される。

 いきなりのことに驚きながら目を開けた俺が見たものは、強力な荷電粒子砲によって狙撃され、吹き飛ぶ福音の姿だった。

 

(い、いったい何が……)

 

 戸惑いながら周りを見渡した俺は近くで驚愕の表情で佇む箒の姿を見つける。その視線を追って行った先には

 

「俺の仲間は、誰一人としてやらせねえ!」

 

 白い輝きを放つ機体を纏った一夏がいた。その姿は見慣れた白式ではなかった。

 

 

 ○

 

 

 

「織斑先生!」

 

 作戦室に突如数人の女生徒が駆け込む。その姿を一瞬振り返り確認した千冬はすぐに目の前のモニターに視線を戻し口を開く。

 

「今は作戦中だ。入室の許可はない。すぐに出て行け」

 

「でも、織斑君が……!」

 

「そんなことはわかっている」

 

 苦悶の表情でつぶやく千冬。その視線の先のモニターには福音のいる海域の情報が表示されていた。そこには福音の他に航平を含む専用機持ちの機体反応、さらに数分前に新たに加わったもう一つの反応――白式の反応が表示されていた。

 

「くそっ!あのバカどもが……!」

 

 くちびるを噛み、組んだ腕をグッと力強く握りしめる千冬。が、今の千冬には現状を見守るしかない。

周りを包囲している教員を救援として向かわせたいところではあるが、そうしたことで万が一福音が包囲の穴から逃亡すれば大変なことになる。結果、今は彼らに任せるしかない。

 

 ピピーッ!

 

 突如、モニターからアラームが鳴り、包囲していた教員の機体反応が一つ消える。

 

「どうした!?いったい何が起きた!?」

 

 千冬の言葉に傍らにいた真耶が即座に解析する。

 

「っ!?大変です織斑先生!機体反応の消えた地点近くを移動する未確認機の反応が!」

 

「何っ!?」

 

 真耶の言葉に千冬はモニターに視線を戻す。機体反応の消えた地点をアップにした映像に確かに新たな機体の反応が表示されていた。

 

「どうやら福音が海上を飛行する途中、とある国の海上基地上空を通過したらしく、海上基地より攻撃が加えられ、迎撃した福音によって基地を破壊されたようです。その後たまたま居合わせたその国の国家代表が海上基地より出撃した模様です」

 

「くそっ!なんてことだ、よりにもよってこのタイミングで……。それで、とある国というのは?」

 

「それが――」

 

 その国名を聞いた途端、普段冷静なはずの千冬は驚愕に顔を歪めた。真耶の口から出た国名は現状千冬の中で想定していた国の中で最も最悪な国だった。

 

 

 ○

 

 

 

「ぜらあああっ!!」

 

 一夏の放った零落白夜の一閃が福音のエネルギー翼を断つ。が、一夏の放つ二撃目も、俺の放った斬撃も回避される。そうしている間に一撃目で切り落とされた翼も再構築され、こちらへの協力無比な連続射撃を行ってくる。

 

「くっ!」

 

「くそっ!」

 

 そうやっているうちに俺の打鉄のエネルギーも一夏の白式のエネルギーも残量が残り20%をきる。

 一夏より前から戦う俺はまだもっている方だが、一夏の機体は『第二形態移行』したことで新装備《雪羅》が追加されたせいか、エネルギーの消費が激しい。

 この《雪羅》の能力は、状況に応じていくつかのタイプに切り替えるものらしく、時に荷電粒子砲、時にエネルギーのクローを、時にエネルギーを無効化する零落白夜のシールドを生み出す。

 そんな装備があることで一夏のエネルギー消費は著しく、俺たちはそろって焦りを感じ始めていた。

 

「一夏!航平!」

 

 そんな中ダメージ量のために離れたところにいたはずの箒がやってくる。

 

「箒!?」

 

「お前、ダメージは――」

 

「大丈夫だ!それよりも一夏、これを受け取れ!」

 

 箒が一夏に手を伸ばし、触れる。

 その瞬間

 

「なっ!?白式のエネルギーが――」

 

「回復!?箒、これは――」

 

「今は考えるな!行くぞ、一夏!航平!」

 

「「お、おう!」」

 

 言われて慌てて近接ブレードを構える俺と、意識を集中させ雪片弐型のエネルギー刃の出力を高める一夏。

 

「うおおおっ!」

 

 巨大な光の刃を両腕で支えてふるった壱夏の横薙ぎの一閃を福音は縦軸一回転して回避し、一夏に視線を向けると同時に光の翼を広げる。が、

 

「箒!」

 

「任せろ!」

 

 一夏に向けられた翼を紅椿の二刀が並び一断の斬撃で断ち切る。

 

「逃がすかぁぁっ!」

 

 さらに脚部展開装甲を解放し、急加速の勢いを乗せた回し蹴りが本体に入る。

 予想外の攻撃に体勢を崩した福音に

 

「ざりゃぁぁぁっ!」

 

 さらに追撃として斬撃を浴びせる俺。真上から斬り下ろし、そのまま上に切り返す。そしてさらに斬り下ろし、最後に一発本体へと蹴りいれる。

 俺の蹴りで吹き飛んだ先にいた一夏が雪片弐型を構え、残りの光翼をかき消す。

 最後の一突きを繰り出そうとする一夏。が、福音は体から生えた翼すべてで一斉射撃を行おうと身構えるが、

 

「させるか!」

 

 俺の投擲した近接ブレードによって射線を無理矢理曲げられ、その攻撃はあらぬ方向へと飛んでいく。

 

「おおおおおっ!!」

 

 福音の胴体に刃を突き立て、一夏はさらに全ブースターの出力を最大まで上げる。

 押されながらも、一夏の首に手を伸ばす福音。その指先が一夏の喉笛に食い込んだところで、銀色のISはやっと動きを止めた。

 アーマーを失い、スーツだけの状態になった操縦者が海へと墜ちていく。

 

「しまっ――!?」

 

「あぶねっ!」

 

 一夏が反応するよりも先に俺は落下する人物に追いつき、海面すれすれでキャッチする。

 

「ったく、アンタはいつもツメが甘いのよ、ツメが」

 

 ダメージから回復したらしい鈴も俺のもとにやってきながら一夏に言う。

 シャルもラウラも無事だったらしく、ふたりで並んでいる。セシリアもこちらへと向かってきている。

 

「なんにしてもこれで――」

 

 俺は安堵の溜息を吐きながら口を開くが、その言葉を遮るよう

 

「いやー、IS学園一年生の専用機持ちの皆さん、お疲れ様。おかげで手間が省けたわ」

 

 突如として上から声が聞こえた。

 

『っ!?』

 

 全員が驚きながら視線を向けた先には、夕闇に染まる空を照らす夕日を背に一人の人物がいた。

 その人物はピンク色の装甲のISを纏っていた。その装甲は全体的に丸みを帯びており、顔は目元を覆うバイザーによって表情は読み取れない。が、露出している口元には笑みを浮かべていた。また、左の頬骨のあたりにハートの入れ墨をしていた。

 ISの左肩の装甲には頬の入れ墨と同じ形のハートのペイントが施されていた。

 ピンクのISを纏った女性は変わらぬ笑みを口元に浮かべたまま口を開く。

 

「それじゃあ、まあ、悪いけど福音の操縦者、ナターシャ・ファイルスをこっちに渡してもらえる?でないと――」

 

 そう言いながら手に持ったセシリアのスターライトmkⅢほどのレーザーライフルを持ち上げる。

 

――警告!ロックされています!

 

「殺しちゃうぞ♡」

 




今回は少し短めでした。
キリがいいところまで書こうと思うとこういう結果に……。
そして新たに現れた謎のピンクのISの女性。

次回もお楽しみに~(´▽`)ノ


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第67話 ザイエス

「殺しちゃうぞ♡」

 

 銃口が俺の方に向けられる。おそらく狙いは俺が福音の操縦者を抱えているせいだろう。

 

「貴様……何者だ……!?この海域は現在IS学園の教員が閉鎖していたはずだ!」

 

 ラウラが左右それぞれの二門のレールカノンの銃口を謎のピンクISに向けながら訊く。

 ピンクISの搭乗者は黙ったまま口元に笑みを浮かべ、同時にレーザーライフルの側面を見せるように横を向ける。

そこにはまるで歯車のような、その歯車の中に八本の針のようなマーク描かれていた。

 

「その歯車と八本柱の国旗。……貴様、〝ザイエス〟だな」

 

「ザイ……エス……?」

 

 ラウラの言葉に俺は首を傾げる。

 

「貴様らがザイエス所属の人間だというならおかしい。ザイエスはIS委員会や国連にも籍を置いていたはずだ。我々はIS委員会の指令を受けてIS学園として動いている。そんな我々に攻撃を仕掛けるということは十分な国際問題だ。そのことを理解しているのか?」

 

 ラウラが殺気のこもった目でピンクISを睨む。が、ピンクISはどこ吹く風でへらへらと口を開く。

 

「え~~~、あたし、むずかしい事わかんなぁ~い。それにぃ~――」

 

 そう言いながら俺に向けられていた銃口を構え直し、引き金に指をかける。

 

「先に仕掛けたのはそっちの福音なんだからァ!大義はこっちにあんだよぉぉォオ!!」

 

「――っ!」

 

 俺は咄嗟に抱えていた女性をしっかりと抱き直しながら真横に飛ぶ。俺の一瞬前にいたところをレーザーが通過する。あとコンマ一秒でも反応が遅れたら今頃残った心もとないエネルギーなんて一瞬で消し飛んでいただろう。

 

「航平!」

 

 シャルが叫びながら楯で俺を庇うように前にやって来て、他のみんなも武器を構え直し、戦闘態勢に。

 

「いいの?IS学園に加えてあたしたちにまで攻撃したら、敵が増えるんじゃないの?」

 

 鈴が両肩の衝撃砲で狙いを定めながら言う。が、それに対しても飄々とした雰囲気で

レーザーライフルを向けたまま口を開く。

 

「……キャッ、こわ~い!じゃあ……あなたたちへの攻撃は最低限にしなきゃね。でもまあ――ナターシャを抱えてる子にはやむを得ず盛大に攻撃しなきゃだけど」

 

 背筋の凍るような笑みを口元に浮かべ、俺へと殺気を向ける女性に俺はどうしようもない恐怖を感じる。

 

「航平!お前はその人を連れて逃げろ!」

 

 一夏が雪片弐型を構えながら顔だけをこちらに向けて叫ぶ。

 

「でも!」

 

「いけ、お兄ちゃん!」

 

 一夏に向かって行ったとき、今度はラウラが叫ぶ。

 

「私たちがこいつを食い止める!お兄ちゃんは速くその人を教官のもとへ!そこまでいけばさすがのやつも手が出せなくなる!」

 

「頼みますわ、航平さん!」

 

「ここは任せて航平!」

 

「しっかり逃げ延びなさいよ!」

 

「やつは私たちが相手する!」

 

 みんなの言葉に俺は逡巡の後頷く。

 

「………わかった!」

 

 俺は女性を抱え直し、脇目も振らずみんなに、ピンクISに背を向けて俺は加速し始めた。

 

 

 ○

 

 

 

「あーあ、逃げちゃったか~」

 

 ピンクISの操縦者は言うが、その声には焦りはなく、余裕を感じさせるものだった。

 

「この人数を相手に随分余裕そうだな」

 

「えぇ~、余裕?そんなことないよ~。代表候補生が四人に史上初の男性操縦者、そこの赤い機体は初めて見るしね~」

 

 箒の問いにへらへらと答える敵IS操縦者。

 

「流石にきつそうだし――ちょっと本気出しちゃおっかな」

 

 肌を刺すような殺気を感じ、一夏たちは各々装備を構え直した。

 

 

 ○

 

 

 延々と続くのではないかと思われる海の上を飛行しながら俺は旅館にいる千冬さんに通信を繋ぐ。

 

「千冬さん!」

 

『航平か!?答えろ!今どうなっている!?』

 

 通信がつながった途端耳元で千冬さんの声が響く。

 

「福音は撃破したんですが、なんか〝ザイエス〟とかいう国のISが来て、福音の操縦者を引き渡せって!いまみんなが食い止めてます!」

 

『福音の操縦者は?』

 

「今俺が連れてそっちに向かってます!」

 

『そうか。ならそのままできるだけ早くこちらに連れてこい。絶対にやつらに渡すな!』

 

「了解です!……あの、千冬さん!」

 

『なんだ?』

 

「〝ザイエス〟ってなんなんですか?何者なんですか?」

 

 俺の問いに一瞬の間を空け、千冬さんが答える。

 

『……〝ザイエス〟とは、世界でも有数の高い技術力を誇る先進国でISのシェアも世界でトップクラスの国だ。昔は神帝王という国家元首の名の下に、様々な国に対して「神掃」と呼ばれる侵略戦争を起こしていたが、ISの登場以来、世界がお互いに戦争の火種になるようなことを避けているためかおとなしくしてる。が、その間も兵器開発は進めているらしい。昔から兵器産業が盛んでそれに伴って国内の科学技術も高い。世界的に見てもISシェアも上位三位には入るだろう。それによって付いた二つ名が〝機械帝国〟』

 

「機械帝国………」

 

『さらに、軍事国家のためにIS操縦者のレベルも高い。盛んな兵器産業による機体に操縦レベルの高い操縦者。訓練機のお前では勝負にならない。絶対に無理はするな。追いつかれたら戦うな。逃げることだけを考えろ』

 

「はい。………でも、みんなが食い止めてるし流石に追いつかれることは――」

 

「あるんだな~これが」

 

「っ!?」

 

 突如俺の言葉を遮るように背後から聞こえた言葉に背後に視線を向ける。

 そこには、背筋の凍る笑みを浮かべたピンクのISが飛行していた。その姿が俺には悪魔のように見えた。

 

「な、なんで!?みんなは!?」

 

「あー、大丈夫大丈夫。死んではいないと思うわよ……多分ね」

 

「多分!?」

 

「海に落としたり、最低限の攻撃だけ加えてあとは全速力でこっち来たからどうなってるか知らないわ。だから――次は君ね」

 

 背後の敵操縦者は俺に向け長大なレーザーライフルの銃口を向ける。

 

「っ!!」

 

 攻撃が飛んでくる前に一瞬の逡巡の後、海面すれすれに降下する。前に読んだ戦闘の教本に水面すれすれの方が当たりずらいというのを見た気がするからだ。

 そのおかげなのか、ただ俺の運がいいだけなのかわからないが、何とかすれすれで回避する。

 

「ちょこまかちょこまかと逃げるわね。でも、どこまでもつかしらね~」

 

 楽しげに言いながら連射する女性。俺は万が一にも福音の操縦者を落としてしまわないようにしっかりと抱え、その銃撃の雨を避けていく。ときどき肩や足に銃撃がかすめ、打鉄のシールドエネルギーを削っていく。

 

「くっ!」

 

 削られるたびに背筋に悪寒が走る。おそらく直撃すれば一瞬で勝負が着いてしまう。

 一層気合いを入れ直し、俺はただ前へ前へと飛行し続ける。

 

「ほらほら撃たれっぱなしでいいの?反撃してこないの?」

 

 背後から挑発じみた言葉が飛んでくるが無視してただ前を見て突き進む。

そんな俺の顔の横すれすれをレーザーの光が通過する。

 

「おわっ!?」

 

「あ、おしい」

 

 驚愕しながら集中し直す俺。

 

「はぁぁぁぁ!!!」

 

 俺はここで背中のスラスターに意識を向け奥の手の『瞬間加速』を繰り出す。

 

「へぇ……」

 

 突如さらに加速した俺に敵操縦者は少し驚いたもののさらに加速し、変わらぬ精度で俺への銃撃を続ける。

 

「くっそ~!!」

 

悪態をつきながら前へと進む。が――

 

 ズドン!

 

「っ!?」

 

 目の前の海面が突如巨大な水柱を上げる。どうやら背後の敵操縦者が少し前を狙い、銃撃したようだ。

驚愕し、その水柱のせいで俺は一瞬、加速を緩めてしまう。

 

「バイバイ」

 

 そんな一瞬の隙を予想通りと言わんばかりに楽しげな声で背後から声が聞こえる。

 

(あ……やばい……)

 

 振り返るまでもなく背後では俺にえらいを付けた銃口が光っている。おそらくその攻撃は当たるだろう。ここまでだ。そんな考えが頭の中によぎる。やけに周りがスローに思える。

 そんなスローな世界の中で、俺は一瞬の風切り音を耳にする。

 

 ヒュン!

 

 それはまるで実弾銃の弾丸が飛ぶ音のようだった。その直後――

 

 カァン!

 

 金属同士がぶつかるような音ともにピンクISの銃撃があらぬ方向へと飛んでいく。

 

「くっ!?」

 

 悔しげな、そして驚愕の感情を孕んだ声が敵操縦者の口から洩れる。

 直後、またもや先ほどの風切り音が立て続けに数回聞こえるとともに背後で数度の金属音と水しぶきのあがる大きな音が聞こえてきた。

 

「???」

 

 俺はわけのわからないまま背後からの攻撃が止んでいることに気付き、意識を前方へと戻し、加速し直す。

 

「うおぉぉぉぉ!!」

 

 俺は雄叫びとともに目的地へと向かって飛び続けた。

 不思議なことに謎の風切り音がしてから、背後からの攻撃も、さらにはピンクISの姿も消えていた。

 

 

 ○

 

 

 

「ちぃ!どこからの攻撃だ!?」

 

 元のスピードに戻り、進んでいく航平の後姿を睨みながらピンクISの操縦者は謎の攻撃の出どころを探していた。

 最初の一撃は自身のレーザーライフルの砲身に当たり、無理矢理に射線を変えられた。そこから続く攻撃は的確にレーザーライフルを構えようとすればそれを阻害し、目的の少年を追いかけようとすれば視界を邪魔するように水柱を上げる。

 彼女からすれば邪魔だ邪魔で仕方がない。徐々にイライラが募る。

 

「誰よ!まずはそっちから仕留めてから――」

 

 近くには誰もいない。強いて言えば射線の先と思われる位置には小さな小島がある。おそらくそこから狙撃してきているのだろう。

 その小島に向かって飛ぼうとしたところで彼女の行動を遮ったのは一つの通信だった。

 

「何よこんな時に……」

 

 女性はぶつくさ言いながらも通信を繋ぐ。

 相手は自身の上官であった。しかも、その内容に彼女は驚愕した。

 

「えっ?退却……ですか?」

 

 

 

 ○

 

 

 

「いや~、何とかなったね」

 

 そう言いながら、顔に目元を覆うマスクをした小柄な少女は寝そべっていた体を起こす。

 その体には黒っぽい装甲のISを纏い、その手にはゆうに二メートルはありそうな対物ライフルを抱えていた。

 

「そうですね」

 

 その少女の横で水色のカッターに紺色のスーツを纏った機械部品のような髪留めの白髪少女が頷く。

 

「しっかしよ、いくらできる限り手を出さないってのが今回の依頼内容だからって、もっと早めに助けてもよかったんじゃねぇか?」

 

 さらにその横では小柄な少女の抱える対物ライフルほどの、もしかしたらそれよりも大柄な白髪の男が寝そべりながら呟く。

 

「しょうがないじゃん。私らはあくまでも本当に危なくなったらってことだったんだから」

 

「そうだけどよー……」

 

 不満げに大柄な男は体を起こし胡坐をかく。

 

「〝ザイエス〟のやつらが出て来たんなら俺たちが加勢したっていいじゃねぇかよ。しかも、あんな強行手段を命令するやつ〝あいつ〟しかいないだろ」

 

「まあ十中八九そうだろうねー」

 

 顔を覆うマスクのせいで隠れているが露出している口元に笑みを浮かべて頷く少女。

 

「やけに素直に撤退していきましたが、これで終わり……なんてことは――」

 

「まぁ、ないだろうな」

 

 白髪の少女の言葉に大柄な男は答える。

 

「むしろ素直に撤退したことが逆に不気味だ。まだ一波乱も二波乱もありそうだ」

 

 大柄な男は大きなため息をついた。

 




更新が遅れてすみません。
できるだけ早く投稿するつもりだったのですがリアルの方が忙しく、なかなか筆が進みませんでした。
次回はもう少しは期間をあけずに投稿できるように頑張ります。


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第68話 ただいま

すいませんごめんなさい。
ホント不定期ですみません
リアルで忙しくて、時間のある時に少しずつ書いてはいるのですが……。
ホントすいません。


「作戦完了――と言いたいところだが、お前たちは独自行動により重大な違反を犯した。帰ったらすぐ反省文の提出と懲罰用の特別トレーニングを用意してやるから、そのつもりでいろ」

 

「……はい」

 

 一足先に帰還した俺はすぐさま医療スタッフに福音の操縦者を預け、俺自身も診断と治療をしてもらったところで、他のメンバーも帰還。その後旅館の大広間に正座させられた俺たちに浴びせられたのは、それはそれは冷たいお言葉だった。

 俺たちの前には腕組をして立つ千冬さん。その姿と言葉に俺たちは勝利の余韻にも先ほどのザイエス軍の攻撃のことに触れることもできなかった。なにせかれこれ三十分はこのままなのだから。

 帰ってすぐには疲労と緊張その他もろもろで急激な眠気が襲ってきたが、正座させられ千冬さんに睨まれていてはそんな眠気もどこかへと姿を消してしまった。

 

「あ、あの、織斑先生。もうそろそろそのへんで……。け、けが人もいますし、ね?」

 

「ふん……」

 

 怒り心頭の千冬さんに対し、真耶さんは一人おろおろとわたわたと救急箱を持ってきたり水分補給パックを持ってきたりと忙しそうにしている。

 

「じゃ、じゃあ、一度休憩をしてから診断しましょう。あ、診断の終わっている梨野君はそなまま休んでいただいていいですよ。他の皆さんはちゃんと服を脱いで全身見せてくださいね。――あっ!だ、男女別ですよ!わかってますか織斑君!?」

 

 ………流石にそこは一夏も分かってますよ、真耶さん。

 とは思いつつも先ほどまでなりを潜めていた眠気と疲れが戻ってきたことでそれを指摘する気力もない。

 ちなみに『脱いで』のあたりで女子が一斉にそれとなく体を隠していたあたり一夏は信用無いのかもしれない。……その信用無い人間に俺も入っていないことを祈っています。

 さらにちなみに俺以外のメンバーはみんなISスーツのまま、俺は一足先に着替え、体操服のハーフパンツと半袖シャツ姿だ。

 周りでみんなが水分補給をする中俺はそろそろ限界が近くなってきていた。瞼が非常に重い。

 

「あの、真y…山田先生。それじゃあ俺は部屋に戻ってもいいですか?ちょっと眠気がやばいです」

 

「あ、そうですね。どうぞ。本日の予定は特にないのでゆっくりしていてください」

 

「りょうかいでふ」

 

 いかん。ろれつが回ってない。速く部屋に戻ろう。

 

「じゃあ、先に休むわ」

 

「おう、おつかれ」

 

「お疲れ様、航平」

 

 みんなに声をかけ、手を振りながら大広間を後にしようとしたところで

 

「………航平――」

 

「……はい?」

 

 背後から呼ぶ声に振り返りながら返事をしたところで、俺は何かに包み込まれる。

 

「え………?ちふ…ゆ……さん?」

 

「…………」

 

 俺を包むもの――というか人は驚いたことに千冬さんだった。俺は驚愕やら眠気やらで何が起きているのかいまいち理解できずにいた。ただひとつわかるのはこれが、とても心地良く安心できるということだった。

 

「あの……千冬さ――」

 

「あまり心配をかけさせるな、馬鹿者」

 

「えっと………すみま…せん…でした……」

 

 言葉は厳しいが、千冬さんからはそれ以上の気持ちが感じ取れた。

 

「………しかしまあ、無事で何よりだった。よく帰ってきた」

 

「………えっと……ただいま、千冬さん」

 

 千冬さんの言葉になんとも言えない感慨深い気持ちになるとともに、なんとも言えない安心感と幸福感を感じた。

 

「ま…たく……こ…バカ…すこ……これ…じょう…しんぱ…させ…る…な」

 

 あれ?なんか……千冬さんの声が遠い気が……。

 

 

 そこまで考えるのがやっとだった。俺の思考はそこで途切れ、深い暗闇の中に落ちていくような感覚。しかし、不思議と俺の中にあるのは言い表せないほどの安心感だった。

 後から聞いた話だが、俺は千冬さんに抱きかかえられたまま、まるで電池のきれたおもちゃのように、まるで死んだように眠りについたらしい。しかし、その寝顔はその眠り方とは裏腹に(真耶さん曰く)とても心地よさそうなまるで子供のようなあどけない寝顔だったらしい。

 

 

 

 

 ○

 

 

 

「紅椿の稼働率は絢爛舞踏を含めても四二パーセントかぁ。まあこんなところかな?」

 

 空中投影のディスプレイに浮かび上がる各種パラメータを眺め、その女性、篠ノ之束はまるで子供の用に無邪気に微笑む。

 

「それにしても――」

 

 そう言いながら、今度は別のディスプレイを呼び出した束。そこには白式の第二形態の戦闘映像が流れていた。

 それを眺めながら、束は岬の柵に腰掛けた状態でぶらぶらと足を揺らす。

 

「白式には驚くなぁ。まさか操縦者の生体再生までかのうだなんて、まるで――」

 

「――まるで、『白騎士』のようだな。コアナンバー〇〇一にして初の実戦投入機、お前が心血を注いだ一番の機体に、な」

 

「……やあ、ちーちゃん」

 

「おう」

 

 森の中から静かに姿を現した千冬。が、そのことに驚いた様子もなく平然と答える束。

 ふたりは互いの方を向くこともない。背中を向けたまま束は先ほどまでと同様に足をぶらつかせ、千冬はその身を木に預ける。

 ふたりの間にある確かな信頼が、――互いの顔を見ずともわかる、そんな信頼がふたりの間にはあった。

 

 

 ふたりはその後、とある例え話を交わす。それは白い例え話と紅い例え話、そして、ある男子高校生に関する例え話。そして――

 

 

 

「さて、束。例え話はこの辺にしよう。ここからは……実のある話をしようじゃないか」

 

「実のある話か~。いったい何だろうね」

 

 千冬の言葉に束はとぼけたように笑う。

 

「わかっているのだろう?航平のことだ」

 

「あぁ……ゴンベイね……はいはい、なるほど」

 

 ケラケラと無邪気に笑う束。そんな束を見据え、千冬が口を開く。

 

「わざわざお前に頼んで調べさせたんだ。何もわかりません、じゃ困るぞ」

 

「わかってるよちーちゃん。ちーちゃんがわざわざ私に頼むんだもん。でも、妬けちゃうね。あの子がそんなにお気に入り?」

 

「……………」

 

 束の問いに千冬は無言で返す。その顔に表情はなく、肯定とも否定とも取れる。

 

「………まあいいや」

 

 束は肩をすくめ、仕切り直すようにパンと手を一つ打つ。

 

「ぶっちゃけ、今ある機材では詳しいことはわかんないね。今ある数値じゃホントにただのどこにでもいる平凡な人間の男だよ」

 

 新たに呼び出したディスプレイを眺めながら束は言う。

 

「だが、お前には何かあるんじゃないか?あいつの正体に関する何かが……」

 

「ふ~ん?どうしてそう思うのかな?」

 

 千冬の半ば確信した言葉に束は訊く。

 

「そんなもの、お前がアイツに興味を持っているからだ。でなければ、航平のことを〝ゴンベイ〟などとは呼ばんだろう?」

 

「…………」

 

 千冬の指摘に答えず、束はただ笑みを浮かべているだけだった。

 

「………確証はないけど、一つだけ教えて……というか忠告してあげる」

 

 束は笑みを浮かべたまま口を開く。

 

「って言っても、これはちーちゃんもなんとなく気付いてるんじゃないかなぁ?」

 

「…………」

 

「ゴンベイが……彼がまともな人間だとは思わないことだね。彼の過去――生まれも、育ちも、何もかも、ね」

 

「…………」

 

 無邪気な笑みを浮かべ振り返る束に千冬は無言で返す。

 

「まぁまだ確証はないんだけどねぇ!」

 

 冗談めかして言う束。

 

「まっ、結果が出るのを楽しみしててよ。いや、ちーちゃん的には結果が出ない方がいいのかな?」

 

「黙れ」

 

 束の冗談めかした言葉に千冬が怒気を孕んだ口調で言う。

 

「わー怖い怖い。これ以上ちーちゃんが怒る前に退散しようかな」

 

 束の言葉の後に、まるで示し合わせたかのように、岬に吹き上げる風が強くうなりを上げる。

 舞い上がる砂に顔をそむけた千冬が視線を戻すと、そこにはもう束の姿はなかった。

 

 

 ○

 

 

 心地いいまどろみ。それはまるで温かなお湯につかっているかのような感覚。

 が、その心地良い感覚が徐々に薄れていく。まるで使っていたお湯から体を起こすような感覚だった。それと同時に今までとは違う、しかしとても心地良いぬくもりが自分を包んでいるのを感じる。

 

「ん………」

 

 いまだ重い瞼をゆっくりと開く。

 真っ暗な、しかし窓から差し込むうすぼんやりとした(おそらく月の)光によって部屋の中を照らしていた。

 どうやって戻ったかわからないが、どうやら旅館であてがわれている部屋らしい。

 部屋の真ん中にしかれた布団で眠っていたらしい俺。かろうじて見える視界でそれだけ理解し、そろそろ逃避していた現実を受け止めるべきだろう。

 俺の視界の大半を覆い尽くす色は黄色。薄暗い部屋の中でも色がわかるのはそれが目の前にドアップであるからだろう。

 頬に当たる感触も意識したくはないが感じる。

 俺の頭を抱くように眠る人物。少し視線を上に向ければ見慣れた彼女の顔が見える。

 

「おい、本音。本音さーん。起きてくれませんかー?起きてくれないと身動きが取れないんですけどー?」

 

 俺は言いながら動かせる右手で彼女、布仏本音の肩のあたりを叩く。ちなみに左手は下敷きにされていて動かせそうもない。というか多分寝てる間に心地良くて自分で抱き返してるんだろう、俺が。

 まったく何度目だろうか、この感じで目覚めるのは。最初の何週間はなかったが、本音が相部屋の間は一週間に二、三回はこれで目が覚めた。

 

「ん……ん~……」

 

 何度か肩を叩いたところで本音が反応を示す。そのおかげで緩んだ手から頭を抜け出し、体を起こす。そのままゆっくりと下敷きにされていた左手を抜く。

 

「ほら起きろ、本音。……というかなんでいるんだ?ここは俺と一夏、織斑先生の部屋だろ」

 

「んにゃ………ナッ……シー?」

 

 いまだ寝ぼけたように目をこすりながら体を起こす本音。その姿は見慣れたキツネの着ぐるみのようなパジャマ姿だった。

 

「はいはい、そうですよ~。航平ですよ~」

 

「……………」

 

 数秒間俺の顔をぼんやりと見つめた後、ふいに俺に抱き着く本音。

 

「お、おい、どうしたっ?まだ寝ぼけてるのかっ?」

 

「………起きてるよ」

 

 俺の言葉にボソボソと返す本音。その声音に違和感を感じた。なんだかいつもの本音ではないようだった。

 

「………どうかしたか?」

 

 抱き着く本音の背中に手を添え、子供をあやすように撫でる。

 

「………心配した」

 

 呟くように紡がれた本音の言葉。

 

「もう会えないかと……帰ってこないかと思った」

 

「…………」

 

 本音の言葉に俺は何も答えることができない。なんて答えればいいのだろうか。

 

「………悪かった」

 

 俯き、顔を俺の胸のあたりに押し当てる本音の表情は見えない。そんな本音の頭に手を置き、精いっぱいの謝罪の気持ちを込めて撫でる。

 

「……やだ。絶対許さない」

 

 拗ねたような口調で呟く本音。

 

「そう言うなよ」

 

「ぜ~ったいにいやっ」

 

 さらに力を込めて抱き着く本音に苦笑いを浮かべながら俺は訊く。

 

「………じゃあ、どうすれば許してくれるんだ?」

 

「…………今度……かい…ものに……」

 

 俺に顔を押し付けているので籠ったような声になっている。そのせいか聞き取りずらい。

 

「ごめん、良く聞こえなかった。なんて?」

 

「だから!」

 

 がばっと抱き着いたまま顔を上げる本音。

 

「今度買い物に付き合って!そしたら許してあげる!」

 

「…………そんなことでいいのか?」

 

「いいの?ダメなの?どっち?」

 

 ふくれっ面で訊く本音に少しの間を空け、微笑む。

 

「………喜んでお供させていただきます」

 

「ならよし!」

 

 途端にいつもの柔らかい笑みを浮かべ、抱き着き直す本音。

 

「………あの、ちなみにこれはいつまで続くんでしょうか?俺、腹減ったんだけど……」

 

「もう少しー。もう少しこのままでいたいのー」

 

「へいへい」

 

 今が何時かはわからないが、おそらく夕食の時間はとうに過ぎているだろう。

どうやら俺の夕食はまだまだ先のようだ。

 

「………なぁ、本音……」

 

「ん?何?」

 

 俺の呟きに本音が顔を上げ、視線を俺の顔に向ける。

 

「……ただいま」

 

 俺の言葉に少し間を空けた本音は

 

「おかえりー!」

 

 満面の笑みとともに元気にそう返してくれたのだった。

 




はい、というわけで最新話更新です。
前回アップしたのがいつなのか思い出せないほど前です。
というかだいたい三週間も前です。
本当にすいません。


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第69話 帰りのバスの中で

お久しぶりです。
前よりは期間をあけずに投稿できましたが、やはりなかなか頻繁には無理ですね。

さて、実は今回はご報告があります。
報告についてはあとがきにて


 翌朝。朝食後、すぐにISや専用装備の撤収作業を行った。

 そんなこんなで十時を過ぎたあたりで作業は終了。全員がクラス別にバスに乗り込む。昼食は帰り道途中のサービスエリアで取るらしい。

 

「あ~……」

 

 俺の隣ではボロボロの一夏が座る。かくいう俺も昨日しっかり寝たにもかかわらずいまだ瞼が重い。それでも一夏ほどではない。いうなれば俺は眠気だけ。一夏はなぜか疲労度Max。

 

「どうしたんだよ、なんか異様に疲れてないか?」

 

「ああ……ちょっとな……」

 

「???」

 

 俺の問いに疲れた笑顔で頷く一夏に俺は首を傾げる。

 

「すまん……航平、飲み物持ってないか……?」

 

「あー……悪い、さっき飲んじゃった」

 

「そっか……いや、いいんだ。……誰か、持ってないか……?」

 

 一夏が周りに声をかけるが。

 

「……ツバでも飲んでいろ」とラウラ。

 

「知りませんわ」とセシリア。

 

 ……ホントに何があったの?シャルも気を利かせて飲み物出そうとしたのをラウラが無言で止めてるし。

 最後の望みを込めたような目で一夏が箒を見るが

 

「なっ……何を見ているか!」

 

 ボッと顔を赤く染め、一夏の頭にチョップを叩きこむ箒。地味に痛そうだった。

 

「ふ、ふんっ……!」

 

 そのまま顔をそむける箒。結局誰も一夏に飲み物をくれることはなかった。マジで何をしたんだよ、一夏……。このようすなら二組のバスにいる鈴もこうなのだろうか。

 

「なあ、本音は何か知ってるか?」

 

「ううん。ぜーんぜん」

 

通路を挟んで隣にいる本音に訊くが、本音はのほほんと首を振るだけだった。

 

「……まあいいか。本音は飲み物持ってないか?一夏がかわいそうだ」

 

「あるよー。ちょっと待って――」

 

「「「い、一夏っ」」」

 

「はい?」

 

 本音がカバンに手を入れたところで三人の声が同時に聞こえたので俺と一夏が振り返ると、それと同時に見知らぬ女性が車内に入ってきた。

 

「ねえ、梨野航平くん……あと、織斑一夏くんっているかしら?」

 

「梨野は俺ですけど……」

 

「織斑一夏は俺です」

 

 一番前の席にいたことが幸いし、俺たちは呼ばれたまま、素直に返事をする。

 

「そっか……君たちが……」

 

 女性は俺たちを見つめて目を細める。あれ?この人どっかで見たような……。

 その女性はおそらく二十歳くらい。少なくとも俺たちよりも年上だろう。俺の金髪に近い鮮やかな髪が夏の日差しを受け、眩いまでに輝いていた。

 服装は格好いいブルーのサマースーツ。スーツと言っても千冬さんのようなビジネススーツではなくおしゃれなカジュアルスーツだ。

 

「あ、あの、あなたは……?」

 

 一夏がどこかソワソワした様子で訊く。女性の大人っぽい雰囲気にどぎまぎしているようだ。

 

「私はナターシャ・ファイルス。『銀の福音』の操縦者よ」

 

「え――」

 

「あ――」

 

 驚きの声をあげる一夏。俺は言われて思い出した。そう言えば俺はこの人を知っている。

 

「大丈夫でしたか?一応旅館についてすぐに医療班のひとにお願いしましたけど」

 

「ええ、おかげさまで」

 

 俺の問いに女性が笑顔で頷く。

 

「それで、今日はお礼を言いに来たの。――織斑くん」

 

「は、はい」

 

 女性が一夏に視線を向け、一夏が返事をする。

 

「あなたのおかげで〝あの子〟を止めることができた。本当にありがとう」

 

「い、いえ、そんな……俺は何も……」

 

「そんなことないわ。あなたがいてくれたからこそよ。ありがとう」

 

 ほほ笑みながら言うナターシャさんの言葉に一夏が照れたように頬を掻く。

 

「そして――梨野くん」

 

「はい」

 

「あなたには感謝してもしきれないわ。あなたが私を抱えて逃げてくれたからこそ、私は今こうしてここにいられるんだもの」

 

「そんな……俺はただ逃げただけですよ」

 

「いいえ。あなたが私を抱えて逃げ切ってくれたからこそよ。あそこで捕まっていたら今頃どうなっていたかわからないわ。きっと、無理な裁判にかけられてザイエスに有利な結果になっていたわ。だから――」

 

 ほほ笑みながらナターシャさんが顔を寄せてくる。俺は咄嗟のことに困惑している間に頬にいきなり唇が触れた。

 

「ちゅっ……。これはお礼。ありがとう、ナイトさん」

 

「え?あ……はい……」

 

 何が起こったのかいまだに頭の追いついていない俺は呆けた顔で突っ立ていたことだろう。みな唖然としている中――

 

「あらあら、こんなところで大胆にキスするなんてどこのビッチかと思ったら……ナターシャさんじゃないの」

 

 女性の声が聞こえてきた。その声はどこかで聞いたような気がした。

 声の方を見るとそこには軍服に身を包み口元に意地悪い笑みを浮かべた女性が立っていた。顔の左頬骨のあたりにはピンクのハートの入れ墨があった。

 

「あなたは……」

 

 そんな女性にナターシャさんは鋭い視線を向ける。女性もその視線を真っ向から受け睨み返している。

 

「あの……あなたは?」

 

 そんな中俺が訊く。

 

「あら?私のことわからない?一度会ってるんだけどな~……」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべた女子が言う。さらに謎だ。

 

「あなたのIS、ヘッドギアで顔の半分くらい覆ってたはずだけど?」

 

「ああ、そういえばそうね」

 

 呆れ顔でナターシャさんが言い、その女性は頷くがあの顔はきっとわかってて言ったのだろう。

 

「でも~、声はそのままだったんだから気付いてもいいんじゃない?私寂しいわ。あんまり寂しくって――殺したくなっちゃう♡」

 

 そう言って笑みを浮かべた女性の殺気に俺は背筋を震わせると同時に気付く。

 

「あ、あなたは……まさか……」

 

「あら?気付いてくれた?私の名前はバーンエッジ。ザイエス所属の国家代表操縦者よ。そして――あの時あなたを追い回したISの操縦者よ」

 

 女性の言葉にあの場で遭遇していたメンバーが身構える。

 

「あん。そんなに身構えないでよ。別にお礼参りに来たわけじゃないんだから」

 

 先ほど感じた殺気を引っ込め、女性が笑みを浮かべたまま言う。

 

「よく言うわ。今完全に殺気剥き出しでいたじゃない。いやね、躾のなってない狂犬は。見なさいよ、怯えちゃってるわ」

 

 呆れ顔で庇うように俺を抱くナターシャさん。正直柔らかい感触が頬に当たって落ち着かないんですけど。

 

「そんなの、軽い挨拶くらいの物よ。まあ、どこぞのお礼と称してキスするような盛りのついた雌犬よりはましなんじゃないかしら?」

 

「あら、それこそキスなんて挨拶みたいなものよ。――そう言えばザイエスにもいたわね。砂漠地帯での長期演習で、オアシス見つけて全裸で水浴びして風邪をひいた痴女が。あれは誰だったっけね?」

 

「……ナターシャ?喧嘩売ってるんだったら言ってよ。買ってあげるから」

 

「あら?そんなこと言っていいの?あなた今回の件でIS使えないように取り上げられてるんじゃなかったかしら?またこんなところで問題起こしたらどうなるかわかったものじゃないわよ?」

 

「そういうあなたこそ、福音はコアを凍結されて本国に輸送されたんじゃなかったかしら?」

 

「うふふふ」

 

「あははは」

 

 笑顔で殺気を向け合う二人の女性に俺たちは動けずにいた。下手に動けば巻き込まれそうな異様な雰囲気だった。そんな二人には割って入ったのは――

 

「おやおや、何をしているのかな?」

 

 男性の穏やかな、しかし存在感のある声だった。

 新たに現れたその人物ははっきり言って異様な人物だった。

 初夏にもかかわらずバーンエッジさんのものに似たロングコート軍服に身を包み、頭にはツバのついたベレー帽のような帽子を被っている。何より目を引くのはその右腕と顔であった。その右腕は普通のそれではなく。左腕の倍近いリーチに四倍近い太さの機械の義手であった。また、顔は右目を含め、四分の一近くを機械で覆っていた。

 

「リ、リボル大将……その……こ、これは……」

 

 謎の、リボル大将と呼ばれた初老の男性の登場に青い顔になったバーンエッジさん。先ほどまでの余裕の表情が消えていた。

 

「私は君に何をするように言ったかな?」

 

「え、えっと……昨日の件の謝罪です……」

 

「そうだね。では、もう一度訊こう。――君は何をしているのかな、〝バーンエッジ少尉〟?」

 

「っ!」

 

 リボル大将に視線を向けられ、バーンエッジさんが息を呑む。俺も感じた。その瞬間一瞬空気がピリリと張り詰めたようだった。

 

「……ふぅ。すまないね、IS学園の諸君」

 

 ニッコリと微笑みながらこちらに顔を向けたリボル大将の雰囲気は元の温和な老人に戻っていた。

 

「私の名前はリボル。ザイエス所属の軍人、階級は〝大将〟だ。彼女、バーンエッジ少尉の上官だ」

 

 そう言って恭しく礼をするリボル大将。その様は大将という地位に就くほど人物というより優しい紳士的なおじいちゃんといった雰囲気だった。

 

「今回の件はすまなかったね。暴走状態の福音による攻撃に彼女、バーンエッジくんが独断専行してしまい、君たちに迷惑をかけてしまった。今回こうして出向いたのもその件の謝罪を、と思ってね。バーンエッジくん?」

 

「…………」

 

「バーンエッジ少尉?」

 

「っ!……こ、この度は申し訳ありませんでした」

 

 笑みを浮かべたまま若干の威圧感を増した声で呼ばれたバーンエッジさんはビクッと体を震わせた後、おずおずと頭を下げた。

 

「本当にすまなかったね。彼女の独断先行の処分は今後本国での上層部会議にて決定が下される。それまで彼女は専用機の使用停止と本国への返還、国家代表資格の停止となっている。詳しく処分が決定され次第改めてIS学園に謝罪と報告にお邪魔させてもらう」

 

「……はっ、独断先行…ね。本当はただのトカゲのしっぽ切りなのではないんですか、リボル大将?」

 

「おや?」

 

 背後から聞こえて来た声に笑みを浮かべたままリボル大将が振り返る。その先には腕組をしてバスの入り口に背中を預けるように立つ千冬さんがいた。

 

「これはこれはブリュンヒルデ。お久しぶりですね。最後に会ったのはいつだったかな?」

 

「私がドイツで教官をしていた時、あなたが軍に視察に来た時ではありませんでしたかな」

 

「おお、そうだったね。元気そうで何よりだ、ブリュンヒルデ」

 

「そういうリボル大将こそいまだ現役のようで。それと、私は〝元〟です。そう呼ぶのはやめていただきたい」

 

 雰囲気は旧知の間柄の人物に久しぶりに会ったような会話だったが、ふたりの間には言い表せない重苦しい威圧感があった。

 

「さて、用が済んだのならとりあえずお引き取り願いたい。こちらにもいろいろと予定がつまっている。ここは休憩で立ち寄っただけのサービスエリアなのでね」

 

「うむ、確かに少し長居しすぎたようだ。ここにいない中国の代表候補生にも会わねばいけないので急がねばね。――それでは諸君」

 

 そう言いながらリボル大将がこちらに視線を戻す。

 

「騒がせて悪かったね。また近いうちに会おう」

 

 そう言ってニッコリと笑ったリボル大将はバーンエッジさんを引きつれてバスから下車していった。

 

「………まさかあのリボル大将自らやってくるとは思わなかったわ」

 

 ナターシャさんは詰めていた息を吐き出しながら呟く。

 

「さて、私もそろそろお暇するわ。お邪魔したわね」

 

 そう言って俺の頭を撫でたナターシャさんもバスから降りて行った。その後を追うように千冬さんもバスを降りていく。

 

「……なんて緊張感だよ」

 

 今まで身構えていた一夏は大きくため息をつきながら椅子に座り込む。

 

「こ、コワかった~」

 

 俺も席にへたり込む。と――

 

「ん?どうした、本音?」

 

 横から俺の顔をじっと見つめる視線を感じ、見ると本音が俺の顔をじっと睨んでいた。

 

「………ふんっ!」

 

 数秒間睨まれた後、怒ったようにそっぽを向く本音。

 

「なんだよ、どうしたっていうんだよ、本音?」

 

「べっつに~」

 

 不機嫌そうにそっぽを向いたまま答える本音に俺は首を傾げながら近くにいたシャルロットに視線を向ける。

 

「なあ、何で本音は不機嫌なんだろう?」

 

「……知らない。自分で考えたら?」

 

 ん?なんかシャルも冷たい。なんで?

 

「それより、航平。一夏のど乾いてるんだよね?僕の飲物渡してあげてよ」

 

「お?そりゃ助かる」

 

 シャルの申し出に俺は頷く。が、何だろうこの嫌な予感。やけにシャルの笑顔が怖い。

 

「はい、どうぞ!」

 

「へぶ!」

 

 投げつけられたペットボトルが見事に顔面ヒット。

 なんでこんなにふたりは不機嫌なのか。結局二人は学園に帰るまでムスッとした顔を続けていた。

 




改めましてお久しぶりです。
気付けばこの作品も69話。
ここまで来るの速かったようですけどこの小説を書き始めたのはだいたい二月。
約9か月くらいたったわけですね。

さて、お知らせです。
実はこの度リアルの方が忙しいので二作品同時に続けるのが難しくなってきました。
なので、この「IS~無い物だらけの物語~」を一時的に休載したいと思います。
現在投稿しているもひとつの方、「IS~平凡な俺の非日常~」は続けるので、そっちの話が終わり次第こっちの連載も再開しますのでそれまですみませんがお待ちください。


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第70話 非常勤

お久しぶりです!
帰ってきましたよ!


 ピピピピピピピピッ

 

「んあっ」

 

 枕元で鳴る目覚まし時計の音に意識を徐々に覚醒させながらいまだなり続ける目覚ましに彼は手を伸ばす。

 

「んっ…ああぁ!!朝か!」

 

 ベッドから体を起こし大きく伸びをした織斑一夏はふと横に視線を向ける。そこには同居人が未だベッドの中にいるのが見える。

 おそらく目覚ましの音を不快に思い、少しでも音を遮断するためか布団の中にもぐりこんでいる。

 

「たく、今日は終業式だから少し早く起きようって言ったのは航平なのに……」

 

 一夏はぶつくさ言いながらベッドから起き上がり、隣のベッドの脇に立つ。

 

「ほら、航平!朝だぞ!」

 

 布団に丸まった友人の体を揺すりながら声をかけるが、返ってくるのは「んん~」と言った寝惚けた返事だけだった。

 

「ったく……ほら、起きろっ!」

 

 一夏は布団を掴み、勢いよく引っぺがした。が、その行動にすぐさま後悔する。それは――

 

「すぴぃ……」

 

 そこにいたのは寝顔だけ見れば美少女と見間違えるような、体を抱くように丸まった寝相のためか寝間着のはだけた友人の姿だった。

 一夏はその姿に一瞬にして混乱に陥り、頭の中は「女!?」の文字が埋め尽くし――

 

「ギャー!!!」

 

 早朝の学生寮に一夏の叫び声が響き渡った。

 

 

 ○

 

 

 

「どうした、一夏?朝から疲れた顔して」

 

「……誰のせいだ、誰の」

 

「………?」

 

 一夏の言葉に俺は首を傾げる。

 

「はぁ……何でもない。俺がいい加減慣れないと……」

 

「???」

 

 一夏の呟きにさらに謎は深まるばかりである。

 

「てか、航平は朝には強いはずだろ?いつも早起きして早朝メニューこなしてるんだからさ」

 

「いや、そうなんだけどさ。最近は増えた放課後の特訓メニューが大変で……最近寝たりないんだよ。おかげで朝は休んで夜にやったりしてる」

 

「あぁ……お前んとこの指導者はいろんな意味ですごいもんな……」

 

「ああ……」

 

 一夏の言葉にここの所熱心に俺に指導してくれる二人の人物の顔を思い浮かべ重いため息を吐く。

 そんなことを言っている間に俺たちは食堂に着いたので朝食を選び、空いた席を探す。

 ちなみに今日のメニューは二人とも和食セットにした。

 朝食の乗ったトレーを持ってキョロキョロと周りを見渡すと空いた席と知った後姿を見つける。

 

「一夏、あそこが空いてる」

 

「おう」

 

 一夏に空いた席を示し、ふたりでそこに向かって歩いて行く。

 

「おはよう、本音」

 

「あ、ナッシーにおりむー」

 

 俺の声に振り返ってのはいつも通りのほほんとした雰囲気の本音、その横には相川さんと谷口さん。

 

「久しぶりだね、ナッシー」

 

「ん、久しぶり?まだ寝ぼけてるのか?昨日も普通に会ったじゃないか。夕食だって一緒に食べたんだし」

 

「あれ?ん~……なんだか久しぶりな気がするー。もっと言えば三か月ぶりくらいな気がするー」

 

「んなバカな」

 

 一夏が笑い飛ばす。

 

「で、ここいいかい?」

 

「もちろん」

 

 俺の問いに本音が返事し、他の二人も頷く。

 

「「いただきまーす」」

 

席に着いた俺たちは合掌、箸を取って朝食を始める。

 

「………なんだかナッシー、疲れてる?」

 

 俺が和食セットのメイン、焼き魚の身をほぐしていると横から心配そうに本音が訊く。

 

「……ちょっと前から特訓がハードなもんで」

 

「…………」

 

 俺の答えに本音が心底嫌そうな顔をする。

 

「そんなにあの人たちが嫌いか?」

 

「……別に~」

 

 嘘だ。超苦手って顔に書いてある。

 

「嫌うのはいいけど、あんまり態度に出すなよ。何せあの二人は――」

 

「ここいいかしら?」

 

 苦笑いで言う俺の言葉を遮って現れた人物たちに俺は内心ぎくりとしながらできる限りそれを表情に出さずに笑顔で頷く。

 

「どうぞどうぞ、空いてるんですから好きに座ってください――ナターシャ先生、バーンエッジ先生」

 

 俺の返事にふたり――金髪ロングの女性、ナターシャ先生と、肩にかからないくらいの赤毛短髪に顔の左頬骨のピンクのハートの入れ墨が特徴的な女性、バーンエッジ先生は席に腰を下ろす。

 

「あら?梨野君朝それだけ?」

 

「それだけって……結構がっつり食べてるつもりですけど?」

 

「いやいや、それだけじゃもたないでしょ。今日は終業式で授業は午前だけなんだから午後はみっちり特訓よ」

 

「………昼ご飯は多めにします」

 

「うん、それがいいかもね」

 

 笑顔でそう答える二人の先生の顔に俺は冷汗が頬を伝うのを感じる。

 

「なんというか……頑張れよ、航平」

 

 一夏の言葉に頷きながら俺は味噌汁をすすった。

 なぜナターシャさんやバーンエッジさんがここにいるか。なぜこのIS学園の教師としているのか、それは少し前、臨海学校から帰ってきた一週間後の全校集会でのことだった。

 

 

 ○

 

 

 

『えー、というわけで先日怪我で休職されたエドワース・フランシィ先生に代わり、非常勤講師として二人の先生に来ていただきました』

 

『アメリカから来ました、ナターシャです』

 

『ザイエスから来ました、バーンエッジです』

 

 壇上で挨拶をする二人の人物の姿に俺は唖然として口をあんぐりと開く。

 

「な、なあおい、あの人たち……なんで……?」

 

「俺が訊きたい」

 

 後ろから一夏が訊いて来るが正直俺も驚いているところだ。というか混乱している。

 驚いているのは俺たち二人だけじゃないようで、あの二人のことを知っているメンバー、シャル、箒、セシリア、ラウラも唖然としていた。さらに見渡すと千冬さんがめんどくさそうに頭を抱えながらため息をついていた。

 

 

 

 

 

 

 

「で、どういうことなんですか?」

 

全校集会後、その日の放課後にナターシャさんとバーンエッジさんを捕まえた俺たち(専用機組)は事の顛末を聞き出そうとしていた。

 

「どうって……何が?」

 

「わかってんでしょ!?そっちの福音の操縦者の人だけならまだしも、私たちを襲った張本人のアンタがこうやって学園の教師になってるのは、一体全体どういうことなのよ!?」

 

 とぼけたように首を傾げるバーンエッジさんに食ってかかる鈴。

 

「鈴落ち着け」

 

 鈴をなだめつつ警戒を緩めない一夏。

 

「でも、鈴の言った通りです。なんであなたたちがうちの学園の教師になったんですか?」

 

「それは――」

 

「それは我々が説明しよう」

 

 説明しようと口を開いたナターシャさんの言葉を遮ったのは聞き覚えのある男性の声だった。

 振り返ると、そこには臨海学校最終日のバスに現れたあの奇妙な義手の老人、リボル大将と我らが担任織斑先生が立っていた。

 

「やあ各国の候補生の諸君、並びに梨野君、織斑君。また会ったね」

 

 温和な笑みを浮かべ挨拶して来たリボル大将に俺は会釈する。他のみんなも同じように会釈だけにとどめていた。

 

「それで、なぜバーンエッジ君とナターシャ君がIS学園の非常勤講師として着任したか、だったね」

 

 俺たちの警戒心剥き出しの挨拶にも意に返さずリボル大将は続ける。

 

「簡単に言えば、それが彼女、バーンエッジ君への処罰の一部だからだよ」

 

「処罰……ですか?」

 

 リボル大将の言葉に俺は質問する。

 

「そう。先日の海での福音の暴走事件。あれによってバーンエッジ君は独断専行、独断でのIS学園への襲撃行為、また同盟国たるアメリカとイスラエルの共同実験の試験操縦者たるナターシャ君への攻撃。これらの行為の責任として彼女のIS学園での教職活動は決定した。それらが決定した背景にはいくつか理由がある」

 

 そう言いながらリボル大将はその大きな右手の義手を掲げ人差し指を立てる。

 

「まず一つ目、彼女が襲撃行為を行った際、彼女の攻撃によって怪我をし、教職を休職する必要のある教師が一人出たこと」

 

 おそらくエドワース・フランシィ先生のことだろう。

 

「二つ目、彼女の独断先行とはいえ、我が国の及ぼしたIS学園への損害に対する謝罪と賠償、それに付随しての奉仕活動という面」

 

 二本立てていた指にさらに三本目が加わる。

 

「三つ目、彼女自身のたっての希望による決定。この三つが主な理由だよ」

 

 すっと手をおろし、笑みを浮かべたままリボル大将が言う。

 

「また彼女のIS学園での非常勤講師としての活動に対するIS学園側からの給料の発生はない。これはあくまでこちらからの謝罪の気持ちを込めた奉仕活動だからね。さらに、彼女への処罰は他に、国家代表資格、および専用機の無期限剥奪、ザイエス政府からの給与の停止、および停止解除後の減俸予定、また一定期間の行動の監視。これらが彼女への処罰だよ」

 

「な、なるほど……」

 

 リボル大将の言葉に一夏が頷く。

 

「バーンエッジさんがここにいる理由はわかりました。でも、じゃあナターシャさんはなんでいるんですか?」

 

「ああ、それは私が彼女の監視要員だからよ」

 

 俺の問いに答えたのはナターシャさん本人だった。

 

「私に国連とか国際IS委員会とかから監視の通知が来て、最終的には私からの志願よ」

 

「へ~……でもなんでまた自分から?お二人って見たところあまり仲は良くなさそうですけど?」

 

「だからよ」

 

 俺の問いに答えたのはバーンエッジさんだった。

 

「この女、私のこと嫌いだからこそ私が変なことしないように目を光らせるつもりなのよ」

 

「あら、よくわかってるじゃない。まあ志願した理由はそれだけじゃないけどね~」

 

「そうなんですか?じゃあ他の理由って?」

 

「んふふ、それはね~………君がいるから♡」

 

「ふぇっ!?」

 

 言葉とともに俺の頭を抱きしめるように抱き着いてきたナターシャさんに俺は驚愕で動きを止める。

 

「あら、その子に目を付けてるのはあなただけじゃないわよ?」

 

 そう言って今度はナターシャさんから奪い去るように俺を自身の方へ引っ張るバーンエッジさん。

 

「あの、お二人とも、痛いんですけど……」

 

「だって。放してあげたらどう、バーンエッジ?」

 

「あなたこそそんなにくっつくと暑苦しいんじゃないかしら、ナターシャ?」

 

 なぜか俺を挟んで火花を散らす二人。そして――

 

「ふ~ん……大人気だね、航平」

 

 なぜか不機嫌そうにジト目で俺を睨むシャル。

 そんな光景を見てどうしていいかわからず呆然としているみんな、楽しげにニコニコと笑っているリボル大将、めんどくさそうにため息をつく千冬さん、であった。

 

 

 ちなみにその後なぜか張り合うようにナターシャさんとバーンエッジさんは俺の特訓指導を名乗り出た。丁重に断ろうとしたが、その勢いにお願いする以外の選択肢を用意してもらえなかった。

 

 

 ○

 

 

 今思い返すといきなりすぎるだろ。しかも俺の意思が全く反映されんし。まあおかげで色々ISの操縦技術は上がったけど。

 

「あら?どうしたの?手が止まってるわよ?」

 

 俺が先生たちがIS学園に来た経緯を思い出していたところでバーンエッジ先生が顔を覗き込みながら訊いてくる。

 

「な、なんでもないです!」

 

「はっは~ん。さては何かよからぬこと考えてたな?」

 

「なんですかよからぬことって」

 

「いいっていいって!みなまで言わなくても!今日の特訓は私が手取り足取り優しく教えてア・ゲ・ル♡」

 

 どうしよう、バーンエッジ先生全く人の話聞いてねえ。

 

「ちょっと、バーンエッジ。そういうのどうかと思うわ。梨野君?こんな痴女ほっといて私と二人で仲良く特訓しましょ」

 

「あなただって人のこと言えないじゃない!」

 

「何よ!?」

 

「やるっていうの!?」

 

「上等じゃない!」

 

 なんか徐々にケンカ腰になっていくふたりにどうにか鎮めようとしたところで

 

「おい、お前たち。生徒の見本となるべき教師がダラダラと朝食を取っているだけじゃなく、随分と楽しそうじゃないか」

 

 バーンエッジ先生たちの背後に修羅がいた。その声を聞いた途端二人がピシリと動きを止め、恐る恐る振り返る。

 そこには腕組をして二人の先生を見下ろす千冬さんの姿があった。

 

「あぁ、お、織斑先生……」

 

「こ、これにはわけが……」

 

「そうかでは、そのわけ、ゆっくりと訊かせてもらおう」

 

「「ひぃぃぃっ!!」」

 

 首根っこをガシッと掴まれた先生ふたりが千冬さんに引きづられて行くのを俺たちは呆然としていた。

 

「なんかウソみたいだよね~、あの二人、あれで先生なんだよね~」

 

 そんな中呟かれた本音のセリフがなんとも的を射ていて俺は内心大爆笑したのだった。

 




というわけで復活です。
久々過ぎてキャラクターの喋り方とか細かい設定忘れかけてました(;^ω^)
ここから先当分時間はあるんで四月まではペースよく更新できる!…と思います。


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第71話 成績

「ではこれより、一学期の成績表を配布していく」

 

 体育館での終業式も終わり、教室に帰ってくると教卓に立った織斑先生が教卓の上の紙束をポンポンと叩きながら言った。

 

「名簿順に名前を呼ばれたら前に取りに来い」

 

 織斑先生の言葉に順番に席を立つ。俺は梨野なのでそこそこ後になるので手元の配布されているプリントに目を向ける。プリントには夏休みの過ごし方などの諸注意などが書かれている。

 

「次、織斑一夏」

 

 聞き慣れた名に反応して顔を上げるとちょうど一夏が席を立ち教卓に向かっているところだった。

 

「………次はもっと精進しろ」

 

「う、うっす」

 

 渡された成績表を見ながら一夏が渋い顔をした。成績が思ったより良くなかったのかもしれない。

 渋い顔のまま成績表を睨みながら自分の席に戻る一夏。

 その後、箒、セシリア、シャルなども呼ばれたがみなそれなりの成績が取れていたのか満足げだった。

 そして――

 

「次、梨野航平」

 

 俺の番になった。

 席から立ち上がり教卓の前へ。

 

「……………」

 

「……………」

 

 なぜか無言で俺の成績表をじっと見る織斑先生。その間が恐ろしくて俺も黙って織斑先生の言葉を待つ。

 

「………まあ…それなりには頑張ったんじゃないか」

 

「……え?」

 

 ぼそっと呟かれた言葉に一瞬ポカンとするがすぐにその言葉の意味を理解する。

 

「それって……」

 

「………」

 

 俺の言葉に答えずそのまま俺に成績表をこちらに差し出す織斑先生。

 これ以上訊いてもきっと答えてもらえないことを悟って成績表を受け取って自分の席に戻る。

 

「………ふぅ」

 

 一度大きく息を吐き出し、二つ折りの成績表を開く。そこに書かれていた成績は――

 

「………」

 

 10評価の平均がだいたい3から4くらいだった。正直これはいい方なのか悪い方なのかよくわからない。

 

「むぅ……」

 

「どうかしたの、航平?」

 

 判断に困っている俺に近くの席のシャルが俺の様子に気付いたらしい。

 

「いや……俺の成績、織斑先生に頑張ったなって言われたんだけど……どうなのかなって……」

 

「ふ~ん。それは僕が見ても?」

 

「ああ、いいぜ」

 

 シャルに自分の成績表を渡す。

 

「これは……」

 

 成績表に視線を走らせながらシャルが呟く。

 

「え?何?なんなの?ダメなの?いいの?どっち?」

 

 なかなか続きを言ってくれないシャルに俺は織斑先生の時と同様にドキドキしながら待つ。

 

「……航平…これ…頑張ったね!」

 

「え?」

 

 シャルが目を輝かせて答えた。

 

「でも……成績の平均が10のうち3くらいしかないんだけど?」

 

「でも赤点がないじゃない?」

 

 俺の成績表を指さしながらシャルが言った。

 

「航平って超・記憶喪失、自分のこと以外のことも忘れてるんでしょ?」

 

「うん、だから一般常識とかもまったく覚えてなかったから大変だったな」

 

「そう、そこだよ」

 

「うい?」

 

 シャルの言葉に首を傾げる。

 

「航平ってその記憶喪失のせいで知識面での遅れがあるから赤点とっても厳しい補習はないって話だったよね?」

 

「うん」

 

「だから、僕も航平は全部じゃないけど何個かの教科は落としちゃうんじゃないかって心配してたんだけど……」

 

もう一度俺の成績表に視線を向ける。

 

「赤点になった教科ひとつもないし、すごく頑張ったんじゃない?」

 

「…………」

 

 笑顔で俺に成績表を返してくるシャルから受け取りながら俺は再度二つ折りの紙を開く。

 

「……そっか…だから…頑張ったって……」

 

 織斑先生の言葉を思い出しながら顔を上げる。そこにはクラスメイト達に成績表を配布する担任の姿があった。

 俺の視線に気づいたらしい先生は一瞬その顔に笑みを浮かべたように見えたが、すぐに元の凛々しい顔に戻っていた。

 




お久しぶりです!
こっちもなかなか更新できず、やっとできました(;^ω^)

さて、実は最近少しスランプ気味なんでちょっと息抜きにまったく別の三作目の執筆をしようかと思ってます。
あ、安心してください。
メインで書くのは無い物と平凡な俺、です。
三作目はあくまで息抜きなんで更新頻度は低いです。
どっちかが終わらせられたら三作目も更新頻度は上がると思いますが……
ちなみに三作目の原作はラブライブ!を予定しています。


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第72話 祭り

どうもお久しぶりです。
復活させた割になかなか更新しなくてすみません(-_-;)


 カランコロンと下駄の音が周りから響く。

 オレンジ色に染まる空に目を向けながら周りの音に耳を澄ませと、笛の音や太鼓のお腹に響くようなどっしりとした音が背後の石段の上から聞こえてくる。

 この感覚をどこか懐かしく思うのは俺の中にある俺の覚えていない昔の記憶のせいなのかもしれない。

 

「ナッシ~!」

 

 背後からカランコロンと音を立てながら俺に呼びかける声に振り返ると見慣れた笑顔の本音が立っていた。その姿は薄い桜色の浴衣に赤い帯を巻いた姿だった。髪型はいつも通りなのだが浴衣に合わせたのか赤いリボンでとめられていた。

 対する俺も紺色の浴衣に下駄をはいている。何せ今日は――

 

「さあ、ナッシー!楽しい楽しい夏祭り、存分に満喫しちゃお~!」

 

「お~!」

 

 ふたりで拳を高々と上げ宣言する。

 なぜ本音とここにいるのかと言えば、話は数日前に遡る。

 

 

 ○

 

 

 

「ねぇ、ねぇ、ナッシー」

 

「んー?なんだよ、本音?」

 

 夏休みも終盤。出されている宿題を片付けるために机に向かっている俺に背後から抱き着き頭の上に顎を乗せている本音。正直冷房効かせていてもこれだけくっつかれると暑くて仕方がない。

 

「ナッシーってこの夏どこか行ったー?」

 

「んー……一夏たちとプール行ったくらいかな」

 

「これ行かない?」

 

 言葉とともにポケットからチラシを取り出す。

 

「……花火大会?」

 

 チラシは全体的に黒で背景に大きな花火の写真がプリントされ、火のようなデザインで「花火大会」と書かれていた。

 

「どう?行かない?」

 

「花火大会って花火見る以外に何かあるの?」

 

「あるよ~。タコ焼きに焼きそばにイカ焼きにお好み焼き、綿菓子にリンゴ飴にベビーカステラにかき氷、型抜きもおいしいよね」

 

「食べモノばっかりだな。他にないの?」

 

「他には…金魚すくいとかヨーヨー釣りとか、くじ引きに射的とか」

 

「へ~……面白そうだな」

 

「でしょ~?」

 

 チラシを見ながら言った俺の言葉に本音が楽しそうに頷く。

 

「どう?行く?」

 

「んー、面白そうだし行こうかな」

 

「やった!」

 

「そうだ、シャルや更識さん、一夏たちも誘って――」

 

「それはダメ!」

 

「っ!?」

 

 俺の提案にいきなり大声を出した本音に俺はびくりと体を震わせる。

 

「ど、どうした急に」

 

「その……ふたりで行きたいの」

 

「……………わかった」

 

 俺は数秒考え込んで頷く。

 

「たまには二人でってのも悪くないか」

 

「う、うん!」

 

 俺の言葉に嬉しそうに頷き、満面の笑みを浮かべる本音。

 

「そ、それじゃあ来週の土曜日にねー!」

 

「お、おう」

 

 元気に手を振りながら去って行く本音を見送りながら俺は花火大会について誰かに聞いておこうと思うのであった。

 

 

 ○

 

 

 

「そう言えば本音、その浴衣似合ってるな。かわいいと思うぞ」

 

 ふたりで石段を登りながら俺はふと本音の方を振り返って言う。

 

「えへへへ~、ありがとう~」

 

 嬉しそうに笑いながら浴衣の袖に手をしまってフリフリと揺らす。

 

「でも、なんか不思議な感じだな。いっつもダボダボの袖で隠れてる本音の手が出てる」

 

「そ~?」

 

「うん」

 

 などと話しているうちにいつの間にやら俺たちは石段を登り終えていた。

 そこには薄暗くなる空の下明るい屋台が奥の神社へと続く石の道の周りに所狭しと並んでいた。

 

「人多いな」

 

「まあ仕方ないんじゃないかな~」

 

 俺の言葉の通り時に私服、時に浴衣の老若男女が溢れていた。

 

「はぐれるとまずいし手でも繋ぐか」

 

「っ!」

 

 俺の言葉にグリンと俺の方を見る本音。いつもは眠たげに半分ほどしか空いていないその双眸が見開かれている。

 

「ん?嫌か?」

 

「そんなことないよー。ささ、繋ごう繋ご~」

 

「そっかそっか。ほい」

 

 俺がすっと手を差し出すとギュッと握る本音。その握り方は普通のものではなく俺の指に本音の指をからませるものだった。

 

「…………」

 

「この方がほどけないよね~」

 

 俺がその手と本音の顔を交互に見ているとニパーっと笑いながら答える。

 

「それもそうだけど……こういう繋ぎ方もあるんだなぁって思って」

 

 普通に手と手を握るようなやり方しか知らないので何とも新鮮だ。

 

「それじゃあ行くか」

 

「うん!」

 

 俺の言葉に楽しそうに笑った後、繋いでいる俺の腕にギュッとしがみついてくる。

 

「…………」

 

「人多いから広がらない方がいいでしょ?」

 

「……そりゃそうだな」

 

 本音の言葉に納得し、俺たちは歩き出した。

 

「そう言えばナッシーも浴衣似合ってるよ」

 

「ありがとう」

 

「その浴衣どうしたの?」

 

「花火大会についてちふ…織斑先生と山田先生に訊いたら――」

 

 

 

 

「おい航平」

 

「あ、千冬さん、真耶さん。どうしたんですか?」

 

「今度花火大会に出かけるんですよね?」

 

「ええ、友達と」

 

 真耶さんの問いに頷く。

 

「そこで私たちであるものを用意したんです」

 

「あるもの?」

 

 真耶さんの言葉に首を傾げると微笑みながら真耶さんは千冬さんに視線を向ける。

 

「ほら、織斑先生」

 

「………ん」

 

 真耶さんに促されてぶっきらぼうに手に持っていた紙袋を俺に差し出す千冬さん。

 

「これは……?」

 

 受け取った紙袋の中を確認すると中には折りたたまれた大きな布が入っていた。

 

「それは浴衣です」

 

 ぶっきらぼうな千冬さんに代わり真耶さんが答える。

 

「浴衣?」

 

「そうです。花火と言えば浴衣、夏祭りと言えば浴衣です」

 

「その……なんだ…お前は記憶が無いわけだし、どうせ楽しむなら色々と経験しておくのもいいかと思ってな」

 

「真耶さん……千冬さん……」

 

 紙袋と千冬さん真耶さんを交互に見てジーンとくる。

 

「まあ本当なら私としては人の多いところに行くなら変装の一つでもしてほしいのだが」

 

「ダメですよ!せっかくのお祭りなんですから女装はなしです!」

 

「山田君がこう言ってきかなくてな」

 

「とか何とか言って織斑先生も決めるときにさんざん考えてらっしゃったじゃないですか」

 

「それは…あの青の浴衣よりこちらの方が航平には似合うと思ってだな……」

 

「そうですね~、確かにそうですね~」

 

「何か言いたそうだな、山田君」

 

「いえいえ、何も!」

 

 ギロリと真耶さんを睨みつける千冬さんに慌てて否定する真耶さん。その二人の姿になんだかおかしくなり俺は笑みを浮かべる。

 

「ありがとうございます。ありがたく使わせてもらいます」

 

「フン……まあ…楽しんで来い」

 

「当日は着つけも手伝いますからね」

 

 

 

 

「――ってことがあってさ」

 

「へ~」

 

 俺の回想に納得したように頷く本音。

 

「織斑先生って意外とナッシーへの面倒見いいよね~」

 

「まあ織斑先生と山田先生は俺の親代わりみたいなところがあるしな」

 

 屋台を見渡しながら俺は頷く。

 

「ところでさっそく何か食べるか?そろそろいい時間だろ」

 

「そうだね~……そう言えばナッシーお金持ってるの?」

 

 ふと気付いたように本音が首を傾げる。

 

「大丈夫。織斑先生がこれで遊んで来いってお小遣いくれたから」

 

「なんか本物の親みたいだね~」

 

 本音の言葉に納得しながら俺たちは屋台巡りをしたのだった。

 

 

 ○

 

 

 

「いや~、食べた食べた。遊んだ遊んだ」

 

 神社の境内にふたりで座り込みながら先ほどまで焼きそばの入っていた容器を袋に仕舞い、脇に置く。そこには焼きそばの他にお好み焼きやたこ焼きやイカ焼き、各種お菓子のゴミなどが置いてある。

 

「おいしかったね~。こういう縁日の出店って不思議なおいしさがあるんだよね~」

 

 そう笑顔で言う本音の横には俺と同じくらいの食べた後のゴミが置かれている。

 

「屋台の食べ物もおいしかったけど、くじ引きとかも面白かったよ。でも結構やったのに当たりでなかったな。あれ当たりはいってんのかねぇ~」

 

 言いながら棒状の紙でできたおもちゃを前後に振りながらシュルシュルと伸び縮みさせる。

 

「それは永遠の謎だね~」

 

 のほほ~んと笑いながら水風船のヨーヨーをパンパンと弾きながら遊ぶ本音。

 

「そう言えばそろそろ花火が上がる時間だな」

 

「そうだねー」

 

 ぼんやりと空を見上げながら呟く俺たち。

 

「……なあ、本音」

 

「ん~?」

 

「ありがとうな」

 

「え?」

 

 俺の言葉に本音が顔をこちらに向ける。

 

「本音が誘ってくれなきゃ俺はこんな楽しいことを経験せずにいただろうからさ。まあ覚えてないだけかもしれないけどね」

 

「…………」

 

「だからさ、何も知らない…何も無い俺に俺の知らない経験をさせてくれてありがとう」

 

「ナッシー………」

 

 俺の言葉に本音はじっと俺のことを見ているだけだった。

 

「ねえ、ナッシー……」

 

「ん?」

 

 じっと俺のことを見ていた本音が口を開く。

 

「その……私…私、ナッシーのことが――」

 

 ドォォン!!!!

 

 本音の言葉を遮るように轟音が響く。それはまるで爆弾でも爆発したかのような大きな音だった。

 見上げると真っ暗な夜空に明るい花が咲いていた。

 

「お、花火始まったみたいだな」

 

 俺は座っていた境内から腰を上げ、立ち上がる。

 

「へぇ~話でしか聞いてないけどホントに大きな音だな。それにでっかい。綺麗だな」

 

「…………」

 

 本音に同意を求めるように言ったが本音からの返事はない。

 俺はそこから数分間続く花火に目を奪われていた。

 

「そう言えば何か言いかけてなかったか?」

 

 花火も終わり、変える支度をしようと振り返って本音の顔を見たとき、先ほど本音が何かを言いかけていたことを思い出す。

 

「え!?あ、うん。それは……」

 

 俺の問いに歯切れ悪く目を泳がせる本音。

 

「うん……なんでもない。それほど重要なことじゃないよー」

 

「そうか?」

 

「うん」

 

 笑顔で頷く本音。

 

「じゃあ……花火も終わったしそろそろ帰るか」

 

「うん………ねぇ、ナッシー!」

 

「ん?」

 

 ゴミをひとまとめにし、片付けていた俺は顔を上げる。

 

「どうした?何かやり残したことでもあったか?あ、なんか他に食いたいものでもあるとか?」

 

「そ、そうじゃなくて……その……」

 

 もじもじと何か言いたそうにしている本音に首を傾げる俺。

 

「ナッシー……手を出して!」

 

「手?」

 

 俺は首を傾げながら右手を差し出す。

 

「……こっちはダメ!左手!」

 

「は?なんで?」

 

「ISついてるからダメ!速く左手!」

 

 よくわからないまま言う通り左手を差し出すと本音は自分の髪を止めていたリボンを片方ほどき、俺の手首に結ぶ。

 

「で、私も……」

 

 もう片方のリボンもほどき、今度は自分の右手に結ぶ。

 

「これでよーし!」

 

「……何が?」

 

 満足げな本音とは裏腹に俺はまだよくわかっていない。

 

「何これ?」

 

 本音に向けて左手を掲げてリボンを指さす。

 

「ん~…お守り、かな?」

 

「お守り?」

 

「ナッシーってたまに危なっかしいところあるからさ、ナッシーに記憶があってもなくてもこれがある限りナッシーの居場所はここだよーって」

 

 いつもののほほんとした笑顔で自分の右手のリボンを俺の掲げる左手にコツンとぶつける。

 

「………そっか」

 

 俺は数秒ほど自分のリボンと本音のリボンを見比べ、口を開く。

 

「ありがとう、本音。大事にするよ」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま戻りました~」

 

「あ、お帰りなさい、航平君」

 

 IS学園に戻ってきた俺は真耶さんと千冬さんの元を訪ねた。

 

「ただいま、真耶さん、千冬さん」

 

「どうだ?楽しかったか?」

 

「ええ!そりゃもう!屋台の食べ物は美味しかったし、ゲームも面白かったし、花火は綺麗でしたし」

 

「それはよかったですね」

 

「はい!あ、これふたりにお土産です!俺がとった金魚です!」

 

「ありがとうございます、大事に育てますね」

 

「まあありがたくもらっておこう」

 

 俺の差し出した金魚を真耶さんは嬉しそうに、千冬さんはぶっきらぼうではあるものの受け取ってくれた。

 

「ところで、航平」

 

「はい?」

 

「さっきから気になっていたんだが、その左手のリボンは何だ?行くときにはなかっただろう、それは」

 

「ああ、これですか?」

 

 左手を上げ、浴衣の袖を少しめくってリボンを出す。

 

「これは……大事なお守りです」

 




はいと言うわけで夏休み編突入ですが、いきなり夏休みが半分過ぎているΣ(・□・;)
まあ夏休みなんてあっちゅうまですよね。
この間終業式だったと思ったら気付けばもう明日は始業式なんてのはよくある話ですよね。
最近平凡なの方を最新話上げていたのでもうちょっとバランスよく交互に生いきたいところですね。
ではまた次回をお楽しみに!


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第73話 引っ越し

どうも
久々の投稿となってしまいました。
GWとかにでも投稿しようと思っていたらいろいろと用事ができて今日までできないままとなっておりました(;^ω^)


 

「はい?」

 

「今……なんて…?」

 

 八月三十日。明後日には学校が始まるという日。

俺と一夏は寮の自室で山田先生と織斑先生の突然の訪問、そしてその要件に俺たちは驚愕とともに聞き直す。

 

「ですから、お引越しです」

 

 俺たちの問いに山田先生が答える。

 

「引っ越しって……」

 

「またですか!?」

 

「ああ。まただ」

 

 俺たちの素っ頓狂な言葉に冷静に織斑先生が返す。

 

「もしかして…また男性操縦者が見つかったとか……」

 

「いや、違う」

 

 一夏の問いに織斑先生が首を振る。

 

「実は二学期からある民間団体所属の方を数名IS学園の人員強化として迎えるんですが、それと同時にその団体の方も一人生徒として途中編入することになったんです。それで彼女、寮に入るんですが……」

 

「それと俺たちの引っ越しとどういう関係が?」

 

 山田先生の言葉に俺は首を傾げながら訊く。

 

「実は予定では彼女の寮の部屋は一人部屋にする予定だったのですが、先方から入寮について条件付けがありまして。その条件と言うのが……彼女との同室に梨野君を指名してきまして」

 

「え、俺!?」

 

 山田先生の言葉に驚愕する。

 

「え?それっていいんですか?いろいろと」

 

「私たちは反対したんだが…学園上層部の決定だ」

 

 一夏の問いにめんどくさそうに答える織斑先生。

 

「まあそんなわけで悪いが部屋替えだ。ちなみに移動するのは梨野だ」

 

「はい、織斑先生!」

 

 俺はぴしっと挙手し、質問の体勢。

 

「ん、梨野」

 

「拒否権は――」

 

「そんなものはない」

 

「……せめて最後まで言わせてください」

 

 有無を言わせぬ織斑先生の言葉にがっくりとうなだれる。

 

「さ、とっとと準備しろ」

 

 

 

 ○

 

 

 そんなわけで俺は一夏に手伝ってもらいながら新しい部屋へと引っ越しを開始。ちなみに山田先生は手伝ってくれているが織斑先生は手伝うそぶりすらない。

 

「ここですか?」

 

 段ボール箱で手がふさがった俺と一夏は振り返って訊く。

 

「ああ、そこだ」

 

「なるほど……」

 

 部屋の前でドアをじっと見つめる俺たち。

 

「………何をしている、早く入れ」

 

 なかなか動かない俺たちに言う織斑先生と首を傾げる山田先生。

 

「いや…入りたいんですけど……」

 

「手が塞がってるんでムリです!」

 

「はぁ……開けてやるからちょっと待ってろ」

 

「ありがとうございま――へぶっ!?」

 

 織斑先生へのお礼は最後まで言うことができなかった。

 ドアの前から一歩引いた俺は後頭部への衝撃によくわからない声が漏れる。

 

「梨野君!?」

 

「大丈夫か、航平!?」

 

「あ、悪い。前がよく見えてないんだわ。誰か知らんがすまんな」

 

 心配げな山田先生と一夏の言葉、そして見知らぬ男性の声に顔を上げると背後に…段ボールの三段タワーとその段ボール箱を抱え超長身長の男性が立っていた。

 

「「!?」」

 

 あまりの驚きに一夏とともに呆然しているとその段ボールの脇からひょこりと長い白髪の男性の顔が現れる。

三段の段ボール箱に隠れないほどの大きな体。その段ボールの上から顔を出していたせいで俺のことがよく見えていなかったのだろう。俺の身長の軽く倍はありそうなので身長はゆうに3mはありそうだ。

 

「おう、悪いな少年。ケガないか?」

 

 その厳つい顔に笑みを浮かべる男に驚きながらも頷く俺。

 

「そうか。いやぁよかったよかった」

 

「よかったじゃないよ。ちゃんと前見て歩かないと」

 

 うんうん頷く男の脇からひょっこりと顔をだす白髪の男とは対照的な小柄な女性。

 長い髪に口と鼻以外の顔のほとんどを覆い隠すマスク、普段ダボダボの服を愛用する本音以上にダボダボの歩くと地面に引きづってしまうほどの袖が特徴的な女性だった。何より驚きなのはその見た目がおよそ大人とは見えない、子供としか見えない声、体格だった。

 

「だったらお前が手伝ってくれればいいじゃねぇか、シトリー」

 

「それはじゃんけんに負けたベリーが悪いよ。しかもじゃんけんで負けた方が荷物を持つっていうの言い出したのはそっちだよ」

 

「ちぇっ」

 

 シトリ-と呼ばれた少女(?)の言葉に子供の様に口を尖らせたベリーと呼ばれた男は視線を戻す。

 

「えっと…そっちの黒髪のが織斑一夏で金髪のが梨野航平だったな」

 

「え、ええ……」

 

「そうですけど」

 

「聞いてるかもしれないけど、私たちが今回IS学園の人員強化として派遣されたメンバーで、私がシトリー。こっちのでっかいのが――」

 

「ベリアルだ。よろしくな」

 

「まあ詳しくは君らのクラスで授業する時にね」

 

「は、はあ……」

 

「えっとじゃあ…俺の同室ってシトリーさんなんですか?」

 

「んにゃ、違うよ。私は教員側」

 

「「「教員!?」」」

 

「――って、山田先生も知らなかったんですか?」

 

 俺と一夏、加えて山田先生まで驚いている。

 

「え?じゃあ俺の同室の人は……」

 

「たぶん部屋にいるよ。先に荷解きしてるって言ってたし」

 

「そうですか……」

 

 シトリーさんの言葉に俺はドアに視線を向ける。

 

「……………」

 

「………あぁ、開けられないんだったな」

 

 動かない俺たちに織斑先生が扉を開けてくれる。

 

「えっと…失礼しまーす」

 

 言いながら部屋に入ると、そこには

 

「……………」

 

 一人の少女が立っていた。

 雪のように白い白髪。その髪を留めるおよそ髪留めとは思えない武骨な機械部品のような髪留め。黒いズボンスタイルのスーツのせいかどこか中性的な、しかし、俺の女装のようななんちゃって美少女とは違う本物の美少女だった。

 

「…………」

 

「……あっ!えっと、これから同室になる梨野航平です!ヨロシク!」

 

 荷物を脇に置き、少女に握手を求めて右手を差し出す。

 

「…………」

 

「…………」

 

 謎の無言のまま俺の顔と手を交互に見る少女。俺も浮かべていた笑みと右手をキープしたまま無言で待つ。

 

「…………」

 

「…………」

 

「………あ、ベリアルさん、荷物こっちにお願いします」

 

「え?あ、お、おう」

 

「……………」

 

 無言のまま俺の背後に視線を向けた少女はベリアルさんに言う。

 少女の言葉に頷きながら段ボール箱を少女の脇に置くベリアルさん。

 その積み上げられた一番上の箱を下ろし、開けて中身をごそごそとあさりはじめる。

 

「って、無視かい!」

 

 まるで何事もなかったかのように作業に戻った少女に俺はツッコミを入れる。

 

「…………」

 

「おいおい、シロ。せっかくこれから同室になるんだし、自己紹介くらいはよ……」

 

「そうだそうだ!そっちが指定して来たからこうやって面倒な引っ越しを――」

 

「はぁ……シロ、別にヨロシクしなくてもいいから」

 

「ため息ついてんじゃねぇよ!」

 

 めんどくさそうにため息をつきながら顔を上げた少女、シロに再度叫ぶ。

 

「なんだよ、その態度!そっちが来いって言うからわざわざ――」

 

「私頼んでない」

 

「はぁ!?」

 

「その条件出したの上の人だから。私としては正直勘弁してほしい」

 

「え、お前そんなにイヤだったのか?」

 

 シロの言葉にベリアルが呆けた顔をする。

 

「イヤです。だって…コイツ…」

 

 ベリアルさんに答えながら俺の顔を指さす。

 

「すごいザコっぽいし」

 

 眠たげな眼でさらっとこともなげに言う。

 

「テンション高いし、無駄に。熱血だし…無駄に。髪…長いし……無駄に」

 

 スラスラと俺への悪口がその口から飛び出る。

 

「まあその…あれです…。なんか…私…コイツ、ダメです。生理的に」

 

「なっ、何だよ…。……お前!ベリアルさんやシトリーさんはもっといい人だぞ!ホントに同じ組織の人間か!?――って、おい!聞いてんのか!?」

 

 俺の声なんか右から左へ受け流し、さっさと荷解きを再開するシロ。

 

「ぐっ!?…おい!!っのぉ…!話を、聞け!よ!!」

 

 が、まったく聞く耳もたずすいすいと机や本棚に教科書や本を運んでいく。

 

「~~~~!!――!」

 

 俺はそんな姿にイライラしながらもあることに気が付く。シロの服のサイズが合っていないのかズボンがダボダボなのだ。しかも何度か折ってはいるがそれでもダボッとしている。

 

「ハハッ!お前!その服ダボダボじゃん!ムリすんなよ!チィ~~ビ!!」

 

 シュッ ビィィィン

 

「…………」

 

 見ると俺の頬をかすめて壁に突き刺さっていた、三角定規が。

 

「ソコ」

 

 定規を投げたらしい左手を上げた態勢で一層目を細めて俺を睨む少女、シロ。

 

「――お黙り」

 

「ゴメンナサイ、イイスギマシタ…」

 

 顔に嫌な汗が浮かぶのを感じながら俺は頭を下げる。

 

「…………」

 

「そっ…そんな目で見られても…な」

 

 じぃ…っと助けを求めてベリアルさんを見るが苦笑い気味で答える。

 

「…………」

 

「まあ…問題だけは起こすな。私からはそれだけだ」

 

 続いて助けを求めた千冬さんは肩をすくめて言われ

 

「…………」

 

「えっと…わ、私は梨野君の性格とか髪型は変だとは思いませんよ!」

 

 次に助けを求めた真耶さんからはフォロー(?)をもらい

 

「…………」

 

「えっと……くじけるなよ、航平!」

 

 一夏に至っては謎の声援を送られた。

 

「…………」

 

 これからの前途に俺はがっくりとうなだれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、一緒の部屋にいるからって変な事したらぶっ殺すから」

 

「…………」

 

 まじで前途多難である。

 




改めましてお久しぶりです。
いい加減タグに不定期更新タグ追加した方がいいかもと思ってしまうくらいの頻度になってきた大同爽です。

さて、今回の話で以前にもちょろっと出ていたキャラクターたちが本格的に参加でございます。
この三人はタグにもあるトライピースのキャラですが、設定とかいじってますし、トライピース知らない人でもわかるように書くんで。
ちなみに、この三人以外にも以降トラピのキャラはでてくると思います。
こうご期待!


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第74話 新学期の朝

五か月も更新しなくてすみません。
平凡なな方ばっかり更新してて本当にすみません。
これからはもっとこっちも更新しますんで。m(__)m


「フッ……フッ……フッ……」

 

俺は一定のリズムで呼吸をしながら早朝トレーニングの走り込みをする。

最近は二人の先生の特別特訓のおかげで朝はなかなか起きれないので少しお休みすることが多かったが、昨日は特別に特訓が控えめだった。

と、言うのも、今日から二学期が始まるのだ。これまでは夏休みということもありみっちりとやっていた特訓も授業に支障が出てはまずいということでこれからは少し控えめになるだろう。まあ――

 

「控えめって言ってもハードなんだろうなぁ……」

 

 俺は言いながら少しづつスピードを緩め、荷物を置いていたスタート地点で歩を止める。

 

「ふぅ……」

 

 俺は一つ息を吐き、額や首元をつたう汗を拭く。

 

「この後も学校だし…トレーニングは控えめにしとこうかな……明日からは戻していくか……」

 

 言いながら顔の汗をごしごしと拭く。

 

「ふぅ……さて、のど乾いたしドリンク――」

 

「はい、これ」

 

「ありがとうございます。あぁ~乾いた喉が潤う――って誰!?」

 

 横から渡されたペットボトルを飲もうとしたところで違和感に気付きガバッとそちらに顔を向ける。そこには――

 

「フフフ。励んでるわね」

 

 落ち着いた笑みを浮かべる女性が立っていた。

 口元に取り出した扇子をあて、困惑する俺に悪戯っぽい笑みを浮かべて言う女性。

 制服を着ているおり、リボンの色で一個上の先輩だとわかる。

 先輩だからなのかどこか落ち着いた、余裕を感じさせる、しかしかと思えば悪戯っこのような子供っぽい雰囲気も見せる。はっきり言ってよくわからない人だった。

 

「えっと……あの……え?」

 

 俺は首を傾げながら挙動不審に女性と女性に渡された飲み物、周りにまできょろきょろと視線を向けながらどうにかこの状況を理解しようとするが、やはりだめだった。誰この人!?

 

「まあまあ落ち着いて。ほら、それ飲んで落ち着いたら?」

 

「あ、はい」

 

 言われてペットボトルのキャップを開けて口を付ける。乾いた喉をスポーツドリンクが潤す。

 

「……ぷはっ」

 

「アハハ。おいしそうに飲むわね。まだまだ暑いんだから水分補給はこまめにね」

 

「あ、はい…気を付けます」

 

「まあ私も君を待ってる途中一口飲んだんだけどね~」

 

「は?」

 

 謎の女性の言葉に俺は一瞬フリーズする。

 

「もちろん自分の分をね」

 

「…………」

 

 ニッコリと笑みを浮かべながら自分のペットボトルを取り出した女性に俺は呆然とする。

 

「……あ、いま間接キス期待した?」

 

「なっ!?」

 

「ごめんね~、期待させちゃって」

 

「別に期待とか――」

 

「あっ!あれって!」

 

「え?」

 

 俺の言葉を遮るように俺の後ろを指さした女性につられて振り返るが、そこには――

 

「あの、何もありませんけど……」

 

 言いながら視線を戻したが

 

「あれ?あの人は?」

 

 先ほどまでいたはずの女性は忽然と姿を消していた。

 

「なんだったんだ…今のは……?」

 

 呆然としながらももう一度スポーツドリンクを飲み、意識を切り替えようとするが、やっぱりよくわからなかった。

 

「でも……なんでだろう。あの人どこかで………」

 

 ふと、初対面のはずなのにどことなく見覚えのある気がしながら、俺は終始首を傾げていた。

 

 

 ○

 

 

 

「……何?変顔の練習?」

 

 なんともよくわからない出来事の後、考え事をしながら部屋に戻ると、朝起きた時にはいなかった同室の白髪の少女――シロの冷たい言葉が俺を出迎える。

 

「いや…ちょっと考え事を……」

 

「アンタが?似合わないしやるだけ無駄でしょ」

 

「お前ホント俺に対して容赦ねえな!そんなに俺のこと嫌いか!?」

 

「嫌いじゃない。生理的に無理なだけ」

 

「よりたちが悪いなぁ」

 

 げんなりする俺の言葉にもフンッと鼻を鳴らすだけで特に何も言わず立ち上がる。

 

「てか一個訊いていい?」

 

「なに?」

 

「スーツもそうだけど、なんで男子の制服なの?」

 

 シロの服装は俺や一夏と同じIS学園の〝男子の〟制服だった。以前のスーツの如くダボダボということもなくちゃんと体格にあった制服だった。

 

「アンタに関係ないでしょ」

 

「っ!はいはいそうですね、その通りですね!」

 

「わかっているなら聞かないで。めんどくさい」

 

「~~~~っ!」

 

 いちいちイラつくやつだなコイツ。

 

「じゃ、私行くとこあるから先行くわ。アンタもとっととシャワー浴びてきたら?汗臭い」

 

「へいへい、そうさせていただきます!」

 

 

 

 ○

 

 

 

「はぁ~」

 

 朝食を食べながら俺は深い溜息を吐く。朝から面倒なことばかりだった。

 

「どうしたのナッシー?深いため息ついちゃって」

 

「幸せが逃げちゃう」

 

 俺のため息に一緒に食べていた本音と更識さんが訊く。

 

「朝から変なことと疲れることにあっただけ」

 

「変なこと?」

 

「疲れること?」

 

 俺の言葉にふたりが首を傾げる。

 

「まあいろいろあったんだ……いろいろ……」

 

 言いながら俺は朝食の和食セットの味噌汁を啜る。

 

「ん~よくわからないけどお疲れさまー」

 

 本音が相変わらずののほほんとした雰囲気で言いながらヨーグルトを食べている。

 

「……そう言えば朝のあの人…あの人どっかで………」

 

 朝の女性を思い出しながら俺はふと更識さんに視線を向ける。

 

「…………」

 

「……ん?何?」

 

「あ…いや……実は今朝あった変な人が――」

 

「おう、航平。おはよう。ここいいか?」

 

 と、朝の女性のことを訊こうとしたところで背後から声がする。

 振り返ると一夏がお盆を手に立っていた。

 

「ああ、一夏。いいぜ、ここに――」

 

「ごちそうさま。私先に行くから」

 

 俺が前の席を指したところでガタリと更識さんがお盆を持って立ち上がる。

 

「え、更識さ――」

 

「じゃあお先に」

 

 呼び止める間もなくスタスタと去って行く更識さんに呆然としながら見送る。

 

「……えっと、とりあえず俺は座ってもいいのか?」

 

「あ、うん。どうぞ」

 

 一夏の言葉に俺が頷く中

 

「ん~……やっぱりか~……」

 

 俺のとなりで本音がぼそっと呟いていたが、俺はその意味を知ることもなく、またタイミングを逃し、詳しく訊き返すこともできなかった。

 



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第75話 出し物

 二学期が始まってから数日後。この日はSHRと一時間目の半分を使って全校集会が開かれた。

 内容は今月中旬に行われる文化祭についてだ。

 しかしあれだ。広い体育館に全校生徒+教師陣が集まると、改めて俺と一夏以外に男がいないことを実感させられる。こうして集まるとなんとも肩身の狭い。

 

「それでは、生徒会長から説明をさせていただきます」

 

静かに生徒会役員と思われる眼鏡に三つ編みの女子生徒が告げる。……ん?なんでだろう、全然似てないのに一瞬――

 

「やあみんな。おはよう」

 

「「!?」」

 

 考えかけた思考が一瞬で吹き飛んだ。壇上に現れた女子、二年生のリボンをしたその人は始業式の日の朝、俺の前に現れた謎の先輩だった。

 というかなぜか俺の前に並ぶ一夏も息を呑んでいた。

 俺も一夏も驚きの声を上げそうなのをこらえてその先輩に視線を向けた。

 

「ふふっ」

 

 一瞬視線が合った気がした先輩は俺になのか一夏になのか、はたまた両者にか、意味ありげな笑みを浮かべる。

 

「さてさて、今年は色々と立て込んでいてちゃんとした挨拶がまだだったね。私の名前は更識楯無。君たち生徒の長よ。以後、よろしく」

 

ニッコリと笑みを浮かべて言う生徒会長。どうやら人気者らしく列のあちらこちらから熱っぽいため息が聞こえてくる。

 

「では、今月の一大イベント学園祭だけど、今回に限り特別ルールを導入するわ。その内容というのは」

 

 閉じた扇子をすっと取り出し、横へとスライドさせる。それに応じて空間投影ディスプレイが浮かび上がった。

 

「名付けて、『各部対抗男子争奪戦』!」

 

 ぱんっ!と小気味のいい音を立てて扇子が開く。それと同時に画面には俺と一夏の写真が大きく映し出された。

 

「え……」

 

「は……」

 

『ええええええええ~~~~~~っ!?』

 

 俺と一夏の困惑の声は割れんばかりの声にかき消された。その叫び声に体育館が冗談じゃなく揺れた。

 困惑から復活できないまま並んで間抜け面を浮かべる俺たち二人に一斉に視線が向く。

 

「静かに。学園祭では毎年各部活動ごとの催し物を出し、それに対して投票を行って、上位組は部費に特別助成金が出る仕組みでした。しかし、今回はそれではつまらないと思い――」

 

 ビシ!と扇子で俺と一夏を指す生徒会長。

 

「織斑一夏、並びに梨野航平を一位二位の部活動に強制入部させましょう!」

 

 生徒会長の言葉に再び雄叫びが上がる。

 こうして俺と一夏の意見など無視して男子争奪戦が開幕したのだった。

 

 

 〇

 

 

 同じ日の放課後。クラスごとの出し物を決めるための特別HRのために教室内はわいわいと盛り上がっていた。

 

「えーと……」

 

 クラス代表として会議をまとめていた一夏が黒板に並ぶ案を見ながらため息をつく。

 黒板には『織斑一夏&梨野航平のホストクラブ』『織斑一夏&梨野航平とツイスター』『織斑一夏&梨野航平とポッキー遊び』『織斑一夏&梨野航平と王様ゲーム』『織斑一夏&梨野航平をモデルに写真撮影会(衣装指定可)』の文字が並んでいる。

 

「却下」

 

 えええええー!!と大音量でブーイングが教室に響く。

 

「あ、アホか!誰が嬉しいんだ、こんなもん!」

 

「私は嬉しいわね。断言する!」

 

「そうだそうだ!女子を喜ばせる義務を全うせよ!」

 

「織斑一夏と梨野航平は共有財産である!」

 

「他のクラスから色々言われてるんだってば。うちの部の先輩もうるさいし」

 

「助けると思って!」

 

「メシア気取りで!」

 

とまあこんな具合だ。

助けを求めて視線を動かしているが助けてくれそうな人もおらず、千冬さんも先ほど

 

『時間がかかりそうだから、私は職員室に戻る。後で結果報告に来い』

 

 と、一夏に言い残し去って行った。

 

「な、なあ、航平!お前だって嫌だろ!?」

 

「………ん?」

 

「ん?じゃねえよ!」

 

「いや、だって俺ホストクラブとかツイスターとか王様ゲームが何か知らないし。撮影会も一度経験してるしなぁ……」

 

「……うっ」

 

 俺の記憶喪失具合を考慮に入れていなかったらしく俺が同意をしてくれなかった一夏はしまったという顔をする。

 

「で、ホストクラブとかツイスターとか王様ゲームって?」

 

「あのねー――」

 

 と、俺の疑問に近くの席に座る本音が解説してくれる。

 

「ホストクラブって言うのはね、簡単に言えば女の子を男の子が楽しませるんだよ。一緒にゲームしたり一緒にお菓子とかジュース飲みながらねー」

 

「ほうほう」

 

「ツイスターゲームは色と体の部位をルーレットとかで指定して指定された色のマスを指定された体の部位で押さえるの。先に押さえられずに潰れちゃった方の負け」

 

「なんか面白そうなゲームだな」

 

「でしょ?で、王様ゲームは複数人で印のついたクジと番号のクジを引いて、印のついたクジを引いた人が王様としていろいろ命令するって遊びだよー」

 

「命令の内容は?」

 

「いろいろかなー。2番が王様の肩をもむ、とかー、4番と5番が腹筋をする、とかかなー」

 

「へー……説明を聞く限りおかしなところないけど、一夏はこれらのどの辺が嫌なの?」

 

「うん、説明の限りじゃおかしな点はないな。でも違うんだよ!そうじゃないんだよ!そうだけどそうじゃないんだよ!」

 

 一夏が言うが俺は意味が分からず首を傾げる。

 

「ああもう!山田先生、ダメですよね?こういうおかしな企画は」

 

「えっ!?わ、私に振るんですか!?」

 

 俺ではらちがあかないと思ったのか、真耶さんに振るが慌てたように考え込む真耶さん。

 

「え、えーと……うーん、わ、私はポッキーのなんかいいと思いますよ……?あ、でも撮影会とかもいいですね!」

 

 やや頬を赤らめて答える真耶さんに一夏はさらに深いため息をつく。

 

「とにかく、もっと普通の意見をだな!」

 

「メイド喫茶はどうだ?」

 

 と、一夏の言葉を遮って意見を言ったのは意外や意外、ラウラだった。俺を含めクラスのみんながポカンと口を開く。

 

「客受けはいいだろう。それに飲食店は経費の回収が行える。確か招待券制で外部からも入れるのだろう?それなら、休憩場としての需要も少なからずあるはずだ」

 

「え、えーと……みんなはどう思う?」

 

 少し理解に時間がかかったのか一夏がゆっくりと周りに問いかける。

 

「いいんじゃないかな?一夏には執事か厨房を担当してもらって、航平には執事か場合によってはメイドをしてもらえばオーケーだよね」

 

 クラスメイト達が呆然とする中、そう言ったのはシャルだった。シャルのラウラの意見への援護射撃は見事にヒットしたらしく徐々に周りに好感触な意見が広がる。

 

「織斑君と梨野君の執事!いい!」

 

「それでそれで!」

 

「メイド服はどうする!?私、演劇部衣装係だから縫えるけど!」

 

 と、瞬く間に意見は広がり、なかなか決まらなかった我が一年一組の出し物は「ご奉仕喫茶」となったのだった。

 



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第76話 新任

お久しぶりです。
長く更新できずすみません。
平凡ばかりでなくこっちも更新せねば!と思いこっちを更新です。
交互に更新とか決めて書こうかなぁ……


「おう、航平」

 

「あ、ベリさん、シトリーさん」

 

 クラスでのHRも終わり日課の特訓をするために第三アリーナに向かっていた俺は二人の新任教師、ベリアルさんとシトリーさんに出会った。

 二人は二学期と同時にIS学園の教員としてそれぞれベリアルさんは体育教師(格闘技専門)、シトリーさんはIS概論を受け持つことになっている。

 まだ二、三回しか受けていないがどちらの授業も実践に沿った話が多くとてもためになった。

 ちなみにベリさんの最初の授業で行われたデモンストレーションの千冬さんとのスパーリングのおかげで、男に教わるなんて云々、と考えていた一部の女子たちも素直に教わるようになっていた。

 もはやあれは試合とかスパーリングとかそういう次元じゃなかった。どっちも人間やめた動きを見せられ、改めて千冬さんには、そして新たにベリさんには逆らってはいけないと思い知らされた。

 シトリーさんはシトリーさんで明らかに見た目は俺たちより年下なのにその知識量は元代表候補生の真耶さんよりも豊富そうであった。

 しかも身長のせいで教卓に届かないので踏み台を使って教鞭を振るう姿はほっこりさせられ生徒の人気は高そうだった。

 

「そう言えばさっそく聞いたぜ。ご奉仕喫茶に決まったらしいな」

 

「情報速いですね」

 

「うん。ため息まじりにシロちゃんから教えてもらったよ」

 

「あぁ~………」

 

 俺は納得しつつ数日前の二学期初日のことを思い出す。

 何を隠そうシロの転入してきたクラスは俺のクラスだったのだ。

 初日の自己紹介の段階でまさかの三人目の男子!?と沸き立つクラスメイト達をよそに淡々と自己紹介し、自身の性別についてもしっかり言及していた。

 それからは休み時間にはイベント好きなクラスメイトからの質問会が行われたが淡々と最小限しか答えず、さらにあまり積極的に人と関わろうとしない姿勢を突き通す(最初のころのラウラよりは友好的だが)姿に今はクラスメイト達もあまり積極的に関わろうとしていない。

 さきほどのHRでもわいわい騒ぐクラスメイト達の様子を冷めた目で見ながら、早く終わらないかな~とでも言いたげな顔で眺めていた。

 

「ぶっちゃけさ、シロちゃんって教室ではどんな感じ?」

 

「ん~……浮いてるってわけじゃないんですけど…………なんというか…なんか冷めてますよね」

 

「そっか~……」

 

 シトリーさんの問いに俺は少し悩みつつも素直に答える。

 俺の答えにシトリーさんもベリさんも予想通りと言った顔で頷く。

 

「別に嫌われてるとかそういうんじゃないんですよ?人当たりはいいですし、俺以外には。ただなんというか淡々としてるというか、自分からはあまり関わろうとしないというか……」

 

「ん~…まあそうだろうね~」

 

「あいつの場合それもしょうがないかもしれねぇが……」

 

 困ったように苦笑いを浮かべる(マスクで隠れてるけどたぶん)シトリーさんとどうしたもんかと頬を掻くベリさん。

 

「あいつはうちの会社でも若手でな。しかも技術も高くて上の人間の期待値も高い。そのせいかあいつがまともに学校に通ったのは小学校まででなぁ。中学校なんて進級できるギリギリしか学校に行ってなかったしな」

 

「だから今回の任務もシロちゃんにちゃんとした学生生活を送ってもらうこともちょっと期待してたんだけど……」

 

やれやれと肩をすくめるシトリーさん。

 

「まあそんなわけで航平くん頑張って!」

 

「はぁ!?」

 

 突然のパスに俺は普通に驚いてしまう。

 

「任せるって……」

 

「別に何かしてくれってわけじゃないよ。ただまあ少しシロちゃんを気にかけてあげてってだけ」

 

「でも俺あいつに嫌われてますよ?」

 

 登校初日の放課後に真耶さんや千冬さんに頼まれたこともあって学校を案内してやろうと声をかけると、ものすごく冷ややかな目で「は?なんで?」と言われた。

 何とかブリザードアイに耐えて誘ったのだが「学校内の立地は事前に見た地図が完璧に頭に入ってるからいらない。というか案内してもらう必要があってもアンタだけはない」と言われ、さらに食い下がろうとする俺を無視してさっさと帰って行った。

 こんな俺にあいつを頼むというのはこの二人は何を考えてるんだろうか。

 

「まあ確かにシロちゃんの航平くんに対するあたりは強いかもしれないけどさ」

 

「逆に言えばあいつがあれほど包み隠さず相手するのはお前だけなんだよ」

 

「はぁ」

 

 二人の言葉に納得がいかないものの頷く。

 

「だからまあシロちゃんのことよろしくってことで」

 

「んじゃ、ちょいと呼ばれてるからそろそろ行くわ」

 

「あ、はい」

 

 手を振りながら去って行く二人を見送りながら俺は少し考える。

 確かによく考えたらシロは俺以外には比較的友好的に対応している。むしろ人前では俺に対しての過剰な対応もなりを潜めているように思う。

 

「頼まれちゃったしなぁ~……」

 

 俺に対する冷ややかな目を思い出しながら俺は気合いを入れるようにぐっと拳を握る。

 

「ちょっと気にかけてやるか!」

 

 うんうん頷きながら第三アリーナへと歩きはじめるが

 

「ん?」

 

 その途中今度は話題のシロに出会った。

 いつもさっさと教室からいなくなるからてっきりすぐに部屋に帰っていると思っていたのにいまだ学校にいたことに驚く。

 

「あ、お前――」

 

「何ニヤニヤしてんの気持ち悪い」

 

「なっ!俺は別に――」

 

 突然の毒舌に言い返そうとするが

 

「普段から気持ち悪いのに道端でニヤニヤしてると余計に気持ち悪いから気を付けた方がいいわよ。同じクラスだし同室としてなんか言われたくないから忠告しとくわ」

 

「はぁ!?」

 

「じゃっ。アンタと話してるほど私暇じゃないから」

 

 そう言ってさっさと歩き去って行くシロ。

 

「くっそ、やっぱむかつく!」

 

 先ほどの決断をさっそく撤回したくなった俺だった。

 



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第77話 無自覚リア充

ほん…………っとうに遅くなって申し訳ありません!!!
というわけで超絶久々の最新話です!


 

「改めまして私の名前は更識楯無、あなたたち学生の長、この学園の生徒会長よ」

 

「「ど、ども……」」

 

 

 

 

 

 対面に座る生徒会長、更識楯無先輩の自己紹介に俺と隣に座る一夏はお辞儀する。

 俺たちが現在いるのはIS学園の生徒会室。今日の生徒集会のことについて詳しく訊こうと思ってやって来たのだが、入ってみると先客がいた。一夏である。

 生徒会室内には対面で座る一夏と生徒会長、それに部屋の奥によく見えないが誰かいるようで話し声が聞こえる。おそらくキッチンか何があると思われる。

 生徒会長に示されるまま一夏の隣に座ったところでさっきのところになるわけだ。

 

 

 

 

 

「あの……それで、今朝の件は……?」

 

「まぁまぁ、いろいろ訊きたいことはあると思うけど、今お茶を入れてるから、ちょっと持ってね~」

 

「は、はぁ…?」

 

 話を聞こうと切り出した俺だったが、生徒会長はのらりくらりと避けられる。

 と、話していると――

 

「お待たせしました」

 

「おまたせ~」

 

 奥のスペースから二人の人物が現れる。

 一人はティーセットの乗ったお盆を持った三つ編みに眼鏡の女性。今朝の生徒集会で司会をしていた人だ。

 そしてもう一人は――

 

「本音!?」

 

「やっほ~、ナッシー」

 

 なんと驚いたことに本音だった。

 

「お、お前なんでここに!?」

 

「あれ?前に言わなかったっけー?私生徒会役員だよ~」

 

「えっ!?………あっ!そう言えば!」

 

「でしょ~?」

 

 笑いながら本音は手に持っていたお盆を机の上に下ろす。

 そこには切り分けられたシフォンケーキが五人分乗っていた。

 

「はい、ナッシーの分」

 

「あ、おう。ありがとう」

 

 言いながら俺の前に皿を置く本音に礼を言う。

 その後、三つ編みの先輩が紅茶をおいてくれる。

 

「すみません、うちの本音が」

 

「いえ…って、うちの?」

 

「ええ」

 

 申し訳なさそうに言う先輩の言葉に否定しながら、俺はその言葉に引っかかる。

 

「はじめまして、ですね。私の名前は布仏虚」

 

「私のお姉ちゃんだよ~」

 

「ええっ!?」

 

 本音の言葉に俺は驚きの声を上げる。と、同時に納得もした。この先輩、虚先輩を初めて見た時から感じていた見覚えのある感じがしていたが、その正体がやっとわかった。そして、それと同時にもう一つ気付いた。

 

「あの…生徒会長ってもしかして、更識さん――簪さんのお姉さんですか?」

 

「……ええ。そう言えば、あなたたちは簪ちゃんと面識があったのよね」

 

「本音が簪お嬢様の専属使用人。私は楯無お嬢様の専属使用人なんです」

 

「なるほど……」

 

 俺の問いに頷く生徒会長と布仏先輩の言葉に納得して頷く。

 

「まあその話は置いておいて!せっかく虚ちゃんが入れてくれたお茶が冷めちゃうわ。さっ、飲みましょ」

 

 そう言って促す生徒会長の言葉に頷きながら俺と一夏がティーカップに口を付ける。

 

「「おいしい……」」

 

「でしょ~。じゃあ私も~」

 

 と、本音が自分の分のティーカップとシフォンケーキの皿を持って俺の隣に座る。

 

「いただきま~す」

 

「もう、はしたないですよ本音」

 

 にこにこと笑いながら食べ始める本音を窘めるように言う布仏先輩。しかしそれを気にした様子なく本音は食べ進める。

 

「ん?どうしたのー?」

 

「い、いや、なんでもない」

 

 そんな様子を苦笑いを浮かべながら見ていた俺に本音が首を傾げながら訊く。

 

「あー、ナッシー食べてないねー。おいしいよー?」

 

「あ、うん。今――」

 

「しょうがないなー、はい、アーン」

 

 と、俺の言葉を最後まで聞かずに俺の皿からフォークを取って一口サイズに切って差し出してくる。

 

「あ、あ~ん」

 

 差し出されるケーキと本音の顔を交互に見ながらとりあえず食べる。口の中に優しい甘みが広がる。

 

「おいしいでしょ~?」

 

「うん、おいしい」

 

「はい、もう一口」

 

 と、次の一口を差し出されるので食べる。

 

「話には聞いてたけど…なかなかね、これは……」

 

「二人はいつもこんな感じですか?」

 

「えっと……まあ…結構……」

 

「リア充だわ……本音ちゃんに負けた……」

 

 と、そんな俺たちを尻目に三人が話しているが

 

「俺らなんか変なことしてるか?」

 

「さぁ~?」

 

「「…………」」

 

「嘘みたいでしょ?あれで付き合ってないんですよ、この二人」

 

 そんな俺たち二人の言葉に先輩二人は「え~」と言う困惑した顔をし、一夏は疲れた顔で言うのだった。

 




改めまして本当に久しぶりの更新になってしまい申し訳ありません!!

航平「ホントにな。これからもちゃんとこっちも更新しろよ」

もちろんだ!ちゃんと更新する!……と思う

航平「おい!」

そんな訳で今回は短めですがこの辺で!
また次回!


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第78話 クレーム処理

すみません、今回も短めです。






 

「それで、朝の件ですけど……」

 

「あぁ、そうだったわね」

 

 お茶を飲み、一息ついたところで一夏が切り出す。

 本音も真面目な話だということを感じ取ったのか大人しくなる。

 

「なんで、あんな提案をしたか、だけど……端的に言えばクレームが来たからなのよ」

 

「「クレーム?」」

 

 会長の言葉に俺と一夏は首を傾げる。

 

「そう。あっちこっちから寄せられてきたのよ、一夏君と航平君をどこかの部活に入れろって」

 

「でもそれは……」

 

「二人の言いたいことはわかるわ」

 

 顔を見合わせて一夏が言いかけた言葉に会長は頷く。

 

「うちは女の子たちばかりだから当然部活も女の子だけ。どこに入っても男の子である二人では競技に参加することもできないし、航平君に至っては記憶喪失のせいでそもそも部活動にまともに参加できるかどうかも怪しい」

 

「わかってるなら――」

 

「でもね、クレームが来た以上、私たちも動かないわけにはいかないのよ」

 

 俺の言葉を遮って会長がため息をつきながら言う。

 

「で、いろいろと議論した結果、緊急処置として今朝のようになったってわけよ」

 

「なるほど……」

 

「でも、それなら言ってくれれば俺らだって」

 

「あら?賛成してくれた?」

 

「それは……」

 

「それに、もしそれで自分たちで入る部活を決めるって言われても、それはそれでうちにクレーム来ただろうしね」

 

「へ?なんでですか?」

 

「もう二学期にもなってしまったら、いまさらあなたたちがどこか一つに自主的には言っても不平不満はでるのよ。つまり、どうしてもこういう形で二人をどこかに強制的に入れるしかなかったってわけ」

 

 首を傾げる俺に会長は

 

「あ、その代わり、お詫びと言ってはなんだけど、これから二人の特訓、私が見てあげるわ」

 

「「はぁ!?」」

 

「あ、でも、航平君はバーンエッジ先生とナターシャ先生に師事してるんだったわね……まあたまに意見させてもらうってことで先生たちにも伝えておきましょう」

 

 驚愕する俺たち二人をよそに会長は勝手に話を進めていく。

 

「い、いやいやいや!勝手に話進めてますけど」

 

「俺ら指導の手は足りてるんで!」

 

「あら?受けておいた方がいいと思うけど?」

 

 俺らの言葉に会長は笑いながら言う。

 

「いや、だからいいですって。大体、どうして指導してくれるんですか?」

 

「ん?それは簡単。君たちが弱いからだよ」

 

 何でもないことのようにさらっと言われたことで、一瞬俺はその言葉の意味が分からなかった。

 一夏も同じように呆けた顔をするが、すぐにむっとした表情になる。

 

「それなりには弱くないつもりですが?」

 

「ううん、弱いよ。無茶苦茶弱い。だから、ちょっとでもマシになるように私が鍛えてあげようというお話。あ、航平君はいいわ。バーンエッジ先生とナターシャ先生に教わってれば大丈夫」

 

「は、はぁ……?」

 

 会長の言葉にムッとしながらもまあ自分が弱いのは事実、バーンエッジ先生とナターシャ先生に教わっていれば大丈夫とお墨付きをもらえたのもあって一応は冷静になれた。

 なにより、近くに俺より怒ってる一夏を見ていれば、こっちは冷静になるというものだ。

 怒りを抑えるようにぐっとこぶしを握り締めた一夏は立ち上がり会長を指さす。

 

「じゃあ、勝負しましょう」

 

「あ、バカッ」

 

「俺が負けたら従います」

 

「うん、いいよ」

 

 俺が止める間もなく一夏が言い、会長はにっこりと笑いながら頷いた。

 その顔は『ウケケケ、罠にかかった』とでも言わんばかりの表情だった。

 一夏もそれを見て、やってしまった、と言う顔で呆けていた。

 



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第79話 ちぐはぐな体

お久しぶりです。
滞ってた更新、やっとのこと再開です!





 一夏が生徒会長の挑発に乗って数分後、俺たちは場所を移動し武道場に移動した。

 移動したのだが――

 

「キュ~……」

 

 武道場の畳の上で胴着姿の一夏が目を回していた。

 

「あちゃぁ~……ちょっとやりすぎちゃったかしらね~?」

 

 一夏の前に立つ同じく胴着姿の生徒会長が乱れた胴着の胸元を直しながら言う。

 と言うのも、この武道場に移動してから一夏と生徒会長が試合をすることになったのだが、一夏への勝利条件が「生徒会長から一本取ること」だったのだ。

 え?それでいいの?そんな簡単でいいの?と思っていた俺と一夏の予想に反して生徒会長は強かった。まぁ~強かった。

 それでも一夏も健闘した……したのだが、何がどうなったのかわからないけど、気付いたら一夏は生徒会長の胴着の胸元をガバッと開き、その豊満な胸と下着を丸見えにさせてしまっていた。

 それでスイッチの入った生徒会長の攻撃によって一夏が一瞬宙に浮いた。冗談じゃなく数秒間宙を舞った一夏は気付けば畳の上に大の字で倒れていたのだ。

 

「さて、気絶しちゃった一夏君にはそのままちょっと寝ててもらって、次は航平君の番ね……って、何してるの?」

 

「さぁ?」

 

「ぶぅ……」

 

 いい汗かいたぁ~と言う笑顔でこちらを向いた生徒会長は首を傾げる。

 生徒会長の言葉に俺は首を傾げ、俺のほっぺたを引っ張って本音は頬を膨らませて不満げな表情を浮かべる。

 ちなみに俺も胴着姿である。

 

「ナッシー、いまお嬢様のことエッチィ目で見てた~!」

 

「うっ……」

 

「あら?そうなの?」

 

 本音の言葉に俺は声を漏らし、生徒会長はニヤリと悪戯っぽく笑う。

 

「……まあそりゃ見ましたよ?見たさ。そりゃ見るよ!でもそれは条件反射と言うか男のサガであって――」

 

「ふうぅ、運動してちょっと熱くなっちゃったわねぇ~」

 

「っ!」

 

「ナッシー!!」

 

「いたたたたたたたたっ!!」

 

 俺に見せつける様に胴着の胸元をパタパタと開いて仰ぐ生徒会長。

 その柔らかな白い肌とちらりと見えた谷間に視線が釘付けになるが、それを遮るように本音が俺の頬を引きちぎらんばかりに引っ張る。

 

「お嬢様もお嬢様だよ!」

 

「あはは~、ごめんごめん。まさか本音ちゃんがここまで怒るとは……」

 

 本音の剣幕に生徒会長も苦笑いを浮かべる。

 

「ほんへ、そほそほはなひてほひいんあへほ?」

 

「もうお嬢様のことエッチィ目でみない?」

 

「……………うん」

 

「いま間があった~!!」

 

 本音の言葉に頷いた俺だったが、納得できないらしい本音は手を放してくれない。

 

「はいはいはい!イチャイチャするのは後にしてもらっていいかしら?ここ借りてられる時間も限りがあるのよ」

 

「……は~い」

 

 生徒会長の言葉に本音が渋々と言った様子で手を放す。

 本音が引っ張っていた頬はまだジンジンと痛む。

 

「さ、航平君、早く畳に上がっておいで」

 

「……はぁ」

 

 生徒会長に促され、俺は畳に上がる。

 

「聞いてるわよ。定期的に織斑先生に稽古つけてもらってるのよね?ナターシャ先生とバーンエッジ先生からも特別指導をしてもらってるし」

 

「ええ、まあ」

 

「これは期待してもいいのかしら?」

 

「……………」

 

 生徒会長の言葉に俺はため息をつき

 

「生徒会長……一つ忠告しときます」

 

「あら?何かしら?」

 

 笑みを消さないまま少し警戒の色を強くする。

 そんな生徒会長に俺は髪をかき上げながら視線を鋭くして睨みつけ

 

「あんまり気を抜いてると――怪我しますよ?」

 

 

 

 ○

 

 

 そして数分後、畳の上に俺はひっくり返って足の間から顔を覗かせていた。

 

「えぇ……」

 

 そんな俺を見ながら生徒会長が唖然としている。

 

「さっき超決め顔で『あんまり気を抜いてると――怪我しますよ?(キリッ)』って言ってたのなんだったの!?」

 

「言いましたよ?気を抜いてたら怪我しますよ……俺が」

 

「そっち!?」

 

 俺の言葉に生徒会長がツッコミを入れる。

 

「ナッシー大丈夫~?」

 

「大丈夫。受け身だけは自信があるんだ」

 

「その体勢のまま会話するのやめて」

 

 俺の前に屈んで股の間の俺の顔を覗き込んでくる本音に応じていると微妙な顔した生徒会長がツッコむ。

 

「で?さっきはなんか流れで気にしてなかったんですけど、なんで俺も試合してんですか?」

 

「だからその体勢で話をしないでよ」

 

 俺が生徒会長に視線を向けると、生徒会長が困ったように顔を反らしながら言う。

 

「え?なんでですか?」

 

「その…どこ見ていいか困るっているか……あなたの顔を見て話そうと思ったら否が応でもあなたの股間とお尻が視界に入るし……」

 

「??? 俺ちゃんと下穿いてますよ?」

 

「そうだけど!!」

 

 首を傾げる俺に生徒会長が叫ぶ。

 

「しょうがないっすね……」

 

「なんでしぶしぶなのよ……」

 

 俺は言いながら体勢を戻して立ち上がる。

 

「で?なんで俺まで試合する必要があったんですか?」

 

「ん~……まあ正直ついでかしらね。二人が今どのくらいの力量か見たかったし」

 

「はぁ……なるほど……」

 

 生徒会長の言葉に俺は一応納得する。

 

「で?今の俺はどんなもんでした?」

 

「ん~…悪くはないのよ。一夏君と同じかちょっと及ばずくらいかしらね?」

 

 俺の質問に生徒会長がう~んとうなりながら言う。

 

「ただなんて言うのかしらねぇ……なんかちぐはぐなのよね」

 

「ちぐはぐ?」

 

 生徒会長の言葉に俺は首を傾げる。

 

「なんていうかね?あなたの動きは基本的には素人に毛が生えた程度なのよ。でもね?所々で熟練者並みの動きをするというか、細かい所作がしっかりしてるって言うか」

 

「どういうことですか?」

 

「ん~……上手く説明できないのよ」

 

 首を傾げる俺に生徒会長は頭を掻く。

 

「たぶんだけど、あなたはまだ自分の体の使い方をわかってないのよ」

 

「なるほど、ちょっと何言ってるかわかりません」

 

 さらに難解になった説明にさらに首を傾げる。

 

「航平君って記憶ないでしょ?」

 

「ええ、まあ」

 

「たぶんだけど、記憶を失う前の航平君、かなりの実力者だったはずよ」

 

「え、そうなんですか!?」

 

 驚く俺に生徒会長は「たぶんだけどね」と頷く。

 

「本来なら記憶を失っててもある程度動き方は体が覚えてるものだけど、航平君の場合それすらも忘れてるのね。超・記憶喪失とはよく言ったものね」

 

 感心した様子で生徒会長は言う。

 

「つまり、航平君は体の動かし方さえおもいだせば今の何倍も強くなると思うわよ」

 

「はぁ~……なるほど」

 

「まあきっと今後も特訓を続けていれば何かのタイミングで思い出せるかもね」

 

「わかりました。とりあえず今のまま頑張ってみます」

 

 生徒会長の言葉に俺は頷く。

 

「それじゃ、今日はこの辺で。私は一夏君を医務室にでも連れて行ってくるわ」

 

「あ、はい」

 

「じゃあねぇ~バイビ~」

 

 と、ひょいと一夏を背負った生徒会長は笑いながら手を振って去って行った。

 

「……………」

 

 残された俺と本音はそれを見送る。

 生徒会長が見えなくなると、俺はふと自分の掌を見つめる。

 何度かそれを閉じたり開いたりし、最後にギュッと握りこむ。

 

「……本当の俺、か」

 




ちなみに投げられた航平君の体勢は俗に言う「まんぐり返し」です



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第80話 開催!学園祭!

そして、あっという間に時は過ぎ、気付けば学園祭の日を迎えていた。

 

「さ、準備は出来てるみんな?」

 

「あ、うん……」

 

「できてる…ぞ?」

 

「できてはいるのですが……」

 

 クラスのみんなを見回しながら言う俺の言葉に、しかし、シャルと箒、セシリアは歯切れ悪く答える。

 

「どうしたんだよみんな?もうあとちょっとで始まるんだぞ?元気に行こうぜ!」

 

「いや、うん……そうなんだけどね?」

 

「なんと言うか……」

 

「???」

 

 歯切れ悪い面々の様子に首を傾げる俺。そんな俺の服をちょいちょいと誰かが引っ張る。

 見るとそれはラウラだった。

 

「ん?どうした?」

 

「お兄ちゃんよ。訊いてもいいか?」

 

「おう。俺でわかることなら」

 

 ラウラの言葉に頷くとラウラは俺のことをじっと見て

 

「お兄ちゃんは、実はお姉ちゃんだったのか?」

 

 大真面目な顔で訊いた。

 

 

 

 学園祭の我らが1年1組の出し物はメイド喫茶である。

 そんなわけでいま俺の目の前にいるシャルたち四人もメイド服である。

 そして、俺と一夏の服はと言うと、現在一夏は執事服に着替えている。すぐに戻ってくるだろう。対して俺は――

 

 

 

「言ったろラウラ?俺はちゃんと男。ただメイド服着て女装してるだけ」

 

 そう、俺はいろいろあってメイド服を着ている。もちろんただ着ているのではなくちゃんと化粧もして女装として着ている。

 

「だがどこらどう見ても男には見えんぞ」

 

「まあ俺の唯一の特技だからな」

 

 納得がいっていないようで俺の周りをぐるぐる回りながら観察するように見るラウラ。

 

「そっか、そういえばラウラはまだ見たことが無かったんだね」

 

「その疑問もわかりますわ」

 

 そんなラウラの様子にシャルとセシリアが頷く。

 

「知っているはずなのにこうして見ると信じられんな」

 

 箒も同じように俺の顔をじろじろ見ながら言う。

 

「……と言うか」

 

「うん」

 

「そうですわね」

 

 箒に加えシャルとセシリアも俺のことをじろじろと見ながらお互いに頷き合い

 

「男なのに……」

 

「すごい美人……」

 

「なんでしょう、この敗北感……」

 

 三人は揃って俺のことを恨みがましい目で見ながら呟く。

 

「いや、俺に言われても……」

 

 そんな三人の視線を受けて俺は苦笑いを浮かべる。

 

「で、お姉ちゃんよ」

 

「お姉ちゃんじゃねぇよ、お兄ちゃんだよ………いや、お兄ちゃんでもないけどね」

 

 ラウラの言葉を否定し、しかしそれも間違ってたことに気付いて慌てて訂正する。

 

「で?どうした?」

 

「一夏はどうしたんだ?」

 

「あぁまだ着替えてんじゃね?もうそろそろ来ると思うんだけど……」

 

 と言っていると

 

「すまんお待たせ!」

 

 一夏が戻ってきた。

 黒い執事服に身を包んだ一夏。髪もいつもと違いワックスでしっかりとセットされている。

 

「おぉ、みんなよく似合ってるな」

 

 と、一夏が言い、そのまま一夏の視線がシャル、箒、セシリア、ラウラと見て、最後に俺を見て

 

「っ!?」

 

 二度見した。

 

「今何の違和感もなかったけどよく見たら航平!」

 

「よく見なくても俺だろ」

 

「よく見ないとわからなかったんだよ!」

 

 驚いている一夏に俺はやれやれと肩を竦める。

 

「お前は前に見たんじゃなかったか?」

 

「写真でな。生で見たの初めてだけど……」

 

 言いながら一夏はジロジロと見て

 

「え?航平って女だったの?」

 

「ちげぇよ。てか一緒に大浴場使ってるんだから知ってるだろ」

 

 真面目な顔で言う一夏の言葉に俺はため息をつきながら言う。

 

「え?だってお前女の子にしか見えないぞ?」

 

「まあそれなら問題ないな」

 

「うん、問題ない。問題ないって言うか……すげぇなお前!」

 

 感心した様子でへぇ~と見る一夏。

 

「すげぇ……ホントすげぇよ!」

 

「お前ほめ過ぎ」

 

 一夏の言葉に俺は笑う。

 

「いやだってすげぇもんはすげぇだろ!」

 

「あのな一夏、俺お前から『すげぇ』って思われて嫌な気しないからな」

 

 あまりにもすげぇすげぇ言われて俺も嬉しくなってくる。

 

「いやぁ……ホントすげぇ。見れば見るほど美人」

 

「よせよ。照れんだろ」

 

「いやいやマジで。これお前なら世界を狙える」

 

「いやなんのだよ」

 

「いやいける!お前ならいける!」

 

「どこから来るんだよその自信……」

 

「だって今ここで1,2を争うレベルだと思うぜ?」

 

「やめろ!いろんな方面から怒られるからやめろ!」

 

 一夏の一言に俺は思わず叫ぶ。

 

「ほう……?」

 

「お兄ちゃんが1,2を争うか……」

 

「そうですかそうですか……」

 

「ほらぁぁ!ほらぁぁぁぁ!」

 

 どんよりとした目で俺を見る箒、ラウラ、セシリアの三人からの視線に俺は思わず一夏に詰め寄る。

 

「否定しろ一夏!今すぐ!」

 

「え?なんで?」

 

「いいからぁ!でないとお前消されるぞ!誰かから夜道でぶっすり殺られるぞ!」

 

 とか何とか言っていると

 

 ピンポンパンポーン♪

 

『それでは、九時になりましたので、ただいまよりIS学園学園祭を始めます』

 

「あ、ほらほらほら。時間だ時間だ!さぁ頑張ろぉ!!」

 

 三人からの視線から逃れるように俺は叫んだのだった。

 



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第81話 メイド喫茶一年一組

「いらっしゃいませ~!」

 

「二名様ですね?こちらへどうぞ!」

 

 学園祭が始まって少したって、我らが一年一組の教室はおかげさまで大繁盛だ。

 お客さんもたくさん来ているお陰で俺たち接客担当も忙しく働きまわっている。

 なかでもシャルは甲斐甲斐しく働いている。なんでだろう?始まる前に褒めてからなんか上機嫌だ。

 

「こら」

 

「あてっ」

 

 と、教室の中を見渡していた俺の後頭部を誰かが軽く小突く。

 見ると俺の後ろに箒がお盆を肩に当てながらジト目で見ていた。

 

「いや、お客さんたくさん来てるから珍しくって……」

 

「客がたくさん来てるんだからボーっとされると接客が回らん」

 

「うっ……ごめん。すぐ仕事に戻るから――」

 

「ちょっと待った」

 

 箒の言葉に謝りながら動き出そうとした俺の腕を箒が掴む。

 

「お前にはあそこの客の相手を頼みたい」

 

「あそこ……あぁ、鈴ね。さっき来たのは見かけたよ。休憩なんだろ」

 

 箒の指さす方向を見るとチャイナ服姿の鈴いた。が――

 

「でも一夏が相手してんじゃん。俺行かなくてもいいだろ?」

 

「いいから!その……そう!さっきあっちで一夏への指名が入ったんだ!一夏にはそっちに回ってほしくてな!」

 

「ふ~ん、まあそう言うことなら……」

 

 箒の言葉に俺は頷き行こうとし

 

「待った!」

 

「グエッ!?今度はなんだよ!?」

 

 再び呼び止められた、今度は髪を掴まれて。

 

「口調!」

 

「ん?……あぁ~、んんっ!――それじゃあ行ってくるわ」

 

「うむ、それでいい」

 

 咳払いをして気を取り直して言う俺に箒も頷く。

 それに頷き鈴の元へ向かう。

 鈴と一夏は丁度『執事にご褒美セット』をしていたようだ。

 

「失礼します。一夏君、他のお客さんからご指名ですよ」

 

「ちょっと誰よ!?今一夏は私の相手を――って航平!?」

 

 苛立たし気に振り返った鈴が呼びかけた俺の姿に驚く。

 

「あんたいくら得意だからって……」

 

「仕方ないじゃない、みんなからこっちを着ろって言われちゃったんだから。それで一夏君、悪いけど指名された席にいってくれる?」

 

「お、おう。どこの席に行けばいいんだ?」

 

「さぁ?」

 

「さぁって……」

 

「詳しくは箒に聞いてちょうだい?私も箒から言われて来たの」

 

「そうなのか?わかった。じゃあ鈴、悪いけど行かねぇと」

 

「あ、ちょ!まだ話は――」

 

「こうh――じゃなかった、ナナ、あと頼む」

 

「ええ、任せて」

 

 鈴の言葉を最後まで聞かず席を立った一夏に頷く俺。一夏はそのまま去って行った。

 

「ぐぬぬぬ~……箒のやつ~……」

 

 そんな一夏を見送りながら鈴が悔し気に鬼の形相で二人を睨んでいた。

 

「いや、そりゃ邪魔したのは悪かったけど、指名入ったら仕方ないでしょ?」

 

「ハッ!ホントに指名が入ってるのかわかんないわよ~?」

 

「え?どういうこと?」

 

「箒と違ってあたしは客として一夏の接客を受けられるもの。それをいいところで切り上げさせたかったのかもよ~?」

 

「あぁ~……」

 

 鈴の言葉に俺は納得する。

 

「ま、別にいいけど。十分堪能したし」

 

「そう?まあ怒ってないならよかったわ」

 

「あんたも大変ね。そんな格好して、喋り方まで………ブフッ」

 

「おい、待てなんで笑った?」

 

「い、いや……大変だなぁって思って……」

 

「思ってないだろ?絶対楽しんでるだろ?」

 

「ほら口調口調。男に戻ってる」

 

「おっと――やる以上は真面目に頑張ってるのに、笑うなんてひどいわ」

 

 クククッと笑いをこらえながら言う鈴の言葉に俺は憤慨しながら女性口調に戻す。

 

「いや、でも実際感心してるのよ。何度見ても女にしか見えないわ。知らなきゃ航平の姉妹かなんかかと思うわね」

 

 口調を戻した俺に興味深そうに鈴が言う。

 

「ところでさっき『ナナ』って呼ばれてたけど?」

 

「あぁ、俺午後からは執事服で接客するから、メイドの状態と執事の状態で呼び名を分けてんだ。執事の方はちゃんと『航平』として、メイドの今は『ナナ』として、ってね」

 

「なるほどね。もう一個訊くんだけど……それ、盛り過ぎじゃない?」

 

「ん?」

 

 鈴の言葉に俺は鈴の指さす先を追って行く。そこにはパッとやら何やらで盛ってある俺の胸元があった。

 

「そうかしら?」

 

「そうよ。何?当てつけ?」

 

「違うわよ。ほら、私の背の高さならある程度の大きさになるのはしょうがないのよ」

 

「言いながら乳を揉むな」

 

 鈴がジト目で睨む。

 

「身長が高さと胸の大きさに因果関係なんてあるの?」

 

「ほら、織斑先生とか。あの人背が高いしスタイルもいいでしょ?」

 

「それは……まあそうだけど……」

 

「ね?だから背の高さと胸の大きさは結構関係があると――」

 

 言いかけたところで俺はふと入り口に視線を向ける。そこには巡回の仕事中だろうか?山田先生が入り口近くにいたセシリアと話していた。

 俺はそんな山田先生と目の前の鈴を数回見比べ

 

「……ごめん。やっぱ因果関係ないかも」

 

「おい、今誰と誰比べた?」

 

「ミクラベテナイワヨ?」

 

「カタコトになってるじゃない!今完全に山田先生とあたし比べたでしょ!?『あぁあっちは背が低いのにあんなに大きくて、それに比べてこっちはまな板みてぇだな』とか考えたんでしょ!?」

 

「そこまでは思ってないわよ」

 

「そこまでってことはちょっとは考えたってことじゃない!?」

 

 ガルルルルッと威嚇するように鬼の形相で俺を見る鈴。今にも飛び掛かって来そうな鈴と俺の間に突如銀色のお盆が差し込まれる。

 

「歓談中すまないがお兄ちゃ――お姉ちゃんに指名が入った」

 

「ラウラ、わざわざ言い直さなくていいからね?」

 

 俺はお盆を差し込んできたラウラに苦笑いを浮かべながら言う。

 

「そうか?その方がいいかと思ったんだが……まあそれはいい。指名だ。すぐに行くぞ」

 

「わかったわ。それじゃあね、鈴。あなたもそろそろ戻らないと休憩時間終わりなんじゃないの?」

 

「くっ……はぁ、はいはい、アンタもお仕事頑張りなさいよ」

 

「ええ。鈴もね」

 

 ため息をつきながら席を立った鈴の言葉に俺は頷く。

 鈴は手を振り、お会計を済ませて一組の教室を去って行った。

 

「さ、行くぞお姉ちゃん」

 

「だから……はぁ、まあいっか。それで?指名って誰の?」

 

「ああ、あそこの席だ」

 

 ラウラの指さす方向を見る。そこには満面の笑みで座りながら手を振る山田先生の姿があった。

 



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第82話 足りないもの

 山田先生の見回りと称した息抜きに付き合った後も我らが1年1組のメイド喫茶は大盛況だった。

 そしてお昼前、そろそろ持ち回りで休憩に入るころ、と思っていたところでふと見ると

 

「一夏と……誰だろあの人?」

 

 一夏が部屋の片隅の席で見知らぬ女性と話していた。

 その女性はスーツ姿に茶髪の人物で、実際に見たことがあるわけじゃないが漠然としたイメージでのキャリアウーマンと言った雰囲気に見える。

 ただ、一つ言えるのは二人の会話は弾んでいるようには見えない。どちらかと言うと一夏は話を切上げたいのに女性の方が一方的に話しているように見える。二人の手元を見れば女性は何かのカタログのようなものを示しながら話しているようだ。

 そこでやっと合点がいく。恐らく俺の認識はあながち間違っていなかったようだ。

恐らくあの女性はどこかのIS関連企業の営業の人で、現在一夏相手に商談の真っ最中なのだろう。

 学生の文化祭の会場で商売をするなんて見上げた商魂だが、正直管理の命知らずとも思える。

 IS学園の、それもあの織斑先生が担任をする教室で学生相手に商売とは……というか逆によく入れたなこの人、この学園に。それだけ名のある企業の人間なのだろうか……?

 まあそれはともかく、一夏はいまだうちのクラスの出し物のスタッフとして働いている上にここの稼ぎ頭だ。これ以上拘束されると営業妨害だ。見たところ一夏も迷惑してるようだし。

 俺はそこまで考え姿勢を正し、一夏たちの席へと向かう。

 

「失礼します、お客様」

 

「あ……こうh――ナナ」

 

「っ!?」

 

 お辞儀をしながら行った俺の言葉に一夏が振り返り少しほっとしたような顔をする。

対して茶髪の女性は何故か俺の顔を見て息を飲み驚愕の表情を浮かべていた。が、それも一瞬ですぐに取り繕ったように元通りのキャリアウーマンの顔になる。

 

「申し訳ありません、織斑一夏君に他の席から指名が入りましたので――」

 

「え、ええ。こちらこそすみません。お忙しい時間に」

 

 俺の言葉に女性は頷く。

 

「よろしければ、お飲み物や何か食べ物など追加でご注文されますか?」

 

「いえ、お会計をお願いします」

 

「そうですか。では、あちらへどうぞ」

 

 席を立つ女性をレジの方へ示し、二人で女性を見送る。

 女性はちらりと俺の顔を見て、そそくさと去って行った。

 

「すまん、助かった」

 

 女性の姿が見えなくなってから一夏が苦笑いを浮かべて言う。

 

「いいわよ。なんだか困ってるみたいに見えたし」

 

「ああ。あの人の会社の装備を使ってほしいってさ。『白式』は空き容量ないから無理なんだけどな」

 

 一夏は苦笑いを浮かべながら頷く。

 

「まぁ役に立ったのならよかったわ」

 

「ああ、本当にありがとう。マジで助かった」

 

 ニッと笑う一夏に頷き、俺と一夏はそのまま仕事に戻る。

 その後俺たちはシャルロットたちも含めて何人かずつで休憩を取りつつ働いたのだが

 

「やはろ~。繁盛してるみたいね~」

 

 お昼時のピークを過ぎ、少しゆったりし始めたところでその人――生徒会長はやって来た。

 

「あ、生徒会長。いらっしゃいませ」

 

 一夏が生徒会長に言う。たまたま近くにいたのが一夏だったので一夏が接客しているのだ。

 

「あ、ごめんね~、お客さんじゃないの」

 

「え?そうなんですか?じゃあなんで?」

 

「うん、実は生徒会の出し物に一夏君と航平君にお手伝いしてもらえないかなぁ~って思ってね。航平君は?」

 

「いますけど……航平~!」

 

 と、呼ばれたので俺は首を傾げながら二人の方へ行く。

 

「呼んだかしら?」

 

「あぁ、航平。実は会長が――」

 

 一応他にもお客さんがいるので女性口調で言う俺に一夏は横の生徒会長の顔を見る。

 

「……………」

 

 そんな生徒会長は驚愕の表情で俺を見ていた。

 

「なんですか?」

 

「あ、ごめんなさい。航平君よね?」

 

「ええ。今は『ナナ』で働いてますけど」

 

「はぁ~……話には聞いてたし写真でも見てたけど……」

 

 感嘆の声を上げながら俺のことを頭からつま先までジロジロと興味深そうに見る。

 

「すごい。知ってても女の子にしか見えないわね」

 

「そんなに褒めても何も出ないですよ」

 

 生徒会長の言葉に俺は笑いながら返す。

 

「で?俺と航平で何を手伝うんですか?」

 

「というか私たちが抜けるとここが人で足らなくなるんじゃ……」

 

「うん、そこは大丈夫だと思うわよ」

 

 と、俺の言葉に生徒会長が頷き

 

「二人の他にも人ではあるみたいだし、お昼のピークは過ぎてるでしょ?どうしても人手がいるなら私たちで用立てるわよ」

 

 それに、と区切って生徒会長は視線を向ける。俺と一夏もそちらに視線を向けると、そこには

 

「いらっしゃいませ、ご注文はいかがいたしましょう?」

 

 イケメンがいた。

 このクラスでの出し物で一夏の他のイケメン要因。執事姿が実によく似合う人物――シロである。

 午前中に別の用があるとかで参加していなかったシロはお昼過ぎにはクラスの方に参加している。

 彼女の衣装は制服と同じく男物、執事服を着ている。それがやけに似合っているのだ。と言うか男の俺が女装して女であるシロが男装って、なんかおかしくない?

 

「はぁ?何?ボーッと突っ立ってジロジロ見て」

 

 俺たちの視線に気付いたシロが怪訝そうな表情で俺たちに――と言うか俺に訊く。

 

「いや、なんか改めて見るとよく似合ってるなぁって思って」

 

「あんたに褒められてもうれしくないわね。まああんたもよく似合ってるんじゃない?」

 

「え?」

 

 突如いつも俺に対してあたりの強いシロの口から誉め言葉が出たことに面食らうが

 

「いつもの暑苦しくてウザい感じがマシになってる。普段からそうしてればいいのに」

 

「っ!あぁそうですか!!」

 

「口調。いつものウザい感じが出てる」

 

「~~~!これは失礼したわね!これでいいかしら!?」

 

「五月蠅い。お客さんの迷惑よ」

 

「ぐぬぬぬぬ!」

 

 シロの言葉に俺は歯噛みしイライラする感情を無理矢理飲み込んで

 

「ご、ご指摘ありがとう。肝に銘じてくわ」

 

「わかればいいわ。と言うかちゃんと自分の頭で考えればわかるでしょうに、あぁ、あんたの足りない頭じゃ無理か」

 

「ギィィィィ!俺が頭足りてないならお前は身長が――」

 

 ヒュン!

 

 シロのズケズケと言う言葉に言い返そうとした俺の言葉は俺の頬を掠めて何かが飛んで行った風切り音に遮られる。

 恐る恐る振り返る俺。そこにはシロが投げたであろう銀色のお盆を涼しげな顔で受け止めている生徒会等の姿があった。

 ギギギッぎくしゃくとした動きで視線を戻した俺。そんな俺を真正面から睨みつけるシロの視線に背中に冷や汗を流す。

 

「私の、何が足らないって?」

 

「……ナ、ナンデモナイデス」

 

 シロの視線に俺はぎこちなく返す。

 そんな俺にフンと鼻を鳴らして生徒会長からお盆を受け取ったシロは接客に戻っていった。

 そんなシロを見送った俺たち三人。そんな中俺たち二人に視線を向けた生徒会長は

 

「ね?」

 

「いや、なんの『ね?』ですか?」

 

 生徒会長の言葉に俺はため息をつきながら訊く。

 

「彼女もいるし、ある程度人手は大丈夫そうでしょ?」

 

「あ~……ん~……まぁ……」

 

 俺は頷きつつ、しかし、納得がいかない気がしてム~っと唸る。

 

「と言うわけで二人には生徒会の手伝いをしてもらうってことでいいかしら?」

 

「ん~……まぁ、こっちが大丈夫そうなら……」

 

 生徒会長の言葉に一夏が頷き、俺はも頷く。

 

「で?いったい何をするんですか?」

 

「ん~それはね~……」

 

 俺の問いに生徒会長はニヤリと意味深に微笑み、どこからともなくセンスを取り出す。

 それをバッと開くとそこには達筆な字で『シンデレラ』と浮かんでいた。

 



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第83話 開幕『シンデレラ』

 生徒会長に半ば無理やり引っ張って行かれた先で俺と一夏は渡された衣装に着替えていた。

 ――着替えたのだが……

 

「梨野くん、一夏くん、ちゃんと着た~?」

 

「「……………」」

 

「開けるわよ」

 

「開けてから言わないでくださいよ!」

 

「なんだ、二人ともちゃんと着てるんじゃない。おねーさんがっかり」

 

「……なんでですか」

 

「そりゃまあ……一応着ましたよ……着ましたけど……」

 

 生徒会長の言葉に俺はため息をつき

 

「なんで俺の衣装、ドレスなんですか?」

 

 そう、一夏の衣装がTHE王子様と言った純白の衣装なのに対して、俺のモノはスカイブルーのドレスだった。

 俺たちは現在第4アリーナの、普段ISスーツに着替えるために使われる更衣室で着替えた俺たちは互いの服装を見ながら生徒会長に視線を向ける。

 

「そりゃ需要に答えたのよ」

 

「どの層の需要ですか……?」

 

「というか大人しく着てるんだし、結構ノリノリなんじゃないの~?」

 

「さっきまでメイド服だったから着てからおかしいことに気付いたんですよ!」

 

 生徒会長の言葉に俺は叫ぶ。

 

「さ、そろそろ時間よ。はい、一夏くんには王冠。梨野くんにはガラスの靴ね」

 

「あの~、薄々感じてはいたけど、俺が王子で航平がシンデレラってことは、まさかとは思いますけど……」

 

「……………」

 

 一夏の問いに生徒会長はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「やめてくださいよ!考えただけで寒気がする!男と男の恋愛見て何が面白いんすか!?」

 

「そう?女の子は多かれ少なかれその手の腐ったモノは好きだと思うわよ?」

 

「聞きたくなかったそんなこと!やらされるこっちの身にもなってくださいよ!なっ!一夏!」

 

「えっ!?――オ、オウ!ソウダナ!」

 

「おい待てなんで声裏返ってんだ?」

 

「さては一夏くん、梨野くんの姿見て、見た目だけならアリとか思ったでしょ?」

 

「っ!?は、はぁ!?そそそそそんなわけないじゃないですか!」

 

「冗談で言ったのにその反応……まさかマジ!?」

 

「一夏、悪いが俺よくこういう格好してるけど恋愛はノーマルで――」

 

「ちげぇよ!俺もいたってノーマルだよ!」

 

 一夏と距離を取りながら言う俺に一夏が慌てて否定する。

 

「というか!俺ら脚本とか台本一度も見てませんけど大丈夫なんですか!?」

 

 話題を変える様に叫ぶ一夏に俺も感じている疑惑は一旦脇に置いておいて生徒会長を見る。

 

「あぁ、それは大丈夫。基本的にはこっちからアナウンスするから、その通りにお話を進めてくれればいいわ。あ、もちろん台詞はアドリブでお願いね」

 

 大丈夫なんだろうか、本当に。

 横をちらりと見れば一夏も同じ不安を感じているようでなんとも微妙な顔をしている。

 しかし俺たちの不安をよそに生徒会長に促されるまま俺たちは舞台袖に移動する。

 

「さあ、幕開けよ!」

 

 ブザーが鳴り響き、照明が落ちる。

 幕が開き、アリーナのライトが点灯した。

 ライトの明りに浮かび上がるのは豪勢な作りのセットの数々と、アリーナの観客席を埋め尽くす満員の観客たち。

 

『むかしむかしあるところに、シンデレラという少女がいました』

 

 聞こえてくるアナウンスは俺も知っている物語そのもので、よかった普通のシンデレラだ、と一安心――したのも束の間

 

『否、それはもはや名前ではない。幾多の舞踏会を抜け、群がる敵兵をなぎ倒し、灰燼を纏うことさえいとわぬ地上最強の兵士たち。彼女らを呼ぶにふさわしい称号……それが「灰被り姫(シンデレラ)」!』

 

 ……あれ?そんなお話だったっけ?

 

『しかし、そんな兵士たちの一人がとある国の王子と恋に落ちた。任務に従事する兵士たちにとって恋など御法度。裏切り者の彼女と王子の王冠に隠された軍事機密を狙い、今宵「灰被り姫(シンデレラ)」、そして特殊部隊「Jack」たちが舞踏会という名の死地を舞い踊る』

 

「「はぁぁぁ!?」」

 

「もらったぁぁぁ!」

 

 叫び声を上げながら現れたのは、俺と同じデザインの、しかし、俺と違い純白に銀の装飾の施されたシンデレラ・ドレスを身に纏った鈴だった。

 

「のわっ!?」

 

「あぶねっ!?」

 

「王冠よこしなさいよ!」

 

 反射的に避けた俺たち――というか一夏を睨んでからすぐに中国の手裏剣こと飛刀を投げてくる。が、それは俺には飛んでこず、一夏を狙っているように飛んで行く。

 

「死んだらどうすんだよ!?」

 

「死なない程度に殺すわよ!」

 

「意味が分からん!」

 

「なんかよく分からんけど俺は狙われてないってことでいいの?」

 

「あんたに興味ないわよ!」

 

「なるほど……一夏!武運を祈る!」

 

「あ、おまっ!キタねぇ!」

 

「ごめんなさい、王子様!そしてありがとう!私を逃がすために囮になってくれるなんて!」

 

「言ってねぇよ!」

 

 叫ぶ一夏を無視して俺は逃げる。

 鈴が襲って来た理由とか、何故か一夏しか狙われない理由とか、いろいろ訳分からんがとりあえず今は安全な所へ――と思ったのだが

 

「航平ぇぇぇぇぇ!」

 

「捕まえたぁぁぁ!」

 

 突如横合いから二人の人物が襲い掛かってきた。

 それは一夏のような王子の衣装に身を包んだシャルと本音だった。

 それぞれシャルロットは細身のレイピアを、本音は忍者のようなクナイを両手に構えていた。

 

「なっ!?シャルに本音!?なんで!?」

 

「ごめんね、航平」

 

「悪いけど、何も聞かずにそのガラスの靴を渡してくれるかな~?」

 

「へ?ガラスの靴?」

 

 俺は首を傾げながらスカートを少し持ち上げ自分の足元を見る。

 

「これ渡せばいいのか?まあそれくらいなら……」

 

 言いながら俺は近くにあったセットの石に腰掛けガラスの靴に手を伸ばし

 

『王子にとって国とは全て。その重要機密が隠された王冠を失うと、自責の念によって電流が流れます。そして、シンデレラにとって王子から送られたガラスの靴を失うことは耐えがたい苦痛。その苦痛によって電流が流れます』

 

「へ?」

 

 聞こえてきたアナウンスの内容に、しかし、ガラスの靴に手をかけていた手は止められず、ガラスの靴を脱いだ俺は――

 

「アババババババッ!?」

 

 バリバリバリ!という音ともに電流が体に流れる。

 痛いとかそう言うの通り越して熱い。しかも、電流のおかげで体の自由が利かず俺は数秒されるがままに電流を受け、やっとの思いでガラスの靴にかけていた手を外すと、電流もようやく止まる。

 

「な、なななな!?」

 

 触ってみれば心なしかチリチリになった気のする髪に、ドレスの端々に薄く煙が立っている。

 

「何今の!?」

 

『ああ!なんということでしょう。王子の国を思う心、そして、シンデレラの王子を思う気持ちはそうまでも重いのか。しかし、私たちには見守ることしかできません。なんということでしょう』

 

「いやいやいや!次されたら死ぬわ!」

 

 とにかくまた電流を流されたらたまったもんじゃない。俺は慌てて立ち上がる。

 

「悪いシャル!本音!俺も死にたくない!」

 

「ええっ!?そんな!」

 

「困る~!」

 

「俺だって困ってんだよ!すまん!」

 

「あ、ちょっと航平!?」

 

「待ってよナッシ~!」

 

 二人が叫ぶが俺はそれを無視して走り去る。

 しかし、逃げ場所などなく、気付けば俺は一夏と合流していた。

 

「こ、航平!さっきはよくも見捨てたな!」

 

「しょうがねぇだろ俺狙われてなかったんだし!」

 

「てかその様子だとお前……喰らったのか?」

 

「電流か?めっちゃ痛かった!」

 

「そうか……ってことは結局俺たちは同じ穴の狢ってわけだ!」

 

「そうみたいだな!」

 

 一夏の言葉に逃げながら頷く。

 見ると俺たちの背後からはそれぞれ武器を持ったドレス姿の鈴と箒、ラウラに加え、王子姿のシャルと本音が追ってくる。

 

「航平!ここは協力してこの場を乗り切るぞ!」

 

「おお!でもその前に一夏!一個訊いていいか!?」

 

「なんだ!?」

 

 並走する一夏に視線を向け

 

「『同じ穴の狢』の狢って何?」

 

「それ今訊くことか!?」

 

 俺の疑問に一夏が叫ぶ。――と、なんだか地響きが聞こえてきた気がする。

 

『さあ!ただいまからフリーエントリー組の参加です!みなさん、王子様の王冠とシンデレラのガラスの靴目指してがんばってください!』

 

「「何ぃぃぃぃぃ!?」」

 

 地響きの正体は数十人を超える王子とシンデレラの大群だった。しかもそれが今もなお増え続けている。

 

「織斑くん、大人しくしなさい!」

 

「航平くん、覚悟ぉぉぉ!」

 

「私と幸せになりましょう、王子様!」

 

「ガラスの靴、よこせぇぇぇぇぇ!!」

 

 俺たちに向かってくる王子とシンデレラの群れに俺たちは戦慄する。

 前からは大群、後ろからもシャルや本音たちが来ている以上逃げ場はない。

 

「ど、どうすれば!?」

 

「どうにか逃げ場は!?」

 

 と、二人で戦慄しているとき

 

「こちらへ」

 

「へっ?」

 

「はっ?」

 

 俺たちは足を引っ張られてセットの上から転げ落ちた。

 

 

 ○

 

 

 

「着きましたよ」

 

「はぁ、はぁ……」

 

「ど、どうも……」

 

 俺たちは誘導されるまま、セットの下を潜り抜けて更衣室にやって来た。

 最初に俺たちが着替えた場所で、ここなら着替えもある。

 

「えっと……」

 

 一夏が相手の顔見ようと視線を向ける。俺も、そう言えば逃げるのに必死でちゃんと相手が誰だったのか見てなかった。

 改めて確認してみれば、それはさっき一夏に何かを売り込んでいたキャリアウーマンだった。先ほど見た通りニコニコと笑みを浮かべている。

 

「あ、あれ?どうして巻上さんが……」

 

「はい。この機会に白式をいただきたいと思いまして」

 

「……は?」

 

 一夏の問いにキャリアウーマン――巻上さんはにこにこと笑顔を崩さないまま答える。

 

「いいからとっとと寄越しやがれよ、ガキ」

 

「えっと……あの、冗談ですか?」

 

「冗談でてめぇみたいなガキと話すかよ、マジでむかつくぜ」

 

口調は冷たいのにニコニコとした笑みを張り付けた顔。そのギャップに着いて行けずにいる俺たち。そんな俺たちはそのせいでそれに一瞬対応が遅れた。

 一瞬で目の前まで飛び込んできた巻上さんはそのまま一夏の腹を蹴り、その衝撃で一夏はロッカーに叩きつけられる。

 その光景に咄嗟に俺は飛び退いたが、巻上さんが俺に追撃を仕掛けてくることはなかった。

 俺は慌てて一夏に駆け寄る。

 

「大丈夫か一夏!?てめぇいきなり何しやがる!?」

 

「あーあ、クソッたれが。顔、戻らねぇじゃねーかよ。この私の顔がよ」

 

「ゲホッ、ゲホッ!あ、あなた一体……」

 

「あぁ?私か?企業の人間になりすました謎の美少女だよ。おら、嬉しいか?」

 

 そう言って再び一夏を蹴ろうとしたが、寸でで俺が一夏とともに床を転がるように避ける。

 

「……………」

 

 そんな俺たちをその女は冷たく見下ろす。

 

「おい」

 

 と、女は俺を見て言う。

 

「……881002040602」

 

「は?」

 

 突如言い始めた謎の数字の羅列に俺は一瞬呆ける。

 

「チッ……演技かと思ってたがマジだったか……たく、ふざけんじゃねぇよ、余計な仕事増やしやがって……」

 

「てめぇ何わけわかんないこと言ってんだ!?」

 

 ブツブツと愚痴る女に叫ぶ俺だったが

 

「今のテメェにゃ関係ねぇ。黙って寝てろ」

 

「っ!」

 

 直後鋭い殺気を感じた俺は飛び退くが

 

「おせぇよ」

 

 女の背中で何かが煌めいたと思った瞬間、俺は胸に鋭い痛みを覚える。直後、目の前が深紅に染まる。

 その正体は俺の右肩から左の脇腹まで、丁度俺の身体に走る傷をなぞる様に鮮血が噴き出していた。

 

「あっ……」

 

 その正体に気付いた時、俺の身体が力が抜け、ゆっくりと崩れる様に倒れる。

 

「航平!?」

 

 慌てた一夏の声が遠く感じる。

 ドクドクと胸から熱いものが溢れ反対に体の芯が寒くなっていく。

 ――あぁ…ヤバイ……死ぬ……

 朦朧とする意識の中で『死』の文字が浮かぶ。

 

「てめぇよくも航平を!!――白式!!」

 

「待ってたぜ!それを出すのをなぁ!」

 

 暗転していく意識の中で最後に耳に聞こえたのは怒りに満ちた一夏の叫びと、嬉しそうな興奮した様子の女の声だった。

 そのまま俺は意識を失った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――と思ったが、気付けば俺は真っ白な空間にいた。

もしかしたら死にかけの俺が見る走馬灯ってやつなのかもしれない。

何も無いのは、文字通り、俺の中に思い出すべき思い出がないからなのだろうか?

だからだろう、俺の意識は今しがたのことで埋め尽くされる。

 

――やべぇ

 

――くそ

 

――痛ぇ

 

――やられた

 

 何もない走馬灯のクセに、胸からあふれる血も、その痛みもリアルだ。

 と、そんな中で胸の感覚に違和感を覚えた。

 ジクジクと痛みと一緒に感じるのは俺の胸の中で何かが蠢いているような感触。

 まるで何かが外へ這い出そうとしている感触。

 

ずぷっ

 

 直後、〝それ〟は傷口から現れた。

 小さな棒切れの先のようなそれが、〝人間の指〟だと認識するよりも早く

 

 ずっ

 

「え……?」

 

 その光景に俺は胸の痛みも忘れて呆ける。

 俺の胸から這い出てきたそれは〝人間の右腕〟だった。

 



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第84話 きつね

「あぁん……?」

 

 一夏のISを『リムーバー』を使って強制的に引き剥がした、巻上――オータムはISを纏ったままとどめを刺すべく一夏へと踏み出した足を止めた。

 背後から感じた気配、それをあえて言葉にするならば、「死」の感触。

 頭髪が皮膚にこすれるのを不快に感じる。

 全身の体毛がヂリヂリと逆立っていくのがわかる。

 頬を伝う汗が鉛のように重い。

 例えるならば、つい先程まで何もないと思ていた場所に、手投げ弾が落ちていた時のような。

 全身のあらゆる神経が針のように研ぎ澄まされていくのを感じながらオータムはゆっくりと振り返る。

 そこには床に手をつき立ち上がろうとする、先程自身が切り裂いたはずの少年――航平の姿があった。

 航平はゆらりと立ち上がる。顔は無造作に下ろされた髪に隠れて口元以外うかがえない。その胸元には右肩から脇腹まで斜めに切られた傷があり、今もなおその胸からは血が流れ出ている。

 

「…………」

 

「航平……?」

 

 警戒した様子で見るオータムの後ろでその光景に一夏も困惑した様子で呟く。

 

「肋骨から腸まで掻っ捌くつもりで斬ったんだが……殺しちゃいけねぇと思って知らず知らずのうちに手ぇ抜いちまったか、なぁ?」

 

首元を掻きながら言うオータムの目の前で、周りの様子を窺うように見渡していた航平はくるんとオータムたちの方へ向き直る。

 

「(…雰囲気がまるで別人だ。瀕死の状態からの覚醒ってか?)けっ、出来過ぎだぜ、このやろう」

 

 顔を顰めるオータムに航平は何も感情の窺えない様子でただ突っ立って見ている。

 

「だが、その傷、あながちダメージがない訳でもねぇみてぇだな。下手に動くと早死にするぞ?」

 

 オータムの言葉にゆったりとした動きで自身の胸元を見た航平は顔を上げ、流れるような動作で右腕を前に突き出すようにすうぅ…っと構える。

 

「そっちから来る気かよ。上等だ。来いよぉっ!」

 

 それを見てオータムは獰猛な笑みを浮かべる。

航平は前に突き出した手を人差し指と小指を立て親指と中指と薬指をくっつける様に向ける。それはまるで

 

「きつね」

 

 言葉通りの一般的に手遊びとして行われる狐のサインであった。

 

「何かしてくると思ったでしょ?あはは、こんこん!」

 

 そこしか見えない口元にのほほんとした朗らかな笑みを浮かべる航平。

 そんな航平にオータムは――

 

 ドンッ!

 

 航平に向けて拳を叩き込む。その威力と衝撃に床が叩き割れて陥没する。

 

 トン

 

 しかし、オータムの腕の下には砕けた瓦礫以外何もなく、オータムの左わきの上、ロッカーの側面に着地するように足を着き、ロッカーの上部分を右手で掴み自重を支える。

 

「てめぇは私を見下した。殺す!」

 

「そう言われちゃ、こっちも何もしないわけにはいかないよ?」

 

 航平の言葉に答えず、オータムは地面を蹴り、一瞬で目の前にまで接近する。

 

「!」

 

 すぐに目の前のオータムへ視線を合わせる航平。

 そんな航平へオータムは振りかぶり左手を手刀で構え高速で突き出す。

 

「ひょい」

 

 それを難なく余裕の動作で口で擬音を言いながら避ける。航平の顔の脇でオータムの手刀がロッカーに突き刺さる。

 そんな航平の様子に、しかしオータムはにぃと笑みを浮かべ

 

「串刺しになれ!」

 

 蜘蛛状の腰から生える自身のモノも含めて計八本の足を広げ、航平へと高速で打ち込む。

 

「あらよっと」

 

 が、その攻撃を航平は顔の脇に突き刺さったオータムの腕を掴んでそのまま逆上がりするように回る。回転した直後一瞬前まで航平のいた場所に八本のオータムの足が刺さる。

 そのまま一度オータムの腕の上に降り立った航平はそこから飛び降りる。

 

「てめぇちょこまかと!」

 

 腕を引き抜いたオータムは航平を追って飛び掛かる。

 それを見ながら飛び退こうとした航平だったが

 

「逃がすかよぉ!!」

 

 オータムが左腕を突き出す。その掌から糸が飛び出す。

 

「?」

 

 それが航平と床に絡みつく。航平は足を引っ張るが伸びるばかりで引き戻される。

 

「でかいのいくぜぇ!!」

 

 そのまま大きく右腕を振りかぶるオータム。

そんな中航平は特に焦った様子もなく再び左手を上げてすっと狐のハンドサインをする。

 

「まだふざけやがるか!」

 

 オータムは叫びながら拳を放つ。が――

 

「っ!」

 

目の前で屈むように膝を折った航平はそのままオータムの拳を避け、さらにその腕を右手の甲でグンと上へ押し上げる。

 

 ビスッ

 

そのまま左手を狐のまま突き出す。その手が一瞬煌めき左手のみ部分展開で『打鉄』を纏い、その手がオータムの方に突き刺さる。

 

「っ!?」

 

 その指は的確に肩関節の接続部分、その隙間へと潜り込み

 

ばぐん!ごぎぃ!

 

 狐の口を開く動きでそのまま関節部分を強引に開く。鈍い音と共にオータムの右肩に紫電が一瞬走り、直後だらりとオータムの右腕が力なく垂れさがる。

 

「てめぇ関節をっ!?」

 

 その衝撃にオータムが息を飲む。その一瞬の隙を見逃さず、オータムの肩から腕を引き抜いた航平はそのまま体を回転させる。

 航平の右腕が煌めき左腕同様に『打鉄』が部分展開される。そのまま合わせる様に構えた両手の中に光が集まるように煌めき一瞬で近接ブレードが生成され、それを回転の勢いのまま振り下ろす。

 それは鋭い上段からの斬撃となってオータムの背後の蜘蛛の胴体のような部分へ、振り下ろされ、その右側に並ぶ三本の足を斬り落とす。

 

「なっ!?」

 

 さらに驚愕するオータムに振り向きざまに航平は左手を握り込み

 

 ぼごぉ!

 

 容赦なくオータムの顔面へと叩き込む。その一撃でオータムのバイザーが砕け散る。

 

(ぐ……岩石かよあの拳は……!!)

 

 ダメージにオータムは顔を顰める。が、それで航平の手が止まることなく、さらに攻撃が加えられる。

 そこからは戦闘ともいえない一方的な虐殺となった。

 全身ISを纏った航平の攻撃を受け少しずつ装甲を砕かれ一撃ごとにボロボロになっていく。

 そして――

 

「…………」

 

 だらりと力なくされるがままとなったオータムの首を掴んで持ち上げる航平。

 

「ん?」

 

 と、オータムが何かを持っていることに気付いた航平はそれを空いていた右手で掴む。

 

「これは……」

 

 それをじっと見つめる航平。それは先程リムーバーを使って回収した一夏のIS『白式』のコアだ

 

「いらね」

 

 それを特に興味なさそうにポイッとほおる。

 

「うわととっ!?」

 

 それは弧を描いて今まで呆然とその光景を眺めていた一夏の元に飛んで来て、慌てて一夏はそれを受け止める。

 

「はいトドメ――」

 

 そんな一夏を見ずオータムに視線を向けた航平は右腕を握り込み、すっと中指を立てて構え

 

(デス)

 

 そのままオータムへ突――こうとしたとき、その手が急に方向転換し航平自身の顔面へと叩き込まれる

 

「!?」

 

 呆然とする中オータムを掴んでいた手が離される。

 

「いたいな」

 

 顔面に拳を当てたまま航平が呟くように口を開く。

 

「――邪魔しないでよ、〝もう一人の俺〟」

 

 その呟きの意味が分からず茫然とするオータムと一夏。そんな中最初に口を開いたのは

 

「そこまでよ」

 

 第4の人物だった。

 

「「っ!?」」

 

 その声に慌てて顔を向けた一夏とオータムの視線の先には

 

「なんだか予想外の光景だけど、とにかく全員その場を動かないで頂戴ね」

 

 そう言って現れたのは更識楯無その人だった。

 

「『亡国機業』のオータムさんも悪いけど大人しくしてもらえるかしら?」

 

「っ!?チィ!!こんなところでぇぇぇ!!」

 

 楯無の言葉に悔し気に叫んだオータム。

 その言葉の直後オータムの腰部分の蜘蛛の胴体が分離し機械的な動きと怪しい赤い光の点滅で歩き始める。

 

「っ!?危ない!!」

 

 その光景に慌ててISを纏った楯無は生身の一夏の元に飛び、そんな光景を尻目に航平は両脇に並ぶロッカーに視線を向けて左側のロッカーを徐にむんずと掴み

 

ドガァァァン!

 

 大きな爆発とともにあたりが煙に包まれる。

 

「航平!!」

 

 煙に包まれる中楯無のISが展開する水のシールドによって守られた一夏が叫ぶ。

 少しずつ煙が晴れていく中、その煙の向こうから人影が現れる。

 

「あぁあ、逃げられた」

 

 ボロボロになった、先程まで九個のロッカーがくっついて一つになっていたものだったはずのそれをポイと投げ捨てた航平がつまらなそうに言う。

 

「よかった!無事だったんだ――」

 

 言いながら駆け寄ろうとした一夏をスッと手を出して楯無が制す。

 

「梨野航平君……いえ、恐らく今のあなたは別人なのかしらね?」

 

「…………」

 

 楯無の言葉にかくんと首だけを傾げる様に視線を向ける航平。

 それによってここまで髪で隠れていた航平の顔が見える。

 その眼はこれまでの航平と同一人物とは思えないほど冷たい、何の感情の温度も見えない瞳だった。

 

「とりあえず、同行してもらえるかしら?」

 

「嫌って言ったら?」

 

「実力行使するわ」

 

 航平の問いに楯無はその右腕に白いランスを生成し航平へと向ける。

 

「はぁ……だるい……」

 

 ため息をつきながら脱力したまま、しかし、同行する様子もなく航平は楯無へと身体を向ける。

 

「…………」

 

 航平の様子に楯無は身構え

 

「っ!」

 

 一歩踏み出すと同時に加速しランスで航平を突くべく突進する。

 が、それをひらりと躱す航平。

 そんな航平にさらに追撃としてランスを斜め上へと振り上げる。

 しかし、それも難なく避け――

 

「っ!」

 

 その姿勢のまま航平が不自然に体を固まらせる。

 

「そこっ!」

 

 跳び上がりランスを逆手に持った楯無はそのまま航平へ突き刺そうとランスを振り落ろし

 

「よっと」

 

 一瞬早く硬直から戻った航平がくるりとその一撃を避ける。

 

「くっ!」

 

 ランスの切っ先を床に触れるか触れないかの高さで止めて悔し気に声を漏らした楯無。

 

「まだよ!」

 

 航平に攻撃に転じさせない勢いで再び攻撃を仕掛ける。

 航平はそんな猛追を軽い動きで避け続ける。が――

 

「っ!」

 

 上から振り下ろされたランスを避けた航平が再び身体を反らした姿勢で硬直する。

 

「そこっ!」

 

 横薙ぎの振りでランスを振るう楯無。しかし、それも直前で硬直の解けた航平が寸でのところで飛び退いて避ける。

 

「~~~~~!もう!」

 

 と、直後腹立たしげな様子で楯無が叫ぶ。

 楯無の視界の先であ左手で自分の頭を殴り続ける航平の姿があり

 

「ちょっと!動き止められるならしっかり止めてよ!!」

 

 ごすごすごすと自分の頭を殴り続ける航平は

 

「…無茶言わないでくださいよ!一瞬止めるので精一杯なんですよっ!!」

 

 普段と変わらぬ表情豊かな航平の顔になっていた。

 

「てか、さっきから会長ガチ目に攻撃してますよね!?」

 

「そりゃそうでしょ!止めるためにはまずはISを解除させないといけないの!こうなったらシールドエネルギー削りきるしかないでしょ!!」

 

 楯無と会話を続ける間も自分を殴り続けていた航平だったが、それが突如ぴたりと止める。

 

「……………………」

 

 まただらりと顔を下げた航平は顔を上げる。

 その表情は一瞬見せた普段の航平とは違い、やはり冷たい瞳と能面のような感情の薄いで表情で

 

「『共闘』とかまじ萎える」

 

「っ!また出たわねっ」

 

 その顔に顔を顰めた楯無が再びランスを構え――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ったくよう!」

 

 真っ白ななにもない空間で二人の人物が戦っていた。

 その二人は同じ顔で、しかし、片方は感情に溢れる瞳で悔しそうに顔を顰めながら拳を振るい、もう片方は冷たい何の感情も見えない瞳で無表情にその攻撃を全てひょいひょいと躱し続ける。

 

「唐突に…!現れて!!」

 

 拳を振るい続ける方――以前までの航平は叫びながら拳を振るう。

 

「一体何なんだよ!?お前は!!?」

 

 そんな航平の拳を相対する航平――オータムに斬られた直後からの豹変したもう一人の航平が難なくぱしっと受け止め

 

「俺は君であり君じゃない」

 

「はぁ!?お前何言ってんだ!?」

 

 航平の拳をぺいっと放ったもう一人の航平は

 

「君は『解離性同一性障害』を知っているかい?」

 

「かい……?」

 

「一般的には『多重人格』って言われてるものだよ」

 

「まあ……名前くらいなら……」

 

 航平は首を傾げながら頷く。

 

「本来の君――『解離性同一性障害』に当てはめて言うなら『主人格』の君は記憶を失い、その結果生まれたのが君」

 

 言いながらもう一人の航平はゆっくりと航平を指さし

 

「君は記憶を失った直後に生まれたクズ人格なんだよ」

 

「クズッ!?」

 

 目の前の自分と同じ顔をした人物の言葉に航平はショックを受ける。

 

「じゃ、じゃあお前は記憶を失う前の、本来の俺なのか?」

 

「いんや。違うよ」

 

「へ?」

 

 もう一人の航平の言葉に航平が呆ける。

 

「じゃあ……お前誰なんだよ?」

 

「俺は第三の人格、かな」

 

 言いながらもう一人の航平は自身の胸元に手を当てる。そこには右肩から脇腹にかけての大きな傷がある。その傷をなぞりながら目の前の航平へと向ける。

 

「君が受けたさっきの攻撃、これのお陰で少しだけど昔の記憶が戻りかけた。でも、その記憶はあまりにも今のぬるま湯につかった君とはかけ離れたものだった。そのギャップから精神へ不調をきたさないように脳が無意識に生み出したのが…俺さ」

 

「それって……」

 

「俺は昔の君を知っている。同時に今の君も知っている。そう言う人格の俺なのさ」

 

 言いながらもう一人の航平はジッと観察するように航平を見据える。

 

「……航平、君はとてもキレイな目をしているね」

 

「なっ」

 

 突然の言葉に困惑する航平だったが

 

「すごく不愉快」

 

 続いた言葉に顔を引き締める。

 

「君は限られた世界しか知らない。だからこそそんなキレイな目でいられるんだろうね」

 

 目の前のもう一人の自分の言葉を聞きながら航平は息を飲む。自分の目をキレイだと言うその自分はどうしようもないほどに淀み濁っていた。

 

「君は、世界を知らなすぎる。そうしなってしまったのは君の責任では無いけど、このままじゃ君があまりにも不憫だ。だから――」

 

 言いながら自然な動きですっと近づいたもう一人航平は航平の胸へ手を当て

 

「だから少しだけ、思い出させてあげるね」

 

 その腕がぶずっと沈み込む。

 

「なっ!?」

 

 困惑する航平を冷たい瞳に映しながらドンドンと沈み込んでいき

 

「――この世界の事、それから、戦争ってものを…ね?」

 

 そして、ふと気付いたとき

 

「……お花畑」

 

 航平は広大な花畑に座り込んでいた。

 見渡す限り、色とりどりの花、華、ハナ。

 そんな中で

 

ゾッ

 

「?」

 

 自分の足元の花の影に何かが蠢いた気がした。

 視線を向け、注意して見てみると、それは――

 

「っ!」

 

 悍ましいまでの、無数の蟲が蠢いていた。

 そんな蟲達が無造作に投げ出していた右腕から伝って登ってくる。

 改めて見渡せばその蟲達がふれたところからどんどんとボロボロと腐り落ちていく。

 

「!!?飲まれ――」

 

 

 

戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争銃銃銃弾弾弾銃銃銃弾弾弾銃銃銃弾弾弾銃銃銃弾弾弾銃銃銃弾弾弾銃銃銃弾弾弾銃銃銃弾弾弾銃銃銃弾弾弾銃銃銃弾弾弾銃銃銃弾弾弾銃銃銃弾弾弾銃銃銃弾弾弾銃銃銃弾弾弾銃銃銃弾弾弾銃銃銃弾弾弾銃銃銃弾弾弾銃銃銃弾弾弾銃銃銃弾弾弾銃銃銃弾弾弾銃銃銃弾弾弾孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力幸福幸福幸福幸福幸福幸福幸福幸福幸福幸福幸福幸福幸福幸福幸福幸福幸福幸福幸福幸福憤怒嫉妬強欲怠惰傲慢暴食色欲虚飾憂鬱憤怒嫉妬強欲怠惰傲慢暴食色欲虚飾憂鬱憤怒嫉妬強欲怠惰傲慢暴食色欲虚飾憂鬱憤怒嫉妬強欲怠惰傲慢暴食色欲虚飾憂鬱憤怒嫉妬強欲怠惰傲慢暴食色欲虚飾憂鬱憤怒嫉妬強欲怠惰傲慢暴食色欲虚飾憂鬱憤怒嫉妬強欲怠惰傲慢暴食色欲虚飾憂鬱憤怒嫉妬強欲怠惰傲慢暴食色欲虚飾憂鬱憤怒嫉妬強欲怠惰傲慢暴食色欲虚飾憂鬱憤怒嫉妬強欲怠惰傲慢暴食色欲虚飾憂鬱憤怒嫉妬強欲怠惰傲慢暴食色欲虚飾憂鬱無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい

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「はっ……はっ……はっ……はっ……はっ……はっ……はっ……」

 

「どうだった?」

 

 気付けば真っ白な空間に戻ってきていた。

 土下座をするように倒れ伏し荒い息を吐きながら目を見開く航平にもう一人の航平は問う。

 

「今気分最悪でしょ?」

 

「……これが」

 

 なおも問いかけるもう一人の航平に、航平は口を開く

 

「これが、この世界なのか……?」

 

「そ」

 

 航平の問いにもう一人の航平は簡素に答える。

 

「…世界は…戦争は…こんな…こんなに!こんなにも…!!」

 

 ガタガタと震えながら譫言の様に呟く航平。

 

「前の俺は…そんな世界にいたって言うのか…?」

 

「わかったでしょ?君が今生きるこの世界がどんなに醜く狂ってるか。そんな狂った世界に君は生きていたってことが」

 

「…ああ、わかった」

 

 もう一人の航平の言葉に航平は頷き

 

「…わかったからこそ、このままじゃダメだって分かった」

 

 そう言ってグッと拳をついて航平は立ち上がる。

 その顔は少し泣き腫らしてはいるものの強い覚悟を秘めていた。

 

「俺は、思い出さなきゃいけないんだ、絶対に」

 

「……………」

 

 そんな航平の顔をじっと見てもうひとりの航平は

 

「フッ」

 

 口元に柔らかい笑みを浮かべる。

 

「…君は俺と違って前向きだね。うん。前よりも良い目になったじゃないか!」

 

 嬉しそうに朗らかに笑うもう一人の航平に航平はじっと見つめ返し

 

「……お前は――本当の俺たちはいったい何者なんだ?」

 

 問いかける。

 

「…正義なのか、悪なのか、味方なのか、それとも…」

 

「それは俺の決める事じゃない、君の決める事だ」

 

 言いながらスッと航平を指し示す。

 

「…………」

 

「それじゃ、俺はもう帰るよ」

 

 そう言ってもう一人の航平は身を翻す。が――

 

「きつね!」

 

 左手で狐のハンドサインを作り、くすっと笑みを浮かべる。

 

「え」

 

 その光景に一瞬虚を突かれる航平。そんな航平を尻目に今度こそもう一人の航平は今度こそ歩いていき、壁に手をついたかと思うとそのままずぶぶっと沈み込むように

 

「じゃあね、バイバイ」

 

 そのまま壁の中に消えていった。

 

「…………」

 

 呆然とそれを見送った航平は

 

「……変なやつ、我ながら」

 

 言いながら壁に歩みよりこん、と壁に拳を当てる。

 

「…ちぇっ、結局俺の正体はわからずじまいか…」

 

 ため息をつきながら、しかし、ふと違和感を覚える。

 

「…………?…何だこりゃ?」

 

 自分の手をじっと見つめた航平は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!――お、戻った!」

 

 瞬きをした瞬間目の前に広がる光景が無機質な真っ白な空間からつい先ほどまで見ていたIS学園の更衣室で、目の前には――

 

「はぁぁぁぁっ!!!」

 

 ランスを構え全力で飛び込んで来る楯無の姿があった。

 

「あ、会長!もう大丈夫!アイツもう引っ込んだ!」

 

「え――あっ!」

 

 突然のことに咄嗟に攻撃を緩めることができなかった楯無はそのままの勢いを殺すことができずそのまま航平へと

 

ぴすっ

 

「――え」

 

 右手で狐のハンドサインをした航平が突進してきた槍の切っ先を摘まむように受け止める。

 

「もう…気を付けてくださいよ」

 

「う、うん…ごめん…なさい……」

 

 顔は同じだがつい今しがた戦っていた人物とは違い、少し前の航平と今目の前にいる航平は同じに見える。が、何かが違う気がする。

 

「……ん、なんか体が変…?」

 

 自分の身体をペタペタと触りながら首を傾げる航平。

 

(一瞬気を抜いて全力ではなかったにしろ、今のはかなり渾身の一撃だったのよ!!?)

 

 そんな航平を見ながら人知れず息を飲む。

 

「なんか、今の俺、超強い――気がするんだけど…」

 

(私もそんな気がする!)

 

「……?はっ!〝アイツ〟の感覚が…残ってる?」

 

 はっとしながら手を狐にしながら一人納得したように頷く航平。

 

(よく分からないけど、私の本能がぎゃんぎゃん悲鳴を上げてる!この子…予想以上にヤバイ!!)

 

「航平!」

 

 と、そんな楯無の困惑をよそに一夏が慌てた様子で航平へ駆け寄る。

 

「おぉ一夏!お前無事だったか?」

 

「ああ、お陰様で――じゃなくてっ!!問題はお前の方だよ!!」

 

「ん?何言って……」

 

 一夏の言葉に首を傾げた航平は

 

「あれ?」

 

 そのまま膝をつく。

 

「なんか……体に力が……」

 

「っ!楯無さんっ!」

 

「まずいわね、血を失い過ぎた。すぐに医療室へ連れてかないと」

 

 慌てたように言う一夏と楯無の言葉を聞きながら、航平の意識は暗転していくのだった。

 



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第85話 それぞれの思惑

 

「失礼します」

 

 重厚なドアを開いて学園長室に入ってきたのは楯無だった。

 

「ああ、更識くん。ちょうどよかった」

 

 楯無を迎えたのは穏やかな顔をした初老の男性だった。

 表向きはその妻が学園長を務めているが、実務に関してはこの男性が取り仕切っている。

 

「それでは報告をお願いしますね」

 

 そう言って総白髪の初老の男性、IS学園の実質の運営責任者たる轡木十蔵が楯無に促す。

 

「まず、織斑一夏くんに関してですが、彼のIS訓練については順調です」

 

 いつもの茶目っ気溢れる様子はなりを潜め、真面目な顔で楯無は言う。

 

「正直、驚きました。一度教えたことを数回の反復で覚えるところや、理解の早さなど今まで見て来たどんな女子よりも上ですね」

 

「そうでしょうね。あの織斑先生の弟ですから」

 

 どこか含みのある言葉に、しかし、楯無は深く追求することなく続ける。

 

「次に亡国機業ですが、確認しただけでも二機のISを保有しています。うち、一機はコアを抜き取っていたのですぐに再度の行動は起こせないでしょう」

 

「なるほど。では、一番の案件を」

 

 言いながら轡木は一つ咳ばらいをし

 

「いかがでしたか、梨野航平君は?」

 

「………正直、わかりません」

 

 轡木の言葉に楯無は少し考え口を開く。

 

「記憶を失くした状態の彼は強いてあげるならしぶとく打たれ強い点くらいで、それ以外は本当に素人に毛が生えた程度でした。でも、あの時の別人のような彼、そして、その後のいつもの彼に戻ってからも……」

 

 楯無は少し言葉を選ぶように考えた後

 

「はっきり言って、彼は得体が知れないです」

 

「得体が知れない?」

 

 楯無の言葉に轡木は首を傾げる。

 

「全力ではなかったとはいえそれなりに本気で、仕留めるつもりの一撃でした。それを、訓練機でしかも片手でいとも容易く受け止められました。恐らく今の彼の実力は専用機持ち達の中でも群を抜いている。下手をすれば国家代表クラス……しかも――」

 

 そこで楯無は一度言葉を区切り、真剣な表情で轡木の顔を見据え

 

「彼は、自分の全てを思い出したわけではありません。その実力はいまだ彼の記憶の奥底です。つまり、私が専用機持ち達の中でも群を抜いていると感じた今の彼の力も、彼の全力のほんの一部分かもしれないということです」

 

「なるほど……」

 

 楯無の言葉に轡木は頷く。

 

「彼の処遇、どうしますか?」

 

 轡木に楯無は問う。

 

「今日の一件で亡国機業の言動から、記憶を失う前の彼は少なくとも組織と何らかの接点を持っています。最悪、彼自身が構成員の一人という可能性も……」

 

 楯無の言葉を受け、轡木は

 

「現状維持でお願いします」

 

「それは、今後も監視をしつつ、もしもの時は……ということですか?」

 

「ええ。そういうことです。まあ、彼の監視は主に〝彼ら〟にお任せしてください。その為に来ていただいているわけですからね」

 

「……わかりました」

 

 轡木の言葉に少し思うところはあるようだったが、楯無は頷き

 

「でも、彼がこの学園の敵となるのであれば、私はこの学園の生徒の長として行動します」

 

「ええ。それで構いませんよ」

 

轡木が頷いたのを見て楯無は報告の続きに戻るのだった。

 

 

 ○

 

 

 

「そう……あの子に会ったの」

 

「ああ……」

 

 とある場所、とある高層マンションの最上階の一室でオータムは対面のソファーに腰掛ける金髪の女性の言葉に頷く。

 

「どうすんだよ、スコール?」

 

 オータムの問いにスコールと呼ばれた金髪の女性は

 

「そうね。正直完全に忘れていたのは予想外だったけど、あなたの話を聞けば戻す算段も付いたわ」

 

「てことは……」

 

「近々、私たちのよく知る〝彼〟に会えるかもしれないわね」

 

 スコールが微笑みながら言うと、オータムは嫌そうに顔を顰める。

 

「あら、嫌なの?」

 

「だってよぉ……あいつといいエムのやつといい、ガキのクセに目上の人間を敬おうとしねぇし……」

 

「ほう?お前、私よりも目上だと思っていたのか。面白い冗談だな」

 

 オータムの言葉に背後から声が聞こえる。

 

「っ!テメェ!」

 

 オータムは振り返りながら叫ぶ。

 オータムの視線の先には部屋の入口の扉にもたれるように立つ少女の姿があった。

 

「エム、部屋で待機するように言ったはずだけど?」

 

 少女――エムに向けてスコールは訊く。

 

「〝あいつ〟に会ったらしいな」

 

 が、その問いに答えずにエムはオータムに問う。

 

「あぁん?それが何だって言うんだよ?」

 

「どうだった?」

 

 睨み返すオータムにエムはさらに問う。

 

「どうもクソもあるか。あの野郎、何一つ覚えていなかった。私らの事も、何もかも忘れ去ってやがった。自分が何者なのかもな」

 

「………そうか」

 

 オータムの答えにエムはそう短く応じるとそのまま踵を返す。

 

「エム」

 

 そんな彼女にスコールが呼びかける。エムは振り向かないまま足を止める。

 

「次の作戦では特にあなたに働いてもらうわ。そのつもりでいて頂戴」

 

「……わかった」

 

 スコールの言葉にエムは短く頷き部屋を後にする。

 

「相変わらず愛想のねぇガキだな」

 

「あら、私には楽しみで楽しみでしょうがないって見えたわよ」

 

 それ見送ったオータムが舌打ちをしながら言うとスコールは微笑みながら言う。

 

「さ、オータム。あなたも今日は疲れたでしょう?ゆっくりお風呂に入って疲れを癒しなさい。次の作戦にはISに乗れなくてもやってもらうことはあるわ」

 

「ああ」

 

 スコールの言葉にオータムは頷き、部屋を後にする。

 オータムを見送ったスコールはゆっくりと立ち上がり一人窓辺に立つ。

 窓の向こうには夜空と、その下には街の光が煌めいている。

 それを見ながらスコールは人知れず笑みを浮かべ

 

「エムじゃないけど、私も楽しみね。ねぇ…ダウンプーア?」

 

 誰かに問いかけるようにそう言うのだった。

 



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第86話 結果発表

「みなさん、先日の学園祭ではお疲れ様でした。それではこれより、投票結果の発表を始めます」

 

 体育館に集められた俺たちは正面のモニターに視線を向ける。

 三学年の全校生徒すべてそろったこの場で恐らく一番この結果を気にしているのは二人、俺と一夏だろうが、それでも俺と一夏以外の面々も興味津々な様子だ。

 

「一位は――」

 

 それぞれの思惑にみんなが固唾を飲む中、ついに結果がモニターに映し出される。

 

「生徒会主催の観客参加型劇『シンデレラ』!」

 

「「……え?」」

 

『えぇぇぇぇぇぇぇ!!!?』

 

 俺たち二人がポカンと呆ける中、体育館に全校生徒分の絶叫が響き渡る。

 

「卑怯!ずるい!イカサマ!」

 

「なんで生徒会なの!?おかしいでしょ!?」

 

「私たち頑張ったのに!」

 

 女子一同のブーイングの嵐の中、まぁまぁと生徒会長が宥め

 

「イカサマなんてしてないわよ。劇の参加条件は『生徒会に投票すること』よ。でも、私たちは別に参加を強要したわけではないのだから、立派に民意と言えるわね」

 

 へぇ~、そんな条件だったんだ。

 なんというか、全部計算ずくだったんだろうなぁと、素直に感心する。

 まあもちろんそんな言葉で女子たちが納得するわけもなく、ブーイングは収まらない。

 

「はいはい、落ち着いて。まだ第二位の発表がまだだからね」

 

 ……ん?

 

「あ、そうか!まだ!まだ梨野君がいる!」

 

「神はまだ我々を見捨ててはいない!」

 

「まだ私たちのターンは終わっていない!」

 

 そうだった。確か事前の告知では一位の部活に一夏が、二位の部活に俺が強制入部だった。

 つまりこの第二位の部活に俺は強制入部させられるわけだ。

 

「それでは、第二位の発表に移りたいと思います」

 

 再び体育館内が異様な雰囲気に包まれる。

 俺もできるなら訳分からん部活には入りたくない。まともな……まともな部活であってくれ……。

 全員の祈るような視線の中モニターには――

 

「第二位は――『ロボット研究部』!」

 

『……え?』

 

「ロボッ……ト……?」

 

 「え?」とみんなが呆ける中――

 

「あ、うちか」

 

 うちのクラスの列の前方でボソッと声が聞こえた。

 バッと音が聞こえそうなほどの勢いで全校生徒分の視線が一人に注がれる。そこにいたのはうちのクラスで一番のチビのつい先日転校してきた人物、シロがいた。

 

「えぇ~、ロボット研究部は発足僅か一週間ではありますが、高性能なロボットスーツを発表し、試乗体験という形で出し物として出店してくれました」

 

 会長の言葉に周囲から「そう言えばそんなのあったね」「あれすごかったぁ~」なんて言う声がチラホラ聞こえてくる。

 

「と、いう訳で、今後は織斑一夏君は生徒会の役員として、梨野航平君はロボット研究部の一員として頑張ってもらいましょう!」

 

 こうして会長の言葉の後――

 

「あ、ちなみに一夏君には今後適宜各部活動に派遣します。男子なので大会参加は無理ですが、マネージャーや庶務をやらせてあげてください。それらの申請書は生徒会まで提出するようにお願いします」

 

 という発表により満たされた全校生徒の歓声で締めくくられた。そんな中俺の視線の先でチビの生意気なあの女は――

 

「はぁ~……」

 

 面倒臭そうに、めちゃくちゃ嫌そうに大きくため息をついていた。

 いや……ため息つきたいのは俺の方なんだけど……。

 

 

 ○

 

 

 

「結局、あなたの予定通りになったわけね」

 

「まぁ~ねぇ~。流石私!」

 

 生徒会室。会長の席に座る楯無は目の前に立つ人物――シロの言葉にニヤリと笑いながらVサインをする。

 

「まったく、生徒会が一位になるのは予想できたけど、うちが二位にならなきゃどうするつもりだったわけ?」

 

「ん~そこは心配してなかったわ。ちゃんと仕込んでたし」

 

「仕込んでた?」

 

 楯無の言葉にシロが首を傾げる。

 

「全校生徒のほとんどがあの劇に参加するのはわかってたから、それでも全員は参加しないだろうことも想定済み。もし仮に全校生徒の一割が参加しなかったとしても、その人たちの票は恐らくばらけるでしょうから、各部の得票数はそれほど高くはならない。そんな中でもあなたたちの部活の出し物の内容を見れば人気は出ると思ったし、何より私が個人で動かせる票は全部あなたたちの部に入れるようにしてたしね」

 

「なるほど……」

 

 楯無の解説にシロは納得したように頷く。

 

「つまり、何から何まで終始計画通りだったわけね」

 

「まぁ~ねぇ~」

 

 再びニッとドヤ顔で笑う楯無の顔を見ながら

 

「でも、そこまでするほどなの?」

 

 シロは問う。

 

「はっきり言ってあの男はそれほど警戒が必要とは思えないけど」

 

「ん~、私も学園祭前まではそう思ってたんだけどねぇ~……あんなの見ちゃったら……」

 

 シロの言葉に頷きながら楯無は笑みを消し、真剣な表情で口にする。

 

「彼は――いえ、彼の忘れている彼自身は、ひょっとするとかなりの〝大物〟かもしれないわ」

 

「〝大物〟?」

 

 楯無の言葉にシロは首を傾げる。

 

「まぁ、彼の実力の一端を見せられた時、いままでの想定を大きく変えるべきだと思わされたわ。特に、彼が記憶を取り戻した時、彼が私たちの知っている彼じゃなくなってる可能性も知っちゃったしね」

 

 大きくため息をつき

 

「だから、今後はあなたたちには随時彼の様子を監視し報告してもらうことになるわ」

 

「……ま、初めからそう言う話だったし、私たちとしてはそれに異論はないわ」

 

 楯無の言葉にシロは頷き踵を返す。

 

「ついでだし、あいつにはそれなりに部員としてキビキビ働いてもらうわ。それでいいんでしょ?」

 

「ええ。ちゃんと部員として活動させて頂戴」

 

「そう。まあせいぜい有効利用させてもらうわ」

 

 そう言ってシロは背中越しに手を振って生徒会室を後にしたのだった。

 

「任せたわよ、国連直下組織『トライピース』さん」

 



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第87話 行事&イベント

 

「なっ!?一夏さん、誕生日は今月なんですの!?」

 

「お、おう」

 

 寮での夕食でいつものメンバーで食事をしながら談笑をしていると、突然セシリアが声をあげた。

 話題の過程でなんとなく誕生日の話題になったのだが、そんな時一夏が「そう言えば、俺もうすぐ誕生日だ」と言う爆弾を投下したのである。

 一夏本人は、そんなに騒ぐことか?みたいな顔で首を傾げてる。

 

「へ~、いつなの?」

 

「九月の二十七日だよ」

 

「へ~…ってことは日曜日だね」

 

 シャルロットがカレンダーを頭の中に描いているのか、うんうん頷く。

 

「一夏さん、そういう大事なことはもっと早く教えてくださらないと困りますわ」

 

「え?お、おう。すまん」

 

 憤慨するセシリアに一夏は困惑しながら頭を下げる。

 

「とにかく二十七日の日曜日ですわね」

 

 セシリアは純白の革手帳を取り出すと、二十七日に二重丸を書き込んだ。

 

「お前はどうしてそういうことを黙っているのだ」

 

 シャルロットの隣でラウラがむすっとした口調で言う。

 

「え?いや、別に大したことじゃないかなーって」

 

「ふん。しかし、知っていて黙っていたやつもいることだしな」

 

「「うっ!」」

 

 ラウラにギロリと睨まれ一夏のダブル幼なじみが固まる。

 ちなみに俺も知っていたがそれを言うと藪蛇なので黙っておくとしよう。

 

「べ、別に隠していたわけではない!聞かれなかっただけだ」

 

「そ、そうよそうよ!聞かれもしないのに喋るとKYになるじゃない!」

 

 箒と鈴はそんな言い訳をしながらパクパクとご飯をほおばっている。

 

「そう言えばナッシーは誕生日いつなのー?」

 

 と、ぼんやり聞いていた俺の横で本音が訊く。

 が、その問いに周囲の空気が変わったのを感じた。なんと言うか、触れちゃいけないこと触れちゃった!みたいな。

 

「え?俺?」

 

「の、のほほんさん、それは……」

 

 首を傾げる俺に一夏がビミョーな顔で何か言いかけるが

 

「2月3日」

 

『えっ!?』

 

「――ってことになってる」

 

『……………』

 

 俺の言葉に周囲の空気が凍り付いたのがわかった。ん?なんで?

 

「あ~……」

 

 そこで何か気付いたらしい本音もビミョーな顔をして

 

「なんか…ごめんねぇ……」

 

「え?何が?」

 

「だって、ナッシーは記憶が……」

 

「あぁ~……」

 

 俺もそこでこの空気の正体に気付く。

 

「別に気にすんなよ。そういうふうにされる方が気になる」

 

 俺はため息をつく。

 俺の言葉にその場の面々が顔を見合わせ、気を取り直した様子で頷く。

 

「でも、なんで2月3日?」

 

 ふと気になった様子で鈴が訊く。

 

「あぁ、それはその日俺が拾われたからだよ」

 

「拾われた?」

 

 俺の言葉にシャルロットが首を傾げる。

 

「俺がIS学園の敷地内で見つかった日。まあちゃんと意識が戻ったのはその一週間後だったけど」

 

「なるほど……」

 

 みんな納得したように頷いている。

 

「じゃあ次の2月3にはお祝いしないとね~」

 

「そうだな、大事なお兄ちゃんの誕生日だ。盛大に祝ってやらないと」

 

 本音の言葉にラウラが頷く。

 

「2月3日か……よし、腕によりをかけて美味しい巻き寿司をご馳走しよう」

 

「ケーキは大豆で作らないとね」

 

 と、箒と鈴が言うが

 

「……ん?なんで?」

 

「「「「え?」」」」

 

 俺の言葉に一夏、箒、鈴、本音がポカンと首を傾げる。

 

「え?だって……2月3日といえば巻き寿司と大豆だろ?」

 

「「「「ん~?」」」」

 

 一夏の言葉に今度は今度は俺を含める四人が首を傾げる。

 

「あ、そうか!」

 

 と、そこで箒がポンと手を打つ。

 

「節分は日本の文化だ」

 

「あ、そっか。つい当たり前になってた」

 

「そうね。私もつい失念してたわ」

 

「アハハ~、うっかりうっかり」

 

 と、四人が笑い合う。

 

「なんですの、その『せつぶん』というのは?」

 

「あぁ、日本の文化でな。『節分』というのは季節の節目の事でな、各季節の始まりの日でそれぞれ、立春・立夏・立秋・立冬と言って、その前日のことを言うんだ。その中でも立春の前日、2月3日のことだけ言うことも多いし、今回の場合もそれだな」

 

「昔は季節の変わり目には悪いモノが生まれるって信じられてたからそういうモノを払うための行事だな。そう言う悪いモノを『鬼』って見立てて、その鬼を祓うために炒り豆、大抵は大豆を投げて追い払い、その年の運がいい方角――恵方を向いて太巻きを無言で食べるといいってされてるんだ」

 

「へぇ~、なるほど」

 

「面白い文化ですわね」

 

 シャルロットとセシリアが納得したように頷く。

 

「しかし、なんで豆を投げるんだ?豆に悪いものを祓うようにスピリチュアルな力でもあるというのか?」

 

「ん~、いろいろ諸説あるらしいけど『穀物には生命力と魔除けの呪力が備わっている』とか魔の目って書いて『魔目』って言う語呂合わせで鬼の目に投げつけて鬼を滅する『魔滅』に通じてる、とかいろんな説があるよな」

 

「へぇ~」

 

 ラウラの問いに答える一夏の言葉に俺も感心して頷く。

 

「まあそんなわけで日本人にとって2月3日といえば巻き寿司と大豆なんだよ」

 

「なるほど。まあ祝ってくれるだけでうれしいからいいや。そう言うお祝いの仕方でもいいけど、普通のお祝いの仕方で俺は十分だよ」

 

「そっか」

 

「まあ航平さんの誕生日は当分先ですのでおいおい考えるとして、目下は一夏さんの誕生日ですわね」

 

「ああ。一応、中学の時の友達が祝ってくれるから俺の家に集まるんだけどみんなも来るか?」

 

「も、モチロンですわ!」

 

「何時からだ?」

 

「えーっと、四時くらいかな。ほら、当日って〝あれ〟があるだろ?」

 

 一夏の言葉に全員「そういえば」と言う顔をする。

 一夏の言う〝あれ〟とはISの高速バトルレース『キャノンボール・ファスト』のことだ。本来なら国際大会なのだが、IS学園があるここでは少し状況が違う。

 市の特別イベントとして催されるそれに、学園の生徒たちは参加することになる。

 まあ専用機持ちが圧倒的に有利なので、一般生徒の参加する枠と専用機持ち限定の枠に分かれている。訓練機を貸し出してもらっているが専用機ではないので俺は一般枠で出場する。

 学園外でのIS実習となるこのイベントでは、市のISアリーナを使用する。臨海地区に作られたそれはとてつもなくでかく、二万人以上を収容できるらしい。

 

「なんか俺だけ仲間外れみてぇ」

 

 しょんぼりとしながら椅子の背もたれに体を預ける。

 

「まあまあ、仕方ありませんわよ。ほとんど航平さん専用になっているとはいえ、航平さんが使っているのは訓練機の『打鉄』ですもの」

 

「まあそうだけどな」

 

 セシリアの言葉に俺は頷く。

 

「私も一般枠だし一緒にがんばろー」

 

「はぁ、僕も航平と競いたかったなぁ」

 

 と、本音がニパーッと笑いながら言い、シャルロットが残念そうに言う。

 

「ま、当日はお互い頑張りましょう、ってことで」

 

「終わればパーティーなわけだしな」

 

 鈴とラウラが言い

 

「ま、俺も頑張るし終わったらみんなの応援に行くよ」

 

「おう」

 

 俺の言葉に一夏が頷いたのだった。

 



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第88話 知ってるあいつと知らないあいつ

 

「まー、キャノンボール・ファストのことは置いておいて――ねぇ、一夏の貸し出しってまだなわけ?」

 

 と、鈴がふと思い出したように聞く。

 

「今は抽選と調整してる。もう少し待ってくれ」

 

「ふーん……」

 

 一夏が答えると鈴はなんでもなさそうに麻婆豆腐を食べるが、たぶん内心興味津々なんだろうな……。

 

「ああ、そういえばみんな部活に入ったんだって?」

 

 と、一夏もふと思い出したように言う。

 一夏の部活貸し出しが公表されると同時にみんな何かしらの部活に所属した。

 

「私は最初から剣道部だ」

 

 憮然と答えてるが、箒って確か一学期はほとんど幽霊部員だったんじゃなかったっけ……?まあ最近はちゃんと部活に顔を出してるらしいが……。

 

「鈴は?」

 

「ら、ラクロスよ」

 

「へぇ!ラクロスか!似合いそうだな!」

 

 ラクロス……なんか網みたいなのでボール投げ合うやつだっけ?

 

「ま、まあね。あたしってば入部早々期待のルーキーなわけよ。参っちゃうわね」

 

 さすが専用機持ちだけあって身体能力は高いようだ。グランドを走り回りながらステッキを振り回す鈴の姿は確かに似合っていた。

 

「セシリアは?」

 

「わたくしは英国が生んだスポーツ、テニス部ですわ」

 

 テニス……あの平たい網みたいなのでボールを打ち合うあれか。

 

「へえ。もしかしてイギリスにいた時からやってたとか?」

 

「その通りですわ。一夏さん、よろしければ今度ご一緒にいかがですか?」

 

「んー、俺テニスってやったことないんだよなぁ」

 

「で、でしたら!わ、わたくしが直接教えてあげてもよろしいですわよ?と、特別に」

 

 期待した様子で言うセシリアだったが、それに対して一夏は普通に「機会があったら頼むよ」と流していた。

 

「そういえばシャルロットもなんか部活入ったんだっけ?」

 

「うん、料理部にね」

 

「へ~…料理部かぁ~。でもシャルロットってもともと料理上手いのに」

 

「まあ、レパートリーが増やしたくて。またよかったら味見してくれる?」

 

「いいよ。シャルの料理なら期待を裏切らない出来になりそうだ」

 

 俺の問いに答えたシャルに俺は頷くとシャルは嬉しそうに微笑んだ。

 

「そう言うアンタはどうなの?」

 

「え?俺?」

 

 鈴の問いに俺は首を傾げる。

 

「あんたも強制入部させられたじゃない」

 

「どうですか、ロボット研究部での活動は?」

 

「あぁ……」

 

 鈴とセシリアの言葉に俺はどう答えたものかと考え

 

「毎日毎日、あのシロちゃんにこき使われてるよね~。私とは全然遊んでくれないのに、シロちゃんの手伝いはするんだもんねぇ~?」

 

「うっ……」

 

 本音の言葉に俺は口籠る。

 

「それは……確かに申し訳ないと思ってるけど――」

 

「ツーン」

 

 俺の言葉を聞かずに本音がそっぽを向く。

 

「聞いてくれ!そりゃ俺だってやりたくないけどさ!でもしょうがないだろ!?俺だってあんな憎たらしいチビが――」

 

「誰がチビだワレェ」

 

「あいたぁ!?」

 

 俺がこれまでのあいつからの強制労働を思い出しながら怒りに震えていると、突如頭上から聞こえた声とともに俺の後頭部に衝撃が走る。

 

「何すんじゃこの野郎!!」

 

「何?なんか文句あんの?」

 

 言いながらシロは自身の左手に持つお盆からナイフをスッと構える。その殺気に俺の背筋に寒気が走る。

 

「なんでもないです……」

 

「フン」

 

 鼻を鳴らして去って行くシロ。そんな彼女の背中を見送り――

 

「……こえぇ……」

 

 俺は息をついて、そのまま机に突っ伏す。

 

「もうヤダ~……部屋も一緒なんだからこんなところでまで会いたかねぇよ……」

 

「アハハ、お疲れ様」

 

 俺にシャルが労いの言葉を掛ける。

 

「そんなに会うのが嫌なら消灯ギリギリまで私の部屋来る~?かんちゃんもいるしおやつでも食べてのんびりしよ~」

 

「……そうしようかな」

 

「っ!じゃ、じゃあ僕も行ってもいいかな?」

 

「いいよ~。みんなでワイワイ楽しも~!おりむーたちは?」

 

「えっ?俺は……」

 

 一瞬一夏が俺の顔を見て

 

「俺は、ちょっと今日の課題がまだ終わってないから、やめとくわ」

 

「そっか~、頑張って~」

 

 一夏の言葉に本音が頷くのを見ながら、俺は夕食を再開した。

 

 

 ○

 

 

 

「ふぅ……」

 

 シャルロット、本音、そして航平が一足に先に帰っていくのを見ながら一夏は見送り、ため息をつく。

 

「……で?」

 

「え?」

 

「いい加減白状しなさいよ」

 

「は、白状って?」

 

 そんな一夏に四人がジッと視線を向ける。

 

「それでごまかしているつもりなんだな」

 

「あんた、最近おかしいわよ」

 

「より具体的に言うと航平に対してよそよそしいぞ」

 

「一体何があったんですの?」

 

「うっ……それは……」

 

 四人からの追及に一夏が言い淀み

 

「………詳しいことは口止めされてるから言えないんだが、前に学園祭の時の襲撃で航平の記憶が戻りかけたってあったろ?」

 

「あぁ、らしいわね」

 

「どんな感じだったかとかは知らないけど」

 

「なんかちょっとの間だけですぐに元に戻ったんだったか」

 

「お兄ちゃんじゃないお兄ちゃんか。少し気になるな」

 

 四人が頷き

 

「ていうか、箝口令敷かれるほどって、あいつの正体って何者なのよ?」

 

「何かわかったんですの?」

 

「いや、ほとんど何もわからなかった。航平自身も少し思い出しかけたけど、結局よく分からなかったみたいだし」

 

 ただ……、と一夏は一拍置き

 

「何というか、わからなくなったんだ」

 

「わからなくなった?」

 

 一夏の言葉に箒が言い、他の三人も首を傾げる。

 

「あの時、記憶の戻りかけた航平は、俺たちの知ってる航平とは違った。あの時の航平の目……俺を見る目には、何の感情も見えなかった」

 

 一夏はその時のことを思い出しながら呟く。

 

「俺を視界にとらえているのに、まるで俺に興味を示さない、何の感情も見えない薄ら寒い冷たい瞳……。――あの航平が敵なのか味方なのかはわからない。ただ、一つ理解できたのは、あの航平は俺のことを興味も関心も脅威も感じていない、無の感情で見てたってこと。俺たちの知ってる航平と、あの時の航平、そのギャップが俺にはなんだか異様なものに思えたんだ」

 

 言いながら一夏は視線を上げる。

 

「もちろん俺は航平のことを信じてる。でも、あの時の航平を見てしまうと、どうしても考えちまうんだ。いつか航平の記憶が完全に戻った時、航平は俺たちの味方なのか、それとも、敵なのかって……」

 

「なるほど……」

 

 一夏の言葉に四人が頷く。

 

「まあ、わたくしたちは航平さんの様子を実際に見たわけじゃないので何とも言えませんが」

 

「ほどほどで折り合いをつけた方がいいわよ」

 

「いまはまだ航平も一夏の様子には気付いてないようだが」

 

「あんまりあからさまだといつか避けられてるって気付かれるぞ」

 

「ああ……」

 

 四人の言葉に一夏は頷くが、いつもの覇気は無かった。

 



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第89話 シロの実力

 

「全っっっ然ダメ」

 

 第二アリーナにて俺が打鉄を纏って全力で走らせた様子を見て、開口一番シロが呆れた様子で言う。

 何故俺がシロから罵られているのか、それは数十分前にロボ研の部室でベリアル先生が今度のキャノンボールファストの話題を出したことで始まった。

 聞いて驚いたが、シロは出ないらしい。彼女やベリアル先生、シトリー先生が所属している組織の制約とか諸々のために出場しなかったらしい。

 なら、俺は?という話になり、あれよあれよという間に何故かシロにアドバイスをもらうことになった。

 なったのだが――

 

「全然ダメ。まるでダメ。話にならない。ねぇ本気でやってる?もしそれで本気なら向いてないからやめた方がいいよ」

 

「辛辣!辛辣すぎねぇか!?」

 

「妥当な評価でしょ」

 

俺の言葉にシロがため息まじりに言う。

 

「まあまあ、シロちゃん。そんなに言うほど悪くなかったように思うよ?」

 

「シトリーさん……!」

 

「まあ無駄な動きとか多かったのは事実だけど」

 

「シトリーさん……」

 

 あげて落とすのはやめていただきたい。一瞬喜んだのに……。

 

「というか、そんだけ言うんだったらお前もやってみろよ!」

 

「は?私が?なんで?」

 

 俺の言葉にシロが眉を顰める。

 

「そんだけ言うんだ、お前相当自信があるんだろうなぁ!?まさか、自信ないのにあそこまで俺の事ダメだししたんじゃねぇよな!?」

 

「はぁ?」

 

 俺の言葉にシロがギロッと俺を睨む。

 

「まあ確かに正論だな」

 

 と、俺の言葉にベリアルさんが頷く。

 

「あんだけ言ったんだからお前も実際に走って見せればいいじゃねぇか。実際に見せた方が自分のと違いもわかるしよ」

 

「それは……まあ……」

 

 ベリアルさんの言葉にシロが言い淀む。

 

「はぁ……わかりましたよ。一回だけだから」

 

 ベリアルさんに頷き、俺の方を睨みながら言う。

 そして、スタート位置に立ったシロはISを纏う。彼女のISは組織で所有している訓練機らしく、ラファールで、しかし、学園のモノと色が違い、白地に灰色のラインが走っている。

 

「じゃあ行くよ~。位置について、よぉ~い……ドン!」

 

「っ!」

 

 シトリーさんの掛け声でシロが走り出す。

 

「っ!?」

 

 その様に俺は息を飲む。

 初動からして俺とは違う。一瞬で加速しあっという間に走っていき

 

「っ!」

 

「ほい、おかえり」

 

 目の前で急ブレーキをかけて止まる。

 

「は、はえぇ~」

 

 アリーナの円周を走り切ったシロに俺は呆然と呟く。俺なんかとは比べ物にならないスピードだ。

 

「どう?」

 

「……参りました」

 

「フンッ」

 

 諦めて降参する俺に満足そうにシロが鼻を鳴らす。

 

「確かにシトリーさんの言う通り、それなりに走れてるかもしれない。でも、カープを曲がるときやちょっとした姿勢の微調整で無駄な動きが目立つ。そう言うところを直せばあんたのスピードはもっと良くなる。でも、たぶんあんたの場合もっと根本的な部分がダメ」

 

「根本的な部分?」

 

 シロの言葉に俺は首を傾げる。

 

「あんた、ISでカスタマイズしてないでしょ?」

 

「…………?」

 

 シロの言葉に考えるが、意味が分からず首を傾げる。

 

「はぁ……、いい?確かにISは操縦者に合わせてある程度は自動で調整してくれる。でも、それはあくまでもある程度なの。自分に合った機体にしたかったら、自分の感覚に合わせて出力をいじったりいろいろ必要なの」

 

「なるほど?」

 

 なんとなくわかったようなわからないような……。

 

「俺はISのらねぇからわかんねぇが、俺の知り合いが前に大雑把に説明してくれた例え話だと――」

 

 思い出しながら言うベリアルさん。

 

「ISを靴だとするだろ?同じメーカの靴である程度自分にあったサイズの靴はあっても多少の誤差はある。それを中敷きとかでクッション性を加えたり、靴紐の結び方とかを変えることで走りは全然変わる…ってことらしいぞ」

 

「なるほど、そっちの方がわかりやすいっすね」

 

「まあ多少違うけどそう言うことと思ってたらいいわ」

 

 ベリアルさんの言葉に頷く俺にシロも頷く。

 

「というわけで、走るときのテクニックを身に着けて、機体そのものをカスタマイズすれば、まあよくなるんじゃない?」

 

「うんうん。私もそう思うよ~」

 

 というわけで、とシトリーさんが言い

 

「せっかくだからシロちゃん、カスタマイズの仕方教えてあげたら?」

 

「……はい?」

 

 シトリーさんの言葉にシロが呆けた顔をする。

 

「な、なんで私がこいつに……?」

 

「いい機会じゃない。せっかくロボ研に来てるんだし、多少は知識があった方が手伝いもはかどるでしょ」

 

「それは……まあ……」

 

「と言うわけでけってぇ~い!早速よろしく~!」

 

 と、俺とシロをぐいぐいと押すシトリーさんにしぶしぶシロに連れられ俺は歩き出し

 

「あれ?二人は来ないんですか?」

 

「行きたいのはやまやまだけど、私たちは教師として来てるからねぇ~。仕事がアレコレあるんだよ~。ね、ベリアル?」

 

「んあ?お、おう。そういう訳でふたりで行ってこい」

 

「そうですか……」

 

 ベリアルさんの言葉にシロが頷き

 

「まあ教える以上はビシバシ行くから」

 

「お、おう。お手柔らかに……」

 

 シロの言葉に俺は苦笑いを浮かべ着いて行くのだった。

 

 

 ○

 

 

 

「それで?何かあいつらに聞かせられない話でもあったのか?」

 

 廊下を歩くベリアルは自身の肩に乗っかるシトリーへ小声で訊く。

 

「ん~、大した話じゃないんだけどね、というか、あの二人じゃなくて、主に航平君に、だけどね。シロちゃんには後で話しておくつもりだったから」

 

「何かあったのか?」

 

 シトリーの言葉にベリアルが視線をシトリーに向けて足を止める。

 

「ん~、実はさぁ、さっきの航平君の走り」

 

「おう、まあ悪くは無かったな」

 

「うん、思ったより悪くなかった。思ったより、ね」

 

「なんだその含みのある言い方は?」

 

 ベリアルは訝しそうに首を傾げる。

 

「事前に見せてもらった彼の普段の成績、それに加えてここに来てから実習とか放課後の練習の様子を見るにもっと出来が悪いと思ってたんだよ」

 

 ベリアルの視線を受けてシトリーが言う。

 

「でも、ベリアルも気付いてるでしょ?そんな彼が急に動きがより洗礼された。格段に良くなった」

 

「……まあな」

 

「何が原因で?これまでの練習の成果と思えない。じゃあ何か……ずっと考えてたんだけど、今日やっとわかった」

 

 頷くベリアルにシトリーは続ける。

 

「たぶん彼、記憶を取り戻しかけたことで技術の一部を身体が思い出してるんだよ」

 

「だが、あの生徒会長の話では記憶を取り戻しかけた時の技量は目を見張るものだった。国家代表レベルって。それにしては今日の走り無駄も多いし、とても国家代表レベルとは思えなかったが……」

 

「だから言ったでしょ、技術の一部だって?それに身体が覚えてたって彼自身にそれを使える自覚が無きゃそれをうまく活用できないんだよ」

 

「なるほどな……」

 

 納得したようにベリアルが頷き

 

「で、それがどうすんだ?」

 

「うん、話聞く限りじゃ半信半疑だったけど、あれ見ちゃったら本来の彼が国家代表レベルて言うのもあながちあり得ない話じゃない。でも、これまで男性操縦者は確認されていなかった。なら、表に出ていないところ、裏組織関連の可能性が高い」

 

「つまり、うちで保管してる裏組織所属の工作員で情報からあいつの正体を探ろうってことか」

 

「そゆこと~」

 

 ベリアルの言葉に笑みを浮かべて朗らかにシトリーが頷く。

 

「それで情報出るのか?」

 

「さぁ?」

 

「さぁって……」

 

 肩を竦めるシトリー。

 

「見つかるかはわからない。でも何もしないよりは彼についてわかる可能性はあるでしょ?」

 

「まあな……」

 

「その辺は私が手続きしとくから。なんかわかったらすぐに知らせるよ」

 

「おう。まあ期待せずに待ってるよ」

 

「うん、任せて~」

 

 頷くシトリーにベリアルは歩き出し

 

「さて、言った以上は仕事すっか。手伝ってくれな」

 

「自分でやってよ。私は自分の分終わらせたんだから」

 

「書類仕事は苦手なんだよ」

 

「がんばれ~」

 

 ブツブツと文句を言いながら職員室へと歩いて行くのだった。

 



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第90話 襲撃者と嫌な予感

 そして、あっという間に時間は流れ、気付けばキャノンボール・ファスト当日。

 俺は今、本音と一緒に試合会場で観戦していた。俺たち訓練機を使っての面々は午前に、そして、今から一夏たち専用機組がレースを行う。

 午前の俺のレースは練習の成果もあって無事優秀な成績を収めることができた。これで後でシロからネチネチ言われずに済みそうだ。

 

「ねぇねぇ、ナッシーは誰が勝つと思うー?」

 

「ん~、難しい質問だなぁ~」

 

 本音の問いに俺は腕を組んで考える。

 

「箒と一夏は追加パッケージ無しで十分に早い。でも鈴とセシリア、ラウラとシャルロットの機体も追加パッケージでものすごく早くなってる。う~ん、難しい……」

 

「なるほどねぇ~」

 

 俺の答えに納得したように本音が頷く。

 

「じゃあナッシー的に誰に勝ってほしいー?」

 

「……さらに難問、というかそれ誰か一人言ったらなんかいろいろ角が立ちそうなんだけど」

 

「だよねぇ~」

 

 俺の言葉にケタケタと笑う本音。

 

「まああれだ……みんな頑張れ~!!」

 

「頑張れ~!!」

 

 俺が叫ぶ隣で本音ものほほ~んと応援する。

 俺たちの声が聞こえたのか一夏が何かを探すようにキョロキョロと客席を見回している。

 

「お~い!」

 

 そんな一夏に本音は手を振るがやはりかなりの集客だ。俺たちのことを識別できないようだ。

 とか何とか言ってると一夏が箒に引っ張られてスタート位置に連れられて行く。

 

「お、もうそろそろ始まるのかな?」

 

「みたいだねぇ~。さ、誰が勝つかなぁ~?」

 

 俺たちが見守る中、会場にアナウンスが響く。

 

『それではみなさん、一年生の専用機持ち組のレースを開催します!』

 

 そして、シグナルランプが点灯した。

 

 3……2……1……Go!

 

 ランプの点灯と同時に一列に並んでいた一夏たちはいっせいに走り出す。

 みんなまるで撃ちだされた弾丸のように駆ける。

そしてあっという間に第一コーナーを過ぎ、セシリアを先頭に列ができる。

 と、そんな中で鈴が前に進み出て横を向いていた衝撃砲を前面に向けて連射する。

 その弾丸をかわそうと横にロールしたセシリア。それを爆発的な加速で鈴が抜き去る。

 得意げな顔で笑う鈴だったが、その市井も一瞬だった。鈴の背後にぴったりと付いていたラウラが前に躍り出る。

 咄嗟に衝撃法を放とうとする鈴だったが、ラウラの判断の方が早かったらしく大口径リボルバー・キャノンがわずかに早く火を噴く。

 それによりコースから一瞬外れセシリアとともに最後尾へ。

 一夏とシャルロットと箒もそんな中で前に躍り出ようと乱戦をしながらラウラを追いかけ、鈴とセシリアも再び追い上げ始める。

 白熱のレースは二周目に突入――そんな時、異変は起きた。

 突如、トップを走っていたラウラとシャルロットが上空から飛来した機体によって撃ち抜かれる。

 

「!?」

 

 コースアウトするラウラとシャルロットを見下ろす襲撃者。

 直後、会場にアラームが鳴り響く。

 

「きゃあああっ!」

 

 誰かの悲鳴が聞こえる。突然の事態に大会主催者側もどう対応していいかわからず、パニックは客席に広がっていった。

 

「ナッシー!?」

 

「落ち着け本音!みんなも!とにかく落ち着いて行動しないと大騒ぎになる!」

 

「落ち着いて!みなさん、落ち着いて避難してください!」

 

 近くでスタッフが叫ぶが、混乱した観客にはその声は届いていない。

 

「クソッ!このままじゃ怪我人も出るかも――」

 

「ナッシーあれ!!」

 

 と、本音の言葉に彼女の指さす方向を見れば

 

「っ!一夏っ!」

 

 一夏が謎の襲撃者による一撃を受け、吹き飛んでいた。

 そのまま壁際まで吹き飛んだ一夏に襲撃者はさらに追撃のためにその銃口を向け――

 

「っ!」

 

 放たれたビーム攻撃は一夏に当たらず、一瞬早く間に入ったシャルロットのシールドに防がれた。

 その衝撃にシャルロットのシールドは大破する。

 しかし、襲撃者はそれでは終わらず一夏とシャルロットにその銃口を向ける。が、一夏に向かって銃口を向けていた襲撃者にセシリアが最大出力で突進。そのまま襲撃者をアリーナのシールドバリヤーに何度も叩きつけるように突進し、バリヤーの壊れた四回目の突進とともに市街地の方角へと飛び去る。

 その後を一夏と鈴が慌てて追いかける。

 

「っ!」

 

「ナッシー?」

 

 その光景に俺は唇を噛む。そんな俺に本音が不安げな顔で見る。

 

「本音、みんなのこと頼めるか?」

 

「え…?こ、航平は……?」

 

「俺は……行って来る!」

 

「っ!」

 

 俺の言葉に本音が息を飲む。

 

「本音も気を付けろ!この状況、我先に逃げる観客が前の人間押したり大変なことになるはずだ!みんなに十分落ち着いて行動するように言ってやってくれ!」

 

 俺は言いながら観客と逆方向に駆け出し――

 

「待って!!」

 

 そんな俺の腕を本音が掴む。

 

「本音……?」

 

「待って!お願い!行かないで!!」

 

 俺の腕を掴む本音の様子に俺は息を飲む。

 

「どうした?」

 

「わかんない!わかんないけど、嫌な感じがするの!」

 

「嫌な感じ?」

 

 縋りつく様に言う本音の言葉に俺は呆然と聞く。

 

「わかんない!わかんないけど今ここでナッシーを行かせちゃいけない気がして…!」

 

「…………」

 

 本音の言葉に俺は優しく微笑みかける。

 

「大丈夫。お前の心配するようなことないよ」

 

「でも……」

 

「大丈夫。帰ってきたら一緒にお菓子食べようぜ」

 

 そう言って俺は本音の手をやんわりと解き

 

「相川さん悪い!本音のこと頼む!」

 

「え!?あ、うん!」

 

 近くにいた相川さんに本音を任せ、俺は駆けだしたのだった。

 



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第91話 霧、ところにより土砂降り

 

「ふふ、さすがはエムね。あれだけの専用機持ちを相手に、よく立ち回るものだわ」

 

 サングラス越しに襲撃者――エムの戦闘を見ながら、その女性は楽しそうに目を細めた。

 

「さて、そろそろ彼のところに行こうかしらね」

 

 ふう、とため息を漏らすその女性の背に声がかけられる。

 

「あら、いったい誰に会いに行こうって言うのかしら?」

 

 女性は振り返らない。

 

「あらこんなところで出会うとは。IS『モスクワの深い霧(グストーイ・トゥマン・モスクヴェ)』だったかしら?あなたの機体は」

 

「それは前の名前よ。今は『ミステリアス・レイディ』と言うの」

 

「そう」

 

 女が振り返る。刹那、煌めくナイフが投げられる。

 

「マナーのなっていない女は嫌われるわよ」

 

 瞬間的にISを展開した楯無は、それを蛇腹剣『ラスティー・ネイル』で叩き落とし、そのまま鞭のようにしなるそれで女性を狙う。

 

「あなたこそ、初対面の相手に失礼ではなくて?」

 

 サングラスを捨てると同時に女性は自身のISを腕部部分展開して蛇腹剣を受け止める。

 

「『亡国機業』、狙いは何かしら?」

 

「あら、言うわけないじゃない。せっかくいいシチュエーションができたっていうのに」

 

「私の大事な学園を襲う理由、無理矢理にでも聞き出してみせるわ」

 

「それができるかしら?更識楯無さん」

 

「やると言ったわ、『土砂降り(スコール)』」

 

 蛇腹剣を手放し、同時にランスを呼び出す。

 四連装ガトリング・ガンを内蔵しているそれは、形成するなり一斉に火を噴いた。

 

 ドドドドドッ――!!

 

「…………」

 

 正確に相手を捉えた楯無だったが、その顔に余裕の色はない。

 スコールの姿は金色の繭に包まれていて、弾丸は一発たりとも届いていなかった。

 

「やめましょう」

 

「…………」

 

「あなたの機体では私のISを突破できない。わかっているでしょう?」

 

「勝てないから、倒せないから、戦わない。それは賢い選択なのかもしれない――けれど!」

 

 楯無の水のヴェールを刃に変えて、一気に攻勢へ転じる。

 

「私は更識楯無。IS学園生徒会長、ならばそのように振る舞うだけ……!」

 

 水のドリルを纏ったランスによる高速突撃をひらりとかわして、スコールはまたナイフを投げる。

 

「そんなもの!」

 

 水の刃がナイフを切り裂く。しかし、その瞬間ナイフが大爆発を起こした。

 

「!?」

 

 もうもうと黒煙が立ち込める。

 ISにこの程度の視界阻害はないに等しいが、楯無のハイパーセンサーには逃走するスコールの姿が見えていた。

 

「くっ……これで二回連続で逃がしたわね……」

 

 はぁ…とため息をつく楯無。

 

「さっき、誰かに会いに来たような言い方だったわね………っ!まさか!?」

 

 少し考えこむ様子を見せた楯無はハッと何かに気付いたように慌ててポケットから携帯を取り出す。

 

「あ、本音ちゃん!?彼は今どこに――え?いないってどういうこと!?」

 

 電話の向こうの本音の言葉に楯無は驚きに固まる。

 

「そんな……まさか、彼女たちの目的は!」

 

 楯無は慌てて移動し始めた。

 

 

 ○

 

 

 

「はぁ…!はぁ…!はぁ…!」

 

 上空を飛んで行く一夏たちを視界に入れながら俺は走っていた。

 視界会場から逃げようと殺到する人の間を抜け、やっとのことで会場から出ることができた。

 人であふれかえる場所ではISを起動できないし、そもそもアリーナにはシールドがはられているので建物の中から出ることができない。

仕方なく人の波をかき分けて出て来たがお陰で時間がかかってしまった。

 

「と、とにかく急いで――」

 

「きゃっ!?」

 

 と、慌てて走っていたせいで曲がり角から出て来た人物に気付かなかった。

 

「す、すみません!怪我無かったですか!?」

 

「ええ、大丈夫よ」

 

 そう言ってその俺がぶつかってしまった金髪の女性は微笑みながら俺の差し出す手を取って立ち上がる。

 その人物は優し気な大人な雰囲気で、その顔はどこかで見たような不思議な見覚えがあった。

 

「あら、そんなに情熱的に見つめられてしまうと照れてしまうわ」

 

「あっ!す、すみません!」

 

 女性の言葉に俺は慌てて頭を下げる。

 

「あの……」

 

「何かしら?」

 

「どこかで、会ったことありませんか?」

 

「まあ、フフッ、それってナンパかしら?」

 

「ち、違います!?」

 

 微笑む女性に俺は慌てて否定する。

 

「その……なんだかあなたとは初めてあった気がしなくて……」

 

「そう……」

 

 俺の言葉に女性は頷き

 

「残念だけどあなたとは初対面よ」

 

「そ、そうですか……すみません、変なこと言って!じゃあ俺は急ぐんで!ぶつかっちゃってすみませんでした!」

 

 女性の言葉に俺は少し残念に思いながら、自分が今急いでいたことを思い出し慌ててお辞儀をして一歩踏み出し――

 

「――ええ、そうね。はじめましてね、〝あなたとは〟」

 

「え?それどういう――」

 

 通り過ぎざまに女性が言った言葉が気になり、慌てて足を止めた俺は振り返ろうとして――

 

「がはっ!?」

 

 背後から何かに殴られ隣のビルの壁に叩きつけられる。

 その衝撃に息が止まる。頭を揺さぶられて意識が遠のく。

 意識が深い闇の中に落ちていくその一瞬前に

 

「フフ、感動の親子の再会、ね……」

 

 女性の微笑みとともに聞こえた声を最後に、俺の意識は暗転した。

 



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第92話 おかえり

 

「おい何か進展は!?航へ――梨野の行方はまだわからないのか!?」

 

 IS学園の会議室で千冬の怒声が飛ぶ。が、その言葉に色よい返事を返せるものは、この場で作業をしている教員には誰もいない。

 数十分前のキャノンボール・ファストでのこと。

現れた『サイレント・ゼフィルス』を退けた一夏たち。しかし、彼らの元に届いたのは級友梨野航平の失踪の知らせだった。

すぐさまIS学園に戻ってきた彼らはそのまま千冬達教職員たちで組織された対策本部にやって来たのだが、いまだ新たな情報はない。

 

「くっ……更識!お前『亡国機業』の人間と接触していながら何をしていた!?」

 

「っ!す、すみません!」

 

 千冬の怒声に楯無は縮み上がるように背筋を伸ばす。

 

「お、織斑先生、落ち着いてください」

 

「ちっ!」

 

 真耶に宥められ千冬は舌打ちをしながらドカッと椅子に腰掛ける。

 

「千冬姉ぇ……」

 

 そんな普段とは違う姉の姿に一夏は驚きを隠せない様子で見ている。

 

「航平……いったいどこいったんだよ……」

 

 一夏は自身の胸に募る不安を払拭するように

 

「無事でいてくれ……航平……!」

 

 ただ呟くのだった。

 

 

 ○

 

 

 

「――っ!」

 

 目を覚ました時、最初に見えたのは見覚えのない天井だった。

 

「――目が覚めたか」

 

「っ!?」

 

 と、そんな俺に誰かが声を掛けたことで俺は慌てて寝ていたベッドから起き上がる。

 高そうな作りのベッドに室内の家具や調度品はどれも高価なもののようだ。部屋の中を見渡しながら声のした方を見れば、部屋のドアの隣にもたれ掛かって立つ人物がいた。

 その人物は初対面のはずだが、しかし、その顔は見覚えのあるもので――

 

「千冬…さん……!?」

 

「違う」

 

 困惑する俺に千冬さんにそっくりな顔の――しかし、千冬さんよりも幼い、恐らく俺と同じくらいの年頃のその人物は俺の顔をじっと見ながら首を振る。

 

「私はマドカ、織斑マドカだ」

 

「織斑…マドカ……」

 

 織斑って名前にこの顔、千冬さんと一夏の関係者だろうか?いや、しかし、二人からは他に家族がいるなんて話は聞いたことはない。

 

「久しぶりだな。よく帰ってきた、おかえり」

 

「え?」

 

 その少女、マドカの言葉に俺は一瞬呆ける。

 

「何の…こと、だよ……?」

 

 辛うじて絞り出した問いにマドカは一瞬黙り

 

「どうやら記憶をなくしている、というのは本当らしいな?」

 

「どう言うこと、だよ……?ここはいったい……?」

 

 言いながら俺の元に歩いてくるマドカに俺は訊く。

 

「ここは、どこだ……!?俺はこんなとこ……お前らなんて知らない!!」

 

「…………」

 

 俺の目の前まで来たマドカは一瞬考える様に黙り

 

「ここは我々の拠点の一つだ」

 

「我々?」

 

「そうだ。我々、『亡国機業』のな」

 

「っ!?」

 

 『亡国機業』それは確かあの学園祭の時の襲撃者が名乗った組織と同じ名前――

 

「そう、私、そしてお前も含めて、な」

 

「…は?」

 

「お前の居場所はIS学園じゃないだろ」

 

 言いながらマドカはズイッと俺に顔を寄せ

 

「おかえり。よく帰って来たな、ずっと待ってたぞ」

 

 そう言って口の端に笑みを浮かべた。

 

「あら、起きてるんじゃない」

 

 と、新たに誰かが部屋に入って来る。それは『サイレント・ゼフィルス』を追っていた時に出会った金髪の女性で――

 

「っ!あんた!!」

 

「おはよう。よく眠れたかしら?」

 

 睨む俺だが、俺の視線など意に介した様子もなく金髪の女性は頬む。

 

「エム、彼が起きたらすぐに伝えてと言ったはずだけど?」

 

「……悪かった」

 

 マドカへ嗜めるように言う女性にエムと呼ばれたマドカは口元から笑みを消し、無表情に戻って頷く。

 

「まあいいわ。さて、何はともあれまずは服でも来たら?その格好では風邪をひくわよ」

 

 女性の言葉に俺は改めて自分の恰好を見る。今の俺はベッドに腰掛け、自他にズボンを穿いているのみで上半身は裸だった。

 

「さ、どうぞ。服は用意してるわよ」

 

 そう言って女性が差し出した服はフリフリの多い白やピンクを基調とした明らかに女性ものと思われるもので――

 

「おいやめろ!俺に女装をさせるんじゃねぇ!!」

 

「フフ、いいじゃない。似合うんだもの」

 

 叫ぶ俺に女性は朗らかに返す。

 

「記憶を失っても相変わらずね。女の子より可愛いわよ、あなた」

 

 笑いながら言う女性の言葉に俺は押し黙り

 

「……なぁ、そこの子がさっき、俺はあんたたち『亡国機業』の仲間だったって……」

 

「あら、言っちゃったのね。そうよ」

 

 俺の問いに女性はちらりとマドカを見て頷く。

 今のこの言葉が真実だとしたら、俺は、もしかして――

 

「してたわよ、記憶を失う前にも、女装を」

 

「なんだ…だと……!?」

 

 女性の言葉に俺は目を見開き

 

「悪夢だ……最悪だ……」

 

 がっくりと肩を落とす。そんな俺を見て女性は笑う。

 

「ま、あくまで殺しの手段の一つとして、だけどね」

 

「………え?今、なんて?」

 

「いえ、何でもないわ。それよりも――」

 

 訊く俺に首を振りながら女性はスッと俺に顔を寄せ

 

「あなた、どうしたの?その胸の傷」

 

「……さぁな。どうしたかは知らん。見つかったときにはできてたらしいから」

 

「なるほど、それで合点がいったわ」

 

 俺の言葉に女性は頷く。

 

「私の知る限りあなたにそんな傷なかったもの」

 

 言いながら女性はジッと俺の傷を見て

 

「と言うことは、この傷が記憶喪失の原因かしらね?」

 

「たぶん……前にあんたらんとこのオータムって人にここ斬られたときに戻りかけたし」

 

「あぁ、そう言えばオータムが言ってたわね。斬りつけた途端に雰囲気が変わったって。なるほど、偶然ここを斬ったのね」

 

「つまり――」

 

 と、一連の話を聞いていたマドカが口を開く。

 

「てっとりばやくそいつを元通りにするには、ここを開いてみればいい訳か」

 

「は?」

 

「っ!」

 

 俺が返答するよりも早くスッと接近したマドカが右手を振るう。

 

 どぷっ

 

 同時に目の前に鮮血が舞う。

 

「まだまだこんなものではダメだな」

 

 言いながらマドカは再び構える。先ほどの一瞬では見えなかったその右手には鈍い光を放つ俺の血で赤く染まったナイフが握られていて

 

「もっと深く、開かないといけないようだな」

 

 という言葉とともに再びマドカの手が振るわれる。

 

「ちょっと、エム」

 

「問題ない。死ぬ前に治療すればいいだけの事だ」

 

 女性とマドカの声が遠くに聞こえる気がする。先程よりも重い衝撃とともに胸から何かが溢れる感覚とともに視界が真っ赤に染まった。

 そのまま俺は遠くなっていく意識とともに、再びベッドに倒れた。

 



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第93話 18文字の真実

「はっ……」

 

 気付いた時、俺は不思議な空間にいた。

 

「っ!?……ここはっ!?」

 

 慌てて体を起こし見渡せば、ここは以前にも一度来たことがある。そう、あれは確か学園祭の時に見た場所だ。あの時と違ってただの白い空間ではなく、どこか淀んだ雰囲気で、そこら中に鎖が広がっている。

 

「って、裸ぁ!?」

 

 自分の身体を見下ろした時、何故か自分が全裸だったことに気付き、咄嗟に体を丸め、両手で胸を隠す。

 

「オイオイ、仕草が完全に女の子になってるよ!」

 

「っ!?」

 

 突如背後に感じた人の気配とともに聞こえた声に、俺は慌てて振り返る。

 

「お前は……!オータムに斬られた時に出て来た――!」

 

「どーも、もう一人の君です」

 

「っ!?」

 

 目の前の人物――〝もう一人の俺〟の言葉に俺はもう一度周りを見渡し

 

「ってことは、ここは…!?」

 

「君の『心の中』だね」

 

 軽い調子で言った〝俺〟はそのまま肩を竦め薄ら笑いのまま少し眉を顰める。

 

「しかし、今回はまずいよ。少し傷が派手に開きすぎた。今回ばかりは君の記憶が戻ってしまうかもしれない。ここには以前の君を知る人物がいるしね」

 

 言いながら〝俺〟は振り返るように後ろを見る。

 つられて俺もそちらを見ると、〝それ〟がいた。

 最初からそこにいたのか、何故〝それ〟に気付かなかったのかわからない。

 〝それ〟は鎖でがんじがらめに拘束された人のような何か、真っ黒な影のようなものが渦巻いていた。

 

「……………なんだよアレ?」

 

「あれは、君の『悪意』だ」

 

 言いながら〝俺〟は俺に視線を戻す。

 

「『あれ』と『俺』と『君』が一つになることで、君は前の君に戻る」

 

「???」

 

 意味が分からず首を傾げる俺に「そうだねぇ…」と〝俺〟は少し考える素振を見せ

 

「君は『理想』で、俺は『逃避』……んで、あれが『現実』ってところかな……」

 

「『理想』に『逃避』に『現実』……?」

 

 〝俺〟の言葉に改めてみれば、気付けばその陰を中心に淀んだ闇のようなものが広がっている。

 

「最後になりそうだから教えておくよ」

 

 と、〝俺〟が俺の方に歩み寄って言う。

 

「君が忘れたかった事、記憶」

 

「何だよ……俺が忘れたかった事って……?」

 

 俺の問いにフッと口元に笑みを浮かべた〝俺〟は――

 

「『××××××××××××××××××』――君は、この〝事実〟を知って自らの死を選んだ」

 

 その言葉の意味が一瞬俺にはわからなかった。

 

「驚きだよね。それこそ、自分と言う存在を揺るがしかねない。現に自分というモノを見失ったからこそ、こうなってるわけだしね」

 

 そう言って〝俺〟は笑顔を浮かべた。

 

「今まで、楽しかったね!」

 

 その笑顔は初めて見た気がする。今までの冷めた薄ら笑いではなく、心の底からの笑顔。

 

「『夢』の中で生きられて、でも、もうそれも醒める」

 

 バキンッ!

 

 〝俺〟の背後で影を縛っていた鎖が切れる。

 うずくまっていた〝それ〟はゆっくりと立ち上がり、俺に歩み寄る。そして、〝それ〟は手を伸ばし、俺の肩を掴む。

 ゾクリとした冷たい感覚とともに〝それ〟が掴んでいる方から冷たい感覚が徐々に全身に広がっていく。

 見れば〝それ〟から泥のような闇が広がっていく。

 ――動けない。

 ――振りほどけない。

 ――俺はただそれが広がっていくのを見ていることしかできない。

 

「これからは――」

 

 〝それ〟に飲み込まれる瞬間、〝俺〟の声が聞こえた。

 

「――現実で生きていくんだ」

 

 その言葉を最後に、俺の意識は闇に呑まれていった。

 

 

 ○

 

 

 

「あら、起きたのね」

 

 自身の目の前でベッドから上体を起こした男にスコールは微笑みながら言う。

 

「ナノマシンが効いたのね。まあそれでも丸2日も眠ったままだから冷や冷やしたわ」

 

 言いながら枕元に歩み寄ったスコールは微笑む。

 

「エムの行動は少しやり過ぎだったわ、ごめんなさいね」

 

「………………」

 

「……? どうかしたの?」

 

 自分の言葉に返事をせず、まるで自分の身体の感覚を確かめる様に両掌を握ったり開いたりし、しげしげと手を見つめる男に、スコールは怪訝そうに訊く。

 

「どこかおかしいかしら?それともまだ起き抜けでぼんやりしてるのかしら?」

 

「……いや」

 

 スコールの言葉に初めて返事をし、視線を彼女に向けたその男は――

 

「なんでもないよ、スコール」

 

「あら……」

 

 その言葉にスコールは笑みを浮かべる。

 

「その様子だと、私の知ってるあなたに戻ったのね?」

 

「ああ、そうみたいだ」

 

 スコールの問いに答えた男はベッドから起き上がり、大きく伸びをしストレッチする。

 

「おかえりなさい、愛しい息子(ダウンプーア)

 

「ただいま、母さん(スコール)

 

 スコールの言葉に振り返った男――梨野航平だった彼は、鋭く目を細めながら歪める様に笑みを浮かべた。

 



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第94話 ダウンプーア

 

「あぁん?」

 

 スコールとともに部屋から出て来た男の姿にオータムは顔を上げ

 

「なんだ、そいつもう目が覚めたのか?エムに半殺しにされたって聞いてたのになぁ」

 

 ニヤニヤ笑いながら言うオータムの言葉にニッと笑った男は

 

「よぉ、オータム。相変わらず頭悪そうな顔してんな」

 

「っ!?てめぇ、ダウンプーア!んだよ戻ったのかよ!」

 

 オータムは男――ダウンプーアの言葉に驚く。

 

「一応聞いてやる、881002040602」

 

「310806292232」

 

「チッ、本物か」

 

「非常用のコードか。てことは、〝前の俺〟にも試したんだな」

 

 舌打ちするオータムの様子にダウンプーアは笑いながら言う。

 

「あぁ?てめぇ覚えてねぇのか?」

 

「ああ。少しも覚えてねぇ。今しがた概要は母さんから聞いたがな」

 

「そうかよ」

 

「まあ強いて言うなら、うっすらとぬるま湯にでも浸かってた夢でも見てた気分だけがなんとなく残ってるくらいか。なんか鈍ってるみたいで肩凝った感じがするよ」

 

 ダウンプーアは「ん~」と伸びをしながら首を回すとポキポキと鳴る。

 

「ダウンプーア」

 

 と、そんな彼のもとにエムがやって来る。

 

「やあ、エム。なかなか手荒に起してくれたみたいだな」

 

「半分はお前のためだが、もう半分はお前の顔で平和ボケした顔をしてるのがイライラしたせいだ。許せ」

 

 笑いながら皮肉を込めて言うダウンプーアにエムも口元に笑みを浮かべて返す。

 

「チッ、生意気なガキ同士でつるみやがって」

 

 そんな二人の様子にうんざりしたようにオータムは髪をかき上げる。

 

「じゃあちょっと間はカンを取り戻すために療養ってところか?」

 

「冗談だろ?」

 

 オータムの言葉にダウンプーアは肩を竦める。

 

「今はとりあえず大暴れしたい気分なんだ。何かを壊したい。俺、ずいぶん善人ヅラしてたみたいだからたまっちゃって……」

 

 ダウンプーアは言いながら右肩に左手を当ててグリグリと回す。と――

 

「おい、ダウンプーア。なんだそれは?」

 

「ん?」

 

 と、エムの言葉にダウンプーアはエムの指さす自身の左手に視線を向ける。そこには赤いリボンが結び付けられていて――

 

「なんだ、このボロ布?」

 

「それ、記憶が戻る前のあなたが後生大事につけていたわよ?」

 

 と、首を傾げるダウンプーアに言う。

 

「ふ~ん……」

 

 スコールの言葉に頷きながらダウンプーアはそのリボンに手をかけ、外そうと引っ張り

 

「っ!!?」

 

「どうした?」

 

 痛みでも走ったように一瞬眉を顰めたダウンプーアにエムが訊く。

 

「…………」

 

 エムの言葉に答えずリボンを見つめながらダウンプーアは人知れず困惑する。

 

(何だ今の感じは?なんなんだこれは…?何故外せない?)

 

 困惑しながら数秒思案し

 

「……いや、なんでもない」

 

 かぶりを振って顔を上げ

 

「それより、今後の予定は?なんか作戦とか練ってるの?俺やりたいことがあるんだけど」

 

「あら、そうなの?何かしら?」

 

 スコールは興味深そうに訊く。

 

「俺、あのIS学園ってところに世話になってたんだろ?覚えてねぇが世話になったんならちゃんと〝お礼〟しておきたいな、と思ってさ」

 

「へぇ?」

 

 ダウンプーアの言葉にスコールは興味深そうに目を細める。

 

「いいわね、それ。私も息子がお世話になった人にはしっかりと〝挨拶〟しておきたいわ」

 

 スコールは頷きながら言い

 

「ちょうどいいわ。今仲間にと声をかけている人物がいるんだけど、あなたの目的に」

 

「へぇ、それは気になるね。是非合わせてほしい」

 

「ええ、もちろんよ」

 

 二人はそう言ってニヤリと笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――はじまったみたいだ

 

――もう完全に、以前の〝俺〟に戻ったようだね

 

――……おそらく俺も、もうじきこの頭の中から消されるだろう

 

――しかし、君もしぶといねぇ

 

――ゴキブリ並の生命力だ、賞賛に値するよ

 

――ま、後は頑張って

 

――君とはほんの少しの付き合いだったけどなかなか……楽しかったよ

 

――それ…じゃあね

 

――バイ…バイ……

 



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第95話 初対面の再会

 

「うん、うん。このお肉美味しいねぇ。あ、わいーん」

 

 稀代の天才にしてISの生みの親である科学者、篠ノ之束は高級食材をふんだんに使った料理をがつがつむしゃむしゃとマナーなど欠片も意識していない様子で食べながらまるで水を飲むように高級ワインをグビグビと飲む。

 高級レストランにあるまじき食べ方をする束に対し、スコールは顔に笑みを浮かべている。

 世界中のあらゆる国家、組織が血眼になって探している束をどうやってこの地下レストランに呼び出すことができたのか、それはスコール以外誰も知らない。

 

「お気に召しまして?束博士」

 

「んー?そうだねー。そこの睡眠薬入りのスープ以外はね~」

 

 料理をがっつきながら言う束の言葉にスコールは笑みを崩さない。

 いや、驚くべきは睡眠薬入りのスープを飲み干して調子が変わらない束の肉体の方だ。

 

「それで、束博士。あの話は考えていただけたでしょうか?」

 

「どの話ー?」

 

「我々、『亡国機業』に新造ISを提供する話です。もちろん、コア込みで」

 

「あははー。いやだよー。だって、めんどくさいじゃん」

 

「そこをなんとかお願いします」

 

「お断りしまーす。あー、ケーキちょうだーい。あとね、ハンバーグとカレーと冷やし中華」

 

 束はスペアリブに齧りつきながら、行儀悪くメニューを眺めて追加の注文をする。

 

「ふう……。どうしても、ですか?」

 

「うん」

 

「そう…ですか……」

 

 束の言葉に頷くスコール。と――

 

「お待たせしました」

 

 長い金髪のウェイトレスが銀のお盆にチョコレートケーキを運んでくる。

 

「どうぞ」

 

「ん~、そこ置いといて~」

 

 ウェイトレスに見向きもせずに言う束の言葉に従ってケーキをテーブルに置き――

 

「では、失礼しま――すッ!」

 

 お盆の下に隠していたナイフを束に向けて振り下ろす。

 

「おっと」

 

 が、それを持っていたスペアリブの骨に突き刺して受け止め

 

「ほいっと」

 

 そのまま手を捻ってナイフ奪って上へ弾き、そのままそのウェイトレスをクルリと舞うように机へ押さえつけ、落ちて来たナイフをキャッチしウェイトレスの顔の真横に突き立てる。

 

「おっと、そこまで」

 

 と、そこでスコールが口を開く。

 

「それ以上動くと、こちらも動かざるをえなくなります」

 

 そう言ってスコールが視線を別に向ける。束がそちらを見ると、そこには拘束されたクロエと、その首筋にナイフを押し当てたオータムの姿があった。

 

「それ以上されると、この小鹿ちゃんのステーキを用意させることになりますけど?」

 

「……せ」

 

「はい?」

 

「離せ」

 

 ニッコリと笑ってそう言った束は次の瞬間には突き刺していたナイフに加え、机に並んでいた食器のナイフとフォークをすべて同時にスコールに投擲する。

 

「っ!?」

 

 咄嗟に防御姿勢をとったスコールを踏み付け、空中に躍り出ると天井を蹴ってオータムの懐に入り込む。

 慌ててクロエに向けていたナイフを翻すその手首を捻って折り曲げ、そのまま刃の先端を右肺に刺した。

 

「なんッ――」

 

 驚愕するオータムにさらに左肩、左胸、左腹と掌打を打ち込みクロエから遠ざけ、最後に蹴り飛ばされたオータムはワインセラーに派手な音を立てて突っ込んだ。

 

「くーちゃん、大丈夫だったかにゃー?」

 

「は、はい……束様」

 

 クロエの拘束を素手で引き千切った束は優しい笑みをクロエへ向ける。

 

「あのねぇ、私ってば天才天才って言われちゃうけどねー、それって思考とか頭脳だけじゃないんだよー」

 

 クロエを後ろから抱きしめながら言う。

 

「肉体も、細胞単位でオーバースペックなんだよ」

 

 それは、スコールにとって完全に誤算だった。

 人質が有効に働かなくてもISを使えば――と、思っていたのに、結果はこのザマである。

 

「ちーちゃんくらいなのさ、私に生身で挑めるのは」

 

 その言葉にスコールは人知れず奥歯を噛みしめる。

 しかし、そこで状況が変わった。

 

「動くな」

 

 IS『サイレント・ゼフィルス』を展開したエムがレストランに飛び込んできた。

 これで勝負は振り出しに、むしろ自分たちに有利な状態になった――かに思えた。

 

「ふうん、オモシロ機体に乗ってるね」

 

 一瞬のまばたきの瞬間に束はすでにライフルの上に立っていた。

 

「ッ!?」

 

 振り払おうとした瞬間に、ライフルは束の手によって『解体』された。

 さらにビットもアーマーも次々に『解体』され、まるで舞い散る花弁のように光の粒子となって消えていく。

 そして最後に頭部アーマーを『解体』したところで、束はその手を止めた。

 

「ん?んんん?」

 

「…………」

 

 束はじっとエムの顔を見て動かない。

 エムも完全に動けない。動けばその身を『解体』されてしまうから。

 その一瞬の膠着に――

 

「動くな」

 

 束の背後に立ったウェイトレスが束の首筋にナイフを向けていた。

 

「あとほんの少し力を込めればアンタの大事な血管が致命的に傷つくぞ。ここらで一回クールダウンと行こうぜ」

 

「お前……」

 

 ウェイトレスの言葉に束は手を下ろし、相手に視線を向ける。

 

「へぇ?また会ったね、少年」

 

「…………?」

 

 束の言葉にウェイトレス――ダウンプーアが首を傾げながらナイフを下ろす。

 

「お前、『俺』に会った事があるのか…?」

 

「うん。前に少しね」

 

 頷きながら束はダウンプーアの顔を少しジッと見つめ

 

「でも、たぶん『君』に会うのは初めてだよ。何があったか知らないけどね、『亡国機業』の少年」

 

「あぁ、なるほど」

 

 そこで合点がいったようにダウンプーアはポンと手を打ち付ける。

 

「話がはやくて助かるよ。まぁ細かいことは気にしなさんなッ。こっちの俺が、『本物』だ」

 

 そう言ってニカッと笑ったダウンプーアの言葉に束は

 

「あは」

 

「………?」

 

「あはははははっ!いいね。君名前は?」

 

「ダウンプーア」

 

「そっか……じゃあ、そっちの君は?」

 

 そう言って束はエムへと視線を向ける。

 

「…………」

 

「当ててみせようか?」

 

 笑みを浮かべながらジッとエムを見つめ

 

「織斑――マドカ、かな?」

 

「「「ッ!?」」」

 

 スコールとエム――マドカ、ダウンプーアが同時に驚きの表情を浮かべる。

 

「当たったぁ!へへ、そうだねぇ」

 

うーんと考えるような仕草をしてから、スコールに視線を向けた束は

 

「ねぇ、この子たちの専用機なら作ってもいいよ♪」

 

「え――」

 

 笑顔のまま告げられた言葉にスコールは驚きを漏らす。

 

「その代わり、この子達、ちょーだい!」

 

「そ、それは困りますが……」

 

「ちぇ~、なんだよ、ケチだなぁ~」

 

 そう口を尖らせて言いつつも、束はその頭脳で二人のための専用機を頭の中で構築し始めていた。

 



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第96話 彼のいない

長らく更新できておらずすみません。
少し用事が立て込んだりとバタバタしているうちに気付けば長く更新できていませんでした。
そんな訳で最新話です。





 IS学園の学生寮、その食堂に一夏たちは揃っていた。

 航平が姿を消してからはやくも一月が経とうとしていた。

 その間懸命な捜索が続けられたが、航平の行方は依然として知れない。

 

「もう、一か月になるんだな……」

 

 一夏が呟くように言う。

 

「航平さんの行方はまだわからないんですの?」

 

「教官たちも懸命に情報を集めているようだが、なかなかうまく進んでないらしい」

 

「もう、天下のIS学園が何してんのよ!?」

 

「それ、絶対に織斑先生に言っちゃダメだよ」

 

 悔しそうに言う鈴に諭すようにシャルロットが言う。

 

「いま一番つらいのは織斑先生なんだから……」

 

「千冬さんは航平の親代わりだったからな……」

 

『…………』

 

 シャルロットと箒の言葉にみな押し黙る。

 

「だが、辛いのはお前もだろ、シャルロット」

 

「…………」

 

 ラウラの言葉にシャルロットは少し口を閉ざし、

 

「そうだね……でも、僕だけじゃないよ」

 

「のほほんさん、か……」

 

 一夏が呟くように言う。

 

「彼女、この一か月で随分と変わってしまいましたものね……」

 

「いつもの元気もない……」

 

 一夏の言葉にセシリアと箒が頷く。

 のほほんさんこと、布仏本音、彼女は航平が姿を消し、すっかりと以前の朗らかな様子に陰りが見えた。

 ぼんやりとすることが多くなった。口数が減った。彼女の浮かべる笑みにこれまでの明るさが消えた。

 クラスのなかでもムードメーカーだった彼女の元気が無くなったことで、クラスはこれまでの明るさが減ったようだった。

 

「俺たちでどうにかできないか?」

 

「どうしようもないわよ」

 

 悔しそうに唇を噛む一夏に鈴が答える。

 

「学園の情報網をもってしても情報が出ない以上、今あたしたちができることなんてないわ」

 

「私たちはただ無事を祈るしか……」

 

「噂では国連直下の組織が動いているらしい。きっと情報が何か掴めるはずだ」

 

 三人の言葉に一夏たちは頷く。

 

「航平の行方がわかったら、必ず俺たちも救出に参加しよう」

 

「ああ!」

 

「もちろん!」

 

 一夏の言葉にみな力強く頷く。

 

「……航平、必ず救い出すから、待ってて……」

 

 シャルロットは祈るように呟いた。

 

 

 ○

 

 

 

「最悪の事態かもしれない」

 

 IS学園、学園長室に集った学園長の轡木と生徒会長の更識楯無に対してシトリーは口を開く。彼女の脇にはベリアルが立っているが、話は彼女に一任しているらしく黙って腕を組んでいる。

 

「うちの情報網に亡国機業の新たな動きについての情報が入った」

 

「新たな動き?」

 

 シトリーの言葉に楯無が問う。

 

「先日、亡国機業のメンバーが某所でとある人物と接触したらしい。その相手が――篠ノ之束」

 

「「っ!?」」

 

 シトリーの言葉に二人は息を飲む。

 

「彼女たちがどんな話し合いをして、どんな取り決めをしたのかは定かではないけど、どうやら亡国機業は篠ノ之束の協力を取り付けたらしい」

 

「そんな……」

 

「なるほど、それは確かに大変な事態なようですね」

 

 シトリーの言葉に二人は重く頷く。

 

「でも、そのお陰で少し情報が手に入れられた。上手くすれば奴らの所在がつかめるかもしれない」

 

「っ!?それは本当なんですか!?」

 

「ああ」

 

 驚く楯無の問いにシトリーは頷く。

 

「うちの頭脳チームが今頑張ってくれてる。近日中に何かしらの情報を得られるはずだよ」

 

「その情報は……」

 

「もちろん、わかり次第君たちにも知らせるよ」

 

 シトリーは大きく頷く。

 

「ここまではこっちがしてやられてたが、こっからは俺たちのターンだ」

 

 ベリアルが口元に笑みを浮かべながら言う。

 

「奴らのアジトを強襲してさっさとケリつけてやろうぜ!」

 



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第97話 期待

最近無い物スランプ気味です(-_-;)
あまり筆が進まない……





 

「航平の居場所が分かったかもしれない!?」

 

 千冬の言葉に一夏は驚きの声を上げ、その場に集まっていた箒たち専用機持ちの面々も驚愕の表情を浮かべている。

 

「で、ですがいったいどうやって」

 

「うち会社の情報網でね。それでも流石の『亡国機業』だね。かなり時間がかかっちゃったけどね」

 

 セシリアの問いにシトリーが答える。

 

「そ、それで!?もちろん助けに行くんですよね!?」

 

「ああ、もちろん。正式に国連からうちにも依頼が来たしな」

 

 シャルロットの問いにベリアルが頷く。

 

「そ、それじゃあ――」

 

「だが、悪いがお前たちを連れて行くことは出来ない」

 

「なっ!?」

 

 決意を固めた表情で言いかけた一夏だったがそれを千冬が遮る。千冬の言葉に一同の顔に衝撃が走る。

 

「何故ですか!?」

 

「今回は一筋縄ではいかん。お前たち未熟者がいては足手纏いだ」

 

「そんな!我々は邪魔だと言うんですか!?」

 

「そうだ」

 

「そんな……」

 

 自身が尊敬してやまない千冬からの邪魔者という扱いにラウラは絶句する。

 

「で、でも千冬ね――」

 

「織斑先生と呼べ。今ここでは家族ではなくお前たちの教師であり上司だ」

 

「っ!」

 

 千冬の冷たい言葉に一夏は息を飲む。

 

「そして、これは命令だ。お前たちは学園で待機。『亡国機業』との決戦と梨野航平の救出にはベリアル達『トライピース』と私が向かう」

 

「なっ!?」

 

「織斑先生みずから!?」

 

 千冬の言葉に驚きの声が上がる。

 

「不満か!?」

 

「で、ですが先生!?」

 

「話は以上だ。全員解散しろ」

 

 そう言って千冬は踵を返す。

 

「お願いです、織斑先生!僕たちも一緒に!」

 

 しかしそんな千冬にシャルロットは縋るように言う。

 

「シャルロット・デュノア、勘違いするなよ?この話をお前たちにしたのは我々のあずかり知らぬところからお前たちが情報を手に入れ勝手に動かないように釘をさすためだ」

 

「そんな……」

 

「大人しくしておけ。命令を破るようなら懲罰房送りは覚悟しておけよ」

 

「ですが!」

 

「これ以上議論を続けるつもりはない」

 

 そう言い残し、千冬は今度こそ去って行った。

 

『…………』

 

 千冬が去った後、一夏たちは重苦しく口を閉ざしていた。そんな面々を見てシトリーとベリアルも顔を見合わせため息をつく。

 

「あぁ~……その、なんだ、彼女の気持ちも汲んでやってくれるか?」

 

「え?」

 

 ベリアルの言った言葉に一夏が顔を上げる。

 

「あいつは航平の事を言葉にはしないが相当大事にしてたみたいだし、航平が消えた直後は態度には出さねぇが相当堪えてたみてぇだった」

 

「だねぇ」

 

 ベリアルの言葉にシトリーも頷く。

 

「だからよ、彼女としては今回の事に自分で決着つけてぇし、他に気を配ってる余裕もなくなるかもしれない。だからお前たちに参加してほしくねぇんだよ」

 

「二度も大事な生徒、大事な家族を危険には曝したくないってわけだね」

 

「千冬姉ぇ……」

 

「「「「「織斑先生……」」」」」

 

 二人の言葉に一夏たちは千冬の去った扉を呆然と眺める。

 

「それに、これはお前らを彼女が信用してるってことでもあるんだよ」

 

「え?」

 

 ベリアルの言葉に一夏は視線を向ける。

 

「彼女が前線に立つなら、この学園の守りは誰か別の人間がしなくちゃいけなくなる。君らにならそれを任せられる、彼女はそう思ったってこったろうよ」

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

「彼女の気持ちに応えてあげて」

 

 それじゃ、と言い残してベリアルとシトリーも去って行った。

 残された六人の間に言葉は無かったが、お互いに顔を見合わせ、力強く頷き合ったのだった。

 



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第98話 託す思い

 

「千冬姉ぇ!」

 

「…………」

 

 一日の授業が終わり教室を後にした千冬に一夏が呼び止める。

 一夏の呼びかけに千冬はゆっくりと振り返る。

 

「学校では織斑先生だ。――どうした?何か質問か?」

 

「その……あの……」

 

「………はぁ、着いて来い」

 

 言い淀む一夏にため息まじりに言うと歩き始める。

 一夏が千冬の後に着いて行くと職員室にやって来た。千冬はそのまま自身のデスクに座り、一夏の方に視線を向ける。

 

「明日の準備もある。手短に話せ」

 

「明日……」

 

 千冬の言葉に一夏は少し黙り、すぐに意を決したように口を開く。

 

「明日、行くんだよな?」

 

「……ああ、そうだな」

 

 一夏の言葉に頷き

 

「もちろん、連れて行かんぞ?」

 

「わかってるよ。もう俺たちも連れて行ってくれ、なんてわがままは言わない」

 

「そうか、ならなんだ?」

 

 千冬の問いに一夏は頷く。

 

「シトリー先生やベリアル先生からも言われたし、俺も自分でいろいろ考えたんだ」

 

 一夏は真剣な顔で千冬を見据える。

 

「航平の事は全部千冬姉ぇに任せる。俺たちは千冬姉ぇたちが安心して航平を救出に行ける様に学園を守ることにする」

 

「そうか……」

 

 一夏の言葉に千冬は頷く。

 

「お前、前よりも物分かりが良くなったんじゃないか?」

 

「え?」

 

「前のお前ならなんとしてでも無理矢理について来ていたんじゃないか?」

 

「……かもしれない」

 

 一夏は苦笑いを浮かべながら頷く。

 

「でも、千冬姉ぇたちを信じることにしたんだ」

 

「信じる?」

 

「ああ。だって――」

 

 言いながら一夏は千冬へ笑みを向ける。

 

「千冬姉ぇが、俺の最高の姉さんが助けに行くんだ。きっとうまくいく。そう信じられるんだ」

 

「…………」

 

 一夏の言葉に千冬は一瞬そっぽを向き

 

「そうか……」

 

 素っ気なく返して立ち上がる。

 

「千冬姉ぇ?」

 

「そろそろ時間だ。私は行くぞ」

 

「あ、待ってくれ!」

 

 言いながらスタスタと歩き出した千冬の右手を掴んで呼び止める一夏。

 

「……なんだ?」

 

「俺は千冬姉ぇたちを信じてる。だからきっと航平を助け出すことも、航平を攫った奴らを倒すこともできるって信じてる。だから――」

 

 言いながら一夏は掴んだ千冬の右手を握らせ、その上から自身の両手で包み込む。

 

「千冬姉ぇのこの拳に俺の気持ちを込めるから、航平を攫った奴らにきつい一発を頼むよ、俺の代わりに!」

 

「……ああ、わかったよ」

 

 一夏の言葉にフッと口元に笑みを浮かべた千冬は今度こそ職員室を後にした。

 

 

 ○

 

 

 

「失礼、お待たせしました」

 

「いや、構わん。教職としての仕事もあるだろう。こちらでもある程度話しを進めておいた」

 

 会議室に入った千冬に部屋に先にいた面々の中で一番最年少、一夏よりも幾分幼い眼鏡の少年が慇懃に頷く。

 会議室には眼鏡のその少年の他にベリアルとシトリーとシロ、さらに三本の煙草をくわえた褐色肌の白衣の男、高級そうなロングコートを羽織りサングラスをかけた金髪の男がいた。

 

「それでは、改めて役者もそろったことだし、本題に入るとしよう」

 

 言いながら眼鏡の少年が席に着く面々を見渡す。

 

「明日に控えた『梨野航平奪還作戦』、その最終打ち合わせだ」

 



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